742: 2012/04/16(月) 01:29:34.30 ID:89YzOhTFo


最初から読む:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」

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―――

五和「どう、どうどう!」

状況の変化には、魔塔内部を駆け巡っていた五和もすぐに気づいた。
土御門ら下の陣との魔術回線が突然切れたのだ。

何かがあったのは間違いないと、
とある入り組んだ廊下にて魔馬を制止させ、すばやく回線の復旧をこころみるも。

五和「……」

土御門には繋がらなかった。

何らかの術式で妨害されている気配はないため、こうなれば考えられることは二つ。
通信先が氏亡したか、簡単な通信術式に応答できないほどに困窮しているかだ。

次いで建宮に通信を試みるも結果は同じ。

五和「……」

やはり状況はまた一つ転じたようだ。
それも確実に悪い方向へと。

このままレディの捜索を続けるか否か、それについてははっきりしていた。
彼女の件も捨てがたいが、やはり土御門たちの件が優先だ。
一秒でも早く彼らのもとへ駆けつけ、安全を確認し、問題があれば対処せねばならない。

五和「―――」

と、そのように来た道を戻ろうとした矢先。


ゲリュオンが突然大きくいなないた。


この魔馬と共にしてからまだ僅かとはいえ、とても平常のものには聞えない鳴き方だ。
聞えるとしたらかなり興奮した威嚇か、警告か、それか―――『嘆き』か。

五和にその真意を知る術はなかったも、
その原因についてはすぐに明らかになった。

そのとき、廊下の先から足早に向かってくる人影が一つ。
警戒するまでもなく誰なのかはわかった。


レディが歩いてきていたのである。
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743: 2012/04/16(月) 01:32:56.42 ID:89YzOhTFo

探していた人物が現れたのだ、
これは運が良かったとも言えるかもしれないか。

五和「レディさん!」

そうして彼女を認めるや、すばやく魔馬の背から降り、
傍へと駆け寄る―――五和はそうしたはずだろう。


このときレディからの本能的な悪寒を覚えていなければ。


一気に緊張した本能が、
理解するよりもはやく彼女の身を安全地帯―――魔馬の背中に留めたのだ。

五和「……レディさん?―――」

次いで二度、漏れた今度の呼びかけは上ずった疑問系。
そして声はそれ以上は続かなかった。

悪寒の正体をようやく理解し言葉を失ってしまったのである。


レディのオッドアイに―――魔の光が灯っているのを見て。


数秒間、5m程の距離を置いての沈黙。
不気味なくらいに静かだった。

ゲリュオンは息をしていないのではというくらいに静か。
聞えるのは己の嫌に速くなる鼓動と、緊張によって徐々に勢いが強くなる呼吸音。

五和「……」

レディはこちらをじっと見つめたまま何も言わなかった。
いや、『見つめていた』とは言い難い。

『道端で小石を見る』ほどまでには希薄ではないも、
見えてはいるも特に意識下には留めていない、そんな様子だ。

ぼうっとしてはおらず意識は明瞭、思考はせわしく稼動してはいるが、
それが今瞳に映っている存在には一切向いていないといった風。


五和「……レディさん?」

そして三度声をかけても反応はなかった。

聞えていないかのように、ではない。
明らかに聞えていながらに一切反応を返してくれなかった。

744: 2012/04/16(月) 01:36:16.58 ID:89YzOhTFo

それ以上、五和は声をかけられなかった。
レディであることには間違いないし、別に敵意を感じるわけでもない。
魔の瞳に威圧されてしまったわけでもない。

レディなのだが、先ほど会っていたときの『レディ』から―――何かが『抜け落ちて』しまっているような。

いいや、逆にその『何か』が爆発して彼女を『喰らってしまった』をかのような。

ついさきほどまで一緒にいた女性とは思えなかったからだ。


アスタロトがやってくる直前、
罠をしき終わったあとの会話の中で、ふと『あんな』表情を見せたものと同一人物とは―――


五和「―――っ……」


そこで五和ははっと気付いた。
このレディの何が変容してしまったのかが。
それは一体いかなる因子が、彼女に『あんな表情』で父を語らせたかが答えだ。


―――変容したのは『弱さ』である。


消えてしまったのか、それとも何かの拍子に『極端な強さ』に転じてしまったのか。
どちらにせよ、レディから『弱さ』というものの全てが消え失せていたのだ。

そしてこれこそが、五和が彼女の様子から意識的に受け取ってしまった不安の正体だった。
弱さの喪失は、良いこととは限らないのだ。


特に『人間』にとっては。


あらゆる弱さを喪失するということは―――結果的にあらゆる『恐怖』を感じなくなってしまうのだから。

レディは終始こちらを完全に無視、いや、捉えていながら無関心だった。
恩人の変容っぷりにショックを受けている五和をよそに、
彼女は何事も無かったかのようにふっと前を向くと。


風に霧散するかのように姿を消した。


明らかに人間のものではない業で。


―――

745: 2012/04/16(月) 01:38:06.04 ID:89YzOhTFo
―――

四元徳が一柱テンパランチアと上級三隊。
巨大なカマキリ、もといベルゼブブと配下の将たち。

そしてネロとベヨネッタ、人間側についた天使たち。

この三勢力の凄まじい戦力が、テメンニグルの塔のふもとにて真っ向から激突していた。


ネロ「野郎―――」


―――とはいうものの、中には幾分かの例外があった。

『靄』に姿を変えたベルゼブブである。

ベオウルフを踏み潰し、ついで風斬もろとも一方通行を貫こうとしたベルゼブブは、
その直後にネロに蹴り飛ばされて以降、『靄』のままなのだ。

靄にはいくら攻撃しても無意味だった。


ネロ「……クソ虫が……」


おかげでネロは、門の直前から動けなくなってしまっていた。
この靄を魔塔の中に入れぬにはそうせざるを得なかったのである。

まわりにはラジエルたちもいたが、彼らに門番の任は無理だった。
ラジエルたちの程度では、カマキリはすぐに実体化して彼らなどものともせずに突破するだろう。

このベルゼブブ相手に門の守れるのはネロとベヨネッタのみ。
そしてネロがその役となったのは、ベルゼブブは彼の獲物という暗黙の了解のためだった。

746: 2012/04/16(月) 01:41:28.93 ID:89YzOhTFo

ネロ「……」

迫る靄へと向け、ブルーローズに連動する『青い光の大砲』をぶっ放すも、
ダメージは乏しい―――どころか皆無。

ただ何もかもすり抜けていくという訳ではない、
ダメージは与えられぬも、振るう刃の圧と業火で押し戻せるか。
だがそれでも完全に防げるとは言い切れない、悲観的に言ってしまえば時間稼ぎに過ぎないか。

現に、上での初コンタクトの際は見事に突破されているではないか。


そしてもし魔塔の中へと突破された場合は、四の五の言わずに後を追うしかない。
そうなればここを守るのはベヨネッタとラジエルたちとなるも、
彼女達だけではここの戦線は崩壊してしまうだろう。

ベヨネッタの存在で戦力は足りていても、この場の『頭数』が足りないのだ。


ネロ「(……まずいなこいつは……)」

やはりこの状況のままではダメだ。
ベルゼブブもあの手この手で門の突破を試みてくるであろうし、
早急にかの存在の『靄』状態を破らなければ―――


そのようにして、向かってくる大悪魔に刃ふるう傍ら思索するネロ。
そんな彼と同じく。


ベヨネッタ『(あれは……―――)』

ベヨネッタもまた、四方から向かってくる天使と悪魔を蹴散らしつつ、
冷めた思考の一画ではベルゼブブの『靄』に関心を向けていた。

あれは他人の獲物であるため本来ならば意に介さないものなのだが、
この時はさすがにそうはできなかった。


なにせ少し前に―――あの『靄』と同じ『類』の『力』を、ジャンヌとともに『潰してきた』ところなのだから。


基本的に身を変じたり、特定の事象に制限をつけたりする特殊能力は、
対する者が力で圧倒的に勝っていれば問答無用で突破してしまうことが可能だ。

それこそ魔剣スパーダを切り落としたほどのネロの刃の前には、いかなる『細工』も無意味である。


だがその特殊能力も―――ジュベレウスの因子となると話は大きく変わってくる。

747: 2012/04/16(月) 01:45:07.44 ID:89YzOhTFo

やはり十強、どいつもこいつも一筋縄にはいかない。
さすがは魔界の統一玉座を狙うだけあるものだ。


―――ただしどうやらベルゼブブの『それ』は、
創造、破壊、具現、維持といった名称を与えるまでにはいかないようだった。

『世界の目』でベヨネッタはその力を見極めた。


魔帝や覇王のそれのように完成しきったものでもなければ、
アスタロトみたくある程度の形になったものですらない、まだまだ未熟なものだ。

ただしそれでも最低限、創世主由来のものと定義するに相応しい水準には達している。

魔剣スパーダを切り落としたネロの刃をもってしても突破できないという事実が、
そのことを明確に示していた。


創世主の領域の力は、ただ巨大な力をぶつけるだけでは破れはしない。

創世主由来の能力は文字通り『創世主の力』、
真理とも呼べる根幹への『究極の干渉権』であり、力ずくで捻じ伏せることは不可能なのだ。


ただそれでも完全無欠というわけではない。
過去の実例があるとおり破る手段はいくつか存在している。

アスタロトに行ったように使用者本人に機能を停止させることや、
かつての魔界の三神とジュベレウスの戦いのように、同じ創世主の力をぶつけたりなどだ。

ただしこれは限定的な相性によるところも大きく、
また三神の力はこちら側には揃っていないため、当然のことだが倣うことは無理だった。

748: 2012/04/16(月) 01:46:51.23 ID:89YzOhTFo

となれば、現実的な手段の一つ目は。

スパーダがかつて魔帝にとった戦法、
完全稼動状態の時の腕輪で創造のはたらきを遅延させ、
その間に『破壊』を叩き込むことだ。

この戦法ならば理論上、創造のみならずあらゆる因子に対しても有効なはずであり、
また実現も充分可能である―――どころか、もう現時点でその準備が整っている。


ただし準備は整っているのだが、
『彼』が―――バージルが『神儀の間』を離れられないため、『今』は使えなかった。


一応ベヨネッタも数分間は彼の役目を代わりに引き受けられるも、
それにはまず彼女が神儀の間に戻る必要があるため、これもまた無理な話だ。
ここはとても中途離席できるような状況ではない。


となると、残す有用な手段は一つ。

四つ目、これは当時の『あの日』まで誰も想像できなかったであろう。
『竜王』自身ですら、自らの力が創造に通用するとは夢にも思っていなかったはずだ。


そう―――『幻想頃し』である。

749: 2012/04/16(月) 01:53:27.26 ID:89YzOhTFo

テンパランチア『―――何が滑稽か。忌まわしき魔女めが』

ベヨネッタ『あら、私笑ってた?』

地響き轟かせて地に立つ節制、その巨顔からの指摘で彼女はようやく気付いた。
もちろん見るものからすれば、悪事を企んでいるような類の笑みだが、
どうやら気付かぬうちに笑みが毀れてしまっていたようだった。

滑稽といえば確かに滑稽なのかもしれないが、
その傍ら―――彼女は少し苛立ちも覚えていた。


幻想頃し、すなわち竜王を元とする力は創世主の領域のものではない。
『その他』と分類される『凡庸』な『特殊能力』と同じ、言ってしまえばただの『小細工』に過ぎない。

ただし時の腕輪の例があるように、魔女の『小細工』で機能不全に陥ることもあるし、
幻想頃しが創世主の力に効果があることは『特別』ではあっても『異質』ではない。

しかしそれでも―――時空間魔術で干渉するにはスパーダ一族のように莫大な力が必要になってくるが、
幻想頃しの場合は実質―――干渉するに力の消費はない。

触れて認識さえすればそれだけで機能するのだ。


これこそ『異質』と呼ぶことができ、ベヨネッタが妙に滑稽に思えてしまっている点だろう。


竜王は上位の大悪魔程度、
上条当麻にいたっては大悪魔かそうでないかという境界上にいる程度の力量にかかわらず、
彼らの力は創世主の領域に絶大な影響力を有しているのである。

まさに幻想頃しこそ、たった一つの『真の弱点』としても良いくらいに。


そしてここがもう一つの感情、ベヨネッタの苛立ちの原因でもあった。
気に喰わなかったのだ。


この状況にこうも都合よく―――幻想頃しが当てはまるということが。


ベヨネッタ『……』


―――くだらない『筋書き』の匂いがプンプンする、と。





750: 2012/04/16(月) 01:59:43.64 ID:89YzOhTFo

ベヨネッタ『……』

上条当麻という少年はもはやこの戦いには欠かせない存在、
趨勢を大きく左右する重要な鍵だ。

竜王の創造・具現・破壊という、『なんでもアリ』の布陣を破れるのは、
今のところは時の腕輪を装備したバージルと―――上条当麻しかいないのだから。


ただしそれゆえに、ここにまた大きな懸念が頭を過ぎってしまう。

ここで上条当麻を使うリスクへの。
果たして筋書きが誘うとおりにしていいのかと。

これは『作られた英雄性』をより高めるための『悲劇のお膳立て』になるのではないか、と。



バージルは強い。
敵なんかいないくらいに強い。

だが上条当麻は違う。
確かに大悪魔の領域に足を踏み入れてはいるも、『生まれたばかり』。
この戦場においては上級三隊より頭一つ分出ている程度で、
相対的には決して『強者』とは呼べない。

大悪魔の将たちを相手にすればひとたまりも無いだろう。


ベルゼブブを破るために彼を呼び寄せたはいいも、
それは視点を換えれば、『希少な勝利への鍵』という守護対象が増えてしまうことにもなる。

守るべきものを身近にした状態での戦いは、
ベヨネッタのように超攻撃型の戦い方をする者にとってはとても実力を発揮しきれるものではない。

それにまた、幻想頃しを作用させるには触れなければならないというのも問題だった。
上条当麻が触れようとしてきた瞬間に、鎌でカウンターでも放たれればそれで一貫の終わりだ。

上条程度の動きを読んで合わせるなど、ベルゼブブからすれば造作も無いこと。

そして彼の氏はあらゆるところへと影響を及ぼす。
彼を慕う大勢の者達が悲観に包まれ、声は高まり、
スパーダの一族の戦いには―――その仇を討つという、『いかにもな』因果を新たに付け足してしまうことになるだろう。

751: 2012/04/16(月) 02:08:32.90 ID:89YzOhTFo

ベヨネッタ『……』

この瞬間にはもう、ネロもここまでは思考は至っていただろう。
こちらよりも上条達と関わりが深いため早くたどり着いたはずだ。

しかしそれでも目新しい動きはせず、機嫌悪そうに目を細めているところからすれば、
同じくこのリスクに直面しているに違いない。

ただしそれでも他に具体的な手段は見当たらず。

ベヨネッタには、やはり上条を使わざるをえないように思えた。
万が一筋書きが彼に手を出そうものなら、その時はその時だろう。

少なくとも己とネロ、上条本人は筋書きを認識しているため、
罠に嵌りきる前に気づくことができ対応が可能なはずである。


だからネロには悪いが、ベヨネッタはさっさと決断してしまうことにした。
生意気なスパーダの孫が「ばあさん」と呼んだ『あてつけ』ということにしてもいい。
『年寄り』は気が短いものだから、と。

こっそり頭の中でジャンヌに向けて通信回線を開き、
同じ神儀の間にいるインデックスへと言伝を頼んだ。

少女に伝われば、瞬時に上条当麻に届くだろう。


『こっち来なボーヤ』という有無を言わせぬ命令は。



テンパランチア『戦いの中に気を他所に向けるとは―――』

ベヨネッタ『あら、心配してくれてるのね』

と、節制の口から戦いという言葉が出てはくるも、
実質この四元徳はほとんど参加してはいなかった。

離れた位置から指先からの砲撃を行ってくるだけ。
上級三隊の攻撃の間を縫ってたまに拳をふるってくるも、一撃だけで即離脱。

もっぱら戦いの主役は上級三隊の者達に任せきりだった。

752: 2012/04/16(月) 02:11:58.82 ID:89YzOhTFo

ベヨネッタ『……』

ただし、テンパランチアが臆病風に吹かれたわけではない。
節制はベルゼブブが門を突破し能力者を殺害するのを待っているのだ。

悪魔を野放しにさせるのは天の者として許せず、
また『悪魔と共闘』なんて主神の意志に反することは思いつきもしないが、
悪魔を『利用』するということに関してはそれなりに考えられるようだ。

上級三隊をこちらに差し向けて相手にさせているのも、
それまでの時間稼ぎと、最強の魔女にベルゼブブを邪魔させないための支援とも言えるだろう。

ただし。
それもいつまでも続くものではない。

ベヨネッタ『アンタも他人の心配はしてられないと思うけど』

当然のことだが、
上級三隊が全滅した折にはテンパランチアは嫌でも戦わなければならなくなる。


ベヨネッタ『アンタがそうしてのらりくらり逃げるせいでほーらほら』


着実に増えつつある上級三隊の屍の中へもう一体。
足元に引き倒したジョイの頭をかかとで『撃ち潰して』加えつつ、彼女は微笑んだ。


ベヨネッタ『―――かわいそ~なジュベレウスのイヌ共が減ってく減ってく』


ここにお前が加わるのも時間の問題だと。


ベヨネッタ『―――アンタの番ももうすぐよ』


―――

753: 2012/04/16(月) 02:13:49.74 ID:89YzOhTFo
―――


正義を掲げ人類を守るという大義に生きたとはいえ、
戦巫女を祖とする者としての宿命なのかもしれない。

レディ『……』

魔の手から人界を守るという信念の深淵にて、
実は己が潜在的に力と闘争を求めていたということ、
それを否定するのはもはや不可能。

そして拒絶する気も無かった。

この身が魔に喰われたのではない、
自ら魔となることを受け入れたのだ。

自我を保ったまま悪魔化している時点で、それはもう覆しようも無い事実である。

ただし今思い返してみれば、
それは別段意外なことでもなかったかもしれない。

戦いの中に至上の喜びと快感を求めていたことは昔から自覚していたし、
より『強くなること』を生涯の至上目標としてもいた。

それらの程度が、普通の人間の視点からすると狂気染みていたほどであったことも。
人々はそんな自らを指し、口をそろえてこう言ったものだ。


イカれてる、と。

754: 2012/04/16(月) 02:15:29.77 ID:89YzOhTFo

そこを踏まえると、レディはこう感じた。


悪魔になっても、己は大して変わってないじゃないか、と。


喪失したのは―――元から希薄だった『人間性』だけだ。
人間としてはもうずっと前から―――『壊れていた』のだから、何を今更―――と。

一瞬前までその最後の人間性が足掻いてはいたも、
峠を越えてしまったら軽いものだ。

僅かな人間性の喪失への絶望と悲壮も、
それが潰されてしまったためにもう抱きもしない。

なぜ魂にそこまで響かないのか、
今だからわかるが、それら表向きの人間性は、
『人間であるため』に身に着けた殻であり、魂の本質からのものではないからだ。


アーカムの言うとおりこうして人間ではなくなることで、
『種族性』による殻を取り払った先に、レディは己の本質を始めて知ることが出来た。

果たして悪魔か人間か、その魂は、その心は、
なんて定義はもうどうでもよかった。

重要なのはたった一つ。


こうして唯一残り、露となった己の本質。


それは生粋の戦いの亡者―――『デビルハンター』だということ。


―――悪魔を狩るために生きているということだ。


755: 2012/04/16(月) 02:17:51.13 ID:89YzOhTFo

レディ『……』

レディはそっと。
ジャケットのポケットから、小さなあるものを取り出した。

さきほどダンテから『返済』された、いや『奢られた』1セント硬貨である。

この小さな硬貨、『アーカムの冥土の渡し賃』にレディは、
集約されている己の生き様を見ることができた。

ここに実にコンパクトに、明確に記されている。


これに至る『経緯』だけでアイデンティティは充分なほどに。


レディ『…………』


今一度認めよう。
己は確かに『アーカムの娘』である。

だがもう二つ、絶対に覆せない不変の事実がある。


『私』はカリーナの娘の『メアリ』であり。



スパーダの息子、ダンテが認め絶対の信頼を寄せる悪魔狩人―――『レディ』であることだ。



756: 2012/04/16(月) 02:20:59.25 ID:89YzOhTFo

アーカムは恐らく、こちらが小一時間ばかり悶え苦しむとでも予想して、
転生術を仕込んできたのだろう。

無意味に人間性が抵抗を続けるため、転生しきるまで時間がかかり動けないはずだと。

だがおあいにくさまだ。
アーカム本人もここまでとは思っていなかったようだ。


レディが―――これほどにまで『魔への適性』が高かったとは。


まさかこんなにも―――『娘』が『父』に『似ている』どころか、それ以上の『素養』を秘めていたとは。



レディ『……』

彼女はすっとコインをポケットにしまい、
背負っているロケットランチャーの位置を直すと、
迷わず―――魔の力をフルに使って魔塔の内を進んでいった。

人間性を失い悪魔になったとしても、彼女がやるべきこと・欲する行いは変わらない。
彼女が武器を再び手に取り、歩みだす理由も普段と同じ。
これまでとの唯一の相違点は―――『それ』しか見えていないという点。


―――なぜ母の名をロケットランチャーに冠しているか。


その理由は『復讐』のため――――――すなわちアーカムを頃すただそれだけのため。


レディ『……』

そして早速のことだ。
魔術と悪魔の知覚の混成による索敵網が、アーカムの位置を検知し。


―――『狩り』の時間だ。


―――

772: 2012/04/19(木) 02:06:31.79 ID:R3bKf4zdo

―――

魔塔地下深くにある大地底湖。
その東側の岸は石造りの構造物で固められ、
港の岸壁のようなちょっとした広場になっていた。

北、滝を割った先には歌劇場へと続く碧い洞穴、南には『双児橋』へと向かう水路。

そして西、地底湖に降りて流れをさかのぼればギガピートの巣へとたどり着き、
魔塔の地上層に上がることが可能でなる。

土御門達がここに降りてきたのもこの西からであり、
魔塔の正門からの最短ルートだった。

また、これが非常時の際の逃走ルートでもあったのだが。


土御門「―――」

この時、彼らはそのルートを使えなかった。
洞穴を抜けた瞬間、すぐに前方に―――あの『道化』が立ち塞がったからだ。

湖は道化の背後すぐ。
土御門をはじめみなの脳裏に一瞬、この道化の脇を突破するという策が浮かんだも。

すぐに道化の手にある―――折れたカーテナの刃を認め、
そんな策など危険すぎると判断せざるをえず、その場に立ち止まるしかなかった。

773: 2012/04/19(木) 02:08:07.69 ID:R3bKf4zdo

ただ、彼らは呆然と衝撃に打ちひしがれてるだけじゃなかった。
滝壺と浜面を抱える絹旗を中心として、能力者たちが後ろへとはね下がり、
入れ違いに天草式が前に飛びだし布陣。

そして土御門もまたすばやく作業を行った。


土御門『―――かみやんを!!』


魔術による回線を開き、アニェーゼへと叫びながら、
慈母が残してくれた力を解き放ち―――『一筆』。

『断神、一閃』

陰の王たる黒豹相手に使っていたもの比べれば、
ずっと出力は小さくも、それでも間違いなく慈母の『筆しらべ』。

破壊力は申し分ないものだ。
しかしどれだけ威力が高かろうと、当たらなければ意味がない。

土御門『ッ』

放った瞬間の手応えのなさが、
この攻撃が避けられたことを物語っていた。

一瞬ののち、目にうつるのは筆しらべが鋭利な溝を刻んだ岸壁のみ―――


そして姿消した道化は次の瞬間。
一行の背後、洞穴の方に現れていた。

774: 2012/04/19(木) 02:12:30.59 ID:R3bKf4zdo

土御門『―――ッ!』

道化の動きを検知できたのは土御門だけだった。
建宮をはじめとするその他の者達には、とても認識が追いつかぬ速度だ。

まばたきすらも許さぬ一幕。

土御門だけはすばやく振り向き、
絹旗・浜面・滝壺のすぐ後ろ、僅か3mのところに現れた道化の姿を視認―――するも。

続けざまに次の手に移ることはできなかった。
道化への射線に、滝壺たちを含め何人も重なっていたのである。

筆しらべによる『断神』は、前方の何もかもを破断するきわめて攻撃的な力。
何人もの肩や首元をすり抜けて放つには危険過ぎるのだ。


―――と、そこで土御門には一瞬の判断の迷いと、
そして精密射撃へ集中するためのラグが生じてしまう。


その瞬間にも依然、己以外は誰も背後にうつった脅威を認識できずに前を向いたまま。
慈母の力で精神速度が加速している土御門からすれば、
まるで時間が止まったかのように硬直して見えていた。

ただし。

道化の動きだけは、『時間が止まっている』どころか『早送り』だった。

ステッキをくるりと回し、たんっと跳ねて背後から滝壺へと―――


―――その動きに土御門は間に合わなかった。

775: 2012/04/19(木) 02:14:25.63 ID:R3bKf4zdo

遅かった。
筆しらべを放てなかった。

判断と精密射撃のために費やしたわずかな時間が、
決定的な差になってしまったのだ。

しかしそんな不覚に悔恨を抱くにはまだ『早かった』。

刹那、ある人物の『再』介入で、
滝壺の氏という最悪の結果が間一髪で回避されたのである。

道化がステッキをかざし跳んだと思ったのも束の間、彼が1mと距離を詰める前に―――


背後から道化を―――幾本もの『金色の光刃』が貫いてきて。


土御門『―――ッ』


道化の胸や腹から『突き生えてきた』金色の光刃、
それらがいかなる力なのかは、土御門には慈母の瞳で一目でわかった。

そして彼は瞬間、思わず笑みをこぼしてしまった。
ついさきほど、あの『衝撃』を受けた後のこの『再会』だ。

これが喜ばすにいられるか。
光刃を形作っている力は、『十字教の主』のものだったのだから。

776: 2012/04/19(木) 02:17:06.93 ID:R3bKf4zdo

直後、背後からの強襲に道化は地に叩き伏せられ。

その背の上に獣のように降り立つ『彼女』。
壮絶なその姿を土御門は視認した。

しっかりと結われていた金髪は乱れ、
纏っていた胸甲は脱ぎ捨てられ、上は破れた鎧下姿。
下の腰巻も破れに破れ、あちこちに深い傷があり全身が血塗れ。


こうして再会したキャーリサは、まさに『血に狂った獅子』という様相だった。


そして一際衝撃なのは胸や胴、
肘や膝などにいくつも突き刺さっている光を放つ『金属片』。

一瞥しただけで土御門にはわかった。
それらは『カーテナの欠片』だと。

指の間にも欠片をいくつも挟みこみ、そこから熊手のように光刃が伸び、
彼女はその片方の腕で、道化を貫き押さえつけていた。


『―――おンやまぁ。ま~だ生きておらっしゃったとは―――』


キャーリサの足の下からの声。
空気が混じり泡が立った血を吐きながらも、
道化は苦痛を一切見せずに笑った。

対し彼女は今にも喰らいつかんとばかりに歯をむき出しにし。


                  ワタシ
キャーリサ『覚えておけ!「獅子」の息の根を止めたくば―――首を落とすんだな!』


そしてもう片方の『熊手』を振り下ろし。
掃うようにして、道化の頭をなます切りにした。

777: 2012/04/19(木) 02:18:25.93 ID:R3bKf4zdo

―――と、普通ならばこれで勝負が決したところだろう。

だがこの相手は、魔術師でも人間でも悪魔でもいかなるものさしを当てはめようが、
決して普通ではなかった。

斬り捨てた余韻すらも許さず。


『―――じゃあこっちも教えちゃウ!』


どこからともなく響いてくる、調子の変わらぬ声。


『実は今のオレ――――――何をされても氏なないんだなコレが』


足元の道化の『氏体』は、酸に溶けるようにしてすぐに消えていったも、
声は平然と続き。
周囲を満たす異様な気配もそのまま、薄れることは無かった。

キャリーサの強襲が成功したにもかかわらず、
状況はほとんど変わらなかったということだ。

ゆえに再会と無事を喜ぶ言葉なんて交わしている暇など無かった。

778: 2012/04/19(木) 02:21:32.67 ID:R3bKf4zdo

建宮「キャーリサ様!」

ようやく振り向いたほかの者達、
そしてキャーリサの姿を見て天草式の者達からもれる息。

生還の安堵と重傷の身を目にしての衝撃が入り混じった奇妙な声だ。

土御門はそのような声を漏らさなかったも、気持ちは同じだった。
慈母の目からすれば、その酷い見た目だけじゃない、
『中身』も滅茶苦茶だ。

カーテナはもう保護機能も何も無い、もはや単なる『力の爆弾』と化している。

彼女の魂は、今にも砕けつぶれそうな状態、安定している箇所が一つもない。
とにかく濁流のように力を注ぎ込んでは強引に押さえつけて、
なんとか形を保っているだけだ。


キャーリサ『―――行けェッ!!!!』

しかしそのようにて一瞬生じた空気も、
彼女自身からの怒号によってかき消され。
そして有無を言わせずに全員の背を叩き押した。

               ラビリンス
『ムダだぜ―――ここは「迷宮」さ!』

からかうように空間に響く道化の声など無視し、
土御門はすばやく前に向き直ると、すかさず筆しらべ。


『凍神、吹雪』


瞬時に凍結する地底湖の端。
一行はその上に飛び降り駆けていった。

779: 2012/04/19(木) 02:23:09.88 ID:R3bKf4zdo

もちろんたどるは西の流れを沿う、魔塔地上部へと向かうルートだ。

今一行にはこのルートの選択肢しかなかった。
魔塔の内部を把握しているのはゲリュオンと共にいる五和だけで、
土御門含め他の者はこの通ってきたルートしか知らないのである。

そのようにして暗き洞穴の中、凍結した流れを遡っていると、
前方から駆けおりてくる姿が二つ。

魔像に身を固めたシェリーと、天の光を纏う半天使のヴェントだ。
回線が切断されたのを受けてすぐに向かってきたのだろう。


シェリー『―――大丈夫か?!キャーリサ様は?!』

まず最初に声を放ったのはシェリーだった。
滝壺の姿を見て生きていることを確認し、次に己の主君の居場所を問う。

ただそれに土御門たちが声を返す必要は無かった。
背後、流れの下方から轟いてくる戦いの地響きが代わりに答えてくれたからだ。

シェリーはヴェントと一瞬目配せしたのち、流れを猛烈な勢いで駆けおり、
その地響きの源へと直行。

ヴェント『行くぞ!!』

残ったヴェントが土御門たちの護衛に加わり、
そして一行はまた流れを遡っていった。

780: 2012/04/19(木) 02:24:20.72 ID:R3bKf4zdo

延々と続く巨大な洞穴の流れ。
その闇の深さで果てしなく続くようにも思えてしまうが、
実際のところはそれほどの距離もない。

この速度でさかのぼれば、
すぐにギガピートの巣の列柱回廊が横に見えてくるはず―――なのだが。

その異常には、皆はすぐに勘付きはじめていた。
いつまで進んでも列柱回廊は見えず、そして徐々に―――流れの傾斜がゆるくなっていき。

ついに水平を通り越して―――今度は『下り』傾斜に。

あきらかに記憶とも食い違っているこの道なりに、
皆の違和感は確信に変わっていく。


―――『地形が変わっている』と。


だが、ことはそんな単純なものではなかった。

とにかく前に進んだ一行、その先で彼らをまず迎えたのは、
後ろから聞えてくるものと―――『同じ地響き』だった。


そう。
『前』からも『後ろ』からも。
キャーリサとシェリーによる戦いの轟音が響いてきたのである。

781: 2012/04/19(木) 02:26:36.45 ID:R3bKf4zdo

土御門「―――!」

これが幻聴であればどんなに良かったか。
しかし前方からの衝撃もまぎれもなく本物だった。

前、洞穴の流れの先には―――『地底湖』が見え。

そしてキャーリサのものと思われる、金色の光の波が覗いていたのだから。


ヴェント『―――なんだこれは―――どうなって―――』


たった今通って来たばかりのヴェントにはより衝撃だろう。
土御門自身も信じがたい。

己たちは戻ってきたのだ。
ではなぜ。

もともとこの洞穴は一本道なために迷いようは無いし、円を描いて戻ったと理由付けしても、
同じ方向どころか同じ入り口から地底湖にたどり着くわけがない。

引き戻さない限りこうはならないのだ。
そしてもちろん―――方向転換などしてはいない。


まるで狐につままれた気分だ。
だがこれは幻覚じゃない。
どれだけ巧妙な錯覚だとしても、慈母の目は誤魔化せるはずが無い。

土御門はすぐに理解した。
変わったのは地形じゃない。
ましてや、操られてでもして気付かぬうちに方向転換したわけでもない。


手が加えられているのは―――『空間』そのものだ、と。


先ほど響いた道化の声、そこにあった『迷宮』という言葉。
あれはご親切にも、実に状況を的確に表現していたものだったようだ。


恐らくあの道化の魔術だろう―――ここは『ループ構造』になっていた。

782: 2012/04/19(木) 02:28:28.73 ID:R3bKf4zdo

ヴェント『―――他に道は?!』

少なくともこの流れがループ構造だとなった以上、これ以上ここを進むのは無駄だ。
他の道を探さねば成らない。

土御門『地底湖の南側にも別の水路に向かう扉があるが、その先がどこに続いているかはわからない!』

ただし道と呼べるものについては、土御門はこの西のルートしかわからなかった。
南は双児橋という場所へと続いているとは五和から聞いたも、
それ以上はわからないのだ。

だが他に具体的な策は無さそうだった。


事実、二人はすでに互いに認めていた。
このような話をしている時点で、このループ構造の魔術を破るのは困難だと。

土御門『―――……!』

慈母の目でこれが魔術であることは明らかなのだが、
認識できるのと手を出せるか否かはまた別の話だ。

慈母は『魔術師』ではない。
魔術に対応するには、己自身の技術のみが頼りなのだ。

そして少なくとも己よりもずっと技術が上のヴェントですらも
魔術で抗うことを諦めたということは、もう『そういうこと』である。

783: 2012/04/19(木) 02:30:24.50 ID:R3bKf4zdo

―――では上条を待つか。


それが一番安全だろう。
彼の右手さえあれば、
魔術と呼べるものはほぼ無条件で破壊できるのだ。

だが問題は―――上条がやってくるまでの時間、
あの道化から逃げ切れるかどうかだ。


ヴェント『―――チッ』

次の瞬間、ヴェントと土御門はほぼ同時に気付いた。
洞穴の『天井』に『立っていた』道化の姿に。

次いだヴェントの迎撃行動は素早く、
かつ壮烈なものだった。

彼女の手から伸びる眩い光剣、それにより切り上げ一閃。

洞穴の天井ごと道化を縦に切り裂き、
さらにもう片方の手からは光剣を『投擲』。

道化の体を貫き、そのまま天井に磔に―――

784: 2012/04/19(木) 02:32:28.47 ID:R3bKf4zdo

そして続く一連の行動もまた速やかなもの。


ヴェント『―――行け!行くんだ!!』

土御門『―――!』

どこに、と聞き返すのはもはや愚問だ。
今はとにかく離れるしかない。

それも早急に。

建宮「―――俺たちはいいのよな!行け土御門!!」

大人数で動くには遅すぎると判断してか、
さっととび退きそう促す建宮。
彼に続き他の天草式の者たちや能力者も一気に散開。


そして土御門は即座に―――『白狼』に姿を変え。


土御門『―――乗れ!!』


目の前の様々な光景に驚愕しながらも、
言われるがままに跨ってきた浜面と滝壺を乗せ、地底湖の方へと駆け下りていった。

前方から流れを駆け上がってくるは、道化の方へと急行するキャーリサとシェリー。
どうやら目を合わせただけでこちらが『土御門』だとわかってくれたらしく、
彼らは特に足並みを緩ませもせずにすれ違い、ヴェントに加勢。

そうして土御門の側は、今度は南の水路を目指した。

状況的に考えて南の先もループ構造であろうが、
それでも、少しでも今の道化の位置から距離を稼ごうと。

785: 2012/04/19(木) 02:34:23.63 ID:R3bKf4zdo




シェリー『―――おおおおおおお!!』

天井に磔にされている道化へと叩き込まれるは、
魔像の巨拳による強烈な『アッパー』。

しかしそれで道化が完全に滅ぶことは無い。
例え『一回氏んでも』だ。

魔像の拳が洞穴の天井を穿ったのも束の間、けたたましく響く狂ったような高笑い。


『だから~オレを殺そうたってムダだって!あれっまさか今のオレってチョーォモテモテ?!』


そして間抜けな、喜劇に使われるような効果音つきであさっての方向にひょいと現れ、
元気たっぷりに徹底的にふざけた調子で踊る道化。


キャーリサ『チッ―――』

もう二度も頃しているが、この道化はまったく消耗してくれない。
まさに正真正銘の不氏身か。

ただ、だからといってこの戦いが無駄だというわけではない。
少なくとも―――滝壺を頃すというこの道化の目的を、
現時点まで妨害し続けることに成功しているのだから。

786: 2012/04/19(木) 02:36:28.18 ID:R3bKf4zdo


『でもサー美人サンばかりとはいえ、ここまでつき纏われちゃさすがにちょォーっとウザイねぇ―――』


それについては、道化の側もそれなりに苛立っていたらしい。
これはキャーリサ達にとっては非常に好ましい点である。
少しとはいえ、追い詰めることが出来ている証だ。

だが、そんなささやかな勝気をひっくり返してやるとばかりに。


『―――それジャ仕方ないね。オレだってイタイのはきらいだからこうはしたくなかったンだけどサ』


道化の顔に狡猾な悪意が覗く。

彼はそうわざとらしくぼやくと突然、
一切躊躇わずにステッキを―――自らの首に突き刺し。

キャーリサ『―――』

そのまま頭を捻じ切ってしまった。


そう―――『自殺』したのである。


そのとき。キャーリサは『あること』に気付いた。
この場で自ら命を絶ったということが大きなヒントとなって―――道化がなぜこの行動に移ったのか、その目的に。

一度目、背後から頃した時は、氏体は消え、次に姿を現したのは少し離れたところ。
この洞穴の位置に突然道化が現れたのも、シェリーとともに地底湖で二度目の氏を与えた直後。

つまり考えられるは、『再生する場所』は『氏んだ場所』ではない。
ある程度の範囲で―――好きな位置に出現することができるという点。


キャーリサ『(しまった―――!)』

これらを踏まえれば、あとはもう明白だろう。
道化が次に出現するところは―――滝壺達のすぐ近くだということ。

土御門が稼いだ分だけ―――己たちから遠いということに。

アーカムの氏体はこれまでの例に漏れず、
その場で酸に溶けるようにして無くなっていった。

787: 2012/04/19(木) 02:38:56.72 ID:R3bKf4zdo


浜面「うぉッおおお!!」

じっとしがみつく滝壺と、対照的に騒がしく声をあげる浜面を背にして、
白狼―――土御門は凄まじい速度で駆けていった。

地底湖の水面の上を走り、岸壁に飛びあがると南の扉を頭突きで開け放ち、
続く水路をも一気にぬけていく。

そしてたどり着くは『双児橋』。

そこは碧い筒状の空間だった。
巨大な円筒タンクの中のような場所だ。
ただし床が無く、下は底が見えないくらいに深い。

そんな空間を、壁から壁へと二本の橋が並んで渡っていた。

細い橋を前にして背の少年の声が一段と大きくなるが、
白狼は気にも留めずに駆け、そして橋の反対側の扉をまた頭突きで開け放ち、その先へ―――


―――としたかったのだが。

やはりこちら側もだった。
土御門はこれ以上進むのは無駄と判断し、足を止めた。
扉の先には、『今通ってきた水路』が伸びていたからだ―――

ここがこのループ構造の迷宮の最南端だということ。
これ以上の逃げ場は無いのである。

788: 2012/04/19(木) 02:42:07.12 ID:R3bKf4zdo

土御門『―――』

そのとき。

白狼は、背後に突如現れた圧力に気付いた。

すぐに飛び跳ねるようにして振り向くと。
橋のちょうど中ほどに立っている、しっかりとした神父服に身を包んだ―――スキンヘッドの男。

初めて見る姿の男であったも、
土御門はすぐに正体に気付いた。

一目瞭然だ。
特徴的な瞳―――『オッドアイ』で、あの道化だと。


そのようにして逃避もここまでかと、相手とのコンタクトを覚悟し、
土御門は牙と爪を剥き出し―――と、そこでまた―――状況に変化が生じた。


それも今度こそ、今度こそ―――喜ばしいことが。


土御門から見て、スキンヘッドの男挟んでちょうど端の先、
その上方の空間が目に見えて歪み。
限界点を超えて割れ、ガラスように砕け散る空間の欠片―――

それはこの場を迷宮化していた術式が破壊された瞬間だった。


そして空間の裂け目から『破壊者』が姿を現す。


巨大な『魔狼』の背に乗った―――上条当麻が。

789: 2012/04/19(木) 02:43:58.60 ID:R3bKf4zdo

これにはスキンヘッドの男も驚きだったに違いない。
少なくともこうなることは想定していなかったはずだ。

瞬間。

一度弾かれたように振り向き上条を見やると、
再びこちらに向き直り、そして身を落として今にも向かってくる体勢の男。

だが同時に上条を乗せた魔狼も橋に降り立ち、男へと背後から跳びかかろうという姿勢。

大丈夫だ、この状況ならば負けはしない。
この一瞬の中で土御門はそう判断した。
まぎれも無い大悪魔に上条当麻、これほどの増援がいれば滝壺を守りきることは可能だと。


しかしそうした状況分析も、次の瞬間にはまたやり直さざるをえなくなった。


この場に生じた大波紋は、上条の登場だけには終らなかったのだ。


スキンヘッドの男と上条を乗せた魔狼が同時に踏み切ろうとしたその瞬間。
この場へと、文字通りの『第三者』が飛び込んできた。


ちょうどスキンヘッドの男の真上に現れるは―、
ロケットランチャーを掲げ、その先端にある刃を男に向けている―――


レディ『―――アァァァァァァァカァァァァム!!』


―――『同じオッドアイ』のデビルハンターだった。

790: 2012/04/19(木) 02:46:03.89 ID:R3bKf4zdo

この凄まじい強襲には、
スキンヘッドの男も一切反応ができなかったようだ。

強烈な語気を発しながら男に―――真上から凄まじい勢いで刃を突き刺すレディ。

その勢いはとてつもなかった。
男を突き刺したまま、彼女は橋をもぶち抜き―――そして男とともに深淵まで一気に落ちていったのである。

猛烈な地響きは断続的に轟いてはくるも、
彼女自体の姿は下にすぐに見えなくなってしまった。

土御門『―――』

そのようにして彼女の姿を視認できたのは一瞬であったも、土御門は見逃さなかった。
確かにレディだったのだが、『存在』が明らかに人間ではなくなっていたのを。


ただしそれを考えるには、今はいささか余裕がない。
彼はすぐに頭を切り替えると、折れた橋を飛び越えて上条の前に降り立った。

土御門『―――遅い!!遅すぎるぜぃ!!』

これに返って来た上条の反応は一泊要したものだった。
こちらと同じようにレディに違和感を覚え、
加えてこの『白狼』姿に驚いているのだろう。


上条『―――つっ土御門か?!一体どうなっ―――?!その「香り」はアマテ―――』


土御門『説明は後だかみやん!!まずは上に行く!!』

だが詳しく話している暇はない。

己を指して『その香りはアマテラス』と言いかけた上条。
一瞬、なぜ彼が本物のアマテラスを知っているのか、
そしてなぜ―――『その姿』ではなく『その香り』と言ったのかが土御門も気になったが、好奇心の我慢はお互いさまである。


二頭の狼は、それぞれの者を乗せて駆けて行った。
ようやく迷宮では無くなった水路を、地上部へと向けて。

―――

805: 2012/04/23(月) 01:31:15.18 ID:1J5YsII6o

―――

ベヨネッタ『……』

インデックス、そしてジャンヌから瞬時に伝達されてくる情報によると、
上条当麻はきわめて忙しい身ようだ。

こちらの命令が届く一瞬前に、別口から呼び出されて魔塔地下に行き、
すんでのところで例の能力者の安全を確保したらしい。

もっとも上条だけの手柄ではなく、むしろ彼は最後の一押しでしかないも、
一方で彼が欠けていたらこれまた成せなかった可能性が高い状況だったとも。

そうした諸々の情報を分析統合してみると、
筋書きに空いた『大きな穴』が実に明確に浮き彫りになってくる。

筋書きに沿うならば、新たな人界神―――一方通行は、
フォルティトゥードを破るも次いだテンパランチアにより殺されたはず。
だがそれは阻止された。

その狂いを修正するための例の能力者―――滝壺の殺害をも、結果は阻止。

魔塔の隔離と虚数学区が崩壊し人間界が神域の戦火に包まれるという、
『至高の英雄を生み出すための究極の災厄』のシナリオはこうして回避されたのだ。

そそもそも、筋書きにとってはこの虚数学区諸々の存在もイレギュラーなはず。
これら人間界を守る殻など本来は存在せず、
最初から人間世界が天魔入り乱れる大戦の舞台となっていたはずだ。

806: 2012/04/23(月) 01:33:15.20 ID:1J5YsII6o

この『誤差』の発端は、己とバージルが早期開戦を促したことである。

以降、ボディブローのように徐々に浸み込んでいた誤差、
それが決定的に表面化したのは、
デュマーリ島における魔剣スパーダを破壊した上でのネロの勝利。

かの青年の選択が、ついに何もかもをぶち壊しにしたのだ。

次いでバージルの選択、彼の生まれて初めての『妥協』が更に強烈な一撃となり。


そして上条当麻の帰還である。

彼の帰還は、竜王全能化の阻止、
『至高の英雄に対する最悪の敵』というシナリオをぶち壊しただけではない。

虚数学区の破壊という、もう一つの重要な修正点が、
『本来はいないはず』の彼の介入により叩き潰されてしまったのだ。


ではこの次、具体的に筋書きはどのような手で修正を試みてくるか。


ベヨネッタ『Humm……』

ブレイブスの大きな尻を鞭で引っぱたき、
ギロチンの刃を落としつつ、ベヨネッタはこう結論した。

次なる修正のかけ方はやはり予想していた通り。
先に覚えた直感通り、ここで上条当麻を頃すことだろう、と。

807: 2012/04/23(月) 01:34:23.94 ID:1J5YsII6o

いてはならないはずの彼を頃し、
さらに周りの悲劇性を強めるというという一石二鳥の修正方だ。

筋書きを認識している者達の中でも特に『弱くて』頃しやすいため、
上条が狙われるのは当然の成り行きだろう。

ベヨネッタ『……ふふ』

飛びかかってきたグ口リアスを、サッカーよろしく拷問用の『万力』に蹴りこみながら、
筋書きのこの『馬鹿っぷり』に魔女はほくそ笑んだ。

この世界の不可侵の流れ、その影響力は絶大ではあるも、
動きは実にわかりやすいものだ、と。
水が低きに流れるのと同じ、
筋書きが書き換えようとするシナリオ案はなんとも安易で単純なもの。

そして安易で単純な策とは、
封じられてしまえば『どん詰まり』に落ちてしまうものである。


そうすると、今まで嫌な予感として捉えていた上条当麻の危機が、
ベヨネッタには一転して好機に見えた。
この修正を真っ向から叩き潰してしまえば、筋書きをより追い込むことが可能だ。


では具体的にどのようにして叩き潰すか―――

808: 2012/04/23(月) 01:36:28.97 ID:1J5YsII6o

安易で単純な策に対する手段は、それもまた同じく簡単なもの。

挑戦を受けて文字通り真っ向から潰してしまえばいい。

筋書きは、この場において己とネロが上条を守りきるのは
困難だとしここで上条当麻を殺そうとしているのだ。

となれば、こちらはあえて彼をここに寄越し、
真正面から彼を守りきり。

天使と悪魔が入り乱れるこの戦いを一気に片付けてしまい、
人間界の勝利とともに『上条は氏なない』という事実を突きつける。

これぞ戦いを終息へと加速させ、
かつ筋書きにもカウンターをぶちかます一石二鳥の最高の一手である。


ベヨネッタ『Ahh……』

ただしこの策は、ベヨネッタにとっては個人的に、
少し残念に思えてしまうものだった。
修羅刃でインスパイアドを三枚下ろしにしつつ、彼女はいかにも惜しむため息を漏らした。

この作戦はあまりにも味気ないと。

彼女としてはもっと『じっくり』天使達と楽しみたかったのだが、
これはそんなお楽しみ要素に欠けている。

―――『必殺技』を使うにしても、前振りもなくいきなりぶっ放すのは、面白みが乏しいものである。

809: 2012/04/23(月) 01:38:50.33 ID:1J5YsII6o

ただしいくら快楽至上主義のベヨネッタとはいえ、
個人的趣向と大義の成就のどちらを優先するかは考えるまでもなかった。

彼女はすぐにこのプランをジャンヌ、
インデックスを介して上条へと伝えた。

上条には申し訳ないが、『彼ら』に『餌』になってもらうべく。


ネロにはこちらから伝えておかなくてもいいだろう。

グラシャラボラスからある程度のことは伝わるであろうし、
もし作戦全容を把握できなくとも、彼ならばアドリブで完璧にこなしてくれるはずである。

グラシアスからもぎ取った腕をブレイブスの尻に突っ込みつつ、
ネロへとむけにっこりと微笑みかけるベヨネッタ。

返って来るのは、胡散臭げな鋭い視線。
予想通りの『良い反応』だ。
あれならばこちらの挙動を逐一観察し、
次に起こることがわからなくとも的確に合わせてきてくれるだろう。

そうして彼女は彼に艶かしく片目を瞑った。
こちらが色々と『企んでいる』からよろしく、と。

ベヨネッタ『Shut up! Bad boy!』

悲鳴をあげる巨人天使の背を踏みつけながら。

―――

810: 2012/04/23(月) 01:39:59.75 ID:1J5YsII6o
―――

上条『―――?!』

インデックスを介してのベヨネッタの『命令』。
その内容は簡潔ながら無茶苦茶なものだった。

言ってしまえば、氏が大口開けて待っている中へ飛び込めというものだ。

ただしそんな耳を疑いかねない命令でも、
そこに含まれる裏の意味を考えれば、仕方ないかもしれない。

上条にもわかる、
これは筋書きとの勝負の一つであることは。

その勝負の主題はずばり『上条当麻の氏』である。

いずれは決着をつけねばならないことだ。
筋書き通りならば、インデックスが愛した『上条当麻』はもういないことになっている。
これはそこへ修正するための筋書きからの挑戦である。

いま魔塔から出でずに人間界に戻れば、それで一応は回避できる。
しかしそれではただ逃げただけで、
決着をつけぬ限り永劫つきまとってくるであろう。

伸びてくる筋書きの手を真っ向からへし折り、
修正は不可能だとつき示さなければならないのである。

811: 2012/04/23(月) 01:41:41.20 ID:1J5YsII6o

そして今、ベヨネッタとネロがいる。
勝負に打ち勝つにこれ以上の好機があるか。

しかも魔塔前で繰り広げられている激戦の膠着状態が崩れ、
趨勢は一気に人間側に転がり『消化試合』に化すという『オマケ』付。
もはや一石二鳥どころではないものだ。

判断に時間は要さなかった。
上条は迷わずこのサディスティックな魔女の作戦に乗ることにした。


上条『……』

ふと上条は自覚した。

インデックスによる再構築の際、
『ある男』による因子がより色濃く浮き上がってきたのかもしれない。
なにせあれほど自己主張の激しい男のものだ。

身の内で湧くクレイジーな息吹に、彼は思わずニヤけてしまっていた。
こんなにも常軌を逸した無謀な作戦であるにもかかわらずだ。


プランの具体的な内容は、そのイカれ具合には不釣合いなくらいにシンプルである。

魔塔の門から飛び出しそのまま直進する。
右手を前にかざし、幻想頃しを機能させながら。

ただそれだけだ。

812: 2012/04/23(月) 01:43:42.00 ID:1J5YsII6o

流れを駆け上がってギガピートの巣である回廊、
彷徨える禽獣の間に達した頃、上条は魔狼の腹を足で軽く叩き。

上条『―――門からそのまま外に出てくれ!!そして全速力で真っ直ぐに突っ走ってくれ!!』

魔狼からは了解の意を篭めた一唸りが返ってきた。
訳を問わずに快諾してくれるとは、じつに協力的で頼もしいものだ。

いや、どのような事であるかはわかっていたのだろう。
こちらがここまで湧き立っていれば、股下の大悪魔も当然把握するはずだ。
そして基本的に悪魔は、危険には喜んで飛び込んでいくタチ。
大悪魔とは武による叩き上げの神々としてもいい、そんな者がこの誘惑を拒否するわけもない。

上条『……』

そして同じく勘付かれた視線を、背後から続くもう一頭の狼―――土御門からも覚えた。
股下の魔狼のものとは違い、こちらは不安気なものだ。

彼もまた、ことらが何かを企んでいることに気付いたのだ。
それも大方『よからぬこと』では、と。

上条『はっ―――!』

さすがは狼、いや、土御門か。
鼻が良く効くものだ、彼のその直感は的中している。

彼も、そして彼の背の上にいる二人も、
悪いが道連れになってもらう必要があったのだ。

仕方無い、これもベヨネッタの指示である。


戦いのカタを一気につけるには、彼らもまた餌になってもらわなければならない。


無論、彼らにとっても悪い話ではない。
筋書きがかけてきているこの大勝負に正面から勝てば、
己と同じく彼らの『生存』も現実として刻まれ、もはや筋書きには手出しできなくなってしまうのだから。

813: 2012/04/23(月) 01:45:06.11 ID:1J5YsII6o

ただしその込み入った理由を、上条は今ここで告げるつもりはなかった。
そんな時間なんて無かったし、そもそも言っても言わなくてもかわりはしないのだ。

リスクを理解した上でも、土御門は足は緩めはしないとわかっていたから。


―――最高の親友として。


上条は半身振り返り横顔を向けると、
有無を言わせぬ声を放った。


上条『―――そのままついて来い土御門!!俺が止まるまで!!』


もしくは氏ぬまでか、
これは言わなかったがわかったはずだろう。

白狼は息を詰まらせたような空気を発した。
こちらが薄く笑っていたのがさらに不安を上乗せしたのだろう、
警戒の色をより強めて。

しかしそれでも考えていた通り、土御門は歩を緩めなかった。
今度は諦め混じりに唸ると、彼はそのまま着いてきてくれた。

やはり持つべきものは友である。
こちらの言葉に絶対的な信頼を寄せてくれる、その一方で盲信はせずに一定の警戒を常に持つ、
そんな公平で厳正な親友ほど頼もしいものはない。

上条は魔狼の腹を叩き、さらに足並みを加速させた。
後方に少年と少女を乗せた白狼を従えて。

814: 2012/04/23(月) 01:47:02.73 ID:1J5YsII6o

黒き魔の影と白き天の光の尾を引いて、二頭の狼は駆けに駆けていった。

彷徨える禽獣の間を抜け、いくつかの部屋と回廊を通り、
吹き抜けの空間、邂逅せし災いの広間へと達する。

出でた場所はその広間の中層であり、
手すりを跳び越えて降りればもう外へと出る魔塔の門だ。

そこへ向けて躊躇わずに飛び降りる魔狼。


土御門『―――カミやん!本当に大丈夫なんだよな?!』

そしてそう吠えながらも同じく跳び続く白狼。

親友の最後の足掻きとも言える確認の声に、
上条は肯定も否定もしなかった。

もう一度半身振り返ってはただニヤリと笑い。


上条『―――祈ってろ!』


叫び、すばやく前に向きなおして右手を掲げ、幻想頃しを稼動。


あとは魔狼の勢いに任せて―――門へと突貫。


そうして大きな門扉が叩き開けられる衝撃に震え、
壮烈な激戦地帯に飛び出した上条当麻と魔狼。

凄まじい勢いで彼らの身が、そのまま―――
魔塔の門前に広がっていた『靄』の中に突っ込んだのは、決して偶然ではない。


その右手が向かう先で『靄』が急に晴れ、巨大なカマキリが姿を現したのも。


―――

815: 2012/04/23(月) 01:48:51.40 ID:1J5YsII6o
―――


ネロ『―――』

あの魔女は一体何を企んでいるのだ―――そう思った矢先のことだった。

しつこく突破しようとしてくる靄を相手にしていたところ。
突如背後、門の向こうから急接近してくる気配―――そして開け放たれる扉。

自分の使い魔を見紛うはずもない、
誰が誰を背負って飛び出してきたのかはすぐに把握できた。

そしてこの状況が意味することにも瞬時に気付き、
彼は胸の内で悪態をつき罵った。


『ハメられた』、勝手になにしやがるあのババア、と。


確かにあの少年をこの戦場に呼び寄せる以外に選択肢は無さそうであったも、
それにもやり方というものがある。

こんな乱暴で危険極まりないやり方なんて―――ただしある点に置いては、
ネロもこれは上手いと納得せざるをえなかった。

意表を突かれたのは、ベルゼブブも同じだったことである。

816: 2012/04/23(月) 01:51:43.42 ID:1J5YsII6o

叩き開かれた扉、そこから飛び出してた―――上条当麻を載せた魔狼。
ネロの脇を突きぬけ、そのまま前方の靄の中に突貫。


―――そして晴れる『靄』に、暴かれる―――ベルゼブブの姿。


その異形の顔からでも充分にわかる。
実に愉快で素晴らしい、最高の表情を浮べていた。

もちろんベルゼブブ本人にとっては間逆、唖然としたものであったろう。


ネロはその光景を前に今一度ベヨネッタを罵り、次いで称賛した。

あんたほどのイカれババアが、
至高の快楽よりも至上の大義を優先したその心意気を評価しよう、と。

これほどの相手との戦いをあっさり終らすのはもったいないも、
やはり戦乱の早期終結には代えがたいものだ。


そうしてネロもこのベヨネッタの無茶な要求に応じ、急展開にアドリブながらも完璧に対応した。

靄に触れた上条・グラシャラボラスが、
ベルゼブブの脇をすれ違うかという刹那。

すぐさまデビルブリンガーでカマキリの細長い胸を鷲掴みにし。


ネロ「―――Good to see you!! Fucker!!」


火を吐くレッドクイーンをもう片手で振り構えながら、
ようやく面と向かっての挨拶を行った。

同時に『別れ』の意も丁寧に篭めて。
そして刃には『一撃必殺』の力を篭めて。

817: 2012/04/23(月) 01:53:27.43 ID:1J5YsII6o




上条『―――ッ!!』

門から飛び出した後は、
もう何が何だかわからなかった。

周囲に溢れるとんでもない力の塊、それらの衝突によって生じる衝撃。
天魔入り乱れる苛烈な戦場は、
とても即座に全容を把握できるような空間ではなかった。

『靄』に触れた瞬間、幻想頃しが解析し、
瞬時に構造を破壊したことだけははっきりしていたものの、
あとはまともに考えてはいられなかった。

ぱっと目の前に巨大なカマキリが出現したと思ったのも束の間、
そのそばを通り過ぎるよりも速く青光の巨腕が鷲掴み。


そうしてすれ違う瞬間、上条は視覚無くともあらゆる知覚の端で捉えた。

ベルゼブブを飲み込むように迸る閃光を―――

―――やっと獲物に喰らいついたことで、
それまでの鬱憤を晴らすかのように爆発するスパーダの孫の力を。


そして全ての知覚が消えた―――のは錯覚だ。


次いだネロの力の圧倒的な衝撃によって、何もかもが塗り潰されたのである。


そんな凄まじい噴火を後ろに、
上条をのせた魔狼と滝壺たちをのせた土御門は真っ直ぐと突っ走っていった。

818: 2012/04/23(月) 01:55:31.21 ID:1J5YsII6o

前方にいるのは、ベルゼブブ配下の大悪魔達だ。
まともに激突すればグラシャラボラスといえども多勢に無勢である

だがこのときばかりは、彼らは親切に道を空けてくれた。
もちろん本当に上条達を通そうとしたつもりではない。

主たるベルゼブブの力が突然解除され、その張本人が大悪魔に乗って激走してくるのだ。
そんな未知なる相手を認識した瞬間、
考えるよりもまず反射的な回避が先に行われるものである。


だがジュベレウス派の者達は違った。

上条当麻には相応の力をもって向かえば恐れるに足らずと知っており、
そして彼の背後、土御門の背にいる少女のことも完全に把握していた。


ゆえに親切に道をあけてくれるどころか、その逆の行動をとる。

それこそがベヨネッタの『ついで』のもう一つの狙いであり、
滝壺達にも餌になってもらった理由であった。


―――魔塔の門から一直線、戦場を貫きゆく上条達。


その中の滝壺という餌を見て。
のらりくらりと様子を伺っていた天の大物がついに前に出てきてしまう。

息つく暇もない一瞬の間に魔塔の門を出で、
ベルゼブブの横を抜け、大悪魔達の間を通り―――そして次に上条達が前方に対面したのは―――『拳』。


振り下ろされてくる―――四元徳の巨大な拳である。


―――次の瞬間、節制による鉄槌が炸裂した。

819: 2012/04/23(月) 01:58:19.32 ID:1J5YsII6o




―――その瞬間は、さすがのベヨネッタでさえもヒヤリとくるものがあった。

この作戦はかなりの無理があるということは、
立案した本人として重々承知であったも、それでもゾクリと来てしまうものだ。

ただし彼女にとってそれは不快な感覚であるとは限らない。
スリルもまた刺激的なスパイスになり得るからである。


特にこのように――――――間一髪のところで『大成功』となった際は。


ベヨネッタ『―――Huuuuh!!』


身を走るヘビー級の衝撃とスリルが魅せた快感に、
魔女は溜まらずに声を放った。


―――両腕を交差させ―――テンパランチアの拳を受け支える下で。


これにて上条達の激走劇は終点を迎えた。
ベヨネッタの背後で魔狼と白狼が、それぞれ四肢を踏ん張って急制動。

魔女が支える拳を見上げる形で停止した。


ベヨネッタとテンパランチアの動き、その差はほんの僅かだった。
上条が認識した節制の拳との最接近距離は実に10m少しにまで縮んでいたのだ。

ほんの一瞬、あともう少しベヨネッタが遅れていれば、
上条も魔狼も土御門も、その背の滝壺と浜面も皆が叩き潰されていたに違いない―――


筋書きの挑戦を受けた極限の勝負―――その危険な一戦に、
皆が真っ向から力ずくで勝った瞬間だった。

820: 2012/04/23(月) 02:02:14.07 ID:1J5YsII6o

直後、テンパランチアもこれは罠だったと気付いたようだ。
だが遅かった。

彼の判断よりも―――ネロの『アドリブ』の方が遥かに早かったのだ。

滝壺をしとめ損ねたとわかるや、
即座に嵐を纏い後方に離脱しようとするテンパランチア、しかし果せなかった。

いや、結果的にはベヨネッタから距離を置くことを達成できたも、
それは彼が全く意図していなかった形によるものであった。

刹那。


遥か後方から砲弾のように飛んで来た―――デビルブリンガーの巨拳が、節制の巨顔を叩き潰した。


―――僅かなうめき声すらも許さない、完全に顔面を陥没させる一撃だ。


激音ながらも鈍く痛々しい激突音が轟く中、
城のごとき巨体が転げ飛んでいく。

しかもただ殴り飛ばされただけではない。

ネロのデビルブリンガーはそのまま伸びて、
テンパランチアの肩の基部をがっしりと掴んでいた。


つまり節制は完全に捕縛されたわけである。
もう距離を置き様子見を行うなんてことはできない。

ベヨネッタが告げた『彼の番』がついに訪れた瞬間だった。

821: 2012/04/23(月) 02:04:27.22 ID:1J5YsII6o

大悪魔達は突然のベルゼブブの突然の氏に震撼し、
上級三隊はその爆発したネロの力とベヨネッタにただただ圧倒されるばかり。

そのようにしてこの瞬間、一切の邪魔が入らない時間が生じた。


        新月の闇にて氏を貪る王よ
ベヨネッタ『TELOCVOVIM AGRAM ORS!!』


少しばかり手のかかる召喚だって充分にこなせるくらいに。


        汝の名の下に 断罪の鉄槌を
ベヨネッタ『ADNA OVOF BALTIM GIZYAX!!』


ネロが押さえつけている間にすかさず舞い踊り、
『ある存在』の召喚式を組み上げていくベヨネッタ。


纏っていた黒きボディスーツが黒髪の束へと変じ、広がり伸びて―――遥か天空に特大の魔方陣を形成させる。


その規模は、なんとテメンニグルの塔よりも『太い』ほど。


          コンパクトに
ベヨネッタ『―――OBZA!!』


そうしてかかとが打ち鳴らされたのを合図に召喚式は稼動、
『それ』が魔界の深淵から引き出された。


魔界の力場が形を成した―――『クイーン=シバ』が―――『コンパクト』に『腕一本』だけ。


ただし『コンパクト』とはいえ、
その右肘までというだけでも、テメンニグルの塔とほぼ同じ大きさがあった。

822: 2012/04/23(月) 02:06:50.00 ID:1J5YsII6o

魔界の力場を引き出すという常軌を逸した大技を前にしては、
上級三隊たちはもちろん、
名だたる武人である大悪魔でさえもただ唖然と見ているしかなかった。

そしてテンパランチアにできることは、
潰れた顔面からなんとか―――この超級の拳を見上げて、己の氏を覚悟するだけ。

顔面を潰されただけで、その身はまだなんとか戦うことはできたであろうも、
この魔界の力場に捕捉された時点でもはや無意味だ。


敗氏はここに確定されたのである。


ただし、その自身の終末をじっくり味う猶予なんかは与えられなかった。

ベヨネッタは愉悦を求める様式よりも合理性を優先して、
溜めも前振りもなしに必殺技をぶっ放すのだ。
そこまで我慢しているのだから、彼女が親切に最期の『祈りの時間』を与えるはずもなかった。


テンパランチア『―――我らが主神ジュベレ―――』



           コイツをぶっ潰せ
ベヨネッタ『―――IA-IAL IADPIL!!』



主神の栄光を称える最期の言葉すらも、魔女は最後まで待ちはしなかった。

節制の声に重ねられた号令により、
即座に振り下ろされた超級の拳。


四元徳の巨体は虫のように叩き潰された。


―――

829: 2012/04/26(木) 00:47:53.56 ID:D9XCEycfo

―――

テメンニグルの塔の遥か地下、
悪魔さえもほとんど足を踏み入れたことがないであろう闇の最深部。

いや、『生きた悪魔さえ』と訂正するべきだろう。


そこは広大な『墓穴』だった。


底を覆うは腐りきった悪魔の氏骸の原である。
通常、悪魔の肉体は魂の消滅と共にしばらくしたら消えてしまうものなのだが、
この永劫の監獄としても使われた塔の底では、
氏してもなお醜態な姿を晒され続けるのだ。

もっとも古き亡骸は魔女が魔塔を建立した万年前に遡るが、
その最古のものを含めて『全て』がいまだに『腐り続けている』。

そして墓穴の空気を満たすはしめった強烈な腐臭。
氏した悪魔達の怨念と狂気だ。

それら渦を巻き、道連れの者を求めて蠢きうめく腐肉の海、
そのただ中にはある孤島、ちょっとした舞台とも言える円形の台があり。

そこに、またしても魔塔の悪しき運命に囚われ堕ちた者が二人―――
―――アーカムとレディが折り重なるようにして、落下してきた。

830: 2012/04/26(木) 00:49:27.39 ID:D9XCEycfo

アーカムの胸を貫いたままのロケットランチャーの刃が、
そのまま台の石畳に突き刺さり、彼の身を磔に。

レディはその彼を砕かんばかりに踏みつけ、灼熱の視線を差し向けた。

すると彼はレディの瞳を、そして身を眺めてこう言った。


アーカム「……そうか―――」


これまでのように狡猾に相手を苛むためではない、
ただ純粋に納得した独り言のように。


アーカム「―――お前は……私の娘だな」


歪み濁りきっていながらも、心から『父』としての声で。

レディ『……』

その言葉については同感だった。

こちらだって同じように納得させられていた。
これほどまでの魔の適性、
そして秘められた暴力的な深層意識は間違いなくアーカムからのものだと。

己の悪魔の身が証明している。

この男は間違いなく父親だ、己はこの男からはじまったのだ、と。

831: 2012/04/26(木) 00:51:21.02 ID:D9XCEycfo

アーカムの方もいまや同じ考えだったようだ。

かつてアーカムの目に映っていた敵はダンテとバージルであり、
レディという小娘は単に『鍵』にしか過ぎなかっただろう。

単純に血縁は認めてはいたも、そこに一切意味を見出してはいなかった。

だが今はもう違っていた。

レディを見上げる瞳に宿っているのは悪魔の暴力性に人間の暗黒面である欲望、
だがそれらが乗せられている眼差しは、間違いなく父親としてのものだった。

20年以上もの時を経て父親は娘を、娘は父親をここに認めたのである。


ただし『絆』が復活されたからといって、それが親愛なものだとは限らない。


彼らの繋がりにあるのは、
遠い昔に愛したがゆえの灼熱の憎悪。
幸せな日々だったがゆえの底なき悪夢―――


アーカム「やはり血は争えないな」


―――そして明確な殺意。


改めての『宣戦布告』は、レディの腹部に叩き込まれた凄まじい蹴りによって行われた。

832: 2012/04/26(木) 00:52:46.86 ID:D9XCEycfo

レディ『―――ッ』

ランチャーを手放すことなく勢いに任せては引き抜き、
宙を翻って10mほどの場所に降り立つレディ。

立ち上がるアーカムの姿、そしてその瞳をすばやく見返して彼女は確信した。

アーカムはもはや自身が消失することを厭わない。
『野望』よりも『家族』を優先し―――父親として娘を頃す気だと。


かつてここは幽閉墓所としてだけではなく、
処刑場・闘技場としての側面も兼ねていたようだった。

魔女たちにより、罪人を氏ぬまで戦わせるという催しが行われていたのだろう。

腐肉の海に浮かぶ直径20mばかりの処刑台は、
闘争と憎悪の血で結ばれた家族にはまさに相応しい場所か。

勝負は短時間のうちに終るとレディはわかっていた。
アーカムは胸に強烈な一撃を受けているし、
こちらの身はアーカムの手による転生で、しかもいまだ完全に安定はしきっていない。

すでに双方とも非常に不安定な状態であったのだ。

833: 2012/04/26(木) 00:54:46.08 ID:D9XCEycfo

父と娘の頃し合いが始まった。


低く身構えたのち、人の領域を超越した瞬発力を解き放つレディ。
左手のサブマシンガンで弾幕を張りつつ、
その弾に追いつくかという速度で一瞬で距離を詰め。

アーカムめがけ、片腕で小枝のようにランチャーを振るった。
図太い銃身が棍棒となって、石畳を大いにうち砕く。

だがそこにアーカムの姿はない。

彼の身があるのは2mほどのすぐ頭上。
そしてレディの顔面へと、長き足の蹴りを風車のように放つ。

対し、すかさずランチャーの手元を浮かせつつ身を低く捻り落とすレディ。
この大砲を『背負い盾』として蹴りを防ぎ、
ほぼ同時にもう片手のサブマシンガンを発砲、容赦なく魔弾を叩き込む。

しかしこのカウンターとも言える一連射も、
ランチャーを足場にされ、ひらりと後方に翻られて回避されてしまった。

だがレディの反応も早かった。

術式による補佐など必要ない、
ただ純粋な反射神経でアーカムの動きに対応していく。


彼女も即座に前に踏みだし、
後方へと翻ったアーカムとの距離が一定に保たれるほどの速さで駆け。

そして彼が降り立ったと同時に・
その腹部にランチャーの突きを先頭に、『悪魔の身』ならではの至近戦を挑んでいった。

834: 2012/04/26(木) 00:56:14.24 ID:D9XCEycfo

両者は、呼吸すらも忘れたかのように僅かな声すらも漏らさず。
ただ殺意にのみ身委ねて手数を重ねていった。

ランチャーを棍として凄まじい速度で振りぬいていくレディ。
かたわら直感的に魔弾を放ち、
相手の行動を予測した未来位置に弾頭を『置いていき』、
動きの選択肢を封じていく。

対しアーカムも力を集束させた手刀によって魔弾をはじき、
目にも留まらぬ体術で応戦。

跳弾や衝撃で石畳に亀裂が走り、
平らだった処刑台を歪な岩場へと変じさせていく中、
両者かわしては激突し合い、魂の闘争を繰り広げていった。

父子の絆を確認し、その繋がりで相手を『縊り頃す』べく。


ただしその戦いは、傍目には互角に見えようとも、
実際は確かな差が生じつつあった。

835: 2012/04/26(木) 00:57:38.05 ID:D9XCEycfo

一方は大悪魔の力を手に入れた、人類トップクラスともしても過言ではない魔術師。

だがもう一方は『それ以上』だった。

業界内では人類最強のデビルハンターと称されるほどの、
20年間以上にわたる無数の氏線の経験と、過酷な修練によって磨き上げられた技術。

人の身のままそれらを用い、時には大悪魔にも相対するほどの戦士である。

そんな者が悪魔の力を手に入れたとなっては、
例えそれが与えられたもので不安定とはいえ、示される戦闘能力は計り知れないものだ。


現にここに浮き彫りになりつつあった。


確かに娘は、これまで父には勝てなかった。

しかし同じ女性―――カリーナの血を捧げての悪魔化という、
同一の条件のもとに殺意を交えたとき。

関係は明らかに逆転した。

特定の分野に置いてはそうとは限らないも、
総合的な見方をすれば今や堂々とこう断言できるものだった。


―――娘は父を超えていた、と。


戦いの中、ついに決定的な瞬間が訪れた。

研ぎ澄まされた技術による直感的な計算、
それによって放たれた魔弾の一つが、ついにアーカムの首元を貫いたことで。

836: 2012/04/26(木) 00:59:03.74 ID:D9XCEycfo

超至近距離からの一発、
その一瞬の怯みが、勝敗を確定的なものにする。

アーカムに生じた僅かな反応遅延。
次いだレディの一手目、飛来してきた魔弾は手刀で弾けたも、
続く二手目への対応は追いつかなかった。

レディの動きを察知し、すかさず飛び退こうとしたアーカム。
しかし間に合わず。

彼のわき腹に、振るわれてきた『棍棒』―――ランチャーの銃身が直撃。
その骨をうち砕き、身を捻じ曲げ、さらなる反応遅延へと連鎖。

その瞬間、表面的な拮抗すらも完全に崩れ去り、
戦いは終幕へと一気に転がっていく。

横後方へと吹っ飛ばされるアーカム。
倒れることなく足を踏ん張り、5mほど押し込まれたところでなんとか留まるも、
もはや攻勢には転じれず。

絶え間なく放たれてきたサブマシンガンの魔弾を、
避けるどころか弾くことすらもままならず、
盾として腕を犠牲にするしかなかった。


そしてその肉の盾すらも―――続けざまに飛来してきた『刃』によって貫かれた。

837: 2012/04/26(木) 01:01:19.49 ID:D9XCEycfo

腕を貫通し胸、傷穴に重ねられて深く突きささる刃。
それはランチャーから射出された、鎖つきの刀身だった。

繋がれたと気付いたときには遅かった。

アーカム「―――」

鎖には術式に加え強烈な魔の力が宿っているため断ち切ることは出来ず、
また腕をも貫いているため、すぐに引き抜くことも不可能。

そうして成す術もなくぐんと引かれた先、
鎖が巻かれきり、刃が射出元に再び納まる機械的な音が響き。

アーカムは、自らの胸に突きつけられている図太いロケットランチャーを見た。

その向こうにある娘の顔も。



瞬間、何かしらの言葉が交わされることもなければ、
感慨の間も生じはしなかった。

互いに相手の表情を読み取ろうともしなかった。

そこに含まれていたのが家族間の血塗れた憎悪であっても、
戦いの内容、特に終わりは、機械的とも形容できるほどに淡々としていた。


父を引き寄せランチャーを突きつけた娘は、一切間を置かずに引き金を絞り。


『悪夢』に幕を引いた。

838: 2012/04/26(木) 01:02:42.82 ID:D9XCEycfo

迸る爆炎、轟く爆轟、木っ端となるアーカムの上半身と。
残されレディの足元に転がる下半身。

レディ『―――……』

凄まじい至近距離の炸裂は、
レディのジャケットの表面をも焼き、いくらか破き飛ばしてしまっていた。

そしてそこから落ちる―――小さなコインが一枚。

ダンテから預かった1セント硬貨である。

それがアーカムの下半身の傍へと落ち、鈴に似た音を奏でた。
前の持ち主に似て妙に軽々しく、茶化すように景気良く。

レディ『……』

彼女は咄嗟に拾い上げようとしたも、
そんな風に転がっていく様子を見て手を止めた。
まさに前の持ち主の意思が宿っているように見えたのだ。

彼女は屈みかけたところを、また立ちなおして。



レディ『それ……ダンテからよ。驕りだって』


そうして言い切ると同時に、
アーカムの残骸は蒸発するように掻き消えて行った。

839: 2012/04/26(木) 01:04:53.08 ID:D9XCEycfo

こうしてアーカムという過去の影は消え去った。

あの男が敷いた術式は全て、彼の消失と共に瓦解していくはずだ。
強引に開かれていた魔界の門も閉じ、悪魔の流入も停止。

人間界はまた一つ大いなる脅威を退けることができるだろう。


そして彼女自身も―――『悪夢』から覚めるときが訪れた。


レディ『―――……」


始まりは悪魔の力の減衰。
それからの変化は急激なものだった。

力の喪失と入れ違いにずっしりと重くなる肉体に、
鈍化していく知覚。
そして強弱は変わらずとも、明らかに意識の中の占有率が増えていく節々の痛み。

間違いなかった。

いまやその身が人間に戻りつつあったのだ。

840: 2012/04/26(木) 01:06:43.04 ID:D9XCEycfo

理由は単純だった。
アーカムというもはや存在しない男が、存在しないカリーナの血を使って行った転生術。

例えそれらが厳密には過去からの幻想であれ、
まがりなりにも現実として存在していた間は効力は存続する。

しかし現実ではなくなり、本来の『すでに存在しないもの』となってしまえば途端に消え去ってゆく。
『現実世界』の自己修復能力とも言えるか。

魔界の門をこじ開けた術式と同じく、
レディの身に叩き込まれた転生術式も消え去り、その効力も消滅したのだ。


レディ「……ぐッ……う……!!」


しかし一方、その人間への回帰も『半端』なものだった。

これも理由は単純なもの。

アーカムに手引きされたとはいえ、
レディの魂が魔に呼応したのは正真正銘の『現実』なのだから。


そしてその魂から生じた―――魔の力も。


例えアーカムが夢幻として消え去ろうとも、これだけは消えやしない。

841: 2012/04/26(木) 01:11:42.33 ID:D9XCEycfo

レディ「がッ……ぁ……」

この凄まじい痛みは、
先に胃袋で炸裂された『保険』の毒の残りカスによるものだろう。

『人間ならば即氏する』苦痛の中で、彼女はイヤというほどに実感させられた。


この『悪夢』から完全に覚めることは、氏ぬ以外に叶わないのだと。


アーカムの娘であるという事実、
あの男の存在を『悪夢』として押し込んでいたことへの、
彼なりの『父としての報復』にも思えてくる。

現に、片足を『悪夢』に踏み込みながら生き続けねばならないのだ。
これから氏ぬまで永劫、寝ても覚めても、そして戦いの中でさえも、
アーカムという父親の影を引き続けるのだと。

レディ「……は……あは……」

ただし『罰』とも言えるとはいえ、もはやレディにとってはあまり苦痛でもなかった。
『凶悪なアーカム』が『父親』と同一人物だということはもう受け入れきっている以上、
なんの精神的ストレスにもならない。

それどころか妙に滑稽に思えもした。

同じじゃないか、と。
もうかれこれ20年間つき合ってきたあのデビルハンターと。


―――『父親』の影に囚われ続けている『半人半魔』だ、と。


唯一の相違点は、父親は『英雄』ではないことか。
ただしそれも見方によっては『同じ』とも言える。


スパーダは魔界から、アーカムは人間界から見れば両者とも同じく―――『反逆者』であるのだから。


842: 2012/04/26(木) 01:14:32.11 ID:D9XCEycfo

そのように毒の傷みに苛まれ、
屈みこみながら自らの境遇を笑っていると。

ケルベロス『―――……ふむ。半魔の身か』

ぼそりと響く声。
この大悪魔が余りにも弱っていたこともあってか、
バックパックに彼を閉まっていたことをしばらく忘れてしまっていた。

レディ「……ああ……そういえばいたんだっけ」

ケルベロス『すまぬな。手を貸せなくて』

レディ「……いいわよ」

そもそも誰にも手出しさせないつもりだったのは、
この氷結の魔狼もわかりきっていることだろう。
謝罪は一応のものというわけだ。

ケルベロス『支援は呼んでおいた。その状態では、しばらく一人では動くことはできまい』

そして仕事が終われば、いくらでもお節介を焼くつもりというわけか。

無論、こちらも今さら意地は張らない。
確かに誰にだって、絶対に他者には踏み込ませない領域というものがあるも、
この世界はそれだけでは生きてはいけない。

レディ「……」

この際だ、このまま墓所に突っ伏していても仕方ないから充分に甘えさせてもらおう。
ただしそれでも誰でもいいというわけではないが。

この時、降り立ってきたのが―――魔馬に跨ったこの少女で本当に良かったところだ。


五和「レディさん!!大丈夫ですか―――?!」


もしダンテなんかが来ていたら、
かなり悔しい思いをしなければならなかっただろう。


あの男にはもう二度と、情けない姿は見られたくはなかった。
理由はどうであれ。

―――

849: 2012/04/28(土) 22:39:33.89 ID:DZ+Ys0t5o

―――

勝利を喜ぶ暇もなく、
上条達はすぐに魔塔へととんぼ返りしなければならかなった。

ベルゼブブとテンパランチアは倒れたも、
いまだ相当数のこれらの配下が魔塔の周囲にいたからである。

上級三隊は中には戦意を喪失して撤退する者がいるなど、
その勢力は瓦解しつつあったも、大悪魔達はそうもいかない。

ネロとベヨネッタの圧倒的な力を目の当たりに驚愕、
そうして一時硬直することはあっても、恐怖で戦意喪失などはしない。
むしろ主が討ち取られたことへの怒りが上乗せされ、
いっそう激しく戦いを挑んでくるのである。

ネロとベヨネッタとラジエルら天使たち、
そこに負傷の身ながらもサンダルフォンとイフリートが戦線復帰したとはいえ、
上条達の保護に手を回すには厳しいものがある状況だった。

ただし、そのゆく末はいまや明るかった。
少なくとも土御門にはそう思えた。

流れが確定したのだ、と。


土御門『―――……』


上条を乗せた魔狼に続き魔塔に飛び込む直前、
天空の魔界の門が閉じるのを見て、彼はそう確信した。

850: 2012/04/28(土) 22:42:02.61 ID:DZ+Ys0t5o

上条『……』

また上条も、視覚で捉えはせずともすぐに把握できていた。

上級三隊はもはや撤退しつつあり、
あとは残った大悪魔達を倒せば、
ようやくこの天魔人の戦争に―――『勝った』と言えるかもしれない。

複数の大悪魔との戦いは確かに激しいものになろうも、
ネロとベヨネッタがいればあまり時間もかからずに殲滅させられるであろう。
特に、彼らが戦いの内容よりも短期終結を優先している今ならより早く。


土御門『……ひゃー、とりあえず……ってところか』

魔塔の中、門前の吹き抜けに再び戻ったところで、
土御門はためにためていた緊張の息を解き放った。

床に腹つけて座りこみ舌を出すその姿、
印象については狼よりも『犬』らしいか。


上条『……』

その『大きな犬』に乗っている滝壺理后は、
白い毛皮の背に胸と腹すべてと頬をつけ、しっかりとしがみ付いていた。

851: 2012/04/28(土) 22:43:13.98 ID:DZ+Ys0t5o

上条は対象を映像としては認識できなくとも、
その造形などは魔の知覚で充分に把握できる。

それにより、このときも滝壺の表情を把握することが出来た。

実に眠そうに思える彼女の顔を。
柔らかな白狼の毛に頬を埋めているその様子だと、余計にそう感じてしまう。

だがそれは表面的なものであり、
彼女は彼女なりに今の一連の出来事に衝撃を受けていたようだ。

上条『……』

圧迫感や混乱などの気の乱れ、それによる鼓動の加速や緊張などが、
滝壺の気配にはっきりと滲んでいたのである。

ただしそんな彼女の『恐怖』も、
背後のもう一人が放つ空気に比べればずっと堪えているものである。


浜面「お、お……お……終ったのか?」


滝壺の背に覆いかぶさる形でしがみついていた少年、
浜面仕上が半ば裏返っている声を発した。

852: 2012/04/28(土) 22:45:47.56 ID:DZ+Ys0t5o

上条『……』

上条にとっては今や、
その声を『以前どこで』聞いたのかを思い出すのは容易なことだった。

すぐに気付いた。
この少年は、前に右手でぶっ飛ばしたことがある、と。

ただし相手は気付いていないよう。

それも仕方ないかもしれない。
ここまで超高密度の力の大気の中を超高速で突っ切って来たのだ、
土御門の力で保護されていようと常人には厳しいものがある。

そんないまにも失神してしまいそうな状態で、すぐに気づけというのが無理がある。

上条はここでは特に言及はしなかった。
相手のほうも無理に掘り出してほしくはないだろう。
こちらが右手で殴ったという点が示す、初めての出合った際の状況もあって。


上条『ああ。大方はな。でもまだ終わりきってはないから気をつけてくれ』

上条は魔狼の背から降りながら、
戦々恐々としている少年へと声を返した。

ただしこの返答についても、『何』が終ったのかは理解していないだろう。
滝壺の方はこの領域を能力化においているのだから、
リアルタイムでなくとも状況把握は充分にできるであろうも。

853: 2012/04/28(土) 22:47:05.24 ID:DZ+Ys0t5o

浜面「そ、そうか」

土御門『まだ降りるな。警戒しておけ』

そう起き上がりかけた少年へとすぐに向けられた土御門の言葉。
彼は鞭で叩かれたようにまたしがみ付きなおした。

滝壺「はまづら、苦しい」

浜面「……っとと、すまん」

やや強すぎた勢いで。


それからしばらく、みはな一言も交わさなかった。

上条『……』

土御門『……』

時間にして十数秒程度だろうか。
それはようやくの状況分析と理解、
精神の安定化のために必要な間だった。

扉向こう、外から轟いてくる凄まじい地響きの中、
それぞれが己の頭の中を整理していった。

土御門はその冴えわたる『嗅覚』で魔塔内部の仲間たちの無事を確認し、
滝壺は自身の能力と虚数学区、そして戦線の全体状況をくまなくチェック。
その彼女に覆いかぶさる形の浜面はなんとか呼吸を落ち着かせ。


そして上条当麻は、ついに―――自分の『使命』を果すときが訪れたのを悟った。


魔塔の外が静かになったのを聞いて。

854: 2012/04/28(土) 22:49:08.59 ID:DZ+Ys0t5o

土御門『終ったようだな』

くんと鼻先を動かして呟く白狼。
彼の言うとおり外の戦闘は終了したか。

上条もまた、視覚を省くあらゆる知覚で同じく結論つけることができた。
味方以外の大悪魔の気配は感じられず、
それまで渦を巻いていた濃密な力の大気も、いまや大きく退きつつある。


上条『……ああ』

そうして胸に湧くのはようやくの実感。
天界のジュベレウス派は事実上の崩壊、魔界からの侵入も停止。


とうとうこの『戦争』に人間界は勝ったのだと。


単に脅威が掃われたという以外にも、上条にはそこに様々な意味があった。
この争乱の原因の一端は古の自らの行いでもあり、
またインデックスを含む魔女と天界との因縁をある程度の形で清算するものにもなり、
そして人間界をとりまく環境、天界とのかかわりも一変したのである。

天界の主導権はジュベレウス派から穏健派である反乱勢力に移るであろうから、
人間界との関係もこれから大きく改善されるに違いない。

長きに渡って硬直しきっていた諸問題がようやく、ようやく前進したということだ。


それも筋書きが狙っていたような破滅的な形ではなく、
こうして大多数の命と人間世界を保持したまま。

ただしその筋書きに関してはもう一つ、
最後にもう一つの戦いを越えなければならなかった。


今度は人間界の戦いではなく―――上条自身の戦いだ。



筋書きがもつ最後の駒、『キング』の―――竜王を討ち倒さねばならない。


855: 2012/04/28(土) 22:52:01.24 ID:DZ+Ys0t5o

上条は黙ったまま、手際よく銃の確認、
そして体と力の点検調査を始めた。

相手は創造・破壊・具現を有する存在。
いまやスパーダの一族と同じ領域にある怪物である。
そんな存在に比べてしまえば、確かに己の力など塵に等しい。


しかしこちらには―――幻想頃しがある。


またこの右手が例え無くたって、上条は迷わずいくつもりだった。

どうであれ戦わねばならないのである。

そうしなければ『宿命』は変えられない。
本来は『もういないはず』の役者である己が、その極限の舞台に立つ。
それ自体が大いなる意味を持ち、それこそが上条当麻が自らに見た使命である。

そして何よりも、ごくごく個人的に、


上条『……』


竜王の、いや、あのフィアンマの高慢な顔を―――もう一度ぶっ飛ばさないとどうにも気が済まない。

一回負かしただけでは足りない。
決して許しはしない。

一時的であれ、インデックスを傀儡とし兵器として扱い、
彼女を氏ぬまで使い潰そうとしていたあの男だけは絶対に、何があっても。

856: 2012/04/28(土) 22:54:43.93 ID:DZ+Ys0t5o

がこん、と重々しい音を響かせて開かれる扉。
姿を現したのはネロだった。

彼は扉に手をかけたまま、
今まで壮絶な戦いを繰り広げていたとは思えないくらいに、
冷めた視線を向けてくると。

ネロ「『上』に行く。来るか?―――」

上条『―――ああ、もちろん』

即答だった。

またネロも、この筋書きまわりの状況を良く理解していたよう。
特に話し合わせる必要は無かった。

ネロ「ついて来い」

そうしてネロはコートを翻すと、
入ってきたのと同じくまた淡々と外に出でていった。

その後を上条も同じ調子で追い外に向かった。


上条『じゃあ土御門、またな』

土御門『―――ああ。またな』

去り際、背後の親友とかるく言葉を交わして。
普段どおり、まるで下校の別れ際のように。

筋書きが認識できなくとも、ある程度この親友はわかってくれているのだろう。
彼と交わした挨拶の言葉には特に他意はない。

文字通りそのままの意味である。


『また会おう』、と。

857: 2012/04/28(土) 22:57:29.31 ID:DZ+Ys0t5o

外に出でた上条は、ネロに続き魔塔の外壁を駆け上がっていった。

上条『……』

こうして彼の背を追いかけていると、在りし日のことを思い出す。
かつて学園都市における争乱の際も、
同じようにして彼の背についていったものだ。

と、そう思う出したところでふと上条は気付いた。


類似点はネロの背を追うだけではなかった。
似ている過去の事象も、学園都市の争乱のみだけではなかった。

上条はミカエル、ベオウルフの記憶を辿り、
そしてインデックスからの魔女が記した歴史を引き出して確信した。


竜王との決戦にはダンテとバージルも来るだろう、すると『こう』なる。


かつてスパーダが魔帝ムンドゥスの創造を破ったときと同じく、
魔女の時空間魔術を携えたスパーダの息子が現れ。

かつて学園都市にて行われたように、
終結したスパーダの血族に上条当麻の右手が加わり、圧倒的存在を討ち砕く。


そのようにただ重なるどころではない、『二重』の意味で過去をなぞり―――


―――誰しもが望む、完璧な形による大団円を迎える、と。


上条『―――』

信じたくはなかったも、
思考がここまで行き着いてしまった以上もう否定の余地はなかった。

今や己達は、逃れようがない罠に飛び込もうとしていたのだと。


竜王という駒を中心とした、筋書きの最後にして最大の挑戦。
再び流れの主導権を握ることが出来る、これぞ一発逆転を目論んだ切り札だった。

858: 2012/04/28(土) 22:59:17.94 ID:DZ+Ys0t5o

これを覆すには、これまで以上の行動が必要だった。
『絶対に有り得ない』ような、そんな行動が。

しかし果たしてそんな対抗策などあるのだろうか。

あることにはあるだろう。
大団円なんて、その中心になる人物のちょっとした選択で覆るものだ。

そして『大団円が覆る』ということは誰もが『望まない』、
何よりも中心人物たるダンテとバージル本人達が『望まない』、そんな選択となる。


上条『―――』

そこまで思考が至った時、上条は心が締め潰されるような感覚を覚えた。
ここにきてのあまりの『残酷』さに。

だが筋書き―――宿命にとどめを刺すには、『彼ら』にはその方法しかない。


ネロの方もちょうど同じくして気付いたのだろうか。
魔塔の頂上に降り立った頃には、彼の顔にも陰りが滲んでいた。

そんな彼へと、上条は問うた。


上条『…………なあ、ダンテとバージルは……』


いや、もはや問いですらない、それはただの確認だった。
事実聞くまでも無かった。


その時、神儀の間で『起こったあること』は、インデックスを通じではっきりと『見えていた』のだから。


そして『残念』なことにネロも即答した。
すべてをわかった上で。


ネロ「ああ、来ない―――」


これまで以上に冷ややかに。
それでいながら、語気には重く力を篭めて。


ネロ「―――二人は来ない」


―――

859: 2012/04/28(土) 23:01:09.01 ID:DZ+Ys0t5o
―――

魔界の深淵、煉獄の闇に浮かぶ神儀の間。

そこでは今、大掃除を終らせてきたばかりのベヨネッタとバージルの間で
仕事の引継ぎ作業が行われていた。

ベヨネッタ「人間界の標準時間で五分半よ。それ以上は無理」

バージルと時の腕輪による人間界基盤の時間軸抑制、
その役目を一時的にベヨネッタが担うのである。

ここまでで彼らの計画の消化率はほぼ99%に達していたも、
人間界の力場の再起動だけはまだ成されていなかった。

その前にやらなければならないことがあるのだ。
バージルが一時的にここから離れるのもそれが理由だ。


人間界の再覚醒よりも先に、竜王の排除を行うのである。

あの古竜はかつて人間界を支配していた存在だ。
残したままだとどのような影響を及ぼすことか。
またそれ以上に三神の力も有しているため、
ここまでの作業が最後の最後にぶち壊しにもされかねないのだ。

860: 2012/04/28(土) 23:05:46.99 ID:DZ+Ys0t5o

バージルからベヨネッタへの引継ぎはすぐに終った。
魔女が同じように床に修羅刃を突き刺し、
青き魔剣士が閻魔刀をひき抜き鞘に納める。

アイゼン「わかっておるな。しつこいが五分半だ。ま、そなたらには充分な時間であろうが」

そうして魔女王の言葉に送られ、
二人のスパーダの息子たちは竜の討伐に戦いに赴く―――予定だったのだが。



ダンテ「―――……」

弟は気付いた。
いや、気付いていた。

ネロとバージルに続き、とうとう己が『選択』する番がまわってきたと。


ダンテ「……」

筋書きにとどめを刺す己の選択、
その内容は非常に成し難いことになるとわかってはいた。

しかし覚悟はしていても、実際に直面してみると、
やはりかなり堪えるもの。

ダンテの頭に浮かんでいた選択の内容は、最悪なものだったのである。
もはや思い浮かべているだけで腹立たしく、そして許し難い。


絶対に譲れない信念を、
この胸の中で守り続けてきた『人の心』を――――――『裏切る』必要があるなんて。


『人間の強さ』というものは時として―――『最大の弱さ』にもなってしまうことがある。
最強の魔剣士でさえも払拭できない『弱さ』へと。

この選択はまさにそこを突いて来ていたのだ。

861: 2012/04/28(土) 23:09:01.11 ID:DZ+Ys0t5o

だがそうでなければならないのだ。
究極の苦痛であり屈辱であり、どうにも成し難い条件でなければならない。

それだからこそ、筋書きへの究極の一撃になるのだ。

ダンテ「……」

しかし―――ダンテはここで迷った。


僅かな一瞬とはいえ、ダンテという男が―――ここで迷ってしまった。


『誘惑』に負けそうになってしまった。
筋書きに顔があったとしたら、それが脳裏に浮かんできそうだった。

―――どうだ?お前には不可能だろう?、とほくそ笑む顔が。

その通り、当然こんな選択なんてできるわけがなかった。
普段ならば例え氏んでも思いつきもしない。

兄の後姿を見ていると瞬間、こう思ってしまう。


こんな選択など捨てて、『このまま』でも良いのではないか―――筋書きの望みどおり大団円を迎えても、と。


例え仕組まれたもの、
更なる大乱が再び訪れることが必然になろうとも。

それが今度こそ人類が絶滅に追い込まれるほどであろうとも、
それまで安寧を享受出来れば良いのではないか、と。


だがその微かな迷いも、当の兄によって叩き飛ばされた。
このまま黙ってやり過ごすことなんて到底出来なかった。

兄もすでに気付いていたのだから。

862: 2012/04/28(土) 23:13:31.93 ID:DZ+Ys0t5o

こちらに背を向け、
移動用の魔法陣を浮べようと手を床にかざしたまま。
そこでバージルは動きを止めていた。


その空気の突然の異変には、周りの者達も気付いていた。
アイゼンは身を硬直させ、ジャンヌは得体の知れない緊張に警戒を示し、
ローラもインデックスを守る位置に動き。

筋書きを認識しているインデックスは、祈るようにゆっくりと目を閉じて。

ベヨネッタもまた、大きく息を吸うと目を閉じた。
これから起こることを理解し、とても見ていられないとばかりに。


ダンテ「……」

そしてバージルは動かなかった。
振り向きもせずただ悠然と立っている。

だが弟にとっては、それだけで兄からの意思表示は充分だった。


兄は告げていた。


お前の番だ、選択を果せ、と。



それがどれだけ頼もしくて、確かなものだったか。

その言霊で弟は―――すぐに決意した。


ああ、その通りだ、と。


兄と同じく『妥協』し―――命にかえてでも譲れなかった一線を放棄することを。


そうでもして筋書きを潰さなければ、本物の安寧は決して訪れないのだから。
更なる災厄と悲劇が未来に確定するのだから、必ず果さねばならないのだと。

863: 2012/04/28(土) 23:15:51.22 ID:DZ+Ys0t5o

『ダンテ』が『ダンテ』である以上絶対に出来なかったこと。


それは―――『悪』になること。


      ヴィラン
すなわち悪役に徹し。


      ヒーロー
善を担う英雄を討ち砕くことだ。



ダンテ「Ha―――」


変わらぬ調子で、
いや、悪役であるためには変えてはならない調子のまま、ダンテは小さく笑い。


背の『反逆』を意味する名の魔剣に手をかけた。


あの竜王から究極の敵という役を奪うために。
全てを上回る負の因果を一手に担うために―――


唯一の救いは、『全て』をぶち壊しにする必要まではないであろうこと。
この『たった一つの選択』、『一時の悪役』は、それほどの影響力を有しているという点だ。


一人の父であり人間界の救世主でもある『英雄』を―――


―――不条理、不合理、狂気的とも言えるタイミングで滅ぼし。


栄えある一族の『英雄伝説』に―――『家族の血』で最大の『汚点』を記し、ここで幕を引く。


たった『それだけ』で、筋書きを完全敗北させるに充分な威力を持つのだ。

ただし『それだけで』とはいえ、
ダンテにとっては血の涙を流さねばならないほどの『悪夢』であるが。

864: 2012/04/28(土) 23:19:49.18 ID:DZ+Ys0t5o

―――さあ、それではその悪夢の時間である。

何もかもをぶち壊しにしてしまえ。

この一戦には『人の心』は不要だ。
狂気に満ちた悪役に、残虐な悪魔に徹しろ。


父を、母を、甥を。

そして両親の忘れ形見である最愛の兄を――――――『裏切る』のだ。



―――――――――『反逆者』へと成れ。


バージル「―――ダンテ」


ゆっくりと振り返り。
閻魔刀の柄に手をかけ、呼びかけてくるバージル。

その兄の姿に、
若き頃ならば、噴火する心に耐えかねて咆哮したかもしれない。
兄に向けた次の声も怒号になっていたかもしれない。

しかしもう今は、そんなことなどない。

愛を知る人の心なんか完全に押さえ込み、押し潰し。
荒れ狂う身の内はひとかけらも表には出さず、ダンテは笑った。
普段のまま軽薄に、不敵に。


ダンテ「ああ、さっさと抜け―――」


そして先日の学園都市における衝突とは全く違う、本物の―――『殺意』を篭めて宣告した。


ダンテ「バージル、お前をもう一度―――」


ついさきほど、決して譲れなかった一線を『妥協』し、
家族と共に『生きること』を選択した兄へと向けて。


―――誰よりも救いたかった家族へと向けて―――



ダンテ「―――――――――――――――頃してやるからよ」



―――『氏ね』と。


―――

865: 2012/04/28(土) 23:21:12.75 ID:DZ+Ys0t5o
これにて第二章終了です。
第三章は一週間開いて来月の五日からとなります。

889: 2012/05/05(土) 22:09:58.48 ID:JfmDtynuo

―――

人間の世界はいまだ、星一つない夜空に覆われていた。

ただの漆黒ではない。
今にも地上を押しつぶすかのような黒鉄の天蓋だ。

戦火に見舞われた人々は、廃墟と荒野の中からただ呆然と見上げるか、
恐れ戦き祈るしかない。
戦火に包まれていない地域の人々ですらも、
この世の終わりを予感させる闇の下で成す術もなく震えることしかできなかった。


人間は己の身に究極的な危機・圧迫的な恐怖を覚えたとき、
たびたび必要以上に暴力的な行動をとってしまう。

ただ生きるために手段を選ばず暴動、略奪から、超強行的な集団の形成。
戦争や災害が起こる度に常に見られてきた人間社会の一つの行動原理だ。

だが今は、地球上のどこにもそんな光景は見られなかった。
この世界を覆う底無しの終末感が、
彼らからパニックを起こす気力すらも奪っていたからだ。


どこの場所でも静かだった。
黙々と動いているのは、この非常事態下でただ義務を果そうとする軍や警察、政府機関のみ。

その他の大多数の人々はみな息を潜めていた。
イギリス北部に逃れた民も、イギリスへと逃れた地中海諸国の数千万の難民も。
欧州各地とロシアで生活の全てを失った者達も。
ロシアから進出してくる悪魔達と激しく戦火を交えたアジアも。
直接的な被害は免れた、聖地を省く中央アジア、アフリカ、南北アメリカも。

そしてアメリカ西海岸のとある大都市圏も。
その都市の中でも特に治安の悪いあるスラム街も。


トリッシュ「……」

今はしんと静まり返っていた。


890: 2012/05/05(土) 22:10:51.06 ID:JfmDtynuo

スラム街の片隅。
デビルメイクライの看板を掲げる事務所にて、トリッシュは静かに見守っていた。

広間にあるソファーに座し、
首から下をすっぽり隠すようにシーツを羽織った彼女、
その意識が向かうは繋がりの先のパートナー。

トリッシュ「……」


遥か繋がりの向こうに見えるはパートナーの『裏切り』。


同時に流れ込んでくるのは、パートナーの内で渦を巻くあらゆる感情だ。


この熱き魂を、トリッシュはまるで自分自身のことのように体感していた。

鮮烈に浮かび上がってくるのは彼の奥底で燃え盛る衝動。
人間界を、人類を、家族を慈しみ愛するがゆえの憤怒と悲壮。

ここまで内側が乱れたダンテなど、トリッシュは一度も見た事がなかった。
かつて己のために涙を流してくれた時のダンテでさえ、
これほど魂が震えてはいなかった。


当然である。

血の宿命に立ち向かうということ、
そして最後の役者になるということは『そういうこと』だ。

これまでの総決算、紡がれてきたスパーダ一族の伝説をまるごと覆す、
究極にしてとどめの一手。
それを成すには相応の代償と苦しみが伴うものである。

891: 2012/05/05(土) 22:14:36.90 ID:JfmDtynuo

トリッシュ「……っ」

渦を巻くダンテの心に、
彼女は思わずシーツの胸元をぎゅっと握り締めた。

とにかく痛かった。
彼から流れ込んでくる魂の咆哮が耐え難かった。

それは魔界の理に生きる者はまず理解することが出来ない、
人間の強さであり弱さでもある心だ。

これに触れるのは初めてではない。
ダンテに救われて以来、彼を通して人の心というものを学び続けてきた。

しかし見て触れるのと、内から体感するのは全く別だ。
この時トリッシュはようやく、
人の心というものを『真の意味』で理解することが出来たのである。

頭ではなく魂で人間の精神の在り方を。


トリッシュ「……………………」

ダンテという『人間』の、愛情の深さと心の豊かさを。
彼にとってそれがどれだけ大切なものだったのかも。

父と母の思い出、兄との絆が、
アイデンティティの根幹における比重をどれだけ占めていたのかも。


そしてそれゆえに―――彼が今、どれだけの苦痛に耐えているのかも。

892: 2012/05/05(土) 22:16:47.94 ID:JfmDtynuo



ネヴァン『あなたは理解できるのね』

向かいの壁に寄りかかっていたネヴァンがぼそりと口を開いた。
普段の妖しく見透かしたような口調ではなく、どことなく寂しげに。

ネヴァン『私はできなかった。結局わからなかったわぁ。彼の心の奥底は』

無言のまま視線だけを返したトリッシュへと、ぼんやりとした調子で続けた。

ネヴァン『どうしてなのかしら。彼と何度も溶け合って、何度も奏でてもらった私でもわからないのに、
      一度も溶け合ったことのないあなたが理解できちゃうなんて』

トリッシュ「…………」

そんな問いかけ。
だだ口ぶりからは、ネヴァン自身は答えを知っている風に見えた。
彼女から滲む寂しさは、疑念ではなくその覆りようのない答えによるものであると。

答えは今のトリッシュにとっても即答できるものだった。

己とネヴァンは同じく生粋の悪魔。
また今の己とダンテの繋がりには、特別な細工を施したわけではない。
ネヴァンたちが魔具として使用される際の繋がりともなんら変わりないものである。

だがダンテとの関係の上で決定的な違いが一つある。

彼の周りに集う悪魔達の中で、
唯一トリッシュだけはその絶大な力に魅せられたわけではない。

ダンテの側に付いたきっかけは、純粋に彼の人格に惹かれたからである。

893: 2012/05/05(土) 22:22:04.50 ID:JfmDtynuo

ネヴァン達がダンテに心酔する理由は、
まず第一に超越的な力を誇るからである。
それがあってはじめて彼の性格や考え方に同調しようとするのだ。

言ってしまえば、ダンテとネヴァン達を繋ぎとめているのは魔界式の絆である。
ダンテがここまで強くなければ決して生じ得ない絆だ。

だがトリッシュは違う。
もちろん魔帝から救ってくれるにはその超越的な強さが必要ではあったが、
魔帝への反逆心を植えつける上では必ずしも必要ではなかった。

トリッシュにはこう断言できた。
ダンテが己と互角程度だったとしても、己は魔帝に反逆し彼の側に立っただろうと。



トリッシュ「…………」

ネヴァンの問いの直接的な答えは単純だったも、
そこから派生した思索は思わぬ疑問を生み出した。

ダンテ自身と『同じく』心うち震えるかたわら、
トリッシュはこれまで考えた事のないことを思ってしまった。


ネヴァン達とダンテの関係が魔界式ならば、己は一体『何式』なのだろうか、と。


ただしその答えも、改めて考える必要もなかった。
いや、今やトリッシュにとってはそんな定義などどうでも良かった。

魔界式か―――それとも『人界式』か、
明確に線引きできるものでもなければ、そうする意味も無い。

もともとダンテ自身が、愛を知る心に悪魔も人間も関係ないというスタンスなのだから。

894: 2012/05/05(土) 22:27:32.29 ID:JfmDtynuo

恐らくその点までもネヴァンは気付いていたのだろう。
真の意味でダンテの心を理解できなくとも、考えは表面的にも一応は把握できる。
ネヴァンはトリッシュの返答を別に求めてはいなかったよう。
つまりはただの『女のボヤキ』である。

彼女は壁に寄り掛けていた体を億劫そうに起こしては、魔性の吐息を漏らして体を伸ばした。


トリッシュ「そう…………あなたも行くのね」


その仕草が何の前振りなのか、トリッシュにはすぐにわかった。

力が絆の根幹の魔界式であろうと、愛は愛である。
魔界式の愛と忠誠には、魔界流の尽くし方がある。

ネヴァンは彼女なりに、ダンテへの愛と忠誠を果そうとしているのである。
たとえ主従関係が解かれようと、彼女を含む元使い魔たちの崇拝は潰えやしない。


ネヴァン『私は―――「闘争」でしか彼に尽くせないから』


ネヴァンはそう妖艶に微笑むと、トリッシュの方へと歩き進み、
彼女の前で軽く屈むと。


ネヴァン『「これ」が私とあなたの違いね―――』


頬を撫で、そこを伝っていた―――『露』を一滴。
指に絡め取って笑った。


ネヴァン『私にこれは―――「流せない」もの』

895: 2012/05/05(土) 22:33:18.93 ID:JfmDtynuo

ネヴァン『―――あなたのそういうところが妬ましかったけど、まあ別に嫌いではなかったわ』

そう告げると、今度はすっと立ち踵を返すネヴァン。
彼女は少し離れて広間の中央に立ち。

足元に魔方陣を浮べながら、こう最後に言霊を紡いだ。

ネヴァン『とにかくあなたにしか出来ないことだから、忘れないようにね』

トリッシュ「……」

その通りだ。
『これ』こそ己がやらなければならないこと。
己にしかできないこと。

ダンテがその役ゆえに心を発露してはならないのならば。



ネヴァン『彼のために――――――泣いてあげて』



彼の代わりに心の血を流さなくては。
人の心、愛ゆえの慟哭に身を委ねるままに。
それが『トリッシュ』という、もっとも親しきパートナーの義務、

ダンテのためにできる最大にして唯一のこと。



ネヴァン『―――さようなら。トリッシュ』

不吉な色気を交えながら微笑むと、
ネヴァンは光の中に姿を消した。


トリッシュ「……ええ。さようなら。ネヴァン」


自身の愛と忠誠を果しにゆくべく。

―――

896: 2012/05/05(土) 22:39:01.34 ID:JfmDtynuo
―――

スパーダの息子、ダンテ。
彼の決戦へと向かう闘気に応えたのはネヴァンだけではなかった。

イフリート『……』

アグニ『……ふむ』

魔塔の麓の戦いを終えた彼らも。
魔塔の中、一人のデビルハンターを救助し終えたばかりの魔馬も。

その他、魔具として方々に預けられていた者も。
彼に魔界に帰っていた者も。

すでに主従関係を解かれた者も、今だ仕えている者も区別無く。


彼の力に魅せられ、彼に魂から絶対忠誠を誓った存在全てが、
爆発したダンテの闘争心に呼応する。

悪魔式の本能的にも、そして悪魔式の心情的にも。

超越的な力と共にし、極限の闘争の中で仕え果てることこそ、
彼らにとって至上の喜びなのだから。

897: 2012/05/05(土) 22:40:47.89 ID:JfmDtynuo

煉獄における決戦はすぐに始まった。

もはや兄弟は声を交える必要はない。
彼らは互いを完全に理解し、受けれていたからだ。

長らく間に刻まれていた溝もすっかり消失し、
母が氏する以前の関係―――理念の確執も無い、『ただの兄と弟』に戻っていたからだ。

父と母も黄泉から望んでいたであろう、
兄弟の完全和解がついに成立していたのである。


ゆえに声を交わす必要はない、
予め決めていたことかのように阿吽の呼吸で両者は動く。


それぞれが柄を握り、相手を斬り頃すべく―――刃を振り放つ。


抜刀され振るわれる閻魔刀と、
背から、天頂を切り裂き下ろされたリベリオン。

殺意の一振りは十字に交差した。

898: 2012/05/05(土) 22:43:18.95 ID:JfmDtynuo

耳を劈く金属音、飛び散る火花。
それらを生じさせた初撃の激突は、まずはバージルの勝利だった。
閻魔刀はリベリオンごとダンテの身を押し弾き、神儀の間から叩き出したのである。


ベヨネッタ『―――ジャンヌ!結界を!―――』

遠のく彼女の叫びを後にダンテは宙を突き抜け、
300mほど離れたところで身を翻し、煉獄を覆う『影の海』に降り立った。

海とは言ってもくるぶしまでの深さしかなかったが、
ダンテの身の勢いもあって盛大に巻き上がる飛沫。
また飛沫とは言え、炎のように熱くゆらめき、溶けた鉛のように重い噴出であった。


そんな重い『礫』が降り注ぐ中、ダンテは低き姿勢のまま遠くのバージルを見据え、
一切の心情的要素を破棄して『敵』の状態を分析する。

今の初撃で弾き飛ばされた理由は、
単純にバージルの方が膂力があるというわけではない。

閻魔刀に制限無き力を与える『破壊』、
そして彼自身の規格外の器で稼動する時の腕輪。


かつて父が、実質『一人』で魔帝を倒した時と同じ状態だということ、それが今のバージルの『強さ』だ。

899: 2012/05/05(土) 22:45:00.63 ID:JfmDtynuo

その異常なまでの強さは、今の軽い一合だけでもダンテに痕を刻んでいた。
リベリオンの刃が軽く欠け、
そこに力の流れの停滞という障害が生じていたのである。

ダンテ「Humm―――」

時の腕輪の作用は当然、創世主のものに対してのみではない、
閻魔刀とバージルと力が組み合えば、
斬り付けた対象全ての時間軸に干渉する事が出来るのだ。

つまり刃を重ねれば重ねるほど、
こちらの刃は激突による消耗以上の速度で衰えていくというわけだ。


通常の状態でさえ拮抗しているのだ、
バージル相手に刃を合わせずに戦うことなんて不可能だということは、
ダンテ自身が誰よりもわかっていた。


ではどうするか、どう戦うか―――と常道ならば思考が続いたであろうが、

ダンテの場合はその先は必要は無かった。
新たな戦い方を見出す必要そのものが無かったのだから。


彼の場合、『これまで通り』の戦い方を貫けば充分だったのだ。


『それ』はダンテが求めたわけではない。
ダンテの意識に呼応し、『彼ら』の方から馳せ参じて来たのである。



その瞬間、ダンテの周囲に―――百を超える大悪魔達が現れた。


『永久の主』にどこまでも追従するという意志を―――魔具の姿で現れることで示して。

900: 2012/05/05(土) 22:49:30.19 ID:JfmDtynuo


一本の刃では勝てぬのならば―――百の刃を使えばいい。


ダンテの周囲、虚空から出現し海に刺さり立つ百を超える魔具。
その様はさながら荒涼とした戦場の墓地のよう。


これこそがダンテの生き様、戦いの歴史、その全ての証明であり。


―――ダンテという魔剣士の『真の全力』である。


この『軍団』を『使い潰す』ことにダンテは抵抗はしなかった。


バージルはスパーダと同じ状態だということからも、
彼の肩には一族の『伝説』の全てが付加されているわけだ。

ならばこちらも―――『己の生き様』、『戦いの歴史』の全てを用いるのも当然である、と。


それにこれで釣り合いが取れ、より戦いの意味が色濃くなる。
この身に一族の『永遠の敵』の役をも付加することができるからだ。


バージルが担う『スパーダ』の役と対を成す―――『軍団を従えるムンドゥス』の役を。


901: 2012/05/05(土) 22:52:00.08 ID:JfmDtynuo

ルドラ『おお!我が同志達よ!―――共に魔道の果てに朽ちようぞ!!』

声を放つ背の魔剣をはじめ、魔具たちの声が意識の中に聞えてくる。

それらは全て悪魔的な歓喜に満ちていた。
ダンテの仕えるにあたりこれまで封じてきた魔の本能、
その純なる暴力の欲望を剥き出しに、闘争のみをただ純粋に求めゆく。

これぞ魔界の理が刻む悪魔のあるべき姿、彼らの真の本性。
力と血に飢えた魔窟の獣共へと回帰してゆくのだ。

彼らの第一人者であり『王』である―――『悪魔たるダンテ』の先導によって。



『弟たるダンテ』は兄が勝つことを、すなわち己が倒されることを望んでいる。
この戦いが始まった以上バージルが勝っても、
筋書きの破壊という目的は成就するのだ。


しかし―――ダンテがそのように手引きすることは許されない。


筋書きを完全に砕くにあたって、勝敗の結果は重要ではない。
重要なのは真の殺意を貫いて戦い抜くことなのだ。


兄を頃すこと、ただそれだけを求めて戦わねばならない―――

902: 2012/05/05(土) 22:55:17.63 ID:JfmDtynuo

ダンテはまず背にあるルドラを左手にし、
右手のリベリオンと共に大きく広げ、低く構えた。

真正面に、影の水面を駆けてくるバージルを捉えて。


ダンテ「Ha-Ha!」

魔剣を携える手にはもはや『人たる心』は宿ってはいない。
満たすは首輪を外された悪魔たる闘争衝動だ。


そうして向かってくる兄へと、自らも水面を踏み切る瞬間。
ダンテは消えゆく人の心の中、『最後』に―――『懐かしい恐怖』を覚えた。

それは小さい頃、母が氏に兄が姿を消した孤独の中で芽吹いたも、
兄に再会する前にはすでに克服していたはずの恐怖。


抑えがたい闘争心と殺戮願望に、かつて幼い少年は恐怖したものだ。


己はやはり悪魔―――『母を頃した者達』と同じなのではないか、と。

903: 2012/05/05(土) 23:02:20.10 ID:JfmDtynuo

ただし。
そんなかつての恐怖も、
ここでは消え行く心の中に垣間見えた残滓に過ぎない。

もはや恐怖する必要は無かった。
母から受け継いだ人間性の喪失とその消滅を恐れることも。

この身から消え失せようとも、存在自体は消えやしないのである。

父から受け継いだ信念と、母から受け継いだ愛、
そして兄と共にある家族の思い出と安らぎ。


ダンテ「―――C'mon Bros! It's a good day!―――」


それら『人の心』は全て―――トリッシュに託すことができたのだから。


―――


 創世と終焉編


 第三章 『過去と未来が交差するとき』


―――


スパーダとエヴァの息子でありバージルの弟であるダンテ。
その名の男が、人間の愛と優しさを知っていたことは完全なる事実だ。

こうしている今もトリッシュの頬を流れている―――



ダンテ「―――To die!」



―――涙こそが何よりの証拠である。


―――

921: 2012/05/09(水) 00:33:30.16 ID:WT+Pqukgo

―――

魔塔ふもとの決戦が終決、天魔入り乱れる戦火を免れたにもかかわらず、
人間界を覆う不穏な空気は晴れなかった。

御坂「……どうなってんの?終ったんじゃないの?」

理解が追いつかなくとも、誰しもが本能的に悪寒を覚えていた。
今この瞬間が『全て』の最後にして最大の転換点であり、
最も危険で困難な局面でもある、と。

アニェーゼ「……土御門によると『まだ』、だそうですね」


御坂「それで……当麻は?」

静まり返る地下本陣にて、
御坂は同時に個人的な悪寒をも覚えていた。
このこびりつく不穏な気配に、
上条当麻が大きく関係している気がしてならなかったのだ。

アニェーゼ「ネロさんと一緒に上に行ったと」

御坂「何しに?」

アニェーゼ「土御門が言うには、義務を果しにと。それ以上はわからないと」

922: 2012/05/09(水) 00:34:30.50 ID:WT+Pqukgo

御坂「……」

アニェーゼ、厳密には土御門の言葉で悪寒は確信に変わった。

やはり上条は今、事態の核に深く首を突っ込んでいるのだと。
ただしアニェーゼ、土御門からはそれ以上具体的な情報は引き出せなかった。
打ち止めがいるベッドの足元、
そこに座り込んでいる一方通行も小さく顔を振るだけ。

一方「あの野郎にも……『個人的』にケリをつけなきゃなンねェコトがあるンだろ……」

そうなのかもしれない、いやそうなのだろう。
だがその程度で御坂美琴が納得するわけがなかった。

ましてや先ほど『あんな事』を彼が言っていたのだから、
気になって仕方が無かったのだ。


アレイスターに向けて『俺のせいだ』、と。


アレイスターの忌まわしい所業に自身も関わっていたと考えているのか。
そう暗に悟った御坂の中では今、様々な考えと想いが渦を巻いていた。

これが誰か別の言葉だったらここまで気は乱れなかったであろう。

だがこの言葉を口にしたのは、
想い人であると同時に救世主である上条当麻だ。

彼への信頼、それを根幹から揺るがしたのは他ならぬ上条当麻の言霊なのだ。

924: 2012/05/09(水) 00:35:38.09 ID:WT+Pqukgo
御坂は鋭く踵を返すと、壁際に足早に歩き進み。
そして抱えていた大砲の先で軽く床を叩くと。

御坂「……アンタは知ってるんでしょ?当麻が何をしてるのか」

座り込み俯いているアレイスターへと問うた。
一度目は低く静かに。
二度目は銃口で強く床を叩き。


御坂「知ってるんでしょ?!」

声を張り上げて。

この怒号に、廊下で結標を看ていた黒子が飛び込んできたも、
当のアレイスターは特に反応もしなかった。
顔を上げもしない。

御坂「アイツが言ってた罪って何のことなのよ?!」

そんな態度に苛立ちを隠せず、御坂は更に強行的に出た。


御坂「一体何なのよ?!アイツとアンタが抱いた『幻想』って!!」


髪をつかみ上げ、
壁際に後頭部を打ち付けては自らを見上げさせて。


御坂「言え!!答えろぉぉぉッ!!」

925: 2012/05/09(水) 00:38:11.88 ID:WT+Pqukgo

一方「レールガン……そィつは……」

弱々しくも背後から聞えてくる声、
だが続けられたであろう彼の言葉を押しのけて御坂は叫んだ。

御坂「アクセラレータ!コイツを生かした理由は?!」

一方「……上条を元に戻すためだ」


御坂「それについてはもう完了してるわよね?!他には?!」


返答は沈黙。
御坂はそれを『無し』と受け取った。

問いの意図がわかっていたであろう一方通行、
彼がそのまま何も言ってこなかったとう点こそ、
アレイスターの身を引き継ぐ権利は自らにあると判断するに充分な材料だった。

黒子「お、お姉様……!」

呼びかける他どう声をかけて良いのか。
そう困惑している黒子をよそに、
御坂は今にも魔弾を放ちかねない殺気でアレイスターに命令した。

御坂「立て!外に出ろ!!」

926: 2012/05/09(水) 00:40:11.92 ID:WT+Pqukgo

乱暴すぎるというのはわかっていた。

いや、恐らく自ら認識していた以上に、
今の己は鬼のような怒気を放っていたのだろう。

黒子の目に怯えが滲んでいたのも、目を合わせなくとも把握できた。
初春も佐天も、一言も言えずにただ硬直しているのも。

だが御坂にはどうにも抑えられなかった。

アレイスターそのものへの怒りもある。
もちろん理性が自制しているも、この両手で直接絞め頃したい、
それどころか電撃による拷問で殺害したいというほどの憎悪だってある。

そして今はそれに加え、上条当麻についての感情も噴き上がっていたのだ。


今一度、上条当麻という人物の真の姿がどうしても知りたかった。
己が今ここに立っているきっかけであり理由である彼の真実を。


彼が本当はどこからやって来て、
過去に何をして、今は何をするつもりで、そしてどこへ行き何になろうとしているのかが。


御坂「立てッ!!進め―――」


そうした衝動に駆られ、声で鞭打ちアレイスターを立たせたとき。
御坂は思いがけぬものを目にして一瞬言葉を失った。

廃人同然に見えるアレイスター=クロウリー。
立ち上がり方も重病人のように覚束ないものだったのに、


拍子で袖から覗いた『拳』だけは―――しっかりと握り締められていたのだ。

それも結構な時間、力いっぱい握られ続けていたのだろう、
血の流れが滞って不気味な色になり、指の間からは血が滲んでいた。

927: 2012/05/09(水) 00:41:19.97 ID:WT+Pqukgo


そして誰よりもそこに驚いていたのは、実はアレイスター自身だった。


アレイスター「……」

何がこの拳を握らせているのかわからなかったのだ。
怒りや憎しみ、悲しみといったものを含め、
竜王に全てをへし折られた今は、人間的な感情は朽ちてしまっているのに


『あの男』に何かを植えつけられでもしたのか。

ダンテの後姿を目にした瞬間にこの拳を握らせ、
今の今まで固めている源は一体何なのだろうか。


御坂「い、行け!進め!」


だが、もはや自立的な思考力は停止してしまっている以上、
探ることが出来なかったし、そもそも探ろうという気力すらなかった。

アレイスターは謎をぼんやりと放置したまま、
背を強く押されるままに従い進んでいった。

廊下を抜け、大砲を突きつけられたままエレベーターに乗り込み、
そしてまた長い通路を抜けて、破壊された入り口をくぐって闇空の下へ。

928: 2012/05/09(水) 00:42:51.52 ID:WT+Pqukgo

外には白銀の魔獣、ベオウルフが巨体を横たえていた。

御坂「進め」

崩れた入り口から離れ10mほど、
ちょうど施設と魔獣の中間あたりか、アレイスターはそこまで歩き進むと、
御坂の足音が止まったのを聞いて、ゆっくりと振り向いた。

彼女はこちらへと大砲を向けていた。

その様子は互いの立ち位置からも、処刑直前の風景に見えただろう。
このまま刑が執行されようが、アレイスターは構わなかった。
これまでの行いからも彼女の手で殺されるのは当然であり、
もはや生きる理由も無いからだ。


―――そのはずなのだが。

アレイスター「……」

なぜか拳は握られたままだった。
まだこの世界と別れるわけにはいかないと、氏の境にしがみついているように。


刑はすぐには執行されなかった。
御坂の目的を考えればそれも当然か。

そんな彼女の表情は、
怒気と切羽詰った興味が入り混じった実に奇妙なものだった。

だがアレイスターはすぐに悟った。
己はそれ以上に奇妙な面持ちになりつつあることを。

この拳を握らせる不可解な衝動が、今ここで急に肥大してきているために。

929: 2012/05/09(水) 00:44:32.24 ID:WT+Pqukgo

数秒間、言葉が交わされることは無く。

ようやく口を開いたのはアレイスターだった。
御坂が問い直す前に自らだ。

しかも自立的な思考ができず、
外部からの刺激には相応の反応しかできなかったのに、
この時は聞かれた以上のことを。

いいや、問われたから答えたのではない。
この拳を握らせている不思議な衝動に促されて、
アレイスターは自分から語り始めたのだ。


一体何のために。


アレイスター自身がそれに気付いたのはしばらく後のことであるが、
理由は御坂に聞かせるためではなかった。

単純に『過去』の全てを『思い出す』ことが目的だった。
何を思い、何を感じ、ここまで歩んできたのかを。


ではなぜその必要があったのか、そして何が―――『誰』がそうさせたのか。


それもまた、アレイスターはこのすぐ後に知ることになる。

930: 2012/05/09(水) 00:47:00.09 ID:WT+Pqukgo

やはり憎悪よりも上条当麻の真実への探究心が勝ったのだろう、
そのようにしてアレイスターが自ら語りを始めるそぶりを見せると、
御坂は嘘のように大人しくなった。

銃口を向けていたのは変わらなかったが。

アレイスターは足で軽く地を叩いては魔術を起動、
そんな彼女の前の虚空に、ある光の映像を二つ出現させた。

ただ視覚情報だけではなく、相手の意識内にあらゆる情報を流し込む魔術的な画面だ。

うち一つに映っているのは『過去』の上条当麻。

御坂「……これは……」


アレイスター「……上条当麻は学園都市、いや、今あるこの人間界の始まりだ」


そしてもう一つは。


アレイスター「彼は―――英雄になりきれなかった英雄であり―――』


『今』の上条当麻の姿。

上条当麻は虚空の果て、
創造と具現の力によってお膳立された舞台にネロと並び立っていた。
黄昏の光に包まれた石畳の世界。
かつての竜王の玉座の領域と瓜二つの地。

そして彼らの正面15m程のところに悠然と立つ、
純粋無垢な悪意と混沌の権化―――竜王フィアンマ。


『彼は大いなる流れに弄ばれ――――――「未来」に成り損ねた「幻想」だ』


『……当麻は今……何をしようとしてるの……?』



『今度こそ―――「未来」を成そうとしているのだよ。「君たち」の「未来」を』

931: 2012/05/09(水) 00:48:37.49 ID:WT+Pqukgo


竜王『―――やれやれ、困ったものだな。かの兄弟は』


片手はポケットに手を突っ込んだまま、
もう片手で髪をかきあげながらため息を漏らす竜王。

竜王『あそこまでして俺様と戦いたくないとは』

ネロ「そりゃあな。誰だってお前の薄汚い血で剣を濡らしたくはないさ。肥溜めに突っ込んだほうがまだマシだぜ」

そんな嘲り混じりの軽口に、ネロも同じ調子で応じた。
レッドクイーンを石畳に叩き刺してはイクシードを噴かし、
業火とともに殺気を放ちながら。

竜王『そこまで言うか。さすがの俺様でも傷心ものだよ』


上条「フィアンマ。決着をつけようぜ」

ただその空気もすぐに変わった。
ネロの隣にいた上条がそう声を放つと、竜王の態度は一変。

竜王『決着だと?お前ごときが笑わせる』

ちっと舌を鳴らすと、
あからさまに蔑みと苛立ちの色を浮べはき捨てた。


竜王『勘違いするなよ。お前は脇役以下、舞台装置ですらない。
    ただ殺されるためにここに戻ってきただけの―――「カス」に過ぎない』

932: 2012/05/09(水) 00:52:26.61 ID:WT+Pqukgo

上条「そうか。じゃあ『これ』もお前にとっては別にどうってこともないんだな」

だがそんな手厳しい言葉もなんのその。
上条は余裕たっぷりに笑い返すと、ここであるとっておきのものをここで披露した。

禁書『―――補填完了、稼動状態良好、いけるよ!』

遥か太古の記憶を掘り起こし、
それでも修復できない損傷部はインデックスのサポートで補完して。


―――右手に持つ銃の先から、金色の光剣を出現させた。


竜王『―――……』


竜王を倒す、ただそれだけのために、天の力と技術の粋を集めて造られた―――『ミカエルの聖剣』である。


それもアレイスターが魔術で実体化させたのとは違う『オリジナル』だ。


ただしオリジナルだからとはいえ、作用は保障できなかった。
この聖剣とは『鍵』のようなものであり、
遥か昔、当時の竜王という『鍵穴』合わせて正確に調整されたものだからだ。

ゆえに当時とは状態が違う今の竜王、
『顎』がなく、だが三神の力を有す彼に同じく効果があるかどうかは確証が無い。


竜王『……ふん、今更そのようなガラクタを持ち出すとはな』


上条「―――なんなら試してみようぜ。ほら、黙って刺されろよ。アレイスターの時みてえによ」


だがそれでも『オリジナル』であることは変わりなく。
その点を竜王フィアンマも強く警戒していたようだった。

証拠に、彼は一層怒りを滲ませて睨んでくるのみ。

竜王『……』

アレイスターの時のように勝気のまま、
自らの身で進んで確認するなんてことは決してしなかった。

933: 2012/05/09(水) 00:54:17.08 ID:WT+Pqukgo


上条「どうした?もしかして―――ビビッてんのか?」


竜王『……本気でこの俺様を倒す気か?倒せると思っているのか?お前ごときが?』

黄昏色の光を炎のように揺らがせての声。
竜王は今や怒りを隠そうともしていなかった。

ただし追い詰められているのではない、
目障りな小虫に嫌悪するかのような尊大な怒りだ。

ネロ「そうとも」

そして応えたのはネロ。

ネロ「俺と上条でお前を倒す。そうしねえとあちこちから怒られちまうんでな」

明らかに逆撫でさせるつもりの薄ら笑いを浮べて。
瞬間、ついに竜王は耐えかねたのか、
足で石畳を打ち鳴らしては右手を横に伸ばして。


竜王『良いだろう!俺様はお前達を頃し―――かの兄弟をここに引き摺りだしてやろうじゃないか!』


怒気を放ちながら、上条と同じくある『剣』を出現させた。
創造、具現、そしてスパーダの欠片である破壊、
この三つを持ち合わせている彼だからこそ現出可能なある『魔剣』を。

ネロ「……」


右手に現れたのは、ネロが破壊したはずの刃―――魔剣スパーダだった。

934: 2012/05/09(水) 00:57:36.20 ID:WT+Pqukgo

上条「……!」

かの圧倒的な力はもはや形容できるものではない。
究極の破壊、その名を体現する至上最凶にして最強の『刃』。

だがどれだけ圧倒的であろうと、
『究極の破壊』の冠は今や過去のもの。

ネロによって破壊されてしまった、という事実が刻まれている。

ゆえにどれだけ形を忠実に、どれだけ本物の破壊の力を注ぎ込もうが、
竜王の手にある魔剣は決して『オリジナル』にはなり得ない。


スパーダ一族の宿命を紡ぐことは出来ない、所詮は『贋物』なのだ。


竜王『残念なことにこれは、創造と具現で維持しているだけで完全体―――いや、「本物」ですらない』


その点については竜王自身も即座に言及した。


竜王『だからな、スパーダの孫にしてバージルの子、ネロよ―――』


そしてこれこそが本題、
自らが『最悪の敵』の座に返り咲く唯一の手段こそ、
魔剣スパーダの究極性をもう一度示すことであるということも。



竜王『―――返してもらおうか。お前がこの魔剣から奪った「因果」を』



ここでネロの刃を討ち砕くことによって。

935: 2012/05/09(水) 01:00:00.53 ID:WT+Pqukgo

そのような三神の力を携えての殺害宣告、
どれだけ超越的で絶対的な言霊であろうか。

究極の座、本来の『役』から蹴落とされたとはいえ、
スパーダの一族三人で戦うはずであったほどの相手、
竜王の圧倒的な力は間違いなく本物である。

だが今さら、ネロと上条が怖気づくことはなかった。
ダンテの選択によりすでに賽は投げられてのだ。

あとはただ前へと邁進するのみである。


上条『―――絶対に負けやしねえ。絶対にだ』


上条は全身から白銀の光を放っては魔の力を解き放ち、
自らへと誓約たる言霊を打ちつけた。


ネロ「ああ―――親父とダンテは必ずやり遂げる。そして『俺たち』もだ」


そしてこの上なく頼もしい最強の人間、
真っ直ぐ前方を見据えたままのネロの声も受け。


禁書『―――うん。大丈夫、必ず勝てるんだよ!』


次いで意識内に響いた最愛の少女の声にも支えられて、
少年は聖剣を振るっては構え直し。


上条「―――OK、始めようぜ!!」


開幕を告げる声を放った。
こちらを『舞台装置ですらないカス』だと断じた竜王へと――――――『主役』の一人として。

―――

942: 2012/05/11(金) 22:00:26.06 ID:YYV6AaJco

―――

正真正銘の殺意を纏い、その身を魔人化させて、
二人の魔剣士は突き進み。

光の尾を引きながらついに激突する。

重なり合い、
渦となって周囲に噴き荒れる紅と蒼の閃光。

彩の源たる片方は閻魔刀、
だがもう片方はリベリオンでは無かった。

極なる刀を受け止めたのは疾風の魔剣、ルドラである。


ただし受け止めたとはいえ、
その状態を維持できていたのはごく一瞬だけであった。

ダンテが百本の刃を支配する一方、
バージルはたった一本の刃に全霊を注ぎ、その上に時の腕輪の力。

今や閻魔刀は、リベリオンですら互角には押し合えぬほどであり、
兄弟剣以外の刃がまともに抗することが不可能なのは当然。

おびただしい量の火花を撒きちらしながら、
閻魔刀は獰猛に―――ルドラの刀身にめり込んでいった。

943: 2012/05/11(金) 22:01:49.21 ID:YYV6AaJco

もはや『受け止めた』とするよりも、『犠牲にした』と形容するべきだろう。
ダンテの使い方からもそれが正しかった。


ダンテ『―――Hah!!』

閻魔刀にルドラを『捧げた』隙に、
彼は右手のリベリオンを頭上から叩き込んだ。

狙うはもちろんバージルの脳天、彼の命―――。


とはいえそう易々と相手の命は奪えやしない。

あらゆる面が拮抗している上に、彼らが良く似た兄弟であることがよりいっそう、
両者にとって短期決戦を困難にしているのだ。

性格の差からか表面的な戦い方は違えど、
父に叩き込まれた根幹の戦闘理論と、受け継いだ『戦闘システム』は完全に同一。

ゆえに反射的な対応どころか。
どう分析し、どう攻めどう防ぐかといった考えすらももはや『共有状態』に等しい。

そのため両者間では奇襲攻撃は通じやしない、
意表をつくことは不可能。

互いにとってもっとも戦い易くも、
一方でもっとも決着をつけ難い相手でもあるのだ。

944: 2012/05/11(金) 22:05:21.44 ID:YYV6AaJco

ここには虚を突こうなどという読み合いは一切存在しない。

超越的な力が行使されていようとも、
戦いの内容自体はごくごくシンプルなもの。

真正面からただ激突するのみ、
手数に手数を重ね合い、ついていけなくなった側が敗者となるだけだ。


刹那。

バージルは、ルドラと交差させていた閻魔刀を瞬時に逆手に持ち直し。

柄をくんっと上へと押し出し、
完璧なタイミングで、鍔に近い根元でリベリオンを防いだ。

切っ先でルドラを受けたままというまさに離れ業。
だが両者にとってはその程度の技能などごく当たり前のもの。

戦いの中におけるただの一接触に過ぎず、
特に意識も止められぬまま加速する闘争に流されていく。


刃が火花散らした瞬間。
三本もの剣の隙間を抜けていくのは、バージルが左手に持つ鞘による突き。

だが切っ先が弟の喉を捕えることはなかった。
衝突したのは左足、ダンテが即座にギルガメスで蹴り弾いたのだ。

945: 2012/05/11(金) 22:06:51.33 ID:YYV6AaJco

この二人は本当に良く似ていた。
戦いの中の一手一手の呼吸すらも完全に同一。

鞘とギルガメスの激突で生じた衝撃、
それを自らの戦いのリズムに加えたこと、そのタイミングすらも。

閃光を引きながら、鏡合わせのように同時に大きく一歩分、
互いに後方にとび退いては『仕切りなおし』。


生じるのはほんの僅かな極限の一瞬、
彼らの領域でなければ認識できない一間。

三本の魔剣の激突を解消したのも束の間、互いに次の攻勢へと動く。


ダンテ『―――っ』

左手にあった疾風の魔剣は、
もはや『剣』の体を成してはいなかった。
三分の一近くが削り落とされ、刃のほとんどが消え去っていたのだ。

これが『今までの閻魔刀』が相手だったら、
どれだけ損傷しようがダンテの力が健在ならば修復可能、
そもそもここまで損傷すらしない。

しかし兄の刃は今や別物、これまで通りの使い方を許してはくれないのである。

946: 2012/05/11(金) 22:08:30.33 ID:YYV6AaJco

その瞬間、どれだけ心を失おうとも、
それでもダンテであるがゆえに僅かに躊躇いの心が生じたのだろう。

彼自身が自覚しなくとも、この魔剣が意識内で声を発したのだ。


ルドラ『―――手を止めるなスパーダの息子よ!!我に情けはいらぬ!!』


ダンテは次なる一手へと動いた。
少なくとも『外面的』には迷いの欠片もない動きで。

そして同じように踏み込んでるバージルへと、
彼が薙ぎ振るって来る閻魔刀へと再び―――ルドラを『捧げる』。

二度目の激突には、もはやこの魔剣は耐えられなかった。

衝突の鮮やかな閃光に混じらせ、
最期の雄たけびにも聞える爆風を巻き上げて。


ルドラ『これぞ究極の武よ!!これぞ我が栄光の―――!!』


今度こそ刀身を斬り飛ばされて、声は断絶。
二度と言霊が響いてくることはなかった。

947: 2012/05/11(金) 22:10:58.21 ID:YYV6AaJco

―――これが『使い潰す』ということ。


砕け散っていく刃、舞いちる破片。

それら煌きの中で想うことはあっても、
心そのものを封じてダンテは冷酷に徹し、淡々と身を動かしていく。

ルドラを切断した事で僅かに減速された閻魔刀、
その刃を紙一重で避け、入れ違いに放つリベリオンの突き。


『『―――Yeah!!』』

だが、そのとき発された掛け声はダンテのものだけではなかった。
またもや巧みな刀捌きでこの二撃目をも防いだ、
バージルの声も重なっていたのである。

彼は振りぬいた刀をそのままの形で引き戻し、
唾の部分でリベリオンの進路を僅かに変えたのだ。


そのようにしてダンテの刃がやり過ごされたことで、
図らずとも二人は体ごと激突することとなった。

ただし図らずともとはいえ、両者とも完璧に対応していた。
これまた予め段取りが決められていたかのように完璧に。

次には、同じタイミングで繰り出された二人の膝蹴りが交差していた。

948: 2012/05/11(金) 22:13:30.48 ID:YYV6AaJco

魔人化された強固な外殻がぶつかりあい、
鈍い激突音と共に纏う光が飛び散っていく。

さなか、砕けていくルドラの柄を放っては突き出されるダンテの左手。


アグニ『―――弟よ!!我も続かん!!』

そこへ自ら飛び込んできた次なる『生贄』を手に、
ダンテは更なる狂気と闘争の深みへと自ら沈んでいった。


使うのは単純に剣』だけではない、
双方ともモノは違えど、強力な飛び道具も有していた。


猛烈な剣撃の応酬のかたわら、
幻影剣を次々と出現させては、
振り抜く刃の合い間に相手へと放っていくバージル。

対するダンテはそれらを手足からの魔弾で迎撃し、
さらに肩に出現したルシフェルから光剣を繰り出しては応戦。


至近距離からの次元斬のきらめきが空間を走り、
真紅の斬劇が影の水面を薙ぎさいていく。
周りでは幻影剣と魔弾、ルシフェルの光剣が次々と衝突して炸裂。

そんな光景は傍から見れば、壮麗の極みたる光の祭典であっただろう。
表面的に見ただけならば、だ。

949: 2012/05/11(金) 22:16:26.97 ID:YYV6AaJco

二人の総力をもっての砲撃戦と剣撃戦。

凄まじい戦いは、ここ煉獄のみならず、
無限の広さと頑強度を誇るとされる魔界をも大きく震わせていく。

余波の力があちこちで渦を巻いては、紅と蒼の閃光が迸り。
影の海を穿ち、闇の空を切り裂いていく。



その戦火を更に燃え滾らせるべく、
ダンテは多種多様な魔具と力を惜しむことなく注ぎ込んだ。

いや、惜しむことも許されなければ、
彼らの身を案じることも許されなかった。


バージル『―――Die!!』


頭上からの渾身の斬り下ろし――――――兜割り。

力の残像を引いて天から襲い掛かってくる、爆発的に加速された刃。

その殺意の塊を、
左手にもっていた『斧状』の魔具で撃ち流しつつ、横へと飛び退くダンテ。

しかし兄は手を休める一瞬の間すら与えてはくれない。
着地した瞬間、バージルから繰り出されるは一気に突進しながらのもう一斬り。

頃し合いの場には不釣合いなくらいに、
涼やかで耳触りの良い音色を引いて。

神速の閻魔刀は、ダンテの左手にあった斧を捕らえた。


立て続けの二撃を受けた斧はここで粉砕。
力の爆散と共に魂の断末魔を轟かせ、これまでの列柱に続き朽ち果てていく―――

950: 2012/05/11(金) 22:18:42.47 ID:YYV6AaJco

この時点でアグニとルドラを含め、
捧げられた大悪魔の数は両手で数えられなくなっていた。



次々とダンテの使い魔たちを屠っていくバージル。
その姿はまさに史上最強のデビルハンターにして無敵の救世主。

また相手が魔具か真の姿かの違いはあれど、
この極限の戦いっぷりは、かつて魔帝の軍団を相手にしたスパーダと同じ。

加減も無ければ慈悲も与えやしない。
敵意が僅かにでもあると見れば、徹底的に殲滅する鬼神である。


ダンテ『―――Ha!!』

『斧』の犠牲で閻魔刀を身に受けはしなかったも、
衝撃で後方へと50mほど押し弾かれるダンテ。
そんな彼へとすかさず追うように放たれて来たのは。

バージル『―――Take this!!』

雨あられというほどの幻影剣、それも360度全方位からだ。

魔弾やルシフェルで迎撃するのは間に合わない、
そう反射的に判断したダンテの左手へ次に現れたのは、
紫電を纏う巨大な鎌だった。

951: 2012/05/11(金) 22:20:38.15 ID:YYV6AaJco

ダンテ『―――Time to rock! Baby!!』

次なる魔具を手に取るや、
すかさず鎌をギターの形へと変じさせ、
リベリオンを叩き付けるようにして弦をかき鳴らし。


凄まじい電撃の嵐を奏で、周囲の幻影剣ごと焼き砕いていく。


バージル『―――This may be fun!!』


だが―――次いで放たれてきていた『次元斬の嵐』を退けることは出来なかった。


一度納刀し構えなおしたバージルからの、
神速の抜刀による次元斬の連撃。

しかも線状ではない、
深く沈むような音を発しては、
次元斬の『塊』が空間を根こそぎもぎ取っていく。

それに桁違いの威力に加え、時の腕輪の効力持ち。
僅かに触れでもしたら一気に深手を負ってしまうほどのもの―――

952: 2012/05/11(金) 22:22:38.34 ID:YYV6AaJco

こればかりは紫電の幕でも防ぐことは不可能―――
遮るにはこのギターそのものを盾にするしかなかった。


ダンテはまたもや、
『外面的』には迷いのない動きでこの魔具を捧げた。


次の瞬間、盾とされては究極の次元斬の直撃を受け。
砕かれていく紫電の魔具。


ネヴァン『―――ダン……テ―――』


弦が弾け切れると同時に消失していく、
絶頂と至福と無念が入り混じる彼女の言霊。


―――耳を傾けてはならない。

トリッシュが見た彼女の姿を思い出してはならない。
トリッシュが聞いた彼女の声を思い出してはならない。

魔帝の役たる存在が、『道具』の喪失程度に意識を煩わせてはならないのだ。

徹しろ。
冷酷にして残虐な魔界の皇帝に徹しろ。

ダンテは徹した。
悪魔に徹した。

踏み切ると同時に、足先から魔弾を放って更に加速させ、
この次元斬の嵐の間をすり抜けて行き。

接触が避けられない瞬間には、朽ちていくネヴァンを最期まで盾として『使い捨てた』。

953: 2012/05/11(金) 22:25:00.54 ID:YYV6AaJco

彼女の最期の調である稲妻の嵐、
そして次元斬のきらめきの中、ダンテは一気に水面を駆けては距離を詰めていき。


ダンテ『―――Yeeeeahhh―――HA!!』


最大速のままの突き攻撃、
全力を載せたリベリオンの切っ先をバージルの喉もとへ。

対しバージルからは、
これまで次元斬を放ってきたのと同じ動作による一振り。


バージル『―――Huuuhhhh!!』

そして再び兄弟剣は激突した。

ここ煉獄すらをも砕かくかという光の爆轟。

この時一点に集束した力は、さすがに時の腕輪の効力があろうとも、
閻魔刀の側も完全に押さえ込むのは困難であった。

壮烈な衝突の爆発の中、両者とも刃を大きく弾かれてしまった。

954: 2012/05/11(金) 22:27:08.69 ID:YYV6AaJco

だがそれで体制を崩すなんてことはおろか、
僅かなラグすらも両者に生じはしない。
弾かれたリベリオンと入れ違いにダンテから繰り出されるは、
ギルガメスが火花を散らす、左足による蹴り上げ。

同じくしてバージルから振るわれたのは鞘。

両閃光の嵐を切り裂き、
それらがついに標的を捉え互いに一撃を与える。


ギルガメスがバージルの顎に激突し、同時にダンテの喉にも食い込む鞘―――


そして直後―――両者の口から迸る鮮血。


両方とも、確かに一撃で致命傷を与える決定打ではない。

だがそうではないというだけで、
叩き込まれた殺意と力が圧倒的であるのは変わりなく、
二人の命は確実に削りとられていくのだ。

しかしそれほどの一撃を受けながらも、
互いに後ろに仰け反るどころか、苦悶の一声すらも漏らさず、
その場に押し留まっては更なる攻勢へと身を投じる。


刃を切り返し、至近距離からの幻影剣と魔弾、力に力の応酬を加速。

閃光を引く刃、生贄となり砕けていく魔具。
身から飛び散る朱色の滴が、互いの光と衝撃と混じりあって散っていく―――

955: 2012/05/11(金) 22:28:35.96 ID:YYV6AaJco

ダンテ『―――』

ダンテにとってはまだまだ足りなかった。
この戦いには更なる力と闘争が必要だ、と。

世界の流れを書き換えるには、
もっと強く、もっと凶悪に、もっと苛烈に。
この戦いを他に比する例がない、屈指の決戦にしなければならないのだ。


そしてそのために彼はより―――『力』を求めた。


正義を貫くために力を解き放つバージルとは真逆、対を成して、
闘争と殺戮をただ遂行するがために。

己の中にある『悪魔』から、
『悪魔であるスパーダ』から受け継いだ『破壊』から、
魂を売っては力を引き出してゆく―――


激突の中、次第にダンテの放つ輝きに変化が生じつつあった。
色合いが透き通った『真紅』から―――濁った『赤黒い』ものへと。


それが物語っていた事実は一つ。
『半人半魔』から『真魔』への変貌である。

―――

971: 2012/05/16(水) 01:57:54.43 ID:f2pJ33CAo
またしてもすみません。
途中で切ると流れがどうにも悪く、またスレもちょうど移行時なので、
今日16日の夜にまとめて40レス程度投下します。
本当にすみません。

977: 2012/05/16(水) 22:41:17.41 ID:f2pJ33CAo
―――

兄弟の頃し合いの傍ら、もう一つの決戦も幕が開いていた。

開戦の号令となったのは、二つの刃の衝突音だ。
レッドクイーンと贋物のスパーダ、
現在と過去の最強が再び火花を散らすこととなった。

ネロ「Ha!!」

互いに地を蹴り真正面からの斬りこみ。
突進、衝突、そして光を迸らせての鍔迫り合い。

竜王『―――くっ―――ははは!!』

右方と呼ばれていた人間の姿、華奢で中性的な優男の肉体であっても、
竜王の身から迸るはそんな印象など欠片も抱かせない圧倒的な力だ。

ネロ「楽しいか?!カマ野郎!!」

竜王『期待通りではないが悪くはない!!』

そのようにして力の爆発の中、
二人は互いに刃を弾き合い、歯をむき出しにして笑いあった。
もちろん和やかなものではない、むせ返るほどの殺意を滾らせて。

加えてネロは見透かした色も滲ませて、
二撃目を振るいながらこう続けた。


ネロ「そうかい。俺は少し期待外れだな」

二度目の激突、再度生じる力の爆発。
だが今回は金属音と光の奔流だけではない、きらめく『欠片』も飛び散っていた。


ネロ「これじゃ―――アリウスと『同じ』だぜ」


レッドクイーンによって抉られたスパーダの刀身から。

978: 2012/05/16(水) 22:42:55.05 ID:f2pJ33CAo

レッドクイーンは魔剣スパーダを一度、完膚なきまでに破壊したのだ。

その事実からも、この二つの刃が互角にぶつかりあうことは無い。
魔剣スパーダが互角に、もしくはそれ以上にレッドクイーンに対することができるのならば、
そもそもこのような状況にすらなっていない。


竜王『くはは―――心配するな!』

しかし刃の劣勢を前にしても、
竜王は軽く笑い返した。


竜王『アリウスは―――コレはできなかっただろう?』


再度互いに刃弾く中、
左手に『もう一本』の――――――魔剣スパーダを出現させて。

これこそアリウスと竜王の最大の違い。
具現と破壊に加え絶大な創造の力。

三神の力を有すことで可能となる、途方もない戦い方だ。

無尽蔵の力を与えてくれる破壊と繋がったことで、
魔剣スパーダを『量産』できるのである。

979: 2012/05/16(水) 22:44:24.98 ID:f2pJ33CAo

しかも単に攻撃力を上乗せするだけではない。

竜王の右手にあった最初の一本、その欠けた刃が見る間に元通りになっていく。
これもまた創造の真価である。

単体ではレッドクイーンが負けることはない。
一方で、この魔剣スパーダ『たち』も破壊されることはないのだ。
創造の加護によって不滅の存在となっているのである。


ネロ「なるほど―――」

弾き合い20mほどの距離まで互いに押し下がる両者。
竜王フィアンマは両手の魔剣を振りひろげ、さらに絶なる創造の力を披露した。


竜王『父祖に刃向けた者よ!!』


造り出された魔剣は両手の二本どころではなかった。


竜王『―――その父祖の名に埋もれて滅ぶがいい!!』


スパーダ一族との決戦の際、
かつて魔帝が光の大剣を浮べていたのと同じように―――さら10本ものスパーダが、彼の頭上に出現したのである。

980: 2012/05/16(水) 22:48:17.52 ID:f2pJ33CAo

ネロ「ハッこいつはまた……!」

かの魔剣スパーダが並ぶ光景には、
ついネロも声を漏らしてしまった。

もちろん壮麗さへの感嘆ではない、辟易とした嫌気に参ってだ。

そんな呆れ笑いを漏らした孫へと向け、
父祖の名を冠する刃が襲いかかっていく。

まずは『赤黒い稲妻』を引いて飛来してくるスパーダが二本。


ネロ「―――きっとジイサンもびっくりだぜ!!」


ネロは横ではなく前に飛び込む形でそれらを回避した。

猛烈な速度で踏み切ったネロ、その動きに修正が追いつかずに、
コートを掠るも肉を切ることは叶わぬ刃たち。

そんな『後方』の石畳に突き刺さっていくスパーダを背に、
彼は竜王へと突進。

ネロ「Take this!! fuckin' FAG!!」

爆炎吐くレッドクイーンを薙ぎ振るった。

981: 2012/05/16(水) 22:50:47.27 ID:f2pJ33CAo

その一撃は、交差させた二本のスパーダで防がれてしまうが、
ネロはその刃たちをもまとめて破断するべく、腕力に任せて一気に押し振るう。

しかし竜王を体ごと押し弾くことは可能であっても、
スパーダ『たち』は破壊しきれなかった。

またしてもレッドクイーンが刃を抉ったも、
切れ込みは刀身の半分にも達し得ず。
渾身の一振りでも、二本まとめて斬り砕くことはさすがにできなかったのだ。

しかもこの瞬間に与えたダメージすらも、瞬く間に造り直されて消失。

ネロ「Hum...!」

再生は本当に一瞬だった。
レッドクイーンと離れた直後には、
スパーダたちは『新品』同様の姿に戻っていたのである。


それを見ては、またもや声を漏らさずにいられなかったネロ。

そんな彼へと嘲笑を向けながら、
彼の腕力を利用して飛びのく竜王、
入れ違いに飛来してくるのはまたしてもスパーダ『たち』。

しかも今度は四本、竜王の頭上からの二本に加え、
後方に刺さっていた二本もネロの背へと飛来―――

982: 2012/05/16(水) 22:52:08.42 ID:f2pJ33CAo

魔剣スパーダ。

いくら『量産型』とはいえ、またネロに因果を奪われていたとはいえ、
その力自体は紛れもなく『スパーダ』のもの。

ネロ「―――」

飛来してくる刃の速度には、この時ばかりは彼にとってさえも、
身を逸らす猶予はなく、
レッドクイーンを盾にするしかなかった。

ただし完全に防戦一方、余裕がなかった、というわけではない。
むしろこれを利用して更なる攻勢へと繋げていく。

すかさずレッドクイーンを前面に掲げ、前からの二本を弾くネロ。
同時に半身捻り、左手を後方に突き出して。

背後からの二本を、左手と連動するデビルブリンガーで『一掴み』にした。

巨手の人差し指と中指の間、
薬指と小指の間にそれぞれ一本ずつ、
まるで小さなナイフを挟み込むようにしてだ。


ネロ「こいつは返品するぜ!!」

そうして前方からの二本の衝撃も利用して、
彼は身を一回転させては―――勢い殺さずに二本のスパーダ投げ返した。

983: 2012/05/16(水) 22:53:23.48 ID:f2pJ33CAo

竜王『―――』

元の速度にさらにネロの力も上乗せされた二撃。
これには竜王の対応も遅れ、
一本は弾いたも続く二本によって胸を貫かれてしまった。

しかし彼は平然、いいや、しっかりと苦悶の表情を浮かべ、
口からも鮮血を吐きはしたが。


薄ら笑いをも浮べていた。


ネロ「―――……チッ」


竜王『悪いな―――今の俺様に氏の概念は存在しない』


竜王がそう笑い吐いて。

再びネロに突進してきた頃には、
胸を貫いていたスパーダは消えて頭上にまた出現。
体に空いた大穴も完全に消え失せていた。

そしてもちろん外面的なものだけではなく、魂や力の損傷もである。

984: 2012/05/16(水) 22:54:36.72 ID:f2pJ33CAo

竜王『―――だがお前は違う!!ネロよ!!』

そして再び激突するスパーダとレッドクイーン。

飛び散る閃光とともにやはりスパーダの欠片が散るも、
瞬時に造り直し。
完全にへし折られても続けて量産可能。

その上、竜王自身が今や―――いくらでも復元可能。
つまり事実上の『不氏』。


竜王『己が宿命が見えるか!!先に待ち構えている「氏」を!!』


ネロ「―――Ha!!」


竜王にとって、ネロとは殺害が可能な存在だ。

これだけスパーダを量産してしまえば、
攻撃力の総量は彼を頃すには充分すぎるほどである。

いいや、単に頃すだけならば一本の攻撃力でも充分である。
魔剣スパーダ、その一撃をまともに受けては、
今のネロであろうがタダでは済まないからだ。

985: 2012/05/16(水) 22:55:44.35 ID:f2pJ33CAo

しかしネロの側は違った。

負けるかどうかはともかく、創造を打ち破る術を有していない以上、
ネロ単身で勝つことは絶対に不可能だった。
魔剣スパーダをへし折りどれだけ『最強』となろうとも、だ。

時の腕輪を有したバージルという、
勝利条件が破棄されてしまったのだから、『彼だけ』では勝利をつかめない。
この決戦の地は、そもそもは結集したスパーダ一族のために『デザイン』されていたのだから。

だがここにいるのは『彼だけ』ではない。
筋書きにはないイレギュラーな勝利条件も、この決戦の地に紛れ込んでいたのだ。


―――とは言え、レッドクイーンとスパーダが接触して以降、
ここまで『彼』は戦闘には参加していなかった。


竜王『―――ところで上条当麻!!』


ネロと刃を激突させる中、竜王は思い出したように叫んだ。


竜王『―――あれだけの口を叩いておきながらお前は観戦か?!』


開戦早々、ネロが竜王に向かったのとは反対に、
はるか後方に飛び退いていた上条当麻へ向けて。

986: 2012/05/16(水) 22:58:22.85 ID:f2pJ33CAo

上条『―――……』

上条当麻は、衝突する二人から300mほど離れた場所に下がっていた。
理由はもちろん、噴き荒れる絶大な力を避けるためにだ。

いくら戦う気に満ちてここに来たとはいえ、
まともに近接戦を行えば一瞬で屠られてしまうことはわかっている。
それは覆りようのない現実だ。

ただしだからと、ただ観戦してネロに全て任せるつもりでも無い。
今、彼なりに戦闘に加わる準備を急ピッチで進めているところだった。

禁書『―――もう少し!!』

インデックスによる『調整』と『改修』の傍ら、
ベオウルフからの支援も受けながら、身の敏捷性に力を注いでいく上条当麻。

今の竜王に爪や打撃が通るわけがないのは試すまでもない。
通常の力による攻撃力はもとから放棄し、力は全て回避に専念させているのだ。


そのようにして竜王の愚弄にも耳を貸さずに、黙々と準備を完了させて。
ついに上条当麻も戦いに参じるべく動き出した。

禁書『いいよ!!』

意識内に響いた彼女の声を合図に、
彼は銃を―――輝く『聖剣』が伸びている銃口を遠くの竜王へとむけ。


上条『よし―――派手に行こうぜ!!』


その聖剣を―――『射出』させた。

987: 2012/05/16(水) 23:00:47.38 ID:f2pJ33CAo

竜王『―――ッ』

金色の光剣が放たれた瞬間、竜王の顔色が豹変した。

いかにも楽しげだった余裕は影を潜め、
変わらず薄ら笑いを浮べてはいるも、表情はぎこちなく硬直。

そしてこれほどにまで乗り気だったネロとの斬り合いを中断してまで、
竜王は聖剣の回避を優先させた。


10m以上も後方に跳躍し、
充分すぎる間合いと時間をもってやり過ごしていく。

彼がこの金色の光剣に並々ならぬ警戒を抱いているのは、
この一行動のみでも誰の目にも明らかであろう。


単純な攻撃力自体は、竜王にとっては塵に等しい。
だが問題はそこではなかった。
少し前まで上条とは同一体だったこともあり、彼にはわかっていたのである。

射出され上条の身を離れていてもなお、
ミカエルの聖剣としての作用は失っていない、と。


例えわずかに接触しただけでも、
程度の差があれ精神錯乱の影響は免れないだろう、と。

そして創造、破壊、具現といった強大な力を稼動させている今、
僅かな精神の異常でさえも致命的―――制御を誤り、強大な力で自滅しかねないであろうことも。

988: 2012/05/16(水) 23:02:31.12 ID:f2pJ33CAo

上条を嘲笑った途端に一転。
竜王は強烈なお返しを受けてしまうこととなった。

一本回避しただけで安心するのは早い。
続けて二本目どころか、雨あられと連射されてきたのだから。


竜王『はっ!全く目障りなカスだ!!』

次々と放たれてくる聖剣に思わず悪態。
同時に彼の背から伸びるのは『翼』、黄昏色の鱗におおわれた竜の羽。

そして羽ばたくと放出されるのは無数の赤い光矢、
魔帝が使っていたものと同じ『弾幕』だ。

しかしそれらの照準は寸前に狂わされてしまう。


竜王『―――消え失―――ッ!!』


ネロが親切に待ってくれはしなかったからだ。

瞬間、竜王の頭部が根こそぎ木っ端にされ、その身が人形のごとく吹っ飛んだ。
ネロが放ったブルーローズの魔弾に加え、
連動する巨大な光の大砲による砲撃によって。

989: 2012/05/16(水) 23:04:22.75 ID:f2pJ33CAo

直前に放たれかけていた光矢の弾幕は、
竜王の身がもんどりうったために大半が付近に着弾、派手に一帯を穿った。

しかし残る三分の一が進路修正を成功させ、上条の方へと。

上条『―――ッ!』

魔帝の光矢、上条にとっては一発でも貰えば致命傷もの。
固めた拳と爪でも防御することは困難、わずかな接触すら許されない。
回避に徹しなければならない。

だが三分の一の数とはいえ、
空の一面を覆うには充分すぎる量、それに速度も猛烈だった。

俊敏性に力を注いであるとはいえ、己の力量だけでは回避しきれない。
そう即座に判断した上条は、たんっと軽く跳ぶと。


上条『―――スフィンクス!』

すると呼びかけた彼の股下に―――魔女の魔方陣が浮かび、『白虎』が姿を現した。


上条『―――頼むぜ!俺の眼になってくれ!!』


大きな背にまたがり首筋をかるく叩く上条、
そこへ白虎は一唸りを返すと、すぐさま踏みきっては回避行動に移った。


インデックスとベオウルフの契約により、更なる強化を受けているスフィンクス。

たくましき四肢は、歩のたびに石畳を割り疾駆、
体は見事な捌きをみせて、この猛烈な弾幕を突破。

上条『いけ!!』

そしてその背から、上条当麻は聖剣の砲撃を続けていく―――

990: 2012/05/16(水) 23:07:40.06 ID:f2pJ33CAo

竜王『―――チッ!!』

頭部の欠損など一切問題にはならなかったも、
再生した彼の顔色は優れなかった。

いくら予期せぬ事柄も愉悦になるとはいえ、
眼中にもなかった『小物』に調子を狂わされたのでは、苛立ちの方が勝るものだ。

ましてやネロとの対決というとっておきの一戦に水を注されれば尚更だ。


そんな竜王の『素直』な表情変化を、
当然ネロは見逃しはしなかった。

再び刃を激突させ、最強の人間は挑発的に言葉を投げかけていく。
瞳には、不気味な洞察の光をきらめかせて。

ネロ「―――どうした?!何か困り事でもあんのか?!」

竜王『心配しなくていい!些細なことだ!』

ネロ「その割にはやけにビビッてるな!」

竜王『―――俺様ではなく己が身を心配したらどうだ?!』

991: 2012/05/16(水) 23:10:04.26 ID:f2pJ33CAo

剣劇は一進一退だった。

10本以上もの魔剣スパーダによる、物量に任せて押しこもうとする竜王。
両手の魔剣を叩き振るっては、
浮遊する魔剣をネロの隙を狙って次々と放ちこんでいく。

一方ネロは、見事な剣技と体捌きでそれらを退けていった。

刃の量は負けてはいるも、鋭さ・強度は確実に勝っているのだ。
魔剣スパーダの刃を抉り飛ばし、
デビルブリンガーで牽制しては強烈な一撃を見舞う。

と、そのように一見互角のように見えてはいるも、
両者の間にはある大きなアドバンテージがあった。

ネロは限りある魂である一方、竜王は事実上不氏であるという点である。

ただしそんな竜王の優位性も、今や徐々に翳りが生じつつあった。

竜王『―――』

斬り合うかたわら、羽から赤い光矢を放ち続けてはいるも。
ネロに意識を向けなければならないために、
いまだにあの目障りな『小物』を捉えることはできぬまま。


そのような刃の応酬の中、決定的な瞬間が訪れる。


とある回避し損ねた聖剣。

この金色の刃が身に刺さることを免れるには、
竜王は左手の魔剣スパーダで弾かざるを得なかった。

992: 2012/05/16(水) 23:11:29.69 ID:f2pJ33CAo

刃を振るい、聖剣を一瞬にして砕き散らしていく竜王。


魔剣スパーダにとっては、この程度の刃など塵に過ぎない。
傷一つ、汚れ一つ生じはしなかった。

しかし。
何も生じはしなかったも、既に『生じていたもの』には大きな変化があった。
いいや、むしろ『変化が止まった』のである。

ばきり、と光が弾けた直後。

レッドクイーンによって抉られていた刃の損傷、その再生が停止した。

竜王『―――』

その現象が何を示していたのかは明白。
竜王にとっては、こうして実際に触れなくともすでに予想はついていた。


創造の機能不全だ。

この一本へと向けていた意識に、幻想頃し―――ミカエルの聖剣の作用で障害が起こり、
正常な制御が損なわれてしまったのだ。

やはりアレイスターが魔術で構築したものとは違っていた。
オリジナルの聖剣は確かな作用を有していたのである。

993: 2012/05/16(水) 23:14:53.27 ID:f2pJ33CAo

ネロ「へえ―――」

そしてもちろん、
そうした竜王の事情はネロの目から隠すことも不可能だった。

小さくつぶやいては不敵にほくそ笑む最強の人間。
瞳の中にある洞察の光がひときわ不気味にきらめく。


ネロ「―――なるほどねえ」

彼はそうわざとらしく声を漏らしながら、
すかさずレッドクイーンを振るい、
創造の加護をなくした魔剣スパーダを―――完全に叩き斬った。


砕け、宙を舞う魔剣スパーダの切っ先。


この一連の光景で、ネロと竜王の思考は同じ結論に到達する。


竜王の身に聖剣を刺す、
それがネロの最重要目的となり、
竜王にとってはなんとしてでも防がねばならないということだ。


竜王『―――』

そして彼が成すべき具体的な手段は、上条当麻の早急なる排除―――

そのようにして、彼の中で優先順位が覆ってしまった。
頂点にいたネロは一つ下がり、順位の中にいもしなかった上条が頂点に。

これは単に順位の逆転というだけではない、ある大きな意味を含んでいた。

筋書きの意志に反するとはいえ、
上条当麻をこの決戦の中心に据えざるを得なくなったのである。


つまりは、上条当麻という『主役』の存在を認めてしまうということだ。

994: 2012/05/16(水) 23:17:24.70 ID:f2pJ33CAo

だが竜王には、そうした流れへの影響を懸念している余地はなかった。

影響を僅かなものに留めるに、また自らの勝利のためにも、
ここからは何よりも上条の排除に専念しなければならない。

確かに意識がそれたことで、ネロの猛撃に晒されることになろうも、
創造が存続する限りいくらでも再生できるのだ。

いくら最強の人間の攻撃といえど、この身を滅ぼすことは出来ない。


竜王『―――ははっ!!お前には恐れ入るよ上条当麻!!人を苛立たせる点に関しては超一流だ!!』


竜王は怒気と嘲笑を混じらせた声を吐き出しては、
上条の方へと振り向きざまに。

振りかぶった右手のスパーダを叩き下ろし、赤黒い斬撃を放出。


直後、その絶大なる光刃が一帯ごと―――上条とスフィンクスを消し飛―――ばすはずだったのだが、


上条『―――ッうおッ!!』

彼らは僅かな差で氏を免れることができた。

斬撃の狙いが逸れてしまったのだ。
竜王が斬撃を放ったと同時に、
ネロのデビルブリンガーが彼の背を殴り飛ばしたために。

995: 2012/05/16(水) 23:18:05.98 ID:f2pJ33CAo
次スレ立ててきます。


引用: ダンテ「学園都市か」【MISSION 10】