640: 2011/12/14(水) 00:52:17.81 ID:Vk6LXxX3o


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 ―――

遡ること暫し。
レベル5第一位の少年が、アスタロト配下の魔鳥を『虐殺』する少し前。


イギリス、アシュフォードに置かれている前線本部にて。


キャーリサ「……」

現英国軍の最高指揮官たる第二王女、キャーリサは、
見るからに不機嫌そうに顔を顰めていた。

そこはある質素な大きな幕営。
中央には大きな長机が無造作に置かれ、そこに様々な所属の者達が顔を揃えていた。

まず上座には―――並び座す、キャーリサとローマ教皇。

次いでローマ教皇側にはヴェント、この『教皇救出作戦』に協力したフォルトゥナ騎士の指揮官、
キャーリサ側には騎士団長・シェリー、英軍将官や政務官達。

そして『女王艦隊』に搭乗してきたイタリア、フランス、スペイン等の高官。
現地調整官としてすぐさま派遣されてきたドイツ軍幹部と、
魔術顧問兼護衛の『ワルキューレ』(北欧系における聖人)の女性。

在英米軍の幹部、ロシアと中国・インドの大使館付の武官や魔術顧問といった、
各国各勢力の者達がこの長机に並び座していた。


本来、このような会議はロンドンの全うな施設で行うべきなのであろうが、
ローマ教皇がこのドーバー近辺に留まること、
そしてキャーリサもこの前線本部に留まることを望んだため、この地でこうした会議が開かれることになったのである。

そうして集った彼らは今、皆一様に重苦しい空気を漂わせていた。

付き添いの者と耳打ちし相談、またそれぞれの母国と話し合わせているのか、
席を外して幕営の隅で無線機で話しこんでいる者、PDAで通信している者、険しい表情で資料を捲る者。
そうしてある者は愕然とし、ある者は頭を抱えてため息、ある者は険しい面持ちで思索を巡らし悩ましげに唸る。


そこまで彼らを困窮させている問題、それはもちろん―――異界の力に脅かされている世界の現状だ。
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641: 2011/12/14(水) 00:54:12.02 ID:Vk6LXxX3o

こちらに向かっているシルビア、
デュマーリ島に残るオッレルスと、学園都市へ向かっている土御門。

それらの報告から浮かび上がる、今回のロシア・ヨーロッパにおける争乱の真実と今現在の状況。

この戦争は神の右席の一人と、
ウロボロス者CEOアリウスによって仕組まれたものであること。

次いで魔界の門が開き、再侵攻が始まりつつあるということ。
ただそれは、オッレルスや土御門によると、
今のところは『恐らく』スパーダ一族によって辛うじて押し留められている『らしい』、とのこと。

そしてその一方で今この瞬間、
人間界に対して天界の介入が始まろうとしているということ。


その第一の目的は―――学園都市の抹消。


キャーリサ「……」

それらの報告を一度に見聞きして、すぐ理解できる者などここには誰一人いない。

魔術の専門的知識が豊富な騎士団長やヴェント、更には魔にも通じているシェリーですらも、
情報の整理にはいくばかの時間を必要とした。

そして魔術畑の彼ら達ですらそうなのだから、
非魔術サイドの人間にとってはまさに理解を超えるもの。

此度ロシアとヨーロッパを蹂躙した『悪魔』という存在、
それを現実だとようやく受け入れつつあった段階に『これ』である。
正規軍の幹部や武官達は皆、半ば狐につままれたかのように、
ただただ頭を抱えて当惑していた。

642: 2011/12/14(水) 00:58:11.04 ID:Vk6LXxX3o

キャーリサ「……」

そんな重苦しい面々による淀んだ空気の中。
キャーリサもまた苛立ち滲んだ表情を浮べていた。

同じく険しい面持ちであるも、姿勢崩さす品を保っている隣のローマ教皇とは、
その佇まいはまるでかけ離れている。

多くの報告書や小型ディスプレイ、魔術による立体映像などが散乱している長机の上。
頬杖を突き、もう片方の手ある霊装剣カーテナ・セカンドを杖のように地面に突き、
鬱憤を少しでも逃がすかのように、指で小刻みに柄を叩という、
このような場ではあるまじき態度だ。

ましてや彼女は英王室の者、気品は常に保たれねばならぬのに。

ただ。

『そんなこと』など、今ここでは誰も気にしてなどいない。
机に肘を突く、腕を組む、足を組む、臆面も無くタバコを吹かすなど、
教皇を除くこの場にいる皆が『礼』を捨て掃っていた。

「その……『天界』、ですか、彼らの標的は学園都市なのでしょう?」

タバコの煙吐きながら、重苦しそうにまず声を発するはイスラエルの駐在武官。
そして彼に続き、各々が口を開き始める。

「我々と敵対関係であるわけではない、かと」

「…………能力者は本来、十字教のみならずあらゆる信仰の敵。この件については、我々が無用に関わる必要は無いのでは」

騎士団長「しかしデュマーリ島の件については、学園都市の働きによるところが大きい。学園都市の助けが無ければ最悪の事態になっていたかと」

「だが此度の戦争で悪魔に対抗した魔術は、その大半が天の力によるものなのであろう?貴国の魔術師も皆その恩恵の中にあるのでは?」

「ちょっといいですかな、今重要なのは、学園都市への支援の可否ではない。我々と『天界』という存在との関係です」

643: 2011/12/14(水) 01:00:25.73 ID:Vk6LXxX3o

騎士団長「―――それつまり……この学園都市の件は目を瞑れと?」


「そうではない、ただ我々には何もできないということだ」

「現状何ができる? 米国の空母打撃群を数十分で殲滅するような連中ですぞ? 増援を送り込んだところで彼らの二の舞になるだけだ」

「デュマーリ島のは『悪魔』であり、天界のものとは違うのでは?」

「同じもんだろう?どちらも異世界のバケモノだ」

「本気で言っているのですか?悪魔と天使を混同するなんて」

「まあまあ、落ち着いて。とにかく、我々が増援を送ったところでどうにもならないのは明白で」

「貴重な魔術師を送り込むわけにもいきません」

「その通り。我が国はこれ以上、魔術戦力を喪失するわけには。貴国皆様方も同じでしょう。通常戦力が悪魔に効果薄となれば尚更です」

「ともあれ、天の御意志ならば仕方あるまい」

騎士団長「……」

キャーリサ「………………」

このような流れになるのもまた仕方ないものか。

この場で今語られている『天界』という存在の認識の仕方は、
各自で大きく異なっている。

信仰上のものと同一視している者もいれば、
それらと切り離して現実的に『ひとつの勢力』と捉えている者もいる。

ただその認識の相違によって、会話の内容が食い違うことは無かった。
なぜなら根底の部分では、皆の考えは共通していたのだから。

悪魔であろうが天使であろうが、
これ以上『異界の存在』と敵対することはあまりにもリスクが大きすぎる、と。

644: 2011/12/14(水) 01:02:49.92 ID:Vk6LXxX3o

これは決して『個人的な保身』によるものではない。
そもそも己の保身に走るような者が、こんな氏屍累々の前線に自らの身を運んでくるわけがない。

ここにいる者達は皆が皆、自らの祖国、民族、家族、それらの運命を背負って座している。
そして彼らの後ろで意思決定を行う母国の首脳部もまた同じ。

現に異界の力による破壊を目の当たりにして、
国家の崩壊どころか『人類滅亡』というワードが、呪いの言霊のように皆の魂を縛り上げているのだ。

今や彼らの意識は、国家や宗教の壁を越えていた。
互いに顔を見合わせ、学園都市の件には関わらないことを確認し合う。

これ以上異界の力による破壊を招いてはならぬと。

そう、彼らはそれこそ―――人類は今、その魂に刷り込まれた『本能』によって、
天界と敵対することを避けようとしていたのである。

キャーリサ「…………はッ」

これはなんとも皮肉なことか。

長らく対立し続け、屍の山を積み上げてきたあらゆる国々が。
互いの過去の蟠りを一先ず捨てて、今こうして意思を共にしているとは。


絶え難い恐怖が、想像を絶する災厄が、人類世界に悲願の『世界平和』をもたらす。


確かにそれは仮初、強いられた表面上のもの。
しかし和平は和平、『平和』と『協調』は本物であることには変わりない。

キャーリサはふと、これが酷く滑稽に思えて小さく笑ってしまった。

日ごろは好き勝手横暴を行う癖に、圧倒的な力を前にしては縮こまり、烏合の衆となり、
ただただ祈るようにして口を紡ぎ隠れ潜むことしかできない。

何とも人間らしい無様な姿で、そして―――『美点』か。

これぞ弱き人間の短所でもあり長所、憎むべきでもあり愛すべきでもある面だ。

どんなに惨めでも、絶対に生き延びることを諦めない。
時にその執念は醜態を晒すこともあるが、一方でここから人間の最大の力―――『希望』が生み出されるのだ。

645: 2011/12/14(水) 01:04:44.31 ID:Vk6LXxX3o

キャーリサ「…………」

それにもし学園都市を支援するという話しになったとしても。
現状、どの国家も勢力も行動に移すことは出来ない。

特に甚大な被害を被ったロシア、フランス、イタリア、
そしてこのイギリスも、今や他国の支援を行う余裕など無い。

目下の優先事項は政府組織回復と自国内の掌握、
正確な被害状況の把握、最低限の治安を確保すること。
共同体であるドイツ、オランダやスカンディナビア諸国などもその復興支援に全力を投じざるを得ない。

更にオッレルス達の報告にあった魔界の門のことを踏まえると、
無闇に貴重な人員や戦力を自国から離すわけにもいかない。

また悪魔達がどこからともなく大挙してくるかもしれないのだから。


交わされる、覚悟に満ちたとも無様で卑屈とも言える重き人の執念の言霊。

それらの中ローマ教皇はじっと黙し。
静かに目を閉じてただただ聞き入っていた。

キャーリサ「…………」

騎士団長「…………」

シェリー「…………」

そしてその老人の隣のキャーリサも同じく沈黙。
続くシェリーも、始めは学園都市を案じる発言をしていた騎士団長も、今や固く口を閉じていた。
この合同会議の流れに逆らうことができずに。

個人的に学園都市に思うことはあってもその『立場』が許してはくれない。
今や非常事態、その身は英国民6000万のもの。
個人的判断で自由に使える体ではないのだから。

646: 2011/12/14(水) 01:08:35.12 ID:Vk6LXxX3o

そう、それが上に立つ者、国を治める者の義務だ。

キャーリサ「……………………………………………………」

特に彼女、キャーリサにとってそれは自らの存在理由の芯である。
物心ついた頃から叩き込まれ、そして自らのものとした『鉄血』の帝王学。

民は君主に『忠誠』を。
君主は民に『忠誠』を。
それが強き国家を築き護るのだ、と。

しかし。

そんな彼女の帝王学には、『忠誠』の他にもう一つ。
大いなる柱が存在していた。

             プライド
それは―――『名誉』だ。


それは決して万人に必要なものではない。
むしろ一般的な日常生活においては、過剰な『名誉』はきわめて不自由なものになりかねないもの。

だが。

キャーリサはこう考えている。
有数の地位と絶なる力を有する者は、名君であるには必ず『名誉』を持ち合わせていなければならない、と。

なぜなら。

名誉が名誉たるには、根底にまずは鉄の信念を必要とし。
その信念が万人に称えられ愛されるには、徹底して貫かれなければならず。

そうして『意味』と『力』を持った名誉は、信頼に値する絆となり。


それが集団の無二の『忠誠』を形成するのだから。

647: 2011/12/14(水) 01:15:45.80 ID:Vk6LXxX3o


だが―――今この瞬間。

キャーリサ「…………」

彼女はその自身の帝王学の大柱、『忠誠』と『名誉』の間で大きく揺らいでいた。
『忠誠』を果す、すわなち学園都市を見捨てて国家の保全を図るか。
しかしそうすると。

『名誉』はどうなる?


特にあの伝説の戦い―――学園都市における―――魔帝の争乱で得た『もの』は?


あの日。
臣下たる英国魔術師が、スパーダの一族のもと、学園都市と共に戦い抜いた。
この人間世界の運命を掴み取るために。


これを『名誉』と称さずに何というか。


更にその繋がりが、のちに悪魔の脅威に晒される英国を護ることにもなったのだ。

にもかかわらずそれを裏切れと?
臣下、戦士、英雄、この世界の命運のために戦った彼らの『記憶』を―――忘却しろと?

あの日自ら達と同じく、いやそれ以上に犠牲を払った学園都市から―――目を逸らせと?


この『名誉』を裏切れと?


キャーリサ「…………」

そんな事をしてしまうと。
それらの苦難を乗り越えて存続しているこの人類世界、その『生存』を否定することにもなりかねないのでは―――?

しかもこうして―――『戦争』の残滓として、莫大なテレOマと魔の力が残留している中で、
そんな『集団意識』を許してしまうのはあまりにも危険すぎるのでは?

そう。
そんな危うい意志とこの漂う莫大な力が結びつくと、想像を越える影響を人類に及ぼしかねないのでは?

648: 2011/12/14(水) 01:17:33.27 ID:Vk6LXxX3o

ただ。
そのような『起こるかもしれない』ことのために、
国家や己が勢力を『確実な危険』に晒すなんて、まともな君主ならばますしない。

重要なのは変わりないが、天秤にかけるようなことではないのだ。
『まとも』な者ならまずは『確実な危険』の回避に全力を注ぐ。

だが果たして彼女、この猛々しい第二王女は『まとも』なのであろうか。

キャーリサ「…………」


―――否。

彼女は剣と盾と槍の間で生れ落ちた、武と栄光を糧とする英国の『赤き獅子』。
毒を抜くためならば、その首すらをも掻き切る『鉄血の女』。

『忠誠』か『名誉』か、彼女にとっては『逆の意味』で天秤にかけるまでもない。

それはもうとっくに『実証』されているではないか。
現に彼女は過去、『忠誠』を放棄し。

一度、君主である母へと刃を向けた。

一度、この祖国へと刃を向けた。

一度、民へと刃を向けた。


無論、それは決して短絡的な考えによるものではない。
己を隅々まで理解した上で、彼女が徹底して突き詰めて合理的に考えた上での結論だ。

すなわち。

己以上に英国の『忠誠』を担える者は他もにいるが。


己以上に英国の『名誉』を担える者は―――他にはいないのだと。


そんな彼女の鉄血の理論は、今この瞬間も―――変わりはしない。

649: 2011/12/14(水) 01:20:44.20 ID:Vk6LXxX3o

「殿下。ご決断を」

黙していたところ、背後にいた背広の初老の男
急遽ロンドンから派遣されてきていた政務官の一人が、彼女にそう耳打ちをしてきた。

ただ実際は、何かを決断する必要はもう無いが。
既に答えは決まっている。

キャーリサは頬杖していた手を戻して、その姿勢を一応正して。


キャーリサ「……貴国方の判断と同じく、我が英国は、この件に関与するつもりは一切ない」


その瞬間、各々からは漏れるは音にならない安堵の息。

続くは、目を閉じ変わらず黙しているローマ教皇からの、
隣にいるキャーリサしか聞えないくらいに小さな―――無念そうな喉の音と。

騎士団長の苦悩のため息と。

シェリー=クロムウェルと神の右席 前方のヴェントの―――明らかな憤りの熱を帯びた息。


そして当のキャーリサ、その表情に最も近かったのは―――


キャーリサ「―――そーいうことで良いな?」


―――シェリーとヴェントのものだった。

彼女は声色変えてそう鋭く声を放つと、突然立ち上がり。

キャーリサ「時間が惜しーから略式で済ませるぞ。書記官、今から私の言葉を公式声明として全て記録しろ」

急な行動で驚いている周囲、その反応など一切待たずに。


キャーリサ「我、英国王室員 第二王女キャーリサは―――」


良く響く声で。



キャーリサ「我が母、女王エリザードより授けられた全軍統帥権を――――――我が姉、第一王女リメリアに移譲する」

650: 2011/12/14(水) 01:22:06.38 ID:Vk6LXxX3o

その瞬間。

皆が息止め言葉無くし唖然とした。
さながら時間が止まったよう。

この第二王女の突然の宣言に、この場の何もかもが凍りついた。

彼女の言葉はそれだけには留まらなかった。
更に続けて、皆の予想を遥かに越える言葉が発される。

キャーリサ「また、ここに英国王室員 第二王女キャーリサは―――」


彼女は周囲の硬直など気にもせずに、カーテナを無造作に椅子に立て掛けて。
その空いた手で、自らの右手人差し指を握るようにして。


キャーリサ「―――王室離脱の意を示し。その王位継承権を―――」


英王室の一員たる証―――盾支える獅子と一角獣の彫刻が施された金の指輪を外し。



キャーリサ「―――――――――――――――放棄する」



これぞ彼女の鉄血の理論が、この場で打ち出した回答だった。
『忠誠』を担う『者』は英王室に他にいる。

だから己は再び『忠誠』を放棄し―――『名誉』を選び担うのだ、と。

彼女は己の魂の声に従うことにしたのだ。

今やキャーリサは、その己の素直な声に全幅の信頼を寄せていた。

なにせ、今回のこの欧州における戦いについても、当初に覚えた違和感と疑念は正しかったのだ。
騎士団長もシェリーも、他英国内の誰しもが気付かなかったこの戦争の真実を、
この『人間の直感』は早々に嗅ぎ付けたのだから。

651: 2011/12/14(水) 01:23:25.52 ID:Vk6LXxX3o

そしてその直後だった。

椅子に立てかけられていたカーテナから―――何かが弾け共鳴したかのような、
不思議な金属音が響いたのは。

それはこの剣の『制約』が解除された音。

皆が愕然とする中、彼女はまるで何もなかったかのようにその剣の柄を再び握り取り。
身の内へと流れ込んでくる、脈動する力から確かにその『意志』を感じ取った。

このカーテナ=セカンドは、今や『使用領域は全英大陸内』という制限から解き放たれ。
英国王室のものではなく、『キャーリサという一人の人間』によってのみ振るわれる刃へと変じたのだと。


―――何者によってか―――それはもちろん、この刃の『力の源たる存在』によってだ。


キャーリサ「……はっ……」


どうやら『天の御意思』も一枚岩ではないらしい。
この剣の向こう、テレOマの源が明確な意志を示して駆り立ててくるのだ。


人間よ―――『自ら』の意志と気高き心で―――立ち上がれ、と。


キャーリサ「そーいうことで、私はこれから休暇に入り―――学園都市に『旅行』に行く」

652: 2011/12/14(水) 01:25:16.76 ID:Vk6LXxX3o

騎士団長「――――――なっ?!何を仰って―――?!」


絶対零度たる沈黙を切り裂いたのは、そんな騎士団長の怒号染みた声。

キャーリサ「『後釜』は姉上とヴィリアンがいるではないの。どっちもいけ好かんがその王器は保障するぞ」

騎士団長「そっ―――そのような問題ではッ―――!!」

キャーリサ「ぎゃーぎゃー騒ぐな。みっともない」

そんな騎士団長を彼女は疎ましげにあしらっては、「では失礼」とその場で軽く一礼し。
マントを翻して幕営からさっさと出て行ってしまった。

騎士団長「―――キャーリサ様!!」

「お待ちを!!殿下ァッ!!」

その背を血相変えて追う騎士団長や英国政務官達。
そうして繰り広げられた、第二王女の急な行動と取り巻きの騒ぎに一同が唖然とする中。

周囲とは違う反応を示していた者が四人ほどいた。
まず一人目はフォルトゥナ騎士の指揮官。

魔が練りこまれられている甲冑を纏った壮年の武人は、その厳しい表情を全く変えぬまま立ち上がり。
礼儀正しく深々と一礼したのち幕営から出て行った。

次いで二人目と三人目はシェリーとヴェント。

両者ともその身の内からの滾りを滲ませて、
まずシェリーは「失礼する」と浅く一礼しては足早に幕営の外へ。

そしてヴェントも同じようにして軽く一礼しては、上座にいる老人へ―――


―――愉快気な笑みを浮べているローマ教皇と目を合わせて。


微かに頷いては、即座に踵を返して幕営から出て行った。

653: 2011/12/14(水) 01:27:42.88 ID:Vk6LXxX3o

彼女達が出て行った幕営内を満たすは、息を頃したかのような沈黙。
だがそれもいつまでも続くわけも無く、しばらくするとちらほらと声が上がり始めた。

「……一体どういうおつもりだ……?」

「第二王女殿の話は伺っていたが……これほどとは……」

無論、どれもキャーリサの行動への苦言。

「勝手なことを。我々にも火の粉が降りかかるかもしれんぞ」

「止めるんだ。ロンドンのリメリア王女殿下を呼ん――――」

その時だった。


ローマ教皇「―――心配なさるな」


今まで黙していたローマ教皇から、確たる声が放たれたのは。
一瞬にして静まり返る幕営内。

その中を、穏やかながらも力強い彼の声が続いた。


ローマ教皇「天が―――」


顔を年甲斐も無く、楽しくて嬉しくて仕方がないといった、
まるで子供の様な笑みで満たして。


ローマ教皇「―――『子羊』と『獅子』を見間違えるわけがあるまい」

654: 2011/12/14(水) 01:30:06.63 ID:Vk6LXxX3o

アシュフォードの野営地内をマントを靡かせては、
力強く歩き進む、赤き甲冑を纏った女。

当然、その身のこなしは王家たる優雅さに満ち溢れているも。
それ以上に彼女の姿に濃く滲んでいるのは、彼女自身の性格からくる『猛々しさ』。

圧倒的な『武』のオーラである。

それゆえ。
通常、王家の者が過ぎる場合は深々と頭を垂れる、或いは軍人であれば敬礼を行うものであろうが、
今の彼女に対しての反応はそれらとは異なっていた。

むしろ特に気が昂ぶっているこの前線においては、そうならざるを得ないか。

彼女が歩み進んでいくと、周囲の英軍兵士達からは歓声が湧き上がる。
皆頭を下げるどころか手を掲げ、
喉がはち切れんばかりの勝利と栄光を称える咆哮を放っていた。


その中をキャーリサは一切の迷い無く歩を進めながら。


キャーリサ「―――あの女王艦隊で人員を運ぶとして、最速でどの程度で東京湾に着く?」


無言のまますぐ背後に続いてきていた、ローマ正教の半天使へと声を放った。
背を向けたまま、意思を確認するどころか前置きも一切置かずに『本題』たる言葉を。

ただそれも、キャーリサの正確からすれば特におかしくもないか。
そもそもこのようにして続いて来ている時点で、意思を確認する必要など無いのである。

そうして問いかけられたヴェントもまた。
これも半天使たる知覚のなせる業か、
そんなキャーリサの性格もこうして会って早々ながらも理解しきっており。

ヴェント「―――コルベットサイズに、一隻に力を集束させれば20分程度」

キャーリサ「そのコルベットサイズで何人運べる?」

ヴェント「詰めれば約300」

特にたじろぎせず、そう単純明快に言葉を返しては。

キャーリサ「すぐに用意して」

すぐにその場から跳びあがり、
光の尾を引いてドーバーの方角へと空を切り裂いていった。

655: 2011/12/14(水) 01:32:44.62 ID:Vk6LXxX3o

次いで。

騎士団長「キャーリサ様!!」

キャーリサ「フォルトゥナ騎士殿は何名だ?」

食いつくように何度も何度も呼びかけてくる騎士団長を完全に無視しては、
同じく続いてきていたフォルトゥナ騎士団の指揮官へと声を向けた。

「192名です」

キャーリサ「急ぎ乗船準備を」

「はっ」

これまた簡潔に話し合わせて、
地面を強く蹴って群集を飛び越えていくフォルトゥナの指揮官。

騎士団長「お待ちを!!」

キャーリサ「シェリー。魔界魔術を扱える戦闘員を100ほど、『脱走兵』集められるか?」

そうして変わらず騎士団長を無視しつつ、今度はシェリーへ。

シェリー「表立って募ると恐らく『志願者』が多すぎて収拾がつきません」

シェリー「時間も惜しいですし、ここは学園都市と日本に縁のある建宮隊とアニェーゼ隊からの選抜では?」

キャーリサ「適任だが、その二隊の『志願者』のみで足りるか?」

シェリー「ご心配なく。恐らく全員志願するかと」

キャーリサ「急げ」

シェリー「了解」

シェリーもまた、淡々と簡潔に言葉を交わした後、
すぐさまその場に浮かび上がった魔方陣へと沈んでいった。

656: 2011/12/14(水) 01:35:49.64 ID:Vk6LXxX3o

そうしてようやくだった。

騎士団長「―――キャーリサ様ッ!!」

キャーリサ「騎士団長」

彼へと声が向けられたのは。

キャーリサ「母上が目を覚ましたら伝えろ」

彼女は半身振り返っては、カーテナを肩に乱暴に載せて。

キャーリサ「こいつは退職金代わりに頂く、と」

キャーリサ「それと姉上のことだ。どーせ実働指揮権はお前に押し付けてくる」

一方的に、立て続けに言葉を連ねていく。

キャーリサ「頼むぞ。シルビアももうしばらくで帰ってくるから―――」

そんな彼女の態度についに耐えかねて、
言葉を遮る形で。


騎士団長「―――私の話を!!『なぜ』ですか?!なぜそのような―――!!」


許しを請わずに問うてしまった。

騎士団長「…………っ……失礼を……!!ご無礼を……!!」

そして一瞬の硬直ののち、すぐに己の非礼に気がつき、
その場に膝を付き深々と頭を下げたが。

キャーリサ「構わん。面を上げろ」

当のキャーリサの声は、
非礼に怒るどころか特に動じもしていない変わらぬ声色。

そうして許され、恐る恐る彼が顔を上げると、
彼女はカーテナを持っていない側の手を広げて。

キャーリサ「此度の戦乱は、過去二度の世界大戦とはまるで性質が違う」

まさに咆哮とも称せる歓声を指して、そう言葉を紡ぎ始めた。

キャーリサ「英国全土で魔界魔術が大規模行使され、欧州全土を悪魔が席巻し、莫大な量のテレOマと魔界の力が撒き散らされた」

キャーリサ「更には今や、異界との境界すらも不明確、この世の理が揺らいでいる」


キャーリサ「そのせーでほら―――『見よ』」


キャーリサ「絶望、苦痛、嘆き、怒り、そしてこの勝利の声に確かに帯びつつある、目に見えぬ力を」

657: 2011/12/14(水) 01:39:16.90 ID:Vk6LXxX3o

騎士団長「…………っ」

そこで彼はようやく、この場を満たす大気の異質さに気付いた。

テレOマや悪魔や魔界魔術による魔の力が漂っているのは、
それだけならば今となっては特に珍しいことでもない。

問題は、『それだけ』では無いという事だ。

力には今や『未知なる流れ』が生じ、
巨大な『うねり』がそこに形成されつつあったのだ。

騎士団長「―――……」

思わず反射的に、腰に指している己が霊装剣フルンティングの柄を握ると、
そのテレOマも強く胎動しているのを感じる。

無数の声と意志が共鳴し合い混在しているのだ。

キャーリサ「ただの力の塊ならば、いくらでも処理の仕方がある」

キャーリサ「しかし、それらが人の精神と強く結びつき意志を有してしまっていては、一筋縄にはいかないの」

騎士団長「…………」

その通りだった。
この莫大な力の処理は、そのやり方を誤れば大変な事態となる。


処理を保留して放置しておくにしても、
こうして極度の緊張に置かれている中、いつかどこかでこれらの力を起爆する『火花』が生じるかもしれない。
起爆しなくとも、長時間この濃厚な力に浸されてしまう形で大勢の者が魂を蝕まれてしまうかもしれない。

658: 2011/12/14(水) 01:40:54.09 ID:Vk6LXxX3o

この『大気』は人類には濃度が高すぎる。

人類中99%以上の者がこれに耐えることなどできない。
精神力の問題どころか、認識し気付くことすらもできないのだから抗い御するなど到底無理な話だ。

キャーリサ「だが幸いにもだ、この『意志』の大半が―――」

だが。

キャーリサ「―――仏伊西の者達は、前方のヴェントの名へ」


キャーリサ「そして我が民のものは―――我が名へと向いている」


その通り、『幸い』にも。

今のところはこの二者に明確に向けられている。
『うねり』は『かろうじて』暴走することなく、彼女達を中心として保持されているのだ。


騎士団長「…………」

そうしてここで、騎士団長はやっと彼女の真意を伺い知ることができた。

彼女は今この瞬間、自らの名が束ねている間に、
この大いなる『うねり』を丸ごと持ち去ってしまおうとしているのだ。

本来人類の皆がやるべきことを、自ら一手に引き受けようと。

659: 2011/12/14(水) 01:43:02.92 ID:Vk6LXxX3o

騎士団長「―――…………」

そのキャーリサの声は、
既に彼が知っている彼女のものでは無くなっていた。

英王室の一員、英国の『武』を背負って立つ指揮官、
そんな『小さな』枠から飛び出してしまっていた。
同じ人間であるはずなのに、そのように『何か』が完全に逸脱しているのだ。

『獅子』の首には、枷は嵌らない、
『獅子』は、『子羊の群れ』の中に居続けることはできないように。

キャーリサは騎士団長の前に軽く屈み、
荒々しく鷲づかみにするように彼の頬に手を当てて。


キャーリサ「―――お前は『忠誠』を果せ」


真っ直ぐと彼の目を見つめ、鋭く確かに放つ。

キャーリサ「祖国へ、父祖へ、民へ、家族へ、友へ『忠誠』を果せ」

キャーリサ「無様に怯え、隠れ潜み、泥を啜ろうとも子羊共を守り通せ」

そうして肩に載せていたカーテナを振り下ろすようにして、
己が横の地面に突き立てて―――告げる。


キャーリサ「私は―――『名誉』を果す」


これらの『声』は―――


キャーリサ「人類の、父祖の、祖国の、民の、家族の、そして学園都市の友の―――『名誉』を貫き果す」


ただ持ち去るだけではなく―――刃へと変じて振るおう、と。

660: 2011/12/14(水) 01:45:03.96 ID:Vk6LXxX3o

キャーリサ「―――確かに我ら人は、神の子羊だ」


彼女は、この『うねり』を単に害悪物として処理するつもりなど無かったのである。


キャーリサ「だが『忘れるな』。人の屍で築かれた栄光は、我ら人のもの―――」


キャーリサ「―――人の血と魂で贖い手にした勝利は、我ら人のものだ」


むしろ彼女にとっては、それもまた守り貫き通す掛け替えのない存在。
人の魂から噴出した、莫大な純なる意志の集まり。


キャーリサ「故に、それらを人の『財産』と『名誉』を汚し砕くという者は―――如何なる存在であろうと『人の敵』」


彼女はここで騎士団長へ向け宣言する。
力強く彼の顔を掴み、更に声を鋭くして。


キャーリサ「例えその相手が我らが『父』―――『天の意志』であろうとも―――」


これら人々の『声』は、一切無下にはせず。
栄光は栄光のまま、勝利の悦びは悦びのまま。


キャーリサ「我が身我が魂に子羊共の意志を纏い」


古から今日までの『勝利の記憶』は一切汚させず。


キャーリサ「全霊を賭し、我が刃をもって相対してやる」


守り果してみせよう、と。

661: 2011/12/14(水) 01:47:04.85 ID:Vk6LXxX3o

騎士団長「………………」

それはどうしようもなく頑固で、強情で、意地っ張りで、不器用で、
魔術世界に身を置く側からしても時代錯誤的な考え方。

だが。

それもまた今更なこと。
今やここで呈するような事柄ではない。
彼女がそのような思考回路であることは、以前から周知のこと。

この女は英王室の一員であり王位継承者である以前に。


―――『獅子の心臓』を持つ鉄血の武人なのだ。


騎士団長「……」

それこそが、このキャーリサの最たる『魅力』ではないか。

裏も表も無く、絶対に逃げも裏切りもしない、目的の完遂のためにはその全霊を賭す。

この人格こそ、騎士団長含め多くの者が彼女に突き従った理由。
結果としてクーデターが失敗し、大逆の罪を問われたにも関わらず、
軍民問わずいまだにここまで愛され信頼され称えられる理由。


騎士団長「………………………………っ」


そんな彼女が彼女たる面が、こうして絶頂の域へと到達している今。
如何なる言葉でその身を繋ぎ止められるというのか。

いいや。

そもそも今や、彼女を止めようとも思えなくなってしまった。
咆哮している周りの兵達と同じだ。
彼女の姿に心揺り動かされ、昂ぶり、畏れ、敬い、愛し、称え。


騎士団長「―――っ…………」

彼女の名に、自らの魂からの声を託すのだ。

662: 2011/12/14(水) 01:51:18.01 ID:Vk6LXxX3o

主と忠臣、獅子とその右腕。
彼らの間には、今や一片の蟠りも存在していなかった。

衰えぬ歓呼の中、キャーリサの隣に赤き魔方陣が浮かび上がってはシェリーが姿を現し、
その手を彼女に差し出しながら。

シェリー「出航の準備が整いました」

キャーリサは身をすぐさま起こしては、そのシェリーの手を取りながら告げた。


キャーリサ「―――騎士団長。忘れるな。己の騎士の誓いを」


返されるは、普段通りの阿吽の言葉。

騎士団長「―――はっ。決して。しかしお一つ」

そして事あるごとに付け加えて返すのもいつも通り―――。

キャーリサ「何だ?」


騎士団長「どうか必ずご帰還を。願わくば、『今後』も貴女のお姿を『直』に目に刻み続けたく」


キャーリサ「……それは民の代弁の言か?それとも――――――お前の『個人的』な望みか?」


ただ、その言葉の裏にある『真意』は、いつもとは少々違い。


騎士団長「……失礼ながらその問いへの明確な答えは、『今』はまだ『用意』できておりません」


『特別なもの』であったが。


キャーリサ「ふん、まぁーいい。私の『凱旋式』までに、私が満足する答えを用意しておけ」

663: 2011/12/14(水) 01:52:01.16 ID:Vk6LXxX3o



―――そうして。


イギリスから獅子に率いられた一団が出立してから暫しののち。


学園都市の界上にて


一人の半人半魔が『記憶』と対峙していた。
そこは巨大な塔の麓、魔の『氷』に覆われた門前の『広間』。


ダンテ「―――今更ノックは必要ねえよな」


彼は大きな『門扉』の前に立っていた。
背後から聞えてくるは、仰々しくやかましい天のラッパの音。
そして眼前の塔から覚えるは、無数の魔の蠢き。

そんな混沌としつつある状況に対して、彼は愉快気に喉を鳴らし。


ダンテ「イカれたパーティの始まりか―――」


そう、ほくそ笑み。
身を翻してはコート靡かせて―――門扉に回し蹴り。



ダンテ「―――Let's Rock!―――HA!!」



塔内へと叩き入った。


――――――――――

  創世と終焉編


第一章 『人間と記憶』


――――――――――

670: 2011/12/18(日) 03:03:23.81 ID:Q8IWBCvQo
―――

それは始まった。

さながら天蓋が崩落してくるかのような光景か。
異界の笛のオーケストラが世界を揺るがす中、空を満たす光の中から雪崩落ちてくる白金の滝。

構成する無数の滴の一つ一つが、真の天の意志に満ちた天の刃。
それは比喩などではない、『真』の天罰を下す天の執行者達だ。

彼らがこのようにして人間界に姿を現したのは二度目。
500年前の一度目はアンブラの魔女を、そして二度目の今宵は。


―――学園都市を『断罪』するため。


科学と結びつけて古の人界の力を引き出し、
能力者の数を激増させ、『天による人間界の安定』を乱す街。

その許されざる都を、天はこの世から抹消せしめんとする。

かの500年前の時と同じく、真実は闇に葬られ、人類の一般意識と歴史の表層から抹消され、
史実か夢物語かの線引きも曖昧となり、この世界の記憶から消え去ってゆくのである。

ただそれは、当初の天の計画通りに事が進んだ場合による結果。
今や事態は彼らの許容範囲を大きく逸脱していた。

500年前とは状況が何もかもが異なっていたのだ。

671: 2011/12/18(日) 03:06:55.91 ID:Q8IWBCvQo

前回は黙認し一切介入しなかったスパーダであったが。

今回、彼の息子の内の一人はこの流れの何もかもを叩き壊すことを画策し、
もう一人は天の宿敵たる魔女と手を結び、人類の命運を握っていた天の大樹を切断。

更に彼の息子は何人も推し量ることの出来ない、『最強の人間』たるイレギュラーと化し。

そして復活を遂げる竜王。
それもよりによって三神の力を有してだ。

これらの要素がどう影響し合い、どのような結果を招くのかは誰もわからない。
ただ、一つだけ確かなのは―――もはや進むしかないということだ。

今や流れからの途中下車など不可能、足を止めればそこで何もかもが終焉するのである。
天にとってもそれは同じこと。
彼らは迷うことなく当初の作戦通り、学園都市の抹消を推し進めていく。

500年前と同じ作戦、直に学園都市に強襲を仕掛け、
相手の刃を封じると同時に何もかもを粉砕し焼き払うのだ。

そうすれば少なくとも人間界の趨勢は天の手に。
セフィロトの樹が消失した今、そうして人間界を直接天の力で満たし、
直接人間達の魂へと『再服従』の楔を打ち込むことで、再度完全支配下に置くことが可能なのである。

しかし。

そんな彼らの作戦すらも、出鼻からすぐさま挫かれることとなった。

天界の軍勢が降り立ったのは敵の喉下、学園都市ではなく。

その一層界上にて展開している強固な『戦場』―――虚数学区であったのだから。


そして彼ら天の先陣を出迎えるは。
学園都市が産み落とした、この街の集大成たる―――『若き王』。


一方『―――カッ』


何よりも濃い影を纏った少年、一方通行は口角を引き裂くようにして牙を剥き出しては、
強烈な怒気混じりの『笑い声』を発して。


うねり真っ赤な火花散らす漆黒の影を―――解き放った。

672: 2011/12/18(日) 03:08:34.25 ID:Q8IWBCvQo

それは、核爆発の衝撃波が雲を押し除けて行く光景に似ていたか。

耳障りな音を奏でていた漆黒の翼たちが鞭のように激しくしなった瞬間。
先端から黒い力の衝撃波が打ち出され、巨大なドーム状となって、
天から雪崩落ちつつあった白金の雲を噴きとばしていく。

しかも連続してだ。


立て続けに振るわれる三対六枚の翼。

黒曜石のように滑らかで硬質ながら、
液体のように揺らめき、荒削りの金属が擦れるようにして火花を飛び散らせては伸縮し、
その先端から莫大な力を、遥か天空へ向けて放出。

形成された黒い壁は、虚数学区全体を震わせて、
無数の天使達を群れごと砕き蒸発させていく。

その集中砲火のなんと苛烈なことか。

わざわざ降りて来るのなど待たず、また手加減も惜しみもせず初っ端から、
一方通行は最高出力で天使達が降り出でてくる『光の穴』へと力を撃ち放った。

しかし。

最高出力とはいえ、ここまで力が拡散された攻撃では仕方の無いことか。
ある程度の存在なら耐えられるであろうし、大悪魔に匹敵する辺り以上ならば痛くも痒くもない。

遥か天空、黒き衝撃波が天の軍勢を打ち砕く中に、一方通行はその集中砲火に耐え切る存在達を確認した。
衝撃波が直撃した者達のうち約三割は生き残り、更に一割に至っては無傷であった。

673: 2011/12/18(日) 03:10:30.03 ID:Q8IWBCvQo

一方『―――カカッ。そりゃそォだろォな』

ただそれも至極当然のこと、元々わかっていたことだ。

確かに最大出力ではあるが、
今放っているこの集中火砲は彼にとってはあくまで『数減らし』に過ぎない。

『雑魚』が怖いのはその数だ。
虚数学区上に散らばられてしまたっら、総当り作業で学園都市への穴を見つけられる可能性がある。
いいや、いずれ確実に見つかると考えても良い。

だからまずはとにかく、数が武器の雑魚を削り続け。
そして砲火を抜けてきた高位の個体は、
個体ごとにしっかり認知して、高濃度の力を叩き込み直接排除するのだ。


とその時、ちょうど天界軍の側も、
一方通行を至急対処するべき障壁として定めたのだろう。

一方『それじゃァ確かめさせてもらォうか』

猛烈な速度で己へと向かって降下してきている高位の者達を捉えながら、
彼は怒気混じりに笑い呟き。


一方『―――天使サマの血の色とやらをなァ』


その翼から絶えず『砲火』を打ち上げながら、
自らの体も天へ向けて解き放った。

674: 2011/12/18(日) 03:14:13.33 ID:Q8IWBCvQo

立っていたビルの屋上が衝撃で砕け散った瞬間、
彼の体は遥か高空、『天の門』の直下にあった。

そこで彼の目がまず捉えるは、
エイに手が生えたような姿をした天使達だった。

いや、俗にイメージされる『天使』という存在と重なっている点は、

       ヒレ
両側の『翼』の上にそれぞれ一つずつ浮かび上がっている、神秘性を放つ金の光の紋章くらいか。
他の部分はどれも想像とはかけ離れていたものだった。

仮面なのかそれとも本物のものなのか、どちらにせよ不安を抱かせる不気味な『顔らしき部位』、
触手のように揺れる、ネズミのそれに似た長い尾。
薄気味悪い質感の乳白色の肌、豪奢ながらも目に五月蝿く毒々しい装具。

一方通行にとってその造形は、悪魔よりも『悪趣味』に見えてしまうくらいだ。


一方『―――はッ』


そんな異形の天使達は一瞬驚愕していたのか、
それとも彼の速度に知覚がついていけなかったのか。

とにかく天使達が一方通行に目に見える反応を示したのは、
彼がまず近くにいた一羽を捕らえてようやくであった。


この天使の顔と思われる、
三つの黒き『眼球』がある半球上の部分を鷲掴みにする一方通行。

一方『天使サマよ―――カクゴは良いかァ?!』

彼は覗き込むようにして顔を近づけてはこう宣告した。
その身に、古の人界の『冥府の神』と非常に似た力を纏って。


一方『ここから先は一方通行――――――「地獄」行きだぜェ!!』


直後。

悲鳴か懇願か、はたまた罵倒か、『エイ天使』から耳障りな泣き声が発されかけたが。
その天使の叫びは、黒き手がその『顔面』を握ち潰す破砕音によってかき消されてしまった。

675: 2011/12/18(日) 03:18:43.39 ID:Q8IWBCvQo

どうやらこの部位が本当に頭部だったか。

いや、一切手加減無く最高出力・圧力の力を叩き込んでいるのだから、
この程度の存在ならばどこに当たろうが一撃で殺せるか。

ふらりとゆらぐ天使の尻尾と翼。

力が消失し絶命した事を一方通行は確認したのち、
亡骸を放り捨て、その天使の血で塗れた黒き手を見て一言。

一方『―――「赤」か』

そしてその手を口元へと運び、
指先を口角にひっかけるようにして一舐めしては、不気味に顔を引き裂き笑ってこう口にする。


一方『なンだ―――人間と大して変わらねェじゃねェか』


次の瞬間、彼は振り返るようにしてその宙空で身を捻った。
すると六枚の翼が一気に伸び広がり―――鎌となり、周囲の『エイ天使』達を一気に刈り取っていく。

哀れな天使達に応戦する暇など与えず一瞬にして。
無論、この翼達の薙ぎ払いに練り篭められた力も最高出力・圧力だ。

この程度の相手に対して、今の一方通行の最高出力なんてまさに過剰火力とも言えるが、
現状に置いては『確実性』が第一だ。

彼にとっては今『戯れる』余裕なんて無い、
今この場で専念するべきことは、一体辺りの所要時間をとにかく減らして、
いかにしてより多くの天使を殺せるか、だ。

故にどんな存在に対しても最高出力を叩き込み、
圧倒し、捻じ伏せ、確実な一撃必殺を狙うのだ。

676: 2011/12/18(日) 03:19:46.19 ID:Q8IWBCvQo

そして一帯を完全に刈り取った一方通行は、
漆黒の尾を引きながらまた別の一団の元へと向け、光満ちる空を引き裂いていく。

同時に翼から衝撃波を打ち出して、『雲』を掃うように『無数の雑魚』の雑魚を消し飛ばしながら。


一方『―――』

そうして薙ぎ払い雑魚の群れを打ち掃った先に残るは、これまた異形の天使達。
力の知覚が無ければ、それら『そのもの』が生きている天使だとはまず思うまい。

それは10m程の―――小型の『船』だった。

先ほどの『エイ天使』と同じ趣の豪奢な装飾に、
船首には彫刻のような顔とこれまた薄気味の悪い形状。

そんな悪趣味な船がいくつも浮遊し、空中艦隊とも言える一団を形成していたのだ。


しかもその船からの攻撃は―――『ミサイル』。


一方『―――ッ』

己に向けて張られる弾幕を見て、思わず一方通行は純粋に驚いてしまった。
天界側からすれば別の言い方があるのであろうが、
人間の目からすればどこをどう見てもあの『ミサイル』と言うほか無い。

そして人間の認識で語られるミサイルとは、現代科学の結晶だ。
そんなものが異界の存在から打ち放たれてくるなんて。

似ているのは外面の姿形だけで、原理や構造はまるで違うとはわかっていても、
これにはギャップを覚えずにはいられない。

ただもちろん。

その程度で一方通行の動きが揺らぐことは無かったが。

677: 2011/12/18(日) 03:24:45.57 ID:Q8IWBCvQo

ごく普通に驚く一方、
闘志は一切気を緩ませること無く、彼の身を突き進める。

眼前には雨霰ほどの弾幕。
対して彼は一切避けることはせず、体に闇を纏い、
その上に更に翼を巻き付けて―――正面から突っ込む。

無数のミサイルが直撃し、爆轟が重なり合い、そして虚数学区を揺るがす大爆発へと成るも。
それでも『闇』は打ち消せなかった。

炎と闇の尾を引いて、巨大な火急から弾丸のように貫き出でる一方通行。

彼はそのまま凄まじい速度で飛翔して、まず『一隻』―――更にその背後の三隻―――己が体で『撃ち抜いた』。

そして五隻目に翼を巻き付けて、船体を絞め砕きながらその上に降り立ち振り向き。
今しがたの戦果、砕け散り肉片と血飛沫を撒き散らして『轟沈』する四隻を、その目で直に確認するも。

そんな豪快な最期の『オワリ』まで、目と意識を向けていることはできなかった。
なぜなら。


周囲の船の上に、別の天使が立っていたのだから。

それも『エイ天使』やこの『船』達とは明らかに一線を画している存在が。


その姿は、爪先から頭頂部まで10mに達するか。
『十字型』に刃が取り付けられている巨大な斧槍を手にしている、
ゴリラのような筋骨隆々とした体躯の『巨人』。

それが二体ほど、それぞれ船の上に立っていた。
その存在感と大きさで、船が単なる小さな足場にしか見えなくなってしまっている。


一方『(―――真打登場か)』


そして力も、その姿に恥じぬ非常に大きなもの。
今までの天使とは完全に格が違っていた。

678: 2011/12/18(日) 03:28:45.10 ID:Q8IWBCvQo

しかもその動きの『速度』もまた、重厚な姿からは連想し難いまでに『格別』。

一体が低く唸った次の瞬間。
巨人天使が立っていた船が、叩き潰されるようにして突然爆散して。

一方『―――』

僅か一瞬後にその巨体が真上にあった。
斧槍を振り上げ、今にも叩き降ろす瞬間の体勢で。

瞬時に船から跳ぶ一方通行。
直後、紙一重で斧槍が船を一切の手加減無く『かち割った』。
仲間に両断され、悲痛な咆哮を発して無残に轟沈する船。


そうして一方通行が回避したのも束の間、
彼が飛んだ先にはすかざずもう一体が待ち構えていた。

もちろん。


一方『ッ―――』


一体目と同じく、既に攻撃を繰り出す瞬間の体勢で。
これまた尋常じゃない速度で横から薙ぎ振るわれる、巨大な斧槍。

速度だけではなく、その刃に集束している力もまたとてつもないものである。

ただ。

確かに『強い』、この『巨人天使』は強者であるのだが、
今の一方通行にとっては別段『強敵』でもなかった。

679: 2011/12/18(日) 03:30:01.57 ID:Q8IWBCvQo

一方『カッ!!』

直後、振るわれた天の斧槍は間違いなく一方通行に直撃したが。
その肉と魂を削ぐことは叶わなかった。

斧槍が直撃したのは、更に速く強く繰り出された一方通行の手。
漆黒の掌との衝突で、強烈な衝撃とともに火花散らして、
無残に砕け散る煌く天の刃。

それを認識してか、巨人があっけに取られたかのように唸りかけたが。
すぐさまその声は打ち切られた。

その彫像の如き顔面に、
勢いそのままで飛翔してきた少年の強烈な『膝蹴り』が叩き込まれたのだから。

飛び散る仮面の欠片と、熱き血しぶき。

そうして奏でられた破砕音は、
木材をへし折るとも、自動車をプレスする音にも似ていた。

一撃必殺たる力が練り篭められた闇の槌が、
天使の肉と魂を毟り、削り、すり潰していく。


一方『―――ッ』


ただ『強敵』ではないとはいえ、この巨人天使はやはりかなりの存在か。
それまでの天使達とは違い、こんな一撃をもってしても『瞬殺』はできなかったのだ。

そして。

絶命するまでに一瞬のラグがそこに生じることとなる。


680: 2011/12/18(日) 03:32:55.57 ID:Q8IWBCvQo

頭部を叩き潰された巨人天使は絶命の瞬間、
その巨大な両手で、一方通行を挟み込むようにして押さえ込んだのだ。
余りにも掌が大きくて、彼の体はすっぽり包み込まれてしまった。


『それだけ』では、一方通行にとっては別に然したる問題でもなかった。
この程度、腕もろとも弾き飛ばして即座に振りほどくことができるが。

周囲の状況によっては、その僅かな時間のロスが大きな問題へと繋がる。

それも彼が明確に認知していない問題、
彼が把握している『以上』に敵の―――『数が多い』だということである。


確かに、この天界の軍勢には『化物染みて強い存在』はいない。


たが『強い存在』が何体も何体もいるのだ。


翼で弾き、木っ端微塵にその巨人天使の手を吹き飛ばしては振り返る一方通行。
彼ははっきりとその存在、この隙に背後に回ってきたもう一体を認識していたのだ。

振り向きざまに、振るわれてきた斧槍を同じように手で打ち砕き、翼のカウンターで貫く―――。

―――と、それがこの時の彼の段取りであるが次の瞬間、変更を余儀なくされた。


一方『―――』


いつの間にか―――もう一体、三体目の巨人天使が真上にいたのだから。


しかも更に『それだけ』ではなかった。

三体目を認識したのと同時に彼の知覚は、
己の頭部へと真っ直ぐに飛翔してきている―――『火弾』を検知した。

681: 2011/12/18(日) 03:35:26.16 ID:Q8IWBCvQo

彼はまず、背後の二体目の斧槍を振り向きざまに左手で弾き砕きながらカウンター、
翼の一本でその分厚い胸を貫き。
次いで真上からの三体目へ向けて、同じくカウンターで翼の一本を突き上げながら、

また別の翼の一本で火弾を弾きいなした―――のだが。

火弾の力の認識を少し誤ってしまったか、
その衝撃は想定したものよりもずっと上回っており、そこで彼は体制を崩してしまったのである。

それにより僅かな差で、真上の巨人天使の頭部を貫き損ねてしまい。


一方『が―――ッ!』

逆に彼の方が避けきれず、
三体目が振り下ろした斧槍の一撃を額に受けてしまった。

強烈な衝撃と共に一瞬明滅する思考。
ぐりんと視界が回り、四肢が人形のそれのように暴れ、空がとてつもない速さで流れて行く。


巨人天使の凄まじい一撃によって、
一方通行の体は漆黒の尾を引き一気に落下していった。

ただ、今の彼が『この程度』でそのまま叩きつけられる訳もない。

彼は即座に意識を再起動させ、
その姿勢を建て直して―――虚数学区の街並みの中に豪快に着地した。

682: 2011/12/18(日) 03:37:25.87 ID:Q8IWBCvQo

彼を中心にして、クモの巣状に広範囲にひび割れる大通り。
ただその程度など、次なる破壊に比べてはまだまだ生易しい。

一方『―――』

そうして着地して一瞬の後。
一方通行が『それ』を瞬時に知覚して、目で確認すらせずにそのまま彼が後ろに跳ね飛ぶと―――直後。

追って急降下してきた巨人天使の更なる一撃が、
一瞬前まで彼の体があった空間に叩き込まれ、道路を大きく陥没させた。


そうして破片が舞い散りかける中。


この巨人天使の命運は、この時点で尽きていた。
回避された段階で氏んだも同然だった。

その彫像の如き顔が上げられ―――白亜の瞳が一方通行の姿を捉えようとした時には、


鋭い漆黒の翼の先端が、僅か10cmのところにまで迫っていたのだから。


凄まじい速度で放たれた一方通行の一撃は、
この巨人天使に振り下ろした斧槍を引き抜くことすら許さず―――その頭部を貫き散らした。

だがこれで今の相手の全てを討ち取ったわけではない。
あの『火弾』を放った存在がまだいるのだ。


三体目の巨人天使の絶命を確認して、即座に面を上げた彼のその視線の先には。

龍か蛇か、赤と金色の、長い長い胴をしたこれまた異形の天使が、
空をゆっくりと泳いでいた。

683: 2011/12/18(日) 03:40:55.30 ID:Q8IWBCvQo

先ほど受けた火弾もまた、大きな力を練り篭められており、
あの蛇のような天使も、他と一線を画す巨人天使と同格の存在と思われるか。

そう、彼が即座に分析して、
腰低く着地した姿勢からそのまま、あの『蛇天使』のもとへと飛びゆこうとした―――その時だった。

彼方の空を漂っていた蛇が、
突然過ぎ去った『紫電の筋』で、頭部から尾まで綺麗に両断されたのだ。

その蛇天使を一閃の下に斬って捨てた存在の正体は。

一方『―――はッ。現れたか』

この虚数学区は意識化にあるため、彼には手に取るようにわかる。
そして相手もまた、律儀にすぐさま飛来して来、彼の前に降り立った。


その紫電の輝きに包まれていたのは―――どこかの高校の制服を纏う、
大きなメガネをしている穏やかそうな『普通』の少女だった。

いや、『普通』と言えるのはその人間的な部位だけか。
その他の非人間的な部位はとても『普通』なんて領域では無かった。


『遅れてすみません―――!!』


まず第一にそう謝罪して、ぺこりと頭を下げる少女。
その頭上には虹のような鮮やかな光で形成されている輪。

髪は金色に淡く光り、背中からはこれまた莫大な力を帯びた、
木の根のように広がる紫電の翼。


更に手には、天使の鮮血がまだ少し付着している―――翼と同じ紫電の―――光剣。



風斬『――――――ヒューズ=カザキリ―――風斬氷華です!!』



そうして彼女は再び顔を勢い良く挙げ、そう名乗った。

684: 2011/12/18(日) 03:44:55.34 ID:Q8IWBCvQo

一方『……』

そんな少女の姿は、0930事件に見たヒューズ=カザキリとは似ても似つかなかった。
少なくともあの日は、ビル街の上に大きく突き出るくらいに巨大だった。
更にこんなにも普通の人間と同じく接触できる存在だったとは。


―――ただ、今はそんなことなど『どうでもいい』。


力の知覚からも、この少女があの『ヒューズ=カザキリ』であることは間違いない。
かなり心強い増援だ。


一方『おォ。助かンぜ』


風斬『は、はい!……それとあの……!額から血が……!』

とそこで指摘されてやっと。
一方通行は、己が額の小さな傷から出血していることに気付いた。

絶えず翼で衝撃波を放ち、天空の『雑魚』を吹き飛ばす傍ら、漆黒の手で拭うと、
『今の血』も同じく『黒い』ため見えにくいが、確かにその手に血が付着していた。


これは懸念すべき事柄か。


彼が放つ攻撃は、どんな相手に対してももちろん最大出力だし、
どこかの『赤い魔剣士』のようにわざと加減なんかはせず、肉体の強度も最大にしているのだ。

その状態で生じた傷は、単なる肉体の損壊以上の意味を含む。

それはつまり、あの巨人天使達の刃はこちらの力と魂の強度を上回っているということ。

こちらの方ずっと力は大きいものの、決して無敵ではないということだ。
確かに相手は『強敵』ではない。

しかしその刃でも、傷を負い続けてしまえば―――こちらも充分に倒されかねないのである。

685: 2011/12/18(日) 03:48:19.25 ID:Q8IWBCvQo

その時。

ふと脳裏に過ぎるは、いつぞやのアレイスターの声。
四元徳とやらが率いる天界の軍勢の話しの中における、
『上級三隊の数は500を越える』という言葉。

一方『……』

あの他とは一線を画す『巨人天使』や『蛇天使』が、その上級三隊とやらなのだろうか。
そうでなかったら最悪だが、もしそうだとしても最悪なのは変わりない。

楽観的に考えても、この水準の存在が500もいることになるのだ。

一方『……』

その数で一気に来られたら、さすがに今の己でさえ押し留めるのは厳しいであろう。

そして果たしてそれだけの数を、学園都市へ漏らさずに全て排除できるのだろうか。
『雑魚』として群れごと吹き飛ばせない天使もあれだけいるのに。

一方通行はここでもう一度、
己を含め学園都市は今、とても一筋縄ではいかない勢力を相手にしているのだと再認識させられた。

天の軍勢には、悪魔のそれのように飛びぬけて派手な『強さ』は無い。
しかしとにかく堅実で確実な『強さ』がそこにあるのだ。

一方『…………』

天空を見上げると心なしか、いいや、明らかに。
こちらが打ち出す衝撃波から、生き残る天使の数が増えていた。

こちらに対抗して、より強い者達が前面に出できているのだろう。
きっとあの巨人天使や蛇天使も多数いるであろう。


そう、今までは単なる威力偵察―――『本戦』はこれからだ。


一方『やる事ァわかってンな?』


風斬『つ、土御門さん達が到着し、滝壺さんによって虚数学区の穴が無くなるまで休み無く―――敵を掃討し続ける、ですね』


そうして並び立つ人間界の『神と天使』は、天を見据えながら声を交わして。


一方『―――行くぜ。片っ端から頃しまくンぞ』


飛びあがり―――その身を天の軍勢の中へと投じた。


―――

699: 2011/12/21(水) 02:12:45.75 ID:w80+sUW9o

―――

学園都市は震えていた。

空の上から絶え間なく響くは、天蓋を巨大な金槌で打っているかのような轟音。
莫大な規模の人と天の力が、『界上』にて激しく衝突しているのだ。

学園都市の地上は事実上機能を停止していた。
残っているのは最低限の保安・維持要員のみ、行政機能等や市民は皆地下へと移されていた。

そこで人々はじっと息を潜めていた。
古き時代に先祖達が、『神の怒り』に畏怖したように。


分厚い地殻と防壁を越えて浸透してくる異質なプレッシャーと、
いくら耳を塞いでも―――体の芯、思考の中まで直接響いてくる『轟音』。

『何か』が『おかしく』なりつつある、そんな漠然とした未知なる世界の変化を前に、
ただただ耐え忍びこの激なる嵐が過ぎ去るのを待つしか術はない、
と彼らの本能は己が生の保全を優先させたのだ。

それは紛うこと無き『真っ当な行動』である。

生ある存在としてはもちろん、この世界唯一の知能種であるという点を考慮しても尚、
この世界の住人である以上この真理の絶対的正当性は揺るぎはしない。

特に彼ら大多数のような、『流れ』に招かれなかった力無き者達、

今日という日がいつか、知らぬ者のいない物語として語り継がれることとなっても、
決してその名が声にも字にも宿ることの無い『子羊達』にとっては。

ただ。

そんな無名の子羊達の全員が、皆足並み揃えてこの正当な行動を選択するとも―――限らない。


なぜか?―――それはもちろん、『人間』だからだ。

700: 2011/12/21(水) 02:15:47.26 ID:w80+sUW9o

いくら界の『理』を一新されようが、その魂に継いでいる混沌の世界の血は消えやしない。


どれだけ状況が徹底して詰められていても、
僅かな要素で危なげに揺らぎ、迷い、時として不合理とも言える選択をするのである。

しかも面白いことに、その選択は必ずしも無意味に終るとも限らない。


確かに『主役』となる者達の多くは生まれた瞬間から、もしくは生まれる前から、
その魂には大いなる運命が課せられているが。

無名の子羊だった者だってその『意志』さえ明確ならば、
物語の主要人物として名を連ね、大いなる運命を引き寄せることも可能だ。

例えば―――19世紀に誕生した、二人の史上最高峰の魔術師や、

スパーダの孫をすっぽりと包み込んでしまう大器、フォルトゥナの姫。

更に極端な例ならば、僅かな期間で『完全な無名』から物語の中核に食い込んでしまった、
欠片の力も無い『成り上がり者』、佐天涙子という少女までいる。

そうして今。

この震える街のある路地裏にも一人。


初春「……」 


物語の『歯車』に成り上がりかけている、一人の『無名』の少女がいた。

701: 2011/12/21(水) 02:17:25.81 ID:w80+sUW9o

空から響く轟音と、
現か夢かも定かではない、異質な感のする大気。

初春「…………」

それら肌に覚える感覚に浸る一方。
初春は頭の中で、今しがた見た少年と幼い少女の『問答』の様を思い返していた。

二人の関係については、具体的なことなど何も知らない。

打ち止めの口からは、部外者でもある程度過去を案じられる言葉がいくつか発せられてはいたも、
それらのワードを繋げ纏めるには少しの時間が必要だ。

ただ。

それがわからなくともこれだけはわかる。

あの二人の間には、とても強固な絆があって。
あの二人は互いの為に、困難へと立ち向かおうとしているのだ、と。

その彼らの意志を目の当たりにしたとき、
初春は体の中で熱くなる何かを抱かずにはいられなかった。

初春「…………」

こう感じてしまうことはいささか、単純で未熟なのかもしれない。
巧みな言葉や演出によって扇動され、理解をする前に感化してしまうのと同じなのであろうか。

いいや、似てはいても決して同じではないはずだ。
確かに理解はできずとも、考えることを止めたわけではないのだから。


現にこうして―――自覚し認識しているのだから。

702: 2011/12/21(水) 02:20:04.89 ID:w80+sUW9o

ジャッジメントとしての日々の中でそれなりに危険は経験している。
御坂美琴と白井黒子との繋がりで、様々な厄介ごとに何度も首を突っ込んだこともある。
更にあの幼い少女と初めて出会った日のように、『本物の氏』に半ばその首を捕まれたことも。

しかし今、目の前にある状況は、その今までのどれよりも規格外で凶悪な空気を醸していた。
覚えるのは闇夜の嵐の中に放り出されるかのような、絶対的な恐怖と圧倒的な孤独感。

それこそ、いっそのこと『氏んでしまって楽になりたい』と思わせるまでに過酷な重圧。

しかし。

初春「……」

それは重々認識した上で、彼女の心は決まってしまってた。

あの『白くて黒くて』、天使にも悪魔にも、ただの人にも唯一の神にも見える少年。
煌々と燃え揺らぐその存在にあてられてしまったのか。

あれを目の当たりにしてしまった時点で―――もう『遅い』。

人間界の王、その神たる熱は、
すでにこの少女の魂へも飛び火してしまっていた。


いや―――そもそも、最初の火種は彼女自身が宿したものだ。

あの若き神の熱はより激しく燃え盛らせただけである。

彼女は元々、無二の友人が帰ってくるまでは、己も安全地帯に篭るつもりなんてなかったのだから。
友人を探すため命令も規則も破り、第七学区に単身踏み入った時点で既に彼女の魂には火が点いていたのだ。

己が命の保全にただただ注力するのも、この世界、人間の持つ強い意志。
一方でなりふり構わず他者のために、
無駄だと頭の隅で認識していながら『馬鹿げた行動』をするのもまた―――混沌の子たる人間が有する意志の一つである。

703: 2011/12/21(水) 02:21:25.64 ID:w80+sUW9o

打ち止めは今、再び毛布に包まっては芳川の脇に立ち、
彼女と何やら話し込んでいた。

ぼそぼそとした小声だったためその内容はわからないも、
まず世間話といったものではないのは確かであろう。

真剣な面持ちで、手振りも交えて何かの打ち合わせを行っているように見えた。
と、それが一段落したのかふと手を止めて。

芳川「……ありがとう。貴女は地下に戻って」

そう芳川が初春に声を向けながら、
懐からシェルターの認証キーを取り出した。

対し向き合った初春はそっけなく。

初春「お断りします。私は『一緒に行く』と言ったはずです」

変わらず甘ったるいながらも、
良く響く芯の通った声を返した。

芳川「……」

初春「あなた達が安全な場所に落ち着くまで、絶対に傍を離れませんよ」

真っ直ぐに芳川を見据えて。
その瞳に恐怖はあるも、更にそれを上回る強固な意志を見せて。

一瞬、芳川は目を細めたも、
結局肯定的な意見に落ち着いたのか、諦め混じりの表情で頷いて。

芳川「―――じゃあ―――」


と―――彼女が口を開きかけた時だった。

突然、路地に風切り音が鳴り響き。
三人のちょうど中間の位置に、スーツに血の滲む包帯という身なりの、褐色の肌の少年が姿を現した。

そして少年は礼儀正しい仕草で芳川と打ち止めの方へと向き。

「ラストーダー、芳川さん。お迎えに」

704: 2011/12/21(水) 02:22:40.57 ID:w80+sUW9o

一瞬驚いたも、すぐに初春は冷静になった。

初春「……」

少年と芳川・打ち止めの様子を見るとどうやら知り合いか。
『何か』の話も通じているらしく、特に話し合わせることもなく二人は頷き、
彼の傍へと歩んでいく。

と、そこで少年は初春の方へも顔を向け。

「初春さんですね」

初春「―――?」

エツァリ「エツァリです。馴染みの方々からは諸事情あって『海原』と呼ばれていますが」

そう彼女へ一礼しながら、自己紹介した。
なぜ彼が彼女の名を知っているのか。

初春は知る由も無いがこの少年エツァリは、
随分と前から『あるレベル5の少女』つながりで、この初春のこともチェック済みであったのだ。

エツァリ「ええと……初春さんは最寄のシェルターにお運び―――」

そうしてエツァリが声を続けると。

芳川「この子も一緒に」

隣に立った芳川が遮るようにそう声を放った。

芳川「彼女が『助手』よ」

ふむ、と少し表情を曇らせるエツァリ。
だが数秒間の沈黙ののち、諦めたように息を吐いて。

エツァリ「これ以上『あの人』のご友人を巻き込みたくないのですが…………まあ、今はとやかくは言ってられませんね」

芳川「でしょう?これから適う技術がある人員を探すなんて、そんな時間あるとは思えないし」

芳川はエツァリに声を向けながら、再度小さく初春へ頷いて見せた。
対し初春も、きゅっと口を引き締めて頷き返す。

とそうしていたところ。


打ち止め「ねね、急ごう!って、ミサカはミサカは虚数学区上の抜け穴を早速いくつか観測したから急かすの!!早く早く!!」


芳川の袖を引っ張り、打ち止めが大きな声を皆に飛ばした。
アホ毛をせわしなく揺らして。

―――

705: 2011/12/21(水) 02:23:58.77 ID:w80+sUW9o
―――

『ステェェェイルッ!!』

己が名を呼ぶその声は、まるで雷鳴のように轟いた。

ステイル『……っ』

学園都市の空に響く激音の合い間を貫いてきた一方通行の声である。
力の系統の壁で、能力・魔術の回線を作ることもできなければ、

通信機器の類はどうせ自身の力で『焼き壊して』しまうため、
ステイルはそういった機器は身につけていないのだ。


一方『狩り漏らした奴等がそっちに行くだろォからオマエ達はそいつ等を狩れ!!』


さながら天の声、大音響で口調悪く響く一方通行の声に、
相手に聞えるかはわからぬもステイルは小さく「ああ」と返して。

ステイル「そろそろ一度戻ろう」

アグニ『うむ』

並び走る頭の無い巨人に向け告げた。
彼らは今、一通り周囲の環境をチェックしていたところだった。

これだけの異変が起こっているため、拠点となる窓の無いビルを中心として、
一帯の『世界』の状態が正常かどうか確認しておく必要があったのだ。

706: 2011/12/21(水) 02:25:19.87 ID:w80+sUW9o

そうして進路を変え、一路窓の無いビルへ向かおうとしたその時。


早速の事だった。


ステイル『―――ッ』

道路向こう、闇にどっぷり浸かる先にきらりと煌く―――白金の異質な光。
それが何なのか、一目で彼は悟った。


天使である。


即座に低く構え、その手から業火の刃を伸ばし、
ステイル=マグヌスは地面を蹴った。

行く手のアスファルトを一瞬にして溶かしては、オレンジ色の『小川』を道路に刻み、
灼熱の尾を引いて一気に突き進む。

その滾る赤き瞳で捉えるは、四体ほどの天使の姿。
トカゲのような足に大きな前掛け、頭には奇妙な仮面、
そして手には輝く光を模した形状の刃がある杖―――。

彼らは、ステイルの接近になどまるで気付いていなかった。

ステイル『―――シッ』

短く息を吐き―――まずは一体目。

すれ違いざまにその首を炎剣で焼き刎ねた。

ただその首は、宙に舞い飛びはしなかった。
一瞬にして燃え尽き、火の粉となってさながら散弾のように砕け散ったのだ。

そうして残った体も業火に飲み込まれる中、
ステイルは身を捻り半円を描くように足を運んでは、アスファルトの上を溶かし滑り。


更に通り抜けざまに―――二体目の首も『焼き散らす』。

707: 2011/12/21(水) 02:27:45.25 ID:w80+sUW9o

そこでようやくこの『襲撃』が認識できたのか、
三体目が杖を構えかけたが。

それだけだった。
それ以上は反応が全く追いついていなかったのだ。
無論ステイルの存在、その容姿を認知することなど全くかなわない。

次の瞬間、更に身を捻りながら滑り抜けたステイルによって、
三体目はその体を胴辺りで上下に分断され、火の粉と灰となり焼き飛ばされた。

そうして彼が、最後の四体目も立て続けに狩ろうとした―――その時。


突然、真上から赤い大きな『何か』が現れ、
四体目を踏み潰してしまったのだ。

ステイルは即座に急停止してはその赤い首の無い巨人、アグニを見上げて。

ステイル『この程度の連中なら、僕に全て任せてくれてても構わないんだけどね』

ステイル『君は今日はずっと激戦続きだったんだろう? 疲れない程度にしてくれよ』

ステイル『僕の手に負えない大物が来たら、君に任せるんだからな』

するとこの大悪魔は、軽く笑うような唸り声を発して。

アグニ『敵を前にして黙せとは。苦行か』

ステイル『……まあ我慢してくれ』

708: 2011/12/21(水) 02:28:54.67 ID:w80+sUW9o

そうしてアグニと軽く言葉を交わしたのち、
ステイルは手早く魔術通信を起動して。

ステイル『聞えるかい? 早速だが天使達と遭遇した』

エツァリへ向け声を飛ばした。

エツァリ『早いですね……』

そして帰ってくるは、重く濁らせるアステカの魔術師の声。

エツァリ『「上」はたった今ヒューズ=カザキリも合流しましたが、やはりそう簡単にいかないようです』

エツァリ『99%以上は押し留めていますが、なにしろ膨大な数ですからね』

エツァリ『それに高位の存在は絶対に逃すことはできませんので、どうしても下位の天使達の掃討には限界があります』

エツァリ『ラストオーダーによると、数百体が既に二人の防衛線を突破して虚数学区上の街に散開、恐らく穴を探しているのでしょう』


ステイル『そして僕が、穴を見つけ突破したばかりの連中に遭遇したという事か』

エツァリ『恐らく。そこに後続は?』

そこでステイルは見合わせるようにアグニを見上げ(この大悪魔には頭が無いが)、
そぶりで互いの認識を確認して。

ステイル『いいや。見当たらない。静かなものだよ』

エツァリ『それは良かった。他の天使達に報せられる前に排除できたようですね』

エツァリ『一先ずその座標をマークし、ラストーダー達の準備を整え次第、応急処置を施します』

ステイル『急いでくれ。僕達は一先ずそちらに戻るよ』

エツァリ『いえ、ラストオーダー達の準備が整えばある程度侵入を検知できますので、あなた方はそのまま遊軍となりパトロールを』

709: 2011/12/21(水) 02:30:32.70 ID:w80+sUW9o

ステイル『なるほど。そうしよう。そっちは大丈夫かい?』

エツァリ『問題ないでしょう。自分とイフリートもおりますし』

エツァリ『ベオウルフもまあ……イフリート曰く少なくとも天界に組することはない、とのことですので』

ステイル『そうか。じゃあよろしく頼むぞ』

エツァリ『ええ。あなた方も』

そうして軽く話し合わせ通信を終えたのち、
ステイルは鋭い目で睨むように空を見上げた。

不気味に白み、界を揺さぶる轟音を響かせている天。

ステイル『…………』

傍ら、神裂を通じて思考の中へと入ってくる『向こう』の状態に、
彼はその顔を険しく歪ませた。

上条に起きたことを知ったインデックス。
その少女の表情を傍で見、感じる情景がありのまま送られてくるのだ。

ただ。

さすがに心痛む情景ではあったが、『意外なこと』にステイルの予想よりは
インデックスの精神状態は悪くは無いように思えた。

確かにとてつもない衝撃を受けてはいるも、それでも―――心は折れてはいない。
彼女の中に通る強い芯が、びくともせずにしっかりと耐え切っているのが神裂の瞳越しに見えたのだ。

少女は衝撃を受け茫然自失としながらも、
立っているその足は少しも揺れ動いてはいない。
大きく見開かれている目、その瞳からは確固たる光は決して消えてはいない。

そして残る左手はぎゅっと。
固く確かな力をもって握り締められていた。

710: 2011/12/21(水) 02:32:36.75 ID:w80+sUW9o

アスタロトによって重傷を負ったこともあり、
この心労は今のインデックスには最悪のものとなると恐れていたが。

ステイル『………………はっ……』

予想以上の彼女の強さを見て、ステイルはその歪めてた顔のまま思わず、
『嬉しさ』の余り軽く笑ってしまった。
この瞬間、それはそれは奇妙な表情になってしまっていただろう。


やはりインデックスは大きく変わった。
上条に会って、悪魔と関わって、魔女とその己の出生と相対して。

彼女はどんどん、加速度的に『強く』なっている。

守られる者から己を守れる者となり、
更に他者へ手を差し出し守る側へと半歩踏み込んでいるのだ。

と、そこまで思考が走った時。
ステイルは悪魔の感覚で直感的に悟った。
無論、同期している向こうの神裂もまた同時に。

二人の思考の中にこう過ぎった。


上条を『救う』のは―――最終的にインデックスであろう、と。


それは漠然とした、半ば幻想、夢に似たものであろう。
具体性など欠片もない。

ただそれでも二人は確信していた。

インデックスと上条当麻、この二人の関係を特に良く知り、
『彼らの物語』を傍で目の当たりにしたからこその確信。

魂がそう告げるのだ。

711: 2011/12/21(水) 02:33:44.85 ID:w80+sUW9o
『視覚』を失った『幻想頃し』。
『右腕』を失った『禁書目録』。

こうして運命を捻じ曲げて、互いを重ねてしまうくらいに二人は一心同体、
片方が完全に消滅してしまえば、残る片方も生きてはいけない存在になってしまった。

今となっては、彼らの繋がりは単なる依存関係ではない。
上条当麻とインデックスの繋がりは、そんな『傷の舐めあい』なんかではない。

弱さをカバーしあうのではなく、
むしろ逆に互いに互いに『お前の大切なものが失われてもいいのか?諦めるのか?』と挑発し、
発破し、駆り立てる関係。

魔女の鉄の契りが結ばれた今、そこに弱さは欠片も許されない。
それこそ『擁護』ではなく『脅迫』に近いものなのだ。

つまりはこういうこと。


片方が状況に屈することなく存在する限り―――残る片方も、絶対に屈しはしない。


彼らにとって『敗北』とは、『彼ら二人とも』が砕け落ちたときのみ。


それが魔女と悪魔―――上条当麻とインデックスの『永劫の契約』だ。

712: 2011/12/21(水) 02:35:57.58 ID:w80+sUW9o

ステイル『……』

神裂を介して、上条とインデックスの間にあるその繋がりを再確認して、
ステイルは今度は安堵の息を漏らした。

そして少しばかりの―――寂しさも。

インデックスを挟み、神裂と己が両脇斜め後ろに立つことはもう無いのだと。

今やこちらからインデックスに手を差し伸べる必要はない。
求められたときのみ『対等の友』として手を貸す、それだけ。

そう。

もう彼女には保護と護衛はいらないのだ。
少女の瞳には今、ベヨネッタやジャンヌ、そしてローラにも見たあの―――『鉄の意志』が宿っているのだから。


一度、ステイルは面を下げて。

ステイル『アグニ』

そうして再び上げてては、空ではなく今度は真正面。
前に続く『道』を見据えて。

ステイル『準備が整うまでもう一度、辺りを見回ってこよう』

涼やかに告げては。


ステイル『行くぞ―――』


地を蹴った。


『己』が前に続く『道』の先へ。

『己』が意志で、『己』が足で、自ら『前』へ―――『己が戦い』へと。

―――

713: 2011/12/21(水) 02:36:53.50 ID:w80+sUW9o
―――

テメンニグルの塔、門前の氷に覆われた広場にて。


ケルベロス『…………懐か……しいな』

途切れ途切れながらも、声を発せられる程度にまで回復した魔狼が、
レディの腰からそう言葉を放った。

レディ「……懐かしいわね」

対し、少し重く静かな声で返すレディ。
その面持ちは厳しく、全身からは異様な空気を発していた。

怒り、とも。
緊張、とも。
焦り、とも。

そして―――恐怖、とも取れる空気を。


ケルベロス『おお……2000年の間……我が守りし……魔塔の……開かずの大門よ』


そんなレディが一歩、また一歩とゆっくり門の前まで歩んでいくと、
再び途切れながらも声を発するケルベロス。

714: 2011/12/21(水) 02:38:20.60 ID:w80+sUW9o

門の前の床には、割れて真新しい氷の破片が散らばっていた。
つい最近、ここで誰かが派手に―――そう、例えばこの門を蹴り開けでもしたのだろう。


ケルベロス『……ダンテ』


レディ「…………」

その通り、彼だ。
一足先にこの塔に乗り込んで行ったのだ。

そうあの赤き魔剣士の存在を認めた途端、
レディは弾けたように素早い仕草で己が装備の再点検を始めた。
拳銃、サブマシンガン、切り詰めたショットガン、そして特別製のロケットランチャー。

ついで腰の魔導書を手に取り、厳重な錠を外しては該当のページを開いて、
弾薬など諸々の物資をその場に呼び出し補充。

これまた素早く弾帯やポーチに差し込んでいく。


そして。


レディ「戻りなさい。普通に飛べば人間界に戻れるから」

五和「……」

斜め背後に立っていた五和へと、顔を向けずに声だけを飛ばした。

715: 2011/12/21(水) 02:42:49.27 ID:w80+sUW9o

五和「…………」

対し五和はただ沈黙を返す。
魔女の槍を握り、ぎゅっと表情を引き締めて。

彼女は今、そう易々とこのレディの言葉に従える気持ちではなかった。

その原因はもちろん―――レディの様子だ。

この塔を目にしてから空気が完全に変わってしまった。

余裕が無い、とも言えるか。
あらゆる負の感情を彼女から覚えるのだ。

それらが熱を帯びてどす黒く渦巻き、
まるで彼女の身をチリチリと炙り焼きにしているかのように。

レディ「それと魔術通信を試してみなさい。多分そっちの『お仲間』が戻ってきてるから」

五和「ですが……」


レディ「五和ちゃんは、この塔に入る『理由』は無いでしょ」


理由。
その言葉を耳にして五和は一歩、レディの側へと進んで。


五和「…………………………レディさんの『理由』は…………『悪夢』、ですか?」



核心を突いた。

716: 2011/12/21(水) 02:43:47.36 ID:w80+sUW9o

やはり五和の覚えた感覚は正しかった。

レディはぴたりと動きを止めて、数秒間硬直。
そして再び静かに、最初は恐る恐るといった風に動き出して、
ゆるやかに装備の点検を終えて。


レディ「お願い。一人にして―――」


そう、さながら懇願するように告げた。
だがそう感じられるのもここまでか。

次に続いた声に、彼女の本当の内面が垣間見えた。



レディ「―――邪魔するな。これは『私だけの狩り』だ」



それはそれはどす黒く、灼熱の感情に満ちた声。
その迫力に思わず五和は、今度は一歩後ずさってしまった。

そうして身を強張らせる五和を置いて、レディは顔を向けることなく門に手を当てて。
片方の扉を押し開けて、隙間からするりと中に入っていってしまった。

717: 2011/12/21(水) 02:45:09.97 ID:w80+sUW9o

五和「…………」

最早これ以上、五和はレディの個人的事情へ首を突っ込むことはできなかった。

仕方ないことか。
自分の中にだって誰にも踏み入らせたくない、誰にも譲れない『絶対的な領域』がある。

それに五和は今、まずは神裂達と合流するという第一の目的がある。
己の安否が定かではないせいで、あの心優しい『女教皇』を無闇に心配させてしまいたくはない。

彼女は踵を返して門に背を向け、その場でまずは通信魔術を起動した。
『周波数』は必要悪の教会と天草式が常に使用しているものに設定し、範囲を学園都市に定めて。


五和「誰か、聞えますか?」

するとすぐさま声が返って来た。

ステイル『五和か!!良かった!無事だったか!』

今となっては妙に懐かしくも思えてしまう、
ステイル=マグヌスの声が。

五和「はい!あなたも!プリエステスとインデックスは?!」

ステイル『大丈夫だ。色々あったが今は問題ない』

それを聞いて一先ず、ほっと胸を撫で下ろす五和。
そうして彼女は腰にある黒い拳銃へと意識を回して。

五和「上条さんは?!上条さんの銃を拾いまして……」


ステイル『……ああ、彼か…………』

718: 2011/12/21(水) 02:46:45.27 ID:w80+sUW9o

すると、ステイルの声が急に濁ってしまった。
そのトーンだけで、良からぬ事が起きたのは明白か。

それもとにかく、とにかく良からぬ事が。

五和「……あ、あの……何が……?!」

急激に緊張し強張る身をなんとか抑えながら問い返すと。
ステイルの重々とした声に乗って、上条の現状が五和の意識の中へと刻み込まれていった。

上条当麻の身に何があったか。
彼は今どんな状態なのか。

そしてダンテからイフリートを介しての情報で―――『上条当麻』の現在位置も。


五和「―――」


その瞬間。


―――とうとう五和にも―――『理由』ができてしまった。


この魔塔に乗り込むに足る『理由』が。

確かに五和は、彼とインデックスが結ばれるとわかっている。
そして己がインデックスの位置に立つことは、もう随分前に諦めてもいる。

だが。


これは―――それとはまた別の問題だ。


この純粋な『想い』だけは―――絶対に『譲れない領域』のもの。


五和は全くの迷いなくすぐさま振り向き、
放たれた矢の如く駆けては、体当たりでもするかの様に門に強く体を当てて。


片方の扉を押し開けて―――中へと踏み入った。


―――

740: 2011/12/28(水) 23:00:18.10 ID:jQs1suY2o
―――

テメンニグル。

その塔の姿は、初めてここに踏み入った時となんら違っていなかった。

門扉の向こうに広がっていたのは、吹き抜けの巨大な空間。

入ってまず最初に目が行くのは、
門の真正面に構えている『黒がねの大鐘』であろう。

『客人』を歓迎すると同時に、塔がもたらす災いを警告し示しているかのように、
翼の生えた恐ろしげな者達が悶え絡む不気味な『トロフィー』。

七つの大罪を象った、この塔を門として機能させるための鍵の一つだ。

そこから次に目に行くのは、広間の灰色の内壁に沿い、交差するように両側から昇る螺旋状の回廊。
それが延々と上層部まで続いている。

また先の『黒がねの大鐘』の背後上には、これまた巨大な煌く歯車がいくつもはめ込まれており、
それらの隙間からステンドグラスの様に、広間に淡く金の光が差し込んできていた。


レディ「……………………」


そんな『思い出の地』にレディは立っていた。
以前ここに立ったのは随分と前になるか、成人すらしていない頃だ。

だがあの日の光景は、今での昨日のように脳裏に焼きついている。
あの日の空気は、今でもこの全身の肌にこびり付いている。

741: 2011/12/28(水) 23:03:08.96 ID:jQs1suY2o

部分的には現代にまで引き継がれているも、やはり根本的な部分で異なっている、
強い魔の影響を受けている古代様式。

塔内はしんと静まり返っており、聞えるのは己が呼吸と鼓動だけ。
だが耳に聞えなくとも肌で感じ取れる、この塔に巣くう無数の魔達のざわめき。

何もかもがあの日踏み入った瞬間と同じだった。

そう何もかも―――何もかもが。


レディ「…………」


空気内に微妙に漂う――――――『身内の魔術』の『匂い』までも。


今この塔は睡眠状態にあるか。
稼動していれば壁にはめ込まれた歯車が回っており、
ここ広間の中央には赤い螺旋が刻まれた『芯棒』たる柱が天上まで聳えているはずだからだ。

レディ「……」

なぜこの塔が再出現しているのかはわからず、
一足先にここに入ったダンテの目的もいまいち見当がつかない。
単純にこの塔の頂に行こうとしているのではないらしいが。

この広間の隅ににある最上層までの昇降機が、稼動しているにも関わらず彼が乗った形跡が無いのだ。

彼の痕跡は昇降機に見向きもせず、『始まりの回廊』の方へと続いていた。

単純に上に行くのが目的ではないとなると、次に思い当たるのは―――この塔の稼動か。
それならば地下の『礼典室』に向かい、起動の儀式を行わねばならない。

742: 2011/12/28(水) 23:04:28.81 ID:jQs1suY2o

ただ。

ダンテの動向に関しては、今のレディにとっては最優先事項ではなかった。
今彼女の意識が向けられていたのは、『身内の魔術』の匂いだ。

レディ「…………」

なぜこの匂い、感覚を覚えるのであろうか。
同じ系統の術式を扱う誰かがこの塔内にいるのだろうか。


それとも―――あの男が―――あの日、この手で確かに止めを刺したあの男が―――


しかし。

今のところはどうとも言えなかった。
なぜどうやってなんて考えるには材料が少なすぎるのだ。

そもそも疲労のせいで幻覚を覚えていたり、
この異質な塔が『残り香』を保存していただけなのかもしれない。

ひとまずやるべきことは匂いの源を確認し、この悪寒の正体を暴くことだ。
気のせいだったのならば、ダンテに合流して彼の支援に回ればよい。


レディ「……」


そしてもし本物だったのならば――――――もう一度この手で葬るまで。


なぜ氏人が蘇っているかなんて詳しい原因究明はその後で良い。
そう、後で良い。


頃した後で、だ。


すばやく頭の中で己のやるべきことを確認したレディは即座に駆けだした。
匂いを辿って広間を横切り、回廊を駆け上がり青い扉へと向かい。

蹴り開けて『始まりの回廊』へと進んでいった。


―――

743: 2011/12/28(水) 23:07:51.95 ID:jQs1suY2o
―――

神儀の間の『稼動音』だけが響く重い沈黙。

神域にいた全員もまた、この予想だにしない方向へと加速していく状況を前に、
驚きの念を抱かずにはいられなかった。

ローラ、ジャンヌ、神裂、そしてもちろん―――インデックスも。

アンブラ史上最高の長と謳われるに相応しい器量を有す魔女王アイゼンですらも、
顔からは普段の悠然とした色が失せ緊張が濃く滲んでいた。

バージル『……』

ただ、この超越した二者―――バージルとベヨネッタだけは―――

ベヨネッタ『……』

―――同じく驚きを覚えつつも、一切動じず。

閻魔刀を間に向き合う位置のまま作業を正確に継続。
これほどまでに大きな『想定外の爆弾』が姿を現そうが、
その表情も目の色もまるで変えず不気味なまでに落ち着き払っていた。

神裂「…………魔帝と覇王と……スパーダの力を有している、と……」

果てしなく重い沈黙に耐え切れずといった風に、途切れながらも口を開く神裂。

ステイル経由からバージルへと伝播、インデックスは『本人』から直に知り、
既にここの一同皆が大まかに竜王周りの件を認知していたが、再度確認の意を篭めて彼女はそう告げた。
また、己に言い聞かせ事実として受け入れるための意味もあったか。

インデックスは神裂の手を固く握ったまま、
白亜の床の一点だけを睨むようにしてじっと沈黙していた。

744: 2011/12/28(水) 23:12:06.93 ID:jQs1suY2o

その神裂の声からいくばか経ったのち。

アイゼン『……………………竜王か』

ふむ、と手首の腕輪をじゃらりと鳴らしては口元にあて、思い出したように呟くアイゼン。

アイゼン『……よもやあの者にかの力が渡るとは……小賢しい腐れ竜めが』

最下層の人間が奮い立つ頃から数々の故事を目の当たりにし、
竜王と同じ時代も生きてきたこともあってか、一つ二つ思うところを匂わせる物言いか。

ジャンヌ「あの者をご存知で?」

そこを嗅ぎつけて問うジャンヌ。
彼女のその姿には今だに疲労が色濃く見えていたも、
新たな長となった以上いつまでも伏せっているわけにはいかぬとばかりに、地に立つ足には確かな力が篭っていた。

アイゼン『かつて一度のみ謁見した事が……………………ある』

問われたアイゼンは同じ調子でぼそりと。
それだけ言って、仮面の下からのぞく口元を不快気にきゅっと引き締め黙ってしめてしまった。

それ以上、一同は問わなかった。

バージル『…………』

このアイゼンの反応を見れば、聞く必要も無いであろう。
魔女・賢者と人界神の歴史を知っていれば、アイゼンと竜王の間に何があったのか大方予想がつくところだ。

かつて人間界が魔界の次なる標的として脅かされ、最下層の人間達が立ち上がった頃、
魔女や賢者達は徒労に終るとわかってはいても、
懸命に人界神に向け団結して立ち上がるよう説いたと考えられる。

それが招待された席なのか、それとも魔女側が申し出たのかはわからぬも。
きっとかの会見で彼女達はただただ愚弄され侮辱され、その言葉の一切を聞き入れてもらえずに締め出されでもしたのだろう。

745: 2011/12/28(水) 23:14:18.92 ID:jQs1suY2o

皆がそのようにして大方の予想をつけていると。

アイゼン『―――最悪だ。最悪だぞ』

今度は弾ける様に口早にそう声を発するアイゼン。

アイゼン『かの竜の行動には一貫性など存在しておらん』

アイゼン『成せばならぬ事案に対しては決して動かず、成してはならぬ事案はあえて成す輩だ』

その声は彼女に似合わずどんどんと熱を帯び。

アイゼン『奴が求めているのは「何らかの結果」ではなく「混沌の過程」のみ』

アイゼン『かの塔を顕現させたのも、そなたら兄弟の反応を誘うためのもの―――』


アイゼン『―――奴はただ楽しんでおるのだ!この戦いを掻き回す事だけをな!』


そして遂には、はっきりと滾りを吐き出した。
彼女はバージルとベヨネッタを睨んでは、彼らに向けるようにして人差し指を立て、
怒りに満ちた声を張り上げた。

この場にいた誰もが目にした事が無い、アイゼンの本気の憤怒が外に漏れた瞬間だった。

長い長い生涯を人間界を守るためだけに捧げ、こうして悪魔へと転生してまで尽くそうとしている気高き魔女王。
長き苦難を耐え越えてきて、今ようやく悲願が達せられようとしている。

そんな時に『これ』である。

3万年の時を越えて、よりにもよってこのタイミング、
更には三神の力を有して人間界の『癌』が復活するとは、これを悪夢と言わずして何と言うか。

746: 2011/12/28(水) 23:17:22.31 ID:jQs1suY2o

決して彼女の辛抱が足らないわけではない。

悪魔であろうが人であろうが、己が芯を貫く心がある者が、
この悪意に満ちた不条理に怒りを覚えずにいられぬわけがないのだ。

果てしない器量を有し、万の時を耐え忍び、無数の悲劇を乗り越え、
数々の困難を乗り越えてきた強い意志がある彼女だからからこその仕方が無い憤怒だ。

アイゼン『…………すまぬ。少々血が昇ってしまった』

だからこそ、彼女が感情の制御困難に陥ることも無い。
アイゼンは伸ばした手を再び口元に当て、小さく咳払いしては即座に怒りを制圧し。

アイゼン『さて、どうするか』

次いでバージルとベヨネッタへ向けて問うた。

バージル『……』

対して彼は聞いていないかのように表情を一切変えずに沈黙。

ベヨネッタ『Humm』

代わりにベヨネッタがキャンディの柄を口角で躍らせながら、
肩を竦めては「決まってるでしょ」と目配せ。

そう、これは問うまでもないことだった。
これはアイゼンもわかっており、彼女はあくまで確認の為に問うたのだ。

『段取り』は変わりはしない、とするよりも『変えられない』と表現した方ががいいか。
バージルとベヨネッタは今、取り組んでいる作業からは絶対に手が離せないのである。

747: 2011/12/28(水) 23:19:52.35 ID:jQs1suY2o

人間界の時間軸への強引な干渉、セフィロトの樹の切断で『浮遊状態』の人類、
開かれた魔界の大門、そして人間界に迫りつつある『一つ欠けた九強』らに率いられた軍勢。

こんな状況下で作業を一時中断するなど狂気の沙汰であろう。
この状態が長引けば長引くほど、人間界の首が締め上げられていくのだ。

ゆえにまずはこの状態から脱するために、
竜王出現の問題は脇に置いて予定通り事を進めなければならないのである。


そのようにして、これからバージル達が成さねばならない仕事は大きく分けて二つあった。
いや、そもそもここからの二つこそが本来の目的だ。

セフィロトの樹の切断や人間界の時間軸への干渉もそれこそ『準備段階』に過ぎず、
莫大な力の負荷や魔界の侵食から守っているのも、それらの副次的な結果でしかない。
(もちろんこれらの作用も見据え、計画の内に入れていたが)


そうした本命、まず一つ目は魔界の大門の再封印だ。

不完全かつ『老朽化』が激しく崩壊が目前だったスパーダのものに変わり、新たな『錠』を取り付けるという、
人間界の未来を大きく左右するきわめて難度が高い仕事だ。

―――とはいえ。

作業が難しいのは変わり無いが、途方も無く困難というわけでもない。
少なくともスパーダによる『前回』よりはずっと確かで易かった。

なにせ超越した力を有するベヨネッタや、アンブラの魔女の技の何たるかを知り尽くしているアイゼン、
その技術・知識を網羅しているインデックスもいるのだ。

今回は魔女側の全面的な支援を受け、完全な『錠』をかけるための諸々の準備も事前に整っているため、
2000年前の前回にスパーダがやった『応急的』なやり方、
莫大な量の力と魂の欠片を土嚢の様に積み上げるなんて非効率な方法を取らなくても良い。

前もって練り上げられた、緻密な手順通りに作業を済ませれば良いだけである。


一方変わってもう一つの側―――二つ目は、そう簡単にカタがつく話でもなかった。

748: 2011/12/28(水) 23:24:26.28 ID:jQs1suY2o

いいや、このような表現は語弊を招くか。
成せる望みが薄い・成功確率が低いというわけではない。

二つ目もまた、周到に準備されて確かな計画が練り上げられており、
バージルの手にかかれば必ず成されると言っても過言ではないものである。

ただ一つだけ、一つ目の作業とは大きく異なる点があったが。


それは―――完遂にはきわめて大きな『代償』が必要となる、という点。



氏に絶え冷え切った人間界の力場を―――『生』へと『再点火』するために―――『人柱』が必要なのだ。



バージル『…………』


そう―――『彼』が必要なのである。


魔の冷たき殻の内で、人知れず煮えたぎる激情―――『濃厚な人間性』。
人間界の『重量』を用意に支え内包できる規格外の魂の器。
そしてそれらを如何なる存在の干渉も受け付けない無い強固なものとし、新たな理を刻むに足る超越した力と。


―――果てしなく強き意志。


バージルの他に人間界の火種に相応しき者がいるであろうか。
少なくとも彼自身は、己以上の適任者はいないと考えていた。

無論、ダンテやネロも適任ではある。
彼らでも充分に成せるであろう。
しかし己以上の効果をあげられるかとなれば、彼としては否定的にならざるを得ず。


そしてそのような実際的な問題以前に―――

スパーダという存在と向き合い続け、その影を追い、その意味を常に問い続けてきたこの男が。
スパーダの『長男』であり、次いで『兄』であり『父』であるこの男が。


―――『母』を守れなかった『弱さ』を心底憎んだこの男が―――


―――『弟』と『息子』にこの役を譲るわけが無かった。

749: 2011/12/28(水) 23:27:30.26 ID:jQs1suY2o

スパーダですら成し得なかった―――魔帝ムンドゥスの完全なる氏が達された瞬間、
彼の魂に巻きついていた鎖が、嵌められていた枷が、打ち込まれていた楔が全て一気に抜け落ちた。

それはあの日から彼の魂に巣くい続けてきた闇、
己が弱さへの比類なき憤怒、己が存在への底無しの憎悪、そして果て無き力の渇望だ。

そうした闇からバージルが解放された時、果たして彼の中には何が残ったのであろうか。
彼自身は『何も無い』とそれまでは考えていたが、実際はそうではなかった。

長き闘争の旅を終えてみると、そこには。


スパーダとエヴァの息子であり、ダンテの兄でありネロの父である―――『ただのバージル』が立っていた。


そんな存在しないと思っていた己の人間性に気付き、彼はいくばかの失念と困惑を抱くも。

創造が生み出したあの戦場が壊れゆく折、
彼は虚無に落ちる寸前に―――弟と息子の手を取り―――そんな己を受け入れることを選んだ。

ダンテとネロの立ち位置を『認め』、
この世界を救ったスパーダの行いを『認め』、その父の意志と母の心を一から理解し直そうと。
そして解き放たれた己、『バージル』という男のありのままの姿を。

そのようにして己がアイデンティティの再探求を行った、
このバージルと言う頭脳明晰な『完璧主義者』が今の結論に至るのは当然ことだった。

陰りが消えた彼の眼が捉えたのは、
さながら鋭い切っ先の上に載せられているかの如き、極めて危険な環境に置かれている人間界。

そう。
スパーダの血に纏わる物語は『終っていなかった』のだ。
魔帝の氏は『遺産』の一つが清算されただけ。
天界との関係、封印されている覇王、魔界の大門の錠の老朽化等々、忌々しい遺産はその他にも数多く残っていたのだ。

しかもそれらは全て、突き詰めれば―――太古の昔―――魔界の三神がジュベレウスを倒した事に発端している。


つまりは―――スパーダもこの諸悪の根源の一端であったのだ。

そこへバージルの思考が達したとき、彼はこう一つの結論を出した。


父の『贖罪』と『正義』の戦いは終ってはいないのだと。


2000年前、魔界への反逆によって始まった『スパーダの戦い』は―――まだ道半ばなのである、と。


人間界は未だに―――救われてはいない、と。

751: 2011/12/28(水) 23:34:16.73 ID:jQs1suY2o

それこそ彼の導き出した『答え』だった。

父の戦いを継いで成就させること、
それが彼が己が存在とその身に流れるスパーダの血から見出した、『使命』―――『宿命』だった。

ここで彼は己を含め、弟と息子のその存在理由の全てをも理解する。


この『使命』―――『宿命』に気付いたのは、やはりダンテよりもバージルが先だった。
兄が最初に、単独でその意味を理解したのだ。

一方、ダンテは気付かなかった。
バージルが行動を起こし、学園都市で刃を交えてようやくダンテはその存在に気付く。
常にバージルが流れの先を走り、ダンテは『二週遅れ』で後に続くのだ。

だがそんな『消極的』で『受身』なダンテの立場を、
兄は否定するどころかむしろ肯定する。

『それ』で良い、『それ』がダンテの役割だ、と。


ダンテは据え置き待ち受け、寄って来た脅威を真っ向から叩きつぶす『守護者』。
彼は人間性・魔性の両方が完璧に安定している存在。
その使命は人類の前に留まり続け、片時もそこから離れずに永久に守り続けることだ。


一方で己、バージルは弟とは真逆の―――新たな変化をもたらす『扇動者』である。
魔性も人間性も身を焼くほどに猛々しく不安定。
その使命は、留まるところを知らぬ衝動で世界を掻き回し、破壊し、
何もかもを焼き尽くし、その業火の中から新たな世界を鋳造するのだ。


それが『バージル』と言う存在。
彼自身がこの使命に気づく前から、バージルはその責務を常に果し続けてきた。

スパーダの血の力を目覚めさせ、弟の覚醒をもたらし。
フォースエッジの解放と魔剣スパーダの覚醒をもたらし、魔帝ムンドゥスの氏をもたらし。


そして―――ネロという『人間の未来』をもたらす。


全てバージルが『扇動』しなければ起こり得なかった出来事だ。

752: 2011/12/28(水) 23:36:27.18 ID:jQs1suY2o

バージル『…………このままだ』

柄を握り作業を継続しながら、独り言のように鋭く呟くバージル。

明確に宿命を認識した今でも、その生き方は変わりはしない。
こうして予期せぬ事態が発生しても、己のやるべき事は何一つ変わりはしない。

バージル『作業を継続する』

徹底して刃となり、道化となり、踏み台となり、そして人柱となり。
その『己が氏』すらをも余すところ無く『利用』して遣り遂げるのだ。


それがスパーダとエヴァの長子たる使命。責務―――『宿命』。


それが己の『生まれた理由』である―――バージルはそう『理解』した。




―――そのように静かに煮え滾り、自身の信念を貫こうとするこの男を眺めて。

ベヨネッタ『……………………』

同じく柄先に手を乗せている真向かいのベヨネッタは、
正面のバージルすらも認識できないくらいに僅かに、一瞬だけ目を細めた。

それにはこんな想定外の事態に見舞われても、
この計画の要たる彼が一切揺れ動いてはいないことへの安堵が篭められていたか。

だがそれだけではない、一方でもう一つ。

闇の左目を持つ超越した魔女は、今の瞬間のバージルの姿に―――僅かに一縷の『危うさ』を覚えたのだ。
『違和感』と表現してもいいか。

あまりにも直感的で漠然としてて、何が原因なのかは全くわからないが、
その感覚だけは確かにはっきりと覚えたのだ。

何かがしっくりこない。
何かが引っかかる。


何かが―――『歪んでいる』、と。

753: 2011/12/28(水) 23:40:39.75 ID:jQs1suY2o

それはとてつもない重圧によって支える柱が軋み、ひび割れ始めているような感覚か。

静かに、しかし着実に。
ゆっくりと首を絞め上げていくかの如く。

この感覚は今に始まったものではない。
始まりは、ネロが魔剣スパーダを『葬った』と知った時からだ。
タイミング的に恐らく、創造、具現、破壊の三つを携えて竜王が復活した瞬間もこの悪寒を覚え。

そしてその復活劇に対するバージルの反応。

一度引っかかってしまうと、何もかもが怪しく不吉に見えてきてしまう。

この蒼き魔剣士が掲げるのは英雄スパーダの意志、それは紛うこと無き『正義』。
バージルはそれを己が使命、宿命として、ただただ成就させることに全身全霊を賭す。



まさに一欠けらの過ちも陰りも無い、完璧なる『正しき行い』―――であるはずなのに。


ベヨネッタ『……………………』

この悪寒は一体どこから湧いてきたのであろうか。
闇の左目を有す魔女とはいえ『人間』、
この世界のあらゆる運命と因果の決算点を迎えるにあたっての武者震いなのか。

それとも―――。


ベヨネッタ『―――アレ』

そんな言い知れぬ悪寒を覚える中、顔色一つ変えぬまま平淡な声で彼女は問うた。

ベヨネッタ『結構厄介そうだけど、どうする?』

ダンテが動いているとステイル・神裂経由で把握しているが、
ではこちらは竜王に対してはどのような姿勢を、と。

バージルは答えた。

バージル『…………「幕引きの時」となっても依然存在していたならば』

相も変らぬ、ベヨネッタ以上に淡々とした声色で。
それでいながら。


バージル『俺が狩る』


氷結の下に焼き付きそうな熱を微かに覗かせながら。

754: 2011/12/28(水) 23:43:03.84 ID:jQs1suY2o

ベヨネッタ『…………』

そう、『今のバージル』ならば、創造・具現・破壊の統合体に対してもかなりの効力を有しているであろう。

スパーダから受け継いだ破壊と刃を有し、更にその刃には完全稼動状態の『時の腕輪』。
かつて父が行ったのと『同じ手法』で創造を打ち破ることが可能である。


そう、『同じ手法』で―――『同じよう』に。


創造と非常に良く似ている具現も同じくスパーダが行ったように打ち破れる。
それにダンテと、今や図りようの無いバージルの息子―――
もしかすると父や叔父を越えてしまっているのかもしれないネロもいる。

単純な総力もジュベレウスの因子も、全てにおいて決して劣っているわけではないのである。

この三者の手にかかれば、三神の力の統合体を打ち倒す事が可能だ。
それでも足りぬのならば―――闇の左目を有す己も出でれば良い。

ベヨネッタ『……』


―――とここで『また』だった。

バージルの示した見解と、それによって至ったこの己の考え。
そこに彼女はまたもや同じような悪寒を覚えたのだ。

何かが違うような。
何かがズレているような。


『正しい』はずなのに―――どんでもない『間違い』を犯しているような。


ベヨネッタ『…………』


絶対的位置にいる観測者は人知れず、たった一人。
その妖艶で不敵なマスクの下で困惑し―――『迷い』を抱いていた。


―――

759: 2011/12/31(土) 02:00:37.14 ID:7FbKCjqDo

―――

ダンテはふと思案気に喉を鳴らした。

そこはテメンニグル内のとある一画、
床の大きな一部がそのまませり上がるタイプの昇降機の上。

がこりがこりと響く重々しい機械仕掛けの駆動音の中、彼は何となしに首を傾げ、
背中にリベリオンと交差する形で携えている魔剣に問うた。

ダンテ「ルドラ。こいつらは『本物』だな?」

床に散乱している『砂』を軽く爪先で掃いながら。
先ほど木っ端微塵にしたヘル=プライド達の残骸だ。

ルドラ『本物だ』

すかさずダンテの背から言葉を返す、本体である剣のみになっている風を司る大悪魔。
あの巨躯では屋内行動にいささか難があるため、この大悪魔は一先ず傀儡たる肉体を消していた。

ダンテ「…………Humm」

それを聞いて再び意味深に喉を鳴らすダンテ。
この塔とここにいる悪魔達が創造・具現で生み出された存在なのか否か、それがふと気になったのだ。

確かに『創造』から創られた存在は『本物』と呼べる存在であるが、
彼が気になったのはそのような意味ではなく、

いわゆる『オリジナル』かどうか―――つまりこのテメンニグルの塔が以前訪れたものと同一かどうか、という点だ。

760: 2011/12/31(土) 02:02:08.75 ID:7FbKCjqDo

それに対してのルドラの回答は、
まず悪魔達についてはオリジナルであるらしかった。
無論、それはダンテも『触感』でわかっていたため、この問いは確認の意が強かったが。

その上で、彼は続けて問うた。
両手先のギルガメスをぎちぎちと蠢かせて、トリッシュから預かっているルーチェ&オンブラを、
ギミック付きの仕込み拳銃のように動かして調子を確かめながら。

ダンテ「この塔は違うよな?―――『半分』」

ルドラ『うむ。存在基盤はオリジナルではあるが、表層は複製されたものだ』

ダンテ「…………」

すなわちこのテメンニグルの塔という存在オリジナルではあるが、
『今の姿』は創り直されたものである、ということだ。

まあそれもこの塔を外から見た段階で大方予想がついていた。
以前テメンニグルの党が起動した際、『芯棒』が伸びたおかげで外縁部が大きく崩れてしまっていたのだから。

あれがそのまま再顕現したとすれば、非稼動状態で『芯棒』が収まっていたとしても、
その外見は大きく変わっていたはずであろう。

しかしこの通り、再顕現した塔はあの日最初に目にした姿そのまま。

トリッシュ『―――しかもその表層、あなたが核になっているわ』

続いて、繋がりの向こうからのトリッシュの声が捕捉した。
体は事務所デビルメクライにありながらも、彼女の意識はダンテのところまで伸びて同化し、
その『インテリ頭脳』でダンテとはまた違うアプローチで状況を分析してくれるため大助かりだ。


トリッシュ『これは具現の作用なのかしらね。「像」はあなたの記憶に依存しているみたい―――』

761: 2011/12/31(土) 02:06:15.16 ID:7FbKCjqDo

ダンテ「へぇ」

これらの点はある重要な事柄を指し示していた。

この塔内、この空間、この位階は今―――

―――リアルタイムで『創造』と『具現』の力が働いているということだ。

具現がダンテの記憶に侵入し巣食って、過去の像を実体として引き出し、
創造がそれを『彼だけの幻想』ではなく他者も触れられる『完璧な現実』にする。

しかも『塔だけ』ではなく『塔が出現する』という一連の事象を丸ごとだ。

ゆえに、『オリジナルの塔』も『その塔が出現した』という『既成事実』に引っ張り出される形で強引に顕現させられ、
より存在を強めるための土台となったわけである。


そしてこの点は、視点を変えれば―――今このテメンニグルの塔は、
『存在』だけではなく『事象』すらも現実化する効力に包まれている、と言えるかもしれない。


すなわち何かに対して強い感情や意志を向ければ、
もしかするとそのイメージが『丸ごと』―――『実体化』するのかもしれない、と。


ダンテ「―――なるほど。もしそいつが本当に可能なら、ピザの出前も自由自在って訳だ」

トリッシュ『―――さあ、どうかしら。具現が捕えるのは恐怖とかの負の衝動だと聞いてるし、何を実体化させるか決めるのは竜王次第だろうし』

トリッシュ『まあ、とにかく精神に付け入られる隙を作らないようにね』

トリッシュ『あなたが自分の恐怖に呑まれることはまず無いでしょうけれど。アホみたいに図太いし』

ダンテ「OK」

トリッシュ『あ、ただ竜王は今のところはまだ力を持て余してるみたいだし、』

トリッシュ『もしかするとあなたの意思が自動で反映されてピザが現れるかもしれないわよ』

ダンテ「ん、要はピザを心底怖がるか、憎めばいいってことか?」

トリッシュ『多分ね。難しいと思うけど。あなたが怖がるよりも、ピザが怖いって人探したほうがまだ現実味があると思う』

762: 2011/12/31(土) 02:09:31.92 ID:7FbKCjqDo

状況分析の合い間、そんな風に念話している内に、
ダンテを載せた昇降機はがこんと一際大きな音と響かせて上層に到着した。

そこは『天照す天文の間』と呼ばれるやや広めの空間だった。

広間の向こう、昇降機に乗ってきたダンテの向かいには橋状の通路が伸びており、
その一本橋を挟むようにして、両脇には煌びやかな歯車群がせりだしていた。

トリッシュの『アドバイス』を聞いたダンテはハッと小さく笑うと、
その細い通路へ向けて歩をゆるりと進めながら。

ダンテ「ルドラ。お前ピザ怖くないか?」

ルドラ『怖いわけがあるまい』

ダンテ「だよな」

背にある魔剣に問い、次いで―――。


ダンテ「お前らの中にピザが怖いって奴いるか?」


正面、歯車群に挟まれた一本橋や、梁の上にちょうど出現した―――三体のヘル=スロースに向け問うた。
手には血錆びた大鎌、細身長身に纏うは白いぼろきれといった姿の『死神』は、
耳障りな咆哮と共に勇んで出現したも。

そんなダンテの出会い頭の奇妙な問いで一瞬、戸惑った様子を見せた。

ダンテ「ま、そりゃそうだな」

ただそんな奇妙な空気も束の間のこと。


ダンテ「気にすんな―――OK、始めようぜ!!」


彼が両手両足のギルガメスを激しく打ち鳴らして、
たんっと軽く跳ねるようにして構えたのを合図に、『死神』達は何事も無かったかのように再び咆哮を上げ。

そして『狩り』が始まった。

763: 2011/12/31(土) 02:11:56.60 ID:7FbKCjqDo

ダンテ「―――Yeeeeeah!!」


開幕の狼煙は―――ダンテの強烈な突き。


ちょうど一本橋の入り口を塞ぐ位置にいた中央のヘル=スロースに向け、
ダンテは一瞬にして距離を詰めてリベリオンの切っ先を叩き込んだ。

白銀の刃は死神のちょうど胸の中を貫き、
赤い閃光と衝撃を纏ったダンテは更に勢いそのままで突き進み―――この死神を橋先奥の扉に磔にした。

そしてこの悪魔にとっての『血飛沫』である砂と真紅の光の衝撃波が混じる中、
彼は軽く喉をならしては不敵な笑みを浮べて。

ダンテ「―――Hey! What's up, Amigo?!」

目の前で何やら叫ぶ死神へ、ここでようやくの『真っ当な挨拶』。
この悠久の地の『古い馴染み』の悪魔共へ向けた再会の言葉だ。

ただそれは―――相手の悪魔にとっては、同時に『氏の宣告』の意味合いも含まれていたが。

死神を磔にしているリベリオン、その刃をダンテは引き抜こうとはせず、
それどころかパッと柄から手を離しては―――腰を落とし、拳を両脇に添える姿勢で構えて。

次の瞬間。


ダンテ「―――Are you ready?」


この哀れな死神へ向けて、極悪な連続拳を繰り出した。

764: 2011/12/31(土) 02:13:23.59 ID:7FbKCjqDo

『砂』で肉体を構築している悪魔が磔にされ殴打を浴びる、
文字通りの『サンドバッグ』といったところか。

一瞬にして壮烈な猛打の嵐。

どっしりと構えたダンテから左右交互に繰り出される―――凶悪な拳。


ダンテ「―――Ho! hu! hu! hu! ha! huuuha!-ha-ha-ho!―――」


それが槌のように死神の体にめり込むたびに、
ダンテの力との相乗効果でより凶暴になっている―――衝撃鋼ギルガメスから放たれる『爆圧』。

目も眩む閃光が瞬き、漏れた余波がこの区画どころか塔全体へと伝播し、悲鳴の如き地響きを奏でていく。

しかも『それだけ』ではない。
ギルガメスのインパクト直後、一拍遅れのタイミングで―――魔弾も放たれるのだ。

ダンテの力を帯びたこれまた凶悪な魔弾が、今しがた砕かれた部位をこれでもかとぶち抜き抉り飛ばす。

更にその発砲の反動で拳の引き返し速度も上乗せされ、連続拳がますます加速。
拳が重ねられるたびにより激しく凶悪的に勢いを増していくのである。

ギルガメスの白い光と魔弾の赤き閃光が混じり輝き、立て続けに重ねられた爆轟によって、
この哀れなヘル=スロースは特技の『瞬間移動』も発揮できぬまま、
成す術なく無残な『ぼろきれ』へと姿を変えてゆくしかなかった。

ただ。

この個体は特技が発揮できなくとも―――そのフロアにはもう二体いたが。


ダンテに他二体がようやく彼に刃向けれたのは、
彼の神速のラッシュがちょうどクライマックスに差し掛かっていた頃だった。

765: 2011/12/31(土) 02:14:42.40 ID:7FbKCjqDo

一体がダンテのすぐ背後に瞬間移動。
その大鎌を大きく振り上げて、悲鳴の如き咆哮を放って出現し。
同時に更にもう一体が、彼の頭上に同じように現れた。

狭い橋の端にて背後と頭上を塞がれる、まさに逃げ場の無い袋のネズミといった状態か。
しかし。

この男に対してそのような策が効果があるか否かは―――自明の理であろう。


後方からの大鎌は結局振り下ろされることが無かった。


その前に、この二体目の死神の頭部が―――。


ダンテ「―Yeeah!」


―――砕かれていたのだから。

ダンテの振り向きざまの回し蹴りによってだ。
ギルガメスのインパクトの閃光、そして瞬く凶悪な魔弾の赤き光。

背後のヘル=スロースは砂を撒き散らしながら、橋の柵に激しく叩きつけられた。
しかしこの個体の悪夢はそれだけには終らず。

ダンテ「Ya-Ha!!」

更に続けざまに、素早く身を捻ったダンテによる容赦の無い―――回し蹴りがもう一発。

その鉄槌の如き蹴りと柵に挟まれた哀れな二体目は、
格子に押し付けられられて『なます切り』状にぶち切られ。

結局、その衝撃に最後まで耐え切れなかった柵と共に木っ端微塵に砕け散った。

766: 2011/12/31(土) 02:16:30.27 ID:7FbKCjqDo

ダンテはそこから更に続けて、コート靡かせ流れるような動作で、
歪み飛び出した格子の一本に足掛けてはくるりと身を翻して。

ここで三体目。

上方から跳びかかって来ていた死神に向け―――オーバーヘッドの蹴りを叩き込んだ。

これまた轟く凄まじい閃光ととてつもない衝撃。
その爆圧に弾かれて、ひしゃげた死神の体が吹っ飛ぶ―――ところであったが。

ダンテはそれを許しはせずに、そのまま脛と爪先で引っ掛ける形で引きずり落し。
踏みつけるようにして着地、そこから更なる追い討ち―――

これもまた一切の容赦なく―――激しく『踏みつけ』潰した。
ギルガメスと踵からの魔弾が重なり、彩り豊かに強烈な激音を奏でていく。

締めは膝を上げてからの一際強い踏みつけだ。

ダンテ「You gone!」

ダンテは踵を斜めに打ち降ろし、
この哀れな死神を蹴り掃い―――砕き散らしてその魂を刈り取った。

そうして彼はここでやっと振り向いては、
一体目を磔にしていた斧が剣の柄を取り。


ダンテ「―――Night-night. Baby」


目玉無くとも、おぞましい憤怒と見て取れる死神の虚空の眼孔へ、薄く微笑を投げかけて。
引き抜くと同時に斬り掃った。

767: 2011/12/31(土) 02:19:08.75 ID:7FbKCjqDo

三体のヘル=スロースの塵が周囲を舞う中。
ダンテは一度、砂埃を掃うようにリベリオンを振るっては、背にかけなおして。

ダンテ「ルドラ。俺とバージルが二度目に戦った場所覚えてるか?」

もう一方の魔剣へと問うた。


ルドラ『―――礼典室か』


ダンテ「塔を起動するにはあそこいけば良いんだよな?道順は覚えてるか?」

ルドラ『うむ。だが単に礼典室に行くだけならば、前回通りに進まなくてもよい。近道がある』

ダンテ「そいつぁ良い」

ルドラ『彷徨える禽獣の間から外縁部の地下水路に降りればよい』

ルドラ『その流れに沿うと地底湖に着き、双児橋と地下闘技場を抜ければ礼典室に到達する』

ダンテ「彷徨える……どこだそれ」

ルドラ『ギガピート共が巣食う回廊だ』

ダンテ「あの『大ムカデ』か。それなら覚えてるぜ」

彼は背の魔剣とそう話し合わせたのち、
扉を抜け邂逅せし災いの広間の中層へと歩を進めた。

そこから彷徨える禽獣の間は、回廊を通り、
黄色い大扉と深遠なる奈落の間を抜けた先にあった。

768: 2011/12/31(土) 02:21:42.38 ID:7FbKCjqDo

マント靡かせ、風の様に駆け僅かな時間でその目的の場、
彷徨える禽獣の間へと到達するダンテ。


そこはこの塔の外縁に沿う形で、弧を描くように伸びる巨大な回廊だった。


幅は20m、天井までは50mはあろうか。
外側は柱が並び立ってアーチ構造の梁を連ねており、その向こうには広大な地下空間が闇の彼方まで広がっている。

しかしそれだけ広くとも回廊の外を流れている地下水脈のせいか、空気はひどく湿っぽく、
薄暗さと相まってきわめて陰湿な空間を形成していた。

更にこの場の不快感の素はそれだけではない。
内壁には繭のような『白い何か』が広範囲にこびりついており、
酸かなにかで溶かされたような、直径10m近くもの穴があちこちに穿たれているのである。

穴の奥は、まるで地獄の底まで繋がっているのではと思わせるくらいに遥か先まで闇に満たされており、
生ぬるい風と共に鼻が曲がりそうな腐臭が漂ってきていた。

ダンテ「ここだな」

ルドラ『うむ。柱の隙間を降りて少しのところに地下水脈がある』

端の高台から、広大な回廊を一望するダンテ。

するとその時―――虫のものに似た―――奇怪な咆哮が回廊の中に轟いた。


ルドラ『ここの住人共も目を覚ましたようだ』


そう、ここは魔界の『大ムカデ』―――ギガピートの巣。

大きく成長した個体は、並みの大悪魔を越えるほどの力を有していることもある危険な魔獣が、
縄張りに巨大な力を有した存在が侵入した事に気付き、
そして抗えぬ憤怒を抱かせるスパーダの血族の匂いに誘われ、巣の奥から這い出て来ようとしているのだ。

769: 2011/12/31(土) 02:24:03.59 ID:7FbKCjqDo

咆哮の主は、待つまでも無くすぐに姿を現した。
ちょうどダンテが立っている高台の下の穴から出現したのだ。

『宙を泳ぐムカデ』、まさにその表現が当て嵌まるおぞましい巨躯。

その長い長い体が、彼の足下を流れていくかのように進んでいく。

ダンテ「おーおー、相変わらずのゲテモノだな」

彼はそんな魔獣を見下ろしては、大げさに顔を顰めて。
軽く跳びあがり。


ダンテ「その格好は少しばかり―――女ウケが悪いと思うぜ!」


上方から、そのムカデの頭部へ向けて一気に降下し―――飛び蹴りを叩き込んだ。

ギルガメスと魔弾の二段撃を受け、いくつもの亀裂が刻まれるギガピートの外殻。
その隙間から、この大ムカデの咆哮と共に黄土色の生ぬるい体液が飛び散っていく。

その頭の上で、ダンテは背の二本の魔剣を手に取り、
今しがた蹴りこんだ亀裂へと更に突き立て―――たその時だった。

ギガピートが突然その身を捻ったのだ。
それによってダンテの体は、あえなく振り落とされてしまった。

ただ、もちろんしがみ付いたままでも軽く跳んで再び着地することもできたが、
これはこうして振り落とされるまでがダンテにとっての『お約束』である。

ギガピートの側がどう思っているかは知ったことでは無いが。

770: 2011/12/31(土) 02:29:18.14 ID:7FbKCjqDo

ダンテ「―――Oops!」

振り落とされ、床に着地しては大げさなリアクションをするダンテ。

ギガピートの頭には依然二本の魔剣が突き刺さったままだが、
この魔獣は電光の尾を引きながら素早く宙を泳ぎ進み、またトンネルの一つに入っていってしまった。

さて、ここからどのようにして魔剣を回収するか。
別に回収自体は全く難しくは無い。
ルドラは彼が肉体を解放すれば良く、リベリオンは召喚すればそれだけで戻ってくるのだから。


だがそんなやり方は―――『つまらない』、とダンテは一蹴する。


ダンテが提示しているのは、どのようにして―――『楽しく』―――魔剣を回収するか、という問題だ。

独創性豊かで『イカれてる』彼の思考は、このような状況下でも一切鈍らずに貪欲に稼動し、
新たな『楽しいやり方』を模索し―――思いつく。

その名を呼ばれ出現するは―――。


ダンテ「―――ゲリュオン!!」


―――蒼炎の如きたてがみに、ラピスラズリのような肌をした―――巨大な騎馬。

虚空からいななきと共に駆けるようにして飛び出し、
蒼き光を放ちながらダンテの傍へと降り立った。

主、ダンテはその巨大な騎馬の背にひらりと飛び乗っては、どうどうと足で軽く背を叩き。
手綱を大きく引っ張って―――どこかのカウボーイよろしく掛け声を放つ。


ダンテ「HaHa-Ha!!―――Hi-yo Silver!!」


―――すると声に応じ、蒼き騎馬が一気に駆け出し、飛び込んだ。


―――超拡大された『時間の回廊』の中へ。

771: 2011/12/31(土) 02:32:54.31 ID:7FbKCjqDo

俗に大悪魔同士の戦いにおける相対的な『速度』とは、
言い換えれば『己と周囲世界の時間軸』への『干渉強度』である。
その神域の力で理を歪め、己の時間軸を周囲世界や相手よりも更に拡大、それが『加速』となるのだ。

特にこの大悪魔―――ゲリュオンは、その方向にずば抜けて秀でている一柱である。

その力は、まさに魔界の中でも『最速クラス』としてもよいか。
そしてそんなゲリュオンの性質が、ダンテという規格外の『ターボエンジン』によって更に―――『加速』する。


ダンテ「―――Ha!!!!」


最強の『エンジン』が搭載された魔馬が、超拡大された時間軸を疾駆していく。

ギガピートを追いトンネルに飛び込み、その空洞の天井を逆さとなって駆け。
追いつくどころかこの魔獣が気付かぬ速度で追い越し―――。


抜きざまに、騎手たるダンテが二本の魔剣の柄を取り―――あえて『引き抜くことなくそのまま』追い越していく。


そうしてある程度進んだところで、
ギガピートにも認識できる程度にまで速度を緩め、その頭の前を悠々と駆けた。

この大ムカデからするとそれはそれは奇妙な出来事であったであろう。
後方の回廊に置いてきたと思った相手が、目の前に何でもなかったかのようにいるのだから。

ただ、大ムカデにそんな風に驚愕する水準の知能があったとしても。

己が頭に刺さっていた二本の剣がなぜあの男の背に戻っているのか、
なんて点にまではどの道思考が回らなかったであろう。

そんな暇など与えられなかったのだ。

ダンテが振り向き、不敵に笑いながらパチリと指を鳴らした瞬間、
ここでタイミングよくリベリオンとルドラによって『掻っ捌かれた筋』が表面化して。


ギガピートの頭が『三枚おろし』となったのだから。

772: 2011/12/31(土) 02:39:36.35 ID:7FbKCjqDo

そうして大物獲りを終えたダンテは、軽く流すようにゲリュオンを駆けさせ、
トンネルを抜けて彷徨える禽獣の間へと戻った。

ダンテ「―――どうどう!!」

ひらりとその背から飛び降りるダンテ。

すると、久々に主に呼ばれて興奮しているのであろう。
魔馬は落ち着き無く足踏みをし、巨大な頭部を下げて息の荒い鼻先をダンテの背へと荒々しく押し付けて始めた。
そんな使い魔を横目に見て、ダンテは宥めるように右手を差し出して。

ダンテ「少しは良いがあんまりドロドロにするなよ。ギルガメスが不機嫌になっちまう」

そう言葉を投げかけた。
主の声を受けた途端、魔馬はその大きな口を開け、
蒼炎を吐きながら己が忠誠を確認するかのようにその主の腕を舐め始めた。

そうして使い魔を慣らす傍ら、ダンテはこの彷徨える禽獣の間の外縁部、
柱向こうの広大な闇の空間へと視線を向けて。

ダンテ「そこを降りていきゃ、水路があるんだな?」

ルドラ『うむ。流れの先が地底湖に繋がっておる』

と、その時であった。


突然―――この広大な回廊に―――第三者の甲高い笑い声が響き渡ったのは。


「―――Yo-Ho!!」


きわめて軽薄で不気味な、うなされた夜の夢にでも響いてきそうな笑い声が。


「おンやまあ!これはこれは、しばらく見ないウチにズ~イブンっと大きくなったねぇ!」


そう、『誰か』にとっては紛れも無い『悪夢』である声が。


         Devil boy
「―――『デビル坊や』」


―――

773: 2011/12/31(土) 02:41:28.37 ID:7FbKCjqDo
今年はここまでです。
次は来年の4日か5日に。

よいお年を。

794: 2012/01/07(土) 01:16:58.40 ID:P2ng+G84o

―――

一方通行はふと意識の一部を周囲から離して、
脳内に響いてきた声に向けた。

エツァリ『聞えますか?』

恐らく通信機器とミサカネットワークを介しての音声であろう。
その音には少々ノイズが混じっているも、程度は一般的な無線通信とほぼ変わらずの良好なものだった。

一方『あァ』

彼はそっけなく声を返した。
『天の艦隊』の中の一隻、ひどく損傷しては血みどろとなり今にも轟沈しそうなその甲板上から。

そこは学園都市の界上にて展開されている虚数学区。

眼下に広がるはオリジナルと瓜二つの陽炎の街、頭上に広がるは白金の光に満ちた天の門。
そしてその中間の大空で繰り広げられていたのは壮絶なる空中戦だ。


数に任せて押し寄せる無数の天使、それら天の軍勢をたった二人で迎え撃つは―――人界の神と天使。


人界の神たる少年―――船の上にて一瞬足を止めた一方通行の視線の先の空を、
人界の天使たる少女―――風斬氷華が、煌く雲海を紫電の尾を引いて切り裂いていく。

彼女から伸びる『雷翼』が周囲の雑魚天使を群れごと薙ぎ払い、手に持つ光剣で行く先々の船を寸断。
さながら巨大な稲妻が縦横無尽に迸っている光景だ。

795: 2012/01/07(土) 01:20:12.10 ID:P2ng+G84o

一方『なンだ?』

そんな壮大な彩りの中、一方通行は口早に先を促した。

エツァリ『こちらの状況はラストオーダーからも逐一報告は送られてきているでしょうが、一応当人の口からも。芳川さん』

芳川『寄せ集めの出来合いだけど、なんとか設備は整えられたわ。これからシステムを立ち上げる』

一方『時間かかるのか?』

芳川『ラストオーダー達がいるし、三分以内に済ませられると思う』

一方『頼ンだぜ』

エツァリの言葉通り、打ち止めからも彼らの動向の詳細がリアルタイムで流れてくるが、
これまた彼の言う通り芳川の言葉も聞いておくに越した事は無いであろう。

一方『それとラストオーダー!この音声通信の回線も常に開いておけ!』

打ち止め『まかせて!』

一方通行は手早く話を済ませては掃討戦を再開した。

一時の足場にしていたその船を粉砕しながら跳び出し、
紫電の天使で彩られていた煌びやかな大空を、今度は底無しの黒墨で蹂躙していく。


涼やかに吹き抜ける天使の雷翼とは異なり、
黒い翼はさながら火砕流のように押し寄せては天使の一群をすり潰し焼き払い。

カマイタチの如き斬り掃う天使の光剣とは異なって、
漆黒の手が砲弾のように獲物を貫いては荒々しく引き千切る。

風斬の立ち回りが『舞』ならば、一方通行のものは『獣』そのものと言えるか。
果てしなく壮絶で暴虐的で、魂と血を貪り狂うかのごとき戦い方だった。

796: 2012/01/07(土) 01:22:14.13 ID:P2ng+G84o

しかしそれほどにまで破壊と殺戮をばら撒いても、天使の数は一向に減りはしなかった。
むしろ減るどころか増え続けてきているか。

開幕の時と比べれば、下ってくる軍勢の規模は目測でも五倍を優に超えている。
周囲の一群を丸ごと潰しても、その先には比べ物にならない数の天使達が『雲海』を形成して押し寄せてくるのだ。

一方『チッ―――』

頬から口角にかけて付いた生ぬるい天使の血を、少し舐め取っては彼は舌を鳴らした。

このままのペースで天の軍勢が増え続けると、
今のまま防衛線を維持するのがきわめて難しくなる、ということが明らかだったのである。

学園都市に漏れた天使達を狩っているステイル達の動向もまた、
打ち止めから逐一送られてくるが、その天使達の出現頻度も規模も急速に拡大しつつある。
つまりは天の軍勢の増大に比例して、ここで己と風斬が打ち漏らしている天使の数も増えてきているのだ。

狩り続けていれば天の軍勢の増加もいつかは頭打ちとなり、
一転して減少していくはずなるはずと一方通行は予想していたが。

実際にこうして身を投じていると、その『頭打ちのライン』がまるで見えなかった。

それこそ、頃したはずの天使達がその場で―――再蘇生して湧き出してきているよう―――


―――と、彼がそんな突拍子も無い戯言をふと思ってしまったちょうどその時。


『これ』を突拍子も無い戯言と断じた彼を嘲笑うかのように、
現実がある『物証』を突きつけた。

797: 2012/01/07(土) 01:24:10.72 ID:P2ng+G84o

眼前の船の上に現れる、一体の巨人天使。
斧槍を手にしたあの格上の天使だ。

彼は一目するや、これまでと同じように手加減なしの全力の一撃を叩き込むべく、
一気に距離を詰め―――そして至近距離まで達して、その天使の顔を肉眼で―――捉えた瞬間。

一方通行は一瞬その動きを止めてしまった。

巨人天使の彫像のような顔面、それを歪ませいる大きな『傷』に目を奪われてしまったのだ。

それこそ巨大な杭でも突き刺さったかのような―――そう、例えば己の翼の穂先などで―――


―――そして彼は気付いた。


この天使の顔の傷は他でもない、己の翼の穂先が穿ったものであると。
なぜならば。



一方『―――ッ!!』



歪な傷跡の淵に―――僅かに己の力の残り香があったから。

次の瞬間、一瞬の隙を見逃さなかった巨人天使の一振りによって、
彼の意識は側頭部から大きく揺さぶられた。

798: 2012/01/07(土) 01:27:21.68 ID:P2ng+G84o

一方『カッ―――!』

意識の隙間、不意を付かれて叩き込まれる強烈な一撃。
響くは頭痛にも似た、奥底まで浸透してくる鋭い痛み。

それは今の一方通行からすれば、
前もってしっかりと認識さえしていれば少し打ちつけた程度の痛みで済んだはずの一振りであった。

にもかかわらずこれほど内にまで衝撃の到達を許し、
骨でも折れたかのごとき苦痛に苛まれてしまった原因、
つまり眼前の刃から意識が離れてしまった原因は、やはりこの信じ難い『物証』―――


―――『頃したはずの個体』が、目の前に再び現れているという現実だった。


強烈な一撃で、大きく横へと倒れるようにねじれる一方通行の体。
そこから伸びる黒翼の根を、足場の船から跳んだ巨人天使がすかさず掴み取り。

もう一方の手に持つ斧槍を掲げて、一方通行の顔を覗き込むようにして何やら口走った。

くぐもった声で発されたのは、天界の言語とやらであろうか。

声を音として理解は出来なくとも、今の一方通行の知覚ならば、
言霊に乗っていた意図は充分に読み取れるものであった。


その内容は掻い摘んで言えば『ついさっき殺されたお返し』、『顔を見知った上での怒り』だ。


そうして再び振り下ろされる斧槍。

だが今度ばかりは彼も無防備ではない。

驚愕的な現実を突きつけられて刹那の隙を許してしまったも、
彼は一瞬にしてあの『獣』染みた戦闘態勢へと立ち戻っていたのだから。


一方『―――るせェ!!』


即座に身を転回させては、振り向くようにして翼を掃い振るい、
振り下ろされてきた斧槍の柄をへし折って。

続いたもう一枚の翼が巨人天使の上半身を薙ぎ払い、彼はこの個体を『もう一度』屠った。

799: 2012/01/07(土) 01:31:13.84 ID:P2ng+G84o

そうしてすぐさま宙で体勢を立て直しては、
これまで通り翼で雑魚の群れを打ち掃いながら、彼は声を放った。

一方『ラストオーダー!!今の見たか!?』

打ち止め『ミサカじゃあなたの知覚速度に追いつかないけどデータは見てるよ!!なんで?!なんで生き返ってるの?!』

なぜ生き返ったのか。
なぜ頃したはずの個体が、あのように万全の状態で再び現れたのか。

一方『―――クソッ!』

その原因究明も確かに重要だが―――それ以上にこの事実はある重大な問題を叩きつけていた。


もし頃した個体が、今の天使のように蘇って再びこうして出撃きているのなら。


この軍勢の規模は増えはしても―――減るわけが無いのである。


頃しに頃し続けていればこの増大もいつかは頭打ちとなり、
最終的には天使の数も尽きるはず、そんな考えを大きく改めなければならない。

つまりはこの場での戦い方を根底から変えなければならないのだ。

風斬はもちろん、己だってスタミナは無限ではなく、戦い続ければいずれはガス欠となる瞬間が訪れる。
雑魚の群れへ放つ一振りだって、どれも手加減なしの本気のものであるため、
その積み重ねの消耗もとても無視できるものではない。


一方で天界の軍勢は―――『蘇られる』となれば。

現状の持久戦では、勝算がきわめて乏しくなってしまうのは明らかではないか。

800: 2012/01/07(土) 01:34:30.38 ID:P2ng+G84o

瞬時に状況を分析し、そこまで思考が至ったところで。

一方『ラストオーダー!アレイスターに聞け!!奴なら何か知ってるかもしれねェ!!』

彼はそう、原因の究明に関してはそちらに預けると打ち止めに声を放ち、
その返事を待たずに続けて。


一方『―――カザキリィ!!』


鮮やかに舞う天使へと呼びかけた。
すると天使はピタリと宙で静止、その紫電の翼で雑魚を掃いながら、
纏う莫大な力には似つかわしくない、いたって普通の女子高生である肉体を彼の方へと真っ直ぐ向け。

風斬『はい!』

一方『こいつらは不氏身かも知れねェ!』

風斬『は―――はぃ?!どういうことですか?!』

一方『詳しくはラストオーダーからデータを貰え!俺はこれから「上」に乗り込む!!』

風斬『―――う、上?!』


一方通行が至った戦略転換は、蛇口から毀れ出たのを受け止めるのではなく、
蛇口そのものに詰め物をしてしまおうというものであった。

天使達は『無尽蔵』かもしれない、そんな事実を仄めかす物証が目の前に現れた以上、
ここで受身で防戦一方に甘んずるのではなく、
攻めに転じて軍勢を天の門の奥に押し戻し、可能ならばその奥まで突き進み源を叩き潰すのだ。

それに天の本土に侵入して大暴れすれば、学園都市からいくらか天の意識が逸れることも望めるかもしれない。

801: 2012/01/07(土) 01:37:24.21 ID:P2ng+G84o

一方『オマエはここで戦え!!』

風斬『わ、わかりました!』

当然、風斬はいまいち腑に落ちないといった面持ちを浮べていたも、
それでも一方通行の決定にはひとまず頷きを返して、
再び飛び交う稲妻となり『舞』を再開した。

それを横目に一方通行は一度、弓の弦を絞るかのように翼達をしならせて。
次いで、放たれた矢のごとく天上へと向けて飛翔していった。

天使の群れをいくつも薙ぎ払い、光に満ちた雲海を切り裂きどんどんと上昇。
白金の空に黒墨の一筆を引いて昇って行く。


天の門、いや、この場合は天界へと続く回廊とでも言うべきであろう。

通常の人間界の空間上ならば、成層圏を越えて中間圏にまで達している高度でも依然、
この白金の空は遥か上方まで続いており、天使の群れも延々と伸びている。

さながら金色の滝を昇っている光景か。
それも一つ一つ粒子が天使である、50km以上もの高さを誇る天の滝だ。

まだ先は長い、そう考えた一方通行は更に加速し。
滝を縦に斬りさばき、その崩れた流れの欠片を翼で『拾って』は押し上げ戻して、
上へ上へとどこまでも昇って行く。

それこそこの滝の始点、そして可能ならばその『水流』の源まで、と。

802: 2012/01/07(土) 01:39:36.77 ID:P2ng+G84o

そうして上り続けてしばらくのこと。

どれだけの時間が経ったか、いや、今の一方通行のその力は時空をも歪める神の領域であるため、
それにここはまず『普通の人間界』ではない事は確実であるため、
ごくごく人間的な感覚で時間経過を見積もるのは意味を成さないであろう。


とにかく彼が猛烈な勢いで飛翔し続けていたある時。


一方『―――ッ』


『それ』が現れた。


『それ』とは『赤い光の塊』。

隕石、いやまさに『光線』と称してもいいくらいの勢いでその閃光が降下して来、
そして猛烈な速度ですれ違い、一瞬にして間に下方へと消えていったのだ。


しかも途中、伸び広がっていた一方通行の翼を易々とぶち抜いてだ。

黒翼は、無数の雑魚の受け皿として数kmにまで渡って伸びていたとはいえ、
それでもあの巨人天使程度の攻撃ならば傷一つつかないほどの強度がある。

だが。

たった今すれ違った『赤い天使』は、
そんな翼を半紙でも貫くかのように一切の抵抗無く貫通していったのである。

だがそんな事象も、彼が別の知覚で同時に捉えたある情報を鑑みれば、
別段不思議なことでもなかった。


答えは単純、あの『赤い天使』は規格外の力の持ち主だったというだけだ。
あの巨人天使や蛇のような天使もまた他とは一線を画していたが、今の赤い天使はそれらとも遥かに『次元』が違う。


一方通行の知る悪魔と並べれば、あのケルベロスと互角かそれ以上か、そう―――あれは神の領域の存在だった。

803: 2012/01/07(土) 01:41:43.36 ID:P2ng+G84o

一方『チッ―――!』

無数の雑魚を押し戻すことばかり頭にあったせいで、
これまた不意を付かれた形になってしまったか。

意識の隙を一点集中で突破されたのだ。

下には風斬がいるが、果たして彼女が今の赤い天使を処理できるであろうか。

かなり簡単な目算だが、力の総量は互角辺りと考えられた。
しかし戦闘技術や意識、精神がより洗練されていれば―――難しい、最悪の場合は歯が立たない可能性も。

となればここで一端引き換えし、この手で『赤い天使』を確実に屠り、もう一度この回廊を昇るか。
今度は強者も突破できないように慎重に―――。

と、彼の思考がそこまで瞬時に至るが、実際のところこの段階ではもう選択の余地など無かった。
なにもかもタイミングが悪かったのだ。

すれ違った直後、急に周囲が晴れ渡って開けたのだ。
彼は天の門を遂に抜け切ってしまったのである。


一方『―――!』


その先に広がるは、一瞬前までは「まだか」と焦がれていたかの地、
だが瞬きする間に姿勢は一転、今は「もうか」と忌む―――天界だ。

ここまでの回廊もかなりの広さがあったが、
ここで到達した空間はとても比べ物にならないほど広大だった。

804: 2012/01/07(土) 01:44:57.21 ID:P2ng+G84o

煌く白金の光に満たされている、淡青の大空。

人界で言うところの大地らしきものは無く、代わりに『空とぶ島』ならぬ『空とぶ城塞』とも言うべき、
巨大な構造物が雲海の合い間のあちこちに浮かんでいた。

それも前後左右はもちろん、上も下も遥か彼方まで連なってだ。

と、そこで下方を見てもやはり大地は無かった。
肉眼の限界をこえて超越した知覚で覗いても、探知できるのは無数の『空とぶ城塞』の網だ。

もっとも、大地が無いのはこの位階だけなのかもしれない。

単一階層である人間界が特異なだけで、
基本的に魔界もどの世界も多重階層の構造が当たり前、更に階層ごとに別世界のようにそれぞれ違うと、
前に土御門から耳にした事があるからだ。
(ただその土御門も又聞きしたことだと言っていたが)

と、観光的視点で周囲を見るのはここまででいいだろう。
それ以上、この異界の景色に気を配る暇など一方通行には無かった。


無論、引き返してあの赤い天使を狩ることもできない。


上下左右、あらゆる城塞の上には、今にもこちらへと群がろうとしている無数の天使達がおり。
その空とぶ城塞の間にある雲海も、実は全て天使の群れであったのだから。

視認できだけで、その数はこれまで天の門を越えてきた規模の数百倍にも達しているか。

更にその向こうにも延々といるであろうから、
もはや数を概算することすら馬鹿馬鹿しくなってくる。
下で戦っていた数は、まだまだ氷山の一角だったわけだ。

805: 2012/01/07(土) 01:47:25.36 ID:P2ng+G84o

一方『―――』

ここで引き返すと、
この『本隊』が己の後を着いてきて下まで降りてしまうことも考えられる以上、
一方通行はもう退けなかった。

それに天界側の門の入り口という、現状で考えられる最も戦略上優位な場所に陣取れたのだから、
みすみす捨ててしまうわけにもいかない。

更にこうして敵方の本土に食い込んでいけば、
あの不氏身・蘇生の真偽と、その原因を究明し突破できるきっかけを掴めるかもしれない。

これらの点だけでも、
ここが『己の主戦場』と彼が腰を落ち着かせるに充分な理由であった。

また、先ほど抜けていったあの赤い天使の件も、彼は驚きはしたが特に焦燥はしていなかった。

確かに実力は未知数ではあるも、風斬もこうして下を任せられるくらいに充分に強く、
更にその下の学園都市にはアグニや、かの赤い天使よりも確実に強いであろうイフリートもいるのだから。

つまり、あの赤い天使だけで学園都市が陥落することはまずないのである。


そう、あの『一体だけ』ならば、だ。


今のところ学園都市の防備は安定している、と彼は認識しながらも、
頭の片隅では常に一定の『疑心』とも言える、否定的なもう一つの視点を維持していた。

なにせ何が起こるかわからない、己自身の存在も含め、現にここまでも意表をつかれるような事態ばかりだ。
知覚するもの全てに警戒し疑いかからなければならない。


神の領域では、『有り得ないこと』なんて『有り得ない』のだから。


一方通行が挑発するように大きく翼を広げた瞬間。
これまで以上もの、絶大な規模の天使が彼へと向かってきた。

―――

806: 2012/01/07(土) 01:49:58.60 ID:P2ng+G84o
―――

学園都市、窓の無いビル。

その『窓の無い』という冠はもはや返上しなくてはならないであろう。

北側の壁には、穿たれ破られた大きな穴が開いており。
東西の二面にいたっては完全に崩れ落ち、
冬の風が吹き抜ける『野外』と称してもよい空間になってしまっていた。


その瓦礫散らばる一画にて、幾人の人間かがせわしなく動いていた。

ラフな部屋着の上に白衣をかけただけの芳川、瓦礫に毛布をかけてその上に座っている打ち止め、
そしてジャッジメントの腕章に中学の制服という格好の初春に、
血が滲むワイシャツ姿のエツァリだ。

魔術を行使して身体能力を底上げしているエツァリが、様々な機器をあちこちから運び込んできては、
芳川の指示のもと並べられて、初春が手早くセッティングをしていく。

更に芳川は指示をする傍ら、手にある携帯端末越しに打ち止め・ミサカネットワークと、
虚数学区の状態を簡易ながらも逐一モニタしているという、なんとも忙しい空間だ。

そのあまりの忙しさに、初春もエツァリも額に汗を滲ませていた。
もともとイフリートが近くにいるおかげで、ここは冬どころか初夏並みの気温であるため、
より一層彼らの体温を高めてしまっているのである。
(もちろん一般人でもこの場に居れるよう、これでもイフリートは限界まで力と熱の放出を抑えているが)

無論、そのような状況で汲み上げられたために機器は整理整頓など一切なされておらず、
少し気を抜くと一歩目で足が引っかかるであろうというほどに、大量のケーブルが縦横無尽に床を走っているなど、
辺りは雑然としていた。

807: 2012/01/07(土) 01:51:24.32 ID:P2ng+G84o

と、その時であった。
瓦礫の上に静々と座っていた打ち止めが、
突然何かに驚いたかのような声を放ったのは。

一同がふと手を止めて彼女を見やると、幼い少女はなんとか取り繕っては。

打ち止め「い、いま芳川の端末に表示するから!」

打ち止め「ってミサカはミサカはちょっと理解できないことを見て心臓が止まりそう!もちろん悪い意味で!」

そうして芳川の端末に表示されたのは、一方通行が遭遇したある事柄の要約。
『頃したはずの天使が即座に蘇って戻ってきた』という、とても信じたくは無い内容が示されていた。

芳川「……!」

エツァリ「―――……っ」

芳川は表情を凍らせると、
これは専門外とばかりに小さく顔を振りながらエツァリに見せたが。
魔術師であるエツァリにとっても、これはとても判断がつかない、
如何なる推測すらもも立てられない事案であった。

そこで彼は即座にこめかみに指を当てて通信魔術を起動して、
より詳しいであろう人物へと呼びかけた。


エツァリ「―――ステイルさん。重要なお話が。すぐにこちらに来て頂けないでしょうか」


808: 2012/01/07(土) 01:54:13.15 ID:P2ng+G84o

元々近くにいたのであろう、それからステイルが現れたのは僅か10秒後であった。
彼は、何も言わずにエツァリが差し出した端末を手にして覗き込むと、芳川と同じように表情を硬直させて。

次いで今度は彼女と異なり、
怒りにも見える熱をその瞳に宿らせては、イフリートの方へと歩き進み。


ステイル『アレイスター。これについて何か知っているか?』


その炎の魔人の足元にて俯いている男へと、敵意に滲んだ声を放った。
彼の顔の下に端末を放り落としながら。

すんなりと求める答えが聞けるだろうか、否、アレイスターから望む言葉を引き出すのは至難だ。
と、この時まではステイルもこう考え、場合によっては拷問、
更に神たるイフリートによって精神汚染してもらい、情報を強引に引き出すことも手段の一つとして頭にあったが。

アレイスター『……知っているとも』

存外、この男は素直に答えてくれた。
あの自信に溢れてたアレイスターとは別人なのではと思えてしまうくらいに、
抜け殻の様にぼそぼそとか細い声であったが。


アレイスター『…………セフィロトの樹によるものだ』


ステイル『それはおかしいね……セフィロトの樹は先ほど切断されたのだが』

その言葉を聞いて、ステイルは目を細めては探りを入れるように返した。
するとアレイスターはこう続けた。


アレイスター『今は繋がっていないとしても……』


アレイスター『三万年かけて人間界から吸い上げ、溜めに溜め込んだ膨大な量の「魂」が彼らにはある』

809: 2012/01/07(土) 01:59:27.07 ID:P2ng+G84o

ステイル『―――…………っ』


アレイスター『―――なぜ魔女が、四元徳を頃しきらずに煉獄に落とし封印したか』


アレイスター『完全に頃してしまえば、奴らは「貯蔵している魂」を使って復活するだけだからだ』


ステイル『復活……』


アレイスター『ひどく傷付いた悪魔が復活するには、己の巣に潜み長き時をかけて治癒を待たねばならない』

アレイスター『また魂が完全に破壊されてしまったら、悪魔はその時点で滅ぶ。復活は不可能だ』

アレイスター『だが奴らは違う。「替え玉」を揃えているのだからな』

アレイスター『ひどく傷付いても治癒を待つ必要は無い。思念さえ存続してれば、魂はいくら砕かれても替えが聞く』

ステイル『………………』

アレイスターの言葉に疑う余地など無かった。
神裂越しに得られる、魔女側の情報とも完全に合致する話だ。
それに元々、人間界から吸い上げた魂を己達の強化に使用しているとは聞いていた。

そう、これが人間界という『牧場』の存在が、ジュベレウスの復活だけではなく、
圧倒的な魔界に抗うため・そして天界内を完全掌握することにも必要だった理由の特に大きな一つであり。

人間界から吸い上げた魂の具体的な『用途』である。
個々の刃と力を増強するのみならず、ジュベレウスの名の下に集う軍団に不氏身性をも与えるのだ。

そしてこの『貯蔵庫』の存在こそ、
武力においてもジュベレウス派が天界内で絶対的頂点に君臨している理由でもあろう。

ジュベレウス派は何度でも氏ぬことが可能だが、
彼らに反旗を翻した者達は支援を切られ、一度氏ねば終わりの身になってしまうのだから。

810: 2012/01/07(土) 02:01:54.01 ID:P2ng+G84o

ステイル『その話が事実だとして…………奴らは何度でも復活できるのか?』

驚愕と絶望の色を混じらせながら、ステイルは言葉重く問うた。

アレイスター『いいや。貯蔵も無限ではない。限りがある』

ステイル『何回だ?』

アレイスター『わからない。一度限りか、十回か、千回か、それとも億回か。だがとにかく上限があるのは確かだ』

アレイスター『それに、力の増強にも惜しみなく使っているようだからな。その分も復活回数は削られているだろう』

ステイル『………………』

一同が彼のここまでの言葉を理解し、受け入れるには暫しの時間が必要だった。
エツァリは思案気をさすり、芳川はそんなエツァリとステイルを交互に見やり、
そもそも話に一切付いていけない初春は困惑の表情を浮べて。

そうしてアレイスターの頭上で、イフリートが難儀だなとばかりに喉を慣らした時。


アレイスター『……急いだ方がいいのではないかな?』


ぼそりと再び彼が呟いた。

ステイル『何のことだ?』


アレイスター『今頃大いなる「列柱」が一つ、既に虚数学区まで侵入しているだろう』


アレイスター『もちろん、そのジュベレウス派の恩恵を授かってる身でな』


そうか細く言葉を続けるアレイスターの前、膝元にあった端末には、
この不氏性の件に次いでとある別の事柄が表示されていた。


一方通行が天の回廊内ですれ違った―――ある『赤い天使』について、だ。

―――

811: 2012/01/07(土) 02:04:21.06 ID:P2ng+G84o
―――

それは文字通り入れ違いだった。
一方通行が天へ向けて飛翔した直後、その天空の門から猛烈な勢いで降下してきたのだから。

赤く輝く、強大な天使が。


風斬『―――!!』

その勢いは、反応しなんとか身に受けないように防ぐだけで精一杯だった。

彼女がその降下してくる強烈な気配に気付き、直感的に紫電の光剣へと全力を注ぎ、
振り向きざまに掲げたのとほぼ同時に―――赤い光の塊が、彼女の刃に激突したのだ。

その圧たるや、
まともに受けていたら一撃で致命傷になりかねないほどのもの。

風斬『―――くぅッ!!』

弾かれ一気に虚数学区の街中にむけ叩き落されるも、
宙で体勢を立て直して彼女は何とか軟着陸を成功させた。

そうして煌く紫電の翼が、電空音を打ち鳴らしながらゆらめく中。

風斬『……!!』

彼女は真っ直ぐ正面を睨みあげた。
穏やかな顔立ちでも充分に迫力が感じられるほどに鋭く。

そんな彼女の視線の先、30mほどのところには、
一泊遅れてこの大通りに降り立った―――あの『赤い天使』が悠然と立っていた。

812: 2012/01/07(土) 02:08:27.57 ID:P2ng+G84o

光の塊としてしかその姿を捉えられなかったのは、
どうやらその真紅の翼達で身を覆っていたからなのであろう。

鮮やかな翼が一度大きく振るわれては、綺麗にたたまれていき、
ようやくこの天使の姿が露となった。

風斬『……』


その格好は、人間界のものに例えるならば―――古代ローマの軍装に良く似ていたか。


身長3mほどの彫像のような白亜の体に纏っているのは、翼が変じた重厚なマントに、
高官が身に着けていそうな筋骨隆々とした胸板を模した豪奢な胴鎧、

頬宛と大きな『たてがみ』の飾りがついた兜に、全身を隠すことも用意であろう大盾。

そしてそれらから輪をかけてローマ的だと感じさせていたのは、装具類が全て赤を基調としていたからだ。
それも赤とは言えど目に五月蝿くない、落ち着きと深みのある色合いが、
より上品で高貴な空気を醸している。

ただ一つ、ローマ的ではないと感じられるものもあったが。
それは右手にある―――身長ほどもの大剣だ。

古代ローマ風に言わせれば技術も糞も無い、『力任せの野蛮人』の武器である。

風斬『…………』

ただ実際に、この目の前にいる天使が『力任せの野蛮人』ではない事は明らかだった。

息の詰まるような緊張を焚きつけながら、微動だにせず静かにこちらの様子を観察しているその佇まい。

そこには、冴え渡る機知と洗練された技量がこれでもかとばかりに滲み、
一方で具体的な意図を一切読まれないよう、
発する力や圧の根底部分を曇らせるしたたかさも兼ね備えているという、正当な武闘派でありながらの『曲者』だ。

813: 2012/01/07(土) 02:10:53.30 ID:P2ng+G84o

風斬『(この人……すごくやりにくい……)』

それが彼女の第一印象だった。
これまでの天使のように、我武者羅に向かってきてくれたほうがどれだけ戦いやすいか。

動きを一つでも誤れば、気付くと氏んでいたなんてことも有り得るであろう相手と、
こうして読み合いし出方を伺うなんて。

ただ幸いなことに、この相手に専念する余裕はある程度与えられているようだった。

一方通行が抜けていてからは、天界の軍勢の出現量は急激に減っていたのである。
彼が門内を押し上げて行ってくれたからであろう、いまや空高く漂うカラスのように、
多くても十数程度の群れがちらほらと現れる程度だ。

風斬『ふぅっ―――』

この緊張に身を慣らし切り替えるべく、
溜め込んでいた息を吐き、次いで大きく吸い込んだちょうどその時。

情報元はエツァリかステイルか、
打ち止め・ミサカネットワーク経由で、彼女の意識内にこの赤い天使の情報が伝達されて来、

今から刃を交える相手の名を、彼女も知るところとなった。


眼前の赤い天使―――『彼』は『神を見る者』、『神の正義』、『破壊と罰を与える者』とも呼ばれ。
そのあまりの勇猛っぷりと強さに、悪魔的な二つ名まで多くある戦士であり。

そして将としての多くの軍団への指揮権に加え、
直属に14万4千の私兵を従える、セフィロトの樹の守護を担う強大な一柱。



その名は――――――『カマエル』。



風斬が光剣を握りなおし、左足を後ろにずらしては半身となり構えると。

構えるもまた大盾を突き出し、その背後で全身を覆い隠すように身を屈め、
盾の上辺に大剣を長槍のように乗せた。

互いに自己紹介などしなかった。
いや、する必要も無いであろう。
これは『決闘』ではなく、『戦争』の中に生じた―――単なる『頃し合い』の一つに過ぎないのだから。


次の瞬間、ほぼ同時に二者が前へと踏み切り。


『天使同士』の斬り合いが始まった。


―――

814: 2012/01/07(土) 02:12:04.85 ID:P2ng+G84o
遅れましたが明けましておめでとうございます。
今日はここまでです。
次は月曜に。

815: 2012/01/07(土) 02:17:37.54 ID:FBIFtVUZo
復活キツイ…絶望的だが人間のもがく姿は熱ぃっすな乙!

816: 2012/01/07(土) 02:34:39.27 ID:JQ2B23pz0
年明けから相変わらずの切迫した感じ 乙です。


 次回へ続く:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その35】


引用: ダンテ「学園都市か」【MISSION 09】