269: 2012/02/19(日) 02:10:47.59 ID:xwBrSy4do


最初から読む:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」

前回:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その36】

一覧:ダンテ「学園都市か」シリーズ

 ―――

『兄弟』達の戦いは終焉した。

メタトロンが『自ら』幕を引き、この戦い『意味』の全てを持ち去ったことにより、
彼を長としていた者達は刃を置きざるを得なかった。

結果的に示され確定した自らの選択と手段の過ちと、完全なる敗北。
そして何よりも『このネロがいる結果』は、自らが掲げていた理想に最も近きもの。


彼らにはもう、この戦いを継続する理由は微塵もなかった。


テメンニグルの塔、門前の広場にて。
学園都市側についた戦士達を前に、
この防衛線を突破しようとしていたカマエル、ラジエル、ザドキエル、ハニエルそしてサンダルフォン。

偉大なる五柱はそれぞれの武器を地に突き立てては手放して、
膝をつき厳かに頭を下げていた。
裁定を静かに待つ罪人のように。

その突然の行動に学園都市側の戦士達は一瞬、訝しげに警戒を強めたも、
風斬が数秒遅れで打ち止めからの事情を口にして、
天使達の意図を理解した。
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270: 2012/02/19(日) 02:12:30.59 ID:xwBrSy4do

キャーリサ『…………』

断罪を求める彼らにふさわしき答えは一体どのようなものか。

イフリート『……』

アグニ『ふむ』

まずこの大悪魔達は、悪魔の道理に従った判断を下した。

敗者の末路は滅ぶか力の糧となるかの二択のみ、
なんとも悪魔らしい『ぶれ』の無い考え方であろうか。

アグニは本体たる大剣を肩に載せ、イフリートは全身から熱を滾らせて、
両者は歩を進めて、当たり前のことのように悪魔流の『敗者の断罪』を行おうとした。

するとその時。


キャーリサ『―――待て』


獅子たる姫が口を開いた。
大悪魔達はこの戦いの主役が誰なのかを理解していたのだろう、
刃と拳を一旦退かせては彼女に場を譲った。

そんな二柱の間を、
負傷してる主を横から支えようとしていたシェリーの手を振り払いながら、
血と同じ色のマントを靡かせて抜けていくキャーリサ。

光り輝く抜き身のカーテナを手にし、向かうは―――サンダルフォンのもと。

彼女はかの天使の前に立つと、
あたかも斬首を宣告するかのように彼の肩に刃をのせて。


キャーリサ『面を上げろ―――「エリヤ」』

271: 2012/02/19(日) 02:16:03.45 ID:xwBrSy4do

その響きは、かつてこの天使が人間界の大地を踏みしめていた頃の名。
たった今このカーテナの『向こう』から伝えられてきたものだ。

キャーリサ『……』

この剣からは今、ここにいる天使達の事情の何もかも伝えられてきていた。
いかなる結論で父と兄弟と道を分かち、こうして戦う側を選んだのか。

どんな気持ちで人間達に刃を向けていたのか。
そして今、どんな気持ちで完全なる敗北を喫したのか。

兄弟を奪っていったネロや人間達を恨むことなんてもってのほか、
自らたちを憎むこともできず、称えることも貶すことも、
哀れむことも怒ることさえも叶わない、どうしようもなく『惨めな』敗残戦士たち―――


―――しかし。

実のところ、その辺りはキャーリサにとっては『どうでも良かった』。
むしろこのような『主』からの懇願とも受け取れる声には、その生温さに辟易してしまうくらいだ。


―――甘すぎる、優しすぎる、めでたすぎるとキャーリサは心の中で吐き捨てた。


そんな事だから、こうして一部の子達が袂を分かつことになってしまうのだ、と。

こんな甘ったるい考え方よりも、キャーリサはどちらかといえば
『敗者は氏して勝者の糧となるのみ』という悪魔流の徹底された道理の方が好きだった。

だが気に入らないからといって、
このカーテナからの甘ったるい声を無下には出来ないものまた事実である。
現にこうして多大な力の支援を行ってくれているのだ。

ここで悪魔流なら『それとは別だ』と、
『行い』には等しき『代償』を求めるであろうが、
真っ当な人間ならば、たとえ同情はしなくともパトロンへの『礼』の気持ちはある程度はふまえるものだ。

そしてそのような心は人間が人間たる感情の一つ、
『慈悲』に繋がりゆくものである。

キャーリサ『…………』

272: 2012/02/19(日) 02:21:08.36 ID:xwBrSy4do

同情はもちろん許しも与えはしなかったが、
ここにキャーリサは慈悲を示した。

騎士の儀式のように、サンダルフォンの肩を軽くカーテナで叩き。
そして同じく反対側の肩も叩き―――与える。


キャーリサ『―――立て。「守護天使」よ』


もう一度、彼らが『人間のため』に戦える機会を。

カーテナは彼らに新たな魂の『絶対的な契り』を交わさせ、
分かれた家族をまた一つに戻し、ここに再び誓わせたのだ。


―――『人間の手』によって。


天界と人間界の関係はもはや保護でも管理でもない、対等な―――『友』となる証だ。


さすがはダンテを通して人間の考え方に触れていたせいか、
アグニとイフリートもこのキャーリサの判断を理解し納得した様子だった。

サンダルフォンの肩から剣を離してキャーリサが一歩下がると、
この天使は静かに立ち上がり、そこで初めてキャーリサに向かい合った。

キャーリサ『……』

身長は騎士団長と同じくらいだろうか、肉付きは彼よりもやや逞しい。
古代地中海的な、オリエントとギリシア、ローマ文化が混ざったかのような趣の装具類、
それらの隙間から覗くのは、健康的な血色の人とまったく同じ肌。

顔はフルフェイスの兜で覆われていたも、
その兜の眼孔からはのぞくのは―――ブラウンの瞳。

淡く天の光が衣となっていたも、間違いなく人間のものだった。

273: 2012/02/19(日) 02:23:38.53 ID:xwBrSy4do

キャーリサは、以前悪魔について学ぶ中で聞いた、
『物理領域に縛られているこの世界の生命とは違い、魔界では精神が外見を形作る』という事柄をふと思い出していた。
おぞましき意思を持つものは、目にするのも憚れるくらいに醜く、
武人たる高潔な意志をもつものは、相応の威厳に満ちた姿になると。

それを耳にした時、まず彼女の脳裏を過ぎったのはステイル=マグヌスだった。
悪魔化したあとも、肉体の形状は一切変わらぬステイル。

彼の姿を頭にして彼女は一つ、こう推論を置いた。
人の心を持ち続ける限り、悪魔となろうとも姿は『人間』のまま存続するのでは、と。

キャーリサ『…………』

そして今、彼女はその推論は天使にも適用されるのだと悟った。
確定的な証拠は無い、全て状況証拠であるのだが、
キャーリサには断言できる確信があった。

ステイルと同じく神裂火織も、光の翼やら何やらを出現させようが肉体は人間のまま。
そしてメタトロンとこのサンダルフォンもまた人間の肉体。

これは人間の心のままだからだ。
そしてその点が、彼らが父と道を違えた最大の原因だ。
メタトロンやサンダルフォンも、己と『同じ』なのだ、とキャーリサは確信した。

このカーテナの向こうから覚えた父の『甘さ』に、自身と同じように完全に同調できなかったのだ、と。
そこで彼らは父に従わずに、自ら行動に打って出たのだと。

結果的には、彼ら兄弟の選択は『誤り』と決定付けられたものの、
硬直した状況を変える意志、彼らの人間たる心の力は猛烈なものだったに間違いない。
兄弟達の一部がこうして彼らに賛同し、
壮絶な覚悟で付き従ってきたのもそれがあったからこそだ。

274: 2012/02/19(日) 02:25:56.47 ID:xwBrSy4do

ここで皮肉なものだ、と。

キャーリサはサンダルフォンの瞳を見つめながら思った。

魔界天界そして人間界を交えたこの戦争、
想像を絶する規模・想像が届かぬ未知なる争乱ではあるが、
実際蓋を開けてみればなんてことはない。

『人間同士の戦い』という、きわめて慣れた要素も色濃くあるではないか、と。

アリウス、学園都市、清教、正教、
メタトロンとサンダルフォン、そして―――ネロ。


ここまでのほとんどの戦いの根底には、『人間』同士の意志の激突があったのだ。


キャーリサ『……』

―――と。
こうして皮肉を覚えたものの、キャーリサは特に笑いはせず、
この解釈を誰かに示そうとも思わなかった。

きっと全て終ったあとにでも、土御門やステイルあたりがしっかりここに気付いて皮肉に笑い、
神裂辺りが報告書という名の分厚い戦記、それも恐らく三分の一が彼女の的確な注釈という、
自身よりもはるかに正確に解釈したものを書き留めるであろうから。


キャーリサは少し冷ややかに目を細め、小さくサンダルフォンに向けて頷いた。

彼がそれに同じように頷き返すと、背後の四柱も立ち上がり、
それぞれが武器を再び手にしていった。

275: 2012/02/19(日) 02:29:13.72 ID:xwBrSy4do

一つの戦いは終わりをみたも、以前世界を跨ぐ大戦は激しく蠢いていた。

キャーリサと天使達がそうして刃並べるにいたるまでにも、
続々とこの界域に侵入してくる悪魔達。

学園都市側についた天使と悪魔と人間達が、
そこで握手し意を確認する暇なんてものは無かった。


キャーリサ『それでどーする?―――「大将」』

すばやく天の五柱を一瞥したのち、キャーリサは肩にカーテナを乗せ、
背後の風斬に声を飛ばした。

すると、虚数学区から引きつづきこの場の指揮と責任を担う人界の天使―――風斬は、
その大人しげな顔を引き締めこう告げた。

風斬『滝壺さんの守護を最優先とし、悪魔の掃討に専念します』

イフリート『うむ。それがよい。これは十強のkdajuskhyyaの軍勢だ』

そこに賛同の声を添えるイフリート。


イフリート『お前達が「ベルゼブブ」という名で呼んでいる存在だ。じきに配下の猛将どもが現れるはずだろう』


彼はノイズの部分を言いなおすと上を見上げ、
割れ落ちた天蓋向こうの蠢く空を示した。

276: 2012/02/19(日) 02:30:38.67 ID:xwBrSy4do

キャーリサ『……』

悪魔ベルゼブブ。

一般的に人間が知っているこの悪魔についての記述のうち、
魔界に君臨する圧倒的な王者であるという部分については正しいようだ。

イフリート『覇王がスパーダに敗れた直後、早々に「魔皇」と名乗り自らこそ統一玉座に相応しいと宣言した王だ』

かの存在を語る炎の魔人の声には、
緊張した滾りと鋭い警戒の色が滲み上がっており。
アグニの方は同じ空気を全身から放ちながら、まるで彫像のように押し黙っていた。

このような神たる『つわもの』達にまで、その体に力みを覚えさせるほどの力。
恐らく本物のベルゼブブを知っているのであろう、
五柱の天使たちにも同じような緊張の様子が見て取れた。

それ対し、風斬は特に調子も変えずにこう返した。


風斬『―――ネロさんがここに来ます』


その短い声で、この場の空気に一矢が叩き込まれた。
スパーダの孫である名が、
この場の絶望的な緊張を希望と勝利の確信へ一気に変えて行く。

風斬は同じく淡々とした声色で「それと」と続け。


風斬『「上」のアクセラレータさんの支援に向かいます。私と、天使の皆さんの中から案内役をもう一人―――』


するとその彼女の言葉が終りきらぬうちに赤き天使―――カマエルが一歩、前に進み出た。
その長方形の大盾で床を打ち鳴らし、大剣を堂々と肩に叩き乗せて。

―――

277: 2012/02/19(日) 02:33:01.90 ID:xwBrSy4do
―――

一方『……』

打ち止めの危機とその回避。
突然始まり一気に終結した一連の戦いに、
彼は目まぐるしく気を巡らし、最終的には一先ずの安堵に落ち着いていた。

この戦争はやはり一人で戦えるものではない、と改めて実感し。
仲間達の奮闘とネロの到来に一縷の歓喜を抱きつつ、
彼は横―――安堵と悲嘆を入り混じらせた表情の天使を見やった。

ラファエル、その彫像のような肌から滲ませるのは物憂げな空気。
奥のもう一つの木の方に座っていた二柱も同じ色を醸していた。

一方『……』

一方通行にとってはもはや、
わざわざそんな彼らの心境を聞く必要も無かった。

救われた大勢の人間の命、ネロがその刃をもって明確に宣戦布告したことによる、
決定的となった人類側の優勢。
ラファエル達の安堵は間違いなくそれによるものだ。

そして悲嘆の方は―――失われた『兄弟達』へのものであろう。

一方『……』

かける言葉は一つも無かった。
つい今に事情を知ったばかりの己の言葉なんか、いかなる重みも持ちやしない。

一方通行はただじっと黙した。
彼らの静かな弔いを邪魔しないように。

278: 2012/02/19(日) 02:33:49.86 ID:xwBrSy4do

とその時だった。
そうして喪に服していた三天使の様子が突然変わった。

ラファエルは目を大きく開いて硬直し、
瞑想のように佇んでいたガブリエルとウリエルも、
何かに気付いたかのように顔をあげて互いに見合わせている。

一方『……』

天使達のその様子からは、良きか悪いかは判別紙がたいが、
予期していなかった何かが起きたのは明白か。

今度は、一方通行は迷わず口を開いた。

一方『何があった?』

ラファエルはすぐには答えなかった。
まずガブリエルに頷いて合図、次の瞬間、
彼女が光の魔方陣の中に姿を消してからやっと一方通行へ向き、こう問い返した。


ラファエル『インデックス、と呼ばれている少女はご存知ですね?』


一方『……あィつがどォした?』

その名に一方通行は訝しげに目を細め、
押し頃しながらも鋭い声色で問いに重ねた。
すると深緑の天使は少し思案気に一拍置いて。


ラファエル『……彼女がプルガトリオの、天界の近層に入り込んできました。「出陣の野」という階層です』

なぜ、とは一方通行は聞かなかった。
ラファエルの顔にもはっきりと、同じく「なぜ」といった表情が浮かんでいたのだから。


―――

279: 2012/02/19(日) 02:35:33.23 ID:xwBrSy4do
―――


『彼』はここからやって来たのだ。


小さな魔女は、かの想い人の運命が始まった地を踏みしめていた。

禁書「……」

大気は柔らかい光に満ち溢れて空は澄み渡り、
豊かな草木と花に覆われた原―――『出陣の野』。
彼女は目一杯、小さな胸を芳しい大気に満たして、この牧歌的な情景を瞳に注いだ。


強き絆、あらゆる記憶、そして運命の始点たる場所。
ここに、完璧な上条当麻を引き出すために必要な全ての要素が揃った。

彼女は白虎―――スフィンクスの背から飛び降りると野に屈み、
早速召喚のための準備を行い始めた。


地に左手を当てて、頭の中で専用のアンブラの術式を一気に組み上げていき、
それらは金と銀が入り混じる光の紋様となって周囲空間に構築されていく。

そして彼女の真正面、少し離れた場所にベオウルフはどかりと腰を落ち着けた。
同じく神々しくも、この世界のものとは対照的に硬質で強烈な魔の光が、
周囲の草花を乱暴にかき乱していった。

そんな自らによる『環境破壊』には目もくれず、
白銀の魔獣はインデックスに声を向けた。

ベオウルフ『ここは天の領であろう?すぐにその手の者共が現れるのではないか?』

280: 2012/02/19(日) 02:39:32.57 ID:xwBrSy4do

禁書「うん。でもあなたが守ってくれる」

するとさも当然といった調子による即答。
頭を下げて頼むのでも顎を向けて命令でもない、単なる『事実』といった具合に述べるインデックス。

そう、これは聞くまでもない事であったろう。
証拠に魔獣は、この不敬に不機嫌になるどころか、
かっと短く、愉快気な笑いを漏らした。


―――とその時、突然―――ベオウルフの表情が豹変した。

白銀の魔獣は、敏感にこの階層への侵入者を検知したのだ。
だが彼が立ち上がりその牙を露にする前に。

禁書「大丈夫!」

インデックスがそう声で押し留めた。


そしてその直後―――天使が一人、インデックスの斜め前方5mほどのところに現れた。


ゆったりとした衣を纏った、女性型の天使だった。

『彼女』は二度、白銀の魔獣と小さな魔女を交互に見やっては、
驚きと困惑に満ちた表情を浮べたも、そこに敵意は欠片も無かった。

対面したのは始めてであるも、彼女はインデックスの身元を知っているのだ。
一方でインデックスの側は、彼女を昔からの馴染みのようにもっと良く知っていた。
なにせ上条当麻が良く知っているのだから。

小さな魔女は一旦作業を中断しては、その左手を天使に差し出して。
柔らかく微笑んで口を開いた。


禁書「あなたからすれば、私は初めまして、かな―――ガブリエル」


そうしてここでインデックスの口から語られる、この魔女の目的。

それを耳にしたガブリエルの顔は驚愕の次に―――希望に彩られ、
その情報はラファエルをはじめとして家族兄弟の間に一気に伝達していった。

―――

281: 2012/02/19(日) 02:43:13.57 ID:xwBrSy4do
―――

一方『―――おィ、なンだってンだ?』

みるみる明るい表情に変わっていったラファエルを見、
一方通行は目を細めながら問うた。

すると天使は今にも弾けんばかりという勢いで。

                     ミ カ エ ル
ラファエル『彼を―――上条当麻を竜から引き出すのだと!』


一方『―――っ……本当か?確かにやれるのか?』

耳を疑う返答だった。
一瞬、その言葉の理解と確認に時間を要してしまうほどだ。
だがその程度の頭脳労働など、この喜ばしい意味の前には屁でもない。

ラファエル『少なくとも彼女は自信に満ちています!私は信じますよ!』

確かな証拠も根拠も無いも、
これには一方通行も賛同したくなってしまった。

これぞまさしく『希望』と言えるものだ。

上条当麻が帰ってくる―――その響きだけで、
一方通行は心が勇み漲って来るのを感じた。

282: 2012/02/19(日) 02:45:22.85 ID:xwBrSy4do

と、そうしていたところ。

はちきれんばかりに歓喜の色に染まっているラファエルとウリエルが、
更に大きく翼を羽ばたかせ、文字通り飛びあがるようにして立ち上がった。

一方『―――?』

嬉しさの余り本当に跳ねてしまったのか、
天使と言うものは案外俗っぽくて子供っぽいのかもしれない、
そんな風に考えてしまうところであったが、どうやらそういうわけでは無かったらしい。

別の事情があったのだ。

瞬間、3m程離れたところに出現した光の魔方陣。


赤く、悪魔的な輝きを発しているも―――ふと一方通行は気付いた。
その紋様・文字が、これまで見てきた天使の頭上にあった光輪と同じ系統のものだということに。

ラファエル達の様子を見る限り、襲撃者ではないようだった。
驚きと緊張に満ち溢れながらも、そこに警戒の色は欠片もなかったからだ。


そうして皆の視線が注がれてる中、魔方陣から姿を現したのは。


鰐皮のコートに、サングラスにスキンヘッドという、
どこからどう見ても天使とは思えない―――大柄な黒人男だった。

283: 2012/02/19(日) 02:48:18.94 ID:xwBrSy4do

一方『……』

その余りにも場違いな風貌に、
一方通行は無意識のうちに思いっきり眉を顰めてしまった。

湿った夜の路地が似合う、ハードボイルド映画にでも出てきそうな男が、
この牧歌的な世界に立っている光景といったら全くとんでもない。

そんな風に唖然としている彼とは対照的に、二人の天使は男の姿を一目見た瞬間。
今度は素早く片膝をつき―――頭を下げて。


ラファエル『お久しぶりでございます―――「閣下」』


そんな厳かかつ敬意に満ちた声を発した。

一方『(……閣下ァ?)』

姿勢も喋りも明らかに目上に対しての―――それも最高級の態度。
それも上辺だけじゃない、心の底からの敬意に満ちているものだ。

その一方、彼はこの頃にはもう、
天使達の態度とは対照的な、男の異様な雰囲気を敏感に嗅ぎ取っていた。

容姿に起因するものとはまた別のこの異質な威圧感、
この系統のオーラは以前から良く知っている。

間違えるわけが無い。


――――――『ダンテ』と同種のものだ。


「―――おう坊主共、元気だったか?」


男は大またでこちらに向かってくると、天使たちにそう言葉を返した。
そのいかにもな姿に相応しく、荒っぽくて低い声だった。

298: 2012/02/22(水) 01:43:00.17 ID:2uaprI4Lo

最上級の敬意を全身で示す二柱。
そんな彼らとは対照的な態度で、分厚いコートを靡かせて来る大男。


ラファエル『―――閣下もお変わりなく、お元気なご様子で何よりです』


「やめてくれ。そいつは皮肉か?今の俺は『残りカス』でしかねえぞ」

ラファエル『滅相もない!決してそのような……!』

「冗談だ。だが頭を下げるのはやめてくれ」

男は軽く笑い飛ばしながら天使達の面を上げさせると、
一方通行へと目を向けて「ほう」と一声漏らし。

「坊主、お前さんが新しい人間界の王か」

一方『……そォらしィな』

ロダン「俺はロダンだ」

そう名乗った。
名乗られたからには名乗りかえすのが最低限の礼儀か、
様々な疑問が脳裏を渦巻いていたも、一方通行もひとまず名を口にしようとしたが。

ロダン「―――おっと細かい話は後にしてくれ」

その名乗りのあとに数多の『問い』が控えているのを悟ったのだろう。
ロダンは状況はわかっているだろ、と身振りで示すと、
再び天使たちの方へと向き単調直入に告げた。

             VI ZILODARP
ロダン「―――『第二天征門』はスサノオの軍がひとまず押えたぜ」

299: 2012/02/22(水) 01:46:20.17 ID:2uaprI4Lo

ラファエル『―――なんと!』

一方『……そィつは例の二つ目か?』

天の言葉のその響きによると、
恐らくこれから塞ぎに行こうとしていた第二の門の正式名称であろうか。


ロダン「ああ。お前さんに塞いでもらう必要はねえ。今は復旧作業中だ」

そうした一方通行の確認の声に対して、
ロダンは平然とした口調で数手先の答えを返してきた。

一方『…………』

塞ぐつもりだったんだろと聞きもしない、明らかにこちらの行動を把握している言葉。
ダンテと同種の雰囲気を有するこの男は一体何者なのか、
そしてどこまで、またどうやってこちらの事情を知っているのか。

ここでまた様々な疑念が湧きあがるも、
一方通行はとりあえず意識の向かう先を、直面する問題に関する線に絞った。

一方『復旧作業ォ?直してどォすンだよ』

ロダン「―――お前さんも見ただろう?フォルティトゥードの野郎を。テンパランチアもじきにああなるぞ」

再びいくつか会話の段階を飛ばして答えるロダン。
間の何文も省略されているも、一方通行はその彼の言わんとしている事を的確に理解した。

つまりこういうことだ。

限界まで強化した四元徳が二柱、
それらに対するほどの戦力は、今の天界の中には無いのだと。

300: 2012/02/22(水) 01:54:04.62 ID:2uaprI4Lo

確かに一方通行は、最終的にはあのフォルティトゥードと勝負に出るつもりだった。
だがそれも、例え全快で挑んだとしてもきわめて厳しい戦いであるのは確実。
しかもそこをなんとか勝利しても戦いは終るわけじゃない。

ようやく折り返し地点であり、次には同じく強化したテンパランチアが控えているのだ。

戦いというものは最終的に、どんな苦境だろうと決して諦めない精神力がものがいうのを一方通行は知っている。
あの上条当麻から教えてもらったことだ。
だが同時に『それだけ』では勝てないということも彼の姿に見た。

精神力が重要になってくるのはあくまで『最後の粘り』の時であって、
力が足りなければそもそもそこまで達し得ないのである。


四元徳は二人いる、一方通行は少し前からここを懸念していた。

四元徳との連戦はまず無理である。
そもそも一体ずつ順番に戦ってくれるとも限らないし、
二体同時に相手にしてしまえば、こちらは嬲り頃しとなるであろう、と。


―――そこでこのロダンの話である。

どうやって一対一に持ちこみ、そして連戦にならないように間を開けられるか、
一方通行はこのための具体的な案を必要としていたのが、
この大男が示した内容は、その諸問題をそっくり丸ごと解決しようというものだったのだ。

一方通行は少し思案の間をおいて、この大男に問い返した。


一方『―――そォか、ネロを呼ぶのか?』


そう、四元徳に確実に勝てる者をこちらに連れてくるのだ。

301: 2012/02/22(水) 01:57:28.45 ID:2uaprI4Lo

ロダンがニヤリと笑いながら頷き、一方通行の解釈が正しいことを示した。


四元徳に勝てる存在、一方通行が思い浮かぶかぎりならばネロが一番近いか、
修復した第二の門を通過させて、かの最強の一人を天界に呼んで四元徳を倒してもらう。

内容自体は申し分ない。
となれば次に重要になるのは成功率・確実性である。

一方『それでいつ通れるよォになるンだ?』

ロダン「メタトロンの強行突破でひどく損傷しちまってな。ネロあたりが通るにはまた時間がかかる
     確実にとは言えねえが、まあ5分以内には大丈夫だろう」

一方『……』

五分、一般的にはごく短い時間ながらも、
今のこの状況下では何もかもが覆るに充分な間―――『長い』。

一方『メタトロンみたく強行突破はできねェのか?』

ロダン「無理だ。カマエルと人工天使のお嬢ちゃんならなんとか通れるが、
     ネロほどに力がデカイ奴だと、今通れば門が完全にぶっ壊れちまう」

こちらの新行動すら抑えている口調だったが、そこはもうあまり気にならなかった。
一方通行の頭の中を占めていたのは、もっぱらこの門の問題である。

今はネロを連れてくることが出来ない。
これは現状に置いてきわめてマイナスな要素だ。

状況は常に変化しているためこちらがネロを呼ぼうとした時に、
彼の側ではちょうど手が離せなくなってしまっている可能性だってある。

むしろ風斬・打ち止めを介して聞くところによると、
『多くの大悪魔を引き連れた王者たる大悪魔』という耳にするだけで辟易してしまうような一団が迫っているらしいのだから、
いずれそうなると考えるべきか。

このような事情により、ネロに四元徳の最終的な対応を託すというのも、
これまた不安が残る確実性に乏しいものに思えてしまった。

302: 2012/02/22(水) 02:00:54.85 ID:2uaprI4Lo

そんな一方通行の懸念をまたもや見事に読み取り、
ロダンはあたかも忘れていたかのように付け加えた。

ロダン「おっと心配するな。『アテ』はネロ以外にもいくつかある」

「俺は顔が広いんでな」、とわざとらしく微笑む大男。
あえて相手の不安を煽って反応を楽しむような、その軽い意地の悪さもダンテに似ているか。

一方『……チッ。そのアテとやらは誰だ?ダンテか?それともまさかバージルって言ゥンじゃねェだろォな?』

ロダン「いいや、今やっこさん達は手が離せねえだろう」

一方『だったら他にいるのか?』

苛立ち混じりの息を吐きながら、一方通行が投槍に問い返した。
するとロダンはするりと答えた。


ロダン「いるぜ」


ふん、と愉快気に鼻を鳴らして。


ロダン「スパーダ一族にも負けねえくれえ、とびっきりぶっ飛んでるアホウがな」

303: 2012/02/22(水) 02:03:45.25 ID:2uaprI4Lo

一方通行には、スパーダの一族の三人以外にそんなレベルの味方は心当たりが無かった。
そもそも敵か味方か以前に、
魔帝を含めた彼ら四人の他にもその域の存在がいること自体がある種の驚きだった。

だが横の天使たち―――ラファエルとウリエルは、
ロダンがアテにしている人物のことを知っている様子だった。
かつその存在は、彼らにとってはきわめて不穏な印象を与えるらしかった。

一方『……』

彼らの気配の変化にふと気付きそちらを見やると。

ラファエルとウリエルがひゅっと佇まいを萎縮させていた。
白亜の彫像のごとき顔が、真っ青に思えてしまうほど。

圧倒的な四元徳に向ける畏怖畏敬といったものではなく、純真無垢な幼子が怪談話に身を竦めているような印象だ。
あまりの急激な戦慄っぷりに、一方通行はあえて聞こうとも思えなかった。


ロダン「大丈夫だ。相手が天使だろうと、敵と味方を区別するアタマはある。天界まるごと滅ぼすような真似はしねえさ」

すっかり縮こまってしまった二柱に向け、ロダンは軽く笑い飛ばしたも、
その最後にふっと笑みを潜めて真顔でこう呟いた。


ロダン「多分な」


それを耳にした天使達の顔は、哀れなくらいに引きつっていた。

304: 2012/02/22(水) 02:06:08.18 ID:2uaprI4Lo

そのあと一方通行は、
居心地の悪い話や空気を切り返る際、そのきっかけに天使も咳払いを使うことを知った。

彼らの口ぶりからしてもずっと大昔から人類と密接に関わってきていたらしいのだから、
類似点が多いのも頷けるか。

言葉は通じるのに完全な意思疎通ができない、
感情と呼べるものはあるがその根底が全く別物、といった不気味な齟齬を覚える悪魔達とは違い、
天使達は物事の考え方・価値観も非常に近く感じる。

特にこのラファエル・ウリエルは、
肌色の体を手に入れれば難なく人間の中に混じりこめそうな印象だ。

もっともあまりに純真無垢すぎて、人間社会では少し浮いてしまうであろうが。


ラファエルが咳払いをして場の不安を振り払うと、
横のウリエルが口を開いた。

ウリエル『ところでスサノオ様が動かれたということは……』

その面長の姿に合った、ラファエルより少し細くて高い声か。
ロダンは「おう」と一声漏らしては顎をさすりながら彼に答えた。

ロダン「ちょうどついさっきな、天津族とアース神族が中心となって反乱を起こした。お前さん達も加わるか?」

ウリエル『おお!喜んで!』

ラファエル『もちろんですとも!』

305: 2012/02/22(水) 02:10:17.27 ID:2uaprI4Lo

上条の話で歓喜したと思ったら『ロダンのアテ』の話で縮こまり、そして今また歓喜する。
ぽんぽん切り替わっていく天使達を見て、一方通行はこう思った。

小さな子供みたいな―――それこそ打ち止めみたいな連中だな、と。
さっきの萎縮した時も思ったが、今ますますこの印象が強くなっていく。


そして比較となって脳裏に浮かぶのは、『狩人』の『人間の天使』―――メタトロンの瞳。

長きの年月経過が色濃い、苦闘苦難を携えた憂いの色。
良くも悪くも成熟しきり、現実を粛々と受け止めてきたあの『大人の目』である。


ウリエル『私は至急みなを集め体勢を整えてきましょう!』

ウリエルが立ち上がり、一先ず本拠へと戻ろうと魔方陣を出現させた。
その今にも姿を消す瞬間の彼に向けて、ロダンが早口でこう添えた。

ロダン「お前さんとこの『おやっさん』にとりあえず『アマノイワト』に来いと伝えてくれ。あそこが本陣だ」

ウリエル『わかりました!』

一方『……』

アマノイワト、その響きで真っ先に思い出すのは『天岩戸』だ。
日本神話に登場する、天照が引きこもったとされる『洞窟』の名である。

306: 2012/02/22(水) 02:15:48.25 ID:2uaprI4Lo

悪魔・魔界といったものが現実に存在すると知って以降、
世界各地の有名どころの神話から三流のオカルト書物まで、
そういったものを読み漁り丸暗記してきたが、まさか当時はこんな形で役立つとは思いもしていなかった。


ラファエル『アマノイワトですか―――?』

そうした一方通行の心の中の言葉を反芻するように問い返すラファエル。
またもや一転、今度は不安気に陰りをのぞかせて。

ロダン「ああ」

ラファエル『……あそこを今から使っているということは……』

ロダン「そうだ。『粛清』が始まった」

ロダンは「悪い話だ」と告げるように喉を低く鳴らして続けた。

ロダン「俺達が蜂起したすぐ後に、まずヴァナヘイムがテンパランチアの軍に攻め込まれて陥落した」

ラファエル『……ということはヴァン神族の皆さんも反乱に加わったので?』

ロダン「いや、連中は一切関与してなかったんだが、テンパランチアの野郎、連中には一切事前通告せずに乗り込みやがった」

ラファエル『前線拠点の確保、のためですね……』

ロダン「そうだ。あそこは大半の民もろとも『更地』にされたぜ。フレイアがなんとか生存者を纏めてアースガルズに退避した」

ラファエル『フレイ殿は?』

ロダン「フォルティトゥードに一騎打ちを仕掛けに行ったとさ。ブチギレちまってて誰も止められなかったらしい」

ロダンはそこで「奴はそれっきりだ」、と肩を竦めた。

ロダン「そのアースガルズも時間の問題でな、トールもアース神族本陣をアマノイワトに移した」

307: 2012/02/22(水) 02:17:44.55 ID:2uaprI4Lo

ラファエル『…………やはり今のフォルティトゥード公閣下は、閣下でも止められないのですか?』

ロダン「今の俺じゃ無理だ」

一方『……』

まるで『今の俺』じゃなければ倒せたかのような口ぶり。
そのロダンの言葉によって、一方通行の中で脇に寄せていた疑問が、
湧いた関心と共に戻ってきた。

一方『おィ、聞いていいか?オマエは何者なンだ?』

この一瞬の会話の間を逃すまいと、すかさず一方通行は問うた。
するとはっと気付いたようにラファエルが礼儀正しく手で指し示して、
ロダンの身元を紹介しようとした。


ラファエル『申し訳ございません。まず私がご紹介すべきでした。この御方は、主神ジュベレウス様の―――」


だがその声は途上で遮られてしまう。
素早くロダンが手で制し、強引に言葉を重ねたのだ。


ロダン「―――バーのマスターだ」


一方『………………マスター……?」

ロダン「そう、バーのマスター。それだけだ」



308: 2012/02/22(水) 02:19:52.37 ID:2uaprI4Lo

その返答は、明らかに何かの事実を包み隠したものだった。
そしてその事実を平和的に知ることも無理だった。

こうした形の答えを返されたということは、
その事実を知るには相手の意に反して問いただすしかないのだ。

一方『……そォか』

一方通行はここで波風を立てるつもりは無かった。
それにこの男がここで隠すということは、
現状において特に知る必要の無い事柄であるのだろう。

重要なことならしっかり教えてくれているはずだ。
知り合ってまだ一瞬であるが、それでもこの男の芯を感じることが出来たし、
ラファエルの姿勢からも、彼が信頼にたる人物であると伺えた。

だが。

まるでそうした一方通行の分析にも突きつけるかのように、
ロダンはラファエルに向き合って。

ロダン「おい、忘れるんじゃねえぞ」

天使の胸を刺すように指さし、
厳しく威圧的な態度でこう戒めた。


ロダン「―――俺は裏切り者のクズだからな」

309: 2012/02/22(水) 02:22:15.25 ID:2uaprI4Lo

その鋭い言葉にラファエルは顔を引き締め、
しかられた子供の様にじっと身を強張らせた。

対照的にロダンは「ということでな」とまたころりと軽めの調子に戻ると、
会話の流れも状況説明へと引き戻し。

ロダン「テンパランチアはアースガルズへの侵攻準備中、フォルティトゥードは一つ目の門の蓋を割ろうと躍起になってる」

一方『二つ目の門が直るまでもちそォか?』

ロダン「さあな。そいつはなんとも言えねえ。だがもし間に合いそうも無かったら―――その時は今ある手勢で勝負をかけるしかねえな」

一方『もちろン俺も含めてだな』

ロダンは声にせずに小さく頷いた。
今交わされたのは最悪の事態についてなのに、やはり妙にどこか楽しげな表情だ。
彼はそんな様子で、ここで話の区切りがついたと思ったのかパッと手を上げて。

ロダン「さて、俺は行かせてもらうぜ。シヴァやオメテオトルあたりとも話をつけてえからな」

だがその言葉とは対照的に、
一方通行はもう少し彼をここに留めようと意味ありげに沈黙した。

一つ気になったことがあったのだ。
今の状況説明の中である事柄が、一切話題にならなかった。
状況的に知っていたら触れないわけがない、きわめて重要なものが。


―――上条当麻についてである。

310: 2012/02/22(水) 02:26:35.13 ID:2uaprI4Lo

ラファエルも同じく気になったのだろう、
深緑の天使もふと怪訝な面持ちで一方通行へと見合わせた。

ロダン「おう、なにかあるのか?」

下の動向詳細のみならず風斬の正体までカバーしていても、
やはりインデックスの行動については彼は把握していなかったようだった。

ラファエルが簡潔に素早く事情を説明すると、ロダンの顔色がみるみる変わっていったのだ。


純粋な驚きに加え―――不穏な陰を滲ませて。


その陰りは、ラファエルの説明の途中で急に割り込んできていた。
恐らくこの最中に意識へ通信か何かが入ったのだろう。
深緑の天使が一通り声を終えると、ロダンはすかさずそのリアルタイムの新事実を口にした。


ロダン「―――たった今、テンパランチアがヴァナヘイムから姿を消したとよ」


説明の直後にこのような情報を告げる、その意味は一つしかない。
一方通行もラファエルもその意図を明確に悟り、そして表情を引きつらせた。


インデックスが出陣の野に侵入したことが四元徳に知られたのだ。


そしてそれを知った上でかの存在達がどのような対応をするかは、
笑みが消えたロダンの顔が明らかに示していた。

311: 2012/02/22(水) 02:28:20.14 ID:2uaprI4Lo

ロダン「―――テンパランチアは俺が何とかする」

ラファエルが心配そうな表情を浮べたが、ロダンはこう続けた。

ロダン「奴はまだ強化前だ。俺でも充分だ。だがフォルティトゥードはな」


一方『―――俺が行く』


一方通行は即答した。
今更言葉に出すまでも無い、ここにいる三者が理解していた当たり前の答えだった。
確かにまだに全快はしていなかったものの、このロダンの出現と第二の門へ向かう手間が省けたことで、
いまや9割方は回復しており充分に戦える水準だ。

最高とは言えぬも、好ましいコンディションであるのは間違いなかった。
目まぐるしく状況が変わっていく中で、これ以上の勝算がある瞬間はもう訪れないかもしれないのだ。


ロダン「フォルティトゥードはまだ一つ目の門にいる。そこから逃がすな」

倒さなくとも釘付けにし時間を稼いでくれれば充分、という言葉だ。
一方通行もその意味をしっかり受け取り、意識の奥に刻んだ。

手を抜くつもりは無いも、己が命を落とすこともとにかく避けなければならない。
己が氏ねば虚数学区は消えてしまうし、それ以前に―――これは『生きるため』の戦いなのだ。


打ち止めのもとへ帰らなければならない。


敗北が許されないのと同じく、決して氏んでもならない。
生き残ることが最優先、そこを押えて初めて『勝った』と言えるのだ。

ロダン「無理はするなよ坊主。冷静にな」

一方『わかってる』


だが。

そのような『落ち着いた覚悟』が続いたのもほんの僅かな間だけだった。
すぐさまラファエルの導きで、再びあの第一の門の階層へと戻った瞬間。

彼の内は、灼熱の激情で埋め尽くされることとなる。

―――

312: 2012/02/22(水) 02:29:36.05 ID:2uaprI4Lo
―――

神儀の間。

ここで人間界の未来を紡ぐ大いなる作業していた二人は、とある問題に直面していた。

天界に依存しない完全なる人間界の力場の再起動、
その下準備はすでに完了し、あとは『点火の火種』を灯すだけ。

だがもう一方の作業、魔界の大門の再封印については思うように進んでいなかった。

ベヨネッタ『―――……やっぱり妨害されてるわね。ここからじゃ無理』

バージル『……』

七天七刀の柄頭に手を添えるベヨネッタが、その柄を握る向かいのバージルに告げた。

問題の内容はいたってシンプルだった。
魔界の大門の封印作業を横から邪魔している者がいるのだ。
その『愚かな者』の身元も居場所も判明している。

二人は無言のまま視線を重ねて、互いの意図が同じであることを確認した。
内容がシンプルなのと同じく、それへの対応もまたシンプルだ。


簡単なこと、その『愚か者』を排除すればいいのである。


ベヨネッタ『……』

だが今のベヨネッタには、
この常道である手に出るのにいささかの躊躇があった。

313: 2012/02/22(水) 02:32:58.77 ID:2uaprI4Lo

先ほどから覚えている、時間が経つほど強くなってくるこの違和感。
それは今やこの『氏人』の排除という仕事にまで不気味な息を吹きかけていた。

果たしてここで己が出るのが正しいのか、何が正しいのか、何もかもが曖昧。

バージル『さっさと行け』

ベヨネッタ『……』

しかしただ一つ。
このバージルを『氏人』の排除に行かせてはならない、という点だけはなぜか『確信』できた。

人間界基盤の時間軸を押さえ込む―――魔界の侵食を抑えるためにはここにバージルがいなければならないが、
5分程度ならばなんとかベヨネッタが代わりを努められるため、彼でも席を外すことが可能だ。

つまりここであの『氏人』の排除を断れば、バージルが「ならば俺が行く」と言い出すわけである。

そしてそれは避けなければならないと確信する以上、
やはり己が行かなければならないのだ、とベヨネッタは認めざるを得ないか。

ただこの時。
そのような不納得を飲み込むのは、『幸運』なことに少しの間先送りになった。

いや―――これは『不運』と言うべきだったのかもしれないが。


この神儀の間には、バージルの了解なくして何人も侵入することができない。
そのはずだったのだが瞬間、そんな存在しないはずの『侵入者』がここに立っていたのだ。

その『侵入者』によって聖域の空気が豹変する。
アイゼンとローラ、戻ってきていたジャンヌも身を硬直させ、ベヨネッタもその瞳を鋭く『彼』に向け。
バージルもその表情を変えぬとも、全身からはこれまでとは桁違いの鋭い空気を放ち始めた。


「よう、バージル。俺も来たぜ―――」


ただそんな中でも、当の『侵入者』だけは『普段通り』の調子だった。
身から溢れる軽薄なノリが、周囲と対比となってより『異物感』を際立たせているか。


赤き魔剣士は、その場で「さてお次は?」と煽りからかうように両手を広げて。


ダンテ「―――お前の立ってるところまでな」


兄に向けて笑った。


―――

314: 2012/02/22(水) 02:37:25.27 ID:2uaprI4Lo
―――

自らの力を押し固めて形成させた黒い蓋。
その上に『アレ』が立っていた。

光に満ちて煌びやかで、途方も無く荘厳で神々しい『双頭のドラゴン』。
四元徳が一柱、『勇気』、フォルティトゥード。

一方『……』

金色の稲妻が飛びかうその巨体からは、強化された圧倒的な力が放たれていた。
そのあまりの圧力に、隣のラファエルが退き気味に喉を鳴らす音が聞えた。
だがそんな天使の悲痛な声も、今の一方通行の意識には残らなかった。


フォルティトゥード『ふむ―――その瞳。その輝き。おお、なんと穢らわしき竜の眷属共よ』


逆さの巨顔から放たれる言葉さえにも彼は反応しなかった。

それよりももっと大きく。
もっと痛烈な『声』が、フォルティトゥードの『全身』から聞えていたのだから。


あの『木』からのものよりも遥かに大勢の、そしてずっと悲壮に満ちた人間達の『ざわめき』が。


そうした無数の人々の叫びが彼の心を滾らせる。
自覚無くとも人間界の神―――王としての存在基盤が大噴火を起こし、その内は灼熱の窯と化す。


一方『―――おィ。さっさと行け』

一方通行は横のラファエルへ告げた。
重く熱くエコーがかかった、鼓膜が擦り切れそうな声色で。

追い立てられた子供のようにこの場から去っていく深緑の天使。
彼は、この若き人界神が何に激昂しているのかはわかっていただろう。
そして時間稼ぎに甘んじるつもりももう微塵もないことも。


一方通行の胸中には、憤怒の業火でこう焼き刻まれていた。


ここで今、己が手で―――この無数の魂を貪り喰らった―――天の神を頃してやる、と。


天界の支配者たる四元徳と人界神の新王、その決戦がここに始まる。

―――

315: 2012/02/22(水) 02:39:30.32 ID:2uaprI4Lo
これにて第一章は終了です。
次の投下、第二章開始は土曜の予定となります。

325: 2012/02/26(日) 00:44:43.05 ID:l841wWYio

―――

学園都市へ戻ってきた一行は、窓のないビルが立っていた場所へ一度戻ると、
『冬眠中』のステイル=マグヌスを回収(そのまま持ち歩くと『分解』してしまうため氏体袋に詰めて)

そこで悪魔を迎え撃つために『上』に行くネロと別れ、
新たな『本陣』を構えるため、魔狼の背に乗ったまま芳川の誘導でとある施設へ向かった。


行き先は第二学区の中ほどにある、
横倒しになった墓石のような恐ろしく無骨で無機質な巨大な建物だ。
デュマーリ島強襲のため、人員の能力強化その他もろもろの準備を行った、
黒子や結標にも見覚えのある施設である。

高空から敷地内へ、
その勢いと図体に不釣合いなくらいに穏やかに降り立つ魔狼。
そしてこれまた軽やかな足取りで敷地内を進み。

施設の厳重な扉の前へと行き着くと、
御坂と芳川がその背から飛び降り扉横の端末に向かった。

芳川「……だめね。非常事態だから、私の権限でも開かないわ」

打ち止め「ちょっと待ってて。ミサカがここのシステム書き換えるってミサカはミサカは―――」

そこで一足遅れで魔狼の背から飛び降りてきた打ち止めが、
芳川の腕の間から覗き上げてそう言ったも。
彼女の声は、強引にかぶせられた『姉』の声で最後まで続けさせてはもらえなかった。

そして彼女の目論みそのものも。


御坂「―――こっちの方が早いわよ!下がってて!」


その声に振り向いた芳川と打ち止めは、慌てて御坂の背後へと下がった。
なにせその御坂が電光を迸らせながら、
扉へ向けその大砲を腰だめに構えていたからだ。

御坂の背後で、芳川が打ち止めを抱くようにして屈んだ次の瞬間、凄まじい砲音が轟いた。

326: 2012/02/26(日) 00:46:43.02 ID:l841wWYio

ダンテお手製の大砲に加え『なぜか』最高に能力の調子が良い今、
レディ製の魔弾でなくとも御坂の『砲弾』は圧倒的な火力を誇っていた。

打ち止め「お姉様、やりすぎってミサカはミサカはストレートに呆れちゃう」

戦車砲の直撃でもびくともしなそうだった扉は、
周囲の壁ごと黒く歪な塊へと分裂していた。

御坂「いいの非常時だし。ほら入って」

御坂は得意げに鼻を鳴らすこともなく、打ち止めの簡潔明瞭な批判にも全く気にも留めず、
咆口を上に向け待機位置に戻しながら平然と皆に促した。

芳川は打ち止めを抱き上げ足早に、
いまだ高温の光を灯している『穴の淵』を跨いで施設の中へ入っていった。

その後を黒子が結標を、佐天が神裂を、初春がエツァリを、
それぞれ魔狼の背から降ろしては支えて続き。


御坂「ほら。アンタも入りなさいよ」

さながら戦争捕虜への荒い対応か、
御坂がアレイスターを砲口で突っつき、施設の中へと押し込んでいった。

そしてネロに皆を守るよう言いつけられた魔狼は、
ステイルの入った氏体袋を背に乗せたまま『穴』のすぐ傍に屈み、待機の姿勢をとった。

327: 2012/02/26(日) 00:48:24.31 ID:l841wWYio

施設内はしばらく警報が鳴り響いていたが、
打ち止めがシステムを書き換えたのだろう、
一行が長い通路を抜ける間にけたたましい音は途絶えた。

彼女達はこの広く巨大な施設の中を、芳川の先導のもとどんどん進んでいった。
長い通路を抜け、非常用のエレベーターで地下に降り、更に長い通路を抜け。

そして到着したのはとある一室。

壁のある一面には『鏡』がはめ込まれ、
そのほかの壁三面には機材が並び、中央に『学習装置』付きのベッドがある、
デュマーリ島への強襲の前に打ち止めの調整を行った部屋である。

芳川はここを二つ目の『本陣』に相応しいと考えたのである。


そうして着いたのも束の間、言葉数少なく打ち合わせると皆がそれぞれ動き出した。

神裂と結標を廊下に座らせると、
黒子は佐天をつれ応急処置のための物資を取りにいった。

芳川は途中、負傷者達を医務室に連れて行くことを考えていたが、
エツァリがそれを拒否したため、結局彼らもここで共にすることとなったのである。


エツァリ「……システム立ち上げには……どのくらい……」

芳川「バックアップは全部この子の中にあるからすぐよ!」

エツァリは部屋の中の壁際に座り込むと、
息も絶え絶えながら魔術通信の回線接続を試みる他、『立体地図』用の術式も再起動、
芳川はベッドに打ち止めを乗せると、初春を従えてせわしなく周囲機器の調整に入り。

御坂は廊下にアレイスターを座らせると、水やタオルといった物資を探しに向かった。

328: 2012/02/26(日) 00:51:16.69 ID:l841wWYio

場は、瞬く間に慌しい空気に満ちた。

医療用のベッドの上に物資満載にさせて戻ってきた黒子と佐天は、
神裂の状態を見て一瞬硬直してしまった。

神裂はすでに意識を喪失、氏人のように肌を蒼白にして、文字通り氏んだように『眠っていた』のである。
ネロが別れ際にこの『冬眠』のことを告げていなかったら、本当に氏んでしまったと思っただろう。

二人は気を取り直すと、まず結標の処置に取りかろうとしたが。
黒子はすぐに己ができることは無いと悟った。

結標には、外傷といった類の応急処置が施せる傷はほぼ皆無。
彼女の容態を悪化させている原因は内部器官の損傷だったのである。
吐血と耳からの出血がそれを明確に示していた。

芳川「―――その子は能力過負荷ね!こっち済ませたら私が看るわ!」

機器の調整の傍ら声を飛ばしてくる芳川。

それを聞き黒子は、ひとまず結標の体を引っ張ってきたベッドの上に載せるとそこに佐天を残し、
ちょうど業務用の水ボトルとタオルの束を抱えて戻ってきた御坂を連れ、
次はエツァリのもとへと向かった。


彼は結標の状態とは対照的だった。
外傷がきわめて酷かったのだ。

周囲の床は彼の血糊で惨憺たる様相、
職務上ある程度の医療知識がある黒子は、その光景を見てまたもや悟った。
少し別の意味合いで、「できることはない」と。


彼の失血量は、人としての限界をすでに大きく越えていたのである。

329: 2012/02/26(日) 00:53:58.00 ID:l841wWYio

同じく医療知識を有していた芳川もまた、一目で悟ったようだった。

一通り機器の調整を済ませた彼女は、エツァリの方を見やって一瞬硬直したのち、
すっと一度目を瞑っては廊下の結標の方へと駆けていった。

部屋の中央では今度、
打ち止めがベッド上から初春に指示をし、システムの立ち上げを試みていた。


黒子「―――……」

黒子は諦めなかった。

一瞬愕然としたも、すぐさま血漿パックと機器を取り出し、
学園都市製の腕輪状の点滴機器を彼の腕へと嵌めた。

そこからあとは止血のための応急処置を施していく。
外科手術が可能な者なんてここにはいないため、それしかできないのだ。

もっとも黒子は、外科手術が可能な者がいたとしても意味が無いことはわかってた。
ざっと状態を見る限り、彼の運命を決定付けた直接要因は、
どうやらこの肉体の損壊ですらなかったのだと。


目に見えない力が―――彼の魂を破壊した、とでも言えるか。


それはエツァリ自身が一番明確に認識していた。

当たり前ことだ。
いくら他所からの大きな力で保護されてるとはいえ、
『普通の人間』の身で神の領域の力を受けて無事でいられるわけがないのだ、と。

ゆえに彼は、『無駄』に医務室に行って『残り少ない時間』を消費したくなかったのだ。


エツァリ『……アニェーゼさん……騎士隊長殿……ここをお任せします……』


エツァリは魔術の回線を開き、彼らに預ける形で―――ここに『最期』の仕事を終えた。

330: 2012/02/26(日) 00:55:57.34 ID:l841wWYio

ハサミですばやくシャツを切り裂いていき、
血でひっついた部分を丁寧にはがしていく黒子。

御坂はその脇から、水で濡らしたタオルで傷周りを拭き取っていった。

御坂「……」

思わず目を背けたくなる光景だが、御坂は何とか堪えて、
黒子の手の合い間に彼の血を拭っていく。

―――と、そうしていたところ。


御坂「………………えっ―――?」


彼女は瞬間、目を疑ってしまった。
あまりに信じがたい『それ』に無意識の内に声が漏れ、体も硬直してしまう。

褐色の肌の少年の体、シャツが取り除かれて露になった胴、
そこにあったのは、先ほど負ったものと思われる傷の他に、
真新しくも今日のものではない―――『剣に突き刺されたかのような傷』があった。


そしてその傷を閉じるため―――『ホチキス』状に捻じ曲げた『鉄筋』を刺した跡も。


この目にするものを御坂は説明できなかった。
理解を進めることができず、半ば思考が停滞してしまう。
そんな呆然とする彼女に向け、
褐色の肌の少年は朦朧とした声でこう告げた。


エツァリ「……あなたに……こうしてもらうのは『二度目』ですね……御坂さん」


331: 2012/02/26(日) 00:58:14.82 ID:l841wWYio

『あれ』は違う―――あそこでバージルを前に己の盾となってくれたのは、『海原光貴』である。

目の前の少年は彼とは違う。
肌の色も、人種も、身長も、目つきも、声も、雰囲気も、何から何までが違う。

それなのに―――なぜ。

忘れもしない、自身があの時処置した傷は今でも鮮明に覚えている。
『ホチキス』状に捻じ曲げた『鉄筋』で塞いだ剣の刺し傷。
それがこの別人の少年の胴にあった。


信じられなくとも、この傷そのものが指紋照合のようにここに明確に示していたのだ。


『コレ』はあの日、御坂美琴が処置した傷である、と。


御坂「―――」


―――『表の自分は知らないんです』

不意に思い出される、あの時『海原』が口走った言葉。
その意味がなんとなく、なんとなくだがわかったような気がした。

あの一件のあと、『海原光貴』という名を方々で探したところ、
彼は日常生活に『戻っていた』ため、御坂はこの言葉を本人にも含め一切『他言するな』という意味だと認識し、
『海原光貴』に会いに行くということはしなかった。

そしてミーティングで初めて顔を合わせたと『思っていた』、車椅子に乗っていた褐色の肌の彼のことは、
一方通行や土御門の同僚、暗部の幹部だと思っていた。


恐らくそれらの解釈も、一面としては正しかったのであろう。

だがもう一面、もっとも重要な点に気付いていなかったのだ。
その事実を彼女はここでようやく、ようやく知った。
現実を認めざるを得なかった。


この少年は、あの日バージルから守ってくれた―――『裏』のもう一人の『海原光貴』だったのだ、と。


332: 2012/02/26(日) 01:00:49.06 ID:l841wWYio

エツァリ「―――ですが……今回は……もう必要ありません……」


彼はそう声を漏らすと、震える腕で黒子と御坂の手を押し退けた。

その言葉の意味を知っていた黒子ははっとしたように息を止めると、
抵抗することも無く作業の手を静かに離した。

そんな様子を見、御坂もこの瞬間にある程度悟ってしまう。
呆然として思考が半ば停止してしまっていても、
彼女にとって黒子の表情や佇まいは直感的に読みとれるものだ。

御坂「―――必要ないって……どういう―――!黒子―――ッ!」

エツァリ「―――お願いします」

そこで彼女は、生来の気質から反射的に抗議の声を放ちかけたも、
腕を強く掴んできた彼によって強引に遮られてしまった。

少年の声はその状態から信じられないほどに確かで強く、覇気に満ちた言霊。
一声で御坂は圧倒され、ただただ聞き手に回ることしか出来なかった。


エツァリ「……これを『彼女』に…………『彼女』を……決して氏なせないでください……!」


彼は血走った瞳で告げると、
ぼうっと光を灯す、古めかしい紙の帯を御坂の手に押し付け。
そして両手で彼女の手を覆うように、帯を握り締めさせた。

333: 2012/02/26(日) 01:03:15.62 ID:l841wWYio

『彼女』とは一体誰なのか。
例え呆然としていなかったとしても、御坂はそれを聞き返すことは出来なかったであろう。
どのみち彼はまともに答えられなかったはずだ。

今の言葉で残る生気の全てを使ってしまったようだったから。

御坂の手を握る力はふっと弱まっていき、
彼の全身からも一瞬見せたその覇気がすうっと滲むように消えていき、
表情も瞳も虚ろになっていく。


エツァリ「…………ああ……すまない……すまな……い…………」


直後にはもう彼の意識はここには無かった。
口からぼそぼそと漏れる声は、まどろみの淵にて幻の中にいるうわ言。



エツァリ「……許して……くれ……ショチト……ル…………許し…………」



人の名前だった。
それも恐らく女性の名前。


きっと―――彼が先に告げた『彼女』―――恋人だろうか、もしくは家族であろう名。


大事な大事な―――約束でもしていたのであろうか、
彼は残る生気の全てを使って何度もその者へ謝り続け。

そしてそれも潰え、声が途絶えて。
ひゅっ短く、か細く息を吸って彼はついに動かなくなった。

334: 2012/02/26(日) 01:05:16.62 ID:l841wWYio

中途半端で、どうしようもなく哀れで、
そしてあっけなくあっという間だった。

叙事詩的でなければ劇的でもない。
最期まで大義、世界のことを思うような英雄的なものでもない。


己の血の海の中で溺れながら、ただただ大切な人のことを縋るように胸にして。

その者への謝罪の言葉を残し、未来への気がかりと、
使命と約束を果せなかった無念の中で少年は事切れていった。


ただ御坂は知る由は無いも、彼にはこの瞬間、
たった一つだけ幸せな点があったかもしれない。
何せ惚れた女性に看取られ、そして彼女の涙の声で送り出されたのだから。

後に響いたのは、御坂の叩き起こさんばかりの悲壮に満ちた怒号と、
電気ショックのたびに迸る電空音。

しかし少年の鼓動が再び刻まれることは無かった。



彼が最期の灯火を使って設置した魔術は見事に正常起動し、
おぼろげな光となって宙に立体地図を映し出していた。

そこに表示されている魔塔の界域には、
ぎらぎらと強烈に輝く大悪魔の赤い光点がいくつも出現、その数はすでに30以上に達しており。

『最強の人間』率いる戦士たちによる、
それら十強配下の魔将達を迎え撃つ壮絶な戦いが始まっていた。

335: 2012/02/26(日) 01:08:59.32 ID:l841wWYio



テメンニグルの塔の麓にて。

キャーリサ『―――ッ……!』

キャーリサは脇の傷に顔を歪めながら、
ネロが半ば飛翔し魔塔の壁を駆け上がっていくのを見ていた。

空には何体もの大悪魔が滞空しており、
また魔塔の上辺にも、ネロを迎え撃とうと降り立っている一団がいる。

そこへネロは上等とばかりに殴りこんでいった。
迸るのは青とも赤とも黒とも、そして混ざった紫色とも見える不思議な光。

そうした彼に続き、強大なサンダルフォンとイフリートも飛び込んでいき、
更なる光の彩りを加えていった。


猛烈な力の爆轟、衝撃がたて続けに拡散していく。
そのほとんどがネロの力だ。

あそこで激突している力の強大さといったら、
虚数学区からここまで繰り広げられた名だたる天使達との戦いが、
幼児のお遊びに思えてしまうくらいに圧倒的なものだ。


キャーリサ『……』

己の程度では到底あの中に飛び込めない、キャーリサには確かにそう見えた。

イフリートやサンダルフォンですら、邪魔にならないようについて行くのがやっとな有様だ。
ただもちろん、それで彼女がお役ご免になるというわけではない。
あそこに加われない者にも役割はしっかりあるのだ。

アグニと他の三天使は、この門前の広間に陣取って第二の防衛線を布き、
キャーリサら三人の人間勢はその背後につき扉そのものを守り、
万が一の時には滝壺達の直接護衛に回れるようにもする。

つまり上でネロが狩れるだけ狩り、そこをなんとか抜けてきた者をアグニたちが迎え撃ち、
最後にキャーリサ達が『残りカス』を処理するというわけである。

336: 2012/02/26(日) 01:11:04.70 ID:l841wWYio


キャーリサ『……』

今のところはネロ達の戦火を抜けてくる存在はいなかった。
というよりも、大悪魔達の関心はもっぱら『スパーダの息子』に注がれているのであろう。

しかしいつまでもそう続くわけでもない。
必ず矛先をネロから、この魔塔と人間界の境界を塞いでいる『核』に変更する者が現れるはずだ。

それはアグニや天使達の佇まいが如実に物語っている。
悪魔のやり方を知っている彼らはみな戦意をみなぎらせ、
虫の一匹たりとも見逃さぬように気を研ぎ澄ましていたのだ。


シェリー『―――キャーリサ様、お下がりください』

ふと横から、心配そうにシェリーが申し出た。

キャーリサ『大丈夫だ』

シェリー『しかし……』

キャーリサ『黙れ。休んでも意味など無い』

キャーリサは言葉鋭く撥ねつけた。
これにはシェリーも返す言葉も無かったようで、
不満に顔を染めながらも彼女は静かに脇に下がっていった。

休んでも意味がない、その事実をシェリーもわかっていたのだ。

本物の天使の一撃、その神域の力は、
いくら主の力で守られていようと、
『普通の人間』の身にとってはあまりにも強烈過ぎて手が施せないものなのだから。



キャーリサ『……』

そうしてシェリーを背後に下がらせると、
キャーリサは脇を抑えながらも威厳に満ちた佇まいで、静かに上を見上げ再び聞き入った。


『最強の人間』―――人類史上最高の『英雄』が奏でる刃の音に。


――――――――――

  創世と終焉編


第二章『英雄と反逆者』


――――――――――

351: 2012/02/29(水) 00:44:38.86 ID:tlLmcdr0o

―――

『出陣の野』。

この天界の領地たるプルガトリオの一画にて今、
許されざる魔女の紋が浮かび上がっていた。


金と銀が混じる光の魔方陣の直径は20m近く。
インデックスはその中央に屹然と立ち、
さながら祭司のようにこの召喚の儀を支配していた。

光満ちる銀髪が伸び広がり、一見無秩序ながらも波に揺れる海草のごとく
一定の統率を保って揺らいでいる。

そのリズムは彼女の鼓動である。
落ち着いた心拍に魔方陣の輝きも同期し、重い振動音を伴ってゆるやかに明滅していく。


すぐ正面3mのベオウルフ、そのすぐ隣にこの魔獣と同じ姿勢で座している白虎―――スフィンクス。
そして魔方陣の淵にいる緊張した面持ちのガブリエル。

三者が静かに見守る中、インデックスは着実に作業を進めていった。

禁書『…………』

上条との繋がりに意識を集中させ、この召喚術を正確にリンクさせていく。
一本ずつ紐を結んでいくように慎重に。

ここで一つでも認識や作業を誤ってしまえば、
召喚した上条当麻は不完全なものになってしまう。

しかも今はまだ準備段階、難関はこの先にも山済みだ。
ここから起動させ『検索』、『選別』、『構築』と、更に複雑極まる手順が待ち構えているのだ。

352: 2012/02/29(水) 00:47:29.09 ID:tlLmcdr0o

理論上は召喚可能とは言えても、現実には不可視のイレギュラーが常に付きまとうもの。
相手は創造、具現、破壊をそろえた屈指の怪物、
この先には何があってもおかしくないのである。

いいや、それこそ確実に何かがが―――『妨害』があると考えるべきだ。


こちらの意図が竜に把握されないよう、
意識が向こうに流れ込まないようにしてはいるも、それも限度がある。

最終的にはこちらから喚びかける必要がある以上、必ず知られてしまう。
その時になれば、どのような形では想像はつかないものの竜は必ず妨害してくるはずだ。

インデックスが構築する『上条当麻』には『幻想頃し』という因子も含まれているため、
それが引き抜かれるということは、竜の力に何かしらの減退が必ず生じることになるのだ。

いくら想定外の問題も娯楽になるとはいえ、かの竜がこれをみすみす放っておくことはまず無いであろう。
そのせいで『全能』という最高の楽しみが潰えかねないのだから。


禁書『…………』

これは一か八かの勝負だ。
それも一度きりの。

成功を約束する確証は一つも無い。

だがインデックスは信じていた。
己と上条との絆、ベオウルフ、そして―――ダンテの力を信じていた。

そして誰しもが希望を失い、彼の帰還を絶望しても。
彼女だけは信じ続けるのだ。


願いは―――祈りはきっと届くのだ、と。


小さき魔女はその場にゆっくりと跪くと、左手を胸元に寄せ。
『存在しない右手』と組み、静かに術式を起動。
その精神をついに繋がりの向こうへと投じていった。

353: 2012/02/29(水) 00:49:42.14 ID:tlLmcdr0o

そんな厳粛な場に大波紋が生じたのはその直後だった。


今やインデックスは、事が終わるまで移動もできなければ、
自らの力でその身を守ることも出来ない。
外部からの脅威に対しては、ベオウルフとスフィンクス、
そしてガブリエルに全て託すしかない状態だ。

とはいえこれほどの存在が身辺にいれば、
よっぽどの事態とならない限り脅威はまず及びはしないものだ。


そう、例えば『今この瞬間』のように―――四元徳が一柱―――テンパランチアが現われでもしない限り。


直径数百mもの金色の魔方陣が天空に浮かび上がり、
暴風が渦となって吹き荒れ―――降臨するのは城の如き姿。


テンパランチア『―――おお、小さき魔女よ。穢らわしきアンブラの卑術で何を企む』


『節制』を冠する『神たる天使』は、一目インデックスとその魔方陣を見下ろすと、
途方もない巨体に相応しい地響きのような声を放った。

その口調からは、こちらの目的は把握していないと伺えるか。
だがベオウルフとスフィンクス、そしてガブリエルはその点に甘んじようとはしなかった。

瞬間。
インデックスが何かを言うよりも早くスフィンクスが駆け寄り、
彼女の脇にて頭低く身構え。
翼を大きく広げ光剣を手にしたガブリエルがその二者の前に降り立ち盾となり。


そしてベオウルフは一気に跳躍して、テンパランチアに真っ向から突撃した。

354: 2012/02/29(水) 00:52:39.63 ID:tlLmcdr0o

対してテンパランチアにも、わざわざ彼らに問答するつもりなどなかったらしかった。
『魔女と悪魔が天の領を侵犯した』と、問答無用で排除するに足る理由が揃ってるのだ。

降臨した時に言葉を向けはしたも、それはただの独り言のようなもの。
ベオウルフが跳び上がったのとほぼ同時に、この四元徳は巨腕を振り上げていた。


次の瞬間、両者が激突して迸る光と衝撃。


その激突は『対等』なものではなかった。

両者の間ではあらゆる要素が不釣合いだった。
ベオウルフの巨躯でさえ、この城の如き四元徳を前にすれば『小動物』にしか見えないほど。
そして力の差も見事にこの体格差に比例していた。

テンパランチアの振り下ろした巨腕はベオウルフには当たらなかった。
白銀の翼を広げた魔獣は、見事に巨腕を飛び抜けていき―――テンパランチアの顔面に突貫。

体当たりと同時に猛烈な牙と爪を叩き込んだ。


見事な一撃だった。
テンパランチアの石のような肌に亀裂が走り、間から鮮血が噴き出し、
魔獣の身を赤く染め上げていく。


だがこれに対してテンパランチア本人は、煩わしそうに喉を鳴らしただけだった。
少し苦痛の色が滲んではいるも、それもごくごく微小なもの。


テンパランチアの巨顔にベオウルフが牙と爪を立てるその様は、
『顔に子猫がしがみ付く』といった光景か。

節制にとっては、この魔獣の一撃も『その見た目』の印象通りの程度でしかなかったのだ。

355: 2012/02/29(水) 00:55:16.43 ID:tlLmcdr0o

野を震わせ、原を捲りあげて大地に降り立ったテンパランチア。
彼はすばやく巨腕を自らの顔に寄せ、張り付いている魔獣を潰そうとした。

四本の管のような指、その一本一本がベオウルフの胴よりも太く、
この魔獣の巨躯を片手で握りこむには充分な大きさ。
しかもその巨体に相反して振るわれる速度も猛烈。

だが黙って叩き潰されるほどベオウルフも愚鈍ではない。

魔獣は巨手が向かってくるのを察知した瞬間、
すぐさま節制の顔面を駆け上がり一気に頭頂部―――テンパランチアの場合は『胴頂部』と言うべきか、
巨体の頂に昇り立った。

結果、テンパランチアは自らの顔面を叩いてしまう。


だがそのとてつもなく強大な一撃でさえも、節制本人にとってはただの『平手打ち』だ。
テンパランチアはまた煩わしそうに声を漏らしたも、
それ以上ベオウルフへの追撃は行おうとはしなかった。

ベオウルフなど意の中に無かったのだ。
彼の関心は小さき魔女に向いていた。


魔獣が『胴頂部』で再び牙と爪を叩き込むも、テンパランチアは特に気にする様子も無く、
(叩き込まれるたびに身を震わせているため、ダメージが皆無なわけはないようだが)

ゆっくりとインデックスの方角へと向き。


テンパランチア『―――祈るか。何に祈る、忌まわしきアンブラの魔女よ』


彼女へ向け、その地響きの如き声を放った。


テンパランチア『魔のおぞましき神々か。それともその身を偽っていた間の信仰主―――ヤハウェか』

356: 2012/02/29(水) 00:58:34.10 ID:tlLmcdr0o

数百mは離れているが、例えこれが『ただの音』だったとしても、
空と大地を奮わせるこの声にはその程度の距離など無きに等しいか。

そして言霊としてならば、恐らく界を隔てていても対象に届くほどの圧を有している。


聞く者を圧倒し、無上の畏怖を本能の底に植えつける天の声。


今やこれより先は無い、最上の天の意志。
人間のみならず、悪魔や同郷の天使にだって、
神の領域に達していない者には基本的に『個』としての認識は向けない、下々とは隔絶した頂点の支配者。

そして神域の存在では無いにもかかわらず、こんな存在から直接言霊を向けられるということは、
友にとってはこの上無き救いであり。


敵にとっては絶対的な『氏刑宣告』に相応しいものである。


その強烈な『氏刑宣告』にインデックスは身を強張らせながらも、
怖気づくことはなかった。
彼女は真っ直ぐに巨顔を見上げ、確かな声色で答えた。


禁書『私は―――私自身の「希望」に祈るんだよ』


直後、山をも砕きかねない笑い声が響いた。
滑稽さと嘲りに満ちた笑いが。


テンパランチア『―――笑わせる。穢れたその口で何を抜かすと思えば―――「希望」だと』

357: 2012/02/29(水) 01:01:41.95 ID:tlLmcdr0o

その時。

インデックスが反論の言葉を放つよりも早く。
その場に割り込んできた声があった。


「―――何がおかしいんだ」


表面上は『人間の声』に聞えるも、その底には途方も無い『何か』が潜んでいる音。
弾ける様にインデックスがその方向に向けると―――横5mほどのところに、『黒人の大男』が立っていた。

一旦テンパランチアから離れ、
この男にも警戒の色を示してインデックスの背後に降り立つベオウルフ。
スフィンクスも同じく牙をむき出しにし威嚇。


「お前さん達が創世を望んでいたのも同じだろ?」


一方で鰐皮のコートを纏った男は、そんな『獣達』になど目もくれず。
この城の如き姿を前にしても悠然とした様子だった。


テンパランチア『…………「創世」とは世の必然』


対してテンパランチアの調子は明らかに変化していた。
一瞬前までのインデックスへの態度は、卑下し虫でも見ているかのようなものだったのが。


テンパランチア『主神の御意志を、魔女如きが企む俗念と同列視するのは冒涜が過ぎますな』


この男には、敵意を覗かせながらも一定の『敬意』を払っていたのだ。
それも目上の存在に向ける形で。
テンパランチアは一言ずつ慎重に選ぶような口調で続け。


テンパランチア『さすがにその御口であろうと許されることではない』


男の『古の照合』を口にした。


                 ファーザー・ロダン
テンパランチア『―――副神閣下よ』

358: 2012/02/29(水) 01:07:00.89 ID:tlLmcdr0o

その『名』で、インデックスはこの男の身元を即座に特定できた。


魔女の記録の中に、僅かな記述が残っている。

ジュベレウスが魔界の三神に敗れた直後、
かの主神の腹心であったにもかかわらず魔界に堕天した『天界の長』。

反魔界の連合をジュベレウスに代わって率いるはずだった彼の裏切りによって、
連合はあっという間に崩壊、果てしなく続いた大戦争は魔界の勝利としてあっけなく終結。

更に彼に続いて多数の神々が堕天した事で、天界そのものの凋落も加速した。

これがアンブラの記録に残る、『彼』が明確に登場する唯一の記述。
魔女が起つ遥か昔の出来事であるため、
史料の少なさは仕方ないもののその信憑性は確かなものである。

その上、今のインデックスにとっては間違えようの無い事実だ。
上条当麻の古の記憶が裏付けてくれるのだから。


テンパランチア『―――なるほど。此度の反乱、裏で手を引いていたのは閣下ですかな。
          ならば我が軍が各地で苦戦しているのも頷ける』

節制はふむと喉を鳴らすと、そう納得した様子で声を向けた。
敬意を篭めながらも、同時に裏切り者への侮蔑も滲ませて。

ロダン「当たり前だ。誰がお前さん達に武器を与え戦う術を叩き込んだと思ってるんだ」


テンパランチア『ふむ……副神たる責務から逃げ、あまつさえその力も失った閣下が、今頃なぜ介入するのか』


副神、かつてそのような称号を冠していた男―――ロダンはその問いには答えなかった。
代わりに静かに葉巻に火をつけながら、遠くへと囁きかけるように告げた。


ロダン「……目を覚ませテンパランチア。世の中は変わった。ジュベレウスは氏んだんだ」

359: 2012/02/29(水) 01:09:40.65 ID:tlLmcdr0o

その紛れも無い事実を語った声にテンパランチアが返したのは。
笑いでもなければ沈黙でもない。

巨腕を大地に打ちつける轟音。

それが『返答』だ。

テンパランチアはこれ以上言葉を交わすつもりは無かったのだ。
大地を割り砕いてロダンの言霊を断ち切った節制は、より声に力を篭めて。


テンパランチア『―――時間稼ぎのおつもりですかな、閣下』


その声で佇まいは変わらぬも、ロダンの空気が確かに変わった。
一瞬で焼き付けるような圧力に、インデックスは確信した。


今―――この二者間の張り詰めた糸が弾けとんだのだ、と。


テンパランチア『その魔女の所業、きわめて重大事と見える―――』


ロダン「―――お前さんはさっき、俺が力を失ったと言ったな」


テンパランチアの言葉尻にかぶせるようにして、やや早口に声を放つロダン。
相変わらず悠然と葉巻を燻らせてはいたも、
彼の全身からは猛烈な戦意が湧き出しており。


ロダン「それは間違ってはいねえが、実は『まだ』―――『全て』を失ったわけじゃあない」


そして次の瞬間、火蓋が切られた。

360: 2012/02/29(水) 01:12:01.94 ID:tlLmcdr0o

先手をとったのはロダンだった。

いや―――恐らくテンパランチアは、
目の前の光景に圧倒され―――そして畏敬の念を覚え、動けなかったのだろう。

もっとも動けたとしても、どのみち結果は変わりはしなかったはずだ。


光が展開する。
インデックスの魔方陣に重なり、ロダンを中心として浮き上がるのは、
天の文字でありながら魔の赤き光で構築された巨大な魔方陣。

そして彼の姿が迸る白金の光に包まれ。
一瞬ののち中から現れたのは、


白と金の装束を纏い―――孔雀のものに似た壮麗な羽を有する―――古の『天界の長』の姿だった。


この出陣の野にいた誰しもが、この規格外の力に圧倒されていた。
インデックスやガブリエルはもちろん、ベオウルフや―――テンパランチアまでもが。


『それ』は一瞬にして一方的だった。
皆が硬直した刹那、ロダンは眩いほどに光り輝く右手をかざし、
テンパランチアに向け飛翔。


猛烈な勢いでその腕を巨顔の眉間に叩き込み―――


―――インデックス達が認識できたのは『ここまで』であった。
その直後に何が行われたのか、ベオウルフにさえもそれは認識できなかった。

361: 2012/02/29(水) 01:13:35.19 ID:tlLmcdr0o

『速い』、と思える片鱗さえ認識できなかった。
フィルム抜けがあったかのような、光景展開に納得がいかない感覚を覚えてしまうくらいだ。


禁書『―――ッ!』


光が明滅し『何十』にも重なった衝撃波が『一瞬』で過ぎ去り。
刹那の嵐の先にインデックスが見たのは、さきほどの人間の姿に戻っていたロダンだった。

何事も無かったかのように葉巻を燻らせている彼の姿だけをみると、
いいや、先ほどの『天界の長』の姿は幻で、実は彼は変じていなかったのだ、
と思ってしまいかねない。

あの姿を目に出来た時間は、見間違いか現実かの判別がつかないほどに短かったのだ。

だがあれは現実だった。
幻なんかではなかった。

かつての天界の長としての力は僅かな一瞬だけ、今ここに君臨していたのだ。

ロダンの向こうに聳えているものを認識して、
インデックスは思わず息を呑んでしまった。


テンパランチアと『思われる』―――巨大な『肉塊』のオブジェが聳えていた。


362: 2012/02/29(水) 01:15:44.36 ID:tlLmcdr0o

石のような外殻の大半が砕け落ち、露になった『中身』から鮮血が滝のように溢れ、
巨腕は肩の基部が破壊されて地に落ちており、上半分が凹んでいる顔。

先ほどまで屹立していた圧倒的な姿は、どうしようもないくらいに歪に成り果てていた。

しかしその口から漏れるうめき声には、苦悶の色は一切滲んでいない。
敗北の念も覗かせず、それどころか。


テンパランチア『―――……す……素晴らしい……!』


ある種の感動を覚えているようだった。

『素晴らしい』、その簡潔にして最上の形容が、
このロダンの力に向けた一言だ。

そんな彼に対して、ロダンはふんと軽く笑うと。


ロダン「―――これで『全て』だ」


そう告げながら、葉巻を放り捨てた。

その直後、超大な肉塊のオブジェ―――テンパランチアは破裂した。
木っ端微塵に。

363: 2012/02/29(水) 01:17:55.84 ID:tlLmcdr0o


ロダン「―――どうせすぐ復活するぜ。それに今度は強化してくるはずだ」


圧倒的な勝利も束の間、ロダンはインデックスの方へ振り返ると、
前置き抜きにそんな容赦の無い現実を告げた。
だがそれでもインデックスはこの上ない笑顔を返し。

禁書『ううん、ありがとう!助かったんだよ!それに時間を稼いでくれたんだね!』

ロダン「あれだけでも役に立ったか、そいつは良かった。早く済ませな。俺はもう戦えねえぜ。今のでスッカラカンだからな」

ベオウルフ『復活に要する時間は?』

そこで単刀直入にベオウルフが問うた。
魔獣は未だに、ロダンへの警戒姿勢を解いていなかった。
ベオウルフは彼のことは知っているのだが、これは知っているがゆえの警戒である。
『憎きダンテの仲間』、それだけで無二の敵意を向けるには充分な理由なのだ。

一方ロダンは特に気に留めていない様子だった。
彼は跪いているガブリエルに向け、起つように手で示しながらこう答えた。


ロダン「もう復活してるだろうさ」


直後、彼のこれまた絶望的な言葉を裏付けるかのように、
この階層に猛烈な轟音が響いた。

364: 2012/02/29(水) 01:19:58.72 ID:tlLmcdr0o

ロダン「あの野郎、俺がまだ力残してると思ってビビってるみてえだな」

空を見上げ、不敵に含み笑いながらそう呟くロダン。
そしてぱちんと指を鳴らしてインデックスに向き直ると。


ロダン「―――この階層を外から丸ごとぶっ壊す気らしい」


禁書『―――』

その言葉にインデックスは凍りついた。

この『出陣の野』という地もまた上条当麻の召喚に必要不可欠な要素。
ここが破壊されてしまったら、彼の完全構築は不可能なものになってしまうのだ。

そんな不安に駆られたインデックスの表情を的確に読み取って、
ロダンはまたこともなげにこう告げた。


ロダン「俺がもう一度向かって、あの野郎を邪魔して来よう。充分時間稼ぎになるはずだ」


禁書『でもあなたはもう戦えないって―――!』

それに真っ先に抗議の声を放つインデックス。

ロダン「なあに。俺はハッタリが得意でな。それにあの野郎が怖気づいてるなら効果は抜群だろ」

禁書『―――でも―――!』

だからといって、テンパランチアが手を出さないとは限らない。

いいや、むしろ必ず戦うことになるはずだ。
インデックスの知っている限り、四元徳といった上位の存在は、
例え相手が己よりも遥かに強くとも相対すれば絶対に退かないのだ。

すでにロダンとテンパランチアは『開戦』しているため、
二度目は余計な会話無しに戦いに突入するかもしれない。


そしていざ戦いが始まれば―――今のロダンに勝ち目は無い。


365: 2012/02/29(水) 01:21:34.99 ID:tlLmcdr0o

ロダン「心配するな。氏ぬつもりはねえ」

嘘だ。
確かにまず最初は氏ぬ気は無いものの、
必要となれば迷うことなく投げ込むつもりだ。

そのように的確に彼の意図を読み取ったインデックス。
『それ』を彼女の表情から読み返したロダンは、降参したように手を広げ。

ロダン「じゃあどうするつもりだ。他に誰が行くんだ、お嬢ちゃん」

そのまま仕草で、この階層を満たす轟音に耳を向けるように示した。
着実に迫ってきている『崩壊』の秒読みに。

ロダン「ベオウルフは氏なれちゃ困るんだろ、そしてガブリエルだけじゃ時間稼ぎになりやしない―――」


『―――我々が』


その時。
そんな風に会話に割り込みながら―――彼らの前に天使の一団が現れた。

数は十五体ほど。
そのどれもが神たる力を有した存在で―――『完全武装』していた。

そして一団を率いていると思われる、
分厚く見るからに頑丈そうな兜を被った―――ラファエルが一歩進み出でて。


ラファエル『我々が向かいましょう』


インデックスとロダンに向けそう告げた。
静かに、穏やかに。

366: 2012/02/29(水) 01:24:01.81 ID:tlLmcdr0o

ラファエルの後ろにはサリエルやラミエルといった面々の他、
人間界には名が知られていない天使もいた。

どれもこれもが神域の力を有した歴戦の強者たち。

だがそれでも明白だ。
この十五体が束になってかかろうと、テンパランチア相手では―――それも強化状態ならば、
『ただの時間稼ぎ』しかできない。


『十五体が氏に要する時間』の分しか。


禁書『―――ッ―――』


ロダンにもそうしたのと同じく、
インデックスはこの天使たちの身もまるで『彼』のことのように案じるも。
彼女が声を放つよりも先に、ラファエルが静かな調子で告げた。

ラファエル『忘れてはなりません。「彼」は人と天のみならず、この世の全ての運命を握っている』

インデックスを真っ直ぐに見据え、半ば戒めるかのような声色で。


ラファエル『彼の復活もまた、竜の討伐に必要不可欠な鍵でしょうから』


それは暗にこう告げていた。

あなたには成さねばならない絶対的な『責任』がある、と。
『いかなること』があろうと決して放棄してはならない責務が、と。


この件についてはもう、インデックスが返せる言葉は無かった。

367: 2012/02/29(水) 01:27:51.28 ID:tlLmcdr0o

不満はあるも何とかインデックスは引き下がった、
と見たラファエルは、さっと踵を返すと今度はロダンの前に跪き。

ラファエル『閣下、恐れ多くもお願い申し上げます』

そう静かに切り出した。
他の十四体もまた、彼の後ろで同じように跪いていた。


ラファエル『父上とアマテラス様、トール様が、自らが出陣し他の御二方には残るようにと、
       互いに激しく言い合っておられるのです」


そこで一度咳払いし、
素直にも困った様子を滲ませて。

ラファエル『スサノオ様が説得のためにお戻りになる予定ですが、
       恐らくそのスサノオ様も、今度は自らが四公閣下に向け出陣すると仰るはずです」

それを聞いてロダンは大きくため息を漏らした。
言葉にはしないも、乾いた呆れ笑いからも彼の言いたいことは誰しもがわかるくらいだ。

ラファエル『今ここでは一柱たりとも長達を失うわけにはいきません。ですからどうかお願い申し上げます。
       閣下のお言葉ならば、父上達みなが思いとどまることでしょう』

これにはロダンに選択の余地はなかったことだろう。
彼は諦めたような口調で応じた。


ロダン「わかった。俺が話をつけてくる」

368: 2012/02/29(水) 01:31:00.17 ID:tlLmcdr0o

そうしてロダンの確約を受けると、
ラファエルは素早く立ち上がって今度はガブリエルに向き。

ラファエル『君は閣下と共に父上のもとに』

だが彼女はすぐには応じなかった。
なぜか、その理由は一目瞭然だ。

武具の類を現出させ、ラファエルたちと同じ『完全武装』となっていたその姿を見れば。
彼女もまた、ラファエルら兄弟達と共にテンパランチアに挑もうとしていたのだ。


ラファエル『ガブリエル。今の閣下には護衛が必要なのでしょう?』

だがこの言葉で彼女はようやく折れることとなる。
これにはあえてロダンも何も言わなかったのも、
更に彼女を折れざるを得ない状況に追い詰めたか。

口を引き締めて、無言のまま頷き返すガブリエル。
ラファエルはそんな彼女を引き寄せて家族の抱擁を交わした。

そうして彼女が他の兄弟たちとも『最後の抱擁』を交わしていく間、
ラファエルはもう一度一同を見回して、最後にインデックスに向くと。


ラファエル『彼をお願いします』


禁書『―――あなた達のために祈ります。常に―――とうまと一緒に』


インデックスはガブリエルと同じ表情で、微かに震える声でそう返した。

ラファエルは小さく微笑み返すと、
他の兄弟たちと共に軽く一礼し―――姿を消した。

369: 2012/02/29(水) 01:38:06.25 ID:tlLmcdr0o


天界のとある一画。
四元徳の『私有地』とも言えるその階層に、十五体の天使達は侵入していた。

天高く聳える巨大な柱、延々と続く白亜の石畳。
本来ならばまず許しを得ねばならないその回廊を、彼らは許可無く猛然と突き進んでいく。

だがあえて止めようとする者はいなかった。

四元徳お抱えの最精鋭―――上級三隊の者達が、
両脇の列柱の隙間から覗きながら平行してついてきているも、
彼らが向かってくる気配は一行も無い。

彼らはわかっているのだ。
わざわざ奥に向かうのを止める必要なんて無い、と。

そして笑っているのだ。
絶対的な主に歯向かう愚か者達、その先に待ち構えている結末を。
その点については、十五の天使たちも充分に理解していた。



そう遠くない未来のこと。

アンブラの魔女が『義妹』になり一族に名を連ねるという、前代未聞にして素晴らしき日が訪れるだろうが。
ここにいる十五の兄弟達は、その日を目にする事はまず叶わない。

しかしそれに関して悲観はしていても、退く理由に結びつくことは無かった。
むしろより前に進む原動力となる。

当然である。
彼らが何よりも恐れているのは、その日が訪れる『未来』が幻想に終ることであり。


そしてその『未来』を実現させるには―――この先に進まなければならないのだから。


回廊の突き当たり。
先頭の一人がこれまた超大な門を斬り飛ばしては、玉座の間へと飛び込み。


彼らは四元徳が一柱、『節制』へと向かって行った。


―――

384: 2012/03/03(土) 00:33:25.66 ID:wZv9+IAwo

―――

バージル『ここに立っているのならばわかるはずだ』

それが挑発的な弟に向けた兄の第一声だった。
身はそのまま、顔だけを少し向けているバージル。

その視線は首を一突きするかのごとく殺人的な鋭さだ。

これに対して、ダンテは挑発的な笑みを返して。
ベヨネッタやアイゼンが静かに見守る中、恐れもせずに単刀直入に告げた。


ダンテ「―――『それ』、俺にやらせてくれねえか?」


一際強く張り詰める空気の中、
この場の者はみなダンテが指した事柄をすぐに把握した。

ここでこのタイミングでこの言い方となれば一つしかない。


新たな人間界を完成させる―――バージルの最後の『役目』である。


ダンテの要求は特に複雑なものではなかった。
むしろ単純明快、言葉通りそのまま―――かの『役目』を寄越せということだ。

だが内容は単純でも、成すにはきわめて難きことだった。

バージルとは一体どんな男なのか、
彼がどのような考えでここに立ちかの大役を引き受けたのか、
それを知っている者の耳には困難極まる要求にしか聞えなかった。

385: 2012/03/03(土) 00:35:51.70 ID:wZv9+IAwo

アイゼンがはっと息を吐く音が静かに広がった。

不意に胸に一撃加えられたようなものだ。
この極度の緊張空間の中に、更にこんな『無理難題』が投げ込まれた拍子で、
思わず吐き出してしまったのだ。

ジャンヌも同じように緊張と焦燥が入り混じった表情を浮かべており、
ローラにいたっては子供のようにこの『長』の背後に隠れていた。


だが―――ベヨネッタだけは、高まる緊張に気圧されていくどころか。

むしろダンテが現れた瞬間よりも、今や呼吸も穏やかに落ち着き払っていた。
彼女はある種の安堵を覚えていたのだ。

ダンテに『あるもの』を見て。



バージル『―――……もう少し利口だと思ったが』


永遠にも思われた一幕ののちバージルが口を開いた。
沈黙を破る声だったが、緊張を緩和させるどころか空気を硬化させる強烈な言霊。
もはやこの空間の大気は、喉に詰まらせて呼吸困難に陥ったと言っても信じれてしまうほどのものだ。

ただ、誰しもが己の存在を消したいと思ってしまうそんな環境の中でも、
この男は全く自重せずに突っかかっていく。


ダンテ「そいつは俺の台詞だ」


更に挑発的に、語気を徐々に強めて。


ダンテ「お前はどうしようもねえ大バカ野郎のクソッタレだ」

386: 2012/03/03(土) 00:37:43.69 ID:wZv9+IAwo

ダンテの顔からも薄ら笑いは消えていた。
彼はいかにもとげとげしく空気を放ちながら首を傾け。

ダンテ「おいバージル。なんでお前がそれをやらなきゃなんねえんだよ」

バージル『……わかっているはずだが。これが俺の「使命」。スパーダの遺した「宿命」だ』

熱を帯びるダンテとは対照的に、
不気味なまでに冷徹な声を返すバージル。
だが次の弟の言葉で彼の佇まいにも変化がし生じていく。

ダンテ「そうだろうな―――『昔』のままだったらな。だがお前は変わった」

バージルの『心』を突く言霊。


ダンテ「ムンドゥスをぶっ頃したあの日にお前は―――『スパーダの使命』だの『血の宿命』だのとは決別したはずじゃねえのか?」


兄は鋭く見返すとこう返した。

バージル『己が―――この俺を救い変えたとでも思ってるのか?ダンテ』

尋問するかのごとく、
『冷ややかな熱』が滲む声で。

ダンテ「―――そう思っているのはお前の方だろう」

すると弟は「何を馬鹿なことを」とでも言うかのように、
間髪入れずにたたき返した。


ダンテ「俺はただ手を伸ばしただけ、掴んだのはお前だ。お前自身が選択したじゃねえか」



ダンテ「なによりも―――『生きること』をよ」


387: 2012/03/03(土) 00:40:43.55 ID:wZv9+IAwo

そこで数秒、しばしの沈黙が訪れた。
バージルは一瞬僅かに目を細めて沈黙。
ダンテは彼が今の言葉を噛み締める間を与え、そして返される声を待った。

だがバージルは黙したまま。

ダンテ「……いい加減にしろよ」

そんな兄に呆れ、弟はまた自ら口を開いた。

ダンテ「―――お前は生きなきゃなんねえんだ。ネロと同じ世界で同じ時間を生きて、
     いつかデキルあいつのガキのお守をしなきゃなんねえんだよバージル」

身の底で滾る衝動が漏れ出したのか、
ダンテは強くコートを叩き掃い、その手でバージルに突きつけるように指差して。


ダンテ「それともなんだ、お前は―――あいつを俺達と『同じ目』にあわせるつもりなのか?」


ダンテ「父が消え、子が英雄になり、英雄は父となり、ある日―――子の前から消える。これを繰り返そうってのか?」


バージル『―――それが最善の策ならばな』

そこでバージルが声を発した。
さも当然といった声色で、半ば吐き捨てるように。
対してダンテもまた更に熱を帯びて。

ダンテ「どこが最善だバカ野郎。お前はろくに人間として生きることができないまま氏に、ネロは俺たちと同じく父親を失い、
     『誰しもが望むとおり』のスパーダの血の業を背負った『英雄』になり、『父親のように消える』まで宿命が引き寄せる戦いに明け暮れる」


ダンテ「何もかも同じだ。時代と敵が違うだけで、筋はまるっきり同じじゃねえか。お前はこれを繰り返すってのか?」


低く重く、兄を押し潰そうとしているかのごとく言霊で吐き捨てた。


ダンテ「お前だって見えてるんだろ。俺達を躍らせてるこの―――『レール』が。お前はこんなもんに従うってのか?」

388: 2012/03/03(土) 00:42:53.92 ID:wZv9+IAwo

この場は表面的には、
ダンテによる一方的なものに見えたかもしれない。

だが水面下では確かに、彼らの声にならぬ精神が激しくぶつかり合い、
そして確実に―――『何か』が変化していた。


ダンテ「想像してみろ。バージル」

弟が少し声色を和らげ、手を広げて促していく。

ダンテ「週末にネロと一緒に悪魔狩りにでもくりだして、徹底的に痛めつけて、
     まだまだだなと小馬鹿にして、ワインを飲みながら世継ぎの孫をさっさと作れとチクチク言う」


ダンテ「お前にはそういうくだらなくて当たり前の『人間としての未来』がある」


ダンテ「たった一人で戦い続けて、仇に負けて人形にされ、挙句に弟に殺される、
     そんなお前のクソみてえな30年の中には無かった世界が今あるんだ」


そこでダンテは一度、静かに息を吐いて。
「なあバージル」と、この極限の場にはあまりにも不釣合いな、
穏やな声で呼びかけて。


ダンテ「お前は今―――『母さんと一緒に失った』と思っていた世界に立っている」


ダンテ「お前はこれを―――『捨てよう』ってのか?」


389: 2012/03/03(土) 00:45:48.14 ID:wZv9+IAwo


バージル『―――「たかがその程度」のために、この俺の代役となるつもりか?ダンテ』


そこでバージルが変わらぬ静かな声で問い返した。


バージル『兄の「俗物的な未来」のためならば、喜んで命を差し出すと?』


ダンテ「喜んで差しだしはしねえよ。俺だって氏にたくねえし、やりたいことも腐るほどある」

するとダンテはコートをもう一度叩き掃うと、
穏やかな声色からまた熱く攻撃的に吐き捨てた。

ダンテ「だがこのクソッタレな『筋書き』に従っちまえば、お前はまた『負債』を全部背負ったまま消え、
     『後始末』しただけでのうのうと生き残った俺が『英雄呼ばわり』される―――」


ダンテ「―――これにはウンザリなんだよバージル。もうウンザリだ」


そうして次いで制するように掌を向けて、半ば諦めたような声色で。

ダンテ「お前の性格は知ってるさ。一度決めたことは絶対に曲げやしない」


バージル『―――ではどうする。刃で俺を退けるか?』


するとバージルは先読みしたのか、そう問いかけた。
冷徹な調子は変わらぬも、握る閻魔刀に明らかに焦げ付くような意識を向けて。

そんな静かにして明確な『挑発』に応じたかのように短く笑うと、
ダンテは素早く背の柄を握り。
リベリオンを振り下ろし、豪快に床に突き刺し。

ダンテ「『いつも通り』のやり方か。俺としてはそれも好きだが―――」


そのように喧嘩を買った上で―――


ダンテ「―――だが―――その『いつも通り』じゃダメだって言ってんだよ」


―――否定した。

390: 2012/03/03(土) 00:48:23.85 ID:wZv9+IAwo

その行動とは裏腹のダンテの言葉。
己を体現している刃を突き降ろし、『これまで通りの解決法』を拒絶した男、
そんな言霊が場の空気を静寂で満たした。

突き立てられたリベリオンが震える涼やかな音が尾を引き。
数秒かそれとも数十秒経ったころか、


ダンテ「……ネロはスパーダを折ったが、それだけじゃ足らねえ。お前もここで『変わる』必要がある」


ダンテはそう口にすると、そっと突き立てたリベリオンの柄から手を離して。



ダンテ「バージル、人生に一度くらいは―――『妥協』しちまえよ。人間の子ならな」



兄へ向けて笑いかけた。
軽く、さながら他愛も無い掛け合いのごとき調子で。

この時にはもう、沈黙は沈黙でも、
場の空気には先ほどのような一触即発の極限の緊張は漂っていなかった。


ダンテ「……これが。ここに運んできた俺の答えだ」

391: 2012/03/03(土) 00:50:58.60 ID:wZv9+IAwo

そしてこの時―――ダンテは兄の僅かな変化を見逃さなかった。

己がリベリオンから手を離したのと『同じ』ように、
バージルの強烈な意識が閻魔刀から解けていったのだ。

瞬間に覚える『成功』の期待。
この一か八かの『交渉』が功を奏し、
頑固な兄に全面的に応じさせるという最高の結果を引き出せた、と。


だがそれは束の間の勝気でしかなかった。


バージル『―――……お前の話も道理に適ってはいるが。一つ、どうしても気に食わん点がある』


忘れてはいないも、このバージルという男がいったどんな人物なのか、
ダンテは再度嫌と言うほど思い知らされることとなった。


バージル『俺の代役として、一人の「愚か者」が氏ぬことだ』


やはり負けず嫌いで―――ひと筋縄ではいかぬのだ。


バージル『―――悪いがダンテ、俺はこの役目を降りるつもりはない」


このバージルという『愚か者』は。


バージル「なぜならば俺も、その「愚か者」と全く「同一」の―――「愚かな理由」があるからだ』

392: 2012/03/03(土) 00:55:59.61 ID:wZv9+IAwo

それはダンテの道理を逆手に取った返しだった。
『同一の理由』を盾にされてしまうと、ダンテの側は八方塞になってしまうのだ。

己と同じ理由で頑なに役を降りようとしない兄に、
悔しさと憎たらしさそして―――嬉しさを覚えながらも、弟は反撃の言葉が思いつかなかった。

一方でバージルは、
そんな弟をがんじがらめにするだけじゃ飽き足らず、更に追い討ちをかけてくる。


バージル『―――この女が何か言いたいらしい』


これまた事も無げな、冷静で落ち着いた声色。

ただし兄がこんな顔をしている時は、その内はダンテですら全く掴めない。

傍にいる不敵に微笑しているベヨネッタの様子に気付いたのが、
はたして本当に今なのか、
それとも『交渉』の途中からすでに意識していたのか。


はたまた―――最初から『この選択』も用意していたのか。

ダンテにそれを知る術がなければ、
直後にこの女の提案を耳にした時にはもう特に重要でもなかった。



ベヨネッタ『―――二人でやれば良いんじゃない?半々なら、魂も使い切らずに氏なないと思うけど』



魔女は平然と告げた。
半ば二人を小馬鹿にするような色を含んで。

393: 2012/03/03(土) 00:59:36.56 ID:wZv9+IAwo


ベヨネッタ『―――それに火種がバージルだけじゃ新しい人間界は堅苦しくなりそうなのよね。それって私的にはあまりね。
       神裂をさんざん揺さぶって「柔い人間性」も補充してるけど、やっぱりまだまだ全然足りないし』


そしてこの声に―――相変わらずなんと『卑怯』で『負けず嫌い』なのか―――バージルは鼻を鳴らす形で同意を示し。
さも当たり前のこと・特に思い悩みもしないといった調子で。


バージル『―――ダンテ。この女の案に「妥協」しろ』


これにはダンテは心の中で悪態をついてしまった。
これではまるで、こっちが丸め込まれたようではないか、と。
ただしそれとは裏腹に、彼の顔にはいつもの不敵な笑みが自然と浮き上がっていた。



バージルという男。

真っ向から挑んでくる者に対しては、
そこらの子供だろうが、魔界の覇者であろうが―――弟であろうが関係ない。

相手の身分や力関係なく、相応の態度で受けて立ち、
一切卑下せずにその言葉に耳を傾け、それが正しければ己が過ちを容易に認める。

しかしその一方で負けず嫌いで、不器用で、貪欲で、強欲で、どうしようもないくらいに頑固。


そんな兄を見てると、ダンテは呆れて、悔しくて、憎たらしくて、そして―――嬉しくてたまらなかった。


将来の気質からか、恐らく無意識の内にであろう。

彼はあたかも自らが勝者のように振舞っているが、
ことを整理すれば、『有り得ない妥協』を呑んだのはバージルの方である。
彼は今、その人格からは考えられない判断を下したのだ。

『己だけの仕事』、それを頑として突きつけていたこのバージルという世界屈指の頑固者が、
憎たらしい弟の言葉に耳を貸し、
息子と弟が生きるこの世界・時間に愛着と未練があることを認め、
そして納得し、自らを戒めていた覚悟を解いたのだ。


―――それも一切刃を使わずに、音による対話だけで。


394: 2012/03/03(土) 01:02:12.67 ID:wZv9+IAwo

ダンテはそんな兄に向け、ハっと乾いた笑いを捧げた。

クソッタレな筋書きが突きつける血の宿命ではなく、
己自身の心に耳を傾けられたことへのささやかな称賛と。

あたかも自分が勝者であるかのように・何事も無かったかのように振舞う、
どうしようもないくらいに負けず嫌いなその姿への皮肉を篭めて。


そしてダンテはふと、『腕時計を見る』ような芝居がかった仕草をとり。


ダンテ「―――わかった。それで妥協してやるよ」


この憎たらしい兄の態度に合わせて、
あたかも敗者のように『妥協』してみせた。


ダンテ「そろそろ『王子様』のお目覚めタイムなんだ」


ただし「仕方なくだからな。この予定が押してるからだ」と言うかのように、
腰から引き抜いた黒い拳銃を見せ付けながら。

395: 2012/03/03(土) 01:03:33.64 ID:wZv9+IAwo

こうしてネロに続き、バージルも『選択』し『変わった』。
宿命を跳ね付け、己の心に従い本当の意味で『自力』で踏み出した。

だが―――これで解決したわけではない。


ダンテはわかっていた。


―――次は己の番だ、と。


そして自覚していた。
スパーダの血の宿命、その因果は―――己にもっとも強く集束している事を。



流れに生じたこの大きな歪み。

ここに『筋書き』は、全てが『過去』をなぞり―――『繰り返し』になるように、
更なる『修正』を加えていく。


それもより強烈で、鮮烈で、狡猾で、どうしても『逆らえない』ような形で。


しばらくののち、ついにその番が回ってきたとき、
スパーダ息子ダンテは生涯最大にして『最悪』の決断を迫られることになる。


彼が筋書きを完全拒絶するには―――己が信念の何もかもを捻じ曲げて―――


―――『絶対にやれない事』を成す必要があったのだ。


―――

415: 2012/03/07(水) 23:34:27.13 ID:LuGI4XwTo

―――


『―――父上はもうお戻りに?』


そんな涼やかで礼儀正しい声に『青年』が振り向くと、
野の少し離れたところに、兄弟のうちの一人―――ラファエルが立っていた。

甲冑を纏うその身は、こちらよりも頭二つ分も高いという長身男だ。
細くしなやかな、それでいて逞しい手には、
鮮やかな『人間界のリンゴ』を持っている。


そんな兄弟の姿を見、『青年』は片方の目尻を細めては小さく笑んだ。


『ああ。ガブリエル達も持ち場に戻ったぜ』


そう返してはまた手元に視線を戻し、『青年』は作業を―――『出陣準備』を続けた。

魂を暖め、力を練りこみ、現出させた装具を確かめ。

そして『右手』と―――そこに宿る『聖剣』の状態を何度も確認する。

と、そうやって右手の確認に差し掛かったところ、
リンゴを齧りながらしばらく黙って見ていたラファエルが口を開いた。

ラファエル『それですか?例のは』

関心がありそうにも聞えるも、それほどこれ自体には執着もない、
会話を紡ぐためにきっかけにしているだけのようにも伺える。

『青年』はふと手を止めると、
今度は身も向けて右手を兄弟にかざし見せて、軽く告げた。

          フィアンマ
『そうさ。これで「竜王」を討つ』

416: 2012/03/07(水) 23:36:24.71 ID:LuGI4XwTo

ラファエル『なるほど……』

振り向かせて話のきっかけを作ったは良いものの、
どうやって言葉を繋げていこうか思いつかない、といった様子だ。
そして苦闘の末にひねり出すは他愛も無い言葉。

ラファエル『私がその役を担っても良かったのですがね。それに今日は特に仕事もありませんし』

前一つは本心であり事実であろうが、
二つ目は場を繋ぐために今思いついた嘘であろう。

現在、名だたる兄弟たちはみな軍団を率い、戦闘配置についていなければならない。

これからの竜王との一閃を皮切りに起こる大きな情勢変動、
その際に発生するかもしれないあらゆる不足の事態に、今や天の全軍が備えているのだ。

それなのに彼がここにいるということは大方、
軍団指揮を無理やり下の者に任せて舞い戻ってきたのであろう。
そうして正式な見送りの列に同席することは叶わなかったも、
こうしてなんとか出陣前に会うことが出来たわけだ。


青年は、そんな兄弟の『嘘』に軽口を返した。

『残念だな。お前が俺以上の「悪人」だったら、四公閣下もお前をご指名なさっただろうさ』

もちろん冗談である。
確かに天の中でも問題児と名高いが、
青年は『追放ついでに』といった形でこの役目を貰ったわけではない。


―――人間のことを誰よりも知っていたから指名されたのだ。

無論、指名される前に自ら立候補もしていたが。

417: 2012/03/07(水) 23:38:54.58 ID:LuGI4XwTo


ラファエル『時々、あなたが人間に似たのか、人間があなたに似たのかがわからなくなります』


手にあるリンゴをふと眺めながら、そんな事を言う深緑の天使。

このラファエルという天使は、ときたま出し抜けに妙な事を言う。
哲学的な比喩を含ませているのか、
それとも心に湧き出した言葉をそのまま放出しているのか、判別し難い言霊だ。

人間が似たのか、それとも―――なんて、言葉通りに受け取れば随分とおかしな問いだ。

現実的にはど、ちらかがもう片方に影響されたなんてことはまず無い。
『偶然』にして『必然』的に似ていただけだ。


強いて言うならば、主神ジュベレウスの『趣味』、
もしくは『今回の創世』の『テーマ』の一つを人間と共有している、という程度だろう。

知恵ある種の大半は、主神ジュベレウスと同じ一対の手に一対の足というの基本的造形、俗に言う『人型』となる。
(そして恐らく主神ジュベレウスの気分次第で、創世のたびにその『主流の造形』は全く別のものになるのであろう)

人型でなくとも牙ある獣から木々、
翼に至るまで、その他の生命種の造形にも大体似たパターンがあるものだ。

また文化面も、成熟すればどの世界のもある程度似てくるもの。
例えばかつての魔帝の宮も四元徳の宮も、
壮大な列柱に見事な石畳といった根の建築様式は同一といったように。


―――と、これが言葉通りに受け取った場合の答えである。

だがラファエルは、
この問いにそれとは別の何かを含んでいたのは確かだった。

418: 2012/03/07(水) 23:41:25.11 ID:LuGI4XwTo


ラファエル『―――私もあなたと同じく人間を愛していますが、私はあなたのようには人間が「わからない」』


兄弟の言葉を図りかねて返す声に困っていた青年に向け、
ラファエルは続けてそう告げてきた。

その誉れと讃えに満ちた言霊の中には、無垢な嫉妬のような色も僅かに覗いていた。


その嫉妬は言葉通り、青年が自分よりもよく人間を理解している点に向けたのか。
それとも彼が天の家族と『平等』に人間を愛していることに、一欠けらの不満を抱いていたのか―――


―――これまで家族が占有していた強い絆までもが、異世界の無数の者に向け『ばら撒かれた』ことへの。


ただその感情を敏感に悟ったも、
青年はそこを深く言及しようとはしなかった。

ラファエル自身が、この自らの『揺らぎ』に困惑している節も見て取れたからだ。

青年の側としては、その『揺らぎ』に水を差し無下にしたくなかった。
ラファエル自身はまだ気付いてはいないものの、
その『揺らぎ』こそが人間を理解するにもっとも重要な要素なのだから。


『―――心配ないさ。これからだ。今後はみんな、もっと人間界に触れるようになるからな。お前も必ず人間達が理解できるようになる』


ラファエル『そうでしょう。理解を深めることは叶うでしょう。しかしあなたほどには決して……』


419: 2012/03/07(水) 23:44:19.26 ID:LuGI4XwTo


ラファエル『…………ルーメンの使者達が今朝届けてきてくれたもです』

そこで話の切り替え時と悟ったのか、
ラファエルはふと手元のリンゴに目を落としそう告げたも。

それを聞いて少し苦笑いする青年の顔を見て、
同じようにばつが悪そうに微笑み返した。

ラファエル『……ああ、確かあなたはあまりルーメンのことを……』

『長のマハラレルのことは信頼しているよ。彼は文句なしの指導者さ。俺が気に入らないのは長老院の方だ。
 どうせそれ届けた使者ってのも長老院のやつだろ』

ラファエル『……まあ、はい』

『あいつらセトの血筋の追放し、カインの復権とメホヤエルの長擁立を目論んでるからな』

それを聞いてラファエルは一転、
ばつが悪そうに陰らしていた顔を驚きと嫌悪の色で満たした。

ラファエル『まさか!カインの血筋は、アベルの件で永久放逐されたでしょう?四公閣下御自ら裁定なされたはず。
       長の就任には四公閣下の承認も必要ですし、メホヤエルが長になるなんて不可能でしょう?』

『そうなんだけどな。でも四公閣下は、カインの血筋の力を高くご評価しておられる。
 今後は勢力強化のため貪欲な発展力が必要だが、セトの血筋は穏健・慎重すぎる、ってのが四公閣下のご見解だ。
 アンブラがやけに勢いづいているのに警戒なさってるのさ』

ラファエル『つまり……四公閣下もすでに承諾なさってると?』

『ああ。救済はさすがにしないだろうが、
 今後ルーメンの全てを四公閣下が直接管理なさることが条件で、恐らく復権が許可されるはずだ』

ラファエル『直接管理、ですか……』


『……四公閣下の庇護の下に約束される繁栄だ。長老院も全会一致で条件を呑むだろうぜ』

420: 2012/03/07(水) 23:46:55.79 ID:LuGI4XwTo

偉大なる四元徳のご意向ならば、そこに間違いなど有り得ない。
そう確信はしてはいるも、一方で微かに漂う不穏な気配―――


―――何か、何か嫌な予感がする、と。


そんな静寂を二人はしばらくかみ締めた。

ラファエル『…………父上も当然ご存知ですよね?』

『もちろん。セトの一族が追放されちまったら、父上があいつらを支えると約束もしてくれた』

ラファエル『そうですか。では一先ず安心ですね。彼らは失うにはあまりにも惜しい「逸材」です』

『ああ。中でもヤレドの子は特にすげえぞ』

ヤレドの子、そう青年が嬉しそうに口にすると、
ラファエルは再び先と同じ僅かな嫉妬を滲ませた。

ラファエル『知ってますよ。エノクでしょう?あなたが特にほれ込んで教師役になっている事はみんな知ってます』

『あいつは才も人徳も申し分ない。何もかもが完璧さ』

ラファエル『ですが少し心配ですね。あなたに教えられたという点が。あなたの性格がうつってなければいいのですが』

次いで称賛の言葉に、ラファエルは意地が悪そうに目を細めた。
そんな兄弟に向け、青年は同じ調子で目を細め笑い。


『思いっきり心配するがいいさ。その心労の損はさせない大物になるだろうぜ』


ラファエル『それは今後が楽しみです』

そして今度ばかりは、この深緑の兄弟は涼やかに返した。
未来への期待に満ちた、翳りのない素直な微笑で。

421: 2012/03/07(水) 23:48:47.37 ID:LuGI4XwTo

そんな屈託の無い笑顔を見て、
青年は少し申し訳なくなってしまった。

『…………悪いな。見送りに来てもらったってのに、こんな話ばかりで』

ラファエル『かまいませんよ。そもそも私がここにいるのは「非公式」ですから』

会えただけで充分。
そんな言葉が後に続いて聞えそうなくらい、この素直な顔から滲んでいる。
その穏やかな雰囲気に誘われるようにして、
ふと青年はここであることを思った。

『…………打ち明けることがある』

この非公式の場を利用して、
今まで誰にも告げたことが無いある胸の内を、彼に遺して行こうと。

青年は臆面も無くするりと告げた。


『俺は人間が羨ましいんだ』


その瞬間、ラファエルの顔が引きつった。
驚愕と困惑と疑念、そしてある種の失望も抱いたのか。


ラファエル『……ど、どういった点が……?』

理解し愛することはできる。
だが普通は誰も『人間になりたい』とは思わないものだ。
むしろ人間への羨望は、まさに魔界的な極めて危険な思想と疑われる場合もある。

天界と魔界、その性質の共通点といえば憤怒くらいだ。
だが人間界と魔界は、その他に傲慢、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲も共通させているのである。

恐る恐るといったラファエルの問い。
何かの間違いであることを期待している彼に、青年は心の内で謝りながら告げた。


『特に人間のような―――愛情が羨ましく思う』


嫉妬と色欲の権化を。

422: 2012/03/07(水) 23:50:18.40 ID:LuGI4XwTo

ラファエルの表情が驚愕から憤りに変わった。
それも当然の反応であろう。
猛烈な嫉妬と色欲が引き起こした、人界の神々の行いを知っているのだから。

『―――確かにあれはいき過ぎだ。俺だっておぞましく思う』

放ち返される言葉を予期して、青年はすぐに付け足した。

『でもよ、「青銅の種族」のアンブラやルーメンはそうじゃないだろう?慎ましくも豊かな人間界の愛情の形がある』


ラファエル『―――愛は天にもあるでしょう?!』

『違うんだラファエル。人間界のと天界のは根本的に違う……』

ラファエルは一時声を張り上げてしまったも、
今更ここで言い合ってもどうしようもないと察したのだろう。
己を自制し、ゆっくりとため息をついた。

ラファエル『……全く……あなたという天使は……』

『どう説明すればいいのか……俺たちと同じ愛情とは別に、人間はまた別の形の―――特別なものを持っている』

ラファエル『私達には無いものですか?』

『ああ。天界には無い。人間界の混沌が生み出す輝きさ。それが人間、特に「青銅の種族」の弱点でありそして強さの源だ』

ラファエル『愛が……強さ、ですか?癒しではなく?』


『そうとも。確かに「青銅の種族」は非力だけど、計り知れない潜在能力もあるんだ。「あれ」は他のどの世界でも見たこと無い』


ラファエル『なるほど…………それが羨ましいと?』

もはや諦め笑いを含んだ声。
続く青年の言葉は、そんな彼を更に呆れさせてしまった。


『―――ああ。はっきり言うと、俺はそれを理解するためにも―――人間になりたい』

423: 2012/03/07(水) 23:53:11.68 ID:LuGI4XwTo

『もちろん最大の目的は、竜王の討伐による「青銅の種族」の解放だからな』

一気に呆けるラファエルの顔を見て、慌てて付け足す青年。
深緑の天使は更に大きく息を漏らした。

ラファエル『そうでしょう。そんなことを言い出してしまうのも、人間を愛しすぎた末路でしょう』

どうしようもないですねあなたは、と皮肉篭められたいつもの小言を言われ、
ニヤリと笑って流す青年。

これは今に始まったやり取りではない。

このようなものはラファエルのみならず、兄弟みなと毎度のごとく交わしている。
ここぞという時にくる「いい加減自重なさい」というガブリエルのお叱りが加われば、
それで日々の会話は完成だ。

こちらの突拍子もない行動と言動に呆れずにいてくれるのは、
一緒に笑ってくれる豪胆なカマエルか、もう何もかも諦め通り越している父上くらいである。



そろそろ時間だった。

ラファエル『……あなたが行ってしまうと、また一段とここは静かになってしまいますね』

準備と再点検を終えた青年の様子を見てのラファエルの言葉。
それで青年はふと『偉大なる大逆者』達の姿を思い起こした。

この天の世界から『積極性』というものを丸ごと持ち去ってしまった、勝気な荒くれ者達を。

『……トールさんも随分お固くなっちまったし、アマテラス様も最近はご散策なさらないしな』

そしてその『積極性』の一翼を担っていたも、
協調や責任のため自重せざるを得なくなった残った者達のことも。


ラファエル『―――平和そのもので言う事無しです』


ラファエルの笑みには、
懐かしさと憂いも篭められていた。

424: 2012/03/07(水) 23:54:15.52 ID:LuGI4XwTo


『―――だがそれもいつまでもつか』

そんなラファエルに向けて、ここで青年は思わせぶりにそう言葉を挟んだ。
そして言い逃げるかのように彼に背を向け、


ついに出現した光の『門』に向き合い。


『覚悟しとけ。きっと―――何もかもが変わるぜ』


確かな声を放った。

『しっかり目を開いて彼らを見ていてくれよ。抑制から解き放たれた「青銅の種族」の世界は、
 爆発的な速度で「鮮やか」になっていくはずだ』

ラファエル『……』

『それを見てれば必ずわかるはずさ。より深く人間のことも。俺がなんでこんなことを言ったのかも。必ずな』

そして横顔向けて。


『そして人間界だけじゃない、世の全てが変わる。人間界を中心として、天界と魔界も含めて全ての世界が動く』


豪語した。

ラファエル『……どうしてそこまで確信できるのですか?』


『―――俺がそう願うからさ』

425: 2012/03/07(水) 23:55:35.39 ID:LuGI4XwTo

自分で口にしていても、なんと身の程知らずな言葉なのかと思ってしまう。

だがこれは本心だ。
愚かにも「青銅の種族」を解放するというだけに留まらず、
その先の未来にも己の理想を当て嵌めようとしているのだ。

今更この本心を隠してどうなる。
今生の別れたる場で、心の内を包み隠してしまう方が無礼というものだ。

少なくとも愚直で衝動的な青年にはそう思えた。


ラファエル『随分な独り善がりっぷり!これはもはや大義を隠れ蓑にした個人的野心追求ですね!』


はっと笑い、そう評するラファエルを横目に見、
青年はこれ見よがしに口角を上げて不敵な笑みを浮べて。


『大義と俺自身の充実、どっちも本気だし、俺にとってはそもそも―――その二つは「同一」だぜ!』


ラファエル『ああ!最期の時までそんな!あなたという天使は!なんと愚かで―――利己的な英雄でしょうか!』

もう笑うしかない、そんな様子だった。
嘆きの言葉とは裏腹に、ラファエルの声色には楽しさと期待に満ち溢れていた。
そして門が開いたのを確認すると、すぐにまた落ち着いた表情に戻り。


ラファエル『―――ご武運を。我らが破格の兄弟――――――ミカエルよ』

静かに告げた。
別れの言葉は含まずに。
青年の方もまた同じく、まるで散歩にでも出かけるような調子で答えた。


ミカエル『おう。一発暴れてくんぜ』


そうして光の門を潜り、『野』から『出陣』していった。

426: 2012/03/07(水) 23:58:09.17 ID:LuGI4XwTo

はるかな界の境界を越え、
向かうは人間界の最上層にして最深部、黄昏色の王の領域。

天界にも魔界にも共通する権力の象徴たる様式、
巨大な列柱回廊とどこまでも続く石畳。


そして金銀煌びやかな玉座には―――人間界の王。


人界の混沌の権化たる竜に、天の戦士はこうして相対した。






――――――これが『彼』の終わりにして始まりである瞬間。

この『過去の記憶』が突然蘇った瞬間、潜んでいた魔女の術が爆発した。

『彼』にとってはまさに不意打ちだった。
ここを始点にし、『彼』の分離再構築が開始された。


不意打ちによる驚きからは、今後の展開への期待感が生じ。
魔女の目的に気付くと、その期待感からは『全能化』に水を差す行いへの『敵対心』と、
救出への『希望』に分離する。


猛烈な勢いの分離の先に生じたのは、紛れも無い自己認識、
明確になる『自分だったもの』と『そうではなかったもの』の区別。

そして救出への『希望』を抱いた側にて、
彼は『己が己である』と唐突に認識した。

427: 2012/03/08(木) 00:00:56.13 ID:0lPWXHGSo

「―――……っ!!」

信じられない。

ここからどうすればもっと『楽しくなる』か、
いかにして希望を打ち砕き、どれだけ辛らつな悲劇とし、
絶望の底で嘆く様を目にする事が出来るか。

今やそういった『悪意』を『おぞましい』と嫌悪することができ、
これらを自らが抱くことはなく、心は純粋に歓喜に溢れている。


「…………は……はははっ……!」

嬉しくてたまなかった。

これまで大切だとしてきた存在を、
邪悪な見方無く再び『大切』だと断言でき、

そして―――インデックスへの感情がもう一切陵辱されていない。

透き通った心で、彼女へ愛情を向けることが出来るのだ。




「…………」

そうした歓喜の中、少年は面を上げて。
正面、黄昏の玉座の前に立っている―――『もう一人の自分』に向かい合った。
『こちら』とは逆に、歓喜ではなく『純粋な悪意』を抱いている『己』に。

428: 2012/03/08(木) 00:02:56.34 ID:0lPWXHGSo


「―――……」

その『もう一人の自分』を目にして、少年は気付いた。

思い出した。
『あの自分』に初めて会ったのは、
『あれ』が神の右席としてインデックスを拉致に来た戦いではない。

初対面は、もっと前の『ある日』の朝の『夢の中』だ。


そして二度目はそれと同じ日―――『デパート』で『頭を撃ち抜かれて殺された』直後だ。


そのように認識した瞬間、周囲の光景が一変した。
在りし日の黄昏色の王域から―――漆黒の空と延々と続く浅い血の海へと。

そこもまた、少年にとっては大いなる意味のある空間だった。
ここでついに一線を越えたのだ。
千の生氏を経て、再びその右手に『器』を与えたのだ。

ここで力を求めて―――『あの自分』と共に―――『悪魔の器』に乗り込んだのだ。


「…………っ」


少年は敵意と憤りが入り混じる瞳で、『もう一人の自分』を見据えた。
そんな彼とは対照的に『もう一人の自分』は不気味にほくそ笑む。


『まさか―――別れるつもりなのか?』


舌ですくいなめるように、
静かながらも纏わり付く言葉を吐き連ねて。


『そして再び―――戦い続ける気なのか?決して成せぬ「幻想」を追い求めて』

429: 2012/03/08(木) 00:05:39.76 ID:0lPWXHGSo

『―――エドワード=アレグザンダー=クロウリー』


もう一人の自分は、静かにその名を口にした。


『「ミカエル」が遺した「幻想」に翻弄された哀れな男』

ある英雄に心打たれ、
その理想を実現させようと足掻いた―――『幻想』の『犠牲者』にして、
より大勢の犠牲者を生み出した『加害者』でもある罪深き人間。


『それなのに―――その「幻想」をまだ紡ぎ続けるというのか?
 更に多くの哀れな者達を陥れていくのか?』


もう一人の自分の言霊はどうしようもなく辛辣なもの。
重く圧し掛かる、否定しようの無い『過去』。
そしてそれだけじゃない。


『その狡猾な罠は、こうしている今も尊い存在を奪っているというのに』


もう一人の自分がそう示した瞬間、強烈な『現在』が更に加わっていく。
瞬間に意識の一部がある方向へと向き、その先に見えたのは―――今繰り広げられている『ある戦い』。
いや、それはとても『戦い』と呼べるものではない一方的な『殺戮』だった。


『友のため、家族のため、未来のため、気高き戦士達が自らを犠牲にしていく悲劇が展開されているというのに』


「―――っああああああああああっ!!」


少年は叫び、その場に崩れ落ちた。
兄弟達が次々と氏んでいく様を、四元徳―――テンパランチアの視点から覗き込んで。

430: 2012/03/08(木) 00:08:15.71 ID:0lPWXHGSo

強化状態のテンラパンチアはもはや圧倒的だった。
戦士達はこの神に傷一つ与えることが出来ず、一柱また一柱と倒れ。


愛する―――懐かしい顔が次々と血に沈んでいく。


「―――ああああああああああ―――!!!」


それも―――己のために。


『英雄という存在は絶対的かつ不可侵でなければならないのだが、
 「ミカエル」という英雄像はあまりにも「中途半端」だ』

もう一人の自分がほくそ笑みながら言葉を続けた。
容赦の無い真実を淡々と。


『なぜか、それは「ミカエル」自身が―――流れを引き起こすことは出来ても、流れを制する力は無い半端者だからだ。
 そこに弱き者達は親しみと憧れを抱き、共感し惹かれるのさ。そして近しく思えるからこそ―――手を差し伸べようともする』


完全完璧な英雄になど助けはまず必要なく、
万が一にそれほどの英雄が助けを求めていたとしても、自らがその役に足ると思う者などまずいない。

だが英雄が完全でなければ。
その戦いが、他の者達も手が届くと思える距離にあるのなら、
皆が皆その手を差し伸べてくる。
本当は、その介入がもたらす結果がわかっていないのに―――


431: 2012/03/08(木) 00:10:50.56 ID:0lPWXHGSo

―――しかし。


このような『理屈』は少年にとっては『今更』のものだった。


わかっていた、痛いほどわかっていたとも。
そして今一度突きつけられたところで、どうしろというのだ、と。

少年は決して変わろうとはしない、いや―――変われないのだ。


彼が彼である以上、それは不可能なこと。


「………………うるせえ……うるせえよ。んなこたあわかってる。でもよ―――んな理屈はどうだっていい―――」


浅い血の海を拳で叩き、その飛沫かかった顔を静かに上げながら。
声を震わせながらも一語一句はっきりと告げた。


「大勢のバカ野郎共が―――俺の『泥舟』に乗り込んで―――戦って―――氏んでんだ!!」


こんな光景を見ているにもかかわらず―――薄ら笑いを浮べているもう一人の自分へ。


「これだけの信念が!記憶が!生き様が!―――『心』がぶち込まれてて―――今更止まれるかってんだよォォッ!!』


誰もかれも、天の父も、兄弟も、そして人間世界の友も、同志も。

アレイスターも―――インデックスも。

そして特に自分自身でさえもが、この『バカ野郎』に希望、理想、愛といった様々な形で『心』を載せてるのだ。
ゆえに今更、歩みを止められるわけが無かった。


「どいつもこいつも俺の『幻想』に縋りやがるってんのなら―――」


            ハート
常に理屈ではなく『心』で動いてきたこの人格が。



「―――この『幻想』の終点まで連れて行ってやる!!それが俺にできる唯一のことだ!!』


432: 2012/03/08(木) 00:13:23.55 ID:0lPWXHGSo

天にいた頃から人間となるまで、そして一人の魔女に出会うに至るまで、
そしてもちろん―――これからも。

少年はその生き方を変えるつもりも無ければ、
そもそも変えるという選択肢すらない。

魂にそう行動原理が刻み込まれているのだ。

どうしようもなく直情的で浅はかで、独り善がりなことは承知だ。
客観視すれば、行いが過ちである可能性が常に纏わり付いているのも承知だ。

善だからその結果を求めるのではない。
己が望む結果を善にしてしまう利己的な偽善者だということは、遥か太古から知っている。


だから今更だと言うのだ。
何を言われようが、結局は己の願望を叶えるためだけに戦うしか能が無いのだ。


『「全能」という未来を捨て、半端な英雄になるのか?』


「―――んなもん知るか」

もう一人の自分に少年はすかさず吐き捨てると、
ゆっくりと立ち上がり。


「俺があの日―――『ここ』で何を願ったかは覚えてるだろ?」



――――――『アイツ』を殺そうとする『世界』なんざ―――全部―――ぶっ壊す――――――



「なんで『力』を求めたかはわかってるだろ?!なあ『俺』よぉッ?!―――なにも大げさなもんじゃねえ―――!」


そして『もう一人の自分』を右手で指差し、宣言した。



「ただ―――――――――『てめえ』みてえな野郎をぶっ頃すためだ!!!!」

433: 2012/03/08(木) 00:16:36.58 ID:0lPWXHGSo

それは宣戦布告にして『甘き己』との『決別』―――全てを受け入れ肯定する誓いだった。

かつてのミカエルとして行い、そこから派生した凄惨な結果、
そして人間として戦い、挫折し、力を求め、魔に堕ちて血塗れた闘争を選んだ手。


少年はそれらを、もう誇りもしなければ悔い改めもしない。


『自業自得』の行いの全てに『開き直り』―――全ての責任を身の内に飲み込み、
全てに『ケリ』を―――『幻想』に幕引く覚悟をここに示したのだ。


「そうとも――――――『俺』と『お前』は違う―――」


そしてその瞬間、全ての因子が剥離し、
二つの思念は完全に独立し。

―――彼の『視覚』が断絶する。

『見えなくなる』相手の心、
それが別なる個体であることの証明にして。



上条「―――俺は―――『上条当麻』だ」



『上条当麻』であることの最たる証し。

彼は落ち着きながらも、熱の篭った自らの『名』を正面に放った。

容姿を映像として捉えていなくともわかる。
この声ゆく先の相手の姿は、もう己と同一ではない―――『赤毛の華奢な優男』なのだと。

434: 2012/03/08(木) 00:18:17.13 ID:0lPWXHGSo

『良い心意気だな』

竜は尊大かつ鋭く刺すような声を返した。
小首を傾げては顎をむけ、滑稽だとばかりに笑みを浮べながら。


『―――だがわかっているだろう?「筋書き」がその展開を望んでいない。
 俺様は完全無欠の「全能」となり、新たな創世主としてスパーダの一族の前に立ち塞がる』


そして細くしなやか腕をゆらりと伸ばし、上条を指差した。


『その舞台に「お前」の出番など存在しない―――』


その瞬間、彼の身に伸びるは『筋書きの手』。

「―――っ」

足元回り一帯から『影』がどっと溢れ、一気に上条の全身を包み込んでいく。
さながら泥山に埋まっていくかのように。

そしてその影から流れ込んでくるのは怒りと憎しみ、そして『悪意』。

『殺戮』と『破壊』の『衝動』と『快楽』。
そういった猛烈な感情が、上条の皮膚と魂を一気に焼き焦がしていく。
逃がしはしない、と。
これも全て『お前』なのだ、と。

435: 2012/03/08(木) 00:21:15.54 ID:0lPWXHGSo

これは因果の渦だ。
過去からありとあらゆる事象を複雑に絡めている『鎖』、
それに囚われるのは、もちろん上条当麻でさえも例外ではないのだ。


そしてこれもまた例外なく―――絶対的なこの『筋書き』の前に、上条当麻に抗う力は無かった。


『上条当麻』一人の力なんて、そもそも微々たるもの。
所詮、他者の力と心が寄せ集められた―――『半端者の英雄』に過ぎない。

だがそれこそが、この『大バカ者』の最大の強みでもあった。
彼という袋の中に詰め込まれている心、
その中にはとんでもないものまで混ざっているのだ。


『筋書き』を真っ向から捻じ伏せるほどの者から受け継いだ―――『心』だ。


蠢く影の中で、上条は徐に左手を伸ばした。
指先に触れるのは慣れた金属の質感。
重く頼もしく、ひんやりとした外装の下に篭められているのは熱き魂の声。

彼はその『心』の先からの『贈り物』を『受け取り』、しっかりと握り締めて。


上条「知ってるさ―――だからこの『筆』で書きかえて―――」


『人差し指』を引き絞った。

次の瞬間、影を撃ち掃って噴出するのは白銀の『砲炎』。
その輝きが蠢く影の山を一瞬にして薙ぎ払い、上条当麻の全身を再び光の下に曝け出す。


そして露になった彼の左手には、この『一発』の源たる―――



上条「―――俺の拳を叩き込んでやる」



―――『黒い拳銃』が握られていた。

436: 2012/03/08(木) 00:23:55.17 ID:0lPWXHGSo

その黒がねの異物を見、竜は煩わしそうに目を細めた。
予想外の展開への期待感も混じってはいたが、
より楽しみな舞台が邪魔される嫌気の方が勝っていたようだ。


                                     ガ ラ ク タ
『なるほど、魔獣から授かった力と盲たる目と―――その「ミカエルの右腕」で宿命に挑むつもりか』


それは声にも明らかに滲んでいた。


上条「ああ。やってやるさ」

その口へ向けて、そのまま銃口を差し向ける上条。
それを挑発と受け取ったのだろう、竜は歪んだ笑みを浮かべて。

『良いだろう、もう一度お前を喰らってやるさ』

もう約束された―――決定されている未来であるかの如き声色で、
尊大堂々と言い放った。


『―――だがその思念は吸収などしない。俺様の腹底の窯で焼き尽くし、一片も残さずに抹消してやる』


対照的に上条は、落ち着いた静かな調子で言葉を向けた。
一言一言確実に。

上条「上等だ。おとなしく待ってやがれよ」


そして口と同じく、左手も確実に狙い定め―――引き金を絞った。



上条「全部ケリをつけてやるからな――――――『フィアンマ』」


437: 2012/03/08(木) 00:26:31.39 ID:0lPWXHGSo

迸る二度目の閃光の瞬間、空間が一気に後方に向かって伸び広がり、
上条は竜から猛烈な勢いで引き離されていった。

これは『異物』へ対しての拒絶反応だ。
竜の力が、内なる世界からこちらを追い出そうとしているのだ。

もはやこの内なる世界を構成する因子は何も『見えない』。
もう『己の事ではない』のだから、わからなくて当然の事だ。


上条は静かにその流れに身を委ね、竜の領域から離脱していき。

そしてすぐだった。
再び外の現実世界に降り立てられたのは。

いいや、厳密には降り立ったのではなく『叩きつけられた』。

上条「―――っ」

背中前面にぶち当たる硬い衝撃。
そして肺をすぐに満たすは、むせ返るような凄まじい力の密度の大気。
辿りついた空間には、肌が擦り切れていくかのようなプレッシャーが渦巻いていたのだ。

だが上条は、そんな場に飛び込んでも特に身を強張らせたりはしなかった。
むしろ安堵の息を吐きつつ、冷たい石畳の床に後頭部をつけて身から力を抜いた。


何を恐れることがあろう、すぐそばに『彼』がいるのだ。

姿はもはや映像として捉えることができなくともはっきりとわかる。
彼は今、その自らの大剣に肘掛ながらこちらを見下ろし、

いつもの気だるくて関心がなさそうな薄笑いを向けてきている、と。


上条「…………わりい。いつも世話ばかりかけちまって」


上条はゆっくりとそんな彼を『見』上げて、苦笑いしつつ告げた。

するといかにも面倒臭そうな声で―――これまた普段通りの調子で、
彼はこう返してきてくれた。


               シゴト
ダンテ「なあに。これも『契約』の内さ」


―――

449: 2012/03/12(月) 00:56:07.24 ID:q5TFD8qDo

―――

遡ること少し、
プルガトリオの天界近層、出陣の野にて。

禁書『……』

竜王とミカエルの同一思念が分化し、
再構築されていく『上条当麻』と『フィアンマ』という全く別の精神体。

その過程が滞りなく進むのを『見』、
インデックスの胸中は一気に期待感に満ちていった。
極度の緊張と喜びが絡み合い、祈り手が震えてしまうほど。
衝動を抑えるのに精一杯、武者震いにも似た感覚だ。

だがその期待感も一転、
直後に急激に冷めていくことになる。

やはり相手が相手、そうするりと成功させてくれる訳が無かった。

上条当麻を繋ぎとめている最後の一つにして最大の鎖を認識して、
インデックスは凍りついてしまう。

そしてこの上条当麻という存在が、
己が知っていた以上に―――この戦いの中でどれほど重要な立場にいたかを知って。

竜王や全能といったこの戦いの火種の一つにして、
結果を左右する中心的存在、という『だけ』では無かったのだ。

彼は約束された―――指名された『役』の一つだった。


本来は、何人も存在すら認知できない大いなる世界の流れ―――竜王が『筋書き』と呼んでいた存在によって。

450: 2012/03/12(月) 00:58:43.59 ID:q5TFD8qDo

上条当麻という思念はすでに完全に分離しているのに、
この鎖が彼を竜の中に留め続けているのだ。

禁書『―――っ』

これには、インデックスはどうしようもできなかった。
ベオウルフの『上位権限』をもってしてもこの縛を解くことはできない。

そしてこの時、上条の側のみならず、
彼女側においても時間が尽きようとしていた。


湧き出した衝動にようものだろう、その時突如ガブリエルが翼を広げ、
光が迸る疾風を巻き起こした。
そして何事かと顔を向けたインデックス・ベオウルフへと。

ガブリエル『もう―――ここはもちません!』

その言葉が終る頃にはもう、彼女は戦士の顔に戻っていたも、
インデックスは見逃さなかった。

ガブリエルの表情に一瞬、悲壮に満ちた陰が滲んでいたのを。

彼女の言葉とその表情、それらが物語っている事は明白だった。
テンパランチアに対する『時間稼ぎ』が終ったのである。

そしてガブリエルの声の直後、
それを裏付けるかのように、この領域が砕かれゆく轟音が一気に激しくなった。

451: 2012/03/12(月) 01:02:24.39 ID:q5TFD8qDo

禁書『―――!』

インデックスの目には明らかだった。
今や崩壊は目前。
すぐにでもここから脱出しなければ、虚無の中に落ち込み二度と出られなくなるだろう。

しかし、だからとすぐに離れられるわけも無い。

確かにこの場が必要だった理由、記憶の起点はすでに過ぎたものの、
複雑な召喚式はここに敷いているのだ。

竜の内なる世界で『上条当麻』という状態を維持できているのは、この召喚式があるからこそ、
つまり作業途中で式を断ち切ってしまったら、
上条当麻とフィアンマは再び融合し『竜王』となってしまう可能性が高いのだ。

それに相手が相手、二度目の機会もまず無いと考えられるため、
この機になんとしてでも成さねばならなかった。


ガブリエル『すぐに離脱を!』

だが、打開案を模索するインデックスを嘲笑うかのように、
変化はすぐに訪れた。

風景が『落ち込み』、跡形もなく消え去っていく。
影に次々と沈んでいき、この世の外―――『無』となり虚空の果てに。

452: 2012/03/12(月) 01:04:01.29 ID:q5TFD8qDo

ベオウルフ『行くぞ小娘』

拳を地に打ち付けて、有無を言わせぬ声を放つベオウルフ。
スフィンクスも急かすように彼女の回りをうろつき、鼻先でその背を突いた。

禁書『待つんだよ!あと少し―――!』

二頭の『獣』に急かされる中、
インデックスは最後の一手をなんとか済まそうとしていた。

『筋書き』には、己との絆もベオウルフの親としての上位権限も通用しない。
だがそれ以外にもう一つ―――もう一人、彼女には『契約者』がいた。

『筋書き』にも対抗しうる存在が。

彼女は素早く専用の術式を組み上げていき、
その者に作業の『締めくくり』を任すべく準備を整えていく。


『彼』に上条当麻を召喚させるのだ。


『彼』は魔術については疎いも、その心配は無い。
そのための準備を彼女はいま突貫で行っているのだ。
構築できた術式を彼に送り、そして起動さえすれば。


あとは彼がただ一声、『喚び』さえすればいい。


そうすれば―――上条当麻は彼の下に現れる。

453: 2012/03/12(月) 01:05:59.76 ID:q5TFD8qDo

ガブリエル『早く!』

禁書『待って!―――今―――!』

目前に迫る消失の波。

風景を飲み込んだ『無』が、
この召喚魔方陣の淵に虚無が達しかけた時。
陣が破壊される直前に、その『契約者』へ繋がりを利用して召喚術式を送った。

一縷の希望と共に。

禁書『(お願い―――!)』


ベオウルフがインデックスを掴み上げたのはそれとほぼ同時だった。
少女の身を巨腕が鷲掴み、その魔獣の肩に白虎―――スフィンクスも飛び乗り、

そして魔獣によって形成された光の陣に、三者の身は沈んでいった。

行き先はひとまず人間界だ。
学園都市のどこかに降り立ち、そしてそこから神儀の間に飛べばいい。
もし万事上手く運べば、到着は上条当麻の帰還の一足遅れになるだろう。

454: 2012/03/12(月) 01:07:20.82 ID:q5TFD8qDo

―――と、この時。

インデックスは目にしてしまう。
ガブリエルもまた移動用の光陣を形成し、姿を消しつつあったが、
『禁書目録の目』は、その光陣の『内容』を理解してしまった。

その行き先は―――ついさっきここを離れていったラファエル達と『同じ』だと。


彼女は―――兄弟達を『取り戻し』に行こうとしていたのだ。

彼らの『生氏』は関係なく、そう―――きっと上条当麻もそうしたように。


禁書『だめ―――だめだよ―――!』


その最後の呼びかけが届いていたか否かはわからなかった。
もっとも届いていたにしろ、結果は同じだっただろう。

互いに姿を消す際、ガブリエルは小さく微笑み返しただけだった。
彼によろしく、と。


―――

455: 2012/03/12(月) 01:10:20.47 ID:q5TFD8qDo
―――

ダンテ「―――そろそろ『王子様』のお目覚めタイムなんだ」

手にある黒き拳銃に注がれる、「なんだそれは」と言いたげな兄の視線。
兄よりも認識の優位に立っているというささやかな優越感に浸りながら、
ダンテはそっけなく答えた。


ダンテ「ネロと同じだ。『筋書き』には無かったはずの――――――人間の『未来』さ」


ベヨネッタはそれなりに興味がありそうに喉を鳴らしたも、
バージルは僅かに眉を細めただけだった。

反応がいまいちな兄にダンテは「見てろよ」と声を投げながら、
石畳に突き刺さっているリベリオンに寄りかかると。

その瞬間、白銀の刃面に浮かび上がる光の文様。

今度は本心から興味深そうに声を漏らすベヨネッタ。
彼女の関心を引くのも当然か、浮かび上がったのは魔女の術式だったのだ。

術式の輝きが増し、起動した直後。
ダンテはバージルとベヨネッタにこれみよがしにニコリとすると、
軽く摘み上げていた拳銃を手放した。


すると拳銃は落下し、
固い石畳にぶち当たって甲高い音を鳴らす―――はずだったが、
そうはならなずに。

虚空から出現した少年―――上条当麻の手の中に納まった。

そして響いたのは、
少年の身が石畳に落ちた鈍い音だった。



456: 2012/03/12(月) 01:13:09.37 ID:q5TFD8qDo





上条「…………わりい。いつも世話ばかりかけちまって」

               シゴト
ダンテ「なあに。これも『契約』の内さ。つっても俺は特に何もしてねえんだけどな。礼はお前の『お姫様』に言いな」

だからノーギャラでいい、というダンテの言葉が終るのを待たずに、
上条当麻はすぐに跳ね起きた。


彼は『お姫様』、その言葉が指す彼女から送られてきたある情報に、
黙っていられなくなったのだ。

上条「―――」

上条はまずは、インデックスに会い彼女に触れたかった。
繋がっているため常に存在や認識を共有してはいるも、
やはり人間、肌で直接体温を感じたいものだ。

しかし―――今はゆっくり再会を喜んでいる暇は無かったのである。

至急やらなければならないことがある、と。


それはもちろん―――ガブリエルとラファエル達だ。


手遅れになるのかもしれない、いや、その可能性が極めて高い。
もはや絶望的と形容してもいいだろう。
しかし生憎、上条当麻は『その程度』で止まるような男ではないのだ。

彼はそこまで―――物分りが良い方ではない。

457: 2012/03/12(月) 01:16:11.19 ID:q5TFD8qDo

上条「―――『フィアンマ』についてだが全能化はしていない!俺がいなきゃ完全体になれないんだ!
    でも創造・具現・破壊は完璧に機能してるからヤバイぜ!」

上条は立ち上がると、その場にいた他の者達への挨拶も抜きにして、
拳銃を素早く点検しながら一気に言葉を連ねた。

上条「―――悪い!詳しい事はインデックスに聞いてくれ!今来る!」

そして彼の足元に魔女の魔方陣が出現、そこから銀髪が溢れ、
一気に上条の体を包んでは飲み込み引き摺り込んでいった。

顔を見合わせ肩を竦め合うダンテとベヨネッタ、
まるで何事も無かったかのように微動だにしないバージル。

上条当麻の怒涛の帰還と出陣の締め括ったのは、入れ違いで戻ってきた少女、
彼を飲み込んだのと同じ魔方陣からの、白虎に跨ったインデックスの登場だった。




上条当麻はインデックスの魔女の技で一気に界の壁を越えて人間界、
学園都市上の虚数学区に到達した。

ベオウルフ『―――小僧、戻ったか』

幾多の激戦による廃墟のただ中に待ち受けていたのは、
『第三』の父たるベオウルフだ。

上条は魔獣に向け頷くと、
前もって打ち合わせていたかのように彼の大きな右腕に飛び乗った。
両者は言葉解さなくとも意志疎通できるため、話し合わせる必要は無いのである。


上条「―――手加減無しで一気にやってくれ!」


魔獣は速やかに上条の望みを叶えた。
一度、全身から上位の大悪魔たる圧倒的な力を放出すると、少年が乗っている右腕に集束させ。

そして彼の身を―――空高く投げ飛ばした。

第二の『天の門』めがけて。

458: 2012/03/12(月) 01:19:24.45 ID:q5TFD8qDo

上条の前世は高位の天使だ。
ゆえに天の門の構造は当然把握しており、
その状態も『一目』で判断が可能だ。

第一の門はどういうわけは機能を完全に停止していたが、
第二の門は酷く損傷してはいるも、どうやら己程度なら通過できそうだった。

ベオウルフの凄まじい力で打ち出された砲弾となり、
上条は一気に第二の門の回廊を突き抜けていく。

天界の内域に入ってしまえばあとはこっちのもの。
内部の地勢ももちろん覚えているため、
テンパランチアの宮まで最短で乗り込むことが出来るはずだ。

回廊の中を打ちあがっていく上条当麻。
興味深いことに、その間一度も妨害を受けることが無かった。

機能していながらも、今は何らかの理由で通行禁止となっているのか、
それとも―――出口でこちらを待ち受けているのだろうか。

そんな事態に備えて、上条は左手の拳銃を今一度意識し、
ベオウルフから受け継いだ力も再点検し一層研ぎ澄ませてゆく。

だが幸いなことに、その『罠』に飛び込むような事態にはならなかった。

第二の門の出口に到達した瞬間、
大勢の天の者達が現れたが―――彼らに受けたのは歓迎だった。

459: 2012/03/12(月) 01:22:33.35 ID:q5TFD8qDo

上条「―――!」

古代日本のものに似たその装束からすると、どうやら天津族の者達か。
みなこちらの姿を一目見るや、剣や槍を空に突き立てて歓声を上げている。

『凱旋』したような気分だ。
上条は頭の端で、むず痒い戸惑いと共にそう感じた。
このような視線と声に晒されるのは苦手であり、
また性格上、無下にしてしまうのも後ろめたさを覚えてしまう。


しかしこの時、『喜ばしいこと』に、
歓声に丁寧に応えていくような暇は当然なかった。

上条「―――悪い!!またあとで!!」

広大な空を跳躍して、近くの『浮遊城塞』の一つに降り立つと、
上条はすぐに足元に移動用の光陣を出現させた。

と、その光の中に消える際、
ここを取り仕切る将らしき者が何かを伝えようと叫びかけていたが、
すでに時遅し、その言霊を聞き取ることはできなかった。



そうして到達したテンパランチアの宮は、不気味なほどに静まり返っていた。
警衛の天使すらもおらず、一切の気配が無い果てしなく巨大な列柱廊。

潜入を試みるのならば、これは好都合だったであろうか。
しかし今の上条当麻にとっては、どうしようもなく凶兆でしかなかった。
最悪の結果を示す、ただただ残酷な印でしか。

460: 2012/03/12(月) 01:25:52.37 ID:q5TFD8qDo

上条はこみ上げる絶望感に抗いながら、
長い長い回廊を疾駆した。

周囲は静か、静か過ぎるくらいだ。
響くのは自身の足が石畳を打つ音だけ。

延々と続く先からも、『戦いの音』なんかは一切聞えてこなかった。

この先にいるはずの、
ガブリエルやラファエル達兄弟の『生』の音も。


上条「―――っはっ!」

焦燥と絶望の中、脳裏を過ぎたのは、
つい先ほど思い出したばかりの鮮明な情景、
かの出陣の時にラファエルとに交わした最後の会話だった。


己はあの時、初めて他者に自身の人間への認識を告げた。


己と他の者達の間にあった、人間達への認識と理解の違い。
その『危険思想』に返されてくる反応はわかっていた。

天の誰もが―――こよなく人間を愛していた『父上』でさえ、
後に知った時は、あの時のラファエルのように顔を曇らせたはずだろう。

461: 2012/03/12(月) 01:28:31.70 ID:q5TFD8qDo

しかし上条は確信していた。
いや、『願っていた』と形容するのが相応しいか。

きっと他の天の者達も己に追いついて、己と同じ視点で人間を理解し、
人間達の心の中にしかない唯一の存在を認めるであろうと願ったことだ。


そしてあれから幾万年の月日が経った。
人間界と天界の間には数多の出来事があり、世の在り方は大きく変動してきた。
その変化が齎した結果は、決して上条が期待したものではなかったものの、
それでも今、上条当麻は在りし日の願いが叶っていると信じたかった。


天の全ての者とはいかなくとも、それでも。
古巣の一族達や、人間界に慈しみを抱いていた派閥の者達の、
人間への認識と理解が己に追いついている、と。

知りたかった、聞きたかった。
彼らが今、どういった視点で人間達を見ているのか、
いつか直接聞いて回りたかった。


まずは兄弟達に、そしてその中でも最初に聞くべきなのは―――最初に告げたラファエルだ。


上条「――――――――――――っ…………」


だがこの時、その機会はもう永遠に失われていた。

462: 2012/03/12(月) 01:31:57.82 ID:q5TFD8qDo

ようやく辿り着いたテンパランチアの玉座の間。
この四元徳の体格に相応しく、『広間』ではなくもはや『広場』呼ぶに相応しい広大で壮麗な空間。

かの巨腕が叩き砕いた跡が生々しく残るその場には、
動いている存在は一つも無かったも、


生存者は一応、一人だけそこにいた。


ただ『彼女』の存在は、
その身が無事だった喜びよりも、ここで繰り広げられた惨劇と、
それによる大いなる悲しみをより引き立たせていた。


上条「―――ガブリエル!!」

『広場』の中央にて、こちらに背を向け、
座り込み、彫像のように佇んでいる彼女へと
喉がはちきれんばかりに叫び、駆け行く上条当麻。


彼女は泣いていた。

柔らかく光る翼を静かに揺らして、
そこでただただ悲しみに打ちひしがれていた。

463: 2012/03/12(月) 01:33:56.28 ID:q5TFD8qDo

ガブリエルが瓦礫の中から拾い集めたのだろう。
彼女の前には、並べられている『十五』の武器。

剣、槍、斧、その種類や形状はさまざまだが、
どれもこれも―――完全に壊れきっていた。

砕け、ひん曲がり、折れ、潰れて、
もう二度と使えないと一瞬で確信できるくらいに。

そして使い手たちの身を襲った破壊が、
一体どれだけのものだったのかをも明確に示していた。


誰がどれを使っていたかは、
上条は今でもはっきりと覚えている。

インデックスを介して『見た』、ここへ乗り込んだ十五の天使、
その全員分がそこにあった。

もちろん、刃半ばで折れ、柄もひどく捻じ曲がっている―――ラファエルの剣も。


上条「―――あああああああああああああああ!!」


次の瞬間。
ガブリエルの横に立ちすくむ上条の口からは、叫びが噴出した。
静かなガブリエルの分も、というくらいに猛烈に。

464: 2012/03/12(月) 01:36:21.60 ID:q5TFD8qDo

わかっていた。
この結果はわかっていたとも。
彼らがここに踏み込み、かの存在に戦いを挑んだ時点ですでにその『生』は潰えていたと。

だが頭ではそう理解が出来ても、
心というものはそう簡単に物事を飲み込んではくれない。

上条「―――てめえら―――なんで氏んじまうんだよ!!」

膝を地に打ち付けた少年は、
その拳を放るかのように、目の前の武器へと叩きつけた。

上条「戻ってきたっつーのによっ!!すれ違いで逝きやがってよおおおおお!!」

彼らが氏んだ理由は、頭ではわかっていた。
インデックスの作業のため、つまり己の復活の時間稼ぎのためだ。

だがどうしても心では飲み込めない。
あんなに躊躇無く行って―――氏ぬなんて。
無感情の人形でもないのに、そしてこの世をこよなく愛しているくせに。

なんて『愚か』な者達か、まるで―――


上条「―――なんでそんなに―――『俺みてえ』に馬鹿な……―――」


―――『己』みたいだ。

465: 2012/03/12(月) 01:40:44.75 ID:q5TFD8qDo

『俺みたい』に。
上条は自らが発したその言葉で、
心の内に大きな波紋を起こされてしまった。

ここに至るまでの彼らの行動は自分そっくり。
インデックスが己を見ているような、まさにそんな感覚だった。


上条「………………馬鹿野郎どもが……ちくしょう……」

上条はもう一度、悪態をつき直した。

そして彼らの永久の安寧を祈り、
己に重なる彼らの姿に想い馳せて―――かつての願いが叶っていたことを、とより強く胸に願った。

己とここまで同じ『馬鹿』なら、きっと、
きっと認識も理解も己に追いついていたのだろう、と。


己と同じような視点で―――人間を愛し、人間だけが持つものの尊さを知っただろう、と。



ガブリエル『………………早く…あなたのご友人が危険です……』

露っぽくも澄み渡る声。
今や悲壮も含まれ、一際儚く美しい言霊
それで告げられたのは、ある同志の少年の危機だった。

ガブリエル『テンパランチア公閣下は、フォルティトゥード公閣下の加勢にお向かいに。
        人界神の「新王」をお討ちになるべく……』


氏した友らへと、悲しみに暮れている暇は無かった。
上条当麻は戦わねばならない。

『理由』はラファエル達と同じ。

生きている友らために、愛する全ての者達のために。
そしてその未来のためにだ。

―――

475: 2012/03/15(木) 01:20:29.89 ID:oQVrDKK6o
―――

遡ること少し。
ラファエルら十五の天使達が、かの『節制』の宮に乗り込んだ頃。

第一の天門の上では、
四元徳が一柱『勇気』と人界神の『新王』の決戦が繰り広げられていた。


開幕の一撃は『新王』、一方通行による鮮烈にして躊躇の無いものだった。


この『新王』に相対したフォルティトゥードは、
最高位同士の決戦に相応しき言霊を続けようとしたも、
猛烈な憤怒に塗れた少年は、そんな冗長な声など待ちはしなかった。


『勇気』がその逆さの巨顔の口を開きかけたのも束の間。
ぐんっと姿勢を落とし、翼を弓の弦のようにしならせ張る一方通行。

足場である巨大な『蓋』の、黒き表面に片手を打ちつけ、
黄昏色の光を宿す瞳で、天の『勇気』を司る双頭のドラゴンを睨みあげ。

その身を一気に『射出』した。

次の瞬間、その跳躍の衝撃が黒き地盤を歪めるよりも速く。
黒き手による極なる一撃が、フォルティトゥードの眉間に叩き込まれた。


迸る光の爆轟、地盤が震え、歪む空間。

そして巨顔の眉間に走る―――亀裂。


仰々しく言霊を紡ごうとした逆さの口から漏れたのは、
海の底から響いてくるようなうめき声だった。

476: 2012/03/15(木) 01:23:23.88 ID:oQVrDKK6o
巨顔に『降り立って』一方通行は、
改めてこの『勇気』の大きさに圧倒された。

巨顔の幅は10m以上、目尻から目頭までの間は人がすっぽり入るほど、
双頭の牙も人ひとり分の大きさ、雁首部も太さ3mはあるだろうか。

更にそんな物理的な大きさに相応しい、尋常ではない力の量。

一方『―――ッ』

石のごとき外皮に突き刺さっている黒き腕、
そこに生じた血を湧き出させている亀裂。

その奥、腕の先に覚える熱圧に、一方通行は思わず顔を歪ませてしまった。

直に触れることでより強く感じる、このフォルティトゥードの果てしない力、
そして―――その糧と成る人間達の魂。

彼らの声がよりはっきりと聞える。
その悲痛な叫びが、耳にさらに深く突き刺さってくる。

この『勇気』の中で彼らは渦を巻き、貪られ、
その力へと変じ、消費されていくのだ。

弾倉に押し込められ、次々と放たれていく弾丸のように。

その事実が一方通行の形相をより変じさせていく。

ひたすらにただ人間としての―――憤怒を覚えて。

477: 2012/03/15(木) 01:26:09.80 ID:oQVrDKK6o
そんな少年の怒りを悟ったのだろう。

フォルティトゥードは巨大な口を震わせて笑い声を発した。
眉間への強烈な一撃に呻きながらも、滑稽さと嘲りを含んだ声を。

そして頭上の双頭は、対照的に殺意に満ちた咆哮を上げ、
片方が一気に一方通行へと襲い掛かった。


牙を向いて彼の上に覆いかぶさるように向かってくる、
自動車を丸呑みできるほどの顎。

即座に察知しては腕を引き抜き、巨願の額から跳ね飛ぶ一方通行。
一瞬の差だった。
少年の身と入れ違いに顎は巨顔に激突、
獲物を逃すばかりか、自らの額に牙立てる結果となってしまった。


だがフォルティトゥードは、それも想定済みだとばかりに一切怯まず、
すぐに次の手へと転じた。
前フリ抜きの一方通行による開戦に、
『勇気』の側ももう一拍の余地も与えないつもりになっていたのだ。


一方『―――』


斜め上方に飛びあがった一方通行、瞬間彼の瞳に映ったのは、
もう一方の双頭から放たれた―――『火流』だった。

478: 2012/03/15(木) 01:28:57.59 ID:oQVrDKK6o
凄まじい速度で迫ってくる業火の濁流。
これを目にしたのは二度目だ。

つい少し前に同じ場所で、初めて遭遇した瞬間にこの『勇気』が放ってきたのだ。

ただし何もかもが同じではない。
その時とは上下の位置が逆であったし、
何よりももう一つ、一方通行の側に違う点があった。
今の彼は酷く消耗してはいない、ほぼ全快している近い点である。

先のようにただ耐え忍ぶ必要は無い。
今や回避も可能であり、そして―――そのまま攻勢に転じる余裕だってある。

一方『―――カッ』

短く息を切って力を躍動させ、先と同じように翼を張り。
そして身を射出、一方通行は一気に滑降した。

それもこの『火流』目掛けてすれ違い、業火に触れるか触れないかという線を。

その光景は炎の坂を滑り降りているようにも見えたか。
もっともそうと認識できるほどの存在はそういないであろうが。


すれ違う互いの圧で削り取られた力片たちが、火の粉の渦となって散っていく。

そうして一気に滑降した一方通行は、今度は爪先に力を集束させ、
火流射出もとの直下、あの巨願の眉間へと再び『突貫』。

一方『―――ッアァァッ!!』

先ほど穿ったあの亀裂へと、渾身の飛び蹴りを重ね叩き込んだ。

479: 2012/03/15(木) 01:31:35.09 ID:oQVrDKK6o
再び噴き荒れる二度目の光の爆轟。
一方通行の蹴りは見事、一撃目が穿った亀裂に直撃し、
更にその傷を巨大化させた。

そしてフォルティトゥードの中に叩き込まれた集束した力が、その魂に破壊を刻んでいく。

一方『―――チッ!』

しかし。

明らかに決定力に欠けていた。

ここまでの二撃で判明したのは、このフォルティトゥードの頑強さだ。
この図体の見た目の印象通り、勇気はとんでもなく硬くタフだ。

肉体損傷度は0.1%にも満たないか、
魂の損傷具合もそこまで小さくは無いものの、これではとても埒が明かない。

より効果的な攻撃方法を見出さなければ、
もしくは単純に攻撃力を増強しなければ、勝利を引き寄せるのは困難である。

ただし単純に攻撃力を増強するのは、
他の要素と引き換えにするという博打的戦法になってしまうため、
まず一方通行の思考が向こうとしたのは効果的な攻撃方法の模索であった―――のだが。

集中して思考するなど、この『勇気』が中々許してくれなかった。

480: 2012/03/15(木) 01:33:57.82 ID:oQVrDKK6o

滑降による飛び蹴り。
その衝撃でフォルティトゥードの巨体が大きく後方に傾き、
転げ倒れる―――と思いきや。

『勇気』は即座に体勢を掌握し、そのまま身を回して―――翼を薙ぎ振るってきた。

巨躯に似合わぬ猛烈な速度で、
20m以上はあろうかという片翼が空間を切り裂いていく。

一方『―――ッ』

速やかな反撃に、一方通行は紙一重のところで身を下降させた。

フォルティトゥードの翼は少年の幾本かの髪先を切り裂き、
逃げ遅れた黒き翼の一本を中ほどからへし折って、彼の上方を突き抜けていく。

回避は成功、だがこれで一拍置けるかというとそうではない。
次いで間髪入れぬ二撃目が彼を襲ったのだ。

下降し黒き地盤に乱暴に着地した一方通行、その目に次に映るは、
回転する『勇気』から伸びてくる―――太さ5m以上はあろうかという長大な尾。


その尾に集束している力―――圧倒的な威力は、一目にして判断できるものだった。


もらってしまったら、一撃で致命傷になってもおかしくない―――

回避に転じる猶予は無かった。
半端に動いて、間に合わずに備えのない体勢で受けてしまうよりも、
一方通行はその場での防御に即断した。

481: 2012/03/15(木) 01:35:39.46 ID:oQVrDKK6o

腰を落としつつ両腕に力を集中、
その腕を頭の前で交差させては突き出し。

そうして一方通行は、強大な一撃を受け止めた。

一方『―――ぐッッ!!』

それは金属の塊同士の激突に似ていたか。

尾を覆っている装具と最硬度の黒腕の衝突、
そこからは莫大な量の火花が飛び散り、
そして響くはいかにも金属的な激音。

衝撃で一方通行の身が後方に押し込められ、
彼の足裏が黒き地盤と擦れたことで、その騒々しいしらべはさらに尾を引いていった。


耳鳴りに似た残響と鈍痛が身を軋ませる中、一方通行は痛感していた。

意識を思索に裂く余裕は無い、と。

全身全霊をもってこのフォルティトゥードの動きに集中させねば、
あの攻撃を捌ききれないのは明白だ。

つまりここでの戦い方は、自ずと一方に絞られることになった。

482: 2012/03/15(木) 01:37:38.20 ID:oQVrDKK6o

攻撃力を増強しなければならない。
だがこの方法はそう易々と行っていいものではない。

一方通行の攻撃、その出力は現段階でもすでに全力である。
そこから更に増強するとなれば、
今度は他の要素から力を裂かなければならないのだ。

ステータスで形容するとすれば、
『持久力』はもちろん『防御力』などといった面からだ。

それはすなわち、攻撃力を得るのと引き換えに短所・弱点を生み出すことになる、
きわめて危険で不安定な戦い方である。

特に攻撃防御速度の三拍子のバランスが見事な、
このフォルティトゥードのような相手なら尚更だ。

だからこそこの戦い方は『博打』なのである。

一方『(クソッ―――)』

思索に集中さえできれば、より効率的な戦術を見出せただろう。
今でもヒントがそこら中にあるのはわかる。
しかしそれらを精査する余裕は無い。

選択の余地は無かった。

483: 2012/03/15(木) 01:39:13.64 ID:oQVrDKK6o

一方通行は己が身に意識を集中させ、
許す限りの力を手足の先端に集束させていく。

その身は超攻撃特化型に変貌。

一方『―――ッ』

身を劈くのは、耐久度を上回る力による鋭い痛み。
その強烈な衝撃が騒音を伴って意識を揺さぶり、知覚を鈍らせようとしてくる。

巨大な竜巻に飲まれ、針山の中にその身を叩き込まれるような感覚だ。


しかしこのような事は、一方通行にとっては今に始まったことではない。

程度の差こそあれ、暗部に身を置く能力者は大体経験しているもの、
彼にとってはこうした過負荷の苦痛は昔からの馴染みである。

ゆえに限度というものも正確に把握している。

どのラインから意識が遠くのか、手足が再起不能になるのか、
そして自身の命が危うくなるのかも。
状況が許しさえすればそのラインを越える選択もあったかもしれないが、
今は『残念』なことに―――『生きて』勝たなければならない。

博打的戦い方に挑むとはいえ、
その命を賭けることは許されないのだ。

484: 2012/03/15(木) 01:41:01.79 ID:oQVrDKK6o

一方通行は『馴染みの作業』を一瞬にして済まし、
超攻撃特化型の状態を構築した。
知覚を全て鋭敏の極に保ちつつ、肘と膝から先の強度は自身最高。

その代償は防御力と持久力であるが、
防御については、この極限にまで力が集束している手足で防げば良い。

最大の問題は持久力だ。
この点についてのカバーはただ一つ、短期決戦しかない。


先の尾の一撃で、いまだに後方に押し退けられている最中、
一方通行は拳を打ち鳴らすと、黒き地盤を強く蹴り。

フォルティトゥードに向け地を這うほどの低姿勢で突貫した。

振り向き直った『勇気』は依然、嘲笑的な呻き笑いを漏らしながら、
今度は双頭の両方の顎を開き。

先ほど以上の業火の濁流を吐き出した。
今度は柱状ではなく、一面一帯を飲み込むべく扇状に。


こればかりは回避できるものではなかった。
一方通行はより背を落とし、前方に手を翳し盾としながらそのまま飛び込んでいく。

拡散されているせいか先までの『火流』より威力は低いも、
それでも強度が下がっている手足以外の部位には強烈なものだった。

業火に炙られ悲鳴を放つ体。
自らの肉が焼ける香で鼻腔を満たす中、少年は一気に灼熱の壁を抜けては、
『勇気』巨躯の直前で斜め上方に踏み切り。

聳える巨大な顔面に、超強化された拳を叩き込んだ。

485: 2012/03/15(木) 01:42:46.78 ID:oQVrDKK6o

今度こそは圧倒的な手応えがあった。

光の爆轟の中、大きく軋み歪む巨顔。
響くは金属的な破砕音、煌びやかに飛び散る装具の欠片。

そしてそんな幻想的な一幕に混じる、
『勇気』の身から零れ落ちた人間達の『叫び』。


一方『―――』


鈴なりに似た音の中のその悲鳴に、一方通行の心はさらに強く揺さぶられる。


フォルティトゥードにダメージを与えるたびに、
この悲壮な言霊に塗れることを彼は覚悟しなければならなかった。
こみ上げる憤怒に気を乗っ取られぬように。

この強烈な一撃でもフォルティトゥードの身を転げ倒すことはできなかった。
だが与えたダメージは一目瞭然。
割れた装具や外皮の間から鮮血が迸り、そして―――あの笑い声はもう消えていた。


深海から轟くような呻きに混じっていたのは、忌々しげな声だった。


そして繰り出されるは、一際勢いの激しい翼の薙ぎ払い。
だが今度もわずかな差で翼は獲物をとり逃した。

一方通行は間髪入れずに巨顔を駆け上がり跳躍、
その勢いのまま―――双頭の一方の顎を、下から蹴り上げたのだ。

486: 2012/03/15(木) 01:45:23.46 ID:oQVrDKK6o

仰け反るドラゴンの頭部、今にも千切れそうなほどに張り詰める雁首。
装具の欠片が再び舞い散り、牙も幾本かが折れ、煌きながら吹っ飛んでいく。

だがフォルティトゥードの側もやられてばかりではなかった。

一方『―――』

蹴り上げた直後、一方通行へと襲い掛かかるもう一方の首。
彼は間一髪のところで、黒き翼で脇へ飛び牙を回避したも、
完全に避けることはできなかった。

続く、太さ3m以上はあろう首が彼に激突したのである。


一方『―――ッぐッ!』

今度は一方通行の翼から、砕かれた黒き破片が飛び散っていく。

彼は叩き落とされつつも、
なんとか体勢を立て直し地に強行着陸。
手足と地の影同士の激突で、金属的な激音と共に火花が散っていく。

なんとか身を制動しつつ面をあげる一方通行、次の瞬間彼は見た―――のではなく、
『見えなかった』。

前方にあったはずのフォルティトゥードの巨体が消えていたのだ。
ただ、その状況を理解するに時間を要することは無かった。

上方から『聖なる光』が指してきたのだから。
強烈な圧と共に。

光源たる『勇気』は斜め上方に跳躍していた。
今にも滑降攻撃をしかけるべく。

487: 2012/03/15(木) 01:46:33.33 ID:oQVrDKK6o

視覚で確認しなくとも、彼は瞬時に場を把握した。

翼を広げ、巨大な鉤爪のある両足をこちらに向け、
一気に急降下してくるフォルティトゥード。

一方通行は見上げもせずに、手でも地を叩き後方に飛びのいた。
まさに紙一重だった。

一瞬前まで彼の身があった空間が、
僅かな差でフォルティトゥードの巨体によって叩き潰されていく。

黒き地盤に食い込む二本の巨足。
天門の蓋を一気に軋ませ、火花散らし、轟くは鼓膜を貫く金属の悲鳴。

だがその声に傾けている間は無かった。
足による踏みつけは回避したも、
一拍遅れで、双頭が回避先の一方通行むけて振り落とされたのだ。


一方『―――カッ!』

回避の猶予は無かった。
がちりと歯をかみ締め、彼は腕をかざしてその場に身を固めた。
次の瞬間、これまで以上の衝撃が両前腕を襲った。

488: 2012/03/15(木) 01:48:19.93 ID:oQVrDKK6o

一方『―――ッッァアッ!!』

瞬く閃光に散弾となって飛ぶ火花、
そして舞い吹く火の粉。

とんでもない膂力の『二撃』だった。
強化状態の肘から先はびくともしなかったも、
それを支える身が今にも砕けそうに軋んでいく。

身の内から組織が断絶する音が聞え、
吹き上がってくるはあの重傷を追った際特有の苛烈な『熱』。

一方『クソッ―――』

両腕で双頭の顎裂きをがっちりと受け止めた一方通行は、
すかさず負けじと悪態を飛ばし。

一方『―――がァ!!』

足を踏み切り、身を一気に捻って―――ドラゴンの頭の一方を横から蹴り飛ばした。

玉突きのように吹っ飛ぶ双頭たち、
錘のついた紐のようにばちんと張り伸びる雁首、
そしてまたしても飛び散る装具の破片と。

心を打ち震わせる―――毀れた魂達の悲鳴。

489: 2012/03/15(木) 01:49:57.84 ID:oQVrDKK6o

一方『(―――…………―――)』

何度耳にしても、どれだけ聞いても、この言霊には慣れなかった。
そもそも慣れてはいけないものなのかもしれない。

一方通行はもはや、ここに使命感に似た衝動を覚えていた。

この悲鳴を引き出し、耳を傾けることも己が成すべき仕事の一つではと。
『彼ら』はもう終った物語、してあげられるのは、正式な幕引きを与えることだけ。
ならば一刻も早く、そして全員をそうしてやらなければならないと。


彼らの最期の言霊を残らず聞き。


そして安らかな終幕へと『導いて』やらねば。


一方通行はその場に、さながら地盤を割り砕かんとばかりに足を置いた。


人間を虫のように見る『勇気』へのただ純粋な憤怒と―――
―――無意識のうちに『人間の王』としての責務にかき立てられ、
目的を果すまでは、勇気の前から退かぬという意志をもって。

そうしてフォルティトゥードと向かい合い、
彼は更なる攻防へと身を投じていった。

490: 2012/03/15(木) 01:52:51.31 ID:oQVrDKK6o

息付く間もなかった。

振るわれる超大な尾の上を飛び越え、逆さの巨顔に拳を叩き込む一方通行。
漆黒の細腕が、巨躯を軋ませ押し退けていき、
石のごとき外皮が砕け散っていく。

『悲鳴』と共に。

しかしその直後、毀れた悲鳴は一瞬にしてかき消されてしまう。
巨大な翼が少年を横から叩き飛ばしたのだ。

一方通行の身は、遥か彼方へと吹っ飛んでいった。


一方『―――かッッはッ!!』


めきりと不快な音が響き、強烈な衝撃が身を揺さぶる。
思わず漏れた息に、赤き飛沫が混ざり飛んでいく。


その苦悶を断ち切るかのように歯を打つと、
彼は宙で身を切り返し―――翼を使い矢の様に飛翔、
フォルティトゥードへ向かって再突貫。

対する『勇気』も体勢をすぐに立て直し、
その漆黒の『砲弾』を正面から向かい撃った。

491: 2012/03/15(木) 01:54:26.45 ID:oQVrDKK6o

放たれるは火流。
勇気は対空砲火のように、二つのドラゴンの顎から交互に業火を乱れ放つ。

その灼熱の弾幕は、被弾無しで抜けるには到底不可能なほどに苛烈だった。

縫い飛んでいく一方通行、
一翼が被弾し吹き飛び安定を一時的に失うも、すぐに体勢を立て直し、
向かってきた火弾の一つを脇に蹴り弾き、更に空間を切り裂いていく。

強化された手足はまだびくともしなかった。
過負荷による酷い消耗はともかくとして、
外域からの『勇気』の攻撃には見事に持ちこたえていた。

ただそれも時間の問題であることを、
誰よりも一方通行自身わかっていたが。


『まだ大丈夫』だ。


そして『今のうち』に勝負を決めなければならない


常に必殺の一撃を。


一方通行は一際強く、限界近くまで力を集束させ、
フォルティトゥードの鼻先に突撃、渾身の膝蹴りを叩き込んだ。

492: 2012/03/15(木) 01:57:02.69 ID:oQVrDKK6o

もはや呻きと言うよりは怒号か。
フォルティトゥードの苦痛に喘ぐ声は、おそらくその物理的な大気振動だけで、
人間界の山脈を砕きかねないものだ。

一方通行はその怒号を最高の席、勇気の『鼻の中』で耳にした。

膝のみならず彼の全身が弾丸の様に貫き、
フォルティトゥードの顔の中にまでめり込んだのだ。

そしてこの特等席で聞える声がもう一つ。
いいや、『無数』の声だ。

一方『―――』

渦を巻く大量の氏者の言霊。

あまりのざわめき、その衝動に、
一方通行の憤怒は一瞬振り切れてしまう。

怒りに染まった彼は『勇気』の顔の中を、
上へと向けて引き裂いていき口から外に飛び出し。

更に勢いそのまま、雁首の一方を駆け上がり顎に腕を突き立て―――


一方『―――オオオオアァァァァァ!!!』


―――そして一気に引き寄せて―――力と怒り任せに『背負い投げた』。

493: 2012/03/15(木) 01:59:01.72 ID:oQVrDKK6o

それは遠くから見ると、少し奇妙な光景だったであろう。
一方通行の身が小さすぎて、
フォルティトゥードが透明な相手に投げ飛ばされたようにも見えたはずだ。


巨躯が一瞬にして浮き上がり、加速しながら一方通行の上方を突き抜けていき。
そして彼の前方の地盤に叩きつけられた。

文字通りの地響きが轟いた。
猛烈な衝撃を全身に受け、軋み歪む巨躯。
漏れる声には一際濃く苦悶の色が滲む。

だが一方通行の怒りはそれだけでは収まらなかった

叩き落したのも束の間、
少年は、巨大な顎に手を刺したまま地に降り立ち、
全ての翼を展開してフォルティトゥードの身を押さえつけて。


一方『―――ッ―――ッオオオオオオオ!!』


そして腕に『限界のライン』を越えた力を集束させ――――――双頭の片方を引き千切った。


次に響いたのは、ドラゴンの悲痛な咆哮だった。

放り投げられ蛇のようにのた打ち回る首、
そこから雨のように飛び散っていく鮮血。

そして本体の口から迸る怒号―――

494: 2012/03/15(木) 02:00:54.62 ID:oQVrDKK6o

一方『カカッ―――!』

無様な勇気の姿を身、
普段通りの『邪悪な笑み』を零す一方通行。

心なしか、今のであふれ出た魂達の言霊にも少し『喜び』が滲んでいたようにも感じた。
おそらくただの気のせいであろう。
彼らは終った『物語』、今更何かの感情を抱くことなんてないはず。


憤怒に身を任せ、発散させた快楽で少し麻痺しかかっているのだろう。
現に今の一連の行動で、一方通行自身が大きな過負荷に蝕まれていた。

一瞬怒りに耐えかねて、力の限界のラインを超えてしまったのだ。

手の肉にもそこに宿る力にも、
今や一方通行は酷い痺れを覚えていた。


しかし手を休める理由にはならない。

むしろ徹底的に追い込めば、
このまま一気に勝負を決することができるかもしれない―――


―――そう、すぐさま次の手を放とうとした矢先だった。

495: 2012/03/15(木) 02:04:26.93 ID:oQVrDKK6o

一方通行は聞き、そして見てしまう。

まず聞えたのは更に増える『声』。
『勇気』の身の内に囚われている魂の言霊が、急激に数を増したのだ。

次いで見えるのは、『補充』されていくその力。

それらが示す事実は明確だった。

フォルティトゥード自身の強化容量は上限に達していたも、
貯蔵している『燃料』はまだ残っていたということだ。


一方『―――なッ』


首をもぎ取った。
こちらの身を蝕むのを引き換えにとんでもないダメージを与えた。
フォルティトゥードを酷く損傷させた。

それが無意味だったとは言わない。

しかし今、一方通行の目の前で。
彼が穿った穴がみるみる埋められていた。
どこかに貯蔵している人間達の魂をどんどん流し込んで。


束の間の隙を見逃さず、翼羽ばたかせて飛び上がるフォルティトゥード。

片首を失ったその姿を見上げながら、
一方通行は更なる怒りで打ち震えると同時に。
突然『終わり』が見えなくなった戦いに、強烈な焦燥を覚えつつあった。


この場に集う声達が、いっそう悲壮な色を強めて渦を巻いていく。
終幕という名の救いへと、『誘導』しなければならない魂達が。


496: 2012/03/15(木) 02:05:09.68 ID:oQVrDKK6o
ぶつ切りですが今日はここまでです。
次は土曜に。

497: 2012/03/15(木) 07:57:51.71 ID:HRCh4kxH0
乙乙乙

一方さん早くパターンを覚えるんだ

498: 2012/03/15(木) 17:52:51.99 ID:963HoWGEo
乙乙。
改めてフォルティトゥード見ると超デケェのな。強化状態だから更に・・・?
経験が足りない神方通行さんは強化勇気に苦戦。となると維持アスタロトと超強化&復活勇気で対等くらいか。ブーストパネェ。

499: 2012/03/16(金) 02:15:54.07 ID:VE3V3OAL0
>>498
対等でも戦ったら途中で強化勇気が息切れしそう。
維持アスタロトは痛みを我慢できればノーダメージっぽいけど、強化勇気は制限あるし。
しかも強化状態だと完全に殺されたら復活できないんだっけ。


 次回へ続く:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その38】


引用: ダンテ「学園都市か」【MISSION 10】