665: 2010/05/17(月) 00:10:44.17 ID:nOTTbJE0


最初から読む:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」

前回:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その11】

一覧:ダンテ「学園都市か」シリーズ

―――

一方その頃。

事務所デビルメイクライ。

現地時間午前六時。

上条と御坂は一回のソファーでお互いにもたれかかる様にして座りながら寝ていた。
近くのビリヤード台には無造作に置かれている御坂の大砲と上条の黒い拳銃。

上条「……んあ……」

まぶた越しに目に差し込む明るさに気付き、うっすらと目を開ける。

上条「……朝か…………ん?」
腑抜けた声でポツリと呟く。
そして気付いた。

肩にかかる重さ。ほのかに漂ってくる良い香り。
ふと見やると、御坂が自分の肩に頭を乗せ、上条の左腕に固く手を回しながら可愛らしい寝息を立てていた。


上条「………………」
起きたばかりの上条の頭が、今の状況を理解するまでには10秒ほど必要だった。


上条「………!!!!!!!み、みみみみみみm!!!!」

そして理解した途端一気に鼓動が早まる。
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666: 2010/05/17(月) 00:12:19.52 ID:nOTTbJE0
上条「(なんでこうなってる!!!!!?思い出せ!!!!思い出すんですよ上条さん!!!)」

脳内の最後の記憶を細かく確かめていく。

悪魔を退治し、警察から逃げる為に御坂を抱き上げてビルからビルへと跳び、
そのまま事務所に帰ってきた。

御坂は疲れていたらしく、ふらふらとソファーに向かいポスリと座った。
その隣に同じく疲れていた上条も座った。

『初仕事』ということもあってか、そのまま二人は疲れで寝てしまった。

というのが上条の記憶だ。

上条「………御坂」
恐る恐る名前を呼んでみる。

だが反応は無い。
熟睡しているようだ。

上条「(疲れてんだな……寝かしといてやるか……)」

上条はもぞもぞと動き、左腕に絡まっている御坂の手をゆっくりと外す。
そして起こさないように慎重に立ち上がり、御坂を優しくソファーに横たわらせた。

御坂は ん… と小さな声をあげうずくまった。

上条「(いつもはキリッとしてるけど……こいつ『も』こういう顔して寝るんだな……)」

667: 2010/05/17(月) 00:14:27.27 ID:nOTTbJE0
上条はビリヤード台に寄りかかり、
己の銃を軽く服の袖で磨きながら御坂をなんとなく眺めていた。

上条「……」
御坂とインデックス。
数々の視線をくぐりそれなりに猛者でもある二人も、
寝顔はやっぱり年相応の年下の女の子だ。

上条「(……つうかこうしてよく見てみると……御坂もすっげえ可愛いな…)」

上条「(良い匂いしたし……暖かk……って何考えてんですか上条さんは!!!うぉおおお!!!!)」

自分のムスコが元気一杯なのに気付き慌てる。
一瞬顔を出した男の欲望を慌てて抑えこむ。

寝起きにおっ勃つのは若い男性特有の『症状』ではあるが、
それに更に溜まっていた欲望が上乗せされいままで見たことも無いくらいにギンギンになっていた。

というのも、もう大分前から一人の『営み』をしていない。

数ヶ月前に、インデックスが寝静まった後に風呂場で一回だけした事があったが、
翌日の朝に彼女に とうま、何か変な匂いするんだよ と突っ込まれてから一度もしていなかった。


御坂「ん……ん……」


上条「!!!!!!」

御坂がもぞもぞと動き、甘えるような声を放つ。
その声は上条の耳に入り、彼の中の本能をより強く刺激した。

668: 2010/05/17(月) 00:16:31.59 ID:nOTTbJE0
御坂のはだけたパーカーの間から見える、Tシャツ越しのささやかな膨らみ。
その上に見える綺麗な鎖骨と首。


上条「(マズイ!!!!!これはやべぇ!!!)」


何もかもが今の上条にとって刺激が強すぎた。
服役していた囚人が、シャバで何十年振りかに直接女を見たような感覚に似ているだろう。

上条「(いぎぎぎっぎ!!!)」
強引に下げ、股の間に挟んでとにかく沈めようと奮闘する。

もう少しでトリッシュが返ってくる予定だ。
こんな調子で更に刺激的なトリッシュを見てしまったら大変だ。


御坂「んん……」

御坂が再びもぞもぞ動く。どうやら眠りが浅くなってきているようだ。


上条「(やばい……とりあえず避難した方が…!!!!)」


御坂「と…うま……」


上条「……………は、はい?」

669: 2010/05/17(月) 00:18:14.64 ID:nOTTbJE0
突然名前を呼ばれ、上条は股間を押さえたままの姿勢で硬直した。

だがそれだけだった。
御坂は相変わらず寝息を立てている。

上条「(……寝言?夢に俺が出てんのか?……つうか『とうま』って今言ったよな?)」


御坂「………当麻」
御坂が再び呟いた。

上条「これは本当にやばいな」
思わず声に出してしまった。

名前を呼ばれ、上条の立派な『竜』はますます熱り立つ。


御坂「……当麻……」

上条「(ごめんなさいもうカンベンしてくださいお願いします)」
そう思いつつもなかなかこの場から離れようとしないのは男の性だろう。



御坂「………好き………当麻………大好き……」

672: 2010/05/17(月) 00:27:25.05 ID:nOTTbJE0
上条「………………………………は?」
一瞬耳を疑った。

時間が止まる。

上条「…………なッ……!!!」

上条「……ッ……」

上条「………」

ダンテに世界遺産認定される程のこの鈍感少年もさすがにわかる。
そして一旦感づいてしまえば、後は一気に答えが組みあがっていく。

この修行期間でより鮮明に浮き彫りになったが、上条は元々かなり頭の回転が速い。
ヒントやきっかけさえあれば、すぐに答えを導き出してしまう。

御坂の今までの行動も。
彼に対する態度の理由も。

今までの全てが一つの答えを裏付けてしまった。

彼はようやく気付いたのだ。

この少女の想いに。

上条「…………(そうか……)」


上条「…………御坂……ありがとう」

三分程考え込んだ後、上条がポツリと呟いた。

673: 2010/05/17(月) 00:31:16.56 ID:nOTTbJE0
上条はゆっくりとソファーに向かい、御坂の前に屈んだ。
そして左手でそっと御坂の頬を撫でた。

上条「……ありがとう」

乱れた御坂の前髪を優しく正す。

上条「…でもよ……あのな…」


上条「……確かにお前を、お前の世界を守ると誓った」


上条「それは絶対に破るつもりはねえ。氏んでも守る」


上条「お前は俺にとって大事な人の一人だ」


上条「だがよ……」


上条の頭に一人の少女の顔が浮かんだ。

白い修道服を着た、青い髪の『天使』。


上条「俺は……」


上条「そのな、何て言うか……お前のその気持ちには……」


上条「……って寝てる相手にこりゃねえよな。またかよ俺」
上条は苦笑した。

これではこの事務所に来る前夜と同じではないか と。
相変わらず卑怯だな と。

674: 2010/05/17(月) 00:33:15.41 ID:nOTTbJE0
上条「あ~……」
右手で乱暴に頭を掻いた。

上条「……ちゃんと……時期が来たら起きてる時に話すよ」

上条「お前もそっちの方がいいだろ」
上条は立ち上がり、小さく伸びをした。
さっきまで熱り立っていた欲望もいつのまにか影を潜めていた。

上条「(……シャワーでも浴びるか)」

上条は頭を掻きながらバスルームへと向かっていった。

そして彼の姿がバスルームに消えた後。


御坂「……うん…知ってる」

御坂が小さく呟き目をうっすらと開いた。


御坂「わかってるよ」


そして再び目を閉じた。

穏やかな笑みを浮かべたまま、御坂は再びまどろみの中へ落ちて行った。


―――

676: 2010/05/17(月) 00:37:33.80 ID:nOTTbJE0
―――


リスボンの港に停泊している貨物船。
トリッシュはそのマストの上に座りながら、沖を眺めていた。

沖には黒煙を立ち上らせて沈む船の残骸。

海面から船首が突き出している。
更にそこから400m程離れた海面から船尾が突き出し、本来見えるはずの無いスクリューが露になっていた。

ついさっきあの船の中央辺りで紫の光の爆発が起こり、巨大な稲妻が天を貫いたのだ。
それによりあの船は木っ端微塵になってしまった。

トリッシュ「……やっぱりね」

予想通りだ。
そしてよりによってネヴァンを使ったらしい。

ネヴァンを使うとダンテは更に見境が無くなるのだ。

トリッシュ「……」
しばらく眺めていると、その残骸の方角から赤い砲弾のような物体が、
猛烈な速度で放物線を描いて飛んで来た。

『砲弾』はトリッシュの真横に着弾した。
衝撃で鉄骨が大きく歪み、マスト全体が悲鳴のような金属音を立ててしなった。

677: 2010/05/17(月) 00:39:25.02 ID:nOTTbJE0
トリッシュ「おつかれさま」

トリッシュがその砲弾の方へ向く。
そこには水を滴らせているダンテが立っていた。
右手にはネヴァン。

ダンテ「お前ッ……」

ダンテがこの貨物船を眺めながら、少し不機嫌そうに声を放った。

トリッシュ「こっちは私が片付けといたから」
トリッシュが右手の銃を口元に沿え、未だに銃口から立ち昇っている硝煙の煙をフッと吹く。

ダンテ「おいおい……」

トリッシュ「楽しかったでしょ。思いっきり『沈んだ』わね」
トリッシュが作り笑いを浮かべながらダンテの顔を見た。

ダンテ「……………」

トリッシュ「私の言った事覚えてる?さっき言ったわよね。暴れn」

ダンテ「OK文句はねえ」
ダンテが左手の平をトリッシュに向け、彼女の言葉を遮って瞬時に負けを認めた。

こうでもしないと、またグチグチネチネチ小言を言われ続けるのだ。
それは何よりも回避したい。

トリッシュ「OK」


ネヴァン『感じ悪い女ねぇ相変わらず』


とその時、ダンテの右手にあるギターが声を放った。

678: 2010/05/17(月) 00:42:03.39 ID:nOTTbJE0
トリッシュ「あらいたの?」

ネヴァン『ねぇんダンテ、こんな女やめて私にしない?私ならダンテの命令にもちゃあんと従うわよ』

トリッシュ「そんなに盛りたいのなら自分の鎌でも突っ込んでなさいガラクタ女」

ネヴァン『あらあら可哀そうな子。己の方が上とでも思っているのかしら?実際は私の方が愛でられてるのよ』

ダンテ「……」

ダンテはその二人の会話を完全に無視して左手でコートを払い、
そして髪を軽く叩いて水気を払っていた。

トリッシュ「くだらないわね。所詮淫魔ってところかしら」

ネヴァン『本当に可哀そうね。この快感を知らないなんて』


ダンテ「……帰らねえか?シャワー浴びてえんだが……」


ダンテが遂に耐えかね、二人の会話を遮った。
女の口喧嘩ほど聞くに堪えない音は無い。

トリッシュ「じゃさっさと帰りましょ」
トリッシュが生け捕りにした小銃型の人造悪魔を手に取り立ち上がった。

ネヴァン『私もお供してあげる。シャワー』

ダンテ「………いらねえ」

ネヴァン『遠慮しなくてもいいわよ。戦いの後はたっぷりと癒さn」

トリッシュ「いい加減黙りなさい。ダッチワイフギター」


ダンテ「………」

再び始まった言い合い。
下手に介入するとかなり面倒臭くなる。

ダンテは目を細め沖を遠い目で眺めながら、黙って二人の言い合いを聞き流しながら黄昏ていた。

―――

679: 2010/05/17(月) 00:46:00.69 ID:nOTTbJE0
―――


学園都市。現地時間午後6時。

とある路地に一台のキャンピングカーが停まっていた。

その中には二人の少年と二人の少女。

麦野「………アクセラレータは?まだ?」
簡易ベッドに座っている麦野が、苛立ちを隠そうともせずに声を放った。

土御門「ああ、用事を済ませたらすぐに来るぜよ」

麦野「待たなくても良いじゃないの。私がいれば充分でしょ」

今日、これから理事会の一人である塩岸を襲撃する予定なのである。

一方通行が合流するのを待っているのだが、麦野からして見れば自分一人で充分だ。

それに土御門の話によると、一方通行は確かに『最強の能力者』だがそれは時間制限付きらしい。

それならば尚更こういう『小さな仕事』に参加させるのは気が進まない。
これから先、壮絶な戦いが待っているのは確かなのだ。
こちら側の戦力はできるだけ温存しておいた方が良い。

今夜の件は自分だけでちゃっちゃと済ませた方が良い と麦野は考えていた。


海原「まぁまぁ…そう焦らないで」
近くの椅子に座っていた、海原が穏やかな笑みで麦野をたしなめた。

680: 2010/05/17(月) 00:48:14.04 ID:nOTTbJE0
麦野「…………チッ」
海原の顔が気に入らない。

あの柔和な笑み。
そこらの人間ならコロっと騙されるだろう。
だが地を這い闇の中を生きてきた麦野には、その仮面の下の本性が見えてしまう。

まあ所詮暗部の者だ。
自分も含めゴミクズなのだ。

いけ好かないのが当然なのだ。

それともう一つ麦野の苛立ちを加速させる事がある。

この連中といるとはっきりとわかる。
見ていると、彼らはお互いにかなりの距離を開けている。
正に『赤の他人』だ。

任務時にしかお互い顔を合わせないのだろう。

自分が属していたアイテムとは大違いだ。
なにせ彼女達は、任務外の時でも四六時中皆で集っては時間を潰していたのだ。

麦野「…………チッ」
このグループのメンバー達を見ていると、それと対照するかのようにアイテム時代の記憶がより鮮明に呼び起こされる。
自暴自棄となって、己の手で破壊した『世界』の姿が。

そして彼女の心の中でよりはっきりとした声が響いてくる。

「欲しかった物が目の前にあったのに、お前は自ら気付かぬまま破壊した」と。


「お前は間違いを犯した」と。


土御門「さすがだな。辛抱強さの無さも『女帝』並だぜよ」

眉間に皺を寄せ不機嫌全開の麦野へ、土御門がからかうような声を向けた。

麦野「うるせえんだよクズが」

681: 2010/05/17(月) 00:50:47.22 ID:nOTTbJE0
30分後。

麦野「あー!!!もういい!!!行くわ!!!」
麦野が遂に耐えかねて、閃光を迸らせながら簡易ベッドから立ち上がる。

土御門「……だーわかったぜよ!!!待ってろ!!!」
土御門が携帯を取り出し、一方通行へ電話をかけた。

一方『あン?』
数コールで彼はすぐに出た。

土御門「まだか?隻眼の女王様がお前を待てねぇって駄々こいてんだ」

麦野がピクリと眉を動かして土御門を睨む。
それを海原が柔和な笑みでなだめた。
逆効果だが。

一方『合流できンのは夜っつってンだろ』

土御門「女王様はよ、お前がいなくても充分って言ってるぜよ」

土御門「まあ、はっきり言えば俺も女王様に同感だ。アラストルもあるし理事会程度なら余裕だろ」

一方『……』

土御門「ちゃっちゃと終わらせちまった方がいいと思うぜよ。お前も無駄にバッテリー使わねぇで済むしな」

一方『チッ……あァ……わかったぜ。先に始めとけや。しくじンじゃねェぞカス共』

土御門が麦野へ向けて親指を立てた。
麦野が軽く鼻を鳴らして返事を返す。

土御門「OK、じゃあ後でな」

一方『待て。メルトダウナーに代われ』

682: 2010/05/17(月) 00:53:04.47 ID:nOTTbJE0
土御門が携帯を麦野に放り投げた。
麦野が右手でキャッチし、耳に当てる。

麦野「何?」

一方『テメェが先鋒だ。俺の「ステージ」を汚すんじゃねェぞクソアマ』

一方『ヘマしやがったら左目と右腕すり潰して左右対称にしてやンぜ』

麦野「減らず口叩いてんじゃねえよ。脳ミソ足らねェ氏に底無いが」

麦野「それにもし私がヘマしたらてめぇも道連れよ。後の事は心配すんな」

一方『……一ついいかァ?』

麦野「あ?」

一方『聞け。塩岸も奴に従ってる連中も―――』


一方『――ー殺せ。頃し尽くせ。ブタみてェに泣き喚かせろ。この世に生まれてきたことを後悔させてミンチにしてやれやァ』


麦野「―――当たり前よ。目玉くり貫いて、手足引きちぎって、チ××引き抜いて焼いて口に放り込んで」


麦野「口からケツ穴までぶち抜いて、ニワトリみてぇに丸焼きにしてチリにしてやる」


一方『カカカカ!!問題はねェなァ!!!テメェは最高のクソアマかもしンねェぜ!!』


麦野「はッお褒めの言葉どうもね。モヤシ野郎」

683: 2010/05/17(月) 00:57:13.42 ID:nOTTbJE0
麦野は通話を切り、携帯を土御門に放り投げた。

土御門「ま、つーことで始めんぜよ」

海原「ではこれを」

麦野「?」

海原がキャンピングカーの床板を捲り、銀色の頑丈そうなケースを取り出した。
土御門が手伝い、長さ1.5m程のケースが麦野の前に置かれる。
結構な重量があるらしく、重い音が響いた。

麦野「……何これ?」

土御門「言ってたろ。『アラストル』だ。お前の武器だぜよ」
土御門がケースの厳重なロックを外しながら答える。

麦野「はっ武器なんざいらないわよ」
麦野が左肩から青白いアームを発生させ、これ見よがしにうねらせる。


土御門「そう言うな。きっと気に入る」


海原「ちょうど封印が解けかかって三割程度の力は引き出せます」


海原「第23学区の件以来、意識は未だに眠ってるようですが、我々にとっては好都合でしょう」

海原「もし起きてたら色々面倒ですし」

684: 2010/05/17(月) 00:59:20.53 ID:nOTTbJE0
麦野「……は?」
土御門達が何の事を言っているのか全くわからない。

土御門「おしっと…」
全てのロックを外し終え、土御門がやや乱暴にケースを開けた。

麦野「…………はぁあああ?」

ケースの中には、古そうな一本の剣が入っていた。
銀色の刃と柄、鍔には翼をあしらったような飾り。

麦野にしてみればどう見てもガラクタだ。

てっきり『アラストル』というコードの、学園都市製の最先端機器かなんかだと思っていたのだが。


土御門「『アラストル』だ」


麦野「…………これを使えって?」


海原「はい」


麦野「ふざけてんのてめぇら?」

685: 2010/05/17(月) 01:01:55.47 ID:nOTTbJE0
土御門「良いから持ってみろって」

麦野「チッ……」

麦野がイラつきながらもその柄を右手で乱暴に握る。

麦野「こんなのなんz……………へ?」
その瞬間だった。

麦野「―――」

右手から、この奇妙な剣から何かが体内に流れ込んでくる。
全身から力が漲る。

麦野「―――!!!!」

麦野の左アームの光が一気に増す。

土御門「うおおお!!!待て!!離せ!!」

麦野「すごい―――何これ―――」

麦野が剣をゆっくりと持ち上げる。
更にアームの光が強くなり、麦野の全身からも青白い光が溢れ始める。

土御門「タンマ!!!!離せ!!!!!ここが吹っ飛んじまう!!!!」

麦野「はは、ははははあははははは!!!!!!」

海原「離してください!!!!!!!」

結標「―――チッ!!!」
結標が海原と土御門の腕を掴み、瞬時にキャンピングカーの外へテレポートした。

その次の瞬間、キャンピングカーが青白い閃光に包まれ吹き飛んだ。

686: 2010/05/17(月) 01:03:39.65 ID:nOTTbJE0
土御門&海原「―――ッ!!!」
二人は固いアスファルトの上に落ちた。

結標「―――あのクソ女!!!」
その後に着地した、少し息の荒い結標が悪態を付く。

三人はキャンピングカーから40m程離れた路地の奥にテレポートしていた。

さっきまで三人が乗っていたキャンピングカーは跡形も無く消え、粉塵がもうもうと立ち込めていた。

土御門「………」

三人はしばらくその粉塵のもやを眺めていた。

海原「………失敗……でしょうか?」

一番最初に口を開いたのは海原だった。

土御門「……」

結標「……」
三人とも同じ事を考えていた。
麦野の体がアラストルの力に耐え切れず爆発してしまったのだろうかと。

だがその時だった。

粉塵の向こうからヒールの音が響く。

土御門「いや……うまくいったみたいだぜよ」

靄の中から麦野が何事も無かったかのように姿を現した。
右手にアラストルを持ち、左肩からはより一層強く光を放っている巨大なアーム。
全身に纏わりついている青白い光の衣。

そして僅かに赤く輝いている左の瞳。

彼女は口を大きく横に裂き、まるで『悪魔』のような笑みを浮かべ三人へ声を飛ばした。


麦野「さ、行くわよ。楽しい楽しいパーティ会場に―――」



―――

687: 2010/05/17(月) 01:08:46.84 ID:nOTTbJE0
―――


一方その頃。

ヴァチカン、サンピエトロ大聖堂。

現地時間午後一時。

とある大きな礼拝堂の長椅子に、神裂と五和は並んで座っていた。
五和はそわそわと落ち着かない様子だ。

神裂「少し落ち着きなさい」

五和「……は、はい」

二人はイギリス清教側の大使としてここにやってきた。
数日前からイタリア入りし、多くの事務処理を経てのようやくの謁見だ。

神裂「……」

しばらく待っていると、複数の足音が響いてきた。

五和「き、きました!!」

ホールの入り口から数人の従者を引き連れた、枢機卿と思しき老人が進んでくる。

神裂と五和は立ち上がり姿勢を正した。

神裂は落ち着き払う一方で、五和は緊張で更に硬直する。

688: 2010/05/17(月) 01:11:23.23 ID:nOTTbJE0
枢機卿「ようこそ」

枢機卿の老人が神裂へ手を差し出した。

神裂「お招きいただき光栄です」
神裂がその手を握り挨拶をする。

枢機卿「こちらこそ。『天使』とお会いできるとは光栄です」

枢機卿「ささ、そう固くならんで下さい」

神裂「はい」

枢機卿「社交辞令は抜きにして、早速本題に入りましょう」

枢機卿「我等は友です」



「『友』―――ねぇ」



神裂「―――」
その時だった。真横から放たれてきた声。

それは神裂は聞いた事がある声。

忘れるはずが無い。

689: 2010/05/17(月) 01:14:54.06 ID:nOTTbJE0
神裂がその声の方へ振り向く。
5m程離れたところに、イギリス清教の修道服に身を包んだ、高身長のグラマーな女性が立っていた。

黒縁のメガネに口元のほくろ。

色っぽい笑みを浮かべていた。

「時間稼ぎはもういいから」


「グダグダしないでさ、さっさとおっぱじめてくれないかしら」


神裂「―――なっ……!!!」
その姿を見て、その声を聞いて神裂が固まる。

五和「?」

枢機卿「おや、他にもお連れの方が―――」


その瞬間。

大砲が放たれたかのような凄まじい炸裂音と同時に、枢機卿の体が『何か』に弾き飛ばされた。

枢機卿の体は猛烈な速度で長椅子を砕きながら吹っ飛び、
壁に叩きつけられ赤い液体を噴出しながら床に力なく落ちる。

690: 2010/05/17(月) 01:18:05.06 ID:nOTTbJE0
「―――」

その場にいた者が皆、突然目の前で起こった破壊と殺戮で固まる。


「戦争、始めましょ。『イギリス清教』の答えは宣戦布告。わかった?」


イギリス清教の修道服に身を包んだ『部外者』が、枢機卿の従者達へ向け言葉を放った。
枢機卿の従者達がわらわらと慌てて逃げていく。

五和「……な、な―――!!!」

次の瞬間、五和の体が後方へ吹っ飛ぶ。
神裂が五和を突き飛ばしたのだ。

己の刃の間合いから追い出したのだ。


神裂「―――ハァアァァアアアアッ!!!!!!!」
すかさず神裂が踏み込み、七天七刀を神速で抜刀する。


だがその刃は空のローブを切っただけだった。

女は宙を舞い、そして礼拝堂の中央にある高さ5m程の神像の頭の上に着地した。

衝撃で神像の頭部が叩き潰される。

黒いピチピチのボディスーツ、高く結った長いポニーテール。
黒縁のメガネに口元のほくろ。両手には巨大な拳銃。

そして更にヒールと一体化してるかのように両足に取り付けられている巨大な拳銃。
計四丁の銃を装備した、とてつもなくセクシーで妖艶な女。

天井のステンドグラスから差し込む光が女を包み込んでいた。

女が艶っぽい笑みを浮かべ、銃を握ったまま中指を立て、そのまま十字を切る。

そしてその中指を唇に当て軽く舐めた後、
腰をくねらせながら神裂に投げキッスを飛ばした。

691: 2010/05/17(月) 01:20:20.67 ID:nOTTbJE0
神裂「―――」

神像を踏みながら下品に身を捻り、中指で十字を切りその指を舐める。

聖職者からすれば、これ以上無い程の冒涜であり明らかな挑発。


神裂は艶かしい笑みを浮かべている女を睨み上げた。
彼女の頭の中が、この状況を理解するべく猛烈な速度で回転する。


今何が起こった―――?


―――イギリス清教の修道服を着た者がローマ正教の枢機卿を殺害したのだ。

―――そしてイギリス清教の名で宣戦布告をした。


その先起こる事は―――?


神裂「―――テメェエエエエアアアア!!!!!!!!!!!」

憤怒の咆哮が轟く。

神裂の目が激しく金色に光出し、全身からも光が溢れる。
そして抜き身の七天七刀の刃もそれに呼応するかのように青く光り始めた。

礼拝堂全体が激しく震え始める。

神像の上に立つ女はそんな神裂を見ながら、相変わらず笑みを浮かべていた。

692: 2010/05/17(月) 01:22:38.34 ID:nOTTbJE0
五和「―――」

五和が起き上がりながら、右手首に嵌められている銀色のバングル、非常用の通信霊装を起動した。
瞬時にイギリスへの回線が開く。

五和「襲撃!!!襲撃です!!!会談は失敗!!!!敵はh」


神裂「五和ァアアアッ!!退けェッッ!!!!」


その五和の通信を神裂の怒号が遮った。


五和「―――は、はい!!!!!」
五和が慌ててその場から走り離れていく。


神裂は戦うつもりだ。
今ここで退けばもう戦争は回避できない。

ここで戦いあの女を頃し、その屍を晒す。


そしてイギリス清教では無いと言う事を証明する。
この女の言葉はイギリス清教の物ではないという事を証明する。


それをやったところで、もうどうにもならないかもしれない。
だがここで退いてしまえば可能性はゼロなのだ。

僅かでも戦争を回避できる可能性があるのならば賭けるしかない。

693: 2010/05/17(月) 01:24:57.84 ID:nOTTbJE0
「ほんとセクシーな刀ねそれ。燃えてきちゃう」


女が右手に持つ銃でメガネの端をコンコンと軽く叩く。


「ねえ、この間の続きしましょ。もう我慢できないの」


神裂は七天七刀を鞘に納め、体の前に突き出し独特の居合いの構えを取り、
一度目を閉じ深呼吸をして精神を落ち着かせる。

そして目をゆっくりと開き、金色に輝く瞳で再び女を見据える。


神裂「名は神裂火織!!!!」



神裂「魔法名『救われぬ者に救いの手を(Salvere000)』!!!!!!」



ベヨネッタ「ベヨネッタ」



ベヨネッタ「『天使』のアンタを頃し、地獄に叩き込む名」


女が神裂の『宣戦布告』に応じ、名を告げる。

694: 2010/05/17(月) 01:26:25.50 ID:nOTTbJE0
神裂「―――氏になさい」
神裂の右手がゆっくりと七天七刀の柄に添えられた。


ベヨネッタは両手を頭の上に伸ばし、体を見事なS字状にしならせる。


ベヨネッタ「huummmyeah....Let's party. Let's dance. Let's play」


そして甘い吐息を吐きながら、自らの首・胸・腹を上から順に愛撫するかのように撫で下ろした。


ベヨネッタ「Come on Bitch. Sweetie Baby」


撫で下ろし、右手を神裂に向け銃で軽く『手招き』。


それを見て神裂が床を蹴った。
石畳が砕け、爆音と共に『天使』が突き進む。



遂に舞台の幕が上がる。

開演を飾るのは魔女の氏かそれとも天使の氏か。


今ここサンピエトロ大聖堂で、『大天使』と『魔女』が再び刃を交える。



―――

710: 2010/05/20(木) 23:56:56.90 ID:xOClrzs0
―――

ロシア、とある内陸部の巨大な地下ホール。

フィアンマ「…………」
フィアンマは険しい顔で、机の上の通信霊装を睨んでいた。

書物型の霊装に映っているその映像。

光が差し込む礼拝堂で向かい合う『大天使』と『最強の魔女』。

まるで神話のような、正に旧約の一ページを映像化したかのような幻想的かつ荘厳な光景。

だがこれは現実に今起こっている事態だ。
幻想的なのは見た目だけだ。
一度刃が交われば、恐ろしい程の破壊がばら撒かれる。

フィアンマ「……まずいなこれは」

フィアンマにとってあまりにもイレギュラーな事態だ。

今はまだ事を起こすタイミングではない。
依然、準備は整っていないのだ。

先に禁書目録を使って己の力を安定させた後に始めるつもりだった。

この会談だって時間稼ぎの一つだった。

だがこの魔女の乱入。
魔女の最終目的はわからないが、とにかく戦争を誘発させようとしているらしい。
そしてその目的はフィアンマにとっては迷惑な話だが達成されるだろう。

ここまでの事態となってしまえば、さすがのフィアンマでも抑えこむことができない。
今まで彼が抑えていたローマ正教・ロシア成教のタカ派は確実に噴火する。

魔女が介入してきた事により、天界も号令を発するだろう。

イギリス清教の『天使』はどうやらまだ諦めてはいないようだが、
どう見ても開戦はもう避けられない。

711: 2010/05/21(金) 00:00:55.64 ID:W6j0Q8k0
フィアンマ「仕方ないな……」

この巨大な流れはフィアンマでも止められない。
一度動き始めたら、その流れに乗るしかないのだ。

彼は机の上にあるもう一つの書物型の通信霊装を開いた。

フィアンマ「アリウス」

アリウス『……どうやら時が来たようだな』
通信霊装から低い男の声が響く。

どうやらアリウスもヴァチカンの状況を把握しているらしい。
それなら説明する必要は無い。

フィアンマ「計画を少し変更する」

アリウス『……』

フィアンマ「俺様は禁書目録を取りに行く」

アリウス『……その必要は無いのではなかったか?』

フィアンマ「気が変わった」

アリウス『好きにしろ。俺はフォルトゥナに行く。「エサ」を取りにな』

フィアンマ「最初にそれか?」

アリウス『先日、魔女がスパーダの孫に接触した。フォルトゥナに帰られて守りを固められでもしたら手が出せなくなる』

フィアンマ「本当に大丈夫か?」

アリウスの言う『エサ』。それを一旦奪ってしまえば、もう後には引けない。
少なくともスパーダの孫は氏に物狂いでこちらに向かってくる。
まあ、そうさせておびき出す為の『エサ』なのだが。

だが、準備がまだ整っていない今は少し危険な気がする。

712: 2010/05/21(金) 00:03:12.99 ID:W6j0Q8k0
アリウス『迷っている暇は無い』

フィアンマ「……今行くのか?」

アリウス『なんだ?ここに来て腰が引けたか?小僧』

フィアンマ「ふん……俺様を誰だと思ってる」

アリウス『ならばさっさとロシアとフランスに命を下せ。さっさと宣戦布告しろ』

フィアンマ「ああ」

アリウス『ヘマはするな。ミスが一つでもあれば我々は共倒れだ』

フィアンマ「わかってる」

フィアンマはやや乱暴に通信霊装を叩き、アリウスとの通話を切った。

そして通信霊装の横にあった遠隔制御霊装を手に取り、
ゆっくりと優雅に立ち上がった。


フィアンマ「では……少々予定が繰り上がったが……」


フィアンマの力を帯びて遠隔制御霊装が淡く光る。
同時に彼の背中からオレンジ色の光が放出され始めた。


フィアンマ「早速『迎え』に行くとするか」


―――

713: 2010/05/21(金) 00:04:46.12 ID:W6j0Q8k0
―――

事務所デビルメイクライ。

上条「ふう……」
上条は頭にタオルをかけたままバスルームから出た。

そのまま髪を軽く拭きながらホールの中を進みソファーの方を見た。

上条「……あれ?」
さっきまでソファーに寝ていたはずの御坂の姿が無い。

ふと気付くと、何やらおいしそうな香りが漂ってきた。

上条「?」

とその時、二階から物音。
そして階段の上の方から御坂がヒョコッと顔を出した。

御坂「今朝ご飯作ってるから~。待ってて」

上条「お、おう!」

そのいつもの御坂の笑顔を見て一瞬慌てる。
さっきあんな事があったばかりだ。
何となく御坂と目を合わせ辛い。

御坂「どうしたの?」

上条「いや、なんでもねえ!今行くよ!」

715: 2010/05/21(金) 00:07:39.94 ID:W6j0Q8k0
上条は髪を適当に拭きながら階段の方へ向かった。
とその時、ホールの中央に金色の円が浮かび上がった。

上条「あ……」

その円から、見るからに不機嫌そうなトリッシュと、全身ずぶ濡れのややテンションが低いダンテが姿を現した。
トリッシュの右手には黒い小銃。

上条「お、お~おかえり。どうだった?」

トリッシュは上条を見ると、その問いを無視して真っ直ぐに早歩きで向かってきた。
そして乱暴に上条の胸ぐら左手で掴み、強く引き寄せた。

上条「うぉんぐッ!!!!な、なにをッ!!!」

驚異的な腕力に半ば持ち上げられ、上条はつま先立ち状態になる。
トリッシュは目を見開き、そんな上条の顔を覗き込んだ。


トリッシュ「何したのアナタ?」


そして一言。
鋭く冷たい声。

上条「……!!!い、いやぁ……その……」

トリッシュが何に対してそう言っているのか、上条はすぐにピンと来た。
逐一細かく上条の力を見ているトリッシュが、ほんの僅かな力の異常を見過ごすはずも無いだろう。

ダンテは無言で服を脱ぎ散らしながら、スタスタと二人の横を通ってバスルームに直行していった。

716: 2010/05/21(金) 00:15:33.86 ID:W6j0Q8k0
上条が簡単に昨晩の事を説明する。
エンツォからの依頼であり、すぐに退治しなければ人が氏んでいたと言う事を。

トリッシュ「………」

上条「す、すまん………言いつけ守んなくて……」


トリッシュ「そう……いい根性してるわね坊や」


トリッシュは胸ぐらを掴んでいた手を離した。

突然縛から解放され、上条は尻餅をついてその場に転んだ。

上条「いッ……本当にすまん!!!この通り!!!」
上条はすぐさま体勢を立て直し、その場で非の打ち所が無い完璧な土下座をした。

上条「本っっっっ当にすみません!!!!!!ごめんなさい!!!!!」


トリッシュ「……お疲れ様。問題は無いわね」


上条「………へ?」
素っ頓狂な声をあげ、トリッシュを見上げた。
上条はてっきりまた何か酷い目に合わされると思っていたのだ。

トリッシュ「ま、その状況じゃ仕方なかったでしょ」

717: 2010/05/21(金) 00:18:56.30 ID:W6j0Q8k0
トリッシュ「逆に、動いてなかったらダンテに八つ裂きにされてたわよ。坊や」

トリッシュ「とにかく、あなたの取った行動は正しい」

上条「……お…おお」

トリッシュ「でしょ!!!?」

トリッシュがバスルームの方へ叫んだ。
すると、

ダンテ「まぁな!!!問題は無え!!!文句はあるがな!!!!!」

とダンテの返事が帰って来た。

ダンテにとって獲物を横取りされるのは許し難いが、
人間の命が当然最優先だ。

トリッシュ「ま、見たところあなたにも異常は無いし、問題は一つも無いわね」

トリッシュ「さっさと立ちなさい」

トリッシュが上条の背後、階段の方を指差した。

上条が振り返ると、階段の中程のところにエプロンをつけた御坂が笑顔で立っていた。

トリッシュ「ほら、朝食食べたら出発するわよ」

トリッシュが上条の肩を軽く叩き、
そのまま横を通って地下室へ続く階段の方へ向かっていった。

上条「おう!」

718: 2010/05/21(金) 00:24:06.10 ID:W6j0Q8k0
上条は素早く立ち上がると、階段を駆け上がっていった。

上条「おっと……」
廊下に出て、走りかけたところでふと自室の前で立ち止まる。

そろそろインデックスに電話する時間だ。
携帯は確か自室のベッドの上に置いてある。

だが今電話してもし長引いたりでもしまったら、
朝食を待っていてくれている御坂に迷惑をかけてしまう。

上条「……先に飯にすっか」

もう数十分で会えるのだ。
予定が押しているのにわざわざ電話することは無いだろう。

上条は御坂が待っているキッチンの方へ向かっていった。


その一分後。


上条の部屋のベッドに置かれている携帯が激しくバイブしていた。

着信表示は―――


―――『インデックス』。


だが彼女がかけてたのではない。

彼女を護衛していた少年がかけていたのだ。


護衛すべき少女の身に突如降りかかった禍を報せる為に。


―――

上条修行編    おわり

720: 2010/05/21(金) 00:28:20.43 ID:W6j0Q8k0
勃発・瓦解編

―――

遡ること数分前。

学園都市。第七区。
上条宅。

一方通行は上条宅の扉の前にいた。

一方「クカカ……ハハッ…」
不気味な笑い声を立てながら、携帯をポケットに押し込んだ。
土御門・麦野と通話していたのだ。

この会話を当然インデックスに聞かせるわけにはいかない。
ということでこうして外で話していたという訳だ。

一方通行「メルトダウナーねェ……気に入ったぜェ。イイ女じゃねェか……カカカ…」

ゆっくりと振り向き、杖を突きながら扉を開け屋内に戻る。

禁書「お友達?」

ベッドに寄りかかりながらテレビを見ていたインデックスが声を向けた。

一方「………そンなところだ」

一方通行は適当に返事をし、靴を履いたまま玄関に座った。

723: 2010/05/21(金) 00:31:17.67 ID:W6j0Q8k0
一方「つーかもうそろそろだろ?なンか連絡とかねェのか?」

禁書「ないんだよ~」
インデックスがテレビを見ながら返事をする。

一方「ハッ……呑気な野郎だ…」

禁書「待つんだよ。我慢した分楽しみも増えるんだよ!」

禁書「とうまも……………」

とその時だった。
インデックスの言葉が急に止まった。

まるで時間が止まったかのように硬直し、瞬き一つすらしない。
口も最後に放った『も』の形で止まったままだ。

一方「……おィ―――」

一方通行が声をかけようとした瞬間。


一方「―――」


妙な感覚。

ここ一帯の空気の質が瞬時に変わった。
異質な『何か』がこの部屋に充満している。
それが肌に当たり、チリチリと音を立てているような感覚だ。

一方「―――」

彼の数々の氏線で鍛え上げられてきた勘が叫ぶ。


『何かが起こった』と。

725: 2010/05/21(金) 00:35:20.98 ID:W6j0Q8k0
一瞬で一方通行の目つきが変わる。

異変を感じ取った彼は、立ち上がりながら素早く首元のチョーカーに手を伸ばしスイッチを入れた。

能力が起動し、周囲の力場の状態を調べてみようとした矢先―――

―――固まっていたインデックスが横向きに床に倒れ込んだ。

一方「―――おィッッッ!!!!!」

杖を放り投げ、当然土足のままで一目散にインデックスの所へ駆け寄った。

一方「どォしたッ!!!!!??おィ聞こえるかァ!!!??」

床に横たわっているインデックスは、さっきまでの人形のような様子とは打って変って、
全身から汗を噴出して苦しそうに激しく呼吸をしていた。

一方通行の声を聞く余裕すら無いのは一目瞭然だ。

一方「――――」

そのインデックスの姿を見て、過去の記憶が脳裏に鮮明に呼び起こされる。

ウイルスに犯され、凄まじい負荷を受けて苦しんでいた打ち止めの姿が。

その映像が、今この目の前の少女と重なる。



一方「(――――ざっっっっっけンじゃねェぞッ!!!!!!!!!)」

726: 2010/05/21(金) 00:44:58.65 ID:W6j0Q8k0
上条と約束した以上、何が何でも対処しなければならない。

そしてこの少女の症状。

苦痛に呻く姿。

その姿が打ち止めと重なり、一方通行を更に強く突き動かす。


絶対に、どんな手を使ってでも救わなければならない と。


一方「(そォはさせねェ!!!!させねェぞこンチクショウが!!!!)」

一方通行は右手を少女の額にかざし、
能力を使用してバイタルチェックをする。

一方「(こィつは……!!!!)」

少女の内部に渦巻く力を検知した。
どうやらこれが諸悪の根源らしい。

能力を集中させ、さらに詳細にチェックする。

その力の『外側』の部分は一方通行にも何とか干渉できるモノのようだ。

一方「………シッ……」

いける…! そう心の中で呟く。

未知の力だが、解析すればある程度操作できるだろう。
上手くいけば囲い込んで遮断し、外へと排出させる事も可能かもしれない。

―――と思ったのも束の間だった。

727: 2010/05/21(金) 00:47:53.35 ID:W6j0Q8k0
一方「……な、なンだこりゃァ………」

その力の核の部分を見て一方通行は思わず声を漏らしてしまった。

核を構成している力の性質。

それは一方通行の手には負えない代物だった。何度も経験済みだ。
この系統の力で二ヵ月半前も氏に掻けた。


悪魔が使う、彼が干渉できない力だ。


存在や量・強さ等の『外身』はなんとなくわかるが、
その本質の部分はどうやっても見えないのは経験済みだ。

演算し操作するなどもっての他だ。


一方「―――クッソ!!!!!!チクショウがッ!!!!!」


一瞬差した希望の光は一瞬で消滅した。
根源は排除できない。

一方「(考えろ―――!!!他には!!!!)」

一方通行は何とかして他の切り口を探そうと、
今度はインデックスの脳内電流に能力を集中させる。

728: 2010/05/21(金) 00:52:10.38 ID:W6j0Q8k0
そして読み取ろうとした瞬間。

一方「がッ!!!!!!!!!」

強烈な『何か』が一気に一方通行の頭の中へ流れ込んできた。

その『劇薬』は凄まじい頭痛を引き起こす。
あまりの痛みに一方通行は両手で頭を抱え込んでしまった。

一方「な………!!!!」

能力による検査を中断した瞬間痛みは治まった。

理由はわからないが、この少女の脳内を『見る』のはかなり危険らしい。
あのまま見続けていたらこちらの頭がどうにかなってしまいそうだ。

一方「………チッ!!!」

一方通行は右手で素早くインデックスを抱き上げると、ベッドの方に左手を向けた。

ベッドの上にあったインデックスの携帯が吸い寄せられるように飛び、彼の左手に収る。

そして能力を使い素早く立ち上がり窓へと突進する。
道を開けるかのように窓が吹き飛び、インデックスを抱いた一方通行が弾丸のように射出された。


今ここでできる処置は無い。

目指すはとある病院。

最後の頼みの綱、『冥土帰し』の下へ。

彼は夜空を突っ切って真っ直ぐに進んで行く。

729: 2010/05/21(金) 00:59:10.70 ID:W6j0Q8k0
一方通行はインデックスを抱えたまま、砲弾のように夜空を猛烈な速度で切り裂いていく。
日が沈んだばかりの空は、地平線の彼方がまだ僅かに赤く燃えていた。

一方通行は左手にあるインデックスの携帯を操作する。
もともと登録されている件数はかなり少なかったため、目当ての番号はすぐに見つかった。

『とうま』と表示されている番号をダイヤルする。

だが出ない。

一方「何してやがンだ三下ァ!!!!!!」

インデックスはぐったりと力なくうな垂れている。
小刻みな呼吸、汗が噴出している顔。

その姿が更に一方通行を焦燥させる。


一方「出ろ!!!!出ろやァァァァァ!!!!!!!」


その時だった。


一方「―――」


彼の能力が真後ろから来る、巨大な『攻撃性』を感知した。

そして次の瞬間、背中の反射膜に、
どこからか放たれてきた衝撃波のような攻撃が直撃する。

730: 2010/05/21(金) 01:02:15.24 ID:W6j0Q8k0
一方「チッ!!!」

かなりの力であり、そして未知の物でもあったが反射は何とか機能した。

だが解析しきっていないので正確には反射できなかったようだ。
爆音を響かせながらその『衝撃波攻撃』が、虹のようなカラフルな光に姿を変え無軌道に拡散した。

空で受けたのが幸いだ。
地上ならば、周囲一帯を破壊してしまっただろう。

一方「ッ―――!!!!」

一方通行はそのまま下の道路に着地した。

時刻はまだ午後六時。
それにここは学生寮が集中している第七学区。

通行人や、通りを行きかう車はまだまだ大量にあった。

爆音に次いで突然空から降ってきた、
少女を抱える白髪の少年に驚き通行人達が驚きの声を上げた。


一方「何見てやがンだァ!!?失せやがれ!!!!!!」


一方通行が声を張り上げ、続けて足元のアスファルトを能力で捲り上げる。
それを見て通行人達が慌てて離れていく。

731: 2010/05/21(金) 01:05:00.15 ID:W6j0Q8k0
一方「(どこだァ……どこにいやがる!?)」

周囲を見渡し、襲撃者の姿を探す。

このタイミング。
今抱きかかえている少女の状況と何か関係がある可能性が高い。
無視して病院に向かうのはマズイ。
後を追われ、施設ごと破壊されでもしたら治療どころではなくなる。


一方「カッ!!!!来いやァ!!!!ビビッてンのかァッ!!!!!!」


姿を見つけれず、苛立つ一方通行は声を張り上げた。


「なるほど」


その時、背後から声。

一方通行は勢い良く振り向いた。
彼から30m程離れた路上に立つ華奢な優男。

オレンジのストライプのスーツに、男にしては長めの赤い髪。
両手をポケットに突っ込んでいる。


「確かに『境界』は越えているな」


優男が独り言のように呟き、
高慢な笑みを浮かべながらゆっくりと歩を進めてくる。


一方「テメェかァァァ?!!」


一方通行は目を見開き、凄まじい敵意と殺意の篭った瞳で優男を見据えた。

732: 2010/05/21(金) 01:06:24.52 ID:W6j0Q8k0
「その子を渡してくれないか?」

一方「……ハッ…そォいう事か…」

優男が放ったその言葉。
この少女の症状と何か関係があるのは確実だ。

木原の時の様に、この少女を救う何らかの手段を知っている、もしくは持っているのかもしれない。

ならば手早く戦力を削いで生け捕りにするのが最適だろう。

頃すのはその後だ。


一方「生憎だが、断わン―――」


一方通行が軽く左足を振り。


一方「―――ぜェ!!!!!」


そして先ほど捲りあげたアスファルトの破片を一つを蹴り飛ばす。

破片は一瞬で音速の数倍にまで加速され、
摩擦熱で眩く輝きながら優男へと突き進んでいった。

光の矢が優男の左足の膝辺りに直撃し、大爆発を起こす。

地響きが起こり、衝撃波で周囲のビルの窓ガラスが砕ける。

だが被害を最小限にする為の一方通行の操作により、
ガラス片や瓦礫は飛び散ることなくその場に落ちた。

733: 2010/05/21(金) 01:09:00.72 ID:W6j0Q8k0
轟音が響き、逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえる。
破壊は最小限に食い止めた為、少なくとも氏者は出ていないだろう。

そしてこの爆音と地響きにより、周囲の一般人は皆逃げていくはずだ。

一方通行は軽く足で地面を叩く。
するともうもうと立ち込めていた粉塵が『割れ』、一気に晴れ上がった。

一方「……チッ」

優男は先と同じく悠然と立っていた。
足元の地面は大きく抉れているのに、優男には傷一つ、汚れ一つ無い。


「やはりな……では力ずくで貰おうか」

優男が薄い笑みを浮かべ、口を開いた。


「……そうだ、まず自己紹介でもしよう。一応の礼儀だ」


「俺様はローマ正教『神の右席』」



フィアンマ「右方のフィアンマだ」



一方「ハッ。ゴミクズの名前なンざいちいち覚えてらンねェンだ。こちとら脳ミソに余裕がねェンでなァ」


フィアンマ「心配しなくても良いさ。いくら脳ナシとは言え『最期』に聞く名ぐらいは覚えられるだろう?」


フィアンマ「お前はここで氏ぬのだからな」


一方「カッ!!上等だぜェ!!!!やってみろやカマ野郎ォッ!!!!!!」


―――

738: 2010/05/22(土) 23:35:14.20 ID:Bc16/PE0
―――

イギリス。

バッキンガム宮殿の一室。

エリザード「……なるほど…」

女王エリザードは椅子の手すりに右肘を付き、頬杖をしながら神妙な面持ちで呟いた。
彼女の前の机の前には、二つの書物型の通信霊装が置かれていた。

片方には、外見は18歳程の美しい金髪の女性、最大主教ローラ=スチュアート。
そしてもう片方には、五和から送られてきたヴァチカンの画像が映っていた。

七天七刀を構え力を解放して全身から光を放出している神裂、その正面の神像の上に立つポニーテールの女。
神裂の証言、更に今この瞬間の彼女の様子を見る限り、先日の聖ジョージの襲撃犯で間違いない。

そして。

エリザード「……魔女だな」

証言からでも薄々感付いていたが、実際に映像を見てエリザードは確信した。

あの装束。
あの武装。

間違いない。


あの女は『アンブラの魔女』だ。


エリザードは魔女の事を『良く知って』いる。
実際に会ったことも『数え切れない』くらいある。

739: 2010/05/22(土) 23:38:09.29 ID:Bc16/PE0
とはいえ、神裂が今向かい合っている魔女にはエリザードは会ったことは無い。
エリザードが会ったことのある魔女は別人だ。

エリザード「……で…間違いないのだな?」

エリザードはもう片方の通信霊装へ向けて、口を開いた。

ローラ『もちろん。本人でありけるのよ』


ローラ『ジュベレウスを屠った者』


通信霊装の向こう側の美しい女性は、いつも通りの余裕が溢れる態度を崩さずにあっさりと返答した。

エリザード「……」


エリザードよりも魔女という存在を『良く知っている』最大主教が言うのならば間違いは無い。


かの魔女はつい先日、天界で最上位に位置する四元徳を片っ端から打ち倒し、
そしてその四元徳の長であるジュベレウスをも倒したのだ。


つまり、所詮一介の『天使』である神裂に勝ち目はない。

どう足掻いても。


神裂というイギリスの最大戦力の一つを守るには、一刻も早く支援を送り脱出させるしかない。

彼女を救うにはステイルを送るしかない。

だが相手が相手だ。

二人とも狩られてしまう可能性が高い。
今の時点で、最大戦力を二つ失うのはイギリスにとってあまりにも痛すぎる。

エリザード「……」

740: 2010/05/22(土) 23:43:30.70 ID:Bc16/PE0
五和からの通信があった直後に、ステイルを『搭載』した弾道ミサイルがアイリッシュ海の原潜から放たれた。
十数分後にヴァチカンに着弾するだろう。

そして、襲撃犯がかの魔女だという事がわかったのはその発射の一分後だ。

五和から画像が届き、魔女を『知っている』最大主教がその顔を確認する頃には、
既にステイルはフランスの遥か上空の大気圏外を秒速7kmで飛んでいたのだ。

もう遅い。

ステイルが載っている弾頭を撃墜するという案も出たが、
(少なくともステイルは氏なない。しばらくは弾頭の破片と共に地球を周回する為、帰還には時間を有するだろうが)
今やフランス上空であり、魔術もミサイルも射程外だ。

ステイルは確実にヴァチカンへ、あの『怪物女』の前に立つ事になってしまう。
そしてそのまま神裂と共に喰われ、イギリスは一瞬で二つの切り札を失う事になるかもしれない。

このままだとマズイ。

あの二人の存在がローマ正教・ロシア成教に対する抑止力にもなっていたのだ。
兵の数こそは少ないものの、戦力のみならばイギリスは優勢だった。

だがその優位性が瓦解する。

エリザード「……んむむむ…」

エリザードは重苦しい表情で言葉にならない呻き声を上げた。

ローラ『……』

通信霊装に映るローラは、相変わらずいつも通りの穏やかな表情でただ黙って待っていた。


エリザード「……一つ。『友』として頼みがある」

エリザードが通信霊装に映る美しい女性に向けて口を開いた。

741: 2010/05/22(土) 23:52:16.63 ID:Bc16/PE0
エリザード「これは命令では無い。『頼み』だ。聞いてくれるかな?」

ローラ『聞きたるわよ』

ローラがニコリと笑い返答する。
まるでエリザードがこれから言う事をもう知っているかのような顔だ。

エリザード「……そなたの『手』を借りたい」

ローラ『それは「最大主教」として?」


エリザード「いや、『ローラ』。そなた『自身』の手を借りたい」


ローラ『なるほどなるほど……あの「力」を使って欲したりけるのね』

ローラはわざとらしく うんうん と小さく相槌を打つ。


エリザード「……うむ」


ローラ『良きよ。私に任したるの』


エリザード「……」


ローラ『ただ、一つ良きかしら?相手が相手。二人共救えるとは限らぬのよ』


ローラ『それにそもそも「コレ」はいずれやって来る、「あの子」の封印を解く時の為に残したる物』

ローラが画面の向こうで、己の長い長い金髪の一房を手に取り、
エリザードに見せびらかすように振るう。


ローラ『今回の為に全力行使するわけにはいかぬのよ』


エリザード「かまわん。少しでも良いから手を貸してくれ」

ローラ『よし、ではその頼み、しかと受けたるわ』

742: 2010/05/22(土) 23:58:58.46 ID:Bc16/PE0
その時、エリザードがいる部屋の外から何やら騒ぎが聞こえてきた。

エリザード「む……」

ローラ『あら、わんぱく坊やが来たるのね?嫌われ者はお暇させて頂きけるの』


ローラがひらひらと手を振る映像の後、通信霊装の回線は切断された。

その僅か数秒後、この部屋のドアが今にも蝶番が弾けそうなほどに勢い良く開け放たれ、
険しい表情のネロがズカズカと踏み込んできた。


ネロはコートをなびかせ、エリザードの元へ真っ直ぐに早歩きで近付いてくる。
先ほどの部屋の外の騒ぎは衛兵とのものだろう。
いつもの事だ。

ネロ「ヴァチカンは?!状況はどぉなってやがる!?」

ネロが興奮を隠そうともせずに叫び、エリザードの前の机に叩きつけるように手を載せた。

エリザード「うむ……それなのだがな……」

エリザードは背もたれから体をゆっくりと起こし、言葉を選びながら状況を説明しようとした―――

―――矢先だった。

「ネロ殿!!!!」

開け放たれた扉の向こうで、フードで顔を隠した黒装束の一人の魔術師が息を荒げながら屈んでいた。
陛下の御前という事もあってか、床に膝を付き顔を伏せている。
急いでネロの後を追ってきたのだろうか、肩が激しく上下していた。

「緊急のお、お報せが!!!!」

ネロ「チッ―――うるせぇ!!後にしろ!!」

ネロは振り返りもせずに叫んだが―――。


「で、ですが!!!!ふ、フォルトゥナの件でして……!!!!」


その後に続いた言葉で勢い良く振り向いた。

743: 2010/05/23(日) 00:04:26.72 ID:Cbw1e8s0
ネロ「―――言え」


ネロがその魔術師を真っ直ぐに睨み、小さな、だが重く響く威圧的な声で呟いた。

「あッ……」

その凄まじい威圧感で一瞬魔術師はどもってしまったが、なんとか言葉を続ける。
この状態のネロに言うのはかなり勇気の入る内容だが。

「さ、先ほど、ふ、フォルトゥナから緊急通信がありまして……」


「大量の悪魔に襲撃されたと……」


ネロ「…………あ?」


ネロの放つ空気が一変する。
エリザードでさえ、その強烈な悪寒で体が固まり鼓動が早まった。

不気味な沈黙が部屋全体を覆い尽くした。

エリザード「……確かか?」

エリザードがその深く顔を伏せている魔術師へネロを挟んで声を飛ばした。

「は、情報部からの報告も届いております。こ、こちらに」
魔術師が立ち上がりおずおずとネロとエリザードの方へ進む。

そしてローブの袖から数枚の写真を取り出しネロに差し出した。
ネロはそれを乱暴に奪い取り、ジッと見つめた。

それはフォルトゥナを捕えた衛星写真。

彼の故郷の街が大量の粉塵で覆われていた。

744: 2010/05/23(日) 00:10:12.95 ID:Cbw1e8s0
粉塵の隙間からは倒壊したと思しき建物が見える。

ネロは顔を近付け、愛する者がいるはずの自宅を探す。
だが粉塵の陰に隠れていて見えない。

ネロの手に力が入り、写真に皺が寄る。


エリザード「良いぞ。下がれ」


エリザードが、憤怒するネロに怯えている魔術師に声を放つ。

魔術師は逃げるかのように足早に退室していった。

ネロ「……」

ネロが無言のまま、持っていた写真を床に放り投げた。
彼から放たれているオーラは更に強烈になっている。

それを至近距離で浴び、エリザードは己の全身から嫌な汗が噴出すのを感じていた。
心なしか、バッキンガム宮殿全体がネロの放つオーラで微振動しているように感じる。

いや、実際にこの宮殿に張られている結界が反応しているのだろう。

耐性の無い一般人なら一瞬で気を失ってしまうかもしれない。
それ程にネロの体から溢れる空気は凄まじかった。


今、このスパーダの孫は逆鱗している。


誰が見ても一目瞭然。
完全にブチ切れている。

エリザードは今にも爆発しそうな超新星の前にいるようなものだ。

745: 2010/05/23(日) 00:14:11.10 ID:Cbw1e8s0
エリザード「……契約は……解除しよう。そなたは自由だ」
エリザードが恐る恐る口を開いた。


ネロ「―――当たり前だ」


ネロがエリザードの方を見もせずに背中越しに返答した。
やや語気が荒く、脳内に直接響いてくるような声。
その一言を聞いただけで、寿命が10年縮んでしまったのではないかと思ってしまう程の強烈な威圧感。


ネロ「達者でな」


ネロはコートをなびかせ、足早に部屋から出て行った。
彼が一つ歩を進めるたびに、地響きのような音がして建物全体が僅かに揺れる。

今度は気のせいではなく、本当に確実に揺れたのだ。


エリザード「ふ~~……なぜこうも我が治世に……」

エリザードは背もたれに力なく体を預けながら、大きく息を吐き呟いた。


エリザード「……この件が終わったら隠居してやる。絶対にだ。誰にも文句は言わせぬぞ」


イギリス王室史上、一・二位を争うかという程の苦難の女王は、
遠ざかっていく『巨獣』の足音に耳を傾けながら天井をぼんやりと眺めていた。


だが、女王エリザードの苦難はまだまだ始まったばかりだ。

越えなければならない針の山はまだまだ眼前遥か彼方まで連なっている。

―――

746: 2010/05/23(日) 00:21:33.32 ID:Cbw1e8s0
―――

聖ジョージ大聖堂の薄暗い一室。

時代を感じさせる古い石壁を蝋燭の淡い光が照らしている。

最大主教、ローラは小さな木作りの机の上にあった通信霊装をゆっくりと閉じた。


ローラ「………さて……早速点検でもしたるか。錆付いておらぬかな」


座っていた椅子からゆっくりと立ち上がり、髪留めを外す。
身長の2.5倍もの長さがある金髪がふわりと解放され、大きくなびいた。

ローラ「今から如何なる者も通すな」

ローラがその長い長い髪を手櫛でゆっくりと梳きながら、声を放つ。

『はッ』

どこからともなく従者の声が返ってきた。

ローラ「あ~それとな、今から異常な『力』を検知したると思うが、それは私だから心配は無きよ」


『……りょ、了解』


ローラ「……さて上手く動きたるかどうか…な…」

一通り梳き終え、ポツリと呟く。


良く手入れがされた、美しい長い長い金髪。


この長い長い『髪』が彼女の武器であり、彼女の真の『姿』の象徴。

他は全て飾りだ。
天界の力を使う魔術も、この最大主教という地位も。
全ては彼女の長きに渡る人生を隠す仮初の姿に過ぎない。

747: 2010/05/23(日) 00:24:27.38 ID:Cbw1e8s0
ローラ「……どれどれ…試してみたるのよ」

目を瞑り、背筋を伸ばして深呼吸。

そして。


ローラ「MICMA」


エノク語で一言。


その瞬間、彼女の長い髪が突風に吹かれたかのように大きくなびき、
同時に眩く金色に輝き出した。

そして彼女の前方2m程の床に金色の魔法陣が浮かび上がり、
そこから金色の髪の毛が大量に噴出すように生えて来た。


大量の髪の毛が床の魔法陣から生えてくる。
そしてその金の繊維の網のの中に、高さ3m程、幅1.5m程の巨大な釣鐘型の黒い金属の塊が出現した。

頂上部には不気味な顔の彫刻。
円筒部には取っ手の様な物。

魔術に携わるものなら、これが何なのかは一目でわかるだろう。


拷問具、『鉄の処O』だ。


ローラ「ふむふむ。なかなかなかなか。上々上々」

ローラが己を賞賛するかのように軽く拍手した。

748: 2010/05/23(日) 00:26:09.56 ID:Cbw1e8s0
ローラは軽く床を足で叩いた。

次の瞬間、『鉄の処O』は魔法陣の中に沈み、大量の金髪も逆再生でもしているかのように沈んで行き、
そして魔法陣は消えた。

同時にローラ自身の髪の毛もその光が収まっていた。

ローラ「……久しいのよ…」
椅子にゆっくりと腰掛け、再び己の長い長い金髪を梳きながら呟いた。


この力を使うのは『幾百年振り』だろうか。


ローラ「……」

髪を梳きながら過去の記憶に耽る。

恐るべき戦いで氏んでいった母と父。
氏んでいった多くの同胞達。

その後は身分を隠し、己の心の姿を闇に隠しながら生きてきた。
かけがえの無い存在を封印し、敵の目から隠してきた。

そして、いつかの日か禍から解放されるのをずっと待ち続けてきた。

そして今。

確かに時代が変わりつつある。

今が『その時』なのかもしれない。


ローラ「懐かしけるのよ……のう?」



ローラ「―――『セレッサ』よ」



―――

749: 2010/05/23(日) 00:30:59.84 ID:Cbw1e8s0
―――


ヴァチカン。
とある礼拝堂。

ベヨネッタ「―――」
ベヨネッタは神像の上でふと顔を上げた。

今、名前を呼ばれた気がしたのだ。
それもやけに懐かしい声で。

だが考えるのは後にした方が良さそうだった。


天使化した神裂が床を蹴り、猛烈な速度で突進してきているからだ。


神裂『シッ!!!!!』
神裂は神速で七天七刀を抜刀し、ベヨネッタの喉元目がけて横一閃に振るう。

だがベヨネッタは大きく仰け反り、軽々と交わす。
彼女の鼻先僅か数cmのところを青い刃が通過していく。

その刃から放たれた剣風が、ベヨネッタの背後の礼拝堂の壁に甲高い音を立てて筋を刻む。

ベヨネッタ「HA!!!!!!!!」

ベヨネッタが仰け反る慣性を利用し、刀を振り切った神裂の顎目がけて下から右足を振るう。
だが神裂は瞬時に反応し、鞘を持っている左腕を突き出す。

750: 2010/05/23(日) 00:37:04.96 ID:Cbw1e8s0
神裂の胸元で、凄まじい轟音を響かせながら彼女の左肘とベヨネッタの蹴りが激突する。
蹴りが顎に直撃するのは防いだ。

だが。

神裂『―――』

胸元の辺りで止めたため、ベヨネッタの左足に付いている銃口がちょうど神裂の心臓辺りに向く。

神裂『ハァ―――!!!!』

危険を感じ、咄嗟に左手に持っていた鞘でベヨネッタの足を右側に弾く。
一瞬遅れて、ベヨネッタの左足から驚異的な破壊力を秘めた魔弾が放たれた。

その魔弾は神裂の右わき腹の光の衣をかすり、そしてそのまま背後の壁をぶち抜いた。


弾きかわすと同時に神裂は右手に持つ七天七刀を返し、
仰け反っているベヨネッタの腰の辺り目がけて振りぬいた。

ベヨネッタ「Hu!!!!!」

ベヨネッタが左足を強く踏み込んでバック転し、その刃を跳ねてかわす。
踏み台となった神像が爆散する。

そしてバック転しつつ両足から大量の魔弾を神裂に放つ。

神裂はかわし、七天七刀で弾きながらその嵐をいなし、
鞘を放り投げると左手を突き出しゴッドブリンガーの拳を放った。

神裂『ハァアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!』

渾身の力を篭めて叩き込む。


しかし。


ベヨネッタ「Too late!!!!!!!!!!」

751: 2010/05/23(日) 00:45:14.99 ID:Cbw1e8s0
神裂『―――』

その拳は当たらなかった。

ベヨネッタが叫ぶと同時に、彼女の姿が残像となる。

天使化している神裂ですら、微かに黒い影を捕えることしかできない程の猛烈な速度。


神裂『な―――』


神裂『ツッ―――!!!!!』

それは一瞬だった。
ゴッドブリンガーの拳が壁に食い込み、その衝突エネルギーが伝わって破片を『生み出す』までの極僅かな瞬間。

ベヨネッタ「―――Ya!!!!!!Ha!!!!!Ha!!!!YeaaaaahAAAA!!!!Ha!!!!!!」

その間に無数の光の筋が神裂へ向けて走り、大量の魔弾が彼女の体に叩き込まれた。
何とか反応して七天七刀で捌こうとするも、弾けたのは一割程度。

残りは全て神裂に直撃した。

神裂『―――ッガァアアアア!!!!!!』

ようやくゴッドブリンガーの拳を受けて壁が砕かれる。
それと同時に猛烈な散弾を浴びた神裂が後方へと大きく吹っ飛ばされ、反対側の壁に叩きつけられぶち抜く。


吹っ飛ばされた神裂の体が壁を何枚も貫いてく。

そして彼女の視界が急に晴れた。
建物を何個も貫き神裂は、ヴァチカンの顔でもある広大なサンピエトロ広場に出たのだ。

神裂『カァッ!!!!!!』

ゴッドブリンガーを地面に突き立て、ブレーキをかける。
金色の巨大な拳が石畳に食い込み、捲りあげていく。

そしてある程度減速したところでそのゴッドブリンガーで跳ね、
広場の外円部に聳え連なっている列柱廊の上に着地した。

752: 2010/05/23(日) 00:53:57.84 ID:Cbw1e8s0
広場を囲むように聳える列柱廊。
屋根には、等間隔で140体の聖人像が並んでる。

その聖人像の間に神裂は屈んでいた。

神裂『くッ……』

一瞬で大量の魔弾を浴びたが、何とか無事だ。
傷も瞬時に塞がり、剥ぎ取られた光の衣もその厚みを戻す。

神裂はゆっくりと立ち上がり、今自分がぶっ飛んできた方角の列柱廊を睨む。

崩れている柱、その向こうの建物の壁に開いた大穴。

そしてその向こうから感じるあの女の視線―――。



サンピエトロ広場は一般にも開け放たれており、それなりの数の市民が散策していたようだ。

皆悲鳴を上げて、散り散りになって神裂がごっトブリンガーで穿っ場所から離れていく。
彼らからしてみれば何か爆発が起こったかのように見えたことだろう。

当然、高速で動いた神裂の姿を捉えた者はいない。

誰一人神裂の方を見ていなかった。

次の瞬間までは。



神裂『オァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!』


響き渡る神裂の咆哮。

そして広場にいた者は見た。


列柱廊の上に立つ、青く光る刀を持った、金色の羽を生やした『天使』の姿を。

753: 2010/05/23(日) 01:07:05.75 ID:Cbw1e8s0
神裂『―――アアアアアアアアアアッツ!!!!!』

神裂は力を更に引き出す。

それに比例して、右手にある七天七刀も青い輝きを増す。

神裂『―――ッツ!!!!』

七天七刀を持つ右手に走る、焼けるような激痛。
本来相容れるはずの無い魔界の力と天界の力が激突しているのだ。

なぜかは分からないが、この刀はウィンザー事件の際にとんでもないレベルの悪魔の力を宿したらしい。
実際、今の神裂でさえこの七天七刀の力を全て使いこなしているとは良い難い程のだ。

だが幸いな事にこの『魔剣』は神裂を主と認め、この莫大な力の乱流でも彼女の魂と自我が
押しつぶされないようにを守ってくれている。


そしてその七天七刀の声がする。

言葉として聞こえない。
だがこの『魔剣』の意志が伝わってくる。


神裂『―――』

神裂は痛みを無視し、七天七刀の意志に沿い右手を振り上げた。
七天七刀の青い光が更に増す。


そして思いっきり、あの女の気配の方へ振るった。



次の瞬間、七天七刀の剣筋に沿い青い光の線が走る―――。


それはまるで―――。


この魔剣の『親』とも呼べる、かの男の『太刀筋』と瓜二つだった――。

―――

754: 2010/05/23(日) 01:08:15.63 ID:Cbw1e8s0
―――


五和「……ッ!!!」

礼拝堂の隅で見ていた五和にとって、瞬きする間に終わってしまうような一瞬の出来事だった。

あの女が神像の上で神裂に対して手招きをした瞬間、
神裂の姿が光になって消え、ほぼ同時に神像が砕け両側の壁が爆散したように見えたのだ。

何が起こったのか、全く捉えることができなかった。

ふと一方の壁際に目をやると、ベヨネッタが壁に垂直に『立っていた』。
足元がぼんやりと青く光っている。

そして反対側の壁に開いた大穴を『見上げて』いた。


五和「!!!」

五和は礼拝堂内を見渡すも、神裂の姿が見つからない。

まさかと思い、ベヨネッタの視線を追い反対側の大穴を見る。
壁の破片が音を立てて落ち大量のチリが舞い、それを大穴から差し込んでいる光が照らしていた。

状況を見る限り、神裂はベヨネッタの見ている巨大な穴の向こうへと吹っ飛ばされたようだ。

五和「……プリエステス……プリエステス!!!!!!!」

敵に見つかる危険性も顧みず神裂を呼んだ次の瞬間。


神裂『オァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!』


地の底から聞こえてくるかのような、神裂と思しき巨大な咆哮がその穴の向こうから響いてくる。

そして鼓膜が裂けそうな甲高い金属音と共に、青い光の筋が礼拝堂内に走る。

755: 2010/05/23(日) 01:12:29.26 ID:Cbw1e8s0
その青い光の筋は一瞬で壁・天井・そして反対側のベヨネッタの立っていた壁を切り裂く。

ベヨネッタは軽く鼻で笑いながら半歩動きスレスレでかわす。

五和「―――ひゃ!!!!」

青い光の刃が礼拝堂を一刀両断。
その切り口があまりにも滑らか過ぎ、礼拝堂は少し軋んだだけで崩れはしなかった。


ベヨネッタ「いい剣筋。そっくり」


ベヨネッタが嬉しそうに呟き、軽く壁を蹴って床に降り―――

―――た瞬間。

ベヨネッタの全身からか黒い靄のような物が溢れ、彼女の体の形が一瞬で変わった。


セクシーな女体が、スマートな『黒豹』へと。


それとほぼ同時に、神裂が穴の向こうから更に放ったと思われる青い光の筋が、
再び礼拝堂を縦に掻っ捌いた。

何発も何発も、甲高い金属音と共に続けて筋が走る。

だが『黒豹』には当たらない。

756: 2010/05/23(日) 01:14:32.53 ID:Cbw1e8s0
『黒豹』は無駄のない身のこなしで軽々と剣撃をかわす。


黒豹の足が触れた床は砕け、
花弁が髑髏の不気味な花が一瞬で生えては、また一瞬で枯れて散る。


そのまま『黒豹』は髪飾りをなびかせながら目にも止まらぬ速さで駆け、
神裂が吹っ飛んでいったと思われる穴から外に出て行った。


数秒後、格子状に切り裂かれた礼拝堂が巨大な化物のような悲鳴をあげて軋んだ。
天蓋や壁の菱形・三角の巨大な破片がずり落ちてくる。

五和「!!!!」

五和は礼拝堂の出口に滑り込むように飛び込み、その崩落から何とか逃れる。


五和「ふぁッ!!!!」


息を吐き、今しがた潜り抜けてきた出口の向こうを見る。
天蓋が雪崩のように崩壊し、礼拝堂は完全に崩れていた。

757: 2010/05/23(日) 01:16:45.33 ID:Cbw1e8s0
五和はそのまま廊下を少し走り、石像の物陰に身を身を潜めた。
脅威はあの女だけではない。

いや、どちらかというと五和にとっての目下の脅威はここに大勢いるローマ正教の者達だ。


五和「支援は……!!まだですか……!!!」

五和は息を荒げながら右手のバングル型の通信霊装に声を放つ。


『3分20秒後に支援部隊がそちらに到着します』


『9分30秒後に、サンピエトロ広場に「イノケンティウス」が「着弾」します。それまで持ちこたえてください」


バングルから事務的な声が返ってくる。

五和「了解……!!!」
左手に持つ携帯用の槍を点検しながら返答した。



外から大地全体を揺るがす轟音が響いてくる。

怪物達の氏闘の撃音が。


五和「プリエステス……どうか…どうかご無事で…」


―――

767: 2010/05/25(火) 00:42:59.77 ID:gTuFZOA0
―――


フォルトゥナ。

数年前の魔剣教団の暴走による破壊からも立ち直り、
再び以前の美しい街並みを取り戻しつつあった古都。

民の顔にも笑顔が戻り、騎士団も新生しフォルトゥナには再び平和が戻りつつあった。

―――戻りつつあったのだが。

突如襲来した悪魔の大軍。

フォルトゥナ全域が再び苛烈な戦火に包まれる。


キリエ「走って!!!」


キリエは廃墟と化した街を三人の子供達と走っていた。

目指すは、かの劇場。

数年前の事件の発端となった、ダンテが教皇サンクトゥスを襲撃した建物だ。

襲撃と同時に騎士団は即座に警報を発令し、
市民達に最寄の騎士駐屯所、もしくは劇場等の大きな建物に避難するように命令したのだ。

768: 2010/05/25(火) 00:46:12.32 ID:gTuFZOA0
キリエ「はぁ!!!はぁっ!!」

道の向こうに見える、劇場の大きな屋根を目指し、
前を走る子供の背中を支え押しながらとにかく走る。

普段なら歩いて数分程の距離。
だが今は果てしなく遠く感じる。

距離が一向に縮まない感覚。

瓦礫が散らばる道路に足が取られ、体力だけがどんどん減っていき、
彼女を更に焦燥させる。

悪魔の咆哮と轟音、そして奮戦する騎士達の怒号が方々から聞こえてくる。

走る中、たびたび目に入る瓦礫の下から突き出している血まみれの足や腕。
下敷きになり、ピクリとも動かない人の姿。


キリエ「(ああ―――!!!なんで……どうして―――!!!)」


走っているキリエの頬を雫が伝う。

それは恐怖からではなく、いきなり降りかかった理不尽によって命を失った人々への想い。

口を固く結び、走りながら彼女は祈った。

不運な子羊達の魂を想って。

そしてまだ生きている者達の救いを求めて。

769: 2010/05/25(火) 00:51:14.14 ID:gTuFZOA0
キリエ「―――!!!」

その時だった。

一段と大きな咆哮が響き、前方20m程の場所に丸盾を持ったトカゲのような悪魔が突如降り立った。

巨大な足の爪が石畳を砕く。

『アサルト』と呼ばれる悪魔だ。
フロストの亜種であり、氷を使わない熱帯仕様の兵といったところか。

更に続けて何体もどこからか跳躍して降り立つ。
道の両側の住居の屋根にも。

そして。

キリエ「!!!!」

彼女達の後方にも。

キリエは子供達の腕を掴み、即座に自分の身に寄せる。
子供達は皆キリエにしがみ付き、小刻みに震えていた。

キリエ「(囲まれた―――!!!!)」

どこか逃げ道が無いか周囲を見渡すも、見つからない。
数十体ものアサルトが完全に彼女達を包囲していた。

逃げ場は無い。

と、その時。

「キリエ殿!!!!!!!」

後方から若い男の声。
それに続く金属的な切断音と悪魔の咆哮。

770: 2010/05/25(火) 00:53:33.97 ID:gTuFZOA0
キリエ「!!!」

3人ほどの若い騎士がアサルトの包囲網へと殴りこんできた。

アサルト達は一斉に咆哮を上げ、騎士達に一気に跳びかかって行く。

若い騎士達は雄叫びを上げ、道路の中央で勇猛に剣を振るい応戦する。
剣に搭載されている噴推装置イクシードが金属的な悲鳴を上げ、火花を散らす。

それと同時にもう二人の騎士が、包囲網が崩れた一瞬の隙を縫って彼女達の前に降り立ってきた。

「こちらに!!!」

キリエ「―――で、でも……!!!」

キリエは後方で戦っている騎士達の方に振り返った。

たった三人で数十体ものアサルトを相手にしている。
それぞれが互いに氏角を守り合いながら完璧なチームワークで。

だがいつまでもつか。


対悪魔のエキスパートであるフォルトゥナ騎士。

しかし、数年前の事件で歴戦の精鋭達はほとんどが氏んだ。
(教皇付きの最精鋭達はダンテとネロによって悉く葬られた)

今戦っているあの三人は、事件の後に称号を得たまだまだ若い騎士だ。

幹部クラスならまだしも、一介の新人騎士達だけであの数は捌けない。

このままだといずれ確実に氏ぬのは、素人目に見ても一目瞭然だ。

771: 2010/05/25(火) 00:55:01.39 ID:gTuFZOA0
キリエ「……あの方達が…!!!」

「構いません!!!!」

キリエの傍にいる騎士が即答する。

まあ、その答えはフォルトゥナの者なら誰しもが予想できる常識的なものだ。

あの騎士達は自分達の命と引き換えに、
彼女達を生きながらえさせようとしている。

それが騎士の最大の役割だ。

命を賭してでも市民を守るのが彼らの義務である。

キリエ「―――」

そんな事はキリエも知っている。


だがそれでも。

それでも心優しいキリエにとっては耐えられない。


しかし、今の彼女に出来ることはタダ一つ。

彼らの信念を蔑ろにしない事。

彼らの命を無駄にしない事。

『生きろ』という遺言を、あの騎士達は己の命を賭けて今体現しているのだ。

772: 2010/05/25(火) 00:55:46.07 ID:gTuFZOA0
「さあ!!!早く!!!!!」

キリエ「……は、はい―――」

キリエは現実を噛み締め、前を向き地面を強く蹴り進む。


後方から響く剣撃音と怒号。


再び彼女の頬を慈しみの雫が伝った。



そして彼女は呼ぶ。


キリエ「(早く―――お願い―――守って)」


心の中で『彼』の名を呼ぶ。

フォルトゥナの守り神であり救世主、最高の騎士の名を。


キリエ「(皆を―――守って!!!)」


キリエ「(ネロ―――!!!)」


最愛の男性の名を―――。


―――

774: 2010/05/25(火) 01:01:54.75 ID:gTuFZOA0
―――

学園都市。窓の無いビル。

アレイスターがいる水槽の中に、二つのホログラム映像が浮かび上がっていた。

一つはヴァチカンで発生した事態に関する、ローマ正教・ロシア成教内での通信を傍受しリアルタイムで表示している。

もう一つは。

第七学区で一人の少女を賭けて激突する少年と男。

インデックスと一方通行。

そして。

アレイスター「右方のフィアンマ……か」


突如現れたローマ正教のトップ。
ヴァチカンの件により、彼らは遂に動き出したらしい。

聖なる都を襲撃した者の正体は分からない。
敵か味方か、そして属する勢力もだ。
画像の一つでもあれば判別が付くかもしれないが、ローマ正教・ロシア成教内の通信ではそれはまだ拾えていない。

それどころか『イギリス清教が宣戦布告し、攻撃した』として情報が飛び交っている。

戦争回避が最大の目的であったイギリスがこんな事をするはずはない。

ローマ正教内の慌てっぷりを見る限り、これは彼らにとっても完全なイレギュラーだということがわかる。
ウロボロス社も同様だ。
各地に今だ積み上げられたままの人造悪魔兵器を、慌てて急いで降ろし展開している。

そしてダンテ達やネロ、フォルトゥナもこんな大規模な戦争を望むわけがない。


つまり、このヴァチカンを襲撃した者は明らかな第三勢力だ。

775: 2010/05/25(火) 01:05:45.73 ID:gTuFZOA0
状況を見る限り、この第三勢力は戦争を誘発させるのが第一の目的だろう。

そしてそれは成功するはずだ。

明日にでもローマ正教とロシア成教に率いられたロシアとイタリア・フランスが、
イギリスと学園都市に宣戦布告するだろう。

現に、ローマ正教内の通信でその命が各地に向けて発令されているのだ。



アレイスター「……早いな」


今、この人間世界のトップ達は皆、ヴァチカンの襲撃者の手の中で遊ばれている。

戦争が起こるのは確実だったが、それがこうも早いとは彼も思っていなかった。
少なくともあと一ヶ月先だと睨んでいた。

プランもそれに合わせて修正したのだ。

魔術サイドとウロボロスの連中が慌てふためき混乱するのは好都合だが、
こちらにもかなり面倒な事になった。

アレイスター「……」

一難去ってまた一難。

この二ヵ月半、彼が進もうとしている道のりは一気に険しくなった

目的地は見える。
だがそこまでの道が深い闇に包まれており、見通すことができない。

どんな障害があるのか。

手探りで進むしかない。

そしてその手が突然障害に『触れ』、存在を知ったと同時に問題が発生する。

今も正にその状態だ。

776: 2010/05/25(火) 01:14:16.90 ID:gTuFZOA0
考えること、やるべき事は山ほどある。
だが、まず今の問題は第七学区の件だ。

右方のフィアンマ。

彼の目的はどうやらインデックス。

これは良い機会だ。
フィアンマがいずれこちらのプランの障害になるのは目に見えている。
みすみすインデックスを渡して、あの『聖なる右』を安定させるなど誰が許すか。

障害の芽は摘んでおくべきだ。


アレイスター「……」


こちらが手を打てば、一方通行は右方のフィアンマを打ち負かす事が可能だ。
再びミサカネットワークに未元物質の脳を接続し、二ヵ月半前の力を使わせれば良い。

魔人化していなかったとはいえ、あのバージルに血を流させた程の力だ。

確かに右方のフィアンマの力は強大だが、あの状態の一方通行なら一蹴できるはずだ。


アレイスター「……」


だが、今それを使う訳には行かない。

未元物質の脳が耐えられるのはあと一回だ。
次で未元物質の脳は、莫大な負荷を受けて完全に氏ぬ。
そして下手をすると一方通行の脳も損傷する。

今この段階で重要なパーツを消費するのは論外だ。

換えのパーツの材料はあるものの、そこから作っている暇など無い。

一方通行と未元物質をあの段階まで昇華させ、
『境界』を越えさせたのにどれ程の時間と労力を費やしたことか。

一方通行と未元物質を失う訳には行かない。

どちらか一方を氏なせ、それでもう一方を生かすのもダメだ。
それだと意味が無い。

777: 2010/05/25(火) 01:19:22.33 ID:gTuFZOA0
ではどうするか?

あのレベルの戦いについていける者は、
今の学園都市にはエイワスとヒューズ=カザキリ、そしてアレイスターしかいない。

エイワスとヒューズ=カザキリを使用すれば色々と面倒な事になる。
これも一方通行や未元物質同様、下手に使うとプラン自体がお釈迦になってしまう。

だがアレイスター自身が出るのも問題だ。

彼自身もまたプランの最終局面に必要だ。
今ここで手傷を負うのは避けたい。


アレイスター「……ふむ」


と、こう考えると八方塞のようだが―――実はそうではない。
別の手がある。


幸運な事に、ちょうどこれから上条が帰って来る予定だ。
トリッシュも付いて来るだろう。

その二人が加われば、フィアンマはここで葬る事ができるはずだ。

今の状態のフィアンマでは、トリッシュと強化された上条、
そして一方通行の三人を一度に相手にするのは不可能だ。

アレイスターは上手く誘導すれば良い、いや誘導する必要も無いだろう。

彼はただ見ているだけで良い。

ローマ正教のトップが蹂躙され挽肉に変わるのを。

778: 2010/05/25(火) 01:24:59.05 ID:gTuFZOA0
アレイスター「……」

第七学区の件は高みの見物でもしてればいい。

それと暗部のネズミ共が動き始めたようだが、今はもうどうだって良い。
アレイスターは、この戦争の後は学園都市がどうなろうと良いのだ。

ネズミ達はせいぜい理事会を襲撃してその貴重な時間を浪費してればいい。

アレイスター「さて……」

アレイスターはプランの修正作業に入る。
脳内で複雑なパズルを一度崩し、再び組み上げていく。

アレイスター「(問題は無いな)」

かなり大幅な修正が必要だが、結果的には問題は無いようだ。
そこに起こりえりそうなイレギュラー因子を想定し、ねじ込んでシミュレーションし、
バグを弾き出し更に修正していく。

―――と、そう作業している時だった。

アレイスター「―――」

突如押し寄せてきた悪寒。

この薄暗いビル内の空気が一気に重量を増す。

アレイスター「―――これは」

前にも一度体験したことがある感覚。
あのスパーダの息子が、このビルの壁を切り裂き強引に入ってきた時の感覚に似ている。


―――だが『似ている』だけだ。


―――確かに良く似ているが。


―――あの時のモノよりも更に鋭くて冷たい。


―――そして筆舌に尽くし難いほどの強烈な殺意―――。

779: 2010/05/25(火) 01:26:49.12 ID:gTuFZOA0
アレイスター「―――」

アレイスターは水槽の中で一気に目を見開き、右手を横に勢い良く伸ばした。


次の瞬間、アレイスターのその開かれた右手に銀色のねじくれた杖が出現する。


彼の『杖』だ。

これがアレイスターの力の象徴であり、彼の最大の武器。
これが学園都市の頂点に君臨する、彼の地位を保証しているといっても過言ではない。


だが。


だがそれほどの武器でさえ―――。


アレイスター「―――」


水槽の目の前に、突如現れた男にとっては小枝のような物だろう。

アレイスターの前に立つ男。

銀髪を後ろに撫で付かせ、青いコートを羽織り左手には日本刀。


「そんなガラクタでどうするつもりだ?―――」


男が、アレイスターを凍てつくような瞳で真っ直ぐ見て、口を開いた。


「―――人間」


アレイスターは硬直する。

その瞳を見て。


―――バージルの瞳を見て。



―――

780: 2010/05/25(火) 01:30:03.26 ID:gTuFZOA0
―――


事務所デビルメイクライ。

トリッシュは地下室にて、リスボンで捕獲してきた小銃型の人造悪魔を解体していた。

トリッシュ「……」

木造りの大きな机の上にパーツやバラバラにした悪魔の肉片を並べ、一つ一つ入念にチェックしていく。

合成されていたのは複数体のムシラという下等悪魔だ。
『憑く』という性質が無い悪魔を強引に合成させていたらしく、拒絶反応が常態化していたようだ。

この哀れな悪魔達は四六時中かなりの激痛に襲われていた事だろう。
はっきり言ってこの合成の仕方はかなり雑だ。

だが力の性質を見る限りウィンザー事件の黒幕と、この人造悪魔の製造者が同一なのは間違いない。

大悪魔クラスもの人造悪魔を作り出せる程の、
まぎれもなく人類トップクラスの悪魔技術を持つ者がなぜこんなに手を抜くのか?

それは恐らく、この小銃は量産型だからだろう。
かなりの数を急いで作ったのだ。

とにかく頭数を揃えるのが第一の目的だったようだ。

腐る程いるムシラを使ったのも、個々の戦力よりも数を優先した結果だろう。

それを裏打ちするかのように、『数』では無く『戦力』メインの個体はしっかりと手が加えられていた。
貨物船に積まれていた戦車等だ。

あれには元から寄生する性質を持っていたインフェスタントが憑いていた。

インフェスタントを、小物の雑兵如きに憑かせるのは、
勿体無いと思うのはトリッシュも同感だ。

781: 2010/05/25(火) 01:32:18.80 ID:gTuFZOA0
そして量産型というのが裏付けられた以上、
それはあのリスボンで処理した人造悪魔達は、全体の極々一部という事を暗示している。

更にあの貨物船はウロボロス社の物。
人造悪魔達もウロボロス社のコンテナに詰まっていた。

つまり、あの『兵器』達を出荷したのはウロボロス社。

やはりネロの推理が正しかったようだ。
ウロボロス社が大々的に人造悪魔を製造し、そして世界中にばら撒いている。

トリッシュ「……さて……どうしましょ」

人造悪魔が使われるとなれば、デビルメイクライ側も黙ってはいられない。

かの呪われし兵器群はもう世界中に配備され、その号令の時を待っているだろう。

トリッシュ「……」

だが、さすがのダンテでも今からその大量の人造悪魔を処理するのは厳しい。

いや、やりようによっては『短時間』でもできるだろうが、
その場合は人間界にかなりの負荷がかかり、無数の人命が巻き添えを食い『地図が書き換え』られてしまう。

当然そんなやり方はダンテ自身も確実に拒否する。

トリッシュ「……」


やはり司令塔、『頭』を潰すしかない。

782: 2010/05/25(火) 01:34:45.28 ID:gTuFZOA0
こういう件は、大概は少数の首謀者が全体を牛耳っている。
頭を狩ってしまえば、事態は一気に沈静化するだろう。

それが一番手っ取り早い単純な解決方法だ。

問題はその頭が どこにいるか だが。

トリッシュ「……」

とにかく情報が必要だ。
だがいつものやり方、トリッシュが先に潜入して探る という手を使っている暇は無いだろう。

短時間で手に入り、かつ信頼性のある情報はどこにある?

そう考えた時、トリッシュの頭に一人の人物の顔が浮かんだ。

アレイスターだ。

学園都市はウロボロス社と共同関係にあるのは表の世界でも周知の事実だ。

あれ程の男が何も知らないと言う事は無いだろう。

トリッシュ「ま―――」

トリッシュは立ち上がり、机の上に置いてあった二丁拳銃を手に取り腰に差し込んだ。

トリッシュ「―――ちょうどいいわね」

ちょうどこれから上条を学園都市に送る予定なのだ。
そのついでに聞けばいい。

ただ、今回は今まで通りとはいかないが。

彼が言わないのなら、場合によってはちょっと乱暴な手段で聞き出さなければならない。


ちょっと乱暴な手段でだ。

783: 2010/05/25(火) 01:39:48.98 ID:gTuFZOA0
―――


上条「よしっと…」

上条は朝食とその後片付けを済ませ、手を振りながら流し場に軽く寄りかかった。

テーブルに向かいペンを持ち、紙に何やら書いている御坂。

上条「?何してんだ?」

御坂「んーちょっとねー」

御坂が紙に目を落としながら返事をする。

御坂「ダンテがさー、たまに冷蔵庫漁って勝手に私達のを食べてるからさ……」

上条「あ~…」

そういえば夜中にそれらしき物音と、
ダンテの「Yeah....」と、何かを見つけ嬉しそうな声がここ最近聞こえてきていた。

それにたまにダンテがワインを飲みながら、パンやレタスを摘んでいたのも何回か見たことがある。
その時は 毎日俺に付き合って動いてるから腹が減るんだろうなあ と上条は何となく思っていた。

ピザ等のデリバリーを頼める回数は、事務所の財布を握るトリッシュによって一日ごとに決められているらしく、
小腹が空いた時は二階のキッチンの冷蔵庫を漁って、何とか凌いでいたらしかった。

御坂「だから……ほらっ!」

御坂が跳ねるように上半身を起こし、手に持っていた紙を上条に見せる。

その紙にはゲコ太らしき絵と、そこから吹き出しで「Don't eat!!!!!」と書かれていた。

上条「……な、何でせうそれは?」

御坂「これ冷蔵庫に張るの!」

784: 2010/05/25(火) 01:46:30.35 ID:gTuFZOA0
上条「なあ、俺達明日にはまた帰って来るんだぜ?別に一日ぐらい…」

御坂「その一日の間に全部食べられてたらどうすんのよ?ダンテならここぞとばかりにやりかねないわよ?」

上条「インデックスじゃあるまいし……それにそん時はまた買い直せば良いn」

御坂「ちょっとぉ!誰が買ってると思ってんのよ!!」

御坂「それに献立もちゃんと作ってあるのに、また一から買い揃えて献立も作り直せってんの!?」

上条「あ~そうか……良いと思うぜ」

なら直接ダンテに言えば良いんじゃね と思ったが、
突っ込むと色々面倒臭そうなのでやんわりと肯定した。


御坂は もう! とプンスカしながらも、その紙を冷蔵庫に張った。
そして冷蔵庫の前に立ち、その己の描いた紙を見て今度は嬉しそうに口を綻ばせた。


御坂「よし!どう??!」

上条「良いと思うぜ」

まあ、どう考えてもダンテがあの張り紙程度で止まるはずは無いが、
上条はそれにも突っ込まないであげておいた。

それに御坂の可愛らしい笑顔を無闇に壊したくも無い。

785: 2010/05/25(火) 01:48:59.91 ID:gTuFZOA0
御坂「ちょ、ちょっと!!!な、何よ!」

穏やかな顔で御坂を見つめていた上条に、彼女が少し言葉を詰まらせながらも声を飛ばした。

上条「ん?あっ……い、いや、何でもねえ!」

突っ込まれ、上条も少し焦りながらも言葉を返した。

御坂「そ、そう……」

上条「あ……ああ」

御坂「……」

上条「……」

しばし沈黙。

上条は頭を掻き、御坂は目のやり場に困ってそわそわ。
お互い共、少し気まずいのだ。

上条にはさっきの件がある。

御坂としては、その話の内容自体は既に自分の中でもある程度答えを出していたが、
己の想いを知られているというのはさすがに気まずい。

その時だった。

トリッシュ「時間よ!!」

階下から、その重苦しい空気を叩き割るトリッシュの声が響いてきた。

御坂「あ……じ、時間!!!」

上条「お、おう!!!い、行くか!」

二人はぎこちなくもドアに足早に向かい、
キッチンから出てそれぞれの部屋へ荷物を取りに向かった。

786: 2010/05/25(火) 01:50:46.12 ID:gTuFZOA0
上条「ふぅううはああ~~~!!」

上条は自室の扉を閉めると、大きく息を吐いた。

先ほどの二人っきりの沈黙。
呼吸することすら忘れていたかのように苦しかった。

上条「あ~……何やってんですか上条さんは……」
頭を掻き苦笑しながらベッドに向かう。

そしてその上に置いてあった携帯を手に取った。
向こうに持っていく予定の荷物はこれだけだ。

上条「ん…?」

ふと、携帯の着信表示に気付く。

相手はインデックスだ。
ちょうど朝食を食べ始めた辺りにかかって来ていた。

上条「―――?」

首を傾けかけたが、

トリッシュ「早くしなさい!!!」

上条「お、おう!!!!」

再びトリッシュの声が響いてきた為、この件は上条の頭の中で後回しになった。
どの道もうすぐ後に会えるのだ。

ここで時間を潰すよりは、さっさと行ってしまったほうが良い。

787: 2010/05/25(火) 01:52:57.88 ID:gTuFZOA0
上条が階段を駆け下り、一階のホールに飛び降りた。

御坂は既に荷物を持ってトリッシュの横に立っていた。
どうやら本当にあの大砲を持っていくらしく、弾が入っている大きなショルダーバッグを肩にかけ、
胸元にこれまた大きく長い包みを両手で抱いていた。

ダンテは相変わらずいつもの定位置で、机に足を載せながら雑誌を読んでいた。

トリッシュ「行くわよ。私も用事があるんだから」

上条「おう!」

トリッシュ「ちょっと待って、あれ、持って行きなさい」

トリッシュがビリヤード台の上に置いてある、上条の銃と右手の防具を指差した。

上条「い…いや…あれは……」


トリッシュ「持って行きなさい」

トリッシュが真顔のまま強い口調で再び言う。

上条「は、はい!!!」

その異様な気配を感じ、逆らわない方が良いと瞬時に判断した上条はそそくさとビリヤード台に向かい、
己の銃を腰に差し込み、防具を右手に装着した。


トリッシュ「さ、行くわよ」

上条「おう!」

御坂「うん!」

トリッシュ「っと、先にレールガンちゃんの寮ね」

御坂「うん!荷物を置きに!」

トリッシュ「OK」

三人を囲むように、床に金色の円が浮かび上がる。

788: 2010/05/25(火) 01:54:44.28 ID:gTuFZOA0
ダンテ「お~」

ダンテが雑誌を振り適当な挨拶をし、それに御坂と上条が満面の笑みを返す。

そして三人は沈んでいった。


向かうは学園都市。



ダンテ「む……」

ダンテは再び雑誌を顔の前に広げていたが、
ふと何かを思い出したかのように雑誌をバサリを倒し、今しがた三人が立っていた空間に目をやった。

ダンテ「…………」

眉をしかめ、鼻を鳴らす。

先ほどのトリッシュの顔を思い出す。
その映像が脳裏に浮かぶたびに彼の悪魔の勘がざわざわと騒ぐ。

あの三人に関して何か、かなり嫌な予感がする。

特に―――。

―――トリッシュ。


はっきり言うと。


―――それは氏相だった。


ダンテ「………トリッシュ」

ダンテは小さく呟きながら、雑誌を机の上に放り投げゆっくりと立ち上がった。
顔からはいつもの気の抜けた、ふざけた空気が消えていた。

―――

816: 2010/06/03(木) 23:25:17.59 ID:NJNKIss0
―――

ヴァチカン。

サンピエトロ広場。

その広大な広場を囲むように聳え立つ、4列で並ぶ計372本のドーリア式円柱で構成されている列柱廊。
ヴァチカンの顔でもあるこの荘厳な場所は、普段は観光客やローマの一般市民の散策の場にもなっている。

だが今は違う。

神の庭であるこの聖域は今や戦場と化していた。


神裂『ハァアアアアアアアアアアアア!!!!!!!』


神裂が咆哮し、列柱廊の上から七天七刀の青い斬撃を何発も続けて放つ。

その光の線は広大な石畳に、長さ40m以上もあろう何本もの鋭い筋を刻んでいく。

そしてその『格子』の中を容易く掻い潜り、軽やかに疾走してくる『黒豹』。

姿形は先の女とはかけ離れている。
だが、その体から溢れている力の性質は全く同じだ。

神裂は驚きも迷いもせずにその黒豹に『砲撃』を続ける。


幸いな事に神裂の派手すぎる登場により、広場にいた者達は一目散に逃げた為、
彼女の射線は無人となっていた。

817: 2010/06/03(木) 23:27:19.24 ID:NJNKIss0
黒豹が砲撃の雨を掻い潜ながら突如強く地面を蹴った。

その瞬間、黒豹が一気に加速した。
天使化している神裂ですら、その姿はおぼろげな黒い残像としてでしか捕えられない。

神裂『(―――また!!!)』

先と同じだ。
あの女はさっきも突如爆発的な加速をした。
まるで時間を操っているかのようにだ。

その影は一瞬で距離を詰めてくる。

神裂『シッ―――!!!!!』

神裂は足に力を篭め、瞬時に真上に跳ねた。

あの速度のまま近接戦に持ち込まれたら危険だ。



そして次の瞬間、いやほぼ同時と言っても過言ではない。

列柱廊の神裂が今まで立っていた場所に漆黒の砲弾が激突し、
10数本の柱が一瞬で砕け灰色のチリのカーテンへと姿を変えた。

神裂『―――ふァッ!!!』

天使化した神裂の脚力は、彼女の体を地上100mもの高さまで一瞬で運び上げた。
その神裂の後を追うかのように、真下の凄まじい激突で生じた破片もこの高さまで舞い上がって来る。


そしてその破片の『霧』の中―――。


―――いや、『中』ではなく『手前』だ。


神裂『!!!!』


目の前、すぐ真下にいる黒豹。


気付いた時にはもうその距離は10mを切っていた。


黒豹はあの速度のまま即座に垂直に方向転換し、真上へ跳んだ神裂の後を追って来たのだ。

飛び散り舞い上がった破片よりも速く、だ。

818: 2010/06/03(木) 23:31:37.58 ID:NJNKIss0
神裂『―――』

黒豹と目が合う。

獣の表情など分からないはずなのだが神裂は何となく感じ取った。

この猛獣は確かに薄っすらと笑っている と。

それはまるでご馳走を前にした捕食者のような笑み。

瞬間、神裂の背筋を冷たい波が走る。

『捕食者』を前にしての戦慄。


黒豹が身を捻り、黒い靄を纏わり付かせながら神裂の目の前で一回転する。

黒豹が流し目で神裂を見、そして反対側を向き再び彼女の方へ振り返えると。

その顔は黒縁メガネをかけた、美しくもあり不気味でもある笑みを浮かべている元の『人型』の顔に変わっていた。

続いて、回転して一瞬形が見えなくなった豹のしなやかな足が、
今度はこれまたしなやかで長い人間型の足となり、回し蹴りとなって神裂の視界へと帰って来る。


神裂『―――ッ』


一連の動きは全て一瞬。


神裂の左わき腹目がけて、ベヨネッタの右足が。


―――強烈な蹴りが放たれる。

819: 2010/06/03(木) 23:34:43.59 ID:NJNKIss0
炸裂と同時に青黒い円形の光の衝撃波が拡散し、轟音が響く。

神裂の体が『く』の字に折れ曲がり、大きく横へ40m程吹っ飛ばされた。

神裂『はッ!!!!!』

だがその蹴りはわき腹までは到達していない。

ベヨネッタの足は、神裂の折りたたまれた左腕、更にそれに重なるゴッドブリンガーに直撃したのだ。

神裂はギリギリのところで反応し、何とか防いだのだ。

神裂『ツッ……!!!!』

モロにダメージを喰らうのは避けれたが、盾となった左腕に鈍痛が走る。
しかしそんな痛みに、左腕の状態に注意を払っているヒマなど一瞬たりとも無い。

吹っ飛ぶ神裂を追い、ベヨネッタは再び瞬時に距離を詰めてくる。


神裂『……ッ……らぁああああアアアア!!!!!!!!』


神裂は七天七刀を振るい斬撃を放って迎撃するも、
ベヨネッタは先と同じくその間を難なく縫って迫ってくる。

820: 2010/06/03(木) 23:37:49.02 ID:NJNKIss0
神裂『(……くッ!!!)』

近接戦は避けたかった。

あの速度で、しかも四肢全てが凶器。
神裂で例えると、四本の七天七刀を手足全てに装備しているような物だ。

攻撃速度は上、手数も単純計算で二倍。
しかもその手足から放たれる攻撃は二段構えだ。

鞭のような打撃に続き、手足の先の銃口から槌のように重い魔弾。

殴打を仰け反って避けてしまうと銃口がこちらに向き、射線に入り魔弾の餌食となる。

一番簡単で体勢も崩しにくく、
そして次の攻撃にも繋げ易い『後方に少し下がる』という回避方法はダメなのだ。


完全に退けるには、いなして弾くか身を横にずらすかだ。

手数も速度も圧倒的、更には避け方も限定される。

一方で、こちらの攻撃は今まで一発も当たっていない。
かすりもしていない。


この女は薄ら笑いを浮かべ、ダンスでもしているかのように優雅にそして華麗に神裂の攻撃をかわす。
まだまだ余裕があるのは誰が見てもわかる。


神裂は薄々感じ取っていた。

この女は全然全力を出していない と。

己は遊ばれているのだ と。

821: 2010/06/03(木) 23:39:32.34 ID:NJNKIss0
神裂『―――』


今戦っているこの女。

圧倒的だ。

この『遊ばれている状態』の今でさえ、
ボルヴェルグよりもそしてウィンザーで合間見えた人造悪魔の少女よりも強い。


『大天使の力を持つ神裂』ですらこう思った。


―――この女は正真正銘の化物だ と。


全力を見なくてもわかる。
いや見たくも無いし、この女は力の底を見せるまでもなく神裂を打ち倒せるだろう。


今まで神裂がこう思った人物は三人。
スパーダの一族だ。

そして目の前にいる4人目の化物。

その4人目が、今こうして己を頃すべく向かってくるという現実。

圧倒的な格の違いと抗いようの無い絶望。



神裂『―――』



だが神裂の戦気は揺るがない。

むしろ七天七刀を握る手に更に力が入る。

823: 2010/06/03(木) 23:41:03.23 ID:NJNKIss0
天使として、人知を超えた力を持つ者として神裂は超越した感覚を持っている。
勘とも呼べるだろうその知覚は未来を微かに見通すことが出来る。

その勘があるからこそ、神裂はこうして戦う。
ここで退けば待ち受けているのは世界を覆い尽くす暴力と殺戮だ。


それだけは絶対に防がなければならない。


イギリス清教・学園都市とローマ正教・ロシア成教の全面衝突。

無数の弱き者達が氏んでいく。


十字教の為でも、神の為でも、己が属するイギリス清教の為でもない。


神裂は、人々に襲い掛かる禍を払う為に戦う。


そしてイギリス清教が所有するあの『少女』、インデックスの為に。


戦争が起きれば、間違いなくインデックスにも禍が降りかかる。

なにせ、10万3千冊の魔導書が記録されているのだ。
魔術サイドのパワーバランス基盤の一つなのだ。

そんな少女が、これほどの戦争に無関係でいられる訳が無い。
むしろ強引にその舞台に引き上げられてしまうだろう。



神裂『(―――ふっっっざけんなっ)』



そんな事、絶対に許されない。


そんな事、絶対にさせない。

824: 2010/06/03(木) 23:43:15.06 ID:NJNKIss0
あの『少女』だけは。

あのかけがえの無い『友人』だけは―――。


今ある『神裂』の全てはあの少女に出会ってから始まった。


彼女を守る為に技を鍛えてきた。

忘れ去られ敵と認識されても尚、影から守り続けてきた。


神裂はステイルと共に誓ったのだ。


何があろうと、どんな事があろうとあの少女を守ると。
あの少女に降りかかる火の粉は我々が払い続けると。

例え命を落とそうともその誓いが揺らぐ事は無い。
二ヵ月半前も神裂は、彼女を救う為に迷い無くこの人外の力に身を染めた。

そして今も同じだ。

例え七天七刀が折れようと。

この四肢が無くなろうと。


―――神裂は戦うのを止めない。


例え確率がどれだけゼロに近かろうと、可能性がある限り神裂は諦めない。


―――彼女の勘が『彼女自身の氏』をも叫んでいたとしても。


―――己の氏地は今この場だ と叫んでいても。


―――弱き者を守る為。


―――そして誓いを立てた『友』を守る為。


神裂『来いやああああああああああああ!!!!!!!!!!』


神裂は戦う。

825: 2010/06/03(木) 23:47:26.65 ID:NJNKIss0
近接戦は確かに危険だ。

だが神裂は今度は下がらなかった。
距離を開けようとはしなかった。


遠距離からこちらの攻撃が当てられないのなら、
命中する可能性が高い近接戦に持ち込むしかない。


七天七刀を握り、宙で構える。


神裂『―――シッ―――』

この女を頃す。

可能性が僅かしかなかろうと神裂は迷わない。


神裂『―――ハァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!!!』


そしてベヨネッタと神裂がお互いの間合いへと入る。


ベヨネッタ「Yaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!! Ha!!!!!!!!」


双方が凄まじい乱撃を繰り出す。


ベヨネッタが放つ四肢の乱撃と無数の魔弾―――。


―――それを捌く神裂の七天七刀とゴッドブリンガー。



地上100mの空で刃を交える二人の怪物。

眩く輝く金色と紫や青の色とりどりの光、連続する爆裂音。

落下しながら絡み合う光の束と爆発。


それは壮絶で破滅的な破壊の嵐であるにも関らず、

どんな芸術にも勝る荘厳で美しい光景だった。

826: 2010/06/03(木) 23:53:02.02 ID:NJNKIss0
当然、予想した通り全てを捌くことは不可能だった。

一発、また一発と神裂の体にベヨネッタの鞭のような打撃と破城槌のような魔弾が叩き込まれる。


その度に神裂の体を包む光の衣が削がれ飛び散る。

そして皮膚が裂け赤い液体も噴出し、弾ける光に混じり飛び散る。


しかし神裂は怯まずに七天七刀を振るう。


被弾を引き換えに放たれる彼女の青く輝く刃は何度もかわされる。


それでも。


それでも手を休めない。


それでも神裂は怯まない。


体中の悲鳴や激痛を無視して渾身の力を篭めて拳と刃を振り続ける。


神裂『アアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!』


そして―――。


―――神裂の刃が遂に。



―――ベヨネッタに届く。

827: 2010/06/03(木) 23:56:58.25 ID:NJNKIss0
―――それは宙で激突してから僅か数秒後。


50m落下する間に二人が交わした刃と拳の回数は数百。

そしてこの打ち合いを色々な意味で場面転換させる一撃が神裂から放たれた。

地上50mの空で、ベヨネッタの喉元目がけて振るわれた神裂の七天七刀。
青く光る白銀の刃は今まで以上に速く、そして重い。


ベヨネッタ「―――」


ベヨネッタの顔色が変わる。
彼女は上半身を仰け反らせるも、その刃を完全にかわすことはできなかった。

耳が切り裂かれるような金属の切断音。

神裂の刃は、ベヨネッタの黒いボディスーツの襟に小さな鋭い切れ込みを刻んだ。


―――襟を切っただけ。


その言葉だけなら別にどうってことは無い様に思えるだろう。

だが『魔女』にとって、ベヨネッタにとっては少し問題だ。

このボディスーツは彼女の『髪』でできているのだ。

(ちなみに厳密に言うとベヨネッタは衣服を纏ってはいない。このボディスーツは彼女の長い長い黒髪が姿を変えたものだ。)


魔女にとって『髪』とは力の証明であり、最強の『矛』と『盾』でもある。


魔女が行使するありとあらゆる力は『髪』を媒体としている。
例えるならば、己の髪の毛自体を『魔具』としているようなものだ。


ベヨネッタ「―――Hum」


その髪で形作られているボディスーツを裂くとは。


ベヨネッタ「さすがってところね―――」


ベヨネッタ「―――その刀」

828: 2010/06/04(金) 00:03:41.81 ID:iiy3dHc0
ベヨネッタ「しょうがないわね―――」


ベヨネッタは相変わらずの余裕の笑みだ。
だが纏っている空気が一変する。


神裂『―――』


ベヨネッタは両手を頭の後ろに持っていき、髪留めを外した。

長く艶やかな黒髪がなびきながら大きく広がる。


ベヨネッタ「―――少し本気だしてアゲル」


ベヨネッタが足を畳む。


蹴りが来る と瞬時に察知した神裂はすぐさま反射的に回避行動に移った。


しかし。


ベヨネッタ「―――たっぷり味わいなっ!!!」


次の瞬間、ベヨネッタの足のすぐ横に直径2m程の魔法陣が出現した。
それが何なのか、一体何が起こるのか考えるどころか、神裂の鍛え抜かれた直感すら反応する暇を与えられなかった。


―――そして魔法陣から現れる、黒い繊維のような物で形作られている巨大な『足』。


ベヨネッタ「Yeeehey!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


それがベヨネッタの蹴りと連動して―――。


神裂『―――がぁッッッッ!!!!!!!!』


―――神裂へ叩き込まれた。

829: 2010/06/04(金) 00:06:30.14 ID:iiy3dHc0
正に『破城槌』と呼べる程に巨大な『足』のかかとが神裂の腹部にめり込む。

体内から響いてくる、湿った不気味な破砕音。


その破壊力は今までの攻撃とは比べ物にならなかった。
この一撃で神裂の纏っていた光の衣が、ガラスのように全て砕け散った。

あまりの威力に神裂の意識が一瞬途切れかける。

だが攻撃は続く。


容赦の無い二撃目。


ベヨネッタはその長い足を振り上げた。

かかと落しを放つべく。

腹部を折点に体が『く』の字になっている神裂の後頭部目がけて。


再び魔法陣が出現し、そこから巨大な足が出現する。
そして振り下ろされるベヨネッタの足に連動して、その巨大なヒールを履いたような足型の『破城槌』も動く。


『ウィケッドウィーブ』。

髪の毛に強大な魔を宿らせる魔女の秘技だ。



当然、神裂は回避するどころか察知する余裕すらない。


ベヨネッタ「Yaaaaaaaaaaahaaaaaaa!!!!!!!!」


内臓が潰れてしまいそうな程重い炸裂音。


―――神裂の後頭部に巨大な破城槌が直撃する。

831: 2010/06/04(金) 00:13:30.42 ID:iiy3dHc0
神裂は広場の中央辺りに叩きつけられた。


さながら隕石が落下してきたように。


広大な広場の石畳は捲りあがり、大地が歪み直径100mものクレーターを形成した。

その衝撃の波を受け、広場の中央に聳え立っていたオベリスクも根元から折れ宙に跳ね上がる。


神裂『―――くッ……はッ……』


『爆心地』、瓦礫の上に突っ伏す神裂。

朦朧とする意識の中、七天七刀を大地に突き杖代わりにしてなんとか立ち上がろうとする。


だが。


ベヨネッタ「Haaaaaaaaaa!!!!!!!!」


その神裂の背中に放たれる追い討ち。
巨大な黒い足が神裂を真上から踏みつける。


ベヨネッタ「Ya!!!!!!! Ha!!!!!!! Ha!!!!! HuuummmHAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!」


何発も何発も。

巨大な足が魔法陣から出現しては神裂の背中を叩き踏む。
金属の塊を打ち付けるような轟音と地響きが続く。


そして。


ベヨネッタ「Yaaaaaaaaa―――」



ベヨネッタ「―――Smashing!!!!!!!! BABY!!!!!!!!!!!!!!!!」


一段と強い一撃。

クレーターの底が更に沈み粉塵と瓦礫が一面に爆散する。

834: 2010/06/04(金) 00:21:40.74 ID:iiy3dHc0
浮き上がっていたオベリスクが、重力に従い逆さまに地に落ちる。

そして爆心地から40m程の地点、
石畳が剥げむき出しになった土砂の地面に杭のように刺さり再び聳え立った。


その上に、真下に蹴りを放った反動で跳びあがったベヨネッタがヒラリと降り立ち、
長い黒髪をなびかせながら粉塵で覆われている爆心地を見下ろした。


ベヨネッタ「Hum......」

相変わらずの妖艶な笑みを浮かべたまま、何かに納得したかのように鼻を鳴らした。

その視線の先、爆心地の中に浮かび上がる影と青い光。

杖代わりの七天七刀に寄りかかりながらも、何とか立ち上がっている全身は血まみれの神裂。

その体からは金色の光の衣が消えていたが、
代わりに右手に持つ七天七刀から溢れる青い光が彼女の体をうっすらと包み込んでいた。

そしてその瞳。

不規則に金と青の光を放っている。

ベヨネッタ『……』

ウィケッドウィーブのラッシュで、ほとんどの天界の力は削ぎ落とされたようだ。
だが七天七刀に宿る『魔』はまだまだ健在だ。

あの七天七刀が無ければ、神裂は一連のラッシュで粉々に吹き飛んでいただろう。
そしてベヨネッタのボディスーツ、『髪』を切断する事も出来なかったはずだ。


さすがは『バージルから生まれた力』と言ったところか。

だが彼女はどう見てもその力を使いきれてはいない。

内包する天使の力、

そして聖人という普通の人間よりも更に天界に近い繋がりを持つ魂が、
それを拒んでいるのだろう。


ベヨネッタ「……あ~ぁもったいないわね」

835: 2010/06/04(金) 00:27:11.81 ID:iiy3dHc0
今にも倒れそうな満身創痍の神裂。
最早傷を修復する力さえ無い。

(神裂自身は知る由が無いが天使の力を宿す聖人の体が、
 七天七刀の『魔』が肉体を修復させようとしているのを妨害しているのである)

だが瞳にはまだ光と意志が宿っている。

七天七刀を握る右手は緩まない。


彼女は絶対に諦めない。


神裂『―――』

朦朧とする意識の中、とある人物の顔が浮かんだ。


『諦めるな』


その言葉を体現する、学園都市で合った一人の少年。
神裂にとって、そしてあの少女にとってもかけがえの無い恩人。

ステイルと神裂の生き方を変えた少年。

『抗いようの無い運命など存在しない。
 そんな物など認めない。
 諦めるな。戦うのを諦めるな』

彼はそれを身をもって証明した。


神裂『―――はい』


脳裏に映る少年の声に対し返事をする。

そして大地に逆さまに突き刺さったオベリスクの上に立つ女を見据える。

揺らぐことの無い、固い信念が宿った瞳で。

もうどう見ても戦える状態ではないのに。

神裂の心は未だに折れてはいなかった。

836: 2010/06/04(金) 00:32:21.67 ID:iiy3dHc0
ベヨネッタ「………それにしても良い顔ね」

ベヨネッタは神裂を見下ろしながらポツリと呟いた。

あの女は、戦い始めた時からその芯が全くブレていない。
圧倒的な力の差を見せ付けられても、怯むことも無い。

そしてあの顔。

あの表情は天使の物では無い。
天界にいる者はあんな顔はしない。


常に穏やかな笑みを浮かべているが、その下は無機質で温かみの無いロボットのような連中だ。

天界の存在は感情の起伏などほとんど無いのだ。
一応あるのだが人間ほど激しくは無く、生ぬるいノロノロとした感じのモノだ。

(氏ぬ間際になってようやく見せることもあるが、
それは昆虫の断末魔のようなもので、感情と言うよりはプログラム的な反応と言った方が良い)


ベヨネッタ「……」


神裂は半身が天使だ。

だが全てを委ねているわけではなく、その本質は人間のままらしい。

十字教の神々に心から身を捧げているのでは無いらしい。


ベヨネッタ「……」

837: 2010/06/04(金) 00:37:40.14 ID:iiy3dHc0
ベヨネッタ「(へぇ……)」


とある『理由』があって、神裂の事については事前にあらかた調べ上げている。

禁書目録の護衛に付き、あの少女を守る為に何度も命令違反した事も知っている。

記録を見た限り、その行動はどう見ても護衛任命された義務感では説明できない程のものだ。

はっきりいって、守る為なら罷免されようが破門されようが構わないというスタンスに見える。


彼女をそこまで駆り立てるモノは?


『神』の為に戦っているのか、それとも―――。


そこが今回のもう一つの目的の要の部分でもあり、

それがわざわざこうしてこの『天使』と戦う理由の一つでもある。


ベヨネッタ「……一つ聞くわよ。答えな」


ベヨネッタがオベリスクの上から神裂に向けて声を放った。


神裂『……』

神裂は無言のままベヨネッタを見据えた。
苦痛に喘ぐ体が小刻みに震えている。


ベヨネッタ「アンタは何の為に戦ってるの?」


神裂『―――は?』

838: 2010/06/04(金) 00:38:20.12 ID:iiy3dHc0
神裂『(……何を……?)』

愚問だ。

何の為?戦争を防ぐ為に決まっている。
神裂は無言で睨み返した。


ベヨネッタ「……質問変えるわよ」

ベヨネッタはその神裂の表情を敏感に読み取り、
そして次はストレートに問いかけた。


ベヨネッタ「これも禁書目録を守る為?」


神裂『―――』

突然出たその名。

神裂が一瞬で凄まじい形相になる。

その名前が。

彼女の名があの口から発せられたことが許せない。



神裂『―――ッッッせぇええええええええんだよッ!!!!!!!!!』


神裂は吼えるも、体が動かない。
今すぐにでも飛びかかりたいのだが、最早今にも地に突っ伏してしまいそうな程ボロボロだった。


ベヨネッタ「―――そう」

その神裂の反応を見てベヨネッタがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

839: 2010/06/04(金) 00:41:39.73 ID:iiy3dHc0
あの神裂の反応を見れば一目瞭然だ。

瞳を見れば。

ベヨネッタ「……」

力の悦に浸るためでも、戦いそのものを求めているわけでもない。


間違いない。

あの聖人は『誰か』を守る為に戦っているのだ。

天界の力もその為に利用しているにしか過ぎないはずだ。

たまたまその系統の力を宿し、それを使う環境で育てられただけなのだ。

ならば問題ない。

『誰か』の為にあの瞳をするのなら。


ベヨネッタ「……」


同じ瞳だ。


あの『時』の瞳と―――。


―――ジュベレウスに取り込まれそうになったベヨネッタを救い出したジャンヌの瞳と。


ベヨネッタ「……」


どうやらバージルの『読み』は当たっていたようだった。

『ならば』計画通り事を進める。


ベヨネッタ「(OK、問題ないわね)」

840: 2010/06/04(金) 00:47:34.55 ID:iiy3dHc0
ベヨネッタ「そう…ね……一つ言って良い?」

煮えたぎる神裂の腹の底などお構い無しにベヨネッタがひょうひょうと再び口を開いた。


ベヨネッタ「矛盾してるわよ」


ベヨネッタ「禁書目録を守りたいが為に―――」


ベヨネッタ「―――天界側に付いてその力を使うなんて」


神裂『―――は……?』

いきなりのその言葉。
満身創痍で意識が朦朧としている神裂の思考は当然上手く働かない。


ベヨネッタ「……ま、『調教』が徹底してる十字教徒。そこら辺は知らなくて当然よね」


ベヨネッタ「あれよね?『セフィロトの樹』も思念上での界の構造マップみたいな風に教わってるでしょ?」


神裂『……な……?』

セフィロトの樹。
以前、それに関る事件に巻き込まれたことがある。

『御使堕し』という魔術により、『セフィロトの樹』を介して天使が天界から引き摺り下ろされ、人間の体に宿り、
そのせいで人間達の魂と肉体が椅子取りゲームのように一つずつズレてしまった事件だ。

だがそれがどうしたというのだろうか。


ベヨネッタ「おかしいと思わないの?そもそもなぜ人間の魂が数珠繋ぎで天界と接続されてるのか」


ベヨネッタ「って、哀れな『奴隷』達はそこら辺は思考停止しちゃってるから無理ね」


神裂『―――何を……?』

禁書目録と言うワードが引っかかるが、当然今の状態ではその言葉の意味を理解することは出来なかった。

841: 2010/06/04(金) 00:53:05.21 ID:iiy3dHc0
ベヨネッタ「……ちょっと喋りすぎたわね」

ベヨネッタが苦笑しながら首を軽くかしげた。


元々彼女はこういう場でお喋りするようなガラではない。


それに、どうせ神裂はこの後『すぐに』真実を身をもって知るのだ。


今言ったところで無意味だ。


ベヨネッタ「じゃあそろそろ―――」


ベヨネッタが両手を真上に伸ばし、腰をくねらせる。



ベヨネッタ「―――『くたばって』ちょうだいな」



そして長い黒髪の束がなびき、扇状に大きく広がった。


ベヨネッタ「(……)」


天界の力はもうほとんど削ぎ落としたが、七天七刀の『魔』は未だに彼女の体を固く守っている。

ブチ破るのならもう少し強めに、もうちょっと本気を出した方がいいだろう。



ベヨネッタ「(じゃあ……喚ぼうかしらね)」


ベヨネッタ「(『どのコ』にしようかしら)」

842: 2010/06/04(金) 00:58:23.06 ID:iiy3dHc0
神裂『(……)』
察知した神裂はよろめきながらも七天七刀を地面から抜き、大きく振り上げ肩に乗せ腰を落とした。

次が最後の一撃。

もうこれ以上戦うことは出来ない。そしてこの一撃で倒せる可能性も限りなくゼロに近い。

―――だが神裂は前へ、地面を蹴り進む。


神裂『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!』


ベヨネッタ目がけて。

前へ。

前へ。


だが力の差はやはり圧倒的だった。

現実は無情だった―――。


ベヨネッタ「決めた」

ベヨネッタは一言呟いた後、ダンスでもしているかのようにオベリスクの上で身をくねらせる。

そして天を仰ぎ―――。



ベヨネッタ「―――ASCHA IAIDA!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



次の瞬間、彼女が見にまとっていたボディスーツがバラけ髪の毛の姿に戻り、彼女の艶かしい素肌が露になる。

解放された大量の髪が絡み合いながら天に向かって勢い良く伸び。

その先に浮かび上がる、直径40mはあろうかという赤く巨大な魔法陣。


そして魔法陣の中から出現する―――。


―――凄まじく巨大な六本の『黒い腕』。

843: 2010/06/04(金) 01:02:48.03 ID:iiy3dHc0
ベヨネッタは大悪魔を召喚したのだ。


その名は『ヘカトンケイル』。


その拳は山をも容易く砕き、足踏みをしただけで大地震が三日間も続く。

大悪魔の中でも頂点クラスに君臨する、魔界の諸王の一人とも呼べる圧倒的な存在。


―――その六つの拳が。


―――神裂に容赦なく降り注いだ。



地面は割れ列柱廊は崩れ落ち、その後方に広がる建物群も亀裂が走り破片が舞い飛ぶ。
巨大なクレーターが何重にも重なって穿たれていく。

全てを叩き潰し粉砕する圧倒的な火力。


ヘカトンケイルは一瞬で50発以上ものパンチを叩き込んだ後、
巨大な魔法陣の中に吸い込まれるように消えていった。

そしてその魔法陣も風に吹かれるように消え、伸びていたベヨネッタの髪も逆再生するかのように元の位置に戻り、
再びボディスーツへと姿を変え彼女の身を包んだ。


凄まじい轟音にかき乱された空気を取り戻すかのように、
不気味な静けさが無残な姿になった広場を覆う。

844: 2010/06/04(金) 01:05:11.32 ID:iiy3dHc0
拳の型がありありと残っているクレーター群。

その中央に力なく仰向けに横たわる神裂。


体は七天七刀のおかげか原型を保っているものの、彼女の魂と力は粉砕された。


しかし未だに胸が小さく上下していた。
まだ息があるのだ。

その手もまだかろうじて形だけ七天七刀を握っていた。


ベヨネッタ「……」


そんな神裂を見下ろすベヨネッタの顔からは今までのような舐めた笑みは消えていた。
そしてどことなく哀しげな空気を漂わせていた。

彼女は軽く跳ね、オベリスクの上から降り立ちゆっくりと神裂の方へ腰をくねらせながら進む。

そして神裂の前に立つ。


虚ろな神裂の瞳がベヨネッタの姿を捉える。
その瞳には未だに信念の光が宿っていた。

ベヨネッタ「……」

ベヨネッタは感じ取った。
この女はまだ『負けていない』 と。

だが彼女の動きはそれだけだった。
どこかに穴が開いているのか、呼吸するたびにヒューっと空気が漏れる音がしていた。

845: 2010/06/04(金) 01:08:55.54 ID:iiy3dHc0
ベヨネッタは七天七刀を軽く蹴る。

だが神裂の右手は離そうとしない。

ベヨネッタ「……」

ベヨネッタは左手に持つ銃を神裂の右手へ向け、引き金を引いた。
炸裂音と共に神裂の指が吹き飛び、七天七刀が遂に彼女の肉体から離れ地面に転がった。

神裂は指を吹き飛ばされても反応しなかった。
最早痛みに反応する余裕すらないのだろう。


ベヨネッタは七天七刀の切っ先を踏みつけた。
その衝撃で、シーソーのように柄の方が上に跳ね上がる。

ベヨネッタはその柄を右手で掴んだ。


ベヨネッタ「……ッツ」

掴んだ瞬間、右手に走る小さな痛み。
七天七刀がベヨネッタを拒否しているのだ。


ベヨネッタ「本当にけなげなコね」



ベヨネッタ「わかってちょうだい」


ベヨネッタは七天七刀に己の思念を流し込む。
すると痛みは治まった。


七天七刀が、ベヨネッタが今『やろうとしている事』を知り抵抗をやめたのだ。


ベヨネッタ「ふふん、妬いちゃうわね。こんな良いコに気に入られているなんて」


ベヨネッタは七天七刀を振り上げる。

神裂の瞳がその切っ先を追った。

846: 2010/06/04(金) 01:14:16.17 ID:iiy3dHc0
次の瞬間神裂の横たわっている地面に、
彼女を中心として直径5m程の黒い円が浮かび上がった。

その淵は燃えているかのように赤く揺らいでいる。


魔界の『煉獄』へと続く穴だ。


魔女に敗れた『天界の者』に待ち受ける末路。


その先は魔界の深淵。

氏んでいった魔女達の怨念が渦巻く煉獄。


無数の黒い腕が円から突き出し、神裂の体を鷲掴みにしていく。

神裂「……っはぁっ……」

その大量の手が神裂の体に触れた瞬間、彼女の体が小さく跳ね目を見開いた。

氏んでいった無数の魔女達の思念が神裂の中へ流れ込んでいく。

847: 2010/06/04(金) 01:15:05.31 ID:iiy3dHc0
凄まじい憎悪。

魔女が受けた迫害の歴史。

天界によって抹消された、人間界の真実の歴史。

天界が今まで何をしてきたのか。


―――そして聖人は。


―――己は何の為に生まれてきたのか。


真実を知った時。
神裂は凄まじい罪悪感と絶望に打ちひしがれた。

今まで信じてきたモノが音を立てて崩壊していく。


神裂「あ……あぁ……」


『友』を守る。


人々を守る。


その為だけに刃を振るってきたのに。

その為にこの聖人と天使の力を使ってきたのに。


その力自体が―――。


この天界の聖なるはずの力が―――。


―――守るべき対称を。


―――人間達を。


―――インデックスを蝕む一番の癌だったとは。

848: 2010/06/04(金) 01:19:46.74 ID:iiy3dHc0
神裂は目を見開き、ベヨネッタを見上げる。
その瞳に宿っていた猛烈な敵意は消えていた。


何もかもに困惑している幼い子供のような瞳。


今にも泣き出してしまいそうな瞳。


ベヨネッタ「そうそう、じっくり味わいなさい」


ベヨネッタが七天七刀を振り上げたまま神裂にそっけなく口を開いた。


ベヨネッタ「それでよぉ~く考えることね―――」


そしてが七天七刀を振り下ろす。


その切っ先が向かうは―――。


―――神裂の胸。


―――心臓。


ベヨネッタ「―――『後』はアンタ次第よ」


刃が食い込み、神裂の胸を貫いた。神裂の体が僅かに跳ねる。

849: 2010/06/04(金) 01:23:12.48 ID:iiy3dHc0
メリメリと音を立てて七天七刀の青く光る刃が神裂の胸に沈んでいく。


ベヨネッタ「あ、それと最期に言っておくわね」


ベヨネッタ「私、『天使』は大嫌いだけど」


ベヨネッタ「アンタみたいな『人間』は大好きよ」


ベヨネッタ「アンタみたいな―――」



ベヨネッタ「―――『悪魔』も ね」



神裂の『聖人』として、『天使』としての魂が『魔』を宿した刃によって貫かれ砕け散る。

そして彼女の瞳孔がゆっくりと開いていき、光を失う。

彼女の体を掴んでいた無数の腕が、ゆっくりと彼女の体を黒い円の中に沈めていく。


ベヨネッタ「Good night. Baby」


『聖人』であり『天使』である神裂。


ベヨネッタ「See you---」


―――ここに堕ちる。


ベヨネッタ「―――later」


―――ここに氏ぬ。


―――

862: 2010/06/07(月) 23:49:38.64 ID:gdoK7KU0
―――

学園都市。第二学区。

とあるビルの屋上。

そこに二人の少年と少女が立っていた。

土御門、海原、結標、そして。


アラストルを所持した、青白い衣を纏っている麦野。


四人は1.5km程先に見える、同学区内にある巨大なドーム型の建造物を見ていた。


学園都市統括理事会の一人、潮岸の根城であるシェルターだ。
非常に警戒心が強い潮岸は、常日頃から学園都市の試作型の強固なシェルターに居座っているのである。


特に軍事・兵器関連に強い影響力を持つ潮岸は、理事会の中でも特にアレイスターに近い一人とも言える。
恐らく土御門らがまだ知りえていない、そして学園都市に対するカードになり得る情報を持っているはずなのだ。

学園都市を脅迫するネタはいくつか揃っているが、もっと集めたほうが良いのだ。
足りないと言う事は無い。

それにこの襲撃により、恐れた理事会の中にこちら側と交渉しようと歩み寄ってくる者も現れるかもしれない。
更にそこから離反が起こるというもっと好ましい状況になるかもしれない。

またもう一つの目的もある。

アラストルを所持した、新生した麦野の『試運転』でもあるのだ。

土御門「じゃあ始めるぜよ」

結標「作戦は?」

海原「さて……どうしましょう?」

土御門「どうするかな」

海原と土御門が麦野のを横目で見ながら結標に、
そして麦野へ向けて何かを確認するかのように答えた。

863: 2010/06/07(月) 23:56:11.64 ID:gdoK7KU0
麦野「……OK、じゃあ耳かっぽじって聞きな」

麦野が少し面倒臭そうに口を開き。


麦野「バカでもわかるように簡単に説明してやるから」

麦野「作戦はこう」



麦野「私がぶち抜いて吹き飛ばす」



麦野「アンタ達はその後に残りカスを処理」



麦野「説明終わり」


土御門「完璧だぜよ」

海原「文句はありませんね」

結標「ま、その為にそれ持たせたんだからね、当然でしょ」


三人はわざとらしく大げさにうんうんと頷く。

864: 2010/06/07(月) 23:57:52.46 ID:gdoK7KU0
土御門「じゃあもう一度仕切りなおしだぜよ」


土御門「始めるぜよ」


土御門「新生した麦野姫の初陣だ」


麦野「はッ!!!!!」

麦野は短く鋭い笑い声を上げ、その場で右手に持つアラストルを天に掲げた。
同時に剣身から、そして彼女の全身から大気が焼け付く音と共に青白い閃光が迸った。


土御門「うぉお!!!!ここでやんのかよ!!!!!」

三人が慌てて麦野の傍から離る。


そんな三人を尻目に麦野はニヤけながら、
光が蓄えられたアラストルの切っ先をゆっくりと1.5km先のドームの方角へ向けた。

そして次の瞬間。

集っていた光が一気に剣筋に沿って『射出』された。



麦野「カァァァァァァァァァッッッッ!!!!!!!!」



―――壮絶なる反乱劇の開幕を告げる『烽火』―――。


直径が4mがあろうかという青白く眩い巨大な『柱』が一瞬でドームまで到達し―――。


―――着弾し貫いた。


夜空を大きく震わせる轟音と地響き。


吹き上がり飛び散る、溶解したドームの破片が構成するオレンジ色の巨大な『粉塵』。


―――穿たれる巨大な『穴』。

865: 2010/06/08(火) 00:02:59.64 ID:MAc1vAM0
アラストルの補助を受けた麦野の砲撃。

例え1000発の核攻撃を浴びてもびくともしないシェルターの隔壁が、いとも容易く全く抵抗無く貫かれた。
さながらカステラに銃弾を撃ち込むように。


麦野「―――ははッ」


麦野は己の湧き上がる力と、そこから放たれた攻撃を見て呆れたように軽く笑った。
潮岸を殺さないように少し力を抑えた今の砲撃でさえこのレベルだ。


麦野「……」

右手の不気味な装飾の大剣に目を落とす。

流れ込んでくる凄まじい量の『力』。

それが何なのかわからないのに、なぜか使い方がわかる。まるで本能のように。

以前から無意識の内に知っていたような感覚。『頭』ではなく体そのものが自然に動く。

誰からも教えられることも無く麦野はアラストルの力を上手く引き出して使っていた。
いや、強いて言うならばアラストル自体が教えてくれるといったところか。

力と共に何らかの形で、記憶のような『何か』が流れ込んできているのだろうか。

それが『魔に魅了され取り付かれ侵食される』ということなのだが、もちろん麦野自身は知る由も無い。
また、もしその危険性を知っていたとしても彼女は手放そうとはしなかっただろう。

彼女はその圧倒的な力に完全に魅了され心が奪われたのだ。

麦野「―――」

どうなろうと手放す気は毛頭無い。


それに―――。


―――あの『時』と何となく同じ匂いがする。


麦野「―――あはっ」


―――吹き抜けていった爽やかな風と。


―――第23学区で彼女を『自由』の空へ運び上げた『男』と。

866: 2010/06/08(火) 00:05:59.31 ID:MAc1vAM0
海原「……あれ、中にいる方々は全滅では無いでしょうか?」

土御門「……やり過ぎじゃねえか……?」

結標「初っ端から皆頃しにしてどうすんのよ……」


三人が恐る恐る麦野の傍に戻りそれぞれの感想を吐きながら、
オレンジ色の炎が吹き上がっているドームを食い入るように見つめた。


ドームに穿たれた巨大な穴はもちろん、全体に走っている亀裂の間からもオレンジ色の光が噴出している。
内部はさながら火山の中のような超高温の灼熱地獄だろう。

潮岸は常に駆動鎧を身に纏っているらしいが、それでもあの状況で耐えられるかは疑問だ。


麦野「うるせぇ。どうせついでの仕事だったし別にいいじゃないの」


麦野がバトンのようにアラストルをくるくる回しながら、不機嫌と上機嫌が混ざった奇妙な表情で言い放った。
回転するアラストルが空気を裂くたびに、まるで某SF映画に出てくるライトセーバーのようなブーンという音が発生する。


麦野「逝っちまってたらそん時はそん時で次の『獲物』を狩れば良いでしょ」


海原「ま、彼女の『初陣』ですし戦力計測と考えれば無駄では無かったでしょう」


土御門「はぁ~……」


麦野「グダめいてんじゃねえよ。座標移動!私をあそこまで運びな!さっさと確認してくるわよ!!」


結標「はいはいお姫サマ仰せのままに」

麦野の乱暴な『命令』に結標がため息混じりに嫌みったらしく返答する。

とその時だった。

土御門「んお……」

土御門のポケットに入れておいた携帯が激しくバイブしたのだ。

867: 2010/06/08(火) 00:07:53.85 ID:MAc1vAM0
土御門は手早く携帯を取り出し、画面を確認する。

着信はグループ直属の下部組織からのものだった。
この水面下の反乱作戦には、土御門ら幹部以外にも下部組織の者達もそれなりの数が参加している。


皆もうゴミクズとして扱われる人生にウンザリしたゴミクズ共だ。
確かに『兵士』だが、学園都市上層部に対する忠誠心などもう欠片も無い。

『上』に見切りをつけ、せめて最後くらいは己の意志で戦いたいという信念を持った者達だ。

それで氏んでも本望なのだ。
またゴミクズとして扱われる人生に戻るよりはマシなのだ。

ちなみに彼らが裏切る可能性はかなり低いだろう。

この話を持ちかけられるも拒否した者や答えをはぐらかせうやむやにした者達は、
皆後々にグループによって機密性を保つために『粛清』されたからだ。


つまり信頼に足りうる者達しか残っていないという事だ。


土御門「……」

着信はその下部組織内の情報収集を担当している部隊からだった。

土御門「何だ?」

土御門は携帯の通話ボタンを押し耳に当てるとそっけなく応答した。


『緊急報告です』

土御門「簡単にな」


『未確認情報ですが、ヴァチカンにおいて大規模な戦闘が起こったとの事です』


土御門「―――……なに……?」

868: 2010/06/08(火) 00:11:35.23 ID:MAc1vAM0
土御門は通話をしたまま手を挙げ、麦野らにその場で少し待てと合図をする。
三人は土御門のその険しい顔から、何か重大な事が起きたことを読み取りその場で静かに待った。


『その事を受け、各国ともに水面下で軍事的行動を開始し戦時体制に入りました』

『特にイギリス・イタリア・フランス・ロシアが活発です』


『―――そしてここ学園都市でも、つい先ほどいくつかの戦闘部隊に対して緊急招集がかかりました』

『また軍用機の稼働率を90%以上に維持し待機するようにとの命も下ったとの事です』


土御門「……」


この電話口の隊員は、『それぞれの勢力が軍事行動を始めた』という事を伝えたかったのだろう。
魔術サイドを知らないこの男はヴァチカンで起こった件自体はそれほど重要に思ってはいないのかもしれない。

だが裏の裏を知っている土御門にとっては逆だ。

確かに遂に来たこの早すぎる開戦は大きな問題だがそれ以上に。


ヴァチカンで起きたその何らかの戦闘が最も懸念すべき事に感じられた。


土御門「(神裂……)」


ちょうど今、ヴァチカンで神裂がイギリス清教の大使としてローマ正教の枢機卿と会合をしていたはずだ。

それが無関係とは思えない。


一体何が起こっているのだろうか。


『……少々お待ちを』


その時だった。
向こうの背後で何やら騒がしくなった。
慌てている声が聞こえる。

869: 2010/06/08(火) 00:13:23.05 ID:MAc1vAM0
土御門「どうした?」


『た、たった今傍受した情報です』

焦りを何とか隠そうと取り繕っている男の声。


『ア、アクセラレータが第七学区にて何者かと交戦中との事です』


土御門「―――」


『相手は学園都市外部の者、規模から見て『最低でも』レベル5相当の戦力を保持している可能性があります』


突然告げられたその言葉。
土御門の顔が固まる。


戦争に向けて早速ローマ正教かロシア成教が動き出したのか。
学園都市最大戦力のレベル5を狙って襲撃したのだろうか。


いや―――。


一方通行以上に『戦い』を引き付ける存在が今、彼の元にいるではないか。


―――インデックスが。

870: 2010/06/08(火) 00:18:33.56 ID:MAc1vAM0
相手の目的はインデックス。

恐らく7~8割方そんなところだろう。


土御門「その場所を俺の携帯に転送しろ」

『了解』

土御門「お疲れさん」

土御門は一言そっけない言葉を与えた後すぐに、相手の返答も聞かずに通話を切った。

そして携帯に目を落としながら、今の状況とこれから己がやるべき事は何かを瞬時に考えていく。


一方通行とインデックス。

見捨てることも出来る。
トカゲの尻尾のように切り捨てる事もだ。

一方通行自身も支援を求めてはいないだろう。

己に降りかかった火の粉は己の手だけで振り払い乗り越える。
それが出来なければ氏ぬだけ。

それが彼ら暗部に属する者達の暗黙のルールであり掟だ。


だが、もし彼が負けてしまえば失う物が余りにも大きすぎる。

まず一方通行。

彼はこちら側の要でもある。

その気になれば大悪魔に匹敵する程の力を行使できる彼はいわば最後の砦であり、

そして彼『そのもの』が学園都市を脅迫する重要な『ネタ』の一つでもあるのだ。

そんな彼が失われるのは余りにも痛い。


そしてインデックス―――。

871: 2010/06/08(火) 00:21:39.93 ID:MAc1vAM0
あの少女はそうそう誰かの手に渡ってはいけない『モノ』という事は説明する必要すらないだろう。
それに今ここで見捨てたことが後々にイギリス側に知られれば厄介なことになる。

土御門はイギリス清教の『必要悪の教会』にも所属している。

学園都市で暗部に属しアレイスターと深く繋がりつつ、
イギリス国旗に忠誠を誓った魔術師でもあるのだ。

今までその状況を上手く使って二大勢力のクッションとパイプとなったり、
双方の情報を手に入れて己自身の目的にも利用してきた。


だが今この時、『それ』は土御門にとって大きな枷にもなっていた。


使える者は多少の不義に目を瞑ってでも飼い続ける『寛容』なイギリス清教でも、
今のこの世界情勢で『インデックスを見捨てた』という不義を働いた者に対しては慈悲を見せないだろう。

インデックスを見捨てると言う事は、今の状況において究極の『不忠』となり得る。

開戦間近の敵国への核弾頭と最新技術の漏洩を、
『私利私欲』の為に見てみぬ振りする『兵』をそのまま置いておく国がどこにあろうか。

必要悪の教会から除名され、重要な情報ルートが切断されるかもしれない。
ましてや『報復と責任』という名目で刺客を送り込んでくる可能性すらある。


土御門「……」


取るべき行動は決まっている。

今のこの潮岸の件は元々スペアプランであり、時間的余裕があったからやっているだけだ。


優先すべきはもちろん。


一方通行の支援だ。

872: 2010/06/08(火) 00:22:58.31 ID:MAc1vAM0
土御門のこの決断の理由は、前述の事の他にも一つある。


『禁書目録』としてではなくインデックスという一人の少女と、上条当麻の関係。


土御門にとって上条当麻は唯一無比の親友だ。
殺伐とした裏の世界で知り合った戦仲間ではなく、本物の『友人』なのだ。


その友人の想い人が危機に晒されているというのなら―――。


土御門「(しょうがねえ―――)」


―――戦うのが当たり前だ。


友人の大切な想い人を見捨てる程。


土御門の心は腐ってはいない。



土御門「(―――かみやん、一肌脱いでやるぜよ)」

873: 2010/06/08(火) 00:25:10.49 ID:MAc1vAM0
これは土御門のアイデンティティーの問題でもある。

ここで無視して手を打たなければ、最後の一線を越えてしまう気がしたのだ。

それを越えてしまったら後は果てなく堕ちて行き。

光を浴びる資格を。


そして自分自身が守ろうとしている少女の前に。


舞夏の前に立つ資格すら失ってしまう気がしたのだ。


どれだけ血に染まり、闇に落ちたとしても土御門はそこだけは失いたくなかった。

血生臭い事も必要とあらば易々とやってのける彼の中に残った最後の良識。


偽善と言われようと、それはタダのワガママ、エゴだと言われようが知ったことでは無い。


守りたいものは己自身の手で守り、それが無理なら諦めろという暗部のルールなんかクソ喰らえだ。


それに上条はそんな闇ではなく光の住人だ。


元々暗部のルールなんぞ当てはめる必要も無い。


土御門「(上等だ)」


―――かけがえのない表の世界の『親友』の為に。


それ以上の理由があるだろうか。


戦う事に。

874: 2010/06/08(火) 00:27:39.23 ID:MAc1vAM0
土御門「聞け」

土御門が三人へ向けて重く鋭い声色で口を開いた。


土御門「アクセラレータが第七学区で何者かと交戦中だ」


土御門「目的はインデックスと考えるのが妥当だぜよ」


その言葉を聞いて海原と結標の表情が固まった。


魔術師である海原はもちろん、
色々と話を聞かされている結標もインデックスという少女がとんでもなく重要な存在というのは何となく知っている。

何せ二ヵ月半前の動乱も、あの少女を中心にして引き起こされたと言っても過言では無いからだ。


その一方でいま一つ状況が掴めていない麦野は怪訝な表情を浮かべていた。


麦野「で?アクセラレータなら大丈夫でしょ?」


その麦野問いに三人は沈黙を返した。

インデックスを中心にして引き起こされる争乱、
そして彼女が引き付ける敵のスケールは徐々にインフレを起こしてきたのだ。

そして二ヶ月半前に悪魔サイドと絡み合い、そのインフレは超新星の如く遂に大爆発を起こした。


今となっては、一方通行よりも強い敵が突如出現しても何らおかしな事ではないのだ。

875: 2010/06/08(火) 00:28:33.38 ID:MAc1vAM0
麦野「何黙ってんだよ」

三人の沈黙に麦野が苛立ちの篭った声を上げた。


土御門「ともかく、俺は行くぜよ」


土御門「役に立たねえかもしれねえが、脇役には脇役の活躍の仕方があるぜよ」


土御門「俺には力はねえが頭があるしな」

この知識があれば一方通行の役に立てるかもしれない。
相手が悪魔や魔術師等ならば尚更だ。


土御門はそれだけ言うと、三人の返答を聞かずに踵を返し下階へ繋がる階段の方へゆっくりと歩み進んでいった。


麦野「おい!!何考えてんだよ!!!この期に及んでお仲間ゴッコかよ!!?」


麦野がその土御門の背中へ叫ぶも、彼は無視してそのまま進んでいった。


海原「……全く……仕方ないな」


海原が小さく呆れたように呟くと、その土御門の背中の後を追った。


結標「しょうがないわね……待ちな!!私が送ってやる!!!」

876: 2010/06/08(火) 00:30:11.65 ID:MAc1vAM0
結標が発した声で海原と土御門が振り返り、

土御門「そいつは助かるぜよ」

海原「到着した時にはもう終わってたなんて惨めですしね」

口を小さく綻ばせながら言葉を投げ返した。


そして三人はゆっくりと麦野の方へ向き、ニヤニヤと嫌味な笑みを浮かべた。


麦野「……な、何?私は行かないわよ!!」

別に気にすることも無いのだろうが、
自分が少数派であるこの現状が少し気まずい。


土御門「なあ、メルトダウナー」

麦野「あぁ゛!!?」

土御門「付いて来ればよ、さっきのとは比べ物にならねえ程に暴れられるかもしれねえぜよ?」

海原「もっと力を確かめたいでしょう?」

麦野「……!!」

麦野の表情が揺らぐ。

確かに。

確かにそれは良い『条件』だ。

麦野「……」

麦野「……」

麦野「……」


土御門「急いでんだ。早く決めt」


麦野「わぁったよ!!!!行くわよ!!!!行きゃあいいんでしょうが!!!」

877: 2010/06/08(火) 00:32:43.41 ID:MAc1vAM0
土御門「はっはー助かったぜよ」

海原「さすがに僕等だけじゃ心もとないですしね」

麦野「チッ」

結標「ちょっと。ちょっといい?」

結標が軍用ライトを突き出し、三人の間を割るようにして口を開いた。


土御門「ん?」


結標「まず私は送るだけよ。戦いに参加するかは相手を見てから決めるから」

土御門「まあお前は後ろで見てな。全員を一気に避難させる必要もあるかもだしな」


結標「それもあるけど、ブチギレたアイツやそこの『破壊大帝』サマの戦いの中に巻き込まれたくも無いのよね」

麦野がピクリと腹立たしげに眉を動かした。


結標「それとまた前の『怪物』みたいなのに会うのは嫌だから」

前の『怪物』とは、圧倒的な恐怖で彼女にトラウマを植え付けたバージルの事を言っているのだろう。


土御門「はは……まあそのレベルの奴にそう頻繁に会うことはさすがにねえと思うぜよ」

海原「ま、その時は全部諦めて逃げるが良しですよ」


麦野「は?誰が来ようと逃げるなんざありえないっつーの」

麦野がアラストルを肩に乗せ、挑発的な笑みを浮かべるが。


土御門「いや、お前も会っただろ?第23学区でな」

海原「あの『赤いコート』の男に勝てると思いますか?」


麦野「……へぁ?」

指摘を受けて素っ頓狂な声を上げた。

『無理』

その一言が彼女の頭の中で木霊する。

878: 2010/06/08(火) 00:35:52.95 ID:MAc1vAM0
麦野「……」

確かに、今の自分はあの時とは比べ物にならない力を有している。

だがあの時あの男が彼女の目の前で行使した『力』は、今彼女が有している力を遥かに凌駕していた。

『アレ』が何なのか全く理解ができないが、頭よりももっと深淵の『何か』が『到底勝てない』と叫んでいるのだ。


麦野「……あの男……来るの?」


ただ、戦う戦わない以前にあの男自体にも興味がある。
良く分からないが、もっと知りたいのだ。

土御門「いやいや例え話だぜよ。あのレベルが来たら潔く諦めましょうってこった」

結標「それと私が言ってんのは『そいつ』じゃなくて『色違い』の『青い』方だから」


麦野「???」


海原「ま、話は後です。今はさっさと行きましょう」

これ以上話を続けると余計にややこしくなり更に時間を潰してしまうだろう。
海原は軽く手を叩き場の空気を切り替えた。


そして不機嫌そうにブツブツ文句を垂れる麦野を含めた三人は、
結標の座標移動で現地へと向かっていった。



四人は心にも思っていなかっただろう。


まさかその例え話の『男』が本当に目の前に現れるとは―――。


―――それも『青い』方が。



―――

888: 2010/06/08(火) 23:56:41.68 ID:MAc1vAM0
―――

フォルトゥナ郊外。

とある丘の上にある半ば崩れかけている古い塔。
遥か昔に打ち捨てられ、そして忘れ去られたかつての城塞の一部だ。

その上に立つ赤いマントと純白のスーツを身に纏った一人の壮年の男。
逆立った黒髪に立派な口ひげ。

キューバ産高級葉巻の煙を燻らせながら、戦火に包まれる遠くのフォルトゥナの街並みを静かに眺めていた。

アリウス「……」

今、彼が放った悪魔の軍勢が街を攻撃しつつ『ある人物』を見つけようと捜索している。

『エサ』を見つけようと。

後々の保険にもなるし魔剣スパーダを所有するネロをしかるべき『場所』に、こちらの土俵へ誘い込む重要な『エサ』でもある。


魔剣スパーダを奪い取る為の土俵へ。


その力を、スパーダの力を手に入れるのもアリウスの目的の一つでもある。

覇王、魔帝、そしてスパーダ。
この三つを手に入れ全てを超越した存在になる事が彼の最終目的なのだ。


そこまで行けば天界と人間界はおろか、他の数多の世界、そして魔界すらも彼の手の中に落ちる。


彼に並ぶ物は誰一人存在しなくなる。


人間界生まれの『全能の神』の誕生だ。


覇王はアリウスが己の手で復活させ手に入れる。
魔帝の『創造』はフィアンマから最終的に奪う予定だ。


そしてスパーダの力は―――。

889: 2010/06/09(水) 00:05:03.29 ID:PMjEk2I0
例えアリウスが覇王と同化しその強大な力を宿そうと、魔剣スパーダは到底扱えないだろう。

使い手にはそれ相応の力が必要なのだが、もう一つの条件が『主』として認められることだ。
今、完全に覚醒している魔剣スパーダは、己が認めた『主』以外の手の中には納まらない。

一時的に持つこと自体は前回のウィンザーの時のようにできるだろうが、その力を制御下に置くことは不可能だ。


ではどうすればいいか。


まず『スパーダの血族の力』を宿していることが条件だが、
単純にそれだけでは無いということが二ヶ月半前に実証されてしまった。

ダンテが正式に主として認めていられていなかったのは、
魔剣スパーダが彼の力はまだ不十分と認識していた とアリウスは長年推測していたのだが、

ダンテ程の力を持っていないネロが正式に『主』として認められた事により、その『力の量』説は覆された。

魔剣スパーダが『主』として認める基準がわからなくなり、アリウスは頭を悩ませた。


だが人間随一の頭脳を持つ彼はこの程度の問題では頓挫しなかった。

主として認める『理由』がわからなくても、彼は魔剣スパーダの主となる方法を思いついたのだ。


―――既に『主』として認められている『者』の力を奪えば良い と。


だが今のネロから武力で奪うのは、例え覇王の力を宿していても厳しいものがある。
正面から激突すればこちらもかなりの傷を負ってしまうだろう。


しかし問題は無い。


もう『一人』、『主』として認められていた者がいるではないか。


―――『スパーダ』本人が。

890: 2010/06/09(水) 00:13:12.29 ID:PMjEk2I0
スパーダ。


人間界にはいない。

魔界にもいない。

もちろん天界にも。


誰一人スパーダが今どこにいるか、そして生きているのかは知らないだろう。

アリウスも同じく知らない。


だが彼は、スパーダ本人の『力』の在り処は知っている。


それは『人間界と魔界の狭間』の奥深く―――。



かつての大戦の際、魔界と人間界は『直接』繋がった。

それも今のように『小さな穴』ではなく、世界そのものが重なりつつあったのだ。
あの悪魔の移動術を使い空間の亀裂を介さずとも、その足で直に歩を進めて侵入できる程だったのだ。

魔界『そのもの』が人間界に雪崩れ込んできていたのだ。
太陽は陰り、空は漆黒に包まれ、緑の原は黒ずんだ荒野と変わり、大海は血の海へと姿を変えた。

最早人間界が完全に魔界に取り込まれるのも時間の問題だったのだ。


その現象を食い止めたのがスパーダだ。

彼はその『大穴』を塞ぎ封印したのだ。


そしてその『大穴』を封印する際、スパーダは己の『大半の力』をその礎として『埋め込んだ』。

大穴を己の力で堰き止め、その周りの空間を閻魔刀で捻じ曲げ固めて巨大な堤防を築いた。


例えるならばスパーダの力は土嚢の中に詰め込まれた土砂であり、
閻魔刀がそれを包む袋と固定する縄を作ったということだ。

891: 2010/06/09(水) 00:23:34.83 ID:PMjEk2I0
今現在もスパーダ本人の『力』は堤防として存在している。


それを強引に引き出して手に入れると言うことは、かの『大穴』の封が解けるのを意味するが、
アリウスにとっては大した問題では無い。


どうせ近い内に自然に解けてしまうのだから。


その封印はかなり強固であり、2000年もの間誰も手を出そうとはしなかった。
拘束を解くには莫大な力、それこそスパーダレベルの力が必要だったのだ。

だが今は違う。

二ヶ月半前から始まった一連の動乱とそこから来る負荷により、今やその拘束は痛み傾いている。

魔帝とダンテ・バージル・ネロの総力戦。
その圧倒的な力の激突は、漏れ出した余波だけでこの拘束に大きな亀裂を入れてしまったのだ。


そしてその後のイギリスを中心とする人間界の歪みも、
アリウス自身が引き起こしたウィンザーの事件が決め手となり最早修復不可能だ。

今や、『界』の自己治癒能力は追いついていない。

急速に歪みが広がりつつあり、ほっといてもいずれ拘束は崩壊し封印は解ける。


そして最終的にまた2000年前と同じく大穴が開く。


これは逐一観測し続けてきたアリウスだからこそ知っている事実だ。
恐らくこの事を知っている者は彼とフィアンマ以外にはいないだろう。


皮肉な事にアリウスとフィアンマが動かなくてもどの道、
近い内に人間界は壮絶な災厄に覆い尽くされる運命なのだ。

892: 2010/06/09(水) 00:28:07.06 ID:PMjEk2I0
結果が同じなのならば、こちらから手を打ってその『封印の残骸』、
スパーダの力を再利用しようというのがアリウスの『親切心』だ。


また爆発的な封の崩壊の反動により、2000年前以上よりも巨大な穴が開くかもしれないが、
アリウスにとってそれは好都合だ。

今とは比べ物にならない規模の悪魔の軍勢が人間界に一気に侵入することができ、
手駒の補充にも事欠かなくなる。

それに同じく直接繋がった穴から降臨してきた天界の軍勢と鉢合わせして、
より混沌とした大乱戦となるだろう。


他の者の目を逸らさせる『隠れ蓑』が更に強固で大きな物になるのだ。

その影でアリウスは悠々と計画を進められる。



結果的に人間界は黙示録すら生ぬるい程の災厄に見舞われるが、アリウスにとっては知ったことでは無い。

戦わずしてスパーダの力を宿すことが出来るのだ。
その為ならば安い代償だ。

いや、アリウスにとって『代償』ですらない。

全ては『全能』になる為。


スパーダの力をこの身に宿せば、魔剣スパーダもほぼ抵抗なくしてこの手に納まるかもしれない。
もしそうで無くとも、ネロから力ずくで奪えば良い。

覇王とスパーダの力を手に入れたなら、ネロと正面からぶつかっても確実に勝てるはずだ。


―――魔剣スパーダをも所有し、その力を制御下に置ければ。


ダンテやバージルに打ち勝つのも絵空事ではなくなる。
『竜王の顎』と結合したフィアンマを倒し『創造』を奪い取るのなんか赤子の手を捻るようなものだ。


そして最後に立っているのは―――。


―――『全能』となったアリウスのみ。

893: 2010/06/09(水) 00:29:54.49 ID:PMjEk2I0
アリウス。

人間界生まれの一人の人間でありながら、全ての存在の頂点を目指す『挑戦者』。


『弱き人間』

『矮小なる存在』


そうやって人間を卑下してきた者達もいつかは彼の前に平伏す事となる。
壮絶なる下克上だ。


アリウス「……」


アリウスは以前アレイスターに言った。

それはなにげの無い一言と捕えられたかもしれない。


だが彼の行動と信念は全てあの言葉に集約されているのだ。



―――最後に勝つのは『人間』だ。



―――という言葉に。

894: 2010/06/09(水) 00:32:16.07 ID:PMjEk2I0
アリウスは遠い目で、破壊から生じた黒煙が幾本も立ち昇っているフォルトゥナの街を眺めていた。


今これは時間との勝負だ。


ネロが帰還する前に目的を果たさなければいけない。
当然、即座にネロにも連絡が伝わっているだろう。

いつ戻ってくるかわからない。

トリッシュに送られてやってくるかもしれないし、
不慣れな悪魔式の移動術を無理やり使ってでも来る可能性もある。

ネロはあの移動術が『使えない』という訳ではなく、あくまで『苦手』なだけあるはずだ。

ダンテと同じく下手をすれば予想外の地点に飛ばされたり、
穴の調整をミスして周囲を大きく破壊する可能性もある為使っていないだけだろう。

力が大きすぎる為の弊害だろう。
幼少期から使っていたバージルとは違い、不慣れな事に手古摺って己の力を持て余してしまうのだ。

アリウス「……」

だが、今の状況を考えればネロは強引に使うかもしれない。
何が何でも、とにかくすぐにここに来ようとしている筈だ。

アリウス「うむ……」

アリウスは少し眉を顰め、小さく何かを確認するかのように声を漏らした。


もっと急がなければならない。
攻撃ではなく捜索に費やす人員を更に増やした方が良いかもしれない。


アリウス「……む…」

しかし後の戦いの事を考えると、ここで戦力を消費するのは好ましくないのだ。

895: 2010/06/09(水) 00:37:00.32 ID:PMjEk2I0
かの大穴の『封』が解ければいくらでも『兵』は補充できるのだが、
それまではできるだけ温存しなければならないのだ。

天界の軍勢が降りてくるのは、魔界の大穴の『封』が解ける前だ。

つまり、天界を誘い出す際は今アリウスが従えている悪魔達だけで大暴れさせる必要があるのだ。
その悪魔達の数が足りなかったら天界から降臨する兵数も当然小規模なものとなる。

それは何としてでも避けたい。

天界と魔界の諸王諸神達の、目を逸らす事ができる程の隠れ蓑を作り出す必要がある以上、
出来る限り大きな争乱を引き起こさなければならないのだ。


アリウス「……」


それに今戦っているフォルトゥナの騎士達。

例え全盛期からかなり力が衰えとはいえ、腐っても対悪魔を極めた最精鋭の強者達だ。

アリウスはフォルトゥナに2000を越える悪魔の軍勢を放った。
それもフロストやアサルト等の精兵達だ。


これ程の規模なら対悪魔防御を固め始めたロンドンでさえ陥落させる事ができるだろう。
(神裂・ステイル、シェリーや騎士団長等がいなければの話だが)


だがそれ程の軍勢も、150足らずの騎士達により今やその数は半数にまで減っている。
騎士達の損害は多くても四分の一程度だろうか。

完璧な奇襲であったにもかかわらず、虐殺された市民の数も思ったよりは多くない。

戦いの情勢も拮抗しているどころか、徐々にフォルトゥナ側が体勢を持ち直しつつある。

アリウスは目的の『者』拉致するついでに、
後に邪魔になるであろうフォルトゥナ騎士団を壊滅させようと目論んでいたのだが、それはどうやら難しいらしい。


そしてこれ以上兵数を増やしても無駄にこちらの損害を多くするだけだろう。


アリウス「……しかたあるまい」

896: 2010/06/09(水) 00:40:34.55 ID:PMjEk2I0
アリウスは軽く地面を足で叩いた。


すると今立っている崩れた塔の淵、
アリウスの背後2m程の場所に黒い円が浮かび上がり、3人の女性が出現した。

3体とも襟飾りの付いた赤と白のタイトなスーツを身に纏い、
顔には鳥を模した仮面を被っている。


アリウスの『秘書』だ。


だがその正体は人間ではない。


―――人造悪魔。


『セクレタリー』

セクレタリーとは、アリウスが身辺の護衛を勤めさせる為に作った人造悪魔達だ。

以前イギリスに放った最高傑作の『χ』と比べればその力は及ばないが、
戦闘能力は大悪魔に匹敵するいわば最精鋭の『親衛隊』だ。


生産数は全20体程度に過ぎないが、単体でも戦局を変える力を有しているアリウスの切り札の一つだ。

897: 2010/06/09(水) 00:42:31.25 ID:PMjEk2I0
アリウス「捜索しろ」

アリウスがそっけなく背後の3体のセクレタリーへと声を放った。

彼はフォルトゥナ殲滅は諦め、少数精鋭による目標の奪取のみに集中する事にした。
フォルトゥナ騎士にセクレタリーが倒されるという懸念もあったが、出し惜しみしている場合では無いだろう。

セクレタリー達は小さく頷いた後、
瞬時に跳躍して猛烈な速度でフォルトゥナ市街へ向けて駆けて行った。


アリウス「……急いだ方がいいか」


アリウスは内心少し焦り始めていた。
嫌な予感がする。

この感覚の原因は当然かの『者』だ。

その者の凄まじい憤怒と殺気がこの場に向けられている。


もうすぐやってくるのだろう。


フォルトゥナ史上最強の『騎士』が―――。


―――スパーダの孫が―――。


鉢合わせしたら最期だ。


それまでに何としても目的を達さねば。


―――

898: 2010/06/09(水) 00:46:09.09 ID:PMjEk2I0
―――

窓の無いビル。


この薄暗いビル内で今、一人の人間が『最強』の男と対峙していた。

水槽の前、アレイスターの正面5m程の所に立つバージル。
彼の体から放たれている圧倒的なオーラ。
充満する抗いようの無い殺意。


アレイスター「―――な……」


突然のその男の出現により、アレイスターは明らかに動揺していた。

なぜバージルが己の下に、しかもこのタイミングで。
アレイスターにはその理由が見出せなかった。


だが少なくとも『アレイスターを頃す』というのが目的では無いらしい。
いや、それも目的の一つかもしれないが、こうして前に立ち姿を見せるのなら別の目的もあるはずだ。


もしアレイスターをタダ頃すつもりで来たのなら、バージルは即座に彼を切り捨てていただろう。
アレイスターは、己の身に何が起こったか理解する暇も無く絶命していたはずだ。

それをしないでこうして立っているということは、『現時点』ではアレイスターを頃す気は無いということだ。

とはいえ、とても安心できる状態ではない。


この向けられている圧倒的な殺意。


少なくとも友好的ではない。

899: 2010/06/09(水) 00:47:16.42 ID:PMjEk2I0
アレイスター「……何の用だ?」


アレイスターはバージルに向け、静かに口を開く。
その声はいつもの無感情のモノとは違い、彼の焦燥感がありありと滲み出ていた。


バージルは無言のまま、アレイスターの前に浮かび上がっているホログラム映像に目を移した。


一方はローマ正教内のヴァチカンに関する通信を傍受している画面、
もう一方は一方通行とフィアンマの戦いの映像。


アレイスター「……答えろ。君ともあろう者が世間話しをしに来た訳でもあるまい」


アレイスターは再度言葉を告げる。

そしてようやくバージルが返答したが。



バージル「禁書目録をフィアンマに引き渡せ」



アレイスター「―――何だと?」


返ってきた答えはあまりにも予想外の物だった。

901: 2010/06/09(水) 00:52:56.72 ID:PMjEk2I0
アレイスター「―――」

余りのことにアレイスターは言葉を失った。


アレイスター「(この男―――)」


目的が何なのかはわからない。
だがこれだけは言える。

現時点において、バージルはアレイスターのプランの邪魔をしている『敵』だ。


右手にある杖を意識し、その握る手に力が入るが。


バージル「―――無駄だ」


バージルは悠然と立ったまま、僅かに身構えたアレイスターに鋭く言い放った。


アレイスター「―――」


そう、無駄だ。

敵と認識したからなんだ?

『戦う』という道を選べば結果は一つ。

いくら本気を出せば大天使や大悪魔クラスの力を行使できるアレイスターでも、相手があまりにも悪すぎる。


相手はそこらの大悪魔クラスなど軽く一太刀で屠ってしまう正真正銘の『化物』。


アレイスターが攻撃しようと動いた瞬間、彼の体は寸断されるだろう。


あるのはこの頭が転げ落ちるという未来。

ただそれだけだ。

902: 2010/06/09(水) 00:59:08.29 ID:PMjEk2I0
ここでアレイスターは氏ぬ訳には行かない。

もうあと一歩なのだ。
人生を、全てを賭けた目的の成就はもうすぐなのだ。

目的が遂げられた『後』ならば、こんな命など幾らでも差し出そう。


『成就』と引き換えならば、喜んで命を差し出そう。


だが確実な己の氏でプランが完全に消滅してしまう、結果が決まっている戦いなど受け入られるわけが無い。


アレイスター「………」

確かに今、フィアンマに禁書目録を渡してしまえば大きな障害を生み出すことになる。
しかしだからといってプランが成し遂げられないということではない。


ならば選ぶ答えは当然。


アレイスター「………………………良いだろう…………………了解した」


アレイスターは杖を握る手をゆっくりと開いた。
ねじくれた杖がふわりと水槽の中で浮く。


アレイスター「だが一つ」


アレイスターがそのまま言葉を続ける。


アレイスター「一方通行を失う訳にはいかない。その為の手は打たせてもらう」

903: 2010/06/09(水) 01:02:30.03 ID:PMjEk2I0
バージル「好きにしろ」


バージルはあっさりと即答した。


アレイスター「……うむ」


邪魔をしなければ別にどうだって良いということだろう。

邪魔をしなければだ。

『障害』と認識させなければバージルは見向きもしないだろう。
ならば方法はある。

一方通行を無力化させる方法が。


バージルの足元に青い円が浮かび上がる。
どうやら用はこれだけだったということだ。


アレイスター「待て。いくつか聞きたいことがある」


アレイスターが呼び止める。

バージルは無言のまま再びアレイスターを見据えた。
返事はないが、足元の円が消えたのを見ると、話くらいは聞いてくれるらしい。


アレイスター「……答えなくないのならば聞き流してくれ」



アレイスター「―――なぜだ?この行動の理由は?」


アレイスター「君の事だ。フィアンマとアリウスが何を企んでいるのか知っているのだろう?」



バージル「……」

904: 2010/06/09(水) 01:06:23.28 ID:PMjEk2I0
数秒間の沈黙。

バージルは答えなかった。

彼は相変わらずの無表情のまま、ただ無言を返す。


アレイスター「(……)」


フィアンマとアリウスのやろうとしていることは、明らかにスパーダの一族そのものと敵対する行為だ。
彼らの計画では、スパーダ一族の殲滅が最重要目的の一つでもある。

バージルならば当然それはもう知っているだろう。

ではなぜ即刻その二人を排除しようとはしないのだ?

更に、逆に放置するどころかこうして影で誘導をしているとは。


まるで自ら敵を育てているような行動だ。
二ヵ月半前の魔帝の時のように、あえて出現させて完全に滅せさせようとしているのだろうか。


―――だがそれだと腑に落ちない。


それが目的ならば、こんな回りくどいことをする必要は無いはずだ。

前と同じ目的なら、即刻アリウスの所に行って無理やり覇王の封印を解かせれば良い。
フィアンマについても、バージル本人が幻想頃しと禁書目録を直接届けて力ずくでさっさとやらせれば良いのだ。

二ヵ月半前と同じく自らが表に立って強引に推し進めれば良いのではないのか。



つまりこうして気付かれないように影で動いているということは、二ヵ月半前の件とは目的も状況も違うのだ。

一応『敵』の排除も目的の一つかもしれないが、それよりも重要な狙いが他にあるということだ。

905: 2010/06/09(水) 01:16:36.27 ID:PMjEk2I0
アレイスター「……」

アレイスターは頭の中で、フィアンマとアリウスがこれからやろうとしている事、
そしてその行程を一つずつ確認していく。

あの二人をあえて野放しにしているのなら、
バージルの狙いはその二人がこれから取る行動のどれかと関係があるはずなのだ。


アレイスター「……」

アレイスターは二人の全てを知っている訳ではない。
この考察には多分の推測が含まれている。


だが最終目的についてはかなり確実性の高い予想を建てている。
そこへ自分を置いて、『己ならどうするか』を考えれば自ずと『やるべき』事が浮かび上がってくる。


アレイスター「―――まさか……」


そして。

並べていったフィアンマとアリウスがこれからする行程。

その中のとある『部分』にアレイスターの思考が引っかかる―――。


―――フィアンマは天界と人間界を『物理的に直接』繋げようとしている。


魔術を極めたアレイスターもかつて似たような事について研究したことがある。

天界と人間界を直接繋げるには、天界側の協力も必要なのだ。

天界から『鍵』を受け取る必要があるのだ。

この部分がバージルが己の手で強引にやろうとしない理由にも合致する。


もしバージルが表立ってそんなことを推し進めれば、
当然天界は警戒して協力などしないはずだ。


バージルの行動の全てを裏付ける理由としては少し弱い気もするが、これなら納得が行く部分も多い。

906: 2010/06/09(水) 01:20:30.97 ID:PMjEk2I0
顔の前に表示されているホログラム映像に一瞬目を移した後、
アレイスターは再びバージルへ向けて言葉を飛ばした。

アレイスター「確認したい……今起こっているヴァチカンの件、君が絡んでいるのではないか?」


バージルは無言のまま軽く鼻を鳴らした。
小馬鹿にするように。


アレイスター「―――成る程……」

そのバージルの反応、どう見ても『否定』ではない。

恐らく『肯定』。

そしてこの答えがアレイスターの頭の中で組みあがった推測を更に確たるものにした。

衝突を誘発させたのもさっさと天界と人間界の穴を繋げさせる為だろう。


アレイスター「……」


だがここから先はアレイスターの頭脳をもってしても推測できなかった。


―――ではなぜ穴を繋げさせようとする?


―――穴を繋げてからどうするというのだ?


情報が足らなすぎる。

彼の思考は壁にぶち当ってしまった。

907: 2010/06/09(水) 01:29:01.72 ID:PMjEk2I0
これがダンテやトリッシュの起こした行動ならば、
最終的には人間にとって好ましいことになる為心配はいらないが。
(そもそもあの二人がこんなリスキーなことをするはずも無いが)


バージルとなると話は別だ。


二ヵ月半前だって、結果的にはそうなったものの彼自身は人間界の為に動いていた訳ではない。
以前と同じく未だに『力』を求めているのならば、
この一連の件の結果は人間界にとって最悪の展開になり得る可能性だって多々ある。

彼が心変わりしたのならば別だが、そんな事などわかる訳も無いし情報も何も無い。

彼がダンテと同じく『人間の為に動いている』のならば喜ばしいことだが。


―――そんな夢のような話など『現実』にある訳が無い。


アレイスター「……(この男……)」


アレイスターは再認識する。

二ヵ月半前でもそうだったが。

この『男』。

『バージル』は今までアレイスターが認識した中で最大のイレギュラーであり―――。


―――『脅威』だ。


行動の予測が全くつかない。
恐らくフィアンマとアリウスの二人もこの神出鬼没のバージルを最大の脅威と見ているだろう。


放って置くとプランどころではなくなる。


しかし、それを再認識したところでどうしようもない。

この『障害』はアレイスターにとって大きすぎるのだ。

908: 2010/06/09(水) 01:38:09.59 ID:PMjEk2I0
アレイスター「……」

恐らく今この場でアレイスター自身を殺さないのも何らかの理由があるのだろう。

わざわざこうして忠告するのではなく、即刻この首を跳ねてしまえば良いのにそうしようとはしない。

つまり彼もまたバージルの思い描く計画の歯車の一つとして見られているかもしれない。
アレイスターがこれからやろうとしている事の内どれかも利用しようと考えているのだろうか。

だがこう行動が予測できない相手じゃ断言もできない。


アレイスター「(参ったな……本当に参った)」


この目の前の男、バージルの規格外のスケールの片鱗を見せ付けられ、
アレイスターは心の中で呆れたように苦笑してしまった。

いっそ考えるのをやめて全てを放棄した方が楽なのだろう と。

そんな事をするつもりなど微塵も無いが。


とその時だった。


バージルがふと顔をあげ、何も無い中空に視線を移した。
いや何かを見ているのではなく、どこかに耳を澄ませているような仕草だ。

そして口を開いた。



バージル「貴様が『呼んだ』のか?」



アレイスター「―――」


バージルが何に対してそう言っているのかアレイスターはすぐに察知した。

先ほど確認したばかりでは無いか。



―――トリッシュと幻想頃しがやって来るのだ。

909: 2010/06/09(水) 01:43:33.75 ID:PMjEk2I0
アレイスター「―――いや違う」


さっきまではあの二人の到着は好機と見ていた。
フィアンマを滅ぼさせようと考えていた。

さっきまではだ。


だがバージルが現れて状況は180度変わった。
今やアレイスターにとって、あの二人の到着は問題以外の何物でもない。


トリッシュと上条は確実に禁書目録を全力で守ろうとするだろう―――。


―――そしてフィアンマに禁書目録を引き渡そうとしているバージル。


アレイスター「(なんという事だ―――)」



結果がどうなるかは自明の理だ―――。



バージルはフンっと小バカにしているように小さく笑った。
いや、笑ったというのは声だけであり相変わらず凍て付くような無表情だったが。


そして彼の足元に青い円が浮かび上がる。


アレイスター「(―――マズイ)」


バージルは向かう気だ。


あの二人の『前』へ。

910: 2010/06/09(水) 01:55:52.59 ID:PMjEk2I0
アレイスター「(これは―――)」

プランを邪魔する気が無いのならば、そしてそれも歯車の一つならば上条には手を出さないと言える。

だがもしそうでなければ―――。

そしてもう一つ重大な事実がある。

フィアンマは『穴』を開けようとしているが―――。


―――その行為そのものに『幻想頃し』は必要『無い』のである。


アレイスター「(―――マズ過ぎる)」


つまりバージルが『幻想頃し』に手を出さないとは限らない。


アレイスター「待つんだ―――待て!!!!!」


アレイスターは円に沈みどこかへ行こうとしているバージルへ声を張り上げた。


アレイスター「手を出すな!!!!―――」


アレイスター「―――幻想頃しには手を出すなッッッ!!!!!」


叫び終わった後には既にバージルの姿は消えていた。


上条とトリッシュ。


そして彼らの前に立ち塞がるであろうバージル。



アレイスター「………………………………………なんという事だ」


果たしてどんな結果になるのだろうか。


最早アレイスターには全く予測できなかった。

―――

926: 2010/06/11(金) 23:50:39.87 ID:uUHK8F.0
―――

学園都市、第七学区のとある路上。


普段は若者で賑わうこの通りも、今や壮絶な姿へと変貌し廃墟と化していた。
ビルは倒壊し道路は抉れ、ひん曲がった街頭が弱弱しく明滅している。


その淡い光が醸し出す哀しげな空気をかき乱す轟音。


白い修道服を着た少女を固く抱きかかえている白髪の少年。


そしてその少女を我が物とせんとする華奢な優男。


人間の『限界域』から半歩踏み出している、
最早半分『人外の化物』と言っても過言ではない二人が壮絶な戦いを繰り広げていた。


オレンジの光の衝撃波が一方通行を襲う。

捲りあげられた道路を更に抉り、破片を粉砕していく。

だが一方通行に到達した途端彼を包む『反射膜』にぶち当たり、
虹色の光に姿を変え辺りに弾けるように飛び散る。


一方「カッ―――!!!!」


そしてお返しとばかりに放たれる一方通行の攻撃。

大気のベクトルを操作して生み出された鋭く巨大なドリルのような数本の『竜巻』。

長さは40m太さは5m、先端からは圧縮された大気がプラズマ化して生じた超高温の光。


その先端がフィアンマに衝突する。

927: 2010/06/11(金) 23:56:30.47 ID:uUHK8F.0
巨大な超高温のドリルは何もかもを焼き削り、溶解した瓦礫や地面の破片が光の雫となって飛び散る。


だが『標的』に対しては全く効果は無かった。


フィアンマ「はは、面白いな」


余裕の篭った声が響く。

その爆心地に悠然と立っている傷一つ無いフィアンマから。



一方「チッ……」

さっきからこんな感じだ。

向こうの攻撃は一応防ぐことができるもののうまく反射できない。

本来なら反射膜に当たった途端、ベクトルが180度向きを変え正確に反転されるはずだ。
だがそれが機能しないのだ。

このように一応防げる、つまりベクトル操作が適用できるのになぜ上手く反射できない?

一方「(どォなってやがンだ……)」

さっきから同種の攻撃を何度も受け、そのたびに解析して法則を随時更新して適用している。
本来ならもう完璧に反射できてもおかしくないはず、いや反射できていなければならないはずなのだが。


バージル等『ふざけたレベル』の連中が使う解析すら『できない』程の規格外の力ならまだしも、

垣根帝督と戦った時と同様ある程度解析できるのならば、
何発か同種の攻撃を受ければ完璧に法則を見つけ出すことができるのだが。


何と言えば良いだろうか、例の『解析できない』力と解析できる力の『合いの子』とでも言えば良いだろうか。


解析『できている』のに『わからない』のだ。

928: 2010/06/11(金) 23:59:08.18 ID:uUHK8F.0
そしてこちらの攻撃を防いでいるのも恐らく同種の力だ。

上手く操作できない以上、その盾を強引に剥ぎ取るのは危険だ。
どんな現象を引き起こすかわからない。


一方「(クソ……めンどォな野郎だ……)」


更にその相手の様子を見てれば一目瞭然。
己と同様、相手はまだ本気を出し切ってはいない。


一しきり二人はお互いの力を図るような攻撃を交わらせた後、再び対峙した。
二人の距離は30m程。

敵意むき出しの憤り立った形相でフィアンマを睨みながら、
人類有数の演算能力を持つ頭脳をフル回転させこの状況を解析する一方通行。

そしてゆっくりと口を開く、尊大な薄ら笑いを浮かべているフィアンマ。


フィアンマ「お前のは中々便利だな」


フィアンマ「俺様のは少々使い勝手が悪くてな、注意して扱わないと色々と面倒な事になるんだ」


見るからに苛立ちが募って行く一方通行を無視して、彼は己の声に酔っているかのように言葉を続ける。


フィアンマ「だが『モノ』は良い」


フィアンマ「お前のような安っぽい『オマケ』とは格が違うんだ」


フィアンマ「まあ、お前の『それ』の―――」


フィアンマが右手をポケットから抜き一方通行へと向けた。
その瞬間、男の背中からオレンジ色の光が溢れる。



フィアンマ「―――『上位互換』といったところか」

929: 2010/06/12(土) 00:01:44.93 ID:.K0Oabo0
一方「(……チッ!!!!どィつもこィつも―――!!!!)」

嫌な予感しかしない。
今までの経験上、ああやって体から光が溢れた相手は皆規格外の強さだった。

半ばトラウマ的な物だ。


もしかするとこの男もそういう系統の力を使うのかもしれない。
ならば危険だ。

今までの一連の攻撃は反射膜で防げたが、油断は禁物だ。


この二ヵ月半でこの反射膜が全く役に立たない規格外の『怪物』と二度ほど戦い、
そして二度とも氏ぬ一歩手前まで追い詰められたのだ。


一方「(ざっっっけンじゃねェ―――!!!!!!!)」


次の瞬間、フィアンマの放っていた光がより一層強くなった。


フィアンマ「―――おっと動かないでくれよ、その子に当たったらどうするんだ?」


そして彼の背後に浮かび上がる、より一層強いオレンジの光を放っている―――。


―――長さ5m程の『柱』のような『モノ』。


一方「―――」


ぞわりと悪寒が一方通行の全身を走る。


アレは『ヤバイ』 と。


フィアンマの背後に浮かび上がっている柱がゆらりと蠢めき、一方通行は察知する。


―――来る と。

930: 2010/06/12(土) 00:05:36.72 ID:.K0Oabo0
地面を蹴り、凄まじい速度で一気に横に跳ね回避行動を取る。
今の状態で可能である最大速で、その放たれた『何か』の射線を外れ、かわ―――。

―――そうとしたのだが。

間に合わなかった。


一方「―――」


一方通行の目に映ったのは、目の前に迫るオレンジの光の塊。

次の瞬間、その光の塊が『爆発』し彼の視野は一気にホワイトアウトする。

そしてさっきとは桁違いの凄まじい衝撃と爆風。
粉砕され粉上となって消し飛ぶビルや街頭。

衝撃と圧力が熱エネルギーへと変わり、
爆風の嵐から逃れたなんとか原型を留めていた構造物の表面を一瞬で溶解させる。


爆心地から半径100mは最早生命が生息できる環境ではなかった。

その中央に立つ、この破壊の元凶のフィアンマは当然何事も無かったかのように立っていたが。


フィアンマ「………………成る程、『その』領域まで達していたのか」


フィアンマがその灼熱の荒野を眺めながらぽつりと呟いた。


フィアンマ「謝ろうか。少しお前の事を『過小評価』していたよ」



その視線の先30mの場所にいる―――。


―――額から一筋の血を流しながらもフィアンマを鋭く睨んでいる―――。


―――背中から黒く巨大な影を噴出している少年へ。

931: 2010/06/12(土) 00:16:38.62 ID:.K0Oabo0
一方『―――ハッ……』

一方通行は軽く息を吐きながら笑った。

あの瞬間、彼は本能の危険信号を受け反射的に黒い翼を展開し、己を覆った。

案の定、フィアンマの攻撃は彼の反射膜を強引にそして易々とブチ破ってきた。

彼の頭部のみを狙って正確に。

翼を展開し盾にするのがあと一歩遅れていたら彼の頭は跡形も無く吹き飛んでいただろう。


一方『……』


何かの拍子で切ってしまったのか、
額から流れる血が彼の顎を通り落ち、
胸元に抱きかかえているインデックスの純白の修道服に赤い点をつける。

ポタリポタリと。


一方『……』


なぜかその光景が一方通行にとってかなり気分が悪い物だった。

今そんな事を考えている場合ではないのだが、
自分の薄汚い血でこの清らかな少女が汚れてしまうのがなんとも許せなかった。


それに苦痛に喘いでる少女の姿と、本能的に氏や禍を連想させる血の赤い色。

この光景の何もかもが一方通行の心の奥底の怒りを刺激する物だった。

深淵に潜んでいるドス黒い憤怒を。

そして更に重なる。

打ち止めの姿と。


一方『クソが……最っっ高だ……』



一方『……最っっっ高にムナクソ悪いぜこンチクショウが』


最悪に気分が悪い。

932: 2010/06/12(土) 00:21:25.80 ID:.K0Oabo0
フィアンマの背中から生えている巨大な一本の『柱』。
いや、それは良く見ると『腕』だった。

表面はうろこのような物で覆われ、四本ある指の先には大きな鉤爪。
周囲にオレンジ色の光が纏わりついている。

トカゲ等の爬虫類、イグアナなどの手に似ているだろうか。
サイズはその数百倍、長さにして5m近くもあったが。


フィアンマ「―――どうだい?美しいだろう?」

フィアンマは自慢げな笑みを浮かべ、それに呼応して巨大な腕が揺れる。


一方『るせェ……もォうンざりだ』

そんなフィアンマに対して一方通行は吐き捨てた。

抱き抱えているインデックスの体温が徐々に上がっていく。
呼吸も更に激しくなり、鼓動も速くなってきている。
容態が悪化しつつあるのは一目瞭然だ。

一方『もォダメだ―――』

あの優男を生け捕りにする とさっきまで考えていたが、一方通行はもうそんな事を思ってはいなかった。
これほどの戦力を有する相手を生け捕りにするのは難しい。

それに。

それ以上に。


一方「ァーもォ良い。我慢できねェ―――ぎゃは―――」


このこみ上げてくる抑えようの無い怒り。

彼はそれに身を委ねる。


―――このクソッタレなゴミクズを。


―――あのゲス野郎の頭をこの手で即刻捻じ切れ というドス黒い叫びに。


一方『―――ブっっっっ頃してやンぜェエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!クソガァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』

933: 2010/06/12(土) 00:25:41.19 ID:.K0Oabo0
もう良い。

全力で叩き潰す―――。

激怒した彼の咆哮が廃墟の中に木霊する。

学園都市最強の能力者の雄叫びが。


一方『オァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!』


彼の背中からザラついた繊維のような無数の筋が天高く伸び、
そしてうねりながら絡み合い、表面が滑らかな黒い杭を何本も形成する。

大気が振るえ、周囲の地面・ビルも微振動し、細かなチリが舞い上がる。

以前、暴走した上条を止める際に使用したこの『滑らか』な黒い『杭』。


従来の雑な黒い翼を進化させた、今の彼が使うことが出来る最大戦力だ。


黒い杭の群れは挙動を確かめるかのように一度大きくうねり、そして扇状に広がった。
さながら孔雀が羽を広げたような光景だ。

孔雀のように鮮やかではなく漆黒だが。

高温に熱せられた周囲の淡い光を浴び、漆黒の杭は不気味な光沢を放ってる。


フィアンマ「へぇ……これはs」

フィアンマが少し驚いたような顔をして、何か言おうとした瞬間―――


一方『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!』


―――無数の黒い杭がぶち込まれた。

何本も何本も、音速の数十倍もの速度で続けて叩き込まる。
とてつもない運動エネルギーは衝突と共に熱エネルギーに変換され、
爆炎を吐き散らし地響きと共に粉塵を巻き上げ、優男の姿を覆い隠した。

935: 2010/06/12(土) 00:29:14.30 ID:.K0Oabo0
一方『シッ―――』

黒い杭を瞬時に引き抜き、元の位置に引き戻す。
纏わり付いていた煙が糸を引くかのように黒い杭の航跡をなぞり、火の粉がワンテンポ遅れて舞い散る。


周囲の景色は高温の為揺らいでる。
ベクトル操作で熱風を逸らしていなければ、インデックスと彼はあっという間に炙り焼きになってしまう。
それどころか彼が操作して抑えこんでいなければ、高温の衝撃波は辺り一帯を吹き飛ばしていただろう。


一方『(避けやがったか―――)』


大量の杭が直撃する瞬間、フィアンマは姿を『消した』。
その原理は能力者の『テレポート』に似ているだろうか。
使っているベクトルはこれまた未知の物で、行き先を特定することはできなかったが。

一方『(なるほどなァ―――)』


避けたという事で、一つの好ましい事実がわかった。

今の攻撃は、あの優男にとって『避けなければならないモノ』だったということだ。


こちらの攻撃は相手にとって『脅威』。

それだけで充分だ。

フィアンマが使っている力は何らかの限度があり、こちらの攻撃を防ぎ続けるとマズイのか。
限界に達すると力が使えなくなったりでもするのだろうか。

それとも防ぐことすら出来ないのか。

どちらにせよ、相手がこちらの攻撃を受けるのを嫌がっている。
ならばそこを徹底的に突くのが一番近い道だ。


ブチ頃すのに。

936: 2010/06/12(土) 00:36:04.44 ID:.K0Oabo0
一方『どこに行きやがったァ……?』

フィアンマの姿が見えない。
インデックスを固く抱きかかえたまま、周囲をゆっくりと見渡す。

一方『……ghhkdf……かァーくれンぼですかァ?!!!!』


目耳で捉えることが出来ないのならば能力で捕捉すれば良い。

一方通行は黒い杭を再び扇状に展開し、そして能力の感知範囲を広げる。

周囲を舞うチリ、無数の火の粉が発する熱、物が動き押し出される空気の流れ、
そして抱きかかえているインデックスの鼓動まで全てのベクトルを認識する。

半径200m内の力の流れが全て一方通行に『見える』。


これら全てを操作するとなれば一方通行でさえかなり厳しい。

演算の大部分を使って黒い杭の制御を行っているからだ。

この制御を切ってしまえば、黒い杭はバラけて従来の雑な噴射物の帯になってしまう。

残りの演算スペースも熱風を逸らしたり周囲に流れ出させない為に使っている。

だがベクトルを操作するのではなく、
感知するだけならこのエリア一帯全てをカバーするのは何とかできる。


一方『もォーいいかィクソ野郎?!!でーておィでェ!!!』


軽口を叩きながらも能力に集中し、周囲の力の流れに神経を研ぎ澄ます。

見つけるのは簡単だ。
この領域内で通常の法則外の動きを、アノマリーを見つければ良いだけだ。

ちょうど良い具合に相手の力は『自己主張の激しい』未知の物だ。

少しでも使えば瞬時にこの探査網に引っかかるはずだ。

937: 2010/06/12(土) 00:41:30.12 ID:.K0Oabo0
一方『―――みィ―――』

その時。
背後30m程の位置ににアノマリーを感知する。


一方『―――っっっけたァ!!!!!』


振り向きもせずに瞬時にその位置に黒い杭を放つ。
同時に一方通行の後頭部に向かって先と同じ強烈な光の塊のような攻撃。


一方『オアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!』


杭が広がった黒い盾にその光の攻撃が直撃する
同時にフィアンマが出現したであろう場所の大地を別の杭の束が穿つ轟音。

二重の地響きと衝撃波。
弾け飛ぶ光と切り裂かれる大気。


一方『(まァた避けやがったか―――だが)』


再びテレポート『もどき』で回避されたのか、背後に放った杭は外れた。

だが二度は通用しない。
相手の力は操作することは出来なくとも、解析は何とかできる。

一方通行は、今度は移動先を即座に割り出した。


一方『(あめェよカマ野郎―――)』


一方『(三時方向、距離25m、高度2m、誤差補正±45cm)』


移動先を瞬時に割り出し、再び複数の黒い杭を放つ。
再び地響きが起こり、爆炎と衝撃波が地面を大きく抉った。


―――そして感じる手応え。


一方『―――アタリだぜェこンチクショウがァ!!!!!』

先とは違う、金属同士が激突するような轟音。

938: 2010/06/12(土) 00:47:17.91 ID:.K0Oabo0
一方『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!』


すかさず残りの杭も連続して叩き込む。

巨大な粉塵がぶち上がり、能力で守られている一方通行とインデックスの真横を、
大量の瓦礫の破片と熱風の嵐が突き抜けていく。

そして戻る静寂。

崩れ落ちる、ビルの瓦礫の音。
チリチリと音を立てる、熱せられたアスファルトの破片。


一方通行は杭の束を瞬時に引き戻し、背後に扇状に展開する。

一方『チッ……』

軽く舌打ちをし、足で地面を叩く。
能力を使い、モーセのように視界を覆いつくしていた粉塵の靄を割った。


その靄の隙間の向こうに、無傷のフィアンマが立っていた。
背後から伸びる巨大な腕から光のカーテンが下がっており、フィアンマを包んでいた。


一方『……』


どうやら今の一方通行のラッシュはあの腕の『力』によって防がれたようだ。


フィアンマ「……さすがだな。今のは少し、いや結構効いたよ」

939: 2010/06/12(土) 00:48:57.30 ID:.K0Oabo0
フィアンマ「すごいな。よくやってるよお前」

フィアンマが一方通行へ向けて賞賛の言葉を送ったが、
高慢かつ余裕が溢れた態度は一切隠しておらず、その嫌味っぷりには拍車がかかっていた。


一方『(……そォか……)』


「『防ぐ』ことは出来るがそれには『限度』がある」という事だろう。
耐久度の限界か、それとも力の残量的な限界か。

まあ、どちらにせよこちらが有利になりつつあるのは違いない。

それに相手が欲しがっているインデックスをこちらが持っている以上、優位性は揺らがない。


一方『(だが……)』


しかしあの余裕が気に食わない。
他にも何か奥の手があるのだろうか。

そんな思索を巡らせている一方通行を尻目に、
フィアンマは自分に酔っているような口調で話を続ける。


フィアンマ「教えてやろう。お前は『境界』自体は越えてはいるが、己自身が気付いていない」


フィアンマ「目の前に扉があるのに、見ようともしていない」


フィアンマ「そのせいで未だに物質的な枷に縛られたままだ」


一方『意味わかンねェ事ウダウダ言ってンじゃねェキチガ―――ッッッツ!!!!』

黒い杭を展開し再び攻撃態勢に入った瞬間、針が突き刺さるような頭痛が走り顔を歪ませる。


フィアンマ「ははっ、そうそれだ」


その苦痛に顔を歪ませる一方通行を見て、フィアンマは嘲笑的な笑みを浮かべながら指摘した。

940: 2010/06/12(土) 00:52:29.16 ID:.K0Oabo0
一方『……ッ…!!』


黒い噴射物自体を発生させる事自体には演算は必要ない。
意識すれば勝手に背中から噴出す。

だがこれを制御し、より強い破壊力を持つ滑らかな杭の状態を維持するには、
演算が必要であり結果的に脳にかなりの負荷がかかるのだ。


一方通行自身がこの漆黒の力が何なのかを理解していない。
強引にねじ伏せて杭の形状に保っているのだ。


フィアンマ「そのままだと氏ぬぞ?」

フィアンマ「ナイフの鞘にはロングソードは納まらない。小銃で砲弾は放てない」


フィアンマ「だがお前はそれを強引にやっている」


フィアンマ「確かに驚愕に値するが、所詮無駄な労力だ」


一方『ッッツ………』

相手の口ぶりからして、この黒い力が何なのかを知っているようだ。
正直言えば一方通行も興味がある。
一昔前の彼なら、その話に飛びついただろう。

だが今は違う。

『そんな事』よりも優先しなければならない事がある。


一方『るせェェェェェェェェェェェェェェェサッサと氏ねやァアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!』


こんな所で時間を潰してる暇など無い。

941: 2010/06/12(土) 00:59:21.50 ID:.K0Oabo0
一方通行の背後に展開していた杭が一斉にフィアンマに向かう。
全ての杭を使った全力の攻撃だ。

それとほぼ同時にフィアンマの背中から伸びる巨大な腕が天に掲げられ―――


―――その真上の天空に、オレンジ色の凄まじく巨大な光の帯、剣のような物体が出現した。


その刃の長さは有に4km以上あるだろうか。
光の帯が大空を割る。

一方『―――』

そして一方通行が放った黒い杭の束に、その超巨大の刃が振り下ろされた。


激突。


大地が激しく揺れ、光が溢れ大気が引き裂かれ、耳を劈く爆音が響き渡った。


一方『チィッッッッ!!!!!!!!!』

力の激突に押されながらも、体が後方にふっ飛ばされないようにブレーキをかけ、
同時に周囲に放たれようとしていた衝撃波や熱エネルギーを、ベクトル操作で内側の激突点へと『返す』。


一方『―――シッ―――』


瞬時に操作を行い、安堵の気持ちが篭められた息を軽く吐く。

この二つの力の激突は、直径80m程のクレーターを大地に穿つ『程度』で済んだ。

こうでもしなければ、まるで隕石が落下してきたかのような破壊で一帯が全て吹き飛び、
無数の一般人が巻き添えを食ってしまっていただろう。

942: 2010/06/12(土) 01:01:20.77 ID:.K0Oabo0
フィアンマ「……やはり無駄も多い。力が拡散しがちだ」

フィアンマ「今のも本来は1m程度に凝縮しなければならないのだが……まあそれは後で調整すれば良いか」

クレーターの淵に立っていたフィアンマが、背中から伸びる腕をしならせながら小さく口を開いた。
どうやら一方通行のモノではなく、己が放った攻撃へ向けた独り言のようだ。


一方『……カッ……(クッソ……ますますメンドーになってきやがったぜェ……)』

全ての杭を使った全力の攻撃が難なく相殺されたのだ。
今までの攻撃とは次元が違う。
ようやく本気を出してきたのだろうか。

フィアンマ「さて少し困ったな。お前がその子を抱いている以上、コレを直接ぶつける訳にはいかない」

フィアンマ「万が一が起こったら大変だからな。それにそもそもこれは何発も使えないんだ」

一方『……』

この発言に嘘が無ければ、一方通行の予想通りだ。
やはり使用に量的な限度があるのだろう。

だがなぜそれを言う?

それが嘘だとしても、言う必要が無い。

あの余裕。
更に別のカードがあるというのだろうか。


フィアンマ「ということでだ……そろそろ試すか……」


フィアンマが左手をポケットから抜いた。
その手にはダイヤル式の南京錠のような金属の塊。


一方『……ベラベラとおっせかィな野郎だ……』

状況から見てあれは何かしらのカードだろう。

一方通行は警戒し、杭を展開して身構える。

943: 2010/06/12(土) 01:04:04.51 ID:.K0Oabo0
だがフィアンマはその金属の塊を持ったまま何もアクションも取らなかった。
金属の塊がボンヤリと光っているだけだ。

一方『……?』

何も起こらない。
あの巨大な腕もゆらゆらと揺らいでいるだけで、何かを仕掛けてくる気配が無い。

怪訝な表情をしている一方通行にフィアンマが声を放った。


フィアンマ「せいぜい注意しておいた方がいい。攻撃するのは―――」


フィアンマ「―――俺様ではない」


一方『―――あァ?』


その言葉の直後。
ふと抱いているインデックスに違和感を感じた。

目を下ろしてみると。

インデックスの目が大きく見開かれていた。
だがその瞳には一片の感情も篭っていなかった。

まるでロボットのような、カメラのレンズのような瞳。


一方『おィ―――』


そして。


禁書「警……告 警告」


禁書「遠隔……制御霊装使用者の権限により……敵性因子の排除を開始します」

944: 2010/06/12(土) 01:06:56.95 ID:.K0Oabo0
一方『―――』

突如インデックスが口を開いた。
機械のアナウンスのような、事務的で無感情な声。


禁書「敵性因子を……確認。捕捉完了」

インデックスの見開かれた無感情な瞳が真っ直ぐと一方通行を見据える。


一方『おィ!!!!どォした!!!!?』


強く揺さぶるもインデックスは一切反応せず、淡々と言葉を述べていく。


禁書「使用術式、解析不能。術式属性、解析不能」


禁書「敵性……因子の戦力不明」


禁書「制御霊装使用者より……対称の情報を受信」


禁書「脅威度の指定有り」


禁書「警……告。脅威度……第二級」


一方『クソガキ!!!どォした!!!??』

945: 2010/06/12(土) 01:13:22.46 ID:.K0Oabo0
禁書「記憶……を照合」


禁書「対称は『能力者』。能力はベクトル操作」


禁書「照合……完了。迎撃開始します」


そう言葉を発した直後、インデックスの顔の前に青白い複数の円と紋様が浮かび上がる。

円の重なっている部分が、まるで空間そのものが裂かれたかのようにビキビキと音を立てて黒く染まって行く。


一方「な―――」

その漆黒の割れ目の奥を見た瞬間、一方通行は戦慄した。
まるでどこまでも引き摺り込まれてしまいそうな感覚。

得体の知れない、とてつもない『何か』がその割れ目の向こうから一方通行を『見ていた』のだ。


一方通行がそうやって顔を強張らせている間に円の周囲に光が集っていく。


そして次の瞬間。


一方通行の顔目がけてその浮かび上がった円から―――。



―――至近距離から巨大な光の矢が放たれる。



―――『竜王の殺息』が。



―――

957: 2010/06/13(日) 23:59:44.23 ID:BENXOAko
―――

ヴァチカン。


五和「はぁッ!!!!ふぁっ!!!」

五和は半壊している長い長い回廊を無我夢中で走っていた。
その先はサンピエトロ広場。

『報告しろ。現在位置は?どこにいる?』

右手に嵌められているバングル型の通信霊装から事務的な男の声がするも、五和は無視して走り続ける。

当初の計画によれば、五和は数分前に支援部隊の魔術師と合流しているはずだったのだが、
彼女は合流地点へは向かわずに再び今来た道を戻っているのだ。


さっきまで絶え間なく響いていた轟音が、一際大きな地響きを最後にピタリと止み、
不気味な静寂がヴァチカン全体を包んだのだ。

それは戦闘が終了した報せなのか。

だとしたら一体どちらが―――。


五和「はぁッ!!!!はぁッ!!!!プリエステス……!!!」


―――勝ったのだろうか。


最悪の展開が彼女の頭の中をよぎる。
だが五和は頭を強く振り、その不安を振り払う。

958: 2010/06/14(月) 00:02:27.49 ID:E1/q7Fco
走り続けていると、回廊の先から光が差し込んで来ているのが見えた。

数分前に通った時は、あの場所もその先もまだまだ回廊は続いていたはずだ。

広場の激戦の破壊はここまで到達していたのだ。
そして広場は大きく『拡張』されてしまったのだ。

五和は無我夢中でその光の方へ突き進み、遂に『外』に出る。

眼前に広がる、見るも無残な姿になったサンピエトロ広場。

広場を囲んで聳え立っていた列柱廊は瓦礫の山と化し、
石畳の広場はいくつもの巨大なクレーターが穿たれている荒野へと姿を変えていた。


そしてその中央辺り。

一際大きく深く窪んでいるクレーターの中央に立つあの襲撃者。

手には七天七刀。

青く光る刃は振り上げられていた。


五和「―――」


その刃の真下。

もごもごと蠢いている黒い沼のような所に浮かんでいる―――


―――神裂。



そして次の瞬間。



―――振り下ろされる七天七刀。

960: 2010/06/14(月) 00:05:11.36 ID:E1/q7Fco
五和「―――」


五和は見た。


敬愛する『主』の愛刀が―――。


―――『主』の胸に突き立てられるのを。


五和「プリ―――エステス……?」


ズブズブとめり込んでいく七天七刀。
皮膚が裂け骨が砕かれていく音がここまで聞こえて来そうな程に生々しく。


五和「ア―――」


その光景を見ていた五和の頭の中で何か音を立ててキレた。


五和「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!!!!!」


雄叫びを上げながら、凄まじい形相で槍を抱えて駆け出す。


神裂と襲撃者の下へ。


一直線に。

962: 2010/06/14(月) 00:08:14.10 ID:E1/q7Fco
絶叫しながら突進していく五和のこめかみに血管が浮き上がる。
そして彼女の持つ槍が淡く白く輝き始める。

フォルトゥナ式の対悪魔用の魔術だ。

だがこんな『モノ』など、神裂を倒した程の相手にとってはオモチャにすらならない。

五和もそれは自覚している。

しかし彼女は止まらない。

最早、こみ上げてくるこの衝動は抑えられなかった。
そして抑えるつもりも無かった。


五和「―――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!!!!!」


泣き叫んでいるかのような絶叫。

いや、実際に彼女は泣いていた。

小さな儚い雫が瞳から零れ落ち、彼女が走り抜けた地面に落ちる。

荒れ果てた地面で何度も躓き転びそうになるも、五和はとにかく前へ前へと突き進む。

主の下へと。


と、その時だった。


襲撃者までの距離が50mを切った時。


突如目の前に『赤い光の塊』が重い金属音を立てて着弾した。


五和「―――」


何が降って来たか。


それは目の前に優雅に立つ、銀髪で赤いボディースーツに身を包んだ厚化粧の女。

服のデザイン系統は向こうに立っている襲撃者と同じだ。
両手足にも同じく大きな拳銃。

ジャンヌ。

963: 2010/06/14(月) 00:13:44.64 ID:E1/q7Fco
ジャンヌ「止まりな」

鋭利な刃物のような声が五和の耳に響く。
これ程の絶叫をしながら高速で突き進んでいるのにも関らずハッキリと。

だが五和は聞く耳を持たず、止まるどころか槍を構えて突き進んだ。


ジャンヌ「チッ」


五和「どけぇええええええええええええええあああああああああああ!!!!!!!!!!!」


五和が渾身の力を篭めて、その邪魔者の顔面へ向けて躊躇いなく突きを放った。

だがその切っ先が当たる瞬間。


突如白い光が周囲に溢れ、五和の槍はまるでスナック菓子のように脆く砕け散る。

そのまま光の衝撃波に弾かれ、
五和の体が3m程後方の地面に仰向けに叩き付けられた。

五和「ぐぅ……!!ぁ……あぁああああああああああ!!!!!!」

しかし五和はすぐに跳ね起き、武器を失ったにも関らず再び突進する。


ジャンヌ「止まれって言ってんだよ」


そして当然の如くまたジャンヌによって止められた。

今度は胸を蹴り飛ばされ先と同じように地面に仰向けに倒れる。

ジャンヌはすかさず前に出て、
五和が起き上がれないように彼女の胸を踏みつけた。

964: 2010/06/14(月) 00:16:45.15 ID:E1/q7Fco
五和「あああああああああああああ!!!!!!!」

五和は何とかジャンヌの足をどかそうと暴れるもびくともしない。
さながら巨大な鋼鉄の万力に挟まれ拘束されているように。

五和「どけぇええええええあああ!!!!!!!どけぇッ!!!!!!」

ジャンヌ「諦めな。もう遅い」

ジャンヌ「お前の主は負けた」



ジャンヌ「『氏んだ』のさ」



五和の耳に入る事実。
薄々わかっていたが、それでも信じたくない。

しかし現実は現実。


五和「あああああああうぅ………うぅうううううううううううううう………」


五和の顔が見る見る歪んでいく。
大暴れてしていた体からも力が抜ける。


五和「ひぁあああああぁあぁぁあああぁあぁぁぁぁあぁああああ……」


そして五和はジャンヌの足の下で弱弱しく泣きじゃくった。

今すぐ殺されてもおかしくないはずの己の置かれている状況も忘れて、
プリエステスと小さく子を発しながらただただ泣いた。


少女は涙を流した。

心の底から敬愛していた主を想って。

965: 2010/06/14(月) 00:21:22.84 ID:E1/q7Fco
ジャンヌ「(……まだガキじゃねえか……)」

ジャンヌは足の下で泣きじゃくる五和を見ながら、軽く下を鳴らした。

本来ならどんな小さな障害も排除しておくべきなのだが、さすがに頃す気にはなれない。

そもそも魔女にとって人間を頃すということ自体がお門違いなのだ。

魔女がその銃口を、力を向けるべき相手は天界のクズ共と昔から相場が決まっている。

ベヨネッタが枢機卿を頃したのも計画の為已む無くだ。

相手が強気で猛々しく、感情を表に出さない生粋の戦士ならまだ戦いようもある。
だが主の事を想って己の身の危機も忘れて泣き崩れてしまう、こんなけなげな少女に手をかけるなど。

十字教等の天界の『加護』の傘下にいる魔術師達は、
感情に流されやすい『甘ちゃん』連中だと聞いていたがこれ程までとは思ってもいなかった。

怒りに身を任せて突き進むならまだしも、戦闘中に泣いてしまうなど思いっきり萎えてしまう。

それにもう大方用も済んだので無理して頃す必要も無い。


そしてジャンヌが五和を頃したくない理由はもう一つある。


実は彼女、こう見えても表の世界では至極全うな職、


高校教師をやっているのである。


(どこぞの実質半無職のデビルハンターや、自由気ままに放浪する癖のある魔女とは偉い違いだ)


年が近いのだろう、五和の姿が生徒と重なってしまうのだ。

ジャンヌ「(……チッ)」

こんな姿を見ていると、
慰めの声の一つや二つをかけたくなってしまう衝動に駆られるのはやはり教師の性か。

本当にかけてしまうほどマヌケではないが。

966: 2010/06/14(月) 00:27:19.44 ID:E1/q7Fco
ジャンヌ「セレッサ!!!!」

ジャンヌが首を掲げて、背後50m程の場所に立っているベヨネッタへ言葉を飛ばした。

ジャンヌ「終わったんならさっさと帰えるよ!!!!」


ベヨネッタ「いいの?!アンタのメインディッシュはこれから来るのに!」

ベヨネッタが少しニヤつきながら声を張り上げて言葉を返す。


ジャンヌ「萎えちまったんだよ!!!んな湿気た空気で戦えるか!!!」


ベヨネッタ「ん~……じゃあもうちょっと待っててくれない?」

ベヨネッタ「この子が完全に飲み込まれるまで……あ」


と、その時だった。

何かの気配を感じ取った二人の魔女の表情が変わる。

ベヨネッタ「そぉら―――」

ベヨネッタがにっこりと作り笑いを浮かべジャンヌの方を向いた。


ベヨネッタ「―――噂をすればお出ましよ!」


ジャンヌ「……」

ジャンヌは無言のまま大空を見上げた。
まだ視界には入っていない。

だが確実に、そして急速に接近してきている。

例の悪魔だろう。
悪魔特有のむせかえる様な殺気と敵意が降り注いでくる。

どうやらあの『魔女狩りの王』を名乗っている命知らずは、今この足の下にいる少女程『甘ちゃん』では無いらしい。


ベヨネッタ「ほらほら!!!向こうはやる気マンマンみたいだけど!!」


ジャンヌ「ハッ!!!」

ジャンヌは口を大きく横に裂き、軽く笑った。

967: 2010/06/14(月) 00:34:33.02 ID:E1/q7Fco
ジャンヌ「セレッサ!!」


ベヨネッタ「なぁに?!」


ジャンヌ「気が変わった―――」


不完全燃焼で萎えてしまった鬱憤が、より一層彼女の闘志を煮えたぎらせる。


ジャンヌ「―――狩るよ!!」

ギラリと、仄かに赤く光る鋭い瞳で天を仰ぎ睨む。


ベヨネッタ「いってらっしゃい!!」

ベヨネッタが左手を軽くひらひらと振った直後。


大気が切り裂かれる音と共にジャンヌの姿が消え、
赤い光の筋が猛烈な速度で天に向かって爆進していった。


ベヨネッタ「さてと……」


ベヨネッタは足元の神裂に目を落とす。


今しがた『頃した』天使の亡骸は依然沈みきっておらず、未だに上半身の大部分が見えていた。
『煉獄』に引きずりこまれる速度がかなり遅い。

魔女の亡霊達の『腕』が何かに妨害されているようだ。

968: 2010/06/14(月) 00:37:18.73 ID:E1/q7Fco
ベヨネッタ「……」

恐らくこのヴァチカンの土地柄のせいだろう。
1000年以上も昔から頑丈な結界が何重にも張り巡らされてきた場所だ。

人間界において一番天界の『支配』が強い場所。

まあ少しくらいの妨害は当たり前だろう。
それに心配は無い。

魔女の怨念はそんなチャチな代物では防ぎきれない。
後一分程度で神裂は煉獄へと完全に引き摺り込まれるだろう。

それを確認してこの場の仕事は終了だ。

それまでにはジャンヌも『狩り終えている』だろう。


ベヨネッタ「……?」

ふと気付くと、ズリズリと何かを引き摺るような音が聞こえてきた。

そちらの方を見やると。

拘束が解けた五和が相変わらず泣きながら、
四つんばいで這いずりながらベヨネッタと沈み行く主の方へ進んで来ていた。

ベヨネッタは再び神裂の方へと目を落とし呟いた。


ベヨネッタ「アンタ、良い部下持ってるわね―――」


ベヨネッタ「―――あの子も連れてく?」


当然返事は返ってこない。


―――

969: 2010/06/14(月) 00:44:50.68 ID:E1/q7Fco
―――


学園都市。第七学区。

上条宅。

そこに上条とトリッシュは立っていた。
視線の先は、本来は窓とベランダがあったはずの場所に穿たれた巨大な穴。

上条「―――なっ」

その惨状に言葉か詰まる。

一体何が起こっているのか。

この破壊は一体何なのか。


―――そしてインデックスはどこにいるのか。


そんなのは容易に想像が付く。

何者かに襲撃でもされたのだろう。
目的は当然インデックス。


上条「―――がぁあああああああああああああチックショウがァアアアア!!!!!!!!!」


上条が飛び込むようにその穴の淵へ駆け、眼前に広がる学園都市の夜景を血眼で見渡す。


上条「!!!!!!」


その視線の先、数キロ離れた場所だろうか、
夜空でもわかるほどに黒い煙が濛々と立ち上り重い激突音が地響きを伴って聞こえてくる。

970: 2010/06/14(月) 00:49:02.87 ID:E1/q7Fco
何者かが戦っているのだろうか。

だとしたら。

インデックスを守り一方通行が戦っているかもしれない。

上条「ぐッ………!!!」

その時だった。

恐らくその戦場の中心地。
そこから天に伸びる『白い柱』。
雲を貫きどこまでも伸びてく。


上条「―――」

上条は記憶を失っている為、あのの光の柱はインデックスが放ったものだと言う事はわからない。


だが『頭』の記憶を失っても『心』の―――。

―――魂の中にある記憶は今もある。


頭で考え識別する必要など無い。


『絆』は魂の繋がりだ。


その魂の耳に入る『悲鳴』。


あの白い光の柱が放つ轟音が上条には『悲鳴』に聞こえたのだ。

苦痛に喘ぎ、誰かの名前を懸命に呼んでいるような―――。


―――いや、確実に呼んでいる。


上条「―――イン……デックス」


―――己の名を。

971: 2010/06/14(月) 00:50:39.91 ID:E1/q7Fco
トリッシュ「聞きなさい」

トリッシュが上条の背後へ鋭い声を飛ばす。

トリッシュ「己を見失わずに冷静に」


トリッシュ「また暴走したら元も子もないわよ」


上条「ああッ!!!!わかってんよんなこたぁッッッ!!!!!!」


トリッシュ「OK、行くわよ」


そしてトリッシュが上条の背中を軽く押した。

上条は腰から銃を引き抜きながら大穴の淵を蹴り夜空へと飛び出した。


トリッシュがその後に続く。

この二人なら、たった数キロ程度の距離などその気で駆ければ一瞬だ。


―――途中に障害がなければの話だが。

寮から飛び出し、500m程進んだ所のビルの屋上に二人が着地する。
そして瞬時に前に踏み出し更に進もうとしたその時。


トリッシュ「―――」


上条「―――」


二人は足でブレーキをかけ、屋上のタイルを捲り上げながら急停止した。

そうせざるを得なかったのだ。

なぜなら。


甲高い金属音と共に、突如眼前に青い筋走ったからだ。


するりと抵抗も無く綺麗に寸断され割れるビルの屋上―――。

972: 2010/06/14(月) 00:56:10.75 ID:E1/q7Fco
上条「―――うぉおおああ!!!!!!!」

腰を落とし、更に手を屋上の床に付きなんとか制止する。
その上条の体の僅か30cm前の床に走る青い筋。

この筋がとんでもない代物だと言う事は、今の上条にとって当たるまでも無くわかる。
当たっていないはずなのに、避けたはずなのにそれでも全身の皮が削ぎ落とされてしまいそうな強烈な重圧。

これ以上何ほどに滑らかでありながら、全てを一瞬で剥ぎ取ってしまいそうなヤスリのような空気。

見覚えがある。
忘れるはずも無い。


上条「(これは―――)」


この感じ。

この力の『匂い』。


―――間違いない。


上条は勢い良く顔を上げ、その視線が放たれてくる正面に目を移した。


そして目に入る。


その屋上の端。


二人の正面20m程の所にいつの間にか悠然と立っていた男。


バージルが。

973: 2010/06/14(月) 00:59:03.29 ID:E1/q7Fco
上条「なッ………!!!!」

突如目の前に出現した『最強』。

もう一人の『最強』のように友好的とは断言できない怪物。


そしてそんな男が再び上条の前に立っていた。
息苦しい程の殺気を放ちながら。


上条「―――まさか」


二ヵ月半前の光景が再びフラッシュバックする。


そして上条の頭に最悪のパターンが浮かぶ。

まさかまたバージルがインデックスを狙っているのか と。


上条「お、おい―――てめぇまた―――!!!!!!」

上条が怒りを露にして叫んだがトリッシュがサッと手を伸ばして彼を制止し、


トリッシュ「アナタ、もしかして『また』なの?」


口を静かに開いた。
彼女もまた上条と同じ事を思っていた。


バージルはただ無言のまま、強烈な威圧感を放ちながら二人を冷たい瞳で眺めていた。

張り詰めた空気。


今にも弾け飛び、何もかもが一瞬で破砕されてしまいそうな。


そんな空気。

974: 2010/06/14(月) 01:00:26.06 ID:E1/q7Fco
バージル「俺では無い」


上条「……は?」


トリッシュ「……じゃあ何?何の用かしら?そんな殺気をぶつけるワケは?」


バージル「貴様等はここから進ませない」

バージルが真っ直ぐと二人を睨みながら言葉を放った。


上条「……ちょっ……な……!!!」



バージル「この場に留まるのならば手は出さない」


バージル「だが進みたいと言うのならば―――」


張り詰めていた空気がより一層緊張を増す。

固く冷たい『空気』が擦れ合うヂリッという音が本当に聞こえてきそうな程に。



バージル「―――話は別だ」

975: 2010/06/14(月) 01:02:51.94 ID:E1/q7Fco
上条「何で―――」


上条が怒りと悲しさが混ざった複雑な表情で口をそっと開いた。


上条はベオウルフの記憶から、このバージルの孤独な闘争の人生も見てきた。

二ヵ月半前の戦いで、彼が今まで一人で背負ってきた『重責』から遂に解放されたのも知っている。

バージルは長年の闘争からようやく解き放たれ、『彼』の『戦い』は終わったのではないのか?


上条は決してこのバージルが『友好的』になったとは思っていない。

だが少なくとも『敵』では『無い』と確信していた。

そしていつか、いつかダンテとネロと共に同じ道を歩んで行ってくれると思っていた。


しかし。


上条「……何でだよ!!!!??」


では今のこの状況何だ?


『何で』こんな状況になっている?


『何で』こうして再び戦う必要が?


―――バージルの『戦い』はまだ終わっていないのか?


それとも。


―――再び一人で背負わなければならない程の『新たな戦い』が彼を繋ぎ止めたのか?

976: 2010/06/14(月) 01:08:27.93 ID:E1/q7Fco
上条は困惑した。

もう何もわからなかった。

バージルを突き動かすその訳も。

なぜインデックスを守ろうとする上条の前に立ち塞がるかも。


上条「何でだよ!!!?答えろよ!!?」


バージル「己が『使命』の『障害』は―――」


返ってくるハッキリとした鋭い刃のような言葉。


バージル「―――『排除』する」


バージル「『理由』はそれだけで充分だ」


バージル「貴様も『同じ』だ」


バージル「違うか―――?」



バージル「―――『上条当麻』」



上条「―――」


バージルから放たれたその言葉。


『幻想頃しを持つ人間』でも『ベオウルフの力から生まれた悪魔』でも無い―――。


―――『上条自身』へ向けられた言葉。

977: 2010/06/14(月) 01:12:43.20 ID:E1/q7Fco
上条「―――」

その言霊が上条の魂へ響く。
バージルが、『上条当麻』へ真っ向からぶつけてきた覚悟。

上条「あぁぁ……―――」

上条はわかってしまった。

そう、『同じ』なのだ。

上条がインデックスを守ろうとしている衝動も。
バージルが二ヵ月半前まで闘争の道を歩んで来た理由も。


そのバージルを今、こうして突き動かしている『何か』の衝動も。

根元は己が魂の声。

それは一番単純でありながら、最も重く大事な全ての『芯』。
己が存在『そのもの』。


上条「―――ああ、そうだ」


目的は何なのか?

どちらが正しくてどちらが間違っているか?

どちらが善で悪か?

そんな『陳腐』な議題をこの場に持ち込むなど最早無意味。

お互いがその信念と覚悟に従いこうして向かい合っているのなら。

もう議論の余地は無い。

978: 2010/06/14(月) 01:21:01.72 ID:E1/q7Fco
考えたところで、
そして言葉をぶつけたところで何かが変わる事は絶対に有り得ない。


どちらも『絶対に退けない』。

理由はそれだけで充分だ。


上条「あんたの言うとおりだ―――」


『戦い』という『契約』を成立させる理由は。



上条『バージル』



覚悟を決めた上条の体から白い光が溢れ出す―――。


上条『俺はアンタの言う「現実」なんざ認めねえ』


そんな『現実』など認めない。

インデックスを救えない『現実』など。


上条『アンタも俺の「現実」は認めねえ』


上条『じゃあ仕方ねえよな』


上条『やろうぜ、やるしかねえ』


やるしかないのだ。例え勝ち目が無くとも。
上条は戦わなければならない。



上条『ぶち頃し合いをよ―――』


上条『―――どっちかの「幻想」が氏ぬまでよ』

979: 2010/06/14(月) 01:23:45.86 ID:E1/q7Fco
トリッシュ「……」

トリッシュはその二人の『戦士』の掛け合いを静かに聞いていた。

インデックスを狙っているのはバージルではないというのは真実だろう。

バージルがわざわざ口を開いてまで嘘を吐くのは考えにくい。
そもそも基本的に言葉数が少ない男だ。
誤魔化したいのなら無言で通すのが彼の性格だ。

では、インデックスを狙って襲撃した者を『支援』する理由は?
バージルに聞きたい事が山程ある。だが喋るとは限らない。

むしろ、『敵』と認識しているらしい今の状況を鑑みると親切に喋ってくれるとは到底思えない。


―――と、そんな事を考えている暇では無いだろう。

答えが返ってこないのを知りながらわざわざ聞くのも時間の無駄だ。
バージルの行動の理由は帰ってからゆっくりと考察すれば良い。

トリッシュ「……」


帰れたらの話だが。


上条『トリッシュ』

上条『これは俺の「戦い」だ。アンタは手を出さなくて良い』


トリッシュ「……」


行くな。

この場に留まれ。

とバージルは告げている。

上条も彼女を外に置こうとしている。
彼はトリッシュの事を思って言ってくれているのだろう。
いくらトリッシュでもバージル相手ではタダでは済まないのは周知の事実だ。

だが。

トリッシュ「ふふ、お断りよ」

980: 2010/06/14(月) 01:26:59.25 ID:E1/q7Fco
上条『………は?』

トリッシュ「失礼ね。私にも戦う理由『くらい』あるわよ」


そう、彼女にも。


ボスであるダンテの依頼人であり友人でもあるインデックス。
その少女の危機を見てみぬ振りをするなんて有り得ない。

上条も一方通行も、ダンテが『認めた』者。

見捨てるという選択肢などある筈が無い。

ダンテならどうするか?

ダンテならそんなふざけた事など聞かない。
ならばトリッシュも同じく動く。


トリッシュ「―――私を誰だと思ってんの?」


彼女は『トリッシュ』。

ダンテが最も信頼する友であり『最高』の相棒。


その繋がりを裏切る訳にはいかないし、その気も無い。
それを否定するなど、今ある彼女の『全て』を否定するに等しい。


トリッシュ「―――生憎だけど、アンタ『達』の言う事を聞く訳には行かないの」


その信念と誇りを裏切る選択など―――。


トリッシュ「絶対に ね」


―――いっその事氏んだ方がマシだ。

982: 2010/06/14(月) 01:28:38.97 ID:E1/q7Fco
『氏んだ方がマシ』


実際にその『表現』が今ここで現実の物になるかもしれない。

皮肉な事にトリッシュをそう目覚めさせた『男』の兄が、今彼女の信念と誇りの前に立ち塞がっているのだ。


バージル「そうか」

バージルがポツリと呟きゆらりと閻魔刀の柄に右手をかざした。


上条『―――!!』

上条が歯を食いしばり身構える。
目が赤く光り、左手や両足に半透明の光の装具が浮かび上がった。


トリッシュ「……」


言葉の制止を聞かなかったら武力で排除する。
当然の結論だ。

円を組み一時事務所に撤退し、ヒマであろうダンテを連れて戻るという方法もふと頭に浮かんだが、
バージル相手にそれはダメだ。
『ここに留まれ』と言うのはその意味も含まれているだろう。

円を浮かび上がらせようとした瞬間にバージルは瞬時に刃を振るうはずだ。

あの移動術は制止していなければ使えない。
バージルはそんな隙など与えない。


ならばこの状況を打開する道は一つ。


トリッシュ「やっぱりこれしかないわね―――」


トリッシュは腰から黒と白の二丁の拳銃、ルーチェ&オンブラを引き抜いた。

983: 2010/06/14(月) 01:32:19.47 ID:E1/q7Fco
トリッシュ「イマジンブレイカー。聞きなさい」

上条『い、いや、あんたは……』


トリッシュ「私が引き付ける」

トリッシュ「あなたは隙を見つけて現場に向かいなさい」


上条『……ッ?!!!』


そのトリッシュの言葉の意味を上条も即座に理解する。
相手はバージル。

いくら二人係でも到底打ち負かすことなど不可能だ。
片方が捨て身で囮となり片方が突破するのが妥当だ。

そして当然、上条は己程度では囮にすらならないのは自覚している。
いくら今の自分は以前よりも強いとはいえ、バージルにとってはゴミ同然だ。

つまりトリッシュの打ち出したそれぞれの役割は妥当だろうが―――。


上条『……で、でも……!!』


バージルを『相手』に囮役になるなど―――。


トリッシュ「『でも』は無し」

トリッシュがそんな上条の心配を察したのか小さく、
そして今まで見たこと無いほどに優しく穏やかな笑みを浮かべた。



トリッシュ「―――20秒は持たせるから」



そして告げられるたった『20秒』と言う言葉。
トリッシュの笑みは穏やかで、到底こんな危機の場でするような物ではないはずなのだが―――。

―――不気味な程にこの場に馴染んでいた。

984: 2010/06/14(月) 01:33:59.62 ID:E1/q7Fco
上条『―――』


上条はそのトリッシュの笑みから伝わってくる彼女の覚悟と思いを読み取った。


上条『(―――トリッシュ―――あんた―――)』


トリッシュは何としてでも上条を送り出すべく―――。


上条『―――ああ。わかった』


『覚悟』には『覚悟』でのみ答える。
今の上条に出来る最大の『恩返し』。


上条『頼んだぜ』


トリッシュ「OK―――」


トリッシュが返答した次の瞬間、彼女の体から金色の光が溢れる。


その光の強さが徐々に増して行き―――。


彼女の姿が見えなくなったと思った次の瞬間、光が爆発するかのように周囲に溢れた。


そして再び姿を現したトリッシュの容姿は―――。


――今までの『金髪の美しい女性』とはかけ離れていた。

985: 2010/06/14(月) 01:36:23.35 ID:E1/q7Fco
普段のトリッシュの人間としての姿は、元々魔帝によって与えられた物だ。
かつてダンテを誘い出すため、彼とバージルの母親のエヴァと瓜二つの姿を与えられたのだ。

あれ以来、トリッシュ自身もなんとなくその姿を気に入り、ダンテの相棒になってからも、
平時で人間に化ける際はあの姿を使い続けて来たのだ。

普通に考えればダンテが煙たがりそうだが、彼はそんな事は一切気にしなかった。
彼にとって姿形などどうでもいいらしい。

そもそも魔帝の命を受けて初めてダンテに会った時も彼は然程反応しなかったし、
結果的に見ても魔帝の『母親の姿で彼の心に漬け込む』という作戦自体はあっさり失敗した。

ダンテの心を動かしたのはその姿ではなく、何よりも『トリッシュ自身』が持つ心と魂だったと言う訳だ。


そして今、トリッシュのその『魂』を体現する彼女の真の姿が露になった。


バージルはその姿を見て少し目を細めた。


金色の羽に覆われた鳥人のような姿。
背中から伸びる、滑らかで美しい巨大な翼。

それは『悪魔』と言うよりは『天使』と表現した方が良い程の姿。

仮初の姿にも負けない程美しく、

そして元『魔帝軍の幹部』であり、ダンテの『相棒』である『大悪魔』という身分に相応しい圧倒的な『力』。


煌びやかな金髪はねじり合わさり大きな数本の角となって後方へ伸びていた。

顔には鳥を模した仮面ようなもの。それが鼻先まで覆い隠していた。

その仮面の目の部分に開いた穴の下から、瞳の赤い光が溢れている。


トリッシュは魔人化し己の力を解放したのだ。


『困難』に全力で挑むべく。

986: 2010/06/14(月) 01:37:48.74 ID:E1/q7Fco
トリッシュ『(久しぶり……ね)』

思えば、魔人化するのはかなり久しぶりだ。
ダンテの相棒となってからはこれが初めてだ。
つまりダンテにもこの姿は見せたことは無い。


トリッシュ『……さ、始めましょ』


上条『―――おう』

上条が小さく静かに、だが重く確かな声で返事をした。


上条へ向けてニコリと口を軽く綻ばせた、次の瞬間トリッシュは地面を蹴り、
今の上条ですら目で追えない程の速度でバージルへ向けて突進する。


それを見てバージルは腰を落とし身構えた。


―――トリッシュの『戦い』も始まる。


それは一歩間違えれば己の『破滅』へと直結する。


だが彼女に迷いは無い。


―――全ては誇りと信念の為。

そして。


―――彼女に絶大な信頼を寄せてくれている『相棒』に応える為―――。


彼女は突き進む。


―――

987: 2010/06/14(月) 01:40:42.55 ID:E1/q7Fco
今日はここまでです。
次は火曜か水曜の夜中になります。

ちなみに次は新スレから投下しますので、再開時までには埋める方向です。

988: 2010/06/14(月) 01:41:25.09 ID:Uy45h6Ao
どいつもこいつもカッコイイぜ

996: 2010/06/14(月) 01:55:14.87 ID:YGnkJ4Eo
乙!


 次回へ続く:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その13】


引用: ダンテ「学園都市か」【MISSION 03】