35: 2009/09/26(土) 21:56:21.35 ID:pLtZgbkP
――聖王都、場末の宿屋

奏楽子弟「やぁ、当たって砕けたねぇ」
メイド姉「そうですねぇ」

奏楽子弟「でも、教会ってこういうものなの?」
メイド姉「え?」

奏楽子弟「いや、この大陸も今まであちこち旅してきたけれど
 教会ってどこにもある割には、結構いろいろだよね」

メイド姉「ああ、それはそうですね」

奏楽子弟「光の精霊だっけ? 神だっけ?
 同じ者を信じているのに、結構バラエティがあるなって」

メイド姉「同じ教えを根にしていても、
 その解釈や実践方法において差があって、
 だんだんと色んな流れに分かれていったんですよ。
 それらは修道院、修道会と云った形で表面化しています。
 大まかなところでは一緒ですけれど、細かい部分では
 かなり違いがありますね。

 たとえば聖日ごとのミサを重要視する修道会もあれば、
 地域での助け合いを重視する修道会もあります。
 教会って云うと信仰の場のようですけれど、
 実際には、学問や医療や人々の生活の難問を
 解決する、公共の場所のような意味合いもありますからね」

奏楽子弟「それでみんな教会を大事にしてるんだ」
メイド姉「そうですね」

奏楽子弟「でも、なんか。……ここの教会は、大きい割にはね」






前スレ

魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」【その8】

過去ログ

魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」【その1】
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」【その2】
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」【その3】
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」【その4】
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」【その5】
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」【その6】
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」【その7】
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」【その8】


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まおゆう魔王勇者シリーズ

336: 2009/09/11(金) 15:38:13.54 ID:sQx9tPoP

勇者……この話の主人公の一人。男、黒髪。
魔界の奥、魔王城へ一人と乗り込んだ戦闘能力の持ち主。
魔王を倒しても戦争は終わらずより酷い結果になると説得され
魔王の仲間となった。童O。当然女性への興味は尽きない。
物語の変遷に翻弄され、様々な女性に好意を寄せられるが
ラブコメ体質と空気が読めない性格のために誰一人として
キスもしたことがないというチェリー臭さ。
魔王と過ごした時間や、一人で行動する時間が
次第に彼を「ただの無敵勇者」から別の存在へと進化させてゆく。
正体を隠すために人間界では“白の剣士”、
魔界では“黒騎士”を名乗る。


魔王……この話の主人公の一人。女性、むちむち体型。
(歴代の中では)戦闘能力が低い魔王。広範な知識を持ち
戦争を経済的観点から分析、戦後処理を含めて「まだ見ぬ
未来」を模索しようと勇者に持ちかける。お肉が気になるお年頃。
星の最果てにあると云われる『外なる図書館』で育ち
この世界ではまだ誰もたどり着いていないような
高度な知識をもつ、勇者と並ぶ『世界の特異点』の片割れ。
長い間待ち焦がれていた勇者と相互所有契約を交わす。
人間界ではその正体を隠すために“紅の学士”を名乗るが
あまりにも先端的、先鋭的なその行動のために中央聖教会から
異端指定を受けてしまう。

337: 2009/09/11(金) 15:41:36.83 ID:sQx9tPoP
女騎士……この話の主人公の一人。女性、つるぺた無毛。
かつて勇者とパーティーを組んでいた3人のうち1人。
元聖銀冠騎士団所属で今は湖畔修道会という光の精霊を
あがめる教会の位置派閥を率いている。
冬越し村修道院へと居を移し、魔王と勇者の屋敷に足繁く通う。
胸がないのにコンプレックスを持つが、内心はさっぱりした
気性の娘。魔王の正体や勇者との関係を知り、それでも
友情を結ぶ。
当時の二つ名は ”鬼面の騎士””怪力皇女”
”石壁しぼりの女夜叉” など。


冬寂王……この話の主人公の一人。男性。冬の国の王。
戦で戦氏した父に代わり、冬の国を率いることになった若き英傑。
開明的な思想の持ち主で、鉄の国、氷の国との連合国家を目指す
ことを表明。魔王に興味を持つ。
王としての初陣は極光島奪還作戦であり、その時は戦場の
地の利を知り尽くした地元であることを生かし、流氷を連結し
海峡に陸を作ることで、海上戦を避けるという知略を見せる。
その後、南部諸王国のうち3カ国をまとめる通商同盟の締結など
様々な改革で王としての頭角を現してゆく。


メイド姉……この話の主人公の一人。女性。亜麻色の髪。
冬越し村へとやってきた魔王たちの屋敷へ逃げ込んだ農奴姉妹
のうち姉の方。思索的な性格で、書類の扱いに長ける。
当初はメイド長の下でメイドの仕事全般をおこなっていたが
その能力を見いだされて魔王の秘書のような仕事もすることに。
メイドとして雇われるきっかけともなったメイド長の問いかけから
自分がいかなる存在なのか、人間とは何なのかを常に悩んで
きたが、異端審問騒動を契機に思想家としての側面を見せ始める。

339: 2009/09/11(金) 15:44:40.48 ID:sQx9tPoP
青年商人……この話の主人公の一人。男性。栗色の毛。
中央大陸全土に強い影響力を持つ経済的な団体『同盟』の
若き幹部。
魔王との交渉の結果、強い感銘を受けて、取引相手としての
関係を結ぶ。
『同盟』の最高幹部10人委員会の一人に出世した彼は
勇者とも語り合い、商人として新しい境地へ。
三国通商同盟と大陸中央部、聖王国との軋轢を利用した
巨大な商戦をしかけ、その規模は、この時代には珍しく
経済戦争の域に達する。利にさとい辣腕商人として巨額の
富を扱いつつも、ポーカーフェイスを崩さないようだ。


執事……この話の主人公の一人。男性。すでに白髪。
かつて勇者とパーティーを組んでいた3人のうち1人。
現在おそらく60代であるが、まだ背はしゃっきりと伸びた変態紳士。
常にタキシードを着用し、現在では冬寂王の執事として
ことあるごとに「若、若」と呼びかけている様子。
どうやら勇者パーティーでは男二人(勇者と)で
さんざんな悪さをしていたようで、勇者からはパフパフの
師匠と呼ばれている。
当時の二つ名は ”黒点の射手” “突然氏”など。


女魔法使い……この話の主人公の一人。女性。卯の花色髪。
かつて勇者とパーティーを組んでいた3人のうち1人。
未登場だが現在は魔界のどこか(『外なる図書館』?)に
居ると思われる。
当時の二つ名は ”出来の悪い悪夢”“昼寝魔道士” など。

341: 2009/09/11(金) 15:46:27.17 ID:sQx9tPoP
東の砦将……この話の主人公の一人。男性、茶髪巨漢。
歴戦の勇士。どうやら東方出身の血を引くらしい。
人間統治下の開門都市にあり、東の砦を治める士官の一人
だったが無能で横暴な司令官の夜逃げ同然の退却を受け
たった500の手勢で開門都市の維持を引き受けることになる。
魔族に対しても公正な視点を持つ好漢だった彼は、
いち早く周辺魔族との交渉を開始。
開門都市の自治独立を目指す非凡な統治センスをも見せつける。


火竜公女……この話の主人公の一人。女性、紅玉髪。
火竜族の娘の一人。黒騎士(勇者)との賭けにやぶれた
火竜大公がその男気に惚れて嫁でも妾でも、とさしだした。
公女本人はそのつもりなのだが、勇者の方がヘタレで
色っぽい関係にはならずにいる。
現在は開門都市の自治委員の一人として内政を見ているが、
元来は好奇心が強く多少驕慢な性格。おてんば娘だったようだ。
(魔界のではあるが)高等な教育を受けている、この時代では
進歩的な女性。

36: 2009/09/26(土) 21:58:41.52 ID:pLtZgbkP
メイド姉「それは、まぁ。ある意味仕方ないかも知れませんね」

奏楽子弟「そうなの?」

メイド姉「聖光教会。中央教会ともいいますが、
 これはもう非常に強力なのです。
 普通、ただ単純に“教会”といえば、
 この宗派を指すぐらいに最大派閥なんですよ。
 
 この大陸にいる光の精霊信者の半分以上は、
 この中央教会の影響下にあると思います。
 実際の人々は、色んな国や貴族の領地に暮らしていますけれど
 その殆どが教会にも所属しているわけですから
 彼らの生活の全てを補佐していたり、影響力を持っています。
 
 ここまで大きくなると、国であっても無視できないし、
 むしろ気にしながらでないと、民を治めることなんて出来ません。
 教会が一言“背教者”と名指しにしただけで、
 自分の領地の領民がその日のうちに貴族を血祭りに上げたり
 しかねませんからね」

奏楽子弟「結構物騒なんだね」

メイド姉「ええ、そんなわけで、教会。
 とくに聖光教会は強大な権力を持っています。
 その権力が正しく働けば、横暴な貴族や王族から
 民を護る盾のようにもなるでしょうけれど
 現実には、貴族や王族と癒着して、農奴や開拓者を
 苦しめてしまうこともありますね。

 また、そうやって大きな力をもっていますし、
 知識や技術などの集積もしていますから、
 ……んー。自分たちを優れたものだと考える
 聖職者の方もいらっしゃるようなのです」

奏楽子弟「それでああいう横柄な態度になるわけだ」

メイド姉「そうですね……」

37: 2009/09/26(土) 21:59:49.46 ID:pLtZgbkP
奏楽子弟「どうしよっか。
 あの態度は、ちょっとやそっと粘ったくらいで
 どうにかなる感じじゃなかったね」

メイド姉「そうですね。わたしもちょっと甘く見ていました」

奏楽子弟「うん、びびった」
メイド姉「すごいですね」

奏楽子弟「すンごいね」
メイド姉「ええ」こくり

奏楽子弟「金ぴかじゃない」
メイド姉「お城よりも豪華でしたよ」
奏楽子弟「お城なんて行ったことあるの?」
メイド姉「あ、いや。見た目だけ」

奏楽子弟「彫刻のない柱なんて無かったね」
メイド姉「目がくらくらしますよ。どれだけ広いんですか」

奏楽子弟「ざっと見た感じ、短い辺が千歩ってとこだったね。
 本体は石造、漆喰、伽藍はフレスコ、彫刻した柱は総大理石。
 金箔に象眼。絵画に植樹、人工庭園。
 あれは当代一の建築家に芸術家に技術者動員しても20年がかりの
 仕事だね!」
メイド姉「詳しいんですね! 詩人さん」

奏楽子弟「ま。腐れ縁に土木野郎がいるからねっ」

メイド姉「わたしはもっと、広いだけで質素な、煉瓦造りの
 大きな集会場みたいなものを想像しちゃっていましたよ」

奏楽子弟「わたしも。そういう教会、多かったしね」
メイド姉「ええ」

38: 2009/09/26(土) 22:02:48.68 ID:pLtZgbkP
奏楽子弟「どうしよっか」
メイド姉「仕方ありませんね」

奏楽子弟「やっぱり諦めるしかないよねぇ。ここまで来たのになぁ」
メイド姉「潜入しましょう」
奏楽子弟「え?」

メイド姉「こっそり入りましょう。黒っぽい服あったかな」
奏楽子弟「ええっ!?」

メイド姉「はい?」

奏楽子弟「ほんとにっ!?」
メイド姉「はい」

奏楽子弟「何でそう思い切りが良いの、メイド姉さんはっ」
メイド姉「なんででしょう……。勇者様の悪影響なのかな」
奏楽子弟「?」
メイド姉「いえ、身近に行動力が突出した人が多くて」

奏楽子弟「もうちょっと、慎重にさ」
メイド姉「ええ、慎重に潜入計画を立てないといけないですよね」

奏楽子弟「そう。こういう事には準備がね。
 できれば簡単な内部見取り図とか、巡回の把握とか、
 目標地点の確認とかもしないと」

メイド姉「しばらく路銀を稼ぎながら情報収集ですね。
 ありがとうございます。詩人さんはやはり頼りになりますね」

奏楽子弟「……あれ? いつの間にか潜入することになってる?」

メイド姉「なんだか胸騒ぎがするんです」
奏楽子弟「そう?」

メイド姉「空気がざわざわしているような……」

42: 2009/09/26(土) 22:20:54.42 ID:pLtZgbkP
――白夜国首都、白亜の凍結宮

蒼魔の刻印王「ふむ。それで引き上げてきたか」
蒼魔上級将軍「どのような罰をお与えになりますか?」

蒼魔の刻印王「いいやかまわん。
 どちらにしろ騎馬隊の任務は偵察だったのだ。
 鉄の国が峠道を一本つぶしてでも交戦を避けた。
 その情報にも意味がある。
 多少遠回りにはなるが、より太い街道が何本かあっただろう?」

蒼魔上級将軍「おいっ。ここいらの地図を持ってこい」

蒼魔軍兵士「はっ!」

ばさぁっ!

蒼魔の刻印王「これは、山か。そして森林だな。
 この地方の森林は深いのか?」

捕虜の文官「……ぐっ。深い……。原生林だ」

蒼魔上級将軍「軍の動きは著しく制限を受けますな」

蒼魔軍兵士「恐れながら、刻印王様のお力で、敵軍ごと
 焼き払うわけには行かぬのでしょうか?」

蒼魔の刻印王「もちろん出来るとも。
 お前が勇者の相手をしてくれるのならば
 喜んでそうしよう」

蒼魔軍兵士「しっ、失礼を申し上げましたっ!」

蒼魔上級将軍「――と、なりますと」

44: 2009/09/26(土) 22:25:10.55 ID:pLtZgbkP
蒼魔の刻印王「この街道を通り、蒼魔騎兵部隊および
 歩兵部隊を進める。
 重装蒼魔兵部隊を中核に据えるとしてどの程度かかる?」

蒼魔上級将軍「10日から12日、と云うところでしょうか。
 こちらの世界は地下と比べて山脈が険しいようですが、
 街路の状況は悪くありませんな」

蒼魔の刻印王「騎行部隊を編制せよ。
 周辺の地形を探索させるのだ。
 人間の民間人に出会った場合は殺せ。
 足跡を残すのも面倒ごとになる」

蒼魔上級将軍「決戦は、この平野ですな」

蒼魔の刻印王「蔓穂ヶ原か。――おい、蔓穂とは何なのだ」
蒼魔上級将軍「お答えせんか」

ビシィッ!

捕虜の文官「……蔓穂は、草花だ。白から濃い紫の。
 花が咲く……その平野は……開発の手が着いていない……」

蒼魔の刻印王「紫か」
蒼魔上級将軍「吉兆ですな。我らが蒼魔の色」

蒼魔の刻印王「我は勇者との戦いに備えて瞑想に入らねばならぬ」
蒼魔上級将軍「はっ!」

蒼魔の刻印王「後は判っておろうな。この国の掌握に
 兵は2000も残せば十分であろう。督戦隊を組織せよ。
 例の策を使うのだ」

蒼魔上級将軍「はっ。仰せのままにっ!」

50: 2009/09/26(土) 23:01:16.04 ID:pLtZgbkP
――――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、仮設会議場

銀虎公「これはっ」がたっ
碧鋼大将「ご回復ですかっ」

鬼呼の姫巫女「ご回復おめでとうございますな」にやっ
紋様の長「ご本復誠に喜ばしい限り」

魔王「え、あ。いや……。その、世話をかけた」
メイド長「さ、まおー様。座ってください」

銀虎公「よっし、魔王殿もこれで回復だ」
碧鋼大将「うむ」

火竜大公「これで肩の荷が下りますかな」ぼうっ

魔王「まず最初にこの場にいる知恵深き長がたに
 われ三十四代魔王“紅玉の瞳”は深くお礼申し上げる。
 我が不徳から長き間そのつとめを離れたことを
 申し訳なく思うと共に、その間のつとめを我に代わって
 果たしてくれた長がたの深い知恵と行動を嬉しく思う。
 
 我のいない間の長がたの問題認識とその決断に
 至るまでの経緯、重ねた議論については、
 これなる黒騎士にして勇者から聞いている。
 
 長がたの下した決断で、
 我のほうから不服や不足がある点は一つもない。
 どれも熟慮と配慮ある決断であったと考える。
 
 銀虎公、碧鋼大将、妖精女王、衛門の長、
 鬼呼の姫巫女、紋様の長、巨人伯。
 深くお礼申し上げる。
 特に火竜大公には意見のとりまとめをして頂いた。
 見事であったというほかない」

51: 2009/09/26(土) 23:02:15.25 ID:pLtZgbkP
銀虎公「いや、そんな頭を下げられるような」
鬼呼の姫巫女「我らは、為すべき所を為したまで」
巨人伯「そうだ……まおう……治って良かった」

火竜大公「はははっ。魔王殿にそう言われて、
 我ら一同、胸のわだかまりも労苦も解けて
 流れていくようですな」

妖精女王「はいっ」

東の砦将「怪我の具合を聞いても良いかい?」

メイド長「代わってお答えします。
 包帯のほうも取れまして、食事の制限も通常に戻っています。
 予後治療としてあと一ヶ月程度の治癒術を予定していますが、
 戦闘などはともかく、ごく普通の政務であれば問題ないと
 考えております」

魔王「と、いうことだ」
メイド長 ぺこり

銀虎公「で、あるならばもはや何の問題もないな」
碧鋼大将「うむ」

火竜大公「魔王殿、ではこの会議はその役目を終え
 魔王殿に全権をお返しする、と云うことで宜しいか?」

魔王「いや、それは保留としよう。
 現在は問題の規模が大きくなり、
 事件と事件の間の距離が開きすぎている」

妖精女王「蒼魔族、ですか」

52: 2009/09/26(土) 23:05:20.71 ID:pLtZgbkP
魔王「今回の事件に対応するためには、
 この会議の力がまだ必要だと思えるのだ」

火竜大公「……ふむ」

紋様の長「魔王殿は今回の蒼魔族の人間界侵攻、
 どのような対応をすべきとお考えか?」

魔王「そうだな。ふむ……。
 衛門の長よ。あなたは人間界、魔界の事情の両方に
 明るかろう。またその経験から軍事にも秀でておる。
 現在の状況について思うところを聞かせてくれ」

東の砦将「ふぅむ」 ぽりぽり
副官「しっかりしてくださいね」

東の砦将「まず、最近色々聞きかじったところに寄れば、
 蒼魔族の領地には約16万人の蒼魔族が取り残されたようだな。
 キツイ言い方になりますが、こいつらは捨てられた。
 ……そういう事になるんだろう」

碧鋼大将「哀れな。捨てられたる哀しみも知らず」

鬼呼の姫巫女「そうであろうな」
紋様の長「ふぅむ」

妖精女王「あくまで隠密裏にですが偵察した結果、
 多くの食料は軍が糧食として徴収していったようですね。
 また砂金や軍需物資の持ち出しも確認されています」

鬼呼の姫巫女「蒼魔族の領土内には鉱山も多く、
 中には魔界最大の金山もあったはず」

妖精女王「どれくらいの持ち出しが為されたかは、
 偵察のみではとても把握できませんが」

53: 2009/09/26(土) 23:06:58.65 ID:pLtZgbkP
東の砦将「次に蒼魔族の軍部の行動についてだ。
 これは明白だろうな。
 手詰まりになる前に討って出たということだろう。
 現状魔界の全軍を相手に押し切るのは難しい。
 ……まぁ、おそらく勇者の存在も効いたんでしょうな。
 
 あの場で魔王を頃し自分が即位してしまえば
 逆らう族長は粛正して恐怖政治にて魔界を支配できる
 可能性もあったと云える。
 
 その目論見が外れて、しかも蒼魔族以外が団結してしまった。
 これがたとえば獣人族や機怪族を巻き込んで、
 魔界を二分する大戦にでも出来ていれば、
 まだいろいろやりようもあったんだろうが、
 この状況になってしまった以上、戦ったところで、
 早い遅いの差はあれじり貧だ。
 
 現にこの会議だって、どのような決着にするかについては
 考えていたが、負けた場合の事なんて考えてはいない。
 蒼魔族の命運は尽きた、その前提での話だったわけだ」

銀虎公 こくり
碧鋼大将「人間界に討って出るとは……」

東の砦将「そのとおり。
 蒼魔族そこで人間界に討って出た。
 結果から考えると、これはなかなか悪い手ではない。
 もちろん蒼魔族にとっては、と云う意味だがな。
 小耳にはさんだ話じゃ、蒼魔族は地上に侵攻早々、
 白夜国という国の都を落として掌握したって聞く」

火竜大公「一国を?」

妖精女王「そこまでの力を備えていたのですか」

54: 2009/09/26(土) 23:08:32.87 ID:pLtZgbkP
東の砦将「ああ、南部諸王国と呼ばれた4国のうち一つ。
 様々な理由で立ち後れ、周囲に戦争を仕掛けては
 返り討ちに遭い、国力も兵力も衰えていた国がある。
 それが白夜国だ。
 そんな国に運悪く蒼魔族が現われた。
 
 城は一日も持たなかったそうだ。
 
 結果として、蒼魔は地上に足がかりを作ったことになる。
 地上では、魔界とは違った形だが、戦争の気配がってな。
 南部の王国と中央が争っている。
 正直に言えば、今は魔族の相手などはしていたくはないはず。
 
 その隙を狙って、一番落としやすそうな所を落とした。
 その上そう言う案配の地上だもんだから、
 全員が一致協力して、この蒼魔族を撃つかどうかは判らない。
 何せ蒼魔と戦い始めた瞬間、背後から同じ人間に
 攻められるかも知れないわけだからな」

勇者「……」
魔王「……」

東の砦将「現状の把握はこんな所だろう。
 またこのさきについて多少考えるならば、
 おそらく蒼魔族は地上で版図を広げるつもりなのだろう。
 魔界の領土を捨てた以上それ以外に残された道はない。
 いずれ魔界へと帰るにしろ、その時は、
 何らかの事態の変遷を経て、
 魔界と自分たちの戦力差が縮まった時となる」

59: 2009/09/26(土) 23:38:47.39 ID:pLtZgbkP
勇者「正確な分析だろうな」

魔王「考えなければならないのは、内通だな」

紋様の長「内通?」
銀虎公「どういう事だ?」

東の砦将「あまりにも地上の情報に通じている、ってことだ。
 白夜国は、度重なる失策で疲弊もしていたし、
 何と言えばいいかな。
 国家、こちらで云うところの氏族か。
 その組織としての輪郭が、あまりにもぼやけていた。
 隅々まで統制は行き渡っていなかったし
 なんというか、負け犬のような根性になっていたんだろうな。
 そこを鮮やかにつかれた。奇襲としては完璧だ。
 
 だが、魔界の氏族に、そのような地上の知識や機微が
 どこまであるのか? また狙いをさだめたとしても、
 2万からの軍を動かすとなれば地理や気候などを
 無視して上手く行くものではない」

火竜大公「人間の中に、蒼魔族に手を貸したものがいる、と?」

東の砦将「そうだ」

魔王「まぁ、そのような内通者などどこにでもいる。
 ここにいる族長の方々も程度の差こそあれ、
 人間界の事情は何くれとなく気にかけているであろう?
 
 今回の内通とはその規模ではなく、
 もし、地上界のどこかの国家が、蒼魔族を援軍として
 呼び込んだのだとしたら……。
 そこが懸念だ」

60: 2009/09/26(土) 23:41:01.01 ID:pLtZgbkP
銀虎公「地上の争いか……」
火竜大公「ふぅむ」

魔王「わたしの把握している情報だと、その可能性が
 もっとも高そうなのが、白夜国自身だ」

妖精女王「どういうことですか?」

魔王「つまりその場合は、人間界での自分たちの領土や
 権益の回復を目指し魔界と手を結ぼうとしたが
 逆に蒼魔に隙を突かれて自滅した。という形だな」

銀虎公「ふぅむ。なんていうか、そこまで落ちぶれた
 氏族だったのか? 白夜族というのは?」

東の砦将「あー。そうかもなぁ」

魔王「このパターンは哀れな話ではあるが
 ある意味自業自得ではあるし、
 この先の問題点は少ないと云えよう。
 つまり、蒼魔族は白夜国を滅ぼしたことで、
 人間界での案内人を失ったわけだからな」

鬼呼の姫巫女「ふむ」

魔王「わたしが恐れているのは、もう一つの想定だ。
 人間界での戦は、単純化すれば『南部』と『中央』との
 戦いだと云える。その片方が蒼魔族を招いた場合だな」

銀虎公「そいつらはどんな理由で争っているんだ?」

勇者「はじめはそこまで争っていなかったんだ。
 だが『南部』の国は魔界との戦いの最前線だった。
 それにたいして、『中央』の国々は後方の安全な場所から
 戦争に賛成していたんだな。この辺の意識の違いから
 だんだんと溝が深まっていった」

61: 2009/09/26(土) 23:42:25.97 ID:pLtZgbkP
魔王「だが今となってはそう言った始まりの原因よりも、
 様々な点で国としての方針が合わなくなって
 しまったことが大きいな。
 
 『中央』の国々は、魔界との全面戦争を望んでいる。
 しかし、それには大空洞に近い『南部』の国を従えるか
 制圧しなければならない。そもそも『中央』の国々は
 プライドが高く、『南部』が従うのを望んでいる。
 
 しかし、経済や交易などで力をつけた『南部』の発言力は
 だんだんと『中央』の制御から離れていった。
 
 現在決定的な意見の相違は二点だ。
 『南部』は奴隷を解放したが、『中央』は奴隷を認めている。
 『南部』は魔界との停戦を模索しているが
 『中央』は魔界との全面戦争、少なくとも遠征を意図している」

銀虎公「面倒だな」
火竜大公「蓋を開けてみれば、より複雑なのであろう」

魔王「それはどこの世界でも一緒だ。多くの人が生きていれば
 意見の違いもある。一筋縄では行かぬ」

鬼呼の姫巫女「しかし、そうなると、
 蒼魔は人間界にとっても大きな転機になりうるな」

魔王「その通りだ」

銀虎公「人間が最初に魔界に攻め込んだんだ。
 人間全部が魔界の富に釣られているって事じゃないのか?」

東の砦将「富の部分は否定しないがね。
 まぁ、この件は教会の影響力も大きかった」

62: 2009/09/26(土) 23:43:40.44 ID:pLtZgbkP
鬼呼の姫巫女「教会とは、神殿の仲間であろう?」

東の砦将「そうだな。魔界の神殿組織よりも、
 地上世界の教会のほうがずっと組織として整備されているし、
 発言力も強大だが、根底は似ている。
 教会は国家、つまり氏族の枠に縛られない。
 実際問題、人間界ではただ一人の神が信じられているんだ」

巨人伯「一人!?」

勇者「ああ、そうだ。光の精霊という」
魔王「――炎の娘だ」

東の砦将「それで、まぁ、その教会が宣言しちまったのさ。
 “魔界は悪だ、頃すべきだ!”ってな。
 一応、誤解の無いように言っておくが
 
 魔界に住む魔物の多くは、地上世界の動物よりもずっと
 戦闘力が高くて危険なんだ。
 その性質は地上に出ると余計に強化される。
 つまり凶暴化するんだな」

鬼呼の姫巫女「魔物と魔族を一緒にするでない」

東の砦将「その意見は判るが、
 そこは頭の悪い野蛮人だと思って我慢してくれ。
 ゲートが開放された時に出た被害者や拡散した魔物、
 それから教会の伝えた報告により、地上の大部分の人間は
 魔界の実態も知らないままに恐怖した。それも事実なんだ」

紋様の長「ふむ……」

63: 2009/09/26(土) 23:45:06.72 ID:pLtZgbkP
魔王「そんな状況下で、蒼魔族が地上で暴れた場合
 魔界と人間界の間の関係に決定的な影響を
 及ぼしてしまう可能性が高い」

碧鋼大将「人間界が、再び魔界侵攻をすると?」

東の砦将「……」

魔王「魔界侵攻そのものは問題ではない。
 いや、それはそれで憂慮すべき事だが、一つの結果だ。
 むしろ問題は、人間界に住む人々に大規模に魔界の
 恐怖がきざまれてしまい、もはや共存の可能性が
 無くなってしまうことだ」

銀虎公「……ぐるるるる」
碧鋼大将「……」

妖精女王「それは困ります」

東の砦将「そうだなぁ」

魔王「ここにいる長の方々
 全てが共存に賛成な訳ではないのも判っている。
 しかし、考えてみて欲しい。
 地上と地下、二つの領域があったのだ。
 人間界の戦力が我らよりも小さい可能性はもちろんある。
 だが同様に我らと等しい可能性も、我らよりも大きい
 可能性もあるのだ。
 そうだろう? 相手が我らよりも劣っているなどと
 判断できる理由はどこにもないのだ。
 
 魔王としてこれだけは断言する。
 勝てたとしても、負けたとしてもその戦争は
 最低でも100年は続くだろう」


65: 2009/09/26(土) 23:47:34.94 ID:pLtZgbkP
紋様の長「逆に聞きますが、
 その全面戦争を回避できる策はありますか?」

魔王「確実な策はない」

妖精女王「ないんですか……」

東の砦将「……」

魔王「実際問題、我らは違いすぎる。
 肌の色も、姿形も。生活習慣や信じる神、食べている物。
 服装や、社会規範から、尊い思う礼節まで。
 戦争にならないほうが不思議だ。
 自然のままであるのならば、いずれ争いになるだろう」

碧鋼大将「……」
銀虎公「……」ぎりっ

魔王「だがしかし、わたしはやはり回避できるのならば
 戦争は回避すべきだと考える。
 別に人間族を恐れているからではない。
 戦えば、勝つ。勝つための努力をする。
 それが魔王だからな。
 ――しかし、それでいいのか? 長老方。
 わたしには他にも出来る何かがあるような気がする」

勇者「銀虎公」

メイド長「?」

勇者「何か言いたいことがあるんじゃないのか?
 云っちまった方がいいと思うぜ。会議なんだから」

66: 2009/09/26(土) 23:49:41.54 ID:pLtZgbkP
銀虎公「我が一族は、戦闘の一族だ。
 だから……人間と戦うのならば、ためらいはない。
 100年続くと云ったが、別に悪くないではないか?
 100年が1000年でも同じ事。
 栄誉と酒の中、雄々しく戦えばよい。
 
 だが、しかし。
 その角笛を蒼魔族が吹くのは、釈然とせぬ。
 今の話を聞いていると、我らはどうも……。
 
 蒼魔族に騙されて人間と戦うようではないか」

火竜大公「ふぅむ、そうとも云えるな」

東の砦将「……ふむ」

銀虎公「我が獣牙の一族は、
 戦う順番としては蒼魔が先だ。そう言いたい」

妖精女王「だがそうなると人間界に攻め込むことに」
碧鋼大将「余計に事態を悪化させるではないか」

東の砦将「いーや、その意見は漢の意見だ!
 俺たち衛門一族は、虎の大将に乗っかるぜっ。
 叩くのなら、蒼魔族が先だろうよ。
 そいつが筋ってもんだ。なぁ! 大将!」
副官「将軍っ!?」

銀虎公「おおっ! 衛門の長もそう言ってくれるかっ!!」

紋様の長「人間世界と100年の全面戦争を始めるおつもりかっ!?」
巨人伯「人間……こわい……」

銀虎公「だが、これは義の問題だっ。
 逆に云えば、我らが魔界の裏切り者が人間世界で暴れているのだ。
 それを叩くに何の遠慮を必要とするっ」

73: 2009/09/27(日) 00:05:56.75 ID:34eUyEEP
魔王「鬼呼の姫、竜の長。お二人の意見は如何に?」

火竜大公 ちらっ
鬼呼の姫巫女 こくり

火竜大公「我ら二人は、魔王殿に賛意を投じます」

鬼呼の姫巫女「無法を討つ。この理は人界でも通用すると考える。
 もしそれさえ通じぬとあらば、もはや人間と
 我ら魔族は判り合うことはないのだ。戦争も致し方あるまい」

紋様の長「巫女殿っ! ご老公っ!」

魔王「長がたよ。何事もせずに手をこまねいていても、
 自体は刻一刻と悪化を続けているのだ。
 で、あれば銀虎公に賭けてみるのも一つの方策であろう?」

碧鋼大将「……仕方あるまい」

銀虎公「魔王殿っ! それではっ!?」

魔王「長がたに異存なくば、魔王軍初の遠征とする」

火竜大公「そして初の親征となりますな」

魔王「だがしかし、遠征としてはあまりにも遠い地ゆえ
 大軍を率いて行くわけにも行かぬ。銀虎公っ」

銀虎公「はっ!」がばっ

魔王「精鋭八千を率いて我が傍らで右軍将軍として
 我が意に従い指揮を行え」

銀虎公「ははぁっ!!」

76: 2009/09/27(日) 00:08:03.60 ID:34eUyEEP
魔王「碧鋼大将」

碧鋼大将「はっ」

魔王「難しいことを頼むが、長ならば必ずや
 やり遂げるものと思う。
 
 旧蒼魔族領地に入り、その金山、鉱山、工房を封鎖し凍結せよ。
 また、その領民を掌握し、安堵せしめよ。
 これより旧蒼魔族領地の鉱物資源の管理は
 機怪一族に任せる。

 機怪一族がその異形ゆえ迫害されてきた歴史は知っている。
 その一族の悲しみを他者に味合わせてはならぬ。
 長と軍に見捨てられた蒼魔族を救えるのは
 同じ悲しみを知る長の一族だけだ。頼む」

碧鋼大将「承りましたっ。必ずや」

魔王「巨人伯、鬼呼の姫巫女、紋様の長」

巨人伯・鬼呼の姫巫女・紋様の長「はっ」

魔王「長がたの下した決断をわたしは重んじたい。
 この魔界を栄えさせるためには、三氏族の力がどうしても必要だ。
 世界が戦になろうと平和になろうと、街道と開墾は
 必ずやその力になる。建設に総力を挙げてくれ」

鬼呼の姫巫女「はい、必ずや」

紋様の長「承りましてございます」

巨人伯「……まかせろ」

79: 2009/09/27(日) 00:09:28.26 ID:34eUyEEP
魔王「火竜大公」

火竜大公「判っております」

魔王「うむ。この会議が魔界の束ねとなろう。
 わたしが人間界に行っても、代わらず皆を導いてくれ」

火竜大公「この老骨が砕けぬ限りはお約束いたしましょう」

魔王「砦将殿。人間の世界が舞台となる。
 開門都市に兵の蓄えが少ないことは承知だ。
 好きなだけの手勢を率いてわが左軍将軍となり
 その知謀を貸してくれ」

東の砦将「判った。まかしとけや」

妖精女王「あ、あの……わが一族は?」

魔王「妖精の女王よ」にこっ
妖精女王「はいっ!」

魔王「あなたが今回の遠征の要だ」
妖精女王「とは?」

魔王「わたし達は蒼魔族を討ちに行く。
 そのためには人間世界、つまりは人間の国々を
 通り抜けなければならないだろう。魔界でも同じだが
 武装した集団が氏族の領土に侵入してきたら戦争と
 取られても仕方ない」

妖精女王「はい……」

魔王「女王には特使として、
 人間の国々からの許可を取って頂きたい」

92: 2009/09/27(日) 00:26:29.16 ID:34eUyEEP
――聖王国、深夜の大教会、聖堂地下

コツン、コツン、コツン

奏楽子弟「ん。……いいよ」
メイド姉「はい」

コツン、コツン

奏楽子弟「この匂いは……」
メイド姉「古くなった羊皮紙ですね」

奏楽子弟「ここはどうやら、あまり人の出入りがないみたい」
メイド姉「今は有り難いです」

コツン、コツン

奏楽子弟「……しっ」
メイド姉「っ」

しーん

奏楽子弟「大丈夫。あけるよ?」
メイド姉 こくり

ぎぃいいぃ……

奏楽子弟「あ……油くらい差そうよ。心臓止まるかとおもったよ」
メイド姉「まったく」

奏楽子弟「どっちかな」
メイド姉「多分、下です」

94: 2009/09/27(日) 00:27:53.40 ID:34eUyEEP
コツン、コツン、コツン

奏楽子弟「ここが書庫だね」
メイド姉「はい」
奏楽子弟「どうする?」
メイド姉「え?」

奏楽子弟「ここまで来たんだ。『聖骸』は後回しでもいいや。
 何か探したいものがあるんでしょう? 付き合うよ」

メイド姉「では、この間の物語を」
奏楽子弟「あれ?」

メイド姉「ここになら、もっと詳細な物があると思うんです」
奏楽子弟「ふむ。わかった」

メイド姉「ここに明かりを置きますね」

コトっ

奏楽子弟「朝までは……」
メイド姉「あと6時間ほど」

ペラッ。しゅるん……

奏楽子弟「時間はないね」
メイド姉「はい」

しゅるるん……ぺら……

奏楽子弟(この娘……。たぶん、特別なんだ。
 意志を持って歩いている。わたしもそうだけど……。
 わたしが音楽を選んだように、何かを選んだ娘なんだ)

98: 2009/09/27(日) 00:32:05.68 ID:34eUyEEP
――宝珠の伝説

 見よ炎に生まれし娘有り。
 かつて無きその聡き額に見えない王冠はかがやき
 幼き頃からその慈愛遍く万物を照らす。

 見よ大地に生まれし少年有り。
 異境より訪れし女と精霊の間に生まれた忌み子。
 大地の魔峰を黒く汚し災いをもたらさん。

 幼き恋は精錬の炎により鍛え上げられ、誓いは胸を焦がす。
 願うは翼。風に乗り大空を舞う。
 大いなる神鳥に愛されし少年は、人間の血ゆえ
 精霊にとっては罪となる宝をその胸に秘める。
 罪の名は――。
 魂の翼にして希望の言葉。時に自らを縛る鎖。

 砕けたるは黒き大地のオーブ。
 贖罪の子にして黒き羊の少年は、その禁じられし恋ゆえに
 その従兄弟にして大地の精霊王と
 呪われし魔峰にて互いを滅ぼし合う。

 落ちるはその身体。
 氏せるはその命。

 しかしその悲哀、砕けし宝珠の威力もて、大地は引き裂かれる。
 精霊は相争い、五家の結束は永遠に失われ、和合すること無し。
 互いに争い激しい戦火を交え滅びの闇に沈む。

 救世を願うは少女。
 炎に生まれし、いと聡き娘なり。
 少女の選びし答えは世界。
 愛しき少年の指先を離し、全ての命の守り手となることを願い
 残る全てのオーブをかき抱き、その身を光に変える。

 生きとし生けるものの守り手、我らが恩寵の主なり。

99: 2009/09/27(日) 00:33:42.59 ID:34eUyEEP
――聖王国、聖堂地下、古代の文書保存庫

奏楽子弟「これ……かな?」
メイド姉「ええ」

奏楽子弟「なんだか、悲しい話だね。
 恋をしたのが禁じられた掟のために選べない相手で、
 それでも結ばれたいと願ったら世界が壊れちゃうなんて」

メイド姉「……」

奏楽子弟「こんな伝説があるのなら、あんな乱世でも
 仕方がないのかな……。
 世界を滅ぼした少年の子孫はいつまでもいつまでも
 迫害を受けるのかも知れないね……」

メイド姉「本当にそうなんでしょうか?」

奏楽子弟「え?」

イド姉「少年と少女が掟破りをしたくらいで、
 精霊様の五つの家が仲違いなんて初めて
 戦争になんかなるんでしょうか?
 この話って本当なんでしょうか?」

奏楽子弟「それは判らないけれど……。伝説だし」

メイド姉「そもそも、精霊様は一人です。
 少なくともわたしが教わってきた精霊様は光の精霊様一人で」

奏楽子弟「それは、この炎の精霊が最後に光になって……」

カツン、コロコロ

メイド姉「あ」
奏楽子弟「同じ筒に撒いてあったみたいだね。それは?」

101: 2009/09/27(日) 00:36:39.42 ID:34eUyEEP
メイド姉「いえ、何でしょう。
 古い受領書? 契約、でしょうか」

奏楽子弟「神殿かな」

メイド姉「建築みたいですね。四代目“琥珀の焔”と
 大主教の……転移門?」

さぁぁぁぁあ!!

奏楽子弟「なっ」
メイド姉「青い……水っ!?」

奏楽子弟「うううん、濡れてない。これ、何っ!?」
メイド姉「わたしにも何が何だか」

さぁぁぁぁあ!!

奏楽子弟(やだっ。真っ青で……。溺れそうっ)
メイド姉「こんなっ……」

さぁぁぁぁあ!!

奏楽子弟「金色の砂……海鳴りの降る……」
メイド姉(……なんだろう、この光っ)

奏楽子弟「メイド姉さん、手をっ」
メイド姉「え? はっ、はいっ」

チリン……

103: 2009/09/27(日) 00:47:59.25 ID:34eUyEEP
――光に満たされた夢

光の精霊「……よ」
女魔法使い「……ん」

光の精霊「……ゆ……よ」
女魔法使い「……やっと呼ばれた」

光の精霊「……ゃよ」

女魔法使い「……手、ある。足、ある。……身体は揃ってる。
 勇者から聞いていたとおり。これが精霊の夢」

光の精霊「……しゃよ」
女魔法使い「……なに?」

光の精霊「……勇者よ」
女魔法使い「違う」

光の精霊「……勇者よ。……救ってください」

女魔法使い「……」

光の精霊「……勇者よ。……この世界を……」

女魔法使い「……」

光の精霊「……勇者よ。……この」

女魔法使い「いいかげんにせぇよっ」

光の精霊「……勇者よ」

女魔法使い「じゃかしいわぁっ!!」

ドグワッシャァーーン!!!

106: 2009/09/27(日) 00:50:35.91 ID:34eUyEEP

光の精霊「……ゆ……ゆ……ゆ」

女魔法使い「哀れを誘う声でぴぃぴぃ泣きくさって
 勇者の優しさにつけ込んだかぁ、このへたれっ!
 お前のその執着がっ。
 勇者を苦しめていると何故思わんっ!」

光の精霊「……この世界……を
 か弱き……罪なき……人々……を……」」

女魔法使い「万巻の伝承をひもとき、
 ようやくたどり着いたこの光の夢で
 よもやこんな泣き言を聞かされようとは思わなかったっ。
 
 精霊――っ!!
 確かに世界はあんたに救われたけど、
 それって本当に救うべきだったんかっ!?
 救うべきでないものを救ったん違うかっ!?
 あんたの愛は正しいと保証できるんかっ。
 
 あたしは……。
 多分勇者の隣に立つことはないけれど
 勇者を想う気持ちで、――っ。
 あんたに負けるなんて夢にも思いつかんっ。
 
 来るだけ無駄だったけれど、一個だけ云っておく。
 この天地が砕け散ろうと、絶対にっ。
 絶対にあんたの思い通りにはさせんからなっ」

光の精霊「……救って……この……昏い世界を……」

女魔法使い「……それが」ふぅ

女魔法使い「……お節介だというのです」

119: 2009/09/27(日) 01:00:19.92 ID:34eUyEEP
こんなところで今日はおしまーい。
みんなもお風呂入って寝るよろしぅ-。
そだねー。人少ないと寂しいね-。
でもパー速だからしゃぁないのだ。
寂れたら廃れる。それで良いのだ諸行無常-。

今日は(´∇`)つ「ただのぷっちんぷりん」

>>108
主人公だから。多分彼女は自分の意志の強い子。

201: 2009/09/27(日) 19:20:39.77 ID:34eUyEEP
――氷の国、外れの交易村

開拓民「止まれ~!! 誰かそいつを止めてくれぇ!!

器用な少年「止まれと云われて止まる馬鹿がいるかよぅ」

開拓民「そいつは泥棒だぁ!! 誰かぁ!」

器用な少年「ははっ! 追いつけるもんなら追いついてみなぁ!
 へっへーんだ。こちとら食ってないんだ最軽量だぜぇ!」

メイド妹「えい」ひょい

器用な少年「え?」

グルグルグル、ズッデーーン!!

器用な少年「何しやがるんだ、この雌ガキっ!!」

メイド妹「泥棒はいけないことだよっ?」

器用な少年「うるせぇ!!
 だったら氏ねって云うのかよっ!
 こっちは命がけで食ってるんだよっ!」

タッタッタッ

開拓民「捕まえてくれぇ~」

器用な少年「来やがったな! 邪魔すんな、あっち行けドブスっ!」

貴族子弟「おやおや。淑女――の卵になんて口を聞くんですか」

202: 2009/09/27(日) 19:23:39.95 ID:34eUyEEP
器用な少年「邪魔すんなよ、洒落者の旦那。
 ってか、あんたも財布をおいていくか?」チャキッ

貴族子弟「そんなちっぽけなナイフで何をするんです?」
メイド妹「ううっ。貴族のお兄ちゃん」

器用な少年「はんっ! でかい口聞くなよっ」
貴族子弟「エレガントさが足りませんよ、君」

ヒュバッ!!

器用な少年「え?」
メイド妹「ひゃっ!!」

器用な少年「あ、あ、ああっ!!」じたばたっ
貴族子弟「早くその下半身を隠しなさい。むさ苦しい」

器用な少年「お、お前が切ったんじゃねぇか」
貴族子弟「えい」

ぼくっ

器用な少年「#’〒☆♭()ッ!!!」

貴族子弟「つまらぬ物を蹴ってしまった」
メイド妹「泡吐いてるよ? この子」

開拓民「はぁっ! はぁっ! き、貴族様でしたか。
 ありがとうございます!! こいつは泥棒なんですよっ!」

貴族子弟「いえいえ、こっちの都合もありますからね。
 このあたりに詳しそうな道案内が一人欲しかったんです」

206: 2009/09/27(日) 19:46:18.11 ID:34eUyEEP
――鉄の国、王宮、大広間

鉄腕王「……そんな訳で、魔族との一端の交戦は
 我が国守備部隊により、峠道において回避された。
 だが、我が鉄の国と白夜の国は山と大河を隔てて
 長い国境線を接している。
 人も通わぬような辺境地帯を抜けて、
 今も魔族の侵攻が進んでいると見て間違いないだろう」

氷雪の女王「……」

女騎士「鉄の国の軍備はどうなのだ?」

鉄腕王「数字だけで云えば6万に迫る数だが、
 その多くは開拓民や難民など、名ばかりの軍人に
 過ぎないし、訓練らしい訓練など、まだやっと手をつけたばかり。
 戦場に出せる数は、全てかき集めても1万がやっとだろうな」

氷雪の女王「我が氷の国は3000と云ったところ」

冬国士官「冬の国は7500が良いところでしょう」

冬寂王「それでも、三年前に比べれば倍にも増えているが」

鉄腕王「だが、どの国も急激にふくれあがった人口の治安維持や
 国境警備に必要な部隊もあろう。
 それらを差し引くならば、動員したとしても三ヶ国合わせて
 半数の1万に届くか、届かぬか」

氷雪の女王「問題は、魔族の軍勢がどの程度いるかですが……」

冬寂王「我が手の者の情報に寄れば、
 今回魔界から突如侵攻してきた魔族は、
 蒼魔族と呼ばれる魔界でも随一の過激派、
 好戦派と云える部族だそうだ。
 率いるは刻印王とよばれる若き王で前王を抹殺の上、
 軍を掌握し、その精鋭を率いて人間界へ流れ込んできた。
 その数は2万と5千」

207: 2009/09/27(日) 19:47:19.61 ID:34eUyEEP
鉄腕王「ふむ」
氷雪の女王「蒼魔族……」

女騎士(その報告精度は爺さんか……)

冬国士官「しかし、それでも2万からの軍勢。
 このままでは我らが三ヶ国存亡の危機であります」

鉄腕王「まさにな」

氷雪の女王「……」

冬寂王「いや、滅亡の危機よりなお悪いかもしれぬ。
 三ヶ国の人口全てを合わせれば、約20万。
 いくら訓練されていないとは言え、
 最終的な消耗戦になれば三ヶ国の民が生き残っているうちに、
 魔族2万を撃退できる可能戦は十二分にある」

冬国士官「……」

女騎士「それは、焦土作戦と呼ばれている。
 少なくともわたしが学士に聞いた話ではな。
 
 ……焦土作戦とは交戦下において、不利な立場にある防御側が
 攻撃側に奪われる地域の利用価値のある建物や食料を焼き払い、
 その地の利用価値をなくして攻撃側に利便性を残さない戦術だ。
 自国領土に侵攻する敵軍に食料を初めとする物資の補給を
 許さず、消耗を強いることにより、戦闘を小規模、限定化し、
 徐々にその戦力をそぐことを要訣とする」

鉄腕王「自国の領土を……」
氷雪の女王「焼き……払う……?」

女騎士「そうだ。この人数比率は、
 そこまでやれば勝利は容易い比率であると云える」

208: 2009/09/27(日) 19:49:16.48 ID:34eUyEEP
冬国士官「しかしそれではっ」

女騎士「当然だ、ようやく開墾が進み緑豊かになってきた
 この南の地を十年、いやそれ以上人も住めない不毛の
 荒野へと戻すことになる。
 そのようなことは、我が湖畔修道会としても
 見過ごすわけには行かないっ」

冬寂王「……」

鉄腕王「なんとしてでも、魔族を退けなくてはならぬ」

氷雪の女王「魔族に支配された白夜の国の罪も無き民草は
 今はどのような暮らしを強いられていることか……」

女騎士「あまりにも兵の数が足りぬか……」

冬国士官「やはりここは半数などとは言わず、
 国境線の防御を薄くしてでも、
 まずは魔族との開戦を優先させるべきかと思うのですが」

鉄腕王「そうだの」
氷雪の女王「……」

女騎士「しかし、中央諸国の三ヶ国通商に対する
 批判や風当たりには依然厳しい物がある」

冬国士官「だがしかし、魔族が現われている
 このタイミングでの軍事行動があり得る物でしょうか?」

冬寂王「……」

氷雪の女王「このようなことになってしまうとは……」

209: 2009/09/27(日) 19:50:46.95 ID:34eUyEEP
冬寂王「氷雪の女王。諸国の委任状やとりまとめの状況は?」

氷雪の女王「湖の国、梢の国、葦風の国、赤馬の国。
 他には幾つかの自由貿易都市の領主が賛意を示してくれています。
 委任状の取り付けも、ほぼ全て」

女騎士「……?」

冬寂王「このタイミングしか、あるまい」
鉄腕王「立ち上げるのか」

氷雪の女王「では」

冬寂王「うむ。三ヶ国通商同盟はその名を南部連合と改める。
 と同時に、湖の国、梢の国、葦風の国、赤馬の国の諸国には
 参加を表明していただき、いくつかの政策の合意を行う。
 最終的には、南部連合は全国での農奴解放と通商協定の
 元の自由貿易を目指し、国家の連合として活動を
 始めようと思う」

鉄腕王「うむっ」
氷雪の女王「そう言うことにしかならぬと思っていました」

女騎士「それで援軍を当てに出来るのか?」
冬国士官「どうでしょう……」

冬寂王「長期戦ともなれば援軍以上に物資の補給が有り難くも
 なるだろう。また、義勇兵の募集も期待できる。
 
 天然痘の予防体制、種痘はこの春にやっと第一段階の
 実用化を迎えた。
 今後はこの技術を伝播し、湖畔修道会を中心に連合諸国、
 ひいてはこの大陸全てに広めてゆかなければならない。
 
 ここで連合が潰え去ることだけは、我ら三ヶ国ならず
 人間世界に取ってあってはならぬことだ。
 もし国々が正しい判断力を持つのならば
 きっと我らに対する支援を送ってくれる」

210: 2009/09/27(日) 19:51:54.23 ID:34eUyEEP
鉄腕王「しかし、そのためには今少しの時間が必要だ」
氷雪の女王「そうですね」

冬寂王 こくり

鉄腕王「国境の防備は、今ある男に任せている。
 若いがなかなかの気骨ある司令官だ。
 護民卿を名乗らせてはいるが、いずれ我が国の大将軍として
 柱石となってくれるだろう」

冬国士官「どの程度の軍を配置しているのですか?」

鉄腕王「3500にすぎん」

女騎士「よしっ。わたしが率いてきた騎馬部隊、
 冬寂王の部隊、そして冬の国からの歩兵部隊で2000は揃う。
 おっつけ冬の国から二次編制部隊3000も届くだろう。
 それを合わせれば5000だ。
 鉄の国でも二次部隊の編制を頼みたい」

冬寂王「心得た。それでも……約8500万か」

氷雪の女王「我が国はいかがしましょう?」

女騎士「こう言っては何だが、氷の国の兵士は指揮系統が弱い。
 鉄の国国境付近まで出て哨戒をお願いしたい」

氷雪の女王「わかりました。……もう、あの風来坊は
 どこをほっつき歩いているのだか」

女騎士「わたしが出る。お歴々の方々、異論は?」

冬寂王「頼む」
鉄腕王「騎士将軍は我が三カ国最強の将軍ゆえな。
 ここで頼むのは、おぬししか居ないであろうな」

211: 2009/09/27(日) 19:53:06.95 ID:34eUyEEP
氷雪の女王「しかし敵の数は二倍。
 いつぞやの中央連合のように貴族の寄せ集めでもなく
 若く残忍な王に率いられた精鋭軍人の集まりとなると……」

女騎士「勝つのは難しく、最善であっても苦戦は
 避けられぬだろう」
冬国士官「……」

冬寂王「戦の帰趨はどうなる」

女騎士「負けるつもりはないが、予断は許さぬ。
 ……と云うよりも、むしろ判断がつきかねる、
 わたしが知る限り、魔界へと進んだ聖鍵遠征軍も、
 前回の極光島奪還作戦もそうだが、
 魔族には人間世界の戦の常識やルールが通用しない。
 かといってそれは常識やルールがないというわけではなく
 彼らは彼らなりの都合や身分制度、戦術の中で動いている
 印象を持っている。
 こちらがこちらの都合でそうだろうと決めつけていると
 痛い目を見る。
 
 実を言えば、わたしは蒼魔族の若き刻印王をこの目で
 見たことがある」

冬国士官「えっ!?」
冬寂王「なんと……」

女騎士「その強さは無類だ。わたしの及ぶところではない」

氷雪の女王「そんな……」

213: 2009/09/27(日) 19:54:19.70 ID:34eUyEEP
>>212
スミマセンスミマセン(T∇T)8500でした

214: 2009/09/27(日) 19:55:13.43 ID:34eUyEEP
女騎士「だが、しかし、戦は一個人の技量だけで
 決着がつく物ではない。ましてや……勇者もいる。
 希望を捨てるには早すぎる。まだ接触さえしていないのだ。
 だが、だからといって勝つとも云えぬ。
 
 勘だけで云わせて貰えば、相当分が悪い賭けだろう」

冬国士官「……」

冬寂王「最大限の支援が必要だと云うことだな」

鉄腕王「武具の生産と後方部隊、二次編制を急がせる」
氷雪の女王「我が国も何らかの手が打てないかと考えてみます」

女騎士「戦場の事は面倒を見よう。
 その……。王の方々よ。
 ……わたしは一介の騎士に過ぎないが」

冬寂王「何を言うか、全軍を預かって頂く将軍ともあろう人が!」
鉄腕王「そのとおりだ、それに麗しい騎士でもある」にやり
氷雪の女王「その通りですわ」

女騎士「……出来ればその時が訪れた時に、
 各々がたが曇り無き心で判断してくれることを、願う」

冬国士官「……?」

鉄腕王「そいつはなんのことだ?」
氷雪の女王「何を仰っているのですか?」

女騎士「――。
 わたしは戦場に向かおう。
 一刻も早く現地の地形の把握が必要だ。
 鉄の国の領内ゆえ、白夜の蒼魔軍よりも
 早く入れるとは言え、敵の行軍速度が判らない」

冬寂王「うむ、たのんだぞ。総司令将軍」

女騎士「引き受けたっ」

223: 2009/09/27(日) 20:38:44.65 ID:34eUyEEP
――聖王国、南部平原

王弟元帥「光の精霊の尊き御名の元に集いし
 汝ら光の子らよ、選ばれし戦士達よっ!!
 我らが旅立ちの時が来たっ!!
 
 我らは長い間この地にあり、精霊の導きの元
 大地から作物を獲て、四方を治め暮らしてきた。
 我らは精霊の子、光によってえらばれし民である。
 
 しかし昼短く闇深き南方の果てには魔界があり、
 そこでは今なお野蛮な風習を色濃く残す魔族なるものが
 威を振るい君臨している。
 我らは我らが大地を護るため、盾と矛を取り
 この脅威に応戦をしてきた。
 その筆頭となったのが南部の諸王国である。
 而して南部の王国はいつの間にか魔族の侵攻を受け、
 その王も軍も闇の者どもの手先となってしまった」

 ざわざわざわ……

王弟元帥「それは何故か!!
 今こそ語ろう、『聖骸』の秘密を!
 それは我らが救い主、光の精霊の遺骸。世にふたつと無き至宝!
 遙かな古の昔、魔族はその宝を我らがえらばれし民より
 奪い去り、魔界へとかくしたのだ!!
 
 南部の諸王たちはその輝きに見せられ、我ら人間と
 精霊の慈悲を裏切ったのである。
 
 見よ、南部の地を!!
 そこには、異端の食物が溢れ人々は享楽を欲しいままにしている。
 それらはすべて魔族の奸計、
 遙か古に裏切りし魔族の歪んだ血のなせるわざなのだ!!」

224: 2009/09/27(日) 20:39:51.22 ID:34eUyEEP
王弟元帥「中央諸国の光の教徒たちよっ!
 高きも低きも、富める者も貧しき者も
 南方の同胞の救援に進めっ!
 
 彼らは闇に目隠しをされた盲人なのであるっ。
 彼らを自由などという世迷いごと、その退廃から救いだし
 この世界のあるべき秩序に戻すためには
 我ら光の戦士の雄々しき腕による救済こそが今必要なのだっ!
 
 我と共に旅立つ光の教徒たちよ!
 今こそ大儀のために立ち上がれ!!
 
 光の精霊は我らを導き給うであろう。
 正義のための戦いに倒れた者には罪の赦しが与えられよう。
 
 この地では人々は貧しく惨めだが、
 彼の地では富み、喜び、神のまことの友となろう。
 なんとなれば、そこには真の精霊の宝『聖骸』があるからである。
 我らは『開門都市』と『聖なる鍵』を手に入れ、
 我らが奪われし永遠の宝、『聖骸』を奪還せねばならない。
 
 いまやためらっているべき時は過ぎ去った。
 光の導きのもとに、いまこそ出陣の時であるのだっ!!」

うわああぁぁぁぁ!!
   うわああぁぁぁぁ!!

光の兵士「精霊はこれを欲し給うっ!!」

光の兵士「精霊はこれを欲し給うっ!!」

光の兵士「精霊はこれを欲し給うっ!!」

王弟元帥「精霊の旗のもとっ!! いざ、南へっ!!!!」

226: 2009/09/27(日) 20:42:14.06 ID:34eUyEEP
うわああぁぁぁぁ!!
 ざっざっ!
   ざっざっ!
     ざっざっ!

司教「すさまじい人数ですな。王弟殿下は演説もお上手だ」

聖王国将官「この草原に集まっただけで2万。10大隊ですな。
 同様の大隊が四つほど進軍中です」

司教「10万ですか。それは希有壮大な……」

聖王国将官「元帥の構想ではこれらを中核とし、
 最終的には40万の軍勢をもってして魔界へ入るとのこと」

司教「ふはははっ。圧倒的ではないですか」

ザッザッザッ

王弟元帥「司教殿」
司教「王弟殿下、見事な演説でございました」

王弟元帥「この軍は元々は教会のためではありませんか」
司教「ふふふっ。猊下もことのほかお喜びのご様子」

王弟元帥「では、例の布告も?」

司教「はっ。猊下のご裁断はすでに頂き、発布しております。
 “聖鍵遠征軍は精霊の意志の元に行われる奪還運動である。
 聖鍵遠征軍に参加する貴族や領主の全ては、借金や借入物の
 支払いを一時的に免除される”と」

王弟元帥「ふふっ。それでこそ、どの貴族もこぞって
 第三次聖鍵遠征軍へとその身を投じるでしょう。
 その動きにつられ、食い詰めた農奴や開拓民も遠征軍に加わる……」

229: 2009/09/27(日) 20:43:20.20 ID:34eUyEEP
聖王国将官「40万は決して非現実的な数字では
 なくなってきましたね」

司教「これも精霊のお導き。恩寵ですな。はっはっはっ」

王弟元帥「その布告は“借金を待って貰いたいのならば教会に従え”
 でしかないのに、それに気が付く貴族が何人いることやら」

司教「はははっ! 仕方ありますまい。そもそもが身から出た錆」

王弟元帥「魔界を手に入れれば、その領土、豊かさは
 我らが大陸の数倍にも達する。新たな領土も豊かさも思いのまま」

司教「我ら教会は『聖骸』と、永遠の第一教会の地位さえあれば
 世俗のことは貴方にお任せいたしましょう。王弟殿下」

王弟元帥「我は忠実な精霊の僕の一人」

司教「その通り、わたし達は皆そうです」

王弟元帥「だからこそ、上手くやっていきたいものですな」

司教「まったく! まったくですよ。あははははっ」

王弟元帥「猊下は?」

司教「猊下は聖王国大教会から、近く出立されるご予定です」
王弟元帥「十分な警備をお願いしますよ」

司教「教会騎士団は清廉にして無敵の百合、
 ご心配には及びませぬ。それより南部の邪魔者どもを」

王弟元帥「心得ていますぞ。お任せあれ」にやり

244: 2009/09/27(日) 21:10:53.36 ID:34eUyEEP
――白夜国首都、白亜の凍結宮

参謀軍師「ふふっ。この度は御戦勝、おめでとうございます」

蒼魔上級将軍「それもこれも、情報の精度のお陰よ。
 今回の力添え、蒼魔族を代表してお礼申し上げると
 王弟殿下へと伝えられよ」

参謀軍師「うけたまわりました。……刻印王は?
 古い王を廃されて、いよいよ名実をもって貴方の主が、
 蒼魔族を率いるようになったと聞きましたが?」

蒼魔上級将軍「王は力を蓄えるための眠りについておる」
参謀軍師「そうですか……」

蒼魔上級将軍「王としても、聖王国の手引きには
 感謝を示されていた。
 もっともそれもそちらの都合あってのことであろう?
 我らが魔族に、白夜を討たせたい都合が」

参謀軍師「それはまぁ、ははは」

蒼魔上級将軍「利害の一致。責めようと云うつもりはない」

参謀軍師「有り難い限りですな」

蒼魔上級将軍「さて、取引だな」
参謀軍師「はい」

蒼魔上級将軍「まずは、白夜を落とした見返りを頂きたい」
参謀軍師「蒼魔族は地上に新しい領土を獲た。
 ……それでは不十分すかな?」

蒼魔上級将軍「それは我らが実力で勝ち取ったものであろう?
 聖王国は何も失っておらぬ。それでは取引にはならぬ」


245: 2009/09/27(日) 21:11:51.04 ID:34eUyEEP
参謀軍師「さよう云われましても……。
 では、かねてより依頼してありました、
 あちらのほうで対価に色をつけようではありませんか」

蒼魔上級将軍「ああ。依頼されたとおり、最大限の量を
 国元より運び出してきた。あれの運び出しのために、
 我が軍の輜重部隊の積載量は大幅に圧迫され、
 食料や武器などにもすでに悪影響が出ているのだぞ?」

参謀軍師「そちらを高額で買い取る、ということで
 この際いかがでしょう? 取引とはなりませぬか?」

蒼魔上級将軍「あのようなものを、本当に欲するのか」

参謀軍師「いくつかの産業で入り用でしてな」

蒼魔上級将軍「ふむ」
参謀軍師「どれくらいの量を用意されているのですか?」

蒼魔上級将軍「馬車にして、900台といったところだろう」

参謀軍師「そうですか。……ではそれら全てを3倍の量の
 食料および、替えの武具4000人分でいかがですか?」

蒼魔上級将軍「硝石とは随分貴重な物のようだな。
 5倍の食料およびそのままの数の武具と交換して貰おう」

参謀軍師「っ。……判りました」

蒼魔上級将軍「引き渡す硝石は半分だ。少なくとも我らが
 隣国を落とすまではな」

参謀軍師「……宜しいでしょう」

247: 2009/09/27(日) 21:14:42.25 ID:34eUyEEP
蒼魔上級将軍「補給食料はいつ用意できる?」

参謀軍師「このようなことになると考えていましたし、
 半分であればさほど時をおかずに用意できるでしょう」

蒼魔上級将軍「では早速搬入を初めて貰おう。
 我らはすでに隣国攻略作戦の情報収集段階にはいっている」

参謀軍師「流石勇猛をもってなる蒼魔族」

ザッザッザッ

蒼魔近衛兵「報告でありますっ!」ちらっ
蒼魔上級将軍「構わぬ」

蒼魔近衛兵「測量騎兵隊準備終了しました。
 これより出発いたしますっ!!」

蒼魔上級将軍「急げ。王の瞑想終了には間に合わせよ」
蒼魔近衛兵「はっ!!」

参謀軍師「鉄の国、ですか」
蒼魔上級将軍「多少は歯ごたえがあればよいのだが」

参謀軍師「南部三カ国の中ではもっとも兵の充実した国です。
 噛み応えはあるでしょう。安心為されて宜しいかと」

蒼魔上級将軍「そうだとよいが……。ん?」

ふわり

参謀軍師「どうなされた?」

蒼魔上級将軍「いや、何でもないようだ」

249: 2009/09/27(日) 21:37:03.97 ID:34eUyEEP
――蔓穂ヶ原の外れ、鉄国後方陣地

ザックッザックザック……

女騎士「良く整えられた陣営だな」
冬国士官「そのようですね。1500にしては規模が大きいような」

女騎士「増えることを見越してあるのだろう」
冬国士官「そうですね」

バサッ

軍人子弟「騎士殿!!」

女騎士「軍人子弟っ!」

軍人子弟「はははははっ! お久しぶりでござる!
 ずっとお会いもできませんでござった!
 しかしきっといらっしゃると思っていたでござるよっ!」

鉄国少尉「こちらは、まさか!?」

軍人子弟「そう! かつて勇者を支えた三人の英傑の一人にして
 湖畔修道委員会の指導者、そして我が三カ国同盟の誇る常勝将軍!
 ”鬼面の騎士”にして”怪力皇女”! “絶壁つるつる行進曲”!
 我が師、女騎士殿でござぐぇぇぇっ」

女騎士「お前は成長しないのか」 チャキンッ

冬国士官「ふははは」
鉄国少尉「あははははっ」

女騎士「恥ずかしいところを見せてしまったな。
 わたしは女騎士。新任の将軍にして、この戦の司令官だ。
 貴君ら鉄の国の国境防衛部隊は、我が傘下に組み込まれる」

鉄国少尉「お話は伺っております! どうぞ天幕へっ!」

軍人子弟「ぐっ。……拙者だって上官なのに」

250: 2009/09/27(日) 21:38:32.54 ID:34eUyEEP
――蔓穂ヶ原の外れ、鉄国後方陣地、仮設兵舎

女騎士「それで、軍人子弟はここが戦場になると読んだのか?」

軍人子弟「そうでござらんが。おい、地形図を」
鉄国少尉「はっ」

ばさり!

女騎士「ふむ」

軍人子弟「ここは鉄の国と氷の国を流れる紫涙河の源流付近。
 山岳からやってきた清水は森林の中に大小合わせれば
 無数としか言い様のないくぼみを作り、
 こちらの蔓穂ヶ原は湿原地帯となっているでござる」

冬国士官「ふぅむ」

軍人子弟「水量の豊かなこの地は、
 いずれ干拓や潅漑が進めば
 豊かな農地へとなるかも知れないでござるが、
 現在の所は水はけの悪い草原、湿地帯、泥炭地の混合地形。
 
 しかしながら付近では大規模な軍を運用できる土地は
 他にはござらん。また、この場所に軍の集積地をおけば、
 白夜国から鉄の国へとやってくる峠道や迂回路のほぼ全てを
 2日以内の地点で監視する体制を作れるでござる」

女騎士「哨戒はどうなってる?」

軍人子弟「半日ごとに偵察を切り替えながら、
 常時監視を行っているでござるよ」

女騎士「まずは及第点だ」

軍人子弟 ふぅ
鉄国少尉「護民卿、顔色蒼いですよ」

軍人子弟「今までの色んな記憶のせいで
 やたらと緊張するのでござるよ」

251: 2009/09/27(日) 21:39:38.49 ID:34eUyEEP
女騎士「さぁって、ここからは本番だな」

軍人子弟 こくり

女騎士「こっちはいま2000連れてきた。騎馬500に歩兵1500。
 どちらも訓練度は高い正規軍人で、実戦経験もある」

軍人子弟「この陣地および周辺に展開中なのは3500名。
 全て正規軍人で、訓練度には多少ばらつきがござるが
 最終的には拙者が全員を指導いたしました」

鉄国少尉「あわせて、5500名でございますね。
 早速少量備蓄と配給を再計算しなくては」

女騎士「敵は最大25000の蒼魔族。
 戦力、兵装、戦術は不明だが
 騎馬部隊、弓兵部隊の存在は確認している。
 騎馬は槍を装備して、他には小剣と盾を持った歩兵もいたな」

軍人子弟「弓兵は長弓でござるか?」

女騎士「長弓と云うには多少小降りだったな。
 だが威力はなかなかだった」

軍人子弟「ふむ。比率は不明、と」
女騎士「そうだ」

軍人子弟「威力偵察に迫ってきた兵達は騎馬部隊でござった。
 騎馬には板金の馬鎧をつけてござったな」

女騎士「重騎兵か……」

軍人子弟「まず第一に云えるのは」
女騎士「聞こう」

252: 2009/09/27(日) 21:41:04.87 ID:34eUyEEP
軍人子弟「敵の司令官は馬鹿でもなければ
 油断も慢心もしていないと云うことでござる。
 さらにいえば、その蒼魔族なる魔族は武装が良くて
 統制も取れ、訓練も行き届いていると云うこと」

女騎士「同感だ」

軍人子弟「そして二倍の数がいることから考え合わせると、
 通常の戦闘をする限り、
 拙者達の運命は敗北以外にはないと云うことでござる」

女騎士「その通り」

軍人子弟「ではどのように機略を用いるかと云うことでござるが、
 その前に確認したいことはこの戦争の最終的な目標でござる。
 目標が与えられない限り、戦術は構築出来ないでござる」

女騎士「良く覚えてるな」
軍人子弟「戦術授業だけは真面目に受けたでござるよ」

女騎士「お前も護民卿になったんだろう?
 目標設定もしてみるべきだな」

軍人子弟「民を護ることでござる」

女騎士「“どこ”の?」

軍人子弟「もちろん、白夜の国を含めて」

女騎士「では目標はただ一つ。蒼魔族を打ち破り、
 白夜の国も開放すべきだ」

255: 2009/09/27(日) 21:43:19.62 ID:34eUyEEP
冬国士官「まっ。待ってくださいよ。今わたし達は
 自分たちが生きるか氏ぬか、国が滅びるか、
 滅びないかの瀬戸際なんですよっ!?」

鉄国少尉「そうですよっ! 裏切り者の白夜なんて
 構っている場合じゃないですよっ」

女騎士「と、云っているが?」

軍人子弟「どうにもならなければ、
 作戦目標を変更することもあるでござるが、
 最初から引き分け狙いで勝てるほど甘い相手ではないでござろ?
 “完全”を求める者にこそ、
 それでやっと“半分”が与えられるでござるよ」

鉄国少尉「……っ」

女騎士「さぁて、随分骨のある課題になったな」

軍人子弟「そうでござるね。まずは、数の差を埋めるでござるよ」
女騎士「おおっと、そっちからいくか」

軍人子弟「これでもこき使われたでござるからね。
 戦略によって戦闘資源を確保できるならば、
 その方が王道でござる。騎士殿はお土産はないのでござるか?」

女騎士「氷の国の兵は断った。
 冬の国からは歩兵3000が一週間後には届くだろう」
冬国士官「はい、連絡を絶やさないようにしております」

軍人子弟「拙者のほうでは開拓兵に声をかけるでござる」

女騎士「何に使う?」
軍人子弟「工兵としてならば期待できるでござる」

257: 2009/09/27(日) 21:45:41.50 ID:34eUyEEP
女騎士「と、やはり地形か」
軍人子弟「地形でござるね」

女騎士「だが、さっき聞いたが敵も馬鹿じゃないんだろう?
 重装騎兵を持っている将軍が、沼沢地方での決戦に応じるか?
 こちらの地形情報がなければそれもあり得るだろうが
 斥候も測量もださないってのは流石にないだろう」

軍人子弟「餌が必要でござろうね」
女騎士「餌、か」

軍人子弟「騎士師匠」きりっ

女騎士「何だよ改まって。気持ち悪いな」

軍人子弟「拙者、前々から思っていたのでござるが
 騎士師匠は実に端正な横顔をしているでござる。
 桑折推奨のような鮮やかな瞳にバラ色の唇、細くて豊かな髪。
 馬上にて指揮する姿は全軍の視線を集める戦の女神でござるよ」

鉄国少尉「えっと」
冬国士官「そのように云われると、我が将軍ながら照れますね」

女騎士「なっ、何を言ってるんだよ」

軍人子弟「いやいや、もうこれはお世辞ではござらんのですよ。
 その上我らが南部三ヶ国通商の誇る常勝将軍にして
 勝利の約束、生きる伝説でもある姫将軍でもあるわけです」

鉄国少尉「えー」
軍人子弟(小声)「褒めるでござる」
鉄国少尉「へ?」
軍人子弟(小声)「褒めちぎるでござる。
 ちぎってちぎってちぎりまくるでござるよ」

259: 2009/09/27(日) 21:47:14.17 ID:34eUyEEP
女騎士「な、な、なにを」ばたばた
軍人子弟「拙者、密かに女騎士将軍の指揮の下
 戦える日を夢見てござった」

鉄国少尉「そ。そうですよ! 三ヶ国の兵は皆、騎士将軍に
 憧れの気持ちを持っているんですよ」
冬国士官「それは事実ですなぁ。
 なんだ鉄の国の連中も判っているじゃないか」

女騎士「お前達まで、何をっ」

軍人子弟「いやいや、謙遜なさることはござらん。
 もはやこれは、全軍の偽らざる気持ちというものでござろう?
 で、ござるよな! 皆の衆」

鉄国少尉・冬国士官 こくこく

軍人子弟「いぇーい! 女騎士将軍ばんざーい!」

鉄国少尉・冬国士官「ばんざーい!」

女騎士「ちょ、お前達っ」

軍人子弟「いぇーい! 少女めいた華奢な首筋ばんざーい!」

鉄国少尉・冬国士官「ばんざーい!」

女騎士「な、やめろ。お、怒るぞっ!」かぁっ

軍人子弟「こほん。万歳ついでに、餌を」

女騎士「え?」

軍人子弟「蒼魔族のよだれを垂らす美味しい餌は、
 女騎士将軍をおいて他にはいないでござるよ!」にぱっ

278: 2009/09/27(日) 22:19:44.73 ID:34eUyEEP
――大陸街道南部、羊飼いの草原

めぇぇぇーー。めぇぇぇぇー。

羊飼いの男「なんだ、ありゃ?」
羊飼いの娘「地面が動いてるの? ……いえ、あれは」

羊飼いの男「人だ。すげぇ人だ!」
羊飼いの娘「何が起きてるの!?」

めぇぇぇー。めぇぇぇぇー。

 ザッザッザッ
 
 ――精霊はこれを欲し給う
 ――精霊はこれを欲し給う

羊飼いの男「すごい数の人だ。いや、兵隊達だ」
羊飼いの娘「でもこんな人数、領主様の軍だって。
 ううん、どんな王様の軍だって想像できないよ……」

やつれた旅商人「なんだあんた達、聞いていないのか?」

羊飼いの男「旅人さんじゃないか」
羊飼いの娘「これはなんなの? 何が起きているの?」

やつれた旅商人「大主教さまが、第三次聖鍵遠征軍を
 招集なさったんだよ」

羊飼いの男「聖鍵……」
羊飼いの娘「遠征軍?」

やつれた旅商人「ああ、そうさ」

281: 2009/09/27(日) 22:23:54.59 ID:34eUyEEP
 ザッザッザッ
 
 ――精霊はこれを欲し給う
 ――精霊はこれを欲し給う

やつれた旅商人「俺たちの光の精霊様を侮辱していたって云う
 魔族の連中を倒すために、大主教さまが広く兵を
 募集なさったんだ」

羊飼いの男「広くって、貴族だけじゃないのか?」
やつれた旅商人「ああ、農奴も市民も参加しているって話だよ」

羊飼いの男「それでこんなに……」

 ザッザッザッ

羊飼いの娘「とんでもないわ。世界の終わりみたい……」

やつれた旅商人「俺は北西の方から旅をしてきたんだけど
 これと同じ景色が、あっちには何日も続いている。
 どこにこんなに人数がいたんだろうってくらいだ」

羊飼いの男「もしかしたら、羊も買ってくれるかな?」

やつれた旅商人「ああ、買ってくれるんじゃないか?
 後から後から参加する連中や、女や、物乞いまでも
 一緒にずるずるとくっついて行っているよ」

羊飼いの男「ちょっといってみるかな」

羊飼いの娘「なんだか怖いよ。離れていた方が良くない?」
やつれた旅商人「俺も興味はないね」

羊飼いの男「でも儲かるかも知れない。俺は行ってみるよっ」
羊飼いの娘「まってよ、わたしもついて行くってば!」

287: 2009/09/27(日) 22:45:57.01 ID:34eUyEEP
――蔓穂ヶ原、尾根部分

パチッ。パキリ……

蒼魔軍斥候隊長「どうだ?」
騎馬弓兵「この辺り一帯が該当区域ですね」

蒼魔軍斥候「かなり広大な平野部だな」

蒼魔軍斥候隊長「うむ。地図上でも差し渡し15里はあるようだ」

騎馬弓兵「どのように調べましょう?」

蒼魔軍斥候隊長「まずは、この尾根道の調査を、斥候隊」

蒼魔軍斥候「はいっ」

蒼魔軍斥候隊長「つぶさに行うのだ。2万の軍が
 何列で進めるかも含めて詳細な見取り図を作成せよ」

蒼魔軍斥候「はっ」

蒼魔軍斥候隊長「平原の地勢はどうだ?」

騎馬弓兵「穏やかなうねりを伴った草原が殆どですが
 幾つかの場所において湿地や、ぬかるみ滑りやすい泥が
 むき出しになった地形が存在するようです」

蒼魔軍斥候隊長「ふぅむ」

騎馬弓兵「いかがいたしましょう?」

291: 2009/09/27(日) 22:50:40.65 ID:34eUyEEP
蒼魔軍斥候隊長「騎兵の運用はどうだ?」

騎馬弓兵「軽騎兵はいけるでしょうが、
 重装騎兵は難しいかも知れません。
 馬が足をくじいたら身動きも取れなくなるでしょうし。
 ただしそれは沼沢部分で、草地を上手く使えば
 あるいは可能かも知れませんが……」

蒼魔軍斥候「しかし、沼沢地方では重装歩兵すら運用が
 難しい場所も存在するようです」

蒼魔軍斥候隊長「“見た目より狭い”ということか。
 使える場所が限られている地形のようだな」

騎馬弓兵「手強い地形ですね」

蒼魔軍斥候隊長「騎馬弓兵は馬を下りて、
 ここより平野中心部にかけての地形を調査せよ。
 判る限りの沼沢部分、平地部分、丘陵部分を事細かく記録せよ。
 平原の周辺部については沼沢の割合が大きいようだ。
 戦場とするのは不適当に過ぎる。
 中心部を重点的に測量、また敵にあった場合交戦は避けて
 諜報と斥候に勤めるように」

騎馬弓兵「了解いたしましたっ」

グシャッ

蒼魔軍斥候「は?」

蒼魔軍斥候隊長「蔓穂の花よ。ふっ。人間の国など、
 我ら蒼魔の勇者がこの花のように踏みにじってくれようぞ」

297: 2009/09/27(日) 23:09:58.40 ID:34eUyEEP
――冬の国辺境、人里離れた深い森の中

ホーウ、ホーウ
 バサバサバサッ!

器用な少年 びくっ!
メイド妹「あれは、フクロウさんだよー?」

器用な少年「判ってるよっ!!」

ギャーッギャッギャッギャ
 バサバサバサッ!

器用な少年「っ!?」

貴族子弟「ほらほら、少年。少年がびびってるから
 鳥たちも飛び立つんですよ。サクサク歩くっ」

メイド妹「遅いよぉ」

器用な少年「お前らの荷物も俺が持ってるからだろうっ!」

貴族子弟「だってねぇ?」
メイド妹「うん」

貴族子弟「ぼかぁ、ほら。線の細い貴族ですし」
メイド妹「わたし女の子だもん」

器用な少年「どんだけ荷物持たせるんだよっ!?」

300: 2009/09/27(日) 23:11:55.32 ID:34eUyEEP
貴族子弟「命を救ってあげたじゃないですか」
メイド妹 うんうん

器用な少年「奴隷にされただけだっ!」

貴族子弟「生意気ばっかり云ってると、このレイピアちゃんで
 首の横から食事できるようにしちゃいますよ?」

メイド妹「それじゃ味が分かんなくなっちゃうよぉ!」ぷんすか

貴族子弟「まずいか。じゃお尻の穴を増やしましょうか?」
メイド妹「それならいいよ♪」

器用な少年「ひっ。わ、判ったよ。運ぶ、運ぶよっ」

ザッザッザッ

貴族子弟「ほらほら、君は荷物運びじゃないんですから」
メイド妹「先頭歩かないと」

器用な少年「俺だって正確な場所が判るわけじゃねぇって」
貴族子弟「でも、この辺の森は詳しいでしょ」
メイド妹「うんうん」

器用な少年「たぶん、砦の廃墟に……それらしい人が」

ザッザッザッ

貴族子弟「ああ。あっちかな」
メイド妹「ん。これは……。まめのスープの匂いだ」

器用な少年「あれでいいのか?」

貴族子弟「ええ、あれが目的地のようですね」

301: 2009/09/27(日) 23:13:27.19 ID:34eUyEEP
器用な少年「じゃぁ、俺はここで良いだろう?
 あの連中はやばいんだって。俺は行きたくねぇよ」

貴族子弟「あははは。だってそれじゃ荷物運べないじゃないですか」

器用な少年「そんな事言ったって、
 俺に持たせる前は二人で背負ってたじゃねぇかよぉ!!」

貴族子弟「?」
メイド妹「?」

器用な少年「言葉が分かんないような困った顔するなよっ!!」

貴族子弟「まったく楽しい少年ですね」
メイド妹「きっとお腹がすいてるんだよ」

器用な少年「なぁ、頼むよ! あそこにいるのは傭兵崩れなんだ。
 ただの野盗といっしょにしちゃまずいんだよ!
 人頃しに馴れている本当のプロなんだってば!!」

貴族子弟「だからわざわざ来たんじゃないですか」

器用な少年「判ってねぇよ!」

貴族子弟「判ってますよ。だいたいプロの人が、もう明かりも
 見えるような距離に侵入者の僕らが踏み込んでいて」

ガサッ

屈強な傭兵「動くなっ。武器に手を触れるなよっ」

貴族子弟「気が付かないわけがないでしょう?」

313: 2009/09/27(日) 23:23:35.83 ID:34eUyEEP
――冬の国辺境、人里離れた深い森の中、砦の廃墟

めらめら、パチパチっ

傭兵隊長「で、お前ら何なんだ? あん」
傭兵槍騎兵「返答次第じゃ生きては帰さねぇぞ」

器用な少年「お、おいらはちんけなこそ泥で
 まったく全然無関係なんだっ。
 勘弁してくれよ、隊長さんっ」

貴族子弟「多少は気合いを入れて意地を張らないと
 何時までも負け犬だよ? 少年くん」
メイド妹「お姉ちゃんに笑われちゃうよ-?」

傭兵隊長「で、そっちの貴族様は?」

貴族子弟「ぼくの名は貴族子弟。優雅なワルツと花の香り
 酒の甘さと淑女を愛する雅の信奉者といったところかな」

メイド妹「わたしはメイド妹です。招来の宮廷料理長だよ♪」

傭兵隊長「ふんっ。で、その貴族様が何だって?」

貴族子弟「いや、この森にね。
 このあたりで最も屈強な傭兵団崩れがいるって
 聞いてね、やってきたんだ」

傭兵隊長「ほう……」ギラッ
傭兵槍騎兵「隊長」ジャギッ

貴族子弟「武器をちらつかせるのは止めてくれよ。
 自慢じゃないが僕は弱いんだ。
 失禁したらお洒落なズボンが濡れるだろう?」

メイド妹「それ格好良くないよ、お兄ちゃん……」

314: 2009/09/27(日) 23:24:32.07 ID:34eUyEEP
傭兵隊長「そうかい? 俺は戦場暮らしが長くてね。
 あんたは、そこらのぼんくら騎士より、
 よっぽど使うって俺の勘が告げているんだがね」

貴族子弟「たかだかぼんぼんの庭先剣法さ。
 だいたいのところ、よしんば僕がどれだけ手練れだったとしても
 この砦にいる数百人から逃げられるわけもない。
 あの塔」すっ

器用な少年「へ?」きょろきょろ

貴族子弟「――からは、石弓でだって狙ってるんだろう?」

傭兵隊長「お見通しかい。へへへっ。
 で、あんたはどんな用なんだい? あんたも金をくれるって?
 どっちからなんだい?」

貴族子弟「……」
器用な少年「ど、ど、どっちって?」

傭兵隊長「“冬の国から奪って欲しい”のか
 “冬の国を勘弁して欲しいのか”ってことさ。
 俺たちは野盗だからよ。金をくれた方に着くぜ?」

貴族子弟「ふぅむ、そうなのか?
 そんな理由で今まで金を受け取らないでいたのかい」

傭兵隊長「……他に何があるんだ?」

貴族子弟「いや、他にも何かあるんじゃないかと思ってきたんだが」

傭兵槍騎兵「貴様、生意気な口をっ」

器用な少年「ひっ!!」

315: 2009/09/27(日) 23:25:43.07 ID:34eUyEEP
傭兵隊長「何が言いたいんだ」

貴族子弟「いや。手入れの良い軍馬だな、と思って」

傭兵隊長「……」

貴族子弟「ただ草をはませてるだけじゃない。
 毎日拭いてやって世話をしてやらないと、
 こういう毛づやにはならない。
 それに武具だってくたびれてはいても、どれも丁寧に
 修理してあるし、愛用のものなんだろう?
 砦の使い方も規律があって、野盗のそれじゃない」

傭兵隊長「何が云いてぇ」

貴族子弟「実を言えば、雇用に来てね」

傭兵隊長「ほぉらみろ、やっぱりそうじゃねぇか」

貴族子弟「いやいや、意味も雇用条件も目的もまったく別さ」

傭兵隊長「何だってんだ、云ってみろよ」

貴族子弟「実は知っているかも知れないけれど、
 鉄の国ってあるだろう? ここからはさほど遠くない」

傭兵隊長「ああ」
傭兵槍騎兵「ちっ。何だってんだおまえ」

貴族子弟「そこの首都が魔族に落とされていてね」

傭兵隊長「……はん。腐れ貴族がっ。最低限自分の国を
 護ることも出来ねぇのかよ。笑わせるぜっ」

貴族子弟「で、だ。そこの首都を救って欲しいんだ」


317: 2009/09/27(日) 23:27:06.27 ID:34eUyEEP
器用な少年「へ?」
傭兵槍騎兵「はぁぁ!? 何を言ってるんだお前」

貴族子弟「そんなに変な雇用かな?」

傭兵槍騎兵「ったりまえだ!
 何で俺たちが魔族に突っ込まなきゃ行けねぇんだ!
 しかも貴族様のケツを拭くなんて何で俺らがそんな事を」

傭兵隊長「――おい、黙っとけ。
 で、貴族の兄ちゃんよ。生きているうちに
 云いたいことはそれだけか?」

貴族子弟「べつに、尻ぬぐいをしろなんて云ってやしない。
 そもそも白夜国は滅びたよ。
 王も氏んだし、政府だって残っちゃいない。
 あそこは“かつて白夜と云われた土地”ってだけだ。
 尻ぬぐいの相手なんかいない。その必要もない」

器用な少年「……おいらの国だ」

貴族子弟「あそこにいるのは、ただひたすらに飢えて
 酷使される農奴以下の奴隷となった国民達。
 ――それだけだ」

メイド妹「うん……」

傭兵隊長「で?」

貴族子弟「だから、あそこでは大変需要があるんだよ。
 そう、ヒーローってやつにね」

傭兵隊長「っ」

貴族子弟「どうだい。ここは一つ、
 解放軍とやらになってみる気はないかい?」

318: 2009/09/27(日) 23:29:21.46 ID:34eUyEEP
貴族子弟「ああ、いたって正気さ。
 どうにも我が学院は、正気になれば正気になるほど
 周囲から見て狂気に見えるという忌まわしい伝統が
 あるようなのだよ。困ったもんだ。
 軍人子弟しかり、メイド姉君しかり。
 そもそも師からして正気とは言い難い。
 陰陽としか言えない胸のサイズだ。
 きわめて正気なのに。悲しいことだなぁ」

傭兵隊長「……」

貴族子弟「隊長は知っていると思うけれど、
 今あそこを支配している魔族は近々、
 隣国である鉄の国に攻め込むはずなんだよ。
 どれくらいの兵力で攻め込むかは判らないけれど
 殆ど全軍を率いて出発すると僕の兄弟弟子は見ている。
 すると、白夜国には殆ど兵力は残らないはずだ。
 
 君ほどの統率力があれば、周辺に散在している
 幾つかの武装集団もまとめることが出来るだろう?
 
 ……翡翠の国の辺境戦争と警備軍のことは聞いている」

傭兵隊長「貴様、どこでそれを……っ」
貴族子弟「貴族の社交界というのは思ったより広いんだよ」

傭兵隊長「……っ」

貴族子弟「だが、貴方ほどの指導力があれば
 この周辺の武装集団を組織化することも出来るだろう?
 主力の出はらった白夜の国を開放することも不可能とは云えない」

320: 2009/09/27(日) 23:30:34.68 ID:34eUyEEP
傭兵隊長「報酬は何だ?」
貴族子弟「おい、少年」

器用な少年「なんだってんだよっ!?」
貴族子弟「荷物を降ろして良いぞ」

傭兵槍騎兵「なんだ? 金ごと持ってきてるのか?
 奪って欲しいとしか思えねぇ、馬鹿か、お前」

器用な少年「判ったよ、降ろすっ」

傭兵槍騎兵「開け増すぜ隊長? ……なんだこりゃ」
器用な少年「これは……。なんだ」

メイド妹「ベーコンとジャガイモの、ホワイトクリームパイだよ」

傭兵隊長「なんでこんなもん……」

貴族子弟「食べろ」

傭兵隊長「何言ってるんだ、お前!?」

貴族子弟「良いから、黙って食え。それでなくても
 開いたらどんどん冷めて行くんだ。早いところ食え」

傭兵槍騎兵「隊長……。良い匂いですが。毒ってことも」
メイド妹「ちがうもんっ! わたしはそんなモノ作らないもんっ」

傭兵隊長「一個よこせ」
傭兵槍騎兵「でも」

傭兵隊長「良いからよこせ。……ふん。むっしゃ、むっしゃ」

傭兵槍騎兵「じゃ、おれも……」

傭兵弓士「お、おいらも」おずおず
傭兵剣士「俺も腹が減ってるんだ」

322: 2009/09/27(日) 23:32:38.25 ID:34eUyEEP
傭兵隊長「……美味ぇな」ぽつり

メイド妹「うん! 頑張って美味しく作ったよっ!」

傭兵隊長「ああ、美味い。たいしたもんだ。
 嬢ちゃんなのか? すげぇな。美味いよ。
 ちっせぇのに。
 ああ、なんだろう、こいつは。
 なんだか応えるほどに――美味いなぁ」

貴族子弟「どうだ、すごいだろう?」
器用な少年「なんでこの兄ちゃんが威張るんだ」

貴族子弟「白夜国を救うと、こう言うのがずっと食えるようになる」

傭兵隊長「は?」

貴族子弟「ずっと食えるようになる」こくり
傭兵隊長「何言ってるんだ?」

貴族子弟「解放軍として、仕官しないか?
 冬の国でも良いし、再興するなら白夜でも良い。
 自分たちを地獄から救ってくれた英雄だ。
 民は感謝するぞ。
 
 “ありがとう”って云うぞ。
 そういうふうにならないか? ただの野盗になるつもりなら
 何で馬具の手入れを欠かさない? 何故武具を磨く?
 
 君たちは、野盗じゃない。傭兵団だ。
 しかも、いずれ故郷にたどり着く、希望を持った傭兵団だ」

傭兵隊長「本気なのか? 俺は戦場であんたらの所の
 女将軍と追っかけ合ったこともあるんだぜ?」

326: 2009/09/27(日) 23:34:43.94 ID:34eUyEEP
貴族子弟「この僕が責任を持とう。
 僕は氷の国の氷雪女王の特使として、
 また三ヶ国通商同盟の全権委任大使として
 あなたに依頼する。
 
 当面の費用は氷の国が責任を持つ。
 この森の中で自分の納得行く規模の師団を編制して
 白夜の国辺境に潜伏。機を見て、その民を解放してくれ。
 魔族を撃退してくれとは頼まない。
 出来る限りの民を救い出してくれるだけで良い」

メイド妹「お願いしますっ」

傭兵隊長「……」
傭兵槍騎兵「隊長……」
傭兵弓士「お頭……」

貴族子弟「……」

傭兵隊長「もう一個貰っても良いかな」

メイド妹「うんっ。これはね、豚の脂身を入れてから
 焼くんだよっ。熱いと、何倍も美味しいんだよっ」

傭兵隊長「へぇ。むっしゃ、むっしゃ。
 へっ。美味ぇや。たいしたもんだよ。ああっ、たいしたもんだ。
 はん。――いいだろうっ!!」

貴族子弟 にこり

傭兵隊長「こんなに美味ぇ前金受け取ったら働くっきゃねぇだろ!
 おい、お前ら! 付近の頭だった連中に渡りをつけろっ!
 俺たちの戦が始まるぞっ。どうせどっかでのたれ氏ぬのが
 傭兵の運命だ。氏ぬ前に1回、その“ありがとう”とか
 いうやつを拝んでやろうじゃねぇか!」

343: 2009/09/28(月) 00:20:17.56 ID:L1AOl7sP
――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地

斥候「来ましたっ!」

女騎士「構成は?」

斥候「中央に歩兵。我が軍に照らせば軽装ですが、
 巨大な木製の盾を保持している模様っ」

冬国仕官「弓矢対策か」

斥候「さらに左右に軽騎兵および重装騎兵。
 厚みのある陣容です。
 前方突出部分だけで一万を超えている模様」

冬国軽騎兵「いち……まん……」

女騎士「ひるむなっ! よしんば敵が二万いようと
 こちらも7000はいるのだ! 一人三人の敵を倒せば済むっ」

冬国軽騎兵「はっ!」

女騎士「距離はどの程度だ」

斥候「尾根を下りきった地点。おそらく正午頃には会敵しますっ」

冬国仕官「指揮官は……」

女騎士「おそらく蒼魔の将軍だろう。
 刻印の王が出てきたら全軍撤退だ。武器も放り出して逃げろ」

冬国仕官「……了解」

344: 2009/09/28(月) 00:22:15.85 ID:L1AOl7sP
――蔓穂ヶ原、尾根道を下った周縁地域

蒼魔上級将軍「陣形を整えよ。ここを後詰めとするぞ」

蒼魔近衛兵「はっ! 方陣形っ!」

ザッザッザッ!!

蒼魔軍歩兵「15番隊まで、整列完了しましたっ!」
蒼魔軍軽騎兵「軽騎兵完了」
蒼魔軍弓兵「弓兵、配置よしっ」

蒼魔上級将軍「さて、敵はどうだ?」

斥候部隊「報告位置より動いてはおりません。
 中央部丘陵地帯に前衛陣地を置き、待ち受ける構え」

蒼魔上級将軍「どうやらあの部分が
 最も足場がしっかりしていて、
 敵の騎兵も使いやすいのであろうな」

蒼魔近衛兵「しかし、それはこちらも同じこと」

蒼魔上級将軍「それゆえ、あそこにたどり着く前に
 弓矢でこちらの戦力を出来る限り減らすのが
 きゃつらの作戦だろう」

蒼魔軍歩兵隊長「だが予想済みでございます。
 矢よけの大盾を装備すれば、接近前の矢など何ほどのこともなく。
 人間などの思うとおりにはさせませぬ」

蒼魔上級将軍「いいや。ここはその心根を砕くとしよう。
 だれぞあるっ!! 督戦隊をよべっ!!」

ばさっ!

蒼魔督戦隊長「ここにっ!」がばっ

蒼魔上級将軍「そのほうに先鋒を申しつける!
 中央の丘陵地帯への突破口を開き、
 我が蒼魔族の騎馬部隊を導き入れよっ!!」

345: 2009/09/28(月) 00:24:16.72 ID:L1AOl7sP
――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地

冬国軽騎兵「霧が出てきたな」
冬国槍兵士「ああ……」

冬国弓兵士「蒼魔族接近っ! 目視できますっ!」

女騎士「まだだっ。まだ撃つなっ。引きつけるぞっ!」
冬国仕官「全軍射撃準備っ」

冬国弓兵士 すっ

女騎士「……」
冬国仕官「まだか」

冬国槍兵士「有効射程の外ですが、こちらでも目視確認っ」

冬国弓兵士「思ったよりも大盾の装備は少ない様子。
 臨時の装備だったようですね。
 これならばこちらの弓矢でも効果は十分だ」

女騎士「……っ。まさか」ぎりぎりっ

冬国弓兵士「距離よしっ。姫将軍、号令をっ!!」

女騎士「……っ」

冬国弓兵士「接近します、どうか号令をっ」

女騎士「……構わんっ。撃てぇぇっ!!!」

びゅんびゅんびゅん! びゅんびゅん!
   びゅんびゅんびゅん! びゅんびゅんびゅんっ!

346: 2009/09/28(月) 00:26:28.46 ID:L1AOl7sP
――蔓穂ヶ原、中央部、接近中の蒼魔軍先鋒

奴隷歩兵「ぎゃぁぁぁ!!」

蒼魔督戦隊「進め! 進めっ!」

奴隷歩兵「ダメだっ! 弓矢が壁みたいにっ!」

蒼魔督戦隊「貴様らは敗北者の兵だろう! 奴隷なのだ!」

奴隷歩兵「俺たちは人間だっ。人間に剣を向けるなんてっ」

蒼魔督戦隊「はんっ! この間まで鉄の国と白夜国は
 戦争をしていたと云うじゃないか! どの口がほざくっ!
 さぁ、立て! 立って戦えっ!」

奴隷歩兵「いやだぁ! 俺は氏にたくないんだぁ」

蒼魔督戦隊「では氏ね」

ドスッ!

奴隷歩兵「あ、ああっー!?」

蒼魔督戦隊「貴様らの背中はこの督戦隊が
 狙っていることを忘れるなっ!
 怖じけずいて逃亡しようとした奴らは、
 この督戦隊がすぐさま射頃してくれるっ!」

奴隷歩兵「な、なんで。なんでこんなっ!」

蒼魔督戦隊「槍を拾え! 突っ込め! あの丘を奪うのだっ!」

353: 2009/09/28(月) 00:33:10.13 ID:L1AOl7sP
――蔓穂ヶ原、森林部、待機場所

ぶるるるっ

軍人子弟「馬に藁を咬ませるでござる。静かに」
鉄国歩兵「はっ」

軍人子弟「……」

              わぁぁ キン、キン

鉄国少尉「開戦したようですね」
鉄国歩兵「……」ぎゅっ

軍人子弟「拙者達の役目はこちらでござるよ。
 心配でござるが、我が師ならきっと持ちこたえるでござる」
鉄国少尉「はい」

軍人子弟「あと3時間も持ちこたえれば、
 きっと勝機が来るでござる。それまでは……」

鉄国少尉「そうですね。わが護民卿の策です」

軍人子弟「はははっ。女騎士殿の考えでござるよ」
鉄国少尉「でも、殆ど同じコトを考えていましたね」

軍人子弟「我が師でござるからね」
鉄国少尉「俺……あー、わたしも。きっと護民卿に
 師事して、その力を学ばせて貰いたいと考えています、ハイ」

軍人子弟「助けて貰っているでござるよ」

鉄国少尉「いえいえ、そんな」

斥候「将軍っ」

357: 2009/09/28(月) 00:34:39.59 ID:L1AOl7sP
軍人子弟「何でござるか」

斥候「後方から未確認の部隊接近」

軍人子弟「後方っ!? どうやって」

斥候「いや、大陸街道やら森の中からです。
 しかし、魔族じゃありません。人間です」

軍人子弟「援軍でござるか? この時期に現われそうな
 援軍は思いつかないでござるが……」

鉄国少尉「とりあえず伝令を出して所属を確かめませんと」

軍人子弟「そうでござるな。工兵の防御のためにも、
 我が隊はここを離れるわけには行かないでござる。
 斥候、済まないが、その部隊に確認を――」

     ドゥゥゥーーン!!!

鉄国少尉「っ!?」
鉄国歩兵「な、なんだ……」

  ドゥゥゥーーン!!!

軍人子弟「これは……」

鉄国歩兵「将軍っ! 将軍っ!!」
軍人子弟「落ち着くでござるっ!」

鉄国歩兵「我が軍の後方部隊、および開拓兵が
 謎の軍と接触! 攻撃を受けていますっ!
 謎の軍は轟音を発する射撃武器にて我が軍を蹂躙っ!!」

軍人子弟「なっ!?」

424: 2009/09/28(月) 17:47:08.54 ID:L1AOl7sP
――鉄の国、王宮、大広間

勇者「よっしゃ。いくか」

妖精女王「ええ、いつでも」ごくり

羽妖精侍女「チョット怖イ」

勇者「任せとけ。いざとなっても逃げるところまでは保証する。
 それにさ、人間だっていつでも剣を振り回している
 奴らばかりじゃないよ」

妖精女王「しっかりなさい。わたし達は魔王様に任されて
 ここにいるんですよ。期待に応えないと」

羽妖精侍女「ハイ……」

勇者「おっし。行くぜ」

ガチャリ

勇者「冬寂王。それにお二方。お待たせ」

鉄腕王「おお。勇者どの。どうした、こんな早朝に」
冬寂王「何か変事でも?」
氷雪の女王「まだ明け方は冷えるでしょう?
 さぁ、暖炉のそばにいらっしゃいませ」

勇者「えー。コホン。本日は遠来からの客人を同道しててな。
 それで紹介しなきゃならないと思って。――うん、来たんだ」

妖精女王「初めまして」
羽妖精侍女「初メマシテ」ペコリ

425: 2009/09/28(月) 17:49:25.10 ID:L1AOl7sP
鉄腕王 ゴシゴシ
冬寂王「……」
氷雪の女王「え?」

勇者「えーっと。あっちは右から、鉄腕王。鉄の国の王様だ。
 いまお邪魔しているこの宮殿と国の主。
 蒼魔族と戦争の真っ最中の当事者だ。
 
 中央にいるのが冬寂王。冬の国の王だ。
 一応このあたりをとりまとめる
 三ヶ国通商の盟主と云うことになっている。
 
 左にいる女性は氷の国の女王だ。
 氷の国は吟遊詩人のふるさととも云われている。
 鉄の国と冬の国にはさまれた小国だが外交や文化は進んでいるな」

妖精女王「はい」
鉄腕王「え?」

勇者「で、こちらは。こほん。
 魔界において、魔族大会議、忽鄰塔を構成する
 九つの氏族のうちひとつ、
 森に住む者、
 夜明けと黄昏のはかなき者たち、
 妖精族の長、妖精女王だ。おつきの侍女は羽妖精」

妖精女王「ご紹介預かりました、妖精女王と申します」
羽妖精侍女 ぺこり

冬寂王「……」

勇者「と、まぁ、魔界の中でも有力者なんだが、
 今回はそういう意味で尋ねて来た訳じゃない。
 彼女は忽鄰塔、つまり魔界の最高会議だな。
 そこの代表者、特使としてきている。
 会議だけではなく、この使者は魔王の意志でもある」

427: 2009/09/28(月) 17:49:58.38 ID:L1AOl7sP
鉄腕王「勇者殿、これはいったいどういう冗談」
冬寂王「冗談では、無かろう」

勇者「うん、さっぱり本気」

妖精女王「……」ぎゅっ

鉄腕王「魔族……」
氷雪の女王 がくがく

冬寂王「妖精女王よ。
 よくぞ遠いところはるばるいらっしゃった。
 まずは暖炉の側へどうぞ。
 我らの間には深い溝があるが
 炎を分かち合えないほどではないだろう」

鉄腕王「何を言うのだっ」

冬寂王「彼女は魔界での身分からすれば王族に当たる。
 たとえ、敵対する国家であっても王族には王族の扱いがある。
 そして、彼女は物見遊山に来たわけではない。
 見ろ。あのひ弱そうな侍女以外誰一人として連れていない。
 彼女は我らの信を得るために、わざわざ丸腰で来たのだ」

氷雪の女王「しかし……」

冬寂王「それに勇者が連れてきたのだ。彼を信ぜよ」

鉄腕王「それは確かに、そうだな。
 ふんっ。鉄腕王都もあろう者が
 女に怯えて話も聞けないとあっては末代までの笑いものだ」

勇者「何とか聞いてもらえるみたいでほっとしたよ」

妖精女王「ありがとうございます」

429: 2009/09/28(月) 17:52:43.55 ID:L1AOl7sP
メラメラ、パチパチッ

冬寂王「聞こう」

妖精女王「沢山のお話があります。
 まず、わたし達九氏族、いて……。
 いまやまたもや八氏族となってしまいましたが、
 わたし達は、人間世界の通行許可を求めています。
 ……現実にはこのようなギリギリになってしまいましたが、
 人間世界を旅するに当たって承諾を求めています」

鉄腕王「また人間の領土に攻め込もうってのか?」
冬寂王「……」

勇者「いや、まぁ。最初っから話さなきゃ判らないだろう」

冬寂王「それをいうならば、何故勇者が魔族を伴って
 現われたのだ? 勇者は魔族と通じているのか?」

勇者「そのほうが正しいと思えば誰とでも話すさ」

氷雪の女王「それは異端ですよっ」
冬寂王「氷雪の女王。それを言うならば、
 我らは皆すでに全員が異端なのだ」

氷雪の女王「……そうでした。しかし」

勇者「事の始まりは……そうだな。
 どこまでも過去にはさかのぼれるけれど、
 今回のことの始まりは魔王の長きにわたる怪我の療養。
 そして忽鄰塔だった」

鉄腕王「くりるたい?」

妖精女王「ええ。忽鄰塔は魔族の大会議。
 魔王様によって招集された、魔族の大きな氏族八つが出席し、
 そのほかにも無数の氏族が集う最高の意志決定の場です」

431: 2009/09/28(月) 17:57:14.10 ID:L1AOl7sP
妖精女王「魔界は基本的には魔王の名と統治の元に動いていますが、
 実際には多くの領民を抱える氏族の発言力が強く、
 各氏族が覇を競って相争うような状態が
 100年以上続いてきました。
 
 しかし、魔界は未曾有の緊張、
 つまり人間界からの侵攻を受けていたために
 魔族同士の戦乱はこの15年の間は沈静化していたのです」

鉄腕王「侵攻? そちらから戦争を仕掛けてきたのに」

妖精女王「いいえ、ゲートの封印を解除し戦闘を
 仕掛けてきたのはそちらです」

冬寂王「やはり……」
氷雪の女王「ええ」

鉄腕王「なんだ? どういうことだ?」

冬寂王「いや。以前から疑問には思っていたのだ。
 なぜ、教会が派遣したただの調査隊があれほどの
 武装をしていたのか?
 その調査隊が『聖鍵遠征軍』と呼ばれていたのか」

氷雪の女王「……」

妖精女王「今回は、その件について
 話をしに来たわけではありません。
 魔界は人間界との交戦状態に入った。
 魔族は結束して……とは云えませんが、
 各々が力を尽くして戦いました。
 結果はご存じの通りでしょうが、我ら魔界は人間界の版図から
 極光島を奪うことに成功しました。
 しかし、その代わりに、我らが聖地である開門都市を
 失うことになったのです」

433: 2009/09/28(月) 17:58:49.31 ID:L1AOl7sP
メラメラ、パチパチッ

妖精女王「戦線は膠着したかに見えましたが、
 その実は違いました。人間は戦略を変えたようでした。
 勇者と名乗る少数の戦士集団の名前が魔界のあちこちで
 囁かれるようになりました。
 勇者達は魔界の様々な軍事拠点や古代の神殿を巡り
 強力な魔法の武具を集めては、
 我ら魔族の軍を撃破してゆきました。
 
 彼らはあまりにも少人数で、それゆえに捕捉が難しく
 魔族はいつも後手後手に回らざるを得ませんでした。
 
 本来個体の能力では人間に勝っていると自負していた魔族は
 次第に勇者という名前に畏怖と戦慄を覚えるようになって
 ゆきました……。
 そしてある時とうとう、勇者は魔王様と一騎打ちとなり
 両者は負傷、姿を消した。
 ……その噂が魔界へと広まりました」

鉄腕王 ごくり

勇者「――」

妖精女王「魔王様は氏んではいない。それはすぐに判りました。
 なぜならば、人間の方々には説明しても
 判ってもらえないかとも思うのですが、
 魔界にとって魔王様は不滅の存在なのです。
 もし魔王様が倒れればすぐにでも次期魔王選出が始まるはずです。
 それが始まらない以上、魔王様は氏んで射るはずがない。
 
 しかし、現在の魔王様には一つの憶測というが
 良くない評判がありました。それは戦闘が不得手で虚弱だ、
 と云うことです。
 もちろん魔王様は溢れる知謀で我らを導いてくれています。
 わたし個人はいまの魔王様を歴代のどなたよりも
 深く尊敬いたしていますが、当時はそのような評判もあり
 氏族の長からは軽んじられていたと云うことは否定できません。
 
 ですから“魔王は深い傷手を負って治療をしている”
 噂は事実だったわけですがその期間は思いのほか長く続きました」

444: 2009/09/28(月) 18:33:59.66 ID:L1AOl7sP
氷雪の女王「そして一時の静寂が訪れたのですね?」

妖精女王「ええ、そうです。それから3年がたちました。
 その間に人間界は、その版図である極光島を取り戻し
 わたしたち魔族は開門都市を回復しましたが、
 それ以外の部分ではおおむね静寂が続きました。
 勇者による各地の魔族被害も途絶えました。
 
 もちろん人間界との戦争が終結したわけではありませんが
 魔王様の指示を欠いたわたし達は決定的な団結を得られず
 人間界への反抗作戦を立ち上げることが出来ませんでした。
 
 誤解して欲しくないのは、魔界の全てがこの戦争に
 賛成というわけでもないと云うことです」

冬寂王「と、おっしゃると?」

妖精女王「魔界は、人間界のように一人の神を崇めると
 云うことがありません。
 様々な氏族に、様々な教えもあり、様々な文化があります。
 
 わたしを見てどう思われますか? この羽を。
 蒼魔族とは似ていないでしょう?
 
 これだけ姿形が違うと共通の文化や意識は持ちにくいのです。
 魔界は氏族という集団に分かれて暮らす、
 無数の魔族によって構成された世界です。
 
 当然、氏族ごとに様々な意見があり、
 戦争に対してもそれは同様でした」


445: 2009/09/28(月) 18:35:16.96 ID:L1AOl7sP
妖精女王「もっとも、三年前のあの時期は、
 魔族の中でもいくつもの神々の聖地とされた開門都市が
 人間に奪われたことに不満を持たない魔族は少なかったでしょう。
 それはいまも残っています。
 多くの魔族は人間に反感を持っています。
 
 そんな三年が過ぎ、魔王様は復活を宣言されました。
 そして忽鄰塔を招集なさったのです」

冬寂王(……爺の報告とも符合するか)

鉄腕王「そうだったのか」

妖精女王「会議の話題は当然、人間との戦争をどのように
 展開するか、になるはずでした。
 少なくとも多くの魔族はそう考えていました。
 
 しかし、中にはわたし達妖精族のように、戦争をしたくない。
 そう考える者たちも少なくはありませんでした。
 なぜならば、わたし達のような弱い氏族にとって
 戦争とは常に巨大な災厄でしかなかったからです。
 
 我ら八大氏族の長と魔王様は長い話し合いを行いました。
 魔王様の意志は、どうやら停戦のようでした」

鉄腕王「停戦っ!? それは本当なのかっ!?」

冬寂王「……」

妖精女王「しかし、魔族の中でも有力な幾つかの氏族の意志は、
 徹底抗戦でした。人間に対する反感もあったでしょうし、
 人間界に溢れる領土や、魔界では取れぬ財宝を目当てにする
 欲望もあったでしょう。十分に力のある魔族の目にとって
 人間界は熟れた果実のように写っていたのです」

446: 2009/09/28(月) 18:38:11.42 ID:L1AOl7sP
妖精女王「会議は長い間続きました。
 長い長い間、おおよそ一月にもわたって続きました。
 魔王様の説得が功を奏し、忽鄰塔全体が停戦で合意を
 しようとした時に事件は起こりました。
 
 蒼魔族が陰謀を巡らし、魔王様を攻撃したのです。
 その陰謀のせいで、八大氏族は真っ二つに割れ、
 人間との戦争は愚か魔族同士でも戦う戦乱の世が
 再来しようかとも思われました。

 しかし、幾人かの勇気と知恵溢れる長の活躍により
 最悪の事態は回避されました。ですが結果として
 蒼魔族は忽鄰塔、ひいては全魔界氏族の輪を離れ、
 たった1氏族のみで独自の道を行く選択をしたのです。
 
 蒼魔族は確かに戦闘に長けていて、
 魔界でも有数の有力氏族ですが、獣人、竜族、鬼呼族などの
 他の有力部族の連合軍を打破するほどの力はありません。
 
 わたし達は蒼魔族に降伏と、忽鄰塔復帰を求めました。
 蒼魔族はもはや自領土内に籠もって、自らの過ちを認めるか
 全滅を覚悟しての戦を行なうかしかないのではないかと
 魔界の氏族達は思っていました。
 
 ですが」

冬寂王「蒼魔族は活路を人間界に求めた?」

妖精女王「その通りです。
 蒼魔族は突如電撃の早さで人間の世界に侵攻し、
 白夜と呼ばれる国を征服したと聞きます」

447: 2009/09/28(月) 18:40:12.51 ID:L1AOl7sP
鉄腕王「結局は、とばっちりってことか。気に食わんっ」

妖精女王「鉄腕王、銅の腕を持つ戦士殿のいうとおりです。
 眼前の事態は我ら魔族の内輪もめの迷惑を人間界にかけた
 形です、この件において、我ら魔界の者はその責を
 負っていることを認めます」

鉄腕王「まったくだ」

氷雪の女王「いいえ、それはちがうでしょう。
 逆に言えばそのような展開になったのは、
 勇者が魔王を負傷させて長い間魔界の統治を不十分な
 ままにさせたせいとも云えるでしょう」

鉄腕王「だがそれは魔族が人間界を攻めたせいで」

冬寂王「後先の話をするのならば、我らが先の可能性もあるのだ」

氷雪の女王 こくり

妖精女王「我ら忽鄰塔の八大氏族は」

氷雪の女王「おまちください。
 蒼魔族は忽鄰塔を脱退したのでしょう? では七氏族では?」

勇者「あー」

妖精女王「はい。話の本筋には関係ないかと思い省きましたが。
 魔王様を蒼魔族の陰謀から救うに当たり重要な役割を
 果たしたもう一つの新しい氏族が、
 忽鄰塔大会議に加わったのです。
 
 その名も衛門族。人間が率いる魔界唯一の氏族です」

鉄腕王「人間が率いるっ!?」

448: 2009/09/28(月) 18:42:38.68 ID:L1AOl7sP
勇者「それについては、俺が説明すべきなんだろうな。
 冬寂王。開門都市にはさ、ほら2万からの
 遠征軍駐留部隊がいただろう?」

冬寂王「そうだな」

勇者「それが、極光島の時にぴぃぴぃ逃げてきたじゃん?」

冬寂王「ああ。裏切りだとか、魔族の大反抗が開始されたとか。
 それで部下の多くを失い、民間人も全滅し、
 戦略価値が無くなったとかで極光島へと救援に
 駆けつけたのだろう? 何の意味もなかったが」

勇者「やっぱり、どうも情報がずたずたになってるんだよなぁ」

冬寂王「しかし、その後の諜報で、開門都市が人間の住む
 都市となっているのは知っている」

勇者「正確には、自治政府の治める自由都市だ」

氷雪の女王「それは人間世界で云うところの自由都市と
 似たようなものですか?」

勇者「うん、同じだ。領主じゃなく、自治委員会が
 治めているところだけが違うけれどな。
 まぁ、開門都市が開放された事件で、駐留軍団は人間界に
 撤退したわけだけど、その時民間人は全て置き去りにされたんだ。
 そういった殆どの民間人は氏んでないよ。
 それは事故なんかで数人は氏んだかも知れないけれど、
 1万人以上の人間商人や、個人商店の持ち主が残っている。
 開門都市は、人間と魔族が入り交じって暮らす街となって
 生まれ変わったんだ。
 
 そして、その都市の自治委員会は、
 自分たちを魔界の氏族であると宣言した」

452: 2009/09/28(月) 18:52:30.89 ID:L1AOl7sP
鉄腕王「氏族? 氏族ってのは生まれが一緒の
 一族じゃなかったのか?」

勇者「多くの場合そうだが、
 そうじゃなきゃならないと云う法律はないらしいんだ。
 だから連中は強引に宣言して、忽鄰塔に殴り込んだ。
 俺たちは戦争には反対だ、ってね。
 
 ――それが一つの切っ掛けになって、
 会議全体はいまで停戦の意志に傾いている。
 もちろん人間に対する疑いや反感は根強い。
 停戦なんて実現できるのかどうか疑問視しているのも事実だ。
 
 だが、戦争は失うものが大きく、もし開始したら
 どちらかの世界が、もしくは両方の世界が破壊寸前まで
 疲弊するだろうという認識は、一致した」

鉄腕王「破壊か……」
冬寂王「うむ」

妖精女王「わたしは忽鄰塔、
 新生八氏族および魔王の意志の代弁者としてこちらに伺いました。
 もちろん人間世界が一枚岩で無いことは判っております。
 魔界にしてからが、蒼魔族の暴走を
 食い止められなかったわけですから……。
 
 まず、第一に我らは蒼魔族を討ち取るべきだと考えます。
 蒼魔族の暴走を許したのはわたし達の責任。
 魔界の軍を蒼魔族の元へと向ける許可を頂きたい。
 
 さらには、わたし達は、三ヶ国通商との停戦を求めます。
 本当は人間世界全てとの停戦を求めているのですが
 一部であっても、一つづつ解決するのが大事だと考えています」

羽妖精侍女 ぱたぱた

454: 2009/09/28(月) 18:54:05.40 ID:L1AOl7sP
鉄腕王「……」
冬寂王「どう考える?」
氷雪の女王「そう、ですね……」

妖精女王「……」
羽妖精侍女「……ウー」

鉄腕王「魔族の軍を侵入させるとして数は?」

妖精女王「約一万です」

鉄腕王「いまの話が全て嘘で、蒼魔族に増援を送り、
 人間の世界侵略を進める謀略ではないという証拠は?」

氷雪の女王「その可能性は否定できませんね」

妖精女王「大空洞から進み、この国の国境付近に
 我が妖精族の乙女、千人をまたせております」

羽妖精侍女「ハイ……」

鉄腕王「乙女?」

妖精女王「魔界の軍が撤収するまで、
 それら乙女と共にわたしがこの城で人質になると云うことで
 信じてはいただけないでしょうか?」

鉄腕王「……」

冬寂王「謀略の有無は判らないが、この三年間の経緯や
 魔界での勢力関係などは、冬の国の調査隊が送ってきた報告と
 どれも符合する。その部分までは信じても良かろう」

457: 2009/09/28(月) 18:56:14.27 ID:L1AOl7sP
鉄腕王「勇者殿」

勇者「ん?」

鉄腕王「勇者殿はどういうおつもりで、お引き合わせなのか?」

勇者「こっちにはつもりも思惑もあるけれど、
 いまはそれよりも、損得の話をすべきかと思うが?」

鉄腕王「……むぅ」
冬寂王「そうですな。勇者殿は何も南部諸王国の臣下ではない」
氷雪の女王 こくり

勇者「あー。誤解してそうだから言っておく」

冬寂王「は?」

勇者「俺は人間世界の守護者でもない。
 俺は勇者――“救いを求める世界全てを救う者”だ」

羽妖精侍女「……」ぎゅぅっ

鉄腕王「我らの味方ではない、と」
勇者「敵味方なんて話しはしていない」

冬寂王「我らが望めば、我らも救ってくださると?」
勇者「この力の及ぶ限り」

氷雪の女王「では、この報せが……」

勇者「そう。この邂逅がいま現在、南部諸王国の救いだと信じる」

481: 2009/09/28(月) 19:31:54.65 ID:L1AOl7sP
――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地

女騎士「ひるむな! 目をそらすなっ! 撃てぇっ!」
冬国仕官「ぅ、撃てぇ!!」

冬国槍兵士「し、しかしっ!」
冬国弓兵士「相手は白夜国のっ!」

女騎士「躊躇うなっ! 全ての責はわたしが負うっ!
 彼らを見よっ! まっすぐに見よっ!
 彼らは武器を持って立ち向かって来る兵士なのだっ。
 彼らは兵士だっ。奴隷などではないっ。
 彼らを背中からの矢傷で氏なせるなっ。
 
 もし諸君らが傷つき、後悔と痛苦に苛まれるならば
 その夜はわたしが諸君らに責められよう。
 虐殺の汚名があるのならばわたしが受けようっ。
 ――いまは考えるなっ。持ちこたえよっ!」

冬国仕官「我らが後方には20万人の三ヶ国開拓民が
 いるのだっ! 一歩退けば崩れるぞっ!」

冬国槍兵士「おお……。おおっ!!」
冬国弓兵士「う、撃てぇ!!」

びゅんびゅん! びゅんびゅん!
   びゅんびゅんびゅん! びゅんびゅんびゅんっ!

女騎士「右翼騎兵騎乗っ!」
冬国仕官「はっ!」

騎兵団隊長「準備よしっ!」

女騎士「一撃離脱! 三連攻撃準備っ。行けっ!!」

483: 2009/09/28(月) 19:34:08.97 ID:L1AOl7sP
――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、蒼魔軍

蒼魔上級将軍「ふむ。崩れないな」

蒼魔近衛兵「敵も良く持たせておりますようで」

蒼魔上級将軍「だがこちらの犠牲者はほぼ全て奴隷。
 どこまでその意志が続くか見物だと云えような。
 ……歩兵大隊!!」

蒼魔軍歩兵団長「はっ!」

蒼魔上級将軍「督戦隊に代わって奴隷どものケツを炙れ。
 侵攻ラインを後方から押し上げよ。
 人間族の奴隷を盾として、中央丘陵地帯に橋頭堡を築くのだ!」

蒼魔軍歩兵団長「はっ! 重装歩兵団っ!」

 うぉぉーっ!
ザガチャ!!
  ザガチャ!!

蒼魔軍歩兵団長「進軍開始! 頸鎧をあげよ!
 五列縦隊三条をもって中央部に突撃っ!

 ザジャ、ザジャ、ザジャッ!

蒼魔上級将軍「軽騎兵!」

蒼魔軍軽騎兵隊長「はっ!」

蒼魔上級将軍「歩兵団の突撃を右翼より側面支援せよ!
 被害を増やすな。戦列の押し上げは歩兵に任せて、
 後方攪乱を狙え!」

蒼魔軍軽騎兵隊長「御命、了解っ!!」バッ

484: 2009/09/28(月) 19:35:57.72 ID:L1AOl7sP
――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地

女騎士「くっ! 第三弓隊、100歩後退っ! 槍中隊後退支援!」

冬国仕官「矢の補充を急げっ!」

 わぁぁ! ガキン! ガシャン!
 「蒼魔の力を見せよっ!」 「刻印王のためにっ!」

冬国槍兵士「なんて圧力だっ!」
冬国槍兵士「姫将軍のためにっ!!」

女騎士「この程度でひるむ南の勇士ではないぞっ!」
冬国仕官「奮い立て!!」

冬国槍兵士「おおーっ!!」

兵士達「我らが姫将軍のためにっ!!」
  兵士達「我が故郷たる大地のためにっ!!」

冬国槍兵士「早く下がれっ! 補給をして戦列に戻るんだ」
冬国弓兵士「判った、任せたぞっ」

 わぁぁ! ガキン! ガシャン!
 「押せぇ! 押せぇ!」 「奴隷は下がっていろ! 長剣兵!」

女騎士「いまだっ!! 騎兵突撃っ!!」

冬国騎士「「「「オオオオーッ!!」」」」

 ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ!
  ガキィィーンッ!!

女騎士「敵の重装歩兵の脇腹を突け! 混乱させよっ!!」

487: 2009/09/28(月) 19:44:54.80 ID:L1AOl7sP
――蔓穂ヶ原、森林部、待機場所

鉄国少尉「何が起きたっ!?」
鉄国歩兵「相手は、相手は人間ですっ! おそらく……」

軍人子弟「騎馬隊騎乗っ!」

 ザザッ!!

軍人子弟「少尉っ!!」

鉄国少尉「はっ」

軍人子弟「当部隊歩兵全ての指揮権を委譲する。
 この場所を氏守せよっ! 砲声からして敵は少数っ。
 拙者が後背を守るでござるよ」

鉄国少尉「はっ。……ほ、砲声?」

軍人子弟「いまは良い。おのれの任務を果たすでござるっ!」

鉄国少尉「しかしっ! この待機場所には騎兵は
 100しかは位置されていませんっ!
 それでは護民卿の守りがっ!」

軍人子弟「数の問題ではござらぬ」にこっ

  ドゥゥゥーーン!!!

軍人子弟「騎馬隊、我に続けっ! 後方の敵を討つっ!!」

鉄国少尉「護民卿っ! 護民卿っ!!」

軍人子弟(マスケットが何故っ!?
 あれは紅の師が鉄の国の工房に試作を依頼し、
 その後の異端騒動でとうとう実用化へとは
 至らなかったはずでござる……。
 まさか、まさかっ、鉄の国の者がっ!?)

488: 2009/09/28(月) 19:45:52.49 ID:L1AOl7sP
ダカダッ、ダカダッ、

軍人子弟「騎馬隊隊長っ! こちらの数はっ!? 続いているかっ」
騎馬隊隊長「全騎続いておりますっ。数100っ!」

鉄国騎馬隊「はいやっ!」「せやっ!」

ダカダッ、ダカダッ、

軍人子弟「聞けっ! 敵はおそらくマスケット部隊っ!
 石弓に似た鉄製の武器でござる。当たれば鎧は意味を持たぬ。
 防御を考えていては後れを取るっ! しかし射程は短く
 1回発射を行なえば数分は再発射が出来ぬと思って良い」

騎馬隊隊長「はっ!!」

ダカダッ、ダカダッ、

軍人子弟「我らはその部隊の側面より奇襲、
 中央部で乱戦することにより友軍を救うでござるっ!
 敵方に槍兵の準備があった場合は、
 高速でスレ違いざまに攻撃を加えよっ! 事は一刻を争うっ」

騎馬隊隊長「はっ!」
鉄国騎馬隊「了解っ」「承知っ!!」

軍人子弟「現在森林部では鉄の国の工兵達が作業中でござる。
 彼らは兵とは云っても名ばかりの開拓民のあつまり。
 わずかばかりの土地と自由を求め、
 長い旅に耐え抜いた我らが同胞っ。
 決して見捨てるわけにはいかないでござるっ。

 また、湿地帯中央で戦っている我が軍の総指揮官
 女騎士殿も我らが工作を当てにしておられるっ。
 
 身命を賭して、強行突撃を行なうでござるっ!!」

鉄国騎馬隊「「「我ら鉄国の衛士っ。この命大地のためにっ」」」

493: 2009/09/28(月) 19:56:34.26 ID:L1AOl7sP
――鉄の国、王宮、大広間

勇者「なぁ」

鉄腕王「……」
氷雪の女王「……」

勇者「おれは、魔界の中心に突っ込んでいった暗殺者だったよ。
 魔王を殺せば、その側近を殺せば、魔界の強いやつを殺せば。
 それで平和になるってな。そんな事を考えていたよ。
 戦うことの意味も考えず
 平和の意味さえ考えずに、ただがむしゃらに
 その実無責任に、ただ暴力を振るっていたよ。
 
 でもな、もう、そういうのはやめた。
 そういうので新しい世界へいけるだなんて夢はもう見ない」

妖精女王「黒騎士殿……」
羽妖精侍女「黒騎士……来タ……ッ!!」

勇者「ああ。判っている。
 ――どうやら俺の出番みたいだなっ」

ズズズズズ!

妖精女王「どうかご武運を」
鉄腕王「な、なんだ!?」

ゴゴゴゴゴ!

冬寂王「何だ、この振動はっ!?」

勇者「俺は俺の役目を果たしに行く。
 冬寂王、鉄腕王、冬の国の女王っ。あなた方に頼むっ。
 そしてあなた方に続く幾多の王と、その民草に
 間違った道を指し示さないでくれっ。
 ……俺は、俺だって丘の向こうが見たいんだ」

しゅわんっ!!

496: 2009/09/28(月) 19:59:57.69 ID:L1AOl7sP
――鉄の国、王宮、上空40里

ヒュバァァーッ!

勇者「来たなっ」
蒼魔の刻印王「それはこちらの台詞だ」

勇者「……」ぎりっ
蒼魔の刻印王「この間のわたしだとは思わぬ事だ。
 瞑想により我が魔力は格段の鍛錬を経ている」

勇者「だろうな」
蒼魔の刻印王「ふっ」

勇者「何がおかしい?」

蒼魔の刻印王「哀れなものだ。以前の“勇者”で
 あれば今よりも遙かに強かったであろうに」

勇者「……」
蒼魔の刻印王「――“落葉火炎術”」

ヒュバンッ!!

勇者「なっ! おい、つっけぇっ!! “氷結天蓋呪っ!”」
蒼魔の刻印王「はっ。防御が隙だらけだっ!」

ドゴォーンッ!!

勇者「ぐはぁぁっ!!」

蒼魔の刻印王「これで判っただろう?」

498: 2009/09/28(月) 20:03:30.10 ID:L1AOl7sP
勇者「ぜぇっ……ぜぇっ……」

蒼魔の刻印王「能力が同じであらば攻撃側が有利なのだ。
 攻撃側は自分の好きなタイミングで好きな場所に攻撃が出来る。
 防御とはその本質からして、事後処理にならざるを得ない。
 つまり、手遅れ。
 手遅れであると云うことが救済の真実。
 そう、それはこの世界の真理。
 摂理なのだっ!
 そうだろう? 勇者っ! “天始爆炎術”っ!!」

勇者「お前っ!? わざと街をっ。
 うわぁぁああああ! “氷結天蓋呪っ!”」

蒼魔の刻印王「だから遅いと云って! いるのだっ!!」

ズバシャァッ!!

勇者「ぐはぁっ!!」

蒼魔の刻印王「お前の体も心も弱点だらけだっ。
 お前はこうして街の被害を見過ごすことすら出来ない。
 確かに勇者。流石に勇者だけのことはある。
 我が刻印が教える最大の宿敵よっ。
 ……その戦闘能力は我を超えることもいまや素直に認めよう。
 だが、だからといって勝敗は、それとはっ」

勇者「くそおっ!」
蒼魔の刻印王「別だっ!!」

ガギィィン!!!

勇者「はっ。そうかよっ!」
蒼魔の刻印王「減らず口をっ」

勇者「吹っ切れたぜ。どんなに人間離れしてようとな
 それでみんなに嫌われようと、ひとりぼっちになっちまおうと
 それでも“お前なんか”に負けるより、よっぽどましだっ!」

501: 2009/09/28(月) 20:07:01.39 ID:L1AOl7sP
蒼魔の刻印王「っ!?」

勇者「おおおっ!! “招嵐颶風呪”っ!」
蒼魔の刻印王「こ、れはっ!?」

びゅごぉぉぉっ!

勇者「はっ。お前程度の飛行魔法で制御できるかっ。
 こいつはごきげん直伝の気象制御呪文の強化版だっ。
 俺とお前ごとふっとばす嵐の結界っ。
 まずはもっとましな場所へいこうやっ」


蒼魔の刻印王「“飛脚術”っ! “火炎鳴動術”っ!
 “天眼察知術”っ! “剛力使役術”っ!」

勇者「“神速呪”っ! “雷剣呪”っ! “鏡像呪”っ!」

   ゴオオオオッ!!!
ガギィィン!!

勇者「いい加減に諦めろっ!」
蒼魔の刻印王「諦めたともっ! 無傷で勝つことはなっ!」

ギィン! ガギィン!! ビギィン!!

勇者「応えろ!! 黒の鎧っ! そなたは何ぞっ!!」
“我は鎧っ。汝を守り、汝が敵の刃を悉く弾く物なり”

蒼魔の刻印王「何故それを使いこなせるっ」

勇者「知ったことかぁっ!!
 誰かが誰かを助けようとするのが全部手遅れだとっ!?
 それが摂理だとっ!?
 したり顔で語ってんじゃねぇっ!!」

   ギィーーーーンッ!!!

513: 2009/09/28(月) 20:22:46.62 ID:L1AOl7sP
――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、蒼魔軍

蒼魔上級将軍「どうだ?」

蒼魔近衛兵「我が軍が押していますな。
 波状攻撃が功を奏しています。時間の問題です」

蒼魔軍軽騎兵「攪乱に成功しましたっ」

 びゅんびゅんびゅん!! びゅんびゅん!!

蒼魔上級将軍「状況を報告せよっ!」

蒼魔軍歩兵団長「丘陵地帯の高さ15歩まで前進。
 現在約1500の歩兵大隊が激しい戦闘中っ!!」

わぁぁ! ガキン! ガシャン!
「蒼魔の力を見せよっ!」 「刻印王のためにっ!」

蒼魔上級将軍「敵ながらあっぱれなものよ。
 ふっ。女騎士だと? あの研いだ刃のように美麗な娘か。
 若の好みに照らせば未成熟だろうが、清冽な蕾も美というもだ。
 ここで一気に押しつぶし、司令官を生け捕りにするぞっ!
 
 敵司令官を捉えた兵には、二階級特進を約束する。
 温存兵力5000を投入せよっ! 重装騎兵準備っ!!」

ザガシュ! ザシュ!

蒼魔軍重騎兵「御身が前にっ!!」

蒼魔上級将軍「敵の戦線はぎりぎりで持っている
 張り詰めすぎた糸ににすぎぬっ!
 汝らが突進力と突破力で一気に片をつけよ!!
 我らが数的有利は、これで敵の二倍に達する!
 こざかしい抵抗はここまでだ! 一気に片をつけよっ!」


515: 2009/09/28(月) 20:23:30.56 ID:L1AOl7sP
――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地

女騎士「右翼槍兵は50歩前進っ! 陣形を維持せよっ!
 最右翼より弓兵で援護っ!
 連携により間断を与えずに攻撃せよっ!!」

冬国仕官「中央に槍兵中隊を追加っ! 押せっ! 押せっ!!」

女騎士「傷病兵の後方搬送にかかれっ!
 軽傷の弓兵は搬送班へと動けっ!! 頭を下げろっ」

冬国仕官「左翼騎兵隊、戻りましたっ!!」

女騎士「ご苦労! 諸君らのお陰で一五の中隊が退却に成功した。
 感謝と共にゆっくりと休憩を与えたいのだが」

混成騎馬部隊「なにをおっしゃるか! 姫将軍!!
 我ら敵中突破から戻りましたが未だに意気軒昂っ!
 次なる下命をお待ちいたしますっ」びしっ!

女騎士「……すまぬ」

 わぁぁ! ガキン! ガシャン!
 「押せぇ! 押せぇ!」 「蒼魔の刻印王のために!!」
 「押しつぶせ! この丘を奪い取れ! 進めぇ! 進めぇ!!」

混成騎馬部隊「将軍っ!」

女騎士「よぉし!! その意気だ、騎馬の勇士よっ!
 わたしはお前達を誇らしく思うぞっ!
 今槍兵を整理して、戦線を一瞬あける。
 陣形の中央やや左翼から飛び出して、蒼魔軍後方を攪乱せよ!」

混成騎馬部隊「ものどもっ! 姫将軍のご命令だっ!
 蒼魔とか云う奴らに一泡吹かせてやるぞっ!」

「「「おおおおっ!!」」」


527: 2009/09/28(月) 20:35:49.34 ID:L1AOl7sP
――鉄の国と白夜の国国境地帯、森林、大破砕

ズガンッ!!
 ガンガンガンガンッ! ドゴォォン!!

勇者「“雷撃呪”っ!!」
蒼魔の刻印王「“黒焔術”っ!!」

ビリビビビリボウッ!!

勇者「――ッ!!」
蒼魔の刻印王「はぁぁぁっ! せやッ!」

ギンッ! ギギンッ!

勇者「……はぁっ! はぁっ! どうした?」
蒼魔の刻印王「くっ」

勇者「人質取れなきゃ、まぁそんなもんだよな」
蒼魔の刻印王「化け物めっ」

ギン! キンギン、キガッ!!

勇者「お前には言われたくない。“候補止まり”くん」
蒼魔の刻印王「その名でわたしを呼ぶなぁっ!!」

ギガンッ! バシャァァン!

勇者「っ!? あれはっ」
蒼魔の刻印王「人間の部隊!? しめたっ」

勇者「行くなっ!! “雷光捕縛呪っ”!!」
蒼魔の刻印王「ははっ! 遅いっ!! これで逆転だっ!!」

528: 2009/09/28(月) 20:38:09.57 ID:L1AOl7sP
――鉄の国、蔓穂ヶ原、南部

魔王「状況は判った」
メイド長「魔王様。未だに妖精女王からの連絡は……」

魔王「判っている。しかし、これ以上は待てぬ」
メイド長「……」

魔王「東の砦長、もう一度地勢の確認を」

東の砦長「ここから中央部にかけては、殆どが浅い湿地帯だ。
 騎馬による行動は速度が落ち、著しく制限される。
 蒼魔族は西方から中央の丘陵地帯へ激しい突撃を繰り返している。
 中央の丘陵地帯に陣取った女騎士将軍の軍は、
 俺から見てもほれぼれするような用兵だが
 兵の疲労度は限界だ。落ちるのも、遠くはない」

魔王「銀虎公、ゆけるか?」

銀虎公「あたりまえだ。我らは野山をその住まいとする
 獣牙の勇士、その精鋭8000! この程度の湿地帯に足を
 取られるような弱兵は一人たりとも連れてきてはいないっ!」

魔王「全ての兵に、深紅の布をつけさせ、確認させよ」

銀虎公「準備万端整っている」

魔王「では、この蔓穂ヶ原外周部を高速で進軍っ!
 銀虎公麾下の全軍をもって蒼魔族の側面から、
 本陣へと食らいつけっ!! 遠慮は無用、逆賊を討つのだっ!」

銀虎公「心得たっ!」くるりっ

銀虎公「誇り高き獣牙の勇士よっ! 魔王の命が下されたっ!
 これより我ら、一陣の風となり、一振りの剣となり
 蒼魔族本陣を切り裂くっ! 我に続けっ!」

533: 2009/09/28(月) 21:04:07.98 ID:L1AOl7sP
――白夜王国首都、荒れ果てた街路

 ビュンビュンビュン!!
   ビュンビュンビュン!!

  蒼魔警備隊「てっ! 敵襲っ!」
  蒼魔防御隊「敵だ、てっくふっ!? ぎゃぁ」

  傭兵弓士「鐘楼制圧っ!!」
  傭兵剣士「続いて兵舎に向かう。この鐘楼から援護頼む」
  傭兵弓士「任せておけっ」

傭兵隊長「野郎どもっ! 行くぜっ!」
傭兵槍騎兵「はいやっ!! せいや!」

ダカダッダカダッダカダッ!

傭兵隊長「防備柵をぶっ壊せ!!」
傭兵槍騎兵「おおおおっ!」

 がっしゃーん!!

飢えた市民「ああっ!!」
飢えた難民「あ、あんたがたはっ!」

傭兵隊長「おい! あんたらこの国の人間かっ!?」

飢えた市民「そうです、奴らが! あの蒼い魔族が」

傭兵隊長「わぁってるって! あんたらの長はどこだィ!?
 他に捕まっている連中はどこだ?」

飢えた難民「わ、わかりません。おそらくあちこちの
 屋敷に閉じ込められて、大きな建物に沢山押し込められて
 無理矢理鞭で働かされて……」

傭兵槍騎兵「大きな屋敷……」

534: 2009/09/28(月) 21:05:29.37 ID:L1AOl7sP
蒼魔駐留仕官「貴様らっ!! と、突撃ぃ!!」
蒼魔警備隊「うわぁぁ!!」

傭兵隊長「しゃらくせぇ!!」

ガギィン!!

傭兵槍騎兵「隊長のお話中だっ! 行儀良く氏にやがれ!!」

ザッシュ!!

傭兵剣士「隊長っ!! 兵舎を制圧! 兵士は殆ど
 いやがりませんでしたっ。奴らはいったい……」

傭兵隊長「わかったぞ! 魔族の兵は殆ど城だ。
 って事はそこらの貴族の館や豪邸を調べろ!
 
 難民や市民が閉じ込められていたら即座に解放して、
 食料と衣服だけもって逃げ出せって云え!!
 方角は北西の森だ。
 いいか、財産や荷物を持っていこうとしたらやめさせろ。
 
 動きが遅くちゃ話しにならねぇ!!
 とにかく逃げさせるんだっ!」

傭兵槍騎兵「判りやした。おい、五、六人ついてこいっ。
 他の隊長にも連絡だっ!」

傭兵隊長「本隊は城へと派遣しろっ!」

傭兵剣士「はっ!」

536: 2009/09/28(月) 21:06:55.82 ID:L1AOl7sP
傭兵隊長「弓兵部隊を編制。全ての鐘楼を制圧するんだ。
 その後城壁に取りかかれ。相手の人数は少ない。
 揺動して兵を偏らせて、弱点を突け!」

傭兵弓士「了解っ!」

痩せこけた娘「隊長さん、これ……」

傭兵隊長「は?」

痩せこけた娘「おみず……」

傭兵隊長「おう、あんがとよっ。嬢ちゃん。
 だがよ、おめえさんも顔を拭くこった。真っ黒だぜ?」

痩せこけた娘「おかさんが、襲われないように。
 きたなくしなさいて……」

傭兵隊長「そっか。……賢いな。
 じゃぁ、賢いついでだ。母ちゃんと一緒に西北を目指せ!
 他のみんなにも触れて回るんだ。
 この辺にはもう魔族の連中はいねぇ。
 わかるな?」

痩せこけた娘「できる」こくり

傭兵隊長「よっしゃ、急げ! どうやら俺の鼻が
 まだむずむずしやがる」

痩せこけた娘「ありがと、ね?」

傭兵隊長「うるせぇや。……急ぎなっ!」

551: 2009/09/28(月) 21:24:22.04 ID:L1AOl7sP
――白夜王国首都、荒れ果てた市街

ギン! キィンっ!!

蒼魔駐留仕官「退くな! ここで退けば刻印王に罰せられるぞ!」
蒼魔警備隊「人間めぇ! 下等な生物のくせに、氏ねぇっ!!」

傭兵剣士「下等も上等もあるか、このボケがぁっ!!」

    傭兵弓士「斉射っ!!」
      ビュンビュンビュン!!
       ビュンビュンビュン!!

蒼魔駐留仕官「なっ!」
蒼魔警備隊「後ろっ!?」

蒼魔防御隊「ぎゃぁぁぁあ!!」

傭兵隊長「どうだっ?」

傭兵槍騎兵「市街地の制圧、ほぼ完了。
 南東を除いて市民への通達も終了。ただいま小隊に編制した
 200人で個別に家々を当たらせています」

傭兵隊長「急がせろっ」
傭兵槍騎兵「城ですか?」

傭兵隊長「この感じは、違うな。もっときな臭ぇ」
傭兵槍騎兵「?」

傭兵弓士「隊長っ!! 隊長っ!!」

傭兵隊長「どうしたっ?」

552: 2009/09/28(月) 21:25:18.08 ID:L1AOl7sP
傭兵弓士「北部街道に、軍勢ありっ。
 この白夜国首都に向かっていますっ!!」

傭兵隊長「規模、軍装、速度報告っ!」

傭兵弓士「速度は徒歩更新、距離はおそらく5時間っ!
 夕暮れには到着っ! 軍装は歩兵装備と思われる物が
 中心なれど、遠距離のために未確認っ。規模はっ」

傭兵隊長「規模はっ?」

傭兵弓士「見渡す限りっ。最低で数万っ!!」

傭兵隊長「っ!」
傭兵槍騎兵「ど、どうします、隊長っ!?」

傭兵剣士「城門前広場に、残留部隊の結集終了っ!」

傭兵隊長「市民の避難にどれくらい掛かる?」

傭兵槍騎兵「おそらく半日弱は」

傭兵隊長「急がせろ。片刃団の旦那に話しをつけるんだ。
 支給馬車部隊をでっち上げるて難民の中でも傷病者や
 老人どもは有無を云わさず乗っけちまえ。避難を急がせろ!」

傭兵槍騎兵「人間ですよね、その軍勢は。援軍ですか?」

傭兵隊長「敵だ」

傭兵槍騎兵「そんなっ!?」

傭兵隊長「このタイミングで援軍なんてあるもんかっ。
 そんなぬるい話世の中にありゃしねぇ。
 おい、命しらずの馬鹿野郎どもッ!!」

傭兵たち「おうっ」 「はっ!」 「何だよ大将っ!」

傭兵隊長「騎馬で20騎ほど着いてこいっ! 斥候に行くぞ。
 残った連中は市民の避難を最優先させろ!
 城の中の魔族は威嚇射撃で固めておけば問題はねぇっ!!」

559: 2009/09/28(月) 21:44:33.93 ID:L1AOl7sP
――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、蒼魔軍

蒼魔近衛兵「なっ!」

  ガァァァ! グワッシャ! ザシュゥ!
  「なっ! な……なんでっ!」「敵襲っ!」「敵襲っ!!」

蒼魔軍軽騎兵「後方、後方だっ!」
蒼魔軍歩兵団長「いや、左翼だっ!!

蒼魔上級将軍「何が起きたっ!? 報告せよっ!!」
蒼魔近衛兵「敵襲ですっ」

  ザシュゥ! ドシュ! ザシュ! ヒュバッ!
  「敵襲っ!」 「獣人だ、すごい数の獣人がっ」

獣牙双剣兵「獣牙の一族、森狼族見参ッ!!」
獣牙斧兵「同じく、黒猪族っ、蒼魔族に天誅を加える!」
獣牙短槍兵「雪豹が一族の戦士、参戦いたすっ!」

蒼魔上級将軍「何故獣人どもがっ!?」
蒼魔近衛兵「反転っ! 重装歩兵団を反転させよっ!」

蒼魔上級将軍「無能者がっ!」

 どかっ!

蒼魔上級将軍「前方丘陵地帯に脇腹を見せるつもりかっ!?
 軽騎兵団、重騎兵団っ。歩兵の展開余地を確保するのだ!!
 迂回して獣人の一軍を突けっ!!」

蒼魔軍軽騎兵「ははーっ!」

560: 2009/09/28(月) 21:47:15.11 ID:L1AOl7sP
獣牙双剣兵「はははっ! そのような物かっ」

ひゅばっ!

獣牙斧兵「騎馬がなにをするものぞっ!!」

ドガァン!

蒼魔上級将軍「何をしているっ!?」
蒼魔近衛兵「敵の数は予想よりも多く、その数五千以上っ」

蒼魔上級将軍「予備兵力を投入せよっ」

蒼魔近衛兵「展開できるだけのスペースがありませんっ。
 そのうえ、獣人の一族はわざわざ湿地帯を選び戦い、
 こちらの騎馬部隊の機動力がいかせませぬっ」

蒼魔軍歩兵団長「獣臭い、土着の民めがっ!」

  ザシュゥ! ドシュ! ザシュ! ヒュバッ!
 「蒼魔族を討てっ!!」 「我ら獣牙の勇士っ!」
 「魔族の正義を天に知らしめよっ!」 「我らが勇気をっ!」

蒼魔上級将軍「歩兵団長っ!!」

蒼魔軍歩兵団長「はっ!!」

蒼魔上級将軍「歩兵団から精鋭を抽出し、橋頭堡を500歩分
 おしあげよっ!! 決氏の覚悟で行なうのだ。
 それだけの余裕があれば、現在遊兵となっている
 歩兵部隊を獣人に向けることが出来るっ」

蒼魔軍歩兵団長「承りましたっ!!」

561: 2009/09/28(月) 21:48:16.80 ID:L1AOl7sP
――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地

 わぁぁ! ガキン! ガシャン!
  うわぁぁ!! 進めぇ! 進めぇ! 人間を皆頃しにせよっ!

冬国槍兵士「圧力が上がったっ!?」
冬国弓兵士「なにを、一歩も、退くなっ!!」

 ビュンビュンビュン!!
   ビュンビュンビュン!!

女騎士「違うっ!! これは好機だっ!! 後衛槍兵部隊っ!!」

混成槍兵士「はっ!」

女騎士「今こそ出番だ。前線へと移動!
 中央槍兵は入れ違いに後退っ! 騎馬部隊の退却を助けると共に
 敵の圧力を押し戻せっ! わたしも出るっ」

冬国仕官「そんなっ」

女騎士「南の凍土の勇士達よっ!! 聞けっ!!
 この一戦の持つ意味をっ。その魂にきざめっ。
 故郷を守るために一歩も退くな!
 敵が魔族だからではないっ。
 ここは諸君と諸君の父祖が開拓した故郷だからだっ!
 
 思い出せっ!! 背丈を超えるほどの大岩を動かし
 ひび割れた手で苗を植えっ、凍り付いた大地に桑を撃ち込み
 そしてこの大地は実りを約束する諸君らが故郷となったのだ!
 
 眼前を見据えろっ! 敵は魔族ではないっ!!
 やつらは侵略者なのだっ。敵は、侵略をしてくる存在だっ!
 戦えっ!! 故郷を守るためにっ。後1時間だけ持たせろっ!」

566: 2009/09/28(月) 21:55:10.09 ID:L1AOl7sP
――白夜の国近郊、原生林上空からの落下

ヒュゴォォォー!!

勇者「やめろぉ」
蒼魔の刻印王「未だかつてその言葉で
 手をゆるめるような相手がいたのかね?」

ヒュゴォォォー!!

勇者「そいつらは、関係がないって」

蒼魔の刻印王「関係がないだと!? この世界全ては
 やがて我、魔王の物となるのだ。関係のない物など、
 存在しないわっ!」

勇者「逃げろっ! どこの軍勢だか判らないけどっ。
 逃げろおおおおお!!!」

蒼魔の刻印王「構う物か、灼熱の海に沈めっ!
 集えよ焔っ! 煉獄を焼き付くした七つの剣の名にかけて」

キイイイーン!!

勇者「っ!?」
蒼魔の刻印王「なっ! こ、これはっ!!」

キイイイーン!!

勇者「大規模集団法術……っ」
蒼魔の刻印王「身体がっ、じゅ、ばくされるっ」

キイイイーン!!

勇者「……こんな場所で、何でこんな大人数儀式をっ」
蒼魔の刻印王「なぜだっ。何故これほどっ」


568: 2009/09/28(月) 21:56:36.51 ID:L1AOl7sP
――白夜の国近郊、勇者を見上げる街道

宝石飾りの馬車の影「……光を……強めよ」

百合騎士団隊長「はっ! 司祭長! 呪縛するのだっ」

従軍司祭長「司祭よ! 声を合わせて祈りなさい!
 あれなるは魔族の将軍っ、敵の首魁のうち二人。
 構うことはありません、祈りの心を合わせて、
 光の縛鎖を構成するのですっ!」

従軍司祭「「「「はいっ!」」」」

宝石飾りの馬車の影「……」

百合騎士団隊長「250人の高位司祭の祈り、
 どのような魔族とはいえ逃れられるものではないだろう」

従軍司祭長「祈りなさい! 精霊の光を求めて。
 締め付け、絞り上げ、砕け散るほどにっ!!
 あれは敵! 我らが人間族の敵っ!!
 敵の破滅を祈るのです。あの存在は、精霊の敵だっ!!」

宝石飾りの馬車の影「……ふふふっ……好機とは……」
百合騎士団隊長「いかがなさいます?」

従軍司祭長「聖別された月桂樹をふるのです」

従軍司祭「「はいっ!」」

 しゃらん…… しゃらん…… しゃらん……

宝石飾りの馬車の影「……銃に、祈りを、集めよ」
百合騎士団隊長「はっ! マスケット隊っ!!」

569: 2009/09/28(月) 21:58:35.07 ID:L1AOl7sP
――白夜の国近郊、原生林上空

キイイイーン!!

勇者「鎧に、ひびがっ……っ」
蒼魔の刻印王「身が、千切れそうだっ……」

勇者「はんっ。ざまぁ、ないっ」
蒼魔の刻印王「下らぬ事をっ。動けぬとは言え、
 貴様を消し炭にすること位できぬと思うているのかっ」

勇者「……っ!」
蒼魔の刻印王「“広域殲滅”……」

勇者「こんなところで広域殲滅呪文使うなっ! 糞野郎っ!」
蒼魔の刻印王「下らぬ静止を。自分が誰の攻撃を受けているのか
 考えても見るのだな。……人間族からも見捨てられたか」

勇者「違うっ! おれは、違うっ!!」

蒼魔の刻印王「違わぬっ! 所詮この世界はっ」

   ゴォォォーン!!

勇者「ガハッ」
蒼魔の刻印王「グフッ」

勇者「なん……だ、これ……」
蒼魔の刻印王「……傷口が、灼ける。……鉄の、玉?」

   ゴォォォーン!!

   ゴォォォーン!!

   ゴォォォーン!!

578: 2009/09/28(月) 22:03:04.96 ID:L1AOl7sP
――鉄の国、蔓穂ヶ原、南部

魔王「気にくわないな」
メイド長「どうしたんですか?」

魔王「いや……。女騎士は、何をするつもりだったんだ」
メイド長「?」

衛門騎士「あの中央丘陵の徹底氏守では?」

魔王「なぜ?」
メイド長「……」

東の砦長「ふぅむ。あの姉ちゃんは、あんだけの用兵家だ。
 じり貧なのは見えていただろう。
 こっちの援軍を当てにしていたのか?」

魔王「で、あればいいのだが」

メイド長「まおー様、そんな風に考え事をしていると、
 泥が跳ねて汚れてしまいますよ」
東の砦長「戦場だ。仕方ねぇよ、目くじら立てるなって」

魔王「泥――」

メイド長「?」

魔王「砦長、銀虎公に至急伝令っ!
 西方に向けて退却っ。全速だっ!!」

衛門騎士「我が軍は優勢ですぞっ」

東の砦長「いいや判った。伝令だなっ!!
 急げっ!! 最重要だっ!! 退却を始めるぞっ!!」

580: 2009/09/28(月) 22:04:26.07 ID:L1AOl7sP
――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、蒼魔軍

蒼魔近衛兵「将軍っ!! 上級将軍っ!!」

蒼魔上級将軍「どうしたっ!」

蒼魔近衛兵「獣人が撤退してゆきますっ!」

蒼魔上級将軍「なんだとっ? ……奴らは優勢に戦を
 展開していたはず。我が軍の回頭はっ!?」

蒼魔近衛兵「未だ半ばです。騎馬隊の追撃をさせますか?」

蒼魔上級将軍「馬鹿を云うな。この湿地帯でどのような
 事になるかも判らんのかっ。だが好都合だ。
 今のうちの獣人の一族方面に重奏騎兵部隊を配置せよ。
 日が落ちる前に前方の人間の部隊を一網打尽にするぞ!!」

蒼魔近衛兵「はっ!」

蒼魔軍歩兵団長「全軍前進っ!!」

ダカダッダカダッダカダッ

斥候「報告っ! 報告でございますっ!
 将軍、上級将軍っ!! 後方に敵部隊出現っ!」

蒼魔上級将軍「何を慌てているっ」

斥候「後方に聖王国の軍が出現しましたっ。辺境国境地帯を
 通ってきたらしく監視から漏れて、その……」

蒼魔上級将軍「聖王国だと? それは援軍だ。
 ふっ。どうやら待ちきれなかったと見える。
 あの硝石とやらが喉から手が出るほど欲しかったのだな。
 くっくっくっく」

582: 2009/09/28(月) 22:05:29.55 ID:L1AOl7sP
蒼魔近衛兵「距離は? 数と装備は?」

斥候「最後尾はほんの30分ほどで接近します。
 数は、無数。最低でも三万」

              ……ウン

蒼魔上級将軍「三万とはなっ。はんっ!
 参謀殿も気が早い。この際、三ヶ国を一気に平らげるおつもりか。
 まぁいい。今は目前の敵に集中せよ!
 どうした!
 獣人の一族の脅威は去った、まだ押しやれぬのかっ!!
 
 これ以上の時間をかけるようならば、歩兵隊を処罰するぞっ」

              ……ォゥン

斥候騎兵「将軍っ!! 将軍っ! 報告でありますっ!!」

 ズル、グシャ

蒼魔上級将軍「落ち着けっ」

斥候騎兵「後方に聖王国なる軍数万がっ」

蒼魔上級将軍「愚か者っ。そのような報告、すでに聞いたわっ!」

              ……ドォゥン

斥候騎兵「その軍が、未知の武装により我が軍を攻撃っ!!
 我が軍後衛部隊、および輜重防衛部隊は、すでに全滅っ!!」

蒼魔上級将軍「なっ。なん……だと……ッ!!」

589: 2009/09/28(月) 22:09:06.52 ID:L1AOl7sP
おなかへったー。
なんかさがしてたべてきますー。

666: 2009/09/28(月) 23:50:40.46 ID:L1AOl7sP
――白夜の国近郊、街道

宝石飾りの馬車の影「……かの二人、蒼魔の王と、堕ちし者」

百合騎士団隊長「はっ」

宝石飾りの馬車の影「……なんとしても、仕留めよ。
 ……あれは、あのものは……人間を攻撃……できぬ……
 呪い、悪罵を持て、包囲せよ……あざけり、拒絶するのだ
 それだけで……あれは……ちからを、うしなう……
 祈りを込めた……鉛で……
 かの者の……命は……断てる……」

百合騎士団隊長「承りましたっ」

従軍司祭長「大主教さまっ」
従軍司祭「奴らは落ちました! あの高さ、助かるはずもなくっ」

百合騎士団隊長「油断するな! 必ずや氏骸を見つけ出せ
 いいや、必ず生きているぞっ! マスケット隊と
 従軍司祭の部隊をもって方位探索の上、殲滅するのだ!」

従軍司祭長「はっ!」

マスケット兵「探索部隊、用意っ!」

宝石飾りの馬車の影「……機会は多くない。かならずや……」

百合騎士団隊長「必ずや見つけ出し、草の根分けても頃すのだ!」


671: 2009/09/28(月) 23:54:23.70 ID:L1AOl7sP
――鉄の国、蔓穂ヶ原、中央部付近

ゴウゥゥン!!

魔王「はぁっ! はぁっ!」
メイド長「まおー様っ! まおー様っ!」

ガウゥゥン!!

衛門騎士「何だ、この音はっ」

魔王 ガクガクっ
メイド長「まおー様。しっかりしてくださいっ」

東の砦将「大丈夫かよ。真っ青だぜ」

魔王「――な、なぜだ。
 何故ここにあれがあるっ。な、なんでっ」

ゴウゥゥン!!
   ガウゥゥン!!

メイド長「まおー様っ」
魔王「誰が、何故っ。――こ、これほどの量をっ」

東の砦将「何か知っているのか、魔王様ようっ!」

魔王「だ、だめだっ! 女騎士が氏ぬっ。
 あ、あれは蒼魔族などよりもずっと恐ろしいものだっ。
 女騎士がっ!! このままでは、それはいやだっ!」

メイド長「まおー様っ」

パシンッ!!

673: 2009/09/28(月) 23:55:11.58 ID:L1AOl7sP
ゴウゥゥン!!
   ガウゥゥン!!

メイド長「しゃんとしてくださいっ!」

魔王「あ……」

メイド長「こんなところで足をすくませて氏ぬおつもりですかっ!」

ゴウゥゥン!! ゴォォン!

衛門騎士「近いっ! 東、尾根っ!」

東の砦将「来やがった、逃げるぞ!!」
魔王「……くっ」
メイド長「こちらへっ」

衛門騎士「切り開きます。続いてくださいっ!!」

東の砦将「どこにこれだけの歩兵がっ。なんだあの杖はっ!?」
魔王「銃……。マスケットだ」

衛門騎士「ぐっ!」

ゴウゥゥン!! ゴォォン!

  「ぎゃぁっ!」 「手がぁっ!」 「見えない、真っ暗だっ」
  「何だ、何が起きたんだっ!!」 「うわぁぁっ!」

東の砦将「ちきしょうっ。なんて数だ!
 こいつらなんだってんだ!!」

メイド長「っ!」

675: 2009/09/28(月) 23:57:31.04 ID:L1AOl7sP
衛門騎士「こっちにも歩兵がっ」

東の砦将「騎兵はいないのか、こいつらっ」

魔王「東はダメだっ」

東の砦将「そんな事言ったって、その西がっ」

ガサガサッ! ジャブジャブッ

光のマスケット兵「ひっ! い、いたぞっ!!」
光のマスケット兵「氏ねっ!! 異端めぇ!」
光のマスケット兵「我ら信徒以外の南部の民は皆異端だっ!!」
光のマスケット兵「ば、化け物と一緒にっ。っ! 氏ね魔女!!」

ゴウゥゥン!! ゴォォン!
   ゴウゥゥン!! ゴォォン!

魔王「~っ!」
メイド長 ぎゅぅっ!

 ザシュ! ザパァッ!!

光のマスケット兵「ガハァァッ!!」

銀虎公「遅くなったな、魔王殿っ!」

魔王「銀虎公っ!!」
東の砦将「無事だったか!!」

メイド長「こんなに血を流しているではありませんかっ」

銀虎公「なんのこの銀虎公っ。三度魔王殿の命を
 守るまでは氏なぬと約束したっ!
 いま、わが獣牙の者が西への活路を切り開いている。
 蒼魔はまだしも、あの奇妙な筒は得体が知れぬ。
 我が手の者もかなりの数やられた」

魔王「っ!」ぎゅぅっ

東の砦将「一刻も早く退却すべきだ。行こうっ!!」

704: 2009/09/29(火) 00:37:51.23 ID:1eGbtUQP
――白夜の国近郊、原生林

ドグワシャーン!!

執事「っ!!」
勇者「な、んで爺さんっ」

蒼魔の刻印王「ゴボワッ!! グブゥッ」

執事「ふふふっ」
勇者「爺さんっ! 爺さんっ!! 何やってんだよっ」

執事「なかなか格好良い登場だったでしょ。にょほ……ほ」
勇者「穴だらけじゃねぇかよっ!!
 何で俺かばってんだよ!
 あんた年寄りじゃねぇか!
 最近風邪の治り遅いとか愚痴言ってたじゃねぇかっ!!」

執事「風通しがよい紳士でございます」
勇者「馬鹿云ってんじゃねぇよっ!! “治癒呪”っ」

執事「向こう側が見えるシースルー。なんちゃって。
 げぶっ、ごぼっ。……かはっ!!」

勇者「な、なんで。なんでこんなとこ……っ」ぼたぼた

執事「蒼魔族を探っていまして。……けふっ。
 昔取った杵柄、無音潜入術でございます……。
 戦の気配で、勇者の元へと……」

勇者「なんでだよぅ、なんで呪文が発動しないんだよっ」」

執事「……勇者こそ、血を流しすぎです。けふっ。
 こんなにぼろぼろではないですか」
 大丈夫、これしきでは氏にません。
 それより、早く、トドメを。そやつは、大きな障害」

蒼魔の刻印王「げぶうっ。ごはっ。げふっ……に、んげん、めぇ」

勇者「そんなこたぁどうでも良いんだよっ!!」


705: 2009/09/29(火) 00:39:13.15 ID:1eGbtUQP
執事「にょほ……。そやつを暗頃する……機会を
 狙っていましたが……とうとう、得られず……」

蒼魔の刻印王「このようなところで……、
 終わってたま……る……か……っ」

ガサッガサガサ

勇者「っ!」
執事「このような……時にっ……」

ガサッガサガサ

傭兵隊長「睨むなよ。あんたの戦いは地面から見てた。
 おい、とりあえず、酒ぶっかけて、包帯を巻け」

傭兵槍騎兵「はっ」

執事「……すみませぬ」
勇者「ぐっ。誰だ、お前っ」

傭兵隊長「爺さんももちろんだが
 あんたも限界みたいだな。こっちの魔族も虫の息だ。
 仲間割れなのか、魔族も?」

執事「こちらの方は魔族ではありません」
勇者「大差はねぇよ」

傭兵隊長「……」

執事「……」じぃっ

傭兵隊長「おい爺さん、助けて欲しいか?」
執事「ぜひっ。この方だけでもっ」

707: 2009/09/29(火) 00:40:28.95 ID:1eGbtUQP
ガサッガサガサ

傭兵弓兵「隊長。さっきの変な筒を持った奴らと重武装兵士が
 散開して森の探索に入っています。
 どうも連中、中央の教会と貴族らしいですね」

傭兵隊長「はん。おい、勇者さんとやら」

勇者「くっ! こんな傷ぐらいでっ。げふっ」
執事「勇者、いけませんっ。私が参ります」

勇者「何だよ、爺さん。俺より重傷のくせにっ!!」

執事「そう言うことを言ってるのではありません。
 勇者。あなたは……あの弾丸を受けてはいけませんっ。
 あの悪意も、祈りも、受けてはいけません」

勇者「何云ってるんだか判らねぇよっ」

執事「人間を敵に回してはいけませんよ。
 わたしが行きますから、勇者は逃げてください。
 ……にょほ、ほほっ」

勇者「ぜんぜんっ判らないぞ、爺っ!」

傭兵隊長「おい、兄ちゃん」
勇者「黙ってろっ!」

傭兵隊長「うるせぇっ! こっちだって命がけなんだ、
 すぐ答えろっ! おめぇよ、誰かを助けて“ありがとう”って
 云って貰ったこと、あんのかよっ!」

709: 2009/09/29(火) 00:41:44.96 ID:1eGbtUQP
勇者「あるよ。どうだって良いだろ、そんなのっ」

傭兵隊長「何回だよっ」
勇者「んなの覚えちゃいねぇよ。いっぱいだよ」

傭兵隊長「そっか。ちっ。羨ましく……は、ねぇか。
 1回こっきりだって、俺は負けちゃ、いねぇ」

傭兵槍騎兵「隊長……」

傭兵隊長「爺さん、こっちは良いんだな?」
執事「もちろん」

傭兵隊長「ふんっ。悪いな、こっちも余裕はねぇんだ」

蒼魔の刻印王「に、んげん、めぇ。許さぬ、許さぬぞぉ
 このわたしに手を挙げるとは……身の程をっ」

傭兵隊長「戦場のことだ。許しておけ」

ザシュ

傭兵隊長「おい、若造、ちっけーの。
 この爺さんと兄ちゃんを馬に乗せろっ」

傭兵槍騎兵「急げっ」

執事「ぐっ。げぶっ!」
勇者「何するんだよっ」

傭兵隊長「黙ってろっ! お前らみてぇに
 身体中から噴水みたいに血をビュービューだしてる
 連中見るとしらけるんだよっ!」

傭兵達「あはははは」「ちげぇねぇ」「まったくだ!」

714: 2009/09/29(火) 00:43:14.85 ID:1eGbtUQP
傭兵隊長「おい、若造。ちびすけ。お前らはここで帰宅組だ。
 二人を無事に届けろっ。
 この指輪を持っていけ! コイツラは多分必要な人間だ。
 氷の宮殿の貴族子弟の旦那に届けるんだっ。
 こいつは重要な任務だぜ。ただのヒヨッコには任せねぇ」

若造・ちび助「はい、隊長っ!」

執事「……くふっ」くたっ

勇者「馬鹿云うな、俺はまだいけるっ!
 勝手なこと云うなよっ! おれは、まだまだっ。ぎぃっ!!」

傭兵隊長「わかんねぇ兄ちゃんだな。
 おめぇが頑張りすぎると
 そこの爺さんが道連れで氏んじまうんだよ。
 そこの爺さんがかばったのは、おめぇの身体じゃなくて
 魂なんだよっ! 分かれよ、この馬鹿ちんがっ!!」

勇者「っ!」

傭兵隊長「よーし、おまえら! 騎乗だ!
 これからあの貴族連中に突っ込んでかき回すぞ!
 陽気な歌を歌え!
 野郎どもっ! おれたちゃ、未来の騎士様だぜっ!」

傭兵達「よっしゃぁ」 「ばっか野郎! 大将は白夜の王だ!」

傭兵隊長「あーっはっはっは!
 ちげぇねぇや! お前らが騎士なら
 俺は王様にしてもらわなきゃな!
 さぁ、いくぞ! 馬鹿野郎ども!!」

715: 2009/09/29(火) 00:44:32.64 ID:1eGbtUQP
勇者「ちょっとまてよっ!!」

ダカダッ

勇者「おい、馬を止めろっ。氏ぬぞっ、あいつ氏んじまうぞっ」
若造「生意気を云ってはダメだ」

勇者「ぐふっ……。っくぅ」

若造「ぼろぼろだ。生きているだけでおかしい」
ちび助「それに」

ダカダッ

ちび助「隊長の命令は絶対だ。じゃなきゃ、みんなが氏ぬ」

勇者「俺が助ける役なんだぞっ。なんでだよっ。
 なんでだよっ。なんでなんだよっ!!」

若造「……」

ちび助「隊長は、勇者だ。ヒーローなんだぞ?
 俺を助けてくれた。沢山の孤児もだ。
 あの街で、小さな女の子に“ありがとう”って云われたんだ。
 お前みたいな得体の知れないちんぴらに
 心配されるほどおちぶれちゃいない」

若造「そうだ。一人前の男は。立派な男は。
 自分の氏に場所は自分で選べる。
 一人前の男は、自分一人の勇者なんだぞ」

勇者「なんでこんなに……っ。ごふっ、ごふっ……」

721: 2009/09/29(火) 00:47:30.30 ID:1eGbtUQP
――青い光がくるぶしを洗う砂浜

ゴウゥゥン!! ゴォォン!

ぎゃぁっ!
手がぁっ!
異端だ! 異端は氏ねっ!
ちきしょうっ! ちきしょうっ!
消してくれぇ! 焼けるぅ、俺の足がぁ!
誰か、手を貸してくれっ! 大木にはさまれてっ

ゴォォン! ザシュゥッ!

見えない、真っ暗だっ。助けて……
お前達はみんな精霊の敵だっ!
人間の分際でっ! ここから消えろっ!!
光の精霊よっ! お慈悲をっ!!
何だ、何が起きたんだっ!!
うわぁぁっ!

ドゴォォン!! ゴォォン!!

女魔法使い「……」

メイド姉「……判りました」

女魔法使い「……」

メイド姉「判りましたっ」ぼたぼたっ

723: 2009/09/29(火) 00:49:11.65 ID:1eGbtUQP
女魔法使い「……」
メイド姉「なんで、こうなるんですか?」

女魔法使い「……成り行き」

メイド姉「成り行きっ!? 成り行きでこんなにっ、
 こんなに人が氏ぬんですかっ。そんな事許されるんですかっ!」

女魔法使い「では、成り行き以外の何なら赦せるの?」
メイド姉「……っ」

女魔法使い「……」
メイド姉「……それは。そんなのは」

女魔法使い「異なる二つの存在があり、
 複層化されたレイヤにおけるベクトル量が違う場合
 概念的なレベルにおいて速度差が生じる。
 もしその二つが接近しており、影響を与える場合、
 その相対的な速度差によって、
 より高速な側が外側となって巻き込むことになる。
 これを散文的に表現すると、時代の回転という」

メイド姉「……」きっ

女魔法使い「時代が回転する時、その軋轢は血を要求する。
 血塗られた曲がり角を経て、時代は回転する」

メイド姉「そうでなきゃならないんですかっ!?
 嘘ですっ! 平和に曲がることだってあるはずですっ」

女魔法使い「例外はない。
 仮に血が流れていないように見えても
 それは知覚できないだけ。
 肉体の血ではなく、精神の、魂の血が流れただけ」

メイド姉「……嘘、です。そんなのっ」

724: 2009/09/29(火) 00:52:31.32 ID:1eGbtUQP
女魔法使い「嘘ではない」
メイド姉「……っ」

女魔法使い「ときに、人より多くの血を流せる個人が現われる。
 何によってかそうなった彼らは、
 数千人分。時によっては数万、数十万人分の血を流して
 回転の要求する血量を一人で肩代わりする。
 
 彼ら個人によっても、時代の要求した血量は隠蔽される。
 まるで犠牲など、無かったかのように」

メイド姉「……」

女魔法使い「嘘ではない。なぜならその証拠に
 ――貴方は、それを知っている。ううん、感じている」

メイド姉「……」

女魔法使い「今ならば判る。学んだ今ならば、
 ……魔界を征服するのは。それはそれで、回転だった。
 しかし、その回転の必要とした血量は
 (魔王+勇者)と多少の+αでまかなえたはずだった」

メイド姉「何を言っているか判りません」

女魔法使い「……判る必要はない。貴方は知っているのだから」
メイド姉「っ」

女魔法使い「だから道を探していた。ちがう?」
メイド姉「だからって。だからって」

女魔法使い「“勇者は報われない仕事だ。
 特にこの世界ではそうなのだろう。
 救うまでは神のごとく崇められるかもしれないが、
 去れば記憶に残らない。
 魔物を倒せば目的に近づくが、
 魔物をすべて倒せば存在意義が無くなる。
 勇者とはまるで自分を消滅させるために
 輝いている星のようだ”」

725: 2009/09/29(火) 00:54:40.87 ID:1eGbtUQP
メイド姉「あなたは……まさか……」

女魔法使い「それも真実だ」
メイド姉「だとすれば、貴方は悪魔ですっ」

女魔法使い「自覚のある罪と自覚のない罪では罪科が代わると?」
メイド姉「そうですっ!」

女魔法使い「……だとすれば、無知は得だ。
 知らなければ知らないほど、罪が減るのだろう?」

メイド姉「だって、あなたはっ」

女魔法使い「……」

メイド姉「血を、血の量をっ。誰かを生かすために、
 こんなにも沢山の血をっ、見頃しにしているんですかっ」

女魔法使い「……それも一面の事実といえる」
メイド姉「……っ」

女魔法使い「気に入らないのか?」
メイド姉「当たり前ですっ」

女魔法使い「ならば、貴方は貴方の道で救えばいい」
メイド姉「……っ!」

女魔法使い「忘れるべきではない。貴方も同じ船に乗っている。
 貴方もあの血の流れに救われている。血のながれる河の船の上で」

メイド姉「それでもっ! それでもっ!」

女魔法使い「……送ろう」
メイド姉「……っ」

女魔法使い「……貴方には、やはりこの図書館は、似合わない」

815: 2009/09/29(火) 16:40:41.77 ID:1eGbtUQP
――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地

ゴウゥゥン!!
   ガウゥゥン!!
 「う、うわぁぁぁ!!」「う、うしろにもっ!!」

女騎士(これは……なんだっ!?)
冬国仕官「堪えろっ! 南の勇士よっ!
 騎兵隊、左翼の敵突出部隊を叩けっ」

ゴウゥゥン!!
   ガウゥゥン!!

冬国槍兵士「姫騎士将軍のためにっ!」
冬国弓兵士「我らが故郷のためにっ!」

蒼魔歩兵「助けてっ、何かがっ!」

ゴウゥゥン!!
   ガウゥゥン!!
     うわぁぁあ!! 見えない槍だっ、見えない槍なんだ!

女騎士「――っ! 仕官っ!!」
冬国仕官「はっ!」

女騎士「色狼煙をあげろっ! 合図だ! 前線を80歩後退っ!」
冬国仕官「何が起きているんですかっ!?」

女騎士「蒼魔族後方より無数の新たなる敵が現われた。
 ――おそらく、教会の遠征軍、その本隊だ。
 ここまで早いとは。
 それに、あの音は何だ……。嫌な予感がする。
 狼煙を三本あげろっ!!」


816: 2009/09/29(火) 16:41:45.49 ID:1eGbtUQP
斥候「騎士将軍っ! 敵はどうやら聖教会兵、その数数万っ!」
冬国仕官「数万!?」

斥候「未知の武具で武装し、魔族、我々関係なく、
 行き会う全てに攻撃を加えておりますっ!!

冬国仕官「そんなっ。蒼魔族だけでも2万からの軍勢がいるのに
 さらに数万だとっ!? こっ、ここまでなのかっ」

ゴウゥゥン!!
   ガウゥゥン!!

女騎士「いいやっ。まだ生きている。
 まだ負けてはいないっ。
 防衛ラインを崩すな、湿地帯へは近寄らせずに、堅持しろ!
 午後も深くなった、気温が下がるっ。霧が出るぞっ」

冬国仕官「……くっ。了解っ!」

女騎士「傷病者搬送を急げ!!
 戦場図記載の深紅のルート以外
 今後一切の使用を禁止する!! 全軍に通達っ!」

  冬国槍兵士「押せっ! 押しかえせぇ!」
  冬国弓兵士「ここは俺たちの国だっ!」

女騎士(使う相手が変わる、か。
 ……どこまで行けるか判らないが師弟合作だ。
 蒼魔も教会も、付き合ってもらうぞっ)

817: 2009/09/29(火) 16:43:43.43 ID:1eGbtUQP
――蔓穂ヶ原、森林部、待機場所

鉄国少尉「あれはっ」
鉄国歩兵「色狼煙ですっ! 少尉っ! 数は三本!
 “全テノ関ヲ空ケテ放流セヨ”ですっ!」

鉄国少尉「判った。森の中の開拓兵に啄木で合図を送れっ!」
鉄国歩兵「はっ!!」

 コーッン!! コーッン!! コーッン!!

鉄国少尉「すぐにでも来るぞ」
鉄国歩兵「はい。いや、……来ました」

鉄国開拓兵「水位が上がっていく……」

鉄国少尉「いいや、例年どおりに戻っていくだけだ」
鉄国歩兵「水路の様子はどうだ?」

鉄国開拓兵「はい……。大丈夫です!
 湿地帯に流れ込んでいきます。
 ものの20分もあれば、湿地帯はもとどおり
 ぐちょぐちょになりますよ!」

鉄国少尉「混合具合は?」
鉄国歩兵「良好。水面に浮いています」

鉄国少尉「こっちは任務を果たしましたよ。
 護民卿、騎士将軍……どうかご無事で」

820: 2009/09/29(火) 17:05:51.23 ID:1eGbtUQP
――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、混乱の蒼魔軍

蒼魔上級将軍「一時的撤退だっ!」
蒼魔近衛兵「ですがどちらへっ」

ゴウゥゥン!!
   ガウゥゥン!!

蒼魔上級将軍「北だっ! 歩兵部隊を円陣とし、
 しんがりを持たせる。騎馬部隊から先に北方へと移動をしろ!」

蒼魔近衛兵「これはっ……」

蒼魔上級将軍「どうした! こんどはなんだっ!」

蒼魔近衛兵「湿地帯がいつの間にか水量を増しています。
 これではこの平地が、水路で造られた迷路のように……」

蒼魔上級将軍「迷路? 水量が増したとは言え、
 膝までではないか。恐れるな! 場合によっては
 馬から下りて手綱を取るのだっ!」

ゴウゥゥン!!
   ガウゥゥン!!

蒼魔近衛兵「はっ! 行くぞ! 騎馬部隊!
 先行して、敵の遊撃部隊を切り開くのだっ!」

821: 2009/09/29(火) 17:08:03.86 ID:1eGbtUQP
――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地

女騎士「火矢を放てっ!!」

 ビュンビュンビュン!!
   ビュンビュンビュン!!

冬国仕官「どうだっ」

 ゴゴオオオオオオォォォォォォォォ!!!!

冬国槍兵士「っ!?」
冬国弓兵士「なっ!」

女騎士「全軍撤退!!」

冬国仕官「なんて光景だっ」

女騎士「設計された水路による半径五里四方の炎の迷宮だ。
 蒼魔族の布陣が確定できなくて、
 広めに範囲を取っていたけれど
 それが退却を助けてくれることになるとは……」

冬国仕官「これで我が軍の勝利……ですか……?」

女騎士「いいや。おそらく、峠道に教会軍の本隊は存在する。
 これで倒せるのは先遣隊でしかないと思うけれど……。
 とにかく退却するまでの時間稼ぎは可能だ。
 急げっ!! 傷病者には付き添え!」

冬国槍兵士「はっ!!」
冬国弓兵士「おい、行くぞ。帰るんだっ!」

女騎士「炎が回る。……指定の地域からは離れるなっ!」

823: 2009/09/29(火) 17:21:16.65 ID:1eGbtUQP
――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、乱戦地帯

聖鍵兵士「はぁっ! はぁっ!!」
聖鍵槍兵「こっちにはいない、進もう」
聖鍵銃兵「いや、まってくれ。装填しないと撃てない」ごそごそ
聖鍵中隊長「何をやっている、急げっ!」

聖鍵兵士「慎重に計量しないと……」
聖鍵槍兵「槍兵はそんな格好悪いことはねぇですよ」
聖鍵銃兵「うるさいっ。
 ……マスケットを支給されない落ちこぼれが」

聖鍵中隊長「静かにしろっ」

   ガウゥゥン!!

聖鍵銃兵「あれは……」
聖鍵中隊長「我々の右翼だ。129部隊だな」

聖鍵兵士「て、てっ、敵が近くにいるのか」きょろきょろっ
聖鍵槍兵「く、くるなら来いっ」ばっ
聖鍵銃兵「あと少し、もう少しで装填が。あっ」

 がちゃがちゃ。ずるっ

聖鍵兵士「腰抜けっ」
聖鍵中隊長「早く起きろ、マスケットを濡らすんじゃない」

聖鍵銃兵「お、俺は選ばれたんだ。選ばれたんだぞっ!
 マスケットを持つ兵士として……。あれ?」

聖鍵中隊長「どうした?」

聖鍵銃兵「水に、ぬるぬるしたものが浮いてる……ひっ!!」

聖鍵兵士「炎がっ! 焔が駆けてっ!! ぎゃぁぁぁぁぁああ!!」

825: 2009/09/29(火) 17:24:19.84 ID:1eGbtUQP
――蔓穂ヶ原、峠道の高台、本陣

     ゴゴオオオォォォォォ!!!!

王弟元帥「ほう……」
聖王国将官「元帥閣下、これは」

王弟元帥「おそらく、三ヶ国側の罠だろう」
聖王国将官「それにしても……」

監視兵「報告いたしますっ! 眼前の炎はどうやら
 この平地東部の殆どを覆っている様子!
 一辺が五里に及んでいます」

聖王国将官「いったいどのような仕掛けなのだっ」

監視兵「そ、それがさっぱり……」

王弟元帥「水路だろう」

聖王国将官「は?」

王弟元帥「午後になって霧が出てきたようだ。水路に特殊な
 油を流したのだろう。その『特殊』の中身までは判らぬがな」

聖王国将官「くっ」

王弟元帥「良い。残存兵力を退却させろ」
聖王国将官「宜しいのですか?」

王弟元帥「ここへは三ヶ国通商を殲滅しに来たわけではない」
聖王国将官「はっ」

826: 2009/09/29(火) 17:27:02.08 ID:1eGbtUQP
王弟元帥「白夜王国を制圧し、極大陸ゲート跡への
 侵攻路を確保した。それが目的の第一だ。
 第二に我らが光の信徒が魔族をこの地上から殲滅したと云う事実。
 これにより、今後より一層、我ら聖鍵遠征軍への
 支援と参加者が増えるであろう。
 第三に、新武器であるマスケット部隊での
 実践運用試験を行う事が出来た。
 どのように高性能な武器であろうと自ずと長所と短所がある。
 それらの特徴は実戦を経なければ判らぬ」

聖王国将官「圧倒的でしたな。元帥閣下の仰るとおりで
 ございました。目を開かれたような心持ちです」

王弟元帥「その結論は早い。今後部隊の損耗度の調査や
 武器についての聞き取り、戦果の考察をしなければならぬ」

聖王国将官「はっ」

王弟元帥「勝利に酔っておのれの足下も見えなくなった時
 敗北は足下に這い寄るのだ。
 ……ふっ。あやつめの云いそうな台詞だが、な」

聖王国将官「すぐさま撤退を指示しますっ! おいっ! 伝令!!」

王弟元帥(……それにしても、
 三ヶ国通商の司令官は女騎士と云ったか。
 流石に勇者を支えただけのことはあるな。
 見事な用兵だ……。
 この火炎の罠の壮大な威力に目を奪われがちだが
 その時期を待って弓兵と槍兵を連携させ、
 寡兵をもってあの中央丘陵を守り抜いた。
 その粘り強さと前線に隙を作らぬ細心さは
 並の指揮官の及ぶところではない。
 これほどの才幹、我が麾下ではないとは、惜しい事よ)

835: 2009/09/29(火) 17:44:14.10 ID:1eGbtUQP
――蔓穂ヶ原、周辺部、森林地帯、真っ赤に染まった夕日

軍人子弟「あ゛あ゛あ゛ぅぅぐぅ……」
鉄国将官「……」

軍人子弟「うううぐ、うぐっぅっ……」
鉄国将官「……」

軍人子弟「氏んでしまったでござるよ……」
鉄国将官「……」

軍人子弟「氏んでしまったでござる……」
鉄国将官「……」

軍人子弟「たくさんっ、たくさんっ」

 どんっ!!

鉄国将官「……」

軍人子弟「拙者が駆けつけた時に、もう沢山の開拓民が。
 それに拙者の部下達も。みんな、あの銃弾の嵐に飛び込んで。
 拙者をかばって、仲間をかばってっ。
 あんなに、あんなにっ一緒に過ごしたのに゛っ。
 拙者の仲間だったの゛に゛っ!!」

鉄国将官「……」

軍人子弟「っ……。みんな、もう笑わないでござる」
鉄国将官「……」


836: 2009/09/29(火) 17:45:15.08 ID:1eGbtUQP
軍人子弟「喋らないでござる……」
鉄国将官「……」

軍人子弟「酒を飲んで、下品な話をして、
 拙者に向かって大きな口を開けて、
 馬鹿みたいな笑顔で、敬礼してくれないでござる……」

鉄国将官「……護民卿」

軍人子弟「ちっとも護ってござらん」
鉄国将官「……」

軍人子弟「護ってござらんではないかっ」
鉄国将官「……」

軍人子弟「……っ」
鉄国将官「帰りましょう」

軍人子弟「……」
鉄国将官「鉄の国には、まだ護民卿が護らなければならない
 人々が、沢山います。――護民卿。
 ……ここにいる俺たちの兄弟や友達が護った、
 鉄の国のみんなが待っていますよ」

軍人子弟「……」
鉄国将官「……」

軍人子弟「……そうでござった、な」
鉄国将官「ええ」

軍人子弟「軍人として、恥ずかしいところを見せたでござる」
鉄国将官「ちっとも。ねぇ、護民卿」

軍人子弟「?」
鉄国将官「次は、勝ちましょう。勝って笑いましょう」

845: 2009/09/29(火) 18:01:44.08 ID:1eGbtUQP
――大陸街道、強い風が吹く交差点

ひゅるぅうるるるる~

メイド姉「……」
奏楽子弟「……」

メイド姉「詩人さんは、見たんですか?」
奏楽子弟「……うん」

メイド姉「……」
奏楽子弟「見たよ。たぶん。……わたしはわたしだったけれど、
 どこかでメイド姉さんも感じていた。
 あそこにいたのは、わたしでもあった……と、思う」

メイド姉「……」

奏楽子弟「悲鳴だったね」
メイド姉「ええ」

奏楽子弟「怒声だった」
メイド姉「はい」

奏楽子弟「あの苦鳴も、この世界の音楽の一つなのかな」
メイド姉「……わかりません。わかりませんけれど、あれは」

奏楽子弟「……」
メイド姉「氏でした」

奏楽子弟「うん」

メイド姉「数え切れないほどの。砂浜の砂粒ほどの、氏」

奏楽子弟「ねぇ、メイド姉さん。気が付いていたんでしょう?」
メイド姉「はい?」

ふぁさっ

846: 2009/09/29(火) 18:03:32.30 ID:1eGbtUQP
奏楽子弟「そのターバンは、あげる」にこっ
メイド姉「詩人さん……」

奏楽子弟「ほら、この耳ね。ぴこぴこでしょう?
 わたしは、森歌族なの。
 歌を伝え、語りを伝え、見聞きしては記録する。
 今は遠きアールヴの末裔。
 千年を千回繰り返してもけして忘れない一族。
 うん。えへへ……。
 魔族なんだ」

メイド姉「詩人さんは、詩人さんです」

奏楽子弟「そう言ってくれると思った」

ひゅるぅうるるるる~

メイド姉「はい」くしゃ
奏楽子弟「ほら、泣かないでよ」

メイド姉「だって」
奏楽子弟「わたしは行くよ。判ったから。見いだしたから。
 わたしにもどうやらやらなきゃいけないことがあるみたい。
 だから、ここでお別れ」

メイド姉「はいっ……」

奏楽子弟「耳を澄ませていて。
 どこかの街角で、あなたがはっと顔を上げたのなら
 きっとそれはわたしの声。わたしの歌。わたしの想い」

メイド姉 こくり

奏楽子弟「あなたが、あなたの道を見つけることを
 わたしは祈っている。森歌族はずっとあなたの友達だよっ」

849: 2009/09/29(火) 18:32:58.01 ID:1eGbtUQP
――白夜王国、宮城前広場、バルコニーから

王弟元帥「光の精霊の尊き御名に幸いあれ!
 汝ら光の子らよ、選ばれし戦士達よっ!!
 我らはついに白夜王国の奪還を果たしたっ。
 
 身よ、この荒れ果てた都市を。
 白夜王国はかつてこの大陸の盾として地上を護った
 聖なる光教会文化圏の力強くも雄々しい盾であった!
 
 だがその栄華も卑劣なる魔族の奇襲をもって
 落日を迎えてしまった。
 諸君らの目に写る廃墟は魔族の暴虐と
 それを見過ごしたばかりか救いの手さえ貸さなかった
 友邦と名乗るばかりの背教者達、南部三ヶ国の仕業である。
 
 しかしっ!
 我らはこの都市にやってきた。歓喜の声を上げよ!
 沈む太陽があれば、必ず登り来る朝日があるのだ。
 我ら光の精霊はその不氏不滅の循環をもって
 我らに勝利を運んでくださる。
 
 汝ら光の子らよ、選ばれし戦士達よ。
 諸君らが長駆、この大陸辺境まではせ参じ
 その力強き腕(かいな)をもって魔族を打ち倒すことにより
 ここに白夜王国は回復されたのであるっ!!」

うわああぁぁぁぁ!!
   うわああぁぁぁぁ!!

光の兵士「精霊はこれを欲し給うっ!!」

光の兵士「精霊はこれを欲し給うっ!!」

850: 2009/09/29(火) 18:34:18.80 ID:1eGbtUQP
王弟元帥「見よ。ここは大陸の南端である!
 もはや眼前は海であり、その短き波頭を越えれば
 局地は諸君らの眼前に現われる。
 極大陸へと赴き、そこにある大空洞を越え、
 いまこそ魔族を叩くべき時がやってきた!
 
 諸君らの中には今までの度を思い返すものも
 あるだろうがここに断言しようっ!
 魔族の一派こそ撃破したがその侵略経路たる大空洞は
 放置されたままなのだ。
 これを放置してはこのような悲劇が何度でも繰り返されるだろう。
 
 諸君らが携えるマスケットは、我らが魂の導き手たる
 聖光教会が精霊より賜りし炎の杖である。
 その力は諸君らが誰よりも知るところとなった。
 
 今こそが、光が我らに与えたもうた、最大の好機なのだ!
 
 もし諸君ら光の子が己の責務を果たして倦むところがなければ、
 そしてもし今までの如くに最良の準備がなされるのであれば、
 我らは必ずや次の事を証明するであろうっ!
 
 すなわち、我らは故郷たるこの大地を離れ、
 戦乱の激動を乗り越え、たとえ何年たったとしても、
 たとえ我らが最後の一兵になったとしても、
 邪悪なる魔族の本拠地たる魔界の暴虐に打ち勝ち
 地上は愚か、この世界全てに光の恩寵を広めることが出来る。
 
 このことをわたしは深く信じるところである。
 たとえ何があろうと、これこそ我らが行わんとするところであり
 すなわち、我らにマスケットを与えた光の精霊の意志なのだ!」

851: 2009/09/29(火) 18:36:33.59 ID:1eGbtUQP
王弟元帥「諸君らの背後に耳を澄ますが良いっ。
 遠く地平線の彼方まで続く勇壮なる靴音が聞こえるであろう。
 今このときも、諸君らの同胞が、この白夜王国解放を祝い
 続々と終結しているのである。
 
 彼らは新しいマスケット、毛布、馬車に満載の小麦を積んで
 来るであろう。彼らのためにも諸君らは船を造らねばならぬ。
 この都を整えねばならぬのだ。
 
 今宵より新生・白夜王国は大主教直轄地として
 魔界攻略の前線基地となるのだ。
 
 さぁ、葡萄酒を開けろっ! 勝利を祝おうではないかっ!!
 そして夜が明けたならばすでに半ばを終えた夏を追いかけ、
 船を造るのだ! その道具はすでに用意がされている。
 
 今宵我らは勝利した!
 諸君らが万全の備えを行ない、精霊の導きに耳を澄まし
 我ら聖鍵軍の主力として良く指揮に従う限り
 今宵の勝利は永遠に枯れぬ花となろう!!
 
 魔界へと向かうのだっ! そこにはかつてあり、
 今失われし、我らが奪われた聖なる宝があるっ!」

うわああぁぁぁぁ!!
   うわああぁぁぁぁ!!

光の兵士「精霊はこれを欲し給うっ!!」

光の兵士「精霊はこれを欲し給うっ!!」

光の兵士「精霊はこれを欲し給うっ!!」

王弟元帥「精霊の旗のもとっ!! 我が同胞のためにっ!!」

854: 2009/09/29(火) 19:08:14.18 ID:1eGbtUQP
――鉄の国、中央広場、鈴なりの民衆の中で

鉄腕王「蔓穂ヶ原から帰った
 我が臣民よ、勇敢なる将兵よ。ご苦労だった。
 諸君らの帰還を、この鉄腕王はなによりも喜ぶ。
 
 蔓穂ヶ原の戦いによって諸君らは、
 良き友、良き夫、良き息子、そして良き恋人として戦った。
 この場にはいないものもいるだろう。
 しかし彼らもまた、この三ヶ国を中心とした南の大地の
 忠勇なる戦士であった。
 
 蔓穂ヶ原の戦いとはなんであったか?
 隣国を占領した蒼魔族なる魔族は、
 魔界で反乱を企て逃亡してきた一派である。
 
 彼らは魔界で罪を犯した、いわば犯罪者であった。
 だがそういった事情とは無縁に、我らはひたすらにこの大地を愛し
 父祖の、そしておのれの開拓してきた大地を護らんと戦った。
 そう、蔓穂ヶ原の戦いとは侵略者との戦いだったのだ!
 
 我、鉄腕王はここに宣言をする。
 失ったものはある。この戦いで倒れた二千余人の同胞は帰らない。
 しかしなお、宣言しよう。
 
 われらは穂ヶ原の戦いに勝利したのである!
 なぜならば、侵略者は撃退され、
 この父祖の大地に我らはまだ立っているからであるっ。
 
 この戦いをもって、対蒼魔族戦役は終了したっ。
 彼らの魂に光りあれ。我らが故郷は護られたのだっ」

 おおおおー!!! うわぁぁぁぁぁあ!!

855: 2009/09/29(火) 19:09:18.46 ID:1eGbtUQP
冬寂王「鉄の国の諸兄よっ! 聞いた頂きたいっ。
 しかしその蔓穂ヶ原の戦いにおいて、重大な事件が起こった!
 
 それは中央国家による連合軍、
 光の聖教会による聖鍵遠征軍の我らに対する無差別虐殺である。
 
 確かに我ら三ヶ国は中央の諸国により異端と告発された。
 それでも我らが信じる湖畔修道会もまた、
 光の精霊の学舎であり、使徒なのだ。
 いわば師とも兄とも慕う中央の諸国家によるこの仕打ちに
 わが三ヶ国の首脳部は流れる涙を抑えることは出来ぬ。
 
 我らは確かに中央の諸国家に養われていた過去を持つ。
 我らはこの大陸の養われっ子であった。
 しかしそれもこれも、大地を脅かす魔族の脅威から
 大陸を守るためであった。
 我らの父祖は傭兵よ、戦しか知らぬ蛮人よと
 蔑まれながらも防人としてこの南の地を護ってきた。
 我らの魂は、常に大地と共にある!
 
 諸兄らの隣を見よ。
 そこにはかつて農奴だった我らが同胞の姿があるだろうっ!
 諸兄らの胸に手を当てよっ。
 その鼓動が自由の律をきざんでいるのが判るであろうっ!
 
 われらは自由の民として、今こそ大地をその足で踏みしめる
 必要がある。その自由とは独立だ。
 いや、もはや我らが魂は、独立していたのだ。
 大地を耕し、荒れ果てた地を開墾したその日から
 我らの魂は困難に挑む一個の独立した人格を有している」

 おおおおー!!! うわぁぁぁぁぁあ!!
  そのとおりだーっ!! 我らの大地は、南の大地だーっ!

856: 2009/09/29(火) 19:10:21.01 ID:1eGbtUQP
冬寂王「想いおこして欲しい。
 我らが何のために血を流してきたかを。
 全ては大地のため。我らが護るべき同胞のためだっ。
 
 我らは我らを脅かす侵略者と戦ってきたのだ。
 我らはただひたすらにより善い、少しでも豊かな暮らしを求めて、
 少しでも幸せになるために戦ってきたに過ぎぬ。
 我らは他人をうらやみ、その財貨を奪うことによって
 豊かになろうとしたことなど無いのだから。
 
 我らの大地を大地を侵略するのであれば、たとえ相手が
 魔族であると人間世界のどのような国家、どのような軍であろうと
 我らは故郷を護るために、必氏にこれと戦うだろう!
 
 しかし我らはまた戦しか知らぬ血に飢えた民ではない。
 我らが願うのは平和と繁栄なのだ。もし我らはその必要があれば
 いまからでも中央の国家と手を取り合い、
 あるいは魔族と停戦をすることでさえ躊躇わぬ。
 我ら首脳部は、我らが大地と民の利益を護るために
 どのような艱難辛苦も、耐え難い決断さえするということを
 諸君に知って貰いたい」

  鉄腕王!! 鉄腕王!! 冬寂王!! 冬寂王!!

氷雪の女王「しかし、喜ばしき報せもまたありますっ。
 皆さんもご存じでしょう。あるいはもうすでに接種を
 受けたかも知れませぬが、あの恐ろしき業病、
 痘瘡とも疱瘡ともいわれている天然痘。
 
 おびただしい数の氏者を出し、この地上を何回も何回も
 それこそ戦争などとは比べものにならない規模で脅かしてきた
 あの病への予防法を我々はとうとう発見したのですっ!!」

 ざわざわざわ……。ほ、ほんとうなのか?
 ほんとうだ! おらぁ、もう接種を受けただ!
 おらの村で今年、ぶつぶつができた子供は一人もいないだよっ!

857: 2009/09/29(火) 19:12:28.26 ID:1eGbtUQP
氷雪の女王「わたしには、精霊の意志は判りません。
 精霊の御心は深く、我ら人間には
 その全てを推し量ることなど出来ないとも思います。
 
 しかし、皆さん覚えてください。
 そして今晩、一人一人の胸の中で考えてください。
 聖なる光教会は、火を吐き人を頃す杖を精霊から
 与えられたと云います。
 
 我らが湖畔修道会は、天然痘から人々を護る盾となる
 薬を精霊様とその使者たるものから与えられました。
 
 実際この薬は知恵深き学士の一族が、
 魔界を旅して見つけてきた技術なのです。
 二つの教会に、違った技が伝えられた理由を考えて
 欲しいのです」

 ざわざわざわ……。ざわざわざわ……。

冬寂王「この一事を持って理解して頂けるであろう。
 われら、三ヶ国の首脳は平和と繁栄を求め、
 出来うる限りの施策を今後とも行なっていくつもりだ。
 もちろん我らが母なる領土を侵すものは、
 これを許すつもりはない。
 
 そして諸兄らには最も重大な報せを告げなければならぬ」

 な、なんだ? なにがあるんだ?

冬寂王「われら三ヶ国通商同盟は本日をもって解散する。
 我が同盟の理想を受け入れてくれる新たな友邦が現われたのだ!」

 ほんとうか? どういうことなんだ!?
  なかまがふえるってことだぁよ。そうなんか!
 仲間ってどこだべぇか。湖の国じゃないか?

858: 2009/09/29(火) 19:13:33.77 ID:1eGbtUQP
冬寂王「湖の国、梢の国、葦風の国、赤馬の国および
 自由通商の独立都市七つが、我ら同盟の理念に共鳴し
 ゆくゆくは農奴解放を含めた目標を持つ共同体として
 一歩を踏み出すこととなった。
 我らはもはや三ヶ国ではない。
 
 たった三ヶ国のみで、この南の果ての地で、
 孤独に喘ぎながらも耐え続けてきた時は終わりを告げたっ。
 
 我らは、大地を護って戦う。
 我らは平和と繁栄を求め、
 手を携えることの出来る相手とであれば誰とでも、
 互いの繁栄を認め合う。
 この世界の中に根を張り、共に明日を目指すために
 新しい船出を行なう時が来たのだっ!
 
 わたし達は、我らが南部の魂っ
 大地への深い愛と、同胞への共感、寛容と克己、努力。
 そして何よりも自由と独立を愛する民の一人として
 ここに『南部連合』の樹立を宣言するっ」

 ……南部連合? そうだ、南部連合だっ!!
 もう異端なんかじゃない、おいら達にも、仲間が出来るんだ!
 これで中央の奴らに見下されずともすむようになる。
 鉄製品の売り先もずんと増えるに違いないっ!
 いや、それどころかいろんな商品が輸入されてくるぞっ!!

 鉄腕王!! 鉄腕王!! 鉄腕王ばんざーい!!
  冬寂王!! 冬寂王!! 冬寂王ばんざーい!!
   氷雪の女王!! 女王陛下、ばんざーい!!

 南部連合っ!! 我らが南部連合万歳っ!!!

860: 2009/09/29(火) 19:20:10.41 ID:1eGbtUQP
――月明かりさす大きなイチイの木の下で

  さくっ

勇者「……」

さくっ

魔王「勇者」

勇者「魔王」

魔王「……」
勇者「……」

魔王「隣に座っても良いか?」

勇者「うん」もそもそ

魔王「……」
勇者「……」

魔王「へこんでるな」
勇者「うん」
魔王「わたしもだ」

勇者「……」
魔王「……」

勇者「負けちゃったよ」
魔王「わたしも負けてしまった」

862: 2009/09/29(火) 19:22:01.98 ID:1eGbtUQP
勇者「良く、判らないな」
魔王「うん」

勇者「何で負けたのか、何で勝てていたのか」
魔王「うん」

勇者「魔王」
魔王「ん?」

勇者「後悔、してるのか?」
魔王「……」

勇者「話は聞いたよ。ブラックパウダーさ」
魔王「……うん」

勇者「……」
魔王「わたしのせいなんだ」

勇者「……」
魔王「……」

ガサリ

勇者「あ」

女騎士「苦労させられたぞ」
魔王「すまない……」

女騎士「でも、わたしも、ダメだった。負けてしまったよ」とさっ

864: 2009/09/29(火) 19:26:07.61 ID:1eGbtUQP
女騎士「戦っていると、疑問に想う。
 今流れている血は何のためなのかと。
 その血に相応しい代価を我々は得られるのだろうかと。
 時に無為な犠牲なのではないかと疑う」

魔王「無くても良い犠牲だったんだ。
 少なくとも今日の数千は。
 わたしがもっと注意をもって扱っていたら、
 無くても済んだはずの……」

女騎士「……」
魔王「……」

勇者「おい」

女騎士「?」

勇者「魔王、女騎士。……大事な話があるんだよ」

女騎士「なんだ?」 魔王「こんな時に」

勇者「朝露に濡れた葉を踏んで、草原を歩く。
 空にはバラ色の朝焼け。世界はあらゆる方向に
 繋がっているけれど、自分に判るのは、今まで歩いてきた道だけ。
 担いでいるのは小さな荷物。どこにでも行けるけれど
 どこに行けとも命令はされていない」

女騎士「……?」
魔王「――」

865: 2009/09/29(火) 19:27:12.91 ID:1eGbtUQP
勇者「あの丘の向こうに何があるんだろう?
 そう思ったことはないか」

女騎士「何を言っているんだ?」
魔王「――」ぎゅっ

勇者「ただ単純にさ。あの向こうはどうなってるんだろう?
 そんな気分で旅に出る気はないかって話だよ。
 もしかしたらすごく困難で、丘にたどり着かないかも
 知れないけれど……。
 でもそんなもんだろう? どっちを目指すにしたって。
 
 街道は曲がりくねりながら谷に続いているように見える。
 丘に登るには朝露に濡れたこの斜面を登らなければならない
 でも、登ったら何か見たことがないものが見えるかも知れない」

女騎士「……それって」
魔王「朝露じゃなくて、それは血かも知れない」

勇者「それでもさ」

女騎士「――」

勇者「だって、俺たち歩かないわけにはいかないじゃん。
 歩かないように頑張ったって、勝手に背景のほうで
 流れていくじゃん。……仕方ないじゃん。
 だったら、やっぱり見たことがないものがみたいよ。
 俺はずっと壊し屋だったから、
 そうじゃないものが見てみたいよ」

女騎士「勇者……」
魔王「……勇者」

866: 2009/09/29(火) 19:29:12.22 ID:1eGbtUQP
勇者「なー。あのさ」

ひゅるるる~

勇者「一緒に、行かないか?」
女騎士「――」 魔王「――」

勇者「恥ずかしい話だけど、
 一人だと挫けちゃいそうなんだよ。
 それに、丘の上に立った時、
 一緒にそこから眺める相手が欲しいんだ」

女騎士 ちらっ
魔王 こくり

勇者「どうだい」

女騎士「よかろう。いや、むしろ今度おいていったら承知しないぞ」
魔王「勇者のほうがわたしの物なのだ。
 置いていくならわたしが放置する。留守番が勇者だ」

勇者「うん。……うんっ」

女騎士「剣の主は心配性だ。自分だってへこんでいるくせに」
魔王「それが勇者の良いところだ。意地っ張りで愛おしい」

女騎士「愛おしい!? 抜け駆けは無しにしてもらおう、魔王!」
魔王「自分の持ち物を何と言っても構わないではないか!」がうがう

勇者「ううう」

女騎士「勇者。早速だがわたしと色んな契りを交わそう。
 その方がいい。長期のお出かけには支度が肝心だ」
魔王「それが抜け駆けでなくてなんだというのだっ」

女騎士「湖畔修道会の宗教的な儀式だ」
魔王「自分の欲望のままに教義を改ざんするなど、恥を知れっ!」

勇者「いや、その……。仲良くね?」

872: 2009/09/29(火) 19:39:02.00 ID:1eGbtUQP
――白夜王国、宮殿の最も豪華な一室

大主教「……黒騎士は……取り逃がしたか」

百合騎士団隊長「申し訳ありませぬ。あの飛び込んできた
 薄汚い傭兵さえいなければ、必ずや捕縛した物をっ」

大主教「……良い……であろうかと。……思っていた。
 その……ハエは……どうした?」

百合騎士団隊長「その場で斬首いたしました」

大主教「くふっ。身の程を知らぬ……。ことよ」

 カチャン

従軍司祭長「大主教様」

大主教「……どうだ?」
従軍司祭長「こちらは、しかと」

大主教「……ふふ、ふふふ、ふふふふふ」
百合騎士団隊長「それは?」

従軍司祭長「この二つは聖別した……いわば宝石」

百合騎士団隊長 ゴクリ

大主教「はやく……早く、我が手に……」

従軍司祭長「ははぁ」 すっ

大主教「我が手に来たか……ふふっ……待ちかねたぞ
 この輝き……そこに満ちる雄々しき魔力……
 瑞々しき不滅の輝き……」

百合騎士団隊長 ガタガタガタガタ

大主教「……刻印の二つの眼球よ」

879: 2009/09/29(火) 19:52:12.21 ID:1eGbtUQP
にゃふー(´∇`)
ここで第四章「自由の対価」終了303kでしたなり。
戦争ばっかりでごめんね。避けようがなかったの。
次から運命の五章ー。不人気キャラに是非救済を。
本日は早いけれど、切りが良いので終了~。
みんなの分はゴージャスに(´∇`)つ「ママレードクロワッサン」
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」【その9】
890: 2009/09/29(火) 20:08:06.63 ID:i1AYx5Q0
おつです!!!
ママレどの!!!!

引用: 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」