70: ◆XksB4AwhxU 2014/11/02(日) 21:51:43 ID:lGdsR.nM0
梓「さよなら、憂」

71: 2014/11/02(日) 21:52:27 ID:lGdsR.nM0
 憂が倒れた。


 現在夏休み真っ只中。
 受験勉強と学園祭ライブに向けての練習との両立に
 私達軽音部員三年生は大忙しだった。

 ………とは言っても純は昨日から田舎に帰省してるけど。
 まあ、家の事情だから文句を言うつもりもないですが。

 というわけで補習後の部室での練習は憂と二人っきり。
 今日は一年生の二人も来れないようだ。

 ―――私が憂から目を離したのはほんの五分程。

 お手洗いから帰ってきた時、長椅子にぐったりと横たわる憂の姿を見た私は
 自分でも驚くぐらい大いに取り乱してしまった。

梓「う、憂っ!どうしたの!?大丈夫!?」

憂「梓ちゃん………ごめんね、ちょっと疲れちゃって………」 

梓「え、えっと、えっと、そ、そうだ!救急車!すぐに救急車呼ぶからね!」アタフタ

憂「……梓ちゃん、大袈裟だよ……落ち着いて?……しばらく休めば良くなると思うから……」

梓「で、でもっ……!!」

 憂の顔色はかなり悪い。

憂「大丈夫。ただの夏バテだよ………」

 夏バテ……?憂には縁の無い言葉だ。去年も一昨年も憂のそんな姿は見たことがない。

梓「じゃ、じゃあせめて、保健室行こう?」
 
 長椅子に横たわっている憂を保健室まで歩かせるのは酷な気もしたが、
 それでも早く誰かに診てもらわないと不安で仕方なかった。

憂「うん……わかった……」

梓「ほら、肩貸すから、私につかまって?」

 
 保健の先生の診断結果は憂が言ったのと同じく夏バテ。
 特に熱などがあるわけでもなく、疲れが溜まっているだけだろうということだ。
 ………もしかして、私が練習練習と煩く言って憂に無理をさせていたんだろうか……
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72: 2014/11/02(日) 21:53:21 ID:lGdsR.nM0

 結局この日、憂はしばらく保健室で休んだ後、
 さわ子先生の車で送ってもらって帰っていった。



 翌日。



 今日の補習を終えた私は憂のお見舞いに平沢家へ急ぐ。
 朝から何度か憂にメールを送ったのに一度も返信が無い。
 ……こんなの憂らしくない。
 あの子は純からのどうでもいい、私なら無視するようなメールにも
 律儀にすぐに返信するような子なのだ。
 ただ寝てるだけで私からのメールに気づいていない、という事ならいいんだけど……
 嫌な胸騒ぎを感じながら平沢家のインターホンを押す。

 ピンポーン

平沢母「あら、あなたは……えっと、梓ちゃんよね?」

 平沢姉妹のお母さんが優しい笑顔で出迎えてくれた。

 以前に一度だけ会ったことがあるけど相変わらず若くて綺麗な人だなぁ……
 唯先輩と憂のお母さんなんだからいくら若く見積もっても
 30代後半から40歳を少し過ぎてるぐらいなんだろうけど
 20代後半と言われても信じてしまいそうだ。

 唯先輩と憂もあと何年かしたらこんな感じの美人さんになるのかなぁ……?

 ……いやいや、見蕩れてる場合じゃない。

梓「あ、あのっ……憂、さんのお見舞いに来たんですけど……」

平沢母「………ごめんなさいね、わざわざ来てもらったのに……いま憂はいないの……」

梓「えっ!ま、まさか……入院してるとかですか!?」

平沢母「……そういう訳じゃないんだけど……ごめんね?私からは上手く

    説明できないの。憂の事は……唯に話を聞いてもらえるかしら?」

梓「………わかりました。失礼します………」

 憂の容体が気にはなるが、ここでしつこくお母さんを問い詰めるのも気が引ける。
 平沢家を後にし、私はすぐに携帯を取り出し唯先輩に電話を掛けた。

73: 2014/11/02(日) 21:54:23 ID:lGdsR.nM0
 プルルルル……プルルルル……

 ピッ

梓「もしもし唯先輩?お久しぶりです……」

唯『あずにゃん……そろそろ電話してくる頃かなって思ってたよ』

 唯先輩の声にいつも程の元気が感じられない。
 ……憂が倒れた事となにか関係があるんだろうか。

梓「あ、あのっ……唯先輩、ちょっと聞きたいことが……」

唯『わかってるよ。憂の事でしょ?』

梓「……はい。昨日、憂が倒れて……今日お見舞いに行ったら憂はいないって言われました。

  ………唯先輩はなにか知ってるんですよね?」

唯『うん……ごめんね?憂が倒れちゃったのも、いま家にいないのも、

  全部私のせいなんだ………』

梓「ど、どういう事なんですか?」

唯『うーん……話せば長くなるから、会ってゆっくり話したいな……

  私、明日実家に帰るつもりなんだけど……あずにゃん、私の家に来てくれる?』

梓「……わかりました。じゃあ明日お伺いします」

唯『うん。また明日ね、あずにゃん』

 ピッ

 ……先輩方とは学園祭ライブが終わるまで会わないと誓いを
 立てていたけど、そんな事を言っている場合じゃない。
 唯先輩は『憂が倒れたのも家にいないのも私のせい』と言った。

 ………どういう事なんだろう?



 さらに翌日。



 平沢家を訪れた私を出迎えてくれたのは唯先輩だった。

唯「あずにゃん……久しぶりだねぇ」ギュ

 やっぱりと言うか唯先輩は私に会うなり抱きついてきた。

梓「は、はい……お久しぶりです……///」

 しかし昨日の電話と同様、いつも程の元気が感じられない。

唯「私お茶淹れてくるから、あずにゃんは先に私の部屋にいってて?みんないるから」

梓「みんな……?」

 言われて玄関を見てみると見覚えのある靴が何足か。
 先輩方の靴だ。
 皆さんも来てるんだ……

74: 2014/11/02(日) 21:55:04 ID:lGdsR.nM0
澪「梓!久しぶりだなぁ……」

紬「梓ちゃん!元気だった?」

律「おう梓!相変わらず成長してないな~♪」

 唯先輩の部屋のドアを開けると先輩方の懐かしい顔が。
 話したいことがいっぱいある。
 先輩方の大学での近況も色々と聞きたいし、私達の今の活動なんかも
 聞いてもらいたい。

 ……でも今は憂の事が心配だ。
 憂の事を唯先輩から聞いてからでないと先輩方と落ち着いて話をすることはできない。 

梓「あ、あのっ!皆さんはどうして唯先輩の家に……?」

律「ああ……一昨日唯が倒れてな。しばらく実家で静養するっていうから心配で私達も

  付き添って帰ってきたんだよ。本人はただの夏バテだって言ってるんだけどな……」

 唯先輩が……倒れた?一昨日ということは憂が倒れたのと同じ日だ。
 これは偶然……?
 なんだか嫌な予感がする。

澪「梓は?唯のお見舞いに来たのか?」

梓「いえ、私は唯先輩が倒れた事は知りませんでした……」

 今日私がここに来た理由を先輩方に話す。

澪「えっ?憂ちゃんも倒れた!?」

紬「しかもいま家にいない……?」

律「どーゆうことだよ、おい……」

梓「わかりません……私は今日その理由を聞きに来たんです……」

 ガチャッ

唯「みんなお待たせー。お茶淹れてきたよ~」

律「お、おい唯!憂ちゃんも倒れたってホントなのか?」

唯「えっ?………う、うん……」

紬「いま憂ちゃんはどこにいるの?入院もしてないって言うし……」

唯「………………」

梓「唯先輩……教えてください……」

唯「……うん、話すよ……その為にあずにゃんにも来てもらったんだもんね」

 唯先輩はお茶をテーブルに置くと、驚かないでね?と前置きをしてから話し始めた。

75: 2014/11/02(日) 21:56:04 ID:lGdsR.nM0

唯「実はね……平沢憂なんて人間はいないの……」


梓「えっ?」

唯「私、一人っ子でね?子供の頃、妹が欲しくって……それで、自分の残像と

  姉妹ごっこして遊んでたんだ……」

律「ざ、残像って……あの、少年漫画とかでよくある……?」

唯「うん。超高速で動いて二人に見せかけてたんだよ……」

梓「じゃ、じゃあ憂は……」

唯「そう。私の残像なの……今まで黙っててごめんね、みんな」

紬「つまり憂ちゃんという存在は唯ちゃんの一人二役だったってこと……?」

唯「うん、幼稚園の頃から始めて……ホントに妹が出来たみたいで楽しくって、

  今までずっと続けて来たんだ……」

澪「で、でも二人は性格も全然違ってたじゃないか!」

唯「二人とも似たような性格じゃ姉妹ごっこがあんまり楽しくなかったからね。

  妹の方はしっかり者のキャラ設定にしてたんだよ」

梓「ま、待って下さい!私、唯先輩の家にお邪魔した時、唯先輩がリビングで

  ゴロゴロしてて、憂がキッチンで料理を作ってる光景を何度か見たことありますよ!?

  あれも一人でやってたって言うんですか!?」

唯「そうだよ。設定上、私はだらしない姉で憂はしっかり者の妹だからね。

  家に他の人がいない時もずっとそうやって一人で姉妹ごっこしてたんだ」

律「じゃあ料理もいつも二人分作って、高速移動しながら一人で食べてたってのかよ!?」

唯「うん。私、太らない体質だから」

 納得せざるを得ない。


唯「……でも、もう体力の限界でね、それで一昨日倒れちゃったの……

  この先、残像を作るのは厳しいから、もうやめようと思って……」

律「それでいま憂ちゃんはいないってわけか……」

唯「お父さんとお母さんにも昨日、電話で言ったんだ……もう残像はやめるって。

  憂がいなくなっちゃうけど、ゴメンねって」

76: 2014/11/02(日) 21:57:07 ID:lGdsR.nM0
紬「………ご両親はなんて……?」


唯「『いつまでやるのかと思った』って………」


律「……そうか」

澪「……………」

紬「……………」


梓「あ、あのっ!じゃあ、憂は……い、いなくなっちゃうってことですか……?」

唯「………うん………ゴメンね、あずにゃん………」

梓「そんな………」

澪「でも、幼稚園の頃から10年以上やってきた事なんだろ?子供の頃より体力は

  あるはずだし………なんで今になって無理になったんだ?」

唯「さっきも言ったとおり超高速で移動する事で二人に見せかけてるからね、

  桜高とN女じゃ距離が遠すぎるんだよ……それで疲れて、倒れちゃったんだ」

律「じゃあ、今ここでなら残像で憂ちゃんを出せるってことか?」

唯「うん。出来るよ」

紬「ちょ、ちょっとやって見せてくれないかしら……?」

唯「いいよー。じゃあ見ててね」

 一瞬、唯先輩の姿が蜃気楼のようにユラリと揺れたように見えた。
 すると次の瞬間には、唯先輩の隣には憂の姿が現れていた。

憂「お姉ちゃん……」

唯「ごめんね、憂……私にもっと体力があれば……情けないお姉ちゃんでごめんね……」グスッ・・・

憂「そんなことないよ!お姉ちゃんの体が一番大事なんだから……私こそごめんね?

  私の為に負担をかけちゃって……」グスッ・・・

 残像による唯先輩の一人二役だと聞いた後ではこのやりとりも
 少しイタイ……いや、滑稽に……いや、不思議な感じに見えますが、
 これは姉妹の別れのシーンなのだ。

憂「皆さんも……今までお世話になりました……あの、これからもお姉ちゃんの事を

  よろしくお願いします………」

77: 2014/11/02(日) 21:58:06 ID:lGdsR.nM0
澪「憂ちゃん……」

律「ホ、ホントにいなくなっちゃうのか……?」

紬「そんな……!」

憂「これ以上、お姉ちゃんに無理はさせられませんから……」

唯「……憂ぃ……」グスッ

憂「……梓ちゃん、ごめんね?私……学園祭ライブ出られないや……」
 
梓「憂……」

 自分が消えようかという時に私や唯先輩の心配をするなんて……ホントにこの子は……
 
梓「あの、すいません皆さん、少し憂と二人にしてもらえませんか?」


 無理を言って先輩方には部屋から出てもらい、私は憂と二人っきりになる。


憂「ごめんなさい梓ちゃん……純ちゃんやスミーレちゃん、奥田さんともちゃんと

  お別れしたかったけど……梓ちゃんから伝えてもらえるかな……?」

梓「ねぇ、憂。あとほんの数ヶ月……せめて、学園祭まで……なんとかならないの?」

憂「………無理だよ………これ以上続けたらお姉ちゃんの体が………」

梓「そっか……そうだよね。ごめん、無理言って。………大丈夫、私達の事は心配しないで!

  憂がいなくてもライブは絶対に成功させてみせるからっ!」

憂「うん……心配なんてしてないよ。梓ちゃんを……わかばガールズのみんなを信じてるもん」

梓「……純はちょっと信用できないけどね。本番ですごいミスとかやらかしそう」

憂「ふふっ……そんなこと言っちゃダメだよ梓ちゃん」

梓「あはは………」

憂「ふふふ………」

 二人の乾いた笑いが部屋に響く。

 絶対に泣かない。

 笑顔でお別れするんだ。

 私が泣いちゃったら憂が安心して消えることが出来ない。

憂「じゃあ、梓ちゃん。そろそろ私………」

梓「………うん。わかった」


 

憂「さよなら、梓ちゃん」


梓「さよなら、憂」




 憂の体がさっきの唯先輩と同じようにユラリと揺れ、
 次の瞬間には完全に消え去っていた。唯先輩が残像を止めたのだろう。

78: 2014/11/02(日) 21:59:13 ID:lGdsR.nM0
 一人唯先輩の部屋に残された私は堪えていた涙をもう止めることができなかった。

 コンコン

 ドアをノックする音。
 先輩方が戻ってきたんだろう。
 ダメだ。こんなな涙と鼻水でくしゃくしゃの顔を見せるわけにはいかない。

唯「あずにゃん……入るよ?」

 ガチャ

梓「グスッ……あ……す、すいませんみなさん!私、今日はもう帰りますね!

  また今度ゆっくりお話ししましょう!」

 唯先輩の部屋に戻ってきた先輩方に顔を見せないように、
 脇をすり抜けるように部屋から出る。

律「梓……」

澪「……大丈夫か?梓」

紬「梓ちゃん………」

 先輩方に声を掛けられたが振り返らずに私は唯先輩の家を後にした。



 そのまた翌日。


 
 今日の補習を終えた私は部室へと向かう。
 純は今日から練習に出ると言っていたし、一年生の二人も来るはずだ。

 でも、憂はもういない。

 ……私が一年生の頃、学園祭前に律先輩と澪先輩がケンカをしたことがあった。
 それで律先輩がもしかしたらライブに出ないんじゃないかと言う話になった時に
 ムギ先輩はこう言ったのだ。

 『りっちゃんの代わりはいません!』と。

 放課後ティータイムが誰か一人欠けても成り立たないのと同じように、
 わかばガールズも5人揃っていないとダメなんだ。
 憂の代わりなんているわけがない。

 ……それでも、私達は学園祭ライブを成功させなければならない。
 憂と約束したんだから。
 
 ガチャッ
 
 音楽準備室のドアを開けた私はそこにいた人物を見て息を飲んだ。

79: 2014/11/02(日) 22:00:04 ID:lGdsR.nM0


憂「えへへ……梓ちゃん♪」



梓「!!!うっ、憂??なんで?唯先輩もう残像やめるって……!」

憂「ふふっ、実はね、昨日梓ちゃんが帰った後、みなさんで話し合って……」



 ―――――――――



律『なあ、唯?残像がきついのって桜高とN女が遠すぎるからって言ってたよな?』

唯『うん。超高速で移動しなきゃいけないからね。同じ学校に通ってる時は近くにいたから

  平気だったんだけど……実は私が高一で憂が中三の一年間もちょっときつかったんだよ』

律『って、ことはだな……N女でなら残像を作れるってことだよな?』

唯『……?うん。それなら簡単に出来るけど……?』

澪『なに言ってんだ律。そんな事しても意味ないだろ』

紬『そうよね。憂ちゃんは桜高に居ないと……』

律『ふふふ……お前ら、私と唯のそっくり設定を忘れてないか?』

澪『!!』

紬『そっか、カチューシャをはずしたりっちゃんは唯ちゃんと見分けがつかない……

  一時期はりっちゃんと唯ちゃんの入れ替わりSSなんてのもあったものね!』

唯『え?え?なに?ど、どーゆうこと?』

律『鈍いなー唯は。私と唯がそっくりってことは、私と憂ちゃんもそっくりってことだろ?』

唯『………あっ!!』

澪『なるほど……唯が残像を作ってN女で唯と律の二役をする。そして体の空いた律が………』

律『桜高に行って憂ちゃん役をするってわけだ!』

紬『そして、憂ちゃんが桜高を卒業してN女に入学したら、りっちゃんはりっちゃんに戻って……』

唯『私がまた、唯と憂の二役をすればいいんだね!』

澪『律にしては考えたなぁ……』

律『完璧な作戦だろ?』

唯『でも、いいの?りっちゃん……憂の為にそこまでしてくれて……』

律『あったりまえだろ?私も憂ちゃんが居なくなっちゃうのは寂しいもんな』

紬『みんな憂ちゃんのことが大好きなのよ?』

澪『そういうことだ、唯』

唯『グスッ……みんな……ありがとう………』

80: 2014/11/02(日) 22:01:01 ID:lGdsR.nM0
 

 ―――――――――



憂「……ってことがあったんだよ」

梓「じゃ、じゃあ、今の憂は律先輩なの?」

憂「うん。そうだよ!もう残像じゃないから前みたいに疲れて倒れたりもしないよ?」

梓「………一緒に学園祭ライブ……出れるんだよね?」

憂「もちろんだよ。頑張ろうね、梓ちゃん!」

梓「………卒業も、一緒に出来るんだよね?憂と……」

憂「うん。卒業したら私は律先輩に戻るけど、またお姉ちゃんが残像で私を

  作ってくれるから、これからもずっと一緒にいられるよ」

梓「………憂」グスッ・・・

憂「梓ちゃん……ごめんね?心配かけちゃって……」

 ガチャッ

純「おぃーす!久しぶり二人とも……あぁっ!あ、梓が泣いてる……!」

梓「な、泣いてないよ!……ゴシゴシ……それより純!しばらく練習休んでたんだから、

  今日からビシビシいくよ!」

純「……えらく気合入っちゃって……憂、なんかあったの?」

憂「ん?えへへ……別になにもないよ♪」

純「むぅ……怪しい……」

 ガチャッ

菫「こんにちは。お久しぶりです、先輩方」

直「あれ?もう皆さんお揃いですか……私達、遅れちゃいましたか?」

純「大丈夫大丈夫。梓と憂が早く来すぎてるだけだから」

梓「よし!わかばガールズ全員集合だねっ!じゃあみんな、

  最高の学園祭ライブにする為に、練習はじめるよ!!」

憂「おーーーーっ!!」

菫直「「ぉ、ぉー……」」

純「なんだろね、あの二人……妙にはりきっちゃって……まあ、私も久しぶりの

  練習だし、いっちょ気合入れてやりますか!」










憂「あ、そうだ……これ言うの忘れてたよ」

 各々が楽器の準備をしているなか、憂が私に近づいてきて耳元で囁く。



憂「ただいま、梓ちゃん」




 もちろん私はこう返す。




梓「おかえり、憂」





 おわり

83: 2014/11/02(日) 22:32:22 ID:OVL2y46Q0
肩を落として苦笑する菫。
その苦笑が少しずつ曇っていく。
表情を悟られない様に視線を逸らし、絞り出すかの如き声色で呟く。


菫「卒業式、でしたよね……」

純「うん、卒業式だったね」

菫「改めて卒業おめでとうございます、純先輩」

純「何、改まって?」

菫「もう一度言っておきたい気分だったから……、じゃ駄目ですか?」

純「別に駄目じゃないって。改めてありがと、スミーレ。お祝いに作ってくれた歌、嬉しかったよ」

菫「私達、上手く……、歌えてました?」

純「うーん……、あんまり上手くはなかったねー」

菫「ばっさりですかっ?」

純「正直なのが鈴木純ちゃんの美点なのだよ、スミーレくん」

菫「うう……、音痴ですみません……」

純「それでいいんだって、スミーレ」

84: 2014/11/02(日) 22:33:40 ID:OVL2y46Q0
菫「えっ?」

純「さっき言ったでしょ、嬉しかったって。上手い下手の問題じゃないよ。スミーレ達の歌、すっごく嬉しかった」

菫「それなら、よかったんですけど……」

純「ほら、梓も憂も泣いてたでしょ? それくらい嬉しかったって事よ。勿論私もね。だから自信を持ってよ、スミーレ」


真正面から純に見つめられる菫。
その頬が赤く見えるのは、夕陽に照らされているからだけではないだろう。
もう一度菫の頭を撫でてから純がまた微笑む。


純「それにしてもスミーレ達が私達に歌を作ってくれるまでになるなんてねー」

菫「意外でしたか?」

純「意外よ、意外。だって二人とも最初は完全な素人だったじゃない。後輩がこの子達で大丈夫なのか、正直不安だったんだよ?」

菫「それは……、否定できないですね……」

純「だけどね、すぐに安心しちゃった。二人とも頑張り屋でどんどん上達したし、学祭でも最高のライブができたしね」

菫「それは純先輩達に指導して頂いたおかげです」

85: 2014/11/02(日) 22:34:37 ID:OVL2y46Q0
純「そう言ってくれると先輩冥利に尽きるけど、でも本当に頑張ったよね、二人とも。楽しかった? この一年間?」

菫「はい! 楽しかったです! まさか自分がドラムを演奏する事になるなんて思わなかったですけど、それでも楽しかったです!」

純「そっか、それは何よりだよ、スミーレ」

菫「純先輩にリズム隊を引っ張ってもらえて、頼もしかったです!」

純「うんうん、もっと褒めていいのよ」

菫「私とのセッションを気持ち良いって言って貰えて、凄く嬉しかったです!」

純「それはスミーレの実力だよ。私こそ気持ち良いセッションをさせてくれてありがとね」

菫「純先輩のお家でのお泊まり会も楽しかったです! 卒業旅行にも付いて行かせてくれて嬉しかったです!」

純「スミーレの卒業旅行にも誘ってよね? その時に私の貯金が残ってればだけどさ」

菫「はい、是非!」

86: 2014/11/02(日) 22:36:35 ID:OVL2y46Q0
その言葉を最後に菫の興奮した様子が止まる。
視線を散漫とさせ、肩を少し震わせている。
それでも純は菫の顔を真っ直ぐに見つめて言う。


純「頑張ってよね、スミーレ。私の憧れの澪先輩達から受け継いだこの軽音部、任せたからね」

菫「はい、勿論です。私、純先輩達の分も……」

純「スミーレ? どうしたの? 大丈夫?」

菫「はい、だいじょ……、大丈夫……です……」


瞬間、菫の瞳から一筋の涙がこぼれる。
それから堰を切ったかの如く菫の喉から嗚咽が漏れ始める。
口元に手を当て、純より小さく縮こまる背の高い菫。


純「もう……、無理しないでよ、スミーレ。全然大丈夫じゃないじゃん」

菫「だ、だって私……、この一年間楽しくて……、ひっく、本当に楽しくて、来年から先輩達が居ないと思ったら、うえぇ……」

87: 2014/11/02(日) 22:37:31 ID:OVL2y46Q0
純「無理しなくていいんだってば、スミーレ。泣きたいなら泣いちゃった方が楽なんだしさ。大丈夫じゃないなら、泣こうよ」

菫「でも、でもぉ……、純先輩達の分も、私、頑張らなきゃいけないのに……」

純「素直になってってば。その方が私も嬉しいし。そうだ、ねえ、知ってる、スミーレ?」

菫「な、何を……、ですか?」

純「高校生ってさ、卒業しても四月一日までは高校に在籍してる事になるんだって。だからね、私達はまだスミーレ達の正式な先輩ってわけ」

菫「そう……なんですか……?」

純「だからさ、慣らしていこうよ。大丈夫じゃないなら、大丈夫になるように。その手伝いはするよ。だって私、スミーレの先輩だからね」

菫「純……先輩……」

純「それで、どうする? 本当に大丈夫? 大丈夫そうならスミーレ達に任せるけど」

菫「だいじょ……」


大丈夫、と菫の唇が形作る。
しかしその言葉は声にならず、別の言葉になって声に乗せられる。

88: 2014/11/02(日) 22:38:33 ID:OVL2y46Q0
菫「だいじょ……うばない……です。だいじょばない……、大丈夫じゃない……、大丈夫じゃないです!」

純「うん」

菫「私、まだ純先輩達と離れたくないです! あともう一ヶ月だけでも、一緒に……、居たいです!」

純「うんうん、私もだよ、スミーレ」

菫「で、でも、純先輩達に迷惑なんじゃ……」

純「迷惑じゃないよ、私だってまだスミーレ達と部活してたいし。それにね、よく考えてみてよ、スミーレ」

菫「?」

純「私達は三年生で、スミーレ達は一年生でしょ? 普通の部活なら居るはずの二年生が居ない部なんだもん。変則的に一年生を指導したって全然悪くないと思うよ?」

菫「純先輩ぃ……」

純「好きなだけ泣いてていいよ、スミーレ。それで泣き終ったらさ、軽音部の延長戦やっちゃおう。きっと楽しいよ?」

菫「はい……、はい……!」


その言葉を皮切りに再び大声で泣き始める菫。
優しい微笑みを浮かべた純は、泣きじゃくる菫を胸の中に抱きしめる。
部室内に決して悲しさだけから生じているわけではない泣き声が響く。

89: 2014/11/02(日) 22:40:13 ID:OVL2y46Q0
○桜が丘女子高等学校・校門(夜)


純と菫が肩を並べて緩慢に歩いている。
菫は目蓋を泣き腫らしているものの幸福そうに微笑んでいる。
二人の手は軽くとだが指先で繋がれている。


菫「今日はありがとうございました、純先輩」

純「いいっていいって。今日は私も卒業を祝ってもらったから、お互い様だよ。素直なスミーレも見れて嬉しかったしね」

菫「ちょっと……、恥ずかしいです……」

純「駄目だよ、もっと自分を曝け出さなきゃ。リズム隊は一心同体。どんな恥ずかしさも共有しなくちゃね」

菫「そういうものなんですか?」

純「そういうものなの!」

菫「わ、分かりました。恥ずかしい気持ちになってるのは、私だけの気もしますけど……」

純「あ、言ったな、スミーレ。じゃあ、これならどう?」


言い様、純は自らの髪を結っていたゴムを解いていく。
髪を下ろし、若干頬を紅潮させて純は続ける。

90: 2014/11/02(日) 22:41:23 ID:OVL2y46Q0
純「恥ずかしさ、共有してあげるよ、スミーレ。前も言ったでしょ? 髪を下ろすと恥ずかしいから嫌だって」

菫「いいんですか、純先輩?」

純「よくはないけどいいの! 私は有言実行の先輩なんだから! 二人で一緒に色んな事、恥ずかしい事も共有しちゃおうよ」

菫「それで、更に一心同体のリズム隊になる! ですか?」

純「そうそう、その調子。スミーレも分かってきたじゃない」

菫「あはは、私も純先輩とはもっといいリズム隊になりたいですから。あ、そう言えば純先輩?」

純「どうしたの?」

菫「忘れ物はいいんですか? 確か部室には忘れ物を取りに来たはずだったんじゃ……」


その菫の言葉を聞いた純が若干呆れた表情を浮かべる。
しかしすぐに思い直したのか、悪戯っぽく微笑んでその両腕を広げる純。
菫が戸惑った表情で純を見つめる。

引用: STAND BY ME けいおん!