514: 2011/03/31(木) 00:43:11.43 ID:OnMFdVQ8o


最初から読む:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」

前回:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その25】

一覧:ダンテ「学園都市か」シリーズ

 ―――

北島の南端、この要塞島の海際を固める巨大な堤防。
その上にて屈んで佇んでいる少年と少女、浜面と絹旗。

彼らは、幅3kmほどの海峡向こうの南島にて催されている、
この薄闇を押しのける壮烈な光の祭典をじっと見つめていた。

そんな二人の顔には厳しく律っされはしていたが、
その下からはかなりの疲労感もありありと透け見えていた。

彼らをそこまで消耗させてしまっているのは、
確かにここに至るまでの数々の激戦も原因の一つだ。

しかし今現在、また別の要因が彼らの体力を削っていた。


それはもちろん、彼らの視線の先からやってくる『圧』だ。


絹旗「…………」


近づけば近づくほどその濃度が増していく、この形容しがたい重圧。

今のこの位置においてさえ、
ゴートリングが現れた瞬間に覚えた圧迫感を遥かに上回っている程。


首に縄を巻かれ、徐々にきつくなってきている状態か。

それは比喩ではない。
そのように、実際に今この瞬間において魂が縛り上げられつつあるのだ。

この圧迫感はもう感覚的な枠だけでは留まらず、
生存活動そのものに実際的な障害を及ぼしつつある。


浜面「…………」


これ以上に進めば、この圧迫感が直接の氏因になりかねない。
それは明白であった。
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516: 2011/03/31(木) 00:44:01.73 ID:OnMFdVQ8o

だが『そんな事』が今、彼らにとって障害になり得るだろうか。


否。


滝壺理后がこの海峡の向こうにいるという、
二人にとって極めて重要な問題の前には、その程度など障害になどなり得ない。

浜面「……」

絹旗「……」

なぜ滝壺が二人を遠ざけたか、
その理由はこの圧のせいとも考えられるが。

二人はそこまで物分りが良い方ではない。


浜面「……向こう岸までどのくらいでいける?」

浜面は光を見据えたまま、脇の絹旗へ向けて口を開いた。

絹旗「最大速度を維持できれば10秒以内に」

それに対し淡々と言葉返す、
先の戦いで上着を脱ぎ捨て上半身がタンクトップ姿の少女。


絹旗「途中で超何もなかった場合ですが」


浜面「……よし。じゃあ行くか」

517: 2011/03/31(木) 00:45:48.53 ID:OnMFdVQ8o

絹旗「その前に浜面、一言いいですか?」

と、浜面が立ち上がりかけたところ、
絹旗は更に言葉を続けた。

浜面「……なんだ?」

なんでもないように。
それでいて唐突に。



絹旗「私達の目的は滝壺さんです―――」



絹旗「―――『アイテム』ではありません」



特に溜めもせず、変わらずにするりと。


浜面「……」


麦野が憎い、頃したいと以前吐き出した、その口からの言霊。
そしてそれら声の下に垣間見える含み。



絹旗「そこを勘違いの超無いよう」



上辺は淡々と事務的ながらも、
匂わせるその内の黒い熱気。


浜面「……」


それを前にして、浜面は何も言葉を返せなかった。

何も。

518: 2011/03/31(木) 00:47:12.55 ID:OnMFdVQ8o

とその時。



絹旗「では、行きま―――」



絹旗も次いで立ち上がった直後であった。


浜面「…………ッ!」



光が止んだ。


南島を照らし挙げていた、あの色とりどりの光が。


漆黒に戻っていく空。

そして感じる。


今の今まで感じていたあの圧迫感が、急激に薄れていくのを。


浜面「……………………」

何がどうなったのかはわからない。
だが、状況が今この瞬間も移り変わって行っているのは明白。


浜面「……急ごう」


絹旗「…………はい」

―――

519: 2011/03/31(木) 00:48:22.87 ID:OnMFdVQ8o
―――

光は既に止んでいた。

天を穿つ巨大な稲妻も、

何もかもを溶かしつくす業火も、

全てを凪ぐ金の光も。

辺りの熱は徐々に冷め。

溶け出した金属の溜りの輝きが衰えては、
黒く固まった部分の面積が増えていき。


漆黒に戻る空。


それらの光景が、
この場で行われていた『神域の戦い』が峠を越えたことを物語っている。


だが、峠を越えただけで戦いそのものが終わったわけではない。
ここからスケールは、確かに『おまけ程度』のものかもしれないが、

当人達にとってはここからもまた『本番』なのである。



左肩から右脇にかけて斜めに、下半身と分離したトリグラフの体。


朽ち掛けのその上半身は、
下半身との破断面から伸びている『尾のようなもの』によって支えられて起き上がっていた。

人間の背骨に当たる部位を利用しているのだろうと確信させる、
その尾の見た目はまさしく『筋肉に覆われた数珠繋ぎの骨』。


目の無いフルフェイス兜のような顔は、ところどころ朽ちては欠け落ち。
魔剣ペルーンを握る左腕はだらりと垂れ下がり。


魔剣スヴァローグを握る右腕は、その刃で突き刺していた―――。



―――正面に跪いている少女の胸を。

520: 2011/03/31(木) 00:49:55.21 ID:OnMFdVQ8o

『―――がふッ!!』


器官を一気に駆け上がってきた真紅の液体が、霧となって口から噴出。
胸を貫く刃と肉の間からは、止め処なく毀れだし生暖かい滝を形成する。


『あ゛ッ……う゛ッ……!!』


そして少女の美しい顔が、隠すまでも無く『素直』に歪む。


痛い。


苦しい。


肉体的な面を超えた、魂を貫かれる痛み。
『生』が直接傷つけられている苦痛。

今まで味わってきたどの痛みとも類が違う。
これほどの痛み、今まで味わった覚えが無い。


右目と左腕、そして内臓の一部を吹っ飛ばしてしまった『あの時』よりも遥かに痛い。



そう、『あの時』よりも。

521: 2011/03/31(木) 00:51:48.29 ID:OnMFdVQ8o


『―――…………ッ……』



あの時。


そこでまた、少女はわからなくなってしまった。

己の中に存在しているはずなのに、その『記憶』を取り出せない。
何もかもがぐっちゃぐっちゃになってしまって、見つけられない。


どのようにして体の一部を失ったんだっけ。
誰と戦ってたんだっけ。


その時は何で戦ってたんだっけ―――。


『(…………)』


そういえば、今こうして貫かれる直前に、
誰かの声が聞えていたような気がする。


この判別できない記憶にかなり関係のある、
『大事な言葉』を口にしていた声が。


いや、今も聞えているような気がしている。


でも良く聞えない。


この胸に突き刺さっている刃、
そこからの『刺激』にかき消され、聞き取れない。

522: 2011/03/31(木) 00:53:30.18 ID:OnMFdVQ8o

一方その刃の主、
トリグラフの方にもとある変化が起きていた。


彼女の胸を刺し抜いた直後、
額の一角ダジボーグが一気に光を失って言ったのだ

その魔剣は見る間にひび割れては砕け。

チリと化して跡形も無くなった。


そして魔剣の崩壊と入れ違えるように、
顔の欠けていた部分が修復されていく。


『…………』


記憶は壊れて判別がつかなくなってしまっているが、
今目にしている現象については、少女ははっきりとわかる。


先ほどの渾身の一振りで、
確かにトリグラフはその魂と器を完全に破壊された。

                                           
本来ならば、あの後あのままま肉体は朽ち果てて、
トリグラフという生命は現世から消え失せ、

魔界の源へと還り、ある程度の時を経て自我も個も失って界の力場の一部となるであろう。

だがトリグラフは、この時はそうはならなかった。

トリグラフは、生命体としての思念が掻き消える前に、
己が『魔具に喰らいついた』のだ。


何とかして『生まれ変わろう』ともがいている、といったところか。

トリグラフは魔剣達を食い潰しているのだ。

その力を奪っては貪り、魂を乗っ取り、
その器に強引に乗り換えようと。

523: 2011/03/31(木) 00:55:13.87 ID:OnMFdVQ8o

己が僕を、己が臣下を喰らう。
それは人間の目からすれば、非常におぞましい光景に映るだろう。

しかし、悪魔目線からでは何もおかしいところはない。

ダンテのような『優しい主』が例外であって、
このトリグラフとその僕達の関係こそ、魔界においては極当たり前のもの。

感情移入もしなければ愛着も無い。

魔具の氏自体については何も感じない。

特にこの今のトリグラフの場合ならば、
瀕氏の人間に向けて『点滴袋に情を抱かないのか?』、というようなもの。


魔具は魔具。

下僕は所詮下僕。

道具は所詮道具。


使い魔は所詮『使い』魔。


必要と有れば使い捨てて、使い潰してなんぼなのだ。

524: 2011/03/31(木) 00:59:18.84 ID:OnMFdVQ8o

少女は苦痛に喘ぎながらも、その魔界流の踊り食いをじっと見つめていた。
胸を貫いている刃から逃れようともせず、ただただ呆然と。


今だ、頭の中にどこからかあの声が聞えてきているようだが、
そちらには意識を集中できない。


どうしても、この目の前の事に目を、心を奪われてしまう。


『他者を喰らっていく』その様が、
なんとなく今の自分にも当て嵌まるような気がしたのだ。

別に比喩ではなく、実際に『似たような経緯』を経て、
『自分』も『今』こうしているような。

例の如く、なぜそんな風に感じてしまったのかは、
今はまるっきりわからなかったが。


次いでトリグラフの食指が伸びたのは、左腕。

魔剣ペルーンを持っているその腕が、
突如弾けるように明後日の方向へとひん曲がり。

その表面が大きくうねり始めては見る見る変容していく。


そして、砕かれながら左腕の肉に飲み込まれていくペルーン。


この魔剣の断末魔か、その瞬間周囲を振るわせる。
金切り音のような、聞いた者の心を締め付ける辛辣な響きが。


525: 2011/03/31(木) 01:01:58.69 ID:OnMFdVQ8o

小刻みに震えているその様相は、
さながら歯車が噛み合わなくなった機械仕掛けの人形のよう。

ぎぎぎ、と音が聞えてきそうな程。

いや、実際に似たような音は聞えていた。

魔剣の残骸が飲み込まれ、
肉や骨にあたる部分が砕け、大きくその形を変えていく音が。


そしてペルーンの絶命と引き換えに現れる、更なる異形の左腕。


それは大きな大きな、無造作に削りだした『大木』のような腕。

いや、大木とするよりも『金属柱』と表現したほうがしっくりくるかもしれない。
もっと厳密に言えば、大型の削岩重機に取り付けられているような『円筒形の回転刃』だ。

その質感は非常に艶やかな光沢を帯びており。
表面は幾何学的な造形で、その角の山は全て刃のように鋭い。


トリグラフの元の洗練された身体とはかけ離れており。

その不恰好な姿は、
シオマネキのようなアンバランス加減を感じさせる。

526: 2011/03/31(木) 01:03:17.29 ID:OnMFdVQ8o

『あ…………』


そしてトリグラフは、その巨大な左腕を大きく引いた。
鋭く尖った鎌のような手を握り締めて。


それはあたかも、いや確実に。


「―――!!!」


こちらへ向け、強烈な一撃をお見舞いしようと『溜め』ていた。

そんな情景を目にしている中、
頭の中で響く声が一気に強くなっていく。


「―――いて―――!!!」


こちらが意識を向けたわけではなく、
向こうから強引に『音量』を上げているのか。

その声は少女の意識に割り込んでは、
否応無く彼女を呼び起こす


『(―――……あ……)』


その声は様々な意味で、
この『成仏しかけ』の彼女にとって刺激的であり。




「―――防いで―――!!!!」




その声の全ての要素が、少女の闘争心を呼び起こす。




「―――――――――むぎ―――!!!!」




その声が、彼女に『己が戦う理由』を思い出させる。



『―――ッシッ』




527: 2011/03/31(木) 01:05:36.34 ID:OnMFdVQ8o

次の瞬間、少女はその強烈な一撃を受けた。

スヴァローグの刃からずり抜け、
猛烈な勢いで吹っ飛んでいく少女の体。


『北』の方角に。


彼女は天に打ち出されたわけではなく、ほぼ水平方向に吹っ飛んだのだが、
一帯が先の戦いの余波で綺麗さっぱり『整地』されてしまっていたため、

その体は障害物に当たることも無く3km以上も飛翔。

そしてようやく、今だある程度工場地帯の体を保っている区画まで達し、
数十棟も施設をぶち抜きいてやっと停止した。

その一連の光景は傍から見れば、
隕石が限りなく水平に近い形で激突してきたようであったであろう。


飛び散った大小さまざまな金属片が周囲に降り注いで、
瓦礫や土砂の類とはまた違うトゲのある音を打ち鳴らす。


その中で。


『―――チッ……』


顔をやや歪ませて、『いつも』の調子で舌打ちをしては。



『……ああ……目ぇ、だんだん覚めてきたわ…………やっと「眠れそう」だったのに……』



そう不機嫌そうに一人吐き捨てながら、
瓦礫の山の中から上半身を起こした。



『…………こんな氏に体をたたき起こしやがって……』



528: 2011/03/31(木) 01:06:34.51 ID:OnMFdVQ8o

直前に『戦う心』を取り戻した彼女は、
あの瞬間己の右手の魔剣を盾にした。

おかげで、派手に吹っ飛びはしたものの今の一撃におけるダメージはほとんど無い。
この『強行着地』だって、見た目が大げさなだけで苦痛は伴わなかった。


ただ、今の一撃に関しては、だ。


『……いったッ………………ぐぅッ……』


膝から下を失った左足とこのぶち抜かれた胸は、
やはりその痛みもダメージも桁が違う。


どちらも傷が癒える様子は無く、今だ鮮血が滴っては強烈な刺激を与えてくる。

また今こうして味わってみると、
実は胸よりも左足の傷の方がひどい様であった。


先ほど、胸の痛みがあそこまで刺激が強かったのは、
魔剣が差されたまま、継続してその力を受けていたからであろう。


そして刃が離れた今となっては、左足の方が遥かに痛かった。


それも当然だろう。
胸の傷は、棺おけに片足を突っ込んだ氏に体のトリグラフが刻んだもの。


一方、左足を切り落としたのは全力全開時のトリグラフ。

その攻撃に使われた力の差は天と地だ。
当然、魂に叩き込まれたダメージの差も。

529: 2011/03/31(木) 01:08:49.88 ID:OnMFdVQ8o

トリグラフを切り捨てたあの一振りの直後に、
少女の力がここまで落ち込んだのも、その左足に受けた一撃が原因だ。

あの全力全開の戦いの中では、
お互いにとってお互いの刃が一撃必殺のものだっ。


魂に届けば、肉体的な急所など関係なくその力をごっそりと削ぎ落とし得るのだ。

少女は肉を切らせて骨を断つ、という捨て身の戦法を身をもって体現したものの、
その肉は肉でも頚動脈を斬られてしまうレベルだったというわけだ。


『……畜生……氏ぬのがこんなにキツイなんて聞いてないってーの……』


魔剣を杖にしてはゆっくりと立ち上がり、
そうぼやきを続ける少女。


「―――聞える?!だ、だいじょうぶ?!」


その時、再び頭の中に聞えてくるあの声。


『大丈夫だあああ?この私のアリサマをビンビン感じてる癖してわからねーの?』


それに対し、少女は自然と言葉を返すことができた。


「ご、ごめんっ……」


『―――ッ……ああ……』

そして少女は口にした『後』に気付いた。

今、己は極々普通に当たり前に。
特に意識をする事も無く。


己の中の『記憶』で、『己』が自ずと言葉を返したと。



『……そういうこと……』

530: 2011/03/31(木) 01:09:53.15 ID:OnMFdVQ8o

知っているのだ。


そう、『己』はまだ知っている。

まだ記憶は、精神は、意識は。


『個』は形を保っている。


『……………………』

少女は、杖にしている魔剣をふと見やった。

右手にある魔剣を。


この『彼の名』も知っている。



己を喰らったパートナーの名は―――。




『……アラ……ストル』




雷刃魔神アラストル。

531: 2011/03/31(木) 01:11:09.47 ID:OnMFdVQ8o

少女がこの魔剣の『個』を再認識した瞬間。

彼女の中でぐちゃぐちゃに混ざり絡み合っていた様々なモノが、
その『名』に集まり。



アラストル『…………………………』



『彼』を『再形成』する。


『……おはよ。なんか久々な気分ね』


少女は小さく笑いながら、
そう右手の先へ向けて言葉を飛ばした。


アラストル『……その挨拶は、この場合は相応しくないな。俺は眠りについていたわけではない』

すると魔剣から返ってくる、
やや理屈っぽく、そしてお高くとまったあの声。

『……ああ……まあそうね』

そう、アラストルは眠っていたわけではない。

己がアラストルそのものだったのだから。

そして。


アラストル『それにしても随分と野暮ったい戦い方をしてくれたな。俺も氏に掛けてるじゃないか』


そう続けて愚痴をこぼして来たアラストルに、
ここぞとばかりにその『ブーメラン』を返す。


『ああ……「だから」それは私だけのせいじゃないでしょ』


ニヤリと、ずるそうな笑みを浮かべて。



アラストル『………………まあな』

532: 2011/03/31(木) 01:12:57.84 ID:OnMFdVQ8o

アラストル。

これで己の『片方』の名は取り返した。


そしてもう『一つ』の己の名。



喰らわれる前の、喰らわれた方の名は―――。



「あの、あの悪魔動き始めたよ!えっと……あちこち、動きまわってるみたい!」


トリグラフの事を言っているのであろう、
その頭の中の声に。


『―――ねえ……もう一度、私の名ま―――』


少女が一つ、問いかけようとしたその時。


「………………え……?」


頭の中の声が。そんな素っ頓狂な音を漏らした。

少女の問いに戸惑ったわけではない。
何せ、まだ少女は問いを口に仕切っていないのだから。

その声色は、意図していなかった『何か』に気付いてしまったような。

そして少女もそれに気付いた。


『…………ッ』


すぐ近くの、トリグラフとは全く違う二つの気配を。

533: 2011/03/31(木) 01:17:00.93 ID:OnMFdVQ8o

少女はすぐさまその気配の方向へと振り向いた。


その悪魔の瞳は、
いとも簡単に瓦礫まみれの風景の中から気配の主を見出す。

50m程離れた所、瓦礫の陰に身を潜めてこちらを伺っていた、


小柄で華奢な少女と茶髪の少年を。


あの者達は―――、そう頭で彼らの身分を認識するよりも早く。



『―――絹旗ぁッ!!!浜面ぁあああッ!!!―――』



その名が口から勝手に弾け出でた。
無意識下の条件反射のように。

その声に浜面と呼ばれた少年の方は、潜めていたその身を飛び上がるようにして立ち上がり。
絹旗と呼ばれた少女は素早く身構えは。

二人とも、少女の姿を見て目を見開き硬直した。


突如名前を叫ばれた驚きか、それとも。
少女の『今の姿』を見たせいか。


だが少女はそんな事など気にも留めず更に言葉を放つ。



『―――てめえら滝壺はどおしたッ??!!ここで何してる??!!』



あのクソッタレな、在りし日の頃と同じ声で。
そういう調子で言葉を飛ばすのが『当たり前』のように。

乱暴で、傍若無人で、その陰ではどことなく懐かしげに。


534: 2011/03/31(木) 01:17:51.33 ID:OnMFdVQ8o

その少女の次なる声に、浜面が叫び返した。


浜面「あ…………!!そ、その……た、滝壺をいま探しててッ……!!!」


教師に怒鳴られた生徒のように反射的に姿勢を正しては、
浮き腰になりながら。


『滝壺ぉッ!!あんたまさか南島にいやがんの??!!』

そこで少女の矛先は、今度はリンクしている滝壺へと。


滝壺「あっ……!!う、うん!!ご、ごめんなさ―――!!」


『そこの位置を今すぐこいつらに転送しろ!!』


そして、
滝壺がその言葉を最後まで言い切るのを待たずに。



『絹旗!!浜面!!さっさとあのバカを回収してここから離脱しろ!!』



絹旗と浜面へ向けて放った。

あの頃と同じような声で、あの頃と同じような『命令口調』で。


535: 2011/03/31(木) 01:28:47.12 ID:OnMFdVQ8o

その時、浜面が少女へ何かを言いかけたが。


『何ボケっとしてやがる!!さっさと行け!!』


更に強い調子で少女は声を荒げ、

その言葉で火がついたように、
絹旗が瞬時に浜面を掴み上げ、そして素早く跳ねて行った。


『…………』


そんな彼らの離れ行く姿とその気配を意識しながら、少女は浸っていた。
あの頃と同じ感覚に。

でも。


今はもう、『あの頃』とは違うのだ。


『(―――……ああ、そうよね)』


懐かしさと恋しさを覚える一方で、そう少女は実感した。

いや、実感させられた。

歯をきつく噛み締め、血が滲むかという程に拳を握り。

眉間と鼻筋の辺りを痙攣させながら、
今にも弾け飛びそうなその激情を?き出しに。


突き刺さるような瞳でこちらを睨んでいた、


あの絹旗の姿を見て。

536: 2011/03/31(木) 01:30:08.34 ID:OnMFdVQ8o

それはわかってはいた。

わかっていた。

己の犯した罪を認識し、その上で守りたいものを守るため。
その戦う理由を見つけて、身を捧げて勝利を引き寄せても。

何も変わりはしない。
既に過ぎた結果は。

その結果で壊れたものは、壊れたまま。

その結果で失われたものは、戻りはしない。


この感傷は単なる残り香。
本体が無くなった後の残像。

それだけだ。


でも、そんな残りカスだとしても。
突きつけられるのが変わらぬ現実だとしても。

思い出に浸れるのが一瞬でも、ほんの僅かでも。

少女にとっては、その存在だけで充分だ。


たった今、
危うく何もかも忘れたまま氏ぬところだったのだ。


こんな今わの際に後ろめたい思いに浸らせやがって、
なんて間違っても言えない。

言うべきなのは、


あの日々の感覚に浸らせてくれて。

あの日々の事を思い出させてくれて。

最期に、その声をもう一度聞かせてくれて。




ありがとう、という礼だ。

537: 2011/03/31(木) 01:33:07.50 ID:OnMFdVQ8o

『滝壺、あいつらと合流したか?』

滝壺「う、うん!今傍に!」

『早く離れろ。それとさっさと私とのリンクも切れ。頭がイカれるわよ』


滝壺「ううん。だめだよ。だって今はもう、周りの環境がうまく感じとれてないんでしょ?」


『……』

その滝壺の言葉は当たっていた。
力のみならず、知覚まで既に壊れかけている。

絹旗達があそこまで接近したことには気付かなかったし、
非常に目立つはずのトリグラフでさえ、その位置がおぼろげにしか掴めない程だ。


滝壺「だから私が目になる。耳になる。『いつも通り』に」


滝壺「切れっていわれてもぜったいに切らないからね」


『………………』

そう言い切った滝壺。
これはもうどうしようもなかった。

強引にこっちが切り離してしまえば、
確実にこの滝壺はまた接続を試みてくる。

拒否すればするほど、
滝壺は無理をして割り込んでこようとするだろうから。



滝壺「今から知覚を同期させるからね」

538: 2011/03/31(木) 01:34:21.94 ID:OnMFdVQ8o

『ッチッ…………アラストル。もう少し付き合ってもらうわよ』

少女は諦めたようにそう舌打ちしながら、右腕の魔剣へと言葉を飛ばしたところ。



アラストル『「もう少し」?わかってないようだな』



その刃は、そう声を返してきた。



『……?何が?』



アラストル『全く、俺の「知」と分離したらすぐこれか。人間の知能はやはり低いな』



アラストル『俺はお前に同化した。俺は俺の全てをお前と融合させた―――』





アラストル『―――つまり、今の俺はお前と一蓮托生だ』





『―――…………』

539: 2011/03/31(木) 01:36:25.43 ID:OnMFdVQ8o

アラストル。

彼の運命が己と共にある。


『ぷはっ、はははっ!』


それを知った少女は、
あっけらかんとした笑い声を挙げた。


滝壺「見つかったよ!向こうがこっちを見つけた!!来るよ!!!」



『と~んだ「泥舟」に乗ったもんねアラストル!』


そして滝壺の声を受けて、
失った左足を代用する原子崩しの光の義足を膝先に形成させ。


アラストル『その通り。だからせめて―――』


右腕を掲げその魔剣を構えては、
残りに残った最後の力を搾り出してその刃に収束し。



アラストル『―――我が武名に恥じぬ、有終の美を飾らせてくれ』



アラストル『―――我が愛しきマスターよ』



『OK、地獄の果てまで―――』


瓦礫の向こうから突進してくる、
変わり果てた『不恰好なトリグラフの上半身』へ向けて―――。



この戦いの幕を引きに。



『―――「とことん」付き合ってもらうわよ!!!』



踏み切って突進していった。

540: 2011/03/31(木) 01:37:45.31 ID:OnMFdVQ8o

そして激突し、始まる。

終わりの戦いが。


終幕の戦いが。


今や、トリグラフのその挙動は本当に獣染みていた。
かつての研ぎ澄まされた技は失せ、
そこに技能は無くただただ力任せに。


唯一残った魔剣スヴァローグから、
無駄に炎を吹き散らしては棍棒のように乱雑に振るい。

ペルーンを取り込んだことに形成された破城槌のような左腕を、
大きくぶん回す。


だが、それは少女の方も同じであった。


『―――ぐッ……がぁ!!!』


アラストルの剣筋は乱れ、挙動はもたつき。

滝壺のおかげで攻撃は見えているのに、体が反応できずに、
避けることもいなす事もできずにまともに受けてしまう。



少女がぶん回したアラストル。

左腕でまともにうけたトリグラフが、それで大きくよろめく。
しかし、少女の方も自身が振りぬいたアラストルに振られもたつく。

その隙に、トリグラフが魔剣スヴァローグで彼女を叩き切ろうとするも、
よろめいたその体制を立て直すのにもたつき。

振ったときには、既に少女がアラストルでガード。


だが、少女の方もまともに受けてしまったせいでよろめき―――。


そんな、だらしのない戦い。

傍から見れば、地面が抉られ一帯が吹き飛ぶ派手な戦いだろうが。
その内容はとにかく無様。


まさに泥試合。


氏にかけの神同士の、無様な無様な戦いであった。

541: 2011/03/31(木) 01:39:49.38 ID:OnMFdVQ8o
また、両者とも氏に体であるため、
この戦いはそう長くも続かなかった。

直接的なダメージを与えなくとも。

剣と腕を振るい、相手の攻撃を受け止めるだけで、
その力が削られていくのだから。



避ける余裕など元から無く。



攻撃を受け止めることすら難しくなっていき。




そして、最後は受け止めることを止めた。




『―――あ゛ッぐ…………!!!』




その時は両者とも防がなかった。
お互いの刃を。



その結果。


アラストルの刃はトリグラフの胸を貫き。


スヴァローグの刃は、今度は少女の腹を貫いた。

542: 2011/03/31(木) 01:44:54.63 ID:OnMFdVQ8o

『―――お゛ぁッ……』

再びの、炎の刃の激痛。

滝壺「―――!!!―――!!!」

そしてまたしても遠ざかる、滝壺の声。
スヴァローグの力が傷口から進入して少女の力をかき乱しているせいで、
滝壺のリンクに障害がおきているのだ。

そんな同じように、胸を刺し貫かれているトリグラフ。
その体液を滴らせながらも大きく身を捻っては、

これ見よがしに左腕を大きく引いて拳を握りこみ、
前回と同じような『殴り込む』構えをとった。

その仕草は、まるでこう示していたかのよう。
いや、実際にトリグラフはこう示して突きつけていたのだ。


貴様の刃は、元より右腕の一つ、


我が残る刃は、両腕の二つ、



勝利は我が手にあり、と。



そしてその時。トリグラフがここに来て初めて声を発する。



『kajdhrlj我hha手gda討取ldjdsk―――』



それは角笛のような、周囲を振るわせるノイズ混じりの言葉。




『―――ldahjアラストルvgast』




ノイズの中に混じっていたのは『名』。



この『少女の名』。

543: 2011/03/31(木) 01:48:29.28 ID:OnMFdVQ8o

アラストル。

それは確かに、今の少女の名だった。


『ああ、確……かに……私はアラストル―――』


だが、そのトリグラフに少女は言葉を跳ね返していく。
 


              ヒトツ
『―――でももう一本あるんだよ―――』




もう『片方』の名がまだある、と。




               ヤイバ
『―――ワタシの「名」は―――』



その名、そこに確立する『個』に全てが詰まっている。


己が犯した罪も、焦がれた夢も、大切な者達への想いも。



これを抱かずして何の戦いだ。

これを無くしたまま氏ねるか。



滝壺。

浜面。

絹旗。



そしてフレンダ。



背負うべきものを背負わずして逝けるか―――。



―――それは全て『私のもの』だ。

544: 2011/03/31(木) 01:50:23.05 ID:OnMFdVQ8o

少女はゆらりと、左腕をトリグラフの鼻先へと突き出し。
その手の平を向けた。

刃で固定されている今なら、もう外しはしない。


今こそ最期で最強の一発を放つ時。


『―――私はレベル5、第四位。―――』


滝壺「―――!!!」

滝壺が示してくれているその名を取り戻せ。





『―――アイテムのリーダー―――』





今こそ『証明』しろ。





滝壺「―――――――むぎの!!!!!」








            メルトダウナー
麦野『―――「 麦 野 沈 利 」だ―――』








―――己自身を―――。




トリグラフがそれを察知した時はもう遅かった。
彼がその左腕を振り抜くよりも早く。



光が迸った。



紫と青が混じった光が。


麦野沈利のその左手から―――。

555: 2011/04/01(金) 02:06:35.75 ID:UcunEEgio
―――

滝壺「―――……むぎの……」

彼女がそう、心ここにあらずという様子で口にしたのは、
連なる工場の向こうで青と紫の光が迸った直後であった。


浜面「……滝壺、何が起こってる?」


横からの浜面のその問いは反応せず、
滝壺は涙ぐみながら再び。


滝壺「む……ぎの………………むぎの……」


その名を呟く。


浜面「なあ……滝壺……あそこで何が起こってる?」


そんな滝壺に向け、浜面は再度問うた。
彼女の前に屈み、肩に優しく手を当てながら。


浜面「…………滝壺……教えてくれ……一体何が……麦野に……」

そして。


彼の声もまた、徐々に震えていった。


浜面「…………お前は……見えてるんだろ……滝壺、なあ滝壺……」


浜面は薄々気付いてしまっていたのだ。
その滝壺の様子から、麦野が今どんな状態にあるか、を。

滝壺が涙するその様子は、この島に来て何度も見ていたから。
この島に来て何度も見た。

彼女は、『そのたび』に今と同じく泣いていた。


リンクしている能力者部隊の者が命を落とすたびに。

556: 2011/04/01(金) 02:07:39.62 ID:UcunEEgio

絹旗「離脱しましょう」

とその時。
そんな淡々とした声が、二人の下へ放たれた。

絹旗「早くしてください。こんな所にはいられません」

『表面上』は冷徹で平坦ながら、奥底には濃厚な感情が渦巻いている声が。

浜面「……待ってくれ、絹旗、なあ……」

その絹旗の内にあるものが何なのかは、浜面は知っていた。
そして、それを表に出さないよう懸命に取り繕っているのも。


絹旗「なぜですか?」


しかしそれでも。

浜面「なぜ……って……お前もわかるだろ!!!!麦野が―――!!!」

この絹旗の調子には、声を荒げずにはいられなかった。

絹旗「わかりますが、別に」


浜面「お前ッ!!!あいつの胸と足が……!!!お前も見ただろうが!!!!何とも思わねえのかよ!!!!」


立ち上がり、瞳を潤ませながらそう怒鳴る浜面。


絹旗「見ましたが」

浜面「だったら―――!!!!」

と、浜面はたまらず更に声を荒げてしまいかけたが。


絹旗「浜面…………………………………………お願いです」


次なる絹旗の言葉で、浜面の口は止まってしまった。
今度は平坦ではない『熱』の篭った声に。


絹旗「………………私にとっては、『何より』もあなた達なんです」


絹旗「これで最後にしてください。これ以上拒否するのであれば…………拘束して運びます」

557: 2011/04/01(金) 02:08:19.10 ID:UcunEEgio

浜面「…………………………ああ、わかってる。それはわかってるさ」


絹旗「……」


浜面「俺にとっても滝壺、絹旗、お前らが全てだ」


浜面「でもよぉ……麦野は…………麦野『も』…………」





浜面「……あいつはなあ、俺達の『始まり』なんだよ……」





絹旗「―――…………」




浜面「あいつがいてくれたからこそ……俺達は……」



絹旗「…………」


浜面「絹旗……頼む…………」



滝壺「…………きぬはた……」



絹旗「………………………………」


―――

558: 2011/04/01(金) 02:09:06.36 ID:UcunEEgio
―――


どくり、どくり。


ぱっくりと割れた筋肉の塊が、
今なお懸命に収縮活動を行っている音。

そのリズムに合わせて踊る傷の痛みと、
流れ出ていく大量の血液。


それらを味わいながら。


麦野「………………………………」

『再び』彼女は跪いていた。

ただ、そんな彼女の姿勢は同じくとも、
前回とは周囲の状況が違っていた。


トリグラフの姿が、そこはなかった。


あの不恰好な上半身は跡形も無くなっていた。


文字通り、綺麗さっぱりと。


残ったものは強いて言えば、
彼女の胸元に刺さったままの魔剣スヴァローグの先端のみであろうか。

その突き刺さったままの欠片も、徐々に割れ砕け朽ちつつあり。
もう少し経てば、トリグラフがここに存在していた『物的証拠』は完全に無くなるだろう。


そして。


麦野「………………」


彼女自身もまた。


同じように。

559: 2011/04/01(金) 02:10:34.38 ID:UcunEEgio

麦野「…………」

知覚がまた元の使えない状態に戻っている。

こちら側の力が足り無すぎて、
滝壺とのリンクも切れてしまったのだ。

あの最後の最期の一発で、正真正銘のスッカラカン。

今なら、
下等悪魔どころかそこらの野犬にも殺されてしまうだろう。

もうアラストルを振るうどころか腕が上がらないし、立てもしない。


この跪いている体勢さえ、維持するのはもう―――。


うつ伏せに倒れこむ麦野。
その彼女の胸元から毀れだす血で、赤いシーツのようにその体の下に敷かれていく泉。


そんな、『暖かいベッド』の上にて。


麦野「……あー……『あの時』の…………トリッシュも……」


彼女はふと、初めてトリッシュに会った時の事を思い出して呟いた。


麦野「こんな感じ……だったのかな……」


痛みに苛まれて声を震わせながらも、穏やかな笑みで。

560: 2011/04/01(金) 02:11:43.87 ID:UcunEEgio

アラストル『いや、あれよりも酷い』

と、その呟きに応えてきた右腕の魔剣の声。

麦野「まあ、そうよね……」



アラストル『それはさておき。勝ったな。良くやった』



麦野「……私は、ね」


アラストル『…………』


麦野「むこうじゃ、まだ皆が戦ってる……」


そのうつ伏せの視線の先、地平線向こうの北島では、強い閃光が瞬いていた。
そして地響きと、強大な存在による強烈な圧。

そう、ここでの戦いは終わったが。


『戦』はまだ終わってはいないのだ。


麦野「誰が戦ってるか……わかる?」


アラストル『……わからんな。俺ももう、何も感じない』


麦野「そう…………」

561: 2011/04/01(金) 02:14:56.11 ID:UcunEEgio

と、その時。


ぱきり、と。

アラストルの刃に亀裂が走った。
そして一度走ると、一気に全体へと広がっていき。


アラストル『……おや。では、先に逝かせてもらおうか』


麦野「………………じゃあ……向こうで」


アラストル『いや。俺とお前は、これから逝く地は違う』


麦野「……?」


アラストル『人と魔、それぞれにそれぞれの還る地があるのさ』


麦野「そっか…………あぁ、悪いね。付き合ってもらったばっかりに……」


アラストル『それは何の謝罪だ?俺は俺の生に何も後悔していない』




アラストル『この10年は正に至高だった。なにせ、あのスパーダの息子に仕え。そして―――』





アラストル『―――最期に最高の女と共にした』



麦野「…………」



562: 2011/04/01(金) 02:17:33.39 ID:UcunEEgio

全身に亀裂が刻まれたアラストル。
その刃が、とうとう朽ちて毀れ出して。


アラストル『それにお前のおかげで、かのスパーダがなぜこの世界を愛したか―――』




アラストル『―――なぜ、人間を愛したか。その理由がわかったしな』




砕け。

麦野「……そっか……」


アラストル『では。願わくば、貴女の御上に安らかな眠りを―――』


麦野「……ばいばい…………」



塵となって。



アラストル『―――さらばだ。光栄だったよ。麦野……沈……利……………………』


風に吹かれて。



麦野「…………アラストル…………」



消えていった。



麦野「……ありがとう」

563: 2011/04/01(金) 02:18:29.63 ID:UcunEEgio




―――それから、どれくらい時間が経ったか。



数十分か、数分か。

それとも数十秒か。


感覚がもう覚束なくなっているこの状態では、
時間の経ち具合もまったくわからない。

が、とにかく『しばらくの後』。


麦野「……」

気付くと、いつのまにか仰向けになっていて。
ぐしゃぐしゃの泣きっ面で覗き込んできている滝壺の顔がすぐ前にあった。

そして、その反対側からは『濡れて無様』な浜面の顔も。


座り込んでいる滝壺が、
麦野の上半身を膝の上に乗せるようにして抱きかかえて。

滝壺に向かい合うようにして浜面も屈んでいたのだ。
彼はその両手で、麦野の胸の傷口を懸命に押さえていた。


そして、足の方向2m程離れたところに立っている絹旗。

拳を固く握っては、ジッと麦野を見下ろしていた。

564: 2011/04/01(金) 02:19:39.79 ID:UcunEEgio

麦野「…………何やってる?」


浜面「―――喋るな!!!!」


そう麦野を制す浜面は、
応急処置用の機器を取り出しては使おうとしているが。


麦野「……やめろ。無駄だ……」


そんなもの、一切効果がない。

そう。

それはここにいた皆が知っていた。
しかし。

知っていても尚、浜面はその手を止めなかった。


麦野「…………なんで…………」

それに対する麦野の呟きに。


浜面「―――何で?!何でだと?!」


浜面「もう嫌なんだよ!!!これ以上アイテムが壊れるのが!!!!アイテムが氏ぬのが!!!!」

麦野「バカか…………アイテムをぶっ壊したのは……私だろうが」




浜面「壊れてなんかねえ!!!俺達がアイテムだ!!!」




浜面「俺達が生きてる限りアイテムはあんだよ!!!!」



麦野「私は……フレンダを……………………」


浜面「―――確かにそうだがお前もアイテムだろうが!!!!!」


浜面「どんな理由だろうともう我慢できねえ!!!!アイテムはもう―――」


浜面「―――どんな事があっても傷つけさせねえ!!!!ぜってぇ守る!!!」



麦野「…………」

565: 2011/04/01(金) 02:21:39.26 ID:UcunEEgio

そんな、浜面の臭い台詞を聞いて。


麦野「ふっ…………がふっ……はは」

麦野は血を吐く咳混じりに小さく笑っては。

浜面「麦野!!!」


麦野「……はまづらぁ…………ほんっっとバカねえ……」


そう、罵った。

穏やかな表情で、隠そうともせずに嬉しそうに。

それは本心だった。


本当に嬉しかった。


この麦野沈利が一体何をしでかしたか。
それを知っている者が、そしてそれを行われた者が、

こんな風に麦野沈利という人物へ言霊を放ち、

麦野沈利の氏を無条件に。がむしゃらに否定しようとしてるとは。


嬉しかった。


麦野はただただ嬉しかった。


こんな己でも、心を向けてくれる人がいたことに。

566: 2011/04/01(金) 02:25:31.21 ID:UcunEEgio


麦野「……ああ、そうそう……」


そして彼女は思い出す。
同じ境遇の、同じ『クソッタレ』な同族を。



浜面「―――……む、麦野!!!」



麦野「……アクセラレータに伝えろ……」



浜面「もう喋るな!!!喋るな!!!」


こんな己でも、こんな風に想ってくれる人がいたんだから。
泣かせて、小っ恥ずかしい言葉を吐かせてしまえるんだから。



麦野「…………もっと……マシな女を誘えって……それと―――」



きっと一方通行の場合はもっと―――もっと大勢が―――もっと泣いて―――。





麦野「―――『お前はやっぱり生きろ』……って」


567: 2011/04/01(金) 02:26:37.62 ID:UcunEEgio

浜面「じ、自分で伝えろよ!!!ふざけんな!!!伝言なんかしねえからな!!!!」

滝壺「はまづらぁ……どうし……よう………えぐっ…………」

浜面「滝壺!!!諦めるな!!!諦めてるんじゃねえ!!!」


とその時。


絹旗「―――…………なん……」


絹旗「―――何でんな顔してんだよ!!!!ふざけじゃねーぞ!!!!」


麦野「……絹……旗」

押し黙っていた絹旗の口から、激昂した声が噴出した。


絹旗「何してんだよ!!!キレろよ!!!!キタネー言葉で怒鳴れよ!!!!」


絹旗「笑いながら殺せよ!!!!殺せ!!!!頃したいんだろ!!!!」



絹旗「フレンダにもそうしたんだろ!!!!!」



麦野「……」


絹旗「だったら私達にも同じことしろ!!!!!」


絹旗「『始めて』おきながら!!!!始めておきながら何一人で終わろうとしてんだよ!!!!」


絹旗「まだ私達は終わってねえ!!!!終わってはねえんだよ麦野ォォォォオオ!!!!!!!」


麦野「……絹旗」


絹旗「ふざけんな!!!!何でなんだよ!!!!何でそう…………!!」

そしてここまで言葉を吐き出した彼女は、
そこでがくりと糸が切れたように膝をついては。


絹旗「……何なんだよッ…………何……なんだよ……」


今度は、顔を歪ませては声を震わせ。


絹旗「……その…………顔は………………何で…………」


その場に弱々しくへたり込んでしまった。

568: 2011/04/01(金) 02:28:02.82 ID:UcunEEgio

麦野「…………」


そんな絹旗の言葉は、
麦野にとって有りがたかった。


いや、これも掛け替えのない大切なものだった。


絹旗のその激情が教えてくれる。

己と同じく、絹旗も『あの日々』を同じように感じていたと。
どうでもいい、くだらない日常でも。


更に再確認させてくれる。

その『くだらない日々』が、
己達にとってどれだけ価値があったものかをも。


あれこそ私達の唯一の日常だった、私達が『笑えていた』唯一の時間だった、と。


だからこそ、絹旗の敵意は感情にまみれているのだ。


あの日々を奪われたからこそ。
あの日々を壊されたからこそ。


『裏切られた』と受け止めたからこそ、怒り憤る。


そして麦野は、それを受け止めることで忘れずにいられる。

麦野沈利、という者が一体何をしたのか。

麦野沈利、という者が背負うべきものは一体何か。



麦野沈利、というモノは一体何者なのか、を。


569: 2011/04/01(金) 02:29:40.97 ID:UcunEEgio

己はどこまでもわがままで、
自己中心的で、感情的で、優柔不断で、身の程知らずで。

一方通行のように、たった一人で罪に正面から向かい合う勇気は無くて。
土御門のように、たった一人で何が何でも貫き通す芯の硬さも無くて。

強がりだけど弱くて、本当は弱くて、とにかく弱くて。


そんな己はこの絹旗の怒りが無ければ、きっと甘えてしまっていただろう。

また戻れると。
またあの頃のような日々に、と。

過去の蟠りを飲み込んで、みんな己を受け入れてくれる、と。



許してくれる、と。




麦野「絹旗―――……」



だからこれで良いのだ。

これで。


570: 2011/04/01(金) 02:30:34.92 ID:UcunEEgio

絹旗は単なる敵意ではなく、感情をぶつけてきてくれる。

滝壺も、浜面も、フレンダも、皆が持つべきその怒りを、
彼女は一手に引き受けて示してくれている。


至極全うな理由で、至極全うな意思で。


それはそれは『素晴らしい事』ではないか。


滝壺と浜面のこの愛情が、麦野にとっての『救い』ならば。

この絹旗の激情もまた―――。




麦野「―――…………ありが……とう。ごめんね……」




―――麦野沈利という少女にとっての『救い』だ。



絹旗「…………ふざけんなよ…………ねえ…………ふざ……けん………………」



絹旗「………………………………どう……して…………あんな………………」


蹲って、そう言葉を濁らせた彼女の丸まった背中は。

その肩は小刻みに震えていた。

571: 2011/04/01(金) 02:33:43.06 ID:UcunEEgio

麦野「…………」

これで良いのだ。

こうでなくてはならない。


これが、麦野沈利の通るべき道。


でも。

確かに、甘えるべきではないとわかってはいるも。


それでも。


浜面「フレンダに……お前まで……なあ、俺達を置いて行かないでくれ……」


浜面「何でも……何でもやってやる……何でも言うことを聞くから」

浜面「だから……頼むからいかないでくれ。お願いだから―――」


滝壺「……命令もちゃんと聞くから、もう足引っ張ったりしないから……むぎの、ねえ、おねがいだから……」



麦野「何でも……?」



浜面「――――――ああ……何でもだ」


感情に突き動かされて、道理を見落としてしまっている彼らのその言葉。

それに耳を傾けてしまい、叶わぬ幻想を望んでしまう。


麦野「……じゃあ…………」


その価値を知っているからこそ、無性に。
己が壊してしまった、ということをしっかりと自覚しているからこそ、とことん強く。



恋焦がれ、夢見てしまう。

572: 2011/04/01(金) 02:36:01.68 ID:UcunEEgio


麦野「……えっと……じゃあね……また…………みんなで……………………―――」


あの頃の。

あの、ファミレスで暇つぶしをしていた時間のような。


浜面「ああ、みんなで―――」



くだらない事で、だらだらと笑っていたあの日々を。




―――『あの頃』をもう一度―――。





麦野「―――………ごした……い………………………………なぁ……………………」





その時、一筋の露が彼女の美しい頬を伝っていった。

閉じられた瞼、その目尻から毀れ出でた雫が。



そして、残された者達の言葉にならない声の中。

彼女の体は、無数の青色の光の粒となり。


吹き抜けたさわやかな風によって、上へ上へと持ち上げられて―――。




麦野沈利。

彼女は遂に羽ばたいていった。


どこまでも広がる、澄み渡った『あの雄大な大空』へと。



そして、やっと会いに。

やっと言葉を伝えに。


言わなければならないその言葉を。



この空の向こうにいる―――もう一人のアイテムに。



―――

595: 2011/04/15(金) 23:32:09.81 ID:SfXE9/Wko
―――

耳を劈く雷鳴の重唱。
内臓も振動するほどに揺れる大気と大地。


それらは、ある点を境にぱったりとやみ。



今度は静寂が一帯を包んだ。


その中で微かに響くのは、空気が焼きついたような『聞きなれた』独特の音。

そして辺りが微弱な電気で満たされている事を示す、
全身の毛が逆立つこの感覚。


それらを感じながら、
白井黒子は暖かい胸に顔をうずめていた。

北島の北西端、港倉庫区の一画にて。


御坂美琴に抱きとめられながら。



黒子「……」

辺りが静かになってどれくらい時間が経っただろうか。

数十秒か、それとも数分か。

ともかくそんな静かな時間とこの温もりは、

黒子の心を落ち着かせ、
冷静な思考を呼び戻すには充分な要素であった。

596: 2011/04/15(金) 23:33:04.01 ID:SfXE9/Wko

黒子は、意を決するかのように一度空気を飲み込んだ後。


黒子「…………終わり……ましたの?」

御坂の胸に頬を当てたまま、恐る恐るそう口を開いた。


御坂「済んだわよ」


すると、額のすぐ上辺りから返ってくる優しげな声。

その返答を聞いて黒子はすぐさま瞬間移動。
御坂の胸から脱して、1m程離れた所に飛び。


黒子「……お……お見苦しいところを……」


小さく咳払いしては、そう言いながら取り繕う。

だが赤くした鼻をすすり、
目尻に未だ雫が残っているこの顔では焼け石に水。

どんなに涼やかに振舞おうとしようが、
より一層泣きっ面を際立たせるだけだ。

そんな黒子を見て、御坂は小さく可笑しそうに笑っていた。

その笑みには、しばらく出張していた先の家主の『常に軽薄なノリ』に影響されたものか、
どことなくからかっている様な色も見えていた。

黒子「………………な、なんですの」

御坂「なんでも。さて、と……」

ふーんと鼻を鳴らした後、
再度クスリと笑っては左手に眩い電撃を走らせては。

『わざとらしく』手持無沙汰を紛らわすかのように、
小手先でその閃光を弄り始めた。

597: 2011/04/15(金) 23:34:04.50 ID:SfXE9/Wko

と、そんな御坂の左手の反対側。

黒子「その……右手のは……」

黒子の視線が、彼女の右手の先にあるものに止まった。

長い長い『真っ黒な鞭』といった表現がしっくりくるか、
そんなモノが御坂の右手から伸びていた。

一見すると前にも見たことがある砂鉄剣だが、だが似て非なるものだろう。

先ほどこの黒い鞭がしなっては、
瞬く間に周囲の悪魔達を細切れにしたとおり、明らかに普通ではない。

それにこうして見ていると、妙なざわつきというか。

いや。

黒子「(……この感じは……)」

この雰囲気は紛れも無く。
そう、『悪魔を見ている』ようなモノだった。


御坂「前にも言ったっけ?これ変形するのよほーら」

訝しげな表情の黒子の言葉に、
別段何でも無いように簡単に答える御坂。

その彼女の言葉に合わせ、
黒い鞭は躍り上がるように動き出しては空を切り。

見る見る御坂の右手先に巻き取られていき、あの『大砲』の形に収まった。

黒子「ほぉお……なんと……」

御坂「本当すごいわよね、雑魚は電撃とこの変形で充分だから、弾節約で大助かりだし」

黒子「な、なるほど……」


御坂「ここまで使えるようになったのはこの島に来てから何だけどね」


黒子「?」


御坂「原因はわかんないんだけどこの島に来てからやけに調子良くって」

598: 2011/04/15(金) 23:37:26.20 ID:SfXE9/Wko

黒子「といいますと?」

御坂「気のせいとかじゃなくて、実際目に見えて力が増してるの」

『大砲』が正確に元の形状に戻っているか、
レバー等を引いては動作確認しながら、御坂はそう言葉を続けた。


御坂「力がよく馴染むっていうか、意識するだけで動くっていうか……」



御坂「……演算してる感じがまったくしないのよね」



黒子「……お姉さまは、AIMストーカーのように外部の演算補助?とやらをお受けで?」

御坂「ううん。ミサカネットワークとは通信接続だけ」

そこで一通り確認し終わったのか、
よしっと小さく呟いては黒子の方に向き直る御坂。

黒子「み、みさかねとわーく?」

御坂「あ……と、とにかく演算補助は受けてないわよ」

黒子「ほう……」

御坂「まあ、原因はほぼ確定してるわね。大方、ぶっとんだこの場所の影響とかでしょ」

黒子「確かにここでは、何がどうなってもおかしくありませんわね」

599: 2011/04/15(金) 23:39:00.41 ID:SfXE9/Wko

御坂「……」

黒子「……」

と、そこで唐突に来る数秒間の沈黙。
黒子が何かを言おうと口を開きかけたが。

御坂「さて」

御坂からの区切りの一言が、その言葉の発信を遮った。

御坂「個人的な話は後にして」

黒子「……」

御坂「まず、ここ周辺の雑魚は今ので全部焼き頃したから、一応安全確保はできたわよ」

御坂「あの倉庫の中にいるのは?」

黒子「……アメリカ軍とこの島の生き残りの方々ですの。彼らの護衛を土御門さんから承ってますの」


御坂「アメリカ……アメリカね……そういうこと……」

アメリカ、その単語を耳にした御坂は、なにやら頭の中で確認しているのか
そう呟きながら一人頷いた。

そしてその隙を見逃さず。


黒子「…………………………………………お姉さま…………あ、あの…………」


黒子は再度切り出した。
先ほど遮られてしまった話を。

個人的な話は今はするべきではない、ということはわかってはいるけれど。

それでもどうしても話したいことがあったのだ。

600: 2011/04/15(金) 23:40:11.81 ID:SfXE9/Wko

御坂「ん?」


黒子「あの…………わたくし…………その……ここに―――」


御坂「何も言わなくていいから」

だが、その話の先はまたしても封じられた。

なぜなら御坂にとって、その言葉を聞く必要が無かったのだから。

御坂美琴はわかっていたから。
黒子が何を言おうとしているかは。


御坂「黒子はさ、黒子の理由があってここに立ってるんでしょ」


『やっぱり』お見通しだったのだから。


黒子「―――……」


御坂「じゃあ、私が言うことは何も無いわね」


御坂はそうなんでもないように、爽やかに笑いかけながら。

人差し指を弾くように伸ばしては、その指で黒子の手にある杭を指した。
レディから譲り受けた、奇妙な文様が刻まれている大きな杭を。


御坂「そんなの持ってる時点でわかるって」


601: 2011/04/15(金) 23:42:33.50 ID:SfXE9/Wko

御坂「あとさ、隠し事しても丸わかりだからね。顔見れば一発でわかるわよ」

そして御坂は、軽く言葉を続けていった。
学校帰りの喫茶店で話し込むいつものような声色で。

御坂「たまーに私のパンツ借りてるのとか、さりげなく枕とかシーツ交換してるのもとかも」

黒子「う゛……そ、そんな事をい、今……」


御坂「そうね、ここらへんの話は帰ってからじっくりたっぷり、ね」


黒子「……はいですの」



御坂「とにかく」


そして、御坂はゆっくりと黒子の方に歩を進めては。



御坂「黒子、一緒に来たいってんなら、正直に言いなさい。断りはしないから―――」




御坂「―――だって、私の横はあんたの席なんだから」




黒子とすれ違うような位置、
そこで足を止めては彼女の頭に軽く左手を乗せた。



黒子「―――……」


御坂の口から発された言葉は、願っていもいなかったもの。
どれだけ聞きたいと思っていた言葉か。


だが―――。


黒子は一度深く、深く息を吐いては大きく吸い。


黒子「いえ……遠慮しておきますの。もうこりごりですわね」


そう答えた。
ため息を混じらせつつ、小さく笑いながら。


御坂「……そう……」

602: 2011/04/15(金) 23:43:57.00 ID:SfXE9/Wko

白井黒子は確かに望んでいた。

御坂美琴の傍で戦うことを。

彼女と共にどこまでも行くことを。

でも。


黒子「今回でもうはっきりわかりましたの」


わかってしまったから。
白井黒子という人格は、『向いていなかった』ことに。

彼女はこの地獄で、心が壊れた自分を。
自分がいかにして壊れていくかを、知ってしまった。


どれだけ耐え忍んでも、どれだけ強く思っても、
黒子は佐天のようにはなれない。

御坂美琴のようにはなれない。


それを確信してしまった。


御坂美琴が突き進んでいく世界は、己のにとってはあまりにも闇が強すぎた。

己はとてもその中を進むことは出来ない。
いや、やろうと思えばできるだろうが、『失うこと』があまりにも怖かった。


心を失ってしまうことが。


心の中から、御坂美琴の姿が消えてしまうことが。


だから―――。

603: 2011/04/15(金) 23:45:48.54 ID:SfXE9/Wko

黒子「わたくし……白井黒子は―――」


御坂の横で飛び回る未来も、見えることは見えるけど。
その道の果てにある結末は、どうしようもないほどに真っ黒だというのがわかってしまっているから。

そこを避けてしまったら、臆病者、負け犬、敗者、脱落者、そんな風に言われるかもしれない。
でもそれでもいい。

だから、壊れてしまってお姉さまが心から消えてしまうなんて絶対に嫌だ。

わが身可愛さか、と言われても構わない。

お姉さまを好きな自分のまま生きていたい。


お姉さまの笑顔で喜びを感じる自分のままでいたいから―――。



黒子「―――もうお姉さま、御坂美琴にはついていけません」



追いかけるのはやめる。

好きだから。

どうしようもなく好きなのだからこそ。



黒子「ですからわたくしは―――」



そして、だからこそ。



黒子「―――お姉さまのお帰りを待つことにしますわね」



待つことに決めた。

追いつけないのなら、じっと待っていよう。

彼女が帰ってくる家で、彼女の居場所をとっておこう。

数多の『非日常的』戦場を巡った彼女が、
ふとした時に立ち寄れては、そのスス塗れの羽を休める『日常』を。


御坂「……黒子」


604: 2011/04/15(金) 23:47:30.69 ID:SfXE9/Wko

黒子「お姉さまは思う存分悪魔を狩ってきて下さいまし」

そして黒子は笑った。
赤くなった鼻を鳴らしながら。

黒子「わたくしは……そうですわね。迷子や万引き少年の相手でもしてますの」

可笑しげに、楽しげに。
どことなく悲しげに。


御坂「そっか……」


二人で共に進むことは、これ以後は無い。

命を預けあうことも。

同じ戦場に立つことも、もう無い。

この島で最後だ。

二人の生きる世界は、この戦場が終われば完全に分離するのだ。


御坂は、黒子の横から更にもう一歩進め、
今度こそ『すれ違い』。


御坂「……じゃあ、『今回』は『じっくり』味わっていかなきゃね。黒子」


横顔を彼女の背中へ向け、そう笑いかけた。


黒子「ええ、『さっさと』終わらせて帰らせていただきますの」


その言葉に黒子は、振り向きながら同じように笑いかけて返した。


御坂美琴の横顔と。


この戦場以降はもう見ることは無いであろう、
御坂美琴の『戦士としての背中』を見つめながら。

605: 2011/04/15(金) 23:48:23.11 ID:SfXE9/Wko

そんな黒子にを見て、御坂はにやりと口の端を上げては前を向き。

御坂「じゃあ、とりあえず向こうの人たちの話も聞かせて」

確かな足取りで歩み始めた。
アメリカ軍の者達がいる、3っつ程向こうの倉庫に向け。

その後に黒子も続き歩いていこうとしたが。

御坂「黒子、あんたはテレポートで先に行って手当てしてなさい」

御坂は背を向けたまま彼女に告げた。

黒子「なんの。かすり傷ですので」

それに対し黒子はそう答えた。

実際はとてもかすり傷とは言えなかったのに。

数針は縫うであろう裂傷が太ももにあるし、
左手先は酷い凍傷で、痛みも激しい。

しかし、ここは我慢せざるを得ない。

医療品は底を突いているため、
致命傷でもない限り節約しなければならないのだ。


606: 2011/04/15(金) 23:49:19.43 ID:SfXE9/Wko

そしてテレポートしないで、あえて痛みの中歩く理由は。


御坂「……じゃあ、先に行ってせめて休んでいn」


黒子「結構ですの。わたくしはお姉さまの斜め後ろ、この位置が大好きですので」


この御坂の後ろ姿を、少しでも長く目に焼き付けたかったから。


この位置に立っている感覚に、できるだけ長く浸りたかったから。


御坂「…………そう。なら問題ないわね」


黒子「ええ。何も」

と、そういったやり取りの後、ふと。

御坂「あ、そうそう。大事なことがあったんだ」

前を歩く御坂が何かを思い出しかように声を挙げ。



御坂「黒子、音声通信繋がる?」



振り向きそう問いかけてきた。

黒子「?」


607: 2011/04/15(金) 23:50:46.80 ID:SfXE9/Wko

その言葉を受け、
首を傾げながら言われるがまま黒子は通信を試みたところ。

黒子「AIMストーカー。こちらCharlie 4」

黒子「……」

黒子「AIMストーカー、AIMストーカー。こちらCharlie 4、応答を」

黒子「…………誰かッ!……応答を!」

御坂「やっぱりあんたの方もねぇ……」

通信を試みる黒子のその一部始終を見て、
御坂はため息混じりに口を開いた。

御坂「私だけの故障かなって思ってたんだけど。ほら、私は黒子達と違ってこれの接続だし」

耳にあるイヤホン式の通信機を指差して。

黒子「……これは……」

AIMストーカーの能力が何らかの理由で停止した、
というのは考えられない。

なぜならこうしている今も、
周囲に悪魔がいるかどうかなどのデータが随時送信されてきているからだ。


黒子「一体どういう―――」


だがその原因を探るのは、後回しにせざるを得なかった。


御坂が表情を一変させては、黒子の言葉を軽く挙げた右手で制し。


御坂「…………」


鋭い目で、とある方向を凝視し始めたからだ。


黒子「……」

その御坂の反応は、
何者かの存在を察知したということであるのは一目瞭然。

黒子もそれにすぐさま順じ、
右手の杭を握り軸足を後ろにずらしては構えた。

608: 2011/04/15(金) 23:52:18.66 ID:SfXE9/Wko

が、そんな『警戒態勢』もすぐ解かれることとなる。

3秒後、御坂はレーダーなどから更なる情報を得て確認したのか。

今度はふーっと息を吐きながら、また先ほどの表情に戻っては。

御坂「大丈夫だから!一帯は制圧してあるわよ!」

凝視していた方向へと声高に叫んだ。

黒子「……?」

するとその声で一つの人影が現れては、
倉庫をいくつか飛び越えてこっちにやってきた。

それは真っ黒な戦闘服に大きなバックパックを背負った、
御坂と同じくらいの身長の、黒髪のショートカットの少女であった。

黒い戦闘服に日系の女の子、とくれば十中八九仲間の能力者であろう。
そう確信して、黒子もようやく息を吐き出しては警戒を解いた。


御坂達の下にやってきた黒髪の少女は、
二人の傍に軽い身のこなしで着地しては。

「いやー、なんか通信がバグってて困ってたの」


「いきなり出て行ったら、焼き殺されるくさかったし」


首を傾けながら、そんな風に零した。

ただ、元々そういう調子の人物なのか、
そう言葉では言うもその表情は変化に乏しく、声色も一定。

御坂「……んん、まあ、このタイミングでいきなり来られるとね」


そう合いの手を入れながら、御坂はふと思った。
この少女は妹達にどことなく似ている、と。

無感情というわけではないが、
あまり感情を顔や声に出さないタイプなのだろう、と。

609: 2011/04/15(金) 23:53:43.63 ID:SfXE9/Wko

「えっと、レールガン?」

続けて黒髪の少女は、
ミーティングで見覚えがあるであろう御坂にそう名を確認し。

御坂「ええ」

「私はWhiskey 5 。ムーブポイントの命令でCharlie 4に合流しに来た」

御坂「(Whiskey……ってAIMストーカーの……)」

「うーん、と、この辺りにいるって聞いたけど」

御坂「Charlie 4はこk」


黒子「わたくしがCharlie 4ですの」

そこで黒子が割り込むようにして名乗った。

「あ、よろしく。えーっと、命令は聞いてる?」

黒子「ええ。拠点を確保して、生存者と部隊の負傷者を収容、その守護」


と、そこで。

黒髪の少女は、再び御坂の顔をじっと見ては、何かを待つように黙った。

御坂「っ……えっと……」

彼女は、上官に当たる御坂に確認を求めていたのだ。

建前上は、一応幹部なのだから。
それに順当に従えば、ここにいる者の中では最高指揮官に当て嵌まる。

610: 2011/04/15(金) 23:55:44.49 ID:SfXE9/Wko


だがそれは建前上だけ。


この二人は専門知識もたっぷり書き込まれているし、
何よりも黒子はジャッジメントで、黒髪の少女の方は暗部での組織活動経験がある。

それに比べて、御坂は超がつくド素人だ。

やや粗末な言い方をすれば、戦闘能力が高いだけで、
作戦運用だの指揮だのでは全く役に立たないのだ。

御坂「えっと、私はあくまでも助っ人的な?者で指揮とかできないから、と、特に気にしないで」

御坂「そういうのはど、どうぞ、二人に任せるから」


「了解。それとこれ、衛星通信機」

そこで黒髪の少女は再び黒子に向き直り、
背負っているバックパックを親指で示した。

「AIMストーカー曰く、この島のせいで使い物にならないくさいみたいだけど」

黒子「そうですの……」


「それと医療品もたくさん」


黒子「―――医療品!!んまあまあ!!!たっ!!!助かりますの!!!」


医療品、その言葉で黒子か食いつくように少女に寄り。

「結構な数あるから、じゃんじゃん使って」

黒子「ええ!ちょうどさっき重傷者が一人……!!さあ急ぎますの!」

彼女の肩に触れながら。

黒子「お姉さま!飛びますので!」

凍傷なのも忘れてしまっているのか、
痛々しい左手を御坂の方へと差し出した。

御坂「あっ……と、私はちょっと歩きながらやることあるから、先行ってて」

だが、御坂はそれに対しこう言葉を返して。

黒子「―――で、では!!お先に!!!」

そして黒子と黒髪の少女の姿が消失した。

611: 2011/04/15(金) 23:58:53.86 ID:SfXE9/Wko

その後。

一人その場に残った御坂は、
一度ゆっくり息を吐いては吸い。

御坂「土御門?」

御坂「ムーブポイント?」

御坂「……メルトダウナーぁ!!」

御坂「AIMストーカー!!」

各幹部達へ呼びかけたが、やはり応答は無し。
ここまではもうわかっていたこと。

それを踏まえて御坂はこう、静かに続けた。



御坂「……………………あんた達は聞えてるんでしょ?」



そしてその声に応答してきたのは。


『はい。お姉様』

『呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん』

『はいはい聞えてまっす』

妹達であった。

ミサカネットワークとの通信、
それがこのイヤホン型通信機の本来の使い方だ。


御坂「どうなってるのこれ?そっちから何かわかる?」


『AIMストーカーが形成しているリンク網自体は問題ありませんが、当のAIMストーカーが何もしていません』

『ミサカ達の演算補助が活発に機能してますので、何か別の事に能力を集中しているみたいですね』

『悪魔の移動に関するデータは自動で随時送信されているみたいですが、相互通信機能はダウンしてます』

複数人の妹達が相手をしてくれているのだろう、
その声は、それぞれの言葉の端々が重なっていた。


612: 2011/04/16(土) 00:01:34.90 ID:B8FgFp9Lo

御坂「じゃあ……あんた達でAIMストーカーの『網』を乗っ取ってさ、リンク先の人達の情報取れる?」


『無理です。リンク末端者の知覚情報取得はAIMストーカーの能力によるものでして、』

『AIMストーカーが知ろうとしなければこっちにもデータが上がってきません』

『あ、でもつっちーはマイク付通信機でリンクしてましたから、通信機が生きてれば音が拾えそうです』

御坂「(つっちー……)」

『こういう時、能力に頼らない純粋機械は強いですね~』


御坂「それでもいいわね。それでお願い」


『ですが無理です。ミサカ達にはその権限がありませんので』


御坂「めんどくさいわね……私の権限とかで許可できる?」


『いけます。一応お姉様も指揮クラス権限をもらってますので』

『知らなかったんですか?作戦要綱にちゃんと明記されてましたが』

『だいぶ逞しくなってきたと思っていましたが、やっぱり素人っ気は抜け切ってませんね』

御坂「はいはいはいゴメンナサイわかったから私の権限でやって」

『じゃーんじゃーん、ここで運命の選択。どれにしますか?この五つの中から選んで下さい』

『①AIMストーカーのリンク経由で原音を流す。②ミサカの生朗読。③上位個t』

御坂「一番で」


『『『合点承知ィっっ』』』


御坂「…………」

613: 2011/04/16(土) 00:02:54.23 ID:B8FgFp9Lo

『ぴんぽんぱーんぽーん。では少々お待ちください。今、つっちーの通信機の遠隔操作を試みてるところです。ぴんぽんぱーんぽーん』


御坂「……………………」


『…………』


御坂「……………………」


『一応言わせてもらってもいいですか?ミサカ達があえてこのノリなのは、そっちは殺伐としているようですので、少しでも気分が晴れればt』


御坂「アリガトわかってるから急いで」


そう御坂は、
今や小慣れた手際で妹達をあしらいながら。


色とりどりの鮮やかな閃光で染まる『南の空』と。


場違いな『陽光』の下、真っ黒なカーテンのようなものが蠢いている、
土御門がいると思われる方角を、それぞれ険しい表情で一瞥し。


御坂「…………」


漏れ出してくる強烈な圧を肌で一通り感じては、踵を返し。


黒子達が先に向かった倉庫の方へ向けて、
ひとまず歩を進めていった。



―――

621: 2011/04/17(日) 01:34:54.69 ID:jOMVFZ+Ro
―――

『神が存在すること』を信じるか?

そう問われれば、天界魔術師達は皆迷わずYESと答えるだろう。

普段使っているその力は神から引き出しているモノなのだから、
信じる信じない以前の問題だ。

魔術に携わる者ならば、当然誰しもが『存在すること』を知っている。

存在を認めないという事は力を受け入れられない、
結果、魔術が使えないのだから。


では『神のこと』を信じるか?、と問われると。

また、神を愛しているか?、と問われると。


多くの者達は同じくYESと答えるだろうが、
全員ではない。

神を知っているのと神を愛するのとは全く別であり、
少なからずNOと答える者達がいる。


神がいることは知っている、
神の力を借りたい、
でも神自身のことは愛していないし信用していない、と。


そんな事を臆面もなく口にできる者達が。



彼、土御門元春もまた、そんな『冒涜者的』な魔術師の一人である。


622: 2011/04/17(日) 01:36:00.47 ID:jOMVFZ+Ro

とはいえ、当然最初から神を愛していない・信用していない、
というわけではない。

一般意識的には宗教性が特に希薄な日本であっても、
魔術界ではそれなりに信仰心が大事とされており、

敬虔な十字教徒と比べればさすがに程度はささやかなものだが、
もちろん土御門もある時期までは一応しっかりと信仰はしていた。

ある時までは。

幼い頃に才を見出され、土御門本家に養子入りし。
天才と言われながら、正式な陰陽師として陰陽寮に所属して。

多数の任務で目覚しい成果を挙げ。
伝説級の陰陽術をいくつも習得し、
僅か齢12でありながら陰陽博士にまで駆け上がり。


そんな中のある日。

彼の明晰な頭脳は気付いてしまった。
枷が突然外れたように唐突に。


信仰し愛している神と、この魔術の向こうにある神が。
明らかに『別物』としか思えない点に。


そんな剥離感に。

623: 2011/04/17(日) 01:37:46.36 ID:jOMVFZ+Ro

それは、普通は気付かない僅かなズレ。
違和感を覚えたとしても、その根源を把握できずに普通は気のせいだと済ませてしまう。

だが聡明な彼の意識は、はっきりとその違和感を認識して捉えたのだ。

そして魔術の奥を知れば知るほど。
研究し学べば学ぶほど。

『神典に出てくる神々』と『今の魔術の神々』との性質の違いが明確になっていく。

程度の差が有れど、
例えば十字教でも神や天使の優しさや人格、情ははっきりと様々な文献に記されている。

だがしかし。

古の記述にはそうあっても、今の魔術から見える神はそうではない。

それも優しさがない・人格が違うというレベルではなく、
人格そのものを感じないのだ。


まさしく『ただの機械』のように。


神典や伝承に記述されている人格があるとは、到底考えられない。

いや、天の存在にも人格があるかもしれないが、
少なくとも人間界との関係においては、その人格は一切絡んでいないのだ。

もしこれが人格を通したの上での結果だとしたら、
人間側見れば人類の敵だとしても良い位に歪んでいるだろう、

そう結論せざるを得ない程に、現実ははっきりと示していた。


624: 2011/04/17(日) 01:39:25.65 ID:jOMVFZ+Ro

この点に気付いてしまった者が、
それまでと同じように信仰を持ち続けられるかどうかは難しいところだろう。

少なくとも『全く同じく』信仰し続けることは不可能だ。


ある程度の心の整理と、この問題を自分なりに解釈することが必要だ。


元々相手は人知を超えているのだから、
人には想像がつかない隠れた意思があるのだろう、とするか。

そうならばそうなのだと現実を受け止めるしかない、とするかなど。

ただどちらにせよ、
この問題について更に探求しようという方向に思考が進む者はいない。

いたとしても、『真実』に辿り着く事は不可能だ。

まず余りにも困難な探求で挫折する。

また、もしその挫折を越えたとしても、
今度はセフィロトの樹に繋がれている者達に働く『潜在意識』がその先を阻む。


そしてその先には、天による『実力行使』が待っている。


これら障害を越えて『真実』に到達した者も、
非常に極僅かだがいるにはいる、だがその者達は例外だ。

ずば抜けて秀でた才と叡智を有し、
更には天にも負けぬ運と力を味方にした本当に一握りの者達だけである。



そして土御門元春は、
そんな『例外者』などに、到底及ぶようなレベルではなかった。

625: 2011/04/17(日) 01:41:05.79 ID:jOMVFZ+Ro

確かに彼は、非常に難度の高い伝説級の陰陽術をいくつも習得し、
任務では凄まじい成果を挙げ、10代半ばになる前に幹部職にまで駆け上がり。

いずれは組織を背負って立つトップ集団の一人、
更には陰陽長官の座も狙えるかもしれないとされたが。


―――だが、それだけ。


『才ある優秀な魔術師』であったが、『それだけ』。

魔術界隈に特に名が広まることは無く、魔術史に名を残す事も無い。

魔神の座が約束されるような100年に一人の天才ではない。

魔術史に革命を起こす1000年に一人の天才ではない。


所詮『普通の天才』。


そんな土御門元春のこの問題への探求はすぐに挫折し。
最終的にそういうものだと受け止めるしかなく。


そして魔術の先にある存在は機械・プログラムのようなもの、
と現実を認めてしまってその結果。


彼の神への視線は冷めて。



彼は信仰を失った。


626: 2011/04/17(日) 01:43:14.91 ID:jOMVFZ+Ro

ただ、彼が信仰心を失った原因の全てが
この事を要因とするわけではない。

むしろこれは『最後の一押し』に過ぎず、
実際は、当時の彼の周囲状況が最大の要因であった。

傍から見れば成功を約束されている者に移っただろうが、
実際はそうではなかった。


彼の歩むその足は空回りし、
歩む道はとことん暗く淀み、


その道筋は狂いに狂い果てて―――。


とにかくそんな日々の中で
彼が天の人格を感じることは一度も無かった。

絶望の淵に追い込まれて、
天に救いを求めたのは一度や二度ではない。

血に染まった己の手を悔やみ、
天に懺悔しては願った事も一度や二度ではない。

それでも一度も。


魔術、それも数々の伝説級の領域に足を踏み込んでいながらただの一度も、だ。



そこにこの剥離感の件、それで彼は信仰心を失った。
いや、失ったと言うよりは『止めた』のだ。

信仰することに何の意味がある?と。

何が得られる?

意味があるか・何が得られるかという考えは冒涜的だと言うが、
だからどうだというのだ?



愛しき人に向けるような心を、『鉄の塊』の如く『物』へ捧げて一体何が―――。



627: 2011/04/17(日) 01:45:07.57 ID:jOMVFZ+Ro

そんな風に信仰することを止めた彼を、
その後も周囲の状況は追い込み、追いやり。

激昂し、苦悩し、絶望し尽くしたその果てで、
自身のどうしようもない限界にぶち当たり。

そこで抗う意志が折れてしまい、
いつしか心さえ冷め始め。

形の無いモノや証拠の無いモノ、それらの存在全てを信用することも止め。
理想を描くことも希望を抱くことも無駄としたその末に。


どうしようもない現実を、『悲惨なほどに合理的』な姿勢で受け止める。


『それだけ』しか出来なくなってしまっていた。

いや、それだけしかやろうとしなかった。

学園都市の試験に合格し『何も知らず』に喜ぶ土御門舞夏、
それを、土御門元春はただただ黙って見ていることしかしなかった。

それは仕組まれた罠だ、と告げる事も。
俺のせいだ、全て俺のせいで、と独白する事も。

何も言わずに彼女の腕を掴み、
全てから二人で逃げ出す事も可能であったはずなのに。


できたのに、しなかった。


既に彼の心は、抗うことを諦めてしまっていた。

628: 2011/04/17(日) 01:48:06.60 ID:jOMVFZ+Ro

確かにこれまでの怒り、憎しみ、恨み、
それら負の感情は彼の心の底に積もり積もっていた。

だが、それがこの状況を変える力になる事は無かった。

いや、それらを闘志に結びつけたところで、
状況を変えるほどの力にならないことを知っていたから。

それどころか、より状況を悪化してしまうのが確実だったから。

当時の彼に許された唯一の選択肢は、
状況に抗うことなく、できるだけ波風立てずに現状を維持すること。

土御門舞夏を『守るだけ』。


土御門舞夏を『救う』ことは選択できなかった。


土御門舞夏を『解放』することは選択しなかった。




そして彼は、学園都市にやって来て。



学園都市、イギリス清教、陰陽寮、
それら各所のとの間で交わされた『取引条件』に従い、能力開発を受けて力を捨てた。



特に抵抗は無かった。

ここまで堕ちてしまったのも、いわばこの力のせい。
巨大だが状況を覆すほどではない、という中途半端なこの魔術の才のせいでもあるのだ、と。

むしろ、無かった方がマシではなかったか、と。

630: 2011/04/17(日) 01:51:49.82 ID:jOMVFZ+Ro

「己の事を、『限界を恐れぬ者』と?」


「違う。君は似て非なる『限界を知らぬ者』だ」


その後、学園都市に来て半年たった頃、
アレイスターの口から告げられたこの言葉。

正にその通りであった、と彼は受け止めた。

土御門元春、その名の少年は限界に気付かずに突っ込み。
限界にぶち当たり、限界に恐れてしまって進むことを諦めてしまったのだ、と。


心は折れて朽ち、信念はタダのガラクタと化した、と。


学園都市とは、彼にとってまさに『流刑地』であった。
氏ぬまで決して軽くならない負い目を前にして、己が業と向き合い続ける。


そんな牢獄―――。



―――そう思っていた。



上条当麻、という男を知ってしまうまでは。


631: 2011/04/17(日) 01:52:43.09 ID:jOMVFZ+Ro

いや、『知ってしまう』という
あたかも偶然の結果のような言い方は語弊があるだろう。

あの中学に入り、あの男と同じクラスになり、同じ寮の隣部屋、
それも全ては予め決められていた事。

あの男に接近する事も命令だった。

アレイスター=クロウリーの腕となった
彼に下された多数の任務の内の一つが、

上条当麻の日常的な監視と潜在的な『誘導』だった。


それは、土御門にとっては朝飯前の仕事。

相手の正確を読み取って、
好まれる・信用される人格を演じる事などお手の物。

幼少の頃から叩き込まれ染み付いた技術で、
何度これで相手の心を掴み、一体何人を手の平の上で転がし、


一体どれだけの数の、『預けてくれた背中を刺して』誅頃したか。


今までずっと、ずっと日常的にやり続けてきたこと。

なんら難しくも無い、淡々とこなせる日常任務―――。

―――だっただろう。


相手が上条当麻でなかったのならば。

632: 2011/04/17(日) 01:54:28.51 ID:jOMVFZ+Ro

上条当麻とは、単純そうでありながら掴み所が無い男。

裏表が無くストレートで、心は熱くて情に厚い男。

普段は馬鹿としか言いようが無いアタマなのに。
ここぞと言う時にはやけに頭が柔軟になり冴える、本当に馬鹿なのか本当は聡明なのか良くわからない男。

はっきり言ってこの男は、
土御門にとっては軽蔑し見下すタイプの人間だった。

凄惨な現実を知らず、知ろうともせず、氏んだ方がマシという苦痛も知らず、
幼稚な善を掲げ身勝手な理想を押し付ける、そんな低俗で迷惑極まりない者。

なんとも目障りだった。


だがいつからだろう。


そんな男が、眩しく見え始めたのは。
その光が取り繕った仮面の下までしみ込んで来て、
冷め切った心が刺激され始めたのは。


所詮こんな『一般人の正義感』なんざ、現実を知れば。

限界にぶち当たれば。

頃し殺されが当たり前の領域に触れしまったら。

尻尾を巻いて無様に逃げだしてしまうと思っていたのに。


違っていた。



上条当麻は『正真正銘の馬鹿』だった。

633: 2011/04/17(日) 01:56:41.69 ID:jOMVFZ+Ro

どんな壁にぶち当たっても逃げようとはせず。

もうどこか美しく思えてしまうほど、彼は我を貫き通し続ける。


何があっても諦めない、呆れ返ってしまうほどの『往生際の悪さ』。


己の限界を知っていながら限界を恐れない、『鈍感過ぎる馬鹿さ加減』。

土御門に欠けていたモノを持っている土御門がなれなかった者。
それが上条当麻であった。

そしてそんな男と日常を過ごしていく内。


妬んで羨んで、いつしか信用して心を許してしまっていた。


上条当麻という熱気に当てられてしまっていたのか、
冷め切ってしまっていた心が再び熱を持ち始めていたのだ。


心の底から、土御門舞夏以外の者を信頼したのはいつ以来だろうか。


楽しい事を楽しいと思えたのはいつ以来だろうか。

まさか妹の事を進んで喋るなんて、
ここまで信頼性の高い関係を今まで築けたことがあっただろうか。


心の底から笑ったのはいつ以来だろうか―――。

634: 2011/04/17(日) 01:58:23.37 ID:jOMVFZ+Ro

アレイスターはこれも仕組んでいたのか。

土御門元春という人間が上条当麻を慕い、

たた任務という形式上だけではなく、
上条のためなら望んでその身を犠牲できるように、と。

恐らくそうだろうが、
当の土御門にとってはそんな事などどうでもよかった。


例え仕組まれたものでも、本物は本物なのだから。



上条と土御門の友情は本物だった。



その心は本物だ。

土御門は心を取り戻したのだ。

沸々と、失っていたはずの衝動が日に日に込みあがってくる。

もしかしてもう一度。

俺は戦ってもいいのだろうか、と。

また、馬鹿馬鹿しい理想と希望を追いかけてもいいのだろうか、と。


上条当麻のように―――。



―――『大馬鹿者』になってしまってもいいのだろうか、と。



もう迷うことは無かった。

一度堕ちに落ちた男、土御門元春はそこから再び『始まった』。


今度こそ『救う』ため。


守るだけではなく、『解放』するために。

635: 2011/04/17(日) 02:00:52.89 ID:jOMVFZ+Ro

信仰を失い。
心が冷め。

戦う意志が潰え。

敗北を認め、力を捨て。


到達した最果ての流刑地。


だが、そこは実は『第二の始まりの地』で。


上条と出会って心を取り戻し。

上条に当てられて戦う意志を取り戻し。


認めた『敗北』の印は返上し。


再び抵抗を始めて。

小さな事から着実に『手駒』を揃えていき。


インデックスと上条の出会い、
そこから爆発的な加速をし続けるこの世界から振り落とされないよう、
懸命にしがみ付いては抗い続け。


そして学園都市の裏側で、
かつて己と同じように一度堕ちた『クズ達』と共に立ち上がり、遂に『表舞台』に躍り出て。


『幼稚な理想』を守るためにこの島に来て、抗うための力を取り戻し――――――。



やっと触れることが出来た。



やっと会えた。




――――――本物の―――。

636: 2011/04/17(日) 02:02:07.46 ID:jOMVFZ+Ro

それは何とも不思議な感覚だった。

どう言葉で形容したらいいか。

周りの環境は変わっていないはずなのに、
見える情景はとにかく爽やかで、そして暖かくて。


土御門『―――』


眼前向こうに待ち構えるのは、圧倒的過ぎる闇の怪物。


赤き縦スリットの瞳孔を有す、体長30m近くにもなる『黒豹』。


体の表面を逆立つ毛のように震わせ、
底なしの不安感を覚えさせるおぞましい異界の唸り声。

体に纏わりつく濃厚な闇、いや、その体自体が実体感が不安定であり、
まるで背後の景色に黒色の絵の具が滲んでいるよう。

その姿は想像を絶する程に恐ろしく。
余りにも存在が大きすぎて、勝算なんかこれっぽっちも見えない。


在りし日の己なら、真っ向勝負は100%避けていただろう。
きっと、きっと『同じよう』に諦めて敗北を認めてしまっていた。

だが。

今は『あの頃』とは違う。


今の己は一人ではない。

大切だと胸を張って言える友がいる。

一緒に戦ってくれる仲間がいる。

背中を預けれる戦友がいる。


そして。


手を差し伸べてくれる『神』が―――。




―――『慈母』がここにいる―――。



637: 2011/04/17(日) 02:03:30.22 ID:jOMVFZ+Ro

『彼女』は、無条件で手を差し伸べてきてくれている。

救いの手を。

助けの手を。


だからこちらも素直に、全てを受け入れるのだ。


信じろ。

信頼しろ。

身を委ねろ。

心を閉ざしていた錠を全て打ち破り。

その中身を全て曝け出せ。


伝統に乗っ取った祈りも、作法を厳格に守った儀式も必要ない。
賛美の為に連ねる言葉も、信仰心を示す美的な詩も必要ない。


ましてや、『機械染みた魔術的作業』など。


ただ慕い、ただ愛し、ただ信頼しろ。


その繋がりがそのまま―――。




―――力になるのだから。

638: 2011/04/17(日) 02:04:55.67 ID:jOMVFZ+Ro

そんな少年の心を、魂を乗せて。


赤い隈取が刻まれている白狼は、駆け抜けていく。

『黒豹』へ向け真っ直ぐに。


速く、速く。


純白の毛を靡かせしなやかに。

軽やかな四肢先が、瓦礫で覆われた大地に跡を記していくたびに、
そこから美しい花や緑が湧き上がる。

それは、漏れ出した慈母の力による『生』。


だが白狼が大地に植えた生は、すぐに散っていく。
彼を串刺しにしようと、地面から『影の槍』が突きあがってくるからだ。

しかしそんな邪悪な槍は、白狼の体には掠りもしない。


それに苛立つかのように、影の槍が益々勢いを強めては林立していく。

槍の突きあがる方向も、
垂直だけではなく様々な角度で、行く手を阻むように。

その速度、密度、量、どれも凄まじく、
さながら巨大な剣山が無秩序に敷き詰められたかのよう。


だがそれでも、影が光を汚すことはできなかった。


地を這うような低さですり抜けては。

軽やかに跳ね疾風のように飛び抜け。

そして影の槍の上を軽々と伝い、一気に距離を詰めて行き。


黒豹の5m程前、そこで踏ん張るように前足を広げ、急停止し―――。



―――『断神』―――。




『一閃』

639: 2011/04/17(日) 02:06:47.06 ID:jOMVFZ+Ro

その刹那。

土御門の意識内では、
こんなイメージが浮かび上がっていた。

目に映る景色をキャンバスにし、黒豹の頭先から地面までを縦断するように―――。


―――墨汁で一筆。


そのイメージは、

慈母の力の動きが
人間の認識に合わせて変換された像なのか。

それとも、これが慈母『そのままの目線』なのかはわからない。

だが表現しろと言われれば、
土御門は迷わず『墨汁で一筆』とする。

まさにそれがしっくり来るのだ。

そしてその瞬間。

イメージ内で描いた線と同じ場所に。


鋭い閃光と共に、とんでもない規模の力が走り空間を切り裂いた。


それはまさしく、どんな物でもどんな存在でも
一撃で寸断してしまうだろうと思える程の。


だが、相手も相手。
こっちについている慈母は規格外の存在であるが、同じくこの黒豹も規格外。


土御門『(―――ッ)』


この『一閃』の直撃を受けても、黒豹は無傷であった。
全く微動だにしていない。


空間は完全に破断されていたのに、
影だけは傷一つ無い。


この影だけは。

640: 2011/04/17(日) 02:08:09.11 ID:jOMVFZ+Ro

その瞬間、土御門の『目』はこの時の力の動きを
かろうじて捉えていた。


そして違和感をはっきりと覚えた。

『感触』がおかしい、と。

単に、黒豹の防御力がこちらの攻撃力を上回っただけ、
というわけでは無さそうだ。

なにか『カラクリ』がある、と。


白狼は四肢で素早く横に跳ね、
方々から突き出してくる槍を再度かわしながら。


土御門『(―――結界、か?)』


結界、そう思い浮かべると。

記憶、知識、推測といった慈母からの認識が続々と流れ込んでくる。


だがそれらはどれもぼやけており、
土御門の意識ははっきり認識できなかった。

なぜか。

それは、土御門がまだ『受け入れきっていない』から。


土御門『(くそっ―――俺はまだ―――)』


己は荒み、捻くれ、淀み過ぎてしまったようだ。
ここに来てまで、それが未だこびり付いてしまっている程。

慈母はどこにも疑う余地が無いのに、
この捻くれきった心は未だにどこかで疑って警戒してしまっている。

ダメだ。

それではダメだ。

もっと素直に、もっと純真に。


もっとしっかり心を開かなければ―――。



641: 2011/04/17(日) 02:08:53.62 ID:jOMVFZ+Ro

黒豹本体は今だ最初の位置から動いていない。
余裕の表れか、まだこちらの様子を伺っているのか。


それとも、『ハンター』の姿に相応しく、



『一撃必中』のタイミングを見計らっているのか。



そして白狼へ向けての攻撃パターンも変わっていく。

白狼に向け今までと同じように、
槍が方々から突き上がりかけた瞬間。


その槍の形が突如変わる。


一気に膨張しては太くなり、そして『広がり』。

指先が鋭い『巨大な手』へと変形した。
その大きさは、白狼の体を手の平の中に閉じ込めてしまえそうな程。


土御門『―――!』


しかもその手達は、今まで真っ直ぐ機械的に延びていた槍とは違い、
こちらを追いかけて掴もうとしてくる。

当然、猛烈な速度で。

その手は対象を掴むどころか、
爪で大地を削り取っては握り砕いていき。


白狼が紙一重でかわすたびに、周囲が抉り飛び、
大量の粉塵が舞い上がっては大地が震えていく。

642: 2011/04/17(日) 02:11:13.72 ID:jOMVFZ+Ro

この密度とこの速度では、
いくらこの白狼でもただ回避し続けるには厳しいものがあった。

そこで。


『断神、一閃』


再び一筆。


今度は『手』に向けて。

この影の手を切り捨てるべく。


だが。


土御門『―――…………』


結果は、黒豹本体に仕掛けたのと全く同一。

一閃に篭められているのは凄まじい力にもかかわらず、
本体ではない『周囲の影』ですら、傷無し。

弾くどころか、その勢いを僅かに頃すこともできなかった。


『一閃』の威力が劣っていたというわけではない。

むしろあの無数の槍や『手』の中の一本と比べたら、
遥かに『一閃』の方が強い。

そう、『ちゃんと』真っ向からぶつかり合ったら、
決して押し負けることは無いのだ。


防ぐのに失敗したその影の手を、
寸での所でかわしながら土御門は確信する。


黒豹は何らかの『非常に特殊な力』でその身を、いや『影全て』を守っている。
しかもそれは、この慈母の力すら遮ってしまう程の鉄壁だ、と。


ただ、その詳細を知るにはもっと慈母を受け入れては力を引き出し、

そして黒豹に攻撃を与えて確かめねばならない。

土御門は更に深く、更に多きく、その心を開いていく―――。


643: 2011/04/17(日) 02:12:53.16 ID:jOMVFZ+Ro

そんな風に、
この白狼に湧き出してくる力が徐々に高まっていくのを察知してか。

影の攻撃が更に苛烈になって行く。

無数の手や槍は、壁のようになって立ち塞がり。
延びた先端は上部を封鎖し。

地面からは、新たな槍や手が突き上がり。


そして。


土御門『―――』


白狼も、徐々に回避が厳しくなっていき。

そんな状況の中で、
『回避方向はたった一方』という瞬間が来て。


そこで、黒豹本体が遂に動いた。



黒豹は、この一撃必中のタイミングを伺っていたのだ。



確実に来るその回避コースめがけて、避ける手段の無い一撃を。



白狼に負けないほどにしなやかなその体を躍動させ。

その速度は、周りの槍や『手』が止まって見える程にレベルが違う。

そして衝撃波も振動も音も発することは無く、力も漏れ出しはしない。

完璧な力の集中収束。


むき出しになっている牙は、その口にだけではない。

肩、胸、背中、あらゆる箇所の影が形を変えては、
前方へ向けて『牙』と『刃』となって延びていく。



白狼を串刺しにし―――。



その純白の衣全体を、真っ赤に染め上げるべく―――。

644: 2011/04/17(日) 02:14:01.74 ID:jOMVFZ+Ro

それまでのこの白狼であったら、貫かれてしまっていたであろう。
だが。

この白狼は、常に力が溢れ上がっていっている。
1万分の一秒前単位で、過去と現在を比べても明らかに違う。

『天にいる本物』と比べたら、まだまだ小さいものではあるが、
だが着実に、そして正確に本物に近づいてきているのだ。

突進してきた黒豹。

白狼が貫かれその巨体に潰されるかと言うその瞬間。


延びた牙と刃の漆黒の先端が、その柔らかな毛皮にあと1mまで迫った時、その間に―――。




『鏡』が虚空から出現した。




淵が真っ赤な炎で彩られている『銅鏡』が。


それは正真正銘の『天界の宝具』。


魔術的に言えば、『オリジナルの聖遺物』―――。


645: 2011/04/17(日) 02:15:37.37 ID:jOMVFZ+Ro

ただ。



結果は先ほどと『同じ』であった。



『鏡』をもってしても、

黒豹の攻撃は弾くことはできず、
それどころか勢いを少しも頃すこともできない。


だがしかし。


黒豹の牙と刃は刺さりは『しない』。


間に入った『鏡』は、貫かれることも砕かれることも無かった。


白狼は。

勢いそのままで押される鏡、
その背に己が背中を当てては、あえて『脇に押し出され』。


結果、鏡・黒豹と、白狼の位置関係はすれ違うようになり。



そしてすれ違うかと言うその瞬間。


白狼は牙をむき出しにしては口を大きく開き。



黒豹の首元へと―――。





646: 2011/04/17(日) 02:16:53.57 ID:jOMVFZ+Ro

黒豹の30mに比べて、白狼は体長は2m程。

だが、両者程の領域の者達にとって、
お互いの『物理的なサイズ』など、あまり関係ない。




―――白狼は、黒豹の首に噛み付き。



四肢を大きく広げては踏ん張り。



剥き出しになった牙の間からうなり声を漏らしながら。

影の残像・黒い尾を引きくその巨体を、
勢いを殺さぬまま一気に引き寄せてはぶん回し。


周囲の影の槍・手の壁へと凄まじい勢いで叩きつけた。


金属やガラスがぶつかり合うような、強烈な激突音。

界が軋み、空間が凹むほどの猛烈な衝撃―――。


その瞬間、叩き付けられた黒豹の表面が波打ち、その形が崩れた。
さながらテレビ映像にノイズが走ったよう。


だが、白狼の手はこれだけではなかった。


像が乱れてる黒豹の懐に『円』を描き、その上部に『へた』のように短い線を引く。


止めとばかりに、そんなイメージを思い描く―――。



『爆神―――輝玉』



次の瞬間。

色鮮やかな、大きな『花火玉』がその描いた所に出現し。


炸裂した。

647: 2011/04/17(日) 02:18:40.24 ID:jOMVFZ+Ro

無駄に広範囲を吹き飛ばすのではなく、
適度な範囲内を極限まで破砕する、非常に濃度の濃い強烈な爆発。

その閃光に照らされる中、白狼は一旦距離を開けるべく100m程後方に跳ねた。

その後を追い、開放された鏡が宙を飛んでは、
白狼の背中に乗るような位置に。


そして白狼は、軽やかな足取りで地面に着地し。


土御門『…………』


閃光が収まりつつあった爆心地をじっと見据えた。

視線の先では薄くなっていく光、
その中から姿を現す『影』。


土御門『…………』


やはり傷一つついていなかった。


『輝玉』の凄まじい炸裂も、『一閃』と結果は同じ。
影同士をぶつけても結果は同じ。

そして、今やより慈母の力に染まっている土御門の『目』には
それ以上の事が見えていた。


あの黒豹がどのように攻撃を防いでいるのか、
その原理はまだわからないが、その『系統』がはっきりとわかったのだ。


648: 2011/04/17(日) 02:20:28.50 ID:jOMVFZ+Ro

それはとにかく非常に厄介な―――。



この黒豹は『最悪の組み合わせ』だった。



『この系統の防御』は、魔帝の創造、覇王の具現のような、
俗に言う『力』とは違う『固有の特殊能力』の類だ。


と、魔帝や覇王を例えに出してしまっては、
非常に希少で強力な系統だと聞えてしまうかもしれないが。


種族や個体ごとに固有の特殊能力を持っていることなんて、魔界では極ありふれた事。


そしてこの黒豹の使ってる系統の防御も、
一応力のごり押しでどうとでもなる、といえばなる。

もし、この系統の防御をそこらの雑魚が使ってたとしても、
慈母の力を持ってすれば力ずくで叩き潰せるだろう。

『創造』だって、魔帝という最強クラスの悪魔との組み合わせであるからこそ
あそこまでのスケールが可能であるだけで、

そこらの雑魚が同じ『創造』を使ったところで、
そのスケールは雑魚の身の丈に沿った程度だ。


と、それはつまり、規格外の存在がそのような力を有していたとすれば―――。


それがこの黒豹なのだ。


『この系統の防御』に、魔界トップクラスの諸神諸王の力。


結果、慈母の力すら完全に防ぐ『鉄壁』となる。

649: 2011/04/17(日) 02:22:49.89 ID:jOMVFZ+Ro

そして、その黒豹の防御の系統とは。




それは『完全干渉拒絶』―――。




―――『概念否定』だ。




『攻撃そのもの』を『無かった事』する、という余りにも『フザけてる』系統。



土御門『(……さて、どう崩すか)』


白狼、少年土御門は、
その牙を噛み締めては視線先の黒豹を睨んだ。

その鋭い獣の瞳で。


一挙一動も見逃すまい、と。


あの鉄壁の、『影の要塞』をどうにかして陥落させるべく。



シャドウ
『影』を完全に払うべく。



―――

665: 2011/04/24(日) 00:57:22.20 ID:PbcyKJR0o

―――

果たして、あんな事をして良かったのだろうか、と。

彼女の望み通りとはいえ、
そして他に選択の余地が無いとはいえ、あんな―――。


オッレルス『…………』

オッレルスはそう、
先ほどルシアに行った『とある処置』を頭の隅で思い出しながら。


アックアと共に、
不気味に聳え立っている摩天楼を駆け抜けていた。

穏やかな光に照らされている地の中心、
土御門とシルビアがいるであろう場所に向けて。


オッレルス『…………』

あの少女、ルシアの事を考えたってもうどうしようも無いことはわかっている。
ここで引き返しても、彼女を元に戻すことなどもう無理だ。

だがそれでも考えてしまう。


あの表情が頭から離れない。


666: 2011/04/24(日) 00:58:10.83 ID:PbcyKJR0o

あの『人造悪魔』は、いや、
もうあの少女を『人造悪魔』と表現することなど到底できない。


『彼女』は同じだった。

同じ顔であった。

今まで保護してきた孤児達とも。

そして。

かつて、『天命』の下この手で殺めた子供達とも。



どの『人間の子供達』とも同じであった。


だからこそ。

オッレルスはこうして考えてしまう。


先ほど、自身が彼女に対して行った行為が、
どれだけ残酷なものであったかのかを。


彼女が『忌まわしき人造悪魔である』、という覆りようの無い現実を突きつけるあの行為は。

667: 2011/04/24(日) 00:59:12.63 ID:PbcyKJR0o

と。

そんな風に考えてはいたが、このことについて何かしらの答えを出せる時間があるほど、
目的地は遠くは無かった。

いや、元々この思索には出口は無いため、
どれだけ時間に余裕があっても途中で『打ち切り』になる結果は同じであるが。

摩天楼を駆け抜けていくと。

その連なるビルの林が突如途切れ、
瓦礫に覆われた広大な更地が姿を現した。

そして中央、この陽光の光源の真下には、ただ一棟だけ聳え立っている高層ビル。

その配置は、アックアにとってはかなり既視感のあるものだった。
もちろんオッレルスもすぐに『それ』を連想した。

今はもう見る影も無くなった、在りし日のサンピエトロ広場とオベリスクだ。


だが、その『オベリスク』の周囲の光景が目に入った瞬間、
そんなデジャヴなど過去のものとなってしまった。


オッレルス『―――ッ』



この場に近づく間も、凄まじい圧ははっきりと感じてはいたが。

だがここに来て直に目にして、
オッレルスとアックアは知ることとなった。

今まで感じていたその圧は『薄められていたもの』であったことを。

668: 2011/04/24(日) 01:00:27.11 ID:PbcyKJR0o

ここを照らしているあの陽光は、
『影の力』が外に漏れ出すのを抑えているのだろう。

暖かに感じるこの『天界』の光は、
ただそのような感覚だけではなく

実際にこの島にて戦う者達を守ってくれているのだ。

こんな高濃度の力が駄々漏れしていたら、
この北島全体に展開している少年少女達は
一部の飛び抜けた強者を除きみな卒倒してしまうだろう。


アックア『……』


オベリスクの周り一面を覆う、
不気味で不自然で余りにも色が濃い影。

アリウスに見た『頭で認識する』類のものとはまた違う、
本能をすり潰されていく感覚。


そして白き一筋の光が、
同じく莫大な力を放ちながらこの影の中で暴れていた。

669: 2011/04/24(日) 01:01:04.22 ID:PbcyKJR0o

莫大な力が凄まじい速度で渦巻いては激突。

それによる界の歪みのせいか、
オッレルスの目をもってしてもその『身分』を知ることまではできなかったが。


ともかく、二人ともすぐに悟った。
あの一筋の白い光の主が、この陽光の源である天の存在である、と。


と、そこで。

オッレルス『―――……』


オッレルスはふと、とある点に気付いた。

あの白い光の主は、
己が『知っている天』とは明らかに『違う』、ということを。


この光に覚えるとある一つの要素を、
オッレルスは今まで天から感じたことは『一度』も無かった。




こんなにも身近で近しげで、明確な―――。



―――そう、『感情』を感じる事は。

670: 2011/04/24(日) 01:01:48.25 ID:PbcyKJR0o

その点については、彼の後ろに続いていたアックアも強く感じていた。
いや、彼の場合はオッレルスとはまた少し違った。

アックア『…………』

彼は、その身に宿すガブリエルの力から妙な反応を覚えていた。
影ではなく、あの陽光の光源を目にした瞬間に。

その反応は今まで一度も感じることの無かった、奇妙な『揺らぎ』。

いきなり波打つような。

人間の感覚、感情に例えればそれは―――。



―――『驚き』―――。



―――『動揺』―――か。



アックアがあの光源を見た瞬間、
ガブリエルの力が『動揺』、と取れる反応をしていたのだ。


『感情』と呼べる反応をだ。


これは二重聖人、そして神の右席という立場の彼にとっては、
とてつもなくセンセーショナルな事だ。

少なくとも今まで見知ってきた天への認識概念が、
根底から覆ってしまいかねない程の。

671: 2011/04/24(日) 01:02:37.06 ID:PbcyKJR0o

だが今ここで、
やはりそれらのその意味を探るべきではないのは確かであった。


オッレルス『―――跳ぶぞ』


オッレルスはそう、
背後のアックアに向けて声を飛ばすと同時に、軽く地面を蹴った。

すると次の瞬間、彼の体は超高速で飛翔していった。
影の中央に聳え立っている『オベリスク』、シルビアと土御門がいるであろうビルへ向けて。

その後を、
背中から光を噴出させるように翼を生やしたアックアも続き、
二人は陽光の空の下突き進んだ。


影の真上を通過するとあって、
二人はかなり警戒はしていたものの。

特に妨害は無くすんなりと目的のビルに到達。

その屋上の中央には。


シルビア『オッレルス!』

飾り気の無い、
大きなロングボウを手にしているシルビアと。

そんな彼女の足元に座っている、
例のフォルトゥナの姫と思われる美しい女性がいた。

だが。

オッレルス『シルビア!……?』

もう一人、オッレルスがここにいると考えていた者の姿は、
そこには無かった。


672: 2011/04/24(日) 01:03:41.49 ID:PbcyKJR0o

土御門は『少年』と聞いていたが、この屋上には少年の姿など無い。
そもそもシルビアとキリエの二人しかいない。

アックア『……土御門元春はどこだ?』

先にその点を問うたのはアックアであった。
アスカロンを肩に乗せつつ周囲を見渡しながら。

それに対しシルビアが。

シルビア『アレだ』

ややイラついたような口調でそう、ぶっきらぼうに言葉を返しながら、
顎の先で指すような仕草でとある一方を示した。

その先は。

オッレルス『?あれって……?』

更地向こうで、凄まじい力を放って影とぶつかり合っている、


シルビア『アレだって。あの白いの』


あの、天界の者と思われる白い光であった。



オッレルス『―――何?』



そのシルビアの言葉に、オッレルスは耳を疑った。
彼女の言葉は、到底受け入れがたいものであった。

なぜなら。


オッレルス『―――アレが土御門……?』



オッレルスの『目』には、あの光が
『天の力を使っている人間』には見えなかったからだ。


紛れも無く、どこからどう見ても―――『天界の存在』だったのだから。

673: 2011/04/24(日) 01:06:06.24 ID:PbcyKJR0o

シルビア『オッレルス。彼女の胸の杭に詳細があるって』

オッレルス『そうか』

だがそんな疑問も、今この場での優先度は下だ。
今はとにもかくにもやらねばならない事がある。


オッレルスは足早にキリエの下に向かっては、彼女の前で屈み。

オッレルス『オッレルスです』

キリエ『キリエです』

オッレルス『では失礼』

軽くお互いの名前を言うだけの自己紹介を経て、
彼女の胸の杭に軽く触れた。

オッレルス『…………』


するとその瞬間に流れ込んでくる、土御門からの『伝言』。


俺が影から『制御基盤の核』を引き摺り出す、
それまでにお前は専用の術式を構築して、いつでも起動可能なようにしておけ、

そんな『殴り書き』の前置きから始まり。

そして都市全体に重なっているこの巨大術式の概要、
人造悪魔を停止させるために必要な術式の仕様等、

様々な情報と指示が大量に後に続いていった。

674: 2011/04/24(日) 01:08:00.29 ID:PbcyKJR0o

その量はとてつもなく、
そしてどれもこれも『無理難題』としても全くおかしくないものばかり。

術式を組み立てろ、と言っても、ただ組み立てば済むだけの部分は極僅か。

大半が、例えるならば『部品を組み立てて車の形にしろ』、というのではなく、
『素材採掘から始めて最終的に車を作れ』、という様なもの。


更に『俺には手が出せない、お前にしか完成させられない。頼むぞ本物の天才さんよ』、

という『注釈になっていない』土御門の『走り書き』が、
そのプレッシャーを一段と締め上げる。


オッレルス『…………』


5分前の己だったら、これは到底不可能な作業だろう。


そう、5分前ならば。

今は違う。
この目で、アリウスの中を見てきた。


『絶望』に触れてしまう領域まで沈み込んで『見て』きた。



オッレルス『……よし。わかった』



今なら―――『可能』だ。

675: 2011/04/24(日) 01:09:25.26 ID:PbcyKJR0o

己にしか作れない術式をもって、アリウスの『技の結晶』に挑む。


なんとも遣り甲斐のある『喧嘩』ではないか。


アリウスが『最強』への挑戦者ならば、己は『最高の魔術師』への挑戦者だ。


チャレンジャー
挑戦者。

立場・背後状況関係なく、その響きのなんと心地よいことか。

魔術師としての本能が一気に高揚する。

オッレルスは立ち上がると。

オッレルス『シルビア。ウィリアム。俺は今からしばらく「篭る」』

座っているキリエに手の平を向けるように、己の体の前に両手を突き出し。


オッレルス『俺とキリエさんを護ってくれ。頼んだぞ』


その言葉にシルビアとアックアは無言のまま頷き、
それぞれ屋上の淵にまで跳んだ。



そうやって二人が距離をあけた直後、
オッレルスの瞳が、遠くを見るようになっては虚ろになり。


オッレルス『(じゃあ、俺もなってみせようか―――)』


彼の意識は、その活性化する己が頭脳の中に集中されていき。


赤と金の光で形成された無数の文字列が、
彼の周囲に浮かび上がり。



オッレルス『(――――――真の魔神に、な)』



そして彼と足元のキリエを包み込むように『球状』に―――。


―――

676: 2011/04/24(日) 01:10:34.84 ID:PbcyKJR0o
―――

アスタロトの首、と言ってもその様はどう見ても肉塊。

かろうじて原型を留めている大きな二本の角が、
わかる者にだけこの肉塊が何なのかを示していた。


ネロ『―――ん、ああ、これか』


正面15m程からのアリウスの視線に応え、
思い出したかのようにそう口を開いては。


ネロ『目障りだったからな―――』


右手にあるその『肉塊』をアリウスの足元に放り投げた。


ネロ『―――ぶっ殺させてもらったぜ。「全員」な』


アリウス『…………』


それをアリウスは無言のまま、
特に動揺もせずに静かに見下ろした。
変わり果てた魔界の十強が一、恐怖公アスタロトの姿を。



ネロ『まあ、俺は止めを刺した「だけ」だがな』

677: 2011/04/24(日) 01:11:16.63 ID:PbcyKJR0o

アリウス『……』


己とはまた違う第三者がアスタロトを叩きのめした、と言う事を匂わせるネロの口ぶり。

それを裏付けるかのように、
このアスタロトの首にはいくつか独特の、
強烈な力の『残り香』がついていた。

アリウス『…………』


その数は三種。

まず一つ目はもちろん、止めを刺したネロ。


もう一つは―――ダンテ。


そして、残る一つは。


アリウス『……魔女、か』


アンブラの魔女。
それもネロやダンテに引けを取らない、とんでもなく強大な者。

こんなレベルの三人を相手にしてしまったら、
やはりさすがのアスタロトといえどもどうしようもなかったであろう。
(そもそも一対一でも無理な話だ)

678: 2011/04/24(日) 01:12:13.93 ID:PbcyKJR0o

そしてこのアスタロトの氏に様は、とある一つの事実を裏付けていた。

やはり『今』この瞬間。

この島の外で己の意識外で魔女やバージル、
ダンテ達が何かをしているのは間違いない、という事だ。


アリウス『……』


ただその事については後でいいだろう。

今はこの主賓、『ネロ』を―――。

己は覇王とスパーダの力の片割れを既に手に入れた。
そこにネロの魂と魔剣スパーダが揃えば。


覇王には既に『勝った』。



次はスパーダに『勝つ』。



それが成されれば、
その時点で己より強い存在は最早いなくなる。

完全なるスパーダと覇王、その二強の力を宿した後はゆるりと。


フィアンマが手に入れるであろう『創造』を奪い、
残るスパーダの息子達や魔女を狩っていけば。



『証明』は完遂する。

679: 2011/04/24(日) 01:14:04.09 ID:PbcyKJR0o

と、その時。


ネロ『さてとだ、お互い―――』


そんな言葉と共に、
ネロは己が脇の地面にレッドクイーンを突き立てては手放した。

そしてその空いた左手を突き出すと。


そこに異形の大剣、魔剣スパーダが地面に突き立てられている形で出現。


ネロ『―――前置きは無しにしようぜ―――』


ネロはその柄を左手で握っては引き抜き。



ネロ『―――さっさとやろうじゃねえか』


その切っ先をアリウスに向けては、
軽く揺らしながら笑った。

漲る憤怒と闘気で震えている、熱の篭った声を放って。



アリウス『―――……』



そしてそのまま―――魔人化。



何の躊躇いも無く、
己が力と魔剣スパーダを解放したのだ。




この『人間界』のデュマーリ島で『躊躇いも無く』、だ。

680: 2011/04/24(日) 01:15:08.12 ID:PbcyKJR0o

アリウス『(―――そういうことか。なるほどな)』

そこでアリウスはそう、小さく心の中で呟いた。


紫と赤黒い光を纏っている、魔剣スパーダを有す『魔騎士』の姿を見据えながら。

一つ、わかったのだ。

覇王との戦いを終えた後に気付いた『例』の事案。

解放された魔界による侵食速度の、
その一見すると『停止』していると錯覚してしまう程の『遅さ』。


魔女の技と莫大な力、そしてオリジナルの『神儀の間』によって生み出されたこの奇妙な現象。



それが、このネロの力による人間界の破壊をも防いでいる、と。



いや、厳密に言えば『防いでいる』のではなく
『まだ負荷かがかかり始めていない』、といったところか。

魔界の侵食と同じく、ネロの力による破壊も極端に『遅くなっている』のだ。


と。


ネロ『おいオッサン。早くしろ』


魔騎士の姿となったネロは再度スパーダの切っ先を揺らしながら。



ネロ『―――コイツが欲しいんだろ?』

681: 2011/04/24(日) 01:15:51.97 ID:PbcyKJR0o

アリウス『―――……その通り』


その煽りに、
ひとまずこの件の思索は中断してアリウスは乗った。

一本踏み出しては
アスタロトの首をまるで気にも留めずに踏み潰し。


アリウス『―――いや。それだけでは足りない―――』


己が力も解き放つ―――。


瞬間、溢れ出した光に包まれるアリウスの体。

それは一見、神々しく清廉な光に見えてしまうも。
本質は穢れに穢れた『暗き光』。


そして、その輝きの中から姿を現す―――。



アリウス『―――「お前そのもの」も頂こう』



―――揺らめく炎のような光で形成されている体。


天を向く、二本の大きな角。



巨大な一対の光の翼、その姿は―――。



アリウス『―――お前の「全て」をな』



―――覇王アルゴサクス。



更に覇王の姿となったアリウスの左手先が変形し。

ネロが纏う光の中にあるのと同じ、『紫の光』で形成された大きな『刃』となった。

682: 2011/04/24(日) 01:18:45.32 ID:PbcyKJR0o

ネロ『はっ、そいつは無理な話だ、「全身タイツ」野郎―――』


そのアリウスの姿を見てネロは
残酷なほどに楽しげに、恐ろしいほどに嬉々とした表情で。


ネロ『「俺」が誰の「モノ」かはもう、とっくの昔に――――――』


魔剣スパーダを脇に引き、腰を落として―――。



ネロ『――――――決まってるんでな』



―――その直後。


アリウスが立っていた場所が、
紫色の光の『槌』で『丸ごと』叩き潰された。


その槌はネロの『魔の拳』―――。


―――デビルブリンガー。


そして、その破壊による破片が巻き上がるよりも速く。
物理的な衝撃が分子間を伝達していくよりも速く。

デビルブリンガーが引き戻されるよりももっと速く―――。

アリウスは、既にネロへの間合いへと詰め―――。


その紫の光の刃を彼の喉元へと―――。


683: 2011/04/24(日) 01:21:12.11 ID:PbcyKJR0o

ネロ『Hu―――』

その突きを魔騎士は僅かに半身、体を横に移動させ回避。

直後、一瞬前まで彼の喉があった空間を突き抜けていく、
人間界に軽く穴を開けてしまうような刃。


そしてネロは脇に引いていたスパーダで、
叩き上げるかのような左下からの逆袈裟斬りを放った。


目の前の覇王の体を分断する『刃線』で。

が、その瞬間。

アリウスの姿が消失し、スパーダの刃は何も無い空間を裂いていった。


ネロ『Si―――』


しかしネロは動じず、
切り上げた慣性をそのまま利用して、振り向いては。


今度はその刃を叩き降ろす。



『背後に現れたアリウス』に向け―――。


ネロ『Yeeeeeeeeaaaaaaaaaaaaaaahhhhhhhh―――!!!!!!』


しかし、振り下ろされた刃は覇王の体を破断することは無かった。

アリウスは『紫色の刃』で、
その刃を防いでいた。

何事もなく耐え、そして問題なく打ち流していたのだ。


魔剣スパーダ、その『究極の破壊』を冠する刃を。

684: 2011/04/24(日) 01:22:55.17 ID:PbcyKJR0o

飛び散る光の雫と、鋭い衝撃。
歪む大地と空間。

                ジ イ サ ン 
ネロ『(ハッ―――スパーダの力を使ってるってか―――)』

アリウスは打ち流した刃でそのまま、
再びネロの喉下へと突き。



ネロ『(―――――――――胸糞悪ぃ)』



それを、ネロは今度は避けようとはせず。



ネロ『Fuuuuuuuuuuu―――』



初撃から引き戻されてきたデビルブリンガーを再び握りこんでは。



ネロ『――――――ck Off!!!!!!!!!!!!!!』


覇王の腹部めがけて叩き込む。

その衝撃で刃先がぶれ、アリウスの刃は喉元ではなく魔騎士ネロの面、
頬に当たる部分を切り裂いていき。

天高くぶち上がっていくアリウスの体。


そして即座に跳躍してそれを追うネロ―――。

685: 2011/04/24(日) 01:23:50.10 ID:PbcyKJR0o

闇夜の大空を、二筋の光が切り裂いていく。

一方は完全復活した覇王とスパーダの力の片割れを掌握した『人間』。
そしてもう片方は、覚醒状態の魔剣スパーダを有する魔人した魔剣士。


それらが激突しては弾かれて、
再び引き付け合ってはまた激突を繰り返しながら空をどんどん昇って行く。

縦横無人に空で打ち合う二人は、次第に島の上空からも逸れ。

その戦場を淀む大海の上に移していく。


ネロ『―――Hu!!!!』

あまりにも危険すぎる刃と拳。


アリウス『―――ッ!!』


そして翼と蹴りの応酬。


その戦いは、『人間界の中では存在できるはずが無い規模』の力の衝突。

とことん破壊的な、何人も踏み入れられない究極の領域。

とにかく破滅的な、正真正銘の究極の『怪物』同士の戯れ―――。



お互いの刃をいなしては弾かれ、
デビルブリンガーと翼が激突しては、蹴りが交差し。


ネロ『―――Die!!!!』



そしてお互いが振りぬいた刃が、『真正面』から激突する。



アリウス『―――ォオッ!!!!!!!!』

686: 2011/04/24(日) 01:26:47.80 ID:PbcyKJR0o

光が溢れ、一瞬だけ周囲が一気に明るくなる。
さながら間近に万の太陽が出現したかのように。

その『光の衝撃』が大海を叩き一気に蒸発させていく中。


ネロは海面に『着地』した。


沈むことなく、まるで地面に降り立ったかのように。

普通の事だ。

ここまで力を解き放てば、
『ただの物理現象』などどうとでもなる。

何が有り得なくて何が有り得るのか、それは力の持ち主の意向で決まる。
それが大悪魔、神と呼ばれる者達の領域だ。


ネロ『チッ……』


そして、そんな彼を100m程の高さの宙から見下ろしているアリウスが、

右手を軽く掲げた―――。


アリウス『―――もっとだ。もっとそのスパーダの血を滾らせてくれ』



―――その瞬間。


アリウス『―――「舞台」が合った方が「気分」も乗るだろう?』


暗き大海原だった景色が一変する。

ネロ『―――ッ』


その『場所』は見慣れた石畳道路の上。


歴史ある『あの街』の。



―――ネロの故郷、フォルトゥナの。



687: 2011/04/24(日) 01:29:41.51 ID:PbcyKJR0o

アリウス『―――小道具と舞台装置も用意しよう』

更にアリウスは続けてそう口にすると、
右手先の指を軽く鳴らした。


アリウス『もっとその血を沸きたてるのだ―――暗き憤怒でな』


すると今度は。


ネロ『―――』


ネロの正面、町並みの向こうに現れる『白亜の巨人』。


それは『あの神像』―――。


かつて、教皇サンクトゥスが引き起こしたフォルトゥナ事変。



その時の『あの神像』だった。


ネロ『ハッ』


ネロは、そんな思わぬ舞台装置の登場に、
苛立たしげに軽く笑い。


ネロ『俺の「記憶」を「具現」か?―――随分と「洒落た演出」だな』




ネロ『―――ヘドが出るぜ』


692: 2011/04/25(月) 22:41:07.32 ID:S4+FJVwLo

そんな風に、ネロの口調は今だ皮肉めいた軽さを帯びていたも。

内面では確実に余裕が無くなってきていた。

怒り、憎しみ、殺意、
ありとあらゆる負の感情が爆発的に湧き上がる。

その人間的な激情が、彼の人間性を更に締め上げて。

同名の魔剣と血が共鳴し合い、魔が更に色濃くなっていく。

アリウスの絶望が用意する舞台、
それが更にネロを怒りに染め上げるのだ。


『絶望の具現』がここに映し出したのは
両手を広げる姿勢で宙に浮かび上がる巨大な神像だけではなかった。


逃げ惑うフォルトゥナの市民達までも―――。


ネロ『―――ッ』


それを目にした瞬間、
ネロはみしりと、己の頭の中から音が聞えたような感覚を覚えていた。


そして、ネロがそれについて何か言葉を発するよりも速く。


神像の胸の前の空間が突如輝き出しては、界が歪むほどの力が集中して行き。

そこから眼下のフォルトゥナ市街に打ち込まれる、
オレンジと赤が交じり合った巨大な光の柱―――。


地殻ごと捲れ上がり、吹き飛ばされる市街。
落ち着いた町並みを根こそぎ削り取っていく光の衝撃波。


そして耳を劈く無数の悲鳴と。


―――絶叫染みた断末魔。



ネロ『―――あ―――』


693: 2011/04/25(月) 22:41:49.62 ID:S4+FJVwLo

そんな破壊を目の当たりに瞬間。

ある段階の留め金が弾けたように、また一回り大きく膨らむ。
ネロの内なる魔が。

スパーダの血が。

爆発的な勢いで―――。



ネロは声も息も漏らさず、いや、かみ締める歯で漏らしもできず。
凄まじい形相で血走る目を見開き。


一気に跳躍しては、宙空で魔剣スパーダを振るい斬撃を放った。


神像の胸に直撃しては大きな溝を刻む、
紫が混じった巨大な赤黒い光刃。

白亜の外皮の破片が大量に飛び散っていく。


そしてその巨体を後ろに仰け反る事などさせない、
神像の頭を鷲掴みにする巨大なデビルブリンガー。


大きな魔の手は、
神像を前方へと引き倒しては街に叩きつけた。

ネロはその背に向かって、
真上から更に斬撃を何発も撃ち降ろす。

続けて、引き戻したデビルブリンガーも再度打ち降ろす。

694: 2011/04/25(月) 22:42:45.72 ID:S4+FJVwLo

そして20発以上、斬撃と魔の手を交互に叩き込んだ後、
ネロは魔剣スパーダを天に掲げた。


するとその瞬間。


刃が一気に伸びては中ほどで『折れ』。
大きな大きな『鎌』へとその姿を変えた。


その長さは100m以上にもなるか。

そんな『大鎌』を手にしたネロが、
外皮が剥がされ尽くした神像の背中に着地し。

次に始まったのは解体ショー。


神像には成す術も無く、いや僅かな反撃行動も取る余裕も無かった。


白亜の体は瞬く間に解体されていく。


鎌を太ももに引っ掛けては足を刈り取り、

デビルブリンガーをハンマーのように打ち付けては叩き潰し。

肩口に引っ掛けては腕を刈り取り。

また交互に魔の手で叩き潰し。


そして首を刈り取り。



ネロ『―――オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!』



―――叩き潰す。



修羅の如く様相のネロがバラしていくその光景は、
まさに壮絶の一言であった。

695: 2011/04/25(月) 22:43:48.76 ID:S4+FJVwLo

アリウス『見せてくれ。もっとだ。もっと―――』

そんな一部始終を見下ろしながら、アリウスは満足げに。
更に先を促すようにそう言葉を発した。

その声に、
ネロは弾ける様に振り向いては見上げては。


ネロ『―――Wanna see?! Huh?!』


血走った目と、灼熱が篭った声を吐くと、
それと同時に大鎌は一瞬で元の形状に戻った。


ネロ『―――So―――』


そしてネロが柄を一旦大きく引き、
上空のアリウスへ向けて突きを放つ動作をしたその瞬間。


今度は、真っ直ぐに刃が伸び。



―――『槍状』に―――。



ネロ『―――Fucking take THIS!!!!!!』


アリウス『―――ッ』


刹那。

200m以上も離れたアリウスの、
その覇王の頭部が貫かれ消失した。



光に包まれた『魔槍』の切っ先によって。


696: 2011/04/25(月) 22:44:36.22 ID:S4+FJVwLo

今の状態の人間界ではなければ、
跡形も無く界ごと抹消してしまうであろう『一槍』。

魔界でも、これほどの力を放てば小さな位階が丸々一つ崩れてしまうかもしれない。

魔界最強の『破壊』の象徴たるに相応しい、その一撃は覇王の頭部を奪い、
そしてその器も力も一瞬で貫いた。


宙でぐらりと、糸が切れたようにバランスを崩す首無しの覇王の体。


ネロ『Si―――!!!』


その体を、ネロはデビルブリンガーで瞬時に掴んでは握り潰し、
そして『残りカス』をも地面に叩きつけた。

だが、その叩きつけたデビルブリンガーを引き戻す前に。


『―――そうだ。もっとだ』



真後ろから、調子の変わらないあの耳障りな声。

697: 2011/04/25(月) 22:45:11.67 ID:S4+FJVwLo

ネロ『―――ッ』


振り向くと僅か15m程すぐ先に。

この神像の亡骸の背の上に、
たった今この手で『頃したばかり』の、『確実に』頃したはずの―――。


覇王アリウスが立っていた。


アリウス『―――もう少しだが、まだ足りん』


何一つ変わらぬ姿で、いや。

『何一つ』という訳ではなかった。
一つ、変化していた箇所があった。

それはアリウスの左手の『紫の光刃』。


その『形』が―――。




―――『同じ』になっていた。





ネロ『―――んだ―――それは?』





ネロの左手にある魔剣と。


698: 2011/04/25(月) 22:46:45.59 ID:S4+FJVwLo

頃したはずなのに一切のダメージ無くまたこうして立っている事
それ『自体』については、ネロにとっては想定範囲内であった。

なぜかのスパーダは、覇王を『殺さず』に『封印』したのか。
それを考えれば、自ずと答えは出てくる。


魔帝と同じく、その規格外の特殊能力のせいで『頃しきれなかった』からだ。


具現の力の性質も、ここに来る前に研究してよく知っている。


具現は、創造のように『無』から『有』を作り出すことはできない。
他者の精神からの『模倣』しかできない。

つまり、その力の根幹は他の存在に依存しているのだ。
と、このような表現では具現は単に創造の下位互換である風にしか聞えないが、決してそんな事ではない

それどころかある面については、創造を遥かに凌ぐ有用性を持つ。

その最たるのが、



―――覇王の存在を『認識した者』が存在している限り、覇王は決して消滅はしない―――。


というもの。

他者の精神に巣くう力、それが行き着いた究極の能力だ。

スパーダや魔帝に比べたら存在の格は一段下にも関わらず、
魔界三神として同列視されていたのはこれが理由だ。

『存在を抹消できるかどうか』だけを見れば、
魔帝の創造以上に困難な能力なのだ。

699: 2011/04/25(月) 22:48:05.19 ID:S4+FJVwLo

だが、それは『存在を抹消できるかどうか』という点だけを見ればの話。

覇王の単純な力そのものを圧倒的な攻撃力でとことんねじ伏せれば、
再具現化する前に封印する事が出来る。

現に、かのスパーダが『前回』そうしたように。

そしてダンテ・バージル・ネロの三人で、魔帝の力をとことん削り落とした時のように。


しかし。

それは言い換えれば、力を削りきることができなかったら、
封印作業の時間猶予が無い、ということ。

その実例こそ。


ネロ『(―――!)』


今この状況だ。


あれだけの一撃を受けて氏んだにも関わらず、
覇王アリウスは『一切のラグ無く』瞬時に再具現化した。


しかも、肌に感じてわかる。


明らかに―――。


氏ぬ前よりも、力が『巨大化』している。


それもあの魔剣スパーダを同じ形の、
『紫の光刃』というその光景が物語る通り。



―――スパーダの血族の力で。


700: 2011/04/25(月) 22:50:25.40 ID:S4+FJVwLo

再び、めきりと。

ネロは己のこめかみ辺りから、
そんな音を聞いた感覚を覚えた。

それは。

彼の内で渦巻く力が、更に肥大化した『軋み』。



『人』としてのネロの心が、その力に圧迫される『警告音』―――。



善なる正義の心から生み出される、
怒り・憎しみ・殺意という負の感情。

それが、魔剣と彼の血の中から『スパーダの力』をとことん引き出し続ける。

上限が無い。
底が無い。

この絶大なる破壊の力は、果てなく肥大していく。


ダンテでも、この魔剣を完全解放したのは魔帝との一騎打ちの時だけ。
それ以降はほとんど手に取ろうとはせず、覚醒させることなど一度もしなかった。


ダンテは魔帝と戦った際に、その一度で知ってしまったからだ。


『スパーダの血』に『魔剣スパーダ』は非常に危険な組み合わせなのだと。

『血』にこの魔剣の『破壊』の力が結びついた時、その力は際限なく肥大し続けていくのを。
それこそ、最終的に制御が困難な規模まで。


この魔剣は、単純に使い手に絶大な力を与えるものではない。
リベリオンや閻魔刀とも全く本質が違う。


刃に秘められている『破壊』は、
『創造』や『具現』と同じある種の特殊能力なのだ。

そしてスパーダはある時、魔帝や覇王のようにその身に宿し続けることはせず、
『魔剣』という形でその力を己から切り離した。


前述のダンテと同じ理由で、だ。


力を生み出したスパーダ自身にとっても、
その身に宿し続けるのはあまりにも危険な能力であったのだ。

701: 2011/04/25(月) 22:51:27.93 ID:S4+FJVwLo

そして、その危険性については。

ネロ自身も自覚している。

あの日、父に突き立てられて受け入れたとき、
自然にこの魔剣から知った。


その危険性をも含めて、ネロは『主』となったのだ。


別に迷いはしなかった。


そんな行為は、その頃に始まったことではない。
昔からこうして力を求めてきた。

何の力でも、どんな力でも、どんな方法でも構わない。



とにかく大切なものを守り戦える力ならば―――と。



そしてそれは今も同じ。


ネロ『…………』

一瞬、驚きの色を浮かべたその顔も、
すぐに再び憤怒の色に元通りに。


そして魔剣を肩に乗せるようにしては、前に低く姿勢を落とし―――。

702: 2011/04/25(月) 22:52:23.35 ID:S4+FJVwLo

―――内からの『警告音』は無視だ。



祖父が、ダンテが『避けていた』から何だというのだ。



『俺』は『俺』だ。


誰のレールの跡もたどらない―――。



―――俺は俺の『やり方』でやる。




今の力で覇王の力を削り切れぬのなら、更なる力で叩き潰すだけだ。



だからそのための力を―――。



ネロ『―――Haaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!!』



―――もっと寄越せ。



ネロは前へと踏み出し。


更なる力をこめて、
アリウスへとその破壊の刃を振りぬいた。


703: 2011/04/25(月) 22:54:35.84 ID:S4+FJVwLo

それを受け止めるのは、『同じ形』をした紫の光剣。

耳を劈く激震と、眩い光。

二人は至近距離で刃を打ち合った。
双方とも一歩も引かずに。


打ち据えるたびに、お互いは己の芯が蠢くのを感じていた。


それは共鳴。

ネロの『スパーダの血』と『魔剣スパーダ』。

そしてアリウスの中の『スパーダの片割れ』。


その『三つ』の共鳴だ。


ネロがその血の真価を引き出せば引き出すほど。

魔剣スパーダが解き放たれるほど。
アリウスの中の『スパーダ』も『強引』に覚醒させられ巨大化していく。

一振りごとに、お互いの刃はその力を増していく。
同時に、その精神を圧迫する苦痛も。

704: 2011/04/25(月) 22:57:27.58 ID:S4+FJVwLo

しかし、ネロにとっては知ったことではない。
別段自暴自棄になっている訳でもない。

彼には絶対的な自信があったのだ。

いや、信じていた。


必ず勝てると。


皆の思いと心が願うこの戦争は、必ず。


必ず勝利する、と。


この世界を想う、大勢の人々の意志の強さを信じていた。



一方、アリウスの側でも―――。


アリウス『―――ッ―――くはッ!!!!』


打ち合いの中で時折漏らす、その苦悶の声も全て本物。

ネロと同じ事が今、アリウスの中でも起きており、
そしてネロと同じ苦痛をも味わっていた。

何一つ変わらぬこの絶大な苦痛をだ。

705: 2011/04/25(月) 22:58:49.27 ID:S4+FJVwLo

だが、これもアリウスが望んだ戦い。


爆発的な肥大の圧に耐え抜く。

人間の精神体が、最高圧最高純度のスパーダの力の噴火に耐える。
それも、このスパーダの孫よりも『長く』。


その先に、アリウスが求めている『答え』が待っている。


このまま共鳴しリンクし合い。そしてスパーダの『力達』がある臨界点を超え、
お互いの壁を破ってあふれ出した時。


一度放散したその力は、今度はより強い意志の元へと収束する。



一点へと。


その一点、そこの席に座れば、
このスパーダの力の全てを掌握した事になり。



―――『スパーダに勝つ』事となるのだ。


706: 2011/04/25(月) 23:01:02.74 ID:S4+FJVwLo

そしてアリウスは、
覇王の力で最後の一押しをする。


ネロの記憶の中から、彼の憤怒を更に荒げる起爆剤を引き釣り出す。

『ソレ』は。


アリウスが後方に軽く跳ねた直後、
彼が一瞬前までいた空間に出現した。


その存在の姿は『天使の騎士』―――。

片翼は広げ、もう片翼は左手に巻きついては『盾』になっており。

右手には『金色の大剣』。



ネロ『――――――』


当然、ネロは『ソレ』が『誰』なのかを一目で判別した。
胸の中の痛みと共に。


昔からキリエと己と『彼』の三人で、一緒に過ごしてきた『家族』であり。

己の剣と志の『最初の師』であり。


ただ理想のため、皆のためと純粋に願っていたその心を、
教皇に利用されては裏切られて、そして散った非業の善人で。


呪われし魔剣教団の気高き騎士団長で―――。


己にとって兄とも呼べる存在で―――。



今は亡き、キリエの実の兄―――。





ネロ『―――クレドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!』


707: 2011/04/25(月) 23:02:15.65 ID:S4+FJVwLo

ネロは思わず。
『何か』を一つでも考える余裕すらなく。

無意識の内に、彼の名を叫んでいた。
怒りの咆哮にも、悲しみの絶叫にも聞える声で。

次いで、瞬時に前に踏み出して。




―――『兄』を叩き斬った。




ネロ『―――』


横一閃に。

かつて失った、もう『一つ』の大切な存在の亡霊を、
己が心の中から払い除けるかのように。


そして、その返り血を浴びながら。



ネロ『―――オオオオオオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!』



天に向かってその奥底からの激情を吐き出した。
それはそれは余りにも悲しげで、絶望と怒りと苦悶に満ち満ちて―――。

この瞬間、彼の感情の爆発と同時に。
それに伴って彼の内なる力も『最後の噴火』を起こし。



アリウス『―――ウ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!』



共鳴するアリウスの内でも全く同じ現象が起こり。

この場を満たすスパーダの力は、遂に臨界点を超えた。



遂に―――だ。

708: 2011/04/25(月) 23:04:27.84 ID:S4+FJVwLo

瞬間。


ネロ「―――ッッ―――」

光が霧散するように解ける、ネロの魔人化。
今の今までの激情が嘘のように引いていくのを感じる中、
異形の右手も輝きを失い、デビルブリンガーの発現も無くなり。

そして同じく、後方に跳ねていたアリウスの体も。


アリウス「―――」


覇王のそれから人型へと戻り。
左手にあった、魔剣スパーダと同じ形の紫の光剣も霧散した。

次いでフォルトゥナの街も、神像も、破断されたクレドの遺体もすべて掻き消え、
周りが漆黒の平らな地面に変わり。

この場を揺らしていたあの壮絶激昂極まりない光景が嘘だったかのような、
一瞬の完全なる静寂。


ここに全てが静止した。



そんな中、ネロは気付く。



今の今まで左手に握っていたはずの―――。



ネロ「―――なっ……?!」



―――魔剣スパーダが『消えていた』事に。


そして目にする。


消えていた魔剣スパーダが、『出現』する瞬間を。





―――アリウスの左手に。


709: 2011/04/25(月) 23:05:24.86 ID:S4+FJVwLo

一体何がどうなったのか、
この瞬間で理解するには誰であっても無理であったろう。

当然ネロの思考も、混乱して今にも停止しそうなまでに陥っていた。

だが、何が起こったかは理解できなくとも。

アリウスが今、何を味わっているのかは容易に知ることが出来た。
彼の様子で一目瞭然だ。


顔は蒼白になって強張り。
目は血走り。

体は、かなり力んでいるように小刻みに震えており。

その内面では、
最早桁外れの規模と濃度になった『スパーダの力』が激しく蠢いていた。

アリウスはその怪物を、己の精神力と覇王の力で、
何とか懸命に押さえ込んでいたのだ。


そう、何が起こったのかはわからずとも、
そんなアリウスの様相はネロにとって。


ネロ「―――レッドクイーン!!!!」


好機と見えた。


魔人化できずとも、デビルブリンガーが出でずとも。

魔剣スパーダが無くとも、『刃』はまだある。

長年の戦いで魔剣化してしまっているその愛剣が、
ネロの声に応えて飛翔して来ては、彼が掲げた左手に収まる。


そして一気に距離を詰め、アリウスに一太刀―――。



―――浴びせようと下瞬間であった。

710: 2011/04/25(月) 23:07:08.16 ID:S4+FJVwLo

ネロ「―――ッ」


何が『来たのか』は『見えなかった』。


だが。


何が起きたのかは、今度はわかった。


レッドクイーンは、中ほどからへし折れていた。

宙を舞う、その白銀の刃の先端。


続けて。


ネロ「…………?!」


血が溢れ出した。
『いつのまにか』斜めに裂かれていた、胸の深い切れ目から。

そして『驚き』から『痛み』に感覚がシフトするよりも早く。


アリウスが気付かぬ間に、
目の前にいた。


ネロ「がッ―――!!」


右手で、ネロの喉元を掴み挙げながら―――。



711: 2011/04/25(月) 23:08:16.04 ID:S4+FJVwLo

ネロ「ごッ…………ぐ……あ……」


次いでアリウスは、
血を吐くネロの顔を覗き込んでは。


アリウス『……残る……は……お前の魂だ』


搾り出すように、苦しげに。
己自身に向け確認しているかのように、一言一言。


アリウス『……「定着」……に……必要だ』


そう言葉を放ち、そして。



アリウス『―――寄越せ』



左手の魔剣を大きく引き、ネロへ向けて―――。



その瞬間だった。


突如、アリウスの背に二つの光の刃が激突してきた。
『金色の斬撃』が。


その放たれた方向に、ネロは見た。

アリウス越しに彼の斜め後方、100m程の所に―――。



―――両手に曲刀を握る、赤毛の少女が立っていたのを。



712: 2011/04/25(月) 23:10:24.16 ID:S4+FJVwLo

その時、ネロは彼女に何も『してあげられなかった』。


大丈夫か、とも。

ここから離れろ、とも。

そう声をかけてやることはできなかった。
いや、出来たとしても彼女は逃れられなかったであろうが。

『この状態』のアリウスからは、絶対に―――。


アリウスは、即座に彼女を『排除』した。


振り向きもせず、その右手からネロを話もせず、
そもそもそこから一歩も動かずに。

顔色一つ変えずに、まるで気付いてもいないかのように。


アリウスの背から放たれた赤黒い光の矢。

ルシアにとっても見えもしなかったのだろう、
彼女は一切の回避行動も取れずに、それに胸を射抜かれた。

そしてどさりと。

その場に倒れた。

糸が切れた操り人形のように。


ネロ「(―――ル―――シア!!!!!!!!)」



あっけなく。



しかし。



―――その数秒後だった。



不意にアリウスの表情が曇ったのは。

今の今までの苦痛の色ではなく、『疑問の色』に。


713: 2011/04/25(月) 23:12:35.90 ID:S4+FJVwLo

ネロ「―――?」

次いでアリウスは。

ネロを足元に振り落としては、
ルシアの方向に振り向き、空いたその右手を突き出した。

すると、ルシアの体が磁石に引き付けられるかのように飛翔し。
その右手に首をつかまれる形で収まった。


そしてアリウスは、ルシアの血に塗れた顔を覗き込んでは。


アリウス『……何を…………した?!!何……を?!』


同じく苦しそうに途切れ途切れだが、
先とは違い食いつくような勢いでそう言葉を放つ。




ルシア『2000年の……後に現れる……暗き血の絆に導かれし狩人……』



それに対し、ルシアは小さく笑いながら。
虚ろながらも確かな調子で。




ルシア『……そして……許されざる護り手を待て……』


そう口にした。

その言葉が何なのかは、
アリウスも地面に倒れこんでいるネロも知っていた。

かつてスパーダが『狩人への道標』と共に残した、


『覇王に纏わる予言』とされている言葉だ。



そう、『予言』だ。

714: 2011/04/25(月) 23:14:49.31 ID:S4+FJVwLo

そしてルシアは、満足げで穏やかな笑みを浮かべたまま。


ルシア『―――覚えてますよね?』


そう、言葉を続けた。



ルシア『私を……「何のため」に作ったか―――』



アリウス『―――』



―――『何』をするために『χ』作ったか―――。



イギリスのウィンザーであの日。



ルシア『あの日……私が何をしたか……―――』



アリウス『―――……まさ……か……』





『χ』を使って『何』をした?





―――『χ』を通して、何に『干渉』した―――?



715: 2011/04/25(月) 23:19:10.05 ID:S4+FJVwLo


χが作られた経緯と、スパーダの血に纏わるこの状況と。


そして、『許されざる護り手』と『暗き血の絆』という予言の内容。


それらが『暗示する事』を前に、アリウスの顔が遂に硬直した。


今まで、生涯一度も『止まる』ことがなかったその思考が、
ここに『停止』したのだ。


そんな彼に向け、
ルシアはいかにもわざとらしく小首を傾げては、


非の打ち所のない最高の笑顔で。





ルシア『――――――――――――「お父さん」?』




そう呼んだ。

これ以上無いほどにたっぷりと『皮肉』を混めて。

次の瞬間。


アリウスの体から、オレンジ色の光が漏れ出した。




アリウス『…………こ…………の―――!!!!!!!!!!』




アリウス自身の『最高傑作』の強烈な一撃によって、かき乱された覇王の力。




そこから連鎖して今、彼の内にて―――。





―――『全ての崩壊』が始まった。





―――

731: 2011/05/07(土) 23:44:59.01 ID:8tI4DUueo

―――

とある倉庫の中にて。

白井黒子は一服つくように、
壁際にて深く息を吐きながら。

血と鼻を突く医療薬品の匂が充満している、薄暗い倉庫の中を見回しながら。

米軍の衛生兵と先ほど合流してきた黒髪の少女と共に、
負傷者の手当てを一通り済ませたところだ。

先ほどまでここは慌ただしい空気に包まれていたが、
ある程度済んだ今は穏やかになりつつある。

その反動か、手伝わされた無傷の民間人達は呆然と、
グッタリとしながら座り込んでおり。

中には限界に達したのか咽び泣いている者も。


一方で兵士達は数人が半開きの扉のところで外を警戒。

その他は倉庫の中にて、タバコを噴かして一服、装備をチェック、
負傷した兵のところを周ってはバカな掛け合いを交わす等々、この状況でも
それぞれが慣れた風に各々のペースを保っていた。


衛生兵はついさっき腕が飛んだ兵の傍にて、
別の兵士と何かを話しており。

その負傷した兵士を挟んだ反対側の位置には、
屈み込んでは心配そうな面持ちの佐天。

そんな佐天の背後にて、手についた血を自分の戦闘服に拭っている黒髪の少女。

そして御坂は倉庫の奥で、米特殊部隊のリーダーと何やら話し込んでいた。

732: 2011/05/07(土) 23:48:12.60 ID:8tI4DUueo

そんな場の空気に従うように、
黒子の精神も徐々に落ち着いて来る中。

黒子「……痛……」

それに比例して思い出したように強まってくる痛み。

包帯でまとめて固定した、己が左手の薬指と小指からだ。
そこを発信源として、脈に合わせて激痛がリズムを刻んでいる。

その左手先に視線を落としながら、
壁に背を向けて寄りかかろうとすると。

黒子「…………」

腰辺りで何かがつっかえた。

それが何なのかは、
確認しなくても瞬時に思い出すことが出来た。

ここに来る際に、
とりあえずとベルトに無造作に差したあの大きな杭だ。

黒子「……」

右手で杭を抜き取り、改めて壁に寄りかかりながら、
黒子はその右手の物体に視線を向けた。

733: 2011/05/07(土) 23:52:59.14 ID:8tI4DUueo

今の今までは投擲用ナイフで充分戦えてたし、
ギリギリの総力戦となった先でも、御坂の登場で結局使わずじまい。

逆にここまで来てしまったら、
むしろこのまま使わないで戦いが終わってしまう気がする。

いや、それ以前に自分が使っても、劇的に何かが変わりそうにも思えない。

この杭での戦い方はどうなるかと言えば、

手に持ってテレポートしながら刺す。
テレポートで飛ばして刺す。

今までと何一つ変わらない。
その程度だ。

なんともパッとしない使い方だろうか。

宝の持ち腐れとは、正にこのような事を言うのだろう。

黒子「…………」

自分にはもったいない、と感じてしまう。

レディが口にした値からも、相当な代物だという事がわかる。
この一本で、御坂が全財産叩いて買ったあの『弾薬袋』の数十倍もの値なのだ。

果たして、自分程度の者がそんな超良質な道具の効果を100%引き出せるかどうか。
その自問に対しては、黒子は首を横に振って即答する。

御坂と『同じ』になれてたらこの手で扱えてたかもしれないが、
戦士にはなれない、というのがはっきりと突きつけられてしまった以上、それも無い。

この素晴らしき武器は、『戦士になり損なった』黒子には身に余る一品であった。

黒子「…………」

そうやって黒子は暫しの間、遠い目で杭を眺めた後。
切り替える様にスッと視線を上げては、杭を腰のベルトに差し込んだ。
帰れたらレディさんに返そう、と静かに思いながら。

と、その視線を上げた先にはちょうど。


御坂「黒子~、ちょっと来て」

手招きしてこちらを呼ぶ御坂の姿があった。

734: 2011/05/07(土) 23:54:15.88 ID:8tI4DUueo

その頃倉庫の別の一角では、

佐天がジッと睨むようにして見つめていた。
何やら会話している衛生兵達を。

腕を失った兵士の傍らにて屈みながら。
この兵士の容態は一体どうなのか、がとにかく知りたいのだ。

一通りの処置は終わったようだが、兵士はぐったりして気を失っているよう。

顔色も蝋人形のように蒼白で、
僅かな胸の上下だけがまだ生きていることを辛うじて伝えてくれている状態なのだ。

佐天「あ、あの!」

そしてたまらず、我慢の限界とばかりに声を飛ばした。

佐天「えっと……あっ……」

が、今度は言語の壁に焦り。

佐天「……あー、ヒー、イズ、オーケー?グッド?」

中々しっかりとした文が浮かんでこず、
口から出てくるのは簡素過ぎる英語のみ。

衛生兵は苦笑しては肩を竦めつつも、
何やら答えてくれてはいるもやはり聞き取れず。

とその時、背後から。

「とりあえずは大丈夫」

そう、簡単に意訳してくれた声があった。

735: 2011/05/07(土) 23:56:14.68 ID:8tI4DUueo

先ほど黒子に連れられ御坂と共にここに来た、
あの黒髪の少女の声だった。

黒子と同じ『感じ』の服を着込んでいることからも、
佐天の目からでも仲間だということはわかる。

佐天「!」

その無表情な彼女は、
血に塗れた手を太ももに拭いながら。

「かなり危なかったけど、一応安定してるよ。今は」

佐天の横に歩いてきてはぶっきら棒な声色で続ける。

佐天「本当!?本当に!?」

「うん」

佐天「―――はっ……良かった…………」

佐天はそう、答えを再度確認をしては、
その場にへたり込んで大きく息を漏らし。

小さく安堵の笑みを浮かべた。

「……」

そんな佐天を、黒髪の少女は立ったまま黙って眺めていた。
特に表情に変化を見せぬまま。

血塗れた私服姿の佐天を。
そして10秒程経った後、再び口を開いた

「ところであんた何者?ここの日系人じゃないくさいし?ウチのメンバーでもないし」

これまた無愛想な声色で。


736: 2011/05/07(土) 23:58:58.03 ID:8tI4DUueo

そんな冷ややかな空気の問いに、
佐天は彼女を見上げては、

佐天「あ……さ、佐天涙子です。柵川中学一年の……」

一泊置いて落ち着いて答えた。

「柵川中学って、もしかして学園都市の柵中?」

その答えに、黒髪の少女はピクリと眉を動かした。
ちなみにこれが、佐天が初めて見た彼女の表情変化であった。

佐天「はい」

「……」

佐天「……」

そして再びの暫しの沈黙の後。


「…………何してんのこんな所で」


その問いには、佐天は答えられる言葉を持ち合わせてはいなかった。

佐天「何…………してるんでしょうね私……」

苦笑いしながらそう、佐天涙子は口にした。
真っ赤な己の両手に視線を移しながら。


巻き込まれて巻き込まれて、
無我夢中でよくわからぬままここに至るのだ。

何をしてるか、なんてものは佐天自身わからなかった。


『何のため』に、は一応答えられるが。

737: 2011/05/08(日) 00:00:48.24 ID:+UusfXoNo

そう己の両手に視線をおとした佐天を見て、
黒髪の少女はいきなり屈んでは。

床に散らばっている医療類の中から、
ウェットティッシュに似た傷口洗浄用のシートを一枚。

「ん」

取り出しては佐天に差し出した。

佐天「あ……ありがとうございます」

「あとその服はもう諦め。そこまで染まったら落ちないよ」

佐天「…………」

軽く会釈してはそのシートを受け取り、手を拭く佐天。
そんな彼女に向け、少女は相変わらずぶっきら棒に口を開く。

「ねえ。レールガン達とプライベートで面識あるの?」

佐天「?」

「名前で呼んでるから」

佐天「……はい。いつも良くして貰ってます」

「友達?」

その問いには。

佐天「はい」

佐天は即答した。
当たり前のように、しっかりとした声で。

738: 2011/05/08(日) 00:03:28.20 ID:+UusfXoNo

「…………」

そして再度の沈黙の後。


「実は私も元柵中でね」


ボソりと、少女が独り言のように言葉を紡ぎ始めた。

「二年の夏に……色々あって転校したけど。まあそれで、その頃からの友達が私にもいたよ」

佐天「……」

佐天は敏感に気付いていた。
『友達がいた』、そう彼女が過去形で表現した事に。

「そいつも一緒に転校してね、んで学校だけじゃなく『本業』の方でも同じチームでさ」

佐天「……」

「どこでどんな仕事をするにも常にペアで、この大作戦でも『同じチーム』に配置」

佐天「……」

「そしてこんなところまで一緒に来たくらいの、腐れ縁な友達」

佐天「…………」

常に一緒、常にペア、
そう口にする今の彼女は『一人』であった事にも。

佐天はその点を聞こうとはしなかった。
わかってしまったような気がするから。

その先は聞くべきことではない、と悟ったから。

739: 2011/05/08(日) 00:05:18.17 ID:+UusfXoNo

御坂「Whiskey 5 さん!ちょっと来て!」

とその時、倉庫の奥から響いてくる御坂の声。

その言葉を耳にして。


「ん、終わり」


少女は立ち上がりながら、そう締めた。

無表情だった顔にニコリと笑みを浮かべて。

形は完璧だが温もりの無い、いや、以前はあったのに今は枯れてしまっているような、
そんな乾燥しきった笑みを。

そして『終わり』という単語の中にある意図も佐天は悟った。

この『会話』ひとまずの終わりと。
いつも一緒だったとある二人の『物語』が終わった、という二重の意味を含んでいた事を。

佐天「あの……!」

そこで佐天は、跳ね上がるように立ち上がっては。

佐天「……ルシアって女の子のこと、何か知ってませんか?」

今度はこちら側からの『友達のこと』を、少女の背中に投げかけた。

「るしあ?」

黒髪の少女は半身振り返っては、語尾を上げた疑問系でルシアの名を繰り返し。

佐天「赤毛でちっちゃくて綺麗な女の子で……この島に来てから何か、聞いてませんか?」

「さあ。私は何も」

そう、元のぶっきら棒な調子に戻った声で答えては。
クイッと、向こうの御坂のほうに首を傾けて。

「レールガンに聞いてみれば」

そう言い、着いてくるよう促した。

佐天「……はい」

740: 2011/05/08(日) 00:07:46.68 ID:+UusfXoNo

米特殊部隊のリーダー、御坂、黒子、その輪に黒髪の少女が合流し、
佐天はやや外れるように後ろに。

次いでリーダーが口笛を鳴らした後、

「少尉。ドク」

そう彼らに向け指で来るよう指示しながら呼びかけ。

「現在の状況と今後の件を確認したい」

そして彼らが輪に加わった所で、リーダーが皆に向けそう本題を切り出した。
(当然佐天だけは、言葉の壁でまるっきり理解していなかったが)

「まず負傷者の状況は?」

「他は二、三日は耐えられるでしょうが、」

リーダーの言葉に、
まずドクと呼ばれている衛生兵が口を開いた。

「『奴』はもって2時間です。早急に手術可能な施設に運ぶ必要が」

腕を失った隊員の方を、
人差し指と中指の2本で手刀を入れるような仕草で指しながら。

「島外への通信が回復できれば、本土から救護機を。片道40分といったところですね」

そこで少尉が口を開いたが。


御坂「この通信状態は、私達が扱ってる件が終息しないと回復しないと思うわよ」


「……と言うと?」

御坂「『敵の大ボス』がこの状況を作り出してるらしくて」

741: 2011/05/08(日) 00:11:43.70 ID:+UusfXoNo

黒子「それにそもそも、島外の通信が回復できたからといって、外部からどうにかできるとは思えませんの」

とそこで黒子も更に付け加え。

「私達を運んだ超音速機、結局一機も離脱できなかったし。無理に決行すれば無駄な犠牲と物資の損失を招くだけ」

黒髪の少女も後に続いた。


御坂「つまりどの道、私達の仕事が何らかの決着を見せない限りどうしようも無いの」


「……では、その決着が着くまでの時間は?」


御坂「恐らく、あと10分もしない内に」


その言葉で一同が暫し押し黙った。

そして沈黙の中でより際立つ、
倉庫の外、彼方からの凄まじい地響きと重苦しい威圧感。

御坂の言葉を裏付けるかのような戦囃子。

「……当然、お前達にとって『成功』と呼べるような結果でなければ、我々にとっても状況は好転しないのだな?」

そんな沈黙の後、再び話を切り出したのはリーダー。


御坂「もちろん」


それに対し御坂は一言、そう即答した。


742: 2011/05/08(日) 00:20:14.58 ID:+UusfXoNo

それ以上、リーダーはこの件については聞こうとはしなかった。
結果の見込みはどうか、などを聞く意味は無いと判断したのだ。

「そうか……では、」

数秒ほど思索混じりの間をおいた後、リーダーが話を切り替えかけたその時。

御坂「―――」

突如御坂が扉の方へと勢い良く振り向いた。
全身から、微弱な電気が大気に走る音を鳴らしながら。

その只ならぬ空気を周囲の者達は即座に読み取とり。

黒子は佐天の前に移動し、
やや乱暴だが仕方の無い動作で彼女を床に伏せさせ。

リーダーは肩にかけていたアサルトライフルを手に取りながら口笛を鳴らす。
それを合図に、隊員達が弾けるように動き出しては即座にそれぞれの位置に。

そして張り詰めた静寂の中。

御坂「…………100m。こっちに近づいてるわよ」

皆が息を頃し、外の気配を暫し伺っていると。


突如その屋外から声が響いてきた。



「―――Charlie 4ォ!!どこにいやがンだ!!?Charlie 4ォォォ!!!」


最高にイラついているとわかる、乱暴な女の声が。

御坂「……………………ウチのメンバーみたいね」

そんな声を聞き、御坂は肩を竦めながらそう口にした。


聞えてきた声のイントネーションに『既聴感』と言うべきなのか、
どこかで耳にしていたような感覚を覚えながら。

743: 2011/05/08(日) 00:23:13.89 ID:+UusfXoNo

「私が出るから続きしといて」

黒髪の少女がそう口にして、扉の隙間から能力を使って一瞬で飛び出して行き。
そして再び各々の位置に戻り、それぞれやっていたことを再開した。

「では……我々はとにかく待機するしかないんだな?」

黒子「ですの」

御坂「各チームからの負傷者も今ここに向かってきてるだろうから、現状ではここに留まるべきね」

黒子「ここはかなり頑丈ですし、合流してくるメンバーで戦力も増強可能ですの」

「お前達と同じ能力者か。それは頼もしいな」

「姪っ子と同じくれぇの子達頼みとは、全く我々も情けないもんですね」

黒子「いえ、経験的にはそちらの方が豊かだと思いますので、お互い様ですの」

「私達って単純な戦闘能力は高いけど、戦術に関してはぶっちゃけ凡人だし」

黒子「それに皆満身創痍のはずですので、あまりご期待なさらぬよう」

と、その時。

先ほどの怒号を撒き散らしていた声の主が、
黒髪の少女に連れられて倉庫の中に入ってきた。


その主はかなり小柄な、前髪を揃えた黒髪の少女であった。


黒子達と同じ戦闘服を着ているが、
黒いパーカーを袖を通さずにフードのみ被って羽織っており。

腰から背中にかけて、一見するとバックパックにも見える『何か』を装着していた。
良く観察すると、折り畳まれた『棒』のような物体がいくつもついている何らかの機械の類に見える。

そして、フードの下の顔は。

先ほどの黒子の言葉を裏付けるかのように、右半分が真っ赤に染まっていた。

頬や額周りなどは、血塗れているだけで特に裂傷等は見当たらないため、
どうやら右目自体から出血しているようであった。

744: 2011/05/08(日) 00:25:20.80 ID:+UusfXoNo

「ドク。看てやれ」

「了解」

と、そこでフードの少女は、
その駆け寄った衛生兵をひとまず目で制止して。

息荒く、苦悶とイラつきの混じった唸り声を漏らしながら、
は御坂達の方へと歩んで来。

「……Charlie 4?」

黒子「わたくしですの」

「Juliett 4……合流しに来た」

黒子「了解。Juliett 4が合流」

そう形式的な会話を済ませた後、
その場にどかりと座り込んだ。

「……あァ゛……糞痛ェ……見えねェ」

そして衛生兵の処置を受けながら、そうブツブツと愚痴る。

「畜生……眼も全換装しとくンだった……」

御坂「………………」

御坂にとって『なぜか』、
やけに癇に障るイントネーションで。

745: 2011/05/08(日) 00:28:24.31 ID:+UusfXoNo

「私はWhiskey 5」

と、そこで黒髪の少女が自己紹介したのに続き、

御坂「あ、私は」

そのイントネーションに対する感覚は一旦おいておき、
己も名乗ろうとしたが。


「知ってるよ……レールガン、『オリジナル』様だろ」


フードの少女はボソリと、端正な顔を顰めつつそう返答した。
脂汗と血を滲ませながら。

御坂「―――……」

その返事は、特に煽っているつもりでもなく普通に答えたものであろう。

だがその言葉と言い方は、
御坂の激情に火を容易に付けてしまう類のもの。

少し前の御坂ならば、
嫌悪感や怒りを露にしていただろう。


だが『今の御坂』は表情をほとんど変えぬまま。

御坂「そう」

そう返答しただけであった。


隣にいた黒子でさえ、その芯が太くなった御坂には
特に違和感を抱くことは出来なかった。


黒子「……」

このフードの少女が口にした『オリジナル』という言葉が、
やけに頭に引っかかってはいたが。

746: 2011/05/08(日) 00:31:17.41 ID:+UusfXoNo

「……なァ、ところでどォなってンだよ。AIMストーカーの通信網ダウンしてンぞ」


御坂「…………あ~」

黒子「……そういえば、その件も問題ですの」

御坂「土御門の話だと、メインの作業でもAIMストーカーの網が必要らしいのよ」

「各ランドマーク掘り抜きの件だね」

御坂「そう。それで、とりあえずこのAIMストーカーの件は私に任せて」

黒子「と言いますと、お姉さまはここに残らないので?」


御坂「ええ。矢面に立つために私は来たんだしね」


肩にかけていた大砲を手にして強調するように、
杖の如く床を叩き。


御坂「レベル5が動かないでどうするのよ」


「はッ、レベル5ったってたかが『電撃姫』だろ。AIMストーカーの力にゃ干渉できやしねェよ」

とそこで、床にあぐらをかいているフードの少女が、
今度は挑発的な口調で言葉を放ったが。

それに乗るように。


御坂「―――私は『オリジナル』ですから」


御坂もやや煽るような口調でそう返した。

747: 2011/05/08(日) 00:32:14.59 ID:+UusfXoNo

黒子「(また『オリジナル』……?)


「……あァ、そォ」

そしてその言葉で、何かを納得したように呟くフードの少女と。

「確か並列化してるっていうあの……アレに今も繋がってるの?」

そう問う黒髪の少女。

御坂「音声通信だけだけどね。色々策を考えてるのよ」

それに対し、御坂は耳の受信機を指先で軽く叩きながらそんな風に答えた。


黒子「(繋がってる?並列化?)」

それらの会話を黙って聞いていた黒子の脳内では、
悶々と数々のワードと疑問が渦巻くが。

だが、ここの場で黒子は何かを問おうとはしなかった。

今の御坂が感情を制御する忍耐を持っている一方で、
黒子の精神もそれなりに基盤が固くなったのだ。

場をわきまえずに、
個人的な事をこれ以上出すほど幼稚ではない。


御坂の邪魔は決してしてはならないのだ。

黒子「……」

黒子は黙って飲み込んだ。
その蟠りを。

748: 2011/05/08(日) 00:34:29.85 ID:+UusfXoNo

佐天「あの!御坂さん!」

そこで会話の中に生じた間を見計らって、
佐天が後ろの方にて声を挙げた。

御坂「ん?」

佐天「ルシアちゃんのことで……何か聞いてませんか?」

御坂「ルシアちゃん……私が最後に見たのは、アリウスと戦ってる所が……かな」

佐天「それでどうなったんですか?」

御坂「さあ……その後の事は……」

佐天「……そう……ですか」

御坂「情報集めてみるから、何か―――」

とその時。

再び御坂の表情が一変した。

だが、今回は周りの者が警戒位置に着くようなことは無かった。

先ほどのような『警戒態勢』ではなく、
何かを注意して聴いているような仕草だったからだ。

耳の受信機を指で軽く押さえ、ピクリと目を鋭く細めて。

黒子「……どういt」

そして周りの者達が訝しげな表情で伺っていたところ。


御坂「―――ごめん!行って来る!!」


御坂は突如そう声を挙げ、電撃を迸らせては扉の方へと跳ね飛び。


御坂「黒子―――」


と、そこで彼女は一瞬振り向き、黒子に向けて。

749: 2011/05/08(日) 00:35:17.18 ID:+UusfXoNo

黒子「―――?」

黒子が何を思ってるか。
黒子が何を感じているかは。


御坂「―――帰ったらちゃんと話すから!」


黒子「―――」

お姉さまはやはりお見通しであった。

御坂美琴はその言葉を残し、扉の隙間から飛び出て行った。

黒子「……ふふ、ええ、お待ちしておりますの」

その消えていった姿に向け、
黒子はそう言葉を向けた。

小さく、呆れがちにも見える笑みを浮かべながら。

とそんな黒子に向けフードの少女が口を開いた。
眼帯状に包帯が巻かれてある右目を押さえながら。


「………………もしかしておたくら、レOってンの?」


黒子「いえ。わたくし側だけですの」

750: 2011/05/08(日) 00:36:51.52 ID:+UusfXoNo

「百合って良いよね。私はその気は無いけど。良いよね。良い」

そして黒子の返答と、肯定的な黒髪の少女の言葉に。

「…………げェ」

舌を出してそんな呻きを漏らした。

とその時。

戻ってきたのか、
扉の向こう側から飛び出したばかりの御坂がひょっこり顔を出し。


御坂「―――黒子!やっぱあんたも来なさい!」


黒子「……は?……はい?いえ、しかし……」

御坂「命令よ!『Charlie 4』!」

ずる賢そうな笑みで、
そう強引に同行するよう命を放ち。

黒子「……りょ、了解ですの!」


御坂「Whiskey 5!Juliett 4!ここを任せたわよ!」


「了解」

「チッ……了ォ解」

黒髪の少女とフードの少女にこの場を任せ、
そして米特殊部隊のリーダーと目配せしては軽く頷き。


佐天と目を合わせて。


御坂「大丈夫。きっと大丈夫だから」


そう彼女に声を投げかけては今度こそ、この倉庫から離れていった。
『後ろの定位置』に白井黒子を従えて。

―――

751: 2011/05/08(日) 00:37:21.84 ID:+UusfXoNo
今日はここまでです。
次は月曜か火曜に。

752: 2011/05/08(日) 00:55:45.61 ID:4duxGPkh0
1乙

753: 2011/05/08(日) 01:12:16.71 ID:4blx0oo/0


 次回へ続く:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その27】


引用: ダンテ「学園都市か」【MISSION 07】