1: 2011/10/14(金) 18:04:17.19 ID:Frj+rhn1o


最初から読む:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」

前回:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その31】

一覧:ダンテ「学園都市か」シリーズ

「デビルメイクライ(+ベヨネッタ)」シリーズと「とある魔術の禁書目録」のクロスです。

○大まかな流れ

本編 対魔帝編

外伝 対アリウス&口リルシア編

上条覚醒編

上条修業編

勃発・瓦解編

準備と休息編

デュマーリ島編

学園都市編(デュマーリ島編の裏パート)←今ここの終盤(スレ建て時)

創世と終焉編(三章構成)

ラストエピローグ


ARTFX J デビル メイ クライ 5 ダンテ 1/8スケール PVC製 塗装済み完成品フィギュア

7: 2011/10/15(土) 00:56:23.96 ID:nGwYW+74o

―――

一方「要はオマエ、ダンテの仲間だったのかよ」

学園都市の一画。
魔の冷気に変わり、冬の冷気に支配されている瓦礫の原の中。

瓦礫の上に腰を下ろしている一方通行が、白い吐息と共にそう言葉を返した。
正面は伏せっている三頭の巨狼、ケルベロスに向けて。

ケルベロス『うむ。人界時間にして20年来の友だ』

対する巨狼、その口から漏れるは青みかかった吐息。
伏せっているにも関わらず、高さ3mの位置にある大きな牙の隙間からは、
魔界の冷気が漏れ出していた。

一方「…………」

あの獅子を葬ってから、『守り番』としてここに留まって数十分。

あれから学園都市内では騒動は起きていないが、
ケルベロスの話によるとデュマーリ島やヨーロッパ・ロシアの他にも、
異界で複数の戦いが同時進行しているとのことだ。

一方「……これからどォなるンだ?天界とやらは?」

ケルベロス『我にもわからぬ』

一方「…………チッ。」

ケルベロスのその言葉からも伺える通り、
今や想像を遥かに超えるスケールの騒乱が起きているのは確実か。

8: 2011/10/15(土) 00:58:22.27 ID:nGwYW+74o

となると、こうしてただ黙って受身に甘んじていることなどできない。
一方通行は立ち上がると、
能力を起動した状態の手で己の上着そしてポケットをまさぐった。

しかし落としてしまったのか、それとも持ってきてすらいなかったのか。
目当てのモノは見つからなかった。

ケルベロス『……探し物か?』

一方「あァ。すぐ戻る」

そうして少し思案気に佇んでは巨狼に一瞥し、一跳び。

砲弾のように一気に飛翔し、彼が降り立ったその先。
そこは先ほど、一人の少女を保護したあのジャッジメント支部であった。

上階が吹き飛んでいるその支部の中、彼は視線を静かに巡らせて。
瓦礫の中から倒れ転がっている堅牢なロッカーを見出しては、ねじ切るようにして開けていく。

そうやって三つ目を開けた時、
彼はようやくそこに目当てのモノを見つけた。

このようなところには必ず、予備の携帯やら通信機が複数置かれているものだ。

ロッカーの中には官製とも言えるか、ジャッジメント備品の通信機がいくつも入っていた。

その一つをこれまた握り潰さないよう、
能力で充分に制御している手で掴みあげて。


一方「おィ。聞えてンだろ」

電源を入れてすぐさま、チャンネル設定もせずにまず声を放った。

9: 2011/10/15(土) 00:59:22.92 ID:nGwYW+74o

普通ならばもちろん、これに声など返って来るはずが無い。
ただ一方通行は、アレイスターやその下にいる者達が常に己を監視しているのを知っていた。
そして向こうも今となってはそれを特に隠そうともしていない。

『―――用件は?』

案の定、通信機から響いてきた事務的な男の声。
特に一方通行は驚きもせず。

一方「……シスターズに預けたあのガキはどォなった?」

まずは先ほどここで保護した少女の件を問うた。

『10032号と19090号が芳川桔梗のシェルターに届けた』

一方「…………」

芳川、そして打ち止めがいる第一学区地下深部のシェルターか。
一般のシェルターは既に封鎖済みであることも考えると、当然の判断になるか。

それに他のシェルターに比べればずっとマシな所だ。

確かに悪魔相手に『安全』と呼べる地など存在しない。

しかしあそこは、恐らく垣根帝督の脳といった、
アレイスターの『私物』も納められている不可侵の領域であるのだから
少なくとも学園都市内では最も生存率が高い場所なのだ。

それを聞いた一方通行、
安堵の意を篭めて小さく目を細めては、次なる問いを向けた。

一方「……デュマーリ島は?」 

『デュマーリ島における作戦は成功した』

10: 2011/10/15(土) 01:02:09.35 ID:nGwYW+74o

これもまたあっさりと答えは返って来た。

一方「……」

こうもすんなり喜ばしい答えが返って来るとは思っていなかった一方通行、
今度は少々不意を突かれた形で再び目を細め。

一方「成功、か。どの程度に?」

『少し待て』

そうしてまた返って来た言葉も、少し意外なものであった。

『土御門元春と繋げられるが、直接聞くか?』

一方「―――……あァ。頼む」

直接聞けるに越した事は無い。
少なくともアレイスター側のフィルターが通っていないだけマシと言うものだ。

そして少しのノイズ音ののち。


土御門『―――アクセラレータか』


聞きなれた男の声が響いてきた。

11: 2011/10/15(土) 01:03:38.83 ID:nGwYW+74o

向こうでは航空機が複数飛んでいるのか、けたたましい音が響いてくる。

一方「よォ。生きてたか。上手くいったみたいだな」

土御門『まあな。厳しかったことに変わりないが、終ってみれば当初の想定よりもずっと上出来な結果だったぜい』

歯切れがよく快活であるも、どこか冷ややかで心読めぬ声。
相変わらずのそんな土御門の声も、『普段どおり』目的は達されたことを示していた。

一方「アリウスとやらはどォなった?」

土御門『アリウスはネロが潰してくれたよ』

一方「おォ、つゥことは天界が開くこともねェのか?」

土御門『それについてなんだがな……』

と、そこで土御門の声に少し『詰まり』が生じた。
これもまた一方通行にとっては聞きなれた詰まり方。
想定していなかった事案、結果になった時には、土御門はいつもこのような声色になるのだ。


土御門『天の門は開く。あと魔界の門も開く』


一方「―――はァ?」


そして土御門にとって想定外となれば、
そちら側には疎い一方通行にとって―――まさに予想だにしない、
その意味を正確に理解することさえ難しいことであった。

一方「おィ……どォいうことだ?魔界のモンってなンだよ?」

土御門『俺も良くはわからない』

土御門『だがダンテには何か考えがあるらしい。ネロからもそう頼まれたんだ』

一方「……で、オマエはろくに知らねェままホイホイ応じたわけか」


土御門『―――そうだ』

と、ここで即答した土御門の声は再び、確かな自信を帯びたものに変わった。
他にどうしろと、お前もこの立場なら同じ判断をするだろ、と暗に向けてくるように。

12: 2011/10/15(土) 01:04:58.89 ID:nGwYW+74o

一方「……ハッ」

そしてその点については、一方通行も大いに同意する。
ダンテやネロの指示を拒否できるわけも無い。

己程度の考えよりも、彼ら言葉の方が遥かに信頼に足るものだ。

土御門『だから状況は終ってはいない。そっちも充分に警戒しててくれ』

一方『あァ。わかってる』

ケルベロスから聞いた言葉、それから推測できる状況を今一度確認しながら、
一方通行は頷いた。

そして。


一方「そっちの女帝サマにもよろしく伝えておけ」


そう何気なく続けたも、その返された―――


土御門『ああ、そのことなんだがな―――』


―――この土御門にしても異常なまでに冷え切った声は。




土御門『――――――麦野は氏んだよ』




一方『―――……………………………………』


それは、まさに矢に頭を射抜かれたかのような鋭い響きを有していた。

13: 2011/10/15(土) 01:06:35.65 ID:nGwYW+74o


―――麦野沈利。


彼女とは親しかったどころか、
その性格を知るほどの時間を過ごしたわけでもない。

ここ一週間、少し関わっただけの女。

あの女が氏のうが、それを知って鼓動が早まることも体が火照ることも、
目頭が熱くなるなんてことも実際にこの通り無い。


だが―――ただ一つ。



一方「………………………………」



―――ぽっかりと。


この胸から、この心から大切な『何か』が抜け落ちていくような気がした。
『ソレ』じゃなければ絶対に埋められない穴から。

瞬間、一方通行は外界からの情報を途絶してしまった。

続く土御門の声が聞えるが、その言葉の意味も思考に反映されてこない。
声どころか冬風が抜ける音も、目に見える崩れた学園都市の街並みも。

その理由は、彼の意識が全て内側に向いていたからだ。


―――鮮やかに蘇るあの女の姿、声、表情に。


緩やかな髪を翻してエプロンに向かっていく、最後に目にした彼女の後姿に。

昨晩、酒の席で見せた彼女の表情、そして口にした―――


―――『生きたい』という言葉に。

14: 2011/10/15(土) 01:07:56.53 ID:nGwYW+74o

土御門『―――レータ。アクセラレータ。聞いてるか?』

一方「…………」

変わらぬ、感情が完全に廃された土御門の平坦な声。
それがようやく意味を有して浸透してきたのは十数秒後のことであった。

一方通行は、返すための言葉を探すかのように声無く口を動かして。

一方「……………………どォ……やって氏んだ?」

何とか繋ぐ『返し』を見つけて、
ぎこちなく絞り出す。


土御門『大悪魔と相打ちだ。最期はアイテムの元部下達が看取った』


一方「……………………そォか。そいつは…………」

そしてそのことについて一言何かを言おうとするも。


一方「……………………」


今度こそ言葉が出なかった。

脳裏にはっきりと浮かぶあの女の姿、
その彼女にどんな言葉を向ければいいのか、それがまるでわからなかったのだ。

まるで舌が抜かれてしまったよう。

一方通行はこんな心模様に相応しき言葉を、
彼女の姿に手向けるべき言霊を―――『知らなかった』。

15: 2011/10/15(土) 01:09:27.41 ID:nGwYW+74o

土御門『…………』

一方「……………………」

沈黙は十秒近く続いた。
彼の言葉を邪魔しないよう、素直に待っているのか、
それとも電話越しの空気から彼の心情を察しているのか。

土御門も一言も返しては来なかった。


そうした沈黙の後、ようやく動いた一方通行の口。


一方「…………………………………………オマエ等が戻るのは?」


懸命に言葉捜したその口から出てきたのは、
話を変えてしまう別の問いだった。

彼は結局、相応しき言霊を見出せず。
彼女には一言も発せられなかった。


土御門『…………超音速機を手配できれば……そうだな、三時間以内には』


一方「…………そォか。気をつけてな」

土御門『ああ。そっちも頼んだぞ』

一方通行の口から響いた素直に気遣う言葉。
普段ならば驚いたであろうその返しだが、この時ばかりは土御門も特に反応を示さず。

土御門『…………じゃあな』

そして静かに通信は終了した。

一方通行「…………」

16: 2011/10/15(土) 01:11:05.62 ID:nGwYW+74o

通信機を無造作に上着のポケットに突っ込むと、
一方通行は来た時と同じく跳躍し、ケルベロスの近くへと降り立った。

そして座っていた瓦礫へと歩んでいく。

その間も脳裏に蘇るあの女の姿を見つめながら。

一方「……」

あんな表情で『生きたい』と言ったあの女は、
一体どんな表情で逝ってしまったのだろうか。

あんな表情で『生きたい』と言ったあの女は、
一体最期に何を思ったのか。

あんな表情で『生きたい』と言ったあの女は一体―――どんな気持ちでそう口にしたのだろうか。


あの女の鋭くも透き通る瞳に、この世界は一体―――どのように映っていたのだろうか。


結局何もかも、わからずじまいであった。


一方「…………」


―――知りたかったのに。


―――『麦野沈利』をもっと知りたかったに。

17: 2011/10/15(土) 01:13:05.56 ID:nGwYW+74o

一方「―――――――――……ッ……!!カッ……!!クソッ…………」


―――とその時だった。

そこまで思い至った瞬間、彼は突然その場にどかりと腰を下ろして、
悪態を天に吐き出した。


彼は気付いてしまったのだ。


この己が今抱いている『感情』の正体に―――『痛み』の原因に気付いてしまった。


性格上、それは絶対に認めたくない事実であったが、
一方で聡明な思考がはっきりと確信してしまっていた。

己はあの女に対して、
『興味』と言えるものよりも更に強い感情を抱いてしまっていたのだ、と。


少し―――。


そして生まれて初めて―――『魅せられていた』のかもしれない。


初めて出会った、共感できる『同類』に。

そして同類でありながら、己とは違い『生きたい』と愚かしいくらいに堂々言えるあんな女に。
その言葉の原動力となった、己には無い『モノ』を持っていた彼女に。


底なしに罪深く、愚かしいまでに強く、
忌々しいほどに美しく、そして途方も無く『わがまま』な――――――麦野沈利に。

18: 2011/10/15(土) 01:15:21.82 ID:nGwYW+74o

ケルベロス『…………大切な者を失ったか』

天を仰ぎ白い吐息を吐き出していると、
その様子から敏感に悟ったのか、魔狼がぶっきら棒に声を放ってきた。

一方「…………………………そンなご大層なもンじゃねェよ……」

彼は表情も視線も変えぬまま。


一方「……ただ……………………『約束』をすっぽかされただけだ」


静かにそう返す。

不思議な事に、胸痛むのに居心地は特に悪くも無かった。
むしろ妙に暖かい。

一寸先の未来も定かではないこの状況の中で今、
あの女が占有しそして奪っていった領域が、まるで一時のオアシスのように機能している。

一方「…………カカッ」

その己の精神状態を冷静に分析して彼は小さく笑った。
全く大した女だ、と。

このイカレて壊れてしまった『クソ野郎』に、誰かの氏をここまで見つめさせるなど。
妹達への行いに対する『己』の行い、それに向ける『憤怒』ではなく――――――


―――『他者』に向ける純粋な『悲嘆』を人並みに抱かせるなんて。


たった一週間の記憶だけで、ここまでこの『腐り果てたクズ』に『静けさ』を与えるなんて。
ただ、そのように居心地が良い一方、それはそれはたまらなく癪で。


一方「…………クソアマが…………」


そして―――なんと言えばいいのか――――――寂しかった。


せめてもの弔いだ。

しばらくあの女の姿に浸ろう。
すぐ先にあるかもしれない次なる困難まで。

鼻腔を抜けて肺を満たす冬の冷気。
夜も更けてより一層冷えてきたのか、文字通り骨身に凍みる鋭さを帯びてきていた。

―――

19: 2011/10/15(土) 01:16:41.44 ID:nGwYW+74o
―――

プルガトリオ。
学園都市を映すとある階層にて。

レディやネロが離れていった後も、ダンテはその階層に一人。
いや、今や友であるアグニ・ルドラと共に残り続けていた。

双子の兄弟はその巨躯を解き放ち、調子を確かめるように大通りでゆっくりと演舞を行っており。

そんな彼らを見下ろす位置、ダンテは適当なビルの屋上に半ば寝そべるように座し、
片目閉じてはリベリオンの刃を検分してた。

ダンテ「―――それで調子はどうだ?」

そしてその傍ら、手首に装着されている拳銃へと声を放つ。

トリッシュ『ええ最悪。特に変わらないわ』

返って来るのは、ネヴァンと共に事務所にいるであろう相棒の声。
ダンテが見聞き感じることをそのまま受け取っている彼女は。

トリッシュ『それにしても。さすがのその剣でも、結構堪えたみたいね』

リベリオンを『見て』そう告げてきた。
100柱斬りを行ったこの魔剣、その白銀の刃はところどころ欠けていたのだ。

それを聞いてこんっ、と軽く魔剣を叩いたダンテ。

ダンテ「なあに。あと5分もすりゃ元通りさ」


ダンテ「それどころか、『こいつ』はまだ足らなねえらしいぜ?困ったもんだ」


はっ、と小さく肩を竦めながらそう返した。
あたかも自分のせいではないとでも言うように。

20: 2011/10/15(土) 01:18:58.11 ID:nGwYW+74o

そんな変わらぬ調子の彼に、
トリッシュは呆れがちに息をついて。

トリッシュ『それは主もそうだからでしょ全く……飽きないわねあなたも』


ダンテ「トリッシュさんよ、わかってるんだぜ。お前も楽しんでたろ?お前からの視線、ギンギンだったぞ」


トリッシュ『……ふふ、まあね。スカッとしたわ』

そして笑った。
少し疲労と―――『陰』を滲ませながら。

と、その時だった。


ロダン『―――ダンテ』

虚空から響くのは、先ほどネロと合流したらしいロダンからのもの。
ダンテはリベリオンを脇に突きたてては天を仰ぎ見て。

ダンテ「お、もう終ったか。向こうはどうだった?」

ロダン『こちらの期待通りの結果だ。ネロは良くやってくれたぞ。学園都市の連中もだ』

ダンテ「ハッ!そいつは良かった!」


ロダン『だがちょっとばかし……いやかなり信じられねえことがあった』


と、そう喜ばしい報告も束の間。
突然ロダンが声を曇らせた。

ダンテ「ん?」

そして彼は一言一言確かめるようにゆっくりと。


ロダン『……ネロがな…………―――魔剣スパーダをへし折りやがったんだよ』


まるで親の機嫌を見る子供のように、恐る恐るといった具合でそう告げた。
一方、対するダンテの返答は。


ダンテ「―――へぇ。どうやって?」


これまた、不気味なまでにあっさりとしたもの。

21: 2011/10/15(土) 01:20:30.30 ID:nGwYW+74o

ロダン『―――ッ……!!』

そんな変わらぬダンテの調子に、
さすがのロダンも驚いてしまったのか暫し声を詰まらせて。


ロダン『魔剣スパーダを奪ったアリウスごと、レッドクイーンと言ったか、あの自分の剣で叩き斬っちまった』


これまたゆっくりと確かに告げると。
それを聞いたダンテ、今度は―――不敵に笑った。

ニヤリと、目を細めて声を漏らさずに。


彼はこの簡単な説明だけで理解したのだ。


ネロが示した―――『答え』を。


あの青年が突きつけた意志はまさに見事なものだ。
彼は『予定された英雄』になることを真っ向から拒否したのだ。


ダンテ「―――上出来だ。ネロ」


そんなあの青年を称えて。
彼は静かながらも、良く響く声でそう呟いた。


ロダン『―――おいおい、いいのか?どういうことだ?どうなってる?』

ネロが折るという行為、いや、
そもそもスパーダが折れてしまうということすら信じられぬ様子のロダンだが。

ダンテ「なぁに構いやしねえ。あいつの剣だ。あいつがどうしようが別に良いだろ。気にするな」

ロダン『……お前さんがそう言うのなら…………まあ…………良しとするか』

へらへらと笑いつつも『強引』なダンテに彼は屈してしまった。
明らかに納得していない様子であったが。

22: 2011/10/15(土) 01:23:09.53 ID:nGwYW+74o

そうしてとりあえずと、ロダンは話を換えて。

ロダン『……今の各界の状況だ』

ロダン『まあ予想は出来ていたんだが、魔界の口が開いたのを知ってやすぐ―――残りの十強が休戦協定を結びやがった』

ダンテ「へえ」


ロダン『明らかに侵攻のために急ピッチで体制を整え始めてる。特にベルゼブブとコロンゾン』


ロダン『この二柱は前から人間界にかなり興味持ってやがったからな、確実に来るぞ。全軍を率いて』

ロダン『更に内戦に消極的だった他の諸王共も動きを見せてやがる』

ロダン『そして天界では既に。ジュベレウス派の出撃準備は整っている』


そこでロダンは一度区切る形で間に沈黙を挟み。
強調してはっきりと。


ロダン『ダンテ。始まるぞ』


秒読み段階にまで迫った全面戦争を確認した。


ダンテ「―――ああ、いよいよな」


それ以上、今交わす言葉は無かった。
この最後の確認すら本来は無用、互いに理解していることなのだ。
二人とも、己がこれから何をすればいいのか十二分に把握しているのだから。

ダンテ「……」

ロダン『……』

そうしてこれで無言のまま、会話の糸は切断された。

23: 2011/10/15(土) 01:26:36.44 ID:nGwYW+74o

その後。


トリッシュ『―――ねえ』


ネロの件を聞いても沈黙を守っていたトリッシュが声を向けてきた。


トリッシュ『―――「どこ」まで行くつもりなの?あなたは』


ダンテの不敵な笑みの遥か下。
決して表に出さない、何人にも明かさぬ深層で一体何を考えているのか。

それを今唯一見ている『他者』、トリッシュのそんな問い。


ダンテ「『どこ』までもさ」


ダンテはこれまた包み隠さず、思ったとおりに素直に応えた。
声とともにその思考もまた直で送りつけて。


トリッシュ『……そう』


そうした赤裸々な返答に、相棒は示すは。
明らかに『不服』ながらも、一方で申し立てる気も無い反応―――。

それを知りながら、ダンテは平然と言葉を続けていく。
普段の調子でかつ『嬉しそう』に。

ダンテ「まだまだこれからだ。見せてやるぜトリッシュ」

トリッシュ『……ええ』

トリッシュも、成す術無く彼の言葉に続くしかなく。
そして再確認せざるを得なかった。


ダンテ「誰も見たことの無い世界をな」


相棒であり恩人であり最良の友であるこの男を―――ただ見守るしかできない、と


トリッシュ『――――――期待してるわ。ダンテ』


彼の生き様を―――ただその瞳に刻むことしかできないと。


―――

24: 2011/10/15(土) 01:27:14.47 ID:nGwYW+74o
―――

束の間の平穏は終る。
更にここからこの大きな『うねり』は加速し、あらゆる役者を引き摺り込んでゆく。

今、学園都市にて『同胞』の氏に浸っている一人の少年もまた、
もちろんそこから逃れることなどできやしない。


ささやかな彼の『弔い』は唐突に、そして残酷に打ち切られた。


ケルベロス『―――ッ』

まず反応したのは魔狼であった。
突然その身に力を纏わせては起き上がり―――。

一方「―――」

次いですぐ、
一方通行もこの場の『異常』に気付き跳ねるようにして立ち上がった。


突然出現した―――強烈な『圧迫感』に。

その源へとまるで吸い寄せられるように振り向くとそこには。



大きな――――――『コウノトリ』が立っていた。


一方「―――」

瞬間、彼の意識を満たすは―――ただ純粋な『絶望』だった。

力をはっきりと認識してしまうからこそ、瞬時にわかってしまう。
勝てる可能性があるかどうかの次元ではない。

先ほどの獅子も大概であったがこの『鳥』は―――桁が違う。


―――格が違うと。

25: 2011/10/15(土) 01:32:11.83 ID:nGwYW+74o


ケルベロス『―――――――――シャックス』


明らかに驚き動揺している魔狼。
その揺らいでいる声でそう呼ばれた『コウノトリ』―――シャックスは。


シャックス『なるほど。イポスも滅びたか―――』

細い鳥足で一歩、また一歩と歩みながら。

シャックス『大公、そして将らが全滅したとなると』


シャックス『まさに我々は敗北した、その通りでしょうな。だが―――』


瞳から赤き光を零しながら、
そう不気味に異界の声を響かせて。


シャックス『ネビロス殿、サルガタナス殿に次ぐ大将である我が、ここで手柄無しに生き永らえるわけにはいかん』


シャックス『気高き者達へのせめてもの弔いですな』


硬直している一頭と一人に向けて、残酷に告げた。


シャックス『スパーダの息子が贔屓にしているこの街を―――破壊してやろう』

26: 2011/10/15(土) 01:34:14.01 ID:nGwYW+74o

そうして示された魔鳥の力は―――圧倒的であった。

刹那。

ケルベロス『―――』

見えぬ衝撃波がまず魔狼を襲った。
諸神たるシャックスが放ったその力はどうしようもなく強烈で。

このケルベロスにもさえ、回避どころか何かしらの防御策をとる暇すら与えなかった。


一方「―――なッ―――」


そして一方通行は感知すらできなかった。
瞬間、溢れる凄まじい衝撃と―――力の衝突。

彼がそれを認識できたのは、
氷の破片を撒き散らせながら、魔狼が遥か後方へと吹っ飛んでいく時にようやくだ。


一方「ウソ―――だろ―――」


目の前の光景が信じられなかった。
この余りにも残酷すぎる現実が。

突きつけられた現実があまりにも強烈過ぎ、戦意すら『忘れてしまう』ほどだ。

聡明な彼の思考は一瞬で悟ってしまったのだ。

己は虫けらのように殺され―――この街はあっけなく破壊されると。



だが―――。



―――真の『現実』はもう少し―――『入り組んで』いた。

27: 2011/10/15(土) 01:37:10.57 ID:nGwYW+74o

『幸い』にも今、彼を絶対に失うわけにはいかない者がいた。
いや、ある意味では『不幸』か。

とにかくその者は絶大な影響力を持っており、当然この瞬間も彼を見ていて。
『ちょうど良い』とばかりに、この脅威に対応する。


一方「―――」


その時、彼は独特の感覚を身に覚えた。
過去に一度だけ経験したことのある、そして絶対に忘れられない感覚を。

それは間違いなくあの日―――悪魔の存在を知り―――バージルに再戦を挑んだ時の―――。



そう――――――垣根帝督に接続されたのだ―――。



今を『見て』、アレイスター=クロウリーが『稼動』させたのだ。
それはまさしく今の一方通行には救いの一手だった。

だが―――『これ』が稼動した瞬間、
彼の意識からは眼前のシャックスの問題など吹き飛んでしまった。

彼は知っていたのだから。
『これ』が妹達に、そして打ち止めにどんな影響を及ぼすかを。

脳裏に過ぎる、夢の中で出会った垣根の言葉。

それに、―――まさか本当に―――、と驚愕し。


―――こんなに早く―――、と絶望し


――――よせ――やめろ―――、抵抗し。


そして、――――――やめてくれ―――、懇願しても。


もう遅かった。


背から、そして全身から噴出した闇は―――彼の背後に―――。



一方『―――ウォォォォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛―――!!!!!!』



黒曜石に似た質感の―――六枚の―――『翼』を形成した。

28: 2011/10/15(土) 01:39:38.16 ID:nGwYW+74o

それは。

シャックス『―――なんだ―――お前は―――』


かのバージルに血を流させた―――『史上最強の能力者』の姿。


その力の前には、一介の諸王『程度』が立ち向かえるわけも無かった。


ケルベロスを一撃で戦闘不能にさせてしまったあの衝撃波も―――少年に届く前にあっけなく霧散。

その髪の毛を一本ですら揺らすことも出来ず。


対して目障りだとばかりに伸びる翼、その伸びた一枚目が―――シャックスの胸を貫き。



シャックス『馬鹿な―――今の世に―――こんな「人間」が存在するはずが―――』



二枚目が―――シャックスの頭部を瞬時にもぎ取って行き―――。


三枚目と四枚目が『取り残された胴体』を包み込み―――魂ごと一瞬ですり潰し。


―――存在を『抹消』した。


哀れなシャックス、彼の氏はこの一方通行の記憶にすら残らない。
彼の意識は今、すべてが打ち止めとアレイスターに向けられていたのだから。

29: 2011/10/15(土) 01:41:46.41 ID:nGwYW+74o

魔鳥をあっけなく虐頃した傍ら。

一方『―――』

びきり、みきり、と軋むその頭の中で響くは、
今回の件で打ち止めも使用すると説明した際のアレイスターの言葉。


『何も命を頂こうという訳では無い。自由と安寧への少しばかりの奉仕をラストオーダーにもしてもらう』


一方通行は、この流してしまっていた言葉の真の意味をようやく理解した。

実はその言葉の裏にはこう続いていたのだ。
『命を奪うつもりは無いが、結果として失われる』、と。

なんと愚かなことか、なぜ気付かなかったのか。
アレイスターの行いが結果的に学園都市を救う、という点に目が眩んでしまったのか。


彼はここで今一度―――『呪った』。


一時でも、あの男を信じて打ち止めを預けてしまった愚か過ぎる己を。

それしか選択肢が無かった、
そんな状況にしか導けなかった―――どうしようもなく無力な己を。


そして―――あの『怪物』―――アレイスター=クロウリーを。

30: 2011/10/15(土) 01:43:28.61 ID:nGwYW+74o

あの魔帝の騒乱の時を更に越えて、その身は『昇華』していく。

噴出した闇が渦となり周囲を穿ち、そして再びその身に纏わり付き―――

―――肉を食い荒し、臓腑、骨、脳、そして髪や皮膚にまで徐々に置き換わり。

噴出す血液すら、地に落ちるよりも前に漆黒の影の飛沫へと変貌する。
そしてその瞳に宿るは―――人界の神々が纏っていた『オレンジの光』。

ただその変容による痛みなど、今の彼にとっては全く意識する水準ではなかった。
それよりも。

それよりも遥かに。




一方『―――――アァァ゛ァ゛ァ゛ァ゛レィ゛ィ゛スタァァァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ―――!!!!』




身の内で爆発した『憤怒』が苛烈だったのだから。
天を仰ぎ見て発せられたその『地獄の底から響いた咆哮』は、まさに学園都市全体を揺るがし。

この街にいる全員の耳へと届き―――その『人の魂』に恐怖と―――ある種の歓喜を抱かせた。


そう、なにせこれは。


長き時を越えてこの世に発せられた――――――人界の神の『産声』なのだから。

―――

50: 2011/10/17(月) 23:06:45.51 ID:1bjtULLAo
―――
聞える、壮絶な『産声』が。

怒りに満ちたその魂の咆哮は―――


上条「―――……ア……クセラレータ……なのか……?!」


―――もちろん人でもある彼の耳にも届く。

覚えのある、それでいながら明らかに異質な彼の声に、
上条は驚きを隠せなかった。

一方通行のこの声には、これまた信じ難い要素が含まれていたのだ。
アレイスターの言葉によるショック状態から、否応無くその意識を引き上げてしまうほど。

一方通行のもの、とは別の意味でもう一つ、上条はこの声に『聞き覚え』があったのだ。

アレイスター「覚えは無いか?」

忘れるわけが無い。
この魂の古き記憶の中にはっきりと『彼』の姿は残っている。

この声は、かつて人界に存在していたティタン神族クロノスの―――息子。


上条「…………ハデス……」


上条は放心した面持ちのまま、まるで独り言のようにその名を口にした。

51: 2011/10/17(月) 23:10:29.10 ID:1bjtULLAo

だがその口から続けられたのは、今度は一転して否定の言葉。

上条「でも、違う。あいつじゃない……」

アレイスター「そうだ。きわめて似てはいるも『別人』だ」

対してアレイスター。
その顔に仄かに満足げな色を滲ませては。

アレイスター「私が『再設計』した存在だよ」

ホログラム映像に目を通しながら得意げに、自身溢れる声で言った。

上条「……設……計……?!」

アレイスター「一方通行だけではない。この街の人工能力者は皆、私が作った」

アレイスター「この理論自体は、2700年前の偉大な先人ホメロス、そしてヘシオドスが確立させたものだ」

上条「……」

ホメロス、ヘシオドス。
その名を聞いて引き出された記憶は非常に新しいもの、世界史の授業で習っていたことだ。

前者はイリアスやオデッセイア、
後者は神統記などを記したとされる古代ギリシアの叙事詩人の名だ。


アレイスター「私はそれを形にし、そして科学と結びつけることで『大量生産』を可能とした」


上条「……『大量生産』……」

そうして次々と発される、信じ難くそして不愉快きわまりない言葉。
まるで「人形」に対するものの如く癇に障る物言いに、上条は憤りの滲む声で繰り返した。


上条「大量生産……だと?」

52: 2011/10/17(月) 23:13:18.70 ID:1bjtULLAo

アレイスター「確かに自然発生体、原石は古来から一定数存在していた」

だがそんな彼の反応など気にも留めず、アレイスターは平然と言葉を続けていく。
上条がどう受け取っているかそれを理解している上で。

アレイスター「しかし自然発生する性質上、当然だが都合よく私の求める系統のものとはならない」

アレイスター「研究材料には良いがプランには使えない」

アレイスター「更に神の『種』となる水準、つまりレベル5クラスとなれば百年に一体」


アレイスター「私が求める系統のレベル5が出現する確率は、実に100億年に一度というものだったのだよ」


アレイスター「君もわかるだろう。『作る』方が遥かに良いと」

アレイスター「能力とは、封印されし力場、つまりは『竜の胃』の中から引き出されている力だ」

アレイスター「となればその性質は当然、古の神々の派生となる」

アレイスター「そこに人の魔術体系の基本である偶像の理論を用いることにより、望む性質を有した能力者を作り出すことが可能となる」


上条「…………」

一言どころか相槌、瞬きすらせず、
その光を失った視線を真っ直ぐにアレイスターに向ける上条当麻。

アレイスターの許し難い言葉を一つ残らずその耳に刻み込もうとしていた。
確かにきわめて不愉快であるが、
この男の言葉の中に、今の状況を打開するヒントが含まれているかもしれないのだ。

相手が一筋縄ではいかないということを充分わかってはいるも、
上条はとにかくあらゆる情報を集めようとしていた。

どこからでもいいから、とにかくここから抜け出す隙を見出すべく。

そしてもう一つ、耳を傾ける大きな理由があった。

それはただ純粋に『知りたかった』からだ。

いや、己が『始まり』である以上これは―――『知る義務』があったから。

53: 2011/10/17(月) 23:16:33.93 ID:1bjtULLAo

アレイスター「もちろん、この方法が楽と言うわけでも無い」

ホログラムを確認しているアレイスター、
彼もまた、その志の祖となった上条に聞かせたいのであろう、声を続けていく。

アレイスター「原石を使用する場合よりも早いというだけで、要するむしろ労力はこちらの方が遥かに多い」

アレイスター「230万の中で『種』に成り得る基準を満たしたのは僅か五人。更にその内、昇華の可能性を見せたのは二人」

アレイスター「そして辿り着いたのは一人。それもこうして、手遅れになる直前になんとかといった形だ」

そう言葉を続けながら彼は、
今しがたまで見ていたホログラムを手で撫でるようにして消し、
傍らにあるもう一つの方へと目を向け。

アレイスター「彼らの傾向は当然、ホメロス達の記述を基にしているため、俗に言うギリシア神話の存在が基となる」


アレイスター「例えば、カオスからは未現物質、ゼウスからは超電磁砲と原子崩しが」


そしてぱちり、と指を小さく鳴らすと。

上条「―――ッ!!」

ちょうど上条の顔の前にもう一つ、
大きなホログラム画面が浮かび上がった。

アレイスター「『映像として』は見えなくとも、『認識』はできるだろう?」

そこに映し出されていたのは、廃墟の中で咆哮を挙げる少年。


アレイスター「そしてハデスからは彼だ」


壮絶な変異を遂げている最中の一方通行だった。

54: 2011/10/17(月) 23:20:29.65 ID:1bjtULLAo

上条「―――アクセラレータッ!!」

その姿を『見て』思わず、上条は
届かないとわかっていながらも彼の名を口にしてしまった。

と、身を乗り出した上条からその画面を取り上げるかのように。

アレイスター「ただ彼らの傾向は、今の最終段階においてはもう特に重要でもない」

再び指を鳴らしては、今度はそのホログラムを消去しながら、
アレイスターはそう口にした。


アレイスター「必要なのは虚数学区を維持可能な規模のAIM拡散力場と、セフィロトの樹を一手に掌握できる巨大な力、器」


アレイスター「人格といった『中身』は用済みだ」

上条「……ッ……!」

またしても聞き捨てならない物言い。
ただ、そこで怒鳴りたくなるのを懸命に堪え。

上条「……聞きたい事がある」

冷静を保ちながら、ここで静かに口を開いた。
実は先ほどから一つ、アレイスターの話の中で引っかかる点があったのだ。


それは。


上条「セフィロトの樹に繋がれている人間にどうやって、神々の偶像を刷り込んだ?」


天界に、今に至るまで悟られなかったその理由だ。
セフィロトの樹に繋がれている人間に手を加えるなんて、しかも能力者に仕立て上げるなんて、
まさに天界の目の前で堂々と物を盗んでいくようなもの。

だがその困難をこうして遂げている以上、そこから上条はこう確信していた。
アレイスターは、まだこちらに明かしていない『何か』を持っている、と。

55: 2011/10/17(月) 23:25:07.69 ID:1bjtULLAo

アレイスター「少なくとも彼ら自身に『魔術的』な手は、一切加えていない。もちろんセフィロトの樹にも干渉はしない」

その上条の疑問に、アレイスターはこれまた平然と答えた。


アレイスター「セフィロトの樹が察知できない、科学的刺激は与えたがな」


アレイスター「物質領域に縛られている一般の人間の思念は、神経細胞の状態に大きく左右されるものだ」

アレイスター「その方法で深層心理の概念に少しばかり『欠損』を生じさせると。それが能力発現のトリガーとなる」

上条「……でもそれだけでじゃ―――」

アレイスター「そう、トリガーは自然に絞られるものではない。そこにはまた別の、何らかの原動力が必要となる」

そこで彼は再び、
宙にあるホログラム画面に目を映しながら。


アレイスター「アウレオルス=イザード」


唐突に、とある男の名を口にした。

上条「……っ」

それははっきりと覚えのある名。
忘れるはずが無い、姫神とインデックスを巡り、三沢塾で相対したあの錬金術師。

アレイスター「彼が如何なる魔術を使用したか覚えているかな?」

上条「……」

覚えているとも。
『黄金練成』、錬金術の到達点。
世界そのものをシミュレートし現実に反映させるという、常軌を逸した術式だ。


56: 2011/10/17(月) 23:29:33.29 ID:1bjtULLAo

そう上条が意識した瞬間。

アレイスター「それと基本原理は『同じ』だよ」

まるで頭の中を見透かしているのかのように、
彼が言葉を返す前にアレイスターは『答え合わせ』を行い、そして続けていく。

アレイスター「もっとも私のは、彼のものよりも遥かに洗練されているがな」

アレイスター「環境を改変するのだ」


上条「……!」

アレイスター「周囲に『偶像』、つまり神々が生まれそして成長した環境を再現すれば、」

アレイスター「その中に置かれている彼らは自然と神に似、そしてトリガーが絞られていく」

アレイスター「もちろん、全て同じと言うわけではない。それだと気の遠くなる時間がかかるからな」

アレイスター「現代世界に馴染むよう手を加え、更に短縮化のために『誘導しやすい材料』を付加」

上条「付加、だと?」


アレイスター「そうだ。憤怒、絶望、悲劇、抑圧、といった特に強くそして単純明快なストレスを」


上条「……ぐっ……!」

アレイスターの言葉はまさに、このおぞましい街の実像を示していた。


この学園都市は実験場、ここに集められた者達はモルモットだ、と。


怨嗟渦巻く場にあえて押し込め、潰し合わせ。
そして傷まみれでで這い上がってくる者を冷めた目で観察し―――利用する。

このアレイスターの不快な物言いに、上条の限界はもうすぐそこまで迫っていた。
だがそれでも彼は、懸命に歯を食いしばって何とか己を抑え込む。

もっと情報を引き出さねば、そして知らねばならないのだ。

57: 2011/10/17(月) 23:31:41.99 ID:1bjtULLAo

しかし。

アレイスター「もっとも改変と言っても、大々的に作り変えるわけではない」

アレイスター「既存の物体の配置を僅かに変える、基本的にはそれだけだ」

アレイスター「そして物理法則こそ全てのこの人間界おいては、それだけで充分効果があるのだ」

更に連なっていくアレイスターの言葉の耐え難さは増して行く。
まるで彼を試しているかのように。


アレイスター「事故や災害から、個々人の細かい親交や確執まで。『幸せ』か『不幸せ』かまでも、全て誘導できる」


上条「―――」

『不幸せ』、その単語を耳にした瞬間、この今の話が己自身にも重なっていく。
アレイスターの言葉によって、まるで引き摺り出されるかのように記憶が蘇ってくる。

アレイスター「改変状態を常に維持する必要は無い。一瞬だけ、僅かなところに手を加えれば良い」

学園都市に来る前の『災難』の日々の記憶が。
運が無い事例はきりが無い、中には命にかかわる事さえ。


アレイスター「例えば、改変である走行中の自動車のディスクブレーキを外す」


例えば、自動車に―――。


アレイスター「すると『人を撥ねる』、もしくは『衝突する』という結果が必然的に生じる」


上条「―――……ッ」


―――轢かれ大怪我を負ったことなども、『複数回』。

58: 2011/10/17(月) 23:33:52.45 ID:1bjtULLAo

あまりの『不幸』具合に周囲も恐れ、
疫病神だと迫害され、そして家族の保護も限界でどうしようもなくなっていた時。

ちょうど学園都市への入居試験に『なぜか』合格して、逃げるようにこの街にやって来たのだ。

アレイスター「そう。このやり方は、程度に差があれど人間であれば例外なく効果がある」

と、そんな上条の回顧を、
やはりこれまた『覗いている』かのような口調で。


アレイスター「君のような特殊な個体でもな。『幻想頃し』」


そう残酷に、あっさりと告げた。
その『不幸体質』は私が作ったものだと。

上条「―――なっ……なっ……―――!!」

それは人として至極全うな反応だろう。
今まで苦しめられてきた『不幸』、それが全て誰かの意志によるものだと理解したら―――怒りを覚えぬ者はいない。


アレイスター「最初はテレOマを、連中から力を盗み出すことは特に難しくない。ローラ=スチュアートと同じ方法だ」

アレイスター「能力者の数が揃いこの街がAIMに満たされてからは、その力を使用し更にプランを最適化した」

アレイスター「天界からすれば、この能力者の増加原因は未だ不明のままであろう」

アレイスター「ただ悪魔達が介入するようになってからは、その効果が安定しなくなった」

アレイスター「ダンテ達の影響は、さすがに制御可能なものではないからな」


アレイスター「君が、禁書目録へ対する自身の感情に気付いたのも、その―――」


上条「―――――――――うるせえッッ!!」

59: 2011/10/17(月) 23:36:29.46 ID:1bjtULLAo

それは耐えに耐えかねた怒号。
上条はその腹に溜まっていた熱を吐き出してしまった。


アレイスター「限界か?『上条当麻』」


そしてアレイスターの口ぶりはやはり試していたかのような、
見透かした挑発的なもの。

アレイスター「君はやはり短絡的だな」

上条「……ぐッ……!!」

これは明らかに不覚だった。
そう、『話』はまだ途中だったのだ。
言い返したいも返す言葉は無く、そして感情に任せて言い返してもならない。

幸いにも、アレイスターはこの『不覚』を見逃してくれるようだ。
無言でホログラム画面に目を通したまま、明らかにこちらの言葉を待っていた。

この明らかな余裕には警戒するべきなのだろうが、
そもそも磔にされてしまっているのだから、いちいち避けていては埒が明かない。

とにかく情報を得る、知ることが先決だ。

上条は何度も深呼吸し、熱暴走しかかった思考を冷やして。

アレイスターの不愉快な言葉を反芻し、その話を再確認していく。
こちらが受け取った意図は正しいか、そこに矛盾は無いか、欠けているところは―――。


上条「……」


と、そこで上条は見つけた。
一つ引っかかる『欠け』を。

60: 2011/10/17(月) 23:38:07.36 ID:1bjtULLAo

アレイスターは先ほど、セフィロトの樹には干渉しないと言った。
それが文面どおりなら、ここに一つの疑問が生じる。


セフィロトの樹を介さないまま―――どうやって人間の魂の状態を『隅々まで完全』に確認しているのだ、と。


魂だけじゃない、精神、思念、感情、記憶、それら全てをどうやって?


それも230万、いや―――それは単に集められた数で、それらを選別したことも考えると、
アレイスターが確認していた人間の数は更に多い数になる。


それだけの大勢を一体どうやって。


更に普通の人間と変わりなかった段階の『上条当麻』を見つけ出している。
それも『生まれる前』からだ。

これはセフィロトの樹、いや、更にそこから天界が有する記録に潜らないと到底不可能なはず。

              ミ カ エ ル
少なくとも彼、『上条当麻』の考えでは、だ。
そしてその認識は正しかったらしく。


アレイスター「―――それだ。それが正しき疑問だ」


アレイスターが上出来だとばかりにそう告げた。
上条がその疑問を口にする『前』に、だ。

61: 2011/10/17(月) 23:40:06.34 ID:1bjtULLAo

アレイスター「君の考える通り、全人類を探り『幻想頃し』を見つけ出すには、」

アレイスター「セフィロトの樹とその先にある『アーカイヴ』を参照することが不可欠。だが一方で天界に発見されるのも不可避」

と、そこで彼はふと。
ホログラムから目を上げては、何もない宙空へとぼんやりと目を向けて。

アレイスター「恐らくホメロス達も同じだったのだろうな」

遠くを眺めているような面持ちで言った。


アレイスター「私は『一度』、その手段を用いたことで失敗し『大きな代償』を払った」


上条「……」

これまでには無かった、
僅かだが確かに『感情の影』が滲み出ている声で。

アレイスター「だが、二度目の今はこの通りセフィロトの樹を使わずに済んでいる」



アレイスター「ある原石が『いる』おかげでね」



上条「……げ、原石?つまり『能力』を使っているのか?」


アレイスター「そう、俗世の言い方ならば―――『占い』が妥当か、」



アレイスター「『彼女』の能力は、人間を―――『完全観測』できるというものだった」

62: 2011/10/17(月) 23:42:54.91 ID:1bjtULLAo

上条「完全……観測?」

これは少し意外な答えであった。
このアレイスターの口から、虎の子は『能力』、と返されるとは思ってもいなかったのだ。
『彼女』と言うには普通に考えて女性か、そしてその『完全観測』とは。

そんな上条の思考を『明らか』になぞり、
アレイスターの言葉が続いていく。

アレイスター「彼女の能力は人間を対象として、その状態の全て把握できる」

アレイスター「その居場所から肉体、魂、深層心理、感情、思考、記憶、生い立ち」


アレイスター「そしてセフィロトの樹によって決定されている未来――――――『寿命』までも」


上条「寿命……」

その単語を彼が口にした時。
上条はその声に、影とは別にもう一つ微かな色を見出した。

それはこちらの感覚が正しければ―――『怒り』、と呼べる感情を。

アレイスター「彼女が自身のAIMを辿ることで、古き神々の封印されし『思念体』とも私は接触でき、」

アレイスター「そして真の歴史を知る手がかりにもなった。君が私の目標ならば、彼女は私の『きっかけ』だよ」

しかし。
上条が悟っているのを知りながらも、変わらぬ調子で言葉を紡いでいくアレイスター。

アレイスター「ただ初期の頃は、とてもプランに使える強度ではなかった」

アレイスター「それに私も愚かにも辛抱足ら無くてな、知的欲求にも急かされる形でセフィロトの樹に手を出してしまったのだ」


アレイスター「その代償として、私は『肉体』を失い―――彼女も『氏んだ』」


上条「―――……」


アレイスター「だが幸いにも、彼女の能力は『存続できた』」

アレイスター「その失敗の後の30年間、私は主に彼女の力を拡張することに研究を費やし、そして今にこうして至る」

63: 2011/10/17(月) 23:46:21.52 ID:1bjtULLAo

ぞわり、と。
上条はこの時、アレイスターの言葉から今度は妙な寒気を覚えた。

悪寒ではなく、なぜか胸が締め付けられるような悲壮な色を。

アレイスター「とはいえ彼女は出会った当初から、まさにレベル5クラスの強大な能力者であった」

アレイスター「私と彼女は偶然にして出会ったわけではない。天界による必然のものだ」

その色を滲ませながら続けていくアレイスター。


アレイスター「当時から『魔神』であった私は、天に仕える『狩人』の任を担っており、彼女は『獲物』だったのだからな」


アレイスター「面白い女だったよ。何から何まで興味深く、共にいても飽きず、聡明ながらも愚かで。そして『人間的』で」


口ぶりは、まさしく思い出を語るものに微かに変化していき。


アレイスター「初めて相対した際、私を『見て』彼女が何と言ったかわかるか?」


そして彼は上条の方へと振り向いた。

長い髪をふわりと揺るがせて。


アレイスター「いきなりこう言ったよ―――」


そして女性的な―――いや、纏う雰囲気等を省けば、
物質的な造形は完全に―――『美しい女性』である、その顔で真っ直ぐに見上げて。



アレイスター「―――『あなたが私の夫ですか』、と」


64: 2011/10/17(月) 23:48:17.54 ID:1bjtULLAo

上条「―――」

儚げながら力強さもあり、目元や鼻筋が凛々しくも、
面持ちには少しあどけなさが残る顔つき。

そう告げたアレイスターの顔、それは『美麗』の一言に尽きるものだった。
一瞬、わかっていながらも上条の鼓動が高鳴ってしまうほどだ。

そう、上条は『わかってしまった』。

この男が、いや、『彼ら』がここまで歩んできた過程に、
具体的にまでとはいかないものの、大まかに何があったのかを。


その『物語』は不吉で、凄惨で、陰鬱で、冒涜的で、そして果てしなく―――悲劇的で『救いが無かった』。


困難に面した際に彼らは一度も、他者から助けられることも救われることもなかったのだと。

己のように土御門や御坂、ステイル、神裂などといった、
頼れる友が一人もいなかったのだ。


己にとってのダンテのように――――――その背中で示してくれる『師』がいなかったのだ。


迷った時、彼らの前に導は存在せずどこまでも迷い続けたのだ。

上条はここで思ってしまった。
もしも、己は頼れる友の誰とも出会えず、たった一人で足掻き続けて。

それも無駄で―――結局、インデックスを救えていなかったら―――。


―――『このアレイスター』になってしまっていたのだろうか、と。

65: 2011/10/17(月) 23:51:44.33 ID:1bjtULLAo

『彼ら』の言葉は平然と続いていく。
アレイスターはその体も上条の前へと向き合わせて。

アレイスター「では、改めて『彼女』を紹介しよう」

右手をその『自身』の胸に当て。


アレイスター「最初のレベル5にして『第六位』―――」


己が『肉体』を指し示しながら。


アレイスター「名は―――ローズ」


淡々と告げる。



アレイスター「――――――私の『妻』だ」



もはや上条には返せる言葉は無かった。
呼吸さえ止まってしまう勢いで、彼はただただ硬直していることしかできなかった。

この事実、歴史、彼らの生き様の前には―――。


その時、
突然地鳴りに似た轟音が響き、建物全体が激しく振動する。

それを聞いてはアレイスター、小さく微笑んで。


アレイスター「さて、時間通りだ。『彼』が来たぞ」


そして彼の声の直後響く、
直前の轟音を遥かに上回る―――



『―――――――――アレイィ゛ィ゛スタァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛―――!!!!』



―――恐らくすぐ屋外からの、力の圧を伴う凄まじい咆哮。

憤怒に満ちた、彼の名を叫ぶ声。


―――

82: 2011/10/21(金) 02:34:15.06 ID:EdL2s1VTo
―――

第23学区。

空港施設の地下、とあるシェルター内の病室にて。

エツァリ「急いで準備してください」

車椅子に座している褐色の肌の少年、エツァリは、
ベッドに横たわっている同じく褐色の肌の少女―――

エツァリ「あと20分でこの街からの最後の便が出ます」

―――同郷の魔術師ショチトルへ向けてそう告げた。

ショチトル「この私にどこに行けと?居場所なんてもう無いのに」

その言葉に少女は冷ややかに返す。
すっぽりと布団を被り背を向けたまま。

エツァリ「陰陽寮へ。かなりの『コネ』がある友人がいましてね。陰陽寮があなたの身を保障してくれています」

ショチトル「…………」

エツァリ「…………あと19分。さあ、早く」

と、そこでショチトルはごろりと寝返ってエツァリの顔を見据えた。
目を細め、明らかに納得していない表情で。

そして問う。

ショチトル「…………貴様は?」

エツァリ「残ります。まだ仕事が残っていますので」

83: 2011/10/21(金) 02:36:47.67 ID:EdL2s1VTo

ショチトル「…………」

それを聞いた少女。
これまた不愉快そうに顔を顰めては、ごろりと。
寝返って再びそっぽを向いてしまった。

エツァリ「……お願いしますから……」

手首の時計へと目を移しながら、その背に放つエツァリ。
声には苛立ちと焦りが僅かに滲みつつあった。

文字通り、次が学園都市の外へ向かう最後の輸送便なのだ。

どれだけ強固なシェルターでも、人が物質領域の技のみで作った防壁なんかあてにはならない。
この街には、天界という脅威から逃れられる場所などひとつも無いのだ。

だから、と。

エツァリは望む。
せめてこの大切な女性―――ショチトルだけは遠ざけておきたい。と。

学園都市だけではなく日本、そして世界中が破壊されるという、最悪の末路を迎えて、
結果的に僅かな延命にしかならなくても。

一秒でも長く、長く生かしたかった。

それが例え彼女に恨まれようが。

ショチトル「……貴様の仕事とは?」


エツァリ「なに、ちょっとした事ですよ。すぐに終ります。『簡単』ですし」


嘘を放ち、騙すことになってしまってもだ。

84: 2011/10/21(金) 02:38:55.84 ID:EdL2s1VTo

ショチトル「…………」

だがその巧みな話術も、彼女には通じなかった。
エツァリを特に良く知っているショチトルだからこそ、彼の言葉はすぐさま見破られてしまう。

ショチトル「貴様が首を突っ込んでいる案件、この街が直面している脅威は神の領域のものだろ」

ショチトル「原点を扱える程度で歯向かえる訳が無い。どうせその傷を受けた時だって、虫けらみたいに殺されかけてたんだろ」

エツァリ「―――……っ!どこからそんな……!」

ショチトルの口から飛び出てきたは、隠しに隠してきた事情。


ショチトル「それくらい、貴様の顔を見ればわかる」


驚くエツァリに向け、
彼が何かを言うよりも早く、追い討ちとばかりに彼女ははっきりと背中越しに声を飛ばした。

これには彼も観念してしまった。
隠しようも騙しようも無いと。


エツァリ「…………あなたを失いたくないのです。……お願いです。ショチトル」


そして彼は、今度は懇願するようにそう告げた。
仮面を被った声ではなく、自身の想いをのせたありのままの言霊で。

だが。

ばさりと布団を翻して再び振り向いたショチトル、
エツァリの顔をジッと見つめたのちに返す答えは。


ショチトル「……………………イヤだ。断る。私は動かない」

85: 2011/10/21(金) 02:40:51.32 ID:EdL2s1VTo

エツァリ「…………何が気に入らないのですか?」

そんな彼女に対して、エツァリの声には焦りが色濃く浮き上がっていた。
こうしている間にも最終便の時刻は迫ってきているのだ。

ショチトル「貴様が一緒に来るのならば話は別だが」

一方で徐々に苛立ちつつあるのも、彼女の方もまた同じ。

エツァリ「それは先ほど言ったとおり……」

そして話はいつまでも平行線で。

ショチトル「だったら話す事は無い。さっさとその仕事に行け」

エツァリ「聞き分けが悪すぎますよ。ショチトル」


ショチトル「―――うるさい!!私は行かない!!」


ついに声が張り上げられてしまう。


エツァリ「いい加減にして下さい!!これ以上駄々を捏ねるなら力ずくで!!」


ショチトル「駄々だと!?そうだ貴様にとっては駄々だしな!!」


ショチトル「私が何をどう思っていようが貴様にとってはたかが―――戯言なんだ!!」

86: 2011/10/21(金) 02:43:11.62 ID:EdL2s1VTo

エツァリ「なっ!ショチトル?!」

そうしてショチトルの言動は、
エツァリが予想していなかった方向へと向かい。


ショチトル「私は貴様のペットでも人形でもない!!私の命を助けたからって、私が自分のものだと思うな!!」

エツァリ「―――!」

ショチトル「イヤだと言ったらイヤだ!!私はどこにも行かない!!」


エツァリ「―――ダ、ダメだ!!行くんだ!!行け!!」


その行動もまた―――予想だにしていなかったものに。
エツァリはここでようやく知ることとなった。

ショチトルが一体どれだけ考え込み。
どれだけその心を痛めていたか。

彼女がどんな気持ちを抱いていたのかを。

ショチトル「―――断る!!行くぐらいならここで―――!!」

そう声を発し、突然彼女が掲げたその手にはキラリと。
小さなナイフが煌いていて。

エツァリ「―――」



ショチトル「いっそここで―――!!!!


そして振り下ろされた。
少女、自らの胸に向けて。


87: 2011/10/21(金) 02:44:52.72 ID:EdL2s1VTo

次の瞬間響いたのは―――ぱん、という弾けたような音と。
次いで床を跳ねる金属音だった。
ナイフを握っていたその手は、勢い良く叩かれていた。

『立ち上がった』―――原典を起動しているエツァリによって。


ショチトル「―――…………」


彼女はそんな彼を暫し呆然と仰ぎ見て。
そして最初は少しずつ、そしてだんたんと大きく顔を歪めては今にも泣き出しそうな表情を浮べて。

彼のスーツの腹、胸をすがるようにして掴み、震える声で。

ショチトル「何で……何で貴様はそこまでして……この街に………………なぜ?」

エツァリ「……………………」

なぜ。

それは土御門、一方通行、結標、麦野、

そして上条当麻と――――――御坂美琴が、この街を守ろうとしているから。


エツァリ「……友人達が―――戦っているから……」


その問いに彼は、素直にありのままの理由をシンプルに答えた。
周りに葉脈に似た筋が浮き上がっている目で彼女を見つめ、その頬に手をそっと添えながら。

88: 2011/10/21(金) 02:46:39.41 ID:EdL2s1VTo

だがその手を振り払うようにして、彼女は更に詰め寄った。
エツァリから手を離せば、ベッドから転げ落ちてしまいそうなまでに身を乗り出して。

ショチトル「だったら私は……!!私は……!……残ってはダメなのか……貴様がいるのに……?」

ショチトル「私だって魔術師なのに……大切な奴のために覚悟を決めちゃ……いけないのか?」

そして声を一際強く震わせて。

エツァリ「―――…………」


ショチトル「私には……決めさせて……くれないのか?……私だってこんなに……こんなにも…………」


その時とった行動は、エツァリ自身意外なものであった。
彼は思わず―――半ば衝動的に―――ショチトルを抱きしめたのだ。

エツァリ「―――…………すまない……ショチトル」

そうしてこの行動に対してか、彼女の本音に気付かなかった事へか、
それとも、これでも彼女を学園都市の外に置くべきだと考えてしまうことへか。

自分自身はっきりと自覚できてはいなかったが、彼はそう謝罪の言葉を口にした。

ショチトルは驚いたのか一瞬びくりとしたものの、目だった反応はそれだけだった。
あとは静かに体を預け。

更に受け入れるかのように、静かにエツァリの胴に腕を回して。

ショチトル「馬鹿にしないでよ……わかるから……」


ショチトル「…………エツァリお兄ちゃんが……氏んでもいいって顔してるの……わかるんだから……」


エツァリ「……すまない」


そうして口から出た二度目のその謝罪。
今度ばかりは、彼もその意味をはっきりと自覚していた。

89: 2011/10/21(金) 02:48:29.81 ID:EdL2s1VTo

ショチトル「……………………仕方無い…………」

そうして十数秒間ののち、
彼女はずず、っと半泣きの鼻を鳴らしては。

ショチトル「…………もう一度だけ。貴様の言うことを聞いてやる。行くよ。行ってやる」

顔を埋めたまま。

エツァリ「……良いのか?」

ショチトル「だが条件がある」


ショチトル「……誓え。迎えに来るって。そして二度と私を置き去りにしないって」


エツァリ「……誓う」

彼は迷い無く答える。
彼女の頭に頬を当てたまま、彼女の体を強く抱きしめたまま。


ショチトル「―――生きて迎えに来なかったら、氏んでやる」


エツァリ「わかった。ショチトル」


エツァリ「……運命を共に」


ショチトル「…………うん」

90: 2011/10/21(金) 02:50:00.32 ID:EdL2s1VTo


―――それから約30分。


彼女を載せた機は最終便、超音速機は無事離陸、そして目的地に到着し。
先ほど学園都市の情報筋を通じて、陰陽寮から保護完了との連絡があった。

エツァリ「…………」

とあるビルの屋上の淵。

携帯電話をスーツのポケットに押し込めながら、エツァリは眼下に広がる学園都市、
普段とは違い、必要最低限の灯りしか点けられていない暗い街並みを眺めていた。


少し前に凄まじい圧力を覚えたので飛び出してきたのだが、その騒ぎもすぐに終ってしまい、
今や街は不気味なほど静かだ。

ただ、状況が落ち着いたわけではないのはわかっているが。
今は台風の目に入った、いや、嵐の前の静けさか。

エツァリ「…………」

容赦なくその身を削っていく冬の夜風か。
ネクタイやジャケット、解けかかっている包帯を執拗に揺さぶっていく。

だがこの程度の冷気が、彼のその身を削っていくことは無かった。

バージルと遭遇した際に思い切って使ったことからわかったのだが、
案外己は「冷気」に関係する事象と相性が良いらしいのだ。


91: 2011/10/21(金) 02:50:54.95 ID:EdL2s1VTo

エツァリ「…………」

肌に良く馴染む冷気、決してわるくはないその居心地の中で、
彼は今の状況確認に再度思考を巡らせて行く。

学園都市、暗部、『能力とは』、というものを良く知っている側の者の中では、
デュマーリ島への遠征にほとんど裂かれてしまっているせいでこうして動ける人員は少ない。

特に『反乱側』の者としては、
この戦いの中に曲がりなりにも飛び込めるのは恐らく一方通行と―――己くらいしかいない。

そしてその一方通行も、彼自身が言う通りアレイスターの手中。
そうなれば結果として。

エツァリ「…………」

フリーの『遊撃』要員は己だけ。

一方通行に何かがあった時には、
今まで手に入れたあらゆる学園都市の知識、そして数日間で得た数々の極秘資料、
そしてこの実行力を使って状況解決に全力を注ぐ。

それが仕事だ。

エツァリ「…………」

それこそが、この街で果すべき使命だ。

92: 2011/10/21(金) 02:52:00.69 ID:EdL2s1VTo

更に今、己に課せられている使命はそれだけじゃない。
学園都市を守り、そして生きてショチトルを迎えに行かなければならないのだ。

エツァリ「…………はは……」

彼は一人、呆れがちに笑ってしまった。

なんて困難な事か、と。
例え氏んででも、という捨て身のやり方すら許してはくれない。
体は傷も癒えぬまま、このように原典を起動してる時点ですでに氏にそうなのに。

だが。

『何か』をできる可能性がある、というだけでも充分であろう。

少なくとも―――バージルと相対したときのような、一切手が及ばない絶対的な状況よりは遥かにマシだ。

それにあの絶望的な状況からでさえ、こうして何だかんだでこうして生き延びているのだから。

エツァリ「…………」

何とかなるものだ。
白い吐息を吐きながら、エツァリは仲間、友達の姿を思い浮かべては、
今一度自身の覚悟を確かめていく。

土御門、結標、一方通行、麦野。
そして上条当麻と。


エツァリ「―――御坂さん。必ずこの街はお守りします」


次いで、彼女の柔らかな感触が残る手へと目を落として。


エツァリ「―――待っていてくれ。ショチトル」


そしてその時だった。
彼方、暗い街並みの向こうで強烈な圧が出現したと思った―――次の瞬間。


それを遥かに超える、そして今までに無い異質な存在の―――『咆哮』が響き始めたのは。


その『産声』は、彼の戦いの幕上げを告げているものだった。

―――

93: 2011/10/21(金) 02:53:05.49 ID:EdL2s1VTo
―――

ステイル『―――ッッは!!』

意識は突然回復した。
その瞬間、半ば反射的に跳ね起きるステイル=マグヌス。

ステイル『ぐ―――ぁッ!!!!』

そして胸に覚える―――強烈な痛み。
身を起こしたのも束の間、彼は胸を押さえて今度は背を丸めて呻いてしまった。

これではマズイ、と深呼吸してなんとか落ち着かせ、
一瞬また飛びかけてしまった意識を何とか留め。

己が胸の状態をチェックしてみると。

ステイル『…………ッ…………!』

不思議な事に穿たれたはずの穴は跡形もなくなっていた。

そこでまず最初に思うは、
あれは夢か幻の類だったのではないか、ということだが。

ステイル『……』

間違いなく現実だ。
傷跡は無いものの、強烈な力の残滓が色濃く残っている。

そこで次に思うはこうだ。


ステイル『―――くそッ!!』


―――あれほどの傷が、表向きにでも治癒してしまうくらい―――時間が経ってしまったのか。


と、その時であった。


「―――んっ……あ、あの……大丈夫ですか?」

94: 2011/10/21(金) 02:55:04.50 ID:EdL2s1VTo

斜め後方、すぐ傍から聞えてきた突然の声。
まるでその気配に気付けなかったことからすると、先ほどのエイワス―――か。

ステイル『!!』

声質を認識するよりも早く、瞬時にそう研ぎ澄まされた本能が判断を下し、
すかさず跳ね起きては低く身構え。

振り向いたその先には。

温和で気の小さそうな、一方で胸は非常に豊かな、
メガネをかけた長い髪の少女が立っていた。


「あっ……わッ!わ、私はそういうのじゃ……!ご、ごめんなさい!」


ステイル『…………』

そしてその一見した姿通りと言うべきか。
少女の反応はまた臆病な女の子そのもの。
敵意の欠片など一切見られない、なんと『ゆるい』オーラか。

そう、先ほどのエイワスとは違い、そんな普通の人間的な感情がこれでもかと全身から溢れ出ていたのだ。

ステイル『……………………』

どうも調子が合わない。

この僅かなやり取りでも強烈に覚えるのは、
さながら怯える小動物に吠え掛かってしまっているような気分。

彼は一瞬で確信せざるを得なかった。
この少女はとりあえず、こちらに危害を加えるつもりなどないか、と。

95: 2011/10/21(金) 02:57:06.39 ID:EdL2s1VTo

彼は一応、感覚だけは研ぎ澄ましたままだが、
構えを解いてその場に億劫そうに腰を下ろして。

ステイル『……僕が倒れてから……どれだけの時間が経ったかわかるかい?』

「……2分25秒です。でもまだしばらくここからは出れないから、もう少し休んだほうが……手当てもまだ全部は……」

ステイル『……今すぐ出たいのだが、方法は無いのか?』

「はい。ありません。今ここは、アレイスターが完全に閉鎖していますので内側からは何も……」

ステイル『…………』

どうらや嘘も無さそうだ。
この少女には純粋無垢、という表現が良く合うか。
感情がそのまま顔や仕草に出てしまうタイプらしい。

悪魔の感覚を持ってしまえば、まるで読心しているような気分だ。

とにかく彼女の言葉が本当となると、急いでも仕方がないようだ。
ステイルは込み上げてくる焦りを抑えてなんとか冷静を保ち、一つ一つ、まずは『外堀』の疑問を潰していく。

ステイル『そうか……そういえば手当てと言ったが……僕の胸は君が?』

「はい。でも私の力が悪魔の体に馴染むかどうか……拒絶反応とか……本当に大丈夫ですか?」

ステイル『そうだったのか。いや、問題は無いよ。ありがとう……ところで君は何者かな?』


風斬「風斬……風斬氷華です」


ステイル『カザキリ…………?』

その響きにステイルには覚えがあった。
去年の9月30日に学園都市で起こった騒乱、通称『0930事件』の報告書にあった『名』。


あの日学園都市に出現したという―――『人工天使』の名称だ。

そのステイルの表情を見て悟ったのか。


風斬「あ、す、すみません。稼動状態に移行すれば『ヒューズ=カザキリ』、とも。こっちの方の名なら、あなたでも聞いたことが……」


ステイル『なるほど……』

前もってエイワスを知ってしまっていたのだから、
この少女が例の『人工天使』だとしても特に驚きはしない。
むしろ、エイワスと同じく気配が完全に周囲とどうかしてしまっていることからも納得だ。

96: 2011/10/21(金) 02:58:12.18 ID:EdL2s1VTo

ステイル『その口ぶり、君は僕の事を知っているみたいだね?』

風斬「はい。この街での一連の騒動は全て『見て』いましたので」

ステイル『……そうか……』

この辺りで外堀はもういいだろう。
ステイルはそう判断して。


ステイル『―――上条当麻。彼について何か知っているか?』


ついに本題に切り込んだ。
そして返って来た答えは、予想外―――いや、『ある意味』では納得か。


風斬「は……はい」

そう返事をする彼女の仕草はまさに。
本人は隠しているつもりなのだろうが、これは悪魔の感覚が無くても誰でも一目でわかる、
確実に何か『想う』ところがあるものだった。

ステイル『(なるほど上条……………………この子もその「類」か。全く)』

知っているどころか、彼女もまた上条の手に『かかった』一人らしい。
そしてこの反応はまた別のの事実を示していた。

彼女は彼の現状を知らないか、もしくは彼はまだ生きているか、だ。

98: 2011/10/21(金) 03:00:06.92 ID:EdL2s1VTo

ステイル『今、彼がどうなっているかわかるか?』

そこを踏まえてステイルは、もう一度聞き直した。

風斬「はい……そのことで、あなたとお話がしたくて……」

ステイル『今上条はどうなってる?』

風斬「囚われてはいますが……特に傷などを負ったりは……ですが……」

ステイル『……だが何だ?これからアレイスターは何を彼に?』



風斬「いえ…………あ、あの、アレイスターもだけど……」



ステイル『―――な、何?』

そこで本当に予想外の反応が返って来た。
アレイスター『も』、確かに今彼女はそう口にしたのだ。

それは文面通り受け取るとこうだ。


上条に『何か』をしようとしている者は―――アレイスターの『他』にまだいる、と。


風斬「その…………もしかすると………………………………」


だが風斬の言葉は続かなかった。
いや、『続けられなかった』ようだ。
声を放とうと口が動いているのだが、言葉が全く聞えないのだ。

しかもその口の動きも―――滅茶苦茶。
まるで読唇できるものではない。

99: 2011/10/21(金) 03:02:30.02 ID:EdL2s1VTo

しばし彼女は懸命に口を動かし、更に地面にも何かを描こうとしたが。
悉くその情報を伝える試みは失敗してしまっていた。

まるで何かが間に割り込み、塞いでしまっているかのように。


風斬「だ、だめ…………ごめんさない…………私……」


そうして彼女は、今にも泣きそうな顔をして座り込んでしまった。

ステイル『お、おい……?!一体……』

思わずそんな彼女を見て、傍に行こうと―――彼が立ち上がったその時だった。


「そのメガネちゃんはプロテクトがかかって伝えられねえんだ」


脇から、今度は男の声が響いてきた。


「アレイスターが仕込んだプログラムを『奴』に利用されててな」


またしても気配を悟れなかった存在の。

ステイル『―――』

半ば風斬の盾となるような位置で、ステイルは再度身構えて振り向くと。

己ほどではないものの長身で、
容姿は整っていながらもいかにも軽そうな茶髪の男が立っていた。

100: 2011/10/21(金) 03:05:04.70 ID:EdL2s1VTo

今度の場合は、ステイルの警戒がすぐに解けることは無かった。
そして彼が放つはまず。

ステイル『……誰かな、君は』


垣根「垣根帝督だ」


垣根、そう名乗った男はニヤニヤと不敵な笑みを浮べたまま、
風斬の盾となっているステイルを眺めて。

垣根「ちなみに一応言っておくがそのメガネちゃん」


垣根「ここの中にいる限りは、俺やおたくよりもずっと――――――『強い』ぞ」


ステイル『……』

風斬「大丈夫です……彼は……」

ステイル『そ、そうなのか……?』

それでも未だに警戒を解かない彼を見て、
垣根帝督は呆れたような表情を浮べて。

垣根『いいから、今から俺が言うことを黙って聞いた方がいい。時間が無い』


垣根『あの幻想頃しと、その周りでこれから起こることをちゃっちゃとこの俺が講釈してやる。良く聞きな―――』


ステイル『……っ……』

そしてステイルの反応を待たずに、一気に言葉を連ね始めた。
その勝手に思わず彼は、一度言い返して仕切りなおそうとしたが。


ステイル『―――』


垣根の口から発された内容は、それどころではなかった。

101: 2011/10/21(金) 03:06:56.02 ID:EdL2s1VTo



――――――――――――――――――――――――――――――。



ステイル『――――――――――――――――なッッ―――――』

信じられない。
垣根提督の口から告げられたその内容が、とても信じられない。


―――なんてとんでもない事なのか。


垣根「ただ言っておく。俺が知ってるのは恐らくほんの一部分だ。全貌はもっとデカイだろうさ」

ステイルは思わず背後の風斬の方を振り返って、彼女の答えを求めてしまった。
この男の言葉は本当なのかと。

嘘だと言ってくれと。


しかし風斬は無言のまま小さく―――頷いた。


ステイル『………………な……くそッ……くそ……』

頭を抱えてしまう、とはまさにこの事だった。
理解しようにも、理解しきれない。
受け入れなければ成らないのに、受け入れ切れない。

一体どうすれば。

どうすれば、この男の言った事態を回避できるのだろうか。


これはもう、一人で考えてどうにかなるレベルではない。
神裂や、その向こうのバージルや魔女達にも知らせなければ―――。

102: 2011/10/21(金) 03:07:58.19 ID:EdL2s1VTo

ステイル『―――頼む!!僕をいますぐここから出してくれ!!』

垣根「もう聞いただろ。無理だ」


ステイル『……じゃ、じゃあ、ア、アレイスターは……?!そ、それを知っているのか?!』

垣根「いいや」

ステイル『じゃあ教えるんだ!!あの男は常にここの状態をチェックしているのだろ!?だったら―――』


垣根「無駄だ」


垣根「『奴』は俺であり、このメガネちゃんであり、エイワスであり、この虚数学区そのものであり―――学園都市を覆うAIMそのものだ」


垣根「俺たちの意識がアレイスターの手元にデータとして届く頃にはもう、『奴』によって上書きされてやがる」


垣根「そもそも俺は、別にアレイスターになんざ教えるつもりはないしな」

垣根「ま、どの道ここから出れるのは事が始まってからだ。考えるべきなのは回避法じゃなく、解決法だ」

ステイル『…………くっ!!』


垣根「そこで一つ。ちょっとした助けになるプランを俺は思いついたんだが。聞くか?」

ステイル『な、何だ!?』


垣根「そんな大きなものでもないんだが、少なくとも天界からの侵攻の対処はずっと楽になる」

103: 2011/10/21(金) 03:10:26.29 ID:EdL2s1VTo

ステイル『―――教えてくれ!!』

今や藁をもつかむ気持ちだ。
プラスになることだったら何でも良い。
どんな僅かなことでも、それで可能性が増えるのならば。

垣根「魔術師には理解できねえと思うから、今から俺の言葉を丸暗記しろ。悪魔ならそんくらいできるだろ」



垣根「いいか、虚数学区を顕現させて、学園都市の上に『重ねろ』」



垣根「人間界の上にもう一層置いて、界で『コーティング』しちまえってことだ。覚えたか?」



ステイル『ああ!!』

垣根「『表』に戻ったらこれを話のわかる奴、そうだな、シスターズやラストオーダー……いや、連中は氏んでるかも知れねえ」

垣根「だったらあのアステカの魔術師とかでもいい。とにかく一方通行周りの、能力者側の事情に詳しい奴に言え」

ステイル『これだけ言えばそれでいいのか?』

垣根「ああ、わかる奴ならわかる。そしてわかる奴なら、具体的な方法もまあ思いつくだろ」


垣根「うまく行けばそのメガネちゃんも戦力になる。エイワスまでとはいかないが、虚数学区上で『完全稼動』すれば恐ろしく強いぞ」

垣根「ま、さすがに四元徳辺りが相手じゃかなり厳しいだろうが」

垣根「それにセフィロトの樹に繋がってる魔術師が入っちまったら、どうなるかは知らねえが。ま、その辺りの対処法はおたくらの方が詳しいだろう」


ステイル『そうだな……その方面はこちらに任せてくれ!』


セフィロトの樹、となれば今神裂らが取り掛かっていることだ。
彼女やバージル、魔女達に伝えれば、例の魔術師に対する『障害』の問題も何とかなるかもしれない。

104: 2011/10/21(金) 03:12:40.07 ID:EdL2s1VTo

と―――その時だった。


ステイル『―――!!』


突然この陽炎の世界に、
耳鳴りに似た強烈な力の衝撃が走り抜けていった。

それも断続的に、更に徐々に強くなっていく。

垣根「……始まったか。ということで俺はここまでだ」

ステイル『……何処かへ行くつもりなのか?』

垣根「まあな」

ステイル『待て!!話じゃまだここから出れないはずじゃ!!』

垣根「ああ悪い。一箇所だけ行けるところがあった」

ステイル『なぜそれを言わなかった?!』

垣根「好き好んで行く場所じゃねえからさ。それに行ったらお終いだ」

ステイル『―――おしまい?』


そこで垣根はにっこりと、わざとらしい笑みを浮べて。


垣根「『あの世』だよ」



垣根「そういえば言ってなかったな。俺は今この段階で―――『消える』んだ」



さらりと告げた。
目前に迫った己の寿命を終点を。

105: 2011/10/21(金) 03:15:09.04 ID:EdL2s1VTo

ステイル『―――…………』

突然のその自己宣告に、
ステイルは何も言葉を返せなかった。

垣根「おおっと、湿っぽいのは止せよ。少なくとも俺は赤の他人に悲しまれるようなガラじゃねえ」

垣根「それに本当は去年の十月に氏んでたはずなんだ。ここまで楽しめただけでも儲けもんだ」

と、そんな垣根帝督に向けて。


風斬「垣根さん…………あなた、やっぱり本当は良い人なんだよ……」


ステイルの後ろから風斬が、やや俯きながらそう言うと。

垣根「ははは、やっぱりメガネちゃんはちょっと純粋すぎるんじゃないかな」

垣根「俺が『良い人』じゃ、人類の99%を『聖人君子』と呼ばなきゃならねえ」

垣根提督は笑った。
そしてあっけらかんとした調子で言葉を連ねていく。

垣根「俺はとてもそんな奴じゃあない」

垣根「自分でもウンザリするくらいにプライド高くて、自己主張が激しいだけさ」

徐々に―――その姿にノイズが混じり。

垣根「そのせいで、ここで『負けっぱなし』で消えちまうのはどうも食わねえ」

垣根「それにこの街が、異世界の連中に良い様にされるのは―――はっきり言ってかなり気分が悪い」

風斬「あ…………っ!」

体が見る見る薄れていっても変わらずに。
最後まで、最期の最期まで自身に溢れて不遜な物言いで。

垣根「人類絶滅しようが地球が砕けようが、それは別にどうだって良い」


そうして彼は―――消滅した。




垣根「でもな、この『薄汚れた街』をぶっ潰しても良いのは――――――俺たち『能力者』だけなんだよ」




最期にそう断言して。

―――

117: 2011/10/24(月) 01:13:59.26 ID:oGtMbEbto

―――

遡ること少し。
学園都市第一学区地下。


そこは何百と言う複合装甲板の下、深さ500m、
最深部は実に1000mにも達する巨大な地下施設。

総括理事会長アレイスターが『個人所有』する、学園都市の中で最も強固で安全なシェルターだ。

そしてその中でも一際安全な、最深部に近い位置にて。


唯一の違いは窓が無いくらいか、
五つ星ホテルのスウィートルームと見紛うほどに広く上品なとある一室の。
これまた上質な革張りの大きなソファーに今、

毛布を肩にかけた初春飾利が、背を丸めるようにして座っていた。


初春「……ふっー……」

深く息を吐きながら手をあわせ、寒さを凌ぐかのように絡ませ動かす初春。
いまだに小刻みに震えている細い指を。

しかし震えがおさまる気配は無く、むしろ徐々に強くなってさえいるかもしれない。

指先だけではなく肩や腕、歯までもが小刻みに鳴っている。
全身隅々、まるで内臓までが痙攣してるような感覚だ。

しかしこうして安全で暖かな場所にいるおかげで、
少なくとも精神状態は、万全とは程遠いものの少しずつ安定しつつあった。

118: 2011/10/24(月) 01:15:03.61 ID:oGtMbEbto


正常に稼動しつつある頭の中では、
今しがた今しがた目にした事、出来事がぐるぐると回り始めている。

初春「……ふー……」

絡める両手に今度は息を吹きかけながら、
『現実として受け入れよう』とそれらに思考を巡らせて行く。

まず御坂美琴と瓜二つな姿の二人だ。

一人は、ボーっとしながらもガードマンのように壁際に立ち。
もう一人はこの『スウィートルーム』の端にあるカウンターに座しては、暇そうな面持ちで雑誌を捲っていた。

初春「……」

見れば見るほど御坂美琴そのものだ。
姉妹、三つ子というレベルではない。

そのままコピー、まさにクローンでもないと。


初春「……本当……だったんだ……」

初春はぽつりと、まず誰にも聞えないであろう小さな声で呟いた。
あの『噂』は本当だったのだ、と。
少し前に囁かれていた『超電磁砲のクローンが生産されている』という、出来の悪い冗談が。

この二人が先ほど、~号とナンバーで自己紹介したのもはっきりと覚えている。
間違いないのだろう。


となればおそらく。


テーブルを挟んで向かいのソファー、そこにさながら蓑虫のごとく毛布に包まっている、
『小さな御坂美琴』―――『アホ毛ちゃん』も同じく。

119: 2011/10/24(月) 01:17:21.29 ID:oGtMbEbto

鼻まで毛布に潜り、
見るからに不機嫌な目つきな茶髪の『アホ毛』の少女。

『あの時』は耳栓したくなるくらい活発すぎたのに、
今は一言も発さずただじっと毛布の中に潜っている。

初春「…………」

そんな幼い少女の姿、
『あの時』は気付かなかったが、今一度その顔を意識すると。


これまた見れば見るほど、御坂美琴の面影があるのだ。


年齢に差があるため、
これだけなら妹と考える方が普通であろうが。

だがクローンの噂が現実だとわかってしまった今では、こう第一に思ってしまう。
この少女もまた同じなのではないか、と

初春「…………」

『アホ毛ちゃん』。

この幼い女の子と最初に出会ったのは忘れもしない、
去年の十月九日、学園都市の独立記念日だ。

はっきり覚えているのは、なにも祝日だからという訳じゃない。
何せあの日は肩関節を脱臼し、挙句に殺されかけるという破目に遭ったのだからだ。

このアホ毛ちゃんを探していた、胡散臭いホストのような男にだ。
あの時は、良くわからないが周囲に『爆発のような現象』が起こって何とか生き永らえた―――。

初春「……………………」

と、あの日の記憶を遡っていたところで初春は気付く。
あの日と今日の類似点を。

危険から解放された経緯も似通っていたし、何よりも―――同じ声を聞いた。

そうだ。
あの『白い少年』は十月九日にも、己を氏の淵から引き上げていたのだ、と。

120: 2011/10/24(月) 01:20:26.09 ID:oGtMbEbto

「アドレナリンの過剰分泌よ。慣れてないとそうなるの」

とその時だった。
いつのまにかテーブル脇に立っていた女、芳川と名乗った女の声。
震えている様子を見ての言葉だろう。

初春「……あっ」

芳川「まあ……原因はそれだけじゃないけれど。『悪魔』を見たんだし」

初春「(……あくま?)」

ここで唐突に放たれた、
その場違いにも聞える言葉に少し引っかかりながらも。

芳川「はい、どうぞ」

初春「あ……ありがとうございます……」

芳川「熱いから気をつけてね。あと味は期待しないで」

初春は、芳川が差し出した紅茶が注がれているカップを両手で受け取った。
震えてるこちらが零さないようにか、そのカップは両側に取っ手がある大き目のものだ。

初春はそのカップを、大切なものを扱うようにして両手で包み込み、
ゆっくりと顔の前に持っていった。

初春「……ふーっ……」

鼻、そして頬に当たる熱気がとても愛おしく感じられる。
冬の寒さと恐怖で固まりきったこの体に浸み込み、解凍を促してくれる暖かな刺激だった。

121: 2011/10/24(月) 01:22:01.41 ID:oGtMbEbto

彼女はそんなカップに静かに口をつけながら、
今しがた耳にした『悪魔』、という言葉の意味を考えていた。

芳川は言った。

その震えは、『悪魔』を見たからでもある、と。

悪魔と言う単語のイメージから思い当たるのは当然―――さっき目にした異形のバケモノ。
先ほどまでの一連の出来事の中で、最も信じ難い存在だ。

その現実実の無い感覚を振り返れば、この『悪魔』というオカルト的表現もしっくりくる。
きっと『悪魔』と呼ばれるに相応しい、凶悪な生物兵器か何かの類なのだろう。

初春「『あれ』が悪魔なんですね?」

芳川「ええ」

クローンの噂も現実だったのだ。
ならばあのくらいの生物兵器が存在していたって不思議では―――そう初春は一先ず結論付けて。

初春「何なんですかあれは?」

机を挟んで向かいのソファー、毛布に包まる打ち止めの横に座った芳川に向け、
『悪魔』の正体を問うたが。


芳川「ん?だから『悪魔』」


返って来たのは、彼女にとって少し頓珍漢な答えだった。


初春「……ん?」

122: 2011/10/24(月) 01:23:16.83 ID:oGtMbEbto

つまりは単に比喩したものではなく、元からそのような名称なのか。
だがその認識は―――前提そのものから誤りであった。

初春「―――悪魔、ですか?」

芳川「ええ。悪魔。小説とか映画とかに出てくるような」

初春「そ、そのの『悪魔』ですか?何かの神話とか伝説に登場するような、『あの悪魔』ですか?」

芳川「そうよ」


初春「ちょ、ちょっと待ってください!そんな…………!」


もちろん、いきなり信じられるわけも無かった。
そんなことは無理だ。

最先端の科学の街で、こんな―――オカルトなことを本気で信じろと。

ただ芳川はこの初春の反応を半ば予想していたのか、可笑しそうに小さく笑って。

芳川「信じられないのもわかるけど……どう説明したらいいかしらね」


芳川「私も詳しくは知らないけど……言うならば『異世界の生命体』、かしら」


初春「―――い、異世界?」


芳川「私達が存在するこの宇宙とは違う、法則も何もかもが異なっている別の宇宙よ」

123: 2011/10/24(月) 01:24:06.53 ID:oGtMbEbto

初春「は、はあ」

話が飛躍しすぎて、全く理解が追いつかない。

初春はカップを置くどころか瞬きすることすら忘れ、
ただ目をまん丸にして呆然としていた。
一体この女性は何を言っているのだろうか、と。

だが不思議な事に。

初春「……」

心のどこかでは、納得してしまっている自分がいた。
思考の奥底、決して嘘をつけない本能が感じた通り―――『あれ』はこの世のものではない、と。

目にしてその肌で感じた存在感が異質すぎるのだ。

どう言い表せばいいのか、いや、そもそも合致する表現など無いのかもしれない。
それも芳川の言う通り、そして本能が感じる通りだとすれば。

初春「………………」

当然なのかもしれない。

ただ。

やはり今まで作り上げてきた『常識』がある以上、
すぐに受け入れることはできないが。

芳川の言葉をそのまま飲み込むには、少し時間が必要だった。

124: 2011/10/24(月) 01:27:02.22 ID:oGtMbEbto


と、そんな初春を案じてのか。

芳川「そういえばまだ聞いてなかったわね」

ぱん、と芳川は手を叩いてはそう話を切り替えて、
その手を机の端に置いてあった携帯端末に伸ばした。

初春「……初春飾利です」

芳川「ウイハルカザリ、っと」

その名の響きを入力したのだろう、画面を指で叩き。


芳川「えっと柵川中学一年、ジャッジメント第177支部所属の?」


初春「は、はいっ!」

そうして一瞬で済んでしまった身元特定。
初春は少し驚き、その返事の声色がやや張ってしまった。

初春「……?!」

あの携帯端末にはこちらの個人情報が映し出されているのだろうか。
名前で検索できる権限を持っているのならば、この芳川はアンチスキルの関係者か、

いや、公にされていない第一学区の地下深くの、こんな特別なシェルターにいる者。
アンチスキルどころか、学園都市上層部の者などであってもおかしくはない。

125: 2011/10/24(月) 01:28:31.30 ID:oGtMbEbto

初春「…………」

一体あそこには、その他に何が表示されているのか。

ふうんと意味深な反応を示す芳川を、
彼女がカップに口をつけながら神妙な面持ちで見つめていると。


芳川「……あながち全く関係無い、って訳でも無いのね」


芳川が妙に納得したような表情を浮べてぼつりと呟いた。
明らかに独り言であろう、聞き逃してしまうくらいに小さな声でだ。

初春「……?」

芳川「ああ、色々とね色々。まあ、とにかく中々すごい」

と、初春が意識していることに気付き、そんなふうに今の言葉を有耶無耶に流しては。

初春「はい?」

芳川「自作のファイアウォールを第177支部のシステムに。評価は+Sであり、アンチスキルのメインサーバーと同等の堅牢度である」

芳川「更にそのソースを各公的機関へ無償提供し、一部は『バンク』にも使用されている」

表示をスクロールさせているのか、画面を指で撫でながら『読み上げた』。
彼女の得意分野を示す、その経歴の中でも特に自慢できる点を。

初春「あはは……まあ……そんなことも」

126: 2011/10/24(月) 01:32:00.71 ID:oGtMbEbto

芳川「その歳でここまでの水準なんて、この街の子供達は本当にどうしちゃってるの」

芳川「でもおかしいわね。ここまでできるのに、専門の開発系に従事したことないなんて。どこかから声かからなかった?」

初春「いえ……特には……」

芳川「ああ……なるほど。結構やることやってたのね」

とそこで芳川は、更にスクロールしたところで再び納得の表情を浮べて。

初春「?」

芳川「ジャッジメント設備を私的目的で無断使用、権限外のアクセス行為、」

芳川「公的サーバーの破壊行為、機密領域への侵入多数、高セキュリティ指定の情報を無断取得etc……」

今度は『負の点』を読み上げた。

初春「―――!!」

これには初春も、その温まりかけていた体から再び血の気が引いてしまった。
そんなことまであの端末には表示されているのか、いや、
そもそもまさか『あれら』の行いがバレていたとは思っていなかったのだ。


芳川「超電磁砲とも近い関係を有しているため、監視レベルは7指定、だって。貴女そこらのテ口リストよりも厳しい監視されてるわよ」


初春「わわっ……!!ち、ちが、いえ、違いませんが……!!でもちちちがッ!!テ口リストなんかじゃ!!」

127: 2011/10/24(月) 01:33:35.32 ID:oGtMbEbto

芳川「まあ、ここまでやっても監視維持に留まってるから、反社会的思想は無いみたい?」

初春「も、もちろんですよ!!あるわけ無いじゃないですかッ!!私は正義を貫くジャッジメントですよッ!!」

芳川「言うわね。起訴されたら問答無用で少年院行きなことやってる口で」

初春「うっ……!!」

芳川「……ま、こうして今、悪魔を知ってここにいる時点でこんな意地悪言うのも野暮ね」

芳川「ところで何で、あんなところにいたの?厳戒令布かれてる中で封鎖区に入ってまで」

芳川「問答無用で殺されててもおかしくないのよ?わかってる?」

初春「………………それは…………」

芳川「確かに学園都市は闇を抱えてるけど、それだけじゃない」

芳川「上も今は一枚岩じゃなくて、この厳戒令だって本当に市民を守るために発令されたものよ」

芳川「それに率先して従い、安全を保つべきジャッジメントがここまで勝手な行動するなんて」


初春「わかっています!!でも……!!」


さすがに悪魔に遭遇するとは思ってもいなかったが、でもわかってる。
自身の行動が命令違反で決して許されないのも、
戦時下での厳戒令の意味、それを無視することがどれだけ危険かということも。

しかしそれでも―――それでも黙ってなどいられなかった。

行方がわからない大切な友達を―――。

初春「―――」

と、その時。
初春は、その尋ね人の消息を知るに役立つ、
あるものが目の前にあることに気付いた。


初春「それで―――探してほしい人が!!」

128: 2011/10/24(月) 01:34:52.35 ID:oGtMbEbto

一気に飲み干したカップを、叩くようにして机に置いた初春は、
芳川の手にある端末を指差して声を張り上げた。

初春「佐天涙子という人を!!私と同じ中学校の!!」

芳川「―――え、は、えっと……サテンルイコ、ね」

突然の初春の声にたじろぎながらも、
勢いに押される形でその名を入力していく芳川。

とその時。


―――ぴこん、とアホ毛を揺らして。


打ち止め「―――そのひと、知ってるよ、ってミサカはミサカは伝えてあげる」


幼い少女が恐らく初めて。
少なくとも、初春にとってはこの場で初めてとなる声を発したのだ。


初春「――――――ほ、本当?!」


打ち止め「デュマーリ島にいたよ。今はアメリカからこっちに―――…………」


だが、彼女が久しぶりにその声を聞いたのも束の間。

初春「―――…………?」

ぴたりとその声が途切れてしまった。
ゆらゆら揺れていたアホ毛も同じくして止まる。

そしてそれはほぼ同時だった。

直後。

壁際とカウンターにいた、御坂と瓜二つの少女が―――突然倒れたのと。


打ち止め「――――――…………あ……jhwえ―――」


再び幼い少女が―――。

妙な―――ノイズ、と言えるか、とても幼い少女の喉から発されるようなものではない、
異質な『音』を漏らしたのは。

129: 2011/10/24(月) 01:36:02.28 ID:oGtMbEbto

初春「―――っ?!!」

何が起きたのだろうか。
そう思考がこの状況を解き明かそうとする前に、体が動いてしまうのは職業病と言えるか。

音に振り返り倒れた彼女達を一目見るや、
初春は肩にかけていた毛布を払いのけて、まずは壁際の一人の方へと駆け寄り。

そして呼びかけと状態確認をしようとした―――その時。


芳川「―――触るな!!」


初春「―――え?!なっ?!」

突然の、あの芳川の風貌からとは思えない程に鋭い制止の声。
その声に従い初春はその場で留まったものの、目の前には倒れている人がいるのだ。
相応の理由が無ければ、制止し続けていることなどできない。

芳川「―――いいから離れて!!」

だがその理由は、聞くまでもなくすぐにわかることだった。

初春「―――!」

―――ばちり、と不気味に鳴り響く電空音。

良く見ると、倒れている御坂と瓜二つの彼女の全身、
そのあちこちからスパークが散っていたのだ。

130: 2011/10/24(月) 01:38:00.36 ID:oGtMbEbto

初春「(そうだ―――電撃使いなんだ―――!!)」

御坂美琴のクローンならば当然の事だ。
床に倒れている彼女、そしてカウンターに突っ伏している方も、
どう見ても触れるのは危険なレベルのスパークを発していた。

能力の暴走、のようなものなのだろうか。

とにかくこれではどうしようもない。
まずは芳川に事情を聞くべきであろう、と初春が振り向くと。

芳川はちょうど、ソファーにうずくまっていた『小さな御坂』から毛布を剥ぎ取ったところだった。
そうしてここでやっと目にする、ワンピースを纏った幼い少女の全身。

初春「!」

一見すると『小さい御坂』―――アホ毛ちゃんは、どうやら体に帯電はしていないよう。
しかし呼吸は不規則で、額には汗が噴出していて。
頬も真っ赤に火照っており明らかに容態は悪いものであった。


芳川「―――ラストオーダー、聞える?聞えたら瞬きして」


片手を少女の頬に当てては呼びかけて、
そしてもう片方の手に持っている端末に目を通す芳川。

こんな時まで画面を見るとは、あそこに一体何が表示されているのだろうか。
それを初春が知る術は無かったが、それでも画面を見つめる芳川の表情を見ていると、これだけはわかる。

きっとあそこに映っているのは―――どうしようもなく良からぬ事だったのだろう、と。


みるみる顔が青ざめ―――端末を持つ手が震え始める芳川を見ていると。

131: 2011/10/24(月) 01:39:29.07 ID:oGtMbEbto

すると、その身を縛る不安を振り払うためか、
芳川は一度鋭く息を吐いて。

芳川「―――…………手伝って!!この子を運ぶから!!」

小さな御坂を抱き上げてそう声を放った。

初春「―――か、彼女達は?!」


芳川「あの子達はあとでいい!!まずはこの子をどうにかしないと!!―――――――――皆氏ぬ!!」


初春「―――!!わ、わかりました!!」

芳川「ドア開けて!!」

初春「はい!!すぐに―――……」

そうして初春は、まずは声に従いドアに駆け寄―――ろうとした瞬間だった。

初春「―――」


『音』が聞えた。


耳鳴り、地響きか、いや、違う。

それはそれは形容し難い、比喩にしてもぴたりと当て嵌まる言葉が見つからない―――『初めて聞く音』だった。

不快ながらも、なぜか沸々と気分は昂揚し。
耳障りであるにもかかわらず、ずっと聞いていたいとも思える、そんな音。

耳に手を当てても、塞いでもまるで変わらない、発信源がわからない不思議な響き―――。

132: 2011/10/24(月) 01:40:52.24 ID:oGtMbEbto

芳川「ねえ!!ボサッとしてないで!!」

芳川には聞えていないのだろうか、
彼女は動きをとめてしまっている初春に対して、思わず憤りを抱いてしまったよう。
ただ、初春がこの『音』について説明する必要は無かった。

その直後だ。


『音の源』である少年が、突然―――いや、いつの間にか―――芳川の前に立っていたのだから。


芳川「―――」

初春「あ―――っ」

その拍子に、打ち止めを抱いたまま尻餅をついてしまう芳川。
そんな彼女の前に現れた少年は、実は良く見知っていた者であり、
初春にとっても先ほども会ったばかりの恩人だった。

しかし。

彼女が『彼』の正体、先ほど自身を救ってくれた少年と同一人物だった、
という点に気付くには、少しの時間を要することとなった。

なぜなら、彼を良く知っている当の芳川ですら。


芳川「―――アクセラレータ………………なの……?」


そんな風に問うてしまうくらいに、その姿は―――。


―――

133: 2011/10/24(月) 01:41:57.26 ID:oGtMbEbto

―――

一方通行はそこに立っていた。

大きく変質してしまったその体で。

背中からは黒曜石のような翼が幾本も伸び、手足は蠢く闇に覆われ。
黒い葉脈のような筋が刻まれているその顔は、石灰岩の彫刻の如く蒼白で。


そして『黒髪』と―――仄かにオレンジ色に光る瞳。


彼は芳川の問いかけには答えぬまま、その異質な目で唖然としている彼女の腕の中、
苦しそうに喘いでいる打ち止めを見下ろしていた。

一方『…………』

瞬き一つせず、ただジッと。

芳川に打ち止めの状態を聞く必要など、今の彼には無かった。

なにせ手に取るようにわかるのだから。
存在を認識できるようになってから更に進み、今や―――AIMに含まれている『意味』を読み取れる。

AIMを補足して、そこに知りたいと欲すると『理解できる』のだ。

134: 2011/10/24(月) 01:42:41.62 ID:oGtMbEbto

一方『…………』

打ち止めと妹達に、この自身の『稼動』がどれだけの負荷をかけているのか。
稼動方法は、その構造は、といった様々なことが意識内に飛び込んでくる。

そしてそれらは全て―――『最悪』を示していた。

今回は、打ち止めや妹達側からどうにかできるものではなかった。

一方通行はもちろん、更に専門である芳川もプログラムを再三チェックした通り、
打ち止め側に原因、もしくはこの稼動状態のONOFFに干渉できる因子は無い。

以前、天井の手から打ち止めを救った時のような手法は不可能。
ここにもし0930事件のようにインデックスがいてくれたとしても無理だ。

稼動状態を維持している『核』はネットワークの外部に存在しているのだ。

では『核』とは、それは明白だ。


全ては―――アレイスターだ。


一刻も早くあの男を止めるのだ。

そう、一秒すら無駄にしないで―――いますぐ行くべきなのに。



一方通行は動けなかった。


その時。
気を失っていたはずの少女の目が開き、虚ろながらもしっかりと―――彼の方へと視線を向けて。
弱弱しくもはっきりと、こう口にしたから。


打ち止め「……いかないで…………」

135: 2011/10/24(月) 01:44:14.32 ID:oGtMbEbto

芳川「…………!!ラストオーダーッ!!」


一方『―――』

『また』だった。
数日前、病院で、決別したときと同じく―――心が揺らいでしまったのは。

この幼い少女の声はまるでセイレーンの歌だ。
揺さぶられるその感情の振り幅は、一瞬―――この身を満たしている怒りを超えかけそうになるほど。

更に今や、五感だけではなくAIMからも感情を読み取ってしまうため、
それまでとは比べ物にならないくらいに強烈に。


打ち止め「……ねえ……いかないで…………って…………」


何度もそう呟いて、細く小さな手を伸ばす少女。

一方『……』

差し出されたその震える手を、思わず取ってしまいたくなる。
火照った頬を伝う涙が、まるで蜜のようにこちらを引き寄せようとする。

一方『……』

奥底に厳重に閉じ込めた『愚かな分身』から、許されない声が響く。

この小さな少女の望みを、叶えさせてやりたい。
彼女が望むのなら、その言葉に従いたい、と。


そして―――また―――『ありもしない幻想』を描いてしまう。

己が打ち止めと共に生きていく未来を。
己が、彼女と共に『普通』の生活をしている未来を。


彼女の成長を―――傍で見守っていく未来を。

136: 2011/10/24(月) 01:45:31.61 ID:oGtMbEbto

なぜそんな事を思ってしまうのだ。

ここで手を取ってしまえば、そんな未来なんか訪れる訳が無いのに。

そもそもこれは結論を出し、決着が着いた問題ではないのか。
何度も何度も、何重にも何重にも覚悟して決意したことではないのか。


それでなぜ―――こんな事を考えている場合ではないのに―――なぜこの期に及んでまで意識する?


なぜ思考に除けられずに、ここまで意識してしまうのだ?


一方『―――……ッ』


わからない。


原因がわからない。
この問題の本質がわからない―――『答え』がわからない。

本当はどうしたいんだ。
何を感じ、何を思っているのだ。

『俺は本当は―――何をするべきなンだ』

それは―――打ち止めを守るためだ
即ちアレイスターの手の上から彼女を解き放つということ。

『俺は結局―――何をしたいンだ?』

打ち止めの本当の自由が保障されたのち、氏んで全てに決着をつける、ということ。


『それが「本当」ならば―――他に方法はあったはず』


そうだ、例えば。

上条が悪魔の力を覚醒させた段階にでも打ち止めを託して、自害するという選択肢などがあったのでは?
己自身よりもあの男の方がずっと信頼できるし、何もかもが丸く収まるではないか。

137: 2011/10/24(月) 01:49:24.14 ID:oGtMbEbto
とにかく方法はいくらでもあったはずだ。
こんなどうしようもない状況は、簡単に避けられたはずなのだ。

一方『―――』

思考が冷酷にかつ合理的に導き出すそんな指摘。
それらへの反論が出てこない。

なぜそうしなかったのか、その『答え』がわからない。

そもそも、己の手でいつまでも打ち止めを守ろうとした理由は?

妹達を頃した責任?償い?

上条の側に託していた方が、どう考えても安泰ではないか。
彼には強い仲間が大勢いるし、何よりもあの男自身が『鉄の存在』だ。

打ち止めの事が第一ならなぜそうしない?
『責任』、『償い』という鎖を利用して、『なぜ』打ち止めを手元に置いた―――。


打ち止め「…………おねがい……だから……って……」


一方『―――』

彼女のか細い声が、
まるでハンマーに側頭部を叩かれたかのように響き渡り。

少年のアイデンティティの基盤を砕いていく。


『なぜ』なんだ。


『答え』はどこなんだ。


『俺』の『答え』は何なんだ。


打ち止め「…………ミサカは……ミサカはあなたを―――」



その先の言葉はもう、彼は聞けなかった。
AIMから流れ込んでくる意識はこれ以上―――覗くことはできなかった。

耐えられなかったのだ。


彼はそこから逃げるように、一気に空間を『飛んでいった』。

138: 2011/10/24(月) 01:51:45.51 ID:oGtMbEbto

意識するだけで、『奇妙な文様』で形成されたオレンジの『光の輪』、
―――魔方陣と言えるかそんなものが出現し、そして『飛べる』。

しかしどうも、あの窓の無いビルの中にだけは行けないようだ。
次の瞬間に彼が目にしたのは、目の前に聳えるあの黒い―――墓標のような建造物。

ただ、中に直接いけなくとも特に困ることなど無い。


それならば―――力ずくでぶち破るだけだ。


ちなみにこの窓の無いビル、自治は0930事件の際に彼が破壊を試みるも、
傷一つつけられずという結果に終った過去がある。

しかし今この時、一方通行の意識内にはそんな過去の出来事など全く浮かんでいなかった。
記憶を参照する程度のことすら、まともに機能していなかったのだ。


少年の意識は、たった今の出来事、それだけでもうボロボロだった。
あれがトリガーとなり、何もかもがぐちゃぐちゃの滅茶苦茶になってしまった。

何も知りたくない、何も気付きたくない、何も考えたくない、と。


今まで巧妙に仕込まれて植えつけられてきた『ストレス』が、『器』の中身を『更地』にするべくついに最後の大爆発を起こす。

その衝撃は容易に―――『彼』を砕くほど。

『答え』を見つけられない『彼』は成すすべなく―――崩壊するしかない。


『一方通行』という人格はここに―――『割れ始めた』。


139: 2011/10/24(月) 01:53:12.20 ID:oGtMbEbto

砕かれつつある彼の意識の断片も、それにはもう抗おうとはしていなかった。

どうせ今終る、どうせここで終るのだ、と。
己を保つことなんか、もう意味無い。
自己分析して自己同一性を確立する必要なんて、もう無い。


幸いにも、『今どうしたらいいのか』だけはわかっているのだ。
それだけは唯一、確かにこの意識の中に形を保っている。

壊れてしまう前に、ぶっ壊すだけ。
食われてしまう前に、食ってしまうだけ。


この魂が消え去ってしまう前に―――頃す。


そう。



『――――――アレイィ゛ィ゛スタァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛―――!!!!』



―――アレイスターのもとに向かう、それ『だけ』は。



壁の前に屹立する少年。

闇同士が摩擦を起こしているのか、
黒曜石に似た表面が揺れ乱れるたびに、耳障りな音と共に『オレンジの火の粉』が飛び散っていく。

そんな闇を纏う右拳を、少年は大きく引き。
無造作に、ただ乱暴に目の前の壁に叩きつけた。


『―――ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!』


すると―――以前の試みが嘘のように―――抵抗無く沈む拳。

そしてこれまた雑に彼が手を引き抜くと。
闇に『引っかかった』何重にも重ねられた分厚い特殊鋼版が、さながら紙細工の如く引き剥がされて行く。

140: 2011/10/24(月) 01:54:33.24 ID:oGtMbEbto

入り口を作るには、その一度で充分であった。
彼の身長ほどもの厚さがあった壁は、そのたった一度でぶち抜かれ―――そしてトラックでも通れそうな大穴が穿たれたのだ。

そうして彼は亡霊のようにゆらりと、闇を引きながらその中に入っていく。
『目的物』は探すまでも無かった。


アレイスター『―――ようこそ。ふむ、良い「仕上がり」だ』


穿たれた穴の真正面に立っていたのだから。


『―――……アレイスター。アレイスター……アレイスター=クロウリー……』


一歩一歩、進みながら彼は繰り返す。
これまた怨霊のように、『純粋な怒り』のみで形成された声で。
何度も何度も目的物の名を。

最早彼の中では、形を保っているのはそれだけ。
目的物の後ろ、宙に磔にされている少年の顔を識別するどころか、その存在すら把握できず。

そして少年が何度も叫び繰り返している―――。


「ダメだ!!来るな!!こっちに来ちゃだめだ!!『――――』!!」


―――『誰か』の名前すら。




「―――おい!!『――――』!!『――――』!!止まれええええ!!」




もう認識できなかった。


―――

151: 2011/10/26(水) 01:54:42.89 ID:SfkefR7uo

―――

ニュージャージー州、マクガイル空軍基地。

エプロンにひしめく多数の輸送機、大きな背嚢を背負った、出撃態勢ととのった兵士達の長い長い列、
それらの隙間をひっきりなしに往来するトラックや作業車。

恐らく全米中の基地が今はこんな状況であろう、この基地もその例にもれず騒然としていた。
いや、それどころか特に慌しくなっている方か。

東海岸の主要な輸送拠点の一つであり、欧州へ向けての便も多数飛び立っているからだ。

そうして格納庫もまた、
一時的な物資の集積場やミーティング場、兵の待機所や作戦指揮所として使われており。
今その一つに、百人近くの少年少女達が陣取っていた。

学園都市からやってきた、世界初の能力者によって編成された『組織的戦闘力を有する部隊』が。


土御門「…………どういうことだ?」

その一画にて、土御門は怪訝な表情を浮べていた。
米軍の携帯食を流し込むように口にしながら。

今ここでは誰も行儀など気にしていない。
米軍が厚木行きの超音速輸送機を一機手配してくれるとのことで、
それを待つ間、みな急いで態勢を整えている最中だ。


土御門「その『音』は、俺以外は皆聞こえているのか?」


土御門は更に大きく一口、パウンドケーキをほお張りながら、
近くにいる二人へと問い放った。

152: 2011/10/26(水) 01:57:08.74 ID:SfkefR7uo

結標「そうみたい。能力レベル関係無しに」

御坂「うん。浜面くんと佐天さんもだってね」

通信機を弄りりながら答える結標、続き、
弾薬箱から大量の弾をバッグへと詰め替えながらの御坂。

作業の傍ら彼らが話しているその内容。
それはつい先ほど、この空港に向かっている間に起きたことだ。

突然ミサカネットワークが応答しなくなり、結標と滝壺がその演算支援を受けられなくなり。
その直後、土御門を除くこの部隊のメンバー全員に『異様な音』が聞え始めたのだ。

土御門「……」

ネットワークの接続が切れた原因として考えられるのは一方通行だ。
御坂曰くフィアンマが現れた時も同じ状態になったという事から、彼の身に何かが起きたのだろう。

『音』については、聞える条件は諸々の話を聞いてすぐにわかった。
能力開発を受けた者、つまり強弱関係なくAIMを有している者だ。

それでレベル0の浜面からレベル5の御坂まで皆聞えているが、
AIMを捨てた自身や周りの米兵達が聞えていないのも筋が通る。

ただ。

あまりにも材料が少なすぎて、
いくら考えてもこの音については結局、今はその正体を推測することすらできなかった。

153: 2011/10/26(水) 01:59:03.38 ID:SfkefR7uo

今現在、学園都市で何が起きているのか、それを知ることは非常に困難になっていた。

土御門「どうだ?」

首を横に振る、通信機を手にしている結標。

ネットワークがこんな状態になったと同時に、
事態を把握しているであろうアレイスター側とは全く交信できなくなってしまったのだ。

親船が中心となっている暫定理事会には繋がるがやはり時間の無駄、
彼らは何が起きているか全くわかっていなかった。

そうなるとやはり、できるだけ早く学園都市に戻りこの目で状況を把握するしかない。

土御門はそんなもどかしい気持ちを何とか押さえて。
相変わらず片手のパウンドケーキを口に持って行きながら、もう片手で手際よく装備を整えていった。

とそうしていたところ。

申し訳無さそうに少し身を屈めて、
彼らのところに佐天がやってきた。
彼女は御坂と結標に小さく会釈したのち、土御門に向けて。

佐天「あのう、今いいですか?」

土御門「何だ?」


佐天「できれば私も……ここの皆と一緒に学園都市に行かせてもらえませんか?」

154: 2011/10/26(水) 02:00:57.48 ID:SfkefR7uo

学園都市への第一便、つまり今待っている超音速輸送機には、
部隊の全員が搭乗するわけではなかった。

今も医療施設にて集中的な治療を受けている者、作戦能力を喪失した者や非戦闘員は、
少し遅れて通常の輸送機で運ぶ手はずになっている。

もちろんこの佐天もだ。

御坂「佐天さん……気持ちはわかるけどやっぱり……」

結標「第23学区に着陸できるとも限らず、場合によっては高高度から降下するかもしれないわけで、」

結標「『学習装置』も受けて無ければ能力も無いってなると、ねえ。とにかくある程度自分の身を何とかできる力が無いとどうにも」

と、結標はそんな全うな意見を述べたところで。

結標「……って、私は考えてるけど……」

自信が欠落していくかのようにみるみる声を小さくしながら、じろりと目を横に移した。
もぐもぐと口を動かしながら、不敵な笑みを浮べている『指揮官』へ。

そして彼女が肌で感じていたことは的中した。


土御門「構わない。わかった」


土御門はあっさりと承諾したのだ。

土御門「だが。こっちもできる限り手を貸すが、忘れるな。向こうで何があっても、ここで決断したお前の自己責任だ」

佐天「は、はい!!」

土御門「じゃあ準備を済ませておけ」

佐天「わかりました!!」

155: 2011/10/26(水) 02:03:07.71 ID:SfkefR7uo

そうして。
佐天は大きく礼をして、急いでその場から走り去っていった。

御坂「―――ちょっと!!何で?!」

当然、御坂は土御門に詰め寄った。
佐天の身を案じるからこその食いつきだ。


土御門「連れて行っても損は無いと思うぜい。きっと運がノってくる」


対して土御門は、パウンドケーキの最後の一欠けらを口に放って、
大したことでもないという調子でそう返した。

御坂「運?!何よそれ!!そんな適当な理由で私の友達を―――」


土御門「適当なんかじゃない。実績があるだろ。彼女がいなければ、彼女の働きが無ければ、キリエ嬢は助からなかったんだ」


土御門「わかるか?彼女もこの『流れ』の中にいるんだ。もう無関係とは言えない」

土御門「第一便に乗れない他の者達とはわけが違う。彼女は俺たちも『中心よりの役者』かもしれないんだ」

御坂「で、でも……」

土御門「少なくとも俺はその可能性を感じたから承諾した。お前が反対しようとも、俺は俺の権限で許可する」

御坂「………………う、…………」

納得しきれることではないが、そこまで言われてしまうともうぐうの音も出ない。
どうやっても土御門の判断を覆させることが出来ないと、ここで御坂はわかってしまった。

156: 2011/10/26(水) 02:04:02.31 ID:SfkefR7uo

それならば、と。

御坂「じゃあ佐天さんには私が付―――」

土御門「ダメだ。お前は本物のレベル5だ。世話係りに使っていいようなコマじゃない」

御坂「…………は、はい」

と、そう口を開いたのも束の間、
言い切る前に土御門にこれまた正論で却下されてしまった。

土御門「心配するな。結標にやらせる」

結標「私が?冗談でしょ?」

土御門「いいや本当だ。演算支援復旧の目処がつくまでは彼女の護衛だ。頼んだぞ」

結標「……ま、命令なら仕方ないわね。了解」


と、その時であった。
通信魔術の起動を知らせる、きん、と甲高い音が土御門の脳内に響き。


オッレルス『―――土御門!!』


かなり張り詰めたオッレルスの声が聞えてきた。

157: 2011/10/26(水) 02:05:33.23 ID:SfkefR7uo

アックアはキリエをフォルトゥナに送り届けるために飛び去り、
シルビアは先ほどこの基地からイギリス行きの便に、
そしてオッレルスは、あのまま一人デュマーリ島に残り『核』の解析を行っているのだ。

そうして作業していたら何かがあったのだろうか、オッレルスは酷く慌てていた。

土御門『―――どうした?』

オッレルス『大変だ!!とんでもないことが―――!!』

土御門『落ち着け。落ち着いて話すんだ』

オッレルス『たった今だ!!ああ……くそ!!すまん!!順を追って話す!!』

オッレルス『さっきこの「核」の中におかしな部分を見つけたんだ!!』


オッレルス『―――アリウスが氏んでから起動するよう記述されてた術式だ!!』


土御門『―――なに?』


ぞくっ、と。
これも慈母が残してくれた力の一端か、思考でその言葉を理解する前に、
鋭い嗅覚が強烈な『不穏』の香りを捉えたのだ。

アリウスが氏んでから、ということはあの男の『置き土産』なのだろうか。
だがこの悪寒はその程度のものではない、と仄めかしていた。

158: 2011/10/26(水) 02:07:22.11 ID:SfkefR7uo

オッレルス『当然だがもう起動されている!!』

オッレルス『それでやっと俺も見つけられて把握できたんだが、おかしいんだよこれが!!』

オッレルス『アリウスが布いた全ての暗号化を解いた後でもまだ暗号化状態だった!!』

土御門「どういうことだ?」

オッレルス『これを組み込んだのはアリウスじゃない―――第三者だ!!』

オッレルス『「誰か」がアリウスに気付かれないように仕込んでたんだよ!!』


土御門『その術式の作用は?』


オッレルス『それはわからない……内部構造がまだ解読できない。アリウスのものとは全く違う未知の書式なんだ……!!』

土御門『……』

作用はわからない。
となると、問題は他にもあるということだ。
確かにこれだけでも驚きの情報だが、それだけだとオッレルスをここまで動転させるには弱すぎる。

何せアリウスの中に真っ向から飛び込んだ、鉄の精神力を持つ男なのだから。

そしてその通り。


オッレルス『だが―――更に重要なことが判明した!!』


これは序章だった。

159: 2011/10/26(水) 02:08:08.26 ID:SfkefR7uo

土御門『何だ?』

オッレルス『これが本題だ!!』

オッレルス『こいつが起動して少しした後。たった今のことだ!!』


オッレルス『俺が解析してる真っ最中に、この術式に「外部」から接続があったんだよ!!』


土御門『ということは逆探知を?』

オッレルス『向こうの位置は全く探れなかったが―――「身元」は!!』


オッレルス『魔界言語で作られた「紋」が出てきたよ……!!』

土御門『つまりは悪魔か。誰だ?』

オッレルス『とても信じられないが…………この核がこう判定したんだ―――』


そうして、オッレルスの声に乗せられてきた名は。


土御門『―――…………ウソだ―――有り得ない―――』


この土御門ですら、思考が一瞬で真っ白にまってしまうほどのものだった。
そう、こんな名が出てくることなんて有り得ないのだ。


オッレルスが口にした『存在』は既に―――『滅んでいるはず』なのだから。

160: 2011/10/26(水) 02:11:09.06 ID:SfkefR7uo

土御門『冗談が過ぎるぞオッレルス!!見間違いだ!!もう一度確認しろ!!』

信じられるわけが無い。
誰が何と言ってもこれは覆りようが無い事実なのだ。

オッレルス『この印の意味は何度も確認した!!間違いない!!』

土御門『だったらアリウスの構文自体がおかしい!!単語の割り当てが間違ってるに違いない!!』

有り得ない、絶対に有り得ないはず。

オッレルス『―――ならば―――君の慈母の目で確認しろ――――――!!』

だが。

土御門『―――』

次の瞬間、オッレルスから送られてきた問題の『紋』が意識の中に浮かび上がり。
慈母の目は確かに読み上げた。


『ムンドゥス』


『アルゴサクス』


そして。



『スパーダ』



と。

土御門『―――…………ウソだろ…………おい…………』

しかも、一体いかなる意味を表しているのだろうか。
それら三つの名は―――。

重なり―――『融合』し。

『一つ』になって、そこに新たな意味を明示していた。



『全』、と。



―――

171: 2011/10/27(木) 22:51:21.17 ID:I/28j2Hpo

―――

上条「―――ダメだ!!来るな!!こっちに来ちゃだめだ!!アクセラレータ!!」

上条は叫んだ。
宙に磔られているその体を少しでも前へ、一ミリでも近くへと乗り出して。

友は全く反応を示さなかった。
そのオレンジの瞳には上条など映ってはいない。
声も届いてなどいない。

上条「―――おい!!アクセラレータ!!」

それでも上条は腹の底から声を放つ。
届かないとわかっていながらも、そう、またこれもわかっていたのだ。

友の前にあるアレイスターへと続くたった10数mの道。
絶対にそこを進ませてはならない。

その終着点に待ち受けるのは―――とてつもない凶事なのだから、と。
このとてつもない男、アレイスター=クロウリーの罠が待ち受けいているのだから。

上条「アクセラレータァッ!!」


だが―――やはり無駄だった。

瞬き一つしない、その空虚な目は真っ直ぐとアレイスターに向き。
不気味な光沢の闇を纏わせながら歩みを進めてくるのだった。

徐々に、ゆっくりと。

上条「―――止まれええええッ!!」

173: 2011/10/27(木) 22:52:40.61 ID:I/28j2Hpo

アレイスター『さあ、来るんだ』

上条の声と相反しての誘い込む言葉。

それは平坦で単調で、上条のものよりもずっと小さな声なのに、一方通行は反応を示す。
ぴくり、と目の周りを痙攣させるように動かして、身に纏う闇を振るわせたのだ。

上条「ダメだ!!聞くな!!」

アレイスター『今の君なら、私など軽く捻り潰せるぞ』


アレイスター『今の君の力の前には、私など虫けらに等しい』



アレイスター『君は人間界の新しい「王」だ。さあ、私に裁きを下してしまえ』



上条「耳を貸すな!!全て戯言だ―――!!」


と、そこで上条が放った『戯言』という言葉、
その表現が引っかかったのか、アレイスターはふと彼の方へと振り向き。

アレイスター『全て、ではないぞ。むしろ今は、私は真実しか口にしていない』

上条「―――っ?!黙れ!!」

今更どの口でそんなことを言うのか。
上条は一際憤りを覚えたが、アレイスターは全く気にする様子も無く。


アレイスター『では、彼の力を試してみるか―――?』

174: 2011/10/27(木) 22:55:10.52 ID:I/28j2Hpo

その瞬間だった。
突然アレイスターの前の空間に。

白い無地の装束を纏った、長身の女性『らしき何か』が出現した。

上条「―――」

いや、上条にとっては『何か』なんて表現を使わなくても良かったか。
彼は一目でその正体を把握したのだから。

アレイスター『私はエイワスと呼んでいる。説明はいらないだろう』


エイワス『私を構成する一部には、君と面識があった者も大勢いるからね』


その通り、説明はいらなかった。


上条「な……なんだよ……『コレ』は……!!」


アレイスターは一体いくつ隠し玉があるのだろうか。
これもまた己の知覚を疑う存在だった。

それは人界の神々の因子が無数に混ざり合う力の塊。
古き世界の記号が寄せ集められた残像。


それは―――『亡霊』。

175: 2011/10/27(木) 22:57:01.71 ID:I/28j2Hpo

上条「な……なっ……!!」

エイワス『ああ、彼はまだ「ミカエルだけ」のままか。竜王の因子は稼動させてないのだな』

アレイスター『焦るな。これからだ』

エイワス、そうアレイスターが称した存在は彼と一声交わしたのち、
5m先にまで歩んできていた一方通行と向き合った。

エイワス『ということは、先に彼を「味見」をさせてくれるのかな?』


アレイスター『ああ。試してみてくれ。もちろん―――最高出力で構わんよ』


と、そこでアレイスターが杖でこん、と床を叩いた瞬間。
エイワスの背後の空間から、煌く光の翼が出現した。

いや―――それは翼とするよりは『大樹の根』か。

無数に枝分かれた光の筋が瞬く間に周囲に広がり、空間に不規則な網目状の根を張っていく。
その光景は、肉に絡む毛細血管に似ているか。

上条「―――!!』

発されるとてつもない規模と濃度の力。
氏した残骸からなる『ただの塊』とはいえ、それはそれは尋常ではない量だ。

アレイスター『これが、私の手にある最大の力だ』


アレイスター『見てろ。これを今から彼にぶつけてみせる』


そして小さな子供が自分の工作を自慢するかのように。
アレイスターはただ純粋な笑みを浮べて、上条へ向けて微笑んだ。


176: 2011/10/27(木) 22:59:03.53 ID:I/28j2Hpo

本能はまだ残っていたのか、その戦気を悟ったのだろう、
一方通行はそこで足を止めた。

と、その直後だった。

空間に根を張っていた光が一斉に―――彼目掛けて伸びた。

上条「―――」

大悪魔の域に踏み込んでいる今の上条ですら、認識できないほどの勢いで。

そしてただただ乱暴に、小細工無しに真っ向から。
氏しても尚、諸神諸王の域たる圧倒的な力が一方通行へ叩き込まれた。

しかし。

そんな力が放たれたにも関わらず、結果は随分と地味なものであった。
爆轟も衝撃も生じず、ただ一瞬の光の明滅だけ。

それだけだった。

上条「―――ッ……!!」

次の瞬間には。
周囲を満たしていた光の大樹は、幹と言える部分か、
エイワスの背に近い部分までしか残っていなかった。


対して一方通行は―――傷一つ無し。


闇の不気味な光沢には淀みなどどこにも無く、
姿勢は先と同じまま、何かの動作をとった形跡すら無い。

空間や界どころか、物質領域の床や周囲の大気にすら、
エイワスの力の爪痕は一つも残っていなかった。

177: 2011/10/27(木) 23:00:48.02 ID:I/28j2Hpo

アレイスター『さて、この証明で満足かな』

上条「…………」

満足もなにも、これは反証の余地など無いだろう。

一方通行は現生人類から人界の神へ、つまり『真の人』へと変じ、
原初の人類と同じくその魂に己自身の『力』を持つ存在となり。


エイワス『―――素晴らしい』


根こそぎもぎ取られた自身の翼を見て、呟くエイワスの言葉通り。

その領域は―――。


エイワス『これはもはや一柱の神の範囲ではない―――まさに「王」たるに相応しい』


―――人界の主たるものだった。


上条「……っ……」

そう、先ほどのアレイスターの言葉は嘘ではなかった。
今の君なら、私など軽く捻り潰せるぞ、
今の君の力の前には、私など虫けらに等しいよ、それは真実だ。

だがアレイスターがここで一方通行に倒される気が無いのも、もちろんのこと。

上条「―――」

それを踏まえると、アレイスターが一方通行を具体的にどうしようとしているのか、
そのやり方が自ずと浮かび上がってくるものだ。

――いや。

それはわざわざこうして確認するまでも無かった。
今更なことだ。
今までと同じやり方だったのだから。

178: 2011/10/27(木) 23:02:30.85 ID:I/28j2Hpo

何も今に始まったことではない。

力で勝負はしない。
腕ずくで屈服させるつもりはない。

直接的な手段は執らない。

アレイスターはあくまで環境の整備と誘導だけに留まり、自発的変動を促すだけ。
そのやり方はこの最終段階でも変わりは無かった。


今の一方通行相手に正攻法で挑むと、アレイスターの力など当然及びはしない。
最高出力のエイワスをぶつけてもこの通り、とても干渉できる差ではない。

しかしそこは言わずもがな、彼はそんなやり方などしない。

憎い、愛しい、破壊したい、手に入れたい、頃したい、守りたい。
特に強いこれらの衝動の『振り幅』を調整することで事足りるのだから。

それに今の一方通行でも、
存在が昇華しようとも思念は現生人類のまま、それも―――成長過程は全てアレイスターに管理されていたもの。

アレイスターにとって、
感情を揺さぶりその人格を容易に―――破壊させるのはお手の物なのだ。

そして、既にアレイスターの最後の一手は終っていた。
一方通行がここにこうしてやってきた時点で決していた。

あとは待つだけだ。
一方通行という人格が、極度のプレッシャーと自らへの疑心の果てに―――自壊し。

その器を明け渡すのを。

179: 2011/10/27(木) 23:03:41.32 ID:I/28j2Hpo

上条「―――」

このアレイスターのやり方は今までも繰り返されてきたこと。
先ほど嫌となるくらいの驚愕に苛まれたのだから、今更のことだ。

しかし。

確認するのが何度目であろうが―――許し難いのは変わらない。

そうして三度憤りを覚える彼の内面が『見えている』にもかかわらず、
アレイスターはむしろ逆撫でするかのように。

アレイスター『彼は君みたいに図太く鈍感ではない

アレイスター『誰よりも純粋で繊細なのだよ』


アレイスター『生真面目で、素直で、親の言いつけは絶対に守るような無垢で幼い子供だ』


火に注がれる油のごとき補足を付け加える。


アレイスター『だから非常に扱いやすい』


エイワス『ふふ、えげつない。えげつないよアレイスター=クロウリー』


そしてこれまた愉快そうな声を発するエイワス。
亡霊は小さく笑い声をあげて。

エイワス『ホルスでさえ、その「目」をそこまで使いこなしてはいなかったぞ』


エイワス『見ていて面白いよ。君は本当に飽きさせない男だな』

180: 2011/10/27(木) 23:06:54.01 ID:I/28j2Hpo

上条はそこで一声、いや、
何度でも怒号を吐きたくなったが何とか堪えて。

上条「アクセラレータ!!下がるんだ!!」

その代わりとばかりに、これでもかというくらいの声を友に放つ。
無駄だとわかっていても、それでも何度でも試みる。

きっと、きっと彼の理性があの中にまだ残っているのだから、と。

しかし。
やはり無常にも、彼は上条の声になどには全く反応せず。

アレイスター『―――さあ来るが良い』

静かなアレイスターの声に応じて、再び歩を進め始める。

上条「止まれ!!ダメだっつってんだろ!!来るなッ!!」


アレイスター『そうだ。何もかもをかなぐり捨てて、ただ怒りに身を委ねてしまえ』


そしてエイワスの横をすれ違い。

上条「考えろ!!こいつを頃したところで何も解決はしない!!」

4m、3m。

上条「なあ聞えてるんだろ!!」


2m、そして1m。


上条「―――来るなァァァァ!!」

181: 2011/10/27(木) 23:08:45.84 ID:I/28j2Hpo
上条の言葉、それは『知っている』からこそのだった。
ただ激情に身を委ねてしまったらどうなってしまうのかを。


上条「『あの時』はお前が俺を止めてくれただろ……!!なのに何で……お前がこんな…………」


そしてあの時、この上条当麻を止めてくれたのは他の誰でもない、この一方通行だ。
それなのになぜ、なぜこんな―――。


上条「逃げるな……!!目を逸らすなアクセラレータ!!」


今まで知る由の無かった、深淵の『自分』と向き合う行為、
それは確かにとてつもなく怖くて、恐ろしくて、そして想像を絶する自己嫌悪に苛まれて。

だがそれがどれだけのものだろうが、
絶対にそこから逃げてはいけないのだ。

こんな途上で今、進むことをやめてしまったら―――その手で守ろうとしていた存在はどうなるのだ?


上条「―――考えるのを止めるんじゃねえッッ!!向き合え!!」


ここまで来て全てを放り投げてしまうのか―――。

大切な存在を、何もかもを放棄するのか―――。


上条「俺ですら出来たんだ……お前が乗り越えられない訳が無いんだよ……強いお前が―――!!」

だが。

そんな想いも、届きはしなかった。
もう何もかもが遅かった。

182: 2011/10/27(木) 23:10:44.31 ID:I/28j2Hpo

上条「―――アクセラレータ―――頼む……」

現実は一方通行が一つ一つ歩を進めるたびに。

また一つ、と。
一方通行と言う人格から、大きなパーツが割れ落ちていき。


アレイスター『さあ―――その手で、私の首を捻じ切るが良い』


ついにアレイスターの前、手を伸ばせば届く距離にまで来た『彼』は。
右手を大きく引いて、そして。


上条「よせ―――」


アレイスターの顔面目掛けて。


上条「―――やめろォォォォォォォォォォォオオオオオ!!」


黒き一撃を振り抜いた。


そうしてその右手は打ち砕くた。
一瞬にして貫き、跡形も無く粉砕してしまった。

アレイスターの頭部ではなく―――己の人格を。

振られた右手は、アレイスターの鼻先僅か数㎝のところで止まっていた。
彼はその拳と、凍ったように硬直している一方通行を見て。

動じる様子も無くただ一言、淡々と事務的に。



アレイスター『ふむ―――「削除」完了だ』



宣言した。

183: 2011/10/27(木) 23:13:05.88 ID:I/28j2Hpo

上条「あ……あぁ…………あ……」

目の前で起きたことが信じられなかった。

何を考えればいいのか。
アクセラレータのこの結末は、どんな言葉で言い表せば良いのか。

何も浮かばない、真っ白だ。

上条「………………あ……」

今の上条を満たすは、驚愕や憤りとはまた違う感情。
果てしない喪失感と悲しみだ。

抜け殻になった友の体は、糸が切れた操り人形のようにがくりと膝を突き。
その場で、身に纏わりついてた闇が繭のように体を覆い隠した。

アレイスター『なに、彼は氏んだ訳ではない。「ただ」、思念が抹消されたされただけだ』

「ただ」、と。
一方通行という人格が何を思い、何で苦しみ、何で悦び、何で笑ったか、それらを全て知っていながら。
アレイスターはまるで、それがただのデータでもあるかのように言う。

続けて同じように。

アレイスター『もちろん、君も氏にはしない』

上条にも向けて。


上条「…………」

上条は一言も返さなかった。
虚ろな目で、ただアレイスターを見返すだけ。

184: 2011/10/27(木) 23:14:07.60 ID:I/28j2Hpo

そんな彼を物足りなそうに見上げてはアレイスター。

アレイスター『…………何か言いたい事は無いのか?」

上条「……………………今更なんて言って欲しいんだ?」


上条「…………『気に食わないが理には適っている』か?」


上条「…………それとも『お前には負けた』、か?」


対し上条は乾いた笑み混じりに口を開き。

上条「良いさ、俺の言葉が欲しければ言ってやるよ。どっちも確かに事実ではあるからな」

上条「だがこれも一緒に言わせて貰うぜ」


上条「てめえが抱くそのクソッタレな幻想は―――俺がぶち頃す」


宙に磔になっているその口で、そう宣言した。
成す術など無い、自分も一方通行と同じ結末を迎える、そう頭では理解していても。
それでも攻めの姿勢は崩そうとはしなかった。

それがミカエル、そして上条当麻の生き様。

愚かで馬鹿らしい戦士は、この期に及んでも頑固に、
その自身の有り方を曲げようとはしなかった。


上条「―――必ず…………必ずだこんチクショウがッッ!!!!」

185: 2011/10/27(木) 23:17:38.52 ID:I/28j2Hpo

それを聞いたアレイスター。
その美麗な女性の顔に、小さく可笑しそうな笑みを浮べて。

アレイスター『やはり君は予想通りの反応しかしないな』

アレイスター『ここまできても、不可能と可能の分別をつけないか』

上条「あたりめーだろうが!!」


上条「―――んなもん持ってたらココまで来てねえよ!!」


アレイスター『……確かにな。君がこうじゃなかったら、そもそも私もこんな事などしていなかった訳だ』

アレイスター『これから何が君に起こるか説明しておこう。これも尊敬する君への礼儀だ』

と、そこで「さて」と言って、声の調子を変えるアレイスター。

アレイスター『まず、君をエイワスと融合させ―――竜王の枷となっているミカエル、つまり君の思念を初期化する』

そして声を続けながら、彼が再び杖で床を叩くと。
エイワスから無数の光の筋が伸び、瞬く間に上条の体に巻きついていく。


アレイスター『そして―――竜王の顎を完全起動させてもらう』


そうしてついに準備が整ったところで。

アレイスター『ではこれで最期だが、何か遺す言葉はあるかな?』


上条「…………クソッタレが……!!」


アレイスター『直情的で面白みの欠片も無い言葉―――まあそれも君らしい』


あっけなく。


上条「―――はっ…………」


そしてゆっくりと。
上条の意識は、緩やかに沈んでいった。

186: 2011/10/27(木) 23:19:33.63 ID:I/28j2Hpo

その直後。
いや、時間感覚すら定かではない中ではそうも言い切れないが。

とにかく『彼』はまどろみの中、その思念を遥か時空の彼方へと運ばれていった。

まずは同じ人間界のデュマーリ島にある『核』。
予め『彼』が、協力者の目を欺き仕込んでいたそのルートを通過して。

その先の現実と虚構の境目。
有と無を跨ぐ、きわめて『あやふや』な領域へと向かう。

―――『収穫物』を確認するために。


「(―――何だよこれは―――)」

だが事情を知っているのは片方、『手を持っていた彼』だけ。
もう片方の『顎を持っていた彼』はまったく身に覚えが無い。


『やあ。上手くサルベージできて良かったよ』


「………………なるほどな。『コレ』を仕込んでいたのか」


「(―――?!何だ、誰と何の話をしてるんだ俺は?!)」

だがそんな『彼』になどお構い無しに、
もう『片方の彼』は『収穫物』を有する協力者と言葉をかわしていく。


「―――…………とすれば……今のお前は、『竜王』と呼ぶべきか?」


「(竜王―――って―――)」


『好きにしてくれ。「俺様」にとっては、名前に然したる意味なんてないからな』


「……ではこう呼ぶか?―――『ミカエル』」


『………………ふん。確かに、俺様にはそう呼べる「部分」もあるがな』

187: 2011/10/27(木) 23:21:50.99 ID:I/28j2Hpo

「(―――!!)」

と、そこで『顎を持っていた方の彼』は気付いた。
この高慢な口調と一人称で悟ったのだ。

確かにこれは自分の声なのだが、今までのものではない、と。

『上条当麻』の声帯を元にしたものではない、これはあの男の―――。


そう認識した瞬間、魂に遺されていた古い記憶がまた解放されて。

「(なっ……こんなことが―――)」

「―――…………そうか…………それでは待たせたな。聞きたいことは全て聞いた」

『ああ、心配しなくても良い。お前の思念は残らんよ。綺麗さっぱり消滅する』

「それは嬉しいな」


『……ただ、俺様の内部に残す事も一応できるが。今後の事、興味あるか?』


「無い。さっさと終わらせろ」


「(――――――ウソだろ!!こんな―――!!)」

       ミ カ エ ル
彼、『上条当麻だった方』もようやくこの状況を把握した。

アレイスターの筋書きは最後の最後で破綻していたのだ。
竜王は顎だけではなく、その『行使の手』をも取り戻し―――いや、『逆』だ。


行使の手しか無かった竜王は、『ミカエルもろとも顎』を取り戻したのだ。


そして竜王が飲み込むのは、アレイスターが言う人間界なんかじゃなく。
更に竜王がその腹の中で構築するのは、新世界なんかでもない。


『そうか、では頂こう』


飲み込み、腹に揃うのは―――三神の力。



『破壊と具現、お前達は―――どんな味がする?』



そうして構築されるは――――――『全』。


―――

208: 2011/10/31(月) 02:12:28.51 ID:oM/uczJVo
―――

神儀の間。

莫大な力を流し込まれて震えるこの聖域が奏でるは、
悲鳴とも賛歌とも表現できる、不安を掻き立てるもなぜか居心地が良く思えてしまう音。

神裂『……』

神裂はそんな『芸術的な不協和音』に耳を傾けながら、
このオーケストラの指揮者を身を堅くして見つめていた。

広場の中央にて、床に突き刺した閻魔刀の柄を握っているバージル。

一体どれだけの力を絶え間なく注ぎ込んでいるのだろうか。
まさにこの最強の男が己の生命力、文字通りその寿命を削っていく業。

バージルの表情は特に変わらぬも、こめかみには血管が浮き上がり、
その全身には『力み』がはっきりと滲んでいた。

そして空間を満たすは、鉛の海の底にいるかのごとき重圧。


そんな空気に不安にさせられたのか、思わずといった風に。

神裂『……』

手を握ってくるすぐ右隣のインデックス。
神裂はその細くて柔らかな手を包み込むように握り返した。
そっと優しくかつしっかりと、ちょっとやそっとでは絶対に解けないように。

209: 2011/10/31(月) 02:14:08.58 ID:oM/uczJVo

二人は今、己達の仕事の準備が整うのを待っていた。
託された作業はもうすぐにでも始まるのだ。

固唾を呑んでバージルを見つめながら、
神裂は何度も何度も頭の中で、セフィロトの樹の切断手順を確認していく。

セフィロトの樹。

それは70億もの人間の監視、管理、操作、力の供与から、
人間界の基盤として理を維持する役割までをも担う、天界が作り出した一大システム群。

人間を縛り付ける鎖でありながら、人間を生かす命綱でもある存在。

そんなものに手を出す、ましてや切断するとなれば、当然そのリスクはとてつもないものとなる。
順序や切断部分を一つ間違えれば最悪の場合、
存在基盤を失った70億人が消え去ることになりかねないのだ。

アイゼン『よいか? 極力慎重に、な』

二人の前に立ちそう再度確認するアイゼン。
インデックス次いで神裂と、その頬に手を当てて、
彼女達に施した視覚共有の術式の最終確認をしつつ声をかけていく。

アイゼン『時間は考えるな。とにかく精度を優先しろ』

神裂『はい』

禁書『……うん』


アイゼン『心配するでない。虚無といえど、セレッサが「観測」している』


アイゼン『そなた達はただ己の仕事に集中しておればよい』

210: 2011/10/31(月) 02:16:05.10 ID:oM/uczJVo

虚無。

そう、これから神裂とインデックスが向かうのは虚無であった。

セフィロトの樹、その全体像を一度に捉えるには、手段は二つしかない。
天界側からか、それか遠く『外側』から俯瞰するか、だ。

だが天界側から捉えるのはまず困難だ。
なにせメタトロンらに率いられたセフィロトの樹を守護する軍団が常に監視しているからだ。
見つからずにその本拠に潜入するのはまず不可能。

人界の70億はそのまま人質でもあるため、
攻め込むといった強攻策ももちろん取れない。

そこで選択肢は一つ。

人間界と天界の外であり、更に影が映りこむプルガトリオでもない、
完全な『透明度』を有する領域―――つまり『虚無』から俯瞰するのだ。


ただ、だからといってそう簡単に行ける領域でもない。
いや、行くことはある程度の力量さえあれば簡単だ。

問題は入った後だった。

魔帝や覇王の監獄として使われるとおり、そこは一度入り込めば内側では『何もできない』。
自力で抜け出すことなど不可能な領域。

こちらの生と氏が営まれる世界が『有』ならば、その外であるこれはまさに『無』。
あらゆる存在も変化も『制止』する領域、それが虚無だ。

211: 2011/10/31(月) 02:17:27.97 ID:oM/uczJVo

―――だがもちろん。

こうして神裂達が行こうとしている通り、
虚無の中でも安定して作業を行える手段がある。

アイゼン『うん、セレッサ。配置につけ』

二人を確認し終えたアイゼンの言葉、
それを受けてベヨネッタがバージルの方へと足早に歩み寄っていく。

そして閻魔刀を挟んで彼と向かい合う位置に立ち、
そっと右手をその魔刀の柄頭に載せて。

一度、静かに目を閉じて―――そして再び見開いたその瞬間。


ベヨネッタ『―――ふっ―――』


彼女の全身から、真っ赤な光が放たれ始めたのだ。
激しく燃え盛ってる炎のような、悪魔が纏う衣とはまた違う異様な輝き。


ベヨネッタ『「観測点」を―――ここに「定義」。OK、見えてる』


そして彼女は呟いた。


そう、これが神裂達が安全に虚無に行ける手段。
その内容は単純、『無』を『有』に定義してしまえば良いのだ。

ただそれをできるのは、道理や因果などお構い無しに―――存在をそこに定義できる『観測者』。


ベヨネッタ、すなわち―――『闇の左目』のみ。

212: 2011/10/31(月) 02:18:54.95 ID:oM/uczJVo

禁書『……わぁ…………』

またもや思わずといったものか、
インデックスの口から今度は驚きの声が漏れた。

神裂『…………』

彼女の目には、
あの闇の左目とやらの『何か』が見えているのだろうか。
果たして、その『何か』とやらは一体『何』なのだろうか。

実は神裂、ここまで来ても未だ、
あの『闇の左目』という力をいまいち把握しきれていなかった。

いや、ジュベレウスが有していた『世界の目』の片割れ、
というのはわかってはいるが果たしてそれが何なのか、
例えばどんな力を行使できるのかという具体的な事がわからないのである。

もちろん以前に、任務に影響する要因の把握のためと単純な好奇心もあって、
闇の左目とは、とジャンヌに聞いたことがある。

その時返って来た答えはこうだ。


少なくとも、『存在が有か無かの定義』に干渉できる力、と。


更にジャンヌはこう続けた。

ただ影響範囲やその限界などは、実際に使って確かめてみなければわからない。

そもそもこれが正しい使い方なのかもわからないし、
他にも機能があるかどうかさえわからない、セレッサさえあの力の全貌なんか把握してなどいない、と。

213: 2011/10/31(月) 02:22:29.97 ID:oM/uczJVo

実はこの今の使い方も、ベヨネッタの父の手法を元にしているだけのものらしい。
故にこれが正しい使い方すらかもわからないのだという。

そう、つまり『闇の左目』とは、『未知の力』と言ってもいいくらいに謎に包まれているのだ。

もちろん、その闇の右目と光の右目を合わせた『世界の目』もだ。

これまたジャンヌ曰く、二つ揃った状態の『世界の目』は、文字通り『何でもアリ』の力であるらしい。
ただその具体的な内容を把握しているのはジュベレウスのみであった、と。

続けて神裂は、破壊や具現についても彼女に問うた。
ジュベレウスの因子と言うが、実際はジュベレウスとどんな関係なのかと。

これには、ジャンヌはすっぱりはっきり答えてくれた。

創造や具現といったものらは、
『世界の目』という何でもアリの力の中から一部の要素を『模倣』したもの、と。


ここでジャンヌは更に、国語教師らしい物語仕立ての例えでこう続けた。


『ジュベレウスの「机」の上にはAからZまでの「字」が置いてあり、
 彼女はそれらを好きに並べて自在に物語を生み出せることができた。
 そのようにして、「机」の周りは次第に彼女が作った物語とその登場人物で埋め尽くされていく。

 彼女の他には物語を書ける者など誰もいなかった。
 なぜなら、彼女が生み出した登場人物はみな彼女よりもずっと小さく、
 机の上にまでは手が届かなかったからだ。

 だが、そのようにして物語を作っては壊してを繰り返し続けたある時だった。

 なんと「机」に届くまでに大きくなった登場人物が現れたのだ。

 そのような者達は手を伸ばしては机の上をまさぐり、
 ある者はYを、ある者はEを、また中には複数の「字」を勝手に使い始めたのだ。

 そうなると当然。
 物語は、彼女の好きなようにはならなくなってしまう。
 あちこちが勝手に書き換えられ、または滅茶苦茶にされて、物語は想定外の方向へとどんどん突き進んでいく。

 そこでついに怒った彼女は実力行使を選び、その拳を振り上げたが。

 物語を書き換えることで更に体の大きくなった登場人物たちに押さえつけられてしまい、
 なんと逆に彼女が机から引き摺り降ろされてしまったとさ』

214: 2011/10/31(月) 02:24:24.14 ID:oM/uczJVo

この例え話の『机』は創世主の領域、
AからZの『字』は『世界の目』と呼ばれるもの、

登場人物が机に届くほどに大きくなった、というのは一部の強者がついに創世主の領域に届いてしまったということ。

そうして彼らが勝手に使い始めた一部の『字』は、
『世界の目』の要素の一部であり創造や具現と名付けられることとなる力。

そして彼らは手を伸ばしてまさぐってそれらを入手したのに対し、

ジュベレウスは机の全体を俯瞰できて、AからZ全てを完全に把握している、
故に『世界の目』を理解しているのはジュベレウスだけということだ。


神裂はこの例え話を聞いて、ふと怖くなってしまった。
ジャンヌは特に何でもないように創世主の力のことを口にし、
その内容もまるで御伽噺のようだ。

だが―――それは虚構ではなく現実。

現実だと改めて確認すると、なんてとんでもないことなのだろうか、と。
ベヨネッタは、なんととんでもない力をその身に宿しているのだと。

そんなことをして―――危険ではないのか、と。

創世主では無い者が、理解しきれない創世主の力を持って―――リスクはないのだろうか、と。


そして。
これが神裂が一番、言い知れぬ不安を抱いた疑問。


今、その『机』には――――――『誰』が座っているのだろうか。


もし誰も座っていないのならば―――管理者を失った 『机』の上は一体―――どうなってしまっているのだろうか。


215: 2011/10/31(月) 02:26:16.96 ID:oM/uczJVo

ベヨネッタ『―――OK。いいわよ、始めて』

その時だった。
そんな神裂の回顧を断ち切るベヨネッタの声。

闇の左目の安定の確認が終ったのだろう、
彼女は柄先に手を乗せたままアイゼン、そして神裂とインデックスを見た。

神裂『―――は、はい!!』

再び思い返した不安を掃い、神裂は意識を眼前の仕事へと切り替えた。
そもそもこれはどう考えたところで、己程度がその答えを知ることができるものでもない。
ベヨネッタやバージル、ダンテのような、『机』に届く者達でやっと何とかできる領分なのだ。

それに、と。

神裂は今、ある一定の安心を覚えていた。
その理由はもちろん、バージルと繋がっているからだ。

あの最強の主にはこの感情も思考も全て伝わっているはず。
この疑問を知っていてさえくれれば、これに関して神裂がすることはもう無い。


彼女は表情を再度引き締め、握るインデックスの手を優しく引いて。
バージルとベヨネッタから2m程の場所にまで進んだ。

そしてそこでアイゼン、
正面の像の台座のところに座しているジャンヌとローラ、と今一度順に目を合わせていき。

神裂『インデックス。いいですか?』

禁書『うん。行こう。かおり』


そうして無表情のバージルとベヨネッタを見やり。


神裂『では、お願いします』


ベヨネッタ『いってらっしゃい』

216: 2011/10/31(月) 02:26:59.06 ID:oM/uczJVo

―――次の瞬間。


二人の目に映る周囲の光景が解けるようにフェードアウトして、完全な闇に染まった。
そして覚える、底の無い海に沈んでいくような感覚ののち。

全感が途絶えた。

五感も、悪魔の知覚さえも何も捉えない。
それは彼女達が麻痺したわけではなく、周囲が正真正銘の『無』だからである。

そのため、全感が無くともそれにはただ一つ例外があった。

互いに握る手の温もりだ。

神裂『大丈夫ですか?』

禁書『大丈夫なんだよ。かおりは?』

神裂『問題ないですよ』

と、その時。

禁書『―――……あっ……―――』

神裂『……どうしましたか?』


禁書『―――あったよ!!すごい……こんなの…………!!』

217: 2011/10/31(月) 02:28:22.95 ID:oM/uczJVo

『あった』、ということは『目的のもの』か。

神裂にはただただ闇しか見えないが、
彼女の瞳はしっかりとを捉えているのだろう。

神裂『何が見えていますか?』

答えはわかっているが、
再確認の意も篭めて神裂が問うと。


禁書『―――せ、セフィロトの樹!!―――すごいよ!!』


予想通りの返答。
ではあるが、どうやらそのセフィロトの樹の姿は予想していなかったものらしい。
それも彼女の声色から見て、よからぬ方向にという訳でもないか。

神裂『――ーでは、視覚共有を』

禁書『うん!!』

そうしてアイゼンが施した魔女の技を起動し。


インデックスの視界を共有した瞬間。


神裂『―――………………』


神裂は言葉を失った。
目の前に『広がる』そのセフィロトの樹の姿を見て。


あまりにも―――それこそ許しがたいほどに―――美しかった。

218: 2011/10/31(月) 02:29:01.54 ID:oM/uczJVo

人間界と天界の外縁部にあるセフィロトの樹の全貌。

それは複雑に入り組んだ、巨大な網の目状の『光』の構造体だった。
大樹の根のように無数に枝分かれし絡み合い、何重にも重なり合って透き通る煌きを放っていた。
しかもその規模はとてつもない。

ここは虚無なのだから、そもそも何らかのものさしでその大きさを測るのも馬鹿馬鹿しいが、
それでも例えると。

まるで銀河系を真上から見下ろしている感覚、とでも言えばよいか。

神裂『……こ、これは…………』

問答無用で感情がざわつき、ぞわりと全身を衝動が走る感覚。
何かを見て、ここまで美的感覚が刺激されたことなど無い。

だがそう長く、その美しさを純粋に味わってなどいられなかった。
次に神裂の頭を過ぎったのはこんなこと。

これが―――こんなものが。

70億もの人間の監視、管理、操作、力の供与から、
人間界の理の維持までを行う存在なのか、と。


まさに許し難い美しさだった。

219: 2011/10/31(月) 02:29:33.24 ID:oM/uczJVo

そんな怒りと、これを破壊することへの悲しみを覚えながら。
神裂は七天七刀の鞘を、魔術で目の前の空間に固定し。

その柄に手をそっと添えて。


そして最終確認の声を放った。


神裂『―――始めても?』


『主』へ向けて。
意外なことに、主の声はすぐに返って来た。


バージル『一々許可を仰ぐな』


声色は相変わらずの冷徹なものであったが。
だがそれでも神裂にとってはまさに天の声であった。

許可を仰ぐな、つまりは「お前に一任する」という、そこには絶大な信頼が表れており、
それが彼女に絶対的な自信を与えてくれるのだから。


神裂『はい!!では―――いきます!!』


彼女は高らかにそう返事をし、
そしてインデックスの手を固く握り締めながら。

左手で―――蒼き光を放つ七天七刀を抜いた。


一世一代のその大任を果すために。

―――

226: 2011/10/31(月) 22:24:30.28 ID:oM/uczJVo
―――

あるデータを見て。

アレイスター『―――どう……なっている………………?』

彼は凍りついた。

それは己が目を疑うものだった。

感情を排し常に冷静沈着で徹底した合理主義、
そんな彼の思考が一瞬―――『完全』に空白になってしまうほど。

実は彼が『これ』を見つけたのは、今が初めてではなかった。


最初に見つけたのは―――右方のフィアンマがこの街で滅んだ数日後だ。


充分に許容範囲内に見えたこと、そして調査の時間的余裕が無かったこともあり、
目を瞑っていた小さな小さな『誤差』だ。

学園都市を覆うAIM拡散力場上に見られた、ごくごく小さな『揺らぎ』。

計算上は問題ない、プラン成功の確率には変化を及ぼさない、
そう判断したあの『ほんの僅かな誤差』、それが今。

アレイスター『―――何だ?…………何なんだこれは……?』

みるみる肥大化し始めていた。

それこそもう『誤差』と呼べる規模ではないほどだ。
絹布に墨汁を垂らしたかのように、AIM拡散力場に原因不明の―――『振動』が瞬く間に染み広がっていく。

それも一点から拡大しているのではなく、
あちこちで同時多発的に発生して。

アレイスター『―――どうなっているんだ―――これは?!』

この瞬間、今や虚数学区、そしてこの上条当麻のAIMにまで既に影響が見え始めていた。

227: 2011/10/31(月) 22:25:48.50 ID:oM/uczJVo

人間でも誰しもが抱く嫌な予感、悪寒、というものに少しでも彼が意識を向けていたら、
彼もこの問題に何らかの策を講じることもできたかもしれない。

だが彼は『そんなもの』など信頼してなどいなかった。

悪魔などならともかく、たかが人間の勘。
そこに確実性など欠片も無く、役に立つわけなど無い、と。
なにせ、そのような曖昧な衝動に従ったせいで一度目は失敗しているのだから。

だからこそ彼は人間の充てにならない感覚は全て排除し、
データに示される事だけを信じるというやり方を貫いたのだ。

そしてそれが不可能を可能にし、彼はこのようにここまで勝ち続けるに至り、このまま―――。


―――完全な勝利を収めるはずだったのに。


その絶対的なやり方は、この最後の最後の段階で――――――彼の信頼を裏切った。


アレイスター『―――ッ!!』

もう今は、悠長に原因の正体を探っている場合ではなかった。
最優先すべきは、とにかくこの『振動』の拡散と激化を止めることだ。

このままでは、修正不可能な状態になってしまう。
材料不足で計算はまだできなくとも、そう確かに推測できるくらいに、
拡散の勢いは増し続けていた。

228: 2011/10/31(月) 22:27:11.32 ID:oM/uczJVo

エイワス『おや―――随分と大変なことが起きたな』

アレイスター『―――黙っていろ!!』

相変わらず、どことなく愉快な色を滲ませるエイワスに声を荒げながら、
彼はこの拡大を止める手段を探してホログラムに目を通してく。

アレイスター『…………』

画面を流れていく大量のデータ、
それを見て彼の思考はすぐにある点に気付いた。

どうやらこの『振動』は、一方通行が火付け役であり燃料であると。

AIM拡散力場上の中に紛れていた原因不明の種、いや、ある特定周波数のAIMが、
一方通行の『生』と繋がったことにより突然『生き返った』かのごとく活性化したようだ。

となれば。

一方通行との繋がりを切断すれば、
拡大は停止するかもしくは勢いが衰えるはずだ。

アレイスター『よし……』

そう彼は考え、更に素早く策を具体化させていく。
もっとも簡単で早い切断方は?、箇所は?

その簡単な選定は一瞬にして終った。

単純だ。


ミサカネットワークと一方通行を切断すれば良いのだ、と。

229: 2011/10/31(月) 22:28:19.86 ID:oM/uczJVo

ミサカネットワークは虚数学区、
そこからエイワス、上条当麻と繋がっているのだから、
ここを一つ塞き止めるだけで全域から一方通行の影響を取り除ける。

一方通行の側も、
その思念は既に抹消済みで完全に掌握下にあるのだから、
一時的にスタンドアローンにしても特に問題は無い。

そうして早速、彼がその作業を行おうとしたその時だった。

ここでまた彼の想定外の事が発生する。
アレイスターの前にあるホログラム、そこにミサカネットワークの状態が表示されたその直後。

突然。


アレイスター『―――っ』


ミサカネットワークが切断された。

ミサカネットワークが一方通行と、ではなく―――虚数学区とだ。

それも―――アレイスターの意思ではなく


アレイスター『―――なぜだ?』


―――『勝手』に。

230: 2011/10/31(月) 22:30:31.83 ID:oM/uczJVo

更にそれだけには留まらなかった。
他にもあるミサカネットワークと各所の回線もぶつり、ぶつりと次々と切断されていく。

一方通行とミサカネットワークが、他と完全分離していくのだ。

最後にはこのアレイスターの管理システムとも切断され。
ホログラムにはエラー表示が浮かび上がった。

アレイスター『―――……』

結果的には切断され、他の画面に示されるデータの通り、
虚数学区と上条の中に見られた振動は急激に衰えていく。

だがこれは次なる問題をも同時にもたらした。


アレイスター『一体……これは……』


完全に掌握していたはずなのに、
なぜこうも次々と予想外の事態が連続する?

なぜこんなにも―――イレギュラーが発生する?


顕在化したイレギュラーは二つ。
一つはあちこちにある『振動』の原因。


そしてもう一つはこのミサカネットワークと一方通行の孤立化の―――

―――いや、この原因であるイレギュラーは別今顕在化した訳ではなかった。

なぜならアレイスターは、
半年以上も前から『コレ』をイレギュラーとして認識していたのだから。

231: 2011/10/31(月) 22:32:15.66 ID:oM/uczJVo

しかしそれは余りにも『小粒』であったため、
彼の計算上では距離を離しておくだけで良い、と判断を下してしまっていたのだ。

―――イレギュラーは把握しきれないからこそ『イレギュラー』だというのに。

特に影響を及ぼさない小粒で終るとは限らず、
逆に最大の爆弾となり何もかもを吹き飛ばしてしまうかもしれないのに。


アレイスター『!』

彼はその時、背後に突然気配を覚えた。
誰もいないはずの―――闇に包まれている少年しかいない背後に。

そうして素早く振り向くが、別に新たな第三者がいたわけではなかった。
その少年以外はいなかったのだ。

そう、一方通行以外は。


つまり―――気配の主はその少年だったという事だ。


アレイスター『――――――』


エイワス『―――ふふ、そう来なくてはな。やはり人の物語とはこうでなければね』


彼が振り向いた先にあったのは『少年の入った闇の繭』ではなく。
立ち上がり、そのオレンジの瞳でこちらを見据えている少年だった。

それもとても『中身が無い』とは言えないような、凄まじい形相―――かつ。


その目から『黒い雫』を―――まるで『泣いている』かのように滴らせながら。

232: 2011/10/31(月) 22:34:12.96 ID:oM/uczJVo

それは、『小粒』でしかなかったイレギュラーが爆弾へと変じた瞬間だった。


『小粒』の正体は―――ある一人の正真正銘の無能力者。

ただの一般人であり、
例えイレギュラーであろうが何の変化をもたらすことも出来ない小粒。

そのはずだったのに。

アレイスター『どうして……どうしてだ…………有り得ない……』

彼から生じたほんの僅かな波が―――あるレベル5の女へと伝わり。

ダンテ、アラストルという別のイレギュラーと更に反応を起こし、そして―――。



一方通行『―――よォ…………アレイスター』



―――ついに一方通行にまで到達した結果がこれだった。


少年、一方通行はそう静かに彼の名を口にした。

突き刺さるような視線をアレイスターに向け、
そして焼け付いてしまいそうなほどにその声に激なる内の熱を載せて。

233: 2011/10/31(月) 22:37:48.39 ID:oM/uczJVo

エイワス『―――さて、ここからどうする? エドワードよ魅せてくれ。もっと楽しませてくれ』

相も変らぬ他人事か、そんな腹立たしくなるようなエイワスの言葉。
だが今のアレイスターには、最早言い返す余裕など無い。

アレイスター『なぜだ……なぜ……!』

あまりの状況に彼は思わず一歩、更に一歩、
後ずさりしてしまった。

もうその類稀な思考ですら、この展開にはついていけなかった。
一体なぜこの少年の人格がこうして存続しているのか。

徹底的に崩し砕き完全に抹消したはずのなのになぜ―――?
精神が存続し得ない、圧倒的なストレスと疑心を与えたのになぜ―――?


アレイスター『……―――なぜだッ―――!!どうしてお前がッ―――!!』


一方通行『…………なぜかって?』

少年は小さな、乾いた笑い混じりに口を開いた。

一方通行『―――そりゃァ―――俺は―――』


一方通行の思念を存続させた『それ』は、別に大きな力などではなかった。

あの『無能力者』から生じた波は、この一方通行に届いた時も変わらずに小さくて。
届け先が彼では無かったら意識されることすらなかったようなもの。

それは強いて言うならば。

たった一つの『言葉』だった。


一方通行『―――「答え」を見つけたからな』


―――ある『女』が遺した、『くだらない願望』だった。


―――

242: 2011/11/03(木) 23:25:37.09 ID:UMjtKL09o

―――

『中』から、熱くて痛くて辛くて苦しい爆風が押し寄せてくる。
何もかもを薙ぎ払う真っ黒な風が、この体と精神を貪っていく。

それはそれは馬鹿みたいに五月蝿くて、凄まじく熱くて、猛烈に痛くて。

何もわからない。
何も考えられない。
何も認識できない。


『―――さあ来るが良い』


だがただ一つ。
あの声だけははっきりと聞えた。


『そうだ。何もかもをかなぐり捨てて、ただ怒りに身を委ねてしまえ』


そう、だた一つ。
あの者の姿だけは見えていた。

闇の中に唯一見える光だ。
迷い絶望し怯えきった少年は、夢中になってその光に向けて歩を進めていく。

例えそれが肉と骨を焼き尽くす炎であっても。


『さあ―――その手で、私の首を捻じ切るが良い』


そうして呼ばれるがままに近づいて。


手を伸ばして―――火の中に身を投じると。


次の瞬間、そんな最後の光すら消え去って、
底無しの闇の中へ少年は落ちていった。

243: 2011/11/03(木) 23:27:37.37 ID:UMjtKL09o

どこまでも、どこまでも落ちていく。

そして流れていく闇の中に走馬灯、と呼べるものか。
垣間見えるのは過去の記憶。

さまざまな情景が凄まじい勢いで過ぎ去っていく。

『最終処分』用の破砕機へ送り込むために、全ての情報をスキャンしているのか。

それもただ見るだけではなく、その時目にしたもの、触れた感触、
そして抱いた感情ら全てを忠実に追体験していく。

ただ唯一、色が無いという点だけが違っていたが。

彼はもう一度、これまでのそんなモノクロな人生を歩み直していく。

とはいえ彼にはもう正確な時間感覚なんかなかったため、
正確な年齢と同じ体感時間ではなく、一瞬にも永遠とも言えるくらいに不確かなもので、
それも記憶の濃淡によっても大きく異なっている。

彼はぼんやりと。

ただ受身のまま、その記憶の奔流に身を委ねていた。

始まりは幼い頃から。
当時の情景はきわめてあやふやで、両親の顔すらもはっきりと見えない。
そこが果たして学園都市なのか、それともその外なのか、それすらも覚えていない。

はっきりとしてくるのは、大体4歳辺りからか。

その時は既に学園都市の中で暮らしていた。
ただ記憶が明確とはいえ、その中身はそれはそれは空虚なものであったが。

白髪に赤目と、その特異な容姿が故に同年代からは避けられ。
一応親代わりだった担当の者も、ただ状態をチェックするだけで実際には親と呼べる行為は何一つしない。

その頃はただ、一人で学校と研究所を往来するだけの日々だった。

そうした10歳のある日のことだ。
突然、能力が発現したのは。

244: 2011/11/03(木) 23:30:57.24 ID:UMjtKL09o

始まりは、いつものいじめっ子がつっかかってきた事。
理由なんて覚えてはいない。
いや、大した理由なんて無かったかもしれない。

とにかくその時発現した能力は―――触れてきたいじめっ子の腕をへし折った。

それを見て周りの大人が駆け寄ってきたが、それも弾き飛ばし。

通報されてきたアンチスキルを吹き飛ばし。
そして非常事態だと出動してきた駆動鎧やらヘリやらを木っ端微塵にした。


その『事件』がきっかけで、
無垢な少年は『もう誰も傷つけない』ように一人で生きていくことを決めたのだ。


そして歳を重ねて現実を知る中で少年はいつしかこう考えるようになる。
誰も傷付かない『完全な防護策』とは、戦意さえ喪失するような、争いが起こりようも無い絶対的な力であると。

それが、彼がそれまでの名を捨て去って最強を目指した理由であった。


しかし―――そんな望みとは裏腹に。

強くなればなるほどその手を染める血は濃くなっていき。

『もう誰も傷つけない』と決意して歩んできたはずなのに。

気付けば、自らが殺戮した大量の躯の山に座っていて。


彼は―――笑っていた。


頬に散る他者の血肉、その感触に―――浸っていた。

245: 2011/11/03(木) 23:32:35.91 ID:UMjtKL09o

記憶の回廊の果て。

少年はソファーに座っていた。
両肘を膝に付き、頭を抱えて。


「……どォしてだ……どォしてこンな……」


そこはあの病棟の一室。

グループの面々と、出撃前夜に酒を酌み交わしたあの部屋。
正確無比に疑似体験しているためか、その思考も正常な水準にまで一時的に戻っていた。

戻ってはいても―――何も変わりなどしないが。

同じように疑念を抱き、同じように絶望して、答えなど結局見出すことが出来ず、
このまま記憶の追体験は、麦野達を見送って三頭の狼と獅子の戦いを経て、再び―――崩壊する。

それだけだ。

いや、全て同じわけではない。
この二度目の追体験で二重に追い込まれ、
これでもかとばかりに徹底的に粉砕されるのだ。

その魂に残っている記憶も、生きた情報も何もかもを根こそぎだ。


「俺は……どォしてこォなっちまったンだよ……」


髪を掻き毟り、彼は答えの出ない問いに苛まれ続けた。
己を責め続け、絶望し、否定して、更に深みに落ちていく。

246: 2011/11/03(木) 23:34:01.13 ID:UMjtKL09o

―――妹達と打ち止めは、自分がいなかったら生まれなかった?

それは確かに事実だろう。
だがそんなものはただの結果論だ。

二万人は殺されるために生み出され、実際に一万人は頃したのだ。
狂った殺人鬼の夫婦が頃すために子供を作るようなもの。

そんな戯言、気休めにすらならない。


―――あんな事、本当は『したくなかった』?

それは嘘っぱちだ。

本当にそう思っていたのなら、例えそうせずるを得なくとも―――決して笑いなどはしない。
あんな風に快感の声を漏らしながら拷問し、残虐に引き千切り、その血肉を舐めたりなどしない。

本当に『したくはない』、という気持ちはあったかもしれないが、
一方で確実に『殺戮』を求めていた自分もいたはずなのだ。

だからこそ。

だからこそだ、今となってここまで己に嫌悪し怒りを抱くのは。
こうして自分自身が『大罪』として認識している。

果たすべきことを果したのち、早急に氏をもって贖うべきだと。


では―――その果すべきこととは何だったのだ?


それはこの期に及んでまで―――片付けきれない量なのか?

247: 2011/11/03(木) 23:35:15.81 ID:UMjtKL09o

天井の手から打ち止めを救った、そこまでは文句は無い。
その後しばらくの『護衛』もまあ良い。

だがその後だ。

打ち止めの安全を確保できて、命を絶つ機会なんていくらでもあった。

ダンテ達が絡んできてから、それを達するにもっと簡単になったし、
それ以上に自分が生きている限り打ち止めに完全な安寧など訪れないと確かになったのに。

なぜそうしなかった?

それまでの『最強になる』なんて目的だって、
絶対的な力を得れば争いは消える、そんな根底の理論がダンテ達の出現で否定されてしまったのに。
巨大すぎる力は、更なる戦いを招くだけだと明確にされて。

もうこの世に留まる、己がいなきゃならない理由など無いのに。


なぜ―――。


「……俺は……本当は……何をしたかったンだよ……」


―――まだ生きているのだ。


「なァ…………アクセラレータ……オマエは何を…………」


『あのまま』ではわかっていたはずなのに。
こんなどうしようもない状況に陥るのが確実であったのに。

248: 2011/11/03(木) 23:36:48.46 ID:UMjtKL09o

わからない。
思考は無意味に堂々巡りし、更に深みに落ち込んでいった。

周りでは記憶の再生が続き、
こうして思考を保っていられる残り時間が刻々と減っていく。

「…………」

周りで聞えるは、酒を交えたあの時の他愛も無い会話。
内容は日常離れしているであろうが、その調子は世間話そのもの。
読み合いも緊張も無く、そこにあるのは緩い連帯感。

確かに結構な量の酒が入っていたが、
交わされた一言一言から隅々の情景まで、きわめて明瞭に記憶していた。

夜も更けたところで、泥酔した御坂が結標に飛ばされる形でリタイアし、
土御門、海原、結標はそれぞれ親しい者達と時間を過ごすために去り。

「………………ねえ」

そして。


麦野「…………今まで頃した連中の顔、全部覚えてる?」


麦野沈利と二人だけになる。
顔を上げれば、机を挟んだ向かいのソファーに彼女が座っているはずだ。
一言一句正確に再現された声が耳に入ってくる。

だが彼は。

「……」

彼女を見ることは出来なかった。

麦野「―――私もね。アンタと同じく『向こう』に行かなくちゃならないと思ってるの」

例えそれが本物ではなく記憶が作り出した偶像であっても、
眩しすぎて、耐えられそうもなかった。

249: 2011/11/03(木) 23:38:59.29 ID:UMjtKL09o

麦野「『向こう側』に会わなきゃならない『仲間』がいる」

麦野「そして『伝えなきゃいけない』事もある」


「なァ……オマエは……こンな俺を見たら……どう思ったンだ」

忠実に再生されていく声に向けて、彼は問いかけた。

彼女は本物ではない己の記憶が作り出す像。
何を聞いたところで、引き出せる言葉は元から己が言っているものだけ、
己の分身に問いかけるようなもの、そうわかっていながらも。

「……これが俺なンだよ…………俺は……」

言葉を続けた。

最強の能力者、そしてこうしてそこらの大悪魔をも超える力を手にしておきながら、
中身はどうしようもなく脆弱。

強い力を持っていたから強者と錯覚していただけで、
本当は己の弱さに全く気付いていなかった愚か者。

いいや、気付いてはいたはずだ。

ただそれよりも悪いことに、他者を傷つけないため、打ち止めのため、
それを理由にしてこの問題から目を逸らしていただけなのだ。

どれだけ外見を取り繕おうが、その中身はもう騙しきれなかった。


贋物は結局、最後の最後にはバケの皮が剥がれてしまうものだ。

250: 2011/11/03(木) 23:41:18.76 ID:UMjtKL09o

その結果、留守の学園都市を守る、
そんな託された使命もろくに果せず。

アレイスターを独断で、それもただ感情に任せて殺そうとし。
打ち止めも何もかもを投げ出して絶望に屈してしまった。


麦野「―――…………私は……これはわがままなのはわかってるけど……」


麦野「こんな薄汚れてどの口でって言われるだろうけど……」


そんな己なんかが、どのツラ下げて彼女を見るのだ。
自分を理解しきった上で前に進もうとした戦士を。

己とは違い、使命を完璧にこなしたあの女を。

自分の全て、何もかもを受け入れて。



麦野「生きたい―――」



そう望みながらも―――命散らした麦野沈利を―――。


「―――――――――…………ッ…………………………」


その時だった。


記憶の中の一言、
麦野の口から発されたその言葉を再認識した瞬間。


彼の思考の中に、一筋の光が突き抜けた。

251: 2011/11/03(木) 23:43:04.16 ID:UMjtKL09o



「――――――は、ははッ…………」


彼は跳ね起きるようにして顔を上げては、上半身をソファーの背もたれに投げ出して。
茫然自失気味に小さく笑ってしまった。

信じられなかった。
頭がオーバーヒートしそうだった。

それも今までの『空回り』とは違い、
追いつかないくらいのペースで思考が明瞭に繋がっていく。


―――なぜ彼女のその言葉が、聞いて以来ずっと気なり続けていたのか。


またことあるごとになぜ、
打ち止めと共にいる未来なんて許されぬ幻想が湧き上がってきてしまうのか。


気付いてしまったら、非常にシンプルなことだった。
このワードとこの問題を結びつけられなかった事が、不思議に思えてしまうほどだ。

己とあんな事を言えてしまう麦野とには、その認識に違いなんて『無かった』のだ。
視点の位置も見ている景色も全て同じだった。

ただ、己が気付いていなかっただけなのだ。


『何がしたかったのか』、その答えがすぐ目の前にあったのに。


「はッ、はは…………チクショウ…………」


そう、根底にあった望みは同じ。
単純明快、人間誰しもが有する基本的な願望。



「…………………………なンなンだよ…………クソッタレ…………」



自分もまた―――『生きたかった』のだ。

252: 2011/11/03(木) 23:44:33.83 ID:UMjtKL09o

それは決して虐殺者の大罪人には許されない望み。

わかっている。
わかっているとも。

今の今まで常に意識し、一時も己を許したことなど無い。
それなのに。


「は、ははッ……オマエは……ほンッッッとォに―――」


『情けないこと』に。

一度気付いてしまったら、もう抑え込めなかった。


「―――どォしよォもねェ野郎だなァアクセラレータッ!!」


吐かれる言葉とは裏腹に、沸々と湧き上がってくる感情。
偽れない本心が噴出し、内をわがままでどうしようもない望みで満たしていく。


「脳ミソ腐ってンじゃねェのか?!アァ?!クソッタレが!!」


黄泉川、芳川、上条、土御門、結標、海原。

そして打ち止めが存在するこの世界に、
このまま留まり続けていたい、と。


「クソッ!クソが!!あああァ―――!!」


できるならば―――皆と―――打ち止めと―――生きていきたいと。

253: 2011/11/03(木) 23:45:48.68 ID:UMjtKL09o

腹の内から、己へと罵声を浴びせて。
それでも認めざるを得ないとわかって。

「――――――……………………クソが…………!」

彼は諦め混じりにため息をついた。
後頭部を背もたれの上に叩きつけて、天井を見上げながらゆっくりと長く。


こんな気持ち、初めてだった。


少なくとも、今見てきた記憶の中で覚えたことなど無かった。

何もかもが怖くて怖くてたまらない。

友を失うことが。
一人になってしまうのが。
自分が壊れてしまうことが。


打ち止めが―――己の前から消えてしまうのが。


そうして初めて実感できる―――それらの『本当の価値』。


それらを守るためにと戦ったのも、
その最大の動機は『自分が失いたくなかった』からだ。

まず第一に、自分がそれらの存在を求めていたのだ。

254: 2011/11/03(木) 23:47:56.53 ID:UMjtKL09o

「…………」

しばらくして、彼は目の周りのむず痒い感触に気付いた。
原因はすぐにわかった。
視界がぼやけていたのだ。


「……はは、はは、ははは……こィつ……」


彼はその目尻から露が毀れる触感を、ただ可笑しげにあざ笑った。


「―――泣いてやがる……泣いてやがンぜ…………女々しい野郎だ……」


涙したのはいつ以来だろうか。
少なくとも、能力が発現してからはこんな風に泣いたことなんてまず無かった。
感情が高ぶって湿っぽくなることすらなく、常に乾ききっていた。

溺れるほど血を浴びていたにもかかわらず、
その中身は知らぬうちに常に乾きに喘いでいたのだ。

「…………」

目尻から毀れる露を拾おうと、何気なしに手を上げたところ。
彼はその手を顔の上でふと止めた。

「…………」

触れるものを一瞬で潰しかねない暴力的すぎる手。
何千回も何万回も血で塗り重ねられたせいであるかのように、色を喪失した手。

己から逃げ続けて、愚かにひたすら力を求めた代償か。
遂には失いたくない存在に触れることができなくなってしまった。

「…………ラストオーダー…………」

あの幼い少女の、柔らかな髪に最後に触れたのはいつだっただろうか。
二度と近づくな、そう告げた瞬間のあの少女の表情が忘れられない。
マジックミラー越しに叫ぶあの顔が脳裏に焼きついている。


泣いて、泣いて、泣きじゃくっているあの表情が―――。

255: 2011/11/03(木) 23:54:13.52 ID:UMjtKL09o

なぜ彼女はあんな顔をしていたのか。

その理由は『知っていた』。

全ては弱いくせに、臆病なくせに、頑固で意地っ張りで強情な己のせいだ。

こんなのだから、自力では己の本質に気付けずにここまで落ちに落ちてしまったのだ。
こんなのだから、ラストオーダーを苦しませて。
笑い騒ぐためだけに生きているようなあの少女の顔から、その笑みを奪い取ってしまうのだ。

しかも己の決断が、そんな結果を招くと知っておきながら。
彼女がどう思っているかを悟っていながら。

そう、わかっていた。
そこまで鈍感じゃあない、これまでの積み重ねを見ればそれは明確だ。


打ち止めは、一方通行の氏を望んではいないと。


怒り、憎しみといった負の感情が欠落しているわけじゃなく、打ち止めは本当にそう思っているのだと。
それなのに、目を逸らし続けてきた。
自分は大罪人、そんな甘い選択など許されないと『勝手』に決め付けてだ。

そもそも、己に自分自身を裁く権利など元より無いのにだ。
この身の処遇を最初に決める権利を持っているのは他ならない―――打ち止めと妹達だ。


それなのに己は逃げるようにして、『勝手』に自身を裁こうとした。
いいや、それは裁きと称してはならない、ただの『先送り』、有耶無耶にするための『時間稼ぎ』だった。

ではなぜ打ち止め達の判断を避け続けたのか、
その理由は単純にしてどうしようもなく情け無いものだ。

怖かったからだ。


もしも、もしも打ち止めと妹達が―――己を拒絶したら、と。

256: 2011/11/03(木) 23:57:53.15 ID:iqxyFipLo

彼はその黒き手の甲を瞼の上に当てて。

「…………クソ喰らえ…………」

鼻をすすりながら悪態をついた。

もうウンザリだった。
こんな己がもう嫌だった。

もう逃げるのも受身でいるのも嫌であった。


そして何よりも―――もう打ち止めの泣き顔なんて許せなかった。


弱くて臆病で卑劣で未熟な己、そこから目を逸らし続けるのはもう終わりだ。

そうして彼はついに真の意味で、己を受け入れることとなる。
吹っ切れ、己を解き放って、真の『自分の意志』で前へと進む。


ああ、戦ってやるとも、と。


―――俺は『俺の望む未来』のために、『ありのままの俺』で戦ってやる―――、と。


そして打ち止めと妹達に直接問おう。
もう逃げずに裁定を求めよう。

彼女達が拒絶したら、今度こそ潔く命を絶ち。

彼女達が受け入れてくれたら。
このチンケなプライドも何もかもを捨て去って。

無様に―――その寛大な判断に甘えさせてもらおう。


誰が何と言うがクソ喰らえだ―――俺も『わがまま』になってやる、クソッタレ、と。

257: 2011/11/03(木) 23:59:22.11 ID:UMjtKL09o

手を除けて再び目を開くと、
あのモノクロだった情景に『色』が戻っていた。

「……………………」

彼は天井、壁と、もたげていた上半身を起こしながら視線を巡らせて。

そして。

麦野沈利を見た。
僅かな気負いもせずに真っ直ぐに。

「……よォ」

彼女の姿を目にしても、今や負の感情は全く覚えなかった。
ただ代わりに―――胸が締め付けられる感覚に襲われたが。
心臓が萎縮してしまうような。

しかしそれも別段苦痛といったものではなく、むしろどことなく心地良い。
柑橘系といった類のさわやかな刺激に似ているか。

「………………あァ…………そォか……」

確信しそして再度気付いてしまった。
興味を超えて魅せられていたあの感情、それも『本心』だったと。

それもあの言葉だけではなく。


この女『そのもの』に魅せられてもいたのだと。

258: 2011/11/04(金) 00:02:33.40 ID:n0ibw8afo

それは初めての感情だが、何となくその正体はわかるものであり。
以前の己なら一笑してまた目を背けていただろうが、
今となっては否定なんかもしなかった。


自覚した彼は楽しげな笑みを浮べて。

静かに、まるでこちらの言葉を待っているかのように佇んでいる偶像、
記憶が作り出した幻想の女性へ向けて。

いや、きっと、本物の彼女であっても同じように。


「よォ、クソアマ。どォやら俺は―――」


臆面もなく―――嬉しそうにそう告げた。



「―――惚れちまったみてェだ。オマエにな」



それは確実に悲恋に分類される物語であろう。

片方が気付いたときには、
片方はもう生者ではなくなっていた―――『始まる前から終っていた恋』であったのだから。

しかしそんな悲劇の登場人物であるのに、
彼は嘆き悲しむことなんかせず、ただ穏やかな笑みを向けて。


「―――ありがとな、麦野」


別れではなく―――礼の言葉を手向けた。


『今度』こそ、最期に彼女へ向けて。

259: 2011/11/04(金) 00:03:08.30 ID:n0ibw8afo

そうして。

一人の少年は完全に消滅する寸前に、己を取り戻した。

絶対に与えられるはずの無かった―――


―――アレイスターのプランには存在していなかった『たった一言』によって。


思念が完全に再構築された後で、彼が最初にやるべき事は明確だった。

まずは打ち止めと妹達の命を救うこと、
つまり―――ネットワークから『余分なもの』を切り離すこと。

それは以前の彼にとっては非常に困難なことであった。
プログラムを徹底的に解析して解体、それもアレイスターに気付かれて妨害される前になんて不可能に近い。

しかし今となってはきわめて簡単なことだった。
AIMに直接干渉できるまでにその認識は進化しており、
その存在も紛れも無い王たる神の領域へと昇華している。

更に『生』という明確な意志を有している彼の前には、
氏した残骸の力などただの『無機物』に過ぎないのだ。

もうプログラムなんて解析する必要などなく、『能力者』の力は意のまま。
安定して切り離す、そう意識するだけで―――ミサカネットワークは瞬く間に独立していき。

独立は完了、となれば次にやるべきは『決着』をつけに行くこと。


いや、―――本当の己の戦いの『幕をあげる』ことだ。


そして彼の意識は一気に急上昇していき、幻想と闇の中から抜け出して。


黒き『繭』を砕いては、母なる世界層に再顕現して。


彼は黒き涙を伝わせながら、
槍のごとき鋭い目で―――すぐ正面にいるあの男に向けて。



一方通行『―――よォ…………アレイスター』



宣戦布告する。


今度こそ、真の己の意志で。

―――

260: 2011/11/04(金) 00:05:15.95 ID:n0ibw8afo
今日はここまでです。
次は日曜に。

261: 2011/11/04(金) 00:06:45.91 ID:RVQ2JH6/o
乙です。禁書目録もう一人の主人公がついに・・・!

262: 2011/11/04(金) 00:07:48.62 ID:oi95uS6b0
乙です!!!!!


 次回へ続く:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その33】


引用: ダンテ「学園都市か」【MISSION 09】