1: 2010/06/14(月) 02:08:22.68 ID:E1/q7Fco


最初から読む:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」

前回:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その12】

一覧:ダンテ「学園都市か」シリーズ

「デビルメイクライ(+ベヨネッタ)」シリーズと「とある魔術の禁書目録」のクロスです。

○今までの大まかな流れ

本編 対魔帝編 

外伝 対アリウス&口リルシア編

上条覚醒編

上条修業編

勃発・瓦解編←今ここ




ARTFX J デビル メイ クライ 5 ダンテ 1/8スケール PVC製 塗装済み完成品フィギュア

※DMC勢はゲーム内の強さよりも設定上の強さを参考にしたため絶賛パワーインフレ中。
それに伴い禁書キャラの一部もハイパー状態です。

※妄想オリ設定が結構入ります。
ダンテ・バージル・ネロの生い立ちやキャラ達の力関係、世界観、幻想頃し等『能力』の正体など。

※禁書側の時間軸はイギリスクーデター直後、DMC側の時間軸は4から数年後です。
またその後の展開は双方の原作には沿わないものとなります。

12: 2010/06/16(水) 23:56:32.35 ID:WDR.Kfco
―――

イタリア北部の遥か上空。


大気圏外を突き進む弾道弾ミサイル。

その中にステイルはいた。

本来なら核弾頭が搭載されているエリア。
その円筒形のガランとしている空間に、ステイルは後部のブースター側の壁に寄りかかって座っていた。

凄まじい加速で打ち出されるミサイルに人間が乗ることは到底不可能だか、
ステイルにとってはお構い無しだ。
温度が激しく変わろうが、気圧が急激に変化しよう関係ない。

ステイル「……」

暗闇の中、着弾するのをただ静かに待つ。

ブースターはもう既に止まり、今は慣性に従って飛行している。
大気圏に再突入するまでは振動一つ無い完全な静寂。


ステイル「……」


彼に下された命令は、神裂を確保して早急にヴァチカンから離脱すること。
だが、ステイル自身にとってそれ以上に重要な事がある。

戦争を防ぐ事だ。

五和からの報告によれば、神裂はイギリス清教の名を騙った襲撃者と交戦しているらしい。
宣戦布告を撤回し、この騒動はイギリス清教が起こしたものでは無いという事を証明する為に。

13: 2010/06/17(木) 00:07:31.22 ID:qnFKtPUo
端から見ればそんなのはもう無駄な努力だろう。

だがステイルは神裂に賛成する。

彼もまた神裂と同じくあの少女を絶対に守らなければならない。
その為には何が何でも戦争を防がなければならない。

ステイル「……」

徐々にミサイル全体が揺れ始める。

大気圏に再突入し始めたのだろう。

ステイルは手をゆっくりと開く。
その上に小さな火がポッと現れ、暗い弾頭内を淡く照らした。


そして数秒後。

弾頭のカバーが大きく割れるように開く。

遥か下に広がるローマ市。

その中央の粉塵が立ち上っているヴァチカン。

弾道弾ミサイルの加速を受けたステイルは、大気摩擦で光の筋となってヴァチカンへ突き進む。

そして一瞬で到達する―――


―――はずだったが。


「やっと来たか!」


後方から、ありえない位置から聞こえてきた言葉。
切れのある、気の強そうな女の声。

14: 2010/06/17(木) 00:11:11.58 ID:qnFKtPUo
ステイル「―――は?」

振り向くと。

彼をここまで運んできた弾頭の残骸の上に悠然と『立つ』、赤いボディスーツを纏った銀の短髪の女。


「YeeeeeeeeeaHA!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


ステイルが状況を理解する間は無かった。
次の瞬間赤と白の閃光が走り、振り向きざまの彼のわき腹を強烈な衝撃が襲う。



ステイル「がッ―――!!!!!!!!!」


鞭のようにしなやかでかつハンマーのように重い一撃を受け、ステイルの体は更に加速して落下した。

そしてその着弾地は真下、当初の目的地でもあったサンピエトロ広場の端。


隕石が落下してきたような凄まじい衝突。

だが広場は既に完全な廃墟と化しており、もう破壊する『物』など残っていなかった。


クレーターの上にクレーターを穿つだけ。

砕かれていた瓦礫を更に砕いただけ。


ステイルの落下で生じた現象はこれだけだった。


ステイル「ぐッ―――」

そのクレーターの中心でステイルはぎこちなく体を起こした。

電気のように全身を走る激痛。


ステイル「―――クッソ……」


ステイルは痛みに顔を歪ませながらも己の状況をすぐに察する。

待ち伏せされていたのだろう。
そして先手を打たれ迎撃されたのだ。

15: 2010/06/17(木) 00:15:05.41 ID:qnFKtPUo
ステイル「ッッッツ…………なっ……?!」

悪態をつきながら顔を上げたステイルは周囲の惨状を見て驚愕する。

荘厳なサンピエトロ広場の姿は影も形も無く、
あるのは無数の巨大なクレーターが何重にも重なって穿たれてる広い広い瓦礫の荒野。


神裂が戦闘していると聞いておりそれなりの破壊は起きているだろうと思っていたが、
目の前の光景はその予想を遥かに超えていた。


ステイル「―――」

そして目が止まる。

荒野の中央に立っている、黒い奇妙なデザインのボディスーツを身に纏った長身の女。


その足元に力なく横たわっている―――。


ステイル「神……裂?」


―――胸に七天七刀が突き立てられている神裂。


ピクリとも動かない。


そして気配すら感じない。


力の欠片すらない。


それが意味する事とは。


ステイル「―――神裂ィイィィィィィィィィィィィィィィィイッッッ!!!!!!!」


―――

16: 2010/06/17(木) 00:20:44.31 ID:qnFKtPUo
―――


聖ジョージ大聖堂の薄暗い一室。

淡い蝋燭の光が揺らいでいる、薄暗い質素な一室。


イギリス清教のトップ、最大主教ローラ=スチュアートは長い長い金髪を手櫛で優しく梳きながら、
この部屋の中央にある小さな木造りの椅子に座っていた。


ローラ「……ふむ」


『髪』の調整に手間取い、少々時間がかかってしまった。

この力を使うのは数百年ぶりなのだ。

先程思い切って少し『機能』させてみたところこれといった問題は無かったが、
『実戦』での大規模行使となると上手く動くという確証は無い。

そもそもこの『髪』はこういう用途に使うつもりで『残した』わけではないのだ。

全ての力を後々にあの『少女』の為に使う予定だったのだ。
その一度で全て使い切れるように一切の無駄なく調整した力だ。

今ここで大量に消費してしまい、いざという時に力が足らないなんて事になったら、
この『500年間』の苦労が全て水の泡となってしまう。


ローラ「……」


だが古き友でありそしてローラの頼みを聞き入れてくれた恩人、
エリザードの頼みならば断るわけにはいかない。

己とあの『少女』を匿ってもらうという事と引き換えにイギリスを守る為に尽力すると誓ったのだ。

それにそもそも今のローラにとっても、
本拠であるイギリスが戦力を失って潰れる事は避けたい。

そしてステイルと神裂、最悪でもどちらかを生かしておけばあの『少女』を守る助けにもなる。

17: 2010/06/17(木) 00:23:15.07 ID:qnFKtPUo
ローラ「……そろそろ良きかしらね」

それに不謹慎だが少し楽しみでもある。

『己』の力を見たあの二人の偉大な『先輩』がどんな顔をするか。


『生き残り』が他にもいたことを知ってどんな顔をするか。


最も、『敵』としてではなく『仲間』として再会したかったが。


まあそれは今更考えても仕方が無い。


ローラはゆっくりと立ち上がった。

長く美しい金髪がふわりと大きく広がる。


ローラ「ふーッ……」


目を瞑り、深く息を吐く。


ここからヴァチカンまでの遠隔使用。

これ程の距離で使った事は今まで一度も無い。


恐らく、これ程の距離で使用した『同族』は過去に一人もいないだろう。


超遠距離下―――。




―――大陸を挟んでの『ウィケッドウィーブ』の使用など。



―――

18: 2010/06/17(木) 00:25:46.32 ID:qnFKtPUo
―――


瓦礫の荒野と化したサンピエトロ広場に響くステイルの咆哮。

それは哀しげでもありながら凄まじい憤怒の篭っている雄叫び。

ステイルの瞳が赤く光り、全身から業火が凄まじい勢いで噴出す。


ステイル『オァアアアアアアアッ!!!!!!!!アアアアアアアア!!!!!!クソ!!!!!クソッ!!!!!』


体の奥底、魂から噴き上げてくるこの感情。
先程までの冷静な思考が一瞬で吹き飛んでしまった。


本来、ステイルは誰かの氏で感情を爆発させることは無い。
あるとすればインデックスが氏んだ時ぐらいだろう。
今まで多くの戦友を失ってきたが、その喪失感と哀しみ・怒りを表に出すことは一度も無かった。

二ヵ月半前に『氏んだ』上条を前にしても抑えこんだのだ。

しかしこの時だけは違っていた。
抑えこめなかった。

これはステイル自身も意外だった。


神裂。


彼女はステイルにとって『特別』だった。

インデックスとステイルと神裂。

かつて三人一緒だった。


泣くも笑うも常に。


本当の意味での『友』だった。

そして『特別』な誓いを立てた『戦友』だった。

インデックスに向けて立てた『特別』な誓いを。

彼の生きる意味でもある『誓い』を。

19: 2010/06/17(木) 00:28:34.39 ID:qnFKtPUo
ステイルは己はそんな『生温い』感情的な甘い部分を全て捨て去ったと思っていた。

だがそんな物は捨てきれるはずも無い。

彼の心は『人間』だ。


―――魂に埋め込まれたかけがえの無いあの日々の記憶は。


―――魂に埋め込まれた『絆』は消えるわけが無い。


ステイル『オオオオアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!!!!!!』


もう彼は隠そうとはしなかった。

湧き上がってくるその激情に身を任せ、全てを吐き出す。


『友』を想う魂の慟哭。


恐ろしくもあり哀しげでもある咆哮が広い広い瓦礫の荒野に響き渡った。


そして彼は悪魔化する。


炎が全身に纏わりつき衣となる。


噴出した業火が周囲を溶解させ、彼を中心として直径40m程の溶岩の海が出来上がっていた。


ステイル『オアアアアア―――』


その赤く光る瞳で神裂の傍に立っている女を鋭く睨み―――。


ステイル『―――貴様ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


―――炎の束を引きながら凄まじい速度で突進する。

20: 2010/06/17(木) 00:34:47.69 ID:qnFKtPUo
ベヨネッタ「はぁん、随分ホットな坊やじゃないの」

ベヨネッタが片手を腰に当て、
ウットリとしたような目で150m先から真っ直ぐに突進してくるステイルを眺めながら呟いた。


ステイル『オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!』


ステイルは手先から長さ3mはあろう業火の刃、『炎剣』を出現させ一気に距離を詰めていく。

そしてベヨネッタとの距離が30mにまで詰まったその時だった。


ステイル『―――』


真上から目の前に突如降り立つ赤いボディスーツを纏った女。


ジャンヌ「待ちな―――」


足を振り上げながら彼の前に立ち塞がる。


ジャンヌ「―――私が相手だ」


そしてジャンヌの横に浮かび上がる直径1m程の魔法陣。

彼女が突進してくるステイルへ蹴りを放つと同時に、
その魔法陣から出現する銀色の繊維で形作られた巨大な『足』。


ジャンヌ「―――Siiiiiha!!!!!!!!!!!」


ウィケッドウィーブ。


ステイルのみぞおちに、銀髪で形成された巨大な足のかかとがめり込む。

21: 2010/06/17(木) 00:38:42.18 ID:qnFKtPUo
ステイルは愚かにも槍衾に正面から突進してしまった『騎兵』だ。

みぞおちに放たれたジャンヌのウィケッドウィーブの凄まじい一撃。


ステイル『おご―――』


その衝撃と力の津波がステイルの全身に満遍なく伝わる。
纏っていた炎の衣が剥ぎ取られ、肋骨は粉砕され、彼の魂に深い亀裂を刻む。

あまりの破壊力に彼の意識が途切れかける。
そして彼の体は大きく弾かれ吹っ飛ばされた。

剥がれ落ちた炎の衣と血と肉片を撒き散らしながら。


ステイル『―――オアアアアアアア!!!!!!!』

だが何とか意識を保ちながら宙で身を捻り、
腕から生えている炎剣を地面に突き立ててブレーキをかけながら乱暴に着地した。

20m程吹っ飛ばされたが、こうして制動しなかったら広場の外に弾き出されていただろう。

ステイル『―――がァ……ク……ソッ…!!!!』

肩膝を地面につきながらも何とか堪える。

視点が定まらない。

粉砕された肋骨、弾け飛んだ胸の一部をすぐに再生させるも、
魂へ叩き込まれた莫大な『力』が彼の体を蝕む。


ステイル『―――ぐッ……』


ジャンヌ「……」

肩に拳銃をトントンと当てながら、ジャンヌはそんなステイルの顔を眺めていた。


ジャンヌ「(―――こいつもまだガキじゃねえか)」


ジャンヌ「おい、『イノケンティウス(魔女狩りの王)』なんだろ?」


ジャンヌ「さっさと来な。その名に相応しいかどうか試してやる」

22: 2010/06/17(木) 00:49:39.12 ID:qnFKtPUo
ステイル『―――あぁ?』


『魔女狩りの王』という名を試すだと?

つまりそれは相手が『魔女』だとでも?

ふとそんな疑問がステイルの脳裏を過ぎったが、
そんなモノは蠢く憤怒と闘志によって瞬時に脇に追いやられた。


ステイル『黙れ―――黙れクソアマ―――頃す―――頃してやる―――』


ステイルが両手を大きく振りながら広げた。
長く伸びた炎剣が熱風を発生させ、足元の溶解しているオレンジの沼から飛沫を巻き上がらせる。


ステイル『氏ねェエエエエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!』


そしてステイルは腰を落とし再び突進した。

その駆けるステイルの足が地面についた瞬間、
直径1m程の炎で出来たルーンの魔法陣が浮かび上がる。

次の瞬間ジャンヌの足元の地面が赤く光った。


ジャンヌ「ハッ―――」


ジャンヌは小さく笑いながら瞬時に真横に跳ねた。
その直後にジャンヌが一瞬前まで立っていた場所の地面から吹き上がる巨大な火柱。


更に再びジャンヌの足元が赤く光る。

先と同じように彼女がすぐに回避し、その直後に吹き上がる火柱。


ジャンヌの後を追い連続して空高く吹き上がる幾本もの火柱。

それはまるで炎の列柱回廊のような光景。

24: 2010/06/17(木) 00:51:51.05 ID:qnFKtPUo
噴き上がる火柱をひらりひらりと軽くかわすジャンヌ。

そんなジャンヌへ向けて火柱を操作しながら一気に距離を詰めていくステイル。


地を這うかのような低い姿勢のままステイルは『列柱回廊』へ飛び込む。

ここは今や彼の『庭』だ。
吹き上がる火柱も、周囲を覆い尽くしている大量の業火も彼の手の中にある。

ステイルは至近距離での高速下の格闘戦に備え、両手の炎剣の長さを1m弱にまで凝縮する。
更に両足の炎で形作られた装具にも力が凝縮され太陽のように輝き出す。


そして激突。


ステイル『―――ハァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!!!!!』


ジャンヌ「Ya!!!Ha---Ha!!!!!!!」


双方が壮烈な攻撃を繰り出す。

ステイルは火柱で牽制しながら炎剣を交互に振りぬき、更に連続蹴りを立て続けに放つ。

その猛攻をジャンヌはいとも簡単にかわし、
四肢を鞭のように滑らかにかつ超高速で魔弾を大量に放ちながら振るう。

灼熱の大気が巻き上がり渦を形成する。
その渦に、新たに作られた渦が更に幾重にも重なり、超高温の爆風を周囲に撒き散らす。

互いの攻撃の衝撃波が激突しては重なり、溶解したオレンジの海から高温の飛沫が噴き上げられ一帯に降り注ぐ。


二人の怪物の激突点。


そこはさながら火山が立て続けに噴火するような光景だった。

25: 2010/06/17(木) 00:54:05.02 ID:qnFKtPUo
ステイル『(ぐ―――!!!!!)』

なんとかジャンヌの猛攻を防ごうとするも、全く追いつかない。

鞭のようにしなやかで柔軟でありながら、破城槌のように重い蹴り。

受けるたびに体が軋み、意識が飛びそうになる。

更に重ねて魔弾が何発も立て続けにステイルの体に食い込み、肉を裂き骨を砕く。
体内で砕けた魔弾から凄まじい量の力が放出され、彼の魂を蝕む。

かわすどころの速度では無い。

受けてから気付く事しかできない。


ステイル『ガァアアアアアアアアアアアアアア!!!』


一方でステイルの攻撃はかすりもしない。

ジャンヌは全てスレスレのところでかわしてく。

余裕を持った表情のまま。


ステイルに否応も無く叩きつけられる現実。

この相手は己よりも遥かに強いという揺ぎ無い事実。


ステイル『(ぐッ……!!!)』


その事実は神裂が殺された時点で証明済みではないか。
神裂を頃したであろうあの黒いボディスーツを着ている女には傷一つ無く、
消耗している感じも無かったのだ。

26: 2010/06/17(木) 00:55:36.16 ID:qnFKtPUo
そんな神裂を軽々と倒してしまう連中にステイルが勝てるだろうか。

否。

絶望的だ。

相手は二人。

そして片方だけを相手にしている段階でこのザマだ。

確実に歩みよって来る『己の氏』という現実。


だが。

だがそれが何だと言うのだ?


今のステイルにとってそんな事など小さな問題、いや問題にすらならない。

彼の心を覆い尽くす憤怒は忍び寄ってくる『死神』など眼中に無い。


ステイル『オァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!』


噴出す怒り。


神裂の氏と。

インデックスへの危険を誘発させようとしている事への底無しの憤怒。


『許さない』

『頃してやる』


その破滅的な感情が彼の体を動かし続けた。

骨が砕け皮膚が裂け血が噴出そうと尚。

27: 2010/06/17(木) 00:57:15.70 ID:qnFKtPUo
ステイル『シッ―――』

火柱の間、その向こうにいるジャンヌを一瞥し瞬時に『間合い』と『タイミング』を見極め、
彼女の足元に一際大きな火柱を発生させる。

当然、今まで通り彼女は軽く跳ね避けた。

その瞬間をステイルは見逃さなかった。

ステイル『ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――!!!!!』

火柱の背後に隠れながらも一気に踏み込み、左手の炎剣をジャンヌの見事なくびれ目がけて振りぬく。
相手は回避行動を取った直後。

格好の『隙』だ。

その刃のタイミングは完璧だった。

だが完璧だからといって当たる訳では無い。


響く甲高い金属音。
振るわれた煉獄の業火の刃に走る強烈な衝撃。

そしてまるでベクトルが反転したかのように正確に、そして勢い良く弾かれる刃。

削れ飛んだ炎の刃の欠片が散弾の用に周囲に飛び散る。


ステイル『―――』

そしてその一連の現象の後でようやくステイルは目にした。

炎剣を『振るった』時点には、そっぽを向いてステイルの方など見ていなかったジャンヌが。
この僅か一瞬の間にステイルの方へ体を捻って向き、薄く笑いながら左手の銃口を向けていた。

ステイルにはその動作があまりにも速過ぎて全く捉えられなかったのだ。

28: 2010/06/17(木) 01:01:45.03 ID:qnFKtPUo
ステイル『チッ―――!!!!!!!』

ステイルは弾かれた反動を利用して体を捻り、逆の右手の炎剣を振る。
更に振りつつそのまま体を回転させ、回し蹴りを放つ体勢へと移行する。

ジャンヌ『―――Huum』

だがジャンヌのとった回避行動はあまりにも予想外の物だった。

ジャンヌは身を仰け反らせ、振るわれた炎剣をかわす。
彼女の鼻先を業火の刃が猛烈な速度で突き抜けた。

それと同時に。

彼女は右足を軽く上げ―――。


―――振るわれたステイルの右手に絡ませた。

ステイルの前腕の中ほど辺りをジャンヌの太ももとふくらはぎがしっかりと挟む。


猛烈な速度と怪力で振るわれた右手は易々と彼女を『吊り』、運び上げた。

振りぬかれた右手の慣性に加え、ステイル自身が思いっきり身を捻って回転している。

ステイルの右手に足を絡ませ、
ポールダンスを横に倒したような体勢でぶら下がる彼女の体もその回転方向へ運ばれる。

当然の如く、その直後に放たれたステイルの回し蹴りは彼女の体と入れ違いに空を切り外れた。


ステイル『―――』


次の瞬間、ステイルの目に映ったのは右手に絡まる長い長い足と、
赤いボディスーツに包まれた女性の『下腹部と股』。

ジャンヌが己の右手の上に座っているような。


そのままジャンヌはステイルの右手をポール代わりにして軽々と身を捻り―――。


ジャンヌ「Ha!!!!!!!!!!!」


―――目を丸くしているステイルの顔面へ強烈な左足の膝蹴りを叩き込んだ。

29: 2010/06/17(木) 01:14:35.70 ID:qnFKtPUo
めきりと湿った不気味な音がステイルの耳に『内側』から聞こえる。

凄まじい衝撃を受け大きく仰け反る上半身。
だがステイルの体が後方に吹っ飛ばされることは『許されなかった』。

右腕に絡みつくジャンヌの右足が彼を強引に繋ぎ止めていからだ。

その拘束の『おかげ』でステイルの左腕を襲う、肩口から千切れ飛んでしまいそうな激痛。


ステイル『ぐ……ガァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!』


右手にぶら下がる異物を削ぎ落とそうと、ステイルは咆哮を上げながら左手の炎剣を振ろうとしたが。

次の瞬間、ジャンヌは右足の『拘束』を解き、先程膝蹴りを放った左足を勢い良く伸ばした。

そして再び浮かび上がる魔法陣。


ジャンヌ『HA!!!!!!!!!』


ジャンヌの左足の脛が。
そしてそれと連動する、至近距離に出現したウィケッドウィーブがステイルの胸に食い込む。


ステイル『ガッ―――ハッ―――』


再び叩き込まれた凄まじい攻撃。

成すすべも無くステイルの体は大きく後方へ吹っ飛ばされ、瓦礫に覆われた地面に叩きつけられた。
地面は衝撃で抉れ、そしてステイルが発している業火で瞬時に溶解し、
周囲を瞬時に溶解させ巨大なオレンジ色の沼を形成する。

衝撃波で巻き上げられた火の粉が一帯を吹き抜け、飛び散った溶岩の雫がオレンジ色の雨となって一体に降り注いだ。

30: 2010/06/17(木) 01:19:41.62 ID:qnFKtPUo
ステイル『―――あが―――』


沼の中からぎこちなくもがきながら『岸』に這い上がるステイル。

意識は朦朧とし、虚ろな瞳は焦点が定まらない。

咳と共に大量の血が口から流れ出しす。
いや、口だけではなく体中から噴出していた。

その流れ出た血液が、体中に纏わりつく粘質性の灼熱の液体と混ざりジューっと音を立てて蒸発する。

這いずるように岸に上がった彼は四つんばいのままぼんやりと顔を上げた。


ステイル『―――』


その視線の先、直ぐ近くの10m程の場所。

薄めで微笑を浮かべている黒いボディスーツの女、その足元、黒い沼のような場所の上に転がっている神裂。
その傍でうずくまっている五和。

周囲は灼熱の嵐であり、一帯の地面が熱せられオレンジ色に光っているにもかかわらず、
その三人の周囲は外界から切り離されたように平穏だった。

溶岩の海に浮かぶ島、小さなオアシスのように。


ステイルが吹っ飛ばされた方向は、奇しく彼が何としても向かおうとしていた場所の方だった。


ステイル『―――神……裂』


ステイルは10m先の神裂の方へ震える右手を伸ばした。


彼女を呼び戻そうとしているかのように。

『友』を引き戻そうとしているかのように。


だがそれを嘲笑うかのように、七天七刀が刺さったままの神裂の体はステイルの見ている中ゆっくりと沼に沈んでいった。


ステイル『待……て―――』


そして神裂を飲み込んだ沼も跡形も無く消え、その場所は瓦礫が散らばる地面の姿に戻った。

31: 2010/06/17(木) 01:28:29.84 ID:qnFKtPUo
神裂。


ステイル『アァ―――』


インデックス。

神裂。

その二人と共に過した過去の記憶が、今になって鮮明に蘇る。

そんなのに浸っている場合では無いのに。

だが彼はその温もりを拒まなかった。


もう遥か大昔のような感覚。

だが全く色褪せない思い出。


大切な、大切なあの日々の記憶。


今のステイルの全ての原型を形作ったあの温もり。

彼の全ての原動力だった。


ステイル『―――あああ』


その時、ステイルの上に一つの影が落ちた。

それは這い蹲っている彼の頭上に跳躍したジャンヌの影。

―――彼女は身を捻り回転させ、ステイルの後頭部へ足を叩き降ろす。


―――同時に放たれるウィケッドウィーブ。


ステイルの魂を粉砕するべく振り下ろされる―――。


―――最期の一撃。

32: 2010/06/17(木) 01:42:56.38 ID:qnFKtPUo
だがそのウィケッドウィーブの一撃はステイルまで到達しなかった。


銀髪で形作られた巨大な足のかかとがステイルの後頭部に直撃する瞬間。


ジャンヌ「―――」


ステイルの周りの地面に浮かび上がる魔法陣。


ジャンヌ「(これは―――)」


ジャンヌは一目見てそれが何なのか即座に察知した。


エノク語の魔法陣だ。

彼女達魔女が使用する―――。


―――ウィケッドウィーブの陣。



そしてその魔法陣から吹き上がってくる大量の―――。



『金髪』。


その金色の束が瞬時にステイルとジャンヌの間に伸び、彼女のウィケッドウィーブを受け止めた。


金と銀の光の爆発。

金属同士が激突するような激音が轟き、大気が大きく震えた。

33: 2010/06/17(木) 01:51:28.88 ID:qnFKtPUo
ジャンヌのウィケッドウィーブを受け止めた金色のカーテン。

その凄まじい衝撃を受けて大きく軋み、ワイヤーが弾け切れるような音を立てて金髪が何本も切断されるが、
カーテンは貫かれること無く耐え切った。

ジャンヌは空中で身を捻ると、ベヨネッタの横5m程の場所に着地した。

その降り立った彼女の顔。


ジャンヌ「―――」

目を丸くして、驚愕の表情を浮かべていた。


ベヨネッタ「うそ―――」

すぐ傍のベヨネッタも同じく驚きの色を隠せないでいた。

ステイルの周りの地面に浮かび上がっている魔法陣から伸びている大量の金髪。


二人の魔女は、目の前で突如起こったこの現象に心の底から驚いていたのである。



ジャンヌがステイルに放った『ウィケッドウィーブ』。

それが別の者の『ウィケッドウィーブ』で防がれたのだ。


ジャンヌのウィケッドウィーブを防ぎきるのも驚きだがそれよりも―――。


この状況が意味していることは―――。



―――三人目の魔女がいるという事だ。


―――生き残っていた者がいたのだ。


ベヨネッタとジャンヌ以外に。

34: 2010/06/17(木) 02:08:16.21 ID:qnFKtPUo
ステイルは這い蹲ったまま呆然としていた。

ステイルの周囲の地面に浮き上がった複数の魔法陣から天に伸びている大量の『金髪』。

彼の盾となり守るかのように広がってる。

現に、たった今ステイルの命を刈り取ろうとした凄まじい攻撃から彼を守ったのだ。


宝石のような、この美しい金髪が。


ステイル『な―――……?』


何が起こったのか、状況が全く飲み込めない。


己を守ったこの金髪のカーテンは一体―――。


ステイル『―――これは』

ふととある既視感に気付く。


目の前の金髪のカーテン。


宝石のような美しい金髪。


見間違えるものか。


これ程までに美しい金髪を有する人物など二人といない。

間違いない。


この金髪は―――。

35: 2010/06/17(木) 02:10:57.85 ID:qnFKtPUo
ベヨネッタ「驚いたわね。あれって確か………」

ベヨネッタが500年前の記憶を思い出しながらジャンヌに向かってボソボソと口を開いた。

あの金髪。
この力の匂い。

何となく覚えている。

ベヨネッタはとある理由もあってあまり接した事が無いが、
確かジャンヌは結構親しかったと言う風に記憶してある。


ベヨネッタ「確か主席書記官の……」


ジャンヌ「ああ」


ジャンヌが即答する。


ベヨネッタ「そうよね。あの子よね」



ジャンヌ「―――おい!生きてたのか!」


ジャンヌがその金髪の束に向かって声を張り上げた。

その声を受け金髪の束は大きくうねり、そして柱上に捻り合わさって『人』の形を形成した。


長い髪を垂らした、華奢な若い女性のようなシルエットを。

36: 2010/06/17(木) 02:15:20.76 ID:qnFKtPUo
ステイル『―――』

最早ステイルにとって間違いようが無い。

その形作られた姿。

ステイルの上司でありイギリス清教のトップである―――。



ジャンヌ「―――久しぶりだな!!」



ジャンヌ「―――ローラ!!!!!」




ローラ『お久しゅうございましけるの』


金髪で形成された人形から響く、インチキ古語。

ステイルにとって聞きなれた声だ。



ローラ『お二方様もお元気そうで何よりであるけるの』


そして『人形』はジャンヌとベヨネッタに向けて深々と頭を下げた。



ローラ『ジャンヌ様、セレッサ様』



―――

46: 2010/06/18(金) 23:49:14.04 ID:.kQOFIgo
―――

学園都市。

常盤台中学 学生寮。


黒子「おっぉおおおおおおおおおおっっっっっっっ姉さまぁあああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

待ち焦がれた飼い主に跳びかかる『犬』。


御坂「だぁあああらっしゃああああああああ!!!!!!!!!!」


それを電撃で迎撃する『飼い主』。

黒子「ふぎぃいいはぁぁあああ゛あ゛あ゛ん!!!!!!」

黒子は最高に幸せそうな笑みを浮かべたままベッドの上に吹っ飛ばされ、
久々に味わう痺れをかみ締めながら悶絶してのた打ち回った。

御坂「はぁ……相変わらずね…」

御坂は自分のベッドにポフリと軽く腰を降ろし、溜息混じりに呟いた。
呆れたような表情だが、内心は満更でもない。

むしろこうして今まで通り自分を慕ってくれて全身で喜びを表してくれるのはかなり嬉しい。
まあその感情を表に出す事はしないが。


御坂「ふふふ、ま、その様子じゃこっちも変わりないみたいだし、いつも通りで良かったわ」


黒子「そうですの!!!さあさあ!!!!いつも通りお戯れを!!!!この黒子に付き合ってくださいましぃぃぃぃい!!!!!!」

黒子が跳ね起き、再び御坂に跳びかかろうとするが。


御坂「落ち着けってーの」

御坂の前髪から再び電撃が放たれ。

黒子「んぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」

あえなく撃墜された。

48: 2010/06/18(金) 23:54:08.52 ID:.kQOFIgo
黒子「お、お姉さまは少し……よ、容赦無くなって…おりますの……」

御坂の足元に転がっている全身からほのかに煙を立てている黒子が潰れた声を放った。
その顔は相変わらず幸せそうな笑みが浮かんでいたが。


御坂「あっ……ご、ごめん!!大丈夫??!」


御坂が慌てて立ち上がり黒子の傍に屈んだ。

反射的に放った電撃が少し強すぎたようだ。

某事務所にいた間は周りが周りだし、
ろくに電気機器も無かった事もあって特に抑制もしてなかった。

それと同じ調子でついつい黒子にも無抑制の電撃を放ってしまったのだ。


御坂「ごめん……!私ってば……!」


黒子「ふ、ふふ……か、構いませんの……お姉さまがおられなかった間の分を纏めて頂いたと思えば……」


御坂の肩に支えられフラフラと黒子は立ち上がり、そして自分のベッドにドサリと腰を落とした。
黒子を心配そうに見ながら御坂も自分のベッドに腰を降ろした。


黒子「ふひ~……」


深く息を吐きながら、黒子は御坂の顔を改めて見つめた。

49: 2010/06/18(金) 23:55:36.03 ID:.kQOFIgo
黒子「(……)」

心なしか出発前よりも御坂の目が据わっている気がする。

いつも通りの愛おしい『お姉さま』の顔なのだが、
その表情の下にある芯の部分が更に重く、そして強固になっているような。


黒子「(……お姉さま……ますます強くなられたのですね)」


御坂の精神的成長を感じ黒子は嬉しく思ったが、その一方でこの愛おしい『お姉さま』が更に『遠く』へ、
手の届かない高みへ行きつつあるのを感じ少し寂しくもなった。


『一般人』の黒子と『戦士』の御坂の『壁』。


黒子の住む『日常』と御坂がいる『非日常』の境界。


それが更に分厚く、そして濃くなっていくような。


黒子「(お姉さま……)」


彼女がどこか遠くへ、二度と手が届かない程遠くへ行ってしまうような。

50: 2010/06/18(金) 23:56:57.72 ID:.kQOFIgo
御坂「?ちょ、ちょっと!どうしたのよ黙っちゃって?」

神妙な顔で己をジッと見つめている黒子に御坂は少し戸惑いながら声をかけた。


黒子「い、いえ!!今までの分を取り戻そうとお姉さまの麗しゅうご尊顔を目に焼き付けておりましたの!」


ハッとした様に黒子は無理やり笑顔を浮かべ慌てて返答した。


御坂「ねえ……何かあったの?」


当然御坂にはその黒子の笑顔の下にある動揺などバレバレだ。


黒子「いえ!!何も!!!」


御坂「良いから喋ってみなさい。聞いてあげるから」


黒子「う……」

御坂「ほら、言ってみなさい。大丈夫だから」

御坂が優しく穏やかな表情で立ち上がり、黒子の前に屈み彼女の肩にそっと手をかけた。

あの時と同じ顔だ。
二ヵ月半前、圧倒的恐怖に打ちひしがれた黒子を優しく慰めてくれた顔と。


黒子「(ず、ずるいですのお姉さま……そのお顔は……)」


この顔を見てしまうと全てを曝け出して飛び込んでいきたくなってしまう。
当然御坂はそんな黒子の全てをそっと優しく抱きとめてくれるだろう。


黒子「……ん……む……」

51: 2010/06/18(金) 23:58:20.89 ID:.kQOFIgo
黒子「お、お姉さま……」

黒子はゆっくりと静かに口を開き、
御坂の目を子犬のような瞳で真っ直ぐと見つめた。


御坂「うん、なぁに?」


黒子「お姉さま……」


黒子は言葉を紡ぐ。

それを言ったところで何かが変わるとは思えない。

この『強いお姉さま』の更に強固になった覚悟が揺らぐとは思えない。


黒子「……『どこ』にも……―――」


でも黒子は言わずにいられなかった。

この御坂の顔を見て、

その御坂の瞳で真っ直ぐ見つめられてしまっては。



黒子「―――行かないで下さいまし」

52: 2010/06/19(土) 00:02:43.82 ID:mx74v6Qo
黒子「『どこ』にも……『どこ』にも……行かないで下さいまし……」

昂ぶった感情。黒子の瞳が潤んでいく。

黒子「黒子を……」


黒子「置いていかないで下さいましぃ……」


御坂「―――」

御坂は一瞬ハッとした表情を浮かべたものの、
すぐに戻すと黒子の首と頭に優しく両手を回しそっと胸元へ引き寄せ。


御坂「おいで、ほら」


黒子「ふぁぁぁあぁぁぁあ……」

胸の中で弱弱しく泣き声を上げる黒子の頭を優しく撫でた。

ゆっくりと。

ゆっくりと。


だがその御坂の顔。
顔を埋めている黒子からは見えない表情。

僅かに翳っていた。

哀しそうに。

そして静かに口を開く。

御坂「私は―――」


そうしたいし、出来る限りの努力はするが―――。


その『約束』は―――。


そう告げようとした瞬間、思わぬ妨害が突如割り込んできた。
けたたましく鳴る携帯の着信音が彼女の言葉を遮る。

53: 2010/06/19(土) 00:04:46.03 ID:mx74v6Qo
黒子「―――」

黒子には聞きなれた、御坂にとっては少しなつかしい着信音。
机の上に置かれている黒子の携帯が鳴り始めたのだ。

黒子「……」

黒子にとって邪魔でありながらもある意味救いだった。
御坂の答えは聞きたかったが、どんな言葉が返ってくるかは『知っていた』からだ。

御坂「あ……」

黒子「……無粋な!!どこの輩ですの!!?この至福の一時を邪魔するとは!!!」

御坂の体臭を嗅ぐように鼻をスンスンと鳴らす黒子。

黒子は『いつも』の調子で、いつもの『ノリ』であえて自分からこの『空気』を壊す。
彼女は逃げたのだ。

突きつけられる現実から。

御坂「……じゃあさっさと離れなさいよ!!コラ!!!」

御坂もそのいつもの『ノリ』に合わせる。
わかっていながら。

グイッと押し出され御坂と離された黒子はブツブツと言いながら、
己の机の方へ行き鳴り響く携帯をやや乱暴に手に取った。


黒子「全く……一体―――」


その時。ボヤキながら携帯の着信表示を見た瞬間。


―――彼女の表情が凍った。

54: 2010/06/19(土) 00:06:21.11 ID:mx74v6Qo
番号はジャッジメント第一七七支部の回線から。

それも非常事態用の。

この回線を使用することができるのは学園都市上層部の命が下った場合のみだ。

記憶に新しい前回の例は『某デパート』で起きた事件であり、
その前の『第23学区の事件』やあの二ヵ月半前の『大事件』の時も使用されたらしい。

つまり悪魔達に関る、もしくは学園都市そのものが危うい状況に陥った場合のみ使用されているのだ。


黒子「……」


嫌な予感がする。
いや、『予感』ではなくこれはもう『確信』だ。

黒子は恐る恐る通話ボタンを押し耳に当てた。


黒子「……白井ですの」


そして告げられる案件。


黒子「は……?」


黒子の表情がどんどん険しくなっていく。



内容は第七学区において高位能力者同士の大規模な戦闘が発生―――。

―――至急現地へ向かい市民の避難誘導をして一体を封鎖せよ との理事会命令が下ったとのことだった。

55: 2010/06/19(土) 00:08:37.23 ID:mx74v6Qo
御坂「……ど、どうしたの?」

深刻な表情で話し込んでいる黒子を心配そうに見ながら恐る恐る声をかける御坂。

それに対し黒子はサっと手のひらを向け、待って下さいまし と声を出さずに口だけを動かした。

黒子「(……)」

電話向こうの同僚は『高位能力者同士の戦闘』と言っているが。


黒子「(―――いえ……それは……)」


黒子「(―――違いますの)」


今までの経験から見て、この回線を使うのならばそんな『生易しい事態』では無い。

数ヶ月前に街のど真ん中で第一位と第二位が激しい戦闘を繰り広げたらしいが、
その時でさえこの回線は使用されなかったのだ。


学園都市最強の能力者、230万の頂点二人が頃し合う『程度』では使うはずがない。


黒子「(『コレ』は―――」


もう確実だ。


黒子「(―――『また』ですの!!!!)」

56: 2010/06/19(土) 00:09:26.56 ID:mx74v6Qo
黒子は一通り話し終え通話を切ると、キッと御坂の方を睨んだ。

黒子「お姉さま」


そして放たれる鋭い声。

御坂「え!?な、何?!」


黒子「何か、この黒子めに言っておられない事等ございませんか?」

黒子はジッと御坂に目を据えながら何かを確かめるような口調で言葉を続けた。

タイミングが良すぎるのだ。

この御坂達の帰還。
そして起こったこの事態。

関係性を疑わずにはいられない。


御坂「へ!?ちょ、ちょっと何よいきなり!!?」


突然の予想外の問い詰めに御坂は慌てふためきつつも、う~んと何かないかと頭を悩ませた。


そして。


御坂「ああ―――!!!」

57: 2010/06/19(土) 00:12:14.53 ID:mx74v6Qo
御坂「―――そうそう!!!これよこれ!!!!!」

御坂がバッと立ち上がり、飛び込むように自分の荷物の置いてある方へ向かい。

黒子「……!?」

長さ一メートル半程の長い棒状の包みを持ち上げ。


御坂「じゃぁああああああああああああん!!!!!!!!!」


包んでいた布を勢い良く剥ぎ取った。


姿を現したのは。


黒子「……………何ですのそれは?」


金属の箱と長めの太い棒を繋げたような黒い重そうな塊。
黒子の目には得体の知れないガラクタとして映った。


御坂「私の武器♪」


御坂「ダンテが作ってくれたの!!どう!!?」



御坂「―――『可愛い』でしょ!!!?ね?!ね!!?」



黒子「………はぃぃぃぃぃぃぃい?」

58: 2010/06/19(土) 00:14:03.60 ID:mx74v6Qo
御坂「でね!!でね!!!」

黒子の冷めた視線をものともせず、
御坂は嬉しそうに脇に置かれているバッグに手を突っ込みジャラジャラと漁り。

御坂「これが弾!!!高かったのよ~でもたくさん買っちゃった!!!」

長さ15cm近くはあろう、弾頭に奇妙な紋様が刻印されている巨大な銃弾を取り出した。



黒子は溜息をつき呆れながら、御坂に背を向けて己の机の方へ向いた。

御坂「あ、あれぃ?くーろこ~?……って…」


黒子「お姉さま、わたくしは急いでおりますので……って」

黒子「ふふ、やっぱりお姉さまはお姉さまですの。変わってませんの」

黒子は小さく笑いながら机から小さな釘を取り出し、
太もものベルトに手早く差していく。


御坂「何?事件?」


黒子「まあそんなところですの」


御坂「……私も行こうか?」

御坂が脇に大砲を立ててその銃口をトントンと指で小さく叩いた。


黒子「いえいえ、それほど『大事』ではありませんの。お姉さまはここにいて下さいまし」


黒子はニコリと笑い、では と一拍おいた後にテレポートしてその場を離れていった。

59: 2010/06/19(土) 00:15:53.98 ID:mx74v6Qo
御坂「……『大事』では無い……ね」

部屋に一人残った御坂は、ついさっきまで黒子が立っていた空間をぼんやりと眺めながら小さく呟いた。

御坂「全く……嘘が下手なんだからあの子は」

御坂はクルリと踵を返し、己の荷物の方に屈みバッグを漁り始めた。

御坂「……あった…と」

そして目当ての物を見つけた。
それはイヤホン型の通信機。
ミサカネットワークに接続する為の機器だ。

御坂は手早くそれを耳に取り付け起動する。

あれ程の情報網を持つ妹達なら何か嗅ぎ付けているだろうと踏んだのだ。


だが。

御坂「?」

いつもなら接続した途端すぐに大勢の声が飛び込んでくるはずなのだが、この時は違っていた。

妙なザラついたノイズだけ。

視覚で例えるならば、黒い砂嵐のような。
それは暗号化されているらしき『何か』の通信のようだ。

だがそれ以上の事はわからなかった。
解析しようにも、
元々この機器は御坂側から情報を引き抜けないように改造されている為それは不可能なのだ。

そして妹達の声は一つも聞こえてこない。


御坂「(……何よこれ……!?)」


何かただならぬ事態が起こっているような。

御坂の顔色が変わる。

60: 2010/06/19(土) 00:19:50.35 ID:mx74v6Qo
御坂「ねぇ!!誰かいないの!?」

御坂側からはこのノイズをどうすることも出来ない為、彼女はとりあえず呼びかけてみた。

するとノイズの中から途切れ途切れで聞こえてくる。

『お…………姉さ……いら……来ま…………少々お待……』

妹達の一人のものであろう声。

御坂「ちょっと!!!何これ!!?何が起きてるの!!!?」

『上位……より許可……18990号並列演算ネ……ークから切断。臨時回線確立完了』


18990号『お姉様』


業務的な言葉の後、その一人の妹の声がはっきりと聞こえるようになった。
後ろでは相変わらず『黒い砂嵐』が猛威を振るっていたが。

御坂「ちょ……(演算?)」

18990号『全てを説明している暇はありません。手短にお願いします。ミサカもすぐに「戻らなくては」なりませんので』

御坂「こ、コレは何?!」


18990号『アクセラレータの演算補助を行っています』

御坂「補……助!!」

そういえば以前聞いたことがある。
二ヵ月半前の事件の後、病院で打ち止めから聞かされた。

脳の一部を失った一方通行の演算をミサカネットワークが代理で行っていると。

つまり、今一方通行がどこかで能力を行使しているのだ。


御坂「!!!!!!!」

御坂も当然知っている。
あの少年の手元にインデックスがいる事を。
ついさっきトリッシュと上条も、御坂をここに送った後にそちらに向かって行ったでは無いか。

何も無ければ今頃合流しているはずなのだ。


何も無ければ―――だが。

61: 2010/06/19(土) 00:24:56.90 ID:mx74v6Qo
御坂「何が起こってるの?!!!」


18990号『…………意思確認。集計中。全個体賛成。上位個体から情報開示許可』



18990号『何者かに襲撃され、現在アクセラレータが全力で交戦中です』

御坂「!!!」

黒子もこの件で呼び出されたのだろう。
恐らく関係があるに違いない。


御坂「場所は!!!?」


18990号『第七学区です。詳細な位置は向かいながら誘導を』


御坂「お願い!!!」


御坂は手早く大砲に弾を装填し、残りの弾が入ってるバッグを乱暴に肩に掛け、
能力を使って一気に窓を突き破り外に飛び出した。

ガラスが割れる盛大な音で当然寮監にも気付かれるだろうが、
そんな事を心配している場合では無い。


御坂は道路に着地すると、そのまま能力を行使して夜の街を高速で駆けて行く。

ビルの上に跳躍し、屋上から屋上へ跳ね直線の最短距離で第七学区へ向かう。

御坂「―――」

その視線の先。

どうやら誘導の必要はほとんど無いかもしれない。


遥か遠くで立ち昇っている、
燃え盛る炎か何かで照らされている巨大な黒煙が御坂の目に入ったからだ。

62: 2010/06/19(土) 00:27:22.78 ID:mx74v6Qo
恩人であり妹の保護者役でもある一方通行。

御坂の事を一番理解してくれているかけがえの無い後輩の黒子。

大事な想い人の『宝物』であるインデックス。


そして―――。


―――上条当麻。


今の御坂にとって絶対に失う訳にはいかない者達が恐らく勢ぞろいしている。


御坂「はぁ……!!!はぁ―――!!!」


今の自分に何ができるかわからない。
レベル5でありそしてこの強大な武器を手に入れたが、それでもそんな彼女より強い者達はゴロゴロいる。

最悪、自分はただの足手まといにしかならないかもしれない。

だが行くしかない。

こんな事態が起きていながら黙っていられるはずが無い。

彼女は行くしかないのだ。


その先で何が待っていようと。

結末がどうなろうと。


―――

63: 2010/06/19(土) 00:28:55.91 ID:mx74v6Qo
―――


学園都市第七学区。

とあるビルの屋上。


バージルへ突進して行くトリッシュの両手に握られている拳銃。

魔人化によって彼女の体と半ば同化しているルーチェ&オンブラから、
金色の電撃で形作られた長さ1m程の刃が伸びる。


トリッシュ『―――Ha!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


そして一気に距離を詰め体を回転させるように左手、右手と続けて水平に振りぬいた。

左手はバージルの喉元、右手は腹部へと。

手加減無用の本気の刃を。


それと同時にバージルの体から青い光が溢れる。


そして周囲に放たれる凄まじい光の衝撃波。

64: 2010/06/19(土) 00:30:55.12 ID:mx74v6Qo
空間が、人間界そのものがその巨大な『異物』で歪み軋む。


バージルは魔人化した。


彼がどれ程本気なのか。

それは誰の目にも明らかだった。


これは脅しでは無い。


ブラフではない。


彼は誰だろう。


例え上条だろうと。


例え弟の相棒だろうと。




そして今ここで向かってくるのがダンテであったとしても―――。




―――『障害』と見たのなら容赦なく刃を振るう。



―――彼にもそれをするに足る絶対の『理由』があるのだから。

65: 2010/06/19(土) 00:36:23.25 ID:mx74v6Qo
バージルは向かってくるトリッシュへ閻魔刀の柄を上に向け縦方向に抜刀した。


トリッシュの金色の二連撃がバージルの青い刃にぶち当たり弾かれる。


余りにも凄まじい激突に一瞬音が消失した。

あぶれた剣圧の余波が屋上の上に何本もの鋭い筋を刻み、
二人を中心としてケーキカットしたかのようにパックリと寸断される。

破片一つ生じない、恐ろしい程に鋭利な切れ筋。


トリッシュ『―――』


弾かれ防がれた。

だがそんなのは予想済み。
簡単に傷を負わせられる相手ではない事は重々承知。

トリッシュは鷲のような鉤爪がある足を引き、即座にバージルの顔面目がけて振り抜―――。


―――こうとした時だった。


トリッシュ『―――ゴフッ』


蹴りを放とうと腰を捻った瞬間、胸部に走る激痛と共に口から血が噴出す。

ふと気付くと、己の胸元が縦一閃にパックリ割れていた。


トリッシュ『―――』


先のバージルの抜刀。

アレはトリッシュの攻撃を防ぐ為の物では無かったのだ。

バージルの『攻撃』にトリッシュの刃が巻き込まれ、結果として弾かれた『だけ』だったのだ。

初っ端、一合目から見せ付けられる実力の差―――。

66: 2010/06/19(土) 00:39:19.07 ID:mx74v6Qo
だがトリッシュは怯まない。

トリッシュ『―――Haaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!』

激痛も吹き出す血も無視してそのまま蹴りを放つ。

金色の電撃を纏った、強烈かつ有に音速の数十倍もの速度を誇る蹴り。

だがそれ程の速度をもってしてもバージルには『遅かった』。

その蹴りが放たれバージルの顔面に向かう僅かな時間の間でさえ、
彼にとって上へ振り抜いた閻魔刀を返して叩き下ろすには充分すぎる程だった。


トリッシュ『―――』


閻魔刀がトリッシュに向けて縦一閃に振り下ろされる。

だがこのまま一刀両断されるほどトリッシュもヤワではない。
彼女は先程真上へ弾かれた両腕の刃を即座に引き戻し、頭上に斜めに掲げていなす体勢に持ち込む。

ただ、それだけでは防ぐのは不可能。
トリッシュの刃が振り下ろされた閻魔刀に耐えられるのは恐らく一瞬。

いなしきるよりも前に閻魔刀は彼女の刃をへし折るだろう。

それに蹴りを放っている最中な為、即座に跳躍して体を逸らすのも不可能。


そこで瞬時に判断した彼女が取った行動。

それは刃の下にあるルーチェ&オンブラの引き金を引くこと。

閻魔刀が金の刃に直撃する瞬間、刃の下の拳銃が火を噴いた。

トリッシュ『―――』


回避が間に合うかどうか。


放たれたルーチェ&オンブラの反動が彼女の体を斜め後方へと運ぶ。

同時に閻魔刀を斜めに受け流す刃の表面がみるみる削り取られていく。


そして遂に先端が切断され閻魔刀が縦一閃に振り下ろされた。

67: 2010/06/19(土) 00:42:21.12 ID:mx74v6Qo
その青い刃は、斜め後方へ下がるトリッシュの僅か数センチの所を掠った。

幸いな事に直撃は免れたものの、彼女が纏っている金の光の衣が余波に巻き込まれゾリッと剥ぎ取られていく。
そして彼女の皮膚を覆っている金の羽もいくつかが毟り取られていく。

トリッシュ『くはッ―――』

魂の表面が削られていくのを感じ、顔を小さく歪ませながら後方に跳ぶトリッシュ。
先の胸の傷も叩き込まれたバージルの力のせいなのか塞がらない。

そんなトリッシュの目に腰を落として閻魔刀を低く構えているバージルが映る。

あの構えは―――。


トリッシュ『(―――あれは)』


トリッシュは次に何が来るか即座に察知し、翼を引き寄せて体の前に盾を作る。
更に己の力を集中させて金の電撃でその翼をコーティングする。

だが。


トリッシュ『―――』


その時トリッシュは気付いた。

バージルの目は己を見ていなかった事に。


彼の視線はトリッシュの斜め後方―――。


―――二人が戦っている隙に突破しようと地面を蹴った直後の上条。


トリッシュ『(―――マズイ)』

68: 2010/06/19(土) 00:45:25.71 ID:mx74v6Qo
次の瞬間、トリッシュの目でさえおぼろげにしか見えない程の速度でバージルが刀を横一閃に振り抜く。

一切の躊躇いも手加減もなく。


同時に周囲の空間に走る青い光の筋。


魔人化したバージルから放たれる―――。


―――『次元斬り』。


上条程度では到底耐えられない、確実に『即氏』する攻撃―――。

トリッシュは瞬時に防御体勢を解き翼を伸ばすと、
先程コーティングに使っていた電撃を一気に上条へ向けて放った。


上条『―――へ?―――ンゴォオァアア!!!!!!!!!』


トリッシュの電撃が跳躍したばかりの宙を舞う上条の体の側面にぶち当たる。
衝撃で上条の体が弾かれ、その直後に彼の体がさっきまであった空間を次元斬りの凶悪すぎる刃が切断した。

上条はそのまま弾き飛ばされビルの下に落ちていった。


上条が真っ二つになるのはなんとか回避できたが。


トリッシュ『―――』


彼女は察知した。


バージルが即座に閻魔刀を返し、もう一発次元斬りを放っていたのを。

トリッシュに向けて。

咄嗟に防御を解いて上条を救うのを優先したトリッシュにそれを防ぐ術は無かった。



彼女の腹部を切り裂く青い光の筋―――。

70: 2010/06/19(土) 00:52:13.96 ID:mx74v6Qo
街頭に照らされた第七学区の街並み。

至る所に備え付けられているスピーカーからであろう、避難を勧告する放送が方々から響いている。
そのおかげか辺りには人影は一つも無かった。

そんな無人の街に振ってくる上条。

上条『ッッツ……!!』

弾き飛ばされ良く知る痺れに顔を歪ませながらも、上条は空中で体勢を立て直し、
道路の中央に乱暴に着地した。

衝撃で上条の足がめり込み、アスファルトが砕け散る。

上条『ぐ……!!!』

一瞬何が起こったのかわからなかったが、この痛みから何となく状況を把握する。

トリッシュがバージルと激突し光が溢れた瞬間、上条は一気に突破しようと地面を蹴った。
その直後に目の前が青く光り、同時にトリッシュの電撃で弾き出されたのだ。

上条『クソ……!』

トリッシュが上条に電撃を放った理由も容易に想像がつく。
あの青い光はバージルの攻撃だったのだ。

トリッシュの助けが無かったら今頃―――。


その時だった。


上条『―――』


立ち上がり移動しようと顔を上げた瞬間目に入る―――。


いつのまにか正面10m程の場所に立っているバージルの姿。

71: 2010/06/19(土) 00:55:37.12 ID:mx74v6Qo
上条『―――』


トリッシュは―――?


だが彼女がどうなったのだろうかと考えてる暇も、
彼女がいるであろう背後のビルを見上げている暇もあるわけが無い。

目の前に不気味に煌く抜き身の閻魔刀を持っているバージル。

二人の間のには何も無い。

圧倒的な殺意の障害は。


上条『(ク……ソ―――)』


ゾクリと全身の毛穴が開き、体が小さく震え始める。

怖くないわけが無い。

このまま戦えばどうなるかも知っている。

だが上条が選ぶ道はたった一つ。

どんなに大きな障害が立ち塞がろうと彼は逃げない。


上条はギリッと歯軋りし、小刻みに震える拳を握り固め―――。


上条『来やがれってんだよォオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!』


咆哮を上げた。
それは恐怖で強張る己の体に喝を入れる雄叫び。

己を奮い立たせる声。

その雄叫びが響く中、バージルは上条の方へ向けて軽くタンッと地面を蹴った。

軽く。

それでいて上条の目には追えない程の速度で。

72: 2010/06/19(土) 01:04:33.08 ID:mx74v6Qo
上条『―――』

反応すらできずに目を丸くしている上条の首に向かう青い刃。
凶悪すぎる程の破壊力をもった一撃。

慈悲も躊躇いも手加減も無い刃。


上条の評価に値する『覚悟』にバージルは手加減をしなかった。

それがバージルなりの最も礼儀正しい『覚悟』への接し方。


バージルがどういう者なのか。

彼の存在を、彼の考え方を、
そして彼は誰よりも厳格な生粋の戦士であるという事を明確に証明する一太刀。


上条の命を50人分刈り取ってもお釣りが来るレベルの。

彼を確実に頃す為の一閃―――。


上条『―――』


―――とその時だった。

刃が彼の喉を切り裂く直前。

上条の体が、真上から降りてきた金色の光の塊に踏み潰された。


上条『―――ごぁ』


強烈な衝撃を受けてうつ伏せに突っ伏し、アスファルトを砕いて地面にめり込む。

それとほぼ同時に頭上を切り裂いていくバージルの閻魔刀―――。


その刃が奏でた音は空を切ったものではなく―――。


―――固い何かが切断されるようなものだった。

73: 2010/06/19(土) 01:07:41.35 ID:mx74v6Qo
一瞬の静寂。

上条『―――は?』

そして地面に突っ伏す上条の目の前に金色に輝く何かが二つほど。

ドサリと振ってきた。

続けて雨のように降り注いでくる赤い液体。


上条『―――』

落ちてきた物。

それは中ほどから切断されている翼と―――。


―――拳銃が同化している右手の肘から先。


それはトリッシュの―――。


上条『―――トリッシュ!!!アアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!』



上条は起き上がろうとするものの、
背中を押さえつけているであろうトリッシュによってビクともしない。

絶え間なく目の前に落ちてくる血液が地面に辺り、上条の顔に跳ねて来る。


上条は首を思いっきり捻り上を見上げた。

視野の端にギリギリ入るトリッシュの姿―――。

74: 2010/06/19(土) 01:09:53.26 ID:mx74v6Qo
上条を真上から押さえつけ、身代わりとなって閻魔刀を受けたトリッシュ。

盾代わりにした翼の一枚、そしてその後ろにかざした右手は切断されていた。

そして大量の血が流れ出ている胴体。

先程のと今の二撃で刻まれた、胸から腹にかけての十字の深い切れ込み。


上条『あ……あぁあ……』


トリッシュ『―――落ち……ゴフッ…着きな……さい』


血を吐き出しながらもニコリと綻ぶ、仮面の下のトリッシュの口。


トリッシュ『ごめ……んなさいね。20秒は―――』


トリッシュ『―――無理……だったみたい』


血を吐きながらも優しく穏やかな笑み。
頃し合いの最中とは到底思えない表情。


まるで親しい友と談話しているような―――。

75: 2010/06/19(土) 01:12:31.78 ID:mx74v6Qo
上条『―――トr』


上条が彼女の名前を呼ぼうとした瞬間。


トリッシュ『方向が……違うけど―――』


彼の背中に食い込むトリッシュの足先の鉤爪―――。


トリッシュ『―――頑張って ね』


そして彼女はニコリと一際明るい笑みを上条に向けたまま、
足を真後ろへ向けて大きく蹴り上げた。


爪に引っかかっていた上条の体が猛烈な勢いで遥か後方へ分投げられる。


明後日の方向へと。


とにかく上条をこの場から、バージルから遠ざける為に。



上条『―――ッシュ―――』

76: 2010/06/19(土) 01:14:52.08 ID:mx74v6Qo
宙を突き進む上条の目に映る、どんどん遠ざかっていくトリッシュ。
上条の方を一瞥もせずに残った左手を振り上げバージルへ突進していく彼女の後姿。

そのトリッシュへゆらりと向かうバージル。

そして激突し溢れる金と青の光。

二人の『戦士』の姿はその中に消えた。



上条『―――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛トリィィィィィィィィィッシュ!!!!!!!!!』


悲痛な声で恩人であり友である彼女の名を叫びながら。

遠ざかっていく光の嵐を見つめながら。

上条は明後日の方向へ吹っ飛ばされていった。

その上条の目に映る光の嵐はすぐに収まる。
彼の目に映る最後の光。


それはまるで目に見える『景色』そのものを垂直に一刀両断でもするかのような―――。


―――天高く伸びる青い光の筋。


そして。

金の光が途絶える。


残ったのは―――。


上条『―――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!!!!!!』


―――『青』のみ。


それだけだった。


―――

87: 2010/06/21(月) 23:28:55.82 ID:6BUJK4co
―――

遡ること二分前。

上条とトリッシュの前にバージルが立ち塞がる直前。



一方通行が抱きかかえるインデックスの顔の上に浮かび上がった魔法陣。

そこから放たれる『竜王の殺息』。

僅か50cm先の一方通行の顔面へ。


一方『―――』


何よりも速く反応した一方通行の防衛本能が瞬時に黒い杭を引き寄せ、
その光の柱と彼の顔の間に展開した。

ほぼ同時だった。

滑り込むように割り込んできた黒い杭の先端にインデックスの『竜王の殺息』が衝突した。

凄まじい轟音を響かせながら、壁にぶち当たる放水の雫のように光の粒が周囲に飛び散る。
それに混じり、削り取られた一方通行の黒い杭の破片も飛び散る。

撒き散らされた白と黒の散弾が、二人の周囲の地面に降り注ぎクラスター爆弾のように一帯を耕していく。


一方『―――オオオオオオオオオオ!!!!!!!』


凄まじい圧力。

鎮圧用放水によって押し退けられていくように、一方通行の体が杭ごと徐々に仰け反っていく。

89: 2010/06/21(月) 23:30:41.73 ID:6BUJK4co
一方『(こいつァ……!!!!)』


この光の柱は莫大なエネルギーを持った小さな粒子の集合体のようだ。
しかもその粒子一つ一つが微妙に性質が違う。

粒子一つ一つ解析して反射するなんて到底不可能。
一方通行の頭脳を持ってしても演算が追いつかない。

それ以前に粒子の集合体という特性が無くとも、
単純に力の総量そのものに演算が追いつかないかもしれない。


そもそも例え反射できたとしても―――。


―――これ程の攻撃をインデックスに返すなど持っての他。



―――戦いの基本である攻撃元を潰すという戦法など取れる訳が無い。



一方通行の本能が咄嗟に取った、『力には力を』という選択は正しかった。

というかそれしか選択肢は無かったのだ。


こうして耐えるしか―――。

91: 2010/06/21(月) 23:34:04.17 ID:6BUJK4co
一方『クソ―――』


ここからどうすれば良いのか。

一方通行の頭には何も解決法は浮かんでこなかった。
彼の頭脳を持ってしても、この場を打開する妙策など見出せなかった。


一方『ぐ―――ォオオオアアアアア!!!!!!!』


この光の濁流の中、彼は懸命に耐えながらインデックスの服をただ握り締めていた。
彼にはそれしかできなかった。


何が何でも手放すものかと。


だがそんな一方通行の努力を嘲笑うかのように、
『竜王の殺息』は更に激しさを増しながら彼を引き剥がそうとする。

徐々に一方通行の体からインデックスが離れていき―――。


彼女の背に回していた左手が―――。


一方『―――』


―――勢い良く弾かれ離れる。

92: 2010/06/21(月) 23:38:49.59 ID:6BUJK4co
そして残った、インデックスの修道服の腰辺りを固く握り締めている右手―――。


修道服の柔らかい生地が破けてしまいそうな程に強く握り締めている拳。

爪が己の手の平に鋭く食い込んでいる拳。


固く握りこまれている白い布にジワリと血が滲む。


今、一方通行が己の全てをかけているその右手。


爪が剥げようと。


肉が抉れようと決して手放すまいと―――。



だがその『心』はインデックスを乗っ取っている『システム』にあっけなく『拒絶』される。


突如インデックスの顔の前に浮かび上がっている魔法陣が更に巨大化し。



インデックス『「神よ、我が身を守りたまへ。神よ、我が身を縛す穢れし手を滅したまへ」』




そして発せられる機械的な無感情の声。


次の瞬間、彼女の全身そのものが白く輝き―――。


―――彼女の全身から『竜王の殺息』が放たれた。

94: 2010/06/21(月) 23:41:39.20 ID:6BUJK4co
一方通行の顔だけを狙っていた点攻撃が、彼の全身を対象とした面攻撃に切り替わる。
同じ密度と破壊力を保ったまま。

一方通行の本能は瞬時に彼の全身を黒い杭で覆った。


インデックスを掴んでいる『右手』を省いて。


一方『―――待―――』


一方通行の右手の肘から先が『竜王の殺息』に晒され消失する。


彼とインデックスを繋ぎ止めていた最後の鎖が。



一方『―――ク―――ソ―――』



黒い杭に守られながらも一方通行は凄まじい勢いで吹っ飛ばされた。
極太の光の柱は彼を瓦礫の山へと叩き込み、更に深く深くへと押し込んでいく。


その時を待っていたかのように、離れた場所で佇んでいたフィアンマが動く。

彼の背中の巨大な腕が大きく揺らめき太陽のように輝き始め、
放出された光が柱上に集り天高く延びて200mはあろう巨大な光の『矛』を形成した。


そして。


フィアンマ「―――それなりに楽しかったよ」


その『矛』が一方通行が叩き込まれた瓦礫の山へ放たれる。


今度は一切の手加減無く。

95: 2010/06/21(月) 23:47:36.80 ID:6BUJK4co
一瞬にして吹き飛ぶ瓦礫の山。

フィアンマの背中から生えている巨大な腕が邪魔だと言わんばかりに大きく揺れ、
その舞い上がる瓦礫とチリの雲を衝撃波で吹き飛ばした。


そして一気に晴れ渡った靄の間から姿を現す、
インデックスの『大砲』とフィアンマの『矛』の二重攻撃で形成された直径30m程の大穴。

深さは200m以上あるだろうか、地面に立っているフィアンマからは当然底が見えない。

だが。

フィアンマ「(……結構しぶといな。まだ生きてるか)」


フィアンマは大地に穿たれた大穴を見ながら頭の中で呟いた。


その穴の中からあの黒い杭が大気を振るわせる音が響いてくる。
あの少年は氏んでいるどころか、
まだ力を使う分だけの体力も残っているようだ。


とはいえ、満身創痍で最早フィアンマにとって脅威でも何でもないのは確かだろうが。


フィアンマ「来い」


そのフィアンマの声に反応し、インデックスは修道服をなびかせながらふわりと浮き上がり、
滑るように宙を移動して彼の方へ向かった。

96: 2010/06/21(月) 23:50:33.37 ID:6BUJK4co
フィアンマ「なるほど」


フィアンマはそのインデックスと、
手に持っている遠隔制御霊装を交互に見ながら小さく一言。


フィアンマ「(……使えるな)」


『魔導図書館』としてだけではなく、戦力の一つとしても充分利用価値があるようだ。
少なくともかつての同僚テッラやヴェントよりも『兵』として使える。


フィアンマ「(……だが……)」


しかし『この程度』の為にわざわざこうして彼女を迎えに来たわけでは無い。


当初の計画では、インデックスを手元に置こうとは思っていなかったのだ。

彼が彼女を直に手に入れようと思ったのは、
遠隔制御霊装を調整している最中に偶然見つけたとあるモノ、

インデックスの奥深くに厳重に封印されて隠されていた『何か』に興味を惹かれたからだ。

それは魔導書や秘術の類では無く、もっと巨大な『怪物』だ。

どうしてこんな所に、どんな経緯でインデックスがこんなものを所有しているのかはわからないが、
眠っているその『怪物』の正体は大方予想がついている。


上手くその力を引き出して制御下に置くことができたら、
戦力の一つとしてどころか、切り札としもて利用できるかもしれないのだ。


そして今、その力の一部をついでに見てみたかったのだが。

97: 2010/06/21(月) 23:53:36.54 ID:6BUJK4co
インデックスの中にあるその『怪物』は、
周囲の術式の構造から見る限り『守る為の封印』で固められている。

『脅威』から『守る』為に厳重に仕舞い込む『封印』。
そのタイプの封印は、『破壊』されそうになった場合は更に強力な防衛行動を取る。

封印している『モノ』が強力な武器となる場合は、最後の手段として使う事もある。

フィアンマはそこを計算して、あえて強敵をぶつけて彼女の中に眠る『怪物』を起こそうとしたのだが。


フィアンマ「(やはりこの『程度』の相手では無理か)」


どうやら今の一方通行『程度』では起こせなかったらしい。
インデックスの中にあるシステムは既存の魔術で充分と判断したのだろう。

逆に言えば、
その『程度』では全く刺激にならない程に強大な『怪物』だという好ましい証拠でもあるが。


フィアンマ「(まあいい。他にも方法はある。後にし―――)」


その時だった。

一方通行に止めを刺しさっさと離脱しようと数歩進んだ瞬間。


フィアンマ「―――」


この学園都市を覆う
大気の質が豹変した。
今まで彼が体感したことも目にしたこも無い異質な、そして押し潰されそうな凄まじい密度の空気。

フィアンマは目を見開き、半ば反射的にその異質な力が放たれてくる方向に目を向けた。


そして彼の目に映る。
1km程離れたところだろうか。


とあるビルの屋上で瞬く二つの―――。


―――青と金の光。

98: 2010/06/21(月) 23:56:16.82 ID:6BUJK4co
フィアンマの顔からは、先までの余裕の篭った薄ら笑いが消えていた。

金の光、その発信元の者は恐らく大悪魔、それもかなり高位に位置する存在のようだ。
『今』のフィアンマでは到底敵わない領域の。

だがそれ以上に。


その金の者が対峙している『青』。


何もかもが規格外の『青』。


フィアンマにとって格上の存在である『金』ですら霞んでしまう程の正真正銘の『化物』だ。


フィアンマ「…………すごい……な」


その圧倒的な力を感じ、彼は半ば呆然としてポツリと呟いた。


その発信元が何者なのかは一目瞭然。

これ程の力を発するのはスパーダの一族ぐらいしかいない。


フィアンマ「……なるほど……確かにこれは―――」


アリウスからは聞いていたものの、そして彼自身も頭ではわかってはいたが、
やはり本物を直で体感すると違う。


フィアンマ「―――『格』が違うな」

99: 2010/06/21(月) 23:59:14.49 ID:6BUJK4co
フィアンマはその『神』クラスの者と、神の領域すら遥かに凌駕している『化物』が発する光を見つめていた。
『化物』の発する力で人間界が大きく歪んでいくのを感じながら。


フィアンマ「…………」

こんな近くでスパーダの一族が力を解放して高位の大悪魔と戦っているのか?

なぜだ?

己の行動と何か関係があるのだろうか?

フィアンマ「…………」

少しその場で思索に耽ったが、あの二体に関する情報が少なすぎて明確な答えが出てこない。
そしてフィアンマ自身側では思い当たる節が多すぎて整理ができない。

だがこれだけは言えるだろう。

あそこにいるスパーダの一族の一人は、フィアンマには敵意を向けていないようだ。

フィアンマにはスパーダの一族に狙われそうな理由が腐るほどあるが、
もしそれでこの場まで追って来たのならば即座に頃しに来ているはずだ。

今こうしてフィアンマが生きているという現実が、
あの『化物』が彼に対して現時点では殺意を向けていない証拠と成り得る。


この場に居合わせたのはただの偶然でフィアンマなど元々眼中に無いのか、
それ以前に彼の目的・彼の存在に気付いていないのか。


甚だ疑問であり、またこの『答え』を放置しておくには危険すぎる。


だがその答えを求めようとあんな化物同士の戦いの中へ飛び込んでいく程バカでは無い。
そんな自殺行為など誰がやるか。

答えを得るにはあまりにもリスクが大きすぎる。



フィアンマ「(……とにかく……今はさっさと離脱した方が良いな)」

100: 2010/06/22(火) 00:02:25.57 ID:1thAXrIo
フィアンマ「(さっさとあの小僧を頃して帰るか)」

ちらりと隣にいるインデックスに目をやり、彼は心の中で呟いた。
そう、目的の物も手に入れた今、こんな場所に長居している必要は無い。

頃し合っている『猛獣』の近くにいるのは危険すぎる。
何が起こるかわからない。

あのイレギュラー因子が突如こちらにも牙を剥くかも知れない。


フィアンマ「(全く……困ったものだな)」

初っ端からこうも不測の事態続きだとさすがのフィアンマでも先が思いやられてしまう。

ヴァチカンの争乱、そしてこの突然のスパーダの一族の出現―――。


フィアンマ「(―――待て―――)」

その時。

この僅か30分程度の間に立て続けに起こった『異常』な事態を、
頭の中で並べた瞬間だった。

彼の優れた頭脳がその違和感と妙な関連性を発見し。

そしてパズルのように組み上げていく。


フィアンマ「(―――)」


魔女のヴァチカン襲撃。

そこから誘発される戦争。

この場に現れたスパーダの一族。


そして以前から接触していたという―――。


―――魔女達とバージル。


フィアンマ「(まさか―――)」

101: 2010/06/22(火) 00:05:19.05 ID:1thAXrIo
ぞわりと全身を冷たい波が這い上がって来る。
彼はやっと気付いた。
いや、彼だからこそこれ程早くに気付けたのかもしれない。


己を見ている巨大な『目』に。

己の体に纏わりついてくる、操る為の『糸』に。


フィアンマ「この俺様が―――」


フィアンマ「―――誘導されているだと?」



―――とその時。


思索に夢中になっていた彼の背中へ向かって弾丸のように突き進む『影』。
驚愕の事実に行き当たり放心していたフィアンマは僅かに反応が遅れ。

その一瞬が命取りとなる。

フィアンマ「―――」

彼が背後に迫ってくる『影』に気付き振り向いた時には遅かった。

振り返ったフィアンマの目に映ったのは。


『黒い影』で形成された『右腕』を振りかざしている―――


―――血まみれの一方通行。



一方『―――オァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!!!!』



その『黒い義手』の固く握られた『拳』が―――。



―――目を丸くしているフィアンマの顔面に叩き込まれた。


―――

102: 2010/06/22(火) 00:10:21.07 ID:1thAXrIo
―――


遡ること一分前。

学園都市。第七学区の端。


土御門、海原、結標そして麦野はとあるビルの屋上に立っていた。
遠くに見える、炎で照らされている巨大な黒煙。

彼らの周囲の地上は慌てて避難する市民達でごった返していた。
誘導しているアンチスキルやジャッジメントのものであろう大きな声が方々から響いてくる。


結標「はぁ……くは……!」

結標が息を荒げその場にへたりと座り込んだ。

土御門「大丈夫か?」

海原「……ここからは車を拾っていきましょうか?」


結標の座標移動で約800mおきにここまで飛んで来たのだ。
三体の荷物を連続で長距離飛ばし続けた為、彼女は既に疲れきっていた。

飛ばすのがガラクタならまだしも、
生きてる人間を『欠損』させずに最大飛距離ギリギリで飛ばし、
更に己も同行するとなればかなり集中しなければならないのだ。


麦野『なっっっさけねー。使えない「運転手」ね』


麦野がアラストルを肩に乗せ、挑発するように口を開いた。


土御門「お前は大丈夫かもしれねえがよ、俺らは壁に埋め込まれたら自力で出れねえんだよ」


麦野『どいつもこいつも……じゃあ私はここから自分で行くかr』


―――とその時。

103: 2010/06/22(火) 00:11:12.27 ID:1thAXrIo
地上の喧騒がピタリと止む。

不気味なほどの静寂。

大気が一瞬にして冷え重量を一気に増したような感覚。

そして皮膚を剥いで行くかのような程の強烈な悪寒。


四人とも数秒間硬直する。

顔が引きつり、全身の毛穴が開く。


土御門「―――おい―――これは」


土御門が恐る恐る口を開いた。


海原「―――は……い」


海原が脇のホルダーに入っている原典の『悲鳴』を感じながら返事をする。


結標「―――そんな―――うそ―――」


まるで世界の終わりを見ているかのような表情の結標。


三人はゆっくとその強烈な悪寒がやってくる方向に目を向けた。


その先では二つの光が瞬いていた。


『金』と―――。


―――『青』の。

104: 2010/06/22(火) 00:13:37.15 ID:1thAXrIo
避難の最中であった市民達は皆硬直していた。
二ヶ月半前とは違い、放たれてくる凄まじい恐怖が彼らの上に直接降りかかってきていたのだ。

中には意識を失い倒れる者もいた。


大悪魔の放つ『恐怖』は慣れていない人間の理性を簡単に刈り取る。

それが大悪魔の中でも頂点クラス、
そしてそんな大悪魔達すら手も出せない怪物の二体が放つ、『魔人化』した『本気』の『恐怖』となれば、
最早一般人は呻き声を上げることすらままならない。


とあるビルの上にいる、二ヵ月半前の争乱を生き延びた歴戦の猛者三人でさえ硬直していた。

そして前に一度直に目にしていた海原と結標は恐怖と共に確信していた。

遠くに見えるあの青い光はバージルなのは間違いない と。

冗談交じりの『最悪』の例え話が現実となったのだ。



そんな中でただ一人。

この強烈なオーラに押し潰されずに、
身を思いっきり乗り出して飛ぶように屋上の端に行き、食い入るようにその遠くの青と金の光を見つめる者がいた。


麦野『あれ……あれは……』


麦野沈利。

彼女は恐怖に押し潰されてはいなかった。
確かにこの凄まじい恐怖は彼女の精神も強く圧迫していたが、それ以上に―――。



麦野『………………………………アイツ……なの?』


あの青い光の感じ―――。

105: 2010/06/22(火) 00:15:55.35 ID:1thAXrIo
色は違う。

『アイツ』は『赤』だった。

そしてこんなにも『冷たく』も無かったが。


―――だがあまりにも感じが似ていた。


―――『匂い』が似ていた。


第23学区で彼女を『空』に運び上げたあの男と。


あの時とは違いはたくさんあるのに―――。


―――なぜか『同一』にのように思えてしまった。


麦野『…………』


ふと胸に感じる『熱』。

発信元は胸の内ポケットに入れているあの『バラ』。


それがこの充満する『大気』に反応し急に熱を発し始めたような―――。

そして皮膚に突き刺さり、己の『内』に侵入してくるような―――。


そのバラが放つ『主』の力に呼応して麦野の右手にあるアラストルも一気に輝きを増す―――。

106: 2010/06/22(火) 00:16:59.21 ID:1thAXrIo
麦野『―――』

何を迷うか。

あの男がいるとするならば。

もしくはあの男と関係ある『何か』があるのならば。

行くしかないではないか。

そしてこの胸のバラが発する『声』がその麦野の感情を更に後押しする。

『行け』 と。




麦野『行かなきゃ―――』




土御門ら三人が、突如至近距離に現れた異常な悪寒に気付きその方向へ目を向けた。


海原「―――は?」

土御門「お……い―――?」


その発信元は。


土御門「―――」


麦野。

107: 2010/06/22(火) 00:19:24.98 ID:1thAXrIo
次の瞬間、麦野は屋上の地面を蹴って青白い光の線となって一気に飛んでいった。


遠くで瞬く青と金の光の方向へ一直線に。


土御門「―――待ッ―――おいッ!!!!」

土御門は麦野の後を追うように屋上の端へ駆け、身を乗り出した。
だが既に青白い光の線は遥か遠くへ。


土御門「チッ……!!あれはバージルで間違いないんだな!!!」


海原「ええ!!あんな代物間違えようがありません!!」


土御門「クソ!!!」


土御門は焦る。
バージルの出現とその力の解放。

麦野の手にあった、今までとは比べ物にならない程の力を放出していたアラストル。


そして『赤く』光っていた―――。


―――麦野の胸元。


アラストルはダンテの魔具だ。
その兄であるバージルの力で何らかの影響があったのは間違いない。


土御門「(ヤバイぜよ―――!!!!)」


どんな影響があったのか、そして何が起こるのかはわからない。
というかわからなさ過ぎて余りにも危険なのだ。


もし麦野がバージルに向かって行き、彼女もろともアラストルが破壊されてしまったら。

もし麦野がアラストルに乗っ取られて破壊だけを撒き散らす怪物と化してしまったら。


アラストルを最大の切り札の一つとして考えていたこの反乱計画が大きく傾いてしまう。

108: 2010/06/22(火) 00:22:40.63 ID:1thAXrIo
土御門「クソッタレ……次から次へと……!」

海原「早く追いましょう!!」

土御門「当然だぜよ!!!」

二人の魔術師は恐怖に苛まれながらも、己を奮い立たせる。
今更ここで止まることなどできない。

それに土御門には麦野の他にもインデックスの件がある。
行くしかないのだ。


結標「……あ……あ」

一方、結標はその二人の傍らで小刻みに震えたまま動けなかった。
軍用ライトを固く握り締め屈んだまま縮こまっていた。

二度目の、そして魔人化してあの時よりも圧倒的な力を放つバージルの存在を前にして固まっていたのだ。


土御門「結標ィ!!!」


土御門がそんな彼女に対して怒ったように声を張り上げる。


結標「……っ……!!」

その声に意識が呼び戻されたかのように、ハッとして顔を上げる結標。


土御門「俺と海原を飛ばせ!!!」

109: 2010/06/22(火) 00:24:13.85 ID:1thAXrIo
結標「え……で、でも……!!!」

今の結標の精神状態で遠距離間を飛ばすなど危険極まりない。
壁と同化したりしてしまう可能性も高いのだが。


土御門「いいから早くしろ!!!」

海原「構いませんから!!!」

そんな事も承知の上で二人は捲くし立てる。


結標「―――わ、わかったわよ!!!」


結標が半ばやけくそ気味で返事を返し、
ぎこちなくも震える手で軍用ライトをクルリと回し大きく息を吐く。

そして次の瞬間。


結標「シッ―――」


土御門と海原の視界が一瞬で切り替わる。
まるでテレビのチャンネルを替えたかのように。


土御門「―――おお」


海原「―――」


二人の五体は無事だった。
ちょうど道路の真ん中に飛ばされており、手も足も壁に埋め込まれてはいない。


その『代わり』二人の足は地面についていなかったが。

アスファルトの固い地面の上15m程の宙に二人の体があった。

110: 2010/06/22(火) 00:26:15.43 ID:1thAXrIo
土御門「チッ―――」

海原「!!!!」

二人は突然の落下に驚きながらも何とか着地する。

足がついた瞬間前に転がり慣れた身のこなしで衝撃を受け流した土御門とは違い、
そんな肉体派の技術が無い海原は足でまともに着地してしまい、モロに衝撃を受けてしまったが。

土御門「海原!!!」

転がる慣性を利用して流れるように立ち上がった土御門が、
足を抑えて苦痛の表情を浮かべている海原の下へ駆けて行く。

海原「だ、大丈夫です!」

海原は痛みに堪えながら手を挙げ、ぎこちなく立ち上がった。


海原「はは、どうせなら100mくらいの高さがあってくれた方が良かったんですが……」


苦笑いを浮かべながら皮肉を吐く。

地面に衝突するまでそれなりの時間があれば、原典の力を使って軟着陸も可能だったのだが、
さすがに15m程度ではその暇が無かった。


逆に土御門にとっては。

土御門「やめてくれ。それだと俺が氏んじまうぜよ」

高さ100mの宙に放り出されるなんて『氏の宣告』と同義だが。

111: 2010/06/22(火) 00:30:00.60 ID:1thAXrIo
土御門と海原は周囲を見渡す。
第七学区の街並み。

街頭が照らしているその道路に人影はなかった。
ここら一帯の一般人の避難は完了しているらしい。

二ヵ月半前の件から避難誘導方法も色々と効率化されているのだろう。
かなり手際が良い。
一般市民の犠牲を嫌う土御門達にとっては好ましいことだ。

土御門「……」

今、ここで起こっている争乱の中心地は二つ。

襲撃者と交戦している一方通行、そして麦野が向かっていったバージルの方。

二つの方角ともビルに隠れている為、
空に上がってい巨大なる黒煙と夜空を照らしている青と金の光しか見えない。

土御門「……クソッ……」


海原「……こうしましょう。自分は彼女を追います。あなたは禁書目録の方に」

土御門「……お前……!!」


海原「大丈夫ですよ。自分には一応コレがありますし」

海原がにこりと笑みを浮かべながら己の脇を軽く叩く。

スーツの下、ホルダーに入っている『原典』を。


土御門「……」

確かに、己がバージルの方に向かったところで何かの役に立つとは思えない。
明らかに戦闘能力が低すぎる。

あの恐らく魔人化しているバージル相手では、
現場に近付いただけで命を落としてしまう事だって充分あり得る。

112: 2010/06/22(火) 00:31:45.42 ID:1thAXrIo
海原「あなたもあちらの方が気になるでしょう?」


土御門「……」

そうだ。
そもそもこの事態に首を突っ込もうとしたのもインデックスの件があるからだ。


土御門「……ああ。そうしよう」


海原「では―――」


海原はスーツの脇に手を突っ込み、帯状の物を一気に引き出した。

『原典』を。


姿を現した途端、不気味な悪寒とざわめきが周囲に充満する。
起動した原典の重圧を受け、海原のこめかみに血管が浮き上がる。


土御門「……それ使うのか?」


海原「こういう時に使わずしていつ使えと?」


海原「それに『生身』であの『化物』に近付こうとする程自分はバカではありませんよ?」


だが耐え難い精神汚染に苛まれているにも関らず、
海原は柔和な笑みを崩さずに土御門にいつもの調子で返事をした。


土御門「そうか。じゃあ頼んだぜよ」


海原「―――ではお先に」


そして彼に一瞥した次の瞬間、
原典の力を行使したのであろう、アスファルトを捲り上げて猛烈な速度で街の中を突き進んでいった。

113: 2010/06/22(火) 00:34:43.00 ID:1thAXrIo
土御門は腰から拳銃を抜き出し、スライドを軽く引いて弾が装填されているか確認し。

土御門「……さて……俺も行くとするぜよ」

小さく呟き深く深呼吸をした。


とその時だった。


凄まじい地響きが伝わってきて大気が、そして大地が地震のように大きく震えた。
あの光の瞬く地から、垂直に天高く伸びる『青』の筋。
この夜空ごと割ってしまいそうな程の長さの光の柱。

土御門「―――なッ……!!?」

まるでこの『世界』そのものが切り裂かれたような光景。
いや、実際に人間界に巨大な筋を刻んでいるだろう。

あれは恐らく。

バージルの全てを破断する『最強』の刃が振り下ろされた『余波』の光だ。

だが土御門には目を見開いて呆然としているヒマなど無かった。

それとほぼ同時に、彼の上空を白く輝く流星ような何かが猛烈な速度で突っ切っていったからだ。
『喚き声』のような音を発しながら。

そして近場に落下し地響きが起こる。

その流星は土御門から100m程離れた場所、もう1本向こうの道路辺りに落下したようだった。


土御門「………………あれは……」


あの喚き声のような『音』。
どこかで聞いた事があるような、いや、聞きなれた『声』だった。
更に放っていた『白い光』。


最早間違えようが無い。


あの落下してきた『何か』は―――。


土御門「―――かみ……やん……?」


―――

126: 2010/06/23(水) 23:20:54.24 ID:Y.Up4tQo
―――

ヴァチカン。

サンピエトロ広場。

ステイル『(……なっ……)』

傷まみれで最早立ちあがる力さえ残っていないステイルは、
地面にうつ伏せに這い蹲りながら深々と頭を下げるローラ型の人形を見つめていた。

ステイル『………!!』

礼をしている人形の目と目が合う。

ステイルに背を向けて礼をしている為、逆さまの顔がこちらを向いているのだ。


ステイル『ア、アークビショップ(最大主教)……?』



そのステイルの声に対し逆さまの人形の顔が少し哀しげに陰り。



ローラ『神裂の件』


ローラ『間に合わなかったか』


ローラ『すまぬ』


謝罪の言葉。


ステイル『…………ッ……』

127: 2010/06/23(水) 23:22:51.04 ID:Y.Up4tQo
ジャンヌ「形式張るな。今の私には位など無い」

ベヨネッタ「ふふ、そもそも私は昔から位すら無いわよ。『様』付けで呼ばれる『筋合い』は無いわ」

深々と頭を下げるローラ型の人形に対しジャンヌがそっけなく、
そしてベヨネッタは半笑いしながら言葉を飛ばした。


ローラ『そうはいかなき事。例え故郷が滅し「位」は消えようとも、そして無きとも―――』


『ローラ人形』を形作っていた金髪が風に吹かれたかのようにゆっくりとバラけ始め―――。


ローラ『―――お二方様はアンブラの「太陽」と「月」』


―――その中から姿を現す『本体』。


ゆったりとしたベージュの修道服を纏った、見た目18歳程の幼さと大人っぽさが混じっている美しい『少女』。

宝石のような長い金髪をふわりとなびかせながらローラ『本人』はゆっくりと顔を上げ―――。



ローラ「―――我等が「血」の永遠の「誇り」でありけるのです」


―――その碧眼で穏やかな笑みを浮かべながらジャンヌとベヨネッタを真っ直ぐと見据えた。


ジャンヌ「……本当にローラなんだな」

ジャンヌが目を見開き、ローラの全身を舐めるように眺めた。


ベヨネッタ「随分大きくなったわね~『おてんばローラ』。『色んな』ところが」

ジャンヌ「……あれだけ『大喰らい』なら大きくもなる」


ローラ「んふふふ……」

128: 2010/06/23(水) 23:25:54.28 ID:Y.Up4tQo
ベヨネッタ「……ん?」

ジャンヌ「……」

その時。
鼻を小さく鳴らしながらまじまじと眺めていたベヨネッタとジャンヌは、ローラにある妙な違和感に気付いた。

この目の前のローラ。

500年前アンブラで若くして主席書記官を務めていた、
『完全記憶能力』を有していた『天才児』なのは間違いないようだが―――。


ベヨネッタ「(……おかしいわね)」

ジャンヌ「(……こいつ……)」


―――それでいてどことなく別人のような感覚。


確かに声や雰囲気そして受け答えや容姿を見る限り、
今話している『相手』が成長したローラであることは間違いない。

だが、その奥底の部分。


中身が空っぽなのだ。


同一人物の『精神』でありながら、『魂』が別人の物のような。



まるで模造品のような―――。


精巧なコピー品のような感覚だ。

129: 2010/06/23(水) 23:27:12.55 ID:Y.Up4tQo
ローラ「むふふふ……」


そんな二人の魔女の違和感を尻目にローラは小さくクスクスと笑っていた。

それはいつもの権謀策略を張り巡らせた権力者の含み笑いではなく、
あどけなさが残る『少女』の『無邪気』な笑い。


こんな事を思っているような状況では無いのは自覚しているが、
それでもイタズラが成功したようなこの高揚感は気持ちが良かった。

かつて雲の上の存在だった、そして憧れだった二人の驚きの顔を見れて最高の気分だ。


ローラ「(ふふふ!私とてやればできたるのよ!!)」


そして後ろにいる単細胞な部下、ステイル。

彼女の後姿を見て目を丸くしているだろう。




とある『違和感』に『ようやく』気付いて だ。




この何も『フィルター』の無いローラの姿を見て だ。

130: 2010/06/23(水) 23:30:45.19 ID:Y.Up4tQo
ステイル『―――』


ローラの予想通り、ステイルは彼女の後姿を見て固まっていた。


彼にすれば普段から見慣れている姿なのだが―――。


確かにこの年齢不詳の上司は美しい。
否定する者などいないだろう。

老略男女問わず100人に聞けば100人とも迷い無く美しいと答えるだろう。

一方でステイルはそんなローラの容姿が生理的に気に喰わなかった。


なぜなら―――。


―――インデックスに似ているからだ。


顔や雰囲気は姉妹と言っても差し支えない程に似ているのである。
違うのは髪色だけで、あと5年程もすればインデックスはこの今の最大主教と瓜二つになるかも と思わせる程に。


―――と、ここまでの話を聞けば、

人は「ではなぜ何かしらの関係を今まで疑わなかったのだ?」と思うだろう。


その理由は単純だ。


疑問を抱く事が『不可能』だったからだ。

131: 2010/06/23(水) 23:33:11.74 ID:Y.Up4tQo
ローラとインデックスの容姿の関係性。

それ事態を『意識』する事が無意識の内に妨げられていたのである。

彼女達の体にかけられていた、
人払い魔術のような『無意識の内に意識外へと出してしまう』術式に阻まれていたのだ。


それも悪魔化したステイルや天使化した神裂ですら気付かない程に厳重で強力な術式。

事実、その『変装』で500年もの長きに渡って宿敵であり天敵でもある、
天界最大最強勢力ジュベレウス派の目を退けてきたのだ。


大悪魔を何体も使役する者もいる魔女達、
その中でもエリートの『とある少女』が創り出した秘術を、
『生まれたばかり』の『即席』の大悪魔や大天使が破れるわけも無い。


とはいえ、さすがにスパーダの一族の目を騙すのは厳しかったが。

ネロが異様にローラを嫌っていたのもその術式からくる妙な違和感のせいだ。

もし彼が本腰入れてその『違和感』の答えを探していたら、
僅か数日で破られていただろう。


その件もあってローラは極力ネロと直接会うのを避けていたのだ。

ダンテやトリッシュと直接の面識が無かったのも今思えば幸運だっただろう。

スパーダの一族に知られての不利益は考えにくかったが、それでも大っぴらにする物では無い。
彼女はいつかやってくる『その時』までずっと隠し通すつもりだった。


親友であり恩人でもあるエリザード以外には絶対に漏らさないつもりだった。

そのつもりだったのだが。

132: 2010/06/23(水) 23:34:30.45 ID:Y.Up4tQo
だが急変してゆく世界の情勢は彼女にそれを許さなかった。


『鉄壁の囲い』の中に黙って潜んではいられない状況となったのだ。


彼女は遂に立ち上がり、500年振りに『真の姿』で『表舞台』に上がった。


どんなに巧妙に変装しようとも、隠すものを隠していなかったら意味が無い。
逆に更に違和感を高め注意を集めてしまう。


今、魔女としての力を行使しているローラは正にその状態だ。


当然、今現在その姿を見ている―――。


ローラ「(んふうふふ……ステイルステイルステイル!やいマッチ棒!!さぞかし驚きたろう!!)


―――後ろの部下はその『違和感』をしっかりと意識して、頭を悩ませているだろう。



ローラ「(ざまぁでありけるのよこのノータリンの単細胞不良坊主が!!)」

133: 2010/06/23(水) 23:37:30.65 ID:Y.Up4tQo
ステイル『(―――……な……ッ!!!)』

ローラの予想通りステイルはかなり困惑していた。


見慣れた後姿。
そこから急に呼び起こされてくる過去の記憶。


今までのローラの顔。


狡賢そうに薄ら笑いを浮かべた顔。
あっけらかんとした笑い顔。
ぶつぶつとぼやく不機嫌そうな顔。
いつかの、入浴中に乱入してきたステイルへ向けた慌てた恥ずかしそうな顔。


その全ての姿が―――。


ステイル『ど、どうなってる……!?』


―――インデックスと重なる。


彼は『初めて』疑問を抱き、思わず声に出してしまった。


この目の前の上司がなぜこんなにもインデックスと似ているのだ?


胡散臭い上司ローラ。
インデックスの記憶の件についてステイルをも欺き続けてきていた、彼にとってはある意味『敵』でもある女。

今まである種の敵意を抱いていた、信用なら無い上司。


そうだったのに。


ステイル『(……ふ、ふざけるな……なんでこの女に……こ、こんな……!!)』


突如沸いてきた、インデックスと重なるこの親近感と愛おしさ。
無意識の内に『心』が安らぐ一方で、それが彼の『頭』にとってはたまらなく不快でもあった。

134: 2010/06/23(水) 23:39:39.59 ID:Y.Up4tQo
ローラは少し振り返り、いたずらっぽい笑みを浮かべてステイルの方へ横顔を向けた。


ステイル『…………!!!!』

ローラ「んふふふ……たくさん聞きたし事がありけるだろう?後で教えたるわ。気が向きければな」

そして複雑な表情を浮かべているステイルへ向けて、茶化すような口調で言葉を放った。


とその時。



ベヨネッタ「……ぷふっ」



ベヨネッタが突然噴出した。
その横にいるジャンヌも何やら微妙な表情。



ローラ「これな……む?…何か?」


ローラが気付き、再び二人の同族の方へ向き小首を傾げた。


ジャンヌ「なあローラ」



ジャンヌ「何だいその喋り方は」

135: 2010/06/23(水) 23:42:10.06 ID:Y.Up4tQo
元がデタラメなインチキ古語、
更にそこに目上の者への敬語を強引に突っ込んでいる為、インチキ度がいつもよりも2割り増しだ。

いつも聞きなれているステイルでさえ、この場の2割り増しの馬鹿口調はかなり耳障りだった。


ベヨネッタ「ぷふふ……あ~はぁ……アンタバカっぽいわよそれ」

堪えきれず小さく笑うベヨネッタ。


ジャンヌ「ローラ、気でも狂ったのか?」


ローラ「な……!!!500年も経ちたるのです!!!少々言葉遣いが変おうても……!!!」


ジャンヌ「昔も変な喋り方だったがますます悪化してるな」


ベヨネッタ「昔もこうだったの?」


ジャンヌ「語尾に手当たり次第に『だよ』とかつけてたな」


ベヨネッタ「へぇ……で、何で今はそ馬鹿口調?」


ローラ「ばッ……!!!こ、これは私の部下から教わっ……!!」


ジャンヌ「部下……」


ベヨネッタ「……」


『部下』という単語を聞いて二人の魔女の眉がピクリと動く。

136: 2010/06/23(水) 23:45:56.00 ID:Y.Up4tQo
ローラ「……っと、そうそう、申し遅れたるの」

二人の表情に気付き小さくコホンと咳払いした後、ローラは神妙な面持ちで口を開く。


ローラ「私は今―――」


ローラ「―――イギリス清教が長、最大主教でありけるのです」


その言葉を聞いてベヨネッタとジャンヌの表情が変わった。

ベヨネッタは小首を掲げ鼻を鳴らしながら不敵な笑みを浮かべ、
ジャンヌの顔からは笑みが消える。


ジャンヌ「……つまりだ、そこの『氏に底無い』も部下って事か?」

ジャンヌが右手の銃で、ローラの後ろに這い蹲っているステイルを指した。



ローラ「はい」


ベヨネッタ「ふふん……成る程ねぇ……」


ベヨネッタ「―――『魔女』が天界傘下、十字教イギリス清教の長、ねぇ」


ジャンヌ「……へぇ。その話―――」



ジャンヌ「―――良く聞かせてもらいたいな」

137: 2010/06/23(水) 23:48:00.51 ID:Y.Up4tQo
やや穏やかだった空気が一瞬で張り詰める。
ジャンヌの目が冷たく鋭くなり、ベヨネッタは薄っすらと妖艶な笑み。


ジャンヌ「……その口で『アンブラの誇り』、か?」


ローラ「……」

ローラは真顔でジッと二人を見据えたまま押し黙っていた。
そして数秒後、静かに口を開いた。
まるで母親に悪事がバレ懺悔するような表情で。

ローラ「……これしか方法が……」


胸にそっと両手を当て、何かを確かめていくようにゆっくりと。


ローラ「……私は……お二方様のように強くはなきたるのです」


ローラ「……かの戦いで家が消え……故郷が滅し……」


ローラ「眷属は亡きものとなり……両親は討ち氏にし……幼き『妹』は息途絶え……」


ジャンヌ「(妹……?)」


ローラ「……私は一人……」

ジャンヌ「―――待て」


黙って聞いていたジャンヌが小さく手を挙げ、ローラの言葉を突如遮った。


ローラ「……ふあ?」


ジャンヌ「お前に『妹』なんかいたのか?―――」


ジャンヌ「―――『姉』がいたのは覚えているが」

138: 2010/06/23(水) 23:50:22.80 ID:Y.Up4tQo
ローラ「あ~はぁ、ふふ、そうそう、そうでしたるわね」

ローラがケ口リと今度は明るい笑顔。


ベヨネッタ「?」


ベヨネッタがキョトンとした表情を浮かべ、そうだったっけ? と言いたげにジャンヌの方を見た。

ジャンヌ「……ほら、近衛にいたメアリーだ」

ジャンヌが小首を傾けながら流し目でベヨネッタに補足する。



ベヨネッタ「あ~あ、あの『青い髪』の。そういえばそっくり。瓜二つ―――」



ベヨネッタが左手に持った拳銃で肩を軽く叩きながら、おぼろげな記憶と照らし合わせた瞬間だった。




ベヨネッタ「―――ってちょーっと待ちなさい」


肩を叩いていた左手をピタリと止め一言。


ジャンヌ「どうしたセレッサ?」

139: 2010/06/23(水) 23:51:50.21 ID:Y.Up4tQo
ベヨネッタ「おっっっかしいわね……」


ベヨネッタは険しい表情を浮かべ、左手の拳銃で今度はメガネの端をコンコンと叩き始めた。


ジャンヌにローラの『姉』について言われ、
その事で昔の記憶を掘り出してきたのだが。


そのようやく見つけた映像はローラの『証言』とはかなり食い違っていた。


いや、ローラがこうしてここに居ること『そのもの』が食い違っているのである。


なぜなら。


ベヨネッタ「ねえ、どういうこと?―――」



ベヨネッタは500年前に見ていたからだ―――。



ベヨネッタ「―――アンタがここにいるはず無いんだけど?」




―――幼きローラが氏んでいるのを。

140: 2010/06/23(水) 23:56:12.42 ID:Y.Up4tQo
ローラ「……」

ローラは何も言わず、真顔のまま押し黙る。


ジャンヌ「あぁ?」

今度はジャンヌが不思議そうに小首を傾げた。


ベヨネッタ「私見たのよね。『あの日』に」


あの日とは、アンブラの魔女の本拠が天界の大軍勢に奇襲され、
滅ぶ事となった日のことだ。



ベヨネッタ「『メアリー』っていったっけ、あの子がさ」


ベヨネッタ「氏んじゃった『おてんばローラ』を抱きかかえて泣いてたの」



見たのは一瞬だ。

だが忘れもしない。


壮絶な戦いの激震の中、崩れかかった回廊のところにいた『二人』。


胸に大きな穴が穿たれた、血まみれで動かなくなった妹『ローラ』を抱え、泣き崩れていた姉『メアリー』。


その日、似たような光景を腐るほど目にした為すぐにはその映像がでてこなかったが、
同族の氏の『光景』は絶対に忘れはしない。


確かに見たのだ。


ベヨネッタ「本当におかしいわね」

141: 2010/06/23(水) 23:58:03.75 ID:Y.Up4tQo
ベヨネッタ「……もう一つついでに聞くけど、アンタ『魂』は『どこ』にあるの?」

続けて先程から感じていた違和感についても問う。


ローラ「……申し訳なきですがその件に関しては―――」

それに対しローラが静かに、そして重く口を開いた。


ローラ「―――この場(ヴァチカン)では言えなき事」


そして右手を小さく上げ、『上』を人差し指で指す。


ローラ「『かの者』達に聞かれたれば不味き事でありけるので」


ジャンヌ「……」


かの者達とは天界の事だ。
ここは天界の力が最も強く影響しているヴァチカン。
上の連中にとってこの場の事など全て筒抜けだ。
(ちなみにこの事もあって天界を欺く企てを計画しているフィアンマはヴァチカンを離れた)

ベヨネッタ「……へぇ……」

この場で魔女の力を行使して己の正体を知られても尚、
隠さなければならない程の秘密があるのだろうか。

恐らく、イギリス清教のトップが『宿敵の魔女』であったという驚愕の事実はもう既に天界の者に知られているはず。

イギリス清教所属の魔術師達をけしかけ、反乱を起こさせてローラをその座から廃するかもしれない。

もしくはイギリスそのものを敵と認識して『テレOマ』の提供を途絶するかもしれない。
そうなればイギリス清教の魔術師や、イギリスの騎士達は天界魔術を行使できなくなる。


ジャンヌ「……」

そんな事がこれから起こりうる可能性が高いのに、
ローラは未だに『イギリス清教』から離れる気はないらしい。

143: 2010/06/24(木) 00:01:52.35 ID:TzIbO5.o
ジャンヌ「何を考えてるか知らないが―――」


ジャンヌ「―――それでいいのか?ローラ」


ジャンヌは問う。そのまま天界の下にいるつもりかと。
身分がバレても尚、宿敵の懐に居座る気かと。

それは暗に宿敵の下から離れるように促してもいた。

最大主教という位を捨てこちらに。

唯一生き残った同族達の側に加わらないかと。


ローラは小さく微笑みながら目を瞑った。

理由がどうだろうと、天界に帰属するなど魔女達からすれば逆賊そのもの。
アンブラの掟に照らせば拷問の末の処刑が妥当。

情状酌量の余地無しだ。

それでいながらも、この目の前の大先輩は彼女に対し手を差し伸べてきてくれた。

そのあまりにも寛大な手に、一瞬ローラは身を委ねそうになってしまう。
全てを曝け出して、同族の下に加わりたいと。

この二人の英雄の胸の中へ飛び込みたいと。
だが彼女はその思いを押し込める。

奥深くへと。


ローラ「申し訳なきですが。例えお二方様の言霊だろうと……」

ローラはゆっくりと目を開き言葉を紡ぐ。


ローラ「それが『命令』であろうと……」



ローラ「私の心は変わる事は無きよ」



ローラ「成さねばならぬ『約束』と『使命』がありけるので」


変わらぬ覚悟の言葉を。

144: 2010/06/24(木) 00:04:08.00 ID:TzIbO5.o
ジャンヌ「そうか……」

ローラの口から放たれた言葉。

それは彼女の信念の強さを表していた。

そして一方で。



ジャンヌとベヨネッタに対しての『宣戦布告』でもあった。



ローラ「では、昔話はこの辺りで」


ローラがふわりと両手を広げた。


その瞬間手先が輝き―――。



―――明るい『青』を基調とした装飾が施されたフリントロック式の拳銃が姿を現した。


銃身側面の装飾の隙間には小さく『Mary』とエノク語で刻印されている。


『Laura』では無く『Mary』と。


そして修道服の裾もふわりと浮き上がり、両足首のあたりに同じタイプの拳銃が姿を現した。



ローラ「そろそろ『本題』に」



ローラ「この場から即刻お退きになりたって下さい」

145: 2010/06/24(木) 00:07:04.83 ID:TzIbO5.o
ジャンヌ「……そうかい」


ベヨネッタ「……」



張り詰める空気。


殺気を帯びた、三人の魔女達の鋭い視線が交差する。


ここでもしジャンヌとベヨネッタが退かなければその結果はどうなるかは一目瞭然。


唯一生き残った三人の『魔女達』による頃し合い。



いや、一人の『魔女』が一方的に『虐殺』される。



それはローラ自身もわかっていた。


例え己が500年前の全盛期の時と同じ力を有していたとしても、
目の前の二人の大先輩の足元にも及ばないと。

この二人がちょっと本気を出しただけでローラは瞬殺される。

そもそも互角レベルで戦える力があったのならばわざわざ十字教に紛れて隠れる必要も無い。



ローラのこの行動は一種の博打だ。


ローラはベヨネッタとジャンヌの同族に対する深い『優しさ』を知っている。
それに望みをかけたのだ。

146: 2010/06/24(木) 00:09:22.71 ID:TzIbO5.o
ジャンヌ「良い度胸だな全く……」

ジャンヌが冷たく、かつ殺気だった鋭い表情のまま静かに口を開く。

そして。


ゆらりと右手を挙げ―――。



ジャンヌ「成長したな。ローラ」



―――銃口をローラに向けた。



ローラ「―――ッ」


ローラもそれを見て咄嗟に両手を挙げ、二丁の拳銃をジャンヌに向ける。
目を見開き、瞬き一つせずにジャンヌを見据えながら。

ローラは一戦交えることを覚悟する。

最悪、いやかなりの確率でこの戦いが己の『終わり』となるかもしれないということを認識しながら。


だがそんなローラの鬼気迫った顔を見つめていたジャンヌが突如。


ジャンヌ
「ふっ……ははは」


まるで何かに耐え切れなかったかのように軽く笑い始めた。
その隣でベヨネッタもニヤニヤとし始める。


ローラ「…………な?」

147: 2010/06/24(木) 00:12:46.45 ID:TzIbO5.o
突然ブッツリと切れた一触即発・緊張の糸。

さっきまでとは正反対の雰囲気、軽い調子で笑う二人の魔女。


ローラは状況が良く掴めずにポカンとする。


ジャンヌ「はは、冗談だ」

ジャンヌが手首をひょいと捻り、銃口をローラから逸らす。


ジャンヌ「心配するな。今は気分が良い」


ジャンヌ「聞きたい事もあるが、この場はとりあえずお前の言を呑もう」



ジャンヌ「生きてたお前に免じて。な」



ローラ「……!!!はぁぁぁっ……(心臓に悪すぎでありけるのよ……)」

その言葉を聞いてローラの手が力が抜けたようにダラリと下がる。


ジャンヌ「その火炎坊主を連れてさっさと失せな」


ローラ「……はぁい……でありけるの」


ベヨネッタ「ああ、それとあの子」


ベヨネッタが、背後少し離れたところに呆然としてヘタリこんでいる五和の方を顎で指しながら。


ベヨネッタ「あの子は貰って行くから」



ローラ「…………む?」

148: 2010/06/24(木) 00:17:48.17 ID:TzIbO5.o
ベヨネッタ「連れてくの」

ベヨネッタが肩を小さく竦め、ローラの方を見ながらさも当然かのように言う。


ベヨネッタ「良い?」


ステイル『待……がぐばッ!!!』

這い蹲りながらも口を開けかけたステイルだが、
その頭に突如打ち下ろされたローラの足で言葉が途切れる。

彼女の足に括りつけられているフリントロック式拳銃の銃口が、
ヒールの踵のようにステイルの頭を押さえつけた。


ローラ「ええ、良きでありけるのよ。お好きに」


ローラは左足でステイルの頭をねじ踏みながら、にこやかに快諾した。

連れて行く理由などどうでも良い。

下手に拒否すればどうなるかわからないのだ。
すんなり退いてくれる以上、条件を飲む方が妥当だ。


二人の魔女を敵に回してまで五和を守るなど、ローラにとっては馬鹿馬鹿しい事なのだ。

149: 2010/06/24(木) 00:19:34.99 ID:TzIbO5.o
ジャンヌが数歩ふらりと歩き、左手をスッと前に出す。

するとどこからともなく黒い棒状の物がすっ飛んできてその手に平に納まった。


七天七刀の『鞘』だ。


ジャンヌ「持ちな」

ジャンヌがその鞘を五和の方へ放り投げた。


五和はその目の前に転がる鞘を目にした途端、
勢いよく手を伸ばして持ち上げ、ギュッと胸の中で抱きかかえて蹲った。

その横にベヨネッタが向かい立つ。


そして。


ベヨネッタ「バーイ」


ジャンヌ「またな」


ベヨネッタが手をヒラヒラと振りながら、ジャンヌは小首を傾げてローラへに一瞥した。


ジャンヌ「生きてろよ。『次』までは」



それに対しローラは深々と。


ここに登場した時と同じく礼をした。


そして数秒後に顔を上げた時には、三人の姿は跡形も無く消えていた。

風に吹かれたかのように。

150: 2010/06/24(木) 00:20:56.92 ID:TzIbO5.o
廃墟となり瓦礫の原と化したサンピエトロ広場。

その中央に立っているローラと。

彼女の背後に伏しているステイル。


ローラ「……さて」

ローラは長い金髪とゆったりとした修道服をなびかせてステイルの方へ振り向き。


ローラ「立ていデクの棒。さっさと帰りたるわよ」


ゲシゲシとステイルの頭を足で小突いた。
更に銃口をヒールの踵代わりにしてステイルの頭をグリグリとねじ踏む。

満身創痍のステイルは弱弱しくもバタバタともがく。



ローラ「全く情け無き。それでも我が『半身』の『護り手』たるのか?」


『半身』

『護り手』


そのワードを聞きステイルの動きがピタリと止まる。


ローラ「んん?氏んd」


ステイル『ぐ……は!!!』


突如ステイルが両手を勢い良く地面に突き、ローラの足を退けてぎこちなくも立ち上がった。


ローラ「おお、生きたるか。良き良き」

151: 2010/06/24(木) 00:24:38.17 ID:TzIbO5.o
ステイル『ぐ……ふ……貴様には聞きたいことが……山ほどある』

ステイルがふらつきながらも鋭い目でローラを見据える。


ステイル『教えろ……全てを……』


敬語を使わずに吐き捨てていく。
ステイルにとって最早上司と部下の関係などどうでもいい。

インデックスとこのローラに纏わる疑問の答えをとにかく知りたかった。


ローラ「貴様呼ばわりか。ふふふ、良い度胸でありけるわね」


そんなステイルを小首を傾げて上目遣いで見上げ、
右手を伸ばし彼のコートの襟を指先でクルクルと弄び、狡賢そうに笑うローラ。


ステイル『……くッ……!!!!』

そんな仕草一つ一つがステイルの心を大きく揺さぶる。
インデックスに重なりドキリと。

更にステイルは知る由も無いが、今の力を解放しているローラは魔女特有の妖艶なオーラも纏っているのだ。
その男性の本能を強く刺激するフェロモンが更にステイルを『蝕む』。


ローラ「まあ後ほど、帰りてから『教えて』やりたっても良きよ」


ローラ「『アンブラ式』でタッッッップリとな。ステイル」


ローラがステイルの胸を軽くポンと叩き。



ローラ「だがその前にさっさと悪魔化を解かぬか。暑苦しゅうてたまらぬわ」


―――

158: 2010/06/25(金) 23:39:19.13 ID:dSSHn4so
―――

フォルトゥナ。

街の中央にある大歌劇場。

かつての争乱の火蓋が切られたこの場は今、逃げ延びた市民達の避難所となっていた。

今は周りには悪魔の姿は見えないものの、
歌劇場の周囲の広場は瓦礫の原と化しており、ここでも壮絶な攻防戦が繰り広げられたことを物語っていた。


その広場をキリエと子供達は騎士達に誘導されて歌劇場の方へと進んでいく。

広場はフードを被った軽装の騎士達が、
歌劇場そのものの周囲を甲冑に身を包んだ重装騎士が固めていた。


キリエ「……」


あの白銀の重装騎士の姿。

騎士達の中から選抜された最精鋭であり、
ゴートリングをも一撃で屠れる程の彼らの姿はこういう状況下ではかなり頼もしいが。


キリエにとってはあまり良い思い出が無い。


巨大なランスと畳んだ羽を模した大盾。

兜から前に突き出すように伸びる捻じれた二本の角。

数年前のフォルトゥナ争乱時に教団が使っていた人造悪魔の兵『ビアンコアンジェロ』と瓜二つなのだ。

それもそのはず、ビアンコアンジェロの『器』となった甲冑と、
この重装騎士が着ている甲冑は全くの同型だから当たり前の事なのだが。

この甲冑はそもそも対悪魔用の新式装備として配備される予定だったのだ。

159: 2010/06/25(金) 23:47:17.23 ID:dSSHn4so
かつて教団がやった『悪魔に取り付かせる』というのは元々用途外だ。

教団の使い方が間違っていたのであって、
今のようにこうして全うな騎士が、魔界魔術で強化して装備するというのが元々の正しい運用方法だ。

しかしキリエもそれはわかっているのだが、この姿を見るたびにどうしても以前の記憶が蘇ってしまい、
胸が締め付けられるような感覚に陥ってしまう。


「こちらへ!さあ早く!」


構えていたランスを掲げて、キリエに向けて『甲冑』の中から聞こえてくるくぐもった声。

その声がキリエにとって救いだ。

『あの時とは違う』と思わせてくれる。

感情の無い『人造悪魔』ではなく、心を持った『人間』が入っていると。


キリエは軽く頭を下げながら、子供達を前に進ませて小走りで歌劇場の入り口へと向かっていく―――。


―――とその時だった。



―――突如背後から響いてくる怒号と凄まじい轟音。



そして目の前。


キリエの進行方向を塞ぐかのように上空から突如降り立ってきた―――。


―――三体のゴートリング。

160: 2010/06/25(金) 23:50:12.44 ID:dSSHn4so
キリエ「―――!!!!」


咄嗟に前にいた子供達の手や服を掴み、一気に引き寄せて屈むキリエ。

そんなキリエ達にヌッと手を伸ばすゴートリング。


筋骨隆々とした、丸太のように図太く赤黒い腕が彼女を鷲掴みにしようと迫ってくる。


その時。

キリエを掴もうとしたゴートリングの胸から勢い良く『生える』、白銀の『杭』。

それは重装騎士のランス。

凄まじい突きがゴートリングを背後から串刺しにしたのだ。


キリエ「!!!」


響くゴートリングの咆哮。

残りの二体が即座に振り向いて、突撃してきた重装騎士へ向けて腕を振り上げた瞬間。


更にもう二体の重装騎士が今度は左右両側から大盾を構えて突進してきた。

重装騎士の背中からは羽のような物が展開しており、そこからブースト噴射。

その爆発的な加速力で重装騎士の体が一瞬で音速にまで達する。


そしてそのまま両側から突撃してきた重装騎士の大盾が、
三体のゴートリングを纏めてサンドイッチのようにプレスし叩き潰す。


不気味な破砕音と吹き上がる血飛沫―――。

162: 2010/06/25(金) 23:52:14.91 ID:dSSHn4so
人間のデビルハンター業界において、最強最大集団の座にあるフォルトゥナ騎士団。
例えその勢力は衰えようとも、その座は揺るがない。
重装騎士が複数人いれば、大悪魔をも打ち倒せる事ができる場合もある。

2000年に渡って、組織的に鍛え上げられ洗練されてきたその力は伊達では無いのだ。

三人の重装騎士が盾を退きながら下がると、
ゴートリング三体が『合体』した見るも無残な巨大な肉塊が姿を現した。
とてつもない力で押し潰されており、原型など当然留めていない。

「立って!!さあ!!!」

一人の重装騎士がキリエ達の方へ向き、歌劇場へ進むよう兜を傾けて促す。


キリエ「は、はい!!」

子供達を立ち上がらせ、背中を押して前に進ませ―――。


―――た時だった。



キリエ「―――え?」


グッとキリエの手首を後ろから掴む腕。

ふと振り返ると。

いつのまにか、目と鼻を覆う仮面のようなモノを被ったスーツを着た女が背後に立っており、白い手袋を嵌めた手でキリエの手首を掴んでいた。

まるで降って湧いたかのように現れ、キリエの腕が掴まれるまで誰一人気付かなかった。
キリエも、その傍にいる三人の重装騎士も、周囲にいる他の騎士達も誰一人。

突然の事にキリエを含めた皆が一瞬固まる。


そんな呆然としているキリエに対し、仮面の下に見える口がニコリと不気味に綻んだ。

そして次の瞬間。


キリエ「あッ……あぁあああ!!!!!!」


突如握られている手首に走る、焼かれるような激痛―――。

163: 2010/06/26(土) 00:05:29.58 ID:Daptc22o
「―――オオォ!!!!!!!!」


キリエの傍らにいた一人の重装騎士が一気にランスをその女へ向けて突き出す。

音速を超える白銀の突きがキリエの直ぐ横を通り、
女の胸目がけて大気を裂きながら突き進む。

だが女は即座にキリエの手を離し、軽く身を仰け反って軽々とその突きをかわした。

そしてそのまま背後に跳躍し、ひらりと30m程離れた場所に降り立つ。


「チッ―――」


あの服装はどう見てもフォルトゥナのものでは無い。

そもそも今の突きを避ける時点で人間かどうかさえ怪しい。

少なくとも普通の人間ではない。
そして『味方』でもない。

三人の重装騎士は前に瞬時に進み出て、
キリエを守るように大盾を構えて壁を作った。


「キリエ殿!!!」


そして周囲にいた騎士達が一斉に駆け寄っていく。


キリエ「あッ……ッツ!!!!!」


キリエは手首を押さえ、苦悶の表情を浮かべながらその場に蹲っていた。
まるで火で炙られたかのような激痛。

キリエはその苦痛に堪えながらも、その場で即座に自己診断をする。
騎士団付きの修道女の長という身分上、医療については彼女はそれなりに秀でている。

服の袖は焼け焦がれてはいなかった。

164: 2010/06/26(土) 00:06:55.68 ID:Daptc22o
悪魔的な力で肉だけ焼かれたか とも一瞬思ったが、
それならば即座に焼け爛れた皮膚と服が癒着して体液が染みてくるはずだ。

体液が染み出てこれない程、すなわち炭化してしまう程焼かれたワケでも無さそうだ。
手首が動く、つまり腱と筋肉が生きてる時点でそれはあり得ない。


物理的に大きな損傷を受けたわけでは無さそうだ。

キリエはそう判断して一気に袖口を捲くる。


すると手首には。


うっすらと赤い『アザ』だけ。


そう、それだけだった。

これ程の痛みに関らず。


キリエ「(………!!!)」


肉体ではなく『中』を直接蝕むような、魔術的な攻撃なのだろうか。

だが彼女が自己診断を続ける事はできなかった。


キリエ「(……あ……れ……?)」


突如視界がぼやける。
そして意識も薄れていく。

まるで睡眠薬でも投与されたかのように。


そしてキリエはその場に倒れこんだ。

彼女の体を揺すり、名前を呼ぶ騎士達の声が響く。

だが彼女には届かなかった。

165: 2010/06/26(土) 00:10:29.43 ID:Daptc22o
倒れるキリエ。

それに動揺する騎士達。


だが三人の重装騎士は一切動じずに、盾とランスを構えて『女』をジッと見据えていた。

スーツを着た、仮面を被った女。

アリウスが放った最精鋭の人造悪魔『セクレタリー』だ。


セクレタリーが薄く笑いながらゆらりと両手を広げた。

その手のひらの真下の地面に直径30cm程の魔法陣が浮かび上がる。
そこから出現する二本の曲刀。

女はその曲刀の柄を逆手で握り、両手にそれぞれ納まった。


そして次の瞬間。

女の体から光が溢れ、一気に体の形が変わる。
背中から伸びる一対の大きな翼。

赤黒い羽毛のようなものが全身を多い、手足には鉤爪。
孔雀の羽飾りのようなものが襟首を覆っている。


これを一般人が見たら、本能的な恐怖で一瞬で硬直してしまうだろう。
だが今、周りにいるのはフォルトゥナ騎士。

その力を前にして恐怖していた者はいただろうが、硬直していた者は一人もいなかった。

一般人にとっては恐怖は枷となってしまうが、
戦士にとっての恐怖は更なる闘争心と力を引き出す劇薬だ。


周囲にいた軽装騎士達が一斉に動き、半数はキリエの周囲を固め、
残り半数はセクレタリーを囲むように展開する―――。


それと同時に三人の重装騎士は背中のブースターを展開し、

爆発的な加速をもって一気にランス突撃をかます―――。


―――

166: 2010/06/26(土) 00:12:34.78 ID:Daptc22o
―――

フォルトゥナ郊外。

とある丘の上にある半ば崩れかけている古い塔。

その上にアリウスは立っていた。


アリウス「(……『マーキング』は完了したか)」

念話のようなものを介して送られてきた、セクレタリーからの報告を頭の中で確認する。
ターゲットへの『マーキング』は完了した。


これでひとまず失敗は『現時点』では有り得なくなった。

今すぐ兵を退き帰還してもとりあえず問題は無い。
今連れて行くか、後から『呼び寄せるか』の違いであり、後々の結果は同じだ。

『現時点』では だ。


『マーキング』が解析され壊されてしまったら話は別だ。


その点を考えると、やはり今ここで連れて行った方が確かだろう。
だがその一方でここには長居はしたくない。

ここにいればいるほど、氏の危険性が高まる。

時間もかなり押している。
フォルトゥナ制圧も長引くどころか最早押し返され始めている。

ここから離脱する際は追跡を防ぐ為の作業、その為の時間が必要だ。

あまりギリギリまでここにいてその作業の時間が無くなってしまうと、
後々こちらの本拠の場所も特定される可能性があるのだ。

167: 2010/06/26(土) 00:13:17.90 ID:Daptc22o
アリウス「(―――)」


―――とその時。


思索に耽っていたアリウスは妙な違和感を感じた。
それはコートに入れている水晶。

人造悪魔や、配下の兵達を操る際に使う霊装から。

何かが猛烈な速度でフォルトゥナへ接近してきている。

ネロでは無い。

あの男程ならこんな霊装を介しなくても存在がわかる。


アリウス「(これは―――)」



その『何者』か。


アリウスには覚えがあった。


いや、『知っている』。


その力の性質、体組織、脳の神経細胞のネットワーク構造まで全て『知っている』。


何もかもをだ。



アリウス「お前―――なのか?」



―――

168: 2010/06/26(土) 00:16:10.81 ID:Daptc22o
―――


それは一瞬だった。

突撃した三人の重装騎士。
そのランスは空を切った。


そして同時に切り裂かれていく―――。


―――重装騎士の喉。


セクレタリーはとてつもない速度で、すれ違いざまに騎士達の喉下に刃を滑り込ませていく。

兜と胸当ての間、首を覆っているうろこ状の帷子が抉られる。

ゴポッと液体が溢れるような音と共に、その穿たれた隙間から吹き出す赤い液体。

そして轟音を響かせながら倒れこむ重装騎士。



重装騎士とセクレタリーの実力差は、総合的に見ればそれ程無い。

だがパワーと防御力特化の重装騎士にとっては、
この目の前のスピード特化タイプの戦い方をするセクレタリーはあまりにも相性が悪かった。

いくら防御力に特化してるとはいえ、
防御が弱い関節部や甲冑の隙間を圧倒的な速度でピンポイントで狙われたらどうしようもないのだ。

ネロのレッドクイーンの剣撃にもそれなりに耐えられる、この頑丈すぎる大盾もこんな相手には『使いよう』が無い。


その光景を見て、鬨の声を上げて突撃する周囲の軽装騎士達。
精鋭で構成される重装騎士すら見えなかったほどの攻撃。

一般の騎士達がどうこうできるわけが無かった。


次々と。


正確に喉だけ切り裂かれていく。

169: 2010/06/26(土) 00:19:59.47 ID:Daptc22o
「―――!!!!おい!!キリエ殿を!!!」

キリエの傍にいた年長の騎士が横にいた若い騎士に、
気を失ったキリエを歌劇場の中に運ぶよう促す。

若い騎士はキリエを抱き上げ、歌劇場の方へ駆け出していった。
そして残った数人の騎士は正面を向き、剣を構えたその瞬間―――。


後方、先程若い騎士がかけていった咆哮から、「げあ」っとまるで獣の発したような短い奇妙な声。


その声に残った騎士達が振り向くと。


後方20m程の場所。

キリエを抱きかかえていた若い騎士の首が半分切断されていた。

血を噴き上げその場にどっと倒れこむ若い騎士。
力なく転げ落ちるキリエの体。



そしてその傍に立っている―――



―――二体のセクレタリー。




「……!!!!」

騎士達は絶望に打ちひしがれる。

今、目の前に一体。

そして後方に二体。


重装騎士を含む一部隊丸々を一瞬で壊滅させた化物が三体。

170: 2010/06/26(土) 00:23:53.05 ID:Daptc22o
「―――反吐が出る!!!最悪だぜチクショウが!!!!!」

一人の若い騎士が剣を構え、イクシードを噴かしながら悪態を付く。

「ああ!!まだクソ溜めの方がマシかもしれねえ!!!」

それにもう一人の若い騎士が同じような口調で言葉を返す。
こんな口調、数年前に教団が倒れるまで許されてなかったのだが、

あの争乱以来、ネロの元で再興した騎士団に新しく加わった若者達は、
粗野な口調、指輪などのアクセサリー、奇抜な私服、改造した戦闘服や剣等を装備するなどかなりネロに感化されていた。

表面上少々俗っぽくなったとはいえ、
代々受け継がれてきた騎士としての信念と誇りは一切揺らいでいないが。

それに、英雄でありフォルトゥナ人にとって現人神でもあるネロの真似をするという行為が、
このような絶体絶命の場においても若い騎士達に勇気を与え奮い立たせる。


「黙れ。『氏ぬ時』ぐらい私語を慎め馬鹿者」


年長の騎士が若者達の戯言を制す。


先程首を切られた若い騎士の横に転がっているキリエ。

その彼女の体に、一体のセクレタリーがスッと手を伸ばした。

それを見て。


 ス ハ ゚ー ダ
「我等が主の御名の下に」

年長の騎士が祈りの言葉を発し一気に駆け出す。


 ネ  ロ
「我等が長の為に」


英雄であり長である現人神への忠誠の言葉を発し、それに続く若い騎士達。
騎士達は一斉にキリエに手を伸ばしたセクレタリーへ突撃する。

他の二体になど目もくれず。

それと同時にそのセクレタリーの横にいたもう一体が両手の曲刀をクルリと軽く回し、
身を屈めて突き進んでくる。

171: 2010/06/26(土) 00:27:36.90 ID:Daptc22o
―――とその時。


氏を引き換えにしてキリエを守ろうとした騎士達の目の前の空間に走る、金色の筋。

続けて響く甲高い金属音。

「―――」

騎士達は一瞬、己が切断されたと思った。

だが切断されたのは彼らではなかった。



目を丸くしている騎士達の目の前に転げ落ちてきた―――



―――こちらに向かってきていたセクレタリーの『頭』。


騎士達は驚き慌てて止まる。


こちらに向けて突進してきた慣性のまま倒れこむ首無しのセクレタリーの体。



その倒れた体の背後から姿を現す―――。



低い身長に不釣合いな程に長い曲刀を両手に持った―――。



燃えるような赤い髪と褐色の肌をした―――。



―――幼い少女。



―――

172: 2010/06/26(土) 00:29:40.88 ID:Daptc22o
―――


アリウス「(―――『χ』―――か)」

アリウスは崩れかかった塔の上から、黒煙が吹き上がるフォルトゥナの街を食い入るように見つめていた。

ウィンザーの戦いの後、捕縛され処分されたと思っていたあの『傑作品』がなぜここに、そして敵として現れるのか。


アリウス「(小癪な真似を。出来損無いが―――)」


アリウスは顔に手を当て、魔界魔術で顔面の皮膚を変形させる。

古代ギリシャ風のフルフェイスマスクのように。


アリウスは現地に向かう気だった。
できるだけ己自身の痕跡を残さないように今回は直接手を下さないつもりだったが。



アリウス「(ガラクダめが。引導を渡してやる―――この手でな)」



生みの親に対する反逆にアリウスは憤怒していた。


―――そんな怒りも直ぐに冷めてしまうのだが―――。



アリウス「―――」


陣を構築してあの場に『飛ぼう』と思った瞬間。



ぞわりと全身の毛が逆立つような凄まじい悪寒がアリウスを襲う―――。

173: 2010/06/26(土) 00:35:14.74 ID:Daptc22o
アリウスはすぐに感じ取った。

その圧倒的すぎる殺意と恐ろしいまでの憤怒が―――。


―――己に向いていると。


『これ』を味わうのは二度目だ。

最早説明はいらないだろう。


次の瞬間。


西向こう、フォルトゥナ港の遥か沖に広がる水平線。


そこに突如ぶち上がる―――。



まるで水爆実験でもしたかのような―――。



―――『青』と『赤』の閃光が迸っている―――。



―――有に高さ2km以上はあろう巨大すぎる水柱。


アリウスの表情が凍る。

遂にやってきたのだ。



『破壊』の申し子が―――。



―――これ以上無い程の憤怒と殺意を抱えて。



―――

174: 2010/06/26(土) 00:42:02.75 ID:Daptc22o
―――

眩い青い閃光。
音が消え、一瞬大きな衝撃が鎖骨辺りに走ったと思った直後に体の感触も消える。

トリッシュ『(……あ)』

そしてしばらくの後に閃光が収まり彼女の目に映る一人の怪物。

目の前の魔人化しているバージル。

振り下ろした閻魔刀を小さく振るい、体の横に引いている。


今だ聴覚や体の感触等はは戻ってこない。
トリッシュの五感で機能しているのは視覚だけのようだ。


トリッシュ『(やっぱり……強いわね)』


思えば、スパーダの一族とまともにやりあったのは初めてだ。

大悪魔の中でもトップクラスの実力と頭脳を誇るトリッシュ。
その力を魔帝に買われ魔帝軍の将にも上り詰めた。

その力は魔界において一国の主となり、諸王の一人として名を連ねていてもおかしくないレベルだ。
そんな物に興味が無かったトリッシュは国どころかまともな部下さえ持ったことが無かったが。

それ程の力を有している己でさえ、この目の前のスパーダの息子には手も足も出ない。


いや、魔人化状態のバージルを相手にして一撃で即氏しなかっただけで御の字だろう。

通常時のバージルに一振りで瞬殺された大悪魔も数え切れない程いるのだ。

魔人化させて、さらにその本気の刃を数撃耐えたとなればかなり健闘した方だ。

175: 2010/06/26(土) 00:44:12.70 ID:Daptc22o
トリッシュ『(ま、上々ね。……………?)』


―――と、ふと気付くと。


目の前のバージルは閻魔刀を鞘に納めていた。
そして続けて魔人化を解き人間の姿に戻った。


トリッシュ『(何してるのよ?私はまだ立ってるわよ?)』


と言おうとしたが、口が思うように開かない。
いや、体の感覚も無く、聴覚も無い為言葉を発せているかどうかすらわからない。


バージルはトリッシュを冷たい瞳でしばし見つめる。
その後、突如コートをなびかせて彼女に背を向け、どこかへと向かって歩き始めていった。


トリッシュ『(待……)』


トリッシュ『(……とにかく……チャンスね)』

そのバージルの無防備の背中を見て頭の中でほくそ笑む。

トリッシュ『(……一滴ぐらい血流させな……いと気がすま……ないわね)』


跳躍し、この残った左手の刃と魔弾を叩き込む。


―――そう考え体を動かそうとしたが。


トリッシュ『(―――あら……)』


突如揺れて高度が低くなる視界。

ガクンと。


『まるで』己の体が膝から崩れ落ちたかのような『映像』―――。

177: 2010/06/26(土) 00:46:21.71 ID:Daptc22o
トリッシュ『(ああ―――)』


『映像』が下を向く。


『真紅』の『水溜り』に膝をついている己の体。


トリッシュ『(―――そういうこと……ね)』


右の鎖骨から左のわき腹へ向けて斜めに走っている筋。
その筋からとめどなく溢れ出て、膝下の水溜りを拡大させていくこれまた『真紅』の液体。


トリッシュ『(…………綺麗……ね)』


その美しい『赤』の滝を、薄れ行く意識の中ぼんやりと眺めるトリッシュ。


―――『真紅』の。



―――美しい『赤』の。



―――これ以上無いくらいの完璧な『赤』を。

178: 2010/06/26(土) 00:51:47.71 ID:Daptc22o
トリッシュ『(ふふ、これじゃあまるで―――)』


そしてぐらりと揺れる視野。
重力に従い大きく前へ傾く彼女の体。
眼下に迫る瓦礫の地面。


トリッシュ『(―――ダンテ……ね……………………)』


そして地に力なく伏せた。
その瞬間、彼女の体から無数の金の羽がふわりと舞い上がった。


トリッシュ「(…………眠い…………わね…………)」


その姿は『生粋の悪魔』としてのモノではなく―――。


―――『人間』の姿。



トリッシュ「(…………お………やす…………み………なさ………い…………)」


彼女の深層心理がそうさせたのだ。



『ダンテの相棒』―――。



―――『トリッシュ』の姿に。



トリッシュ「(……………………ダ………………ン……………………)」



幻想的な羽の『舞』の中、横たわっている彼女の顔。


それは『本当』に眠っているかのように穏やかな表情だった。


―――

193: 2010/06/28(月) 00:25:57.31 ID:lVmTEXMo
―――

学園都市。
第七学区。

学区全域がほぼ封鎖され、中央部には人影はなかった。
街頭が無人の街を淡く照らす。

そのとある路上に立っている、スーツを着た精悍な顔立ちの一人の少年。

海原。

だがその姿は偽りの物。

その皮の下の素顔は。

原典を所持し、その凄まじい苦痛に絶えながらも着々と己の中へ取り込んでいき、
『魔神』へと少しずつ近付いていく若きアステカ魔術師、『エツァリ』。


彼は今、帯状の原典を引き出し道路の中央に仁王立ちしていた。

その視線の先。

600m程前方の場所。

連なるビルの陰に隠れている、麦野沈利が向かっていった『怪物の餌場』。

そこが彼の目的の場所でもあったのだが。

こんな所で立ち止まらずに進むべきなのだが。


彼は動かなかった。


脇のホルダーから引き出された帯状の原典の端を持ち、
目を大きく見開きながら前を見据えていた。

194: 2010/06/28(月) 00:33:20.55 ID:lVmTEXMo
視線の先、闇が覆い尽くしている道。
街頭があるにもかかわらず不自然なほどに見通しが利かない『闇』。

その奥から押し寄せてくる強烈な威圧感の塊。

ゆっくりと。
徐々に近付いてくる。

海原「……」

手にある原典の『叫び』が寄り一層強くなる。

この充満する凄まじい力によって強引に共鳴させられてしまっているのか、
それとも規格外の存在を前にして恐怖しているのか。

原典のその悲鳴のような叫びと思念が彼の精神の中に雪崩れ込んでくる。

海原「……」

だがその声が突如ピタリと止む。

苦痛の臨界点を越え、フッと意識を失ってしまったかのように。

その『理由』はわからないが、『原因』は考えなくてもわかる。

なぜなら。

海原「……」

遂に視界に捉えたからだ。

視線の先、40m程の場所。

闇の中、街頭が落とす灯火の中に姿を現した―――。


―――怪物を。


海原を真っ直ぐに見据え、ゆっくりと歩を進めてくる―――。


―――バージルを。

195: 2010/06/28(月) 00:35:56.76 ID:lVmTEXMo
海原は腕を振るいながら大きく広げた。
原典が大きく伸び、ふわりと海原の周囲に浮かび上がる。

彼はほとんど無心だった。

体が勝手に動いているような感覚だ。

バージルを見た原典の『防衛反応』に体が乗っ取られたのかもしれない。

彼は機械のように黙々と頭の中で術式を組み上げていく。

魔力を精製し、原典の力を組み込み、天界の力『テレOマ』を引き出す。


                            トラウィスカルパンテクトリ
海原「愚かにも太陽に挑み敗れし『明 け の 明 星』」


海原「己が矛で額を貫かれ、身を変じ―――」


海原「―――『光』は『霜』に」



海原「―――『矛』は『風』に」




       イ ツ ラ コ リ ウ キ
海原「『すべてを寒さにより曲げし者』」

197: 2010/06/28(月) 00:43:06.85 ID:lVmTEXMo
詠唱が終わった直後。

海原の体を囲むように浮かんでいた原典が『透き通っていく』。

薄く、青白く。


『氷』のように。

そして突如、粉状に細かく砕け周囲に飛び散った。

その一拍後。


周囲の道路、路上に止めてある車、両脇のビル、その全てが一瞬にして凍結する。


超低温の『波』はバージルの元にも達し―――。


            ヨワリ・エエカトル
海原「―――『夜 の 風』」



次の瞬間。

凄まじい爆風が海原から放たれ、凍結した街を薙ぎ払い―――。



―――何もかもを砕いていく。



きらめくダイヤモンドダストの幻想的で美しい『舞』。


全てを凍らせ粉砕する破壊的な『刃と槌』。


その極端な二面性を持つ猛吹雪が、一帯を猛烈な勢いで吹き抜けて行く―――。


―――

198: 2010/06/28(月) 00:50:04.85 ID:lVmTEXMo
―――

学園都市第七学区。

その一画の空を突き進み、猛烈な速度で地上に落下してくる白銀の『彗星』。

上条当麻。

ビルを貫通、そのまま道路に激突し直径15m程の穴を穿ちようやく止まる。


上条『……がッ……あぁぁッ……!!』

瓦礫を払い、クレーターの中央でふらりと立ち上がり今しがた飛んで着た方向に目を向ける。

先程まで青い閃光が迸っていたあの場所。
今は既に光が収まっており、重く圧し掛かる闇が覆っていた。


上条の脳裏に焼きついている、穏やかなトリッシュの笑み。
血を吐き、右手と片翼を失っても尚苦痛の色など一片も見せなかった強い強い戦士。


上条『……あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!!!!!!!』

上条は腹の底からの方向を上げ、左手を振り上げて地面に打ち下ろす。

何度も。

何度も。

このやり場の無い思いを吐き出す為に。
そして己を奮い立たせる為に。

ベオウルフを模った、白い光の篭手に包まれている彼の左拳が瓦礫を粉砕し、
アスファルトの道路を更に割り裂いていく。

199: 2010/06/28(月) 00:59:19.48 ID:lVmTEXMo
上条『ハァッ―――行くぞ!!!!何やってんだよクソッタレが!!!!』



上条『―――行くぞオラァアアアアアア!!!!!!』



そして顔を上げ自身へ向けて言霊を叩きつける。


彼女は哀しみ弔ってもらう為に上条の身代わりになったわけでは無い。
上条を彼自身の戦いの場に送り出す為に身代わりになったのだ。


こんなところで喪失感に打ちひしがれている場合ではないのだ。

モタモタしていれば―――。


―――確実に『追いつかれる』。



とその時。


上条『ハァ―――』


息を大きく吐き、道向こうへと視線を向けた彼の目に映る見慣れた姿。

金髪にサングラス。

大きくはだけた学ランから見えるアロハシャツ。
更にその下に見える屈強な胸。



上条『―――……土……御門?』

200: 2010/06/28(月) 01:09:46.41 ID:lVmTEXMo
土御門「久しぶりだにゃーかみやん。いや、今は『ベオやん』モードかにゃー?」


ニヤニヤとした緊張感の無い顔で、
ひらひらと手を振りながら上条の方に近づいてくる土御門。


上条『お前……何でこんなt』

土御門「ベオやんと同じ目的だぜよ」

土御門が上条の問いを先読みして答える。


上条『同じ………』


同じ目的。
この親友もまた上条と同じく、
インデックスと一方通行の下に行こうとしているのだ。


土御門「……大丈夫か?かなり顔色悪いぜよ?」

焦燥しきった上条の表情を見て、
土御門が一瞬にして纏っている空気を切り替え真剣な口調。


土御門「―――何があった?」


だが上条はその問いには答えず。


上条『……土御門。お前は早くここから離れろ』


上条『離れてくれ。頼む』

201: 2010/06/28(月) 01:12:02.48 ID:lVmTEXMo
土御門「……」

上条の言葉。
彼がどう考えてその言葉を発したのか。

上条の思考回路は単純だ。
親友として彼を逐一見てきた土御門には手に取るようにわかる。


土御門「……まあそう言うだろうと思ってたぜよ。かみやん」

土御門は軽く頭を掻き、苦笑いしながら独り言のように呟いた。


土御門「(俺は役に立たねえってか……)」

彼も自覚している。
この第七学区にて戦っている、
もしくは戦おうとしている面子の中で自分だけがあまりにも『小さ』すぎる。

己自身でも場違いに感じてしまう程に。

まるで取っ組み合いの頃し合いをする、
ライオンやトラが詰め込まれている檻に踏み入ってしまった赤子のようだ。


上条『頼む!!!早く逃げてくれ!!!!』


上条が土御門の両肩を強く掴み、彼の顔を赤く光る瞳で真っ直ぐに見つめる。


土御門「……」

幻想頃しの右手と違い、莫大な悪魔の力が宿っている左手。
その悪魔の手に握られている部分が焼けるような感覚。

上条はかなり力を抑えて土御門を掴んでいるのだろう。

だがそれでさえ一介の生身の人間、土御門にとっては抗いようの無い程の力。


土御門「(痛いな……)」


その痛みが、この親友とのかけ離れた力の差をより鮮明に浮き彫りにさせる。

この『戦場』では己はただのムシケラだ と。

202: 2010/06/28(月) 01:28:26.20 ID:lVmTEXMo
上条『時間がねえ!!!約束してくれ!!!』

土御門「…………」

上条が土御門の肩を強く揺さぶり詰め寄る。

彼は悪魔の感覚で『何か』を感じているのだろう。

『何か』が迫ってきていることを。

土御門「…………」

その時。

上条の背後から響いてくる轟音。
そして800m程離れたところで吹き上がる『白銀』の粉塵。

小さなガラスの粒子が大量に飛び散っているかのように無数のきらめきを帯びている。


上条『―――!!!!』


土御門「(……海原……か)」


海原が向かって行った方向だ。
彼が原典の支援を受けて大規模な魔術を行使したのだろう。

迫ってきている『何か』と出合って。



上条『―――なあ!!!土御門ォ!!!!』



土御門「―――はは、わかったにゃー」


土御門「化物は化物同士でやってくれ。パンピーはここで降りるぜよ」

203: 2010/06/28(月) 01:30:05.97 ID:lVmTEXMo
上条『よし!!!急げよ!!!』

その言葉を聞き上条は頷き、軽く土御門の肩を叩いた後、
一気に跳躍して街の中へ消えていった。

ビルの向こう、黒煙が立ち昇り地響きが伝わってくる方向へ。


土御門「ふーッ……」


土御門は小さく息を吐き。


土御門「すまんなかみやん、今のは―――」


届かぬ謝罪の言葉を発した。


土御門「―――『嘘』だぜよ」


サングラスを軽く下ろし、上条が駆けていった方向、
そしてその先にそそり立っている黒煙を上目遣いで睨み上げた。


土御門「その思いやりは嬉しいがよ、かみやん―――」


土御門「―――やれと言われたらそれと正反対の事をしたくなるのが『人間』の性分ってやつだぜよ!!」


そしてその方向へ駆けて行く。

一足で軽々と数十メートルを跳ねて行く上条とは違う、小さな小さな歩幅。

だがその踏みしめる覚悟の大きさは負けない。

確実に、そして迷い無く土御門は進んで行った。


怪物達の戦場へ向けて。


―――

204: 2010/06/28(月) 01:35:27.98 ID:lVmTEXMo
―――


―――どれ程の時間がたっただろうか。


奇妙な浮遊感。

どこまでもどこまで落ちて行く様な。

そして『薄まって』いく体。

空気中に溶け込んでいく感覚。


自分が『世界』そのものと融合するような。


「(…………面白いわねコレ)」


初めての感覚に、彼女の強い『好奇心』が刺激される。


「(どうなってるのかしらコレ……)」


たった『一度』。

この気を逃すともう調べられないだろう。


「(…………たった一度?)」


そこでふと疑問が湧く。

なぜたった一度なのだ? と。
なぜ自分はそう『知っている』? と。

「(…………ああ、そういえばそうだったわね)」

しばらく考え込んで、己がどうしてこうなったかをようやく思い出す。
どうやら精神が薄れ、記憶そのものも徐々に消え始めてきているようだった。

205: 2010/06/28(月) 01:37:06.25 ID:lVmTEXMo
「(これじゃあまた忘れるわね…………いや、『消えちゃう』わね)」

そう、これから自分は消えていくのだ。

大きく割れた『器』は治らずにそのまま朽ち果て、溢れ出た力と魂の残骸はその故郷の『源』へと還る。
彼女の場合は『魔界の深淵』に。

そこで溶け合い薄れて広がり、
そして魔界のどこかで新たに生まれてくる者の礎となり、力となる。

その後はまた闘争の―――………。


これからの事象をそうやって考えていたのだが。


「(あら…………)」


考えが続かない。
記憶が無くなっていく。

「(…………)」

長年かけて蓄積してきた知識が消えていく。


そして。


「(そういえば……私は誰?)」


名前すら『無く』なり。


「(私って何?)」


自己認識そのものが薄れていく―――。


「(…………)」


だが―――。

206: 2010/06/28(月) 01:41:15.94 ID:lVmTEXMo
「(…………あ)」


たった一つ。

たった一つだけ最期まで消えない記憶があった。


『赤』の記憶。


まるで大きな音を絶え間なく打ち鳴らしているような、

余りにも騒々しく『自己主張』が激しい『赤』。


その賑やかな『色』が―――。


「(本当にうるさいわね……)」


薄れ行くこの静かな『調和』を一気にぶち壊していく。


「(……これからお楽しみってところだったのに)」


最後の探求の山場を『お預け』にされ、不満を呟くがその一方で。



「(…………でも……良かったわ……)」



嬉しかった。


この『記憶』だけは消えて欲しくなかったからだ。

207: 2010/06/28(月) 01:43:46.11 ID:lVmTEXMo
『赤』の声が聞こえる。


「(―――ふふ、私がいないとつまんないって?)」


その声に言葉を返す。


「(そうね……私も―――)」





「(―――アナタがいないとつまんないかも)」





「(ええ、気が変わったわ)」


   コレ
「(『氏』を調べるのはまた今度にするわ)」




―――そして意識を開き、『赤』に精神を委ねた瞬間。


『体』の感覚など既に消えていたのだが―――。


『掴まれる手首』など最早無かったはずなのだが。


―――突如『手首』が握られた。


―――その大きくて逞しい『手』に。

208: 2010/06/28(月) 01:47:22.86 ID:lVmTEXMo
その『手』は落ち行きつつあった『彼女』を乱暴に引き上げていく。

彼女を薄めていく『現象』そのものを強引に、力ずくで拒絶しながら。

それは余りにも馬鹿馬鹿しく、常識ハズレの『手』。


「(本当にアナタって人は―――)」


上へ上へと。


「(―――私がいないとどうしようもないのかしらね)」


このまどろみの世界の『水面』へと向かって彼女を引き上げていく。


そして。


彼女の意識は現実へと、器へと引き戻され『覚醒』する。


「(…………………………)」


戻る全身の感覚。
腕と胸の激痛。

ゴツゴツした地面の触感。


そしてこの感じなれた『感覚』。

そしてこの嗅ぎなれた『匂い』。


「(…………………本当に来た……の?)」


彼女は目をゆっくりと開く。

てっきり己が対話していた相手は、己自信の中にある『記憶』だと思っていたのだが。


彼『自身』、『本物』が実際に傍にいるような気がする。


この場に。

209: 2010/06/28(月) 01:49:10.53 ID:lVmTEXMo
「…………………………ダン……テ?」


そして彼女は口を開いた。

今度ははっきりと聞こえる声を伴って。


傍にいるであろう人物に向けて。


だが。


彼女の目に映った人物は、その名の者とは別人だった。

倒れている彼女の傍らに立っていた者。

栗色のウェーブがかかった長い髪。スタイルの良い体。
だが左手と右目が無く、そこから青白い光を放っている女。


残った右手に輝くアラストルを握っている―――。


―――胸元が『赤く』光っている『若い女』。



『赤く』。



まるで―――。



―――ダンテのように。


―――

217: 2010/06/29(火) 23:53:27.27 ID:A8wKXcgo
―――

聖ジョージ大聖堂。

薄暗い質素な一室。

誰もいない室内を、淡い蝋燭の光がゆらゆらと寂しそうに照らしている。


そんな静かな部屋の中を突如照らす金色の光。

部屋の中央に浮かび上がる魔法陣。

そこから大量の金髪が蠢きながら伸び、そして続けて姿を現す―――。


ボロボロで、今にも倒れそうな疲れ切っているステイルと。


ケロッとして、あどけなさが残る笑顔を浮かべているローラ。


ローラ『いーま帰りたるぞー』


ステイル「く……は……」

ステイルがふらつく足取りで進み、近くの小さな机に寄りかかる。


ローラ『ま~ったく情け無きね。私よりも500年近く若き身でありける癖に』

ローラは長い金髪を纏め上げながら、
そんなステイルに向けて小馬鹿にするように声を飛ばした。

218: 2010/06/29(火) 23:59:10.64 ID:A8wKXcgo
ステイル「……戯言はもういい。さっさと……話せ」

ローラ『ふふん、さてさて何かしら?さっぱり思い当たらぬわ』

ローラは小さく笑いながら金髪を纏め上げ、髪留めをつけようと
両手を頭の後ろに回す。

ステイル「と……ぼけるな……何だ『ソレ』は?」

ローラ『うん?「ソレ」とは―――』


ローラはふと手を止め。


ローラ『―――「コレ」のことでありけるか?』


頭の後ろに手を回した姿勢のまま突如大きく身を乗り出し、ステイルに思いっきり顔を近づけた。

覗き込むように。
鼻先同士が触れてしまいそうな程近くまで。


ステイル「―――!!!!!!!!」

ふわりと漂ってくる甘い香り。
そう、インデックスと同じ香り。

目の前のインデックスと重なる美しい魅力的な顔。

その下の透き通るような白い肌の首。

そして得体の知れない妖艶な空気。


何もかもが、インデックスに想いを寄せているステイルにとっては刺激が強すぎた。

219: 2010/06/30(水) 00:02:46.14 ID:47UpYJEo
ステイル「ふッ……!!!ふざけるな!!!!!」

ステイルは上半身を大きく引き、慌ててローラから目を逸らす。


ローラ『ふっふーん、所詮小童。まぁーだまだでありけるわねっ!』


得意げな笑みを浮かべながら身を起こし、クルクルとそのばで回る。

留めようと纏め上げていた髪も、腕を下ろしてしまったため再び広がりカーテンのようにふわりとなびく。


ローラ『―――どうだ?惚れたか?』


ステイル「だ、だま―――」


ローラ『―――いや、「私」にもう何年も前から惚れておったな。すまんすまん』


ステイル「ふざけた事を…………………………何?」


今、ローラは『私に』と言った。

普段なら 何を自惚れたことを と一蹴して済む戯言なのだが。


だが『今』はそれで済ます事ができなかった。

220: 2010/06/30(水) 00:07:52.41 ID:47UpYJEo
インデックスとローラ。
この得体の知れない関係性。

ステイル「……」

ローラは何を指して『私』と言ったのだろうか。

ステイルがインデックスにホの字なのはローラも知っている。


これもいつものくだらない冗談の一つなのか―――?


それとも―――。



何かの『真実』を踏まえて『私』と言ったのか―――?



ステイル「……インデッk―――」

ステイルがその疑問点を問いただそうとした時だった。


ローラ『―――む……ぐ……』


軽やかに跳ねていたローラの足元が突如ふらめき―――。



―――力が抜けたように彼女の体が崩れ落ちた。

221: 2010/06/30(水) 00:15:12.81 ID:47UpYJEo
ステイル「―――」

ステイルは無意識の内に咄嗟に身を乗り出し、
倒れこむ彼女の体を膝の上に抱きかかえるようして支えていた。

何も考えずに体が動いてしまったのだ。

まるでインデックスを守る時のように。


腕の中のこの女。

イギリス清教のトップ、ローラ=スチュアート。

頭ではそうわかっていても。
体が、そして心の奥底はインデックスと認識してしまっているのだ。


ステイル「―――!」


腕の中のローラは少し苦しそうな表情を浮かべていた。
こんな顔は今まで見た事が無かった。

困った顔も、焦っている顔も知ってる。

だが苦痛を出している表情など。


ステイル「―――おい!!!大丈夫か?!」

222: 2010/06/30(水) 00:18:54.30 ID:47UpYJEo
ローラ『ふーっ……500年ぶりとならば……さすがに応えしものがありけるわね……』

ステイルの腕の中で、ローラは天井をぼんやりと仰ぎながら独り言のように口を開いた。

500年振りの力の大規模行使。
更に、とある理由で『核』が『この身』には無いため負担も倍増だ。

そして受け止めたジャンヌの一撃が何よりも効いた。

あの『英雄』にとっては何気ない一撃だったろうが。

それでもローラにとっては一発耐えるのが限界だった。

もう一撃叩き込まれていたらこの『髪』は、彼女のウィケッドウィーブは容易く貫かれていただろう。


ローラ『……』


ステイル「……おい?!」

ぼんやりとしていたローラの顔を、ステイルが少しぎこちなくも覗き込む。


ローラ『む、心配するな。転んだだけでありけるのよ。それよりも―――』


ローラ『―――いつまでそうしたるつもりだ?』


ローラは僅かに出してしまった表情の陰りを即座に引っ込め、
ジトっとした目つきでステイルを見上げた。

223: 2010/06/30(水) 00:25:37.53 ID:47UpYJEo
ステイル「!!!!」

ステイルが慌てたように身を引く。

同時にローラがひょいと立ち上がり。


ローラ『お触りは許して無きよ。こーのスケベ童』


ちっちっちっと右手の人差し指を小さく振った。


ステイル「うっ……!!!!だ、黙れ!!!人が心配してやっt!!!」


その時だった。

壁際に置いてある、手鏡型の通信霊装が突如光り始めた。


ローラ『む……』


ローラがそちらの方を見もせずに、右手を伸ばした。

すると金髪の人房が伸び、手鏡に巻きつき持ち上げ、そのまま彼女の右手へと運んだ。


ローラ『どうしたる?』

ローラが手鏡を顔の前に運び、口を開いた。

ステイル「…………」

盗み聞き防止の為の術式が組み込まれているのか、
相手の声はステイルには聞こえなかった。


ローラはふむふむと小さく相槌を打つ。

そしてその表情が徐々に。


―――険しくなっていく。

224: 2010/06/30(水) 00:26:55.21 ID:47UpYJEo
ステイル「…………な……?」

その時、ステイルはとある事に気付いた。

ローラは今、彼に背を向けて大きめの手鏡と話し込んでいる。
ちょうどステイルから鏡面が見える。


その鏡に映りこんでいる景色。

この部屋の中小さな机に腰掛けているステイル。


それだけだった。


鏡に大きく映りこむはずのローラの姿が鏡面には無い。


ステイル「(……どうなってる?……お前は一体……何者なんだ?)」


そうやってしばし考え込んでいると。

話し終えたのか、ローラがポイっと手鏡を近くの椅子の上に放り投げ。



ローラ『―――ステイル』



彼の名を呼んだ。

静かに、それでいて重い威厳のある声で。

225: 2010/06/30(水) 00:28:46.50 ID:47UpYJEo
ローラ『―――話は後に。今はそれどころでは無きよ』


ローラの醸し出す空気の質が変わった。

おちゃらけた色は影を潜めている。


ステイル「―――何か問題でもありましたか?」


ステイルもその空気に合わせ、即座に『部下』の顔に戻る。


ローラ『うむ。任を申し渡す』


ローラがゆっくりとステイルの方へと振り向き。


ローラ『学園都市にて禁書目録を保護しろ』


ステイル「―――!!!!」


ローラ『襲撃者は神の右席、右方のフィアンマ』


ローラ『今は護衛のレベル5第一位と交戦中 とのことでありけるのよ』


ステイル「―――く、クソ!!!!」

ステイルは机から即座に腰を挙げ、扉へと向かおうとしたが。


ローラ『待てい。その醜態で行っても足手まといになりけるわ』


ステイル「な、何?!!」

226: 2010/06/30(水) 00:30:23.87 ID:47UpYJEo
彼はこの上司の言葉の矛盾に困惑する。
学園都市に行って守れと言って置きながら、お前は役に立たないとは。


ローラ『―――だから私がサポートしたるわ』


ローラがにやりと笑い、両手を広げる。
それに連動するかのように大量の金髪が波打ち―――。


ステイル「お、おおお?!!!」

ステイルの体に巻きついていく。


ローラ『それとこのまま向こうに送りたるわ』


ローラ『本当は私が直で行きたきなのだけれども―――』


ローラ『―――もう一回あんな無茶したれば次こそ確実に氏にたるからな』


ステイル「ま、待て!!お、おい!!一体……!!」


ローラ『黙れ。さっさと「契り」を交わしたるぞ』



ステイル「ち、契り……?!!!」



ローラ『うむ。「使い魔」のな』


―――

227: 2010/06/30(水) 00:31:39.39 ID:47UpYJEo
―――

遡ること少し前。

深い縦穴。

その底に彼は突っ伏していた。
大きく捻じ曲がった複数の黒い杭を背中から伸ばしながら。

とてつもない衝撃を受けたせいか、意識が朦朧としている。
視野もぼんやりとして周囲があまりよく見えない。

その彼の精神状態に順じているかのように黒い杭もゆらゆらと不規則に揺れていた。

起き上がろうと左手を地面に突く。
そして右手を突こうとしたが。


『(…………あァ?)』


奇妙な感覚だ。

右手の平が地面を『すり抜け』、肘が突っかかる。
肘から先がまるで透けているような。

手の平や指先を動かしている感覚は『ある』のだが『触感』が全く無い。


『(あァ……そォだったな……)』


徐々に回復し、明瞭となってくる意識の中つい先程の光景を思い出す。

右肘から先が『消し飛んだ』ことを。

二ヵ月半前のように『切り落とされた』のでは無く、跡形も無くなったのだ。


『―――がァ!!!!』


そしてその事実を再認識した瞬間、思い出したかのように凄まじい激痛が押し寄せてきた。

228: 2010/06/30(水) 00:35:16.18 ID:47UpYJEo
『(くはッ……笑っちまうぜ…………―――)』

皮肉な事だ。

彼が決して手放すまいと伸ばした腕。


『(―――わかってる。わかってンよ)』


『現実』は嘲笑うかのようにその腕をもぎ取っていった。

身の程を知れとでも言うかのように、彼から右手を『永遠』に奪った。

闇を這いまわる薄汚い『悪党』にはおあつらえ向きの仕打ちだ。
この生身の代償が、己の罪深さを辛辣に再確認させてくる。

だが。


『(―――でもよォ)』

いつもなら彼は自虐的な思考で、悪党としてのある種の『諦め』の念を抱いていただろう。

しかし今は違った。


『(―――悪党だのなンだのってのは―――)』


そんな己のあり方を感じ考えている時では無い。


彼は上条から使命を託されている身。

今の彼は上条の『代行者』なのだ。

『ヒーロー』の代わりなのだ。


一方『(―――今はどォだっていいンだよクソが!!!!)』


―――今の一方通行は『上条』なのだ。

229: 2010/06/30(水) 00:38:34.96 ID:47UpYJEo
一方『オァアアア!!!!!』

能力を使って跳ね起き、『両拳』を固く握り締める。


生身の左拳と―――。


消えたはずの右拳を―――。


そう意識した瞬間。

右手の破断面から黒い影が噴出する。

噴き出していた血液が黒色に変わったように。


そしてその黒い影は捻り合わさり棒状となり―――。


―――前腕と手首、そして拳を形作る。


一方『…………あァ?』

背中の杭のように、黒い噴射物を『頭』で纏め上げたわけでは無い。
演算も制御も一切していない。

失われたはずの右手の感覚、そして指先の感触に意識を集中しただけだ。
心の中で己の右拳を握るイメージしただけだ。

それだけで。

その彼の『念』が。

その彼の心の中の『右腕』が。


その彼の『幻想』が。


陽光の元、地面に落ちる影のように。

『現実』という地面に『影』を落とし実体化したのだ。

230: 2010/06/30(水) 00:40:59.78 ID:47UpYJEo
一方『……どォなってやがる……?』

一方通行は小さく呟き、ぼんやりとその漆黒の右腕を眺めた。

試しに指先を動かす。

生身の時と変わらず、特に違和感も無く滑らかな動き。


黒い噴射物を杭状に押し固め制御するのでさえ、
脳細胞が大量に氏んでしまう程の負荷がかかる。

この『義手』のように小さく高密度に、そ
して手の形を保ったまま複雑に動かすなど『演算』しきれない。


だが今、一切の演算無しで彼は義手を形作っていた。


『右手がある』と意識しているだけで。



一方『………』


不思議な感覚だ。


『演算』という『手』で操る『能力』と言う『道具』ではなく、
本当に『肉体』の『一部』になったような感覚。


生身の破断面の痛みも嘘のように引いている。


一方『―――なるほどなァ。面白ェ』

231: 2010/06/30(水) 00:44:06.60 ID:47UpYJEo
先程フィアンマに言われたことをふと思い出す。


「―――教えてやろう。お前は『境界』自体は越えてはいるが、己自身が気付いていない」


「―――目の前に扉があるのに、見ようともしていない」


「―――そのせいで未だに物質的な枷に縛られたままだ」


その言葉の意味が何となくわかるような気がする。

何となく『扉』の存在に気付いたような気がする。

『物質的な枷』から抜け出す方法を見つけたような気がする。


一方『おーォありがとなァ―――』


その漆黒の拳を固く握り締め、縦穴の口を見上げる。


一方『早速―――』


                               ゴ ミ ク ズ
一方『―――お礼参りさせてもらうぜ『お 師 匠』サマよォ!!!!!!』


そして一気に跳躍する。


地上へ向けて。

232: 2010/06/30(水) 00:46:09.86 ID:47UpYJEo
凄まじい勢いで縦穴を瞬時に上がって行く。
そして地上に出る瞬間、杭数本を穴の淵の壁面に差込み、

体の速度を保ったまま縦に90度、垂直から水平へと進路を変える。


一方『―――シッ』

そしてフィアンマとインデックスを視認し捕捉する。

距離は前方50m。

フィアンマは彼に背を向けていた。


その華奢な背中目がけて。
周囲のあらゆるベクトルを掻き集め、更に黒い杭で加速して一気に突き進む。


大気を切り裂き、その爆発的な衝撃波が周囲に拡散するよりも速く。
摩擦熱で発した光の帯を引きながら。


一方通行の放つ空気に気付いたのか、フィアンマが振り向く―――。


その横顔の頬に―――。



一方『―――オァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!!!!』



―――彼は漆黒の右拳を叩き込んだ。

233: 2010/06/30(水) 00:48:07.85 ID:47UpYJEo
硬い金属がぶつかり合い、弾け飛ぶような激音。
その瞬間オレンジの光が溢れ周囲に一気に飛び散る。

そして髪をなびかせながら大きく上半身が仰け反るフィアンマ。

だが後方へは吹っ飛ばなかった―――。


―――彼の胴に固く巻きついた大量の黒い杭が繋ぎ止めたからだ。


凄まじい衝撃の慣性が強引に止められ、フィアンマの体がエビ反りになる。


一方『―――オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!!!!!!』


そのフィアンマへ向けて更に右拳を叩き込み、他の黒い杭も全てをぶち込んでいく。

凄まじいラッシュを受け、フィアンマの体が人形のように激しく波打つ。


一方『(―――もっとだ!!!!)』

フィアンマ、この男は強い。
この男の使う攻撃も防御も、一方通行の『モノ』より遥かに破壊力が高く頑丈だ。

今、こうして猛打を加えているもののこの男には傷一つつかない。

放つ攻撃全てが、硬い光の膜の様なモノにぶち当たり防がれている。
そしてその光の膜はビクともしない。

一見、無駄な努力のようにも見えるだろう。

だがフィアンマはこれほどの防御力があるにもかかわらず、できるだけ一方通行の攻撃を避けようとしていた。
そこから一方通行は先程とある推測を打ち出した。

この男の力には何かしらの限度があると。

『使用限界』があると。

つまり力の『スタミナ面』では一方通行が勝っているのだ。
例え攻撃力が並ばなくとも、立て続けにぶち込んで削っていけば必ず相手の力は底をつくはずなのだ。

234: 2010/06/30(水) 00:49:57.84 ID:47UpYJEo
そのラッシュの中、フィアンマの背中が突如眩く輝き始める。

一方『(―――チッ)』

一方通行は即座に察知する。

またあの巨大な腕から発せられる、『光の塊』の攻撃をする気なのだ。

今ここで放たれたらマズイ。

先程と同等のとんでもない攻撃を受けたら、次はもう立ち上がれないかもしれない。

ここで押し切るしかないのだ。

このラッシュで潰しきるしか―――。


一方『(足らねェ―――もっと!!!!!もっとだ!!!!!)』


まだ足らない。
黒い杭は威力不足だ。
この高密度の右拳は杭を遥かに上回る破壊力をもっているものの、まだまだ足らない。


このままでは間に合わない。

このままではまた振り出し、いやこちらが本当に終わってしまう。


一方『―――足らねェンだよォォォォォォォアアアアアアアアアア!!!!!!!』


一方通行は左拳を握りながら大きく引いた。

その瞬間。


左肘辺りから手首にかけて―――。


―――皮膚を突き破り黒い影が噴出する。

235: 2010/06/30(水) 00:52:41.86 ID:47UpYJEo
頭で考えたわけではない。
演算して操作したわけでもない。

彼の力を欲する心が、魂の叫びがその『答え』を引き出した。

噴出する『影』は彼の左肘から先を『食い潰す』。

肉を裂き、骨を砕き、血を啜りながら。


そして捻り合わさり、蠢く影の固まりは彼の左腕に成り代わり―――。


―――もう一本の漆黒の『義手』を形作った。



今度は己の意志で『生身の左腕』を『捨てた』のだ。



更なる力と引き換えに。



一方『―――カァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!』


握りこんだ黒い左拳を叩き込む。
二つの漆黒の拳を交互に放つ。

何度も。

何度も。

凄まじい速度で。

そして遂に。


フィアンマを守っていた光の膜に一筋。


ガラスに走るような―――。


―――細い亀裂。

236: 2010/06/30(水) 00:57:01.39 ID:47UpYJEo
フィアンマ「(なるほど……『知った』か……)」

フィアンマは目の前、彼に向かって拳を振り続ける少年の変わり様に気付いた。

フィアンマ「(ならば―――)」

ならばこそ。

大きな脅威になる前に『芽』を摘んでおく必要がある。

完全に『セフィロトの樹』、『魂の拘束』から抜け出す前に。


そして本物の『人間界の天使』に―――。


―――学園都市風に言えば『AIM拡散力場の怪物』に昇華する前に。



とはいえ。

フィアンマ「(―――さすがに強いな)」


彼は己を守ってる『加護』に走る亀裂を感じながら、頭の中で呟いた。

この場で『芽』を潰す必要があるのだが。
己の方はまだ『芽』さえ伸ばしていない『種』だ。
聖なる右の『使用限界』が迫ってきているのだ。


フィアンマ「(仕方ない。もう一度やらせるか)」


そこで彼は手に持っている遠隔制御霊装に意識を集中し―――。


―――更なる攻撃命令を送信した。

237: 2010/06/30(水) 01:00:35.23 ID:47UpYJEo
一方『―――』

猛打を放っている最中、突如後方に気配を感じる。

誰がいるかはわかっている。
そして何をしようとしているかも。


インデックスが再び動き出した。

大きく見開いた目で一方通行の背中を見据え、
ふわりと宙に浮きそして顔の前に迎撃用の魔法陣を構築する。


一方『(クソッ―――)』


背後の防御に力を裂く余裕は無い。
全てを目の前の男に叩き込まなければならないのだ。


だが防御しなければどうなるか―――。

またあの『光』の大砲が放たれたら―――。

そして無防備の背中にぶち込まれたら―――。


攻撃元がインデックスという以上『反射』という選択肢など存在しない。

今あるのは二つ。


背後の脅威を無視してこのまま全力のラッシュを続けるか。
それとも猛打の手を緩めて、身を守る為に一部を防御に回すか。

どちらをとるか。

だがそんな問いなど、今の一方通行にとっては愚問だ。

238: 2010/06/30(水) 01:01:34.47 ID:47UpYJEo
防御したところで、フィアンマに対する攻撃の手を緩めてしまえばどの道ご破算だ。
すかさずフィアンマは、彼に向けて再びあのオレンジの光の攻撃を放つだろう。

逆に先にフィアンマを押し切れば、インデックスの問題も解決する可能性も高い。
原理はわからないが、恐らくインデックスはこの目の前の男に操られている。

そう、この男さえ倒せば―――。


一方『オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!』


彼は無視した。

背後に感じる、今度は己の体ごと消し飛ばすかもしれない脅威を。

そして目の前の男に全ての意識と力を集中する。


間に合え―――。


いや、ぜってェに間に合わす―――と。


フィアンマの背中から放散される光が再び空に伸び、巨大な柱を形成する―――。

インデックスの顔の前に浮かぶ、魔法陣の中央に白い光が集り始める―――。

フィアンマの体を包む光の膜も、一方通行の猛打を浴びてその亀裂を拡大させていく―――。


一方『―――ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!』


そしてより一層の力を篭めた、彼の『漆黒』の右拳が叩き込まれた瞬間。


凄まじい轟音と共に―――。


―――周囲に光が溢れた。

239: 2010/06/30(水) 01:03:00.81 ID:47UpYJEo
周囲を明るく照らす白い光―――。

そう、『白』。


一方通行の右拳は。

フィアンマの光の膜に止められていた。

膜には大きなヒビが入っているものの―――。


一方『―――』


―――未だに砕けてはいなかった。


一方『―――』


つまりこの光の発信元は―――。


―――後方のインデックス。


『間に合わなかった』のだ。


振り向かなくてもわかる。

今、この瞬間放たれたのだ と。


再び彼女からあの『光の柱』が。

無防備な一方通行の背中へ目がけて。


一方『クソが―――』

240: 2010/06/30(水) 01:07:34.17 ID:47UpYJEo
一方『―――』


目の前のフィアンマが薄っすらと笑みを浮かべた。

勝利を確信した笑みを。

一方通行の『氏』を『保障』する笑みを。



一方『―――ッ』



―――とその時だった。


突如すぐ背後に感じる―――。



―――新たな第三者の気配。


凄まじいオーラを放つその人物。


だが一方通行は振り向かなかった。

振り向き確認する必要が無かったのだ。


気配を感じた瞬間、その人物が誰なのかがわかったからだ。

241: 2010/06/30(水) 01:10:32.95 ID:47UpYJEo
間違えるはずも無い。二度も互いに拳を交えた。

一度は『最強』と『最弱』として。
一度は『人間』と『悪魔』として。

その第三者の姿を一方通行越しに見たであろう、フィアンマの顔から余裕の篭った笑みが消える。
それと入れ違いに今度は一方通行が笑う。

一方『おせェんだよ―――』

そして吐き捨てるように背後の男へ言葉を飛ばした。

本物の『ヒーロー』へ―――。



一方『―――上条当麻ァ!!!!!!!』



上条『悪い―――』


そのヒーローは放たれた光の柱と一方通行の間に『割り込み』、

彼に背中を合わせて正面に右手をかざし―――。



上条『―――道が混んでてなぁ!!!!!!』



―――受け止めた。

インデックスから放たれた『竜王の殺息』を。

遂に逆転劇が始まる。


―――『二人』の『ヒーロー』によって。


―――

257: 2010/07/02(金) 01:17:45.84 ID:lzuXK6Mo
―――

フォルトゥナ。
大歌劇場近くの広場。

騎士達は目を丸くしていた。

こっちに向かってきていたセクレタリー。
重装騎士ですら一蹴してしまう程の悪魔。

そんな化物の頭が突如転がり落ち、その背後にいつのまにか立っていた幼い少女。
燃えるような赤い髪と褐色の肌。


低身長には不釣合いな長い曲刀を両手に持っている『怪しい』子供。


騎士らの中では誰一人、今のこの状況を即座に、そして正確に把握した者はいなかっただろう。

だが、突如現れたこの少女が『普通』では無いというのは皆瞬時に理解した。

この少女が、自分達を殺そうとしていた悪魔の首を一瞬で刎ねた と。

そしてそれだけで『味方』と見るのは早計だとも。

悪魔は、獲物を我が物にする為なら仲間すらも迷い無く手にかける連中なのだ。


そう、つまり自分達、もしくはキリエ嬢を狙う更に強い『敵』が現れた と考える方が理にかなっている。


「(―――次から次へと)」


その場の指揮を執っていた年長の騎士は警戒して即座に身構える。
それを見て周囲の若い騎士達も剣を構える。


そんな彼らの方へ、少女はゆらりと目を向けた。

金色に光る冷たい眼差しを。

曲刀を逆手に握る右手を、目にもとまらぬ速さで腰に回しながら。

258: 2010/07/02(金) 01:19:00.34 ID:lzuXK6Mo
そして少女は曲刀を持ちながらも、
指先で起用に何かを腰のベルトから引き抜いた。

それは小さなナイフ。

少女はそのまま振るように腕を挙げ―――。


―――身構えている騎士達の方へそのナイフを投擲した。


金色の光を放ち、凄まじい速度で放たれたナイフ。

最早一介の騎士には反応できない速度だった。



彼らが気付いた時には遅かった。

ナイフは既に到達していた。

だが。


―――騎士達には刺さらなかった。



ナイフは並ぶ彼らの間をそのまますり抜け―――。


騎士達の後方にいた、今彼らの背中に向かって突進した直後の―――。



―――セクレタリーの眉間に突き刺さった。

259: 2010/07/02(金) 01:21:20.86 ID:lzuXK6Mo
騎士達がその響き渡る金属音に驚き、後方を振り向く。
少女の凄まじい投擲を受け、セクレタリーは大きく仰け反りその場に仰向けに倒れ込んでいた。

それれとほぼ同時に、
キリエを掴もうとしていた三体目のセクレタリーが曲刀を構えて少女に突進する。

そして瞬時に距離を詰め、少女の後頭部へその凶悪な刃を凄まじい速度で振り抜―――。


―――いたが。


曲刀は空を切る。

そして振りぬかれたと同時に―――。


―――逆にセクレタリーの腹部が横一線に切り裂かれた。


少女は即座に身を落とし、刃を回避しながら振り向きざまに己の曲刀を振るったのだ。

そのまま更に低く身を落としながら体を回し。

もう一方の手に持つ曲刀で今度はセクレタリーの両足を切断し―――。


そして最後にもう一回転し、回し蹴りをその胸に叩き込む。


全て一瞬の出来事。


セクレタリーは、咆哮も叫びもあげる暇無く遥か後方へと吹っ飛ばされていった。



「おぉ……なっ……!!!!」

その圧倒的な一瞬の光景を目の当たりにして、騎士達には更に絶望感が漂う。

先程まではこの身を挺してでもキリエ嬢を奪還しようとしていたが、最早どう足掻いても不可能だ。

この格が違う悪魔の矛先が自分達に向けられたら文字通り一瞬で終わる。

重装騎士が10人くらいはいなければ話にならないと。
いや、それだけでも恐らく時間稼ぎにしかならない。

260: 2010/07/02(金) 01:22:58.69 ID:lzuXK6Mo
さっきまで表面上は何とか笑って軽口を叩いていた若い騎士らも、
今や恐怖と絶望を隠し切れずに歯を噛み締めてした。

そんな彼らの放つ負の念を感じたのか、再び少女が振り向き見据えた。

金に輝く瞳で。


騎士達は剣を固く握り締めながら改めて覚悟する。

圧倒的な力を前にして―――。


だが。


誰も予想していなかった事が起きた。

それは少女が取った行動。


ペコリと可愛らしく。

いかにも子供っぽく。

少女は騎士達へ頭を下げたのだ。


ルシア「る…………ルシアと申します…………ま……『護り手』……です』


ルシア「…………わ……我等の……っと…………あ…………お、お助けに参り…………ました」


そして少女がサッと頭をあげ、たどたどしく口を開いた。
かなりどもっているが、透き通った小鳥の美しいさえずりのような声であり、不快感は全く無い。

何かを言いかけたところで言葉が詰まってしまい、かなり省略したようだが。

そのせいなのか表情は少し気まずそうだった。


―――

268: 2010/07/02(金) 23:14:16.81 ID:lzuXK6Mo
―――

学園都市第七学区。

とある路上。

麦野はアラストルを固く握りながら、足元に横たわっている金髪の白人女を眺めていた。

大きな血溜り。

切り落とされた右腕。

胸から胴にかけての十字の傷。
更にその上に右鎖骨から左わき腹へかけての長い筋。

ただ赤いペンで直線を引いたように見えるほど細い。
それでいてかなり深く、そしてその切り口は不気味なほど滑らかだ。


麦野『(…………)』


一見すると、穏やかに眠っているようにも見える。
この一瞬の光景を『写真』のように切り取った場合はだが。


『動画』として見ると。


麦野『(……氏んでる……な)』


切り落とされている右腕の破断面からも、
そして胴の深い傷口からももう既に一滴の血も流れ出ていなかった。

それどころか血が乾き、固まりかけている。

最早生きているはずは無い。


タダの氏体だ。

269: 2010/07/02(金) 23:16:29.84 ID:lzuXK6Mo
麦野『……』

『タダの氏体』。

そう、今まで己の手で大量の氏体を作り出してきた麦野にとってはその程度の『モノ』。

そのはずなのだが。


麦野『……っ……』

やけに痛む。

ちょうど内ポケットに入っているバラの辺り。

『赤く』光っている『胸』が。


麦野『(なんだっつーんだよこれは……)』


麦野は困惑する。
この奇妙な『感情』に。


麦野『(なんで……なんでこんなに―――)』


見ず知らずの赤の他人の氏体なのに。

普段なら何も感じないはずなのに。



麦野『(―――苦しいんだよ……)』

270: 2010/07/02(金) 23:19:27.61 ID:lzuXK6Mo
普段なら くだらない と一蹴していただろう。

だが今はなぜかどうしても抗えなかった。
彼女は心の震えに身を委ね、その声に耳を傾けた。

良くわからない。
この女とは会った事も無い。

それなのになんだかこの女の事を良く知っているような気がする。

それどころかかなり親しかったような気が。


そしてこの女が誰に殺されたかも知っているような―――。


その喪失感とやるせなさが麦野の心を締め付ける。


麦野『……』


この胸の『赤い』光。

内ポケットに入っているあのバラのだ。
あの男から受け取った真紅のバラから発せられている。

胸に突き刺ささり根をはり、
光を放出しながら何かを己の中に流し込んできているような。

いや、己と『融合』しているような。



―――とその時。

271: 2010/07/02(金) 23:21:08.90 ID:lzuXK6Mo
麦野『―――』


胸の『赤い』光が強くなる。
それと同時に、この『感情』と響く『声』が更に強く大きくなる。

麦野の『中』が赤い光で満たされていき―――。


麦野『(―――……え?)』


―――溢れ出して噴き出す。

それと同時に、哀しげだった思念が急に熱く明るくなる。

賑やかに。

騒がしく。

麦野『(これ―――)』


放つ空気の質を豹変させた『赤』を感じ麦野はようやく気付く。

この感じ。


あの『男』と―――。


このバラを麦野に渡した『自由』―――と。


麦野『―――アイツ?』


全く同じだ。

272: 2010/07/02(金) 23:22:13.05 ID:lzuXK6Mo
次の瞬間。


麦野『―――!!!』


足元の『氏体』の胸がゆっくりと大きく上下した。

深呼吸しているかのように。


麦野『な…………!!!!』

有り得ない『事態』に驚き、麦野は反射的に一歩下がってしまった。

明らかに氏んでいたはず。

腕を丸ごと切り落とされ、胴を大きくかっ捌れ、血が枯れていながらまだ生きているなど有り得ない。


だがそんな『常識』などものともせずに『氏体』は小さく呼吸し、薄っすらと目を開け。



「…………………………ダン……テ?」


途切れそうなか細い声を発した。

273: 2010/07/02(金) 23:24:37.09 ID:lzuXK6Mo
麦野『―――』

ダンテ。

その単語を聞き、麦野はなぜだが己の名を呼ばれたような感覚に陥った。

更に無意識の内に口が綻んでしまった。

なぜだが凄く嬉しくなったのだ。
この目の前の女が息を吹き返したことで。

これもまた、彼女に乗り移り融合している『思念』のせいなのだろうか。

そして。


麦野『―――トリッシュ』


彼女は目の前の蘇った、『見ず知らずの女』に向けて名を発した。

名前を呼ばれ、『反射的』に相手の名前も呼んだのだ。


会ったことは無い。

名も知らない。

『今まで』は。


だが会った事がある。

名も知っている。

それどころか長年一緒だった。


『今は』。


麦野『よう―――お目覚めね』


麦野はニヤリと笑いながらアラストルを肩に乗せて、飄々とした口調で言葉を飛ばす。

『あの男』のように。

274: 2010/07/02(金) 23:28:49.45 ID:lzuXK6Mo
トリッシュ「…………」

トリッシュは仰向けのまま首だけを横に傾けて、
虚ろな瞳で傍らに立っている若い女を眺めた。

ダンテではない。

別人だ。

だがダンテがいる。

この女の『胸』に。


トリッシュ「(…………へぇ)」

この女はダンテの力が注ぎ込まれている『何か』を持っているのだろう。

どうやって手に入れたかは知らないが、ダンテが大きな力を使った際に持っていた『何か』を。

そしてダンテが紛失したアラストルも持っている。
彼から聞いた話によると、アラストルは封印され冬眠状態に陥ったらしい。

だがこの目の前の眩い光を放っているアラストル。
意識自体はまだのようだが、力の封印は解けかかっているようにも見える。

通常、このような状況はかなり危険だ。
統制を失った力はとんでもない暴走を引き起こし所有者を喰ってしまうはずだ。

だがそんな現象がこの目の前の女に起こる気配は一切無い。

力も安定している。


トリッシュ「…………」

恐らく、彼女をその脅威から守っているのはこの『赤い』光。

ダンテの力だ。


トリッシュ「…………アナタ、名前は……?」

トリッシュは穏やかな笑みを浮かべながら、か細い声で問う。

ダンテの『意志』が守っている女の名を。

275: 2010/07/02(金) 23:31:00.11 ID:lzuXK6Mo
麦野『……麦野……沈利』

軽く口の端を綻ばせながら麦野はこの『体』の名を発した。


トリッシュ「そう……いい名ね……能力者?」


麦野『……レベル5第四位。原子崩し』

麦野は特に抵抗も無く、己の能力者としての身分も明かした。
この胸のバラのせいなのか、この金髪女の事を完全に信頼してもいい気がしているのだ。


トリッシュ「へぇ……(……メルトダウナー……?)」

トリッシュはその二つ名を聞いても、彼女がどんな能力を持っているのかはいまいちピンとこなかった。
だがアラストルに馴染んでいるあたり、電気系統かそれに近い能力なのは間違いないらしいが。

すなわちトリッシュにも近い系統だ。

そしてレベル5。

学園都市の能力者の頂点に君臨する七人。

どういった基準で序列が決められているかは知らないが、
レベル5は軍に匹敵すると言われている辺り、そして他に会ったことがある二人のレベル5の力も考えると、

この麦野という女も恐らくトップクラスの力を有している強者なのだろう。


トリッシュ「……」

そう考えると、色々と話が繋がる。

以前、第23学区の事件について 

「青い白いビーム撃つ、強くて綺麗なベイビーちゃんがヒュー」 とダンテが話してたのを覚えている。

この傍らの女は右目と左腕が無いものの、その残った容姿からでも大人びた美しさがわかる。

ダンテが『綺麗な』という表現を使うのにも当てはまるし、
左肩から伸びている光のアームや右目から迸っている閃光も、その色がダンテの証言と合致する。


トリッシュ「(なるほど…………この子ね)」

277: 2010/07/02(金) 23:36:24.86 ID:lzuXK6Mo
トリッシュ「…………何……貰ったの?」

麦野『……は?』


トリッシュ「……会ったんでしょ?……ダンテに」


麦野はハッとしたように己の胸を見る。

この光を指して、トリッシュは『ダンテ』と言った。

この赤を指して。

麦野が己自身の名を呼ばれたような感覚に陥った言葉。


麦野『やっぱり……アイツなんだな……』


彼女はポツリと独り言のように呟いた。
この光、バラ、この奇妙な感覚の全てが繋がり、麦野は確信したのだ。

今、このバラを解して『あの男』が自分の中にいる と。


その名はダンテ。


そしてこの目の前の金髪女は、あの男にとって大事な人なのだ。

まさか捜し求めていたあの男がこんな近くにいたとは。

この『バラ』は『手がかり』ではない。

あの男自体の『欠片』のようなものだったのだ。

『本物』だったのだ。

278: 2010/07/02(金) 23:42:12.69 ID:lzuXK6Mo
麦野『………………バラ……バラよ』

麦野は少し思索に耽った後、思い出したかのように先程のトリッシュの質問に答えた。

それを聞いてトリッシュは小さく笑った。


トリッシュ「ふふ……じゃあアレね……ノリノリで暴れながら……下品な事良い捲くってたでしょ……?』


麦野『うんそう、モロにね』

そして麦野もつられて小さく笑った。


トリッシュ「……いい歳してる癖にバラ咥えて何やってんのかしらね……」


麦野『全くね。いきなり現れてアレよ。もう何が何だかわからなくてさ。びっくりしたわよ』


トリッシュ「―――でも」



トリッシュ「………………最っっっっ高に…………クールよね」


小さく笑っていたトリッシュがぼんやりと天を仰ぎながらポツリと呟く。


麦野『……………………ええ―――』



麦野『―――初めて見た―――』



麦野『―――あんなに綺麗な「翼」』

279: 2010/07/02(金) 23:46:07.84 ID:lzuXK6Mo
トリッシュ「翼……?」

麦野『……っ……聞き流して』

麦野は思わず口走ってしまったポエム風の例えに苦笑いする。


トリッシュ「あー……アナタ『も』貰ったのね」


麦野『……?』


トリッシュ「私も……貰ったわよ。十年以上前になるけど……」


トリッシュ「いえ…………『翼』で例えるなら……『引き上げてもらった』って言う方がいいかしら」


トリッシュがなつかしそうに、そしてどことなく嬉しそうに言葉を続ける。


トリッシュ「引き替えに切っても切れない…………妙な『腐れ縁』に取り憑かれちゃったけど」


トリッシュ「まあそれも悪くは無いし……というか居心地が良いから特に問題無いんだけど」


麦野は神妙な面持ちで黙って聞いていた。
トリッシュが美しい声で紡ぐ言葉を。


トリッシュ「……ってゴメン……なさいね。こんな昔話してる……ヒマじゃないわね」


そんな麦野の表情に気付き、
トリッシュが少し苦笑いしながら残った左手で何とか身を起こそうとした時。


麦野『私は……まだ「貰って」ない。『見せて』くれてんだけど……くれなかった……』


黙ってた麦野が小さく口を開いた。

少し哀しそうに。

280: 2010/07/02(金) 23:49:38.61 ID:lzuXK6Mo
麦野『……』


トリッシュ「…………ふふ……言葉の誤ね。正確には『貰う』んじゃなくて―――」



トリッシュ「―――自分で『手に入れる』ものよ」


トリッシュ「あの人は……それに気付かせてくれるだけ」


トリッシュは己の事を思い出しながら言葉を紡いだ。


そう、あの時。


最終的に魔帝の支配から抜け出したのは。


トリッシュ自身の決断だった。


己の意志で魔帝へ反逆し、その縛から抜け出して『今』を手に入れたのだ。


トリッシュ「……見えたのならもう充分よ。後はアナタ自身が決めること」


麦野『……私自身が……?』



トリッシュ「……見たんでしょ?それなら何をするべきかは―――」



トリッシュ「―――もうわかってるでしょ?」

281: 2010/07/02(金) 23:53:24.07 ID:lzuXK6Mo
麦野『―――』

そう。

麦野は既に見出し、決めていたはずでは無いか。

自分が何をするべきか。

今更何を悩むことがあろう。


あの日ダンテが彼女を『空』高くへと、
何者の支配も手も伸びてこない『高み』へと一度運び上げてくれた。

彼女の中にこびり付き纏わり付く『闇』の全てを払いのけて。


そこから彼女は純真無垢な瞳で『明るい外』を『見た』のだ。

一切の『濁り』も『陰り』も無い瞳で。


『知って』しまったのだ。

こんな自分でも『外』に出れると。

とうの昔に諦め、存在すら忘れていた『出口』が手の届く場所にあったと。


そして気付いてしまった。

『アイテム』の仲間と過した日々が、彼女の近くにあった最後の光だったという事が。

あの『くだらない』事で笑っていた、『くだらない』時間が何よりも素晴らしいものであったという事が。


だから彼女は決めた。
だから土御門達が持ちかけてきた反乱作戦に乗った。

このクソッタレな世界から抜け出して『自由』を手に入れる為に。
心の底から、こうしてトリッシュのように穏やかに笑える世界への切符を手に入れる為に。


そして。


自分のせいで更なる闇の底へ引き摺り降ろしてしまった―――。



―――かつての『部下達』をクソッタレな世界から救い上げる為に。

282: 2010/07/02(金) 23:55:48.23 ID:lzuXK6Mo
麦野はかつて、己の手でかけがえの無い一人を殺めてしまったのだ。

愚かな事に己にとってどれ程大事なものだったのか気付かずに。


だから残りの三人だけは―――。



憎まれ恐れ続けられても良い―――。


己が闇の底に取り残されても良い―――。



だから彼らだけは―――。



彼女がようやく取り戻した『情』と自分自身の『魂の声』。


そして『アイテム』の『リーダー』としての―――。


部下を守る『リーダー』としての―――。


―――『最初』で『最期』の『本物』の『プライド』。


絶対に彼らだけは渡さない。


絶対に何人にももう傷をつけさせない。


このクソ溜めから救い上げるまでは―――。


―――彼らの命も体もその全ては―――。



―――己の『物』だ と。

283: 2010/07/02(金) 23:58:57.53 ID:lzuXK6Mo
麦野『ええ―――そう……ね』

麦野は小さく、それでいて確かに頷いた。


トリッシュはそんな麦野の顔を見て満足そうに微笑んだ。


やはりダンテは この人間は救うべき と判断したのだ。

だからこうして手を差し伸べて、そして守っているのだ。


トリッシュは心の中でささやいた。

心配しないで進みなさい と。

ダンテが見ててくれるから と。 



トリッシュ「(………………さて……私もやるべき事があるのよね)」


柄も無く話し込んでしまった。

ダンテに関っていることもあって、
それとこの麦野の置かれている状況がどことなく昔の自分と重なっているような気がして、
彼女もつい夢中になってしまった。


だが今はこうゆっくりしている場合では無い。


トリッシュ「……」

トリッシュは表情を瞬時に切り替え、
左肘を立てながら周囲の状況に感覚を研ぎ澄ませた。

284: 2010/07/03(土) 00:02:30.57 ID:OvwUcx.o
まず最初に確認したのはバージルの気配。

ここらか半km程の所にいるようだ。
だが動いていない。

トリッシュ「……」

何者かと対峙しているのだろうか。
それにしてもゆっくり過ぎる。

トリッシュの感覚だと、猛スピードで移動している上条は現地に合流する寸前だ。
力を隠そうともせずにド派手に撒き散らしており、かなり目立っている。

それなのにバージルが移動する気配は無い。


トリッシュ「……」


そこから導き出される答え。

それは、バージルはあまり上条を脅威とは見ていない という事だ。
上条程度なら現地に合流しても差し支えないと考えているのだろう。

彼の目的を、本当の意味で『瓦解』させるに足る力を持っていたのはトリッシュだけだったという事だ。

上条に対して刃を向けたのもトリッシュと一緒にいたからであって、
脅威性は小さいもののついでに刈り取っておこうとでも考えたのだろう。

つまり 禁書目録を襲撃している者は一方通行と上条を同時に相手にしても勝てる、 

とバージルは考えているようだ。


トリッシュ「(……まずいわね……)」


いくつか腑に落ちない点があるものの、恐らく全体像はそんなところだろう。

この状況を何となく把握できたのは好ましいことだが、
浮き彫りになった情報はかなりマズイものだ。

285: 2010/07/03(土) 00:04:33.54 ID:OvwUcx.o
このままでは上条を送り出した意味が無い。

あのバージルがそう考えているのならば、それこそ『奇跡』でも起きない限り上条達に勝ち目は無いだろう。

ではどうするか。

唯一の解決法、それは現地に合流して加勢する事。

だが加勢するに足る力を持つ者が現地に近付こうとすると、
バージルが即座に嗅ぎつけて排除しに来るのは確実だ。

上条が突破できたのはトリッシュの捨て身の行動があってこそ。

改めて見ると、このバージルの『封鎖網』は鉄壁だった。


麦野『……?』

トリッシュ「(……)」

いきなり押し黙ったトリッシュに不思議そうな目を向ける麦野。
そんな視線を気にもせずにトリッシュはとにかく考える。

この封鎖網を突破する方法を。


トリッシュ「(……あ……)」


ふとその時、トリッシュはとある点に気付く。

そして隣に立っている麦野を見上げた。


麦野『…………え?』


トリッシュ「(―――そう、そういうことね)」

286: 2010/07/03(土) 00:09:58.92 ID:OvwUcx.o
バージルの今現在の行動理念と、彼が置かれている状況のとある点について。

まず一つ目。

今、アラストルを所持してこんなに力を放っている麦野がいるのにも関らず、
バージルがこちらに近付いてくる様子は無い。

彼女がこの封鎖網の近くで今一番力を有している者であるにもかかわらず。

それは恐らく、彼女が現地に向かう気配が無いのを感じ取っているからだろう。

無駄なものには一切の興味を示さないバージルらしい思考だろう。

封鎖網を監視するという目的が無ければ、力に誘われて寄って来る事もあるだろうが、
厳格な彼は、重要な仕事の最中にはそんな『遊び』などしないはずだ。

敵意を見せたりしなければ、もしくは現地に向かおうとしなければ完全に無視だ。


そして二つ目。

彼自身も現地には近付こうとはしない。
それは例の襲撃者と全く面識も関係も持っていないからだろう。

仲間としてこの場に現れているのなら、最初から襲撃者に同行しての傍にいるはずなのだ。
こんな回りくどい方法などする必要が無い。
現地で待機して、現れる障害を片っ端から切り捨てれば良いだけの話なのだ。

つまり、彼と襲撃者は仲間どころか敵対すらしている可能性がある。

その点を考慮すれば、彼のこの回りくどい行動も説明が付く。


バージルはできるだけ襲撃者を刺激しないようにしているのだ。


直接的に敵対して無くても、あんな行動が予測できない究極の『怪物』が近付いてきたら、
襲撃者は本来の目的を蜂起してトンズラしてしまう可能性も高い。


バージルはそんな事態になる事を避けようとしているのだ。


トリッシュ「(―――ふふ、そう、イケるわねコレ)」


そしてトリッシュはこの二つの点から、勝利の方法を導き出した。

それもかなり効果的な方法を。

そのバージルの圧倒的な強さが、逆にこちらにとって好都合になる方法を―――。

287: 2010/07/03(土) 00:13:50.09 ID:OvwUcx.o
それはあまりにも危険な方法なのだが。
もう『一度』生贄になる可能性が高いのだが。


トリッシュ「(これしかないわね)」


この方法が一番成功する可能性が高い。

かなりだ。

まあこの方法一つしか思いつかなかった為選択の余地は無いのだが。

思いついた方法。

それは素早く、全速力で現地に向かう事。

コソコソせずに殺気をみなぎらせド派手に特攻するのだ。
当然バージルはそれを察知してこちらに飛んでくるだろう。

それが狙いなのだ。


とにかく前へ進み、できるだけ現地に近付く。
そしてバージルを思いっきり引き付ける。

そうすれば。

バージルが避けたかった『事態』になるかもしれない。


逃げるかもしれない―――。


―――『怪物』の接近に気付いた襲撃者が。


いや、そうならなくとも襲撃者の心理状態に確実に何らかの影響を与える。
それが上条と一方通行にとってのチャンスになるだろう。

狙いがバージルに気付かれたとしても、彼にある選択肢はタダ一つだ。
こちらを追うしかない。

罠に気付き追跡をやめたところで、
現地に新たな戦力が加勢する事になりどの道彼の計画はオジャンになるのだ。

288: 2010/07/03(土) 00:15:51.66 ID:OvwUcx.o
トリッシュ「(―――完璧ね)」


トリッシュはほくそ笑む。

あのバージルの裏をかけるのだ。


―――最高ではないか。


トリッシュ「ふふ……」

笑いながら起き上がる。
勝利を確信して。


だが―――。



トリッシュ「…………あら………」


そう、一つだけ問題があったのに今気が付いた。


実際に体を動かそうとした今。


彼女は起き上がれなかった。

起き上がる体力すら無かった―――。



―――残っているのはこうして『思考』して喋る力のみ。



トリッシュ「………………参ったわね」

289: 2010/07/03(土) 00:18:37.14 ID:OvwUcx.o
トリッシュ「…………」

まあ改めて考えてみれば当然の事なのだが。

魔人化したバージルの攻撃を複数回喰らっておきながら、
こうして生きていること自体が奇跡だ。

真っ当に思考できるだけマシだ。


だがそれだとどうしようもない。

この状況を解決する方法が思いついても、肝心の己がこれじゃあどうしようもない。


トリッシュ「.......Shit」

柄にも無く思わずトリッシュは悪態をついてしまった。
己の不甲斐なさに。


とその時。


そんなトリッシュを黙って見ていた麦野が。



麦野『……何か……困ったことでもあんなら手伝ってもいいわよ』

290: 2010/07/03(土) 00:23:36.18 ID:OvwUcx.o
トリッシュ「―――」

麦野沈利。

レベル5で更にアラストルを所有しており、戦闘能力は申し分ない。

彼女なら充分囮になり得る。
彼女が動けば確実にバージルをおびき寄せることが出来る。

だが。


トリッシュ「(ダメよ―――ダメ)」


それはダメだ。
この『役』は氏ぬ確率がかなり高い。

鬼のような勢いのバージルに一瞬で屠られてしまう可能性が高いのだ。


そんな役を―――。


―――ダンテが救うべきと認めた人間にやらせるなど。



トリッシュ「いいえ……生憎だけど助けはいらないわよ。アナタはここから離れなさい」


麦野『んなナリでよく言うわね。起き上がることすらできねえ癖に、な』


麦野が鼻で笑いながら、肩に乗せていたアラストルを振りながら降ろし、
そのままバトンのようにクルリと一回転させた。

トリッシュを小馬鹿にするように。

291: 2010/07/03(土) 00:26:06.73 ID:OvwUcx.o
トリッシュ「……」

そう、自分は立ち上がることすらできない。
こうして思考して喋ることしかできない。

今、この状況を解決できる可能性を持っているのは―――。


―――麦野しかいないのだ。


トリッシュ「……私が何しようとしてるかわかってんの??」


麦野『大体想像つくわよ。何となくは』



トリッシュ「氏ぬわよ?」


麦野『……人の心配してる場合じゃねえだろ。さっさと具体的に話しな』


トリッシュ「…………優しいのねアナタ……でもs」


麦野『違うわよ』


麦野『アンタの友達にさ―――』



麦野『―――アイツにさ、大きな借りがあるの』



麦野『―――いつまでもそれじゃあ気が済まないだけ』



麦野『それだけよ。ソ・レ・ダ・ケ』

292: 2010/07/03(土) 00:27:00.69 ID:OvwUcx.o
トリッシュ「……」

ハッと軽く笑いながら、そっけなくそんな言葉を発した麦野。

その姿が彼女の胸の赤い光も合間って―――。


―――ダンテに一瞬重なる。


ダンテ特有の―――。

彼の頭上に輝いている、何よりも強い幸運の星。

その光が麦野をも照らしているような―――。



トリッシュ「(―――そういう事……ね……)」



それに何となく。


何となくだが―――。



トリッシュ「―――……………………わかったわ。任せるわよ」



―――どうにかなるような感じがした。


これは今までにも何度か味わった妙な勘だ。

この感覚がした時はいつもそのすぐ後に―――。



ダンテ『本人』が―――。



―――

303: 2010/07/05(月) 01:02:15.92 ID:/GU/YuMo
―――

フォルトゥナ港。

年季の入った寂れた港。

古い桟橋は黒ずみ、フジツボが柱に大量に固着している。

同じく古い倉庫の壁や鉄骨。

錆び対策のメッキが施されているものの建てられてからもう数十年、
長年かけてゆっくりと蝕んできた潮は、建物の外観を赤く染め上げていた。

その倉庫。

フォルトゥナ港の中でも一段と古く、ここ最近になってはほとんど使用されていなかった。

だが今は違った。

薄暗い屋内には大勢の人がいた。
質素な服で身を包んだフォルトゥナ市民が、怯え身を縮めて。


倉庫の外からは金属の凄まじい激突音が絶え間なく響いてくる。
この世の生き物とは思えない程の不気味な咆哮と共に。

倉庫を守り奮闘する騎士達と、
その防衛網を突破しようと絶え間なく押し寄せてくる悪魔達の群れ。


大きな倉庫の中には200人以上の市民。

一方でその外を守るのは15人程度の騎士。

そして彼らを囲み殲滅しようとしている悪魔の数は有に数百、
いや、最早数える意味など無い。

どんなに倒しても、
数が減るどころか次から次へと沸き出して更に増えていくのだから。

304: 2010/07/05(月) 01:06:37.98 ID:/GU/YuMo
確かにフォルトゥナ市街全域を見れば、その情勢は騎士達の方へ傾きつつある。

多くの市民の避難場所がある市街地はそれに比例して騎士の数も多く、
主だった地区では既にほとんどの悪魔が掃討されていた。

だが郊外では状況は違っていた。

この港も。

もう中心部に向かったところで全体の状況は覆せないとでも判断したのか、
悪魔達はフォルトゥナの『弱点』へと群がってきているのだ。

多勢に無勢。

全滅し突破されるのは時間の問題だ。

だが騎士達はそれを知りながらもとにかく戦い続ける。

悪魔の体液と騎士本人の血が混ざり、その戦闘服を真っ赤に染め上げていた。

柄を握る拳から滴る赤い液体も、それが騎士の血なのか、
それとも刃を伝ってきた悪魔の血なのかは最早区別がつかなかった。

イクシードを噴かしながら無心で剣を振り続ける。
目の前に次から次へと迫ってくる悪魔達を片っ端から切り捨てていく。


そんな決氏の奮闘を嘲笑うかのように数を増やしていく悪魔達。


そして激戦の中また一人、また一人と騎士が斃れて行く。

305: 2010/07/05(月) 01:08:51.57 ID:/GU/YuMo
最早時間の問題だった。

騎士達の目は虚ろで、既に光は消えていた。

まるで氏体が氏に切れずに尚戦っているような光景。

しかし彼らの動きは止まることが無い。

意識が朦朧としている騎士達の体を今だに突き動かし、その心を支えている芯。

それは騎士としての誇りと使命。

そして現人神でありフォルトゥナの守護神である―――。



―――『ネロ』の存在。


騎士達は信じている。

あの御方が必ず来てくれると。

だが。


『救い』を求めているわけでは無い。


そして『助け』を求めているわけでも無い。

306: 2010/07/05(月) 01:10:09.27 ID:/GU/YuMo
確かに戦闘能力はネロには遠く及ばない。

だがその信念の強さは同じだ。

心の気高さは同じだ。

同じ『フォルトゥナ騎士』なのだ。


恋人を愛し、家族を愛し、故郷を愛し、そして人間を愛する心はネロに負けないくらいだ。

騎士達はそれを自負している。

自分達は『強い』と。

そしてネロもそれを知っており、彼らを心の底から信頼している。


だからこそ『救い』は請わない。

救いを己から請うのは『弱者』のする事。



『強者』の彼らがネロに望む事は『救い』ではなく―――。



―――共に戦える『栄誉』だ。



同じ信念を持つ『戦士』としての。



そしてそんな彼らの願いが今。



叶う。

307: 2010/07/05(月) 01:11:55.23 ID:/GU/YuMo
突如水平線遥か彼方にぶちあがる、
天を貫くほどに巨大な赤と青の閃光が迸っている水柱。

水中で核爆発でも起きたかのような光景。

その衝撃波が海面を撫でて白く広がり、上空の雲を円状に一気に押し退けていく。


突如起きた異様な光景に、悪魔も騎士も皆その動きを一瞬止める。

束の間の沈黙。

まるであの爆発で『音』も一瞬にして吹き飛ばされたかのような。


そして次の瞬間。

正に直後。

水柱のふもとで、炎のようなオレンジの閃光が瞬いたと思ったその時。

その光源からこの港まで、
まるで超音速戦闘機が海面スレスレで低空飛行をしてきたかのように水飛沫の『帯』。



そしてその飛来してきた『何か』は大量の爆炎を吐きながら―――。



―――騎士達と倉庫を囲んでいた悪魔の群れのど真ん中に着弾した。

308: 2010/07/05(月) 01:15:41.27 ID:/GU/YuMo
凄まじい轟音と共に、数十体の悪魔が一瞬にして木っ端微塵になる。

そして騎士達は見た。

そのバラバラになった悪魔達の破片が降り注ぐ向こうに。

大きく穿たれた地面の窪みの中央。


そこに立っている―――。



―――現人神を。



巨大な炎を噴き出しているレッドクイーンを地面に突き立てて。


硬く拳を握ったデビルブリンガーを現出させている―――。


圧倒的な憤怒を秘めた赤い瞳の―――。



全身から青い光を湯気のように発している―――。



―――ネロを。


周囲にいた悪魔達は皆一斉に後方に跳ね、ネロと距離を開ける。
それと同時に騎士達からは堰を切ったかのように怒号じみた図太い歓声。

傷だらけの体をものともせずに皆剣を掲げ咆哮を上げる。

その咆哮の中、
ネロはレッドクイーンのイクシードを噴かしながら悪魔達をその圧倒的な目で見渡す。

ゆっくりと。

その間もレッドクイーンからは、
ネロの中で煮えたぎっている『怒り』を体現しているような爆炎が噴き出し続け、
彼の足元の地面を溶かしていく。

309: 2010/07/05(月) 01:18:59.88 ID:/GU/YuMo
そしてネロは口を開いた。
これまたゆっくりと。


ネロ「よお―――」


怒号ではない。


ネロ「『俺ん家』に来客の予定は無かったはずなんだがよ―――」


大声でもない。
冷めた声だ。


ネロ「―――お前らの『土産』に免じて『歓迎』してやる―――」


だが。


ネロ「『フォルトゥナ式』でよ―――」



その言葉に篭められている『空気』は余りにも熱すぎた。


ネロ「何用かの話も聞いてやる。ゆっくりたっぷりじっくり な」


ネロ「だがまあ、ここで立ち話するのアレだしな、とりあえずはだな―――」


聞く者をそのまま炙り頃してしまう―――。



ネロ「―――まずは氏ねや」




―――業火のような言霊だった。



ネロ「―――話はそれからだクソ共」

310: 2010/07/05(月) 01:23:43.09 ID:/GU/YuMo
そして地面から抜かれたレッドクイーン。

それと同時に、悪魔達は一斉にネロに向けて飛びかかった。

他の騎士達などには一切目もくれず。


この下等悪魔達を突き動かすのは正に『狂気』だ。


仇敵の血を前にした底無しの『憤怒』からくる殺戮欲。
そしてその力に対する圧倒的な『恐怖』からくる防衛反応。

この二つが組み合わさって『狂気』となり彼らの闘争心は爆発する。

こうして下等悪魔達は必然的にスパーダの血に群がるのだ。
敵わないと知りつつも、自ら氏の中に飛び込んでいく。

催眠術にでもかかったかのように。


その小さな魂の『器』が『狂気』に『寄生』されて―――。


そんな悪魔達の群れに向けてネロはレッドクイーンを横一線、前方を大きく掃うように神速で振りぬく。

精鋭のフォルトゥナ騎士でさえ、いや、『主』以外誰一人扱えないと言われていた『暴れ馬』、レッドクイーン。
大量の魔を切り捨て、そして主の絶大な力を浴び今や意識を有し『魔具』と化している。


その凶悪な刃が、複数体の悪魔を纏めて薙ぎ払う。

更にネロの底無しの憤怒を帯びた爆炎が、
刃から辛うじて免れた周囲の悪魔達を一瞬で焼き払った。

311: 2010/07/05(月) 01:26:45.75 ID:/GU/YuMo
凄まじい速度で立て続けに振るわれるレッドクイーン。
薙ぎ払われ引きちぎられ焼き払われていく悪魔達。

その衝撃波が地面を何重にも削り剥いでいく。

そんな地面から破片が舞い散る『前』にこれまたとんでもない速度で振り下ろされるデビルブリンガー。
拳と地面の間には叩き潰された悪魔。


ネロは猛烈な速度で悪魔の群れの中を進みながら、鬼神の如く壮烈な憤怒を解き放ちそして撒き散らす。

一切の容赦なく。

悪魔達の外殻を砕き、肉を裂き、骨を破断し、血を撒き散らせ、魂を叩き割る。

この港を覆い尽くさんばかり程もいた悪魔達の数が見る見る減っていく。
そしてそれに比例して周囲に撒き散らされ積みあがっていく大量の肉塊。


その光景。

この場面だけを切り取ってしまえば正に『虐殺』に見えてしまう。

それ程までに一方的な戦いだった。


正に鬼の形相のネロは猛烈な勢いで悪魔達を刈り取って行く。

その後に続き、騎士達が残った悪魔達を掃討し、息がある者には止めを刺していく。


そして。

ネロが現れてから30秒程度。
たったそれだけの時間でこの港に集っていた悪魔達は全滅した。

一匹も残さず。

一匹も逃げれずに。


皆頃しに。

312: 2010/07/05(月) 01:30:01.74 ID:/GU/YuMo
あるものは沸騰して蒸発するように、
あるものは氷り砕け散るように、
あるものは石化して崩壊し砂と化すように。

それぞれの悪魔の特性に合わせて、周囲に散らばっている大量の肉塊は消滅していく。

そんな中、まずこの場での『一仕事』を終えたネロはレッドクイーンを地面に突き立てて、
遠くの黒煙が上がっているフォルトゥナ市街の方へと目を向けた。


ネロ「…………」

感覚を研ぎ澄ませ、より強い感知能力を持つ右手に意識を集中させて、
この立ち込めている『大気』の質と流れを『見る』。

溢れ充満している『魔』を嗅ぎ分け、解析していく。


ネロ「…………」


フォルトゥナ市街には今だ多数の悪魔がいるようだが、どうやら一番密度が高かったのはこの港だったらしい。
市街に残っている数は多いと言えば多いが、それ程でもない。

己がいなくとも、どのみち市街は仲間の騎士達の手によって完全に掌握できる。

だからと言って己が来たのは無駄でもない。
もう数分到着が遅れていたら、まずあの倉庫に避難していた200人の市民は皆頃しにされていた。

むしろもっと早く帰還できてたら。


ネロ「……クソ……」


ここまでの惨状にはならなかっただろう。
こうして右手で『声』を拾っているだけでわかる。

多くの者が哀れにも命を落としていったことが。


己の力を持ってすれば救えるはずだった命。

その同胞達の、兄弟達の、家族達の『声』をネロはしっかりと耳に焼き付ける。

絶対に忘れはしまいと。

313: 2010/07/05(月) 01:33:29.46 ID:/GU/YuMo
ネロがここまで来た方法は、彼がかなり苦手とする悪魔式の移動術だ。

例のフォルトゥナ争乱の後に、トリッシュのを真似て一度だけ試したことがあが、
その時はとんでもないことになってしまった。

その時の移動先は目的地とは全く違う場所であった。

また、彼は『口』を大きく開けすぎ更に流し込む力の量もかなりオーバーしたこともあって、
一帯が綺麗に円状に『消滅』してしまったのだ。
人気の無い野原で使ったのが幸いだった。

そのこともあって彼は二度と使わないと決意した。

移動先が定まらないのはまだしも、周囲を無駄に破壊してしまうなどもってのほかだ。
更に学園都市の一件でより強大な力を持ってしまった彼は、この技の事など頭の中から消し去っていた。


ダンテもそうだが、ネロがこの術を苦手とするのは育ちのせいだ。
この移動術は、基本的に魔界で生まれた者は皆生まれながらにして即覚える。

力が確立する前にだ。

そんな技を、ダンテやネロのように規格外の力を有する者が成熟後に覚えようとするなどかなり厳しい。

練習すれば何とかなるだろうが、
その力の大きさが例え練習であってもとんでもない事を引き起こしてしまう可能性が高いのだ。

(ちなみにバージルは幼い頃ダンテと離れて直ぐに習得した。これはダンテが劣っているというわけではなく、
 ただ単に悪魔の力と技術知識に対する積極性の差だ)

そういうこともあってネロはこの技を封じていたのだが。

差し迫る状況はそれを許さなかった。

トリッシュに連絡しても繋がらない。

権限を利用して、イギリスから超音速機を持ち出し向かっても一時間はかかってしまう。
ステイルのように弾道ミサイルに乗り込んでも20分、更にミサイルの場合は準備にかなり時間がかかる。

だから彼は使わざるを得なかった。

移動先をフォルトゥナ沖の海面に定めて。

案の定、あふれ出した力が爆発的な破壊をもたらしたが、
何とかこうして目的地に到達することはできた。

314: 2010/07/05(月) 01:36:08.42 ID:/GU/YuMo
ネロ「………………状況は?」


しばしそうやって静かにフォルトゥナ市街を眺めていたネロが口を開いた。


「10分前に回線が切断され現時点の正確な状況は掴めませんが……」


そのネロの声に、いつの間にか彼の斜め後ろに立っていた騎士が応えた。
ネロと同じくらいの年齢の、この場の指揮を執っていた者だ。

重装騎士の篭手と脛当てを装着し、持っている剣も金の装飾が施された、
一般の物よりも一回り大きなモノだ。

鎖帷子や胸当て、兜等を装着しているヒマは恐らく無かったのだろう。
最低限の装備だけ付けて兵舎を飛び出したに違いない。


「その時点の情報によるとフォルトゥナ城と旧教団本部の防衛は成功」


「北部と南部は大規模な戦闘がありましたが掌握、東部と中央も直に制圧完了との事でした」


「そして西部は今の掃討で大方完了かと。現在回線の復旧を急いでおります」


ネロ「……市民の安全は?」


ネロは振り返らずに、遠くのフォルトゥナ市街を眺めながら問う。
一段と重い声色で。


「……7割は確実に」


ネロ「…………7割か」


7割。

つまり残り3割の安全は確保できていないという事だ。

315: 2010/07/05(月) 01:39:41.97 ID:/GU/YuMo
ネロ「……あんたらはここを守っててくれ」

「了解」

ネロ「俺は街に向かう」

そしてネロはレッドクイーンを地面から引き抜き背負うと、
腰から巨大な拳銃『ブルーローズ』を右手で取り出す。

そんな彼に向かって。


「ネロ。聞いてくれ」


騎士は名を呼んだ。
その口調は敬語ではなくなり、親しき友に対するようなモノだ。


「最後の報告によると、キリエさんは歌劇場のあたりにいたそうだ」


そして告げる、彼の想い人の消息。
ネロはやっと騎士の方へ振り向いた。

その騎士。

ネロと同じくらいの、いや同い歳の同期だ。
以前の教団による争乱を生き延びた騎士の数少ない一人。

同じ教室で教育を受け、同じ修練上で技を高めあった者だ。

かつては、この騎士もはみ出し者のネロとはあまり関わりを持とうとはしていなかったが、
例の争乱以来ネロの事を認め、今は彼を支える友の一人だ。


ネロ「―――ああ、助かるぜ」


一瞬。

ほんの一瞬だけネロの顔が凄まじい形相に変わるも、
その影は即座に失せ彼フッと笑いながら左手でその騎士の肩を軽く叩いた。

317: 2010/07/05(月) 01:41:56.45 ID:/GU/YuMo
「……それと……もう一つ良いか?」

騎士が少し言いにくそうにそんなネロへ向けて再び口を開く。

ネロ「……」

その様子を見て、ネロは彼が何を言おうとしているかを即座に察知する。

そして。


ネロ「ああ、わかった。『確認』してくる」


続く言葉を待たずに頷いた。

騎士も無言のまま頷く。

ネロは再び彼の肩をポンと叩くと、
クルリと踵を返しフォルトゥナ市街の方を向いた。

そして目を瞑り、もう一度感覚を研ぎ澄ます。

煮えたぎる凄まじい衝動を抑え、なんとか落ち着かせて冷静になりながら。



右手の『声』に耳を傾ける。


『絆』の『糸』が繋がっている先を探して。


キリエを。

318: 2010/07/05(月) 01:45:00.01 ID:/GU/YuMo
ネロ「―――」

数秒後、ネロは目を見開き遠くのフォルトゥナの街の一点を真っ直ぐと見据えた。

ネロ「―――今行く」

そしてポツリと呟きながらブルーローズを天に掲げ―――。


―――引き金を引いた。


凄まじい炸裂音と共に、青い閃光を帯びた弾丸が天を貫く。

それは己の帰還を知らしめる狼煙。

今だ奮闘している騎士達と、怯え縮こまっている市民達へ向けての。


そして宣戦布告と氏の宣告。

このフォルトゥナへ牙を向けた愚か者への。


撃ち出された閃光が合図となり、抑え込んでいたネロの憤怒が爆発する。
いや、彼は自ら爆発させた。

もう冷静に気を静めている必要は無い。

次にやるべき事は、この煮えたぎる熱で守るべきものを護り、
そして倒すべき者には氏の鉄槌を叩き込む。


ネロ「オォオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!」


天を仰ぐネロの咆哮がフォルトゥナ全域に響き渡る。

それはフォルトゥナの者にとっては希望の声。


そして悪魔達にとっては―――。



―――『死神』の声。


―――

320: 2010/07/05(月) 01:51:41.70 ID:/GU/YuMo
―――

その遠くの港から放たれた青い閃光、
そしてその直後にあふれ出した凄まじい殺気をアリウスは見ていた。

アリウス「―――来たか」

やはり離脱するのが遅すぎた。

いや、スパーダの孫が来るのが予想以上に早かったと言った方が良いだろうか。


アリウス「……全く……ここで判断を誤るとは」

とはいえ、己の判断ミスが一番の原因なのは間違いない。
目標には既に『マーキング』という保険をかけるのが成功したのだ。

欲張らずにさっさと引き上げるべきだったかもしれない。

あのスパーダの孫はまずは即座に恋人の元へ向かい、
そしてその安全を確保した後、今度はこちらへと向かってくるだろう。

フォルトゥナ中の悪魔達を指揮するため、広範囲に渡って大規模な通信魔術を展開している。
それを探知されるのも時間の問題だ。


確実に捕捉される。


その魔術を解き痕跡を消すにも、もう時間が無い。
(まあ、マーキングを確認した時点で即座に帰還の作業に入っても間に合うかは微妙だったが)

彼が現れてしまったらもう遅い。

かといって痕跡の処理もせずにこの場を離れてしまうと、その痕跡を利用されて追尾されてしまう。

準備が整っていない内にこちらの本拠が襲撃されてしまったら全てが水の泡だ。


アリウス「(―――ふむ……どうするべきか)」


方法を考えなければいけない。

痕跡を残しつつも追尾させない方法を。

321: 2010/07/05(月) 01:54:26.50 ID:/GU/YuMo
そんな難題に対しても、
アリウスの天才的な頭脳はこんな窮地の場でありながらも冷静に、
そして即座に答えを導き出した。

それもかなり確実な方法を。


アリウス「(……マーキングか……使えるな)」


一通り頭の中でシミュレーションし、確実性を再確認する。
そして彼はその為の作業に入る。

コートから直径5cmほどの小さな水晶を取り出す。
先程セクレタリーを呼んだ物とは別のだ。

そしてそれを握り、精神を集中して瞬時に手際良く作業を行う。

頭の中で複雑な術式を組み上げ、それを『ある者』の『魂』に遠隔で刻み込んでいく。


アリウス「(……こんなところだな……)」


最後にもう一度確認し、そして起動する。


即席の術式は問題なく稼動した。


アリウス「(さて……)」


そしてこの方法では、最後にもう一つやることがある。
それがアリウスにとって一番大変なのだが。


アリウス「(では会いにいくとするか)」

322: 2010/07/05(月) 01:57:57.13 ID:/GU/YuMo
ネロに直に会わなければいけないのだ。

最悪、姿を現した途端にあの怒り狂った『怪物』に一刀両断されるかもしれない。

叩き切られる前に『とある事』を説明しなければならない。


尤も、アリウスが氏んだ場合はネロにも『それ相応』の『報復』を味わう事になるのだが。


―――『それ相応』の だ。


―――ネロにとっての最大の『痛み』を だ。



アリウス「さあ、どうする?―――」


そしてその事を聞いたスパーダの孫は。


アリウス「見物だな。俺を殺せるか?―――」



果たしてどんな決断をするか。



アリウス「―――若造」


全人類への脅威か―――。


それとも―――。


たった一人の人間への愛情か―――。



―――『どちら』を選ぶのか?



―――

323: 2010/07/05(月) 01:58:58.43 ID:/GU/YuMo
今日はここまでです。
次は火曜か水曜の夜中に。

324: 2010/07/05(月) 02:01:50.84 ID:/veKLFw0
乙乙

サリーちゃんパパめ・・・保険ってそれかよ

325: 2010/07/05(月) 02:13:09.41 ID:FkP0RUAO


ネロ、武器少ないとか余裕がないとか言ってごめん

326: 2010/07/05(月) 02:27:08.76 ID:ZqvTjsAO
やっぱデビルハンターの雑魚殲滅はこうじゃねえとな!


 次回へ続く:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その14】


引用: ダンテ「学園都市か」【MISSION 04】