1: 2011/01/21(金) 23:00:10.46 ID:h6UtbVFpo


最初から読む:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」

前回:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その23】

一覧:ダンテ「学園都市か」シリーズ

「デビルメイクライ(+ベヨネッタ)」シリーズと「とある魔術の禁書目録」のクロスです。

○大まかな流れ

本編 対魔帝編

外伝 対アリウス&口リルシア編

上条覚醒編

上条修業編

勃発・瓦解編

準備と休息編

デュマーリ島編←今ここの後半(スレ建て時)

(ここより予定。変更する場合も有り)

学園都市編(デュマーリ島編の裏パート)

創世と終焉編(三章構成)

ラストエピローグ


ARTFX J デビル メイ クライ 5 ダンテ 1/8スケール PVC製 塗装済み完成品フィギュア

4: 2011/01/21(金) 23:17:40.45 ID:h6UtbVFpo
―――

とあるビルの一階。
正面の出入り口に繋がる、大きなフロア。

その中央に、上半身裸の土御門が静かに立っていた。

背中、胸、腹、肩、腕。
肌の全面に記された陰陽術式を露にし。

土御門「昨日な、二時間かけて書いたんだぜよ。背中とかほんっと大変だったにゃー」

シルビア「無駄口叩くんじゃないよ。本当に腹立つガキだねあんたは」

そんな土御門の相変わらずの軽口に、シルビアの鋭い声がぶつけ返された。
彼女は神妙な面持ちでフロアの端、
キリエらがいるレストランの入り口にて立ち、土御門を見守っていた。

シルビア「自分が何の術式を使おうとしてるのか、本当にわかってるんだろうね?」

土御門「はは、そうイライラするなって。せっかくの美人が台無しだぜぃ」

シルビア「……チッ」

そんな会話を少しかわした後、
さて、と土御門は小さく呟き。

サングラスを外しては、指で弾くように横に放り投げ。


土御門「―――滝壺。準備は?」


滝壺『……いいよ。』

5: 2011/01/21(金) 23:18:57.52 ID:h6UtbVFpo


『―――滝壺が対象のAIMを完全掌握する』。


彼女が多重能力者として対象の能力を使うも、
今土御門に対してやるように能力を完全消失させるも、
必ずこの過程を経なければならない。

そしてこの点に関して、とある弊害がある。
滝壺に関するデータに明記されていたし、アレイスターも以前軽く触れた事だ。

それは、

滝壺が対象の能力を『完全掌握』した段階で、対象が負荷によって昏倒してしまう可能性が高い、ということ。

つまり土御門は、AIM剥奪より前の時点で、
この莫大な負荷に襲われることになるわけだ。

そこで土御門が考えたのは、
その負荷に耐えるために、魔術による精神補強を行う、という策。

だがここで、もう一つ考慮せねばならない事がある。

その段階では、『土御門はまだ能力者である』、という事。

今度は、能力魔術併用の過負荷が彼を襲うわけだ。

6: 2011/01/21(金) 23:20:07.27 ID:h6UtbVFpo

そしてこの点は、土御門は滝壺の手腕に任せるしかなかった。

彼女がどれだけ素早く、
土御門のAIMを掌握して剥奪という作業を出来るかにかかっているのだ。

ほぼ一瞬で彼女が作業を終わらせたら、能

力魔術併用の過負荷は極僅かに収まり、
起動した土御門の力で即座に修復可能となる。

逆に彼女が手こずってしまった場合の結果は、説明する必要は無いだろう。

土御門「最後に一度確認する。」

土御門「俺が何と口にした段階で、お前は作業開始する手筈だ?」


滝壺『「全は央に」』


土御門「よし。良いな。何が起こっても作業を続けろ」


滝壺『うん』


土御門「OK。始める―――」

7: 2011/01/21(金) 23:21:05.55 ID:h6UtbVFpo

天を我が父と為し、地を我が母と為す。

六合中に南斗 北斗 三台 玉女在り。

左には青龍、右には白虎、前には朱雀、後には玄武。


天乙貴人を真中にして、後に六、前に五。十二天将にあり、我求めんとす。


騰蛇を戌に。入塚。


朱雀を巳に。画翔。


六合を未に。納采。


玄武を丑に。升堂。


白虎を申に。御牒。



龍戦九醜、天は全、『全は央』に―――。




―――『天照大御神』 あり。

8: 2011/01/21(金) 23:22:20.43 ID:h6UtbVFpo

この詠唱中、土御門はある人物の事だけを思い浮かべていた。


それは、地球の裏側にて彼の帰りを待っている、とある一人の『少女』。


かつて名誉もキャリアも捨て、学園都市に来て。

その忌まわしい街で力を失い。


今ここで、一度捨てたはずのその力を取り戻す。


そんな、人生の『核』となったとある『少女』。


全てを突き詰めれば、
彼女が土御門の人生を動かした『原因』であり。


そして『彼女の為』に、
土御門が今ここに立っているのだ。


つまり、その少女は土御門の『全て』だ。


彼の魂であり、彼の人生であり。


唯一の―――。

9: 2011/01/21(金) 23:23:33.82 ID:h6UtbVFpo


滝壺『―――えっ…………何これ―――』


土御門の詠唱が終わったその瞬間。

何かに驚いた滝壺の声が彼の耳に聞こえたが、


滝壺『―――行っちゃだm―――!!!!!』


すぐにぷっつりと途絶え。


土御門「―――」


全てが制止したような感覚。


空気の流れ。

自身の鼓動。

そして時間まで―――。



永遠に感じてしまいそうな、そんな一瞬の静寂。

10: 2011/01/21(金) 23:24:53.56 ID:h6UtbVFpo
土御門「―――」

直後、土御門の瞳には奇妙な光景が写った。

それは夢か現実か。


いつのまにか。




『白い狼』がすぐ目の前にいた。




僅か1m先。
フロアの床に座り、少し小首をかしげ。
透き通るような、妙な親和間のある瞳で、土御門を真っ直ぐと見上げていた。


汚れ一つ無い美しい白亜の毛並みが、薄闇のせいでより際立つ。


まるで、それ自体が白く輝いているような―――。


土御門「―――」

だがこの時、土御門は目の前の『白狼』に何かを思うことは無かった。
そんな暇など無かったのだ。


直後に、彼の意識が消失したのだから。

―――

11: 2011/01/21(金) 23:25:49.91 ID:h6UtbVFpo
―――

文化も成熟し概念も移り変わった今日では、
年端の行かない少年少女が頃し合いの場に出る、もしくはその為の訓練を受ける、
などということは社会的タブー・禁忌とされている。

しかし。

生きるか氏ぬか。

殺らなければ殺られる。

といった抜け穴の無い極限の状況に陥った場合、
そのような倫理観は時として容易に崩壊する。

そのような状況は、表の先進社会からすれば非常に特殊・非日常的であり、
嫌悪されるものだろう。

だが実際はありふれている。

人間の情と慈悲と愛が導き出した『答え』であり『善』である倫理観。
この種族の『美徳』であり、かけがえのない面の一つ。


その倫理観が知られている領域は、実は極僅かしかない。
もしくは知られ好ましく思われていても、適応されていない。

むしろ、同じ人間世界の中でも、
『表』の面のみにしか適用されないマイナールールだ。

『裏』の面には適用されていない。

同じ人間の世界なのになぜか?

その答えは単純。


倫理観を守っていたら、『何も出来ない』のだから。

12: 2011/01/21(金) 23:27:32.38 ID:h6UtbVFpo

その裏世界の一つ、『魔術』。

魔術師達の育成は、幼少期から始まるのが一般的である。

天界系・魔界系問わず『魔術』という技能は、
基本的に幼少の頃から学ばないと開花しないからだ。

いや、成人後に魔術の才を開花する者も稀にいる為、こう言うべきだろう。


幼少期から学んでいないと、魔術業界内では『使い物にならない』、と。


人は大人になるにつれ概念、認識、それが限定的な物理世界に縛られてしまう。
一般社会ではごく正常な成長であるその点が、逆に魔術界では『退化』であるわけだ。
(ちなみに、学園都市における超能力開発も同じ理由で子供が必要とされる)


つまり、魔術は子供を捧げないと成り立たないのである。


当然、『こんな行いは間違っている』、と忌み嫌う者もいた。
だがそんな事を叫んでもどうしようもない。

人間には、『魔術を捨てる』という選択肢など存在しないのだ。

13: 2011/01/21(金) 23:29:05.88 ID:h6UtbVFpo

魔界魔術は対魔に必要不可欠。

天界魔術は、いわば『天界による人間界管理』の引き換え条件。

これらの現実の前に、皆は静かに口を閉ざさるを得なかった。


そして黙々と、血の連鎖が繰り返される事となる。


子供達が魔術師となり、壮絶な闘争に身を捧げ。

大半が氏に、生き延びた者は次代の子らを教育し。

その子らも魔術師となり同じく―――。

竜王滅亡後からのこの数万年間、この循環が幾多も。

何度も。

何度も―――絶え間なく。


つまり魔術史とは、『人の子』の闘争史。


述べ億を有に超える、夥しい数の少年少女達による終わりの見えない戦い。

子供達の骨で築かれ、子供達の犠牲によって成立した、禍々しい血路である。

14: 2011/01/21(金) 23:30:12.24 ID:h6UtbVFpo

そして日本のとある道家に生まれた一人の男子。


後に『土御門 元春』と名乗るようになるその子もまた、血塗られた道を歩む運命にあった。


ここから暫し綴られるのは、この人間が産声を上げ。

生きる世界の違うとある娘に恋をし。


圧倒的な力と名誉を得て称えられては、妬まれ恐れられ、遂には『裏切られ』。


彼自身もまた、愛する娘を『裏切り』。


そんな彼女を護る為に力を捨て。


そして16歳のある日。


もう二度と彼女を裏切らないと誓ったのに、もう一度裏切ってまで。


とある孤島の地獄の果てにて。


『太陽』の加護を受け、その力を取り戻すまでの話だ。

36: 2011/01/29(土) 15:04:39.73 ID:1vkt1fk9o
―――

「夢が広がるってこういう事を言うんだなー」

『―――』

「えっと、兄貴が理事会とかの超セレブになって、じいちゃんの屋敷みたいなでっかい豪邸に住んで、」

「そしてそこでメイドとして働く私。これで完璧」

『―――』

「ん?そこはメイド妻ってことでいいだろー」

『―――』

「……はっきり言うなアホ。このバカ兄貴……」

「ところでさ、兄貴、友達できた?」


『―――』


「へー。お隣さんかー。どういう人?」


『―――』

「へー?…………いや、バカっぽいけど、それ良い友達じゃん」

『―――』


「だって今の兄貴、かなり楽しそうに話してたよー」


「兄貴がそういう風に笑ったの、すごく久しぶりな気がする」


『―――』


「ここ最近、私以外の人の事では、そういう顔しなかったよなーって」


『……』

37: 2011/01/29(土) 15:05:39.71 ID:1vkt1fk9o


「…………ねえ。兄貴」

『……―――』



「兄貴さ、ある日、急にいなくなったりとかしないよな?」



『―――』


「……なんとなく」


『―――』


「そっか。なら約束」



『―――』



「いいからいいから。ほら約束」


―――

38: 2011/01/29(土) 15:06:33.45 ID:1vkt1fk9o
―――


「半年経ったか。この街に慣れたかな?」


『―――』


「そんな事は無い。君をこの街の監査官に指名したのは私だ」


『―――』


「さすがに飲み込みが早いな。助かるよ。その通り、私は個人的に君を雇いたい」

「陰陽寮と必要悪の教会の事は気にしなくて良い。向こうも了承済みだ」

「給与は、君が今現在両機関から貰っている額の20倍。もちろん任務ごとに相応の手当ても付く」

「任務の危険度も、君が今まで陰陽寮でこなしてきたモノに比べれば易い」


「それにこの街は私が『法』だ。ここには陰陽寮の手は一切及ばん」



「君が私に尽くしてくれるのなら―――」



「―――『彼女』の平穏な生活は保障しよう。悪くは無い契約だと思うが」



『……』



「どうだ?私の右腕とならないか?」

39: 2011/01/29(土) 15:09:26.22 ID:1vkt1fk9o
『―――』

「彼女が平穏に暮らしていける地は、今やこの街のみ」

「魔術に一切触れずにとなると尚更だ」

「養子の君とは違い、彼女は『土御門本家』の血脈追跡からは逃れられん」


『―――』


「そうだ。実質、君には選択の余地など無い」


「この際だ。はっきり言っておこう」


「君と彼女は私の『所有物』だ」



「君が私の意思に背く行動をとった場合、即刻彼女を処分する」



「反逆はもちろん、罪の意識を覚え自ら命を絶ってもだ。その場合、すぐに後を追わせてあげよう」


『―――』


「悪く思わないでくれ。元々、彼女をこの街に誘導したのは陰陽寮だ。私が手引きしたわけではない」


「それにだ。彼女がここに来てしまったのも、そもそもは君が原因だろう?」


「『視野の狭さ』と『思慮の浅さ』、そして『無自覚の驕り』がその『失敗』を招いたのは、君も自覚しているはずだ」


『……』

40: 2011/01/29(土) 15:09:57.29 ID:1vkt1fk9o

「己の事を、『限界を恐れぬ者』と?」


「違う。君は似て非なる『限界を知らぬ者』だ」


『……』


「前者は『英雄』となり、『完全なる勝利』を手にする資格がある」


「しかし後者は。確かに『勇者』であるが、同時に『愚者』でもある」

「その大半の者が道を誤る事となる」

「己の力量の限界を知らず。気付こうともせず」

「根拠の無い『過信』を『自信』と履き違えた、『無自覚の驕り』によってな」

『……』

「君のやり方は、一歩視点を引き大局を見。そして、状況を掌握して手のひらの上で転がす、というものだな」

「これで己の能力を最大限活用し、様々な問題を解決してきたらしいが」


「何を相手にしても通じると思ったか?君程度の卑小な器で」


「私やイギリスのあの女狐、1300年の大柱である陰陽寮を相手に?」


「笑わせるな。身の程をわきまえるが良い」


「君など、私にとっては埃の粒程度にしか過ぎんのだよ」

41: 2011/01/29(土) 15:11:23.90 ID:1vkt1fk9o

『……』


「私が憎いか?そうだろうな。その怒りを抱ける余裕があるだけ幸運だと思え」


「『本物の敗北』はそんなに生温くは無い」


「一切を失い、一切が見えなくなり、一切に関心をもてない―――」


「―――『怒りどころか絶望すら感じることの無い虚無』に堕ちた事があるか?」


『……』


「その境地を見ずして、その境地に勝てずして、世界を知った風に思うな」


「世界が何たるかは、己が何たるかを理解してこそ視えてくる」


「まずは己を知れ」


『―――』


「君は己の事を、彼女の『守護者』だと思ってきただろうが、実際は違う」


「彼女の事を想うのなら、己が彼女に出会ってしまった事を呪うが良い」



「君の本性は、彼女の―――」




「―――土御門 舞夏の『死神』だ」




―――

42: 2011/01/29(土) 15:14:05.45 ID:1vkt1fk9o
―――

土御門「―――」

瞼越しに瞳に差し込む柔らかい光が、
記憶の淀みを漂っていた土御門に覚醒の時を告げる。

徐々に回転数を上げていく思考。

少しずつ、夢から現実へと浮き上がっていく意識。


妙に心地の良い光に包まれながら、緩やかに目覚めへと向かう―――


―――事はなかった。


正常に稼動し始めた感覚が、とてつもない異常を土御門の意識へと叩きこむ。


それは首、手首、足首の『冷たく重い感触』。


土御門「―――ッ!!」


その勢い良く見開いた瞳に映った物。


冷たく重い感触の正体。


それは『荘厳な枷』であった。


金色の手枷。

金色の足枷。

金色の首輪。


彼は、なんとも豪奢な金属製の枷に縛され、
一枚岩の大きな白い台座の上に跪いていたのだ。


43: 2011/01/29(土) 15:14:50.47 ID:1vkt1fk9o

彼が跪いていた場所は、直径40m程の石畳の広場、
その中央にある、高さ1m四方5m程の石台の上であった。

広場の縁には柱が等間隔で並び、その向こうには花が満開の原。

チョウの鱗粉のような、光の粒があたりはふわふわと宙を漂っており。
空は青空が広がり、心地のよい光が満たしている。

土御門「…………」

鼻腔を満たす大気も清らか。
そして原因が良く分からない、圧倒的な安心感と居心地の良さ。

だが当然。


土御門「(―――何なんだ『コレ』は―――)」




そんな心地よさに浸る場合などではない。



土御門「(いや―――落ち着け。落ち着くんだ)」



己に言い聞かせて混乱しかけた思考を何とか保ち。

新しい記憶を呼び起こしては、この状況の分析をし始めた。

44: 2011/01/29(土) 15:15:51.25 ID:1vkt1fk9o

『おかしくなる前』の最後の記憶は、
薄暗いフロアにて、十二天将の力を使った目の顕現術式を起動した事。

その後何が起こり、そしてどう今に繋がっているのか。


この時点では、土御門は接点が全く見出せないでいた。


まず、これが術式の正しい効果だとは考えられない。

確かに、土御門がこの術式を完全起動させたのは初めてだ。
だがかなりの高難度の禁術とはいえ、実際に起動した際の記録が残っており、
そこには、このような現象の記述など一切無かった。

土御門「(……術式構成を間違ったか……?)」

全く別の、未知の術式でも起動してしまったのか。
そんな事にも思考を巡らせつつ、土御門は改めて周囲に視線を走らせた


土御門「…………」


明るい。
清潔。
美しい。

すぐに出てくる感想は、そのようなものばかり。

先ほどまで己が身を置いていた場所とは『何から何まで』決定的に違う。

あそこを『地獄』と称すならば。


ここはまさしく『天国』と言えるだろうか。

45: 2011/01/29(土) 15:16:51.15 ID:1vkt1fk9o

と、その一方で。

どことなく感じられる、『得体の知れない気味悪さ』。


土御門は敏感に、その悪寒を嗅ぎ取っていた。


あまりにも『完成しすぎている』。


あまりにも『理想的すぎる』。


人工的すぎて『生』が一切感じられない。



非の打ち所が無い清廉な美しさなのに、なぜか―――。



―――『狂気の匂い』がする、と。

46: 2011/01/29(土) 15:17:34.66 ID:1vkt1fk9o

そう、不信感を徐々に募らせてつつ視線を巡らせ、
ふと跪いている己の膝元、台の表面に目を落とした時。

土御門は『それ』に気付いた。


この悪寒の正体、証拠ともいえるモノに。


それはうっすらとある、『こげ茶色の染み』。


土御門の位置を中心にして『何か』が噴出し、
周囲に飛び散ったような広がり方。


土御門「―――」


この瞬間、彼の頭の中で様々な情報のピースが一気に組み上がり。

なぜここに己がいるのかは以前不明ながらも。

ここが一体どのような場所なのかを、土御門は把握することになる。

47: 2011/01/29(土) 15:18:44.13 ID:1vkt1fk9o

表面の美しさに惑わされ、
気付くのが遅れてしまったが。

このような配置、このような作り。

それらは、とある施設の建築様式に酷似していた。


それは。



―――『処刑場』である。



土御門 元春は今。

不気味なほど『美しい処刑場』の台上にて。

王の装束と見まがうほどに『荘厳な枷』に縛されていたのだ。

そして土御門がそのように思い至った直後、
この場に欠如していた『役者』がちょうど現れる。


『処刑人』が。


正面約15m程。


石畳上の空間に浮かび上がる、
直径6mもの大きな金色の魔法陣の中から。

48: 2011/01/29(土) 15:21:06.84 ID:1vkt1fk9o

土御門「―――」


その『処刑人』の姿。


小さな頭部には、キューピッドのような幼い彫刻風の顔。

だが体は巨大。

頭の高さは5m以上、短い足と太く巨大な腕をもつその体つきは、
シェリーのゴーレムに似ているか。

肌は白銀、頭の上には、今まで土御門が目にした事が無い紋の、光り輝く天使の輪。

その体を覆うのは、金を基調とした鮮やかな・荘厳な装具。

そして右手には身の丈と同じ程に巨大な、これまた煌びやかな『斧』。

この異様な存在感。
畏敬の念を否応無く抱かせる強烈な威圧感。


『人の器に堕ちてきた天使』ならば、土御門はそれなりに覚えがあるも。

『本物の体を有した天使』には会ったことなんか無い。

しかしこの瞬間、土御門は確信した。
確信せざるを得ない。

曲がりなりにも魔術に心血を捧げた者の性か。

胸の奥底からこみ上げてくる、
歓喜感動とも恐れとも言えるような、どうにも形容しがたい衝動。


その本能が告げており、最早否定しようが無かった。


今眼前に現れたのは、『本物の天使』だ、と。

49: 2011/01/29(土) 15:21:40.68 ID:1vkt1fk9o

更に、処刑人が現れた数秒後。

同じような肌に同じような意向の装飾を纏った、身長2m程の天使が10数体。
土御門が跪いている台座を囲むように姿を現した。

手には金色の杖、背中からは一対の翼。
頭部には奇妙な仮面。

それらの一団が出現し、綺麗に土御門ど円形に囲んだ後。

最初に現れた巨大な天使が、
ノイズの混じった低い声を漏らしつつ動き始め、土御門の方に近付いてゆく。

一歩、また一歩と。


土御門「―――」


これから起こる事は、今やこの目に映る現実が物語っていた。



天使による裁きである―――と。

50: 2011/01/29(土) 15:22:34.45 ID:1vkt1fk9o

では、なぜこんな事になったのか。

その疑問が晴れるのも、そう遅くはなかっった。

生の天使を見たショックか、
ある意味吹っ切れた土御門の思考は、すぐのその答えを導き出してしまった。

つっかえが取れ、すっぽりと抜け落ちていくようにあっさりと。

一歩引き、大局を見渡してみれば、
何ら難しくない理に適っている事だ。


土御門「…………」


答えはまさに単純。


土御門は能力者。


そして能力者は天界の敵、ということだ。


更に土御門は、天界魔術師でもある。

つまり、個人の思惑がどうであろうと、天界側からすれば敵である以前に。


―――『反逆者』だ。

51: 2011/01/29(土) 15:29:18.92 ID:1vkt1fk9o

土御門は、能力併用による負荷という『防護システム』を潜り抜けてきたネズミ。
そしてそんな立場でありながら、『力を貸してくれ』と特に隠れもせずノコノコ向かう。
敵の基地に浸入して、武器を分けてくれと声高に叫ぶようなものだ。

これ以上馬鹿な事があるか?


思い出される、あのアレイスターの言葉。


―――『視野の狭さ』と『思慮の浅さ』が『失敗』を招いた―――。


―――身の程をわきまえない、『無自覚の驕り』。

天界の内側を良く知らなかった、という点を責めることは難しいだろう。
所詮人間、その認識には限界があって当然。

しかし、だからといってコレがチャラになるわけが無い。

失敗は失敗だ。

土御門「…………」


そう、『また』だ。


『また』土御門は失敗したのだ。


ここぞという時に『再び』。


土御門「……」


金の枷は固く、どんなに力を篭めても動かない。

いや、体自体が動かなくなっていた。
天使達が現れた瞬間、その力なのか、体が石のように硬直しており。

52: 2011/01/29(土) 15:30:16.02 ID:1vkt1fk9o

土御門「……」

気付くと、あの巨大な天使が土御門のすぐ前に立っていた。

土御門の上半身ごと握りつぶせそうな手で、大きな斧を頭上に掲げ。


今にも、この罪人に振り下ろそうかと。


「一切を失い、一切が見えなくなり、一切に関心をもてない―――」


「―――『怒りどころか絶望すら感じることの無い虚無』に堕ちた事があるか?」


かつてアレイスターがそう表現した『完全な敗北』が今。


己の身に―――。



―――とその時。



土御門「―――はは、はッ」

53: 2011/01/29(土) 15:32:21.22 ID:1vkt1fk9o

どう足掻いても氏、ただただ処刑の時を待つ罪人。
そんな者の口から漏れた軽い笑いは、処刑人である天使らをも困惑させた。

斧を掲げていた天使は、小首をかしげ。
周囲の天使達は、お互いに顔を見合わせては『ノイズまみれ』の言葉を交わす。


土御門「ははは、畜生が。どいつもこいつもうるせえな―――」


そんなギャラリーの様子などお構い無しに、
土御門はそう吐き捨てては、天を仰ぎ。


土御門「―――アレイスター!!!これがお前の言った『完全なる敗北』か?!」


声を張り上げた。


土御門「―――大したことねえなッッ!!!!!!!」



土御門「確かに俺は、またくっだらねえ失敗したが!!!!」


土御門「今の俺はな!!!!あん時の俺とは違う!!!!」


土御門「今の俺は知っている!!!隣で見てきた!!!この目で直にな!!!」


土御門「何回失敗しようが―――何度現実に叩きのめされようがこりもしねえで―――!!!!」


土御門「てめぇの女を守る為に!!!てめぇが氏んでまで!!!そして悪魔に魂を売ってまでして地獄から舞い戻って―――!!!!」




土御門「―――勝てるわけねえ『最強』に正面から突撃するような『大馬鹿野郎』をッッッ!!!!!!」


54: 2011/01/29(土) 15:33:54.12 ID:1vkt1fk9o

それはやけくそでも、最期の独白でもない。

土御門はただ、『諦めなかっただけ』だ。

それだけの事―――。


天に向けて激昂した後、ふっと己の縛されている両手に目を落としては、



土御門「わかってるぜぃ。今のこの状況が、どうしようもねえ氏地だってのは」


いつもの舐めきったような笑みを浮かべつつ、手枷に縛された両手を地面に付け。


土御門「でもな、往生際悪くしねえとよ、俺は堂々と名乗れねえだろ―――」


その手に飛び乗るように、勢い良く体重をかけた。


土御門「―――あの『大馬鹿野郎』のダチってよぉぉぉぉお゛お゛お゛お゛お゛お゛ッッッ!!!!!!!!!」


その次の瞬間、鈍く湿った摩擦音と響かせながら。
支えられない方向から、強引に圧が加えられたその手の骨が外れた。

軟体動物の体の如く、手首から先が手枷をするりと抜け、
縛から解放される。

55: 2011/01/29(土) 15:35:42.20 ID:1vkt1fk9o

更に予想外だったのか、小さな人間の行動が理解しかねるのか。
天使達の仕草に見える、より一層困惑した色。

そんな異形の様子など相変わらず無視しながら。

土御門はすかさず、まずは解き放たれた右手首を咥え、
口で起用に今度は骨を元に戻す。

土御門「んぐッ―――がッ」

精度よりも速度を優先したため、力加減ができずに歯がめり込み、
更なる激痛と共に血が滲むも、骨は見事に組みあがりまずは右手が使える状態に。

そしてその右手で、左手の骨を治す。

こうして土御門は両手は、瞬く間に自由を取り戻した。

続けて土御門は、
右手から滴る血をインクにし、即座に地面に術式を描く。


土御門「―――」

しかし魔術は起動せず。

上半身の墨で描かれた陰陽術式もまるで反応無し。

56: 2011/01/29(土) 15:36:34.98 ID:1vkt1fk9o

ただ、これは薄々予想していた事である。

本物の天使がいるような場所だ。
天の力を借りる魔術が、人知を超えた何らかの理由で使えなくてもおかしくはない。

しかし。

土御門「(クソッタレ―――)」

魔術が使えないとなると、非常に厳しい。厳しすぎるか。
(天使相手に展開魔術、という時点で既に苦し紛れとも言えるが)

問題は足枷よりも首枷であった。

手のように骨を外すわけにもいかない。
枷とこの台座を繋ぐ鎖を断ち切るしかない。

そして更なる問題は、その切断方法。

手榴弾も拳銃も、全てあのフロアに置いて来たし、
そもそもそれらがあったとしても、枷や鎖はその程度で切断できるとは思えない程の厚み。

ましてや、生身の素手でどうにかできるとは。


だが、この場に一つだけ。

たった一つだけ、この鎖を容易に断ち切れると思えるものがあった。


それは『処刑人』の斧だ。

57: 2011/01/29(土) 15:37:18.90 ID:1vkt1fk9o

目の前の天使の手にある、長さ5m以上の肉厚な斧。
あれならば、鎖など容易に切断できるだろう。

土御門「……」

天使が斧を振り下ろされた瞬間、両手を使って体をずらし、鎖を断ち切らせる。

失敗すれば、体がぶつ切りにされてしまうが、
この縛から完全に逃れるには恐らくこの方法しかない。

土御門は一度両手を軽く叩くと、吐き捨てるように口を開き始めた。

土御門「さて、ノコノコ敵地に突っ込んだ俺もそうだが、お前ら、俺以上に頭悪そうだな」


彼を見下ろして、小首を傾げている巨漢の天使へ向けて。

土御門「あー、人語わかるか?」


土御門「脳ミソ無いくせに、えらそうに人間様の上に立ってるんじゃねえよ―――」


締めくくりはニヤつきつつ中指を立て。


土御門「―――くたばれクソ天使」


この言葉。

天使が人の言葉を解したのかどうかは、土御門は知る術はなかったが。
土御門の挑発的態度の意味は伝わったようであった。

天使の口から漏れる、
怒りの色が滲んでいる地響きのような低い声―――。

58: 2011/01/29(土) 15:38:35.26 ID:1vkt1fk9o

土御門「(さあ、来い―――)」

その五臓六腑に響く天使の咆哮の中。

斧のタイミングを読むべく、
土御門は天使の腕の動きに全てを集中―――。


土御門「(ああ、クソ―――)」


―――していたが、即座にそんな事など無駄、というのがわかってしまった。

『また』読みが浅かったとしか言いようが無い。
天使は斧を右手で振り上げてはいたが。

左手が土御門へ向かって、伸びてきたのだ。

手の平を大きく広げ。


土御門「(―――なんだよ、一応脳ミソあるんだな)」


手枷が外れた土御門の体を抑え込むべく。


―――と、その瞬間であった。


天使の大きなその手が、土御門の体に触れるかというその時。


一瞬、『黒い筋』のようなものが視界に映り。


直後、鋭い金属音と共に天使の指が『飛ぶ』。


土御門の首ほどの太さがある指が四本、
真紅の飛沫を撒き散らしながら、彼の頭上の前を舞い飛んだ。

59: 2011/01/29(土) 15:40:06.73 ID:1vkt1fk9o

そして不思議な事に。

この瞬間、土御門の頭の中にはあの『白い狼』の姿が唐突に浮かんだ。


ここに来る前、薄暗いフロアにて最後に見た、あの『白狼』。


こっちの顔を真っ直ぐに見つめる、柔らかい温かみのある目。
この『楽園』の『不気味な美しさ』とは違う、生が感じられる親和感のある瞳―――。


土御門「―――」


そんな風に、頭の中の白狼に目を奪われていたところ。

土御門「なっ―――」

一体何が起こったのか、それを考える猶予など与えられることもなく、
舞っていた指の一本が、土御門の胸元へと落ちて来る。

後ろへと倒れこみながら、反射的に指を抱き抱えるように受け止めた。

そのうようにして視線が己の胸元へと向いた時、土御門は気付く。

己の上半身に描かれていた陰陽術式の、何もかもが『変わっていた』。


色は黒から『紅』へと―――。


―――形は文字列ではなく『隅取』状の模様に。



『紅い隅取』。



土御門がそう、己の上半身に目を奪われていた時。
指に続けて、更に落ちて来る物体があった。


それは、『処刑人の上半身』。


あの巨漢の天使の上半分であった。

60: 2011/01/29(土) 15:41:04.99 ID:1vkt1fk9o

土御門「―――な…………ど……ッ!!!!」

驚愕。

まさにその一言に尽きる事態に、
土御門は跳ねるように『立ち上がった』。

そう、立ち上がることができたのだ。

体を縛していた首枷・足枷も、
いつの間にかぱっくりと割れ転がっていた。


土御門「……………………一体…………これ……は……!」


周囲を見渡すと、他の天使達も全部が上半身と下半身に分離し、
地面に転がっていた。

ピクリともせず、まるで置物のように。


ただ、ここにいる生者は彼一人だけではなかった。


土御門「―――」


広場の端から歩いてくる、一人の黒人の大男。
タトゥーが掘り込まれているスキンヘッドにサングラス。

ワニ皮の分厚く重厚なコート、という出で立ちの―――。

61: 2011/01/29(土) 15:45:14.78 ID:1vkt1fk9o

土御門も人の事は言えないが、
それ以上にこの楽園に似使わない容姿であった。

どちらかというと、いや、まさしく悪魔的な雰囲気。


そんな格好の男はゆっくりと歩き、
地面に転がっている天使の亡骸へ目を落としつつ。


「―――この『一筆』。全く腕が鈍っちゃいねえ」


そう英語で口にした。

それはそれは地の底から響いてくるような、低い声で。

土御門「―――…………」


「何重も界を隔てていながら、それも片手間なんだろう?」


「『お前さん』も大した奴だな。つくづく思うぜ。よくもまあ、これだけの力を持ちながら一派閥の頭に甘んじてたなってよ」


その口調は、どう聞いても誰かに向かって話しかけているものであった。
だが他には生きている(ように見える)者の姿は無い。

ここには土御門とこの大男しかいないはずであった。

少なくとも、土御門が認識できる範囲では。

62: 2011/01/29(土) 15:47:38.34 ID:1vkt1fk9o

「……ほう……よう、『この手』の仕事は俺の記憶が正しけりゃ、『カマエル』の軍団が担っているはずなんだが」


怪訝な視線を向ける土御門などお構い無しに、男は天使の氏体を眺めながら、


「こいつらは四元徳直下の連中じゃねえか」


「開戦間近な時期に、わざわざこんな雑務に『能天使』まで送り込むったあ、よぉ」

まるで誰かに話しかけているように言葉を続けていく。

「注意しな。『お前さん達の蜂起』、連中は薄々嗅ぎ取ってるかもしれねえ」


そう男が一人話していたところ、
天使の氏体が、突如沸騰しかかのように跳ね。

そしう泡を立てながら蒸発していき、そして跡形も無くなった。

「バカ正直な阿呆共だが、勘だけはいっぱしに鋭い連中だからな」

そんな天使の氏体蒸発を眺め、そしてふッと小さく笑った後。


「さて…………坊主、『器』は問題ないな。『あいつ』の力もある程度受け取れそうだ。OKOK」


ようやく男は土御門の方へと向き、
今度こそ彼へと話しかけてきた。


土御門「………………コレをやったのはお前か?」

足元に転がっている、
切断された首枷を軽くつま先で小突きながら、そう問う土御門。

それが、男へ向けての彼の第一声であった。


「違うぜ。俺じゃあねえ」


土御門「……………………お前は?」


「俺か?『バーのマスター』だ」

63: 2011/01/29(土) 15:49:34.52 ID:1vkt1fk9o

土御門「…………」

バーのマスター。

それが本当だとしても、明らかにそれだけではない。
この状況下では人間であるかどうかすら怪しい。

それに『器』という単語も引っかかる。

もしかすると、この上半身の術式の変化にも何か関係しているのかもしれない。


土御門「……ここはどこだ?」

「プルガトリオ。界と界の影が重なる狭間の世界だ」

「ああ、先に言っておくぜ。ここは、人間界とは時間の流れが違ってな。のんびりしてても大丈夫だ」


土御門「…………」

説明されたが、それが嘘なのか本当なのかも、今の土御門には判別できない。
情報が少なすぎる。

と、その時。


「ところでな、坊主、お前さんに頼みがある」


男がそう、藪から棒に話題を切り替え。


土御門「―――頼み?」




「天の門の解放、妨害しないでくんねえか?」



聞き捨てならぬ事を口にした。


土御門「―――」

64: 2011/01/29(土) 15:50:55.84 ID:1vkt1fk9o

その突然の言葉に、土御門の思考が一気に活性化する。

この男は敵か―――?

―――天界側か?

では、周りの天使の氏は?

そもそも、己を殺せば簡単ではないのか?

男の物言いから、己が学園都市の者であるということも把握しているか?

そして今、デュマーリ島にて勃発している戦いも把握している?


そう様々な分析と推測が彼の脳内巡るも、明瞭な答えは弾き出せず。

いや、一つだけ確かな事が固まりつつあった。

この発言で、男が人外である可能性がより濃厚になったのだ。
生身・無武装・魔術が使えない土御門に、優位性は皆無。

今の彼に出来ることは、おとなしく話を聞くしかなかった。

そうとなれば、
無駄な動揺も緊張もするべきではない。

土御門は腹から息を吐きながら、その場にあぐらで座り込み。


土御門「……頷くと思うか?」


65: 2011/01/29(土) 15:52:21.73 ID:1vkt1fk9o

「……坊主。天界は嫌いか?」


男は土御門が立っている台座の端に寄りかかり、
再びぶっきらぼうに口を開いた。

土御門「………………わかるだろう?」

「ああ、そうだな。坊主の事は『全部知ってる』ぜ」

土御門「…………………………………………(全部知ってる……?)」


「そりゃあ嫌いだろうな。今の坊主の立場で、天界が好きって言える野郎は、タダの自殺志願者だろう」


土御門「…………」


「だがよ、その天界にも『イロイロ』あるんだぜ?」


土御門「何がだ?」


「魔界と同じだ」

「まあ、魔界ほど個性豊かではねえが、天界の連中にだってそれぞれ思うところがある」

「天界はアリの群れなんかじゃねえんだ」


「中には、お前さん達が好きで好きでたまらねえ連中もいるんだぜ?」


66: 2011/01/29(土) 15:53:44.52 ID:1vkt1fk9o

土御門「……」

「大昔にもな、人間を救う為にその身を引き換えにした奴もいた」

『竜』に食われちまったのさ、と、
男は『右手』で左拳を覆うように掴む仕草をとった。


「馬鹿だが憎めねえ奴でな。それにとにかく強かった。それこそ一派の旗を背負えるぐれえな」


「人間界にも名が知れ渡ってる天使だ」


「まあ、『あの野郎』の本当の姿とその生き様を知ってる人間は、多くても片手で数える程度しかいねえだろうが」


土御門「……」


「それにお前さんをたった今救った奴も、そんな大馬鹿野郎の一人さ」

土御門「……その言葉、信じられると思うか?天界の連中が、本当に人間の為に何かした話は聞いた事が無いが」


「いいぜ。少し話してやる」


「坊主、ジュベレウスって知ってるか?」

「俺の……まあそこは良い。天界の大ボスだ。主神ジュベレウス」

土御門「…………聞いたことはある」

以前、アレイスターの口から出てきた名だ。

「じゃあ、今の天界はこいつの部下が牛耳ってるのも知ってるか?」


土御門「…………確か……四元徳、と言ったか?」


「そうだ。その連中が率いるジュベレウス派」

「セフィロトの樹の主導権はこのジュベレウス派が握っててな、」


「まあ、細かい話を無しにすれば、ジュベレウス派は全人類の命を常に握ってるってこった」

67: 2011/01/29(土) 15:54:59.39 ID:1vkt1fk9o

「そして戦力もジュベレウス派が圧倒的」

「例えジュベレウス派以外の全ての派閥が反乱起こしたとしても、ジュベレウス派は容易に鎮圧できる規模だ」

「それにな、ジュベレウス派以外の連中が皆人間の味方とは言えねえ」

「実質は天界内じゃあ極々少数派、全体の1割にも満たねえんだ」


「人間に情が映っちまった阿呆共なんざ、ほんの一部にしか過ぎねえ」


土御門「…………」


「で、この状況でどうしろってんだ」

「ジュベレウス派の活動は、スパーダすら黙認してたんだぜ?」


土御門「…………」


「勝てないのをわかってて、それでも立ち向かうってのは確かに胸を打つ美談だがな―――」


土御門「…………」



「―――それも状況によるだろう?」

68: 2011/01/29(土) 15:57:23.91 ID:1vkt1fk9o

「『もし負けたら』じゃねえ。『負ける可能性が高い』、でもねえ。『確実に負ける』んだ」

「自分達の命を代償にする『くらい』で勝利できる可能性があったら、連中は躊躇わずに反乱を起こしたろう」

「だがな、実際は絶対に勝てなかったんだよ。何をやってもな」

「どう転んでも、結果は『今よりも悪化』ってやつだ」


「んな風にな、確実に敗北することがわかってても人間の為に立ち上がれだと?」


「確実に負けて、その後どうなると思ってんだ?」


「『人間の為』に反乱が起きたんだぜ?じゃあその戦の後、『人間がそのまま無事』だと思うか?」


「いいや、そう甘くはねえのはわかるだろう?」


土御門「…………」


「連中が立ち上がらなかったその真の理由は、敗北する事自体を恐れてたからじゃねえ。ましてや、己の保身でもねえ」


「人間を守る為に立ち上がらなかった、それだけだ」


土御門「…………」

69: 2011/01/29(土) 15:58:51.24 ID:1vkt1fk9o

土御門「……100歩譲ってお前の言葉が正しいとしよう。それで今、天の門を開く理由にどう繋がる?」


「最近な、俺の『知り合い』がかなり暴れてな。それで二つの好ましい結果が生じた」

「まず一つ目。ジュベレウスがおっ氏んだ」

「これで、ジュベレウス派の支配体制の基盤がオシャカだ」

「二つ目。四元徳の内二人が潰れ、上級三隊に属する上位天使も大量にくたばった」

「これで派閥としての力の中核がかなり削がれた」


「こういうわけで、今こそ『その時』ってこった」


土御門「…………その時とは……具体的に何だ?」



「そこは言えねえ、というか『知らねえ』」


土御門「は?ふざけてるのか?」


「俺はな、頼まれて動いてるだけだ」


「大体、この事態の全容を把握してるのは多分『あの野郎』しかいねえ」


土御門「……」

70: 2011/01/29(土) 16:00:06.03 ID:1vkt1fk9o

「蜂起しようって天界の連中も、ジュベレウス派も、魔界の列強共も俺もお前さん側も」


「『あの野郎』曰く、『中心』にいるんじゃなく『ピースの一部』に過ぎねえらしい」


土御門「その『あの野郎』というのは誰だ?」


「そりゃあ―――」


とその時。



『―――ダンテだ』



土御門の後方から、新たな第三者の声が飛んできた。
それは聞き覚えのある声であった。

実際は数回しか話したことがないが、決して忘れるわけがない相手のもの。


土御門「―――!!」


跳ねるように立ち上がりながら、後方の声が放たれてきた方へ振り向く土御門。


その瞳に映ったのは、銀髪に紺色のコートと。
身の丈もある大剣と異形の右手を有する男―――。


―――スパーダの孫、ネロ。

71: 2011/01/29(土) 16:00:43.23 ID:1vkt1fk9o

突如現れたスパーダの孫は、左手にあるレッドクイーンを肩に掲げながら、
悠然と土御門の方へと向かってきた。

「おお、どのくれえ『片付けた』?」

と、そのネロへ向けて、大男はそう声を飛ばした。


ネロ『―――8割。「全滅」にはもう少しかかる』


土御門「……!」

ネロは、特に傷を負っているわけでも汚れているわけでもない。
だが熱気のような、目に見えない『戦闘の香り』をその身に纏っており。

瞳も赤みを帯びており、エコーのかかった声色も、
その力を解き放った戦闘状態であるということを物語っていた。

土御門「……」

明らかに、ついさっきまで激闘を繰り広げていたのは確実、と。

と、そんなネロの凄まじい威圧感を目の当たりにしていたところ。

土御門「………………………………………………」

土御門は脳が引き締まるが如く、
血の気が引くのを更にもう一段階上にしたような感覚に襲われた。

なぜかというと、キリエの件を思い出したのだ。


ネロは、キリエがデュマーリ島にいるということを知っているのか?。


彼女が今どんな状況なのか、土御門とどう関わっているのか、それをネロに知られると―――。


キリエは大丈夫と言ってはいたが、土御門はやはり不安を拭えないでいた。
いざこうして、戦気を纏った猛々しいネロを目の前にしていると。

72: 2011/01/29(土) 16:05:37.64 ID:1vkt1fk9o

男にそっけなく言葉を返したネロは、視線を土御門の方へ向け。

ネロ『土御門。天の門は、今こそ開かれなくちゃならねえ「らしい」』

今度は彼へ、そう言葉を飛ばした。


土御門「……ダンテがそう言ったのか?」

土御門は低めの声色で、確かめるように言葉を返した。

キリエの事で一瞬ブレてしまった思考を何とか取り繕い、
決して表に出さないよう、冷静を心がけるよう内面では堪えながら。


ネロ『そうだ。天の門を開かなきゃ、「問題を先送りするだけだ」ってな』


土御門「具体的にどうなるんだ?」


ネロ『俺も詳しいことは知らない。そっち側は全部ダンテに任せてる』


土御門「ッ―――!知らないだと!?」

遂に、そこで土御門は声を荒げてしまった。
冷静を保つことはできず、堪えきれずに弾け出る内面の言葉。

この男も、このネロも。
その天の門開放に関する話が、
あまりにも投げやりに聞こえてしまったのだ。


土御門「―――ふざけるな!!!!舐めてんのかッッ!!!ああ゛ッ?!!!」


天の門開放は、すなわち学園都市の危機。


その街が滅ぶということは、土御門にとって人類滅亡と同義―――。

73: 2011/01/29(土) 16:07:09.65 ID:1vkt1fk9o

ネロ『―――実は言っちまうとな、ダンテですら全ては理解してねえ』


激昂した土御門に驚く風なことも無く、
ネロは平然とそう続けた。


ネロ『むしろ行き当たりばったりだ』


土御門「ッ―――!!!!」

その言葉で、土御門が再び何かを言いかけた瞬間。


ネロ『―――いいか土御門、俺達が今対面してるのは、とんでも無くでけえ「魔窟」のほんの入り口だ』


ネロは台座に身を寄せ、土御門の方へと上半身を乗り上げて。


ネロ『中はどんな風になってるのかは知らねえが、バカでけえ爆弾があるってことだけはわかってる』


彼の瞳をジッと見据えながら、
揺るぎの無い言葉を連ねた。


ネロ『その中を見ずして扉を閉めてどうする?後でもろともぶっ飛ぶぜ?』


土御門「…………ッ!」

74: 2011/01/29(土) 16:09:09.72 ID:1vkt1fk9o

そのネロの圧に、土御門は完全に飲まれていた。
ネロの赤みを帯びた瞳から、視線を逸らす事ができない。

沸騰したかという脳漿から、一気に熱が引いていく感覚。


ネロ『まあ、俺が言いたいのは「理解する前」に信じろ。理解なんざあとからついて来るってことさ』


この時、土御門はようやく気付いた。


ネロ『まずは信じろってんだよ』


今のこのネロが。



ネロ『「こっち」に来い。楽だぜ?気分がノッてくる』



己が『知っているネロ』とは、明らかに違っていたことに。


土御門「……………………お前は、理解していないのになぜそこまで信じれる?」

土御門はその感覚を胸に、ネロにそう問うた。



そして返ってきた答えは。



ネロ『ん?…………どうだろうな…………「何となく」だな』



土御門「―――」

75: 2011/01/29(土) 16:10:25.56 ID:1vkt1fk9o

この『大きさ』、『安定感』―――。


一見すると適当なようでありながら、
実は揺るぎの無い、確たる芯が通っているその物言い、佇まい、表情、雰囲気。


理なんかどうでも良くなり、
全てを委ねたくなってしまうようなこの圧倒的な包容感。


初めてでは無い。

以前にも、とある人物から感じたことがある。


それは―――。



ネロ『―――まあ、そういう気分なんだ。「気まぐれ」さ』




―――ダンテだ。



今のネロは、ダンテと『同じ』であった。


76: 2011/01/29(土) 16:12:13.42 ID:1vkt1fk9o

ネロ『そうだ。そういえば。悪ぃな』

と、その時。

ネロは乗り出していた身を起こしながら、思い出したようにそう口にした。

土御門「な、何がだ?」


ネロの変貌に心奪われていた土御門にとっては、正に意表を突く言葉。
だが、その後に続いた言葉は、彼を更に驚かせた。




ネロ『―――キリエ、ああなるとてこでも動かねえんだ』



土御門「…………な……………………し、知ってるのか?」


ネロ『「全部知ってるよ」』


ごくあっさりと。
ネロはそう、当たり前のように返答した。
先ほど、スキンヘッドの男が発したのと同じ言葉で。


土御門「―――!!!」


そして。


ネロ『―――ありがとな。土御門がキリエに会っていなきゃ、俺もウダツが上がらなかったろうぜ」


礼を口にした。

77: 2011/01/29(土) 16:15:23.13 ID:1vkt1fk9o

土御門「―――」


礼の後に続いた言葉。


それでこの瞬間、土御門はある事を悟った。


この短期間、いや、ここに来るまでネロが一体何をしていたのかはわからない。
ネロが、どのようにして土御門やキリエの一挙一動を知ったのかもわからない。

だが彼が、土御門と同じように苦難や困難に喘ぎに喘いで苦悩して、
そこに『何らかの要因』があって、その果てで今の境地に越えたのは確かだ。

そしてその要因こそ。


全てを占めると確実には言えないものの、その大部分こそ。

ネロが、境地に踏み入れるその一歩を押し出した力こそ。


土御門「(キリエ嬢。やはり破格の人だったか)」


破格の器を有した女史、キリエなのだろう。

事実、彼女の言葉は正しかった。


今のネロは、まさに彼女が知っていると称したネロそのものであった。

78: 2011/01/29(土) 16:16:12.59 ID:1vkt1fk9o

ここまで見せられてしまっては。

ここまで、大器共を見せ付けられてしまっては。

土御門「―――ははは、参ったにゃー」

返す言無し。
なす術無し。

理はひとまず置いてその大船、乗るしかない。

そう認めた瞬間、体から緊張が抜け頭の中が澄み渡っていく感覚。
そして、腹の底から湧き上がってくる心地の良い高揚感。


さっきネロが言ったとおり、正に『気分がノッてくる』、というところか。


土御門は右手で頭を掻き、いつもの軽い調子で笑い声を挙げ。


土御門「―――わかったぜよ。信じてみようか」


そう、特になんでもないように返答した。

79: 2011/01/29(土) 16:17:50.91 ID:1vkt1fk9o

ネロ『はは、よし、簡単に話すぜ』


小さく笑いながら再びネロは身を乗り出し、
右手人差し指で土御門を招く仕草をとり。


ネロ『あんた達に任せたいのは、人造悪魔の件だ。現在進行形で一番ヤバイのはあれだ』


土御門「…………」

それは土御門も感じていた。
土御門の出撃時で既に、日本本土が戦場となるのも時間の問題であった状況。

あれでは、天の門とその軍勢の話が無くても、学園都市そのものはどのみち壊滅してしまうだろう。
一方通行や上条などの一部の強者は生き残れても、だ。


ネロ『そこであんた達には、制御核に侵入して全ての人造悪魔兵器を止めてほしい』


ネロ『帰ったら今まで通り作業を続けてくれ。アレは、あんた達しか手を出せねえだろう』


だからこそ、これ以上戦火を広げない為には、制御核から停止命令を放つしかない。
ただ制御核を破壊するだけでは、世界各地の人造悪魔は停止しないのだ。


土御門「OK」


ネロ『それでアリウスと覇王、そして「スパーダの片割れ」は俺がケリをつける』


土御門「……スパーダの片割れ?」

80: 2011/01/29(土) 16:19:32.12 ID:1vkt1fk9o

ネロ『ああ、言ってなかったな。魔界の門も成り行きで開くんだ』

ネロ『気にしないでくれ。こっちの門も開かれなきゃなんねえらしい』

ネロそう、あっさりとまたすごい事を告げた。


土御門「は、はは、な、なるほど……つまり、門関係は手を出すなって事だな?」


ネロ『そうだ。放っておけ』


土御門「……天の軍勢……とかも何とかなるんだな?本当に良いんだな?」


ネロ『ああ。そっちはダンテの仕事の領分だ』


ネロ『いいか?俺達は俺達の仕事を的確にこなす』


ネロ『俺達がミスったら、ダンテも失敗する。そういう事だ』



土御門「……OK。把握したぜい」

81: 2011/01/29(土) 16:20:50.21 ID:1vkt1fk9o

そこで打ち合わせは終了。


ネロ『あー、実はな、俺はもうちょっと仕事が残っててな』

ネロは即座に身を起こし、レッドクイーンのアクセルを吹かしつつ踵を返し。

ネロ『もうしばらくしたらそっちに行くぜ』

そして現れた方向の広場の端へ足早に向かっていき。


ネロ『そういう事だ。氏ぬなよ?』


立ち止まって半身だけ振り返り、
横顔を土御門に向け。


土御門「ああ」



ネロ『―――任せた。土御門』



そう、小さく笑いながら言葉を飛ばした。
軽い調子でありながら、良く響く芯の通った声色で。

その直後、彼の周囲に赤い魔方陣が浮かび上がり。


そして彼の姿が掻き消えていった。

82: 2011/01/29(土) 16:21:41.13 ID:1vkt1fk9o

そんな風にしてネロの姿が消えた後。

「さてとだ、お前さんも向こうに戻してやる」

台座に寄りかかっていた、あのスキンヘッドの大男が口を開いた。

土御門「……今更だが、お前は何者なんだ?」

「なあに、さっき言っただろう?バーのマスターだ」


土御門「………………」


どうやら、
この男は意地でもそう通す気らしかった。

そこで土御門は話題を切り替えたが。

土御門「……他にも聞きたいことがあるんだが、俺は―――」

「ああ、大丈夫だ。戻ったら魔術使えるぜ」

男はそう、土御門の言葉を先回りして答えた。

土御門「本当か?」


「ああ。お前さんが『要求してた力』じゃねえが、まあそれの『最上位互換の特上級』だ。問題はねえ」


土御門「最上位互換……?」

83: 2011/01/29(土) 16:22:23.31 ID:1vkt1fk9o

「そうだ。お前さんは『超大物』に気に入られたんだ。その『紅い隅取』が証だぜ」


土御門「……大物?一体―――」

「そいつは、今回の天界内における蜂起のリーダーだ。俺の知る限り、天界一人間を愛してる大馬鹿野郎だぜ」

「お前さんはもう会ってるはずだがな?ここに来る前、そしてさっき天使がぶった切られた時、何かを見なかったか?」


土御門「何かを……」


ここに来る直前、最後に目にしたのは―――。


―――あの『白い狼』


そして天使たちが寸断される瞬間、その白狼の姿が頭の中にも―――。


「―――そいつはな、『太陽』さ」


最上位互換の特上級。

太陽。


そして『白い狼』―――『白野威』―――。


土御門「―――」


そこまで来て、土御門は遂に思い至った。


これらの情報が示す存在は?


それは即ち―――。

84: 2011/01/29(土) 16:22:57.90 ID:1vkt1fk9o

土御門「―――ま、まさか――――――!!!!」


その名を、男に問いただそうとした瞬間。

突如、意識が乱れ始めてくる。
強烈な酔いが回ったような、周囲の認識が薄れていく。

上も下もわからなくなり、己が今立っているのか座っているのかさえも。


「―――おっと、言葉に出すなよ。そいつの『真名』は、ここぞと言う時まで胸に閉まっておけ」


響いてくる男の声も。


「―――ということでそろそろ時間だ。戻りな」


徐々に認識できなくなり。


土御門「―――待て!おい!どうッッ―――!」



「あばよ。坊主―――」



そして、意識が完全に途切れた。


―――

85: 2011/01/29(土) 16:24:49.37 ID:1vkt1fk9o
―――

溢れていた光がぷっつりと途絶え、
急に暗くなる視界。

おぼろげな、空間と時間の認識。

そんな淀んだ思考も、すぐに一気に覚醒する。


滝壺『―――めッッ!!!!!!』


耳の通信機から響く、滝壺の声によって。


土御門「―――ッ!!!」


気付くと。
そこはあのフロアの中央であった。

そう、AIMを剥ぎ取り、術式を起動した薄暗いフロア。


土御門「………………………戻ったのか」

86: 2011/01/29(土) 16:26:15.39 ID:1vkt1fk9o

いや『戻った』というが、果たして本当に『行っていたのか』、
確たる実感が無かった。

周囲の状況を見る限り、
時間も『行って帰ってくる』まで一秒も経っていないようだ。


ここまで現実感が無いと、
あれは幻覚・夢のようなものでは?と、ふと思ってしまう。


だがその可能性は、フロアの端に立っていたシルビアの言葉が否定した。


シルビア「あ、あんた……その体…………」


滝壺『…………ん……あ、あれ????』


土御門「…………」

あれは夢ではなかったようだ。

己の上半身にはあの『紅い隅取』。

手首を見ると、骨を外した名残の腫れ―――。


そして。


『白く美しい毛』が数本、1m程前の床に落ちていた。

87: 2011/01/29(土) 16:27:00.65 ID:1vkt1fk9o

―――全てが現実。


土御門は勢い良く面を上げ、
その『目』で、驚きで呆けているシルビアの顔を視た。


土御門「―――は、はは」


その瞬間。


瞳に入って来る、シルビアが纏っている術式の情報。


―――『目』は完全に起動していた。


土御門「―――ははははは!!!!!滝壺!!!俺の信号は問題ないな!!!?」


そう弾けた様に声を挙げながら、土御門はシルビア、
そして彼女の後方のレストランへと足早に向かい始めた。


滝壺『えッ……あ、うん、だいじょうぶだよ』


土御門「そうか!OK!シルビア!!!!はじめるぜぃ!!!!」

88: 2011/01/29(土) 16:27:39.13 ID:1vkt1fk9o

そう、ずかずかと歩み寄ってくる土御門に圧倒されるように、
シルビアは後ずさり。


シルビア「―――本当に大丈夫なのか!?何がどうなった!?」


シルビア「土御門、何か変だぞ!急に……その術式だって……!それになんか雰囲気が……!」


土御門は、そんなシルビアの横を過ぎるところでふと足を止め、顔を向けぬまま。


土御門「説明すると長くなるんで端折らせてもらうが、」


土御門「『処刑未遂』と『出会い』、そして色々あって、俺もその心持を改めたってわけでな」


シルビア「処刑未遂??出会い?……出会いって、だ、誰に?」


土御門「スパーダの孫と、スキンヘッドのごついバーマスターと、最高神の一柱だ」


シルビア「―――………………………………はあああ?」

土御門「まあ、そんなこんなで、俺はわかったんだ」

シルビア「…………何がだよ?」



土御門「俺たちは孤軍なんかじゃねえ―――」




土御門「―――この戦、勝てるぜよ」




―――

117: 2011/02/05(土) 22:59:23.75 ID:3MdOcqjzo
―――

キリエの行動から始まった、この『状況の崩壊』。

積みあがっていた事案を悉く叩き壊し、
大前提を全て白紙に戻してしまうリセット。

ルシア、佐天、ネロ、土御門を始めとして、
それは瞬く間に周囲に伝播していき。

誰しもにとって『良くも悪くも』、それぞれの新たな物語の始まり、
もしくは折り返し点の『きっかけ』となる。


もちろん。


アリウス『……』


この男にとっても。


アリウスも当然『それ』を感じていた。

いや、『この島全体を覆っていた力から報告を受け取った』、と表現した方がいいか。

とにかく彼は知った。

ガブリエルの化身となったアックア、アラストルと同化状態にある麦野、
そしてアリウス最高傑作であり『できそこない』でもある人造悪魔ルシア、

この三者の猛烈な攻撃の中で。


突如莫大な天の力を帯び始めた、とある少年の存在を。


アリウス『……』


振るわれる刃や放たれる光の矢。

それらをすり抜かしては魔道兵器の触手や魔術で退けつつ、
アリウス本人はその場を一歩も動かずにその少年を分析し始めた。

118: 2011/02/05(土) 23:03:32.99 ID:3MdOcqjzo

少年は、学園都市からやってきた部隊の一員だ。
その行動からみて、幹部もしくは指揮官の一人であろうか。

いや、そのような身分はさして問題ではない。
重要なのは、非常に優れた魔術師である、ということだ。

まさか能力者部隊に魔術師が混ざっていたとは。

アリウス『…………』

しかもその少年。
非常に優れた魔術師なのは間違いないのだが、

力の性質が今のアックアとも、
遠方のビルの上からこちらを『見ている』オッレルスとも違っていた。

天界から供給されている力、という点は同じであるが、その供給プロセスが全く違うのだ。

アックアとオッレルスの使用している魔術も、実は一般的な天界魔術とは大きく異なる。
その仕組みは、天界との独自のパイプを形成し、セフィロトの樹を介さずに直接引き出す、というものだ。

ただその仕組みが違えど、供給元は一般的な天界魔術と同じ。

天界側は、要求されたからその分を与えているだけ。
そこに確たる『意志』は無く、示すのはプログラム的な反応であり、
人間が何にその力を使うかまではいちいち意識を向けていない。


だが、この少年の場合は供給元から明らかに違う。

どちらかというと、魔女の『魔獣契約』のそれに似ているか。

明らかにその供給元の意志が絡んでいるのだ。
天界側のその存在が、自ら少年に力を分け与えている。


アリウス『……』


そして、それはつまり。


天界の存在の意志に、直接アリウスの今の行いが見えてしまう、ということ。

119: 2011/02/05(土) 23:05:00.12 ID:3MdOcqjzo

アリウスは身分を偽って天界の門を開けようとしている。
それが『見られている』という事になるのだ。

いや、既にその供給元の存在は、状況をある程度把握しているだろう。
何も知らずに少年に力を分け与えるはずが無い。

そして状況を把握している、ということは、
アリウスが天を脅かす、完璧な魔界サイド側であることぐらい当然わかるはずだ。


では、天の門開放の作業が、今も滞りなく進んでいるのはどういうことなのか。


ジュベレウス派も全て容認済みで、アリウスだけを潰そうとしているのか。
それとも供給元が、ジュベレウス派とは関係なく独断で力を与えているのか。


前者の場合は考えにくい。

アリウスの周辺を洗えば、必ずフィアンマの存在にも触れるはず。
そしてその目的は、天界側からすると決して許すことのできない『災い』。

ジュベレウス派がそんな事を黙認するはずもないし、
彼らの性分を考えても、全貌が把握できぬまま前に進むことは考えられない。


ならば後者だ。


天界内では今、その意志が統一されていない、という事だ。

121: 2011/02/05(土) 23:08:11.50 ID:3MdOcqjzo

ガブリエルの力を見る限り、
人間界管理の最大勢力、十字教の派閥に関しては特に変わりは無いようだ。
依然、ジュベレウス派の意志の下にある。

アリウス『……』

だが、この小さな『不穏』は非常に重要な事案となるだろう。

四元徳を頂点に置く支配体制の揺らぎは、
ジュベレウスが滅びてから常々囁かれてきた事。

しかし、こうして実際にその片鱗が見え出したのは、これが初めてとなる。

天界内の不穏な動きそのものが、
人間界時間に換算すると実に数千万年ぶりだ。

『ファーザー』と呼ばれていた存在と、
それに続いて、かのオーディーンを筆頭とする武闘派の神々・天使達が、
こぞって魔界に堕天した騒ぎ以来である。



と、少年のその力の質一つとってみても、ここまでの情報が分析できるが。


アリウス『……』

今現在、アリウスにとって天界内の事情は特に重要なことではない。


重要なのは、そんな力を受けている少年とキリエの関係だ。


『その少年にキリエが利用される』、という事だ。

しかも彼女自身が進んでその役を。

呪縛を解くのではなく、制御核侵入のための鍵へと。

122: 2011/02/05(土) 23:11:28.04 ID:3MdOcqjzo

そしてそれがネロの承諾の上だとすれば、この状況は大きく覆るだろう。

いや、『だとすれば』でも『だろう』でもない。


ネロは確実に知っているはずだ。


あの少年と接触したはずなのだ。
微かにだが、スパーダの孫の力の残り香が少年に付いて回っている。

その上で少年はぬくぬくと作業を続けようとしている、ということが正に物語っているではないか。


アリウス『……』


今、アリウスの周囲の『大前提』が音を立てて崩壊していく。
積み重なってきた様々な事柄が崩壊し、状況が白紙に戻る。

ネロがこの瞬間、ここに現れるかもしれない。


制約を蹴り飛ばしたあのスパーダの孫は、今この一瞬でアリウスを寸断しかねない。


ここにきて、あのスパーダの孫は全て『一飲み』にしたのだ。


アリウスが用意した『舞台装置』の事如くを。


苦悩も制約も笑い飛ばして―――。


123: 2011/02/05(土) 23:13:29.95 ID:3MdOcqjzo

―――いや。

いいや。

違う。


今の表現には、一つだけ間違いがある。


実は、『舞台装置』の『全て』が飲み込まれたわけではない。


ネロが飲み込んだのは、実はどうでも良い小物ばかり。
ただのアクセサリーだ。


そしてネロは『逆』に飲み込まれたのだ。

アリウスが用意した、唯一最大の『舞台装置』に。


それはキリエ。


キリエこそが、アリウスの『舞台装置』。


スパーダの孫の最愛の人がこのデュマーリ島に存在し。


状況の核の一つとなることこそ、アリウスの本命である―――。

124: 2011/02/05(土) 23:17:40.37 ID:3MdOcqjzo

とはいえ、アリウスのその『筋書き』は続きがない。
最後の文は、彼女がこの状況の核へと触れるところまでである。

今の状況は想定内なのか・予想していたかどうかと問われれば、
アリウスは首を横に振らざるを得ない。


しかし、『どうなるか』は想定していなくとも、『そうなること』は想定済み。


むしろ、その先の『未知の領域』こそが、アリウスの求めた『最期の舞台』。


これぞ最大の敵と定めた『ネロの為』、そしてその存在に挑む『己が為』の『舞台』なのだ。


全てを『チャラ』にし仕切りなおしたキリエの行動により、
全ての者が解き放たれる。


ネロも。


そしてアリウスをも。



全ての者の立ち居地が平等に0。

誰でも手を伸ばせば、そこには望むことを成し遂げられる光がある。



そんな何もかもが剥げ落ち、全てが平等になった今こそ―――。



―――本当の『強』が露になるのではないのか?


心も。
力も。
体も。
技も。
器も。
運も。


それらが本当に試されるのだ。

この状況こそ、アリウスが進むべき境地への入り口。


先は極限の域。

見えるは究極の高み。



彼が全てを懸けて求めし『証明』が―――。



―――ここからの『勝利』の先にある。

125: 2011/02/05(土) 23:19:14.60 ID:3MdOcqjzo

アリウスは。

アリウス『ッ―――』


戸惑うのでもなく焦るのでもなく。

恐れるのでもなく。


アリウス『―――ははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!』


歓喜した。

この時を待ち望んでいたのだから。


『証明』はここから始まる。


確率論など最早無意味。

合理的・論理的な分析など、今やさして重要なことではない。

筋書きも先読みもほどほどにし、基本的に思うがままに進むのが一番良い。

己が真理に従うのみ。

己が魂の声に従うのみ。

ここから先はカオスであり無。


あえて確率で示すならば、結果は100か0の二通りのみ。


『勝つなら勝つ』。

『負けるなら負ける』。


それだけだ。


126: 2011/02/05(土) 23:21:00.58 ID:3MdOcqjzo

何かを見落とし、何かを見誤っているのか?

誰の意志が絡み、己は誰かの策の上にあるのか。
誰かに良いように誘導されているのか、嵌められているのか。

その首謀者は誰か?


ダンテか?バージルか?アンブラの魔女共か―――?。



―――それともフィアンマか?



アレイスターならばここで一度立ち止まり、状況を分析し整理するだろう。
そして筋書きを細かく修正するはずだ。

そもそも彼ならば、こんな状況など絶対に作り出そうともせず、
何が何でも避けようとするはず。

確かにアレイスターはギャンブル性が強いが、それは『計算した上』でのこと。

彼の中では、賭けに興じる前に既に確率と結果が導き出されている状態であり、
彼が最も嫌うのが『未知』なのだ。


だがアリウスは違う。


とことん大胆にかつ『計画的』に未知を『求め』、そして飛び込んでゆく―――。

127: 2011/02/05(土) 23:23:31.43 ID:3MdOcqjzo

アレイスターが唯一己に匹敵し、そして超えうると認めた魔術師であるアリウス。

そんな彼は、アレイスターが『限界を知らぬ者』と称した『偽りの成功者』に区分されるだろう。
身の程をわきまえない、過信に満ち溢れた愚か者、と。

しかし、アリウスはそんなアレイスターの論理など真っ向から否定する。

限界など知ってしまったら、それは己の中で認めてしまうことになる、と。
自身の力が及ばぬ領域の存在を。


アリウスからしてみれば、それではダメなのだ。


『挑戦者』は、限界を知ってはいけない。


『挑戦者』は、決して身の程をわきまえてはいけない。


とことん非礼であり無謀であり愚かであり冒涜的であるべき。


それが弱者よりの下克上、『抗う』ということ。


それが、『高み』に昇るということ。


『最強の証明者』は、限界などあってはならない―――。


『全能を求めし者』が、限界など見てはならない―――。


アレイスターの物言いは、所詮『敗者の席』から。

だがアリウスは違う。
彼は自負している。

己は敗者ではない、と。

今までも勝者であり続けてきた。


そしてここからも勝ち続ける―――。



―――『人間』として、と。


128: 2011/02/05(土) 23:25:35.78 ID:3MdOcqjzo

突如弾けたように笑い声を挙げたアリウスを見、

麦野、アックア、そしてルシアは警戒の色を見せて即座に後方に跳ね、彼から距離を置いた。

そんな彼らを、遠くを見るような目で見ていくアリウス。

そしてルシアの姿を瞳に捉えた所でふと、彼は思った。


ルシア。


あの失敗作と断じたχの存在も。

そしてこの舞台には到底相応しく思えなかった、あの『道化まがいな少女』も。


因果は固く結び合わさっていたようだ。


全てが重要な要素。


どれかが欠けていたら、今の状況には成りえなかったのだ。


アリウス『面白い―――』


アリウスは葉巻を燻らせながら、
心底楽しそうに笑った。


アリウス『まさに意外性と驚愕と発見の連続、か―――』


純粋に。


アリウス『―――「人の生」はどこまでも俺を楽しませてくれるな』


己の、人としての情欲にただただ素直に。



アリウス『―――これだから「人」は辞められん』

129: 2011/02/05(土) 23:27:44.60 ID:3MdOcqjzo

アリウスの笑いとその言葉の意図がわからず、
三者はそれぞれ怪訝な表情を浮かべ、更に警戒の色を濃くした。

そんな彼らの様子など全く気にも留めず、
アリウスは即座に作業に移る。


覇王の封印が解けるまであと3分としているが、実は封印はもういつでも解ける段階だ。

この3分とは、アリウスと同化するための下準備のものだ。
術式を確認し、安定を確保し、滞りなく馴染む為の。


当然ここをすっ飛ばせば、様々な危険が及ぶ。
取り込みが不完全で負荷によってその命を落としたり、いや。
確実に凄まじい過負荷に襲われ、精神汚染に苛まれるだろう。


だが、そんな事など今やどうでもよい。


失敗する可能性があるから何だ?

勝ち続ければ良いではないか。

何を迷う道理がある?

今この瞬間にもネロが現れうる事を考えれば、これは至極当然の判断だ。


そしてアリウスは迷い無く決断した。



今から封印を解き、同化を開始すると。

130: 2011/02/05(土) 23:28:32.41 ID:3MdOcqjzo

アリウスは周囲の三者などまるで気にも留めず、
トレードマークであった葉巻を吐き捨て。


その場で静かに、無言のまま両手を広げた。


次の瞬間。


彼を中心として半径500m程の地面、

瓦礫散らばるその表面が、一瞬で黒く平らなものに変わった。
まるで黒曜石の一枚岩が敷かれているかのように。

そして、赤い光で形成された文字列がびっしりと浮かび上がっていく。


アリウス『……』


ムンドゥス、スパーダに続く、かの魔界頂点の三神が一柱であり、
その中で唯一完全なまま生き残っている存在。


夢幻と現実、精神と体の境を越える特異能力を有する、『絶望の具現者』。


あの魔界をたった数ヶ月で3分の2も掌握してしまう、そんな絶大な力を誇る『覇者』。



覇王アルゴサクス。



その完全復活が、ここに始まった。


―――

131: 2011/02/05(土) 23:30:34.91 ID:3MdOcqjzo
―――


アラストル『―――終わりだ。退こう』


揚場のない声で淡々とそう告げる、魔剣の声の中。


アックア『…………』

その直後、アックアは黙したまま地面を蹴って跳ね、
どこかへと姿を消し。


麦野『…………まさか……もう……なのか?』


麦野は呆然としながらも、右手にあるアラストルへ今一度問いただした。


アラストル『そうだ。覇王の復活が始まった』


そして再び叩きつけられる、どうしようもないほどに非情な現実。


アリウスの見た目の変化と言えば、
地面ぐらいであり、両手を広げているアリウスには何ら変わりはない。
むしろあの光のうねりなどが消えた為、先ほどまでよりも無害に思えてしまう。


だがそれは見た目だけであった。

皆は、その見た目の裏にあるものの片鱗を確かに感じ取っていた。

132: 2011/02/05(土) 23:33:08.23 ID:3MdOcqjzo

それは言い知れぬ悪寒。

強大な、計り知れないほど大きな何かに触れる、
その浮遊感と抑圧感が入り混じった形容し難い感覚。

アリウスへ向けて空間が沈んでいくような錯覚。
いや、本当に界が歪んでいるのかもしれない。

人間界の理から外れ、
分離してしまったとも言える魔境と化したこの島世界でさえ、大きく軋むほどのこの『何かの変動』。

三者とも、はっきりとその身で感じていた。
理屈はわからずとも、本能が告げている。

今のこの段階ですら、アリウスは既に手が出せる領域ではなくなっている、と。


麦野『いや……まだ…………』


麦野にとってはまさに認めたくない現実。
諦めきれない心が、未だ幻想にしがみつこつとうするも。


アラストル『退いてくれ』


しかし現実は現実。


麦野『………………ぐッ……』



アラストル『―――退け!!!!!!』



麦野『―――ッぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛クソッッッ!!!!!』

133: 2011/02/05(土) 23:35:19.51 ID:3MdOcqjzo


麦野は己に向け、その迷いを払うかのごとく吼えた後。


麦野『―――おいガキィ!!!!!!!退く―――』


声を張り上げながら、その言葉の対象の人物の方へと向けたが、
口が途中で止まってしまった。


麦野『(―――)』


ルシアのその姿を見てしまったからだ。


彼女は微動だにせず。

目を見開き、真っ直ぐにアリウスを見据えていた。

いや、凄まじい憤怒を漲らせながら睨んでいた。

曲刀の柄を握る小さな手、その指の間から軋む音と共に血が滲み。

魔人化状態の、鳥人のようなその体。
逆立つ表面の羽の一枚一枚が、彼女の中に湧き上がっている滾りの証。

噛み締めたその口は、歯が砕けそうなほどに固く、
そして小刻みに震えていた。

134: 2011/02/05(土) 23:37:34.58 ID:3MdOcqjzo

麦野にとって、アリウスは敵意の象徴である。

しかし、アリウスという人物自体に対しては実は何も思っていない。
立場上の敵であるだけなのだ。

だが。

ルシアは違っていた。

アリウスに抱くのは、『敵意』を超えた絶大な『怒り』。
あの男がどういう人物かとことん知っているからこその、その身を滅ぼしかねない凄まじい怒り。


彼女の中では今、そんな憎悪が今にも爆発しそうになっていた。


このまま無策で突っ込めば確実に氏ぬ。
そしてそれは、状況的には犬氏である、というのはわかっている。

しかしその一方で。


『殺意』という怪物が、今にも彼女を内側から食い破ろうとしていた。


激情による衝動と、理性による抑制。


ルシアの精神状態は今、まさにギリギリの状態であったのだ。


135: 2011/02/05(土) 23:39:17.20 ID:3MdOcqjzo

麦野は、ルシアという少女のことなどほぼ全く知らない。
その生い立ちがアリウスと関係している事すら把握していない。

ルシアに対しては、
トリッシュ達のような悪魔でありながら人のために戦う者、というぐらいの認識しかなかった。



麦野『(―――あのガキ―――)』



しかし。

これだけは知っている。

いや、たった今のルシアの姿を見てわかってしまった。


その『激情』―――このままでは、確実にこの少女はアリウスへと突っ込む、と。


麦野『(―――よせ―――ダメだ―――)』


度を越えた怒りは全てを破壊する。

己ばかりではなく、周囲にまで伝播しそのこと如くを。

この種の激情の危うさは、麦野は『良く知っている』。

非常に良く。

『その身』をもって。

136: 2011/02/05(土) 23:40:31.76 ID:3MdOcqjzo

麦野『―――チッ!!!!』

もう言葉が届く状態ではないとすぐに悟った麦野。

腰にアラストルを差し込みながら地面を蹴り、
一瞬でルシアの後ろへと着地し。

そして空いた右手で彼女を抱き寄せ後方へと、
アリウスから遠ざかるように思いっきり飛び上がった。


その間もルシアはまるで人形のように表情を変えず、
首だけを動かしてずっとアリウスへと視線を向けていた。


ただただずっと。



一方でアリウスの方も。


無表情のまま、そのルシアの瞳をずっと見ていた。


真っ直ぐに。


―――


137: 2011/02/05(土) 23:42:05.55 ID:3MdOcqjzo
―――


オッレルス『―――』


シルビアからの通信を聞き、己の耳を疑い。
押し付けられるように脳内に送られてきた情報を認識し、続けて『頭』を疑っていたところに、
この覇王の復活であった。


唐突すぎる、そして大幅すぎる計画の変更。
天の門、ネロの恋人、学園都市から来た土御門という魔術師などに纏わる諸々の事案。

そして早すぎる復活。


オッレルス『(シルビア!一体どうなってる―――!!!?)』


回転の速い彼の頭脳でさえ、この一瞬で全てを理解することは出来なかった。
それ以前に、意識をアリウスの方へと集中していたのだから余計、不意打ちの図式が濃くなったのだ。


シルビア『(私に聞くな!!!!!)』


シルビア『とにかく今までの解析結果を私に流せ!!!今から土御門とのリンクを作る!!!!』


そして脳内に返って来たパートナーからの答えからも、
向こうの彼女ですら、未だ理解の作業が途上であることが伺えた。

138: 2011/02/05(土) 23:43:20.42 ID:3MdOcqjzo

オッレルス『(くそっ!どうすれば―――)』


己は今、どう決断しどう行動すればいいのか。
そのルートが導き出されない。
頭の中は整理が付かず、思考が大きく乱れる。


だが。


そしてアリウスを今一度見た瞬間、彼の頭の中が一気に澄み渡った。


オッレルス『―――』


オッレルスは気付いたのだ。

アリウスは全てを覇王の件に集中しているのだろう、


今のアリウスは魔術的に丸裸であった。


視覚的防護が一切ない。

記述・構文の暗号化すらしていない。


オッレルス『―――これは―――』


そう、退くべきではない。


どう考えてもこのまま見ているべき―――。


オッレルス『――――――!!』

139: 2011/02/05(土) 23:44:39.08 ID:3MdOcqjzo

シルビア『ああッ……!と、とりあえずあんたも―――』


オッレルス『シルビア―――』


シルビアの声とは対照的な、穏やかな声でオッレルスは口を開き。


オッレルス『―――俺はここに残ろうと思う。このままアリウスを見届ける』


そう告げた。


シルビア『……はぁ?な、何を……』


オッレルス『全て流すから、しっかりと受け取っていてくれ。最期まで「生中継」だ』


シルビア『オッレルス!!!!!何を言ってんだ!!!!!??』


オッレルス『…………』


シルビア『おい!!!!聞いてんのッ??!!!』


オッレルス『…………』


シルビア『オッレルス―――!!!!』



シルビア『―――このまま見てると氏ぬぞ!!!!!!』


オッレルス『……』

140: 2011/02/05(土) 23:45:58.74 ID:3MdOcqjzo

そのシルビアの言葉は正しい。


あのアリウスからは、今までよりも更に濃い情報が一気に押し寄せ。

こめかみに浮かび上がっている血管がより一層強く張り、
ひと際強くなってきた頭の中の痛み。

頭が割れそう、というのは正にこういう痛みのこと。
少しでも気を緩めてしまったら意識が一瞬で消失してしまいそうだ。

そして恐らく、ここで意識を失ってしまったらもう『元には戻らない』。

堤防が決壊したかの如く、精神は悉く破壊されそのまま絶命、
運が良ければ脳氏の植物状態といったところか。

更に、この負荷は徐々に強くなってきている。

無策のままこう同じく見続けていては、
5秒先か5分先かはわからずとも、
必ず押し負けて意識が消失するのは明白であった。


つまり、確かに一度退くかして相応に術式を組み直し、出直すべきなのだろう。

シルビアが促すとおりにだ。


オッレルス『……』

141: 2011/02/05(土) 23:47:45.96 ID:3MdOcqjzo

しかし。


そんな状況でも、オッレルスの心はこれでもかというほどに熱に溢れていた。


今のアリウスからは、
今までの分など全く比べ物にならない有益な情報が得られる、ということだけではない。

この心の滾りの源は、魔術師としての好奇心からくる知識・技術欲か。

世界中に災いを蒔き、既に100万以上の命を奪ってもまだ尚飽き足らず、
更なる犠牲を積み上げんとするアリウスへの底無しの憤りか。


それとも己の限界を試してみたいという、
魔神の一歩手前まで這い上がった者としての単純な挑戦欲か。


そのどれかか、いや。


全てが入り混じった炎である。


精力が萎んだ魔神もどきのなりそこない。
失敗者、転落者、負け犬の根性無し。

傷を負ったのら犬の為に魔神としての成功を失ってしまった、そんな甘すぎる善人。
救いようの無いほどにオメデタイ理想主義の甘い男。


シルビア『オッレルス!!!!!』


そんな男の心に、再び炎が宿ったのだ。


オッレルス『シルビア。お願いだ、俺は―――』



アリウスという、良くも悪くも究極の魔術師、その露になった力を目にして。



オッレルス『―――俺はもう一度、俺を「試したい」』



シルビア『―――………………』

142: 2011/02/05(土) 23:55:29.05 ID:3MdOcqjzo

俺を試したい。


シルビア『………………』


その言葉で、シルビアは完全に沈黙した。
実際には数秒間なのだが、この二人にとっては非常に長く、長く。


そして沈黙を越えて、再び開かれた彼女の口からの声は。


シルビア『……バカだろ。こういう時にカッコつけるとか』


今までの鋭い声色とは大きく変わった、
穏やかなものであった。


オッレルス『俺だって勝負のときはキメたいさ』


シルビア『ボケ。まあ、案外悪くはなかったけど』


オッレルス『はは、だろ?』

さっぱりとした口調で、さわやかにオッレルスは笑い飛ばし。



オッレルス『―――じゃあ、シルビア。帰ったら結婚しようか』



何が『じゃあ』なのか、
会話がまるっきり繋がっていない言葉を藪から棒に口にした。


シルビア『……調子に乗るなアホ。そういうのは、こういう時に言うと縁起が悪い』


オッレルス『ははは、確かに。良くある話だ』

143: 2011/02/05(土) 23:56:49.14 ID:3MdOcqjzo

と、そうしていたところ。

オッレルスの後方にアックアが降り立った。
青みを帯びた巨大な翼を揺らがせ、金色に輝くアスカロンを右手に。

その体には大小さまざまな傷が至るところに刻まれており。

そして魔道兵器の触手の一本にでも貫かれたのか、左目が完全に潰れ。
そこから流れ出た血液で、顔の左側が真っ赤に染まっていた。

オッレルス『ウィリアム。君は退いてくれ。手当てした方が良い』

オッレルスはそんな彼へ向けて、振り替えぬままそう言葉を飛ばしたが。


アックア『断る』


この『天使』はそう即答し、痛みなど全く感じていないかの如く平然と、
真っ直ぐにオッレルスの方へと歩いて行き。


オッレルス『……ここにいると覇王が復活した暁には、真っ先にその餌食になる可能性が高いが』


アックア『承知済みである』


再び即答し、アスカロンを床に突き立てオッレルスの隣に悠然と仁王立ち。
その立ち居地や佇まいはまるでオッレルスの護衛の如く。


144: 2011/02/05(土) 23:58:17.32 ID:3MdOcqjzo

そして、彼はおもむろに己の左目の手当てを始めた。

ガブリエルの力があるのだから、失われた目を完全復元とはいかないまでも何とかなるのは確かのだが、
元傭兵が故の泥臭さか、アックアが行った手当ては非常に原始的かつ簡単なものでしかなかった。

己のゴルフシャツの袖を引きちぎり、生地を伸ばしては頭に巻き、
即席の眼帯としただけであったのだ。


オッレルス『そうか』


そんなアックアの様子を、
オッレルスは視野の端で確認しながら小さく笑った。


オッレルス『それじゃあ、ショーを楽しもうか』


アリウスの周辺ではちょうど、
二人の少女が重なり合うようにして飛び上がり、彼方へと離れていくところであった。


オッレルス『スパーダの孫が来るか、俺達が覇王に殺されるまで』


アックア『うむ』

アックアはそう頷きを返しつつ、アスカロンの柄を再び握り。
視線をアリウスからその上空へと向けた。

その視線の先、高さ2000m程の大空には。


体長600m以上もあろうかという、『魚』のような巨大な悪魔がいつのまにか出現していた。


そしてその悪魔は空を泳いでいるかのように雄大に浮遊しながら。
大口を空けてその腹の底のから声を放った。

大気そのものが根こそぎ剥ぎ取られていくような、とてつもなく巨大な咆哮。

『声』というよりももはや『衝撃波』と表現した方がしっくりくる程の。



アックア『盛大な宴になりそうであるな』


―――

145: 2011/02/06(日) 00:01:12.15 ID:IvdS310so
―――


とあるビルの屋上にて。


御坂「―――ちょ、ちょっと……もしかしてこれヤバイってこと!!?」


砲撃を一時中断していた御坂は、
廃墟の向こうにいるアリウスとその周辺の変化を目の当たりにして、
顔を引きつらせていた。

と、ちょうどその時。


御坂の真横に、紫の翼を羽ばたかせながら麦野が舞い降りた。
右脇にはルシアを抱えて。


御坂「―――ねえ!!あれどう―――??!!」


麦野『「始まった」んだよ!!!!』


そして御坂の言葉を最後まで聞かずにそう即答し。

麦野はルシアの足が地面に付いた感触を受けて、
彼女の体から右手を離した。

が。


ルシアはそのまま重力に従い、前に倒れこんでしまった。
ゆらりと、糸が切れた人形のように。

魔人化が解けながら。


146: 2011/02/06(日) 00:03:10.36 ID:IvdS310so

御坂「―――あ!!!!!」


麦野『チッ―――』


麦野はすぐに彼女の傍に屈み、
その人間の姿に戻った小さな体を仰向けに転がした。

麦野『(……ッ……このガキ、傷負ってたのか?)』

そして露になる胸の傷。
魔人化状態では光や形状でよくわからなかったが、
こうして見るとかなりの深手のようであった。

アラストル『……普通の傷じゃないな。いや、この娘が昏倒しているのは、その傷のせいではないようだ』

と、その麦野の考えを指摘するように、アラストルが声を飛ばした。

麦野『はぁ?』


アラストル『この娘の魂自体が壊れ始めてるのさ。理由はわからんが、自己崩壊を起こしてる』


アラストル『随分と無理をしていたようだな』


麦野『…………要するに、放っておくと氏ぬって事?』


アラストル『厳密には、今この瞬間に「氏んでいっている」状態だ』


麦野『何とかできないのアラストル?「神様」の格なんだろ?』


アラストル『無茶言わないでくれ』


麦野『ホンッッット、ここぞという時に使えねえガラクタだなてめぇはこの野郎が』


アラストル『……………………………………』

147: 2011/02/06(日) 00:06:00.04 ID:IvdS310so

御坂「だ、大丈夫なの?どうなの……??」


麦野『いいから黙って周囲を警戒してろ』


ルシア「すみ……ません…………私は置いて……」


麦野『うるせえ。結標ェ!!!!!』

そんなルシアの途切れそうな声など聞く耳ももたず、
麦野波万能の運び屋の名を叫んだ。


麦野『このガキを土御門のところに飛ばせるか!!!!??』


こういう、込み入った専門的なものは麦野も御坂もお手上げだ。
とりあえず土御門の元に飛ばすしかない。


結標『ちょっと待って…………だいぶ弱まってるのが逆にありがたいわね。OK、いける。飛ばすわよ』


そして、そう返ってきた通信の後。


再び何かを言いかけようとしたルシアの姿が、一瞬で消失した。


結標『完了したわ』

148: 2011/02/06(日) 00:07:01.90 ID:IvdS310so

麦野『―――土御門。細かい話は無しだ。そのガキを頼んだぞ』

そしてすかさず、土御門へ通信を入れる麦野。


土御門『ああ、そういえばアリウスは残念だったな。まあ気を改めろ。仕事は山積みだ』

返って来たのは、痛いと所にそ知らぬ顔で突っ込んでくる、
相変わらずのイラつかせる口調であった。


この状況でも相変わらずで、一切変わりない事が頼もしく感じるが。


麦野『―――うるせぇ!!!!!んなこたぁわかってる!!!!!!!』


それでもイラつくものはイラつくものだ。


とその時。


御坂『なによ……あれ……』


麦野の隣で、御坂がそうたどたどしく声を漏らした。
その言葉に促され、麦野も彼女の視線の跡を辿り。


麦野『―――ッ』


そして声を詰まらせた。


巨大な魚型の悪魔―――


―――『リヴァイアサン』が、アリウスの真上の空に出現していたのだ。


しかもそのサイズは、事前に参照したデータの実に二倍以上―――。

149: 2011/02/06(日) 00:09:19.57 ID:IvdS310so

確かに悪魔は、その体が大きければ大きいほど強いとは限らない。
そんなのは物質的面に縛られた人間界のみの法則だ。

しかし、悪魔の姿形は人間のように生まれ持った容姿の制限など無く、
そのものの力や性質に大きく影響されていくもの。

つまり、『体が大きいから強い』という理屈は間違っているが、

『力が強大だから体が大きい』という理屈は当たっているのだ。


アラストル『おお、凄いな。「向こう」でもそうそうお目にかかれない大物だ』


麦野『ッ―――』

御坂『―――ッァ!』

大きく開かれたその口からは、
耳元で雷が轟いているかの如く凄まじい咆哮―――。


麦野『…………土御門。デカイのが現れた』


土御門『その化物に見つかる前に、早くそこから退却しろ』


麦野『……』


アラストル『それは無理だな―――』


そのアラストルの言葉を裏付けるかのように、巨大なリヴァイアサンはその身を大きくしならせ。


アラストル『―――奴は「こちら」を見ている』


頭部を麦野達の方へと向け、今一度咆哮を挙げた。

その大口の中から、まるで嘔吐したかのように大量の悪魔を噴出させながら―――。

150: 2011/02/06(日) 00:11:01.98 ID:IvdS310so


麦野『……土御門。見つからないように、ってのはもう無理だ』


土御門『それは厳しいな。そこは、どちらかが一人で対応できないか?』

土御門『この状況では、結標一人じゃ全チームの保全に手が回りそうも無い』

土御門のその言葉に、麦野は考えるそぶりも無く。


麦野『私が残る』


そう即答し、御坂へと目配せ。

御坂「…………」

そんな彼女のに御坂は一度小さく頷いた後。

素早く踵を返すと、大砲を抱えながら屋上の端へと駆け出し、
電撃を迸らせながら跳ね降りていった。

151: 2011/02/06(日) 00:11:50.11 ID:IvdS310so


土御門『―――OK、幸運を祈る』


麦野『そっちもな』


そして麦野は土御門との通信を追えた後、
腰に下げていたアラストルの柄を握りつつ屋上の縁に向かい。

その魔剣を一度、
軽く振った後に切っ先を床に当てて、屋上の縁に立った。


視線の先は、アリウスの真上にいるリヴァイアサン。


その巨大な口からは、
大量の悪魔が塊となって街に降り注いでいる。


アラストル『マスター代理よ、そういえば魚類の系が好きなんだろう?そんなお前にいい事を教えてやろう』


そんな中、右手のアラストルが思い出したように口を開いた。


麦野『魚類というか、シャケ弁だけど』


アラストル『シャケというのがどういうのかは知らんが、リヴァイアサンの肉は中々美味らしいぞ?』


麦野『「そっち」と一緒にすんなガラクタ』



麦野『「こっち」の魚類は口から悪魔なんか吐かねえよ』



―――

152: 2011/02/06(日) 00:13:16.22 ID:IvdS310so
―――


とあるビルの一階にあるレストラン。

その中央の床に、とりあえず胸の傷の安定応急処置を受けたキリエが、
仰向けに横たわっていた。

胸には相変わらずレディ製の杭。
引き抜けば呪縛が再起動する為当然そのままだ。

キリエの周囲の床の全面には、
彼女を中心として隅取りのような模様が浮かび上がっていた。


壁際には、屈んで床に手を当てているシルビア。
キリエの身体状態のモニタと管理を行っている。

彼女は先ほどまで戸惑いと焦りに襲われていたが、
オッレルスとの会話が彼女にある種の覚悟を与えたのだろう。
今は落ち着き、そのクールな美しさを取り戻していた。


そして彼女の視線の先には、
キリエの足先に立ちこの姫を見下ろしている土御門。


かの慈母から授かった、『力を認識する目』で。

153: 2011/02/06(日) 00:15:10.88 ID:IvdS310so

土御門『…………』


彼の右手には、とあるデータが表示されているPDAがあった。

御坂がサーバーが破壊されていて閲覧できない、としたあのデータだ。


先ほどアメリカ人達は、
快く土御門にこのPDAごと渡してくれた。

確かにこのデータは最重要目標であり、
彼らはこれを祖国へと持ち帰るよう命令されていたが、

しかしこの状況。

彼らは、事態が己達の認量の範囲を遥かに超えていることも、

土御門がやろうとしていることが、
結果的に祖国を救うこともわかっていたようであった。

もし彼らが一般の部隊の者であったら、こうは行かなかっただろう。
命令は命令、任務は任務と突っぱね、土御門の言葉には耳を貸さなかったかもしれない。

この協力は、時に祖国の法にも背く不正規戦ばかりを行ってきた、
彼らのその柔軟性と適応力があってこそだ。

154: 2011/02/06(日) 00:15:44.81 ID:IvdS310so

そしてそのデータの内容は。


以前に衛星写真をインデックスに見てもらって浮かび上がった、
あの巨大な構造図を更に詳細にした図であった。

立体的な構造を把握でき、
ポイントごとにそれぞれの正確な位置まで全てわかるものだ。

ただその構造が何なのか、ということまではデータには記されていなかったが。
このデータだけでは、土御門でも全く把握できなかっただろう。


しかし今は。


土御門『(なるほどな―――)』


キリエから見えて来るアリウスの記述や構文。

そしてオッレルスから送られてくる、アリウスから採取した情報。

それらを照らし合わせる事により、この図の意味が徐々にわかり始めてきていた。

155: 2011/02/06(日) 00:16:58.25 ID:IvdS310so

この構造はやはりインデックスがいっていた通り、
どこからどう見ても、柱が連なる円筒形のドーム天井型建造物の図だ。
古代ローマなどに見られた神殿の作り方に似ているか。

しかしこれは、実際には地下に埋っており建造物の形を要していない。
いわば設計図だけが埋っているような状態だ。


なぜこの形にしたのか、元とした『モデル』でもあるのだろうか―――。

―――といった、その構造の由来はひとまず置いておくとして、
まずはこの巨大な図式がどう機能しどのように作用しているかなのだが。


その発揮する効果は複数あり、
どれも土御門の想像を遥かに超えている代物であった。


そして特にその中の一つが、
スケール的にも頭一つどころか二つも三つも飛びぬけていた。


それは。


この巨大な図式は、

『界の基盤』そのものに干渉する『巨大な魔具』としても機能しているらしかったのだ。

156: 2011/02/06(日) 00:18:54.14 ID:IvdS310so

土御門『…………』

天界の門、そしてネロが口にした魔界の門の開放も、
恐らくこの『巨大な魔具』を通して行われるのであり、

デュマーリ島がこのような人間界の理とはかけ離れた魔境、
さながら魔界の一部のような様相になっているのも、この『巨大な魔具』によるものらしい。

と、ここで『恐らく』、というのもそこまで『理解しきれない』からだ。
解析して徐々にその記述を読めるようになってきているのだが、それでも『理解できない』。

何というか、頭の処理が全く追いつかずにエラーを起こしているような感覚だ。

上記の他にも様々な使い方が出来るのであろうが、
最早その先には想像が追いつかない。


土御門『(アリウスか……本当にどうなっているんだあの男の頭は……)』


今の土御門ですら戦慄する、その途方も無いスケールと技術。
これが、あのアレイスターが唯一脅威を抱く『人間』が作った代物。

そしてその現物を目の当たりにしても尚、疑ってしまう。

本当に『人間のまま』でここまでできるのか、と。

ネロやあのスキンヘッドのバーマスターは、天の門開放を妨害しないでくれといっていたが。

その頼みは、別にしてもしなくても良かったようだ。


どのみち土御門では、手を出せる代物ではなかったのだから。

157: 2011/02/06(日) 00:22:02.47 ID:IvdS310so

しかし、正に不幸中の幸いか。


土御門『(…………いけるな)』


『界干渉』機能の部分は手を出せなくても、他の部分はどうやら手が出せそうであった。

『人造悪魔兵器の制御』機能の部分もだ。

浸入しているわけではない為、
内部の細かい構造などは当然わからないし、現段階では手を加えることは出来ないものの。

予想される難度を高く見積もっても、充分対応できる水準だ。

土御門『……』

と、そんな良い事がわかったその一方で、それなりに悪い事も発見した。


この部分はアリウスと常に情報をやり取りしているらしく、

彼が脳内で命じるだけで、悪魔達が自在に動く状態になっているようだ。
世界各地の人造悪魔はもちろん、この島に展開している悪魔達もだ。


これはつまり、『人造悪魔兵器の制御』機能の部分は、アリウス側から見て非常に『目立つ』ということ。


ここに土御門が侵入したら、当然すぐに気付かれてしまだろう。


そうしたらどうなるか。

もちろんアリウスが見過ごしておくはずも無く。
そこからは、彼と土御門の術式記述の『上書き競争』となる。

そしてこの勝負は結果が目に見えている。

技術も頭も何もかもがかけ離れており、土御門が勝てるわけが無い。


土御門『……』


158: 2011/02/06(日) 00:24:00.76 ID:IvdS310so

いや、そのような上書きレースなど行う必要さえ、アリウスには無いだろう。

アリウスが握っているのは、全システムを統括する『メイン操作基盤』。
『核の中の核』、正に全ての心臓部であり頂点。

片や土御門はシステムの端からの侵入。

それならばアリウスは、そのメインの権限を利用して、
土御門の侵入口がある箇所を凍結してしまえばいいだけなのだ。


ただ、それは言い換えれば。


『メイン操作基盤』さえ掌握してしまえば、こちらが非常に有利になるということ。
それこそ、アリウスをもシステムから切り離してしまうことも可能であろう。



土御門『…………』



しかし、そこにもまた問題があった。


その『メイン操作基盤』の位置が全くわからないのだ。


非常に巧妙に『隠されている』のだろうか―――。


そしてアリウスの事だ。
どこかに隠していたとしても、ただ偽装しているだけではなく。


術式か悪魔かはわからないが、とにかく強力な『ガード』が必ず守りを固めているはず―――。

159: 2011/02/06(日) 00:28:32.52 ID:IvdS310so

土御門『…………』

―――と、現段階では、どうやら八方塞であるようだった。

まあ、アリウスの『城』が隙無し難攻不落なのは当たり前のこと。

今はまず、とにかくもっと浸入の為の構文や記述を集めつつ解読作業を進行させ、
問題を解決する策はそれと平行して考えるしかない。

こればっかりは頭を抱えても仕方がないことだ。

ネロの言葉を思い出し、己が感じるのを純粋に信じ、そのまま進むのみだ。

自身をもって進んでいれば、必ず『なるようになる』。

それぞれのチームにも各ランドマークの地下を掘り抜かせているが、
それも無駄にはならないはず。

『空間』、『界そのもの』がこの『巨大な魔具』の構造物なのだから、
各チームとも、今まさにその存在に触れているということ。

つまり、ある程度は干渉できる状態が整っているのだ。

今はこれで良い。
活用の仕方は後々考えてゆけば良い。


土御門『……』


まずは目下の問題を対処していくべき。

問題は山済みだ。

特にその中の一つが、今土御門の判断を必要としている。

いや、実際にその『問題であること』を確認したわけではないのだが、
土御門はその存在を確信していた。


アリウスは、覇王を強行的に復活させる作業に入った。
つまり、彼の中でも状況が大きく変わったということ。


そして、彼とこの島に展開している悪魔達は、強固なリンクを有している。


となると―――。


160: 2011/02/06(日) 00:29:28.11 ID:IvdS310so

滝壺『―――つ、つちみかど!!!』


タイミング良く響く、急を伝える滝壺の通信。


土御門『なんだ?』


そして続けれた滝壺の言葉は。



滝壺『―――島内全域で悪魔が!!!!すごい数があちこちからでてきたよ!!!!!』


土御門『……』


まさに土御門の読みどおりであった。

悪魔達による全面攻撃が始まったのだ。
ここからが、このデュマーリ島が『魔境』たる所以の真骨頂だろう。


滝壺『各チームのところにも……!!!あ!!!つちみかどの所に500……600……!!!!』


滝壺『ど、どんどん数を増やしながらすごい速さで向かってる!!!!』


その滝壺の言葉を示すように、
屋外から聞こえくる地鳴りと無数の異形の叫び。

161: 2011/02/06(日) 00:32:21.13 ID:IvdS310so

土御門『シルビア、キリエ嬢は俺に任せろ』

すぐさま、土御門は壁際のシルビアへと言葉を飛ばした。

土御門『悪魔共が活発化したようだ。ここにも押し寄せてくる。数は600を超えてる』

それを聞き。

シルビア『ああそうかい』

シルビアは跳ね上がるように立ち上がり、
フロアへと続く入り口の方へと足早に向かい、歩きつつ徐に壁に手の平を当てた。


土御門『全力で行け。力は出し惜しみするな』


その瞬間。

壁からぬるりと生えてきくる『金属の塊』。


シルビア『任せろ』


それは剣。

白銀の肉厚な刀身、先に四葉を模した飾りの付いた棒状の鍔。
14世紀頃のスコットランド発祥、クレイモアと呼ばれる大剣だ。

そのサイズは、俗に知られている物とは余りにもかけ離れていたが。

壁にあてがっていた手でその柄を握り締め、そのまま歩き続けるシルビアによってその大剣が『引き出されていく』ものの、
切っ先が中々姿を現さず、延々と続く程に巨大。

切っ先は未だレストラン内なのに、
柄の先のシルビアは既にフロアにいるという有様だ。

幅は根元の所で30cm、刃渡りは実に4mに達するか。



シルビア『―――1匹たりとも通すもんか』



そしてフロアからのその言葉と共に。
巨大すぎるクレイモアの刃先も、レストランから『出て行った』。

162: 2011/02/06(日) 00:33:30.88 ID:IvdS310so

そのシルビアの姿を見て察知したのか、

「装備を確認しろ!!」

フロアの方から兵士達の声も次々に響いて来、
駆け出す足音が聞こえてきた。

それらを耳にしながら、土御門は更に素早く思考をまわしていく。

土御門『……』

アリウスの意志が直結している為、
悪魔達もどこが最重要目標なのかは把握しているようだ。

まず、第一に狙うはキリエがいるこの場所だ。


そして第二は?


それは、この学園都市からの部隊の要である滝壺であろう。


土御門『滝壺。お前のところにも連中は行くはずだ。今からは常に移動し続けろ。定点に留まっていたら包囲される』

滝壺『う、うん!!!わかった!!!!』

土御門『結標』

結標『どうぞ』

土御門『お前は滝壺の保全に集中しろ。いつでも滝壺の傍に降りれるようにしておけ』

結標『了解。他のチームの保全は?』

土御門『麦野とレールガンにやらせる。今ちょうど手が空いたからな』


と、その時。


土御門の目の前の床に。


土御門『…………』


キリエ「―――ルシアちゃ―――ッ!!!!」


突如、力なく横たわっている赤毛の少女が出現した。

163: 2011/02/06(日) 00:34:34.31 ID:IvdS310so

そんなルシアの姿を見て起き上がろうとしたキリエを、
土御門は手を突き出して制止しつつ。


麦野『―――土御門。細かい話は無しだ。そのガキを頼んだぞ』


土御門『ああ、そういえばアリウスは残念だったな。まあ気を改めろ。仕事は山積みだ』


次いで入ってきた麦野からの通信に、
呆れた風にも見える笑みを浮かべながら言葉を返し始めた。

麦野『―――うるせぇ!!!!!んなこたぁわかってる!!!!!!!』


土御門『ははッ』

その麦野の激した声を聞き、土御門は聞こえない程度に小さく笑った。

相変わらずの、溶岩を噴き上がらせる火山のようなその熱い女っぷり。

かつて実際に暴走したとおり、その熱さは非常に危険な側面もあるが、
それがひとたび真っ直ぐに向き始めれば、ここまで頼もしい女は滅多にいないだろう。

164: 2011/02/06(日) 00:37:15.13 ID:IvdS310so

と、土御門が麦野の声に一瞬の安息を覚えていたところ。


滝壺『―――あ、アリウスの真上の空にりりり、リヴァイアサン!!!!!!』


窮した声色にも関わらず心地の良い、
これまた別系統の可愛らしい声。

こっちもこっちでいいものだ。

土御門『…………』

まあ、その内容は、「可愛らしいもの」とはとても言えないものだが。

そしてその直後響く、今度は可愛らしさ・心地よさが微塵も無い『声』。

地震が起きたかのようにビル全体を揺さぶる轟音、
リヴァイアサンの咆哮であろう。


麦野『…………土御門。デカイのが現れた』


土御門『そのデカブツに見つかる前に早く離脱しろ』


リヴァイアサンから速やかに距離を置くように命令を放つも、
もう一度響いた凄まじい咆哮の後。


麦野『……土御門。見つからないように、ってのはもう無理だ』


麦野はそう告げてきた。


土御門『(今の咆哮は麦野達へ向けてのか)』

165: 2011/02/06(日) 00:39:59.27 ID:IvdS310so

土御門はその場に屈み、ルシアの容態を検分しながら。

土御門『それは厳しいな。そこは、どちらかが一人で対応できないか?』

土御門『この状況では、結標一人じゃ全チームの保全に手が回りそうも無い』


そう、特になんでもないように言葉を連ねたところ。


麦野『私が残る』


すると同じく淡々とした、麦野からの即答。

まあ、普通に考えてどちらが残るかは聞くまでもないことだろう。

『一発逆転の切り札』、というのは汎用性に欠けるのが常。

戦闘能力があまりも偏りすぎている御坂では、新手の敵の対応は難しいであろうし、
更に相手が強大な存在であるならば、体が『生身の人間』である以上不安が残る。

ここはアラストルの加護がある、万能型の麦野が残るのが当然だ。


土御門『―――OK、幸運を祈る』


麦野『そっちもな』


土御門『レールガン。滝壺の指示に従って、各チームを支援してくれ』


御坂『おっけー』

166: 2011/02/06(日) 00:40:56.35 ID:IvdS310so

これで、二人のレベル5にも指示が出し終わった。

土御門『……』

後は?

他にもやるべきことは?

キリエの術式、そしてアリウスの城を攻める前に、
先に済ませておけることは?

土御門『…………』

そうやって素早く思考をめぐらせていたところ、
壁際にいる兵士や民間人の負傷者達が目に留まった。

そう、彼らの事も判断は下しておくおくべきだ。

米特殊部隊、ウロボロス社私兵、生き残った民間人、そしてなぜかここにいる佐天涙子の事を。

このまま同じ場所にいては、
土御門達にとっては邪魔だし、彼らにとってはまさに災難だろう。


ここに留まっていては、お互いに良い事は無いのは明白。


それに土御門としては、このアメリカ人達はできれば生かしておきたい。
土御門達の行動が、アメリカをも救ったという証言者になってもらいたいのだ。

そうすれば、この特殊部隊を通してアメリカとの独自のパイプが形成でき、
後々に様々なことで役立つだろうから。

そして佐天涙子も、
ネロやトリッシュ・レディと交友関係がある以上、何もせずに見捨てるのもアレであろう。

167: 2011/02/06(日) 00:42:38.26 ID:IvdS310so

土御門『……』


では、結標にパッと飛ばさせるか?
いや、飛ばすだけではダメだろう。

彼らには安全地帯が必要だ。
ただほっぽり出してしまったら、すぐに悪魔の餌食となってしまう。

土御門『……』

しかしただ飛ばすだけならまだしも、
結標には、安全地帯を探させる暇などとても無い。

そもそも状況が状況、彼女には今の仕事に専念してもらいたいから、
できれば飛ばす事自体も頼みたくは無い。


と、その時。


土御門『…………』


土御門は思い当たった。

今は手が空いている人員がここにいるではないか、と。

飛ばせる事も可能、護衛しつつ安全地帯を探させることもできる者が。


土御門『おい―――!!!!!』


土御門はレストランの入り口、フロアの方へと振り向きながら、声を張り上げた。



土御門『―――白井!!!!来い!!!!!!』


―――

181: 2011/02/12(土) 22:06:52.22 ID:cB8p6miIo

―――


とあるビルの一階、薄暗いレストラン。


土御門『―――白井!!!来い!!!』


土御門がフロアへ向け、そう声を飛ばしたところ。

彼の斜め前程のところに、
小さな風切り音と共に黒子は一瞬で現れた。

相変わらずの光を失った瞳で。


土御門『……』

そんな瞳を、土御門は見返した。


土御門『……』


そして『見えて』来る、黒子の内面。


これが『慈母の瞳』か。

力の認識のみならず、
相手が普通の人間ならば、内面をもある程度見透かしてしまう。


182: 2011/02/12(土) 22:08:22.22 ID:cB8p6miIo

この時見えた黒子の内面。

それは混沌としていた。

完全に『心』が活動が停止している状態だ。
どの感情も全く処理されておらず。

『臨界点』の時を待っているかの如く、無秩序に山積み。


まさしく、心が麻痺していた。


いや、彼女の『時間が停止していた』と言ってもいいかもしれない。


白井黒子は今、『何も』感情を有していなかった。


『何も』。


土御門『白井』

黒子「はい」

土御門はそんな、黒子の内面を認識して一瞬だけ目を細めた後。

土御門『あの女は、学園都市在住の佐天涙子、お前のプライベートの友人だな?』

フロアの方へと頭を軽く傾けて指しつつ、事務的にそう問うた。

黒子「ええ。そうですの。それが?」

そして返ってくる、土御門以上に淡々とした声色の言葉。

土御門『一応身元を確認しただけだ。「そいつが氏んだ場合」の為にな』

黒子「そうですか」

土御門『…………』

183: 2011/02/12(土) 22:09:31.50 ID:cB8p6miIo

『氏』というワードに何の反応も見せない黒子の様子。

そこから、彼女が佐天と二人でいた間の光景が容易に思い浮かぶ。

黒子はまるで他人のように、いや、それ以上に近づき難い雰囲気を放ち、
佐天はほとんど話しかけられなかっただろう。

話しかけたとしても、一言二言で会話が終わっていたはずだ。

土御門『…………』

即ち、佐天がこの地獄にいたという現実が、
今の黒子には何も影響を及ばす事は無かったという事だ。

もちろん、『悪い意味』で。


まあ、これは黒子の個人的な問題である為、
土御門としては何をするわけでもないが。

土御門は視線を床のルシアに戻し。

土御門『俺とシルビアとキリエ嬢以外の者を、ここから退避させる』

再び事務的に言葉を続け、
黒子へと次の任務内容を簡潔に説明し始めた。

土御門『お前にはその護衛と誘導をやってもらう』

少女の胸の傷口に軽く手を当てながら。


黒子「はい」


184: 2011/02/12(土) 22:11:09.12 ID:cB8p6miIo


土御門『(…………これは……どうしようもないな。もう手の施し様が無い)』



慈母から授かった『瞳』で、ルシアのその非情な有様を確認しつつ。


土御門『ここから離れつつ安全地帯を探し、見つけ次第、そこに人員を収容し拠点として防衛しろ』


声だけを黒子に飛ばして。


黒子「了解。それで、おおまかな目的地はどこに?」


土御門『……』


と、そこで土御門は顔をふと上げ、宙空に視線を向けた。

そう、安全地帯がどこにあるかはわからないと言えるも、
だからといって当てずっぽうにうろつかせる訳にはいかない。

ある程度のエリアを指定するべきであろう。


185: 2011/02/12(土) 22:13:15.36 ID:cB8p6miIo

そこで土御門は3秒ほど思案した後。

土御門『滝壺、近場で悪魔の活動が見当たらないエリアは?』

滝壺『一番ちかいのは北西の港かな。そこから4kmくらい。このエリアは、まだ一回も悪魔の活動を確認してないよ』

そして返ってくる滝壺の声。
それは黒子の側にも繋がっていたらしく、

黒子「北西の港に。了解」

彼女はすぐさまそう、小さく頷いた。

滝壺『つちみかど。各チームの移動が可能な負傷者も、しらいのほうに向かってもらったほうがいいんじゃないのかな?』

土御門『そうだな。それは各チームのリーダーに任せるよう伝えてくれ』

そして再び、土御門は視線をルシアに戻した。

滝壺『了解』


土御門『ああそうだ、白井、今後の経過報告は滝壺に。指示も滝壺か結標に仰げ。俺は今からオフラインだ』


黒子「報告は滝壺さんに。指示は結標さんに。了解ですの」


土御門『……』


黒子はやはり、終始淡々としていた。

し過ぎていた。

187: 2011/02/12(土) 22:15:38.39 ID:cB8p6miIo

土御門にとってはどうでも良いが。


そう、『どうでも良い事』なのだが、彼は思った。


護衛対象の中に佐天涙子がいることが、
白井黒子にとって精神的に踏みとどまる最後のチャンスとなるだろう、と。


つまり、『親しい者の命の危機』にすら何も感じぬのならば、白井黒子はもう戻れないだろう、と。


『負の感情』を一つでも、一片でも感じれば彼女はまだ戻れる。
負の感情は本能的な恐怖を呼び起こし、彼女は麻痺から回復する。

しかし親しい友人である佐天涙子の護衛をもすら、同じく『何も思わぬまま』こなしたら。
もしくは彼女が氏んででさえ、『何も感じぬ』のならば。

その先いつか必ず、白井黒子という人格は『完全に氏ぬ』だろう。


土御門『……』



たた、繰り返しだが土御門にとってこれはどうでも良い事だ。


所詮、黒子個人の問題。

土御門としては『立場上』、彼女には任務の完遂以上の事は求めない。
彼女が精神的に回復するのも無理に求めはしない。

ただまあ、土御門『個人』としては、求めはせずとも。


慈悲深い、人をこよなく愛する慈母の力を身に宿しているせいか。



良い結果になることを『望み』はしていたが。


188: 2011/02/12(土) 22:16:31.30 ID:cB8p6miIo

と、まあ、そう黒子の事ばかりを思案している暇は無い。
土御門はすぐさま、思考の主題を切り替えた。

それは、目の前のルシア。

土御門『……』

今確認したとおり、ルシアは絶望的であった。

魂も器も、その全てが崩壊しつつある。

いや、既に『氏んでいる』と言っても過言ではない。

氏ぬ瞬間がスローモーションになっているようなものなのだ。

人間で言うならば、
心臓が鼓動を止め血の流れが止まった後の、意識が消えるまでの『十数秒間』だ。


彼女を救う手立ては無かった。


少なくとも、土御門にとっては。


慈母から授かったこの力をもってしても無理だった。

そもそも土御門が授かった慈母の力は、ほんの極一部にしか過ぎない。

所詮人の器。

その身に宿せる力の量は、慈母の加護があったとしても高が知れているのだ。


『どうしようもない』


ルシアの状態は、まさにその言葉に尽きるものであった。


土御門『……』


190: 2011/02/12(土) 22:18:04.71 ID:cB8p6miIo

土御門は黒子の方へと手の平を向け、暫し待つように示しつつ。


土御門『自分がどんな状態なのかはわかっているな?』

土御門はルシアに向け、静かに口を開いた。

それに対し、小さく頷くルシア。

ここに飛ばされてきたときから、既にルシアの呼吸は不気味な程に落ち着いていた。
苦悶の表情も浮かべなければ、身を捩ることも無い。

ルシアは穏やかな表情のまま。

ルシア『……キリエさんと……さ……佐天さん……は……ご無事ですか……?』


そうか細い声で土御門に聞き返した。


土御門『……』

キリエはすぐ近くにいるのに。

佐天も、隣のフロアにいるのに。

ルシアはその気配すらも感じる事ができていなかった。
先ほどの土御門と黒子の会話すら聞こえていなかったようだ。

いや、聞こえていたのかもしれないが、
それを理解する余裕すらないのかもしれない。


キリエ「……私はここに。ここにいるよ。大丈夫」


キリエからの僅かに震えてる声に続き、

土御門『佐天涙子も無事だ。これから避難させるところだ』

土御門もそう答えた。


ルシア『……そう……ですか……』

191: 2011/02/12(土) 22:18:42.43 ID:cB8p6miIo

土御門『……』

そしてまた、土御門は見てしまった。

黒子と同じく、この少女の内面を。

ルシアは強大な力を有する悪魔である。
それこそ、悪魔化したステイルと天使化した神裂の二人でやっと戦えるほどの、だ。

そんな彼女に対しては、土御門を器とした程度の瞳では到底見透かせないだろう。


しかし、今のこの弱りきった状態が故か。


今は見えてしまっていた。


土御門『…………』


ルシアの中を満たしていたのは。


氏にいく彼女の、その最後の意識の灯火は。


氏ぬ寸前、そんな極限の中、
思考という殻が剥げ落ちて『心だけ』になっていた少女の内側は。

彼女が先ほど口にした言葉が表すとおり。



愛するこの世界の象徴たる、親しい者達への純粋清廉な想い。


淡く稚拙ながらも、清く美しい恋心。


そして。



もう一つ―――。


193: 2011/02/12(土) 22:19:57.79 ID:cB8p6miIo

この世界を愛するが故の―――。


キリエや佐天を慕うが故の―――。


土御門『……佐天涙子の傍に行くか?「残りの時間」は彼女と一緒に―――』



ルシア「―――いえ。結構です」



―――『忌まわしき父親』への凄まじい憎悪。



この世界の事を想えば想うほど。
友の事を愛すれば愛するほど。



―――強くなっていく殺意。



土御門へそう即答したルシアはなんと立ち上がった。
氏に逝く身であることなど一切感じさせない動きで。


土御門『…………』


ルシアは明らかに、まだ戦う気であった。


勝ち目が無いということなど、もうどうでもいいのだろう。
いや、そこに思い至る思考さえ既に無いのだ。


彼女は今、己の心の声に『素直』に従っているだけ。


今や、彼女を止めるものは何もなかった。

194: 2011/02/12(土) 22:21:18.65 ID:cB8p6miIo

土御門は黒子に手で合図した。

行け、と。

すぐさま飛んで姿を消す黒子。
そしてフロアから響いてくる、彼女の兵士に向けられた声。

次いで、兵士達が数人レストランに入って来ては、
負傷者を手際よく運び出して行き。

外へと続く出口へと、向かっていく複数の足音が響いた後、
フロアの方は静かになった。


土御門『……そうか。じゃあ好きにしてくれ』


その素早い退避の様子を耳で確認した後、土御門はルシアにそう告げた。
赤毛の少女は特に頷きもせずに両手に曲刀を出現させ。


キリエにも目を向けず、真っ直ぐと出口の方へと向かっていった。


土御門もキリエも、止め無かった。

いや、止められなかった。


ルシアは何かを我慢している訳でも、無理にそうしようとしている訳でもない。
自暴自棄になっている訳でもなく。


彼女が素直にそう、望んでいたのだから。

195: 2011/02/12(土) 22:22:16.42 ID:cB8p6miIo

しかし、何も思うことがなかったという訳ではない。

むしろ『大有り』であった。

これも、慈母の底無しの慈愛が故か。
土御門はガラも無く、胸が一気に収縮するような感覚を覚えていた。


土御門「…………」


強すぎる慈愛、純粋すぎる優しさはその感情を有する当人にとっては、
逆に苦悩となるだろう。

手を出したくても手が出せない、救いたくても救えない。
相手が全く望んでいないのだから、救いになど成りえない。

逆に、相手にとってはそれが迷惑にもなってしまう。

だからただ見ているしかない。

そして憂い悲しむしかない。

これが、かの慈母が人間達を見続けてずっと抱いてきた感情なのだろう。

何もできないし、何もしてはいけない、と。

197: 2011/02/12(土) 22:24:10.50 ID:cB8p6miIo

でも。

何もするべきではないのはわかってはいるが。


土御門『―――』


ふとキリエの顔を見て、土御門はルシアに声をかけずに入られなかった。

理由はわからないが、どうしても。
余計な言葉なのかもしれないが、これだけは。

これもまた、慈母の性質か。


土御門自身、普段の自分からは信じられない思いで。




土御門『……待て―――』



土御門の言葉に、ルシアは入り口の付近で足を止めた。


その文字通りの『氏場』に向かおうとしている少女の背中に、彼は問う。


土御門『―――お前は……』


忌まわしき人造『悪魔』として生まれついたルシアに。



土御門『……泣いたことはあるか?』



ルシアは数秒間、その場で背を向けたまま佇んだ後。


再び歩み出し、無言で振り返りもせずにそのまま姿を消していった。

198: 2011/02/12(土) 22:25:14.31 ID:cB8p6miIo

土御門『……』

土御門はただ、伝えたかっただけであった。

別に彼女を止めようとしたわけではない。

知っていて欲しかった事が、
たった今胸の中に湧き上がったからだ。


それは。


ルシアがこの世界に抱いていた恋心は、決して『片想い』なんかではない、という事。



彼女の為に『涙』を流す者がここにいる。



キリエ「…………」



彼女の為に今、『涙』を流している者がここにいるのだから。



土御門は手に持っていたPDAに目を移し、
『作業』再開の支度をしつつ。


土御門『拭かないでいい。そのままで』


雫を拭わぬよう、促した。


キリエ「…………うん。ありがとう」


土御門『…………俺じゃない。礼なら「天上」に言ってくれ』


キリエ「……」


土御門『…………少し時間を消費したな。早く再開しよう』


―――

199: 2011/02/12(土) 22:27:42.76 ID:cB8p6miIo

―――

麦野『……』


空を泳ぐリヴァイアサン。


あの忌まわしき大魚の腹の中は魔界と繋がっており、
放っておくと無尽蔵に悪魔を吐き出し続ける。

しかし麦野達としては、
ここでこのまま、悪魔をどんどん吐き出され続けられたら堪ったものではない。


そこで彼女は考えた。


麦野『(―――このデカブツは南島に誘導するか)』


南島、『デュマーリ=メリディエス』。
地上には工場が並び、地下には採掘施設。

南島には用は無い為、当然仲間が降りていることも無く、
巻き添えにすることはまずあり得ない。

いたとしても、ここで悪魔を撒き散らせて混乱させるよりは遥かにマシだ。


アラストル『良い判断だな。それで行こう』


アラストルもその麦野の心の声に、同意の声を発し頷いた。

既にここで吐き出された悪魔達は、
あの天界の力を帯びた大男に任せてもいいだろう。

というのも今ちょうどその男が、金髪の優男もいる別のビルから翼を広げて飛び立ち、
街へ降下していく悪魔達の中へと突っ込んでいった所だからだ。

201: 2011/02/12(土) 22:29:25.28 ID:cB8p6miIo

では、そうと決まれば次は誘い出す方法であるが。

単細胞の獣なら、誘き出すのはそう苦労しないだろう。
それも、闘争心と憤怒の感情が人間界とは比べ物にならない魔界の獣なら尚更。


麦野はアラストルをリヴァイアサンへ向け掲げ、
その切っ先から極太の光の矢を放った。

フルパワーかつ進化した、『紫色』の粒子波形加速砲を空を漂う大魚の顔に向けて。

その結果は。

光が派手に迸っただけであった。


この三分の一の出力でも、
街に着弾すれば一区画が丸ごと蒸発、大地に数百メートルの穴が穿たれるのに。


リヴァイアサンの外皮には特に損傷が無かった。


麦野『(これでも……まともな傷つかねえのかよ)』

わかってはいたことだが、さすがにこうまで効き目が無いと、
心の中でとはいえ口をこぼしたくもなる。

本気の砲撃がアリウスに奇妙な力でひん曲げられて、
そして次はこうとなると、さすがに自信が揺らぎそうになってしまう。

そして、傷がつかないということから改めて再確認させられる。

このリヴァイアサンが問題なのは、『見た目の大きさ』ではなくその『力の強大』さなのだ、と。

と、そう頭を抱えたくもなる事ばかりが上がっているが、
喜ばしいこともしっかりとある。


当初の目的は、簡単に達することが出来そうであったのだ。

リヴァイアサンは口を大きく開けて、この島ごと吹き上がってしまいそうな咆哮を麦野へ発し。
身を翻しては、結構な速さで彼女の方へと向かってきた。


清々しい程にバカ正直に、闘牛士に突っ込む牛のように真っ直ぐに。

202: 2011/02/12(土) 22:30:08.65 ID:cB8p6miIo

麦野は紫の翼を揺らめかせ、そしてすぐさま空に飛び上がり。


アラストル『速度を出すなよ。こいつは足が遅いからな』


麦野『わかってる』


アラストルの言葉に従い、リヴァイアサンのすぐ鼻先を飛んだ。
リヴァイアサンの口が届きそうで届かない、ちょうど良い位置に。


麦野『ほら、私のケツ追って来いこの鈍牛が』

鞭代わりに合間合間に砲撃を放ち、麦野は挑発。
そんな彼女を追いかけ、唸りながら無我夢中で空を泳いでいくリヴァイアサン。

そうして南島の方へとじわじわと誘導していく。


そうやって、空を飛行する中。



麦野は『唐突』にとある事を思ってしまった。


何の前触れも脈絡も無く。



ここの戦いは『空虚』だ、と。


203: 2011/02/12(土) 22:31:47.04 ID:cB8p6miIo


麦野は、不思議な事に『氏ぬ気がしていなかった』。



今までの戦いが温いというわけではない。

先ほどのアリウスとの戦闘なんかは、

一歩間違えていれば本当にあの場で命を散らしていたはずだろうし、
このリヴァイアサンの処理もかなり危険なものになるだろう。


それはわかっているのだ。
わかっているのだが。


このデュマーリ島ではまだ、麦野は己の『氏のイメージ』が抱けないでいた。


『氏ぬ気がしない』のだ。


彼女が抱く『氏のイメージ』とは、
第23学区で浜面を追った日の事、ダンテに救われる直前のあの感覚。

そして、バージルと相対しその刃をがむしゃらに凌いだあの瞬間の感覚だ。


あれこそが『圧倒的な氏』。


極限の試される瞬間なのだ。

205: 2011/02/12(土) 22:33:17.92 ID:cB8p6miIo

そしてこの島こそ、
そんな感覚の中で己の運命が示され試される『勝負の地』だと捉えていたのだが。


同化したアラストルの影響による、『悪魔の勘』で確かに予感していたのに。

この身の『業の清算』が行われ、
そして生き様と氏に様が決定する、そう感じていたのに。


何が何でもその『勝負に打ち勝ち』―――。



空に羽ばたく翼を手にいれようと―――。



ダンテに抱えられてでは無く、己自身の力であの雄大で澄み渡る、『自由な空』に―――。



第23学区から飛び出た、あの時の『視界』をこの手に―――と。



出撃前夜、一方通行に心の内を漏らしてしまったのも、
その『勝負』を予感していたからなのに。

同じ境遇の男に、『先に済ませてくる』といった挨拶のような意味合いにもあったのに。


外道下法極まる頃し合いに、そんなのを求める事自体おかしな話なのだろうが。


麦野『…………』


それでも、麦野はこう思ってしまっていた。




『己の運命』は、今だここには見えない、と。


206: 2011/02/12(土) 22:33:47.04 ID:cB8p6miIo

しかし。


そんな麦野の心配は『無用』のものであっただろう。


勝負の時は、案外すぐに来た。


唐突に。


そして逃れようも無く。


この後すぐに。



そもそもこの瞬間に、
麦野がこのような事を考えてしまったそれ自体が、『悪魔の勘』によるものなのかもしれない。



彼女は無意識のうちに、この後己の前に現れる―――。




―――『氏』を嗅ぎ取っていたのだ。



207: 2011/02/12(土) 22:34:32.47 ID:cB8p6miIo

麦野としては、リヴァイアサンに合わせてかなり速度を落としていたものの、
実際は時速500km近くも出ており、南島上空に達するのはあっという間であった。


麦野『(―――…………もうすぐだな)』


ふと気付くと、既に麦野達は北島と南島の間にある海峡の上を飛行していた。



麦野『(さて、ここからどうするか)』

思索に耽るのをやめ。
そして、このリヴァイアサンの料理法を具体的に考えようとした―――。


―――その時。


アラストル『待て。様子がおかしい―――』


ちょうど、リヴァイアサンの体が南島上空に収まった時。

そのアラストルの声と同じくして、突如リヴァイアサンが悶え苦しみ始めた。



恐ろしく巨大なヒレを振り回し、文字通りのた打ち回る大魚―――。

209: 2011/02/12(土) 22:35:46.85 ID:cB8p6miIo

麦野『何が―――』


何が起こった、と言い切る前に。


アラストル『―――「中」にいるぞ』


アラストルのその言葉。


中。


その言葉を示すかのように。


リヴァイアサンの大口の中を満たす、『金と赤の光』。

それらは何度も明滅し、まるで―――いや。


麦野『―――』


―――比喩ではなく文字通り、『炎と稲妻』が瞬いていた。


轟く咆哮も、よく聞けばそれは間違いなく雷鳴。


そして次の瞬間。


麦野『ッ―――!!!!』


リヴァイアサンの目が破裂し、その眼窪や口から稲妻が迸り。
火口の如く業火が噴出し。


大魚は全身の糸が切れたかのように、重力に従いその巨大が地面に落下した。


210: 2011/02/12(土) 22:36:45.27 ID:cB8p6miIo

世界中の工場を集めたのではないかと思いたくなるほど、
延々と広がる大規模な工場施設。


そこに600mにもなる巨体が落下していく。


現代工業の機能美に溢れた、無骨な『芸術品』を次々と押し潰していき。
車ほどの機材やその破片が、粉塵と共に舞い上がり飛び散っていく。

そんな山一つが丸々落ちてきたような光景を目にしつつ、
麦野は500m程離れた地点の工場の上に舞い降りた。


麦野『何が―――』


何が起きたかのは、この状況この光景そのものが物語っている。


何者かが、内側からリヴァイアサンを攻撃しそして頃したのだ。


そう、リヴァイアサンは氏んだ。

そしてここから別の問題が浮上する。


麦野『―――あの中にいる?』


誰がやったのか、だ。

211: 2011/02/12(土) 22:37:44.43 ID:cB8p6miIo

リヴァイアサンの排除と入れ替わり、その大魚を頃すほどの存在があそこにいるのだ。

果たして、敵なのか味方なのか。

神出鬼没のダンテやネロが『また』唐突に現れた、という事は考えられない。
力を嗅ぎ取ったアラストルの第一声が、「何かがいる」という表現なのだから。


そもそもアラストルのこの反応が、
乱入してきたのが『親しい存在』では無い事を物語っている。


と、そんな分析をする必要も、この後は特に無かっただろう。


答えはすぐに示される。



突如リヴァイアサンの腹が破裂し。

そこから凄まじい規模の稲妻と業火が周囲に向け迸った。


麦野『―――』


空を覆い尽くす金色の雷が、
この闇に染まった島を昼以上に明るくライトアップする。

大気中に走るその巨大な雷は麦野の周囲に届くどころか、
通り過ぎて遥か彼方の遠方まで達していた。

その規模は、南島全体を覆ったのかと思ってしまうほど。

そして、業火が周囲の工場施設を一瞬で溶解させ、正に炎獄の如く様相に変えていく。


この光の祭典は、北島からもはっきりと確認できる、いや、これではもう確認以前の規模だろう。

否が応でも皆の視界の一角を塗りつぶすはずだ


そしてその光の発現点、見るも無残な姿となった、大魚の肉塊の上に。



現れた。



『雷』と『炎』を有する、正真正銘の『神たる大悪魔』が―――。




麦野『―――』



―――『圧倒的な氏』を携えて。

213: 2011/02/12(土) 22:39:44.25 ID:cB8p6miIo

現れたその大悪魔は優雅に毅然と、
そして威厳を漲らせながら悠然と立っていた。


その容姿の形状は、どことなくブリッツに似ているか。


真上に伸びる一本の鋭い角や、フルフェイスの兜をかぶっているような目の無い顔、
爪先立ちの所謂『獣脚』、赤黒い地肌に、白金色の甲冑のような外殻を纏ったその姿などは。


だが、類似点はそのぐらいだったろう。


まず体格が大きく違っていた。

身長は3m程しかなく、非常にスリムであったのだ。
ブリッツのゴリラのような様相に対し、この個体は人間の細さに近いだろうか。

良く見ると、口周りの形状も違っていた。
ブリッツにはむき出しになっている牙が見られたのに、この大悪魔にはその類が無い。

口そのものが無く、本当に兜をかぶっているようにも見える。


そして何よりも違うのが手先だ。


周囲のブリッツは皆、巨大で無骨な爪を三本生やしているのに対し。


この大悪魔は片手に一本ずつ、『巨大な剣』を握っていた。


右手には炎が纏わり付いている、赤黒い大剣。

左手には、金色の電撃が迸っている青みがかかった銀色の大剣。


そして剣と言えば、
頭部の長い一角も、良く見ると剣の刃のような形状をしていた。
その素材は人界の『ダイヤモンド』に似た性質を見せるものなのか、透き通っておりまばゆく煌いていた。

214: 2011/02/12(土) 22:44:04.00 ID:cB8p6miIo
>>213にミスです

29行目の

>周囲のブリッツは皆、巨大で無骨な爪を三本生やしているのに対し。





>ブリッツの手先には、無骨な爪が三本生えているのに対し。


に修正です。
ここの周囲にブリッツはいません。

215: 2011/02/12(土) 22:45:39.41 ID:cB8p6miIo

その身から放つ力は圧倒的。


麦野『―――…………ッ』


この姿を一目見た瞬間。

麦野は、バージルと相対した時と同じ感覚を覚えていた。

アリウスとは違う性質の、ただただ『純粋な力』の『塊』。
『先ほど戦っていた段階』のアリウスよりも遥かに『強大』。


飾り付けせずとも、その莫大な圧だけで充分なこの力。


これぞ正真正銘の、『純粋な悪魔』の敵意。


これぞ力を解き放った、本物の『大悪魔』の殺意―――。


アラストル『…………』


両手の剣と額の一角、そしてその『主』が何者なのかを、
アラストルは知っていた。


魔界でも名だたる存在だ。



右手にある剣は、『炎獄』の大悪魔スヴァローグが姿を変えたもの。


左手にある剣は、アラストルと同郷の『雷獄』出身、大悪魔ペルーンが姿を変えたもの。


額にあるのも、『光』を司る大悪魔ダジボーグが姿を変えたもの。


つまり、これらは『魔剣』。


そしてこの三本の魔剣を従属させている『主』こそが―――。




アラストル『―――…………トリグラフか』。



アラストルは呟くようにその名を音にした。



大悪魔、『トリグラフ』。



覇王復活の始まりにより、その介入が『解禁』され、

そしてこの舞台に先陣を切って現る。

主の復活を『暴』で祝い、『全人類の血』で祀り、『人間界の破壊』で彩る為に。

216: 2011/02/12(土) 22:47:39.42 ID:cB8p6miIo

麦野『―――』

そのアラストルの漏らした名に、麦野が問い返す暇も無く。


トリグラフは動いた。


稲妻と炎が瞬いた次の瞬間、この大悪魔は麦野の僅か20m前のところに立っていた。


灼熱で半液状化して原型を止めていない、
工場施設だった『オレンジの丘』の上に。

その移動速度は、今の麦野の目を持って出さえ瞬間移動に見えてしまう程。

そして麦野を検分でもしているのか、それとも彼女の方から動き出すのを待っているのか。

彼女を正面に捉えて微動だにせず、
その場で悠然と佇んでいた。


麦野『…………』


そんな圧倒的な存在を間近にして、
額やアラストルを握る手に一気に吹き上がってくる冷たい汗。

呼吸と鼓動のリズム自体は落ち着いているものの、
その一回一回が胴を揺さぶるような重さ。


麦野『…………』


それらを感じながらも、瞬き一つせずに麦野はその大悪魔を見据え。
すり足で右足を後ろにずらし、
すぐに踏み切れる体制に移行して相手の一挙一動に意識を集中させた。

218: 2011/02/12(土) 22:49:23.99 ID:cB8p6miIo

しかしこの麦野の反応は、『動じていなかった』という事ではない。

むしろ彼女の精神は、
『怖気づく』のを通り越し、ある種の諦めの領域にまで達していた。

この反応も、『これしか』出来なかったといだけだ。
何をどうすれば良いか、他に何も思いつかないからだ。


この、叩きつけられてくる『圧倒的な氏』を前にして。


第23学区の時や、対バージルの時と同じ。


『己だけでは何もできない』。



相手にしては、100%負ける。


100%殺される。



あの時のように、ダンテが現れてくれなければ―――。



麦野『―――』


そう、ダンテ。


その赤きヒーローの姿が脳裏を過ぎった瞬間。


麦野『……はは』


麦野は小さく『笑ってしまった』。

219: 2011/02/12(土) 22:51:12.54 ID:cB8p6miIo

ダンテとは、麦野の『救世主』であり、『目指す』存在。

彼女にとってのその存在は、想い人に似たものでもあり、
そして子が父親に向ける想いにも似ているか。


十字教徒が『主』を心の支えにするような事と、似たような関係なのだろう。


赤きコートを靡かせるその後姿は、麦野の心に宿った蟠りをも吹き払っていった。
さわやかでありながら熱き疾風と共に。


そして、麦野は笑ったのだ。


今の己を見てしまって。


それはそれは、なんとも無様な姿であっただろうか。


己は、今相対しているこの『圧倒的な氏』と。


この『運命』と決着を付ける、そう意気込んでいたのではないのか?


それなのに、三度目になってもまだ『助け』を求めていた。
この期に及んでまだ、ダンテに『救われる事』を求めてしまっていたのだ。

なんと甘い事か。

なんと愚かか。


なんと脆弱か。


とことん『卑屈』。


麦野『(…………クソが)』


どこまでも『腐っている』。

220: 2011/02/12(土) 22:52:30.31 ID:cB8p6miIo

実は、先ほどのアリウスとの戦いの時だって、
その気になれば勝てていたはずなのだ。


『手段を選ばなければ』、アリウスを殺せていたはずなのだ。



己の身を省みずに、アラストルの力を『全て』解き放っていれば―――。



しかし、そんな事など思い浮かびもしなかった。
無意識の内に思考することを拒否していたのかもしれない。


生きて帰る事を、心のどこかで強く『期待』してしまっていたのか。

『この作戦の最高指揮官なのだから、そう簡単に己は氏ねない』、そんな看板を盾に、
その本当の胸の内はただ氏にたくなかっただけなのかもしれない。

いや。

全てがそうだったとは言わずとも。
一部は『確実』にそうだ。


出撃前夜、一方通行に漏らしたではないか。

その心の内を。

身の程を知らない愚かな願望を。


出撃前に、氏を恐れずに行けと部下達に啖呵を切っておきながら。



その本心は『氏にたくない』。



『生きたい』、と。

221: 2011/02/12(土) 22:53:05.91 ID:cB8p6miIo

その言葉は嘘じゃない。


確かに麦野は『生きたい』。
そんな事を言える分際でもないのに、往生際悪くそう思っている。


だが。


そこで彼女は、改めて自問する。


違うだろう?


それが『一番』では無いだろう?、と。

ダンテに見た、『自由の空』に羽ばたく為の翼を手に入れるのが『一番』でもない。


最も願っていることは何なのだ?


この戦場へ来た、最大の目的は?


何と戦う為にきた?


何をしたい?


何を手に入れたい?



一体何を『守りたいのか』―――?

222: 2011/02/12(土) 22:54:03.71 ID:cB8p6miIo

難しいことではない。

余計な感情を捨てて周りを『見れば』、普通にわかるだろう?

このトリグラフは、己を頃した後は何をするか。



次に誰にその刃を向けるか―――。




ここで、このトリグラフを何としても排除しなければ。



この絶大な力を有する大悪魔は北島に赴き。


『全員』を頃す。


『確実に全員』を。


天界の力を宿したあの大男だって、ルシアだって。
誰も勝てないし誰も止められない。


誰一人成す術無く虐殺される。



今この島にいるトリグラフに対抗できる存在は、同じ魔界の諸神たる『アラストル』だけなのだ。



そして、そのアラストルを『完全解放』できる権限を有している者こそ―――。


224: 2011/02/12(土) 22:56:12.16 ID:cB8p6miIo

―――自問の果てに答えを導き出した麦野は。


麦野『―――アラストル』


静かに呼ぶ。
トリグラフの名を口にした後、なぜかじっと押し黙っていた右手の魔剣を。


そして告げる。


麦野『―――私の最期の命令だ』
 

アラストル『何なりと』

魔剣はそう、言葉を返し先を促した。
最高のクライマックスへの喜びと、終幕への悲しみが入り混じった声で。

アラストルが押し黙っていたのは、待っていたからなのだ。

この彼女の『決断』を。



麦野『―――私の身を「器」にして―――』



その時が来るのを恐れつつも、待望もしていたその『麦野の言葉』を―――。



麦野『―――私を「食い潰し」』



今この瞬間。



麦野『―――私を「頃し」―――』



その時が来た。



麦野『―――その力の全てを解き放て』




アラストル『―――仰せのままに。我が「マスター」』


226: 2011/02/12(土) 22:57:21.91 ID:cB8p6miIo

そう命令を下した瞬間。


麦野は、急に己が驚くべきほど『心地』のよい世界に入ったのを感じた。


陰りが一遍も無い、澄み渡る『空』。


そう、それはまさしく。


ダンテに抱えられて地下駐機場から抜け出るときに『見た』―――。



―――あの雄大な、ただただ純真に求め続けていた『空』だった。



麦野『―――』


先ほど自問して、求めることをやめたばかりなのに。

いつのまにか『手に入れていた』のだ。


ここで麦野はようやく知った。


『翼』とは、手に入れようとして手に入れるものではない。


魂の声に耳を傾け、それを信じて真っ直ぐ道を進んでいれば、
自ずとついてくるものであったのだ。


227: 2011/02/12(土) 22:58:33.20 ID:cB8p6miIo

そして彼女は思った。


己はやはりどうしようもなくバカで、どうしようもなく愚かだった、と。

気付くのが遅すぎたのだ。

まさにダンテそれ自体が親切に答えを示していたのに、
己は気付こうともせずただただ羨望するだけで。

自分の道を進まなければならないのに、ダンテの背中ばかりを追い。


結局、今こうして命を支払ってやっとわかったのだから。



でも。

悪い気分では無い。

それどころか、最高だ。


己自身の力で羽ばたけるのだ。



最高に幸せだ。


彼女は笑った。



麦野『あはッ―――』


ただただ無邪気に。


まだ闇に染まる前の幼い頃のように。


そして。


ダンテに抱えられて空を舞ったあの時の様に。

228: 2011/02/12(土) 23:00:50.78 ID:cB8p6miIo

今なら胸を張って言えるだろう。


少女は穏やかな笑みで呼びかける。


『ねえ、絹旗―――』


『ねえ、滝壺―――』


『ねえ、浜面―――』


『ねえ』



『フレンダ』




ただの麦野沈利として。



『私、あんた達の事が何よりも―――。。』



そして言いたくても言えなかったあの言葉も、今なら声に出せる。


言っても仕方の無い、今更のあの言葉。


それでも言わなければならない言葉を。






『―――ごめんね―――』






その瞬間。


アラストルの『全て』が、麦野の中に流れ込み。


貪り。


融合していった。

231: 2011/02/12(土) 23:05:39.63 ID:cB8p6miIo

これは厳密に言えば『転生』ではない。
上条やステイルの転生は、太陽の火を借りて点火するようなものだ。


一方で彼女の場合は、太陽を『丸呑み』にしたのだ。


もちろん、それは間違いなく自殺行為。

彼女がこの後どれだけもつかはわからない。
30秒か、1分か、それとも10分か。

でもこれだけは確実だ。



ここで彼女は氏ぬ。



いや、もう麦野沈利は『氏んでいる』。



この時、彼女は苦痛を感じる暇も無かった。
負荷を感じる段階なんか、瞬間的に遥かに過ぎ去ったのだから。

首が飛んでしまった後にはもう、痛みを感じる事など無いのと同じく。

そして彼女の力はアラストルの魔と完全に融合し、もうAIMでは無くなり、
滝壺とのリンクも完全に切断。


背中には、格段に放つ力が増大した紫の翼。

そして体中からの、『アラストルの力を取り込んだ』紫の光の噴射―――。

いや、逆だ。

『麦野の力の性質を取り込んだアラストル』の光が、全身からジェットのように噴出し、
周囲を全てなぎ払っていく。


更にその魔の力か。


彼女の体が、瞬時に『再生』していく。


失われていた臓器が、一瞬でその形を在りし日のものに『戻り』。


空だったスーツの左腕袖には『中身』が『蘇り』。


左目の眼帯も弾け飛び。


彼女の麗しき『瞳』が『舞い戻る』―――。

232: 2011/02/12(土) 23:09:02.02 ID:cB8p6miIo

その『完全な姿』となった麦野は、赤く輝く『両目』でトリグラフを見据え。

右手の魔剣の切っ先を向け。




麦野『お前の首が―――』





麦野『―――フレンダへの手土産だ』





こう口にした。
これに対し、トリグラフは無反応であった。


ただ、通じているのかどうかなどは、麦野にとってはどうでも良い事だ。
その言葉は、己とフレンダへ向けたものなのだから。


そして彼女は前へと踏み切った。



これにはトリグラフも反応した。

それどころか、この時を待っていたかのように。
両手の魔剣を広げては、彼女と同じく前へと―――。




こうして彼女の最期の戦いが始まった。



その命を引き換えに―――。


233: 2011/02/12(土) 23:13:40.36 ID:cB8p6miIo

彼女はもう能力者でも人間でもない。

『生者』ですらない。


『大悪魔アラストル』の、時間制限付きの『容器』に過ぎない。


しかし、これだけは変わらない。



その心は間違いなく。



『麦野沈利』である点だけは。



今の彼女にはもう、ダンテの助けは要らないだろう。



それは、彼女がもう助からないから、という訳ではない。



               ヒーロー
今度は、彼女が『ダンテ』になる番なのだから―――。




麦野『―――――――――』




――――――――――さあ逝こう、戦おう。



最期に最高の。



大きな大きな一輪の。




―――綺麗なバラを咲かせに。




―――

234: 2011/02/12(土) 23:14:56.23 ID:cB8p6miIo
今日はここまでです。
次は早ければ火曜の夜に。
遅くとも日曜の夜までに。

235: 2011/02/12(土) 23:15:30.00 ID:3BSqTseAO
むぎのおおおん

236: 2011/02/12(土) 23:15:52.66 ID:/jEvcOPh0
乙。
むぎのんに惚れそうだ

237: 2011/02/12(土) 23:16:19.73 ID:vXcZ9zDi0
うおおおおおおおおおおお乙!!!


 次回へ続く:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その25】


引用: ダンテ「学園都市か」【MISSION 07】