506: 2011/08/10(水) 23:16:20.27 ID:rcOslE3Bo


最初から読む:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」

前回:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その29】

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 ―――

プルガトリオ、とある人界近層にて。

神裂、ステイル、五和の三人の歩みは今、
ローラが敷いたであろう結界に直面して止まってしまっていた。

瞳が赤く輝く神裂は七天七刀の柄に手をかけ、
そんな神裂と背中合わせに、同じく魔の光を仄かに滾らせて熱を纏っていくステイル。
彼ら二人の間にて、魔界魔術を起動させ槍を構える五和。

そして周囲の虚ろに淀む街並み、
ビル壁面・屋上を埋め尽くしていく大量の悪魔達。

ステイル『(…………統率が取れてるな)』

異形の者達の動きを、ステイルはそう見てとった。

悪魔はここに現れた瞬間、迷うことなくすぐに皆こちらを見据えて、
整然と完全なる包囲の陣形を組んだのだ。

その様子は、ここ数ヶ月間イギリスに出没していた悪魔とは全く別物。

かつて学園都市における魔帝の騒乱、
あの時に現れた悪魔達と同じく完璧な統制の下にあるのだ。

個々が無闇やたらに動くことは無く、
一つの生き物のごとく集団が動く様はまさしく『軍』。

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507: 2011/08/10(水) 23:17:45.43 ID:rcOslE3Bo

そしてこの領域は本来、天界の勢力化にあり悪魔達は存在しない。
つまり、わざわざここまで『何か』を求めてやってきたのだ。

ステイル『……』

こちらと同じくインデックスが狙いか、まず最初にそう思い当たるも、
現れた瞬間の悪魔の行動から見てその可能性は低いと言える。

彼らはここに現れた瞬間、
こちらを即見定めてのあの包囲行動をとったのだ。

ステイル『(となると狙いは…………僕たちか?)』

と、そのような結論に向かいつつあったところ。

ステイル『(いいや………………)』

ステイルは悪魔らの様子の中に、更なる有益な情報を見出した。

それは彼等の意識の矛先だ。

悪魔の戦意は、こちら三人に等しく向けられているも、
本命たる意識の集中点は自身と神裂からは外れていると。

そこにたどり着いた時ほぼ同じくして、
ステイルは背後にいる彼女―――その悪魔が意識を集中させている―――五和の空気が変わるのも覚えた。

ステイル『(……)』

彼女の異常な緊張と困惑を、悪魔の感覚ではっきりと感じ取れる。
そして当然、同じく―――神裂もまたはっきりと感じ取っていたのだろう。


神裂『―――五和』

508: 2011/08/10(水) 23:18:51.66 ID:rcOslE3Bo

神裂が五和の名を呼んだ。

表面的には涼やかでありながら強烈な圧迫感と鋭さが滲む、
近しき者達にはわかる非常に『不機嫌』な際の声で。


五和「―――は、はい!」


神裂『―――心当たり、ありますか?』

五和「……ッ!……あり……ます」

神裂『何か?』

五和「…………あ、アスタロトが…………」

神裂『……アスタロトに遭遇したのですか?』

五和「はい……魔女を食すとかなんとかと……それで……あの……………………」

そこで声を僅かに震わせて、五和は言い淀んでしまった。

その震え、そして彼女の醸す空気からステイルと神裂ははっきりと覚える。
五和の身にわきあがる怒りと嫌悪感、そして耐え難い恐怖を。


―――みしっと。

ステイル『…………』

その瞬間、ステイルは神裂の中からそんな『軋む音』を聞いた気がした。
この不機嫌な彼女の中で、滾る激情が更に肥大した音を。

神裂の中でますます怒りがこみ上げているのだ。
己が部下が侮辱され辱めを受けたことに対しての、ごくごく『個人的』な、神裂という『人間的』な怒りを。

509: 2011/08/10(水) 23:21:28.48 ID:rcOslE3Bo

ステイル『―――……』

そして怒りはリンクしている使い魔ステイルにも伝播していき、
彼もまたその心を滾らせる。

だがその一方で、彼はこれが―――『楽しくて嬉しかった』。

最も近しき友と感情を共有し、そして共に歩み進めるのだ。

楽しくない訳がない。
嬉しくない訳がない。

他人と距離を置き、孤独な修羅の人生を歩んできたステイル。

唯一、インデックスの内面だけは知ろうとしてきたも、
自身の内面を知られることは例外なく何人からも避け続けてきた少年。

彼は今、『初めて』味わう他者との『繋がり』を強く実感して、気分を躍らせていた。

まるで『小さな子供』のように。


神裂『ひとまずは―――眼前の障害の排除に徹します』


ステイルにとっては『愛おしい怒り』に煮えたぎる神裂が、
悪魔達を見据えたまま口を開いた。


神裂『ステイル』


そして熱気を帯びた語気で彼の名を呼び。



神裂『―――――――――このゲス共を焼き掃えェッ!!!!』



奥底からの激情をまたしても覗かせて命を下す。
次の瞬間、小さく笑うステイルが指を鳴らすと。


ステイル『―――喜んで、僕の主よ』



周囲は灼熱の嵐に包まれた。

510: 2011/08/10(水) 23:22:42.56 ID:rcOslE3Bo

火山の噴火の如く、地面から噴き上がる炎獄の業火。
炎が瞬く間に周囲の悪魔たちを飲み込み、
このおぼろげな街並みもろとも消し去っていく。

断末魔をも許さずに一瞬で。

だが、悪魔達の数はこの程度ですべて排除できる程度ではなかった。
文字通り『無数』。

消滅したのは包囲の最も内側だけ、
背後はまだまだ悪魔に覆われた街並みが続いている。

そして彼等もまた、この業火の洗礼を開戦の印と見て動き出す。
炎の壁を力任せに抜け、雪崩のように押し寄せてくる後続。

だが炎の壁を抜けた先には、次の障壁が存在していた。
それは青い光の糸で形成されている網。

神裂が柄を軽く叩くと、周囲の空間に巨大な光の網が出現。

そこに悪魔たちは自ら飛び込む形となり、
次々とサイコロ状に切断されていく。

所詮は下等悪魔、
ステイルの業火と神裂の七閃、その二重の防壁を突破できたものは一体もいなかった。

また神裂達はそこから動く必要も無かった。

用があるのは向こう、
敵意は全てこちらに向いており、ここに集まってきてくれるのだから。

五和「…………」

この過程の中では、五和の仕事はなかった。

彼女は神裂とステイルの背の間で、
この無数の悪魔達の壮大な『殺処分』をただただ見ていた。

511: 2011/08/10(水) 23:23:50.64 ID:rcOslE3Bo

と、その時。

神裂『―――』

ステイル『―――』

二人の悪魔は敏感に感じ取った。
この階層、この戦いの場に加わってきた新たなる『勢力』を。

五和「!」

それは五和の目にも見えた。
悪魔達の群れの中、空中、いたる所に突然浮かび上がる『金色』の魔方陣。
その文様は明らかに魔のものとは違い、輝きも禍々しいものではない。

そしてそこから現れた存在もまた―――聖なるオーラを纏う者達であった。

ただ『聖なる』とはしても、その姿は手放しに『美しい』とは言いがたく、
また『平和主義者』でも無かったが。

頭にはどことなく『虚ろ』な仮面を被り、トカゲの如く鉤爪がついた手足。
頭上の光の輪、翼、その色合いや造形は神々しくも『清い』とするには程遠く、
狂気に満ちた退廃的な空気を覚えさせ。


手には恐ろしげな形をした―――金色の槍や剣。


これが、人々が思い描いてきた像とは違う、『本物の天使』の姿。
血肉で形成された器を有す、『生きている天使』の真の姿。

五和「―――」

そんな天の者達の姿を目にした瞬間。

五和はどくり、と。

手に握る槍から―――アンブラ製のフリウリスピアから『鼓動』を覚えた。

魔女の手で作られた槍が静かに熱を帯びていく。
まるで―――『目覚めた』かのように。

512: 2011/08/10(水) 23:24:50.90 ID:rcOslE3Bo

この天使達の出現に、悪魔達も一瞬動きを止めた。
しかしそれは動揺でも驚きでもなく、新たな敵を見定めるための制止。

故に、流れが止まったのは僅か数秒間。

またそれは天使達も同じだった。
一拍の間ののち、戦いは新たな勢力を交えて何事もなく再開する。
天使と悪魔との間でも、問答無用とばかりに衝突が始まった。

瞬く間に戦場は完全な乱戦状態へ。
しかも全勢力が敵同士、三つ巴だった。

神裂達のところにも刃を向け進んでくる天使の一団。

ステイル『……』

ただここまで状況が一変しようとも、
ステイル達がやるべき事に変わりはなかった。

その意思を示すかのように神裂は躊躇いも無く、
迫ってきた天使達をすぐさま七閃でぶつ切りに。

続きステイルもその場から動かずに、変わらぬ手さばきで天魔まとめて滅していく。

だがこの後すぐ。

また一つ状況に新たな変化が起こり、
それが彼等の行動にも変化をもたらすこととなる。


神裂『―――!』


その瞬間。
はるか彼方にて、白銀の光が強烈な圧と共に煌いた。

513: 2011/08/10(水) 23:27:25.50 ID:rcOslE3Bo

その光と圧は一つではなく、
複数の存在のものが重なっていたもの。

神裂『(―――ジャンヌさん!)』

ステイル『(―――上条か!)』

そこから、まずよく知っている力を見分け認識する二人。
そして更に感覚を集中させて、上条とジャンヌの傍にあるもう二つの気配も―――。


神裂『―――インデックス!!』


ステイル『―――インデックス!!』


二人は声を揃えてかの少女の名を叫んだ。

間違いない、結界が解かれたのだ。
具体的な過程はとわからずとも四者が問題なく生きているところから、
現在はジャンヌがローラを掌握、インデックスの安全は上条が確保していると判断できる。

そうとなれば、神裂達にとってここに留まっている理由はもう無い。
現状やるべき事柄の優先順位も大きく変わる。


神裂『―――ステイル!!』


神裂は名を呼ぶと同時に、リンクを介して自身の意図を使い魔に送り込む。
すると使い魔は返答する間も惜しんで、
すぐにその地を蹴って、とてつもない速度であの白銀の光の方へと向かっていった。

神裂『五和!!』

次いで五和に手を差し出すが。


五和「(―――…………)」


五和はその手を掴もうとはしなかった。
彼女はこの時、自分の立場をはっきりと悟ってしまったのだ。


自分は現状、この敬愛する主にとって―――『荷物』でしかないのだと。

514: 2011/08/10(水) 23:29:34.11 ID:rcOslE3Bo

神裂もステイルと同じように、
人の領域を遥かに超えた速度でインデックスの下へといけるのに、それをしなかった。

なぜか、それは五和のために。

五和がここにいる『せい』で、神裂は五和の体を持ち、
彼女が耐えられる程度の速度でわざわざ移動しなければならない。

もちろん、心優しき神裂は『五和のせい』なんて認識などしていない。

しかし五和は、神裂をこよなく慕う優しき心を有しているからこそ―――そう思ってしまう。

何せ、この悪魔達をここに導いてしまったのも―――自分だ、と。


五和「―――結構です!!」

五和はその手から目を背けるように、
横を向いては槍を周囲の異形へと構えた。

一瞬、戸惑いの表情を浮べる神裂、
だが構わず五和は言葉を放っていく。


五和「行って下さい!!早く!!」


半ば叫ぶようにして。



五和「―――私は『自力で』どうにかします!!」



515: 2011/08/10(水) 23:30:57.06 ID:rcOslE3Bo

学園都市におけるアックアとの戦いの際、やっと五和たち、天草式十字凄教は神裂火織と並ぶことが出来た。
女教皇と同じ領域で、彼女の傍で共に戦えた。

しかし追いつけたのも束の間。

それからまた、神裂は更なる領域に行ってしまった。
今までよりも遥かに遠い彼方へ。


人と人ではない存在の絶対的な距離の先へ。


ただ五和はこの時、別にその現実に『打ちひしがれていた』訳ではなかった。


五和『プリエステス―――さあ』


神裂『…………』


魔界魔術の赤い光を帯び、エコーがかかる声。
その彼女には微塵の気負いも無く、己に対する自信に満ちている。

そう、確かに今や、同じ領域では並んで戦えない。

でもそれは一番重要なことではない。

最も重要なのは―――意志が共にあるかだ。

アックア戦以前はまるで他人のような隔たりがあった。
しかしそれ以降は違う。


今は常に共に。


こうして神裂が人の領域を遥かに超えても、意志は共にあるのだから。

516: 2011/08/10(水) 23:32:06.83 ID:rcOslE3Bo

そんな五和の様子を見て、神裂はすぐさま彼女の意志を悟った。
この情に厚い主にとって、可愛い部下の内面など今や手に取るようにわかるのだろう。

彼女は静かに、それでいて良く響く声で。

神裂『「残り時間」はわかりますね?』


五和『わかります』


アイゼンが示した残りの人間界時間を確認して。



神裂『では、それまでに―――「私の横」へ「帰還」しなさい』


簡潔明瞭な命令を下した。

多くの言葉を並び立てる必要は無い。
二人の間ならばこれだけで全てが伝わる。


五和『―――はい!!』


五和は強く、そして確かな声を返した。
神裂はその声と意志をしっかりと受け取って。

軽く彼女の背中を叩いた後、人の領域を超えた速度でその場を離れていった。

517: 2011/08/10(水) 23:33:26.40 ID:rcOslE3Bo


周囲の悪魔達と天使達もまた、
あの彼方の白銀の光に一斉に反応していた。

悪魔たちはけたたましく吼え、そして天使たちはノイズが混じって聞える声で何やら喚いている。

両勢力ともあの上条とジャンヌ、力の大きさから言って主にジャンヌか、
その強大な魔女の出現にかなり興奮しているようであった。

だがこの戦場がそれで静まるわけも無く。
むしろより一層、乱れ交じり混沌と化していく。


そんな状況こそ、今の五和にとってはかなり好都合であった。


一斉にこちらに向かってこられたら、とても対応できない。
しかしここまで乱戦と化していたら別だ。

神裂やステイルほど力が目立たないという事もあって、
五和に狙いを定めてくる者はまばらにしかいなかった。

本物の魔女の出現をもって皆、五和への関心を失っていたのだろう。
すぐ脇を走り抜けても、悪魔も天使も皆眼前の敵に夢中で気付かないのだ。


五和『―――ふッ!』

あちこちから飛び散ってくる肉片と血飛沫、何重にも重なって響く咆哮と断末魔。
全方位からの刃の衝突による金属音。

その中をひたすら、五和は姿勢を低くして駆けていく。
魔界魔術によって強化された肉体を駆使して、目にも留まらぬ速度で。

518: 2011/08/10(水) 23:35:40.89 ID:rcOslE3Bo

彼女の今の目的は、
神裂の命令を果すこと―――人間界に戻り『生きて』主に合流することだ。

そのためには、移動の魔方陣を再び構築しなければならない。
そしてこの作業に必要なのはある程度の時間、つまり敵の手が一定時間伸びてこない、『そこそこ穏やかな空間』だ。


そんな空間を探して五和は、この異形の地獄絵図の中を突っ切っていった。


時たま走り抜ける五和に気付く個体もいた。
しかし彼らが彼女に刃を向ける頃には、すでに『事が終っていた』。

そんな個体を見定めた瞬間、彼女は更に駆ける速度を上げ、槍を携えて突進。

五和『―――ッやァァッッ!!』

相手に構えを取らせる間も与えずに、飛び込むようにその顔面に一突き。

天使の面をぶち砕き、その下の異形の頭部を貫き倒す。
飛び散る破片の下から覗くは、人間の認識からはとても『天使』と呼べないおぞましい顔。

五和はそんな怪物の頭部を踏みつけて、
駆けざまに槍を引き抜きそのまま進んでいく。

そのようにして幾体もの天魔を屠って。

五和『(…………)』

だがいくら進んでも、
目当ての『そこそこ穏やかな空間』はどこにも見出せなかった。

戦場はどこまでも続き、
建物の中までもが天使と悪魔の戦いの場と化していたのだ。

519: 2011/08/10(水) 23:36:53.32 ID:rcOslE3Bo

五和『!』

色合いから見て天使だろうか、
空から巨大な屍が降って来、すんでのところで彼女は脇にそれて避けていく。

今や地上のみならず空中も、この階層の全域で天と魔が衝突しているようであった。

しかもこれは、恐らくまだ『前哨戦』であろう。

悪魔達は皆下等、そしてそれと頃し殺されの天使達も恐らく下位の存在、どちらも『雑兵』だ。
そこから普通に考えれば、この後ろには、
双方とも更に強大な力を有する『精鋭』がいると見て間違いない。


となれば。


五和『(―――急がないと!)』


いずれ、戦火が今とは比べ物にならないほどに激しくなるのは必至。
その前に何としてでも『そこそこ穏やかな空間』を発見しなければ―――と、その時であった。


五和『―――』


五和はあろうことか、突然ある場所で足を止めてしまった。
『それ』を目にしては、止まらざるを得なかったのだ。


五和『(……あれは……―――)』



無造作に通りに落ちていた―――『黒い大きな拳銃』を見つけてしまっては。



五和『―――上条さんの……)』


―――

520: 2011/08/10(水) 23:38:30.65 ID:rcOslE3Bo
―――


気付くと。

黒い戦闘服に身を包み、アサルトライフルで武装した二人が窓枠に立っていた。
あの天使のような少年が立っていた場所に。

初春「…………」

体格からして若い女だろうか。
ごわついた戦闘服の上からでも、その女性的な体の曲線がわかるし、
何よりも、顔は厳しいマスクで隠れているもその茶髪の髪が―――。

初春「―――」

と、そこで初春は気付いた。
この体格とあの茶髪の髪型、それが『ある友人』に非常に良く似ていると。


そして発された声で。


「―――救助に来ました」


初春「!!」

彼女は確信した。

マスク越しでくぐもってはいるも、間違いなく―――御坂美琴―――

―――と、思いたかったのだが。

大きな矛盾がそこにあった。
何せ目の前には今、『二人』いたのだから。

521: 2011/08/10(水) 23:39:44.67 ID:rcOslE3Bo


初春「―――みさ―――」

思わず名を叫びかけたと同時に、
初春はその大きな矛盾を再認識して、声を止めてしまった。

だがその呼びかけは通じていたようで。

まず右側の一人がマスクを脱いでは、ぷはっと息継ぎをしたのち。


「いえ、ミサカはミサカ10032号です。話は後に、今は移動することが最優先です、
 と、ミサカは面倒くさいからどさくさに紛れてごまかしちゃおう」


初春「―――」


御坂とは別人であると、御坂美琴と同じ顔で訂正した。
まるで意味がわからなかったが。

と、そこでまたしても、
別の形で混乱に陥ってしまった彼女に向け、更なる追い討ちが。


「同じくミサカはミサカ19090号です―――」


次いで左側もマスクを脱いで。


初春「―――へ?!え?!……みッッ御坂さんが……み、みみ……え?!」


「―――と、ミサカはわざわざこんな状況で顔を出す必要があったのか疑問に思いますが、
 お姉さまのご友人にアピールアピールでまあ良しとしますか」


これまた、御坂美琴と同じ顔でそんなことを言って。
最後に「にっ」と声に出して、わざとらしい笑みを浮べた。


―――

529: 2011/08/14(日) 01:35:36.39 ID:7TUQJcsIo
―――

屈むローラ、その傍に寄り添うインデックスと、
彼女たちを背に周囲の天魔を見据える上条。

そして彼と背中合わせ、間に『姉妹』二人を挟む位置にジャンヌ。

そこ駆けつけてきた神裂とステイルを合わせての、四方を守り固める配置。


神裂とステイルとの合流はあっさりとしたものであった。
二人ともインデックスとローラを一瞥、
ジャンヌと上条に頷いて見せたのち、すぐさま周囲の天魔達に対し始めた。

誰しもが今、話をするよりもとにかくこの眼前の状況を見極めようとしていたのだ。

ジャンヌ「(…………)」

彼女、ジャンヌもまた同じく。
両手からたっぷり力の篭めた魔弾をばら撒きながら、状況を分析していく。

ここ、人界に近いプルガトリオはもともと天界の勢力化。
当然そんな領域であれだけローラとインデックスが暴れれば、
早々にその侵入が天界の知るところとなり。

アンブラの魔女となれば、ジュベレウス派は大きく動く。

内にはまず時間稼ぎのための雑兵を放り込み、
同時に外からは魔女を逃がさぬよう、この階層に『封印』を施す。

その閉鎖が完了次第、魔女狩りに全力を注ぐ、
それがジュベレウス派の考えであろう。

530: 2011/08/14(日) 01:37:33.73 ID:7TUQJcsIo

ジャンヌ「…………」

そのようにして、この無数の天使達も説明がついた。
『時間稼ぎのための雑兵』達だ。

それでは、そんな天使達と戦っている―――この悪魔の軍勢はなぜここにいるのだろうか。

彼らの目的はいくつか考えられるが、
どれもにも『説得力があって』ジャンヌには特定できなかったのだ。

ただ。


ジャンヌ「―――幻想頃し!!心当たりがあるのか?!」


背後の少年、
上条当麻は明らかに何かを知っている様子を示していた。


上条「―――こいつらの目的は恐らく………………魔女だ!!アスタロトがそんな事を言っていた!!」


上条少し言い淀んだのち、そうジャンヌの背に返した。
不快な記憶を思い出してしまったのか、顔を一瞬顰めさせて。

そのアスタロトの名を聞いた瞬間。
ジャンヌも『同じく』顔を顰めさせて、嫌悪と怒りが沸々と滲む声で静かに。


ジャンヌ「―――そういうこと、か。把握した」


アスタロトと魔女、
それだけでジャンヌにとっては全てが繋がった。

531: 2011/08/14(日) 01:40:30.89 ID:7TUQJcsIo

アンブラの黎明期、契約するとみせかけて大勢の魔女を喰らった恐怖公アスタロト。
アンブラで生まれ教育を受けたものならば、誰しもが知っていること。

大悪魔と契約する際の危険性、その例としてよくあげられている歴史だ。

ジャンヌ「(……)」

この悪魔達、そしてその上のアスタロトの目的が魔女。
そうとなれば、ここからただ離脱するだけではダメだ。

連中はどこまでも追いかけてくるであろう。

かと言ってここで追っ手を潰す、というのもまず困難だ。
相手の規模が大きすぎる。

ネビロスやサルガタナスといった名だたる存在を筆頭に、100を超える大悪魔とそれらの無数の手勢、
そして率いるは覇王に次ぐ力を有する、現在の魔界では紛れも無く『最強』たる十強が一。


そんな存在が率いる一団に比べたら、
かつてアンブラの都を破壊した天の軍勢さえ優しく見えてしまうほどだ。

ジャンヌ「(………………)」

どう思い描いても、ここで正面から潰しあって勝つパターンは見出せない。
背後の者達を守りつつ戦うのは到底不可能。

532: 2011/08/14(日) 01:44:10.34 ID:7TUQJcsIo

相打ち覚悟ならば、アスタロトは潰せるかもしれないが、
それでは何も打開できない。

今の状況で、主の氏でこの一団が退くことはまず無いだろう。
むしろこの背後の者達を目の敵にし、残りの100の大悪魔に主の仇とばかりに狩り立てるはずだ。

ここで腰をすえて戦うのは得策ではない。
そして『ただ離脱する』ことも。

ジャンヌ「…………」

ただ、八方塞というわけでもなかった。
ジャンヌには別に一つ、
それもかなり有効とも思える唯一の手段があった。


『ただ』離脱するだけじゃ『なく』、徹底的に『撒け』ばいいのだ。
それに今、その作戦にとにかく最適な人材が背後にいる。


ジャンヌ「『ローラ』―――お前の『逃げ足』、少しは役に立たせろ!」


ローラ「―――……!」


『名』を呼ばれての、その気高き同属の言葉。
ジャンヌは傷の汗を滲ませながらも
、確かな表情でしっかりと頷いた。

533: 2011/08/14(日) 01:44:53.81 ID:7TUQJcsIo

ローラの力は消耗しきっているも、それも特に問題は無い。
密に繋がっている姉妹―――悪魔と結ばれている妹がいる。

ジャンヌ「―――『インデックス』!ローラを支えてやれ!」

禁書「う、うん!!」

ジャンヌ「他は二人を守れ!」

神裂「はい!」

ステイル「ああ!」

上条「あんたは?!」


ジャンヌ「私を待つな!少し後を追う!」


周囲から押し寄せてくる天魔を吹き飛ばしながらの少ない言葉で、
打つ合わせは完了、あとは決行の号令を下すだけとなった。


ジャンヌ「いいか!私が合図したら行け!」


ただ、今すぐにその号令を下せるわけでもなかったが。

ジュベレウス派はこの階層を閉鎖しつつあり、
アスタロトの勢力も同じようなことをしているはず。

それは言い換えれば、この階層の壁には彼らの意識が張り巡らされているということだ。

こんな状態で抜け出そうとするのは、待ち伏せの罠の中に飛び込むようなもの。
ただでさえ厳しい逃走劇が困難なものへとなってしまう。

しかしここ関してもまた、ジャンヌは考えがあった。

534: 2011/08/14(日) 01:46:21.36 ID:7TUQJcsIo

アスタロトの勢力とジュベレウス派。
両方のトップの領域の存在が、この階層のすぐ外に控えているはず。

この事実は当然、ジャンヌ達にとってはかなり不利な材料。
衝突では打開できない状況に追い込まれている、最も大きな問題だ。

ただ。

この材料は、少し利用するだけで一気にこの状況を覆せる起爆剤にもなり得るのだ。

ジャンヌ「……」

ここにはジャンヌ自身も含め、『大物』の意識が集まりすぎている。
この『舞台』は圧迫され圧し固められ、今にも破裂しそうな緊張状態。

そこにもう少し、あと少しだけ刺激を与えれば―――『舞台』は『崩壊』する。

一極集中された何もかもが噴火して、誰の手にも掌握できない状態へとなる。
そんな混迷の絶頂たる瞬間が―――『逃げる側』にとっては最高の出立タイミングなのだ。


そしてこの場に詰める『大物』の一人であるジャンヌこそ―――その『刺激』を放つことも可能。


ジャンヌ『―――出て来いッ!!顔を出しなッ!!!!』


ジャンヌ天を仰ぎながら声を張り上げた。
その身に宿す絶大な力と圧を篭めて。



ジャンヌ『ここで出なければ―――その名が泣くぞ貴様らッ!!!!』

535: 2011/08/14(日) 01:46:52.07 ID:7TUQJcsIo

俗に『ステュクス河』と呼ばれる階層を治めるマダムステュクス。
そしてその王たる大悪魔と契約を結び、一心同体となるほどの―――アンブラの長の如き力を有する魔女。

そんな『大物』から挑戦・挑発を受けられれば、同じ『大物』は出ないわけにはいかない。
それも組織の頂点たる者なら尚更だ。


ジャンヌの発した言霊で、戦場が一瞬にして静まった。


全ての天魔が戦闘の手を止め、一斉に後ろへと退いて行く。

ジャンヌから見て悪魔達は左へ、天使達は右へと、
乱戦を仕切りなおすかのように双方が綺麗にわかれて纏まっていき。


―――彼女の呼びかけに応えて『彼ら』が顕現する。


ジャンヌ「……」

ますジャンヌから見て左前方、悪魔の側、
上空に浮かぶ50m近くもの赤い魔方陣。


そしてそこから降臨するは―――金色の矛を手にする『龍騎士』。


―――恐怖公アスタロト。


十強が一、現在の魔界最強の一柱たる存在は。
その目も口も無いクチバシに似た形状の頭部を、一瞥するようにジャンヌに向けて。

幅30m近くにもなる龍部位の翼を羽ばたかせて、地面に豪快に着地した。

536: 2011/08/14(日) 01:48:00.93 ID:7TUQJcsIo

上条は『再会』に顔を顰め、
インデックスはローラに覆いかぶさるように抱きつき。

神裂『―――』

ステイル『―――』

神裂とステイルは、アスタロトにただただ圧倒されていた。

現在の魔界の頂点たる存在、そうは頭ではわかってはいても、
やはり体は言い様の無い恐怖に駆られてしまう。
発せられる圧、そこから垣間見える力は絶望的なまでに強大。

まさしく規格外、何もかもを超えてしまっている―――『怪物』。

スパーダの一族や、ウィンザーで垣間見た覇王の力、
ベヨネッタやジャンヌに覚えた感覚と同じものであった。


皆がそれぞれ圧倒された中、続いて今度は天使の側、
その上空の空が金色に輝き始めた。


そして光の直下にて、太さ100m以上にもなる竜巻が巻き上がり。



その渦の中から現れるは―――四元徳が一柱。



―――『禁制』―――テンパランチア。

537: 2011/08/14(日) 01:49:08.35 ID:7TUQJcsIo

その姿はとにかく『巨大』、そんな一言に尽きるものであった。


体高は100m近くあるか、
足の無い様から、まさに『城』が浮いている光景。

『城』という表現がしっくりくる胴体、その胸には彫刻のような巨大な顔。

肩から伸びるは、胴ほどの太さもある大木のごとき腕、
手先にはチューブに似た形状の指が四本。

それら全身には豪華絢爛な装飾が施されており、
そして頭上には直径50mにもなる―――光の紋章―――天使の輪。


上条「―――」

禁書「―――」


アスタロトに及ばないも、これまた想像を絶するほどに絶大。
畏怖の象徴・天界の意思たるその姿はまさに圧倒的。

アスタロト、そしてテンパランチア。
これらの存在の前に皆言葉を失い、その場にて身を凍らせているしかできなかった。


ただ一人―――ジャンヌを省いて。


ジャンヌ「ふん」

538: 2011/08/14(日) 01:50:53.35 ID:7TUQJcsIo

彼女だけは悠然としたまま、
まるで何事も無かったかのように、この二者を見据えていた。
そしてこれまた特に変わらぬ声色で。

ジャンヌ「テンパランチア」

まず顔見知りの四元徳を見、確かめるようにその名を口にした。
彼女に言葉を返したのは、まずは。


テンパランチア『―――まさに長たるに相応しい面構えよ』


四元徳の禁制であった。
身の深淵まで震わせる、チューバの合奏のように低く響く声、
そして『詩』や祈りにも聞える天界独特の調子で。

テンパランチア『やはりお前は消しておかねばならん。アンブラ最後の守護者、ジャンヌよ』

ジャンヌ「はッ!私はセレッサとは違うから覚悟しな。煉獄に送らずに『その場』で頃してやるよ」

と、そんなテンパランチアにも一切怖気づかない彼女を見て。


アスタロト『―――たまらんね!!たまらんよ!!』


恐怖公が言葉を発した。
その声はまるで人間の好青年のそれのように、甘美で透き通る心地の良いものであった―――が。

しかしそれは表面的な部分だけ―――その下には、
想像を絶するほどに醜くおぞましい欲望が蠢いていた。



アスタロト『―――これほどの魔女に会ったのは初めてだ!!』


539: 2011/08/14(日) 01:53:20.80 ID:7TUQJcsIo

ジャンヌ「…………」

そこへ返すはテンパランチア。

テンパランチア『去れ。この界域は天の領だ』

アスタロト『前はな。今は俺の領だ』

テンパランチア『如何なる道理だ。そのような妄言はこの天の領域ではまかり通らぬぞ』


アスタロト『天界屈指の四馬鹿さんよ、この俺がここにいるからここは俺の領に決まってるだろう?』  


テンパランチア『不浄醜穢たる傲慢貪婪の王め』


互いに侮辱の言葉を浴びせあう二柱、
だが実際に刃を交わらせる状態までは至らなかった。

両者ともその応酬の一方、
意識を研ぎ澄まして状況を見定めようとしていたのだ。

ジャンヌ「……」

アスタロトとテンパランチア、双方の有する戦力、
そしてジャンヌの挑発の意図、それらを前に彼らは身長にならざるを得なくなっていた。

もっともアスタロトはどうやら、いや『やはり』と言うべきか、
この緊張を楽しんでもいるようであったが。

540: 2011/08/14(日) 01:54:35.88 ID:7TUQJcsIo

そこはともかく、この張り詰めた状態こそジャンヌの狙い通りであった。
そしてここであと一つ。

一悶着起こせば―――舞台は崩壊する。

ジャンヌ「―――」

最後の刺激、それを与えるべくジャンヌがその力を解き放とうとした―――その時。

彼女の手を下すまでも無く、『最後の刺激』がやってきた。
しかもそれは―――彼女が起こすよりも遥かに激しい刺激。


アスタロトの右脇にて、一体の大悪魔が出現した。
赤いマントをすっぽり被ったような風貌の、細身の人型の悪魔が。

ジャンヌ「(ネビロス)」

これまた強大な力を有する大悪魔の出現だった。
だがこの時、かの存在を目にした者は―――特に上条をはじめとするする者達は―――


禁書「―――!!!!」


このネビロスそのものよりも、
彼の腕に抱かれていた『金髪の女性』に意識を奪われてしまった。


上条「――――――――――――トリッシュ!!!!」


囚われのダンテの相棒の姿に。

541: 2011/08/14(日) 01:55:50.47 ID:7TUQJcsIo

当然だが、トリッシュは機嫌の良さそうな顔はしていなかった。
見るからにむすりとふて腐り、上条達に対しても短く一瞥するだけ。

ネビロスはそんな彼女をあたかも大切そうに腕に抱きながら。

ネビロス『大公』

アスタロト『ほぉ…………』

アスタロトの脇に進み、トリッシュを見せるようにして少し腕を上げた。
『大公』はその目も口も無い頭をそちらへと向けて数秒間、思考を巡らせているのか沈黙。


そしてその沈黙こそ、『崩壊の始まり』であった。


ジャンヌは確かにはっきりと、
圧力に耐えかねてこの舞台に『亀裂』が走っていくのを認識していた。

もちろんそれは上条達も、具体的にはわからなくとも直感的に覚えていた。

ジャンヌ「―――…………」

テンパランチア『…………』

そして―――テンパランチアも。

今や爆発寸前、全員がスタート位置に立ち、合図を待ち構えているようなものだ。
そこで、これまたわざと聞えるようにしているのか。
アスタロトがわざわざその場の全員にも聞える声で。

アスタロト『……予定変更だ。軍団は待機させ―――「全将」を呼び寄せろ』

アスタロト『俺はサルガタナスと奴の三将と共にあの魔女を』


アスタロト『お前は残り全ての将を指揮し―――』



アスタロト『スパーダの息子――――――――――――その首級を挙げろ』



ネビロス『仰せのままに』

542: 2011/08/14(日) 01:58:14.27 ID:7TUQJcsIo


そしてその瞬間『トドメ』が放たれ、この舞台はついに崩壊する。


タイミングを見計らったかのように、
まさに完璧なタイミングで―――三者のちょうど中心に着地した。


ネヴァン『――――――――――――みぃつけた』


紫の無数のコウモリと稲妻を身に纏わせる―――妖艶な大悪魔が。

そして彼女は、ここに―――もと『主』を導く。

更なる大悪魔を三体を引き連れて、『彼』はネヴァンの傍に降り立った。


「HEY―――!!」


燃えるように赤いコートに―――白銀の大剣を背負った『最強の男』。



ダンテ「―――HELLO!!」



スパーダの息子―――ダンテが。

543: 2011/08/14(日) 02:00:17.92 ID:7TUQJcsIo

瞬間この舞台は誰の手にも収拾がつけられない程に崩壊。
まるで雪崩の如く、何もかもが爆発的なスタートを切った。

ジャンヌ「――――――行けェ!!!!」

ジャンヌの発した号令、
それを受けて即座にローラの術が発動―――上条達五人の姿はその場から一瞬にして消失。
続きジャンヌも一拍置いて離脱。


テンパランチア『―――――――――ジャァァァァァァンヌッッ!!』


そして地面が割れ砕けるほどの声を発して、
追跡のためその場から姿を消すテンパランチア。

アスタロト『―――はははははははは!!!!』

アスタロトも高笑いを発しながら姿を消し。
この開幕した熾烈な逃走劇に身を投じていった。

ダンテ「…………おーおー、忙しねえ連中だこと。イフリート。あいつらを支援してやってくれ」

上条達を支援するべく、すかさずイフリートも後を追って姿を消し、
周囲の天魔達もこの階層からすぐさま離脱していき。


残ったのはダンテ、その周りのネヴァン・アグニ&ルドラ。
そしてネビロスとトリッシュ。

ただ。

そのままこの階層が『寂しく』なるわけでもなかった。

逃走劇が『レース』ならば―――ここは『リング』だ。

それも史上まれに見る、
間違いなく魔界の歴史にも大きく刻まれる『戦場』となる。



何せ逃走劇の一行が離脱した直後―――ここにアスタロト配下の『全将』―――100を超える大悪魔が一同に介したのだから。



ダンテ「―――へえ。こっちはこっちで充分面白そうだな」

544: 2011/08/14(日) 02:02:34.93 ID:7TUQJcsIo

次々と。

周囲の廃墟に点々と顕現降臨していく大悪魔達。
まさしくその光景は、高峰が連なっていくような存在感。

一体、また一体と禍々しき神々が現れるごとに、この階層が大きく軋んでいく。
今やはっきりと音として聞き取れるほどに。


まさに『悲鳴』のように。


しかしダンテの表情は、そのたびにみるみる―――嬉しそうに不敵に『歪んでいく』。


この大悪魔の出現が奏でる『ドラム』の高鳴りに、まるで酔いしれているよう。
とそんな彼の至福の瞬間を一つの声が貫いた。

トリッシュ「―――ねえちょっと!」

ダンテ「ん?」

トリッシュ「ニヤニヤしてないでほら。早く助けなさいよ」


ダンテ「あー、わかってるって『お姫様』」


ネビロス『―――覚悟は良いか?スパーダの息子よ』


そして将が揃ったのをもってネビロスの開戦を告げる言葉、
一斉に身構え戦意を放つ大悪魔達。


ネビロス『―――ここが貴様の氏地だ。その首を貰い受ける』


545: 2011/08/14(日) 02:04:37.87 ID:7TUQJcsIo


ダンテ「―――ハッハ!俺の人気っぷりはここまできちまったか!!アグルド!!ネヴァン!!」


ダンテの呼びかけに、双子は野太い声と共に剣を構え、
ネヴァンは全身から紫の稲妻と刃を迸らせ臨戦態勢へ。

ダンテは両手両足のギルガメスの歯車、
その魔具が食いつく四つの拳銃を打ち鳴らし、背にあるリベリオンの柄に右手を乗せて。



ダンテ「そうそう、昔からよ、親父の武勇伝を聞くたびに―――」



相変わらずの笑みを浮べながらそんな風に、ふと独り言のように呟き。



ダンテ『―――俺も一度やってみてえと思ってたんだ―――』



そして地面を蹴り、前へと踏み出した。




ダンテ『――――――――――――「大悪魔100柱斬り」ってやつをな!!』




―――その身を魔人化させて。



―――

555: 2011/08/18(木) 01:16:39.79 ID:eS78azjxo
―――

ジャンヌ「――――――行けェ!!!!」

その声を受けて、上条がインデックスの方に振り返ったとき。
彼女とローラが寄り添い、お互いの力と技術を混ぜ合わせてここから飛ぼうとしていた瞬間。

彼女達二人の向こう、この廃墟と化しているおぼろげな街の遥か彼方に、上条は『その姿』を視界に捉えた。


緑の手術衣を纏い―――男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見える―――銀のねじくれた杖を手にしている者を。


上条「―――」


『彼』、いや『彼女』なのか、それすらもわからないが、
その人物は内面を読み取れない瞳で見つめていた。

上条当麻をただ真っ直ぐに。

一体何者なのだろうか。
この身の悪魔の感覚によると、恐らく人間であるようなのだが―――どことなく―――何かが違う。

魔や天の異界の力が混ざっているわけではない。
しかし何かが違うのだ。

そして上条は、このような存在を前から良く知っているような気がしていた。

その正体は、魂の古の記憶を遡るまでも無く、
つい『数日前』を思い出すだけでもはっきりと認識できる事であったが。

ただこの時は、そこに意識を向けている余裕など無かった。
今はとにかく、この苛烈な逃走劇を乗り越えなければならないのだから。

次の瞬間、青と金の大量の髪が周囲から出現、
上条達を覆ってこの場から離脱させていった。

556: 2011/08/18(木) 01:18:00.18 ID:eS78azjxo

ローラのとった逃走方法はこうだ。

ただ直線の速度勝負では追いつかれてしまうため、
混み入ったところをジグザグに移動し、
痕跡を無秩序に方々に残し撹乱させて撒く、というもの。

人間世界でも特に珍しくもない、古典的で単純な方法だ。

ただその逃走ルートは数多の階層を経由していくという、
人間の認識を超えた多次元領域上であったが。

またこの逃走方法は、まさにプルガトリオがうってつけであった。

この狭間の領域内には階層は無数に存在し、全次元全方位どこまでも連なっている。
各界の現世の姿が狭間の虚無に投影されているだけ、そして虚無であるが故にその深さは底無し。

一向はこの最大の迷宮の中を続けざまに飛んでいく。

天界が投影されたと思われる光溢れる野原、穏やかな森や側、
天を貫くかというほどの荘厳で美しい白亜の建築物、月夜の美麗な海。


魔界が投影されたと思われる灰の原、
暗く淀む空、陰湿な密林、溶岩が溢れる包まれている荒野、
そして同じく荘厳でありながら、強烈な不安感と嫌悪感を覚えさせる城や砦、
その建築物の色は白亜から黒曜石のような闇色まで。


更に魔界・天界のみならず、別の異界の投影だと思われる『奇妙』の一言につきる階層、
また、一見すると人間界のものに間違えてしまうくらいに良く似ている階層まで。

558: 2011/08/18(木) 01:19:04.50 ID:eS78azjxo

ただ、一向にそれらをゆっくりと観光する暇は当然無かったが。
なにせ各階層での滞在時間は僅か3秒程度。

到着と同時に、ローラとインデックスが即座に囮の痕跡を植え付け、
続けてすぐに次の移動先を設定、そして一行の足元の地面ごと次の階層へと飛ばす。

皆の目に映る風景は目まぐるしく切り替わっていった。


最初のうちは追っ手も大量に続いてきたが、あるものは囮の痕跡で時間を浪費し、
あるものは速度についていけずに取り残され、あるものは見失って行き詰まる。

そのようにして、階層を飛んでいくたびにその数はみるみる減っていった。
追っ手戦力の減少は、頭数の減少に比べれば緩やかなものであったが。

脱落していくのは天魔共に下位の存在から、
つまり言い換えればしつこくついてくるのは猛者ばかりなのだ。

また周りの邪魔がいなくなたことによって、その猛者達がより前面へとその身を進ませて。
彼らを逃がすまいと強大な魔の手を一気に伸ばしてくる。

とある階層に下りた直後。

上条「―――」

ちょうど上条の前方、彼らから60m程の距離にて、赤く大きな魔方陣が出現。
そしてそれを目にした上条が構えるよりも早く。


『ロバの頭部をした翼の生えた獅子』が魔方陣の中から飛び出してきた。


559: 2011/08/18(木) 01:21:00.82 ID:eS78azjxo


上条「―――!!」


それはアスタロトの側近サルガタナス配下の三将が一柱、『ヴァラファール』。


紛れも無い大悪魔の強烈な圧、それを纏った狂気の爪が、
一行へと向けてとてつもない速度で迫った。

神裂とステイルにとっては完全な不意、この初撃に対応できるのは上条のみ。


上条『―――おぁあ゛あ゛あ゛!!!!』


そこで彼は考えるよりも早く、躊躇わずにその力を解き放つ。
光が放たれると同時に瞬時に黒から銀へと変わる髪色と、異形の手足―――。

上条はその左腕から伸びる鋭い鉤爪を翳して、『ヴァラファール』へと向けて踏み出した。


衝突する『大悪魔同士』の爪。


その激突の衝撃は神の領域と言うにふさわしく、
たった一撃でこの階層を大きく歪ませていく。

しかしこの両者、ともに同じく大悪魔と呼ぶことが出来るが、
双方の間にはとてつもない差があった。

大悪魔に『成りたて』と、恐竜が闊歩していた時代から歴戦の戦士だった存在には、
当然のごとく天と地の差があるものだ。


560: 2011/08/18(木) 01:22:03.19 ID:eS78azjxo

上条『――――――』


肉が内側で張り裂けていく左腕、亀裂が入る鉤爪。
かたやヴァラファールの爪は無傷であり、更にその勢いは弱まることは無い。

爪と爪が激突した瞬間の中、上条ははっきりと悟った。

パワーとその力の密度に差がある過ぎる、この突進を留めることはできない、
確実にこのまま左腕もろとも潰されて―――


―――だが、今の上条は一人ではない。


彼がこの初撃の盾となったことにより、
そこに僅かな時間―――仲間が対応する時間が生じた。


刹那、上条の背中越しから、
『青い髪』の束が一気に伸びてはヴァラファールに押し寄せて行き。

そして左側から炎剣を生やしたステイル、右からは神裂が獅子の喉元へ向けて、
鞘に納まったままの七天七刀を振り抜く。

続けざま、そして同時に重なって響く更なる衝撃。
その四者の一斉攻撃によってやっと、ヴァラファールの勢いはそこで留まった。

561: 2011/08/18(木) 01:26:49.37 ID:eS78azjxo

しかし、たった一回の攻撃を退けるだけでこの労力。

神裂「―――……」

上条『―――くッ!!』

強襲が失敗したと見て仕切り直すつもりなのか、後方へと跳ねるヴァラファール。
その姿を目にしながら皆同じ事を思っていた。


このまま格闘戦となるのは避けなければならない、と。


戦闘に比重が偏ること、
それはつまり逃走が疎かになってしまうこと。
同じ階層に留まる時間が伸びれば伸びるほど、追っ手が集まってくる。

だからこそ戦闘は極力避けなければならない。

また重傷の身のローラ、心身ともに消耗しきっているインデックスを考えて、
これ以上のプレッシャーも避けなければならないのだ。

容易に倒せる相手ならともかく、相手が大悪魔となれば尚更だ。
長期戦になりここに縛り付けられるどころか、確実にこちらも消耗してしまう。


選択は移動を続けることのみ。


囮の痕跡を撒く作業は切り上げて、
ローラとインデックスは即座に次の場へと向かう式を構築―――と、その作業が終った直後、
ヴァラファールが再び猛烈な速度で動き出した。

ローラ「―――!!」

そして魔女のウィケッドウィーブが一行を即座に包み上げた時―――その中へと、この獅子も飛び込み乱入。


禁書『―――あッ!!』


次の階層へと『共』に飛ぶことになった。

562: 2011/08/18(木) 01:27:52.86 ID:eS78azjxo


上条『なッ―――』

新たなる階層に到達しても、脅威はそのまま。
むしろ脅威はこの瞬間に極まっていたか。

ステイル『―――』

一行の輪の中、インデックスとローラのすぐ前にヴァラファールがいた。

あまりにも近すぎて、
一行全員がこの悪魔に対応することはできなかった。

そう、一行の者達には、だ。


瞬間。


「―――Yeaaaaaaaaaaaaaaah!!!!」


突然、赤い残像がどこからともなく輪の中に突っ込んできて、
この獅子を上空へと弾き飛ばした。

ジャンヌ「Hu-HA!!!!」

その正体は、白銀の光を纏うジャンヌだった。
浮いた獅子の体を、強き魔女は長くしなやかな足で蹴り飛ばして。

ジャンヌ「行け!!次に早く!!」

上条『インデックス!!ローラ!!』

禁書『うん!!』

ローラ「っつ!!」


563: 2011/08/18(木) 01:30:47.73 ID:eS78azjxo

ヴァラファールをジャンヌに任せて、一行はすさかず次の階層へと飛んでいく。
しかし逃走劇はまだ始まったばかり。

追っ手は依然激しく、選りすぐられた猛者達が執拗にやって来る。

そしてヴァラファールとの接触から5階層目に到達したとき。

今度は天界の追っ手が出現した。


一行を挟む形で二体。


体躯は3mほど、トカゲのような体に荘厳な装具と仮面を纏い、翼は腰の位置から。
そして手先には―――胴ほどもあろうかという、巨大な鉤爪が三本づつ。

二体ともその造詣はほぼ同じであったが、
片方は黒と白、もう片方は金と白という具合に色合いが異なっていた。

ローラ『…………』

禁書『…………』

その姿を一目見てローラとインデックスはもちろん、
彼女達と繋がっている上条もまた。

上条『―――……』

この存在の正体を一目で判別した。

ジュベレウス派の最精鋭上級三隊、最上位の熾天使、その位の中でも群を抜いて攻撃的すぎる存在。

この眷属は常に双子一組で行動すること、
また彼らの存在はジュベレウス派の『気品と名誉』を示す位置にあることから通称は―――



―――『グラシアス&グ口リアス』。



ただその仕事の実体は『破壊と抹殺』―――その戦闘能力は、魔界では間違いなく大悪魔とも呼ばれる領域であり。


まさしくジュベレウス派が誇る―――屈指の『殲滅部隊』だ。

564: 2011/08/18(木) 01:32:27.69 ID:eS78azjxo

この存在達もまた、この状況下では腰をすえて戦っては成らないほどに強い。

上条『……』

これ以上の時間の消費、そしてローラとインデックスへのプレッシャーの増加は許されない。
これが神裂・ステイル・上条の、言葉を交わさずとも共通している考えだ。

ここでこの双天使に追いつかれたことだって、ヴァラファールとの接触からのしわ寄せだ。

だからといって、そう易々と離脱もさせてくれない。
強引に行けば、先のヴァラファールとのような状況に陥る可能性だってある。

それに何よりも相手は『二体』もいる。


そこで彼らはこの時、瞬間的にとある判断を下した。

上条とステイルは一瞬、
互いに目を合わせて意を確かめた後。


上条『―――任せる神裂!!』


ステイル『―――行け!!』


上条は黒と白の個体、ステイルは金と白の個体をと、
二人は少し前へ出て見据えた。

二人は、少し後で追っ手を抑えているジャンヌと同じ行動を選んだのだ。

インデックスとローラの護衛の数が減ることになるが、
さっきのヴァラファールとの状況に陥るよりは遥かにマシだ。

それにここにジャンヌが来ないことからも、
追っ手を抑える人手はどうにも足りていないことも伺える。

565: 2011/08/18(木) 01:33:14.97 ID:eS78azjxo

またここで離れる人員が上条とステイルなのも、当然のことである。

実質、この一行の指揮を執っているのは神裂であり、
また彼女が一行の中で最も強くて最後の砦としては最適、

そして何よりも、課せられた任によってインデックスの傍から離れる訳にもいかないからだ。

神裂「はい!!のちほど!!!!」

神裂が返事を返し、
インデックスが小さく頷いた後、彼女達三人の姿がウィケッドウィーブに包まれて消失した。

その時、双天使がやはり飛び出そうとしたが。

二人の悪魔が残って相対しているのを見て、腰を低くすえて構え直した。
その胴ほどもあろうかという、巨大な鉤爪をゆらゆらと揺らして。


上条『…………』


この双天使との戦いの後はどうするか、神裂達に追いつくのはまず無理だ。
ルートはローラしか知らず、最終的な行き先は神裂の頭の中のみ。

こちらはこのまま、ここで追っ手を迎え撃ち、
そして状況が収束次第人間界に戻り、
彼女たちの帰りを待つことしかできないであろう。

566: 2011/08/18(木) 01:35:16.71 ID:eS78azjxo

と、その時。

双天使と上条ステイルが、互いの挙動に意識を集中させいた緊張の中。


ステイル『…………そういえば君は随分と、「魔界風」に様変わりしているな』


背を向けているステイルがぼそりと口を開いた。


上条『お互い様だろ』


それに同じような調子で返す、『銀髪』に異形の手足の上条。


上条『神裂からはバージルの匂いが強烈にするし、お前からはその神裂とバージルが混ざった匂いがする』


ステイル『はは、確かに。お互い、この短い時間の間に色々あったようだね』

上条『おおよ……有りすぎだぜこんちくしょう』

ステイル『悪態を付くにはまだ早いと思うがね。まだまだ、この後もっと「色々」起こりそうじゃないか』


と、ステイルが小さく笑ったとき。


ステイル『今宵は僕の人生の中で、最も長い夜になりそうだ』


先に動いたのは双天使の方であった。


直後。


『破壊と抹殺』、その謂れにふさわしい暴虐がここに吹き荒れた。


―――

567: 2011/08/18(木) 01:36:40.86 ID:eS78azjxo
―――

一行を見送って。

ジャンヌ「…………」

ジャンヌは、蹴り飛ばしたヴァラファールの方へと向き直った。
獅子は60m程の地に着地、こちらへと向き構えを取り直していた。

ジャンヌ「(…………頃しておくか)」

ここまでもついてくるような追っ手は、
できるのならば排除するにこしたことはない。

下位の大悪魔ヴァラファール、この存在を頃すことも、
彼女にとっては別に難しいことでもない。

それに今は一対一。


『容易』だ。


と、彼女はこの獅子を狩ると決めたが。
ヴァラファールの命を刈り取ったのは彼女ではなかった。


その時。


彼女から見て斜め前100mのところ、
金色の魔方陣と共に巨大な竜巻が起こり。


大渦の中から、テンパランチアがその巨体を出現させた。



テンパランチア『―――ジャンヌ』

568: 2011/08/18(木) 01:39:21.88 ID:eS78azjxo

テンパランチア『―――逃がさぬぞ。ジャンヌよ』

ジャンヌ「……しつこい野郎は嫌いだよ」

四元徳の出現に、
ヴァラファールが咆哮をあげてその圧を放ったが。

テンパランチアはその圧力などまるで気にもせず、特に関心も寄せず。


テンパランチア『―――邪魔だ』


と一言ののち、ぬうん、と大地が揺さぶられるほどに低い声を漏らして。


ビルの如き巨大な腕を振り下ろし、一撃。


たった一撃であっさりと、ヴァラファールを跡形も無く叩き潰した。


ジャンヌ「……へえ」

一瞬でヴァラファールを頃したテンパランチア、その一挙動の中にジャンヌは垣間見た。
この四元徳の力が、明らかに以前よりも増していることを。

                                                   ヘイロウ
本来は復活したジュベレウスに捧げるために貯蔵していた『 力 』を大量に貪り食い、
決戦に向けて著しく強化しているのだろう。

アスタロトとまではいかないものの、どうやら自身の主契約魔マダムステュクスをも超えていると、
ジャンヌはこのテンパランチアの力を見た。

569: 2011/08/18(木) 01:41:07.18 ID:eS78azjxo

ジャンヌ「……」

間違いなく今の状況下では、ゆっくり付き合ってなどいられない相手だ。

ただ幸いなのは、四元徳は色々と『素直』で『鈍い』という点か。
まあこれは天の存在に共通して言えることでもあるが。


テンパランチア『さあ覚悟するがいい!!我が拳!!我が鉄槌を受けてみよ!!』


やる気満々の四元徳とは対照的に、
ジャンヌはため息混じりに呆れ笑って。


ジャンヌ「私はね、面倒くさい野郎も嫌いなんだよ」


そう言い残してはすぐにウィケッドウィーブに包まれて。


テンパランチア『ん!?―――おおお!!?』


この階層から姿を消した。



テンパランチア『―――ジャァァァァァンヌ!!!!』



―――

570: 2011/08/18(木) 01:43:24.74 ID:eS78azjxo
―――

人間時間で50分以内に障害を全て排除し、禁書目録を神裂に合流させておけ。
そうジャンヌに命じてから17分が経過していた。

アイゼン『……』

煉獄の中にぽっかりと浮かぶこの『神儀の間』にて、
目まぐるしく移り変わっていく状況をアイゼンは観察していた。

この煉獄から見ることが出来るのは、すりガラス越しにモノを見たくらいのものでしかなかったが、
それでも、今の状況が加速度的に混迷を極めつつあるのはしっかりと把握できる。

ただ。

これは『弟と息子』が割り込んできている以上、仕方の無いことであろう。

状況は予想外の方向に転がってはいるが、まだまだ許容範囲内。
対応は充分可能だ。

ベヨネッタ「―――おっはぁあああん!!」

背後から響いてくるベヨネッタの間抜けな咆哮。
絶頂の腕飾りを装着して、その沸きあがってくる刺激に悶えているのだ。

アイゼン『…………』

ベヨネッタ「―――何コレすんごくキクッ!!前と全然チガウッッン!」

アイゼン『当たり前であろう。我がこの手で新品に等しいほどにまで修繕したのだからな』

571: 2011/08/18(木) 01:49:03.37 ID:eS78azjxo

そう背を向けたまま、そっけなく声を放ちながら。
アイゼンはこの混迷きわまる状況を踏まえ、今後の段取りを頭の中で今一度確認する。

残り33分以内に神裂と禁書目録を所定の位置につかせ、そこからまた諸々の準備に要するのが30分、

その準備が整い次第ここ神儀の間にて、
アイゼンとベヨネッタの支援の下バージルが人間界に対して『時の腕輪』を起動。

ここで重要なのが、アリウスによって魔界の口が開けられる前に『時の腕輪』を起動しなければ、
人間界は一瞬にして魔に侵食されてしまうということだ。

『時の腕輪』の起動完了後、次は禁書目録を眼として、
バージルとリンクした神裂によるセフィロトの樹の『切断』作業、これも長ければ数十分に渡るか。

そしてその後は―――といった風に続き。

ベヨネッタ「ッッッッつぁ!!ふッ!!はッ!!」

アイゼン『…………』

背後で悶えている『バカ』に自由時間を与えるのは、その切断以降の予定であったが。
この状況で細かいところまで段取りにこだわっていてはならない。
状況には臨機応変に対応する必要があるものだ。

アイゼン『―――調整、あとどの程度で終りそうだ?』


ベヨネッタ「あー!!あんッ!!20分くらいッ!!人間時間でんッ!!」


アイゼン『ほう。うん、どれ、それが終り次第―――』


この最強の『バカ』を解き放つのもまた一策。



アイゼン『―――少しばかり「試運転」、してみる気は無いか?』



副作用として更に状況を滅茶苦茶にするのは目に見えているが、
痺れを切らしたバージルが向かうよりかは遥かにマシであろう。


―――

582: 2011/08/23(火) 23:08:04.26 ID:5TAxSX5so
―――

この世のものではない、魂の熱をも奪い取る冷気。
それが一瞬にして第七学区の一画を包み、青色の異界の氷で覆い尽くす。

一方「(―――なンだこれは)」

飛び上がった上空から、
一方通行はそんな惨状を目にしていた。

いや、『これ』はほんの余波、おまけだ。

意識すべきメインの存在はこの氷原の中央にある、二つの凄まじい圧の源。

一方「―――ッ!!」

そのあまりにも強すぎる圧を直視してしまって、一方通行は瞬間眩暈を覚えてしまった。
何とか力の知覚の『瞳孔』を絞り、ホワイトアウトした視界を調節、

そして知覚を凝らしてようやくその源の存在を捉えた。


一方「―――」


正体は、激しくもつれ合って凄まじい力の衝突を繰り返している二頭の怪物。
この冷気の主であろう青色の『三頭の狼』と、緑色の光のオーラを纏う『獅子』であった。

人間どころか、この世のものとはあまりにもかけ離れた姿形と存在感。


魔帝との騒乱の際や、そしてトリッシュ達に覚えた感覚と同じ―――まさしく『純粋な悪魔』だ。


583: 2011/08/23(火) 23:11:27.81 ID:5TAxSX5so

有する力は純粋な塊。
先日のフィアンマとは違う、混じり気も騙しも無い正当型とでも言うか。

そしてその力の規模もまた、フィアンマよりも確かに大きい。

いや、『大きい』ではなく『格が違う』と言った方が正しいか。
力の大小以前にそのあり方からして別物、『それ』が具体的に何かはわからなかったが、
一方通行はそこに明確な『壁』の存在を感じた。

また、これは今はじめて覚えた感覚でもない。
例えば同じ悪魔の力と言えども、ステイルとトリッシュとの間にもそんな『壁』の存在を感じていた。

そして自身の中でもその『壁』は以前から見ていた。
触れることはできても越えるには高すぎ、打ち砕くには余りにも分厚く固い『壁』だ。

一方「……」

土御門かそれとも海原か。
誰が口にしたかは覚えていないが一方通行はこの瞬間、
このような規格外の存在を指したある言葉を思い出した。


『神の領域』、と。


具体的に説明することはできない。
悪魔についてはほとんど何も知らないし、人間には馴染みの無い『力』という概念も言葉にすることができない。

そもそも『神』の定義からわからない。

だがそれでも。

一方通行はこの時確信した。


この壁は『神の領域』とそれ以下を果てしなく隔てる、鉄壁の境界なのだと。

584: 2011/08/23(火) 23:13:40.62 ID:5TAxSX5so

と、その時。

ぶつかり合っていた二頭が離れた直後、両方ともふと動きをとめて、
真っ直ぐにこちらを見上げた。

一方「(まァ気付くよな)」

これに関しては一方通行自身もわかっていた。
この両手から常に力が駄々漏れで、目立ちすぎなのは自覚している。

一方通行はそのまま氷原の中へと降下し、
二頭と均一な距離を置いて、三角形を描く位置に降り立った。


一方「(…………)」


一瞬前までの力の嵐が嘘のような、どこまでも冷え切り静かな空気。
能力も何も無い普通の人間であったら一瞬で凍氏する冷気。

ただ、ここでは物理的に冷え氏ぬよりも、
怪物の圧による氏の方が遥かに早いだろうが。


そんな氏の世界の中、一方通行は二頭の怪物を見据えた。


ここでまず一番重要なのは、この二頭は学園都市、大きく言えば人間に対して敵性かどうかだ。
二頭同士が敵対しているのは周知の通り、
またここで戦っているという点から、『どちらか』が敵性なのも確実だ。

つまり考えられる状況は二つ。

片方がダンテ達のように人間の肩を持つ悪魔か、
それとも両方とも敵性なのか、だ。

そしてその答えはすぐに示された。


『下がれ小僧』


三頭の狼が敵意の篭っていない言葉をこちらに放ち、
獅子はこちらにも強烈な殺意を放つ。

585: 2011/08/23(火) 23:14:28.95 ID:5TAxSX5so

これは一方通行にとってかなり好都合だった。


充満している力の大気が、すでに反射幕を抜けてきている。
こちらも幕下に力の壁を張って、強引に力で押し返している状態だ。

あの『黒い杭』を出したとしても、この二頭と己の差はそんな小細工で縮まるものではない。
それ以前にカエル顔の医者の言葉を受けては、杭など使う気にはなれなかったが。

とにかく二頭とも敵性だったら、
はっきり言って彼にはどうしようもなかったのだ。

だが片側が、少なくとも人間には危害を与えないのならば。


一方「そォかィ。じゃァ任せたぜ」


ここは無理に割り込むのも無粋であろう。
一方通行が狼の声に従い、すぐさま後方に跳ね飛んだ瞬間。

再び怪物同士の衝突が始まった。

獅子が蛇腹状の金属に似た「たてがみ」を打ち鳴らしては、
緑の光の衣を纏い一気に狼に突進した。

それに応じ、狼も青く光る凄まじい冷気を放ち迎え撃った。

586: 2011/08/23(火) 23:15:44.63 ID:5TAxSX5so

一方「―――ッ!!」

彼の意識が追えたのはその初動だけであった。
あとにたて続く衝撃の連続、その激突の瞬間など全く見えない。

早すぎて、そして力の激突があまりにも凄まじくて意識がついていかない。


一方「カッ!!」


反射幕の下に更に分厚く形成した壁を打ち付ける力の衝撃波、
そして両腕の表面が削り取られていく感覚。

衝突が続く間の時間感覚はまるでわからなかった。
数秒にも感じれば数時間にも。

それこそ気のせいではなく、強烈な力によって本当にこの場の時空が歪んでいるのか。

と、そんな最中。
突然の時間感覚の正常化と共に衝突もふと止んだ。

そして再び捉えることができた狼と獅子の姿。

獅子は多少傷ついていたが、目立った大きななものは無かった。

一方の狼は。


一方「(…………!!)」


三つの頭のうち一つを失っていた。

587: 2011/08/23(火) 23:17:11.87 ID:5TAxSX5so

狼は明らかに押されていた。

確かに両者の力は拮抗しており、その力量の差は1%程度か。
100と99、ここまで近ければ『同じ強さ』といってもいいだろう。

しかし実際の戦いは、単純にパラメータの比較では通じない。

拮抗していれば、両者とも同じように消耗していく場合もある一方。
力量の1%の差で結果は天国と地獄に綺麗に分かれる場合もあるのだ。


一方「―――チッ」


それを見て一方通行は、すぐさま跳ねて狼の横へと降り立った。
対する狼の反応は先と変わらず、頭の一つが声を放つ。

『下がっていろと言ったはずだ小僧』

一方「あァ?黙って見てられるかよ」

『その程度の力でどうするつもりだ?』

一方「…………」

確かに神の領域の壁は越えてはいない。

しかし。

越えずとも、その壁に『触ること』が出来る位置にはいるのだ。


一方「うるせェよワン公―――」


ならば、さすがに1%以下なんてことはないだろう。


一方「―――黙って『足し』にさせろ」


その1%で差を埋められれば良いのだ。


そして2%になれれば―――圧倒的逆転も可能だ。


―――

588: 2011/08/23(火) 23:19:07.33 ID:5TAxSX5so
―――

紅い残像を引き、最強の魔剣士ダンテは動き出した。

初撃は真正面にいた大悪魔、
熊のような巨躯のその顔面へとリベリオンの突き―――スティンガー。

響くはエコーのかかった掛け声、発されるは真紅の光の衝撃。

この時の一撃は、
人間界を一撃の下に消滅させる魔帝の槍、それに等しき本気の刃だった。


例え大悪魔といえども、よっぽどの高位でなければたった一撃で氏に直結するものだ。


最初の餌食となったこの熊のような大悪魔もまた、
そんな一撃に耐えられるほどの存在ではなく。

頭部を貫かれては大きく仰け反って、地響きを伴って仰向けに倒れた。
そのままダンテも『熊』の胸の上に降り立った。

ダンテ『なあにボケッとしてる?もう始まってるぜ?』

そして突き刺さったままのリベリオンの柄頭を軽く叩きながら、
周りの大勢の大悪魔へ向けて笑いかけた。


ダンテ『お前らもこの日を待ち望んでたんだろ?』


普通の人間が目にしたら、
それだけで卒倒してしまうような魔人の笑みを浮べて。

ただ、ここにはそんな弱者など存在しない。
いるのは、スパーダの血に底なしの憎悪を抱く黒き神々のみ。


ダンテ『―――ならよ、存分に楽しもうじゃねえか』


彼はその余裕溢れる挑発を受けた瞬間、一斉に動き出した。

589: 2011/08/23(火) 23:19:45.74 ID:5TAxSX5so

一体の『イグアナ』ような大悪魔が、
その爪による強烈な一撃を叩き込もうとダンテの背後に迫った。

瞬間、この大悪魔はダンテが反応しないところを見て、
彼の虚を付いたと感じていただろう。


しかし彼の虚を付けるものなど、ここには一体も存在していない。


ダンテはギリギリまでひきつけては、
相手が反応できない速度で後ろ蹴りを放った。

ギルガメスに覆われた『かかと』が砕き、
魔弾がぶち抜いていく。


一蹴りで二撃のカウンターにより、イグアナの顎は木っ端微塵。


また、その破片が飛び散る間もなく攻撃は続く。
ダンテは蹴りの慣性のまま瞬時に振り返り、背中越しにリベリオンを引き抜いて。


ダンテ『――YeeeaaaH!!!!』


そのまま頭の上から振り下ろした。

涼やかな金属音と共に『イグアナ』は一刀両断、
刃の余波はそのまま大地にも溝を刻んでいった。

590: 2011/08/23(火) 23:21:48.23 ID:5TAxSX5so

その直後、いや、ほぼ同時か、今度は左右両側から大悪魔が迫った。

それぞれ人間界の存在で現せば右は『狼』、
左は『大蛇』といえるような姿をしているだろうか。

似ているのは全体的な大体のシルエットだけで、実際はまったく別物であるが。

空間を滑るようにして突き進んでくる『大蛇』は四つに割れた口を大きく開き、
狼はしなやかな身のこなしで駆け迫り、同じように牙を剥き出しにする。


更にこの瞬間、ダンテに迫った刃はこれだけでは無かった。


正面から放たれてきた光の矢が、両断した『イグアナ』のその『隙間』を抜けてきたのだ。

そこでまずダンテは仰け反り、鼻先の上をスレスレに矢をやり過ごした。
そしてその倒した上体に続くように、両足を跳ね上げて。

宙で身を捻り、広げた足を風車のように回転。


右足で右から迫った狼を蹴り落とし―――同時に左足で左方の蛇を蹴り上げた。


もちろん衝撃の瞬間に魔弾もセットで。

そのまま右足で叩き落した『狼』の頭部に着地し、
着地して振り返りざまにリベリオンで薙ぎ、浮かび上がった『蛇』の胴を切断。


同時に再度、足から魔弾を放ち―――『狼』の頭部を撃ち抜き潰す。


591: 2011/08/23(火) 23:23:12.56 ID:5TAxSX5so

と、そこで続けて光の矢が飛来してきた。
しかも今度は巨大、さながら光のミサイルといったものか。

それは着弾と同時に、
三体の同胞の亡骸などお構い無しにその場を丸ごと吹き飛ばした。

しかし当然、彼が大人しくその破壊を受けているわけが無い。

ダンテ『―――Hum!!』

彼は瞬時に横へ大きく跳ねて、
当たり前のようにその破壊を免れていた。

そしてそれは相手も予想済みなのだろう、光のミサイルは立て続けに放たれていた。
しかも『ミサイル』はそう例える通り、その軌道を変えて彼を追跡してきていた。

その数は三発。


それを見て―――ダンテは笑った。


不敵に、不気味に、余裕たっぷりに、そして楽しげに。
彼は一発目をリベリオンで『切り落とし』、その場に霧散させた。


二発目は弾きいなし―――この時迫ってきていた横の『大きな蚊』のような大悪魔にぶちあてた。


そして三発目は―――打ち返した。


まるで、いや、まさにそのまま―――野球のスイングで。


放たれてきた速度を遥かに上回る勢いで、
光のミサイルは一直線に飛んで行き。


ダンテ『―――SeeYa!!!!Ha-Ha-Ha!!』


発射元の大悪魔に直撃、その体を大きくぶっ飛ばしていった。

592: 2011/08/23(火) 23:26:08.22 ID:5TAxSX5so

誰が見ても彼はどうしようもなく楽しそうであった。
実際、彼にとってこの戦いは最高のものであった。

狭い人間界では叶わぬ出力を発揮でき、また相手が魔帝や家族といった『重い存在』でもない。

一切の制約が無く、そして好きなように戦える場なのだ。
何よりも戦いを純粋に楽しむ彼にとってはまさに『天国』だ。

ここ数日の鬱憤の放散も兼ねて、彼のボルテージは最高潮に達していた。

一方。

彼と共にきたネヴァンとアグニ&ルドラにとっては、
やはりこの場は非常に過酷なものであった。

敵は同格どころか半分以上が格上、そして圧倒的な数の差。

神々、大悪魔である彼らでも、この場では所詮『一兵卒』でしかなかったのだ。


彼女たちの苦戦に気付いたダンテはマントを翻し、
周囲の大悪魔達を蹴散らしてネヴァンの隣に降り立った。


ダンテ『よお、キツイか?』


ネヴァン『正直ねぇ。あなたくらいよ、そこまで余裕なの』


そう答える妖艶な大悪魔、その身は傷まみれであった。
少し離れたところで激しい立ち回りを演じるアグニ&ルドラのコンビも、
その巨体はかなり荒んでいる。

593: 2011/08/23(火) 23:28:29.95 ID:5TAxSX5so

そんな双子を遠目にに見ながら、ネヴァンは横のダンテに囁いた。


ネヴァン『やっぱりあなたの鼓動が恋しいわぁ』


ネヴァン『ねえ、私あなたに骨抜きなのよ』


割り込もうとしてきた大悪魔を蹴り飛ばしながら、
ダンテは小さく微笑んで笑みを浮べて。

ダンテ『OK、来な』

淑女にするように、手を差し出した。
ネヴァンも上品な仕草でその手を取り。

その瞬間、妖艶な大悪魔はその姿をギターに変え。


ダンテが握り締めて、振り返りざまにまた迫ってきた大悪魔に振り下ろすと―――更に鎌状に形を変えた。


ダンテの力を帯びたネヴァン、相乗効果で彼女の力は爆発的に飛躍し、
その刃は比べ物にならないほどに鋭くなり。


紫の稲妻を纏う刃が、大悪魔の固い皮膚を切り裂いていき―――その魂をも刈り取っていく。

594: 2011/08/23(火) 23:30:31.44 ID:5TAxSX5so

とその直後。

ダンテの前に山のような巨人の大悪魔が立ちはだかった。

頭の高さは50m以上にもなろうか、大きさにふさわしくその力も、
周りの存在の中でも抜きん出ていた。

そんな巨体を見上げて、ダンテは
引き抜いたネヴァンとリベリオンの刃を一度打ち鳴らして。


ダンテ『こいつぁまたタフそうだ!』


その音色と同じ調子で軽快に笑った。


そこへ振り下ろされる、ダンテの体よりも大きい拳。
体躯に似合わずその速度はすさまじいもの。

横にすかさず跳ねたダンテ、その彼が立っていた場を丸ごと粉砕し、
更に彼を追って続けて何発も振り下ろされていく。

ダンテは全て紙一重で軽やかに交わしながら、
この連続する地響きに会わせて身を揺らしてた。

心の臓まで響く重音、
そして楽しげにのらりくらりとかわすダンテに苛立ってか、次第に加速していくペース。

それでいながら一切の狂いもよどみも無く刻まれる衝撃。
この大悪魔は生粋の武人なのだろう、
苛立ちと憤怒に急かされても、その攻撃の手は一切ぶれることが無く正確無比。


ダンテ『良いぜ!!―――良い「音」刻むじゃねえか!!』

595: 2011/08/23(火) 23:34:49.71 ID:5TAxSX5so

ダンテ『―――ネヴァン!!一発やるぜ!!』

その声を受けて、
彼の左手にある鎌状のギターから奏でられ始めるロック。


それはダンテが昔から良く聞く、お気に入りの一曲だ。


その曲に乗って、
彼はお次はこちらのターンとばかりに動き出す。

振そしてり下ろされて来る巨人の拳―――。


もし人間界で放たれれば、一瞬にして億単位の命を消し飛ばすその神の鉄槌を―――彼はあっさりと蹴り返した。


『巨人』が拳を下ろすたびに、彼は軽快な掛け声を放って弾き返し、
魔弾とギルガメスの衝撃をお見舞いする。

徐々に砕け、破片を撒き散らしていく巨大な拳。

そしての拳のリズムはいつしか、
曲にあわせたダンテが刻むものへと引きずり込まれていた。

596: 2011/08/23(火) 23:37:04.33 ID:5TAxSX5so

スパーダの息子のペースに飲まれている、
『巨人』がそう自覚したときには時既に遅し。

ダンテは、引き戻されるその大きな腕に鎌状のネヴァンを引っ掛けて、
『巨人』の体へと引き寄せて『もらい』。


慣性を利用して『巨人』の眉間へと跳びつき、目玉の一つへとリベリオンを突き刺した。
さながら地鳴りのごとき苦悶の咆哮を発する巨人。


ダンテ『ハッハ!―――OK!どうだ?!』


ビートにビートを返した魔剣士は、そんな至近距離から笑いかけて。


ロックと稲妻を迸らせる大鎌を『巨人』の首深く―――ネヴァン全体が隠れる程深くまで突き刺して。


ダンテ『こいつが「人間界のサウンド」だ―――!』



引き裂き。



ダンテ『―――中々「シビレる」だろ?』



―――首をもぎ落とした。

597: 2011/08/23(火) 23:37:49.21 ID:5TAxSX5so


ネビロス『いやはや凄まじい』

そんな最強の魔剣士と100を超える大悪魔の戦いを、
ネビロスは遠くに見ながらそう呟いた。

ネビロス『かの魔剣士の雄姿と重なるな。やはりかの血脈は濃い』

トリッシュ『それで』

と、そんな彼に向けてのトリッシュの声。
抱き上げられている腕の中から、同じくダンテの方を見ながら言葉だけを放った。

トリッシュ『策はあるの?どうやって彼の首級を挙げるつもり?まさか数で押し切れると?』

ネビロス『消耗させることは可能だろう?かのスパーダかの2000年前の連戦は疲弊したのだ』

トリッシュ『それでも最後に魔帝、その後に覇王も封印したわ。あなた達に彼ら以上の切り札はあるのかしら?』

まさかアスタロトじゃないわよね、と続けて小さく笑ったトリッシュ。
それを主への嘲笑と受け取ったのか、ネビロスはやや声を鋭くして。

ネビロス『武力は必要ない。複雑な策もいらぬ』


ネビロス『単純だ。貴様を盾にする』


トリッシュ『ああ、そう…………』

598: 2011/08/23(火) 23:43:14.04 ID:5TAxSX5so

ネビロス『スパーダの息子、その「人の性質」によって形成された貴様への感情』

ネビロス『そして貴様の「容姿」』


トリッシュ『そう、彼の唯一の「弱点」ね。確かに』


ネビロスの言葉に続けて、その先をトリッシュが口にした。
ネビロスの手段は単純なものだ。
かつて魔帝がとった策とほぼ同一、ダンテの人の部分の弱みに付け入るのだ。

魔帝ほどの存在でなくともできる、実に単純明快な手段だ。

ただ、その一方で。


トリッシュ『でも「そのやり方」だけは、やめておいた方がいいと思うけど』


魔帝ほどの存在でも失敗する危険性をも孕んでいる。

現に魔帝の場合は結局ご破算、そして―――。


ネビロス『ふん、そこで見ているがいい』


トリッシュ『そう、なら頑張って。ああ、これだけは忠告しといてあげる』


と、ここでトリッシュはようやくネビロスの顔を見上げて。


トリッシュ『怖いわよ―――』




トリッシュ『―――彼が笑わなくなった時は』




ネビロス『…………………………………………』

彼方からは依然、圧を伴う轟音と共に聞えてきていた。
相変わらず軽快な、『笑い』混じりの掛け声が。


―――

608: 2011/08/26(金) 21:25:20.17 ID:t1s3RUJCo

―――

突然のことだった。

周囲で戦いを繰り広げていた天使と悪魔たちが一斉にどこかへと消えて。
そして彼方、神裂が向かっていった方向にて突然出現したとてつもない量の圧力。

五和「…………」

なんという密度と量か、もはや言葉で表せない規模だ。
力の知覚など有していない、
『普通の人間』である五和でさえ本能的にはっきりと認識してしまうほどだ。

そしで今この階層を満たしている魔の大気は、
普通の人間の致氏域を遥かに超えた濃度にまで達していたが。

五和「…………」

五和は左手にある槍、
仄かに熱を発しているアンブラ製の槍に目を落とした。

詳しい原理はわからないが、
この槍が周囲のそんな大気から身を守ってくれているらしいのだ。

五和「……」

ただそれも、あの圧の中心地からかなりの距離があるからで、
近づけば恐らくこの槍でも守りきれなくなるであろう。

そう、その圧力の中心地は、実は想像以上に距離があるようだった。
物理的な距離は数十km、いや、もしかしたら100km以上はあるかもしれない。

となるとこの『幻』の学園都市の外、と、普通に考えて位置づけられるであろうが。

五和「……」

この時はそう結論付けられなかった。
実際、五和も神裂と分かれてから5km以上も移動したのが、どこまで行っても街並みは『全く』変わらないのだ。

609: 2011/08/26(金) 21:26:34.10 ID:t1s3RUJCo

これは明らかにおかしい。

いくら巨大な学園都市といえども、区画ごとにその街並みはそれぞれ違うものだ。
それに五和は学園都市に何度も訪れているし、
地図も正確に頭に叩き込まれている。

その五和の経験と知識と、この周囲の光景が大きく食い違っているのだ。

五和「……」

もしかするとこの階層『全て』が『学園都市』の姿をしているのかもしれない。

当初は学園都市を正確に映し出していたのであろうが、
どれだけ瓜二つであろうが所詮ここは影、幻、水面に映った像に過ぎない。

そして水面の像が波紋で簡単に歪むように、
ここも圧力が加われば容易に変形する。

度重なる干渉と戦い、そしてとどめのこの莫大な量と密度の魔、
それによってこの階層は学園都市を中心として大きく『伸びて』しまったのだ。

五和「……」

そしてそんな現象が、
結果的に五和にとって好ましい状況をも与えてくれた。


階層が伸び広がりすぎて誰も五和に気付かない、という点だ。


あの圧の中心地に現れた多数の怪物、その一柱にでも見つかれば、
五和は一巻の終わりであったのだから。

610: 2011/08/26(金) 21:28:04.73 ID:t1s3RUJCo

それに彼女が普通の人間であることも、その点に上手く影響していた。
普通の人間となると、それなりに接近しなければ嗅ぎ取れないものだ。

ましてやここまで濃密な魔の中であれば、五和の匂いなど無に等しい。


これぞ力無き人間の、数少ないの有利な点だ。


今や誰も意識していない。
誰も見ていない。

そんな状況こそ、五和にとってまさにここから離脱するチャンスに見えた。

五和「……よし」

五和は右手にある黒い拳銃、上条の銃に一度目を向けては、
それを腰のベルトに挟むようにして差込み。

槍をアスファルトに突き刺して、
再び地面に人間界へと戻る魔方陣を刻み込んでいく。

そして槍を両手で握り、陣を起動―――しようとしたその時。


五和「!!」


―――ぽん、と。


突然の肩を叩かれる感触に、彼女が驚き振り返ると。


「今はやめておいた方が」


薄く笑う重武装の女、レディが立っていた。


レディ「―――下手に飛ぶと検知されて追っ手が出るわよ」

611: 2011/08/26(金) 21:29:45.63 ID:t1s3RUJCo

五和「―――け、検知?」

レディ「天使達は今、階層を跨いで動くものは全て追跡してるし、悪魔達もかなり活発になってる」

レディ「氏にたくなかったらもうしばらくここに潜んでて」

五和「―――……!ですが……向こうが……!」

そこで五和は彼方の圧の中心地を指差した。

いつまでもここが安全とは思えなかったのだ。
もし更に魔の濃度が増したりあの中心地が近づいてくれば、と。

『ソレ』を表現する言葉が浮かばず言葉を詰まらせたが、
言いたい事は正確に通じたのだろう。

レディはクスリと笑って。

レディ「ああ、向こうは大丈夫だから」

五和「だ、大丈夫って……!」


レディ「―――ダンテが暴れてるの」


五和「…………ああ、そう……なんですか」


その名は『響き』だけでなんと力をもっているのだろうか。
敵には想像を絶する恐怖を植え付け、大悪魔にはその恐怖を超える憤怒を点火させ。

そして彼を知っている味方には有無を言わさずに安心を与える。

この時の五和の懸念もまた、
レディのそんな簡素な返しで瞬時に払拭されてしまった。

612: 2011/08/26(金) 21:30:48.33 ID:t1s3RUJCo


五和「…………なるほど」


レディ「ネヴァンと一緒に来たんだけれどね、生身の私が『あそこ』にいれたもんじゃないし」

とレディは肩を竦めながら、
なぜかその場にロケットランチャーを含む大きな装備を置き。

五和「……?」

古めかしい年代ものの小さなナイフと、
これまた古めかしい、厳重な拘束具の付いた『本』を取り出して地面に座り込んだ。

それを怪訝な表情で見る五和の視線を感じてか、

レディ「ただ黙って待ってるのもアレだし」

レディは本の何重にもある拘束を外していきながら言葉を続けた。

レディ「それにダンテでも、あの数を処理するにはさすがに結構時間がかかりそうだし」


レディ「ちょっと大掛かりな『罠』でも作るわ」


五和「わ、わな?」


レディ「プロの『フリー』デビルハンターはね、直接戦闘だけじゃないのよ」


レディ「大物が引っかかればいいのだけど」

今ひとつ要領を得ない五和をよそに、
レディはクスクスと笑い声を漏らし、サングラス越しに彼女を見上げて。


レディ「見たくない?『人ごとき』の技で―――『クソッタレな神共』が慌てふためく姿を」


―――

613: 2011/08/26(金) 21:32:23.63 ID:t1s3RUJCo

―――

業火を渦巻かせるグ口リアス、そして稲妻を迸らせるグラシアス。
双天使は巨大な爪から光の尾を引いて同時に動き出す。


猛烈な速度で。


刃の重さは、先ほどのヴァラファールに比べたら軽いであろう。
しかしその速度は遥かに勝っていた。

上条とステイルは互いに背中を合わせ、
この天使達をそれぞれ真正面に捉えていたにもかかわらず。

上条「―――」

この初撃を防ぐにはギリギリであった。

また先の大悪魔に比べたら軽いとは言っても、
その鋭さは全く優しいものではない。

ステイル『がっ―――!!』

これまた強烈。

上条『―――ぐ!!!!』

受け流したステイルの炎剣は表面が削り取られていき、
弾いた上条の腕には、その力と衝撃が芯まで響いていく。

しかもそんな初撃を凌いだのも束の間、
天使はひらりと素早く身を翻して、続けて更なる攻撃を繰り出してくる。

目にも留まらぬ速度で立て続けに、まさに『嵐』。

上条とステイルには攻撃し返す余裕など無く、
そんな猛攻をただただ防ぐことしかできなかった。

614: 2011/08/26(金) 21:34:12.31 ID:t1s3RUJCo

ただ。

こうして背中を合わせて完全に守りに入った上条達、その守りはかなり堅牢だったらしく、
双天使も中々崩せないようであった。

絶妙なバランスの膠着状態へとなったのだ。

確かに状況的には双天使が遥かに優位なのだが、
彼らはその優位性を発揮できずにいた。

完璧なコンビネーションと速度で相手を翻弄する、それがこの双天使の十八番であるが、

こうして上条達が背中合わせに防御一辺倒、
つまりこの『篭城』がその十八番を結果的に見事に潰していた。

上条『ッ!!!!』

ただ、そこを今は抑えてるからといって、上条達が不利なのは変わりが無い。
『今』は膠着状態でこそあれ、
押される一方ではいずれこの防御が破られるのも目に見えている。

もちろん二人ともその最悪の結果は認識していた。

上条『クソ!どうにかなんねえか!?』

ステイル『今考えてる!!君も何か考えろ!!』

しかし、そう簡単に状況を打開する妙案が浮かぶはずもなく。
そしてこの時。

状況の打開には、彼らが何かをする必要も無かった。

『向こう』からやってきてくれたのだ。
それは業火と共に、突如この場へと乱入してきた。


ステイル『!!』


筋骨隆々とした立派な角を有する巨人。


上条『!』


炎獄の王―――イフリート。

615: 2011/08/26(金) 21:35:12.25 ID:t1s3RUJCo

上条達から30m程のところに現れた炎の魔人は、
双天使を見据えては一吼え。

凄まじい咆哮を放った。

その圧と共に周囲に業火が巻き上がり、
一帯を瞬時に炎獄の様相へと一変させていく。

それから逃れるように、
双天使は瞬時に後方に跳ねて距離を開け、互いに面を被った顔を見合わせて。

上条『……』

彼らは好戦的な悪魔達とは違い、
現状の目的に即さない戦いは極力避けるのだろう。

良く言えばとことん命令に忠実、悪く言えば『機械染みている』か、
双天使はすぐさま魔方陣を出現させて、この場から姿を消していった。

上条『―――……ふー……』

ステイル『…………』

一先ずの状況の好転、二人は体の緊張を解き、
歩み寄ってくる炎の魔人を見上げて。


ステイル『…………やあ。助かったよ。すまないね』


そしてステイルは、
再会した『親』へと礼の言葉を向けた。
そこで『親』から返ってきた言葉は。


イフリート『礼などいらぬ』


イフリート『例え出生が違えども、お前は我が眷属、我が子よ』

616: 2011/08/26(金) 21:36:48.26 ID:t1s3RUJCo

ステイル『……ああ……』

そんなイフリートの言葉に、
ステイルは思わず小さく笑ってしまった。

ごくごく嬉しそうに。

家族どころか親なんかいなかったも同然、
物心ついた時から清教施設で魔術修練の毎日だった彼にとって、

特に今の神裂に仕えている『素直な彼』にとって、
『眷属』『我が子』という言葉はとにかく刺激的で新鮮で。

そして暖かい響きのものだったのだ。


それが例え、繋がりの先が悪魔でもだ。


どの世界の生まれのどの種族かなんてことは、
今の彼にはどうでもいいことだ。

想いを寄せる女性はアンブラの魔女、その彼女を預けてもいいと唯一認めた男も悪魔、
そして最高の友であり『主』である女性は、人間から天使を経て悪魔になった存在。


上条はそんなステイルを横目に見ては笑みを浮かべ、
軽くその肩を叩いた。

ステイル『……なんだ?』

上条『はっは。いや、別に』

ステイル『………………………………ダンテみたいな笑い方は止してくれ』

617: 2011/08/26(金) 21:38:47.44 ID:t1s3RUJCo

上条『ほー、へっへっへ』

ステイル『…………アホ面下げてないで顔を引き締めろ。今はそれどころじゃないだろう?』


上条『顔を引き締める、その言葉そっくりそのままお返し―――』

と、上条がその言葉を言い切る前に。
この瞬間、上条自身の顔が一瞬にして引き締まった。


いや―――『凍った』というべきか。


『親』の接近、そして友好的とは言えないオーラを覚えて、だ。

その直後、かの存在の圧はこの階層全体にも届き、
ステイルの顔もまた同じく、そしてイフリートも即座に警戒の色を強めて。

そして彼らの視線の先、
虚空に浮かび上がる巨大な魔方陣と、迸る『銀』の光。

中から姿を現すのは猛々しい巨躯の大悪魔。

上条『―――ッ』


―――「彼」の親との『再会』は、ステイルのものとは違い―――張り詰めた緊張から始まった。


現れた悪魔は一度喉を鳴らした後、
『両目が潰れた』顔を上条の方へと向けて声を放った。


ベオウルフ『―――小僧、探したぞ』


不敵な笑みを混じらせて。

618: 2011/08/26(金) 21:43:33.70 ID:t1s3RUJCo

誰が見ても、
明らかにベオウルフが醸す空気は不穏なものであった。

銀の魔獣が悠然と歩を進めて始めると、
すかさずイフリートが、上条とステイルの盾となるようにして立ちはだかって。

イフリート『……何用だ?』

ベオウルフ『貴様に用など無いわ』

銀の魔獣は嘲笑混じりにそう返して、
イフリートと面と向かい合った。

ベオウルフ『退け。その小僧と話がしたい』

イフリート『この状況下で貴様を易々と通すわけにはいかぬ』


イフリート『まず何用かを言え。我があるz……ダンテの友に面するのはそれからだ』


ベオウルフ『……』

そこで数秒間、二体の大悪魔は至近距離で沈黙した。
互いに向け強烈な圧を放ちながら。

その隙間の密度はとにかく凄まじいもの。
鼻先が触れそうなほど近いのに、そこには目に見えない鉄壁の如き距離があり、

上条『……』

ステイル『……』

傍から見ている彼ら、特に上条にとっては『身内』の件であるにもかかわらず、
とても脇から割り込めるような隙間は無かった。

そんな、永遠にも思えてしまう静かな緊張の後。
ベオウルフが静かに口を開いて。

ベオウルフ『貴様らの騒動など我の知った事ではないが、まあいいだろう』


ベオウルフ『我は受け取りに来た―――授けた力の「代価」をな』


用件を告げた。
イフリート越しに、上条を盲目の目で見下ろしながら。

619: 2011/08/26(金) 21:46:14.53 ID:t1s3RUJCo

イフリート『―――「代価」、だと?』


その言葉を耳にして、
イフリートもまた嘲笑交じりにそう聞き返して。

イフリート『あれは我らがあるz……ダンテの意志の下結ばれた契約だ。この小僧に貴様が代価を要求する権利は無い』

ベオウルフ『否―――』

ベオウルフ『常に我が心は魔界にあり。我が誇りも魔界にあり。我が法も魔界にあり、そして我が忠義は我が武、牙と爪のみに捧ぐ』


ベオウルフ『ただの一度も、あの「混血」の逆賊を主と仰いだことなど無い』


イフリート『貴様……』


ベオウルフ『故にこれは、我とその小僧の間の契約だ』


ベオウルフ『我が力の理は魔界にある。その小僧の力もまた、魔界の理の下にある』

ベオウルフ『我はその理に従い、正当な権利を求めているに過ぎない』

と、ベオウルフは吐き捨てるように告げて。


ベオウルフ『―――そうであろう?』


再度上条を見下ろしてそう、
確認をとるように確かな声を放った。

上条『―――』

瞬間、ずくりと。

異形の手足そして見の内の力の根源、
魂の魔の部分が、ベオウルフの言葉に応じて疼いた。


―――『その通りだ』、と。

620: 2011/08/26(金) 21:48:03.83 ID:t1s3RUJCo

ステイルとイフリートの場合、

イフリートの意志はダンテの意志と同じであり、ダンテが代価を求めないかぎり、
ステイルにそれを払う義務は生じない。

トリッシュが使ったオーブの作用も強いとはいえ、
ステイルが瞬時に転生に成功したのも、そんなダンテの意志による部分が大きい。

だがベオウルフは違う。
彼は果てしない憎しみと屈辱の中、ダンテに使われ続けてきた。

つまりダンテと意志が同じわけが無いのだ。

その力は常に憎悪と怒りに満ちて攻撃的であり、

上条の転生の過程に魔が内面を貪り食う形で成長したのも、
ダンテの『保護』が無いために、怒りに満ち満ちているベオウルフの性質そのものが現れたもの。

そんな過程の上に今の上条の力があるのだから、
そこにベオウルフが代価を求めるのはやはり―――魔界の理にのっとれば―――正当なものであった。


そう、『代価』だ。


上条『……』

自分は今日ここまで何を支払っい、何を失ってきた?

そして代わりに何を得てきた?

あの日、バージルに己がいかに無力かを突きつけられて、
それまで築いてきた『自信』を全て失った。

異界と深くかかわったことで、『日常』の価値観を失った。

命乞いする者までをも殺め、
それに一時でも悦びを覚えてしまったことで『人』としての尊厳をも失った。

621: 2011/08/26(金) 21:49:39.89 ID:t1s3RUJCo


―――だが得たものはそれ以上だ。


今日までの道のりは確かにとてつもない苦痛、苦悩、困難に満ち溢れ、
そして今目の前に続く道の先もそんな障害で溢れている。

しかしそれとは比べ物に成らないくらい、得たものはとにかく多くて大きいのだ。


そして得たものの大半は―――このベオウルフの力があってこそのものなのだ。


そこに感謝が無いわけがない。

ベオウルフの過去の事情、
その記憶を追体験する形でまるで自分の事のように全てを知っている以上、
この上条当麻が何も思わないわけがないのだ。

それにベオウルフはこうして、話し合いという形でやってきた。

ベオウルフからすれば全て勝手にやられたことなのだから、
最初から上条を襲って何かもを力ずくで奪ってくことも出来たはずなのに。

上条『…………』


ベオウルフの言葉に対し、
イフリートもまた力強く返した。

イフリート『魔界の理か、ならば我も従おうか―――「力こそ万物の法」』


イフリート『―――すなわち我が力をもって―――貴様を頃すのもまた―――正当な権利だ』


全身から強烈な圧を放ち、そして戦意を研ぎ澄ませて。
だが甘ったるくて優しすぎて、恩着せがましいほどに人が好すぎる上条当麻が、
そのイフリートの言葉を許容できるわけが無く。


上条『―――ま、待ってくれ!』


また『第三の親』であり『自分』との契約を踏み倒すことなどもできるはずもなかった。

622: 2011/08/26(金) 21:52:10.05 ID:t1s3RUJCo

イフリート『…………』

ようやく声を発した上条は、
イフリートの前へと出て、ベオウルフを見上げて。


上条『……わかった。払うべきものは必ず払う』


上条『で、でもよ、もう少し待っててくれないか?』

上条『俺は……今はまだやらなくちゃならない事が……』

と、そこで。

ベオウルフ『心配するな小僧』

ベオウルフが小さな笑い声を混じらせて告げた。

ベオウルフ『貴様の魂や、隷属を求めるつもりではない。力の返還でも無い』

上条に対しては、怒りや憎しみといった負の感情は抱いてはいない、と。


ベオウルフ『我は貴様を眷属として受け入れ―――貴様の牙と爪にも血族の忠義を誓い、貴様に更なる支援もしてやろう』


むしろ一族として認め、己が名に誓い助力をしようと。

上条『そ、それは…………』

そして続けて、ついに具体的に示す。

ベオウルフ『その上で、我が要求するのは―――』



ベオウルフ『―――「目」だ』



要求する代価を。
『潰れた目』で上条を真っ直ぐに『見下ろし』ながら。



ベオウルフ『―――その「両目」を差し出せ。我が「息子」よ』



上条『―――……』

―――

635: 2011/08/29(月) 20:34:57.06 ID:MAdT1x62o

―――


上条『―――…………目』


目を寄越せ。

具体的に聞かなくとも、
上条はこの『代価』が何を意味しているかを瞬時に悟った。


―――強すぎる力による傷は永遠に癒えないもの。


魂の一部分を『完全』に破壊された場合、その部分が治ることは無く、
またそれによって喪失したものも二度と再生しない。

バージルに腕を落とされたトリッシュと同じく、
スパーダとダンテの刃によってベオウルフは『視覚』という存在を永遠に失った。

人界の生物風に言えば遺伝子レベルで破壊されたとでも言うか、『存在そのものの喪失』だ。

そこにただ眼球を取り替えたところで視覚は復活しない。
唯一の方法は新たな存在をまるごと保管することだ。

つまりこうなる。


上条が『代価』を支払った場合、
ベオウルフと入れ替わりに彼が『視覚』という『存在』をごっそりまるごと失う。



結果、上条当麻は――――――『失明』する。

636: 2011/08/29(月) 20:38:42.23 ID:MAdT1x62o

イフリート『…………』

ステイル『―――な、な…………』

炎の魔人はより一層ベオウルフに対する敵意をつのらせ、
ステイルがその要求の内容に驚き呆ける中。

上条『…………』

上条は無言のまま、微動だにせずベオウルフを見ていた。
そして意識内ではこの大悪魔の記憶を今一度―――見ていた。


遥か過去から―――今に至るまでの記憶を。


『破壊』の象徴たる魔剣スパーダ、
その最凶の刃がかつてベオウルフに与えたのは、氏を遥かに越える屈辱だった。

2000年前のあの日、ベオウルフは『呪われた』のだ。
力も、誇りも、自由も、意志も、全てを奪われる永久の生き地獄を味わえ、と。

それが、無謀にもスパーダに挑んだ彼に課せられた罰。
魔帝の人間界侵略に順じたことへの容赦のない報復であった。


『光』の属性たるベオウルフにとって、その『光』の喪失は単なる失明以上の意味を持つものだ。


スパーダの刃に敗して片目とともに大量の力を失った際、彼が築き上げてきた何もかもが崩壊をはじめ。
2000年後のダンテによってもう片方の目を失った時、残り火もあっけなく消されてしまい。

バージルによって己が存在の主導権を全て失った。


全てを。

637: 2011/08/29(月) 20:39:37.41 ID:MAdT1x62o

この兄弟の隷属下にある間は一応、彼ら『主』の目を通しての『光』はあった。

しかしその光が、ベオウルフにとって救いになんかなるわけもない。
逆にそれが己が立場を否応無く突きつけ、常に彼を『新鮮な屈辱』に叩き落し続けていった。

上条『…………解放、されたんだな』

ベオウルフ『……』

そして今、そんな生き地獄から解放された彼には、
自分自身の『目』が必要なのだ。

在りし日の力を取り戻すためには自分だけの『光』が必要なのだ。
悪魔であるが故に、誇り高き武神であるが故にそこだけは譲れない。

ベオウルフ『……否。解放はいまだ不完全』

上条『…………』

そう、まだ完全に解放されたわけではない。
失った全てを取り戻すことで、ようやくマイナスからやっとゼロに戻ることができる。

そうしてスパーダの頸木から解き放たれてやっと―――2000年に渡る呪いから自由になる。


ベオウルフ『スパーダの一族は逆賊だ。その点は永劫に変わらぬ』

ベオウルフ『だが少なくとも―――可もなく不可もなく。我が個人的な感情は、はじまりの立場に戻ることを約束する』


ベオウルフ『小僧、貴様に免じてな』


上条『…………』

そしてベオウルフ自身も、そこには大きな妥協を決意している。
この2000年に渡る耐え難い屈辱については忘却の彼方に追いやろうと。

これぞ互い意識と記憶と感情を分け合った者へ向ける、
魔界風の、ベオウルフなりの精一杯の『誠意』なのだろうか―――。


ベオウルフ『―――「安い」であろう?』

638: 2011/08/29(月) 20:41:40.31 ID:MAdT1x62o

『安い』、か。


上条『…………』


確かに、これほどの条件にこの代価は安いのかもしれない。

周囲の動きや状態は悪魔の感覚で手に取るようにわかるし、
今や目を閉じまたままでも問題なく行動できるのだから、慣れてしまえばどうってことはないであろう。

ベオウルフとは違い、力も性質も成熟しきっていないのだから、
今からでも充分柔軟に適応していくことができる。

悪魔として生まれたばかりの上条にとっては、失うものはかなり少ないのだ。


そう―――悪魔としては、だ。


ステイル『―――安い、―――だと!?』


その時、隣のステイルがたまらずにベオウルフに向かって吼えた。
さながら上条の『人間の部分』の声を代弁するかのように。


もちろん人間としてある上条は、人間としてこの世界を『見ている』。


そこで目が無くなれば、『目で見ていた』ものは当然―――消える。


上条『…………』

具体的に、上条の世界から何が消えるのか。

それはこの世界を彩る色だ。

それはこの世界を満たす煌く光だ。

それはこの世界の人々の、皆の、友たちの―――顔だ。


それは。


この世界で最も輝く―――インデックスの顔だ。

639: 2011/08/29(月) 20:43:02.08 ID:MAdT1x62o


ステイル『―――ふざけるな!!いい加減にしろ!!』


聞いていて上条と同じ結論に至ったのだろう。
ステイルはまるで自分のことかのように激昂し、
前へ身を乗り出しては怒鳴りあげた。

ステイル『上条!!こんな馬鹿げてる話に付き合うな!!』

ステイル『イフリート!!何か言ってくれ!!』

イフリート『…………』

しかしイフリートは、
そんな息子の悲痛な声にただ沈黙を返すばかり。

ステイル『頼む!!イフリートッ!!!』

実はこの沈黙の答え、ステイル自身もわかっていたことだった。
上条がイフリートをおいて前に出た時点で、もう誰も割り込むことはできないと。

上条当麻とベオウルフの問題だ。
上条当麻が求めぬかぎり、周りの者達があれこれ干渉することなどできないのだ。

イフリート『…………』

それに今この瞬間、イフリートには何よりも集中すべき対象があった。

上条『―――』

ステイル『―――』

いつのまにか。

イフリートが見据える200mほど先にて、この炎の魔人やベオウルフと同じ背丈ほどの、
甲冑に身を包んだような格好の巨人が立っていた。

手には刃などは特に持ってはいなかったが、
かわりに腕そのものが丸太のように図太く、恐ろしげな突起がいくつもついていた。

その発される桁違いの圧を背に覚え、ベオウルフが振り向かぬまま。


ベオウルフ『―――サルガタナスか』


この歓迎しない第三者の名を口にした。

640: 2011/08/29(月) 20:45:40.46 ID:MAdT1x62o

アスタロトの側近サルガタナス。
ネビロスに次ぐ、絶大な力を誇る勢力内のナンバー3。


イフリートが全身から力を放って前へと踏み出したのを見て、
この大悪魔は棍棒のような腕を一度大きく振るい、
小さな頭を左右に掲げては首を鳴らした。

両者間には、特に言葉は交わされず。

イフリートは即座にサルガタナスへ向けて突進した。
サルガタナスの意識をとにかく己だけに向けるためだ。

ステイル『!!!!』

上条『―――なっ!!!!』

そして始まる大悪魔の王同士の凄まじい激突。
業火に包んだ拳と棍棒のような腕の、あまりにも荒々し過ぎる殴り合い。

両者が繰り出す一撃ごとの衝撃が、階層全体を軋ませ歪ませていく。

ベオウルフ『奴は確かに我よりも強い。だがサルガタナスはそれ以上、遥かに強い』


ベオウルフ『一対一では奴に勝ち目など万に一つも無いであろう。ふはは、まことにいい気味だ』


そんな戦いに背を向けたまま発されたベオウルフの言葉、
それは正しかったらしい。

上条『…………!』

かなり下位の上条達でもわかるほどに、明らかにイフリートは押されていた。


ステイル『き、貴様……!!』

ベオウルフ『だが小僧、貴様が望むのならばここは一つ、我が助力してやってもいい』

上条『……』


ステイル『だったら!!だったら先にそうしろ!!』


ベオウルフ『悔しきことではあるが、今の我が向かったところで一切の足しにもならんわ』



ベオウルフ『ただ―――「光」を取り戻したら我なら―――話は別だがな』

641: 2011/08/29(月) 20:47:34.20 ID:MAdT1x62o

そうほくそ笑んだベオウルフを見て、
ステイルの脳裏にふとある疑念が湧き上がった。

ステイル『―――貴様……!!貴様が奴を―――!!』

サルガタナスをここに呼んだのか、
上条当麻を急かすために、と。

上条『いや。ステイル。俺たちがここで踏ん張っているかぎり、どのみちこうなってたさ』

そこを上条が妙に落ち着いた声でやんわりと訂正した。
この時、ここでステイルは気付くべきだったかもしれない。

いや―――上条がこんな風に声を発した時点で―――既に『遅かった』か。

ステイル『あああクソ!!もう良い!!』

ステイルはそこに気付かぬまま、上条の肩を掴んで。


ステイル『今の君は飛べるんだろ?この階層からすぐに出て行くんだ。ここは―――』


そして見てしまった。


ステイル『―――僕とイフリートがどうにか……………………何だ…………「その目」は?』


上条『…………』


いつのまにか、上条の両目を縦断するように―――瞼の上に『古い傷跡』が走っていたのを。


ステイル『おい、まさか…………いや待て、冗談だろう?何をした?何を―――答えろ、何をした?!』


ベオウルフにあるのと同じ―――傷が。



ステイル『答えろ!!―――何を―――!?上条ォォォォオオオオオオ!!!!』

642: 2011/08/29(月) 20:49:41.47 ID:MAdT1x62o

上条『……』

その目は『まだ』、光は捉えていた。
上条は真っ直ぐとステイルの顔を見つめた。

掴み揺さぶられる肩、そこにステイルの熱を覚えながら。

上条『…………』

怒りと戸惑いの色に染まるステイルの顔、
その向こうによみがえるのは、先ほどのイフリートと再会した際の表情。

初めて一族、家族という存在を認識して、素直に喜びに染まっていた彼の顔。

それが。


たったそれだけで


この場でベオウルフの話を『即断』するに充分な理由であった。


そもそも、ベオウルフの話を断る気も寸分も無かった。

ただ、できればもう少し時間を―――せめてもう一度、
インデックスの姿を目に焼き付けてからにしたかったのだが。


しかし状況が状況、ここで上条は『仕方の無いこと』だと認識してしまう。


上条『……』

もちろん、光を失うのは嫌だ。
嫌で嫌でたまらない。
できるのならば絶対に失いたくない。

二度とインデックスの笑顔が二度と見えないなんて、まさに悪夢以外の何物でも無い。

『上条当麻』として自己を完全確立している今は、そんな感情が尚更強いものだ。


643: 2011/08/29(月) 20:51:14.08 ID:MAdT1x62o

しかし。

それでも。

どこまでもお人好しで自分を全く大事にせず、
恩着せがましいほどに優しすぎて短絡的な『上条当麻』が―――。


上条『―――おい、ステイル』


―――己が個人的願望を守るせいで―――


上条『―――なんて顔してやがんだ?』


―――友が笑顔を喪失するなど、許容できるわけが無かった。


ステイル『……っ…………』

どこまで行っても、どこまで追い詰められても。
やっぱりこの男はどうしようもないほどに、救いようがないほどに―――『上条当麻』だった。

ステイル『…………どう……していつも……そうなんだ?』

上条『もっと良い顔してくれよ。俺にとってお前の顔が最後なんだから』



上条『さっきなんて―――すげえ良い顔してたぜ』



そして上条は笑った。

ステイル『―――』

先ほど、ステイルの背中を叩いたときのように。
楽しそうに、どことなくからかうように軽く。

ステイルはただ、そんな彼の顔を見ているしかなかった。
何もできず、一言も声を発することもできず。


ただただ―――光を徐々に失っていくその瞳を見ているだけしか。

644: 2011/08/29(月) 20:52:54.46 ID:MAdT1x62o

そんな上条の瞳と入れ違いに、ベオウルフの瞼の隙間から漏れ出す赤い光。

それに同じてその密度を増す全身の白銀の光、
ぎちりと金属が軋むような音を響かせて角が伸び―――体も一回り大きくなり。

瞼を縫い付けていたかのような傷が消失し。


そして開かれる―――赤き『光』を宿す目。


完全にスパーダの呪いから解き放たれたベオウルフ、
その神々しい勇姿は、イフリートにも全く引けを取らない存在感を放っていた。


上条『―――見えるか?』


ベオウルフ『誓いを果そう―――息子よ』


ベオウルフは上条への返答の代わりにそう告げて。
翼を大きく広げては眩しいくらいの光を撒き散らしながら、
すぐさまサルガタナスとイフリートの方へと向かっていった。

ステイル『……』

王達の激闘は、完全体となったベオウルフの加勢によって、
ステイルの目でもわかるくらいに一気に形勢が逆転。

上条『……』

上条もその変化を、悪魔の感覚でしっかりと認識していた。

645: 2011/08/29(月) 20:54:08.72 ID:MAdT1x62o

上条とステイルが加勢するまでも無いか。

イフリートとベオウルフは、
意外なことにかなりコンビネーションが取れており―――いや、意外なことでもないであろう。

10年以上に渡って同じ男にこき使われ続けたのだから、
共通のリズムをもっていて当然だ。


二人は無言のまま静かに、並んでその圧倒的な戦いを『見つめていた』。


そんな中。


ステイル『僕はね……君のそういうところがどうしても気に入らない……』


ステイル『どうしてもだ……どうしても……』

ステイルが独り言のように、そうぶっきらぼうに口にした。
目はかの戦いに向けたまま言葉だけを放って。

上条『……』

彼の言いたい事は手に取るようにわかった。
上条自身重々承知のことだ。

深く考えない―――いや、違う、深く考えておきながら―――わかっていて、
自覚しながら時にこんな『単純』な―――『浅はか』とも言える道を選ぶ。


その信念は絶対に捻じ曲げないのに―――自分の事だけはすぐに諦めてしまう。

646: 2011/08/29(月) 20:55:45.92 ID:MAdT1x62o

それを自覚している上で、上条は小さく笑って。

上条『……知ってるさ。俺自身、いつもここが気に入らない』

                                      オレ
上条『でもよ、仕方ないんだ―――これが「上条当麻」だからな』


ステイル『…………………………』

半ば諦め混じりの口ぶりで返した。
そしてそう言いながら、頭の中でガブリエルにあった時の事をふと思い出して。
彼女が発した言葉に今一度納得した。

ああ、そうだよガブリエル、ずっと変わらないよ。
ミカエルだった頃からも、経てきた1000代以上の人生も。


上条当麻である今この瞬間までも―――『俺は何一つ変わっちゃいない』、と。


今の事も『上条当麻』にすれば特に変わったことではない。
普段通り、ごく当たり前のやり方―――『いつものこと』だ。


上条は無言のまま、静かにその瞼を閉じた。


知覚が一つ減ったことによって、
残りの知覚により力が向けられたためか、今まで以上に鼓動が良く響いて聞えてくる。

己のと。


暖かくて、居心地のいい―――インデックスのものが。


そしてもう一つ、今までなら聞えなかったであろう声を拾うことが出来た。

小さな小さな―――『心の中の声』が。


ステイル『(……………………………………………………ありがとう。上条当麻)』


―――

664: 2011/09/01(木) 01:29:38.80 ID:3rS9Fa1Ro
―――

禁書『―――』

何百も越えた果てのとある階層にてインデックスは振り返った。

彼女の視線の先には何もなかった。
これまた異質な階層の光景、深い紫色のガラスのような地面が続くばかり。

インデックスが見ようとしたのは、実はこの階層のこんな景色ではなかった。

彼女の『目』は、意識は、階層を遥か越えた先に向いていた。

一心同体となっている彼女にとって、
上条の身に起こったことは己が身へのものと等しい。

彼が光を喪失するのと同時に、彼女もまた気付き知る。
それがまた彼自身の意志で行われたことも。

彼は良くも悪くも筋を貫き通したのだ。
一切揺らがず、ただありのままの『上条当麻』としてのやり方で。

そしてそこもまた、インデックスが愛する彼の一面。
そんな彼の行為を否定する気など、彼女には全く起きなかった。


ただやはり―――光の喪失は悲しいことであるが。




665: 2011/09/01(木) 01:33:35.50 ID:3rS9Fa1Ro

上条当麻を『見つめる』、そんな彼女の目は今だ力強さを保っていたものの。
他の部位の状態は明らかに疲労一色に染まっていた。

額は汗ばみ、肩で息をし、吐息は熱を持ち、
また内面の意識も憔悴しきっており。

脇で屈むローラに至っては、まるでチアノーゼのように青ざめていた。


神裂『……』

そんな二人の状態は誰の目に見ても明らか。

もう限界だ。

撒いたと確証が得られるまでは停止してはならないも、
これ以上の強行軍もまた彼女達の命を危うくしてしまうのだ。

神裂『……少し休みます』

足を止めるのもやむを得ない。

幸いなことに、追っ手が迫ってくる気配も今のところは無く、
幾分か彼女たちを休める時間も確保できそうであった。

いや、もしかするともう撒き切っているのかもしれない、と。


神裂『―――……』


と、神裂が一瞬そんな事を考えたのも束の間、
まるでその考えを即否定するかのように。

一体の大悪魔が不意に出現した。

もちろん、こちらに対する敵意と殺意を抱いた招かれざる者だ。




666: 2011/09/01(木) 01:34:32.78 ID:3rS9Fa1Ro

古来から、今の歴史が『作り出される以前』からも人間界に干渉してきていたのか。
アスタロトの勢力については、正確性はともかくその名や存在が現代にも伝わってきている。

神裂『…………………………!!』

この時現れた大悪魔もまた、
彼女が人間として得てきた知識だけでも充分正体を判別できる存在であった。


―――牛に似た頭部に、巨躯で屈強な体つき。


アスタロトの配下となれば、
該当すると考えられるのはサルガタナス直下の三将の一、『モラクス』だ。


神裂『―――……ッ……!』

ここで戦うにはあまりにもリスクが大きすぎる、強大な大悪魔だ。
つまり本来ならば即座にまた次の階層へと飛ぶべきなのだが、
ただ現状はこの通り、そうもいかない。

背後の二人はまだまだ休息が足りず、
ローラなんか休息を設けてもこれ以上はもう無理かもしれない。


そうなると道は一つ。


神裂は左手、七天七刀の鞘の感触に意識を集中させていった。




667: 2011/09/01(木) 01:36:51.25 ID:3rS9Fa1Ro

とこの時。

その手に伝わる七天七刀の感触がなぜか、いつもと異なっていた。

いや―――異なっていたのは七天七刀の感触ではなく、神裂の側であった。
ここで神裂はやっと、その自身の状態の小さな異変に気付いた。

神裂『―――』


七天七刀を持つその手が―――『震えていた』。


自覚していた以上にステイルとの一件が、良くも悪くもかなりの『刺激』となっていたのだ。


的確な判断が必要とされる状況下に置いて、
客観的視点を保つことは非常に重要なことだ。


だが時と場合によっては、その離れた視点は―――気付かなくてもよかったことをも見出してしまうこともある。


神裂はこの瞬間、今まで経験した事がないくらいに―――『覚めて』しまった。
自分にのしかかっていた極度の重圧を認識してしまい、
まるで初めてそれを体感する赤子のように―――とてつもない恐怖を覚える。


己はなんという状況で、なんという綱渡りをしているのか、と。


今、何よりもインデックスが、守るべき存在がすぐ後ろにいる。
鼓動を、呼吸を、体温を背に直接感じるほどに近く。

そしてすぐ前に強大な力を有する『破壊』が立ちふさがっている。


そんな両者を隔てるのは自分だけ―――なんて状況なのだ、と。




668: 2011/09/01(木) 01:39:09.69 ID:3rS9Fa1Ro

普段の彼女であったら、この程度では決して動揺なんかしない。
だが今は、先のステイルとの件で『弱さ』が剥き出しにされたばかりだ。

殻の全てを剥されて、いわば神裂は『赤子』の状態に戻されたようなものだ。


ステイルとの一間、その直後はインデックスを追うことで一杯であったため、
そこで後回しにされてた―――『続き』が今ここで再回した。


魔術師で、元人間で、元天使で、悪魔で、そして一人の女。


赤子のように露にされ再確認させられた上で、七天七刀に宿る『力』がここで今一度問う。

お前は―――なぜ刃を振るうのだ?、と。

これはなんと馬鹿げた質問か、答えは決まりきっている。

神裂『―――ッ』

だが即答できない。

頭が真っ白になってしまう。
言葉が思い浮かばない。
具体的に描けない。

そんな瞬間でも神裂の鍛えられた本能は、
即座にモラクスの戦意に反応し、右手を柄に運んでいく。

しかしその握りの感触。

今まで通りなのに、なぜか強烈に覚える違和感。


彼女は漠然とこう感じた。

噛み合っていない、と。


刃と私が噛み合っていない。


『私』と『神裂火織』が―――噛み合っていない。




669: 2011/09/01(木) 01:40:30.06 ID:3rS9Fa1Ro

このままでは、このモラクスと戦えたものではない。

とにかく己の内面の状態を元に戻さなくては。
『弱さ』を厳重に閉じ込めて、殻で守らねば。

そう神裂は己を整わせようとするも、
強固になるのは緊張ばかりで、余計に消耗していくばかり―――。

神裂の意識は迷い困惑し、混乱の中に落ち込んでいく。

と、その時であった。



禁書『―――か、「かおり」!』



神裂『―――』


暗雲立ち込める神裂の意識内に走る、背後からの声。
その響きはまるで稲妻のように彼女の中に突き刺さり、
そして道しるべのように明確な光をともす。

この切迫した状況に対しての思わずの声だったのだろう、
インデックスとしては何かの深い意図を篭めたわけではない。

だが今の神裂にとっては、
それが何よりも変え難い大切な大切な一言であった。


そんな風に呼ばれたのは―――インデックスに下の名を呼ばれたのは、一体何年振りだったろうか。


神裂『…………』


そう、これだ、この声なのだ。
この一声で充分、ここにはっきりと証明された。


簡単だ、これが―――私の刃を振るう理由だ。


そのようにして彼女自身が、
『神裂火織』という問題に対する『答え』を再認識した瞬間――――――震えは止まった。




670: 2011/09/01(木) 01:41:51.07 ID:3rS9Fa1Ro

この『弱さ』とは、『神裂火織』の中心核だ。

『弱さ』と隣にあるからこそ、
自身の本質を見極めることが出来て―――大切な声も逃さずに聞くことが出来る。

一度『神裂火織』が『破壊』され、
『弱さ』が剥き出しになってリセットされたからこそ、
あの時にバージルの声を聞くことが出来て、今インデックスの声が聞こえた。


『弱さ』がバージルの返事を引き出し、『弱さ』がインデックスの声に意味を見出したのだ。


殻で覆う必要はもう無い。
これはこのままで良いのだ。


ただ純粋に―――あるがままであれ。


一切の淀みも余分なものも捨て去れ。


神裂『―――』


ありのままの己の本質を見つめろ。



それが声を聞き、そして―――『この絶大な力』を完全統制することを可能にさせてくれる。



先までの違和感が嘘のように手に馴染む、
七天七刀の確かな感触。

無用な『力み』がひいていき、呼吸は穏やかに。

そしてはっきりと聞える七天七刀の声。
その力の鼓動が聞える。


それはすぐに己のリズムと同期し―――全く『同じ』鼓動となる。





671: 2011/09/01(木) 01:43:04.01 ID:3rS9Fa1Ro

ここに『彼女』と『神裂火織』は完全に噛み合った。
バージルから授かった力を最適かつ最高の出力で引き出せ、余すところ無くここで発揮しろ―――。

彼女の醸す空気の変化を敏感に気取ったのだろう、
モラクスは一度低く鼻を鳴らした後に低く身構えた。


それがまた神裂にとっての号令ともなる。


彼女の動きは完璧なものであった。

柄を適度な力で握り、同時に方足を踏み出し。
力を練りこみ限界まで鋭く研ぎすまして。

滑るように、かつ神速で抜刀する。

それは今までで最も洗練され、最も美しく最も強く。
そして彼女にとって初めての―――バージルと『同じ刃』であった。


神裂『シッ―――』



唯閃――――――――――――『次元斬り』



鳴り響く甲高い金属音。
瞬時に走り過ぎ去っていく、細い青い光の筋。

今にも突進しようかといたモラクス、彼がその身を前に進ませることは叶わなかった。


いや―――『半分』を数メートル程度進めることはできたか。


一瞬の完全なる静寂の後。
神裂がゆっくりと納刀し、鍔と鞘口が重なる音が響いたとき。


モラクスの上半身が無造作に『滑り』落ちた。

その足元に、前のめりになるように。




672: 2011/09/01(木) 01:44:59.63 ID:3rS9Fa1Ro

神裂『はっ……あはっ……』

このような状況では常に自身を律する彼女でさえ、
これには笑いを零すさずにいられなかった。

鞘に納まった七天七刀を抱きしめ、その柄に額を当ててしばしこの成功を喜んだ。


文字通り初めての『次元斬り』に成功したのだ。


バージルの刃はこの身をもって覚えた。
本能に、更にその下の魂、自身の本質にまで深く刻み込まれた。
だが一発も、ただ一振りも、バージルと同じ刃を放つことはできなかった。

神裂の次元斬りがこの計画に必要不可欠なのに。

アイゼンは「魂に刻まれているのだから問題ない」、と言っていたのだが、
それでも神裂は人の子、己は使命を果たせぬのではとそこに底知れぬ不安を抱いていたのだ。

そこにこの成功だ。


ステイル!見ていましたか今の!
土御門!これが私の真の姿ですよ!
上条当麻!どうです私の刃は!


インデックス!これならあなたを―――。


場違いでもたまらない嬉しさに笑いながら、
インデックスとローラの方にゆっくりと振り返えろうとした時。



『―――モラクスを一発か。なかなかのものじゃないか』



その背後からそんな言葉が放たれてきた。
それも確実にインデックスでもローラでもない声が。

なにせ―――『男』の声だったのだから。


更にその『男』が、神裂にとって好ましい人物ではないのも確かであった。

非の打ち所の無い美声にもかかわらず、その音の下には明らかに―――


―――底なしのおぞましき悪意が聞いて取れたのだから。




673: 2011/09/01(木) 01:47:08.95 ID:3rS9Fa1Ro

神裂『―――』

緩んだ顔を一瞬でまた引き締まらせて神裂が振り返ると。

巨大な『龍』が至近距離にいた。
文字通りの目の前、その大きい頭部がインデックスとローラすぐ頭上にあるほどに。


そして声の主は、その龍の前足付近に寄りかかっていた。


白銀のゆったりとしたローブに身を包んだ、一人の『神々しいくらいの美男子』。
光溢れる金髪に、組んでいる腕に挟まっているこれまた煌びやかな『金の槍』

その表面的な姿は、まるでお伽の中に出てくる英雄や王子のように非の打ち所が無いものであった。


そう、『表面的』な姿は、だ。


神裂『―――』

この男を目にした途端、神裂は咽返るような、
筆舌に尽くし難い嫌悪感に襲われた。

少なくとも人間的な感覚を持ち合わせていれば、顔を歪めずにいられる者などいないであろう。
特別な近くなどが無くても、誰しもが本能的に悟れるはず。
見た目と中身がこれほどまでにかけ離れている存在なんで、神裂は今まで目にした事が無かった。


―――まさに吐き気を伴う醜悪さ。


そして神裂以上に近くにいるインデックスとローラは、
その男を見て固まってしまっていた。

彼女ら魔女二人は、この男の正体を知っていたのだ。


アンブラで育ち教育を受けた者なら、例外なく全員知っている―――この『男』の事を。

674: 2011/09/01(木) 01:49:11.42 ID:3rS9Fa1Ro

『それだけの力を持っていれば十分だ』


男は見るに耐えない『美しい笑み』を浮べながら、
そう馴れ馴れしい口ぶりで歩み寄ってきた。

左手に金の槍、右手で龍の長い首をなぞり伝いながら一歩また一歩と。

その接近がたまらなく不快であり、
そして絶対に許せない。

こんなバケモノを、決してインデックスに近づけてはならない―――。


『どうだ?俺に将として仕えないか?』


そんな男の申し出など無視して、いや、逆に返答するかのように。
男が、手を伸ばせばインデックスとローラに届くかというところにまで歩み寄ってきた瞬間。


神裂『―――シッ』


神裂は前へ踏み込んで抜刀した。

そしてインデックスの頭上を越えて、男の顔面目掛けて放たれる―――『次元斬り』。


それも斬撃だけではなく、その刀身で直接―――。


だがその渾身の一振りの手ごたえは鈍かった。
いや、ある意味かなりの衝撃があったとも言えるか。


神裂『―――――――――』


結論から言うと、神裂の刃は男に僅かな傷さえも与えることは出来なかった。
男は受け流したのでも弾いたのでも、白刃取りでもない。


七天七刀の切っ先を、ただ人差し指で―――引っ掛けて止めていただけだった。




675: 2011/09/01(木) 01:51:16.67 ID:3rS9Fa1Ro

神裂『―――なッ―――』

目の前で起きていることが理解できない。
あのモラクスを屠った刃が、いや、直接斬りつけたのだからそれ以上の刃が。

指で軽く止められている現実が。

そしてつままれている切っ先もびくともしない。
どれだけ力を篭めても1mmも動かない。


『そうだ、この刃だ。この刃を忘れた事は無い。「つわもの」共の憧れ、崇拝の象徴だった「破壊」の姿』


遅かったか、神裂はここでやっと認識した。
この男と己の間にある、桁違いの力の差を。

『魔界一荒々しくも誇り高く高貴、忌々しくも恋してしまうくらいに完璧な力』


『惜しい。これがかの魔剣士、もしくは息子達の一振りだったのであれば―――』


また、相変わらず馴れ馴れしく笑う男の口から。



アスタロト『―――このアスタロトの腕を簡単に飛ばせただろうな』



その正体を聞いては、これも納得せざるを得なかった。


神裂『―――…………』


アスタロト『せめてもう少し練りこまれていられれば―――』


アスタロト『そうだな、大体―――その「100倍」ほど、力の密度が高ければ―――この指くらいは飛ばせたであろうに』


そして男、アスタロトは、
つまんでいたその切っ先を軽く指で弾いた。


たったそれだけで、神裂の体が50mほど後方に飛ばされていった。




676: 2011/09/01(木) 01:53:09.60 ID:3rS9Fa1Ro

神裂『―――ッッぐ!!』

何とか体制を建て直して、
このガラスのような地面に手足を叩きつけて制動する神裂。

その時、声が聞えてきた。

アスタロト『―――さあて、やっと追いついたわけだが』


アスタロト『まず「どちら」からいこうか』 

聞くに堪えない声で綴られる、おぞましき『欲望』が。


アスタロト『ふむ―――こっちだ』


神裂『―――』


『こっち』がインデックスかローラかは、
神裂にとってさしたる問題ではなかった。

どちらでも同じだ。

どちらであろうが、手を出すのは絶対に―――。



神裂『あぁ―――ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!』


それはまさに咆哮であった。
彼女は更なる力を篭めて七天七刀を抜刀し。雄たけびとともに再びの次元斬りを―――振り返りざまに放った。





677: 2011/09/01(木) 01:54:49.33 ID:3rS9Fa1Ro

神裂の次元斬りによるところが大きいか、
それともインデックスとローラ、どちらかが動いたのか。

どれによる影響が一番アスタロトの行動の妨害となったのか、それはわからなかった。
そもそもそんな過去の状況分析も、この直後の神裂とっては意味が無いものであったが。

少なくとも神裂はこの時。

視線の先にある惨状を見て、
アスタロトが望んだ結果を変えられたとは到底思えなかったのだから。

再びの次元斬りの直撃を受けて、今度は大きく仰け反るアスタロト。
その衝撃か、それとも彼女を守るべく『誰か』に脇に除けられたのか、離れた場所に転がるローラの体。


そして。


龍の口、牙の隙間から突き出している―――白い修道服を纏った―――血塗れた『細い腕』。


神裂『―――』


頭が真っ白になるとは、まさにこのことだった。
神裂の何もかもがぶっつりと途切れた。

意識も、思考も。



―――希望も。


678: 2011/09/01(木) 01:55:58.39 ID:3rS9Fa1Ro

ただ。

幸いなことにそれは彼女の『早とちり』であった。
これには気づけと言う方が難しいが。

神裂の『希望』は間一髪のところで救われていたのだ。


さすがに完全、五体満足とまではいかなかったが。


直後、ローラの傍に降り立った赤い影。
それはジャンヌ。


そして彼女の腕の中には―――右腕の無いインデックスがいた。


神裂『―――ッ!!!!』


ジャンヌは屈み、そんな彼女をそっとローラに預けた。

彼女自身、自分で何を言っているかわからないだろう、
ローラがめちゃくちゃに喚きながら、インデックスを抱き取った。

その頃には神裂が滑り込むように、
ローラとインデックスの傍へ駆け寄っていて。

またアスタロトも顔を向けなおして。


アスタロト『―――ははは!!見失って半ば諦めかけていたんだがこれは良い!!!』


ジャンヌへ向けて真っ直ぐに笑った。

相変わらずおぞましく笑うその顔には、やはり傷一つついていなかった。
かすり傷どころか僅かな汚れさえ、ただの一つも。




679: 2011/09/01(木) 01:57:40.54 ID:3rS9Fa1Ro

アスタロトの関心は今やジャンヌにしか向いていなかった。
この怪物にとって、この場にいる他の者は『カス』にしか過ぎなかったのだろう。

このジャンヌが強大、最高の『食材』であるが故に尚更だ。

そんなおぞましい怪物の声に、ジャンヌは無言のまま振り向いて睨み、
同時にかかとの銃口を地面に打ち鳴らした。

その瞬間。

彼女の赤いボディスーツが、一瞬にして繊維状にまでバラけて、
その繊維が瞬時に彼女と同じ髪色へと変わり。


そして再び編みこまれて―――白銀のボディスーツへと変貌した。


その変身を経て、ここにジャンヌの全ての力が解き放たれた。

普段のままでも桁違いであったが、
今やそれとは比べ物に成らないくらいに圧倒的。

「長に相応しき」とされたそれらの力を銃口に篭めては、
静かにアスタロトへ向けて。


アスタロト『良く来てくれた!!「メインデッシュ」!!』



ジャンヌ『―――黙れクズ』



吐き捨てると同時に引き金を引いた。


そうして放たれた極太の光の柱は―――アスタロトの頭を一瞬で潰して。

更にその全身を木っ端微塵に吹き飛ばしていった。




680: 2011/09/01(木) 01:59:57.72 ID:3rS9Fa1Ro

飛び散る破片、溢れる光と衝撃。
そんな中、龍は彫像のようにただただ平然と佇んでいた。

醜悪な『美男子』の姿が後かなも無く消失しても。


そしてその爆轟ののちに響くのは悲痛な二つの声。

神裂『ああああ!!!!インデックス!!こんな―――……!!!!』

我を忘れてただただ嘆く神裂きと、
めちゃくちゃに喚くローラの、言葉にすらなっていない声。

インデックスの右腕は、肩口からまるごと無くなっていた。
その修道服は今や、まるで最初から赤色だったかのように完全に染まりあがっていた。

だがそれでもインデックスは、左手でやさしく子猫を守り抱き、
そして自身は痛みの声を挙げまいと懸命に口を噤み堪えていた。

そんな彼女の姿を目にして神裂は。


神裂『どうして―――私は―――!!私がいながらっ!!!!』


悔しくて悔しくてたまらなかった。

己はどこまで不甲斐ないのだろうか、と。

満身創痍で憔悴しきっているローラ、
悲痛な声でめちゃくちゃに喚くそんな彼女でも、
その金の繊維が的確にインデックスの傷の応急処置を行っていた。

でも己は見ているだけで何も出来ない。
守る、という自身の仕事を果せなかった。

出来て当たり前の事に、能天気にはしゃいでいた先の己に対して怒りがこみ上げる。
仕事の一つまともに果せない、こんな自分が憎くてたまらない。


こんな―――最も大切な存在までにも、こんな深い傷を負わせてしまって。


ステイルに、上条当麻に、一体どう顔向けすれば良いのか。
果たして、インデックスにどんな言葉で謝れば良いのだろうか―――。




681: 2011/09/01(木) 02:00:54.82 ID:3rS9Fa1Ro

気付くと。

神裂はとてつもない悔しさと怒りのあまり、
一瞬で大粒の涙を零してしまっていた。

そんな彼女を見上げて、
インデックスはその口をゆっくりと開いた。


禁書『……かおり、私は……大丈夫』


神裂『そんな…………私のせいで…………!』

自分なんかがインデックスの言葉を受け取る資格が無いと、
神裂は涙ながらに首を強く横に振った。

だがそんな彼女に更に背中越しに。


ジャンヌ『―――神裂。お前は良くやったさ』


彼女に落ち度など無いことを告げるジャンヌ。
そして続けて。



ジャンヌ『―――あとは私がやる』



ここの状況は未だ―――収束してはいないということも。




682: 2011/09/01(木) 02:03:01.54 ID:3rS9Fa1Ro

その時、神裂・ローラ・インデックスの周りに、
どこからともなく銀髪の束が出現して。
周囲の地面に突き刺さり、ワイヤーのように延びて三人を囲むように一つの魔方陣を構築した。

ジャンヌ『全て終るまでそこから出るな。絶対にだ』

そう告げるジャンヌの右手には、
異様なオーラを纏う『日本刀』が出現しており。

そしてその視線の先、相変わらず平然と佇む龍の脇にて。


『これまた懐かしき名刀を―――!!』


肉塊が出現して、激しく蠢いて。


アスタロト『―――「アスラ」から生まれし魔剣の一つか!!』


再びあの醜悪な美男子の姿を形成した。


アスタロト『追いかけっこは終わりか?!』



ジャンヌ『そうだ―――ここが終点だよ―――「お前と私」のな』



ジャンヌはアスタロトを真っ直ぐに見据え、
完全な無表情で淡々と返した。



ジャンヌ『お前が喰らった私の家族―――その「全員分」のケリを付けさせてもらう』



冷ややかに、かつ鋭く。


一方でその身の奥深くでは、
一手に引き受けたアンブラの憤怒を滾らせて。

―――



697: 2011/09/07(水) 23:57:31.27 ID:ZppyRUSco
―――

一方通行の言葉に狼は軽く喉を鳴らした。

それは納得したものかそれとも苦笑、嘲笑か、
一方通行にとってこの異形の狼の表情を読み取るのは困難だった。

ただ、これだけはわかった。
狼には、こちらを拒否する気は無いことだけは。

やれるものならやってみろ、というスタンスなのだろう。

狼は言葉を返さぬまま、再び獅子へ向けて突進した。
その向こうの獅子もまた同じく。

そして再び激突する青と緑の閃光。


一方『……』


そこで一方通行は、まずは『毎度のごとく』目の前にある問題の解決法を探った。

そう、このような状況はここ半年のいつものことだ。
上条当麻、あの男と運命が交わってから常に、
そして加速度的に身の周りの『戦い』は苛烈を極めていった。

今や追いやられ窮地に立たされるのは当たり前、
その場で学び進化しなければ決して前へ進めないのもまた然りだ。

ということで、いつもの通り解決しなくてはならない問題、
その今回の内容は、怪物たちの戦いがあまりにも速過ぎて捉えられないことだ。

698: 2011/09/07(水) 23:59:22.01 ID:ZppyRUSco

閃光と力の嵐としてしか認識できず、
狼や獅子の動きに全く意識がついていけない。

それも単に速すぎるというわけではない。

物質的な速度が横向きの指数であるのならば、
力の速度は縦向きの指数ともいえるか。

眼球で光を捉えて認識する、
その人間界ではごく一般的な『見る』という考え方ではどう転んでも見えないものだ。

つまりそこに必要なのは、力を―――神の領域の『見る』能力だ。


そして幸いにも、その力に対する知覚自体は―――ついさっき、少しばかり前に構築したばかりであった。


一方通行『―――……』

衝突の余波を避けるように少し後方に跳ねながら、
一方通行はその知覚の『調整』に集中する。

彼はこの時、今の状況を不幸中の幸いだと考えていた。

百聞は一見に如かず、まさにその通りだ。

神の領域の知覚を手に入れるには、
その『現物』が目の前に無いと話にならないのを彼は実感していた。

そこらの雑魚悪魔なんかは当然、
上条やフィアンマ相手でも、ここまでの『質』の力を見ることは出来ない。


また更に幸運なことに、
彼が今求めているものも具体的にイメージできていた。

これもまた過去のクソッタレな状況に陥った『おかげ』だ。
神の領域の知覚、その現物自体を彼は以前、その身に一時的に持っていたのだから。


そう、魔帝の一件の際のこと―――垣根帝督と接続していた時、求めているのはあの領域の知覚だ。

699: 2011/09/08(木) 00:00:26.14 ID:fwmlhSlao

あのバージルに血まで流させることが出来たあの時のだ。
今でも信じられない、まるで白昼夢の中にいたような感覚だが、実際にこの身に有していたのだ。
さすがに同一のレベルのものを手に入れられるわけは無いものの、欠片程度は再現できるはずなのだ。

上条と戦った際に漆黒の『杭』を自力で引き出したように。


今この戦いも、越えていくにはまた―――学び、そして進化しなければならない。


一方『―――ッ!!』


ビキリとこめかみに走る鋭い痛み。

この両手を構築している黒い物質、
それがこの身の侵食が加速していくのをはっきりと感じる。
根を伸ばしていくように血管を伝い、筋肉、臓物、骨、そして神経に浸透し『入れ替わっていく』のを。

『神の領域』と例える高みに近づけば近づくほど、加速して肥大化していく。
より高度な、より精密な、そしてより大きな力を求めるほど、この深淵の力が呼応し。

そして。


一方『(―――「見えて」―――きたな)』


閃光と力の渦の中、虚ろながらも微かに認識できた―――怪物たちの姿。

地面にはノコギリの歯のような『氷』が走り、
緑色の閃光と激突しお互いを砕いていく。

その青と緑の瞬きの中、獅子と狼は牙と爪の応酬をしていた。

双方の牙や爪が当たるたびに、
凄まじい衝撃とともに、青い氷と金属に似た質感の破片が飛び散っていく。


700: 2011/09/08(木) 00:02:21.04 ID:fwmlhSlao

一方『……』

充分とは言えないが、ひとまず微かにでも見えるようになれれば充分だ。

そこで次の課題は、こちらの攻撃が僅かでも相手に届くかどうかだ。

ここで思い出すのが、カエル顔の医者の言葉。
あの『杭』はいらない、この『腕』がある、と。

そう、この暴れ者の両腕が力の塊であり『精製所』なのだ。

あの怪物相手に手加減は無用。
一方通行はこの『手』が有する全ての力を完全な掌握化に置き、拳の先端に集束させて密度を高めて。

宙から徒手空拳で撃ち放つ。
彼が拳を振りぬくとそこから高密度の力の衝撃が放たれ、獅子へ向けて撃ち込まれた。

この一撃は、あの黒い杭の束で全力で突いたのと同じ程度の威力を有していたであろう。
だがそれが獅子の首あたり、金属板が連なっているようなたてがみに直撃した時は、『地味』の一言であった。

『弱い』というわけではない。ただ周りが『強すぎた』のだ。
周囲で吹き荒れている力と比べれば、その『衝撃弾』は小さな火花でしかなかった。

しかしそれでも、効果がまったくないというわけでもなかった。


意識外の外野から突然に首や顔を突かれたら、
どんな達人だって集中が途切れてしまう小さな瞬間が生じるものだ。


獅子も瞬間、この予想していなかった外野からの刺激に一瞬意識を奪われてしまい。
この苛烈な戦いの中でごく僅かな隙を見せてしまった。

それを狼は見逃しはしなかった。
いまや『二頭』となっている氷狼は、即座に前足で獅子の頭を横殴りにし、
金属板が連なったようなたてがみに、一つの頭部が食いつき一気に引き千切った。

そこに次いでもう一つの頭部が顎を開き。

たてがみを毟った箇所へ向けて、至近距離から氷を吐き放った。

701: 2011/09/08(木) 00:04:15.33 ID:fwmlhSlao

それは氷、と言うよりは質量をもった光のジェットであった。
それも高温ではなく超低音。

青色の光の塊が、進行方向にあるもの全てを砕き吹き飛ばしていき、
伝わる衝撃が何もかもを凍らせていく。

そんな超低音の噴射に至近距離から晒されて、
大きく弾き飛ばされていく獅子の巨体。

千切られ吐き捨てられた、『たてがみ』を形成していた『板』が、
その主の体を追うように吹っ飛んでいった。


一方『はッ―――』

主役でもなければ派手でもない、
むしろせこくてケチなやり方ではあるが―――これぞ『1%』の仕事だ。

フィアンマとの戦いの時、そこに現れた土御門で一気に形勢が変わったように、
脇役には脇役の、雑魚は雑魚にしかできない『大役』があるものなのだ。


ただ、99が+1で100になったからといって安心するのは早い。
相手も100であるのだから、ここからどう状況が転ぶかは半々というところだ。

短い歓喜の声を漏らした一方通行もそれは知っていた。
降り立った彼は、破壊された街を覆う『ダイヤモンドダスト』―――氷結した粉塵のベールの向こうにすぐさま意識を張り巡らせた。

狼もまた、その場から動かずにベール向こうの動きを静かに探っていた。

702: 2011/09/08(木) 00:06:04.37 ID:fwmlhSlao

とその時。
煌きのカーテンの奥から放たれてくる―――緑色の光の衝撃波。

一方『―――』

迫る光の波、一方通行にこれは見えていた。
だが『見える』のとそれに対処できるかどうかはまた別の問題。

彼は見えてはいたが、この時はまるで反応できなかった。

一方通行がやっと頭で状況を認識したのは、
目の前に出現した『氷の壁』が光の波を押し留めた後であった。

一方『―――!!』

まるで対応できなかった。

この氷の壁がなければ、あの瞬間に命尽きていたのだ。
これではお荷物状態、+1%ではなく『-1%』ではないか。

直後、狼と獅子は再び激突し爪と牙の応酬を再回していた。
両者とも、再び一方通行など意識外に退けてしまっているようだ。

一方『―――チッ!』

それも仕方の無いことか。
見えることは見えるも、有する力は先ほどの『ちょっかい』程度が限界なのだから。

あのような『ちょっかい』が効果を持つのは大抵一回目だけであり、
今となっては獅子にまた隙を生じさせれる可能性は限りなく低いであろう。

703: 2011/09/08(木) 00:07:53.01 ID:fwmlhSlao

ならば力を、と、そう簡単に手に入ったら苦労はしない。

フィアンマ戦の際に腕を捨てたようにすれば、
いくらかは力を増すこともできるであろうが、
今眼前で繰り広げられている戦いはその程度でどうにかできる水準ではない。

周囲には、この怪物たちが放つ莫大な力が渦巻いているが、それにも当然干渉はできない

当然これもまたバージルに洗礼を受けたあの時に初めて触れた、
反射幕を素通りしてくる・干渉できない類の力だ。

一方『クソ……!』

もし、もしこれが従来のベクトル操作の要領で、
もしくはこの両手の力のように己がものとして支配下におくことができれば、
今よりも遥かに強くあの狼を支援できるのに。

無理だとわかっていながらも。
彼は悪態を付きながら、眼前にある氷壁に手を触れた―――時。


一方『―――』


カエル顔の医者の「その腕がある」という言葉は、
「杭のかわりとなる」というのとは別の意味をも含んでいたのかもしれない。


『一方通行』、『触れた』ベクトルを操る能力。
そんな能力から昇華して噴出した漆黒の力。


その闇で形成されている『この両手』が今、初めて神の領域の力に『触れた』。


再びこめかみに走る刺激と同時に、
彼の中で何かが破裂した。

それは拘束具。
彼の意識を下層位階に縛り付けていた留め金。


解き放たれた彼の認識はこの瞬間、神域へと一気に跳躍し―――彼は『理解』した。


一方『―――――――――――――――』


これら神の領域の力が、そして自身の両手がいかなるものかというのを。

704: 2011/09/08(木) 00:09:20.98 ID:fwmlhSlao

バージル、魔帝、そしてこの狼と獅子。
またそこまでとはいかないものの、上条やフィアンマ、ステイルの使う力もそうだった。

神の領域、もしくは神の領域に届く類の力。

それらと『下次元』とでも言うか、この世界に一般的に溢れている多様なエネルギーとの違いを、
今までは『大きすぎる・次元が違う』などといった具合でただ漠然と考えるしかできなかった。

だが、実際にはそこに特に難解な理論などがあるわけでもなかった。
違いはごく単純。

『生きているか否か』だ。


神の領域の力は、明確な意志を持ってそれ自体が―――とてつもないほどに『強く』―――『生きている』のだ。


簡単に言ってしまえば、
他者の『魂』を直接操作できないのと同じなのだと。

バージルや魔帝、狼や獅子の力はもちろん。
フィアンマ、上条やステイルの力も『強く生きている』。


そして。


一方『―――……』


この漆黒の両手もまた―――『生きている』。


魔界やこの方面に詳しい者達の間では、
別の表現を使っているのかもしれない。

だがこの時の彼にとってはこの『生きている』という表現こそ、
様々な意味を含んで最もしっくりくるものであった。

705: 2011/09/08(木) 00:11:02.64 ID:fwmlhSlao

そのような認識。

今の周囲の状況下ではすぐ役に立ちそうも無いことであるが、
実際はそうではなかった。

逆に考えていけばその先に、この状況を好転させる答えがあった。


ここにある氷は、『生きている』のだから干渉できない。

一方『―――おィ!!』

では―――氏んでいれば?



一方『―――――――――この氷を「殺せ」!!』



『生きている力』ではなく、『氏んでいるの力』ならば?
彼は両手を氷にあてたまま、狼へむけて声を張り上げた。
獅子にも聞えることなど気にも留めず。

当然、獅子と戦っている狼にとっては返事をするどころではなかったが、
氷から、一方通行がそこに干渉を試みているのを悟ったのか。


一方『―――はッ!!』


彼はその手から、
氷がすぐに『氏んでいく』のをはっきりと認識。

ここからはベクトル操作や、自分の力を制御する要領でいける、
まさに彼の―――『得意分野』だ。

706: 2011/09/08(木) 00:12:08.76 ID:fwmlhSlao

一方通行はその莫大な、桁違いの規模の力を的確に掌握していった。

一方『―――ッ』

強烈な負荷が圧し掛かり、全身の体組織が張り詰めていく感覚。
だが対バージルの際の垣根帝督とリンクした時に比べれば随分とかわいいものだ。

瞬間、氷が砕け散っては彼の両手の周囲で渦を巻き。

そして彼が指を弾くと、冷気の筋となり氷の刃を走らせていく。

その光景はまたしても獅子にとって予想外のことであったろう。
氷の支配権を明け渡した狼自身も意外であったに違いない。

戦いの手が両者とも一瞬止まった。


次いで獅子のわき腹に打ち込まれる氷の刃と、響く二つの咆哮。
一つは予期しない攻撃をうけた獅子の怒りの声。

そしてもう一つは、まるで―――一方通行を褒め称えるような狼の歓喜の声。

狼の頭部の一つが振り向き、
咆哮とともに夥しい量の氷を周囲に吐き散らした。


それは一方通行への『補給物資』であった。
全て彼が扱えるように『頃してある力』だ。

彼は天に掲げるように両手を挙げて、
周囲の大量の氷―――莫大な力を次々と制御下においていく。

707: 2011/09/08(木) 00:13:03.46 ID:fwmlhSlao

目は血走り血管は浮き上がり、肉と骨は軋んでいたも、
その顔には笑みが浮かんでいた。

ここまで桁違いの力を制御下に置いて、気持ちよくないわけがない。
垣根帝督とリンクした際も同じ高ぶりを覚えた。

人生の半分以上、ただただ力を追い求めていたこの身の性か。
状況や道理はおいておいて、ただただ純粋に滾り高揚するのだ。


一方『―――カカッ!!』


誰が見ても『悪』と言うであろう、歪んだ笑みを浮べながら、
彼はその両手を大きく動かして引いた。

すると一帯を包む冷気の巨大な渦が出現。
彼の手の動きに連動し、不気味にそして荒々しく蠢いていく。


それを仰ぎ見る獅子、
今やその一挙一動・雰囲気には明らかな―――焦燥の色が見えていた。

そんな獅子へとここぞとばかりに、
一気に畳み掛けていく狼、それに続き周囲からも冷気の筋が伸びていく―――。


この戦いの流れは変わった。


狼と獅子の『ど突きあい』、そこに更に加わる冷気の刃や衝撃波。
この状況に対して、獅子は一切の猶予も与えられなかった。
獅子の手にあった戦いの主導権はあっけなく朽ち果て。


―――あっさりと勝者と敗者が決し。


ここに終止符が打たれた。

708: 2011/09/08(木) 00:15:57.81 ID:fwmlhSlao

戦いはどれだけの時間行われていたのか。

数十秒、もしくは数分、十分以上なのかもしれないが。
時間が定まらない領域にいた一方通行にとって、それをすぐに知る術は無かった。

ただ、時間の流れが正常に戻った瞬間は彼もはっきりと認識したが。


狼の足元、地面に無造作に―――獅子の『首』が転がっていたあたりからだ。


この場を包んでいた高濃度の力も消失し、
周囲の世界はいつものものへと戻っていた。

一方『………………』

いや、一つだけ。
一方通行にとっては変わった点があった。

それはこの街を満たしているAIM拡散力場の認識だ。
今ならはっきりとわかる。


これは『氏んでいる力』だと。


彼はそんな認識とこの冬の夜風の中、
両手にこの場に漂うAIMを操作し這わせながらふとあることを思い出していた。

土御門が先日手に入れた、
能力に関する資料の中にあったとある記述だ。

                                                グレイブヤード
その中で、能力・AIMの供給源のこと指して使われていた『 墓 所 』という言葉。


そして能力を形成するこのAIM拡散力場―――『氏んでいる力』。

709: 2011/09/08(木) 00:17:17.51 ID:fwmlhSlao

一方『……』

この接点に彼が何かを見出さないわけが無かった。

力の認識と掌握、
まだまだ不完全だがやっと手に入れた神の領域の認識、
そして夢の中の垣根帝督の言葉と、この『氏んでいる』AIM―――。


『小僧、良くやった』

一方『……はッ。雑魚が雑魚の働きをしただけだ』

のっしりと、歩む狼とそっけなく声を交わしながら、
一方通行は小さくほくそ笑んでいた。

彼の目には今、アレイスターが自分に何を求めているか、
その片鱗が僅かだが『具体的』に見えていたのだ。

彼はそこに有用性を見出していた。
どちらが上位が、それが今や完全に確定してしまっているアレイスターとこちらの関係。

そこに少しでも作用を及ぼすことができる一手になるかもしれない、と。


少しでも、僅かでもアレイスターの手から―――打ち止めを―――。


しかし。


その方向からアレイスターに近づこうとするには、
今やあまりにも遅すぎた。


迫る『その時』まで、すでに一時間を切っていたのだから。


―――

710: 2011/09/08(木) 00:19:42.30 ID:fwmlhSlao
―――

回転しながら空間を切り裂いていくノコギリ状の刃。

片方は疾風を、片方は紅蓮の光を引きながら、
巨躯の大悪魔の両肩に突き刺さった。

爆風に乗った炎が吹き荒れて、刃が食い込む組織を蝕み破壊していく。

その傷をうけて、地響きのごとき呻きをあげながら後方に倒れこむ大悪魔。

そこで彼が最期に見たのは、
そんな風に倒れかけていた時―――己が胸の上に降り立った真紅の魔剣士の姿であった。

魔剣士は、大悪魔の両肩に刺さっている魔剣を引き抜き。


大悪魔の首を挟むように交差してあて、そして―――引き斬った。


この想像を絶する戦場にて、また新たな神の首が転がり落ちた。

逆賊を討つべくこの地に集った百を越える神々、今やその半数が屍を晒していた。


ダンテ『―――Night-night,baby』


屍を背に地に降り立つ最強の魔剣士。
何人をも寄せ付けない、あまりにも圧倒的なその力がここに猛威を振るっていた。

しかしそんな狂気の戦士を前にしても、神々は誰一人退こうとはしない。

同志の血に染まる魔剣を携えながら、
嘲笑・挑発にも聞える軽快な声を発するその姿は、
むしろ彼らの憤怒に更に油を注ぎ込んでいくのだから。

711: 2011/09/08(木) 00:21:23.32 ID:fwmlhSlao

ただ誰がどう見ても、このペースでは魔剣士が消耗しきるよりも遥かに早く、
神々が全滅するのが一目瞭然ではあったが。

ネビロス『……』

当然ここを仕切るアスタロトの副将が、
黙ってそうなるのを見ているわけがない。

なにせネビロスの手の中には、あの魔剣士に対する最大の切り札があるのだ。


ネビロス『―――スパーダの息子よ!!』


そろそろだと見計らって、彼は声を張り上げた。


ネビロス『一切抵抗するな』


言葉はそれだけで充分であった。
あとはこの状況、このネビロスの腕に何があるかが全てを語るのだから。


ダンテ『……Hum』


魔剣士は笑い含む小さな声を漏らし、
この状況を分析でもしているのか小さく首を傾げた。

だがそんな猶予を与える道理など無い。
ネビロスは更に追い込みをかけるべく―――トリッシュの首を掴み。


トリッシュ『―――……ッッぐ……』


突きつけるように前に出した。


ダンテ『…………』

712: 2011/09/08(木) 00:22:57.87 ID:fwmlhSlao

魔剣士は無言だった。

数秒間押し黙った後、沈黙のままその場に両手の魔剣を突きたて、
そして背にかけていた片身の大剣も突きたてて。

静かに、ゆっくりと両手を広げた。

その間、魔剣士は一声も漏らさなかった。
僅かな笑い声でさえも。


ダンテ『………………』


一挙一動に常に掛け声をつけて、
事あるごとに一言置いていた饒舌な男が―――ただの一声も。

この場にいた誰しもがこの異様な空気の変化を感じ取り、
緊張の中魔剣士の姿を静かに見据えていた。

ネビロス『……』

もちろん、このネビロスも例外ではなく。
脳裏を過ぎるは、先ほどのトリッシュの言葉。


―――笑わなくなったダンテは―――。


だが、『そんなこと』に恐れをなしてしまう程度の弱者なんかではない。

この場にいる全ての存在が皆、
恐怖を遥かに超える憎しみと戦意を滾らせているのだから。

ここで躊躇う理由など一つも無い。

ネビロス『…………』

ついに念願の、悲願の復讐が果されるのだ。
この場に立ち会えて、更にこの場を仕切ることが出来るなんて、なんと幸運で名誉あることか。

ネビロスは静かに、自信に満ち溢れながら静かに頷いた。

その瞬間。
大悪魔達は、解き放たれた闘犬のごとく―――魔剣士に一斉に飛びかかり。


―――ここに『処刑』が始まった。

714: 2011/09/08(木) 00:25:07.93 ID:fwmlhSlao

魔剣士は一切抵抗しなかった。
殴り、叩きつけられ、斬られ、踏みつけられて。
先ほどまでの大立ち回りをしてた存在とは思えないくらいに、糸が切れた操り人形のように無力。

ネビロスはそんな光景を目にしながら、満足そうに笑い声を漏らして。

ネビロス『―――ふん、わかってはいたが、こうも易く落ちるとはな』

ネビロス『見えるか?何か言葉を遺すのなら今だ。すぐに後を追わせてやるからな』

腕の先に持つ、トリッシュへとそう吐き捨てた。
その首を掴まれたままの彼女は、途切れ途切れの声で言葉を返してきた。


トリッシュ『………………もし……彼が私を顧みなかったら……どうしたつもり?』


ネビロス『それが有り得ぬのがスパーダの息子、ダンテであろう。奴の行動原理は把握済みだ』


その問いに、ネビロスは自信たっぷりに返した。
ただその自信は儚くも。


トリッシュ『……だったらこれも……わかるでしょ?』


直後に、あっけなく打ち砕かれたのだが。


トリッシュ『彼が……ただやられっ放しなのも―――――――――有り得ないって』


勝利の確信と共に。



『―――その通り、俺は負けず嫌いでな』

715: 2011/09/08(木) 00:27:31.25 ID:fwmlhSlao

ネビロス『―――』

それはすぐ横。

耳元とも言える距離から聞えてきた『あの声』だった。


そう―――今、前方100m程のところで『処刑中』のはずの『魔剣士』の声だ。


直後。

トリッシュの首を掴んでいた彼の腕は、肘辺りで切断されていた。
そして彼女の体は、真紅の魔剣士の太い腕に抱き取られ。

ネビロスの体は一瞬で蹴り倒されて、胸を踏まれてその場に押さえつけられた。


ネビロス『―――なッ…………!!!!』


何が起きたのか、まるで理解できなかった。
この魔剣士が『ここ』にいるはずがないのだ。

『処刑』の方へと目をやると、
驚いて手を止めている将達の中央にボロボロのあの魔剣士が立っていた。

間違いない、あの魔剣士は―――スパーダの息子は『今』処刑中のはず―――


ネビロス『な―――何が?!これは―――??!!』


では『今』―――己を踏みつけているこの魔剣士は『何』なのだ?


716: 2011/09/08(木) 00:29:21.97 ID:fwmlhSlao

ダンテ『―――マジックさ』


魔剣士は見下ろしながら、『笑い含む』声でそう告げた。

ネビロス『一体…………??!!』

ダンテ『タネが知りたいか?』


ダンテ『ヒントだ。俺は「鏡」が嫌いなんだ』


ダンテ『―――ということでだ、出直して―――』


ダンテ『いんや待て。悪いがお前に限っては―――出直しも「ナシ」だ』


と、そこで。

魔剣士の声から唐突に―――『笑い』が消えた。
そして続いた声はこれ以上ないくらいに冷め切っていて。


鋭くて、どこまでも冷酷で―――神の強固な精神すら打ち砕いて、恐怖に染め上げる―――氏の宣告。



      Get down here
ダンテ『ここでくたばれ』




ネビロス『―――』

ただ、ネビロスは幸いだったかもしれない。
彼がその比類なき恐怖に苛まれた時間は、ごくごく一瞬で終ったのだから。


次の瞬間。


ネビロスの体と魂は、下の地殻ごと―――斬り掃われた。
リベリオンの白銀の刃によって。

718: 2011/09/08(木) 00:34:13.41 ID:fwmlhSlao

塵とかしたネビロスの破片が舞う中。

ダンテ『OK、損な役回りで悪いな。もう戻っていいぜ』

ダンテは、困惑している大悪魔達の輪の中央にいる、
もう一人の『自分』へ向けて声を放った。


ダンテ『―――ドッペルゲンガー』


その瞬間。

輪の中にいたダンテの姿が蜃気楼意の如くぼやけ、
残像のように光を引きながら姿を消していった。

そしてようやく、左腕に抱いているトリッシュの方へと顔を向け。


ダンテ『よう』

トリッシュ『少し遅かったけど、今まででは一番早かったし、まあ文句は無いわね』

ダンテ『ヒーローは遅れて来るもんだろ。それでだ―――生きてるか?』


トリッシュ『ええ、おかげさまで』


ダンテ『―――なら充分だ』

719: 2011/09/08(木) 00:36:33.31 ID:fwmlhSlao

トリッシュは見るからに不機嫌な面持ちをしていたが、
これもまたいつもの事。

そんな普段調子の会話を交わした後、横に降り立ったネヴァンに、ダンテは彼女を抱き渡して。

ダンテ『ネヴァン。トリッシュを人間界に運べ』

そして再び、周囲の大悪魔達に向き合い。


ダンテ『ハッハ、さてとだ―――続きやろうぜ』


これまたいつもの調子で、そう声を放った。
まるで何事も無かったかのように―――笑いを含みながら。

だが今や周囲の大悪魔達にとって、『笑い声』にはもう聞えなかった。


何に聞えるか、敢えて言えば―――『死神の囁き』だろうか。


ただ何に聞えようと、彼らにとっては今更退くに退けない状況であった。


彼らはただただ己が氏を感じながら、
後戻りのできない憤怒に身を委ねて戦うしかない。


人間界再侵略という旗を掲げた上に、この男に挑んだ時点で―――その運命は既に尽きていたのだから。


―――

729: 2011/09/12(月) 01:00:26.34 ID:YCiJNiAKo
―――

上条『が―――ぁッ!!!!』

それは突然の事だった。
サルガタナスとイフリート・ベオウルフの戦いを遠目に見ていたとき。

突如上条が苦痛の声をあげては、その場に崩れ落ちるようにして蹲った。

ステイル『か、上条!!』

目の喪失でやはり何らかの障害が、
と一瞬ステイルの頭を過ぎったのも束の間。
彼のその考えは即座に否定された。

上条が押さえていたのは―――『右腕』だったのだから。


ステイル『―――おい?!どうしたんだ?!』

そこでステイルに返されたのは、
呻きの中に何とか混ぜられた消えそうな一言。


上条『ぐぅ…………ぁ…………イン……デックス……』


ステイル『―――インデックスか?!インデックスがどうした!!何があった!!』


しかし上条はそれ以上答えられず。
彼は顔をゆがめて呻きながら、そのまま一瞬で昏倒してしまったのだ。

ただ。

この疑問の答えについてステイルが困ることはなかった。
別の声が答えてくれたのだから。


『―――禁書目録と痛みを共有しているのだよ』


730: 2011/09/12(月) 01:03:35.23 ID:YCiJNiAKo

ステイル『―――』

それは突然、何の前触れの気配もなく真後ろから聞えてきた。

しかも知っている声が。

聞き慣れてはいないが、一度聞いたら絶対に忘れない。
絶対に間違いもしない相手の声が。

ステイル『――――――なぜだ―――』

ステイルは振り返りながら驚愕に満ちた言葉を放ち。
そしてその人物の姿を捉えた。

緩やかな挑発に緑色の手術衣を纏い、老若がまるでわからない顔にはあらゆる表情と感情が同席。
『中性的』ではなく、はっきりと男性的でも女性的でもある掴みどころの無い容姿。


右手に奇妙な銀の杖を握っている―――。


ステイル『なぜお前がここにいる?――――――アレイスター』


―――学園都市の最高権力者を。


アレイスター『時が来たからだ』


表情一つ変えず、声も機械のように冷ややかなアレイスター。
これらの姿聞こえではまるで意志を読み取れない。

しかしステイルの悪魔の勘は、
この声に不穏な気配をはっきりと感じ取っていた。


己達の側にとって、明らかな―――『脅威』だと。

731: 2011/09/12(月) 01:04:57.75 ID:YCiJNiAKo

今は、ベオウルフとイフリートの直接的な助けは厳しいであろう。
彼らはサルガタナスとの壮烈な戦いに身を投じている真っ最中だ。

いや。

そもそも、かの諸王諸神達はアレイスターの出現にすら気付いていないであろう。
彼らには見えていないのだ。

何せこのこの者には気配が『無かった』のだから。

ステイル『(―――どうなっている?この男は本当に―――)』

こうして目の前にしているにもかかわらず、力が一切感知できない。


ステイル『(―――「ここ」に「いる」のか?)』


まるで―――ここに『存在していない』かのよう。


アレイスター『「いない」とも「いる」とも、どちらとも言える』


そんなステイルの頭の中を見ているかのように、
静かな調子で開かれるアレイスターの口。

アレイスター『そう驚くなステイル=マグヌス。これも人の手技によるトリックに過ぎない』

アレイスター『しかしその人の手技こそ、人が異界の神々をも越えうる―――最強の切り札でもある」


アレイスター『人では無くなった君には、もうわからないだろうがな』


ステイル『…………』

732: 2011/09/12(月) 01:06:45.09 ID:YCiJNiAKo

しかし今ステイルが聞きたいのはこんなご丁寧な『御託』なんかではない。
アレイスターの話には一切乗らず、彼は今一度静かに問うた。

ステイル『―――……なぜここにいる?』

と、その時だった。
そう再び問いかけると―――アレイスターの表情が変わった。

いや、それは気のせいだったのかもしれない。
亡霊のような姿が揺らいだだけなのかもしれない。

しかし。

ステイルは確かに見てこう感じた。


ステイル『―――』


一瞬―――アレイスターが『笑った』、と。


更に返されてきた饒舌な声にも、先とは違い明らかに感情が―――と。


アレイスター『なぜか?―――これ以上「熟れ」すぎては使い物にならんからだ』


アレイスター『それにアスタロトの「毒」が「伝染」してもらっても困る』


そして今度は気のせいなんかでは無かった。
ステイルの後ろ、蹲る上条へ視線を動かしたアレイスター、

その口角が少し、ほんの少しだけ、しかし確かに―――。


アレイスター『そこで少々早いが――――――「竜王の顎」をだな』



733: 2011/09/12(月) 01:07:47.40 ID:YCiJNiAKo

と、その瞬間だった。


そこでステイルの意識が完全に断絶。
まるでフィルムが切れてしまったかのように。

ステイル『―――…………っ』

ただその意識の喪失はどうやら一瞬のことであったようだ。

起こりと同じように突然暗転から回復したとき、ステイルの体は同じ姿勢で立ったまま。
更にイフリート・ベオウルフとサルガタナスの戦いも、
変わらぬ調子でまだ継続中だったのだから。

しかし何もかもが同じと言うわけでもなかった。
ステイルが失ったその僅かな時間の間に、状況は変わってしまっていた。


ステイル『―――か、上条ッ……―――!!』


その変化にはすぐに気付いた。


背後の気配―――上条当麻の消失と。


そして前方で小さく笑っていた―――アレイスターの姿も。


―――

734: 2011/09/12(月) 01:09:33.84 ID:YCiJNiAKo
―――

神裂『はっ……はっ……』

顔をぐしゃぐしゃに濡らしながらも神裂は走っていた。
左腕にローラ、右腕にインデックスを抱きながら。

後方からは、光の明滅と共に凄まじい圧が放たれてくる。
『正統派最強』の魔女と『現魔界最強』十強の一柱、その戦いは何もかもが圧倒的だ。
下手をすると大気に充満する力の余波だけで、この両脇の魔女二人は命を落としかねない。

故に、第一にまず離れなければならなかった。

インデックスとローラは重体、
当然ジャンヌの手も塞がっていて『飛ぶ』ことはできないため、こうして走ってだ。
頬を伝う涙もこの込み上げてくる衝動も今はとにかく無視して。


神裂『っ……はっ……』

どれだけ走っただろうか。
かなりの速度でこの異質な平野を駆けては来たが、まるで離れた気がしない。

後方からはまだ苛烈な圧が届いてきている。
彼らの力の衝突があまりにも強烈すぎて、余波もほとんど減衰しないのだ。

もちろん遠ざかって随分と楽になってはいるが、まだまだ負担は強い。

ローラ『充分……ここで充分よ』

しかしここでローラが脇からそう口を開いた。


ローラ『この子の……治療を続けなければ』


今にも途切れそうな声で。

735: 2011/09/12(月) 01:10:58.27 ID:YCiJNiAKo

神裂『……は、はい……!』

いまや神裂にはそのローラの言葉を拒否する権限も無い。
なにせインデックスを手当てできるのは、ここにはローラだけなのだから。

その場に急停止してはゆっくりと二人を降ろすと。
すぐにローラは『妹』へ向き合い治療に取り掛かった。


神裂『………………インデックス……』

涙止まらぬ視線の先にて、地面に横たわっている少女。

そのインデックスの容態はどう見ても悪化していた。
不規則な呼吸は荒さを増し、紅潮していた顔も今度は青ざめてきて。

先までは一応受け答えしていたのだが、今は呼びかけてももう反応しない。

彼女の右腕の『存在』は『永遠』に奪われて。
そして今は現在進行形で、その魂をも毒されて奪われかけているのだ。

戦闘修練を受けていない幼き魔女にとって、アスタロトの牙はあまりにも鋭すぎた。


ローラ『……………………ッ……』


処置を施していたその手が止まる。
まるで凍りついたように。


そして血塗れた指がむなしく泳ぐ―――ここからどうすればいいのかわからずに。


インデックスの魂を繋ぐ処置が―――見出せずに。

736: 2011/09/12(月) 01:13:07.51 ID:YCiJNiAKo

神裂『……お願いします……お願いします……最大主教……お願いします……』

その横で神裂はただ、懇願することしかできなかった。
ローラが今やその座についていないことすら忘れて、その身に染み付いた癖でそう呼んで。

神裂『……お願いします……お願いします……お願い……します……どうか……』

ローラ『………………』

しかしローラは沈黙のまま。
ついにはその泳いでいた指さえ止まった。

手の施しようが無いという現実を示すように。

だが。


それは全てを諦めたからではない。


ローラの全ての意識が『最後の手段』へと切り替わったからだ。
いいや、もう満身創痍の彼女の意識はまともに機能していなかった。


今のローラを突き動かしているのは『執念』―――家族との『絆』だけ。


ローラ『……「二度」と……』


彼女はぼそりと呟いた。


ローラ『…………「二度」と―――氏なせない』


ローラ『この子は「もう二度と」氏なせない……二度と……二度とだ』


焦点が全く定まっていない、
さながら夢遊病の中で唱える呪文のような声で。

737: 2011/09/12(月) 01:14:00.61 ID:YCiJNiAKo


―――そして『姉』は強引に。

これ以上は命に直結するのに―――いや文字通り、自らの魂を削って『飛ぶ』。

傷口が開いたのか腹部から一気に血が滲み出で、口からは筋となって滴っていく。
同時に三人を囲んで浮かび上がる、ローラの移動用の陣。


追われている身、更に同じ階層にアスタロトがいる状態で『直接』飛んでしまうのは安直であったが、
それでもこれしかなかった。

これしか―――すぐに『あそこ』に行くしか。

神裂『―――』

その直後。

お馴染みの一瞬の光の明滅を経て、風景も大気も一変した。

そこは巨大な白亜のホールの中。
かつて人界を守るために集った名だたる天魔の神々、その像が並ぶ荘厳な空間。

そう、そこは神裂も打ち合わせで訪れて何度も目にしている―――『神儀の間』であった。


そして当然そこには―――神裂の『上司』達がいた。


バージル『…………』

まるで反応しない、スパーダ像の前で瞑想しているバージル。


ベヨネッタ『―――おてんばローラ……―――』


目を丸くしてそう呟くベヨネッタ。

そして。


アイゼン『―――…………ほぉ』


表情が読み取れない仮面下で、瞳を赤く光らせるアイゼン。

738: 2011/09/12(月) 01:15:45.62 ID:YCiJNiAKo

神裂『―――…………』

一同が見つめる中、ローラはゆらりと立ち上がり。
血の跡を純白の床に残しながら歩み始めた。

アイゼン『……』

ふらつきながらも―――アイゼン真っ直ぐに。
そして魔女王の足元に跪き。

ローラ『―――…………魔女王、アイゼンさま』

ローラ『多くの禁を破った罰は…………しかとお受けいたします』


ローラ『ですがどうか…………お慈悲を…………どうかお助けください……』


みるみる大きくなっていく己の血だまりに伏せながら。


ローラ『……どうか術を…………完成させるお許しと……お助けを……私の首と引き換えに』



ローラ『私のいもうとを……おすくい……ください』



懇願し、恩赦と救いを求めた。


『この者』は3万4千年に渡って律された掟を破り、禁忌の術を使用し無断で神儀の間を現出させ。
自身の力量不足を補うために祖先達の魂を引きずり出し、そして喰らった『極悪人』。


アンブラ魔女の『鉄の掟』を私情で破り、偉大なる母達を利用した『大罪人』。


アンブラの掟にのっとれば課せられる刑は問答無用―――拷問ののち極刑。


―――自身も掟の制定にも関わった魔女王アイゼンは、そんなローラを赤き瞳で見下ろしていた。



アイゼン『―――…………ふむ…………なあるほど』



纏う雰囲気も声色も全く変えず。
ただただ冷徹に静かに。

―――

744: 2011/09/14(水) 21:14:52.57 ID:hOCWlbl5o
―――

ジャンヌ『―――Si-ha!!』

古き魔界の王から生まれ出でし魔刀。
一族の怒りを載せたその刃が振り下ろされ、荘厳な金槍と衝突した。

長に相応しき戦士が放つ、アンブラの憤怒の一振り。
衝撃が刃となって地を切り裂き、光の飛沫が周囲を穿っていく。

そして槍を弾き落とされて上半身が無防備になるアスタロト。

ジャンヌ『―――Stand!!』

ジャンヌはすかさずそこへ蹴りの連撃を叩き込む。

しかしそれほどの弾幕に晒されても尚、
美男子―――アスタロトの顔は笑っていた。

にぃっと、果てしなく醜悪に。

そんな忌々しい顔が、さらにジャンヌの闘争心と憤怒を湧きたててゆく。


ジャンヌ『――Hu-Ya!!』


次の瞬間、その薄気味悪い顔面に、
連撃の締めとなる一際強い一撃がめり込んだ。


745: 2011/09/14(水) 21:16:18.11 ID:hOCWlbl5o

正統派最強の魔女、ジャンヌの攻撃はまさに一撃一撃が必殺のもの。
連撃に晒されたアスタロトの胴は肉剥げて血まみれとなり、
最後の一蹴りにより頭部が完全に弾け飛んでしまった。

この情景、傍から見ればジャンヌの一方的な戦いに映ったかもしれない。

しかし当人達にとってはまるで逆だった。


ジャンヌ『(―――……浅いか……タフだな)』

攻撃は魂に届いており、確実にダメージは与えているも。
手応えが明らかに乏しい。

アスタロトの底が全く―――量れない。


ただ、こう恐ろしく強いのも当然のことか。

自身の主契約魔マダム=ステュクスよりも高位、
なにせ事実上かの覇王に次ぐ領域にいる魔界きっての実力者だ。


―――化物染みてて当たり前だ。


頭部を失ったアスタロトの体は吹っ飛んでいったが、
20mほどのところですぐ踏ん張り留まって。

大きく仰け反りながら、一瞬であの端正な顔を再生させて―――。


アスタロト『―――いい!!いいぞ!!!!この「痛み」だ―――!!』


再び笑った。
更に醜く穢らわしく。


アスタロト『―――「旨い」!!最高だ!!!!』

746: 2011/09/14(水) 21:18:32.02 ID:hOCWlbl5o

アスタロトは歪んだ歓喜の声を放ちながら、ジャンヌ向けて一気に飛び進み―――槍撃。

ジャンヌ『―――ッ』

顔面へ正確に放たれてくる凄まじい突き。
その速度も力の密度も尋常ではない。

『髪』で形成されているこの白銀の戦闘装束、
それすらも簡単に貫かれてしまうほどのもの。

しかし、それは当たってしまったらの話だ。

アンブラの戦闘術、その防御法の本分は―――回避。

ジャンヌは一切の無駄がない動作で、金槍を魔刀でいなしその軌道をかえていく。
そしてそのまま前へと踏み込み。
顔の横で擦れる刃、激しく散る光の奔流の中、アスタロトの顔面へと膝蹴りを叩き込んだ。


一際激しく光が爆発する中、
肉片を撒き散らせながら大きく仰け反る恐怖公の体。

そうして露になった喉元へ向けて、ジャンヌはすかさず足を伸ばしてもう一蹴り。


更に続けてとどめとばかりに―――その伸ばした足を地面に叩き付けて―――

ジャンヌ『―――YeeeYa!!』

連動して出現した―――ウィケッドウィーブによる『踏みつけ』。

だがその圧倒的な三撃目がアスタロトの体を叩き潰すことは無かった。
恐怖公はその巨大な『白銀の足』を、掲げた肘で受け止めていたのだ。


アスタロト『―――ほぉおうおぅ。これはこれは噂のマダム=ステュクス―――』


そしてその『足』へ向けて、にたりと笑う。


アスタロト『―――お初にお目にかかる』


首折れて垂れ下がり、半分潰れたままの顔で。

747: 2011/09/14(水) 21:20:21.73 ID:hOCWlbl5o

そのおぞましい声と笑みが、この『女王』にも耐え難い嫌悪を抱かせたのか。
普段ならば白銀の足はこのまま消えるところ、この時は更にもう一撃踏みつけていった。

この続けての攻撃に耐えかねたのか、
アスタロトの受け止めていた左腕が粉砕され千切れ飛んでいく。

だがそれでも、アスタロトが苦痛を示すことは今だ無かった。

力量底知れぬ恐怖公は、ははっ、とはじける様な笑い声を発して。
右腕にある金槍を豪快にジャンヌ向けて振り下ろす。

恐ろしく強烈な一振り。
だがこれまたジャンヌも同じように、即座に斜めに打ち流す。

金槍はそのままガラスに似た質感の地面に衝突し、激しく割り砕いては破片を巻き上げていった。
しかしアスタロトの攻撃はこれだけでは留まらなかった。

地に叩き込まれた槍が大きくしなり、そして『反り返って』再び―――。

ジャンヌ『―――ッ』

―――即座に刃が戻ってきのだ。

ジャンヌはそれを認識するや即座に魔刀を振り下ろす。

一層激しく噴き荒れる衝撃を伴って双方の刃は激突。

圧倒的な力を込められた刃はお互いを弾くまでには至らず、
そのまま密着して鍔迫り合いへとなった。

凄まじい圧力で擦れ合い、激しく飛び散る火花。

そしてその彩を挟んで、両者は互いの顔を見据えた。
ジャンヌは一層、その顔に敵意と嫌悪を滲ませて。


アスタロト『―――はははは!!』


アスタロトはそんな彼女の反応を見て、心底楽しそうに半壊した顔で笑いながら。

748: 2011/09/14(水) 21:22:41.50 ID:hOCWlbl5o

とその時。

アスタロト『…………む?』

アスタロトがふと視線をあてもなく巡らせて、大げさに眉をしかめた。
素人の大根役者の方がまだマシなくらいにわざとらしく。

そして。

アスタロト『…………煉獄……か?』

刃が発する火花越しに、ジャンヌへ向けてそう呟きかけた。
あざとく薄く笑いながら。

ジャンヌ『…………』

それはまぎれもなく、ついさっきここから離脱して行ったインデックス達を指した言葉。

ローラがここから直接、
それも一切偽装もせずに飛んだためすぐに行き先を見破られたのだ。

ジャンヌ『……………………』

彼女たちを追ってアスタロトが煉獄へ向かったとしても、
バージルとセレッサ、アイゼンもいるのだから彼らが負けることはまずない。

しかし今は、予定ではバージルが慎重極まりない調整に入っている段階であり、
非常にデリケートな時。
もし突貫されて『神儀の間』に傷でもつけられてしまったら全てが水の泡なのだ。

あそこが戦場になる事態は絶対に避けなければならない。

そのためには―――ここで何としてでもアスタロトを止める必要がある。



アスタロト『―――あんな僻地に何かあるのか?んん?』



―――どんな手を使ってでも、だ。

749: 2011/09/14(水) 21:24:31.21 ID:hOCWlbl5o


ジャンヌ『―――Fuck off!!Busterd!!』


ジャンヌが刃越しにそう吐き捨てた瞬間。

二人の間の地面、ちょうど中央から―――巨大な白銀の足が出現。
その突き上げられたウィケッドウィーブによって双方の刃が弾かれて、拮抗状態が崩された。

アスタロト『―――』

不意を突かれて大きく体制を崩すアスタロト。
一方、ウィケッドウィーブの主であるジャンヌにとってはもちろん『不意』ではない。

ジャンヌ恐怖公が見せてしまった『完璧な隙』を見逃さず。
即座に足をしっかりと踏みしめては―――魔刀を顔の横に構えて。


ジャンヌ『―――Disappear!!』


すかさず―――横一線に薙ぎ斬った。

莫大な力を極限まで練り込められた刃、
そして解き放たれたウィケッドウィーブの巨大な刃が続き。


一瞬にして分断されるアスタロトの上半身と下半身。


そしてその『残骸』も木っ端微塵に吹き飛んでいった。

750: 2011/09/14(水) 21:27:58.27 ID:hOCWlbl5o

―――しかし、それでジャンヌの戦闘態勢は解けることはなかった。


ジャンヌ『―――…………「カーリー」。来い』


それどころか両足に魔具を召喚し、
更なる戦闘力の増強を図るジャンヌ。

軽く地面をかかとで叩き、炎と稲妻を噴出する魔具の調子を確かめて。

その鋭い視線を、彫像のように固まっている龍の元へと向けた。
更に厳密に言えばその龍の背に出現し―――『再生』をはじめている肉塊へ。


徐々にあの美男子の姿を構築していく肉塊。

アスタロト『―――まあ、煉獄に関しては後の楽しみだ』

笑う頭部が形成されて、そう薄く笑い。

表情一つ変えないジャンヌを見据えたまま、恐怖公は『優雅』にべろりと金槍の柄を舐めた。
もう「どこが」と具体的に示せない程に、全てがぞっとするほどに薄気味悪い。

まるでこの世全ての『嫌悪』の根源だ。


アスタロト『まずは―――お前との甘美な一時を満喫しよう!!』


そうして『化物』が高らかに叫んだ瞬間―――美男子の体が龍と融合しては、
神々しい甲冑を着込んだような姿となり。


アスタロト『ふっはははは!!覇王以来か、全力を振るう機会はここしばらくなくてな!!』


金槍も急激に巨大化、穂先には斧状の刃が出現して『ハルベルト』に形状を変えてゆく。
激しい力の奔流を伴って。

751: 2011/09/14(水) 21:29:44.22 ID:hOCWlbl5o

アスタロト『次は他の十強と雌雄を決する時だと思っていたが―――』


そして目も口も無いクチバシに似た形状の頭部からのくぐもった声。
その音には先までの嫌悪感が消えていたも。


アスタロト『まさかしばらくぶりの「相手」が―――人間であるとはな、意外だったぞ!!』


代わりにただただ暴虐で残忍な悪意に満ち溢れていた。

巨躯の龍騎士は翼を数回羽ばたかせる。
その圧倒的な姿と、解き放った全力を見せ付けるかのように。


響く龍の咆哮。

階層全域が激しく振動し、
耐えかねた空間と大地には亀裂が走っていく。

ジャンヌ『…………』

予想はしていたも、やはりその存在は圧倒的。
ジャンヌは自身の見識が正しかったとここで再確認する。


勝てる―――相打ち覚悟なら―――というあの見立てを。

752: 2011/09/14(水) 21:33:22.22 ID:hOCWlbl5o

幸いなことに、恐怖公の配下の意識はこの階層にはもう届いてきていない。
ここまで着いてこれたのは、神裂に切り捨てられたモラクスとこのアスタロトだけ。

つまりアスタロトを処理すれば、
ローラ達は完全に追ってから逃れたことになるのだ。

逆に言えば、アスタロトをここで押さえ込めるのは自身だけ。
まさに、今こそこのアンブラの宿敵たる外道とケリをつける時。

こちらの憤怒が伝染しているせいか、契約している魔獣たち、
そして一心同体である主契約魔のマダム=ステュクスもどこまでも『やる気』だ。

魔導器・魔具たちも同じく。

磨き上げてきた技と力と築き上げてきたこの『軍団』、そしてこの身を焦がす―――アンブラの怒り。

今こそそれらを解き放つ時だ。


アスタロト『憎しみ、苦悩、良い表情だ―――』

そう、一際表情を鋭くするジャンヌを見て。

アスタロト『その身は一族のため、か、泣かせるな!!素晴らしい!!』


アスタロト『「歯ごたえ」があって―――本当に旨そうだ』


恐怖公は嘲笑交じりに声を放った。
そんな化物へジャンヌはさらりと、冷たい声でこう返す。

ジャンヌ『―――…………少し、少し違う』


ジャンヌ『私は―――……「私のため」にのみ戦う』


そして続くのは―――聞えによっては実に傲慢極まりない言葉。


アスタロト『……ん?』


ジャンヌ『―――「私」こそがアンブラであり―――アンブラが「私」そのものだからな』


753: 2011/09/14(水) 21:35:20.88 ID:hOCWlbl5o

―――だが。

不思議な事に、彼女がその言葉を口にしても、声には驕りなど一切の欠片も見えなかった。
それも当然か。

その言葉は決して思いあがりなんかではない、正真正銘の『事実』なのだから。

500年間、一族の何もかも全てを背負ってきた彼女だからこその言葉。
亡き家族を想い、そして数少ない生きとし家族を守り続ける―――最後の英雄。


まさにアンブラそのものの『化身』―――アンブラの魂の『守護者』。


彼女のこの言葉を否定できるものは、いまや誰一人存在などしていない。


もちろんジャンヌ自身も含めて。


そしてこの彼女の反応は、
アスタロトにとっては少し不満なものだったのかもしれない。

アスタロト『…………ほぉ』


今度はあっさりと、冷ややかな反応を示す恐怖公。
対してジャンヌもこれまた同じように覚めた声色でこう続けた。


ジャンヌ『今、その「私」がこう叫んでる』



ジャンヌ『―――「目の前のゲス野郎をぶっ殺せ」、と』



どこまでも冷徹に、かつ鋭く。

その一方で―――焼き付けるような敵意を秘めて。

―――

754: 2011/09/14(水) 21:36:06.24 ID:hOCWlbl5o
短いですが今日はここまでです。
次は金曜に。

755: 2011/09/14(水) 21:38:01.03 ID:Pa3wHbIuo
お疲れ様でした。

756: 2011/09/14(水) 21:43:48.89 ID:GbQ8cRFKo
乙です。


 次回へ続く:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その31】


引用: ダンテ「学園都市か」【MISSION 08】