759: 2011/05/11(水) 01:52:29.32 ID:oWfNi2Njo


最初から読む:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」

前回:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その26】

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 ―――

空から差し込む、柔らかく穏やかな陽光。
その下に広がる荒れ狂う『影の大海』。

そんな矛盾した退廃的な情景が、
とある一棟のビルの周りに広がっていた。

『黒豹』が生み出す『影の波』は無数の刃となり槍となり、
何もかもを穿ち破壊していく。

その合間を軽やかに縫っていく清きの光、『白狼』。

ここでは今、彼ら二柱の圧倒的な力がぶつかり合っていた。

そしてこのせめぎ合いは傍から見れば互角に映るだろうが、
(この速度を判別できたらの話だが)、
実際はそうでもなかった。

攻撃のみに専念すれば良いのと、
攻撃と防御両方を意識するのとでは、難度がまったく違うのも当然。

土御門『―――……』

その『不利な後者』である白狼、土御門は、
影の鉄壁防御を破る策を未だ見出せずにいた。
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760: 2011/05/11(水) 01:54:16.37 ID:oWfNi2Njo
もしかすると、あの影の防御には弱点が無いのだろうか。

正真正銘の『絶対なる鉄壁』なのか。

いや。

絶対などというものなど、あるわけが無い。

この黒豹よりも遥かに強大であろうスパーダの力だって、
かつて魔帝を頃しきれなかったという事実が『絶対』では無いと裏付けている。

そしてその要因である魔帝の『創造』の力だって、
無数の次元を隔てた程に格下も格下である『小物』、上条当麻が持つ幻想頃しで崩壊。

そんな幻想頃しも、純なる力の塊の前には役立たず同然。

つまり『例外が一つもない絶対』なんて物は存在しない。
『万能完全無欠』なんて存在は実在しないのだ。

魔帝やスパーダ等、そんな天辺の領域でも完全なる『絶対』ではないのだから。

そうくればこの黒豹の鉄壁だって―――とは言えるものの、
その弱点を見つけられなければ意味が無いが。


土御門『―――チッ』


影で形成された槍や刃、そして大きな手を掻い潜りながら、
慈母神の御業『筆しらべ』を繰り出すも悉く『否定』。

黒豹の影はこちらの攻撃をまったく受け付けない。

様々な角度、方向、タイミングで多種多様な筆しらべを放ったが、
どれも効果は無い。

弱点に繋がる情報は依然、ただの1つも掴めていなかった。

761: 2011/05/11(水) 01:55:34.11 ID:oWfNi2Njo

『目』には、黒豹の一挙一動のたびに多種多様な情報が映る。

だが肝心の所でどうしても認識が及ばず、理解することができない。
わかるのは上辺だけで、
その中身が全く判別できない。

なんとか認識できた情報も断片化されたままで、その先へと思考が繋がらない。

慈母の力に土御門元春の精神が追いついていなかったのだ。

慈母自身からすれば、
目に見えて求めている答えが映っているのかもしれない。

かの忠行からの賀茂家三代や、
安倍晴明のような超伝説的な陰陽師ならば、容易に慈母の認識を汲み取る事ができただろう。

専門外といえでも、
オッレルスのような本物の天才にはあちこちにヒントが見えるのかもしれない。

だが、土御門は違う―――彼らとは違う。

土御門にはまだ見えなかった。

土御門『(何か、何かを。何でもいいから何かを見つけろ)』

とにかく何でもいいから、
『思考に繋げられるレベル』の簡単な情報を見出さねばならない。


思考の着火点たる『きっかけ』さえ手に入れられれば、
鈍足であろうとも思考は先に進むのだから。

762: 2011/05/11(水) 01:56:43.01 ID:oWfNi2Njo

とは言うものの、この攻防の中で、
『攻防以外』に意識を向けるのも実際はかなり厳しい。

こちらのテンポを把握しつつあるのだろう、
黒豹の攻撃パターンは徐々に厳しいものになりつつあり、回避することが難しくなってきている。

影の槍や刃が毛先を掠る頻度も増えつつあり、
切断された白毛がダイヤモンドダストのように煌きながら中を舞っていく。

土御門『―――ッ!』

そして遂に『追いつかれる』。

僅かな反応の遅れによって、
槍の切っ先が白狼の腰上辺を切り裂いていく。

ただ、見た目は掠り傷程度であり瞬時に再生。

だがそんな見た目からは全く想像がつかない、
まるで骨まで抉られたような激痛がしつこく残留する。

だが白狼は、唸り声の1つも漏らさなかった。
いや、漏らす暇が無かったと言った方が良いか。

その直後、ずるりと黒豹の胴が斜め上に延びては。
間髪入れずに、その先端の上半身が白狼めがけて急降下。


そして白狼まで30m、この速度では紙一枚分にも満たない距離の所で、
黒豹の上半身が一気に『広がった』。


さながら一瞬で上方が黒く塗り潰された、
巨大なカーテンが出現したかのような光景―――

763: 2011/05/11(水) 01:57:53.14 ID:oWfNi2Njo

その『カーテン』はカーテンでも、白狼にふわりと覆いかぶさるなんて事はなかった。

白狼が四肢を駆使して、瞬時に後方に跳ね飛んだ直後、
影のカーテンは大地に激突した。

全体が刃となり槌となり、地面にめり込んでは半径50m程を一気に抉り取る。

いや、抉り取るという表現は語弊があるだろう。
少なくとも抉り取るという言葉から感じられる、物質間の『摩擦』は一切無かったのだから。

振動も轟音も、衝撃波も無い。

大地に穿たれた大穴、
一瞬前までその空間を埋めていた『抉られた分』はどこにも無い。

瓦礫となって爆散したのでも、瞬間的な圧力で蒸発したのでもない。

布で覆って物を消す手品のように、文字通り消失していた。

土御門『(……なっ……)』

アレは危険だ。

そう、この身に授かっている慈母の力も警鐘を鳴らす。

先ほど鏡で防いだ突撃といい、
黒豹本体から繰り出される攻撃はやはり次元が違う。

周りの無数の影の槍や手とは、破壊の質がかけ離れており、
その瞬間的な力の量は、慈母から授かっているこの力をも上回っている程だ。

ただこの点は、別の見方をすれば好ましいことでもある。

存在の基礎となる『本体』がある、
もしくはそれに類する『中心点』があるということなのだ。

そこを潰しさえすればこの黒豹だって氏ぬか戦闘不能に陥るであろうし、なによりもそこに。


アリウスが隠した―――『制御基盤の核』もあるはずなのだから。


764: 2011/05/11(水) 01:58:39.02 ID:oWfNi2Njo

土御門『―――』


と、ここで土御門はふと大事な事に気付いた。

黒豹の上半身は、カーテン状に形を変え大地にめり込み、
そして周囲の影に溶け込んだ。

境などまるっきりわからない。

そして下半身も、同じく周囲の影に。


―――となるとその『本体』は今、どこにいる?


その点に思考が至ったのと同じくして、白狼の真後ろ僅か4m。
そこに地面に落ちている影の中から出現した。


土御門『(―――しまっ!)』


黒豹が。

ずるりと巨体の上半身を出現させ、そのまま猛烈な勢いで体当たり。
先と同じく全身を刃にしての。

即座に白狼も回避行動に移るも、
不意打であるため接触を免れることはできず。

背にあった鏡が間に入ったものの、
その白き獣体は弾き飛ばされてしまった。

765: 2011/05/11(水) 01:59:37.27 ID:oWfNi2Njo

その光景は、白い光線が放たれたようなものであった。

光を纏う白狼の体は凄まじい勢いで吹っ飛んだが、そのまま地面に叩きつけられることは無く、
四肢を踏ん張っての強硬着陸などもしなかった。

筆しらべの『風神・疾風』で風を操っては体性を建て直し、
シルビア達がいるビルから100m程の地に、身を翻して軽やかに着地―――

土御門『……くっ……』

―――までは決まったが着地した途端、後ろ足の一本がもつれてしまった。

鏡があったおかげで刃で抉られることはなかったものの。
先ほどは受け流したが、今回は衝撃をストレートに受けてしまっていたのだ。

鏡が押し付けられた腰から背中にかけて触覚が『怪しい』。

いやそれどころか、実感している以上にダメージを受けていた。
慈母の効果で苦痛の類の『主張』がかなり抑えられているのであって、実際は満身創痍に近いかもしれない。

まず依り代である土御門元春自体が、慈母の力の大変な負荷で限界状態なはず。

いくら慈母が優しく丁寧にしてくれていたって、
その点だけはどうしようもないのだ。

とその時。


シルビア『土御門?土御門!大丈夫か!?』


上からこちらの姿をやっと捉えたのであろう、シルビアからの魔術通信が土御門の脳内に飛び込んできた。
もちろん上方のシルビアの目に映っているのは、白狼が低い姿勢で唸っている光景だろうが。

最初の呼びかけが疑問系だったのも、
その容姿を見て一瞬迷いが生じたからであろう。

766: 2011/05/11(水) 02:00:22.05 ID:oWfNi2Njo

土御門『……こっちの事は気にするな。それよりもそちらはどうだ?』

シルビア『……オッレルスが術式の作成に入ってる。進み具合はわからん』

土御門『完成したら俺にリンクしろと伝えろ』

シルビア『わかった』

土御門『では頼んだ。俺はそれまであのドラ猫とジャレていよう』


シルビア『あっ待て。もう1つ話がある。あんたから預かった例の通信機、全く通じないんだが』


土御門『……は?何?』

そのシルビアの思わぬ言葉に。

土御門はそんな脳内の返答と共に、
白狼の肉体の方でも思わず喉を鳴らしてしまった。

通信機とはもちろん、
この能力者部隊間の通信網に接続する軍用イヤホンマイクの事。


滝壺理后が形成するネットワークの、だ。

土御門『通じないだと?』

シルビア『ああ。電源?は入っているみたいなんだが返答が無い。向こうに気配が無い。誰も聞いていないんじゃないか?』

続くシルビアの言葉で、更に土御門の思考が白くなっていく。

オッレルスの術式が完成次第、各ランドマーク上で待機してるチームにやってもらう事がある。
そのためにシルビアに通信機を託したのだ。

それが通信不可? 

通じない?

なぜ?


まさか―――滝壺が―――?



土御門『―――』

767: 2011/05/11(水) 02:01:08.47 ID:oWfNi2Njo

―――とその時。


突如土御門の後方20mの場所で閃光が煌き、巨大な爆発が起こった。
それを引き起こしたのは、文字通りの『光の矢』。

シルビアがビルの屋上から放ったロングボウだ。

影の動きを報せるために、言葉にするよりも速いと彼女が放ったのだ。

土御門『ッ!』

そして驚愕の事実に注意力が薄れてしまっていた土御門にとっては、良い警告であった。
シルビアから聞いた事柄はひとまず思考の隅におくべきだ、と。

シルビア『後ろ!』

遅れて脳内に響いてくる彼女の声に耳を傾けながら。

まずは影に対応するべきと白狼は四肢で跳ねながら、
彼女が警告弾を放った方角へ振り向―――いた瞬間だった。

土御門『―――…………』


唐突に違和感を覚えた。


そのシルビアの矢が着弾した影に。

もちろん、彼女の矢は今までの例と同じくあっさりと『拒絶』されていたが。
その時に土御門の目に映る情報、それが『何か』が違うと。


『何か』が異なっているのだ。


慈母の力をぶつけた時とは。

768: 2011/05/11(水) 02:02:46.47 ID:oWfNi2Njo

この違和感の正体を知るには。

土御門『―――シルビア!もう一発放て!』

もう一度見るべき。

シルビア『っ?!……わ、わかった!』

彼女の声に次いでの光の矢。
そして再びの爆発と、無傷の影。

その拒絶の、今までのとの違いは何か。

土御門『―――』

獣の鋭い瞳を見開き、
土御門はその瞬間を目に焼き付けた。

見えてくるのは矢に対する反応、拒絶の力の動き。
そこに発見できる、慈母の力に対するのとの僅かな相違。

その相違とは。

僅かな点に意味を見出し意識し気付いたことで、
周波数が合ったように土御門の認識が晴れ上がっていく。


完璧に拒絶してた一方、シルビアの矢に対する反応は完璧ではない。
非常に小さなブレ、微かな『漏れ』が見える。


そして遂に彼の思考は、
その相違を決定している1つの因子の意味を理解できた。

それは。



―――『新しい』という意味。

769: 2011/05/11(水) 02:04:27.95 ID:oWfNi2Njo

ならば、次は再度慈母の力で試す。

延びてくる影の槍。
それらをかわしながら土御門は、
次いで慈母の筆しらべ『一閃』を影に叩き込む。

そして見える、相違に当たる因子。

先ほどは新しいと認識ができた部分の、今度の意味は―――


―――『古い』。


慈母の一閃に対しては『古い』と示し、拒絶は完璧。

一方でシルビアの矢に対しては『新しい』と示し、拒絶は不完全。

では。


―――もっと『新しい』とどうなる?


だがそれを試す前に、一体何が、一体どの部分を指して新しい・古いなのか、
その点について明らかにする必要がある。


新しい、古いという表現で示される尺度は、
その存在が確立されてからどれだけ時間が経ったか、だ。

770: 2011/05/11(水) 02:06:53.29 ID:oWfNi2Njo

瞬間的に回転数を上げていく土御門の思考は、
まず一番最初に攻撃を構成している『力』に意識を向けたが

シルビアが使う力の源か慈母のどちらがより昔から存在していたか、そんな事はまずわかりようがない。

いや、違う。

そもそもこの影の防御の系統は、
実際的な力の性質にとらわれない『概念否定』の系統だ。

となると、もっと抽象的なもののはず。

『天界系』という因子を拒絶しているのか、いや、違う。
この島中を覆う魔の大気をも拒絶している。

『飛び道具』、という因子を拒絶しているのか、いや違う。
白狼が直に立てた牙をも拒絶した。


では、もっと大きな括りで『攻撃手段』という因子はどうか―――


土御門『―――』


その瞬間、土御門の意識内のピースが全て結びついた。


慈母の『筆しらべ』は、太古から慈母が使用している『攻撃手段』。


一方でシルビアの攻撃手段は『ロングボウ』。

ロングボウが、『ウェールズのロングボウ』という強弓としての認識で確立されたのは12世紀頃。



―――ならば。

771: 2011/05/11(水) 02:07:59.57 ID:oWfNi2Njo

その答えに帰結した土御門は、即座に即座に筆しらべを使い。

『爆神―――輝玉』

周囲に複数の、凄まじい爆発を引き起こす。
それは影に対しての攻撃ではなく、一瞬の間を作るための『目くらまし』だ。

その隙に、白狼は100m先のビルの一階に中に駆け込んだ。

土御門『……どこにある?どこだ?』

フロアに飛び込むと同時に、一瞬で人の姿に戻った土御門は、
目を凝らしてはあるものを探し。

そしてあるものを見つけて、駆け寄っては滑り込み手を伸ばした。

それは『処刑台』で天使に会う直前に脱ぎ捨てた、上着と装備の類の中にあった―――


―――『拳銃』。



土御門『こいつは―――』


拳銃を手に取り、振り向くようにしてはとある一方に向けた。
その先には、土御門を追ってフロアの中へと延びてくる影。

土御門『―――もっと「新しい」だろ?』

そして、土御門は引き金を引いた。
慈母の力をこれでもかと上乗せして。


次の瞬間、銃口から光輝く弾が放たれた。

772: 2011/05/11(水) 02:09:20.12 ID:oWfNi2Njo

結果は弾かれた。

そう、弾かれはしたが。


拒絶反応は微塵も無かった。


ぶつかって、押し負け、そして『弾かれた』のだ。

閃光が飛び散り、
ガラスが叩き割られるような音が響き。

そして影に走る『亀裂』。


土御門『はは、決まりだ』


その結果を見て小さく、それでいながら最高の笑みを浮かべる土御門。

彼の手に合った拳銃は今の一発で、
一瞬の内に蒸発してしまっていた。

術式防護も何もなされていないタダの銃に、
圧倒的な慈母の力を流しこめば当然の結果であろうが。

だが、土御門にとってそんなことはどうでもいい。

これで確定したのだから。


影の防御が、『何の概念』でどう拒絶しているのか、


そして見出した。


この鉄壁を崩す確かな方法を。

773: 2011/05/11(水) 02:10:14.63 ID:oWfNi2Njo

影の防御、その特性は今までの記憶を使った否定。

今までの歴史を元にした、攻撃手段そのものの拒絶。

過去に経験がある攻撃手段、また、周知になっている攻撃手段の概念を、
片っ端から拒絶できるのだ。

なんとも非の打ち所が無い力に聞えるが、実は穴もある。

新しすぎるもの、またユニークなものには対応できないのだ。
歴史や記憶を元にしているため、当然『更新』作業は遅れる。

そして魔界の存在からすれば、
人間界時間の百年そこらなどちょっと気を逸らしているうちに過ぎ去ってしまう。

そのため、発祥から1000年近くになるロングボウは『ほぼ完璧』に更新済みであっても。


『人間界の銃』にはまだ対応してなかったのだ。


確かに魔界にも『銃』と呼べる存在はあるだろう。
魔界のみならず、数多の世界に類似の武器・攻撃手段の概念があるはずだ。

だが。


だが人間界の銃のような、『単純なる物理現象が基盤』のものは他にあるか?


単なる物理現象なんて、『力』ありきの世界では誰も見向きもしない。

力こそが唯一の真理である魔界では特にそうだろう。
タダの物理現象を前提とした攻撃手段の概念など存在していないのだ。


774: 2011/05/11(水) 02:11:31.74 ID:oWfNi2Njo

また、同じく『矢』と呼べる攻撃手段も多く有るだろう。
だが影の防御は、シルビアの矢を『新しい』と判断した。


その点からも実際的にどうだではなく、
『攻撃手段の概念』のみで拒絶判定を下しているのだとわかる。


今のシルビアのロングボウは天の力で動いては入るも、

『人間界発祥のロングボウ』という攻撃手段の概念そのものは、
『単なる物理現象』が前提となっているのだから。

またその点が、更に土御門にとって好ましい点である。

この点は、こうも解釈できる。

ベースが『単なる物理現象』を前提する攻撃手段であれば、
銃を魔界や天界の力でどれだけ強化しても良いのだ。


そしてこの島には今、
『単なる物理現象』を前提とした、『最高に新しい』概念の銃があるではないか。



―――圧倒的な魔界魔術で強化された『大砲』が。

775: 2011/05/11(水) 02:13:26.43 ID:oWfNi2Njo

土御門『シルビア。呼び出してもらいたい女がいる』

白狼の姿に戻っては。
即座にまたフロアから外へ飛び出しながら、土御門はシルビアに呼びかけた。


シルビア『なんだ!?』


土御門『レールガン、という―――』


だが。

そこで土御門は思い出した。


土御門『(―――ッ!しまった!!)』


先ほど、シルビアから聞いた件を。
ここまで来てやっと気付くとは、頭の隅に置きすぎていたのかもしれない。


だが直後、とりあえずその『大砲』を呼び出す件は、
ひとまず解決することとなった。


その時。


土御門の前方、200mの場所を覆う影に青白い光の矢が着弾したのだから。

776: 2011/05/11(水) 02:14:37.63 ID:oWfNi2Njo

それは『魔弾』。

土御門が求めていた『破魔の矢』。

彼方から大気を切り裂いてきた魔弾は影を『貫通』。
凄まじい衝撃と破砕音を打ち鳴らしながら巨大な穴を穿ち。

影の破片が、黒いガラス片のように飛び散っていく。


土御門『―――はッ!』


思わずその狼の喉を鳴らしては笑い、
土御門はその魔弾が放たれた方角、更にその先の発射点を見た。


5km以上向こうの超高層ビルの屋上。

そこに、慈母の目で土御門は見た。

全身から電撃を迸らせ、髪を靡かせ。

巨大な大砲を腰溜めに構えている少女の姿を。



                                        ジョーカー
超攻撃特化、いや超威力特化のトリッキーな『切り札』。


最大火力を有する『ド素人』。


そんな彼女が、その本領を発揮する時がここに到来する。


―――

782: 2011/05/14(土) 23:47:27.92 ID:YROEru4Io
―――

強化コンクリートの上に落ちる、排された巨大な薬莢。
硝煙の尾を引きながら、鈴に似た金属音を打ち鳴らす。

その音を耳にしながら、御坂美琴は遠くの戦場を見据えていた。
一際高い超高層ビルの屋上淵にて。

帯電し、砲口から煙を吐く大砲を腰溜めに構えながら。

御坂「…………あの辺りの『黒いの全体』、ね」

視線先の一帯を覆う漆黒のベールを、
悪魔の体、もしくは悪魔による精製物体だと確認するその御坂の顔は、
凛々しく引き締まっていた。

圧倒的な存在を目にして当然恐怖は覚えるも、その恐怖に心は囚われてはいない。
その恐怖に体は縛られてはいない。

恐怖を客観的かつ冷静に捉えているのだ。

さすれば恐怖は更なる闘志の糧となり、己が身を守る盾となり、
的確な判断の材料となって勝機へと繋がる。

そして、そんな彼女の斜め後ろには、『それ』が『できなかった』黒子がいた。
やや身を竦ませ、『取り戻した感情』で顔を引きつらせては畏怖の色を滲ませて。

黒子「あれ……は……」

震え混じりの、途切れがちな言葉を漏らしながら。


783: 2011/05/14(土) 23:49:13.74 ID:YROEru4Io

だが、その口にしようとした言葉を全て漏らしきる前に。

御坂「―――黒子。掴まって」

確かで安定感のある声が聞こえ。

次いで一瞬で、その御坂の腕に掴まれては引っ張られ、
胸に抱き寄せられて。

そして、御坂は黒子を抱いたまま屋上から跳び出した。

ビルが乱立するこのような地は、
御坂の電磁力を利用した高速移動にとってかなり最適、というのは黒子は前から知ってはいた。
そして今まで何度か、その状態の御坂に抱かれて移動したこともあったが。

最高速度で連れられたのはこれが初めてであった。

『中心地』へ向けてビルからビルへと飛び移っていくその速度は、
想像を遥かに超えていた。
御坂自身が『妙に調子が良い』と言っていた事も関係しているのであろう、いや、確実にそうだ。

今の御坂はもう。黒子が知っているレベルではなかった。


とにかく速く、それはもう黒子の反応速度を超えており。

二人を包む電膜向こうで移り変わっていく景色、
そのほとんどが認識が出来なかった。

そして跳び跳びで伝ってきたビル達が軒並み、
漆黒の巨大な『杭』によってその上半分が削り取られていたのも。

784: 2011/05/14(土) 23:51:35.28 ID:YROEru4Io

黒子「―――」

気付いたら既に、
ビルの屋上が消えていたのだ。

反応どころか、『眼を凝らしてても見えない』速度で、
黒い杭はビルを削り飛ばしているようであった。

御坂「―――らぁ!」

瞬間、御坂の短い掛け声と共に、凄まじい衝撃と砲声、光が迸る。
当然速すぎて、黒子にとっては何がなんだかわからない。

真っ黒なガラス片のような破片が飛び散って来るのを見てやっと、
御坂が大砲で黒い杭を迎え撃ったということがわかる程度だ。

黒子「……」

そんな格の違う力のぶつかり合いを目の当たりにして、
黒子は疑問に思う。

なぜ、御坂は己を連れ出したのかと。

いまや御坂の反応速度は己を遥かに超えており、
瞬間移動という利点を踏まえても、総合的な回避能力は御坂の方が明らかに上。

とうかこれだけ帯電してしまっていては、そもそもまともに飛ばせそうも無い。

となればいつかのように、回避の足としての役を担うわけでも無さそうだ。

説明する時間すら惜しかったのだろうか、
御坂からは特に説明も無かった。

御坂は同行するよう『命令』を下してはすぐに街区に戻り、
一帯で一番高い超高層ビルに昇っては即ぶっ放して。

785: 2011/05/14(土) 23:53:08.80 ID:YROEru4Io

と。

黒子の目からはそんな風に見えていた、いや、
『見えて』はいないのだから『感じていた』とした方が良いか。

とにかく、
速すぎて何が起こっているのかすらまともに認識できないのだから、当然知るわけが無い。

御坂「(―――チッ!)」

御坂にとって、
この弾幕を張りながらの強行軍はかなり厳しかったことは。

実は当の彼女にも、この黒い杭が『伸びてくる』のは認識できていなかったことは。

反応して避けていたのではなく、
とにかく動きながら前方に弾幕を張って凌いでいたのだ。


歯を噛み締めては、睨むように視線を飛ばすその先。
ビル街の中に、区画ごとぽっかりと更地になっている広大な『広場』、
一帯を覆う『影』と、中央に唯一残って聳える超高層ビル。

そのビルの近くにて、白いレーザーのような線が複数走っているように見えていた。
恐らくそれは、超高速で動いている1つの光点。

そして同じように走っている、赤いレーザー。

そう、『赤』とくれば当然最初に思い浮かぶのは『魔を宿す瞳』。

御坂「(……アレね)」

その『赤』が、この影の元凶であることは間違いないようであった。

786: 2011/05/14(土) 23:54:52.52 ID:YROEru4Io

とその時。

唯一残ってるそのビルの頂点にて、別の光点が瞬いたかと思った次の瞬間。

御坂「!」

『巨大な翼』が出現し。
別のビルへ向けて空へ跳び出したばかりの御坂の前に一瞬でやって来た。

その翼には、御坂は先も見た覚えがあった。

翼の付け根の男も。

麦野・ルシアと共にアリウスと戦っていた際に現れた、
短い茶髪に大剣を持った厳つい大男だ。

左目を覆っている紅に染まっている布切れは、さっきは無かったが。

ともかくその時の行動から見て、勢力不明だが敵ではない事は確かだ。

そして。

『レールガンだな?』

男の口からのその問いかけで、
御坂は的確に『空気を読んだ』。

一定の領域での戦いに馴れた者達は、即席でもリズム・テンポ・息が合う。

場や相手の空気を読み取り、
それぞれがそれぞれのやるべき事を見出し、的確に実行する力量があるのだから。

ただ、それが出来ない者は当然混乱するが。

黒子「??」

787: 2011/05/14(土) 23:55:22.05 ID:YROEru4Io

御坂「この子を『中央』に届けて」

レールガンかという問いかけに、
御坂は『答えになっていない返答』を返す。

何もかもの言葉を省き過ぎな返答を。

黒子「?!はい……?!」

当然のように状況が把握できず、戸惑いの声を漏らす黒子。

だがそんな黒子の様子など気にせず、
御坂は彼女の体を大男の方へと放り投げた。

『了解した』

御坂と同じく特に気にする風も無く、
その丸太のような腕で黒子をキャッチしては、大男は頷いた。

黒子「―――お、お!?お姉さまぁッ!!?」

突如現れた見ず知らずの大男に、
空中で投げ渡されて普通は黙っていられない。

御坂「『事態の中央』にて状況を把握し―――」

そんな黒子に向けて御坂は。


御坂「―――後は自分の判断で動きなさい」


彼女を戒めるように、静かで確かな口調でそう言葉を放った。


788: 2011/05/14(土) 23:56:59.24 ID:YROEru4Io

黒子「―――っ」

並んでいるのは簡単な言葉で、意味は至極単純。
それでいて、成すにはちっとも易くはない事。

あまりにも抽象的で漠然としてて大雑把。
このような状況では特に。

無責任にも、過剰な信頼にも聞えてしまう。

黒子の頭には返す言葉も浮かばず、いや、浮かんでいたとしても返せなかっただろう。
直後、大男は彼女を腕にしたまま、すぐさまその場を離れたのだから。

先ほどの御坂の高速移動なんかとは、全く比べ物にならない程の超速度で。

黒子「……」

気付くと、黒子はとあるビルの屋上にいた。
オベリスクのようの聳えていた、あのビルの屋上らしかった。

突然の事の連続に頭が追いつかずの
呆け気味の顔のままだが、そこは何とか確認できた。

彼女を降ろした大男は、何も言わずに屋上の淵に行き、
大剣を足元に突き立てては番人の如く仁王立ち。

屋上の中央には、直径5m程の球状の赤と金の光体。
良く見ると、『得たいのしれない文字列』のような光の粒子で形成されており、

球体の中には地面に座り込んでいるキリエと、
彼女の前に立って、虚ろな目をしているこれまた見覚えが無い金髪の男。

黒子「……」


そしてその球体から2m程の場所に。

作業着にエプロンという姿の、金髪の涼やかなオーラの女性が立っていた。
土御門とそれなりに面識があるらしい、確かシルビアと名乗った女だ。

木製と思しき大きな弓を手にした彼女は、黒子の姿を見るや、
その短い金髪を揺らしては歩き寄って来た。

789: 2011/05/14(土) 23:58:05.88 ID:YROEru4Io

黒子「―――……」

と、そこで黒子は気付いた。
この場所にいると思っていたとある人物が、どこにも見当たらない事に。

土御門が装着していた通信機はシルビアの頭にあり、当の土御門がいないのだ。

そして。

黒子「(……なるほど)」

ここに己がいなければならない理由をも、この瞬間悟った。


御坂はこの状況を具体的に知っていたのか。
それとも、先の不確定性を考慮した予備行動として黒子を連れ出したのか。

ここに『能力者を置く必要性』は黒子が来る前から存在していたのか、
それとも黒子自身が今、その『必要性』を見出した第一人者なのか。

そこはわからない。

そして今更どうでもいい。


問題は今この瞬間この状況、
それらとの己の関係性と、己がやるべき事である。

790: 2011/05/14(土) 23:59:39.24 ID:YROEru4Io

この戦いの中で、御坂が一体どのような視点から物事を見ているのか、
初めてそれがわかったような気がする。

そこに気付いた瞬間、面白いように思考が結びついていく。

キリエの前に立っているあの男。

土御門も同じような立ち居地で、何らかの作業していたことからも、
あの金髪の男が同じ目的の作業を受け継いでやっているのだと想像がつく。

そしてその作業は土御門の言動からも、
北島に展開している能力者達も使うと推定できる。

となると、その作業の中央であるここに、
学園都市側の要員が一人もいないという事は問題だろう。


AIMストーカーの通信網がダウンしている現状は、確かに非常に厳しいものがある。
これが回復するのかはわからない。

しかし。

誰かが回復に向けて、もしくは回復の代替となる状況の構築に向かっている事も、
思い出せば御坂は匂わせていた。

となれば、ここで己が事態を把握しておくことは非常に重要なことになる。

AIMストーカーが回復した際、もしくはその代替策が完了した際には、
即座にその情報を流すことも可能だ。

それ以外にも探せば探すほど、
やるべき事・やっておける事はどんどん出てくる。

とにかく能力分野・学園都市系には、
『プロの能力者』以外に任せてはいられない。


黒子「……」

恐怖に震える手が、精神も思考も今だ正常であることを示してくれる。
手先の凍傷の痛みが、意識を明瞭に保ってくれる。

黒子「……早速ですが、簡潔に現状をお聞かせくださいまし」

それらの『励まし』に『鼓舞』されながら、
黒子は歩み寄ってきたシルビアに向け口を開いた。

『最後の戦場』を全うし、生きて家に帰るべく。

791: 2011/05/15(日) 00:00:45.66 ID:RDZ+/F/lo




一瞬で離れて行った大男と黒子。
『翼』は、次の瞬間には例のビルの上に到着していた。

それを横目に確認しながら、
御坂は次のビルの屋上へと降下する。

その間に、手ではなく能力によって大砲のコッキングレバーが引き上げられ。

肩にかけている弾薬袋から弾が飛び出してきては浮遊し、
次々と大砲の中に充填されていく。

そして目一杯含んだところで、コッキングレバーが弾けるように戻り、
薬室に弾が装填される。

噛み合うパーツとスプリングの、今や御坂にとって心地のよい駆動音を響かせて。


御坂「―――!」

とその時。
御坂は突如、着地点に映ったとある存在に目を丸くした。

一匹の『犬』が、いつの間にか着地点にいたのだから。


いや『オオカミ』、『白狼』か。


とにかくどちらにせよ、『普通』では無かったが。

792: 2011/05/15(日) 00:02:04.84 ID:RDZ+/F/lo

尾から鼻先までは2m程か。

純白清廉な体毛に、歌舞伎のような紅い隈取。

背中には、日本史の教科書で見た銅鏡のようなもの。
炎のように揺らぐ、奇妙な質感の真っ赤な光に縁取りされている。

全身からは、仄かに穏やかな光を放っている。

そして瞳。

獣特有の鋭い瞳にも関わらず、感じられるのは不思議な心地良さと愛くるしさ。

本来ならば反射的に戦闘態勢に入っているはずなのに、
そうはならなかった。


本能から敵愾心の一切が沸かなかったのだ。


白狼の真横に着地した御坂の心には、ただ突然の驚きとその心地良さだけ。

御坂「(えっと……ナニこの生き物……やばい……いい……)」

あまりの『存在感』に、
それどころではないという状況さえも一瞬頭を離れてしまいそうになる。

御坂「えっと……『あなた』は……?」

普通ではない、恐らく異界の存在であろう白狼に対し、
御坂はそんな風に問うたところ。 


『レールガン』


脳内に響く形で帰ってきた声は。


御坂「つ、土御門……土御門なの?!」

793: 2011/05/15(日) 00:05:42.89 ID:RDZ+/F/lo

土御門『―――待ってた』

顎を一度挙げて、
回すような仕草をしつつ喉を鳴らしながら白狼、土御門はそう口にした。

御坂「ず、ずずず随分と可愛k……さ、様変わりしたじゃなの!!」

極限の状況下での戦人には細かい説明は不要、としてもさすがに限度がある。
それが、個人的ツボに嵌ってしまう事柄だと特に。

目を更に丸くして、気持ち良い位に驚き一色に顔を染め上げている御坂。
感情に影響されて、能力によって髪がぞわぞわと浮かび上がってしまっている。

御坂は知る由は無いが、これは仕方のない事でもある。
決して、彼女の意識が散漫だからというわけではない。

慈母神を前にすれば、本能的に心奪われても何らおかしくない。
至極全うな、普通の反応だ。

ただ、そんな彼女の状態になど気にする風も無く。

土御門『まずは乗れ』

そう言うと白狼、土御門は前腕をたたみ、頭部・上半身を低くした。
その動作に合わせ、背中にあった銅鏡が浮遊しては後方に下がり、『席』を空けた。

御坂「―――わ、わかった!」

その光景、この状況に御坂はデジャヴを覚えた。
いや、実際に似たような事があった。

ただあの時は、愛くるしさもなければ心地よさも無い、
魂までが文字通り凍りつくような存在であったが。

今回は違う。

御坂「(ふわ~~~~~~~~~!やっべ!なにこれ!)」

前肩よりの背中に飛び乗って。

押し寄せてきたのは至高の触感。

794: 2011/05/15(日) 00:09:13.08 ID:RDZ+/F/lo

だが、そんな夢心地に浸っていれたのもほんの一瞬。

次の瞬間。

御坂「―――ッ!」

突如、全身をやや強めの痺れが伝っていった。

それは御坂がよく知っているものであった。
昔に何度も、数え切れないくらい味わった痛み。

電気の操作を誤った際のものだ。

御坂「?今のは―――」


土御門『撃神で俺と結ばせてもらった』


御坂「ゲ、ゲキガミ―――?」


その土御門の、説明になっていない説明の直後。

御坂の感覚が一気に鋭敏化していった。
これもまた、御坂は前にも覚えがあった。

かつて第23学区の地下駐機場にて、
アラストルを手にしてた時にも同じだった。

いや、あの時よりも遥かに上。

あれはアラストルにほとんど任せていたのであって、
全てを認識していたわけではない。

というかむしろ、ほとんどがよくわからない。


だが今は本物だった。
御坂は御坂自身の眼で、思考で、意識で、その領域を認識していた。

次元が違う認識点、感応域、思考水準。
外界とは剥離した独自の時間軸を有した者の領域、だ。

795: 2011/05/15(日) 00:10:23.63 ID:RDZ+/F/lo

そして。

白狼、土御門は御坂を乗せたまま、
とんでもない速度でそのビルの屋上から跳ね出でた。

御坂「―――」

ついさっきまでの己だったら到底認識できない速度、時間領域。
それらを今、はっきりと己が目と意識で認識しながら、御坂はふと思っていた。


―――当麻も。力を手に入れてからは、こういう世界にずっといたんだね、と。


文字通り無限大でありながら、拠り所が無い不安定で孤独な領域。

外界の法則が通じ無いということは、
言い換えれば己の力と精神力で律するしかないということ。

己の存在は、己の意識ではっきりと保たねばならない。
それができなければ力の統制を失い、自らの自壊しかねない領域。

強者だけに許された世界とは、強者だけしか存在できないからこそのものなのだ。

今まで、外側からならそのような存在たちの戦いを目の当たりしてきた。
しかし、『内側』からこうして見たのは初めてだった。


覚えるのは闇夜の大海に投げ出されたような、
気が狂ってしまいそうなまでの凄まじい不安感。

796: 2011/05/15(日) 00:11:19.73 ID:RDZ+/F/lo

ただ幸いなことに御坂はゲストだ。
正式に踏み込んだのではなく、白狼からの特別招待だ。

跨っている下からの確かな温もりが、その不安感を跳ね除けてくれる。
包んでくれる光が底知れぬ孤独感を打ち払ってくれる。

そして圧倒的な力と精神力が、そんな負の因子を全てねじ伏せていく。

土御門『はしゃいだ次の瞬間には感傷に浸って忙しい奴だな』

御坂「なっ!!」

土御門『この程度で怖気づくんじゃあ、レディに弟子入りしてももたないな』

白狼は『広場』に降り、花を咲かせながら台地を駆けて行きながら。

御坂「わ、私の頭の中!記憶読んだ?!」

まだ誰にも言っていない、御坂の将来の展望を言及しては。

土御門『俺の考えてることも流れてるだろう?』

この影が何なのか、その防御の特性等々の情報を流して。

御坂「……えっと、私の砲撃が防御に傷を負わせられるのね?そこにアンタが攻撃を叩き込むと!」

土御門『そういう事だ』

御坂「―――ッ!!」

そして黒豹から一定の距離を保って、
この影の主を中心として大きく弧を描くように移動しながら、無数の杭や手の攻撃を掻い潜って行く。

797: 2011/05/15(日) 00:13:28.28 ID:RDZ+/F/lo

影による凄まじい攻撃。

御坂「!!」

その密度や速度は、感覚が鋭敏化している今でさえ、
全て把握しきれない、いや、認識できているのは一部だけであろう。

土御門『じゃあ、そろそろ行きたいんだが、準備は?』

とそこで、これがまだまだ序の口であることを示す、
土御門のそんな平然とした声。

御坂「ちょ、ちょっと待って!AIMストーカーの件で(ry」

土御門『―――「結標が動いてる」って件だな?それも「読んだ」さ。良いか?』

御坂「よ、よし!良いわよ!」


そして再度確認して今度こそ。


土御門『では頼んだぜい。「砲手殿」』


御坂「―――OK!!!やってやるわっっ!!!」


白狼は一気に進路を切り返しては更に加速して。


土御門『あとその撫でるような触り方はやめてくれ。気色悪い』


御坂「―――お、OK!!!」


背中に『砲手』を乗せ、黒豹へと正面から突っ込んでいった。

808: 2011/05/17(火) 00:23:22.29 ID:UDkqlcg4o

伸びてくる影の杭、巨大な鍵爪を有す手。

その無数の集まりが壁を形成し、
行く手も逃げ道も全方位を阻むように押し寄せてくる。

それらは慈母の力をも問答無用で拒絶する、決して突破できない『鉄壁』。

だが。

一人の少女が放つ弾が、そんな『鉄壁』を打ち砕く。

土御門での慈母の支援による莫大な力が、
御坂の能力規模を遥かに跳ね上げ。

ダンテお手製の『大砲』が、
その凄まじい力をレディ製の弾頭に集束させていき。

『究極の破魔の弾』となって放たれる。


御坂「―――しゃあああああ!!!!!!!」


撃ち出された弾頭が幾本もの杭や手を貫き、
壁に大きな亀裂を生じさせる。

そしてそこに叩き込まれる筆しらべによる『一閃』。


809: 2011/05/17(火) 00:24:31.61 ID:UDkqlcg4o

防御を失った周囲の影など、慈母の力の前には障害とはならない。

力の質、密度、破壊力、
それらが同じ『条件』で正面からぶつかり合えば、当然『強い方』に軍配が上がる。

モーセが紅海を割ったかの如く、白狼の進行方向が一気に切り拓かれていく。
その影の『谷間』を、少女を背に白狼は突き抜けていった。

いくつもの薬莢を撒きながら。
周囲の影になど見向きもせずに、ただひたすら真っ直ぐに。

目指すは赤い二つの光点。
縦スリット状の瞳孔を有す瞳。

黒豹の『本体』。

狙うは。

御坂「―――」

光点の間、脳天。

結ばれている土御門からの照準補佐を受けては砲口を定め―――とその瞬間。

黒豹本体も動く。
迫ってくる白狼に向け、挑戦に応じるように牙をむき出しにしては。
30mもの全身を刃にしてその場から跳ね出した。

白狼に向けて。

810: 2011/05/17(火) 00:26:33.61 ID:UDkqlcg4o

御坂「―――」

回避、という選択は無かった。
する必要も、する余裕も。

白狼も牙をむき出しにし、前足の爪を突き出しては更に加速。
そしてお互いの5mの距離に迫った瞬間。

その至近距離で放たれた弾が、黒豹の眉間に直撃。

この場合「弾が黒豹に」というよりは、
黒豹が弾に突っ込んだという表現の方が正しいのかもしれない。

何せ黒豹の突撃速度は、
慈母の支援を受けたこの弾速をも遥かに上回っていたのだから。

ただ、どちらが突っ込んでいった方かという事で、その結果が変動することは無い。

とにかく御坂の弾は黒豹本体、
その頭部に食い込んでは炸裂しその効果を発揮することとなる。

着弾から一瞬後、白狼と黒豹が正面から激突した。

御坂「―――ッ!!!」

股下から一気に押し寄せてくる凄まじい衝撃
振り落とされまいと、御坂は白狼の背に伏せるようにして張り付いた。


その激突の結果は、白狼が押し負けることとなった。
そう、単純な『勢い』は押し負けていた。

押し負けてはいたが。
白狼の牙と爪は、黒豹の防御を超えて届いていた。


白狼は、黒豹の顔面に食いついていた。

811: 2011/05/17(火) 00:27:36.86 ID:UDkqlcg4o

御坂の弾頭の直撃によって僅かに軌道が逸れたのか、
大きく開かれた黒豹の口の牙は、白狼を紙一重のところで取り逃がしてしまった。

そして白狼は黒豹の顔面、左目付近に衝突しては食い付き。
己の頭部ほどもあるその赤い瞳に前足の爪を突き立てた。

まるで苦痛に悶えているかのように像が乱れ、身振るわせる黒豹。
溶け出しているように放出されていく『影』。


御坂「(―――効いてる―――)」


黒豹の顔面に張り付く白狼、その白狼の背に張り付きながら、
御坂はそう確かに感じた。

御坂「(―――けど―――足りない!)」

決定的なダメージを与えるには及んでいない、とも。

そして気付いた。


御坂「―――」

横から頬に数滴はねてきた、暖かい液体の触感に。

その雫がやってきた方向に咄嗟に視線を向けると。

御坂「―――ッ土御門!!」

白狼の左前足の肩口を、
黒豹の肌から生えている刃が貫いていた。

812: 2011/05/17(火) 00:29:30.01 ID:UDkqlcg4o

首辺りまで純白だった毛皮が赤く染まっており、
牙を立て唸り声を漏らしている口も、うっすらと紅に滲んでいる。

土御門『大丈夫だ』

だが御坂の意識を呼んだのか、彼女が次に言葉を向ける前に、
土御門はそう脳内で答え。


土御門『―――このまま行くぞ。一気に畳み掛ける』


そう告げた。
それはやや強引なやり方にも聞えてしまうが。

だがこの状況下では、
それが唯一の最適な選択だった。

防御無効化した状態での黒豹との激突。
それでも、単純にパワーでは土御門は押し負けた。

本体の力の出力は、慈母の力を授かった土御門を軽く超えているのだ。
となれば時間がかかればかかるほど、土御門側は確実にジリ貧になっていく。

攻防回数を重ねれば重ねるほどパターンを読まれて、
今のようなテクニックや小技で虚を付く事も困難になっていく。


更に懸念はもう1つ。


防御が更新され、御坂の大砲も『拒絶対象』になる可能性があるのだ。

いや、このままでは『いずれ』はなるはずだろう。

813: 2011/05/17(火) 00:33:44.60 ID:UDkqlcg4o

となれば当然、御坂の大砲が『拒絶対象外』である内に、
勝負を決める必要がある。

更新にどれくらいの時間や作業を要するのかはわからない。
そして、土御門側にはそれを確認する術も時間も無いのだから。

いや。

それよりも先に、御坂の『残弾数』が問題になる可能性の方が高いだろう。

各チームへの砲撃支援、アリウスへの砲撃、そして今接近する際にもかなり弾を消費。
この島にて合わせて200発近くは既に使っている。

そこに、学園都市におけるフィアンマ戦での消費も足せば。

残りは60発を切る計算に。


それらの状況を踏まえれば、『次』はもう無いのが確実となる。


勝機は、『ここ』で畳み掛けた先にしか存在しない。


御坂「ッ―――了解!」

脳内に送られてくる土御門の考えとすぐに同期した御坂。
黒豹に張り付く白狼の背から、更なる至近距離で続けざまに大砲を放つ。

一発、二発、三発。

食い込んだ弾頭が炸裂し、
幾層にも重なっている影を剥ぎ取っては霧散させていく。

四発、五発、六発。

重ねられる『一閃』がほぼ同時に炸裂し、
まるで大砲から『斬撃』を打ち出しているような光景。

七発、八発、九発。

幾本もの筋が重ねて刻み込まれ、
黒豹の頭部左半分がその形を歪めて行く。

814: 2011/05/17(火) 00:35:57.27 ID:UDkqlcg4o

そこで響く、大砲の遊低が停止する音。

御坂「―――装填!!」

次いで御坂がそう声を張り上げると、白狼は牙と爪を即座に引き抜き、
黒豹を蹴るようにしてようやく離れ。

その離れ際に、置き土産の如く筆しらべ。

『爆神―――輝玉』

黒豹の頭部に刻み込まれた溝の『内部』に。

そして炸裂。

凄まじい鮮やかな閃光が溢れ、
防御を失っている影をもろとも吹き飛ばす。

黒豹の頭部、左半分がその爆発で消失した。

その間にも白狼が負った傷は一瞬で再生、
御坂はその白狼の背の上で弾の充填を完了させ。

コッキングレバーを引いては薬室に装填し。


御坂「―――あと46発!」


銃側に充填している分と弾薬袋の中、
合わせての残弾数を土御門に告げた。

土御門『把握した!』

土御門は短くそう返答しては。
爆炎に塗れる黒豹の近くに着地、そのまますぐに切り返し。

再び黒豹へ向けて突進した。

815: 2011/05/17(火) 00:37:23.60 ID:UDkqlcg4o

それに対し黒豹も『応じる』。

纏わり付く爆炎の中から、
半分欠損した頭部を勢い良く突き出し。

おぞましい様相となっている口を大きく開き、再度白狼へと跳びかかった。

凄まじい速度で再び向かう黒豹と白狼。

放たれる御坂の弾幕に突っ込んでくる黒豹。

そこまでは先と同じであったが、その後は別展開となる。

御坂「―――ッ!」

激突するかという寸前。

白狼は一気に体を落とし、
喉から腹、尻尾まで地面に接触させるほどに低くなった。

意識共有により、その意図を瞬時に把握した御坂も、
白狼に張り付くよう伏せ。

そして彼女達は跳びかかってきた黒豹の巨体、
その下の僅かな隙間に滑り込んでいった。

白狼の背に伏せっている御坂、その彼女と上を掠める黒豹の体との距離は僅か10cm程度。

闇に覆われた地面と、上を覆う闇の権化。

その隙間からの視点は、
まるでプレス機の中に入り込んでしまったかのよう。

816: 2011/05/17(火) 00:39:07.91 ID:UDkqlcg4o

もちろん、そのまますり抜けるつもりではない。
御坂は白狼の背で寝返りを打つようにして、半身仰向けになり。

そして斜め後、上方へ向けて大砲を放った。

黒豹の『腹』へ。

続けざまに放たれた三発の連射。
それに重ねられていく筆しらべ。

一発目と二発目には『一閃』。

そして三発目には『輝玉』。

再度、鮮やかな閃光を伴って大爆発。

その勢いに、
腹の影を大量に失うのと同時に黒豹の体も大きく上方へと吹き上げられた。

だが御坂は手を休めず、
白狼の背から立て続けに、ありったけの弾を撃ち込んで行く。

下腹部、股、そして尾の付け根、と。

その御坂を乗せて白狼は。

押し寄せてくる爆発を背にしながら閉所を脱する、
そんな映画のようなワンシーンを再現して、爆煙を引きながら黒豹の下を潜り抜けては。

地を滑りながら、体を一気に180方向転換。

すれ違ったばかりの、そして爆発で浮き上がってる黒豹を前に捉え。
御坂の弾幕で防御が剥がされている、腹から尾の部分に向けて。


瞬時に『一閃』で刻み込み。

『輝玉』で剥ぎ取り。



『大神―――光明』。


817: 2011/05/17(火) 00:40:34.55 ID:UDkqlcg4o

それは、
シルビア達が入るビルの真上に光を出現させたあの筆しらべ。

慈母を象徴する『天の光』。

それが一閃と輝玉で穿たれた黒豹の傷の奥深く、その『内部』に出現した。

御坂「―――!」

瞬間、黒豹の傷口という傷口から、
金色の光が溢れ出し。

内側から『影』を照らし上げていく。

いや、『焼き払って』いく。

黒豹はそのまま地に落ちては、
前足で頭をかきむしり、全身をのた打ち回らせた。

咆哮の類は挙げてはいないものの、
その仕草から見ても明らかに苦痛に喘いでいるとわかる。

全身の像が今まで以上にブレていく。

しかし。


御坂「(―――まだ足りない!)」


徐々に弱くなっていく―――黒豹の中からの光。

818: 2011/05/17(火) 00:41:20.99 ID:UDkqlcg4o

『光明』が押し潰され始めている。
それほどまでに黒豹の力は強大で、闇は濃かったのだ。

このままでは、当然『光明』は消失してしまう。
御坂が感じた通り、影を払うにはこれでもまだ『足らなかった』。

そう、足らない。

では足らないのならば、どうすればいいのか。

解決策は単純。

足らないのならば足せば良い。


更なる一手を。

白狼はそこで、最高出力でもう一つの筆しらべを放った。



『風神―――疾風』



その瞬間、悶える黒豹を強烈な天の突風が襲った。

『風』は意思を持っているかのように黒豹の全身に纏わりつき。
そして鑢をかけていくかの如く、見る見る影を削り上げていく。


内の光明に集中していたところに、外部から『風』。

黒豹にとっては完全な不意であったのだろう、
いや、不意でなくとも内側の事で手を回せなかったのだ。

風に対しては特に抵抗もできず、
黒豹は巻き込む疾風に襲われ。

819: 2011/05/17(火) 00:44:59.36 ID:UDkqlcg4o

刹那、御坂は初めてこの黒豹の声を聞いた。
普通それを聴いただけでは、到底声とは呼べないようなものであったが。

響いたのは、金属を擦り付けるような不快極まりない音。

不快感、不安感、狂気、
といったありとあらゆる負の因子を色濃く含む、耳を劈く強烈な『悲鳴』。

御坂『―――ッッ!!!!』

思わず反射的に、御坂は目を細めては身を竦ませしまった。

土御門『―――伏せろ!』


と、その時。

土御門のその言葉が脳内に響いてきた瞬間。

黒豹の全身の影が脈打つ心臓のように一度収縮し。


咄嗟に白狼の背に体を倒す御坂。
同時に、白狼の鏡が盾になるような位置に移動した直後。


―――弾け飛んだ。


御坂「―――」


黒豹の全身が爆散した。

820: 2011/05/17(火) 00:45:42.65 ID:UDkqlcg4o

ただ、それは爆弾が炸裂して破片と衝撃波が飛び散る、
といった攻撃的なものではなかった。

体の内側から破裂して肉が飛び散る、といったところか。

黒豹を構成していた影はだらしなく飛び散っていき、
周囲を覆っていた影もヘドロのようにその形を崩していき。

鏡に液体のような質感をもって、鏡にも『影』がかかった、と思ったら、
今度は焼かれるような音を立てて蒸発していく。

そして、その『爆心地』では。


御坂「―――!」


液状化した『影』の中からズルリと。


『黒い球体』が出現した。


直径は3m程。

表面の三分の一ほどが削り取られたかのように透けており、
内側からのオレンジとも赤とも言える光が、そこから淡く漏れている。


御坂「あれッ―――!」

思わず御坂は声を挙げてしまった。
土御門との意識共有によって『移って』きた高揚感に素直に反応したのだ。

そう、土御門も高揚していた。

あの球体を目にして。


土御門『―――』


遂に見つけた。

遂に影の奥底から、白日の下にさらす事が出来たのだ。


―――『核』を。

821: 2011/05/17(火) 00:47:09.24 ID:UDkqlcg4o

白狼は一気に飛び跳ね、
そして核のすぐ前に着地。

そのまま身を更に進ませ、
鼻先を触れるかどうかというところまで球体の表面に近づけた。

それは御坂の目にはまるで、いや、
『まるで』どころかどう見ても匂いを仕草だった。

更に、そんな類の仕草はそれだけではなかった。

今度はペ口リと。
その球体の表面を一舐め。

ただここまでくれば、
さすがにそのような仕草でも御坂の意識が逸れることはなかった。

そもそも意識を共有しているのだから、
それら行動の意味が、『人間界でにおける見た目』通りの意図ではないのをわかっていたのだから。

白狼が舐めた瞬間、
土御門の意識が御坂とは違う何か『別のもの』とも結びついたのも。

強烈な威圧感を醸し出す、『別の何か』と。

それが何なのか、御坂はすぐにわかった。
いや、今の仕草を見ていれば答えは一目瞭然。

土御門は、黒豹の核と己を結びつけたのだ。


そして彼は脳内を介して。


土御門『―――シルビア!「核」に接続した!』


822: 2011/05/17(火) 00:48:01.69 ID:UDkqlcg4o

シルビア『―――本当か?!』

その頃ビルの上ではちょうど、
黒子への簡潔な状況説明が済んだところであった。

黒子「……」

シルビアは黒子に向けて人差し指を立てて話を中断すると意図を示し、
そしてビルの淵へと駆け寄りっては白狼、土御門の方へと視線を向けた。

シルビア『……っ!それが……!』

そして球体を捉えた。

土御門『オッレルスの方はどうだ?!』

シルビア『まだ……』

シルビアが答えかけたところ。


オッレルス『今できる!』

『こちらの球体』の中で作業していたオッレルスが、
そのまま仕事を続けながら声だけを回して来た。

オッレルス『それと俺にも繋げてくれ!回線が作業に耐えられるか先に確認したい!』

そして早口で土御門にそう告げた。

と、その言葉が終わってから僅か3秒ほどで。
すぐに土御門経由で核との接続が終わり、確認も済ませたのだろう。


オッレルス『―――くそっ!ダメだ!その「深度」では維持できない!』


そんな好ましくない結果を、更に早口で告げた。


823: 2011/05/17(火) 00:50:50.53 ID:UDkqlcg4o

オッレルスが告げたその結果。
それは、今の接続状態では作業が出来ないことを示していた。

『接続深度』が浅すぎる、回線が細すぎて作業の負荷に耐えられないのだ。

土御門『―――チッ!』

その答えを脳内で聞き、
土御門は牙を噛み締めた。


ここまでやっと来たのに、状況は更に厳しくなったのだから。


黒豹は、頃したわけではない。

瞬間的に大ダメージを与えて、一時的に麻痺状態に陥らせただけだ。
当然、時間が経てば復活する。

こうしている今も、周囲の影は徐々にだが統制を取り戻しつつある。

もちろん、このまま核を破壊すれば殺せるが、
土御門側からしたら核を破壊するなど持っての外。

そんなことをすれば、人造悪魔達を停止させる手段が消えてなくなる。

それに土御門個人は、ネロのとの約束もある。
アリウスの術式そのものは破壊してはいけないとの。


ただ黒豹を頃す手段は別にもある。

このまま影に更に攻撃を畳み掛けていき、一掃してしまえば良いのだ。

もちろん、核を破壊するのとは比べ物にならない量の労力と力が必要だが、
御坂がいる今の土御門には可能な範囲だ。

824: 2011/05/17(火) 00:52:23.14 ID:UDkqlcg4o

オッレルスの確認の結果を聞くまでは、
土御門はその方法で黒豹を倒そうとしていた。

核とオッレルスの『中継点』となりながら、
同時に影を根こそぎ消滅させていく、と。

だが。

オッレルスが告げた結果は、それが困難であることを示していた。

現状の接続では『深度』が『浅い』。
これでは確実に作業は失敗する。

となれば、更に『深く』繋がる必要があるのだが。

接続と戦闘、それら力の割り振りは今が最大限のものだったのだ。
接続を維持しつつ戦闘行動、両方を両立できる限界水準だ。

つまりこれ以上接続に意識と力を割り振れば、当然戦闘行動が不可能になる。

このまま畳み掛けて黒豹を頃しきるなんて無理、
土御門はここに張り付き続けざるを得なくなり、無防備の背を晒す事となる。

氏に物狂いで、なりふり構わず向かってくるであろう影に対して。

土御門『……』

しかし、他に方法は無かった。


どちらを優先するべきなのかは明らかである。

825: 2011/05/17(火) 00:53:49.72 ID:UDkqlcg4o

土御門『……作業が済むまで、俺の背中を頼みたい』


そう、背中の御坂に告げると同時に、
共有を介して意図を送り込む土御門。

御坂「……」

特に反論もせず、
小さく頷いては御坂はその背から跳ね降りた。

次いで切断される、意識の共有。

脳内での会話や感覚の鋭敏化、撃神による雷性の支援は依然続けているが、
意識の共有だけは切断する必要があった。

なぜなら、これから土御門はその意識内を満たすのだから。

受け入れた核の中身で。

それによって、御坂と共有するスペースすら維持できなくなるのだ。
いや、厳密に言えば御坂への『汚染』を防ぐことが出来ない、だ。

なにせ。

最悪、土御門自身の精神が消失するかもしれない程。
いくら慈雨の加護があるとはいえ、非常に困難な事なのだ。

これはいわば、
城の門という門を開き中に敵を招き入れる行為なのだから。

826: 2011/05/17(火) 00:55:12.37 ID:UDkqlcg4o

御坂が降りてすぐ、白狼の姿は人型へと一瞬で形を変えた。

金髪とサングラスに上半身裸、という本来の姿に戻り、
核に向き合っては両手の平を当てる土御門。

御坂は彼の背中合わせの位置に付き、大砲を腰溜めに構えた。

土御門『残りは?』

御坂「31発」

そして二人は淡々と、
背中越しに最後の確認の言葉を交わしていく。

土御門『凌げるか?』

御坂「凌いでみせる」

土御門『任せた』

御坂「了解」

土御門『……』

そんな、状況が最悪だと理解していても安定してる御坂の声。

土御門『あいつは―――』

それを聴き、土御門は一泊置いてふと思い出したように。


土御門『―――確実にお前を選んでただろうな。もしインデックスに会っていなかったら』


彼女に向けそう行った。

それに対し御坂は。

御坂「……はっ」

背中越しに軽く、笑い飛ばすような声を漏らし。


御坂「あの子を助けてない当麻なんて―――ねえ?」


そう言葉を返した。
顎を上げるように、背後の土御門に向け首を傾げて。

827: 2011/05/17(火) 00:58:07.38 ID:UDkqlcg4o

同意を求めるような語尾の発音で。
それはまるで、そんな上条当麻には魅力が無いとでも言いたげな。

そして土御門は。


土御門『はは、確かに』


その『含み』の部分に同意した。

と、その時。
御坂の両隣にもう二人、『仲間』が降り立った。

シルビア『私程度で足しになるかわからないけど』

アックア『轡を並べさせてもらう』

弓矢を携えたシルビアと、大剣アスカロンを手にしているアックアが。

二人の言葉に御坂は無言のまま、
特に両者を見もせずに小さく頷き。

土御門は小さな笑い声を漏らした後。


土御門『(我らが慈母―――天照坐皇大御神よ―――どうか―――)』


手を核に『沈み込ませた』。
ズルリと肘ほどまで。


その瞬間。

流れ込んできた苦痛に耐えかねた、
少年のこの世の者とは思えない絶叫が響き渡る。

どんな苦痛に対しても、一息以上は声を漏らさなかった少年の。


しかし。


少年は決してその両腕を引き抜こうとはしない。
例え首を撥ねられようとも、その体が業火に焼かれたとしても。

そして彼の背後を預かる三者は、
微動だにせず構えていた。


再稼動を始めつつある、蠢く影を見据えて。


―――

835: 2011/05/19(木) 01:01:40.90 ID:rLU+ku2po
―――

デュマーリ島、南島。

延々と続いていた工場地帯は今や破壊しつくされ、
薄闇の中、廃墟がどこまでも連なっていた。

いや、『廃墟』と呼べる形状を保っているだけまだマシな方だ。
ただの瓦礫の山、更に酷いところでは全て蒸発して完全な更地と化しているのだから。

辺りはしんと静まり返っていた。

聞えるのは彼方、北島からの戦囃子。
光が明滅するのに合わせて大地が揺れ動く。

遠くの空で雷が瞬いているような光景か。

大気を伝ってくる音は、
距離があるためかその明滅のリズムとは全く噛み合わない。

そんな、不快な環境音を

浜面仕上はその場に跪いていた。
ただただ呆然としながら。

浜面「……」

何も考えてはいなかった。

考えたくも無かったし、そもそも考えられなかった。

感情と記憶が爆発を起こし、
心の中は滅茶苦茶に散らかってしまっている。

一気に押し寄せた負荷に耐え切れず、
思考がオーバーヒートしてしまったようだ。

何もわからない。

これは本当に現実なのかどうかも虚ろ。

今、己はどんな表情をしているのかも。
笑っているのか。

怒っているのか、それとも。

泣いているのか、も。

浜面「……」

836: 2011/05/19(木) 01:03:58.14 ID:rLU+ku2po

正面には地面に座り込んでいる滝壺。
彼女はずっと空を見上げていた。

後ろに転げ倒れてしまうのではというほど、顎を上に向けて。


麦野沈利が逝った空を。


浜面「……」

その彼女がどんな表情をしているのかは見えなかった。
上を思いっきり見上げているため、浜面から見えるのは絹の様な肌の喉元。

だが直接見えなくても、
彼女がどんな顔をしているのかが、ある程度推測できるものがあった。

それは、彼女の頬、耳元から首筋に伝っていく雫。
量は少ないけども、絶えることなく流れ続けていく露。

彼女は泣いていた。

浜面「……」

と、その時。

浜面は脇にふと現れた影に気付き、
そちらに振り向いた。

その先には。

絹旗「……………………」

滝壺を見つめる絹旗が立っていた。


そんな彼女の表情は―――浜面はわからなかった。


わからなかった。

837: 2011/05/19(木) 01:05:49.10 ID:rLU+ku2po

激怒している顔も、
悔しさで一杯の顔も。

悲しんでいる顔も、
感傷に浸っているような近づきがたい時の顔も。

そして喜んでいる顔も。

心の底からの笑顔も。

浜面は、絹旗の表情変化を一通り全て見てきていたはずだった。
これは滝壺、浜面も含める三者ともお互いがそうだ。

付き合いが長いとは決して言えないものの、
共に過ごした間の密度と距離は凄まじく濃厚なものだったのだから。

だがこの顔は、今まで一度も見たことが無い―――とも言える一方。
『見たことがある顔』全てが同時に滲んでいるとも感じた。


浜面「―――……」


そこで浜面は気付き思った。

そう、絹旗も同じなのだろうか、と。
今の自分の想いが良くわからないのは、絹旗も同じなのだろうか。

とすれば己も、今は彼女のような顔をしているのだろうか、と。


838: 2011/05/19(木) 01:07:19.47 ID:rLU+ku2po

ただ、それがわかったからといって別にどうということではない。
少なくとも今の浜面にとっては。

思考もこれ以上は回らないのだから。


ぽっかりと空いた穴はあまりにも大きすぎて、
何もかもを飲み込んでしまう。


ここまでの穴が空く事への戸惑いも。
そして『この状況と己の関係』、『己達がここにいる意義』をも

それら全てを丸呑みにしてしまうほど。


だが、もちろんそのままでいる事は好ましくない。
彼等自身を含む『皆』にとって。

その瞬間。

浜面「―――」


結標淡希が唐突に『立っていた』。


浜面と滝壺の間、
先ほどまで麦野沈利が横たわっていた地面に。

839: 2011/05/19(木) 01:08:06.94 ID:rLU+ku2po

一瞬にして出現した結標、その体は先にビルで見た時よりも更に薄汚れ、
あちこちが血に滲み、全身から疲労の色を漂わせていた。

そんな彼女は滝壺の方を向いていた。

そのため、
跪いている浜面から見えるのは頭と同じ高さに腰、そして背中。

その背中越しから浜面は聞く。

結標「……何をしてるの?」

結標がぽつりと漏らした言葉を。
それはそれは平坦で、感情が読めない声色。

だが次に発したのは。

結標「何を、してるの?」

言葉は同じでも、その声色は明らかに変化していた。
威圧的な空気と醸し出し、そして苛立ち交じりにも聞えていた。

その二度目でようやく滝壺は反応を示しては、
視線を結標の方へとゆっくり向けた。

と、そこで『三度』。


結標「―――何を、して、いるの?」


再び結標はそう問うた。
更に威圧的で、冷ややかで、突き刺さるような声で。


浜面「―――!」


滝壺の胸倉を掴んで持ち上げて。

840: 2011/05/19(木) 01:10:58.63 ID:rLU+ku2po

能力を使っているのだろう、結標の細い腕が軽々と滝壺を引っ張り挙げた。
滝壺の爪先が、地面と触れるか触れないかという高さまで。

滝壺「ん―――ん゛っ!」

首元を締め付けられ、
そんな声を歪めた口から漏らす滝壺。

浜面「な―――」

その突然の光景を見た瞬間、
考えるよりも先に、浜面の体が反射的に動いた。

瞬時に立ち上がり、太もものホルダーから拳銃を引き抜き。

浜面「―――何しやがる?!」

結標の後頭部へと突きつけた。


例え何も考えられなくても、
心に大きな穴が空いて何もわからなくても、これだけは。

滝壺を守るという信念は、浜面の魂奥深くに刻み込まれていたのだ。

そして同じく絹旗も。
あの複雑な表情の色がまだ残っているも、その体は身構えており、
今すぐにでも結標に跳びかかってしまいそうな勢いだった。

841: 2011/05/19(木) 01:12:43.28 ID:rLU+ku2po

だが、結標は振り向きもしなかった。
まるで浜面と絹旗がいないかのように、一切気にも留めず。

結標「メソメソウジウジ」

そして。
          メルトダウナー
結標「所詮、『あの女』一人でもっていたチーム、」

滝壺を乱暴に揺らしながら。

結標「腑抜けのカスが。『アタマ』切られたらそれでオシマイかよ」

冷ややかな声で続けた。

浜面「なっ―――」



結標「よくこんなゴミばっかりで、アイテムだなんて誇れたものね」



浜面「―――ってッ!」

その光景と言葉に耐えかねて。
浜面は結標の頭に強く、銃口を押し付けては。


浜面「―――てめぇに何がわかる?!俺達の何が?!」

842: 2011/05/19(木) 01:14:23.75 ID:rLU+ku2po

何がわかる。

結標「―――あぁあ?何がわかるか、って?」

と、その浜面の言葉に結標はやっと振り向きそう返した。
銃口を押し返すように力を篭めて。

その口調は問いを投げ返すもの。

まるで。

お前らこそ何をわかってる?とでも言いたげな。

私は答えを知っている、とでも。

結標「そんなことだから、あんた達はいつまでも『一兵卒』止まりなのよ」

そして結標は、そんな風に吐き捨てて一泊置いた後。


結標「『私達』は何のためにここに来た?」


結標「『私達』は何のために―――『ここ』で氏んでいった?」



結標「―――本当にわからないの?」


―――

843: 2011/05/19(木) 01:15:13.99 ID:rLU+ku2po
―――

黒子「―――…………」

黒子はビル屋上の淵から、
1km程離れた地を見下ろしていた。

土御門、御坂、シルビア、そしてあの大男と『核』を。

とは言っても、
この距離で黒子の目で識別できるのはあの大男の大きな『翼』と、
影の中から出現した核が漏らす光だけであるが。

オッレルス『そちらの回線は?』

背後から聞えたその声に対し、
黒子は体そのまま、顔だけを振り向かせながら答えた。

黒子「いえ。いまだ」

依然回復の兆しが無い、
AIMストーカーの通信網の状態を。

オッレルス『そうか』

そう、これまた片手間といった風に言葉を返してきたオッレルス。

彼を囲む光の球体、その表面を動く文字列の目まぐるしさはいっそう増し、
全体の光も徐々に強くなってきている。

更に、今まではオッレルス自身は特に動いていなかったのだが、

土御門との交信があった直後から、
見えない操作基盤を敲いているかのように手を動かしはじめ。

視点も人間離れした挙動と速度でせわしなく動かしている。

黒子「……」

黒子の素人目から見ても、
極限のプレッシャーと押し寄せる焦りの中にいることが見てとれるほど。

844: 2011/05/19(木) 01:16:52.89 ID:rLU+ku2po

オッレルス『では……まだ回復していないようだが、君にやってもらいたい事について話しておく』

黒子「!」

オッレルスが話を切り出した瞬間、
黒子の前の中空に、ホログラムのように光の像が浮かび上がった。

それは、羅列されている各チームのコード。
全て、北島各地のランドマーク上で待機しているチームのもの。

そしてそのコードの後に続き、なにやら奇妙な『記号』が浮かび上がっていた。

黒子「……これは?」


オッレルス『「示している記号」を回線が回復次第、各地で待機してる君の仲間達に転送し』

オッレルス『ランドマークの範囲内、壁や床でも何にでもいいから刻むよう伝えてくれ』

黒子「……」

オッレルス『模写の精度は「同じ記号」と判別できる程度でかまわない』

黒子「了解。回復次第、そういたしますの」

オッレルス『あくまで俺が「遠隔干渉」するための基点構築だから、彼らに何かしらの障害が生じることは無い』

黒子「はい―――」

と、黒子がそこで頷いたその時。



『―――……………………こちら……AIMストーカー……状況報告を』

845: 2011/05/19(木) 01:18:30.97 ID:rLU+ku2po

正に突然脳内に響いてくる、今最も聞きたかった声。

黒子「(―――回復……!しましたの!)」

前触れもなく、AIMストーカーの通信網が回復したのだ。

その声色がなぜか随分と萎れてはいるが、間違いなくAIMストーカーのものだ。

黒子「こちらCharlie 4。状況報告を転送」

滝壺『……了解。状況確認完了』

思わず黒子はその場で身を乗り出しては、
早速情報を送り出し。

親指を立てた右手を伸ばしながら、
オッレルスに向けて頷いた。


オッレルス『(回復したか。このタイミング、良い流れだ)』

それを確認したオッレルスは、小さく笑った。

オッレルス『(流れは俺達に傾きつつある―――)』

依然、道のりは厳しいものの。
この険しい道の先に、確かな光が見え始めている。

手が届くところに確たる光が。


オッレルス『(―――この勢いのまま突っ込むか)』


そこでオッレルスは、せわしなく動かしていた手を止めた。
その瞬間、球体の表面の文字列もピタリと動きを止めた。

846: 2011/05/19(木) 01:19:38.47 ID:rLU+ku2po

オッレルス『―――キリエさんを―――』


その彼の言葉を聞くと同時に、
黒子がオッレルスの足元の彼女を一瞬で脇に連れ出して。

直後、球体の色が変わった。

表面がざらついて黒くなり、
オッレルスの姿が覆われて見えなくなり。

その雑な表面の隙間からは、
赤とオレンジの光が漏れ出す―――。

黒子「―――!」

それは『核』だった。

厳密には現物ではないが。

ここに出現したのは、いわば『水面に映る月の影』。
現物は今も土御門の前にある。

土御門経由で引き出されたデータがオッレルスの中で変換され、
その像がこの場に映し出されているのだ。

とはいえ、
もちろん素人の黒子の目からは変換後と変換前の違いなどわからない。

そう、そんな専門的な事はわからないが。


これだけはわかる。


遂に最終局面が始まった―――良くも悪くも『終わり』はすぐ、訪れると。


―――

847: 2011/05/19(木) 01:20:12.24 ID:rLU+ku2po
―――

じわりじわりと近づいてくる、ヘドロのように蠢く影。

それを、矢の雨による『面制圧』で粉砕し。

『天の氷』と『天の水』で形成されている巨大な翼が薙ぎ掃い、
それらの力を更に集約させた大剣が、一閃の元に寸断する。

聖人シルビア、そして聖人の枠を超えて半天使となったアックアが影を滅していく。

その光景を、御坂は大砲を腰溜めに構えながら見守っていた。

御坂「…………」

背後にて土御門の苦痛に、喘ぐ『強烈な声』を耳にしながら。

彼女がその魔弾を放たないのは、
なにも『出る幕がないから』というわけではない。

むしろとっておきだ。

今はまだ二人の魔術師の攻撃が効いている、
『影の防御』の機能が戻っていない段階であるし、何よりも残弾の問題がある。

とはいえ。

『とっておき』とはいっても、この御坂の『魔弾だけ』では決定打にもならないが。
この魔弾だけでは、文字通り『防御機能を剥がすだけ』。

特殊な効果を省いたこの魔弾の単純な威力では、
黒豹にとっては蚊に刺される程度だろう。

この特殊効果に、土御門の圧倒的な力があってこその先ほどなのだ。

848: 2011/05/19(木) 01:23:01.44 ID:rLU+ku2po

御坂「……」

それに、意識共有を切る前に送られてきていた土御門からの『評価』では。

御坂の魔弾の効果があってもアックアやシルビアの力では、
完全に復活した状態の黒豹にはほとんどダメージは与えられ無いとなっていた。

防御を抜きにして、単純に力の規模に差が有りすぎるのだと。

白狼と氏闘を繰り広げた、先の『全力の黒豹』相手では。

『ガブリエル程度』では、本体を顕現させて100%の力を発揮したとしても、到底『戦い』と呼べる段階には届かない。
ましてや『いち聖人程度』じゃあ、何人いても『いない』のと同じ。

そして、単純な力量ではこの二人よりもずっと低い御坂。


唯一拮抗しうる土御門は戦闘に参加できない、というこの状況。

作業が完了して土御門が戦闘に復帰するのが先か、黒豹の完全復活が先か。
なんという綱渡り、とんでもない追い詰められ具合だろうか。


御坂「……」

だがこのような時でも。
諦めずにいれば、流れは着実にこちらに向かって来てくれる。

例えばこの―――



黒子『―――お姉さま!聞こえます?!』



―――耳の受信機から聞えてきた親友の声なんかも、それを示す好例だ。

849: 2011/05/19(木) 01:24:28.38 ID:rLU+ku2po

御坂「黒子、回復したのね。問題は?」

黒子『問題は今のところ特には!AIMストーカーは今、こちらが要請した作業をおこなっておりますの!』

御坂「そう、よかった」

『ムーブポイントへの演算補助信号にメッセージを混ぜる、というミサカの案がうまくいきましたね』

と、そこで入る妹達からの通信。

『AIMストーカーの稼動状態、ネットワーク機能、共に正常、問題無いです』

御坂「(……よしっ、良い感じね)」

御坂は心の中でとりあえず、一つ問題をクリアしたことに胸を撫で下ろして。
横目で、背後の土御門を見やった。

凄まじい苦痛の声を漏らし続けている彼を。

前に事務所デビルメイクライに居候していた時、
トリッシュの拷問で上条もかなりの苦痛の声を挙げていたが。

それこそ、あの上条当麻が精神的にまいってしまい
無様に泣き出すほど。

御坂「……」

だが、今の土御門のそれはあの時以上に聞える。

あの時以上に、だ。
だからこそ、御坂はあの上条の時と同じくこう思う。

こういう時こそ、
己のような立ち位置の者が踏ん張らなければならない、と。

中心で戦っている者を、横や後ろで支える支援者。

ある時は刃となり。

ある時は盾となる『脇役』―――と。

彼女の今の主題は、
復活した黒豹に殺されてしまうのではないか、ではない。


果たして作業が終わるまで―――土御門を守れるかどうか、だ。

850: 2011/05/19(木) 01:25:36.09 ID:rLU+ku2po

そしてその主題を問う『悪魔』が、そのおぞましい頭を掲げる。
御坂の視線の先にて、二つの赤い光点が出現した。

それは『目』。

影の王の鋭い瞳。

その瞬間、辺り一帯の影がその動きを変えた。

ヘドロ状に統制なく蠢いていたのが一気に滑らかになり、
一つの意思の元に集っていく。

まだ、完全ではない。

そう、確かに完全ではないものの。


御坂「(―――そろそろね)」


『完全』へのカウントダウンは始まっていた。


シルビア『チッ!5割程度か!攻撃が拒絶された!!』

その時、土御門が繋いでくれていた魔術通信網による、
脳内へ響く声。

アックア『6割弱、か。通らない』


その彼らの声が示すのは、
『防御』の機能も復活しつつあるという事実。

851: 2011/05/19(木) 01:26:53.49 ID:rLU+ku2po

この展開まで到達してしまったら、
もう残弾を惜しんでなどいられない。

影はいびつながらも、
『黒豹』と見える形まで既に再生している。


御坂「―――私の弾を追って集中させて!」


そう、二人の魔術師に叫んでは、
撃神のサポートされた感覚で狙いを定め。

そして砲撃を開始する。

それと同時に、再生しかけの黒豹もこちらへと突進してきた。
完全復活など待っていられない、とでもいうように。
いや、実際にそうなのだろう。

なにせ己の『核』がむき出しなのだから。

ここからは、双方にとって『氏に物狂い』だ。


放たれた魔弾が、黒豹の頭部に命中する。

そこにほぼ同時にすれ違いざまに。


アックア『―――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


巨大な光の刃『神戮』、
ガブリエルの剣へと姿を変えたアスカロンをアックアが振り抜く。

そして。

かの四大天使の刃は、黒豹の鼻先から尾の先までを水平に、
上と下に分断した。

852: 2011/05/19(木) 01:27:44.73 ID:rLU+ku2po

だが。

それで終わるわけが無い。
それどころか、終わりに少しでも近づいたかどうかさえ怪しい。

一閃の元に切り捨てられた黒豹の体は、
大気中に溶け出すようにして一瞬に霧散。

そしてそのすぐ後ろに続く形で。

アックア『―――!』

黒豹の体がもう一つ、そこに『再生』した。

これは、完全復活していないからこその身軽さと言えるだろう。
集束している力はまだ小さいため(あくまで完全な時と比べれば)、再構築もすぐ済むのだ。

『二体目』の黒豹が、
アスカロンを振りぬいた直後のアックアに跳びかかる。

と、そこで二発目が頭部に着弾。

隙をついてアックアが後ろに跳ねて離れると同時に、
そこにシルビアの矢の雨が降り注いだ。

地殻を穿つ散弾。

それらを受けて、
黒豹の体は原型を留めぬ程に損壊するも。


やはり瞬時に再生した。

853: 2011/05/19(木) 01:29:51.70 ID:rLU+ku2po

白狼と戦っていたときのように、
周囲の影全体が猛烈な勢いで襲い掛かってくる、

なんてことはまだ無く、積極的に動いているのは再生しかけの黒豹の体だけ。

しかし、決して楽ではない。

御坂、アックア、シルビアにとってはこの状態の黒豹でも『怪物』。
今でさえ、そこらの大悪魔など遥かに凌駕している。


御坂「―――ッ!!!」

御坂が放って、
アックアとシルビアがその天の力を叩き込む。

時間稼ぎにはなっていた。
だが、決定的な事は何も出来ず。

残り25発。

『戦線』は徐々に押し込められていく。

撃つ場所・タイミングを慎重に選ぶも、
残弾はどんどん減っていく。

残り20発。

アックア『―――ぐっ―――!!!』

黒豹が薙いだ尾をアスカロンでなんとか受け止めるも、
その表面に走る大きな亀裂。

残り15発。

シルビア『―――あ゛ッ!!!!』


盾として出したクレイモアが黒豹の爪により、
一瞬でへし折られて弾き飛ばされるシルビア。


そして残りは―――10発を切る。

854: 2011/05/19(木) 01:31:17.17 ID:rLU+ku2po

この時点で黒豹は、
土御門の背を守る御坂まで40mのところまで迫っていた。

残弾は残り9発。

御坂「(―――マズイ)」

そして御坂の大砲は、
実はあと2発で装填が必要であった。

なにせ、ここまで装填する余裕が一度も無かったのだから。

そしてここから先も装填する余裕は無さそうに、
いや、それどころかますます―――。

だが当然、装填しなければ大砲は撃てない。

どうにかして装填するしかないのだ。
となると、頼みの綱はもちろんアックアとシルビア。

御坂「―――2発で装填!!」

そう彼等に叫び、御坂は残りを放つ。
急ぎつつも慎重に、無駄撃ちなどせぬように。

一発目。

牙を剥き出しにしている、開かれた『口内』に炸裂。

二発目。


左目眼球に命中―――したが。


御坂「――――――――――――」


―――弾かれた。


御坂の大砲の弾は『拒絶』された。

なんというタイミングか、
ここで影の防御の『更新』が完了したのだ。


遂に御坂の大砲の弾も―――『拒絶対象』に。


御坂「―――……う……そ……?」

862: 2011/05/21(土) 00:44:02.08 ID:eZZRMapho

あまりの光景に、御坂は即座に装填作業に動く事が出来なかった。
ただ、そこで怯まずに作業に移れたとしても、
最早無駄な労力に過ぎなかったが。

黒豹はそのまま、御坂に向け真っ直ぐ突っ込んできた。
御坂など軽く一呑みにできるであろう巨大な口を開け放って。

御坂「―――」

とその時。

彼女と黒豹の間に、間一髪のところでアックアが割り込んだ。

莫大な力が収束されて光剣と化しているアスカロン、
『神戮』の切っ先を前に突き出し。

翼を広げてその『場』に踏ん張り。

アックア『―――お゛―――』

黒豹を正面から『受け止めた』。


その瞬間溢れる強烈な閃光と衝撃、
そして、後ろの御坂の足元まで飛び散る鮮血。

その真っ赤な液体が『どちら』のものか、などは特に言及する必要は無いだろう。

御坂「―――ッ」

なにせアックアの上半身がすっぽりと、黒豹の口の中に入っていたのだから。
そこに大量に零れ落ちる鮮血。


その光景はどう見ても―――。

863: 2011/05/21(土) 00:44:56.15 ID:eZZRMapho

アックア『ぐ―――ぬ……』

と、その光景は絶望的であったが、
『見た目通りの最悪』ではなかったらしい。

中から、彼の生存を示す唸り声が聞えてきたのだから。

彼の『神戮』の刃は、
今現在唯一防御が効いていない箇所を的確に貫いたのだ。

それは、御坂の大砲が拒絶対象になる直前に炸裂した『口内』。

ただやはり、大きな牙は回避できても、
目の粗い鑢のような表面の影は裂けようも無かったらしい。

アックア『ぐッん―――』

黒豹の頭蓋を内側から割るのと引き換えに、体を引き裂かれる。
まさに肉を斬らせて骨を断つ。

アックアは一泊息を込めては身を捻り、

アックア『―――おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

突き刺しているアスカロンを今度は一気に切り上げた。

『神戮』の刃は脳天、額、鼻先まで。
首先から上顎全体を、内側から両断。

ブチ切れた影の破片とアックア自身の血飛沫が飛び散る中、
黒豹の頭部がパックリと大きく開いた。


すかさずその開口部に向け、
上方に跳ねていたシルビアからの矢の一斉掃射。


黒豹の体は『今までと同じよう』に、潰れては砕け散った。

864: 2011/05/21(土) 00:46:18.63 ID:eZZRMapho

そして黒豹の口から脱したアックアの上半身は、まさに修羅の様相であった。
血に染まっていない部分の面積の方が少ないくらいだ。

アックア『はッ……ぐ……』

なんとか搾り出したような苦悶の声を漏らしては、彼はその場にガクリと膝を付いた。
拍子で額などからボタボタと大粒の雫が零れ落ちていく。

御坂「―――」

御坂はその姿に思わず駆け寄ろうとするも、
アックアは鋭い視線を向けて彼女を制止した。

寄るな、と。

その御坂のすぐ脇に降り立ったシルビアは、

シルビア『オッレルス。そっちの作業は?』

オッレルス『もう完了する。すぐだ』

シルビア『そうか……』

そう淡々と魔術通信を交わした後、ロングボウを構えた。


シルビア『私達は「次」で負けるが、それまでに済ませてくれ』


500mほど正面、再び再構築された黒豹に狙いを定めて。

オッレルス『……ああ。間に合わせるよ』

アックア『……』


御坂「…………」


そう、ここにいた誰しもが『己個人の敗北』が、
次の黒豹の攻撃でもたらされると感じていた。

今となっては土御門が戦闘に復帰しても―――どうしようもない。

もう『黒豹に勝つ』という結果は消失していた。
御坂の大砲が効かないのだから。

865: 2011/05/21(土) 00:47:23.77 ID:eZZRMapho

御坂はその場に静かに屈んだ。
何もする事が無いのだから、別に問題ないだろう。

ただ、何もする事が無くとも、『何もできない』という訳ではない。

『的』が一つ増える分、
土御門の番までの僅かな時間稼ぎにはなる。

少なくとも御坂は、
己がここに残るそんな小さな必要性を見過ごそうとはしなかった。

そもそもここから退くにしても、
あの影からはどの道逃げ切れそうも無い。

とそこで。

屈んだ際、彼女の爪先に何やら当たって響く金属音。

御坂「……」

ふとその音の源をみやると。

ここで撃ちまくって排された薬莢の一つであった。

レディ製の魔弾の―――。


御坂「―――」

とその時。

レディ、あの尊敬するデビルハンターを思い浮かべた瞬間。


御坂の脳内ではフラッシュバックが起こった。

866: 2011/05/21(土) 00:48:32.67 ID:eZZRMapho

頭の中に響くのは。


―――『チャンス』はそこら中に転がってる―――『有効な手段』は時に『近く』を転がってるものよ。


出発前にレディから貰った言葉。


一見通用し無そうに見えても―――実はかなり有効な『切り札』も―――。


歴戦の経験に裏打ちされた、『人の子』としての助言。


御坂「―――……っ」


突如澄み渡っていく頭に御坂は目を見開いた。

思考が一気に回転速度を増す。
撃神によって鋭敏化している感覚が後押ししてくれているのか、
今まで御坂が体感したことが無いほどに。


御坂「―――……」

意識共有していた際に土御門から貰った、『影の防御』の性質。
影は、武器や攻撃の基礎概念を識別して『拒絶』する。


そして足下の散らばっている『薬莢』。
『薬莢』、それは弾頭を撃ち出すための『炸薬』が入っている容器。


御坂の思考は瞬時に、この二項目の間にある微かな線を見出した。


もうちょっと。

もうちょっとで―――繋がる。


この大砲が使うのは、『炸薬』で撃ち出す弾。


そう、能力で強化されるも―――基盤は『炸薬を使う銃』。

あくまで、『火薬の燃焼現象を利用して弾頭を射出する武器』の延長線上のもの。

影の防御は、その『概念』を『拒絶対象』とした。


ならば―――。


御坂「―――」

867: 2011/05/21(土) 00:51:40.71 ID:eZZRMapho

瞬間。

彼女は『己の手』に目を移した。


遂に、そこで彼女はその『何か』を『見つけた』のだ。

常にそこに、当たり前のようにあり。
そして当たり前すぎて、このような状況ではついつい意識の外に置いてしまっていた―――。

だが実は―――使える『もの』が。

この『手の平』そのものにある、と。


御坂「―――再開するわよ!支援お願い!」


御坂はそう声を張り上げて肩の弾薬袋から残りの弾、7発を能力で取り出した。

シルビア『再開って―――』

その大砲じゃ防御はもう、
とシルビアが続けようとして彼女の方を振り向くと。

立ち上がった御坂の前で浮遊する7発の弾。
その薬莢と弾頭が、次々と『外されていき』。

先から黒い炸薬を零しながら薬莢は地面に落ち。

親指大の弾頭は、御坂の手の中に―――。

右手に3発、左手に4発。
それぞれを乗せた手を前、黒豹へ向けて突き出して。


まず『一つ』。


その弾頭を指で『弾き飛ばした』。

そう、彼女の思考はこのような答えを導き出したのだ。

『火薬の燃焼現象を利用して弾頭を射出する武器』とは―――『別物』では?



                                   レールガン
炸薬を一切使用しない―――『純粋』な超電磁砲は、と。



次の瞬間。

彼女の二つ名を証明する、光の矢が放たれた。

868: 2011/05/21(土) 00:53:40.71 ID:eZZRMapho

真っ直ぐに放たれたレールガンは、
再び突進し始めた黒豹の額に直撃した。

やはり大砲から撃ち出すよりも遥かに火力が弱いのか、
黒豹の勢いが緩むどころか一切揺れ動きもしないも。

―――影の表面に走る亀裂。

それを一目見て、驚くよりも先に矢を放つシルビア。

そして満身創痍のアックアも、一度太い声を挙げてはその身を奮い立たせ、
アスカロンを手に飛び出し。

続けて放たれた2発目を追って切り込む。


再び状況がこちらに傾いた。
それは紛れも無く最後の『傾き』。

ここで逃がしたら、もう次は無い。

確かに使命を達するためならば、
その命を捨てることも辞さないものの。


『進んで氏にたい』者などここには一人もいない。


可能ならば『最良の結果』を望むのは当然。

三者はここで最後の力を振り絞る。


それぞれがそれぞれの望む場へ―――『生きて』帰るために。

869: 2011/05/21(土) 00:54:52.03 ID:eZZRMapho

シルビア『―――オッレルス!!まだか!!』

御坂『―――あと5!』

残り5発を撃ち切る前に。

最後の5発目の効果が消える前に。

オッレルス『―――もう終わる!』

御坂『―――4!』


土御門を―――。


御坂『―――3!』

両手から交互に撃ち出すレールガン。
しかし黒豹の方も完全復活まで少しなのか、その防御を剥いでも。

御坂『―――2!』

もうアックアやシルビア程度の力では、僅かに怯ますことしかできず。

黒豹は接近速度を増して―――。

そして。


御坂『―――1!』


最後の一発が放たれたその時。


オッレルス『―――完了した!!』

作業が終わったことを告げるオッレルスの通信。
それと同時に土御門は―――はずだったのだが。

彼は動かなかった。

腕を肘まで核に沈めたまま。

御坂「―――土御門―――」


いつのまにか、その頭はダラリと力なく垂れ下がっていて。


御坂「―――土御門!!!起きろコラぁあああああああああああああ!!!!」


―――

870: 2011/05/21(土) 00:57:14.77 ID:eZZRMapho
―――

名を呼ばれたような気がする。

どこか遠くで、はるか遠くで。


だが彼は、その声に応えることは出来なかった。


奔流にもみくちゃにされる中、何とか己の存在を保ち。
意識が霧散しないよう集中して抗うも。

どんどん奔流の底に沈み込んでいき、そして凄まじい圧力に晒される。

じわりじわりと『薄まりつつ』ある意識。

『―――』

あの声がした方に戻らなければならないのに。

決して諦めず、常に最良の結末を求めて。
より多くの命を守り、より大勢の仲間達を『家』に帰還させねば。


そして『ある日』、大切なあの『彼女』と交わした約束を―――。


「―――兄貴さ、ある日、急にいなくなったりとかしないよな―――?」


―――守らねば。守らねばならない。


もう諦めない、逃げないとこの戦いで誓った。



『おねがい―――だ―――』



何が何でも―――。



『―――かみさ―――ま』

871: 2011/05/21(土) 00:57:58.56 ID:eZZRMapho

その時。

『―――』


彼の前に、凄まじい奔流を遮ってあるものが出現した。

それは透き通るように白い肌していて。

病的なものではなくて健やかさを感じさせ。

冷たさは微塵も無くて、温もりに満ち溢れていて。

細くてしなやかでありながら、
醸し出すのは儚さではなく確たる力強さ。


そんな『女性の手』、いや―――『母性』満ち溢れている『右手』。


それが彼の前に差し出されていた。

さあ、と手を取るように示しながら。

『―――』

すかさず彼は手を伸ばした。
目一杯、全ての意識と力を振り絞って。


今の今までも守ってきてくれた、その―――『慈母の手』を取るため。

872: 2011/05/21(土) 00:58:59.10 ID:eZZRMapho

しかし。

あと1cmというところで届かなかった。

懸命に伸ばしてもギリギリ届ずに、指は残酷に空を切る。

届かなければ1cmも1億光年も同じ。
彼にとって、この隙間は果てしなく遠すぎた。

だがそこで。


もう『一本』。


筋骨隆々としたたくましい『右腕』が、慈母の手のすぐ脇から出現した。

『―――』

猛々しさに溢れたその腕は、慈母の手よりも遥かに太く長くて―――簡単に彼の手首を握った。

それはそれは、万力に固定でもされたかのような力強さ。
その一方で痛みやなど特には無く―――。

そしてたくましい腕は、一気に彼を引き上げ。
次いで慈母の右手も彼の手を握り。



土御門元春、彼は『帰還』する。



『二柱』が差し伸べた手により。


―――

873: 2011/05/21(土) 00:59:38.82 ID:eZZRMapho
―――

最後の弾が黒豹の『喉』に命中した瞬間。

ほぼ同時に、黒豹の力が遂に完全に復活した。
周囲の影が一斉に波打ち、そして全方位で杭や手を形成して。

そして突っ込む黒豹の全身も刃と化して。
今までとは比べ物にならない速度へと一気に加速した。

それは白狼と激闘を繰り広げていた際のもの。

例え防御が無くても、アックアとシルビアの攻撃ではもう傷すら付けられず、いや、
速すぎて触れさえもできない。

この場にてあの『牙』を止められるのはただ一人。


御坂「―――土御門ぉぉぉぉぉ!!」


三度、彼の名を叫ぶ御坂の声が響いたその時―――。



土御門が身を跳ね上げるようにして振り向き―――『白狼』へと姿を変えて。


牙を剥き出しにして。

今まで以上の力を宿して、
長い毛のような『白い光の線』を幾本も体から出現させては靡かせて。


御坂の横を一瞬で駆け抜けて行き―――黒豹と正面から激突した。



874: 2011/05/21(土) 01:00:45.76 ID:eZZRMapho

その瞬間、
御坂はまるで北島全体が沈み込んでしまったような感覚に囚われた。

いや、実際に界が沈み込んだのだろう。
影と光の全力の激突、その凄まじい負荷で。

御坂はその衝突した瞬間が見ることができなかった。
速すぎて認識できなかったのではない。

文字通り『見ることが出来なかった』のだ。

まるでチャプターを飛ばしたように、その部分だけがぽっかりと。

瞬間的な圧力で周囲の理が、時間軸もろとも一瞬全機能停止したとでも言うか。

この時の激突は御坂やシルビア、アックアのいる次元を遥かに超えた天辺のものであった。

そして、その両者の力は拮抗していた。


今度こそ、白狼は一寸も押し負けなかった。


体長2mの白狼と30mの黒豹はその場で押し合っていたのだ。

白狼は黒豹の喉下に深く食いつき。
黒豹は、前足で白狼を押さえ込むようにして爪を食い込ませて。


お互いの後ろ足には絶大な圧が加わり、
不気味な地響きを軋ませては一帯が更に『沈みこんでいく』。


875: 2011/05/21(土) 01:02:16.40 ID:eZZRMapho

黒豹の爪が食い込んでいる部位からは血が滴り、
純白の毛皮が紅に染まっていき。

白狼の牙が食い込んでいる部位の影が音を立てて砕けていき、
大量に流れ出て霧散していく。

その傷口へ放たれる、何重にも連ねられた白狼の一閃。
それらによって一気に黒豹の喉、首が更に引き裂かれていく。

が。


御坂「(―――……そ……んな―――!)」


それは傍から見ている御坂の目でも一目瞭然だった。

足りない。

決定的に足りない。
今のままでは押し切れない。

必要なのは、更なる大きな攻撃と―――『防御』をもう一度無効化する術。

今まさに、最後の弾の効果が徐々に消え始めているのだ。


このままでは―――。


土御門『―――弾は?!』

白狼、土御門からの『起き抜け』の第一声は御坂へのそんな問い。
土御門はまだ『知らなかった』。

彼女はもう、
全てを撃ち尽くしてしまっていたことに。

876: 2011/05/21(土) 01:04:17.75 ID:eZZRMapho

御坂「―――……!」

足元の瓦礫、薬莢を飛ばすか?
いや、そんな事しても意味が無いだろう。

レディが手がけた対魔専用弾じゃないと、あそこまで効果があるとは思えない。

弾薬袋を肩から下ろし中を覗き込むも、
当然あるわけがなく。

無い。

無いのだ。

ソレがここの現実だった。

土御門『―――何してる!!』

御坂「の、残りは―――……!」

あと一発、あと一撃さえあれば―――認めたくなくても、認めるしかない現実。
「あの時、弾を節約しておけば」と思い返して後悔してもどうしようもない。

ぎょろりと、黒豹の大きな赤い瞳がこちらに向いた。
明らかに御坂を見ていた。

御坂「―――」

そして狭まる目尻。

それはまるで―――ほくそ笑んでいるよう。

それはそれはたまらなく悔しくても、
今の御坂では否定できない笑み。


黒豹が笑みを浮かべるその『理由』を口にし―――


御坂「―――残りは……もう…………な―――」


―――ようとしたその時。


黒子『お姉さま―――!!』

877: 2011/05/21(土) 01:05:41.00 ID:eZZRMapho

御坂「―――」

唐突に耳の受信機から聞えた黒子の声。

黒子『右手の平を上方にお向けくださいまし―――!』

そしてその言葉に続いて、
御坂の顔の前に小さな風切り音を発しながら。


一本の『杭』が出現した。


御坂「―――」


長さ30cmの、表面に様々な文様が刻まれた大きな杭が。
そう、それは間違いなく。

黒子『―――これを!』

黒子が手にしていた、レディが手がけた武器の一つ。

御坂「―――はッ―――!!!」


御坂はその杭を右手でキャッチしては、即座に腕を伸ばして―――。

御坂「あはは!!!―――黒子ォ―――あんた最っっ高!!!」

杭の先端を黒豹の顔、こちらを見ている目玉へと向けた。
瞬間に赤い瞳が大きく見開かれたのが見えた。

そこへ。



御坂「―――愛してるわよ!!!!」



『杭』が放たれる。

電磁の力で射出された槍は大気を切り裂いて突き進み。

そして突き刺ささった。

猫目、真っ赤な瞳孔の中央に―――。

878: 2011/05/21(土) 01:06:30.61 ID:eZZRMapho

その杭の効果は、想像を遥かに超えていたものであった。
今まで使っていた弾薬なんて優しすぎる程。

御坂「―――!!!」

眼球に突き刺さった瞬間、
黒豹は白狼の牙に首下を引き裂かれるのも無視して跳ね上がり。

あの戦慄的な悲鳴を挙げては、狂ったように悶え始めた。

その『声』は先よりもさらに激しく、
より苦痛が滲んでいるようにも聞えた。

土御門『良くやった―――』

と、そこで白狼が一つの筆しらべを放つ。


『桜花三神が一、咲之花神―――花咲』


瞬間、とてつもない勢いで大量の『樹木』が生えてきた。
大地を割り、まるで噴火を起こしたように。

そして『天の木』達は、黒豹の四肢に絡み付いてく。

狂ったように暴れる黒豹によって砕かれ引きちぎられるも、
それを上回るペースで伸びては覆い、縛す。


土御門は、慈母から授かった全ての力を黒豹その場に抑え込んだのだ。

879: 2011/05/21(土) 01:07:44.42 ID:eZZRMapho

ただこのまま永遠に抑え込め続けるわけは無い。
維持できるのは極々短時間だ。

基本的に、力の総量は今の土御門よりも黒豹の方が多いのだから。
また、授かった慈母の力の全てを抑え込むのに使っているということは。

当然、『これ以上』の行動は出来ない。

そう、『慈母の力』だけであったら―――。


土御門『―――』


土御門は勝利を確信していた。

なぜならつい先程、慈母とは別に―――もう一柱。

慈母に匹敵する『圧倒的な存在』が、その力をこの手に授けてくれた―――。


―――手を差し伸べてくれたのだから。


白狼が天に向かって一声、遠吠えを放った。

すると最初に白狼が生み出した、
この場を照らしていた陽光が掻き消えていく。


それは慈母の光が滅していったのではない。


慈母によって『宵』が作られたのだ。


『弓神―――月光』


そして澄み渡った夜空に浮かぶ―――『三日月』。

880: 2011/05/21(土) 01:08:45.93 ID:eZZRMapho

直後に土御門の姿が白狼から人型に戻った。
ただ、完全に戻ったわけではなく。

御坂「―――!」

一つ、いつもの土御門との大きな違いがあった。

それは髪―――完全な『黒髪』。

そしてそんな土御門が右手を三日月に翳すと。

その手には、大きな大きな金色の大剣が出現した。

『魔と戦う運命とあらば―――』

瞬間、そう口を開き始めた土御門。
その声は確かに土御門のものであるのだが、なぜか別人が喋っているような。

まさしく、土御門の体を借りて誰かが―――。


『―――この身が砕けようともその道を進まん』


そう口にした彼は、
出現したその大剣の柄を両手で握っては顔の横に上げ。

手首を返して、縛されて更なる戦慄染みた咆哮を挙げるに黒豹に、その切っ先を向けて。

腰を落として構えて―――。



『陽派――――――スサノオ流』



『―――衝天七生』



土御門は空高く飛び上がった。

そして天空で大剣を一度翻しては―――急降下して。



『―――オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!』



一刀両断。


黒豹の脳天から腹まで―――完全に。


881: 2011/05/21(土) 01:10:25.62 ID:eZZRMapho

振り下ろした刃は、
地面に触れることなく直前で止まっていた。

直後、黒豹も土御門もピクリとも動かなかった。

黒豹は上を向き、凄まじい形相で咆哮を挙げたままの状態で硬直し。
土御門は振り下ろしたまま、黒豹の前でしゃがみ込んでいる姿勢。

完全な静寂だった。

見ていた御坂でさえ、
呼吸どころか己の鼓動すら止まってしまったように感じたほど。

そして数秒後。

世界は再び動き出した。


そこからの黒豹の最期は、正に『影』にふさわしいものであった。


静かで滑らかに。


正中線に沿ってパクリと、
黒豹の右と左がゆっくりと分離して、両側に倒れていく。

御坂「……」

と、その割れた体は地に着く前に霞んでいき。
風に吹かれたように掻き消えていった。

次いで周囲の影も。
一帯を覆っていた闇が見る見る消える。


日が昇って引いて行くように、
音も無く滑るようにして消失していった。

882: 2011/05/21(土) 01:11:17.78 ID:eZZRMapho

御坂「…………」


髪が緩やかに靡いた。

柔らかくも少し染みる風で。

随分と懐かしく思えた―――海風で。

その感覚に浸りながら、御坂は土御門の後姿を眺めていた。

ゆっくと立ち上がった彼の手には、もう金色の大剣は無く。

じっと黙って空を見上げている彼の髪の色が。
どんどん薄まっていき普段の金髪に戻っていく。

御坂「……っ」

気付くと御坂自身、あの感覚の鋭敏化がいつのまにか元に戻っていた。
全ての感覚が普段通りの水準に。

シルビア『ウィリアム。生きてるか』

作業服のあちこちが破れてて傷塗れのシルビアが、
向こう側から歩いてくる。

アックア『うむ』

そして上半身が真っ赤に染まっている、
目を背けたくなるような様相のアックアもアスカロンを杖にするようにして。

シルビア『傷を……ってその体はもう手当ていらないんだっけ?』

アックア『そうである。魂さえ潰えなければ、物理的損壊はいくらでも元に戻る』

シルビア『全く……便利だね』

アックア『痛みは人間の頃よりもかなり強いがな。それにコレはわからん』

そこで彼は親指で左目を指した。
アリウスに潰された左目を。

883: 2011/05/21(土) 01:13:10.72 ID:eZZRMapho

とそこで、オッレルスと黒子がその場に合流した。
黒子は足早に御坂の方へと向かい。

黒子「お姉さま、お怪我は?」

御坂「ねえ。あの杭……」

黒子「ああ、お気になさらずに。あのような代物など、わたくしにはもう必要ありませんので」

と、そこで黒子はややツンとして、演技っぽくそんな風に言葉を返して。

御坂「……ふふ、ありがとう。黒子」

それに穏やかに笑った御坂に釣られて。

黒子「……いいえ。どう致しまして」

今度は彼女も穏やかな笑みを浮かべた。
いつも通りの明るい笑みを。


オッレルスは空を見上げて黙っている土御門の横に向かい、
沈黙のまま彼と並んだ。

土御門「……書き換え、完了したんじゃないのか?」

するとぽつりと、独り言のように土御門が口を開いた。
空を見上げたまま。

それに対し同じく、オッレルスも空を見上げながら。

オッレルス『どうにも間に合いそうも無かったから、自律して書き換え作業を続ける術式をぶち込んでやった』

土御門『はっ……随分と無茶な賭けだな。本物の天才が故のやり方か』

その彼の答えに、
土御門は思わずといった風に小さく笑って。

オッレルス『「神」にそこまで愛されてる口から聞くと、嫌味にしか聞えないな』

そこでオッレルスも呆れがちに笑ってそう返した。

そして。

オッレルス『そろそろ書き換えが終わる。起動するぞ』

884: 2011/05/21(土) 01:15:12.42 ID:eZZRMapho

その瞬間。

北島の各地から、幾本もの白い光の柱が天に伸びていく。

それが一定の高さまで達すると、
今度は北島全体を覆うように球状の天井が出現した。

天井の最も高いところまで3kmはあるか。

光で形成されたのは、
それは大きな大きな幾本もの列柱に支えられた、荘厳なドーム型神殿の『像』であった。


土御門「うまく動いてるか?」

オッレルス『ああ。人造悪魔兵器のみを停止。他は手をつけず維持。注文通りだろ?』

そう、確認を取った後、ようやく土御門は視線を降ろしては、
オッレルスの顔を『初めて』見て。

土御門「土御門だ」

名乗った。

オッレルス『オッレルス。よろしく』


ここでようやく、お互いはしっかりとした自己紹介を踏まえ。


東西の『はみ出し者の魔術師』が握手を交わした。

そっけなく、それでいて力強く確かに。

―――

903: 2011/05/24(火) 23:24:02.41 ID:0Kc2mkOko

―――

2000年の後に現れる、暗き血の絆に導かれし狩人―――そして許されざる護り手を待て


スパーダが残したこの言葉通りに『今』が組みあがっていく。

覇王と暗き血スパーダの力。
そしてその絆に導かれし狩人―――ネロがこの場に揃い。

後は―――『許されざる護り手』だけ。


そして彼女は気付いた。
己が、その『許されざる護り手』という配置に付くことを求められている、と。

ただ、求めているのは『今の彼女』ではない。

友を慕う彼女でもはい。
人間の母を愛する彼女でもない。
この世界を護るために戦う彼女でもない。


『人造悪魔としての彼女』だけを求めていた。


『ルシア』ではなく―――『χ』を。


そして『残酷』なことに、
その求めを拒否する理由は彼女には無かった。


904: 2011/05/24(火) 23:25:51.12 ID:0Kc2mkOko

この世界を護りたい。
この世界の人々を護りたい。

護りたい―――友達を。

そう強く想えば想うほど、比例して強くなっていくアリウスへの怒り。

それが彼女に一切の迷いを無くさせた。
苦痛も不安も恐怖も認識しなくなり。


無心、まるで本能のように求めに応じる。


『―――私は人造悪魔』

ためらい無く本質を認め。

『覇王の力を検証するために製造された―――忌まわしき傀儡』

躊躇無く原点に返る。

これが『許されざる護り手』たる理由。
これが『許されざる護り手』という配置が必要としている要素。

そんな己の存在を受け入れて。


そして彼女は『成った』、いや、『戻った』。



『許されざる護り手』に。



―――『ルシア』という人格をリセットして。


905: 2011/05/24(火) 23:27:46.53 ID:0Kc2mkOko

そのはずなのだが。
全て初期化して、感情がもう無くなっているはずなのに。

アリウス『―――……まさ……か……』

みるみる顔が引きつっていくアリウスが滑稽で仕方ない。


ざまあみろ、と。


己が干渉することで、
具現化の力に機能障害を起こして、力の安定ができなくなって。

アリウスの意識統率が崩れ、スパーダと覇王の力が暴れ始める。

具現が機能しなくなれば、覇王はもう不滅の存在では無い。

それに今や、ネロはアリウスからスパーダの力を取り戻せるはずだ。
暴走状態によりアリウスの意識が容量を超えてしまっているため、
ネロが呼びかければ自然とスパーダは彼の手に舞い戻るのだ。

後はそのまま、覇王の力と魂を切り捨てれば―――決着。


これぞスパーダの予言。

予め緻密に設定されていたかのように全てが組みあがっていく。

そのクライマックスの『筋書き』を思うと最高の気分だ。

なぜ未だに感情があるのか、
そんな疑問など横に除けてしまう程に気分が良い。

少女は思わず笑い―――。


『――――――――――――「お父さん」?』


皮肉たっぷりにそう呼んだ。
瞬間、アリウスの表情が更に引きつるのが見えた。

906: 2011/05/24(火) 23:29:22.08 ID:0Kc2mkOko

最高の気分だった。

この憎き男のこんな顔が見たかった。
この男が芯から戦慄し、思考が停止する瞬間を見たかった。

そしてその原因をもたらしたのが己だとは、これを最高と呼ばずとして何と呼ぶ。

そう、嬉しくてたまらないはずなのに。


嬉しくてたまらない―――はずなのに、この息苦しさは何なのだろう。


アリウス『…………こ…………の―――!!!!!!!!!!』

直後、アリウスの体からオレンジの光が溢れ出し、
少女の体を掴んでいた右手も緩んで。

この体は落下して打ち付けられた。
金属とも石ともわからない質感の、具現の産物である黒い大地に。


力が欠片も入らない手足が、
人形のそれのように跳ねてはだらしなく伸びて。



そして側頭部が打ちつけられた瞬間、目尻から零れ落ちた―――



―――この『水滴』は何なのだろう。

907: 2011/05/24(火) 23:31:55.08 ID:0Kc2mkOko

視界に入るのは。

アリウス『ご―――ぐ―――ァ―――』

そんな途切れ途切れの苦悶の声を漏らしているアリウスの足と。

ネロ「ルシ……―――!!」

アリウスの足元で這い蹲っていたネロ。
大きく裂かれた胸からは大量の血液が零れ落ちており、
その顔も苦痛の色に滲んでいた。

それでも彼は、己の事など気にせずにこちらに呼びかけては手を伸ばしてきた。

何かに駆られるような表情をして。

それもこちらの顔を見て。


一体なぜ?


と、その時。


アリウス『―――ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!』


アリウスが背を反り、
天を仰いで壮烈な咆哮を挙げて。

強烈な負荷がかかったのか、具現の力で形成された黒く平らな地盤に、
アリウスを中心として幾本もの亀裂が走っていき。

瞬間、彼の身から爆発的にオレンジの光が溢れ出しては、
その強烈な闇の衝撃波が周囲を襲った。

908: 2011/05/24(火) 23:33:23.40 ID:0Kc2mkOko

『―――……』

そして少しばかり後、
激音も大気のうねりも収まって。

少女は気付くと、屈んでいるネロの左腕に抱かれていた。

あの瞬間、ネロが庇ってくれたのだろう。

ネロ「―――……ッ」

彼はその瞳で少女の顔を見つめていた。
一見すると凍て付くように鋭くも、実は暖かい色を帯びているその瞳で。


『…………あ……なた…………こ……ん……』


―――あなたには、こんな私を気にかける必要も余裕も無いのに―――。


―――あなたは今、他にやるべきことがあるのに―――。

そう言おうとしても、もうまともに口が動かない。
声を出す力も無い。

ネロ「…………」

ネロの姿越しに赤黒に紫が混じった光が渦巻いているのが見え、
その奥からアリウスの咆哮が聞える。

『…………』

今なら、アリウスからスパーダの力も取り戻せる。

ネロの異形の右手には光が戻っており、彼自身、
今や力を取り戻せることに気付いているはずなのに。

なぜ彼はそうはしないのか。

と、その時。

ネロがボソリとこう漏らした。


ネロ「『コレ』が……あんたの言ってたことなんだな…………ダンテ」

909: 2011/05/24(火) 23:34:06.16 ID:0Kc2mkOko

それは明らかに独り言であった。
少女を見つめながらも声は別人、ダンテに向けてのもの。

いや、恐らく。

己自身に向けてのもの、という意味合いの方が強かったのだろう。

そう零した後、ネロは己の右手をふと眺めた。
光を取り戻したその異形の腕を遠い目で。

ネロ「―――予言。『筋書き』通り、か?」

そして今度は少女に向けてそう口を開いた。

『……?』

その口ぶりからも、
そこが引っかかっているのか。

ネロ「気に食わねえ」

その点を裏付けるようにネロが言葉を続け。

ネロ「気に入らねえんだよ」

異形の右手を彼女の頬に当てて。


ネロ「誰がこんな筋書きを作りやがった―――」


彼女の頬の雫を掬うようにして一粒、


ネロ「―――女とガキを泣かす筋書きを」


その人差し指で拭った。

910: 2011/05/24(火) 23:36:47.56 ID:0Kc2mkOko

データを初期化しても、魂に刻まれた想いは決して消えない。

思念も思考も感情も記憶も全て消し去っても、魂だけは変わらない。

彼女が『人造悪魔』という本質を魂が証明するのならば。
同じく魂に記されている、彼女が手に入れた『心』をも本物だと証明する。


『―――』


―――私は泣いている。

ネロの言葉と頬を撫でられた感触で、
少女は初めて自覚して気付く。


これで世界を護れると嬉しい一方。

―――私はここで氏んで。

悲しい。

寂しい。


―――この世界とお別れ―――。


そして認識した瞬間、消したはずの想いが爆発して。

少女は心を完成させる最後の欠片、『涙』を手に入れた。


『…………ふ……ぇぐ……』

込み上げてくる衝動に耐え切れず、いや、耐えることなど一切せず。
少女は泣いた。

泣いた。

911: 2011/05/24(火) 23:38:48.58 ID:0Kc2mkOko

もう母の声も聞けない。

もう母のお茶を飲めない。

もう母の顔を見れない。

もう母の胸に―――飛び込めない。

野の原を特に目的なく散策することも。
風に乗って丘を駆け抜けていくことも。

友達の顔を見ることも。
友達に名を呼んでもらうことも。

友達の隣に座って、談笑することも。

もっと友達を作ることも―――。

人々の笑顔を見ることも―――。

もうできない。

できない。


『あッ……え…………』

泣くということはなんてつらくて苦しいのだろう。

でも。

これで『良かった』。

少女は素直にそう思えた。

なぜなら、これから己が喪失する『未来』の価値がわかるのだから。
明日からまた紡がれていく日々が、どれだけ大切なものなのか。


ギリギリで『完成した心』を胸に。


この最高の宝物と一緒に―――最期を。

912: 2011/05/24(火) 23:41:46.08 ID:0Kc2mkOko

かつて一体幾人の高潔な戦士が、戦巫女が、
スパーダの腕の中で息をひきとっていったか。

そんな母から聞いた伝承と同じようにして。

英雄の腕に抱かれて、生を締めくくる。

なんて幸せ者なのだろう。

滝のように流れ出していく雫。
それを拭ってくれる、英雄の指がある。

なんて幸せ者なのだろう。

いや、この直後、
彼女はそれら過去の英傑『以上』の幸せ者になる。


なにせ彼女は―――『悪魔』だったのだから。


優しげな眼で見守っていてくれたネロが、
穏やかな口調で彼女に。


ネロ「……俺と一緒に『来る』か?」


そう誘いかけてくれて。


ネロ「―――『ルシア』」


名を呼んでくれた。

ルシアは濡らした頬を緩めて、
弱弱しくも確かな笑みを浮かべて。



ルシア『……………………は…………い……』



そして彼女は―――光になった。


913: 2011/05/24(火) 23:43:35.12 ID:0Kc2mkOko

赤毛の少女の体は、柔らかい風に吹かれるようにして消え。
無数の赤い光の粒が舞い上がる。

ネロ「……」

ネロはその光りの只中で佇んでいた。

静かな『怒り』を覚えながら。

ルシアは―――ここで犠牲になるために生まれてきた?

この少女が人を知り温もりを知り愛情を知り、
そしてそれら全てを手に入れたのも―――全てはここで犠牲になるために?

まるでこの状況、
この少女の短い『人生』はそのために予め決められていたよう。

ルシアだけじゃない。
思えば己だって筋書きの上で踊っていたのだ。

この右手に『種火』を宿して。
閻魔刀で力を授かって。
魔剣スパーダで血が覚醒して。

フォルトゥナがアリウスに襲撃されたあの日、魔剣スパーダが覚醒して。

そして今だ。


―――魔剣スパーダを取り戻して、その力で幕を引く。



それが筋書きが求めている『円満な結末』。



―――ふざけんな―――何なんだこの出来の悪い『脚本』は―――。

914: 2011/05/24(火) 23:45:34.13 ID:0Kc2mkOko

ある者が力及ばず散るのも筋書き通り。
無数の命が消えていくのも筋書き通り。


そんな筋書きの果てに―――『英雄』に祭り上げられるのはゴメンだ。


『ダンテ、あんたはコレに気付いたんだな』


ちょうど良い。


『―――俺も親父も。そしてアンタですら。全員が縛られているこのクソッタレな筋書きに』


閻魔刀は父の力―――魔剣スパーダは祖父の力。

そろそろ、これら偉大な先人達の『庇護』から抜けようと思っていたところだ。

筋書きはこれらを使って、
そしてこれからもこの『授かった力』で英雄とあれ、と求めてきているが。


お断りだ。


筋書きが求める『英雄』にはならない。


『俺は俺の意志で―――』


己ではなく他者から貰い受けた力は―――返品する時間だ。


『―――「俺」になる』

915: 2011/05/24(火) 23:48:15.58 ID:0Kc2mkOko

ネロ「……」

ネロは静かに立ち上がった。

すると、周囲に舞い上がっていた赤い光の粒子が彼の右手に集まり。

そして染みこんでいき、
その異形の腕は『真っ赤』な光を宿す。

それ同時にネロの体が仄かに一瞬赤く光り、それ止むと。


ネロ「…………」


アリウスの方へと振り返るネロの髪色。

前髪の左端、こめかみあたりの一房が―――燃えるような『赤毛』になっていた。

アリウスはネロから20m程のところで膝と手の平を着き、
凄まじい形相で苦痛に喘いでいた。

彼はそんなアリウスを涼しげな眼で見つめながら、右手を横に翳し。

                   レッドクイーン
先ほどへし折られた『赤の女王』をその手に呼び寄せる。


その大剣は中ほどから完璧に折れていたものの、彼の右手に収まるやいなや。
赤い光りに包まれ、一瞬で刀身を再生させた。


ネロはその動作を確かめるように、
イクシードを噴かしては『紅蓮』の炎を噴出させてながら呟いた。


ネロ「この特等席で見てろ―――」


その右手にあるレッドクイーンに向けて。

                             クソッタレ           
ネロ「これから、お前を泣かせた『筋書き』に―――」



ネロ「―――1発ぶち込んでやるぜ」

916: 2011/05/24(火) 23:50:40.20 ID:0Kc2mkOko

アリウス『―――……がっ……ぐ……』

アリウスは信じられなかった。
今の状況が。

ここまで来て予言などというものが効力を有しているとは。


予言だと―――そんな馬鹿な。

この場では、そんなものなどなんの効力も持たないはず。

この『舞台』は因果の連なりから隔絶した、
全てが『リセット』されている領域なのだ。


だからそんな予め決められていた―――筋書きなどここには存在しないはずなのに。


アリウス『―――』

―――いいや、逆なのかもしれない。

全てを取っ払ってしまったからこそ、深淵の『流れ』が露になったのだ。
この領域にまで到達しないと、決して認識できない『流れ』が。

そしてその筋書きが示す結末はこうだ。

ここでアリウスは魔剣スパーダとスパーダの力を取り戻され、そのまま散る、と。


納得できるわけが無い―――そんな結末など。


この意志は―――『人の強さ』は覇王を屈服させた。

錠から解き放ったスパーダの力を抑え込んだ。
スパーダの孫から魔剣スパーダの主導権を奪い取った。


だから負けぬ。


この『人の強さ』は―――万物を超えてゆくはずなのだ。

917: 2011/05/24(火) 23:51:56.73 ID:0Kc2mkOko

アリウス『―――ォ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!』


膝を付いたままアリウスは天を仰いで咆哮した。
その声はとても人のものではない。

潰れてはエコーがかかり、音圧が衝撃波となりこの漆黒の大地が軋む。

瞬間、アリウスの背中から赤黒い塊が噴出した。
それは翼のように大きく広がりアリウスを包み込んでゆく。

そしてそれに併せ、アリウスの姿が急激に変化していく。
覇王のような、揺らめく炎の質感の体に。

だがその光りの色は―――いや、『光』ではなく『闇』だ。


表面に紫の光の衣を有する、像が不確かな『赤黒い闇』。

その姿は形は覇王でも、
色や光は『スパーダ』に染まっていた。


アリウス『ヨ……ゲン……ダト?』

そして、豹変したその姿でアリウスは言葉を吐き出す。
力み潰れた声を、前方で涼しい顔をしているネロに叩き付ける。

アリウス『フザ……ケルナッ……』

この魔剣を、この力を取り戻せるものならやってみろ。

アリウス『―――ショウメイ……ワガ……―――証明を゛ッッッ―――!』

己は決して、決して負けはしないと。
だがネロがそこで返してきた言葉は。

ネロ「ああ、同感だぜ―――」

アリウスが予想だにしていなかったものだった。

ネロ「―――予言なんざクソだ」

アリウス『―――な―――に?』


      スパーダ
ネロ「『そいつ』はくれてやるよ―――」



ネロ「―――俺は『俺の』を使う」

918: 2011/05/24(火) 23:56:22.98 ID:0Kc2mkOko

アリウス『―――』

このスパーダの孫が、一体何を考えているのか。
まるでわからなかった。

スパーダをくれてやる?

俺は俺のを使う?

あのフォルトゥナの剣で、魔剣スパーダと渡り合う気なのか?
いくら魔剣化しているといっても、この史上最強の剣と切り結べるとでも?

アリウス『―――』

あまりにも馬鹿馬鹿しくて笑いもできない。

しかし。
この時は別の意味でも笑えなかった。


このスパーダの孫、その存在感の―――異様な安定感。

この計り知れない―――大きさ。

それが得体の知れない説得力を生み出す。

まるで同じだ。
本来は決して何人にも認識されるはずが無い『流れ』―――『筋書き』がこの舞台で浮き彫りになったのと。

閻魔刀から授かった力、魔剣スパーダ、それらに付随する『覆い』が剥ぎ取られて。
初めて露になった『ネロ』という純粋な存在。

アリウスの魔神の瞳はここに見る。


75%人間、25%悪魔で構成されている『魂』。


そしてその割合とは矛盾している―――100%人間である『心』の持ち主を。

919: 2011/05/24(火) 23:58:19.69 ID:0Kc2mkOko

それは決してありえない形。
魂に悪魔の要素があれば、当然心にも『魔』が滲み出る。

更にその悪魔がスパーダなんて存在ならばどれだけのものか。

そう、あのダンテでさえ―――その心の『半分』は確かに魔であり。

『半分』の人間の心を持っていたとしても、
決して人間と『同じ位置』には立てない。

人間の視点を理解しても、
完全に人間と同一の視点から世界を見ることはできない。


どんなに人間に似ても、人間と同じ部分を持っていたとしても―――


―――『人間ではない』、『半魔』なのだから。


そう、そのはずなのに。

アリウス『(―――これは―――そんな―――)』

心が『完全に人間』な悪魔なんて、
そんな矛盾している存在などある訳が無いのに。

アリウス『―――!!』

その彼の本質を認識した瞬間、
『不思議』な事が起こった。

この身に宿しているスパーダの力が不自然に動いたのだ。

ネロからの呼びかけが無いにも関わらず、一斉に外に抜け出そうと。

いや、『力』達は抵抗しているのに、
別の何かが無理やりアリウスから引き剥がしてネロに戻そうとするかのよう。


さながら、この露になった『ネロ』を慌てて隠そうと。


『誰』が―――『筋書き』が、か?

920: 2011/05/25(水) 00:01:11.80 ID:6quunxbto

アリウス『―――ッ』

ネロ「―――いらねえっつってんだろ」

だがネロはそうあっさりと一蹴して。
そして、赤い光りを宿す右手の大剣を脇に引いては構え。

ネロ「おいオッサン。続きやるぞ」

そして軽く地面を蹴って。

ネロ「―――『外野』抜きで、な」

アリウスへと向かう。

 レッドクイーン
『赤の女王』から噴出する、真っ赤な真っ赤な炎の尾を引いて。




筋書きが求める『英雄』は完成しない。
完成するのは『ネロ』という、たった一人唯一の男。

       祖
ここに『英雄』の庇護から旅立ち―――。


        孫
―――『人間』は己が足で前へと進む。


それは、古から延々と続く鎖を断つ行為であり―――『筋書き』は破綻していく。

930: 2011/05/27(金) 00:07:10.73 ID:kyqjnuEso

紺色のコートを纏った騎士の瞬発。
それは明らかに異質だった。

振動も音も、力のうねりも圧も一切を生じさせず、滑らかに静かに軽く。
それでいて大口径の砲弾のように重く凄まじく。

アリウス『―――ォ゛ッッ!』

刹那、アリウスで一閃、横に薙いだ。
赤黒い闇を纏わり付かせたその刃が、カウンターとなってネロへ向かう。

それは魔界の破壊の象徴と謳われた、究極最凶の刃。


目を覚ましたこの刃の前では、何人もその災いから逃れることは適わずに『破壊』を受ける―――はずなのに。


アリウス『―――』

破壊の刃は空を切った。

そこにあったはずのネロの体は刃の上を跳んでいた。
その体制はレッドクイーンを掲げ、振り下ろす寸前の―――。


ネロ「Huaa―――!」


次の瞬間。
アリウスの頭部、二つの角のちょうど中央。
そこにレッドクイーンの刃が叩き下ろされた。

931: 2011/05/27(金) 00:09:24.52 ID:kyqjnuEso

だが、その程度の刃が通るはずが無いのだ。
このアリウスは今や全てを超越している。

スパーダの力で形成されている体は、
当然の如くレッドクイーンを弾き飛ばす。

アリウス『―――カッ!!』

そう、どれだけこの今のネロが異質であろうとも、力の差は歴然だ。
先の一振りを避けるのでも大したものだが、それもいつまでもつか。

アリウスは薙いだばかりの魔剣を即返し、
上方にいるネロめがけて斜め上に斬り上げた。

が、その直前。

ネロはアリウスの額を踏み台にして後方へ、
アリウスから見て前方へバック転して翻った。

またしても空を切る魔剣スパーダ。

はためく紺色のコートにすら、
計算されつくしたかのように掠りもせず。

アリウス『―――チッ』

またしても避けられたことに苛立ちながらも、
すかさずアリウスはネロを追うようにして前に踏み込み。

切り上げたばかりの刃を下方に返し、袈裟斬り。

932: 2011/05/27(金) 00:10:41.94 ID:kyqjnuEso

ネロの高さ・距離ではスパーダの刃は直接は届かない。

だがその瞬間、魔剣から赤い光が伸びいて刃を形成、
魔剣スパーダの間合いが50m以上も拡大した。

しかし結果的には、間合いが伸びても伸びなくても変わらなかっただろう。

アリウス『―――』

三度、ネロは避けたのだから。

アリウスの額を蹴って翻ったと想った瞬間、
ネロは凄まじい速度で加速しては、一瞬で地面に着地。

ネロ「Si―――」

瞬間、ネロは強く踏み切って更に加速して、
再度アリウスの下へと向かってきた。

胸が地面に擦れるかという低い前傾姿勢で。

その立て続けの機動は、アリウスの反応が遅れるほどであった。


『反応が遅れる』という事がありえない今のアリウスが『遅れた』。

そしてそんなアリウスの胸に。


ネロ「―――Huh!!!!」


踏み込んできたネロの突きが直撃した。

933: 2011/05/27(金) 00:11:59.70 ID:kyqjnuEso

けたたましく響く、金属同士がぶつかりあうような音。
レッドクイーンの刃は先と同じく、アリウスの体表には傷一つつけられなかった。

アリウス『―――ッ』

だが。

この衝撃は何だ―――この―――『痛み』は何なのだ?

あの程度の刃からじゃ、決して感じるはずの無い感覚がジワリと。
蝕んでいくようにゆっくり染み渡っていく。

その瞬間アリウスは、ネロが僅かに口角の端を上げるのを見た。
ニヤ付いて『どうだ?』と小馬鹿にするように。

アリウス『―――がッ!!!!!』

即座にそんな憎たらしい相手を掴み上げようと左腕を伸ばすも。
ネロは瞬時に後方に跳ねて、すかさずアリウスから離れた。

アリウス『こ―――の―――』

更に苛立ち混じりに言葉を漏らして、アリウスは魔剣を掲げた。

すると光の刃の長さは更に伸び、力がますます収束していく。
彼の腹の底が映されているかの如く、真っ赤な光りを更に強くして。

そして距離を開けたネロめがけて、
超射程の刃を振りぬこうとした瞬間。


後方に跳ねて滞空しているネロが、その宙で。

蹴りを放つように足を畳み―――明らかに足が届く距離ではないのに―――『蹴り』を繰り出した。


そしてそれと同時に、『連動』するかのように。


アリウスの側頭部に強い衝撃が走った。

934: 2011/05/27(金) 00:13:00.29 ID:kyqjnuEso

アリウス『―――』

刹那。

こめかみ、頬、顔の半面全域。
順じて広がっていく面積と、強くなる圧力。

横から殴りつけられた―――では一体何に?

青い光で形成された、半透明の巨大な『異形の足』に。

そして、アリウスの頭は側方へと蹴り飛ばされた。
当然上半身の軸は歪み、振るわれた瞬間の魔剣の機動はぶれる。

薄ら笑いを浮かべながら滞空するネロの横、
2m程のライン上に魔剣スパーダの刃が振り下ろされた。

的から逸れた光りの刃は、漆黒の大地をただ叩き割った。

アリウス『―――…………がッ……ぐ』


この衝撃、強さは―――。


―――何がどうなっている?


それにあの『足』は?


ネロの異形の右手に連動する、青い光りで形成された巨大な腕。
それは知っている。

だが『右手だけ』のはず。


足でも同じ事ができるなんて―――いや―――足だけではない、全身で。


―――こんな力は『知らない』。


スパーダの力、その一族の力を研究し尽くしたのに―――知らない。

935: 2011/05/27(金) 00:16:31.77 ID:kyqjnuEso

今、目にしているこのネロ。
その異質さは、いまや意識の隅に退けて置ける程度では無くなっていた。


目を瞑れるレベルではない。


このネロは―――この男はもう―――。


スパーダ、バージル、ダンテ、そして従来のネロ、
アリウスは全スパーダの一族の力のデータを揃えて、隅々まで綿密に調べている。
スパーダの力の性質については、当人達以上に博識である程に。

だがこの『今のネロ』は、そのアリウスの知識のどれにも該当しなかった。

バージル、ダンテ、そして従来のネロの力の性質は、いわば祖であるスパーダの『派生型』。
ベースの土台がスパーダで、その上に後付でオプションを載せて改造したようなもの。

しかし。

今のネロはその土台からして何かが『違う』。

スパーダと共通している部分が大半であるも、完全に一致はしない。

ネロの出生を考えるとかなりの矛盾が生じてしまうが、
事実、目の前の証拠はこう示していた。


ネロのそれの性質は、
『スパーダ一族』の悪魔の力ではあるも―――『スパーダの子孫もの』ではない、と。

936: 2011/05/27(金) 00:18:35.46 ID:kyqjnuEso

アリウス『―――ッ!ォオオオオア゛!!!!』


だが―――そんな事がどうした。

アリウスは咆哮をあげて、意識の中から雑念を振り払う。

今はそんな思索をめぐらせる必要など無い。
謎は後でゆっくり解明すればいい。

いくら未知とはいえ、あのネロはもう脅威ではない。

力は遥かにこちらが上―――躊躇い動揺する必要など無いのだ。

アリウスは今一度魔剣を翻しては掲げ、力を噴出させた。
より一層、その体を形成している赤黒い揺らめきが激しくなり、漏れ出す光りも強くなる。

そしてネロを見据えた。

すると、30m程先にいるネロが。

右肩に担ぐレッドクイーンから真っ赤な炎を噴出させつつ、
左手人差し指で。

ネロ「Hey―――」

こちらに来るような仕草をとり、ニヤけた。


ネロ「Are you scared?―――PAPA」


明らかに挑発だった。
それも揺ぎ無い余裕と確信に満ち溢れた。

アリウス『―――おおおおおおおおお!!!!!』

アリウスは突進した。
全力をもってあの目障りな男を叩き潰すべく。

それと同時にネロも軽く大地を蹴り、両者は衝突した。

937: 2011/05/27(金) 00:20:55.81 ID:kyqjnuEso

しかし。

アリウスの魔剣スパーダは、
全てが紙一重で悉く回避される。

アリウス『―――ッ!!!』

ネロのレッドクイーンの刃は、今だアリウスの体表を貫けないものの、
彼は感じていた。

その痛みと衝撃が、一発おきに着実に強くなってきていることを。
ダメージが蓄積されていくのではない。

ネロの攻撃が強くなってきているのだ。

更にこの男は、あの青い半透明の『体』を自由自在に繰り出してくる。
左手、右足、左足、さらには翼のような部位、そして頭突きまで。

アリウス『―――ぐッ!!!』

ネロの攻撃は、まだ決定なダメージを受けるレベルではない。
しかしこれでは。

―――まるでこちらが圧倒されているようではないか。

有りえない。

こんなはずでは―――。

この身にはスパーダの力、手には魔剣スパーダ。
具現は機能停止してしまっているも、覇王の力自体もある。

具現以外は全て機能している。
100%の出力を発揮している。

現に今振るっている刃は、
確かに人間界程度なんかいくつあっても足りないほどの出力を放っている。

だから負けるはずが無い。

この刃が当たりさえすれば一撃でカタがつくはずなのだ。


あの目障りな剣もろとも、この男を一刀の下に伏すことが―――。



―――そのはずだったのに。


938: 2011/05/27(金) 00:22:16.57 ID:kyqjnuEso

アリウス『オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛―――!!!』

魔剣スパーダを。
渾身の力を篭めてネロへ向けて振り下ろす。
位置と体勢的にネロは回避する余裕は無い。

あの半透明の巨大な手足だって、発動には肉体との連動が必要のようで、
何よりも中距離向けの技だ。

至近距離、直接の刃の間合いならば遥かにこちらの方が速い。

その読み通り。

ネロは回避せず―――レッドクイーンで受ける。

アリウス『―――』

しかし。

そこから先は、アリウスの読みとは全く異なっていた。
魔剣スパーダの刃はそこで『止まった』。

金属が激突する音は、密着し擦れ合うに変わり。
有り得ない事が起こる。


魔剣スパーダが―――レッドクイーンと鍔迫り合いを。


アリウス『―――な―――に?』


そこでアリウスは見た。

ネロ「―――はッ!」

短く弾けるように笑うネロの顔、その下。


レッドクイーンを握る彼の異形の右手が―――『異形ではなくなっていく』のを。

939: 2011/05/27(金) 00:23:32.65 ID:kyqjnuEso

そして。

アリウス『―――』

アリウスの魔神の目はそこに『答え』を見つけた。
己は今、どんな存在を前にしているのか。

ネロ、この男の力は一体何なのか―――その正体を示す証拠が。

あの異形の右腕の消失は、力を失ったという事を意味しているのではない。
外面だけ見ればそう思えてしまうだろうが、内部の力はむしろその『逆』であることを物語っていた。

失ったのではなく『捨てた』のだ。

なぜか、それは『必要なくなった』のだから。

打ち上げられたロケットが外部ブースターを切り離すかのように、
役割を終えた『補助パーツ』を捨て去ったのだ。


ネロ、その個体の力はここに大きく変わって―――『進化』していた。


物理的領域に縛られている人間界とは違い、魔界の存在の姿・力は、
その個体の性格や内面性で柔軟に変化していく。


それが魔界における『進化』というものだ。


スパーダだって魔界生まれの悪魔なのだから当然そうで、
そしてその性質は―――ネロの25%にも受け継がれている。


アリウス『―――』


子のバージルやダンテが父と同一の力のまま変化せずにいたせいで、
アリウスは先入観を持っていてしまったらしい。

混血は魔界における『進化』の性質は受け継がないと。

だが今示されている真実は違っていた。

940: 2011/05/27(金) 00:26:21.97 ID:kyqjnuEso

恐らくバージルやダンテが進化しなかったのは、
彼等本人が潜在意識内で進化を求めなかったからなのだ。

ダンテは父の跡を継ぐ。
バージルは父の力を追う。

そこにこれ以上の進化が必要あろうか。

父から受け継いだ性質は『そのまま』で良かったのだ。
生まれた瞬間から双子は既に『完成』していたのだ。

だが孫は違っていた。
他三人とは違い、『完全なる人の心』を持っている。

そうなれば当然、視点が明らかに異なるのだから、胸にする大義は同じでも―――求める形は別物となる。

では、このネロは他三者とは違う何を求めたのか。
それは彼の存在を今一度確認すれば浮かび上がってくる。

人間の視点で喜び、怒り、悲しみ、笑い、そして人類全体を愛しつつ―――特定の人間を『人間の心』で愛する男。

他三者と非常に良く似ていながらも、根底は全くの『別物』。
そこに必要とされる力の性質は。

人間界のための、人間界で行使するための、『人間が有する力』。


愛する存在を『同じ視点』で―――『隣』で守るための力。



そしてその進化を推し進めた『意志』は紛れも無く―――。



―――『人の心』。



アリウス『―――』

ネロはここに進化して、彼は身の内に手に入れた。
いや、『手に入れた』のではなく、己自身の『魂』から生み出した。

                                    スパーダ
進化して再構成された―――全く新しい『オリジナル』を。

941: 2011/05/27(金) 00:28:10.56 ID:kyqjnuEso

そこに思考が至った時。

アリウス『(―――はっははは!)』

彼は思わず心の内で笑い声を挙げた。
それは困窮からくる諦めの笑いではなく。

純粋な喜びの声。


なにせ―――『見つけて』しまったのだから。


生涯かけて求めてきたものを―――。


瞬間、圧の高まりに耐えかねてお互いの刃が弾けた。
凄まじい閃光を放っては巨大な火花を散らせる2本の大剣。

両者ともほぼ同時に弾けた刃を即返し、すかさず2撃目に。

この時、アリウスは笑っていた。
心の中だけではなく、
彼の赤黒い闇で構成されている顔も笑みを浮かべていた。


なにせ、この魔剣スパーダの『最期の一振り』が―――己が生涯かけた『証明』を完成させるのだから。


アリウスは嬉々として刃を振り降ろした。


アリウス『(―――俺は見つけた)』


当初の計画とは随分と異なる結末になるだろうが、
得られる『証明』は想像を超えるほどのもの。

満足どころではない。
最高の気分だ。

どれほど甘美な女も酒もタバコも、そして知的発見も、
アリウスにとって今はゴミ同然。

この証明の前には全てが霞んで見える。

942: 2011/05/27(金) 00:32:09.73 ID:kyqjnuEso

刹那、魔剣スパーダとレッドクイーンの刃が交差する。


アリウス『(―――遂に証明した)』


ごりっ、めりっ、と柄を握る手に伝わってくる、
金属が金属を抉っていく触感を堪能する。


人間の意志が―――万物を超えていく瞬間を。



アリウス『(―――エド。やはり―――俺が正しかったぞ)』



―――『ネロ』という人間の心が、『最強の伝説』を打ち砕く瞬間を。



そしてその触感が途絶えて。


その時。


―――奪い借りる事しか出来ぬ者は、『生みの親』を越えることは出来ない―――。


アリウスの脳裏に、かつて旧友が口にした言葉が突如よぎった。

アリウス『(ああ―――どうやらその点だけは、「お前」が正しかったようだな―――)』

それに対し、アリウスはまるで『親しい友人』と談話しているかのような感覚で、
言葉を返した。



直後、『魔剣スパーダを切断した刃』がそのまま。



アリウス『(―――俺自身が最強には―――)』


彼の上半身を斬り落とした。

943: 2011/05/27(金) 00:33:01.20 ID:kyqjnuEso




遠くの北島にて、高さ3km以上もの巨大な光りの神殿が浮かび上がっており。
その光で、10km以上も離れたここも仄かに照らされていた。

具現によって作り出された漆黒の大地、その表面が不気味に反射して光っている。

アリウスはがそんな大地に仰向けに転がっていた。
赤黒い異形ではなく、本来の人の姿で。

ただちょうど心臓辺りから『下』は無くなっていたが。

彼は彼方からの淡い光りを横に受けながら、
ジッと正面上方を見上げていた。

横からの光、北島の神殿には一切意識は向いていない。
今となっては、彼にとってどうでも良かったのだ。

彼がこの最期の時、その意識を向けていたのは。


前に立っている『最強の人間』。


彼を無表情な顔で見下ろしながら、
縦に二つ銃口が並ぶリボルバーを向けているネロ。

そんなネロを見上げているアリウスの目には、
敵意は欠片も無かった。

敗者の瞳でもなかった。

逆に至高の嬉しさに満ち溢れており。


まさしく―――完全な勝者の瞳。


それもネロがまるで味方・救い主。

最高の芸術品を目にしている、
まるで『神』を前にして感極まっているような眼差しで見上げていた。

944: 2011/05/27(金) 00:34:57.98 ID:kyqjnuEso

ネロ「あんた、強いな」

そんなアリウスに向けポツリと。
ネロがそっけなくそう言葉を落とした。

アリウス『ああ。当然だ』

小さく微笑みながら、それに返すアリウス。

声は魔術で出しているのか、
口の動きと音が合っていなかった。

ネロ「……」

そこで数秒間の沈黙。

周辺の界の状態が戻りつつあるのか、
緩やかな海風が吹き抜けて行き。
ネロの銀色、そしてこめかみの一部が赤色の髪を揺らす。

ネロ「……あんたは強い」

その風の中、ネロは銃口を向けたまま。
特に表情を変えずに再度そう口にして。


ネロ「認めるよ」


アリウスは数秒間押し黙った後、
穏やかな口調でこう問い返した。


アリウス『……許しは?』


ネロは即答。



ネロ「しない。絶対にな。永遠に呪われてろクソ野郎」



淡々と。

945: 2011/05/27(金) 00:36:09.07 ID:kyqjnuEso

そんなネロの答えを受けてアリウスは。

アリウス『そう……それでいい』

にっと笑った。
いかにも楽しげに、愉快げに。

続けて満足げに。

アリウス『―――それでこそ……人間だ』

そう呟いた。


ネロ「ああ、あんたも」


そしてアリウスは無言のまま笑い返して。



一発の乾いた銃声が響き渡り。



ネロ「―――…………反吐が出るくれえに、な」



一つの命が幕を下ろした。



946: 2011/05/27(金) 00:37:04.59 ID:kyqjnuEso

人間の可能性を信じて。
人間の強さを証明する、ただそのために類稀なる才と生涯の全てを費やし。

全世界、数百万人の命をたった数時間で奪い取り。
数千万人の住む日常を破壊し。

人間界の滅亡を招きかけた男。



彼の『舞台』はここに終幕した。



だが、これは前章の終わりにしか過ぎない。

『筋書き』には無いこの終幕は、全く未知の『新しい神話』の幕開けとなる。

そして流れは、この大きく歪んでしまった『筋書き』を修復しようと勢いを増す。
そのしわ寄せは当然、『この神話』の上にいる役者達に圧し掛かり。


最終的に『最大のバグ』―――ネロに集中することとなる。


それも数百年数十年先どころではなく。


―――わずか数時間後に。



そう簡単に逃れられることはできない。

『過去の亡霊』からは。



スパーダの血、その鎖はとてつもなく固い。


―――

969: 2011/05/29(日) 15:30:59.69 ID:OL+FuFJro
―――

結標「メルトダウナーは氏んだ」

その彼女のあっさりと口にした事に、
土御門と御坂は固まった。


結標「大悪魔と相討ちになったらしい」


御坂「………………………………そう…………」

御坂は深く呼吸をしては小さく頷き。

そして土御門は、
ピクリとサングラス越しに眉を動かした後。

土御門「…………AIMストーカーの障害はそのせいか?」

結標「私が見る限り」

土御門「……そうか」

御坂と同じように小さく頷いた。

この会話を聞いているはずの滝壺だが、
その件については彼女は一言も、こちらに声を飛ばしてはこなかった。

何一つ。

彼らは激戦の跡地、広大な更地の中ほどにぽつんと残った『核』の前に集っていた。

学園都市勢力の土御門、御坂、結標。
ローマ正教のアックア。
イギリスのシルビア。
はぐれ者の魔術師オッレルス。

そのオッレルスにようやく呪縛を解除してもらった、フォルトゥナのキリエ。

そして土御門に頼まれて結標が連れて来た、
アメリカ軍特殊部隊のリーダーと通信機を持つその部下数名。

それらの顔ぶれは、この島における各勢力のトップ達としてもおかしくはない。

彼らは状況の確認と今後の事について話し合っており。
今、その中で結標が麦野の結末を話したところであった。

ちなみに他の者達は皆、倉庫地区の避難所に集結しておくようになっていた。
滝壺のチームは結標の判断でそこに。

黒子もそこに戻り、
今頃は負傷者の手当てに奔走しているだろう。

970: 2011/05/29(日) 15:32:52.25 ID:OL+FuFJro

麦野の喪失に学園都市勢が意識を奪われている間。

シルビアとアックアは別の事に意識を奪われていた。
それは麦野の話の前に土御門が口にした、『天界による学園都市への攻撃』に関してである。

学園都市勢の最大の狙いは元々、
人造悪魔の問題ではなく、天界の門が開くまでの時間稼ぎ。

それがこの島に来て、ネロと話した土御門の独断で天界の門については放置する事とした、というのだが。

シルビア「(……どうなってんだよ)」

何が何だかわからない。
天界がなぜ学園都市を滅ぼそうとする?

学園都市側は天界と正面から敵対しているのか?

では、こちらと共闘などできるはずが無いのでは?
この聖人の力は天界のものだし、ましてや今のアックアは直接ガブリエルと繋がっているのだから。

そもそも土御門が身に宿していたのだって、天界の名だたる存在ではないか。

筋が通らない。
矛盾ばかりだ。

スパーダの孫に言われて目的を急遽変更したのだって、どうにも釈然としない。
話を聞けば、ネロからは確かな理由を聞いていないらしいではないか。

なぜそれで学園都市の者達は納得するのか理解できない。


シルビア「……」


いいや、そうではない。


恐らく本当に『理解していない』のはこちら側なのだろう。

971: 2011/05/29(日) 15:35:02.53 ID:OL+FuFJro

土御門とレベル5とやらの二人の少女の落ち着いている物腰を見ていると、
そうであると思わざるを得ない。

まず、入手している情報量に格差があるのだ。
学園都市はスパーダの息子や、その仲間達が頻繁に出入りしてかなりの交流があるらしいではないか。

そこからして立ち位置がかけ離れており。

シルビア「……」

最大の違いは、スパーダの力を直にした事が無いという点だろう。
こちらは話には聞いているも、現物を目にした事は無い。

昔、ある宇宙飛行士が言った。
地球を外から見てしまったから、私の価値観は大きく変わってしまった、と。

それと同じなのだろう。

土御門達の視野はこちらよりも遥かに広く、懐は余裕たっぷりなのだ。


シルビア「……」

一方でこちらは、潜在意識で未だに既成の小さな概念に縛られている。

心のどこかでは依然、『天界はプログラムの集合体で明確な人格は持たない』、
という魔術の『狭い常識』がこびり付いているのだろう。

天界が学園都市を滅ぼそうとしている、というのも全くピンとこない。

と、そう顔を顰めているシルビアに向けて。

結標「やめとけば。考えるだけムダよ」

大きな瓦礫の上に座っている結標がそっけなくそう言った。

シルビア「……」

オッレルス「シルビア。素直にそういうものだと受け止めるんだ」

その結標の言葉に、核の前で屈んで何やら作業しているオッレルスがそう続けた。

オッレルス「余計な解釈や深読みをすると混乱するだけだ」

シルビア「…………」


オッレルス「理解できないことは理解し得ない。知らないことは知り得ない。どう転んだってそこは変わらない」

972: 2011/05/29(日) 15:36:02.73 ID:OL+FuFJro

そう。

この場には誰一人、状況の本質を理解している者なんていない。

この場で一番視野が広い土御門だって、
わからないことは山積みだ。

『天界の門を放置する理由』なんかが最たるものだ。
それも当のネロが、「俺も詳しい事は知らない」と言ったのだから。

オッレルス「俺達は神や大悪魔のように物語を紡ぐ側ではない」

オッレルスは作業しながら言葉を続けて。

オッレルス「物語に従い踊る側だ。出来ることは一つ。己の目の前の問題を地道に潰していくことだけだ」

そして、その手をふと止めて。

オッレルス「よし、完了した。通信環境は回復したぞ」


その言葉で。

土御門「AIMストーカー。学園都市に繋がるか」

滝壺『……うん。つながったよ』

土御門「こちらの情報を全て送れ。俺がネロと話した件も全てだ。それとアメリカの『例の件』もな」


それぞれが通信のため動く。


「接続成功、いけます」

「本土の統合作戦指揮所に繋げろ」

「了解」

特殊部隊の者達も通信機で回線を確立し。

シルビアとアックアも、顔を曇らせながらも通信魔術を起動、
シルビアはイギリスへ、アックアはローマ正教の『臨時』の中枢へ。

土御門「見聞きした事、現状をありのまま伝えてくれ。何も隠さなくていい」

アックア「……うむ」

シルビア「……ああ」

973: 2011/05/29(日) 15:36:43.86 ID:OL+FuFJro

そしてそれぞれが通信に入る中。

土御門の傍にオッレルスが歩み寄ってきて、

オッレルス「土御門。一つ、『また』気になることが見つかった」

そう小声で口にした。

土御門「何だ?」

土御門が同じように小さな声で聞き返すと、
彼は頭を掻きながら。

オッレルス「何かがおかしい」

土御門「……」

オッレルス「何かがおかしいんだ」

二度、全く同じ風に口にした。
それはあまりにも漠然としてて何の説明にもなっていないが。
土御門にはそれだけでも思い当たる節があった。

土御門「『アレ』と関係が有るのか」

そう言って上を見上げぬまま、指だけで空を指す。


未だに『闇』のままである空を。

974: 2011/05/29(日) 15:37:39.41 ID:OL+FuFJro

この島を覆っていた魔は全て掃われ、今は空気も澄んで海風が流れてきている。
『場』の環境は元に戻っている。

だがそれはどうやら『表面上』だけらしく。
根本的なところは、『おかしくなったまま』なのだ。

なぜならここは大西洋のアメリカ側。
時刻は午前中であり、本来ならば日が差している―――夜であるはずが無いのだから。

だが続くオッレルスの言葉は、土御門の想定外のものであった。

オッレルス「ああ。恐らく。どうやら人間界がおかしくなってる」

土御門「……人間界?だと?」

オッレルス「ああ」

土御門「『この島』ではなく人間界?」

オッレルス「そうだ」

土御門「天の門はまだ開いてないんだな?」

オッレルス「『錠』が解かれてるからいつ開いてもおかしくはないが、まだ開いてはいない」

土御門「……魔の門は?」

となれば、人間界全域に影響を与えるというもので思い当たるのは、魔の門。


オッレルス「……ああ」

そしてオッレルスの反応は『当たり』であった。

975: 2011/05/29(日) 15:39:15.96 ID:OL+FuFJro

           コイツ
オッレルス「『核』のデータ上では、完全に開いていることになっているのだが……」

オッレルスは親指を立てて後方の核を指しながら、
しかめっ面のまま言葉を続けた。

オッレルス「開いた瞬間でデータの更新が止まってる」

土御門「つまり核がデータを拾えてないのか?」

オッレルス「違う。核は正常に稼動してる」

土御門「……どういうことだ?」

オッレルス「そのままだよ―――」

そこでオッレルスは肩を竦めて。



オッレルス「―――今『も』開いた瞬間なんだ」



土御門「?」



オッレルス「―――時間が止まってるんだよ」

976: 2011/05/29(日) 15:47:42.88 ID:OL+FuFJro

そのオッレルスの言葉を理解するのに、
土御門でさえ数秒の沈黙時間を要した。

土御門「……止まってる?」

オッレルス「厳密に言えば魔の門が開いた瞬間から、人間界全体の時間の流れがとんでもなく減速しているらしい」

土御門「…………時間の流れが遅くなっている?」

オッレルス「俺達が爆発的にクロックアップしてる、とも言えるな。そこは観測点の違いに過ぎないが」

更にオッレルスはスッと屈んでは足元の欠片を一つ取り。

オッレルス「それもこの通り、俺達どころか通常の物理現象の類も全てクロックアップ状態だ」

それを手の平から下に落とした。
重力に従い落下する欠片、その速度には特におかしい点はない。

土御門「ではだ。『何』の時間が遅くなっている?」

オッレルス「『人間界の基盤』のみ、だ」

土御門「……」

オッレルス「ただ、幸か不幸か、そのおかげで人間界は『まだ』崩壊していない」

土御門「……なるほど、な」

先ほどまで北島の西側の海上から、
人間界の許容を『大幅』に超えた力が二つも激突しあっていたのを観測している。

ネロとアリウスの戦いだろう。

本来ならば、一瞬で人間界が消し飛んでしまうような規模だ。

土御門「それでどの程度まで遅くなっているんだ?」

オッレルス「ザッと計算すると、スパーダの孫とアリウスの戦いの負荷で人間界が崩壊するのは」


オッレルス「クロックアップした俺達の体感時間で、約1400万年後だ」


土御門「―――」


オッレルス「それを抜きにすればだな……本来、魔の門が開けば、人間界は侵食されて3分で完全に飲み込まれるとのことだが、」


オッレルス「今の状況だと、その終焉が訪れるのは10の26乗年後になる」


土御門「はっ……それはそれは……」

977: 2011/05/29(日) 15:49:36.91 ID:OL+FuFJro

あまりの減速度合いに、土御門は思わず呆れ笑いを漏らしてしまった。
これなら、オッレルスが最初に『止まっている』と表現したのも頷ける。

寿命が無い悪魔などにとっては違うだろうが、
少なくとも人間からすれば永遠としても良い時間が人間界の崩壊まであるのだ。

土御門「これは、核が行っているのか?」

オッレルス「いや、そのような機能は無い。間違いなく外部で行われているよ」

オッレルス「それに、これには絶え間なく莫大な力を流し込む必要があると思うしな」

オッレルス「核がその莫大な力を扱っている痕跡は無い」


土御門「……ああ、理を書き換えるのではなく、あえて塞き止めて遅くしているとなるとな」

理を書き換える、
つまり新しい時間軸を人間界に設定した場合は、今のような状況にはならないのだ。

例えばネロとアリウスの戦いの負荷は、人間界とは独立した理の存在である。

だからいくら人間界の時間軸を書き換えたって、
負荷は一切関係なく一瞬で人間界を吹き飛ばす。

では今のこの状況は何かなのかというと。

負荷そのもの時間軸は何も変わってはいない。
厳密に言えば、時間軸自体にも変化は一切に無い。


単純に強引に、上から抑え込んでいる『だけ』なのだ。
力ずくで流れを塞き止めているのだ。


そうなると当然、馬鹿みたいに規格外の力が必要となる。


オッレルス「この力の主は、あの『影』よりも遥かに強大な力を有した存在だろうな」


それこそ。


土御門「スパーダの一族レベル、か」

978: 2011/05/29(日) 15:50:46.23 ID:OL+FuFJro

そう考えてゆくと、いくつか自然と辻褄が合う。
この核がその作業に必要だったとすれば、ネロの土御門への要求も筋が通る。

ダンテかバージルが裏で動いているのならば、
さすがのネロでも把握しきれないのも頷ける。

そしてそれが、ネロが全力をもってアリウスを倒す事を可能とし。

この島における他複数の規格外の力、
それによる人間界へのダメージをもほぼ無にした、という事も考えれば。
(正確には完全に『無』になってはいないが、現状ならば速くても影響が出るのは数億年後だ)

ただ、一つ懸念がある。


これがいつまで続くかだ。


いつか唐突にもとの時間に戻ってしまうことも考えられるし。
何よりも強引に塞き止めている以上、必ずどこかに『ストレス』が生じるはず。

土御門「……」

オッレルス「……」

そこまで考えると、
これは一時的措置のようにも思えてくる。

だがその先へと思考を巡らすのは、推測に推測を重ねてしまうことになってしまう。
オッレルスが先ほど、シルビアにあんな風に告げたばかりではないか。

勝手な解釈を重ねてしまうと、後々思い込みなどで大きなミスを犯すハメにるのだから。

土御門「……」

オッレルス「……」

そこで二人は無言のまま顔を見合わせ、
これ以上の深入りは現時点では止そう、と同意した。

979: 2011/05/29(日) 15:52:32.87 ID:OL+FuFJro

そして土御門は頭を切り替え。

土御門「……滝壺、アメリカの件はどうなった?」

滝壺『うん。今、向こうから働きかけてるみたい』

とそこで、
特殊部隊のリーダーが通信機を手にしながら彼の方に向き。


「話は通ってた。45分で回収機が空港に来る」


土御門「結標、退避拠点に戻り人員を纏め、空港に転移させておけ。45分で撤退だ」

結標「了解。それと…………氏んだ奴はどうする?」

土御門「体の位置は把握できるか?」

結標「AIMストーカーが座標を保持してるはず」


土御門「全て回収しろ」


結標「了解」

結標が姿を消したのとほぼ同時にシルビアも。

シルビア「今ロンドンでも、アメリカが全面支援する意思を確認できたらしい」

シルビア「それと各地の状況についてだが、情報が錯綜しててまだ確認中」

シルビア「全域の人造悪魔突然停止したから大混乱だとさ」

土御門「はっ、まあ、とりあえずそれは喜ばしい混乱だぜぃ」

シルビア「ああ」


土御門「よし……AIMストーカー。全メンバーに繋げてくれ。話がある」

土御門は一度深く呼吸した後、そう滝壺に命令して。


滝壺『……準備できたよ』


土御門「聞えるか。土御門だ」


そして始めた。


本来はあの高慢な最高指揮官が―――『彼女』がやるべきであった仕事を。

980: 2011/05/29(日) 15:55:16.04 ID:OL+FuFJro

土御門「デュマーリ島における本作戦は終了した。だが成否については明言できない」

土御門「状況が大きく変わっているからだ」

土御門「我々が扱っていた案件は最早、学園都市の独断で処理できる規模では無くなった」

土御門「その点を考慮して、俺の権限で主目的を変更した」

土御門「よって我々の任務は依然継続中だ」

土御門「我々はこの後、アメリカ経由で学園都市に帰還する」

土御門「そしてそのまま学園都市の防衛の任に就き」

土御門「状況によっては、必要とあらば再び各地へ出撃する」


土御門「だがここで一つ。お前らは個々の契約の上で本作戦に参加しているが、」

土御門「俺はその契約を一方的に変更した事になる」

土御門「つまりお前ら全員には、契約の変更を拒否する権利もある」

土御門「拒否する場合は、アメリカで降りるといい。アメリカ政府が一時滞在とその後の移送を約束してくれた」

土御門「では今、各々の意思をAIMストーカーに伝えてくれ。大丈夫だ。彼女以外には聞かれない」


そう告げ、土御門はしばらく押し黙った。
実は彼は、ここで何人拒否するかその人数は既に把握していた。

ゴミカスでクズの自己中心的な悪人ぞろい。
己の我を通し、筋を貫くことしか頭に無い大馬鹿共ばかり。

なにせ、こんな島に志願して来る連中だ。

土御門「……」

滝壺『つちみかど。拒否数は―――』


―――結果は決まってる。


滝壺『―――0。全員、任務継続を』


土御門「よし、決まったな―――」


土御門は小さく笑い。



土御門「―――帰るぞ。俺達の学園都市に」



―――

981: 2011/05/29(日) 15:58:10.58 ID:OL+FuFJro

―――

アニェーゼ=サンクティスは変わり果てたドーバー城の海側、
『ドーバーの白い壁』の淵に立って。

冬の海風が過ぎていく中、静かに眺めていた。

先ほど『天使』の到来直後に海に出現した、氷で形成された巨船による大船団。
ドーバー海峡の見渡す限り、地平線の果てまでを覆いつくしている、


―――ローマ正教が誇る『女王艦隊』を。


アニェーゼ「……」

去年の九月、この女王艦隊に『非常にお世話』になった事があるのだが、
その時のスケールを遥かに超えている。

あの時は二百隻程度だったのが、今は数千隻はいるだろうか。

いいや、北はマルギット・南はヘイスティングスまで、
イギリス海峡全域に渡って展開しているらしいのだから、数千隻ではなく数万隻の規模だろう。

しかも一隻一隻のサイズもまるで違う。
平均して駆逐艦サイズ、大きなものだとちょっとした軽空母並み。

アニェーゼ「……」

平時なら、
この規模に必要なテレOマの量を思い浮かべて度肝を抜かしていただろう。

だが、今となってはそこまで不思議でもない。


あの『天使』を見てしまっては。

982: 2011/05/29(日) 16:00:44.75 ID:OL+FuFJro

天使はここ一帯の悪魔達を一瞬で文字通り塵とした後、
こちらに見向きもせずにすぐ北へ向けとすっ飛んで行った。

話に聞くと北のディール、マルギットなども同じように次々と『解放』したらしい。

なんとも凄まじい存在だろうか。
その力はシェリーをも遥かに上回っているであろう。

そしてそこまでの存在ならば、女王艦隊をこのスケールにするもの容易なはずだ。

アニェーゼ「……」

大天使に率いられた数万隻の女王艦隊、とんでもない戦力だ。
これがイギリス侵略のための存在であったら、今の困窮しきっていたイギリスに抗う術は無かったであろう。

そう、今現実では、あの女王艦隊は戦争のためにここにやってきたのではないらしい。

あの天使の『舌』から下がっていた十字架、装束の様式、それら全てローマ正教のものであったが、
ローマ正教側は今、イギリスに対する戦意は無いようだ。

アニェーゼ「……」

聞いた話によると、あの艦隊には軍民問わずの人々が満載されているらしい。
それもイタリア、スペイン、フランスといった西地中海各国それぞれの者。

万単位の艦隊、一隻に数百人・大きい船には数千人と簡単に考えると、
なんと総計一千万人以上という途方も無い数。

それらをバチカン・ローマから西地中海、
ジブラルタル海峡からイギリス海峡までの道中で片っ端から『拾ってきた』らしい。


つまりあの女王艦隊は―――人類史上最大規模の『難民』なのだ。

983: 2011/05/29(日) 16:01:55.02 ID:OL+FuFJro

アニェーゼ「……」

春がまだ遠い、冷たい海風が乱れた髪を揺らす。
だがその風が撫でる音は聞えない。

上空を飛び交う、
多数のイギリス軍のヘリや戦闘機の爆音にかき消されてしまう。

でも。

砲声といった交戦音はどこからも聞えていなかった。

今、この英仏戦線では一発の銃弾も放たれてはいない。

不思議な事に、人造悪魔は各地で同時刻に突如活動停止したらしいのだから。
更に純粋な悪魔達も大挙して退き、どこかへと姿を消したとの事だ。

このドーバー市域はその少し前に天使が一掃して行ったために
アニェーゼ達はその現象を目にする事はできなかったが、各地でそのような事が起きていたらしいのだ。

もしかすると、この現象は世界中で起きたのかもしれない。

そうする根拠はアニェーゼには無いもの。

彼女はそう思いたかった。

アニェーゼ「……」


ふと、視線を足元に落とすと。

瓦礫の中から手首が見えていた。

細く白い、若い女性の手首と指。

そして修道服の袖には、
アニェーゼ部隊の刺繍が施されていた。

984: 2011/05/29(日) 16:03:43.76 ID:OL+FuFJro

彼女は静かに屈み、
その冷たくなった部下の手に己の右手を乗せた。

ここで失った部下の数が多すぎて、手だけでは誰なのかはわからない。
しかし、失った部下の名前は全てフルネームで知っている。

歳も髪の色も瞳の色も、性格も趣味も全てを。

その彼女達の顔を一人一人思い出しながら。

アニェーゼは目を瞑り、十字を切ろうとしたが。

その時、突如後方からヘリコプターの爆音が押し寄せてきた。

それも上空を通過するのではなく、ドーバー城域の中央辺りに留まって。
大量の土埃を巻き上げながら着陸したようだ。

アニェーゼ「……」

アニェーゼは部下の手首にかかった土埃を優しく掃いながら、
背後から二つの足音が近づいてくるのを聞いていた。

片方は大股で規律正しく。
もう片方はパタパタとせわしなく。

聞きなれた足音だ。

ルチア「シスター・アニェーゼ」

その規律正しい方の足音の主が呼びかけてきて。

ルチア「前線本部からの…………通達です」

アニェーゼのとっている行動を見て一瞬、言葉を詰まらせた。


985: 2011/05/29(日) 16:05:38.61 ID:OL+FuFJro

アニェーゼ「どうぞ」

だがアニェーゼは、そのルチアの反応など気にも留めず、
土埃を掃いながら声だけ向けて先を促す。

ルチア「……必要悪の教会隷下、各特務戦闘団の指揮官は速やかにアシュフォードの前線本部へ、とのことです」

そのルチアの言葉を聞き終えたアニェーゼは、
今度は己の誇りを掃いながら立ち上がり。

アニェーゼ「この場はシスター・カタリナに任せます。装備を確認し出撃体制を整え待機、と伝えてください」

ルチア「了解」

まずルチアにそう言伝を頼み。

アニェーゼ「それとシスター・アンジェレネ」

そしてもう片方のせわしない足音の主、
アンジェレネの方を振り向いては。

アンジェレネ「はい」


アニェーゼ「彼女に祈りを」


そう告げて踵を返して。
ヘリの方へと足早に向かっていった。

―――

986: 2011/05/29(日) 16:06:58.05 ID:OL+FuFJro
―――

アシュフォードに設置されている広大な野営地。

シェリー「……」

その中にあるとあるテントの入り口の前に、
シェリーは門番のようにして立っていた。
周囲にはこのテントを守護している大勢の騎士。


そして脇には彼女と同じく、門番のようにして立っている―――ローマ正教徒の女が一人。


昔のフランス市民の庶民衣のような服を纏う、頭巾を被ったやや小柄な若い女性だ。
ただ端正な顔立ちではあるのだが、彼女を見て第一にその点に意識が向かう者はまずいないだろう。

化粧と顔中のピアス、口から伸びている『十字架の付いた長い鎖』。
そして人間離れした異質さを醸し出す、淡く金色に光っている瞳。

彼女の顔立ちなど、これらの前には全く目立たない。

彼女ははじめに、シェリーにこう名乗った。

ローマ正教『神の右席』、前方のヴェント。

そしてウリエルと繋がった『半天使』である、と。

シェリー「……」

そう、神裂と同じ半天使だ。

ローマ正教が誇る『聖霊十式』の一つにそのような術式があり、
彼女はそれによって転生したとの事だ。

ただヴェント曰く神裂は『本物』で、一方己は『不完全体』である、というらしいが。

987: 2011/05/29(日) 16:09:25.97 ID:OL+FuFJro

ヴェント「……その作業過程で、一つ興味深いことが判明した」

しばらくの沈黙の後、ヴェントはそう話を続けた。

シェリー「何?」

今必要な話なのか、と思う一方。
魔術師としての強い興味に負け、視線を前に向けたままシェリーは先を促した。

恐らくこのヴェントも、
純粋に知識に貪欲な部分があるのだろう。
魔界魔術に携わっているこちらの意見も聞きたいのかもしれない。

と、そこでヴェントの口から放たれた言葉は。


ヴェント「率直に言うと―――……ミカエル『本体』は存在していなかった」


シェリーが全く想像していなかったものだった。

シェリー「―――……はあ?」

一瞬、耳を疑い、思わずシェリーはヴェントの方へと顔を向けた。

ミカエル。

十字教の四大天使で、最も強大だとされる存在。
『神の如き力』を有する天使。


それが存在していない?


ヴェント「ガブリエル、ウリエル、ラファエルの『本体』は確認できた」

ヴェントは顔を前に向けたまま、
声だけをシェリーに続けて放った。

ヴェント「だがミカエルだけがいないのよ」

988: 2011/05/29(日) 16:12:42.93 ID:OL+FuFJro

シェリー「それじゃ……どうなってんのよ?」

ヴェント「他三柱の力がそれぞれ混ざって、ミカエルの分を埋めているようね」

ヴェント「それがミカエルのテレOマとして、通常の天界魔術に分配されてる」

シェリー「……それで、当のミカエルはどこに?」

ヴェント「わかる訳無いだろうが。私も聞きたいって」

ヴェント「ただ一つ言えることは、私達の魔術史が確立されるよりも前からいなかった」

シェリー「なぜ?」

ヴェント「初期の十字教魔術ですら、他三柱の力で作られた『擬似ミカエル』に完全に最適化されてたから」

シェリー「……」

そこでしばらくシェリーは黙り、
脳内を一度整理した後。

シェリー「……聞いて良い?神の右席は、それぞれ四大天使の特性を授かるんだな?」

ヴェント「そう」

シェリー「では、お前たちが神の右席になる過程は?」

ヴェント「前方、左方、後方は正教魔術師の中から指名され、適正検査の後、それぞれ専用の術式で力を適応させる」

シェリー「…………………右方は?」

ヴェント「…………右方については指名も選別も何もない。専用の適応術式も存在しない」

シェリー「じゃあどうやって右方は?右方が使う力は何だ?」

ヴェント「……わからない。わからないが、枢機卿達から以前聞いたことがある」

ヴェント「ある日ふらりと、突然バチカンに現れると。既に右方として力を保持している状態で」

ヴェント「その力は最初から完成されてて解析魔術の一切を受け付けないから、実は正式に確認されたことは無い、と」

シェリー「…………この間、学園都市に現れた右方も?」

ヴェント「先代は60年前に『何らか』の戦闘で氏亡、その後50年近く右方は空座のまま」

ヴェント「そして10年前のある日、一人の少年がバチカンに現れたらしい」


ヴェント「それが、私が知る右方のフィアンマの始まりだ」


―――

989: 2011/05/29(日) 16:15:16.09 ID:OL+FuFJro
―――

「ロンドンからです。ヒースロー空港にて準備が整い、米軍の先遣隊の受け入れを開始するとのことです」

「ドイツにて政府の召集に76の魔術結社が応じ、即応体制についたとの事」

「ドイツ国防軍および在独米軍も現在待機中、現在こちらとの調整を求めております」

キャーリサ「そのまま調整を進めろ」

キャーリサは大股でアシュフォードの野営地内を突き進んでいた。
まるで大名行列のように、背後に軍人・魔術師・騎士の通信手を何人も従えて。

その身には普段のドレスではなく、マント付きの真っ赤な甲冑を纏い。
腰には英国最大の霊装の一つである剣、カーテナ・セカンドを下げて。

「空母カヴール上のイタリア臨時政府との回線が確立できました」

キャーリサ「休戦の意思を再確認した後、イタリア軍との調整を求めろ」

足早に進みながら背後の者たちへの返答する彼女の顔は、いかにも不機嫌そうに曇っていた。
いや、この状況で上機嫌であったら確かにおかしいが。

彼女の不機嫌が上乗せされた原因は、先ほどのシルビアの報告だ。
彼女から聞いた意味不明な報告が頭の中でグルグルと回っているのだ。

よくよく考えていけば、意味不明ではないのだろう。
ただあまりにも情報量が多すぎて今すぐには整理しきれない。

ただまあ、一つ。
一つだけ確かな、そして喜ばしい事があったのはすぐに把握できた。

人造悪魔が一斉に停止し、
悪魔の攻勢がピタリと止んだのはデュマーリ島における戦果である、と。

キャーリサ「(……ふんっ……)」

なんとなくわかるところだ。

シルビアが帰還命令を無視し続けても、
母エリザードがいつまで経っても最終通告せずに『泳がせていた』理由が。

990: 2011/05/29(日) 16:16:32.47 ID:OL+FuFJro

と、広大な野営地を進む中。

ちょうど『同じ場所』を目指していたのだろう、
横からスーツ姿の騎士団長が、キャーリサほどではないものの幾人かの従者を連れて現れた。

その姿を一目見て。


キャーリサ「騎士団長ァッ!!!コラァッ!!!こっちに来い!!!」


怒号。

騎士団長「随分とご機嫌な斜めですね。はて、何か……思い当たる節は特に……」

キャーリサ「お前のすました顔がムカつく」

騎士団長「なるほど。ただの八つ当たりでしたか」

馴れた口調でお互いを受け流して、
騎士団長はキャーリサの後に続いていく。

キャーリサ「シルビアからの報告、聞いたか?」

騎士団長「ええ。正直、今は理解しかねます」

キャーリサ「……」

騎士団長「して、女王艦隊の『積荷』ですが。受け入れるので?」

キャーリサ「受け入れるしかないっつーの」

騎士団長「それは安心しました。貴女の事ですから、冬のドーバーにあのまま浮べてるかと」

991: 2011/05/29(日) 16:18:28.14 ID:OL+FuFJro

キャーリサ「ふん……前線はどうなってる?」

騎士団長「お上げしたご報告の通りで」

キャーリサ「だから報告にない事を言えっつーの。このアホンダラが」

騎士団長「なるほど。やはりご心配ですか?兵達が」

キャーリサ「……」

騎士団長「ご心配なく。皆確かに疲弊はしておりますが、戦意を喪失した者はおりません」

騎士団長「むしろ抑えるのが大変なほどです。放っておくと、あの女王艦隊にも攻撃を仕掛けかねませんから」

騎士団長「それに北部では、避難民の中から義勇兵志願者が続出しているとか」

騎士団長「英国旗への忠誠を守り義務を果すべくと、全国民の士気が高揚しております」


キャーリサ「そうか―――……そこまでこの国は―――追い詰められているか」


騎士団長「ええ」


キャーリサ「―――『危うい』な」


騎士団長「まさに」

その話が終わるところでちょうど目的地の前に到着した。
それはキャーリサの幕営。

992: 2011/05/29(日) 16:20:29.75 ID:OL+FuFJro

王室やキャーリサのをはじめとする幾本もの旗がはためき、
大勢の騎士がその周囲を囲っている。

そして入り口の前には。

二人の女が立っていた。


シェリー「お待ちしてました。こちらが神の右席、前方のヴェント殿です」

その片方、シェリーが隣の女をキャーリサに紹介した。

キャーリサ「(なるほど、例の半天使か)」

一例する女の、瞳の淡い光かたやその雰囲気からも、
報告通り神裂と非常に良く似た存在だというのがわかる。

だが今のキャーリサの関心は、この半天使にはほとんど向いていなかった。

ヴェント「中でお待ちしております」

本命はこの半天使が連れて来た、テントの中にいるであろうVIPだ。

何せそのVIPのおかげで、
フランス、イタリア、ロシアといった各臨時政府と早急に休戦条約を締結できたのだ。
(尤も最大の立役者は、素早く的確に動いた第一王女、ロンドンのリメリアであるが)

ヴェントと名乗った半天使が、キャーリサにテント内に入るよう促した瞬間。

キャーリサ「……」

シェリーの顔が引き締まるのが見え。
後ろの騎士団長の緊張も肌で感じ取れた。

よく見るとテントを囲っている騎士達も、
緊張か僅かに槍や剣を持つ手が振動している。

キャーリサ「……」

まあ、それもそのはずだった。
なにせこの『対面』は―――とんでもない歴史的瞬間になるのであろうから。

993: 2011/05/29(日) 16:21:27.54 ID:OL+FuFJro

キャーリサ「騎士団長、許可するまで誰も入れるな」

騎士団長「了解」

そしてキャーリサは中へ入った。

テントの中は、とても王室の幕営とは思えない程に簡素であった。
キャーリサの武具入れの箱に折りたたみ式の軍用簡易ベッド。
小さな鏡と通信霊装、水の入ったペットボトルが数本載っている机。

中央にある会議用の大きな机と、テントの骨にぶら下がっている電灯。

それだけだ。

絨毯すら敷かれていない。

王室とキャーリサの旗などが何本もはためく、
重装備の騎士達が囲っている外見の方がまだ豪華である。


そして中央の机の端、
そこに置かれている椅子に、一人の老人が座っていた。

彼はキャーリサの姿を目にした瞬間、すぐに立ち上がろうとしたが
彼女は手の平を向けて「座ったままで」、と示しつつ。

キャーリサ「碌な場所すら用意できずに申し訳ない」

老人に歩み寄っては屈み、そう昔ながらの友人へ向けるように声をかけた。

「いいえ。構いませんよ。このような事態ですから」

むしろ原に座っての露天会議でも良かったのですが、と穏やかに返す老人。
キャーリサはそんな彼の手を取り。


一礼して。



キャーリサ「ようこそ。我らが英国へ―――教皇猊下」



―――

994: 2011/05/29(日) 16:22:44.66 ID:OL+FuFJro
次スレ建ててきます。

995: 2011/05/29(日) 16:28:13.65 ID:OL+FuFJro

996: 2011/05/29(日) 16:31:09.71 ID:OL+FuFJro
―――

45分後。

デュマーリ北島の空港には、
巨大な米軍の輸送機が続々と降り立っていた。

まずは重度の負傷者と民間人が乗り込み、
その機体はすぐさま飛び立っていく。

そして残りの者は、降り立った米兵達の手伝いの下に。
回収できた仲間の亡骸を氏体袋に積め、機体に積み込んでいく。

土御門「……」

その光景を土御門は眺めていた。
やや離れた場所に置かれたコンテナに寄りかかりながら。

こうしている間も米軍の輸送機が立て続けに着地し、
大勢の兵士やジープ、軽量の装甲車などが降ろされている。

アメリカはこのまま、デュマーリ島を制圧して管理下に置くつもりなのだろう。

まあそれも当然だ。
本土の目と鼻の先のこの危険な島を、放っておくわけも無い。
アメリカでなくともこのような行動を取るだろう。

それに特殊部隊のあのリーダーに聞くところによると、

実はこの島へ向けての飽和核攻撃が検討されていたというのだから、
状況を考えれば随分と穏やかな方だ。

とは思うものの。

この展開速度、そして物量規模は本当に呆れてしまうレベルだ。

東シナ海を掌握しつつ、イギリスをはじめとするヨーロッパへの大規模支援に動き出し。
その一方でこのデュマーリ島にも大部隊を展開しようとしている。

学園都市がどれだけ技術が進歩しようとも、どれだけ革新的な戦力を有したとしても、
この点だけは絶対に勝てないだろう。

997: 2011/05/29(日) 16:33:00.46 ID:OL+FuFJro

上空を多数の米軍の戦闘機が通過していく。

土御門「……」

その爆音が響く中、土御門がふと己の右手に目を落とした。
手首の辺りまで真っ赤な隈取がまだ残っている右手を。

土御門「……」

この身に宿っていた慈母、
そしてもう一人の大柱はもうここにはいない。

彼らは彼らの『使命』があるため、これ以上こちらに構っている暇は無かったようだ。
先ほどまでの戦いでもギリギリだったらしい。

だが、いくらかの力は残していってくれた。
彼らからすれば微小なものかもしれないが、
それでもいち人間からすれば莫大な力である。


土御門「……」


それとこの島における主役、ネロであるが。

あの後、しばらく『核』のところで待っていたが、
結局姿を現さなかった。

傷を負っていたフィアンセにも顔を見せずに。


キリエ曰く、まだまだやることがあるのだろう、との事だが。

998: 2011/05/29(日) 16:35:13.31 ID:OL+FuFJro

そう。

『まだまだ』なのだ。
今この瞬間も、どこかでは戦いが続いているはず。

この島での戦いは、ほんの一部に過ぎないということだ。
本番はこれからかもしれない。

土御門「……」

学園都市に帰ったら、更なる地獄が待ち構えているかもしれない。
この島で、部隊の3分の1が命を落としたが。

残りの全員が命を落とす未来が、この先に待ち受けているかもしれない。

土御門「…………」

滝壺『つちみかど。全員の搭乗が完了したよ』

シルビアから返してもらった通信機かた聞こえる、滝壺の声を受け。

土御門は最後の己を待っている輸送機の方へと歩いてゆく。
一歩、一歩。

この地獄に最後の足跡を刻んでいき。
輸送機の開いているカーゴに片足を載せ。

土御門「…………」

一度、闇夜の荒れ果てた摩天楼を振り返った。
聳え立っているビル街はまるで巨大な墓地のよう。

土御門は数秒間、その『墓場』を見つめた後。
もう片方の足も載せ、踵を返しては輸送機の中へと進んでいった。



そして、カーゴの扉が閉じ。



輸送機は飛び立つ。

999: 2011/05/29(日) 16:36:06.83 ID:OL+FuFJro
御坂美琴はぼんやりと眺めていた。

隣の佐天涙子を。
彼女は丸い窓から、離れてゆく地獄をジッと見つめている。

御坂「……」

話しかけることは無い。
いや、今の佐天にはなにも言葉をかけない方が良いだろう。

結局、ルシアの消息はわからずじまいなのだから。

佐天とは逆側にはこれまたボーっとしている黒子が座っていた。
これまた、かける言葉が特に見つからない。

それはこの輸送機の中にいるもの全員に共通していた。
誰しもが疲労の底に沈み、虚ろな目をしている。

当然。

御坂「……」

御坂自身もそうだった。
彼女は後頭部を壁面にもたれて深く息を吐いた。

そして周りの者達と同じく、『虚ろな休息』に浸ろうかとしたが。

御坂「―――」


耳の受信機から突然流れ始めた―――『ノイズ』がそうさせてくれなかった。

それは前に一度、耳にした事がある。


前回、ミサカネットワークがこのノイズに満たされたのは『あの日』―――。




―――フィアンマが学園都市に―――。




―――

5: 2011/05/29(日) 16:37:49.22 ID:OL+FuFJro
―――


「…………」

『やあ。上手くサルベージできて良かったよ』

「………………なるほどな。『コレ』を仕込んでいたのか」

『そう。お前にあえて流してやった天の門の術式の中に、な』

「……………………」

『ふむ、具現の損壊も許容範囲内だな。充分だ。良い働きをしてくれた』

「………………『顎』を取り戻したのか?」

『ああ。「記憶」も全て取り戻した。おかげで疲れも「思い出した」が』

「…………ふん」

『さすがに、寿命ある人の生を1000代近く経験するのは疲れる』



「…………とすれば……今のお前は、『竜王』と呼ぶべきか?」



『好きにしてくれ。「俺様」にとっては、名前に然したる意味なんてないからな』



「……ではこう呼ぶか?―――『ミカエル』」



『………………ふん。確かに、俺様にはそう呼べる「部分」もあるがな』



「……それで、さっさと用件を済ませたらどうだ」

『少しお喋りを楽しまないか?これが最期だぞ?』


「俺の氏を邪魔するな。お前のせいで余韻が台無しだ」


『ははは、ああそうだな。お前にはもう一欠片の未練も無いか』


6: 2011/05/29(日) 16:41:19.95 ID:OL+FuFJro

「相変わらずムダ口の多い奴だ」

『楽しいじゃないか』

「……いや、待て。一つ聞きたいことがある」

『何だ?』


「お前はわかるか?スパーダの孫が俺ごと切って捨てた―――あの深淵の『流れ』を」


『ふむ、良いだろう。俺様が知っている範囲の事を、お前の働きの褒美に教えてやる』


『ジュベレウス。かの存在が「観測者」として成立した瞬間から、この「全て」は始まった』


「……」

『いや、違うな。ジュベレウスが観測者となったのはもっと遥かに昔で、この時は前の領域を「創生」し直したのだろう」

「……」

『とにかくだ。ジュベレウスの「内部」、虚無に無数の宇宙が形成され、そして命が生まれて、それぞれの宇宙の理に従い繁栄する』

『しかしその果てで、一つの宇宙が著しく肥大化していった。それは後に「魔界」と呼ばれる世界だ』

『魔界は衰えを見せずに果て無く肥大化し続け、次第にジュベレウスの許容を超え始める』

『これがどれだけ異常な事か、お前ならわかるだろう?』

『ジュベレウスが「創生」を繰り返して、生まれては消えてを繰り返してきた世界群、その永劫のサイクルが崩れたのだ』

「……」

『そして挙句に魔界は、ジュベレウスを「全」の存在から「個」の存在にまで引き釣り降ろし』


『戦争をおっぱじめ。遂に魔界の三神によってジュベレウスは敗北―――』


『―――その瞬間だ。お前が認識した「流れ」の始点は』


「…………」

7: 2011/05/29(日) 16:43:54.63 ID:OL+FuFJro

『そのようにして操舵主を失った世界群は、内包する世界の意志によって左右され始める』

『三神が刻んだ力が絡み合い、そこに更に、それぞれに向けられている無数の願望が絡まっていく』

「……」

『スパーダが人間界に味方したのも、その流れによるものだろう』

『魔界以外の全ての世界が、魔界の覇権が止まることを望んでいたからな』

『そのようにして無数の願望が渦巻いて、流れの向きは決定されていくのだ』

『魔帝やスパーダの動きすら支配する程の勢いでな』

「……」

『もっともお前の目の前で、スパーダの孫が流れを撥ね除けたとおり、絶対的なものでもないがな』

『孫が存在する原因、スパーダが特定の人間と結ばれて子を残す事なんかも、流れには無かったはずだ』


「なるほどな……四元徳の一柱と渡り合えるかどうかという程度だった分際ながら、中々詳しいではないか」


『……忘れるなよ、俺様は腐ってもいち世界の保有者だ』

『それに俺様が生まれたのは創世記だ。魔界の肥大化が始まるよりも遥かに前、古より世の移り変わりを直に見てきた』


『魔帝やスパーダなどといった、腕っ節だけやたらに強い「小僧共」とは比べるな』


8: 2011/05/29(日) 16:48:22.69 ID:OL+FuFJro

「知ってるか?お前のような存在を老害と呼ぶ」


『…………ふん、それにな、俺様は直に全てを超越する。お前が成れなかった全能をも「超える」ぞ』

「……ふむ、流れの主、かつてのジュベレウスの座に昇るつもりか」


『そうだ。俺様は「全」となる。己の記憶すら消して弱きに人になり1000代、この時をどれだけ待ち望んでいたか』


『創造、破壊、具現、この三神の力を喰らい、俺様の「胃袋」で完全に融合させて出来上がりだ』


「…………そうか…………それでは待たせたな。聞きたいことは全て聞いた」

『ああ、心配しなくても良い。お前の思念は残らんよ。綺麗さっぱり消滅する』

「それは嬉しいな」

『……ただ、俺様の内部に残す事も一応できるが。今後の事、興味あるか?』


「無い。さっさと終わらせろ」



『そうか、では頂こう』





『破壊と具現、お前達は―――どんな味がする?』





―――

9: 2011/05/29(日) 16:49:37.93 ID:OL+FuFJro
デュマーリ島編、これにて終了です。
次の学園都市編は、6月2日より開始します。

10: 2011/05/29(日) 16:51:16.25 ID:c9EH6+mOo
お疲れ様でした

11: 2011/05/29(日) 16:51:45.47 ID:ARix802c0

フィアンマさんしぶといですね。

20: 2011/05/29(日) 22:07:01.69 ID:OL+FuFJro
三章構成についてですが、本編の時のように小分けにしているだけで、
実際の編全体の長さはデュマーリ島編よりも短くなる予定です。


 次回へ続く:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その28】


引用: ダンテ「学園都市か」【MISSION 07】