672: 2010/07/29(木) 23:51:54.19 ID:hT0kAwQo


最初から読む:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」

前回:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その14】

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―――


フィアンマの手を離れた『遠隔制御霊装』。

赤い雫と共に地に落ちる。

透き通った金属音を奏でながら。



それが『号令』となる。



雄叫びを上げ起き上がる三人の少年。

そしてそれぞれが『色』を伴って前に踏み出す。



その動きは先ほどと同じ、一糸乱れぬ動き。



『赤』はフィアンマへ向かい。



『銀』はインデックスに向かい。



『黒』は赤と銀の後方間に。
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673: 2010/07/29(木) 23:53:57.20 ID:hT0kAwQo
インデックスに突進していく上条。

彼にとって余りにも遠かったその『距離』。

余りにも長かった『時間』。


だが今は、先ほどとは違い二人の間に『障害』は無い。


もう彼の道を遮るモノは。


何一つ無い。




上条『―――』




彼はようやく『戻る』ことが出来る。



彼はようやく『取り戻した』。



己の『居場所』を。



彼はようやく『帰って来た』。





彼女の『傍』に―――。

674: 2010/07/29(木) 23:56:30.14 ID:hT0kAwQo
上条は滑り込みながら。

優しく、かつ素早く少女の華奢な体を抱き上げ。

フィアンマに背を向ける形で、彼女に覆いかぶさるように強く抱きしめた。


あの男からの禍を退ける『盾』となるかのように。


強く。


もう二度と離さない とでも言うかのように。


決して離さない と。


もう『悪意』には一切触らせない と。



ステイル『―――オォォォォォォォ!!!!!!!』


その瞬間に響くステイルの咆哮。
彼は両手をその場の地面に突き立てていた。


次の瞬間。


フィアンマ「―――」


フィアンマの足元から噴き上がる巨大な火柱。

その業火は物質的には当然、魂すらをも焼き尽くさん炎獄の存在。



溢れ出た業火は瞬時にフィアンマを包み込んだ。

675: 2010/07/29(木) 23:57:31.24 ID:hT0kAwQo
フィアンマを包む業火は、当然すぐ脇にいる上条らをも巻き込む。


普段のステイルならば、
インデックスが近くにいる状況でこんな攻撃など絶対に使わなかっただろう。


だが今は違う。

インデックスに傍には『上条』がいる。


信頼に足るあの『男』が。


彼が今、彼女を固く守っている。


彼女にとってこれ以上の『守り』があるだろうか。



インデックスに覆いかぶさっている上条からは銀の光が溢れ、
そして腕の中の少女を優しく包み込んだ。


炎獄の業火は上条の背中をも焼いていく。


だがその熱は決して腕の中の少女には届かなかった。


決して。

676: 2010/07/29(木) 23:59:29.69 ID:hT0kAwQo
そんな中、業火の渦が突如吹き飛ばされる。
内側からの突風で。

フィアンマの背中から伸びる巨大な腕が、超高速で彼の周囲を薙いだのだ。
その衝撃波でステイルの業火は一瞬にして吹き消された。


しかしステイルはこんな展開になることは予想済み。


元々この程度で殺せるとは思ってはいない。


狙いは―――。



フィアンマ「(しまった―――)」



『遠隔制御霊装』。



『持ち主』が気付いた時には遅かった。

反射的に行われた『聖なる右』の防御行動は、彼の『切り札』をも弾き飛ばしてしまった。



フィアンマを守った衝撃波。


その爆風が、業火と共に『遠隔制御霊装』をも遠方へと運んでいく。

677: 2010/07/30(金) 00:01:31.23 ID:Er8WMZso
回転しながら宙を舞い、フィアンマから一気に遠ざかっていく『遠隔制御霊装』。


フィアンマ「―――」


禁書目録は幻想頃しの腕の中。


今の状態で自動書記を再起動しても、恐らく直ぐにあの右手で破壊される。
かといって、この状況下でまたあの『魔女の業』を使うわけにもいかない。


彼に今出来ること。


それは『遠隔制御霊装』を取り戻し、何とかしてここから離脱すること。


だが離脱にはフィアンマの力の『再起動』が必要だ。



実はもう一つ、離脱に使える『奥の手』もあるが、それは今までフィアンマが一度も使った事の無い、
リスクがあまりにも大きすぎる技。



こんな不確かな状況で『ソレ』を『試す』など『自殺行為』。


だが、一瞬だけ『無防備』になる『再起動』も危険すぎる。

678: 2010/07/30(金) 00:02:32.49 ID:Er8WMZso
一体どうすればいいのか。


フィアンマ「―――」


最早フィアンマの頭脳でさえ、この場を打開する策は思いつかなかった。

とにかく今は優先順位に従い出来ることから先にやるしかない。



まずは『遠隔制御霊装』の確保。



あれが無ければ彼は氏んだに等しい。
彼が今後生きていく『意味』が無くなる。



『遠隔制御霊装』は金属音を奏でながら地に落ちていった。


フィアンマから100m程離れた地点に。


『光』が使えたのなら、即座に彼の手に引き戻すことができる。


フィアンマ「―――」


だが今は『光』が使えない。

『直接』この手で取りに行くしかない。



『聖なる右』を伸ばし、直接取るしか―――。

679: 2010/07/30(金) 00:04:07.02 ID:Er8WMZso
だが。


フィアンマ「―――」


それはできなかった。


今、この体から『聖なる右』の防御を裂く事など―――。


彼は感じる。


左60m程の場所にいる大きな反応を。

それは例の狙撃者。

先程までは遠方にいたあのネズミ。



フィアンマ「―――」



肉眼でやっと捉えたその姿。


それは十代前半程の茶髪の少女だった。


そして手に持って腰溜めに構えているのは。


可愛らしい容姿には余りにも不釣合いな、見ただけでその禍々しさがわかる不気味な『大砲』―――。

680: 2010/07/30(金) 00:07:06.67 ID:Er8WMZso
距離は60m。

フルパワーのこの大砲にとっては『超近距離』。



御坂『―――だらぁぁぁぁぁッッッッしゃぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!』



御坂は図太い声を張り上げながら、大量の『魔弾』を一気にぶち込んでいく。



フィアンマ「(―――小娘がッ―――)」


すかさず『聖なる右』で弾き飛ばしていくフィアンマ。

だが向かってくる敵意はそれだけではない。



ステイル『―――ハァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!!!!』



弾幕の間を縫って放たれてくる業火。

口からも炎を吐きながら、凄まじい形相で炎剣を振り抜いてくる『炎獄の悪魔』。


更に、どこからともなく伸びてくる大量の『黒い杭』。



フィアンマはこの猛烈なラッシュをいなし続けることしか出来なかった。


最早不可能だった。


この猛攻を無視して『遠隔制御霊装』に『聖なる右』を伸ばすなど。

681: 2010/07/30(金) 00:10:22.94 ID:Er8WMZso
光が溢れ、大地が連続して震える中。


土御門「…………やべえやべえ」


土御門はその激突点から100m程の瓦礫の山の中に立っていた。


先ほど思いっきり『キメた』後、一目散に離れたのだ。
あのまま近くにいたら巻き込まれて確実に氏んでしまっていただろう。


とはいえ、この今の100mという距離もかなり近いが。


あそこで戦っている『怪物達』にしてみたら目と鼻の先。

衝撃波や瓦礫片が絶え間なくここまでも飛び散ってくる。


そこらにある瓦礫の山を盾にして行動しなければ、
この距離でも氏んでしまう可能性があるのだ。


そして何よりも、『怪物達』の溢れ出る力が一帯に充満し、
彼の小さな魂をきつく締め上げていく。


一般人ならあまりの『重圧』に一瞬にして意識を失ってしまうだろう。

682: 2010/07/30(金) 00:11:26.70 ID:Er8WMZso
土御門「……寿命が縮んじまうぜよこりゃあ……」


へへっと緊張感無く軽く笑いながら瓦礫の中を進む土御門。


彼は『避難』している訳では無い。


この方向、この場所にやって来たのもちゃんと理由がある。


そしてその『理由』の『基』を。


土御門「お、あったあった」


土御門は遂に探し当てた。


彼の足元に転がってる、ダイヤル式の南京錠のような金属の塊。



仄かに光を放っている―――。



―――先ほど吹っ飛ばされた『遠隔制御霊装』。



彼は素早く拾い上げ、今度は今来た方角へと全力疾走で引き返して行った。


『怪物達』の戦いの場へと。

683: 2010/07/30(金) 00:13:39.56 ID:Er8WMZso
御坂の魔弾。
ステイルの業火と、イフリートに影響された屈指の体術から繰り出される炎剣。

そしてその間を縫って突き立てられてくる一方通行の黒い杭。


フィアンマは『出口』を見出せぬまま、この敵意の嵐をとにかく退け続けていた。


そんな中。


フィアンマ「―――」


ふと気付いた。

近くにいる上条当麻が、この攻撃には加わらずに黙って彼を見ていたのを。


インデックスを抱きフィアンマに背を向けつつも、横目で彼を『眺めて』いた上条当麻。


その瞳には恐怖も怒りも篭っていなかった。


『何』も篭っていなかった。



フィアンマ「(―――見るな)」



冷たく無感情な瞳。
それでいながら、それを見た者には得体の知れない『強烈な悪寒』が襲い掛かってくる。


『知る者』なら上条のこの瞳を見てこう思っただろう。




フィアンマ「(―――そんな目で俺様を見るな―――)」




まるで 『バージルの目だ』 と。

684: 2010/07/30(金) 00:15:24.66 ID:Er8WMZso
その時。


突如フィアンマに向かって来ていた攻撃が止む。

御坂もステイルもピタッととまり、黙ったままフィアンマを見据えていた。


フィアンマ「―――……なに……?」


状況が掴めず、警戒しつつ周囲を見渡すフィアンマ。
何をする気だ 何を企んでいる と。

と、そんな彼に向けて。


一方『―――オィ!!!!!!!』


響き渡る一方通行の声。

フィアンマは即座にその声の方に振り返った。

見ると、一方通行は彼から50m程の場所に立っていた。

先まではもっと近くにいたはずだ。
そして彼の隣には、不敵な笑みを浮かべるサングラスをかけた金髪の少年が立っていた。


なぜ一方通行が距離を置いているのか。


そうフィアンマが瞬時に思索を巡らせようとしたが。


そんな思考などすぐに止まってしまった。


見てしまったのだ。


一方通行の右手に―――。



フィアンマ「―――」



―――『遠隔制御霊装』が握られていたのを。

685: 2010/07/30(金) 00:23:06.05 ID:Er8WMZso
フィアンマ「―――やめろ」


なぜ攻撃の手が止んだのか などはもうどうでも良くなった。


何も考えれない。


フィアンマの思考が完全に停止する。




一方『―――こィつが欲しいンだろ?』



一方通行は『漆黒の右手』を顔の前に掲げた。
その手の中にある金属の塊を強調するかのように。




一方『―――ざァンねン。このオモチャは没収だ―――』





フィアンマ「―――よせ―――」




『身を守る』という事も忘れ、フィアンマは一気に『聖なる右』を一方通行に向けて伸ばした。

その瞬間、彼は『手元』から『聖なる右』の『盾』を失う。


だが思考が定まらない彼は、最早そんな事を考える余裕など無かった。


そして。


そんな『代償』の上で伸びて行った巨大な腕も。



間に合わなかった。

686: 2010/07/30(金) 00:25:49.14 ID:Er8WMZso
一方通行は右手を一気に握り込む。


渾身の力を篭めて。




一方『―――ハッ。良い「ツラ」してンじゃねェか―――』



『遠隔制御霊装』が軋み。



そして―――。





フィアンマ「―――やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」





歪み、弾け―――。





一方『―――カマ野郎ォ―――』





―――砕け散る。

687: 2010/07/30(金) 00:28:08.34 ID:Er8WMZso
砕け散った『遠隔制御霊装』。

細かな金属のチリがダイヤモンドダストの様に舞う。



フィアンマ「―――………………な……ん……」


呆然とするフィアンマ。

目を大きく見開き、口を半開きにしながら。


彼の精神状態を現すかのように、
伸びていきつつあった『聖なる右』も力なくうな垂れる。

芯が無くなったかのように。

そして戻らなかった。


フィアンマの下には。


上条『なあ―――』


そんな彼に向けて、近くにいた上条が遂に口を開く。


静かに。ゆっくりと。


右手でインデックスを抱きつつ、左手で腰から黒い拳銃を引き抜き―――。




―――半身振り返り、銀の光が迸っているその銃口をフィアンマに向けながら。

688: 2010/07/30(金) 00:31:25.40 ID:Er8WMZso
上条『言葉がでねえだろ。わかるぜ―――』


上条はゆっくりと言葉を続けた。

まるでフィアンマの心の中を覗き見ていたかのように。


彼の心理状況を全て把握しているかのように。



上条『そういう時はな―――』



徐々に絞られる引き金―――。



上条『こう言うんだ―――』



そして放たれる―――。







上条『―――――――――「不幸だ」   ってよ』






―――『白銀』の魔弾。

691: 2010/07/30(金) 00:33:39.31 ID:Er8WMZso
フィアンマ「――――――…………『不幸』 か」



上条の発した言葉を、放心状態のままポツリと口にするフィアンマ。


今まで、絶大な『奇跡と幸運』に守られ続けてきた彼が初めて発したその言葉。



次の瞬間、『光の矢』が彼をぶち抜いた。




―――『胸』を。




いや、『ぶち抜いた』のではない―――。




―――彼の上半身を『吹き飛ばした』。




続けて御坂の魔弾とステイルの業火も解き放たれ―――。




―――残った下半身も一瞬にして消滅する。



光の中に。



跡形も無く―――。



―――

719: 2010/07/31(土) 17:02:13.89 ID:Oe4qCTMo
―――


ダンテとバージルの衝突は徐々に激しさを増していく。

双方の怒号染みた掛け声。
それに続くリベリオンと閻魔刀の激突。


そして飛び散る閃光の雨と、
吹き荒れる何十にも重なった『光の衝撃波』の渦。


絡みぶつかり合う赤と青の『光の舞』。


それだけを見れば、
まるでこれ以上無い程に美しい『アート』だろう。


大地を叩き割り、大気を切り裂き、何もかもを粉砕していく『破壊』に目を瞑れば だが。

魔人化したスパーダの息子達の壮絶な刃の打ち合い。



その速度もパワーも何もかもが超越していた。



『普通』の『神々』では到底踏み入ることが出来ない領域だ。

720: 2010/07/31(土) 17:04:00.54 ID:Oe4qCTMo
ダンテとバージルの刃は『神クラス』を易々と叩き切って来た代物。
それどころか、『神』から見て『神クラス』である魔帝をも打ち砕いたレベルだ。


その『力』は扱いを一歩間違えると、
それはそれはとんでもない破壊を振りまく恐ろしいほどに危険な物。


二人が立て続けに振るう、無数の剣撃の一つ一つが高濃度に圧縮された莫大な『力の塊』。

これがもし一つでも『拡散』してしまえば、
学園都市は230万の命と共に『終焉』を迎える事になるだろう。
そして連鎖的に『界』が壊れていく。


以前ネロが鏡の世界で行ったあの『破壊』が、今度は表の世界に吹き荒れる事になるのだ。


まあ、ダンテとバージルは『拡散』させてしまうような安易なミスなど犯すことは無いが。
というか『大悪魔』にとっての力の『圧縮』は、人間にしてみれば『息をする』というのと同じように当たり前の事。

あえて『拡散しよう』と意識しなければそうはならない。



ただ、『拡散』しなくとも。


『ソレ』が『存在』しているというだけで、
その場の『界』には凄まじい負荷をかけてしまうのも事実。

今の二人にとって『人間界』は小さすぎる。

721: 2010/07/31(土) 17:05:20.53 ID:Oe4qCTMo
刃を弾きあうたびに、二人は徐々に『力』を強めていく。

いや、お互いが共鳴してしまい力を『引きずり出し合っている』と言った方が良いだろうか。
今のところは、二ヵ月半前に見せた魔帝戦時の『フルパワー』にはまだまだ程遠い。

だが確実に、じわじわとあの時のレベルに近付いていきつつある。

あの時の『隔離された異界』での戦いとは違い、今は『人間界』のど真ん中。



ダンテ『(―――)』



その『意味』は当然ダンテも把握していた。

このまま『力』を強めていけばどうなるかは。


こうして感情的になり、かなり久しぶりに表にも出てしまってるが、
『激情』に誘われるままその一線を越えるほどの『子供』でもない。


この『子供の部分』に、体が乗っ取られる程今の彼は『小さく』は無い。


ダンテ『(……)』


それにしても今の自分を突き動かしているこの『衝動』。


かつてテメンニグルの塔におけるバージルとの激闘の時と良く似ている。



『子供』だったあの頃の感覚だ。

722: 2010/07/31(土) 17:06:50.99 ID:Oe4qCTMo
ダンテ『(―――はっは……懐かしいなコレ)』


刃を振るいながら、ダンテはふと頭の中で呟いた。

最初は激情に駆られ、こんな感覚に耽る余裕など無かったものの、
こうして思いっきりバージルと打ち合っていたら、
その『熱』が徐々に引いていったのだ。

いや、放出されたと言った方が良いか。

そして違う『想い』がじんわりと彼の中に広がっていく。


激突し震える刃。

そこから腕に伝わってくる振動。

そして奏でられる金属の響き。


彼は楽しかった。


普段の戦いの場での『心躍る』楽しさとはまた違う、『穏やかな』楽しさ。



ふと更に昔を思い出す。

それはまだ己が幼い頃。


まだ『手の届くところ』に父がいた頃。



ダンテ『(…………)』


バージルと共に、父に剣の修練をさせられていた頃―――をだ。

723: 2010/07/31(土) 17:09:12.56 ID:Oe4qCTMo
腕から伝わってくる振動も、流れ込んでくる力も良く似ていた。

スパーダとバージル。

父と兄。


家族の剣だ。

家族の刃だ。


幼いあの頃も、テメンニグルの搭での戦いの際も、
当時はこんな風に『剣』を味わう余裕など無かった。

これも『大人』になったせいなのか。


心地よさの一方で、少し寂しくもあった。

『あの頃』と『今』の己の違いが浮き彫りになったのだ。

あの頃と比べて、色々な意味で成熟し強く大きくなりすぎた と。


力も。

精神も。


もう、あの頃のように無我夢中で刃を振り続ける事ができない と。


最早バージルが相手でも、剣に『全て』を乗せて振るう程に『身を焦がす』ことができない と。


こんな状況であるにも関らず、自分は結局落ち着いてしまった と。

724: 2010/07/31(土) 17:10:13.28 ID:Oe4qCTMo
お互いの刃の力は壮絶だった。

だが『殺気』は皆無。


お互いとも、最早相手を『頃す気』では刃を振っていなかったのだ。

最初は噴き出した感情に突き動かされたものの、
その『燃料』は直ぐに底を突き、熱は急速に冷めていく。


『激情』を『殺気』に直結させるほど、彼らはもう若くは無かった。


もうそんなに幼くは無かった。


『大人』になってしまったのだ。



ダンテ『(バージル―――)』


弟は刃で問う。


ダンテ『(―――お前もだろ?)』


兄に向けて。



そしてそれに応えたかのように。


バージルはダンテのリベリオンを乱暴に大きく弾いた。


衝撃で二人は後方に跳ね、お互いとも距離を開け着地する。

725: 2010/07/31(土) 17:12:33.02 ID:Oe4qCTMo
二人の距離は20m程。

その程度の距離など、今の二人にとっては『無い』に等しい。
だがお互いとも続けて攻撃しようとはしなかった。


感情が爆発したのは僅か一瞬。

兄弟が斬り合っていた時間は僅か10秒足らず。

無数の剣撃を超高速化で叩き込み合った壮絶な10秒間。

一瞬だけ露になった彼らの『子供の頃の感情』は、
その間に再び奥底へと沈んでいき。


『現在』に戻った今の二人。


ダンテ「………………ハッハ~、懐かしいぜ」


魔人化を解き、地面に軽くリベリオンを突き立てながらヘラヘラと笑うダンテ。


ダンテ「そう思わねえか?」


バージル「……」


同じく魔人化を解いたバージル。
軽く閻魔刀を振り、ゆっくりと鞘に納めながら沈黙を返す。



ダンテ「まあ……アレだがな」



ダンテ「……俺らはもうそんな『トシ』じゃねえらしいな」

726: 2010/07/31(土) 17:14:34.94 ID:Oe4qCTMo
ダンテは突き立てたリベリオンに気だるそうに寄りかかり、
緊張感の無い笑みを浮かべたまま言葉を続ける。


ダンテ「話そうぜ。少しよ」


バージル「…………話など無い」


ダンテ「ある。ワケを聞かせろ」


バージル「相変わらずだな」


ダンテはニヤけながら肩を竦める。
何が?『どの』点が? と言いたげに。



バージル「……お前は気付かないのか?」


ダンテ「だから聞いてんじゃねえか」


ダンテ「俺はお前みたいにオツムが良く出来てねえからな」



バージル「それは関係無い」



バージル「知らぬのならば知る『必要』など無いという事―――」


バージル「気付かぬのならば気付く『必要』は無いという事―――」



バージル「―――つまりこの『戦い』にはお前の『席』は無いという事だ」

727: 2010/07/31(土) 17:16:16.11 ID:Oe4qCTMo
ダンテ「……何だソレ。こじ付けみてえなんだが」



バージル「違う。『スパーダの息子である』という事が何よりの証拠だ」



ダンテ「……あ?」


今一つ掴めないダンテが眉を顰め、抜けた声を漏らす。



バージル「―――俺達が『なぜ』双子なのか。わかるか?」




バージル「―――『なぜ』スパーダの血が二つに『分かれた』か」




バージル「―――俺達はスパーダのどの『部分』をそれぞれ受け継いだか」




ダンテ「さあな。俺らを運んで来たコウノトリの気まぐれだろ」

728: 2010/07/31(土) 17:18:05.34 ID:Oe4qCTMo
そんなダンテの返しを聞き、フッと小さく笑うバージル。


ダンテ「…………?」


それには少しダンテも驚いてしまった。
何気なしに返したくだらない冗談半分の応え。

それを聞いてこの堅物が笑うとは。


まあ、バージルはその言葉に笑ったわけではなかったのだが。



バージル「―――そうだ。お前はそれでいい」



ダンテの『調子』に対して笑ったのだ。
それも可笑しいからではなく。

『何か』を再確認するように。



バージル「それが『お前』だ」



ダンテ「…………」



バージル「そのままお前は『お前の義務』を果たせ」



バージル「―――『俺』は『俺』でやる」



バージル「―――『コレ』は俺の『モノ』だ」

729: 2010/07/31(土) 17:20:20.62 ID:Oe4qCTMo
バージルがダンテに対して使った『義務』と言う表現。


ダンテ「…………」


バージルは今己自身が行っていることも、
『義務』として捉えているのだろう。


『スパーダの息子』としての義務 だ。


その点についてはダンテは嬉しかった。

二ヶ月半前までとは違い、確かに今のバージルはダンテと『同じ側』にいるようだ。

ただ、そこまでは良いのだが。


ダンテ「…………」


『同じ側』どころか、一気にダンテよりも『遥か先』へと行ってしまったらしい。


余りにも『先』すぎて、
バージルが見出した『義務』が何なのかがダンテには見当が付かなかった。


そしてそこから彼がやろうとしている事も。


そして本人もそれをダンテに話す気は無いらしい。

その点についてはダンテも『同感』だが。

こういう『モノ』は誰かに聞いて知ることでは無い。


自分自身で見つけ気付かなければ意味が無い。



まあ、それ以前にバージルが話さないと決めたのなら何をしても無駄だ。
彼は例え氏んでも話さないだろう。

730: 2010/07/31(土) 17:21:41.67 ID:Oe4qCTMo
ダンテ「そうか……」


寄りかかっていたリベリオンから身を起こし、
両手を広げて軽く笑うダンテ。


ダンテ「わぁった。わぁったよ。聞かねえ」


半ば呆れがちに、そしてその一方で少し嬉しそうに。



ダンテ「良いぜ、俺は俺でやる」



そう、聞かなくて良い。
自分で進み見出してやる。



ダンテ「『見つけて』やるさ。『お前』をな」



バージルが『見ているモノ』を。


彼が立っている『場所』を。




ダンテ「必ずな」

731: 2010/07/31(土) 17:25:20.95 ID:Oe4qCTMo
バージル「……」


無表情のままダンテを見据えながら、
バージルは沈黙を返す。


そんな彼の足元に浮かび上がる青い光の円。



ダンテ「で、『今の用』は済んだのか?」



バージル「『邪魔』が入ったからな」



ダンテ「ハッハ~、そいつは苦労したな。兄貴を邪魔するとはそりゃあスゲェ奴に違いねえな。だろ?」


バージルが誰の事を言っているのかは当然わかる。

だがわざとらしくダンテは肩を竦め、
まるで 一体どこのどいつだ? とでも言いたげに大げさな顔。


と、そんな表情を浮かべてすぐに。


今度は無表情でバージルを睨み。



ダンテ「おい。これだけは言わせて貰うぜ」



ダンテ「お前に何が見えてんのかはまだわかんねえが―――」



ダンテ「―――この『やり方』だけは認めねえぜ」



ダンテ「―――『絶対』にだ」

732: 2010/07/31(土) 17:26:25.37 ID:Oe4qCTMo
そう、この『やり方』だけは絶対に認めることが出来ない。

あの『人間のガキ達』を巻き込み、犠牲を強いるような手段など。

バージルの『見ている何か』がどれ程のものだろうと、それだけは許せない。


絶対に。


バージル「……『何も知らぬ』今のお前がどう思おうと関係ない」



バージル「口出しするな」



ダンテ「そうかい……じゃあ今度もう一回言わせて貰うぜ」



今の言葉が届かないのならば。



ダンテ「―――お前と同じ『場所』に立ってからな」


彼を『見つけて』、彼の横に立てば良い。

バージルは何も言わなかった。


無言のまま。

無表情のまま。

冷たい視線をダンテに突き刺しながら、青い円に沈んでいく。

そんな彼へ向けてダンテが最後に。



ダンテ「あ~、もう一つだ。俺には『席』なんざいらねえよ―――」



ダンテ「―――観客『席』よりも『ステージ』に立った方が面白えだろ」

733: 2010/07/31(土) 17:27:52.74 ID:Oe4qCTMo
そんなダンテに向けてバージルが冷ややかに一言。


バージル「……阿呆が」


その言葉を残して消えていった。


ダンテ「…………」


雨の中残されたダンテは、
ぼんやりと先程までバージルが立っていた場所をしばらく眺め。


ダンテ「…………ったくよ。お互い様だろ……」


ポツリと小さな声で呟いた。

そして何かを取り出そうと、
いそいそとコートのポケットに手を突っ込む。


その瞬間。


ダンテ「……」


彼は不機嫌そうに眉をピクリと動かし。


恐る恐る手をポケットの中から引き出す。

その手が握っていたのはウイスキーの小瓶の『首』だけ。



ダンテ「あ~、クソ」



『下』は無かった。

734: 2010/07/31(土) 17:29:18.78 ID:Oe4qCTMo
あれ程の戦いだ。

魔人化までした。


首の部分だけでも残っている事が奇跡だ。


ダンテ「……ツイてねえな今日は」


首を軽く傾げながら舌打ちをし、
瓶の残骸を指で弾くように放り投げ。



ダンテ「アラストル!!!!!」



今度は己の魔具の名を叫ぶ。


するとどこからともなく、銀色の魔剣が回転しながら飛んできて彼の足元に突き刺さった。


召喚によって『空間』から出現したのではなく、空を飛んできて だ。


ダンテとバージルの激突の衝撃波で、遠くへと吹っ飛ばされていたのだ。

ちなみに麦野は、赤毛の『チビ助』に連れられてトリッシュの所に戻っているだろう。

735: 2010/07/31(土) 17:30:52.36 ID:Oe4qCTMo
         マ ス タ ー
アラストル『我が主よ、お呼びで?』


ダンテはリベリオンに寄りかかりながらアラストルを見下ろし。



ダンテ「お前、酒持ってねえか?」



先に聞くことが他にもあるだろうにも関らず。


アラストル『…………は…………いえ』



ダンテ「だろうな」



ダンテ「買ってこれるか?」



アラストル『……………………………命とあらば……』




ダンテ「ワインの大瓶だ。銘柄は何でも良い。金あるか?」




アラストル『……………………………………………………いえ』



ダンテ「だよな。冗談だ」



アラストル『…………………………』

736: 2010/07/31(土) 17:33:44.10 ID:Oe4qCTMo
ダンテはあ~っと腑抜けた声を漏らしながら、不機嫌そうに頭を掻く。

困惑しているアラストルなど全く気にも留めず。


雨に濡れた銀髪から雫が舞い落ちる。


彼は本当に不機嫌だった。


そもそもこの場に来ようとした一番最初の動機は、

胸が躍る『祭りの予感』ではなく、
胸がざわつく『トリッシュの悪寒』。


元々気乗りしていた『パーティ』ではない。


そしていざ来てみれば、今度は『閻魔刀の歓迎』だ。


それだけでも非常に面倒臭い事なのに、
バージルの様子を見る限りじゃこの『イベント』はまだまだこれからが本番のようだ。


『家族』が絡んでくるイベントは、ほぼ100%の確率で『ビッグ』になる。


確かに『刺激中毒』のダンテにとっては良い事だが。


面倒臭いのは丁寧にお断りしたい。


できれば何も考えずに暴れたいのものだが。


どうもこの『イベント』はそうすんなり行かせてはくれないようだ。

737: 2010/07/31(土) 17:35:14.88 ID:Oe4qCTMo
ダンテ「……………………」


だがまあ、とりあえずの出だしは特に問題無い。

少々出遅れた感はあるが結果はまあまあ。


ダンテ「……まっ……」


どうやら知り合いの『ガキ共』は一人も氏んでいない。
かなりの激戦だったようだが、あのガキ共の方が勝利したらしい。

上条やステイル、一方通行と御坂の匂いがする。

インデックスも健在のようだ。
(彼女については、今までとは違う少し『気になる』匂いが『混ざって』いるが)



そして何よりも。




トリッシュが生きている。




ダンテ「上々だ」



彼女に舞い降りていた『死神』は手を引いたらしい。


『相棒』の命は繋ぎ止めた。


今はそれだけで充分では無いか。


それだけで。

738: 2010/07/31(土) 17:38:41.18 ID:Oe4qCTMo
ダンテ「…………あ~……」

と、トリッシュの事を思った途端、彼はまた不機嫌そうに頭を掻き毟った。

これから会いにいかなければならないのだが、また小言を言われそうなのだ。
ここに来るのが遅れた点についてはトリッシュも攻めないだろう。


だが。


ダンテ「…………やっちまったぜ……」

さすがにこの魔人化状態での衝突は弁解しようが無い。

魔帝戦時のような、『全身全霊を賭けた本気の本気』では無いとは言え、
(というかあのレベルなら、少なくとも『余波』だけで学園都市は吹き飛んでいる)

かなりの負荷を人間界にかけてしまったのはダンテも肌で感じている。


当然、その事についてあれやこれや言われるだろう。

トリッシュが放つ言葉が簡単に予想できる。


わかってるの?何考えてるの?いえ、何も考えて無いでしょ? と。

最終的にお互いが退くなら、最初からやらなきゃいいでしょ と。

アナタ達って本当に馬鹿ね と。

ぶっ飛ばしあわなきゃわからないなんて猿以下じゃないの と。


ダンテ「……」


しかしまあ、確かに小うるさいが。



ダンテ「………………ま、悪くはねえな」



そんな小言を聞けるのも良いものだ。



―――

739: 2010/07/31(土) 17:40:11.92 ID:Oe4qCTMo
―――


光が収まり。

吹き抜ける熱風。

周囲に降り注ぐ瓦礫。




そして『根元』の無い―――。



―――『聖なる右』。



巨大な腕は宙に浮いていた。


傷一つ無く。



だが根元の『主の体』は跡形も無くなっていた。



主を無くした『聖なる右』が宙で大きくしなる。


そして。


悲鳴にも似た耳鳴りのような音を発しながら、風に吹かれるようにかき消えていく。



少年と少女達は皆押し黙って見ていた。


その『終焉』を。


いつのまにか降り始めていた大粒の雨。

それが地面を打ち付ける音が響く中。

740: 2010/07/31(土) 17:41:13.96 ID:Oe4qCTMo
ステイル『…………』


ステイルがゆっくりと歩を進めていく。
先ほどまでフィアンマが立っていた場所に。


そのすり鉢上に凹んだ地面。


ステイル『…………』


よくよく見ると生焼けの小さな肉片が散らばっていた。

それを確認して、ステイルは安堵の意が篭められた息を大きく吐く。



今度こそ完璧に『仕留めた』 と。



ステイルは顔を上げ、上条の方へと目をやり小さく頷いた。


インデックスを抱きかかえながら、上条も小さく頷き。


そして一方通行、土御門、御坂がそれぞれ視線を合わせ目で確認しあう。


戦いは終わった と。

741: 2010/07/31(土) 17:42:27.85 ID:Oe4qCTMo
ステイルはその場に屈み、黙々とフィアンマの『残骸』を『回収』し始める。
ローマ正教、『神の右席』の『体』は情報の塊なのだ。

それが例え小さな肉片でも、イギリスに持ち帰り詳しく分析すれば様々な事がわかるだろう。


体力が限界に来ていた一方通行は、その場に乱暴に座り込みうな垂れ。

その隣で土御門は携帯を取り出し、どこかへと電話をかけようとしていた。


御坂は天を仰ぎ、雨粒のシャワーを浴びていた。
今だ抜けない戦闘の興奮で肩を揺らしながら。

まるでその熱を冷まそうとしているかのように。



そして上条は腰に拳銃を差し戻し。


穏やかな表情で腕の中の少女の顔を覗き込こみ。



左手で彼女のかき乱れた前髪を優しく整える。



瞳は未だに『赤く』光っているものの、
その奥には溢れんばかりの『人』としての愛情があった。

742: 2010/07/31(土) 17:43:16.82 ID:Oe4qCTMo
上条『―――インデックス。大丈夫か?』


そして少女も上条の顔を見上げる。


禁書「―――……うん……私は平気なんだよ……」


華奢な手を彼の頬に伸ばし。


禁書「………………とうま」


微笑みながら、そのまま腕を彼の首に絡ませ。



禁書「―――おかえりなんだよ」



ギュッと抱きついた。
上条の頬に己の頬を摺り寄せるように。


そして上条もそれに応え。


優しく、それでいて強く抱きしめる。



上条『―――おう。ただいま』



強く。



強く―――。



―――

751: 2010/07/31(土) 23:07:29.51 ID:Oe4qCTMo
―――

降りしきる雨の中。

麦野は路上に止められた乗用車に寄りかかりながら立っていた。

どうやらあの『怪物』達の衝突も終わり、例の『現地』での戦いも終結したようだ。

ワンピースコートの胸元を裂かれ、隙間から艶やかな肌と下着が見えていたものの、
麦野は全く気にも留めていなかった。

そんな事など、この状況下ではどうでもいい。
ここにはそんな『目』で見てくる者もいないだろう と。


麦野「……本当に……大丈夫なの?」


雨に濡れた栗色の髪をかき上げながら、麦野は静かに口を開いた。


目の前の街頭に背を預け、地面に座っている右腕の無いトリッシュへ。


トリッシュ「……私?問題ないわよ」



トリッシュ「簡単に氏ぬ『アナタ達』と違って『私達』は結構しぶといの」


小さく笑いながら、麦野へと言葉を返すトリッシュ。


752: 2010/07/31(土) 23:11:30.63 ID:Oe4qCTMo
『問題ない』。

厳密に言うとそれは嘘になる。

確かに命はとりとめ、この傷で氏ぬ心配は無いが。
欠損した右腕や胴の傷が再生する気配は一切無かった。

魔人化したバージルの刃による傷は、パックリと口を開いたまま。


まあ、それも仕方の無いことだ。

スパーダの一族や魔帝、それに比する頂点の存在達の力は余りにも規格外すぎる。

大悪魔といえど、その規格外の攻撃を受けてしまったら傷が永遠に癒えない事もある。
(それで生きているだけでも運が良い方なのだが)


例えばスパーダに片目を潰されたベオウルフ。
彼のその傷は2000年を擁しても癒える事は無かった。


当然、その圧倒的な力を身に受けてしまったトリッシュも同じだ。


腕が再生することはもうないかもしれない。

バージルから受けた『痛み』に絶え続ける人生になるかもしれない。


切断された右腕を繋ぐ というのも、そもそも肉が再生しないから不可能。
切断面同士が癒着しないのだ。


それに例えどうにかして繋ぐことができたとしても、指を動かせるかどうかすら怪しい。
形だけ繋げれても、それはただ『肉塊』をぶら下げているに過ぎない。


これは肉体の問題ではなく『魂』の問題。

『魂』の傷が癒えなければ腕は元には戻らないのだ。


決して。

753: 2010/07/31(土) 23:13:16.03 ID:Oe4qCTMo
麦野「……ねえ。ところで今更だけどさ。アンタらって一体『何』なの?」


トリッシュ「…………あ~……」


麦野は少し眉を顰め、右手の親指で真後ろを指しながら。


麦野「…………この子もアンタらと『同類』だろ?」


その麦野の指差した方向。

彼女が寄りかかっている乗用車の上。


トリッシュ「…………」


そこには赤毛の幼い少女が立っていた。


ルシアが。


両手に曲刀を握り締め、鋭い目つきで周囲を未だに警戒している。

ネロの『言い付け』を忠実に守っているのだ。

下の乗用車の後部座席にはキリエが横たわっている。
雨に当たらせないように、ルシアがドアを強引に外して彼女を中に入れたのだ。

そしてルシアはその上に立ち、キリエを今も守っている。

周囲に目を光らせて。

754: 2010/07/31(土) 23:15:34.19 ID:Oe4qCTMo
トリッシュ「ふふ……」

そんなルシアの姿を見て、トリッシュは思わず小さく笑ってしまった。
まるで『番犬』ね と。


麦野「そうなんだろ?」


トリッシュ「あ、話は後よ。後で詳しく話してあげるから」


その時、トリッシュはふと横に顔を向けた。

麦野もつられてそちらの方へ視線を向けると。


トリッシュ「やっと来たわね」


麦野「―――」



その視線の先に人影が見えた。

道路の向こう。

雨と夜闇のカーテンの奥から。


ダラダラと歩き進んで来る、赤いコートを羽織った銀髪の白人大男。

ニヤニヤと舐め切ったような笑みを浮かべているダンテ。


右手にアラストルを携えて。




ダンテ「Hola!! Ladies!!」

755: 2010/07/31(土) 23:18:31.85 ID:Oe4qCTMo
トリッシュ達とようやく合流したダンテ。


彼はコートの雫を払いながら、アラストルをアスファルトの地面に突き刺し。

麦野が寄りかかっていた乗用車のトランクの上にに飛び乗り、だらしなく座り込んだ。


大男が乗った衝撃で車体が大きく揺れ、
それで驚いたのか上に乗っていたルシアが反射的にダンテを睨む。

ダンテはルシアに対し 「おお」 と軽く手を挙げてくだけた謝罪の意。


トリッシュ「…………で、随分とやらかしたわね」


そんないつも通りの飄々としているダンテへ向け、低い声で言葉を飛ばすトリッシュ。


ダンテ「あ~……」


そして彼女はまくし立てていく。


トリッシュ「本当にクレイジーねアナタ達。本当にイカれてるわよ」


トリッシュ「何やってるの?限度ってものを知らないのアナタ達は?」


トリッシュ「まともに決着つける気が無いのなら最初からやらなきゃいいでしょ」


トリッシュ「斬りあわなきゃ話できないの?野蛮人?猿なの?」


トリッシュ「誰がアナタの後片付けすると思ってるのかしら?ねえ?誰だと思ってる?」


トリッシュ「私よ私。わかる?この氏にかけに更に仕事を押し付ける気?」



ダンテの予想通りに。

756: 2010/07/31(土) 23:21:14.09 ID:Oe4qCTMo
そんな中、ダンテはニヤニヤといかにも面白そうな笑みを浮かべ始めた。

『いつも通り』のトリッシュの小言を聞いて。


トリッシュ「何?何がおかしいの?何が?」


ダンテ「ヘッヘッヘ……ナリの割には元気だな」


トリッシュ「ええ『おかげ様』で。氏にぞこなったわよ」


ダンテ「へぇ。そいつは災難だな」



トリッシュ「あぁ゛~~~~~…………イラつくわね」



ダンテ「良いじゃねえか。それが生きてるってもんだ」


トリッシュ「それはそれは有難い『ご指摘』ね。心に染み渡るわ」



ダンテ「お~礼はいらねえぜ」

757: 2010/07/31(土) 23:22:41.90 ID:Oe4qCTMo
トリッシュ「全く……」


ダンテ「なあ、話変わるけどよ」


ダンテは乗用車の車体を拳で軽く叩いた。


ダンテ「何でこの『お姫様』がここにいる?」


中に横たわっている、気を失っているキリエを指して。


トリッシュ「……向こうでも問題があったみたい。その子は何か術式を仕込まれたみたいね」


ダンテ「……『ココ』と関係あるか?」


トリッシュ「情報を整理してからじゃ確かな事は言えないけど『恐らく』 ね」



ダンテ「へぇ……」


トリッシュ「ま、とりあえず移動しましょ」

758: 2010/07/31(土) 23:25:03.60 ID:Oe4qCTMo
ダンテ「だな」

勢い良く身を起こし、トランクから飛び降りるダンテ。

話を聞いていたルシアもひらりと舞い降り、
車の後部座席からキリエを丁寧に出して抱き上げた。


小さな少女が、
高身長のスタイルの良い女性を抱き上げているのは何ともおかしな光景だ。


麦野「……え?……は?」

その傍で、彼らを少し戸惑いながら麦野は見ていた。


ダンテとトリッシュの会話は全て英語だ。

頭の良い麦野もいくらかはわかるとはいえ、突然始まった早口のネイティブ英語の掛け合いは
さすがに聞き取れなかったのだ。


そんな彼女に向け。


ダンテ「行くぜ。ほら、コイツは『礼』だ。取っとけ」


ダンテが今度は流暢な日本語を発しながら、アラストルを地面から引き抜き彼女に投げつけた。


麦野「……?!……何?!」


戸惑いながらも右手でアラストルをキャッチする麦野。



ダンテ「何だ?いらねえのか?」




麦野「……いや……そうじゃなくて……へ?『礼』……って!?」

759: 2010/07/31(土) 23:31:46.55 ID:Oe4qCTMo


ダンテ「見せてくれてんじゃねえか。中々『良いもん』持ってるぜベイビー」


ダンテはヒューっと軽く口笛を発し改めて指摘する。


麦野の『大きく開かれた』胸元を指差しながら。


ダンテ「俺を落としてえなら5年後くらいにもう一度試しな」


ダンテ「『負ける』自信あるぜへっへっへ」




麦野「―――ッッッッッ!!!!!!!!!」



そういう『目』に晒され、ようやく胸元を慌てて隠す麦野。


そんな彼女をルシアは不思議そうに見上げていた。

この人は何に慌てているのだろう? とでも言いたげな表情で。


慌てふためく麦野など尻目に、
ダンテは再びトリッシュの方へと目をやり。


ダンテ「おい」


トリッシュ「何?」


ダンテ「立てるか?」


トリッシュ「無理」


ダンテ「OK」


そして彼女をひょいっと抱き上げる。

760: 2010/07/31(土) 23:37:32.18 ID:Oe4qCTMo
ダンテ「……」

と、そこでダンテはふと動きを止める。

腕の中のトリッシュ。


思えば彼女を抱き上げるのは二度目だ。

それは10数年前の事だ。
あの時の彼女は、魔帝の攻撃を受けて今よりも酷い状態だった。


トリッシュ「何?」


ダンテ「なぁに。今日は懐かしい事をよく思い出す日だってな」


トリッシュ「そう……私、あの時よりも軽くなったでしょ?」


ダンテ「『腕一本分』くれえな」


トリッシュ「『ダイエット』したのよ」



ダンテ「命がけの『ダイエット』だな」



トリッシュ「ええ。もうこりごり」



ダンテ「だろうな。んな『ダイエット』はもうやらせねえよ」



トリッシュ「それは『ボスの命令』?」



ダンテ「ああ。『禁止』だ」



―――

775: 2010/08/01(日) 23:37:27.92 ID:bKTsyR.o
―――


御坂「………………」


御坂は雨の中、
上条とインデックスをぼんやりと眺めていた。


固く抱きしめあっている二人。


御坂「…………」


確かに、自分が割り込む余地の無い『絆』を見せ付けられて悔しくないわけが無い。


あの腕の中にいるのが自分なら―――と。


そんな『夢』のような『もしも』を考えないわけも無い。


だがそんな『幻想』など。


そんな『幻想』なんか、
今の御坂にとってはもう何も『価値』が無い。

もう覚悟はしてある。


この『幻想』と決別する覚悟は。


その上で彼女は今、ここに立っているのだ。

776: 2010/08/01(日) 23:39:27.84 ID:bKTsyR.o
上条の為に戦うと決めた。


全身全霊を賭けて、彼が守ろうとする存在を自分も守ると決めたこの道。

淡い胸のざわめきはあっても、迷いと後悔は無い。

あの二人の姿を、あの上条の穏やかな表情を守れたという『現実』で充分。


御坂は『上条』の事を愛している。


彼の『何もかも』を。


『上条当麻』という人物の『全て』に惚れている。

上条の『あの想い』は自分には向いていない。

だがそれも御坂が愛する上条の大事な『一面』。

御坂にとって、かけがえの無い『宝物』の一つ。


誰かを愛する上条の姿はなんて素晴らしいものか。


あの瞳。

あのしぐさ。

あの表情。


何もかもが、御坂にとってこれ以上無い『芸術品』だった。
彼女の恋心は更に強くなっていく。

何重にも更に、更に惚れ直してしまう。

777: 2010/08/01(日) 23:43:09.76 ID:bKTsyR.o
そして、彼がその『心』を表に出しているという事が何よりも嬉しかった。


御坂は思う。


やっとアンタにも『その場所』が見つかったんだね と。



彼の中に潜んでいる、憎しみと怒りの『怪物』。

『虐殺』に快感してしまう『化物』。


上条は一度それに負けてしまい、
戦意を無くした者を引き千切り、血で喉を潤し、そして御坂にまで手を出そうとした。


悪魔を頃すことにさえ、一定の良心の呵責を感じてしまうほどの『善人』の彼にとって、
それはどれ程の苦しみだったろうか。


味方は当然、敵をも生かそうとする彼にとってどれ程の痛みだったろうか。


どれ程の自己嫌悪を抱いてしまっていただろうか。


現在の彼がいるのは頃し殺されの壮絶な『現実』。

今まで通りのやり方では、生きていくことが出来ない。

今まで通りのやり方では、守りたい存在を守りきれない。


そこは容赦と慈悲が許されない苛烈な世界。


その中では、彼が嫌悪するその『怪物』の力を借りないと何もできない。


そんな彼をどれ程の苦悩と重圧が苛んでいることか。

778: 2010/08/01(日) 23:46:16.09 ID:bKTsyR.o


だから御坂は思うのだ。



当麻にも一つくらい拠り所があってもいいじゃないの と。


鈍感な当麻がやっと自分で見つけた『楽園』なんだから と。


羽を伸ばし、その苦痛を忘れることが出来る『場所』があってもいいじゃないのよ と。


当麻は、今まで何もかもを一人で背負い戦ってきたんだから と。



そして。


私は当麻のそのたった一つの『楽園』を絶対に守る と。


当麻が守ろうとする存在、彼のその心、そしてその魂を守る と。


当麻の後で、当麻の隣で、当麻の下で私も戦う。



命を賭けて―――と。

779: 2010/08/01(日) 23:48:00.09 ID:bKTsyR.o

一方「…………あァー……」

雨の中、一方通行はあぐらをかき、ぼんやりと宙を眺めていた。

反射膜が雨を退けていた為、彼は『雨水では』全く濡れていない。


雨水では だ。


代わりといってはアレだが、彼は自分自身の『赤い液体』で濡れていた。

額から頬へと伝う、真紅の液体があご先から滴り落ち。


肘から先が無くなっている上着は、ぼろきれの様になり赤い染みが方々にある。


見た目は正に『血まみれ』。


反射膜を簡単にブチ破ってくる、規格外の攻撃が飛び交う中で戦い続けたのだ。

そりゃあ無傷なわけが無い。


こうして意識を失わずにいられる『程度』で済んだのが奇跡的な程だ。


だが、見た目の凄惨さに反して実際の傷はそう酷くなかった。

簡単に能力で自己診断したが、大きな傷は無い。
いくつか縫わなければならない『程度』の裂傷はあるが。



一方「……」


当然、チョーカーのスイッチはまだ入れたまま。

バッテリー残量はもう三分の一。

自己診断も終えたことだし、さっさと切るべきなのだろうが。

780: 2010/08/01(日) 23:50:09.28 ID:bKTsyR.o
一方「…………」


ゆっくりと己の両手に目を落とす。

黒い噴射物で形成されている『義手』。

演算は必要とせず、
ただ『手がある』と意識しているだけで存在している妙な腕。


チョーカーのスイッチを切るとどうなるのか。

もしかして己の気付かないところでミサカネットワークが演算しているのか。

そうだとしたらスイッチを切った途端に、
この義手はあのザラついた粗悪な噴射物に戻だろう。


では、そうではなかったら。



一方「…………」


さすがに何が起こるかわからない。

腕はそのままなのか、それとも何かしらの現象が起こるのだろうか。

何もかもが未知だ。
元々あの黒い噴射物自体の正体も知らないのだ。


フィアンマはコレが何なのかを知っていたらしいが、
最早聞くこともできない。

781: 2010/08/01(日) 23:52:13.35 ID:bKTsyR.o
一方「(……試してみるしかねェか……)」


やはりそれしかない。

このままバッテリーを無駄に消費するわけにも行かない。


一方通行はチョーカーのスイッチの部分を持ち上げ、口に咥えた。
腕がなくなった場合、万が一に備え即再びスイッチを入れることができるようにだ。


腕が消えるンなら、別の方法で起動できるよォに改造する必要があンな とぼんやり思いつつ。


チョーカーのスイッチを起用に歯と舌でオフに。


反射膜を失い、大粒の雫が彼の体を一気に濡らしていく。
補助を失いずしりと重くなる体。


そして。


一方「…………」



消えない『漆黒の義手』。



彼の肘から先の義手は、何一つ変わらずそのままだった。


何一つ。

782: 2010/08/01(日) 23:56:11.93 ID:bKTsyR.o
一方「(そォか……)」


どうやらこの腕は、ミサカネットワークとは全く関係が無いらしい。
とりあえずそれは良いことだ。

妹達や打ち止めに、更なる負荷をかけてはいなかったということだ。


試しに目の前の大きめのコンクリ片を左手で拾い上げてみる。

直径は30cm程、重さは10kgはあるかもしれない。
生身なら、その大きさ故に片手で掴み上げることすらまず難しいが。


漆黒の義手は羽でも掴み上げたかのように、
全く重量を感じさせずに持ち上げた。


一方「……」


どうやらあの凄まじい力は今だ健在。

このコンクリ片を音速の数十倍もの速度でぶん投げるのも余裕だろう。

まあ、チョーカーのスイッチを入れずにそんな事したら、
体の他の部分がついて行けずに弾け飛んでしまうかもだが。


一方通行の圧倒的な戦闘能力も、
そもそも能力による『目』と『処理』、そして肉体への『補助』があるからこそのもの。


それが無いと、手元にどんなに強力な『武器』があろうと使いこなせない。


能力無しの生身のままじゃ、普通の銃器を扱うだけで精一杯だ。
こんな得体の知れない戦略兵器級のモノを扱い切れるわけが無い。


足元が覚束無い幼児が、巨大なチェーンソウを持ち歩いているようなものだ。

有益どころか、注意しないと自分自身をも傷つけてしまう可能性がある。

783: 2010/08/01(日) 23:59:21.71 ID:bKTsyR.o
一方「(…………まァ、仕方ねェか)」


とはいえ、一方的な不利益では無いだけマシだ。

少なくとも能力使用時の戦闘能力は格段に向上する。

上手く扱えば、ミサカネットワークに負荷をかけてしまう
あの黒い杭も使わずに済むかもしれない。


一方「(…………待て……)」


と、そこで一方通行は突拍子も無い事を思いつく。


一方「(ドタマ潰されたら……どォなる?)」


頭が、つまり脳が破壊されたら。

腕と脳は構造がまるっきり違うが、この現象に既存の科学理論が当てはまらない。


義手と同じく、もしかしたら黒い噴射物で脳を代用できるのだろうか。

それができたら、ミサカネットワーク無しで能力が使えるのか。

脳の障害も治るのだろうか。



一方「ハッ…………」


そこで一方通行は小さく息を吐いて、思考を打ち切った。

何を馬鹿な事を とでも己に言いたげな呆れ笑いを浮かべ、
持っていたコンクリ片を捨てるように放り投げながら。

784: 2010/08/02(月) 00:02:37.87 ID:qjcog/Mo
そして顔を上げ、遠くの上条達へ向けて声を張り上げる。


一方「上条ォ!!!!!!!いつまで惚けてやがンだ!!!ガキが冷えンぞ!!!!!!!」


ステイル「僕も同感だ!!!!彼女を早く屋根のあるところに連れて行ってくれないか?!」



ステイル「そうしていられるとな、最高に『目障り』なんだ!!!」



クレーターの中心で肉片を拾っていたステイルも、
顔を上げぬままその一方通行の言葉に乗る。


上条「お、おう!!!!」


上条は苦笑いを浮かべ、少し焦りながらインデックスを抱き上げ立ち上がる。
その腕の中でインデックスは少し恥ずかしそうに俯いた。


一方「チッ……レールガン!!!!オマェもだ!!!!!!」


御坂「え……っ……あっ!!!!!!」


ボーっとしていた御坂もハッとしたように顔を上げ。

上条達の傍に駆け寄り、そのまま三人で足早にこの場を離れて行った。

785: 2010/08/02(月) 00:05:37.19 ID:qjcog/Mo
土御門「お前がそう、気を聞かせることができたとは少し驚きだぜい」


そんな一方通行に、隣に立っていた土御門が少しからかうように口を開いた。
話は済んだのか、携帯を懐に仕舞いこみながら。


一方「……結標か?」


通話の相手は土御門の口調から大体予想がつく。


土御門「ああ」


一方「……オマェら……もしかして全員でここに来やがったのか?」


土御門「まあな」


一方「……『仕事』はどォした?」


そう、この時間は土御門達は潮岸を襲撃している予定だ。


土御門「それは終わったぜよ。メルトダウナーが一発で全部吹き飛ばしやがった」


土御門「潮岸も氏んでる。『多分』な」



一方「アァ?!何も聞かねェでか?!つーかなンで氏亡確認してねェ!?」



土御門「そりゃあ、お前らが戦ってたからな。こっちの方が重要だぜよ」


土御門「いやーな予感してな。それで来てみりゃ案の定あの有様だ」



土御門「『いらねェ』とは言わせねえ。『俺ら』が来なきゃお前らオシマイだったんだぜい?」

786: 2010/08/02(月) 00:12:23.41 ID:qjcog/Mo
一方「…………チッ……」

否定しようが無い。
反論の余地無しだ。

それに、土御門達が彼を守ろうとするのも理にかなっている。
『反逆者達』にとって、彼は最大戦力でありながら重要な『ネタ』の一つでもあるのだ。


それに上条の件についても。

土御門と海原は、利益が無くともまず彼を支援しようとするだろう。


そして彼もそうする。

同じ時に打ち止めの危機でも無い限り、
彼はすぐに飛んでいくだろう。


だから反論できない。
土御門達の行動を責める事が出来ない。


一方「……で、海原とメルトダウナーはどこにいる?」


土御門「海原は結標が『回収』した」


一方「…………回収ゥ?」


土御門「バージルにやられたらしくてな」


一方「…………」

バージルの存在は気付いていた。
あんな強烈な存在に気付かないわけが無い。

なぜここにいたかは全くわからなかったが。

787: 2010/08/02(月) 00:14:06.59 ID:qjcog/Mo
土御門「結標は生氏の判断がつかなかったみたいだ。『妙な状態』だったらしい」


一方「あァ?」


土御門「で、とりあえず『あの病院』にぶち込んできたとよ」


あの病院とは、『こういう件』に関係した者達が押し込められる、
二ヵ月半前にも使用された例の隔離された病院だ。


この時期に、『反逆者』があの病院に行くのは少し『アレ』なのだが。


一方通行「…………」


だがバージルにやられたというのなら、あの病院に入るしかない。

悪魔につけられた傷など、他の病院では処置できない。
裏社会のヤブ医者じゃ手もつけられない。


一方「メルトダウナーは?」


土御門「それがまだ確認が取れない」


一方「『アラストル』は?」


そう、問題はアラストルだ。
あれは重要な『切り札』。

『原子崩し』という力よりも『アラストル』の方が重要だ。

788: 2010/08/02(月) 00:19:18.00 ID:qjcog/Mo
土御門「それもまだ情報が無い」


一方「……チッ……」


土御門「話は後だ。お前は休む必要がある」


土御門「傷の手当もだ。検査も必要だろう?」


一方「…………」


確かに。
ここで頭を悩ませてもどうしようもない。


そして『精密検査』も必要だ。

海原がいるであろう『あの病院』で。



アレイスターの管理下である、あの施設で。



確かに簡単な自己診断は済ませたものの、
やはり脳の調子や、ミサカネットワークの状態は専用の設備が無いと確認できない。


その専用設備はあの病院にしかない。


そしてあの病院は今、アレイスターの権限の下に管理され隔離されている。


つまりあの病院に入るという事は、アレイスターの手の上に乗るという事。

789: 2010/08/02(月) 00:24:10.77 ID:qjcog/Mo
これだけの騒ぎの陰に隠れたとはいえ、
アレイスターは当然土御門達の『潮岸頃し』に気付いているはず。


あの者は確実に状況を把握しているだろう。


一方通行達が反逆している事ももう既に知っているはず。


一方「(……)」


だが、そうだからといってあの病院内で手を出してくるのも考えづらい。


あそこはある意味『中立地帯』だ。


上条もまずあそこに向かうだろう。
ダンテに預けられている事になっている上条は、一応今でも彼の管理下。

そして上条が学園都市に帰って来てるという事は、トリッシュもいるはず。
ならば当然彼女もあの病院に顔を出す。


この二人がいる間に、
アレイスターが強行的な手段をとるとは考えにくいのだ。

アレイスターもダンテ達を下手に刺激したくは無いはずだ。


一方「(……まァ……しばらくはイィな)」


少なくともあの二人がいる間は大丈夫だろう。


結標も、その点を把握して海原をあそこに運んだのかもしれない。

790: 2010/08/02(月) 00:28:18.08 ID:qjcog/Mo

土御門「さて……結標がそろそろ来るぜい」


と、土御門は一方通行の腕を掴み支えようとしたが。


一方「……触ンじゃねェ」


彼は漆黒の義手でその手を軽く弾いた。



土御門「杖も無いし立てないだろ」


一方「立たなくても運べンだろォが」


土御門「そう刺々しく言うな。お前のこと心配してるんだぜい?」


一方「『俺』じゃなくて俺の『能力と体』を だろォ?」



土御門「当然だ」



一方「まァまァ……思いやりのある『同志』を持って幸せだぜこンチクショウが」



土御門「だろ?」

791: 2010/08/02(月) 00:30:08.38 ID:qjcog/Mo

ステイル「……」


ステイルは黙々と一人でフィアンマの『遺体』回収作業を続けていた。
先程のインデックスの事について考えながら。


あの『髪の毛』。


そう、あの『髪』を使った攻撃。


見間違えるはずが無い。


あれはヴァチカンを襲ったあの『女』が使った力と同じだ。


そして最大主教ローラ=スチュアートも―――。



ステイル「……」





なぜインデックスがあの力を?


『アレ』は一体『何』なのだ?


792: 2010/08/02(月) 00:31:33.61 ID:qjcog/Mo
だがいくら頭を捻っても、ここで答えがでるはずもない。

とにかくまずは最大主教に話を聞かなければならない。


聞きたい事が山ほどある。


山ほど、腐るほどに。


ステイル「……」


とその時。


彼は手の平に載っている、フィアンマの『遺体』に妙な違和感を感じた。


『遺体』、といってもその大きさは1cmに満たない『肉の欠片』。
瓦礫の中から見つけ出すのは難しく、更にその数もかなり少ない。


大部分が蒸発してしまったのだろう。


見えるのを全部集めても、
片手で握りこめる程度の量しかない。

793: 2010/08/02(月) 00:33:24.01 ID:qjcog/Mo
ステイルの手の上にある、その小さな小さな肉片の集り。

彼は恐る恐るもう片方の手で、肉片の一つを摘み上げた。


と、その瞬間。


ステイル「―――」


肉片が突如『砕けた』。

灰の塊のようにいとも簡単にサクリと。
摘み上げる指の圧力にさえ負けて脆く。

そして手の平にある残りの肉片もボロボロと崩れ、風に吹かれるように散っていった。


ステイル「…………」


どうやら『証拠』は無くなってしまったらしい。

だがそんな事などどうでも言い。


それよりもだ。


問題は『なぜ肉片が崩壊したか』だ。


794: 2010/08/02(月) 00:34:30.30 ID:qjcog/Mo
ローマ正教の真の頂点、『神の右席』。

その力は謎に包まれており、ローマ正教の最高機密の塊だ。

そんな連中の体には、氏ねば情報漏れを防ぐ為に崩壊するような、
何らかの安全装置があってもおかしくはない。

テッラの件があるが、あれは同じ神の右席のアックアが送りつけてきた物であり、
その安全装置を外していたかもしれない。

そう考えればこの現象は何も問題ないだろう。

だが。


ステイル「…………」


そうでなければどうだ?

安全装置など存在していなかったら?



―――この現象は一体何だ?



ステイル「…………クソ……」


妙に嫌な予感がする。
とてつもなく嫌な予感が。
こういうのに限ってよく当たるのだ。



ステイル「―――…………まさか…………な……」



この『悪魔の勘』は。


―――

806: 2010/08/03(火) 23:18:30.89 ID:spbZm.Io
―――

窓の無いビル。

アレイスターは水槽の中、ホログラムのモニターを見つめていた。

一連の騒動の経過報告が表示されている。


アレイスター「…………とりあえずは終わったか」


一時はどうなるかと思っていたが、どうやら『今』の事態は終息したようだ。


最悪の場合、後々に支障が出るのを承知で己が直に打って出て、
一方通行と幻想頃しを確保し保護するつもりだったが。


その必要は無くなった。

彼の体の隣に浮かんでいる、『ねじくれた銀の杖』を使うことも。



そして。



アレイスター「……」



この『肉体』の『能力』を使うことも―――。

807: 2010/08/03(火) 23:20:23.31 ID:spbZm.Io
そして思わぬ収穫もあった。

『棚からぼた餅』とでも言うべきか。


一方通行が更に進化したのだ。


アレイスターのプランが要求する『存在』へともうあと一歩。


確かに彼は成長している。

アレイスターの望む方向へと。



アレイスター「……さてどうするか」



と、そう喜ぶ暇も無いのも確かだが。


今の問題は一応の解決を向かえたが、それは更に大きな問題の『始まり』だ。

今後の『道』の険しさを思うと、さすがのアレイスターもうんざりする。

いや、もう二ヵ月半前からうんざりしっぱなしなのだが

808: 2010/08/03(火) 23:23:01.04 ID:spbZm.Io
アレイスター「……」


モニターに表示されている、今採取したばかりの『聖なる右』のデータ。


現物を観察し『実験』で理論を確認し、くまなく調べ上げた『幻想頃し』とは違う。

『聖なる右』についてアレイスターが持っているのは、不確かな『推測』のみだった。


だが、これでその推測が正しかったことが一応証明できるだろう。


アレイスター「……それにしても懐かしいな」


実はアレイスター、60年程前に『聖なる右』を一度目撃したことがある。


『当時』の『神の右席』が振るう、あの『腕』を。


いや、『目撃』どころではない。


実際に『戦った』。


忘れもしない。


あの禍々しくも美しいオレンジの光は―――。

809: 2010/08/03(火) 23:24:55.54 ID:spbZm.Io
そもそも『聖なる右』とは何か?


これは 『能力』とは何なのか? というのにも強く関係している。


それと『能力と天界』の歴史にも。


これらは全て、これから始まる『争乱』に大きく関係して来るのだ。


天界の動きにも。

そしてアレイスターのプランにも。



まず『聖なる右』。


十字教においては『右方の力』、『大天使ミカエルの右手』とされている。


それは一応間違いでは無い。

だが厳密に言えば、『完全にその通り』とも言えない。

あの『巨大なトカゲのような腕』。

あれは元は『幻想頃し/竜王の顎』と一つだった存在。




今は亡き、当時の人々からは『竜王』と呼ばれていた存在の『右腕』。



天界によって滅ぼされた、人間界の『最上神』の『行使の手』だ。


そして。


彼ら『人間界の神々』の『魂』を破壊した『矛』でもある。

810: 2010/08/03(火) 23:26:23.32 ID:spbZm.Io
『行使の手』は、今の世では『聖なる右』と呼ばれ、

十字教の間では

『悪魔の王を地獄の底へ縛り付け、1000年の安息を保障した右方の力』

と伝えられている。


これは後世の十字教側の人間達が勝手に解釈したものだが、
あながち間違ってはいない。


厳密に言えば、『竜王』は『悪魔』ではない。

『人間界の神々』と魔界の者達は全く別物だ。


だが、天界にとって『人間界の神々』は邪魔者であり敵。

その天界の下にいる十字教の人間達が、
『神の敵』である竜王を『悪魔の王』と表現したのもおかしいことでは無い。



『右方の力』というのも間違ってはいない。

『右方の力』というのは十字教の天使の一人、『ミカエル』の力を指す。


なぜミカエルの名が出てくるのか、
それは『人間界の神々』が滅ぶ経緯に関係している。


ある時、『ミカエル』は竜王に滅ぼされ『取り込まれて』しまう。


一見、それは『ただの敗北』だと思われた。


だがそれこそが『人間界の神々』の滅亡を決定付ける、

人間界の支配権を狙う『天界の罠』だった。

811: 2010/08/03(火) 23:28:38.85 ID:spbZm.Io
ありとあらゆる『情報と力』を取り込み、
我が物とできる『竜王』の特性が仇となってしまったのだ。


その力の特性が現す通り、『竜王』の本質は底無しの『貪欲』さ。


『ミカエル』と融合したことにより、『竜王』はその自らの欲望を抑えきれなくなり。



何もかもを喰らい始めた。



同族である『人間界の神々』をも。


僕である、『人間界の天使達』をも。


『魂の還る場所』である、『人間界の力の根源』をも―――。



(魔界で例えるならば、正気を失った魔帝が配下の大悪魔達を次々と抹頃していくようなものだ)



そして『たった一人』の『神』となった竜王は最後に『己』をも喰らった。

己の『行使の手』で己の体を裂き、自らの魂をも噛み砕き破壊してしまった。


残ったのは『一塊』となった、『意志』を失った『純粋な力の集合体』と。

肉と魂を引き千切る『行使の手』と、噛み砕き飲み込む『顎』。


それだけだった。


『自らの力』と『欲望』での滅亡。



それが貪欲な『竜』の結末。

812: 2010/08/03(火) 23:33:18.39 ID:spbZm.Io
その最後に残った、一塊になった『力』を天界は固く封印した。


『意志』を失った力の集合体は一切抵抗することなく、
人間界の奥底へと封じ込まれていった。


人間界の表世界に残ったのは、力の根源と切り離された人間達。


天界の者達は、彼らの『魂』を今度は『セフィロトの樹』によって天界と接続した。

これで天界による『人間の養殖』・『魂の搾取』の体制が完成し、
人々の『運命』は天界によって以後数千年間、操作し続けられる事となる。

これが『人間界の神々』が滅び、
人間界の支配権が天界に移ったおおまかな経緯だ。


つまり『行使の手』は竜王のものでありながら、
融合したミカエルのものでもある ということだ。


そして竜王に引導を渡したのもミカエル。


十字教側の視点からならば、

『大天使ミカエルは自己犠牲を持って、邪神共を地の底に叩き堕とし人類を解放した』といったところか。


『右方の力』であるミカエルが『悪魔の王』を滅ぼした という表現もある意味正しいのだ。



残った『行使の手』はその後、

ミカエルが宿っている『聖なる右』として、天界傘下の十字教の人間に託された。


『人間界の神々の力』に対抗する為の『強力な兵器』として。


というのも、この一連の出来事から発生する『副産物』は、
完全に取り除くことが不可能だったからだ。


これが今に残る『聖なる右』の歴史背景とそのおおまかな概要だ。

813: 2010/08/03(火) 23:35:55.65 ID:spbZm.Io
ではその『副産物』とは?



それは『能力者』。



ここからは『能力と天界』の歴史だ。


天界の行った『人間界の力場』の封印は完璧では無かった。

いや、完璧というよりも完全に封印し切れなかったのだ。


例え意志が無い『純粋な力の集合体』でも、
その莫大な量からくる圧力だけで封印の殻を強く圧迫する。


そしてその力は徐々に、
ゆっくりと僅かずつだが確実に『表世界』に染み出してくる。


それらの『雫』が今日で言う『AIM拡散力場』であり、


そしてその力を扱える人間が『能力者』だ。


能力が発現するという事は、『人間界の力場』とも繋がること。

つまり、『セフィロトの樹』を経由した天界との『二股』の繋がりだ。


それはさまざまな障害をもたらす。

実質的に魂の接続が分割される為、
『セフィロトの樹』の支配権も弱まってしまう。


更に、その個体から溢れる『AIM拡散力場』は周囲の人間にも強い影響を及ぼす。


放って置くと連鎖的に『セフィロトの樹』が崩壊していく恐れもあるのだ。

814: 2010/08/03(火) 23:38:34.21 ID:spbZm.Io

能力が強いほど、『AIM』が濃いほどに支配権は傾いていき、
そして『セフィロトの樹』から外れてしまい、


最終的に新たな『人間界の神・天使』となる場合もある。



だから天界は『能力者』を敵視し、
そして傘下の人間達に力を分け与え『魔術』として行使させたのだ。


その『努力』のおかげか、
『セフィロトの樹』から外れかかった個体は歴史上複数存在したものの、


『人間界の神・天使』にまで成長した個体は一体も現れることは無かった。


全て未然に防がれてきたのだ。



少しでも能力の素質がある者達は魔術師によって殲滅され。



『セフィロトの樹』から外れかかった、強大な力を有する個体には聖人を当て。



それでも処理できなかった場合は『神の右席』等が出た。

815: 2010/08/03(火) 23:41:51.99 ID:spbZm.Io
絶対的に数が少ない能力者達には成す統べはなかった。

彼らは羊のように追い立てられ、そして徹底的に殺戮された。


100年に1人程度で強大な力を有する能力者、

今日では『レベル5クラスの原石』と言える者も稀に現れはしたが、


さすがに複数の聖人や『魔神』と呼ばれる程の魔術師、

更に『神の右席』達の総攻撃の前には斃れていくしかなかった。

そうやって天界の支配は長きに渡り保たれ続けてきた。


ほころび一つ無く。



『80年前』までは―――。



あの当時最強の魔術師が、当時最強の『原石』に出会うまでは。



1人の『男』と1人の『女』の運命が交差するまでは―――。

816: 2010/08/03(火) 23:46:38.18 ID:spbZm.Io
アレイスター「……ふ……」


過去を思い出し、アレイスターは水槽の中で小さく笑った。


『聖なる右』の『出生』の秘密、その背後にある抹消された『歴史』。


そこから続く人間達の操作されている『運命』。


脅威とされ一方的に迫害され処分され続けた『能力者』達。


そしてアレイスターの出現。


遠い過去から今まで、そしてこれからの未来も全て繋がっている。
これは『一本の物語』なのだ。


アレイスターがその『物語の主要人物』となったのが『80年前』だ。


かなり昔の事だが、今でも昨日の事のように鮮明に覚えてる。


あの『20年間』の日々の事を。


今までの概念が全て崩れ、人間の『魂』を、『生氏』すらも支配し操作する、
抗いようの無い巨大な『意志』に気付き。

真の歴史と天界の正体を知った驚愕の日々の事を。


そして60年前に勃発した、あの運命の『激戦』の日の事を―――。


その時に『聖なる右』も目撃した。


彼が最終的に『肉体を失ってしまう』原因となったあの戦いの場で―――。

817: 2010/08/03(火) 23:50:01.91 ID:spbZm.Io

それはそれは壮絶な戦いだった。


アレイスターと彼と共に行動した当時最強の『原石』は、

その場にいた『神の右席』を省く全員を『頃した』。


天界の命の下、アレイスター達を『討伐』する為に
世界中から集められた1000人以上の精鋭の魔術師。


そして2人の『魔神』と5人の『聖人』。


それらで構成されていた連合部隊は、アレイスター達2人の手によって全滅した。


皆頃しだ。


その部隊の指揮官であった、当時の『神の右席』の『右方』を省いて。



だがアレイスター達も多くを失った。


共にしていた原石は『魂』を失い。


アレイスターは最期の最期で当時の『右方』と相打ちとなり、『肉体』を失った。

818: 2010/08/03(火) 23:53:20.52 ID:spbZm.Io

失ったのは肉体だけでは無い。


彼はあの時何もかもを失った。

何もかもを吐き出し、捨て去った。

あの日あの場所に『アレイスター』という『人間性』は全て置いてきた。


本当の『喜び』も。

本当の『怒り』も。

本当の『悲しみ』も。


思い描いていた淡い『理想』も。


そして人間としての『愛情』も―――。


残ったのは、恐ろしいほどに冷たい『鋼鉄の信念』のみ。


それだけだった。


そしてあの瞬間から始まった。


アレイスターの『本当の戦い』が。

819: 2010/08/03(火) 23:56:39.25 ID:spbZm.Io
相打ちとなった当時の『右方』があの後どうなったかは、確かな事はわからない。

あのまま氏んだか、それとも生き永らえたか。

だが十字教側には、あの場での戦闘詳細は残されていないところから見て、
当時の『右方』はあのまま息絶えたと考えてもいいだろう。


つまり生きてあの地を脱したのはアレイスターのみ。



あの場で『何』があったのか。

なぜあの『戦い』があったのか。

なぜ天界はそこまでしてアレイスターを抹頃しようとしたのか。


それらの理由どころか、そこまで大動員されたという記録すら一切残っていない。

残された歴史はただこう告げている。

理由は『アレイスターが突如魔術を捨て科学に寝返った為』。

戦いの経緯は『魔術師討伐組織が、アレイスターをイギリスの片田舎まで追い詰めた』 と。


それは正しくは無い。

真実では無い。

天界による『隠蔽』だ。

セフィロトの樹に繋がれた者達は疑いなく信じ込むだろうが、アレイスターだけは違う。


彼のみが闇に葬られたその『真実』を知っている。

唯一の生き証人であり、中心人物だった彼のみが。

820: 2010/08/04(水) 00:00:29.19 ID:riXh1IQo

そしてその天界の『隠蔽』はあまりにも雑すぎた。

アレイスターを逃してしまった事が、彼らにとっての最大の失敗となったのだ。


あの『戦い』から天界による支配も大きく揺らぎ始めた。


『アレイスター生存』という最大の『イレギュラー』により。


あれから半世紀。


能力者と魔術師との『数の関係』は完全に崩れた。


人工的に創りだされた大勢の『能力者達』。


より濃くより広範囲に浸透していく『AIM拡散力場』。


『100年に1人程度しか現れない』というレベルの者をも、
この僅か10数年の間に複数体創りだし。


そして、その中の一人は『人間界の神・天使』にまでもう手が届きかけている。

821: 2010/08/04(水) 00:02:45.72 ID:riXh1IQo

今回の戦闘は間違いなく天界の注目を集めた。


その『人間界の神・天使』に『近すぎる』人間も確実に目撃された。

戦闘の中で更に進化しその『存在』へと近付くのも。


今回の戦闘は決定的なものとなったはずだ。


ここまで来れば、あの鈍い天界の者達もようやく意識し始めるはず。



『学園都市は今すぐ破壊すべきだ』 と。



その張本人がアレイスター『本人』だという事がわかっていなくとも、
そして彼の真の目的に気付いていなくとも だ。


皮肉な事ではないか。


天界がアレイスターを恐れた理由は、
こうして別の形で、半世紀の時を越えて証明されたのだ。


天界の予想は的中していたのだ。


アレイスターという人間は、とんでもない脅威になるという予想が。

822: 2010/08/04(水) 00:04:32.05 ID:riXh1IQo
人間界は今、大きく変わりつつある。

スパーダの一族・悪魔サイドと魔術・科学サイドの接触。

魔帝とジュベレウスの滅亡。

度重なる人間界への負荷はセフィロトの樹をも大きく歪ませ。


世界に浸透する人造悪魔兵器により、
天界が人間界に敷いた『平穏』は崩壊しつつあり。


今回の戦闘が例え無かったとしても、

今や天界も大々的に動かざるを得ない状況になりつつある。


これからが本番なのだ。


アレイスターにとっても。


そして天界にとっても―――だ。



天界は必ず動く。


必ず軍勢を『直接』人間界に降臨させて来る。

823: 2010/08/04(水) 00:05:44.16 ID:riXh1IQo
この2000年間で、天界の軍勢が『直接』降臨するのはこれで二度目となる。


一度目は500年前。


『ルーベンの賢者』の『生き残り』が物理的に繋げた『穴』を通り、
大軍勢が降臨してきた。


アンブラの魔女達を滅ぼすべく。


そして今度の二度目の降臨目的は。


人間界に蔓延る人造悪魔達の『排除』と。


そして同じく彼らの『庭を荒らし』、
『脅威』となりつつある『学園都市』の『破壊』だ。



増えすぎた能力者の『殲滅』だ。



最早、傘下の魔術師達では手に負えないのは天界もわかっているだろう。


かの『軍勢』は必ず近い内に学園都市にも牙を向く。


かの者達は必ず『直接』手を下す。


500年前、アンブラの魔女達へと行ったように。

824: 2010/08/04(水) 00:08:15.47 ID:riXh1IQo
アレイスター「…………」

あのアンブラの魔女達が絶滅に追い込まれたほどだ。

たった一日で都ごと、4000を越える魔女がこの世から消し去られたのだ。

天界の本気の侵攻を受ければ、
学園都市など10分経たずに人間界から『抹消』されるだろう。

レベル5が例え100人いようと、『かの軍勢』には到底歯が立たない。

攻撃が始まったら、学園都市は間違いなく滅ぶ。
大勢の『能力者』と共に。


アレイスターにとって、学園都市がどうなろうと知ったことでは無いのは確かだ。


だが、それはプランが成就した『後』の話だ。
プランが成就する『まで』は学園都市は存在していないとダメだ。

学園都市もプラン成功の為の重要な要素の一つ。
この能力者の街が作り出す『AIM拡散力場』も必要なのだ。


だから『成就』までは絶対に守り切らなければならない。


絶対に だ。


アレイスター「……」


プランが成就すれば、天界は人間界へ『介入』できなくなる。
その影響力も完全に失われる。

だからこそ、何としてでも天界の侵攻を未然に防ぎ回避するか、
そうでなくとも時間稼ぎしなければならない。


プラン成就までは。

決定的な『勝利』を収めるまでは何としてでも。

825: 2010/08/04(水) 00:11:27.77 ID:riXh1IQo

今回、天界と人間界を繋げようとしていたのはフィアンマだ。


先程見たとおり、フィアンマは『滅んだ』。

『聖なる右』についてはアレイスターにとっても未知な部分が多い為、
何らかの方法で生き延びる術もあるかもしれない。

フィアンマは確実には滅んでいないかもしれない。

だが、これだけは言える。


あれだけの攻撃を受ければ、例え生きていようともしばらくは確実に再起不能だ。
『聖なる右』がいくら強大とはいえ、その器は所詮一介の『人間』。

たかが知れている。

まあ、その『しばらく』という期間が三日かそれとも10年なのかはわからないが。



しかし、その件については然したる問題でも無い。


氏んでいようが生きていようが『今』は『関係ない』。


問題は、『フィアンマはアリウスと協力していた』 という事だ。


あの男、アリウスは協力者が『氏んだ位』では絶対に諦めない。

826: 2010/08/04(水) 00:17:38.48 ID:riXh1IQo
アレイスター「……」


アリウスは本物の『天才』だ。

アレイスターすら己とあの男の、どちらの頭脳が優れているかは判断がつかない。

恐ろしい程に頭のキレる者だ。


例えフィアンマが氏んでいたとしても、絶対に動じない。
特に驚きもせず、鼻でせせら笑うだけだ。

そして彼の仕事を黙々と『代行』しようとするだろう。

確実に何らかの方法を使って、いずれ必ず成功させるはずだ。


だからフィアンマの生氏は、この件については然したる問題は無いのだ。

彼が生きていようが氏んでいようが、生きていて再起するのがいつだろうが、
天界と人間界は繋がり『かの軍勢』は必ず降臨するのだ。


アリウスの手によって だ。


アレイスター「…………」


明日にでも第三次世界大戦が勃発するだろう。

だがそんな『人間同士』の小競り合いなどこの問題に比べたら小さすぎる。

問題は人造悪魔兵器、そしてそれに触発されて降臨するこの天界の軍勢だ。

今回の件により、天界の軍勢は確実に学園都市を潰そうとする。


『かも』ではない。


『確実』にだ。

そして、それを手引きする役目を今担おうとしているのはアリウス。



アレイスター「……やはりあの男は潰さねばな……」

827: 2010/08/04(水) 00:27:04.30 ID:riXh1IQo

一番の不穏因子は、バージルと彼の『未知の仲間(恐らくジュベレウスを屠った例の魔女?)』だが、
それはダンテに任せれば良い。

彼なら必ず何とかしてくれるだろう。

見ていた限り、彼の『参入』は確実だ。


禁書目録が先程使った力と、『原子崩し』が持っていたアラストルもかなり気になるが、
それらも後回しだ。


人間同士の戦闘も、理事会の老人共に任せて置けば良い。
こういう時に『雑用』を任せる為の連中だ。


ネックは人造悪魔兵器。


それらの参入は一週間後辺り。


というのも、今回の開戦はアリウス達にとっても予想外の早さだったのだろう、
人造悪魔兵器の各地への配備は今だ完了しきっていないのだ。

大々的に前線に投入され始めるのは、配備状況から見て恐らく一週間後。


それがデッドライン。


そのラインを過ぎたら、すぐさま天界の軍勢の降臨だ。

828: 2010/08/04(水) 00:29:59.57 ID:riXh1IQo


アレイスター「やるしかないか……」


猶予は一週間。

その前にアレイスターも行動を起こさなければならない。

先手を打たなければならない。



アリウスはデュマーリ島に本拠を構えている。

あそこがウロボロス社の真の心臓部であり、
アリウスの野望の『舞台』でもあるのはアレイスターも知っている。


そこに『こちら』から乗り込んで行き。



デュマーリ島を破壊し尽くし。



アリウスの野望を妨害し叩き潰す。



そしてできるならば―――。



―――アリウスをも『頃す』。

829: 2010/08/04(水) 00:31:38.31 ID:riXh1IQo
あの男が天界への口を開ける前に。


そして『覇王』を手に入れこちらが手を出せなくなる前に だ。


あの男は邪魔なのだ。


アレイスターのプランにとって。

その動機の根底にある、彼の信念と確実に相反するのだ。


あの者は『人類の敵』だ と。



恐らくネロも動く。


つい先程アリウスはフォルトゥナを襲撃したばかり。

かのスパーダの孫の逆鱗に触れていることだろう。



だが期待してはいけない。

スパーダの一族の行動はまるで予想が付かないのだ。


最初から、彼らがいないと考えた上で計画を練った方が良いのは確実だ。

830: 2010/08/04(水) 00:34:47.97 ID:riXh1IQo

アレイスター「…………」


ではまず、具体的に『誰』をデュマーリ島へ送り込むか。

あの島の防御は確実に『鉄壁』だ。


幾重もの結界と魔界魔術が張り巡らされ、
島全体が人間界の理から外れている『魔境』と化していることだろう。


そして人造悪魔兵器はもちろん、本物の生粋の悪魔達も無数にいるはず。


そこを攻撃するなど、通常兵器を使用する既存の部隊では到底不可能。


アリウスを排除するどころか、一方的に叩きのめされ壊滅するのがオチだ。

通常の科学の産物では、どれ程強力な兵器だろうとダメージは全く負わせられない。

例え核兵器を使用したとしても、破壊できるのは物質的な構造物だけ。

『本質』である『魔』達には傷一つつかない。



『力』を破壊するには『力』をぶつける必要がある。



つまり。



『能力者』を送り込むしかない。


それもかなりの数を。

831: 2010/08/04(水) 00:40:31.14 ID:riXh1IQo
アレイスター「…………」

能力者の『戦闘部隊』。

能力者が初めて『軍事作戦』に『大量動員』されるのだ。


『兵器』ではなく『兵士』として。


今までまともに軍事訓練を受けた能力者などいないが、『妹達』という例外がある。

彼女達と同じく、
あの島へと送り込む能力者達にも、戦闘での立ち回りを『学習装置』で刷り込めば問題無い。

更に能力データは揃っている為、有効かつ最適な能力の使い方もそれぞれ刷り込めば、
個体差はあるが戦闘能力も増強できる。


アレイスター「…………いけるな」


即座に思考を巡らし、動員可能な能力者達を脳内にリストアップしていく。


できれば暗部所属が好ましい。

そうでなくとも実戦経験がある事が絶対条件だ。

戦闘での立ち回り自体は『学習装置』で刷り込めば問題無いが、
精神的な強さはやはり生まれながらの『人間性』と、『実際の経験』でしか培われない。

腹が据わっていないと、どんなに能力が強くても『兵』としては使えない。


『心理掌握』に記憶と人格を変えさせるという手もあるが、
さすがに能力の構造にも関係してくると彼女すら手にあまり、そして時間がかかりすぎる。


次に能力の強度はレベル4以上が必須。
基本的にそれ以下だと使い物にならない。

レベル4であっても、それが戦場に不向きかどうかも考える必要がある。

832: 2010/08/04(水) 00:45:16.92 ID:riXh1IQo
アレイスター「…………」


そうやって振るい分けていった結果、レベル4の該当者は102人。


次に、その部隊の核となるレベル5を選抜する必要がある。


戦闘に使えるのは4人。


『一方通行』、『超電磁砲』、『原子崩し』、『念動砲弾』。


更にここから選別していく。


まず『超電磁砲』。

彼女は少し心もとない。
確かに戦闘能力自体は高いが、精神的にまだまだ幼い。

これは『路地裏の頃し合い』とは全く違う。

レベル5は部隊の『核』となり、そして場合によっては『指揮官』となる必要もある。

『超電磁砲』にそれは不可能なのは目に見えている。

それに『幻想頃し』が動かない限り、あの少女はどこにも行こうとしないだろう。


わざわざ波を立てて無理やり送り込む必要は無い。

学園都市にも万が一の為の防御は必要だ。

彼女にはそれを担ってもらうべきだろう。

833: 2010/08/04(水) 00:47:37.96 ID:riXh1IQo

次に『念動砲弾』。

戦闘能力は『超電磁砲』以上、強さならレベル5内で実質三番目。

だが思考に問題がありすぎる。

はっきり言うと馬鹿だ。

『超電磁砲』以上にその役目にはそぐわない。

彼も『超電磁砲』と同じく、学園都市の防御に徹してもらうべきだろう。





では『一方通行』は。

戦闘能力はもちろん、作戦能力や精神的な面でもパーフェクトだ。
彼なら確実に能力者達を率いる事ができる。


だが。


彼はアレイスターのプランにとって重要な因子だ。
わざわざ危険に送り込むなど持っての外。
当然、学園都市に置いておく。

それに彼には別にやってもらわなければならない『作業』がある。

834: 2010/08/04(水) 00:52:46.93 ID:riXh1IQo

そして残るは『原子崩し』。


彼女こそ最適だ。

一方通行と同じく、あらゆる面で『兵士』としての土台は完成している。

後は『学習装置』で軍事知識を刷り込めば、
彼女は本物の軍人顔負けの者となるだろう。


それに厄介払いにもなる。


一方通行と同じく、彼女は反逆の首謀者の一人。


アラストルの件もあり、学園都市に残っていてもらっては不安すぎる。

出来ればアリウスに深手を負わせるかして、
あの島でとっとと氏んで欲しいくらいだ。



と、これでとりあえずのトップは決まった。



合計103人。


おおまかな人選も完了だ。

835: 2010/08/04(水) 00:56:24.17 ID:riXh1IQo
では能力者達をどうやって動かすか。

一部は暗部に所属しておらず、更にもう一部は『反逆者』だ。


だがそれは然したる問題ではない。


簡単だ。


引き換えとして、彼らが望むものを約束してやれば良い。

富が欲しいのなら富を。

自由が欲しいのなら自由を。

治療処置が欲しいのなら治療処置を。


また、望むものが例えなくとも。


学園都市の危機となれば動かざるを得ないだろう。

能力者にとって学園都市だけが唯一の生きる場所。

この街が無ければ彼らは生きてはいけない。


そしてそれ以上に。


この戦いの行方は、人類全体の命運をも左右するのだ。

これでも動かないのならば、その者は最早氏んだも同然。

人間界にいる資格無し・生きている価値無しだ。

そんな者にはアレイスター自ら引導を渡してやっても良い。


これならば一方通行と原子崩しも協力せざるを得ないはずだ。


何せこの戦いに勝てば、彼らが望むもの全て手に入るのだから。

836: 2010/08/04(水) 00:58:39.72 ID:riXh1IQo

と、ここまで練り上げたが。


アレイスター「…………足りんな」


まだだ。

まだ戦力不足だ。


アリウスに対抗するにはまだまだ戦力が必要だ。

この程度では、あの男の野望を妨害するどころか揺さぶることすら難しい。


レベル5が少なくとも『3人』はいなければ。

だが他のレベル5は送り込めない、もしくは使えない。



ではどうするか。


アレイスター「……仕方ない」




ならば『増やせ』ば良い。




あと『2人』ほど。



暫定的に『第八位』と『第九位』を。

837: 2010/08/04(水) 01:01:10.54 ID:riXh1IQo
増やす、と言っても『本物』のレベル5を作るわけでは無い。

そう簡単に作れるのなら、アレイスターもこんなに苦労していない。


厳密に言うと『レベル5クラス』の『擬似的』なものだ。


少しだけ『手』を加えて、ミサカネットワークで演算補助すれば、
一時的にレベル5クラスの力が得られるだろう。

三日もあれば作業は終えられる。


だが誰でも良いと言うわけでは無い。

条件はレベル5に『限りなく近い』レベル4だ。


幸いにも、先程挙げたメンバーの中に『2人』ほどそんな者がいる。



二人とも『全て』が順調に成長していたら、
今頃正規のレベル5として名を連ねていてもおかしくない者達だ。



そして一人は例の反逆の首謀者の一人。

もう一人は別の首謀者の元部下。



そんなそれぞれの『関係』も上手く利用できるだろう。

838: 2010/08/04(水) 01:02:50.86 ID:riXh1IQo


アレイスター「…………これでいいか」

練り上げた計画を頭の中で二度ほど再確認。

問題は無い。

そのアレイスターの思考を『読み取り』、
ホログラムのモニターに概要が自動的に打ち込まれていく。


同時にぞれぞれの関係各所へ送信されていった。



ちなみに該当しなかった他のレベル5達。


脳しか残っていない第二位は言わずもがな。
また、彼はあの有様でも今後のプランの歯車のひとつだ。


第五位『心理掌握』は、
人間が相手なら強力だが悪魔相手では無力。

彼女にはいざという時の学園都市の『統制』を担ってもらう。



そして第六位は―――。



アレイスター「…………」



その『肉体』は―――。


―――

858: 2010/08/05(木) 23:48:43.80 ID:vQoWRaQo
―――

20分後。

とある病院の一室。


その病室の中央に置いてあるベッドの上で、インデックスは小さな寝息を立てていた。
余程疲れていたのだろう、上条がインデックスをベッドに降ろして二分も経たない内に、
彼女は深い深いまどろみの中へ落ちて行った。


ベッドの傍に腰掛けている、上条の右手を固く握り締めながら。


上条「……」

そして上条はそんな彼女の寝顔をぼんやりと眺めていた。

彼も当然疲労困憊していたが、睡眠をとるつもりは無かった。
寝るよりもこうして彼女の顔を見ているほうが何だか癒されるのだ。


上条「……」

話したい事はたくさんある。

聞きたい事もたくさんある。


先程の戦いの場で何を見ていたのか と。

『聞いて』しまったのだろうか と。

彼女は一見能天気だが、実は頭が物凄く良い。

あのほんの僅かな、上条とステイルの会話からもすぐに導き出せるはずだ。


上条には『記憶』が無い事を。

859: 2010/08/05(木) 23:50:13.93 ID:vQoWRaQo
上条「……」

だがこの寝顔を見ていると、そんなことなどどうでも良くなってしまう。

そんな『些細』な話をする為に彼女の安眠を妨げるなど、
今の上条には到底出来なかった。


上条「……」

左手で彼女の額を優しく撫でる。
そしてそのまま体の方へとずらしていき、白い修道服にゆっくりと触れる。

修道服は所々ススで黒ずんでおり、また彼女の胸元には血の染みが付いていた。

インデックス曰く、これは彼女のではなく一方通行の血であるという。

上条「……」

ふといつもの癖で これ洗い落とすの難しそうだな と思い。
その一方で洗い流すということに少し気が引けてしまった。

一方通行がインデックスの『為』に流した血だ。

上条の代わりに流した『痛み』だ。

彼の『戦いの証』なのだ。


それを単なる『汚れ』として消すのはやはり忍びない。

いや、いつまでもこうしておくわけにはいかないので、
最終的に洗い流す事になるが。

今ぐらいは、この『証』が主張する声に耳を傾けていても良いだろう。


と、そんな事を考えていた時。


病室のドアが軽くノックされ、そしてゆっくりと開き。


ステイル「……やあ」


のそりと姿を現した赤毛の大男。

861: 2010/08/05(木) 23:52:58.34 ID:vQoWRaQo

ステイル「彼女はどうだい?」


上条「ぐっすり熟睡だ。気持ち良さそうに寝てるよ」


ステイルはベッドの傍まで歩き進み、
そして少しだけインデックスの顔を覗き込み。


ステイル「……そうか」


すぐに面を上げて、今度は上条の顔を見据えた。


ステイル「話がある」


上条「……イギリスに運ぶのか?」


そう、彼女の体調を調べるにはイギリスに運ぶ必要がある。
なにせ魔術サイドの知識の結晶『禁書目録』。


科学サイドのこの学園都市で、
彼女の体をあれやこれや調べるのは色々と問題がありすぎるのだ。


様々な権限を持つさすがのステイルも、それだけは勝手に許可できない。

というかステイルは個人的にも、
彼女の詳細情報がアレイスターの手に渡るのは避けたいのだ。

例えイギリスが許可しようと、彼は最後までそれだけは拒もうとするだろう。

862: 2010/08/05(木) 23:54:27.24 ID:vQoWRaQo

上条「それならさっさと運ぼうぜ」

上条としては早くイギリスに運びたい。
彼女の容態をはっきりさせたいのだ。

それはステイルも同じだろう。

だが。


ステイル「…………いずれは……な」


ステイルから返ってきた言葉は曖昧なものだった。


上条「……は?」


ステイル「それとは別に、先にはっきりしておきたい事がある」


ステイル「『君』の事でな」


上条「……何だ?」




ステイル「君が今まで、あの『事務所』に行っていたのは何の為だ?」

863: 2010/08/05(木) 23:55:36.29 ID:vQoWRaQo
上条「……はい?何って……お、お前も知ってるだろ」

いきなりの『当たり前すぎる』質問に、
上条は戸惑いを隠せずに間の抜けた声を発する。


ステイル「言え」

だがステイルは顔色一つ変えぬまま。
そして威圧的な口調。


上条「な、なんだよ…………人間に戻る為だ……」


ステイル「よし、今の答えを踏まえた上でもう一つ聞く」


上条「お、おう」





ステイル「君が『人間に戻って』いたら、先程の戦いの『結果』はどうなっていた?」




上条「―――」


そのステイルの言葉で上条もようやく気付く。
彼が言わんとしている事を。

864: 2010/08/05(木) 23:58:45.07 ID:vQoWRaQo
ステイル「……確かに君は今までも右手1本で戦い、そして彼女を守ってきた」

ステイル「だが二ヵ月半前にその『限界』を見たはずだ」


ステイル「その『限界』を超える為に『今の君』になったのだろう?」


ステイル「そうせざるを得なかったのだろう?」


上条「………………ああ」


ステイル「君が人間に戻ろうとしていること『自体』を否定するつもりは無い」


ステイル「それは彼女も……望んでいることだしな……」

フッと上条から視線を外し、ベッドの上のインデックスに目を落とすステイル。

そして彼女の寝顔を見つめたまま、言葉をゆっくりと続けた。


ステイル「だがな。それは彼女を『救って』からにしてくれ」



上条「…………」



ステイル「『守る』んじゃない。『救って』からだ」



ステイル「彼女を『救って』くれ」

865: 2010/08/06(金) 00:00:54.34 ID:oX5VND.o

『救う』。

その一言にステイルの願いと苦悩が全て篭められていた。


彼は『守る』ことしか出来なかった。

彼はただの『矛と盾』。

インデックスに降りかかる火の粉を掃うこと『しか』できなかった。


ただ『守る』だけ『しか』。


彼女を戦いの『中心』から『救う』ことはできなかった。


火の粉が決して『届かない』場所へと、彼女を連れて行くことはできなかった。

彼女の手を取り、安寧の地へ導いていくことが出来なかったのだ。

戦いが無い地へと。




上条「…………」


上条は特にステイルから過去話を聞いたことも、その苦悩を聞かされた事も無い。
(というか、ステイルは絶対にそんな事を他人に喋らない)

彼が見てきたもの、彼が体験してきた事は知らない。

それ以前に、お互いとも『人』として特に親しいわけでもない。

866: 2010/08/06(金) 00:03:13.86 ID:oX5VND.o
上条「ああ」


だが彼が何を『思って』いるのかはわかる。

彼が何を感じているのかも手に取るようにわかる。


上条「任せろ」


お互いとも同じ少女に恋をし、
同じ少女を命に替えても守ろうとしている。

そしてその同じ想いの下、2人は並び戦った。

それだけで分かり合うには充分では無いか。



上条「俺が必ず『救う』」


低く、そしてはっきりとした声で上条はステイルに誓う。

『守る』だけでは無い。


上条「コイツに纏わり付いてくる『影』は全部剥ぎ取ってやる」


『魔導書の記録媒体』・『禁書目録』というレッテルをいつか剥ぎ取り。


上条「絶対に」


この戦いの連鎖から『彼女自身』を必ず『救い出す』 と。

867: 2010/08/06(金) 00:04:23.80 ID:oX5VND.o

ステイル「…………ははは」


その言葉を聞き、ステイルは小さく笑った。

いつも通りの鼻で笑うような表情。
だが醸し出す空気は普段とは別物だった。

それはそれは穏やかな雰囲気だった。


ステイル「はは……君には本当に呆れる」


半ば呆れ、その一方で安堵しているかのように。


ステイル「そこまで『かっこつけれる』のが羨ましいよ」


ステイル「僕もそのくらい『馬鹿』になれていればな……」


上条「はは、なんならお前も『こっち』こいよ」


つられて上条も笑う。
口の片端を上げ、皮肉ったような笑みを。


ステイル「いや、それは遠慮しておくよ。僕の立ち位置は『そっち』ではないしね」

868: 2010/08/06(金) 00:07:23.63 ID:oX5VND.o
ステイル「とりあえず今の話はそんなところだ。それと彼女のイギリスへの移送の件だが」


薄く笑いながらドアの方へと向かうステイル。


ステイル「それは最大主教と話してからだ。さっきから通信を試みてるのだが繋がらなくてな」

ステイル「まあ、また後で顔を出すよ」


上条「待て」

と、病室のドアへ手を伸ばしかけたところで、
そのステイルの背中に声が放たれた。


ステイル「まだ何かあるのかい?」

顔だけを向け、
横目で上条の方へと視線を向けるステイル。


上条「さっきな、確かに『俺が救う』って言ったがよ」


上条「俺『一人』じゃ無理だ―――」



上条「―――お前も俺の『隣』にいてもらうぜ」



上条「『俺達』で救うんだ」



ステイル「…………君がそう言うのならばいくらでも」


ステイル「地獄の底まで付き合ってやろう」


―――

869: 2010/08/06(金) 00:10:30.20 ID:oX5VND.o
―――

同じ病棟のとある一室。

壁際がさまざまな電子機器で覆い尽くされている病室。

二ヵ月半前に『彼』が入ったのと同じ病室だ。

ここはすっかり『彼』専用部屋となってしまっているようだ。

それらの電機器に囲まれるように、
この部屋の占有主『一方通行』はベッドの上に座っていた。


パンツ一枚で。

隣の小さな椅子に座っている、
いつかと同じようにリンゴを手に持っている打ち止めの視線を浴びながら。


一方「…………」


とはいえ、身に纏っているのはパンツだけでは無い。

上半身下半身いたるところに、
そして額にも赤く滲んでいる包帯が巻かれていた。


打ち止め「今のあなたってまるでミイラ男みたい、ってミサカはミサカはシャレた事を言ってみたり!!」


一方「全然シャレてねェよ」

870: 2010/08/06(金) 00:14:46.39 ID:oX5VND.o
打ち止め「うう……、ってミサカはミサカはいつも通りのあなたで安心したけど、相変わらずの冷たさで(ry」


一方「つーかなンでオマェがここにいンだァ?いくら何でも早すぎンだろ」


打ち止め「お見舞いはすぐ行くものなんだよ!!!、ってミサカはミサカは(ry」


一方「あーァうるせェ」

そんな賑やかな打ち止めの声を遮るかのように、一方通行は左手を彼女の方へと差し出した。

目で そのリンゴを寄越せ と促しつつ。


どうせ彼女じゃ剥けないのだから、
いつかのようにやんややんや言われる前に、やってしまおうと思ったのだ。

だが。


すべてがあの時と同じというわけではなかった。


伸ばされた一方通行の手はあの時とは『別物』だった。


ぱあっと打ち止めが笑みを浮かべたのも束の間。


一方「―――」


リンゴを手にした漆黒の義手は、
一瞬でその赤い果実を握り潰してしまった。

871: 2010/08/06(金) 00:16:53.81 ID:oX5VND.o
一方「―――チッ!!!!」

力の加減ができなかったのだ。

いとも簡単に砕かれ潰されたリンゴは、黄色の液体となって
指の隙間からぼたぼたと床に落ちていった。


打ち止め「―――ああ!!!!ちょ、ちょっと待ってて!!!!今お手拭もってくるの!!!!ってミサカはミサカはぁ(ry」


それを見て、打ち止めは大慌てで椅子から飛び降り、
賑やかに喚き立てながら病室を出て行った。


残された一方通行はその左拳を静かに見つめていた。
感覚を確認するかのように、ゆっくりと開いたり握ったりしながら。


一方「…………」


己はもう『人』に触れることが出来なくなってしまったらしい と思いながら。

馬鹿騒ぎする打ち止めの頭を軽くはたく事も。

飛びついてきた打ち止めを軽く剥すのも。


もう彼女に触れることはできない と。

872: 2010/08/06(金) 00:19:25.25 ID:oX5VND.o
これも更なる力を求めた代償か。


一方「ハッ…………」


そんな中、一方通行は小さく笑った。

これこそおあえつらむきではないか と。


後悔は無い。


『守る為』に力を求めたのだ。

何を今更。

そもそも、もう触れないと思っていたのだ。

もうあの少女のいる世界には戻らないと思っていたのだ。


ちょうど良いでは無いか。


これで心理的だけではなく、物理的にも決別できたのだ。


一方「…………そォだ」


そうだ。
これで、これからの道を一切の心残りなく突き進むことができる。
一切振り返らずに だ。

873: 2010/08/06(金) 00:21:16.63 ID:oX5VND.o
と、その時。


一方通行は気配に気付き、ゆっくりと顔を上げた。

その視線の先。

そこにはカエル顔の医者が立っていた。


カエル「気分はどうだい?」


一方「……クソみてェだ」

左手を大きく振るい、リンゴの雫を払いながら吐き捨てる一方通行。


カエル「ふむ、問題は無いみたいだね?」


一方「さっさと言え。検査結果は出たンだろうが」


カエル「じゃあ要点だけ。君が懸念していたネットワークの負荷についてだが、」

カエル「特に問題は無かったよ。全妹達を検査しなければ100%とは言えないが、僕の名に懸けてそれは保障しよう」


一方「……」


カエル「次に君の脳。これも問題は無い。全く損傷していなかったよ」


カエル「ただ……」


と、そこで少しカエル顔の医者は口篭った。
別の『問題』が見つかったとでも言いたそうに。

874: 2010/08/06(金) 00:23:56.31 ID:oX5VND.o
一方「ただなンだ?さっさと言え」

カエル「君の体は『構造』が変化しつつある。少しずつだが、今もそれは進行している」

カエル「そして君のAIMも性質が変わりつつある」


一方「…………あァ?はっきり言え。なンだ?やっぱ俺もついに『人外』の仲間入りですかァ?」

一方通行は皮肉めいた笑みを浮かべながら、
漆黒の両手を見せ付けるように顔の両脇に掲げた。


カエル医者「いや。君は『人間』だ。どれほどこの変化が進もうが、そして変化が終わろうが君は『人間』だ」


一方「……………………はァァ?」


カエル「それは『本来の人間』としての『真っ当な進化』だよ。『人間界に生を受けた者』としての ね」


一方「…………全っっ然わかンねェンだがよ」


カエル「それもそうだろう。実は僕も詳しくは知らなくてね。その『段階』の『人間』は専門外だからね」


カエル「『誰』がこの件に詳しいかは、君もわかっているはずだ。知りたければそちらに聞いてくれ」


カエル「ではここらで僕はお暇するよ。『ご覧』の通り、今日は『患者』が多いからね」


小さく微笑んだ後、カエル顔の医者は退室して言った。

足早に。

一方「…………」


―――

875: 2010/08/06(金) 00:27:21.64 ID:oX5VND.o
―――

同じ病棟の別の一室。


その病室の中央にある、小さな丸椅子に麦野は腰掛けていた。

まるでボクサーが、コーナーリングにて座り込んでいるかのように肩を揺らしながら。

ボロボロになったワンピースコートの隙間からは、医療用のチューブが大量に伸び、
周囲の電子機器に繋がれており。

右手にはアラストルが固く握られていた。


そして麦野の前に立っている、険しい表情の土御門と結標。


麦野「…………だからアイツに聞けっつーの!」


麦野は苛立ちを隠そうともせずに、その二人へと吠えた。


麦野「私はただ貰っただけだって!」


アラストルで床を軽く叩きながら。


土御門「……『貰った』のか?」


結標「『借りた』んじゃなくて?」


そんな麦野を冷たく鋭い視線で『尋問』する二人。


麦野「……ん……とにかくだ!私はこれを直接渡されたんだよ!!」


麦野「『OK』って事だろ!?承諾を得たんだよコレを使う為のな!!!」

876: 2010/08/06(金) 00:29:55.67 ID:oX5VND.o
土御門「…………まあいい。後で直接聞いて確認するぜよ」


結標「この病棟に今いるし。ダンテ」


麦野「―――!!!!…………やっぱり……まだいるの……?」


その名を聞いた途端、そして彼がこの病棟にいると聞き、
今度は子犬のように大人しくなる麦野。


土御門「ビビッてんのか?ちょっかい出さなきゃすごく良い連中だぜ?」


結標「後で顔出せば?相方さんがバージルにやられて重傷だから、しばらくここにいると思うわよ」


麦野「……………………そ、そそそそうだ、そういえばあの優男はどうした?」


土御門「……海原か?」


結標「あ~……」


麦野は、バージル繋がりで上手く話を展開したつもりなのだろうが、
わざと話題を変えようとしたのは見え見えだった。

まあそこに突っ込むの無粋だったので、二人は特に気にせずに話を続けた。


土御門「『一応』生きてる。一応な。未だに意識不明だが」


結標「それと『優男』では無くなったけど」

877: 2010/08/06(金) 00:33:30.80 ID:oX5VND.o
麦野「……は?」


土御門「『皮』が剥げてるんだぜよ」


麦野「……『皮』……ね……それはそれは…………」


皮が剥げているといわれれば当然、目も当てられない悲惨な姿を思い浮かべるだろう。
この時の麦野もそうだった。


土御門達は別の意味で『皮』と言っているのだが。


結標「ま、今は完璧に戦力外よ」


麦野「そうだろうな……」


土御門「とりあえずだ、で、お前はどうなんだ?調子は?」


麦野「は、やっとそれか」


というのも、病室に入ってきた土御門達の開口一番は『アラストルは!?』だったのだ。 

878: 2010/08/06(金) 00:34:40.88 ID:oX5VND.o
麦野「問題無い」


麦野「『調整』も今終わったし」


アラストルを持ったままの右手で、
乱暴にチューブをむしりとっていく麦野。



土御門「……で何か言われなかったか?」


麦野「何かって?」


結標「例えば、『君の体は変異している』とか」


土御門「『人間ではなくなりつつある』 とか」


麦野「……いや何も」


その麦野の答えを聞き、土御門と結標は顔を見合わせた。
微妙な笑みを浮かべながら。

879: 2010/08/06(金) 00:36:02.49 ID:oX5VND.o
麦野「……コレか?」

そんな二人に見せるように麦野はアラストルを掲げた。

二人が何に対してそう言っているのか、麦野も薄々感付いたのだ。

土御門「そうだ」


麦野「……」

ふとつい先程の事を思い出す。


アラストルとトリッシュの支援を受けたあの時の事を。

確かにあの瞬間、自分は人間の枠から外れた。
詳しい事は分からないが、それだけはなぜか本能的に確信できる。


あの時の己は『人間』ではなかった と。

本物の『怪物』になっていた と。


麦野「……逆に聞くけど」


土御門「なんだ?」



麦野「私が『怪物か人間か』なんて、どうでも良くない?」



麦野「というか、『怪物』の方が良いでしょ?『私達的』に」

880: 2010/08/06(金) 00:37:07.77 ID:oX5VND.o
土御門「はは、それもそうだにゃー」

これは1本取られたとでも言いたげに、土御門は頭を掻きながら笑った。

そう、『これから』の事を考えると『怪物』であった方が有利なのは確かだ。


結標「てっきり、一見強そうに見えて中身はナイーブだと思ってたけど。そうでもないみたいね」


麦野「アンタには言われたくないわね」


土御門「生粋の『女帝』だぜよこりゃあ」


麦野「で、これからどうするの?」


土御門「ん、とりあえず計画は修正する必要がある。今の状況を考えてな」


麦野「……それで今の状況は?」


土御門「それがかなり複雑でな……色んな事が起こり過ぎてる」


結標「『騒動』があったのは学園都市だけのじゃないのよ」


麦野「?」


土御門「情報が足りないが、まあとにかくこれだけは言えるぜよ」


土御門「明日にでも第三次世界大戦が勃発する」

881: 2010/08/06(金) 00:38:40.14 ID:oX5VND.o
麦野「第……三次……それか?お前らが言ってた学園都市の危機ってのは」


土御門「違う」


麦野「は?じゃあ何よ?」


土御門「第三次世界大戦はただの『火種』だ」



結標「もっと大きな『爆弾』のね。それこそ学園都市だけじゃなく人類全体に関係する ね」



麦野「だからその爆弾は何?」


土御門「わからない。だから『聞く』」



麦野「誰に?」



結標「アレイスターに」

882: 2010/08/06(金) 00:40:32.13 ID:oX5VND.o
麦野「アレイ…………!!!!!」

その名を聞き、麦野は勢い良く立ち上がった。
切り裂かれたワンピースコートの胸元が大きく開くのも気に留めずに。


土御門「慌てるな」


結標「向こうも話があるらしいのよ。ちなみに私達の行動、『やっぱり』全部知られてたわよ」


麦野「で、何よ?雁首そろえて自らハイドウゾって差出に行くっつーのかよ?」


土御門「まあまあ。向こうも『今』は手を出してくるつもりはないだろう」


麦野「根拠は?」


土御門「ダンテからアラストルを渡されたお前がいる」


結標「そのダンテも今は学園都市に」


結標「いくらアレイスターでも、この状況下でまた騒動起こすとは思えないけど」

883: 2010/08/06(金) 00:42:16.90 ID:oX5VND.o
麦野「…………ん……まあ……」


土御門「じゃあそういう事だ。準備しとけ。俺はアクセラレータにも伝えてくるぜよ」


ニヤニヤと笑いながら、
土御門は手を振りつつその病室を後にした。


病室の外は長い長い廊下。


ところどころに黒服の男が立っている。
アレイスター直属の非公式部隊の連中だ。


そんな中を、土御門は早歩きで進んでいった。


とその時。


土御門「……ん?」


ズボンのポケットの中で、携帯が激しくバイブ。
振動の仕方からみてメールだ。

はいはいと呟きながら携帯を取り出し、やや乱暴に開き。


そして画面を確認した瞬間。


土御門「……………………………………は?」


土御門はその場で絶句した。

884: 2010/08/06(金) 00:44:28.67 ID:oX5VND.o
メールはイギリスからだった。


イギリス清教からの通達だ。

そこまでは良い。
通達などしょっちゅうある。


だが問題はその内容だった。


土御門「…………最…………インデッ…………」


小さな画面にはとんでもない事が記されていた。



土御門「…………おいおい……『お前ら』何やらかしたんだよ……」



今、イギリスを揺るがしているとんでもない事が。



土御門「………………ステイル……」





―――

885: 2010/08/06(金) 00:45:06.14 ID:oX5VND.o
今日はここまでです。
次は明日か土曜の夜中に。


898: 2010/08/06(金) 22:55:38.23 ID:oX5VND.o
―――

同じ病棟のとある一室。

普段なら八人の患者が入る大きな病室。

その部屋には今、四人の大悪魔と一人の人間がいた。


繋げて並べられている二つのベッド。

その片方には今だ意識が戻らないキリエ。

もう一方には右腕の無いトリッシュが座していた。
残った左手でキリエの右手を掴み、その手首にある赤いアザをジッと見つめながら。

ちなみに、トリッシュのチューブトップの服は彼女の力によって修復されたが、

鎖骨から腹部にかけての傷は今でもパックリ開いており、
それを隠す為に白いシーツをマントのように羽織っていた。


壁際には、待合室から勝手に持ち出されたであろう、
大きなソファーが無造作に置かれており、そこにだらしなく寝そべっている座っているダンテ。

キリエが寝ているベッドの横には、腕組をしたネロが立っていた。
つい数分前に、ルシアにここまで連れて来てもらったのだ。


トリッシュがこの有様の今、世界中を自由に移動できるのはルシアしかいないのだ。


その当のルシアは、窓枠のところに座り足をプラプラと揺らしていた。

900: 2010/08/06(金) 22:57:31.40 ID:oX5VND.o
トリッシュ「…………ん~、これは中々手がつけられないわね」

小さく息を吐き、肩を竦めるトリッシュ。

トリッシュ「気を失っている事自体は、力を浴びた一時的なショックだからすぐ起きると思うけど……」

ネロ「……けどなんだよ?」

トリッシュ「禁書目録に解析してもらってからじゃないと、正確な事は言えないけど」


トリッシュ「この術式は彼女の魂まで達してるわよ。というか、彼女の魂を『核』にしてるみたい」


ネロ「外せるか?」


トリッシュ「…………一週間あればなんとか。イマジンブレイカーの助けも借りて……」

トリッシュ「レディも呼ばなきゃ。というか、コレについては私は出る幕無いわよ」


人間が扱う術式については、レディの方がこの場にいる誰よりも精通している。
その分野においては、トリッシュでさえ彼女には手も足も出ない。

それにインデックスは、魔界魔術の分野は網羅していない。

それ以前に、このキリエの魂に組み込まれた術式は製作者の完全オリジナルだ。

インデックスが解析して全体の構造が把握できたとしても、
個々の『構文』が何を意味しているかは彼女も理解できないだろう。


そこを埋める為にもレディの知識と経験が必要なのだ。


トリッシュ「禁書目録が解析、彼女の知識に無い部分はレディが埋めて……」

トリッシュ「そしてレディが解除術式を作ったり、彼女の指揮の下イマジンブレイカーで壊したり……ね」


ネロ「……それで一週間か……」

902: 2010/08/06(金) 23:02:32.03 ID:oX5VND.o
ネロ「で、レディは今どこにいる?」


トリッシュ「さあ」


ダンテ「ロダンかエンツォ、それかモリソン辺りに聞けばわかるだろうよ」


ネロ「……まあ、とにかく早くしてくれ」


トリッシュ「それもそうね」


そう、このままでは相手に手が出せない。
相手を潰せば、キリエも氏んでしまう。


だがネロの話を聞く限り、
相手は早急に潰さなければならない『最悪の者』だ。


トリッシュ「この子は私達の方で何とかするから、アナタはその男を追いなさい」


ネロ「当たり前だろ」


トリッシュ「その男、『覇王を復活させて魔界への口を開く』って言ってたのよね?」


ネロ「ああ」


トリッシュ「そう……この術式は彼女専用に作られてる。つまり、その男は最初からこの子が狙い」


ネロ「大元の狙いは『俺』って事だろ」


トリッシュ「そうなるわね」

903: 2010/08/06(金) 23:06:20.17 ID:oX5VND.o

トリッシュ「覇王と魔界の口……そして『ネロ』……」


覇王の力だけで、スパーダの一族に対抗するつもりは相手もさすがに無いだろう。

それはタダの自殺志願者だ。


覇王はかつてスパーダに完敗して封印されたのだ。

そして今のダンテはスパーダと互角レベルなのは確実。
ダンテと互角以上のバージルもいる。

更に彼らに匹敵しつつあるネロもいる。


彼ら三人は、戦力においてでは魔帝すらをも圧倒した。

その魔帝よりもワンランク下の覇王の力のみで、この三人に勝てるか?


否。


絶望的だ。


今のネロとギリギリ互角レベル。

ダンテとサシで遣り合ったら確実に覇王は負ける。

それは相手もわかっているはず。


つまり、相手は他にも何らかの切り札を持っているはずだ。


トリッシュ「…………」

904: 2010/08/06(金) 23:09:02.14 ID:oX5VND.o
トリッシュ「……じゃ、皆で確かめていきましょ。まず『魔界の口』を開くには何が必要?」


ダンテ「『力』。バカでけえ『悪魔の力』だ」


ソファーに寝そべっているダンテが、天井を仰ぎ見たまま呟く。


トリッシュ「それに足りうる力を有していて、今も『存命』の者は?」


ダンテ「バージルと俺とネロと―――」



ネロ「―――『覇王』だ」



トリッシュ「それが恐らく、覇王の力を求めてる本当の理由ね」

トリッシュ「アナタ達と戦う為ではない」



トリッシュ「じゃ次。なぜそこまでして『魔界の口』を開けようとしているのか」


トリッシュ「人間界を破壊し、魔界に取り込む為?」



ネロ「開けれたとしても『俺達』がいる間は無理だろ」

905: 2010/08/06(金) 23:11:33.48 ID:oX5VND.o
トリッシュ「そうね。それが目的だとしてもまずはアナタ達を排除する必要がある」


トリッシュ「じゃ、次は別の視点から」


トリッシュ「なぜネロに挑発的行為をしたのかしら?」


トリッシュ「なぜ彼女を狙ったのかしら?」


キリエ専用の術式を作っていたことからも、
フォルトゥナに来た目的そのものが彼女だったのは間違いない。

それにネロが騎士達から聞いた証言によると、
悪魔達は当初キリエを連れ去ろうとしていたらしい。



トリッシュ「なぜこの子を誘拐しようと?」




ネロ「…………俺…………だ。俺を誘き出す為だ……」




ダンテ「ビンゴ」

906: 2010/08/06(金) 23:13:37.93 ID:oX5VND.o

トリッシュ「じゃあ、ネロを誘き出す目的は?」


トリッシュ「それともう一つ。『魔界の口』とネロの間にある共通点は?」




ネロ&ダンテ「『スパーダ』」




トリッシュ「……答えは出たわね」


トリッシュ「『魔界の口』を開く本当の目的は、その封印の要になっている『スパーダの魂』を解き放つこと」


ネロ「……」


トリッシュ「で、アナタを誘う目的は『魔剣スパーダ』」



ネロ「…………決まったな」


トリッシュ「ええ、相手は『スパーダの力』を欲してる」



トリッシュ「いえ、覇王とスパーダが融合した『怪物』になろうとしてるのかも」

907: 2010/08/06(金) 23:15:53.00 ID:oX5VND.o
トリッシュ「これなら、場合によってはアナタ達に勝てるかもしれないわね」


ネロ「……そいつは随分と……胸糞悪ぃな……」


薄々感付いていたとはいえ、
はっきりと口に出されてネロはより一層顔を曇らせた。

それとは対照的に。


ダンテ「ハッハー!!!!!!そいつはスゲェ!!!!」


跳ね起き、満面の笑みを浮かべるダンテ。


だがその笑みは複雑なものだった。


ダンテ「たまんねぇぜ!!!最っっっ高だ!!!!―――」


強敵の出現に喜ぶ一方で。


ダンテ「―――ぶっ潰してやろうじゃねえか!!!!とっととやっちまおうぜんなアホ野郎はよ!!!!!!」


父を穢され、侮辱された怒りも同時に噴き出していた。



だが、そんな漲るダンテに向かってトリッシュが一言。


トリッシュ「アナタはバージルの件が先」


ダンテ「―――……ッ……………………あ~……」

908: 2010/08/06(金) 23:17:59.86 ID:oX5VND.o
ネロ「こっちは俺がやっておく。アンタは親父をどうにかしてくれ」


ネロはやっとダンテの方へ振り返り、彼の顔を見据えた。


ダンテ「…………まあそうだな」


ダンテがスパーダや覇王の件に割り込みたいのと同じく、
ネロも父親の件に割り込んで行きたくてたまらないのだ。

だがお互いとも全力で集中しなければならない問題がある。


今はそれぞれが我慢して進むしかない。


トリッシュ「ま、そう心配しなくても良いでしょ。バージルの行動もコレにかなり関係してると思うし」


トリッシュ「最終的に全てが繋がって、一点に集中するわよ多分」



ダンテ「……へえへえ」


ダンテはそんなトリッシュの言葉を掃うかのように手を振り、
少し拗ねたようなそぶりで再びソファーに乱暴に座り込んだ。

909: 2010/08/06(金) 23:20:06.03 ID:oX5VND.o

トリッシュ「じゃあとりあえずネロの方はこんなところね」

トリッシュ「アナタはその男の行方を追う」

トリッシュ「この子の術式は私たちの方で外す」


トリッシュ「場所は……」


ネロ「学園都市で良い。フォルトゥナにはまだ連中の残党が残ってる」

ネロ「ここには向こうに無い医療機器も揃ってるしな」


トリッシュ「OK、じゃあ術式が外れ次第、アナタはその男を叩き潰す」


トリッシュ「できれば『魔界の口』が開かれる前に」


トリッシュ「魔界の口が開いた場合は状況に応じてそれぞれが動く」


ネロ「ああ」


トリッシュ「それと……アナタ他にも仕事があるんでしょ?」


ネロ「まあな」


ネロにある別の仕事。

それはフォルトゥナに未だに残っている悪魔の残党を狩り、
そして世界に溢れかえるであろう、人造悪魔に対抗する為に騎士団を再編成する事だ。


ネロ「まあ、それは大丈夫だ。俺はいくつか指示するだけで言い。あとは皆がやってくれる」

910: 2010/08/06(金) 23:22:18.70 ID:oX5VND.o

トリッシュ「なら問題ないわね。じゃあ次」


トリッシュ「バージルの動きについて」


トリッシュ「少し前にアナタの所に魔女が来たのね?バージルの使いとして」


ネロ「……ああ」


トリッシュ「ヴァチカンを襲撃したのは魔女。その直後に、神の右席を支援する形でバージルも学園都市に」


ネロ「…………」


トリッシュ「つまり、戦争を誘発させたのはバージルと魔女と考えて良い」


トリッシュ「フォルトゥナを襲撃したその男はウロボロス社関係、ウロボロス社とローマ正教は協力関係」


トリッシュ「彼らは学園都市・イギリス清教と対立してる」


トリッシュ「そして彼らの背中を強引に押したのはバージルと魔女」


トリッシュ「バージルと魔女は彼らに何かをやらせようとしている」


トリッシュ「さっきのバージルの行動から見て、彼らの目的を後押ししてるみたいね」


ネロ「……」

911: 2010/08/06(金) 23:24:30.78 ID:oX5VND.o
トリッシュ「ウロボロス社関係のその男の目的は先の通り」


トリッシュ「じゃあ神の右席の目的は何だったのかしら?」


ネロ「魔女が絡んでるっつーことは天界も関係してたんだろ?」


トリッシュ「ええ。ローマ正教も絡んでるし」



ダンテ「……………………で?」


ネロ「……………………」


トリッシュ「……………………さあ」


そこで彼らの推理は行き詰った。

そう、彼らにとって天界は専門外だ。


ダンテもネロも、そしてトリッシュも天界の事については詳しくは知らない。
魔女の事も、軽く聞いた程度でほとんど知らない。


だがそこを知らなければ神の右席の目的は見出せない。



そしてそれを見出さなければ、バージル達の真の目的も推測できないのだ。

912: 2010/08/06(金) 23:26:05.58 ID:oX5VND.o

トリッシュ「…………『こっち』についてはもっと情報を集めなきゃ」


ネロ「その神の右席は氏んだんだろ?」


トリッシュ「さあ。木っ端微塵になったらしいけど」


トリッシュ「何ともいえないわね。最も強い天界の加護を受けてる連中だから」


ダンテ「あの『培養野郎』に聞けば良いだろ」


トリッシュ「アレイスター?喋るかしら?」


ダンテ「俺が行くぜ」


トリッシュ「ああ……じゃあ喋るわね」


今のダンテは一見するといつも通り飄々としているが、
その中はかなり煮えたぎっている。


なにせバージルの事に大きく関ってきているのだ。


アレイスターもこのキレる一歩手前のダンテには、

いや、ある意味もうキレている彼にはどうしようもないだろう。


彼に聞かれたことは洗いざらい、そしてウソ無く喋るしかないだろう。

914: 2010/08/06(金) 23:30:11.45 ID:oX5VND.o

トリッシュ「……じゃ、とりあえず今はそんなところね」


ネロ「俺は戻って良いか?」


トリッシュ「ええ」


ネロ「頼んだぜ」


トリッシュ「そっちもね」



ネロはキリエの顔を覗き込むように身を屈め、
その頬を軽く撫で、額に軽くキスをした。

そして再び身を起こし、今度はダンテの方を向き。


ネロ「親父の事もな」


ダンテ「おー」


それに対し、ダンテはソファーに寝そべったまま軽く手を挙げた。


その時、黙って彼らを見ていたルシアがヒラリと窓枠から飛び降り、
ひょこひょことネロの横に向かって来た。


ネロをフォルトゥナに送る為だ。


ネロはそんな彼女に一瞥をし、そして最後にもう一度キリエの方を見、
そのままルシアと一緒に赤い円に沈んでいった。

916: 2010/08/06(金) 23:34:02.21 ID:oX5VND.o
ダンテ「……坊や、何かあったのか?」

ネロが姿を消した後、ダンテがポツリと呟いた。


トリッシュ「さあ……でもなんか……妙に落ち着いてるわね」

トリッシュ「もっと熱くなってると思ってたんだけど」


トリッシュ「……私と会った頃のアナタに似てるわね」


ダンテ「そうかぁ?」


トリッシュ「……って、ほら、アナタも行きなさいよ」


ダンテ「なあ」


トリッシュ「何よ?」


ダンテ「ここにワインって(ry」


トリッシュ「病院にあるわけないでしょ」


ダンテ「喉が渇いてよ」


トリッシュ「水はトイレにあるわよ」


ダンテ「……」


トリッシュ「……」


しばしの沈黙。

917: 2010/08/06(金) 23:36:32.12 ID:oX5VND.o
とその中、部屋の床に赤い円が浮かび上がり、
そこからルシアが姿を現した。
フォルトゥナにネロを送ってきたのだ。

そんな彼女にすかさず。


ダンテ「おうチビ助」


ルシア「は、はい!……な、……なんですか?」


ダンテ「おつかいがあん(ry」


トリッシュ「子供に買わすな」

ダンテ「……」


ルシア「?」

状況が飲み込めず、
赤毛の少女はキョロキョロと二人の顔を交互に見る。

そんな彼女に、トリッシュは不気味な程に穏やかな笑みを浮かべ。

トリッシュ「いい?この人の言う事まともに聞かないようにね」


トリッシュ「基本的に頭おかしいからこの人」


トリッシュ「こんな大人になっちゃダメよ」


ルシア「は……はい」


ダンテ「ヘッヘ、まあ、そいつは言えてら」

―――

918: 2010/08/06(金) 23:38:28.06 ID:oX5VND.o
―――


病室を出たステイルは、
足早に廊下を進んでいた。


向かうはアレイスターの下。

先程上条に伝えたとおり、最大主教と連絡がつかない。


というか、イギリスへ向けての通信魔術が『起動』しないのだ。


ステイル「…………」

妙だ。


通信が繋がらないのではなく、魔術そのものが『起動』しないのだ。


何かが起こっているのは確かだ。

ヴァチカンもあの有様。

今や、世界規模の『何か』が現在も進行しつつあるのは確か。


その情報を得る為に、彼はアレイスターの下へと行こうとしているのだ。

あの男が全て喋ってくれるとは思わないが、
行けば必ず何らかの情報は得られるはずだ。

919: 2010/08/06(金) 23:40:11.73 ID:oX5VND.o
ステイル「…………」


そういえば一つ、先程上条に伝えなかったことがある。



神裂の事だ。



彼女の氏についてだ。



ステイル「…………」



上条もその事については知る権利がある。

ヴァチカンで起こった事を。

ステイルが目にした彼女の最期の姿を。


そしてその事を聞いた彼は必ず悲しむだろう。

まるで家族を失ったかのように。

920: 2010/08/06(金) 23:42:48.53 ID:oX5VND.o

ステイル「……」

だがそれは今言うべきではない。

今の上条は精神的にも肉体的にも疲れ切っている。
休息してからの方が良いだろう。


ステイル「…………」


と考えたのだが。

実はこれは建前的な部分もある。


ステイル側の だ。

目の前で悲しまれると、
こちらが我慢できなくなってしまう気がしたのだ。

この悲しみと喪失感に負けてしまう気が。


今まで気付いていなかったが、
ヴァチカンにて動かなくなった神裂を見た瞬間、彼は自覚した。


彼は気付いてしまった。


どれほど神裂が己にとって重要な存在だったのかを。

921: 2010/08/06(金) 23:44:30.86 ID:oX5VND.o

インデックスとの思い出の中には、常に神裂もいた。

『三人』で過したかけがえのない思い出。


共に笑い、共に哀しみ、共に喜んだあの頃。


インデックスとステイルと神裂の『三人』で過した日々。


神裂は、ステイルにとって『ただの仕事仲間』ではなかったのだ。


親友であり戦友であったのだ。


なぜその『絆』に気付かなかったのか。

なぜ彼女が生きている間に気付けなかったのか。


ステイル「……」


そんな己が憎い。


最期の最期までしょうもない、最悪の『馬鹿』だ と。


一体己は今まで何を『見て』いたのか? と。


何が『戦士』だ? と。


『矛と盾』になり切ることでその役目を果たせるとでも? と。


『ハート』を捨てておきながら使命を全うできるとでも? と。


こんなことだから己はインデックスを『救う』ことができなかったのでは? と。

922: 2010/08/06(金) 23:46:09.86 ID:oX5VND.o
ふと思う。

君は気付いていたのか? と。


いや、彼女は気付いていたはずだ。

ステイルのように心を閉ざしてはいなかったはずだ。


だからこそ彼女の手はインデックスだけではなく、
弱き者すべてに差し出されていたのだ。


『あの日』から時間が止まっているステイルとは違い、
彼女は歩み続けたのだ。

現状をただ保持し、『守るだけ』しかしなかったステイル。
上条と出会っても尚そのまま。
まるで進歩無し。


だが彼女は違った。

上条と出会った彼女は変わった。

インデックスだけではなく、現状を『変えるため』に、
彼女が住まう周りの世界をも救っていこうとしていたのだ。


ステイル「……」


そして彼女は最期までその思いを胸にしていたはずだ。

インデックスを守るという誓い。

それだけでは無い。

世界を守り、そして救おうと。


彼女は最期の最期まで、その為に刀を振るい続けたはずだ。


決して諦めず、命尽きるまで。

923: 2010/08/06(金) 23:48:12.96 ID:oX5VND.o
ステイル「…………」


先程の上条の言葉が、今でも頭の中で木霊している。


彼は言った。


『俺達で救うんだ』 と。


以前のステイルならば一歩引いていただろう。
己は今までと同じく『矛と盾』で良い と。



だが神裂の氏でようやく気付いた今は違う。


上条の言葉を正面から受け止め、そしてそれに応えたい。


『本当の戦い』に歩み出す時なのだ。



『守る為』の戦いではなく。


『救う為』の戦いに。

924: 2010/08/06(金) 23:49:28.72 ID:oX5VND.o
できれば生きている彼女と並んで戦いたかったが。

できれば彼女と一緒にこの道を歩みたかったが、それはもう無理だ。


ステイル「…………」


だからステイルは思い、そして誓う。


ならば、せめて『彼女の名』と共に戦おう と。

気高き本物の戦士であった『彼女の姿』を胸に と。

かけがえの無い『親友の笑顔』を心に と。



ステイルは長い廊下を進んでいった。

その足取りは力強かった。



この時、彼は思ってもいなかっただろう。


約一週間後に再会するなど。


『生きている神裂』に。




そして。




壮絶な『頃し合い』をするなど。

925: 2010/08/06(金) 23:51:40.44 ID:oX5VND.o
とその時。

廊下の先から、こちらの方に向かってくる土御門が目に入った。


ステイル「(……ちょうど良いな)」

正にちょうど良い。

土御門も、今の状況の全体像が掴めずに色々と困惑しているはずだ。

ここは一つ、
情報交換という事でお互いの知っていることを確認しあったほうが良い。


土御門もそのつもりだったのか、彼を見つけた駆け足で向かってきた。


その表情はいつもとは違い、なぜか強張っていたが。


ステイル「やあ」


土御門「ここにいたか」


ステイル「ちょうどいい。いくつか聞きたい事があったんだ」


ステイル「イギリスへの通信がなぜかできなくてな。君もそうだろう?」


土御門「…………いや……俺は『できる』」



ステイル「…………なに?」



土御門「…………その前に答えろ。『お前ら』何したんだ?」

926: 2010/08/06(金) 23:55:34.94 ID:oX5VND.o
ステイル「何って……?おい……何のことと言っているんだい?」


土御門「お前……やっぱり知らないんだな」


ステイル「…………待ってくれ。話が全然見えないのだが」

土御門「聞け」



土御門「最大主教、いや……『今』はそう言わないな」



土御門「ローラ=スチュアートとステイル=マグヌス、およびインデックス」



ステイル「……僕等がどうかしたのかい?」




土御門「お前ら三人は先程、位と権限を剥奪され『必要悪の教会』を『除名』―――」





土御門「―――そしてイギリス清教から『破門』された」




ステイル「………………………………………………………………は???」

927: 2010/08/06(金) 23:57:42.10 ID:oX5VND.o
ステイル「……………………………………………な、………………」


土御門の口から告げられた驚愕の事実。
余りの事に、ステイルの思考が停止しかけてしまった。



土御門「それだけじゃない。これと一緒に『陛下』が全軍にこう布告した」




土御門「『神の名の下、ローラ=スチュアートとステイル=マグヌスを即刻処分せよ』」




土御門「『忌まわしき肉体はその場で「火刑」に処せ』」




土御門「『禁書目録は舌を抜き、四肢を切断した後にイギリスへと持ち帰れ』」




土御門「『その際の生氏は問わない』」




土御門「『これは神の名の下の命であり―――』」





土御門「『―――主の意思である』ってな」




―――

938: 2010/08/08(日) 23:39:11.09 ID:w2mYm2ko
―――

イギリス。

バッキンガム宮殿のとある廊下。

その長い長い廊下を、最大主教ローラ=スチュアートが足早に歩を進めていた。


右手に古めかしい大きめの『皮袋』を持ちながら。

重めの物が入っているのか、
彼女が歩を進めるたびにゆさりゆさりと大きく揺れていた。


ふわりとなびくゆったりとしたベージュの修道服と、『解放』されて光り輝いている金髪。



彼女のその歩む姿は、さながら映画の神秘的なワンシーンの様だった。



周囲の『惨状』はそれとは余りにも対称的だったが。



ローラに飛び掛る騎士や衛兵達。

今や彼らは、イギリスが誇る最大霊装『カーテナ』の影響により莫大な力を授かり、
その身体能力も行使する魔術も凄まじい程に強化されていた。


何の為か?


それは女王が全軍に下した命に従い、『魔女』を排除する為。


『正体』を現し、イギリスと『神』に反旗を翻した穢れし者を頃す為。



ローラ=スチュアートを―――。

939: 2010/08/08(日) 23:42:13.17 ID:w2mYm2ko
だがそんな彼らも、この『アンブラの魔女』の前には無力だった。


ローラ「ふふん、私に触れたるなど500年早いのよ」


騎士や衛兵達は一瞬で『金の光』に弾かれ、
そして壁を突き破って吹き飛ばされていく。

彼らの放った魔術は、ローラに到達する直前になぜか霧散し、
彼らの剣や槍も全て届かぬまま粉砕されていった。


そんな中、ローラは指先一つ動かさず彼らなど元からいないかのように、
鼻歌交じりでそのまま流れるように歩を進めていく。


彼女は今、魔女の力を隠そうとはしていなかった。


もう隠す意味が無いのだ。



いや、逆に今はこうしてこちらからわざと目立たたせ、

『天界』に向けて強烈にアピールする必要がある。



ローラ「……」


そう、こうしなければならないのだ。



この状況を切り抜ける為には。



こうやって、完璧な『敵役』に徹しきらなければ。



『イギリスの敵』に―――。

940: 2010/08/08(日) 23:44:39.25 ID:w2mYm2ko
ヴァチカンでの力の行使が、
天界に正体を知られるという事はローラは理解していた。

だが、『かなり鈍い天界』はそうそう即座に行動してこないのも知っていた。

これは彼らの生まれながらの『気質』、
現在に至る成り立ちに起因する、天界内の『複雑な体制』、


そしてジュベレウスの滅亡・魔帝の完全敗北からくる、ここしばらくの『混乱』も影響している。


更に今後に控えている『問題』も。

これらの状況下ではローラの件もどさくさに紛れてしまい、
本格的な『解決』に乗り出すのはいくらか時間がかかったはずだったのだ。


それにジャンヌやセレッサ(ベヨネッタ)のような名の知れた頂点クラスならまだしも、
ローラ程度を最優先するはずもない。


あのヴァチカンで見せた程度では、ローラのかつての身分も判別できないだろうし、
そもそもあの程度の力じゃ『即刻排除すべき脅威』とも見られない。



ローラの件は『保留』となり後回しにされるはずだったのだ。



少なくともこれから始まる戦争が終わり、
ローラの親友であり恩人であるエリザードが退位し隠居するまでは。


ローラがかつてエリザードに誓った、
『あなたが在位している間はイギリスを全力で守り、そして助けとなる』という約束を果たしきるまでは。


そのはずだったのだが―――。

941: 2010/08/08(日) 23:47:26.82 ID:w2mYm2ko
ローラ「…………」


今回の件はそれ『だけ』では済まなかった。


ヴァチカンの後、彼女は再び力を使わざるを得なかった。

天界に注目されていると知りつつも。


学園都市にいるインデックスを守る為に。

その為に、ステイルを『使い魔』として魔女の力で送り込んだ。


そして事態は瞬く間に『悪化』した。


学園都市の件はローラも全く予期していなかった。


更に、遠隔制御霊装の持ち主が『あの点』に気付いていたとは、
さすがのローラも思ってもいなかったのだ。




インデックスの中にある、彼女の『本当の姿』に。

942: 2010/08/08(日) 23:49:59.93 ID:w2mYm2ko
学園都市は、人間界において天界の影響がもっとも少ない場所の一つ。
天界の目は中々届かない。

だが『上』から見えなくても『セフィロトの樹』がある。

対象が接続下ならば、『魂』から直接情報を得ることが出来る。


そしてインデックス。

『御使堕し』にも影響されるとおり、彼女は『セフィロトの樹』としっかり繋がっている。

これもまた、彼女を隠蔽する為のローラの策の一つだったのだが。
今回はそれが仇となった。


『解放』されたインデックスの『別』の、いや『真の力』。


当然、その『魂の情報』は『セフィロトの樹』経由で上に運ばれ。


彼女の正体と、かつての『身分』が暴かれたであろう。


一平卒ではない、『ただの魔女』ではない、
アンブラの『書記官』というかなり高い位にいたということが。

943: 2010/08/08(日) 23:56:06.11 ID:w2mYm2ko
天界は500年前の降臨の際、

アンブラ魔女の幹部・高官・そして名だたる強者を名指しにし、最優先として皆頃しにした。

(唯一その手から逃れ切ったのがジャンヌだ。ベヨネッタはとある特別な理由があって、殺害ではなく『捕縛』対象とされていた)


アンブラの魔女を再興しうるレベルの者達を残さない為にだ。

100人の魔女の部隊よりも、これら一人一人の方が天界にとっては凄まじい脅威だったのだ。

人間の世界で言えば、正に『十億単位の賞金首』クラスだ。


その『リスト』の中に、当時の幼い『書記官』の名もあった。

そして今の今まで当然『排除済み』として記録されていただろう。


今の今まで だ。



その記録は覆された。



つい先ほど、その『書記官』が生きていたことが明かされたのだ。




なんとイギリスの懐で。

944: 2010/08/08(日) 23:59:53.91 ID:w2mYm2ko
最早、天界はローラ達の件を『保留』しようとは思わないだろう。


この件は最優先事項の仲間入りとなるのは確実。

いくらトロい天界でも、『賞金首』を見つけたとなってはかなり早く動いてくるはず。


ローラ「…………」


このままではローラ達に矛先を向けるだけではなく、
『書記官』を匿ったイギリスへ制裁を加えてくる可能性も高い。

天界の支援を失えば、イギリスは魔術的な力を大幅に失う。
カーテナ等の霊装もただのガラクタと化し、騎士や魔術師も天界魔術を使用できなくなる。

ネロの指導の下、魔界魔術をマスターした者もそれなりにいるが、それでも全体の極一部。

魔界魔術のみでまともに戦えるのは10%にも満たないのだ。


そんな状況下でこれから始まる『大乱』を乗り切れるか?


否。


魔術超大国イギリスの名は地に落ち。


滅亡する。

945: 2010/08/09(月) 00:02:39.76 ID:3okE3Kso
そもそも、ヴァチカンのステイルを保護しに行かなければ、
こんなイギリスの危機にはならなかったのか。


いや、それは違う。

ステイルを氏なせていたら、インデックスは敵の手に落ちていた。
ステイルを保護し、学園都市に送らなくとも。


あの場で天界に『身分』を知られなくとも、

『遠隔制御霊装』保持者である神の右席が、
彼女の中の力に気付いていた時点でどうせ同じだ。


どの道『天界』に知られ、神の右席は『魔女の高官を捕らえた』事を称えられ、
そして彼女を匿っていたイギリス清教は敵視される。


どの選択を取っても結果は同じだったのだ。


これは誰の責任でもない。

誰かが判断を誤ったのでもない。


大きな大きな世界の流れが生み出した、逃れ様の無い結果だ。

一つ一つの事象が、誰も予想していなかった未知なること。


それらが組み合わさって導き出す結果を誰が予想できる?


誰も予想できるわけがない。

946: 2010/08/09(月) 00:04:09.53 ID:3okE3Kso
ローラ達が今やるべきなのは、
最小限の犠牲をもって状況を切り抜けること。


天界よりも先に、こちらが行動で『示す』こと。


その方法がこれだ。


ローラとエリザードはこの方法しか思いつかなかった。




エリザードはローラ達を『イギリスの敵』として宣言し。



ローラは『本物のイギリスの敵』となる。



そして天界に証明する。




『イギリスは魔女派ではない』 と。

947: 2010/08/09(月) 00:09:07.77 ID:3okE3Kso

イギリスを守る為に だ。



そして今のところ、その方法は結果を出しつつある。


天界は魔女と戦う『イギリス清教側』を支援している。

騎士や衛兵達も魔術を使い、カーテナの支援を受けている。

イギリスの罪は、この『戦い』で水に流しきれるとはさすがに言えないが、
かなり優しい恩赦を与えられたようだ。


ローラ「……」

ローラは歩み進み、適当に騎士や衛兵をぶっ飛ばしながらふと上を見上げた。


見ているのは『天井』ではない。


天界だ。


『上』では今、『穏健派』である十字教が、
怒り狂っているジュベレウス派をなだめてくれているのだろうか。


500年前と同じく―――。

948: 2010/08/09(月) 00:13:45.67 ID:3okE3Kso
本気になったジュベレウス派はそれこそ、
イギリスごと6000万の人命もろとも地図から消し去りかねない。

500年前、アンブラの都が滅んだ後に行われた魔女の残党狩り、

つまり『魔女狩り』も、

当初はヨーロッパ全土が破壊されかねない規模になるはずだった。


ジュベレウス派は魔女を完全根絶する為に、
億単位の人間をも平気で巻き添えにしようとしたのだ。


これは『聖戦』であり、犠牲とは救われる事を意味している と宣言しながら。


それを懇願して押し留めたのが、十字教の神と天使達だと言われている。


ジュベレウス派の命で、直接人間界を管理してきた十字教。

十字教の神や天使達は直接人間に接する関係上、『情』も移ったのだろう。


そのおかげか、魔女狩りは比較的穏やかなものだった。
人間の巻き添えは最小限に留められた。

その温情による、ツメの甘い追跡のおかげでローラもこうして逃げ延びることが出来たのだ。


まあその点を考えれば、十字教の連中にはある意味感謝できるだろう。



同族を滅ぼされた恨みと怒りの方が万倍億倍も強いが。

949: 2010/08/09(月) 00:16:37.18 ID:3okE3Kso
それにこういう、
十字教の神や天使達のコソコソとした動きがローラは無性に腹が立つ。


人間の氏が嫌ならば、なぜ声を大にしてジュベレウス派に抗議しない?


人間を愛しているのならば、なぜ『本当の意味』で人間側に立たない?


なぜ『本当の意味』で人間を救おうとしない?


なぜ反旗を翻し戦おうとしない?


ジュベレウス派のご機嫌を伺いビクビク怯えやがって。


結局は天界における『保身』が一番大事か? 


『誇り』というものは無いのか? と。


実は『御使堕し』の際、ミーシャ・クロイツェフに直に会い、
その文句を直接言いたかったほどだ。

そんな事をしたら、
己が魔女であると明かしてしまうようなものだから結局は我慢したが。

950: 2010/08/09(月) 00:19:08.51 ID:3okE3Kso

まあ、勝ち目がないから立ち上がらないのもわかっている。

天界の一大派閥である十字教も、
ジュベレウス派には到底敵わないのは自明の理だ。

魔界や人間界の者ならばそれを承知の上で、誇りを胸に立ち向かうだろうが、
天界の者達は基本的に『安寧』を好む。

『不可能』に対して立ち上がる根性などない。


ましてや、ジュベレウス派の『犬』としてもう型に嵌りきっている十字教には。


――――――と、ローラの『文句』はここらで置いておくとして、とりあえず今はイギリスを守れそうだ。


天界はイギリスを見捨てなかったのだ。



まあ、ここからはローラ達にとって新たな『苦難の始まり』でもあるのだが。
いくら十字教でも、『コレ』はさすがになだめきる事ができないだろう。



ジュベレウス派がローラ達に向ける、壮烈な『怒り』と『殺意』は。



かの者達は絶対に容赦しない。



ローラ、インデックス、そしてステイルに対し、
ジュベレウス派は全力で壮絶な追い込みをかけてくるだろう。



ありとあらゆる手段を使って―――だ。

951: 2010/08/09(月) 00:22:02.32 ID:3okE3Kso

ローラ「…………………………む?」

ぼんやりと天井を仰ぎ見ていたら、
いつのまにか目的の扉の前に到着していた。


周囲は静かになっている。

バッキンガムに詰めていた兵達は、無意識の内に大方ぶちのめしたのだろう。

いくらローラの力が不完全とはいえ、腐っても『アンブラの魔女』。
普通の人間では到底相手にならない。



ローラ「……さて……………………行きたるか……」



扉の前でポツリと呟くローラ。

この扉の向こうが『山場』だ。

今こそ親友、エリザードとの誓いを果たす時。


彼女の『退位』の時までイギリスの為に。


そして思いっきり目立ち、『見せ付ける時』だ。


『私はイギリスの敵だ』 と。


全ての思いを内に押し込め『鬼』となる時だ。


イギリスへの愛も。

そして親友への思いも。


『本物のイギリスの敵』となる時だ。

952: 2010/08/09(月) 00:23:51.61 ID:3okE3Kso

ローラは両手で、ゆっくりとその大きな扉を押し開けた。

扉の向こうは薄暗い大きな部屋。



そして扉から10m程奥。

そこに英国女王エリザードが座していた。

質素でありながらも洗練された、美しい木造りの椅子に。

肘掛に肘を突き、頬杖をし。


鋭い矛のような瞳を真っ直ぐにローラに向けながら。

全身から殺意と敵意を溢れ出させ。

だらりと下がっている女王のもう一方の手で、

霊装『カーテナ=セカンド』の柄を握り締め。



『カーテナ=セカンド』。

見た目は長さ80cmほどの両刃の剣。

使用者となる英国王室の者には天使長の力を与え、
その者に仕える騎士達にも天使の力が与えられるという、

イギリスが誇る最大霊装の一つだ。


そんな最終兵器級の霊装が淡く光を放っていた。


天界の『意志』を帯びて。


エリザードがローラに向ける敵意を後押しして。

953: 2010/08/09(月) 00:26:22.49 ID:3okE3Kso

エリザード「……………………来たか」


ローラ「ふふ―――」

その『光』を、その『親友』の顔を見てローラは目を見開き。


ローラ「んふ、んふふんふふふふふふふふふふ―――」


口を大きく横に裂き。



ローラ「さぁさぁ、『退位の時間』でありけるわよ―――」



魔女の証である、その妖しくも艶やかな『金色の髪』をうねらせ。



ローラ「―――『最期』の祈りは済たるか?」





       陛 下 殿
ローラ「Your Majesty」




そして『本物』になる。

これで天界はイギリスを『許す』だろう。
これでイギリスは守られるだろう。


女王エリザードの『退位』をもって。


女王エリザードの『血』をもって。


―――

954: 2010/08/09(月) 00:28:00.25 ID:3okE3Kso
―――

学園都市。
とある病棟の廊下。


ステイル「……………………アンブラの………………魔……女………………だと?」


土御門「……知らないままあの女に従ったのか?」


土御門「布告によればローラ=スチュアートは『アンブラの魔女』。お前はその『使い魔』」


土御門「インデックスは…………お前らと関わりが強いから疑われてるんだろ」


ステイル「…………」


違う。

土御門は知らないだろうが、ステイルは知っている。

ステイルは見た。

ヴァチカンでのあの女達、そしてローラが使った力を。
そしてそれと同じ力をインデックスも使ったのを。


あれは恐らく、いやほぼ確実に『魔女の業』だろう。


つまりインデックス『も』―――。

955: 2010/08/09(月) 00:31:07.81 ID:3okE3Kso
ステイル「……」


土御門「まあ、ともかくだ。お前らは今、イギリス清教の敵だ」


土御門「十字教、天界の敵だ」


ステイル「そうか………………」


土御門「…………」


二人は向かい合ったまま、
無言でお互いの顔を見据えた。


鋭い目で。


睨むように。




ステイル「………………つまり今……君と僕は『敵同士』という訳か」

956: 2010/08/09(月) 00:32:50.32 ID:3okE3Kso
土御門「…………まあ、そうなるな」

そのステイルの地を這うような重い声に、土御門はそっけなく答えた。

無感情に。


ステイル「…………で、どうするつもりだい?命令通り、僕を『排除』するかい?」


土御門「そうするべきだろうな」


ステイル「…………僕を倒せると?」



土御門「いいや。無理だ。だがそれでも従うべきだろ。何せ陛下の命だしな」



土御門「…………っと言いたいところだが……」


とその時。
土御門は急にニヤニヤとし始め。


ステイル「…………?」


土御門「こっちは今な、『個人的理由』で猛烈に忙しいんだぜよ」

957: 2010/08/09(月) 00:38:06.15 ID:3okE3Kso

土御門「いや~、ちょうど『休職届』でも出そうかと思ってたところでな」

土御門「『悪い』が、『向こう』に付き合ってるヒマはないんだぜよ」


頭を掻き、大げさに残念そう仕草をする土御門。


土御門「そういうことでだ。俺はこの命令は『聞いていない』」


ステイル「…………は、はは」


解ける緊張。

ステイルも軽く笑みを浮かべた。


ステイル「そうかそれは『残念』だな。君とも一度『本気』で遊んでみたかったんだが」


土御門「勘弁してくれ。今のお前とは絶対に戯れたくないぜよ」


土御門「……と、そうだ、一つだけ言っておく」


土御門「お前が氏のうが、あの胡散臭い女が氏のうがどうでもいい。だがな―――」




土御門「―――俺の『ダチの女』は絶対に氏なすなよ」




ステイル「……ふん、当たり前だろう」

958: 2010/08/09(月) 00:39:43.73 ID:3okE3Kso
土御門「OK、っつーことでな」


そして土御門は軽くステイルの上腕を叩き。


土御門「お前らの事は何も報告はしない。だがお前らを助けるつもりもない」


ステイル「いや、助けたかったら助けてくれても良いんだが?」


土御門「おおっとその手には乗らねえぜよ。『そっち』には行かないぜ」


ステイル「そうか、それは残念だな。楽しくなりそうなんだが」


土御門「はは、…………ところで一つ聞くが」


ステイル「何だい?」



土御門「ねーちんはどうした?」



ステイル「…………………………………………彼女はもういない」

959: 2010/08/09(月) 00:41:22.08 ID:3okE3Kso

土御門「………………………………そう……………………か」


一瞬だけ。

僅かに一瞬だけ、土御門の表情が濃く翳った。


ステイル「…………」

すぐにまたいつもの『仮面』に戻ったが。

その僅かな表情がステイルの脳裏にはっきりと焼き付けられた。
土御門が一瞬だけ見せた『悲しみ』の顔が。


以前なら、そんな他者の表情など気にも留めなかっただろう。


そんな風にステイルが思っているとは露とも知らず、
土御門はまたいつもの調子で言葉を続けた。


土御門「ま、何せ情報が足らなくてな。イギリスもお前らの件もあって大混乱だしよ」


土御門「そういう事でだ、俺は今からアレイスターの所に行くぜい。お前も一緒にどうだ?」


ステイル「……」

960: 2010/08/09(月) 00:43:09.77 ID:3okE3Kso
そう、ついさっきまでステイルもアレイスターの下へ向かおうとしていた。


己が置かれている状況を知るまでは。

学園都市はイギリスと同盟を結んでいる。


つまり―――。


土御門「あー、それは心配ないと思うぜよ。引渡しはしないと思うぜい」


と、そこでステイルの懸念を察したのか、土御門が先回りして答えた。


ステイル「……そうだといいがな」


土御門「お前はともかくインデックスを今、かみやんがいる時に引き渡すのは色々と問題があるだろ」


土御門「ダンテもここにいるしな。そう波風は立てたくないはずだ」


ステイル「……そうか。では少しは君を信用してみるかな」


土御門「少しはって、今まで信用されてなかったのか俺は」


ステイル「まあな。君も『あの女』と同じくらい胡散臭いからな」


土御門「おおう、そいつは手厳しいぜい」

961: 2010/08/09(月) 00:45:03.66 ID:3okE3Kso
土御門とステイルは並び、そして廊下を進んでいく。


土御門「……それにしてもな、まさか『アンブラの魔女』の伝説も事実だったとはな」


ステイル「『スパーダの伝説』も同じだっただろう?『真実』は『物語』よりも『物語らしい』面がある」

ステイル「僕も実際にフォルトゥナに行って、スパーダの息子と孫に会うまでは信じてなかったしね」


土御門「そう考えると、俺らってかなり『バチ当たり』だぜよ」


ステイル「……どういうことだい?」


土御門「十字教の事だって、俺らは『神の存在を知っているだけ』で、『神を信じてはいない』だろう?」


ステイル「はは、まあ確かに。『力』を利用させてもらっていただけだったな」


ステイル「だがそこは『現実主義』と言って欲しいね」


土御門「……というかな、話はまた戻るが、」


土御門「『アンブラの魔女』が実在してたって事は、その『滅亡の経緯』も実話だった可能性が高いな」

962: 2010/08/09(月) 00:47:01.79 ID:3okE3Kso

ステイル「『神々の軍勢が降臨し、一夜にしてアンブラの都を滅ぼした』……か」


土御門「……最……いや、ローラ=スチュアートの力は直で見たのか?」


ステイル「ああ。恐らく、いや確実にあの女は僕よりも遥かに強い」


ステイル「少なくとも大悪魔上位クラスの力を持ってるだろう」


土御門「……ということは、『神々の軍勢』は……」


土御門「そのレベルの連中がごたまんといた都をたった一日で滅ぼしたってことか」


土御門「ひゃ~、本当に『ご愁傷様』だぜよステイル君」


土御門「んな連中に狙われてるとは」



ステイル「…………さすがにストレートに言われるとかなり堪えるな……」

963: 2010/08/09(月) 00:51:50.37 ID:3okE3Kso

土御門「ま、落ち込むな。何とかなる。せいぜい氏なないように頑張るんだぜい」

ステイル「……君も『こちら』に来ないかい?助けは多い方が良い」

土御門「だからその手には乗らないぜよ。『勧誘』はお断りだにゃ~♪」

ステイル「…………上条が(ry」

土御門「おおう、頼むから巻き込まんでくれ。勘弁してくれい」


ステイル「…………はは」


土御門「……それにしてもな……こう『伝説』や『神話』が真実だったら、色々と夢が広がるぜよ」


ステイル「…………僕は逆に嫌だがな。厄介事が増えるだけだ。『真実の歴史』は知らない方が良い」


土御門「いんやあ、歴史は浪漫だろ。もしかしたら『あの伝説』も実在してるかもな~」


ステイル「……どの伝説だい?」


土御門「『伝説のメイド王国』」


ステイル「…………さて、僕がその『伝説』を知らないだけなのか、それとも君がおかしいのか、一体どちらだろう」


土御門「お前が知らないだけだ。世界は広いんだぜい?」


ステイル「…………君を信じるのはやはりやめておこうかな」


土御門「ステイル君ったら本当に夢が無いにゃ~。つまんない男だぜよ」


―――

971: 2010/08/10(火) 23:44:35.22 ID:rTQks5Qo
―――

窓の無いビル。

赤い液体が満たされた水槽の中、アレイスターは静かに目を瞑っていた。

眠っているわけでは無い。
こう見えて実は脳内はかなり活発に活動している。

彼は今の状況、そして今後の情勢、その中でのプランの位置を確認していたのだ。
これはいつもやっている、言わば日課・癖のようなものだろう。

こうやって常に自分の位置を見定めつつ全体像を把握し、
絶え間なく入ってくる新情報を組み込み、
これから起こりうる様々な事態を予測することが重要なのだ。


絶え間なく入ってくる新情報。

つい数分前、大きな『ソレ』が飛び込んできたばかりだ。


それはイギリスでの騒動。



『元』最大主教、アンブラの魔女ローラ=スチュアートの『反乱』。



ローラ=スチュアートは身分がバレたと知った途端、バッキンガム宮殿に乗り込み、
女王エリザードにかなりの重傷を負わせて逃走したらしい。

973: 2010/08/10(火) 23:48:00.47 ID:rTQks5Qo

これにはさすがのアレイスターも驚いた。

以前からあの女には色々思うことがあったが、まさか本物のアンブラの魔女だったとは。

まあ、それならば天界傘下のイギリスから『国家の敵』・『神の敵』として認定されるのも当然。


同じく『神の敵』として指定されたステイル=マグヌスと禁書目録。

この二名は今、学園都市にいる。


アレイスター「……」


天界からすれば、学園都市が匿っているようにも見えるだろう。
つまり、かの者達の学園都市への怒りは更に倍増されたというわけだ。

そして当然、イギリスもこの二名の引渡しを要請してくるだろう。


だがアレイスターにとって、それに応じる理由は無い。

応じても何も利益が無いのだ。

あの二人がいなくともどの道、天界は学園都市を潰す気だ。
ならば大きな戦力となりうるあの二人を、匿っていた方が良いのは確実では無いか。


敵の敵は味方。


至極当然、単純明快な法則だ。

974: 2010/08/10(火) 23:50:11.79 ID:rTQks5Qo

イギリスの要請を断れば同盟は破棄されるだろうが、それも今や大した問題ではない。

この同盟も対ローマ正教としてパワーバランスを保つ為のものであり、

その人間世界のしがらみなどどうでもいい今の状況下では、
アレイスターにとって気にすることでは無い。

そもそもアレイスターは天界と敵対していたわけなのだから、
どの道イギリス清教とも敵対するのは確実だったのだ。


そして今の状況下では、イギリス清教も脅威では無い。

イギリス清教とローマ正教が手を結んで学園都市に対抗する事も有り得ない。

ヴァチカンの件もあって、彼らの関係はもう修復の余地無しだ。

必ず全面戦争となる。

そうなれば、イギリスも遠く離れた学園都市には構ってはいられないだろう。
何せ海峡を挟んですぐ隣にローマ正教陣営があるのだから。


例え魔術師の刺客を送り込んできたとしても、
『とある理由』で彼らは学園都市内では『ほぼ無力化』される。


アレイスター「…………」


そう、『とある理由』で。


今の学園都市内では、『通常の天界魔術』は使用できないのだ。

975: 2010/08/10(火) 23:51:57.64 ID:rTQks5Qo
学園都市は今、高密度のAIMに覆われている。

この中では、『通常の天界魔術』はまともに起動しない。


これは以前、神の右席『前方のヴェント』が学園都市に襲来した際の、
ヒューズ=カザキリの『完全起動』下での状況と同じだ。


この高濃度のAIM拡散力場が、『通常の天界魔術』を阻害する原理。

それは『セフィロトの樹』に重大な障害が起きる為だ。


基本的に『通常の天界魔術』とは、

『セフィロトの樹』を経由して送り込まれてくる、
人間の為に『調整』された『テレOマ(天使の力)』を動力として、機能する魔術の事を指す。


これが『魔界魔術』や『能力』と最も違う点だ。


『魔界魔術』や『能力』は、力の源から『直接』引っ張ってくる。


だが『天界魔術』は、『セフィロトの樹』という管理システムのワンクッションを置く。


『調整』と『統制』の為に。


『調整』とは、天界の力の法則を規格化し、薄めることだ。


『純の力』だと人間に負荷がかかりすぎるのだ。

976: 2010/08/10(火) 23:56:57.61 ID:rTQks5Qo

『能力』、つまり『封印されし力場』から引き出された力は既に『氏んでいる』。
太古の昔に滅びた、『氏んでいる』存在の残骸だ。

その為、使う際の『拒絶』はほとんど無い。


だが魔界や天界からの力は『生きている』。

『生』として存在している者達の力を引き出すのだ。

当然、胎動し意志を持っている力は、使用者に対し拒否反応を示すこともある。


その部分を削り落とす為にある機能が、『セフィロトの樹』の『調整』だ。
これにより力はかなり弱まるが、それを扱える者の人数を爆発的に増やすことができる。

天界は個々の戦闘能力よりも、数を優先したのだ。

魔界魔術の使い手の数が絶対的に少なく、それでいて個々の戦闘能力が異様に高いのはこの為だ。

(天界魔術の使用者の合計が数百万に達するのに対し、魔界魔術の使用者は数万足らずだ)


そして『統制』。

天界に仇なす者に天界の力を利用されない為の制御機構だ。

『天界の敵』である『能力者』が、
天界魔術を使おうとすると『魂』が蝕まれるもこの働き。


強引に能力者が天界の力を使おうとすると、
『セフィロトの樹』の働きによりその者の『魂』が破壊されてしまうのだ。

977: 2010/08/10(火) 23:59:37.18 ID:rTQks5Qo

この様に、『通常の天界魔術』は『セフィロトの樹』があってこそのもの。


『セフィロトの樹』に障害が起これば、当然それに頼っている魔術にも影響が出る。

調整システムも狂い。

規格外の『純の力』を流し込まれた術式は、まともに動くわけも無く暴走し。

魔術が起動するどころか、使用者自身がその莫大な力によって蝕まれる。


これが、通常の天界魔術が今の学園都市で使えない理由だ。



だが『通常』と冠するだけあって、例外もそれなりに存在する。


『セフィロトの樹を介さない天界魔術』 だ。


例えば、天界と特別なパイプを持つ『聖人』。

彼らは『セフィロトの樹』を介する、既存の天界魔術も使うが、

聖人としての力そのものは、天界から『直』で流れ込んできている『純な力』だ。
リスクもかなりあるが、その分強力な力を行使する事ができる。

もちろん、それを制御している術式も特別なものだ。

つまり『根元の基本的』な構造は、『魔界魔術』や『能力』と良く似ている事になる。

978: 2010/08/11(水) 00:05:22.39 ID:3iWVRjAo


次に『魔神』の称号を持つ者。


一般的に『魔術を極め、神の領域にまで達した者』と言われる者達だ。

具体的にはどうなのかというと、
『セフィロトの樹を介さずに、直で天界から力を引き出す方法を知っている者』だ。

聖人と同じに聞こえるが、聖人は生まれながらにして直で繋がっている『だけ』であり、
その構造を把握しているわけでは無い。


一方で魔神はその構造を把握し、自らその『直のパイプ』を作る事ができる。


つまり聖人は生まれた時から持っている『一本のパイプ』のみであるのに対し、
魔神は複数のパイプを作り、そして状況に応じて使い分けることが出来るのだ。

その為、彼らが行使する力は通常の聖人など遥かに凌駕し、
その気になれば複数の天使から、同時に力を直接授かることも可能だ。


これに該当するのが在りし日のアレイスター自身。

彼はこの道を究めた結果、『セフィロトの樹』の構造と存在意味をも全て暴いてしまったのだ。
人間が決して知ってはならない真実を知ってしまったのだ。



偽装して『セフィロトの樹に繋がっている』と天界に思い込ませ、
のうのうと天界の力を使い捲くっていたローラ=スチュアートもこれに該当する。


言い換えれば、『アンブラの魔女』は魔神と呼べるほどの技量をもった集団だ。

彼女達に対抗しパワーバランスを保つ為に組織されてた、
ジュベレウス派直属の『ルーベンの賢者』も究極の魔神集団と言える。

979: 2010/08/11(水) 00:08:26.93 ID:3iWVRjAo

神の右席『右方のフィアンマ』と禁書目録。

この二名も、今の学園都市の状況には左右されない『例外』だ。


アレイスターの知る限り、禁書目録は魔女ローラ=スチュアートの手がかなり入っている。
それならば『魔神』化してても何ら不思議ではない。

先程の戦いを見るとおり、
AIMの濃度が爆発的に上がった後も、普通に天界魔術を使っていたのがその証拠だ。


そして『右方のフィアンマ』。


『神の右席』は、十字教の四大天使の力を授かっている。

彼らの『セフィロトの樹』は通常のとは違い、
その四大天使の力を効率よく使えるよう、天界の計らいで特別に調整されているものである。

神の右席専用術式を他の者が使えないのもこの為だ。

だが神の右席といえども、『セフィロトの樹』を介して力の行使を行っている以上、
AIM拡散力場による障害は確実に受ける。

前方のヴェントのように。


しかしその神の右席の中でも、『聖なる右』を有する『右方』だけはまた『特別』だ。


『聖なる右』、つまり『竜王の行使の手』の歴史を見るとおり、
その本質ははっきり言って『天界の力』では無い。



根は『能力』と同種の力だ。



つまり、フィアンマはミカエルの『加護』を有する『魔術師』でありながら、
『能力者』でもあるという事だ。

980: 2010/08/11(水) 00:12:02.42 ID:3iWVRjAo

天界の『了解』の下で、『聖なる右』という『能力』を有しているのだ。

『聖なる右』のとある特性上、『セフィロトの樹』とも繋がってもいない為、
高濃度のAIMによる妨害も一切受けない。

当然天界魔術と能力を『併用』し、更に『融合』させても何ら障害は無い。



『右方』とは、唯一人間の中で能力と天界魔術の併用を『許されてる』座なのだ。



アレイスター「…………」


在りし日を思い出す。

あのイギリスの片田舎での激闘を。

そう、『聖なる右』との戦い。

その場にいた他の聖人や魔神とは一線を画す、とんでもない存在だった。

年齢も50程だったろうか、
その力の使い方は今のフィアンマよりも成熟され、かなり練り上げられていた。

当時の『右方』ははっきり言って、先程のフィアンマよりも強かったのだ。


あの時アレイスターは、
一度限りの『切り札』によってようやく相打ちに持ち込むしかなかった。



一度限りの『切り札』によって だ。

981: 2010/08/11(水) 00:15:07.25 ID:3iWVRjAo

幸運な事に、今その切り札を使う必要は無かったようだ。

アレイスター「…………」

というか、あの程度の『聖なる右』ならば、その『切り札』を使うまでも無い。

アレイスターが出る必要なく、現『右方』は敗北した。

木っ端微塵に爆散して だ。


アレイスター「…………」


だが、『氏んだ』と断言するのは早計すぎるのもまた確か。

考えれば考えるほど、懸念すべき部分が浮かび上がってくる。


特に一番の問題点。


それは この高濃度のAIM拡散力場の中心地で、竜王の『行使の手』が霧散した事 だ。


まるで。


『溶け込んで』いくかのように。

982: 2010/08/11(水) 00:16:44.03 ID:3iWVRjAo

だがまあ、そこまで頭を悩ませる心配も無い。

それを考えて一応『防壁』も組み込んでいる。

そして今のところ、その『探査ネット』に引っかかる反応はない。

AIM拡散力場には何ら以上は無い。

これらの結果を見れば、『心配ない』と言えるだろう。


アレイスター「……」


溶け込んでいたとしたら、必ず反応があるはずなのだ。

あれほど巨大な力の塊だ。

隠しきれるはずが無い。


まあ、念には念を入れて、注意しておくに越したことは無いが。


この高濃度の『AIM拡散力場』を、
何度もくまなく調べ上げたほうがいいだろう。


そしてこの高濃度の『AIM拡散力場』の放出主である―――。


―――大事な大事な『要』もだ。


ちなみにその『要』は、以前のヴェント襲撃の際とは違う存在だ。

この『AIM拡散力場』の放出主は『ヒューズ=カザキリ』ではない。




―――先程進化を遂げた『一方通行』だ。



―――

983: 2010/08/11(水) 00:18:16.70 ID:3iWVRjAo
―――


とある病棟。


長い廊下を並んで歩く二人の少女がいた。


黒子と佐天。


佐天「それにしても……相変わらずここは厳重ですね……」


黒子「あまりキョロキョロなさらないでくださいまし」


黒子「それと口うるさいでしょうが、余計な物を見たり、面識がない方とは話さないように」


黒子「絶対にですの。ここはある意味『超法規的』場所ですので」


佐天「ちょー……ほ…箒……?……やだなあ、わかってますって~白井さん」

984: 2010/08/11(水) 00:19:48.14 ID:3iWVRjAo

黒子「……はぁ……」

隣の友人の緊張感の無さに溜息を付く黒子。

佐天がこの状況を理解していないわけでは無いのはわかってるが、
どうにもこの空気は気に入らない。


以前も認識したが、

この友人はナイーブな面もあるが一度吹っ切れると、
とんでもなく図太くなるということを改めて認識させられた。


この友人はネガティブになればとことん堕ちるが、
そこを越えたら今度は馬鹿としか言いようが無いほどにポジティブになるらしい と。

一線を越えた後の順応力は黒子以上だろう。

まあそのくらいないと、
二ヵ月半前の事件の後の黒子のように、精神的に擦り切れてしまうのだろうが。

いわばPTSDの一種だ。


黒子としては、友人がそんな風になる姿は見たく無いので、これはこれでいい事なのだが。

985: 2010/08/11(水) 00:22:46.62 ID:3iWVRjAo

とはいえ。

佐天も決してこの状況を舐めているわけでは無いはわかるが、
彼女も彼女なりに緊張し、事態の重大さを認識しているのもわかるが。

黒子「……少しは顔を引き締めてくださいまし」


それでも一言告げたかった。


黒子「今回の件、『今のところ』は氏者の報告はありませんが負傷者は千人を越えておりますし、」

黒子「住居を失った方は二万人を越えておりますの」


外傷を負った者は極少数だが、大勢の避難途中の市民達が突如意識を失ったのだ。
市民どころか、避難誘導をしていたアンチスキルやジャッジメントまで だ。

事態が終息した後、何事も無く皆意識を取り戻し、大事はないらしいが。

ちなみに黒子はその『強烈な威圧感』に慣れていたため大丈夫だった。

初春は支部で情報統制をしており、現場に出ていなかった為その難は逃れた。


そして氏者の報告も『今のところ』はない というだけ。


これだけの規模なら、必ずいくらかは出ているはずだ。
広大な廃墟の中から遺体を見つけ、確認するまでは少なくとも数日はかかるだろう。

986: 2010/08/11(水) 00:24:34.87 ID:3iWVRjAo


佐天「………………あ………………すみません」


強い口調で現実的な数や被害状況を示され、ようやく佐天も顔を引き締めた。


二人は無言のまま、廊下を進んでいく。

彼女達は御坂に会いに来たのだ。

厳重な身元確認をし立ち入りと面会が許された際、
その黒服の男から『超電磁砲は無傷であり、軽い検査で済む』と聞いたが、

あれ程の規模の戦いに身を投じていたとなれば、やはり心配だ。


と、そうしてL字状の廊下の突き当たりを曲がった時。

廊下の向こうに、その目当ての人物が立っていた。

黒服の男に食いかかるように、何かを話し込みながら。


佐天「あ、いましたよ……元気そうですけど何話してるんでしょ?」


黒子「……行きますわよ」

987: 2010/08/11(水) 00:26:34.38 ID:3iWVRjAo

―――

御坂「もう一度ちゃんと調べて。『海原 光貴』」


「何度も言うが、この病棟にその名の者は入ってない」

手のひらサイズのPDAを操作しながら、小さく肩を竦める黒服の男。


御坂「もしかして私のセキュリティレベルが低いから教えられないっての?」


「いいや。お前の方が俺よりも上だ。少なくとも俺の所にはその者の情報は来てない」


御坂「そう……じゃあそれちょっと貸して。私の方がセキュリティレベル上なんだからいいでしょ」

と、言いながら御坂はPDAを奪い取り。


「お、おい!…………チッ……クソガキが……」


黒服の男のボヤキなど全く聞かずに、自ら操作し調べていく。

だが男の言うとおり、『海原 光貴』の名はどこにも無かった。

一応能力を使ってハックもして、周辺の病院も調べたがそれでも見つからなかった。

まあ代わりに、上条・インデックスと一方通行の病室の位置を特定したので、
収穫ゼロというわけではないが。

988: 2010/08/11(水) 00:29:01.64 ID:3iWVRjAo

御坂「…………本当に無いわね。邪魔して悪かったわ」


溜息混じりに、御坂はPDAを投げつけるように男に返した。


「……おい。お前の面会人だ」

とその時、黒服の男は立ち去ろうと踵を返しながら、顎で御坂の背後を指した。


御坂「へ?」

振り返ると。


黒子「おっっっっ姉さまああああああああああああああああああく、くくくくく黒子はぁあああああああああああ!!!!!!!!」


飛びかかって来ていた後輩が目に入り。


御坂「っっっしゃぁあああああああああ!!!!!!!!!」


黒子「んひぃいいぎぁああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


そして反射的に電撃で打ち落とした。

ついつい反射的に。

ついつい強めに。


黒子はこの時以降、二度と背後から飛びかかろうとはしなくなった。


背後から だが。


―――

989: 2010/08/11(水) 00:30:33.89 ID:3iWVRjAo
次スレ立ててきます。
続きは次スレからで。

990: 2010/08/11(水) 00:33:52.56 ID:HllDkZU0
(`・ω・´)ゞお疲れ様です

991: 2010/08/11(水) 00:48:55.19 ID:qNtqAgA0

993: 2010/08/11(水) 00:51:48.69 ID:3iWVRjAo
うめ


 次回へ続く:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その16】


引用: ダンテ「学園都市か」【MISSION 04】