505: 2012/03/18(日) 17:34:17.10 ID:Y70RMztfo


最初から読む:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」

前回:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その37】

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一方通行が思い描いていた勝利条件、それが根底から瓦解した。


明らかになる、
己の立ち位置が想像以上に劣勢だったという点。

想定外の問題が湧き出てくるということ自体には、一方通行は特に驚きを感じなかった。
初めての強敵との戦いとは大概そういうもの、
かなりの率で未知の要素が絡んでくることは覚悟していた。

だがその内容が、
それまでの大前提を叩き壊すほどのものとなれば、
覚悟していたとしても心折れかねないものだ。


一方『―――ックソッッタレがッ!!』


こういうことならば、もう短期決戦を狙うのは厳しい。
このペース・この戦い方では勇気よりも己が先に消耗してしまうのが明らかだ。
別の打開策を早く打ち出さねばならない。


しかし思考はむなしく空回り、焦燥感と抑え難い憤怒がより強まるだけ。

もはやまともな思考を行える状態ではなかった。
打開策を模索する以前の問題だ。

こめかみを破城槌で突かれたかのような衝撃と、
よりざわめく氏者の悲鳴によって乱されたその心を、
まず鎮めるところから始めなければならない。

だが当然、そんな余裕などこの戦いには無かった。
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506: 2012/03/18(日) 17:36:02.96 ID:Y70RMztfo

形勢は一気に逆転した。
いや、単に一方通行が優勢だと思い込んでいただけであって、
実は何一つ変わっていなかったかもしれないか。


フォルティトゥードは待ってはくれなかった。

飛びあがったのも束の間、一気に急降下してくる勇気。
集中が乱された一方通行は回避に精一杯だった。

二足の鉤爪に今や一つとなったドラゴンの顎は、獲物を取り逃して地に激突した。
一方通行は踏み潰される瞬間、前に飛び込むようにして足の隙間を抜け、
勇気の後方になんとか抜けていたのだ。

だがもはや彼は後手後手、
最悪の事態に集中が薄れ、守勢にまわってしまっていた。

一方『―――』

気付いたときにはもう遅かった。

フォルティトゥードは降り立ったのとほぼ同時に、
彼の行動を予期していたかのようにその場で振り向き―――翼で薙ぎ払いをしかけてきていたのだ。

大型旅客機のような翼が、
火花と激音を散らして黒き地盤を削り行き―――そして受身が間に合わなかった少年に襲い掛かった。

507: 2012/03/18(日) 17:38:12.26 ID:Y70RMztfo

一方『―――ッァァァッ!!』

タンカーの舳先に轢かれる、そんな比喩が相応しい。
全身まるごと強く打ち付けられ、吹っ飛ばされてしまう一方通行。

すぐに翼と手足で制動したも、300mほども地と擦れて筋を穿ってしまう。

しかも止まりきらぬ前に、そして彼が今の一撃に喘ぐことすらも許さずに、
次の一手が容赦なく襲い掛かった。

前向く一方通行、その前方の視界を覆っていたのは、
僅か50m前に迫っていたフォルティトゥードだ。

その巨体に不釣合いなほどの爆発的な加速と踏み込みで、
吹っ飛んだこちらを間髪いれずに追いかけてきていたのだ。


勇気はその勢いのまま地に腰つけ―――滑り込んでの体当たりを敢行してきた。

まさしく超巨大ブルドーザーのよう。
地とその巨体の隙間に飲み込まれればどうなってしまうことか。

横に回避する猶予はもう無かった。

咄嗟の判断で一方通行は『前』、勇気目掛けて踏み出し―――その巨顔の額部分を蹴り込み、
その反動を利用して飛び退き。

そのまま更に後方へ―――距離を開けようとしたが、そこにも勇気による一手が立ち塞がった。


飛びかけた直後の一方通行に、待ち構えていたかのように振り下ろされるドラゴンの顎。

一方『―――ッカッ!!』

回避できないとなれば、攻勢に転じて防御とする。
今の額への一蹴りと同じく、一方通行はこの顎に対しても拳で迎え撃った。

自動車を丸呑みにできるほどの顎、その先と激突する黒き腕。
煌く装具がひび割れ、またもや魂達の悲鳴とともに飛び散っていく。


一方『―――!?』


そしてそれらとともに―――腕からも、黒き破片が散っていった。

508: 2012/03/18(日) 17:40:02.88 ID:Y70RMztfo

ひび割れは僅かだった。
小石程度の粒が数個飛んだだけ。

だが『ひび割れた』、それ自体が一方通行にとっては衝撃だった。

この光景が示す事実に、思考する必要は無かった。
見たとおりそのまま―――腕の硬度が低下してきているということ。

勇気に唯一勝っていた点である瞬間的な出力すらも、
今や互角近くにまで低下しつつあるということだ。

無理を押し通しての手足の強化、それによる消耗は想定していたとはいえ、やはりきわめて早かった。
しかも、今度はこちらの番だとばかりに畳み掛けてきた勇気、
その猛攻が消耗をより加速させている。


そんな更なる状況悪化の兆しに一方通行が衝撃を受けた瞬間にも、
フォルティトゥードは親切に待ってはくれない。


彼の腕が受け止める顎から、即座に火流が放出されたのだ。


一方『―――ぐッッッあァ!』

一方通行には今度こそ、攻勢に転じて防ぐ術さえもなかった。
至近距離から放たれた業火に呑まれ、
そのまま直下の地に叩き落されてしまった。

509: 2012/03/18(日) 17:43:09.72 ID:Y70RMztfo

まともに着地すら出来なかった。

纏わり付く『ゲル状』の炎とともに、彼は肩から黒き地盤に激突、
全身を強く打ち付けて更なるダメージを負ってしまう。

しかも起き上がる暇すら与えられない。
地に激突した直後、彼の無防備な身を横から叩き飛ばす超大な尾。

そうして弾き飛んだ先にて彼は、
ここまで浴びた一連の衝撃と、それによる痛みをようやく『味わう』ことができた。


一方『―――ッァァァァァ!!ガッ……ぐァ……!!』


先の首をもぎ取った流れの仕返しか、猛烈な追い込みだ。
勇気には『遊ぶつもり』は一欠けらも無い。

早急にこちらを頃す気なのだ。

殺意のみが宿った傷が、そんな相手の意図を明確に示していた。

全身が痺れながらも感覚は明確で、
この焼かれ溶かされる悪夢のような刺激をしっかりと堪能させてくれる。

手を付き起き上がるも、どろりと口から毀れいでる熱き体液、
そしてまた一つ、ぴしりとひびが入る黒き腕―――『時間切れ』が迫っていることを示す兆し。

510: 2012/03/18(日) 17:45:01.72 ID:Y70RMztfo

一方『―――ッ……!』

戦わなければならない。

こうして受身に甘んじていてはならない。
こちらも攻勢に出て、この勇気を追い込まねばならないのだ。

可能だ、今からでもフォルティトゥードに対して攻勢に立つことは可能だ。
瞬間的な攻撃力はこちらの方が『今のところ』は上なのだから。


だが―――その先は?


そのままでは末路は明白、こちらが先に消耗してしまい―――敗北を喫する、ただそれだけだ。

ではどうする、体勢を持ち直すため一度退くか。

否、それは許されない。
何があっても、この勇気をインデックスの方へと向かわせるわけにはいかない、
ここで釘付けにしなければならない。

では考える必要も無い策、
その命と引き換えに、爆発的に出力を上げて一気に叩き潰すか。

否、これも許されない。

己が滅んでしまうと、防壁たる虚数学区も消え去り、学園都市―――そして人間界が丸裸になってしまう。

滝壺によるテメンニグルの塔の隔離にも、虚数学区の一部が引き伸ばされて使われているため、
己の消失は、多数の大悪魔たちをも学園都市に招き入れてしまうことを意味する。

511: 2012/03/18(日) 17:47:32.34 ID:Y70RMztfo

この場で新たな打開策はもちろん、一つの選択肢も見出せなかった。

代わりに鮮明になっていくのは、
氏亡願望ではなく『生存願望による闘争』、それがどれだけ過酷で困難かということ。


そして『生きるための戦い』の中で、より痛烈に突きつけられる―――己の『弱さ』だった。


氏者達の叫びが、そんな己を責め立てるようにさらに耳に集まってくる。

少年は自ら思った。
戦闘能力ではない、それを使う『人格』の問題だ。
ここまで強大な力を手に入れていても、一方通行という人物はどうしようもなく弱い、と。

もはやまともに打開策を模索することなんてできなかった。
一方通行にはただただ、この自らの不甲斐なさに苛まれるしか。



羽ばたき飛んでは、再び滑降してくるフォルティトゥード。
その踏み付けをなんとか脇に転がり回避し、次ぐ尾の薙ぎ払いに間一髪のところで受身を取る。

超大な尾の重みを受け止める黒き腕、そこからまたしても散る―――破片。
時間と手数のたびに少しづつ脆く砕けていく力。

そう、脆かった。


一方『―――ぐッ!』


力は強くとも、それを扱う者が弱ければこのザマだった。

512: 2012/03/18(日) 17:49:40.42 ID:Y70RMztfo

弱い。
どうしてこうも己は弱いのか。

経験や力以前の問題だ。
決定的に要たるが人格弱く、存在性そのものに負け犬の印が刻まれている。


氏者の悲鳴、フォルティトゥードの強さとこの劣勢に心が乱され。
どうしても悲観的に傾き、意志が挫きかけてしまう。

以前の己ならば、最期には完全に気圧されて戦意喪失するか、
全てを投げうって自暴自棄になってしまっていたか。

そこに至らぬだけ、自覚があるだけ進歩したのかもしれないが、
まだ決定的に『何か』が足らないのだ。


一方『―――チクショウがッ!!』

尾を弾きあげながら、一方通行は自らに悪態を叩き付けた。
勇気にもひけを取らぬ膂力はいまだ健在、だがこれもいつまでもつか。

しかし打開策は何も見つからない。
爆発一歩手前にまで感情が滾り、焦燥感で心臓が潰れてしまいそうになるだけ。
氏者達の悲鳴で、その重さで、精神が砕けてしまいそうになるだけ。

そして具体的な案が見出せない意識は、
いつしか縋るように―――『逃避』するかのように、ある人物達の姿を思い描く。

513: 2012/03/18(日) 17:52:11.40 ID:Y70RMztfo

それは彼がこよなく心酔し憧れる、夢にまで見た本物の英雄達。

どんな苦境でも絶対に諦めず、自暴自棄にもならずに、
揺ぎ無い芯でとことん邁進し続ける『大馬鹿者』―――上条当麻。


そして心身力全てが絶対的な、まるで映画の中から飛び出してきたかのようなヒーロー、ダンテ。


どうすれば―――彼らのようになれるのだろうか。


困窮の果てに、少年は漠然とそう考えてしまう。

具体的な戦い方や勝利のコツが知りたいのではなく、
『勝者の立ち位置』への付き方が知りたいのだ。

己はそんな身分じゃないと格好つけたりも、罪びとだと卑下もしない。
もう昔とは違う、今の一方通行は純朴な幼い少年のように想いを馳せた。


―――彼らと『同じ』―――正真正銘の本物のヒーローになりたい、と。


己の生存願望を認め、素直に受け入れた。

『生きる』、ということを初めて理解し、受け入れた。
だがそれだけじゃ足らない、決定的に何かが足らないのだ。
彼らと己の残る違いは一体何なのだろうか。

しかし問いかけても無駄だった。
自問しても、自らから答えが返って来るわけも無いし、
そもそもこれは、誰かに聞いて教わるものではない。


―――自ら気付かなければならないこと。


514: 2012/03/18(日) 17:54:34.91 ID:Y70RMztfo

一方『―――オオオオオオ!!』


我武者羅に戦うしかない、彼は自らにそう鞭打った。
答えを考えることは無駄、もう眼前の戦闘に全身全霊で集中するしかない。

余計に思考を残していれば、この氏者達の悲鳴に押し負け、
憤怒に乗っ取られてしまうだけだ。

この劣勢を覆す策も見つからず、選択肢も見出せないのならば、
あのヒーロー達のように諦めないこと、戦い続けること、それだけをただ模倣するしかない。

例え末路がわかっていても。

今の『何か』が欠けたままでは、
『本物のヒーロー』にはなれないとわかっていても。


少年は怒号を放っては、巨大な尾に腕を突き刺し。
一気に持ち上げて振い―――勇気の巨体を地に叩き付けた。

だがそのまま引き千切るまでにはいかなかった。
即座に勇気の翼で、全身を強く叩き潰されたからだ。

一方『―――がッ―――!』

意識が明滅し、鈍くなってくる思考。
氏者の叫びが耳鳴りのように、身の内に響いてくる。
奮い立たせようとしているのか、それとも氏の世界へ誘おうとしているのか。

『眠り』に導く子守唄のようでもあれば、励ましの声にも聞えるその合唱に、
フォルティトゥードによる衝撃が戦鼓のように轟き混じった。

515: 2012/03/18(日) 17:56:34.88 ID:Y70RMztfo

翼の一撃に続き、尾が彼の上に叩き落された。
黒き地盤と尾の間、うめき声すら漏らせないその中で少年は、
またもや身の内から組織が砕ける音を聞いた。

今や、肉体の損壊が直接的に命に関わることは無い。
しかしその逆は当たり前に起こること。

最高出力状態における肉体の崩壊は、
力が実体の保護に及ばなくなってきている証拠。
間接的に魂の損傷度合いを示していることになる。


一方通行がこの時聞いた音は、文字通り―――近づく『氏』の足音だった。


聞える無数の氏者の声、己もそんな彼らの仲間になりかけているという兆し。


そう認識した少年は戦慄した。


もう無駄だとして閉じていた思考が、
勝手にまた再稼動してしまう。

『生きたい』と願ってから初めてわかる―――目前に迫った『氏』への『真の恐怖』に。

『生きること』を受け入れた上で初めて理解できる、本物の『氏の重さ』。

516: 2012/03/18(日) 17:58:10.34 ID:Y70RMztfo

己は今まで、『これ』を無数の人間達に軽々しく与え続けてきていたなんて。

『これ』と常に肩並べながら、上条当麻やダンテはあんな風に戦い続けてきたのか。



そして今聞えるこの声達もみな―――『これ』を体験してきた成れの果てだというのか。



一方『―――ぐッがァァァァァアアアアアア!!』


魂たちを、こんな『氏』を経ても尚苦しめるフォルティトゥード。
そして大勢に氏を与え、快楽に浸ってきた己。
更に燃え盛る憤怒に、加わる途方も無い氏の恐怖。

一方通行は勇気の尾を拳で叩きあげ、この抑えがたい衝動を放った。

もう意識は真っ白、いや、灼熱の赤に染まってしまっていた。


この戦いが、この勇気が憎くて、そしてとにかく―――怖くてたまらなかった。


氏ぬわけにはいかない、氏にたくない。
脳裏に蘇るのはこれまで目にしてきた人間世界、これまでは蔑んで恨んできたその光景達が、
今や懐かしくてたまらない。

こんな自分を認めてくれて、同志としてくれた者達が恋しくてたまらなかった。
黄泉川、芳川、土御門、結標、海原や。


本物のヒーロー、上条、ネロ、ダンテ。


そしてもっとも大切な家族―――打ち止めと。


この心に刻み込まれた一輪の花――――――麦野沈利。


517: 2012/03/18(日) 17:59:36.48 ID:Y70RMztfo

一方『―――ッァ!!』

自信に溢れた、あの狡猾そうな薄笑み。
だがいつかの酒の席でふと見せた―――弱さを湛えた儚げな顔。

彼女のその顔が目に焼きついている。
今でも鮮明に残っている。

だが記憶だけじゃだめだ。
それだけじゃ気が済まない。

もう一度見たかった。


もう一度彼女に―――会いたい。


だが彼女は『氏んだ』。
そう、この恐怖の源たる『これ』が彼女を連れ去ってしまった。


―――己は遺されたのだ。


こうして一方通行はようやく、極なる戦いの真っ只中にて完全に『受け入れた』。


『氏ぬ』、ということを。


氏者たちの声の中、己の氏の淵にて、
ある女性の氏にようやく心の底から打ちひしがれることで、その本当の意味を知り。

これこそが彼に足りなかった『何か』であった。
生きることと氏ぬこと、その両方を受け入れたことにより、
彼は『あらゆる条件』を満たすことになる。



次の瞬間、一方通行の『見る世界』は変わり――――――――――――彼は本物の『英雄』になる。



一方『―――』


今や彼の瞳には、はっきりと氏者たちの魂が『見えていた』。
声を聞いてその存在を認めるのではない、

勇気の体内で蠢く『魂そのもの』を『一つ一つ』―――正確に認識できるようになっていた。

518: 2012/03/18(日) 18:01:10.39 ID:Y70RMztfo

生と氏の両方を理解したことによるその認識昇華は、
偶然ではなく必然だった。

アレイスターがそう設定しておいたのだから。

かの魔術師は人間界の力場、すなわち人間の魂が還りゆく領域を統べる存在として、
この一方通行の『器』を育て上げた。

彼の力のベースになぜ、アレイスターはハデスを設定したか。
その理由はかの存在が俗になんと形容されるかが、実に正確に現している。

一般的な俗説の中にも時には真実が隠れ潜んでいるものだ。


ハデス、その通称は『冥府の王』、もしくは――――――『氏者の王』である。


アレイスターの目論み通り、その力はこの通称に相応しい形へとついに昇華したわけである。
だがただ一つ、彼の唯一にして最大のミスがあった。

この消去するはずだった未熟な人格が、『王』たる基準を満たしたことだ。


一方『―――』

尾を叩き上げた拳、その表面に纏わり付く、勇気の身から毀れ落ちた人間達の魂。
それらの『触感』に、一方通行は馴染みのある感覚を覚えた。


氏者の王たる権限によって―――その『流れの向き』を操作できたのだ。


すなわち、これまでの―――『ベクトル操作』と同じ要領で。


一気に空が晴れ渡るような感覚だった。
嘆きの果てに一縷の希望を取り戻した少年の思考は、すぐにこの状況を把握、
そして唯一にして最高の打開策を見出した。

直に触れさえすれば―――フォルティトゥードの体内で渦巻く無数の魂の塊、
それと己のAIMをリンクさえ出来れば。



その莫大な力を――――――『支配下』に置ける、と。


519: 2012/03/18(日) 18:02:22.57 ID:Y70RMztfo

消耗限界はすでに目前、傷もあまりにも酷く、
いつ動けなくなってしまってもおかしくはない。

一方通行はすぐに動いた。

触れさえすればいいのだ。
もう一度この腕を巨顔に叩き込み、外皮を割り、その下の魂達に触れさえすれば。

一方『―――ハァァァァァァ!!』

そう前に踏み出し、勇気にへと猛然と飛びかかった少年。

だが相手が相手、望み通り事が運ぶわけがなかった。
その拳を叩き込む前、巨顔の額に5mのところまで差し掛かったとき―――少年の身は、
上方からのドラゴンの顎で叩き落された。


一方『―――ッぐ!!』

幸いなんとか受身はできた。
足で地に着き、振り下ろされた顎を腕で支える一方通行。

かざす黒腕からは、ガラスのような破砕音と共に一際大きな破片が落下、
それが示しているのは―――時間が無いことだ。

しかももう全く余裕が無い。
『秒読み』段階だった。

520: 2012/03/18(日) 18:04:31.09 ID:Y70RMztfo

もうある程度のダメージは覚悟の上で畳み掛けねばならない。

一方『らァァァ!!』

一方通行は瞬時に顎を弾きあげ、
今度こそ拳を叩き込もうと前に踏み出した。


しかし―――ここに来てだった。
ここに来てフォルティトゥードは突然戦い方を変えた。


一方『―――!?』

一方通行の体当たりとも呼べる一撃はむなしく空を切っただけだった。
勇気は直前に上方へと飛びあがったのだ。
しかもこれまで通りならすぐに滑降攻撃を仕掛けてきたはずなのに、
この時は上へ上へと、距離置くように飛びあがっていく。

なぜ―――何が目的なのか。

こちらの目的を悟ったのか?その危険性を敏感に検知したのか?
それともこちらの消耗限界が目前であることを知って?そのための時間稼ぎか?

脳裏に様々な憶測が湧き上がるも、
それらを検分している暇など無い。

一方通行も翼をしならせ瞬時に飛翔、勇気を猛然と追った。

521: 2012/03/18(日) 18:05:52.94 ID:Y70RMztfo

そんなこちらを認め、すかさず上方から火流の弾幕を張る勇気。
距離を置こうとしているのは明らかだった。

一方『おおおおおォォォォォォォォ!!』

もうなりふり構ってはいられない。
一方通行は被弾するのも省みず、無我夢中で業火の滝を昇って行く。
だが勇気もまた猛烈な速度で飛翔を続け、この弾幕もせいもあって中々距離が縮まなかった。

一方『クソッタレがァ!!』

埒が明かないと、
一方通行は翼を振るい―――その先端を砲弾のように撃ち放つ。

放ったのは4発―――猛烈な勢いで飛翔し、弾幕を抜け、うち2発が勇気の巨顔に命中。

しかしやはり無駄だった。

この状況で、穿った傷穴に命中させることはもとより困難、
固い外皮に当たった2発は僅かなヒビを刻んだだけ。

かの存在の力を貫くには、やはりこの強化した手足による一撃でなければ。


一方『―――クソッ!!待ちやがれッ!!』


だがそんな彼の事情を嘲笑うかのように距離は縮まなかった。
減少するのは残り時間だけ、逆に増大していくのはダメージだ。


一方『―――逃げンじゃねェ!!それでも天のアタマかクソッタレ!!腰抜けがァァァァ!!』


一方通行は叫んだ。
挑発し、罵り、戦意を誘う言霊を腹の底から放った。
だが勇気は一切反応しない―――

522: 2012/03/18(日) 18:07:06.82 ID:Y70RMztfo

そうだ。
最初から徹底してそうだった。

あの存在は、『人の声』など虫の鳴き声のようにしか認識しない。
どれだけ意志を乗せようが、四元徳は耳を傾けようとはしない。

最後の最後までこのフォルティトゥードという存在は、人間の全てを軽視し続けた。


一方『―――来ィよ!!来やがれってンだよクソがァァァァァァァァァ―――!!!!』


打開策、それも決定的な策が見出せたというのに、
ここで潰えるわけにはいかない。


絶対に勝たねば、そして生きて還らなければならないのだ。


手足から、ぱきり、ぱきりと大きな力の破片が落ちていく。
六本ある翼もじわじわと砕け、残るはもう3本。
こんな『追いかけっこ』はもうやってはいられない―――もっと大胆な手に出なければ。


次の手に移る際、一方通行にはもう迷いはなかった。

身の硬度、つまりは防御を全て―――己の速度に耐えられるだけ残し、その他の力を『速度』に集束。
手足を強化していた分も、右手だけを残し自らの加速へと向け。


そうして生み出された最速にして最後の右拳に、彼は全てを委ねた。

523: 2012/03/18(日) 18:08:35.19 ID:Y70RMztfo

必要最低限以外の全ての力を注がれ、
彼の身は爆発的に加速した。

そして一撃貰えば氏ぬ、今やそんな脆くなってしまった身で、
弾幕の中を縫い飛んでいく。

あと1000m。

全知覚を前方に集中させ、数多の火弾を紙一重のところで避け。

あと500m。

翼の一本が焼かれ、砕かれながらも怯みはせず。
炎の滴が脆くなった肩を焦がしても、一切意識を向けたりはせず。


そしてついに―――追いつく。


少年は振るわれた最後の一撃たる、巨大なドラゴンの牙を潜り抜け―――



一方『オオオオオオォォォォォォォ!!!!』



―――逆さの巨顔、その眉間に右拳を叩き込んだ。

524: 2012/03/18(日) 18:09:49.13 ID:Y70RMztfo

聞えるフォルティトゥードのうめき声に、
腕から全身に伝わってくる衝撃と触感は、全てが彼の期待通りだった。

砕ける外皮、穿たれ引き裂かれる肉、そして―――その下にある人間達の魂。


だが魂達の量はあまりにも莫大なものだった。
今の彼でもすぐに全掌握とはいかないほどに。
とは言ってもそれは僅かなもので、さほど問題は無かった。


―――あと一秒、一方通行が追いつくのが早ければの話であったが。


一方『―――』


一秒、遅かった。
なんというタイミングだろうか、ここで時間切れが訪れたのだ。


ついに消耗限界、スタミナ切れた彼の力は一気に崩壊していった。

一瞬にして砕け散る翼、髪色は黒から白に戻り、
その他の部位も全ての戦闘態勢が解けていく。

もちろん―――右手も。

黒き破片が飛び散り、現れるはもとの華奢な細腕。
そんな状態ではもはや、フォルティトゥードの体内に留めてはいられない。


―――その右手は成すすべなく―――勇気の肉に押し出されてしまい。


完全掌握を目前にして、接続が切られてしまった―――――――――のだが。



一方通行が理解する間もなく、その接続は即座に復旧する。



―――とある『氏者』が、離れかけた彼の右手を握り返したことで。

525: 2012/03/18(日) 18:12:15.76 ID:Y70RMztfo

フォルティトゥードにはもちろん、他の何人であれその姿は見えなかっただろう。
唯一、今の状態の一方通行を除いて。


それは氏者の王たる彼にしか見えない、触れられない『幻』。


氏者の王たる彼にだけ見えるその腕を―――その『相手』を前に、
彼は二重の意味で驚愕し、二重の意味で心が震えた。


接続がなんとか保たれ、勝利が確定したことと――――――この思いがけぬ『再会』に。


もう二度と目にすることも声聞くこともできなければ、
一度も触れられることさえできなかった、そう思っていたのに。


『彼女』は目の前にいた。


『彼女』はここにいて、見てくれていた。


フォルティトゥードの傷口から腕を伸ばし、しっかり握ってくれている手。
しなやかな指にきめ細かい肌はこれ以上無いくらいに暖かくて、柔らかくて。


緩やかにウェーブがかかった『栗色』の髪からは、心地の良い香りがして。


その相変わらずの狡猾そうな微笑が、最高に愛おしかった。


一方『―――――――――』

この刹那の一幕、彼は返すべき言霊が思いつかなかった。
どうしようもなく潤んだ瞳で、不慣れで無様な笑みを返すしかなかった。

526: 2012/03/18(日) 18:14:21.81 ID:Y70RMztfo

この時にはもう完全掌握は完了していた。


フォルティトゥード『―――ッお―――おおおお―――?!』


勇気は今や、反旗を翻した魂たちによって内から縛され硬直、
処刑の号令を待っている段階だ。

あとは『引き金』を絞るだけ―――それでこの戦いが決する。


ただそれは同時に―――彼女の完全なる消失も意味している。


わかっている、一方通行はわかっていた。
どうにかなるものではない、これは必然だ。
生者と氏者、それは絶対に交わることのない出来ない領域。


生と氏、そこには『一方通行の流れ』しか存在していない。


―――だがこのまま―――何も告げずに彼女の手を放してしまえるわけがない。


何か言葉を向けなければ―――そうして彼は、この戦いの中、
心の奥に常ありつづけたある感情を声にした。


一方『―――オマエが好きだ』


もっと気の利いた事を言いたかったのに、
口から飛び出したのは、陳腐で単純すぎる言葉だった。


だが彼女は、今度は文句なしの笑みを浮べてくれた。

驚きと恥ずかしさ、
そして目を細めては冗談交じりに見下げるような、冷やかしを交えながらも―――柔らかく穏やかに。

527: 2012/03/18(日) 18:16:52.11 ID:Y70RMztfo

一方通行はその笑顔に完全に目を奪われた。
打ち止めの笑顔が太陽ならば、彼女はその光の下に揺れる最高の『一輪』だ。

ここまで心惹かれ、目が逸らせない存在は他にありやしない。

絶対に忘れはしない、少年は誓った。
いや、自らそう望んだ。
未来永劫、意識が存続する限り、この麦野沈利の笑顔は目に残り続ける。
彼女が他の何よりも美しかったことを、この魂が記憶し続ける、と。



―――別れの時が来た。

今度こそ永遠の別れだ。
フォルティトゥードを滅ぼし、
そして無数の氏者たちと彼女を―――ここから解放し―――安寧に導く。


―――それが己が望みにして、果たさなければならない使命。

一方通行は最後にもう一度、穏やかに告げた。
今度は不器用ではない、自然な素直な笑みと共に。


一方『―――――――――好きだ。麦野―――』



解き放たれ、消え去るその瞬間まで、麦野沈利はこちらを見、微笑み続けていてくれた。
もちろん一方通行も同じく、最期まで見届けた。
彼女の姿が完全に消え去り、そして彼女含む莫大な数の魂たちが、
フォルティトゥードを内から葬り去るその瞬間まで。



フォルティトゥード『―――我らが主神ジュベレウスよ!!栄光あれ!!永久の栄光をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』


それが四元徳が一柱、勇気の最期の言葉だった。

次の瞬間。
一方通行の操作によって、その巨体は木っ端微塵に砕け散った。

―――

528: 2012/03/18(日) 18:17:18.99 ID:Y70RMztfo
今日はここまでです。
次は火曜か水曜に。

545: 2012/03/22(木) 03:04:47.62 ID:mXbgQFH4o

―――

風斬『―――いた!』

そのすぐ後、十秒も経っていない頃。
第一の天門の領域に到達した風斬は、勇気を打ち破ったばかりの一方通行を発見した。

果てしなく続くこの空を自由落下していた彼は満身創痍、
一目でほぼ全ての力を使い果たしているとわかるほどに疲弊しきっていた。

そんな彼を見、風斬はカマエルを後ろに従えて全速で一方通行に向かい、
紫電の翼で掬うようにして回収。
そしてひとまずと近場の浮遊城塞の広場に降り立ち、
より状態を調べるために彼の身を降ろした。

風斬『……っ!』

一目見た瞬間から覚悟はしていたが、それでもあまりの彼の状態に彼女は言葉を失ってしまった。
肉体の外見のみなら、出血はしているもそこまでではない。
だが内面の魂、力、器、どれもがボロボロ、もはや自力で立つこともできないだろう。


―――と、ここでもう一つ、彼女を驚かせる要素があった。

この状態を見たような衝撃的なものではなく、
どちらかと言えばふと首を傾げたくなるような驚きだ。


彼の表情は、その身の状態とは逆に―――穏やかなものだったのだ。

546: 2012/03/22(木) 03:05:54.50 ID:mXbgQFH4o

風斬『……っ』

打ち止めを介して、つい先ほど彼が四元徳に勝ったとは知っていたが、
とてもその勝利の喜びによるものとは思えない。
もしその歓喜もあったとしても、それとは別の情感を含んでいたのは間違いなかった。

悲しげながらも朗らか、憂いを湛えながらも充実している、そんな表情だ。


風斬『……大丈夫、ですか?』

一方「あァ」

どことなく眠たげにも見える彼は、落ち着いた声を返してきた。
夢と現実の狭間、うたた寝していたところを静かに起こされたような調子でもある。
一体何が彼の精神をここまで『清めた』のだろうか。

風斬『……』

とはいえ、風斬はひとまず彼の様子に安心した。

苦痛に喘ぐこともなく、酷い消耗も幸いなことに命には別状は無い。
しっかり休養すれば後遺症もなく回復するだろう。

547: 2012/03/22(木) 03:07:51.29 ID:mXbgQFH4o

胸を撫で下ろしながら、風斬はそっと彼の胸に手を当てて、
彼の調子に合わせるようにして穏やかに促した。

風斬『じゃあ……帰りましょう』


戦いはまだ終ってはいない。

しかしこんな状態である以上、彼が天界に留まっている理由はもう無いのである。
それは一方通行も自覚しているようだった。
特に抗する様子もなく、「あァ」とまた同じような調子で頷いた。

彼に頷き返した風斬は、傍にいた重装の赤き天使へと目配せ。
すると天使はすぐに石畳に大剣を突き立て、
二人を第二の門の領域へと送り届けるべく移動用の陣を構築し、

この場から皆を連れて離脱―――しようとしたのだが。


風斬『―――』

カマエルの様子を見ていただけで風斬は、彼がこの時抱いた不審の念を敏感に悟った。
なにやら重大な問題が発生したのだと。
そして一拍あと、その原因が目に見えて顕在化した。

彼の移動用の光陣が正常に稼動しなかったのだ。

起動はしていたのだが、門が開いていなかった。

548: 2012/03/22(木) 03:09:29.56 ID:mXbgQFH4o

だた、風斬にわかるのはそこまでだった。
門が開かない原因は皆目見当もつかない。

そこで彼女はすぐさま問い放った。


風斬『―――どうして開かないんですか?!』

一方通行とネットワーク上で繋がっているため、
ある程度の情報がフィードバックされてきているおかげでもあるだろう。

一方通行のように情感豊かに聞き取れるまでにはいかないにしろ、
今の彼女もある程度、天使の声を『言葉』として認識できるようになっていた。

風斬には機械的に聞える声で、赤き天使は告げた。


カマエル『この階層は「封鎖されていた」』


風斬『―――封鎖されていた?』


カマエル『四公閣下によって行われた。侵入は可能だが、離脱は困難だ』


明確にして簡潔。
その言葉で風斬はすぐに己達の置かれている状況を認識した。

一方通行はここからフォルティトゥードを逃がす気はなかったが、
勇気の側も同じつもりだったのだ。

ここで人界神の新王を確実に葬り去るため、決して外に出られないようにしたのだ。
そして進入路を封鎖しなかった理由はもちろん―――

―――必要と有れば『増援』が来れる様に、だ。


直後。
三者はこの大空の方々から、天の進軍ラッパが鳴り響いたのを耳にした。

549: 2012/03/22(木) 03:10:55.10 ID:mXbgQFH4o

風斬『―――!』

目を向けるまでもなかった。
その瞬間全方位から覚えるは、夥しい数の存在―――出現した天使の軍勢。

彼方に『金色の雲』となって無数の軍団が次々と現れていく。
しかも雑魚天使だけではない、かなり高位の存在もおそらく総動員されているのだろう、
あちこちに強大な力の存在が見える。

四元徳の親衛隊である上級三隊と思われるものも多数。

風斬『っ―――』

下位の天使だけならば、どれだけの数が押し寄せてきても、己やカマエルが倒されることはまずない。
しかし上級三隊といった高位の存在達となれば話は別だ。

一対一なら圧倒できるも、数に任せて押しかけて来られれば―――多勢に無勢である。


風斬『―――別の方法は?!何とかしてここから出られないんですか?!』


返って来たのは絶望的な無言の答えだった。

大剣を引き抜き戦闘態勢に入るカマエル。
それだけで意図は明確だ。


離脱する方法は無い―――戦うしかないのだと。

550: 2012/03/22(木) 03:13:34.92 ID:mXbgQFH4o

他に策は無いかと思考を巡らせていく風斬。

しかしどう見繕っても有効性は乏しいものばかり。
唯一具体性があるように思えた案、ここの下にある第一の門を抜けるということも、
考慮の余地なくすぐに却下されてしまう。

あの黒き蓋をなんとか通り抜けられないか、その問いへ一方通行はこう返してきた。

一方「悪ィ……無理だ」

彼は、この第一の門を二度と使用できないように封鎖した。
再び解除することはもともと念頭に入れてはいない。

それでも万全状態の彼ならば、なんとか制御して解除できたかもしれなかったも、
自力で立つことすらできない今では無理だ。

そして力ずくで突破するなんて到底不可能。
強化状態のフォルティトゥードと一方通行、その激戦の足場として完全に耐えている程なのだ。

己やカマエル程度では軋ませることすらできない。

風斬『―――』

風斬自身には、この問題に対処する力はなかった。

彼女の今にできること、及び義務は二つ。
一つ目はこの情報をネットワークの向こうに拡散させ、外部の助力を求めること。

そして二つ目は、その支援の手が届いてくるまで―――この少年を守ることだ。

551: 2012/03/22(木) 03:15:04.19 ID:mXbgQFH4o

フォルティトゥードが倒されているだけ望みはまだあると喜ぶべきか。
敵方の予定ではかの勇気が自らこれらを指揮し、
こちらを圧倒するつもりだったのだろう。

その予定が崩れ去ったことで、少しばかり天使達の間に動揺が広がっているのか、
攻撃はすぐには始まらなかった。

これは風斬達にとっては良い兆しだった。
時間が延びるだけ外部の者が手を講じる余裕が生じ、こちらの生存確率が上がるのだ。


風斬は一翼で再び一方通行の身を包み、他の翼の付け根に挟み込むようにして背負い。
そして間に彼を挟む形で、風斬りと背中合わせにカマエルが立ち、
この膨大な数の天使達を見据えた。


そうして数秒ののち、ようやく敵勢も動き出す。

一斉に向かってくるその光景は、
金色の壁が全方位から迫ってきているようだ。


無論、接触まで待つ必要は無い。
風斬もカマエルもすかさず刃を振るい、盛大に力を放った。

552: 2012/03/22(木) 03:19:26.74 ID:mXbgQFH4o

拡散して放出された光の衝撃波が、天使の一群丸ごと吹き飛ばしていく。
金色の雲を薙ぎ払い、あとに残るの高位の存在達のみ―――のはずなのだが、

向かってきた群れの中には高位の天使達は含まれてはいなかった。
どうやら下位の天使達のみを向かわせてきているようだ。

これも勇気の氏による影響か―――だがこの時点では、
あの軍勢にはもう動揺の色は見えなかった。

彼らは怖気付いているのではない、計算した上でこうしているということ。

時間稼ぎでもしているのか、
勇気が氏したことで狂った作戦の修正を試みているらしい。

そしてその修正は、風斬達にとっては不運なことにすぐに完了してしまった。

風斬『―――っ』

その時、突然向かってくるのをやめ一定の距離を置き始める天の軍勢。
一体何が起こったのか、その答えはすぐにはわからぬも、
きわめて悪いことであると彼女は悟った。


―――背後にいるカマエルが凍りつくのを感じて。


次の瞬間、この歴戦の戦士すらをも強張らせてしまった存在が現れる。


天の軍勢による歓待の音色の中、
凄まじい暴風を纏い出現するは―――四元徳が一柱、『節制』を司る―――テンパランチアだった。

553: 2012/03/22(木) 03:21:51.60 ID:mXbgQFH4o

1000mほど上空に現れた城の如き姿はまさに圧倒的、
その力は見た目以上に強大。

風斬『―――』

あまりの強大さに、思わず風斬も息を呑んでしまった。
とても己やカマエル程度では相手にならないのは明白だ。

あの巨大な腕にかかれば、己程度なんで一撃で跡形もなく叩き潰されてしまうだろう。

と、そのように圧倒されている中、
彼女は背のカマエルにはまた別の感情が滲んでいたのを感じた。

己と同じく圧倒されつつ、天の者としてのであろう畏怖と畏敬も覚える中。


この赤き天使は、深い『悲しみ』と猛烈な『怒り』に打ち震えている、と。


その理由についても、風斬は敏感に悟った。
原因は恐らく、テンパランチアの管のような指先にところどころある、『赤い染み』である。

虚数学区に降りてきていたカマエル達と非常に似た力の『香り』が、
そこに見て取れたのだ。

これだけで彼が身を震わせている理由は大方想像が付く。
そして一方通行にも、同じく何か思うところがあったのだろう。


彼が静かにため息を漏らしたのを、風斬は背中越しに聞いた。

554: 2012/03/22(木) 03:24:20.02 ID:mXbgQFH4o

一方でテンパランチアは、こちらの心情など気にも留めなかった。

名乗りすらもしない、要職にいるであろうでカマエルにすら一声も投じることなく、
すぐに手を下してきた。


節制はその巨腕をことらに向け降ろすと、
管のような指先から―――『ミサイルのようなもの』を放った。

それも連続で雨あられとばかりに。


風斬『―――!』

極度の緊張に面していたとはいえ、
身は戦士としての機能を喪失してはいなかった。

風斬とカマエルは即座に回避行動に転じた。

彼女はさらに翼で一方通行を覆い固め、カマエルが彼女を守る体勢で、
二人は爆発の嵐の隙間を一気に抜けていく。

ミサイルにはある程度追尾機能もあるらしく、すべてを回避しきるのは不可能、
それら直撃してくるものは、カマエルが的確に大盾で防いでいく。

しかし両者が完璧な連携を果しても尚、節制の砲撃を潜り抜けるのは至難だった。

555: 2012/03/22(木) 03:26:37.82 ID:mXbgQFH4o

風斬『―――あッくッ―――!』

浮遊城塞を覆う無数の爆轟、その衝撃と炎の威力は直撃を免れたとしても猛烈。
余波で翼の表面がはぎ飛ばされ、皮膚には焼ける痛みが一面に走っていく。

そして直撃してくるミサイルによって、カマエルの大盾の表面がみるみる砕け、焼き溶けていく。
虚数学区上の激戦でもびくともしなかったあの大盾がである。


爆発の嵐を抜け、より下にあった別の浮遊城塞に降り立ったころには、
彼の大盾は原型を留めていなかった。

四隅は溶解して丸くなってしまい、厚さも半分以下、
盾の前面にあった荘厳な文様も跡形もなくなり、いまや歪な表面を晒しているだけ。

盾のみならず身を覆う甲冑も酷く損傷し、彼自身もかなりのダメージを負っているのも確実。


―――だがどうしようもできなかった。

風斬が彼の身を案じる表情を浮べたも、
カマエルはそんな気遣いは無用とばかりに、彼女の背を押しては逃げ続けるように急かした。


そう、反撃などできるわけがない、ただ逃げるしかなかった。

圧倒的劣勢下でも攻撃が防御になる場合もあるが、
ここまで力の差があれば無駄な行為でしかない。

これはもう『戦い』ですらない、一方的な『狩り』だった。

556: 2012/03/22(木) 03:28:31.34 ID:mXbgQFH4o

頭では無意味だとわかっていたも、
一方通行の手によるものがあるという点に、漠然と縋る心理的要素によるものだろう。

風斬達は下にある、あの『黒き蓋』へと向かった。


いくつもの浮遊城塞を経由し、
これら『浮き島』をできるだけ盾にしつつ最大速にて降下していく。


だがテンパランチアの追撃もまた苛烈なものだった。

ミサイルの雨は止むことなく降り落ちてきて、先々の浮遊城塞に叩き込まれていく。
そのたびに構造物が吹っ飛び、区画ごと割れ落ち、そして『浮き島』全体が崩落。

テンパランチア自身もまた、猛烈な勢いで降下してきていた。
戦車が自動車を踏み潰すように、浮遊城塞を軽々と砕き散らしながら。


風斬達よりもずっと速く。


風斬『(―――追いつかれる!!)』


迫り来る危機に圧倒された刹那、
追いつかれる前に『狩り』の終わりが訪れた。

ミサイルの猛撃によりついにカマエルの大盾が、盾持つ左腕ごと砕け―――『蒸発』した。

557: 2012/03/22(木) 03:30:33.40 ID:mXbgQFH4o

風斬『―――ああッ!!』

次の瞬間には彼の左腕は肩から消え去り、
胴鎧も左半身が砕け、翼の幾本かも根こそぎ焼き飛ばされていた。

糸が切れた人形のようにぐったりとするカマエル。

風斬はそんな彼を何とか掴み、半ば落下するように降下、
そして―――『黒き蓋』の上に強行着陸した。


風斬『―――しっかり!!しっかりしてください!!』


長き付き合いの友に対するようにカマエルに寄り添う風斬。
カマエルの方もまた、親しき戦友に抱かれているように彼女の腕に身を委ねているその様子は、
つい先ほどまで二人が頃し合っていたようにはとても見えないだろう。

カマエルは生粋の武人らしくいまだに大剣を握り締めてはいたも、
もはや戦える状態ではなかった。

風斬『―――……』


そしてもう一つ、この状況にて明確な点があった。

もう逃げることさえもできなかったことである。

先回りでもしていたのだろう。
上級三隊と思しき強大な者達によって、周囲をぐるりと取り囲まれていたのだから。

558: 2012/03/22(木) 03:31:49.58 ID:mXbgQFH4o

巨大な鉤爪を有した黒と金の天使、艶かしい雰囲気のある女性型の天使、
そして虚数学区でも見た十字槍を持つ巨大な天使などがずらりと100体以上、
100mほどの距離をおいてこの黒き地に立っていた。

そして上空にも、同じく虚数学区上で見たあの蛇のような天使が何体も泳いでおり。


その上には、テンパランチアが滞空してこちらを見下ろしていた。


風斬『……』


包囲は完璧なもの、突破は不可能だった。


風斬は翼を開くと、一方通行を身を起こしているカマエルの前に横たえた。
赤き天使は屈んだままながらも、大剣握る隻腕を突き出し、
力尽きるまで少年を守る意志を明確に示した。

風斬は両手に光剣を出現させ、周囲の天使たちを見回しては戦意を放ち。
徹底的に抵抗する意志を突きつけた。


さあ来い、最期の最期まで戦ってやる、と。

559: 2012/03/22(木) 03:33:19.47 ID:mXbgQFH4o

風斬『……』

しかしそう無言の啖呵を切る一方で、彼女は恐怖と未練に苛まれていた。
眼前に迫る氏と、使命を果せなかった後悔、この現実世界との別れ、そして――――――

風斬『…………あの、すみません、一つ聞かせて下さい』

耐えかね、彼女は構えたままふと口を開いた。
後方に横たわっている一方通行へ向けて。


風斬『私は―――「人間」になれたんでしょうか?』


何の脈絡も無い、唐突にも聞える問いだ。
だが一方通行の側はなぜ彼女がそんな事を口にしたのかは、
しっかりと理解している様子だった。

彼は弱弱しくもハッと笑い飛ばしながら、こう返してきた。


一方「…………なれたも何も……オマエは最初から人間だろォが」


何を当たり前のことをとでも続けたそうな声色で。
だがそんな『当たり前』のことこそ、風斬が求めていた最高の答えだった。


風斬『…………ありがとう』

560: 2012/03/22(木) 03:35:32.28 ID:mXbgQFH4o

その直後。
テンパランチアの一声により、周囲の上級三隊の者達が一斉に動き、
三者に飛びかかる―――ところだったのだが。

彼らの足は、踏み切る寸前で再び停止してしまった。




「―――待てやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



節制の号令に重ねられた―――ある少年の怒号によって。

そして次の瞬間、
風斬の目の前に―――以前にも見たことがある背が降り立った。


その『黒髪の少年』の登場に風斬はもちろん、
周囲の天使達たちも驚愕に包まれていた。

単に第三者が割り込んできたというだけではない、もっと別の『何か』―――

そしてその『何か』に対してカマエルは豪胆な笑い声を放ち、
歓喜に満ちてこう続けた。


カマエル『――――――我らが「不埒者」が帰ってきたぞ!!』


風斬『―――』


その通り、『彼』が帰って来た。
上条当麻が帰って来たのだ。

561: 2012/03/22(木) 03:38:24.47 ID:mXbgQFH4o

かのテンパランチアさえも、彼の帰還にはいささか驚いている様子。
そこに生じた僅かな隙を見逃さず、上条当麻はすぐに動いた。


上条「―――みんな固まれ!!早く!!」

再会を喜ぶ暇など無い。
風斬もすぐにその声に従ってカマエルと一方通行の傍に行き、二人を翼で掴み。


当の上条は彼らのすぐ前に屈み―――『右手』を黒き地盤に当てていた。




一方「―――まだ……使えるのか?その右手」

上条「俺を誰だと思ってんだ」


一方「――――――クソ野郎だ」


そして互いにニヤリと笑みを浮べた次の瞬間。


『幻想頃し』が発動した。


独立稼動している黒き蓋、その基幹の『プログラム』を破壊し、
莫大な力による―――自己崩壊を引き起こす。

562: 2012/03/22(木) 03:40:41.20 ID:mXbgQFH4o

凄まじい激音と共にヒビが走り、
蓋全体が爆風に割れるガラスの様に砕け飛んだ。

それとほぼ同時に風斬が皆を引っ張り、
黒き破片の雨に混じりながら―――第一の門へと飛び込んでいく。

そうして光の回廊に身を投じて数秒後、上方、天から響いてくるのは。


テンパランチア『―――おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』


節制の怒りに満ちた咆哮だ。

そしてかの存在もこちらの後を追い猛然と下降、この回廊に飛び込んできた。
上級三隊の者達もそれに続き、この黒き破片の雨の間を抜けて向かってくる。


上条「―――止まるな!行け!下まで降りるんだ!!」


カマエル『だがどこまでも追ってくるぞ!どうするつもりだ兄弟?!』


風斬『―――!』


そのカマエルの懸念は風斬も抱いていた。

下ではみな悪魔達にかかりきりだ。
ネロならばテンパランチアを倒すことが出来るが、
彼が魔塔の戦線から抜ければあそこは確実に圧倒されてしまう。

そして他の者では節制には到底及ばない。
虚数学区にまで到達したとしても、どうやってこの存在に抗うのか。

563: 2012/03/22(木) 03:45:37.02 ID:mXbgQFH4o

上条「―――心配するな!!大丈夫だ!!」


だが上条は自信たっぷりにそう叫んだ。

彼がそう断言するのならば、
何か有用な『策』が整えられているのだろう。

風斬は彼を信じ、背後に迫る圧倒的なプレッシャーを覚えながらも、
皆を連れて全力で降下。


ついに―――この回廊を抜け切り、虚数学区の空にまで到達したとき。


彼女が目にしたのは『有用な策』どころではない、
文字通りの『怪物』だった。


風斬『―――』


虚数学区の街に降り立った一行の目の前に、いつの間にか一人の女が立っていた。


黒縁のメガネにボディスーツを纏った、黒髪で抜群のスタイルの妖艶な女だ。
テンパランチアなど敵ではないと一目でわかるほどの圧を醸して。


『はぁ~いボクちゃん達。あとはそこら辺で良い子にしてなさい』


スーパーモデルのように完璧な立ち姿で、女はにっこりと―――わざとらしく微笑んだ。
手にある銃の先でメガネの端を上げながら。



『ここからはお姉さんの――――――ディープなオシオキタイムよ』



―――

591: 2012/03/27(火) 20:32:48.72 ID:v9X8Zlsio

―――

巨大な地底湖、そして碧い洞窟をぬけた先にあったその劇場は、
酷く荒んだ―――『こうもり』でも住んでそうな陰湿な様相だった。

一行はテメンニグルの地下深くの洞窟、
掘りぬかれた空洞をそのまま利用した劇場に落ち着いていた。

浜面「……」

舞台の段の淵にはかた膝立てて屈んでいる浜面と、その横に座りこんでいる滝壺。
彼女は彼にしがみつくように寄り添い、能力過負荷に汗にじむ顔をその脇に埋めていた。

絹旗はその二人に背をむけ盾となる位置で仁王立ちし、周囲には他の滝壺の護衛メンバー、
さらにその周りには合流した天草式の一団が結界をしき警戒姿勢をとっており。

そして外へと通じている扉は、
一際強力な結界―――土御門によって『墨汁で描いたような紋』が印されていた。


土御門は絹旗の少し前、この劇場のちょうど中央あたりに立ち、
魔術による立体映像を見つめていた。
今は消えてしまった窓のないビルの『本陣』にあった地図と同じものである。

その青白い光で形成された地図をはさんで建宮、
となりには魔馬を背に控えさせている五和が立っており、
土御門と同じように立体映像を見つめながら黙していた。

592: 2012/03/27(火) 20:33:42.86 ID:v9X8Zlsio

聞えるのは、ここにいる仲間たちの緊張した息遣いと、魔馬が荒々しくならす鼻の音。
そして地上、魔塔の周りで繰り広げられている戦いの地響きである。

土御門「……」

ただその恐ろしげな轟音とは対照的に、
土御門には状況はひとまず落ち着いていたように思えた。

滝壺による作業も完了し、学園都市とこの魔塔間の界域は完全に隔絶、
学園都市への悪魔達の侵入を防ぐことに成功。

そこからの土御門達の仕事は、滝壺を守護し状態を維持することであるが、
その件についてもある程度の安定が確立されていた。

魔塔の外の防御にキャーリサ達に名だたる天使たちが加わり、さらにそこへネロの増援だ。

依然悪魔達の攻撃は苛烈ながらも、彼の参戦がここの戦況を一変させた。
その戦いっぷりはまさに鬼神、怪物である。

土御門「…………」

表示されている立体映像、
そこに描かれていく外の戦いの様相に、土御門は希望とともに『寒気』を覚えていた。

大悪魔が次々と屠られていくその様は、
彼が絶対的な味方であることがわかっていてもなお本能的に背筋が凍ってしまうもの。
次々と砕け散っていく赤い光点、その一つ一つが人知が及ばぬ神たる存在だと知っていると尚更にだ。

593: 2012/03/27(火) 20:35:14.39 ID:v9X8Zlsio

そうして誰も一言も発さず、外の激戦の行く末を見守っていたところ、
この劇場の扉が不意に開かれた。

ただし土御門にとっては不意ではなかった。
扉には彼の結界が敷かれているため、
そこを通るということは前もって彼の任意が必要なのである。

そのようにして今入ってきた者は、堂々屹然とした一人のある女だった。

真紅の甲冑にマントを纏い、
触れがたい鋭利な美しさに、獅子のごとき荒々しさをあわせ持つ王女、
英国女王エリザードの次女キャーリサだ。

彼女は土御門達を認めると悠然と向かってきた。

そうしてすれ違っていくそのキャーリサへと、
天草式の者達は頷くように軽く頭を下げ、戦時における簡略された礼をしていく。

また能力者たちも、話こそしないも横目で彼女の姿を追っていた。
クーデター事件の際に大々的に報道されていたために記憶に新しいのだろう、
それでなくとも目に留まるはずだ。

良くも悪くもこの第二王女はカリスマの塊である。

力強くも品に満ちた柔らかい佇まい。
そこには王室育ちという要素の他にも、彼女自身の気質から来るものがある。

その姿を目にして抱くのは、荒々しさへの警戒心か、
それとも高潔な勇ましさへの追従心かは人によって異なる。

しかしどちらにせよ、この女が持つ格はそう簡単に無視できるものでもなければ、
単に王室の権威によるものとも捨て置けないものである。

594: 2012/03/27(火) 20:37:10.68 ID:v9X8Zlsio
そんな彼女特有の存在感は今、一際強くなっていた。
聖人どころではない、神の右席をも上回る『聖』の因子をかね備えて。

土御門「……」

その理由については、慈母から授かった『瞳』によって土御門にははっきりと見えていた。
彼女の全身に宿る―――『主』の力が。

腰に下げているカーテナがアンテナの役割を果して、
そこからの主の力によって彼女の持つ要素が底上げ。

そうしてキャーリサは、神の領域とも刃を交えられるほどの武力を手にしているのだ。

だがだからといって文句なしに喜べるほど都合の良いものではない。
何事にも当然、相応のリスクが伴うものだ。

現に土御門自身、つい少し前にこの身をもって味わったことだ。

聖人でもなければ魔神と称されるような魔術師でもない、
そんな者がこの水準の力を手にしてしまったら、よっぽど上手く―――運良く立ち回らない限り、

その先にあるのは―――破滅だ。

慈母や主がどれだけ傷つけまいと気を回してくれていても、
象がその巨足で小さな子供に点滴針を刺そうとする、そんな関係となんら変わらない。

そしてそんな状態で、神たる存在と戦い―――その一撃を受けてしまうなんて。

土御門「…………」

土御門だけには見えていた。
この悠然として苦痛の欠片も滲ませないキャーリサ。
だがそんな彼女を確かに蝕む、脇への一撃による『内なる損傷』を。

595: 2012/03/27(火) 20:40:44.01 ID:v9X8Zlsio

キャーリサ『問題ないか?』

自分の目で確かめに来たのだろう。

この第二王女は昔から下々の働く現場によく顔を出すことがある。
時には汚らしく危険な場にまで赴き、自らの五感で直接確認しようとするのだ。

前触れもなくふらりと現れ、厳しくも父のように最前線の者達に接する、
そこがまた軍や騎士派の忠誠心を滾らせていくのである。

ながらく犬猿の仲でありクーデター時に実際に激突した清教派でさえ、
この数ヶ月間の対魔共同線でおおきく彼女への見方を変えた。

上層部の老人達は依然警戒の色を強くしているも、
シェリーをはじめ愛国心・忠心・大義を胸にする実働部隊の者達はみな、偽りのない忠誠を捧げるようになった。
行動指針の根底がきわめて私的な理由であったステイルすらも、
ある程度の本心からの敬意を払っていたほどである。


「キャーリサ様……!お怪我が……!」

そうした者達が、彼女の甲冑のわき腹に空いた穴を見て慌てふためくのは当然の事だった。
一人がそう声を挙げた途端、天草式の皆が知るところなりざわめきが伝播していく。

キャーリサ『見た目ほどじゃない。ほら、このとーりピンピンしてるだろ』

しかし一方で節度もわきまえている。
キャーリサが甲冑の胸板を叩きそう声を張ると、ざわめきはすぐに収束していった。


土御門「…………」

その通り、彼女の傷は見た目ほどじゃない。
見た目ほど―――『軽く』は無い。

他の者達が『見るからに』元気なキャーリサの姿にひとまず安心する傍ら、
土御門だけはそう正確に捉えていた。

596: 2012/03/27(火) 20:43:06.82 ID:v9X8Zlsio

一通り近場の面々、能力者も天草式の者区別なく声をかけたのち、
キャーリサは土御門達のそばまでやって来た。

キャーリサ『どうだ?』

建宮「ここは今のところは安定しております」

キャーリサ『あの娘が例の能力者?』

視線で奥の滝壺を指したキャーリサ、
建宮が頷き、土御門がそこにさっと言葉を加えて、簡潔な説明を行った。

そのあいだ彼女は堂々とした佇まいを保持していたものの、
やはり土御門の目には色濃く疲労の色が見えていた。

彼女にはわずかでも休息が必要だ。
五和も気が気でない表情を浮べている事もあって、土御門は進言することにした。
姿勢正しく完璧な所作で、厳かに頭を下げながら「ところで」と申し出た。

土御門「少し、ここでお休みになられては?」

しかしキャーリサはこの物言いが気に食わなかったようだ。
彼女は隠そうともせずに眉間に皺を寄せて。

キャーリサ『お前が礼節をわきまえるのは似合わねーな』

土御門「そんなこと仰られましても。これでも英国にも忠誠を誓った身ですよ」

キャーリサ『やめろ気色悪い。その口で忠誠と言われると虫唾が走る』

そして一蹴されてしまった。

無論、これは本気ではなく一種の軽口だ。
この手厳しい言葉に、土御門は普段どおりの薄い笑みを返し、
キャーリサはふんと鼻を鳴らした。

597: 2012/03/27(火) 20:51:53.54 ID:v9X8Zlsio

NOと言えばNOである、この女が一度断言した事は、
そうせざるを得ない場合を除きまず覆らないものだ。
それは性格からくるのはもちろん、頂点に立つものに揺らぎは許されないという、
その身に刻まれた帝王学によるものでもあるだろう。

これ以上休息を勧めるのは無意味と判断し、土御門は「では」と話を切り替えた。

土御門「お出でになられた用件はこれだけで?外の状態はどうです?」

キャーリサ『ネロがあの調子で、敵は私のところまではこない。それで手持ち無沙汰でシェリーがうるさくって。
       だから怠けてないか暇つぶしがてらにここまで来た』

土御門「それは心外です。ご覧の通り、みな全身全霊で励んでおりますよ」

キャーリサ『それは知ってる。建宮達は確認する必要は無い。だけどお前はそーとは限らねーからな』

土御門「ははあ、それもごもっともですにゃー」

ここでキャーリサは再び不機嫌そうに目を細めた。
礼節をわきまえようが普段通り無礼に接しようが、どちらにせよ彼女は気に入らないのである。

有能か・信頼に足るか否かという実利的な面は別として、
彼女のような大義・忠誠に生きる者は、土御門のような人格を大概嫌っているものだ。

キャーリサ『それでこれはいつ終る?まさか、悪魔を頃し尽くし絶滅させるまで続くわけじゃないだろーな?
       まああのネロの調子なら、それもあながち不可能でも無さそうだけど』

声を鋭くした彼女の問い、
それが指しているのは悪魔達の侵入の事だ。

土御門「いえ。レディが開門の首謀者を排除すれば止まるはずです」

キャーリサ『その排除の進行状況は?』

否定的な意味を篭めて肩を竦める土御門を見て、
キャーリサはまたもや不機嫌そうに目を細めた。

598: 2012/03/27(火) 21:00:26.04 ID:v9X8Zlsio

これまでの立場上、きわめて拒絶的な視線に毎度晒されてきた土御門にとっては、
この程度の彼女の態度など気にもならない。

同じく、長らく『副官』、いわゆる現場実働部と指揮統率部の板ばさみの立場であった建宮も、
このような上の『嵐』を受け流す術をもっている。

しかし真っ当で至極善良な五和は、そうはいかなかったようだった。

忠誠対象にはいかなる苦労も抱かせてはならないと刻み込まれているのだろう。
彼女は少し思案気な表情を浮べたのち、『空気を読まず』に申し出た。

五和「……では私が見てきましょうか?」

そんな五和の進言を耳にした瞬間、
土御門にはあることがひらめいた。

キャーリサもこの五和の言葉から向かうある結論に勘付いたのだろう、
ニヤけた土御門へと、これまた苛立たしげに一瞬横目を向けた。

土御門「ああ、そう頼みたい所なんだが、しかしそうするとここの防備が手薄になる……」

そんなプレッシャーもなんのそのと、土御門はわざとらしくそう言葉を発した。
ごほんと気まずそうに咳払いする建宮を見て、
ようやく五和も己の言葉がどういう結果を招いたか気付いたようだった。
はっとした表情を浮べているも後の祭りである。


キャーリサ『……あー……まあいい。仕方ない。私がここに残る』

そうするに足る合理的理由があれば、この第二王女の言だって覆ることもある。
そのようにして、キャーリサはここに残らざるを得なくなった。

五和「で、では行ってきます!」

不本意ながら前線から引き摺り下ろされるなんて、キャーリサにとってどれだけのストレスか。
それを知っている五和は槍を手に蒼炎の魔馬ゲリュオンに飛び乗ると、
逃げるように駆け、扉を蹴り開け出でていった。

599: 2012/03/27(火) 21:04:30.49 ID:v9X8Zlsio

土御門「ではごゆっくり。キャーリサ様」

これでもかというくらいに礼を保ち、丁寧に声を向ける土御門。
対しキャーリサは一言も返さずにむすっとし、かかとを打ち鳴らしながら歩み、
奥の舞台の段にどかりと腰を落ち着けた。

浜面「……」

遠くもなければそれほど近くも無い、浜面から2mほどの距離のところだ。

異様な圧とカリスマ性を纏った英国王女、普通は気になるものだ。
この時浜面もその例に漏れず、横目でこの気高き女を見やっていた。

キャーリサ『なんだ?』

浜面「い、いやっ……なんでもないです……すんません……」

だがそのささやかな関心も、不機嫌な彼女に気圧され一蹴。
浜面は正面へとすぐに目を逸らした。

キャーリサはますます不機嫌そうに舌を鳴らし、
カーテナを手に取ると切っ先で床を小刻みに叩きはじめた。

みなの戦いは続いているというのに、そこに加われないどころか前線から下ろされた、
それが彼女にとってどうしようもなく苛立たしかった。
己は戦いに来た、子羊たちのあらゆるものを背負ってこの刃を振るいに来た、
行動不能になっていないにもかかわらずぬくぬくと腰を下ろすために来たのではない、と。


だがそんな彼女の苛立ちも、そう長くは続かなかった。
そのストレスは彼女にとってはもちろん、皆にとっても『最悪の形』で解消されることとなったのだ。


しばらく後に―――まさにここが『戦場』になることで。


600: 2012/03/27(火) 21:06:17.32 ID:v9X8Zlsio

土御門「これは―――」

事態は再び新たな変化を迎えた。

立体映像上には突然、新たな光点の大群が表示された。

天の門から虚数学区上に突如落下してきた一団である。

先頭にはこちらの仲間たち、それを追うのはとんでもない天の存在とその軍勢。
それらを示す光の粒子が滝のように虚数学区へと雪崩落ちてくる。

そしてそれだけじゃない。
彼らが落下していく先、その着地点には、ほぼ同時にどこからともなく突然現れた―――『未知の怪物』。


この瞬間、土御門は二つの点に驚愕した。
一つ目はこの怪物が、スパーダの一族と見紛うほどの力を有していたこと。



土御門「―――か、かみやん?」


二つ目は、天から雪崩落ちてきた先頭、
そこにいた仲間の内の一人が―――上条当麻であったことだ。

―――

615: 2012/04/03(火) 23:00:17.27 ID:fTqt1u+3o

―――

準備はすぐに整った。

もともとベヨネッタは、気乗りしないながらもレディ・アーカムの件に対処するために
人間界に降りようとしていた。

その時ちょうど現れたダンテとバージルの邂逅、
これによって計画にいくばくかの変更が加えられ、ベヨネッタに課せられる仕事内容も変わることとなった。

いや元通りに修正されたと形容するのが相応しいだろう。

本来アーカムの対処などは想定外の事案だ。
元々彼女が次に行う予定だったのは、人間界に入りこんだ敵性因子の排除―――『大掃除』である。


インデックスが上条の代理となることで打ち合わせも即完了、
そのようにして人間界に降り、虚数学区へと侵入したベヨネッタは彼らを出迎えた。

廃墟とかした陽炎の街の中、目のまえに降りたった上条当麻と風斬、
この人界の天使の翼に守られている一方通行とカマエル。


そして『お馴染みの敵』を。


ベヨネッタ『―――んふっ』

見あげると、真上はるか先には大勢の上級三隊の天使たちと。

―――率いる四元徳が一柱、テンパランチアが雪崩落ちてきていた。

616: 2012/04/03(火) 23:02:10.63 ID:fTqt1u+3o

その姿を一目捉えるや、
彼女は至福の熱っぽい息を漏らし、
身をしならせては艶やかな黒髪を解きはなち。


ベヨネッタ『―――この時を待ってたのよ』

妖しく笑みを浮べて一気に跳躍、
落下してくる一群の先頭にいる―――テンパランチアへと向かった。


対するテンパランチアは彼女を認識するや即。


テンパランチア『――――――ベェェヨネタァァァァァァァァ―――!!!!』


放つは烈火のごとき咆哮。

常に節度をたもち慎み深い、そんな天の『節制』を体現するこの存在でさえも、
ここでの彼女の出現には憤怒が限界点を越えたのだ。

以前のような事前に仕組んだ戦いではなく、
正真正銘の邪魔者にして最大の障害、そしてなによりも―――主神ジュベレウスの仇。

宿敵どころではない、まさしく天の失墜の象徴にして怒りの原因である。

怒りに燃えるテンパランチアは、
勢いを緩めることなく巨体を彼女に突貫させていった。

617: 2012/04/03(火) 23:04:16.15 ID:fTqt1u+3o


ベヨネッタ『んまあ嬉しい―――私も会いたかったわダーリン!!!!』


ベヨネッタはこの熱烈な呼びかけに熱い息で応じ、そして彼の熱烈な『ハグ』には、
両足に物々しい『ロケットランチャー』を出現させて―――


ベヨネッタ『これでやっとアンタ達を――――――イカせられるッ!!!!』


―――『蹴り上げて』受けた。


巨顔の中央、ちょうど眉間へと叩き込まれる『かかと』。
そして足に添えられているロケットランチャーから同時に発射される弾頭。
さらに連動する特大のウィケッドウィーブ。

ここまでの一セットで一蹴りだ。


テンパランチア『――――――おおおおおおお!!!!』

閃光と激音を迸らせて、
この『一撃』は100mはあろうテンパランチアの巨体を大きく打ちあげ返した。

節制は爆炎の尾をひいて、顔面から外皮の破片をまき散らしながら上昇、
降りてきた軌跡を猛烈な勢いでもどり、後続の天使達をひきとばしていく。

そこへベヨネッタはすかさず『光の鞭』―――クルセドラを振るいはなち、
節制のひび割れた鼻先に引っ掛けては、一気に身を引き寄せ。

そしてもう一度、巨顔へと追い討ちの踏みつけ。

この『二連撃』により、
テンパランチアの巨体は更に上へと押し戻されていった。

618: 2012/04/03(火) 23:06:37.90 ID:fTqt1u+3o

そうしてテンパランチアの胴に『逆さ』に降りたったベヨネッタ。

上下が反転したその場にて、
彼女は身をくねらせては大股開き、熱い息を交わらせて。


ベヨネッタ『―――Heeey!! Come on booooys!!』


その挑発に、周囲の天使達は即座に応じる。
おなじく上下逆に節制の胴に降りたち、彼女へと向けて一斉に襲いかかった。

まず先陣を切ってきたのは、二体一組の双天使―――グラシアス&グ口リアス。

上級三隊の中でもっとも攻撃的な、四元徳直属の『殲滅要員』である。

体躯は4m近くと人間と比べればかなり大きいも、
その行動速度は上級三隊でも屈指のもの。

くり出されるは、人間の腕ほどもある爪による目にもとまらぬ攻撃。
そして一切氏角のない二体の完璧なコンビネーションだ。

だがそれほどの彼らの刃でも、相対するのがこの魔女というのは相手が悪すぎた。
完全に力を解き放ってる彼女ならなおさらだ。

彼らは肉を裂くどころか、その間合いにすら踏み込めなかった。


ベヨネッタ『―――Yeeeeah-Ha!!』

真下、『地』から突き上がってきた『巨大な足』―――
最高出力のウィケッドウィーブが、双天使の腹もとを蹴り上げたからだ。

619: 2012/04/03(火) 23:09:33.99 ID:fTqt1u+3o

装具と血をまきながら仲良く宙に吹っ飛ぶ双天使。
挙動が一糸乱れないのと同様にやられっぷりまでまるで同じか。

ベヨネッタ『―――YeeHA!!』

次いでベヨネッタはすかさずその場で回し蹴りを放った。

双天使への距離は10m以上、
もちろん彼女の生身が届くわけが無い。

双子を蹴り掃うのは、そんな距離などものともしない特大のウィケッドウィーブである。

瞬間、虚空から現れた巨大な足が双子をまとめて薙ぎ―――粉砕した。


ベヨネッタ『―――Bang! Bang! Booom!!』


足から放たれるロケットランチャーの連弾も重ねて。


とこの時、別のグラシアス&グ口リアスの一組が彼女の背後へと迫っていた。
仲間の犠牲を無駄にはしないと、ほぼ同時にベヨネッタの氏角を突こうとしたのだ。

だが彼らもまた、彼女に触れることはできなかった。
起動された『世界の目』を有するベヨネッタにはもはや氏角など存在しない。


ベヨネッタ『―――がっつき過ぎよボーヤ!!順番を待ちなさい!!』


ベヨネッタがくるりと身を翻して、闘牛士のように回避。
そして双天使が突っ込んだ先に待ち構えていたのは、パックリ蓋を開けた拷問具―――『鉄の処O』。

血錆びおぞましい棺おけへ、哀れな双子は自ら飛び込んでしまうこととなった。

620: 2012/04/03(火) 23:12:39.28 ID:fTqt1u+3o

髪をとき放ち絶頂の腕飾りも装着している今、彼女の力は極限に達していた。
グラシアス&グ口リアスという高位の天使でさえ一瞬にして貪ってしまうほどに。

次の瞬間、隙間から悲鳴と共に鮮血を噴出させる二つの棺おけ。
その壮絶な断末魔と末路には、周囲の上級三隊ですら明らかに怯んでいた。

一瞬動きが止まる天使たち。

そんな彼らを見、ベヨネッタは鉄の処Oの一つに寄りかかりながらふと、
思い出したよう冷めた声を放った。

ベヨネッタ『あら、そう遠慮しないで。悪い子たちの分はみんな予約済みなんだから―――』

そしてニコリと微笑みさらりと告げて。


ベヨネッタ『――――――すっきりさっぱり皆頃しにしてあげる』


鉄の処Oを二つとも、軽やかに蹴り飛ばした。


ベヨネッタ『―――それと予約キャンセルは受け付けないわ!!』


弾き出された鉄の処Oは砲弾のように吹っ飛んでいくと、
それぞれ滞空していた蛇の如き天使―――インスパイアドの頭を叩き潰した。

621: 2012/04/03(火) 23:15:51.25 ID:fTqt1u+3o

この二撃により空気の凍結も打ち砕かれたか。

天使達は、己が背水の陣にいることを今一度覚悟したようだ。
次の瞬間堰を切って動きだした彼らからは、半ばやけくそ染みた戦意が放たれていた。

そんな彼らを見、ベヨネッタは「そうでなくちゃ」とほくそ笑む。

徹頭徹尾意志を貫く敵、
その鉄のごとき覚悟を―――無残に砕くのは最高に楽しいものだ。

そうして彼女は意気揚々と、嵐のように押し寄せてくる天使たちへと飛び込み。
自らがそれ以上の殺戮の『嵐』を巻き起こした。


ベヨネッタ『―――Ho-hu-Ha!!』

両手に出現した魔具―――ドゥルガーの三又の爪が、天使達を切り裂き。
解放状態のウィケッドウィーブが一纏めに薙ぎ払っていき、
『地面』―――テンパランチアの腹の上にも溝を刻んでいく。

ベヨネッタ『―――YeeYA!!』

次いでかけ声で魔方陣から飛びだす巨大な足、
『マダムバタフライ』の鋭いかかとが複数体をまとめて圧砕。

轟くのは凄まじい激音と天使たちの断末魔、
そして腹の外皮を剥がされた節制の呻き声だ。

それらが眩い閃光とともに盛大に飛び散っていき、この殺戮の嵐に彩を添えていく。

622: 2012/04/03(火) 23:18:35.55 ID:fTqt1u+3o

刹那、ベヨネッタの腕に絡む『鞭』―――艶やかな女性型の天使、ジョイの一振り。

ベヨネッタ『―――っふん!』

その縛に彼女は動じるどころか、勇み踏ん張り―――強引に引っぱり返した。
今のベヨネッタには、この程度など縛の役割など果さないのだ。

ベヨネッタ『―――Ha!』

そして一閃。
引き寄せたジョイの身を、その手に出現させた魔刀―――修羅刃により腰元を破断。

ベヨネッタ『―――ha! hu!』

上下分断された天使が己の氏に気付くよりもはやく、ついで彼女はすばやく踏み込み、
動きを止めることなく他の天使たちも斬り倒しいく。

それもウィケッドウィーブの応用術、10m近くのも巨大な光刃を伸ばし、
一振りで複数纏めてだ。

そんな斬り乱れる彼女を止めるべく、立ち塞がり猛然と十字槍を薙いでくるブレイブス。

だが当然その程度では止まりはしない。
いや、修羅刃の使用という限定的な意味では成功したと呼べるかもしれない。

彼女はブレイブスの刃を跳んで回避すると、巨躯の天使の頭上まで舞い。


ベヨネッタ『―――Ya-Yeh!!』

修羅刃を振り下ろし―――兜割り。

―――脳天をかち割り華麗にフィニッシュを決めた。

623: 2012/04/03(火) 23:23:40.93 ID:fTqt1u+3o

絶命し倒れるブレイブス、
その巨体の背を優雅に滑り降りたベヨネッタ。

天使から噴き上がる鮮血が舞台装置のように花を添え、、こうして修羅刃の舞は一連の区切り。

しかし彼女の狂乱そのものがとどまることはない。

彼女が地に足をつけた途端、爪先に魔方陣がうかび。
息つく間もなく現れる『凶器』は―――『三角木馬』である。

その背にある見るからに痛々しい刃、そこにこびりついている天使の血には
覚悟を決めた上級三隊であっても戦々恐々もの。

これの突然の登場に、周囲の天使たちの動きが一瞬とまってしまう。

そんな者達の中へと、「決めた」とばかりに伸びる鞭クルセドラ。
一体のジョイがすかさず囚われ、公開処刑の憂き目にあうこととなった。


ベヨネッタ『Hi-YA!』

きわめて軽快なかけ声とともに、哀れな彼女は一気に引っ張り寄せられ。
この木馬の上に激しく据え付けられ、鎖で固定。

そして瞬時に締め上げられていった。
放つは歓喜とも悲鳴とも(状況的には間違いなく悲鳴なのだろうが)聞える叫び声。


ベヨネッタ『あら嬉しい!そんなに喜んでくれるなんて!』

木馬の頭部に立つベヨネッタは、そんな彼女の反応に心のそこから嬉しそうに微笑むと、
両腕を宙にかざし次なる凶器を召喚した。

その腕に現れるは―――見るからに歪で恐ろしげな『チェーンソー』。
魔女はそれを旗印のように掲げ、戦慄的な駆動音を轟かせて。


ベヨネッタ『―――これは特別サービスよ!!』



624: 2012/04/03(火) 23:26:01.74 ID:fTqt1u+3o

―――その時だった。

屈辱的な茶番に耐えられぬとばかりに、
一体のブレイブスが雄たけびとともに突貫してきたのは。

それによって、この哀れなジョイはチェーンソーの凶歯から辛うじて逃れることができた。
ただし次の瞬間、ブレイブスの一振りで木馬もろとも叩き潰されてしまったが。

その一撃は哀れな仲間の命を奪っただけ。

標的だった当のベヨネッタは―――くるりと跳躍して、
ちょうど振り下ろされた十字槍の切っ先前に降り立っていた。


ベヨネッタ『―――アンタも試したいの?!いいわ!!』

そしてニッと笑い返すとチェーンソーを手にしたまま、
ブレイブスへと即座に踏み切った。

かの天使もすぐに槍をひき抜き、迎え撃とうとしたも―――間に合うわけがない。

次の瞬間には、この巨躯の天使の股ぐらをベヨネッタは滑り抜けていた。

両膝をつき身を仰け反らす、リンボーダンスのような姿勢で、
股に添えたチェーンソーを『男性の象徴』のように立たせたまま。

彼女のが抜けて一拍ののち―――ブレイブスの股から噴き毀れるおびただしい量の鮮血。


ベヨネッタ『―――これで少しは足が長くなるかしら!!そぉらっ!』


天使の苦悶に満ちたうめき声が発されかけたのも束の間、
彼には更なる苦痛の追い討ちが訪れる。

滑りながら立ち上がり、振り向き片目を瞑るベヨネッタ。

彼女が爪先で地を叩くと、巨躯の天使の直下から、
ブレイブスの身の丈にあわせた特大の三角木馬が現れ―――彼を突き上げてその背に乗せた。

625: 2012/04/03(火) 23:27:52.71 ID:fTqt1u+3o

ジョイのものとは違い、それはそれは猛々しい咆哮だ。
だが滲んでいるのは同じ極なる苦痛。

ベヨネッタ『―――Humm』

そしてそれが中断され―――彼が『楽にさせられた』のも、さっきと同じ。
ベヨネッタ謹製の『悲鳴放つオブジェ』、それをぶち壊しにしたのはテンパランチアだった。

振るわれてきた超級の拳が、この哀れなブレイブスを木馬ごと叩き潰した。
周囲にいた多くの者達を全員巻き添えにして。

ただし即座に駆け抜けた『黒豹』―――ベヨネッタを除いて。


黒豹は目にもとまらぬ速さで節制の胴から肩、そして背面へと疾駆しては跳びあがり。
身を翻して人型へと戻ると、振りむきテンパランチアの巨大な背を見おろして。


ベヨネッタ『まだよ、まだこれからよ―――アンタ達のツケはこの程度なんかではチャラにならない―――』


ぎゅんと足を振るっては、弓の弦を張るようにひき締め。



ベヨネッタ『―――――――――楽に氏ねると思うなよ』


そして笑みの消えた顔で鋭くそう告げると、
溜めに溜めた『蹴り』を解放した。


ベヨネッタ『―――YeeeeeeeeeYAAA!!』


その一蹴りと連動して放たれるのは、通常の脛のみならず―――


―――マダムバタフライの『ふともも』までも引き出した特大のウィケッドウィーブ。


極限の一撃だ。

それを受けて一転直下、
テンパランチアの巨体は今度こそ『正式な下』へと落下していった。

626: 2012/04/03(火) 23:30:19.56 ID:fTqt1u+3o



そのテンパランチアの転落を、
上条達は500mほど離れた場所から見ていた―――どころか『巻き込まれた』。

節制の巨体が虚数学区の廃墟に激突し、
大地には一瞬にして亀裂がはしり、そして宙にまう地殻のかけら。

それぞれが巨大なビルほどの大きさがあるか、
その一つの上で、上条達は粉塵混じりの爆風に晒されることとなった。

上条「―――っ!!」

虚数学区が割れてしまうかのような衝撃だ。
だが上条と風斬は、圧倒される暇もおしいとばかりにすぐ次の行動に移ろうとした。

この大破壊をわざわざ観戦する必要は無い。
むしろこんな危険領域に長居は無用である。

今の最重要課題は一方通行の安全の確保であり、それは人間界に降りさえすればひとまず達せられるのだ。

大小無数の瓦礫の雨のなか、
一方通行とカマエルを翼に包み背負った風斬と上条は、
そうして人間界に降りるべく―――移動用の陣を出現させようとしたのだが。


このようなあと一歩という状況に限って、しばしば執拗な妨害が入るものだ。


風斬『危ない!!』

移動用の陣の構築、その作業はすぐに中断させられてしまう。

咄嗟に叫んだ風斬の声で、彼女とともに上条が跳躍すると、
今まで立っていたビルほどの『地殻の欠片』が、裏側から一瞬にして砕かれた。

飛び散る瓦礫の向こうから姿を現したのは―――ブレイブスだ。

627: 2012/04/03(火) 23:33:02.36 ID:fTqt1u+3o

もともとこの天使の位階は中級三隊だが、
三体が合体した今の巨大化状態ならば、上級三隊のに属するほどのものになる。

―――だがそれでも一対一においては、風斬ほどの存在には及ばない。

風斬『―――はぁ!!』

瞬く間の出来事だった。

飛び退きざまに風斬が光剣で一閃。
その刃が一気に伸び―――ブレイブスの大きな首を飛ばして勝負は決された。

ただその勝利も、あくまで局所的なものに過ぎない。

上条「来たぞ!!」

節制の墜落で巻き上がった大小様々な瓦礫の雨のなか、
その隙間を縫い方々から、大勢の天使達が向かってきていた。

こちらを数で圧倒するべく。


風斬『―――!』

天から降りて絶望的な場を脱したものの、状況は依然きわめて切迫していた。

上級三隊が相手となれば、一度に相手に出来るのはせいぜい5、6体か。
だが今この時、瞬間的に認識できるだけでも周囲には30体以上もおり、
もはや人間界への移動を試みる以前の問題か。

一方通行の命の保持すらも危ういのが明らかだった。

628: 2012/04/03(火) 23:34:31.30 ID:fTqt1u+3o

そうと判断すると、上条当麻もすぐに力を解き放った。

白銀の光を纏っては、左手と両足は獣的な造形へとなり鋭い爪を携え。
そして盲目の瞳は赤く煌々とし、髪はたてがみのように伸びては黒から白銀に変じていく。

そうした上条の姿を見、風斬の背から一方通行がぼそりと。

一方「ハッ……俺みてェだな」

上条『うるせえ黙ってろ!!』

風斬『怪我人は黙ってて!!』

二人はこの緊張感のない声を同時に一蹴しつつ、
別の大きな地殻片の上に降り立ち。

上条『―――俺の後ろに!!』

二人のけが人を持つ風斬の盾となる位置で、
上条は上級三隊の天使たちを迎え撃った。


まず飛びかかってきたのは―――グラシアス&グ口リアス。

雷光放つ金と白のグラシアスが左から、業火噴く金と黒のグ口リアスが右から、
それぞれ一糸乱れぬ動きで襲いかかってきた。

629: 2012/04/03(火) 23:36:39.93 ID:fTqt1u+3o

上条『―――ッく!!』

凄まじい速さで乱れ振るわれる三又の巨大な爪たち、
その壮烈な攻撃はまさに嵐のよう。

上条も負けじと回避しては弾いていくも、やはり左手一本では捌ききれるものではないか。
後に退きざるを得ないほどの猛攻、しかし背後にもあまり余裕も無かった。

背後の風斬にも別の天使が向かい、
彼女の方でもはやくも手一杯の状態となっていたのだ。

上条『くそッ!!』

左腕と天使の爪が激突し、火花閃光をちらしていくも防戦一方。
弾く左腕には痺れが蓄積していき、爪が重なるたびに感覚が欠落。

修復よりも速いペースで左腕に傷が生じていく。

そんな形勢を打開するべく上条はもう一つ、
この悪魔の力とはまた別のある手を使うことにした。

以前まではとても出来なかったことだ。


彼は素早く『幻想頃し』を腰に回し―――黒き拳銃を抜いた。

630: 2012/04/03(火) 23:38:58.27 ID:fTqt1u+3o

以前ならば、弾薬精製・自動装填などの術式を破壊してしまうため、
この銃を右手では持つことができなかったも、
『幻想頃し』の制御が可能な今なら問題なかった。

今の召喚された上条当麻は、インデックスが知る最新の形、竜王に統合される直前の状態だ。

ゆえにこれまで通りの『幻想頃し』としての運用はもちろん可能であり、
さらに『竜王の顎』としても稼動状態であるために、制御が可能になっていた。

またこれこそが、今の竜王が全能には達しえない理由でもあった。

顎を上条が持ち去ってしまったため、現在の竜王は『喰らう』ということが出来ない。
すでに飲み込んである創造・具現・破壊は、完全稼動している『行使の手』によって使用できるも、
その三つを統合させること―――『再咀嚼』はできないのである。


そして上条の方もまた、
『胃袋』は竜王が有しているため、
『竜王の顎』の主たる力―――際限なく喰らうという行為は行えない。

それでも幻想頃しが制御可能であることは、今の状況の中でも非常に役立つ。
ダンテから授かった銃が右手で扱える、ただそれだけでも大きな力である。


631: 2012/04/03(火) 23:43:21.49 ID:fTqt1u+3o

上条『―――シッ!』

素早く拳銃をひき抜いた上条。
天使の爪を外に弾きざまに、開いたグラシアスの胸元へと放つは銀の魔弾。

形勢を覆すには充分な一発だった。

装具の欠片と鮮血を散らせて仰け反るグラシアス。

そこに生じた双天使のコンビネーションの遅延は、
上条にとっては一気に畳み掛けるに充分な隙だ。

直後、すかさず踏み込んできた相方のグ口リアス。
これまでは、ここにまたグラシアスの攻撃がすぐに重なるために上条は防戦一方であったが、
この時はもう違っていた。

グ口リアスの薙ぎ払いを、身を落として左腕で撃ち流すと同時に、
低くした右手からグ口リアスの膝元へと発砲。

そして体勢を崩したその瞬間を逃さずに、すばやく喉もとへと蹴り上げを叩き込んだ。

グ口リアスの仮面の下部が砕け散り、覗くはこの衝撃で歪んでいる異形の口。
次の瞬間には、その軋む牙達がこの圧力から解放―――される、
この上条の一撃が『通常の蹴り』だったのならばそうなっていただろう。

だがこの時は違っていた。

上条は蹴り『飛ばす』ことはせず、
異形の爪先でこの天使の喉を『鷲掴み』にしていたのだ。

そうして彼は、そのまま引いては地に叩き伏せ。
―――踏みつけて―――すかさず頭部に止めの魔弾を撃ち込んだ。

632: 2012/04/03(火) 23:46:17.84 ID:fTqt1u+3o

一瞬の出来事だった。

胸に魔弾を受けたグラシアスがようやく体勢を立て直した頃には、
彼の相棒は躯と化していた。
そして彼もすぐに相棒の後を追うことになった。


グラシアスが反撃に転じてくる暇すらも与えずに、
上条はすばやく踏み込んでは天使の腕を蹴り弾いた。

瞬間、金属的破砕音とともに根元からへし折れ、宙を舞う一本の天使の爪。

その剣のごとき爪を、たんと跳ねた上条が『爪先』で『掴み』取り。
もう一度身を翻して―――回し蹴りの動きでグラシアスの顔面に突き刺し―――葬り去った。


―――と、このように一瞬の隙をついて双天使を倒したのも束の間。

上条『―――っ』

次の瞬間、上条は後ろから勢い良く弾かれてしまった。

しかしそれに対して彼は特に抗おうとはせず、
押されるがままに身を委ね、それどころか自らも地を蹴った。

背を押したのは風斬の翼だったからだ。

そうして一気に跳躍した直後。
二体のブレイブスの突貫により、今しがた立っていた地殻の欠片が粉砕された。

633: 2012/04/03(火) 23:48:49.27 ID:fTqt1u+3o

双天使の一組を屠ったも、
それだけではこの戦いの状況はほぼ変わらなかった。

むしろあそこで押しとどめられていた間に、より天使たちの包囲が強くなってしまっていたか。

飛び散る瓦礫の雨の中を縫い、ようやく大地に降り立った上条と風斬。
だが息つく間もない、二人への上級三隊の攻撃はさらに勢いを増していく。


上条『ッ!』

まずは離れたところを滞空していた蛇のごとき天使、
インスパイアド達からの火弾の雨が押し寄せてきた。

一斉砲撃によるとんでもない密度の弾幕だ。

風斬『―――伏せて!』

回避する余地がない、そう悟った刹那に背からひびく風斬の声。
上条は半ば反射的にそれに従い伏せるように身を落とすと、入れ違いに上方に風斬の翼が展開。

盾の傘となり、この火弾の雨を防いだ。

また上条もただサポートされてばかりではない。
この時ほぼ同時に手首だけを返して後方に発砲。
風斬の前に降り立ったブレイブスの膝を的確に撃ち抜いていた。

そうして支援を交差させた直後。
翼の傘が消えた先、上条の真上に女性型の天使―――ジョイが姿を現した。


そして上条が反応する間もなく彼の脳天へと、そのしなやかな足による蹴り下ろしが放たれた。

634: 2012/04/03(火) 23:50:57.27 ID:fTqt1u+3o

上条『―――がっっぐ!!』

―――明滅する意識。

鮮烈な衝撃のあとに浸み込んでくる鈍痛。
したたかかつ額が割れそうなほどに鋭い一撃だ。

そんな衝撃の中、意識の端にて上条はあることに気付いた。

いや『思い出した』。

上条『っ―――』


今の一撃を放ってきた『この個体』―――『彼女』を覚えていると。


人間などには個体の区別などつかないであろうが、
それはジュベレウス派の者達が人間の個を認識しないのと同じだ。

上条にはそれぞれが当たり前のように識別でき、懐かしく―――覚えのある者もいた。
皆それぞれ個があり、感情もあり、誇りと固き信念もある者達。

中には派閥の垣根を越えて笑いあった者すらも。


―――だが今この瞬間の再会には―――穏やかさなど微塵もなかった。

635: 2012/04/03(火) 23:53:06.48 ID:fTqt1u+3o

前世の同族であろうが、顔見知りであろうが今は『敵』である。
それ以外の何ものでもない。

相手が『旧友』だろうが『女』だろうが、
どちらも意志が覆ることがない以上、そこには容赦が割り込む隙は無い。


頃しに向かってくる強者に対する手段はただ一つ、こちらも無比の殺意をもって対することだ。


上条『っく!』

上条はなんとか踏ん張り姿勢を保つと、一切の躊躇いなく反撃に出た。

低い姿勢から一気に手を伸ばし、
彼女の頭から伸びている髪にも見える―――『翼』のひと房を掴み。

千切れんばかりの勢いで引っ張り寄せては、
ジョイの頬に半ばぶつけるように銃口を押し当てて―――すぐに引き金を絞った。


耳を劈く発砲音と同時に、女天使の頭部が消滅した。


また一つ、それが自然の摂理のように灯火が消えていく。
今の上条当麻にとっては人間のそれと等価値である魂が。

だが彼には、その手に掴んでいた亡骸を無造作に投げ捨てることしかできなかった。

氏者への礼節を手向ける暇など与えられない。
戦いはまだまだ続いていくのだから。

636: 2012/04/03(火) 23:54:33.47 ID:fTqt1u+3o

ブレイブスの10m以上もあろう十字槍が、握る主の肘先をぶら下げたまま宙を舞った。

風斬が斬り飛ばしたそれが、ヘリコプターの分離したローターのように暴れ回り、
地に激音を奏でて突き刺さり。

そして本体は残ったもう片方の腕を振るい、
風斬とその背後にいる上条もろとも叩き潰そうと一気に突進。

だがその捨て身の攻撃は空振りに終る。

跳躍した風斬によって踏み倒され、
倒れながら振り下ろされた拳は、上条の僅か30cm前の地を穿ったのみ。

このブレイブスが最後に目にしたのは、
低く振り向きざまに銃口を向けてくる上条当麻、そして禍々しい悪魔の銀光である。

次の瞬間、その彫像のごとき顔の額が撃ち抜かれた。


上条『―――!』

とその時―――ブレイブスの巨体を踏み潰す『更なる巨体』が突如現れた。
圧倒的な力を有す存在だ。

ただし敵ではなく―――喜ばしいことに上条の『肉親』であった。

飛びあがっていた風斬のすぐそばを突き抜けるようにして、
豪快に着地してきたのは白銀の魔獣。


ベオウルフ『―――小僧!!難儀しておるようだな!!』


上条『ベオウルフ!!』

637: 2012/04/03(火) 23:57:58.12 ID:fTqt1u+3o


ベオウルフが加わったことにより、戦いは一気に好転していった。

依然天使たちの猛攻が続き、移動用の光陣を布く隙はなかったが、
それでも戦いながらも移動できる程度の余裕は生じ。

風斬『―――テメンニグルの塔に!!』

どこに向かうかもすぐに決定した。


かの魔塔の界域はここよりは防備が調ってる。
天使たちを引き連れ戦場ごと移動するにせよ、この天門直下で戦い続けるよりはずっとマシだ。

それにベヨネッタとテンパランチアの戦いからも遠ざかりたい。
巻き込まれるのを回避するのはもちろん、彼女の邪魔にもなってしまいかねないから―――なのだが。

その点についてはもう遅かった。

すでに彼女の戦いに水を差してしまっていたのだ。


上条『―――』

これは前世からの天使としての知覚によるものだろう。
最上の意志にはきわめて敏感なのも当然だ。

瞬間、上条は己の方にまっすぐに向けられている意識にすぐに気付いた。


瓦礫の雨の向こうのかの存在―――テンパランチアが、こちらを見据えていたのだ。


相対しているベヨネッタを脇に置いて。

638: 2012/04/03(火) 23:59:03.54 ID:fTqt1u+3o

ベヨネッタから意識を逸らしてまでこちらを注視する、
そのテンパランチアの狙いは、上条にとっては考える間もなくわかることだった。

竜王がこの虚数学区のシステムを四元徳に流したのは、
上条も自分の行いとして『見ていた』。

人間界を守るこの目障りな虚数学区の壊し方、
それを知っているテンパランチアは、今こそそれを達すべきだと考えたのだ。

一方通行の排除により虚数学区を破壊、戦いの場を学園都市―――人間界に移そう、と。


理由は簡単だ。

学園都市を守る者達とベヨネッタが仲間であることは、テンパランチアの目からも明白。
そこで人間界に戦禍に及ぶことで、
ベヨネッタに対する大きなアドバンテージが生じると考えたのだ。

周囲への損害が気になって全力を使うことを躊躇い、戦いに完全に集中できないだろう、と。

かたや四元徳としては、
セフィロトの樹も切断された今、現行の人類世界を滅ぼすことを躊躇う必要も無い。
そもそも人間界の『浄化』も、最初から選択肢の一つにあったのだから。

639: 2012/04/04(水) 00:01:19.10 ID:DxrDg9bpo

かの史上最強の魔女とまともに戦えば敗北は確実、
その点を考えれば、テンパランチアの選択はきわめて道理に適っていた。

もはやジュベレウス派の立場は絶望的、
これも苦し紛れに近いとはいえ、節制はまだ勝負に諦めてはいないのだ。
その『名』に反するほどに怒りに震えながらも決して自暴自棄にはならず、
僅かな可能性に賭けて勝ちに行こうとしてる。


大木のごとき両腕を打ちつけて身構えているテンパランチア、
そのひび割れた巨顔はまっすぐに上条達の方に向いていた。


上条『くそっ―――くそったれが!』


上条はその敵ながらに天晴れな姿勢に称賛―――悪態を捧げた。


上条『行くぞ!!早く!!』

そして上条は踵を返すと、仲間とともに地を踏み切った。


状況はまたもや一転、これは悪化と言えるだろう。
結果としてテンパランチアを魔塔まで引き寄せてしまうことになろうが、とにかく進むしかない。
追いつかれれば一貫の終わりだ。

ベヨネッタが上級三隊の邪魔を退けて、
テンパランチアを引き留めてくれることを祈るばかりである。

そうして押し寄せてくる天使たちの猛攻をなんとか退けながら、
上条達はテメンニグルの塔へと向かっていった。
文字通り『逃げるよう』に。

640: 2012/04/04(水) 00:04:20.15 ID:DxrDg9bpo

そして上条の考えている通り。


ベヨネッタ『―――――――――あっヤバっ―――』


テンパランチアは猛烈な嵐を纏い、
巨体に似合わぬ速度で飛びあがった。

もちろんベヨネッタにではなく―――上条達の方へ。

そうして入れ違いに彼女の前に次々と降り立つ天使たち。
その目的もまた当然、このベヨネッタを留める時間稼ぎのためだ。


上級三隊程度では、この史上最強の魔女を釘付けにすることなど決してできない。
だが無視できるほど弱くも無い。

一体が生じさせられる時間は僅か、しかしその積もり積もっていく屍が、
確実にテンパランチアとベヨネッタの差を広げていくのだ。


ベヨネッタ『―――待てこの腑抜け!木偶の坊!!』


ベヨネッタもまたすぐさま駆け出した。

あらゆる魔導器・魔具を使い、
先々に塞がる天使立ちを片っ端から屠り、テンパランチアを追い―――テメンニグルの塔へ。



こうして天と魔、そして人の戦場は一つに集束していくこととなった。
大いなる結末へと向けより加速して。

―――

649: 2012/04/06(金) 23:10:18.13 ID:QFFbkzNdo

―――

テメンニグルの塔、その中層から上層にかけての周囲にて。

押しよせてくる悪魔を前に、
ある『魔剣騎士』―――『最強の人間』が壮絶な戦いをくり広げていた。

ネロ「―――おおおお!!」

爆炎ひく大剣―――レッドクイーンを手に、魔塔の壁を駆けあがっていくネロ。
対するはベルゼブブ配下の大悪魔たちだ。

彼らは降臨するやすぐに憎悪と功名心、
そして強き力に魅せらせ次々とネロに向かっていった。

まず先陣を切ったのは巨大な獅子のような大悪魔だ。
とはいえ足は八本、目は四つあり、顔もトカゲのそれに似ていたが。

そのような、牙をむき出しに壁を駆け下りてくる獣神へとネロは真っ向から激突。
駆動する大剣を叩き込んだ。

ネロ「―――Die!」

前面を一掃するべく薙ぎふるわれた刃、
それがこの大悪魔の上顎を切断―――業火を交えて斬り飛ばす―――

―――だがそれでも大悪魔、差は歴然とはいえ一撃で滅びはしない。

650: 2012/04/06(金) 23:11:57.66 ID:QFFbkzNdo

『獅子』は頭部を欠損させられてもなお動きを止めず、
勢いを緩めることなくネロへと突貫、巨体による体当たりを仕掛けた。

その闘争心は天晴れなものだ。
やはり大悪魔、力と武を誇る生き様は徹底しているか。

そんな『気高き闘志』は、続くネロの二撃目で容赦なく粉砕されたが。


青き光で形成された大きな―――『魔騎士の頭突き』によって。


デビルブリンガーと呼んでいた力は健在だ。

それどころかネロは完全に我が物とさせ進化、
今や右手のみならず全身から顕現させることが出来る。

アリウス戦で行ったように巨大な青き足で蹴りとばすのはもちろん―――『頭突き』なんかだって可能だ。

直後、獅子の体を巨大な魔騎士の角が切り裂き、
そのまま跡形もなく叩き潰した。

ネロ「―――Ha! Bastard!!」

鋭くはき捨てると、ネロは獅子の躯をそのままぶち抜き前進。
さらなる戦いへ向けて飛び込んでいった。

叔父に横取りされた『百柱斬り』を今度こそ果す、
という一族特有の負けず嫌いの気も彼を滾らせていたかもしれない。


向かってくる何体もの大悪魔達へと、
一見すると力任せ―――それでいながら実は練り上げられた技術上にある身のこなしで、
レッドクイーンの刃を叩き込んだ。

651: 2012/04/06(金) 23:12:58.19 ID:QFFbkzNdo

その様相は肉切り包丁、もしくは斧か。
大悪魔の固き外皮どころか、その爪や剣がもろとも圧倒的パワーで破断されていく。

ネロ「Si―――!」

大剣を振りぬいた合い間、それを隙と見て突撃してくるは、
牛頭の巨躯、ミノタウロスのごとき大悪魔。

だが当のネロにとっては隙なんて存在してなかった。

大悪魔の動きをすぐに察知するや、
ネロはすぐさま壁から跳躍。

そして回避と同時に出現させた、巨大な光足で『ミノタウロス』をけり弾き、魔塔に叩き込む―――

凄まじい轟音を響かせて魔塔に激突、
一面の壁を崩落させ、奥深くまでめり込む『ミノタウロス』の体。

そこへネロは蹴りぬきざまに右手に持つ拳銃―――ブルーローズを向けた。


すると連動して脇に―――同じく縦に砲口が二つ並んだ『青光の大砲』が出現。


ネロ「―――Get down! Sucker!」

そうして放たれた火力も、堂々とした外観に相応しく圧倒的なものだった。

青き閃光の柱が二つ連なってミノタウロスに直撃。
その身を貫くどころか、魔塔の一区画ごと木っ端微塵に吹っ飛ばしてしまった。

652: 2012/04/06(金) 23:14:12.83 ID:QFFbkzNdo

ネロ「―――はは!こいつぁダンテも羨むぜ!」

この威力には、ネロ自身ですらも興奮に満ちた声をあげてしまった。
己の力は完全に掌握、こうして放つ魔弾にどれだけの威力があるかも把握しきってはいるも、
それでも直に効果を目にすると気が盛るものだ。

得意げに口笛を吹きながら、ふたたび魔塔の壁に着地したネロ。
コートをなびかせ彼は勢いを増して悪魔の中を突っ切っていった。


彼の『背後』、正確には『下方』の魔塔中層部まわりでは、
後衛のイフリートとサンダルフォンがネロが討ちもらした大悪魔を掃討していた。

これほどの存在を二者同時に相手にするなど、
いくら名だたる大悪魔でも手負いの状態では到底無理だ。

下に向かった者達はことごとく彼らに討ち取られているため、
ネロが応援に駆けつけて以来、
地表には一体の大悪魔も到達できなくなってしまった。


そもそも、いまやベルゼブブ軍団は人間界への侵攻ではなく、
ネロを打ち倒すことが至上目的と化しているようである。

自らに集中するこの狂気とも呼べる戦意を、ネロは明らかに感じ取っていた。
全ての大悪魔達が、己の首級を氏に物狂いで求めているのだと。

653: 2012/04/06(金) 23:15:30.63 ID:QFFbkzNdo

イフリート達のもとにまで達する大悪魔も、正確には自ら降りたのではなく、
正確にはネロの凶刃に遭い叩きおとされたもの。

一柱たりとも自らネロとの戦いから抜けようとする存在はいなかった。


魔界史上『最悪』の『反逆者』、その血族への変わらぬ憎しみと、
そして圧倒的な強者の力。
それらが闇の中の灯火のように機能し、魔界の猛者達をひき寄せているのだ。


ネロの側からすればこれは非常に好都合だった。

この莫大な戦力をネロが一手に引き受けることで、
人間側に大きな余裕が生じるのだ。

将たちがネロに執心で、その恐怖による服従から脱した下等悪魔たちが好き勝手動いてはいるも、
それも魔塔の門を守るラジエルたちの敵ではない。

そしてこのネロの戦いにしても流れは順調、好ましい結果が先に見えていた。
驕りでも過信でもない、ただ正確無比にネロは『事実』を把握しているのだ。


これらベルゼブブ以下全将が相手であっても―――己は勝てる、と。


それだけじゃない、もし他の十強が大挙して押し寄せてきても、
この戦場が存続する限りならいくらでも戦うことができ、勝ち続けられると。


―――そう、『この戦場』が保っている限り、だ。


それはつまり、この言葉を反転すれば悪魔側にとっての『突破口』になるということであるが。
具体的には―――滝壺と一方通行、そのどちらかの氏である。

654: 2012/04/06(金) 23:17:02.20 ID:QFFbkzNdo

この時、誰しもがこのある『問題』を悟ることは出来なかった。

アーカムの存在は竜王の力によって支えられ、そのアーカムがこの悪魔達を手引きしている、
そしてアーカム自身は人間界が魔に染まることを望んでいる、

その関係性を『完璧』に把握していた上条当麻でさえ、
彼の置かれている状況的にここまで意識は回らなかったはずだ。


だが次なる展開で、この『問題』が誰の目からも明らかになる。

人間界への侵入を遮る障壁、
その壊し方を、四元徳のみならず――――――ベルゼブブもまた知らされていたのだと。


そのとき空気が変わった。


ネロ「―――やっとお出ましか」


空の上、渦巻く闇の置くから差し込んでくる圧にネロはすぐに確信した。
ベルゼブブがついに前線に現れると。

そうしてもう一つ。

特上の強者の出現にネロの力が歓喜したのも束の間、
それに気付いた彼の顔にはすぐに忌々しげな色が滲んだ。

殺意は向いている。
狂気に満ちた戦意が、変わりなく己に差し向けられていたのだが。

それとは別に、
陰険で悪意に満ちた『関心』が己を『突き抜けて』――――――遥か『下方』に伸びていたのである。

655: 2012/04/06(金) 23:18:44.78 ID:QFFbkzNdo

それが意味することは明らかだ。
ベルゼブブは、己と真っ向から戦う他に『何か』を企てているということである。

ネロにはこの企てに思い当たる節があった。
ステイルの記憶を覗いていたため、滝壺や一方通行の重要性は知っている―――

直感的にネロは確信する。


―――ベルゼブブの下への関心は恐らく『それら』に向けられているのだと。


そうして次の瞬間。
まわりの大悪魔達の動きが一瞬止まると同時にベルゼブブがついに現れた。


ネロ「―――」

下等悪魔にも同じ名を冠する者達が存在しているが、
あれらはこの存在の名を借りた別物である。

そのためネロも、本物のベルゼブブも『蝿』のような姿だとは限らないとはわかっていたも―――

ここで目にしたその姿は少し意外だった。

空にぽっかりあいた闇色の門、その先から出現したのは――――――黒い『靄』だった。

一見するとただの暗雲のようにも。
しかしそこに宿る力は間違えようが無い、この場にいる侵略者達の中でも桁違いに巨大、
これが紛れも無くベルゼブブなのだ。

この捉えどころ姿を一目見たとき、ネロは瞬間的に嫌な予感を覚えた。
それはもちろん気のせいなんかではなく、またしても確かな感覚で。

このベルゼブブは『曲者』だと。

656: 2012/04/06(金) 23:20:27.66 ID:QFFbkzNdo

刹那、一斉に動き出しネロに向かってくる黒い『靄』。


考える間もない、彼は反射的にレッドクイーンのアクセルを絞り、
爆炎を迸らせてこの靄を斬り掃った。


ネロ「―――Blast!」

手加減は一切なしの本気の一振りだ。

そこにみなぎる力に相応しく、ネロの刃は巨大な靄を完全に分断、
ついで噴出す業火でひとまとめに焼き掃っていく。

そうして実に9割以上の『靄』を、ベルゼブブの巨大な力ごと抹消したも。


ごくわずかな分だけが、この一振りを逃れて下方へとすりぬけていった。

ネロ「―――!」

本来ならば、この程度の力の残滓を討ち漏らしたことは特に問題じゃない。
イフリート達の手にかかれば一瞬でかき消されてしまうような程度である。

だが『あれ』はかの十強である。

魔帝やスパーダの領域にはまだまだ達していないものの、
魔界において覇の頂点に立つその力量や機知は見くびってはならない。

覇王に匹敵するとも充分に考えられる存在達なのだ。


そしてこのとき、ネロのそんな懸念が的中した。
すり抜けた靄の欠片、それを横目で追ったさきに彼は目にする。

今しがた確かに斬り掃った莫大な力が、なぜかあの靄の欠片にふたたび宿り。

次の瞬間、この靄を処理しようとむかったイフリートが逆に―――靄から飛び出した『鎌』のような『何か』で、
彼方へ吹っ飛ばされてしまったのを。

657: 2012/04/06(金) 23:23:07.83 ID:QFFbkzNdo

嫌な予感は見事的中した。

ネロ「―――やっぱりそう来たかクソッタレ!」

明らかに手応えはあった。
レッドクイーンの渾身の一振りが、確かにあの靄の大半の力を剥ぎ取った。

それなのになぜ―――またあの靄に力が戻っている?

だがその理由よりも、まず先に対処せねばならない点があった。

結果的にほぼ無傷のまま靄が下に抜けてしまったことだ。

それに対するネロの責務はただ一つ、あの靄を追って下に向かわねばならない。
他に対処できる者がいない以上そうするしかない。


だがそうすると、またしてもある大きな問題が生じる―――ここにいる多数の大悪魔達を留める存在がいなくなってしまうことだ。

イフリートが戦闘可能だとしても、サンダルフォンと彼だけではこの数を相手にするのは無理だ。
袋叩きにされすぐに殺されてしまうのが目に見えている。

つまりは、自ずと主戦場を共に下に移さざるを得ない。
もちろんそれはあまりにも危険すぎた。


魔塔の門前付近で戦うと、大悪魔の魔塔進入を許してしまう可能性が格段に上昇してしまう。

その者達を倒すべくこちらも中に入ったとしても、
他の者達がいる中で―――ましてや普通の人間達がそばにいる場で、
複数の大悪魔相手に、ここでやっていたようにフルパワーで大立ち回りを強行するなんてできるわけがない。

己の余波で、滝壺などが氏んでしまいかねない。
そして門前の防御も薄くなってさらなる進入を許してしまい、情勢は急激に悪化していくであろう。

658: 2012/04/06(金) 23:25:29.73 ID:QFFbkzNdo


ネロ「チッ!!」


しかし追わねば状況はもっと悪化するのは明白だった。

己がベルゼブブを止めなければ、どのみち滝壺は殺されることになる。

そして魔塔の隔離が解け、多数の大悪魔と大軍勢が一気に人間界に流入。
それもまずは人口密集地の学園都市、関東圏に。

それだけじゃない、様子見していた他の十強も確実に動き出し、
戦火は一気に全世界に拡大、
全十強配下の千体の悪しき神々がこの世界を瞬く間に蹂躙するだろう。

ここまで達してしまったら、もうネロという個人の勝ち負けは別として、
人間界を守りきることは不可能だ。


―――そのような最悪の結果だけは、なんとしてでも避けねばならない。


ネロはすぐに決断する。
多くの懸念をふりはらうと魔塔の壁をけって一転、『靄』の後を追った。

一斉に降下してくる大悪魔たちを引き連れて。

659: 2012/04/06(金) 23:27:08.28 ID:QFFbkzNdo

靄は次いでサンダルフォンに向かっていた。
サンダルフォンの方も避けるつもりは無かったようだ。

彼も状況を的確に理解しているのだろう、
身を挺してでも時間を稼ぎネロに追いつかせようとしているのである。

そうしてこのサンダルフォンと接敵する瞬間、またしても靄の中から何かが飛び出し。

この時はネロにもはっきりと見えた。
ベルゼブブの『真の姿』が。

やはりと言うべきか。
『靄』の状態はかりそめ―――移動用か回避のための姿だったようだ。

よく『蝿』の表現を使われるだけあって、
その姿は『虫』と呼べるに相応しいものだった。


ただしネロの率直な感想では、蝿よりも―――黒い『カマキリ』に見えた。


頭から尻まで5mほど。
大きな角のある頭部は蝿のそれにそっくりか、
だが腹と上半身はすらりとのび、同じく長い四枚の翼。

そしてよりカマキリたらしめているのは、見るからに凶悪な大きな『鎌』である。


しかもその数は一対ではなく―――三対もあった。

660: 2012/04/06(金) 23:29:27.04 ID:QFFbkzNdo

そうしてその一本が、
サンダルフォンの蹴り上げなどものともせずに彼の身を吹っ飛ばす瞬間。

かの天使の身を挺した行動は、
時間稼ぎ以上の収穫をネロに与えてくれることとなった。


ネロはここで一つ、かなりの確信をもって推測できたのである。

少なくとも攻撃するには、
ベルゼブブはあの『カマキリ』状でいなければならないのだろう、そうとなれば。


恐らくカマキリ状の時に切り倒せば―――今度はしっかりと殺せる可能性が高い、と。


とその直後。
ネロはまたもやこの場に生じた大きな波紋を目にした。


ネロ「―――ッ?!」


もはや姿を隠していない『カマキリ』を追う先、
はるか下の地表に見えるのは、どこからともなく魔塔に向かってくる三つの『光点』。

その正体はすぐに判別できた。
まずはベオウルフの巨体、
そして人間界の天使―――風斬と銀光纏った上条当麻である。

661: 2012/04/06(金) 23:31:53.70 ID:QFFbkzNdo

三者は一目散にこの魔塔のふもとに向かってきていた。
後ろに敵と思われる天使達の光点をぞろぞろ引き連れて。

さらにその向こうには山のごとき『天の存在』と、例の魔女の圧も感じるか。

この一連の状況、何が起こっていたのかは正確には判断がつかなかったも、
さらなるあるものを見出して、ネロは大まかに悟ることが出来た。


風斬の背、巻かれている二枚の翼のうちその片方に―――人界神の新王、一方通行がいたのだ。


そして。


やはりベルゼブブもまた―――滝壺や一方通行のことを詳しく把握しているようだった。


鍵を握る少年を認めた途端、
さらに下降を速め―――彼へと真っ直ぐに向かい始める『カマキリ』。


ネロ「―――Hooooly―――fuuuck!!!!」


その存在を追い魔塔の壁を駆け下りていくネロ。
思わず口から漏れるは、
二重三重に問題が連なる展開への悪態である。

ただしここまで状況が転じようとも、幸いなことにネロの責務は特に変わらなかった。
彼の目下の最重要課題は、
ベルゼブブを含め―――滝壺と一方通行を狙う存在を皆頃しにすることであり。


変更点は単純にしてたったひとつ、その殺害リストに天の存在も加わっただけである。


―――

662: 2012/04/06(金) 23:33:13.27 ID:QFFbkzNdo
―――

その上方からの脅威に気付いたのはただベオウルフのみ。

テメンニグルの塔の麓、門前の広場を目前に飛び込んできた上条たち、
彼らを迎え入れようとするシェリーとヴェント、
そしてラジエル、ザドキエル、ハニエルら名だたる天使たちは、
その全員が全く反応できなかった。

また唯一察知できたベオウルフでさえも、初撃を退けるだけで限界だった。


突然停止し、風斬と上条を叩きふせる魔獣。
その瞬間、己が倒されたと二人が認識するよりも早く。


倒されなければ一瞬後に上条達がいたであろう位置にて―――ベオウルフが『押し潰された』。


上から砲弾のように降って来た『何か』に。


上条『―――っ』

何が起こったのかまるで理解が追いつかない。
だが大まかな出来事は、親切なことに状況の方が自ら教えてくれた。
そこに提示された状況は『最悪』のものだったが。


目の前には、地にめり込むベオウルフの上に―――『カマキリ』のような姿をした存在。


その異形の『巨虫』から発せられる圧を認識した瞬間、
ここでようやくみなが本能的に悟り、到来した新たな『災い』に戦慄することとなった。


魔界十強に名を連ねる存在、その圧倒的な力を前に。

663: 2012/04/06(金) 23:35:06.30 ID:QFFbkzNdo

上条『っぁ―――!』

アスタロトを前にした時と似た感覚だ。

絶対に抗うことの出来ない圧倒的な敵意と悪意。

己とは天と地ほどの差があり、
何をどうやっても傷一つつけられないのは試すまでもなく明白。

無力な人間がはじめて大悪魔、神域を目にした際の衝撃と同じように、
逆らえぬ畏怖とともに本能的に悟るのだ、この存在はもはや次元が違うと。

ただしこの存在はアスタロトとは違った。
あの恐怖大公のように獲物を弄ぶ気は欠片もない、上条は瞬間的にそう受け取った。

目的は『頃す』、ただそれだけだと。
もちろんそれは『良いこと』ではない。


相手の狙い、次なる動きがわかっていても、
これほどの存在の速度にはついていけるわけがなかった。
それも手加減なしの必殺の攻撃ならばなおさら―――

地に伏せったまま、上条も風斬も何もできなかった。

あまりにも速すぎて何が起きたのかも、リアルタイムでは認識できなかった。
カマキリが、ベオウルフから鎌を引き抜く動きも認識できなければ、
ついで放たれた一振りさえも―――


―――そして鎌の切っ先が風斬を貫く寸前、真上から伸びてきた『青光の巨足』が―――カマキリを横へ蹴り飛ばし。


―――己たちが間一髪で救われたということも。

664: 2012/04/06(金) 23:36:33.32 ID:QFFbkzNdo

上条『うぉぉっ―――?!』

よくやく彼が何らかのアクションを示せたのは、
目の前にコートはためくネロの後姿が降り立った頃だった。

上条『―――ベオウ―――!』

ベオウルフはまだ生きていた。
ネロの前にて、酷い傷を負いながらもなんとか起き上がろうとしている。

だがこの魔獣に手を貸す暇もまたなかった。
一難去ってまた一難だ。

上条が魔獣の名を口にしながら立ち上がりかけた時、
今度は背後上方から覚える猛烈なプレッシャー。

こちらの源の正体は明らかである。


―――四元徳、テンパランチアだ。


風斬『!』

そしてこれまた上条と風斬は如何なる対応もできなければ。
同じくまた『救われた』。

665: 2012/04/06(金) 23:38:14.13 ID:QFFbkzNdo

ネロなどお構いなしに一気に降下してくる節制―――


―――その巨体に押しつぶされる―――という直前。


上条達の頭上まであと3mと迫ったところで突然テンパランチアが『制止』した。

後方から現れた『大きな黒い腕』に、肩の基部を掴まれて止められたのだ。

さらに次の瞬間、
その腕によって一気に後方にひき倒され―――節制は猛烈な勢いで地に叩きつけられた。


そうしてテンパランチアが引き退けられていくのと入れ違いに、
この巨体の上をとび越えて上条達の前に降りたつ女が一人。


ベヨネッタ『―――やぁっと追いついたわ!』


節制をひき倒した巨腕の召喚主、ベヨネッタだ。
こうして上条達は二度連続、最強の人間たちに間一髪のところを救われることとなった。

ただ礼を言う暇もないほどに切迫していたのは変わらなかったが。


ベヨネッタ『―――ほらほらほらさっさと失せなさい!!』

それはようやく生じた余裕だった。

ネロ「―――行くなら早くしろ!!」

退避を促す声を連ねる、上条達を挟んで背中合わせの二人の最強―――
―――まさにこの場は噴火直前の火口といった状況だった。

666: 2012/04/06(金) 23:40:57.92 ID:QFFbkzNdo

全貌は掴めぬもひとまずやるべき事はわかったのだろう。
押し寄せてきた上級三隊へと、武器を手に猛然と飛び込んでいくラジエルら三天使。

上方からは悪意に満ちた多数の大悪魔―――

―――そして起き上がるテンパランチアと、
遥か吹っ飛ばされたの『カマキリ』の再鼓動を示す、遠くで巻き上がる粉塵。


―――今にもここで、三つ巴の桁違いの決戦が始まるだろう。


声を交わす時間すらも惜しかった。
上条と風斬はすぐに移動用の光陣の構築に取りかかかり、
今度こそやっと最前線から離脱を果した。

直前に起き上がり手を伸ばしてきたベオウルフと共に上条、風斬、
カマエルと一方通行はすばやく人間界へと降りていった。



そのようにして。

ベルゼブブとテンパランチア。
上級三隊とベルゼブブ配下の将たち、
彼らの第一の勝利条件は滝壺の殺害に一本化することとなった。

一方でネロとベヨネッタ、人間界を守る者たちの勝利条件には変更は特に無い。
変わらず『敵』を排除することだ。


ネロ「足手まといになるんじゃねえぞバアさん―――!」


ベヨネッタ『―――そっちこそせいぜいチビらないようにねクソガキ!』


二人には『終わり』が薄っすらと見えていた。
ひとまずこの局面で勝利を収めれば―――天魔人の三つ巴の戦いはある程度の決着へと至る、と。


そしてその先、『次』に待ち構えている―――ただただ不穏な『最終局面』の存在も。


―――

677: 2012/04/10(火) 01:09:21.34 ID:fsSBYkS5o

―――

準備の一貫として、22口径の小さな銃弾を飲み込んでおいた。
もちろんただの銃弾ではない。

こちらの意思次第すぐに魔術起動し炸裂するようになっており、
炸裂すると劇毒が解き放たれ、『自決』を果すという寸法だ。

毒物は多種多様の悪魔から抽出混合したものであり、
『普通の人間』ならば体内で解き放たれた瞬間、痛みを覚える暇もなく即氏する。

確実にだ。
小さな弾頭に含まれるわずか滴ほどでも、実に致氏量の10万倍なのだから。

それが『彼女』の『保険』にして『最終手段』である。


―――『父だった悪魔』をあの世に送り返すための。


しかし最終手段ではあるが、確実な手段とは断言できなかった。

己がこの手でアーカムを殺せば、そのまま葬れることは確信できる。
だが『決着』をつけぬままただ自氏しただけで、
果たしてアーカムもそのまま消え去ってくれるのだろうか。

存在構築の源を失うために不氏状態は解かれるだろう。
だがその後は?

潜在意識がアーカムを『再現』させてしまっている以上、
何らかの形でもう一度決着をつけねば完全に消え去ってはくれない、そんな可能性も捨てきれなかった。

ゆえに彼女は、まず第一に『彼』との戦いに挑んだのだ。


彼女にとってもっとも―――残酷な結果が待ち受けているとも知らずに。


テメンニグルの塔の中層。
バルコニー状に突きでたとある広間にて。

壮絶な戦場の眺望を前に、『父だった悪魔』は待っていた。

678: 2012/04/10(火) 01:13:16.29 ID:fsSBYkS5o

レディ「……」

元聖職者らしく背筋の通った昔と変わらぬ後姿。

ある頃までは飛びついてじゃれ付くこともあって。
だがある頃から疎遠になって、ただそれでも厳かで頼もしく見えて。

そしてある頃を境に―――憎悪と殺意の象徴と化した背中。


アーカム「……見ろ。この混沌の戦火を。今に人間界を包み、全てを貪り尽くすのだ」


声もだった。
書斎にて書物を捲りながら淡々と叱責する、そんな在りし日のものと変わらなければ。
母を頃したあの日、血染めの顔でこちらの名を呼んだ声とも同一。

何一つ変わらない。


レディ「……そうはならない。今はバージルも人間の側についてるし、ネロもいる」


だが世界は変わった。
あれから流れた月日は20年以上、その間に世界は大きく変わった。


レディ「そして三人とも―――もうスパーダを超えているわ」

679: 2012/04/10(火) 01:15:05.52 ID:fsSBYkS5o

アーカム「…………スパーダを越えた、本当にそう思ってるのか。確たる証拠は存在しているのか」

まるで片手間のような淡々とした口調。
認めたくないくらいに懐かしく、同時に―――殺意を覚えるおぞましい声。

アーカム「それとも『願望』か。そう願い、自らもその不確かな栄光にあずかりたいだけなのでは?」

レディ「……」

アーカム「己も『偉大な父』を越えられる、と信じたいがためでは?」

その問答の仮面を被った挑発に、レディは最初は静かに答えた。


レディ「…………一つ確実な証拠がある。ネロは魔剣スパーダを破壊した」


静かながらも弦を張るかのように張り詰めさせ。


レディ「そしてもう二つ訂正してやる。お前は『偉大』でもなければ――――」


そして―――溜めた怒気を解き放つ。


レディ「―――――『父』でもない!!」


張りに張った闘争心とともに。

彼女は素早く戦闘姿勢をとるや、
5mという近距離でも躊躇わずに―――その後姿めがけロケットランチャーを放った。

680: 2012/04/10(火) 01:16:26.19 ID:fsSBYkS5o

―――炸裂する弾頭。


ただし爆発域にはアーカムはもういなかった。
彼は一瞬にして離脱したのだ。

レディ「―――」

ただの人間の知覚ではとても追えない―――レディにとっても認識できない速度で。

アーカムは人間ではない、
妻を捧げた瞬間から正真正銘の―――悪魔である。

しかもその力は下手をするとそこらの大悪魔よりも上だ。

一時的ながらもフォースエッジを取り込み
かのスパーダの力を引き出せるという事実が現すとおりの領域だ。

そのような存在と。

己の魂から力を精製できない、外部からの力に頼るしかない人間の魔術師との間には、
やはり超えがたい潜在的な差が存在する。

―――それこそがデビルハンターの『真の敵』としても過言ではないだろう。


この差は『埋められない』。
だからデビルハンターはもちうる全ての技で『誤魔化し』、この差が発揮される前に勝負を決めねばならない。

攻撃は常に相手の意表をつき、相手に対応する時間を与えず、
手のうちを読まれる前に短期決戦を成すこと。

それが人の身のままで戦う狩人の最も重要な心得である。

681: 2012/04/10(火) 01:17:40.90 ID:fsSBYkS5o

レディの初撃、そのロケット弾は、そもそも最初からアーカムにダメージを与えるためのものではなかった。
爆発からは炎の類も生じなければ、衝撃波も破片も放たれない。


周囲に飛び散るのは『粉塵』―――悪魔の『骨』を砕いた粉末である。


もちろん煙幕なんかではない。
これら骨粉にも魔術が施されており、その目的は―――『こちらの土俵』を作るため。
知覚の精度と速度、それらを一時的に補うための『フィールド』を形成するためだ。

シャックスに襲撃されたときとは違いこれら準備は完璧だ。

一気に拡散した骨粉は、粒ごとにリンクし魔術回路を形成。
周囲全体に『網』を張ったようなものだ。


レディ「―――ふっ」

そして漂う骨粉を軽く吸うことでその『網』と接続完了。
このバルコニー状の広間、20m四方が氏角のない『彼女のフィールド』へと化し。

ここからようやく―――技術の粋を集めたあらゆる武器、
銀弾とロケット弾、手榴弾と銀杭等の出番である。


瞬間、レディは目で追えぬアーカムの位置を特定。

すかさず腰のサブマシンガンを右手にし―――振り向きざまに一連射、
魔弾を撃ち放った。

682: 2012/04/10(火) 01:19:44.23 ID:fsSBYkS5o

ただ弾を撒き散らしたわけではない。
対象の動きを読んであらゆる予測位置へと弾を置き、回避先を同時に潰す『精密射撃』である。
しかもそんな複雑な作業を、彼女は思考せずに直感的にこなしていくのだ。

ただしこれは、彼女にとっては最良の戦闘状態でもなければ、
好きこのんでそうしているわけでもなかった。
そうせざるを得なかったのだ。

特に大悪魔級を相手にするときに、いちいち悠長に思考などしている暇などあるわけがない。
悪魔のように、戦いの最中で何かを得て『進化する』なんてことはできない。

血の滲む鍛錬と数多の氏線を越えた経験、それら積み上げてきたもの『だけ』を頼りに、
闘争本能にすべてを委ねるしかまともに戦えないのだ。

ただしそんな不利な戦闘状況の中でも、一つだけレディにとって好都合な点があった。


―――『余計なこと』を考えないで済むのだ。


―――それこそ―――『この男』が相手であれば尚更。


彼女はそのまま引き金を絞ったまま、後方に飛び退き全弾発砲。
転がりながらすばやく弾倉を取り替え、
立ち上がりざまにロケットランチャーをもう一発。

サブマシンガンの『精密な弾幕』の中へ、
今度こそ殺傷能力のある大きな一撃を放った。


もちろんこれも直感的な精密射撃で。

683: 2012/04/10(火) 01:30:59.57 ID:fsSBYkS5o

壁にめり込んでいく弾丸、
そして一足遅れに空中炸裂するロケット弾。

いくら小型ロケットとはいえ、たかが20m四方の空間で爆発すれば、
人間にとってはきわめて危険なものである。

しかし彼女がそんな単純なことでダメージを負うわけも無い。
飛び散る破片も全て術式によって自動制御されており、
特にこのフィールドの中では最大の効果を発揮する。

レディ「―――」

アーカムの姿はいまだ目視できずも、
しかしその位置はフィールドの中にいる限りははっきりと『見え』。

炸裂によって生じた破片は、指向性のそれとなって―――この標的の方向一面に注がれる。


レディ「―――っ」

そしてフィールドの『網』を介して覚える手応え―――しかしこの程度でアーカムが倒れるわけが無い。
彼女は手を休めなかった。

半ば自動操縦とも言えるか、闘争本能に従い鍛え上げられた体が動いていく。

腰を落としもう一発、爆煙の中へと放たれるロケット弾。
さらに人差し指で安全ピンを抜かれすばやく放られる手榴弾。
それら連鎖し重なる爆発。


―――相手に対応する時間を与えない。

その悪魔に対する重要な心得の一つを、彼女はここに的確にこなしていく―――

684: 2012/04/10(火) 01:35:25.16 ID:fsSBYkS5o

とその瞬間。

当然のことだが、アーカムも攻撃されてばかりではなかった。

レディ「―――」

これは彼女の天性によるところも大きいか。

古からの戦巫女の血を引いているため、
寿命など物理的身体特徴は現生人類と同一ながらも、
精神体はどちらかというと魔女や賢者といった原初人類に近いものがあるのだ。

『加護』とも呼べるか、先祖代々の直感能力は、
普通の人間なら到底悟れるものではない『危険』を検知する。

ただし思考を挟むことなく反射的に的確な回避行動に移れるのは、
やはり天性ではなく修練の賜物であろう。


瞬時に横に跳び転がるレディ―――直後、
ついさきほどまでいた位置に出現するのは―――『青い光の球』。

レディ「っ」

直感的にわかる。
あれに触れてしまえば、この人間の身などひとたまりも無いと。

685: 2012/04/10(火) 01:37:48.83 ID:fsSBYkS5o

アーカムはこちらを殺せない―――その前提がはたして本当に正しいのか、
そう疑問を抱いてしまうほどに殺戮的な力が漲っている青い球。

この男は本当にこちらを頃す気なのだろうか―――

ここで少し、そのように彼女の中に思考が生じてしまった。
だがこの程度ならば特に問題は無い。
思考と闘争本能は完全分離されているため、動きを阻害することはないのだ。

それにこの思考が闘争本能に割り込むことはない。

アーカムがこちらを頃す気であろうとなかろうと、
戦い方に変化を加える必要はないのである。


体は止まることなく動いていく。

横に飛び転がり、立ち上がると同時にすかさず―――背後に現れていたアーカムへと、
ロケットランチャー先の刃を振るった。

突然の彼の出現にも、思考が及んでいないため彼女が怯むこともない。

レディの体は機械のように正確無比に対応、
その振り向きざまの右手にあるは―――銃口が二つ並ぶソードオフショットガンだ。

顔よりも先にその銃口をアーカムに向け、
目視などせずに―――散弾を撃ち放つ。


彼女がアーカムの姿をようやく目視したのは、彼の顔が至近距離からの散弾で歪になった後だった。

686: 2012/04/10(火) 01:39:10.22 ID:fsSBYkS5o

レディ「っ―――」

手応えはある。

この男のオッドアイからは相変わらず涼しげであるも、
確実にダメージを与えている。

今の散弾だけじゃない、これまでの一連の攻撃のダメージも明らかに蓄積されている。
レディはやっとここで確信に近い感覚を手に入れた。


やはり己の手ならば倒せる―――この男を『完全に殺せる』、と。


次いですばやく左手でランチャーのトリガーを絞り、
ロケット弾ではなく―――今度は特大の『杭』を放つレディ。

この至近距離ならば外すわけがない。
射出された黒金の杭は見事―――アーカムの胸部に突き刺さり、
彼の身を後方の壁際まで吹っ飛ばし―――磔に。


とてつもない因縁が紡がれている相手となれば、ここで一つや二つ言葉を向けるべきかもしれない。
ダンテならきっとそうしただろう。

だがレディはそうしなかった。
たとえアーカムを固定させようとも、彼女は決して攻撃の手を緩めなかった。

その理由はデビルハンターとしての心得に忠実に従ったため、そしてもう一つ。


もう何も言葉を向ける必要は無かったからだ。
なぜなら―――アーカムは20年前に『氏んでいる』―――これはもう『終っている戦い』なのだから。


687: 2012/04/10(火) 01:40:51.86 ID:fsSBYkS5o

レディはスパーダの一族に劣らずの負けず嫌い、
さらにそこに独特のプライドも上乗せされているが、『これだけ』は彼女も認める。

アーカムは―――己にとっての『究極の悪夢』。


―――『恐怖と憎悪の象徴』であると。


だが今更、それで心の何かが揺れ動くことはない。

確かにあの頃は手も足も出ず、
結局この男を無力化したのはダンテとバージルだ。

だが最期にこの男の命を奪ったのは―――この『人差し指』―――己の意志である。

あの瞬間、この戦いは決着したのだ。
ゆえにアーカムという存在は『悪夢』であっても―――今や『呪縛』にはなり得ない。


アーカムを磔にするとほぼ同時に。
宙に放り投げたソードオフショットガンに、叩き付けるように弾を装填。
そして素早く手にすると間髪入れずに再び放った。

今度は散弾ではない、スラッグ弾だ。

ダブルバレルから同時に放った二発。
術式刻まれた銀と鉛の塊が、アーカムの首の根元に大きな穴を穿っていく―――

傍ら、もう片方の腕ですばやくランチャーを後ろに回しつつ―――その手でサブマシンガンを抜き取り、
立て続けに弾を叩き込んだ。

688: 2012/04/10(火) 01:41:52.07 ID:fsSBYkS5o

レディのその動きには、一欠けらの躊躇いも怯みも無かった。


憎悪と恐怖が心の中に渦を巻くも、
その憎悪は記憶が蘇らせる幻像。
魂に纏わりつく恐怖も過去の産物だ。

そしてこの目の前にいるアーカムの姿そのものも―――『悪夢の残滓』にしか過ぎず。

今のレディにはもはや通用しない。
彼女はもうあの頃の『小娘』ではない―――


アーカム「―――強くなったな。メアリ」


―――弾幕の奥から響くそんな称賛の言葉。
けたたましい銃声が間にあるにもかかわらず、やけに明瞭な異質な声。

レディ「―――っ」

それとほぼ同時に、彼女は『網』を介して知覚した。
アーカムの体を貫く魔弾、その術式による『毒性』が―――瞬時に中和されていくのを。

689: 2012/04/10(火) 01:43:32.29 ID:fsSBYkS5o

通常ならばこれはありえないことだ。
上条当麻の幻想頃しでも無い限り、
術式を即座に解体して無力化するなんてまず不可能―――

だがそれは『通常』の場合だ。

このアーカムという男に限っては、とても通常の範疇には入らないだろう。

アーカムは神域の力を支配下におさめるのではなく、
自ら神になることを選んだ狂気の天才。


―――『魔神級の魔術の技を持つ大悪魔』だ。


その形容だけで、この男の異常な脅威性は明らか。

レディ「―――」

特にレディにとっては、そこにもう一つの問題が付随する。

この男から直接指導を受けたことは無いも、
彼女の技術はその礎の全てが彼が残した大量の研究資料、記録、そして魔導書によるもの―――だという点だ。


すなわち己の魔術は―――アーカムと非常に良く似ている―――『解読しやすい』。


アーカム「―――強くなったな」


アーカムはもう一度口にした。
決して父が娘に向けるような声色ではない、
淡々として、どうしようもなく冷え切っていて―――僅かな感情も篭っていない『氏声』で。

無力化した魔弾の一つを『つまみ』ながら。

690: 2012/04/10(火) 01:47:45.76 ID:fsSBYkS5o

ただしこれは、別段レディにとって意外では無かった。

アーカムがとんでもない魔術の技をもっていたことは、
誰よりもレディが理解していたからだ。

ゆえに気構えは確実に勝つ気でも、
現実的には勝率は100%ではないことは理解しており。

そのためにあらゆる状況に対応できる準備を整えて―――さらには胃袋の中にも『保険』を仕込んでいるのだ。


だが―――アーカムはさらに一枚上手だった。


これは決して彼女の油断に突け込まれたわけではない。

それは仕方の無いことだった。
彼女が友から『レディ』と呼ばれる人物である限り、決して埋めることができない差。

どれだけ鍛錬しようが、追及しようが、
絶対に―――彼女が彼女である限り『知りえない隙間』からアーカムは手を打った。
これはアーカムをそこまで追い詰めたということでもあったのだが、
だからといってとても喜べるものではなかった。

絶対に。



レディ「ッ」

アーカムの二度目の『称賛』が聞えた―――直後だった。

身の底から覚える奇妙な感覚。
高揚感とも焦燥感とも似ているが、これまで経験した事の無い異質な『熱』だ。

すかさず弾幕を張りながら後ろに飛び退くレディ。
そして己が身を専用の術式で精密検査しようとしたも、
その必要は無かった。

変化はすぐに訪れた。
きわめて明らかな形で。


レディ「―――?!」


ここで彼女の鋼の精神がついに―――大きく揺れ動く。
『己の魂』から突如湧き出てくる―――『魔の力』に気付いて。


身の内から魔の力が生じることなんて有り得ないはずなのに―――


―――『人間』である限り、絶対に。

691: 2012/04/10(火) 01:52:04.35 ID:fsSBYkS5o

レディ「ッ―――ッぁッッぐッ!!」

凄まじい衝撃に身も心も叩かれ、
彼女はその場に膝をついてしまった。

全身を覆う燃えるような激痛。
生まれて初めて味わう―――魂の『痛み』。

アーカム「―――『あの女』は悲鳴をあげ続けたが、お前は耐えるか。メアリ、本当に感服ものだ」


レディ「―――……何を―――したッ―――?!」

燃えるような熱を滲ませ、
喘ぎながらも問い返すレディ。


アーカム「何事も、『現物』を目の当たりにせねば決して知り得ぬ側面が存在する」


そんな『娘』に、『残酷な父』は胸の杭をひき抜きながら告げた。



アーカム「お前は知らないだろう。私の『転生術』の『完成形』は―――」


自由の身となり、こともなげに身にまとわりつく埃を掃いながら。
そう、在りし日の様に―――片手間に淡々とこちらを叱責してくるような声色で。


アーカム「―――当然だ。これについては一切記録に残していない。
      そして愚かな正義心が障害となり、お前は『人体実験』を行うこともできないからな」

692: 2012/04/10(火) 01:55:57.86 ID:fsSBYkS5o

それは彼女がダンテと同じ側にいる以上、
絶対に探求できない領域。


レディ「―――ッあぁ゛!」


転生術―――つまり己は―――『悪魔』になるというのか?


アーカム「お前は代価を支払わなくても良い。私の中を流れている『あの女』の血を捧げたからな」


しかもこの男と『同じく』―――母親の血を捧げて。


アーカム「どうした?悪魔にはなりなくないか?」

なりたいわけがない。
人間であることを誇りにしているのになぜ―――

アーカム「―――違う。正確には、お前は悪魔に成ることを恐れているのではない。
      悪魔に成ることで、私との相違点が無くなってしまうからだ」

いいや断じて違う。
そんなわけが無い。


アーカム「お前が人間側に甘んじているのは、単に復讐者が『こちら側』だったに過ぎない」


戯言だ。
人間世界を愛しているし、
スパーダの一族の信念に自らも身を捧げる覚悟だ。

アーカム「闘争に覚える喜びも偽りと言うか?至上の快楽に浸っていながら」


あれは―――そんなのじゃない。
決してそんなのじゃない――――――はずだ。


アーカム「人間という入れ物を失った時、お前は一体何者であろうか」


レディ「だま――――――」



アーカム「ただし不変の事実が一つある――――――お前は私の娘だ」

693: 2012/04/10(火) 01:58:18.88 ID:fsSBYkS5o

アーカムはそこで笑った。
偽りではない、『残虐きわまりない父性』をうっすらと覗かせて。


そしてその声、
類まれなる魔術の技と大悪魔の力、それらが組み合わされた『言霊』はとてつもなく強烈なものだった。

苦痛の中でも一語一句逃さずに明瞭に聞え、聞き流すこともできない。
すべての言葉が精神の奥底に突き刺さってくる。

偽りと悪意に満ちた虚言に過ぎないのに、
まるでこれが―――ある一定の説得力を有しているように聞えてしまう。

普通は負けてすぐに事実だとして飲み込んでしまうだろう。


だが鋼の精神を有す彼女は徹底的に抗った。
絶対に楽になろうとはしなかった。

うめき声を漏らしながらも手を上げ、この憎悪の象徴へとサブマシンガンを放った。
微々たるダメージしか与えられなくとも、震える手で弾倉を入れ替えて撃ち続けた。

ただしその気合だけで、この男を止められるわけもなかった。
アーカムは突然興味を失ったかのように踵を返すと、足早にこの場から離れていった。


アーカム「お前もこれはわかっているだろうが―――」


最後にこう。
レディも知っている、そして今の彼女にとってもっとも残酷な―――『事実』を言い添えて。



アーカム「悪魔の力は、本人が『求めなければ』手に入らない。『望まなければ』―――悪魔には転生し得ない」



そしてアーカムは消えた。
『悪魔へと変じつつある』レディを残して。

694: 2012/04/10(火) 02:02:31.63 ID:fsSBYkS5o

レディ「ッあ゛ッッ―――」


すぐに躊躇うことなく―――『保険』を胃袋の中で炸裂させるも、
単に苦痛を上乗せしただけ。

氏ねなかった。

更にアーカムはご親切にも―――あらゆる魔術耐性を有する術式も付加して行ってくれたようである。

次いでこめかみを撃ちぬいても、魔弾は身に触れた瞬間に対魔性を喪失。
ただの銃弾となって反対側から抜け出るだけ。


『この身』はもう自決さえも許してはくれない。


レディ「――――――ちが……そんなはず―――」


こんなはずあるわけない。
己が魔の力を求めている―――悪魔になることを望んでいるなんて―――


―――アーカムと同じように―――『混沌』と『闘争』に狂っているなんて。


だが現実は現実だった。
彼女がどれだけ否定しようが―――その身は『悪魔』になってしまっていた。

記憶から呼び覚まされた『悪夢』はこうして、
想像し得なかったほどに残酷な形で現実化した。

695: 2012/04/10(火) 02:04:19.07 ID:fsSBYkS5o

彼女がここで敗北した最大の原因はアーカムではない。
彼女自身の奥底にある『何か』だった。

いや彼女の最大の武器である―――鍛え上げられた『闘争本能』そのものだ。

己の最大のアイデンティティの喪失による絶望、
自身の本質への疑念、そしてアーカムと『同じ』になる恐怖と―――


レディ『―――――――――あああああああああああああ!!』


もはや過去の産物ではない、今この瞬間に生み出された底無しの『憎悪』。
それらが折り重なった凄まじい咆哮が響き渡った。

―――『悪魔の力』を帯びて。

ただしそれでも、彼女が『自我』を失うことは無かった。
むしろ逆に―――そのむき出しの自我がより強靭になっていた。

残酷に証明されてしまった血塗れた『潜在欲求』は、
一方で彼女を『人間的な生存本能』から解放してしまったのである。

今の彼女は気迷うことはない。
レディの意識の全ては現在、たった一つのことに集束されている。

こうも言えるか。

この瞬間、彼女の潜在意識は人間として氏ぬよりも、
悪魔になり身を滅ぼしてでも―――アーカムをもう一度頃すことを選択したと。


その証拠にこの咆哮には、
より鋭く凶暴な―――もはや自滅的とも言える―――殺意が溢れていた。



そんな強烈な『殺意宣言』はアーカムにも聞えていた。

『道化』に姿変えた彼は、呼応するかのように狂気の笑い声を漏らすと、
一目散にある場所へと向かっていった。

能力者、天草式、そして―――英王室第二王女のいる地下劇場へと。


ジェスター「―――Hello! Your Majesty!」


目的はもちろん―――この目障りな魔塔の隔離を解除するために。


一人のある少女を頃すために。


―――

706: 2012/04/13(金) 01:35:43.85 ID:qVVseLHTo
―――


御坂「―――当麻!大丈夫?!本当に大丈夫?!本当に?!怪我してない?!」


人間界におり、第二の本陣に辿りついた一行を出迎えたのは、
目元を真っ赤にした御坂の怒涛の声だった。

もちろん大半を占めるは、上条の身を心配しての言葉である。

ベオウルフはグラシャラボラスと同じく外に。
カマエルも、その3m以上もの体躯(それに物理的にも大型トラック並みの体重があった)もあって、
大悪魔たちと共に外にいてもらうことに。

そうして上条と風斬りは、御坂の慌しい先導を受けながら、
一方通行に肩を貸して施設の中に入っていった。

『穴』とも呼べる、大砲でも撃ち込まれたかのような入り口を潜り、長い廊下を抜け。
非常用のエレベーターで地下に降りては、また長い廊下を通り。

そのように目的の部屋の前まで達すると、
一行の意識が向くのは、まずは廊下の壁際にある二つの医療ベッドだ。

上条「……」

一つには神裂が氏んだように眠っていた。
ただし『氏んだよう』にとはもちろん比喩表現で、実際は大丈夫だ。
かなり衰弱してはいるが、いまは回復に向かっていた。

707: 2012/04/13(金) 01:37:36.78 ID:qVVseLHTo

そしてもう一つには、グループの一人―――結標淡希が横たわっていた。

白井黒子が看る下、点滴をはじめあらゆる医療機器につながれたその体、
それが示すとおり彼女も酷く消耗していたも、
それでも神裂よりは容態も良好でしっかり覚醒していた。

一方「よォ……また氏にぞこなったな」

彼女はその皮肉にも、顔色悪くもハッと笑い返すと、

結標「私はね」

そう告げて、目である方向を指し示した。

視線の先、廊下の奥にはもう一人。
今度は床に横たわっていた。


―――シーツが爪先から頭まで覆いかけられて。


一方「……そォか」


上条「……」

上条には、視覚情報として捉えられなくともわかることだった。
『彼』にかぶせられているシーツは、大量の朱で染まりあがっており。
しかももう一部は乾き始めていると。

悪魔の知覚をもってしても、『彼』の鼓動は聞えてこなかった。
そして魂の息吹も。

708: 2012/04/13(金) 01:39:59.67 ID:qVVseLHTo


一方「海原だ」

盲目の瞳が『彼』に向いてるのを見て告げる一方通行、
それだけじゃ誤解を招くと思ったのか。

結標「…………一応言っておくけど、本物の海原光貴じゃないわよ。彼の皮をかぶったアステカの魔術師で……」

志を友にした氏者へのそれなりの礼儀だろう、
結標が簡潔に加えてくれた。

ただしこのささやなか親切が必要なかったというわけではないも、
上条はそれについてはわかっていた。

悪魔としての直感力によるものか、それとも天使としてのそれか。
こうして今、動かぬ彼を前にしてすぐに気付いたのだ。

上条「…………ああ、知ってる」

彼のことは知っている。
覚えているとも、と。

とある建築現場における彼との戦い、
そしてそこで彼と交わした―――約束もはっきりと。

もちろん彼が『誰のため』にそうしていたのかまで。

709: 2012/04/13(金) 01:44:45.57 ID:qVVseLHTo

上条「…………」

では、その彼の戦いの象徴だった御坂はどこまで知っているのだろうか。

ふとそう気にはなったも、
次の瞬間にはそれを明らかにする必要はないように思えた。

今そんなことを聞くなんて無粋は真似はできないし、それ以前にある程度は予想できるものだ。

場の空気が『彼』に向いた途端、思わずといった動きでこちらの肘あたりを掴み。
何かを堪えるように口を結ぶ、そんな御坂の様子から。

彼女は『彼』のために目元を真っ赤にさせていたのだと。


今この場では、それ以上『彼』のことを話題にする必要も暇もないか。
ふっと向き直った御坂に続き、一行は無言のまま部屋の中に入った。


まず最初に目につくのは、中央にあるいかにもな機器の類で固められているベッド、
その上の打ち止めの姿と、その真横に浮かび上がっている立体映像による地図。

次いでベッドの傍にいる、ラフな部屋着の上に白衣を羽織った女性と、
立体映像に向いているアニェーゼだ。
彼女はあの大きな杖を肘に通す形で腕を組み、
疲れ滲ませながらも鋭い目で、地図上の光点の動きを追っていた。

上条「……」

そして御坂の友人の佐天という少女に、もう一人、
壁際に並べられたモニターに向かっていた、幼い風貌の少女である。
ジャッジメントの腕章と、上着の下から覗くスカートからしてどうやら中学生か。

頭の花飾りとなで肩が印象的な少女だった。

710: 2012/04/13(金) 01:48:40.38 ID:qVVseLHTo

御坂「初春さんよ」

そう紹介された少女は振り向き軽く会釈するや、
こちらの反応を待たずにすぐにモニターに向き直ったが、
上条は別段不快には思わなかった。

手を離せないというのはその様子から明らかだ。
むしろ一瞬でも邪魔してしまったというのが申し訳ないくらいだ。


芳川「私は芳川桔梗。ラストオーダーの世話係りってところよ。あなたが例の子ね」

次に白衣の女性がそう軽く自己紹介。
例の子、と呼ばれるに理由については心当たりがありすぎて特定できないも、
人違いであることはまず無いだろう。

上条「上条当麻です」

と、軽く会釈しかけたところ。
肩を貸していた一方通行がのそりと動き出し。
半ば転び倒れるようにして床にあぐらをかき、ベッドの足に背をもたれかかった。

芳川「大丈夫?」

一方「……あァ」

そして芳川の言葉にはそっけない反応。

打ち止めとも、彼は軽く目を合わせただけだった。
とはいえ特にもよそよそしいものではない。
芳川とは、これだけでも慣れた付き合いであることがわかったし、打ち止めはそれ以上のもの―――

―――己とインデックスのように阿吽の状態なのだろうか、
二人の間では『会話』はそれで充分だったよう。

打ち止めの笑顔からもそれは明らかだった。

711: 2012/04/13(金) 01:51:07.61 ID:qVVseLHTo

ともかくこれでひとまず、安全域への一方通行の退避は完了となり。
上条はアニェーゼに向き、引継ぎも兼ねて確認のため言葉を交わらせた。

上条「じゃあアニェーゼ。アクセラレータを頼む」

アニェーゼ「わかりました。でもまあ、防衛の要は私じゃねーです。グラシャラボラスですよ」

かの悪魔の名前をこうして口にしていることがおかしいのだろうか、
ぎこちない苦笑いを含ませるアニェーゼ。

そんな表情を浮べてしまう気持ちは上条にも理解できた。

上条だって同じだ。

今はこうして己の過去を知りそのすべてを受け入れたも。

一方でこれまで『普通の高校生』として生きてきた自分は、
悪魔やらに関わってもう半年にもなろうのに、
いまだにふと夢物語の中にいるような浮遊感を覚えるものだ。


ただしそれは『気のせい』でもない。

後世に伝承として語り継がれ、もしかすると魔術偶像の源となるかもしれない
大いなる流れの中―――『伝説的物語』の中に身を置いているのだから。

しかもそれを綴っているのは、影響力に大小の差が有れど―――ここにいる『全員』だ。

もちろんアニェーゼも例外ではない―――御坂も白井黒子も佐天も、
そして初春というそこの少女だって。

712: 2012/04/13(金) 01:52:59.76 ID:qVVseLHTo

そう水面下でアニェーゼの表情に同調しつつ、
上条は言葉を進めていった。

上条「とりあえずベオウルフもここに残ってもらうよ」

この状況、防衛戦力が充分なんてことは有りえず、
要の一つとも言えるここの戦力を増強しておくにこしたことはない。

それに大悪魔が二柱いる事で、
一方通行たちの生存確率は大きくはね上がると上条には考えられた。

万が一ベオウルフとグラシャラボラスが抗し切れない敵が現れようとも、
ベオウルフが盾になっている間にグラシャラボラスが皆を連れて退避、ということも可能だからだ。

と、その「魔獣は残ってもらう」というこちらの口ぶりに、
続くであろう言葉に気付いたのか、御坂の不安げな表情。

それを代弁するかのようにすぐさまアニェーゼが問うた。

アニェーゼ「わかりました。それであなた達はどうするんですか?」

風斬『私はネロさん達の応援に』

これにまず答えたのは風斬だった。
かたや上条の方は数秒間、意味深に黙して。


上条「……俺は……」


そう発しかけて。

この部屋の隅にいたもう一人の人物―――アレイスターの方へと顔を向けた。

713: 2012/04/13(金) 01:55:00.96 ID:qVVseLHTo

アレイスター=クロウリーは暗がりにうつむき座り込んでいた。
その美しくも儚げな妻の肉体のせいで、より一層濃くみえる悲壮感を纏って。

上条「……」

そんな哀れで途方もなく罪深い『敗者』の前に立った上条当麻。
その瞬間、様々な感情が渦をまき、すぐに放ちたい様々な言葉が湧きあがってくる。

もちろんその大多数は、とても聞いていられないような―――過激な憤怒の言葉だ。

しかし数秒の沈黙ののちの第一声。
そこで彼が選んだ言葉は。


上条「…………すまない」


謝罪だった。

その瞬間。

例え見えなくとも、後ろにいた御坂の顔色が変わったのがわかったも。
上条はそのまま続けた。


上条「―――俺のせいだ。お前の罪の全ては―――俺の罪でもある」

714: 2012/04/13(金) 01:58:09.65 ID:qVVseLHTo


御坂「―――ちょ―――ねえちょっと!!そいつは―――!」


驚愕と失念と、そして疑問が入り混じった複雑な表情を浮べてのものだろう、
耐えかねて飛び出してくるのは御坂の声。

だが上条は素早く手を後ろにむけ、その声を制止させた。

聞く必要がなかったからだ。


彼女の言いたいことは理解していた。
そして上条も文句なしにそれに同意しているからだ。


続いたであろう御坂の言葉はすべて正論、彼女の怒りは被害者としてのきわめて正当なもの。
紛れもない事実、覆りようの無いこの男の『悪行』の数々、
人類の敵としてもいいほどの大罪人。


アレイスター=クロウリーは決して許されることはない、地獄に堕ちて永遠の苦痛を味わって然るべき男だ。


だが上条はこれも理解していた。

アレイスター本人も、その己の罪を全て理解し引き受けた上で―――

―――その手法は歪んでいたとはいえ、
ミカエルの真意を理解しその意志を受け継ごうとした、という点を。


己の行いが大罪と認識される―――『そんな世界』を守り、完全なる存在に成そうとしたのだと。


それらを踏まえれば、この謝罪の言葉は、
上条当麻という人物の思考回路に照らせば当然の答えだった。

直接的な責任の有無は関係ない、
その結果がミカエルの残した『幻想』に起因しているのなら―――背負わなければならない、と。

715: 2012/04/13(金) 02:00:16.02 ID:qVVseLHTo

ただしこれは、御坂には到底飲み込めないことだろう。

上条も自覚していた。
御坂が向けてくる瞳には、親友へのもの・想い人へのもの以外に、

―――『崇拝』の光まで強く宿っていることには。


そんな彼女が今の光景を見てどんな思いをしているのかは想像に易い。

己にすれば、ダンテがムンドゥスに頭を下げる様を見るかのような、
とんでもない驚愕と耐え難い失念に苛まれているに違いない。


上条「……」

だが上条は、御坂には弁明する気もなく、
別に納得してもらおうとも思わなかった。

彼女が考えを変える必要はない、そもそも正しいのは御坂の方だからだ。

アレイスターは、己の断罪は世界の流れと新世界の人々の意志に委ねようとした。
上条もまた同じく、己は彼女ら「本来の人間」たちの理解の仕方に、
あれこれ口を出す立場ではないと考えていた。

御坂が己を慕ってくれているからって、
それに甘えて強引に人間としての倫理観を捻じ曲げてもらうわけにはいかない。


絶対に―――アレイスターには罪がないと『錯覚』してはならない。


上条当麻がアレイスターに謝罪、その責任も上条当麻にあるからと、
だからといってこの魔術師の罪を見直し、御坂の中の『善カテゴリ』に入れるのは間違いである。


上条当麻という人物を、アレイスターと同じ―――悪のカテゴリに放り込むことが正しいのだ。


716: 2012/04/13(金) 02:03:16.32 ID:qVVseLHTo

上条の言葉にゆらりと顔を上げ。
儚げな『女』は薄く笑った。


アレイスター「………………私と共に……この罪を背負うというのか?」


虚ろながらも、その瞳はこちらの真意をしっかりと読み取ったものだ。
さすがはといったところか、話が速い。

上条「それだけじゃない」

対し上条は肯定した上で否定し、単刀直入にこう続けた。


上条「……俺の力なんてちっぽけなもんだ、どこまでやれるかはわからねえ。でも……」


己が遺した理想からアレイスターが引き継いできた、多くの犠牲が注がれて血塗れた『バトン』。
それをいまさら罪の塊としてただ処理するわけにはいかない、と。

背負うからには―――最後までやり遂げねばならない、と。


上条「約束する。俺はお前の分も戦い続ける―――」


ミカエルだった頃から上条当麻である今の今まで、
己のすべてと向き合い芯を貫こうとする少年はここに宣言した。

筋書きが求める英雄じゃない。
この筋書きに潰された敗者が描く―――英雄を。



上条「お前が抱いた幻想を―――――――――現実にするために」



アレイスターが夢に見た―――英雄になってやる、と。


それが上条当麻による―――『筋書き』への宣戦布告の形だった。

717: 2012/04/13(金) 02:06:20.95 ID:qVVseLHTo

御坂は部屋から飛び出していくこともなければ、大声で割り込んでくることもなく。
あらゆる激情に肩を震わせながらも、辛抱強く堪えていてくれた。

上条「……」

彼女はじっと俯き、顔を真っ赤にさせ、
目にはぎらぎらと苦悩の光。

そして無言のままこちらの上着の袖を掴み、
やや、乱暴なやけっぱちのような仕草で引っ張って揺さぶってくる。

上条「……」

今この少女の心中では、壮絶な葛藤がくり広げられているだろう。
善悪の定義を上条当麻のために安易に覆してしまったら―――妹達の犠牲にはどう向き合えばいいのか、と。

だがこれは、実は彼女が受け入れるための『葛藤の形』をした準備作業に過ぎない。

上条当麻は知っている。
御坂美琴は、この程度で易々と倫理観を覆すような者ではないことを。

最終的には、上条当麻に見た失念は失念のまま。
上条当麻に覚えた怒りは怒りのまましっかりと受け入れ。


そして上条当麻という少年は、自身が思っていたような『完全無欠の正義』ではない、と気付いてくれるはずだと。


ただ別に弁明する気はなくとも、ここで一言二言彼女に言葉を捧げるべきだったかもしれない。
彼女の心の整理を邪魔しないことも大事だが、無反応というのもまた礼儀に欠けている行為だ。

だが、そう上条がふと思ったのも束の間、御坂へ捧げる言霊を精査する前に。

アニェーゼ「―――上条さん!」

アニェーゼの張り詰めた声が響いた。


アニェーゼ「土御門からです!至急こっちに来やがれと!」


瞬間、御坂美琴は袖から手を放した。
無言のまま静かに。

―――

718: 2012/04/13(金) 02:08:14.40 ID:qVVseLHTo

―――

遡ることわずか。
魔塔地下深くの劇場にて。

土御門「―――」

厳重な結界を敷き目を光らせていたにもかかわらず、
土御門はその『狂気』の侵入を防ぐどころか、それが現れるまで存在に気付くこともなかった。

刹那、滝壺へと牙を向いた容赦のない殺意。
振るわれた凶悪な『ステッキ』を防いだのは―――キャーリサだった。

キャーリサ『っ』

ぞわりと身を走る悪寒。
それは主の力による警告だ。

瞬間、彼女はほぼ反射的にカーテナを手にすると、
すばやく滝壺と浜面の前に身を置き。

そうしてこの狂撃を間一髪のところで受け止めたところ。
ようやくキャーリサもこの狂気の姿を意識して目にすることが出来た。

カーテナと歪な『ステッキ』が火花散らす向こう、そこにあったのは。


「―――Hello! Your Majesty!」


おぞましくゆがむ―――狂気に満ちた『道化』の顔。
人型ながら一切血の気がない蒼白な肌に、
鋭く尖った鼻に大きく裂けた口という異質な存在だった。

しかも姿のみならず存在もまた異質―――大悪魔だった。

719: 2012/04/13(金) 02:10:09.87 ID:qVVseLHTo

そのようにして、彼女が道化の姿を一通り認識できた一拍ののち。

ここで滝壺と浜面がやっと目の前の光景に反応を示すことができた。

浜面「―――うぉおっ?!」

とはいっても認識できたのは光の瞬き、何が何だかわからない衝撃、
突然目の前に現れたキャーリサの背。
そしてその向こうの不気味な道化という、コマ落ちした断片的情報のみだ。

ただしそれだけでも判断するには十分だった。


これは『敵襲』だと。


驚愕と動揺に震わせながらも、芯に刻まれた大切な者を守るという意志は揺らがない、
彼の体は実にすばやく明確に動いた。

咄嗟に滝壺を―――やや乱暴でもやむをえない―――後ろに押し倒し、
背で覆いかぶさるように彼女の盾になった少年。


キャーリサ『―――下がれ!!』


そしてキャーリサの声と同時に、
そこへ絹旗が応援に飛び込んですばやく二人を回収。

土御門の先導の下、他の者達に守られながら即座に劇場を脱していった。

720: 2012/04/13(金) 02:14:35.47 ID:qVVseLHTo

しかし道化は動かず。
その初撃からして目的は滝壺であろうに、
すぐに彼女達を追おうとはしなかった。

キャーリサ『っ』

それどころかまるで見向きもせずに、
刃越しにキャーリサにぐいと顔を近づけて。


「ほ~イギリスのじゃじゃ馬姫がン~まご立派になっちゃって!」


耳障りな高笑いとともに恐ろしく下劣な声を吹きかけてきた。

「テレビで見た時はまだまだワンパクおチビさんだったのにだねェ!すっかりイイ女に~おいしソー!」

キャーリサ『……!』

キャーリサはこれまで一癖も二癖もある連中を従えてきたため、
多少の無礼などはまったく気にしない。
面と向かって罵声を浴びせられようが、それで怒りに震えることなどまずない。

猛々しくも彼女は決して短気ではない、
むしろ鋼の辛抱強さを持ち合わせていると言ってもいい。


「それなのに独り身なんてモッタイナイ!もちろん人並みに遊んでるんだろゥ?いんやそれ以上だなきっと!」


だがこの道化の言葉は―――耐え難かった。


「キンッキンのロイヤルだもんねェ一人や二人お相手をカコッたりしてるのかなぁ?!気になるぜそこら辺のお事情!!」


ただの言葉ならばどうってことはない。
だがそこに大悪魔たる力がのると、ひとたび聞き流せぬ言霊となるのだ。

この道化の声には、あらゆる不快な要素が詰まっていた。
耳障りでこの上なく忌々しく―――それがあきらかな挑発だとわかっていても、
自然に柄を握る手に力が入ってしまう。

721: 2012/04/13(金) 02:17:24.53 ID:qVVseLHTo

「―――おンやあ?どうしたンだいダマっちゃって?もしかして図星?!」

より逆撫でしてくる道化。
その笑みがどうしようもなく憎たらしい、憎たらしくてたまらない。
侮辱の言葉にはより過激な言葉を返すことを『モットー』としているキャーリサであっても、
この道化の声にはもう真っ向から対抗することはできなかった。

「こりゃたまげた!と~ンでもない王室スキャンダル掴んじゃったオレ?!英国第二王女のあそこはユルイって―――」


キャーリサ『―――黙れ!!』

もう聞いてなどいられない。
滾る怒りに身を任せ、キャーリサはそのまま刃を押し込み―――道化を斬り潰そうとした。

しかしカーテナの刃が断じたのはただの大気と床のみ。
一瞬の間に道化の姿は消失、
次の瞬間には、5m先の天井に逆さまに立ちまたあの高笑い―――


キャーリサ『―――べらべら抜かしやがってこの腐れピ工口が!!』


「ヒョーベラベラベラベラベラベラベラベラ!!」

そうさらに低俗に茶化してくる道化へと、
次いでカーテナを振り上げざまに光刃を放ったも―――今度はステッキで弾かれてしまった。


キャーリサ『―――チッ!』

濃い青紫の光を伴って霧散する光刃。
ここまでの一連の流れで、この道化の力は明らかだった。

とことんこちらをコケにするその姿勢、溢れ出る余裕。
その上―――実力も伴っているなんて―――なんと凶悪な敵か―――

722: 2012/04/13(金) 02:18:58.73 ID:qVVseLHTo

と、その時だった。
一撃で通らぬなら更に続けて、と彼女が光刃を放とうとすると。


「―――カーテナ=セカンド」


キャーリサ『―――っ』

悪魔の口からこの霊装の名が出てくるとは誰が予想しえたか。

「『剣』については昔から色々知る機会があってねぇ!カーテナも一通り調べたんだぜ!
 その現物をまさかここで拝められるとはねえ!」

しかもその口ぶり。
なんなのだろう、瞬間に覚えるこの妙な親近感・慣れた感覚は。


「でもさぁ、それ、そこまでスゴイモノじゃないよねジッサイ―――」


その謎の感覚の正体はすぐに判明した。
一定の親近感を覚えるのも当然だったのだ。

もちろんその親近感は、個として『親しみ』を覚えるという意味ではなく、
良くも悪くも『同属』という類のものだが。

次なる言葉で、キャーリサは確信する。
この道化は―――


「―――こうして見ててもさあ、オレから言わせると『術式』がチョー雑なのよ」


―――『魔術師』だ、と。

723: 2012/04/13(金) 02:22:06.73 ID:qVVseLHTo

悪魔なのに『魔術師』とは―――

そのとき脳裏を過ぎるは特別講師であったネロの言葉、
『魔術』は人間特有の技術であり、悪魔が使うことはまずないのだと。

たしかに神裂やステイルといった例外があるも、
二人は元は人間のきわめて優秀な魔術師だ。

ここでキャーリサも瞬時に思い至る。


まさかこの道化も―――元人間なのか、と。


そしてもう一つ。
この瞬間、キャーリサの頭に引っかかるある言葉があった。

確かに今、あの道化はカーテナを指して―――『雑』と言った。

いまや事実上イギリス最大の霊装であるこの剣をまるで―――劣悪な『贋物』として見るような声色で。


キャーリサ『ッ!』


ただそれ以上、思考を巡らすことは出来なかった。
天井に立っていた道化が一瞬にして目の前に現れたのだ。

そしてすばやく振るわれてくるステッキ。

しかし確かにこの道化は相当の力を有してはいたが、
キャーリサにはついていけない程でもなかった。

圧倒的に強いわけではない、充分に戦える―――
ただしそれは道化の悪魔として側面からのみ見た話だった。


ステッキをカーテナで打ち弾いた瞬間。


キャーリサはこの道化のもう一つの側面、魔術師である可能性を無視できなくなった。

724: 2012/04/13(金) 02:24:48.86 ID:qVVseLHTo

キャーリサ『―――なッ?!』

それは弾いた瞬間、
すぐにわかるほどに強烈な違和感だった。


カーテナからの衝撃がやけに『ぎこちない』。


再度振るわれてくるステッキ、それと一撃、二撃、そして三撃。
打ち結ぶたびに増大していく違和感、
そうしてついにその不穏な感覚が明確になった。

カーテナを介して送られて来る主の力、それが急に弱まりはじめたのだ。
いや違う―――カーテナの機能が急に低下しだしたのだ。

キャーリサ『―――!』

原理はわからぬとも原因はあきらか。


道化のステッキと打ち合ったからだ。


もう間違いなかった―――キャーリサはすぐに悟った。
あの刃が激突する瞬間、このカーテナに何らかの魔術を仕込まれたのだと。


動揺を隠し切れないキャーリサに、道化は聞きもしていない概略を答えてくれた。
ステッキをくるくると回し得意げに。


「この程度の霊装ジャ、『主』の力なんて普通は許容できないんだけどサ、そこはほら、『主』が強引にゴマかしてるのよね」


もちろんそれは親切心によるものではないはず、
何が起こったかを明らかにさせ―――絶望を確信させるためであろう。


「そこをオレがチョォーット書き換えて―――ゴマかせなくしたダケ。わーかるゥ?」


725: 2012/04/13(金) 02:27:07.23 ID:qVVseLHTo

この道化はただ魔術師というだけじゃない。
その技術はとんでもない水準、完全に常軌を逸している。

まさに超級の魔術師、
少なくともここまで高度な技を持っている者はイギリスにはいない―――


キャーリサ『―――かッ―――!』

力が抜けていく。
主の加護がみるみる薄れていく。

そして一方で荒々しく増大してくるのは―――これまで蓄積されてきたあらゆるダメージ。

―――わき腹に穿たれた穴からの耐え難い衝撃。

カーテナの機能停止が目前なのは確実。
主の加護が消え去って戦力を喪失し、後に残るは酷く消耗した『生肉』だけ。

いいや、生肉どころか『氏肉』かもしれない。
もうキャーリサ自身、
この加護を解いてまで己が生きていられるかはわからない―――


―――だがこの女にとっては、もはや氏という概念はいかなる枷にもなりやしなかった。
氏から目を背けているのではない、
それを全て飲み込み承知の上でここに―――この戦場に参じたのだ。

彼女は決して戦うことを止めなかった。

カーテナの柄を握る手は緩めず。
戦意も一切弛ませず。


「ヤメといた方がイイんじゃな~い?!無茶すると今にもカーテナがボーンってぶっ飛んじゃうぜ!!
 せめてキレイに氏にたいジャン?!ロイヤルレディとしてさァ~!」


これまで以上に癪に障る声でせせら笑う道化へと。
かまわずカーテナを振り構え、床を蹴った。


キャーリサ『―――うるせーっつってんだよ腐れピ工口が―――!!』



―――

726: 2012/04/13(金) 02:29:29.44 ID:qVVseLHTo
―――

劇場をあとにし、碧い洞窟を抜けいく中。
土御門はあの道化についてすばやく思考を巡らせていた。

土御門「……」

まず第一に浮かび上がった疑問は、なぜあの道化の侵入に気付けなかったか、だ。
結界を突破する以上、必ず検知できるはず。

それなのにああして目の前にするまでその存在に気付くことができなかった。
そして目にした後でも、不思議な事に結界からは何の異常も知らされてこなかった。

ここから一つ、あの道化について推測できる事柄が浮かび上がる。

『突破』したのではない、結界を『無効化』したのだ。

そして器用な真似をできるのは土御門が知る限り『幻想頃し』か、もしくは―――魔術師だ。
それももちろん己よりもずっと高度な技術を有している―――それこそ『魔神』級の。

土御門「―――」

そのように自ら導いた推理に、土御門は辟易としてしまった。

まさかアリウスほどか、それともオッレルスクラスか。
ただしオッレルス程度の水準であったにせよ、己よりも魔術技能は遥かに上だ。

しかもそれだけじゃない。
この慈母の残してくれた瞳で一目でわかる、あの存在は正真正銘の『大悪魔―――。

727: 2012/04/13(金) 02:31:42.26 ID:qVVseLHTo

土御門「クソッ……」

細部は違えど、重なり蘇ってくるのはあの圧倒的なアリウスの姿。

またしても規格外の魔術師と対峙せねばならないのか。
またここではやくも、後ろを任せてきたキャーリサの身が非常に心配だ。

慈母の目で見るかぎり彼女はたしかに主の力で守られてはいたも、
繋がりの要たるカーテナは人の手による霊装だ。

相手が普通の大悪魔ならばまだ良い。
戦いは純粋に力のぶつかり合いに終始し、それならばキャーリサだって充分に戦える。

しかし魔神と呼べるほどの魔術師の前に『霊装』を持ち出すのは、
まさに『術式を破壊してください』と差し出しているようなものだ。

『術式を自作維持できぬものでもその魔術を行使できる』ように現物化させたもの、
という側面も持つ『実体霊装』は、
魔神の高みに属すほどの者からすれば、言ってしまえば―――無防備を晒す『ガラクタ』に過ぎない。

これについては、霊装を使ってないとはいえ土御門だって他人事ではなかった。

己への慈母の力だって術式でもっている面もあるため、
このような超級の魔術師は天敵とも呼べる存在なのだ。

728: 2012/04/13(金) 02:34:20.35 ID:qVVseLHTo

―――ただし、何もかもが八方塞と言うわけでもなかった。

このような存在にも抗う術、
絶対的な希望が今は存在している。

『彼』が復活した報せはリアルタイムで来ていた。
魔術に対して圧倒的な有効性を誇る『ジョーカー』。


人間側には『魔術の天敵』―――


―――上条当麻がいるのだ。


彼の手が空いているか、なんて考慮する余裕はなかった。
これは『頼み』ではなく『命令』だ。
表現が乱暴かもしれないが、上条の事情など知ったことではないのだ。

彼の手がなければ、何もかもが崩壊しかねない状況なのだから当然だ。


そうして上条を呼び寄せるため、
エツァリに代わって本陣についたアニェーゼへと回線を開こうとしたとき。

広大な地底湖に達した一行の足は急停止せざるを得なかった。


進路上にあの―――道化が立っていたのだから。


いかにも喜劇的な、それでいてちっとも笑えない狂気と悪意に満ちた佇まいで。


そしてこの最悪の再会による衝撃だけじゃない、
道化が右手にしていた『あるもの』を見、みなはさらなる衝撃に震撼した。

道化が右手に持ち、うちわのようにして扇いでいたもの。
それは半ばから折れた刃だった。


―――べっとりと―――赤く染まったカーテナの。


―――

729: 2012/04/13(金) 02:34:56.04 ID:qVVseLHTo
今日はここまでです。
次は日曜に。

730: 2012/04/13(金) 02:57:24.13 ID:5O7Y3Dc3o

731: 2012/04/13(金) 08:09:03.03 ID:IrHEbIQH0
乙乙乙

ジェスター無双だと…?

732: 2012/04/13(金) 08:16:28.69 ID:/5c/iKpAO
乙乙乙

あいつそんな強かったのか……(- -;)


 次回へ続く:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その39】


引用: ダンテ「学園都市か」【MISSION 10】