41: ◆IRWVB8Juyg 2013/09/25(水) 17:25:34.34 ID:Ui4Yzw5Ko


モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」シリーズです


前回はコチラ



『憤怒の街』裏
ナチュルスター防衛戦線、最終章前編投下します


ここまでのあらすじ

『憤怒の街』は怒りに沈み、呪いの連鎖を生みつつあった。それをナチュルスターが癒しの雨を降らし瘴気を打ち消していく。
(4スレ目21-25)【モバマス】乃々「も、戻ってきちゃいました」ほたる「大丈夫。私達も乃々ちゃんを支えます」

しかし、怒りは怒りを生み続ける。雨を止めさせるわけにはいかないナチュルスターは半ば装置と化し、雨を降らすことに集中した。
意識すら手放し無防備なナチュルスターを襲うことで雨を止めさせようとするカースの群れが迫る!

そこへ駆けつけたのは機械生命体OZを足に宿す西園寺琴歌だった。
彼女たちを守るため、柊志乃が仲間を呼んでいたのだ。
(5スレ目150-157)
【モバマス】西園寺琴歌「そのような卑劣な行為。この私が許してはおけません」

次々に駆けつけるヒーローたち。守るための戦いは続くが、カースは無限に湧き続けていた。
※魔法少女(5スレ目166-172)
【モバマス】西園寺琴歌「きりがありませんね……卑怯ですよ! もうっ!」
※ネバーディスペア(5スレ目360-368)
【モバマス】きらり「きらりんビーム、やっちゃうやっちゃう?」

だが、ついにカースを生み出していた元は発見され、破壊される!
(5スレ目340-351)
【モバマス】柊志乃「………ワインボトルが割れてしまったわ…」

ところが、そこへ『嫉妬の蛇龍』と呼ばれる生物が現れ再び窮地に立たされる。
それを阻止したのは邪神と共にある少女、榊原里美だった。
(6スレ目306-320)
【モバマス】里美「榊原里美といいます~、あとこっちはくとさんです~」李衣菜「……え、何このタコ」


一方、憤怒の街では『憤怒の翼竜』と呼ばれる巨大な龍型のカースが暴れまわっていた。
(4スレ目327-331他)
【モバマス】夕美「やっぱり水はいいねー水と太陽と空気があれば生きていけるし!」

【モバマス】椿「作戦の変更?」詩織「なんでまた……」
 など

多数のヒーローが戦い、ついに魔法使い関裕美が倒すことに成功する!
(5スレ目300-307)
【モバマス】関裕美「轟音がしたから様子見に行っただけなのに……」

しかし、完全に消滅していなかった翼竜は復讐の怒りを胸にまた飛び立たんとしていた。
弱った翼竜を完全に消滅させたのはヒーローではなく、『嫉妬の蛇龍』と、七つの大罪『嫉妬』を司るレヴィアタンの策略だった。
(6スレ目195-207)
【モバマス】瑞樹「昔々、ある仲が良い兄弟がいました」

『絶望』の翼蛇龍と名付けられたソレを倒そうとするヒーローも現れる中
『憤怒の街』の中心人物である憤怒のカースドヒューマン岡崎泰葉の友人、双葉杏はその裏に秘められた意味を聞いてしまう。
(6スレ目214-223)
【モバマス】杏「暗い、暗い、真っ暗闇。」

友人を助けるために街の外へと追いやり倒すため、利用できるものは利用すると決めて杏は翼蛇龍を街郊外へと追いやることへ成功した。
(6スレ目328-336)
【モバマス】杏「…久々に杏、真面目だよ」


→ここから

42: 2013/09/25(水) 17:26:18.47 ID:Ui4Yzw5Ko
 ナチュルスターへと狙いをさだめた嫉妬の蛇龍が際限なく地面から湧き出る。
 それを叩き、撃ちぬき、潰し、切り裂き、倒す。この状況になってから、戦いは激化し続けていた。


琴歌「たあっ!」

奈緒「無理すんな……よっ!」

琴歌「えぇ、ありがとうございます!」

美優「まだまだ……!」


 形を変えて攻撃を避け、ズルズルと這い回る蛇龍を琴歌が追いかけ蹴り上げる。
 周りの空気ごと巻き込み、空へ浮かんだところを奈緒が切り裂き美優が矢を撃ちこんだ。

 一進一退が続いている中、確実にお互いの動きを支え合い即興とは思えないほどのコンビネーションを結ぶヒーローたち。
 疲労は溜まり、動きは鈍る。それでもすこしずつ、確実に蛇龍を押していた。


店長「しかし本当……年は取りたくないな。こういう時は流石にキツい……!」

里美「がんばってください~。きっと、もうちょっとでどうにかなりますから~」

夏樹「ははっ、頼もしいね……ったく。メンテ明けでまだ助かったほうか」


 軽口を叩きながらも、手を休めることはなくそれぞれが動く。
 里美はこのあたりに先に来ているらしいの友人がいるのを感覚で知り、そう周りを励ます。

 こちらに手が回っているということは、きっと本体の守りはおろそかになっているだろう、と。
 ……そこまで考えているかを察することはできないが、いつもの調子でゆらり、ふわりと躱し、水の槍たちで蛇龍を撃ち続ける。


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それは、なんでもないようなとある日のこと。
その日、とある遺跡から謎の石が発掘されました。
時を同じくしてはるか昔に封印された邪悪なる意思が解放されてしまいました。

~中略~

「アイドルマスターシンデレラガールズ」を元ネタにしたシェアワールドです。
・ざっくり言えば『超能力使えたり人間じゃなかったりしたら』の参加型スレ。




43: 2013/09/25(水) 17:27:19.04 ID:Ui4Yzw5Ko
 ――かといって、あながちのんきなだけの発言とも言えないというのはその場の誰もが感じていた。
 蛇龍は数を減らし、湧き出る速度も遅くなっている。もはや全滅しつつあるのではないかと思わせるほどに余裕がでてきている。


李衣菜「……楽になってきたのはいいけど、なんか変じゃない?」


 だがそれに対して疑問の声が上がる。
 空気はまだ澱み、嫌な気配は消えていない。この場から遠ざかっているようではあるが、倒せたわけではない。

 ――氏の臭いは消えていない。


レナ「そうね。なんだか……ここじゃないところに意識が向いているような……」

きらり「にょ……? なんかむずむずすぅ……」

里美「……くとさん? あっちのほうでなにか……」


 ふ、と。きらりが遠くの方へと違和感を覚え視線をやった。
 里美も肩に乗るくとさんの動きが妙なことに気が付き動きを止める。


奈緒「おい、あぶな………は? どういうことだ、これ」


 そんな無防備な2人を庇おうと近くに降りた奈緒は唖然とした。
 次々に襲い掛かり続けていたはずの蛇龍が一斉に止まったかと思うと地面へと溶け、消えていくのだ。

 恨みがましく、嫉妬をこめての視線だけを残していく蛇龍たち。地面からの奇襲を考え構えるも、いっこうにその気配はない。
 一旦の平穏を得て、ナチュルスター防衛戦は勝利で幕を閉じた。

44: 2013/09/25(水) 17:27:48.84 ID:Ui4Yzw5Ko
琴歌「えっと……終わったのでしょうか?」

夏樹「なんか消化不良な感じだな……周りからは完全にいなくなってるみたいだ」

奈緒「ってことは……あいつらの本体を誰かが倒してくれたってことか? あー、よかった……」


 夏樹がユニットで周囲の確認をするが、一切反応はない。
 あれだけの力を持つ分身をいくつも生み出せるということは、本体もそう離れた場所にいたわけではないだろう、と彼女は推理する。
 狡猾な蛇は弱点になる本体をこの場へ晒すことはとうとうなかったが、おそらく街の中へいたのだろうと考えた。

 ――ひょっとしたら、この戦線の打破を諦めそそくさと逃げ出しただけかもしれない。

 その場合はまたいつかどこかでカチあう可能性もあるが、それはそれだ。
 どうあれ、彼女たちは勝利を確信した。


李衣菜「うーん……どうも納得いかないけど、そうなのかな。逃げてたりとかしたらイヤだね」

レナ「それなら、次はできればもう少し余裕がある時にしてくれると助かるわね。ろくな歓迎もできないわ」

美優「一応、そのあたりについては注意を呼び掛けておいた方がいいかもしれませんね……」

夏樹「あっ、それは助かる。アタシ達だとたぶんいろいろとアレだからできれば頼んでいいかな?」


 倒せていない可能性については、付近のGDFやアイドルヒーロー同盟のメンバーに呼びかければ注意してもらえるはずだ。
 何度も湧き出す分身体は厄介だ。きちんと連携して本体を叩き、倒さないといけないといけないということを周知しておけばヒーローたちも戦いやすくなるはずだと美優はいう。

 なるほどと納得し、その件を任せることにした夏樹は少し外れたところで立ち尽くすきらりと里美、そのそばに座り込んだ店長のほうが気になりそちらへ視界を移した。


店長「ふぅ……よかった。まだ何か現れるかもしれないし気は抜けないが……どうしたんだ?」

きらり「んー……あのね……なんだかとってもモヤモヤーってすぅの……ドキドキじゃなくて、ぞわぞわーって……」

里美「よくないものが……生まれそうかもしれないです~」

店長「よくないもの?」

45: 2013/09/25(水) 17:28:35.65 ID:Ui4Yzw5Ko
 里美のつぶやきに店長が疑問符を浮かべる。
 きらりは自身の中にある感覚をうまく言語化できないようで、じだんだを踏んで唸っていた。


里美「どういうものかはわからないけれど、よくないものだっていうのはわかるんです~」

きらり「そうなの! あのね、すごく……むむむーってすぅ……」

店長「……よくわからないけれど、気は抜かないほうがいいってことか。2人ともありがとう」


 どうあれ、必氏で伝えようとする姿勢から冗談ではないということを店長も察する。
 ならばもうひと踏ん張りする必要があるだろうと、座り込んでしまった身体を起き上がらせた。

 ――その時。ゴゥン、と。遠くから、何かが崩れ砕ける音が全員の耳に届く。

 これまでも街のほうからは破砕音は確かに何度も響いてきていたが、それとは比べ物にならないような大きな音。
 まるで絶望の鐘の音のような、低く恐ろしい音。思わずそちらへと全員の視線が向く。


琴歌「今のは……なんでしょう……?」

レナ「……あまりいい予感はしないわね。街に突入ってわけにもいかないけど大丈夫かしら」

奈緒「とりあえず、中のことはそっちのヒーローを信じるしかないだろ。あたし達はいけないし」


 虎の姿から普段の人間へと身体を戻した奈緒が呟く。
 奈緒はともかく、きらりは汚染されきった瘴気に長く触れれば身体へ異常をきたしかねない。
 精密機械が働かなくなっている街の中では李衣菜と夏樹は正常に動作できそうにもない。

 それがわかっているからこそ、外部での遊撃手をしていたのだ。
 友人も戦っているのを知っていたから、彼女たちは信じてサポートとして動いていられる。
 あとのことはそちらへ任せるべきだと、自分を納得させるためにも奈緒は状況を整理した。

46: 2013/09/25(水) 17:29:06.59 ID:Ui4Yzw5Ko
美優「そうですね……うん。また現れないとは限らないですから」

夏樹「そうだね。アタシたちなりに――っ!」


 言葉の途中で夏樹が振り返る。
 響く轟音と、尋常ではない気配に他のメンバーもそちらへ目をやった。

 そこに浮かんでいたのは巨大な蛇龍。先ほどまで相手をしていたのとはくらべものにならないスケールで、こちらへ向かってきている。
 先ほどまでと違うのはその大きさだけではない。背中にはGDFの射撃兵器で羽ばたきを殺され堕ちた巨大な翼竜の羽によく似た翼を生やし『飛んで』いた。


奈緒「フラグ回収には早いんじゃねぇかな、ったく……!」

里美「ほぇぇ……大きいです~……」

レナ「一難去ってまた一難ね……少しだけでも休憩できただけマシかしら?」


 口々に気合いを入れなおして迎撃態勢をそれぞれがとるが、どうも動きがおかしい。
 翼の生えた蛇龍――翼蛇龍は、ナチュルスターを襲撃するためというよりもなにかから逃げているような動きで、まるでこちらに追い立てられているように見えた。


李衣菜「あれは……どうあれ、覚悟決めたほうがよさそうだね」

店長「鬼が出るか蛇が出るか……もう蛇は来てるんだ。鬼まで湧くのは勘弁してほしいな」


 あれほどの巨大な怪物を追い立てるほどの力を持ったものが追撃してくるのならばかなり厄介なことになるだろうと誰もが感じている。
 わざとこちらに追いやるからには、ナチュルスターへの妨害を含めた悪意あるものである可能性が高いということにも気付いている。

 だから、彼女たちは構えた。巨大な敵と、その先に現れるはずさらに強大な敵に対して。

47: 2013/09/25(水) 17:29:34.93 ID:Ui4Yzw5Ko
 ――その時、なにかから逃げるように飛んでいたはずの翼蛇龍がその動きを変えた。
 すぐ後ろにいた自分を追い立てていたものに対して、恨みを晴らさんとするがごとく反転し、牙を剥く。

 「何かしらの悪意を持ったものがナチュルスターを倒すため、巨大な蛇翼竜を誘導している」と考えて待ち構えていた者たちは戸惑った。
 振り向こうとした翼蛇龍は巨大な水流に押し流されて地面にたたきつけられ、唸り声をあげている。

 状況を把握しようと視界ユニットを操作し、翼蛇龍の向こうを確認した夏樹はさらに想定外のものを見て驚きの声をあげる。


夏樹「ちょっと待ってくれ、あれは……人?」

奈緒「人って……どうことだよ。っていうかそいつは敵じゃないのか?」

夏樹「……確認してくる。待っててくれ!」


 そういうと夏樹は『穴』を生み出し、飛び込んだ。
 カースドヒューマンである可能性等もないわけではなかったが、追い立てるのに使っていたのは少なくとも泥ではない。
 翼蛇龍に狙われかけたことから命令権のあるわけでもなく、恐ろしい相手ではないと判断したからだ。

 とはいえ――


夏樹「……は?」

ぷちユズ「みー……」

裕美「ぷちユズちゃん、ありがとう……でも、もう魔力が……って、えっ!?」


 消えかけている謎の小動物と、弱音を吐いている明らかに『人間』の少女。
 『変身』も『武装』も、莫大なエネルギーを纏っているわけでもない。そんな想定外を目の前にして夏樹は言葉を失ってしまったが。

48: 2013/09/25(水) 17:30:16.84 ID:Ui4Yzw5Ko
夏樹「アンタがアイツを誘導してたのか……? どうしてそんなことしたんだ?」

裕美「えっと、それは……」


 夏樹はネバーディスペアのメンバーとして、イレギュラーな戦いを幾度となく経験してきている。
 カースはもちろん、犯罪を行った『怪人』であったり凶悪な『魔術師』などを見たことも当然ある。
 だが目の前の少女にその雰囲気はない。あまりにも無力に見えたのだ。

 ――悪意を持って翼蛇龍を街の外へと誘導する理由など、明らかにない。

 その件について問うてみれば、言いづらそうに背中を見た。
 小柄な少女がしがみついていた手をだるそうに外し、夏樹に向き合う。
 ただそれだけのことでも面倒だ、と言わんばかりに眠そうな目をこすって夏樹へと言葉を投げ始めた。


杏「私がそうしろって言ったんだ。あいつを街の外へ追い出してってね」

夏樹「そうかい。じゃあ、なんでだ? こっちとしては寄ってこられるとまずいんだけど」

杏「そっちの事情は知らない。でもヒーローが集まってそうだったし、実際そうでしょ?」


 あっけらかんと悪びれもせず言いのける姿に夏樹の語調も強まる。
 それでも杏は調子を変えずに言葉を続けていく。背負った状態で話を続けられる裕美は若干うろたえている。


夏樹「あのなぁ、こっちは人の命がかかってるんだ! あの街全体に対する浄化の雨の要になってるやつがいるんだぞ!?」

杏「浄化……そっか、ごめん。でもあいつは街の中で倒すわけにはいかなかったんだ。わかってほしい」

夏樹「倒すわけにはいかなかった? それって―― チッ、来るか!」


 意外にもあっさりと謝罪をする杏に夏樹もひるむ。こちらも悪意があるようには見えず、事態の把握もできていない。
 街の中で倒すわけにはいかないという言葉には、何か一種の祈りすら込められているようにさえ感じられて責める言葉を継ぐことはできなかった。

 そこで一旦話は打ち切られ、体勢を崩していた翼蛇龍が再び浮き上がって杏と裕美をにらみつける。
 魔力の切れた裕美はほとんど打つ手はなく、だが心は折れず戦いの意思を持って目はそらさない。
 夏樹はこの二人が敵ではないとその場で判断し、その体を掴んで穴へと潜った。

49: 2013/09/25(水) 17:30:53.76 ID:Ui4Yzw5Ko
裕美「きゃっ!?」

夏樹「舌噛むぞ、捕まってろ!」


 穴を生み出し、飛び込む。決して視界から完全に消えず、なおかつ追撃が来ても避けられる位置へと転移する。
 その動きを繰り返し、翼蛇龍をナチュルスターから引きはがしつつ夏樹は叫んだ。


夏樹「――ってことらしい、どう思う! あんまり話し込まれるとヤバいから早めに頼む!」

裕美「え、あの……」


 突然のことに裕美が驚き、何をしようとしているのか聞く前に夏樹の顔のそばにある穴から声が響く。


奈緒『――どっちにしろ、倒すしかないだろ! 誘導任せた!』

夏樹「了解! ――ってことらしいからアイツの気をひきながら撤退する。結構荒っぽいから気を付けてくれ……よっ!」

裕美「わ、わわっ……!? わ、わかった、けどっ……!」


 翼蛇龍の攻撃を避け、誘導し、次の転移先を決め、穴をあける。
 抱えている2人分の重量も相まりかなりの負荷がかかっているが夏樹はそれを微塵も感じさせない動きで撤退していく。

 ナチュルスターが癒しの雨を降らすために意識を失い、半ばオブジェと化している地点から離れるように。
 すこしずつ、不自然にならない程度に距離を調節しつつ逃げていく。

50: 2013/09/25(水) 17:31:27.37 ID:Ui4Yzw5Ko
 翼蛇龍は恐ろしい唸り声をあげつつ夏樹を追い詰める。
 捕らえたと思えば消え、次の場所へと転移する獲物を仕留めようと執拗に、執念深く。

 その距離は徐々に縮まっていく。


 ――10メートル――5メートル。

 ――目の前――そう、次で確実に――


 ――捕らえた。確実に口内へと獲物を包んだと確信した翼蛇龍がすりつぶし、味わうため口を閉じようとしたその時。
 高らかな祈りを込めた声が響く。


『聖なる絆よ、悪を清める力となれ! エンジェル・ハウリング!』

『――ハウリング・アロー!』


 確かに獲物を捕らえ、飲み込むだけだったはずの無防備な口内へと巨大な光の矢が吸い込まれる。
 逃げ出す余力もないはずだった獲物――夏樹はケガひとつなく別の場所へと転移していた。

 飲み込んだ矢の威力に首の後ろへと風穴が開き、たたらを踏んで後ずさりをする。
 周囲を見れば、そこへは何人もの人間が立っていた。翼蛇龍を倒すべく、夏樹が誘導した箇所で迎撃準備をしていたヒーローたちだ。

 翼蛇龍は状況を理解できない。だが、喉の奥まで貫かれたダメージに混乱するのではなく――


翼蛇龍「――オオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!」


 『憤怒』を露わにし、新しく増えた獲物たちを喰らうべくその瞳を向けた。

51: 2013/09/25(水) 17:32:05.42 ID:Ui4Yzw5Ko
レナ「一撃じゃ倒せないかも、とは思ってたけど……硬すぎない?」

美優「エンジェルハウリングでも……やはり、核にあたる繭を探さないと……」


 信じられないものを見たような表情で二人が呟く。
 間違いなく必殺の一撃だ。並の怪物ならば丸ごと消滅させて余りあるほどのエネルギー。
 それを喰らったうえで、ひるむことなく吠えた翼蛇龍の強さに覚悟を改める。


奈緒「どっちにしろやるしかないんだ! 削ってくぞ!」

里美「水場も近いですし、がんばりますよ~!」


 気合いをこめなおしたメンバーが次々に飛びかかり、注意をそらしていく。
 踏みつけるためにあげた足をすくい、吐き出すカースの弾を砕き、少しずつでもダメージを蓄積させようと戦っている。

 その中で夏樹は邪魔にならないようにもう一度転移をして戦闘に巻き込まれない位置へと移動する。
 ギリギリで避け、ここまで誘導してきたせいもあり、疲労困憊といった様子でこれ以上の連続戦闘は流石に無理そうだ。
 もはや意識を失いかけているような状態で、待っていた李衣菜の腕の中へと倒れこんだ。


李衣菜「なつきち、大丈夫?」

夏樹「……あぁ、大丈夫。……だけどごめん、ちょっとだけ、休憩させてくれ……」

裕美「ありがとう、ございます……えっと」


 想像以上に疲弊させてしまったことに驚き、裕美が気まずそうに声をかける。
 マスクをつけた成人男性がその様子に気づき答えた。


店長「あぁ。君たちは大丈夫か? ……確かにでかいな。アイツを倒すのは骨が折れそうだ」

裕美「え? あぁ、はい……その、確かに倒したはずだったのに、私……とどめを確認しなかったから……」


 裕美が気まずそうに呟く。憤怒の翼竜は確かに裕美の決氏の攻撃とで撃破された『はず』だったのだ。
 嫉妬深い蛇龍が、その力を飲み込み翼蛇龍へと生まれ変わってしまったのはいくつも不運が重なったせいである。

 翼竜がタフであったことと、蛇龍が本能でより強いものを飲み込み、強化されること。
 条件が重なってしまったからこそ翼竜は生き残り、蛇龍はそれを喰らって翼蛇龍となった。
 その『絶望』は、目の前で猛威を振るっている。

52: 2013/09/25(水) 17:32:37.59 ID:Ui4Yzw5Ko
店長「とどめ……ってことは君も戦えるのか? すごいな……」

裕美「えっと、魔法が少し……でももう、魔力がなくて……」


 裕美がうつむく。責任感と、戦う力がもう残っていない絶望に歯噛みする。
 強く握りしめられた拳には、戦う意思が残っていることをうかがわせた。
 店長はどう声をかけるか悩んで、そして――


杏「――その件はいいよ。むしろあいつが街の中で倒れなかったのはラッキーなのかもしれないんだ」


 もう一人の乱入者がその沈黙を破った。


李衣菜「……ラッキーってどういう意味? さっきのは聞こえてたけど、倒すわけにはいかなかった理由は聞かせてもらえるよね」

杏「言う意味がない。でも嘘はついてないよ……そんなことよりアイツをどう倒すか考えたほうがいいんじゃない?」

李衣菜「意味がないってなに? 倒せなかった理由がわからないんじゃ、ここで倒していい理由もわからないよ」


 李衣菜がひどく冷たい目で杏を見つめ、言葉を放つ。
 今の彼女はとても冷静で、状況を把握することに努めているため声のトーンも低い。

 威圧するような調子のその言葉に、しかしひるむことなく杏は応えた。


杏「……信じて欲しい。アイツを街の中で倒すとまずいことが起きるっていうのは間違いないんだ」

李衣菜「悪いけど、そんな――」

きらり「ふぎゅっ! いったーい……」


 険悪なムードにどう言葉を挟むか困っていた店長を踏みつけるように、翼蛇龍の攻撃で吹き飛ばされたきらりが2人の間へ転がり込む。
 思わず言葉は止まり、きらりのことを李衣菜が心配しだした。

53: 2013/09/25(水) 17:33:06.73 ID:Ui4Yzw5Ko
李衣菜「だ、大丈夫?」

きらり「うん! まだまだだいじょーぶっ!」


 きらりは即座に跳ね起きると、再び翼蛇龍へと向かおうとし――


きらり「……にょ? どうしたの?」


 途中で足を止め、杏に向き合った。


杏「……それ、私に聞いてるの?」

きらり「うん、なんだかすごーくこまってゆーって感じがすぅの……」


 不思議なほど穏やかなトーンで言葉を続ける。
 真実だけを見抜く瞳。きらきらと輝くその目はこんな状況でも光をたたえている。

 場違いなその雰囲気に、その声に。


 ――それでも、杏はどこか恐ろしさを覚えた。

54: 2013/09/25(水) 17:33:42.34 ID:Ui4Yzw5Ko
杏「なんでもないよ。ちょっと責任感じてるだけだから」


 ――もちろん、嘘だ。

 柔らかな声と瞳から逃れるために杏が視線をそらす。
 たまらなく『怖い』のだ。正体を、自分のしたいことを見抜かれているようなその目が。

 心が安らぎ、助けを求めそうになる自分の心が怖くて目を合わせられない。
 そんなことをお構いなしにきらりが回り込み、話しかけた。


きらり「そーお? だいじょーぶ! みんなでがんばればやっつけれるにぃ☆」

杏「……どうしてさ? 私が、あいつをわざと誘導してきた悪いやつかもって思わないの?」


 明るいテンションに、希望そのもののような声に。思わず口にしてしまった言葉を杏は後悔する。

 実際、今言った言葉は決して嘘ではないからだ。
 自分は『怠惰』のカースドヒューマンで、翼蛇龍を誘導してきたのはあの街を絶望に落とした『憤怒』のカースドヒューマンを助けるため。
 けっしてヒーローたちのことを思っての行為ではない。気に食わないあの男の鼻を明かしてやろうという気はあるけれど、正義感なんてものじゃない。

 ――だから、ごまかしていたのに。

55: 2013/09/25(水) 17:34:27.97 ID:Ui4Yzw5Ko
 きっと自分を疑いの目で見ているだろう、と杏は思った。
 顔をあげずに、今の失言をどう弁明したものか、それとも誤魔化すかを思案する。

 しかし自分の中へと再び感情を戻そうとした杏に、きらりはそれでも明るく声をかけた。


きらり「でもでも、きっと……だーいじなことがあるんでしょー? だからだいじょーぶっ! みんなでがんばゆから!」


 ――何も知らないくせに。

 どうして信じられるというのかが理解できず、杏は思わず顔をあげてしまう。
 きらりと輝く瞳に曇りは一点もない。疑うという言葉すら知らないのではないか、と彼女は思った。


杏「……どうして?」


 こんな怪しい状況だ。
 口先三寸だけでごまかせないのならば面倒は押し付けて多少の強引な突破を杏が考えていたというのも、事実だ。

 それでも少しの疑いも持たず、信じると断言する目の前の存在が。
 そんな少女に文句も言わずつきそう仲間が、不思議でならなかった。


きらり「困ってる人は、助けなきゃ! どんな人でも、しょんぼりしてたら、むぇーってなっちゃうにぃ?」


 質問に対して、こともなげにきらりが答える。
 それが当たり前のことなのだと、疑いもせずに――


 ――否――


 ――『人間ではないのだろう』と見抜いたうえで助けると。

56: 2013/09/25(水) 17:35:51.66 ID:Ui4Yzw5Ko
 言外の意味をくみ取り、杏は戦慄した。
 決して上から目線の、横暴で横柄な、自己満足の行為の発言ではないことを理解してしまったから。

 心の底から相手を思い続け、純粋な好意で助けようとする。
 今の杏自身が、珍しく『やる気を出した』のと同じ理屈を、まったく見ず知らずの自分へ対して行おうとしているのだと理解してしまったから。


 だから、気丈で居続けるはずの。ごまかしていたはずの。
 杏の中の感情が爆発し、あふれ出した。


杏「……あの街に……友達が、いるんだ」

きらり「おともだち?」

杏「うん。めんどくさいのは嫌いだけど、いっしょにいてもめんどくさくなくて……いないとなんだか、だらだらしがいもなくなるような、友達」

きらり「そっか! とってもステキだにぃ?」

杏「……そんな友達がさ、悪いやつに利用されてた。それが許せなくて、ここにいるヒーローを利用して助けようとした」


 杏の告白に同じく聞いていた店長や裕美も驚く。
 しかし、きらりは何も言わずただ黙ってうなずいた。

 その表情は真剣で、けれど穏やかで、全てを受け入れるような暖かさを感じさせる。
 杏はそこで一拍おいてから言葉をさらに続けた。


杏「勝手だってわかってる。褒められたことじゃないって思ってる。でも、でもさ――」


 両目からは涙があふれ、声も震えている。
 言わなくてもいいはずの、誤魔化せるはずの言葉を。杏はきらりへと投げた。


杏「助けて、欲しいんだ……だいじな、ともだち……だから……あんずも、がんばるから……!」

57: 2013/09/25(水) 17:36:34.31 ID:Ui4Yzw5Ko
 力強く、胸を叩いてきらりは答える。
 少しの迷いもなく。当たり前のことのように。


きらり「うん、りょーかいっ! まかせて!」


 ――救われた。

 状況は何も変わっていない。絶望的なまでの力を持った翼蛇龍に対して決定打は与えられていない。
 街の中での戦いも続いている。あのスーツの男の企みだって、二重三重とあるだろう。

 それでも杏は「救われた」と感じた。
 大切な友人を救うための力が心の底から湧き上がって来る。

 とても面倒なことを、やらかすための力が。
 何もかもを投げ出す『怠惰』を動かす、激情ではなく静かな気情を身に纏う。


杏「……ありがと。じゃあ、杏も――やること、やってくるから」


 翼蛇龍をこの場のヒーローに『任せる』判断をして杏は動き出す。
 友人を助けるためにはまだまだ面倒なことをしなければいけないから。

 ついでに、あいつの鼻を明かしてやろう。
 あの街が憤怒に飲まれてしまうのも止めて、ハッピーエンドへひっくり返してやろう。

 この怠けたい気持ちをそのまま力へ。
 動きたくないから、動く。働きたくないから、働く。

 ――助けたいから、助ける。

 そう決めた杏の目にはもう迷いはなかった。

58: 2013/09/25(水) 17:37:07.16 ID:Ui4Yzw5Ko
 話を聞き終わったきらりの身体に再び力が湧き上がる。
 戦いが続き、疲労していたメンバーたちは決め手もなく押されている。

 その分まで、絶望へ立ち向かうために。

 ―― Never Despair ――『絶望することなかれ』。

 希望を再び身に纏ったきらりは『絶望』へと飛びかかった。


きらり「にょっわぁぁあああっ! きらりんビームっ!」


 幾筋もの光線がヒーローたちを飲み込まんと迫るカースの弾丸を消滅させていく。
 本体である翼蛇龍の身体も光線がつつむが、消滅した次の瞬間には体表に新たな鱗として硬化したカースが纏われ決め手にならない。

 翼蛇龍は自身の中の『嫉妬』により潰された『憤怒』の核が起こすエネルギーによって際限なく進化し続けていた。

 嫉妬に食われた翼竜が憤怒し、憤怒の強化に蛇龍が嫉妬する。
 まるで自身を喰らい続けるウロボロスのように、その円環は強く、激しく。

 自身の中の矛盾をエネルギーとし、消滅させないことで絞り出す。
 翼蛇龍は憤怒と嫉妬に加えて知恵を持ち、怒りに狂いながらも冷たく恐ろしく執念深く狩りを続けようとしている。

 進化は止まらない。表皮は硬く、鋼のように強靭で砕くのすら難しい。
 それでも戦うヒーローたちは絶望していない。諦めようとはしていない。

 絶望と戦う希望は、決して潰えない。

59: 2013/09/25(水) 17:41:21.00 ID:Ui4Yzw5Ko
!双葉杏が『やる気』を出しました。
  ――憤怒の街をひっくり返して泰葉を救うために自分もリスクを背負う覚悟を決めたようです。

!絶望の翼蛇龍と防衛戦線組が接触、戦闘が開始されました。
  ――翼蛇龍が文字通り『絶望』的な戦力を持っているようです。


→続く

60: 2013/09/25(水) 17:43:45.23 ID:Ui4Yzw5Ko
琴歌、ネバーディスペア、里美、杏、裕美他たくさんお借りしました

次で決着つけられるよう頑張ります!頑張ります!!頑張ります!!!

61: 2013/09/25(水) 17:53:31.15 ID:8nKd6D4b0
乙です!!

それぞれの特徴とか本当に上手く書けてらっしゃる…

がんばれ、いや…頑張ってください!

62: 2013/09/25(水) 17:58:05.01 ID:T5FeY90vO
乙ー

凄い……凄くってもうこの一言しかでない…

頑張ってください!


引用: モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」part7