1: 2023/11/12(日) 23:17:20 ID:kd.HhRxM00
※時系列:同好会が13人になって間もない頃

2: 2023/11/12(日) 23:18:36 ID:kd.HhRxM00
虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のホームページは私、天王寺璃奈がメインで管理している。
なんでそうなったかと言えば、当然の流れというかなんというか、私が一番この手のスキルを持っていたからで。

そもそも私が入部するまで同好会にホームページなんてなかったんだけど、あるときかすみちゃんから「りな子、ちょっと作ってみてくれない?情報科なら余裕でしょ?」ってお願いされた。

誰かに頼られることがほとんどなかった私は、そのかすみちゃんの言葉にめちゃくちゃ張り切った。
すぐさま昔趣味で作ったテンプレートやら何やらを引っ張り出し、他のスクールアイドルグループどころか、まるで大企業みたいなとってもクールなサイトを作り上げた。一晩で。

できあがったサイトを見たかすみちゃんからは、

「これアイドルのホームページじゃなくない?」

と、すごくごもっともなコメントをもらった。
愛さんにもちょっと引かれた。

4: 2023/11/12(日) 23:20:01 ID:kd.HhRxM00
その後、メンバーみんなで協力して更新できる形がいいという話になって、最終的には誰でも簡単に記事投稿できるブログみたいなシステムのホームページに落ち着いた。

私たちは基本ソロスタイルなので、一人ひとりの活動の情報は、みんなに自分で更新してもらうことにした。
一方、同好会全体としての活動報告は持ち回りで更新している。
参加イベントのお知らせやレポート……あとはオフショットとか。
「こういうプライベートの姿を見せるのも、アイドルには大事だからね!」とはかすみちゃんの弁だ。


そんなわけで、前にみんなで出演させてもらったイベントの写真をそろそろ掲載しないといけない。
同好会のメンバーも13人に増えたことだし、ホームページだってどんどんアップデートさせていかないと。
そう思い、私は部室のパソコンの写真フォルダを開いた。

6: 2023/11/12(日) 23:21:09 ID:kd.HhRxM00
「…………」

みんなの歌う姿が写るサムネイルを眺めていく。

まぶしいパフォーマンスで、観客を一人残らず楽しませようとする愛さん。
自分が信じるカワイイ姿を全力で見せるかすみちゃん。
その演技力と演出で観ている人を圧倒するしずくちゃん――

自分の信じるスクールアイドル像を、全力で表現する。
みんな方向性はバラバラだけど、そんな想いがどの写真にも込められている。

そして――

みんな、笑顔。

7: 2023/11/12(日) 23:22:22 ID:kd.HhRxM00
スクロールバーを動かしていく。
表示された写真には、私の――天王寺璃奈の“笑顔”が写っている。

璃奈ちゃんボード、にっこりん。
みんなと繋がるために、今の私ができる、とっておきの笑顔。

このボードは私の宝物。
ずっと一歩が踏み出せなかった私が、いまこんなにみんなと繋がれているのは、間違いなくボードのおかげ。
初めて人前で歌って踊ったあの日から、ずっと私のそばで、代わりに私の感情を伝えてくれた。

アイデアをくれた愛さん、かすみちゃん――みんなには、いっぱいいっぱい感謝してる。
どれだけ伝えても伝えきれないくらい。


それでも、今でも時々思う。
私も“みんなみたい”に、笑えたらよかったのに、って。

8: 2023/11/12(日) 23:23:56 ID:kd.HhRxM00
――いや、こんなことを考えるのはやめよう。
いつかはきっと、とは思うけど、それは今すぐじゃなくてもいい。
焦らず私なりのペースで、“そこ”にたどり着けばいいんだ。
それまではこのボードが、紛れもなく私の表情だ。私の感情だ。

写真に写る、無数のLEDの点滅によって表現されたそれが、何よりも誇らしい、今の私の笑顔だ。


少し脇道にそれちゃったけど、ホームページに載せる写真選びに戻らないと。
ソロは1人2枚くらいかな。とっておきの写真を選んであげよう。


――――――

――――

――

9: 2023/11/12(日) 23:25:10 ID:kd.HhRxM00
「……あっ」

ライブ後のオフショットを選び始めたところで、“それ”に気づいてしまった。

ライブの活動報告では、終了後に撮った全員集合写真を載せるのがお約束になっている。
別に決まりというほどのものではないけど、最初にみんなで出演したイベントでそういう写真を載せたところ、なかなか評判がよかったのでその後も恒例化している。

もちろん、このライブでも最後に集合写真を撮っていたのだけど――


「ボード、つけるの忘れてた……」

写っていたのは、みんなが笑顔でピースしている中、一人だけ――
まるで何も感じていないかのようにカメラを見ている、素顔の私だった。

10: 2023/11/12(日) 23:26:33 ID:kd.HhRxM00
別に、私の顔出しは完全にNGと言うわけではない。

最初の頃は、感情をうまく伝えられないことが怖くて、ファンの皆の前に出るときは常にボードで顔を隠していた。

でもいつからか、もっとみんなと繋がる――みんなに私のことを知ってもらうために、少しずつ素顔で人前に出る機会を増やしていくようにした。
その甲斐もあって、私の表情のことはファンのみんなにはすっかり浸透している。

ただそれでも、周りのみんなが全員満面の笑顔でいるような場面では、どうしても私の無表情は浮いてしまう。
心の中ではどんなに笑顔でいても、それはこの表面だけを切り取った平面画像には表れてくれない。

だから今でもこんな記念撮影の時は、必ず『にっこりん』のボードをつけるようにしていた。

11: 2023/11/12(日) 23:28:06 ID:kd.HhRxM00
「みんな……気づいてくれてもよかったのに」

なんて言っていても仕方がない。
そもそもこの時はライブの時間が押して、大急ぎで後片付けと移動をしなければならずてんやわんやだった。
そんな中で撮った集合写真なので、誰も私のボードのことまで気を配れなかったのだろう。
結局、大事な相棒のことを忘れた私が悪い。


どうしよう。
画像合成でボードを足せなくはないけど、ちょっと時間が要りそう。
何より――璃奈ちゃんボードは、その時、その一瞬の嘘偽りない感情を表すためのもの。
それを後付けするのは、私の中のポリシーに反する。


……私一人のミスのせいでとても申し訳ないけど。

この集合写真は、お蔵入りにしようか――


「何やってんの?りなりー」

12: 2023/11/12(日) 23:29:33 ID:kd.HhRxM00
背後からかけられた声に、私は振り返る。

「……愛さん……と、ミアちゃん?」

そこにいたのは、私にとって特別な人、そして同好会に入ったばかりの年下の先輩。
練習着を着た2人が、いつの間にか私の後ろに立っていた。
……ミアちゃんだけ汗だく。グロッキー?

「2人で自主練してたの?」

「そう。ミアちからライブに向けて体力つけたいって相談されて、秘密の特訓してたんだー♪」

「確かに言い出しっぺはボクだけど……ハァ……あんな距離走れるわけないだろ……ハァ……14歳だぞボクは……」

「……璃奈ちゃんボード『おつかれ』」

ミアちゃん、インドア派だもんね……私も人の事言えないけど。

13: 2023/11/12(日) 23:31:43 ID:kd.HhRxM00
「あ、それ前に出たイベントの写真?」

「ボクが同好会に入る前のかい?」

と、2人がパソコンの画面を覗き込む。


「うん。そろそろホームページに載せようと思って、選んでた」

「この時、大変だったよねー。
 すっごくすっごく楽しいライブだったけど、楽しすぎて時間ギリギリになっちゃって!
 あんなスゴイ勢いで撤収作業したの、マジ初めてだった!」

「でもそれも、きっといい思い出」

「あはは! いい事言うじゃん、りなりー!」

「いいな……ボクも璃奈とこんな時間を共有したいな」


そう。確かに大変だったけど、間違いなくそれ以上に楽しかった。
ライブ中はもちろん、片付けの時だって、こんなにスゴいライブをやり切ったという高揚感で、いつもよりも数倍は笑ってた。心の中では。


「……ただこの集合写真は、今回は掲載見送ろうかって、思ってる」

14: 2023/11/12(日) 23:33:19 ID:kd.HhRxM00
「えっ?なんで?」

「どうして載せないんだ?こんなに良く撮れてるのに」

口々に尋ねてくる2人。
それに対し私は――写真の中の私を指さした。
無表情の私を。


「……あれっ?りなりー、この時ボード持ってなかったの?」

「……うん」

「そういうことか」


この写真を撮った時、きっとみんな同じ気持ちだっただろう。
最高に楽しくて、嬉しくて――そんなとってもキラキラした、ステキな感情だったのだろう。
それはこの写真のみんなの笑顔によく表れていた。

でも、だからこそ。

15: 2023/11/12(日) 23:35:14 ID:kd.HhRxM00
「私が一人だけ、こんな――空気を読んでないような、顔してるせいで」

声が震える。


「この写真を……台無しにしちゃうのは、申し訳ないから……だから」


本当は、私だってみんなと同じように笑顔で写りたいのに。
素顔のままでこんなに眩いみんなの中に混じっていきたいのに。

それは遠い夢なんだって、頼んでもいないのに、この写真が私に教えてくる。
悔しくて、泣きたくて、どうしようもない。そんな感情があふれてくる。


部室に沈黙が流れる。

16: 2023/11/12(日) 23:36:45 ID:kd.HhRxM00
「…………でも」

愛さんが言う。


「アタシにはこの写真のりなりーも、笑っているように見えるけどな」

17: 2023/11/12(日) 23:38:13 ID:kd.HhRxM00
「えっ?」

私は、愛さんへと顔を上げた。

「楽しそうなりなりーだったら、今まで数えきれないくらい見てきたけどさ。
 この写真のりなりーもそれと同じくらい……いや、もっと楽しんでるって伝わるよ」

「……そんなの」

わかってる。愛さんの言葉は決してお世辞なんかじゃない。
愛さんもこの写真を撮った時に一緒にいたから伝わってくれた、というわけでもない。

愛さんの目には本当に、この写真に写っている天王寺璃奈が、心から楽しんでるように見えている。
でも、それは。

「愛さんが特別だから、わかるだけ」

18: 2023/11/12(日) 23:40:00 ID:kd.HhRxM00
「愛さんは、いつも私のことを見ていてくれたから。
 いっぱい私と同じ時間を過ごしてくれたから」

たとえボードがなくても、愛さんは私の気持ちを察してくれる。まるでエスパーみたいに。
私以上に、私の感情を見ていてくれる。

「私にとって、それはすごく嬉しいことだし、感謝もしてるけど……」

――私のファンも、きっとわかってくれると思うけど。思いたいけど。

「この写真を見る人たちがみんな、愛さんと同じというわけじゃない」

ホームページに載せれば、私のファン以外の人だってこの写真を見る。
その時どう思われるだろうか。私の感情は正しく伝わるのだろうか。
……きっと伝わらない。ずっとずっと、それで失敗してきたから。




「ふぅん。じゃあボクも、璃奈にとっての“愛さんと同じ”になれたということかい?」

19: 2023/11/12(日) 23:42:05 ID:kd.HhRxM00
「……? ミアちゃん?」

「正直ボクは璃奈のことを、まだまだ全然知れていないと思ってる。
 だってそうだろ?
 ボクは愛どころか他の同好会のみんな、そして璃奈のファンよりも、璃奈と過ごした時間が短いんだから」

ミアちゃんと出会ったとき、私は既に愛さん達とスクールアイドルを始めていて、それなりにファンもついていた。
同行会に入ってくれる前からミアちゃんとは何度もお喋りしていたものの、それでもまだ出会ってから日は浅い。


「でも、この場にいなかったボクにもわかるよ。
 写真の中の璃奈が、心の中では他のみんなに負けないくらい、笑ってるってことくらい」

20: 2023/11/12(日) 23:43:31 ID:kd.HhRxM00
「……なんで? どうしてわかるの?」

ボードもなく表情も変わらない私に、感情を伝える方法なんて何もないのに。

どうして愛さんもミアちゃんも、私が笑ってるって言い切れるの?




「だって、他のみんながこんなに楽しそうにしてるだろ?

 なのに璃奈だけが楽しめていないなんてこと、あるわけないじゃないか」

21: 2023/11/12(日) 23:45:32 ID:kd.HhRxM00
「…………!!!」

ミアちゃんの言葉に、私は思わずモニターに映る写真を見た。

ずっと、みんなの中で私がどう見えてしまうかを考えていた。
たくさんの笑顔の中で私の表情がどう思われてしまうか、それだけを考えていた。

でも逆だったんだ。
璃奈ちゃんボードがなくたって。表情がどれだけ変わらなくたって。

愛さん、かすみちゃん、しずくちゃん……みんなの笑顔が、私も同じ気持ちだということを教えてくれる。
みんなの嘘偽りない感情が、天王寺璃奈の感情まで一緒に伝えてくれる。

22: 2023/11/12(日) 23:46:51 ID:kd.HhRxM00
写真に写っているみんなは、ただ嬉しくて楽しくて笑っているだけだ。
“私のために”なんてこと、当然これっぽっちも考えていなかっただろう。

でも、それでも。みんながいるから。
みんなが私のそばにいてくれたから。
キラキラしたみんなの顔が、私のことまでキラキラにさせてくれるから。


私の笑顔も、ここにちゃんと写っていたんだ。

23: 2023/11/12(日) 23:48:52 ID:kd.HhRxM00
「ボクにもわかったんだ。璃奈のファンはもちろん、他のメンバーのファンたちもわからないわけないよ」

「りなりーはさ。愛さんのことスゴいってよく言ってくれるけど、りなりーの気持ちがわかるのは、愛さんだけじゃないんだよ。

 きっとこの写真を見た人みーんな、りなりーもアタシたちと同じくらい楽しかったんだって、わかってくれるって!」


愛さんとミアちゃんの言う通りだ。
少しずつ変わっていきたいと思ってたはずなのに、私はまた臆病になってた。
私のことを、私たちのことを応援してくれる人たちを、信じ切れてなかった。

こんなことじゃ、たくさんの人と繋がりたいっていう私の願いには、全然届かないな。

24: 2023/11/12(日) 23:50:07 ID:kd.HhRxM00
「……ありがとう。2人のおかげで、大切なことに気づけた気がする。いっぱい、いっぱい感謝してる」


――と言っても、まだやっぱり私だけでは、言葉だけではこの感情を伝えきれないだろう。

だから私の“相棒”を取り出し、ページをめくる。


「璃奈ちゃんボード、『サンキュー!』」

25: 2023/11/12(日) 23:51:22 ID:kd.HhRxM00
「ふふっ!どういたしまして、りなりー!」

「No problem!」


一人では難しくても、いっしょなら気持ちを伝えられるよね。


――――――

――――

――

28: 2023/11/12(日) 23:53:29 ID:kd.HhRxM00
「……ふぅ、こんなところかな」

写真を選び終わり、メンバーみんなにも内容を一通りチェックしてもらい――
なんとかイベントレポートが完成し、ホームページをアップデートする準備が整った。

あとは投稿ボタンを押すだけで、この記事が全世界に公開される。
その前に一通り内容を最終確認しておこう。


最初は1人1人がソロで歌っている写真。
みんな思い思いのパフォーマンスで、観客の目をクギ付けにしていく。
かすみちゃんのかわいさに、みんなメロメロだね。私も負けてないけど。

次に全員で歌っている写真。
いつもは個性豊かなみんなが、全員一体となって観客を盛り上げていく。
やっぱり愛さんの盛り上げパワーは凄いな。私もこんな風にみんなをアゲさせたいな。


そして最後に載っているのは――あの写真。
私がボードをつけていない、笑顔に溢れた集合写真。

29: 2023/11/12(日) 23:55:22 ID:kd.HhRxM00
愛さんやミアちゃんはもちろん、他のみんなからもこの写真を載せることに反対なんてなかった。
最初から私の一人相撲だったって、わかってたけどね。

でも、2人はああ言ってくれたものの、本当のところこの写真を見た人たちがどう思うのか――私にはまだわからない。

ひょっとしたら悪意のある人の目に晒されてしまう可能性だってある。
それはきっと私の考えすぎだと思いたいけど。
何より、みんなそのこともわかった上で、この写真を載せることを選んでくれたのだけど。

――私の手を止めるには、十分な理由になる。

30: 2023/11/12(日) 23:57:36 ID:kd.HhRxM00
でも、たとえ不完全でも。
理想へ届かなくても、一歩踏み出してみようかな――って、思えたから。

ヒトリでカンペキじゃなくても、みんなと一緒なら。
どんな私でもありのまま、また新しい世界に飛びだせるって、思えたから。


もっともっとたくさんの人と、心と心で深くツナガルために。コネクトするために。


だから私は勇気を出して、

大切なみんなと一緒に撮った“笑顔の写真”を。

それが載った記事の投稿ボタンを、押した。

32: 2023/11/13(月) 00:05:06 ID:k3KpBUL600
■おまけ

かすみ「……りな子のグッズってさぁ」

璃奈「?」

かすみ「キーホルダーとかアクリルスタンドとか……ボード着けずに素顔のまま出てるのが増えたよね」

璃奈「うん」

かすみ「たぶん、ランジュ先輩たちが同好会に入ったときくらいから?」

璃奈「そうだね」

かすみ「……何か、心境の変化でもあったの?」




璃奈「………………」

璃奈「いろいろあるけど、あえて一つあげるとしたら……」




璃奈「『あれっ?素顔の私って普通に需要あるな?』って気づいたから」

かすみ「台無しだよっっっっ!!!!」

璃奈「璃奈ちゃんボード『ぶいっ』」


~本当に終わり~

33: 2023/11/13(月) 00:07:46 ID:3pvssfxQSd
乙でした!!
めっちゃ心がハッピーなSS!
りなりー誕生日おめでとう!

34: 2023/11/13(月) 00:09:01 ID:k3KpBUL600
以上です。りなりー誕生日おめでとうございます。

こんな量の地の文を書いたのは初めてなので、やりたかったことが上手く伝わったかはわかりませんが、
それでも楽しんでいただけたなら幸いです。ありがとうございました。


璃奈中心の過去作も合わせて置いてみます。いずれもりなかすorかすりなです。

璃奈「できた。みんなのかすみちゃんへの好感度が爆上がりするスイッチ」

かすみ「どうしたのりな子?両手でピースなんてして」璃奈「…………」


過去作がどれも主に璃奈がはっちゃけてるような話ばかりなので、
今回はそういうのはなしにしようと思って書いてたつもりでした。最後の最後で抑えきれませんでした。

引用: 【SS】璃奈「笑顔の写真」