1: 2012/01/21(土) 14:00:14.92 ID:MvGhN54no
最初から読む:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」
前回:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その35】
一覧:ダンテ「学園都市か」シリーズ
「デビルメイクライ(+ベヨネッタ)」シリーズと「とある魔術の禁書目録」のクロスです。
○大まかな流れ
本編 対魔帝編
↓
外伝 対アリウス&口リルシア編
↓
上条覚醒編
↓
上条修業編
↓
勃発・瓦解編
↓
準備と休息編
↓
デュマーリ島編
↓
学園都市編(デュマーリ島編の裏パート)
↓
創世と終焉編(三章構成)←今ここの第一章中盤(スレ建て時)
↓
ラストエピローグ
○大まかな流れ
本編 対魔帝編
↓
外伝 対アリウス&口リルシア編
↓
上条覚醒編
↓
上条修業編
↓
勃発・瓦解編
↓
準備と休息編
↓
デュマーリ島編
↓
学園都市編(デュマーリ島編の裏パート)
↓
創世と終焉編(三章構成)←今ここの第一章中盤(スレ建て時)
↓
ラストエピローグ
9: 2012/01/23(月) 01:36:31.00 ID:Q+LCdqD2o
―――
堰を切ったかのごとき無数の悪魔の侵入。
その衝撃は、テメンニグルの塔の最下層にして心臓部、礼典室にまで届いていた。
そこは直径50mはあろうかという広い円形の広間。
硬質な壁は仄かに碧さを湛え、高い天蓋からは恐ろしげな彫像の数々が下がり。
床のほぼ全面を覆うは、はめ込まれた一枚の巨大な円形台座。
表面には放射線状に走る溝や文様が刻まれており、
隙間から漏れる淡い白き光が広間全体を下から不気味に照らしあげていた。
五和「…………」
振動はさほど強くなかったものの、独特の重い息苦しさはかなりのもの。
槍を握り締める五和が跳ね上がるようにして天蓋を見上げ、
次いでダンテとレディもゆっくりと上へと目を向けた。
二人は、この円形台座の床中央にはめ込まれている『器』を挟み向かい合って立っていた。
そのダンテの斜め後ろに五和はおり、
そして彼女達三者の周りをせわしなく巡っている巨馬、ゲリュオン。
この興奮した魔馬のけたたましい蹄の音が響く中、
三者はそのまま、塵が舞い落ちてくる天蓋をしばらく見上げていた。
五和「今のは……?!」
ダンテ「悪魔か。かなりの量みたいだな」
2: 2012/01/21(土) 14:00:55.52 ID:MvGhN54no
―――注意事項及び補足―――
※当SSはかなりかなり長いです。
※基本シリアスです。
※本編後のおまけシリーズはパラレルとなっており、外伝以降の本筋ストーリーとは全く関係ありません。
※DMC(ベヨネッタ)勢は、ゲーム内の強さよりも設定上の強さを参考にしたため絶賛パワーインフレ中。
それに伴い禁書キャラの一部もハイパー状態です。
※妄想オリ設定がかなり入ります。
ダンテ・バージル・ネロを始めとする各キャラ達の生い立ちや力関係、
幻想頃し等『能力』や『魔術』等の仕組み・正体などは、多分にオリジナル設定が含まれます。
また、世界観はほぼ別物となっております。
※禁書側の時間軸でイギリスクーデター直後(原作18巻)、DMC側の時間軸は4の数年後から始まっています。
ネロは20代前半、ダンテとバージルは40代目前、ルシアの身体成長度は10歳前後となっております。
※また、クロス以降の展開は双方の原作に沿わないものとなります。
その関係上、禁書原作21巻以降に明かされた諸設定は基本的に適用されてません。
ただ例外として、天使の姿・攻撃技等は反映させて頂く場合があります。
(ベヨネッタと禁書の天使の、配色・デザインの系統がそれなりに似ている感じなので)
※投下速度は大体週二回~三回、週50レス以上を目標としています。
※主なカップリングは上条×禁書、ネロ×キリエ(これ当然)となっております。
――――――――――――――
※当SSはかなりかなり長いです。
※基本シリアスです。
※本編後のおまけシリーズはパラレルとなっており、外伝以降の本筋ストーリーとは全く関係ありません。
※DMC(ベヨネッタ)勢は、ゲーム内の強さよりも設定上の強さを参考にしたため絶賛パワーインフレ中。
それに伴い禁書キャラの一部もハイパー状態です。
※妄想オリ設定がかなり入ります。
ダンテ・バージル・ネロを始めとする各キャラ達の生い立ちや力関係、
幻想頃し等『能力』や『魔術』等の仕組み・正体などは、多分にオリジナル設定が含まれます。
また、世界観はほぼ別物となっております。
※禁書側の時間軸でイギリスクーデター直後(原作18巻)、DMC側の時間軸は4の数年後から始まっています。
ネロは20代前半、ダンテとバージルは40代目前、ルシアの身体成長度は10歳前後となっております。
※また、クロス以降の展開は双方の原作に沿わないものとなります。
その関係上、禁書原作21巻以降に明かされた諸設定は基本的に適用されてません。
ただ例外として、天使の姿・攻撃技等は反映させて頂く場合があります。
(ベヨネッタと禁書の天使の、配色・デザインの系統がそれなりに似ている感じなので)
※投下速度は大体週二回~三回、週50レス以上を目標としています。
※主なカップリングは上条×禁書、ネロ×キリエ(これ当然)となっております。
――――――――――――――
10: 2012/01/23(月) 01:41:46.16 ID:Q+LCdqD2o
五和「この塔から外に出始めたんですか?」
ルドラ『否、きゃつらはこの塔の住人ではない。何者かが、この塔を触媒として魔界から召喚したとみえる』
「さあな」と肩を竦めたダンテに代わりすばやく答える彼の背の魔剣。
五和「…………」
その瞬間、五和は見てしまった。
ダンテ越しに見えるレディの顔、その眉間が小さく引きつったのを。
まるで、いいや、確実に思い当たる節があるという反応だ。
ルドラ『この塔を基点として能力者が展開した外殻上に、人間界にも侵入しておるようだ』
そんなレディの表情を読み取ってか、それとも気にもしていないのか。
その両方ともとれる調子で、そこでダンテが両手を軽く広げてこともなげに一言。
ダンテ「―――だとよ」
五和の方へも横顔を向け発した。
無論、それが『投げやり』な相槌ではないことを五和もわかっていた。
余計な説明は全て省き、「どうする?」なんて結論を問うてすらもいない。
この一言に篭められている意味はこれだけ、「―――ということでそれぞれやることをやれ」、だ。
五和「……」
今の状況と話を前にして、己の現在の立場にも大きな変化が生じたのを五和は認識した。
上条当麻と聞いて飛び込んだ魔塔だが、ここに身を置く『理由』が『それだけ』ではなくなったのだ。
天の侵略と抗う学園都市に横から侵入しつつある悪魔、己は今その流入の『基点』にいる。
この壮大な流れの転換点の真っ只中、その中心点にいるのだから。
これもまた皮肉であろう。
上条当麻を追って至った立場は―――その優先順位から、彼の追跡という項目を下げざるを得ないものだった。
11: 2012/01/23(月) 01:46:46.75 ID:Q+LCdqD2o
その自覚によっての衝撃と様々な感情が渦巻く傍ら、
徹底的に鍛えられた戦士としての『頭』は、機械の様に冷静に状況を分析していく。
五和「……」
誰が悪魔を召喚しているかは、いまや五和にも容易に推測できた。
ここまでの道中、ダンテとレディの話の中心にあったアーカムと言う男でまず間違いないと。
そしてこの男がレディの『悪夢』―――『父親』であることも。
またその件について当のレディには、
部外者が『協力者』という名目で踏み篭める隙は一切無かった。
無言のままそそくさと装備を整え始めるレディ、
一見するとそっけなく事務的な挙動だが、醸す空気の質は強烈そのもの。
体に触れようとすると手先が切れてしまうかと思えるくらいに、研ぎ澄まされた殺意。
声にせずとも、それらがレディの意志を明確に代弁していたのである。
『これは何人にも邪魔はさせない、これは己だけの仕事だ』、と。
五和「…………」
何をするべきかはひとまずとして、
この悪魔出現の原因とレディが取り組むという点を学園都市の者達に伝え、それから今後の行動を検討するべきであろう。
そう考えた五和は槍を撫でて、早速ステイル宛てに通信魔術を起動させたが。
五和「…………?」
交信はできなかった。
術式自体は起動するのだが、回線が繋がらなかったのだ。
すると彼女が怪訝な表情を浮べたのも束の間、
レディが顔も向けずに声だけを放ってきた。
レディ「この階層は普通の術式じゃ通らないわよ。外界と交信したいならさっきダンテと合流した回廊まで戻らなきゃ」
12: 2012/01/23(月) 01:48:30.30 ID:Q+LCdqD2o
五和「―――……」
来た道を戻ればよい。
レディから告げられたことは『それだけ』、至極単純なこと。
ただ五和にとっては、単純ではあっても―――容易なことではない。
入り組んだ廊下、橋、地底湖、ここに来るまでにも大量の悪魔達と遭遇したのだ。
来る際はダンテとレディの前に屍が積みあがっていくだけであったが、
五和だけとなるととてもそうはいかない。
するとその時、そんな彼女の頭を過ぎった懸念を察したのか。
ダンテ「ゲリュオン。少し小さくなれ」
パチンと指を鳴らしては魔馬を呼び、ダンテがそう命じた。
魔馬は声にする以上に主の意識とリンクしてるのであろう、
一声で承諾するようにいななくと、その巨体をみるみる縮小させ、
一般的な乗用馬と同じ程度の大きさへと変じていった。
ダンテ「乗っていけ」
ルドラ『うむ。悪魔が方々から湧き出しておるしな』
そしてゲリュオンの尻を叩き、五和の方へと進ませるダンテ。
魔馬は軽く跳ねるようにして彼女の傍へつき、鼻息荒く首を大きく振った。
あたかも『さっさと乗れ』と告げているかのように。
13: 2012/01/23(月) 01:50:22.23 ID:Q+LCdqD2o
五和「―――……ッ!」
何事も経験と、乗馬の心得自体は少しばかりはあるも、
魔馬に乗ったことなどはもちろんあるわけがない。
それが神たる大悪魔となれば尚更である。
ダンテの厚意なのだから心配することはないと頭でわかってはいても、
五和は思わず怖気づき一歩下がってしまった。
ダンテ「心配すんな。ちっとばかり暴れたがりだがお嬢ちゃんを食いはしねえさ」
ルドラ『ダンテを主と仰ぐ者に、人間に危害を加える奴はおらん』
五和「ほ、ほんとですか?!ほんとうですね?!」
無論そんなことはわかってはいるも、彼女は己に言い聞かせるためにそう返しながら、
恐る恐る魔馬のたてがみに手を伸ばして。
そして意を決して、逞しいその首に腕をかけて勢いをつけて飛び乗った。
乗り心地は、昔に乗った訓練馬とさして変わらぬもの。
否、それ以上にきわめて乗り易かった。
この魔馬の力による作用なのであろう、
鐙どころか鞍すら無いにも関わらず完璧に安定しており。
五和「……っと、と」
手綱など無くとも意識するだけで自由に、いいや、明確に『意識するよりも前』に的確に動くのだ。
五和は少しその場で魔馬を足踏みさせて、この不思議な感覚を馴染ませていった。
14: 2012/01/23(月) 01:52:21.60 ID:Q+LCdqD2o
五和「―――だ、大丈夫です!ありがとうございます!」
大悪魔が同伴となれば、
まず同じく大悪魔が現われでもしない限り道中に心配はないか。
しばらく慣らしたのち、五和は門の方へと向けて駆け―――。
五和「じゃあ行ってきます―――って、あのその前にちょっと良いですか?!」
―――出したのも一瞬、3m程進んだころでゲリュオンを急停止させ、
ダンテに振り向きこう声を飛ばした。
五和「上条さんは上にいるんですよね?!」
これもまた情報の確認のためだ。
ここに来るまでの道中で聞いた話を頭の中で確認しつつ彼女がそう問うと、
ダンテは肯か否かもわからぬ仕草で肩を窄めて。
ダンテ「上にいる、って奴が言ってただけだ。本当にこの『塔の上』にいるかはわからねえ」
五和「でもこの塔は門となり目的の場へと繋げる、つまり……もし塔の上にいなくても、
この門としての機能で上条さんがいるところにも繋がる、という解釈でいいんですね?」
ダンテ「そうだ」
これまた表面上言葉は肯定と受け取れるも、
その調子や表情はどちらか判断がつきにくいもの。
ただ、次の問いの返答は声も仕草も明確なものであった。
五和「……この塔が起動した場合、門の入り口はどこになるんです?」
ただその解釈には、いささか齟齬が生じていたかもしれないが。
彼女の問いに対してダンテは両手の指で真下、
『床』を真っ直ぐに指差して明確にこう告げた。
ダンテ「『ここ』だ」
15: 2012/01/23(月) 01:55:19.42 ID:Q+LCdqD2o
結局、この解釈の齟齬について彼女が気付くのはしばらく後になってからだった。
彼女はそのままの意味、つまりは『この地下深くの礼典室』に門が開くと受け取ったのだ。
そうして一通り情報を確認したのち、五和はそこで一呼吸置いて。
五和「それと……」
もう一つの話を切り出した。
聞きたいことではなく、『頼みたい』あることについてだ。
手を広げて先を促すダンテを一瞥して、五和はふと腰の背面に手を回して。
黒い大きな拳銃を引き抜いた。
ダンテ「……」
あのダンテから上条へと贈られた銃を。
五和「…………」
彼女はその手にある拳銃を見て数秒、切なく名残惜しげな色を瞳に湛えて。
そして躊躇いながらも―――パッと面を挙げて、ダンテの方へと放り投げた。
五和「これを―――」
ダンテ「―――いいのか?お嬢ちゃん?」
すかさずキャッチし、人差し指に引っ掛けてそう聞き返すダンテ。
五和「……私なんかよりも、ダンテさんが持っていてくれた方が確かですので」
16: 2012/01/23(月) 01:58:45.86 ID:Q+LCdqD2o
『そういう話じゃなくてだな』、と。
五和の返しを聞いたダンテの表情や仕草には、そんな風に言いたげな色が滲んでいた。
もちろん、五和もそんな彼の声なき問い返しははっきりと受け取っていた。
だがそれに対しては答えずに。
彼女はそこでまた数秒、唇を甘く噛んで黙したのち。
五和「どうかそれを…………ダンテさんの手で上条さんに。お願いします」
身の底から声を絞り出してそう告げた。
そして馬上で小さく礼をしては、魔馬に声をかけて足でその腹を叩き。
礼典質の大きな門を蹴り開け、駆け出でていった。
その柔らかな背中には、頑なな気持ちが色濃く滲んでいた。
決して振り返るもんかと。
そんな彼女の消えゆく後姿を、ダンテは涼しげな笑みを浮べながら見送ったところ。
レディ「意地悪ね」
五和が消えて数秒後、ぼそりと呟く、装備を整えていたレディ。
その調子は厳しい緊張に満ちてはいるも、
普段どおりの皮肉染みた声色も混ざっているか。
レディ「あの子が戻ってくる前に起動させるつもりでしょ」
対してダンテは上条の銃をくるくると回しながら、すっとぼけた調子で肩を竦めた。
ダンテ「嘘は何一ついってねえぜ」
そう、確かに嘘は一つも言っていない。
起動して門が開くのも、ダンテが指差した『床の上』だ。
ただし。
この礼典室の床、全面にはめ込まれた台座は、
塔が起動すれば最上層まで昇るということは教えてはいなかったが。
それに―――。
ダンテ「まあ、そのあたりがどうであれ」
ダンテは悟っていた。
少なくとも、彼女はもう『上に行くこと』に執着してはいないであろうと。
ダンテ「お嬢ちゃんの方がなんとなく『そのつもり』だっただろ。あれは」
ダンテはそうレディに返した。
上条の拳銃を見せるように振りながら。
17: 2012/01/23(月) 02:00:40.80 ID:Q+LCdqD2o
レディ「へえ」
そんな彼の表情を、ようやく顔を挙げて見たレディはここでぼそりと。
レディ「ダンテでも少しはわかるんだ。ああいう複雑な『乙女心』も」
にやりと声無く笑い返すダンテ。
レディ「じゃあ尚更馬鹿ね。それを少しでも自分のために使えたら、もっと女関係をマシなものにできてたのに」
次いでその笑みは少し乾いたものへ。
ダンテは数度「参った」と喉を鳴らしたのち、
上条の拳銃を腰のベルトに差し込んでこう話を切り替えた。
ダンテ「ところでレディ。お前にいくらツケがあったっけ」
彼女はすでに身支度も終えていた。
ロケットランチャーのベルトの端を引っ張りながら背負いなおしつつ、
この麗しいデビルハンターはまたもや毒を効かせて。
レディ「あらら珍しい。そっちからその話をだすなんて。明日は魔界の住人がみな手を繋いでるかもしれないわ」
そんな言葉をダンテは普段どおり流しながら、
ふとコートのポケットをまさぐり。
ダンテ「―――この際だ。冥土の渡し賃くらいは奢ってやる」
取り出した一枚のコインを、レディに向け指で弾いた。
18: 2012/01/23(月) 02:04:29.82 ID:Q+LCdqD2o
レディ「…………」
それは磨り減りに磨り減った、くすんだ1セント硬貨だった。
彼女は掌の上のその小さなコインを一目しては、あからさまに眉を顰めて。
レディ「……ちょっと冗談キツすぎない?縁起悪すぎるわよ」
ダンテ「お前のじゃねえさ。『親父』さん宛てだ」
レディ「ああ……そういうこと……」
『親父』。
その単語で、少し彼女の声が重く濁るも。
ダンテ「『帰り』の駄賃くらいは奢ってやるよってな」
変わらぬダンテの調子か、
それともそんな彼と正反対にここまで硬化している己が滑稽になったのか、
彼女は普段通りの冷笑を仄かに浮べて。
レディ「アホらしい。奢りって言える額面でもないでしょうに」
硬貨を軽く上に弾きあげては、くるりと踵を返して。
レディ「こんぐらいで貸し作った気になられるのも鬱陶しいから」
彼に背を向けて。
レディ「あとで返金させてもらうわよ」
落ちてきた硬貨を掴みとっては門の方へと足早に歩を進め、
そのまま礼典室から去っていった。
『父を狩る』、そんな困難に向かっていく親友の背を、五和の時とは違いダンテは見送りはしなかった。
彼女が去るのと同時に彼もまた一瞥もせずに背を向けたのだ。
まるで後を託して―――背中合わせにするように。
ちなみに。
この時の1セントは結局、レディからダンテに返金されることはなかった。
―――
28: 2012/01/25(水) 02:10:54.90 ID:IEJOpem1o
―――
ステイル『来たぞ!数は120!場所は第四学区の―――!』
窓のないビルそばの本陣にて、ステイルは悪魔の流入への対応に追われていた。
立体映像の地図上に次々に表示されていく情報をもとに、
各隊へと通信魔術を用い指示を飛ばしていく。
いまや学園都市の方々に悪魔が出現し、要所に配置されていた隊のみならず、
建宮、アニェーゼ、騎士隊長の遊撃隊も早々からフル稼働であった。
ただその侵入の勢いの割には、学園都市の被害は今のところは微少なものであったが。
このような現象は以前の魔帝争乱の際も見られた。
悪魔達はまず一目散に『武装した敵』に向かうのである。
これまた魔界の存在特有の本能であろう、
彼らは『戦いの熱気』という蜜の誘惑にはとにかく従順なのだ。
以前の魔帝争乱時も、悪魔達はシェルター下の大勢の『餌』には見向きもせず、
一目散に学園都市の駆動鎧部隊に群がり、次にはイギリス隊に集中。
悪魔にとっては単なる『食事』よりも『戦闘』が優先なのである。
また下等悪魔は基本的に知能も低いため、尚更その本能に強く従う傾向にある。
そして現在もまた、そのような例に漏れてはいなかった。
学園都市の防衛側は、方々に散る悪魔達を長く追跡する必要もない、
悪魔達の方から彼らへと群がってくるのである。
餌が詰まっているシェルターではなく、その地上を守っている戦士達が狙いなのだから。
ステイル『来たぞ!数は120!場所は第四学区の―――!』
窓のないビルそばの本陣にて、ステイルは悪魔の流入への対応に追われていた。
立体映像の地図上に次々に表示されていく情報をもとに、
各隊へと通信魔術を用い指示を飛ばしていく。
いまや学園都市の方々に悪魔が出現し、要所に配置されていた隊のみならず、
建宮、アニェーゼ、騎士隊長の遊撃隊も早々からフル稼働であった。
ただその侵入の勢いの割には、学園都市の被害は今のところは微少なものであったが。
このような現象は以前の魔帝争乱の際も見られた。
悪魔達はまず一目散に『武装した敵』に向かうのである。
これまた魔界の存在特有の本能であろう、
彼らは『戦いの熱気』という蜜の誘惑にはとにかく従順なのだ。
以前の魔帝争乱時も、悪魔達はシェルター下の大勢の『餌』には見向きもせず、
一目散に学園都市の駆動鎧部隊に群がり、次にはイギリス隊に集中。
悪魔にとっては単なる『食事』よりも『戦闘』が優先なのである。
また下等悪魔は基本的に知能も低いため、尚更その本能に強く従う傾向にある。
そして現在もまた、そのような例に漏れてはいなかった。
学園都市の防衛側は、方々に散る悪魔達を長く追跡する必要もない、
悪魔達の方から彼らへと群がってくるのである。
餌が詰まっているシェルターではなく、その地上を守っている戦士達が狙いなのだから。
29: 2012/01/25(水) 02:13:53.52 ID:IEJOpem1o
ただし、戦況が厳しいのは変わり無かった。
本来この防衛線は、一方通行・風斬その他の手をすり抜けてきた天使達を迎え撃つものだ。
事態の悪化も予測して、それなりの数にも対応できるようにしていたのだが、
それでも―――この悪魔の大軍ほどの数は見積もってはいなかった。
既に現時点で許容を超えかけていた。
主戦力である重装のフォルトゥナ騎士達が、鬼神の如き戦いで悪魔の屍を積み上げてはいるも、
前述の通り、定点配置した隊も遊撃隊も全てが悪魔の対処に追われているのだ。
このまま下等悪魔どころか高等悪魔の数も増えたら、
重装のフォルトゥナ騎士ですらも対処が難しくなってくるのは明白。
さらに恐らく―――いや、いつか『確実』に大悪魔も現れる。
神裂を介して伝わってくる情報を受けて、ステイルは確信した。
この悪魔達はただ魔界からやってきた無法者ではない、十強の影響下にある『軍』なのだ。
ステイル『……ッ』
時間を経れば必ずこの軍を率いる『将』共が現れる。
そう認識して思い出すのは、現に目にしたアスタロトの一派。
アグニに聞くところによると、かの恐怖大公の下には100柱を越える数の大悪魔が仕えていたとのことだ。
そんな強大な戦力を有していても『十』強として内戦が膠着するのならば、
他の勢力も同等の戦力を有していると考えるのが妥当だ。
アスタロトの臣下100柱はダンテによって『ほぼ皆頃し』となったらしいが、
ここにはダンテはいないし、もし彼がいても、この界にはそれほどの戦いを支える『強度』などあるわけがない。
30: 2012/01/25(水) 02:15:26.22 ID:IEJOpem1o
そもそも100柱なんて数でなくとも、数体でも出現されてしまったらこちら側は追い詰められてしまうだろう。
大悪魔に対抗しうる戦力は全て虚数学区上で天界勢に釘付け。
もうすぐやって来るイフリートと神裂ならある程度は対処できるも、それも『最初』だけだ。
これまた魔界の存在の性質上、神裂とイフリートが先陣の大悪魔を倒せば、
その力と戦いに魅せられて、更なる強者が次々と挑戦してくるのは明白。
そこまでの規模になった段階では、ダンテなどがやってきても、
敵の殲滅と同時に学園都市のみならず人間界に甚大な被害を残す結果になる。
ステイル『…………』
それらの災厄を免れるためのには、
学園都市、そして人間界をこれ以上『主戦場』にしてはならない。
そしてそれを成し得る手段はたった一つ。
―――滝壺という能力者の到着だ。
彼女がこの街に到着して虚数学区を直接支配下においてしまえば、
虚数学区の穴は全て塞がり、天界勢に対して一切隙間のない完全なる防壁となる。
更にたったいま海原達が行った『簡易分析』によると、
彼女の力で虚数学区を『引き伸ばし』、魔塔の界層の隔離断絶も『恐らく可能』とのこと。
これぞ唯一の手段。
彼女が到着さえすれば状況は一変する可能性がきわめて高いのだ。
ただ、そんな彼女の到着は1時間以上も先の予定であったが。
31: 2012/01/25(水) 02:16:59.17 ID:IEJOpem1o
そう『時間』というどうしようもない障壁を前に、彼が表情を曇らせていたところ。
ステイル『……来たか』
ようやくここで待ちに待った『主』の到着だった。
インデックスと現れ、心配しながらもその場をイフリートに任せて『彼女』がこちらに歩いてくるのを、
意識共有しているステイルはリアルタイムで『見』。
神裂「―――ステイル。あなたに任せます。私にも指示を」
次いで己が瞳と耳でも直接その存在を捉えた。
ステイル『特には無いよ。君自身の裁量で行動してくれ。君の意向に沿うように全隊の直接指揮は僕が行う』
彼は傍に降り立った神裂を一瞥して、
情報もまた共有しているからね、と軽く自身の額を指差しつつそう返した。
神裂「わかりました」
ステイル『おっと、お待ちを我が「主」』
とそうしたのも束の間、ふとステイルは大げさにへりくだっては彼女を呼び止めて。
立体映像の地図上のある光点を指差してこう続けた。
ステイル『まずは「彼」と合流なさった方がよろしいのでは?
合流した場合は、「彼」への指揮権もあなたに「返還」いたしますが』
神裂「……」
32: 2012/01/25(水) 02:18:17.67 ID:IEJOpem1o
彼が指していた光点。
それが何なのかは、ステイルと情報共有している神裂も知っていた。
『己の副官』が指揮する隊である。
神裂「―――了解しました。我が『使い魔』よ」
小さく頷いてみせて、ステイルの調子に合わせて言葉を返す神裂。
そしてすかさず踵を返し、
一気に跳躍してその場へと向かおうとしたところ―――ふと彼女は動きをとめて。
神裂「さっきの件ですが……」
背中越しにステイルへと声を向けた。
ステイル『……』
『さっきの件』、その言葉が何を指しているかは、当然リンクしているステイルは『知っている』。
神裂がここで意に留めたのは、滝壺が到着するまでの時間についてだ。
ステイル『……なるほど』
そしてまた、彼女がこの瞬間に思いついたある策も同時に『知る』こととなる。
その内容は滝壺の到着までの時間を一気に解決するものであった。
これぞまさに救いの一手か。
精神共有している二人は、それぞれの頭でこの策の確実性を確認しては、
すかさず通信魔術を起動して。
神裂「―――あのう、一つ手を貸していただきたいことがあるのですが、よろしいですか?」
ステイル『―――海原、土御門達の現在の座標をここに映せるか?』
この策の実現のため、それぞれの関係者へと声を向けた。
33: 2012/01/25(水) 02:20:17.76 ID:IEJOpem1o
神裂「―――本当ですか?!可能なんですね?!―――はい!ではお願いします!!彼らの座標は―――!」
事はスムーズかつ素早く運んだ。
神裂の通信先の相手は快諾し、
その策の実行者としてすぐさま行動を開始してくれるということだ。
そうして自身達の作業を一つ速やかに済ませて、主と使い魔は互いに頷き合ったその時。
五和『―――ステイルさん!聞えますか?!』
そんな一拍の間をさながら狙っていたかのように、
タイミングよく五和の声が滑り込んできた。
神裂「―――聞えていますよ、五和」
五和『ッぷップリエステス!!ご無事で何よりです!!』
神裂「ええ、あなたも」
これは不意打ちであったであろう。
返って来たのがステイルではなく神裂の声で、
五和の驚きは音声のみでもはっきり感じ取れるものだった。
ただそれも一瞬の間だけ。
彼女はすぐに切り替えては戦士としての姿勢に戻り、
ステイルも交えて報告と情報確認を簡潔に行った。
この悪魔の大量召喚はやはりテメンニグルの塔が基点であること、
その首謀者はアーカムという男であること、
そして―――彼はレディの父であり、彼女が対処にあたるということを。
34: 2012/01/25(水) 02:21:31.00 ID:IEJOpem1o
ステイル『……』
ダンテが信頼して一任している以上、
そのレディの狩りにこちらが割り込む余地はまず無いか。
下手な支援は逆に邪魔になってしまうことが容易に考えられるため、
向こう側から何らかのアクションがない限り、こちらもダンテと同じく一先ず傍観しているべきであろう。
ルドラがテメンニグルの塔が基点だと証言した事については、
海原達が行った簡易分析の裏付けとなる好ましい報告だ。
滝壺による魔塔の界域隔離の成功確率が、これでまた確かに上昇した。
隔離さえしてしまえば全てこっちのもの、
魔塔の処理事態はレディやダンテ達にゆっくり任せれば良いだけでなのだ。
そして最後は五和について。
神裂「―――五和。しばらくそのまま、そちらでの情報収集を継続できますか?」
塔側のエージェントとしてこのまま向こうに置くことを、
神裂とステイルは共有意識下で同意した。
五和『もちろん大丈夫です!ダンテさんから馬をお借りしましたし!』
35: 2012/01/25(水) 02:22:53.95 ID:IEJOpem1o
ステイル『(馬?)』
神裂「……ではお願いします。それとこちらの判断を待てないような状況となった場合、迷わず自身の裁量で行動してください」
馬という言葉で一瞬ステイルと神裂は顔を見合わせるも、そのまま何事も無く続けた。
すると無視されたことにさながら憤り、より自己主張を強めたかのように。
五和「了解!プリエステス!」
通信終了間際の了解の声に重なって、
確かに馬の大きないななきが響いてきた。
ステイル『……馬、だな』
神裂「ええ、確かに馬ですね」
ステイル『……』
通信終了後、二人は真顔でそう示し合わせるも、
それ以上は特に追求しようとはせず。
ステイルは立体映像の地図へと向き直り。
神裂「では行ってきます」
ステイル「ああ」
神裂は一気に跳躍し、古い『副官』のもとへと向かっていった。
―――
36: 2012/01/25(水) 02:24:47.14 ID:IEJOpem1o
―――
土御門「―――それは本当か?今来るのか?」
学園都市に向かう米軍の超音速輸送機内にて土御門は、
通信魔術の相手、海原に食いつくように問い返した。
少しばかり耳を疑うことを聞いたのだ。
土御門「本当なんだな?可能なんだな?」
ただ悪い話なんかではなかった。
確かな返事に彼は小さく笑みを浮べて、
向かいの結標に頷いてみせてよい話であることを伝え。
土御門「今来るんだな?わかった」
海原との通信を簡潔に済ませると、
今度はすかさず耳元の通信機に指をあてて。
土御門「滝壺」
滝壺『はい』
土御門「全員に伝えろ。今『ここ』にある人物が来るが敵ではないと」
そうして、向かいの「どういうこと?」といった
表情を浮べている結標に向き直り、けたたましいエンジン音に負けぬようにこう声を張り上げた。
土御門「―――魔女だぜぃ!魔女が来る!」
土御門「―――それは本当か?今来るのか?」
学園都市に向かう米軍の超音速輸送機内にて土御門は、
通信魔術の相手、海原に食いつくように問い返した。
少しばかり耳を疑うことを聞いたのだ。
土御門「本当なんだな?可能なんだな?」
ただ悪い話なんかではなかった。
確かな返事に彼は小さく笑みを浮べて、
向かいの結標に頷いてみせてよい話であることを伝え。
土御門「今来るんだな?わかった」
海原との通信を簡潔に済ませると、
今度はすかさず耳元の通信機に指をあてて。
土御門「滝壺」
滝壺『はい』
土御門「全員に伝えろ。今『ここ』にある人物が来るが敵ではないと」
そうして、向かいの「どういうこと?」といった
表情を浮べている結標に向き直り、けたたましいエンジン音に負けぬようにこう声を張り上げた。
土御門「―――魔女だぜぃ!魔女が来る!」
37: 2012/01/25(水) 02:26:23.54 ID:IEJOpem1o
その直後だった。
このカーゴ内の空気が、エンジン音がけたたましく響いているにも関わらず、
一瞬しんと静まり返ったかのように思われたのは。
それは突如機内に現れた異物への緊張と警戒によるもの。
前もって土御門・滝壺から伝えられていたとはいえ、
みなの『スイッチ』が思わず入ってしまったのである。
ただ、それも仕方ないことか。
銀白のボディスーツを纏った異様な圧を醸す女が、
カーゴの天井に『逆さま』に立っているという光景を目にしてしまえば。
瞬き一つせず息を頃し、本能的に感覚を研ぎ澄ませる少年少女たち。
そんな彼らを、短い銀髪の女は天井から一通り『見上げて』。
土御門「…………」
「―――土御門か?」
機首側に立っていた彼を認めて、張りのある声色でそう問うてきた。
決して大声ではない、どちらかというと厳かで静かなものであったにも関わらず、
このエンジン音が響く中でもはっきりと聞える不思議な声だった。
38: 2012/01/25(水) 02:28:10.53 ID:IEJOpem1o
その問いかけに土御門が声無く頷いてみせると、
女はかかとを鳴らしながら優雅に天井を歩き進み、彼の上までやってきて。
ジャンヌ「ジャンヌだ」
土御門「魔女か?!」
ジャンヌ「そうだ。話は聞いているな?」
土御門「ああ!具体的な内容はまだだが!!」
簡潔に自己紹介と確認を済ませると女はふっと小さく笑い、
土御門に向けこう『具体的』に告げた。
ジャンヌ「この機体ごと―――学園都市近辺まで転送させる」
簡潔極まる説明に、
半ば苦笑しつつ頷く形で「なるほど」と示し返す土御門。
土御門「それで所要時間は?!」
ジャンヌ「―――機体に術式を適用するのに1分。移動に要するのは1秒だな」
39: 2012/01/25(水) 02:29:46.66 ID:IEJOpem1o
土御門「―――はっ」
これまたなんという数字か、予想を遥かに越える時間短縮っぷり。
あまりにも早すぎて、むしろこちら側が待たせぬよう準備を急がねばならないほどだ。
土御門「どういった形で転送する?!」
ジャンヌ「あくまで空間をつなげるだけだ。機体はこのまま飛ぶだけ、私が進路上の空間を改変する」
土御門「できれば機体からの直接降下は避けたいのだが、その辺りについてはどうだ?!」
ジャンヌ「そうだな、学園都市から約100kmの空域に飛ばすから、そこから減速して空港に降りれば良い」
土御門「わかった!では始めてくれ!!」
すると頷いた魔女は、術式適用の作業のためか光の円に沈んで『機外』に出ていった。
脇で話を聞いていた結標は瞬時に状況を把握し、
機長にも話をつけるために弾ける様にコックピットに向け駆け出していき。
土御門もすばやく通信機に指をあてて、滝壺のネットワーク越しに全隊員へと声を飛ばす。
土御門「聞け!一分後に第23学区へのアプローチを開始する!」
土御門「着陸後はまず付近の安全を確保!滝壺隊は俺と「窓のないビル」へと向かう!他はそのまま待機しろ!」
そうした彼の声によって、みな声も漏らさずに一斉に準備を開始する。
装備類がしっかり留まっているか、
ベルトは締まっているか、と手早くチェックしていく。
40: 2012/01/25(水) 02:31:36.49 ID:IEJOpem1o
次いで土御門は個別回線に切り替えた。
土御門「レールガン、お前は待機部隊を保持しろ」
御坂『……了解』
返って来た御坂の声はどことなく張り詰めていたがあったが、
その理由は容易に想像できるものだ。
特にここで指摘することもせずに御坂との回線も閉じて、
今度はちょうどコックピットから戻ってきた結標に向けて。
土御門「話は?!」
結標「ついた!!大丈夫!!」
土御門の向かいの席に座ってベルトを締めながら、
彼女は土御門にならい、通信回線を使わずに声を張り上げて答えた。
土御門「よし!降りたらすぐ俺と滝壺隊を窓のないビルに飛ばせ!お前も一緒にな!」
結標「私がお守りする『あの子』は?!」
佐天涙子のことだ。
一瞬土御門は、結標の力で彼女をシェルター内に放り込むことも考えたが、
それではそもそも連れて来た意味が無い。
佐天だってこの舞台上の役者の一人、
彼女の処遇は彼女自身に決めさせるべきであろう。
土御門「とりあえず一緒に連れて来い!学園都市の地上じゃ今はあそこが一番安全らしいからな!」
結標「了解!!」
41: 2012/01/25(水) 02:34:29.25 ID:IEJOpem1o
と、その時。
あのジャンヌの1分という見積もりは、相当な余裕をもったものであったのだろう、
魔女は30秒もしない内にまた天井に現れた。
ジャンヌ「準備が整った。いけるぞ」
それを聞いて土御門は自らの座席に飛び込むようにして着き、
手早くベルトを付けて声を返した。
土御門「OK!始めてくれ!」
再び光の円を通ってすうっと機外に抜けていく魔女。
皆は一様に、それぞれの緊張と集中の色を見せていた。
手を握ったり開けたり、大きく深呼吸する者もいれば、目を閉じて静かに佇んだりなども。
土御門「さぁて―――お待ちかねの凱旋だぜぃ!!」
そんな土御門の言葉に反して、少年少女達の様子はどう見ても帰還の色ではなく、
むしろこれから戦地へと出撃するものであったか。
当然、そう見えてしまうのも間違ってはいない。
デュマーリ島における勝利を手にしての帰還であるのも事実であるが、
これから帰る地が、かれら少年少女達の唯一の『家』にして―――
土御門「行くぜぃ!!―――クソッタレ共!!敵は皆頃しだ!!」
―――天と魔が入り乱れる更なる『戦場』であるのもまた事実なのだから。
土御門の煽りに、皆が一斉に声を挙げた直後、
一度やや大きな衝撃が機体を揺らし。
一行は相模湾上空に到達した。
―――
42: 2012/01/25(水) 02:35:54.19 ID:IEJOpem1o
―――
学園都市の一画、闇夜に包まれる街中にて、
建宮が指揮する隊は今まさに悪魔の一群と激突していた。
彼らの数は25名。
対して悪魔達は、下等の者達とは言え100を有に越える数。
この隊に属す15名のフォルトゥナ騎士がその超重装甲に任せて、
戦車でひき潰していくかのように片っ端から悪魔達を屠っていくとはいえ、
やはりこの数の差では優勢とは言い難いもの。
数も数であるため、フォルトゥナ騎士達の手も全てには回らず。
前面に押し進むの騎士達の間を抜けた悪魔達が、
後列の天草式・アニェーゼ隊の者達へと飛び掛ってくるのだ。
この遊撃隊に属すのは天草式・アニェーゼ隊でも特に戦闘に秀でている者であるが、
それでも前列のフォルトゥナ騎士達に比べたらその対魔能力は微々たるもの。
フォルトゥナ騎士達の重装甲に傷一つ与えられない程度の攻撃でも、
彼らにとっては命取りの一撃になり得るのである。
建宮「ッ―――!」
前方の騎士たちの間を抜けてきた黒い猿のような悪魔―――ムシラが二体、
そのおぞましい牙と爪をむき出しにして、彼へと飛びかかってきた。
学園都市の一画、闇夜に包まれる街中にて、
建宮が指揮する隊は今まさに悪魔の一群と激突していた。
彼らの数は25名。
対して悪魔達は、下等の者達とは言え100を有に越える数。
この隊に属す15名のフォルトゥナ騎士がその超重装甲に任せて、
戦車でひき潰していくかのように片っ端から悪魔達を屠っていくとはいえ、
やはりこの数の差では優勢とは言い難いもの。
数も数であるため、フォルトゥナ騎士達の手も全てには回らず。
前面に押し進むの騎士達の間を抜けた悪魔達が、
後列の天草式・アニェーゼ隊の者達へと飛び掛ってくるのだ。
この遊撃隊に属すのは天草式・アニェーゼ隊でも特に戦闘に秀でている者であるが、
それでも前列のフォルトゥナ騎士達に比べたらその対魔能力は微々たるもの。
フォルトゥナ騎士達の重装甲に傷一つ与えられない程度の攻撃でも、
彼らにとっては命取りの一撃になり得るのである。
建宮「ッ―――!」
前方の騎士たちの間を抜けてきた黒い猿のような悪魔―――ムシラが二体、
そのおぞましい牙と爪をむき出しにして、彼へと飛びかかってきた。
43: 2012/01/25(水) 02:39:36.66 ID:IEJOpem1o
それを認識した建宮は小さくかつ短く息を吐き。
即座に前に踏み出してフランベルジェを横に一振り。
魔界魔術との混同で強化されている刃は、
まず真正面から向かってきていたムシラの体を上下に分離させた。
次いで彼はそのまま長剣の慣性に身を任せ、円を描くようにしながら―――
―――身を瞬時に低く落とし。
飛びかかってきた二体目のムシラが振るう腕の下を潜り、
すれ違いざまにその脇を斬りさばく。
こうして二体目もまたその体の上下を分断させ、瞬く間に見事に斬って捨てた建宮。
だが―――
「―――上だ!!」
脇の仲間からのこの声がなければ、
次の瞬間にはその体は肉塊となっていたであろう。
『上』、警告の声を受けて彼が咄嗟に執った行動は、横へ跳ねての回避。
そしてその行動は正解だった。
44: 2012/01/25(水) 02:41:47.87 ID:IEJOpem1o
アサルトが真上から飛びかかってきていたのだから。
このアサルトもまた下等悪魔に分類されるとはいえ、
その戦闘能力はムシラなどといった存在とは桁違い。
フォルトゥナ騎士にとってですら、その巨大な爪には集中して警戒せねば成らない代物。
ましてやこのアサルトの全身を使った真上からの飛びかかりなど、
建宮達が真っ向から受け止めてしまったら完全に押し負け、
次なる攻撃に一切対応できなくなってしまう。
建宮「―――ふッ」
一瞬前まで自身が立っていた路上が丸ごと叩き割られ、アスファルトの破片が飛び散っていく中、
彼はその欠片の向こうにアサルトの姿を認めて。
―――このような場合に重要なのは速度。
余裕を持って倒せる相手ではない時は、隙を目にしたら迷わず一気に畳み掛けるのだ。
回避のため飛び跳ねて地面に片手ついたのも束の間。
彼はそのルールに従い、一気に地面を踏み切り―――前に体を切り替えし。
飛びかかり攻撃を外したばかりという、アサルトの一瞬の隙目掛けて突進した。
建宮「―――ッ」
―――狙うは喉元。
半ば滑り込むように懐へと飛び込み。
力を限界まで注いだ刃を、鱗に覆われた喉に押し当てて―――勢いそのまま『すり抜けていく』。
そうしてアサルトが穿った穴の淵を転がり出でて、建宮が反対側へと抜けると、
その数秒ののち。
―――獣染みた咆哮と共に、そこに悪魔の大量の鮮血が溢れ散った。
45: 2012/01/25(水) 02:43:42.05 ID:IEJOpem1o
建宮「はッ!」
溜め込んでいた息を短く吐いて起き上がる彼、
その目が次に捉えたのは、このアサルトの最期の時。
天草式の仲間が建宮に続き、
悶えるアサルトの頭部を切り落として止めを刺したのだった。
そのように、アサルトとの一幕の戦いは建宮達の勝利で終ったも、
全く被害なくというわけでもなかった。
この不意打ちとして飛び込んできたアサルトは、
建宮との一瞬の攻防の間に、これまた凶暴な尾で後方にいたアニェーゼ隊の一人を打ち掃っていたのだ。
術式による防護のおかげか、幸い彼女は命は助かっていたものの。
両手前腕の骨を完全に砕かれ戦闘能力を喪失していた。
建宮「一人こっちに来てくれ!」
傍に駆け寄り彼女の応急処置を手早く行う傍ら、
彼は前列の騎士を一人呼び。
建宮「彼女を『本陣』に連れて行ってもらえるか?!」
そのようにこの負傷者を送り出して、
再び正面に向き直っては、騎士達の隙間を抜けてくる悪魔を迎え撃った。
46: 2012/01/25(水) 02:46:17.04 ID:IEJOpem1o
休む暇など無かった。
この一団だけではなく、また新たな悪魔の群れがこの戦いの熱に寄せられて集まって来、
悪魔の数はますます増えていく。
それもイギリスで戦った人造悪魔とは違う、生粋の悪魔達の軍勢。
まるで魔界の大気をそのまま引き連れてきているかのように、
辺りの空気の質が急速に魔で淀んでいく。
周囲の世界そのものがこちらに牙を突き立ててくるかのごとき居心地。
まさしく魔帝争乱時と同じ空気、同じ強烈な圧迫感だ。
建宮「(こいつは―――ヤバイのよな)」
本能が、鍛え上げられた戦士としての直感が、この高濃度の『危機』に反応する。
置かれている状況は魔帝争乱時と酷似しつつあるも―――あの時と比べればこちらの『戦力』が違う。
確かにフォルトゥナ騎士達の強さは凄まじい、だがそれでも。
ベオウルフを装備した上条、イフリートを装備したステイル、
そして―――神裂という戦力には並ばないのだ。
―――そんな建宮の懸念は早々に現実化した。
またしても新たな悪魔の一団が現れたのだ。
それも今度は建宮達を完全に包囲するべく―――彼らの真上に。
47: 2012/01/25(水) 02:47:16.03 ID:IEJOpem1o
建宮「―――」
飛びかかってきたムシラを斬り掃って見上げると。
目に映るは、怒涛の勢いで崩れ落ちてくる『黒い天蓋』。
その一粒一粒が悪魔。
数はこれまでの群れよりもずっと多く、恐らく1000近くはいるか。
退くには間に合わない、
そう瞬時に判断してすかさず声を張り上げる建宮。
建宮「―――防御円陣ッ!!防御円陣だ!!」
すると即座に天草式・アニェーゼ隊が彼の周りを囲み、
その外周をフォルトゥナ騎士が囲み、堅牢な円陣を敷いた。
ただどれだけ強固であろうと―――あの一団に立ち向かうにはきわめて困難に思えた。
なぜなら数という他にも―――ゴートリングといった高等悪魔がかなりの数混じっているのが見えたから。
―――と、その場にいた誰しもが今一度、ここが氏地だと覚悟した時だった。
突然、その悪魔の一団を包み込むように、
空に格子状に細く鋭い筋が走り―――悪魔達をその塊ごと斬り裂いていったのは。
それは建宮他天草式の者達には見慣れた『技』であった。
ただしこの時、格子状を描いていたのは、
彼らの記憶にある『鋼糸』ではなく―――とんでもない力によって形成されていた『青白い光の筋』だったが。
48: 2012/01/25(水) 02:49:36.69 ID:IEJOpem1o
みなはしばらくその光景に唖然としていたが、
イギリスから来た者達は次いで更なる驚愕に包まれた。
特に天草式の者は。
建宮「――――――――――――ッ」
なにせ氏んだとされ、遺体すら戻ってこなかった―――『主』が、僅か10mほど離れたところに立っていたのだから。
もちろん生きたまま。
厳かで鋭くも、弱き者や友にはこれ以上ない慈愛を見せる瞳。
姿勢正しく、清廉な品を纏う佇まいに。
結い上げられた艶やかな黒髪に、凛として整った顔立ち。
そして手にある―――長大な芸術的業物。
「―――――――――建宮、なんて顔をしているのですか」
この時の天草式の者達の顔は、それはそれはこの状況にそぐわない、
『腑抜けた』ものであったはずだ。
神裂「―――みっともない。私の副官ともあろう者が」
そう、こうして再会した主君―――小さく微笑む神裂火織に向けていた顔は。
―――
49: 2012/01/25(水) 02:51:36.33 ID:IEJOpem1o
―――
土御門達を乗せた機体はもう第23学区にアプローチ中、
あと1分も経たぬうちに彼らは学園都市の地を踏めるであろう。
ステイル『…………』
そうして彼らが学園都市の空域に入ると同時に、
滝壺が早速この街を覆うAIMの層に直接触れることが出来、早々にして虚数学区を全掌握。
なんとすぐさま、虚数学区上の穴を塞ぐことを成功させてしまった。
ステイル『…………』
だが、これほどの喜ばしい結果となったにもかかわらず、
ステイルの顔に笑みは無く、むしろ重く曇っていた。
虚数学区上の穴の封鎖の件とは逆に、その問題と双璧をなすテメンニグルの塔の隔離の件が、
今や『暗礁』に乗り上げて重大な決断を必要としていたからだ。
虚数学区を安定化させていざこの魔塔の件にも取りかかったが。
滝壺の力をもってしても、かの魔塔の界層を正確に認識できないため、
完全に隔離することができなかったのだ。
土御門達を乗せた機体はもう第23学区にアプローチ中、
あと1分も経たぬうちに彼らは学園都市の地を踏めるであろう。
ステイル『…………』
そうして彼らが学園都市の空域に入ると同時に、
滝壺が早速この街を覆うAIMの層に直接触れることが出来、早々にして虚数学区を全掌握。
なんとすぐさま、虚数学区上の穴を塞ぐことを成功させてしまった。
ステイル『…………』
だが、これほどの喜ばしい結果となったにもかかわらず、
ステイルの顔に笑みは無く、むしろ重く曇っていた。
虚数学区上の穴の封鎖の件とは逆に、その問題と双璧をなすテメンニグルの塔の隔離の件が、
今や『暗礁』に乗り上げて重大な決断を必要としていたからだ。
虚数学区を安定化させていざこの魔塔の件にも取りかかったが。
滝壺の力をもってしても、かの魔塔の界層を正確に認識できないため、
完全に隔離することができなかったのだ。
50: 2012/01/25(水) 02:53:10.40 ID:IEJOpem1o
ただしその点の打開策を、滝壺はしっかりと導き出してくれた。
彼女はこう言った。
私をあの界層に連れて行ってくれたら、
向こう側から人間界を閉鎖する形で断絶できると。
つまり『自ら』がテメンニグルの塔に行けば、と。
―――ただ、だからといってそう簡単に送り出すわけにもいかないのもまた事実。
これはリスクが余りにも高すぎる。
虚数学区の顕現には滝壺の力も必要であり、
彼女がもし氏んでしまえば―――能力が使えない状況に陥ってしまえば、虚数学区は一気に崩壊しかねない。
最悪の場合、学園都市は天魔両方に対して丸裸になってしまうのだ。
ステイル『……』
だが、とステイルは考える。
ここに召喚されているのは魔界十強の軍勢、
となればこのままではいずれ大悪魔共が現れる可能性も大。
バージルの力を受け継ぐ神裂が現れたことで、尚更それら強者達を刺激するであろう。
悪魔達の召喚の基点であるテメンニグルの塔を隔離しなければ、
これら神域の戦火が学園都市、さらに人間界各地に飛び火していく結果が容易に想像つく。
そうなれば最悪であり。
そして現状では―――滝壺をテメンニグルの塔に送り出すしか、それを確実に回避できる策は無いのだ。
51: 2012/01/25(水) 02:56:06.22 ID:IEJOpem1o
確かに神裂含め戦力を彼女の守護に集中できるが、
それでも最前線に送り込むことは危険極まりない。
虚数学区とテメンニグルの塔間を隔離するまでには、さすがの滝壺も手は及ばない。
ならば天界の者達に、彼女の存在が『気付かれないこと』を祈るしかないのである。
滝壺が虚数学区の安定化の要であり、その顕現にも一躍買っているとなれば、
必ず天界側は彼女を最重要目標とし何が何でも排除しようとするはず。
同じく悪魔達もだ。
ステイル『―――はッ』
彼は「正気か」と、この策の決行を推す己に何度も自問する。
一歩間違えれば、一気に学園都市と人間界の敗北を決定付けてしまう博打だと。
最終的にこの決断に踏み切る勇気を与えたのは、
精神を共有している主からの「やりましょう」という声だった。
ステイル『土御門、降りたらまずはすぐこちらに来てくれ。作戦を具体化しよう』
決断した彼はすかさず通信魔術で土御門に声を飛ばし、次いで。
ステイル『―――五和、聞えるかい?』
早速この塔側のエージェントへと指令を放った。
五和『はい!何でしょう?!』
ステイル『至急、その塔内で出来るだけ防御に適した場所を探してくれないか?』
―――
66: 2012/01/28(土) 02:38:23.91 ID:tLkFxn0yo
―――
『自身が愛した上条当麻』はもう『存在しない』。
彼の現在の状態の詳細を、『当人』の次に最も良く知っている小さな魔女、
インデックスは、その『絆』の向こうから垣間見える情報をもってそう結論付けた。
残酷な現実だった。
彼は竜の中に囚われているわけでも、
何らかの力で強引に融合状態を保たれているわけでもない。
『彼』は本来の状態へと『回復』したのだ。
二つに分かれていたこれまでが異常・不完全だったのであって、
こうして『元通り』なった今こそ正常な状態。
フィアンマと上条当麻というパーツをただ繋ぎ合わせたのではない、
この二つを一度完全に溶かして一つに鋳造し直したようなものだ。
フィアンマと上条当麻という二方を隔てる境界は消滅し、
一つの魂として完璧に安定した形を構築。
そうして出来上がった存在は、確かに『上条当麻』本人ではあったが。
『インデックスが愛した上条当麻』ではなくなっていた。
『彼』は『溶けて』無くなってしまっていたのだ。
67: 2012/01/28(土) 02:40:54.30 ID:tLkFxn0yo
これではどうしようもない。
救うなんて考えはもはや無意味、『彼』はもういないのだから。
『彼』の現状を知れば知るほど、誰しもが『彼』を救い出すことなんで不可能だと絶望するであろう。
―――たが。
アンブラの叡智の全てを秘める彼女にとっては、そこまで知り尽くしてもなお『不可能』なんかではなかった。
彼女の頭の中には、『自身の愛した上条当麻』に再び触れるための手段が存在していた。
それは特にもったいぶるほどのものでもない、至ってシンプルなものだ。
アンブラの魔女の『強制召喚』の技を使うのである。
これは禁術でも秘儀でもない、
アンブラの者がまず一番最初に覚える召喚術。
対象の位置・認識さえ正確であれば、そこらの物置小屋に置いてあるガラクタから、
『使用可能な者がいない「大衆奥義」』と言われた『魔界の力場』の召喚術―――『クイーン=シバ』まで、
『いかなる物』でも『どこから』でも引き出すことが出来るという技術だ。
単純がゆえに、召喚対象によっては力の消費や負荷も誤魔化しきれないものになるが、
同じく単純がゆえに力と技量さえ伴えばどんな存在だろうと召喚できるのだ。
それこそ、あの竜から―――『インデックスと契約した部分だけ』を召喚することも。
68: 2012/01/28(土) 02:42:28.26 ID:tLkFxn0yo
神の一柱たる銀光の魔獣を前にしても、少女は一切気負いすることなく。
禁書「―――手伝ってほしいんだよ。とうまを『強制召喚』するのを」
当然のことのように、強く明確な声でそう声を放った。
この魔獣に捧げられた上条当麻の瞳を、一切の淀みもなく真っ直ぐに見つめ上げて。
助力を請う態度とはとても言い難い、むしろ有無を言わさず命じている風にも捉えられるか。
そんな不遜な物言いに彼女の背後のイフリート、
そして少し離れたところから作業の傍ら横目を向けていた海原に、一瞬緊張が走った。
彼女の態度にこの誇り高き魔獣が怒りを覚え、次の瞬間にはその拳を振り下ろすかもしれない、
鼻からベオウルフを信用できない彼らはそんな懸念を抱いたのだ。
それは杞憂に過ぎなかったが。
対するベオウルフの反応は、ゆっくりとインデックスと右腕を伸ばし。
彼女の胴ほどもあろうかという太い人差し指を、その胸元へと向けて。
ベオウルフ『さあ―――我と「契約」するがいい』
そう静かに促しただけだった。
彼女は無言のまま頷くと、その巨大な人差し指に左手を乗せた。
69: 2012/01/28(土) 02:44:25.04 ID:tLkFxn0yo
イフリートにも海原にも、この二者間の話の流れが全く掴めなかった。
それも当然であろう、彼らでなくとも、
当人以外が今の場だけを見てその真意を知ることは不可能である。
『話し合い』は、インデックスがここに『来る前』にすでに完了していたのだから。
彼女はここに来る前からすでにこの魔獣が快諾するのを知っていたし、その逆もまた然りだった。
上条がインデックス越しにローラの意識を垣間見たのと同じく、
ベオウルフもまた上条越しにインデックスの意識とある程度繋がっているのだ。
禁書「……」
そして今、彼女はその『一族』の繋がりを更に強固にするため、
このベオウルフと契約を結んだ。
あの竜の構成内における、
彼女と共にしてきた上条当麻とそれ部分の最も明確かつ確実な区別方法は、
『悪魔化したかどうか』である。
その部分を正確に認識し引き出すには、
自身と同じく上条当麻と魂のリンクを有し、かつ上条の『親』の位置に立つという、
魂の上位権限を有するベオウルフの影響力が必要不可欠だったのだ。
ぱきん、と響く乾いた音と共に光が明滅し、
契約の儀式は速やかに成された。
禁書「ありがとう……」
インデックスは大きな指に手を乗せたまま、魔獣を見上げて微笑んだ。
すると魔獣は「ふん」と喉を鳴らしては、
翼の一端で闇夜向こうのテメンニグルを指して。
ベオウルフ『早くゆけい。聞くところによるとかの魔塔は隔離されるらしいぞ』
70: 2012/01/28(土) 02:45:52.82 ID:tLkFxn0yo
そう、次に彼女はテメンニグルの塔に向かう必要があった。
実はもう一人契約をしなければならない者がいたのだ。
その人物の認識抜きにして、『あの上条当麻』の『全てのパーツ』を見出すことはできない。
禁書「―――うん!」
少し前までこのベオウルフの上位に位置し、
上条が悪魔化したのちも、彼の人格にとてもとても大きな影響を及ぼした人物。
彼の力がベオウルフによって育てられたのならば、
精神はこの人物の存在によって鍛えなおされたとしても過言ではない。
禁書「―――スフィンクス!」
彼女の声に、待っていたとばかりに肩から飛び降りた子猫は、
地に着く前に大きな白虎へと変じた。
インデックスはその背に飛び乗って。
禁書「あなたはここで待ってて!すぐ戻ってくるから!」
そう声を放つとベオウルフの返答も待たずに、
自ら浮き上がらせた白銀の魔方陣の中へと消えていった。
71: 2012/01/28(土) 02:49:42.96 ID:tLkFxn0yo
イフリート『ふむ……これはどのような風の吹き回しだ』
そうして彼女の姿が消えて数秒ののち、炎の魔人が口を開いた。
重く、尋問するかのごとく口調で。
対して銀光の魔獣は、イフリートに向けてかそれともインデックスに向けてかは定かではないも、
はっきりと嘲笑の色を浮べて。
ベオウルフ『人間どもの「情」は理解できぬ。理解したいとも思わぬ』
そう吐き捨てた。
そして少し思案気に喉を鳴らしたのち、「だが」と続けた。
ベオウルフ『あの小僧は我が名のもとにある子。そして我が子はあの小娘と契りを交わした』
イフリート『……』
銀光の魔獣はそれだけ言うと押し黙った。
それだけで充分だろう、言わんばかりにまた喉を鳴らして。
対してイフリートもまた、やや嘲笑した風ではあるも「なるほど」と鼻を鳴らした。
それは人間の情とはまた違う、どちらかといえば感情ではなく本能であろう、
魔界の存在にとっての血、魂、名、誓いの繋がりは、人間世界のそれとは比べ物にならない意味を有しているもの。
それゆえ人間のように誰かを想い、慕い、情を抱くことは無くとも。
知ある悪魔はその魔界のやり方で義を貫くこともあるのだ。
特にこのベオウルフのように、ただ武のみに生きてきた誇り高き存在ならば。
誇りを踏み砕いたスパーダへ向けられた強烈な執念と『同じよう』に、
その誇り高き武名のもとに結ばれた誓いには、きわめて強固な忠義が注がれるのである。
―――
72: 2012/01/28(土) 02:52:37.05 ID:tLkFxn0yo
―――
一方通行が『下界』から矢継ぎ早に送られてくる情報の精査を優先したこともあり結局、
天使達の『お家騒動』、その原因の具体的な話は有耶無耶になってしまった。
もっとも、ラファエルが返したあれだけの言葉でも、
原因は充分想像が付くものである。
そうして知るべき優先順位は低いこともあって、
一方通行はそれ以上この疑問については口にせず、
より優先順位の高い差し迫った問題について話を進めていった。
一方『―――第二の門は、まだ使えねェンだろ?』
不思議な『樹』の下で、その『恩恵』を受けて力を回復させながら、彼は深緑の天使にそう問うた。
虚数学区にて一柱が屠られ、形勢が不利になったにもかかわらず増援が送られてこない、
それを踏まえての質問だ。
ラファエル『形成途中に大きな力を有した者が無理に抜けると、門に大きな傷をつけてしまいます』
一方『つゥとカマエル他の「四匹」はその無理を押して降りてきたってわけか』
ラファエル『はい。彼らの突破で一時完全に使用できない状態にまで損傷したようです』
一方『次に使えるよォになるのは?そォだな、カマエル達のレベルが抜けられるよォになるのはいつだ?』
ラファエルはふむ、と一泊置いて答えた。
ラファエル『人間界の時間で言いますと、早ければもう1分、遅くとも5分以内には確実に』
一方通行が『下界』から矢継ぎ早に送られてくる情報の精査を優先したこともあり結局、
天使達の『お家騒動』、その原因の具体的な話は有耶無耶になってしまった。
もっとも、ラファエルが返したあれだけの言葉でも、
原因は充分想像が付くものである。
そうして知るべき優先順位は低いこともあって、
一方通行はそれ以上この疑問については口にせず、
より優先順位の高い差し迫った問題について話を進めていった。
一方『―――第二の門は、まだ使えねェンだろ?』
不思議な『樹』の下で、その『恩恵』を受けて力を回復させながら、彼は深緑の天使にそう問うた。
虚数学区にて一柱が屠られ、形勢が不利になったにもかかわらず増援が送られてこない、
それを踏まえての質問だ。
ラファエル『形成途中に大きな力を有した者が無理に抜けると、門に大きな傷をつけてしまいます』
一方『つゥとカマエル他の「四匹」はその無理を押して降りてきたってわけか』
ラファエル『はい。彼らの突破で一時完全に使用できない状態にまで損傷したようです』
一方『次に使えるよォになるのは?そォだな、カマエル達のレベルが抜けられるよォになるのはいつだ?』
ラファエルはふむ、と一泊置いて答えた。
ラファエル『人間界の時間で言いますと、早ければもう1分、遅くとも5分以内には確実に』
73: 2012/01/28(土) 02:54:53.80 ID:tLkFxn0yo
一方『……そォか』
強化と莫大な支援を受けている今の滝壺でさえ、
魔塔と学園都市、虚数学区と学園都市という二つの境界の完全隔絶で手は一杯となり、
魔塔と虚数学区間にまではさすがに手が回らない。
虚数学区上の穴は完全に閉ざされたとはいえ、
悪魔という勢力の参戦、そして諸々の事情で滝壺がテメンニグルの塔に身を置かねばならなくなった以上、
可能ならばやはり天界側の行動を封じるにこした事は無いのである。
一方通行は瞬時に今後の己の行動を練り建てていく。
まずこちらがある程度回復次第、ラファエルの案内で第二の門に向かい、
一つ目と同じようにして蓋をしてしまう。
そしてさっさとここにまた退いて来て、
充分回復して万全に整えてからあの四元徳とやらに向かう。
一方『…………』
ここで重要になってくるのは、この恩恵による回復速度だ。
カマエル達のような存在が第二の門を抜けられるようになるまで早ければ1分もないのだが。
現在の回復速度だと、1分では完全な状態にまでは届かない。
だが門を塞ぐだけならば、7割8割程度の状態で向かっても問題は無い―――と。
そのように思考を巡らせて、何気なくこの樹からの『恩恵』に意識を向けたとき。
小さくかすかに、だが確かに。
『―――』
妙な『声』が聞えた。
74: 2012/01/28(土) 02:59:20.70 ID:tLkFxn0yo
一方通行はふと顔をあげて。
一方『―――……あァ?なンか言ったか?』
すると天使は、その白亜の彫像の如き顔でもわかるほどに、
はっきりと不思議そうな表情を浮べて。
ラファエル『いえ。特に何も』
そう告げて、今度は次第に怪訝な表情に。
その顔を浮べたいのはこちらとばかりに、同じように眉を顰める一方通行。
するとその時。
『―――』
また聞えるかすかな声。
ラファエル『何か……ありましたか?』
一方通行の僅かな反応に気付いてだろう、そう問いかけてくるラファエル。
その物言いから、恐らくこの声は彼には聞えていないのであろうか、
だが一方通行には確かに聞えていた。
何を言っているのかまでは全く判別つかないも、
確実に誰かが『声』を発したのだ。
一方『……』
いや、こうしている今も『発され続けていた』。
それも複数―――大勢の声が、急流のように絶え間なく。
75: 2012/01/28(土) 03:02:54.51 ID:tLkFxn0yo
一度認識しだすと、途端にその存在対象への感覚・認識力が鋭敏化する。
こうして神の領域の力を手に入れた今はもとより、
彼の基盤となっているベクトル操作の能力自体が、もともとそんな働きを持っていたものだ。
(これもアレイスターに風に言わせれば、『力の認識』を短時間で得るにとても都合の良い性質か)
そんな『得意分野』であることもあって、彼はすぐに原因―――声の源を特定する。
一方通行ははっとしたように背を伸ばしては身をよじり、
背後すぐの樹へと半身振り返って。
そっと年季の入った皮へと手をあてがって。
一方『―――…………』
彼は己の知覚が正しかったことを確信した。
声は樹からの『恩恵』―――この身を癒す力から発せられていたのだから。
こうして源を正確に特定しても依然、何を喋っているのかはわからない、
いいや、正確に言えば『意味のある言葉を発していない』と判明した。
大勢の声はただただ喚いていたのだ。
あるものは滅茶苦茶に叫び、
あるものは何かを呪うかのようにぼそぼそと意味の無い声を連ね、
あるものは―――
一方『……』
―――泣き声のような音を。
そう、確かに意味を成した言葉は一つも無かったが。
みな一律してある系統の情感が滲んでいた。
―――物寂しげな『負の感情』である。
76: 2012/01/28(土) 03:04:30.96 ID:tLkFxn0yo
それらを聞きながら一方通行が思い出したのは、
ラファエルとの先ほどの話の中でふと悟ったあること。
あの時は、優先事項ではないためひとまず脇に置いていたが。
一方『……』
改めてその考えが今、一方通行の頭の中を占めていった。
この恩恵の癒しの力―――この声の源は――――――無数の『人間の魂』なんだと。
この時点でもはや一方通行にとっては、
この『恩恵』は『ただの癒し』としては見れなくなってしまった。
誰に向けることも無く声を発し続ける魂が、止め処なく身に浸み込んでいき。
耳を覆いたくなるくらいに、その声で内を満たしていく。
ラファエル『……あなたには聞えるのですね』
一方『―――……こィつらは……』
様々なことを脳裏を過ぎ、
思わず樹から手を離して―――立ち上がり離れようとした時、
ラファエル『―――みな亡くなっています』
彼をその場に押し留めるように、ラファエルが鋭い声を発して。
次いではっと身を引いて少し言い淀んでから静かにこう続けた。
ラファエル『どうか彼らを……せめて人界神のあなたの手のもとに………………』
深緑の天使の言葉はそこで口を閉ざし、後にはただただ沈黙を残した。
77: 2012/01/28(土) 03:07:36.02 ID:tLkFxn0yo
搾取する天の身でそこから先を言霊にする資格はないと思ったのか、
それとも最初から続ける気が無かったのかは定かではない。
だがこの天使が何をどう思い、
何を伝えたかったのはその彼の表情、佇まいで充分示されていた。
一方『………………』
一方通行は立ち上がろうとしてたその身を押し留めて。
より近くに、今度は樹と向かい合うようにして座り直し、
再びその硬い皮へと手をあてた。
確かにこのラファエルも含め、天には責任を問い、
その行いへ対して何らかのけじめをつけなければならないであろう。
だが一方通行は悟っていた。
今は天を裁く時でもなければ、それ以前に己には―――天を裁く資格も無いと。
また今更そんなことをしたところで、『彼ら』が再び日の光を浴びることはない。
ここに流れついた『彼ら』は、もう終ってしまった『物語』なのだから。
それに、と。
一方通行は『これ』を、己がやるべき一つの仕事だと認識していた。
アレイスターの言う『人間界の神』になった気などはしていない。
だがこれは力を持つ者としての―――声が聞える者としての義務だろうと。
救いを求める人間に、『生きている』か『氏んでいる』かは関係ないのだ、と。
一方『…………』
時間が許す限りのあいだ彼らを受け入れていく中、一方通行はふと思った。
もしかすると―――この中には己が殺めた者達もいるのであろうか、と。
もしかすると―――この中には一万人の同じ顔をした少女達がいるのだろうか、と。
もしかすると―――あの『彼女』もここに―――
――――――この区別の付かない大勢の中にいるのであろうか、と。
一方『…………………………………………』
流れ落ちてくる無数の声は、この身の奥底へと沈むにつれて静かに消えていった。
まるで穏やかに眠りにつくかのように。
―――
78: 2012/01/28(土) 03:09:52.89 ID:tLkFxn0yo
―――
遥か古、この塔が作られた本来の目的で使われていた時代は、
魔女の血が捧げられていたのであろう。
レディの言葉通り、『巨大な力を有した人間の血』だけでテメンニグルの塔は起動した。
激しく振動したのち、
礼典室の床全面にはめ込まれている台座がそのまませり上がっていく。
この円の台座は、実は巨大な棒状の構造物の上辺である。
上にダンテを載せたまま、光り輝く螺旋が刻まれた『芯棒』が塔の中心を貫き昇り、
途中で七つの大鐘を乗せていき―――テメンニグルの塔の最上部へと到達する。
ダンテ「………………Humm」
案の定といったところか。
最上部には竜の姿は無かった。
もちろんそれでも問題は無い、この塔の機能で奴のもとへと向かうだけである。
虚数学区のものか、それとも学園都市のものか、
はたまたかつての日のものを忠実に再現しているのか。
吹き抜ける冷たい虚風にコートをなびかせながら、
ダンテはぶらりと端に歩き進んでいった。
79: 2012/01/28(土) 03:11:12.97 ID:tLkFxn0yo
ダンテ「…………中々の眺めだな」
闇夜に広がる街並み。
虚空から出現し雪崩落ちる悪魔達、そして―――戦う天使達と人間達。
そんな複数の界層を見渡せる眺望に、ダンテは小さく笑いながら呟いた。
遥か下からは、この起動によって、
崩れた塔の外殻が地面に激突する音が響いてきていた。
そうやって彼がしばらくその轟音に耳を傾け、
巻き添えになった人間がいないかどうか確認していると。
ルドラ『まずはどうするのだ?バージルのもとへ向かうのか?』
ダンテ「まあな。だがその前にもう『一仕事』ある」
ダンテは背の魔剣の柄を後頭部で、軽く小突いて声を返した。
するとその時、まるで示し合わせていたかのように―――『白虎』が塔の外壁を駆け上がってきて。
大きく跳ね飛び、ダンテの後方へと軽々と降り立った。
そしてその白銀の光を纏う虎の背から―――
禁書「―――ダンテ!」
―――小さな魔女が彼の名を。
ダンテ「よう―――お嬢ちゃん。お急ぎだな」
80: 2012/01/28(土) 03:12:59.61 ID:tLkFxn0yo
普段の調子のダンテを認めると、
インデックスはひらりと虎の背から降りては、一度大きく深呼吸し。
禁書「あの……一つお願いがあるんだよ」
緊張でもしているのか少し言い淀んだものの、
確かな声でそう単刀直入に話を切り出してきた。
対して不敵な笑みを浮べたまま、小さく喉を鳴らして先を促すダンテ。
彼女はそこでまた意を決するように深呼吸して、今度は言い淀む事も無くはっきりと声を放った。
禁書「私と魔女の契約を!とうまを引っ張り出すのにあなたの力が必要なの!」
するとダンテは一拍おいたのち可笑しそうに鼻で笑うと、
彼の反応に少し驚いた彼女に向けてこう返した。
ダンテ「そこまで気張らなくても良いぜ―――お嬢ちゃんの『依頼』は生きてるんだからな」
禁書「―――ほ、ほんとっ?!」
ダンテ「で、契約を結ぶには何をすれば良い? ちなみにお嬢ちゃんの年頃は趣味じゃねえから、
ナニをするようなのはお断りしたいけどな」
禁書「ち、違うんだよ!そそそそんなことはしなくてもいいから―――っ!」
緊張感の無い思わぬダンテの返しに戸惑い顔を赤くしながらも、
彼女はその場で瞬時に術式を組み上げたのか。
魔方陣をいくつも腕輪のように出現させて、その左手を差し出してきた。
禁書「……あ、握手だけで充分なんだよ」
81: 2012/01/28(土) 03:14:53.95 ID:tLkFxn0yo
ダンテ「へえ、なるほど、身を捧げるのは一人だけか。貞節なのは良いことだ」
禁書「―――!」
そうお気楽に茶化しながら、
言葉に成らない抗議の表情を浮べているインデックスの手をダンテが掴むと。
ぱきりと乾いた音が響き、魔方陣が少し動いたのちに姿を消した。
どうやら契約が完了したのだ。
その証拠に―――
禁書「―――ッ……だ、ダンテ……」
恐らく頭の中を垣間見たのだろう、インデックスが表情を一変させていたのだから。
ダンテがこの争乱をどんな視点で見、何を考えているのか。
それを知った小さな魔女は大きく目を見開いて、唖然とした面持ちでダンテを見上げていた。
対して彼は普段どおりの調子で笑い。
ダンテ「心配するな。坊やの銃はちゃんと届けるさ」
そうこれまた軽薄な調子で口にして、
彼女の横をすれ違ってはこの最上層の中心点へと向かって歩んでいく。
そんな彼に向け、少女は思わず口を開きかけたも。
ダンテ「早く行きな―――『インデックス』」
その背中を見てインデックスはぎゅっと口を閉じ。
そして何も言わずに白虎の背に飛び乗ると、そのまま塔の端から飛び降りていった。
ダンテ「…………」
ダンテは顔色一つ変えぬまま黙って聞いていた。
柱に吊り下げられた七つの大鐘が奏でる、けたたましい不協和音を。
―――
82: 2012/01/28(土) 03:16:35.57 ID:tLkFxn0yo
―――
土御門「……なるほど」
ステイル『いけると思うか?』
土御門「どちらにせよそれしか方法が無いんだろう。だったらコレでいくしかない」
到着早々、いや、厳密には結標の能力で一足先に到着した土御門は、
(ちょうど今この瞬間に、機体は滑走路上で減速している最中であろう)
窓のないビルそばの本陣にてステイルと話を合わせていた。
例の計画―――滝壺をテメンニグルの塔に設置する件についてだ。
土御門「滝壺。しっかり頼むぞ」
彼の隣で、口をしっかりと結びながら頷き返す滝壺。
土御門に同行してきたのは彼女とその護衛チームである。
結標はある程度部隊の展開が完了次第、佐天を連れてここに来て、
人員の配置をステイルと決める予定だ。
土御門「……なるほど」
ステイル『いけると思うか?』
土御門「どちらにせよそれしか方法が無いんだろう。だったらコレでいくしかない」
到着早々、いや、厳密には結標の能力で一足先に到着した土御門は、
(ちょうど今この瞬間に、機体は滑走路上で減速している最中であろう)
窓のないビルそばの本陣にてステイルと話を合わせていた。
例の計画―――滝壺をテメンニグルの塔に設置する件についてだ。
土御門「滝壺。しっかり頼むぞ」
彼の隣で、口をしっかりと結びながら頷き返す滝壺。
土御門に同行してきたのは彼女とその護衛チームである。
結標はある程度部隊の展開が完了次第、佐天を連れてここに来て、
人員の配置をステイルと決める予定だ。
83: 2012/01/28(土) 03:17:36.57 ID:tLkFxn0yo
土御門「―――よし。じゃあ早速行くか。滝壺、準備してくれ」
ぱん、と手を叩いた土御門は、そうして少し離れた路上に向かい、
待機していた滝壺の護衛チームも呼び。
その彼の隣に滝壺が並び立ち、一同は魔塔突入の位置についた。
ちなみに彼女の背後には浜面と絹旗が立っていた。
ステイル『向こうでは五和が待機してる。彼女と合流して、防御に適した場に向かってくれ』
土御門「OK」
ステイル『神裂と建宮隊をすぐに向かわせるし、可能ならば騎士隊長とアニェーゼの隊もだ』
そして最終確認を済ませて。
土御門「頼むぜぃ。戦力は多ければ多いほど良い。気付かれたら激戦必須だからな―――」
ステイル『―――ああ。天に気付かれないことを祈るばかりだ』
滝壺「みんないい? じゃあ上にあがるよ」
滝壺のその言葉の直後、
彼らの姿はすうっと背景に消えて無くなっていった。
魔塔の界域に昇ったのだ。
そうして土御門たちが消え去った後、
ステイルはふと闇夜の空を見上げて。
ステイル『頼むぞ…………気付かれないでくれ』
『祈る』ように呟いた。
84: 2012/01/28(土) 03:20:34.63 ID:tLkFxn0yo
―――だが。
その祈りは届くことは無かった。
『竜』は『全て』を見ていたのだから。
『竜』にとっては、この展開は―――『面白い』ものではなかった。
ただその一方で、少しばかり刺激を与えるだけで一気に『面白くなる』とも。
そうして状況は、、ステイル達にとって最悪の方向へと転がっていく。
『竜』は協力者である四元徳に何もかもの情報を流したのだ。
滝壺という能力者が界域の隔離断絶を行っており―――その彼女がテメンニグルの塔にいると。
また彼女の能力は、打ち止めと言う幼い少女がいるからこそ成り立っているとも。
これが学園都市を守る人間側の『二つの弱点』であると。
このどちらかを排除してしまえば、一瞬にして虚数学区は崩壊するのだと。
そうして四元徳の命により、
第二の門がまたしても激しく損傷するのも厭わずに。
フォルティトゥード『我らが主神ジュベレウスの名の下に命じる。ゆけい―――』
セフィロトを守護する天使達の中でも特に強き―――『元人間』の戦士達が下界に放たれた。
フォルティトゥード『―――メタトロン。サンダルフォン』
―――彼女達を排除するために。
―――
100: 2012/01/31(火) 01:35:10.72 ID:e2mIhRIoo
―――
宙空から怒涛のごとく流れ落ちてくる大量の悪魔、
この突然の介入によって虚数学区上の戦いの様相は一変していた。
ちょうどその時の状況は五対四、名だたる天の一柱が欠けたことで形勢が人間側に傾き、
キャーリサ達がここぞとばかりに攻勢に出ようとしていたところだったのだが。
キャーリサ『―――邪魔くっせーなこの野郎共!!』
その攻勢転換も頓挫してしまった。
下等悪魔であれば、どれだけ数がいようと今のキャーリサ達にとっては直接的な敵ではないも、
きわめて厄介な障害物であることは変わりない。
群がってくる一団を一纏めに葬り去ることは出来るが、
そのたびに刃やら拳を振るわなければならず、
必然的に守勢に回ったカマエルら四柱への追い込みが手薄になるのだ。
天使達もまた雑魚の群れを薙ぎ払いながら、
一方で追うキャーリサ達とは対照的に、距離を開けようと下がって行く。
キャーリサ『チッ!来いよ!根性ねー連中だな!―――追え!!』
シェリー『―――はッ!』
キャーリサが一振りから放たれた光筋が、
モーセのように正面の悪魔の群れを割り裂き、その中へとすかさず飛び込むシェリー。
彼女が猛烈な勢いで目指すは、後退する天使達の殿であるハニエルだ。
宙空から怒涛のごとく流れ落ちてくる大量の悪魔、
この突然の介入によって虚数学区上の戦いの様相は一変していた。
ちょうどその時の状況は五対四、名だたる天の一柱が欠けたことで形勢が人間側に傾き、
キャーリサ達がここぞとばかりに攻勢に出ようとしていたところだったのだが。
キャーリサ『―――邪魔くっせーなこの野郎共!!』
その攻勢転換も頓挫してしまった。
下等悪魔であれば、どれだけ数がいようと今のキャーリサ達にとっては直接的な敵ではないも、
きわめて厄介な障害物であることは変わりない。
群がってくる一団を一纏めに葬り去ることは出来るが、
そのたびに刃やら拳を振るわなければならず、
必然的に守勢に回ったカマエルら四柱への追い込みが手薄になるのだ。
天使達もまた雑魚の群れを薙ぎ払いながら、
一方で追うキャーリサ達とは対照的に、距離を開けようと下がって行く。
キャーリサ『チッ!来いよ!根性ねー連中だな!―――追え!!』
シェリー『―――はッ!』
キャーリサが一振りから放たれた光筋が、
モーセのように正面の悪魔の群れを割り裂き、その中へとすかさず飛び込むシェリー。
彼女が猛烈な勢いで目指すは、後退する天使達の殿であるハニエルだ。
101: 2012/01/31(火) 01:38:27.35 ID:e2mIhRIoo
すかさず魔像の右腕に、
タルタルシアンの躯から得た力を集束させていくシェリー。
そうして勢いそのまま半ば体当たりぎみに、
背丈ほどの大槌を持った小柄な天使へ向けて拳を叩き込む。
シェリー『―――』
だが直後、拳の先に走った感触は明らかに防がれたものだった。
混沌とした戦場の中で迸る強烈な衝撃―――その向こうに彼女が捉えたのは、
こちらの渾身の一撃を―――その『細腕』の肘で受け止めていた小柄な天使だった。
本当にその体躯はアニェーゼよりも数センチ背が高いかという程度、
手足も華奢で、纏っている装具類もこじんまりしたもの。
だがそんな見かけでも、正真正銘の神の領域の存在。
所詮『大悪魔もどき』の魔像が放つ拳などものともしない、
とてつもない腕力と頑強度を誇っていた。
小柄な天使はそのまま受け止めているどころか、
一拍置いては、肘を伸ばす形でシェリーの巨腕を押し弾き。
シェリー『―――チッ!』
魔像もろとも彼女を後方に押し下げたのだ。
両者の間に生じた距離は10m程度か、
瞬間、シェリーは周辺にまた群がってきている悪魔達の存在を認識した。
となれば、ハニエルはまたこのどさくさに紛れて更に距離を開ける―――と、
彼女はこの天使の次の行動をそう判断しかけたが。
周囲の状況を認識した中でふと悟った。
ハニエルが次にとる行動はその『逆』だと。
102: 2012/01/31(火) 01:40:25.71 ID:e2mIhRIoo
もしシェリーが逆の立場だったのならば、彼女だってそうした。
彼女は今、己は一瞬の『仲間との連携から外れてしまった間』にいると気付いたのだ。
シェリーの背後には風斬が追って来ていたもまだまだ距離があり、
ハニエルにしてみれば軽く四回は大槌を打ち合わせられる余裕がある。
そして『五対四』であれば守勢なだけで―――『一対一』ならば。
ましてや敵が自身よりも明らかに『弱い』のならば、
この小柄な天使が攻勢に出るのは当然だった。
シェリー『―――ッ』
だん、とその細足に似合わぬ地響きを轟かせ、
一気に前へと踏み出してくるハニエル。
振り上げられた、同じく細いもう片腕には―――天に仇名す存在を容赦なく叩き潰す大槌。
ここで迷わずシェリーは判断した―――退くことを。
直後。
魔像が一瞬前までいた空間を、天の大槌が突き抜け、
既に瓦礫の更地となっていた大地を更に叩き沈めた。
咄嗟に後方に跳ね、この強烈な一撃を回避したシェリー、
だが彼女には息を吐き出す間も与えられはしない。
ハニエルは振り下ろしたのも束の間、
その衝撃が周囲空間に伝わっていくよりも速く―――
―――大槌を軽くあげ、そのまま『突き』攻撃を放ってきたのだ。
103: 2012/01/31(火) 01:43:33.83 ID:e2mIhRIoo
回避行動に移る猶予は無かった。
いや、そう言うとやや語弊があるか。
ハニエルの攻勢はパワフルで凄まじかったものの、
一方でシェリーもここである種の『しぶとい強さ』を発揮したのだ。
天使の大槌の突きを、彼女は交差させた巨腕で真っ向から受け。
そうする一方で足は踏ん張りはせず、逆に後方へ踏み切る。
シェリーはその強烈な突きの衝撃を利用して、後方に一気に跳んだのだ。
当然ハニエルは、間合いから離脱した相手を一瞬追おうとするも。
そこでようやくシェリーに風斬が追いついたのを認め、
この小柄な天使もまた的確な判断でさっと身を退いていった。
風斬『大丈夫ですか―――?』
シェリー『問題ないわ』
直で大槌を受けた魔像の右腕が、
もう一つ関節を増やしたようにひん曲がってはいたも、この程度はすぐに修復できる。
盾の様に前に立つ風斬の背後にて、彼女は即座にその腕を修復し、
そうしてまた悪魔を掻き分けながらの追い込みを再開。
風斬『―――少し状況が変わりました』
しようとしたのだがどうやら、
この風斬の様子や声によると天使の追い込みは一先ず中断か。
104: 2012/01/31(火) 01:44:50.18 ID:e2mIhRIoo
これ以上どう変わるのか、また変わったのか。
風斬の物言いからして手放しで喜べる方向ではないのは確かか。
シェリー『何があったの?』
彼女は半ば辟易としながらも問うが、
人工天使は彼女に背を向け真っ直ぐ正面を見据えたまま何も言わなかった。
そして代わりに返って来たのは。
ステイル『天界魔術による通信と、天使がいる界域での口頭の情報伝達は控えてくれ―――』
魔界魔術による意識内へのステイルの声。
そうまず前置きすると、彼は簡潔に状況説明の言葉を並べていった。
風斬とアグニは、その様子からすでにそれぞれの情報網で事情を知ったのだろう。
一方、魔界魔術を使用できないキャーリサとヴェントは、
今ここでは詳細を知る術がないか。
シェリーの傍に降り立った彼女達は、
人工天使・大悪魔とは対照的にやや腑に落ちないという表情を浮べていた。
おおかた風斬に後で説明するとでも言われたのだろうか。
105: 2012/01/31(火) 01:46:45.40 ID:e2mIhRIoo
ステイル『―――というわけでね。危険な賭けだが、これしか選択が無い』
シェリー『…………』
一通り素早く聞いたシェリーは、同意を篭めて沈黙を返した。
彼の言う通り極めて危険ではあるも、残念ながら今ところこれが最良の策だ。
―――と、彼女が心の中で頷いたちょうどその時。
この危険な『最良』の策が、『最悪』をも兼ね備えてしまった。
新しい局面になったと思ったのも束の間、状況はまた一転。
目まぐるしく変わっていく。
まず反応を示したのは―――風斬。
はっとしたように彼女は顔を上げ、ある一点をじっと見つめ始めた。
この虚数学区と一心同体とも言える風斬は、即座に『体内』に侵入してきた異物を検知したのだ。
そうして打ち止め、海原と介して。
ステイル『―――待て……ちょっと待て……これは―――』
ステイルにまで通じ。
そこでキャーリサが怪訝な表情を浮べながら、風斬と同じ先を見据えて。
キャーリサ『ちッ……援軍、か―――メタトロンとサンダルフォンだ。奴らはヤバイらしーぞ』
カーテナから情報を受け取り、
その侵入してきた『異物』の正体を口にした。
106: 2012/01/31(火) 01:48:57.36 ID:e2mIhRIoo
シェリー『…………』
その数秒間の内にシェリーは、
魔界魔術の回線先から漂ってくる空気がみるみる凍り付いていくのを感じ取った。
そして高校制服姿に光剣・翼と頭上の輪という妙な格好の風斬、
その後姿からも同じ色が滲む。
風斬『―――「残念」ながら…………例の件は口にしてもいい状況になってしまったみたいです』
ヴェント『何があった?結局ここで説明できるのか?』
シェリー『いいえ―――まずはテメンニグルの塔に向かってからだ』
そうして一気に飛翔した風斬に続きヴェントも飛びあがり、
魔像は豪快に地を駆け抜けていき。
品などお構い無しに悪態付いて舌を鳴らすキャーリサ、
状況がどうなろうが変わらず「ぬん」と頼もしく覇気を放つアグニもまた続いた。
タイミング同じくして、彼らと併走するように四つの光体―――カマエル達もまた、
悪魔の群れを吹き飛ばしながら魔塔へと突き進んでいた。
そして両組が目指す魔塔、その遥か高空からは―――二つの光体が降下しつつあった。
―――
107: 2012/01/31(火) 01:50:38.26 ID:e2mIhRIoo
―――
ステイル『―――ッ』
これに見合う悪態など、少なくとも彼は知らなかった。
代わりに口角端から漏れ出すのは焔。
言葉に変換できなかった衝撃と憤りを熱として吐きながらも、
彼は必氏に激情を抑えて思考を巡らせて行く。
滝壺が魔塔に入った直後のこの更なる天使の侵入。
キャーリサの言によると正体はかのメタトロンとサンダルフォン。
その進路は真っ直ぐテメンニグルの塔。
そして他四柱も守勢から一転、皆この魔塔へ進路変更。
物的証拠はない―――だが状況証拠で明白だった。
『そう』としか思えない。
原因はわからぬも―――滝壺の存在が瞬時に知られてしまったのだ。
ステイル『―――海原ァ!隔離完了までの時間は?!』
内では神裂に声を飛ばしつつ、
彼は声を張り上げて、ビル内にいる海原へと問うた。
滝壺の作業が完了するまでの時間は、と。
完全隔離が完了さえすれば、全ての主要戦力を彼女の防御に集中できるのだ。
ステイル『―――ッ』
これに見合う悪態など、少なくとも彼は知らなかった。
代わりに口角端から漏れ出すのは焔。
言葉に変換できなかった衝撃と憤りを熱として吐きながらも、
彼は必氏に激情を抑えて思考を巡らせて行く。
滝壺が魔塔に入った直後のこの更なる天使の侵入。
キャーリサの言によると正体はかのメタトロンとサンダルフォン。
その進路は真っ直ぐテメンニグルの塔。
そして他四柱も守勢から一転、皆この魔塔へ進路変更。
物的証拠はない―――だが状況証拠で明白だった。
『そう』としか思えない。
原因はわからぬも―――滝壺の存在が瞬時に知られてしまったのだ。
ステイル『―――海原ァ!隔離完了までの時間は?!』
内では神裂に声を飛ばしつつ、
彼は声を張り上げて、ビル内にいる海原へと問うた。
滝壺の作業が完了するまでの時間は、と。
完全隔離が完了さえすれば、全ての主要戦力を彼女の防御に集中できるのだ。
108: 2012/01/31(火) 01:51:41.86 ID:e2mIhRIoo
海原『―――約2分です!!』
そこで返って来た答えは―――2分。
人間的感覚ならばごく短時間、
だが異界の神域の者達にすれば―――目的を成し得るに十分過ぎる時間。
そして守る側からすればさながら永遠の如き時間。
まさしく学園都市の命運が決定付けられる―――『魔の二分間』。
ステイル『―――ッ』
とその時。
ここで『あるもの』を目にして、ステイルの思考はついに一瞬停止してしまった。
それは立体地図上に出現したあるもの。
滝壺の侵入によって描写されつつあったテメンニグルの塔の界域、
その魔塔の『頂点』辺りに表示された―――
―――『Index Librorum Prohibitorum』という文字が振られていた光点。
海原『―――「禁書目録」が―――!!』
同じく気付いたのであろう、海原の張り上げられた声が聞えた時。
魔塔から降下中の『彼女』は、今にも別の『光点』に接触する寸前であった。
魔塔の真上から猛烈な勢いで降下してきていた内の一つ、
天使であることを示す白い輝きの―――『Sandalphon』と振られていた光点に。
そして刹那。
ステイルの意識内が文字通り真っ白にまっていたその瞬間。
『―――小僧はそこにいろ。「我ら」が向かう』
そんな彼を安心させるかのように確かに、
強く猛烈な『熱』を帯びた『父』の声が響いてきた。
―――
115: 2012/01/31(火) 23:20:09.97 ID:LAoSMBcIo
―――
こればかりは不運だとしか言い様が無かった。
ダンテと契約を終えて、魔塔の頂点から飛び降り。
移動用のための魔方陣を出現させようとしていたその時―――彼女は気付いた。
真上、彼女からすれば『真後ろ』か。
はっと振り返ると―――僅か15mの宙に『彼』がいた。
一見するとその姿は、
古代地中海風のフルフェイスの兜に胴鎧を纏った人間にも見えた。
装具・衣の隙間から覗く肌が完全に人のものなのだ。
だが翼と光を灯す瞳、そして―――
禁書『―――ッ』
―――纏う力は、領域も質も人のものではなかった。
インデックスの『目』にはその目に見える姿以上の情報が見えていた。
その力は紛れも無く神の領域。
大悪魔に並べれば上位の存在に比する領域か。
更にそれだけではない。
彼が振り上げ引いている腕、そして両足には―――妙な力の塊が『絡まっていた』。
それも尋常ではない、
この強大な『天使』にとっても―――不釣合いではないかという位にまで莫大な。
こればかりは不運だとしか言い様が無かった。
ダンテと契約を終えて、魔塔の頂点から飛び降り。
移動用のための魔方陣を出現させようとしていたその時―――彼女は気付いた。
真上、彼女からすれば『真後ろ』か。
はっと振り返ると―――僅か15mの宙に『彼』がいた。
一見するとその姿は、
古代地中海風のフルフェイスの兜に胴鎧を纏った人間にも見えた。
装具・衣の隙間から覗く肌が完全に人のものなのだ。
だが翼と光を灯す瞳、そして―――
禁書『―――ッ』
―――纏う力は、領域も質も人のものではなかった。
インデックスの『目』にはその目に見える姿以上の情報が見えていた。
その力は紛れも無く神の領域。
大悪魔に並べれば上位の存在に比する領域か。
更にそれだけではない。
彼が振り上げ引いている腕、そして両足には―――妙な力の塊が『絡まっていた』。
それも尋常ではない、
この強大な『天使』にとっても―――不釣合いではないかという位にまで莫大な。
116: 2012/01/31(火) 23:22:31.26 ID:LAoSMBcIo
彼女の『目』はそれをはっきりと捉え、
今や封切られているアンブラの知識がそこを完璧に『説明』する。
この天使の名は―――サンダルフォン。
一般的にこの存在が語られる際は、兄弟とされてるメタトロンと同じく、
そのきわめて桁外れの『体の大きさ』が良く述べられる。
この通り肉体はやや大柄な成人男性程度ではあるも、
実はその伝承はあながち間違ってもいない。
『彼の体』が『とてつもなく巨大』という表現は、不完全な言い伝えが形を変えた比喩である。
その本当の正体は、彼と彼の兄にだけ許されたある『特権』。
彼女が今目にしている―――このサンダルフォンの手足に纏わりついていた力だ。
体がとてつもなく巨大、そう表現されてしまうのも不思議ではない。
この天使の身には―――『天界の一部』が『乗っている』のだから。
その『天の質量』が負荷された拳が、
偶然遭遇した宿敵の生き残り―――アンブラの小さな魔女に振り下ろされようとしていた。
117: 2012/01/31(火) 23:25:16.30 ID:LAoSMBcIo
OLPRT
禁書『―――「光を」!』
刹那、彼女はそうエノク語で唱えた。
するとそのすぐ脇に巨大な魔方陣が浮かび上がり。
出現するのは銀髪に巻かれた―――契約したばかりのベオウルフの巨腕。
それが光の中から猛烈な勢いで飛び出で、上空からのサンダルフォンと衝突。
金と銀の閃光が溢れ、強烈な光の爆轟が空間を歪めた。
あまりの衝撃に、
スフィンクスごと一気に党側へと吹き飛ばされていくインデックス。
ただ、あわや叩きつけられるかという勢いではあったが、
白虎の見事な姿勢制御で彼女達は塔の一部へと降り立った。
そこは崩れ割れた外殻の一画。
爪を立てて制動するスフィンクスの背の上にて、
まだ止まりきる前から彼女は例の天使の方を見上げた。
すると例の天使―――サンダルフォンは、翼を広げて彼女を真っ直ぐに見下ろしていた。
探りの一撃を叩き込んでの今は分析中であろうか。
その姿には、ベオウルフの拳と激突したにも関わらず消耗した形跡は微塵も無く。
禁書『―――ッはぁっ……はぁっ……』
対してインデックスは早くも息が上がっていた。
118: 2012/01/31(火) 23:26:27.92 ID:LAoSMBcIo
力を取り戻しているベオウルフは今や大悪魔の中でも上位存在、
本来ならば、アンブラでも歴戦の最高位の幹部達でもないと個別契約できない相手。
そんな存在を実体召喚させるなど、
たったの一度きりで腕だけであってもインデックスの身には荷が重過ぎたのだ。
アンブラの魔女は、そもそも魔獣は『体』で召喚することを大前提にしている。
その方が直感的におこなえるために簡単、かつ精神への負荷がきわめて少ないからだ。
だがインデックスはそれが『できない』。
ベースとなった『妹』はそれら魔女の戦闘修練を受けてはいないため、
どうしても『頭』で全ての作業をやるしかない。
扱える力は多くとも、彼女自身の技術・力量が伴っていなかったのである。
しかも―――その命削る思いで放った今の一撃も効果は薄い。
いいや、それどころか彼女はあの瞬間、
はっきりと見てしまった。
振り下ろされたサンダルフォンの拳と激突する際、
ベオウルフの巨腕が―――歪に曲がるのを。
ただでさえ今のベオウルフと同格程度の身の上に『天の質量』のブースト。
そんなサンダルフォンの圧倒的な一撃は、その魔獣の拳を真っ向から砕いていたのだった。
119: 2012/01/31(火) 23:28:37.55 ID:LAoSMBcIo
禁書『(―――戦ってはいけない!)』
まともに相手をできる存在ではない。
それは明白だった。
選択肢は一つ、移動用の魔方陣を組み離脱するのみだ。
彼女のサンダルフォンの認識が流れ込んだのか、
それとも彼が自身の本能でこの相手の脅威を悟ったのか、
ぞわりと毛が逆立つスフィンクス。
その跨る背をインデックスは叩くと。
禁書『(いくよ―――!)』
迷わずすぐに魔方陣の起動に取りかかった。
そして案の定、その様子を一目見ては、真っ直ぐに宙を切り裂いてくるサンダルフォン。
こうなることを彼女はわかっていた。
到底『足』で逃げれるような相手じゃないのは明らかであったため、
最初から魔方陣による離脱を敢行したのだ。
それしか選択肢が無かったのである。
そう、どちらが速いかもまた―――予想が付いていたとしても。
ただし、サンダルフォンの突進か彼女の離脱か、
どちらが速かったかの結果は明確に示されなかった。
その瞬間―――『二体』の大悪魔がその場に乱入してきたからだ。
まずインデックスの盾となるように降り立ったのは―――炎の魔人、イフリート。
そして魔人の出現に、一瞬驚きの色を浮べかけた天使を―――横っ腹から蹴り飛ばす―――ベオウルフ。
120: 2012/01/31(火) 23:33:20.64 ID:LAoSMBcIo
先のお返しとばかりの不意の強烈な一撃によって、
サンダルフォンは遥か先へと吹っ飛ばされていった。
この界域にも溢れている『悪魔の雲』を貫き、遥か見えなくなってしまうまで。
禁書『―――ベオウルフ!』
『一蹴り』終えて、上の外殻にしがみ付いたベオウルフ。
やはり先の召喚の際か、その右腕の先が歪にひしゃげていた。
だが当の魔獣は特に気にしている風も無く、
右腕に注がれるインデックスの視線を目障りだとばかりに喉を鳴らした。
イフリート『ここは「我」に任せろ』
天使が吹っ飛んでいった方向を見据えながらそう告げる炎の魔人。
禁書『―――……』
インデックスはこれは自らに放たれた言葉だと思ったが、
直後にベオウルフの反応を見てそれが違っていたことを知った。
魔獣は意味深に鼻を鳴らしていた。
どことなく嘲笑しているかのような、皮肉めいたものだ。
イフリート『―――何をしておる。さっさとゆけ』
そんなベオウルフに対し、炎の魔人は今度は一際強い声を発して、
今度こそ上にしがみ付いている魔獣へと視線を向けた。
すると魔獣は一転、嘲笑染みた色を潜めて。
インデックスの傍へ地響きを轟かせて降り立つと、
今度は厳かな空気を纏い―――ひと声、短く強く咆哮した。
その一連の意味深なやり取りは、
インデックスの目には、あたかも―――『仲間』へ声を手向けているかのようにも見えた。
だがその真意を確認する暇は、彼女には無かった。
魔獣はすぐに彼女の方に振り向き、魔方陣を起動させるよう促してきたのだ。
禁書『う、うん……』
そうしてこの魔獣と共に光の中に沈んでいく間、彼女は炎の魔人の背をずっと見つめていた。
ちなみにこのイフリートの背こそ、
インデックス・ベオウルフの両者が見た彼―――この炎の魔人の最後の姿だった。
―――
121: 2012/01/31(火) 23:34:55.31 ID:LAoSMBcIo
―――
テメンニグルの塔。
門前の広間に到達した土御門達を出迎えたのは、
蒼い魔馬に跨った五和だった。
その出迎えに滝壺や、絹旗や浜面といった彼女の護衛チームは目を丸くし、
五和を知っている土御門はそれ以上に驚きの色を浮べてしまう。
神裂と共に五和も実は生きていた、とつい数十秒前に聞いたばかりな上、
そんな五和が乗っている魔馬は、慈母の知覚を通すとどう見ても大悪魔。
誰がこんな五和の姿を予想できたであろうか。
あのヴァチカンの一件以来一体何があったのか、もう詳しく聞く気にはならなかった。
状況がここまで切迫していなくとも、
事情を聞くことはもう諦めてしまっていたはずだ。
同じく『細かいこと』は何も言わず、
魔馬をいななかせながら門扉を蹴り開ける五和。
五和「―――こちらに!」
皮肉と呆れ混じりの笑みを浮べながら土御門は、
その五和の横を通る形で、滝壺達を連れて門の中へと進んでいった。
テメンニグルの塔。
門前の広間に到達した土御門達を出迎えたのは、
蒼い魔馬に跨った五和だった。
その出迎えに滝壺や、絹旗や浜面といった彼女の護衛チームは目を丸くし、
五和を知っている土御門はそれ以上に驚きの色を浮べてしまう。
神裂と共に五和も実は生きていた、とつい数十秒前に聞いたばかりな上、
そんな五和が乗っている魔馬は、慈母の知覚を通すとどう見ても大悪魔。
誰がこんな五和の姿を予想できたであろうか。
あのヴァチカンの一件以来一体何があったのか、もう詳しく聞く気にはならなかった。
状況がここまで切迫していなくとも、
事情を聞くことはもう諦めてしまっていたはずだ。
同じく『細かいこと』は何も言わず、
魔馬をいななかせながら門扉を蹴り開ける五和。
五和「―――こちらに!」
皮肉と呆れ混じりの笑みを浮べながら土御門は、
その五和の横を通る形で、滝壺達を連れて門の中へと進んでいった。
122: 2012/01/31(火) 23:36:26.81 ID:LAoSMBcIo
門の先は、巨大な吹き抜けの広間だった『はず』であろう。
『はず』というのも今、この広間の中央を巨大な柱が聳えていたからだ。
直径数十メートルはあろう円柱には、らせん状に溝が刻まれており、
その隙間から不気味に胎動する光。
どうやらこの円柱は、つい今しがたにでも床を突き破って上に伸び上がったのだろう。
割れて久しそうな塵が周囲を舞っており、瓦礫もあちこちに散らばっていた。
そうやってほぼ習慣的に周囲空間を観察する傍ら、
土御門は確認の意を篭めて滝壺の名を呼んだ。
すると彼女はこくりと頷き。
滝壺「もうはじめてるよ。隔離完了まであと2分くらいかな」
土御門「2分か。五和、安全な場所まで誘導してくれ」
五和「はい。それと一つ言っておきますが、完全に安全な場所はここにはないと思います。どこからでも悪魔が湧き出しますので」
それは把握していると土御門が頷き返すと、
五和を乗せた魔馬が門のところから一っ跳び。
五和「ではこちらへ!」
一階上の回廊に飛び乗り、槍を大きく振ってついて来るよう促した。
それを見て、土御門が首を軽く傾げる風に指示を飛ばすと、
まず絹旗が滝壺を抱き抱え、もう片手で浜面のベルトを乱暴に掴み、
五和の傍へと向けて跳躍。
そうして他の能力者たちも後に続いていった。
だが。
土御門「―――……」
当の土御門だけはその場から動かなかったが。
123: 2012/01/31(火) 23:38:22.79 ID:LAoSMBcIo
その時、慈母が残し与えてくれた知覚と力が『あるもの』の接近を捉えたのだ。
この塔内や周囲に蠢く無数の下等悪魔共ではない。
次元が違う、桁違いの存在が―――『二つ』。
紛れも無い、上位の大悪魔級の力を有したもの。
土御門「―――……」
彼は身を強張らせた。
五和「―――土御門さん!大丈夫です!」
一方、彼の警戒へと向けられた五和の声は、
明らかにこの『あるもの』の正体を知っている風であったが、
土御門がここでそれを問う必要は無かった。
『相手』がちょうど今、門扉の片側を押し開けつつあったのだから。
土御門「―――はっははっ」
ここでまた、彼は驚きと呆れ混じりの笑みを浮べてしまった。
五和と同じく生きていたとは聞いていたが、これまた同じく―――
神裂『―――土御門』
いや、五和以上に―――神裂火織は変貌していた。
124: 2012/01/31(火) 23:40:32.74 ID:LAoSMBcIo
その外見は何ら変わらない、
以前の神裂火織のままであったが、その魂と力の質と規模が豹変していた。
土御門の知っていた神裂は『半天使』だったのだが、
今目の前にいる彼女は『完全な悪魔』だった。
声のエコー、瞳に仄かにゆらめく赤い輝き、
身から発する強烈な威圧感、どこからどう感じ取っても悪魔。
それも正真正銘の大悪魔だ。
建宮「―――い、五和!!五和か?!何だそりゃ、う、馬か?!馬に乗ってる?!」
五和「建宮さん!!!皆さんもご無事で!!」
神裂の後ろに続いていた天草式と上階の五和の再会、
その飛び交う声に挟まれる中、
土御門「はっ……はっはっ、ねーちん一体こりゃぁ……まあ色々あったようだな」
神裂『ええ。土御門、あなたも』
この二人の間で交わされた声は対照的に静かなものだった。
そして再会の言葉はそれだけ、あとは互いに頷くと。
神裂『建宮、五和と共に彼女の護衛を』
建宮「―――了解なのよな!」
神裂『では土御門、あなたも』
土御門「………………」
125: 2012/01/31(火) 23:42:06.00 ID:LAoSMBcIo
土御門はそこで神裂の顔を見つめた。
どこからどう観察しても、五和達に同行するつもりが見受けられないその表情を。
土御門「やっぱり『アレ』は、『こちら側』じゃないんだな?」
そう、土御門がさきほど検知した桁違いの存在は『二つ』だ。
一つはこの『神裂』という頼もしい味方あったが、もう一つはどうやら―――
神裂『―――アレは、あなた達ではどうにもなりません』
その時だった。
建宮隊の最後尾の者によって扉が閉ざされた直後。
その向こうから強烈な『地響き』が伝わってきた。
この塔、そして界域全体を揺るがすほどの。
さながら『空』がそのまま落下してきたかのような『大質量』の衝撃だ。
土御門「―――……」
そして今度こそ土御門は、この扉一枚隔てられた空間に『降り立った存在』、
その力の片鱗を確かに感じ取った。
五和が跨っている魔馬であろうと、この存在には到底勝ち目がないように思われるか。
本領の片鱗どころかその姿すらまだ目にしてはいないものの、
それでもこうして近くにいるだけで明らかになってしまうほどの―――強大な『天使』だ。
神裂が同じ調子で再び口にした。
神裂『―――あなたではどうにもなりません』
真っ直ぐ門扉の方へと向いて。
126: 2012/01/31(火) 23:43:11.49 ID:LAoSMBcIo
―――土御門達が五和に誘導されて進んで行ったのち。
神裂は一人、一度大きく深呼吸して、
この門扉向こうの存在に意識を研ぎ澄ませた。
相手『自身』の力量は、大体ステイルの『父』たるイフリートと同程度か。
それだけでもかなりの強敵であるのだが、更に悪いことに。
どうやら相手自身の力とはまた別に、その身に莫大な規模の力が付加されているようだ。
神裂『…………』
この界を沈ませるほどの異常な『質量』はそれによるものだろうか。
彼女は一通りここからの分析をし終え、静かに歩んでは、
ゆっくりと門扉を引き開けた。
重々しい扉の向こうは、魔の氷が隅にこびり残る門前の広間。
その中央に『彼』が立っていた。
右手に短槍とも言える杖、フルフェイスの兜に、
白銀の装具を纏った―――『成人男性』のような姿の。
大量の翼に、頭上には天の言語で構築されている光臨がある『天使』。
127: 2012/01/31(火) 23:45:20.64 ID:LAoSMBcIo
彼の名は神裂はもう知っていた。
ステイルから情報が来ているし、
それに『元人間』の天使となれば―――少なくとも神裂が知る範囲ではそう数も多くない。
神裂『……………………』
『彼』は、神裂が門前の台を降りてくる間、
その兜の眼孔から覗く『人の瞳』で彼女をじっと見つめていた。
そこには少し驚きのような色も見えたか。
それも当然の事かもしれない。
ヴァチカンで『魔女に殺された』以降は、彼らは神裂の動向は何も知らないのだ。
その氏んだはずの『天の使い』がこうして生きているどころか、
スパーダ―――バージルの眷属としての身で現れたら、誰だって驚くに決まっている。
そしてどうやら、この天使はここで理解したようだ。
滝壺へとたどり着くには、
まずこの『バージルの使い魔』を打ち倒さねばならないのだと。
天使は杖で一度、戦いを告げるかのように床を叩いた。
すると見た目は軽く打ちつけられた程度でも、響くは界を揺るがす衝撃。
続き一歩、一歩と天使が歩むたびに、同じくとてつもない地響きが轟いていく。
戦鼓の如く。
128: 2012/01/31(火) 23:47:21.50 ID:LAoSMBcIo
その緊張を手繰るような『彼』に合わせ、神裂もまた気を研ぎ澄ませながら、
静かに七天七刀の柄に手を乗せて。
神裂『あなたは―――「エノク」、ですね?』
伝承から聞く『彼』の人間の頃の名を口にした。
対する返事は、声としては返ってこなかった。
それに神裂も別に返答を待つ気は無かった。
その瞬間、どちらが先というわけでもなく―――両者がほぼ同時に動いたのだから。
この場を満たしていた極度の緊張は、青と白銀の閃光によって打ち砕かれた。
まず初撃を繰り出したのは白銀の天使、メタトロンによる、
鋭い光刃がある杖の―――神速の突き。
その速度は尋常ではない域。
だが対する青い光を纏った女魔剣士、神裂にとっては見切れぬものでも無かった。
神裂『―――』
彼女は躊躇い無く前に踏み込み、七天七刀を抜刀し。
切っ先が鞘から出でる前から、その刃でそのまま―――メタトロンの穂先を外に流しながら、
すれ違い様に逆袈裟斬り―――それがこの瞬間、彼女が打とうとした一手であったが。
結局それは成せなかった。
129: 2012/01/31(火) 23:49:04.98 ID:LAoSMBcIo
このような『強敵』という相手は、往々にして『型通り』の戦い方をさせてはくれないものだ。
メタトロンの杖に刃が触れた瞬間、彼女は気付かされたのだ。
この天使の穂先に圧し掛かっている桁違いの―――『重量』に。
その『重さ』は、流しざまに斬り抜けていくことなど持っての外、
七天七刀がそのまま『持って行かれそう』なほどである。
いや、それ以前に、その進路を自身の体から逸らすことさえもできない。
喉に受けることはないであろうが、
どれだけ押し出しても―――肩を貫かれるのは必須だった。
そうして刹那、神裂はほぼ反射的に、
この一振りの挙動を『攻防一体』のものから『防御一点』に変更する。
すれ違いざまに逆袈裟で抜けていくことは諦め、
すかさず足を踏み切り、体を半身横へと移動。
メタトロンの穂先は、その肩の僅か1cmの空間を突き抜けていった。
魔刀と擦れ、凄まじい火花と金属的な悲鳴を轟かせながら。
神裂『―――ッ』
―――その穂先の『質量』たるや、なんと凄まじいことか。
触れていないにもかかわらず、神裂は、体がそのまま杖の進行方向に引っ張られる感覚を覚えた。
文字通り空間が『重さで沈んでいる』ようなものだ。
一撃でも体に貰ったら―――致命傷になりかねない。
彼女はそう瞬間的に確信した。
体にあの穂先が『沈めば』、魂まで貫かれ『持って行かれる』。
まさにこの天使の一突きは『必殺』のものだった。
130: 2012/01/31(火) 23:50:08.37 ID:LAoSMBcIo
だが、と。
神裂は負けじと返す。
確かに重くて強力な攻撃では有るも―――バージルのものに比べたら可愛いものだ、と。
質量も鋭さも速度も全てにおいて彼の刃の方が遥かに上だと。
そして、と。
横に滑らせた足で今度はしっかりと床を噛み、
振り上げる形の七天七刀の柄を両手で握り込み、彼女は力と体と刃を一つにする。
『必殺』の刃なら―――こちらも『同じ』だと。
バージルのように連射もできなければ、
それこそ魔帝の身に溝穿つほどのものも放てやしない。
だが決して模造品ではない、正真正銘の―――『次元斬り』である。
神裂『―――ッシッ―――!!』
瞬間、青き光の満ちた一振りが、メタトロンに向け横から振り下ろされた。
心地良いくらいに鋭い金属の衝撃を響かせて。
131: 2012/01/31(火) 23:52:29.56 ID:LAoSMBcIo
やはりバージルの次元斬りというものはとんでもない技・力である。
下位互換である神裂が放った今の一振りでも、どれだけの破壊を刻んでゆくか。
刃の先から『漏れた』光の筋は、その剣線に沿って広間内の空間を切り裂き、
ここを満たしていた力の大気から、異質な力に守られているこの魔塔の天井から壁をも寸断、
その向こうの領域にまで突き抜けていった。
恐らく下等悪魔共が形成する『雲』も分断しただろうか。
ただ―――たった一つ、その刃に狙われていながら、破壊を免れていた存在がいたか。
神裂『―――……』
メタトロンは神裂が振り下ろす直前に―――この刃の力を悟り、すぐに回避行動に移ったようだった。
青き破壊の光がおさまる頃、白銀の天使は神裂から15m程離れた場所にまで退いていた。
その彼の足元には、神裂のすぐ前からレールのように二筋の溝。
神裂の次元斬りを杖で受け流そうとしたが、
予想以上に凄まじくて思いっきり押し弾かれた際に、その足で刻んでしまったものだ。
神裂『…………』
この今の一振りの一部始終を見て、神裂は静かに戦慄を覚えていた。
いくら下位互換とはいえ、セフィロトの樹を容易に切り裂く水準の『次元斬り』を、
曲がりなりにも受け防げるメタトロンの頑強具合にだ。
だが、その気持ちはどうやら相手も『同じ』だったらしい。
彼女はこの天使の底力に驚く一方、彼の人間の瞳にも焦燥・戦慄といった色を見た。
メタトロンもまた、今の神裂の『次元斬り』に戦慄していたのだ。
132: 2012/01/31(火) 23:55:19.51 ID:LAoSMBcIo
互いに一振りずつ。
それだけで二方とも確信したのだ。
この相手との戦いでは、刃を打ち合わせてはならない、と。
まともに防ぎ受け止めようとすれば一撃で体制が崩れ、
まともに肉体に受ければ一撃で魂まで破壊されると、と。
神裂『…………』
だがそれは言い換えれば、触れさえしなければよいという事。
神裂はここに勝機を見た。
このメタトロンの力量は己やイフリートと同等な上、
そこに更に莫大な力が付加されているも、付加されているその力はただ『あるだけ』。
メタトロン自身の力となってその速力や能力などに還元されることはなく、
単に破壊力に上乗せされているだけなのだ。
つまり『当たらなければ』、どれだけ『質量』があろうとほぼ関係ないのである。
神裂『―――ふーっ……』
一度七天七刀を納刀し、静かに息を吐く神裂。
その揺るがぬ視線先のメタトロンも、どうやらこちらと同じくこの戦いを決するつもりであろう。
天使は何度か、強張りを掃うかのように杖を握り直し、
足も如何なる動きにも対応できる位置へと静かにずらした。
神裂も手の痺れを軽減させるべく、柄の上にてゆっくりと何度が開きほぐした。
今しがたの次元斬りを行使したことでの負荷もさることながら、
あのメタトロンの杖を受けた際の『質量の感触』が、いまだにこの腕の肉と骨を軋ませていたのだ。
133: 2012/01/31(火) 23:59:33.72 ID:LAoSMBcIo
そうして一拍の静寂ののち。
ここで小手調べは終わりとなり。
互いの戦闘能力を図れたところで、ここからが雌雄を決する本番である―――と。
ほぐした手を柄に沿え、腰を留めて、張った戦意を解き放とうとした時。
同じように完璧な姿勢を取っていたメタトロンが突然―――ふっと翼を広げて、
一気に飛翔しては、天井の穴を抜けてこの場から去って行ってしまった。
神裂『―――えっ―――はい?』
予想だにしていなかった事に、彼女は思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
明らかにメタトロンもその気だったはずなのに、それに己を倒さねば滝壺には到達できないのに。
あの天使は一体何を理由にこの戦いから去り、一体どこへ向かっていったのだろうか。
―――そんな風に、彼女の頭の中では様々な考えが頭を巡ったものの。
答えは考えるまでも無かった。
神裂『……ッ』
それはテメンニグルの塔と学園都市の境界の隔離完了まで―――あと25秒という時のこと。
この門前の広間へと、
組み合ったサンダルフォンとイフリートが天井を割り砕いて落下してきたのとほぼ同時に。
かのメタトロンが、その標的を滝壺とは別の―――もう一人の少女へ変更したというのを、神裂が悟った瞬間だった。
神裂『―――』
彼女は、再びメタトロンの『姿』を『すぐ目の前』に『見た』。
―――『学園都市にいるステイル』の目を通して。
―――
155: 2012/02/04(土) 01:54:31.36 ID:A5iRkL9To
―――
それは両者にとって予想だにしていない形の再会だった。
佐天「―――なっ?!」
壮大な舞台の上、学園都市と人間界の命運を決する直前に、
巡り巡ってようやく彼女達の運命が重なったのだ。
学園都市、壁を無くした窓のないビル。
結標に連れられて空間を跳んで来た佐天が目にしたのは、
褐色の肌の少年に白衣の女性、隅にてうなだれている『緑の手術衣を纏った女』に、
『小さな御坂美琴』、そして―――
佐天「―――初春?!」
初春「―――さ、佐天さん?!」
無造作に積み上げられている端末に向かっていた親友、初春飾利の姿だった。
佐天「―――なんでこんな所にいるの?!」
初春「―――佐天さんこそ何をしていたんですかッ?!」
名を呼ばれ弾けるように振り返った初春は、
グレーのTシャツに軍用の作業用パンツという格好の佐天を一目見るや、
(血で大変汚れていたため、マクガイル空軍基地で着替えていた)
彼女は座っていた椅子を倒して駆け寄ってきて。
初春「探したんですよ!!探して!!探してッ……!!無事で……良かった……!」
佐天の両二の腕を正面からがしりと掴むと、
涙ぐみながら声を絞り出した。
156: 2012/02/04(土) 01:58:50.97 ID:A5iRkL9To
佐天「…………うん。初春も……初春もッ!」
そんな彼女につられて佐天もまた声を震わせてしまった。
初春の顔とその甘ったるい声を見聞きして、
やっと学園都市に帰ってきたということを実感したのだ。
彼女と顔を合わせるのはたった一日ぶりであるにもかかわらず、
もうずっと何年も離れていたような気がしていた。
この数時間、とてもちょっとやそっとでは語りきれない体験をした。
前のデパートの時よりも遥かに濃厚で、強烈で、現実離れした出来事。
周りの世界の『現実』の何もかもが変わってしまったのだ。
その中で彼女は、自分自身すらも大きく変わってしまってはいないだろうか、
と不安を覚えていた。
それこそ容姿から何もかも違う別人にでもなってしまったかのように。
だが向こうで再会した黒子や御坂が、そんな不安を押し留めてくれて。
佐天「―――初春、初春だね……初春……」
そして今。
『家』で再会した初春が、決定打となってその全てを吹き掃ってくれた。
現実は変わっていても、ここは学園都市であることは変わりなく、
この『佐天涙子』も何も変わってはいないのだ、と。
そうして佐天は、ひとまずここに至る事情を抜きにして、初春とともに無事の再会を喜び合った。
世界が変わろうとも、変わらぬ学園都市に変わらぬ友ら、変わらぬ絆を祝福して。
ただその傍ら。
こうした喜びでより際立った心痛と共に、佐天の脳裏にはある者の顔が浮かんでいた。
消息が依然わからぬ友―――赤毛の少女の顔が。
157: 2012/02/04(土) 02:01:30.65 ID:A5iRkL9To
―――と、それは突然のことだった。
瞬間、奇妙にして強烈な地響きが轟いた。
一瞬大地震に見舞われたように錯覚したが、辺りの地面も建物も一切揺れてはおらず、
一方でその場に立っていられなくなってしまうほどに覚える強烈な『衝撃』。
眩暈にも似ていたか、そんな衝撃によろめき合う二人。
だがその原因が何だったのかと考えるどころか、
この時はこの奇妙な感覚を意識することすらできなかった。
一秒かそれとも二秒か。
瞬きする間ほどの僅かな時間、
彼女達の認知速度を越えた勢いで、場は急変していった。
衝撃から一拍後。
「―――結標さん!!」
まず褐色の肌の少年が、凄まじい形相と半ば怒号染みた声で結標の名を叫び。
結標「―――全員ね!!」
そう確認の声を返した彼女に少年が頷くと。
次の瞬間には、目に移る周囲の光景が一変していた。
佐天「―――」
158: 2012/02/04(土) 02:05:25.70 ID:A5iRkL9To
そこはとあるビルの屋上だった。
初春「―――ひゃっ!!」
佐天「わっわっ?!」
吹き抜ける冬の夜風を受け、
突然のことに跳びあがるようにして佐天に抱きつく初春。
テレポート自体は初春も初体験ではないものの、
それでも不意に視界が切り替われば誰だって驚くものである。
佐天もその例に漏れず、同じく驚き彼女にしがみ付き返した。
そこにはいたのは、彼女達の他にエツァリ、芳川、
打ち止めと皆を運んだ結標、そしてアレイスター。
まず口を開いたのは芳川だった。
芳川「ねえどうしたの?!あの設備が無いと―――」
その声は最後まで続きはしなかったが。
眼下に広がる街並みの向こうにて突如迸った白銀の閃光によって、
彼女の口が止まってしまったのだ。
輝きはちょうど窓のないビルがある辺り。
その閃光を一目見て、芳川も今の状況をある程度悟った。
あそこにはいられなくなったのだ、と。
なにせ光が瞬いた直後、その周囲の街並みが一瞬にして『散り消えて』―――
―――その猛烈な衝撃波の残滓が、
一瞬にして彼女達のもとにまで到達してきたのだから。
159: 2012/02/04(土) 02:10:19.90 ID:A5iRkL9To
ビルのガラスが砕け、壁面には亀裂が走り、
下の道路では小石の様に転がっていく車。
ただそんな爆風も、
彼女達のいる屋上にだけはそよ風程度としてしか届かなかった。
エツァリ「―――皆さん大丈夫ですか?!」
エツァリによって張られた即席の魔術防壁によって。
そして彼はそれぞれ驚きと怯みの色を浮べている皆を一瞥したのち、
(アレイスターは一人変わらぬ様子であったが)
返事を待たずに声を続けた。
エツァリ「ラストオーダー!システムの状態は?!」
打ち止め「だ、大丈夫!『まだ』何とか維持できてる!でもちょっと危ないかも!」
芳川「いくつか設備整ってる所の心当たりがあるから行きましょ!早くしないとシステムがもたないわ!」
せわしなくアホ毛を揺らしながらそう声にする、芳川の腰元にしがみついてる打ち止め。
次いで芳川も、少女の声に続きそう叫んだ。
すると。
結標「―――それどころじゃないでしょ。『アレ』は」
そこで結標が、妙に落ち着いた声色で彼女達の声に割り込んだ。
その声は落ち着いて聞えただけか。
彼女の表情や醸す空気には、極なる戦慄と緊張が滲んでいた。
160: 2012/02/04(土) 02:12:47.32 ID:A5iRkL9To
驚きのあまりすっ転んでいた佐天・初春に手を貸しつつ、
光源の方に鋭い視線を向ける結標。
これも能力強化され、更にデュマーリ島で異次元概念に触れて経験したせいか。
彼女はこの場にいる中でただ一人。
この時、かのメタトロンから向けられてくる、
とてつもない『憎悪』に満ちた『殺気』を覚えていた。
結標「―――……」
そのあまりの憤怒の濃さに息を呑んでしまう。
まるで親や兄弟でも頃した『仇相手』に向けるような、
そんな執念染みた苛烈な『怨念』だったのだ。
これまでの仕事上、憎まれ呪われることにはかなり慣れている結標でさえも、
「身に覚えが無い」と思わずその場で釈明したくなる衝動に駆られてしまうほどだった。
その理由は、天界と人界の間の古の歴史を知る者ならばすぐに把握できたであろう。
遥か太古、人界にはどんな神々が君臨していて、
その頃の現生人類の祖達はどれだけ虐げられていたか。
そんな力無き人々を、『当時』の天界の者達はどんな思い出救おうとしたのか。
そしてこの結標淡希の力もまた、その根源が一体どこなのか、を。
結標「早く―――逃げるわよ」
気を奮い立たせた彼女がそう告げた直後、その場にいた全員が空間を跳躍する。
その一瞬後、そのビルの上半分が天の一撃によって吹き飛んだ。
―――
161: 2012/02/04(土) 02:17:22.43 ID:A5iRkL9To
―――
遡ること僅か。
ステイルはその瞬間、自身の横15mの虚空に出現する魔方陣を目にした。
彼から見て、窓のないビルの反対側の位置だ。
魔方陣の中からまず姿を現したのは『杖だった』。
光刃のついた杖がぬっと突き出でて、
そして続く腕、肩、フルフェイスの兜を被っている―――メタトロンの頭部。
その肉体が現出すると同時に、莫大な『天の質量』が空間を押し沈めていく。
ステイル『―――』
そうして半身ほど現れたところ。
かの天使はステイルの姿を一瞥するや、即座にその杖の先を向けた。
いいや、厳密には彼を見ていたのではない。
彼の背後にある窓のないビル、そこにいる幼い少女へ向けられたものだった。
もちろんその杖の狙いも同じく。
対してステイルの行動は、鍛え抜かれた戦士としての咄嗟の反応だった。
驚くよりもまず先に通信魔術でエツァリへとこのイメージを放ち。
己が力を解き放ち、前面に集中させる。
かの天使が放とうとしている一撃を少しでも遮るために。
遡ること僅か。
ステイルはその瞬間、自身の横15mの虚空に出現する魔方陣を目にした。
彼から見て、窓のないビルの反対側の位置だ。
魔方陣の中からまず姿を現したのは『杖だった』。
光刃のついた杖がぬっと突き出でて、
そして続く腕、肩、フルフェイスの兜を被っている―――メタトロンの頭部。
その肉体が現出すると同時に、莫大な『天の質量』が空間を押し沈めていく。
ステイル『―――』
そうして半身ほど現れたところ。
かの天使はステイルの姿を一瞥するや、即座にその杖の先を向けた。
いいや、厳密には彼を見ていたのではない。
彼の背後にある窓のないビル、そこにいる幼い少女へ向けられたものだった。
もちろんその杖の狙いも同じく。
対してステイルの行動は、鍛え抜かれた戦士としての咄嗟の反応だった。
驚くよりもまず先に通信魔術でエツァリへとこのイメージを放ち。
己が力を解き放ち、前面に集中させる。
かの天使が放とうとしている一撃を少しでも遮るために。
162: 2012/02/04(土) 02:18:57.64 ID:A5iRkL9To
遠くからでは、僅かな炎の煌きすらも見えなかったことだろう。
杖に集束していた光が解き放たれた瞬間、ステイルの業火の防壁は、
その構築とほぼ同時に光の奔流に押し潰されて飲まれてしまったのだから。
放たれた光の衝撃波は、一帯を『砂地』に変えてしまった。
『瓦礫』として残っているだけまだマシか、大半の構造物が細かな粉状にまで砕かれ、
遥か先へと吹き飛ばされていく。
だがその破壊の爪痕も、僅かに漏れた『余波』によるものにしか過ぎない。
集束された力が飲み込んだ窓のないビルは、
その原子を一つも残さずにこの世界から消滅していた。
ステイル『――――――…………』
次にステイルの意識が戻ったのは、そんな砂地の一画だった。
意識が再起動しても視界は暗転したまま、肌の物理的感覚もマヒ状態。
そうした人間時代からの知覚が軒並み機能停止している中、
まず最初に取り戻した知覚は悪魔のものだった。
100mほど吹っ飛ばされたのだろう、そのぐらいの距離のところにメタトロンの存在を捉えた。
そして次に覚えるのは、想像を絶するほどの激痛だった。
思わずステイルは顔を歪め―――ようとしたも、ここで彼は気付いた。
歪める顔が『なかった』ことに。
163: 2012/02/04(土) 02:21:34.40 ID:A5iRkL9To
瞼もなければ頬も唇も無い。
眼球から鼓膜、顔も含め、全身前面があの衝撃波で叩き潰されたのだ。
声帯も喉ごと抉り飛び、肺も他の臓器もろともシェイク状態になっているのだろう、呻き声すら出せない。
漏れる音は、だらしなくごぼごぼと零れ落ちる体液のものだけ。
さながらスプラッタ映画の惨状のような姿か、
人間ならば痛みを感じる以前にとっくに即氏だ。
いや、今の一撃は、この悪魔の身であっても、
かの『主の加護』が無ければ即氏していたほのどのものだった。
ステイル『…………』
ステイルはふと実感した。
また彼女に救われたのだと。
この魂は、主たる神裂の生命力によっていまだに繋がっていられるのだと。
しばらく待っていれば、神裂からのその影響で損傷した魂も肉体もまた元通りになるであろう。
これぞ使い魔として隷属する代償の恩恵だ。
早くも元通りになっていた悪魔の知覚は、
かの天使の全身がやっと魔方陣から出で終ったのを捉えた。
とてつもない力の質量で界を揺らして、ここにメタトロンは『里帰り』を果したのだ。
だが彼は、その故郷の地には感傷の色は示さなかった。
ステイルにも見向きもせず、
降り立つと同時にまっすぐと彼方の一点、あるビルの方角へと顔を向けて。
大きく翼を開き伸ばしては、凄まじい勢いで飛翔していった。
164: 2012/02/04(土) 02:23:13.11 ID:A5iRkL9To
ステイル『……………………』
間違いなく彼女達を追ったのだ。
直後、メタトロンが向かった方向でまた力が放たれたのを覚えた。
どうやら感じからして今の二撃目も仕留め損ねたか。
結標の能力は瞬間移動系だと聞いていたが、かなりの水準の持ち主なのであろう。
だがそれでもいずれ追いつかれるのは目に見えている。
どれだけ強力な能力者であろうと、神域に達していない者が、
神域の上位に属す者の手から完全に逃れられるわけが無いのだ。
―――だから急いでくれ、と。
ステイルは『繋がり』を介して声を放った。
ちょうど今、メタトロンが出現した時と同じように、
今度は悪魔の魔方陣の中から降り立った神裂に向けて。
彼女はその声を受けると、ステイルのところには来ずに、
メタトロンの向かった方向へと一気に跳躍して行った。
ステイル『……』
そうして神裂が向かったのを確認して少し糸が緩んだのか、
意識がまたもやおぼろげになってきた。
神裂からの情報を認識することさえ厳しくなってきたか。
彼女の側で受け取る情報も、中身の無いおぼろげなものになってしまっているであろう。
この時氏は免れたものの、さすがに魂の損傷が激しく、
より回復を速めるための『冬眠』状態に入りつつあったのだ。
165: 2012/02/04(土) 02:25:53.18 ID:A5iRkL9To
ステイル『―――……っ』
そんなその薄れゆく意識の中でも、
完璧に稼動している悪魔の知覚だけは更なる存在をここで捉えた。
数は三人ほど。
すぐ足元に立っていた。
「うわっ…………『これ』、本当にス、ステイルさんなの?」
そして。
鼓膜ではなく悪魔の知覚が捉えた、まず一番最初の声は若い女のもの。
こちらの凄惨な姿を見て戦慄しているのであろう。
「…………ま、まだ……本当に生きて……おられますの?」
そして同じくやや怯みがちに続くもう一人の女の声。
するとそんな二人とは対照的に。
「―――生きてるさ」
静かで確かな男の声が響いた。
その有無を言わせぬ心地よさと力強さに、
おぼろげな中でもこの人物の身元はすぐに特定できた。
「ステイル。今からお前の魂を覗かせて状況を教えてもらうぜ。少し痛むが我慢してくれ」
そんな声に続きずぶり、と。
ステイルは屈強な腕が胸に沈み込んでくる感触を覚えた。
指の並びからして右手か―――それは妙なことだった。
不思議なことに、その腕は『普通の人間のもの』と同じ形をしていたのだ。
ステイルが知る限りこの声と空気の持ち主は、右手が『異形』だったはずなのだが。
―――
195: 2012/02/12(日) 01:59:25.62 ID:YhzyF4dBo
―――
『座標移動』。
今や強化され、暫定的とはいえレベル5としての出力この能力は、
一度で最大約4000mもの距離を跳躍することができる。
その移動速度は、演算ラグを考慮しても実に秒速12kmにも達するほどだ。
ただしこの数値はあくまで瞬間最大出力のもの。
結標「―――ッはっぁ!」
とても常用できるような水準ではない。
先ほど立っていたビルから西へ4000m、灯火管制が敷かれている学園都市の上空にて、
結標は悲鳴にも似た息を吐き出した。
頭の中にガラス片を放り込まれそのまま茹で上げられるかのような、独特な能力過負荷の痛み。
それもこれまでに経験した事がないくらいに強烈で、
一瞬意識が飛びそうになってしまうかというほどだ。
しかも強化されている今は、このなんとも形容し難い『第六感』、
『力』の『認識』が更に拍車をかけてくる。
一方通行に言わせればまだ自身のは『きっかけを掴んだだけの未熟なもの』とはいえ、
AIMといった『力』の存在や動きが確かに感じ取れるのだ。
濁流となって身に流れ込んでくるAIM、それにもまれ悲鳴を挙げる―――『魂』とでもいうか、この自分自身の軋む音。
そしてそれらの何よりもずっと強烈で、遥かに眩しく巨大な存在。
結標「―――ッ」
御伽話でも比喩でもない本物の天使―――メタトロン。
『座標移動』。
今や強化され、暫定的とはいえレベル5としての出力この能力は、
一度で最大約4000mもの距離を跳躍することができる。
その移動速度は、演算ラグを考慮しても実に秒速12kmにも達するほどだ。
ただしこの数値はあくまで瞬間最大出力のもの。
結標「―――ッはっぁ!」
とても常用できるような水準ではない。
先ほど立っていたビルから西へ4000m、灯火管制が敷かれている学園都市の上空にて、
結標は悲鳴にも似た息を吐き出した。
頭の中にガラス片を放り込まれそのまま茹で上げられるかのような、独特な能力過負荷の痛み。
それもこれまでに経験した事がないくらいに強烈で、
一瞬意識が飛びそうになってしまうかというほどだ。
しかも強化されている今は、このなんとも形容し難い『第六感』、
『力』の『認識』が更に拍車をかけてくる。
一方通行に言わせればまだ自身のは『きっかけを掴んだだけの未熟なもの』とはいえ、
AIMといった『力』の存在や動きが確かに感じ取れるのだ。
濁流となって身に流れ込んでくるAIM、それにもまれ悲鳴を挙げる―――『魂』とでもいうか、この自分自身の軋む音。
そしてそれらの何よりもずっと強烈で、遥かに眩しく巨大な存在。
結標「―――ッ」
御伽話でも比喩でもない本物の天使―――メタトロン。
196: 2012/02/12(日) 02:01:29.73 ID:YhzyF4dBo
あの4000m先の輝きから放たれてくる圧力に晒されていては、
負荷に蝕まれる己が身を案じている余裕などとても無かった。
この身が過負荷で破裂しても構わない、とにかくあれから逃れなければ、
半ばそんな強迫観念で結標は即座に次の演算に入る。
夜空高くに放り出された佐天と初春、
目に映る情景に顔を引きつらせる彼女達に悲鳴をあげさせる暇すら与えずに、
一気に最大出力で空間を跳躍する。
更に西へ4000m。
結標「―――っふッ!!」
そうしてまた高く投げ出された冷たい夜空、そこから望むのは、
西の方には学園都市の外縁部の高い壁。
そして東の方角には、相応に小さくなっている輝きだ。
かの天使はあの位置からまだ動いていないのだろう。
だが逃れられたわけじゃない。
こちらに真っ直ぐに向けられてくる圧力は何ら変わっていないのだから。
一般人の芳川や佐天、初春でさえも、頭の理解は追いつかなくとも本能的に悟ったのだろう、
この二度目の跳躍直後にはもう、その引きつった表情は、
『乱暴な空の旅』にではなくあの光に対してのものだった。
そして結標は彼女達以上にわかっていた。
はっきりと覚える、こちらの『力』―――AIMを手繰り寄せるような『敵意』を。
197: 2012/02/12(日) 02:03:09.02 ID:YhzyF4dBo
メタトロンは今、その圧倒的なプレッシャーで妨害しつつ、
こちらの位置と動きの全てを特定しようとしているのだ。
更に遠ざからなければならない、少なくともあの圧力に押しつぶされない程度にまでだ。
瞬間にエツァリと目配せして、結標は更に空間を飛んで行く。
こうなれば行けるところ、体力が持つところまでと立て続けに何度も何度も。
更に西へ西へ。
回数を重ねるたびに、負荷はその激しさを増していく。
頭骨の中がまるで「かまど」になってしまったかのような感覚。
煮えたぎった血で全身がはち切れるかの如く暴虐的な刺激。
結標「―――ぁぐッッ!!」
朦朧というよりも点滅か、限界のラインを意識が上下し、回復と断絶を小刻みに繰り返す。
もはや意識を失っては痛みで覚醒するといったものだ。
もし打ち止めと滝壺の支援が無ければ、
この過負荷衝撃の一発で二度と目を覚まさない『廃人』となっていただろう。
彼女達と、その向こうに更に繋がっている一方通行、
更に彼によって『味方になっている虚数学区』が、『加護』とも呼べる働きをしてくれているのだ。
ただそれに守られてはいても、この強行軍はやはり無茶なものであった。
森に覆われた峰々を越え、甲府盆地の夜景を下に望み、
そしてその街明かりの海をも遥か越えて。
聳える赤石山脈の裾野に差し掛かったところで、彼女はついに己の限界を悟った。
198: 2012/02/12(日) 02:05:26.63 ID:YhzyF4dBo
結標「―――くはっ……」
これまで激しく点滅を繰り返した意識、
その覚醒の仕方が今度こそ朦朧としたものだった。
現実なのか夢なのかその境界線すらも曖昧。
あれだけ拷問染みていた痛みも、不気味なくらいに静かに退いていく。
五感がおかしくなり、夜なのに眩しく思えたり、高空を抜ける風の音が突然消えたり。
そしてその静寂の中、これは幻聴か。
ぱちん、ぱちん、というさながら魂の糸がはちきれていくかのような音が聞えてきていた。
結標は皆を地面に降ろした。
そこは雪に埋もれた深い森の中。
幸い天気は荒れてはいないものの、都会的服装のままではきわめて過酷な環境に変わりは無かったか。
冬の高山の冷気は身に突き刺さるほどで、撫でるたびに体温をごっそりと奪い取っていく風、
雪に膝まで埋まってしまい、一気に冷えた足先の血が全身をめぐり内からも熱をもぎ取っていく。
佐天と初春はその冷感にひっと軽く悲鳴しては飛び付き合い、
芳川は打ち止めが雪に触れぬよう抱き上げ。
屈んでいるせいで、全身が雪に沈むんでいるかというアレイスター。
エツァリ「―――結標さん!」
そんな彼の肩を取り押さえるように掴みながら、結標へ声を放つエツァリ。
そしてその先の彼女は。
アレイスターと同じようにどっぷりと雪に埋まり。
ゆらゆらと虚ろに揺れながら鼻と口、耳から零れる鮮やかな滴で、
下の雪を朱に染めていた。
199: 2012/02/12(日) 02:06:24.03 ID:YhzyF4dBo
エツァリ「結標さん!!」
二度彼が声を張り上げたところで、
結標はやっとゆらりと顔をあげ。
結標「ごめん……つ、次で最後よ……森の中に隠れて……」
エツァリ「―――ッ」
その彼女の言わんとしている事をエツァリは即座に悟った様子だった。
彼女の身を案じつつも、駆け寄ろうとしていたその身を再び落として。
彼女へ向けて意を決するかのように小さく頷き返した。
そして直後、最後の空間跳躍によってエツァリを含め皆の姿が消失した。
そこに結標ただ一人を残して。
結標「……」
ゆらりと虚空を仰ぎ見、夜の天板に白く息を吹きかける。
デュマーリ島の件を皮切りにおかしくなってしまったこの世界、その空にはいまだ、
晴れているにもかかわらず星が一つも見えなかった。
静寂と雪に覆われた森の中でただ一人。
生きてるのか氏んでるかもはっきりしない曖昧な領域で、
彼女は不思議な居心地の中にいた。
200: 2012/02/12(日) 02:07:41.52 ID:YhzyF4dBo
この強行移動の中、これは少し前から感じていたことだ。
一度の跳躍に要する時間はコンマ数秒程度か、だが結標にとっては、
活性化した脳の労働密度からすればその数百倍にも感じる時間だった。
そんな奇妙な『加速感覚』に、
過負荷を省みない過剰な能力使用が更に拍車をかけていき。
例の『第六感』に引っ張られるように、精神の一部が次第に物理領域からも外れ始め。
そうして今度は『引き伸ばされる』のではなく、より『細分化』していく時間感覚。
時間経過の感じ方自体は変わらなぬも、
一方で1ナノ秒単位を確かに意識できるような、そんな奇妙な『世界』。
結標「……」
そして過負荷が『肉体』の臨界点を越えた瞬間、
魂の糸がはち切れていく『幻聴』と共に。
彼女は今、垣間見ていた。
既存の時間に囚われない、力の濃淡強弱で『時間の幅』が決まる―――『神の領域』の片鱗を。
201: 2012/02/12(日) 02:10:35.54 ID:YhzyF4dBo
不思議と言うしか無かった。
まるで対岸に氏の世界を覗き見ているかのようだった。
だがこれまた奇妙なことに、これを認識した瞬間を境に、
意識は消失していくどころか―――むしろ明瞭に鋭敏化していく。
虚数学区と魔塔の界域といったこの世界に重なる別次元の層をはっきりと認知し。
隣接し今や境界があいまいになりつつある魔界と天界の存在も感じ。
空間を満たす力と、生きる魂の気配を肌ではっきりと感じ取れるようになり。
4000m先に飛ばしたエツァリ達と、その彼らを飛ばした際の力の『跡』もはっきりと見えた。
結標「は……あはっ……」
そうして一つ、あることに気付いて彼女は乾いた笑いを漏らした。
こちらへと、今もピンポイントで強烈な圧力を向けてきているかの天使は、
この転送の力の痕跡を辿ってきているのだと。
逃亡者がご丁寧にしるべを残していくなんて、メタトロンからすればなんとも滑稽な様であろうか。
ただし、今更そこを嘆いても無意味であろう。
その跡が自身でも見えるようになったのはたった今のことなのだから。
結標「……」
転移物が行き先で原型を留めているかどうかは『ともかく』として、
ただ飛ばすだけならば今でも充分に可能だった。
そこで彼女は周囲の雪片を無秩序に広範囲に飛び散らし。
一体に自身のAIMを染み渡らせる形で、その痕跡を片っ端から消していった。
するとその直後。
ちょうど追ってきていたところなのか、
それとも突然痕跡がぷっつりと途絶えたからやってきたのかは定かではないも。
圧倒的な衝撃と共にメタトロンが現れた。
202: 2012/02/12(日) 02:12:04.74 ID:YhzyF4dBo
物質ではなく魂を直接揺さぶる、耳鳴りにも似た異様な質量の轟き。
覚えるのは世界が沈み込み、大きく歪んでいく錯覚だ。
いや幻ではなくここの領域が実際に凹んでいるのだ。
結標はその『氏に際に得た』奇妙な知覚で、
今しがた自身がばら撒いたAIMの層が軋むのをはっきりと見ていた。
ただしそれほどの衝撃にもかかわらず、物質領域にはほとんど影響を及ぼしてはいなかった。
結標の前方15m程に舞い降りたメタトロン。
その着地による周囲への影響は、
積もったばかりなのであろう、周りの粉っぽい新雪がぶわりと舞い上がる程度。
結標「…………」
その様は癪だがきわめて美しかった。
周囲の雪にメタトロン自身が纏う光が反射し、
なんとも壮麗で幻想的な光景だ。
更にその光と姿が、この世界の『ただの光』ではない、『生きている力』に乗せられて伝わってくるせいか、
目で見える以上に精神の中に圧が押し寄せてくる。
結標は明確に認識していた。
文字通り、自身たちとは存在している次元が異なっているのだ。
デュマーリ島で見た『神たる怪物』たちもぶっ飛んではいたが、
この『天の戦士』もそれに劣らずの存在だ、と。
203: 2012/02/12(日) 02:13:39.67 ID:YhzyF4dBo
現にここに来るまでの行動だけで、そのかけ離れた差が浮き彫りだった。
結標の知覚が確かならば、ここに彼女たちが降りた時はまだ、
あのメタトロンは70km以上も離れている学園都市にいたはず。
だが次の瞬間、彼はこうして目の前に舞い降りてきた。
位置さえ特定してしまえば文字通り一瞬。
この存在にとっての『距離』とは意識と認識の遠近であって、
単なる物質領域における空間など障害にはならないのであろう。
ただ、そこまで存在の格がかけ離れていても。
一つ『コケ』にすることは可能だった。
メタトロンはそこから動かず、じっと結標を見つめていた。
フルフェイスの兜の眼孔から、猛烈な怒りに満ちた瞳を覗かせて。
結標「……あはっ……あはははは……わからないでしょ……」
そんな彼の様子を見て、結標は静かに笑った。
彼女が半径4000m一帯の力を滅茶苦茶にかき回したせいで、
この強大な天使は打ち止めたちの位置を特定できずにいたのだ。
この彼女の声により憤りを覚えたのか、メタトロンの雰囲気がさらに張り詰めた瞬間。
そこでまたしても結標は先手を打った。
彼女は軍用ライトを自らの喉元に当てて。
結標「……私の『頭の中』を見ようたってそうはいかないわよ」
そう警告した。
自らの身を、『暴走した能力』で『不完全』に転送する直前の状態に置いて。
自身の意志により、もしくは意識が途絶えた瞬間に、
弦のように張っているAIMによってその身が弾け飛ぶように。
204: 2012/02/12(日) 02:14:50.54 ID:YhzyF4dBo
普通はライトを喉に当てる様など警告にはなりようもないが、
力が見える者ならば、その本質の意図を明確に捉えられるものだ。
当然メタトロンも、結標の中に形成された『爆弾』を見たのだろう。
一瞬、一気に距離を詰めてくる空気を醸したも、彼は動かなかった。
ただし。
例のこちらに差し向けてくる憤怒は更に色濃くなっていったが。
結標「―――……っ」
あの怒りだ。
身に覚えが無い、こちらに対する強烈な『憎しみ』。
しかも神域の意識によるためか、どうしても目を背けられない。
畏怖か、畏敬か。
圧倒的な存在感を直に受けてしまい、あらゆる感情が湧き立ち、
心の底が抉られ照らし出されていく感覚。
結標「―――なんなのよ……私たちが何をした…?何をしたっていうの?」
そうしてこのメタトロンの激情にあてられ、飛び火でもしてしまったのか。
彼女は打ち付けられた心情に耐え切れずに言葉を吐いた。
朱の滴とともに。
このこちらの何もかもを憎み、全てを拒絶しているかのような。
結標「……私たちは……存在しちゃいけないの?」
そう、まさに存在そのものを否定するかのようなメタトロンに向けて。
結標「―――…………生きてちゃ……いけないの?」
205: 2012/02/12(日) 02:16:44.06 ID:YhzyF4dBo
詰め寄り懇願するように絞り出された、一人の人間の少女の言霊。
対するメタトロンはただ沈黙。
しかし何も答えなかったわけではない。
少なくともこの沈黙こそが、結標にとって答えだった。
そしてその後のメタトロンの行動も、その解釈の裏付けとなる。
沈黙の次の瞬間、メタトロンは一気に真上へと飛翔していった。
ただもちろん、それは結標を見逃したわけではない。
彼女はその手に入れたばかりの第六感で、渦を巻いて舞い上がる粉雪の上に見た。
メタトロンが持つ杖の先に、莫大な力が集束していくのを。
彼が何をしようとしているのかは一目瞭然だった。
こちらの能力使用を観察していたこともあって、
付近に打ち止めが潜んでいることは知っているのであろう。
だが位置が特定できない、ならば、と。
彼はこの一帯を『消去』するつもりなのだ。
結標「……」
自身の小細工で少しでも時間稼ぎになればと思ってはいたが、
どうやらあまり役には立たなかったらしかった。
その第六感の知覚で、彼女は大まかにメタトロンが撃とうとしている力を目算。
結果、どう足掻いても自身はもちろん、
打ち止めたちも、あの光の破壊から逃れる術が無いと理解した。
206: 2012/02/12(日) 02:19:23.74 ID:YhzyF4dBo
あれが拡散して放たられてしまえば、少なくとも30km四方、
この南アルプスの半分の地域が消滅するであろう。
『爆発』で吹き飛ぶのではない、文字通り『消滅』だ。
原子の一粒も残さずに、
そして力や魂といった非物質領域のものも何もかもが消え去ってしまうのだ。
彼女はただ呆然と見上げているしかできなかった。
結標「……」
凄まじい憎しみで焼かれ、圧倒的な意志で存在を否定され、
学園都市の命運も打ち止めの消滅で尽きることとなる。
そして彼女の最大の戦う理由、少年院にいる仲間たちの命運もその学園都市と共に。
彼女の頭から雪に毀れる滴の中に、いつしか『透明』のものが混じっていた。
その透き通る滴は皮肉にも、頭上で一際強くなった光によって宝石たる輝きを放っていた。
そうした中、彼女は恐らく最期となる外部情報を知覚する。
頭上で猛烈な力が迸るのを。
結標「……」
だがいつまでたっても意識は断絶しなかった。
周囲の森も雪も山々もまだ残っていて。
頭上のメタトロンの光には、『青い光体』が激突していた。
―――
207: 2012/02/12(日) 02:21:12.88 ID:YhzyF4dBo
―――
遡ること『一瞬』。
学園都市にて。
神裂は一気に飛翔していくメタトロンを見た。
理と空間を捻じ曲げて猛烈な速度で、遥か空の彼方へと消えていくのを。
神裂『―――』
それを一目見た神裂もまた、
かの天使を追って即座に大地を蹴って跳躍し後を追った。
その足に集束する規格外の力が彼女の身を運んでいく。
幸いメタトロンという存在は、見失いたくても見失うことが出来ないくらいに圧倒的だった。
目を瞑ってでも正確に追跡できるくらいだ。
それに相手は空という、周りに何も無い空間を通っているため、
移動の余波で周囲を巻き込む心配もなく全速力で向かうことが出来る。
その最初の『一歩』で、彼女の体はすでに学園都市外縁から20kmも離れていた。
神裂『―――』
夜空高くにて今一度、意識と全知覚をメタトロンへ向け集中させていく神裂。
普通の人間だったら到底如何なる情報も捉えられない距離だ。
だが神の領域の大悪魔にとっては別段難きことでもない。
対象を明確に認知しその位置さえ把握していれば、まるでその場にいるかのように情景を知ることが出来る。
瞬間、神裂の大悪魔の瞳は、かの天使とその前にいる人間の少女の姿を捉え。
大悪魔の聴覚はその場の言霊をはっきりと聞き取った。
『―――……私たちは……存在しちゃいけないの?』
遡ること『一瞬』。
学園都市にて。
神裂は一気に飛翔していくメタトロンを見た。
理と空間を捻じ曲げて猛烈な速度で、遥か空の彼方へと消えていくのを。
神裂『―――』
それを一目見た神裂もまた、
かの天使を追って即座に大地を蹴って跳躍し後を追った。
その足に集束する規格外の力が彼女の身を運んでいく。
幸いメタトロンという存在は、見失いたくても見失うことが出来ないくらいに圧倒的だった。
目を瞑ってでも正確に追跡できるくらいだ。
それに相手は空という、周りに何も無い空間を通っているため、
移動の余波で周囲を巻き込む心配もなく全速力で向かうことが出来る。
その最初の『一歩』で、彼女の体はすでに学園都市外縁から20kmも離れていた。
神裂『―――』
夜空高くにて今一度、意識と全知覚をメタトロンへ向け集中させていく神裂。
普通の人間だったら到底如何なる情報も捉えられない距離だ。
だが神の領域の大悪魔にとっては別段難きことでもない。
対象を明確に認知しその位置さえ把握していれば、まるでその場にいるかのように情景を知ることが出来る。
瞬間、神裂の大悪魔の瞳は、かの天使とその前にいる人間の少女の姿を捉え。
大悪魔の聴覚はその場の言霊をはっきりと聞き取った。
『―――……私たちは……存在しちゃいけないの?』
208: 2012/02/12(日) 02:22:32.92 ID:YhzyF4dBo
それは『問答』だった。
声にしているのは片側だけであったが、確かに問答だった。
神裂は、その大悪魔としての知覚と―――セフィロトの樹といった天の類を認識できる知覚を併せて、
あの場の声にはなっていない意識を『聞いた』のだ。
圧倒的な存在によって、自らたちの存在を真っ向から拒絶され、
失意と絶望と虚無感に苛まれる人間の少女の言霊。
『―――…………生きてちゃ……いけないの?』
そして彼女に対する―――メタトロンの『無言』の返答。
いや、神裂にとって正確には『無言』ではなかった。
少女には聞き取れてはいなかったであろう。
ノイズ音としてどころか、一切の音としてすらも認識していないかもしれない。
だが神裂ははっきりと聞えた。
かの天使が飛びあがる際にこう呟いたのを。
『許せ』、と。
それを認識した瞬間、
神裂は自らの頭の中で何かが切れる音を聞いた。
209: 2012/02/12(日) 02:24:21.56 ID:YhzyF4dBo
その一言に、メタトロンの心情の全てが乗っていたように受け取れた。
人間界の古の神々に対する並々ならぬ憎しみと怒りと―――『恐怖』。
そして人間達への保護者ではなく血の繋がった家族としての愛情と―――『使命感』。
神裂『―――』
敵に感情移入してしまうのはきわめて危険なことである。
特にこのような殺るか殺られるかといった状況では尚更だ。
揺ぎ無い信念と完璧な覚悟を有する者達は、
このような状況に立っている時点でやることは一つ、『戦う』しかない。
和解なんて到底無理な話、それができなかったからこそこの状況なのだから。
スパーダの一族や上条当麻ですらも、どうしても避けられない戦いがあり、最終的には刃と拳を振るうのだ。
彼らほどではない者にとっては、戦いが終ったあとに偲ぶことはあっても、
戦いが決する前に相手の心情を考える行為なんて無駄でしかないのである。
だがそれでも、と。
無意味なことだとわかっていても。
どうしても素直でお人好しで優しすぎる神裂火織は、
恐ろしい敵であろうとも、その内に少しでも善性を見つけてしまうと、心を震わせずにはいられない。
特に上条と出会い天使となりバージルの使い魔となった今では。
ステイルの蘇生と自らの傀儡化を主に突き付け懇願したときの様に、魂の慟哭が抑えきれない。
メタトロンが敵として戦っている理由は大方予想が付く。
もはや『知っている』としてもいいくらいに確かにだ。
だがそれでも神裂は、この憤りと共に問わずにいられなかった。
何が『許せ』だ、と。
どうしてだ、。
なぜだ、と。
お前は何のために―――誰がために刃を振るうのだ、と。
より力が篭った足で『空を蹴り』もう一歩。
更に速く、神裂はかの天使へとむけ空間を引き裂いていき。
その今にも一帯を消し飛ばそうとしていたメタトロンへ、飛び蹴りを叩き込んだ。
210: 2012/02/12(日) 02:26:05.33 ID:YhzyF4dBo
白銀と青の光が衝突し、もつれ合い、
彗星のごとき光筋となって数キロ先の山肌へと激突していく。
閃光が迸り、木々をなぎ倒しては、雪はもちろんその下の土砂をも吹き飛ばし、
周囲に飛び散っていくビルほどもある大量の『山の欠片』。
その強烈な輝きは遠く学園都市からも望めたであろうか。
衝撃と輝きを見て、この大戦でついに核兵器でも使用されたのかと思う者もいたことであろうか。
だが実際はそれよりも遥かに危険で、圧倒的で、大規模なものだった。
この輝きに集束している力の前には既存の核兵器などちっぽけな火花にしか過ぎず。
そしてその光もまた、それら『持ち主』達のほんの片鱗が漏れ出しているにしか過ぎないのだから。
山肌が穿たれ、新たな谷間が誕生しつつある中。
その大破壊の中心点に着地していた神裂は、
吹き飛びあがりかけていた大量の土砂の向こうに見た。
同じように姿勢低く着地していたメタトロンが、
構わずに杖の先から一帯を抹消すべく一撃を放とうとしていたのを。
神裂『―――ッ』
―――させるか、と。
刹那、神裂は神速で抜刀。
次元斬によってメタトロンの砲撃を撃ち掃った。
杖から放たれた光は即、更に凄まじい一閃の前に霧散。
跡形も無く消え去った。
211: 2012/02/12(日) 02:27:41.30 ID:YhzyF4dBo
それを見、槍のごとき視線をむけてくるメタトロン。
兜の眼光から覗く瞳には、やはり『人』の苦痛と憤怒が複雑に入り混じってはいたも。
それよりも何よりも色濃かったのは、戦士としての厳然たる闘気。
揺らぐことの無い芯が貫いている戦意と―――殺意。
それを見て、神裂は今一度当たり前のことを認識する。
やはり無意味で無駄なのだ、と。
このメタトロンがどんな信念をもっていようがもう関係ない。
ここで何を問い何を理解しようが、やる事は何も変わりはしないのだと。
神裂『―――なぜだッ??!!』
わかっていながらも刹那に声を放つ神裂。
そしてこれも同じくわかっていた、メタトロンはその問いには一切反応を示さず。
その殺意のみなぎった杖の穂先を彼女へ向けた。
宣戦布告であり氏の宣告であり挑発のようなもの。
少なくとも神裂はそう受け取り、そして応じる。
抜き掃った七天七刀を腰に寄せて脇構し。
神裂『―――おおおおおぉぉぉぉぉッ!!!』
メタトロンのものに負けぬ熱を吐きながら、
彼女は一気に突進した。
212: 2012/02/12(日) 02:30:30.15 ID:YhzyF4dBo
舞い上がりかけていた近場の土砂や瓦礫は、結局どこかに『落ちる』ことは無かった。
この瞬間に漏れた力の衝撃波で『消滅』したのだ。
―――そこは神域の力の激突点。
メタトロンの杖と神裂の七天七刀が、物理領域を超えた圧力の空間を形成。
白銀と青の光が凄まじい摩擦を起こしながら、余波が周囲を滅茶苦茶に破壊していく。
そして両者は『まとも』に互いの一撃を受け止めた。
避けられるものでもなければ避ける気も無かったか、
両者とも滾りに駆られ、真っ向から刃を押し付けあったのである。
神裂『―――ッッ』
凄まじい衝撃を受け軋む腕。
柄を握る掌から、手首が劈き、肘と肩を抜けて全身に強烈な波が圧し掛かっていく。
だがそれは相手のメタトロンも同じだった。
彼女は自身の身が軋むのと同時に、刃からメタトロンの身も軋むのを感じた。
そう、その天の質量が載せられた杖も、バージルの力を継ぐ七天七刀も、
互いにまともに受けてはいけない一撃。
触れずに回避するのがまず前提、最悪でも打ち流す程度。
押し止め、ましてや鍔迫り合いに持ち込むなんてもっての外。
互いに受けていては身が持たない、防いだはずなのに『重さ』のあるダメージを蓄積してしまうのだ。
それは互いに、魔塔の門前の広場で認識した事であった。
だがメタトロンはそうとわかっていながらも、あえて神裂の攻撃を真っ向から受け止めた。
ここに神裂は今のメタトロンの意思を悟る。
この天使は己が身の損傷を省みずに、ここで早急に勝負を決するつもりなのだと。
全てはできるだけ早く、そして確実に―――――あの幼い人間の少女を頃すために。
213: 2012/02/12(日) 02:33:10.18 ID:YhzyF4dBo
神裂『―――ッ』
ぶつり、とまた。
『静』という感情の糸が弾け切れ、『怒』の炎が激しさを増す。
そこまで許せないのか。
そこまでして頃したいのか。
そこまでして学園都市を―――あの街の子供達の存在を否定するのか。
歯をかみ締め、刃越しに魔の光が燃える瞳で睨み返して、
彼女はこうその目で問うた。
もちろん答えが返ってくるわけでもなく。
そして当然、答えはもう知っていたが、それでも―――
緊張が現界に到達し―――互いに刃を弾き合い。
そこから至近距離の真っ向からの打ち合いへと転じる。
のらりくらりと回避しあうのではなく、真っ向からの力のぶつけ合い。
勝負に要する時間は長くないであろう。
彼らにとってもほんの一間、普通の人間にしてみれば『一瞬』ですらない。
棒術に似た動きで杖を捻りまわし、横から振り抜いてくるメタトロン。
その一撃を彼女は真っ向から刃で受け止め、弾き、
そして手首を切り返して上段から振り下ろす。
その刃に滾る激情と、殺意と、戦意と―――『無意味』な問いの言霊を乗せて。
問いの答えはすでに知っていた。
メタトロンの戦う理由はたった一つ。
―――現在の人類を守るためだ。
半天使となった身の神裂だからこそはっきりとわかる。
彼らは本当に人間達を愛しているのだと。
むしろこのメタトロンは、元人間ということもあって『愛しすぎている』ほど。
間違いなく彼は人間界を『守るため』に、セフィロトの樹の責任者の座を受けたのだ。
かつて魔女狩りの際、四元徳が欧州全域を一度『洗浄』しようとしたのを説得して抑えたのも、
その第一の声はヤハウェだろうが、直接働いたのはセフィロトの樹の責任者であるこのメタトロンであるはず。
きっと数千年にわたり、あの手この手で巧みに人間達の世界を保持しようとしてきたのだろう。
おぞましい魔界から、そして暴虐なる人間界の古の神々たちから。
そう、彼がこうして戦う理由は、このように至極当然かつ単純明快なものなのだ。
そして単純明快だからこ。
いまさら刃を止められるような迂回路も抜け穴も存在していない―――
214: 2012/02/12(日) 02:36:29.55 ID:YhzyF4dBo
人間界はもう保護も管理も必要ない、人間界の力場の問題もバージルが対処するため、
天界と完全に切り離されても問題は無い―――と。
メタトロンが未だ知りえていないこれら事情を、今ここで言ってももう『無意味』だ。
これらの言葉が大きな力を有していた時はもう遥かに過ぎた。
戦いが始まっている今では何もかもが遅いのだ。
神裂がその力の祖たるバージル、そしてスパーダの名を盾にしたところでも意味は無い。
バージルの使い魔だと把握した上でこうして戦っている時点で、
メタトロンの覚悟と信念は明確にされているのだから。
例えバージルやダンテが直接立ち塞がったとしても、彼は決して刃を止めやしないだろう。
いや―――そもそも彼自身にはもう『止められない』。
彼のこの行動はある種の誓約の上に成されたもの。
神域の存在による魂の声に従った戦いは、一旦始まると途上で止めることは不可能。
スパーダに復讐を挑む悪魔達の戦いが、
力によって叩き潰されるまで永遠に終ることが無いのと同じく。
また神裂にとってのバージルとの繋がりと同じように―――『絶対的』なものなのだから。
216: 2012/02/12(日) 02:39:52.06 ID:YhzyF4dBo
『それ』こそ、この神裂の激情の最大の火種であり、
そして彼女もまた彼女自身の『誓約』によって憤怒を更に滾らせるのだ。
メタトロンそのものは善人で崇高な戦士。
彼が抱く望みには、人への無上の愛と高潔な使命感が溢れている。
だが神裂の側とは状況の解釈が異なり。
そして知りえる情報も成せることも力も限られていて。
結果、彼女の立場からすれば『障害』であり『敵』―――守るべき人間を手にかけようとする紛れも無い『悪』だ。
神裂『―――はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
わかっている。
このような戦いも初めてではなく、何をすべきなのかもわかっている。
昔から性格上、無意味だとわかっていても、
一旦気付いてしまうとどうしても感情移入してしまうことがあっても。
そこまで心を震わせておきながらも、刃に載せられた殺意と戦意が淀むことはない。
神裂もまたメタトロンと同じだった。
戦士としての生き様、魂、そして今はバージルの戦いに身を捧げる誓いも上乗せされているため、
刃を自ら止める事も出来なければ、そもそも止める気すら欠片もない。
唯一のその刃が止まるのは、他者に捻じ伏せられ敗れた時だけである。
217: 2012/02/12(日) 02:41:45.77 ID:YhzyF4dBo
刃に乗せられた彼女の問いは、
やはり戦いの趨勢には一切影響を及ぼしえない無意味なものだった。
わかりきっている事を再確認し、無駄にその『人の心』を振るわせるだけ。
しかもその感情も、『戦士の神裂』の刃には良くも悪くも一切影響を及ぼすことが無い。
ただそれでも彼女は、メタトロンを『心で捉える』ことも止めなかった。
これもまた、神裂火織が神裂火織であるがゆえに。
神裂『―――つぁ゛ッ!!』
メタトロンの強烈な一撃を押し弾き。
今や柄握る手から血が滴っていながらも、神裂は全力で刃を振り下ろす。
それを真っ向から受け止めるメタトロン。
彼の手も赤く染まっており、衝撃が迸るたびに、装具の隙間から滴がこぼれ散っていく。
一撃も身に受けてはいないにもかかわらず、
いまや二人ともその姿を真っ赤に染め上げていた。
退きもしなければ、踏み込む必要も無い間合いを維持しての、
真っ向から向き合って刃の応酬。
一撃打ち合うたびに、互いの肉と体が軋み歪むのを覚え。
一撃打ち合うたびに、魂が悲鳴をあげひび割れていく。
それでも両者は手を緩めなかった。
相手を叩き伏せるべく、己が身を蝕むほどの力を刃に注ぎ振るっていく。
218: 2012/02/12(日) 02:43:23.38 ID:YhzyF4dBo
周囲の地形は大きく変貌していた。
青い斬撃による数多の溝が、谷をこえその向こうの山肌にまで走り。
白銀の光による衝撃波が、まるで『皮』を剥いでいく様に木々や雪、
土砂を吹き飛ばして峰々を丸裸にし。
一番近くにあった頂は大きく削り取られ、地図上から姿を消してしまっていた。
そしてその破壊の元凶の二柱、彼らの手数はいまやに三桁の半ばに届くあたりか。
神裂『―――ッ』
刹那に同じタイミングで振りぬかれた一手が、再び重なって膠着した。
刃の激突点から発した一際強い光の爆風で、周囲領域が一気に晴れ渡っていく。
砕けた光の欠片も、塵も渦を巻いていた『力のかす』も、
それによって変動していた法則や界の歪みも何もかもが消失する。
そして訪れる静寂の中で響いたのは、
腕が痙攣しているせいで奏でられる小刻みな刃の音と。
―――両者の荒い呼吸音だった。
219: 2012/02/12(日) 02:45:20.22 ID:YhzyF4dBo
互いの刃越しに、二柱は再びその瞳を向け合った。
神裂『―――ふっっ!』
交差する杖と七天七刀の向こうから覗き込んでくる、古代地中海風の兜。
その下からは肩の上下にあわせて荒い息が漏れ、
眼孔の奥には血走った瞳が光っていた。
神裂は無言のまま、その瞳を真っ直ぐに見据えた。
瞬き一つせず、一切逸らすことも無く。
心をどうしようもないくらいに揺らしながらも、
それとは完全に切り離されている明確な戦意も突きつけて。
メタトロンはその心情を理解しているはずだった。
何をどう思っているのか、神裂は隠すことも無く刃に言霊を載せたのだから。
それを理解した上で彼もまた無言に徹して、絶対に揺らがない戦意を滾らせる。
数秒間、両者にとっては数時間にも思えるような間、そんな膠着が続いた。
凄まじい膂力で押し付け合う刃の、
がちがちと小刻みにぶつかる音と呼吸音のみが響く。
神裂『―――』
そんな圧と負荷による魂の悲鳴を聞く中、彼女は悟っていた。
もう更なる衝撃には耐えられないと。
柄を握る手の感覚も、もうほとんど消えて久しい。
いまや力で結びつけて固めている状態。
―――つまり次の一手が最後、それで勝負が決するのだ、と。
220: 2012/02/12(日) 02:46:29.13 ID:YhzyF4dBo
メタトロンも同じ結論に至ったのか。
その瞳がぎらりと鼓動し。
それが合図となった。
直後、互いに弾きあがる七天七刀と杖。
解き放たれた極限の緊張が、光の欠片となって周囲に飛び散っていく。
神裂『―――』
上へと跳ねた七天七刀を引き戻している暇はない。
彼女は一気に力を篭めて、弾きあがった上段からそのまま―――振り下ろす。
だが遅かった。
次元斬が直接乗る刃がメタトロンの肩に沈むかという直前。
彼女の胸を白銀の杖が貫通した。
メタトロンは杖が弾きあがった瞬間、
そのままくるりと回して―――逆の先端を突き出してきていたのだ。
僅かな差で放たれた杖、先端の光刃が神裂の胸の中央に沈み―――その魂を貫いた。
221: 2012/02/12(日) 02:49:09.78 ID:YhzyF4dBo
神裂『――――――』
直後にメタトロンの肩に沈んだ七天七刀。
本来ならば上半身を切り落とし、その魂をも分断していたであろう一振りだが。
その圧倒的な威力を示すことは叶わなかった。
メタトロンの肩、鎖骨を切り裂いて15cmほどまでめり込んだものの、そこで止まる刃。
魂にも到達し、致命傷としてもおかしくないほどに切り裂いたも、
行動不能に追い込むまでには至らぬ一撃に終った。
神裂『――――――がっ―――ぁっ―――』
ごぼりと食道を込み上げてくる熱流を覚える中、彼女は自らが敗れたことを認識した。
全身の触覚はもとより、力の感覚がすうっと消えていく。
圧倒的な衝撃による痺れが嘘のように消え去り、腕の痙攣ももう止まっていた。
口から溢れる体液。
それとは逆に、その顔に噴きかかってくるのは、向かい合うメタトロンからの熱い飛沫。
彼の右の鎖骨の端あたりからから胸部まで、
七天七刀が切り裂いた胴鎧の割れ目から、鮮血が大量に溢れでていたのだ。
また朱の滴がそこに食い込む刃を伝い、柄を握る神裂の腕にまで滴り、
彼女の血と混ざって二人の間に落ちていった。
222: 2012/02/12(日) 02:51:22.76 ID:YhzyF4dBo
メタトロンはその神裂の刃を、掌が切り裂かれるのも構わずにぐっと握り。
一度大きく息を吸ったのち、自らの杖と同時に引き抜いた。
『支え』を失い、その場に膝と手を付き倒れこむ神裂。
そんな彼女など一瞥もせずに、メタトロンはすぐに踵を返して、
消耗のせいで酷くぎこちないながらも、ゆっくりとこの場から立ち去っていった。
神裂『うぅ゛…………あぁ゛ぁ゛ぁ゛っ……!』
その背に向けて、彼女は叫んだ。
心の内に渦巻くあらゆる感情が素のままで宿った、血に塗れた無様なうめき声を。
神裂『―――………………な……ぜ……!』
そしてまたしても無意味に問うた。
彼に向けてのみならず、この戦いそのものにも問うた。
その意味も理由もわかっているのに。
事実をどうしても受け止めきれない、わがままな子供のように。
当然、そのペースはゆっくりとしながらもメタトロンの足は止まらなかった。
自らも歩くのがやっとなくらいに消耗している以上、
これ以上不用意に近づこうとはしないのは、戦士としては当たり前の判断。
メタトロンにとって彼女は、打ち止めの抹殺という目的の前に立ちはだかった『障害』。
この状況下においてそれ以上でも以下でも以外でもない。
完全に戦闘不能となったことで、彼女を意識外から弾くのは当然のこと。
もうここまでくれば、彼女の生氏など一切関係ない。
それは神裂も自覚していた。
己は完全に舞台から脱落し、
何を叫ぼうが何をしようがこの状況に波を立たせることはもう不可能なのだと。
神裂『―――あぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛―――!!』
だが頭でそう理解していても、時に抑えられないのが人間の心というもの。
彼女は呻き叫び続けた。
破壊の谷間から出で、そのまま姿を消していくメタトロンの背に向けて。
敗北したという自責の念と憤怒と、メタトロンを『含む』全ての『人間』への悲嘆を篭めて。
223: 2012/02/12(日) 02:52:11.72 ID:YhzyF4dBo
神域の力の嵐が過ぎ去ったことで、周囲空間が元の物理領域に戻りつつあった。
高空を抜ける風の音が聞え始め、この破壊の谷間の中を、さあっと細かな塵が抜けていき。
そして静かに雪が舞い降り始めてきた。
この調子なら、きっと『いつか訪れる朝』までには、
山脈一帯に刻まれた神域の爪痕も、白く覆い尽くされてしまっている事だろう。
神裂「…………」
いつしか声を発することもやめていた神裂は、ひゅーっと息を漏らしながら前のめりに蹲っていた。
バージルが繋がっているため、氏にはしないであろう。
ステイルのようにこのまま『冬眠』に入り、魂をゆっくり癒すのだ。
ただし、バージルが見限らなければの話しだが。
無意味に稚拙に心を揺らし。
その影響は無かったとはいえ結果的に敗北した己を。
果たしてここまで無様な敗者に、バージルはどのような処遇を与えるのか。
いまだ繋がりの向こうから、それを告げる明確な声は聞えなかった。
いつも通り―――冷たい沈黙のまま。
225: 2012/02/12(日) 02:55:36.81 ID:YhzyF4dBo
神裂「……」
どれだけの時間が経過したか。
大きな轟音が響いたのでその面をぎこちなく上げてみると。
『うろこ状の毛皮』を有した、4mほどの大きな『狼』の姿をした―――大悪魔が立っていた。
もしかしてテメンニグルの塔の隔絶が破られ、
学園都市どころか人間界全域に魔界がなだれ込んだのか。
虚ろな意識の中で彼女はそう考えたが、それは誤りだった。
目の前の大悪魔はまず『学園都市の敵』ではないは確かか。
その魔狼の背に能力者の少女達が乗っていたのを、神裂は虚ろながらも捉えた。
まず目に入ったのは一番先頭で酷く衰弱してうなだれている、
ここまで逃れてきた瞬間移動能力者の少女。
その彼女を後ろから抱き支えていたのは、同じく能力者でレベル5の御坂美琴。
そして彼女の後ろにも、能力者と思しきツインテールの小柄な少女。
その三人目の少女もまた瞬間移動能力者だった。
パッと姿を消すと同時に、次は神裂のすぐ脇に姿を現したのだ。
「しっかり!!」
少女はそう呼びかけながら、神裂の体をゆっくりと起こして。
その傷を見て一瞬言葉を無くしていた。
ただ、その程度で動揺するには至らぬ経験があるのだろう。
胸に思いっきり大穴空いてても生きている時点で、
そんな体には一般的な応急処置など意味がない、と判断したのか、
すぐに顔をあげて。
まず神裂の硬直した手から七天七刀を『剥ぎ取り』、
その長さに少し苦労しながらも鞘に差込むと、次に彼女の肩に手を当てて。
「飛びますの!」
次の瞬間、神裂は魔狼の背の上にいた。
前には御坂、後方にはあのツインテールの少女がこちらの腰にしっかり手をまわして座していた。
226: 2012/02/12(日) 02:57:28.80 ID:YhzyF4dBo
御坂「神裂さん?!」
ぐん、と一気に跳躍する魔狼。
横顔向けてそう声をかけてきた御坂に対して、
神裂は途切れ途切れながらも声を絞り出して、打ち止めの危険を報せようとしたが。
神裂「……メ……タトロン……が……―――」
「大丈夫!ネロさんが向かいましたの!」
神裂「―――…………」
後ろからのそんな返答で、
もはや神裂は何も言えなくなってしまった。
確定的な『結末』が見えたのだ。
これは『幸い』と言えるであろう。
ここでの自身の敗北は何とかカバーされたのだ。
学園都市を守る者達にとっては、ほっと胸を撫で下ろす結果だ。
ただ神裂にとってはそれと『同時』に――――――心が酷く痛んだ。
前の御坂も、後ろのツインテールの少女も、
神裂が肩を震わせている本当の意味はわからなかったはずであろう。
魔狼はそんな神裂をのせて、ネロのもとへと向かっていった。
227: 2012/02/12(日) 03:00:40.97 ID:YhzyF4dBo
魔狼が目的地に到達し、一向は打ち止め達が問題なく生きているのを見た。
森が途切れた、少し開けた雪の野に彼女達はいた。
打ち止めを抱いている芳川の左右に、
二人に覆いかぶさるようにしている抱き花飾りをつけている少女と黒髪の少女。
その前にアステカの魔術師が息荒く立ちはだかっていた。
彼は一戦交えたのか、肩から血を滴らせていたものの命には別状無い様子だ。
そしてその彼の前に。
いかなる力も衝撃も通さぬ極なる防壁―――赤い大剣が聳えていた。
レッドクイーン
フォルトゥナの紋章が刻まれた『魔剣』―――『赤の女王』が。
神裂「…………」
その魔剣の主は、これを背にして一番前に立っていた。
冬の山風に、紺色のコートとこめかみの一部だけが『赤く』なった髪を揺らし。
圧倒的な余裕に満ち溢れながらも、
一切の隙も油断も無い瞳を―――前方15m程に立っているメタトロンに注いでいた。
その立ち姿は、消耗したメタトロンが対比となったこともあってまさに圧倒的だった。
一見すると涼しげな面持ちなのに、その身から迸らせている圧は焼き焦がされるかのようなもの。
戦意抱いてその間合いを抜けられる存在なんてどこにもいないであろう。
その姿を一目見て神裂は思った。
あの風格は―――バージルそっくり、彼やダンテと並べても遜色無い、と。
そしてもう一つ、逆に父や叔父とは大きく変わっていた点。
今のネロは魂からその血肉まで―――全てが『本物の人間』だった。
『最強の人間』が立っていたのだ。
愛する人類達が生き延びるには、
天界の管理と保護が必要だと信じて―――それが己の使命だとして―――
―――ここまで突き進んできた天の気高き戦士の前に。
彼はもとより、天界にも魔界にももはやまともに戦える存在がいない―――『超越した人間』が。
228: 2012/02/12(日) 03:03:28.65 ID:YhzyF4dBo
メタトロンもこの時、確実にわかっていたはずだ。
スパーダの血筋の力を捻じ伏せて、
そっくり『人間のもの』にしてしまったネロ、今の彼の存在が示す事柄を。
スパーダの孫であり人類を愛する『最強の人間』が、学園都市側についているということの意味を。
戦いの結末は決まった。
結局、どちらが『正しかった』のかもここで決定付けられたのだ。
神裂「…………」
だがその『戦い』自体はまだ―――終ってはいない。
『結末』が『現実の確定事項』となるには、戦いに完全に終止符が打たれる必要があるのだ。
それも武力によって片側が敗北する形で。
そしてそれこそが魂の戦いを終らせる唯一の手段。
ネロとメタトロン、言葉は一切交わさぬもこの瞬間、両者の間には確実に『了解』があった。
互いに理解し、互いに成すべきことを成すのだと―――『この戦い』を終らせようと。
この時点でメタトロンが天の加護で復活する可能性はまず確実に無くなった。
ネロと了解した事で、ここでの彼の行動がどうであれ、その真意は完全に四元徳に反するものなのだから。
血塗れた体をぐっと低くしては杖を構えついに、メタトロンが地を蹴った。
ぶわりと舞い上がる粉雪、その中を突き抜けていく速度は、
先ほど神裂と戦っていたときに比べたら止まっているに等しいものであった。
ネロ「―――目を閉じてろ」
対するネロは、背後の女性陣に向けてそう告げながら。
後ろのレッドクイーンの柄を逆手で取り―――
向かってきたメタトロンへ向け一閃―――容赦なく振りぬいた。
229: 2012/02/12(日) 03:06:51.99 ID:YhzyF4dBo
神裂「―――や……め…………―――」
瞬間、思わず心の底から言霊が漏れかかったものの、まともな音には鳴らなかった。
またもしちゃんと声になっていたとしても、確実に何も変わりはしなかったはず。
それにもしここで自身がネロの立場だったなら、口ではこう声を漏らしながらも、
まず間違いなく彼と同じく一切手加減なしに刃を振っている。
これはどうしようもなく無力な声であり、無意味な言霊でありでり、
もともと『場違い』な情感なのだ。
神裂だけが勝手に思い、一方的に心を揺らしただけで、
当のメタトロンにとってもそもそも知ったことではない。
現に神裂の言霊を受け続け理解しながらも、彼はただの一度も反応することは無かったのだから。
ただそれでも、と。
ここで彼女は恥じることなく―――こう確かに心の内で声にした。
例え無意味、無駄で甘くて稚拙だとしても。
一人くらいは、彼のために涙する『人間の心』があっても―――良いではないか、と。
偉大な天使の首は宙を舞い―――地に落ちて。
静かに雪に沈んでいった。
230: 2012/02/12(日) 03:10:44.76 ID:YhzyF4dBo
打ち止め「――――――……天使たち、降伏したって」
芳川の腕の中で、
虚数学区と魔塔の界域の状況を告げる幼い少女。
これもまた、メタトロンの『ケジメ』によるものだ。
旗印である彼が倒されることで、彼に付き従った兄弟達はみな『敗北』したのだ。
こうして―――『生きたまま』で。
ネロ「……とりあえず戻ろう。皆、グラシャラボラスに乗ってくれ」
ネロがレッドクイーンを背負いながらそう告げると、魔狼は彼の傍にまで跳ね、皆が乗りやすいよう姿勢低くした。
まず打ち止めと芳川が、次にアステカの魔術師は黒髪の少女の手を借りて、
続けて一番後ろにいたアレイスターが、花飾りをつけた少女の手を借りてその背に乗っていく。
魔狼の体躯は大きかったも、さすがにこの人数ではその背はやや狭い様子か。
そうして皆が乗ったのを確認したのち、ネロが魔狼の首に右手を当てて。
狼の頭上に飛び乗る直前に。
神裂「…………」
ぼろぼろに泣いている神裂の顔を見やった。
そうして周りの者達とは違い、彼だけはその涙の意味を理解したのだろう。
ネロはふっと小さく、呆れた風ながらも優しげな笑みを浮べながら。
ネロ「……お前らしいな。神裂。お前らしいよ」
二度、そう口にした。
神裂「………………」
そのネロの言葉で、神裂ははっと悟った。
バージルがなぜ―――この神裂火織という無様な人格の存在を許し続けるのか。
直後、それを裏付けるかのようにやっと―――繋がりの向こうから『主』の言霊が聞えてきた。
あのメタトロンの氏の際に心の中で発した声、それに返してくる形で。
『それでいい。それでこそ愚かな人間だ』、と。
―――
242: 2012/02/15(水) 23:47:42.76 ID:qn1b5W7Uo
―――
遡ること少し。
一行は、冬風が吹き荒む山の中を進んでいた。
先頭からエツァリ、彼に肩を掴まれ引かれているアレイスター、
その後ろを初春、打ち止めを抱いた芳川、佐天らが一塊になるようにして続く。
頬や鼻先、耳を真っ赤にしながらも膝まで埋まる雪をかきわけ、懸命に前へ前へと。
天候は荒れてないとはいえ、
厳冬期の南アルプスの冷気は身を切り裂くほどのものである。
服装は芳川も打ち止めも着の身着のまま、
アレイスターは薄い手術衣、佐天なんかは上はTシャツのみ。
(彼女はもともとジャケットを羽織っていたのだが、
イフリートの熱気が残る窓のないビルに到着した際に脱いでしまっていた)
ジャッジメントとして野外作業を行っていた初春の服装は幾分マシだったとはいえ、
やはりこのような環境下では焼け石に水か。
初春はその能力『定温保存』によって、
打ち止め・芳川と佐天にも手を回してその体温をなんとか保持していたも、
それら服装と所詮レベル1ということもあって、一定に保つことはやはり困難であった。
またエツァリもとある理由で、ここに降り立ってからは一切の魔術を起動していなかった。
今の彼の手にかかれば周囲気温を上げるなんて易いことではあるが、
ここで魔術の類を使用したら位置が特定されてしまうかもしれないと考えたのだ。
彼の魔術に使われる力、その出所を考えれば当然の判断であろう。
243: 2012/02/15(水) 23:49:20.53 ID:qn1b5W7Uo
ただしその制限はすぐに解除されることとなった。
一行が強張らせて雪に埋もれ進んでいると。
突如後方の上空から、日が昇ったというほどに光が差し始めてきた。
エツァリ「―――ッ」
驚き足を止め、半ば吸い寄せられように振り向く一行。
だがそう見やったところで、彼らには特に意味が無い行動だった。
この瞬間の出来事に対する理解は、のちの一段落ついた時に断片的に推測できた程度。
今ここではその一部ですら思案することは不可能だったのだから。
天空で青と白銀の光が迸った風に見えた次の瞬間には、
より激しく迸った光が、峰向こうの遠くの頂を消してしまっていた。
こうして結標、メタトロン、神裂という三者の『問答』は、
彼らの意識が『追いつかない速度』どころか、そもそも『認識できない領域』で展開し終結したのだ。
エツァリ「……っ!」
何が起こったのかは見当もつかない、だが一つだけ、
この時エツァリは周囲環境の変化を感じ取った。
場を満たしていたあの圧倒的なプレッシャー、『力の層』が忽然と消えていたのを。
辺りが完全に『晴れ渡っていた』のだ。
刹那、彼は自分達の存在が浮き彫りになるような感覚を覚えた。
白亜のキャンパスに墨で示されるかのごとく明らかに。
その感覚は間違ってはいなかった。
二柱の激突によって実際、エツァリ達の存在を隠していたベール―――
―――拡散された結標のAIMは、全て吹き掃われてしまっていたのだから。
244: 2012/02/15(水) 23:51:20.37 ID:qn1b5W7Uo
佐天「―――……っ?!」
振り返った先の空に見えたのは、
少しばかり前にデュマーリ島で見たのと同種の眩い輝きだった。
覚えるのは精神が潰される異様な威圧感、夜の大海に投げ出されたかのような不安と卑小感。
そして脳裏に蘇るのは真新しい記憶、デュマーリ島で目にした凄惨な光景。
芳川達の体を外気に触れさせないように庇っていたその腕に、佐天は反射的に力を篭めてしまった。
だがそれでも。
彼女の我が揺らぐことはもう無かった。
デュマーリ島で体験した世界、その圧倒的な戦慄は耐え難いも、
一方でそれらが重石となり、彼女の意識を刺激して押し留めるのだ。
かの島にてこの戦慄を前に彼女は立ち、歩を進めた時点から。
もう彼女はただただ恐怖に打ちひしがれる子羊なんかでは無かった。
力が微塵も無くとも、その心は屈しはしない。
彼女は弾けたように芳川と打ち止めの方を振り返り、その意識が保たれているのを確認し。
次に初春を見やると。
佐天「―――初春っ!!」
友は凍り付いていた。
比喩ではなく文字通り冷気によって凍りついたのでは、
と一瞬思ってしまうくらいに蒼白な顔に、大きく見開かれたまま固まっている目。
そして明らかに寒さによるものではない震え―――
245: 2012/02/15(水) 23:52:38.15 ID:qn1b5W7Uo
―――同じだ、と佐天は思った。
デパートにおける一件で、初めて異形の存在に遭遇し、
これまで経験した事の無い恐怖に駆られ、
次第にそれらが積もり積もっていき、最終的に弾けてついに意識が飛ぶ―――まさにあの時の自身の姿か。
その友の姿を見て、佐天の顔からも一気に血の気が失せていく。
彼女は飛ぶようにしてその側へ向かい、その初春の肩に手を当てて大きく揺さぶり、
喉が張り裂けるくらいに思いっきり呼びかけた。
すると。
佐天「―――初春!!初春!!」
初春「―――あっ―――」
幸い、彼女の意識は『まだ』飛んでいなかったか。
放心状態ながらも視線を彼女の方に向け、
言葉にならないとはいえ反応の声を漏らしたのだ。
佐天「初春!大丈夫!大丈夫だから!!」
佐天は彼女の頬に手を当てて、
なんとか剥離しかけた友の意識を繋ぎとめようとした。
―――あの時、白いシスターの少女にやってもらったように。
頬を撫でながら何度も何度も呼びかけて。
246: 2012/02/15(水) 23:54:52.04 ID:qn1b5W7Uo
打ち止め「―――来るよ!!」
その時、芳川の腕の中の少女が血相を変えて声を張りあげた。
空や彼方を満たしていた光が収まった直後のことだった。
そうして少女の声が放たれた瞬間。
エツァリ「伏せて!!―――」
彼が大きくそう叫びながら一行の最後尾、
佐天の側へと人並みはずれた身体能力で跳ねて。
殿に立つと一方の手を前方に伸ばし、
なにやら日本語でも英語でもない言葉を素早く口走った。
すると―――彼の胸元から一気に伸び、周囲に展開する黄ばんだ包帯のような『帯』。
初春を抱き寄せて、芳川と共に雪に埋もれるほどに伏せながらも佐天は横目に見た。
その次の瞬間、帯が一気に光り輝き。
彼の前方に『浸透』し、
空間を満たしてさながら―――『城壁』のような分厚い光の塊になったのを。
そして直後。
彼とその『城壁』越し、向こうの森の奥できらりと『別の光』が瞬いたかと思うと。
一瞬聴力が喪失するほどの耳を劈く激音と。
五臓六腑が一回転するかというくらいの衝撃が周囲に迸った。
247: 2012/02/15(水) 23:57:02.99 ID:qn1b5W7Uo
佐天「―――っ!」
この時はもう横目で見てはいられなかった。
腕の小刻みに震える初春、その頭に顔を押し付け、
彼女もできるだけ小さく縮こまるしかなかった。
この猛烈な『嵐』が過ぎ去るのを待って。
衝撃は断続的に何度も響いた。
そのたびに呼吸どころか、意識が実際に一瞬だけ『点滅』する。
この強烈な刺激に耐えられずに、自己防衛としてシャットアウトでもしているのか。
だがこの猛烈な『連射』はそう長く続きはしなかった。
佐天「―――っ!」
終了の時が唐突に報される。
どさっという、背に圧し掛かる重くも柔らかい衝撃で。
瞬間、とてつもなく不吉な予感を覚えながら佐天が勢い良く顔をあげると。
その予感は『完全的中』はしなかったものの、八割方は当たっていた。
首、胸、腹を真っ赤に染め上げて、
エツァリが倒れこんできていたのである。
248: 2012/02/16(木) 00:02:02.83 ID:/isA60jto
佐天の背に仰向けにぶつかると、
そのまま横の雪面に転げ落ちるエツァリ。
佐天「あぁっ―――!」
佐天は上半身を上げると、片腕は初春に回したまま、
もう片腕をエツァリの胸に咄嗟に押し当てた。
デュマーリ島にて傷の手当の際、彼女自身が唯一手伝えたのと同じく、
シャツの下から滲み上がって来る血を押えようとしたのだ。
ただこの時に限っては、彼女の手は必要なかった。
エツァリはまだ生きており、そして次の瞬間にはすぐにそのための魔術が起動され、
かろうじて止血されたのだ。
もっともそれも、あくまで気休めであるが。
エツァリ「……行ってください!!早く!!」
彼は己の容態など眼中には無かったようだった。
佐天の手首を取ると、強く握っては自らの胸から離し、
怒号染みた声でそう叫んだのだ。
その言葉の意味は佐天もすぐに悟った。
デュマーリ島における経験もあって、このような場での理解が早くなっているものだ。
自分達が今どんな状況に置かれているか、それが今やすぐに推測できるようになっていた
佐天「―――っ」
そしてまたもや不吉な気配とでもいうか、悪寒を覚えて反射的に面をあげると。
その『一目』で推測は確信に進化した―――自分たちは『絶体絶命』なんだ、と。
木々が倒れた向こう、闇を満たす雪煙の中にそれが立っていた。
『鎧を着込んだような人』の姿をした『災厄』が。
249: 2012/02/16(木) 00:04:15.21 ID:/isA60jto
その見た目は、一見すると酷く傷を負っている様子だった。
鎧が肩辺りから胸元にかけて大きく割れ、
そこから真っ赤な液体が大量にこぼれており、手先も真紅に染まっている。
だがそれでも、と。
佐天は直感と経験的に悟っていた。
いくら手負いであろうと、『あれ』が脇に倒れている彼をこんな風にしたのだと。
そして彼の言からも受け取れる通り、つまり今や自分達は―――あれに抗う術は皆無だと。
佐天「―――」
そう認識した瞬間、どくんと自らの鼓動が大きく聞え、思考が一気に加速していく。
行け、と脇に倒れている彼は言うも、もはや逃げ切れるわけがない。
最初、『あれ』のものであろう光はずっと遠くにあったのに、
衝撃が轟いた一瞬ののちには30m前方なのだから。
どう考えてもこの足で走ってなんとかなるものではない。
こちらが走り出そうとする前、この今の次の瞬間にも、
『あれ』はここに手を届かせているだろう。
それに、走ること自体がもう無理だ。
打ち止めを抱いている芳川も消耗しており、初春は恐らく立つこともできやしない。
そう、無駄なのだ。
何をしたって無駄。
己がどう行動しようが、この状況に波紋を起こすことなど決して出来ないのである。
―――と、佐天涙子はここに理解するも。
彼女はいまや『大ばか者』だった。
250: 2012/02/16(木) 00:06:45.53 ID:/isA60jto
一度、誰かに身を挺して守られてしまうと。
二度目は大きな葛藤が生じ、ここで自らの生存本能を押しのけて行動してしまうと、
晴れて『大ばか者』の仲間入りだ。
そして三度目以降は、考える前に体が動いてしまう。
物事や場合によっては、『諦めること』もまた正しい選択である。
分別をつけていかなければまともに生活することすらできやしないものだ。
だがただ一つ、絶対に諦めてはいけないことがある。
どんなに絶望的状況に面しようが、これだけは決して妥協してはいけない。
――――――『大切な人を守る』ことだけは。
佐天「―――」
かの島の地下トンネルで一線を越えていた佐天には、
恐怖に直面して『諦め』や『降参』という行動が結びつく回路がもう存在していなかった。
思考するよりも、覚悟を決めるよりも早く、彼女は素早く立ち上がり前に踏み出していた。
真っ直ぐ『己達の氏』を見据え、反抗的な炎を燃やして相対。
ここでようやく思考が追いつき彼女は自らの行動の意味を認識する。
今の己はさながら線路上に立ち、突貫してくる新幹線に挑んでいるようなものだと。
それでも彼女はもう怯みはしなかった。
人並みに恐怖して汗を噴出しながらも、一分も気圧されはしないのだ。
瞬間、正面の『あれ』の手元がきらりと光が瞬いた。
その輝きが何なのかも、佐天は目にする前から知っていた。
『氏』だ。
251: 2012/02/16(木) 00:08:24.79 ID:/isA60jto
佐天「―――」
煌きを見た次の瞬間、その白銀の光が視界を覆った。
一瞬の激音を伴ってすぐに消え去る聴覚、そして触覚も薄れていき。
意識も消え去る―――それが現実的な結末であろう。
―――しかしこの後の展開について。
土御門元春がもし詳細を知れば、
彼はこの佐天涙子という人物についての己の解釈が正しかったと確信したであろう。
確かに力は皆無に等しいも、やはり彼女は『舞台』の上の人物だった、と。
佐天の行動は、彼女にしか成せないことを成してしまう。
それも運命の女神からもたらされたような『受動的な恵み』なんかではない。
彼女自身の『行い』がここに帰結したのだ。
彼女とある少女との―――ごく短い期間ながらも、強くしっかりと紡がれた『絆』がここに。
佐天涙子はここで『再会』した。
目が眩んでしまったせいか、視界はいまだに真っ白に塗り潰されていたも、
すぐに回復した視覚以外の五感で佐天は―――
佐天「――――――――――――ル……シアちゃん?」
―――不意に彼女の存在を覚えた。
ふわりと彼女の香り、気配とでもいうか。
あの少女が目の前にいるような気がしたのだ。
252: 2012/02/16(木) 00:10:59.02 ID:/isA60jto
ルシアが生きていた―――来てくれた―――瞬間的に湧き立つ喜びを押え切れずに、
こんな状況であるにもかかわらず思わず手を伸ばす佐天。
まだ視覚は眩んだままで、雪と夜闇といったくらいしか判別できなかったも、
彼女はルシアの存在をはっきりとすぐ前に覚えていたのだ。
しかし。
伸ばした手が触れたものは、『熱』は篭っていたも―――『人の体』ではなく。
佐天「―――」
指から伝わってくるのは硬い硬い―――金属の触感。
ようやくベールが解け、元の状態に戻った視覚が捉えたのは、
銀色の刃に、柄と刃の腹が鮮やかな赤色の巨大な『剣』だった。
ちょうど一歩先の雪面に突き刺さり、
柱のように聳えているこの大剣は見覚えがあった。
忘れもしないデパートの件の時、あの奇妙な鏡の世界でシスターと己を守ったネロのものだ。
そうしたこの状況を見れば、この大剣が皆を『光』から守ったのは明白か。
だがこの時、彼女の思考はもうそこまでまわらかった。
大剣に手をあてがったまま、佐天涙子は呆然と立ち尽くした。
なんでこの剣から―――あの子の気配がするのか。
なんでこの剣に触れていると―――あの子に触れている感覚がするのか。
それが理解できなくて。
そして『なぜか』不意に―――『理解したくない』とも感じてしまった。
253: 2012/02/16(木) 00:13:00.39 ID:/isA60jto
佐天「……あっ……」
不快に高鳴る鼓動。
『なぜか』胸も急激に締め付けられ、息苦しくなっていく。
自分でもわからないしわかりたくもない。
頭の中は真っ白だった。
初春「―――佐天さん!!」
硬直した意識に飛び込んできたのは、悲鳴にも近い親友の声。
初春が後ろから腰に抱きついてきて、
血相を変えて揺さぶり目一杯に締め付け引っ張っていた。
それ以上先に行かせないとでもするかのように。
エツァリ「……下がっ……て!」
そんな初春に次いで
ふらつきながらも立ち上がったエツァリによって肩を押され、
ついに佐天は後方に尻餅をついてしまった。
呆然と目を見開く佐天に、彼女を押し留めようとする初春、
その光景は少し前とは完全に真逆のものだったか。
固くまわされる初春の腕に抵抗を示すことも、起き上がろうともせず。
佐天涙子は背の初春に覆いかぶさるような姿勢で、
エツァリ越しにあの大剣をずっと見つめていた。
254: 2012/02/16(木) 00:15:28.05 ID:/isA60jto
数秒後か、そんな風に思考停止したまま目を見開いていると。
大剣の向こう側に、空からたんっと軽く降りてきた大きな後姿。
紺色のコートを纏った大柄な銀髪の青年の背が視界に飛び込んできた。
佐天「―――」
そのなびく銀髪の彼の姿に魅せられて、反射的にきゅっと収縮する心。
ただこの時、佐天はまたもう一つ別の感情も覚えた。
またもや―――ルシアの気配を。
大剣からのと同じく彼―――ネロ自身からも。
更に数秒後、ネロが背後の佐天達に横顔を向け。
大剣の柄を逆手で握りながらぶっきらぼうに呟いた。
ネロ「―――目を閉じてろ」
佐天「―――」
ここでついに佐天涙子は『それ』を目にした。
ネロの前髪端のひと房が―――燃えるような赤毛だったのを。
あんなに鮮やかで綺麗な色の髪は見間違えるわけが無かった。
あんな髪の持ち主はきっと、きっと世界に一人しかいない。
一人しかいないはず、それなのに―――
255: 2012/02/16(木) 00:17:33.90 ID:/isA60jto
空や遠くの峰々を覆った輝きの奔流や、
エツァリとの壮絶な『光の激突』に比べれば、あっけない幕切れだった。
鎧を着込んだ『あれ』は、ネロの一振りによって首を飛ばされて。
頭なくした体が彼の前に吹っ飛び倒れ、雪に埋もれ沈んでいった。
名だたる天使、メタトロンの氏の瞬間である。
ただこの相手が何者かなんて知る由が無い佐天涙子にとっては、
いや、もし知っていたとしても、この時は彼の氏に意識が向くことはなかったであろう。
彼女の意識はずっと―――ネロに注がれていた。
彼は一度、舞う雪を掃うかのように大剣を振るうと、
脇の雪面に突き立てて、何事もなかったように振り向いて。
涼やかな面持ちのまま一度、皆を一通り一瞥して、立ち構えていたエツァリの肩をぽんと叩いた。
褐色の肌の少年はその一手で、
凍結が解けたかのように大きく安堵の息を吐いてはその場に屈んだ。
そしてネロは数歩進み、彼の横を通って。
佐天「…………」
何も言わずに彼女の前に屈んだ。
その佇まいは涼しげで、やけに落ち着いていて。
一方で冷たさは微塵も無く、むしろ包まれて暖かな感覚。
佐天「………………な、なんで……」
その温もりに引き出されるように、彼女の口からこぼれる言葉―――
256: 2012/02/16(木) 00:21:01.05 ID:/isA60jto
そこにはなぜルシアの気配が、という意味も篭められてはいたが、
もはやそれだけに留まってはいなかった。
今目にして感じている事、その何もかもが理解し難かった。
彼女自身でも、その問いの全ての意味は完全にわかっていなかったかもしれない。
だがここでネロによって示された『答え』―――それはそれは抽象的で、
答えと言うよりも「ただ仄めかしている」と表現できるものであったも―――によって。
彼女はここでようやく『理解』する。
ネロは何も言葉を発しなかった。
彼は目をやや細めてはほんの微かに笑みを浮べると、ゆっくりと右手を差し出して。
佐天の手を取った。
佐天「―――っ……」
静かに、優しく浸透してくる温もり。
不快に高鳴っていた鼓動もみるみる収まり、凍えきっていた体の芯も穏やかに柔らかになっていく。
そこで佐天ははっきりと確信する。
ルシアの気配を覚えたのは、決して勘違いではなかったのだと。
かの小さな女の子の身に、具体的に何が起こったのかは想像がつかなかったも。
その『意味』は理解した。
わかってしまうのだ。
理由はしっかりと言えなくとも、間違いないと断言できてしまうのだ。
この心が、魂がはっきりと告げてくるのである。
前髪の端が赤毛のネロ。
彼の手から伝わってくる温もりは、恋焦がれるひとのものであると同時に。
あの小さな友『本人』の温もりであるのだと。
そうしてネロの手に支えてもらいながら立ち上がり、
ある程度意識が確かに戻っていた初春に、今度は自分が手を差し伸べて立ち上がらせて。
エツァリに肩を貸し、異形の大きな狼の背に乗り。
後ろから腕をまわしてくる初春の暖かさで最後の緊張の欠片も溶けて、
ここでようやく彼女は『意味』を受け止めた。
空へと一気に跳躍した魔狼の背にて、佐天涙子は静かに涙した。
最期にもう一度、こうして救ってくれた―――あの無垢な友を想って。
―――
257: 2012/02/16(木) 00:21:43.79 ID:/isA60jto
今日はここまでです。
次は金曜か土曜に。
次は金曜か土曜に。
258: 2012/02/16(木) 00:24:07.02 ID:wq6fZotXo
乙です。そうか、ネロの髪が赤くなったのはそういう・・・くそう、そういうのいいなぁ。
259: 2012/02/16(木) 00:24:43.25 ID:1GC3QvXDO
寝る前に来てくださった!
乙です
乙です
次回へ続く:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その37】
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