260: 2011/02/19(土) 23:59:15.93 ID:/JNp3iXmo


最初から読む:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」

前回:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その24】

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―――

デュマーリ北島の闇に包まれた摩天楼の中の一棟。
とある地上300m以上にもなる高層ビル。

その屋上にあるヘリポートの端、四つの角先に、
黒い戦闘服に身を包んだ少年少女が立っていた。

立ち居地はまさにギリギリ。
つま先が屋上の縁からはみ出し、一歩どころか半歩踏み出せば地面は300m下という具合だ。

にも関わらず、
少年少女達は顔色一つ変えず鋭い眼差しで周囲を警戒していた。

ヘリポートの中央には、
そんな四方の者達と同じく鋭い眼差しの絹旗最愛。

その体躯は、小学生と言われてしまえば特に違和感無くそう見えてしまう程幼いものであるが。

実は強力な能力の保持者であり、
そしてこの『護衛チーム』のリーダーでもある。

他のチームは様々な状況に対処できるよう、人員構成もバランスよく割り振っているが、
このチームだけは『護衛特化』な為、絹旗以外の四人も皆武闘派タイプであった。


『護衛チーム』。

そう、この五人の任務はその『護衛』ただ一つ。


最重要人物、彼女の後ろにペタリと座っている滝壺理后の『護衛』だ。


能力者部隊の『心臓部』であり、
『加護の目』であり、この作戦の『要』である彼女の守護だ。


そしてもう一人、ここにはやや『場違い』な者がいた。

滝壺理后の隣に片膝立ちしている茶髪の少年、


浜面仕上が。
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261: 2011/02/20(日) 00:01:21.78 ID:3airrtKMo

いや、『世間一般』の概念に従えば、彼が一番相応しい格好をしていただろう。

背中には折りたたんだアサルトライフルと、医療品などが大量に入った大きなバックパック。
そして大型の衛星通信機。
(今現在、島を包んでいる異変のおかげでこの通信機は使用不可能になっているが)

手には大型の軍用グレネードランチャー。
腹回りには大量の弾倉、太ももには拳銃とその弾倉。

そんな片膝立しているその姿は、正に『現代の戦場』に相応しい『軍人』の出で立ちだ。


唯一の違和感と言えば茶髪で少年、という事ぐらいか。


しかし今のこの『魔窟の戦場』においては、彼は少数派の『場違い』であった。


なぜなら、彼は『能力者部隊』中、唯一の完全な『無能力者』。

一応能力開発を受けた身で、AIMを僅かに放出している為、
滝壺との通信リンクの形成はできてはいたが。

彼は文字通りの完全な『無能力者』である。


浜面「……」


一応、同じくレベル0の土御門という人物がこの能力者部隊にいると浜面も聞いていた。
だがその一方で、その男と己では比較にならないことぐらいも彼はわかっていた。

なにせその土御門という男は、
『風の噂』によれば統括理事長から『直々』の命を受けて動いていた大物らしい。


出撃前の集まりにて、浜面はその金髪の男を麦野の隣に見た。


そしてその時の佇まいでもわかってしまった。

一応指揮系統では麦野が最高指揮官となっていたようだが、
その集まり時の接し方を見れば薄々気付く。

『根の部分にあたる立場』は、その土御門という男の方が上だと。

262: 2011/02/20(日) 00:03:08.22 ID:3airrtKMo
浜面「……」

同じ暗部所属でも、明らかに生きてきた『層の深度』が違う。
麦野やあの垣根帝督以上に、『裏世界』を知り、経験し、そして見てきたのだろう。

比べることすらおこがましい。

無能力者という点は同じだが、他の部分のスペックがかけ離れているのだ。
無能力というハンデなど簡単に覆す、誰よりも優れた何らかの才があるのだ。


浜面「……」


しかも今現在、どうやらその男が麦野に代わって総指揮を執っているようであった。
滝壺の隣にいることで聞こえてくるのだ。

通信先の声は聞こえぬものの、滝壺側の喋りだけで充分把握できる。

今滝壺が口にしているのは、悪魔が出没していない区画についてだ。
どうやら現在話している事案は、一部の人員や負傷者を退避させる件らしい。

そして、この通信の向こうにいるのが例の土御門という男。

4人のレベル5と選りすぐりのレベル4勢という、
学園都市が誇る『エリート集団』の総指揮を執る『超エリート』の『無能力者』。


一方、己はこの場での唯一の『落ちこぼれ』でありチンピラである『無能力者』。


浜面「…………………」


そんな事を考えていると、己がこの部隊に選抜された理由を『更に』問いたくなってしまう。

なぜ『浜面仕上』が選抜された?

その事については出撃前から絹旗に言われていたし、
このチームのメンバーの目線もそれを物語ってはいたが。


誰よりも首を傾げていたのは当然、彼自身であるのだ。

263: 2011/02/20(日) 00:05:10.77 ID:3airrtKMo

浜面「……」


まさか、滝壺と絹旗の使い走りだから、
とオマケ程度にこの作戦に組み入れられたわけでもあるまい。

上位陣の『誰か』が『何かの理由』をもって、そう決定したはずなのだ。

なぜなのか。

その理由は一体。

ただそんないくら考えても、
この頭では到底答えなど導き出せないし、推測なんかも立たない。

無駄な労力であり、そんな思索こそ全く意味が無い。


それに浜面は感じていた。


『なぜ選ばれたか』の理由はわからなくとも。
己が『ここにいる事自体』については、『無意味ではない』のだろう、という事を。



ギュッと浜面の戦闘服の袖を握る、隣の滝壺の手から―――。

264: 2011/02/20(日) 00:05:39.71 ID:3airrtKMo

色白で儚げでありながらも、ゴワついた防刃生地を握るその力は強い。
氏んでも話すものか、と言いたげなほどに。

そう、彼女だけは、ここに来る前からも「なんではまづらが?」なんて事など一言も口にせず、
「一緒にがんばろうね」とにっこり。

絹旗も絹旗で表向きはぶつぶつ言うものの、
その胸の内がどんなものなのかは浜面は知っている。

いつのも冷笑交じりの口調で罵りつつも。
いざという時には、氏に物狂いで己や滝壺を守ろうとする、と。


そしてそれは浜面も滝壺も同じだ。


浜面をはじめこの三人とも、己一人が地獄に行って済むのならば、
他の二人を安全な場所においておきたい、と考えてはいる。

しかしその一方で、どこまでも三人一緒であることに安堵していたのも事実なのだ。

地獄の果てでも二人の傍にへばりつき、
どの口でとも言われそうだがそれでも助けになりたいし守りたい。


それが言葉にせずとも通ずる、三人の共通意識。



それがアイテムの『名残』である。

265: 2011/02/20(日) 00:06:25.71 ID:3airrtKMo

『アイテム』。

クソ溜めの中の、外道非道極まる暗部組織。

殺伐とした仕事上の間柄のメンバー。

そんな連中がなぜ、こんな共通意識を持っている?

その理由を説明しろと問われても、
三人ともこのような単純な事しか言えないだろう。


『ある程度』の時間、共に過ごし、共に戦い、共にその手を汚し、そして共に笑った。


それだけだ、と。

それだけ。


そう、『理由』はそれで充分だ。


こんな痴れ犬共には、これ以上に『上等なエピソード』なんか必要ない。


それが、しょうもないこの『絆』の理由だ。


一人が一人を頃し、他の三人も殺そうとしてぶっ壊れてしまった『おかげ』で、
それぞれがそれぞれの形で『初めて』理解した『絆』。

失った悲しみなり、懐かしみなりで。


そしてある者は。


『殺意に満ち溢れた憎悪』なりで―――。

266: 2011/02/20(日) 00:08:04.77 ID:3airrtKMo

浜面はふと、3m程前方にある『小さな背中』を見た。

ゴワついた戦闘服越しからでもわかる、華奢で幼い体躯。

そんな小さな体から彼女、絹旗最愛は出撃する直前に滝壺と浜面にぶちまけた。
今まで表に出すことの無かったその胸の内を。

麦野との『アイテムの絆』、それに対する彼女なり『想い』を。


その姿は『憎悪』であった。

それが絹旗の想いだ。

浜面「……」

では、己は一体。

麦野とのその絆に『何』を想っている?

その答えは出ない。

少なくとも、絹旗のようにはっきりと言い切れなかった。

実際に殺されかけたという、究極の恐怖を抱く一方。
彼女の事で胸が締め付けられてしまうこの感覚。

滝壺と絹旗達の身を案じるのと『同じく』、だ。


浜面はわからなかった。


一体、自分はどう麦野の事を―――。

267: 2011/02/20(日) 00:08:52.10 ID:3airrtKMo

初めて、この部隊の選抜メンバーが顔をそろえたあのミーティング。
その時に見た、スーツに身を固めた麦野の顔が忘れられない。

特に、退室した時のあの顔が。

あの何かを言いかけて止めたであろう瞬間の顔が。


己と滝壺を殺そうとしていた時の、灼熱の憤怒は影を潜め、
『絶対零度』の凍りついた無表情。


その一方でどことなく香らせる―――悲しく儚げなあの仕草。


浜面「…………」


浜面は心の中で問いを放つ、いや、あの日あの瞬間からずっと問い続けてきた。
対象には聞こえていなくとも。
何度も何度も。


麦野、お前は。


あの時何を言おうとしたんだ?



一体、何を思ってこの闇の下にいる?



お前は、俺達の事をどう『思っていた』んだ?




いや―――。




―――どう『想っている』んだ?

268: 2011/02/20(日) 00:09:56.66 ID:3airrtKMo

ただ、そう心の中でいくら問いても、
決して答えは返ってこない。

浜面は『麦野では無い』のだから。

そしてそんな事をグダグダ考えているような状況ではない、
という事も彼はイヤというほどわかっている。

今の優先事項は。


とにかく作戦を成功させて、学園都市に生きて帰る事だ。


それが何よりも重要なこと。
この点のみ、浜面でも確信して断言できる。

これだけは、あの超エリートの『無能力者』も麦野も、
誰しもが等しく抱いている『共通意識』である、と。


滝壺「えっと……じゃあ……」

と、そうあれやこれや浜面が考えていたところ。

彼の隣にて、そして相変わらず彼の袖を握りながら、
滝壺はそう独り言を発した。

例の『エリート無能力者』との通信が終わったのだろう、

滝壺「ランドマーク上に待機してる各チームは、追って命令があるまで、現行の任務を継続」

今度は各チームへの回線を開いたのか、
滝壺は確かめるような口調で区切り区切りの命令を発していく。


滝壺「それから、負傷者の退避を許可」


滝壺「退避するかどうかは、それぞれのチームリーダーの裁量に任せる、ということで、」


滝壺「退避チームのリーダーは『Charlie 4』」


滝壺「退避するものは私に座標を申請したのち、『Charlie 4』の方へ向かい合流を」

269: 2011/02/20(日) 00:10:29.19 ID:3airrtKMo

滝壺「あと、…………」


そして声色的に最後に締めくくりとなる言葉を、
彼女が続けようとしたその瞬間。


浜面「―――ッ」


鳴り響く、凄まじい『何か』の咆哮。

島全体が震え、比喩ではなく本当にビルが軋む音が続き。

そして砕け散っては街に振り注ぐ大量のガラス片の音が、
引いていく『さざ波』のようにこの摩天楼を撫でていった。


その『波音』が引くのを待ってか滝壺は数秒間、言いかけの口を開けたまま黙し。


滝壺「―――……これより、悪魔の攻撃がよりはげしくなります」


より丁寧なテンポで言葉を再開し。


滝壺「各チーム全隊員、充分警戒し………………氏なないように。以上」


そう締めくくった。

270: 2011/02/20(日) 00:12:46.98 ID:3airrtKMo

その言葉は浜面はもちろん、周りの者達もしっかりと聞いており、
それぞれがこれより戦闘に入る準備動作を改めて行い始めた。

一角のメンバーは、ほぐす為かその場で足踏みをし。
また別の一角のメンバーは腕を大きく回し、軽くストレッチ。
絹旗は能力の調子を再確認しているのか、両手の平を握っては開き。

そして浜面はグリップを握る右手の親指で、安全装置を外し。
図太い銃身の下にあるフォアグリップを左手で握り。
伸縮式の銃床を肩にあてて構え、片膝立ちのまま周囲に視線を巡らし警戒。

と、そんな中、滝壺が浜面の袖を掴んでいた手をパッと離しては立ち上がり。

滝壺「みんな!!い、移動するよ!!ここにもたくさん来るから!!!」

そう周りの者へ言葉を放った。

絹旗「移動ですか?どこへ向かいます?」

それに対し、絹旗は背を向けたまま指示を仰ぎ。

滝壺「……まずは南西へ!」


絹旗「超了解です!!」


次いで勢い良く振り向いては、一気に浜面と滝壺の方へと駆け出し。

滝壺を右脇に抱え、左手で浜面のベルトを引っつかんでは、


絹旗「皆さん南西へ!!!」


そう他のメンバーに言葉を飛ばして、ビル屋上のヘリポートから思いっきり『跳ね飛んだ』。

そして絹旗の続いて、他4名のチームメンバーもそれぞれの能力を駆使して同じく跳ね飛んでいった。

271: 2011/02/20(日) 00:13:25.35 ID:3airrtKMo

地上400m以上にもなる摩天楼の天辺上を、
窒素のジェット噴射で砲弾のように放物線を描き飛翔する絹旗。

そんな彼女に優しく抱かれている滝壺と、無造作にぶら下がっている浜面。

この島に来て一度目の『コレ』は、浜面は絶叫した。

二度目はうめき声。

浜面「―――ッッ!」

そして三度目の今は何とか堪えていた。

何とまあ、人間の適応力は高いことか。
よっぽどの事でも人は慣れるものである。

それでも全身の鳥肌や滲み出るの冷や汗が示すとおり、
『スリル満点で愉快』と言える行為ではなかったが。


それにこの浜面の我慢は、直ぐ後にあっけなく打ち砕かれる事になる。


浜面「―――」

耳元にて響く、風が暴れる音の向こう。
後方か下方か、とにかくこちらを追いかけてくるように聞こえてくる『異形』の咆哮。

高速移動の暴風の中、何とか薄目をそれらの声の方へと向けると。

いつのまにか、大量の悪魔が真下にいた。
金切り声を挙げてはビル壁を飛び交っては伝い、
直下にぴったりと着いてきていたのだ。

その光景のなんとおぞましい事か。

272: 2011/02/20(日) 00:14:00.72 ID:3airrtKMo

浜面「うぉ―――ッ!!」


浜面は堪らずに間抜けな声を漏らしてしまった。

そして更に、彼の顔を引きつらせる光景が続く。


浜面「―――き―――」

なんと、その悪魔達があちこちの高層ビルを一気に駆け上がり。
発射台・ジャンプ台代わりにし、そして飛び上がってきたのだ。


浜面「―――来たぞ!!!絹―――!!!!!」


その光景を目にし、彼は己のベルトを引っ張っている絹旗に告げようとしたが。
それは特に必要ではない行為であった。

というよりも、この悪魔達の接近に気付くのが一番遅かったのが浜面だ。

彼が絹旗にそう告げかけた時、
既に他のメンバー達は、飛び上がってきた第一陣との交戦に入っていた。

273: 2011/02/20(日) 00:15:41.71 ID:3airrtKMo

浜面「―――は―――」

宙で身を翻し、即座に一気に撃題していく四人メンバー達。

その動きは目にも留まらない程の速度。

どう動いているかどころか、
一体『どのような能力』で攻撃しているかも浜面にはわからなかった。

直接触れずに悪魔を叩き潰したと思えば、次は手足で直接殴り飛ばしたり。
電撃に似ているも、微妙に色や感じが違う奇妙な光で悪魔を打ち抜いたり切り裂いたりなどなど。

そんな戦いっぷり自体は、この島に来てから何回か抗戦もあったことでもちろん目にしていたが。

『電気使い』や『発火能力』といった、見た目的にわかりやすいものでも無い限り、
『ちょっと見ているだけ』では能力を判別できないのは当然の事だ。

そもそも絹旗の『窒素装甲』だってその内容を説明されない限り、
浜面にとっては一体何の能力かまるでわからないだろう。


そんな絹旗の元にも。

つまり滝壺と浜面の元にも、悪魔がその爪を届かせてきた。


周囲の四人の網を抜けてきたのは、一体のフロスト―――。

274: 2011/02/20(日) 00:16:27.32 ID:3airrtKMo

浜面「おッ―――おおおおおッッ―――!!!!!」


超低温の氷気を纏ったその悪魔の姿を目前にし、ただただ喚く浜面。

一方で絹旗は全く動じることなく。

まずは即座に片方の足で横に薙ぎ蹴って、
フロストが突き出してきた左腕の爪を弾いては叩き割り。

そしてもう一方の足で、その頭部を正面から踏み潰すように蹴り飛ばした。

フロストは獣染みた金切り声を挙げては仰け反り。
砕かれた氷兜の破片を撒き散らせつつそのまま街に落下して言った。


絹旗「―――超うるさいです。黙ってて下さい」


その言葉は浜面へ向けてか、それとも耳障りな声を挙げる悪魔達へか。

ともかく絹旗は同じようにやってきた悪魔達を、これまた同じように軽々足蹴にし次々と蹴落とし、
踏み台にしては更に空を『跳ねていく』。

道端にある石ころを、全く気にせず踏んで行くようにあっさりと。

275: 2011/02/20(日) 00:17:22.68 ID:3airrtKMo

その一方で同じく改めて、
悪魔共のウンザリしてしまうほどの耐久力をも、まざまざと見せ付けられもしたが。

滝壺と浜面を『持っている』為、絹旗はそれなりに力を抑えてはいたものの、
今の蹴りは、乗用車等ならば潰れるどころか捻じ切れ切断されてしまうようなものだ。

それでも一撃では、フロストの爪を腕ごと蹴り千切るまでには至らない。
頭部そのものを潰すには至らない。

それ以前に、三発以上頭部に蹴り込んで叩き潰しても氏なない。
頭部無しでも活発に動く。
上半身だけでも。

腕だけでも。


浜面「―――ッ」


『生命体』という括りでは、自分達と『同じ枠』だという事らしいが。
それでも根本的に何かが違う、いや『何もかも』が違う。
同じ生命体でも、浜面達が知る『この世界』の生命体ではないのだ。

一応、頭部等の特定の部位を破壊するのはそれなりに有効らしいが、
確実に頃すには『動かなくなるまで』攻撃を叩き込む必要がある。

学習装置、そしてミーティングでもそこは何度も言われていた事だ。


今まで見聞きしてきた常識は一切通用しないと思え、
相手は全く異なる法則の世界からやって来た『本物の化物』だ、と。


浜面「―――」

276: 2011/02/20(日) 00:18:30.34 ID:3airrtKMo

少年少女達は進む。

地獄の底から手を伸ばし、引き釣り込もうとする悪魔達をぶち倒しては踏み台にして宙を舞い。
魔窟の孤島の如き、超高層ビルの屋上に降りてはまた跳ね飛び、更に摩天楼を突き進んでいく。

絹旗を始めとする五人の大能力者は、片っ端から大量の悪魔達を退けていく。

さすがは護衛専門の戦闘特化チームといったところか。
他のチームでは既に、平均2~3が戦氏もしくは戦闘不能に陥っているのに、

このチームは今だ無傷、浜面でさえ一つの擦り傷もない。

ただ。

こうして凌いでいられるのも時間の問題だ。

飛び上がってくる悪魔の数も徐々に増え、その攻撃の手も激しくなって来ており。
直下に群がってきているその数も膨れ上がってきている。


絹旗「―――滝壺さん!『ムーブポイント』は??!」


下方から飛び掛ってくる悪魔達を足蹴にしながら、
絹旗は脇に抱えている滝壺へそう言葉を発した。

どう見積もってもこの状況を、五人の大能力者だけで凌ぐのは無理がある。
やはりレベル5の支援が必要であった。

277: 2011/02/20(日) 00:19:31.56 ID:3airrtKMo

滝壺「まって!!今はむすじめも―――」


と、その時。

滝壺は「今は結標も」と言いかけたところで、
言葉を詰まらせては一瞬目を丸くし。



滝壺「―――きぬはた!!!!」


彼女の名を叫んだ。

何かを指して「気付け」、と訴えている声色で。


絹旗「―――」


その時、絹旗も『それ』に同じくして気付いていた。
いや、滝壺の声と同時にリンクを通じて送られてきた情報で知ったのだ。

後方の遥か上空から猛烈な速度で。


高等悪魔、ゴートリングが飛翔しこちらに降下して来るのを。

278: 2011/02/20(日) 00:20:28.82 ID:3airrtKMo

そのコースはまさにピンポイント。

絹旗を、いや、正確には滝壺を狙って。


絹旗はすぐに決断する。
己は今、何をどうすればいいのかを。


絹旗「―――滝壺さんを!!!!」

彼女は右脇に抱えていた滝壺を、突如左手先の浜面に投げ渡し。

浜面「―――う―――」


次いで、浜面を『放り投げた』。


浜面「―――おおおおおおおおおッッッ!!!!!!!」


ちょうど真正面にある高層ビルの、やや下層めがけて。


そして即座に、絹旗ゴートリングを視界に捉える為に振り返ると。
一瞬前に確認したときは直線距離にして500m以上も離れていたのに。


彼女が振り向いた時、ゴートリングは既に僅か10mのところにいた。


筋肉質な丸太のような左足を思いっきり引き。

今にもその『バネ』を、強烈な蹴りとして絹旗へ解放しようとしている体制で。

279: 2011/02/20(日) 00:21:16.88 ID:3airrtKMo

絹旗は避けようとはしなかった。

ここで絹旗が避けてしまったら、ゴートリングはそのまま真っ直ぐ飛び、
滝壺らをその蹴りの餌食にしてしまうのだから。

つまり今。

このゴートリングが直進するコースの『延長線上』、

ゴートリングと浜面・滝壺のちょうど『間』、
そこに割り込む形で絹旗が配置していたのだ。

なぜ絹旗がこんな位置に持ち込んだか。

例えば、もし絹旗がこのコースの延長線上ではない方向に滝壺らを投げていれば、
ゴートリングは絹旗を無視して、コースを変えてそっちに行く。

そして、あの『超電磁砲』を追い込んだこともあるという記録を踏まえると、
いくら能力を爆発的に底上げしているといっても、浜面と滝壺を持ったままこの一撃をいなせるような相手でもない。

だからこうした。

回避はせずに、この一撃は『盾』となって止める、と。

この一撃を凌げば、後は他の四人と共に一気に押し込めば何とかなる、と。

絹旗は顔の前に両手を×時に交差させ。


圧縮した窒素を極限まで収束させては能力で更に固め上げ、最大限の『装甲』を形成。


そしてそれが完成した直後。


ゴートリングの凄まじい蹴りが『窒素装甲』へ向け叩き込まれた。

280: 2011/02/20(日) 00:23:54.25 ID:3airrtKMo

斜め上方から凄まじい速度で繰り出してきた、その『滑空蹴り』。

高等悪魔のその破城槌の如き一撃。

その破壊力は凄まじかった。


先ほど高層ビルに投げ込んだ浜面達が、
その標的であるビルに『到達するよりも速く』。


浜面「―――絹ッ―――!!!!!」

絹旗の小さな体は浜面の僅か1m隣を突き抜けて吹っ飛んでいき。

強烈な衝撃波と爆音を伴って、
ビルへと叩き込まれていった。


いや、ビルを斜め下方へ『貫通』していった。


浜面「―――はたああああああああああああああ!!!!!!!!!」


その速度が余りにも速すぎ、
絹旗の体がどうなっていたかはまるで判別が付かなかった。

いや、それどころか、
浜面の目には『絹旗のようなもの』としてしか捉えられなかった。

281: 2011/02/20(日) 00:26:20.75 ID:3airrtKMo
そして一足遅れて、浜面も高層ビルへと到達した。

先に過ぎ去っていった衝撃波によってビルの強化ガラスは割れていたため、
叩きつけられることは無かったが。

散らばっているガラス片、並んでいるデスク、
一足先に絹旗がこのビルを斜めに貫いていった際の瓦礫などなど、他にも障害物は様々。

そこに浜面は結構な速度で滑り込むようにして『着地』、というよりは『突っ込んだ』。

浜面「―――ぐッ!!!!!!」

何とか滝壺を傷つけないようにと強く抱きしめながら、
尻で滑っては両足でデスクを蹴り飛ばしていく。

一応『発条包帯』である程度の筋力強化は施していたこと、
そして丈夫な防刃の戦闘服を纏っていたことが幸いか。

特に大きな傷を負うことなく、浜面は15m程で停止することができた。


浜面「―――ッ……ってェッ……!!」


ただ大きな傷は無くとも、あちこちぶつけた為
体中青アザだらけであろうが。


滝壺「はまづら!?だいじょうぶ!?」


ただまあ、この着地に問題は無かった。『合格』だ。
浜面の上に乗ったままそう、声をかけてきた滝壺は無傷なのだから。

282: 2011/02/20(日) 00:27:45.03 ID:3airrtKMo

浜面「ッ…………大丈夫だ!行くぞ!!」

『どこに』は全く定まっておらずとも、浜面は言葉をそう返し、
滝壺を抱きかかえるようにして起こしながら己も立ち上がった。

ここに留まっている必要など微塵も無い。
むしろ、止まっていると命取りだ。

とにかく行動していなければ。


浜面「―――」

と、立ち上がってこのオフィスフロアの内部に目を通した時。

天井から床を斜めにぶち抜いる巨大な穴が視界に入った。

何階もキレイに貫通している、
もしかすると遥か地上まで到達しているかもしれない程の穴が。


浜面「―――絹旗はッ?!!」


滝壺「……だいじょうぶ!!!!大きなけがはしてない!!!」

一拍の信号を確認する間の後、無事を告げる滝壺。

しかし彼らがその事で胸を撫で下ろす暇は無かった。
一難去ってまた一難とはまさにこのような状況。


滝壺「きた!!!!」


その滝壺の声にタイミングをあわせたかのように、
ビルの下方から無数の悪魔の金切り声が鳴り響いて。



浜面「―――」



ガラスの無くなった窓から這い上がってきた。

ここへの『一番乗り』であろう、一体のフロストが。

283: 2011/02/20(日) 00:28:41.35 ID:3airrtKMo

浜面「ッ―――!!!!!」

咄嗟に滝壺の体を己の背後に張り付かせ、
そのフロストに対して盾になるような位置に浜面が動いたその瞬間。

『割れた氷兜』の間から見えたその赤い瞳と浜面の目が合い。

浜面は一瞬だけ動きを止めてしまった。


そのフロストに、浜面は見覚えがあったのだ。


半分割れている氷兜。
欠けている左腕の爪。


ついさっき、絹旗に『二蹴り』で追い返されたあのフロストだ。


浜面「『てめぇ』は―――」


浜面がそう思わず口にしかけた瞬間、
フロストの方も同じようにおぞましい金切り声を挙げた。

まるで言葉を返してきているかのように。

284: 2011/02/20(日) 00:29:48.60 ID:3airrtKMo

浜面「―――」

距離は20m。

間に絹旗はいない。
他四人の大能力者もいない。

滝壺とフロストの間には己のみ。

そんな『現実』を強烈に感じながらも。


浜面「ほんとうるっせぇな―――それにしつけえ―――」


その口からは強気の言葉を吐く。

それはピンと張ったこの緊張感、
ギリギリの『平静』を何とか保とうとする己への喝。

瞬き一つせずフロストを見据えながら、浜面はグレネードランチャー構え。



浜面「―――『黙ってろ』っつってんだよッ」



絹旗と『同じく』吐き捨てた後に息を止め、狙いを定める―――。


特に発砲時に息を止める決まりがあるわけではない。
呼吸の振動で照準がずれてしまうような距離でもない。

ただ、そうすることで意識がぶれずに安定するような気がしたからだ。
怖気ずに気合が入る、といったところか。


とにかく『この一体』だけは、何としても己が殺さなければならない。



フロストが浜面へと突進する瞬間。


同時に、浜面も引き金を絞った。
続けて何度も。

285: 2011/02/20(日) 00:30:41.26 ID:3airrtKMo

一回、二回。

無骨な引き金を絞るそのたびに、肩に伝わる衝撃と共に軽めの射出音が響き。

次いで凄まじい爆裂音と一瞬の強烈な閃光・火花でフロストの姿が見えなくなる。

三回、四回。

装填されているのは、『瞬間的に超高温ガスで一点溶解させ貫通する』という『対装甲用』の弾頭。
その性質で周囲への破片と衝撃波は極僅かで、そのおかげでこんな至近距離における炸裂も可能。

五回、六回。

しかしその火花と閃光、そして後に残る煙が無害というわけではなかった。

なにせ、その効果を目視できない。

しかし目視する余裕など元より無かった。
明らかに着弾点が近付いている事からも、フロストはまだ止まっていないのだから。

浜面はとにかく放つ。

無心になって。


七回。


この化物共を頃すには、『動かなくなるまでとにかく叩き込め』。



そして八回―――。

286: 2011/02/20(日) 00:32:41.95 ID:3airrtKMo

フロストのその巨体は『止まらなかった』。


上半身にグレネードを叩き込まれた衝撃で、
両足を前方に放り出すように仰け反りながらも。

今だ生きている突進の慣性に従い、
浜面の横を猛烈な勢いで通り過ぎては床を転がっていった。


浜面「―――ふはッッ」

浜面は溜め込んでいた息を吐き、
横目でその悪魔の体を確認した。

フロスト胸の中央から首、頭部がきれいさっぱり消えおり、
どの部分もピクリとも動いてはいない。

『倒した』。

浜面「はッ―――!」

その姿を確認し浜面はもう一度、
今度は安堵の色が見える息を吐き。

そしてすぐに立ち上がり、
手際よくグレネードランチャーの弾を装填しつつ。

浜面「―――他のメンバーは!?絹旗は何してる!?」

滝壺にそう言葉を向けた。

287: 2011/02/20(日) 00:33:48.02 ID:3airrtKMo

己の全力でフロスト一体。
一方で、下からは猛烈な勢いで数百以上。

情けないことだが、
己一人ではこれからどうしようもないのは浜面もわかっていた。


浜面「―――」


そう、『今ああして』。
第二陣・第三陣として、窓から這い上がってきた数十もの悪魔を相手になど―――。


と、ちょうどその時。

正に危機一髪。



「―――伏せて!!!!」


そう声を浜面たちへ向けて張り上げながら、
護衛メンバーの内の二人、

金髪に三つ網の少女と、身長の高い黒髪の少年が窓の外から突入して来。


そして、浜面達に飛び掛りかけていた悪魔達を、次々とぶっ飛ばしていった。

288: 2011/02/20(日) 00:34:24.34 ID:3airrtKMo

浜面「―――ッ!!!!」

滝壺に覆いかぶさるようにその場に伏せながら、
その大能力者戦いっぷりを再度目にする浜面。

アサルトがぶっ飛ばされて壁にめり込んでは貫通していき。

ブレイドがその鎌をへし折られて、次いで頭部もへし折られて床に叩き込まれて。

フロストが氷の破片を撒き散らせながらその身の一部も舞い散らせ、バラバラに解体されていく。


そこに更に、残りのもう二人も飛込みでやって来。



絹旗「―――滝壺さん!!!浜面ァッ!!!!!!」



そして絹旗も。


浜面「絹旗!!!!!」

滝壺「きぬはた!!!!」

ここにくるまでに戦闘服の上着が破けでもして脱ぎ捨てたのか、
彼女の上半身は軍用のグレータンクトップであった。

そして両手には、潰れた圧縮窒素の缶。
握りつぶして窒素を補充、
そして握りこんだ拳のまま悪魔達をぶっ飛ばしてきたのだろう。


絹旗は浜面達の名を叫んだ後、
他の四人と共に悪魔をぶっ飛ばしていく。

289: 2011/02/20(日) 00:35:35.97 ID:3airrtKMo

しかし。

ここにやってきたのは彼女達『味方』だけではなかった。

フロスト等の悪魔達が突如、何かに制止されたかのように動きを止め。

絹旗「―――」

次いでその瞬間。
床をぶち破って、下階からその招かれざる客が現れた。


『高等悪魔』、ゴートリングが。

周囲の悪魔達とは違う、凄まじい『圧』を放って。

他の下等悪魔達が退いていく。
さながら、このゴートリングに獲物を明け渡したかのように。


ここにいる皆が圧倒されていた。
先ほどまで下等悪魔達を一方的にぶちのめしていた大能力者達も。

まるで縛されたかのように、一時の硬直。

しかしそんな中で。



絹旗「―――殺れェッッッ!!!!!!!!!」



絹旗が発したその一言の号令が、全員の体を『縛』から解放した。
無論、絹旗自身の体をも。

そして彼女達は一斉に。

四方からゴートリングに向かって踏み出す―――。

290: 2011/02/20(日) 00:37:10.69 ID:3airrtKMo

やはり『高等悪魔』。

そのパワーも速度も、当然そこらの下等悪魔とは格が違う。


ゴートリングの攻撃、その一撃。


能力強化したこの精鋭中の精鋭である大能力者でさえ、
そのたった一撃で終わる。


メンバーの内の一人。
長身に黒髪の少年が回避に遅れ。

この高等悪魔の『蹴り降ろし』の直撃を受けて『木っ端微塵』、
コンクリートの破片・粉塵に混じる『赤い霧』と化した。


しかし、絹旗ら他の四人はそんな彼の結末にはまるで反応を示さない。


皆わかっていたのだ。

一瞬でも怯んでしまったら終わり。
僅かでも怖気づいてしまったら終わり。

気が逸れてしまうその一瞬の時間が氏へ直結する。

反応に『間』が空いてしまったら、
今の彼のように確実に命が刈り取られていくのだから。


そしてただただ、この戦闘に意識を集中する。

291: 2011/02/20(日) 00:38:25.66 ID:3airrtKMo

一体の高等悪魔と四人の大能力者達。

彼らは上下を完全に『無視』し、
壁・天井・床の全ての面を縦横無尽に跳ねては駆け巡り、壮絶な攻防戦を繰り広げる。

爆風を纏ったゴートリングの蹴り。
それが天井や床に巨大な風穴をぶち抜いていく。

大木の如き図太い腕の、
鞭のようにしなる攻撃が階ごとぶち抜き叩き割る。


音速を遥かに超える速度で伸びたゴートリングの腕が、言葉通り『もぎ取って』いく。
金髪で三つ網の少女の『上半身』を。


それでも決して怯まず、攻撃を叩き込んでいく絹旗ら三人。


確かにゴートリングの攻撃は強烈である。


しかし彼女達も負けてはいない。


彼女達が決氏の中で放つ攻撃、
それが確実にゴートリングの命を削っていく。

絹旗らの攻撃が命中するたびにゴートリングの体が軋んでは、損傷し血が飛び散り。
その『山羊の口』からは苦しそうなうめき声や咆哮を上げ。


『―――aksolldsoa!!!!!』


檄しているような、ノイズ交じりの奇妙な叫びを発していたのだから。


そう、痛みの声を漏らすのなら。
苦悶の色を示すのなら。



―――勝てる。

292: 2011/02/20(日) 00:40:20.75 ID:3airrtKMo

小柄な、長い黒髪をうなじあたりで結っていた少年が下から殴り飛ばされ。
天井の『赤い染み』となったが。

その瞬間同時にもう一人、黒髪にショートカットの少女がゴートリングの左足を切断。


そして、そのダメージにうめき声を挙げたゴートリングの顔面へ。


絹旗「―――おぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!!!!!!!!!!!」


すかさず絹旗の飛び膝蹴りが叩き込まれた。

仰け反り、そして床に叩き込まれめり込むゴートリングの巨体。
絹旗はそのまま、図太い『首』の上に『馬乗り』になり。

腰から、窒素缶がいくつもぶら下がっているベルトをそれごと引き千切っては、
己が右手に巻きつけ。



絹旗「氏ッッッッ―――」



ハンマーの如く、その右手拳を渾身の力を篭めて振り下ろす。



『―――klauvjs人間共sak―――mahhgd滅mahgfdfuu―――!!!!!!』



人語の混じった声を漏らした、その山羊の顔に。



絹旗「―――ねェ゛ェ゛ェ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!」

293: 2011/02/20(日) 00:40:52.79 ID:3airrtKMo

彼女のその右手に巻きついているのは、単なる複数本の『圧縮窒素』の缶だ。
しかし絹旗の能力にかかれば、それらは尋常ではない『危険物』となる。

小さな拳が、ゴートリングの顔面に叩き込まれた瞬間、衝撃で全ての缶が潰れ。

そこからあふれ出た圧縮窒素が、彼女の拳に爆発的なブーストをかける。
効率や残量などなんのそので燃料を注ぎ足し、瞬間的に凄まじい出力を叩き出す『アフターバーナー』。


音はもう殴打のものには聞こえないレベル。
航空用爆弾が炸裂したかのごとく、凄まじい炸裂音。

そして破壊力も、そんな衝突音に相応しいものであった。



浜面「―――ッ!!!!」


階の床全体が大きく沈み、実にフロアの総面積の半分が吹き飛ぶ。

更に、遥か下階まで貫く大穴。
まるで己がやられた先の一撃のお返しとばかりに。

その凄まじい反動で絹旗自身、
天井を突き破って上方に吹っ飛ばされたが。



絹旗「―――氏ね!!!氏ね!!!氏ね!!!氏ね!!!氏ねェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛!!!!!!!!!!」



それでも絶叫染みた声を張り上げながら、何度も何度も下方へと右拳を振るった。

その拳から放たれた窒素の『槌』が穴の底へと叩き込まれていっては、
ビル全体が今にも倒壊しそうな勢いで軋んでは揺れる。

294: 2011/02/20(日) 00:41:45.62 ID:3airrtKMo

とにかく『動かなくなるまで叩き込む』、というのが重要なのは確かであったが。


この時の絹旗は明らかに『過剰攻撃』であった。

最初の数撃で既にゴートリングの体の原型は無く、
『木っ端微塵』になった破片が一面に飛び散っていたのだから。


浜面「絹旗!!!!おい!!!!絹旗!!!!!もう充分だ!!!!!!」

天井から降って来る破片、それから滝壺を庇いながら、
浜面はそう言葉を飛ばした。

このままでは床全体が抜けてしまう、
いやそれどころかビルごと崩れ兼ねない。


と、そう浜面が声を張り上げたところ。


轟音の中から浜面のその呼びかけが聞こえたのか、
それとも絹旗自身が普通に切り上げたのか。

そのどちらなのかは判別できなかったが、彼女は攻撃の手をふと収め、
能力で浮遊しては穴の縁に軽く降り立った。

そして一瞬前までの『形相』や『絶叫』が無かったかのようにサラリと。



絹旗「滝壺さん、ケガはありませんか?」

295: 2011/02/20(日) 00:43:00.33 ID:3airrtKMo

浜面「……」

立ち上がり、そして滝壺を起こしつつ。
浜面はそんな絹旗を見てふと思い出していた。

『絹旗、キレると結構ヤバイから』

『絹旗は怖いよ。「色んな意味」で』

前にそう口にしたのは麦野かフレンダか、『あの日々』の中で聞いた言葉を。


滝壺「うん……私はだいじょうぶ……」

そう、やや俯きつつ頷いた滝壺。
その目は赤くなり、今にも雫を落としそうなほど潤んでいた。


浜面「……」

それに気付き、浜面は彼女の背中に軽く手を当てた。
なぜ滝壺がこんな反応をしているのか。

浜面はその理由を知っていた。
いや、『この島に来て知った』。


『リンクしている者』が氏んだ時、彼女は一時こうなってしまうのだ。


今のコレは、恐らく三名の今の氏によるもの。

296: 2011/02/20(日) 00:44:36.80 ID:3airrtKMo

リアルタイムで知覚共有している者が氏ぬのは、一体どんな感覚なのだろうか。

ネットワークの末端からの『タダのデータ』として処理されるのか。

それとも。

自分が氏んでしまう、もしくは親しい誰かが氏んでしまうような錯覚に陥ってしまうのか。

優しい滝壺にとっては、少なくとも前者ではないようであった。

レベル5の位に相応しく強化された彼女の能力は、単なる信号の強弱だけではなく様々な情報、
対象の感情や想いをも感じてしまうのかもしれない。

浜面「……」

絹旗「そうですか。それは超良かったです」

絹旗はそんな滝壺の様子を見ても全く顔色を変えず、
そう淡々と口にした。


浜面「……」

その絹旗の態度は間違ってはいない。
いや、この状況下ではまさしく模範的行動だろう。

たった今の三人の氏に対して、『何も思わない』わけではない。
絹旗も必ず何かしら感じている。

しかし。

今『それ』を思っている暇は無い。
『それ』は、全てが終わって帰還してからだ。

297: 2011/02/20(日) 00:45:33.98 ID:3airrtKMo

「ゴートリング、またあのレベルが来たらもう対処は無理ね」

自身の手首辺りの傷に包帯を巻きながら、
そう現実を告げる黒髪のショートカットの少女。

それに絹旗も。

絹旗「三人欠けてしまった以上、先ほどのように飛び飛びで移動するのも超危険ですね」


下方のみならず、『上』からも響いてくる、
異形の者達で再び『賑やかなざわめき』を耳にしながら淡々と言葉を発した。


絹旗「今戦っている間に超包囲されてしまったようですし」


浜面「……」


所謂、袋のネズミだ。

次第に悪魔達のおぞましい大合唱が強くなっていく。
そのざわめきでビルが崩れてしまうのでは、と思ってしまうほど。


「あーあ……あの数じゃ、突破も無理くさいね」


絹旗「超厳しい―――」



と、その時であった。

一瞬にして、皆の目に映る映像が切り替わった。
フィルムをぶつ切りにしてつなぎ合わせたかのように。

298: 2011/02/20(日) 00:46:31.41 ID:3airrtKMo

絹旗「―――!!!」

浜面「―――ッお!!!!」

そこはとある、別のビルの屋上だった。

一瞬何が起こったかわからず、絹旗も目を丸くしては身構えたが。

その疑問はすぐに解けた。

屋上の真ん中に立っている大きく破壊されているアンテナ塔、
そのふもとのところに座っている少女の姿によって。


結標淡希。


結標「ごめん。支援するの遅れたわ」

軍用ライトをバトンのようにまわしながら開口一番、
彼女はそう浜面達に謝罪した。

その髪は乱れ、額には汗が滲み息も少し荒かった。


浜面「……」

なぜ彼女が支援できなかったのか、その答えもここにあった。

浜面「(…………電気)」

チクリとしし毛穴が開く、あたり一体がまるまる帯電しているかのようなこの感覚。
屋上もその三分の一が、巨大な剣で切り取られたかのようにぱっくりと削れているこの光景。
良く見れば、周囲のビルも一部が大きく『抉り取られて』いる。

そして結標の足元に転がっている、巨大な三本の爪がある異形の腕。

浜面「……」

間違いない。

滝壺を狙って悪魔達が押し寄せてきたのと同じく、
結標も激しい攻撃を受け、壮絶な戦闘をたった今繰り広げていたのだ。


そしてその相手は、恐らくブリッツ。


折れたアンテナ塔の頂点には、別の個体のと思われる上半身がぶら下がっていることからも、
結標が相手にしてたのは一体ではなく複数体。

学習装置によって刷り込まれた情報によれば、
その脅威性は、先のゴートリングよりも更に高く設定されている、非常に危険な存在だ。

299: 2011/02/20(日) 00:48:07.60 ID:3airrtKMo

結標「あーッ……ふーッ……」

結標はそう深く息を吐きながら、
疲労の色が見えるその顔をライトの持っていない方の手で一度擦り。

そして再び面を上げて。

結標「…………細かい話は無しで、これからの事を簡単に」

結標「今からは、私が滝壺を『直接』護衛をする」


結標「それで、滝壺の面倒見るだけで精一杯だからあんた達は白井く……」


結標「……『Charlie 4』に合流して」


この命令は、言い換えれば『滝壺から離れろ』という事。

浜面「―――あの―――」

それに対し、思わず浜面が声を挙げかけたその瞬間だった。



突如、『南の空』を『覆う』―――。




―――黄金と紅蓮の閃光。

300: 2011/02/20(日) 00:48:50.14 ID:3airrtKMo

そして。

浜面と絹旗は聞いてしまった。

滝壺が、その閃光の方を見つめながら。



滝壺「………………………………む……ぎの……?」



問いかけるような。
呼びかけるような声で、そう彼女の名を口にしたのを。


それどころか、更に続けて。




滝壺「むすじめ―――」




誰よりも早く、閃光から目を離して即座に。




滝壺「―――私を、あのむぎののところに」

301: 2011/02/20(日) 00:50:01.05 ID:3airrtKMo

恐らく滝壺はその瞬間、
口にした言葉を遥かに上回る量の情報を、リンクを介して結標に流したのだろう。


結標「―――わかった」


結標は特に顔色を変えず即答したのだ。

ただ。

滝壺が流したのは、わかったこと全てではなく、
『都合の良い』部分だけであったのも確かだろうが。


そして。


結標「先にあんた達を飛ばすわ。『Charlie 4』はここから5km北―――」


結標「―――転送地点から1km北ね」


浜面「―――ちょっ―――」


絹旗「―――」



浜面ら三人は、問答無用でその場から『飛ばされた』。

302: 2011/02/20(日) 00:51:38.02 ID:3airrtKMo

再び切り替わる『映像』。

浜面「―――……と待―――て……よ………………」

次は薄暗い路上であった。

絹旗「……」

あまりの状況展開に頭がついていかず、
絹旗と浜面は数秒間その場で立ち尽くしてた。


浜面「………………」

滝壺の発したあの言葉。


それは『麦野』。


麦野。



―――麦野。


作戦に関わる何かを鑑みて、ああ結標に言ったのか?


いや違う。



あれは違う―――。



―――あれは滝壺自身の意志だ。

303: 2011/02/20(日) 00:53:09.41 ID:3airrtKMo

浜面「……」

暫しの沈黙の後。

浜面はおもむろに、その場にバックパックと無線機を下ろし。
そしてグレネードランチャーら装備を確認し始めた。

同じく絹旗も。

圧縮窒素の最後の一缶を、最も取りやすい位置にひっかけ。
両手の平を握っては開き、能力の調子を確認。

「……あれ?合流しに行くんじゃないの?」

それを見ていた黒髪のショートカットの少女が、
不思議そうにそう声をかけた。


浜面「『俺達』はここで別れる」


浜面は己の装備を点検しつつそう告げた。


浜面「あんたはこれを『Charlie 4』に届けてくれ」


無線機と医療品の詰まったバックパックを目で指して。


「……あんた達は?」


浜面「…………」

と、その少女の問い返しに浜面は、ふと点検の手を一度止め。

そして再び動かしつつ、こう何でもないように告げた。


浜面「…………俺達は俺達で合流する―――」




浜面「―――『別のチーム』に」




絹旗「………………………………」


―――

326: 2011/03/05(土) 00:24:49.54 ID:A94W1H7Eo
―――

米特殊部隊員が7名、内2名が重傷。

ウロボロス社兵隊員が4名、内3名がパワードスーツ装備、1名が重傷。

デュマーリ島の民間人が7名、内3名が重傷。


そして学園都市の民間人が1名。


計23名。

これが白井黒子率いるチームの人員であった
目的は激戦地から遠ざかり、街外れにて拠点を確保すること。

こんな、人員を即時移動させる仕事にはまさに彼女のような空間移動能力者が適任だ。

とはいえ黒子も含めて総勢24名。

それも過半数が屈強な男となれば、
いくら能力強化をしたと言っても一度に飛ばせる質量ではない。


そこで黒子らは、以下の手順で移動することにした。

まずパワードスーツの三人を飛ばし、先の安全が確認された後に特殊部隊員の半数を。
次いで民間人と負傷者、そして残りの特殊部隊員と共に黒子も飛ぶ。
一度の移動距離は250~300m。

327: 2011/03/05(土) 00:26:02.67 ID:A94W1H7Eo

この手順の場合、一度の移動に計4回の転移作業が必要となるが、
先の安全確認が一瞬で済めば5~6秒程度で全転移が可能であるため、
時間的な面では差ほど問題は無い。

安全面も『まあ、差ほど変わらない』。

ただ、それは決して安全面が『問題無い』という訳ではないが。


どうやっても『現状から良くはならない』、ということだ。

そもそも、安全面に関しては何の策の弄しようも無かった。
人員の構成そのものが原因なのだから。

戦力が乏しすぎるのだ。

黒子一頭だけの牧羊犬では、森をさまようこの羊の群れは到底守りきれない。
狼が徒党を組んで現れれば、一気に一網打尽にされかねない。

彼女達はとにかく目立たないよう、追いつかれないよう素早く移動しなければならなかった。
そして最大の難関となりそうだったのが、土御門がいるビルの『包囲網』からの脱出であった。

一斉に押し寄せてきた、数百どころか有に千を越える数の悪魔達による包囲だ。


といった具合だったのだが実際、
その脱出はあっけない程に簡単であった。

悪魔達は明らかに黒子達の存在に気付いていたはずなのに、
彼女達には迷わず土御門達がいるビルの方を目指していったのだ。

目視して直接姿を見ても、まるで目もくれずに。

328: 2011/03/05(土) 00:28:36.02 ID:A94W1H7Eo

そして黒子達は、当初の目的地に到達していた。

黒子「…………」

デュマーリ北島の北西部、広大な港のエリアに。

城壁の如く整然と並んでいる、積み上げられたコンテナ。
そして連なっている、まるでシェルターのような倉庫群。

その間を、一行は周囲を警戒しながら進んでいた。


聞こえて来るは、遥か後方からの戦闘音の木霊。
この周囲一帯はそれはそれは静かなものであった。

人の気配も無ければ、悪魔の悪寒も無い。
都市部では至る所で見られたウロボロス社部隊と悪魔の交戦跡も、
ここには全く無かった。

黒子「…………」

並び立っている倉庫の様相は、これならば核兵器の直接攻撃にも容易に耐えうるだろう、
と思わせる程に強固で重厚。

正面から見ると屋根の部分が狭まっている台形型、
というその形がますますその空気を醸し出している。

機密性が高い物や危険物を多く扱うが故のこの設計なのだろうが。


黒子「…………」


全民間人を収容できる地下シェルターがあちこちにある学園都市も大概だが、
このウロボロス社の倉庫地帯はそれ以上だ。

戦時下、それも核戦争に備えて作られたとしか思えない程に、
軍事色がとにかく強かった。

この風景の一枚だけを見て、誰が『港の倉庫群』だと言い当てられよう。
皆が皆、どこかの軍事基地だと言うだろう。

329: 2011/03/05(土) 00:32:05.46 ID:A94W1H7Eo

と、一行が周囲に目を光らせながら進んでいたところ。
パワードスーツを来たウロボロス社兵がふと。

「あれは使えそうだ」

そう口にしながら、徐に通路脇に乗り捨てられていた装甲車の上に登り、
天板上に備え付けられた大口径の機関砲を取り外し始めた。
パワードスーツの力に任せて、ボルトや溶接部をみるみる引き千切っていく。

それと同時に他のもう一人が後部から装甲車の中に入り、
弾が入っている大きなケースと動力源のバッテリーを運び出し始めた。

機関砲部は重さにして200kg以上はあるだろうか、
弾が入っているケースもとても人が持ち歩けるような重さではない。


「……イカしてるなあのスーツ。ウチにも欲しいぜ」

そんなウロボロス社兵を目にしながら、特殊部隊員の一人がそうこぼした。

「無理だろ。政治家共の今の『トレンド』は『無人化』だしな」

それに対し、声だけを飛ばして返答する別の隊員。

「いや、『ここ』の報告を出しゃあ即予算降りるって。来期からすぐ配備だ。間違いねえ」

「予算出たとしてどこから買う気だ?まさか、この戦争終わった後にもウロボロスが残ってると思ってんのかよ」

「残るだろ。BMWとかベンツ残ったじゃねえか」

「それとこれは状況が違い過ぎんじゃねえのか?爺さん達はBMWとかベンツを『相手』に戦争したわけじゃねえしな」

「あー、まあそうだな」

「東側の相手はロシア、こっち側の相手はウロボロスだ」


330: 2011/03/05(土) 00:39:08.99 ID:A94W1H7Eo

「おいおいおいやめてくれよ、俺のオフクロはウロボロス系列の家電屋に勤めてんだぜ?」

そして更にもう一人、
先ほど佐天にブランデーを飲ませた隊員がこの取り留めのない話に横から加わった。

「確かお前のオフクロはフォートワース住みだったか?まだ家電屋で働いてんのか?」

「そうだ。勝手に潰れられたらオフクロが家賃払えなくなっちまう」

「ああ、そういえば姉貴ん家のエスプレッソメーカーもウロボロス系列のだったな。保障効かなくなるのか?」

「知るかよ。コールセンターに聞けよ」

「そもそも何で俺達はウロボロスと戦争してんだ?ウチの兵器だの何だののほとんどがウロボロス系列だろ?」

「というかアメリカ=ウロボロスだろ。ウチのデカイ企業のほとんどがウロボロスと提携関係だぜ?つまりだ、これは陰謀が絡んだ企業内戦だ」

「売れねえ三流作家でもんなネタ使わねえよ」

「それにしても今のこの状況を伝えりゃ、無人化無人化喚いてたあの野郎どんな顔するんだろうな」

「誰?」

「あの議員にだよ。ウン億ドルもした無人機が何もしない内に片っ端から叩き落されて、『人力』の俺達が生き残って、ってな」

「だからその議員って誰だよ」

「あのほら、共和党の、名前なんつったか、ケツにモリ突っ込まれたトドみてえな顔のがいたじゃねえか」

「下院か?」

「ちげえよ。フォートワースの市会議員だ」

「んなローカルなゲイ野郎知らねえよ」

「知らねえのかよ。俺の地元じゃ結構有名なんだぜ?」


「大尉、このテキサス野郎が言う市会議員って知ってます?」


「んな顔の議員は知らん。お前らのオフクロさんなら知ってるが」


話を振られたリーダーはそう軽くあしらいながら、
指を軽く振るようにとある一つの倉庫を示した。

331: 2011/03/05(土) 00:40:23.27 ID:A94W1H7Eo

すると、そのサインの意図を受け取った一人の隊員がその倉庫の巨大な扉の脇に駆け寄り。

背負っていたバックパックを下ろし、
小さな端末を取り出しては倉庫の壁にあるパネルに接続し。

「システムオンライン。ロック損傷無し。全隔壁にも問題無し。稼動状態に問題はありません」

素早くキー操作しつつ、
読み取った倉庫の状態を知らせた。

「中身は?」

周囲を警戒して背を向けたままリーダーはそう問い返し。

「空です」


「ここで問題無いな?」

そして黒子の方へと振り向きながら彼女に言葉を飛ばした。

黒子「……」

それに対し彼女は無言のまま軽く頷いた。

そう、
このシェルター染みた倉庫はまさに防衛拠点に打ってつけなのだ。

悪魔の全面攻撃となればやはり耐えられようもないだろうが、
それでもガラス張りのオフィスビルに立て篭もるよりは万倍マシだ。


332: 2011/03/05(土) 00:42:07.55 ID:A94W1H7Eo

「OK、開けろ」

その黒子の了解も受け、
リーダーが端末を持つ部下へと指示の声を飛ばした。

「了解。ロック解除、開きます」

そして端末を操作していた隊員の声に続き、
地鳴りのような音を響かせて扉が開き始めた。

1m以上もの厚さがある『隔壁』が、ゆっくりと横へと移動していく。

そこで早速、
リーダーが無言のまま頭を軽く傾けては中に入るよう促し。
他二人の隊員が素早く徐々に開いていく隙間から中へ。

「クリア」

その中に入った隊員からの、異常が無いことを確認した声を受け、

「よし。入れ」

リーダーが民間人達に向けそういった所で。


「……おい。どうした?」


突如強烈な金属の激突音が響き、
扉が2m程開いたところで動きを止めた。


「……オフラインです。動力供給が切れました」


「原因は?」


「あー、今システムチェックします。いきなりぶっつりと……」


333: 2011/03/05(土) 00:43:29.76 ID:A94W1H7Eo

「とにかく復旧を急げ」

「了解」


とその時。

突如輝き出す『南側の空』。

皆が皆その光を視界の端に捉えては反射的に目を向けるも、
その眩しさにこれまた同じく反射的に目を細めた。

距離にして20km程、光源は恐らく南島だろう。

黒子「…………」

黄金色と燃えるような赤が混ざったその光と眩しさは、どことなく澄んだ朝日にも似ているか。
ただ、アレはそんな清清しい現象ではないはずだ。

大気を通じての音は『まだ』聞こえないものの。
地殻を伝わってきた振動が生み出す、内臓を震わせる程の地響きがそれを物語っている。


「……あれも学園都市の『天使』か?」

と、そんな光の祭典を目にしながらリーダーの男が呟いた。

その言葉を己への物へと判断した黒子は、
リーダーが口にした『天使』というワードを聞いて一瞬間を空けながらも。

黒子「……さあ。『悪魔』かもしれませんの」

揚場の無い声でそう言葉を返した。

334: 2011/03/05(土) 00:45:41.13 ID:A94W1H7Eo

そう、あの光源が仲間の『天使』なのかそれとも『悪魔』なのか、
そしてその悪魔が『味方』かどうかすらもわからない。

黒子「まあ、どちらでも別に」


ただ。

一介の『兵卒』に過ぎない黒子は、
そんな上位の領域の事など把握する必要は無い。

『レベル5』達の上司に任せておけば良いのだ。

今の己には『関係ない』。


『関係ない』。


黒子「―――…………」


そんな風になんとなしに思ったのだが。


『レベル5』。

『関係無い』。


思索の中で発した、己のそれらの言葉が木霊する。


理由はわからない。


わからないのになぜか―――。

335: 2011/03/05(土) 00:47:10.44 ID:A94W1H7Eo

黒子「―――……」


なぜこんなにも引っかかる?

何も『感じない』のに、なぜ違和感を覚える?


突如襲ってきた得体の知れない焦燥感。

それに堰き立てられたかのように、黒子は思わず後ろへと振り返り。
一塊になって屈んでいる民間人、その中の佐天へと目を向けた。

佐天「…………?」

その視線にすぐに気付き、
困惑と驚きが混ざった表情を浮かべる佐天。

そんな彼女の顔から、黒子は『なぜか』視線を逸らすことができなくなってしまった。
己の意思に反して目が固定されたかのよう。


いや。

『己の意思に反している』のではない。


こうさせているのも『自分自身』だった。


己の中で『別の自分』が「見ろ、気付け、目を逸らすな」と駆り立てくる。
その一方で『更に別の自分』が「見てはいけない、それに気付いてはいけない」、と覆い隠そうとしている。


そして彼女は思う。


こんな疑問を抱く。


では『このわたくし』は『ダレ』―――?


―――別の二人の『自分』を感じている自分は『ナニ』?、と。

339: 2011/03/05(土) 01:59:42.69 ID:A94W1H7Eo

佐天「―――」

その時、佐天は目にしていた。


黒子の顔のとある『変化』を。

一見すると、先までと同じ冷たい無表情だが。
しかし佐天はその小さな変化を見逃さなかった。

揺れ動いている瞳。
微かに震えている唇。

そして。


白井黒子の『色』。

この地獄で出会った白井黒子ではなく、
学園都市でいつも見る白井黒子の『色』が。

それはほんの僅かにしか過ぎない。
そう、僅かに過ぎないのだが。


佐天「―――し―――白井さん」


間違いなく『本物の白井黒子』の欠片だった。



思わず、思わず佐天は『再び』呼びかけた。

先ほどの、
ビル内のレストランでの確かめるような声色ではなく。


相手を白井黒子だと『確信』して。

340: 2011/03/05(土) 02:04:52.85 ID:A94W1H7Eo

そんな『投石器から打ち放たれた礫』が、
黒子の内面を囲っていた城壁に叩き込まれる。


黒子「―――」


己の名を呼んだ佐天。


その声で感じる『これ』はなに?


なんで?


なぜ?


思考が繋がらない。
噛み合わない。
何かが欠落し何かを見落としている。

とてつもなく『危険』だけども。


それ以上にとてもとても『大事』な何かを。

341: 2011/03/05(土) 02:05:54.10 ID:A94W1H7Eo

そう、確かに土御門が思った通り、
これは白井黒子が『白井黒子という人格』を取り戻すチャンスだ。
この島に来て失ったものを引き戻す最後の機会だった。

しかしそれは一方で。

この状況においては非常に危険な事であった。
そもそも彼女がこうなってしまったのも、元は己の精神を守る為のシステムの一旦。

ストレス
恐怖を認識しなくなったのは自己防衛機能の一つ。
彼女の精神は、このような状況には『耐え切れない』。
それでも、表面上だけでも何とか正常を保つためにこんな機能が働いたのだ。

無意識下の生存本能はこう決定したのだ。


『人格を頃してでも長く、できるだけ長く生き延びよう』、と。



つまりその機能を停止、拒否するという事は―――。



そんな時。



この倉庫地区に叫び声が木霊する。



身の毛のよだつ、あの言い知れぬ悪寒を覚えさせる異形の金切り声が。

この世のものとは思えない、いや、本当にこの世界のものではない咆哮が。



黒子「―――」


その声が強烈な刺激となる。
微かに頭を出した『白井黒子の心』にストレートに突き刺さり。


傷口に塩を塗り込むが如く―――。



―――そして奥底にて眠りこけていた、『恐怖という怪物』を揺さぶる。

342: 2011/03/05(土) 02:07:09.85 ID:A94W1H7Eo

「―――!!!」

300m程離れた倉庫の上に現れた複数の悪魔の姿。

「入れ!!!」

即座に民間人達に向け飛ばされる、
倉庫に入るよう指示するリーダーの声。

それを受けて、すぐさまそれぞれの仕事をこなす隊員達。

「12時方向!距離300!」

ある隊員達は位置につき。

「入れ入れ!」

またある隊員達は、
負傷者に肩を貸すなどして倉庫内への非難を急がせる。

そんな隊員達の姿と声、そして悪魔の咆哮とおぞましい殺意を感じながら、
黒子の体は佐天を見つめたまま硬直していた。



佐天「しら―――」


その黒子に向け、再び佐天が呼びかけようとしたが。

「―――入れ!!入るんだ!!」

脇からの英語の叫びで遮られた。

佐天「あっ―――」

思わずその方向を見ると。

開いた扉の隙間脇に寄りかかるような体勢で、
右手でアサルトライフルを構えつつ、左腕を大きく振っていた。

佐天にブランデーを飲ませた、あのテキサス野郎と呼ばれていた隊員だ。

343: 2011/03/05(土) 02:15:15.95 ID:A94W1H7Eo

佐天は一度、そして二度、交互にその隊員と黒子を見やり、
そして戸惑いの色を見せたが。

「何してやがる!!!」

次いで放たれてきたその声に負け、引っ張られるようにその隊員の元へと、
開いている隙間の方へと駆け出した―――。


その時だった。


突如、『透き通った何か』がけたたましい激突音を響かせて扉に壁に突き刺さった。

それは遠くから飛翔してきた太さ10cmもの『氷の矢』。


そして真っ赤な液体で染まる、


佐天「―――ッ」



佐天の胸から首元。



「がッ―――」

その液体があふれ出た口は、
扉脇に立っていた『テキサス野郎』が佐天に向け伸ばしていた左腕、



「―――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛腕が―――!!!野郎ッ!!!俺の腕をッ―――!!!」



肘から先を無くしたその腕から噴出す鮮血であった。



「―――あ゛あ゛クソッ!!クソクソクソクソ!!!!!―――」

344: 2011/03/05(土) 02:19:11.61 ID:A94W1H7Eo

痛みに堪えるためかその場で地団駄を踏むように力んでは、

「―――畜生ッ!!畜生がッ!!!やりやがったなクソッタレッッ!!!!!」

スラングまみれの腹からの怒号を吐き出す隊員。
その驚きと怒り、そして苦痛に滲んだその声色は、一発で喉を痛めそうな程に潰れたもの。

そして壁に背をこすり付けるようにその場に倒れこんだ。


佐天は噴きかかった鮮血に怯みもせず、いや、怯んでいただろう。
ショックを受けたからこそ。



佐天「―――だめえええ!!!だめ!!!だめ!!!だめ!!!だめ!!!」



彼の元にかがみ込んでは、短くなった左腕の先に手を当て、
そう何度も悲鳴染みた声で口にした。


毀れ出て行く命を何とか、何とか止めようと。

しかしそんな彼女の悲鳴をあざ笑い、
指の間から絶え間なく熱い鮮血が溢れていく。


「―――中に引っ張り込め!!!!ドク!!!ドク!!!!」


とその時、別の隊員のそんな怒号が響き、
二人のワイシャツ姿の民間人が肩辺りを掴んでは、テキサス野郎を倉庫内に中に引き摺り込んだ。

345: 2011/03/05(土) 02:20:54.70 ID:A94W1H7Eo

その一連の光景。

鮮血に染まった佐天。

彼女の悲鳴。

氏に片足を突っ込み始めた隊員。


これが、黒子への決定打となった。


『取り戻す』鮮烈な戦慄。


ぞわりと、雁首を掲げた『怪物』が、黒子のうなじを舐めていく。

そのなんと巨大なことか。
そのなんと濃厚なことか。

この島に来てからの、目を背けていた時間の間にここまで膨れ上がっていた。

溜め込んでいた苦痛はここまで巨大化していた。


『恐怖という怪物』は。


その姿は、今まで『見えなかった』のが不思議なほどに強烈。


周りにはこんなにも血が溢れてる。

周りにはこんなにも氏がある。

そしてこんなに近くにまで氏が忍び寄ってきている。

いや、忍んでなんかもいない。


大手を振って正面から向かってきている。


こちらに笑いかけながら―――。



黒子「―――…………わ、わたくしは―――」



こうして、彼女の心を守っていた『時限装置付の防壁』が崩壊した。

346: 2011/03/05(土) 02:21:32.04 ID:A94W1H7Eo

とその時。

「テレポーター!!!どうしたテレポーター!!!」

肩を僅かに震わせ始めた黒子に向けリーダーが呼びかけたが、当然反応は無し。

「チッ!!!来い!!!」

彼女の小さい体は一気にリーダーに抱えあげられ、
そして倉庫内へと運び込まれた。

「全員入ったか!?」

黒子をやや乱暴に壁際に下ろしながら、そう声を放つリーダー。

「入りました!!!!」

その確認の会話後即座に、
扉が開いている前に、ウロボロス社兵が先ほど装甲車から拝借した機関砲を設置。
他の隊員たちもそれぞれの射撃位置につき。

そして、外へ向けて一斉に発砲を開始した。

耳を劈く発砲音。
ただでさえ凄まじい爆裂音、
それが更に倉庫内に反響し更に強調されていく。

慣れていない民間人は蹲る様に耳を押さえ、ある者は悲鳴を挙げた。

そんな中、ドクと呼ばれていた一人の隊員が、
腕を飛ばされたテキサス野郎の下に駆け寄った。

失血のせいか、目が既に虚ろになっていたその瞳に
ペンライトを当てては反応を確認しつつ、

「縛れ!!!!強く縛るんだ!!!思いっきり縛れ!!!」

『短くなった左腕』の先にいる佐天の方に一本の紐を放り投げた。

347: 2011/03/05(土) 02:27:06.61 ID:A94W1H7Eo

英語を聞き取るどころか、この距離にも関わらず声が聞えないほどの爆音、
それでも身振りで何を言わんとしているかはすぐわかる。

佐天「―――ッ!!!」

佐天の手は一切の抵抗無く、血などものともせずに動いた。

大量の血、生々しい傷口、確かに一般人の彼女にとっても強烈過ぎるもの。
しかし、今はそんな事を感じる余裕すらなかった。

血に塗れながら、彼女は無我夢中で紐を縛った。
きつく、きつく。


黒子「わ……わ……」

そんな修羅の様相の彼女を見ながら、黒子は呆然としていた。

『防壁』が決壊し、噴出しなだれ込んでくる『ツケ』。
頭の中は極度の混乱、胸に押し寄せる凄まじい圧迫感。

自分がこの島に来て『何』を目にしていたのか。
この島が一体どういう『場所』なのか。

それがわかってしまった。

気づいてしまった。


そして。


怖かった。


ただただ怖かった。


348: 2011/03/05(土) 02:31:59.59 ID:A94W1H7Eo

初めて悪魔に会ってしまった、かつての路地裏でゴートリングの姿を目にした時と同じ恐怖。
一切のフィルターが取り除かれた、あの本物の恐怖。


黒子「あ……あ……」


『レベル5』、『関係ない』、それも間違っていた。
間違い過ぎだ。


関係ない訳が無い。


何せレベル5の―――。



―――『お姉さま』がこの島にいるのに。



そして、なぜ『関係ない』としてしまったか、その理由も『わかってしまった』。


もしお姉さまに何かがあったら?


もし。


もしもお姉さまが―――。


そんな、彼女への想いが原因だった。

御坂の喪失は、黒子にとって正に『即氏級の恐怖』。

御坂美琴は彼女の最愛の存在でありながら。



最凶の恐怖の象徴でもあった。



そう、他の者を強く思いやる心優しき者にとって、『喪失』は最大の弱点と成り得る。

だから無意識下の防衛システムは全てを遮断した。


彼女の『全て』を。


白井黒子は御坂美琴に向けて、
己の精神の『耐久度を越えた想い』を抱いてしまっていたのだ。

349: 2011/03/05(土) 02:34:12.58 ID:A94W1H7Eo

怖い。怖い。
何もかもが怖い。

恐怖は生命体にとっての最大の精神的苦痛。
全ての負の感情の根底にある真理。

そして、心の中で別の己が囁く。

つらいだろう?苦しいだろう?

じゃあもう一度捨ててしまえ。

もう一度全てを遮断してしまえ。

まだ戻れる。

また楽になれる、と。


黒子「―――」

そう、苦しい、つらい。


場もわきまえずに、無様に瞳から雫を零してしまうほどに。


でも。


でも。


それでも。


『嫌―――嫌だ―――』


『これ』を捨てることなど無理だった。

御坂美琴。

彼女の姿を、また心の中から消してしまうなんて。
黒子にとってはできない事だった。

例え精神が押し潰されても。

例え氏んでも。

                ケ
愛するお姉さまは殺せない。


絶対に。

350: 2011/03/05(土) 02:36:30.68 ID:A94W1H7Eo

彼女は動き出す。

涙は止まらぬし手は震える。
しかし迷いは一片も無かった。

背中にある小さなバックパックを下ろし、
中から長さ30cmにもなるレディ製の大きな杭を取り出しては、ベルト前の触れやすい部分に差込。

両手の指に挟み込むようにして投擲用ナイフを持ち、
釘を4本口に咥えて立ち上がっては、リーダーの方へと駆け。

そしてその背中を小突き、首を傾けては外に出ると仕草で示した。

一瞬、彼はそんな彼女の泣きっ面に固まったが。

「テレポーターが出る!!!!」

すぐに頷くとヘッドセットにそう怒鳴り込んだ。

そして黒子が外に飛ぼうとしたその寸前。


腕を無くした兵士の脇にいる、佐天と目が合った。


そんな、大切で強い友達に黒子は小さく頷いた。
瞳を潤ませつつも、穏やかな笑みで。


佐天「―――」

直後、佐天が口を開いたが。
音を発する前に黒子は外へと飛んでいた。


もし佐天の喋りを待っていたとしても、
その声は凄まじい発砲音で届かなかったろうが。

351: 2011/03/05(土) 02:37:11.80 ID:A94W1H7Eo

ここで諦めてればば。

ここで忘れれば。

ここで捨てれば。


一体どれほど楽なのか。


黒子「……全く、厄介なものですこと」

しかし。

どんなに無様に泣き叫ばされようが。

どんな醜態を晒させられようが。

どれほどプライドが叩き潰されようが。

どんな間違いを犯そうが。

どんなに拒絶されても。

どんなに距離が離れても。


黒子「うんざり……してしまいますの……わたくしの馬鹿さ加減には」


手放せるわけがない。



352: 2011/03/05(土) 02:43:29.35 ID:A94W1H7Eo

次の瞬間、黒子は倉庫の上にいた。

黒子「…………」

眼下には、たくさんの悪魔の姿。
パッと見えるだけで4、50はいるか。

離れた場所にも動く陰が複数あり、これからますます増えそうだ。

そして彼女は飛び込み。


飛んでは切って。

飛んでは避けて。


修羅の如くそれを繰り返した。


悪魔達が振るう爪、その一撃で体が木っ端微塵になるという事実。

黒子「―――ッシッ!!!!」

怖い。

怖すぎる。

それでも彼女は飛び続ける。

涙を流しながら、肩を震わせ。
熱い吐息を漏らしながら、歯を食いしばり―――。

353: 2011/03/05(土) 02:47:50.71 ID:A94W1H7Eo

アサルトの体当たりを真横に飛んで交わし、カウンターで首を裂いて計10体目。

地面に叩き込まれた悪魔の蹴りで、アスファルトの破片がショットガンの散弾のように飛び散り。
黒子の太ももをかすっていく。

戦闘服がパックリ裂かれ、そして血も流れ出す。


黒子「―――ッッあぐッ!!!!!」

彼女は思わず声を漏らした。
その苦痛のなんと鋭いことか。

でも、でも。

これも大切な感覚
無くてはならないもの。

この痛みと『熱』が、己がまだ生きてる事を知らせてくれる。


フロストの首の後ろを引き裂いて計17体目。


演算にミスがあったのか、転移の座標が僅かに低くなってしまい、
フロストの体に左手先が直接触れる。


黒子「―――あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!!!」


超低温で焼ける凄まじい痛み。

手が凍り付いて砕けるまでは行かなかったものの、
肘から先の感覚が完全に消失した。

いや、感覚の消失ではなく、他の感覚を全て押しつぶすほどの激痛だった。


そしてそれは、彼女の演算に障害を与えるには充分過ぎる刺激でもあった。

354: 2011/03/05(土) 02:51:46.85 ID:A94W1H7Eo

黒子「!!!!」

間髪いれずに、こちらに真っ直ぐ突進してくる一体のアサルト。

避けなければあの爪の餌食となる。
そして足で回避できるような攻撃でもない。


能力で飛ぶしかない。


しかし、地面に立つような高度に飛ばすのが『怖い』。
足が埋まるのが『怖い』。

そんな風に咄嗟に黒子は、
己の体を5mもの高さに飛ばしてしまった。


黒子「―――ッんッぐッッッ!!!!!」


結果、攻撃は避けれたものの。
地面に無理な体勢で叩き付けられてしまうことに。


狩ったのは17体。


この短時間での一人の戦果としてはかなりのものだっただろう。

しかし。


この場にいる悪魔の三分の一も狩っていなかった。

355: 2011/03/05(土) 03:04:24.21 ID:A94W1H7Eo

黒子はふらつきながら立ち上がると、近くの倉庫の壁にもたれかかり。

右手先に持っていた投擲用ナイフを捨て、
その手でベルトにある長い杭を引き抜き。

追い詰めた『獲物』へとにじり寄ってくる悪魔達を見据えた。

泣きっ面で、頬をぐじゃぐじゃに濡らし。
肩を震わせて鼻水を鳴らし。

震える唇からは啖呵も出ない。

それでも、それでもその姿は猛々しくそして凛々しく見えるものだった。


黒子「…………ふーッ。ふーッ……」


気負いは無かった。
恐怖はあっても、迷いも後悔も無い。

いや。

迷いというか少し、すこしだけ。


黒子「(……お姉さま)」


心残りはあるか。


何がお姉さまの助けになりたい、傍で戦いたいだ。
とんだありがた迷惑だ。

いつもいつも、余計なことしかできない。


黙ってこんなところに勝手に来て、こんな結末になって。

お姉さまは確実に怒る。

そしてお姉さまはきっと悲しむ。



黒子「(最期までわがままで不孝者のこの黒子めを、どうかお許しくださいまし)」



これ以上ないほどに。



瞬間、悪魔達は飛び掛った。
一斉に全方向から。

356: 2011/03/05(土) 03:08:04.08 ID:A94W1H7Eo

その瞬間、夢か幻か。




「はいはいはい、そこまで―――」




黒子は唐突に目にした。


青白い稲妻を翼のように背中から迸らせながら、ふわりと舞い降りてきた『天使』を。

先ほど、あのリーダーは学園都市の『天使』と口にしたが。
それは本当に納得だた。
黒子にとって、ここに現れたその者は正に天使と呼べるに相応しい存在だった。



黒子「―――あ…………あ…………」




その『天使』は驚きもせず、怒りもせず。



「遅れてごめん―――」



それどころか、逆に謝って。







御坂「―――黒子っ」






彼女の名を呼んだ。
優しく、暖かい声で。


357: 2011/03/05(土) 03:09:48.20 ID:A94W1H7Eo


黒子「―――」


まさか自分はもう氏んでいて、これは幻想なのでは?思いたくなってしまうほど。
御坂美琴の姿は美しく見えた。

今までで最も。
飛びぬけて。


御坂は背後の悪魔達へ向け、見もしないで極太の電撃を放つ。


その火力は尋常なものでは無く、
能力が『かなり強くなっているよう』にも見えた。


この劇的な状況のせいで、己の中で演出のフィルターをかけてしまっているのか、
それとも、『何らかの要因』で本当に御坂の能力が強くなっているのかは、
今の黒子では判断しようが無かったが。



そして更に突如御坂が持っていた黒い大砲がスルリと『延びた』。


その形と動きは、剣というよりは正に『刃の付いた鞭』。


御坂が動かなくても、
まるでそれ自体が意思を持っているかのようにうねっては、
目にも止まらない速度で次々と悪魔を寸切りにしていく。


358: 2011/03/05(土) 03:12:45.84 ID:A94W1H7Eo

黒子「あ、あ、…………」


もう間違いなかった。


これは幻想なんかじゃない。

そんな大砲が伸びて鞭になるなんて『想像力』は黒子には無いし、
そもそも氏ぬ時の美しい幻想ならば、
こんな悪魔達の悲鳴や飛び散る肉片なんかも無いはず。


御坂美琴はあまりにも美しすぎるけど。


この一方のおぞましさは『現実』を示していた。



黒子「―――お―――」


黒子は思わず駆け出した。



黒子「―――お゛ね゛え゛ざま゛ぁ」



泣きじゃくりながら御坂へと。

そんな彼女を見て、御坂はクスリと小さく笑った後。


御坂「ほら、おいで。黒子」


そう呼んでは優しく抱き止めた。
両腕で包み込んで、後輩の頭に頬を当てて。


周りで踊り狂う黒い鞭の刃と、巨大な稲妻の嵐が
悪魔達を殲滅していく中。


―――

368: 2011/03/08(火) 23:12:41.15 ID:Fs4QU8deo
―――

外からは地響きが聞える。
金髪の麗しい聖人による戦囃子が。

一方で頭の内から聞えてくるのは、決氏の場にいる『魔神もどき』からの、
寿命と引き換えに送られてくる『記述の情報』。

目に『見えている』のは、フォルトゥナの姫越しの『術式迷宮』。


土御門『…………』

磨耗していく精神、その負荷に苛まれながらも土御門は堪え続け。
そして『策』を完成させた。
人造悪魔共の機能を停止する策、その手順が練り上がったのだ。


土御門『…………』

しかしその実行にはあと一つ。
あと一つだけクリアしなければならない問題があった。

                   キー
それは、最も重要な『情報』が足りない、ということ。


この策の成功に必要不可欠な、『核』の『位置』を示す『コード』。

                               キー
これが無ければ始まらない、まさに『鍵』となるたった一つの記述が。

369: 2011/03/08(火) 23:14:07.14 ID:Fs4QU8deo

ただ、その『鍵』の在り処は大体見当がついている。

簡単だ。

先ほどキリエが『言わなかった言葉』だろう。
彼女が堪えて胸に閉まった言葉だ。

土御門『……』

と、なぜこうも土御門が冴え渡っているかと言うと。

この『加護』の影響か、よく『鼻が利く』おかげだ。
尋常じゃない確実性をもって勘が働く。

これが高位の存在が有する独特の知覚の一種、魔の側で言えば『悪魔の勘』という系のものか。

土御門『(便利だな)』

そう、非常に便利な知覚だ。
見えてくるのが『良い事象』か『悪い事象』なのかは別として。


この時もその勘は、良い事と悪い事を分け隔てなくはっきりと告げていた。

良い事は、上記の通りキリエが胸に潜めている言葉が『鍵』だという事。

そして悪い事は。


その言葉は、闇に潜んでいた『獣』を放つ解号でもある、と。


『絶大な存在』を叩き起こすことになる、と。


土御門『……』

370: 2011/03/08(火) 23:18:13.55 ID:Fs4QU8deo

このざわつき。

意識した途端押し寄せてくるこの圧迫感。

やはりアリウス。
術式の防護システム・難解すぎる暗号化の他に、
とんでもない『番人』を置いていたようだ。

土御門『……』

ただまあ。
だからと言って怖気づき退くことはあるまい。

確かに恐れはある。
いや、はっきり言って怖くて怖くて仕方が無い。
しかしそれ以上に負ける気は無い。


勇気は『腐るほど』有り余ってる。


土御門『キリエ嬢』

土御門は屈み、美しい姫に問うた。


土御門『今がそれを問うべき時なのかはわからない』


土御門『だが、今こそ俺はその言葉を欲している』


キリエ「……わかりました」

そんな土御門の佇まいと声色で、彼が何を求めているのかを悟った聡明なキリエ。
その目をまっすぐ見つめながら小さく頷き。



キリエ「核は―――」



そして、土御門へ『鍵』を渡した。



キリエ「―――『影』に」


その瞬間。


絶大な『影』目覚める。



―――

371: 2011/03/08(火) 23:21:19.14 ID:Fs4QU8deo
―――

遡ること少し前。

とある高層ビルの前にて、一人の金髪の女が舞を披露していた。

手に持っているのは、神事の笏でもなければ神木の枝でもなく、
刃渡り5mにも達する巨大なクレイモアだが。

そして周りで響くは聖歌ではなく、刃が生み出す破壊の音と悪魔達の断末魔。
格好は簡素な作業服にエプロン。

にも拘らず、その全身から香は高貴な麗しさ。
周りの凄まじい惨状がより一層その美しさを際立たせる。

彼女は近衛侍女所属の聖人にして、
英国の王権神授制、その神事を司る巫女。

シルビア。

『戦争』は確かに『数』だが、
『戦闘』においては、互いの力量の差によっては数では押し切れない場合がある。

今この光景こそ、そのわかりやすい例の一つになるだろう。

群がる悪魔達は彼女に指一つ触れられない。
その白銀の刃にさえ『接触しない』。

悪魔を破断していくのは、その白銀の大剣から放たれた斬撃。

彼女が振るうたびに大地に巨大な爪痕を刻み、数十対もの悪魔を抹頃する。
その切断面はお世辞にも滑らかとはいえない、まさに『叩き切る』というもの。

更に勢いはそれだけにとどまらず、
放出された余波が周囲のビルを次々と切り倒す。


下等悪魔などいくら束になってかかって来ようが、
刃を抜いた彼女にとってはなんら脅威ではないのだ。

372: 2011/03/08(火) 23:23:22.70 ID:Fs4QU8deo

しかし。

今のコレは、生き残った方が勝ちという単純な『戦闘』じゃない。

コレは『戦争』だ。

シルビアには、この背後の土御門とキリエがいるビル、
そこへの悪魔の侵入を遮るという使命がある。


シルビア「(…………多すぎるな)」

凪いでも凪いでもきりが無かった。
悪魔達の数は尋常じゃない。
地面から雑草のように生えてきてるんじゃないかと思ってしまうほど。

それに対して剣を使うのは、やはり効率が悪かった。

今のようにある程度は応用が利くものの、
それでも大量の雑魚を処理する場合にはいささか不便だ。

どんなに強力な攻撃でも、『線』では全てを頃し切れない。
一部が間をすり抜けてきてしまう。

ではどうすれば?


シルビア「(……アレを使うか)」


答えは単純。


ならば『面』を制圧する攻撃に切り替えれば良い。

373: 2011/03/08(火) 23:27:35.45 ID:Fs4QU8deo

彼女が徐に地面に大剣を突き刺すと。

その白銀のクレイモアはぬるりと地面に沈んで行き、
それと入れ替わるように生えてくる長さ1.4m程の弓。

シルビアはそのイチイの木から作られた弓、『ロングボウ』を手に取り。
津波の如く押し寄せてくる悪魔の一団の方に向き、弦を掴み顎に密着するほどにまでその手を引いた。

するとその手先にこれまた長い矢が出現。

シルビア「…………」

そして、矢を挟んでいた指を離した。

独特の風切り音を響かせて放たれるロングボウの矢、
これはただの矢ではない。

聖人が放つ、魔術によって極限にまで強化された矢だ。

矢は目視が不可能な速度で大気を切り裂いていき、悪魔の一団に到達。
鏃はその先頭の一体をやすやすと貫き、そのまま後方の10体近くをもぶち抜いていった。

しかしそんな破壊さえも、実は今起動した魔術のほんのおまけだ。

この一矢で重要なのは『方向を示す』事と『破壊力の指定』であって、
命中したことそれ自体ではない。


攻撃を行う『メイン』は。


直後にシルビアの周囲の中空、そこから現れた『無数の矢』だ。


数にして数十万本、彼女が先に放った一矢の方向へ放たれる。

その第一矢と『同じ』破壊力を帯びて。

それはかわす隙間などもってのほか、
蜂の巣となる『余地』すら残さない圧倒的密度の弾幕。


文字通りの『矢の壁』は『全て』を射抜いた。

そんな一斉射撃により、その面方向の悪魔達の一群が跡形も無く『消滅』。
切り落とされ倒れていた周囲のビルらも粉砕され、残ったのは小さな瓦礫に覆われた更地だけであった。

374: 2011/03/08(火) 23:30:35.80 ID:Fs4QU8deo

これは、百年戦争にて絶大な火力を発揮した『イングランドのロングボウ』、
それにちなんだ、後には何も残さない指向性広域殲滅魔術である。

ブリテン
英国の歴史そのものを『魔術基盤』とできる、
英国の王権神授制、その『神事』を司る巫女にしか扱えない強力な魔術。

更にシルビアの場合、そこに聖人性が加わってのこの火力。
実を言うと、彼女がこれを使う際は、
ステイル達の力の解放と同じく王室の許可が必要になる程だ。

第一撃、その圧倒的な戦火を確認したシルビアは次いで手際よく、
第二矢・第三矢と悪魔達の一群目掛けて放っていく。


そしてその放たれた一矢が通り過ぎた一瞬後、
何もかもを破壊していく矢の壁が完璧すぎる『整地』を行っていく。


土御門達がいるビルの周囲は、ますます更地が広がっていく。
まるまる消えてしまった面積は恐らく数区画分。


その風景はさながら、中央にオベリスクがある広大な広場のよう。

シルビア「……」

彼女は矢を次々と放ちながら、こうふと思った。


ここは、数日前に廃墟と化した『どこかの聖都』の在りし日の姿みたいだな、と。


向こうは『聖都』。
ここは『魔都』。

その対比と偶然の風景の一致も、なんだか妙に馴染む。

375: 2011/03/08(火) 23:33:04.62 ID:Fs4QU8deo


と、その時であった。

シルビア「―――ッ」

前触れもなく突如として襲ってくる、
正体不明の凄まじい圧迫感。


シルビア「―――なっ……!」


こんな感覚は初めてであった。

己の巫女として、聖人としての『神性』が急激に萎縮している。
そして武人としての本能がこれ以上ない強い声で『危険』を告げている。

ロングボウを構えながらあらゆる方向を見、
この『威圧的な視線』の発信源を探すも見つからない。
いや、厳密には『見つからない』ではなく、判断がつかなかった。

『全方位』から視線を感じているのだから。


シルビア「―――……ッ……何なんだこれは……ッ!!!」

歯噛みしながら吐かれたその声はやや震え。

ロングボウを構える手先に力が入り、
全身からは一気に噴出す嫌な汗、胸の奥では爆発的に加速する鼓動。


最早、押し寄せてきている下等悪魔達には気が回らなかった。

そしてその必要もなかった。

シルビアがどんなに鬼神の如く仲間なぎ払おうが、
全く怯まずに挑んできていた悪魔達。

そんな彼らの揺ぎ無い闘争心をも、
この『何か』のオーラはいとも簡単にへし折ったらしかった。


悪魔達は180度進行方向を変え、一斉にこの場から離れていったのだ。
蜘蛛の子を散らすように。

376: 2011/03/08(火) 23:36:42.92 ID:Fs4QU8deo

異形の大群が姿を消したあとに訪れる、一瞬の完全な静寂。

シルビア「―――……」

聞えるのは己の小刻みな呼吸と鼓動。

その、己の生に耳を傾けながら周囲に意識を集中していたところ、
ふととある方角で視線が止まった。

更地となった瓦礫向こうにて、
何かが闇の中で蠢いているのが見えたのだ。
それも複数。

いや、動くものが『見えた』ではなく、動いている気配を感じ取ったと言うべきか。

なにせ、ロングボウを構え狙いを定めつつ目を凝らすも、
動いているものが何なのかがわからない。
闇が少し色濃くなったのか、目視で確認できないのだ。


闇に紛れてしまう暗い色でもしているのだろうか、大きさは小型、数は10~20―――。


と、シルビアは動く気配だけでそう闇の向こうの存在を推測するも。
それが悉く間違っていたという事を数秒後に知った。


『闇の向こうで動いているもの』など、
どんなに目を凝らしたって見えるはずもなかった。

数も複数ではなかった。



シルビア「―――」



『動いているものが闇』だったのだから。


その瞬間。


影が伸びた。


無数の杭となって。

377: 2011/03/08(火) 23:41:43.91 ID:Fs4QU8deo

その速度は、シルビアが放つ矢をも遥かに越えていた。


シルビア「―――ッあッ!!!!」


彼女が瞬時に上方へと跳ね飛ぶと。
それに一瞬遅れて、飛び上がった直後の彼女の真下、
その足先を掠めていく影の槍衾。


シルビア「(ッ―――?!!)」

今の攻撃。

あの槍衾。

かわした瞬間、滝のように全身から汗が噴出した。
あんな攻撃は今まで目にしたことが無い。

ここまで直感的に『氏』という事をイメージさせてくる攻撃は。

ここまで精神が磨り減ってしまうほどの緊張を与えてくる攻撃は。


その槍衾の姿は何かが擬態しているのでもなく、影のようなものでもない。
見れば見るほど『影そのもの』。


まさしく影が攻撃してきたのだ。


シルビア「(と、ということは…………―――)」


そういうこととなると、全方位から視線を感じたことの理由も付く。

闇、影はどこにでもある。

至る所に。


この一帯全てが闇に包まれているではないか。


そしてそれはつまり。



シルビア「(―――冗談だろ―――!!!!)」



周囲全てが『敵』ということとなるか。

378: 2011/03/08(火) 23:43:46.78 ID:Fs4QU8deo

シルビア「(―――くッそ!!!!)」

そんな状況証拠から導き出された、
確実性の高い結果を強引に吹き払おうとでもするかのように。

彼女は真上から、眼下の影目掛けてロングボウを放った。


そして次いで放たれる、圧倒的な面制圧―――。


その結果の光景は、
さながら現代戦車に『普通の矢』を射掛けたかのようであった。


矢の壁は大地を大きく抉り上げ、
区画ごと一帯を沈ませたも。

肝心の影の『槍衾』には傷一つつけられなかった。


シルビア「―――チッ!!!!」


言葉通りの無傷。


気持ちが良いくらいに全くの効果無し。


と、その時。


今度は『真後』。


後方から影の杭が伸びてくる気配を感じ取った。

土御門達がいるビルの壁面から。

379: 2011/03/08(火) 23:46:30.17 ID:Fs4QU8deo

周りは全て敵。

もちろん、この闇に包まれているビルも例外ではなかった。

シルビア「―――」

矢はダメだ。

たった今目にしたばかり、あれで何か効果があるとは思えない。

ならば次は剣だ。


シルビアの前、何も無い宙空の空間から出現するクレイモアの柄。


彼女は即座に矢を番えていた右手でその柄を握り、
『宙空の鞘』から振り向きざまに引き抜き。


シルビア「―――ッシッ!!!」


寸前に迫ってきていた影の杭目掛けて振り抜いた。

彼女が振るうクレイモアの一撃。
その一線上における威力は、先の矢とは桁違いのもの。


それも斬撃を飛ばすのではなく、刃による直接の一閃。


鳴り響く金属の激突音、その凄まじさと衝撃波が、
この一振りのパワーを物語っている。


しかし。


それでも影の杭は無傷であった。


小さな傷一つ付かず。


380: 2011/03/08(火) 23:48:01.84 ID:Fs4QU8deo

そしてシルビアの体制が崩れるほどに、大きく弾かれるクレイモア。

それもただ弾かれたのではなく。


シルビア「(これは―――)」


その感触はおかしかった。

とんでもなくおかしい感触だった。

傷一つつかないのは、
攻撃威力が足りなかったということで百歩譲って良しとしてもいいが。


納得いかないのは、影の杭は僅かな振動すらしていないこと。

全く衝撃が伝わっていない。


つまり、『刃が当たっていない』ような―――。



―――杭の表面に張ってある、『見えない膜』に弾かれてしまっているような―――。




攻撃を『受け付けてくれない』―――。




―――『拒絶』されているような。

381: 2011/03/08(火) 23:49:10.09 ID:Fs4QU8deo

とその時。
シルビアが宙で体勢を立て直していたところ。

シルビア「―――?!」

突然吹き抜けた、
猛烈な『疾風』が彼女の体を更に上方へと巻き上げた。

それも、この澱んだ魔境には不釣合いなさわやかな風が。

明らかに普通の風ではない。
何者かによる作為的なものだ。

大気が粘土のように体に纏わりつき、
さながら『風の手』に鷲掴みにされたかのよう。

その風の手は、抗う一切の余地も与えずに彼女を上空へと運び上げ、
ビルの屋上に到達したところでやっと解放した。

そしてその屋上の真ん中には。

シルビア「つ、土御門!」

土御門が悠然と立っていた。
隣には、床に座っているキリエ。


シルビア「一体……!?」


土御門『シルビア』

立て続けの出来事に言葉が続かないシルビア。

そんな彼女とは対照的に、土御門は落ち着いていた。
同様の色は欠片も無い。

今ここで起こっている事を全て把握しているのか。
そしてここでシルビアを待っていたのか、いや。

この空気ならそれこそ。


シルビア「今のは……あんたが……」


彼女を運び上げたのが土御門なのか。

382: 2011/03/08(火) 23:50:31.32 ID:Fs4QU8deo

と、そんなシルビアのたどたどしい問いを遮り。

土御門『急だが予定変更だ。お前の「ダンナ」とツレの天使はこっちに来てもらうぜい』

土御門『ああキメた覚悟、そのお茶を濁すようで悪いがな』

土御門はこれまた何でもないように、
相変わらずのニヤけ気味の軽い表情でそう言葉を連ねた。

シルビア「な、何??」


土御門『俺は「厄介な仕事」ができた』


土御門『人造悪魔共の機能停止はお前の「ダンナ」にやってもらう』

土御門『シルビアと天使はそのサポートと、キリエ嬢の護衛だ』

土御門『それとこいつを』

次いで土御門は頭からヘッドセットを外し、シルビアへと放り投げ渡した。

シルビア「は?は?」

土御門『話は通してある。各チームが術式の構造上で待機してる』

土御門『詳しい手順はキリエ嬢の胸の杭、あれの術式に記述した。参照してくれ』

そんな彼女の様子にお構いなしに、土御門は言葉を続けながら指を鳴らした。
するとその手先にはサングラスが出現。


シルビア「ま、待て!あんたは何を―――!?」


そしてそのサングラスをかけながら。



土御門『―――「化け猫」とじゃれてくる』



そう返答した。

シルビア「バ、バケネコ???」

土御門『アレだ。お前もさっき攻撃されただろ』

383: 2011/03/08(火) 23:52:26.43 ID:Fs4QU8deo

シルビア「―――」

さっき攻撃されたアレ、と言われればあの『影』しか思い当たらない。

どこをどう見ればアレが『化け猫』になるのかはわからなかったが、
少なくとも土御門が指したのはあの闇で間違いないようであった。

そして土御門はあの闇と戦う気―――。


シルビア「や、やめとけ!!あ、あれは―――」


と、そこで実際に刃を交えたシルビアはこう思ってしまった。


アレと戦う?冗談だろう?、と


それよりも、さっさとここから移動した方が良いのでは、と。


あの闇は勝てる勝てない以前の問題だ。
『戦う』というイメージそのものが全くできない。

何というか、あの存在を語るには言葉が足りないほど。

この次元をいくつも隔てたような圧倒的な存在の差、
それをしっくりくるように表現できる音が見当たらない。

384: 2011/03/08(火) 23:53:53.92 ID:Fs4QU8deo

そんな言葉を詰まらせてしまった彼女に向け。

やっぱ戦(ヤ)る時はこれがないとにゃあ、と小さく笑いながら、
土御門はサングラスの位置を調整しては。         


土御門『アレから逃げる訳にはいかない。「制御基盤の核」がアレの中にあるしな』


土御門『まったく、アリウスはとことん嫌な野郎だにゃー。あんなところに隠し込んだとは』


土御門『ああ、それとあれを人語でうまく表現できなくて当然だぜい』

シルビアの頭の中を見透かしているかのように口を開いた。
いや本当に見透かしているとしか言いようが無い程にピンポイントに。


土御門『あれは確実に大悪魔の中でも規格外の存在。正真正銘「本物の神」だからな』


シルビア「―――そ、そんな存在に……あ、あれを知ってるのか?あれと『戦える』のか?」



土御門『さあな。何の神かは知らん。だから確かめるんだぜい―――』


その聖人の『戦えるのか』という問いに対し。


土御門『―――そして「勝てるか」どうかも確かめる』



土御門は『勝てるか』と返した。

385: 2011/03/08(火) 23:55:38.83 ID:Fs4QU8deo

そんな彼の言葉は、
普通ならばあまりにも馬鹿らしく聞えてしまう戯言なはずなのに。

シルビア「―――……」

なぜか揺るぎの無い確信性を帯びていた。
理由などお構い無しに納得させられてしまうような。

そして土御門の身から感じる、ただならぬ『神性』。

己の聖人と巫女としてのそれはもちろん。
ガブリエルの力を宿した今のアックアよりも遥かに『濃度の高い』神性。

純度も質も桁が違う。

あの影の大悪魔もそうだが、
こっちもこっちでもう尋常ではない。


シルビア「……」


もう、受け入れるしかなかった。


ここから先は『神の領域』。


始まるのは神と称される存在の激突―――。


もう、たかが『聖人如き』の己が何かを語れる領分ではない、と。

386: 2011/03/08(火) 23:56:47.41 ID:Fs4QU8deo

眼下に広がる広大な更地。

それを覆う漆黒のベールが蠢く。
波立つ闇夜の大海の如く。


土御門『ここにいてくれ。絶対に屋上から離れるな。最も「日の当たる」ここが一番安全だ』


土御門『それと早くあの二人を呼んでくれ』


シルビア「……わかった(日の当たる……?)」


日が当たる、なんてあまりにも場違いな言葉だろうか。
それでもここで問うのは無粋、シルビアは頷き了承した。


そして土御門は屋上の淵に歩き進んでは悠然と立ち。


土御門『さあて。お互い、「探り合い」は無しで行こうぜい―――』


眼下に広がる影に軽い調子で言葉を放ちつつ、
右手を軽く上げ。


指先でくるりと、宙に『円』を描くような仕草をした。




土御門『―――さっさとその姿を見せてもらおうか』




その瞬間、このビルの真上に―――。




『太陽』が出現した。

387: 2011/03/08(火) 23:58:02.95 ID:Fs4QU8deo

シルビア「―――ッ!?」

完全に晴れ渡ったわけではない。
光度は夕焼け程度だろうか。


それでも日の光は日の光。


太陽は太陽。


天から指す清き光は、
周囲2km四方の『神の闇』を排除する。

辺りを蠢いていた影が一瞬にして霧散。


シルビア「ほ、本当に……」


まさに先ほどの言葉通り、『日が当たった』。

太陽が昇った。

範囲は限定的ながらも、
永遠に晴れる事が無いと思わせるこの魔境の闇が払われたのだ。

388: 2011/03/08(火) 23:59:33.08 ID:Fs4QU8deo

そして。


清き日の光は、
この空間に実体なく漂っていたとある存在を炙り出した。


光があるからこそ影も形成されるのが常。

太陽が昇るからこそ日陰ができる。
光が強まれば強まるほど、形成される闇は色濃く深まっていく。


ここに、慈母の陽光をもってしても照らしきれない、『究極の闇』が顕現した。


ちょうど土御門の正面。

ビルから500m程離れた更地の上に。


それは、縦スリット状の瞳孔の赤き瞳を有す―――。

鼻先から尾の先端まで30mに達する―――。

これ異常無いほどに濃ゆい闇を纏った―――。




―――巨大な『黒豹』。




土御門『はは、ほうら見ろ―――』




―――『影の王』。




土御門『―――化け猫のお出ましだぜい』

389: 2011/03/09(水) 00:01:18.00 ID:g9aGrrjQo

シルビア「あ…………あ……」

体長30mとはいえ、500m先となれば実際はそんなに大きく見えない。
視覚的インパクトはかなり小さい。

しかし。

感じる圧が桁違いであった。

出現と共に、この悪寒の濃度が一気に高まった。

理や法則が耐え切れずに捻じ曲がり、
『界』が大きく沈み込む、というのはまさにこのような現象のことか。

あの存在を感じているだけで、意識がおかしくなってきそうだ。


それはもう、『本物の地獄』に落ちてしまった気分だ。


土御門『……この島は確かに魔境だ。ここを支配している理は魔界のそれに近い』


とその時。
シルビアに背を向けたまま、土御門の声はゆっくりと口を開き始めた。


シルビア「…………」

その語り口は、どことなく独り言のような。
なぜか、『土御門らしくない』と感じてしまう声色。


そう、まさに。


土御門『だが基盤は人間界。忘れるな―――』



土御門の口を借りて、別の『何者か』が言霊を発しているかのよう―――。



『その姿がどんなに様変わりしようが―――』



土御門はシルビアの方に僅かに振り向いては横顔を向け、
指先で『上』を指しながらニヤリと笑い。




『―――見ろよ―――』




『―――ここは「太陽が昇る世界」だぜい?』



390: 2011/03/09(水) 00:03:41.08 ID:g9aGrrjQo

シルビア「―――」

そう、ここは陽が差している。
清く暖かい陽が。こんな『地獄』があるか。

紛れも無くここは己達の生きる世界。


『人間界』だ。


シルビア「…………」

土御門『それじゃあ、任せたぜい。キリエ嬢も頼む』

土御門は再び前を向きなおすと、屋上の淵から軽く跳ね飛んだ。

シルビア「―――」

そしてシルビアは見た。
宙に飛び出した彼の体が、全身が白い何かに包まれていくのを―――。


―――いや、『包まれていく』のではなく『変化』していくのを。


土御門の体そのものが。


その変化した姿は。


汚れ一つ無い、真っ白な美しい毛並みの。

紅と黒の隈取がある―――。



シルビア「―――……オオ…………カミ……?」



       ハクロウ
―――『白狼』。



南の空が、絶大な存在の顕現と共に紅蓮と黄金に染まる。

それは開戦を告げる光。

神の『刃』と『刃』の激突の。


そして時同じくして、北のこの地でも始まる。


神の『牙』と『牙』の激突が。


影の王たる『黒豹』と―――。



―――太陽の王たる『白狼』の戦いが。



―――

419: 2011/03/21(月) 00:37:26.87 ID:hbKYF9Zyo
―――

彼らは、遂に始まった復活を目にしていた。

オッレルスは離れたビルの屋上から。
アックアは、大魚が撒き散らした悪魔達を狩っていた天空から。

一帯の地面が黒く平らになり、異界の光の陣が浮き上がって暫しの後。

アリウスの体の『像』が陽炎のように揺らぎ始めた。
次いで徐々に強まっていく、体から溢れていく赤と金が混ざり合ったような光。

オッレルス『……』

ただ、そんな外面的な変化などオッレルスは気にも留めていなかった。

問題はアリウスの『内側』で起こっていること―――。

この島に来てからは、本当に驚愕の連続であった。
特にあのアリウスは同じ魔術師として、人間として信じられない事ばかり。

と、言うものの。
『信じられないこと』としながらも現実は現実。
今までのは確かに現実だと認識できた。


しかし『これ』だけは。


アリウスの中で起こっている事だけは本当に信じられなかった。

『幻であってほしい』、では無く本当に幻としか思えなかった。




『人』が。




『喰われてしまう』のではなく―――。





―――『神々すら恐れる神』を『喰らってしまう』なんて。




420: 2011/03/21(月) 00:38:25.20 ID:hbKYF9Zyo

それは『一切小細工せずに、1mlしか入らない容器に1万?入れる』、というのと同じ。

現実にはあり得ない不可能な事。

オッレルス『…………』

覇王復活という件に関してオッレルスは、
アリウスは魔術的な力としてその存在を顕現させると思っていた。

基本的には今までと同じ、『術式を構築して力を借りる』と。


しかし、現実は違った。


アリウスは『覇王そのもの』を己の中に入れようとしていた。


それもアックアのように天界にいる天使から力を借りるのでもなく、
イギリスの炎の魔術師のように悪魔に転生したのでもない。


『人間の身のまま』、アリウスは『覇王本体』をその身に取り込もうとしているのだ。


オッレルス『…………』


そんなアリウスにオッレルスは目を奪われてしまった。
絶望と恐怖の神を復活させるという、許されざる行為にも拘らず。

これ以上のモノはない、至高の芸術品を目にしているかのように。

421: 2011/03/21(月) 00:40:05.13 ID:hbKYF9Zyo

目から入ってくる情報、その濃度とおぞましさが跳ね上がっていく。
今にも破裂しそうな頭痛。
己の魂が軋み、目前に迫った臨界点を告げる。

それでもこの魔性の魅惑からは逃れられなかった。

高位の魔術師を虜にする、この『概念』だけには。


『神上』。


魔術、その道を究めんとする者は誰しもが一度は惹かれる領域。

アリウスは今まさにそこに達しようとしているのだ。

十字教の神を超えるような存在がゴロゴロしている魔界。
その世界においてでさえ、そこは絶対的な領域とされている座に君臨していた一柱。

覇王アルゴサクス。

そんな絶大な存在を隷属させようと。


これを『神上』と呼ばずして何と呼ぶ。


これは魔術師として熱くならざるを得ない。
こう感じざるを得ない。

己は今、一人の人間が神上に到達する瞬間を目にしているのだ、と。


今まさに、人類の有史上初の神上が誕生しようとしている、と。


オッレルス『…………』



これは見ていなければならない。



このまま狂い氏んででも―――、と。


422: 2011/03/21(月) 00:41:10.22 ID:hbKYF9Zyo

そして見える。


オッレルスは見てしまった。

アリウスの中で漏れ出した絶大なるその力、それを直に。

全てを『見通してしまう』目で。



『絶望の具現』を―――。



オッレルス『―――』


例え僅かな片鱗でも。
復活途上に漏れ出した、そのほんの一滴の力だけでも。

土御門『オッレルスだな?今すぐ―――』

オッレルスの意識を一瞬で引き込むには充分であった。


『絶望の底』へと。


土御門『―――ッレルス?聞こえ―――』


リンク向こうからの土御門の言葉が一気に遠のく。
まるで、凄まじい速度で離れていくかのように。


オッレルス『―――』



423: 2011/03/21(月) 00:42:25.88 ID:hbKYF9Zyo

そしておぞましい絶望の触手が、オッレルスの精神内に一気に進入していく。
強酸の如く周囲を腐食させながら。

触手はオッレルスの心の奥底をこじ開け、
彼の忌まわしき『過去』を抉り出し。


その瞬間、彼の精神は外の時間軸から切り離され、
闇の中へと引き釣りこまれていった。

一瞬にして永久の、内なる絶望の牢獄へ。

至上にして最悪の、絶望という苦痛の中へ。

『氏ぬほどの苦痛』を味わった場合、
大抵は文字通り氏に、苦痛は一瞬で終わる。

またそれでも氏なぬ者の場合は、時間を経ていずれ痛みに慣れる。

しかし『絶望の具現者』に精神を囚われた者は、慣れもしなければ氏の解放もない。
麻痺も無ければ意識が混濁することも無い。


壊れた時間軸の中で、一瞬でありながら永遠の絶望を、
鮮明敏感な意識のまま味わい続ける。


殻を壊され耐性を失った無垢な心で、己の闇の『終わり無き再確認』を。


424: 2011/03/21(月) 00:45:06.35 ID:hbKYF9Zyo

オッレルスの意識は鮮明に、そして痛烈に過去をなぞっていく。

今までの生涯の再体験させられていく。


何度も何度も。


北ヨーロッパのとある片田舎で生まれて。

とある修道院に預けられては魔術の教育を受け始め。
100年に一人の天才ともてはやす声に溺れず、ただただ勤勉に学び。

その一方で『遊び』も忘れずに、学友と共にバカ騒ぎしては友情を知り。
恋を知っては愛を知り、女を知ってはそれらの喪失も知り。

友を永久に失い、そして『誰か』の友を永久に奪った血の洗礼を受け。

いつの日か人々を救う、この世界から嘆きを無くしてみせると、
才を授かった使命感と理想に燃え。


オッレルス『―――わかってる―――それはわかってるから―――』



ある時。


2000年に一人の天才と言われていたかのアレイスター=クロウリー、
そんな彼もかつて秘密裏に籍を置いていたという、選ばれた者のみしか所属できない、

ローマ教皇でさえその存在を知りえていなかった秘密結社に誘われて―――。



オッレルス『―――俺が永遠に許されないことはわかってるから―――』

425: 2011/03/21(月) 00:46:42.08 ID:hbKYF9Zyo

その結社にて、選ばれし者のみに下るという『御声』を聞き。
生まれて初めて人を超越した存在、天の確たる意思に触れ。

そして天命を受けて『聖戦』に馳せ参じ。


オッレルス『だから頼むから―――』



それから―――。



オッレルス『―――やめてくれ―――』




―――それから。




オッレルス『―――あの子達をこれ以上―――』



『能力者狩り』と言う名の―――




オッレルス『―――頃し続けるのはやめ―――!!!』





―――子供達の虐―――。


426: 2011/03/21(月) 00:48:25.67 ID:hbKYF9Zyo

と、その時であった。

『―――見るな―――!!!』

外からの野太い声が、突如彼の意識の中に進入してきた。
その声はあの血塗られた『聖戦』を命じたのと同じ天界のモノ。

闇を植え付けたあの声が、
今回は彼の意識を闇から救い上げる。

次いで頭をやや乱暴に掴む、厳しく無骨な手。

『―――あれを見るな!!!!!』

その大木のように屈強な腕が、
オッレルスの精神を内なる牢獄から引き釣りあげていく。


その瞬間。

精神が引っ張り挙げられ、
この壊れた時間軸と、外の正しい時間軸の遊動域を意識が漂った時。


『向こう』からこっちに接触してきたのか、
もしくは、この僅かな隙間でたまたま精神体の目があったのか。

形式的にでも、一時的に覇王の力を通じてリンクが形成されてしまったのか。

それとも。


『己を試したい』という願望により、こちら側から挑んでしまったのか。
闇に潰されてもまだ氏なぬ、底なしの好奇心と挑戦心が本能の如く突き動かしたのか。

原因はこのどれかでもなければ、
複数の要素が重なっていたのかもしれない。


ともかくこの時、オッレルスとアリウスの意識が接触した。

427: 2011/03/21(月) 00:49:44.61 ID:hbKYF9Zyo

このまどろみ、現実と内なる幻想の狭間の向こう側。

そこに彼は見た。


オッレルス『―――……』


笑っているあの男を。


封から解き放たれてあふれ出す『絶望』、
今オッレルスが味わったモノの数億数兆倍もの濃度の『闇』、


オッレルス『―――な……んで……なんで……お前はそう―――』


その真っ只中にいながら。


アリウスは笑っていた。


悠然と、揺ぎ無く威風堂々と佇み。

まるで、伝説の中の勇者のように。

まるで、世界の破滅に立ち向かう英雄のように。

そして。


絶対的な『勝者』の如く。

428: 2011/03/21(月) 00:51:17.88 ID:hbKYF9Zyo

なんでそうしていられるのか。


アリウス『この弱者の恐怖が、弱者の絶望が、弱者の苦痛が―――』


そのオッレルスの問いに、アリウスは応えた。


アリウス『―――より一層、俺の意識を明瞭にしてくれる』



アリウス『示してくれるのだ』



一片の緩みも無い、自信と剛毅に溢れた笑みを浮かべながら。



アリウス『―――俺が未だに「弱き人間」である、ということを』



この男がもし己の主だったら、またはどこかの国家元首や組織の長であったら、
無条件について行きたくなってしまいたくなるような。


オッレルス『何が……お前を……』


では何が、この男をここまで駆り立てたのか。

如何なる思いが、この男の意識をここまで強くしたのか。

一体どれほどの覚悟が、この男に神をも乗っ取ってしまうほどの精神力を与えたのか―――。

429: 2011/03/21(月) 00:52:47.48 ID:hbKYF9Zyo

アリウス『なぜか?それは―――』


そのアリウスの返答の言葉と共に。

オッレルスの意識内に、
彼の中の思念が一気に流れ込んでくる。




アリウス『―――証明する為だ』




オッレルス『―――』


それはとことん純真無垢でありながら、
おぞましいほどに歪んだ『人類への愛情』。


数百万の命を奪い、更に残りの人類をも切り捨てようとする、
10000年呪っても足りぬ程の者でありながら。

馬鹿馬鹿しいほどに単純な理由でありながら。



アリウス『―――人間は強い、とな』




彼の抱く誇りは、余りにも高潔であった。


余りにも。


オッレルス『―――』


430: 2011/03/21(月) 00:54:20.33 ID:hbKYF9Zyo

たったそれだけ。

そんな事だけのために全人類を危険に晒すのか。
そう、声を檄して然るべき事なのに。


オッレルスにはそれができなかった。


なぜか、アリウスのその言に大義があるように感じてしまったのだから。
それもアリウス自身が掲げているのではなく、
自然と大義の方から寄り添ってきているような。

長きに渡って虐げられてきた、この世界の『生』の怒り。


それを一手に背負っていたかのよう―――。


アリウス『人の子よ、我が眷属よ、知るがいい―――』


あってはならないのに。
こんな、氏をもって裁かれて当然な男に、決してそんな姿を見てはいけないのに。
オッレルスはアリウスに。



アリウス『―――人が万物に打ち勝つ時を』



『英雄』の姿を見てしまった。


オッレルス『―――……』



『―――………………い!!!』




『―――オッレルス!!!!』

431: 2011/03/21(月) 00:56:48.96 ID:hbKYF9Zyo

アックア『―――おい!!!!』

オッレルス『…………』

気付くと。

意識が外界から途絶する前にいたあのビルは既に遥か遠く。
闇夜の街を駆け抜けるアックアの左脇に抱えられていた。

そう、天使は飛行するのではなく走っていた。

右腕の大剣アスカロンと肩に乗せ、
オッレルスを左腕でやや乱暴に抱えて。

オッレルス『……ッ……大丈夫だ……』

頭の中の鈍痛に顔を顰めつつ、オッレルスは溜息混じりに言葉を返し、
抱えられながらアックアを見上げた。

その天使の背、そこから伸びていた巨大な水翼は今は無く、
瞳の金の輝きも失せ。
                     テレズマ
彼の中を満たしていた『天使の力』も大幅に減っていた。

オッレルス『……』


アックア『土御門達がこちらを必要としている。戻るぞ』


オッレルス『力…………かなり失ってるな』


アックア『お前を「戻す」際に大分削られたのである。回復には少し時間がかかる』

432: 2011/03/21(月) 00:59:37.43 ID:hbKYF9Zyo

オッレルス『……………………すまない』

オッレルスはそう、小さな声で謝罪した。

アックア『…………』

前を真っ直ぐ見据えて、
変わらぬペースで街を駆け抜けていくアックアに。

そしてたどたどしく力なく、言葉を続けていく。


オッレルス『……ウィリアム…………俺は……負けたようだ。完敗だよ』


己を試したい、そうアリウスを見続けた結果がこれだ。

記憶は陵辱され、心は踏みにじられ。
精神は囚われて、ツレの天使の力をも大幅に削ってしまってこのザマだ。


負けたのだ。

アリウスは本当に桁外れであった。
近づこうとすればするほど、抗おうとすればするほどあの男の強さが圧倒的になる。

その差は、確かに魔術の技能・魔術の力、そして魔術の才能が要因だろう。
だが一番はそれらではない。


『天才』、たったその一言で片付けてしまうにはあまりにも『無礼』だ。


何よりもかけ離れていたのは心の強さだ。
いや、この要因があったからこそ、上記の三つの要素でもアリウスはずば抜けていたのだ。

あんなに強い精神の持ち主は今まで会った事がない。
あそこまで固い信念の持ち主など他には知らない。

アリウスはあまりにも強かった。


魔術師としてではなく『人』として。

433: 2011/03/21(月) 01:01:17.39 ID:hbKYF9Zyo

そんなオッレルスの独白に。

アックア『負けた?笑わせる。そうは見えなかったがな』

アックアは厳しい表情を変えぬまま、
そして前を向いたまま言葉だけを返してきた。


オッレルス『……?』


アックア『お前の意識は深淵に沈み込んでいた。正直、手遅れだと思っていたのである』

アックア『闇の濁流に飲み込まれ、その精神体は濁っては砕け散り、既に四散していたとな』

オッレルス『……』

アックア『だが違った』

アックア『あの闇は明らかにお前を飲み殺そうとしていた。だがお前の精神はその形を完全に保っていた』

オッレルス『……』


アックア『魔窟を覗き込み、直に触れてしまったのにも拘らず、未だまだ生きている』


アックア『しかも正気を保てている』


そう。

己を試したい、そんな戯言を吹かして自ら魔窟に飛び込んだ愚か者は、
見事正気で帰ってきたのだ。

434: 2011/03/21(月) 01:02:48.44 ID:hbKYF9Zyo

アックア『そして見たのだろう?その「目」で』


オッレルス『……』


そして、アレを見てきた。

アリウスの中身を通して。
その英知の渦を。

覇王の力を。

更にその向こう、何もかもの概念が吹き飛ぶ、
究極の領域の狭間を。


『神上』へと続く『0』の向こうを。


アックア『ならば「得たはず」である』


この全てを見通す『目』で見て。
目にしたもの全てを脳に刻み、精神に取り込んで。

アックア『お前があの魔窟で得てきたモノに比べれば、ガブリエルの力など安い代償である』



アックア『何を見、何を理解し、如何なる力を得た?反統異端の才気ある落伍者よ』



アックア『そろそろ時が来たのではないのか?』




アックア『―――真の「魔神」になる時が』




オッレルス『…………』

435: 2011/03/21(月) 01:05:09.49 ID:hbKYF9Zyo

あの闇に触れたということは。

あの力を味わった。
あの力の領域を知ったわけだ。
それも強引に、力ずくで。

オッレルス『……まさか、こんな形になるとはね』

やや呆れたように呟き、
オッレルスは小さく鼻で笑った。

オッレルス『…………わからないものだな……』

この全く予想外のタイミングで手に入れた、
魔神の領域への切符を。


アックア『お前はやはり、そのような星の下に生まれてたのであろう。「宿命」であるな』

と、その時。
オッレルスはアックアが口にした『宿命』、その言葉に反応して。

オッレルス『……いいや。ウィリアム。俺はそうは思わない』


アックア『……』


そっけなくそう言い返した。



オッレルス『「宿命」なんて無いさ』

436: 2011/03/21(月) 01:07:11.16 ID:hbKYF9Zyo

『宿命』などいうレールなど無い。

闇の濁流に流され、
万物の概念も法則も超えた領域を覗き込んだが、そんなものなど何も無かった。

あったのは、ただただ干渉しあう『だけ』の無数の純なる因子。

人々が運命と思ってしまうのは、
どんなに正確な計算をしても決して予測し得ない、
偶然が積み重なって形成される因果の連鎖、

その先に弾き出される、希少性の高い『不確定要素』の単なる結果だ。

そう。

全く予測し得ないからこそ、
アリウスもあのような独り言を思わず漏らしたのだ。



『―――「人の生」はどこまでも俺を楽しませてくれるな』



運命と言う、決まったルートなど無いからこそ。



『―――これだから「人」は辞められん』



あの男は心の底から楽しんでいた。

絶対的不文律など無いからこそ。

力なき弱者である人間が、魔界頂点領域の神を乗っ取ることも可能なのだ。
どんなに確率が小さくとも、確率が0でなければ可能だと。

437: 2011/03/21(月) 01:08:39.29 ID:hbKYF9Zyo

と、そこでオッレルスの思考は更なる可能性を提示した。


オッレルス『……』


ただ、もし。

『不確定要素』に作用する、『超越した規則性』があるのだとすれば、と。


そして。

魔界、天界、人間界などの、力と魂が循環して生と氏を綴る『動世界』。
それらが重なり形成される影、狭間の世界プルガトリオ。

これらの外にある、虚無という完全なる『静世界』。

この更に向こう側にもし。


万物の概念・法則も超えた領域の更に奥深く、そこにもしも。


『超越した規則性』を生み出す『何か』が存在するのであれば。



それこそがまさしく『本物の宿命』だろう。



あるいはこう呼ぶべきかも知れない。




唯一絶対、生と氏、正と負を超えた『真』の―――。


438: 2011/03/21(月) 01:10:50.70 ID:hbKYF9Zyo

オッレルス『……』


ただまあ、これは今考える事ではなかった。
いや、いつ考えても意味が無いだろう。

少なくとも今のオッレルスには、
そんな領域を認識し観測することなど不可能であった。

今よりももっともっと『上』。

覇王を乗っ取ったアリウス、いや、『更に上』の位置からじゃないと、
まともに認識することなどできないかもしれない。


そんなレベルの話なのだから。


あっけなく言葉を否定されたアックアであったが、
いきなり押し黙り思索に入ったオッレルスに気を使ったのか。

アックア『……「今」のお前がそう言うのであれば、そうなのであるな』

なぜ彼が宿命は無いと答えたのか、その理由は問わなかった。

オッレルス『ところでウィリアム』

とその時、話を切り替えながらふとオッレルスは顔を上げ。


オッレルス『そろそろ降ろしてくれ。俺はもう大丈夫だ。歩ける』


オッレルス『大の男が大の男に抱えられているのは、画的にあまり良いものじゃないしな』


アックア『うむ。確かに』

439: 2011/03/21(月) 01:12:14.44 ID:hbKYF9Zyo

大木のような腕から解き放たれたオッレルス、
己の足で地面に立っては。

オッレルス『ふーッ…………それで、土御門達が来てくれと?』

アックア『そうである』

調子を整えるように息を吐いた後、そうアックアに確認しつつ、
シルビアと土御門がいる方角をその『目』で見やった。


オッレルス『……俺の意識が飛んでる間に随分賑やかになってるな』


すると見えてくる、異常な状況。

とんでもない存在が顕現しているのか、
その地域の界が大きく軋んでいるのがわかった。

そして南の方でも、同じく界に凄まじい負荷がかかっているのが見える。

とその時。

シルビア達がいるであろう辺りの空が一気に明るくなった。

オッレルス『―――……あれは……』

それも強い光源に照らされているのではなく、
辺り一帯に『やさしく満ちていく』形で。


アックア『…………おお』

天使の感覚で感じたのか、
アックアも言葉にならない声を漏らした。

あの光は、紛れも無く天界の力であったのだ。

アックアが降ろしていたガブリエルを遥かに上回る、
いや桁が違う程に強烈な。

440: 2011/03/21(月) 01:14:31.51 ID:hbKYF9Zyo

シルビア『―――オッレルス!』

と、そこに飛び込んでくる、
リンク向こうからのシルビアの声。

オッレルス『シルビア』

シルビア『今すぐ来てくれ!』

オッレルス『そっちで何が起こってる?』

シルビア『土御門が……!あ……えっと……んん……』

状況を表現できる言葉が出てこないのか、
シルビアは途端に声を詰まらせては。

シルビア『―――あああ!!こっちに来てその目で見た方が早い!!!とっとと早く来い!!!』

オッレルス『ああ、わかった。用が済んだらすぐに行く』

シルビア『「用」!?』


『用』、というのも。


シルビアからの声があったすぐ後に、
一人の女の子がオッレルスとアックアの前に立っていたからだ。


オッレルス『……』


明らかに、こちらに用があるという佇まいで。


アックア『……』


赤毛に褐色の肌の少女が。

441: 2011/03/21(月) 01:15:30.21 ID:hbKYF9Zyo

オッレルス『(……ルシア、と言ったか)』

瞬き一つせず、じっとオッレルスを見つめている女の子。

非魔人化状態のその姿は、改めて見ると体つきも顔つきもかなり幼い。
体の外見年齢は10歳前後か。

しかし。


造形は可愛らしい少女なのに、その内面は―――。


オッレルス『(…………この子―――)』

その目で見通してしまったオッレルスは思わず、
心の中でも言葉を失ってしまった。

女の子の内面を覗き込むのはとんでもなく無粋ではあろうが。

そして彼女の中は,
とてつもなく心が痛む思いで溢れているのに。



それはそれは、目を背けられない程に―――。



赤毛の少女、ルシアは細腕をゆらりと掲げては、アリウスの方角を指差し。

ルシア『あなたは……「絶望」を「見た」のですね?』

不気味なほどに平坦な声色で、
ゆっくりとそう口にした。


オッレルス『……ああ、見たよ。しっかりと』

442: 2011/03/21(月) 01:16:09.78 ID:hbKYF9Zyo

ルシア『……一つ、やって頂きたいことがあります……今のあなたならすぐ済ませられますので』

オッレルスの返答を聞いたルシアは静かに、
丁寧に言葉を続けていった。


オッレルス『いいよ。何をすればいいのかな?』


ルシア『「初期化」……いいえ、「組み立て直して」欲しいんです―――』


一語ごとに確かめるように。


ルシア『―――「昔の私」を』


一句ごとに。


ルシア『戻してください。私を―――』


覚悟を決めていくかのように。



ルシア『―――心を手に入れる前の頃に』



そして今まで完璧な無表情だった少女の顔が少し、少し歪んだ。
内からこみ上げて来たモノの圧に耐え切れず、
仮面にヒビか走るように。


オッレルス『…………………』


そして少女はぺこりと頭を下げた。


ルシア『……お願い……します』


顔は伏していたため、その表情は見えなかったが。
『最期』の声は震え。湿っていた。



オッレルス『…………』



―――

443: 2011/03/21(月) 01:18:29.36 ID:hbKYF9Zyo
―――


魂の防護は不完全。

封印の開放式も不完全。

チェックも動作確認も不完全。

次々と起こる、想定外の事態。

だが、それらは既に過ぎ去った。
どれだけ困難な難関であっても、終わってしまえば結果だけ。
他は論ずるに及ばない。

では、ここでの結果はどうなったのかというと。
それは単純明快。


魔界の覇者の精神は、とある一人の人間の精神に屈した。


そして。


勝者でる人間は、かの伝説の『神儀の間』をモデルとしたこの街に重なる術式を起動。
それは問題なく機能して『魔界の門』を覚醒させ。


その『錠』を外した。


これが『結果』だ。


そして次にやるべきことは、
その『錠』を形成していた『力』を開放し、取り込むこと。



伝説の最強の魔剣士スパーダ、彼が残したその力を―――。

444: 2011/03/21(月) 01:19:55.67 ID:hbKYF9Zyo

アリウス『…………』

全てを超えうる領域、その高みの舞台に這い上がった男は、
徐に漆黒の闇空を見上げ。

静かに瞼を閉じては、ゆっくりと、そして深く深く息を吸い込んだ。

その胸を満たす大気は『人』の呼吸。
その大気の香りは『人』の戦気。

完璧だった。

ジョン=バトラー=イェイツ、その存在は、
覇王アルゴサクスの上に人間として完璧に安定している。

魔界の神を支配して何かが変わったか?と問われれば。

その答えはYESだ。

どこが変わったか、などはわざわざ並び立てて語るまでも無いだろう。


では。


お前自身は変わったか?と問われれば。


答えはNO。

意識、精神、魂、それらは全て変わりなく。



アリウス『…………』



ジョン=バトラー=イェイツという『人間』は何一つ変わらず、ここにあり。

445: 2011/03/21(月) 01:23:18.35 ID:hbKYF9Zyo

アリウス『……』

そんな風に一通り己の内を確認した後、彼は今度は感覚を外へと向けていった。

内なる面で覇王の精神体と主導権争いをしていたのは、
外部の時間軸上からはごく僅かな間。

しかしそんな短時間でも、この島の状況は刻々と変化していたらしい。

影の王とトリグラフ、この二柱が顕現し力を解き放ち。
トリグラフと相対しているのは、同じく完全に力を解き放っているアラストル。

影の王と相対しているのは。


アリウス『……ふむ』

なんと、名だたる天界の大御所だ。

ただ直接降臨ではなく、あの屈強な二重聖人がガブリエルの力を宿しては同化したのと似て、
力の一部を人間に授けた形のようだが。


全く登場を予想していなかったとんでもないゲストだ。

しかし。

その登場には驚いたが、それだけだ。
トリグラフとアラストルの衝突は、まあ『それなり』に勝敗の行方が揺れるだろう。

アリウスとしては『トリグラフの方がアラストルよりも強い』と見ているが、
その差が特に離れているわけでもなく、あの戦いはトリグラフにとっても壮絶なものになるはずだ。


だが一方で、影の王とゲストのこの戦いはそうはならない。


ゲスト『本体』が直接降臨したのならばともかく、
人間に一部を授けたあの程度では、影の王を討つ事など不可能だ。

この戦いは、全体状況には特に影響など及ぼさないだろう。

446: 2011/03/21(月) 01:25:15.26 ID:hbKYF9Zyo

そして『そんな事』は別に。
他に、アリウスの関心を強く引く事が『二つ』ほどあった。


アリウス『…………』


まず一つ目。

今回の件でアリウスのバックについたもう一柱、恐怖公アスタロトについて。


そのアスタロトが『どこにもいない』。


魔界の十強たる己が軍勢と共に、狭間の領域にて待機していたアスタロト。
覇王が復活し魔界の門が開いた暁には、その軍勢を率い人間界に進撃してくるはずなのだが。


アリウス『……』


『動いていない』のではなく、どこにもいないのだ。
それどころか、アスタロト配下の軍勢も忽然と消えているのだ。


跡形も無く。


そして二つ目は。


アリウス『……………………』



人間界に特に変化が起きていない、という事だ。



『魔界の門が開いたのに』、だ。


447: 2011/03/21(月) 01:29:55.60 ID:hbKYF9Zyo

『門』という言葉でイメージするのは、それこそ大きな『穴』であろう。

だがこの『魔界の門』の実際の姿はそれとは程遠い。


正確には、界と界が重なる『同化現象』、魔界による『吸収破壊』なのだ。


つまり魔界の門が開かれた瞬間、
ダムが決壊したかの如く、一気に『魔』が侵食してくる。

そう、だから今も魔界そのものがなだれ込んで来、
人間界が飲み込まれていくはずなのだが。

アリウス『……』

今は、位階にも界の器にもまるで変化が無い。

いや、違う。


変化は起きていた。
そう、厳密には確かに魔界による侵食は始まってはいた。


問題は。


アリウス『―――』


そのスピードだ。


非常に、筆舌に尽くしがたいほどに『遅い』。

とにかく『遅い』。


それこそ、この侵食現象『のみ』の時間軸が歪んでいるような。


いいや。


まさしくそうだ。


明らかに。


アリウス『―――』


『人為的』に時間軸が『操作』されている。

448: 2011/03/21(月) 01:32:59.96 ID:hbKYF9Zyo

魔界から人間界への侵食、
というピンポイントでありながらのそのとんでもないスケール。

そのとんでもないほどの干渉力、間違いない。

この界への干渉形式は。



『神儀の間』―――。



―――その『オリジナル』によるものだ。


オリジナルが『今この瞬間』、『どこか』で起動しているのだ。

そしてこの時間軸操作の技術は。

これも間違いない。
こんな特徴的なモノ間違えるわけがない。



アンブラの技―――。



―――『時空魔術』だ




では誰が?
その答えは決まっている。


アンブラの技と、この規格外のスケールは―――。

449: 2011/03/21(月) 01:34:54.28 ID:hbKYF9Zyo

『彼ら』は。


アリウス『―――』


『彼ら』は、アリウスが『神儀の間』の偶像を使うのを知っていて。
それで魔界の門を開くということを知っていて。

オリジナルに予め手を加えておいて。

それをアリウスの偶像は、オリジナルの性質を正確無比に映し出したのだ。
彼らが手を加えた部分まで。

つまり。

アリウス自身が魔界の門の開放と同時に、
その侵食の時間軸操作発動のスイッチも入れたのだ。

では彼らは一体何の為に。
何を目論んで?


その答えは残念ながら、この場では導き出せそうも無かった。
後回しにせざるを得ないだろう。

なにせ今。



アリウス『―――来たか』



15m程前方に、この舞台の『主賓』が立っていたのだから。


450: 2011/03/21(月) 01:36:27.74 ID:hbKYF9Zyo

銀髪に赤く輝く瞳。

体に纏わりつく紫の光。


アリウス『……』


左手にフォルトゥナの紋章が刻まれた大剣―――。



『会いたかったぜクソ野郎―――』



そして異形の右手には、『アスタロトの首』を持った―――。




ネロ『―――楽に逝けるとは思うなよ』




スパーダの孫が。


アリウス『…………ああ。それはわかってる』


忌まわしき冒涜者。
許されざる破壊者。

最強を証明せんとする、無謀な挑戦者。



アリウス『始めよう』



今、彼の生き様を清算する戦いが始まる。



―――


459: 2011/03/25(金) 23:12:27.58 ID:ceYFYPGdo
―――

南島北端、闇が覆う工場地帯。

無人化され、
技術的には学園都市のそれに引けをとらない程に洗練された機械の都。

しかし、その景観の質は学園都市のそれとは正反対。
学園都市はとことん小奇麗に纏まっているのに対し。

こちらは清々しいほどに無骨。

オイルと鉄の匂い、そして質の悪い空気が充満する、正真正銘の『重工業地帯』だ。


ただ、今はそんな情緒など一切無かったが。


南の地は光に満ち溢れており。
そしてその光の発信源の存在によって、南島全体が地響きを立て。

輝く空の向こうにて、
巨大な火柱と稲妻によって舞い上がる無数のチリのようなもの。

それらは実は大きな工場の一部分であり、
真っ赤になったその欠片が隕石のように降り注いでくる。

そして今、そんな危険地帯の中を、一人の少女が走っていた。
南の光の源を目指して。

その走る速度はおせじにも速いとは言えず、
フォームもいかにも女の子という力強さのないもの。

顔は真っ赤に火照らせ、
肩を激しく揺り動かしては欠乏した酸素を求める呼吸。

460: 2011/03/25(金) 23:15:59.30 ID:ceYFYPGdo

そして体力のみならず正面の光の源、
そこに近づくにつれ少女の精神が磨り減っていく。

辺りを満たす、高濃度の魔の力が彼女の生命力を奪っていく。

だがそれでも彼女の歩は。

よろめき、何も無いところで躓いて転びはしても。


滝壺「―――ッはぁっ!!―――はぁっ!!」


進路は決してブレず、
そして歩を止めることなど決してしなかった。

滝壺は今、その位にあるまじき行為をとってしまっていた。

結標に『麦野と合流する』と嘘をついては、嘘の座標を教え。
護衛も無しで一人で、勝手にこんなところを走っているのだ。


これは、明らかな規則違反であり命令不服従。


土御門、結標、そして―――。



―――麦野の命令に背いている。

461: 2011/03/25(金) 23:17:37.43 ID:ceYFYPGdo

滝壺「―――はぁッ!―――ッあッ!」


ふと思えば。

正式な上司としてからの麦野の命令に、
こうまではっきりと反して従わなかったのはこれが初めてかもしれない。

アイテム時代では、
少なくとも正規任務中の命令には全て忠実に従ってきた。

多少不条理でも、理不尽でも。


滝壺「ふぁッ!………ッッはッ!!」


こんなんじゃ、
皆にこっぴどく怒られてしまうだろう。


絹旗のAIMの高さじゃ、じゃこの高濃度の力の域では厳しいし、
AIMそのものがほぼ無い浜面はもってのほか。

だがそんな事も、彼らからすれば理由にならないだろう。


絹旗にはきつくビシリと言われ。

浜面にはどやされ。



そして麦野からも―――。



―――きっと。

462: 2011/03/25(金) 23:19:21.36 ID:ceYFYPGdo


でも。


あんな『言葉』を聞いてしまったら、
留まっていられるわけが無い。

ビルの屋上で、結標と合流した直後に見た南の光。


その直後にはっきりと聞えた、あの『麦野の言葉』を。


なぜかあの光の直後、
一瞬だけ完璧に麦野とのリンクが『勝手』に形成されていた。

アラストルと同化していた状態では、
簡単な音声通信しかできなかったのに。


そしてその時。

麦野の様々な記憶、想いが、濁流の如くこっちに流れ込んできた。

それはそれは滅茶苦茶で、
いわばデータが壊れてしまっている状態のもの。

でも、はっきりと判別できるものが二つだけあった。


今の麦野の『感情』と。



あの『一言』だ。


463: 2011/03/25(金) 23:20:11.59 ID:ceYFYPGdo

リンクはすぐに完全途絶し、
簡単な音声通信すら不可能な状態になってしまったが。

あの一言と感情は決して夢ではない。

聞き間違いではない。


滝壺「ッ!…………えぐッ……!」


この瞳から毀れる雫が、嘘ではないと証明してくれる。
確かにあの時、己は麦野の感情を移され。



そしてその感情で今、こうして泣いているのだ。



もう滝壺は耐えられなかった。

リンクした者達が氏んでいくのを、
その瞬間の感情を黙って味わっているなんて。


しかもその相手が。



あんな言葉を最期によこしてくる麦野だなんて―――。

464: 2011/03/25(金) 23:21:46.01 ID:ceYFYPGdo


その時。


滝壺「―――」


前方の光が著しく強まり。
『圧』の濃度が急激に跳ね上がり。

そして凄まじい爆風が周囲を吹きぬけていった。


滝壺はちょうど堅牢な建物の影に差し掛かっていたため、
その爆風をまともに受けなくとも済んだが。

巻き風で煽られては体勢を崩し尻餅をついてしまった。

激しい動悸に喘ぎながら涙を拭いつつ、
滝壺はその光を見上げ。

滝壺「…………むぎの……」

そして彼女の名を口にした。

今のは一体何を意味していたのか、それは一目瞭然。

かの地で、遂に火蓋が切られたのだ。


もう、走っているだけでは間に合わない。

麦野達はとんでもない超高速で戦闘を繰り広げるのだ
こっちが20mもたもた走る間に、全てが決してしまうかもしれない。


そう判断した滝壺は、その場に跪くような体勢になっては。


滝壺「……………………」


目を瞑り、両手を握り合わせて胸元に付けては能力に意識を集中し。
今の『麦野の信号』を認識し、そして接続を試み始めた。


麦野の『悪魔の信号』を。

465: 2011/03/25(金) 23:23:20.50 ID:ceYFYPGdo


悪魔の信号を覗こうとはするな。

悪魔の信号に接続しようとはするな。


AIMとは違い、悪魔の信号は『生きている』。


AIMとは違い、悪魔の信号は『意思』を持っている。



手を出したら―――喰われるぞ。



今作戦においては、方々からそう何度も警告されてきた。

滝壺が形成するネットワークが魔に侵食されてしまう、もしくは滝壺が『破壊』されて、
その要としての機能が停止してしまうことを懸念しての警告だ。


だが今この時。
その警告を再びされたら彼女はこう、当たり前のように答えただろう。


『だいじょうぶ』だよ。



たしかに悪魔の信号だけれども、その『意思』は―――。




―――『むぎの』だもん、と。




―――

467: 2011/03/26(土) 00:07:56.57 ID:x7PS8YWHo
―――

デュマーリ、南島の中央部。
見渡す限りの工場施設で覆われていたこの島。

その一画は今、絶大な業火と電熱によって凄まじい光景と化していた。

金属とコンクリートが溶け出した溶炎の大地。
異界の雷嵐によってかき乱される大気、
それに煽られ巻き上がる大量の火の粉。

しかしそんな光景も、これからその地の中心で綴られる事象に比べれば、
まだまだ優しいものである。


文字通り『悪魔に魂を売り渡した少女』と、魔界の神の戦いに比べれば。


麦野『―――』

右手に握る魔剣、アラストルを脇に大きく引き前へと踏み出した麦野。

真正面を見据えるその『両目』の先には、
彼女とタイミング同じくして地を蹴った大悪魔。

右手には炎を司るスヴァローグ。
左手には雷を司るペルーン。
額から伸びる角は、光を司るダジボーグ、

そしてそれら三柱の魔剣を束ねるトリグラフ。


トリグラフは魔剣を持つ両手を体の前に交差させては、
その切っ先を前方へ向けて麦野以上の前傾姿勢で突き進んだ。

上半身を大きく前に倒しているため、額の一角も前に突き出されており、
三本の魔剣がその切っ先を麦野に向ける形である。

468: 2011/03/26(土) 00:11:13.29 ID:x7PS8YWHo

両者が踏み切ったその距離は20m。

それは彼らにとっては取るに足らない距離。
普通の人間が単なる一歩を踏み出すよりも近しいものだ。

両者が踏み切ったその地面が大きく歪み、
稲妻混じりの爆風を帯びて抉り上がろうかとしていた時。

既に彼らの刃は激突していた。

そしてその踏み切りによる破壊は、
その猛威を吐き出すこともできなかった。

魔剣の激突による、桁違いの余波で押し潰されたのだから。


青、赤、金が混沌と混ざり合った光の衝撃派が何もかもをなぎ払って行き。

それらの光の嵐の中から現れる、
刹那ですれ違った両者の姿。


紫の電撃と火の粉の尾を引きながら宙を翻る麦野。


そして低い姿勢のまま両足でブレーキをかけながら、
すれ違った麦野の方へと方向転換するトリグラフ。

溶け上がった大地にめり込むその両足が、
地響きを伴いながら大量のオレンジの雫を巻き上げていく。

それと対照的に、麦野は紫の翼を広げては緩やかに着地した。
ふわりと、火の粉が幻想的に舞い上がる。

469: 2011/03/26(土) 00:15:17.45 ID:x7PS8YWHo

麦野『―――……チッ』

しかし、その着地は一見余裕があるように見えたも、
その彼女の顔はやや険しかった。


原因は、パックリと裂かれていた脇。


ジャケットが見事に鋭断され、
ワイシャツが真っ赤に滲みつつあった。


『傷を負った』、それ自体はあまり問題ではない。

目や腕が再生したとおり、今の彼女はもう物質的な限界に縛られていはいない。
完璧に悪魔の、それもアラストルという『神』の肉体だ。

(もちろん衣服も丸ごと取り込んでしまっているため、
 これらも肉体と同じような性質をもっている)


問題なのは、そんな肉体であるにも拘らず『傷が癒えない』、『再生しない』という事。


その事実が示すのはすなわち。

トリグラフの魔剣、その刃に集中している力は、
当たり方によっては一撃でこちらを戦闘不能にし得る程の濃度、という事だ。

魂、そして力の修復がまるっきり追いつかないのだ。

470: 2011/03/26(土) 00:20:45.72 ID:x7PS8YWHo

ただ、それは向こうも同じらしかった。

麦野『…………』

相変わらずの低い姿勢で、
40m程向こうからこちらを見据えているトリグラフ。
(正確には目にあたる部位は見当たらないが)


甲冑か甲羅かはわからないが、
その肩の硬質な部分に焼ききれたような一閃の筋が走っていた。

そして再生していく気配も一切無い。


つまりアラストルの刃も、その力はトリグラフにとって充分脅威なのだ。


こうなればなんら難しいことは無い。

その次元は遥かに違えど、人間同士の頃し合いと『勝敗条件』は同じ。

ぶった切られミンチになった方が負け。

単純明快だ。

471: 2011/03/26(土) 00:26:38.53 ID:x7PS8YWHo

ただその一方で。

今の一合、それによるダメージの度合いの差も単純明快、明らかだった。

麦野『……』

その差の原因は?
それは明白だ。

まずトリグラフの三本の魔剣を突き出す突撃姿勢、
それは一見するとそれは奇妙な構えであったが、
実はとんでもなく合理的であったようだ。

あの魔剣の位置なら、右でも左でも麦野がどちらに抜けても、
トリグラフは最低二本の魔剣を繰り出せるのだ。

最低というものあの姿勢によって、
額の一角が充分三本目として機能する位置だからだ。


対して麦野の刃の数は一。


麦野『(―――正面から突っ込むのはやはり不利、か)』

 ヘッドオン
正面突撃、それはもっとも攻撃しやすく、もっとも防御しやすい。
攻撃するタイミングは一つ、相手の攻撃が来るタイミングも一つ、
それがはっきりと決まっているのだ。

しかしそれは相手も同じ。

その場合、刃が多い方が有利なのは当然だろう。


同時に繰り出せる刃の数、トリグラフは三で麦野は一。
その数の差は絶対だ。

472: 2011/03/26(土) 00:30:09.58 ID:x7PS8YWHo

そして突撃でここまで刃の数による差が顕著に出てしまうのならば、
距離を開けられてしまうのは不利だ。

高速で行ったり来たりされたらたまったもんじゃない。

 ヘッドオン
正面突撃戦法ばかりを取られると、こっちは避けるばかりにならざるを得ないのだ。
カウンターするにしたって困難だろう。


カウンター攻撃とは、
その瞬間に相手に無防備になる部分があることが絶対条件だ。

しかし。
トリグラフが三本あるうちの二本を最初から防御に回していたら、無防備もクソも無い。
無防備の部分自体が無いのだから、
カウンターなんぞ成功するわけが無いのだ。


ではこちらが取るべき戦法は?


その時、麦野は軽く前へ跳ねた。
緩やかな栗色の髪をなびかせて。

その彼女の体が降り立った地はトリグラフの鼻先2m、
いや、低い姿勢で突き出されている『角先』。


麦野『シッ―――』


そして着地と同時に横一線にアラストルを振りぬく、
そんな彼女が取った戦法は


『接近して乱戦すること』。


ぴったりと張り付けば、刃の差は手数で埋める事が可能なのだから。

473: 2011/03/26(土) 00:35:49.48 ID:x7PS8YWHo

ところでなぜ、彼女がトリグラフ相手にこうも的確に判断を下せるのか。

この手の戦いではアラストルに『素人』と切り捨てられ、
先ほどのアリウスの戦いの中で、ようやくスタート地点に立ったばかりなのに。


その理由は、今の彼女は『アラストルそのもの』だからだ。


アラストルが有していたありとあらゆる知識、技術、それらの応用方、
さまざまな戦い方、戦闘局面におけて何をどうやって動けばいいか、
それらが全て手に取るようにわかる。

このトリグラフの左手、右手、頭部の魔剣の名とその属性も。

彼らがどこで生まれ、どんな名声を得ていたのか、
アラストルが知っている範囲の全てを、麦野も『知っている』。

頭で一々思考する必要など無く、『既に理解している』。
これが本物の大悪魔の、そして神の認識域。


今の麦野は『素人』ではない。


今の彼女は『アラストルそのもの』。


雷刃魔神と称えられている、魔界の最たる武神の一柱である。

474: 2011/03/26(土) 00:36:58.41 ID:x7PS8YWHo

麦野が横一線に振るうアラストル。

紫の稲妻を引くその刃はトリグラフの一角、
光の魔剣ダジボーグに激突した。

凄まじい圧力で衝突する魔剣、その激突点から迸る紫と金の火花。

異界の金属の悲鳴が響き、そして飛び散る光の雫。

その雫は普通の火花ではない。
神たる魔剣の激突で生み出された『礫』だ。

それらが一粒一粒が銃弾、いや砲弾のように周囲を片っ端から穿って行く。


そしてお互いが弾かれる、二つの魔剣。


トリグラフの一角は首ごと横へと弾かれ、
同じく麦野のアラストルも反対側へ。

その反動を利用して、一気に体を回転させ左腕を突き出す麦野。

すると彼女の左肩後方から、巨大な『紫色の光のアーム』が出現し、
左腕の動き連動してトリグラフへと振るわれた。

それこそ、ネロのデビルブリンガーと同じように。


一方のトリグラフもまた、麦野と似たような動きをしていた。
弾かれた首を無理に戻しはせずに、その慣性に従い体を一気に回転させ。

左手にある雷の魔剣、ペルーンを振り抜いてきた。


475: 2011/03/26(土) 00:38:12.41 ID:x7PS8YWHo

その刃に麦野が振るった『紫色の光のアーム』は、
手首から先を切り飛ばされてしまった。

抵抗無くあっさりと。

この結果はまあ当然だろう。
なにせペルーンは大悪魔が形を変えた魔剣なのだから。


麦野『―――はッ』

それに、このアームはいくら切られても痛くもかゆくもない。
これは肉体ではなく『ただの能力』の産物なのだから。
(今や純粋な能力ではなく魔と混ざり合ったハイブリッドだが)

再生はもちろんすぐ可能。

その形だって別にアーム型で無くても良い。
そもそも、こうして体の近くに留めて置かなきゃいけない訳でもない。


むしろ『こうして』撃ち出す、砲撃するのがメインだ。


麦野『ふッ―――』

その瞬間アームの切り口から、
いや、残ったアームそのものが光の矢となり、
至近距離からトリグラフに放たれた。

左手を振り抜いたばかりで、ガラ空きになってしまっているその左脇へ。


 アラストル
『原始崩し』による、粒機波形高速砲が。

476: 2011/03/26(土) 00:45:28.77 ID:x7PS8YWHo

『アラストルと化した』今の麦野は、
もちろんその一手一手が全て『アラストルのもの』。

刃のみならずその砲撃も、神の領域の必殺のもの。

そのため当然、この至近距離で無防備なところに受けてしまえば、
当然トリグラフだってタダでは済まない。


ただ、当たればの話だが。
当たらなければ全く無害。


トリグラフは体の回転を殺さぬまま、
瞬時に地に這い蹲っているかという程にまで、一瞬で姿勢を低くした。

麦野の壮烈なその砲撃は、
そんなトリグラフの背中をかすめ、背中の外殻の表面を僅かに炙った。

そしてそのまま飛翔していき。

今だこの戦いの被害を受けずにいた遥か向こうの工場地帯を、
その区画を地殻もろとも『完全抹消』した。

原子のみならず、一粒の素粒子すらをも残さず。


477: 2011/03/26(土) 00:46:22.32 ID:x7PS8YWHo

麦野『(―――チッ)』


だが、そんな凄まじい破壊力をトリグラフ越しに見て、
麦野は心の中で不満足気に舌を鳴らした。

確かに先ほどの通り、今の麦野の攻撃はその一手一手が必殺のものだ。


しかし今の砲撃は違う。

あれでは、トリグラフに命中していてもあまり効果はなかっただろう。

あんな『広域』を消し飛ばすのは、一見すると威力が高そうでありながら、
大悪魔の視点からすれば、その実はただ単に力の集中が甘いだけ。

あんなに無駄に広がってしまうのでは、『濃度』が薄すぎる。


今は無数の雑魚を消し飛ばすような一手は必要ないし、役にも全く立たない。


必要なのは、『究極の一体』を頃す『極限の一閃一点』。



このトリグラフを頃すには、極限まで力を一点集中しなければならない。
砲撃はもちろん、振り抜くアラストルの刃も。


そして。


回避に必要な全ての感覚にも。

麦野『―――』

それら攻撃を繰り出してくる、トリグラフの一挙一動にも。

478: 2011/03/26(土) 00:52:47.50 ID:x7PS8YWHo

地を這うかというほどに低い姿勢になったトリグラフ。

実際の身長は3m以上、実に麦野の二倍近くになるにも関わらず、
トリグラフの頭部は、今や麦野のへそ辺りの高さ。


一見すると、四足の一角獣にも見えてしまう体勢だ。


いや、それ『以上』だ。

と、なぜこの瞬間のトリグラフの姿勢をここまで言及するかと言うと。

この悪魔がここまで姿勢を低くした訳が、
ただ麦野の砲撃を回避する為だけではなかったからだ。

麦野『―――』


トリグラフは身を起こそうとはせず、その低さのまま。
とんでもない速さで刃を横に振り抜いてきた。


右手の炎の魔剣、スヴァローグを。

それがあたかも通常の『戦闘スタイル』であるかのように、
一切の無理を見せずに。


麦野『―――ッ!!』


瞬時に一歩後方へ跳ねる麦野。

そんな彼女の左膝から僅か5cmのところを、
業火の尾を引く刃は焼き切っていく。


そして更に間髪いれずに、今度は一角のダジボーグが
これまた凄まじい勢いで突き出されてくる。

今度は彼女の右太ももめがけて。

479: 2011/03/26(土) 00:55:21.89 ID:x7PS8YWHo

麦野『チッ―――!』

その金色の突きを、麦野はすんでのところでアラストルでいなした。

魔界の金属同士が再度凄まじい悲鳴を挙げ、
衝撃波と光の礫が飛び散っていく。

そんな、刃の打ち合いが超高速で絶え間なく行われる。

巨大な稲妻が幾本も迸り、炎獄の爆炎が吹き荒れ、
辺りをなぎ払う金色の禍々しい光。

それはそれは荘厳であり禍々しい、芸術的でありとことん破壊的な彩り。


その中の『狂気』の部分を特に色濃くしているのは、
もちろん地を這う獣のような姿勢のトリグラフ。

その挙動は、一見するとトリッキーな戦闘スタイルだろう。
粗暴で野生的で、獰猛過ぎる滅茶苦茶な戦い方に見えてしまう。

ただ、それは見ているだけならば、だ。

実際に戦えば、絶対にそんな印象など180度ひっくり返ってしまう。


とんでもなく効率的で合理的で技能的で、
恐ろしいほどに堅実な戦い方である、と。


振り抜かれてくる刃は計算しつくされ、
ピンポイントで対処しにくいタイミング。


そしてとにかく速い。


僅かにでも反応が遅れてしまったら、膝から下が一瞬で飛ぶだろう。

そしてトリグラフは、その一瞬のバランスの崩れを見逃さないはずだ。
麦野の体は翼や能力で体勢を立て直す前に、瞬時に斬り上げられ細切れにされる。

再生が不可能な程の力がこめられた、三つの刃で。


480: 2011/03/26(土) 00:58:53.05 ID:x7PS8YWHo

そんな、狂った車輪のような乱れ打ちを何とか凌ぎ、
麦野も負けじとアラストルの刃を叩き込むも。

突き出されている一角によって容易くいなされる。

その低姿勢のおかげで麦野から見て体面積が小さいことが、

攻撃の密度をより高くさせることのみならず、
一角の魔剣ダジボーグによる防御をも遥かに効率化させているのだ。


麦野『(―――クソッ!!)』


麦野は否応無く突きつけられてしまった。

これ以上接近することは難しい、という事実を。

ふところに張り付いて、とことんかき乱そうとしていたのに。


こんな密度の攻守で固められたら、
ふところに飛び込むことなんかできない。


そもそもあの低姿勢のおかげで、ふところの『空間』自体が存在していない。


上に跳ねて上方から攻撃しても、特に有利にはならないだろう。

トリグラフにとっては手首を90度回転させればいいだけ。
それだけで刃は上を向くのだから。

481: 2011/03/26(土) 01:01:36.35 ID:x7PS8YWHo

原子崩しのビームも全く当たらない。

力が射出点に収束するのを、
完璧に嗅ぎ取られているようであったのだ。

どこからどこへ向けて放たれるのか、
事前に教えているようなものだ。


この状況、確かに正面突撃でやり合うよりかはマシだが、
これはこれでドン詰まり。


麦野『(―――……まさか……)』


そして彼女は、トリグラフのとある意図を敏感に感じ取っていた。

それは。

己をトリグラフの位置に置いたら、自分はここから更にどうする?
どうすれば、この女を更に追い込める?

そう考えれば容易に想像がつく事だ。


立て続けに、無規則なようで計算されつくした刃が振りぬかれていく。

麦野はそれらをいなし、そしてとある一振りを判別して後ろに跳ね―――。


麦野『(――――――ッ―――こいつ―――)』


―――ようとした時であった。

482: 2011/03/26(土) 01:02:07.48 ID:x7PS8YWHo

左腕の魔剣ペルーンを振り抜く、
そのトリグラフの挙動に『とある点』を見つけ、彼女は確信した。

いや、勘が当たったと言うべきか。
当たって欲しくは無かったが。


なぜこの大悪魔がこの戦法を選んだのか、今の状況でもその理由は充分物語られているが、
更にそれを固める重要な要素を。


その瞬間。


彼女は一気に『前』に跳ねた。


ペルーンの間合いから抜けるのではなく、
それこそトリグラフに体当たりするかというほどの勢いで。


魔剣ペルーンは、麦野の膝を落としていた『だろう』。


『あのままの軌道』で振るわれていたのならば。

つまり、この時麦野の膝は落とされず、
ペルーンもあのまま振るわれなかった、ということだ。

彼女が前に踏み込んだのとほぼ同じタイミングで、
トリグラフも後ろに跳ねたのだ。

ペルーンの振り抜きを突如中断し、胸元に『両腕』を引き寄せながら。

それはあたかも、
最初の『正面突撃』の姿勢に移行しようかという動作。

483: 2011/03/26(土) 01:04:12.06 ID:x7PS8YWHo

麦野が前に踏み込もうと判断したのは、
その腕の僅かな動きを見出したからだ。

ではなぜ、トリグラフはこんな挙動をとり、
麦野はそれに対して踏み込んだのか。

それは、彼女がペルーンの刃を後方に跳ねて避けてしまった場合の状況を考えればわかること。
麦野とトリグラフがお互い後方に跳べば、当然『距離』が開く。

今そうなっていれば、実質5m以上は開いていただろう。

では距離が開けば?

距離が開けば、トリグラフは移行できる。


刃の数が特にものがいう正面突撃戦法に。



麦野『―――ク―――ソッ―――!!!!!』


今や明白だった。

トリグラフの刃が届くかどうかという、前にも後ろにも動けないこの微妙なゾーンに。
下がれば刃の数の利で一気に押し込まれ、進めばキルゾーン入りで細切れ確実。


そして留まらざるを得ないこの領域も、
一瞬の隙が氏に繋がる極限のエリア。


彼女は完全に『嵌ってしまっていた』。




484: 2011/03/26(土) 01:05:43.95 ID:x7PS8YWHo

これがトリグラフの出した『答え』だ。


刃の数の差を埋めようと、至近距離でかき乱す戦法を選んだ麦野に対する、だ。


至近距離に潜り込むことは不可能。
そのテンポをかき乱すことも難き。

鉄壁で守りに入った『ハリネズミ』ほど、切り崩すのが難しい相手は無い。

しかも『このハリネズミ』の場合、
守りに徹しながら『とことん攻撃にも徹してくる』という困難さ。


麦野『(―――チッ!!!)』

いつまでもこうしていられない。
このままでも、徐々に力を削られていく。

何か、何かこの状況を打開する一手を。

しかしトリグラフにはまったく隙が無い。
完全にこの戦いの主導権を握られている。


こうして刃の打ち合いが続くという点を鑑みれば、
トリグラフとアラストルの戦闘能力の差は、特に離れているわけでもないのだろうが。

『差』は『差』。


そこにおける『優劣』ははっきりしている。

技能、パワー、判断力、戦闘に必要不可欠なそれらのスペックは、
明らかにトリグラフの方が上だ。

485: 2011/03/26(土) 01:08:25.70 ID:x7PS8YWHo

ただそのスペックだけを並べてみたら、
運や戦闘の展開、機略等でその差を埋める事ができる、
充分に麦野にも勝利が望める程度の違いしかないだろう。

だが、今のトリグラフはその点もほぼ掌握しきってしまっている。

その戦い方は、その運の要素を極限まで廃する堅実なモノなのだから。


麦野『(―――……やるしかないか)』

そして、ここで麦野は決意する。


こうなったら『捨て身』でいくしかない、と。


このトリグラフとの戦いにて、ここまで捨て身でやらなかった理由は、
己が滅するのを嫌っていたのでも恐れていたのでもない。

今更この身を代償にする事など躊躇は無い。
既に氏を受け入れているのだから。


『捨て身』を避けていたその理由は、
麦野はトリグラフに絶対に勝たなければいけない、という事である。


つまり、命を捨ててでも勝つべきなのは確かだが。
結果を出さないで氏ぬ事は許されない。

『確実に決せられる確信』が無い限り、『捨て身』で動くことも許されないのだ。



これもまあ、皮肉だろうか。


麦野自身が生への執着と決別した今この時。

彼女は、勝手に氏んではいけない身になっていたわけである。

486: 2011/03/26(土) 01:10:20.88 ID:x7PS8YWHo

アラストルの技能、経験、応用力、洞察力。
それらを総動員して、麦野は勝利を引き寄せる一手を模索する。


一撃必殺の手を。

無論『捨て身』になるのは確実。

そして捨て身で行うのだからたった一度しか使えない。
確実に成功させなければいけない。

また、別に『必殺技』と銘をうつような仰々しい一手で無くていい。
成功率を高めるため、基本を少し応用しただけ程度のシンプルなものが好ましい。


とにかく一斬り。

渾身の一振りをクリティカルヒットさせ、魂ごと叩き切ればいいのだ。


麦野『…………』


そして決めの一手を決定したら、とにかく待つ。

トリグラフの腕、頭の位置。
体の姿勢。
mm単位のお互いの距離。

それらが希望通りの状態になる瞬間を。

絶対に気取られてもいけない。
僅かにでもフライングして動いてしまうと、
確実にトリグラフに読まれ、対応されてしまう。


焦らず、じっとそのタイミング見極めるのだ。


絶対に、確実に成功させるために。

487: 2011/03/26(土) 01:11:34.06 ID:x7PS8YWHo

そしてその瞬間が来る。

全ての配置と動きが望み通りになった時が。


麦野『ふッッ―――』


軽く息を吐きながら、麦野は一歩。

左足を大きく前に踏み出し。

アラストルで、
突き出されているトリグラフの一角ダジボーグを下から強く弾き上げた。


飛び散る、金と紫の光の礫。


その彩の中、麦野は更に前に踏み込み、
左前腕をアラストルの刃背にあてがい。



麦野『―――ッラァッ!!!』



刃を押し付けるように滑らせつつ、一気に上に押し上げた。

ダジボーグの下にアラストル。
それが押し上げられれば。

もちろんダジボーグの根にある頭部が、そして上半身が押し上げられ。



『ふところ』の空間が、そこに形成される。

488: 2011/03/26(土) 01:13:12.67 ID:x7PS8YWHo


その時。

トリグラフの上半身が押し上げきった直後。


踏み込んでいた麦野の左足が、膝から切断された。

トリグラフの左腕、魔剣ペルーンの刃で。

ただ、『そんな事』など麦野は鼻から承知済み。
キルゾーンに飛び込めば、防ぎようも無く致命傷を負うのは当たり前。

             キ ル ソ ゙ー ン
だからこその『絶対殺傷域』なのだから。



左足の喪失など一切怯むことなく、麦野は右足で地を蹴り。



翼と能力で更にブーストさせては姿勢を制御しつつ、
『形成されたばかり』のトリグラフの右脇に一気に飛び込み。


その『ふところ』に潜り込み。


すれ違ざまにアラストルを振り抜いた。




―――『胴』奪うために。


489: 2011/03/26(土) 01:14:44.48 ID:x7PS8YWHo


しかし。


その右脇はガラ空きではなかった。

これはさすがといったところか。

トリグラフにとって、
この麦野の動きは当然の想定外のものだったでろうにも拘らず、
この大悪魔はそれでも即座に対応してきたのだ。

アラストルの刃は胴に届かなかった。
間に入った、トリグラフの右手にある炎の魔剣スヴァローグの業火の刃に防がれて。

トリグラフは右手首を器用に返し、脇に挟み込むような形で、
スヴァローグの刃を己の体と麦野の間に滑り込ませてきていたのだ。


こんなに正確に、そしてとんでもない速度で対応してくる相手とじっくりやりあってたら、
やはり敗北は確実だったろう。

バカ正直に戦っていたらどうやっても勝てなかったはずだ。


炎の魔剣と削り合い、真っ赤な光の礫を生み出すアラストル。


麦野が捨て身で飛び込み放った『胴』は、
トリグラフの驚異的な対応力で完全に防がれた。



麦野『―――はッ』


だが。

これも実は、麦野は読んでいた。


むしろ『あえて』防がせた。


次なる一手を確実にするために。

490: 2011/03/26(土) 01:15:32.81 ID:x7PS8YWHo

トリグラフの右脇に飛び込み潜り込んだところで、
一角の魔剣ダジボーグは前、左腕の魔剣ペルーンは当然反対側。


この二本は麦野と『切り結べない』。


つまりこの瞬間、刃の数の差は消えていた。


そして唯一麦野の方へと向けれる一本、右腕の魔剣スヴァローグは―――。



―――たった今、防御を『強制』されたばかり。



麦野はそのまま脇を抜けていくのではなく。

トリグラフのすぐ背後1m弱のところで、残った右足でつっかえるようにして踏ん張り静止しては。



アラストルの柄を『両手』で握って、振り上げて。


麦野『シィッ―――』


振り向きざまに振り降ろした。


守りの『刃』を失った、がら空きになっているトリグラフの背中へ。





麦野『―――アァ゛ァ゛ッッッッッッッッ!!!!!!』




   
本命の、渾身『一手を』―――。



491: 2011/03/26(土) 01:17:20.85 ID:x7PS8YWHo

麦野が今持ちうる全てを乗せたその刃は。


雷刃魔神アラストルの白銀の刃は。


トリグラフの背中、その白金の外殻にめり込み―――。



割り砕き―――。



下の肉を断ち―――。




麦野『―――ッッッッッ―――!!!!!!!!!』





―――その魂を叩き斬る。




そしてトリグラフの上半身は、その下半身と鋭断された。

左肩から右脇にかけて斜めに。


492: 2011/03/26(土) 01:19:35.45 ID:x7PS8YWHo

完全に振り抜かれ、勢い止まらず地面に打ち込まれる白銀の刃。
その刃に沿うように数kmの彼方まで、紫の光を伴って走っては島を『割る』細い筋。

そんな一閃が律したかの如く、辺りの全てがその瞬間動きを止めた。

溶け出していた周囲のオレンジのうねりも。
舞い上がっていた火の粉も。

地響きも。

刃の反響音も。


さながら時が止まったかのよう。


そして。

そんな、永遠にも思えてしまう沈黙を静かに打ち破ったのは。


ズルリと。

生暖かく湿った耳障りな摩擦音。

続く、重苦しい肉のカタマリが堕ちる音と。

魔界の刃が地面にぶつかる、けたたましい金属音と。



糸が切れたように、少女が膝をつく音であった。



493: 2011/03/26(土) 01:21:40.92 ID:x7PS8YWHo


その少女の顔は美しかった。


元々かなり整ってはいたが、
今のこの瞬間は特にかけ離れて。


透き通るような肌で、どこまでも儚げで。


幻想のような『非現実的』な美しさ。


少女はゆらりと、その顔を静かに掲げて。


『…………はっ…………………………はっ……』


小さく今にも掻き消えそうな吐息を漏らした。

そして覚える、この身の羽のような浮遊感。


『…………はっ…………ふっ…………』


体の重さが感じられない。

今まで『持っていたもの』何もかもが、
一切の抵抗なく落ちてしまったような。

何もかもがこの身から消えてしまったような。


先の一振りに、
文字通り全てを『乗せて』しまったのだろうか。

494: 2011/03/26(土) 01:22:50.29 ID:x7PS8YWHo

パキリと、冬日の薄氷が割れるような音。

ゆらゆらと不安定ながらも、少女は面を下げてその音の方向を見やった。

すると眼前の分離したトリグラフの体が、
その大きな破断面からひび割れ始めていた。

割れては細かく砕けて朽ちていき。

『あの世から吹いてくる風』のようなものでもあるのか、今ここは無風にも拘らず、
砕けたチリが緩やかにかき飛んで行き、消えていく。


あたかも、古代遺跡の石灰岩像が風化していくような、
そんな哀愁と神聖な美しさを感じてしまう光景だ。



『………………こう……なるのかな…………私も……』



それを目にしながら少女は思わず、そう言葉を漏らした―――。



―――ところ。



『(……あれ……―――)』



ふと、唐突に。

わからなくなってしまった。



『(…………私?……ワタシ?………………あれ……?)』

495: 2011/03/26(土) 01:24:36.07 ID:x7PS8YWHo


頭の中が真っ白になったわけではない。
記憶や知識の類が全てすっ飛んでしまったわけでもない。

わかることははっきりとわかる。

この目の前の氏体は『トリグラフ』。


三つの魔剣を有する、魔界でも名の知れた武神。



そして今、『己』はそんな存在を叩き切って打ち勝った。



では、『己』とは?



『(…………えっと………………あれ……)』


その言葉が出てこない。
その単語が出てこない。



この身の中で、『己』という概念が確立できない。


その○○認識をサルベージできない。


ぐるぐると、
何でもかんでもが満遍なく混じり合わさってしまっていて。

496: 2011/03/26(土) 01:27:41.64 ID:x7PS8YWHo

そう、混じり合わさってしまっていて。


『(あ…………そうか…………)』


そこで少女は気付いた。


『(……融合しちゃったもんね……)』


何ら難しい事ではない。
少女は『パートナー』と融合し。

その上で少女の側の器が割れ、既に崩壊し始めているだけ。
『パートナー』の力を支えきれず、それに押されて形を保てなくなってきているだけ。

そろそろ『ヒーロータイム』は時間切れ。

この先は力の渦に飲み込まれて、跡形も無くなる。


それだけだ。


そしてこの『疑問』が、少女の意識を繋ぎ止める最後の鎖だったのか。


『(……仕方な……い……ね……)』


そう納得したところ。



『(…………)』



スッと、視野が急にホワイトアウトし。


意識が一気に薄れ―――。




―――かけた時。


「――――――――――――!」


声が聞えた。


497: 2011/03/26(土) 01:28:33.44 ID:x7PS8YWHo

「―――――――――!」

『……』

どこから聞えてきているのかわからない。

「―――――――――!」

『…………』

しかしなんだか懐かしいような。
心地いいような。

「―――――――――!」

『………………』


連呼しているらしきその一つの言葉も、
良く聞いていたような。


いや。


「―――――――――!」

『…………………………』

良く知っている。


この言葉は『良く知っている』。


498: 2011/03/26(土) 01:29:41.07 ID:x7PS8YWHo

その言葉が、声が、

消えかかっていた少女の意識を、
淀みの中から引き上げていく。


「―――――――――!」

『…………………………っ―――』


まだ。

まだ終わってはいない、と。


そしてその『言葉』がはっきりと聞こえ。



「――――――むぎ―――!!!!」



『――――――むぎ―――』



少女が合わせて、自らの口で発しようとした―――。
 


―――その時。


499: 2011/03/26(土) 01:30:41.69 ID:x7PS8YWHo

この声とは別の。

そして少女にとって、この声のような至高の心地よさとは完全に対極の『刺激』が。

この声と同じく、彼女の意識を叩き起こそうとしてきた。



めきり、みしり。

そんな、胸から聞えてくる不気味な破砕音と。



『―――あっ…………う゛ッ―――』



文字通り目が覚める程の「激痛」。



意識が一気に覚醒し、ホワイトアウトしていた視野が元に戻り。




『が―――ぐッ―――……?!』




そして少女は目にした。


己の胸を貫いている、『業火の魔剣』を。

500: 2011/03/26(土) 01:34:21.87 ID:x7PS8YWHo

魂と器を完全にぶち壊したはずなのに。

確実に倒していたはずなのに。


朽ちかけのトリグラフの上半身が起き上がり、
右手の魔剣で少女の胸を刺し貫いていた。

そう。

確かに、少女はトリグラフを頃した。


トリグラフ『だけ』を―――。


そして当然、トリグラフが従えていた魔剣達は―――。



―――まだ『生きている』。



『あ―――ああ゛―――』



身の毛がよだつ音を軋ませながら、胸に食い込んでいく業火の刃―――。




―――魔剣スヴァローグ。




安らかな眠りに着くことは。


少女の旅が終わることは。


未だ許されてはいない。




『―――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!!!』




戦いはまだ終わってはいない。


501: 2011/03/26(土) 01:35:39.70 ID:x7PS8YWHo
今日はここまでです。
次はできれば月曜か火曜の夜に。
それと、次でたぶん麦野パート終わります。

502: 2011/03/26(土) 01:37:34.15 ID:qtNygseDO
むぎのん……(T_T)

503: 2011/03/26(土) 01:40:22.57 ID:ocMP0CYh0
むぎのん…
おつ!


 次回へ続く:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その26】


引用: ダンテ「学園都市か」【MISSION 07】