472: 2010/11/12(金) 23:56:36.56 ID:ErduE1so


最初から読む:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」

前回:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その21】

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―――



「地獄―――」



「―――ここは本物の地獄だな」


とある超高層ビルの最上階にて、全身を最新式の戦闘服・武装で固め、
そして左肩の上腕部に『星条旗』のワッペンをつけている一人の男。

彼は、眼下に広がる薄闇の中の超高層ビル群を眺めながら呟やいた。


「…………神も天使もいませんね……少なくともここには」

そんな彼の独り言のような声に、同じく独り言のように言葉を返した斜め後ろにいる同じ軍装の男。
彼らが今いる場所。

そこは、ビルの管理用のフロアであり配線や基盤が至るところに犇いていた。
窓辺の二人の後ろ側には、もう三人同じ軍装の男達がおり、
二人はあちこちの配線・基盤を弄り、一人は携帯用のPC端末を操作しながらマイクになにやら呼びかけ続けていた。

そしてこのフロアには更にもう三人いた。

ウロボロス社のマークが刻印されているパワードスーツを着込んだ男達。
それぞれがフロアのドア付近に立ち大口径の銃を手に警戒していた。

このパワードスーツ、学園都市のそれとはかなり見た目が違っていた。
表面は黒い『筋繊維らしき』構造で覆われており、さながら皮膚体表を剥がされたかのような外観だ。
着込んでしまったら身長も体格も一切わからなくなってしまう学園都市製のと対照的に、
そのスーツの厚み自体も差ほどのものではなく、
黒いシルエットだけにしたら筋骨隆々のボディビルダーと同じくらいに見えるだろう。


そんなウロボロス社製の最新装備をした男達とアメリカの特殊部隊の男達。

彼らは今ここで何をやっているかというと。

途絶された通信の回復を試みているのだ。
このビルの頂点に立っている巨大な通信等を使って。
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473: 2010/11/13(土) 00:01:59.18 ID:tJ.4jHwo

「……状況は?」

窓辺から街を見下ろしていた男。
この質問は何度目になるだろうかと自覚しながらも、背後の部下へと言葉を飛ばした。

「変化無し。全ての帯域で呼びかけておりますが、応答はありません」

「それと……やはりジャミングされている可能性はありません。信号は『全て正常』です」

「…………」

何度聞いても不可解だ。
ジャミング無し。
こちらの信号は異常なく正確に飛んで行っている。

ではなぜどこも応答しない?

軍用回線だけではなく、民間回線にも満遍なく信号を送っているのに。

この島の周囲や天面全てを、
いかなる『線』をも遮断する非透過性の金属壁で囲むでもしないとこんな現象はまずありえない。

この島のそのものが、何かの方法で外界と隔離されたのか。

「…………」


「もしかすると、『外の世界の方』が消えちまったかもですね」


その時、基盤を弄っていた一人の部下がポツリと呟いた。

474: 2010/11/13(土) 00:04:08.61 ID:tJ.4jHwo

外の世界の方が消えてしまった。

その言葉に対し、誰も返答しなかった。
普段なら『ありえねえ』『バカか』『SFの読みすぎたアホ』といった言葉が返されただろうが。

この時はそんな言葉達は飛び交わなかった。


なぜなら。


誰も否定できなかったから。

現に、この島で彼らは『ありえない』光景をいくつも目の当たりにしてきた。

いまや、24時間常に『薄闇』に包まれているこの島。
星も出ないし太陽も出ない。

雲が無いのにも関わらず妙な質感の揺らぎ、
まるで『面』そのものが鼓動しているかのように見える漆黒の空。


漆黒であり、そしてどこにも灯りが無いにも関わらずボーっとやけに見通しの聞く『奇妙な闇』。


この世のものとは思えない、この猛者達ですら今まで経験したことの無かった異質な空気感。




そして。




あの『異形の化け物』たち―――。

475: 2010/11/13(土) 00:06:32.01 ID:tJ.4jHwo

この島に送り込まれた特殊部隊は複数あり、それぞれ別の任務を与えられていた。

あるチームは空爆や砲撃の誘導と観測。
あるチームはこの島の防御機構への破壊工作。
あるチームは滞在していたアメリカ要人の保護。

そしてここにいる男達のチームに与えられた任務は『情報の取得』。
この島の厳重なメインサーバーにハードから侵入し、消去される前に『極秘情報』を全て強奪する。

学園都市につぐ先進勢力ウロボロス社、その科学の結晶を本国に持ち帰ることだ。


だが実際にこの島にやってきたら。


何もかもが瓦解した。
当初の計画など全てが吹き飛んだ。

この島での現実離れし過ぎた異常事態に。

一応極秘情報の奪取は成功したものの、彼らはこの島から出れなくなってしまった。
通信も途絶し孤立。

島内に残っていたチーム間で相互に情報を交換したり合流したりしていた矢先の事だった。


異形の化け物達が、突如島全土に溢れ出したのだ。

476: 2010/11/13(土) 00:08:30.14 ID:tJ.4jHwo

どこからともなく出現した無数の怪物達は、目に付いた人間達を無差別に捕食していった。
当然、この島を守るウロボロス社の武装部隊が出動しそれなりに奮戦したものの、
結果的に一時間もしないうちに壊滅。

怪物の中には、戦車砲を至近距離から受けても氏なないような存在までもいた。

そんな怪物とどう戦えと?

普通の対人戦ならスペシャリストだが。


あんな化け物相手にどうしろと―――?


そこを見て、この米特殊部隊のチームは正面から激突することを極力避けるように行動した。

だからこそ今でもこうして『生きている』。

ちなみにその過程で、ウロボロス社兵や科学者、民間人の生き残りともいくらか合流した。

最早こんな状況で人間同士で対立している訳にもいかなかったのだ。
(そもそもウロボロス社の一般兵・一般人達は、自分達が今アメリカと敵対関係にあることさえ知らされていなかった)

彼らはこの異質すぎる狂気の世界を生き残るために、
それぞれの力を出し合って協力する事を決めた。


ただ今のところ。

生き残る、もしくはここから脱出する目処は全く立っていなかったが。

もう街には、人影が自分達以外見当たらなくなっていた。

彼らははっきりと認識していた。


生存者は恐らく自分達だけ。


ここにあるのは血と肉塊と氏だけ―――と。

477: 2010/11/13(土) 00:16:34.86 ID:tJ.4jHwo


「そちらはどうだ?」

窓辺から闇に浸る街を眺めながら、男は下階にて待機している別働隊へと通信。


6名の特殊部隊員、3名のウロボロス社兵、
2名の科学者と道中で保護した8人の民間人がこのビルの1階にいる。

『医療品が底を突きました。ブラボーから一名、民間人が二名の計三名が失血氏』

『ウロボロス社の連中に現在棟内の医療品と「食べれる」食料を探させていますが、今のところ収穫はありません』

「……了解。現状を維持しろ」

『了解』

「…………」

どんどんと事態は悪化してきている。
他にも負傷している物がいる以上、医療品の欠如はかなり痛い。
それにもしあの怪物と戦闘となると、必ず重傷者が出る。
(ここの来るまでに何度も襲撃され、その都度氏人と重傷者が出てきた)

更に食料と水。

これだけの大都市ならばそこら中にあると思われがちであったが、
この異質な世界はそれをも許してはくれなかった。

蛇口から出るのも排水溝のも、全ての水が真っ黒で異臭漂うドロドロした液体となり。
食料は全て腐っていた。
冷凍庫の中のものまでだ。

水も食料も医療品も無し。

このままでは明らかにもたない。
全てが絶望的であった。


ただ武器だけは、
街に出ればウロボロス社兵が使用していたものが腐るほど転がっていたが。

478: 2010/11/13(土) 00:19:55.75 ID:tJ.4jHwo

とその時。

一人の部下が、窓辺の男の方へとPDAを片手に歩み寄って来。
そのPDAの画面を男に見せながら。

「さっきから一つ気になっていたんですが……入手したデータバンクの中にこれが……」

「……」

その画面に映っていたのは、円の図形のようなものに奇妙な文字が満遍なく描かれているものだった。
一目見て、誰でもこう思うだろう。

「『オカルト』……ですか?なぜ……こんな代物が最高度セキュリティの中に」

オカルト?、と。

良く見るとそのオカルトチックな図面は、この北島に広がる大都市の地図の上に描かれていた。

「……………………お前は知らんかもしれんが、俺は少しそれらしき『世界』に関わったことがある」

「世界?」

「…………『魔術』、さ」

「……はい?」

「何なのかはともかく最高度セキュリティの中にある。とにかく重要な代物なのは確かさ」


と、男が腑に落ちない表情をしている部下の肩を軽く叩いた直後。


「―――信号が!!!!!!!信号を受信!!!!!!」

PC端末に向かっていた男が突如声を張り上げた。

479: 2010/11/13(土) 00:21:47.51 ID:tJ.4jHwo
「どこからだ?!」

振り向き、言葉を返す窓辺の男。


「……発信源は近海の超高高度……!!!」

「航空機か?」

「はい……発信源数から見て……機数は恐らく20かと……」

「速度は?」

「……マッハ7でこちらに向かってきています!!!本島上空通過は5分後弱かと!」

マッハ7。

「……」

その言葉を聞いて、男の頭の中にはとある無人機が思い浮かんでいた。
去年米空軍に配備されたばかりの、超音速のスクラムジェット機だ。

だが、その直後に彼の思考が否定される。

「―――音声通信!!!音声通信です!!!」

「(…………有人機……だと?)」

「スピーカーに!」

端末の前の男が手際良く操作。
変換された通信信号が音声となりスピーカーからもれ始めた。


『………射出ポ………まで………5………』


『何………だ!!!………つら………』


『こちら……………被弾!!!!………隔壁……傷!!!!……分解s―――』


『………3!!!………後ろ…………』

480: 2010/11/13(土) 00:24:48.62 ID:tJ.4jHwo

「(交戦中か……??!)」

ノイズの中に途切れ途切れに聞こえてくる怒号。
そして声の後ろにて凄まじい轟音が響いている。

「(……アメリカではないな……)」

マッハ7に達する性能を誇る実用の有人機なんかを所有している勢力は、男の知る限り二つしかない。
学園都市かウロボロス社だ。

「(……英語圏でもない……)」

そして、飛び交っている言葉は英語だがネイティブの発音ではなく、
アジア系の訛りがある。

つまり。


音声の主は学園都市の者達で間違いない。


「…………暗号化はされていないのか?」

「はい。機密回線ではありません」

「そうか……」

短距離用・機密回線としては使えない変わりに、
最も信号が強く単純でジャミングの妨害等に強い性質を持つ帯域を使っているのだ。
彼らもまた、ここと同じく奇妙な通信妨害にあっておりこの帯域を使いざるを得なかったのだろう。

そしてこれはまた別の点でも好都合なところがある。

「ノイズを除去できるか?」

単純であるため、復元作業も行いやすい。

「しばしお待ちを」

481: 2010/11/13(土) 00:28:12.05 ID:tJ.4jHwo

「完了、流します」

そしてクリアになった音声が、スピーカーを通じてフロア内に響き渡り始めた。


『―――が多すぎる!!!!対応しきれない!!!』

それは壮絶な声達だった。

『気密維持不能!!!本機はここまd―――』

『「Gwaihir 12」が空中分解した!!!!脱出は無し!!!!!繰り返す!!!脱出は無し!!!!』

『―――クソが!!!!バケモノ共が!!!!さっさとクタバリやがれ!!!!』

『来るぞ!!!!3時方向!!!!』

『命中!!!命中!!!』

聞こえてくる声は激しい交戦中のもの。

「「……」」

男達は無言のまま、
空の彼方の地獄からの声に耳を傾けながら顔を見合わせていた。


『「AIMストーカー」から報告があった!!!目標の島高高度一帯に非常に高密度な「力の壁」を確認!!!』

『機体強度の超過が予想され突破は不可能!!!繰り返す!!!突破は不可能!!!!』

『突入予想時刻は2分30秒後!!!!』


『危険は把握した!だが何があっても編隊を崩すな!!現コースを維持しろ!!!護衛機は輸送編隊を氏守せよ!!!!』


『全「天使」の射出完了までコース変更は無い!!!!!』


『このまま突入する!!!!』


『―――射出ポイントまであと4分―――』

482: 2010/11/13(土) 00:32:39.79 ID:tJ.4jHwo


「(……天使……?)」

何かを島に投下するつもりなのか。
口ぶりから、爆弾等の何らかの兵器を落とすのとはまた違う風にも聞こえる。

『―――「Gwaihir 9」が撃墜された!!!!!脱出は確認できない!!!!』

『―――4時方向だ!!!!!』

『―――どうなってんだよ「こいつら」は―――!!!!!??』


『全機へ告ぐ!!編隊10時から2時方向までを「メルトダウナー」により一斉掃射する!』


『繰り返す!「メルトダウナー」により一斉掃射する!』


『前衛機は輸送編隊後方へと後退せよ!』

「……」

メルトダウナー。
何らかの兵器のコードか?と思っていた次の瞬間。


『―――さっさと退けやがれ!!!纏めて吹っ飛ばすわよ―――!!!!』


奇妙なエコーがかかった若い女の、
異様な圧迫感をもった脳内に直接聞こえてくるような声が響き。

直後、飛び交っていた大量の通信が全て潰れてしまうほどのとんでもないノイズが走った。


「……!!何だ?!何が起こ―――」

何が起こったか?
直後、その答えの一端を彼らは見た。

いや、否応無く見せさせられた。

483: 2010/11/13(土) 00:35:14.51 ID:tJ.4jHwo

フロアにいた全員がその瞬間感じた。
強烈な圧迫感を。

全身が強張り、寿命が縮んでしまいそうな閉塞感。

そして彼らは、そのプレッシャーが押し寄せてきた方向を反射的に振り向いてしまった。
皆の視線は窓へ、その向こうの外の景色へと向けられた。


それとほぼ同時に。


聳えている街並みの向こう、水平線の遥か彼方。


その果ての果ての空にて、『紫』と『青白さ』の混じった奇妙な光が明滅した。


「―――」


雷が瞬いているように。
良く見ると光の柱のような筋も幾本も見える。
だが、もし雷であったら非現実的な規模すぎる。

ここからならばかなり小さく見えるものの、
そもそも地球は球体である以上、遠くの物は水平線の下に隠れて見えない。
例の学園都市の連中が高高度飛行中であることを考えても、まだまだ直接見えない距離なのだ。

それなのに、光がこうして見えるとは。

つまりあの現象は、
光源から20km四方が光に満たされるくらいのとんでもないスケールの『何か』なのだ。

484: 2010/11/13(土) 00:37:52.15 ID:tJ.4jHwo
その光をボーっと見つめながら、皆はそれぞれ口を開いた。
覇気の無い、呆然とした声色で。

「…………何だ……あれは……」

「……核……か?」

「核があんな色で光るかよ……」

「……反物質爆弾とか言う代物じゃねえか?」

「いや、パルス兵器の一種に見えるな……あの色……」

「……そういえばオーロラに似てるな……」

「……あの光の筋……何かの光線兵器に見えるが」


「通信の回復はまだか?」

「ただ今……回復しました!」

そして再びスピーカーから通信音声が漏れ始めた。


『―――だ!!!!確認!!!!』

『敵性因子24%の排除を確認!!!!』


『結標ッ!!!私から見て2時方向の護衛機を後ろに「飛ばせ」!!!!邪魔で仕方ねえのよ!!!!』


『無理よ!!!!離れすぎてる!!!!』


『ああクソ!!!こちら「メルトダウナー」だ!!!編隊が密集しすぎてる!!!これじゃあ思いっきり撃てねーんだけど??!!!』


『輸送機以外は「巻き添え」も許可する!!!輸送機だけは傷つけるな!!!!』

『聞こえたな!!!巻き込まれるぞ!!!!護衛機は編隊の後方へ下がれ!!!!至急下がれ!!!』


『退避!!!』

『退避せよ!!!』


「(メルトダウナー……兵器ではなく個人コードか?……それも女か……?)」

485: 2010/11/13(土) 00:40:30.91 ID:tJ.4jHwo

そして空の彼方が何度も明滅した。
『光源』が接近しつつあるためか、更に激しくハッキリと。


『―――目標島上空、高高度の「力の壁」詳細観測解析結果!!!』

『現コース現速度で突入した場合、衝撃は機体及び電磁シールド強度を超過!!!』

『シールドの喪失、外殻損傷、気密隔壁破断によって突入後3.28秒以内に空中分解します!!!!』

『「力の壁」突入まであと1分!!!』


『クソ!!輸送編隊各機へ!!射出開始時刻を早める!!!データ転送!!!』


『照準補正作業、第三段階から第七段階は飛ばす!!!ムーブポイントが最終着弾補正を行う!!!』

『全機へ告ぐ!現コースを維持せよ!!!繰り返す!!!射出完了まで現在速度とコースを維持せよ!!!』


『こちら「ムーブポイント」!!!位置に付いた!!!「撃ち漏らし」は私が全部拾うから!!!!』


『―――射出ポイント変更。確認。適用補正完了』


『―――「天使」の射出開始15秒前。各員衝撃に備えてください―――』


『―――12.37秒で全天使射出完了予定―――』


『――――――3、2、1、射出開始―――』

486: 2010/11/13(土) 00:42:46.21 ID:tJ.4jHwo

「(その速度から更に『射出』だと―――?)」

「来るぞ!!!衝撃に備えろ!!!!」

『天使』と呼ばれてはいるが、具体的に何が来るのかはわからない。
だがあの速度から何かが放たれる、そして射出と言うことは更に加速されているかもしれない、
という事を考えると、飛来する物体が何であろうと着弾点が徹底的に破壊されるのは確実だ。

男の放った声に、最精鋭の軍人達は反射的速度でそれぞれの姿勢をとった。

「(頼むから―――このビルには直撃するなよ―――!)」



『―――全天使射出完了。着弾まであと20秒―――』


『こちら「メルトダウナー」。降下する』

『こちら「ムーブポイント」。降下する。今のところ着弾補正の必要なし』


『輸送編隊より「天使」達へ。我々はここまでだ。各員、健闘を祈r―――』


『―――警告。「力の壁」突n―――』


機械的な警告音声を遮る様に大ききな轟音が一度響き。

通信信号はそこでぴたりと途絶えた。

そして。

「―――」

男達は窓の向こうに見た。



超高高度をまるで流星群のように、『砕け散り』ながら過ぎ去っていく大量の光点を。


一方、その空の下。

街には『砕け散らず』しっかりと形を保った『流星』が着弾した。
猛烈な速度で。

487: 2010/11/13(土) 00:46:35.62 ID:tJ.4jHwo

落下してきた光の玉の数は10個前後だろうか。

いや、あまりにも速すぎる為、『玉』ではなく『筋』と言った方が良いか。

ビルを何本も『貫通』し、地響きと共に巨大な粉塵をぶち上げ。
まるで戦艦からの砲撃が行われているかのような、壮烈な破壊を撒き散らして光は着弾した。


「―――おおお!!!!!!」

幸いこのビルには直撃しなかったが、一番近い着弾地点は500m程先。
その凄まじい衝撃にビル全体が大地震の如く振動し、強化ガラスにも亀裂が走り。
柱や壁に寄りかかったり床に伏せたりなどしている男達の体を揺らしていく。

「大丈夫か!!!?」

窓辺にいた男は耳の通信機に指先をあて、再び下階の別働隊へと通信を飛ばした。

『一応は!!!』

「負傷者は?!」

『出ていません!!』

「我々は今から降りる!!!とにかく移動するぞ!!!準備しろ!!!」

『どこへです!!?』

「北でも南でもどこでも良い!!とにかくまずこの街から出る!!!移動準備だ!」

『了解!それと一体何があったんですか?!』


「ああ、空から―――」


―――何かが降ってきた、そう言おうとした時だった。


窓の向こう、粉塵があちこちに巻き上がっている街の中、『それ』は舞い降りてきた。


『青白い』閃光に覆われた、『紫』色の巨大な翼を生やした『何か』が―――。

488: 2010/11/13(土) 00:50:29.07 ID:tJ.4jHwo

「―――」

『それ』は、男達の場所から3.5km程離れているビルの頂点にふわりと降り立った。
この距離からでは、大きな翼は見えるものの翼を生やしている物体が一体何なのかは判別できなかった。
だが視覚的にそうであっても、男達はその規格外の異形の力を感じていた。

本能的に、だ。

遠くの光り輝く翼から目を離せない男達。


そして舞い降りてから数秒ほど経った頃、
光り輝く翼がとまっているビルの根元周辺にて、なにやらゾワリと黒い塊が動いた。

「…………あれは……」

無数の何かが集まった異質な『群れ』。
遠目でもわかる。

あれは無数の異形の化け物の集まりだ、と。

それらが寒気立つような動きでビルを急速に這い上がっていき。

そして翼に触れるかという瞬間。

「―――」

翼の『根元』にある何かから、青白い光の柱が数十本も出現した。

一本一本が10m近くの太さがあるかもしれないその光の柱。

群がってきていた無数の化け物共を一気に薙ぎ払い吹き飛ばし、
それでも留まらずに周囲のビルを幾本も貫通し、遥か彼方まで延びていった。

そして寸断されたビルの上辺が、ズルリと滑り落ち倒壊していく。

「―――…………ッ……」

男はその一部始終をはっきりと見ていた。

見ていたのだが。

『―――応答を!!!何があったんです?!!!』

「…………」

通信機から響いてくる問いに対し、返す言葉が見つからなかった。
この異質すぎる光景と感覚を、どう説明すれば良いのかがまるでわからなかったのだ。

489: 2010/11/13(土) 00:56:27.95 ID:tJ.4jHwo
と、その時。


「―――『天使』―――……」


部下の内の一人がそう小さく呟いた。
十字を胸元で切りながら。

その単語。
先ほどの通信の中で幾度と無く交わされていた言葉だ。

「…………」

そう、その言葉。
男はそこでようやく、あの『光の翼』を表すに相応しい言葉を見つけた。
難しいことは無かったのかもしれない。
あの通信の中で既に答えが出ていたのかもしれない。

アレが何なのかは。

『応答を!!!どうしたんです!!?今の轟音は!!!?』



「―――…………『天使』だ……」


男は光り輝く翼を見つめながら、ポツリと呟いた。
恐怖と喜びと、希望と絶望が入り混じった奇妙な表情を浮かべながら。


『―――…………は?』



「………………『天使』が舞い降りて来たのさ―――」



「―――この地獄に。ちょっとアブねえ感じのな―――」



―――――――――――――――――――――


               デュマーリ島編


―――――――――――――――――――――

504: 2010/11/14(日) 23:52:40.97 ID:SzF6rqoo
―――

デュマーリ北島。

天井まで50mはあろうかという、暗く広大な地下倉庫。
ここは倉庫であり『通路』でもある。
幅は200m程だが奥は延々と続いており、
学園都市第23学区の地下駐機場にも似ている構造をしている。

灯りは一切付いておらず、広大な空間は闇に包まれていた。

ただ、灯りが無いにも関わらず物体が良く見えるという、この世のものではない奇妙な『闇』であったが。
そして肌が焼け付くような、それでいて凍て付いてしまいそうな魔の大気。

そんな忌まわしき空間となっていたこの倉庫、その冷たい金属の床の上で。


佐天「…………う………………ん…………?」


目を覚まし、頭の鈍痛に顔を顰めながらも起き上がった佐天。

佐天「―――へ??」

そしてその目で周囲を見渡せば当然。


佐天「―――えっ!!?ええっ!!!!!??ここどこっ!!!!?」


豹変した光景に驚く。
何の変哲も無い普通の反応だ。

505: 2010/11/14(日) 23:56:59.57 ID:SzF6rqoo
ルシア「―――静かに」

その直後、佐天のちょうど背後から響いてきた、聞きなれた友の声。
声色は普段とは明らかに違い、鋭く尖っていたが。

佐天「……!!!?」

佐天は座ったまま身を捩り、ルシアの方へと振り向いた。

幼い容姿の赤毛の少女は、
佐天の方へ横顔を向けている形で仁王立ちしており、
延々と続くこの倉庫の奥の方をジッと見つめてた。

無表情で。

鋭く冷徹な瞳で。

そしてその隣にて、しゃがんで張り詰めた表情でルシアとは逆の方向を睨んでいるキリエ。

佐天「何が―――」

キリエ「シッ。静かに…………」

事態を今一つ掴めず再び大きめの声で口を開きかけた佐天、
キリエの小さくも鋭い声に即静止させられた。

506: 2010/11/14(日) 23:58:59.60 ID:SzF6rqoo

ルシア「私達、飛ばされました」

ルシアが奥の闇を微動だにせず睨みながら、小さく口を開いた。

佐天「……飛ば……された?」

ルシア「……魔の力によってです」

ルシア「ここは学園都市ではありません」

佐天「………………っ……!」

普通ならばここで理解できずに何で?なぜ?と混乱してしまうだろう。

だが佐天の思考はそこまでは乱れなかった。

確かに驚きだが、思考停止してしまうほどではない。
前にも『鏡の世界入り』という奇妙な体験はしている。

ただ、何も精神的ストレスが無かった、という訳ではない。
むしろ彼女は凄まじいストレスを感じていた。


佐天「(……じゃ、じゃあ…………ま、『また』―――?)」


『理解できず混乱』ではなく、『理解した上での恐怖』が。

『知っている』からこそ、『本当』に怖いと思えるのだ。

脳裏に鮮明に蘇る『デパートでの悪夢』。


佐天「(――――――)」


それが彼女の体を固く縛った。
冷たく巨大な恐怖という『手』が心を鷲掴みに。

507: 2010/11/15(月) 00:00:32.51 ID:1tlWYyYo
キリエ「……ルシアちゃん……ここはやっぱり……」

じっと闇の向こうを見つめながら、恐る恐る背後のルシアへと言葉を放つキリエ。

ルシア「デュマーリ島です。間違いありません」

それに対し、既に臨戦態勢のオーラを纏っているルシアの冷徹な返答。

キリエ「…………とにかく移動しましょう。ここの転送地点にいたらすぐに見つかって―――」

ルシア「いえ」


ルシア「―――もう見つかってます―――」


キリエ「―――」


ルシア「それと残念ですが隠れ場所はありません」

ルシアはキリエの案に対し絶望的な言葉を返し。


ルシア「―――この島には『氏角』がありませんから」


そして『経験』と目で見えている情報からの事実を伝えた。

無表情で、冷酷に淡々と。

508: 2010/11/15(月) 00:02:37.74 ID:1tlWYyYo

キリエ「…………じゃあ…………どうする?」


ルシア「少し待っててください。今考えてます」

『故郷』の『古巣』を望む、大きく見開かれているルシアの瞳。
そこにははっきりと映っていた。

この地下倉庫も、そしてその向こうも。
この島全体を覆う魔の息吹を。

この島は外界と隔絶され、完全な魔境と化している。

ここはアリウスの『腹の中』だ。

抜け穴は無い。
隠れ場所も無い。

どこへ向かっても、どこにいてもこの『網』に必ずかかってしまう。

ルシア「…………」

この島から離脱する為、普段使っている悪魔の移動術ももちろん試した。
だがここはもう『人間界』とは呼べない、全く別の界と化していた。

509: 2010/11/15(月) 00:03:29.25 ID:1tlWYyYo

その為、現在地の座標の算出もできず『穴』も構築できなかった。
更にレディやトリッシュへの通信魔術も全く繋がらない。

ルシア「…………」

この魔境はアリウスの手が入っているのだ。
妨害工作がしっかりと練りこまれててもおかしくはない。

ルシアは身をもって知っている。

あの男の妥協の無さを。

恐らく、この妨害工作は非常に強固な『防護術式』に守られており、
端から術式に浸入して解除するのは困難だ。


『コア』を破壊しない限り―――。


そしてもちろん、その『コア』の周囲はとんでもない力か何かの存在が守っているはず―――。


キリエと佐天を連れたままそんなところへ行くことなどできない。

510: 2010/11/15(月) 00:04:59.31 ID:1tlWYyYo

ならば、残された道は一つ。

二人を物理的に島の外へと運び出すしかない。

ルシア「(…………)」

しかしアリウスの事だ。
そう易々とこの魔境の外へ出れるようにしておくとは考えられない。
入るのは容易く、出るのは非常に困難であるのは確かだ。

それに既に見つかっている以上、必ず追っ手が来るし待ち伏せもされるだろう。

だが現時点では、ルシアはそれしか思いつかなかった。

ルシア「(…………)」

この二人をこの魔境から出す方法は。


ルシア「…………あなた達を島の外へと『運び』ます」

キリエ「…………」

ルシア「ここから一番近い港は北へ3km。そこから船で」

ルシア「航空機は危険ですから」

キリエ「……ええ」

511: 2010/11/15(月) 00:06:35.56 ID:1tlWYyYo
キリエ「ルイコちゃん、さあ、立って」

硬直し座り込んでいる佐天の手を優しくとり、立ち上がらせるキリエ。


ルシア『―――急ぎましょう。「彼ら」が来ました』

その時ルシアが、瞳を輝かせてエコーのかかった声で追っ手が迫っている事を告げ。
両手を軽く広げ、床に魔方陣を出現させ。

そこから出現した二本の曲刀を手に取った。

ルシア『では、あなた方を運びます』

次いでルシアの背中から光が溢れ、一対の巨大な白い翼が出現した。
ルシアは半魔人化し、魔人化時の翼だけを出現させたのだ。

ルシア『動かないで下さい』

そしてルシアは二人に背を向ける形でその巨大な翼を広げ、彼女達を包み込んだ。
まるで親鳥が翼で雛を優しく抱き上げるかのように。

その体制は、ルシアが背負う形であったが。

ルシア『苦しくありませんか?』

キリエ「うん。大丈夫」

佐天「…………」

ルシア『では行きます』


ルシア『「少し」揺れますが、我慢してください』


そしてルシアは、翼に包まれた二人を背負いながら床を強く蹴り出し。
闇の中へと飛び込んでいった。

512: 2010/11/15(月) 00:08:58.80 ID:1tlWYyYo
追っ手はその直後、すぐに現れた。

ルシア『―――』

肌に感じるざわめきと、
延々と続く倉庫の向こうにひしめく無数の赤い光点。

悪魔の移動術が使えないのは、
ルシア達だけではなくここにいる全ての悪魔に共通していることなのだろう。

恐らくアリウスの直接的な意志が無い限り使えないのだ。

ルシア『―――』

その制限はある意味好都合だ。

移動術の制限が無かったら、
追っ手はどこでも即湧き出てくる。

だが制限があれば。

『足』だけが物を言う今の状況ならば。

『物理的に距離』を離せば、その『文字通り』距離を置けるのだから。


逃げ切る事も充分可能だ。

513: 2010/11/15(月) 00:11:04.97 ID:1tlWYyYo
ルシア『―――シッ―――』

小さく息を吐き。


眼前に迫った無数の悪魔の群れへと、ルシアは真っ直ぐに飛び込んだ。


そして両手に握っている二本の曲刀の柄を緩やかに、かつ神速で振りぬき。

円を基調とした無駄の無い剣捌きで悪魔の『壁』に穴を切り開いていく。

放たれる金色の斬撃。
響く魔の咆哮の重奏をバックに、舞い散る悪魔の首手足と体液。


一滴も返り血を浴びず華麗に、
かつ猛烈な速度で、『穢れなき許されざる魔天使』は駆け抜けていった。

群がる魔に氏を与えながら。

背中にある、大切な大切な儚い命達を守るべく。


ルシア『―――』


そんな中、ルシアはとある理由で周囲全体に意識を集中していた。
周りの悪魔達に向けてではない。


『一つ』。


気になる『悪魔の視線』があったのだ。

514: 2010/11/15(月) 00:12:09.92 ID:1tlWYyYo
ここに群がってきている下等悪魔のものではない。

アリウスのものでもない。
あの男は今現在、こちらの状況を逐一見ているだろうが、
アリウスはそれ以前に悪魔ではなく人間だ。

こんな視線ではない。

今、ルシア達をどこからか観察しているその視線は、明らかに純粋な悪魔のもの。

それもかなり『強大』な。

ルシア『(―――どこから……?)』

群がる悪魔を切り捨て進みつつ、周囲をくまなく観察するルシア。

この倉庫内に感じるのは、大量の下等悪魔と背後の二人の鼓動と『闇』だけ。


ルシア『(―――闇…………)』


そう、『闇』。



       シャドウ
―――『 影 』だ。

515: 2010/11/15(月) 00:13:14.81 ID:1tlWYyYo

『影』。

そこに意識が向いた時。

ルシアの悪魔の勘が大きくざわめく。

そしてゾワリと全身を突如這い回る悪寒と共に勘が叫ぶ。


―――来る―――、と。


ルシア『―――』


『影』。


それに類し、今のような攻撃を繰り出してくる存在はルシアの知る限り『一種類』しかいない。
いや、間違いない。
以前アリウスの下にいた頃、試験的に戦わされたことがあるのを記憶している。


『シャドウ』だ。


『闇獄』に住まう、『影』で体を構成している戦闘種族。

特定の条件下において、刀剣等の近接武器攻撃を
その威力関係なく無力化してしまうという特殊な能力を有する、非常に厄介な存在。

とは言うものの、有する力自体は高くても高等悪魔『程度』であり、このルシアにとっては別段敵でも無―――。


―――かったはずだったのだが。

516: 2010/11/15(月) 00:14:56.85 ID:1tlWYyYo

ルシア『―――ッ―――』


この『シャドウ』からと『思われる』攻撃は、明らかにルシアのその『知識』と『経験』とは合致しなかった。

いや、攻撃の性質や特徴は『シャドウ』と全く『同じ』だったのだが。

『スケール』が違った。

『力の強さ』が。


肌で否応無く感じる『存在の格』が―――。


これは間違いなかった。

相手は高等悪魔『程度』ではない。

これ程の濃度の力―――。


―――確実に『大悪魔』だ。


そう彼女がこの異様な殺気の源を認識したと同時に。

この倉庫全体に立ち込めている『闇』そのものが『全て』動いた。

その『影』らがズルリと形を変え。

『無数の切っ先』となる。

四方八方360度全方位、
天井、壁、床、全ての面が剣山に変わってしまったかのように。

そして凄まじい速度でその無数の刃が伸びた。

ルシアを正確に目指し。


彼女を貫くべく。

―――

517: 2010/11/15(月) 00:17:34.72 ID:1tlWYyYo
―――

崩れ傾いたビルと、
巻き上がる巨大な粉塵。

そして悪魔達の断末魔と、
その大量の肉塊が300m下の地上に叩き落ちる地響き。

そんな情景の中。


麦野『…………』


『許されざる女神』、『穢れ危うい天使』と化している麦野沈利が佇み立っていた。
とある超高層ビルの上に聳え立つアンテナ塔の頂点に。


左目を赤く輝かせ、右手に白銀の魔剣アラストルを握り、
背中から表面が『青白い閃光』に覆われた巨大な『紫』の翼を生やし。

右目の眼帯の隙間から青白い光を迸らせ、
左肩から少し離れた宙空、スーツの袖が焼けない位置に浮かび上がっている青白い巨大なアーム。


魔界の力と人間界の古の力が、完全に融合した異質極まりない存在。


それが今の彼女だ。

518: 2010/11/15(月) 00:20:03.20 ID:1tlWYyYo

麦野『……滝壺。能力展開を許可するわ。全人員のAIMを掌握しろ』

街を見下ろしながら、麦野はポッと宙に向けて言葉を放った。


滝壺『…………うん…………はい。完了したよ』


そして麦野の脳内にて響く滝壺理后の声。


現在の麦野の異質な力には、滝壺は干渉できない。

しかし信号を認識できる以上、
そして麦野側が許可してくれればある程度の割り込みは可能だ。

知覚共有等の高度なデータリンクは不可能だが、
既存の通信機程度の簡単な音声送受信ならば何とかできる。


麦野『私を省く生存人員数を報告しろ』


滝壺『…………むぎのを省いた幹部を含めて91人』


滝壺『降下したときに……すこし減ったよ』


麦野『…………』

519: 2010/11/15(月) 00:23:16.71 ID:1tlWYyYo

結標『―――あ、それで報告』

その時、麦野と違い完全に滝壺とAIMリンクしている結標の声も響いてきた。

結標『最後に射出されたシェルなんだけど、間に合わなかったみたい。「上」の「力の壁」を掠ったせいで外殻損傷、』

結標『で、乗ってた内の「生きてた」2人は私がすぐ地上に飛ばしたんだけど、残りは無理だったわ』


結標『外殻損傷した時点の破片で即氏してたから』


麦野『…………了解』


麦野『……レールガン。どうだ?漏らしてない?』


御坂『―――誰がッッ!!!』

麦野、結標とはまた違う接続方法の御坂からも、生存を示す声。


麦野『土御門?そろそろ氏んだか?』

土御門『あー、あー、聞こえるか?悪いが生きてるぜよ』

520: 2010/11/15(月) 00:25:42.46 ID:1tlWYyYo
滝壺『つちみかどのAIM、すごく弱いから捕捉しにくい』

土御門『…………悪かったな』

麦野『重要株は欠けてない。人員も90%以上は確保してる』

麦野『サブプラン移行の必要は無し。ファーストプラン可能と見る。異論は?』

土御門『無し』

結標『無し』

麦野『よし、各チームに術式のランドマークを一つずつ虱潰しに調査させろ』

土御門『気になる物・奇妙な物を見つけた場合は俺に』

滝壺『はい』

土御門『俺は俺で気になる地点を当たっていく』

結標『私は全部隊の保全管理と直接指揮。滝壺もサポートね』

滝壺『はい』

麦野『私とレールガンは、まずは「遊軍」となり片っ端から悪魔を狩る』

麦野『何かあった場合は私らに繋げろ。近い方が現場に急行する』

滝壺『はい』


麦野『OK、滝壺。全員に伝えろ。ファーストプラン開始だ』


滝壺『うん、任せて』

521: 2010/11/15(月) 00:28:29.81 ID:1tlWYyYo

結標『あ、それと、諸々が確定するまでやたらに街破壊しないでね』

麦野『私?私に言ってんの?』

結標『そうよ。街の総破壊は一応土御門の判断の後だから』

麦野『でもさ、群がってきたら纏めて吹っ飛ばすに限るでしょうが。ちまちま削ってなんかいられねーっつーの』

麦野『考えて見ろよ。私らの部下はコイツらのせいで氏ぬハメになった。頃しまくって何が悪い?』

結標『…………ん、ちょっと待って。「お客さん」が来た―――』

と、その時。


麦野『―――』

悪魔の感覚で、
麦野は遠方にて蠢く大量の悪魔の群れを察知。

その方向へ目を向けると、2km程先のビルに大量の悪魔が群がっているのが見え―――。


―――た次の瞬間。


ビルが悪魔の群れごと一瞬で『消失』した。

キレイさっぱり、特に振動等も音も無くと。

522: 2010/11/15(月) 00:33:41.15 ID:1tlWYyYo

麦野『……』

そしてその消えたビルと悪魔の群れがどこに行ったかと言うと。

答えは直後に『降って』来た。

突如天高く、そのビルがパッと『出現』。

300m近くもあろうそのビルは、遥かな高みから猛烈な速度で垂直に降って来、
街中のど真ん中へ激突。

地鳴りが響き渡り、大気が振るえ街全体が大きく振動した。

麦野『(…………へぇ。中々……)』

あれが『誰』の仕業なのかすぐに悟った麦野。
ぶちあがった粉塵と飛び散る破片を眺めながら小さく笑った。

そして放たれてくる力を肌で認識し。
物質的な『見た目』だけではない、その確かな力の強さを認め。


ただ、一つ気になる点があったが。
あのビルの落下速度。

重力に従うだけでは、ビルはあそこまで加速はされない。
どう見ても重力以外の『別なる何か』が加わっていた。

麦野「(……ま、別にいいわ)」

だがまあ、別に麦野にとっては興味がない事だ。
確たる戦力ならばそれで良い。
その攻撃原理など知ったこっちゃない。

523: 2010/11/15(月) 00:35:37.25 ID:1tlWYyYo


結標『―――…………まあ、ちまちま削ってなんかいられないってのも一理あるわね』


そして、あの破壊の『元凶』からの声が再び響いてきた。

麦野『でしょ?』

結標『それに、やっぱり私もあんの化け物共頃し捲くりたいわ。ムカムカしてきた』

麦野『ね?』

御坂『ちょっとアンタ達!気持ちはわかるけど「生きてる仲間」に巻き添えでたらどうすんのよ!気をつけてよ!?』

土御門『俺も言わせて貰うぜよこの怪物共が。あまり街を壊すな。俺がゴーサイン出すまでは』

麦野『わかってるって』

結標『はいはい』


土御門『…………よし……じゃあ早速……』

結標『……ええ。ここからね』

御坂『OK…………やってやるわよ』


麦野『―――気合いれな。「本番」だ』


―――

530: 2010/11/17(水) 00:11:30.36 ID:ObWO5UQo
―――

白井黒子は、薄暗い路上の真ん中に静かに立っていた。

冷めた目で己の足元の地面に視線を降ろしつつ。

レディから貰った刃渡り5cm程の小さなナイフを、
指の間に挟み込むようにして握り締めながら。

拳の指の間から突き出しているその刃、
白銀の先端から滴る、『赤黒』とも『緑黒』ともいえる奇妙な色合いの濃い液体。


それは『体液』だ。


先ほど彼女が狩り取った悪魔の。


黒子「…………」


この地において、白井黒子はやけに落ち着いていた。

これは一種の諦めなのか、勇気なのか。
それとも感覚が麻痺したのか。
どれにせよ、少なくとも彼女の精神はこの空間に適応してしまっていた。

彼女にとっての日常と非日常が、今や完全に反転していた。

『いつ』それが反転したのか。

二ヵ月半前、黒子にとって『始まり』であるあの凄惨な殺戮現場を見た時からか。

ゴートリングの放つ恐怖に潰れ、
悪魔と言う存在の格を叩き付けられた時か。

勇気を出して奮い立ち、御坂と共に悪魔を狩りブリッツに立ち向かった時からか?

どれがきっかけでどれが決定打なのか、
今考えると、思い当たる節が『多すぎ』てわからない。

531: 2010/11/17(水) 00:13:15.13 ID:ObWO5UQo

ただ、どの時点で既に完全に変わっていたのかはわかる。

約一時間前、学園都市から乗り心地の悪い超音速機で飛び立ち。
生きた心地がしない、人造悪魔達のとんでもない猛攻の中をなんとか潜り抜け。
8人乗りの砲弾型のシェルに詰め込まれて撃ち出され。

この地獄へ着地したその時には、
既に黒子の『生きる世界』は変わっていた。

そしてそれこそが、黒子の望む世界だった。

少し前までは嫌悪し距離を置きたかがっていたが。

ここ最近は踏み入りたくて仕方がなかった世界だ。


ただ、決してその狂気や混沌・氏に心惹かれたわけではない。
むしろ嫌悪感は常に増大しつつある。


彼女がこの世界に入りたかった理由は一つ。


黒子「(―――お姉さま)」



黒子「(わたくし、今実感しておりますの。ようやくこのわたくしめも―――)」



黒子「(―――『そちら側』の一員となれましたの)」


ただ、最愛のお姉さまと『同じ一緒』の世界で戦いたかったから。

532: 2010/11/17(水) 00:15:22.01 ID:ObWO5UQo

彼女の前、1m程の所の地面の上に、小さなぬいぐるみ。
3~4歳の女の子が胸に抱いてそうな、可愛らしいぬいぐるみだ。

いや、『可愛らしかった』と過去形で言うべきだろう。

何せ、今のソレは真っ赤に染まっていたのだから。
真っ赤に染まった子供用の玩具は、
そのギャップが相まって戦慄してしまうような不気味さを漂わせていた。

黒子「…………」

ぬいぐるみの横には、
『主』のものであろう小さな小さな靴の片方が転がっていた。

そして地面には。
同じく『主』のものであろう、『引きずられた血痕』が生々しく付いており。

その赤い道筋は黒子の足の下を通り、彼女の後方4m程のところ、


黒子「…………」


そこに横たわっているアサルトと呼ばれる悪魔の、『頭部の無い』氏体の方へと続いていた。


黒子の手にある刃、その表面を伝う『体液』の『源』だった肉塊へと。


黒子「……………………」

533: 2010/11/17(水) 00:18:44.82 ID:ObWO5UQo

と、そう彼女がぬいぐるみの『幼い主』を襲ったであろう惨劇に、
静かに想いを巡らせていた時。

黒子「…………」

彼女はふと背後に気配を感じた。
そしてその瞬間彼女の頭の中には、
接近物体のデータが瞬時に浮かび上がった。

強化調整以来、異様に研ぎ澄まされている五感、そこに能力が加わった『六感』。

更に滝壺を介した演算補助で底上げされている今。

彼女の能力は、自身から20m以内ならば目視せずとも、
認識さえできれば対象の座標、重量、形状、体積を即座に把握できる程にまでなっていた。



黒子「…………」

接近してきた気配の源は何か。
データで直ぐにそれは判明した。

同じ機・同じシェルに乗っていた同じチームのメンバーだ。


黒子は今、8人程のチームに所属している。

「…………ひどい所だよね~」

そのメンバーの一人、やや茶色かかったショートヘアの女が、
黒子の隣に並び立ちながらぽつりと呟いた。

整った顔立ちに人形のように白い肌、身長は御坂と同じくらい、
身なりの雰囲気から見て高校2、3年生か。

534: 2010/11/17(水) 00:21:57.09 ID:ObWO5UQo

黒子「……」

「…………ちっちゃい子?」

女は黒子の横から、彼女と同じように目の前の地面に転がっているぬいぐるみに目を移し、
再び小さく呟いた。

黒子「…………恐らく」

「…………へえ…………」

黒子「……」

「ところでさ、キミ、テレポーターなんだ?」

黒子「……はいですの」

                                 C Q H B
「やっぱり。キミだよね、レベル4勢の『近距離高速戦』適性テストで、トップタイム叩き出したジャッジメントから来た子って」

黒子「……まあ…………」

「さっきもすごかったもん。しゅぱぱぱッ!!!って。何やったのかぜんぜん見えなかったし。キミ、名前は何て言うの?」


黒子「……『Charlie 4』」


「いや、そうじゃなくて『名前』……いやいいか」

「こんな所に来ちゃってから『名前』知り合ってもしょうがないしね」


「『他人』の方が良い ってね」


黒子「…………」


「ということで、知ってると思うけど改めて。私は『Charlie 6』。よろしくね」


黒子「…………よろしくですの」

535: 2010/11/17(水) 00:24:14.40 ID:ObWO5UQo
とその時。

黒子「―――」

脳内にて、突如『地図』とその『座標』、
それに関する概要文が浮かび上がった。
『AIMストーカー』から送られてきたデータだ。

「全員、AIMストーカーからの目標ポイント座標を受信したな!行くぞ!」

そして直後、黒子の背後25m程の場所から響く、図太い声。

         AIMストーカーの支援
「俺達には『 天 使 の 加 護 』があるが万能じゃあない!気を抜くんじゃねえぞ!」

このチームのリーダーである黒髪に短髪の体つきの良い男のものだ。
黒子の隣の女と同じくらいの歳であろう。


「じゃあ……行こうか」

黒子「…………はいですの」

隣の女と共に、踵を返しメンバーの後に続くべく歩みだそうとしたその瞬間。


滝壺『ちょっとまって「Charlie」。そっちに34個の反応が北から急速接近してるよ』


滝壺『接敵は35秒後に』


チームの全員の脳内に響く、敵の接近を告げる『天使の声』。


536: 2010/11/17(水) 00:30:26.61 ID:ObWO5UQo

先天的に防御ステータスが圧倒的に弱い人間達にとって、
対悪魔戦にて最も被害が出やすいのが強襲・奇襲された場合だ。

だが滝壺がいれば、このように強襲も奇襲も成立しない。


これが、滝壺がいることの強みの一つでもある。


滝壺『信号から見て「下等悪魔」だけだけど支援は要る?』

滝壺『「レールガン」の射程内だから、すぐに火力支援できるけど?』

「この程度にそんなご大層なものは良い。必要ない。他にとっておいてくれ」

滝壺『わかった。がんばって』


「聞いたな!!!先に連中を潰す!!!!」


あちこちにつぶれた乗用車が転がっている薄暗い路上。
そこに響く、チームリーダーの声。

そして各々、北から来る脅威に向けて臨戦態勢に入る少年少女達。

先ほどから、既に左手にナイフを握っていた黒子は
体の向きを北側に変えただけだったが。

537: 2010/11/17(水) 00:32:56.72 ID:ObWO5UQo

黒子の隣の女は、両手を軽く横に広げていた。

黒子「…………」

その女の手の先。
大気が何かの影響で揺らいでいるのか、背景が『歪んでいた』。

黒子の視線に気づいたのか、女も黒子の方へ視線を移し。


「キミには負けるかもだけど、私も結構やるよ?」


黒子「そうですか。来ましたの」

そして少年少女たちは、北の方へと真っ直ぐに視線を向けた。
敵は連なるビルの間にすぐに『捕捉』できた。


34体の『アサルト』。

トカゲのような姿をしている、体長2~3m程の悪魔。
片方の手には巨大なおぞましい爪。
もう片方の手首あたりには円形の盾が括り付けられていた。

フロストの『熱帯向け』といった具合か。


それらがビルからビルへと、壁面を伝い猛烈な速度でこちらに向かって来た。
人間側に自分達の存在が既にバレているのを知ってか、
凄まじい獣染みた咆哮を挙げながら。

538: 2010/11/17(水) 00:35:16.97 ID:ObWO5UQo
先に仕掛けたのは人間側だった。

悪魔の一団がビル壁面から跳ね、弾丸のように一行に飛び掛った瞬間。

黒子「―――」

妙な耳鳴りがし。
そして先頭の3体のアサルトのが見えない『何か』によって弾き飛ばされ、
近くのビルへと叩き込まれていった。

それは黒子の隣にいた女が放った現象だった。

女の両手周囲の揺らぎはさらに強まっており。
そして指をパチンと小さく鳴らされたと同時に、再び耳鳴りを伴う見えない『何か』が悪魔達を弾き飛ばした。


黒子「(……音波?……何らかの衝撃波の一種?)」


黒子「(射程はまあまあ………………威力は……)」


女の指鳴りと同時に出現する見えない『何か』。
今度は路上に着地した瞬間の数体のアサルトを真上から叩き潰したが。

アスファルトに埋め込まれたアサルト達は氏んでおらず、
興奮したように咆え破片を撒き散らしながら這い上がってきた。


黒子「(…………足りませんの。このお方は防御向きの後方支援タイプですのね)」

539: 2010/11/17(水) 00:38:16.94 ID:ObWO5UQo
そう冷静かつ客観的に思考しつつ、黒子は自身の能力を発動させた。

一気に30m程前方へ『飛び』。


とある一体のアサルトの『頭上』へ。


黒子「―――」


常人ならば、黒子の動きには全く反応できないだろう。
氏角からの完全な奇襲となるはずだ。

しかし、相手は悪魔。
それも『死神もどき』といった雑魚ではなく、人間世界で言えば『職業軍人』である純粋な戦闘タイプ。

そう簡単にいくはずがない。


転移したその先で黒子が見たのは、真っ直ぐこちらを見上げていたアサルトの不気味な瞳だった。
『ようこそ』と言わんばかりに。


俗に言えば、これは『悪魔の勘か』。


一応、学園都市側においても、その現象について科学面からの報告が出ている。

それは黒子の脳内にも、資料としてある程度書き込まれている。

「能力者がその能力を行使する際、力(AIM)に必ず予備動作的予兆が見られる」。

そして別の項では、

「基本的に悪魔は力(AIM)を感じ取る事が可能」
「悪魔もAIMと似た力を常に纏っている為、対象『そのもの』に対し作用する能力は阻害・もしくは相殺される場合もある」、
「能力者のAIMと悪魔の力では、後者の方が『能動的な生』であり絶対的優勢である」、
「その為、同程度の濃度で干渉し合った場合はほぼ確実に押し負ける」、

「悪魔が纏っている力にダメージが入らない限り、もしくは相手が意図的に力を緩めない限り、」
「同程度のAIMが打ち勝つことはまずあり得ない」、と。

540: 2010/11/17(水) 00:42:14.48 ID:ObWO5UQo
黒子の転移先を完全に見切っていたアサルト。
即座に彼女に向けて、強靭な尻尾が鞭のようにしなり振るわれた。

直撃してしまったら黒子の小さな体など一瞬で挽肉だ。


ただ、当たればの話だが。


当たるかという寸前、黒子の体が小さな風切り音と共に消失し。
振るわれたアサルトの尾は、黒子が一瞬前までいた空間をむなしく切り。


『同時』に、今度はアサルトの『喉の下』に出現した黒子。

そして次の瞬間。

彼女は、指の間に二本のナイフを挟んだ左手をアサルトの喉に向け振るった。



レディ謹製のナイフは、悪魔の固い表皮と『纏っている力』を滑らかに切り裂いていった。
黒子の腕力だけで、抵抗も無く易々と。


そして『纏っている力』に穴が開くということは。

その穴の中の部分に関しては、黒子の能力を妨害するものは一切存在しない。


黒子の拳から突き出ている二本の刃が、アサルトの皮膚を裂いて行き。
それと同時に、切断筋の周囲幅20cm程が黒子の能力によって『消えていく』。


小さなその手でたった一振り。


それだけで、アサルトの喉が『消えてなくなった』。

いや、正確には『分離して彼方に飛ばされた』。


541: 2010/11/17(水) 00:46:04.94 ID:ObWO5UQo
アサルトの喉から即座に吹き出すおぞましい体液。

しかし黒子は一滴すら浴びずに、瞬時にアサルトの後方へと飛ぶ。

当然、同時に黒子の移動先を察知するアサルト。
猛烈な速度で背後に振り向き、彼女の転移先へ巨大な爪で横に凪ぐも。

またしても黒子は『既に』そこにはいなかった。

彼女はアサルトの頭上に飛んでおり。
そして出現したと同時にアサルトの脳天に向け、十字を描くように刃を握りこんだ拳を振るった。


次の瞬間、アサルトの頭部は消失した。


喉下が欠けた、下あごの断片を残して全て。


黒子がこのアサルトへ向かっていってから約0.4秒。
その間に彼女は4回飛び、アサルトの喉に一切りと脳天に二切り

そして瞬時に狩った。


黒子は仕留めたばかりの獲物の後方に転移し、静かに降り立つ。

振り向きもせずに次の標的を見定める彼女の背後で、
頭部の大部分が消失したアサルトがゆっくりと倒れ込んだ。

糸の切れた人形のように。

542: 2010/11/17(水) 00:49:56.85 ID:ObWO5UQo

彼女の戦い方の原理は簡単。

察知されるのなら、察知できないくらい素早く連続して飛べば良い。

相手の体内に物体を打ち込めないのなら、『直接』やればいい。

相手の力によって能力に障害が起きるのならば、その力にダメージを与えれば良い。

それだけのことなのだ。


ただ、強化調整による飛ぶ際の時間的ラグの『消失』と『連続使用』が可能であってこそ、

そして黒子自身の鍛え上げられた戦闘センスがあってこそできる戦い方であり、
誰にでも真似できるものではないが。


更に、少し掠っただけで肉体が削がれていくような、
そんな一撃即氏攻撃の射程内へ進んで身を投じる戦い方を選ぶなど、
傍から見れば正に狂気の沙汰だろう。


だがそれが人間対悪魔との戦いの真理だ。
肉体的に極端に劣る人間にとって、攻撃こそ最大の防御。

相手の攻撃を一発たりとも許すまじと、とにかく攻勢に出ること。

それが人間にとって、確実な勝利を手に入れられる唯一の手段なのだ。


恐怖を克服し、その境地にようやくたどり着いたテレポーター、白井黒子。

彼女は今正に本物のデビルハンターと化していた。

543: 2010/11/17(水) 00:52:22.63 ID:ObWO5UQo

そして彼女は『空間を舞う』。

ブラフを織り交ぜてアサルトの至近距離へ飛んでは、刃で切り裂き同時にその部分を『飛ばし』。

チームメンバーの支援を受けつつ、
またチームメンバーが頃し損ねたアサルトに止めを刺し。

悪魔達の体の部分部分を奪っては次々と狩り取っていった。

どうやら、このチーム内で戦闘においては彼女が最も激しく攻撃的らしかった。

次第に縦横無尽に飛び交う彼女を他の七人がサポート、
という戦術がこの場で構築され即座に適用され。

相互に作用しあい、チーム全体の戦闘能力を更に高め洗練させていく。


ただ。

ついていけない者・力が及ばない者は当然、容赦無く『脱落』していく。
『この程度』で消える者はどの道消える。

あっけなく。

あっさり。

ここには『慈悲』も『救い』も無い。


あるのは『戦い』と『氏』のみだ。


そして『脱落者』達もそれを知った上でここに来ている。


どうなろうと自業自得だ。
どんな結果になろうと、文句を言う権利など一切無い―――

544: 2010/11/17(水) 00:54:43.71 ID:ObWO5UQo
黒子「―――」

戦いの中。
黒子が感覚に従い、次の獲物の方へと振り向いたその時。

彼女が捉えたアサルトの前に、一人の女が立っていた。

先ほど彼女に話しかけてきた『Charlie 6』だ。

黒子「―――」

いや、彼女がアサルトの前に立っていた、と言うよりは 
アサルトが彼女の背後に立っていた、と言うべきか。


そして次の瞬間。


「――――――ぇ゛ッ―――」

肋骨を砕き、肺を貫き、皮膚を引き裂き。

女の胸から突如『生える』、緑がかった薄汚れた大きな『爪』。


それは背後のアサルトからの一突き。


黒子「―――」


次いで、すかさず添えられたアサルトのもう片方の手と強靭な顎によって、
女の体はあっけなく引き千切られた。

断末魔も苦痛の声を漏らすヒマなく。
自分に何が起こったのかさえ知るヒマなく、女は文字通り『赤く散った』。


黒子「―――――――――…………」


――――――――――――。。。。

545: 2010/11/17(水) 00:56:11.22 ID:ObWO5UQo
一分後。


「―――――――…………こちら『Charlie』」


「報告。敵性因子の排除完了―――」

再び静けさを取り戻した薄暗い街の中。
淡々としたチームリーダーの声が響いていた。

路上には激戦を物語る捲れあがったアスファルトと、大量の悪魔の氏体。

そして。


「―――損害は戦氏1名。負傷者は無し。任務継続する。以上」


人間の少女一体分の―――。


『こっちでも確認したよ。了解「Charlie」。任務継続して』


「よし、行くぞ。少し時間を押している。急ぐぞ」

相変わらず淡々としたリーダーの声。
それに従い、メンバー達も動き出す。

「『Charlie 4』……さっき『Charlie 6』と話したよな?」

とその時、黒子の傍にいた背の低い黒髪の少年が、
彼女に向けて小さく口を開いた。

黒子「……まあ」

「もしかして知り合いだった?」

黒子「………………………………いえ」



黒子「―――『他人』ですの」


―――

564: 2010/11/18(木) 23:01:05.02 ID:TLDG3swo
―――

全方位から猛烈な速度で迫ってくる『影の刃』。

ルシア『―――』

彼女は瞬時に全ての感覚を周囲に集中させ、
全てを回避行動に傾ける。


光沢が一切無い、塗りつぶしたかのような『黒』。

その刃が首からわずか数ミリのところを突き抜けて行き。
こめかみを掠り。
捻った腰、わき腹の衣服の表面を裂き。
仰け反ったルシアの顎先を真下から掠っていき。
真横から、ルシアの鼻先数ミリのところの大気を貫通していく。

全てがギリギリであった。

これは刃筋を見切った余裕のある回避行動ではない。
ルシアにとって本当に間一髪だったのだ。


ルシア『――――――ふぁッ!!!!!!』

この猛撃の『一つの波』をひとまず潜り抜けたルシアは、
溜め込んでいた胸の空気を吐き出し。

滑り込むように着地し低く曲刀を構えて周囲を見据えた。

影の刃いなした曲刀、
その柄を持つ手の痺れと震えが、この漆黒の刃の誇る凄まじい膂力を示し。

彼女の全身いたるところある、
赤い雫がジワリと漏れ出している浅い切り傷が、
回避が非常に困難である速度と密度を示していた。

565: 2010/11/18(木) 23:07:46.32 ID:TLDG3swo

ルシア『…………はッ…………はッ……』

見通す限り、倉庫の先も奥も全てが『影』に覆われている。

今の攻撃の激しさから考えても、
このまま突き進んで行くのは厳しすぎる。

ルシアがまずもたない。

現状の非魔人化状態では必ず回避に限界が来る。
あの刃に串刺しにされ。
動きが止まった瞬間、更に無数の刃によって細切れにされ。

最終的に氏ぬ。

ルシア『(…………ッ……)』

あの影の刃は、ルシアだけを狙っていた。
キリエに傷がつくの事は避けているようだ。

だがそうだとしても、今のルシア達にとっては何の利益も無い。

ルシア自身、この背中の二人が助かるのならば命を差し出しても良いと覚悟しているが、
今の状況下では、ルシアという存在の消失は二人の氏に直結しかねない。

今こんなところでは彼女は絶対に氏ねないのだ。

しかし背中の二人の事を考えると、魔人化するのもダメだ。
背負ったまま魔人化すると、二人はルシアの放つ力に到底耐えられない。

かと言って降ろして進むというのは論外だ。
それはどう考えても危険が増すだけだ。

567: 2010/11/18(木) 23:11:43.61 ID:TLDG3swo

ルシア『(…………どうしよう…………どうすれば……)』

ではどうする。

背中の儚い二つの鼓動が、少女を更に焦燥させていく。

そしてこうしている今も、どう感じても高等悪魔『程度』ではない、
強烈すぎる視線と殺気を全方位から感じる。

『影』がある限り、どこまで行っても逃れられない。

つい一瞬前までは港まで行くことを考えてはいたが、
今となってはそれはもう無意味な行動でしかないだろう。

ルシア『(………………動けない……定点で耐えるしか選択肢が……無……)』


と、その時だった。

倉庫の向こう。

闇の中から。


ルシア『―――…………!!!!』


革靴の足音が響いてきた。

ルシアが聞きなれた、そして彼女の『怒り』を刺激する足音が。



「―――お前も来たとはな。『χ』―――」


彼女の存在を示す『言霊』と共に。

568: 2010/11/18(木) 23:15:41.08 ID:TLDG3swo

闇の中から姿を現した男。

アリウス。

その顔を一目見た瞬間、ルシアの中で『何か』がピキリと軋む音が響く。

ルシア『―――…………ッ……』

だが、彼女はその『何か』が『暴発』しそうなのを堪えた。
漲る自身の衝動をとにかく押さえ込もうとしていた。

アリウスに対する凄まじい殺気と敵意を。

これに染まってしまったら、フォルトゥナの二の舞だ。

魂に刻まれている『呪縛』は再び―――。


フォルトゥナの時とは違い素顔を露にしていたアリウスは、
相変わらず葉巻を燻らせ、全てを見下しているような傲慢な表情を浮かべながら。

アリウス「我慢しなくても良い―――」

アリウス「お前は言ったな?己は『製造コード』ではなく『名』を持つ存在だと」


アリウス「ではさっさと証明したらどうだ?」



アリウス「―――それがお前の『心』とやらなんだろう?」



ルシアから15m程のところまで進み、
そこで立ち止まった。

あざ笑い、『挑発』という危険な誘惑の声を飛ばしながら。

569: 2010/11/18(木) 23:17:32.91 ID:TLDG3swo
ルシア『―――』

とその時、アリウスの背後。

闇の中にぼんやりと二つの赤い光点が浮かび上がった。

悪魔の瞳だ。
その体のサイズは大型か、光点の大きさはルシアの頭ほどもあった。

闇に隠れている体、目の大きさから推測するにその全長は30m近くになるのかもしれない。

そして強烈な威圧感を持つ、『豹』のような瞳―――。


ルシア『(―――間違いない―――)』


やはり間違いない。
あれは先ほどの『影の攻撃』を仕掛けてきた存在であり、『シャドウ』と呼ばれる悪魔族だ。


ルシア『(でも―――普通……じゃない…………?)』


しかし。

そのスケールがルシアの知識とは明らかに違っていたのも確実となった。


滲みででくる力の格が―――。


570: 2010/11/18(木) 23:19:54.21 ID:TLDG3swo

そのルシアの表情を見、
彼女が何を思っているのかを悟ったアリウス。


アリウス「……俺に味方する魔界の強者はアスタロトとトリグラフだけではない」


相変わらずの傲慢な表情を浮かべ、
軽く右手を挙げながら己の後方を指して告げた。


アリウス「『彼』、『闇獄』の『神』もだ」


ルシア『…………神……』


アリウス「『彼』の魔界での呼び名は『jlkahsgengg』」

アリウス「人語の呼称は存在しない。今まで一度も人の前に姿を表す事はなかったからな」

アリウス「そもそも魔界でもあまり名は知られてはいない」


アリウス「魔界の呼び名を人語に訳すのならば……」


アリウス「『影豹王』(レクス=パンテラ=アートルム)とでもなるか。まあ好きに呼ぶが良い」


ルシア『…………』

571: 2010/11/18(木) 23:25:42.23 ID:TLDG3swo
アリウスの言葉が正しければ。

一つの『界』を統べている存在ならば。

彼の背後に控えている『アレ』は、大悪魔の中でもかなり高位の存在。


ルシア『―――』

実際に戦ってみないとわからない、とは一応言えるものの、
いくらルシアでも戦うのが厳しすぎるのは明らかだ。

『戦い』にすらならないかもしれない。


と、そこで一際緊張した表情のルシアを見たアリウス。

アリウス「安心しろ。お前如きの問題で『彼』の手は煩わせん」

わざとらしく眉を寄せ、なだめる様な表情を浮かべ。
嘲笑が混じった声色で言葉を飛ばし。


アリウス「お前の背中には俺の『客』がいる。俺がやるのが道理だろう?」


左手をスッとルシアの方へと向けた、その次の瞬間。


アリウス「そして―――」


アリウス「―――お前を破壊するのは『お前自身』だがな」


ルシア『―――ぐ…………ッッッ……?』


突如、ルシアの口から鮮血が噴出し。


そして彼女は力なく前に倒れこんだ。

572: 2010/11/18(木) 23:28:39.45 ID:TLDG3swo
崩れ落ちるルシア。
背中の翼も力なく開き、中からキリエと佐天が転げ落ち。

キリエ「―――ルシ……アちゃん??!!ルシアちゃん!!!!!」

ルシアの惨状を見たキリエは即跳ね起き、
直ぐに彼女に駆け寄ろうとしたが。


アリウス「―――『客人』よ。そのような忌まわしき『液体』で身を汚すな」


キリエ「あッ―――…………ぐッ…………」

アリウスがそう告げたと同時に、
跳ね起き立ち上がったそのままの状態でキリエの動きが止まった。

キリエ「(…………動か…………が……―――!!!!!!??)」

その次の瞬間、彼女は胸の中の猛烈な痛みに襲われその場に膝を付いた。

表情を曇らせ。
冷や汗を噴出し。
苦しそうに呼吸しながら。


ルシアとキリエ。
二人は、完全にアリウスの術中に嵌っていた。
魂に刻まれた術式によって。

573: 2010/11/18(木) 23:30:09.46 ID:TLDG3swo


ルシア『(―――……な……ん…………?)』

この崩壊現象。
これはフォルトゥナの時と同じ作用だ。

しかし、今ルシアはアリウスに刃を『向けよう』とはしていなかった。
何とか堪え、明確な殺意をあの男には向けていなかった。

それなのに彼女の魂に刻み込まれていた術式、『呪縛』は起動した。


アリウス「不思議か?……『ここ』がどこなのか、お前は忘れたのか?」


呆れた表情を浮かべ、冷徹な言葉を浴びせかけるアリウス。
自身が吐いた血に喘ぎ溺れている彼女へと。


アリウス「なぜ『俺の腹』と化したこの島にて、俺がお前との『接続』を修復する可能性を想定していなかった?」


アリウス「まさか『この程度』の事でさえ想定外とでも?」


アリウス「全く……我ながら情けなくなるな、その愚鈍なる知能の低さには」


アリウス「正にお前は『駄作』だな」

574: 2010/11/18(木) 23:33:38.58 ID:TLDG3swo
アリウス「さて…………」

ルシアに向け吐き捨てた後、アリウスは軽く足で床を叩いた。
直後、彼の前の床の影が大きく盛り上がり。

その影の中から、黒い大きな球体の上半分が出現した。
下に隠れている部分を考えると、直径3m程はあろうか。

表面の三分の一ほどが削り取られたかのように透けており、
そこからオレンジとも赤とも言える光が漏れていた。

ルシア『(―――あ………れ……は……)」

ボンヤリとした意識の中、その大きな球体を目にしたルシア。

見覚えがある。
いや、断言できる。


あれは『シャドウ』の『コア』だ。


やはりサイズは、知ってる物よりもかなり巨大であったが。

地に伏せっているルシアの視線など欠片も気にせずに、
アリウスはその球体に手をかざし重要な言葉達を口にした。


アリウス「『アルカナ』を起こせ。さっさと俺に覇王を『降ろせ』」


アリウス「それと『照合』も終わった。天の門の構築を開始しろ」


その次の瞬間、巨大なシャドウのコアの光が増し、
表面に様々な光の紋様が浮かび上がった。

575: 2010/11/18(木) 23:37:51.53 ID:TLDG3swo
ルシア『(――――――………………!!!!!!!!!)』

浮かび上がった光の紋様、あれは明らかに何らかの術式だ。

アリウスの言動、そして今の現象を見て、ルシアは一つの推測を打ち立てた。


                     ア レ
ルシア『(まさか……「シャドウのコア」が…………「核」…………?)』


『核』。


少なくともアリウスの言葉から、
『アレ』が覇王復活と天の門を開く術式の制御核と考えることも可能だ。


しかし、シャドウのコアを『間借り』してそこに核を隠し込むなど、余りにも突拍子も無い―――



―――いや。

むしろ、『それ』がアリウスらしいではないか。

なぜなら、ルシア達にとって『あそこ』は最悪の隠し場所なのだから。

『影の中』に隠れられてしまったらどうしようもない。

見つけ出すのは困難だ。
影の方から出てきてくれない限り、こちらから手を出す事ができないのだから。


ルシア『(―――…………)』


ただ、これは誰かに伝えねばならない情報なのは確かだ。
ネロが一番好ましいが、今この街に来ているかもしれない能力者達でも良い。

とにかくこの情報を誰かに託さねば―――。

576: 2010/11/18(木) 23:39:57.59 ID:TLDG3swo
―――と、思うものの。

この現状では、誰かに情報を託すことさえ困難だ。
無傷の佐天がいるが、彼女に喋ったところでどうする?

アリウスが、重要な情報を持った人間をご親切に解放するか?

そんな事絶対にありえない。


ルシア『―――…………』

とにかくこのままでは誰一人、ここから動けない。
キリエは捕らわれ己と佐天は命を落とす。

どうにかしてこの状況を大きく―――。


―――と思っていたところ。


ルシア『―――…………?』

ふと、胸の辺りの妙な触感に気付いた。

その触感の発信源は。

小さな細い杭。

キリエの魂に刻み込まれた術式を解く為にレディが作った『鍵』だ。
胸元に仕舞い込んでいたそれが、
うつぶせになっている為彼女の皮膚に押し付けられていた。


ルシア『………………………………………………………………』


577: 2010/11/18(木) 23:42:24.37 ID:TLDG3swo


その彼女の後方、2m程の所。


そこの床に佐天は座り込んでいた。


佐天「―――」

悶え苦しむキリエとルシアに、大きく見開いた瞳を向けながら。

その瞳は不気味なほどに透き通っていた。
『光が無く』、まるで底無しの穴のような。

そう、陰りの無い『恐怖の瞳』だ。

佐天「―――」

振動している体。
震える顎により、歯の小刻みな衝突音が鳴り響く。

彼女の精神は既に限界だった。

この張り詰めた糸がいつ切れてもおかしくはない。

578: 2010/11/18(木) 23:45:47.51 ID:TLDG3swo

佐天「―――あ…………」

アリウス。
その背後にゆらぐ、巨大な赤い二つの光点。
うつぶせに倒れ、血を吐くルシア。
呼吸困難に陥ったかのように喉を鳴らしうずくまるキリエ。

それらにより、彼女の精神をつなぎとめている最後の糸が徐々にほつれていき。


佐天「―――………………あ……あ……」


そして―――。


と、その時だった。
咽び蹲りながらも、キリエが佐天の方へと顔を向け。


佐天「―――」


強引に笑みを浮かべ。


キリエ「…………ルイ…コ……ちゃん……『大丈夫』だか……ら…………」

579: 2010/11/18(木) 23:50:42.98 ID:TLDG3swo

佐天「――――――――――――――――――」


そのキリエの姿と声、『大丈夫』という言葉で、

彼女の中で『何か』が弾け飛んだ。


佐天「(―――)」


そして遂に彼女の精神がトンだ。


だが恐怖によって『廃人』化した訳では無い。


『吹っ切れた』という事だ。


佐天「(―――)」


黒子とは『逆』、御坂と『同じ』である『放散型』で。


キリエの言葉により蘇る、あの悪夢の日の記憶。

鏡の世界の中でのあの『シスター』の姿と声。

彼女が佐天に囁き続けてくれた、『大丈夫だから』という言葉。

恐怖に飲み込まれた彼女を繋ぎ止めた、天使のような声。

580: 2010/11/18(木) 23:55:44.00 ID:TLDG3swo
佐天「―――」

あの時、あのシスターは無力にも関わらず身を挺して佐天を守ろうとした。
そして励まし続けてくれた。

あのシスターが守ってくれなかったら、ネロが来る前に佐天の命は消えていた。

力は無くともできる事がある。
あのシスターは、力が無くとも佐天の命を繋ぎ止めたのだ。

今、あの時のように救いが来るのかどうかなどまるでわからない。
佐天にとって絶望的かどうかさえもわからない。

でも。

諦めたらそこで終わりだ。

万が一にでも救いが来るとしたのならば。

状況が大きく変わる『何か』が到来するのなら。

その確率が僅かでもあるのならば。


『それまで』繋ぎ止めるべきだ。


―――今度は私が―――。


例え力が無くとも。


―――私がやらなくちゃ―――。


全力で全身全霊で。

581: 2010/11/18(木) 23:58:46.67 ID:TLDG3swo

佐天「(――――――立ってよ―――)」

瞳に光が戻り、自身の芯を確立した少女。

佐天「(お願い―――立って―――)」

恐怖によって凍りついた己の体を何とか動かそうとする。


佐天「(―――立つんだってば―――)」


全身に力を入れ、熱気を流し込み活性化させ。


佐天「(立て―――立てよ―――!!!!!!!!」

そして遂に。



佐天「―――立てェエ!!!!!!涙子ォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!」



佐天「うぉっしゃああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」


恐怖という拘束を引きちぎり、人間の少女は立ち上がった。
自身に向けた怒号を響かせながら。

その体は未だに小刻みに揺れていたものの、彼女は力強く確かに立っていた。

582: 2010/11/19(金) 00:04:56.64 ID:5Z/u3mEo

アリウスはコアに手を翳したまま眉を顰め。
突如叫び声を挙げ立ち上がった佐天に目を向け、


アリウス「……………………………………………………何だお前は?」


やや意表を突かれたのか、小さく口を開いた。
いや、実際アリウスとしてはこれはかなり想定外の事であった。

現に彼の意識が離れてしまう。

床でゆっくりとなにやら動いていたルシアから。


佐天「―――私は佐天 涙子だオラァッッ!!!!!!!」


佐天「―――ルシアちゃんとキリエさんの友達!!!!!!!!」

鼻息を荒げながら声高に堂々と宣言する佐天。


アリウス「………………………………そうか。それは『災難』だったな」


その佐天の言葉を聞き、今度は日本語で返すアリウス。

この佐天の余りにも突拍子も無い登場に、
アリウスでも小さく笑ってしまっていた。


佐天「ささささ災難なんかじゃない!!!!!!!!」


アリウス「……………………それは良かったな」


佐天「ううううううるさい!!!!おいオッサン!!!!!アンタにい、いいいい言っておくッ!!!!!!!!!


佐天「―――二人には絶ッッッッッッッ対に手を出させないッッ!!!!!!!!!!!」


アリウス「………………………………………………お前は何を言っているんだ?」

584: 2010/11/19(金) 00:15:08.21 ID:5Z/u3mEo

アリウス「(………………………………何だコレは)」

アリウス「(……この小娘は何で動いている?勇気か?蛮勇か?自殺願望か?)」

アリウス「(それとも状況を理解していない単なるバカか?もしくは救いようの無い究極のバカか?)」

アリウス「(…………滑稽だ。ふん、やられたな。さすがに俺でも想定外だった)」

アリウス「(引っ付いてきたカスがまさか『道化』だったとは)」


佐天「な、何がおかしいッッッッ!!!!!!!!!!!」


アリウス「……生憎―――」

アリウスは小さく笑いながらも、作業を済ませ『巨大なシャドウ』のコアを再び影の中に戻し。


アリウス「―――俺の舞台に『道化』は必要としていない」


踵を返し、佐天に背を向けながら。


アリウス「ご退場願おうか」


軽くサッと手を掲げた。
すると、佐天の両脇の闇の中から二体のアサルトがゆらりと姿を現した。


佐天「――――――ま…………ままままっまあま―――!!!!!!」

585: 2010/11/19(金) 00:17:28.96 ID:5Z/u3mEo

佐天「(―――これ―――)」


両脇からゆっくりと歩み寄ってくる二体の異形の化け物。

おぞましい牙をむき出しにし、粘ついた涎を垂らしては獣の声。
ご馳走を前にして、どう食そうかの思索を楽しんでいるような動作。

まず『友好的』では無いのは明らか。

佐天でも容易にわかる。


佐天「(ヤバイよ!!!!!絶対ヤバイ!!!!!!!)」


このままでは『氏ぬ』、と。

ではどうするか。
両脇の化け物には、どう転んでも自身が何かをできそうには思えない。

でも。

佐天「(―――あのオッサンなら少しは―――!!!!!!)」

見た目は人間に見えるアリウス。

体つきは佐天とは比べ物にならない程逞しいが、
両脇に迫る人外の化け物よりはかなり難易度が低く見える。

もちろんそれでも『勝つ』、というのが困難なのは佐天もわかるが、
彼女から見てもアリウスが『ボス』なのはわかるし、
それなりに食いつけば何らかの活路を見出せるかもしれないのだ。


佐天「―――うッッ―――」


引っかき傷の一つくらいなら何とかつけられるかも、と考えた佐天。


佐天「―――うォォォォォォりャァアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!」


雄たけびを上げながら前へと飛び出し。
小さな拳を振り上げ、アリウスの背中へと飛び掛った。

586: 2010/11/19(金) 00:21:30.03 ID:5Z/u3mEo

アリウス「…………」

『仕方なかった』といえばそれまでだが、佐天はあまりにも無知だった。

確かにアリウスの見た目は人間だ。
いや、アリウスは正真正銘の『人間』だ。

だが『人間』もピンキリだ。
大半は佐天のような『普通』の者だが、
中には一方通行のような『神族』の領域に入った『特別な人間』もいる。

そして、このアリウスもその一人だ。

『特別な人間』だ。

その瞬間。

アリウスの足元の床から後方に向けて、銀色の光沢がある大きな『鎌状の腕』がズルリと出現した。
長さは3m程、全体の形状はカマキリの腕に似ているだろうか。
表面はうろこ状だったが。

ギチリと一度軋んだ後、先端が佐天の喉へ向けて振るわれた。
彼女が、目視どころか存在を認識する事も不可能な速度で。


そして、彼女の首は一瞬で刎ね飛ば―――。


アリウス「―――…………」


―――されるはずだったのだが。

587: 2010/11/19(金) 00:25:54.18 ID:5Z/u3mEo

もし『運』というのがあるとすれば、それは佐天に味方していたのかもしれない。

いや。

こう言った方が良いか。

佐天は自ら立ち上がったことにより、その『運』を強引に引き寄せた、と。


アリウスにとって、彼女はクダラナイ『道化』なのは確かだ。
だが一旦舞台に上がってしまった『道化』は、その劇の空気を変えてしまう力を持つ。

どんな小物であろうとも、『登場人物である以上』、だ。

最初の影響は小さい為、別段気にする必要も無いと思われるが。
確実に劇の筋書きは変わっていく。
そして気付いた時には、既に修正不可能なところにまで達する。

このアリウスの物語もまたそうだ。


彼が書き上げた物語は崩壊していく。
狂い始め、彼が決して予期し得なかった結末へと向かっていく。


最初はゆっくりと。


最期は怒涛の如く。



そしてその崩壊の『始点』が『この時間』だ。


佐天涙子が作り出した小さな小さなピースだ。


これが崩壊の火種だ。

588: 2010/11/19(金) 00:28:19.61 ID:5Z/u3mEo
響く『金属音の衝突音』。
どう聞いても、人の肉が断たれた響きではない。

更に、アリウスの背中の中ほどに走った『微妙な衝撃』。

アリウス「……………………何?」

佐天「……………………へ?…………へ?」

佐天自身、何がどうなったのか良く把握できていなかった。

前に駆け出し放った彼女の拳は、
アリウスの肩からかけている上質なコートに軽くめり込んだ。


そしてようやく彼女の目にも映る、銀色の巨大な『鎌状の腕』。
その不気味に光る大きな刃は、彼女の首の横僅か数センチのところで制止していた。

佐天「………何…………これ…………ッ!!!??」


と、その時。


『―――佐天さん―――伏せてください―――』


背後から響く、エコーのかかった声。
そして背中を強く押され


佐天「―――えッ―――あッッッ!!!!!!」


佐天は前のめりに、半ば倒れこむようにして伏せた。


その瞬間。

『金色』の光の筋が走った。
彼女の後方から彼女の頭上を通り、そしてアリウスの大きな背中めがけて。

甲高い金属音を奏でながら―――。

589: 2010/11/19(金) 00:29:48.80 ID:5Z/u3mEo
光の筋。

アリウス「―――」

それは斬撃。

その放たれた力の『刃』が、振り向きかけたアリウスの肩からわき腹にかけて直撃した。
斬撃の甲高い飛翔音に続き響く、今度は耳を劈く凄まじい激突音。

佐天「―――わ―――ひッッッ―――!!!!!!!!!!!

更に立て続けに何発も何発も放たれては、
佐天の頭上を通過しアリウスの居た方向へと炸裂していった。

光が弾け飛び、斬激の余波が衝突点から放射線状に走り、
床に一瞬にして複数の溝を刻みこんでいく。

捲れあがる倉庫の床や壁、飛び散る破片や火花、荒れ狂う衝撃波の渦。

そしてその斬撃の嵐に襲われ、アリウスは一瞬にして弾き飛ばされ、
倉庫の奥へと吹き飛んでいった。


佐天「―――な…………な……な……?」

頭を守るように手を添えながら、恐る恐る顔を上げ、
変わり果てた前方の有様を呆然と眺める佐天。

アリウスが断っていた場所、そこから向こうは完全な廃墟となり。

天井の大きな割れ目は地上まで達していたのか、倉庫内の空気が急速に流れ始め、
巻き上がっていた粉塵を押し流していく。

590: 2010/11/19(金) 00:36:15.43 ID:5Z/u3mEo
『―――助かりました。あの男の気を引いてくれて』


佐天「―――!!」

そして後方から再び響く声と共に、
突如腕を掴まれ引っ張り上げられる形で立たされた。

その声の方へと振り向くと。

キリエに肩を貸しているルシアが立っていた。
キリエとは反対側の右手には、ぼんやりと金色に光っている曲刀。

そして彼女の胸には。


佐天「―――ルシアちゃん……!!!!む……胸……!!!!刺さって……ち……血が……!!!!」


細い杭が深々と突き刺さっていた。

痛々しすぎる光景に慌てふためく佐天だが、
ルシアはそんな彼女の事など気にもせず平然と更に過激な行動を取った。

キリエを床に座らせると、右手を胸の前に掲げ握っている曲刀の柄で

佐天「わわわわわやめややややめッッッッッ―――!!!!!!!!」

突き出ている杭の頭を思いっきり叩いた。
当然、強い力で押された杭は彼女の胸を貫通し、
背中側から飛び出して床に金属音を響かせながら落ちた。

佐天「ちょちょちょちょわわわっわわっわわわわっわわわわ(ry」


ルシア『落ち着いてください。大丈夫です。私は頑丈ですので』


最早言葉になっていない声を挙げている佐天に対し、
ルシアはやや強めの平然とした口調の言葉を飛ばした。

ルシア『落ち着いて。「大丈夫」です』

背中から血を滴らせ噴出しながら。

591: 2010/11/19(金) 00:39:19.66 ID:5Z/u3mEo
次いでルシアはテキパキとした動作で杭を広い、
キリエの横に屈み。

その杭の切っ先をキリエの胸に当てがった。

佐天「―――……な……なな……何…………するの…………!?」


ルシア『…………楽にします』

佐天「へ?『楽』ってちょっと―――ッ!!!!!!!!!!!」

ルシア『キリエさん、少し痛みますが我慢してください。麻酔魔術も保護魔術も施す時間はありませんので』

佐天を完全に無視しつつそう言葉を告げるルシア。

何をするのか悟ったキリエ。
ルシアの瞳を見つめて小さく頷いた。

そんな彼女の顔を見、ルシアは躊躇い無く杭をキリエの胸に沈ませた。
メキリと湿った音が鳴り。

佐天「―――ちょっとぉぉぉやめやめやややややおおおぎゃああああああああああああ!!!!!!!!!」

キリエ「―――ッッッ…………く…………はッッッッッ…………!!!!!!」

激痛にも関わらず声を挙げずに堪え、
押し出されるように軽く短く息を吐くキリエ。

キリエ「はッ―――!!!!!はッ……!!!!」

そして次第に彼女の呼吸は安定し、その顔にも少しだけ覇気が戻り始めた。
胸に杭が突き刺されたにもかかわらず、逆に生気が漲ってきていた。

佐天「…………な……ななあな……ひぇええええ……」

592: 2010/11/19(金) 00:42:12.43 ID:5Z/u3mEo
ルシア『少し……楽になりましたか?』

キリエ「ええ。ありがとう…………だいぶ楽になった……立って歩けると思う」

ルシア『「鍵」は第四肋骨と第五肋骨の間の胸骨寄り、心臓と肺の隙間を通してます』

ルシア『今は時間がありませんので簡単な安定術式のみですが、』

ルシア『一応「呪縛」の機能は一時停止しています』

ルシア『そして「引き抜けば」術式を破壊できます。が、このまま引き抜いてしまうと魂も砕けます』


ルシア『つまり氏にます』


キリエ「…………」

ルシア『後ほど、「浸透」と肉体保全・保護術式を施してから引き抜いてください』


ルシア『該当術式は―――』

そしてルシアは該当する魔術の名称を次々と並べては、手順を簡潔に示していった。
キリエは脂汗を滲ませながらも、
頷きつつ小さく口を動かし、復唱しながらルシアの言葉を記憶していく。

脇で聞いている佐天にとっては、この飛び交う専門用語はもちろんチンプンカンプンだった。

いや。

佐天「…………………ひぇえ…………ひぇえええええぇぇぇ…………ひぇぇえぇ…………」

それ以前に、目の前の痛ましい光景のせいで、
冷静に聞き耳を立てる余裕も無かったが。

593: 2010/11/19(金) 00:44:39.59 ID:5Z/u3mEo

ルシア『―――これらなら大丈夫です』

キリエ「ええ。わかった」

ルシア『ネロさんなら問題なく扱えますが、さほど難易も高くないため他にも扱える方がいると思います』

ルシア『とにかく私達に友好的な、魔術に精通した方を探してください』

ルシア『この街に来る学園都市側の方々の中にも、魔術に精通しているお方がいるみたいですので』

ルシア『その方は天界系専門のようでしたが、代替魔術もたくさんあるはずです』

キリエ「うん……わかった」

ルシア『良いですか?コレはあくまでも一時的な処置です』


ルシア『15分以上経ってしまったら恐らく手遅れになります。「反動」がきます』


ルシア『それよりも前に、先言った全うな手順で処置を完了させてください』


ルシア『あ……それと「核は影にあり」。これも覚えてください』


ルシア『ネロさんか、もしくはその同志の方に必ず伝えてください』

キリエ「…………ええ」

594: 2010/11/19(金) 00:46:46.17 ID:5Z/u3mEo
ルシア『では佐天さん。キリエさんをお願いします。一緒にここから離れてください』

佐天「へ……へ?!!!」

キリエ「…………ルシアちゃん……」

ルシア『早くここから。200m程の地点に地上へ繋がる階段があります』

ルシア『決して止まらず振り返らずに進んでください』

佐天「―――!!ルシアちゃんはどうす―――」

ルシア『私はここで戦います』

佐天「そ、そんな!!!じゃ、じゃあ私も一緒に―――!!!!!」

ルシア『キリエさん一人ではここから離れられません。佐天さんがいないと無理です』


ルシア『それにここにいたら二人とも巻き添えになります』


佐天「―――」


ルシア『これより先、あなた方を巻き込まずに戦える自信は「ありません」』


佐天「―――…………でも!!!!!!―――」


佐天「―――『友達』を置いていくなn―――!!!!!!」


ルシア『―――私もです。「友達」を氏地に置いておきたくはありません』


佐天「―――…………」


ルシア『……お願いします。お願い…………行って……さあ……』

595: 2010/11/19(金) 00:53:49.05 ID:5Z/u3mEo
佐天「…………………………………………」

3秒間。

佐天は無言のままルシアの瞳を見つめた後。

無言のまま頷き。
キリエに肩を貸し、足早に示された方向へと駆けて行った。


ルシア『………………………………………………………………………………』



二人を移動させるのは、アリウスの手から遠ざけるため?

それは厳密には違う。

力を解放した自身とアリウスの戦いから遠ざけるためだ。

この島の中に居る以上、アリウスの手からはどう足掻いても逃げられない。
どこへ逃げても、あの『闇獄の神』かもしくはアリウスにどの道行く手を塞がれるだろう。

先ほど足止めされた時点で、港へ一気に突っ走るという方法は『不可能』と立証されたのだ。
彼女に今できることは一つしかない。


それはアリウスを今ここで―――。


―――そう、あの男さえ潰せば、『全て』何とかなる。


今、ルシアにとってアリウスは『不可侵の領域』の存在ではない。

刃は確実に届く。

アリウスとキリエの接続回線は一時停止。

そしてルシア自信の呪縛も『消えている』のだから。

596: 2010/11/19(金) 00:55:38.30 ID:5Z/u3mEo

ルシアの中、魂に刻み込まれていた『呪縛』。

平常時は魂の奥底へと埋もれ、
彼女をくまなく調べ上げたレディもトリッシュもマティエも皆その姿を捉えることは不可能だった。

だがアリウスの前で完全稼動状態ならば。

呪縛はもちろん派手に目立ち『剥き出し』だ。


そして、キリエの魂へと刻み込まれた術式と、
ルシアの魂へと刻み込まれている術式の大きな類似点。

二つは用途もまた刻み込まれた経緯も違うが、だが作り手は同じアリウス。
術式のベース言語も同じ古代ギリシャのグノーシス式。

程度に差はあれど、レディの作った『杭』は必ず何らかの効果はあるはず。

ルシアはその賭けに出たのだ。

そして出たサイコロの目は。

彼女の『勝ち』だった。


魂の中に刻み込まれていた術式は『崩壊』した。


ただ。

キリエだけの為に作られていたせいか、やはり噛み合わず。
そして処置があまりにも雑すぎた為。


『副作用』も出てきたが。

597: 2010/11/19(金) 00:58:39.50 ID:5Z/u3mEo

「…………あの小娘…………一本取られたな……久しぶりに『困惑』という感情を味わった」


廃墟と化した倉庫の奥から響いてくる声。


アリウス「………そのおかげでこの俺が………こんな無様な失態を犯すとは。俺もまだまだだな」

そしてゆらりと姿を現す、『無傷の埃一つついていない』アリウス。
葉巻を燻らせながらの相変わらずの傲慢な表情。

アリウス「それと……………………やはり無理があったみたいだな?」

ルシア『…………』

そのアリウスが、何に対して『無理があった』と指しているのかはルシアも当然わかる。
それはもちろん、ルシアが自身に行った処置の事だ。

引き抜く際には本来、先ほどキリエに告げた手順で行わないと大変なことになる。
あの手順が無い、という事は『手術器具無しで素手だけで手術を行う』ようなものだ。

いわばルシアの行った方法は、
腕を強引に突き刺し患部を退き釣りだし握り潰す、というやり方だ。

そんな『無理やり過ぎる手術』をしてしまったら?


アリウス「あと1時間か?それとも30分を切ってるか―――?」


当然、命が削れていく。


アリウス「―――お前の魂が完全に砕け散るのは?」

598: 2010/11/19(金) 01:00:13.34 ID:5Z/u3mEo

ルシア『……………………それがどうした?』


アリウス「『友の為とあらば氏をも恐れない』、か」


アリウス「はッ……『気高き信念』の『コピー』もそこまでくれば、な」

アリウス「お前にとっては嘘は真実、偽は真に成り代わるか」

アリウス「俺にとっては偽は偽だがな。所詮『模造品』だ」


ルシア『…………うるさい。お前の言葉は耳障りだ。お前は私が断つ』


アリウス「…………お前『程度』でこの俺をどうにかできるとでも?」


ルシア『できる』


アリウス「ほぉ…………大した自信だな。それはどこから来る?」


ルシア『……お前は以前、私に向けてこう言った』


ルシア『「お前の刃は決して届かない」って』


アリウス「…………」



ルシア『でも―――』



ルシア『―――さっき届いたけど?』

599: 2010/11/19(金) 01:04:39.73 ID:5Z/u3mEo

アリウス「―――ははははははははッッッ!!!!!!確かに!!!!その通りだな!!!」

その『指摘』を受け、豪快に高々と笑い声を上げるアリウス。

アリウス「では次は!!!??」


ルシア『次は血―――』

ルシア『その次は骨―――』


ルシア『―――そして最期に魂だ』


アリウス「ははははははッ――――――面白い。面白いぞ。大口を叩くその首―――」


それらの続けられた言葉に、豪快に笑っていたアリウスの顔から笑みが一気に引いていき。
入れ替りに、凄まじい殺気と憤怒が彼の顔を覆い尽くし。



アリウス『―――この手で直にへし折ってやる』



強烈な威圧感と共に、エコーのかかり始める声。

600: 2010/11/19(金) 01:06:18.82 ID:5Z/u3mEo

アリウス『―――覇王が復活し、その力が俺に宿るのは約5分後だ』

スッと両手を左右に広げるアリウス。

その腕の周囲、更に足元にて赤い光で形成された大量の術式や魔方陣が浮き上がった。

アリウス『―――だが今や、それはお前には関係ないことだ』

広げられた両手先には、
赤黒い炎のような光の揺らぎが出現。

そして周囲の床からは、
先ほどの『鎌状の腕』同じような『材質』で形成されているであろう、
大量の刃や触手がズルリと伸び上がって来。


アリウス『―――心配も何もいらない。後の事を気にする必要は無い』


彼の背後には、恐らく魔道兵器の一種であろう大きな大きな不気味な金属塊が出現した。



アリウス『―――五分後には、お前は生きていないのだからな』



601: 2010/11/19(金) 01:09:29.85 ID:5Z/u3mEo

これらはアリウスの歴史の集大成。

一世紀生きてきた彼の、今まで築いてきた魔界魔術大系。

彼は自身の歴史その『全て』を全身に『武装』した。


アリウス。


本名、ジョン=バトラー=イェイツ。

種族、『第二世代』の人間。



アリウス『―――甘く見るな。強いぞ―――』



彼は『弱き人間』の一人でもあるが。



アリウス『―――この俺は』



間違いなく『最強の人間』の一人でもある。

602: 2010/11/19(金) 01:10:55.67 ID:5Z/u3mEo

ルシア『―――』


ルシアにとって、アリウスはもう『不可侵』の存在ではない。
だがそれでも。

それでも、現にこうして全面から相対するとこの男の強大さが肌に染みてわかる。
そこらの下手な大悪魔よりも遥かに強い。

『力』だけではない。


その『芯』が強固過ぎる。


かなり歪んではいても、『人間としての信念』が凄まじすぎる。

ルシアは認めざるを得なかった。

自身よりも『様々な面』で遥かに『強い』、と。


ルシア『―――…………』


そして。


この男を倒すのが、どれ程困難な事なのかを。

まあ。

今更、ルシアには退く気も後悔も無いが。
困難なだけで、可能性はあるのだ。

1%でも可能性があれば充分―――。


―――その1%を分捕れば問題ない。

603: 2010/11/19(金) 01:12:30.63 ID:5Z/u3mEo


アリウス『我が「傀儡子」の儚き幻夢、終焉を向えし時―――』



何らかの術式詠唱なのか、それとも何かの感傷にでも浸り謡っているのか。

アリウスは静かに口を開き言葉を連ねていった。



アリウス『―――我が「創父造手」による「壞」をもって目覚めとす―――』



淡々と。



『どことなく』悲しげな言霊が響いていく。



アリウス『―――よって今生よりの「解放」とす』



異質極まりない関係である、呪われた『父子』の間に。


―――

611: 2010/11/22(月) 00:10:25.63 ID:gtxGI5co
―――

麦野『…………』

麦野は島の上空2000mの宙を浮遊していた。

背中から伸びる一対の紫の翼をゆっくりとしならせ、
左肩近くから浮かび上がっている青白いアームを不気味に揺らしながら。

彼女は今、『砲台』役をしていた。

滝壺『むぎの、22体の悪魔の集団を発見。まわりには誰も居ないから、砲撃して殲滅くれる?』

麦野『座標は?』

滝壺『標的の座標は―――』

麦野と滝壺の間では、単純な音声通信しかできない以上座標データを直接脳内に送り込むことはできない。
ただある程度の方向や位置を知れば、あとは麦野側が感覚を集中させて相手を捕捉できる為、特に問題は無い。


麦野『OK、捕捉した』


小さく呟いた彼女の周囲で光が煌き。

その次の瞬間。

太さ10m以上にもなる巨大な光の柱が放たれ、街に叩き込まれた。
着弾地点では高温の太陽のような光が激しく明滅し。
次いで一瞬だけ見える、白く球状に広がる衝撃波。

そして巨大な粉塵と爆炎の柱がぶち上がった。


麦野『命中』

滝壺『うん……OK、殲滅完了だよ』

612: 2010/11/22(月) 00:17:11.76 ID:gtxGI5co

滝壺『ところで…………むぎの、』

麦野『何?』

滝壺『…………さっきから妙な反応がある』


麦野『…………もしかして、「島全体を覆っている」ような?』


滝壺『むぎのも捉えてた?これなんなのかな。「力の大気」みたいなもの?』


麦野『…………いや…………』

アラストル『いいや。これは「単体の悪魔」の力だ』

そこで少し言葉を篭らせた麦野。
そんな彼女に代わる様に今度はアラストルが口を開いた。

滝壺『…………え?全体に満遍なく広がってるんだよ?』

滝壺『それにこれが単体の悪魔のものだとすると、その悪魔、―――』


滝壺『―――むぎのとアラストルよりもかなり「信号が強い」って事になるよ?』


アラストル『そうだ。それが正しい。そのままだ』


アラストル『俺達よりも力が格上で、全体に満遍なく広がれる悪魔だ』


アラストル『高位の大悪魔で間違いない』

613: 2010/11/22(月) 00:20:16.90 ID:gtxGI5co

麦野『やっぱり…………神とか王とかって言うクラス?』

アラストル『そうだ。力は俺よりもそれなりに格上だな』

麦野『……勝算は?』

アラストル『…………コイツがどんな奴なのか、見てみないとハッキリとは言えないが……』

アラストル『力だけで単純に見てみたらかなり「厳しい」な』

アラストル『この全体に広がっているように感じ取れる事からも、コイツが特異な力を持っている可能性も考えられる』

麦野『…………ただ、「厳しい」ってだけで「不可能」っつーわけじゃあないんだな?』

アラストル『ああ』


麦野『…………1%でも勝つ確率があるのなら充分。「簡単」な話ね』


麦野『どうってことないわ』


アラストル『お前、「人間にしては」本当にイイ女だな。ますます気に入った』

麦野『はいはいどうもどうも』


614: 2010/11/22(月) 00:21:55.52 ID:gtxGI5co

滝壺『…………あ、もう一つ。この変な信号のせいで良く見えないエリアもあるの』

滝壺『街の…………下、地下かな、一部のエリアがノイズが酷すぎて』

麦野『位置は?』

滝壺『F9、D9とD10の全域、それと周囲のエリアにも広がってる』

滝壺『このエリア、ノイズの合間にさっき少しだけ別の信号も見えたよ』

滝壺『多分二つ……片方は何か変な感じで良く分からなかったんだけど、』

滝壺『もう片方は麦野と同じくらい強い信号』

麦野『……おい。わかるか?』

アラストル『…………いや。見えないな。俺にはこの広がっているデカブツの力しか確認できない』

麦野『…………直接行って確認するか……』

アラストル『ああ、そうした方が良いな』

滝壺『そのちょっと近くにつちみかどがいるから、戦う時は気をつけてね』

麦野『わかった』

―――

615: 2010/11/22(月) 00:23:50.09 ID:gtxGI5co
―――

超高層ビルの合間に挟まれ佇んでいる、5階建ての小さなオフィスビル。
(小さな、と言ってもこの街の基準からであり、そのフロアは奥行き20mはあったが)

その3階のずらりと並んでいるデスクの間に土御門は立っていた。


土御門「(……………………何も無いな…………)」

このビルは、
インデックスの助けで浮き彫りとなった『大規模構造図』のランドマークの一つなのだが。

屋上から地下室まで一通り見て回ったものの、魔術のマの字も無い。
魔術的因子は欠片も無い、どこにでもある極々普通のオフィスビルだ。


土御門「(…………となると…………やはり街の地下構造か)」

各チームにもランドマークを調査させてはいるが、
恐らくここと同じく地上の構造物は無関係だ。

高層ビルから信号・看板等、ランドマークの種類が不規則すぎていたことから、
地上の物は関係ないと来る前から予想していたが、
こうして一つ確認してみてそれが確証へと変わった。

ただ。

大方、いや確信をもってこの結果は予想できていたが、実は何も備えが無い。

いや、備えようが無かったのだ。
北島の地下構造群は、地上の超高層ビル群の大都市よりも遥かに巨大。
そして学園都市の情報網を持ってしても、その深部の構造図は全く把握できていない。

この強襲作戦にあたっても、
情報が欠片も無いし情報を手に入れる手段も時間も無かった。


土御門「(…………ここに来て手探りか…………わかってはいたが面倒だな……)」


土御門「(どこかで構造図のデータを手に入れなければな……)」

616: 2010/11/22(月) 00:25:02.91 ID:gtxGI5co

土御門「滝壺。聞こえるか?」

滝壺『聞こえるよ』

土御門「ランドマークに到達したチームは?」

滝壺『二つのチームが戦闘して遅れてるけど、他のチームは到達してるよ。それで今調査s」

土御門「地上の構造物は無関係である可能性大だ。調査する必要は無いと判断する」

土御門「ランドマーク直下の地下を調べさせろ」

土御門「『地下室』じゃないぞ?地下の構造物だ」

土御門「少し手荒でも構わない。別の構造物へ到達するまで、真下へ掘り抜いて行かせろ」

滝壺『うん。了解』

土御門「それと、俺の現在地から近いチームは?」

滝壺『「Charlie」かな。途中で戦闘が無ければ、3分以内にそこに行けるよ』

土御門「どのチームでも良い。一つ、すぐにこっちに寄越してくれ。ここの地面を掘り抜かせる」

滝壺『了解』

617: 2010/11/22(月) 00:26:38.66 ID:gtxGI5co

土御門「あとレールガンに繋げてくれ」


滝壺『……はい、繋がったよ』

御坂『はいはい何?』

土御門「その前に一つ確認だ。お前の方からなら一応、視覚データ等の類はミサカネットワークに流せるんだな?」

御坂『できるわよ。流すって言うより、勝手に引っこ抜かれてくんだけど』


土御門「OK、頼みたいことがある。最優先でだ」

土御門「まず、ウロボロス社のネットワークに接続できる端末を探してくれ」


御坂『…………あ~。わかった。抜き出してデータは何?』


土御門「北島の地下構造図。詳細なほど良い。恐らく最高機密の類だろう」

御坂『任せて。それとこういう場合って「構造図に乗ってない更に極秘な施設がある」ってのもお約束だけど、』

御坂『そっちの方も配線とか工事記録とか諸々のデータから解析して炙り出す?』

土御門「頼む。思いつく限りの方法で洗いざらい情報を掻き出し、それをミサカネットワークに」

御坂『おっけー』

618: 2010/11/22(月) 00:28:14.87 ID:gtxGI5co

指令を出し、脳内で一通り今後の段取りを組んだ土御門。

土御門「………………」

脇のデスクに軽く腰掛、チームが来るのを静かに待った。

周囲の悪魔の状況は常に滝壺が『見て』くれており、
そして土御門の方でも気配を消して動いている為、
この島に来てからはまだ悪魔とは一度も交戦していないし遭遇もしていない。


そもそも実は言うと、彼は今まで一度も悪魔と直接戦ったことが無い。

この数ヶ月間で悪魔関連の知識はかなり豊富になった。
イギリス清教・学園都市側の中でもトップクラスだろう。


しかし、対悪魔に関する戦闘能力は一般人のまま。
捨て身の魔術攻撃でフロストかアサルトを一体倒せれば御の字という程度だ。

土御門「(…………きっついなやっぱり)」

今まで上手く立ち回り交戦は全て避けてきたが。

さすがに人間が完全アウェーとなっているこの島の最前線では、
それは非常に難しいのは明白。


土御門「(…………………………………………そろそろ本気で、『アレ』やるかどうかも考えておくか)」

619: 2010/11/22(月) 00:32:07.13 ID:gtxGI5co
と、そうして思考を巡らせていたところ。

土御門「―――………………」

ふと、何かが動く気配。
このフロア内に、己以外の者の気配。

土御門「…………」

息を押し頃し、眼球だけを動かして薄暗い室内に目を凝らしつつ、
ゆっくりと腰の拳銃に手を伸ばした。

感覚的面から言えば、悪魔ではないようだ。
悪魔に殺気を向けられた際の独特の圧迫感が感じられない。

滝壺『「Charlie」の7名、今悪魔に遭遇して交戦中だから遅れるよ。恐らく4分30秒後にそっちに』

ヘッドセットから聞こえてくる『守護天使』の声が、その土御門の感覚を裏付けていた。
悪魔であれば滝壺が捕捉しているはずであり、言及してくるのが当たり前だ。
それに彼女の報告から、この気配が『Charlie』のメンバーのものでもないの確かだ。

土御門「…………」

悪魔でも学園都市勢でもない。

つまり考えられるのは―――。

とその時だった。

土御門「(……………………しまった…………)」

今度は突如、すぐ背後に感じる気配。

土御門「(…………こりゃ…………久しぶりだな……………………一本取られた)」

土御門ともあろう者が後ろを取られたのだ。
彼の顔に浮かび上がる、ちょっとした驚きと、
自身への呆れと降参の意が混じった奇妙な笑み。

そして、この土御門の背後をとったその気配から響いてくる、

「―――Freeze. Don't move」

アメリカ訛りの静止を命ずる英語。

620: 2010/11/22(月) 00:34:18.03 ID:gtxGI5co
「手を離せ」

そして、抜きかけている拳銃から手を離せとの命令。

土御門「…………」

特に抗うそぶりも見せず、土御門は指示に従いゆっくりと手を離し。
その一方で感覚を研ぎ澄ませて周囲の情報を拾っていく。

後ろの男は、土御門から4m程のところから指示をしている。
恐らく、銃口をこちらに向けて即射殺できる体制で。

最初感じた気配の方向とは別だ。
つまり、土御門が捕捉できていない者が一人以上いる。

土御門「(…………用心深い…………かなりやり難いな)」

滝壺『つちみかど?今の声誰?』

土御門「(……まずいな)」

こっちの音を拾った滝壺からの呼びかけがくるものの、
土御門側は下手に喋れない。

変な仕草を少しでも取れば脳天をぶち抜かれかねないのだ。

土御門「(俺も毛嫌いしないで調整受けとくべきだったか……まあ今更か……)」

調整を受けていればヘッドセットいらずで脳内で会話できただろうが、
当然今更考えても仕方が無い。

滝壺『つちみかど?………………問題発生?』

土御門「(…………おう。発生しまくりだぜぃ畜生)」

滝壺『つちみかど?』

621: 2010/11/22(月) 00:36:39.63 ID:gtxGI5co

「手を頭の上に」

土御門「(…………)」

指示に従いつつも、頭の中でこの場を切り抜ける策を模索するが、
妙案は一つも思いつかなかった。

体術で相手を拘束して『人盾』にして―――という案はまず論外。
相手が近付いてこない限りどうしようもない。
後ろの声の主は、口と人差し指以外を動かす気は毛頭無いらしい。

土御門「(…………)」

スタングレネードを即座に引き抜き起爆、という案もダメだ。
爆発まで数秒間の時間を有する為、その間に射殺されるのがオチだ。

では、拳銃を素早く抜き応戦するのは?
それも論外だ。

二人以上相手がいるのは確実なのに、その内の一人しか位置を把握していない。
一人射殺できても、その直後に即こっちも射殺されるだろう。

その『保険』の為にも他の者は姿を現していないのだ。


土御門「(……参った。学園都市のアホな『駄犬』共とは違うな…………)」


土御門「(ここは穏便に行くか)」

622: 2010/11/22(月) 00:40:30.48 ID:gtxGI5co
指示をしてきていた男が後ろから歩み寄って来、手際よく土御門の腰から拳銃を奪い取り、
そしてヘッドセットも彼の頭からむしる様に外し取り。

「何者だ?」

土御門「……あ~、いいか?説得力無いのはわかってるが、俺は怪しいもんじゃないぜよ?」

土御門「お前らの敵じゃあない」

伏せながら、後ろの男に向け声を飛ばす土御門。

「聞かれた事だけ答えろ。余計な口は開くな」

だがその土御門の言葉は完全に無視され、
男の淡々とした冷ややかな声が返ってきた。


「何者だ?……………………いや、学園都市から来たな?」


土御門「…………いんやあ。旅行者だ」

                       C I A
「……こういう話がある。『ラングレー』の連中の間で言われてるヤツだ」


「『日系の小洒落たガキが最新装備を所持してるのならば、学園都市のガキと思え』」

「それとな、俺らはさっき見た。学園都市の編隊がこの島に何かを打ち込んで行ったのをな」


土御門「………………………………ああ…………ああそうさ。そうだ。俺は学園都市の者だ」


「OK。単刀直入に聞く。何しに来た?」


土御門「『世界を救う為』だ」


土御門「いや……こう言った方がいいか。『化け物共から人間世界を守る為』だ」


「………………………………信じると思うか?」

土御門「『化け物』、あっちの方がお前らからしたら信じがたい存在じゃないか?」

「…………」

623: 2010/11/22(月) 00:45:19.43 ID:gtxGI5co
「…………あの化け物の事、知ってるのか?」

土御門「お前らよりは良く理解している」

「では…………さっきからこの街の上にいるあの『紫の天使』は?」

「あれも機体群が現れた後に出現したが」

土御門「はは…………『天使』、ね。あれは俺の『同僚』だ」

「能力者ってやつか?」

土御門「『一応』な。アイツは能力者の中でも特に異質だ。アレが普通だとは思わないでくれ」


「…………」

その後、
何かを考えているのか数秒間の沈黙。

そして。

「…………………起きてこっちを向け。頭に手を載せたままだ。ゆっくり」

624: 2010/11/22(月) 00:47:41.90 ID:gtxGI5co
土御門「…………」

指示に従いゆっくり振り返ると。

4m程離れた場所に、アサルトライフルを構えている屈強な男が立っていた。

銃口は土御門の顔真っ直ぐに向けられており、
人差し指も引き金に係り幾分か絞られている。

その銃、暗視ゴーグル、戦闘服の類は全て最新式。
学園都市製の装備もいくつか判別できた。

土御門「(…………)」

装備の類から、この兵士がどこの国のどのような部隊に所属しているのかはある程度わかる。

そして兵士の肩にある、
戦闘地向けの配色であるグレーのワッペンがその土御門の推測の確証となった。

星条旗だ。


土御門「(やっぱりアメリカ人か…………………………)」

土御門「銃を降ろしてくれ。学園都市と『お宅』は今同盟国として共闘中だろ?」

「学園都市は、同盟相手でも不利益とみなせば平気で消すらしいが」

土御門「……不利益ならばな。それはお前らも同じだろ」

土御門「それに俺達は今、利害は一致してると思うが?」

「どうしてそう思う?」

土御門「お前らが『化け物共とオトモダチ』とは見えないからな」


「…………………………………………良いだろう」

625: 2010/11/22(月) 00:50:17.12 ID:gtxGI5co

再び数秒間の沈黙の後、そう呟いた男は銃を降ろした。

それに次いで、周囲の薄闇の中からもう三人ほど同じ軍装の男が現れた。

土御門「(計四人か…………いや、まだどこからか別働隊か何かが監視してるだろうな)」

土御門が見えている四人は、
一見銃を降ろし警戒を解いているようにも見えるが、いまだ彼の方へと意識を研ぎ澄ませている。

外見だけで内面では全く信用していない。

そして信用していないのにこう銃を降ろしてしまうということは。
そうしてもいい『保険』があるからなのだ。

土御門「で、どこだ?俺に狙いつけてる狙撃手は?向かいのビルか?」

ストレートにその部分へと突っ込む土御門。

「さあな」

それに対し、男は特に動じぬそぶりであしらった。

土御門「じゃあ…………早くヘッドセット返してくれ」

土御門「実は言うとな。今能力者の部隊がこっちに向かってきてる」

土御門「俺は結構な重要人物なんだ。その俺が突如通信途絶えたら、当然色々考えるよな?」

「……」

土御門「友好的に来てもらいたいなら返してくれ」

626: 2010/11/22(月) 00:53:34.33 ID:gtxGI5co
「その前に最後に聞きたい。これの答えを聞いたら俺達はここから消えてやる」

土御門「…………何だ?」

「外から来たのなら知ってるか?我々の艦隊はどうなった?我が国はどうなってる?」

土御門「…………北大西洋に展開していたお宅の艦隊は全滅した。空母二隻も含めてな」

「…………」

土御門「で、お前さん達の国は本土防衛に専念するらしい」

「…………………………外の全体の状況は?」

土御門「……ヤバイぜい。あの化け物共が外でも徐々に暴れ始めてる」


土御門「このままだと人類が敗北し、最終的に絶滅するかもな」


土御門「で、それを止めに俺達が来た。何をどうするかは面倒だから聞かないでくれ」

「………………………………俺達にできることは?」

土御門「無い。ま、生き延びたきゃ、事が済むまでどこかに隠れててくれ」


「そうか………………………………ほら。返すぜ」


そして男は土御門に向けヘッドセットと拳銃を投げ渡し。


「邪魔したな」

部下に移動するよう手でサインを出しながらそう小さく呟き、
そしてフロアの奥の方へと歩んでいった。

627: 2010/11/22(月) 00:57:59.08 ID:gtxGI5co
土御門は近くのデスクに軽く腰掛け。

ヘッドセットを頭に装着しなおし拳銃をホルダーに戻しつつ、
その男達の後姿を見送った。

土御門「滝壺」

滝壺『つちみかど。どうしたの?』

土御門「いや、生存者に遭遇しただけだ。アメリカ人だ。特に問題は無い」

土御門「それと、『Charlie』に『連中には手を出すな』と伝えておいてくれ」

滝壺『了解』


土御門「(……………………それにしても連中……良く生き残ってたな)」

米軍の壊滅前に浸入していたということは、
丸三日近く以上この地獄にいたことになる。

土御門「(恐ろしくタフだな………………俺の後ろ取ったのもマグレではないかやはり)」

土御門「(『ノーマル人間』としての『性能』は俺よりも上か……まあ、そりゃあそうだろうな)」

と、その時。


小さな風切り音と共に、一人のツインテールの少女が正に突然土御門の前に姿を現した。

そして少女は、土御門を見ながらこう小さく口を開いた。


黒子「…………『Charlie』。指定ポイントに到着ですの」

628: 2010/11/22(月) 01:01:02.03 ID:gtxGI5co

土御門「(………………コイツッ……)」

現れた白井黒子に対し、頭の中で小さく驚きの意をこめて呟く土御門。
その突然の出現に驚いたわけではない。

その豹変していた雰囲気に対してだ。


土御門「(…………一線を越えたか…………『だが』―――)」


『恐怖や氏を受け入れ、そして克服し戦士となる』、と一概に言っても様々なパターンがある。

上条のように煮えたぎった信念の炎を瞳に秘めた、堅実な闘士となるパターンや、
御坂のように外面も内面もほとんど人格変化は無いが、芯と器が非常に強固かつ大きくなるパターンなど。

上記の二人の例を含む、自分自身の核をしっかりと保持している系統は本当の意味で『強い』。

だが。

この白井黒子は。

土御門「(―――これはアブないな…………)」


目が『氏んでいる』。

どう見ても、既に核も芯も『折れている』。


これは厳密に言うと『強さ』ではない。

解離性同一性障害(俗に言う多重人格障害)とかなり似ている『症状』だ。

恐怖や氏を『克服』したのではない。

その凄まじいストレスから逃れる為に、無意識の内に『強い自分』を『演じ』、
極度の『興奮』と『麻痺』状態に陥っているのだ。

629: 2010/11/22(月) 01:02:23.90 ID:gtxGI5co
このような『張子の虎的な強さ』というのは、実はかなり多い事例だ。
(どっちかというと、上条や土御門、御坂のような本当に『強い者』の方が少数だ)

土御門でなくとも、それなりに場数を踏み
こういう世界の者達を見てきた者ならば簡単に判別できるだろう。

このような者はどうなっていくか。

肉体の痛覚を失ったようなものだ。
それでは当然、ストレスを知らず知らずの内にどんどん溜め込んでいき。

限界の時が突然やって来る。

溜まりに溜まったストレスが一斉に爆発する時が。
今まで無視してきた負荷が全て一気に押し寄せてくる。

そして末路は廃人だ。

気付いた時はもう遅い。
仮面の下に隠れていた本当の心はボロボロに崩壊しているのだ。

その後は薬付け酒付けになり、過剰摂取でショック氏したり。
重度の精神病棟に入れられたり。

最終的に自身の脳天を撃ち抜いたりなど―――。


土御門「(…………コイツはこのパターンか。そのうち『潰れる』な…………)」


決してこういう世界に馴染めない者もいる。
どんなに耐えようとしても、最終的に絶対に耐え切れなくなる者が。

いや、それがそもそも『普通』であり大多数だ。

この白井黒子もその一人であるというだけ。


土御門「(…………ま、これが普通の反応だよな。俺らが異常なだけで)」

630: 2010/11/22(月) 01:05:39.14 ID:gtxGI5co

土御門「待ってたぜい」

デスクから腰を挙げ、ふざけてる風にも感じ取られる声を放った。
それとほぼ同時に、フロアの奥の方から『Charlie』チームの他のメンバーも姿を現した。

土御門「話は滝壺から聞いてるな。このビルの下、方法は何でも良いからぶち抜いていってくれ」

「どの程度まで?」

土御門「別の地下構造にぶち当たるまで。隔壁や金属板等はぶち抜いて良い」

「了解。Charlie 2、5、7、ぶち抜け。他は周囲に展開し警戒」

リーダーの指示を受け、それぞれ動き出すメンバー達。

と、その時。
土御門の隣をすれ違うかというところで黒子が足を止め。

黒子「…………放っておくんですの?あの武装した男達」

土御門「ん?ああ。好きにさせておけ」

黒子「……どんなに小さくとも、わたくし共の管理が及ばぬ存在は極力『処分』すべきと思いますの」

黒子「命を下していただければ、わたくし一人で即刻処分に赴きますの」

土御門「(……………………コイツ…………)」

土御門「……俺達の脅威にはならない。少なくとも俺はそう判断した」

黒子「ですがk」


土御門「―――聞こえないのか?『俺がそう判断した』」



土御門「―――何か文句あるのか?」



黒子「……………いえ……………………………了解」

631: 2010/11/22(月) 01:08:57.65 ID:gtxGI5co

土御門「……お前、自分はあの四人を殺せると思ってるか?」

黒子「……ええ」

土御門「………………OK、質問を変える。お前はあの四人を頃したら自分はどうなると思う?」

黒子「……特にどうにも」

土御門「そうか。大した自信だな」

土御門「………………お前は予期せぬ狙撃を防げる力はあるか?」

土御門「着弾前のライフル弾に反応できて、それを防げる水準の恒常的な力だ」

黒子「……………………わたくしはありませんの」


土御門「じゃあお前はあの四人は殺せるだろうが、その直後に脳ミソぶちまけてるだろうよ」


黒子「……………………」

土御門「向こうは四人だけじゃないからな」


土御門「五人目以降が、一仕事終わらせて余裕こいてるお前の頭を打ち抜いてチェックメイトだ」

土御門「向こうからしたら俺もお前も。今この瞬間にでも頭撃ち抜けるだろうよ」

黒子「………………………………」

632: 2010/11/22(月) 01:12:30.44 ID:gtxGI5co

土御門「頃し合いっつーのはな、能力や力だけで勝敗が決まるわけじゃない」

土御門「人数、配置、地形、作戦で千差万別、そして闇討ち・不意打ち・騙し討ち何でもありだ」

土御門「極端な例を挙げりゃ、レベル5だって無能力者に負けたり追い込まれる」

土御門「氏んだ奴は知らねえが、惨敗して片目片腕と臓器の一部を失った奴なら知ってる」

黒子「…………」

土御門「……………………ずっとクソみてえな世界で生きてきた俺から言わせるとな、」

土御門「『見えてる物だけ』でリスク判断してしまう者は、確実にすぐ氏ぬ」

黒子「…………」


土御門「特にお前みたいな、感覚が麻痺して『恐怖を忘れてる』奴はドンドン氏んでく。ゴミのようにな」


黒子「…………」

土御門「恐怖を『克服』するのと『忘れる』のとでは全くの別物だ」

土御門「そして運よく生き残り続けたとしても、いつかその『ツケ』を払う」

黒子「…………」

土御門「今すぐには理解できないかもしれないが、心に留めておけ。いつかわかる」

土御門「じゃあ……さっさと行け」


黒子「…………了解」

633: 2010/11/22(月) 01:13:37.00 ID:gtxGI5co

人形のような無表情、
生気の無い瞳の黒子は足早に離れていった。

土御門「……………………」

そんな彼女の遠ざかる背中を、
冷ややかな横目で見ていた時。


御坂『ねえちょっと。レールガンだけど、さっきの件で話が』

白井黒子とは違う、本当に『強い』女からの声がヘッドセットから響いてきた。


土御門「もう手に入れたのか?」

御坂『……そこがね、ネットワークに侵入して、最高ランクのセキュリティかかってる所見つけたんだけど……』


御坂『抜き出すの無理よ。不可能』


土御門「……いや、もっと時間をかければいk」

御坂『そうじゃなくて、物理的にそこのサーバーが破壊されてるのみたいなの』

土御門「………………そういうことか」

634: 2010/11/22(月) 01:16:38.36 ID:gtxGI5co
御坂『んで、最後にそこに接続した回線のデータが残っててさ』

御坂『サーバー損傷時間から見ても、その最後に接続した連中が、』

御坂『おもっくそデータ引っこ抜いた後にぶっ壊したみたい』

土御門「…………」

御坂『それで残ってたデータ解析したら、接続した端末の型番とシリアルだけわかってさ、』

御坂『ミサカネットワーク経由で、妹達に学園都市のバンクとの照合してもらったのよね』

土御門「どこのか判明したのか?」

御坂「ええ」

                                US S O C O M
御坂『学園都市製の軍用携帯端末。「アメリカ特殊作戦軍」向けの特別仕様で、そこだけに納入されてる』


土御門「―――…………何?…………………………………………」

御坂『アメリカ軍がこの島に来てデータ引っこ抜いたって事になるけど…………って?土御門?』


土御門「…………待て、もう一度言ってくれ。どにへ納入されたって?」



御坂「アメリカ特殊作戦軍」



土御門「――――――」

635: 2010/11/22(月) 01:19:12.42 ID:gtxGI5co

その納入先の名を聞いた途端、土御門は大きく目を見開き。


土御門「おい!!!!!さっきの米軍連中を探せ!!!!!」


窓の方へと駆けて行きながら声を張り上げた。

土御門「ここの掘り抜きは一時中断!!!連中を捜索しろ!!!!」

「……了解ッッ……聞いたな!!動け!!!」

首を傾げながらも土御門に従い、動くリーダーと各メンバー。


土御門「(クソ…………近くにいるとは思うが……)」

窓辺に立ち、薄闇の街のへ視線を巡らせて行く土御門。

まだ数分、あのアメリカ人達が近くにいるのは確かだが、周囲はコンクリートジャングル。
更地の半径300mと、ビル街の半径300mでは話が違う。

滝壺『どうしたの?』

御坂『いきなり何よ?』

土御門「説明は後だ。滝壺、普通の人間は感知できないんだな?」

滝壺『うん。ごめん。AIMかなにかの力放出してないとわからない』

636: 2010/11/22(月) 01:22:07.04 ID:gtxGI5co

土御門『レールガン、レーダーは!?障害物の干渉はどれくらいだ!?』

御坂『こんな重厚な構造物まみれの街じゃ、さすがにあんまり広範囲は……』

結標『あー、私なら、障害物関係なく結構な範囲認識できるけど?』


土御門「よし、結標―――」


と。

その瞬間だった。


滝壺『―――あッ―――待っ―――!!!!!!!!!』

『何か』に気付き、声を張り上げた滝壺。
その声と同時に。


土御門「―――」


突如、土御門がいるこのビルが激しく揺れた。
まるで直下型の超大地震が発生したかのように。

―――

637: 2010/11/22(月) 01:23:58.07 ID:gtxGI5co
―――

遡る事数十秒。

麦野は、土御門らがいる小さなビルから直線距離で1kmのところの宙にいた。
地上までは400m。

その彼女の真下の地点がちょうど滝壺が示した、
『島を覆う力の隙間から見えたり消えたりする何かがある』エリアの中心だ。


麦野『…………確かに何かあるな……』

アラストル『ああ…………とりあえず撃ち抜くのか?』

麦野『勝手にんな事をすりゃまた土御門にうるさく言われるわ』

アラストル『だからと言って、まさかノックして挨拶しながら行くつもりでは無いよな?』


麦野『当然。だから「うるさく言われる方」を選ぶわよ』


と、右手にあるアラストルの切っ先を眼下の大通りへ向たその時。

638: 2010/11/22(月) 01:25:57.42 ID:gtxGI5co
麦野『―――』

ゾワリと感じる力。

今度は『何かある』程度ではなく、確実に感じた。
力が下から『浮上』してくるのを。

その一瞬後。


麦野の眼下、
大通りのアスファルトが大きく盛り上がり、火山の噴火の如く大爆発を起こした。

凄まじい衝撃波がビル街を駆け巡り、
大量の窓ガラスを一瞬で割ってはダイヤモンドのような破片を撒き散らしてく。

その爆発の中、膨大な量の粉塵の中を突き抜けて『金色の光の塊』が飛び出して来。
近くのビルの壁に『着地』した。


麦野『―――アレは―――』

その金色の光の主は、小さな体に大きな翼を生やした美しい鳥人のような悪魔だった。
何かと戦っていた真っ最中であったらしく、全身が傷だらけだ。
そしてその姿形は見たこと無いが、麦野はどこかで会った事のあるような感覚がしていた。

が。

『そんな事』など、今別に見つけたもう一つの『とある事』に比べたらどうでも良かった。


『別のもう一つ』。

それは眼下の粉塵の向こう。


街のど真ん中に穿たれた直径300m程の大穴の縁に立っている、一人の男。

上質なコート・スーツを纏い、逆立っている様な黒髪に口ひげ。


そして咥えている葉巻―――。

639: 2010/11/22(月) 01:27:31.23 ID:gtxGI5co
その男の顔を見た瞬間。


麦野『ハッ――――――』


麦野は口を大きく横に引き裂き。
身の毛がよだつ様な、美しくありながらとんでもなく不気味な笑みを浮かべた。



麦野『―――――――――みぃぃぃぃつけたッッッ』



見間違えるはずも無い。
あの顔。
嫌と言うほど頭の中に焼き付けた男の顔。


麦野『――――――「アレ」、覇王とかってやつの力はまだよね?』


アラストル『ああ。どう見てもまだ力は宿っていない―――』


麦野『―――ということは―――』


アラストルでも手が出せないという覇王の力はまだ宿っていない。


つまり―――。



麦野『―――イ・ケ・る・わ・ね』

640: 2010/11/22(月) 01:30:54.51 ID:gtxGI5co

麦野『―――結標。私の有する総指揮権は一時的にアンタに移行する』

麦野『そのまま滝壺と全チームの保全管理を継続してろ』

麦野『土御門はさっさと離れろ』

結標『ちょっと……何があったの?』

麦野『―――大将サマを見つけたのよ』



麦野『―――アリウスだ』



結標『―――』


麦野『土御門、良いわよね?』

土御門『俺に聞く必要も無いだろう?やれるのなら―――』



土御門『―――問題無い。狩れ』



麦野『つーことでレールガン、ヒマだってんなら―――』




麦野『―――まぁぁぁぁぁぜてアゲてもイイわよォォォォッ!!!!さっさと来なァァッッ!!!!!』



御坂『―――うぉぉおぉぉぉおッッッッけーぇぇぇぇぇぇえええええええええ!!!!!!!!!!!』


―――

713: 2010/12/03(金) 23:59:18.26 ID:amhKrRYo
―――

対魔英仏海峡戦線 状況経過


時刻表記:グリニッジ標準時 


9:38

 イギリス清教 必要悪の教会 最大主教代理 統括官補佐、
 兼 第二軍団最高特務執行官 シェリー=クロムウェル、ドーバー市入り。

 同市域の守備に当たる英陸軍の2個連隊、
 必要悪の教会 第四特務戦闘団 通称『アニェーゼ部隊』、
 及びその他2個魔術戦闘団と1個騎士大隊と合流。


9:39

 英仏海峡に対魔結界が展開される。


9:41

 英内閣及び王室、
 第三級戦時体制(国家総力戦の危険性)から第一級戦時体制(国家存続の危険性)へと引き上げを発表。

 前日に発令されたサウス・イースト・イングランド南部と同じく、
 グレーター・ロンドン及びイースト・オブ・イングランド全域にも、民間人の北部への避難命令発令。
 その他の地域へは即時避難勧告発令。


9:52

 全英国軍最高司令官代理 第二王女キャーリサ、
 騎士団の1個連隊、王室近衛侍女の1個大隊、及び親衛騎士隊を率いカンタベリーの後方作戦指揮所入り。
 ケント州及びイーストサ州に展開している全軍の直接指揮を開始。

714: 2010/12/04(土) 00:01:40.66 ID:WIgFSnIo
9:58

 女王エリザード及び第三王女ヴィリアン含む主な王室関係者、
 騎士団の1個大隊 及び 王室近衛侍女の1個中隊、
 英陸軍近衛師団の1個連隊による警護・護送を受け、エディンバラのホリールード宮殿へ避難開始。


10:12
 
 英仏海峡、フランス側沿岸より悪魔の進軍が開始。

 陸軍の各砲兵・装甲部隊 及び 各遠隔攻撃魔術部隊、
 防御弾幕射撃の開始、英仏海峡にて火網の総展開。

 海軍艦船・航空隊及び空軍航空隊も火力展開。


10:27

 英仏海峡に展開の火網、一部効果確認されるも有効打判定無し。
 火網及び外殻結界は突破される。
 ドーバー市域にて直接戦闘による水際防衛開始。


10:31

 ディール市域、フォークストン市域にて直接戦闘による水際防衛開始。


10:37

 続けてニューロムニーからラムズゲートまでの全沿岸線にて衝突。


10:51

 イギリス清教必要悪の教会 対魔課次席執行官 
 兼 第二特務戦闘団 『天草式十字凄教』教皇代理 建宮斎字、
 騎士・魔術師混成師団を率いドーバー市域に到着。

 シェリー=クロムウェル及び現地部隊と合流し展開、戦闘参加。

715: 2010/12/04(土) 00:04:09.61 ID:WIgFSnIo
10:54

 ディール市域陥落。
 該当地域守備隊の被害は甚大。組織的戦闘の続行は不可。
 守備部隊の生存者に向け、後方に即時撤退命令が発せられる。

 ディール城の『駒』が破壊されたことにより、沿岸線の対魔結界破断。
 第一次防衛ラインとその結界を突破した悪魔、急速に周囲に進撃。
  

10:59

 建宮斎字、第一次防衛ラインを突破した悪魔を迎え撃つ為、
 『天草式十字凄教』及び連隊規模の騎士・魔術師混成部隊を率いドーバー市域より北上。

 ディール市とドーバー市間の中間、リングアルドの村近郊にて、ディール方面より進軍してきた悪魔と衝突。
 

11:04

 ディール方面から北上して来た悪魔によって強襲され、サンドウィック市域陥落。
 該当地域守備隊の被害は甚大。組織的戦闘の続行は不可。
 守備部隊の生存者に向け、後方に即時撤退命令が発せられる。


11:01

 騎士団長、
 騎士団の1個連隊と2個魔術戦闘団、イギリス海兵隊の一部部隊と英陸軍の1個連隊を率い、
 ヘイスティングス入り。
 同市域内の部隊と合流し、悪魔と戦闘開始。

 シェリー=クロムウェル、フォークストン市に移動。


11:14

 サンドウィック方面より北上してきた悪魔により、
 マルギット及びラムズゲート市域、完全包囲・強襲され陥落。

 両市域からの撤退成功部隊は無し。
 生存者報告無し。


11:15

 キャーリサ、ケント州ドーバー区及びサネット区の第一次防衛ラインの崩壊を宣言。
 前線にある全守備部隊に向け、自己判断での第二次防衛ラインへの撤退許可を発令。

 (第二次防衛ライン  北からハーンベイ、カンタベリー、アシュフォード、ヘイスティングスを結んだ線)

716: 2010/12/04(土) 00:07:15.77 ID:WIgFSnIo

11:16

 シェリー=クロムウェル、フォークストン及びドーバー市域の全守備部隊へ撤退命令を発令。
 彼女自身はフォークストン市に、
 『アニェーゼ部隊』と英陸軍の一部部隊はドーバー市に、周辺部隊の撤退を支援するため残留。
 
 建宮斎字率いる連隊、各地からの撤退部隊を援護しつつカンタベリーに後退。


11:18

 フォークストン市にて純粋な高等悪魔が10体以上確認され、シェリー=クロムウェルがこれらを掃討。
 その際の戦闘により、フォークストン市北西部シェリントンの1km四方の市街地が消滅。


11:19

 ニューロムニー市域陥落。
 周辺部隊の撤退支援のため 残留していた隊の生存者報告は無し。


11:20

 キャーリサ、カンタベリーにある直接指揮下の部隊から精鋭を選抜。
 この選抜部隊と親衛騎士隊を率い、カンタベリーの南南東約10km バーハムの村にまで前進。
 撤退部隊の支援にあたる。


11:22

 騎士団長率いる隊、ヘイスティングス市域の悪魔の排除完了。
 同市域周辺を完全掌握。

 今回の対魔英仏海峡戦にて、英国側の初めての勝利。

 この際の騎士団長の行った掃討戦により、ヘイスティングス市東部 オア周辺約1km四方の市街地が消滅。


11:40

 ドーバー市完全包囲される。


現在、アニェーゼ=サンクティスらが率いる各軍混成部隊が、ドーバー城および地下トーチカを拠点とし抗戦中。
同市の氏守を試みる。生存者は約700名。

フォークストン市にてシェリー=クロムウェルが単独で交戦中。

717: 2010/12/04(土) 00:09:16.11 ID:WIgFSnIo

現在までの英国側の損害 (戦氏・重度の負傷合計)

陸軍
 正規軍  約18000名
 国防義勇軍 約4000名

空軍   約560名

海軍   約2200名

海兵隊  約150名

イギリス清教魔術師 約4000名

騎士及びその従卒 約2600名 

王室近衛侍女 約180名 


民間人氏者数 推定8000名
(避難命令無視、もしくは何らかの事情により避難できなかった者)



現在までの英国側の戦果

 現時点までに英国領に侵入した個体の32%を排除。
 英国に向けられた推定全個体数の2割。

718: 2010/12/04(土) 00:11:17.60 ID:WIgFSnIo

今後の経過予想

 開戦前を100%とした場合、現時点の英国の組織的戦闘能力は71%。
 現状のまま悪魔の攻勢が継続された場合、8時間後に50%を割ると推測され、
 その後は急速に減衰。

 8時間後 ケント及びサ地方全域が陥落
       絶対防衛線の崩壊 

 10時間後 ロンドン陥落
        避難に間に合わなかった民間人の犠牲の著しい増加
        
 22時間後 イングランド及びウェールズ全域が陥落
        急速な悪魔の侵略により指揮系統の崩壊 組織的軍事行動が困難になる 

 28時間後 スコットランド全域が陥落
        事実上の国家機能完全喪失

 29時間後 北アイルランド陥落
        事実上の英国消滅        


現状のままであれば、30時間以内に英国が消滅する確率は98%と予測される。

予測される結果を避ける為には、
英国側からの戦況を変える何らかの攻勢手段が必要と判断される。


この状況打開の為、12:10に全ての戦線にて攻勢に転じる予定。

騎士団長率いる部隊が、
ヘイスティングスから一度英仏海峡に出た後にドーバー港に強襲揚陸。
同市の残存部隊を確保した後、同市域を完全掌握し周辺へ進撃。

同時にキャーリサが先頭に立ち、
カンタベリー及びアシュフォードから各部隊が前進。

ドーバー、フォークストン、ニューロムニー、ディール、ラムズゲートの奪還及び掌握の後、対魔結界の再構築。
そして態勢の建て直しを図る。


作戦成功率は45%とされる。
成功した場合、英国の存続時間は最低140時間延びるとされる。


―――

719: 2010/12/04(土) 00:13:06.64 ID:WIgFSnIo
―――

ドーバー海峡の海岸に沿い聳え連なる、
『ドーバーの白い崖』で有名な20km近くにも伸びる石灰岩の崖。

その天然の防壁の中ほど、切れ目の所に位置しているのがドーバー港であり、
それを見下ろすように後ろの高台にドーバー城が聳え立っている。

この港街の歴史は、判明している範囲内では紀元前1500年頃にまで遡れる。

青銅器時代から海峡間の重要な交易点として機能。
古代ローマ時代には、ブリタニア属州の玄関となり大規模な港が構築され。

中世には現在のドーバー城が築かれ、魔術的強化も施され。
第二次大戦時には、『ドーバーの白い崖』全体がトーチカ化され長大なトンネルが彫り抜かれ。
冷戦時には、最深部に核シェルターが構築。

現代、つい数日前までは3万(市域全体ならば約4万)の人口を抱える、
英仏海峡側の主要な港湾都市の一つでもあった。


そして今は。

英仏海峡対魔戦線の最前、孤立した拠点。
約700人の人間が絶望的な抗戦を続けている陸の孤島だ。


いや、実際に武器を持って戦っている人数はもっと少ない。

半数以上が重度の負傷を受けた戦闘不能の者であり、
戦力として機能しているのは200人にも満たなかった。

720: 2010/12/04(土) 00:15:54.50 ID:WIgFSnIo

ドーバー城及び『ドーバーの白い崖』の地下を走る、とある幅6m程のトンネル。

度重なる増築と改良により、
魔術的石積み構造と近代の強化コンクリート補強が入り混じっているアンバランスな様相の壁が延々と続き。

その長い長い空間をぼんやりと満たす、
天井と床の端に取り付けられている非常灯のオレンジの光。

アニェーゼ「…………」

その一画の壁際にて、アニェーゼは胡坐をかき座りこみ。

部下のアンジェレネによって、左腕に受けた傷の手当てを受けていた。

アンジェレネ「もう少しですっ。も、もうううちょっと待っててください」

血に汚れた小さな手をせかせかと動かし、手当てを行うアンジェレネ。

アニェーゼ「……アンジェレネ、もういいです。他の方を看てやってください」

アンジェレネ「…………え、ええッ?でもまだ痛み止めの(ry」

アニェーゼ「痛み止めはいりません。感覚が鈍っちまいますから」


アニェーゼ「シスター・アンジェレネ。こいつは『命令』です。下に降り、他の負傷者を」


アンジェレネ「……りょ、了解。シスター・アニェーゼ」

721: 2010/12/04(土) 00:18:41.82 ID:WIgFSnIo

アニェーゼ「…………」

この数ヶ月でアニェーゼ部隊も魔界魔術を併用した戦い方を覚え、
戦闘能力はローマ正教に在籍していたときよりも格段に向上している。

だが、中にはさほど戦闘能力が向上していないのもいる。

この三つ編みの幼いシスター、アンジェレネもその一人だ。

彼女は、実は魔界魔術は一つも習得していない。
はっきりと言ってしまえば、ローマ正教時代となんら変わりが無い。

真っ向から悪魔と戦ってしまったら、一瞬で凄惨な結果になってしまうだろう。
まあ、天界魔術以上に人を選んでしまう魔界魔術の性質上、仕方の無い事でもある。


冷ややかに、そして鋭く上司としての言葉をぶつけられたアンジェレネ。
しょんぼりとした面持ちでアニェーゼの下去り、
下の階層へ続く方に向かって行った。


アニェーゼ「………………ふー……」

そんな彼女の小さな背中を見送りながらアニェーゼは小さくため息をし。

後頭部を壁に預け、薄暗いトンネル内に視線を動かしていった。

722: 2010/12/04(土) 00:19:36.87 ID:WIgFSnIo

トンネル内を行きかう、英軍兵士や魔術師、騎士。

床に置いた通信霊装や無線機と話し込む者達。

どの者も皆、その衣服は乱れ薄汚れ、
極度の緊張の連続によって顔には疲弊の色が滲んでいた。


むせ返るような汗と血のにおい、二酸化炭素濃度が高い劣悪な空気。

トンネル内のあちこちから響いてくる負傷者の苦悶のうめき声。

手当てしきれず、手遅れだった者を『送り出す』祈りの言葉。


アニェーゼ「…………」

このトンネル内を満たしているのは、
無我夢中になって足掻く強烈な『生』と決して目を背ける事のできない『氏』。

『氏への絶望』と『生への願い』が入り混じった、ある意味究極の空間だ。


彼女は異様な不快感を覚える一方。

なぜか、奇妙な『芸術性』を感じてしまっていた。

723: 2010/12/04(土) 00:20:28.69 ID:WIgFSnIo

アニェーゼ「…………」

と、彼女の意識は僅かな時間だけ、この現実から浮遊し切り離されていたが。


こう幼く見えても必要悪の教会 第四特務戦闘団、

                                アニェーゼ 部隊
指揮官である彼女の名を冠した通称『Agnese Company』の指揮官であり、
このドーバー城拠点における司令官の一人でもある。

このまま『逃避』している事など許されない。


響いてくる部下の呼びかけが。


「―――ニェーゼ」


彼女を『最前線』という現実に引き戻す。


「シスター・アニェーゼ」

724: 2010/12/04(土) 00:21:53.92 ID:WIgFSnIo

アニェーゼ「…………」

彼女は数回、トルクが落ちていた意識を覚醒させるべく強く瞬きをした後、
壁に預けていた頭部を挙げ近くの部下の方を見。

「シスター・アニェーゼ。報告です」

アニェーゼ「どうぞ」

指揮官のそれに切り替わった顔で、淡々と先を促した。

「シスター・ルチアより 第一城壁北東部の結界補強完了。戦氏2名、他負傷3名出ましたが戦闘可能」

「第一城壁北部は敵の攻撃が激しく到達できず、との事です」


アニェーゼ「シスター・ルチアへ。『シスター・カタリナの隊と合流し再度第一城壁北部の修復を試みてください』」


アニェーゼ「第一城壁が一部でも決壊してしまったら、奴らは一気に雪崩れ込んで来ます」

「了解。伝えます。シスター・アニェーゼ」


アニェーゼ「…………それと今の時刻は?」

「12:00ちょうどです」

アニェーゼ「……」

725: 2010/12/04(土) 00:24:00.46 ID:WIgFSnIo

ヘイスティングスから騎士団長の部隊がここに到着するのは、移動時間を見積もって12:18。
ここドーバー城が橋頭堡であり、イギリスの反転攻勢成功の大きな鍵となっている。


ここが落とされてしまったら、騎士団長らの部隊は上陸する際、
悪魔達からの猛攻撃を正面から受けることになり多大なる損害を出してしまう。


そして第一歩目からのその大きな『つまづき』は、
このイギリス側の攻勢作戦をも水の泡にしてしまう危険性がある。


つまり最低でもあと18分、、ここを守り切らねばならない。


アニェーゼ「(……全く…………)」

戦略兵器級最高戦力であるシェリーが居座るフォークストンはともかく、

実質200人程度しか戦力の無い、
いつ陥落してもおかしくないこのドーバーの拠点にそこまでの重責をかけるとは。

軍事的観点からすると、
リスクマネジメントが全く成り立っていないと一蹴するべきであろうお粗末な作戦だ。

アニェーゼ「…………」

まあ、だからと言って怒っても仕方ないが。

それにこのような作戦が通ってしまうという事は、
既にイギリスがそこまで追い詰められているという事でもある。

今更どうしようもない。

726: 2010/12/04(土) 00:26:42.71 ID:WIgFSnIo

アニェーゼ「…………」


求められている時間は、『たかが18分』。


『されど18分』、だ。


この状況下での『18分』、というのは短くて非常に長く、
そしてとてつもなく不安定で不確かな時間だ。

このまま18分特に問題なく守りきれるかもしれないし、
敵の攻撃の手が薄れ、援軍が来なくとももしかしたら24時間は守りきれるかもしれないし。

逆に突如、大量の純粋な高等悪魔が出現し数分で陥落してしまうかもしれない。


何が起こるかわからない。


いや。


こういう時こそ『何か』が起こるのが世の常だろう。


世の中とはそういうものだ。

727: 2010/12/04(土) 00:27:31.90 ID:WIgFSnIo
普通に考えたらかなり確率が低いのに。
こういう時に限ってピンポイントに。


「―――報告!!第一城壁南部が決壊!!!ナイト・ファーガス含む少なくとも9名戦氏、負傷者多数!!!」


その時、通信霊装の前の修道女が、アニェーゼの方を振り向き声を飛ばした。


「現在ブラザー・パトリックの指揮の下で交戦中ですが、もちそうにないと!!!!」


アニェーゼ「…………」

その言葉を冷ややかな顔のまま静かに聞き。
アニェーゼは心の中で呟いた。


ほら。やっぱり来やがったじゃないですか、と。


アニェーゼ「総員に告げてください……『動ける戦闘要員は地上に』」

アニェーゼ「『総戦力をもって「最後」の攻勢防御に転じます』」


アニェーゼ「それとカンタベリーの作戦本部にこう送ってください」


アニェーゼ「『陣地線崩壊 状況は絶望的 増援上陸までの橋頭堡維持は困難』」


アニェーゼ「『本拠点は陥落濃厚』、と」


―――

728: 2010/12/04(土) 00:34:05.00 ID:WIgFSnIo
―――

5万の人口を有すフォークストン市。

その街は今、一面の廃墟と化していた。

破壊された建造物よりも、破壊されていない建造物を数えた方が確実に早い。
いや、そもそも破壊されていない建造物を探す時点でかなり苦労するだろう。


その廃墟の街の上、突如轟き瞬く大量の金色の稲妻。


そしてその直後に、
大地を裂き猛烈な速度で天に伸びる、数百本もの巨大な『黒い柱』。


それは太さ10m、高さは実に400にまで瞬時に達っする『腕』。

その巨大な腕の表面には、
良く見ると何本もの『大砲やミサイル』が突き出していた。

今、英仏海峡にて戦っている者達ならば、
あれが何なのかは一瞬で判別できるだろう。

人造悪魔兵器の『大砲やミサイル』だ。


ただ、この腕から生えているこれらの兵器は、
他の人造悪魔兵器とは違う点が二つある。


一つ目。

既に『氏んで』いる。

二つ目。


 ゴーレム
『 傀儡 』化している。

729: 2010/12/04(土) 00:36:35.41 ID:WIgFSnIo

大地から生えた数百の巨大な腕。
その表面の、総計万を超える大砲が一斉に火を噴き、ミサイルが放たれた。

廃墟と貸したフォークストン市の上空を彩る、凄まじい爆発の連続。
さながら濃厚な対空砲火の如く。

その規模は凄まじく、衝撃波や破片が街に降り注ぎ、散らばっている瓦礫を更に砕いては吹き飛ばす。
この地響きは遠くロンドンでも容易に観測できるほど。

そこらの下等悪魔ならば、一瞬で塵になってしまうレベルだ。

これほどの砲火、何に対して行われているか。


それは『いくつかの金色の稲妻』に対してだ。


効果は直ぐに現れる。


爆発の嵐の中、稲妻がぷっつりと途切れ、
その光の先端から大型の悪魔が姿を現した。


大量の魔の力を帯びた弾幕を浴び、
電撃の衣を引き剥がされてしまったブリッツだ。

730: 2010/12/04(土) 00:38:28.01 ID:WIgFSnIo
数は2体。

『翼』をもがれてしまったブリッツ達。

その雷獣らが、人の耳でもわかるほどの苛立ちが篭った咆哮を上げながら、
大地に降り立とうとしたその時。


宙を舞っていた内の一体に向けて、
黒い大きな塊がどこからとも無く『砲弾』のように飛来してきた。


それは、良く見ると人型。


身長4m程の『黒い巨人』だった。


石なのか金属なのか、それとも肉なのか見分けの付かない、
無機質と有機質が混ざった異様な体表。

腕は二対あり、一対は通常の肩の位置から。
一際長く大きいもう一対は、背中から伸びていた。


その腕は体に比べてかなり大きく、
背中から伸びている方にいたっては、胴と同じくらいの太さと身長以上の長さを誇っている。


ブリッツはその奇妙な巨人の飛来に即座に反応し、角や全身から放電。
そして巨大な鍵爪の付いた両手を、その向かってくる巨人の方へとかざし。

極太の電撃の『柱』を放った。

731: 2010/12/04(土) 00:39:46.63 ID:WIgFSnIo

だがその凄まじい砲撃でも、巨人から腕の一本を千切り飛ばしただけだった。

勢いが殺されること無く、
残る3本の大きな腕を持つ巨人はブリッツの下へと到達し。

二本の腕で、即座にこの電撃悪魔の体をがっしりと掴み固定。


『―――ウロチョロすんじゃねえ。チカチカ目障りなんだよ』


その時、巨人の内部からくぐもった女の声がブリッツに向けて放たれた。

そして次の瞬間。

ブリッツの返答を待たずに瞬時に、
(もっとも、ブリッツが人語で言葉を返せるかどうかは疑問だが)


巨人のハンマーのような三本目の腕が、この悪魔の頭部に向けて叩き降ろされた。

強烈な一撃がブリッツの頭部を叩き潰し、上半身を砕き。


残った下半身を猛烈な速度で地面に叩き落す―――。

732: 2010/12/04(土) 00:42:40.01 ID:WIgFSnIo

その時もう一体のブリッツが咆哮を上げ、巨人の方へと電撃となり『飛翔』してきた。

いくらか電撃の衣を回復させたのか、
ブリッツは猛烈な速度で巨人の方へと突っ込んでくる。

とはいえ、その速度は雷速と比べたらかなり遅かったが。
まだ完全に回復しきていないのだ。


そしてそれが、この雷獣の『氏期』を決定付けた。


巨人は宙で身を捻り、その方向へと上半身を向け。


タイミングを見極め、突っ込んできたブリッツへカウンターを放った。

凄まじい速度で交差しすれ違う、
黒い槌のような巨大な腕と、大きな刃を生やした雷撃を纏う腕。


巨人の拳はブリッツの上半身を叩き潰し吹き飛ばした。


同じくブリッツの巨大な凶刃が、巨人の胸部に食い込む
硬質な金属を引きちぎっているかのような凄まじい音を響かせながら、その黒い体表の一部を剥ぎ取り。


そしてそのブリッツの腕は、『上半身』という根元が消えてしまった為、
繰り出された慣性に従い砲弾のようにすっ飛んでいった。

733: 2010/12/04(土) 00:45:31.78 ID:WIgFSnIo

地響きを打ち鳴らしながら大地に降り立つ、二体のブリッツを屠った巨人。

その巨人の胸元の部分は、
先のブリッツの一撃によってぱっくりと割れていた。


そしてそこから見える、
『人間の上半身の左側』。

獅子のような荒れた金髪、褐色の肌、
薄汚れたゴシック口リータの装い。

この者が、この街のあちこちに生えている巨大な腕の『主』であり、
そして人造悪魔達をも傀儡化し操っている張本人、


シェリー=クロムウェルだ。


彼女の上半身の右側は巨人の肉の中に埋もれており、左腕も二の腕から肉の中。

胴と同じく半分だけ露になっている顔、
その境界線はまるで彼女の皮膚と巨人の肉が溶け合っているかのように曖昧だ。

出現した人の身の部分が異形の存在から生えているように見えるせいで、
退廃的なコントラストを際立たせ、余計に不気味な雰囲気を増させていき。

更にその彼女の形相が、その威圧感をより強くする。

浮かび上がっているのは凄まじい憤怒の色。

祖国の地を蹂躙された事への激情。

纏っている『魔』の影響か、それとも人間が本来持つ『危うさ』の一面か。

人の目・人の顔であるにも関わらずシェリーの形相は、
とても人のものとは思えないほどに恐ろしくなっていた。

734: 2010/12/04(土) 00:47:20.56 ID:WIgFSnIo
シェリー『……………………』

一体目のブリッツによって飛ばされた腕が、
軋む様な音を発しながら見る間に再生していく。

また別の地では、先ほど倒された二体のブリッツの躯を、
地面から生えている巨大な腕が『喰らって』取り込んでいた。


喰らえば喰らうほど力は増していく。

氏骸から得られる力など、その悪魔が生きていた時の極一部にしか過ぎないが、
それでも『塵も積もれば山』となる。

そして先日取り込んだタルタルシアンのような大悪魔なら、氏骸でも巨大な力を得られる。


それが彼女の魔術、『真の魔像』と化した『ゴーレム=エリス』。


彼女が『乗っている』この巨人も、この街の至るところに生えている数百本もの巨大な腕も、
皆全て彼女の『ゴーレム』の一部。

展開された彼女の力によって フォークストン市は全域が完全な廃墟と化したが、
それと引き換えに悪魔の手からは完璧に守られていた。


ゴーレム魔術は元々かなり高難度とされていたが、
今や彼女のそれは、もう『高難度』で片付けてしまうレベルではなかった。

『教皇級』という表現でも足らない。
『神の右席級』、『魔神級』、という表現でようやくしっくりくるか。


彼女の『ゴーレム=エリス』魔術は、
正に神話級・伝説級、いや『神の領域』と言うべき水準にまで到達していた。

735: 2010/12/04(土) 00:48:07.60 ID:WIgFSnIo

これは、単に『悪魔の力を手に入れたから強くなれた』、という訳ではない。
シェリーの元からの魔術的才と優れた技術があってこそだ。

下手をすると、王室の者ですら処刑されてしまうほどの重罪を問われていながらも、
その才と引き換えに『ほぼ自由の身』と言う恩赦を手に入れたほど。

それほど彼女は、代えの効かない優れた魔術師なのだ。


また、彼女のような異端的な天才は、実は天界魔術には向いていない。


天界魔術は、扱いは簡単だがその分得られる力はには限度がある。

魔界魔術は、扱いが非常に難しい分得られる力は、理論上は上限無し。


つまり、シェリーのような人間は元々魔界魔術向きと言っても良い。
(逆に言えば、彼女のように非常に優れた者で無ければ、魔界魔術には到底手が出せない、と言う事だ)


シェリー『エリス、旨いか?』

半身を露にしたまま、小さく呟くシェリー。
もちろん、言葉を返してくる者はいない。
フォークストン市域にて、人語を話せるのは今はシェリーただ一人。


シェリー『―――そうだよな。まだまだ足らないわよね』


だが、シェリーは『会話』を続ける。
姿の無い、いや、頭の中の何者かと話しているかのように。


シェリー『まだまだ1%も喰い切ってないしな』


シェリー『我が祖国の地を踏んだ悪魔は、全部食べ切らなきゃあ、、、な。エリス』

736: 2010/12/04(土) 00:53:23.25 ID:WIgFSnIo
シェリー『………………』

と、その時。

シェリーは『何か』に気付き、宙を見上げスンと鼻を鳴らした。

シェリー『(………………次が来た……か……)』

ゴーレムの『鼻』が、更なる悪魔の接近を捕らえたのだ。


シェリー『(……高等悪魔が3……いや4体か?)』


フォークストン市域の部隊が撤退し、
巻き添えの気兼ねなく『好き放題』暴れまわっているシェリー。

最初の内は人造悪魔兵器の集団がシェリーに群がってきていたが、
当然このシェリーには傷一つ与えることもできずに一蹴。
取り込まれ、人造悪魔兵器達はシェリーのゴーレムの肉と化した。

それ以降、このフォークストンには下等な悪魔達は寄り付かなくなった。
代わりに来るのは、少数の高等悪魔達。

悪魔側も少数精鋭で仕掛けてきてるのだ。
そして現に、シェリーにとっては雑魚の群れを相手にするよりも面倒だ。

特にブリッツのような超攻撃型の高等悪魔を、複数体同時に相手にするのはさすがにシェリーでも厳しい。
そもそも、パワー型のシェリーにとってブリッツは非常に相性が悪い。

それこそタルタルシアンを取り込んだ今なら、
そのパンチの一撃は下手な大悪魔を卒倒させる事も可能だろうが、
当たらなければ意味が無いのは当然だ。


数十分前にブリッツを10体程相手にしたが、その時は危険な瞬間がいくつもあった。
下手をしていたら普通に氏んでいたであろう事も、だ。

シェリー『(…………チッ…………)』

737: 2010/12/04(土) 00:57:04.04 ID:WIgFSnIo

シェリー『(……………………これは……?)』

と、そうして感覚を研ぎ澄ませていたところ。
彼女はまた別の何かを嗅ぎ取った。

悪魔とは『別』の存在だ。

シェリー『………………』

巨体を動かしその反応の方角、
夜とも昼とも言えない不気味な空の下の英仏海峡を見やった。

シェリー『(…………違う。悪魔ではない…………天界魔術……いや……)』

力の匂いは魔ではなく天界魔術と『どことなく』似ているが、微妙に違う。

シェリー『(…………待て……これは……ッ……)』

だが完全に未知のもの、という訳でもない。
『今』となっては悪魔よりも出くわす機会が無い性質だが、
このタイプの存在の事をシェリーは良く知っている。


シェリー『(―――神裂…………)』


『半天使になっていた神裂と同じ匂い』だ、と。

そう、既存の『薄い』天界魔術の力ではなく。



『純正』の天使の力だ。

738: 2010/12/04(土) 00:58:48.40 ID:WIgFSnIo

シェリー『(……どうなってる?)』


『純正の天の力を纏った何か』が、海の向こうに。


神裂ではない。
確かに性質は同一だが、雰囲気が違う。

『別の個体』だ

ヘイスティングスから発った強襲揚陸部隊でもない。
それどころか、まずイギリスではないのは確かだ。

非常事態のため、シェリーの知らない封印されていた極秘の術式が起動されたとしても、
最高司令官の一人であるシェリーの元にも必ず一言あるはずだ。

イギリスでも悪魔でも無い、別の勢力の『何か』だ。

シェリー『…………騎士団長。到着までどれくらいだ?』

彼女は即座に通信霊装を起動し。
もう一人の最高司令官へと回線を開いた。

騎士団長『あと……約14分といったところだ』

シェリー『今は洋上か?』


騎士団長『そうだが?』

シェリー『…………何か、変わった事があるだろ?』


騎士団長『……そっちからでもわかるか?……海が穏やか過ぎる』

騎士団長『海上でも激しい交戦を予測していたが、まだ一体とも遭遇していない』


騎士団長『それと観測班からの報告だとな、異常な濃度のテレOマが海峡に充満してるらしい』


騎士団長『力を解放した際の神裂火織に匹敵する程の数値だ』


シェリー『…………』

739: 2010/12/04(土) 01:01:57.83 ID:WIgFSnIo

シェリー『……悪魔でもない、我々でもない、第三の何かが英仏海峡に侵入してる、間違いないな?』


騎士団長『天の力を纏った何かが、な』


シェリー『…………』

騎士団長『……ローマ正教かフランスが、追い詰められて「最後の審判級」の術式か何かでも使ったか』

騎士団長『それとも、ドイツかオランダ辺りの「ヴァルキリー」共がついに何かやり始めたか』

シェリー『…………大陸側からの何かの報告は受けていないか?』

騎士団長『いいや。どの国内機関の情報部も、まともに機能していない。混乱状態だ』

騎士団長『今は国内の指揮通信網を維持保全するだけで精一杯だからな』

騎士団長『我々は今、自国周辺の外域に対しては盲目同然だ』

シェリー『…………だろうな』

シェリー『……とりあえず私はこれから「お客さん」の相手するわ。もう1分後くらいに接敵するしな』

シェリー『ドーバーの連中にはそっちから伝えといて。警戒するようにな』


騎士団長『ああ、そのドーバーの残留部隊なんだがな』

騎士団長『先ほどから応答しない。現在、斥候が確認に向かっている』


シェリー『………………………………そうか。わかった』

740: 2010/12/04(土) 01:03:50.87 ID:WIgFSnIo

と、シェリーが通信回線を切断しようとしたその時。


騎士団長『――――――……待て!!!!』


シェリー『……何?』

通信魔術の向こうで、
確認が取れたのか?確かか?と騎士団長が部下と話す声が聞こえ。


騎士団長『………………この「異変」の原因の一部、判明した』

騎士団長『テレOマの解析が完了した。時間が無いから結論から言うぞ』




騎士団長『―――「ウリエル」だ』




シェリー『―――………………………………は?』


騎士団長『その核であろう「個体」の大まかな位置も判明した』



騎士団長『ちょうど今、ドーバーに到達するぞ』


―――

741: 2010/12/04(土) 01:06:01.95 ID:WIgFSnIo
―――

一方その頃。

ドーバー城。

人造悪魔達の凄まじい砲撃、そして満を持して現れたかのような複数体の高等悪魔、
ゴートリングの強襲によって城壁は何重にも張った結界もろとも崩壊。

残留部隊は多大なる損害を出し、キープ(日本で言う『本丸』)に撤退。


そして今、その追い詰められつつある人間達と追い込みつつある悪魔達が、
キープ前の広場にて最期の戦いを繰り広げていた。

キープ唯一の門の前に固く陣形を組み、
様々な術式で悪魔の猛攻を何とか退けている魔術師や騎士達。

その後ろでは、門の封鎖の為の術式を急いで構築している魔術師達。


アニェーゼ=サンクティスはその最前線にて指揮を直接執り、
そして自身も直に杖を手に戦っていた。


ここを突破されてしまったら、後はもう手の内用が無い。
戦える者達はここにいる数だけ。

キープの中、
そしてその下のトーチカには負傷者しかいない。


門の封鎖が完了するまで、
なんとしてでも持ちこたえねばならないのだ。

742: 2010/12/04(土) 01:08:52.10 ID:WIgFSnIo

人造悪魔兵器の砲撃や銃撃を、簡易の結界を出現させる防御魔術で防ぎ。
突っ込んでくる悪魔には、魔術の集中砲火。

それらを掻い潜ってきた悪魔には、近接武器のファランクス。


それでも、この陣を突破してきそうな個体には。


アニェーゼ「―――つァッッッ!!!!!!!!」

アニェーゼが放つような、
魔界魔術で異様なほどにまで強化された強烈な一撃をお見舞いする。

アニェーゼが手に持っている杖の先を地面に叩きつけ、
そして地面を抉るように一気に横に引く。

すると見えない巨大が何かが、その杖の先と同じ動きをする。
とんでもない威力で。

標的とされた悪魔は一度見えない何かに上から叩き潰され。
そして今度は潰されたまま真横へと引きずられ、見るも無残な姿と化す。


地面に穿たれた凹みは直径10m近く。
そのまま横へ広がった長さは40m、広場を横切り崩れた城壁にまで達する。

743: 2010/12/04(土) 01:10:02.21 ID:WIgFSnIo

だがここまでの火力があっても、明らかに劣勢だった。
陣形を組んでいる者の数は一人、また一人と徐々に減っていく。

アニェーゼら残留部隊が門の前に集い、持ちうる全ての戦力を集結させているのならば、
もちろんこのドーバー周辺の悪魔達もここに一点集中する。

その火力・戦力の差は圧倒的。

アニェーゼ達が何とか守っているキープは一応原型を留めているも、
周囲にそびえていた堅牢な城壁は、今や跡形も無くなっていた。
ところどころに土台の廃墟があるだけだ。


アニェーゼ「(―――もちま……せんね―――)」


杖を振るい指示を飛ばしながら、アニェーゼもここにいる皆と同じ事を思う。
既に限界、いや、限界を超えている、と。

しかし誰も戦うことはやめなかった。

武器を持つ手が血にまみれ、触角すら無くなって来ても。

隣にいる仲間の血飛沫を浴びても。

隣の仲間の頭部が砕けても―――。

744: 2010/12/04(土) 01:12:31.81 ID:WIgFSnIo

人は自身の氏を悟った時は、妙に思考が冷静になる場合も多い。
そして余計な『飾り』を捨てた自身を認識し、やっと自己の深層心理を自覚できる。

アニェーゼの場合。
その極限の中で浮き彫りになったのは。


アニェーゼ「(―――天にまします我らの父よ)」


『信仰』だった。


両親を無くし路上生活を強いられ。
何もかもを失った時も、唯一手放さなかったこの『信仰』。


アニェーゼ「(―――我らから闇を払い給え)」


そしてその『信仰』は。
今、教義の中では『相反する存在』とされているものによって叩き潰されようとしていた。


アニェーゼ「(―――我らに闇に打ち勝つ力を与え給え)」


ゴートリングが翼を広げ。

キープの門の前に陣取る彼女達を、
囲み見下ろすように宙に浮いていた。


その数、12体。


アニェーゼ「(―――我らに。その御力を。遣わせ給え―――)」

745: 2010/12/04(土) 01:13:45.02 ID:WIgFSnIo
一度に相手にするのは2体が限度。

一斉に12体も来られたら。

ここは屠殺場と化す。


アニェーゼ「(願わくば―――)」


アニェーゼは心の中で祈りを続けながら、
ゆっくりと見上げ、正面に位置しているゴートリングを見。


アニェーゼ「心半ばで散った我らが兄弟を。我らが姉妹を。かの御国へと導き給え―――)」


自身達に氏を与えるであろうその魔を見。


アニェーゼ「(―――彼らから苦痛を払い給え)」


そして『天上』を見。


アニェーゼ「――――――アーメン」


最後に声に出し、小さく十字を切った。
それはゴートリング達が一斉に動いたのと同時だった。


そして。


その彼女の声が届いたのか。

届かなかったのか。


それを知るのは正に『天のみぞ』であるが―――。



―――天の力が『この場』に働いたのともほぼ同時だった。

746: 2010/12/04(土) 01:14:41.58 ID:WIgFSnIo
『それ』は突然やって来た。

連続して響いていた破砕音・爆音が突如止んだ。

絶え間なく続いていた悪魔達の攻撃も。
そして異質な。

悪魔とはまた違う『異界』の威圧感。

アニェーゼ「―――」

アニェーゼは知ってる。
この感じの重圧は、前にも何度も味わっている。


天使化した神裂と同じだ。


悪魔達はその瞬間ピタリと動きを止め、みな上の一点を見つめていた。
その視線の先は、ちょうどキープの頂点あたり。

魔術師や騎士、そしてアニェーゼも振り返り、
背後のキープの頂点へと視線を向けた。



アニェーゼ「――――――」



その先にいたのは。


『人』、いや。


『人』と呼べるのかわからない、『人にも見える』何かが浮遊していた。

747: 2010/12/04(土) 01:17:35.21 ID:WIgFSnIo

体は人間に見える。
黄色の、昔のフランス市民の庶民衣のような造形の衣服を纏った若い女性らしき姿だ。

口からは先に『十字架の付いた長い鎖』が垂れ。

その顔は白く、そして目の縁が異様に際立っていた。
厚く化粧をしているのか、それが地肌なのかは『わからない』。

というのも、この存在が人間かどうか『わからない』からだ。


瞳が、金色に輝いているのだから。


神裂のように。


ここが、この存在が人間かどうか判別しがたい一つ目の点だ。

そして二つ目は。


背中から伸びる、『三対六枚』の巨大な『黄金色の羽』。


長さは一枚、100m近くにまでなるか。
非常に高速に微振動しているのか、大気全体が共鳴のように揺らいでおり、
翼自体も残像の如く実体間が無い。


これらの、キープ上空にいる何かの風貌。

強いこの世の物質とは思えない感覚。


いや、正にそうだろう。
少なくとも人界の域ではない。


神裂と同じような域だろう―――。



―――『本物の天使』のような。

748: 2010/12/04(土) 01:19:30.44 ID:WIgFSnIo

アニェーゼ「―――」

見上げていた者達は皆、
アニェーゼを含み目を丸くし呆然としていた。

あまりにも突然であり、理解しがたく。
皆思考停止していた。


悪魔達も、動きを止めジッとその何かを見つめていた。


そして。

その場の全員の視線を浴びる『何か』がゆっくりと口を開く。



『―――「我が光は神なり」』



脳内に直接響いてくる、発信源がわからないような。


異界特有のエコーのかかった声。




『子らには「天恵」を―――』




『―――悪には「天罰」を』

749: 2010/12/04(土) 01:20:23.92 ID:WIgFSnIo
そしてスッと右手を天に掲げ。



『「神の火」 「神の光」の名の下―――』





『―――裁きを―――』




そう告げると同時に、今度は右手を下ろし。

指先を地面に向けた。


その瞬間。


余りにも場違いな『心地よい風』が一体を優しく吹き抜け。

ドーバー城周辺にいた悪魔達が一瞬で『砕け散った』。


特に激しい破壊も無く、静かに。
数千、いや万に達していたであろうその全てが。


風に吹かれる砂のようにかき消され。


塵となる―――。


―――

762: 2010/12/09(木) 00:30:33.92 ID:T/QcCx2o
―――

半ば崩れかかっている、地上へと続いている長い長い非常階段。
壁にはヒビが走り、ところどころ崩れてもいる。

その階段の中途にて。
佐天はキリエを庇い、床に座り込んでいる彼女を抱きかかえるようにして屈んでいた。

佐天「…………はぁッッッ……!!!な、……んなのよもうッッッ!!!!」

ルシアの言葉に従い、急いで大きな地下倉庫の中を進み、
そして非常階段を見つけ駆け上がり。

その時だった。

大地震の如くの凄まじい揺れが襲ってきたのは。

佐天「(やっぱり……普通の地震…………とかじゃないよね…………ここも崩れそう……)」

佐天「早く行きましょう!!!ここはちょっと、というかかなりマズイよ!!!」

立ち上がり、キリエの腕に手を伸ばし先を急ぐよう促す佐天。

日本語、それも早口のそれは当然キリエは訳せなかったが、
それでも佐天の表情や体の大きな動作でどのような事を言っているのかは一目瞭然。

キリエ「…………ええ!!!」

佐天はキリエに肩を貸し、二人は階段を足早に昇っていった。

763: 2010/12/09(木) 00:32:11.49 ID:T/QcCx2o

延々と続く階段。

キリエは身長が高く、健康的かつグラマーな体系。
決して『太っている』という訳ではないが、
小柄な佐天からすれば『それなり』に、というのも当然。

佐天「はッ……ふッ…………はッ……」

キリエの体を支えながら階段を昇る彼女の体力は、どんどん減っていく。

そしてキリエもまた息を切らし、足元が覚束なくなっていた。
胸に深々と杭が突き刺さっているのだから当たり前か。
普通ならば既に意識を失っていてもおかしくはない。

だが二人は黙々と昇って行く。

一歩ずつ一歩ずつ。

壁にある地下階層を現す数字が一つ、
また一つと小さくなり地上に近付いていく。

そして。


佐天「……!や、やった!!!!地上ですよッッ!!!!!」

キリエ「……はあッッ………………」

階段が終わり、やや広めのフロアに到達。
二人は外へと繋がる、大きな金属製のドアへと向かい。

ようやく、二人は地の底から脱する。


が。

764: 2010/12/09(木) 00:34:14.22 ID:T/QcCx2o
勢い良く開け放たれた、そのドアの向こう。

佐天「―――…………そ、そんな―――…………」

キリエ「!!!!!」

廃墟に囲まれた、駐車場か何かの広場。

そこに、まるで彼女達を待っていたかのように数十体もの悪魔がいた。

佐天「(……どどどどどどどうしよう!!!!!どどおどd)」

おぞましい赤い瞳が二人に向き。
餌を見つけ、喜んでいるかのごとく耳障りな不気味な唸り声を上げ。
悪魔達はゆっくりと彼女達二人を囲む輪を狭めてくる。

佐天「!!!!!」

どう考えても来た道を戻った方がマシ、と、
佐天は背後のドアを開け再び戻ろうとしたが。

フロアの向こう、地下へと続く非常階段の方からも悪魔が這い上がってきていた。
あざ笑うかのような不気味な声を発しながら。

キリエ「……!!ダメ!!!!」

佐天「ああああ!!!!!!!」

半ば焼けになりながら佐天はドアを強く閉じ、
そして振り向き獰猛な捕食者達と再度向き合った。

おぞましい存在達は、既に3mの所にまで迫ってきていた。

佐天「(―――………………走って…………足下を何とか潜り抜けて…………)」

歯を噛み締め悪魔達の瞳を真っ直ぐ睨み、
どう考えても無駄、と自覚しつつもそれでも生き延びる道を探る佐天。


佐天「(…………やるしか…………せめてキリエさんだけでもここから……)」

明らかに困難、それでも佐天は迷わず決断を下し勇気を胸に。
肩を貸しているキリエをギュッと抱きしめるように支え。

一気に悪魔達の方へ、その隙間へと駆け出―――


―――そうとしたその瞬間。

765: 2010/12/09(木) 00:35:32.79 ID:T/QcCx2o
佐天「わッ―――わわわ!!!!!!!!!」

キリエ「―――!!!!!」


突如、凄まじい爆音が響き渡った。
いや、『音』と言うよりは大気の振動、『衝撃波』と言った方が良いか。

もちろん飛び出すことなく、二人はその場に屈み頭を下げて伏せった。

何が起こったのか。

普通の人間である佐天にとっては、
『いきなり爆風が吹いた』としか表現できなかった。

これがもし聖人や悪魔などの視点からならば、
猛烈な速度で暴れ周り次々と『素手』で悪魔をぶちのめしてく『女』が見えただろう。
悪魔達が吹っ飛び、砕け、引き裂かれてなぎ倒されていくのが。

時間にして0.1秒も無い。

そんな僅かな一瞬の間に、数十体いた悪魔は見るも無残な有様になっていた。

そしてその惨状のど真ん中、佐天達の前6m程のところに。


長身の金髪の女が悠然と立っていた。


パッツン前髪の上、額に押し上げたゴーグル。
作業着のような服の上には大きめの白いエプロン。


見た目の歳は20代前半くらいか、
気が強そうな青い瞳の整った顔立ちの白人女だ。

766: 2010/12/09(木) 00:37:23.95 ID:T/QcCx2o
いきなり現れた、見ず知らずの女。
そして目を離した一瞬で肉塊となってしまった大量の悪魔。

佐天「…………???!!!!!」

キリエ「…………??!!」

状況を掴めず、当然二人は驚き動揺するが。


「『保護』はいつもあいつの役割なんだけど」


そんな彼女達の表情など気にせずに、女はやや機嫌悪そうに口を開いた。


「あいつ今、手空いて無いから」


佐天「―――だ、だだだだだだだだだだだ誰ッッッ???!!!!」


「良いから来な。説明は後だ」

女は佐天のどもりまくってい声をサラリと受け流し、
面倒臭そうにくいっと首を掲げて同行するよう催促。


キリエ「(―――この人…………聖人……?)」

そんな女をキリエはジッと見つめながら、昔の記憶を思い出していた。

数年前にフォルトゥナに来ていた神裂と雰囲気が似ているのだ。
風貌や人格ではなく、その『存在感』がどことなく。


キリエ「…………行きましょう。あの人、信用できると思います」


佐天「……………………へ?へ?」


「早くするんだ。ほらチャッチャと!!!」


佐天「ははっははい!!!!!!」


―――

768: 2010/12/09(木) 00:39:10.32 ID:T/QcCx2o
―――

深部から真上までぶち抜かれた、
冥府まで続いているかとも思えてしまう直径300mにも達する巨大な穴。

縁が崩れ、複数のビルを巻き込み穴の中に沈め。
まるで周囲に侵食していく生物のように徐々に大きくなりつつあった。

その大穴の縁に悠然と立っている一人の男。


アリウス。


アリウス『……………………』

葉巻を燻らせ、ゆっくりと空を見上げるその彼の姿は、
両手の先がほのかに赤く光っている以外は特に普段と変わりは無い。

彼自体は、だ。

その周囲の状況は、とても『普通』とは言えなかったが。

彼を取り囲むように浮かび上がっている凄まじい数の、光で形成された術式。
それらが生き物のようにうねり、そして常にその構文の内容も変化していっている。


それらの構文の一つ一つは、魔界製の『本物の魔導書』に記されてもおかしくは無いものばかり。

一構文だけでも、その解読にはローマ正教や
イギリス清教が総力をあげても一ヶ月はかかってしまう代物だ。

更に意味を検証・完全解析し、起動可能な複製構文を作るとなると数十年もかかるかもしれない。
そもそも、魔界言語の部分は解読そのものが困難であろう。

769: 2010/12/09(木) 00:43:24.78 ID:T/QcCx2o

そんな代物が秒間万単位で浮かび上がっては、リアルタイムで変動し、
新たな構文をその場で構築していく。


同じ構文は一つも無い。
全てがその一瞬一瞬の目的の為だけに作られ、使い捨てられ消えていく。


もし魔術世界に広く発表されれば、
様々な分野で革新的技術発展がおきてしまうような知識の結晶が。


そして、そこから発動する術式ももちろん凄まじい代物だ。


最早『教皇級』、『神の右席級』などという括りでは表現できないものだ。

既存の『魔術』として括る事もできないかもしれない。


一般的に、『人間が扱う魔術』というのは『模倣』で成り立っており、
外部の何らかの『筋書き』を必要とする。


それは神話や伝承・過去の『神性を帯びた歴史』であったり、
力を引き出す『源』の存在の性質を借りたりなど。

それが一般的な『魔術』の大前提だ。

770: 2010/12/09(木) 00:45:12.47 ID:T/QcCx2o

だが『一般的な』と括る以上、例外も当然ある。


外部の筋書きを必要とせず、自らの手で筋書きを創り出す『特別な者達』だ。

この『特別な者達』は、その力の根源や入手方法も普通の魔術師とは全く原理が異なるが、
使用する魔術の根本体系も全く異なる。


彼らは、自らの手で異界の力の根源と直接繋がり、その純正の力と融合し。

『自身の筋書き』で『思うがまま』に力を行使するのだ。

魔術記述として使用に耐えれる水準の『筋書き』を自身の手で創り出してしまうのだ。


つまり。


一般の魔術師の行使する力は、外部の神話や神性に依存するが。


この『特別な者達』は、自身が『神性』を帯び、『自身の為の神話』を創り出すのだ。


そこには、外部の筋書きや模倣に常に纏わり付いていた『縛り』も『型』も無い。
唯一の制限は、行使者自身の限界だけだ。

771: 2010/12/09(木) 00:47:53.97 ID:T/QcCx2o
この特別な者達に該当するのは、古代由来ならばアンブラの魔女やルーメンの賢者。

かの大戦の際、スパーダと共に戦った戦巫女達とその子孫の一部などの、『古の人類』の末裔達。

近世の『第二世代の人間』ならば、
アレイスター=クロウリーや、かつてスパーダの力を求めて散ったアーカム。


そしてこのアリウスなどの極一部の超越した魔術師達。


これらの者が神話をその場で創ってしまう―――。


―――その挙動が、その思考が、その意識が―――。


―――その氏に様と生き様が、そのまま『神話』と化す領域に属する『人間』。


『外部の筋書き』を模倣して周囲の世界に『映し出す』のではなく。

『自身の筋書き』により周囲の世界そのものを『変える』事。


それが可能、つまり『存在するという事それ自体が神話になってしまう』レベルであることが、
人間からは『神』、或いは『大悪魔』と呼ばれる超越した存在らの『基本水準』であり。

そして。

この領域に踏み込んだ『人間』は、魔術師界ではこう表現される。


『神話を読む者ではなく、神話となる者』、


『人としての魔術の高みを超え、神の領域に踏み込んだ者』―――



―――すなわち 『魔神』 と畏れ謳われる者である。

772: 2010/12/09(木) 00:49:02.16 ID:T/QcCx2o
そんな、魔術師としての限界を超えているアリウス。

アリウス『…………』

大穴の縁に悠然と立ちつつ、
上空にて浮遊している能力者の方を見上げ小さくほくそ笑んだ。

アリウス『(…………アラストル、完全に癒着しているな。主従契約が確立しているか)』

アラストルとあの能力者の結合は完璧。

前の学園都市第23学区での戦いの際、『借り物』という点を突いて行った、
命令系統へ浸入し魔具の類を無効化する方法は少し厳しい。

が、それなら別のやり方でいくだけだ。


アリウス『(…………主を潰せば後は簡単だな)』


あの能力者を潰してしまえばそれで解決だ。
そして残る『主が不在』となったアラストルは、以前と同じ方法で封印してしまえばいい。

あの能力者がアラストルの力を使い切れているようには到底見えない。

それどころか、かなり『お粗末』だ。

『タダ単』に力を得た『だけ』で、まったく纏まっていない。
無駄な『垂れ流し』状態だ。

あれならば、倒す事はいとも簡単。
苦労は無い。


アラストルが魔界の諸神としての全ての力を解放してくれば、
現状のアリウスでは対応しきれない。

が、自立しての力の解放許可を出す『主』はいない、
力を全て引き出しうる『主』もいない、となれば全く脅威ではない。

絶対的な契約を結んだ使い魔は、どう足掻いてもその掟に背くことは不可能。
あのダンテと血の契約を結んだ以上、アラストルはそれを無視して単独で力の解放は絶対にできない。


アリウス『(問題は無い)』

アスタロトや、例の『影の王』の手を借りる必要も無い。
現状のまま全て対応できる。

今の所有者であるあの能力者を殺せばそれで終わりだ。

773: 2010/12/09(木) 00:53:57.19 ID:T/QcCx2o

そもそも、アリウスは魔界の強大な『パトロン』達の直接の手をあまり借りられない事情がある。

主要なパトロンを前に出してしまい、彼らがネロに狩られてしまったら大問題なのだ。


アリウスならばともかく、他の大悪魔ならネロは即座に頃しにかかるだろう。


パトロンの支援を失ったら計画そのものが傾いてしまう。
この大詰めの時に無用な危険を冒すわけにはいかないのだ。


ちなみにそのネロの件。


アリウスとネロの恋人の『同期機能』は、今は停止しているが術式自体は解除されていない。

現状でアリウスを頃しても、ネロの恋人が同時に氏ぬ事は無い。


だがその一方で、この術式が原因で『後で』免れない氏を被る可能性がある。


アリウスはあの術式に、膨大な数の罠を組み込んである。
彼の命以外で解除された段階で発動する罠だ。

つまりあの杭を作った者がその一つでも見落としていれば、ネロの恋人は非常に危うくなる。
そしてその即解決法を知るのはアリウスのみ。


彼女の術を解く過程で何らかの支障があった場合、必ずアリウスの知識が必要になる。


つまり、術式の完全解除までネロはアリウスに手を出せない。

774: 2010/12/09(木) 00:55:59.14 ID:T/QcCx2o
ネロが恋人の命よりもアリウス殺害を優先すれば話は別だが、
どう考えてもそれはまず有り得ないのは確実だ。

更に術式解除に有する時間。

あの杭の中に、大体どういった術式が刻まれているかは一目でアリウスは判別した。

あの水準の術式ならば、効果が浸透し完全解除となるのは最低でも15分はかかる。

杭の製作者、父からの比類なき才を引き継いだ『アーカムの娘』がいれば、
効果促進させて時間短縮できるかもしれないが、今この島にはいない。

アリウスが認めるほどの天才的な術式技量の持ち主でも無い限り、
要する時間を短縮するのはまず困難だ。


今の状況。

覇王復活完了までの時間は5分を切っている。
術式解除までは最短15分。

つまり覇王復活よりも先に、ネロがアリウスを頃しに来る事はまずない。

そして覇王復活すれば即座に魔界の門を開き、
スパーダの力の片割れを引き出すことも可能。

そうなれば、最早ネロは怖くない。

ネロの有する力と魔剣スパーダを手に入れ。
フィアンマから創造を奪えば、ダンテやバージル、魔女らさえももう敵ではない。

もちろんそこまで行けば、
天の門の開放に関してなどどうとでもなる。

この計画の『コア』の安全性も、表に直に出なければ問題ない。


『影』から出なければ、ネロでさえ手が出せないのだから。

775: 2010/12/09(木) 01:00:02.38 ID:T/QcCx2o
アリウス『…………』


計画に何も問題は無い。今のところ全てが順調。

『χ』の反抗とその処分も、学園都市からの能力者の相手も『余興』。


時間までの暇潰しだ。

障害には成り得ない。


アリウス『(「この程度」で本当にこの俺を止められると思ったのか?)』


何度もシミュレーションをし、自身の計画の成功を確信したアリウス。

アリウス『(この俺の計画の、どこに穴がある?どこが失敗の要因となり得る?)』

小さく笑いながら、心の中でたった一人の旧友へと呼びかた。

アリウス『(……思考が鈍ったな。エドワードよ。正しいのはこの俺だ)』


その彼の周囲に浮かび上がっている光のうねりがより一層激しくなり。
表面で術式が激しく変動して行き。


アリウス『(―――それを証明してやる。もうじきにな)』


魔神としてのアリウスの力と技術が躍動し、
彼を覆う術式体系が更なる臨戦状態と変形していく。


そしてちょうどその瞬間。


その赤い光のうねりに、上方から照射された青白い光の柱が衝突した―――。



―――別名 『粒機波形高速砲』が。

776: 2010/12/09(木) 01:04:54.56 ID:T/QcCx2o
降り注いだ大量の光は、大穴の縁の一角を一瞬で吹き飛ばし、そして溶かし尽くす。
着弾地点は蒸発、その周囲も広い範囲が輝く液体と化し。

そしてその液体は大穴の中へと流れ落ちていき、オレンジの大瀑布を形成する。

舞うのは水しぶきではなく火の粉。
吹き荒れるのは涼やかな霧ではなく、凄まじい熱風。


そんな灼熱の中、着弾地点の中心にいたアリウスは何事も無かったかのように立っていた。


彼の周囲に浮かび上がっている光のうねりも先ほどと特に変わり無い。

彼が立っているアスファルトの地面、半径5mの部分だけが綺麗に切り取られたのかのように残っていた。
オレンジの光り輝く海に浮かぶ小さな孤島だ。

アリウス『―――』

紫の翼を生やした、青白い光に包まれた若い女。

それは真上から凄まじい速度で急降下した麦野だ。

彼女は身を引き絞り、アラストルを頭上に掲げ。
降下した慣性を乗せ、迷い無くアリウスの頭頂部目掛け。


麦野『―――ッッつあぁぁッッ!!!!!!』


その振り上げた魔剣を一気に叩き降ろした。
正にハンマーのように力み思いっきり。

その速度とパワーは尋常じゃないレベルだったが、動きは粗暴・力の制御は乱雑。


アラストルの刃は剣筋に対し傾いており、その剣筋自体も激しくブレている。
その麦野の動きは、とても『剣技』とは呼べないものであった。

ただ力任せに棍棒をぶん回す『素人』だ。

単に物理的に見れば凄まじい衝突エネルギーだったろうが、
『ここから先』は、単に物理的に強いだけじゃ全く意味が無い領域だ。


無様にぶん回されたアラストルは、その絶大な力が全く引き出されずに。

強烈な爆風を周囲に撒き散らすも、標的のアリウスには全く届く事は無く。

彼を覆う光のうねりにぶち当たってあっけなく弾き返されてしまった。

777: 2010/12/09(木) 01:10:11.82 ID:T/QcCx2o

麦野『―――ッッ!!?』

凄まじい衝撃によって痺れる右手。
耳鳴りのような振動音を発するアラストル。

そして体制を崩し、後方に傾く麦野の体。


アリウス『―――ふん』

麦野の驚いた顔を横目で見、冷笑するアリウス。

次の瞬間彼女の顔面に向けて、
一瞬の間にアリウスの近くの虚空から出現した銀色の触手、杭のような物が一気に伸びていく。

一本だけではない。
地面から、宙の光のうねりの中から、膨大な数の杭が。
麦野の全身を貫き粉微塵に引き裂くべく。


麦野『―――』


この『100倍返し』レベルの反撃。


『バージルと戦った時』の彼女ならば、容易に反応でき余裕を持ってかわせただろうが。


『今の麦野』は全く反応できなかった

778: 2010/12/09(木) 01:13:14.90 ID:T/QcCx2o

麦野『―――あッ―――ぐぅッッッッッ!!!!!!!!』


その瞬間。


意識が飛びそうになるほどの凄まじい激痛が麦野の体を襲った。

それは杭が身を貫いた痛みではない。


凄まじい力で、彼女が『後方に引っ張られる』痛み。

翼の付け根にて暴れる、背中の肉、
いや背骨ごと引き抜かれるようなとんでもない激痛だ。


放たれた杭が伸びる速度以上の速さで麦野の体は後方へと吹っ飛んだ。

彼女が一瞬前までいた空間を、大量の杭が貫いていく。


麦野『………………か……あぁ゛ッッ…………う゛ッッッ…………ん゛…………!!!』


数百メートル、大通りに沿って後方に『飛ばされた』彼女は、
アスファルトを捲り上げながら乱暴に着地し、ひざをついて苦悶の声を漏らした。

『アラストルの翼』によって真後ろに強引に引っ張られたのだ。

アラストルの回避行動によって麦野は間一髪のところを免れたものの、
その意図しない強烈な力が使われた負荷が、彼女に跳ね返ってきたのだ。

779: 2010/12/09(木) 01:14:24.33 ID:T/QcCx2o

アラストル『―――わかるだろうが、今のはもう出来ないからな。お前がもたない』

苦痛に堪える彼女とは対照的に淡々とした、いや、
どことなく楽しそうにも聞こえるアラストルの声。

ほくそ笑むそうな、せせら笑うような。

麦野『…………わかってるわよッッ……!』


アラストル『それとこれもわかってるな?今の状況は、兄上殿と戦った時とは全く違うからな』


アラストル『勘違いするなよ?今のお前は「素人同然」だ』


麦野『…………ッ…………』


そう、あの時とは違う。

あの時、彼女は洗練された剣技によって、バージルの刃をも数回退けた。

だがそれはトリッシュとの感覚共有があったおかげであり、彼女自身の技ではない。

『鍛え上げられた武人』が麦野の体に同化していただけに過ぎないのだ。

そのトリッシュの加護を失えば?


当然、残るは『ド素人』の麦野だ。

780: 2010/12/09(木) 01:16:04.89 ID:T/QcCx2o

いくらこのアラストルのような名だたる大悪魔とでも、ただ同化して力を手に入れた『だけ』では、
悪魔の技術は手に入らない。

そもそも、そのくらいで『達人』と成れれば誰も苦労しない。

ダンテやバージルでも、生まれた時から剣を始めとする戦闘術の達人であったわけではない。
幼少期に父スパーダにより、あらゆる基本を身をもって叩き込まれたからだ。

彼らが新しく手に入れた魔具をその場で即座に使いこなしてしまうのも、
その技術の基本が完璧であるからだ。



どれほど大きな牙や爪を持っていようとも、なまくらだったら意味が無い。

どれほど強大な力を持っていても、その本質を知らなければ使いこなせない。

どれほど強力な武器を持っていたとしても、使い方を知らなければガラクタと同じ。


鍛え上げられた武人は皆、剣技であったり格闘技であったり、特殊な技能であったり、
洗練された自身のスタイルを持ち、自身の力を最大限効率よく扱える『法』を有しているのだ。


麦野は能力については『ある程度の技術』をもっているが、
悪魔の力に関してはまるっきり『ド素人』。


そして実はその能力技術自体も。


『ある線』を越えた今の一方通行からすると、『本質を何も知らない素人』のそれだろう。

781: 2010/12/09(木) 01:18:33.73 ID:T/QcCx2o

麦野『―――』

とその時。

前方のアリウスの方から『圧』と『衝撃』を感じ、
麦野は痛みに堪えながら顔を上げた。


その彼女の視線の先では。


背丈の小さな、光を纏った鳥人のような悪魔とアリウス。
二者は至近距離で凄まじい攻防戦を繰り広げていた。

鳥人のような悪魔は、小柄で華奢な体躯に反し放つ力は強力かつ洗練された力。
円を基調とした流れるような無駄の無い動きで、無駄なく力を制御し次々と放つ剣撃や斬撃。

そして対するアリウスも、得体の知れない『何か』でそれらの攻撃を退き、そして彼の方からも攻撃を繰り出す。
麦野に使った杭のようなものや、色とりどりの光線のようなもので。


麦野『…………なッ……!?』

が、それらの速度は凄まじく、今の麦野ではまともに見えない領域だった。
同化しているアラストルからの情報で間接的にわかるだけであり、

彼女自身にとっては連続して煌く光の嵐としか認識できなかったのだ。


それは、『素人』である今の彼女程度では、とても割り込む事のできない戦いだった。


今の彼女は決して弱いわけじゃない。
現在の状態でも普通の人としての域を超えている。


が、それでも『神の領域』にはまだまだ届いていない。


その身に宿している『力』は充分『神の領域』相当だろうが、
その彼女の感覚や技術、認識はまだまだ陳腐なものにしか過ぎなかったのだ。

782: 2010/12/09(木) 01:20:19.17 ID:T/QcCx2o

アラストル『力を解放しているルシアだな。あの小娘だよ。赤毛の。なぜここにいるかは知らんが』

その小柄でありながら洗練された強力な力を振るう悪魔を、
ルシアだと指摘する嫌に落ち着いているアラストルの声。


麦野『…………ッ』

そして。

アラストル『さて、俗に言う「大悪魔の域の戦い」がどういったものか、「己の等身大」でやっと知ったろう?』

彼女が味わっている「衝撃」を、
まるで代弁・再確認させるかのごとく言葉を続けて言った。

アラストル『あの「領域」の戦いには、さすがに今のままじゃ着いていくのは厳しい』

アラストル『これでハッキリしたな。所詮、今のお前は雑魚相手しか出来ない「派手なだけの素人」だというわけだ』


麦野『……うっせえ!!!黙ってろガラクタが!!!!!』

淡々とストレートに指摘され。
自身への不甲斐なさにイラつき、声を荒げながら体に鞭打ちゆっくりと立ち上がろうとする麦野。
その声の荒ぎは、軋む体の激痛を堪える面もあった。


アラストル『俺の力を全く引き出せていない。俺の力を全く使えていない』


アラストル『情け無いな。それでも我がマスターが認めた者か?』

783: 2010/12/09(木) 01:25:09.00 ID:T/QcCx2o

麦野『…………チッ!!だからうっせぇんだよッ!!今更ご高承に指摘されても遅えッ!!ボケが!!!!!!』

更に声を荒げ。
今度はアラストルを地面に突き立て杖代わりにし、ようやく麦野はしっかりと立ち上がった。


アラストル『遅いも早いも無い。こればかりは、他の者が指摘しても意味は無い』

アラストル『力が何たるか、というのは身を持って知らなければな。誰かから教わる類のものではない』


アラストル『そしてなぜ今頃か?それは、実戦は最高の修練だからだ』


麦野『―――…………』

そこまでを聞いて、アラストルの言わんとした事を悟った麦野。
不機嫌なのが一転、脂汗が滲んだ顔で今度は薄く笑った。


アラストル『「頃し合い」は最高の「頃し合い」の演習』


麦野『ハッ……そういうことね……そうきたか……』


アラストル『頃す為の技術は、頃す時にしか「正確」に実践できない』


アラストル『真の武を求めるのならば、真の武に飛び込め。これぞ我々の「魔烈の学道」よ』


麦野『ふん…………その理論には同意するわ。でもちょっと極端すぎじゃない?』

アラストル『諦めろ。お前が今踏み入れようとしている世界はこのような方法じゃないと到達できない。そして生き残れない』


アラストル『ここで学べ。ここで手に入れろ。それが出来ねば行き先は氏だ』


麦野『…………で、具体的にはまず何をすればいいの?すぐできるの?』


アラストル『お前の中では基本は出来上がっている。すぐかどうかはお前の心持次第だ』

784: 2010/12/09(木) 01:26:40.47 ID:T/QcCx2o
アラストル『まず集中し。黙って俺の言葉を聞け』

アラストル『兄上殿と刃を交えたあの瞬間の感覚を思い出せ』

麦野『……今はあの時とは違うだろ?トリッシュとはt』


アラストル『黙って聞けと言っている。「思い出せ」。「無い」のだから、頭の中で「形作れ」』


アラストル『「感覚」と「技術」は無くとも、「記憶」と「経験」はある』


麦野『………………いいわ、思い出した』


アラストル『よし。もう一度あの男に突っ込め』


麦野『―――はァァァァッ??!!!』



アラストル『急げ。ルシアが押されてる。それにあの男はまだまだ全力を出していない』

アラストル『あの男が飽きてしまったら、恐らくルシアも潰される。そして今のお前じゃ一瞬で殺される』


麦野『―――くッ!!!』


アラストル『―――良いから信頼しろ。俺は裏切らない』



麦野『………………チッ……こんなガラクタの胡散臭い言葉を素直に聞いて―――』


半分やけになりつつも、麦野はアラストルを地面から引き抜き。
背中の翼を一度大きく広げ。



麦野『―――突っ込む私もどうかしてるわ畜生ッッ!!!!!!』



一気に前へと飛び出した。
最大速度で。

785: 2010/12/09(木) 01:30:35.61 ID:T/QcCx2o

アリウスまでは数百メートル。
今の麦野の速度ならば、一瞬で到達する距離だ。

彼女自身にとっても一瞬だ。

だがその彼女の体感速度がなぜか。


アラストル『―――お前らの「能力」も我々の「魔の力」も扱いの基本原理は同一』


アラストルの言葉が始まった瞬間に急に緩やかになった。


麦野沈利。能力者でありレベル5。
その段階で彼女の集中力は折り紙つき。
そして力の認識能力も、素養は確たるものを持っている。

あとは学ぶだけ。

あとは『気付く』だけだ。


アラストル『―――感じろ。征服しろ。そして己の周りの世界を掌握しろ』


麦野は全ての雑念を捨て、あらゆる感覚に集中する。

今の彼女では見えない感じられない、
『何なのか』すらわからない『何か』を認識する為に。

786: 2010/12/09(木) 01:34:47.63 ID:T/QcCx2o

脳内に存在し、響くのはアラストルからの言葉だけ。

それをまるで、プログラムが与えられたPCのようにただ正確に。
ただ素直に完璧に麦野は沿っていく。

今麦野が探している『何か』は、他者から知識として授かることは出来ない。
が、見つける為の『ヒント』ならば、他者から貰うことも可能。


アラストル『―――そうすれば「見えてくる」。「触れられる」―――』


アラストルの言葉が、まるで魔法のように、
麦野の精神を更なる境地へと引き込んでいく。

いや、現にアラストルの言霊にはある種の力がある。
何せこのような姿でも彼はれっきとした強大な『神』の一柱。

『催眠』などという陳腐なものではない。

『神』の言葉は『お告げ』だ。

『神の領域』からの言霊は、『人の世界』を容易に変える力を持つ。


アラストル『―――――――――「      」がな―――』


そしてその瞬間。
アラストルが何と言ったのか、全てを感覚に集中していた麦野は、
記憶する処理も行うことができなかったが。

それは何の問題も無かった。


彼女は、アラストルが発したその『言葉』を今見つけ。


その領域に『突入』したのだから。

787: 2010/12/09(木) 01:37:36.53 ID:T/QcCx2o

麦野『――――――』

そこは別世界だった。

突き進む自身も、周囲の街並みも。
何も変わってはいない。

変わってはいないのだが『別世界』。


そして同じ。


そう、同じ、だ。

『覚え』がある世界だ。
さすがに前回よりはそれなりに『劣る』も。


その前回、トリッシュと感覚共有した時と『同一の世界』に今、麦野は入り込んでいた。


早いのか遅いのか、それどころか一定なのかすらわからない時間感覚。
いや、わからなくて良いのだ。

この領域では、それぞれにとって時空は『可変』なのだから。


あらゆる法則が、それぞれの有する力の濃淡強弱や性質によって『可変』なのだから。

788: 2010/12/09(木) 01:39:36.58 ID:T/QcCx2o
前方のアリウスとルシアの攻防も今なら見える。
依然として彼女にとってはかなり速い攻防戦だが、一応『戦い』として認識できる。

良く見ると、ルシアの攻撃はアリウスを守っている光のうねりを思いっきり削り取っていた。
麦野の第一撃があっさり弾かれたあの光のうねりをだ。

だが貫通はしていない。

アリウスはその場から動くことなく、腕をも動かしていない。
周囲の光が別の意思を持って、自立して防御も攻撃も行っているように見える。


そしてそのアリウスまで、麦野があと20mにまで迫った時。

この瞬間、彼女には「見えた」。

そして「感じた」。

まだ『予備動作にも入っていない』、麦野へのアリウスの攻撃を。

それが悪魔の感覚。

予兆・予感とは似て非なるもの。

それは『かもしれない』という予測ではない。
『100%の現実』を事前に知る事だ。

麦野は瞬時に頭を下げ、腰を落とした。
その後に。

アリウスの光のうねりの表面が力の集中によって僅かに淀み。
術式が変動し。
それらのプロセスを経てようやく術式が動き。

光の刃が出現し振るわれ。

余裕でかわした麦野の頭上を過ぎ去っていった。


アラストル『―――それだ。その感覚を維持しろ』


『音』ではなく、直接魂に飛び込んでくるアラストルの思念。

これも同じだ。

あの時の、胸にしまっていたバラからも同じように思念が伝わってきた。


麦野『―――』

789: 2010/12/09(木) 01:42:05.05 ID:T/QcCx2o
アラストル『―――身を委ねろ。だが「支配」はお前の手に』


麦野は腰を低く落とし、光の攻撃を上方にかわし。
そのまま地を這うような前傾姿勢のままアリウスに突進し。

左肩付近から伸びている青白いアームをアリウスの下腹部向けて叩き込んだ。

が、その一撃はアリウスの周囲をうねる光に防がれ、
アームの先端が潰れ砕け光の粒子となって霧散した。


アラストル『―――「薄い」。それでは垂れ流してるのと同義。力を圧縮しろ。力を収束しろ』


直後にアラストルからのダメ出し。


アラストル『―――かといって力むな。意識もし過ぎるな。あくまで自然に、あるがままと成れ―――』


その突っ込んだ麦野の顔面目掛け、
先ほどと同じく先の尖った銀の触手の束が、真正面の虚空から出現し伸びていく。

麦野『―――』

だが麦野は、今度は完璧にそのカウンターを捉えた。

翼を動かし、横に僅かに体重移動し。
位置的にはスレスレでありながらも余裕を持って、その『槍衾』とすれ違うようにかわした。


そしてすれ違いザマに。

右手に持っていたアラストルを斜めに、滑らかに振り下ろし。


麦野『―――ふッッ!!!!!!!』


触手の束を一気に破断。

790: 2010/12/09(木) 01:45:18.48 ID:T/QcCx2o
アラストル『―――そうだ。周りの既成概念に縛られるな』

飛び散る触手の破片。

その中を、麦野は更に前に踏み込み、よりアリウスに近付く。


アラストル『―――ここから先の「律」は力のみ。「掟」は力のみ。「法」は力のみ―――』


そこで、ようやくアリウスは麦野の方へと顔を向けた。
それは麦野の接近にここで気付いたからではない。

ようやくアリウスにとって、彼女が『眼中に入った』のだ。

ルシアと同じく、『視線を向けるに値する敵』、と。


                    スタイル
アラストル『お前自身の「 法 」を形成しろ―――』


アリウスが見たのは。
腰を深く落としアラストルを下に構え、今にも切り上げようとしている麦野の姿だった。

そしてその巨大な刃に沿い輝き出す、紫と青白い光。


                                 力
アラストル『―――それがお前だけの「現実」となる』


そして次の瞬間。

麦野は、その白銀の大剣を真下から切り上げた。


麦野『―――ッッァァアアッ!!!!!!!!!!!!!』


今度は完璧に。

その剣筋は滑らかで。

刃面の角度も狂い無く。

刃には集中し圧縮された力―――。

791: 2010/12/09(木) 01:49:48.87 ID:T/QcCx2o
その光り輝く刃。

反応したアリウスの光のうねりが、今までどおり防御の動きを見せるも。

アラストルの刃は、耳障りな破砕音を響かせながらその光に深く食い込み。

ごっそりと、光を砕き剥ぎ取った。

それがルシアの刃と同じように。
麦野の刃がアリウスの力に効果を示した瞬間だった。

貫き完全に切り裂くことは叶わず、半ばいなされたが。


麦野『(―――いけるッッッ!!!!!!!!!!)』


彼女も同じ舞台にようやく上がったのは確かだ。

そしてその光のうねりの亀裂が修復されるよりも早く。

麦野は、『紫』の『粒機波形高速砲』をその亀裂に放った。

彼女の周囲の宙空から放たれた、アラストルの力が使われそして圧縮された光線。

見た目は太さは50cm程度であったが、威力は今までのどの特大のものとも比べ物にはならなかった。

が。

その光線は亀裂に当たるかどうかのところで、突如直角に真上に曲がってしまった。
特に何かの抵抗も無く、すんなりと、だ。


麦野『―――チッ!!!!』

天を貫き大空に穴を穿つ、麦野の究極の砲撃。

なぜ今の砲撃が曲がったのかはわからない。
だが、誰が曲げたのかはわかる。

もちろんアリウスだ。

光の柱が当たる直前に麦野は、光のうねりの表面を埋め尽くしている奇妙な文字列が、
今までとは違う動きをし、そして違う力の流れをしたのを見たのだ。

何らかの力が働き、彼女の砲撃は大きくひん曲げられたのだ。

793: 2010/12/09(木) 01:54:06.20 ID:T/QcCx2o


麦野『―――』

そしてその直後。

アリウスの背後にて、巨大な何かが光の中から出現した。

『それ』の形は『目の無い、高さ3m程のカエル』、とも表現できるか。

光沢を帯びた銀色の金属らしきもので構成されており、
表面には奇妙な、紋様がびっしりと刻まれていた。

それを見た瞬間。

麦野は悪魔の感覚で再度『知る』。

あの『目の無いカエル』から凄まじい攻撃が放たれて来ることを。
今度は、先ほどの触手らのような余裕をもった回避はできなかった。

それは単純な理由だ。

トリッシュの感覚をもっていても、より優れていたバージルの続けざまの剣撃に対応できなくなるのと同じく。

今のある線を越えたこの麦野よりも、未だアリウスの方が洗練されて優れていたからだ。


麦野『―――チッ!!!!!』


とにかく距離を置く、それだけを念頭に真後ろへと思いっきり跳ねる麦野。
同じくルシアも、思いっきりアリウスから距離を置こうと跳ねていた。

その一瞬後。


目の無い巨大なカエルの口がカッパリと開き。
そこから溢れ放たれた白い光が、麦野とルシアがいた方向を含めて広域を『消失』させた。


792: 2010/12/09(木) 01:52:38.49 ID:T/QcCx2o

麦野が初弾で溶解させた灼熱のオレンジの湖さえも消え去り。

ビルを何棟も含んだ、アリウスから扇状に広がる、奥行き500mもの領域が跡形も無く消えていた。
地面は、あまるでやすりをかけたかのようにまっ平ら。

吹き飛ばされたのではなく、
鋭利な刃物で切り取っていってしまったと表現した方がしっくりくるか。


その射程から僅かに外れた、アリウスから550m程のところにある超高層ビルの屋上にて、
ギリギリのところで逃れた二人の女がいた。


屋上の縁に屈み、遠くのアリウスを見下ろしている麦野。

その隣にて立っている、魔人化状態のルシア。


アラストル『やっとあの男やルシアと同じ舞台に上がれたな』


アラストル『だが過信するな。お前はたった今、「本当に始まった」ばかりだ』


麦野『…………わかってるわよ』

794: 2010/12/09(木) 01:56:14.34 ID:T/QcCx2o


アラストル『大悪魔と呼ばれる存在の、魔界での一番の氏因、何か知ってるか?』

麦野『……何?』

アラストル『この領域に到達したての大悪魔が調子に乗って目立ってしまい、年長の大悪魔に即狩られ喰われる事だ』

アラストル『俺達からすると「カモ」なのさ。お前のような「赤子」は』

麦野『ハッ…………ご親切な忠告、ありがとうね』


アラストル『それともう一つ忠告だ。あの男、底が見えない』


アラストル『―――不気味だ』


麦野『……悪魔が「不気味」って言うの、けっこう洒落にならないわね』


麦野『……ルシア、って言ったっけ。どう思う?客観的に見てちょっと厳しいと思わない?』

アリウスに目を向けたまま、
麦野は隣のルシアに言葉を飛ばした。

ルシア『…………はい。確かに。ですが何としてでも倒さなければなりません。あと4分20秒以内に』

麦野『それ何の時間?』

ルシア『…………覇王復活までです。あの男の言葉ですが、嘘では無いでしょう』

麦野『チッ…………』

その程度の時間的余裕しかないのならば、
一旦退いて作戦を練るヒマも無い。


麦野『(やっと私もある程度戦えそうだけど…………レールガンが来てもまだ厳しいか)』


麦野『(…………さすがにそう簡単には潰せないか)』


と、その時。

795: 2010/12/09(木) 01:58:54.22 ID:T/QcCx2o

麦野『―――』

麦野とルシア、二人とも突如ピタリと硬直した。

更なる別の力の存在を感じたからだ。

それもかなり巨大な、そして二人にとって妙な『違和感』がある力を。

麦野『…………何か、妙なのが近付いてきてない?』

ルシア『……わ、私の記録には該当する存在がありません……と、というかこれは……悪魔では……』


アラストル『そうだ。悪魔ではない。「天の者」だ』


麦野『―――は?』


『天の者』。

その言葉を聞き、『学園都市から来た能力者』である麦野の顔が一気に引きつった。

そんな彼女の表情の変化など気もせず、アラストルは言葉を続けた。


アラストル『お前らは初めてか?本物の天界の力を感じるのは?』


アラストル『あれは……俺の記憶が正しければ、人間界でも特に有名な十字教の天使の類だと思うが』


と、そう魔剣がマイペースに注釈をつけていた所。

遠くの空が瞬き、僅かに『青み』がかった白い光の『何か』が出現した。


それは。


広げられた巨大な『翼』、に見えるか。


二対、いや三対、とにかく複数枚の巨大な『翼』に―――。


―――

796: 2010/12/09(木) 02:07:33.37 ID:T/QcCx2o
―――

アリウスは相変わらず葉巻を咥え、悠然と立っていた。
その立ち位置からは、地上に出てから一歩も動いていない。


アリウス『(………………全く張り合いが無いな)』


元々は対スパーダ一族を念頭に磨き上げたこの力。


アリウス『(…………強すぎるか。今の俺でも)』


当然、彼らにはこれでは全く到底及ばないのがわかってしまった為、
こうして覇王や残されたスパーダの片割れの力を求めているのだが、

ただそれでも、ルシアや麦野程度ではこの魔神としての力は最大稼動する必要は無い。
ほんの一部の力だけで充分。


『魔神』、という括りの中でさえ、今の彼は常軌を逸している存在であろう。


そしてこの練り上げた力が、もう直に用済みとなるのはさすがに少し寂しいものがある。
覇王が復活すれば、もう必要ないガラクタに成り下がってしまう。


生涯を捧げ練り上げ、作り上げた一世一代のこの力。

覇王復活等の今計画の諸々で使用したが、
やはり戦闘で思いっきり最大限発揮したいのは男、いや、武人としての性か。


アリウス『……』

と、そうやって退屈を呪っていたその時。

アリウスも、600m先の麦野らと同じく、新たな第三者の接近を感じ、その方向を見上げた。

797: 2010/12/09(木) 02:17:34.61 ID:T/QcCx2o

アリウス『(ほぉ…………)』

アリウスは当然、その接近体の正体を即割り出した。

イギリス清教に所属していた天使と『同じ』だ。


『聖人』、その天界との繋がりを利用し強引に半転生―――か。


そしてここに向かっている個体は、

どうやら『聖母』の性質もあった『あの二重聖人』であり、
バックについている守護天使も名だたる者。


イギリスの半天使よりも『手ごたえ』があるのは確かだ。


アリウス『(―――…………十字教の一柱を砕き折るのも一興、か)』

その方角に目視でも光を捉え、アリウスは心の中でほくそ笑んだ。


アリウス『(まあ、「時間潰し」には良いな。少なくとも「今の退屈」よりはマシだn―――)』


と。

その瞬間だった。

小さく笑っている彼を巻き込むように。

彼の周囲の地面が丸ごと砕け、『真上』へと吹き飛んだ
『真下』から、強烈な何かによって突き上げられたかのように。


粉にまで砕かれた粉塵が、真っ直ぐ、
それも高さ500m以上にまで一瞬で立ち上がった。

799: 2010/12/09(木) 02:50:19.04 ID:T/QcCx2o

その巻き上がる粉塵の柱に徒歩で近付いていく、一つの人影。

それは金髪の白人の男だった。
薄い水色の長袖シャツに、ベージュのベストを羽織った中々ラフな格好の。

「全く気が滅入るな。この絶望具合には……」

やれやれと息を吐き、やる気なさそうに歩き進む男。



「―――『魔神のなりそこない』が、『魔神の中でも規格外の怪物』に挑む、か……」



「我ながら無謀だな」



そんな彼に向け、立ち上がる粉塵の中から声が返ってきた。



アリウス『―――「魔神」、か。無知な連中が作った意味の無い冠だ。そうこだわるな』



アリウス『その若さで「席」を手に入れかけたのだ。お前の才そのものは素晴らしいぞ?』


アリウスの平然とした声が。



800: 2010/12/09(木) 02:55:52.91 ID:T/QcCx2o

「……はぁ…………そう言える時点でもうかけ離れてるんだよなあ」


そんなアリウスの余裕の言葉を聞き、
ぽりぽりと頭を掻き半笑いしながら深い溜め息をつく金髪の男。

が、その瞳は全く笑っていなかった。
眼光は鋭く。


「そしてやっぱり、そうはっきり言えるような男だから―――」


宿っている光は強烈な殺意。


「―――あんたは何としてでも絶対に潰さなきゃな。危険過ぎる」


「生きていてもらっちゃ、失われる命が多すぎるんでね」


その瞬間、粉塵が晴れ渡り。
中から、埃ひとつついていないアリウスが姿を現した。

葉巻を燻らせ小さな、そいれでいて傲慢さが良くにじみ出ている笑みを浮かべている『魔神』が。


「俺の事はさすがに知っているみたいだが、一応名乗らせてもらうよ



オッレルス「―――オッレルスだ。お前の氏に様を見るためにここに来た」



オッレルス「今ここに来る、あの『ガブリエル』と共にな」


アリウス『歓迎しよう。俺も今ちょうど退屈していたのでな』



アリウス『―――では早速教えてくれ。俺の氏に様とやらを』



―――

801: 2010/12/09(木) 02:57:23.41 ID:T/QcCx2o
教はここまでです
次はできれば12日か13日の夜に。

804: 2010/12/09(木) 04:56:23.48 ID:dIczLmQ0
深夜まで乙。


 次回へ続く:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その23】


引用: ダンテ「学園都市か」【MISSION 06】