148: 2012/05/30(水) 01:15:06.23 ID:swV6Vgfco


最初から読む:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」

前回:【禁書×DMC】ダンテ「学園都市か」【その40】

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―――


たった一つ、この決壊から逃れていた一欠けらの現実があった。


アイゼン『―――何だこれは?!』

ベヨネッタ『!!』


神儀の間である。

双子の激突に備えて、
ベヨネッタが張っておいた世界の目を要とした結界。
それがこの領域とここにいる五人の魔女達の存在を維持したのである。

ただし、この結界が防壁となって濁流を防いだのではない。
結界に内包するという形で世界の目―――『闇の左目』の影響下においていたことが、
ここが飲み込まれるのを『後回し』にしてくれたのだ。


『闇の左目』は、分類上は創造や破壊よりも上位に位置する、
創世主の力に一番近いどころか『オリジナル』の片割れだ。

ゆえにもっとも存在が『重い』のである。
現実の外にあるダンテよりも、だ。

そのために現実を一通り飲み干した濁流は、次はダンテへと向かった。
もちろん彼が飲みこまれれば―――次の番こそベヨネッタだ。
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149: 2012/05/30(水) 01:15:36.13 ID:swV6Vgfco

神儀の間の外は何も無くなっていた。
くらく蠢く空も、影の海も消えさり完全なる闇、いいや、闇とすら認識できない。
現実がないために認識が外に届かないのだ。


禁書『だめ!とうまもベオウルフも繋がらない!!』

ジャンヌ『こっちもだ!契約者達の存在が消えた!』


ベヨネッタ『……ッ!』

二人に同じく、彼女もその異常の中にいた。

これまで契約してきた悪魔達の存在が感じられない。
主契約者たるマダム=バタフライすらも消え去ってしまっている。


アイゼン『―――何が起こった?!』


何が起こったのか。


禁書『ね、ネロが…………―――』


この異常事態がはじまる瞬間は、
インデックスが上条の目を通して直に見ていた。


ネロを襲った現象、いや、ネロの姿の『変容』の瞬間である。

変化した姿は、
ダンテ、バージル、ネロに『非常によく似ている』も『別人』であり、
息子や孫達に見受けられる、母から遺伝した人間的おもかげは微塵もない―――『純魔』。

そうした変化した特徴をインデックスから告げられて、
実際に『彼』と面識のあったアイゼンは絶句。
そんな彼女を見て、他四名も確信した。


現れたのは―――スパーダだ、と。

150: 2012/05/30(水) 01:17:26.93 ID:swV6Vgfco

アイゼン『―――どういうことだ?!蘇ったのか?!』


厳密には『蘇った』わけではなかった。


ベヨネッタ『いえ―――』


原因と状況を把握するべく、観測者たる瞳で見通していくベヨネッタ。
見えてくるのは、筋書きという操舵主が消えてしまったことによる流れの暴走だ。

筋書きの目的は、望む未来を作り出すことにあった。
そのためには展開を誘導しつつ、過去と未来が正常に繋がっていくように現実を維持せねばならない。
手を加えていくことから常に流れにストレスが生じるため、それを抑え込む必要もある。

筋書きとはいわば『理性』だったのである。

だが今や消え去った。


―――残ったのはただの『衝動』のみ。

管理者の喪失により箍がはずれ、
抑え込まれ蓄積されてきたストレスが噴出、そうして現実が『壊れた』―――流れが『決壊』したのである。


暴走した理性なき衝動は、いかなる理をも無視する。
過去と未来、生と氏、有と無、それらを区別する境界すらも消滅する。


そして衝動たる濁流が宿す唯一の『意味』は、
この衝動の旗印、筋書きの核であった――――――スパーダであり。


こうして決壊した際、最初に粉砕する現実こそ、その核を破壊した―――ネロである。

151: 2012/05/30(水) 01:19:16.71 ID:swV6Vgfco

ベヨネッタ『―――違うわ。生き返ったんじゃない』

スパーダは蘇ったのではない。
氏から生へと、過去から未来へと舞い戻ったのではない。
過去も未来も、生と氏の境界も全て無視した濁流によって、


―――ネロの存在に『上書き』されたのだ。


これは反動だ。

流れを誘導するにあたり、
筋書きという『理性』が太古から押さえつけてきたストレス、
そして此度の戦いによる圧迫から、

極端な原点回帰とも言えるか、解き放たれた『衝動』はスパーダただそれだけに集中する。

ただし、『それだけ』では現実は存在できない。
律する『理性』がなければ、世は存続しない。


結果、現実は『壊れた』。


ネロがスパーダへと変じた瞬間―――過去も未来も、生と氏も、有と無の区別も消え去り、全てが無かったことに。


そして濁流はすべてを舐め尽した。


ここ神儀の間は、ベヨネッタの闇の左目という理に守られているおかげで、
いまだに現実として存在を維持できている。
しかしそれも絶対的ではない。


ベヨネッタ『―――ダンテ……』


さらに深く、もっと先へと濁流を見通していくと、見えてくるのは―――スパーダと相対しているダンテ。

彼が濁流に飲み込まれることがあれば、次は―――ベヨネッタである。

闇の左目が消え去るという事象に含まれるのは、
現実の『飛び地』である神儀の間が消滅するという意味だけではない。

創世主の力という『始点』が『無かったこと』になるのだ。

つまり、創世主によって生み出されたこの世すべてが『無かったこと』になる。

152: 2012/05/30(水) 01:20:30.11 ID:swV6Vgfco

ベヨネッタ『―――チッ!』

これほどの危険になぜ事前に気付けなかったのか。


ベヨネッタは自責の念に駆られかけたも、それは仕方のないことだった。

創世主たる目でも、中身は創世主たる存在ではない。
見えていても、認識が及ばずに気づくことが出来ない。
筋書きを認識できても、その中身まではわかりようがないのだ。

そして状況的にも、彼女には自身を責めている暇など無かった。
ジャンヌもローラも、愛する存在を喪失したインデックスも、
ただ絶望に打ちひしがれていることはなかった。

彼女らはアンブラの魔女。
いついかなる時も美しく、堂々とし、図太く、狡猾で、強く逞しい、最悪にして最高の『アバズレ』。

氏してもなお怨念となって敵を貪ろうとする、氏んでも敗北を認めない者達である。


口早にアイゼン達へとわかった範囲の事柄を告げるベヨネッタ、
それらを踏まえ、それぞれがいま成すべきことについて思考を展開していく。


最重要目的は世界を元に戻すことだ。
それについてまず考えなければならないのは、それが可能かどうか。


アイゼン『どうだセレッサ?!』

ベヨネッタ『大丈夫!!なんとかなりそう!!』


それについては、良好な答えを見出すことが出来た。

濁流を止めることができれば、流れはまた正常になり全てが元通りだ。

この現象自体には時間軸がないために『中途過程』というものも無い。
(こうして現象として観測できるのは、闇の左目の独立した時間軸を通しているからだ)

ゆえに結果は1か0であり、何とか防ぐことが出来れば0、現象自体を無かったことに。
現象が『はじまる直前の状態』に世界を戻すことが出来る。

ただしそれにも条件がある。


―――『ネロ』に上書きされた『スパーダ』を倒さなければならないのだ。

153: 2012/05/30(水) 01:21:56.17 ID:swV6Vgfco

確かにダンテが敗れてもすぐには終らない。
濁流は次にこちらを飲み込む必要があるため、
ベヨネッタにも応戦のチャンスはある。

ただし、そうなった段階では勝てる望みは皆無としていい。


ダンテが倒れれば、濁流は更に勢いを増して強くなる。
逆に彼女は、マダム=バタフライの力が消えて大きく弱体化。

ベヨネッタ『―――……』

どう足掻いても無理だ。
ここにいる他四人の力を加えても不可能なのは目に見えている。

そのように考えると、ダンテが倒すしか世界を取り戻す道はないのである。


彼が『何』と戦っているのかも含め一通り告げると、
アイゼンが思案気に頷いては、仮面の下で目を細めて問うてきた。

アイゼン『……それでどうなっておる?戦況は?』

ベヨネッタ『…………』

返すは沈黙。
これだけでも充分に答えになっていた。

声にするまでもない。
誰もがわかるはずだ、きわめて厳しい戦いであると。
単純に今ある戦力でも、そしてダンテという男にとって心理的にも。

なぜなら相手はスパーダなのだから。

154: 2012/05/30(水) 01:23:38.44 ID:swV6Vgfco

どう見ても厳しい。

続けての戦いで疲労困憊のダンテに対して、
スパーダは時間軸を無視しているために常に全盛という状態。

しかも戦うにつれダンテの消耗が色濃くなっていくであろうから、
さらに差が広がっていくのも確実。


ジャンヌ『どうにかして向こうにいけないか?私とセレッサが加勢すれば―――』


となれば加勢すべきであろう。
かの戦いは一対一が条件というわけではない、スパーダを葬ればそれでいいのだ。
だがそれについては。


ベヨネッタ『無理よ―――』


アイゼン『あの者共が戦っておる領域は、ダンテの内なる世界。
      外から部外者が乗りこむことは出来ぬ』

理由は、顎先に手を当てたアイゼンがすばやく続けてくれた。
そして。


アイゼン『存在と魂が互換せねば入れぬ。その点、「アレ」はスパーダの形であるために入ることができた、……とな』


そう告げた最後に、『何か』を仄めかせた。

155: 2012/05/30(水) 01:25:03.15 ID:swV6Vgfco


ベヨネッタ『―――ッ……』

ジャンヌ『……なっ……』


その含ませられたところに、二人はすぐに気づいた。

直後、アイゼン含む三者の視線が向かう先は―――インデックス、そしてローラ。

それぞれ訝しげな表情を浮べるその『姉妹』をよそに、
三者は再び視線を交差させては、声無き議論を交わしはじめた。

ジャンヌ『いや……しかし……』

ベヨネッタとジャンヌは眉をしかめ、
一方アイゼンは説得するように頷いて。

そのようにして5秒ばかり立った頃、ここでインデックスとローラも悟った。
先ほど己達に視線が向けられた理由も、この三者の議題についても。


そしてインデックスも、ベヨネッタとジャンヌと同じようにアイゼンへと視線を投げて。


一筋の希望を見たと同時に―――表情を『悲しげ』に陰らせた。


彼女達の議題、それはダンテへと加勢を送り込むための、
あるアンブラ魔女の技についてだった。


このインデックスとローラにまつわる―――とある『禁術』について、だ。


156: 2012/05/30(水) 01:27:38.32 ID:swV6Vgfco

他の者達が表情を曇らせる中、
アイゼンだけはその術の使用について淡々と話を進めていく。

アイゼン『セレッサ。力は残っておるか?』

ベヨネッタ『……ええ。ギリギリだけど足りるわ』

ジャンヌ『私の力も使えるだろう』

その禁術の稼動には莫大な力が必要になるが、
人間界保持の任から解き放たれた今なら、集中すればなんとかなりそうだ。
ただし一発勝負、そしてこの一回で、しばらく歩けないほどに消耗するだろうが。

アイゼンはふむと頷くと、矢継ぎ早に次なる確認を向けてきた。


アイゼン『―――「あやつ」を「引き戻す」ことは可能だな?』


ベヨネッタ『それは……』

確かに『彼』の痕跡は残っている。

人間界の力場を経由して、ダンテの『中』にも移されているため、
『彼』の存在は消え去ってはいない。
そこから引き戻すことは可能だ。


ベヨネッタ『でも器が……』

しかし『彼』の身はもう消失してしまった。
引き戻すことができても、存在を繋ぎ止める依り代がない。


アイゼン『材料ならばここにあるだろう?―――我が血肉ならばなんとか条件に合う。
      少し遠いが、一応血は繋がっておるからな』


だがそこでアイゼンは、
何をわかりきったことを、といった口調で答えた。


そう、皆わかっていた。
わかっていたから眉を顰め、表情を曇らせていたのだ。


この禁術の『受け皿』はアイゼンしかいない。
術を行使すれば、この偉大なる魔女王は――――――氏ぬのだと。

157: 2012/05/30(水) 01:28:27.85 ID:swV6Vgfco

誰もこの策を拒絶することはできなかった。
感情面では拒否反応が沸いても、
現実的な思考面ではその逆、これこそ状況を打開し得ると賛成の声。

世界を、未来を取り戻すには他に選択肢はないのである。


アイゼン『――――――それでは準備を』


ぱん、と手を叩いたアイゼンの言葉に、皆従わざるを得なかった。

重い心、暗い沈黙の中でも。
体と思考は優秀な魔女たる技能と力を示し、準備を手際よく進めていく。
アイゼンの氏に関することは一切口にしないままに。


アイゼンを中心として、
周囲四人の間に浮かび上がっていく色鮮やかな光の文様。

それらが皆を接続し、
まずインデックスの中から禁術が展開され、
実際に稼動させた経験のあるローラが調整し、

そしてベヨネッタとジャンヌの圧倒的な力が注がれて胎動を始めていく。


ある存在を『召喚』するべく。


―――

158: 2012/05/30(水) 01:28:56.68 ID:swV6Vgfco
―――


内なる世界の戦場、
そこはただ戦うために、『空間』と『足場』が整えられただけの領域。
目にうつる眺望は灰色の虚空に、黒く平らな地面のみ。

だが退屈な場所というわけでもない。
ここで今、最後の決戦が始まろうとしていたのだから。



息子が、その懐かしきモノクル姿を眺めていられてたのも、僅かな間だった。

父は親子の再会を果すべく現れたのではない。
ダンテという障害物をただ壊しに現れただけだ。

成長した息子を前にしても、表情もかえなければ声を発することもなく。
一切の間も置かずに、その目的を遂行しようと動き出す。


瞬間、『父の姿』は噴出した赤黒い光の中に消え。

現れるのは湾曲した大きな角に、
爬虫類、もとい昆虫類を思わせる漆黒の外殻に翼。

そしてフルフェイスの兜のごとき顔に、
まばゆい魔の光を湛えている切れ込み状の目。


史上最強と謳われる魔剣士―――悪魔たるスパーダの姿である。


ダンテ『Hum―――!』

この存在を前に力を出し惜しむ必要などない。

ダンテも再会に浸ることはせず、すぐに今ある全力を解放、真魔人へと変じていく。

バージルとの戦いで酷く消耗はしているも、
なんとか真魔人化できる程度の力が残っていたのは幸いだった。

真魔人状態でなければ、次の瞬間にはリベリオンごと切り捨てられていただろう。



直後―――父子の刃は正面から激突していた。

159: 2012/05/30(水) 01:30:10.42 ID:swV6Vgfco

ダンテ『―――ッ!!』


―――なんという圧力か。

閃光を散らしての刃の押し合い、
刃越しの父から猛烈なプレッシャーが襲い掛かってくる。

それも単に力が強大というだけではない。
焼け付くような感覚の他にも覚えるのは、
背筋がぞくりとし、胸が収縮していく悪寒だ。

ダンテ『ハッ―――』


刃を弾きあう中で彼は嘲り笑い、心の中で呟いた。


――――――ビビッてやがる、と。


ダンテと言う男が『心理的』に圧迫されているのだ。
身を強張らせるほどに―――『恐怖』しているのである。

戦いにおいて恐怖は重要な要素、
緊張と集中を保ってくれる刺激剤であるが、度を越せば重荷にしかならない。

この時ダンテの中に生じた恐怖心の規模は、
まさにその領域に触れつつあった。

160: 2012/05/30(水) 01:31:22.96 ID:swV6Vgfco

互いに一歩も引かぬまま、返した刃による次なる一合。
振り下しが再び交差し、光と力の嵐を迸らせていく。

ダンテ『Si !!』

ここまでの二合で、ダンテはほぼ互いの力関係を把握した。

刃は互角、膂力もほぼ互角といったところ、いや、こちらの方が僅かに上か。
猛烈ではあるも少しも押し負けてはいない。
かなり疲弊していながらもこの腕は十分に渡り合っている。


はっきり言ってしまえば、潜在的にはあらゆる面における出力はこちらが上だった。


先ほどの真魔人化状態のバージルが相手だったら、こうはいかないはずだ。
また己もその時の状態ならば、父の刃を難なく押し退けることができたであろう。


そう、息子の力は―――父を超えている。

消耗している今でも、充分に戦えているのだ。


―――そのはずなのに、息子の精神は極限状態に置かれていた。


ダンテ『―――Hu!!』


落ち着かない緊張が胸の中で騒ぎ、挙動にいちいち影を投げかけ。
刃をぶつけ合うたびに、ひやりと走っていく嫌な感覚―――『恐怖』。

161: 2012/05/30(水) 01:32:49.10 ID:swV6Vgfco

ダンテは今一度、認識させられることとなった。

どれだけの戦いを勝ち、どれだけの苦難を乗り越え、どこまで強くなろうとも、
己は永遠に『スパーダの息子』であるということを。


息子にとって父は道しるべであり生涯の目標であった。
父のように強く、父のように正しく、そして父のように愛と善を守る、
そのようにして常に魂に掲げて息子は戦ってきたのだ。

そうした存在に刃を向けなければならなくなった心境は、
信仰篤い者が神に抗わざるを得なくなった時のものに似ているだろう。


この上なく尊敬し、こよなく愛するがゆえに、いざ相対すると絶対的な巨壁に感じてしまう。


ダンテ『―――Huh-HA!!』

まるで昔に戻っているような感覚だった。
幼い息子と厳格な父という関係からもたらされる、実に懐かしい恐怖心。

まさかまたあの頃のような感覚を体感するとは思っていなかった。
そもそも体感したくも無かった。


しかも目的が、あの日々のような鍛錬ではなく―――相手を頃すという戦いで。


因果を無視した、本物か否かは考えるだけ無駄である存在であっても。
目の前の存在は、ダンテにとっては間違いなく『家族』だった。

162: 2012/05/30(水) 01:33:19.17 ID:swV6Vgfco

だが、この戦いは必要だった。
父をここで殺さなければならないのだ。

バージルとの戦いを終えた際、これでもう血が流される必要は無いと思ったが、
今となっては考えがまた異なっていた。

生と氏の狭間、『現実の外』に立つことで見えてくる事実もある。

筋書きを壊しただけでは足りないのだと。

この『スパーダ』という『宿命』が残っている限り、
これを核に、いつか第二の筋書きが形成される可能性がきわめて高いからだ。


ダンテ『Yeeeeah!!!』


やはり宿命の原点と向き合い、粉砕しなければならない―――


―――父を打ち倒してこそ、全ての戦いが完遂されるのだ。


過酷なのは当然、恐怖を覚えるのも当然のこと。
むしろそうだからこそ、この戦いに意味が宿る。

身が恐怖に支配されかけている際の中であっても、
ダンテは自らを律し、負けじと闘志を滾らせていく―――


―――勝てるのだ、そして勝たなければならないのだと。

163: 2012/05/30(水) 01:34:41.25 ID:swV6Vgfco

渾身の力をこめて、ダンテは刃をうち掃った。

すると1mほどであるが、スパーダを押し退けさせることができた。


やはり出力はこちらの方が上なのだ。

となれば何を臆する、攻勢に出るのみである。
ダンテは恐怖を踏み潰すようにして前へと出で、一気に身を押し込んでいく。

ダンテ『―――Ha!!Hu!!』

 ドレッドノート
『 装 甲 』もなんとか健在であるため、多少強引でも大丈夫だ。

目にも止まらぬ連撃をダンテは叩き込んでいく。
円を基調とした流れるような剣捌きで、同時にとてつもなくパワフルに。

まさに『鞭のようなハンマー』を手にしているかのごとき。


ほら親父、俺も強くなっただろう、
バージルはもっと強い俺を相手に勝ったんだぜ、と刃に言霊のおまけを携えて、
猛攻を加えていく。


次第に戦いは、明らかにダンテが攻勢に見えるようになっていた。
スパーダが後に下がりながら刃を受けているのを見たら誰でもそう思うだろう。


だが―――実際はそうとも言い切れない。

164: 2012/05/30(水) 01:36:08.84 ID:swV6Vgfco

父に抱いた恐怖は所詮、子供の視点からのもの。


―――なんてことは、こうして刃を重ねつつあると絶対に思えなくなっていく。

それどころかダンテは得体の知れない強さを父に見始めていた。

派手に火花を散らし激音を奏でていても、まるで手応えがないのだ。
出力は互角以上なのに、油の塊に刃を滑らせているような触感。

事実、傍目に見れば派手に打ち合っているようでも、
実際はダンテの刃が全て撃ち流されている。


そこに示されている事実は、父が息子の剣筋を完全に見切りはじめているということだ。


もちろんダンテだって、単調にリベリオンを振るっているだけではない。

剣撃の中で、身の内のあらゆる力を展開している。

手先に拳銃を出現させては魔弾を放ち、
指の間に爆発性を帯びた小剣を出現させては、退路を断つべく周囲に撒いて起爆。

足には『衝撃鋼』の装具を出現させ、かつ炎獄の王たる業火を纏わせて、
剣を振るいながら足で地を叩き、爆炎を噴き上がらせていく。

単調どころか、これほど飽きさせない戦い方はないだろう。


だがそうした戦いであっても、スパーダは的確にダンテの呼吸を捉えつつあったのだ。


そして待っていた。
その凶刃で、確実な一撃を叩き込める瞬間を。

165: 2012/05/30(水) 01:37:19.27 ID:swV6Vgfco

スパーダの動きに『間』が生じた瞬間を逃さず。
ダンテは瞬時に脇へ飛び込み、すれ違いざまにリベリオンを引いての斬り払い。

その一振りが切り裂いたのは、
すばやく身を落としたスパーダの頭上の空間のみだ。

そんな父へと続けて二撃目。
すれ違い、振り向きざまに、素早く返した刃を振るうダンテ。

しかし。
その一刀をも、身の上に魔剣をかざして打ち流すスパーダ。


そしてこの瞬間、ついにスパーダの凶刃が牙を向く。


ダンテはここで初めて、魔剣士スパーダの『本物の強さ』というものを体感した。


息子の刃を撃ち流す瞬間、父は起用に手首を返しては刃を滑らせ、
カウンターとして同時に斬り上げてきたのである。

こうして言葉で形容すれば、確かに高度な技ではあるも
特筆するほどのことには聞えないだろう。

だが問題はこの点ではなかった。


スパーダはこれを、今の真魔人状態のダンテの刃を相手にこなしたのである。

166: 2012/05/30(水) 01:38:36.83 ID:swV6Vgfco

ダンテ『―――』

信じられない動きだった。

間一髪のところで身を仰け反らせ、鼻先の外殻が掠り飛ばされていく中、
ダンテは衝撃に包まれていた。

真魔人ではなかったら、目を丸くしている頭部が飛んでいただろう。


この速度とパワーの刃には、己やバージルですらも、
来るとわかっていてもこうした『クロスカウンター』は無理だ。

それも直に刃を重ね、撃ち流すと同時に振るうなんて。
加えてこちらの剣圧で勢いが殺されるどころか、さらに刃を加速させてだ。

まるでリベリオンが、カタパルトの役割を果したのではないかというくらいに。


一体どれだけの技術なのか、どんな力の使い方をしているのか。


ダンテはこの瞬間、父と己の間にある『差』を認識した。


さすがと言うべきなのか。
ダンテ、バージル、ネロの始祖たるスパーダは、やはりとんでもない戦闘センスの塊だ。
だがこれら四者の中では、センスについて差はほとんど無いとダンテは考える。

そう、問題はセンスじゃない。


スパーダが他三者を大きく突き放している要素は―――経験と技能である。

167: 2012/05/30(水) 01:40:04.57 ID:swV6Vgfco

ダンテとバージルは40前、ネロは20そこそこ。
対してスパーダの生きた年月といえば天文学的数字になる。

しかもただ長いだけではない、生き様の濃さも凄まじいものだ。
遥か遥か太古の昔、ジュベレウス陣営との空前の超大戦の中でのし上がり、
力をつけてこの主神を下し、その後は魔帝の腹心としてあらゆる世界を侵略しては滅ぼし。

その果てに人間界を知り、反旗を翻し、魔界の軍団を相手にして魔帝を、次いで覇王を打ち負かす。

まさに伝説、まさに筋書きの核になるに相応しき存在。


そうした中で練り上げられた技術は、
もはや何人の追従をも許さぬ境地に達していたのだ。

例えば―――この剣技。


ダンテ『―――Hu!!』

怯んではいられぬと、刃を返しては再び振るうも―――


ダンテ『―――ッ!』


―――またもや刃重ねてのカウンター。


攻撃した間一髪のところでなんとか回避し、
魔弾で牽制し、三度刃を振るうも―――それにもカウンター。

168: 2012/05/30(水) 01:41:24.19 ID:swV6Vgfco

ダンテ『ッ―――おいおいこんなのアリかよ!!』


あまりのことにダンテは思わずそう叫び、
一時撤退とばかりに後方に飛び退いてしまった。

攻撃すれば確実にカウンターを合わせられてくるなんて、
それではもはや自らに刃を振るっているのと変わりない。

そんな相手と一体どうやって戦えば良いのか。

力の出力は互角以上、総合的な『強さ』としても互角と言える。
それなのにこの有様である。


ダンテ『ハッ―――マジで強え』

半ば呆れながら呟くしかないか。
肉を切らせて骨を断つという常套戦法もどう考えても通用しない。

ここまで呼吸を読みきられているのだ。
すぐに読まれて完璧に対応されるのがオチだ。

ではどうするのか、どうやって戦うのか。

もうろくな手が無い、小細工で騙すしかないか、
だがここでダンテは一つ。


彼ならでは、彼のような男でなければ不可能な戦法を思いついた。


技術の差は別の要素で『補う』のではなく―――足りない分を『学んで』埋めてしまえば良い、と。



―――『教師』は目の前にいるのだから。

169: 2012/05/30(水) 01:42:27.40 ID:swV6Vgfco

己と同じ名の魔剣を手に、じわりじわりと近づいてくる魔剣士。

猛烈なプレッシャーだ。
直に剣を交えたからこそ、より彼の恐ろしさと強さが身に染みる。

魔界中の名だたる存在たちの尊敬を集め、
そしてその反動で恐怖され狂気的に憎まれたのも、これでは仕方が無いくらいだ。


ダンテ『ハッ。全くよ。もう少し前に来てくれてたらこんな苦労はしねえのに』

疲弊さえしていなかったら、体力体調が万全ならばもっと堂々と戦えていただろう。
もしかすると難なく勝てていたかもしれない。

だがそんな『もし』なんか考えるだけ無駄だ。


今はこのぼろきれのごとき体で戦うしかない。


だが果たしてそんな体で、首が飛ばされる前に学ぶことができるのか。
そこまで技術を盗めるのか。

そう問われたらダンテはこう返していただろう。


俺を誰だと思ってる?―――誰の息子だと思ってる?


―――できるに決まってるだろ、と。


なあに、これはそんな大それたことじゃあない、
とダンテは自らに心の中で笑いかけた。

小さい頃にさんざんやってきたこと、その日々の続きじゃないか、と。


ダンテ『よし―――ご教示頼むぜ。親父』


―――ただし唯一の違いは、刃に殺意が宿されている点のみである。

170: 2012/05/30(水) 01:43:49.17 ID:swV6Vgfco

ダンテはまず構えから入った。

腰を落ち着かせ、顔の横で手首を返しては、
まっすぐに切っ先を相手へ。

スパーダの構えをそのまま真似て向きあった。


父は特に反応を見せることなく、同じ構えのまま徐々に近づいて来て。
互いに5mほどの位置で停止。


ダンテ『……来いってか。OK』

強烈な圧を放つ『教師』を前に、
ダンテはかるく息を吐いては、意を決して―――前へと踏み出した。

踏み込みは一歩で充分、軽く跳ねればすぐに間合いを詰められる。
ただし即座に機動展開できるよう、
地を削るように足をできるだけ擦り付けたままに。


そのように昔に父から教わった基礎を今一度復習しつつ、ダンテは刃を振るった。

柄を握る手はかるく、それでいながら肉体の延長であるようにしっかりと固定し。
切っ先から腕、そして体軸を一繋がりとして完璧な曲線を描き、

鞭のようにしならせては、集束させた力をインパクトの瞬間に放ち。
そして引き際は濡れた麻布のように重く―――

171: 2012/05/30(水) 01:44:34.57 ID:swV6Vgfco

こうしたイメージは、肉体の制御以上に力の状態に大きく影響する。
力と魂の在り方が、自らを形作っていく神の領域の存在にとっては特にだ。


認識が研ぎ澄まされていくほど、
力の速度、密度、剛性、弾性がより洗練され、はじき出される能力は大きく飛躍するのだ。

時に力の出力が同じ、もしくはそれ以下であっても、
瞬間的な優劣を逆転させてしまうほどにだ。


例えば―――今この瞬間のように。


振るわれた刃。
ダンテにとっては完璧な一太刀も、スパーダにとっては隙だらけ。

袈裟に振り下ろされたリベリオンを、
またもやレールのようにして駆け上がってくるスパーダの刃。


ダンテ『―――Hu!!』

紙一重の回避、と言うには少し至らない。

仰け反ってはなんとか直撃を免れたも、首筋を僅かに削り取られてしまったからだ。

 ドレッドノート
『 装 甲 』が削られる耳障りな音が、体内を響き走っていく。

だが掠った程度ならば大丈夫だ。
バージルの刃のように時の腕輪の作用もなく、
時間はそれなりにかかるも修復が可能だ。

それに技をさらけ出させて盗みとるためには、無茶を押し通すことも必要である。
相手が相手だ、腕一本くらい軽くくれてやる気概で挑まなければならない―――

172: 2012/05/30(水) 01:46:20.42 ID:swV6Vgfco

ダンテ『Ha!!』

首の皮が数枚切り裂かれたところで、ダンテはもう怯みはしない。

直前にバージルの走馬灯で、
かつての日々を鮮明に見てしまったせいでもあるだろう。


今や、この恐怖には逆に懐かしさを抱き、
思い出に浸るように楽しみはじめていた。


もちろん、世界と未来を取り戻すという使命を忘れたわけではない。
そしてこの父を殺さなければならない、という過酷な仕事であることもわかっている。

だがそれ以上に。

どのような状況・状態であれ、
もう二度とないと思っていた『父との時間』というものは、ダンテを虜にしてしまっていた。


彼は夢中になって父から学ぼうとした。
30年の父なき時間を埋めるかのように。


リベリオンを返しての再びの一刀。
父はまたカウンターを重ね、猛烈な刃を放ってくる。
なんとか深手を負うことを避け、攻撃してもカウンター。

父はあらゆる方向、あらゆる形の一振りに合わせて来た。
全て完璧にだ。

そのためにダンテが攻勢であるにもかかわらず、
彼の状況は、火花と激音の中で回避で精一杯というもの―――

173: 2012/05/30(水) 01:46:56.72 ID:swV6Vgfco

だがそれでもただ回避し続けているわけじゃない。

力の速度、固め方、そこからの刃の作り方、
息子は一刀ごとに的確に分析を重ね、
技術として少しずつ吸収しつつあった。

ダンテ『Huh!!』

そして徐々に戦いの表層にも―――その成長が現れてくる。


とあるリベリオンの一刀。
これまで通りならば、そこにまたスパーダの刃が重ねられて、
ダンテの方が回避に氏力を尽くさねばならかったのだが、この時は違った。

技術盗み、作り上げた認識で、ダンテは的確にタイミングを読み。
リベリオンとスパーダの刃が触れた瞬間、手首を捻り、父の刃を跳ねさせようとしたのだ。


それは成功した。
弾かれた魔剣スパーダの刃は、回避行動がいらぬほどに大きく剃れたのだ。

ただし完璧ともいえなかった。


―――手首を返すタイミングが僅かに遅かったようだ。

跳ね上がった魔剣スパーダの切っ先が、リベリオンの鍔にぶち当たり。
その際にダンテの右手人差し指も飛ばされてしまっていた。

174: 2012/05/30(水) 01:47:55.87 ID:swV6Vgfco

しかしそれでも得たものに比べれば安いものだ。

瞬間、ダンテは自らの認識が正しいことを確信する。
そうして飛ばされた指が地に落ちるよりも早く―――次なる一振りを繰り出す。

父はまたもや刃を重ねてきたも、
息子の見極めたタイミングは今度こそ完璧だった。

リベリオンの刃は見事に―――魔剣スパーダを撃ち払い、
そのまま相手へと向かったのだ。

今度こそスパーダが回避する番だった。
一歩後方に飛びさがる父、それを追い同じく一歩踏み込み、
やっと本物の攻勢をしかけていくダンテ。

そのようにして、戦いは新たな局面へと向かっていく。


的確に状況を見たのか、
今度はスパーダも攻撃の手を出してくるようになり、
戦いは正真正銘、互いの刃の応酬となった。


ダンテ『Si―――Ha!!』


しかし足りない。
まだ技能は『対等』ではない。

この速度・力の領域におけるカウンターへの防御は身に着けたも、
カウンターを仕掛ける技術については、今だに我が物にしきれてはいないからだ。

175: 2012/05/30(水) 01:48:48.59 ID:swV6Vgfco

さらなる教えを乞うべく、
息子は刃を振り続けていく。

スパーダと戦うにあたり、
警戒しなければならないのはカウンターだけではない、『全て』だ。

あらゆる戦闘技術、特に剣技が徹底的に練り上げられているのだ。

カウンターのみならず、繰り出されてくる刃すべてが猛烈だった。
とにかく『嫌な』タイミングで、
とことん受けにくい線に刃を叩き込んでくるのだ。

ダンテ『―――Hu!!』

ここまでで、一体何度氏にかけたことか。
強烈な刃が首を、脇を、胸を掠っていく。

そのたびにひやりとし、
決して慣れることが出来ない恐怖に背筋を凍らせる。

精神的困窮だけではない、
刃をぶつけているだけで、手から全身に疲労が蓄積。
それに真魔人状態の燃費の悪さもあいまって、力の消耗はさらに加速していく。



しかし消耗に負け意識が緩んでしまったら、一瞬にして終る。

スパーダ相手に慣れが生じることはない。
剣一本とはいえその動きは実にバリエーション豊かで、
常に危険な『新鮮度』に満ちた刃だからだ。

176: 2012/05/30(水) 01:50:09.10 ID:swV6Vgfco

ダンテ『―――』

スパーダから繰り出されてくる突き攻撃。
そこをこれまでのように打ち弾こうとした瞬間―――魔剣スパーダが『伸びた』。

刃が分離、いや―――もともと二枚刃であり、
先側が押し出される形で槍状になるのだ。


そのようにして、射程の拡大とさらなる勢いが上乗せされた強烈な突き。


ダンテ『―――ッ!』

ダンテは間一髪のところで、それを退けることに成功した。
とはいえ完璧な体捌きとはとても言えない、
動きの流れを完全に崩してしまった動作だった。

これには父もきっと大きな『減点』をするだろう。


脇へ飛び退き、大きく姿勢を崩した『生徒』へと、
容赦のない『教師』の追い討ち。

これも『指導』か。

スパーダの刃の嵐という過酷な中、なんとか姿勢の回復を試みるダンテ。

足の位置、体軸、重心、
外れてしまったそれらの繋がりを再び構築しなおす傍ら、
応戦するリベリオンの刃にも意識を渡らせねばならない。

やたらに振り回してはいけない。
切っ先まで集中していなければ、
すぐに『レール』にされて強烈なカウンターがやって来るのだ。

177: 2012/05/30(水) 01:50:59.11 ID:swV6Vgfco

そうした難題をダンテは見事にクリアする。
体勢を回復させ、自身戦闘に立ち直ることに成功。

ダンテ『―――Ha!!』

短く笑いながら、どうだ、と息子は刃に魂の言霊をのせていく。
クリアだ、お次はなんだ、と。

父からは声は返ってこず、刃にもいかなる思念ものってはいない。
しかし返答は確かにあった。
少なくともダンテにはそう感じられた。

スパーダの攻撃パターンがさらに激しくなったからだ。

戦いがさらに加速していく。


ダンテ『YeaH―――Ha!!』


一気に踏み込んでの突き攻撃。
それを弾き上げられても、まるで予め決めていたかのような完璧な体捌きで、
刃を返しては振り下ろす息子。

そんな強烈な斬り下ろしを受け流しつつ、
息子の刃に刃重ねてはレールにして斬り上げてくる父。

それを息子は難なく弾き、また刃を返しては斬り込む―――


超高速の刃の応酬。
しかも『目的』がもはや入れ替わっていそうな―――


―――相手の殺害よりも、互いの速度、反応、技術を競い合うことが目的であるごとき剣舞だ。

178: 2012/05/30(水) 01:52:01.71 ID:swV6Vgfco

事実、ダンテにとってはそれはあながち間違いでもなかった。
目的が入れ替わりはしていないも、それらが並び立ちはしていた。

いいや、むしろ『同一』と呼ぶべきだろう。


父から学び、父を超える―――それこそ、息子にとって宿命を倒すのと同義であると。


父の最期の手ほどきを受けて、ダンテは戦った。
そして学び、成長していった。

一刀ごとに、父から技術の種を盗み―――授かり。
一刀ごとに、それを精査調整しては自らの戦闘体系に組み込み。

そして一刀ごとに正常かどうかを確認していき。


ダンテ『Break!!』


―――我が物にする。


これが授業ならば、ダンテはきわめて優良な生徒だった。
課題を全てクリアし、教示された事柄を全て飲み込み、
そしてそれらを昇華させ、完全に自らのものとしたのだから。

179: 2012/05/30(水) 01:52:56.50 ID:swV6Vgfco

ついにその瞬間が訪れる。


互いに弾き合った刃。
一際強い衝撃のために、両者と数歩分おし退けられてしまう。

その瞬間、二人とも―――そこに生じた間を逃さなかった。


そして双方、相手の次の手が突き攻撃だと読み取るもそのまま―――突き攻撃を繰り出すべく踏み込んだ。


突き攻撃の同時応酬、そう言ってしまえば簡単だろう。
しかしその中身は、正確に形容するならば多くの言葉が必要なほどに複雑だった。
それでも簡単に言うならば、どちらが相手の刃を利用して―――カウンターを決められるか、だ。

ダンテはここに勝負にでた。
今だ手中に収めていない新技能を、やり直しのきかない本番に投じたのだ。



そうして―――この『一戦』は決した。


ダンテ『―――Yeeeeeeah!!』

接触し、重なる魔剣。
互いに火花散らしては擦れ合い、押し合い、すれ違っていく刃。

どちらが相手の刃をレールにして刃を『走らせる』ことに成功したのか。
それは双方の切っ先が何を捕えたかが答えだ。


                                  ドレッドノート
抜けた魔剣スパーダ、その切っ先は―――ダンテの『 装 甲 』を貫き、肉を抉っていく。


ただし、突き刺さったのは彼の肩上に過ぎなかった。




一方、リベリオンの切っ先は―――――――――スパーダの胸を貫通した。





息子が『全て』において――――――――――――父を超えた瞬間だった。

180: 2012/05/30(水) 01:54:34.56 ID:swV6Vgfco

      オールカウンター      スタイル
あらゆる攻撃に反撃を重ねる戦闘術という、父の鉄壁の剣術を会得、
さらにこれを父相手に父よりも上手く扱い、技能においても上回ったことを証明した一刀。

その衝撃がこの内なる世界を震わせていく。


父の胸を貫く―――銀の刃。


ダンテ『―――ッ』

柄からの手応えは完璧。
切っ先は確実に魂を捉え―――その存在を打ち砕いていく。

勝利の感覚、魅惑的な破壊の味。
普段ならばダンテにとっての最高の好物たちである。

しかしこの時ばかりは快感には浸れなかった。

何度こなそうとこの触感だけは慣れない。
そして絶対に好きにもなれない。


―――家族を殺める触感だけは。



あまりの衝撃に、ダンテが制動しても、
リベリオンから抜けて前へと吹っ飛んでいくスパーダの身。

そのように血を撒き散らして、無様に跳ね転がっていく父の姿は、
息子にとってはとても見ていられるものではなかった。

181: 2012/05/30(水) 01:55:05.29 ID:swV6Vgfco

ダンテ『…………』

ダンテの消耗はもう限界点に達していた。

最後の一突きでほぼ全力を搾り出してしまったために、
直に魔人化もとけ、それどころか歩くこともできなくなってしまうだろう。

だがそれでも―――30mほど離れた場所で、
地に打ちつけられて転がっている父に比べたら、まだまだ充分に活力が溢れている。

ぎこちなく手をついて起き上がろうとするもかなわぬ父
近くに突き刺さっている魔剣を取ろうにも、体が動かずに手が届かず。


ダンテ『…………』

スパーダを尊敬するものとして、
その意志を受け継ぐものとして、そして息子として。

この姿には心が痛んでしまう。


たとえ濁流が作り上げた産物であっても、
こんな姿は晒したままにさせるわけにはいかない。


とどめを刺さなくては。
安寧を与えなければ。

それが息子としての最後の義務だ。

182: 2012/05/30(水) 01:56:32.31 ID:swV6Vgfco

ダンテは左手をかざしては、その手先に黒き拳銃―――エボニーを出現させて。


ダンテ『もういいだろう、親父』


疲労を滲ませながらも、
穏やかな声でそう呟き、銃口を父へと向けた。


その瞬間、父の赤い目と合い―――ダンテは『見た』。


これは恐らく気のせいだったのだろう。
濁流の産物にそんな思念があるわけはないし、
ここまで刃受けてきても、一度もそういった類の欠片を感じることは無かった。

だがそうだとしても、例え疲労の際の幻想だったとしても、
この時ダンテにとっては確かにそう見えた。
スパーダの異形の顔、人間とは似ても似つかぬも、


そこに―――満足そうな微笑が浮かんでいた、と。


とても懐かしい感覚だった。
むかしむかし、あのような笑みは何度も見た。


父から教わったことをうまくこなすと、よくあんな風に笑って―――褒めてくれたものだ。



ダンテ『―――お疲れさん。休んでくれ』


ダンテもまたあの頃と同じように笑った。
そして心地良さそうに穏やかに言葉を手向けて。


魔弾を解き放った。

183: 2012/05/30(水) 01:57:31.77 ID:swV6Vgfco



しかし―――そんなダンテの最期となるはずだった夢想も、すぐに台無しとなってしまった。



ダンテ『―――おいおい―――なんだってんだ!』


次の瞬間。
放った魔弾、その行く先で起こった事象を目にしては、
うんざりとした声を挙げるしかなかった。


父が『リセット』されつつあったのだ。


ダンテが放った魔弾は―――突然手にされた魔剣スパーダによって弾かれて。

そして父は、さっきまでは身を転がすことも叶わなかったのに、
今や力強くスパーダを手に、地響きを轟かせて立ち上がる始末。



ダンテ『待て待て待てそんなのアリかよ!』


先の一突きは確かに手応えがあった。
確実に頃すことができた一撃だ。

そう、これが父が『普通の状態』ならば倒せていたはずだ。
息子は確かに父を超え、堂々の勝利を収めたのだ。

だが今は普通ではない。


このスパーダは―――濁流の産物である。

184: 2012/05/30(水) 01:58:46.74 ID:swV6Vgfco

ダンテ『―――笑えねえ冗談だぜ!!』

このスパーダは不氏身というわけではない。
先の手応えからも、倒すことは可能である。

ただかなり頑丈、回復が異常に速いということ。


回復の速度から、ダンテは素早く倒すに必要な条件を大まかに割り出した。

倒すには連続で二、三回頃すような勢いで攻めなければならないか。
とにかく動かなくなるまで攻撃を加え続ける必要があるようだ、と。


ダンテ『ハハッ!………………ヤバいな……こいつはどうしたもんか……』


どう見繕っても力が足りなかった。

この消耗しきっている身には、そこまでの力はもう残ってはいない。

一体どうするか、だが策を考えている暇も無い。
回復半ばながらも早々に、父がこちらへと向かってきたからだ。


ダンテ『―――!』


体が重い。
そして受けるスパーダの刃はさらに重い。
まだ全快しきっていないのになんという刃か、まさかパワーアップでもしているのか。

否、そうではなかった。

ダンテはすぐに自覚した。
疲労のあまり、己が弱くなっているのだと。

185: 2012/05/30(水) 01:59:13.66 ID:swV6Vgfco

ダンテ『―――Ha!』

後ろに下がりながら、何とか父の刃を打ち流していく。
できるのはそれだけだ。
攻勢に出るなんてもう夢の話しでしかない。

猛攻につぐ猛攻。
スパーダの刃がこれまで以上に凶悪に響き、
空間を断ち切っていく。

もはや止められない。


どうすれば勝てるのか、と思考を巡らせても徒労に終わり。
有効な戦法がこんなところでうまく見つかるわけもなく、
また剣技を昇華させるほどの体力と集中力も、もうない。

そのようにしてついに、諦めぬ奮闘もむなしく―――彼は追い詰められしまう。


ダンテ『―――ッ』

弾かれるリベリオン、
そして―――腹部を蹴りこまれ、倒されてしまうダンテ。

この時もまた、スパーダの体捌きは一切の無駄がなかった。
相手にとどめの一撃を与える瞬間になっても、彼の動きはまるで変わらない。

背を地に打ちつけた衝撃を覚えると同時に、ダンテは目にした。



最期の光景であろう―――己に突き立てられるであろう、魔剣スパーダの切っ先を。



186: 2012/05/30(水) 02:01:29.12 ID:swV6Vgfco



―――だが最期にはならなかった。


続けてある輝きがダンテの目に入ってきたのだから。


それはもう二度と見られることがないであろうと、
つい先ほど受け入れたばかりの―――『蒼い』光跡だった。


そんな光の筋が、涼やかな金属音を響かせては飛来して来。
魔剣スパーダを横から撃ち弾く。


ダンテ『―――ハッ』

耳を劈く激突音、飛び散る光の粒子の中にて、彼は瞬時に確信した。
見間違えるはずもない、一目で何なのかは判別できる光刃だ。


―――『次元斬』である。


そしてあれほどの代物を放てるのも一人しかいない。


次元斬に続き、ダンテの前に飛び込んでくる大きな影―――


さらなる蒼き刃を振るい、父を押し飛ばしては、悠然と立つ―――蒼き『魔騎士』。



ダンテ『よう……まさか、俺が「二度」もぶっ頃したから化けて出てきたのか?』


その異形の背へと、声を向けるダンテ。
散々な有様ながらも、嬉しさとからかいに満ちた笑みを浮べながら。

対し魔騎士は前を向きながら冷ややかに、『弟』へとこう言った。



『―――違う。無様な弟の醜態に耐えられなかったからだ』



さらりと相変わらずの毒を吐いて。


             氏ぬ
『さっさと立て―――寝るにはまだ早い』



―――

187: 2012/05/30(水) 02:02:03.71 ID:swV6Vgfco
―――


遡ること少し。


神儀の間に重く響く、禁術の稼動音。
それがその場にいた全員の心を強く締めつけていた。

ベヨネッタとジャンヌは顔を厳しく引き締め、
ローラは感情を表に出さぬように堪えているせいでぎこちない表情。

そしてインデックスはもはや抑えることができず、身を震わせていた。


アイゼン『ふふ―――このみすぼらしい老体がここで役に立つとはな』

そんな四名とは逆に、飄々と愉快気に笑うアイゼン。


アイゼン『さあて、よいな。それでは始めろ』


何食わぬ声でそう命じた。
これからの己の運命などまるで知らぬかのように。
だがそれは表面的にそう見えただけ。

虚空から出現したベヨネッタの黒髪が彼女を包む瞬間。
穏やかながらも、アイゼンは『最期』に相応しい律された佇まいをとり。


アイゼン『―――我が愛しきアンブラの子たちよ―――』


そして良く響く声を紡いだ。


禁書「あッ―――アイゼン様っ―――」

堪えずに声をあげるインデックスには、
魔女王は仮面を脱ぎはらい微笑んだ。


アンブラの母としての優しき眼差しで。
それが、彼女達が見た最期の魔女王の姿。

次の瞬間、黒髪の中にその姿が埋もれ、『材料』とされるべく砕かれて。



ベヨネッタによる『召喚』が始まった。



188: 2012/05/30(水) 02:03:07.42 ID:swV6Vgfco


『彼』の『生』を再構築するには充分な材料が揃っていた。

心と魂は、ダンテの中に移されていた分をそっくり喚び出せばいい、
そしてそれらを繋ぎ止める器は―――血の繋がっているとある魔女の血肉で形成できる。


インデックスという存在を生み出した氏を覆す禁術に、
アンブラ式の妖しき演舞と艶やかな歌声。


 NOROMI-AMMA PON
『忌まわしき破壊の申し子よ』 


 LONDOH CNILA MONASCI CRO-OD-D! 
『  かの血命の下に  三度 生れ落ち!  』



そこから紡がれた言霊が、遥か虚空の彼方まで届いていき。



OI PON OD OVOF!
『 砕き、滅せよ! 』



永久の眠りから彼を引き上げ、
構築された器へと、魔女の有無を言わせぬ鎖で繋ぎ止め。



ZILODARP DO-O-A-IP-ELO LONDOH!
『       始祖たる王を制せ!      』



そしてついに、
契約者たるベヨネッタの喚び声に応じて、蒼き魔騎士が帰還する―――


189: 2012/05/30(水) 02:06:40.39 ID:swV6Vgfco

虚空から噴出す、契約者の黒髪の中から―――彼は肉体を有して再顕現を果たした。


今の状況は完全に把握していた。
彼の再構築のもととなったのは、ダンテの中にあった心であるために、
弟の目を通して全てを見、感じていたのだ。

ゆえに行動には一縷の迷いもなかった。
出現した瞬間に抜刀、即座に次元斬を放っては―――弟に迫っていた魔剣を撃ち弾き。

次いで飛び込み、今度は閻魔刀で直に斬りつけては体ごと押し退けては、
弟の前に降り立ち家族と再会。


そうして背後の弟と軽口と皮肉を交じらせながら、じっと父を見据えた。


再会した父の姿に心を震わせているわけではない。
それら息子としての感情はもう充分に浸り終えていた。

弟の中から全てを見ていたのだから、もはや言うことはないのだ。
父への恐怖も、愛情も、心の痛みも、そして最後の手ほどきも、
全てダンテがこなしてくれた。


強さも、意志も――そして家族の愛も、思いでも、充分過ぎるくらいに貰った。


ゆえにもう―――父に用はなかった。


この時の兄の瞳に宿っていたのは、
終止符を打つための純粋な殺意だった。

今こそスパーダの名から離れ、決別し、巣立つときだ。
父をこのクソッタレな鎖から―――解放するときだ。


―――父を眠らせるときだ、と。


剣を突き、ヘラヘラしながら立ち上がる弟へと兄――――――バージルは、鋭く声を飛ばした。


バージル『―――馬鹿笑いは止めろ目障りだ。さっさとケリをつけるぞ』


ダンテ『OK. Bros』


そうして。
ふん、と生意気に含み笑う弟とともに、前へと踏み切り。
父へと向かっていった。

190: 2012/05/30(水) 02:07:59.93 ID:swV6Vgfco

片や消耗しきって動けなくなる一歩手前。
片や急ごしらえの肉体に繋がれ、顕現したばかりの『病み上がり』。

兄弟はそうした惨憺たる状態ではあったが、
そんなものは障害にはならなかった。

わだかまりが一切消えた二人は、
そんな不利など吹き飛ばしてしまうほどに―――連携は完璧だったからだ。

幼き頃の純粋な兄弟の距離。



それを取り戻した二人には、もう敵はいない。



並び、そして別れ、ダンテが右に、バージルが左に飛び、
両側から父へと向かっていく。

ダンテ『Ho―――HuhhHa!!』

袈裟の一振り。
それを父に撃ち流されても、即座にくるりと返してはまた同じ機動で袈裟斬り。

父の魔剣を砕かんとばかりにハンマーのように打ちすえていく。
もちろん刃を走らせてのカウンターもさせぬよう、切っ先まで意識を集中させて。

同時に逆方向からも、バージルが閻魔刀を振り抜いていく。

抜刀して斬り掃い、手首返して今度は逆からの切り上げ。

それを父は、一振り目は精密な体捌きで交わし。
二合目は、ダンテに打ちすえられた勢いを利用して魔剣をまわしては、
紙一重で弾く―――


だがその直後のバージルからの凶悪な三撃目には、対応が追いつかなかった。


閻魔刀を掃うと同時に、兄は父の膝を蹴ったのだ。


がくんと落ち込むスパーダの身―――


―――その父の『動き』の切れ目を息子達は見逃さない。

兄は下から斬り上げて、弟は上から振り下ろした。
一本の刃では防げない挟撃である。

191: 2012/05/30(水) 02:09:23.68 ID:swV6Vgfco

だがそれは二本ともが、スパーダへと向けられていたらの話だ。

父はこの瞬間、刃を止めるのではなく、そんな状況を壊す方を選んだ。


ダンテ『ッ―――』

振り下ろしかけたというところで、
腹部を蹴りこまれてしまうダンテ。

蹴りの威力自体はそうではなかったも、
後方に押し下げられたためにリベリオンは無様に空を切ってしまう。

そんな弟の醜態を見て兄が一言。


バージル『鈍い!』


ダンテ『うるせえ!―――』


この時、スパーダからは絶好の隙に見えたであろう。
リズムと体勢を崩した弟、しかも消耗しきっているとなれば尚更だ。


しかし―――その逆境をダンテは好機に作り変えた。


ここぞとばかりに振るわれてきた魔剣スパーダに―――



ダンテ『―――これでチャラだろ!』


―――刃を重ねて、走らせてのカウンターを放ったのだ。


火花散らして擦れ合い。
放たれたリベリオンの刃が、父の魔剣持つ前腕から肩先まで
外殻を裂き一筋の溝を刻んでいく。


―――確かに傷は浅かった。

右腕を使用不能にするまでにも至らない。
だが動きを鈍らせるには充分すぎたほどだ。


この瞬間を起点に、スパーダの鉄壁の剣技はついに――――――瓦解した。

192: 2012/05/30(水) 02:10:55.86 ID:swV6Vgfco

刃を重ねていく二人。

加速して激しくなっていく猛撃に、
地を蹴り、一端その場から距離を置こうと跳躍するスパーダ。

だが逃しはしない。


バージル『This may be fun!! For you!! Father!!』


ダンテ『Hey! Take it! Dad!!―――Drive!!』


素早く低く構えた兄弟。
並び立って放つは、刃抜き掃っての―――蒼き次元斬と赤き斬撃の猛射。


その砲撃により、体勢を整える間を与えず。

兄弟は一気に距離を詰め、畳み掛けていく。


再びスパーダを挟んでの挟撃。

渾身の力をこめて振るわれた刃たちが、
閃光を散らして魔剣スパーダを打ち弾き―――その主の動き、リズムを完全に砕き。


そしてとうとう―――父の魂を捕える。

193: 2012/05/30(水) 02:11:38.24 ID:swV6Vgfco

躊躇いも容赦の欠片もなく。
体勢崩され、無防備をさらけ出した父へと叩きこまれる二つの刃。


バージル『―――Haaaaa!!』


ダンテ『―――Yeeeeah!!』


リベリオンが、後ろから左腕を―――


―――閻魔刀が、前から右腕を斬り飛ばしていく。


さらにそれだけでは止まらずに、
刃返されては、今度はスパーダの胴へと振るわれ。



二つの刃がそれぞれ―――スパーダの胸と背を―――袈裟に斬り裂いた。

194: 2012/05/30(水) 02:12:35.82 ID:swV6Vgfco

外殻を割り、肉を裂き、骨を砕いていく息子の魔剣たち。


ただそのまま上半身を切り落とすことはできなかった。

前からの閻魔刀、後ろから切り込まれたリベリオンが、
父の胸の中央にてぶつかってしまったからだ。

ダンテ『ハッ!!』


完璧な連携も、最後の最後に凡なるミスか。
しかしこれが勝利を汚すことはない。


むしろいかにもこの二人らしい『スパイス』へと変じる。


ダンテは短い笑い声をあげると、魔剣を父に刺したまま足を振るい。
まるで地の表面を擦り蹴るような仕草をとった。



すると瞬間―――足先の光から飛び出す―――白い拳銃。



その魔銃が宙を抜け―――バージルの左手に収まったころには、



―――ダンテの左手にも黒い拳銃が出現していた。


195: 2012/05/30(水) 02:13:24.94 ID:swV6Vgfco


お互いに何をすればいいのかはもうわかりきっていた。
言葉どころか目を合わせる必要もない。


二人の『合言葉』―――もとい、『決め言葉』は一つだ。


ここからはもう『様式美』である。
これがダンテとバージル、この兄弟の流儀であり幕の引き方。

兄弟は姿勢を低く落とし、
握る柄にそれぞれ圧力をかけては―――父に銃口を向け。


ダンテ『あばよ、最期に会えてよかったぜ―――』



バージル『―――悪いな、親父―――』



まるでそうとは聞えない、
日常の他愛もない会話のごときこ声色で、最期の言葉を手向けて。



―――溜めた圧を解き放っては刃を引き、思いっきり斬り抜いて―――




バージル『――――――俺の息子を返してもらう』





196: 2012/05/30(水) 02:14:07.33 ID:swV6Vgfco









『『―――――――――Jack pot―――!!』』









197: 2012/05/30(水) 02:14:57.24 ID:swV6Vgfco



戦いは終った。



消滅する一つの宿命。


核を失い霧散する濁流。



『二人』の勝者を乗せたまま、虚無の果てにて『消え去る』――――――『内なる』戦場。







――――――――そして世界は再び、何事もなかったように動き出した。






198: 2012/05/30(水) 02:17:37.08 ID:swV6Vgfco


生と氏、有と無、それら領域の外で行われた、とある父と息子達の決闘。
その戦いは、現実の中に住まう者達にとっては存在しないも等しいものだ。

現実の再稼動の折でも、何が起こったのかを悟る者はいない。
何かが起こっていたということにすら気づかない。

誰一人だ。


しかし―――すでに『知っていた』者ならば、幾人かは存在していた。


神儀の間にいた者たちは当然すべてを見ていたし、
そこにいたインデックスと繋がっている―――上条当麻も。


そしてスパーダが上書きされていた―――ネロも。


上条「……」

ネロ「……」


だが二人は、その周辺については何も言わなかった。

始祖たる英雄への弔いの言葉も。
世界が存続した祝いの声も。


虚無の果てで戦い抜いた、とある兄弟の行方についてもだ。


遺された二人は、学園都市の瓦礫の中に並び立ち。
ただ遠くの空を見つめていた。


上条「…………やっと、か」


ネロ「ああ―――…………」



―――白む東の空、



ネロ「――――――……夜明けだ」



闇が明けるこの世界を。



―――

222: 2012/06/02(土) 01:25:29.29 ID:R60HiyJBo
投下前に一つ。
残りは二回としていましたが、予定を変えあと四回としました。
最後まで変更ばかりですみません。

223: 2012/06/02(土) 01:27:00.17 ID:R60HiyJBo

―――


能力の源が、『生きている』。


『墓所』と呼ばれていた領域が、
力強い鼓動を刻んでは、熱き血を絶え間なく送り込み
この世界を新鮮な生気で満たしている。

そうした人間界の姿は、
これまでが生命維持装置に繋がれていた植物状態に思えてしまうほどだ。


この世界は目覚めたのだ。

人間界はついに長きにわたる外部管理から脱し、
『一つの世界』として自立したのである。

こたびの戦いで散った人間達の魂、
天への道が消えたことで彷徨っていた彼らに安住の地を与え、そして新たな生として送り出す。


『少年』は、この魂と力の流れがすぐに気にいってしまった。

手を浸すと、天界に囚われていた魂とは逆に、
ここからは弾けるような生の声が聞えてくる。

騒々しくも心地よく、柔らかくも力強い、そんな歌声だ。

彼はすっかり魅せられてしまい、
いつまでもここに居たいという衝動に駆られてしまっていた。

224: 2012/06/02(土) 01:29:17.63 ID:R60HiyJBo

しかし生憎、彼は氏者ではなかった。
この階層に立つべき存在ではなかった。

むしろ生者世界の頂点に立ち、彼らを率い、守る立場の存在だ。

彼もわかっていた。
それにこの点もわかっていた。

確かにここは心地よい。

だがそれ以上に生者世界が素晴らしいということを。

あの世界では家族が、友が己を待ってくれているのだ―――




一方「…………」

目を覚ますとそこは何の変哲もない、
日本全国どこにでもありそうな、誰でも既視感を覚えるであろう病室だった。

だが見慣れていそうに見えて、実は初めて見る部屋だ。


ゆっくりと上半身を起こしながら室内を見回す一方通行。

いつも世話になっていた病院とは別なようだ。
少しばかり趣が違う。

とそこまで至ったところで、彼は思い出した。
普段使っていたあの病院は、あの戦いで瓦礫の山になってしまったのだと。

そこから彼の関心はさらに移り変わり、
「そういえば」ともう一度視線を巡らせては、
ベッド脇の机の上にあった時計に落ちつかせた。

探していた情報は時計の画面に表示されていた。


日付は、あの戦いから八日過ぎていた。

225: 2012/06/02(土) 01:31:46.85 ID:R60HiyJBo

一方「……チッ」

随分と寝過ごしてしまったようだ。
あの戦いが終った直後、疲れで意識を失うかのごとく眠りこけてしまったのだが、
まさか一週間以上も寝てしまうとは。

一方「……」

もっとも半分は自業自得だ。
人間界深層の、『生』の魂と力の流れの中に長居してしまったせいだ。

ただし、あの体験は時間を無駄にしたとも思ってはいない。
アレイスターが言っていたように『新王』、『神』として君臨するつもりは毛頭無いが、
力ある者としての責務は果すつもりであり、
それにはこの人間界深層の認識が不可欠だと思っているからだ。

他にもあの流れの中で、今後己がやるべき様々なことを考えたし、
そのための心構えを整えることも出来。

消耗しきっていた力もすっかり回復、
今からもう一度四元徳と戦えと言われても問題はないくらいだ。


とはいえこの一週間の欠席はやはり大きい。

戦いが終ったからといって、仕事が無くなったわけではない。
途方もない量の事後処理案件が待ち構えているはずだ。
それも中には急を要するものも数多く。

そうした時期に席を外してしまったとなると、
周囲に多大な迷惑をかけてしまったはずだろう。

226: 2012/06/02(土) 01:35:05.46 ID:R60HiyJBo

とそこで。

一方「…………カカッ」

ふと、今の己が妙に面白く感じた。
仲間に迷惑をかけないように、と当たり前のように思っているのだ

一昔前ならば面倒事は全て他にぶん投げて、
他の者が過労氏しようが失敗しようが知ったことではないというスタンスだったはずだ。

いつ頃から、こんなに協調性を重んじる考え方になったのだろうか。
その理由は一々考えるまでもない。

きっかけが何なのかはわかっているし、
どうしてこうなったのかもわかっている。
そしてこうして変わった己に、今や満足であることも自覚している―――



上半身を起こし、足をベッドから降ろしては腰掛けた姿勢をとった。
そうすると大きな窓がちょうど正面になり、差し込む光を全身にうける形となった。

一方「……」

こちらを目覚めさせるためか、誰かが毎朝カーテンを開けにきていたのだろうか。
ただし、その計らいは逆効果になりかねないものだった。

差し込む春の陽光が暖かくて、
今にも二度寝してしまいそうなくらいに心地よいからだ。

227: 2012/06/02(土) 01:37:31.34 ID:R60HiyJBo

そのようにして寝起きの悪い身をゆっくりと暖めていると。
突然、ぶつ、っと意識内に走る電気的な感覚。

これは静かな一時が今すぐ崩壊するという警告音だ。

直後、ミサカネットワークが接続し、
すぐに伸びてくる『オーナー』の解析の手。

一方「……」

すぐに逆算してみると、向こうの状態もある程度把握できた。
どうやら隣の部屋にて朝食中だったようだ。

ひとまず彼女の安全が確認できて安心である。
ただし見たところ、やや元気すぎるようだが。

寝起きには辛い強烈な歓迎に見舞われると悟ったときには遅かった。
どたどたと騒々しい音が聞こえ、次いでこの病室のドアが勢い良く開かれ。

口元にご飯粒つけた打ち止めが飛び込んできた。
文字通り『飛んで』。


打ち止め「おはよー!!おかえりなさい!!帰ってくるの遅かったね!!
       あのまま『向こう』にいたままなんじゃないか、って少し心配しちゃったよ!!
       ってミサカはミサカはあなたをぶち抜く勢いで突撃ーっ!!」


一気に背中に激突してきて、しがみつく小さな体。


一方「…………ネットワーク越しで話してくれねェか?……大声とそのうざってェ語尾は寝起きにはツレェ」


最大音量のスピーカーを背負っている気分だ。

今までだったら二言三言暴言吐いて振り落としているところを、
できるだけやんわりとそう声を放つ一方通行。
そのように『オーナー』へ可能な限り優しく接したつもりなであったのだが、
彼女はこれでもご不満だったようだ。


打ち止め「ひどい!ミサカがどれだけ健気に看病したのかわかってるの?!
       ってミサカはミサカはヘッドロックしてみたり!!おらおら!!」


一方「…………それでオマエはなンだ?」

13577号「どうも。先日、あなたの臨時『秘書』にさせられたミサカ13577号です、とミサカはびしっと敬礼」

打ち止め「早速ミサカは無視ですかぁー!」

228: 2012/06/02(土) 01:41:08.75 ID:R60HiyJBo

打ち止めの後に続き、病室に入ってきたその妹達の一人は、
スーツ姿にPDAを小脇に抱え、なにやら妙に姿勢良く立ち、
さらに奇妙なことに黒縁のメガネもかけていた。

妹達はかなり精密に調整されているために視力は良好なはずだ。

そうとなると今回の戦いの影響か、だがそれにしては特に外傷の跡は見当たらないし、
神たる知覚で内部をくまなく分析しても問題はない。

一方「…………秘書ォ?」

13577号「秘書です、とミサカは秘書らしくきびきび応答します」

納得した。
秘書のつもりなのである。
そのイメージが正しいかどうかはともかくとして。

そしてこの時には、なぜ秘書なんてものが己に付けられたのかも大方予想がついていた。
やはり仕事が山積みなのである。

母猿に纏わりつく小猿のように忙しない打ち止めはひとまず好きにさせて、
一方通行は彼女の方へと向いた。

13577号「あなたがぐーすかぴーしている間にいろいろありました。どうしますか?ネットワーク上で閲覧しますか?
      それとも今、主だった事柄について軽く説明したほうがいいですか?とミサカはてきぱきと業務を開始します」

一方「そォだな。軽く聞かせろ」

ちっと小さな舌打ちが聞えた。
秘書の真似事は楽しいようだが、実際の業務については実に面倒に感じているようだ。


一方「聞かせろ」

ニタリと微笑みかけながら、もう一度催促してやった。

229: 2012/06/02(土) 01:44:08.64 ID:R60HiyJBo

13577号「……わかりました。まずは一般的なニュースからいきましょう」

あからさまに嫌そうな表情を浮べるのはともかく、
文句は一言も言わずに従うだけまだマシであろう。
妹達の中ではまだ出来ている方だ。

彼女はPDAの画面を操作しながら、おずおずと読みはじめた。

13577号「一昨日、各国首脳が停戦条約に調印、本大戦は正式に終結しました。
      また、今回の戦闘は、『地球外生命体による異世界からの侵略行為』であると発表。
      そして人類はその脅威を退け、勝利したと宣言しました」

一方「……」

ひとまず復興のため、各国民の歩調をあわせるために、
怒りと憎しみを向けられる存在を早々に定めたのだろう。
そして人類が勝利者だというのも、連帯感を生み出すだけではなく、
気力と希望を抱きやすくする。

つまりこの発表内容は、真実よりも社会安定を最優先にしたものであるということだ。

その性質は特に、
天使とも悪魔とも言わずに『地球外生命体』、
天界とも魔界とも言わずに『異世界』、とする点に現れている。

この発表内容を決定する際、どのような話し合いが行われたのかは大方予想が付く。


『天界』と『魔界』の存在や、それらに纏わる事柄を公式に発表したら、
この人類社会を形作っていた価値観は全て覆り、世界は大混乱に陥るだろう。
復興どころではなくなるはずだ。


そう考えると、『地球外生命体』という言葉は実にこの状況に適している。

霊的イメージは常に拒絶反応が生じるも、
科学的イメージは、能力の例もあるとおりすぐに世間に浸透するものだ。

『地球外生命体』という言葉でも様々な宗教観に影響を及ぼしてしまうだろうが、
『天界』や『魔界』よりはずっと穏やかに馴染むだろう。


またもう一つ、大きな利点がある。
何かを問われても、『詳細不明』で押し通すことができるのだ。

230: 2012/06/02(土) 01:52:46.22 ID:R60HiyJBo


13577号の読み上げの声が続いていく。


13577号「次。この地球外生命体に乗っ取られたと『される』ウロボロスグループについては、
      本社は米国の管理下に、欧州支社は合併前のイザウェルグループに名を戻し、
      EUの管理下に置かれることが決定しました」

ウロボロス社。
欧州やロシアが戦火に包まれた元凶である。

13577号「ただし凍結されるのは一部の部門のみで、95%以上の業務はそのまま継続する予定。
      まあ、今後の復興においても大きな基盤になりますからね」

一方「……」

妥当だ。
復興支援のほかにも、大勢の従業員とその家族を難民に加えるわけにもいかない。
むしろ戦災者の雇用を増やしてさらに巨大化するだろう。


13577号「では次。英国女王エリザードの容態が回復、意識も戻り、はやくも今月中には、ある程度の実務も執り行えるだろうとのことです。
      また女王襲撃について、当初英国政府はローマ正教に手引きされた者による犯行としていましたが、先日その声明を撤回、
      各国間の対立を企てた『地球外生命体』の工作であるとし、ローマ正教に正式に謝罪しました」

13577号「ロンドンにて、ローマ教皇に第一王女リメリアが謝罪の言葉を述べ、教皇も快く受け入れました。
      またローマ教皇側も、ヴァチカン襲撃も同様に『地球外生命体』の工作であったとし正式に謝罪、
      英国側もこれを受け入れ、正式に和解が成立、手を取り合い復興に尽力すると共同声明を発しました」


13577号「英王室についてもう一つ。明るいニュースです。
      第二王女キャーリサが婚約を発表しました。お相手の実名については、
      彼がまだ任務中だとして公表されていません。有力貴族出身の政府高官とのことで、なかなかの美男子らしいです。
      英国民に希望を与えるニュースですね」

231: 2012/06/02(土) 01:55:23.51 ID:R60HiyJBo

13577号「続いてはオフレコニュースです。ここからは墓まで持っていくつもりで聞いてください、とミサカはメガネくいっ」

13577号「各国首脳及び各魔術勢力代表の会合において、いくつかの取り決めがなされました。
      一つ目。外界からの脅威に対する、地球規模の防衛システム構築について」

13577号「異界の力に関係する様々な業務を執り行うにあたり、暫定実施機構が設置されました。
      国際情勢を鑑みて、運営は中立のフォルトゥナ騎士団に一任され、
      最高責任者にはネロさんが指名されました」


一方「カカッ。ご愁傷様だな」

とんでもなく難儀な仕事なはずだ。
単に防衛システムを整備するだけではなく、
各国各勢力の調和を保つためにも、きわめて微秒な政治的問題にも対処せねばならないだろう。

13577号「ちなみにネロさんは就任後、早速人事権を用い、幹部職として30人を指名。半数はフォルトゥナ騎士団から、
      その他は外部の各分野に精通している者で、中にはレディさんが含まれています」

一方「道づれだな」

13577号「道づれですね」

魔術に精通してなくてよかったと心から思えた瞬間だ。


13577号「そしてあなたも含まれています、とミサカはザマぁと思いながらも笑いを堪え……ぷふっ……なんでもありません」


一方「……」

そしてそんな考えが甘かったと思った瞬間でもある。

232: 2012/06/02(土) 01:59:11.47 ID:R60HiyJBo

打ち止め「拒否権は無いよ!これは『オーナー』命令だからね!ってミサカはミサカは早速権限を振りかざしてみる!!」

一方「…………チッ」

13577号「でも大丈夫」

一方「何がだ」

13577号「幹部ではありませんが、要員として土御門元春に加えななななんと!あのお方!われらが上条当麻も指名されてます!」

一方「それが?」

13577号「これで寂しくないですね、とミサカはにっこり天使の微笑」

一方「氏ね」

13577号「うわーん」

打ち止め「乱暴な言葉はダメだよ!!ってミサカはミサカは『オーナー』として叱ってちょっと優越感に浸ってみたり!」

一方「……」

いちいち突っ込むと相手の思う壺だ。
好きなように言わせるのが一番である。

13577号「さて、茶番はその程度にしてさっさと続けましょう、とミサカはちゃっちゃと進めます」


13577号「暫定実施機構はこの他にも、今回の戦いで生じた界域の『ひずみ』の修復、人間界に流入した莫大な力の処理、
      各国魔術機関の情報網及び連携環境の整備、そのための対魔戦術及び使用魔術の統一と体系化、指揮系統の明確化…………。
      はあ、長いよ。とにかくいっぱい仕事があるということです。詳細はあとで目を通してください、とミサカは面倒なので打ち切ります」

13577号「これらに主だった国、及び各公的魔術機関は合意しました。さすが我ら人類、巨大な敵ができれば結束は早いったらありゃしない」

一方「……」

この点については、
彼女の何の捻りもない皮肉を褒めるわけではないが、言わんとしていることには同意である。

この合意は所詮ひとまずのもので、各国各勢力ともに腹の中には様々な考えがあるだろう。
ただし例え表面的なものだけであっても、人類社会が大きく前進したことには違いない。

それに決定的な裏切り行為はまず派生しないだろう。

戦火に包まれていない地域でも、今にも押しつぶしてきそうな闇に包まれていた。
そのようにして全人類の深層意識に植えつけられた絶対的な恐怖、
それが人々に無比の団結力を与えることとなったのだ。


ただしこのような負の要素を根底にしている以上、きわめて危険な欠点もある。
恐怖のあまり、服従心が芽生えて魔界に傾倒する者達が現れることが充分に考えられるのだ。
その点は今後、特に警戒していかなければならないだろう。

233: 2012/06/02(土) 02:04:07.54 ID:R60HiyJBo

13577号「ただし民間の魔術結社についてはまだかなりの数、合意が得られてません。まあこれからでしょう。では次」

13577号「天界および魔界に関する具体的な情報は全て、一般には秘匿すること。例外は認められない。
      関係者への緘口令ですね。真実は葬られる! とミサカは使い古された表現を使ってみます。
      まあ完全に締め切るのは難しいでしょう。これだけの騒ぎですから、ちょろちょろ情報は漏れるかと」

一方「……」

ただし漏れたとしてもオカルトゴシップとして世間に流されるはずだ。
悪魔や天使よりも、大多数の人々は地球外生命体という言葉を信じるであろうからだ。

13577号「次。魔術界における抜本的改革も検討されています。
      内容については、非人道的・非道徳的行為の廃止、実利を阻害する慣習の撤廃、組織の透明化・近代化などなど」

13577号「ただし、いくつかの必要不可欠な部分については、ある程度の範囲で除外される予定。
      例えば、未成年の過酷な育成教育など。
      魔術師の質の維持のために現状では不可欠なので、代替策が構築されるまで除外される見通しです。
      もちろん、厳しい審査をした上で」

一方「……」

厳しい審査とはいえ、恐らく各組織の裁量で行われるのだからアテにはならないだろう。
ただし、それでもそういった意識が闇世界の底まで届くということだけでも大きな進歩かもしれない。

と、そこで一方通行はとある点が気になった。

一方「それには学園都市の能力開発は含まれてンのか?」

13577号「はいはい。そこはちょうどミサカも言おうとしてました」

13577号「公式発表はまだですが親船統括理事長は昨日、学園都市における能力開発は随時、状況をみて規模を縮小、
      能力者の『生産』は最終的に廃止すると決定しました」


一方「……つゥことは、いずれは能力者の街って看板を下ろすってことか?」


13577号「ところがどっこい、実はそうも問屋が卸さなくてですね。廃止するのは『生産』であり、
      『育成』については今後、さらに規模を拡大する必要が出てきています」


一方「どォしてだ?」


13577号「えー、それがですね。実は滝壺理后の計測によると、
      この八日間で新規確認された原石は、現在三万二千人に昇っているのです」


一方「……ンだと?」

234: 2012/06/02(土) 02:07:00.04 ID:R60HiyJBo

一瞬耳を疑ってしまったも、
少し考えてみると、いくつか思い当たる節があった。

一方「……」

原因は、あの人間界の深層の変化。
能力の源でもあった力場が『生』に転換したことであろう。
急激に活発化したために、力の申し子たる原石の出現率が一気に増えたのだ。

13577号「90%が16歳以下ですが中には成人の方もおり、最高齢はなんと54歳。
      性別はほぼ半々、出生地は様々、世界中満遍なくです。
      また、すでにレベル4の行使域に達している方もいるほか、
      潜在的にレベル5相当の数値を秘めている方も3名確認」

13577号「こうした急激な能力発現で痛ましい事故も発生しています。
      能力が暴走してしまい、治安部隊に射殺されるという事案がすでに三件報告されています」

13577号「そこで現在、能力者へのネガティブイメージがついてしまうのを防ぐためにも、
      各機関の協力のもと、各地のミサカなどによる保護作戦が展開中です」


一方「……なるほど、それで今、そィつらを受け入れているわけだな?」

13577号「はい。大抵の方は既に差別され始めておりますので、基本的にすぐに学園都市行きを希望なされます。
      また、希望があれば家族も受け入れていますし、
      学園都市の整った生活環境、及び生活資金援助も保障していますので、混乱はほとんどありません」

一方「ほとんど、か」

13577号「はい。残念ながら能力を悪意によって用いる方などもおられ、
      話し合いが不可能と判断された場合は、強行的手段で処理しています」

そこで彼女はともかく、と話の筋を変えた。


13577号「長期的にはまだわかりませんが、学園都市はしばらくは人口増加傾向になるとされています。
      また、これら能力者たちの保護管理にかかわる必要性からも、今後も学園都市は大きな役割を担うことになるとも」

235: 2012/06/02(土) 02:10:43.74 ID:R60HiyJBo

一方「……」

確かにそうだ。
まず能力の制御法を身に着けなければならないし、
その他にも一般的な教育環境なども必要だ。

そしてこのあと続いた13577号の言葉によると、
統括理事長の親船最中の頭の中にはさらに飛躍的な青写真が存在しているようだ。


13577号「また、統括理事会は、将来的な『能力産業』の拡大を掲げ、異界への対抗戦力としてだけではなく、
      様々な民間分野においても能力者の力が役立てられるような環境の構築を考えています。
      つまりは、能力者の能力者としての外部雇用促進ですね。外でも生きていけるように」

一方「……」

これには興味が湧いた。
能力者が隣に座っていても誰一人何も思わない、
そんな世界を作り上げようということである。

成功すれば、あらゆるところに能力者が立つことになるだろう。
それも魔術のように裏世界だけではない、表世界においてもあちこちにだ。

面白くないわけがない。
可能性はまさに無限大だ。

世界は一変する。
既存の人類社会の枠組みはそのままに、
そこにこれまで無かった彩が加えられるということだ。


そのように、一気に溢れた未来図に思考を巡らせていると。
注意を引くように13577号が咳払いして、丁寧な口調でこう続けた。

13577号「そこでですね、統括理事会は、能力者世代自身の手による、
      能力者の保護管理業務を執り行う『統括委員会』の設置を検討していまして」


13577号「その委員の一人にあなたを指名しました」

236: 2012/06/02(土) 02:14:27.43 ID:R60HiyJBo

一方「そォか」

そう言われた瞬間にも意思は決まっていた。
断る理由は無い。
指名されなかったら、こっちから押しかけていたくらいだ。

打ち止めがこちらの思考をネットワークに広めでもしているのか、
13577号も返事を聞かずに、一度ニヤリと笑みを浮べては先を続けた。

13577号「他に指名されたのは、土御門元春、滝壺理后、結標淡希……」

読み上げられていった名は20人ほど。
そのほとんどが知っている者の名だった。

暗部の有名どころから、アレイスターの下で『ブレイン』として動いていた者、
風紀委員の上層部まで、多種多様な所属・身分の者で攻勢されている。

また風紀委員のトップも加わっているとなると事実上、
風紀委員の指揮権も組み込まれることになるだろう。

再び、親船の引いた青写真がぼんやりと見えてきた。


親船最中は以前、未成年にも選挙権を与えるつもりでいた。

そんな彼女のことだ、これを機に能力者世代の権利を強め、
統括理事会、アンチスキルとの対等な交互監視体制を築くつもりなのだ。
さらには統括理事会やアンチスキルを担う人材の育成機関としても機能させ、
将来的には、監視体制を維持しつつも共同体として一本化する狙いもあるようだ。

しばらくは、構成員の大半が未成年ということもあって社会的力はどうしても劣るだろう、
だがそれも時間が解決してくれる。

そしていつかは正真正銘、能力者自身が統治する能力者の街になるのだ。


13577号「こんなところですね。では最後に親船統括理事長から、あなた宛の言葉を」

そして13577号は、PDAをまわ小脇に抱えて、
姿勢を正しては仰々しく締め括った。



13577号「『この街を収容所ではなく、楽園にするために力を貸して欲しい』」



238: 2012/06/02(土) 02:16:41.78 ID:R60HiyJBo


一方「……」

秘書気取りの13577号が、いかにもやりとげたという表情で退室してから、
彼はしばらく考えを纏めにかかった。

情報を一通り整理し、そして再確認しては組み上げていく。
そうして自らの青写真をも引いていく一方通行

やるべきことは多い。
対処しなければならない問題も山積みだ。
これからはまさに大忙し。

普通の人間の生身だったら、過労氏してもおかしくない作業量が待っているだろう。
だがそうした先の苦労を考えても、特に憂鬱な気持ちにはならなかった。


退屈したのだろう、それに心配疲れもあるのだろう。
脇ではいつのまにか、打ち止めが寝息を立てていた。

その寝顔を見、彼は再確認した。

この少女を守ると誓った。
この少女の生きる世界を守ると誓ったのだ。

そして己自身もそう望み、そしてそうした日々を『生きること』を望んでいる。

ゆえにこの先、どれだけの苦労と困難が待ち構えていようが、
憂鬱に思うわけが無い。



一方「……」

それにもう一つ、とある約束があった。


この街をかならず守る、という―――麦野との約束が。

239: 2012/06/02(土) 02:18:06.87 ID:R60HiyJBo

その時、ドアが軽くノックされた。

一方「入れ」

打ち止めを起こさぬように抑えて告げると、
ドアの向こうから姿を現したのは、茶髪の同年代辺りの少年。

この人物が誰かは知っていた。


一方「……浜面仕上、だったな?」


浜面「……アクセラレータ、だな?」


挨拶と自己紹介代わりの互いの身元確認。
このやりとりからもぎこちない空気が流れると見た一方通行は、
先手を打ちすばやく問い返した。

一方「何の用だ?」

浜面「あんたへの伝言を預かってきた」

効果はあったようだ。
あれこれ考えさせる時間を与えずに、
さっさと浜面から用件を引き出すことができた。

一方「誰から?」


浜面「麦野沈利からだ」


一方「……」

240: 2012/06/02(土) 02:19:54.93 ID:R60HiyJBo

この名を聞いた瞬間、
自分では反応を隠していたつもりだったのだが、
やはり少し顔に出てしまったのだろう。

こちらを見ていた浜面が、
何かに気づいたかのように一瞬はっとした表情を浮べた。

一方「…………続けろ」


浜面「あんたへ伝えろって、氏に際にこう言った」



浜面「『お前はやっぱり生きろ』」


一方「………………」

言葉が出なかった。
先ほどは反応を抑えるのに苦労したが、
今度は全く反応を返すことが出来なかった。

言われなくても今は生きるつもりであったし、
実は麦野には『その後』に密かに会っている。
その際の彼女の様子を見て、己の意志に肯定的であることもわかっていた。

だがそれでも、どこかで確かな証拠を求めていた節もあった。
あの麦野の笑顔の意味が、己が望んだ幻ではないと確実に言える証拠を。


一方「……そォか」


麦野がこの生を肯定してくれたという『証言』。
信頼性は申し分ないだろう。
彼女の言葉を口にする浜面仕上の様子を見ていても、それは充分にわかった。


そうして一方通行は、この浜面から確かに麦野沈利の言葉を受け取り、
自らの胸の中に丁寧に包み込んだ。


浜面「それとこうも言った。『もっとマシな女を誘え』」


ただしこれは残念ながら、今のところは無理な話だったが。
麦野の遺言であってもだ。

241: 2012/06/02(土) 02:23:08.49 ID:R60HiyJBo

浜面「……まあ、こんなところだ」

特に親しくない、
『赤の他人』というラインから僅かに下がった者同士という、ぎこちない空気の中。
彼は恐る恐る「聞いて良いか?」、と確認してこう問うて来た。

浜面「あいつとは……どんな関係だったんだ?」

一方「……言うほどの関係でもねェ」

個人的にはかなり思うところもあるが、一応これは事実だった。
特筆するべき点があるような関係ではない。

答えになっていない答えを、彼は「探るな」と受け取ったようだ。
軽く頷くと、当たり障りのない別れの挨拶を述べ、ドアの方へと踵を返す浜面。

その去り際の背へと、一方通行は唐突に声を投げた。


一方「よォ―――」


麦野との関係は、己でもはっきりわからかったから明言できなかったのだが、
やはりある程度は示しておくべきだと思ったのだ。

こちらにとっての麦野という人物の立ち位置を。


一方「―――『互い』に、惜しい奴を亡くしたな」


浜面「……ああ。本当に残念だよ。本当に」


どうやら、その意思は伝わったようだった。

足止め軽く振り向いた彼の顔には、
ぎこちなさの抜けた自然な笑みが浮かんでいた。

242: 2012/06/02(土) 02:25:53.53 ID:R60HiyJBo

とそこで。
一方通行はさらにあることを思いつき、言葉を続けた。

一方「―――待て。俺からも話がある。今後のことは決めたか?」

浜面は肩を竦めただけだった。
こちらの問いの真意を測りかねているのだ。

一方「いつまでも滝壺の付き人をやるつもりか?」

浜面「……そのつもりはない。落ち着いたらちゃんと働くよ」

今度は薄々勘付き始めたようだ。
そこで一方通行は単刀直入に告げた。


一方「俺の下で働かねェか? 正式に公務員としてだ。
    たった今、デカイ仕事が入ってきてな。
    安っぽい言い方になっちまゥが、学園都市の未来を作る仕事だ」

恐らく例の委員会設置の話は滝壺から聞いているだろう。


浜面「…………ありがとう。でもな、気持ちは嬉しいが仕事は自分で探すよ」


一方「勘違いするな。麦野への義理でオマエを助けよゥって訳じゃねェ。
    オマエの才能を買ってスカウトしよォってンだ」

これは本当だ。
この男が信頼できるとわかって、その価値を見出したのだ。


浜面「才能なんて俺にはねえよ。無能力者だし、頭も悪いし……」

一方「そォか?聞いたところによると、一週間以上生き延びたアイテムの世話係はオマエが初めてらしィじゃねェか」

浜面「単に運が良かっただけだ。それになんだかんだ言いながらも、
    アイテムのみんなが俺を受け入れてくれたからな」

一方「その運の良さと適応力を買ってるンだが。それと行動力とゴキブリ並みのしぶとさもだ」

言わなかったが、麦野達を変えてしまうその影響力もだ。

243: 2012/06/02(土) 02:28:51.49 ID:R60HiyJBo

浜面「……」

ゆっくりと自らの頭に手を当てる浜面。
返事に困っている風ではなく、
誘いを受けるか否かを真剣に考えている様子だ。

一方「心配すんな。学が無ェのは後からどォにでもなる。頭の回転は速ェみてェだしな。
    やりながら色々学ンでいけば良い」

浜面「少し時間をくれないか?」

一方「いいぜ」

浜面「どこに連絡したらいい?」

一方「俺の『秘書』が接触するからオマエは待ってれば良い」

浜面「そうか。わかった」

そう手早く会話を済ませると、
用ができたのか、彼は足早に去っていった。

何の用かは予想がついた。
まず最初に滝壺に伝えるつもりなのだろう。


打ち止め「あのひと、OKするかな?ってミサカはミサカはさりげなく寝たふり解除してみる」


一方「あァ。必ずな」


一方通行の下で働く、と。

244: 2012/06/02(土) 02:31:41.29 ID:R60HiyJBo

一方「ところで、オマエも今後のことを考えなきゃなァ。まずは学校に行かねェと」

打ち止め「ぎくっ ミ、ミサカなら、すぐ大学入って飛び級でスポポーンって卒業しちゃうから意味無いよ!お金の無駄使いだよ!って―――」

一方「大学?何寝ぼけてやがる。幼稚園からやらせてェくらいだが、まァ仕方ねえ。小学四年辺りからだ」

打ち止め「えー!ミサカの知能・知識レベルはご存知ですか?!ってミサカはミサカは―――」

一方「精神年齢が低い。社会で生活して行く上での常識と、人付き合いの経験も決定的に足らねェからな」

打ち止め「ええ!それあなたが言うの?!ってミサカはミサカはちょっと本気でびっくり!!」

一方「その耳障りな語尾も直さなきゃなァ。いじめられンぞ」

打ち止め「ぐっっ……!ミサカはミサカは……」

一方「それ、止めろ」

打ち止め「む、無理だよっ……!ってミサカはミサカは個性の固守を試みてみたり……ぐぐ……」

一方「たまに言うの忘れてるだろォが。無理じゃねェ」


そんな風に押し問答を繰り返していると、
ふと打ち止めが起き上がって。


打ち止め「そういえば、あんな顔してるあなたって初めて見たよ、ってミサカはミサカはさりげなく話を変えてみたり」


一方「あ?あンな顔?」


打ち止め「そう。女の人の話で、あなたがあんな顔になるの、ってミサカはミサカは乙女レーダーに敏感に反応してみたり」


245: 2012/06/02(土) 02:33:15.51 ID:R60HiyJBo

一方「……」

そこまで顔に出ていたのだろうか。
浜面に読まれても特にどうとも思わないが、
この少女には見られたくなかった。

あの戦いの際、思念が全て筒抜けであったために、
こちらが麦野のことをどう思っていたのかは、
未熟な心ながらも彼女もわかっていただろう。

だがそれを知られるのと、ふとした心の隙を目撃されるのは似ているようで少し違う。


打ち止め「うふふふふ。あなたもあんな顔するんだねえ、ってミサカはミサカは良いネタ見つけてからかってみたり」


こうなるからだ。

子供はなんと残酷なのだろうか。
こちらはその想い人を永遠に失ったばかりだというのに、平気で茶化してくる。

と、そう思いきや。


打ち止め「ミサカにも、いつかああいう顔してくれることはある?ってミサカはミサカは真剣に聞いてみる」


この少女は時たま実にませた表情を見せ、
大人顔負けのどストレートな言葉を平然と口走るのだ。

246: 2012/06/02(土) 02:34:27.44 ID:R60HiyJBo

こういった感情を向けられるのは嫌な気分ではないも、
実に面倒にも思えてしまう。

特にこの歳頃の恋愛的な好き嫌いなど、『ゆらぎ』のようなものだろう。

まともに相手にすることはない。
さりげなく流してしまえばそれでいい。
時が過ぎ、彼女の精神も成長するにつれ、この未熟な想いも忘れてしまうだろう。
夢を見ていたような感覚しか残らないはずだ。

一方「10年早ェよ」

打ち止め「じゃあ10年経ったらいいの?ってミサカはミサカは―――」

一方「その語尾をなんとかして、学校もちゃンと行ったらな。そォしたら話を聞いてやる」

打ち止め「わかった!」

一方「……やればできるじゃねェか」

すぐに語尾を抑制したその気迫に、
もしかして彼女の感情は『ゆらぎ』程度のものではないのかもしれない、と一瞬頭を過ぎった。
10年後もこの感情を抱いている可能性も、僅かながらもあるのだろうか、と。

ただ、それは今から考えることではないだろう。
その時はその時だ。

それに求愛されたとして、応じるとは一言も言っていない。


話を聞いてやる、と言っただけだ。


こんなところを見落とすとは、やはりまだまだ甘いものである。

247: 2012/06/02(土) 02:36:47.67 ID:R60HiyJBo

とにかく、彼女が幸せに生きてくれればそれで良い。

誰を好こうがかまわないから、
誰かを愛することで幸福感に満たされてくれれば、と願う。


己が―――麦野を想ったように。



いや、誰でもいいというわけではないか。
欲を言えば、将来的にはネロのような男と結ばれて欲しいものだ。
考え方はバランス良く公正、判断の仕方も実に常識的かつ柔軟。
人格も真面目で清く正しく、懐の広さもある男だ。

そしてさすがにネロほどとは言わないも、できればある程度の実際的な強さもあってほしい。
万一の時、あらゆる脅威から打ち止めを守れるような逞しい男だ。



また一つ、将来に向け考えねばならない事柄が一つ増えてしまった。


気合を入れているつもりなのか、妙な屈伸運動をしている打ち止めを見ながら、
一方通行は笑ってしまった。

彼女の真面目くさった顔とその動きが可笑しかったこともあったが、
それと同時にこんなことを真剣に考えている己も可笑しく思えたのだ。

いや、それらも含めた今の己の境遇、
周りの世界丸ごとがどうにも面白く感じてしまったのだ。

だがこの程度でいちいち笑っていては、
この先は思いやられることだろう。

覚悟しなければ。



先に待ち構えている未来はきっと――――――もっと笑わせてくるのだろうから。



―――

260: 2012/06/05(火) 01:32:56.35 ID:6e3c2nPro
―――

土御門「―――あそこの店、気に入ってたんだけどな。残念だにゃー」

御坂「そうね」

土御門「カルボナーラが美味いんだこれがまた。前にカミやんと行って―――」

御坂「へえー」

学園都市のとある病棟、
暖かな陽が差し込む廊下を、御坂は土御門とともに歩いていた。

『預かり物』を届けるために、とある人物に会いに来たのだ。


御坂「……へぇ」

やや憂鬱な気分だった。
その人物がいる病室に近づいていくにつれ、
足裏が鉛が溜まっていくように重くなっていく。

隣の土御門の声もろくに頭に入ってこず、
気の抜けた相槌しかつけなかった。
ただ彼の話は、聞き流しても問題ない、
どうでもいい内容ばかりだったが。

261: 2012/06/05(火) 01:34:40.61 ID:6e3c2nPro

今回の戦いで瓦礫と化してしまったレストランの話を右から左へと流しつつ、
御坂はこの八日間思い悩んでいたことをまた考えはじめていた。

こんなにも届けるのが遅れてしまった、と。


本来はすぐに届けに行くべきだったのだ。

だがあの戦いの後始末が山積みであり、またこれまでの疲労のためか、
緊張が解けたと同時に体調を崩してしまい、四日ほど寝込んでしまったりなどで、
今日まで届けに行くことができなかったのだ。

もちろん、他の者に届けてもらうことも考えた。
土御門や結標がその人物を『一応は知っている』ということであったため、
『預かり物』を彼らに託そうとした。

しかし彼らは御坂自身の手で渡すことを強く推し、
結局今日までこうすることができなかった。


御坂「はぁ……」

この『預かり物』の主が遺した言葉が、ずっと頭から離れない。
内容からしても重要な事柄であると思えるのだが、

それを告げても、土御門は「心配ない」とだけしか言わなかった。
結標も同じくだ。
むしろ彼らは「しばらく時間をおいた方が良い」と良い聞かせてきたのだ。

262: 2012/06/05(火) 01:36:26.15 ID:6e3c2nPro

土御門「『彼女』は、あいつに依存していたようだ」

こちらの空気を悟ったのか、
それとも病室までの距離をも考えた計算ずくのタイミングなのか、
土御門が突然そう切り出してきた。

御坂「……依存?」

土御門「そうだにゃー。完全に生きる拠り所にしていた。
     お前にとってのカミやんの存在よりももっと大きかった」

表情を変えることもなく、
まるで他愛のない話の続きかのような調子。

御坂「じゃあ……エツァリさんが最期に言った、『彼女を氏なせないでください』って……」

土御門「後追い自殺のことだぜぃ」

御坂「それじゃあっ……!!」

あまりにも平然と口にするものだから、思わず腹が立ってしまった。
そこで土御門はようやく顔をこちらに向け、ばつが悪そうな笑みを浮べて。

土御門「まあ落ち着け。彼女は生きてるだろ。自殺なんかしてないからな」

御坂「そ、そうだけど……でも……」

土御門「実は一つ、お前が知らないことがあってな」

御坂「なによ?」

土御門「あいつが話した最期の相手は、お前じゃない」

263: 2012/06/05(火) 01:37:19.40 ID:6e3c2nPro

御坂「はぁ?」

すぐには理解できない言葉だった。
あの少年を看取ったのは己だ。
彼は目の前でこの世から去っていったのだ。

土御門「ずっと何か言ってなかったか?最期まで」

御坂「確かに喋ってたけど……」

朦朧とした様子でうわ言を口にしていたが、
あれも一番近くで聞いていたのは己だ。


―――そう思っていたのだが、実際は違ったようだった。


土御門「それな、魔術による通信だったらしい」


御坂「……っ!」


土御門「相手はもちろん彼女だ」


御坂「ほ、本当なの?!」

土御門「本人に聞いた。確かにあいつからだったらしい」

264: 2012/06/05(火) 01:38:18.83 ID:6e3c2nPro

こちらの頼みを拒否して自分は会いに行く、
そんな土御門にまた苛立ちを覚えたも、
責任感から来る好奇心の方が勝ってしまった。

御坂「な、なんて言ったの?」

謝罪の言葉は聞き取れたが、
他には何を言っていたのだろうか。

だがこの問いは無粋だった。


土御門「さあな。聞かなかった。彼女は後を追わなかったしな」


御坂「……」

その通りである。
聞く必要は無い。

彼女へと向けられた、彼女だけへの言霊だ。
彼女が生きている以上、わざわざ部外者が穿りだすべきではない。


土御門「だから大丈夫だと言ったろ。それに急ぐ必要もない、
     むしろ、ある程度現実を受け入れるために時間が必要だった」

265: 2012/06/05(火) 01:39:54.49 ID:6e3c2nPro

土御門「ただし、それでも一応は注意していてくれ」

御坂「……」

土御門「その形見の品を見て、衝動的にやっちまうかもしれないからな」

御坂「……」

注意しろといわれても、どうしろというのか。
そのそぶりを見せたら電撃で痺れさせて留めろとでもいうのか。

ただ、言われなくても反射的にそうしそうだ。


とその時。
土御門が足を止め、ふと訝しげな表情を浮べた。

土御門「形見……」

自分が口にした言葉に違和感でも覚えたのだろうか。
そしてこちらに向くと、御坂が肩からさげていたバッグを指差して。

土御門「例の品を見せてくれ」

そのようにして広げられたバッグの中を覗き込んだ彼は、
例の預かり物を見ては呆れ笑い混じりにこう続けた。


土御門「ははっ…………これは、原典と呼ばれる代物なんだが、形見の品では『ない』」

266: 2012/06/05(火) 01:41:31.61 ID:6e3c2nPro

御坂「え?」

土御門「気になってたんだ。魔術師でもないお前がなぜ平気で原典を持つことができて、
     原典もおとなしくしてるのかが」

眉を顰める彼女をよそに、
土御門は一人納得したように言葉を重ねていく。

土御門「原典の活動を封じる術式でも、とも思ってたがそんな術式なんかかけられてない」

御坂「ちょっと、つまりどういうことなのそれ?」

ようやく意識をこちらに向けた彼は、
ニヤつきながらこう問い返してきた。

土御門「原典、魔導書って何か知ってるか?」

御坂「……何なの?」

土御門「手っ取り早く言えば、強大な魔術師が力と魂の一部を移したものだ」

御坂「……それで?」


土御門「魔導書は思念を持っている。魔具のようにな」


御坂「……っ!!」

薄々、彼の言わんとしていることがわかってきた。
土御門は小さく頷きながらこう続けた。


土御門「あいつは、氏に際にこれの内容をそっくり書き換えちまったみたいだ」


267: 2012/06/05(火) 01:43:05.46 ID:6e3c2nPro

御坂「……!!」

土御門は明言をさけて匂わせただけだが、
だが彼が告げようとしていることは明確だった。

エツァリから移された意志がこの原典に宿っている、ということだ。


土御門「これで、お前に一切害を及ぼさなかったことも頷ける。あいつはお前に惚れていたからな」


御坂「そう……なんだ……」

そして当たり前のように告げられる彼の想い。
どう言葉を返して良いかわからなかった。

そうした空気を敏感に悟ったのか、
それとも余計なことを口走ってしまったと思ったのか、
土御門は「恐らく、」と話の筋をさっと変えた。

土御門「最期に彼女に言ったのも、恐らくこのことだろう」


御坂「……」

そうなのだろう。
この世にまだ己の欠片が残っていると告げられ、
彼女も氏を思いとどまったのかもしれない。

268: 2012/06/05(火) 01:46:07.75 ID:6e3c2nPro

土御門「おっと、そろそろ時間だぜよ」

とそうしていたところ。
彼はいかにも取り繕ったような笑みを浮べると、
これから仕事があると告げてきた。

土御門「まったく大忙しだにゃー。いくつも役職を兼任するハメになってな」


御坂「えっと、統括委員会だっけ―――」

能力者世代による行政組織が新しく設置されるということは聞いていた。
黒子たちが所属する『女帝部隊』(命名の由来はもちろん、率いていた麦野沈利だ)も、
近々参加に組み込まれるとのことだと。



『女帝部隊』は現在、結標の指揮下で原石保護作戦に参加中であり、
黒子も文字通り世界中を『飛び』まわっているところだ。

この女帝部隊は、戦闘終結をもって全メンバーが任務から解かれ、
契約通りの報酬を与えられて一度解散したのだが、
事後処理や将来的な必要性もあって解散と同時に再編成、元メンバーのうち七割がこれ応えて部隊に戻った。

そしてこの再編成時に、誰が言い出したのかはわからないが、
メンバー達の要望により『女帝部隊』と暫定的ながらも名付けられたのだ。


ちなみに再編成の際、15歳以下は最大で二ヶ月のみの任期と決められ、
その後は復学するようにも条件付けられた。
人道的観点からの現時点における最大限の措置であろう。

これによって黒子も、遅くとも二ヶ月後には風紀委員・常盤台中学へと戻る予定である。

269: 2012/06/05(火) 01:48:00.17 ID:6e3c2nPro

また統括委員会の傘下部門に、
芳川の推薦で初春がスカウトされたとも御坂は聞いていた。
主にミサカネットワークの管理をする部門とのことだ。
もちろん、活動は彼女の学校生活に不便をきたさぬ範囲という条件付でだ。

御坂「大変そうねー」

土御門「そうそう、他にもいくつも兼任しているのに、
     統括委員会の委員もやらなくちゃなんだぜぃ。責任重大だにゃー」

御坂「何かできることがあれば、遠慮なく言って。私も力になるから」

土御門「ああ。そのときは頼むぜい」

そのようにして軽く声を交わし、
病室の番号を確認しては簡単に別れの挨拶。

そして彼が踵を返して、去りかけたとき。


土御門「っと、そうだ、一つ小耳に挟んだんだが聞いて良いか?」


何かを思い出したのか、
素早く振り向いては早口で問うて来た。


御坂「なに?」



土御門「お前、弟子入りしたんだって?――――――――――――レディに」



―――

270: 2012/06/05(火) 01:49:46.20 ID:6e3c2nPro
―――


レディ「…………は……は……は…………ぁ……」

神裂「くしゃみ、出ないと辛いんですよね」

五和「きっと誰かがレディさんのこと話してるんですよ」

レディ「……はぁ……」

フォルトゥナ、我刀院と呼ばれる施設の一室にてため息が一つ。

書類が積み上げられている机の前で、レディはぼうっと天井を眺めていた。


この我刀院は、教皇サンクトゥスの争乱によって当時の教団本部が破壊されて以降、
新生した騎士団の本部として使用されている建物だ。

そして現在は『暫定実施機構』の本部も置かれており、
幹部に任命されたレディにもこうして一室が与えられ、
彼女はこの大仕事に勤しんでいた。


レディ「……はぁ~ぁ……」

とは言うものの、今は机に頬杖をつき憂鬱な息をこぼすばかりであったが。

神裂「ため息ばかりしていますと運が逃げていきますよ」

レディ「……常に魔ととなり合うデビルハンターにゃ運もクソもないわよ」

仕事をサボっているわけではない。
とある用でやってきた神裂と五和に少しばかり書類の整理を手伝ってもらい、
己はちょっとした休憩をしているだけである。

朝からぶっ続けで作業し、今や深夜を回っているのだ。
ここで少し他人に甘えて休んでも罰は当たらないはずだ。

271: 2012/06/05(火) 01:52:04.24 ID:6e3c2nPro

半人半魔になり肉体の質が大きく変じたとはいえ、
中身は変わっていないために精神的倦怠感はそのまま。
生活の変化に覚えるストレスも変わりない。


レディはフリーの一匹狼だ。

依頼は好きなときに好きな方法でこなすという、
こういったお役所仕事とは対極のやり方で、これまでずっと仕事をしてきたのだ。

そんな身なのに、こうしていきなり堅苦しい世界に放り込まれるとは。
しかも圧し掛かる責任もとんでもないものだ。


さらにその上、たいした金にもならない。


レディ「……あー。これじゃまた完全な悪魔になっちゃいそ」

冗談めかして言うも、あながち嘘でもないかもしれない。
父から『悪魔よりも悪魔らしい』気質を受け継いでしまっているのだから。


とはいえ性に合わないから、
金にならないからと断るような薄情者には、彼女はなりきれなかった。

母から受け継いだ優しさ、正義の意識がそうさせてはくれない。
人々が己の力を求めているのならば、
それに応えずにはいられないのである。

レディ「はぁ……」

272: 2012/06/05(火) 01:54:37.86 ID:6e3c2nPro

神裂や五和のような生真面目な者でも、
この量を前にしては少し手伝っただけで辟易とした気分を覚えるようだ。

二人もふぅっと息をつき、手を一度とめた。

五和「すごい量ですね。やっぱり一人でこなせる量じゃないですよ」

その通り。
そのため幹部任命された者には、傘下構成員の人事権が与えられている。
必要な人材を自分で確保して部署を構築しろということだ。

実は神裂が尋ねてきたのもその関係だ。


神裂「これ、どうぞ」

再び書類に向き合う傍ら、ジーンズのポケットから一枚の羊皮紙を取り出す神裂。
レディはぐたりとした姿勢のまま受け取り、無造作に目を通しはじめた。

中に記されていたのは、必要悪の教会に所属する魔術師の名が20ほど。
レディのもとへと貸し出すことが許可された優秀な人材たちである。


レディ「……」

6割方希望通り、といったところか。

一番強く希望していた、神裂、ステイル、シェリーのうち一人の貸し出しについては、残念ながら却下されていた。
これは仕方のないことだろう。
無理な話であるのは当初からわかっていた、ダメもとの希望である。
イギリス魔術界も一連のことによる損失で人材不足が著しいのだ。

それは、戦いが終ってすぐの突貫工事的な人事にも浮き彫りになっていた。

シェリーはあののちに即座に正式に最大主教に任命され(一度反逆罪に問われた者としては前代未聞)、
一時はローラとともに除籍されていたステイルも、
キャーリサの恩赦により無罪とされ元の地位へと復帰(女王殺害未遂にかかわった魔術師としてはこれまた前代未聞)

神裂とともに必要悪の教会の実働指揮を執り、イギリスの建て直しに奔走している最中である。

273: 2012/06/05(火) 01:56:10.01 ID:6e3c2nPro


そうした中で時間を割いて直接訪れた神裂には、
当然そうするに足る理由があった。

まず一つ目、神裂たちが自ら出向かなければ話さないような、
友人に関するプライベートな話だ。

神裂「トリッシュさん、どうですか?」

レディ「ああ……」


片腕と愛銃に加え、長年の相棒をもなくしたトリッシュのことは、
あれ以来誰もが心配していた。


レディ「まあ、元気とはいえないけど、皆が思ってるほど気落ちしてるわけでもないわよ」

これについては事実だ。
事務所デビルメイクライに戻り静かに休んでいるが、
だからといって四六時中寝込んでいるわけではない。

読書したり、たまに事務所内を掃除したり、
唯一残った魔具であるケルベロスと会話していたりなど、そこそこ活動はしている。

今朝方に電話かけた時もいつも通り皮肉や毒をさらりと吐いたし、
こちらの冗談には笑っていたくらいだ。

274: 2012/06/05(火) 01:59:16.68 ID:6e3c2nPro

だがそれでも、皆が彼女のことを心配するのは仕方がなかった。
以前の彼女を知っていた者はみな、戦いのあとにトリッシュに会って愕然とした。

これまでの気の強さは陰を潜め、
線が細くなったと言うのか、いかにも病弱そうで儚げな空気を纏っている姿を目にして。

力が弱まっているという理由だけでは片付けられない。
むしろ傷が癒えて徐々に力を取り戻しているというのに、
以前よりもそんな色が濃くなっているのだ。

また大きく変わったところはもう一つあった。
貪欲な好奇心を見せなくなった点だ。

これまでだったら片っ端からどんどん首を突っ込んできたのだが、
今は「何かできることがあれば」とあくまで受身姿勢。

面白そうな情報を提示しても、
関心ないとはいかないまでも、一歩引いたような視点で受け答えするだけ。
彼女の方からは動こうとはしなくなってしまったのだ。


レディ「大丈夫。心配はないわよ」

だが心配はない、レディは本心からそう思っていた。
トリッシュは皆が思っているように、喪失感に打ちひしがれて気力を失ったわけではないのだ。

彼女は今、意識を内に向けて様々なことを考えているだけだ。
とある己の変化への適応に、時間がかかっているだけである。

そう、それはそれは戸惑り、
変化の収拾に手を焼いていることだろう。


トリッシュは悪魔のまま―――心が真の人間になってしまったのだから。

275: 2012/06/05(火) 02:01:19.00 ID:6e3c2nPro

レディが言うのならばとしたのだろう、
神裂はそれ以上聞いては来ず、別の話題へとさりげなく変えた。

神裂「大変ですね。こんな大仕事のほかにも、弟子の面倒も見なくちゃならないとは」

レディ「いい小間使いが増えることにもなるし、面倒ばかりでもないわよ」


レディはこのたび、様々な縁もあって初めて弟子をとることになった。

それも『二人』。


一方は、魔術のセンスはからっきしながらも強大な能力を有している、天才肌の子だ。
一方は、中々の魔術のセンスを有した、根っから生真面目・正直者である秀才気質の子だ。

性質は異なれど、どちらも総合的な素質については申し分なく、
デビルハンターの卵としてはひとまず合格だ。

こちらの教え方がうまくいけば、そして二人が過酷な修練に根をあげなければ、
いずれはきわめて優秀なデビルハンターとなるだろう。


神裂「―――では、私はそろそろ」

そそくさと立ち上がり、退席の時を告げる神裂。

神裂「では、ご迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いします」

彼女は『とあること』についてもう一度丁寧に礼儀正しく礼をすると、そそくさと退室していった。
実はこのことこそ、神裂が直接訪れた二番目の理由だ。

『あるもの』を託しにきたのである。


レディ「それじゃよろしくね」

五和「はい!こちらこそよろしくお願いします!」

五和は残り、レディの手伝いを続けた。
当然のことである。


なぜなら彼女も、レディの弟子の一人なのだから。


―――

276: 2012/06/05(火) 02:02:08.72 ID:6e3c2nPro
―――

魔界、煉獄にて今、
とある歴史的建造物の解体が行われようとしていた。


ベヨネッタ「力の状態は問題なし。術式は?」

禁書「大丈夫、安定してるんだよ」

ジャンヌ「それじゃあいいな。よし、下がろう」

影の海に並び立つ三人の魔女。

彼女達の眼前に、その葬られるべき過去の象徴―――神儀の間が、
壮麗なる最後の姿を見せていた。


解体準備には中々の労力を要した。
なにせモノがモノだ、槌でさっさと叩き壊すわけにはいかない。

一般的な人間社会の作業に例えるならば、
市街地でのビル爆破解体に似ているだろう。
構造を正確に分析し、効率よく崩壊させられるように爆薬―――力を流し込み、
それらを完璧なタイミングで炸裂させるべく導火線―――術式を敷き詰めていくのだ。


そのような慎重な作業がようやく終わりを向かえ、
ついに爆破解体する時が訪れようとしていた。

277: 2012/06/05(火) 02:03:08.60 ID:6e3c2nPro

禁書「…………」

300mほど離れ、
山のように聳え立っている神儀の間へと向き合う魔女達。

この聖域の破壊は、人間界にとっては一大イベントだ。
それなのに観衆が三人と言うのは実にもったいない。

当初はアンブラ一族であるローラも同席する予定であったのだが、
彼女は暫定実施機構の幹部に任命され、
今はフォルトゥナの我刀院にて缶詰状態となっている。

インデックスは他にも、
この聖域に上条を連れて来ようとも思っていたが、
彼もまたネロによって傘下要員に指名され、
現在はフォルトゥナにて様々な打ち合わせに追われているところだ。

その他にも招待の予定はあったのだが、
みなそれぞれの後始末に追われて暇が出来ず、
結局この三人のみとなってしまったのである。



ジャンヌ「始めるぞ」

そうして特にもったいぶりもせず、淡々と告げられた声。

直後、神儀の間の解体が始まった。

278: 2012/06/05(火) 02:04:32.10 ID:6e3c2nPro

強烈な地響きを伴い、
神儀の間の下から湧きあがってくる無数の黒い手。

ベヨネッタが『最終処分場』とも呼ぶ、
魔女の怨念が作りだす渦である。
その釜の底から伸びてくる黒い手たちが、柱や壁に巻きつき、
締め上げ、砕いては引きずり込んでいく。

悲鳴にも聞えそうな轟音と共に、またたくま間に崩れ落ちていく聖域。


禁書「あの、ジャンヌ様、セレッサ様。そろそろ、例の件の返事を聞きたいんだよ。急かされてるから」

そんな光景を眺めながら、
インデックスは思い出したように両側の二人に告げた。


『例の件』とは、天界からの協力依頼である。

降伏を拒絶したジュベレウス派残党がプルガトリオの果てに逃れ、
しぶとく再起を目論んでいるとのことだ。

逃れた数も結構なものであり、
将来的には人間界にも脅威が及ぶ可能性も捨てきれないために、
諸派閥の長が彼らを討伐すると決定したのである。

そこで対ジュベレウス派の戦闘についてはもちろん、
プルガトリオを誰よりも熟知しているアンブラの魔女に、
協力の話がもちかけられたというわけだ。

279: 2012/06/05(火) 02:07:05.28 ID:6e3c2nPro

ジャンヌ「どうする?私はこの話を受けるぞ。どうせ暇だしな」

インデックスを挟み声を飛ばしたジャンヌ。
ベヨネッタは軽く肩を竦め、呆れたように小さく笑い。

ベヨネッタ「それ、実際のトコロはさ、天界の内輪もめでしょ?今になって私たちをアテにするなんてみっともない」

ジャンヌ「それじゃあ断るのか?」

ベヨネッタ「それはまた別の話よ。ん~、ま~、暇つぶしにはいいかもしれないわね。受けるわ」

ジャンヌ「それがいいさ。あんまり暇を持て余すと、お前は魔界の内戦に参加しかねないからな」

今回の戦いで一時休戦となった魔界の内戦も、一日と待たずに再開されていた。

ただし、魔界という世界を知っている者にとっては特に驚くことでもない。
戦いに明け暮れることこそ魔界における日常であり、
休戦なんてものが続いた方がむしろ異常だからだ。

それに内戦によって魔界の意識が外に向かわないことも、
外界の者達にとっては非常に好都合でもある。
ゆえに誰しもが、魔界の内戦については歓迎するものだ。


ベヨネッタ「あら、それも面白そうね。討伐が終ったらそうしようかしら」

ジャンヌの返しに乗ってニヤリと笑うベヨネッタ。
冗談のように聞えはするも、彼女の場合は本当にやりかねないものである。

禁書「……」

インデックスは一瞬、このベヨネッタがいつか魔界の頂点に立つのではないかと思ってしまった。
そしてそれを柄にもなく少しばかり面白そうだとも。

ジャンヌ「止してくれ。それじゃあ、私はいつまで経ってもお前のお守をしなきゃならないじゃないか」

ベヨネッタ「良いじゃないの。統一玉座を手に入れたあかつきには、私の右腕にしてあげる」

ジャンヌ「そしていつか裏切ってやるよ」

ベヨネッタ「わ~お楽しみにしてるわよ」

280: 2012/06/05(火) 02:09:54.99 ID:6e3c2nPro

禁書「それじゃあ、二人とも受けるってことで良いんだよね?」

放っておくといつまでも二人の掛け合いが続きそうだったため、
インデックスはそこで割り込んで確認した。

だが軽い返事とともに返って来たのは、
今度は逆にインデックスへの問いだった。

ジャンヌ「お前はこのあとどうするんだ?」

その時。
彼女が答える前に、
すぐさまベヨネッタが卑猥な動作を交えてこう言った。

ベヨネッタ「そんなの決ーぃまってるじゃないの。ダーリンの仕事の手伝いしながら、ホットな日々を過ごすのよ。
       こう、おヤスミの日は真昼間からダラダラとちちくりあって……ああ~ん」

禁書「えっ……!あっ……そ、そそんなことは……!」

ベヨネッタ「ええっ?何っ?過ごさないの?恋人同士なのにそういうことしないの?」

大きく見開いた驚愕の表情で振り向くベヨネッタ。
あまりにも大げさすぎて、一周回って本気で驚いているのかと思ってしまいそうだ。

禁書「い、いや、そういうことじゃなくて……!!」

この猛攻に思わず、彼女はジャンヌの方を見て助けを求めてしまった。
清く正しいかの魔女の長ならば、
ふざけたベヨネッタに対抗してくれるのではないかと。

ジャンヌ「私はいち教師としては、未成年同士のそういった行為については比較的寛容な方だ。
      だが最近のポルノに見られがちな、特に、と・く・にセレッサが好むような、
      快楽を求めすぎた倒錯的なについては良くは思わない。
      生殖活動を抜きにすれば、人間のとは愛情と絆を確かめ合うものであるべきだ」

禁書「なんっ…………!」

しかし。
確かに清く正しいも、魔女は魔女だ。
喋っている内容については真っ当でも、その内容を選んだ思考はどうしようもなく魔女だ。

ジャンヌ「それと今の時代じゃ、その歳頃で子供を作るのは早すぎるから、そのあたりはしっかり計画するようにな。
      避妊の術式も頭に入ってるだろ?ちゃんと使うんだぞ?な?使い方もわかるよな?ん?」

インデックスの希望もむなしく、僅かにニヤついているジャンヌから返って来たのは、
真面目の皮を被ったからかいの言葉だった。

禁書「……はぁ」

インデックスは学んだ。
この魔女二人の掛け合いに下手に割り込んではならないと。
好きなだけ言わせておくのが一番である。

281: 2012/06/05(火) 02:12:51.05 ID:6e3c2nPro

結局ここでは言えなかったが、
インデックスは今後のこともそれなりに考えていた。


まずは上条の手伝いをすると決めていた。

暫定実施機構からの仕事で、界の『ひずみ』の修復のほか、
ヴァチカンやエルサレムなどの天の力が濃い地を訪れ、
そこに定着している天の力を検分する作業もある。

取り払っても問題のないものは除去し、人々の生活に根付いているものは、
ジュベレウス派の手が加わっていない新鮮なものに入れ替えるのだ。

そういった際の分析に、インデックスが大いに役立つことになる。

他にも細かい仕事がいくつもあり、
数年の間は上条とともに世界中を飛び回ることになるだろう。

そのあとについてはまだ細かく決めてはいないが、
どこかの片田舎に住居を構え、静かに暮らそうかと彼と話している。

もちろん世捨て人になるつもりではない。
助力を求められたらいつでも力になるし、
そうでなくとも己たちの力が世に必要と見れば、いつでも立ち上がるつもりだ。


またジャンヌが言ったような事柄についてはその後の話、そう、後の話である。


禁書「……」

あれやこれや言い続けている二人の魔女に、
ぼんやりと将来のことを考えていた小さな魔女。

彼女達がそうしている間に、人間界の歴史的瞬間はもう終ってしまっていた。

神儀の間は完全に魔女の怨念に飲み込まれ、
完全に消え去っていた。

282: 2012/06/05(火) 02:13:43.83 ID:6e3c2nPro

ベヨネッタ「あらら終っちゃった。あっけないわねー」

神儀の間があった空間にはもう何もなかった。
ここに聖域があった痕跡も一つもない。

ジャンヌ「……これでひとまず、アンブラの魔女としての仕事は終ったな」

背伸びをするベヨネッタに、
そう一仕事終えたとばかりとジャンヌが息をつくと、
インデックスがぼそりと言った。

禁書「お墓、作らなきゃなんだよ。アイゼン様の」

ベヨネッタ「……ああ……そうね」

ジャンヌ「……そうだな」

あと一つ、アンブラの子達としての仕事が残っていた。

彼女達はみな、この八日間それぞれの胸の内でかの魔女王を弔ってきたも、
やはり存在が存在である。
正式に弔う必要があるものだ。

ベヨネッタ「ちゃっちゃと済ましましょ」

ジャンヌ「派手好きなアイゼン様には悪いが、仕方ないな。簡単な式で我慢してもらおう」


「うむ。質素なものでよいぞ」


ジャンヌ「そうですか。わかりま…………は?」

禁書「…………え?」

ベヨネッタ「……はぁぁ?」


さりげなく混じっていた四番目の声。
それに皆が弾けたように振り返ると、そこには当たり前のように―――魔女王アイゼンが立っていた。


アイゼン「ん?」

283: 2012/06/05(火) 02:15:45.98 ID:6e3c2nPro

氏したはずの魔女王の姿を目にし、
言葉を失い立ち尽くす三人の魔女。

アイゼン「あー、なぜ我がここにいるかって?ぬふふ」

そんな彼女達へ向け、アイゼンは特にもったいぶらずに飄々と言った。

アイゼン「そなたたち、氏ぬときは自害か衰弱氏にしろ。他者に殺められると、
      我のように怨念の亡霊の仲間入りするぞ」

それでも呆然としている彼女達をよそに、
魔女王はさらにいつも通りの調子で続けた。

アイゼン「ああそうだ、我はこの煉獄から動けぬから、ちょくちょく顔を見せに来てくれ。
      その時は人間界のワインを土産にな。銘柄は任せるが安物は止せ。
      魔女王に相応しき品格のを頼むぞ」

ここでようやくベヨネッタが淡々と口を開き、
そして他二人も続いた。

ベヨネッタ「さっさと葬式しましょ。このクソババアを成仏させないと」

禁書「うん。氏者には静かな眠りが必要なんだよ」

ジャンヌ「ああ。いつまでもベラベラされるなんてたまったもんじゃない」

すると勝ち誇った笑い声をあげるアイゼン。


アイゼン「うふっふふふ!!残念だったな!!他者に殺められた魔女は成仏せんのだ!!」


三人の魔女は、互いに見合わせてため息をつくしかなかった。
これまでの悲しみや真摯な弔いの心が実は必要なかったなんて、もはや脱力するしかない。
一杯食わされたと笑う余裕も、再会に喜び合う気力も吹っ飛んでしまったのだ。


そんな三人を前にアイゼンは踊りだした。
さらにうっとうしく小馬鹿にするように。


アイゼン「アンブラは不滅!!我も不滅!!さあ、この魔女王を称えるのだ!!さあ!!」


―――

284: 2012/06/05(火) 02:17:36.80 ID:6e3c2nPro
―――

フォルトゥナ、我刀院のとあるベランダにて。

上条「……」

上条当麻は手すりに上半身を投げ出しては寄りかかり、
疲労溜まる体を夜風で冷ましていた。

フォルトゥナの街並みは日中においてもそれはそれは美しいが、
こうしたランプに照らされている夜景もまた、情緒溢れて素晴らしいものだ。
むしろ夜の方が、アリウス襲撃による跡が見えなくなるために眺めは良いかもしれない。


上条「ふう……」

静かな一時、今はこうした時間が必要だった。

体力的には、悪魔の力が目覚めて以来ちょっとやそっとのことでは根をあげなくなった。
七分速で走り続けるなら、一週間は息を切らすことなくできる。

しかし、一方で中身は人間自体から変わっていないために、
精神的疲労の感度も当時とほとんど変わらない。

それゆえ、激務の嵐に上条はあっとういう間に根をあげてしまった。

285: 2012/06/05(火) 02:22:29.57 ID:6e3c2nPro

もともと上条当麻の頭は、
平凡な水準の高校授業でさえ鈍って眠くなってしまう程度なのだ。

ミカエル時代からそうだった。
あの頃から頭よりも体が先に動くタイプだ。

戦闘中などの緊張に満ちた場での瞬間的な洞察や閃きには自信あるも、
安楽椅子に座れるような平時において、
それも長時間の頭脳労働にはどうしようもなく不向きなのである。

上に立ってあれこれ決めて指示するよりも、
現場で形ある問題と向き合い、泥まみれになってこなすほうが性に合っている。

そのこともあってだろう、
「だからお前を幹部に選びはしなかった」、とネロに言われた。

また数日前に会ったヴェントからもこう言われた。

「ミカエルであるお前のために右方の座を用意してるが、あくまで名誉職だ。
 部外者だからということで権利が無いわけじゃない。
 お前みたいな性格の奴には権限を与えられないのよ」
 


もちろん彼女は、こちらが断るようにそんな皮肉めいたことを言ったわけではない。
むしろ神の右席に名を連ねるよう熱心に説得してきて、
結局上条は根負けして承諾してしまった。

無論そこまでイヤだったわけではない。
『ミカエル』本人が所属するということが、ローマ正教にとってとても大きな意味を持つ、
ということは上条にもわかる。
また、学園都市とローマ正教の関係が新しい時代に入ったことを示す象徴にもなることも。

こういった各組織間の関係強化は他にも多数行われた。

アックアが英騎士として正式に認められ、形式的ながらも騎士団長補佐官の地位が与えられ、
イギリス清教とローマ正教の関係強化に貢献、

他にはレディが、ロシア成教の内部組織『殲滅白書』に名誉大司教として名を連ねたりもしている。
(彼女の母方の遠縁数名が、殲滅白書の創設にかかわっていたと判明したことからこの話が提案された。
 実務が無く、それでも給料が出ると知るとレディは快く承諾した)



ちなみに神の右席の左方の座は、ラファエルの氏により永久に空席と一時決定されたが、
バランスを整えるためにも天界側が守護者としてもう一人加えるよう提案して来、
今はカマエルを左方の守護者にするべく話が進んでいる。

286: 2012/06/05(火) 02:25:59.83 ID:6e3c2nPro



上条「ふーっ……」

思考がぼうっとしてしまう。
夜風は心地良いも、
オーバーヒートしてしまった頭を冷やすにはまだまだ足りない。

上条から気力を奪っていたのは、
単に激務からのものだけではなかった。

正午ごろ、今回の戦いによる人的被害の概算が非公式ながらも関係者に伝えられたのだが、
そのあまりの被害規模に今日はずっと憂鬱な気分だった。

能力や魔術、さらに天界の協力もうけて人間界の人類の数を計測したところ、
デュマーリ島の異変からのたった二日間で約2400万も減少していたらしい。

少しずつ世界の状況が落ち着いていくにつれて判明してくる各地の戦災状況からも、
相当の数が犠牲になったと覚悟はしていた。

だがやはり、実際に答えを聞いてしまうと衝撃を受けざるをえないものだ。

氏者総数においては第二次世界大戦よりは少ないも、
それでも甚大な被害であることには変わりない。

287: 2012/06/05(火) 02:27:28.48 ID:6e3c2nPro

上条「……」

気落ちして嘆いても、過去は変わるわけでもない。
氏者がみな帰ってくるわけでもない。

だがこうして思いを馳せて受け入れることは、生きる者達にとっては必要な時間だ。
未来ある者達にとっては、
先に進むためにも踏むべき重要な手順なのである。

だから上条は存分に気を落とし、嘆き、憂鬱な気分をこうして味わった。
消え去った存在達の重みをしっかりと確かめた。

名も知らない人々のことも。
親しき者たちのことも。



そして『二人』の『英雄』のことも。



上条「……」

彼らの消失はこの世界にとって、
そして上条個人にとっても大きな喪失だった。
心の中でも特に重要な部分がぽっかりと抜け落ちてしまった気分だ。

彼らを知り、彼らを信頼していた者達にとってそれは共通だったはずだ。
それだけじゃない、人間界どころか魔界、
天界にも非常に大きな波紋を起こすはずだった。


だがそうはならなかった。
彼らの消滅に起因する混乱は、全くといって良いくらいに起こらなかった。

288: 2012/06/05(火) 02:29:03.22 ID:6e3c2nPro

トリッシュの様子が変わってしまったくらいか。

他は何一つ、少なくとも上条が知る範囲内で、彼らの消失が原因の変化は見られなかった。
かつての相棒を除き誰もが、
彼らの喪失に膝をつくなんてことはしなかった。

もちろん無反応と言うわけではなく相応の悲しみを表したが、『それだけ』だった。
消え去った他の大勢の者達と同じように、平等に思いを馳せただけである。

外界も同じだった。
魔界が歓喜に湧き立つこともなければ、天界の善き神々が嘆きに沈むこともない。
最後まであの兄弟を恨み続けていたベオウルフでさえ、
特に何も言わずに魔界に去っていっただけ。


上条「……」

そんな彼らの関心の少なさは、ダンテから手ほどきを受けた者としては、
憤りを覚えてもしかたがないものだ。

だが上条はそんなことは思わなかった。

むしろ『認めた』。


『これで良いのだ』、と。


あの二人は、もうこの世界には『必要ない』ということだ、と。


それが彼らの望み、目的だった。
『スパーダ』という概念が中心に鎮座し、この世のすべてを負の側へと沈み込ませていく、
そんな状況を変えることこそ彼らの戦う理由の一つだった。

だから、これで良い。
彼らが自らの手で欲しもぎ取った勝利なのだから。


だがそうと頭ではわかっていても。


上条「………………」


上条当麻は一人の友として、どうしようもなく寂しかった。

289: 2012/06/05(火) 02:30:22.67 ID:6e3c2nPro


ネロ「ここにいたか」

その時、後方の戸口からのそりとネロが姿を現した。

上条「よう」

彼も精神的疲労がたまっているのだろう。
実にかったるそうな足取りで横にならび、同じように手すりに寄りかかった。

ネロの疲労も当然だろう、こちらとは比べ物にならないくらいの量の作業の他にも、
さまざまな責任が圧し掛かっているのだ。

それに上条は知っていた。
ネロは決して表情には出さなかったも、
内ではトリッシュと同じくらいに―――家族の喪失に揺さぶられていたことを。


彼は一度、疲れ切った息を吐くと、
コートからくしゃくしゃになった書類を取り出した。

ネロ「オッレルスからだ。目を通しておいて欲しいとさ」

オッレルス。
きわめて優秀な魔術師であり、ネロが幹部に指名した一人だ。

ローラ曰く、魔女を抜きにすれば、
彼は現在の人間界において五本の指に入るほどの魔術師だということだ。
(ローラ自身が、総合的には自らよりも優秀だと認めたほど)

彼はアリウスの魔術的部分の後始末や、
アレイスターが学園都市中に張り巡らせた術式の解析除去にもあたっている。

また助手として聖人である『妻』も連れて来ており、
彼女もかなり優秀な魔術師だということだ。

290: 2012/06/05(火) 02:32:52.39 ID:6e3c2nPro

ネロ「それとローラが、お前のことすげえ罵ってたぜ」

上条「あー……」

ローラ=スチュアート。
彼女もまたこの機構の幹部に名を連ねている。


使い魔だったステイルはもとの地位に復帰できたも、
やはり女王殺害未遂の実行犯たる彼女はそうはいかなかった。

ローラの真の事情を知る者達はもちろん復権を考えはしたも、やはり不可能だったのだ。

恩赦を与えてしまうと、英国の魔術組織全体の反発を買いかねず、
最悪全体の忠誠を揺るがす問題にもなりかねないために、

結局彼女の名誉回復は一切なされず、
大逆者としての烙印が捺され続けられることになった。


そこで、彼女の才をこんな時期に放って置くなんてもったいないと、
この機構に幹部入りする話が回ってきたのである。

ただしネロが指名したわけではない。
それよりも先に上条が推薦した。

291: 2012/06/05(火) 02:36:03.91 ID:6e3c2nPro

彼女は知識、知恵、経験、実力、どれをとっても申し分はない。
それに何よりも、ネロにはない巧みな政治手腕がある。
あらゆる国・組織の板ばさみになるであろうこの機構にはうってつけの人材だ。

そう考えての推薦、ネロは喜んでその案を受け入れたが、
当然本人は「面倒はイヤ」とかなり反発した。

ただしその強情も、可愛い可愛い『妹』の説得でコロりと陥落してしまったが。

上条「……ああ……」

そうした経緯もあって、
妹の恋人への怒りは凄まじいものになっているわけだ。
(妹を『奪った』ことがその怒りをさらに滾らせている)

ネロ「さっきもお前のオフィスに乗り込みに行ったぞ」

上条「……はは、やべえな」

インデックスに通信して居場所を聞くであろうが、
彼女がはぐらかしてくれることを祈るばかりである。

ただしこれについては望みは薄い。
最近彼女は、こちらがローラに罵られているのを面白がっている節があるからだ。
どうやら彼女からは仲が良さそうに見えているらしい。
上条はむしろ犬猿の仲だと思っているが。

もっとも彼女が『運よく』はぐらかしてくれても、結局はすぐに見つかるだろう。
魔女の追跡術からはそう簡単に逃れることはできないからだ。

292: 2012/06/05(火) 02:38:55.84 ID:6e3c2nPro

こちらに残されている時間が少ないと理解してくれたようだ。
ネロはやや早めの口調で用向きを続けてくれた。

ネロ「あと土御門から伝言だ。統括理事会が、
   アレイスター=クロウリーとその妻の名を戦災者慰霊碑に加えることを許可した。本名でな」

上条「それは良かった」

彼の遺体を引き取り荼毘に付したカエル顔の医者が、
そのように統括理事会に願い出ていたのだ。

ネロ「親船が、『生前の行いに目を瞑ることはできない、しかし氏者自体は平等に扱うべき』、だとさ」

当初、理事会は顔色を曇らせていということだが、
最終的には善意が勝ったのだろう。
こうした慈悲深き判断が下されるのは喜ばしいことだ。

彼はしっかり弔われるべきだと上条も考えていた。

『悪行』の限りを尽くした『アレイスター=クロウリー』ではなく、
一人の女性を愛した『エドワード=アレグザンダー=クロウリー』としてだ。

293: 2012/06/05(火) 02:39:45.36 ID:6e3c2nPro



上条「……」

どうしたのだろうか。
ローラはすぐには訪れなかった。

そのためにせっかくネロが無駄なく話を済ませてくれたのに、
結果として沈黙の時間が生まれてしまった。

ネロ「……」

ただし気まずいとは思わなかった。
もはや二人とも、そんなことに気を煩わすような『疎遠』な仲ではない。

そしてもう一つ、同じことを考えていたということもある。
ネロもやはり同じだったようだ。
ふとした空白時間が生じると、
休まなければならないのにあれやこれや考えてしまうのだ。


上条「……なあ、どこにいっちまったんだろうな」

仄かな夜景を望みながら、
上条はぼそりと呟いた。

ネロ「…………さあな」

同じ調子で答えるネロ。
このような答えが返ってくることはわかっていた。

そもそもこの問い自体、無意味なものだった。
『彼ら』がどこに行ってしまったのかはわかっていたのだから。

294: 2012/06/05(火) 02:40:38.70 ID:6e3c2nPro

この件についてはベヨネッタとも少し話したが、
上条もネロも、最終的には彼女と同じ見解に達した。

彼らはあらゆる概念の外にある虚無の果てに放り出されたのだ。

もしも『生きていた』―――存在を存続させたことが出来たとしても、
そこから抜け出す方法はないのだと。


―――いや、一つだけ方法はある。


と、ベヨネッタは冗談っぽく言っていた。
これはさすがに馬鹿馬鹿しい、さすがに無理があるといった風に。


虚無においても自由に行き来できる存在はたった一つだけいた、
創世主ジュベレウスである、と。

これを聞いた瞬間、彼女が言わんとしていることにもすぐに気づき、
上条とネロも笑い出してしまった。


つまりは、あの二人が―――創世主の座を手に入れていたら帰ってくるかもしれない、ということである。



295: 2012/06/05(火) 02:44:14.87 ID:6e3c2nPro

これはあまりにも度が過ぎた話だった。
さすがのあの二人でもそんなことはまず考えられない。

ベヨネッタもこう言ったものだ。
ある日突然、私の『下の口』から飛び出してくるほうがまだ可能性がある、と。


上条「……」

しかしその時は笑いとばしていたも、
こうして落ち着いてみると、そんな可能性にも縋ってみたくなるものだ。
(もちろんベヨネッタの『下の口』から飛び出してくる可能性もだ)

だがそうだとしても。
例え帰ってこれるとしても、あの二人がすぐにそうするとは上条にはどうにも思えなかった。


ネロ「『もし』、『もし』だ。あの二人がクタバッてなかったとしても、そして帰ってこれるとしてもだ」


ネロも同じことを意見だったようだ。
彼は夜景を眺めながらこう切り出した。


ネロ「『こういう世界』になった以上――――――すぐに帰ってくることはないだろうな」


上条「……」

そう。
この世界はもう、彼らを欲してはいない。
彼らの居場所はあっても、彼らがいる必要性はない。

それを誰よりも認識しているのはあの二人である。

これは裏を返せば、彼らはこちらに全てを任せてくれているということ。
この世界の未来を託してくれたということだ。

こちらへの絶大な信頼の証である。




夜風に撫でられながら、ネロは子供のようにクスリと笑った。



ネロ「そしてよ、あちこち遊び歩いてるに決まってるさ。きっとな」



―――

314: 2012/06/07(木) 23:06:10.92 ID:TM8YFtyUo







―――――――――――――――







あと二週間で、あの日から六年になる。









315: 2012/06/07(木) 23:07:59.19 ID:TM8YFtyUo

月曜、朝六時を回ったばかりの学園都市は、
いまだに色濃く残る冬の冷気に包まれていた。

「……」

今日は一段と冷え込んでいる。
ヒーターをつけていても車内はろくに温まらず、
ハンドルを握る手もかじかんでしまっているくらいだ。

たがそんな厳しい寒さに負けずに、この街はすでに覚醒していた。
すっかり様変わり、もとい元通りになった街並みには、
今からそれなりの数の車や人が往来している。

「……ふぅ」

もう少し早く出ていた方が良かったかもしれない、
彼はハンドルを軽く叩きながら息をもらした。

通勤には普段はモノレールを使っているのだが、
今日は第23学区に寄り、
朝一の便で到着する『妻』とそのお供を拾うため、車で向かうことにしたのだ。


地位が地位だ、彼ほどともなると自ら向かう必要はない、
迎えを寄越せば簡単に済むことなのだが、
どうしてもこの仕事だけは自分でやりたかった。

『彼女達』の『運転手』となるひとときは、
彼にとっては昔馴染みのもので実に居心地が良いからだ。

316: 2012/06/07(木) 23:09:40.74 ID:TM8YFtyUo

『おはようございます。統括委員長』

しばしの呼び出し音の後、
イヤホンマイクから聞えてきた女性の声。
妻の秘書兼ボディガードのものだ。

「ああ、おはよう」


委員長、と呼ばれるといまだにむず痒い感覚を覚えてしまう。

まさか自分がこう呼ばれる日が訪れるとは、
夢にも思ってもいなかった。
就任して一年になるのに、今でもふと現実を疑ってしまうことがあるくらいだ。

周囲はまだ慣れてないのかと笑うも、
仕方がないだろうと彼は思う。

あまりにも似合っていないじゃないか、と。


能力者世代による能力者世代のための行政組織、
そのトップたる統括委員長が無能力者なんて。

317: 2012/06/07(木) 23:12:39.81 ID:TM8YFtyUo

もちろん、統括委員会は『能力者世代』のための組織であって、
『能力者』だけのものではない。

無能力者の職員は大勢いるし、それどころか委員の三分の一がレベル0でもある。
むしろ暗部時代からのブレインであった者などの例からすると、
能力者の頂点よりも無能力者の頂点の方が、機知の冴えは上なのかもしれない。

研究分野をリードする若手の割合が、
無能力者か低レベル能力者が大半であることもからもそう推測することができる。

この点について、あらゆる意味で能力者の頂点たる一方通行の考えによると、
高レベルの能力者ほど力の制御に精神域を広く裂かれるために、
様々な内面活動を圧迫している可能性が高いという。

それに能力者は精神的にも不安定、感情的になりやすい傾向があることも起因しているようだ。
(古の人界神に似ているのだろう、とのことだ。
 ただこれらの傾向は微々たる物で、まともな環境においては全くとして良いほどに問題にはならない。
 環境が劣悪であれば、人間として劣化しやすいのは無能力者でも同じである)


とはいえだ。

確かに今は、無能力者がトップに昇ってもおかしくはないご時勢ではあるが、
その人物が加えて『スキルアウトあがりのクズ』であるとなると、だ。


これに対して一方通行は、
人情的であるもきわめて現実的、
慈悲深くも冷酷でもある彼らしく、淡々とこう言ってきた。

「そこは考えるだけ無駄だ。結果は結果だ」、と。

318: 2012/06/07(木) 23:16:44.15 ID:TM8YFtyUo

六年前に一方通行にスカウトされて以来、
与えられてくる仕事をがむしゃらにこなした。
この足りない頭が焦げるかというくらいに働かせて、
様々な難題を無様に、時には周りに迷惑をかけ、助けてもらいながら乗り越えていった。

するといつのまにか、委員の一人として一方通行の横に並んでいて。

そしてそこでも同じように無我夢中で仕事をこなし続けていくと、
気づくと委員全員に推薦され、委員長の座に立っていた。

確かにそれが結果だ。

彼自身が己をどう思おうが、どれだけ己を卑下しようが、
結果が現実に示している以上、否定しようがない。

ただしそれでも心のどこかでは、これは悪い冗談だ、と思ってしまうものだ。

いつまでも一人だけそんな風に思っていたら、
己の気が世間からズレているのではと疑いそうになっていたところだが、
幸いにも、そんな感覚を共有してくれる者も何人かいた。


『またまた超気の抜けた声してますね。
 どうせ目も口も半開きで超マヌケな顔してるんでしょう?シャキッとしてください』

こちらの過去を良く知っている彼女もその一人である。
立場が変わっても昔と変わらない調子で接してきてくれるのが、
なんとも居心地が良い。

「はは、へいへい」

これが、自ら彼女達を迎えに行く最たる理由である。

319: 2012/06/07(木) 23:19:18.51 ID:TM8YFtyUo

『こちらはあと25分で到着します』

「あいつはどうしてる?」

『委員長の「奥様」?となりで寝てますよ。超ぐっすりです。あーあー、ワイシャツもスーツも超ぐちゃぐちゃ。
 せっかく出発前に私が超パッキリ仕上げたのに』

「はは、いつも世話かけるな。着いてもそのまま寝かせといてやれ。それで、お前が車のところまで抱いてきてくれ」

『委員長命令ですか?それとも?』

毒を吐きながら一応、
今の会話の相手が『上司としての委員長』か、
それとも尻に敷く『昔ながらの友人』か、確認するあたりもまた彼女らしい。
こちらに厄介な仕事を押し付けられることを警戒しているのだ。


「お前のいつまでも阿呆な友人の頼みごとだ。絹旗」


彼は可笑しそうに小さく笑いながら、
あれから背が伸びたとはいえまだまだ小さい旧友へ言葉を返した。


絹旗『仕方ないですね。超たのまれてやりましょうか。
    まあ、浜面ごときに頼まれなくとも理后さんの安眠は邪魔しませんけど』


浜面「ありがとな。こっちも渋滞に捕まらなきゃ、ちょうどに着くだろうさ」



―――

320: 2012/06/07(木) 23:20:16.64 ID:TM8YFtyUo
―――

この六年は多忙の身を極めたも、
学園都市にいる間は、
せめて週末はできるだけここに泊まるようにしている。

身がいくら頑丈ではあっても精神的休息は必要であるし、
また彼にとっては『普通の人間』としての生活を忘れない重要な時間でもあった。

仕事のことはひとまず脇に置いて、
家族とくだらない話をして、ダラダラとすごし、眠りにつく。

一方「……」

そして新たな週は再び黄泉川家の朝食から始まるのだ。
ただし当の女家長は、今日は早出だったようだ。


芳川「アクセラレータ!!ご飯!!」


寝起きに響く大声に顔を歪めながらもリビングに出ると、
そこにいたのは芳川だけだった。

彼女もすっかり身支度を整え、
ソファーにて雑誌片手にコーヒーをすすっていた。

321: 2012/06/07(木) 23:21:30.39 ID:TM8YFtyUo

一方「ラストオーダーは?」

テーブルにつきながら、一方通行はそう問うた。

いまや高校生である打ち止めは、
御坂の姓に実に御坂美琴の妹らしい名前を使っているのだが、
ここの家族はいまだに『ラストオーダー』と呼んでいた。

当初、黄泉川たちは新しい人としての名で呼ぼうとしていたが、
当人が「そう呼ばれた自分がミサカのはじまりだから」と、
家族からは昔ながらの名で呼ばれるのを好んだ。

打ち止めという名に、妹達の一員としての誇りに似た気持ちを抱いているようだ。

芳川「もう行っちゃったわよ。朝のうちにやれるだけ仕事済ませたいからって」

一方「そォか」

打ち止めは現在、長点上機学園に通っていながら統括委員会の職員でもあり、
学業に支障をきたさぬ範囲で活動している。
所属先は芳川と同じネットワークの管理部門だ。


ミサカネットワークはあの後、
DNAが異なる者同士でも容易に接続できる技術が確立されたこともあって、
滝壺の能力を中心として人間界全域を覆うほどに拡張され、
現在は様々な分野で使用されている。

単なる情報網や演算システムとしてだけではなく、異界の力の侵入探知から、
能力の悪用を防ぐためのAIM監視業務などにもだ。

322: 2012/06/07(木) 23:22:52.69 ID:TM8YFtyUo

このネットワーク関係の仕事はいつ頃からか、
発電系能力者界隈ではエリートの登竜門として定着している。

それはあながち間違ってはいない
事実、ここから委員会上部や風紀委員、アンチスキルや各行政組織の他、
大手民間企業への優秀な人材を多く輩出しているからだ。

そしてそんな部門に所属している打ち止めは、
特に将来を有望視されている一人だった。

能力はレベル4と姉には及ばぬも、
学業成績はきわめて優秀、さらに仕事の実績も目覚しく、
御坂美琴の妹として恥じぬばかりか、姉を越える勢いで今も評価が上昇中である。
(むしろ、常盤台中学を事実上中退してしまった『御坂』の名誉を回復させたとも)

芳川「挨拶なしで行くのごめんなさい、だってさ」

一方「かまわねェさ。熱心なのは良ィことだ」

芳川「最近やる気がとくにすごいわよ。やっと後半だってはしゃいで」

一方「後半?なンの?」


芳川「六年前に約束したんでしょ?十年経ったらどうのこうのって」


一方「…………あァー……ンなこともあったよォな」


323: 2012/06/07(木) 23:28:13.16 ID:TM8YFtyUo


思い出したのは何年ぶりだろうか。
あの『約束』のことはすっかり忘れてしまっていた。

一方「……っておィおィ、まさか本気にしてるのかあィつ?」

芳川「え?まさかあの子がどう想ってるか気づいてなかったの?あれだけあからさまに接してるのに?」

一方「……」

実と言うと今の今まで気づいてなかった。
打ち止めの接し方が、昔と変わらないために逆にわからなかったようだ。

六年前、あんなことを口走るような感情なんかは、
すぐに一時の夢として忘却すると思いこんでしまっていたことも、
こちらを盲目にしてしまったのか。

なんとも愚鈍な、マヌケなことだ。
常に目を光らせていたと思いきや、彼女にとって特に重要なことに気づかなかったとは、
もはや弁解の余地はない。

芳川「あらららら……それじゃあ可哀想ね」

一方「……チッ……心配するな。約束は守る」

約束はしっかり守るつもりだ。
あと四年経ったらひとまず『話を聞く』ことは、だ。

324: 2012/06/07(木) 23:30:35.69 ID:TM8YFtyUo

芳川は雑誌を脇に置くと、
一方通行を眺めながらふうんと喉をならした。

芳川「そういえば彼女とか作らないの?」

一方「考えたことねェな」

芳川「浜面くんも上条くんも身を固めたんだし、結婚しろとは言わないから、
    キミもせめて彼女の一人くらい持った方が良いんじゃない?」

一方「だからってラストオーダーとどォのこォのとかはいかねェからな。大体アイツはまだガキじゃねェか」

芳川「ガキって言うキミだって、六年前はあのぐらいの歳で戦ってたじゃないの」

一方「今の俺からすりゃァガキなのは変わらねェ」

芳川「そりゃそうだけどさ。それでもキミは成人なんだし、彼女の一人や二人は、ねえ?」

一方「売れ残り同士で暮らしてる女にはとやかく言われたかねェな」

この話は打ちきりとばかりに、
ちょっと強い毒を吐いたつもりだったか、芳川には全く効果なかったようだ。
『そのあたり』についてはもう開き直っているのだろう。

彼女はまたふうんと喉を鳴らすと、こんなことを言い放った


芳川「やっぱり、今でも麦野沈利のこと想ってるんだ?」


一方「―――ぐぶッ!!」


むせてしまった。

325: 2012/06/07(木) 23:32:03.04 ID:TM8YFtyUo

喉の中途半端な位置に留まろうとする半噛みのパンの塊、
それを流し込んだコーヒーとともになんとか飲み干すと、
カップを叩きつけながら睨み返し。

一方「…………あンのクソガキだな?あィつから聞ィたンだな?」

芳川「どうなの?」

答えるまでもないと、彼女は平然と無視してさらに問いかけてきた。

一方「…………」

麦野に関しては、例え一時しのぎであっても嘘はつきたくない。
かといってわざわざ答える義理もない。
そこで一方通行は沈黙を選んだが、
これは彼と親しいものにとっては充分な返答になっていた。

芳川「なるほどねぇ……一途だこと」


一方「……勘違いするな。それで俺が恋人をもたねェってわけじゃねェ」

彼女が今でも胸の内にいることは認めざるを得ないが、これも本当だ。
麦野の姿にしがみつくあまり、前に進もうとしていないなんてことはない。

彼女への想いは実に健全だ。
一方通行にとっての麦野沈利という存在は、決して思い出の枷ではない。
未来へと進むための光である。


一方「そォいゥ気にさせる女がいないだけだ」

そう、恋人を作らない、もしくは欲さない理由は単に、
この心を揺り動かすほどの女性が今のところいないだけである。

326: 2012/06/07(木) 23:33:55.77 ID:TM8YFtyUo

芳川「なるほど……じゃあとりあず現状はそうなだけであって、
    将来的にはあの子がキミのハートを射止める可能性もあることはあるのね?」

一方「……」

これは少し答えに困った。
芳川のことだ、返答はどうであれすぐに打ち止めへと伝えるだろう。

どう答えるべきか。
今はっきり否定しまうと、不安定な青春期の彼女のモチベーションを低下させかねない。
かといって肯定すると、いつか自分の首を絞めかねない。

となればあえて他人事のように曖昧に答えるべきだ。

一方「さァな。あるかもしれねェな」

それにこれは別にはぐらかしてるわけでもない、
この答え方が一番現実的でもあるからだ。

人の心の動きというものは、きわめて予測がつきにくいもの。
四年後まで打ち止めが同じ気持ちでいるかは、
本人ですらもわからないはずだ。


一方「なァに。その時になりゃァわかるさ」


そしてこちらも同じくだ。


―――

327: 2012/06/07(木) 23:35:38.12 ID:TM8YFtyUo
―――

御坂「それでどうだった?」

黒子『ご・う・か・く!!合格しましたの!!』

御坂「すごいじゃない!やったわね黒子!!」

黒子『なあに!この程度わたくしには朝飯前ですの!!』

とは言うものの、
彼女の声にはやかましいくらいに嬉しさが満ち溢れていた。
イヤホンマイクが吹っ飛んでしまいそうだ。

御坂「言うわねこの!この!」

事務所デビルメイクライの一室にて御坂は髪を結いながら、
後輩の大学受験結果を聞いていた。

御坂「これで教師へ向けて第一歩ってところね~!」

黒子が合格したのはとある大学の教育学部だ。

学園都市内の教育学部は、どの大学であれ非常に難度が高いのが知られている。
それもそのはず、この街の教員免許取得には通常の学業・指導技能・適性のほかにも、
能力研究分野にも秀でていなければならないのだ。


御坂「でもこれからだからね!卒業しなきゃ意味無いんだからしっかりしなさいよ!」

黒子『へへん!わかっておりますお姉さま!この白井黒子はこれからも邁進していきますの!!』

328: 2012/06/07(木) 23:38:04.44 ID:TM8YFtyUo

御坂「それでさそれでさ、佐天さんはどうだったの?」

時同じく、今日はちょうど佐天涙子が受験した大学の合格発表日でもあった。
彼女が受験したのは、これまた高難度のとある工科系大学だ。
(そもそも学園都市内の大学は、この街の性質上例外なくきわめて学力が高い)

そのまま開発職につくか、学園都市の技師資格をもって外部の優良職につくかは、
佐天は今のところは決めていないと聞いていた。
とりあえず合格してからだと。
(ただし初春の話によると、どうやらフォルトゥナに置かれてる機構に就職したいと仄めかしているようだ)

そしてその結果は。


黒子『ちょうど今メールが!!―――合格ですの!!』


その声と同時に、御坂の傍に置いてあった端末にも
メール受信のメッセージが表示された。

御坂「はぁ~~~ぁ良かった!!最近そっちが心配で中々眠れなかったのよ!」

過剰な表現ではない。
本人達に負けず劣らず緊張していただろう、
ここ数日は本当に寝不足気味になってしまったくらいだ。

329: 2012/06/07(木) 23:39:27.80 ID:TM8YFtyUo

そのようにして黒子達をねぎらい、
しばらく抱えていた不安をやっと解消していると。

扉がノックされ、少し開けられた隙間から
姉妹弟子の五和がひょっこり顔を出して、
「そろそろ行きましょう」と口だけ動かした。


御坂「ごめん黒子!これからちょっと用事があるの!帰ったら詳しく話そ!」

黒子に謝りつつ、御坂も五和へと頷き返した。


実はこのあと、ゲイツオブヘルにて夕方早々から飲む約束をしているのだ。
集まるのは、トリッシュを抜きにした『デビルメイクライの住人』三人に、
ベヨネッタとジャンヌ、ローラを加えた六人。

これ以上危険な女の集まりが他にあろうか、世にも恐ろしい凶悪な美女達の宴だ。
(そしてエンツィオがたびたび酒の肴にされる。今日も恐らくそうだろう。
 皆が集まる日に限って彼は運悪く居合わせるのだ)


そう、現在ここには、トリッシュを含めて四人の女が住んでいた。
レディに五和、そして御坂の三人が、
レディがフォルトゥナを離れられるようになった三年ほど前から居候している。

あの戦いのあとしばらくしてもトリッシュの様子が中々さえなかったため、
無理やりにでも調子をあげるべく、荒療治として三人で押しかけることに決めたのだ。

そしてこれは、完全とは行かないも功は奏した。
ブツブツ言っていたも結局トリッシュは彼女達を受け入れ、
今はこの事務所を切り盛りするくらいの調子までは取り戻しているからだ。

330: 2012/06/07(木) 23:42:51.90 ID:TM8YFtyUo

黒子との通話を終えた御坂は、
皮のジャケットを羽織るとギターケースを肩にかけ、廊下へと急いで出でた。
中に入ってるのはもちろんダンテが作ってくれた大砲だ。

レディ流デビルハンターの第一の掟は、常に完全武装していることだ。


扉のすぐ横には、キーボードケースを背負っている五和が待っていた。
中に入っているのはもちろんキーボードではない。
分解してあるアンブラ製の魔槍に、レディの流派たる証の銃器だ。

五和「行きましょう」

そして五和と共に下の広間におりると、
ソファーに座っている師と友が待っていた。


レディに数年ぶりに会う者がいたら、今の姿を見て大いに驚くだろう。
なにせ容姿は20代半ば程度にまで若返っているのだから。
半分悪魔であることを大いに利用して肉体年齢を操作しているのだ。
(実験当初は、一度失敗して10歳前後にまで若返ったこともあった)

だがそんなレディ以上に、
全体印象としては今のトリッシュから抱く驚きの方が大きいだろう。

丁寧に結い上げた金髪に、
上半身をすっぽりと包む大きなストール、足首まで隠す黒いスカート。
そんな出で立ちで品良く座っている姿は、まるでどこかの貴婦人。

彼女のトレードマークとも言えた露出は完全に影を潜め、
いまや見かけは非の打ち所のない淑女となっていた。

331: 2012/06/07(木) 23:44:23.96 ID:TM8YFtyUo

トリッシュ「準備できた?」

声色までやけに品の良い。

元の容姿が完璧であるために、
そこに柔らかな上品さも加わるとなれば話しているだけでも心地よくものだ。
しかしそんな良いところばかりではない。
たびたび吐かれる皮肉の毒気がさらに増すからだ。


レディ「それじゃあ行きましょ」

そしてこちらは相変わらずだ。
服装から仕草まで、彼女の性格が実にありありと滲み出ている。

立ち上がり、ロケットランチャーをそのまま背負い、
露になっていることも気にせずに外に出て行く。
この挙動だけでもどんな人物であるかは一目瞭然であろう。

御坂「へへっ」

五和「ふふっ」

同じことを考えていたのだろう。
そこで見合わせた五和と少し笑い合い。


レディ「ほら行くわよ!!」

外からの急かしの声に応じては、
壁にかかっている番犬のケルベロスに一声かけて、御坂達は事務所をあとにした。

御坂「行ってきます!」

五和「行ってきます!」

トリッシュ「はいはいいってらっしゃい」

事務所の女主人の声に送られて。

―――

332: 2012/06/07(木) 23:46:52.70 ID:TM8YFtyUo
―――


ここ三週間は嵐のような日々だった。


自由気ままな上条刀夜・詩菜に騒がしい従姉妹、
加えてなぜか御坂美琴の両親までもやって来て、
さらにはここイギリスにいる三人のシスターズまでもが押しかけてきたのだ。

そこからの日々はそれはそれは騒々しいものだった。
観光買い物につき合わされ、食事洗濯もすべてこちらがこなし、
(最初にこちらが全部やると言ってしまい、引っ込みがつかなくなってしまった)

そして一番大変だったのが入れ替わり立ち代りの話相手だ。


上条「はぁ……」

木目の床を磨きながら、
この家の長たる上条当麻は疲れ切ったため息を漏らした。

親しい者達ならいつでも歓迎とは言うも、
さすがに三週間も振り回されれば「とっとと失せろ」と叩き出したくなるものだ。

ただ幸いにも、振り回されたのは上条当麻だけで済んだ。
あの気ままな客達も、
さすがに臨月に入った『妊婦』を煩わすほど極悪非道ではなかった。


夫とは対照的に鋭気抜群な妻が、
ソファーの上から覗き込んできて、穏やかな声を向けてきてくれた。


禁書「とうまは休んでて良いよ。私がやるから」

333: 2012/06/07(木) 23:48:16.08 ID:TM8YFtyUo

上条「もう終るから大丈夫だ。ありがとな」

気持ちは嬉しいが、妊婦に床を磨かせるわけにはいかない。

アンブラの魔女ならば指一つ動かさずに磨き上げることも簡単であろうが、
インデックスは極力魔術を使おうとはしない。
可能な限り、あらゆることを普通の人間と同じようにやりたがるのだ。

それについては上条も同じだった。
夜になっても、自分の力ではなく普通のランプを灯すし、
移動なども急用でなければ公共の交通機関を使う。

できるだけ普通の人間として生きよう、
インデックスと正式に一緒になる際にそう決めたのだ。


禁書「そう?無理しないでね」

ソファーにゆったりと腰かけ、膝にスフィンクスをのせながら、
ご機嫌そうに編み物を再開するインデックス。

そんな彼女の姿を見ていると本当に気が落ち着くものだ。

今やすっかり成長して、見た目はローラを少しだけ若くした程度、
一つ違いの姉妹と紹介しても誰もが納得するだろう。

その見事な容姿の二人が並ぶ様は、ステイルによると眩暈がしてくるほどの光景だという。

また外見だけではない、内面もそれ以上に成長し、
彼女の生来の良い点がさらに増していまや聖母のごとき人格だ。

334: 2012/06/07(木) 23:50:32.97 ID:TM8YFtyUo

おかげで喧嘩というものは起こらなくなってしまったが、
代わりにちょくちょく起こるようになったのは夫が叱責される一幕である。

何かしらヘマをしたり誤ってしまうのはいつも上条当麻の方だからだ。

もちろん彼女の正論にはぐうの音も出ないし、
何よりも本気で怒った彼女はとんでもなく恐ろしく、
そうなってしまったら、上条はただ平謝りするしかない。
(一度ローラが怒られて縮こまっていた時ばかりは、最高に面白い気分だった。
 その後に何を笑ってるのと上条も怒られたが)


とはいえ上条にとっては、
今のインデックスは最高の存在であることには変わりない。


実は昔、彼女の未来に少しばかり心配していた点があった。

個人差や性質の違いはあれど、
他四名のアンブラ魔女は例外なく『ぶっ飛んだ』性格をしているが、
まさかインデックスも同じようになってしまうのだろうか、と。

ああいった気質が一族の血に起因しているのは確実だったからだ。

しかしそれは杞憂だった。
インデックスは実に『真っ当』に、基盤は昔の彼女のまま、
そこから大人になって実におしとやかで慎ましい女性になってくれた。

20過ぎたばかりの若造がこんなことを言うのも何だが、
彼女こそ至高の恋人であり妻、そして今は至高の母にもなりつつあるのだ。

335: 2012/06/07(木) 23:53:02.51 ID:TM8YFtyUo

子ができた際の周囲の反応は実に様々で、
いかに己の交友関係が変人ぞろいかを上条は再度認識させられた。

ローラは大騒ぎしては毎度のごとく赤ん坊用品を大量にもって来、
そして娘だと判明して以来、最上級のアンブラ式教育をといつも力説してくる。
(申し訳ないが専門教育はフォルトゥナ騎士団で受けさせるとインデックスと決めた)

御坂はこちらが危険を覚えるくらいに興奮し、
(「きっと食べちゃいたいくらいに可愛い」の「食べちゃう」の部分が比喩に聞えなかった)

ステイルは「僕にとっては神の子に等しい」と気持ち悪いくらいに歓待の涙を流し、

一方通行は、「オマエらのガ……子供ってやべェンじゃねェのか?化物になるンじゃねェか?」
なんて途中言い直したもそのあとに平然ととんでもないことを口走り、
(親友じゃなかったらぶっ飛ばしてるところだ。
 彼なりに本当に心配してくれた言葉であるために一応は許した)

五和はしっかりと祝福しながらも、なにやら遠い目をして「もう勝てない」とブツブツ呟くわ、
シェリーやヴェントは、今から自分のところに娘を預けないかと熱心に勧誘してくるなど、
とてもまともではない歓迎を受けたものだ。


ただしごく普通に祝福してくれた真人間も大勢いた。
神裂やネロ、キリエや土御門などはその最たる人物で、
あれ以来交友を深めた浜面や、心は人間のトリッシュもちゃんと祝福してくれた。

そして意外だったのは、レディも実にまともに祝福してくれたこと。

また一番驚いたのは、第三の父たるベオウルフが直接祝いの言葉を言いに来たことだ。
愛情ではなく武人気質の義理堅さからくる行動だが、それでも嬉しいことには変わりない。

ちなみにこの時、実はちょっとした騒ぎになってしまった。
ベオウルフの力を警戒網に登録していなかったため、
大悪魔の侵入を検知して関係各所が一時騒然としたのだ。
もちろんすぐに事情は伝えられて事態は収拾された。

336: 2012/06/07(木) 23:55:17.81 ID:TM8YFtyUo




禁書「なあに?」

ぼうっとインデックスを見つめてしまっていたようだ。
彼女が首をかしげながら笑いかけてきてくれた。

その仕草に笑顔、上条にとっては殺人的だ。

上条「何でもないよ」

彼はふきんを放り捨てて立ち上がると、
ソファーへと向かい彼女の隣に座った。

禁書「いいの?」

床に落ちているふきんをちらりと見やるインデックス。

上条「いいさ」

そうだ、構うもんか。
こんな女性を前にして、床なんて磨いていられるか。

上条はインデックスの肩に手を回し、軽く抱き寄せた。
それに応じて彼女もぽんと頭を預けてくる。

そうして静かに寄り添い、
彼女の安らぎと暖かさに浸りながら、
彼女と娘の小さな鼓動に耳を傾ける。


まさに至福の一時である。


彼女の膝にいた化け猫が「やれやれ」といった様子で飛び降り、
「どうぞお構いなく」とばかりに今度はテーブルの上で丸まった。

―――

337: 2012/06/07(木) 23:57:18.92 ID:TM8YFtyUo
―――


とある海沿いの街の郊外。

丘の上にある墓石の前に、
『銀髪』の『幼い少女』が屈みこんでいた。


「ス……パー……ダ」

刻まれている文字一つ一つに指をあてて、
たどたどしくもその名を読み上げていく少女。
一通り声にすると、後ろに立っている両親へと振り返った。


「わたししってるよ。このひと、わたしのひいおじいちゃんなんでしょ?」

両親が優しく頷き返すのを見て、
跳ねるように『隣』の墓石へと移り、再び刻まれている名を読み上げていく。


「エ…………ヴァ」


そしてまた同じように両親の方に振り返り。


「だれのおなまえ?」


答えたのは母だった。
長い金髪をゆったりと結った、
慈愛に満ちた女神像のごとき姿の母親が、娘の横にかがみながらこう告げた。


キリエ「スパーダの奥さん、あなたのひいおばあちゃんよ」


「じゃあ、パパのパパの……ママ?」

キリエ「そう。パパのパパのママ」

338: 2012/06/07(木) 23:59:19.42 ID:TM8YFtyUo


風がざあっと丘を撫でた。

いまだの冬の寒さが残っているはずなのだが、
夕日に燃えているせいかそこまで冷たくは感じない。

そして風になびく少女の銀髪からも、時たま燃えるような『赤い』煌きが零れおちた。

単に夕日に燃えているからではない。
彼女の髪そのものが、時々光の加減で炎のような光を纏うのだ。


少女は鮮やかな光を振りまきながら、『三つ』目の墓石へと向いた。
他二つよりも一回り小さい墓だ。

文字に一つ一つに指をあてながら、少女はそこに刻まれている名を口にした。


「…………ル……シ……ア!」


すると読み上げた直後、
彼女はぱっと笑みを浮べては、嬉しそうにこう言った。


ルシア「わたしとおんなじおなまえだね。このひとはだれ?」


一際強く、銀髪を『赤く』煌かせながら。

今度答えたのは父だった。
娘の頭に手を軽くのせながら、彼は優しく答えた。


ネロ「パパとママの大事なお友達さ」


娘に微笑みかけながら。


ネロ「強くて、綺麗で、そして素晴らしい戦士だった『人』だ」

339: 2012/06/08(金) 00:01:26.09 ID:3BHkb5sFo

戦士、と聞いて瞳を輝かせる少女。
その目を見ると、やはりスパーダの子孫であり己の子だと、ネロはいつも思わされる。
今から闘争心に火がつきはじめているのだ。

ルシア「わたしもそんなふうになれるかな?」

ネロ「もちろんさ。ただしたくさん頑張らなくちゃな」

がんばる!とはしゃぐ幼い娘。
一見無邪気に見えはするも、実は水面下ではもう巨大な力が胎動をはじめている。
周囲の環境も良いために、恐らく一族最速で力が覚醒する準備が整うだろう。

ただしその覚醒に一番必要なのは、
単なる力への欲求ではない。

ネロ「でもな、ここに眠る人たちのようになるには、まず先に知らなくちゃいけないことがある」

ルシア「なあに?」


ネロ「何を守るべきか、だ」


そして愛情だ。


ルシア「…………まもるべき?」

首を傾げる娘。
三歳児にはまだその辺りはよくわからないようだ。

ネロ「急がなくて良い。これから少しずつ知っていけば良い」

だが問題はない。
時間は充分、全てはこれからだ。


ネロ「一緒に勉強していこう」

ルシア「うん!」


―――

340: 2012/06/08(金) 00:03:52.25 ID:3BHkb5sFo
―――

レディはとある忘れ物を思い出し、来た道を引き返してた。

ロダンに頼まれていた武器製造のための材料、
悪魔狩りで手に入れた戦利品のことをすっかり忘れていたのである。
そこで御坂と五和を先に行かせ、
彼女は自らのバイクを飛ばして事務所へ戻っていった。


レディ「トリッシュ!ロダンにあげるあの―――」

そうしてエンジンかけたままバイクを路肩に止め、
いつも通りに扉を勢いよく開けて早口に用件を放つも。

いると思っていた聞き手の姿は無かった。

レディ「……あら。いないの」

いつも座っているソファーにはいない。
上階にいる気配もない。

そして壁にかかっていたケルベロスもいないとなると、状況は実に明確。
悪魔狩りの急な依頼が入ったのだろう。
狩りとなれば、トリッシュはいつもあの氷結の魔狼を連れ歩くのだ。


と、そんな普段どおりの一幕だと思いかけたのも束の間。


レディ「―――……ッ」


レディはすぐに異常に気づいた。
『これ』は今までにない状況だと。


『二つの椅子』の位置が大きく変わっていたのである。

341: 2012/06/08(金) 00:05:21.25 ID:3BHkb5sFo

片方はダンテが使っていた椅子。
もう片方は、ダンテがバージルのために揃えた椅子だ。

ダンテの大きな仕事机にそえられている二つの椅子は、
今は誰も使ってはいない。

それどころか座るなどもってのほか、
この椅子に触れるのは、毎朝丁寧に拭くトリッシュの手のみ。
毎朝彼女が綺麗に拭き上げて、
1mmのズレもなく同じ位置に戻されているのだ。

それが、この毎日が騒々しい事務所の中でも唯一不変たる部分なのだが。

レディ「…………」

今は位置が大きくずれている。
いや、それどころじゃない。


『二つ』ともつい今の今まで、『誰か』が『座っていた』形跡が残っていた。


レディ「……ッ」

緊張が頂点に達した。
腰から下げているサブマシンガンに手をかけ、
気配を頃しては意識を研ぎ澄ませていく。

トリッシュとケルベロスは一体どこに消えたのか。

そして何者がここに現れ、
トリッシュがいたにもかかわらずこの椅子に座ることが出来たのか。



その答えを示すものは案外簡単に見つかった。
机の上にあったトリッシュの書置きだ。

342: 2012/06/08(金) 00:06:35.94 ID:3BHkb5sFo

レディ「―――!」

一目見て状況を把握―――いや、とても信じられないのだが、
そう結論せざるを得なかった。


書かれていたのは、乱雑な字で「少し出かけてくる」、とだけ。


この文自体には特におかしな点はないも、
『今のトリッシュ』がこんな字でこんな事を書いて姿を消すことは実に異常だった。

あの戦い以来、彼女は非常に几帳面になり、
それは様々な用向きを告げる書置きにも及んでいた。
事務所を出る際にどこに、何しに、いつまで、
それらを丁寧な字で正確に書き残していくのだ。


しかし。
この書置きにはそんな片鱗など僅かにもない。
『ここ六年間の彼女』が書いたものではない。



これは好奇心の塊、自由気ままだった頃の彼女の字。



レディ「…………」


こんな彼女の書置き、目にしたのは六年ぶり―――――――――ダンテがいた頃以来である。


343: 2012/06/08(金) 00:08:19.80 ID:3BHkb5sFo

書置きを手にもったまま、
もう一度椅子を見やった。

レディ「……」

何者かが座った大きな二つの椅子。

その沈んだ座面の形跡をよくよく検分してみると、
座した人物は二人とも中々の『大男』のよう。


『六年前』まで『見慣れていた体格』ちょうどだ。


さらに周囲をよくよく調べてみると、痕跡はあちこちに残っていた。

大きな靴跡、もちろん大男のものが二人分。
一人はかかとを打ちつけるようなだらしない歩き方で、
もう一人は実に丁寧な、厳格な武人に見られる歩き方。

そして『だらしない方』が机に足を勢い良くのせたようだ。
強く打ちつけた跡が、ぴかぴかの机の真ん中に残っている。



レディ「…………マジ……なのね」

どうにも信じがたい、
現実を疑いたくはなるも、それでも証拠は充分、
これは事実だと受け入れるしかない。

思わず笑いが毀れてしまった。
馬鹿馬鹿しさと嬉しさが混じった奇妙な笑い声だ。

そして机に寄りかかっては、今度は『呆れ』果ててしまった。
相変わらずのあの『二人』の調子に。


レディ「……はぁ。挨拶も無しなんて」


344: 2012/06/08(金) 00:12:00.17 ID:3BHkb5sFo

いかにもあの『二人』らしい。
どう転んでも律儀に挨拶回りにをするような人物ではない。

彼らは前触れもなくふらりと帰ってきて、
またふらりとどこかに行ってしまったのだ。
実にマイペース、何人も彼らの気まぐれを阻害することはできないのである。

これではいつ帰ってくるのかもわからない。

一時間後か、来月か、五年後か、それとも―――


―――そんな彼らには本当に呆れてしまう。


レディ「……はは」

だがその一方で―――『安堵』も抱いた。
彼らは何一つ変わってはいない、
こちらが知っているままなのだ、と。


それに少し、『弟』の方を見直しもした。

六年も姿を見せず。
ここまで来たのに他に顔も出さずにすぐに消えたが、

トリッシュにだけは会いちゃんと連れて行くのを。


いや、彼女を迎えに来ることこそ、来訪の目的だったのだろう。


彼女の相棒は約束を果しに戻ってきたのだ。


『どこまでも連れて行って、どこまでも見せてやる』と。


レディ「中々ね。やればできるじゃないの」

『そういうこと』に関しては、彼は全く不甲斐ないと思ってはいたが。
なんて大きな逆転ホームランをぶちかましていったことか、
あの男は最後の最後に完璧にキメたのだ。


345: 2012/06/08(金) 00:16:07.82 ID:3BHkb5sFo


全く本当にどうしようもなく自由気ままで、イカれてて、イカしてる兄弟だ。

レディ「ふふ……」

嬉しさと少しばかりの寂しさの中、
レディは脳裏に浮かんでくる姿に思いを馳せた。

昔のように好奇心を爆発させて、
喜び勇んでついていくトリッシュと―――先に立つ『兄弟』の姿。

今の彼らの様子も、手に取るように思い描くことが出来る。


そう、決まっている。
簡単に目に浮かぶ。


遥か遠くの『どこか』に。
遥か彼方の『いつか』に。

彼らを必要としている場で。
彼らを飽きさせない場で。

赤と青のコートを翻し、最強の刃を煌かせ。
変わらぬ声で、変わらぬ調子で。

彼らを知るものなら、誰しもが思い描くそのままの姿で。

皆の脳裏に鮮明に刻まれているありのままの姿で。


そしてきっと。


きっと弟の方は、こんな風に笑って声を挙げているはずだ―――








――― L e t ' s R o c k ! !  B A B Y ! !









―――――――――――――――――――――――――――




              MISSION CLEAR




―――――――――――――――――――――――――――





346: 2012/06/08(金) 00:16:50.08 ID:3BHkb5sFo



――――――――――――――――――



            原作

         Devil May Cry

      とある魔術の禁書目録

         BAYONETTA

           and 大神



――――――――――――――――――



347: 2012/06/08(金) 00:17:25.78 ID:3BHkb5sFo



これにて完結です。
vip投下時からの方も、そうでない方も、
ここまで長きにわたり本当にお疲れ様でした。
そしてありがとうございました。

このスレは一週間程度したらHTML化依頼します。

348: 2012/06/08(金) 00:18:49.43 ID:foQlQOxDO
長い間お疲れ!リアルタイムで長期間追った物語はこれが初めてだよ!本当にありがとう!

350: 2012/06/08(金) 00:21:13.07 ID:2tUaSqeUo
おつかれさまでした!

351: 2012/06/08(金) 00:21:14.48 ID:jo3uNOm+o
お疲れさまでした。もう、これしか言えません。本当に、お疲れさまでした

357: 2012/06/08(金) 00:39:57.39 ID:e21aReih0
お疲れ様でした!
―――――――――Jack pot―――!!

373: 2012/06/08(金) 02:27:21.47 ID:6mOK6SKqo
乙 ついに完結か
本編終了以降のおまけがまさかここまで超大作になるなんて
執筆速度も早くて全く飽きさせることがなかった
最後に兄弟が戻ってきたってことは創世主並か…

よし、もっかい最初から読み返すか

377: 2012/06/08(金) 05:55:40.77 ID:wgYKDxmzo
2年間乙です、最高のSSでした
文庫本何冊分くらいのボリュームがあるんだろこれ

414: 2012/06/10(日) 00:28:56.03 ID:INqUb1XDO
・上条さんは役職に就いたが、望んでいた『高校卒業』は出来たのか
・神になった一方さんは不老なのか
・天界魔界の現状
・新生アンブラについて
・美琴が修行とはいえ中学校を中退した経緯について
・6年後の土御門について

とりあえず今気になるところ

416: 2012/06/10(日) 01:32:11.05 ID:TXnk11aSo
>>414
・上条さんは役職に就いたが、望んでいた『高校卒業』は出来たのか

親船の特別なはからいで一応卒業証書は授与されました。
(デビルメイクライにおける修行が能力開発授業扱いにされたように)
ただし上条は、仕方がないとはいえ高校生活を遅れなかったことを残念に思っています。
ちなみに土御門以外の同級生は、あの戦いにおける彼の活躍はまったく知りません。


・神になった一方さんは不老なのか

一方通行の寿命については可変です。
普通の人間として老いてそのまま氏ぬのも、若い姿のまま永久に存在し続けるのも、
彼が今後どのような生き方を望むかで決まります。
それには打ち止めや他の家族、友の存在が大きく影響していくでしょう。


・天界魔界の現状

各派閥の長達が共同で統治中、
ジュベレウス派残党はいまだにプルガトリオ奥深くに逃亡中、
日々ハッスルするベヨネッタとジャンヌに追いかけられています。
魔界は外界の状況など知ったことかと絶賛内戦中、平常運転です。


・新生アンブラについて

ジャンヌとベヨネッタはもう再興については考えてませんが、
ローラはその気が満々で、アンブラの血をつぐ二代目ルシアと生まれてくる姪っ子を
何とか引き込もうと画策しています。
もちろんどちらも親が断固拒否してますので望みはありません。


・美琴が修行とはいえ中学校を中退した経緯について

上条と同じく親船の配慮で、そのまま常盤台中学に在一応卒業扱いになりましたが、
元々有名だっただけに噂が一気に広まり、世間からは事実上「中退」扱いされ後ろ指をさされてしまいました。

あの戦い以来ほぼレディにつきっきりであらゆることを学び、
六年後にはもうプロのデビルハンターとしてかなりの数もこなしており、デビルメイクライを大繁盛させています。
ただそレディ曰く「まだまだ甘い」。


・6年後の土御門について

無事とある高校を卒業、陰陽寮上層部や土御門本家とは一応和解しましたが、
向こうに戻る気はなく、舞夏と一緒に学園都市に住み続けています。

統括委員会の委員を務めながら、陰陽寮所属の学園都市担当官も兼任、
裏では日本国・陰陽寮、学園都市、イギリス間の最大のパイプでもあり、
またあの戦い以来アメリカにも独自の強いコネをもっているなど、中々の大物になりつつあります。


>>412
ダンテもバージルも『現在の人間界』の保存を望んだため、表面的な変化はありません。
ただし魂が力場と現世を循環することで潜在的な意志が人間界全体に反映されていきますので、
生者たちが変化を望めば、徐々に深層から世界が変わっていくことになります。

(一方通行が、不老か寿命ある人生のどちらを選ぶかが、この点の指標になるかもしれません)


全てに答えられるかはわかりませんが、
他にも疑問な点がありましたらどうぞ。

427: 2012/06/11(月) 10:29:13.63 ID:jsmXgPYZ0
乙。
結局幻想頃しって何だったの?
解析して打ち消すだけ?

429: 2012/06/11(月) 18:19:56.38 ID:sNoH1bm/o
>>427
・結局幻想頃しって何だったの?

竜王の顎の一部分です。
飲み込むにしろ破壊・相[ピーーー]るにしろ、まずは対象を正確に認識しなければなりませんが、
その作業を行うのがこの幻想頃しと呼ばれる部分です。
言うなれば『竜王のひげ』とも。
また右手という形で顕在化しているのはミカエルとしての名残です。

ついでですので、当SSにおける幻想頃し周辺の設定まとめを。

○竜王の力

・『竜王の顎』
上条当麻(ミカエル)が保持。
主に入力系。対象の解析、情報の記憶、丸呑み吸収など。

・『行使の手』
フィアンマ(竜王)が保持。
主に出力系。手中にある力を制限なく使用可能。
(右方のフィアンマVS一方通行・上条・ステイル戦時は主にミカエルの力を行使、
 竜王フィアンマVSネロ・上条戦時は創造・具現・破壊を行使)


○それぞれの機能や状態

・解析(『幻想頃し』が必要)
一瞬にして対象の現象を完全解析します。
この作業には基本的にラグ・負荷はありません。
またその情報は全て記憶します。


・相殺モード(『幻想頃し』だけでも使用化)
対象と同様の力を放出して瞬時に打ち消します。
ただし力が大きくなればラグも生じ、さらに上条の出力を超える規模となれば相殺はできません。
また純粋な物理現象には反応しません。

その他、任意で力を放出することはできません、あくまで防御相殺機能のみとなります。
(御坂の電撃を相殺できるからと、上条が電撃を撃てるわけではない)
攻撃手段ではなく免疫システムのようなものです。

ちなみにこの相殺の燃料に使われているのは上条自身のAIM拡散力場です。
SS内に登場した資料の通り、彼のAIMは一方通行をも超える規模なので、
普通の能力者や魔術師相手ではまず出力の限界に達することはありません。
(彼のAIMが実測不可能である理由は、平時は一切放出されないために、
 また唯一放出される相殺時も無駄な力はまったく残らないためです)


・破壊モード(『幻想頃し』だけでも使用化)
『幻想頃し』として運用する際のメインとなる、非常に強力な機能です。
対象の規模に関係なく、その現象の力を纏め上げている根幹のシステムを自壊させます。
(プログラムを改竄しバグを引き起こすようなもの)
魔術や、維持に自律機能を必要とする現象などに効果があり、基本的にラグ・負荷も生じません。

そのため、人界神域が健在の頃の竜王は、
術式で身を固めてる魔女・賢者にとってはきわめて相性が悪い存在でした。
(ちなみにこれが、竜王討伐に魔女や賢者ではなく天界が動いた理由の一つでもあります)

ただし、純粋な力の塊には全く効果がありません。


・竜王の顎暴走モード(半透明の竜の頭が出現した状態、『竜王の顎』全体が覚醒する必要有り)
悪魔の器に竜王の顎がつながったことで本格稼動、
出力が跳ね上がったことで相殺モードの機能が飛躍的に強化されたほか、
破壊モードの効果範囲も拡大しましたが、
その分影響力が薄くなるために大悪魔等の強大な存在相手には役に立ちません。
またこの状態では制御不可能であるため、運用にも多くの難があります。


・聖なる右モード(半稼動状態の『行使の手』 神の右席時代のフィアンマが使用)
行使の手でミカエルの力を放出している状態。
無理やり稼動させているために非常に不安定です。


・丸呑みモード(『竜王の顎』と『行使の手』の両方が必要)
完全体時に可能となる、竜王の象徴でもある機能です。
対象の状態・規模に関係なく飲み込むことができ、その力を自らのものとすることができます。
ただし飲み込むには対象が無抵抗である必要があります。
これで我が物とした力は、『行使の手』で一切の制限なく使い放題です。

482: 2012/06/15(金) 15:59:53.29 ID:oZlYAs0t0
お疲れ様でした!

483: 2012/06/16(土) 01:03:48.51 ID:80E00y1u0
お疲れ!

おたくのせいでDMC1~4全クリアするハメになっちまった!
Sweet, Babe!!!

???:ダンテ「学園都市か」前時代史(仮)

引用: ダンテ「学園都市か」【MISSION 11】