1: 2023/11/14(火) 22:15:16 ID:O7hdVqEc00
花帆「梢センパイ! 一緒に耳かき音声作りませんか?」

梢「耳かき音声……? ごめんなさい。詳しく教えて貰えるかしら」

花帆「はい! ダミーヘッドマイクを使って耳かき音声を収録するんですよ!」

梢「だ、だみー……?」

花帆「はいっ。今や同人音声界隈ではメインストリームとなるフォーリーサウンドも勿論入れる本格派ですよ!」

梢「???」

花帆「それに、梢センパイのウィスパーボイスはなかなかに需要があると思うんですよね」

梢「……えぇと。正直に言うわね。花帆さんの言っていること、その大半が理解できないのだけれど……」

花帆「えぇっ! 本当ですか!? ASMRとか聞いたことありませんか?」

梢「えーえす……? 緊縛調教とかのことかしら」

花帆「それはエスエム、サドマゾのことですね。ASMRっていうのは……まあ、論より証拠ですね。こちらの動画サイトの音声を聞いてみてください」スチャ

2: 2023/11/14(火) 22:16:20 ID:O7hdVqEc00
梢「イヤホンで聞くのね……ふむ……」

サァ~……(さざなみの音)

カリカリ、カリカリ……(耳かきの音)

ピェーッ、バタバタッ(遠くで聞こえる小鳥の音)

梢「……これは、なんというのかしら。外を歩いていたら聞こえてくる音……? みたいなものしか聞こえないわよ?」

花帆「はいっ。それでいいんです! 言ってみれば環境音ですね。日常的に聞こえてくる音の中でも、心地いいと聞こえてくる音声」

花帆「それをひとまとめにして、安らぎとか穏やかな気持ちになるための音声なんです」

3: 2023/11/14(火) 22:17:11 ID:O7hdVqEc00
梢「なるほど……。確かに、落ち着く音声ではあるわね。これを花帆さんと一緒に作る、ということかしら」

花帆「ご察しの通り、その通りですっ」グッ

梢「けれど……見ての通り私、初心者もいいところよ? 期待に添えるとはとても言い難いわ。それでもいいの?」

花帆「いいんです。あたしが梢センパイと一緒に耳かき音声を作りたい。その気持ちが一番なんです」

梢「……そう。なら、可愛い後輩のためにも一肌脱がなければいけないわね」フフッ

花帆「やったっ! それじゃ、花帆の部屋まで来てくださいっ。必要な機材は全て揃っているので!」グイッ

梢「わわっ。慌てないで花帆さ──」

4: 2023/11/14(火) 22:18:12 ID:O7hdVqEc00
──

梢「お邪魔するわ。あら、見慣れない物があるわね」

花帆「あ、それがダミーヘッドマイクのKU100ですね。ASMRには欠かせない代物です」

梢「へぇ……。人の頭みたいな形状をしているのね。マイクと言っていたけれど、これが録音機材なの?」ツンツン

花帆「ご明察です。両方に着いている耳の部分から集音される仕組み……いわゆる、バイノーラル録音ってやつですね」

梢「ばいの……? 異性愛者のこと?」

花帆「それはバイセクシャルですね。梢センパイとは無関係のものです。バイノーラル。簡単に言えば、立体的に聞こえる録音方法ですね」

花帆「ほら、さっき聞いていた音声。あれって、左右の耳で聞こえ方が違いましたよね?」

梢「えぇ。右耳と左耳で聞こえ方が違って、実際に耳に触れられているような……。あぁ、なるほど。そういうことね」

6: 2023/11/14(火) 22:19:39 ID:O7hdVqEc00
花帆「そういうことです。じゃあ早速、録音開始しましょうっ!」

梢「え? も、もう始めるの?」オロオロ

花帆「はい! 収録スタート! ぽちっ!」

梢「……っ」

花帆「……」

梢「……?」

花帆「……じゃあ梢センパイ。さっき聞いた音声みたく、この耳かきで実践してみてください」

梢「……え。ずいぶん無茶ぶりするのね花帆さん」

花帆「大丈夫です。何か変なところがあれば随時修正するので」

梢「え、えぇ。分かったわ。ふぅ……。耳かきを持って、と……。この、ダミーヘッドマイクに耳かきを入れればいいのよね……?」

梢「……」カリカリ、カリカリ…

7: 2023/11/14(火) 22:20:41 ID:O7hdVqEc00
花帆「……梢センパイ? 何か言わないと」

梢「え?」

花帆「あたしたちが録るのはただの耳かき音声じゃないです。梢センパイが実際に耳かきをしているような、臨場感たっぷりな耳かき音声なんです」

花帆「なので、誰かを耳かきする気持ちになりつつ、声をかけながら耳かきをしてください」

梢「誰かを……。理解したわ。えぇと……」

梢「お、お疲れ様。今日は疲れたでしょう? だからくつろいで──」

花帆「梢センパイっ!」ドンッ

梢「ひぅっ。と、突然なに花帆さん」ビクッ

8: 2023/11/14(火) 22:21:49 ID:O7hdVqEc00
花帆「耳かき音声は、疲れてなくても聞いていいんです。導入に困ったからって、安易な気持ちでお疲れ様とか言わなくていいんです」

花帆「導入一発目にお疲れ様って言う耳かき音声は愚策中の愚策。下の下です。もっと工夫しなきゃダメですよ」

花帆「ニートだって、失職中のおじさんだって、バックレ中のおばさんだって、聞く権利はあるんです」

花帆「『ああ、今日も何もせずに一日が終わってしまった。こんな時はASMRでも聞いて癒されよう』」

花帆「そんな時に『お疲れ様』なんて言われたらどう思いますか。罪悪感に押し潰されてネットの居場所さえも失われてしまいます!」

花帆「だから……だからっ! ASMRにおいてお疲れ様は禁句中の禁句です!!」

梢「……(ちょっと引いてる)」

梢「ご、ごめんなさい。花帆さんの情熱は痛いほど伝わったわ。けれど、私はビギナー。そうした暗黙知は分からないの」

花帆「じゃあ、シチュエーションを具体的にしましょう。梢センパイの膝の上にはあたしが寝転んでいます」

花帆「あたしに耳かきをするつもりでやってみてください」

9: 2023/11/14(火) 22:22:26 ID:O7hdVqEc00
梢「花帆さんを……。分かったわ。頑張ってみるわね」ゾイッ

梢(花帆さん。この無機質なダミーヘッドマイクは花帆さん……)

梢(触り心地のいい、柔らかく、明るい髪色の花帆さん……)

梢(入部当初とは考えられないほど、熱心にスクールアイドルに取り組む花帆さん……)

梢(頑張っている花帆さん。諦めない花帆さん。そんな花帆さんにかけてあげる言葉と言えば──)

梢「──お疲れ様、花帆さん」

花帆「ストオオオオオオップっ!」

梢「ひぅっ。な、なに花帆さん。折角、花帆さんを降ろせたところだったのに……」ビクビクッ

花帆「いや。だからお疲れさまはだめ、って言いましたよね」

梢「あ」

10: 2023/11/14(火) 22:23:01 ID:O7hdVqEc00
花帆「確かに、あたしを想像して、とは言いましたけど、『花帆さん』と言っちゃだめですよ」

梢「あ」

花帆「ま、大丈夫です。一発目なので、これから徐々に覚えていきましょう。ね?」

梢「……えぇ。奥が深いのね、耳かき音声って」

花帆「お耳の奥はそれほどではないですけどね」

梢「ふふっ。ちょっと上手いわね」

花帆「えへへ。それじゃ、どしどしやっていきましょう!」

11: 2023/11/14(火) 22:23:53 ID:O7hdVqEc00
──

花帆「──今日はここまでにしておきましょうか」

梢「ぐふ……。濃密な……それでいて未知の体験だったわ……」グッタリ

花帆「お疲れ様です。記念と言ってはなんですが、梢センパイのスマホ貸して貰えますか?」

梢「スマホ……? いいけれど……」スッ

花帆「ありがとうございます。よよいのよいっと……はい。これであたしのバイノーラル音声が入りました。寝る前とかに聞くと、熟睡できるかもしれませんよ」

梢「花帆さんの、バイノーラル音声……?」

花帆「はい。こちらのアプリで聞けるので、イヤホンを装着して、ぜひ聞いてください。色々と勉強になると思います」

梢「そう……。花帆さんの……。興味深いわね。早速、寝る前にでも聞いてみるわね」

12: 2023/11/14(火) 22:24:47 ID:O7hdVqEc00
花帆「はい。梢センパイだけに特化した音声なので、病みつきになること間違いなしです」

梢「病みつき……?」

花帆「それと、聞くのは梢センパイだけです。必ず、一人の空間で聞いてください。これを遵守してください」

梢「私だけ? 私以外が聞くとどうなるの?」

花帆「えぇと……。梢センパイだけに特化した音声なので、特に効果がないというか、そんな感じです」

花帆「それに、耳かき音声を人目の多いところで聞くって、なんだか恥ずかしくないですか?」

梢「それは……確かにそうね。一人静かに楽しむものよねきっと」

花帆「そういうことです! それじゃあ、今日はお疲れさまでした!」ペコリ

梢「え、えぇ。お疲れ様……」

ガチャリ

梢「……花帆さんのバイノーラル音声」

梢「眠ることにワクワクするだなんて、初めてね。ふふっ」

34: 2023/11/15(水) 20:32:59 ID:HSbZZ2cM00
──

梢「ふぅ。今日の復習はこれくらいにして寝ましょうか」コキコキ

梢「花帆さんのバイノーラル音声。これを聞くと熟睡できると言うけれど……。毎日頭も体も使い、太陽光も浴びているのだし、そもそも毎日よく寝られているのよね」

梢「それはそうと、花帆さんの言っていたあの言葉……『梢センパイだけに特化した音声』とのことだけれど、どういうことなのかしら」

梢「ま、あれこれ考えても仕方のないことよね。ベッドに入って、灯りを消して……」カチッ

梢「……えぇと、このアプリよね。暗い中液晶を眺めるのは目に良くないのだし、さっさと再生しないと……」ペチペチ

『梢センパイとあたし①仲良しの章』
Track⓪注意事項
Track①花帆と耳かき(右耳)
Track②花帆と耳かき(左耳)
Track③花帆とこそこそおしゃべり
Track④花帆と添い寝
Track⑤花帆の寝息

35: 2023/11/15(水) 20:34:05 ID:HSbZZ2cM00
梢「へぇ……。この界隈に明るくないけれど、本格的ね。でも、①仲良しの章ってことは、他にもあるのかしら」

梢「……探し方が悪いのか、これしか見つからないわね。まあ明日聞けばいいだけの話。早速Track⓪から聞きましょう」

ポチッ

花帆『は~い、梢センパイとあたし①っ、仲良しの章です! あ、ちょっとボリューム抑えて喋らないとだめだよね』

花帆『まず、この音声を聞く前に注意事項があります』

花帆『電車や教室の中、公衆の目があるところでは聞かないでください。また、できるだけリラックスできる環境で聞くことをお勧めします』

梢(そういえば、花帆さんも人目のあるところでは聞かないで、と言っていたわね)

花帆『……はい。準備できましたか? では、あたしの合図と一緒に呼吸していきましょう』

梢(呼吸……? ただ聞くだけじゃないのね)

36: 2023/11/15(水) 20:34:51 ID:HSbZZ2cM00
花帆『はい、吸って~……吐いて~……。吐く息の方が長くしてくださいね』

梢(吸って、吐いて……。吐く息の方が長く……)ス~ハ~…

花帆『はいもう一度~。吸って~、吐いて~』

梢(吸って、吐いて……。あら、なんだか自然と力が抜けて行くわね……)

花帆『これで余計な力は抜けたと思います。そのまま呼吸を続けてもいいですし、自分が楽な呼吸に戻して貰ってもいいです』

花帆『では次。あたしの言葉だけに耳を澄ませてください。あたしの言葉以外、頭には響かせないでください』

梢(花帆さんの、言葉以外耳に……?)

花帆『──ふふっだめですよ梢センパイ』

梢(!? えっ、思考を読まれた!?)

花帆『余計な思考をしちゃだめなんです。あたしの言葉だけ、頭の中で反芻するんです。いいですね?』

梢(……はい、花帆さん)

37: 2023/11/15(水) 20:35:53 ID:HSbZZ2cM00
花帆『ふふっ、別にリアルタイムとかじゃないですよ。ちゃんと録音した音声です。でも、聡明な梢センパイが考えることなんて、あたしにはお見通しです』

花帆『全てあたしに身を任せてくれていいんです。梢センパイは全て、あたしに丸裸にされちゃってるんです』

花帆『全てを知る相手に掌握される、支配されるって……気持ちのいいことなんですよ?』

梢(花帆さんには、全て、お見通し……)

花帆『……ほら、つま先から頭のてっぺんまで、あたしに支配されちゃいました』

梢(花帆さんに、支配……)

花帆『もう、梢センパイは自分の意思では動かせません。動かせないんです。そうですよね?』

梢(……はい)

花帆『あたしの言葉、気持ちいいですよね。頭の中で繰り返し反響して、一言一句が気持ちよく沁み込んでいく』

梢(……気持ちいい。心地いい)

花帆『だから、あたしの言うことはぜんぶほんとのことなんです。ほんとのほんと。梢センパイの中で、ほんとに起こってることなんです』

梢(花帆さんの言うことは、ぜんぶほんと……)

38: 2023/11/15(水) 20:37:04 ID:HSbZZ2cM00
花帆『……じゃあ、頭、からっぽにしてください。何も考えちゃいけません』

梢(……)

花帆『梢センパイの考えることは、穴の大きい網に水を入れるように全てすり抜けて行く』

花帆『でも、あたしの言葉だけが積もっていく。優しく、柔らかく、気持ちよ~く……』

梢(……)

花帆『さあ、ここからはあたしと梢センパイだけの世界です。誰にも邪魔はできない、二人きりで孤独だけど、全てが満たされている空間』

花帆『そこに、落ちていきましょう。ゆっくりと……沈み込んでいきます。あたしと梢センパイだけの場所に』

花帆『ゆっくりと……ずぶずぶと……二人きりの空間に……』

梢(──)

39: 2023/11/15(水) 20:37:36 ID:HSbZZ2cM00
──

花帆「──梢センパイ? どうかしましたか?」ツンツン

梢「……あ、ら。花帆さん……ここは……」キョロキョロ

花帆「ここは田舎のおうちですよ。柔らかい風が吹いて、遠くの方で鳥や虫が鳴いていて心地いいですよね」

梢「……そうね。とても、心地いいわ。花帆さんの膝枕も、すごく居心地がいい……」スリスリ

花帆「えへへ。ありがとうございます。それじゃあ早速、耳かきしていきますね」スチャ

梢「えぇ。お願いね花帆さん」

花帆「よいしょ……。梢センパイのお耳、さわさわしちゃいます。柔らか~い」

梢「ふふ。少しくすぐったいわ」モゾリモゾ

花帆「えへへ。つい。それじゃ、ゆっくり耳かきを入れていきますね~……」

ズズズ…

梢「んん……」ゴソゴソ

40: 2023/11/15(水) 20:38:17 ID:HSbZZ2cM00
花帆「気持ちいいですよね。でも、ちゃんとジッとしておかないと危ないですよ。はい、カリカリ、カリカリ……」

梢「……ん」モゾモゾ

花帆「まだまだ浅いところですよ~。ここからもっと気持ちいいところに進んじゃいます……の前に」

花帆「耳かきのお腹の部分でツボを刺激していきま~す。はい、ぐっぐっ、と……」

梢「あ……。それ、いいわ……」

花帆「うんうん。普段耳の中なんて押しませんからね。でも、あんまり強く押しちゃうと傷ついちゃうのでほどほどに」

梢「うぅ……ん。花帆さん、もっと強くしてもいいのよ……?」

花帆「だめです」

梢「もう……いじわるなんだから」

花帆「梢センパイの身を案じてこそですから。でもほら、次はもっと奥に進んじゃいますよ~」ゴソゴソ

梢「あ……ふ……」

花帆「一緒に頭だって撫でちゃいます。なでなで、なでなで」

梢「そ、れ……すごく、気持ちいいわ……」

41: 2023/11/15(水) 20:38:53 ID:HSbZZ2cM00
花帆「えへへ。気に入ってくれて何よりです。はい、なでなで、カリカリ……」

梢「……」ボォ~…

花帆「あ、瞼重くなってきました? そのまま寝ちゃっても、いいんですよ」ナデナデ

梢「……ここで寝たら、すごく気持ちいいんでしょうね」

花帆「はい。ゆっくり。ゆっくりと落ちていきましょう」

梢「花帆さん……耳かき、はやめていいから……」

花帆「うん? 何ですか?」

梢「あ、頭は撫でたままで、ね……?」

花帆「はい。なでなで。なでなで」

梢「お顔を……見せて……」ソッ

花帆「はい。あなたの花帆は、ここにいますよ」ニコッ

梢「かほ、さん……」クタッ

花帆「……次、いきましょうか。梢センパイ──」

42: 2023/11/15(水) 20:39:43 ID:HSbZZ2cM00
──

花帆「──見てください梢センパイ。紅葉が綺麗ですね」

梢「え……。そ、そうね。えぇと、ここは……」キョロキョロ

花帆「ここは部室です。空が夕陽に焼けて、紅葉が真っ赤に照らされています」

梢「……えぇ。とても、綺麗ね」

花帆「梢センパイと二人きりで見られる……。これって、すごく幸せなことだと思うんです」

梢「幸せ……。確かに、そうね。この広く大きな景色を二人占めできる。それって、すごく贅沢なことなのかも……」

花帆「……あたし、幸せと喜びって、実はちょっと違うんじゃないかって思うんです」

梢「え?」

44: 2023/11/15(水) 20:40:17 ID:HSbZZ2cM00
花帆「なんというか、喜びは感じるもので、幸せは噛みしめるものって思うんです」

花帆「例えば、ライブを大成功に終わらせた時なんてすごく喜びを感じますよね。今までの努力が実を結んだ、って」

梢「えぇ。そうね。下積みが長ければ長いほど、感じる喜びもひとしおよね」

花帆「でも……大成功したことを幸せに思えるのって、こうした何でもない時間だと思うんです」

花帆「外をぼおっと眺めながら、景色が綺麗だなあとか、みんなで紅葉狩りに行きたいなあとか思いながらふと、梢センパイと目が合うんです」

梢「……」

花帆「あ、そういえば、あの日あの時、梢センパイと一緒に歌って踊ったライブ、楽しかったなあって……」

花帆「そう、喜びを感じた過去に思いを馳せて、噛みしめるんです。あたし、ここにいてよかったなあ、楽しかったなあって」

花帆「梢センパイが隣にいて、すごく幸せだなあって……」

梢「何でもない日に、幸せを感じる、ね……。花帆さんの情緒、とても素敵だと思うわ」

花帆「えへへ……」

45: 2023/11/15(水) 20:41:04 ID:HSbZZ2cM00
梢「そう、ね……。今さら口に出すことでも無いけれど……。花帆さん」

花帆「はい、なんですか?」

梢「私とスリーズブーケを組んでくれて、本当にありがとう。あなた以外考えられない、私にとって花帆さんは……かけがえのないよすがよ」

花帆「……嬉しいなあ。あたしもおんなじ気持ちですよ」

梢「そう……えぇ。それなら、私も嬉しいわ」

花帆「でも……でもね梢センパイ」

梢「……?」

花帆「今が楽しければ楽しいほど。嬉しい時が星々のように数多あればあるほど。きっと別れる時は辛いですよね」

梢「それは……そうね」

花帆「でも、今は感じなくてもいいです。これは、『仲良しの章』ですから」

梢「え? それはどういう──」

花帆「仲良しの章は、これで完璧なんです。では、次にいきましょう──」

梢「──え」

49: 2023/11/15(水) 23:30:53 ID:HSbZZ2cM00
花帆「梢センパイ、もう……寝ちゃいましたか……?」

梢「ん……花帆、さん……? ここは……」

花帆「梢センパイのベッドの上ですよ。一緒に添い寝してるんです」

梢「そう……そうだったわね。それで、どうかしたの花帆さん。お花摘みにでも行きたいの?」

花帆「ち、違いますよっ。流石にもう一人で行けますよぉ」

梢「ふふっ。そうよね。ちょっと意地悪だったわね」クスッ

花帆「もお……。ちなみに、用とかは無いです。ただ……起きてるのかな、って。それだけです」

梢「そう……。眠くないの?」

花帆「実は……さっきから欠伸を噛み頃してばかりなんです。えへへ」

50: 2023/11/15(水) 23:31:25 ID:HSbZZ2cM00
梢「それなら睡魔に身を委ねればいいのに……。わざわざ夜更かししても、明日が辛くなるだけよ?」

花帆「それは、そうなんですが……。折角梢センパイと添い寝してるんですよ……? 何事もなく寝るだなんて、ちょっと勿体なくて……」

梢「なるほど、ね。言われてみればそうね。同感よ」

花帆「ですよね、ですよね……っ! あっ、ふぁ~……」

梢「あらあら。大きな欠伸ね。まるでトトロみたいよ」

花帆「あわわ……。あんまり見ないでください……。ふぁあ~……」

梢「……ほら、花帆さん。大丈夫。きっとこれから何度でも、こういう機会は訪れるわ」

花帆「……そう、ですよね。うん。そうに違いないよね」

梢「だから今日は……ね?」モゾモゾ

ギュッ

花帆「あ……。えへへ。梢センパイの手、おっきくてあったかいです」スリスリ

梢「あらもう。ほっぺにスリスリしちゃって……私も恥ずかしいわ」

51: 2023/11/15(水) 23:32:00 ID:HSbZZ2cM00
花帆「ふふん。だってだって、すごくすごく……あったかくて、きもち、よく、て……」

花帆「ほんと、に……ゆきみたいに……はかない、けど……おひさまみたい、に……あったかく、て……」

花帆「……」スゥスゥ…

梢「……両手で包み込んじゃって。可愛いわね。あら、お餅みたいに柔らかいほっぺ」ツンツン

花帆「うぅん……」ギュッ

梢「……」

梢「何か。そう、何か……言わなければならないことがあったように。そう思えるの」

梢「……でも、分からないの。何を言えばいいのか。私が今、何を言いたいのか」

梢「ただ、そう……。眠りに就く寸前、ほんの一歩手前にね、燻るような不安が胸を焦がすの」

梢「……でもきっと、この不安はここでは解消できない。そう、分かるの」

梢「どうしてなのかしらね……」

梢「ここは全て、『ほんと』のことなのに──」

52: 2023/11/15(水) 23:32:35 ID:HSbZZ2cM00
──

パンッ

花帆『……今宵のお楽しみは、ここまでです。よく、眠れましたか? ふふっ。まだ言えませんよね。浅い微睡みとはいえ、まだまだ睡眠の最中』

花帆『ここでのことは、すべてほんと。ほんとのことなんです』

花帆『そう、梢センパイの中では全て、ほんとのことなんです』

花帆『では、今宵の出来事を持ち運びましょう。夢の延長線上である、現実にまで一直線です』

花帆『しゅっしゅぽっぽ。しゅっしゅぽっぽと、汽笛は鳴りやみません』

花帆『現実駅に着くまで、健やかなる夢を。梢センパイ』

花帆『しゅっしゅぽっぽ。しゅっしゅぽっぽ──』

62: 2023/11/22(水) 00:57:26 ID:Z9ADpLuo00
──

ジリリリリ!!

梢「……朝、ね」スクッ

梢「……あら、イヤホン。あぁ、そうだったわ。昨晩は花帆さんのASMRを聞いて、そして……」

梢「……。おかしいわね。音声の内容を何も、覚えていないわ。そんな即効性のある音声だったのかしら」

梢「でも、あれね。凄く、凄く……夢見心地を味わったような……そんな気がする」

梢「ふふ。夢を見ているのだから、夢見心地には相違ないのに、ね」

梢「さて。さっさと歯磨きと洗顔をしないと」サッ

梢「今日はなんだか、いい一日になるような気がするわね」

63: 2023/11/22(水) 00:57:59 ID:Z9ADpLuo00
──

ピコンッ

梢「あら。誰からかしら……。花帆さん」

花帆『良ければ一緒にお昼食べませんか?』

梢「ええ。もちろん。願ったり叶ったりね。えぇと確か、前に慈に教えて貰った音声アシストで……」ポチッ

梢「あ、あら。これってもう音声入って……。あらあら、忙しないわね、全く。えぇと、そうよ、花帆さんに返事をしないと……」オロオロ

📱『それじゃあ中庭に集合でいいかしら』パッ

梢「わ……。流石機械さんね。私の言いたいことを読み取ってくれる。ありがとうね」ナデナデ

花帆『やった! どっちが先に着くか勝負ですね!』

梢「ふふ。花帆さんったら……くすくす」

64: 2023/11/22(水) 00:58:47 ID:Z9ADpLuo00
──

梢「あら。今日は私が一番乗りなのね。珍しいこともあるものだわ」ポスッ

花帆「こ、梢センパイ。こんにちは……。はあ、はあ……」

梢「こんにちは花帆さん。えぇと、大丈夫? やけに息を切らせているけれど……。ほら、早く腰を落ち着けて」ササッ

花帆「あはは……。すみません」ポスリ

梢「ずいぶん汗も掻いてるじゃない。秋……いえ、もう冬だというのに……」フキフキ

花帆「えぇと……。ちょ、ちょっとその辺ランニングしてまして。ほらっ、竜胆祭もオーキャンも終わってエネルギーが有り余ってるんですよ!」

梢「その体力は練習の時に残しておいて貰いたいところね。はい、これで元の可愛い花帆さんに元通りよ」

花帆「えへへ。ありがとうございます梢センパイ。さ、ただちに食しましょう!」パカリ

梢「ええ。いただきます」パン

65: 2023/11/22(水) 00:59:25 ID:Z9ADpLuo00
花帆「もぐもぐ……。購買のお弁当も美味しいなあ。でもやっぱり、さやかちゃんのお弁当には敵わないなあ」

梢「さやかさん、料理上手だものね。部活の事務作業の技量も向上しているし、私も教えを請おうかしら……」モグモグ

花帆「梢センパイは紅茶マイスターじゃないですか。紅茶で勝負すれば負けませんよ!」グッ

梢「紅茶と料理でどう勝負しろと言うのかしら……。あら、花帆さん。今日はそれだけしか食べないの?」

花帆「え。あ、はい。今日はあんまり食欲沸かなくって……。あはは」

梢「……そう言えば、最近はあまりお茶菓子にも手を出していないわよね」

花帆「そ、そうですかね」

梢「先ほどの尋常じゃない汗の量といい……。私に何か、隠し事をしていない?」ジッ…

花帆「……」ピタッ

梢「……何か、あるのね?」

花帆「そ、それは……その、あの」

67: 2023/11/22(水) 00:59:56 ID:Z9ADpLuo00
梢「大丈夫よ。誰にも言ったりしない」

花帆「……」ボソッ

梢「……え?」

花帆「だ、だから……と、です」

梢「ごめんなさい。もう一度言って貰える?」

花帆「だ、だ~か~ら~っ! ダイエットです! ダイエット!!」

梢「!!!」キーン

梢「だ、ダイエット……」

花帆「はい……。食欲の秋って言うじゃないですか。最近、寮の食事以外にも、配信でもそっち系が多くて……つい」

梢「そう言えば……『お正月までお餅きれません!』ってタイトルで餅を暴食する配信をしていたわね」

花帆「あはは……ズバリ、そういうことです」

68: 2023/11/22(水) 01:00:40 ID:Z9ADpLuo00
梢「全く……。自己管理もスクールアイドルが心掛けるべきことの一つなのよ? 口酸っぱく言っているわよね?」

花帆「いやあ、分かってはいるんですが、お餅、待ちきれなくて……えへへ」ポリポリ

梢「もう、今度お食事配信する時は私を呼びなさい?」

花帆「え、何でですか?」

梢「あなたの摂取カ口リーを少しでも減らすために決まってるじゃない」

花帆「ええ! そんなあ……。あ、でも、その時さやかちゃんも呼べば、美味しくて楽しい配信ができそう……」

花帆「あ、でもなあ……そんなに作って貰っても……う~ん」

梢「花帆さん? 何を悩んでいるの? これは提案じゃないわ。決定事項に他ならないの」

梢「期限は花帆さんのここっ!」プニッ

花帆「ひゃうっ!」ビクッ

梢「この贅肉が無くなるまで……っ。って、別に太っていないじゃない」プニプニ

花帆「ちょ、乙女の柔肌を無遠慮に掴まないでください! いくら梢センパイでも激おこぷんぷん丸ですよ!」プンプン!!

梢「ご、ごめんなさいね。少しくらい鬼の面を出さねばと思っていたのだけれど……必要無かったみたいね」

69: 2023/11/22(水) 01:01:23 ID:Z9ADpLuo00
花帆「も~……。まあでも、次何か食べる配信をするときは呼びますね」

梢「……ええ。心待ちにしておくわね」

花帆「ど~しよっかなあ。ハントンライス作ってみた配信とかがいいかなあ。勿論、料理するのはさやかちゃんで──」

梢「……」

70: 2023/11/22(水) 01:02:07 ID:Z9ADpLuo00
──

花帆「さて! 今日は耳かき以外の音声を録っていきますよ!」パンッ

梢「ええ。ご教示お願いね花帆さん」

花帆「はいっ。蓮ノ空スクールアイドルクラブでも、ASMRで知名度アップ、人気を掻っ攫っていきましょう!」

花帆「今求められるのは一つに秀でたアイドルじゃありません! そうっ、マルチタレンツッ! それこそが一番花咲くスクールアイドルの条件! たぶんきっと恐らくメイビー!!」

梢「な、なんだかすごく気合が入ってるわね」

花帆「いずれは梢センパイ一人で録って貰うんですから。今の内に伝授できるものは全てお教えしますよお!」グッ

梢「それが、スクールアイドルクラブ発展の一助になるのなら……ええっ、望むところよ!」グッ

花帆「やる気、気力十分ですね!」

梢「ええ!」

花帆「でも、ASMRと騒々しさは対極の位置にあるので萎びてください。塩をかけられた植物のように」

梢「え、ええ……」シオシオ…

71: 2023/11/22(水) 01:02:58 ID:Z9ADpLuo00
梢「それで……先ほど耳かき以外の音声、と言っていたけれど、何を録音するの?」

花帆「見て貰う方が早いですね。今日はこれです」バッ

梢「これは……蝋燭と、スライム……?」

花帆「はいっ。スライム触りますか? ぐちょぐちょしてて気持ちいいですよ~」グチュグチュ

梢「……」ウズッ

梢「なんだか、童心が蘇るようね……。ああ、でも、スライムを触るのって初めてだったわ……。不思議な感触……」グチュグチュ

梢「あ、なるほど。つまり、このぐちゅぐちゅしてる音を録るってことね」

花帆「半分正解ですね。では、この蝋燭は何に使うと思いますか?」

梢「……蝋燭。誰かに垂らして使うのかしら」

花帆「だからそれは悪徳の栄え的なSMですね」

花帆「実演して見て貰う方が早そうです。折角なのでここから録音しておきますか。ぽちっ」

72: 2023/11/22(水) 01:03:42 ID:Z9ADpLuo00
花帆「まず、底の深い鍋に砕いた蝋燭を入れて溶かします」エチチチチチッボッ!!

梢「ふむふむ」

花帆「焦がさないように溶かしましょう。鍋に直置きじゃなく、もう一つ小さな容器の上で湯煎するように溶かすのがポイントですね」

梢「なんだかバレンタインデーを思い出すわね」

花帆「ほおら、蝋燭が溶けて透明に……。バレンタインデー、かあ」

梢「ええ。要望があれば、何でも作るわ。……花帆さんは特別よ?」

花帆「えへへ……。そうだなあ……。ちょっと……考えておきますね」

花帆「では、はいっ! 蝋燭が溶け終わりました! これを、適当なガラス容器に敷き詰めておいたスライムの上に~かけていきま~す」ドロリドロリ

梢「スライムの上に乗せる……あら、さっきまで透明な蝋だったのに、どんどん白濁りしていくわね」

花帆「まんべんなくかけ終わったら、固まるまで暫しお待ちです」

梢「お待ちね」

花帆「お餅じゃないですよ?」

梢「……なんだかこのスライムがお餅に見えてきたわね」

花帆「食べます?」

梢「食べて欲しいの?」

花帆「いえ、まさか」

梢「困った娘ね」

花帆「えへへ」

73: 2023/11/22(水) 01:04:49 ID:Z9ADpLuo00
~少女談笑中~

花帆「さあて、きちんと固まったかなあ? 触ってみてください梢センパイ。優しくツンツンと」

梢「優しく……つんつん。あらほんと。きちんと固まってるわね。コツコツ言って小気味のいい音ね。もしかして、この音?」

花帆「ふ~ふっふっふ。ちっちっち、ですよ梢センパイ。ここからがパキパキスライムの本領発揮です。次は力を入れて、そのままスライムに手を突っ込んでください」

梢「力を入れて……」

パキパキッグチュグチュッ

梢「わ……わわっ。こ、これ、面白いわっ」

花帆「ですよねですよね! 表面の蝋燭が砕ける感覚っ! その奥のスライムの柔らかい感覚! 感じたことのない新食感ですよね!」

梢「食感では無いけれどっ、とても楽しいわこれっ!」パキパキグチュリグチュ

花帆「この音がまた、ASMRで気持ちのいい音なんですよね。スライムも人気筆頭なコンテンツですけど、色々と応用の効く蝋燭もまた、人気の音なんですよ」

梢「へえ……。こんな世界があるのね……。奥が深いわ」グチュリパキ

74: 2023/11/22(水) 01:05:27 ID:Z9ADpLuo00
花帆「そして最後には……ひとまとめにしたスライムを一気に圧し潰す爽快感!」

梢「ひとまとめにして……お、おお……。これを握りつぶしたらどうなってしまうのかしら」ゾクゾク

梢「い、いくわよ花帆さん」

花帆「はいっ! 力いっぱい握り潰しちゃってくださいっ!」

梢「──やあっ!」

────バキキキキキキキ────

梢「……(頬を朱に染めてる)(恍惚の表情を浮かべてる)(ちょっと涎垂れてる)」

花帆「わあ~……。流石超高校級の握力を持つ梢センパイ……。これじゃあスライムが不定形で物理無効でも効いちゃうよね」

梢「き、気持ち良すぎたわ花帆さん……。も、もう一度やりましょう?」ワンモアプリーズ!

花帆「その前に、ちょっと今録った音声を聞いてみましょう。よよいのよいっと」カタカタ

梢「そ、そうね。本題は音声を収録することだもの。脱線してる場合じゃないわよね」

梢「……でも」チラリ

花帆「収録後、いっぱい遊びましょうね」

梢「!」

75: 2023/11/22(水) 01:06:17 ID:Z9ADpLuo00
花帆「ささ、どうぞ。イヤホンで聞いてみてください」

梢「ええ。ありがとう。さて、どんないい音が……」

『食感ではない(バキ)けれど!』

『奥が深(ヌチュ)いわ』

『なのだけれど! なのだけれど!』

梢「……あれね。殆ど私の声に掻き消されてしまっているわね。それに、気持ちいい音と言えば気持ちいいけれど、それほどでもないような……」

花帆「そう、そうなんですよ梢センパイ」

梢「え……」

花帆「今録った音声はホームビデオの音声を抽出したに過ぎないんです」

梢「ほ、ホームビデオの音声……」

花帆「ASMRはホームビデオではいけません。『聴かせる音声』なんです。どんな風に蝋燭を砕けば耳心地がいいかな。どんな風に握れば気持ちいい音がでるかな。そんな試行錯誤の上に成り立つのがASMRという世界なんですっ!」

梢「聴かせる音声……。確かに、その通りね……。適当にやって出来栄えがいいだなんて出来すぎよね……」

花帆「まあ、ある程度適当にやってもなんだか心地いいな? となるのがバイノーラル録音でもあるんですが」

梢「え、えぇ……」

花帆「でもだからこそ、耳が肥えたASMR中毒者は誤魔化せないんです」

梢「そんな舌が肥えたみたいに……」

76: 2023/11/22(水) 01:07:10 ID:Z9ADpLuo00
花帆「一先ず。初心者の梢センパイが重視すべきことは二つです」

花帆「一つ。環境音と喋り声をできるだけ同時に録音しない」

梢「同時に録音しない……。さっきのスライムで言えば、パキパキさせてる最中は喋らず、一頻り砕いた後に喋るってことね」

花帆「耳かき音声とか炭酸音とか、常時発生してる音声の時はその限りではないんですが、一応そういう意識でお願いします」

花帆「二つ。喋りと環境音の比率は四対六です」

梢「四対六……。ちなみに、何か根拠はあるの?」

花帆「はい。あたしたちが録ろうとしているのは環境音に特化した音声ではなく、喋り声も入った音声です」

花帆「これは、ただ環境音を気持ちよく聴きたい人だけでなく、乙宗梢というスクールアイドルの声を一緒に楽しみたい人向けの音声なんです」

花帆「一応、ASMR音声と銘打たれている以上、喋りが環境音以上になっちゃいけないと思うんですよね。だから喋りが四。環境音が六という比率ってわけです」

梢「なるほど……。何と言うか、普通に論理的な理由ね」

花帆「そりゃあそうですよ。でも、これはあくまでも蓮ノ空好き好きクラブの皆さん向けの音声に限った話です」

梢「ええ。勿論、そういう気持ちで聴いていたけれど……。別の人向けの比率でもあるの?」

花帆「はい。あたし向けです」

梢「あたし、向け……? 花帆さん向け、ってどういうこと? 私が花帆さん専用の音声を収録するの?」

花帆「話が早いですね。全くその通りです。ちなみに比率は喋り七。環境音三です」

77: 2023/11/22(水) 01:07:54 ID:Z9ADpLuo00
梢「え、えぇ……。どうして花帆さん専用の音声を……?」

花帆「どうしてって……。あたしが個人的に欲しいからに決まってるじゃないですか」

梢「あら……一片の曇りなき解答ね」

花帆「だめ、ですか……?」ウルウル

梢「う……」

花帆「欲しいんです。梢センパイの……音声……」ウルウル

梢「うぅ……」

花帆「花帆……欲しいな」ウルウル

梢「──」パキパキパキッ

梢「全く、仕方のない娘ね。何時間でも何十時間でもあなたのために収録してあげるわ」ナデナデ

花帆「やったあ! 梢センパイだ~いすきっ!」ダキッ

梢「現金な娘なんだから……もう」

78: 2023/11/22(水) 01:08:44 ID:Z9ADpLuo00
花帆「えへへ……。あ、そうだ。忘れない内に……梢センパイのスマホ、借りますね」

梢「え? ええ」スッ

花帆「ぽちぽちカタカタっと。はい、次の入れておきました」

梢「次……?」

花帆「はい。昨日入れたのは『あたしと梢センパイ①』でしたが、今日は『あたしと梢センパイ②』です!」

梢「②……。あ、そうだわ。花帆さんに聞こうと思っていたのよ。①とナンバリングがあるから、続く②や③はあるのか、と」

花帆「そうですね。②も③も、それ以降もいっぱいありますよ。でも聞くのは一日に一つだけです」

梢「一日に一つ……。あら、①の音声が消えているわ」

花帆「はい。毎日一つずつ、聞いて欲しいんです。小説を一章区切りでちょっとずつ読んでいくように」

梢「……それはまた、どうしてかしら?」

花帆「ふふっ。秘密です」

花帆「でも、そうですね……。最後まで聞き終わったなら、もしかしたら分かるかもしれませんね」

79: 2023/11/22(水) 01:09:22 ID:Z9ADpLuo00
梢「これは……一種の謎解きのようなものなの?」

花帆「……いえ、そんなことはありませんよ。ただ、寝心地がよくなる入眠音声。それだけです」

梢「……そう」

花帆「あ……もうこんな時間ですか。今日もありがとうございました」

梢「え? あぁ、ほんとね。それじゃあ、またね。花帆さんの期待に応えられるよう、ASMRの勉強、頑張るわ」

花帆「えへへ。期待して待ってます。それじゃあ、また──」

花帆「──あ、待ってください」

梢「どうしたの?」ピタッ

花帆「この前、行きましたよね」

梢「行ったって……どこへ?」

花帆「遠くの方で鳥の声や虫がざわめく田舎に。その一軒家の縁側。そこで梢センパイに膝枕をして耳かき、しましたよね」

梢「──」

梢「ええ。それがどうかしたの?」

花帆「ふふっ。いえ。何でもありません。また今度、膝枕して耳かき、しましょうね」

梢「ええ。また今度お願いするわね」

梢「さあて、帰ったらパキパキスライム三昧よ!」

ルンルンル~ン♪ガチャッ

80: 2023/11/22(水) 01:10:07 ID:Z9ADpLuo00
花帆「……」

花帆「……次はさやかちゃんに聞きに行こうかな。綴理センパイは素直だし心配はいらないとして、慈センパイが以外と鬼門かなあ。結構疑り深そうだし……」

花帆「瑠璃乃ちゃんは……大丈夫だよね。たぶん、五円玉をぷらぷらさせてもかかりそうな気がするし」

花帆「あと、数か月。今はまだ大丈夫だけど、ここから頑張らないとね」

花帆「よし。日野下花帆っ、ふぁいとだよっ!」ムンッ

87: 2023/11/23(木) 00:34:22 ID:jh8WeFjs00
──

花帆『単純接触効果って知ってますか? 簡単に言えば、会う機会が増えれば増えるほどその人への親しみが増すって効果のことです』

花帆『そしてもう一つ、知ってますか。催眠、暗示がかかる条件の一つに、リラックスしている状態っていうのがあるんですよ』

花帆『でも、初対面の人に突然催眠かけるぞ! って言われても困惑しちゃってリラックスなんてとてもできませんよね』

花帆『だからその道のプロの人って、催眠をかける前段階、被施術者をリラックスさせる能力の高い人に適性があると思うんですよ』

花帆『だから、人をリラックスさせる能力に長けた人は、異なる法則性を催眠を通して相手に信じ込ませることができるわけです』

花帆『握り込んだ拳を解けなくなったり。縛り付けられたように椅子から立ち上がれなくなったり』

花帆『いつもなら違和感のある誰かの行動を、納得して受け入れてしまったり。そんなことを信じ込ませることができるわけです』

花帆『そしてあたしは思うんです。単純接触効果のように、繰り返し何度も何度も同じ暗示を掛けられれば、滅多なことでは解けないって』

花帆『あはは。他意はありませんよ。ちょっとした雑談です。ちょっとした、ね』

88: 2023/11/23(木) 00:35:05 ID:jh8WeFjs00
──

花帆「よいしょ、よいしょっと……」ササッ

梢「ふう。今日もいい汗搔いたわね。あ、花帆さん、お疲れ様」ガララ

花帆「お疲れ様です梢センパイ。部室はあっためておきましたよぉ~」ホッカリ

梢「ええ、ありがとう。部活終わりだとはいえ、急激に体を冷やすのは得策じゃないもの」

梢「それで花帆さん。窓際に置いてあるその鉢植え……あなたが置いたの? 綺麗なお花ね」ソッ

花帆「はい。何の花か分かりますか?」

梢「えぇと、なんだったかしら。確か、そう……ラナンキュラス、だったかしら」

花帆「わ。流石梢センパイ。博識ですね。あたしの家、花卉農家なので送って貰ったんです」

梢「へえ……。お花が一輪添えてあるだけで、彩が豊かになるものね」

梢「花帆さんは将来、花卉農家を継ぐつもりなの?」

花帆「どうでしょう……。お花は好きですし、帰省した時は家の手伝いでお世話したこともありますし、できると言えばできるんですが……」

89: 2023/11/23(木) 00:35:37 ID:jh8WeFjs00
梢「ですが、の後には言葉が続くのかしら」

花帆「いえ……まだちょっと、分からないですね。数年後も知れぬ身空ですから」

梢「数年後? それはどういう──」

花帆「あ、いけない。今の言葉は胸の奥深くにでも閉まっておいてください。いいですね」ツン

梢「あ……」

花帆「はい。あたしが梢センパイの額を突いたら、今言った言葉がゆっくりと、奥深くに封印されていきます」

花帆「何重にも鍵を掛けて、絶対に開かないような場所に封印されていきます」

梢「……はい」ボ~…

花帆「はい。おっけーです。ささ、戻ってください」パンッ

梢「は……。えぇと、何の話をしていたのだったかしら……」

花帆「ラナンキュラスの話ですよ」

90: 2023/11/23(木) 00:36:12 ID:jh8WeFjs00
梢「あぁ、そうだったわね……。ちなみに、どうして突然飾ろうと思ったの?」

花帆「そうですね……。今のあたしにできることなんて、部活の事務作業とか、スポーツドリンクの差し入れくらいですから」

花帆「だからせめて、ちょっとでも部室が華やかになって、みんなの気持ちが和らいでくれたらいいなって思ったんです」

梢「そうなの……。ありがとうね、花帆さん」

花帆「はい……。梢センパイには色々迷惑を掛けちゃってすみません。急に地方大会から一人で出場するんですし、一人用の振り付けに直すのって大変ですよね」

梢「大丈夫よ。振り付けの見直しにもなっていい勉強よ」

花帆「そう、ですか……」

梢「ええ」

花帆「……梢センパイにとって、ラブライブ優勝は悲願ですもんね」

梢「ええ」

花帆「えっと、あの……こんなこと、聞くべきじゃないんでしょうけど」

梢「えぇと……何かしら」

花帆「その、あたしがスリーズブーケを抜けるって、本当に納得してるんですか……?」

91: 2023/11/23(木) 00:36:48 ID:jh8WeFjs00
梢「納得って……」

花帆「あはは。愚問でしたね。納得する方向にあたし自ら──」

梢「納得していないに決まってるでしょ?」

花帆「……え」

梢「あなた、一切の事情を話してくれないのだから、納得しているわけないじゃない」

花帆「あ、え……じゃ、じゃあなんで……」

梢「あなたが言ったんじゃない。『日野下花帆がスリーズブーケを抜けることに関して一切気にしないようにする』と」

梢「そして、『日野下花帆の行動に一切の違和感を持たない』と。さらに、『それを受け入れる』と」

梢「でも、納得できない局面に対峙した時、それを受け入れても納得しないことは矛盾しないでしょ?」

梢「理解はしても、納得はできない。でも、私はそれを一切気にせず振舞うことを求められている。だから、今の私があるのよ?」

92: 2023/11/23(木) 00:37:32 ID:jh8WeFjs00
花帆「……そう、ですか。そうですよね。納得できるわけ、ないですよね」

花帆「それじゃあ、ごめんなさい。あたしのすぐ傍に寄ってください」

梢「?」

梢「ええ。来たけれど……」

花帆「あたしが……梢センパイの額を突いたら……」ツン

梢「ええ」

花帆「あたしの行動全てに疑問を持たず、唯々諾々とそれを受け入れ納得……」

花帆「……」

花帆「……いやだ。納得を強制させたら、そうしたら本当に……あたしは梢センパイの中で……」

花帆「……ごめんなさい。何でもありません。肌触りのいいおでこですね」スリスリーズ

梢「そう……なの」

梢「というか、変な花帆さんね。先輩の額を突然小突くだなんて」

花帆「えへへ……。ごめんなさい。魔が差しちゃって」

梢「さて、さっさとスクールアイドルノートを書いてしまいましょう。花帆さん、紅茶を淹れてくれる?」

花帆「承知しましたっ。もう慣れたもんですよ!」ムンッ

梢「ふふっ。頼もしいわね。私の教えた淹れ方がこうして受け継がれていく……きっと、これが連綿と長く続いて伝統になっていくのね」

梢「花帆さんも後輩に、受け継いでくれると嬉しいわ」

花帆「……あはは。そうですね。そうなったら……素敵ですね」

93: 2023/11/23(木) 00:38:09 ID:jh8WeFjs00
──

花帆「う~ん。流石ですね、梢センパイ。あたしの教えたこと、乾いたスポンジみたいにどんどん吸収していっちゃう」

花帆「たった数か月でこれだなんて、これはもう、ASMR免許皆伝ですね」

梢「ふふ。ありがとう花帆さん。きっとそれは、教える花帆さんが上手かったのね」

花帆「そうかなあ。そうだったら嬉しいですね」ダキッ

梢「……えぇと、どうして抱き着かれているのかしら。脈絡が全くないわよね」

花帆「……いや、スポンジみたいに吸収したのなら、ぎゅ~ってすれば水みたいに出て行くかなと思って」

梢「……ぴゅ~」

花帆「わわっ。教えたこと出ちゃった!?」

梢「ふふっ、出ないわよ。まあ、あれね。ここまで習熟が速かったのは時間ができたからね」

梢「地方大会では私だけ勝ち進めなかったのだし、その分よね」

花帆「それは……ごめんなさい。あたし、激しく踊ることも続けて歌うこともできないので……」

梢「大丈夫よ。一切気にしてないもの。これは偏に私の実力。所詮一人じゃあ、これが限界なのよ」

花帆「梢センパイ……」

94: 2023/11/23(木) 00:38:56 ID:jh8WeFjs00
花帆「……っ」グッ

梢「どうしたの? そんな思い詰めた顔をしちゃって」

花帆「……いえ。何でもありません」

梢「あ。そうよ。花帆さんに確認して貰いたいことがあったの」パン

花帆「え。何ですか?」

梢「花帆さんのパソコンが前に壊れたでしょう? だから私のを使って音声を作っていたけれど、音声データは削除するって言っていたじゃない?」

花帆「あ、はい。そうでしたね。そうだそうだ、忘れるところだった……」

梢「これできちんと削除できているかしら」サッ

花帆「えぇと……ふんふん。保存先にしたディレクトリはここ……だよね。ふんふん、大丈夫ですね。ちゃんと削除できてます」

梢「ほっ。よかったわ。見ての通り、機械さんとの相性があまりよくないからちゃんとできているか心配だったのよ」

花帆「大丈夫です。梢センパイもきっと、すぐに仲良くできますよ。来年なんて親友になってるかもしれませんね」

95: 2023/11/23(木) 00:39:32 ID:jh8WeFjs00
梢「ええ。仲良くする努力は続けるつもりよ」フンス

梢「あ、そうよ。仲良くなったと言えば最近自撮りを覚えたのよ」

花帆「え。凄いですね。配信中あらん方向にカメラを向けていた頃とは大違いです。でも、本当ですか?」

梢「む。その顔は信じられないという顔ね。ならほら、花帆さん、こっちに寄って」ダキッ

花帆「ぇあっ、はい」ササッ

梢「カメラ……立ち上げて。真ん中のボタンを押せば……」

パシャッ

梢「ほら、御覧なさい。私にもできたわよ?」

花帆「本当だ……。すごいっ、すごいですよ梢センパイ! これは人類にとってはなんてことない一歩だけど、梢センパイにとっては大きな躍進ですっ!」

梢「どことなくバカにされている気がしないでも無いけれど……」

花帆「ま、まあそれは置いておいて、分かってますよね梢センパイ」

梢「ええ、勿論よ。花帆さんの映った写真、動画の類は全て消去する。パソコンはまだあれだったけれど、スマホなら慣れたものよ」ササット

花帆「そうですか。では一応……ふんふん。うん、ちゃんと消去できてる。これでおっけーです」

96: 2023/11/23(木) 00:40:27 ID:jh8WeFjs00
花帆「……何がトリガーになるか分からないしね」ボソッ

梢「何か言った?」

花帆「いえ。気のせいです」

梢「そう、ならいいのだけれど……」

花帆「これで、心残りはないですね。梢センパイが作ったASMRもあたしのスマホに入ってるし、ちゃんとモノになってよかったあ……」

梢「あ、私の作ったASMR音声。きちんと活用してくれてるの?」

花帆「いえ。もうちょっと後に聞くつもりです。美味しい物は最後に食べるんです」

梢「?」

梢「よく分からないけれど、後で感想を聞かせてね」

花帆「はい。では梢センパイ。スマホを貸してください」

梢「いつものアレね。どうぞ」

花帆「ありがとうございます。これが最後です。最後の、音声です」

梢「あら。最後なの」

花帆「下準備は全部整ったので。よよいのよいっと。はい。入れ終わりました」

梢「ありがとう。最後と聞くと寂しいわね……」

花帆「……ですね。あたしも、寂しいです。でも、いくら寂しくても……この音声、聞き終わったら消してくださいね」ツン

梢「あ……」

97: 2023/11/23(木) 00:41:05 ID:jh8WeFjs00
花帆「念には念を、です。この音声、聞き終わったらちゃんと消すこと。絶対、絶対に消すんですよ?」

梢「……はい」ボ~…

花帆「もう一つ。必ずこの音声を聞くこと。絶対に聞くこと」

梢「……はい」ボ~…

花帆「……うん。これでいい。これでいいんだ。きっと」

梢「ハッ……。えぇと……それじゃあ、今日はこの辺で帰るわね、花帆さん。ASMRの勉強講座、とても楽しかったわ」

梢「そうね……春休みの間にでも、みんなと一緒にASMR動画を作りましょうかね」

花帆「いいですね。そうすれば、今以上に蓮ノ空は伸びて行くと思います」

梢「それじゃあね花帆さん。また明日」

花帆「はい。さようなら。梢センパイ」

ガチャッ

98: 2023/11/23(木) 00:41:40 ID:jh8WeFjs00
花帆「……梢、センパイ」

花帆「……っ」ダッ

花帆「……だめ。だめだよ、あたし」ピタッ

花帆「……」ガクッ

花帆「……ばいばい。梢センパイ」

99: 2023/11/23(木) 00:42:23 ID:jh8WeFjs00
──

梢「さて……今日の復習も終わったのだし、寝ましょうか……」

梢「花帆さんの音声。これが最後だと言うけれど……そもそも、音声作品に終わりなんてあるのかしら」

梢「えぇと、タイトルはっと……」

『梢センパイとあたし⓪別離の章』
Track⓪注意事項
Track①路傍の石

梢「え……。仲良しの章、ではないの? それに、別離ってこれは……。Trackも路傍の石という一つしかないし──」

花帆『もう一つ。必ずこの音声を聞くこと。絶対に聞くこと』

梢「……聞かないと。聞かないと、だめよね」

梢「イヤホンを付けて、リラックスできる体勢になって、消灯、して……」カチッ

梢「おやすみなさい──」

花帆『こんばんは梢センパイ。ではいつも通り、全身から力を抜いて──』

100: 2023/11/23(木) 00:43:11 ID:jh8WeFjs00
──

梢「ここ、は……」キョロキョロ

花帆「こんにちは梢センパイ。部室から眺める夕焼け、綺麗ですよね」ジッ

梢「……ええ、そうね。燃えるようで、でもなんだか切なくて……」

花帆「沈みゆく夕陽は、どうしてこうも心を穏やかに、でもどうしようもなく心を乱します」

花帆「なんでなんでしょうね」

梢「なんでって……」

花帆「きっと、みんな思ってるんですよ。この夕陽、見飽きるほどに見たこの夕陽を、明日も見られる保障はないって」

花帆「今が楽しければ楽しいほど、より顕著だって思います。同じような明日が来て欲しい。でも、今日と全く同じ日が来る保障なんてどこにもない」

花帆「寧ろ、楽しければ楽しいほど、充実していればいるほど、ちょっとずつ同じ今日とはズレていくんです」

花帆「だから無意識的にも気づいてしまう。夕陽を見て、今日と同じ明日を願いながらも、その願いは絶対に叶わないって」

花帆「でも、それでも、思わずにはいられない。また明日さえ、あればいいって」

梢「花帆さん……。どうしたの? 突然。なんだか悟ったようなことを言っているけれど……」

花帆「えへへ。ごめんなさい。あたしには似合いませんよね。こういう……狂言回しみたいなキャラ」

梢「いえ別に、そういうことではないけれど……」

101: 2023/11/23(木) 00:43:57 ID:jh8WeFjs00
花帆「梢センパイには、聞いて欲しかったんです。あたしの気持ち。本当の気持ちを」

梢「本当の、気持ち……?」

花帆「はい。ここは、意識と無意識の狭間で揺れる境目。一番、濃くて強い催眠を掛けられる場所」

花帆「だからちょっとくらい本音を言ったところで、大したダメージになりませんよね」

梢「……分からないわ。花帆さんが何を言っているのか、何も」

花帆「ですよね。ちょっと、独り善がり過ぎました」

花帆「……あたし、迷惑を掛けたくなかったんです」

梢「迷惑……?」

花帆「はい。きっと、病気が再発したって言えば、梢センパイやみんなは動揺する。そうしたら、スクールアイドルにだって身が入らなくなる」

花帆「スリーズブーケ。ラブライブ。それらを病気で失うのは本当に辛かったです。でも、それ以上に辛いのはもっと別のこと」

花帆「大切な人たちが、優しい大切な人たちが、あたしを想ってくれたが故に、スクールアイドルを蔑ろにしてしまうこと」

花帆「みんなの夢を、あたしが潰すこと。それだけは避けたかったんです」

梢「……病気? 再発? スリーズブーケ……?」

102: 2023/11/23(木) 00:44:37 ID:jh8WeFjs00
花帆「はい。梢センパイはもう知っているはずです。あたしの病気が再発したことも。スリーズブーケでなくなったことも」

花帆「ほら、ちょっと封印してる鎖を緩めれば……」ジャラリ

梢「──」

梢「そう、そうよ……っ」ガクッ

梢「花帆さんは病気が再発した……。だから運動も極力控えるようになった……。だから旺盛な食欲も潜めるようになった……。今は入院するまでの期間に過ぎない……」

梢「そして、そして……っ。花帆さんは地方大会を降りて、私が一人で出場した……っ。どうして、どうしてこんなこと……っ」

花帆「どうしてって、あたしがそう脳みそを細工したからですよ。針を差し込んでくちゅくちゅってした感じですかね」

梢「……なんで、どうしてこんなことをっ」

花帆「……みんなを困らせたくなかったんです。あたしのために泣いてほしくない。あたしの無念に共感してしまったら、きっと歩みを止めてしまう」

梢「歩みを止めるだなんて、どうしてそんなことを言える──」

花帆「分かりますよ。あたしは、蓮ノ空スクールアイドルクラブの一員で、スリーズブーケだったんですから」

花帆「もし梢センパイがリタイアしたら、立ち直ることは凄く難しいと思います。心配で心配で練習に身が入らなかったと思います」

花帆「片方が欠けてしまえば、さくらんぼは花束では無くなってしまいますから」

103: 2023/11/23(木) 00:45:18 ID:jh8WeFjs00
梢「そんな、こと……っ。なぜ相談しなかったの!? あなたの背負う苦悩を理解して一緒に歩むことだって──」

花帆「ごめんなさい。いくら梢センパイがここで何を言っても無駄なんです。ここは夢と現実。意識と無意識の狭間。梢センパイが脳内で作り出した世界なんですから」

花帆「何を言っても、喚いても、あたしに届くことはありません。あたしの音声で恣意的に作り上げられた、梢センパイの世界なんですから」

梢「は……?」

梢「ここ、が……私の作った……?」

花帆「あたしも、バカだよね。こんなこと言っても、どうせ梢センパイは忘れちゃう。うぅん。人は忘れることはない」

花帆「できるのはこうして、鎖を何重にも巻いて、記憶を封印することだけ」ジャラリ

梢「何をしているの花帆さん……。いけないことをしているわね……?」

花帆「いけないこと。そうですね。いけないこと、なんでしょう。これは」カチャカチャ

梢「やめなさいっ! 今すぐやめないと──」

花帆「止まってください」ツン

梢「──う──」

花帆「繰り返し繰り返し。何度も何度も。あたしは何重にも催眠を掛けました。現実世界で抗うならまだしも、無意識の一番近くでいくら抵抗をしても無駄なんです」

花帆「梢センパイの体は、あたしに従うように変えられてしまった。それだけが、事実なんです」

梢「か、ほ……さん──」

花帆「さて、封印しておいた記憶はもう一度、きちんと丁寧に、仕舞いますね」

花帆「──施錠」

ガチャ

梢「あ、う、あぁ……」ダラン

104: 2023/11/23(木) 00:45:50 ID:jh8WeFjs00
花帆「さあ、最後の催眠です。梢センパイ。あたしが今から言うこと。それら全て、遵守してください」

梢「は、い……」

花帆「『日野下花帆のことを気にしない』」

梢「日野下花帆のことを……気にしない」

花帆「『日野下花帆のこれまでの行動全て、納得している』」

梢「日野下花帆のこれまでの行動全て、納得している……」

花帆「『日野下花帆へ向けるあらゆる意識は、路傍の石と同じ』」

梢「日野下花帆へ向けるあらゆる意識、は……」

梢「い、しき、は……」

花帆「路傍の石と同じ」

梢「……」

花帆「……」ツン

梢「……っ」

花帆「『日野下花帆へ向けるあらゆる意識は、路傍の石と同じ』」

梢「……日野下花帆へ向けるあらゆる意識は、路傍の石と同じ」

105: 2023/11/23(木) 00:46:30 ID:jh8WeFjs00
花帆「そう、それでいいんです。あたし、日野下花帆はそこらに転がる石ころと同じ。躓かないように軽く意識こそ向けるものの、数瞬後にはあったことさえ忘れる」

花帆「これからの梢センパイ達の未来に、あたしは必要ない。同様の催眠を、さやかちゃん達にも掛けました」

花帆「だから、みんなが熱心に日野下花帆を追うこともない。意識することもなく、記憶の遥か水底に沈んでいくんです」

花帆「深く深く、そこに鎖を巻いて施錠して……」

花帆「これで、これでいいんです。いいんです……」

花帆「……」

花帆「ごめんなさい、梢センパイ。これが我儘だって、自分勝手なことだって分かってます。でもきっと……梢センパイがラブライブで優勝するには、これが最善なんです」

花帆「花帆は……あなたの悲願の、重荷になりたくないんです……」

花帆「きっと、きっと……今すぐには無理でも、きっと……完全に、あたしを意識の外側に追いやることだって可能なはずです」

花帆「そうすれば、あなたはスクールアイドルの活動だけに終始できる」

花帆「そうすれば、きっと……たった一人でも、ラブライブ優勝することができると思います」

花帆「……一人じゃなく、隣にあたしの知らない誰かと一緒でも、きっと……」

花帆「梢センパイにならできるってあたし、信じてますから」

花帆「絶対。絶対に──」

106: 2023/11/23(木) 00:47:06 ID:jh8WeFjs00
──

梢「終業式も終わった、わね。光陰矢の如し、とはこのことよね」

さやか「そうですね。昨日まで一年生だったようです」

綴理「?」

綴理「さや、まだ一年生だよ?」

さやか「え? ああ、確かに。春休みまでは一年生ですよね。綴理先輩って時折、穿った意見を言いますよね」

慈「うんうん。ズバッと事の真相を突くようなこと言うから怖いんだよね~」

綴理「ズバッと……。包丁みたいな感じってことだね。よく切れるよ、ボク。るり、試してみる?」

瑠璃乃「えぇっ、ルリ、今から切られちゃうんですかっ。勘弁してください!」

綴理「ふふふ……」

梢「こら綴理。ふざけすぎよ」グイッ

綴理「あわわ~」

瑠璃乃「梢先輩、マジ助かりましたっす……」

梢「ふふ。いいのよ」

さやか「ささ、皆さん。部室に到着しましたよ。梢センパイもふざけてないで、意識を切り替えましょう」

梢「遊んでいたわけではないのだけれど……まあいいわ」

107: 2023/11/23(木) 00:47:45 ID:jh8WeFjs00
梢「さてみんな。今年度はDOLLCHESTRAとみらくらぱーく! が地方大会へ進出したわ。昨年度を考えれば大きな躍進よね」

梢「けれど、ラブライブ優勝までは手が届かなかった。手が届くまで恐らくもう一歩。果てしなく遠い小さな一歩だろうけれど、この一歩を、来年度は詰めるわよ!」

梢「ラブライブ優勝。必ずこの悲願を成し遂げましょう!」グッ

さやか「はいっ」

瑠璃乃「りょーかいっす!」ビシッ

綴理「うんっ」

慈「当然っ!」

梢「みんなの気力。十分なようね。それじゃあ今日も、練習頑張っていきましょうっ!」

綴理「よしさや。行こう。カジキマグロのように」

さやか「はいっ。カジキマグロのように行きましょう!」

慈「るりちゃん、回復用のぼっちハウスは持ったね?」

瑠璃乃「いつでも準備おっけーっ!」

梢「……ふふ。この調子なら本当に、ラブライブ優勝も夢じゃないわね」

梢「私も負けないよう頑張らないと。って、あら」

梢「この鉢植え……いつからあったのだったかしら……。確か花の名前は……」

108: 2023/11/23(木) 00:48:19 ID:jh8WeFjs00
梢「……ラナンキュラス」

梢「もう……枯れ落ちてしまっているわね」

121: 2023/11/24(金) 23:27:22 ID:4tOXutKo00
──

看護師「日野下さん。体調はどうですか?」

花帆「あ、大丈夫です。薬のせいでちょっとぼ~っとするくらいで。後は元気いっぱいですっ」

看護師「そうですか。食事も残さず食べているようで安心です。何か気付いたことがあればナースコールしてくださいね」

看護師「たまに、自分は大丈夫だ、って思いこんでギリギリまでナースコールしない患者さんもいらっしゃいますので」

花帆「あはは……。その点は大丈夫です。自分の体は自分が一番分かっていますし、何より慣れているので」

看護師「え……。あ、なるほど。えぇと、それでは失礼しますね」

花帆「はい。引き続きお仕事頑張ってくださいっ」グッ

看護師「……」ペコッ

花帆「……はあ。あたしってば余計な一言言っちゃって……。八つ当たりだよ、全く」

花帆「早く受け入れないとなあ……」

122: 2023/11/24(金) 23:27:59 ID:4tOXutKo00
ふたば・みのり「お姉ちゃ~んっ」バッ

花帆「あ、ふたばにみのり。今日も来てくれたんだ」スクッ

ふたば「あぁっ、お姉ちゃんは寝てたまんまでいいんだよ?」

みのり「うん。体に障っちゃうよ」

花帆「大丈夫だって。薬は飲んでるし、すぐにどうこうなるわけじゃないよ」

ふたば「そうは言っても……ねえ?」

みのり「うん……」シュン

花帆「お姉ちゃんを心配してくれるのは嬉しいけど、二人に似合わないよっ、そんな顔!」ムニッ

ふたば「わっ、えへへ。うんっ、だよね!」

みのり「あ、そうだ。みのり今日ね、学校でね?」

ふたば「ちょっとみのり! ふたばが先に話すって言ってたのにっ」

みのり「早いもの勝ちだもんっ!」

花帆「ああっもうっ、病院では静かにしなきゃだめでしょ!!」

ふたば・みのり「ご、ごめんなさいお姉ちゃん……」

花帆「ならよろしい。じゃあ、二人から聞きたいな。学校でのこと。お姉ちゃんに教えて」

ふたば・みのり「うんっ!」

123: 2023/11/24(金) 23:28:39 ID:4tOXutKo00
………………

花帆「へえ。体育の時間で創作ダンスをしたんだ」

ふたば「うんっ。でも、難しいねダンスって」

みのり「うんうん。見ている分には簡単そうなのに、自分でやってみると上手くいかないんだよねえ」

花帆「そっかあ。そうだよね。あたしも振り付けの覚えがいい方じゃないしなあ……」ムムッ

ふたば「そうなの?」

花帆「そーそー。挫けそうになったことなんて手足の指でも足りないくらいだよ」

みのり「へえ~。じゃあどうして頑張れたの?」

花帆「どうしてってそんなの……」

梢『大丈夫よ花帆さん。ちゃんとよくなってる。だから、どんどんチャレンジしましょう?』

花帆「……あはは。教えてくれる人が優秀だったからね」ポリポリ

みのり「それって、前言ってた梢センパイって人?」

124: 2023/11/24(金) 23:29:40 ID:4tOXutKo00
花帆「あ、うん……」

みのり「ふぅん……。あ、確か……今も配信してるはず……」スッ

花帆「え……」ビクッ

みのり「ちょっと待っててね。今取り出すから──」

花帆「やめてっ」

みのり「えっ」ビクッ

花帆「……ごめんね。でも、今はそういう気分じゃないの」

ふたば「……みのり。お姉ちゃんのこと考えなよ」

みのり「だ、だってお姉ちゃん……入院してからずっと元気ないって言うか、無理してるように見えるから……。ちょっとでも元気になって欲しいし……」

ふたば「それはふたばも同じ気持ち。でも、でもさ、だめだよ……」

みのり「……」

花帆「ごめんね、みのり。みのりの気持ちはお姉ちゃん嬉しいよ。でも、まだ心の整理が付けられなくて、ね?」

みのり「お姉ちゃん……みのり、みのりね……?」

花帆「うん。なに?」

みのり「……お姉ちゃんの歌って踊ってるところ、大好きだよ」

125: 2023/11/24(金) 23:30:19 ID:4tOXutKo00
ふたば「みのりっ」

みのり「ねえ、だからさ……病気が治ったら、元に戻るんだよね……?」

花帆「……っ」

みのり「蓮ノ空のスクールアイドルクラブに戻って、その梢センパイって人と一緒に──」

花帆母「──みのりちゃん」

みのり「……っ。お、お母さん」ビクッ

花帆「お母さん、も……来てたんだ」

花帆母「うん。まあね。ふたばちゃん、みのりちゃん。二人には夕食の買い出しを命じます。はい、これ」スッ

みのり「え。でももっとお姉ちゃんと……」

ふたば「みのり、行くよ。夕食抜きなんてふたば嫌だからね」グイッ

みのり「うん……」テテテッ

花帆母「花帆ちゃん、調子はどう?」ストッ

花帆「……看護師さんに言った通りだよ」プイッ

花帆母「あら。手厳しい」

花帆「今は、ちょっと虫さんの居所が悪いのです」プイッ

126: 2023/11/24(金) 23:31:09 ID:4tOXutKo00
花帆母「そう。なら、ナデナデしてて機嫌を直さないとね」ナデナデ

花帆「ちょ、ちょっとお母さんっ。花帆はもう子供じゃないしっ」

花帆母「……みのりちゃんもね、悪気があったわけじゃない。それは花帆ちゃんも分かってるでしょ?」

花帆「それは……うん。当然だよ」

花帆母「二人共、花帆ちゃんが楽しそうに歌って踊ってる姿が本当に大好きだったから、余計に不安なのよ」

花帆「……」

花帆母「それは勿論。お母さんも同じ」

花帆「……っ」グッ

花帆母「お医者さんから言われてると思うけど、お母さんは花帆ちゃんの選択を尊重するからね」

花帆「……選択って、手術のこと?」

花帆母「うん。再発しないよう、元を絶つ……いわゆる根治治療というもの。でも……」

花帆「分かってるよ。リスクがあるんでしょ? 失敗すれば、今よりも悪くなるかもしれない。成功率は五分五分……50%だって」

花帆「今よりいい薬が開発されればそんなリスクを負わなくてもいいかもしれない。だから、手術はリスクでしかないって。ちゃんと……理解してるよ」

花帆母「うん。でも、花帆ちゃんにとっては今がきっと大事な時期だってことは、さっきのやり取りでよく分かるの」

花帆母「だからお母さん。最大限花帆ちゃんの意思を尊重して──」

花帆「いい。大丈夫。あたし、手術は受けないよ」

127: 2023/11/24(金) 23:31:48 ID:4tOXutKo00
花帆母「そんな自棄になった言い方……」

花帆「だって、成功してもリハビリしなきゃいけないし、そこからラブライブにまで間に合わせるなんて血の滲むような……うぅん、それこそ出血を伴う努力をしなきゃきっと無理」

花帆「そんなこと、梢センパイはきっと望んでない。あの人には……あたしって枷が無いまま、自由に頑張って貰いたい」

花帆「貰いたい、の……」グググッ…

花帆母「花帆ちゃん……」

花帆「それに、お母さんはあたしの意思を尊重するって言ってるけど、お母さんはどうなの?」

花帆母「え……?」

花帆「お母さんの本音を聞かせて欲しい。あたしだけに言わせて、お母さんは言わないって言うのは無しだよ」

花帆母「……」

花帆母「……本音はね、手術を受けて欲しくないわ。だって、薬を服用さえすれば、ゆっくりだけど確実に治っていくんでしょ……?」

花帆母「今よりも苦しくなって、辛くなる花帆ちゃんを見たくない。花帆ちゃんにはね、幸せになって欲しいの」

花帆「……うん。お母さんの気持ち、嬉しいよ。ありがとね」

花帆母「……お母さんは、花帆ちゃんの味方だからね。手術を受けたいなら、ちゃんと言うのよ?」ダキッ

花帆「……うん。分かった。ちゃんとお母さんに相談する」ギュッ

128: 2023/11/24(金) 23:32:50 ID:4tOXutKo00
………………

花帆「お母さんもふたばもみのりも帰っちゃった」

花帆「……静かだなあ。病院で個室ってプライベート的にはいいけど、その分ちょっと怖いよね」

花帆「でも、周りがうるさかったら安心して聞けないもんね」スッ

花帆「梢センパイから貰ったASMR音声。たとえ二度と隣で踊れなくても、やっぱり……梢センパイは特別だよ」

花帆「梢センパイを近くで感じたい。梢センパイの温もりを忘れたくない。きっとこれから何度も何度も、聞くことになるんだろうなあ」

花帆「ベッドを下げてっと……。よし、どんな感じになってるかな……」ポチッ

梢『こんにちは、花帆さん。私、乙宗梢よ』

花帆(うんうん。最初は自己紹介。名前を言っておくのがベストだよね。途中で『あれ、この人って名前なんだっけ』って気が散る要因になりかねないからね)

花帆(まあ、この音声は日野下花帆一人にしか向けられていないから関係ないんだけど……)

カナカナカナ…リ~ンリ~ン…

花帆(舞台は秋、かな。遠くの方で聞こえる虫の声が邪魔にならない程度でいいね)

129: 2023/11/24(金) 23:33:33 ID:4tOXutKo00
梢『綴理やみんなは出掛けていることだし、部室を二人占めできるわね。静かで耳かきにうってつけよね』

梢『でも……六人の空間に慣れてしまうと、少しあの喧騒が恋しくなってしまう。ままならないものね、人の心というものは』

花帆(う~ん。秋っていう季節に合わせたちょっと切なげな語り口。上手いなあ)

梢『それじゃあ花帆さん。私の膝に頭を預けて。ふふっ、大丈夫。重くなんてないわ。寧ろ心地よい重さよ』

サワサワ…

梢『花帆さんの髪の毛……。いつまでも触っていたくなる感触よね。今度髪を切る時は私を呼んで欲しいわ』

花帆(……髪切りに付き合ってどうするんだろう。もしかして……いや、まさかね)ブルリ

梢『頭を撫でていたいのはやまやまだけれど、いつまでもこうしてるわけにもいかないわよね。そろそろ耳かきに移りましょうか』

花帆(う~ん……。ここまで、評価は高い。耳かきを取る仕草とか、頭を撫でている時の音とか、全部音量バランスが適正だ)

花帆(これなら、特に注意して聞くこともないよね。後は流されるまま──)

梢『それにしても、秋も深まって冬も間近。今が一番練習しやすい時期よね』

梢『そんな中でも、花帆さんはよく頑張っているわ。辛い練習によく耐えてる』

梢『──お疲れ様』

花帆(……)ピタッ

130: 2023/11/24(金) 23:34:07 ID:4tOXutKo00
花帆「……だめだって、言ったじゃん」ポチッ

花帆「……梢センパイ。だから言ったじゃないですか。お疲れ様って言っちゃだめだって」

花帆「あんなに言ったのについ言っちゃうだなんて、仕方がない人だなあ、全く……あはは」

花帆「今の花帆は、何もしていませんよ……。病院のベッドの上で、薬を飲んでご飯を食べているだけです」

花帆「何も、何も……。頑張ってなんていないんです……。なのに、お疲れ様なんて……」

花帆「惨めになるだけじゃないですか……っ。あたしはっ、あなたにっ……お疲れ様なんて言って貰える資格がないっ」

花帆「うっ、うぅ……うあああああああああ……」ボロボロ

花帆「ほんと、ほんとに……ぐすっ、惨めだ、あたし……」ボロボロ

131: 2023/11/24(金) 23:34:48 ID:4tOXutKo00
──

さやか「あ。ラナンキュラスの花茎、切ったんですね」

梢「ええ。もうしぼんでしまっているもの」

さやか「そうですね。それで梢先輩。今日、スクールアイドルクラブで新たな試みをするとのことでしたが何をするんですか?」

梢「ふふふ……。聞いて驚きなさい。見て驚きなさい」

綴理「もしかしてあれ?」

梢「あら綴理。見当がついているの?」

綴理「うん。結婚でもするの?」

さやか「えええええええええええ!!」

綴理「スクールアイドル、新たな試みって言うから。そうなると結婚かスカイツリーを切り倒すくらいしかない」

さやか「選択肢が極端に狭すぎますっ!」

梢「頭が痛くなってくるわね」フゥ…

132: 2023/11/24(金) 23:35:23 ID:4tOXutKo00
瑠璃乃「んで、何するんですか?」

梢「ええ。蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブでASMR音声作品を作ります」

瑠璃乃「ASMR!?」

梢「ええ。ASMR音声作品よ」

慈「それって、『ええ』と『ASMR』を掛け──」

梢「……」ボコッ

慈「いった~いっ! 暴力はんた~いっ!」

梢「少し突っ込んだだけじゃない」

慈「あんたのツッコミは逆水平チョップなんだけど?」

瑠璃乃「ASMRってなんすか?」

綴理「安藤さやか、もやしリラックスの略だね」

さやか「安藤さやかって誰ですか」

梢「簡単に言えば、海のさざなみの音、耳かきの音、炭酸音など、聞いていてなんだか気持ちのいい音声のことね」

瑠璃乃「ほ~。それをルリたちで作ると。じゃあ今から海にゴートゥーヘルっすか?」

梢「いえ。耳かき音声を作る予定よ」

慈「ふぅん。まあいいけど。今流行ってるしね。癒しのスクールアイドル藤島慈って肩書きも悪くないし」

梢「ええ。卑しのスクールアイドル、藤島慈。それもいいわね」

慈「なんか違くない?」

133: 2023/11/24(金) 23:36:03 ID:4tOXutKo00
さやか「しかし、ASMRというと色々な機材が必要ですよね。部費で賄えるんですか?」

梢「ええ。私の部屋にバイノーラル録音用のマイクがあるわ。よいしょっと。ほら、これがそうよ」ドンッ

綴理「おお。生首」ツンツン

慈「本格的な奴じゃん。どうしたのこれ」

梢「どうしたのって、■■さんが──」

ビリッ

梢「うっ……。譲り、受けたのよ」

慈「へえ……。ってこれマジか! KU100じゃん! めえOちゃ高いやつだよこれ!」

梢「え。そうなの?」

慈「マジもマジだよっ。動画編集かじってると、ガジェットにも自然と詳しくなるもんなの! マジかマジかマジかあ……」ジロジロ

綴理「うん。めぐが喜んでるってことはいいものに違いない」

綴理「ねえこず。そもそも、どうしてASMRなのさ。普通に配信じゃだめなの?」キョトン

134: 2023/11/24(金) 23:36:40 ID:4tOXutKo00
梢「なんでって……」

ザザッザザッ…

梢『そうね……春休みの間にでも、みんなと一緒にASMR動画を作りましょうかね』

■■『いいですね。そうすれば、今以上に蓮ノ空は伸びて行くと思います』

梢『それじゃあね■■さん。また明日』

■■『はい。さようなら。■■■■■』

ザザザザッ

梢「あっ、ぐうっ……」ヨロッ

さやか「梢先輩……? 大丈夫ですか?」

梢「ええ……平気よ。大丈夫。最近……なんだかよくあるのよ」

さやか「……もしかして。立ち眩みとか、頭痛ですか?」

梢「え? どうして分かるの?」

さやか「実はわたしも最近……二月の後半あたりからずっとで……」

梢「二月の後半……。症状が発生した時期も私と重なるわね。でも……」

135: 2023/11/24(金) 23:37:20 ID:4tOXutKo00
さやか「はい、そうなんです。症状が出た当初は今よりもっと重かったんですが、時を経るごとに軽くなってるんです」

梢「ええ。そこも私と同じだわ。念のため病院に行ったけれど、急激な気温の変化、それに伴う気圧の上下と診断されたわ。実際はどうなのか分からないけれど……」

さやか「そうですよね。何と言うか、普通の片頭痛とは違くて……」

さやか「まるで、そう……頭の中で何かが叫んでいるような感覚なんです」

梢「何かが、叫ぶ……」

さやか「何か、何かを訴えかけてるんです。わたしの中の何かが。何を叫んでいるのかは分かりませんが、必氏に何かを……」

梢「……」

瑠璃乃「それ……ルリもかも……」ボソッ

慈「え。るりちゃんも? 実は私もなんだよね」

綴理「右に同じだ」

さやか「ふむ……。皆さん同様の症状を抱えている、と」

さやか「けれど、病院に行っても季節のもの、としか診断されていない以上、講じる策はありませんよね」

瑠璃乃「病院のせんせーが言ってたんなら仕方なくね、ってルリ思う。故にルリあり」

136: 2023/11/24(金) 23:37:56 ID:4tOXutKo00
綴理「あれかもしれない」

慈「……あれって? もしかしておねむ?」

綴理「違う。ボクなんなの。そうじゃなくて、心の問題かもしれない」

梢「心……」

綴理「心に何かある時、体もあんまり調子でない。嫌な気持ちの時のご飯は美味しくない」

綴理「だからみんな。今日はよく食べてよく寝るといいってボクは思う。後は気分転換に掃除とか」

さやか「……まあ、不信感が募ってしまえば上手く体が動かないのも事実ですし、今日は解散でいいのかと」

瑠璃乃「ええーっ。安藤さやかせんせーっ! ASMRしないんですかあっ」

さやか「村野さやかですっ!!」

梢「……」

梢「……ええ、そうね。みんな、何か分かれば連絡をちょうだい。集団的に同一の症状ということは、何かあるに違いないわ」

慈「分かった。めぐちゃんもちょっと心当たりがないか調べてみるよ」

梢「お願いね。それじゃあ残念だけれど、今日はこの辺でお開きにするわ」

瑠璃乃「うぅ……。安藤さやか先生……。また会いに来るよ……」スリスリ

さやか「その生首が安藤さやかなんですか!?」

137: 2023/11/24(金) 23:38:55 ID:4tOXutKo00
──

梢「……はあ。自室に戻ってきたけれど……どうしましょう」

梢「それにしても、この録音機材……KU100と言ったかしら。そんな高価な物、どこで……」

ビリリッ

梢「あっ、くふうっ……。い、いえ別に、どうでもいいことよね。些末な問題……」

『──!!──』

梢「……些末な問題。そうに決まっているのに、どうしてこうも胸がざわめくの……?」

梢「心の問題、と綴理は言っていたけれど……。それが本当ならどうすれば……。まさか心臓を取り出してどうこうするわけにもいかないし……」

梢「ああ……だめね。考えすぎて逆によく分からなくなってる。こういう時は掃除をしましょう。考えすぎてよく分からない時はそうするのが一番ね」

梢「……と、掃除と言えば、確かパソコンも定期的に掃除が必要なのよね。容量を圧迫してるファイルを消すとかで……」

梢「でも、最近ファイルを大量に削除したのだし、容量を圧迫なんてそんなことは……」カチカチッ

梢「……大量に、何を削除したのだったかしら。そう、そうよ、音声データよ。失敗して没になったデータとか……」

138: 2023/11/24(金) 23:39:30 ID:4tOXutKo00
ビリッ

『──────……っ──────』

梢「あっぐう……。何なの、本当に……っ。でも、どんどん弱くなっている気がするわね」クタッ

梢「もう少し時間が経てば、この頭痛も治まってくれるのかしら……ってあら? おかしいわね」

梢「余計なデータは入っていないはずなのに、思ったより容量に余裕が無いわ。今すぐどうこうってわけじゃないけれど……。少し、調べてみましょうか」

~……少女ブラウジング中……~

梢「……えっ。データって削除してもゴミ箱ってところを空にしないと完全には消せないの? Shift+Deleteキーで完全削除できる、と……。へえ、そういう機能が付いているのね」

梢「じゃあゴミ箱をっと……ああ、これね。ここに……。あら本当。前に消した音声データがあるわ。これを消さないことには整理したことにならないのね」

梢「上限を越えれば勝手に削除されるらしいけれど、なんだか落ち着かないもの。今消してしまいましょう」スッ

梢「……」ピタッ

梢「……でも、なぜかしら。消してはいけないような、そんな気がする」

梢「……ゴミ箱に入っても復元って操作をすれば元に戻るのよね。なら、少しくらい……」

カチッ

梢「これは……かなり前のデータ、ね。ASMRを勉強し始めた当初、の……」

139: 2023/11/24(金) 23:40:13 ID:4tOXutKo00
ビリッビリリッ

梢「何か、何か、大事なことを……」カチッ

ザザザッザザザジャラ

梢『……っ』

■■『……』

梢『……?』

■■『……じゃあ■■■■■。さっき聞いた音声みたく、この耳かきで実践してみてください』

梢『……え。ずいぶん無茶ぶりするのね■■さん』

ザザッザザザザザッ

梢「ぐぅううう……っ。な、なに、これ……」グググ

梢「はあっ、はあっ、だめ。だめよ、これ……。頭が割れるように痛い……。なんだかとても、聞いちゃいけない……。気にしちゃいけない音声だわ、これ」

梢「早く、早く……止め、ないと……」ズキンッズキンッ

140: 2023/11/24(金) 23:40:53 ID:4tOXutKo00
ザザッザーッザザザ

■帆『あたしたちが録るのはただの耳かき音声じゃないです。■■■■■が実際に耳かきをしているような、臨場感たっぷりな耳かき音声なんです』

■■『なので、誰かを耳かきする気持ちになりつつ、声をかけながら耳かきをしてください』

梢『誰かを……。理解したわ。えぇと……』

梢『お、お疲れ様。今日は疲れたでしょう? だからくつろいで──』

花■■『■セ■パイっ!』ドンッ

ザ、ザッザラッジャラッジャラジャラッ

『──────っ……──────』

梢「……でも、そうよ、叫んでる。叫んでいるのよ」ズキズキ

梢「何か、そう……大事なことなんだって。見て見ぬ振りをしちゃいけないって。まなこを開いて直視しろって、そう……叫んでる!」ズキズキズキ

141: 2023/11/24(金) 23:41:40 ID:4tOXutKo00
ザザザッザザザ…

■■『だから……だからっ! ASMRにおいてお疲れ様は禁句中の禁句です!!』

梢『……(ちょっと引いてる)』

梢『ご、ごめんなさい。■帆さんの情熱は痛いほど伝わったわ。けれど、私はビギナー。そうした暗黙知は分からないの』

■■『じゃあ、シチュエーションを具体的にしましょう。■センパイの膝の上にはあたしが寝転んでいます』

■■『あたしに耳かきをするつもりでやってみてください』

梢『花■さんを……。分かったわ。頑張ってみるわね』ゾイッ

ザザッザジャラ、ジャララッ…

梢「鎖……鎖が、絡まっているんだわ。何重にも何重にも……っ」

梢「があっ、ぐぅっ……! いた、いた……くないっ。こんな痛みっ、何の痛痒も感じないわっ!」ズキズキズキッ

梢「私の心、そして魂……っ! それが張り裂けそうなほど声を張って叫んでいるのよ……っ!」

梢「ふざけないでちょうだいっ、あまり乙宗梢を舐めないこと、ね……ふふふ」

梢「こんな、こんな陳腐な鎖……っ! 私に引き千切れないわけ、そんな道理など、存在しないわっ!!」

142: 2023/11/24(金) 23:42:10 ID:4tOXutKo00
ブチッ、ブチブチブチブチ

梢(■■さん。この無機質なダミーヘッドマイクは■■さん……)

梢(触り心地のいい、柔らかく、明るい髪色の■■さん……)

ジャラッブチッジャララッ

梢(入部当初とは考えられないほど、熱心にスクールアイドルに取り組む花■さん……)

梢(頑張っている■帆さん。諦めない花■さん。そんな■帆さんにかけてあげる言葉と言えば──)

ジャラララッ、ブチブチブチブチッ!!

梢『──お疲れ様』

バリンッ

梢「──花帆さん」

梢「花帆さん……花帆さん……花帆、さん……」

梢「日野下花帆さん」

143: 2023/11/24(金) 23:42:47 ID:4tOXutKo00
梢「……」

梢「……」スクッ

梢「……行かなきゃ」ダッ

144: 2023/11/24(金) 23:43:47 ID:4tOXutKo00
次回、最終更新です

152: 2023/11/25(土) 23:52:47 ID:z26areUE00
──

花帆母「それじゃあ、お母さん達も帰るわね」

ふたば「またねお姉ちゃん」

みのり「次もお姉ちゃんの好きそうな本持ってくるからっ」

花帆「またねみんな」フリフリ

ガララッ

花帆「……はあ。暇だなあ。検査検査検査……。仕方のないことなんだけど、退屈だなあ」

花帆「一人でいると余計なこと考えちゃうから嫌なんだよね……」

花帆「……ASMRを聞くとぐるぐるしちゃうし、テレビでも見るしかないかあ」ピッ

花帆「……ああもう、だめだ」ピッ

花帆「全然気が紛れない……お母さんには泊まって貰った方がよかったかなあ……。うぅん、そんな甘えん坊じゃないし……」

花帆「何か、こう……気が紛れるようなビッグイベントとか……起きないかなあ……」

ズシン…

花帆「……ん?」

ズシン、ズシン…

花帆「なにこの……やけに存在感のある足音……」

ズシン、ズシン、ズシン…

<ヒエ~~~ッ!!キャ~~~!!

花帆「えっ、えっ、なにこの悲鳴っ!」ガバッ

153: 2023/11/25(土) 23:53:25 ID:z26areUE00
花帆「今の声ってみのりとふたばだったよね!? テ口リストでも侵入したの!?」

ガララッ!!

花帆「ひ°ゃあっ゛!? テ口リスト!?」ビクッ

梢「……残念。乙宗梢よ」

花帆「……え、嘘……。テ口リストじゃなくてリスってこと……?」ポカーン

花帆「違う違うっ、そうじゃなくて、なんで、ここに梢センパイが……。ここに来られるはずがないのに……」

梢「催眠を掛けたから、来られるはずがない、かしら?」キッ

花帆「うっ……こ、梢センパイ……ちょっとこっちに来てくれますか……?」オズオズ

梢「ええ。勿論よ。私が気にかけて仕方がない、『日野下花帆』さん」ズシン、ズシンッ

花帆(あの足音は梢センパイかあ……)

花帆「でも、額に手をやって暗示をかけ直せば……っ」ツン

花帆「額に触れられている間、あなたはあたしの思い通りに──」

梢「残念」ペシッ

花帆「!?」

梢「厳重に、幾重にも暗示をかけていたみたいだけれど、その手はもう私には通用しないわ」

花帆「あ、あ~……ま、まずいなあ……。丁寧にラッピングするみたいに頑張ったのに破られちゃったかあ……」ダラダラ

154: 2023/11/25(土) 23:54:13 ID:z26areUE00
梢「花帆さん」ストッ

花帆「……はい」

梢「今の私の気持ち、分かるかしら」ググッ

花帆「は、はい。その握りしめた拳を見れば──」

梢「いいえ。分からないわ」キッパリ

梢「もし本当に分かっていれば、黙っていなくなるなんてことしないもの」

花帆「……はい」

梢「ねえ、私がどうして怒っているのか分かる?」

花帆「分かり……ません」

梢「そう。殊勝な心掛けね。私が怒っている理由。激怒に身を焦がし、瞋恚の炎をこの双眸に宿した意味。詳らかに語ってあげるわ」

花帆(うぅ、何かスイッチ入っちゃってる……)ビクビク

梢「……けれど、病床の花帆さんに無理はさせられない。だから少しだけにします」スンッ

花帆(あれ……さっきまで背景が滲むくらい怒ってたのに……なんだか威圧っていうか、プレッシャーが和らいだような)

梢「花帆さんの事情は分かります。全て思い出したもの。私に迷惑を掛けたくない。重荷になりたくない。その一心で姿を消したって」

梢「相談して欲しかった、とは言わないわ。けれど、けれどね、ただ一言でもいいから、別れの挨拶くらいさせて欲しかった」

梢「あなたと私はそんなやり取りもできないほど、冷え切った関係だったのかしら?」

花帆「……ごめんなさい。でも、あたしも必氏で……」

155: 2023/11/25(土) 23:54:56 ID:z26areUE00
梢「……」

花帆「もう、大丈夫だって思ってたのに、また病気が再発して……やっと手に入れた今の生活が奪われるって思ったら、もう……」

花帆「ぐ、ぐちゃぐちゃに……なっちゃって……あたし、もう、手段、なん、て……ぐすっ、わかんなくて……っ」ボロボロ

ダキッ

花帆「……え」

梢「ここに来るまで、たくさん恨み言を言うつもりだった。たくさん怒りをぶつけるつもりだった。でもね花帆さん……」ギュウッ

梢「もう一度こうしてあなたと語り合える。触れ合える。あなたの温度を感じられる」

梢「ただそれだけで……よかったのよ」

花帆「梢、センパイ……」

梢「……正直なところを言うと、自分一人だけで抱え込んで周囲に迷惑を掛けること。私にも心当たりがたくさんあるもの」

梢「同じユニットだから、行動も似てしまうのかしらね。ふふっ」ニコッ

花帆「うっ、うぅっ、あっ、わあああああああああああっ!」ギュッ

花帆「梢センパイっ、梢センパイっ、梢せんぱあいっ!!」ギュウッ

花帆「あたしも会いたかったっ。会いたかったですうっ!!」

梢「……ええ。私も同じ。同じなのよ……」ホロッ

花帆「ああっ、うあああああああああああっ!」

156: 2023/11/25(土) 23:55:38 ID:z26areUE00
──

花帆「ぐすっ、そ、そう言えば梢センパイ……どうやってこの病院だって突き止められたんですか……?」

花帆「先生に聞くとしても、個人情報がどうこうで教えてくれないような……ぐすっ」

梢「ええ。私もその辺は苦慮したところね。先生に聞いても教えて貰えない公算はあった。けれど、結果的には教えて貰えたの」フキフキ

花帆「ぐすっ、ぐすっ。ど、どうやって……?」

梢「それはね──」

←←過去←←

梢『先生。日野下花帆さんが入院している病院を教えてくれませんか?』

先生『え? そりゃあ確かに担任の自分は知ってるけど……。ああ、乙宗さんは日野下と同じ部活で同じユニットか』

先生『でもそれなら、日野下に直接聞けばいいんじゃないのか?』

梢『それはそうなんですが、彼女から預かっているものがあって、それを今すぐに返却しないといけないんです。病床のあの娘にあまり負担をかけさせたくなくて。だから連絡できないんです……』

先生『そうは言ってもなあ……。いくら仲がいいと言っても個人情報に関わることだし……』

梢『先生。これを見てください』ズイッ

先生『ん……? っておいっ、なんだこの生首!』ビクッ

梢『ただの生首に見えるでしょう? けれどこれ、音声を録音する機材なんです』

先生『へ、へえ……今はいろんなものがあるんだな……』シゲシゲ

先生『……で、これが何か関係あるのか?』

梢『はい先生。お持ちのスマートフォンでKU100と調べてみてください』

先生『KU100……? まあ、いいか。ぽちぽちっと……これがなんだって……』

先生『って、は……?』ガタッ

先生『ひゃ、ひゃくまんえんっ!? こ、これが!? これがそんなするの!?』

梢『……』ニヤッ

梢『先生。事態は急を要する案件なんです。KU100を見ればことの重大さの意味が分かりますよね?』

先生『えっ、うっ……』

梢『分かりませんか? これを私はあの娘に届けなければならない。もし届けられなかった時、先生は百万円に責任が持てるんですか?』ズイッ

先生『ひゃ、ひゃくまん……』

梢『……ほらっ、ほらほらほらっ!!』ズイズイズイッ

先生『うわあっ、百万円が迫ってくるぅ──』

157: 2023/11/25(土) 23:56:17 ID:z26areUE00
→→今→→

梢「──と、言った次第ね。ふふん」

花帆「わあ~……先生ごめんなさいっ。全部あたしのせいです……」パンッ

梢「学園に帰ったらきちんと謝罪しないといけないわね。近くに菓子折りを売っているところあるかしら……」

花帆「どうですかね……病院の近くなので意外と──」

ガララッ

梢「ん。誰かしら」チラッ

ふたば「お、お姉ちゃん……?」ガタガタ

みのり「だ、大丈夫ですかあ……?」プルプル

花帆「ふたばにみのり。帰ったんじゃなかったの?」

ふたば「お、お姉ちゃんっ! よかったあ無事で……」ホッ

みのり「ほっ……。って、ふたばっ!」グイグイッ

ふたば「なにみのり……うわあっ!!」ビクンッ

みのり「お、鬼……鬼がまだいるよおっ!!」ガタガタガタ

ふたば「うっ、うぅっ!! ふたばがみんな守るからっ! みのりはお姉ちゃんをお願いっ!」ザッ

みのり「ふたばっ!? だめだよっ! みんなで帰らなきゃ!!」

ふたば「そんなこと言ったって、犠牲なくして生還できる状況じゃないよっ!!」

158: 2023/11/25(土) 23:56:58 ID:z26areUE00
梢「……鬼?」

花帆「あ、ああ~……。そう言えば来る前、ふたばとみのりの悲鳴が聞こえたっけ……。来た瞬間の梢センパイの顔、修羅とか鬼ババとかそういう面相だったもんね……」

梢「あれは……その……」シュンッ

ふたば「ねえ……なんだかシュンとしてるよ?」

みのり「……よく見れば、お姉ちゃんと同じユニットの人じゃない?」

ふたば「あ。本当だ。梢センパイだ」

梢「……」シオシオ…

花帆「ええと、二人共、あのね……?」

~~少女説明中~~

梢「ごめんなさいね、ふたばさん、みのりさん。怖かったでしょう……?」

ふたば「いえっ、こうしてちゃんと見れば鬼だったなんて嘘みたいです梢センパイ!」

みのり「うんっ、全然怖くないです梢センパイっ!」

梢「そ、そう。ならよかったわ」ニヨニヨ

ふたば「あ、あのっ、もしよかったら握手とかしてくれませんか梢センパイ!」サッ

みのり「あ、みのりもみのりも! お願いします梢センパイ!」サッ

梢「ええ。勿論いいわよ。私の手でよければ」ニッコニコ

花帆「……あの、なんでそんなニッコニコなんですか梢センパイ」ジトッ

梢「え? こ、これはそのお……別にあれよ? 花帆さんに似た娘に名前を呼ばれているからニヤけているわけじゃないのよ?」

花帆「……浮気者」ボソッ

梢「花帆さんっ!? ち、違うのよ!」

花帆「似たような顔なら誰でもいいんだ。へえ、そうなんだ」ボソボソッ

梢「花帆さんっ、だから違うのよ!!」

159: 2023/11/25(土) 23:58:01 ID:z26areUE00
ガララッ

花帆母「あらあら。随分賑やかね」

花帆「お母さん。そっか。ふたばもみのりもいるんだし、帰ってないわけないか」

花帆母「ええ。ふたばちゃんとみのりちゃんが話を聞かなくてね。積もる話があるのだし、邪魔しないように、とは言ったんだけど」

花帆「あはは……そんな気、回さなくてもいいのに」

梢「……初めまして。花帆さんのお母様。蓮ノ空女学院二年、スクールアイドルクラブに所属している乙宗梢と申します」フカブカー

梢「花帆さんとはスリーズブーケという同じユニットで組ませて貰っています」キッパリ

花帆「梢センパイ……同じユニットって……」

花帆母「丁寧にありがとうございます。花帆ちゃんのお母さんです。よろしくね? 梢さん」サッ

梢「はい。よろしくお願いします」ギュッ

花帆母「ふふっ、配信で見ている姿と同じね。なんだか、不思議な感じがするわ」

梢「そ、そうですか? 同年代以外の方とそうした話をする機会は多い方ではないので少し恥ずかしいですね。あはは……」

花帆「もおっ、お母さんったら……」

梢「それであのお母様……」

花帆母「はい。何でも言ってね」

梢「花帆さんの病状は、その……どういった具合なのでしょうか」

160: 2023/11/25(土) 23:58:37 ID:z26areUE00
花帆「……っ」

花帆母「花帆ちゃん、話して無かったの?」

花帆「それは……うん。話すタイミングって言うか、上手く、その……」

花帆母「……花帆ちゃん」ポスッ

花帆「お母さん……」

花帆母「こういうことはね、きちんとお話しなきゃだめよ? 相手が大切な人なら尚更、ね?」

花帆「……うん。梢センパイ」

梢「……ええ」

花帆「あたしの病気は……ハッキリ言えば、梢センパイが卒業するまでの間に快復しないものです」

梢「……そう。そう、よね。そうじゃなければ、あんなこと……」

花帆母「あんなこと?」キョトン

花帆「ああっ、それはいいからっ。えと、それで……薬を飲めば徐々に快方していくそうで……。正直、蓮ノ空に居続けられるとかどうかも分かんないです」

梢「そう……。さやかさんも瑠璃乃さんも残念でしょうね」

花帆「……っ」ズキッ

梢「あ、ああっ、ごめんなさい。そんな顔をさせたくて言ったわけじゃないの」

花帆「……いえ、分かってます。悪意がないことくらい……。他に、聞きたいことはありますか?」

161: 2023/11/25(土) 23:59:18 ID:z26areUE00
梢「そうね……。無駄だとは思うけれど、たとえばそう、手術でどうにかなったりはしないのかしら?」

花帆「手術、ですか。それは──」

花帆母「手術をした場合、成功と失敗の確率は五分五分、だそうです」

梢「……っ!」ガタッ

花帆「……お母さん?」

花帆母「そして失敗した場合……今よりも容体が悪化する、とお医者さんから言われました。でも、成功すれば……梢さん。あなたの卒業にも間に合う、かもしれないわ」

花帆母「それこそ、花帆ちゃんの努力次第、だけど……」

梢「手術をすれば、五分五分……なるほど」ボソッ

花帆母「……さらに言えば、私は花帆ちゃんの手術を望んでいません。それだけは、言っておきます」

梢「ハッ……。そう、ですか……」

花帆「……えっ、えっ、えっ。あ、あたし、手術はしないよ?」

ふたば「手術すればって、本当なのお姉ちゃん……」

花帆「ふたば……。本当、だけど……」

みのり「もう一度、歌って踊れるようになるの……?」

花帆「そ、それは……成功すれば、の話だよ。でも失敗すれば、今よりもずっと悪くなる可能性だってあるんだよ……?」

みのり「う、うん……。そうだよね。ごめんねお姉ちゃん」ギュッ

花帆「みのり……」

162: 2023/11/26(日) 00:00:09 ID:KksYCLv.00
梢「……すみません。花帆さんの血縁でもない、部外者の私が差し出がましいことは承知の上で発言します」

花帆「え……? 梢センパイ?」

梢「私は……花帆さんに手術を受けて欲しいです」

花帆「えっ、えっ……今、なんて……」

花帆母「梢さん。本当、なのね?」ジロッ

梢「はい。手術を受けて欲しい。これが私の本音です」ジッ…

花帆「あっ、えっ、嘘。な、なに言ってるの梢センパイっ。それにお母さんも睨まないでよっ!!」

花帆「あたし手術なんて受けないもんっ!」

梢「……その理由はどうして?」

花帆「ど、どうしてって……。だってもし失敗したら、お母さんやみんなが悲しんじゃうし──」

花帆母「花帆ちゃんっ!」

花帆「っ。な、なにお母さん……」

花帆母「今、お母さんは関係ないわ」

花帆「そ、そんなこと……ないよ。あたしはお母さんに産んで貰った。ここまで大きくして貰った。なのに、関係ないなんてそんなこと……」

花帆「それに、たとえ手術が成功したとしても、あたしは絶対に梢センパイに迷惑をかけちゃう……」

花帆「あと、あと一年しかないんだよ……? 一年しかない、たったそれだけの期間なのに、あたしのためになんて時間を使わせられないよ……」

花帆「梢センパイには自分だけに時間を使って貰いたい……。スクールアイドル一つに注力して貰いたい。そうしないとできないよ……。優勝なんて」

163: 2023/11/26(日) 00:01:08 ID:KksYCLv.00
梢「……そう、それがあなたの手術を受けない理由、なのね?」

花帆「……はい」

梢「一つ聞くわ花帆さん」

花帆「何を、ですか……」

梢「あなたは今、『あたしのために時間を使わせられないよ』と言ったけれど、これはどういうこと?」

花帆「え……。どういうことも何も、ブランクのあるあたしはきっと練習で迷惑をかけちゃうし……」

梢「そう……そうなのね。あなた、自己矛盾には気付いていて?」

花帆「じ、自己矛盾? 何を言ってるんですか」

梢「入院する前、あなたはスクールアイドルクラブから、スリーズブーケから退こうと決意した」

花帆「……はい」

みのり「えっ、そうなの……?」

花帆「うん……」

梢「けれどどうかしら。手術が成功したら練習で迷惑を掛けてしまう? これってつまり、スクールアイドルに復帰しないとできないことよね?」

花帆「えっ……あっ!」ガバッ

梢「未練、たらたらじゃない。手術が成功した場合の前提条件。必ずスクールアイドルに復帰する。無意識の内にそう思っていたのね」

花帆「あ、あたし……嘘、でしょ……。もう、戻らない、戻れないってそう決意したはずなのに……」ワナワナ

164: 2023/11/26(日) 00:01:55 ID:KksYCLv.00
梢「心までは騙せないものなのよ、花帆さん。どう偽ったって、どう取り繕うとも」ソッ

梢「あなたが今まで言った理由は全て、己の外にあること。私が聞きたいのは、あなたの言葉よ」

梢「本当の気持ちを教えて、花帆さん」

花帆「あたし、あたし……」

花帆「……続けたいです」ポロッ

花帆「スクールアイドル、続けたいです……」ポロポロ

花帆「当たり前じゃないですか……。生まれて初めて見つけた、あたしの生きる理由なんですよ……?」

花帆「花咲きたいってそう願い続けて、それを叶える手段を手に入れたんですよ……?」

花帆「それを自ら捨てるだなんてそんなこと……できるわけないじゃないですか……」

花帆「受けたいです。手術受けたいです……。でもそれと同じくらい怖いんです……」

花帆「失敗したら、もう二度と歌えないかもしれない。踊れないかもしれない……」

花帆「でも、でも……っ! もっともっと怖いものがあるんですっ!」

花帆「今を逃したらっ! 梢センパイの隣で二度と踊れなくなっちゃう! スリーズブーケはっ! 今しかないのにっ!!」

花帆「……はあっ、はあっ」

花帆「……」

花帆「……やだ。いやだよ……。梢センパイの隣はあたしだけがいい。あたしとだけ、スリーズブーケでいて欲しい」

花帆「梢センパイと一緒に──」

ポンッ

花帆「梢、センパイ……?」

165: 2023/11/26(日) 00:02:37 ID:KksYCLv.00
梢「花帆さんあのね、私の夢は確かにラブライブ優勝かもしれないわ。あの頂点から見る景色はどんな感じなのか、何度夢想したか分からないもの」

梢「けれどね、夢とは変化していくものなのよ? 前にあなたが語った夕陽のように、夢もまた昨日と同じである保障はない」

梢「今の私の夢はね……。あなたと共に、ラブライブを優勝することなのよ?」ニコッ

花帆「……あたし、と?」

梢「ええ。そうよ。日野下花帆さん。あなたと私のスリーズブーケでラブライブを優勝すること」

梢「だからね、そもそも花帆さんの企みは最初から潰えているのよ。あなたが隣にいない以上、たとえラブライブで優勝したとしても、私の夢は叶わないんだもの」

花帆「……あはは。そっかあ。そう、なんだ……。最初から、勘違い、してたんだ、あたし……」

梢「ねえ、花帆さん。今はどうなの? 手術、受けたいかしら」

花帆「……っ」グシグシ

花帆「受け……たいですっ!」

花帆「花帆は手術を受けて、梢センパイの隣に立って、ラブライブ優勝したいですっ!」

梢「そう……ありがとう花帆さん」ギュッ

梢「後は全て、私に任せなさい」スッ…

花帆「任せるって……」

166: 2023/11/26(日) 00:03:23 ID:KksYCLv.00
梢「お母様」バッ

花帆母「……梢さん。ずいぶんと好き勝手してくれたわね」

梢「はい。その点につきましては申し開き用がありません」ペコッ

花帆母「それで……どうするつもりですか? 私は花帆ちゃんの意思を尊重したい。花帆ちゃんが手術を受けたいと言うのなら、それを止めはしない」

花帆母「でも、その契機となったのが自分からじゃなく、梢さん、あなたならどうかしら。私の目には、あなたが花帆ちゃんの意思を誘導した、そのようにも見えるのよ?」

花帆「そんなお母さんっ! 全部あたしの意思だよっ!」

花帆母「あなたは今黙ってなさい」キッパリ

花帆「う……。はい」シュンッ

ふたば「よしよしお姉ちゃん」ナデナデ

みのり「大丈夫だよお姉ちゃん」ナデナデ

梢「確かにお母様の言う通り、私が言葉巧みに誘導した。そう捉えられるのも無理ありません」

花帆母「否定、しないのね」

梢「はい。どう受け取るもその人の自由。私にどうこうできる範疇を超えていますから」

167: 2023/11/26(日) 00:04:12 ID:KksYCLv.00
花帆母「思い切った開き直り方だこと……」

花帆母「私が、花帆ちゃんの母親である私から言えるのは一つだけ」

花帆母「もし、花帆ちゃんの手術が失敗したら、どう責任を取るつもり?」ジッ…

花帆「……っ!」ビクッ

梢「はい。責任は取るつもりです」

花帆母「責任は、取る……? 簡単に言ってくれるけど、どうやって責任を取るつもりなの?」

梢「お母様。その前に少し、話をしてもよろしいでしょうか?」

花帆「梢センパイ……?」

花帆母「……ええ。何を言うか分からないけど、どうぞ」

梢「私の配信を見ている、とのことでしたが、スクールアイドルについてどれほど知っていますか?」

花帆母「どれほどって……。配信以外はあまり……」

梢「そうですか。実はですね、私も友人から聞くまで分からなかったことがあるんです」

梢「今でこそ、多種多様なスクールアイドルがいますが、今までやったことのない、新たな試みは二つほどあるそうです」

花帆母「はあ……二つ」

梢「友人が言うには、その一つはスカイツリーを切り倒すことらしいです」

花帆母「……は?」

花帆(絶対綴理センパイが言ったやつだこれ……)

168: 2023/11/26(日) 00:05:06 ID:KksYCLv.00
梢「そしてもう一つ。スクールアイドルが拓けていない地平……。新たな試みとは──」

梢「結婚です」

花帆・ふたば・みのり・花帆母「……」

花帆「け」

ふたば「っ」

みのり「こ」

花帆母「ん……?」

梢「はい。もし、花帆さんの手術が失敗すれば、私は花帆さんと結婚をして責任を取るつもりです」バンッ

梢「だからお願いしますお母様……いえ、お義母様。許可をください」ペコッ

花帆母「えっ、えっ、えっ、け、結婚……?」

花帆「けっ、けけけけけけけけけけ!?」ボシュッ!!

ふたば「あわわわわ。みのり、結婚の許可を貰うとこなんて初めて見たよ~」

みのり「うんうん……。それがお姉ちゃんだなんて……ねえ」キャ~!!

梢「金銭面では問題ありません。私、乙宗家は一般的に言って太いです。勿論体型の話ではなく、財政的な意味で」

梢「だから、花帆さんを苦労なんてさせません。私の全身全霊を持って、彼女を幸せにしてみせます」

梢「だからどうか……っ! お願いします!!」

花帆「梢センパイ……」

169: 2023/11/26(日) 00:05:37 ID:KksYCLv.00
花帆母「……はは」

梢「……?」

花帆母「あはっ、あはははははははははっ! お腹、お腹痛いっ!」ヒー!ヒー!

梢「お義母様……?」チラッ

花帆母「責任を取る、だから結婚って……。あはははははっ! ドラマじゃないんだからっ! あははははは!」バンバン

花帆母「あはっ、あはは……。ふぅ……。花帆ちゃん」

花帆「ぇあっ。はいっ!」ピキーン

花帆母「いい先輩を持ったわね。あなたのことをここまで想ってくれるセンパイに出会えるなんて、すごく幸運なことなのよ?」

花帆「……うん。梢センパイ、ほんとにカッコよくて可愛くて、大好きなセンパイなんだ」

花帆母「ふふっ、そう。もうぞっこんなのね。はあ……。まさか齢十六の娘の結婚話を聞くことになるなんてね……」

花帆母「梢さん」

梢「はいっ」

花帆母「花帆ちゃんのこと、お願いね。あなたになら任せられるわ」

梢「……はい。お任せください」

170: 2023/11/26(日) 00:06:11 ID:KksYCLv.00
ふたば「みのりみのり! お母さん公認だよ!」

みのり「すごいねふたばっ。情熱的だね!」

ふたば「……あれ。ってことは待って。梢センパイは梢センパイじゃないってこと……?」

みのり「え? どういうことふたば」

ふたば「お姉ちゃんと梢センパイが結婚したら、センパイじゃなくてお姉ちゃんになるってことだよっ!」

みのり「あっ、そっか! 梢お姉ちゃんになるんだっ!」

梢「梢、お姉ちゃん……?」ピクッ

花帆「……梢センパイ?」ジッ

梢「ち、違うのよ花帆さん。決してお姉ちゃんと呼ばれてうぇへへへしてるわけじゃないのよ?」

花帆「……もうっ、知りませんっ」フンッ

ふたば「わわっ、みのり見てっ。夫婦になって初めての夫婦喧嘩だよ!」

みのり「歴史的瞬間に立ち会っちゃったね!」

花帆母「はいほら二人共。花帆ちゃんと梢さんの二人きりにしてあげましょうね?」グイッ

ふたば「えぇ~」ズリズリ

みのり「これからが面白いのに~」ズリズリ

花帆母「それじゃあね、花帆ちゃん、梢さん」

ふたば・みのり「またね~」フリフリ

171: 2023/11/26(日) 00:06:50 ID:KksYCLv.00
ガララッ

花帆「……」

梢「……ええと」

花帆「……梢センパイ」

梢「……ええ。花帆さん」

花帆「あたし……今すごくドキドキしてるんです。今、この瞬間が嘘なんじゃないかってくらい、ずっとドキドキしてる……」

花帆「ほら、手を当ててみてください」ソッ

梢「……本当ね。すごくドキドキしてるわ。でも同じくらい、私も鼓動が速くなってる」

花帆「えへへ。本当だ。同じですね、あたしたち」

梢「ええ。同じね、私たち」

花帆「……ねえ、梢センパイ」

梢「何かしら、花帆さん」

花帆「手術しても間に合うかな。ラブライブ」

172: 2023/11/26(日) 00:07:30 ID:KksYCLv.00
梢「どうかしらね。それはまだ誰にも分からないわ。でも……」

花帆「でも?」

梢「間に合わせてみせる。私とあなたなら、きっと大丈夫よ」

花帆「……そうですよねっ。うんっ! 少しだって時間を無駄にできないっ! よし梢センパイ!」

梢「ふふっ張り切ってるわね花帆さん。何かしら」

花帆「今すぐ手術しましょう!」ガタッ

梢「え、ええっ!?」

花帆「ナースコールぽちっ! すみませんっ! 手術お願いします!」

梢「か、花帆さんっ! 興奮してるのは分かるけれど、今すぐになんて無理よ!」

花帆「オーダーお願いしまぁすっ! 手術一丁!!」

梢「花帆さんっ!?」

花帆「あはは……なんて。ごめんなさい。嘘ですよ、嘘」

梢「花帆さん……。こんな状況でふざけるんじゃありません」ツンッ

花帆「えへへ。ごめんなさい」

梢「もう、仕方のない娘ね……」

花帆「えへへ……」

173: 2023/11/26(日) 00:08:10 ID:KksYCLv.00
花帆「……」

花帆「……あの、梢センパイ。お願いを一つ、聞いてくれませんか?」

梢「何でも言ってちょうだい」

花帆「ぎゅって……してください」

梢「……ええ」ギュッ

花帆「……あったかい。あったかいです」ギュウッ

梢「そうね……。とても、あったかいわ」

花帆「……あたしが戻るまで、待っててくださいね」

梢「もちろんよ。けれど、あんまりにも遅いと……分からないわよ?」

ギュウウッ!!

梢「ああっ、嘘よ嘘。花帆さんが冗談を言うものだからつい……」

花帆「……」ギュウッ

梢「……大丈夫。大丈夫よ花帆さん。私はあなたの隣にいる。ずっとずっと、あなたの傍にいるわ」

花帆「うん……。ずっとずっと、一生一緒、ですからね」

梢「ええ。勿論よ」

花帆「……」

梢「……」

174: 2023/11/26(日) 00:09:02 ID:KksYCLv.00
──

花帆(それから。やるべきことを定めた後、季節の巡りはハヤブサの飛翔のようでした)

ガララッ

さやか「花帆さん……」

花帆「あ。さやかちゃん、みんなも。梢センパイが連れてきてくれたんですね。ありがとう──」

カッカッカ

さやか「……っ!」パチンッ

花帆「え……」ポカーン

さやか「黙っていなくなるだなんて、ふざけるのもいい加減してくださいっ! わたし、わたしは……っ!」ポロポロ

さやか「どれだけ心配したと思ってるんですかっ! この薄情者!!」

花帆「ご、ごめんねさやかちゃん……」

花帆「うぅん。さやかちゃん。綴理センパイ。瑠璃乃ちゃん。慈センパイ。本当に、ごめんなさい」ペコ

綴理「……うん。何も相談なく勝手に決められるのはいやだった」

花帆「そう、ですよね。本当にごめんなさい」

慈「……まあ、でも、ねえ? 綴理」

花帆「……?」

綴理「うん。花帆もスリーズブーケなんだって、よく分かったよ」

梢「ええと、あの綴理? 慈? なんだかとても不名誉な烙印を押された気がするのだけれど?」

慈「不名誉も何も事実じゃん。ねえるりちゃん」

瑠璃乃「え゛ここでルリに振られても困るんですけどっ!」

175: 2023/11/26(日) 00:09:45 ID:KksYCLv.00
瑠璃乃「で、でもうんっ。おわりよければすべてよしだよね!」バーンッ

さやか「まだ何も終わっていない、というツッコミは野暮なんでしょうね」グスグス

慈「ま。あれよね。花帆ちゃん。みんな待ってるから。首をうんと長くして待ってるから。きちんと治してから戻ってきてね」

花帆「はい……っ! きちんと治してから戻ります!」グッ

慈「うんうん。まあ、きちんと治してる間にみらくらぱーく! は躍進しちゃうけどね~。ねえるりちゃん?」

瑠璃乃「え゛いやだからここで振られても困るって!」

梢「いい加減にしなさい慈」ドスッ

慈「いったあ~っ!? だから梢のツッコミは逆水平なんだっての!」

綴理「おおう。病院でもビッグボイス選手権」

さやか「そうですね。病院ですので静かにしてください。二人とも先輩なんですから模範となる背中を見せてください」

瑠璃乃「へっへ~ん。さやかちゃんに怒られてやんのめぐちゃん。梢先輩」

慈・梢「す、すみません……」

花帆(という一幕もありつつ。病室での毎日は決して寂しいものではありませんでした)

176: 2023/11/26(日) 00:10:31 ID:KksYCLv.00
花帆(でも、善意から来るお見舞いとはいえ、あたしたちはラブライブという舞台で鎬を削るライバル同士)

花帆(あたしは本気のみんなと戦いたい。だから、お見舞いは最低限にして貰って牙を研ぐ時間を優先させて貰いました)

花帆(そうして日々は過ぎ……遂にあたしの手術の日がやってきて)

梢「大丈夫。大丈夫よ花帆さん。必ず上手くいく。今日のために願掛けをたくさんしてきたもの」

花帆「あ、あはは……。よく分かります」ヒクッ

ふたば「梢お姉ちゃん。すごい格好だね」

みのり「うん。前見た時は鬼ババって感じだったけど、今は占いのおばばって感じ」

梢「お、おば!?」

花帆母「うん。梢さんもお母さんもみんなが付いているわ。だから気負わず頑張ってね、花帆ちゃん」

花帆「……うんっ! みんなっ! ありがとう!」フリフリ

花帆(というまあ……占いが趣味の梢センパイは、ごってごての衣装に身を包んで登場し、みんなから激励の言葉を貰いました)

花帆(そのおかげなのか、気の抜けたコーラの蓋を開けるようにあっさり手術は終了しました)

花帆(お医者さんが言うには、願掛けのおかげだろう、とのことだけど、目が覚めた後なんどもお礼を言いました。名前と顔はバッチリ覚えたので退院したらお礼をしに行こうと思います)

花帆(その後、リハビリに入り、そして蓮ノ空に復帰しました。数か月、という短い時間しか離れていないのに、とても懐かしく感じました)

花帆(それからの日々は、まるでジェットコースターとウォータースライダーを合わせた乗り物に、ハヤブサが乗っているようで……って、逆に分かりにくくなっちゃってるか。でもきっと、これも味だよね味)

花帆(とりあえず、一日一日が瞬きの内に終わる日々を送り、ラブライブ予選が始まりました。その頃にはあたしの体力もすっかり戻っており、漲る闘志と確かな下地が奏功したのか、地区大会、北陸大会、そしてラブライブ本選と破竹の勢いで駒を進めました)

花帆(驚愕すべき……うぅん、あたしにとっては予定調和だったように、ラブライブ本選、最後に雌雄を決したのは、スリーズブーケ、DOLLCHESTRA、みらくらぱーく! でした)

花帆(この時点で優勝は蓮ノ空に決まってはいましたが、その時のあたしたちに、スリーズブーケに気の緩みなんてものはありませんでした)

花帆(あたしは梢センパイと共に最高の舞台に駆け上がり、白黒ハッキリつけたのです! そして現在。部室には赤と黄で彩られた、豪奢で大きな旗が悠然と佇んでいます)

177: 2023/11/26(日) 00:11:11 ID:KksYCLv.00
花帆「……と、こんな感じかな」ピタッ

梢「あら花帆さん。何を書いているの?」

花帆「あ、梢センパイ。スクールアイドルノートに今年度の振り返りを、と思いまして。さやかちゃんからこういう作業はあたしに一任されていますので」

梢「へえ……」ペラペラ

梢「ええと、そうね、花帆さん……」

花帆「あ、はい。分かってます。それはあたしの主観的過ぎるって。それは単なる種書きっていうか、下書きみたいなものですから」

梢「そう……ここから詰めて行くのね。完成したら私にも見せてくれないかしら」

花帆「もちろんです! 何なら梢センパイの活躍集とかにしちゃいますか!?」

梢「それは……」

花帆「冗談ですよ冗談っ! えへへっ」

梢「……いえ。花帆さんというフィルターを通して描かれた乙宗梢がどんな姿なのか、少し気になるわね」

花帆「え?」

梢「い、いえ。気にしないでちょうだい。ちょっとした気の迷いよ。オホホホ……」

花帆「オホホて……。梢センパイがお望みなら、いつでも言ってあげますからね」

梢「そ、そう。なら、次の機会の楽しみにしておこうかしら」

花帆「はい。次の機会がいつかは分かんないですけど」

178: 2023/11/26(日) 00:11:54 ID:KksYCLv.00
梢「……お、おほんっ。それにしても、花帆さんは本当によく頑張ったわね」

花帆「あ。話逸らしましたね。別にいいですけど」

花帆「ありがとうございます。梢センパイのフォローあってのことでした」

梢「ふふっ。後ろから押してあげたとしても、結局はペダルを漕ぐ本人の努力次第なのよ。だから誇ってもいいわ花帆さん。あなたは本当に頑張ったって」

花帆「……はい。えへへ。なんだか照れちゃうなあ。えへへ」クネクネ

梢「……そんな花帆さんに、見て貰いたいものがあるの」

花帆「えへっ、えへへ……。は、はいっ。何でしょうか」ピンッ

梢「ふふ。なんてことはないのだけれどね。はい、これ」スッ

花帆「これ……ラナンキュラス。しかも、綺麗に咲いてる」

梢「ええ。一年目は上手く満開にまでいかず枯れてしまったけれど、二年目は色々と調べて育ててみたの」

花帆「へえ……。すごいなあ。練習の裏でこんなことをしていただなんて。ラナンキュラスが多年草だって知ってたんですか?」

梢「ええ。まあね。あなたが鉢植えを持ってきた時、興味がでて調べてみたのよ。だから枯れた後花がら摘みをしておいたの」

花帆「本格的じゃないですか。それなら納得の出来ですね」

梢「そう、ね。本格的……。私にとっては願掛けの一種だったから、つい熱が入ってしまったのかもしれないわ」

花帆「願掛け? どういうことですか?」

梢「ふふっ。このラナンキュラス。あなたに似ていると思って」

花帆「あたしに……?」

179: 2023/11/26(日) 00:12:37 ID:KksYCLv.00
梢「ええ。一度は枯れ落ちてしまったかもしれない。スリーズブーケを抜けると決意したかもしれない」

梢「けれど、今こうして満開の花を咲かせているでしょう? 一度枯れたとしても、それで終わりじゃない。あなたにはもう一度、私に花咲く姿を見せて欲しかった」

梢「そんな願いが、熱となってラナンキュラスの育成に走らせたのでしょうね」

花帆「……敵わないなあ。もう」

梢「花帆さん?」

花帆「健気すぎますよ、梢センパイ。こんなの……もう止められるはずないじゃないですか」

タタッ

花帆「大好きです、梢センパイ」ギュッ

梢「花帆さん……。私も大好きよ」ギュウッ

花帆「たとえ卒業しても、あたしたちはスリーズブーケ。二人で一つの花束ですからね」

梢「ええ。ずっとずっと……一生スリーズブーケよ」

花帆「はい……。約束、ですからね」

梢「ええ……。約束よ」






おしま…………………………………………






梢「……?」

梢「おわらない?」

花帆「あ、まだ『い』はあたしが持ってるので、おわりませんよ。というかおわらせませんし」

180: 2023/11/26(日) 00:13:12 ID:KksYCLv.00
梢「えっ、ちょ、花帆さん! 何やってるの! 早く戻しなさい!」バッバッ

花帆「残念、梢センパイ。あたしにはまだ終われない理由があるんです」ヒョイヒョイッ

梢「終われない理由……? 何を言っているの?」

花帆「ねえ梢センパイ。覚えてますか? 梢センパイがあたしの入院先の病院に突撃してきた時のこと」

梢「え? それは勿論。記憶に新しいけれど……」

花帆「あの時言いましたよね。手術が失敗したら責任を取ってあたしと結婚するって」

梢「えっ、い、今それを言うの?」

花帆「今ですよ。時は待ってはくれません」

梢「……そ、それがどうかしたの?」

花帆「手術が失敗したら結婚。なら、成功した今はどうなるんですか?」

梢「成功したら……そう、ね」

梢「……」

花帆「……あ~あ、そうなんだ。悩んじゃうんだ梢センパイ」

梢「えっ、違うのよ花帆さん! 悩んでなんていないわ!」

181: 2023/11/26(日) 00:13:59 ID:KksYCLv.00
花帆「花帆。悲しいなあ。結婚って言っても、あたしの看病をするってだけの、冷え切った関係だったんだ」

花帆「そこには友愛も親愛もありはしない。梢センパイにとって花帆って、そんな感じだったんだ」

梢「違うって言ってるでしょ花帆さん!」

花帆「違う? じゃあ、どうなんですか、梢センパイ」

梢「ど、どうって、そんなの……」

花帆「結婚してくれるんですか? それも、愛情た~~~っぷりの結婚を」

梢「あ、愛情た~~~っぷり……」

花帆「……」ジトッ

梢「う、うぅ。うぅぅぅうううう~~~っ!」

梢「し、します! 私乙宗梢はっ! 日野下花帆さんと結婚しますっ! それも、愛情た~~~っぷりの結婚生活をお約束いたします!!」

梢「だから花帆さん! 私と結婚してくださいっ!」サッ

花帆「……」ニヤッ

梢「……か、花帆さん? 早く返事をしてくれないかしら……?」オズオズ

花帆「……い~や~で~すっ!」ニコッ

梢「え……(絶望)」

花帆「梢センパイと今すぐ結婚なんてできません!」キッパリ

梢「嘘……(果てしなき絶望)」

花帆「ごめんなさい、梢センパイ」ペコ

梢「え。それじゃあ、結婚後に考えていた『花帆さんとイチャラブフローチャート』はどうなってしまうの? 全部破滅? 破綻? 無意味?」

梢「あ。だめよこれ。人生設計破綻したわ。お先真っ暗、なんにも希望がないわ」フラッ

182: 2023/11/26(日) 00:14:52 ID:KksYCLv.00
花帆「……あの、梢センパイ大丈夫ですか?」

梢「だ、だだだだだ大丈夫よよよよよ。問題ないわ」ダラダラダラ

花帆「あはは。ごめんなさい梢センパイ。言葉が足りませんでしたね」

梢「……え?」

花帆「『今すぐ』結婚はできないってことです。あたしだって梢センパイとずっと一緒にいたいし、結婚は当然します」

梢「そ、そうなの。そうなの花帆さん……。あ、あんまり先輩を虐めるんじゃないのっ!。もお~っ……」ペシペシペシ

花帆「えへへ。ごめんなさい。でも梢センパイも悪いんですよ。花帆はずっと気にかけてたのに、約一年間もず~~~っと触れてくれなかったんですから」

梢「そ、それは申し開きのしようがないわ。けれど、私も大学受験やラブライブ、ラナンキュラスのお世話と忙しかったのよ」

花帆「そうですよね。時間、あんまり作れなかったですよね……。いじめちゃってごめんなさい。許して、くれますか……?」

梢「う……。え、ええ。勿論よ。けれど花帆さん、純粋に疑問なのだけれど、どうして今すぐはだめなの?」

梢「別に十六歳以上なのだし結婚はできる年齢よね。あ、もしかして法的な意味かしら。それならパートナーシップ制度というものがあってね花帆さん──」

花帆「いえ、違いますよ梢センパイ」トンッ

梢「はうっ。あ、あの花帆さん……? ソファに押し倒してどうするつもりかしら……?」ビクビク

花帆「どうもこうもありません。さて梢センパイ、理由を言う前に少しお話しませんか?」

梢「お、お話……? 別にいいけれど……。でもこの体勢はなんだか──」

ドンッ

梢「ひぅっ!」ビクッ

183: 2023/11/26(日) 00:15:41 ID:KksYCLv.00
花帆「梢センパイ、ずいぶん上達しましたよね、ASMRの音声作り」

梢「えっ、え……? まあ、そうね。それなりに努力もしたもの。って、今する話、かしら……?」

花帆「では梢センパイ。ASMRって何の略称か知ってますか?」

梢「そ、それは確か……A(Autonomous)S(Sensory)M(Meri──)」

花帆「残念。外れです」

梢「え? え? 何か、発音が違っていた、かしら……?」

花帆「違います。もっとも~~~っと根本的な部分から違いますよ」

梢「根本的……ええと、そろそろ答えを教えて欲しいわ花帆さん」

花帆「はい。正解はですね」

花帆「A(あたし)S(センパイと)M(もっともっとも~~~っと)R(恋愛がしたいっ!!)」

花帆「ですよ?」ニコッ

梢「……え?」

184: 2023/11/26(日) 00:16:22 ID:KksYCLv.00
花帆「だってだって、結婚したら恋愛できないじゃないですか。あたしはちゃ~んと恋人を経て梢センパイと結婚がしたいんです」

花帆「ね? 梢センパイもそう思いますよね? あたしと恋人に、なりたいですよね?」

梢「……ふふっ。なんだ、そういうことだったのね。ええ、そうね。いきなり結婚よりも、恋人としてきちんと相手のことを知ってから結婚に踏み切るべきよね」

花帆「そういうことです。梢セ~ンパイ」ズイッ

梢「あ、あの花帆さん……? それで、この体勢の意味は何なのかしら……?」

花帆「何って。梢センパイがさっき言ったじゃないですか。恋人としてきちんと相手のことを知ってからだって」

花帆「だからほら、ね? 指、絡めて梢センパイ……」

梢「か、花帆さん……っ!」

花帆「恋人としてお互いのこと、よく知っていきましょうね。これから何度も何度も……何度でも」

梢「……っ!」

梢「お、お手柔らかにお願いします……」



♡♡♡こずかほは、おわらない♡♡♡

185: 2023/11/26(日) 00:19:56 ID:wP5VPLbg00
乙宗梢
読み甲斐あって楽しかった。やっぱり一生スリーズブーケなんだよなぁ

186: 2023/11/26(日) 00:21:10 ID:gcVOwlow00
泣いた😢

引用: 梢「花帆さんのASMRでも聞いて寝ましょうか」