前回:梓「未来日記」【前編】
186: 2012/02/05(日) 18:52:42 ID:bzCzFCGM0

 -第五話-

 私とムギ先輩の携帯からノイズが走りました。
 すなわち、それは未来が変化したということ。
 そしてその未来の変化とは、憂の来訪のことでした。

梓「唯先輩、来るみたいですね」

 今、憂は唯先輩の姿をしている可能性が高いため、ムギ先輩には嘘をつくことにしました。
 ムギ先輩の日記には、恐らく「唯先輩が来訪する」と書かれているでしょうから。

紬「そうね。思ったより早く、二人とも来てくれたみたい」

 嘘をついている様子はありません。
 やはりムギ先輩は、自分が攫ったのが憂ではなく唯先輩であると気付いていないようでした。

 相変わらず日記にデッドエンドの表記はありません。
 私と憂、二人とも捕まる未来は書かれていますが、それだけでした。

187: 2012/02/05(日) 18:53:10 ID:bzCzFCGM0

梓「ムギ先輩は、私達を捕まえてどうするんですか?」

紬「梓ちゃんはどうして欲しいの?」

梓「捕まえないで欲しいです」

紬「無理な相談ね」

梓「わかっています。
 それで、さっきの続きなんですが……ダークヒーローと、言いましたよね?」

 憂が来るまで、残り15分。
 出来るだけ話をゆっくり進めて、時間を稼ごうと私は企みました。
 私はここへ辿り着くことだけが目的だったので、それ以上のことを考えていないのです。
 ですから、今から来る憂を頼りにするしか、方法はありませんでした。

 実に身勝手だな、私は。

紬「言ったわね」

梓「どういう意味ですか、それ?
 私達からすれば、どうみても悪役なんですが」

紬「あらあら、梓ちゃんも言うようになったわね~」

梓「あ、すみません」

 こういう状況に出くわすと、私は平常心を失いがちでした。
 澪先輩の時もそうでした。
 だから、今回はそうしないように私は努力をしていました。
 憂が例え、ムギ先輩を本気で倒しにいこうとしても、私は憂を止めます。
 私はムギ先輩を救いに来たのですから。
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188: 2012/02/05(日) 18:53:40 ID:bzCzFCGM0

紬「別に怒ってないのよ?
 こう、サバイバルゲームの相手を前にしているんですもの、仕方ないわ」

 喋り方はムギ先輩そのものでした。
 しかしその内容はムギ先輩らしくないものばかりでした。

梓「そうですか、でも私は平常心を保てるように頑張りますよ」

 私のこの言葉を聞いたムギ先輩に、少し変化が見られました。
 ムギ先輩はテーブルの上に置いてあるティーカップに手をつけ、少しの紅茶を飲みました。
 私は視線を常にムギ先輩の方へ向けていましたが、それでもムギ先輩の調子は変わらないようでした。
 ティーカップをテーブルに戻すと、一呼吸置いてから、ムギ先輩は口を開きました。

紬「それは、澪ちゃんのことがあったから?」

梓「っ!?」

 まさかの一言でした。
 私達が澪先輩と戦ったことを、既に知っているというのでしょうか。
 いや、そうとしか考えられませんでした。

紬「一昨日だったかしら、このメールが届いたのは」

 それはデウスから所有者全員に送られる、敗北者を知らせるメールでした。
 4thによって5thがやられた、とだけ書いてあるものです。
 私の携帯にも届けられた、感情が何一つこもっていない事務的なメール。

189: 2012/02/05(日) 18:54:09 ID:bzCzFCGM0

紬「澪ちゃんが行方不明になったのも、丁度この頃から。
 偶然かしら、いいえ、私には偶然とは思えないの」

 ムギ先輩は何にでも興味を持ちますし、よくわからない所でノリがいい人でした。
 しかし今のムギ先輩はノリではなく、私を本気で追い詰める名探偵のようでした。
 ですが、私が追い詰められる理由があったでしょうか。
 澪先輩と戦ったのは確かに私達でしたが、それ以上のことは何もやっていません。

 憂が来るまで、残り10分。
 まだまだ、もっと時間を稼がなくてはいけません。

紬「梓ちゃんはどう思う、この5thが澪ちゃんだと思う?」

梓「まあ、はい……そうなんじゃないでしょうか、多分」

 絶対にそうなんですが、とまでは言えませんでした。
 ムギ先輩は確実に何かを知っているようでしたが、それを語るには勇気が足りませんでした。
 いえ、勇気がいくらあっても、これは語ってはいけないものなのかもしれません。

紬「簡単に嘘をつけちゃうのね、梓ちゃんって」

梓「えっ?」

紬「知ってたんでしょ、この5thが澪ちゃんだって」

 ムギ先輩は私が語るまでもなく、それを知っているようでした。
 確かに知っていました。
 確たる証拠は無くとも、これが澪先輩であることは、追われていた私にとっては明白だったのですから。

梓「何で、そう思うんですか?」

紬「……梓ちゃん、もう止めましょ、往生際が悪いわ。





 あなたが、4thなんでしょ?」

190: 2012/02/05(日) 18:54:40 ID:bzCzFCGM0

 は……?
 私は、頭の中が真っ白になりました。
 私が4thで、私が5th―――澪先輩のこと―――を頃した、ということでしょうか。
 冗談にしても、笑い事になりません。

梓「ちょ、ちょっと待って下さい!
 何でそうなるんですか、意味がわかりません!」

紬「そうね、もしかしたら違うかもしれない。
 梓ちゃんじゃなくて、憂ちゃん、もしくは唯ちゃんが4thなのかもしれないわ」

 それも違いました。
 憂は、私の記憶では2nd。
 唯先輩は憂がいつか言っていましたが、1stです。
 私は、7th。
 何より、私達はあの時一緒に行動していたので、誰かが澪先輩にトドメをさすことなんて元より不可能でした。

 私は椅子から立ち上がり、ティーセットの置いてあるテーブルを思い切り叩きながら叫びました。
 テーブルの上のティーセットは床に落ち、粉々に割れてしまいました。
 まだカップの中に残っていた紅茶は、綺麗な絨毯に染み込んでいきます。

梓「どれも違います!
 私も、憂も、唯先輩も4thじゃありません!」

紬「それを示す証拠はあるのかしら?」

梓「そ、そんなものありませんが……私は7th、憂が2nd、唯先輩が1stです!
 これは紛れもない事実なんです!」

紬「信じることが出来ないわ」

 しかし、私もムギ先輩のことを信じられませんでした。
 いえ、信じることが出来ないという次元の問題ではありません。
 当たり前です、ムギ先輩の言うことは確実に間違いだったのですから。

梓「ならば逆に聞きますけど。
 ムギ先輩が、私達の中に4thがいるという証拠を見せてください!」

 あるわけがありません。

紬「いいわよ」

 えっ。

191: 2012/02/05(日) 18:55:06 ID:bzCzFCGM0

 ムギ先輩はそっと立ち上がると、違うテーブルの上に置いてあったリモコンを手に取りました。
 そのリモコンのボタンを一つ押すと、今まで壁だと思っていた部分が開き、そこからテレビが現れました。
 部屋を広く綺麗に見せる工夫なのでしょうが、今はそんなことどうでもいいのです。

 ムギ先輩はテレビの電源を入れ、ある映像を再生し始めました。
 その映像を見た私は思わず震え上がってしまいました。

梓(何で……こんな映像が、あるの!?)

 それは私達と澪先輩が、同じバスで対峙している映像でした。
 言い合いや、憂と会員達との戦いなど、あのバスでの出来事の一部始終が全て記録されていたのです。

紬「この日、梓ちゃんたちが澪ちゃんと争ったのは、この映像から明らかなの。
 これでも言い逃れするっていうの!?」

 しかし、その映像は完璧ではありませんでした。
 澪先輩が渾身の演技―――傍から見れば到底演技とは思えませんが―――をし、唯先輩が日記を渡すように促しているところで、
 映像は切れているのです。
 そう、私は知っていました。
 この後のことが最も重要で、あの澪先輩がゲームのせいで、どれほど壊れてしまったのかがわかるはずです。
 その部分が切られたということは、この映像は明らかに私達を嵌めるための罠でした。

192: 2012/02/05(日) 18:59:24 ID:bzCzFCGM0

梓「この映像、どうやって入手したんですか?」

紬「家のポストに入っていたのよ、一昨日の夜にね」

 ムギ先輩の話が正しければ、これは他の所有者が私達を嵌めようとしているに間違いありません。
 そしてこの映像を撮り、ムギ先輩の家に送ったのは多分……いや、間違いなく4thです。
 今までの言動から、目の前のムギ先輩が4thでないのは明らか、恐らく6th。
 唯先輩は1st、憂は2nd、そして私は7thなので、4thではない。
 3rdのストーカー、5thの澪先輩は既にデッドエンド。
 消去法から、この映像を撮ったのは明らかに4thなのです。

 つまり4thはバスでの出来事を映像に残した上で、5th澪先輩を葬り、その罪を全て私達に擦り付けようとしているのでした。

梓(汚い……汚すぎる、4th……!)

紬「この映像に、何か間違いはあるのかしら?」

 間違いは何一つありませんでした。
 この映像に記録されていること、全てが正しいのです。
 問題は、この映像に記録されていないことなのです。

梓「間違いは何一つありません、事実です。
 しかし、この映像には足りない部分があるんです」

紬「足りない?」

梓「この後のことです。
 この後のことが、全てを明らかにするはずなんです!」

紬「その場しのぎの嘘にしか聞こえないわ。
 だって、この映像の梓ちゃん、澪ちゃんに向けて酷い顔しているんですもの」

梓「……」

193: 2012/02/05(日) 18:59:52 ID:bzCzFCGM0

 何も反論できませんでした。
 今でこそあの人を澪先輩と呼ぶことが出来ますが、昨日の憂の言葉が無ければ、私はまだあの顔をしていたはずです。
 あの顔をしたのは間違いなく自分だったので、こう疑われてしまうのも仕方のないことだったのです。

梓「確かに、あの酷い顔をしているのは私です。
 でも違うんです、私達は4thじゃない、澪先輩を葬ったのは私達じゃないんです!」

紬「嘘をつかないでッ!」

梓「ッ!?」

 ムギ先輩の怒号に、私は思わず怯んでしまいました。
 私がムギ先輩の立場だったとしたならば、同じことを言っていたかもしれません。
 こんな酷い顔をした人間が本当のことを言うなんて、俄かに信じられませんから。

紬「どうして……どうしてなの、梓ちゃん……!
 私たちは、軽音部だったでしょ……?」

 今のムギ先輩の怒りには、昨日憂が言っていたことと共通する点がいくつもあるように思えます。
 つまり、仲間なら何故助けなかったのか、とか。
 何故頃してしまったのか、とか。
 やり直すという方法は考えなかったのか、とか。
 結局私は、同じ様なことを二人の人から2日連続で言われてしまったのです。

 昨日と違うのは、それを私が既にわかっているということでした。

194: 2012/02/05(日) 19:00:21 ID:bzCzFCGM0

梓「はい、私達は軽音部です。
 それは敵になっても同じですし、助けるべきだったのだと、今でも後悔しています」

梓「しかしあの時……私は、平常心を保てなかったんです。
 澪先輩が壊れて、憧れの先輩像なんかが、一瞬にして壊れてしまったんです。
 それで、あのような顔をしてしまって……本当に、本当に、申し訳ないことをしてしまったと思っています……!」

 私は思っていた事、あの日にやってしまった事、全てを包み隠さず打ち明けました。
 それが今の私に出来る精一杯の謝罪で、償いでした。

紬「それで頃してしまったのね?」

 ムギ先輩はそれでも信じてくれようとしませんでした。
 一度失った信用というのは、再生するのが難しいのだと、私は知っています。
 知ってはいますが、今の私は立場が違いました。

 信用を失われた側と、失った側。

梓「それは違います!
 私は確かに、澪先輩のことを醜いものを見る目で見ていました!
 でも、それだけ……それだけ、だったんです……!」

梓「あの後、私達はファンクラブ会員達にバスを囲まれて、そして……」

紬「……もういいわ……」

梓「ムギ先輩……?」

 二人の日記から、未来が変わった音がしました。

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11:09 -DEAD END-

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195: 2012/02/05(日) 19:01:04 ID:bzCzFCGM0

紬「反省する気は、無いのね」

 ムギ先輩の目の色が変わりました。
 涙ぐんだその目は、軽音部を失った悲しみと、私に向けられた憎しみの二つの色が混ざっていました。

紬「私の日記はね、“ムギビジョンダイアリー”っていうの。
 これは私の見た光景が、私の感情を通した上で記録される日記」

紬「11時9分、私は恨みを晴らすべく、目の前の梓ちゃんを頃す。
 そう書かれているわ」

 恨み。
 軽音部の時間を作りだしていたムギ先輩が、最も抱きやすそうな感情でした。
 それを向けられているのが、軽音部の一員であることは想像も出来なかったでしょうが。

紬「本当はね、梓ちゃん。
 何かの間違いだって、私だって信じたかったの……。
 でも、こうしてはっきりと映像が残ってる……それに、映像のことをあなたは否定しない……。
 本当は、こんなこと、したくないのよ……!?」

 ムギ先輩は必氏に自分の感情を頃しながら、私に詰め寄ってきました。
 私は尻餅をつき、そのままの体制で後ろへ後ろへと、自分の身体を引きずっていました。

 背中に壁が当たり、これ以上後退することが出来なくなってしまいました。
 ムギ先輩はそこにあった花瓶を持ち、相変わらず私に詰め寄っていました。
 その目を見ていると、こちらが本当に悲しくなってきます。

 私はどうなんでしょう。
 泣いているのでしょうか、顔はくしゃくしゃになっているのでしょうか。
 鏡があっても、今の私の姿を見たくはありませんでした。
 きっと恐怖と後悔で、醜いことになっていると思いますから。

196: 2012/02/05(日) 19:01:32 ID:bzCzFCGM0

 11時9分まで、あと1分というところでしょうか。
 秒読みで私の氏のカウントダウンが始まります。

 ムギ先輩は涙を頬につたらせ、花瓶を持った右腕を振り上げていました。
 じっと私の顔を見ながら、にじり寄ります。
 その顔を見ていた私は、つい今までの思い出を振り返っていました。

 新歓祭。合宿。文化祭。
 初めてのライブハウスでの演奏。
 そして新歓祭の演奏する側。
 夏フェス。毎日のティータイム。

 どれも楽しかった。
 本当に、どれも忘れることの出来ないもの。
 だから、最期ぐらいは。

梓「……皆さんとの思い出は、宝物でした……」





 素直になっても、いいですよね。

197: 2012/02/05(日) 19:02:03 ID:bzCzFCGM0





―――
――――――
―――――――――





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11:09 ムギ先輩が手に持っていた花瓶を床に落としてしまった。
   花瓶の割れた音がうるさい。

11:10 憂が来たようだ。





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紬「……なんで……!?」

梓「……」

紬「何で、そんなこと、今になって言えるのよ!?」

 何で?
 それはこっちの台詞ですよ。

梓「何で、ムギ先輩が言う“そんなこと”で、未来は変わってしまったんでしょうね?」

紬「ッ!」

 私のあの言葉で、私の未来は変化したようです。
 つまり私のデッドエンドフラグは回避された、ということでした。
 何故なのかはよくわかりませんが。

198: 2012/02/05(日) 19:02:28 ID:bzCzFCGM0

 ということは、後少しで憂が到着するはずです。
 扉ががちゃがちゃ鳴り始めました。

 バタンッ、という大きな音で扉は開かれました。

憂「……」

紬「唯ちゃん……!」

憂「……ムギちゃん、もう止めようよ」

 憂は咄嗟に、この現場で何が起きたのかを察し、それを回避させようとしました。
 ムギ先輩が間違えるほど唯先輩に成り切った憂は、更に唯先輩に成り切って語りだすのです。

紬「唯ちゃん、お願い……謝って……!」

 まだムギ先輩は私達が澪先輩を頃したと思い込んでいるようでした。
 しかし、憂も当然澪先輩を頃していません。

 ましてや今の憂は唯先輩、その姿でその罪を認めるなど、ありえないことでした。

憂「……何で……?」

 憂はあの映像のことを知りませんから、そう答えるしかないのでしょう。
 しかしその言葉が、ムギ先輩の憎しみを再び呼び起こしてしまったのです。

 未来が、また変わりました。

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11:14 憂が殺されてしまった。
   頭が割れるような音だった。

11:15 -DEAD END-

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199: 2012/02/05(日) 19:02:58 ID:bzCzFCGM0

 このままでは、二人とも殺されてしまいます。
 現在時刻は11時12分、残り2分しかありません。

紬「ここに、バスの中で起きたことの全てを記録した映像があるの。
 これを見れば、唯ちゃんたちの中に4thがいることは明白なのよ!」

憂「……ああ、なるほどね……」

 憂は全てを悟ったようでした。
 賢い憂のことですから、きっとあの映像も編集されているということに気づいているはずです。

紬「もう嫌……こんなの、終わりにしましょ……!」

 ムギ先輩は先程とは違う花瓶を手に持ち、今度は憂に詰め寄っていきました。
 対して、憂はその場から一歩も動こうとしません。

梓(憂、逃げないの……!?)

 憂は恐怖に怯むことなく、ムギ先輩を睨み続けていました。
 まさか争うつもりなのでしょうか。
 それは危険です、ここはムギ先輩の家なのですから。
 それに昨日憂は言いました、救うべきだったのだと。
 今、この場で起こっていることも、それに当て嵌まるはずなのです。

 私には憂が何をしようとしているのか、全くわかりませんでした。

200: 2012/02/05(日) 19:03:27 ID:bzCzFCGM0

梓(唯先輩が連れ去られたことで、自分を見失っているのかも……)

 その可能性は十分にありました。
 しかし、それは許してはならないこと。
 私には止める義務がありました。

 ムギ先輩が、憂を花瓶で殴ることのできる位置まで辿りつきました。
 今度は先程のように、花瓶を落とすようなことは無さそうでした。
 ゆっくりと、その腕が振りあがっていきます。

 てっぺんまで花瓶が上がった瞬間でした。





 憂は、そのヘアピンを外したのです。
 そして、ゴムで髪を纏め、いつもの髪型へと変化しました。





憂「紬さん」

紬「う……憂、ちゃん……ッ!?」

 一番驚いていた、というよりは、この部屋で唯一驚いていたのはムギ先輩だけでした。
 私は初めからわかっていましたから。

紬「それじゃ、私が連れ去っていたのは……」

憂「お姉ちゃんです」

紬「そんな……!」

 ムギ先輩はショックを隠し切れずにいました。
 その姿は、昨日の私のようでした。

紬「何で……何で、私を騙したの……?」

憂「落ち着いてください、紬さん」

紬「落ち着いてなんか、いられないわ!!」

 振り上がった花瓶が、憂の頭目掛けて落ちてきました。
 が、動揺するムギ先輩の攻撃をかわすことは難しくなく、憂は難なくその攻撃をかわし、私の下へ駆け寄ってきました。

201: 2012/02/05(日) 19:04:10 ID:bzCzFCGM0

梓「う、憂……!」

憂「梓ちゃん、ちょっと待っててね。
 一応、これ持って」

 憂に渡されたのは、非常に鋭利で、人の身体も簡単に切れてしまいそうな「刃物」でした。
 あの日、憂が持っていた果物ナイフとは比べ物にもならないほどの「刃物」でした。

梓「え……?」

 護身用とでも言うのでしょうか。
 今の憂の行動は、どうしても私には不可解すぎました。
 私は両手でその刃物を持たされ、その刃を前に向けさせました。

 私の刃物を持つ両手を憂は自身の両手で包みながら、大丈夫だよ、と一言呟くのです。
 憂の両手が離れても私の両手は固まってしまい、それから動くことが出来そうにありませんでした。
 足も同じように、いや体全体が石のように固まってしまいました。
 今の憂が、怖いのです。

202: 2012/02/05(日) 19:06:55 ID:bzCzFCGM0

 憂はムギ先輩の方へと振り返り、今までに聞いたことのないような真剣な声で、ムギ先輩に語りかけました。

憂「紬さん。紬さんは私達の中に4thがいるのではないかと、疑っているんですよね。
 だから私達が4thでないという、証拠を見せればいいんですよね」

紬「今更、そんなのあるはずがないわ!
 そんな嘘は止めて、そんな悲しい嘘は、もう……!」

 憂はこちらに背中を向けたまま、そっと私に話し掛けました。

憂「お姉ちゃんをよろしく、梓ちゃん」

梓「……えっ……?」

 次の瞬間、




 憂は私の持つ刃物に寄りかかってきました。



 憂の背中には、その刃物が深く刺さりました。



 何が起きたのか、私にはわかりません。



 バタンッ。



 あの夜にも聞いた、何かが倒れる音。



 目の前には、倒れた憂。



 背中には私が持っていた刃物が刺さっていました。



 出血がひどいです。



 血がドクドクドクドク、溢れ出てきました。





梓「な、ん、でよ……!?」

梓「憂ィィィーーーーーー!!!」

 私の目の前に倒れているのは、私の親友の一人、憂。
 私の大切な人の一人。

203: 2012/02/05(日) 19:07:52 ID:bzCzFCGM0

紬「う、嘘……どうして……!?」

 うろたえるばかりのムギ先輩。
 その視線の先には、わずかにしか意識の無い、憂。

憂「ふ、ふふ……ゴメンね、梓ちゃん……」

梓「何で!?何で、こんなことするの……!」

紬「まだ息があるのね……今すぐ救急車を呼ぶから、待ってて!!」

 ムギ先輩は部屋を飛び出していきました。
 さっきまで殺そうとした相手なのに、この慌て様は一体何なのでしょう。

憂「ダメ……私が、助かったら、ダメなの……!」

梓「何言ってるのさ!
 憂が……憂が、助からなくちゃ、私や唯先輩がダメなんだよ……!?」

 憂は刃物を背中に刺したまま、そっと立ち上がりました。
 そのまま窓の側までよたよたと歩き、また私の方へ振り返りました。

憂「ねえ、梓ちゃん……最期のお願い、聞いてくれる……?」

 最期のお願い、という言葉が私の心を鋭利な刃物で突き刺しました。
 それは私の心から涙を流させました。

204: 2012/02/05(日) 19:08:22 ID:bzCzFCGM0

梓「……ど、どんな゛……お願いでも聞くがら……憂は、氏な゛な゛いでよ゛……!」

 憂はこちらを向いたまま、後ろにある大きな窓の鍵を開けました。

憂「私達の約束……絶対に……守ってね……。
 お姉ちゃ……んを……守る……っていう約束だよ……?」

梓「……あ゛れ、は……二人の、約束じゃん゛……!」

 私はいつの間にか泣いていて、声もガラガラになっていました。

憂「うん、二人の約束だよ……。
 私ね、この……世界から消えて……も、二人のことを守っ……ていられるように……お祈りしてるから……」

梓「お゛祈りなんが、しな゛ぐでも、い゛いよう……」

 憂は後ろの大きな窓を、目一杯に開きました。

憂「約束を守ったら……めっ、なんだからね……!」

 そしてそのまま、憂は後ろの窓から、背中を下に向けたまま落ちていきました。

 私は急いで、その体を掴もうと、窓まで駆け寄りました。
 しかし手遅れでした。
 窓から見下ろすとあるのは、憂の背中に刺さった刃物が腹を貫通させている姿でした。
 刃先は空を指しているようで、私のことを指しているようにも見えました。



 憂が落ちていく時の表情は、目に涙を溜めながらの、最高の笑顔でした。



 メールが一通届きました。

#==========
From:デウス・エクス・マキナ[時空王]
Sub:2nd敗北のお知らせ

 2nd、7thの手によって敗北。
 「-DEAD END-」

#==========

 憂は、私の刺した刃物によって、氏にました。

208: 2012/02/07(火) 09:48:35 ID:5Gt5cyX20

―――
――――――
―――――――――

 あの後のことは、確かこんな感じだったと思います。
 ムギ先輩が部屋に来て。
 窓から憂の姿を見ようとして。
 そこには残された刃物と、大量の血だまりがあって。
 泣き崩れて。
 ごめんなさい、ごめんなさいと、いつかの憂のようにうなだれて。
 救急車が来たのは、それからちょっと経ってからで。
 もう、憂はいなくて。
 救急隊員さんから、色々なことを聞かれて。

 後は、よくわかりません。
 お風呂とか寝室とか、色々な用意をしてくれたのは覚えています。
 だから今、私はベッドの上で横になっているのでしょう。
 でも憂は、私の大切な人の一人は氏んでしまったのです。

 憂は私達が4thでない証明をするために、自ら命を絶ちました。
 メールに4thの表示はありません。
 捕まっていた唯先輩が4thでない証明にはなりませんが、疑いの晴れた私達の説明は説得力を持ちました。
 結果、ムギ先輩には真実を知らせることが出来ました。

209: 2012/02/07(火) 09:49:14 ID:5Gt5cyX20

梓(何も、ここまでしなくても……)

 確かにこれ以上に、私達の疑いを晴らさせる方法は無かったでしょう。
 でも。

梓(憂……憂……!)

 残された人の悲しみを晴らすことは、出来ないのです。

―――
――――――
―――――――――

 私は結局寝ることが出来ず、この家の庭を散歩することにしました。
 時刻は夜中の3時20分。
 誰しもが寝付く時間です。

梓(……憂……)

 事故だったにしろ、憂を頃してしまったのは私でした。
 このメールが何よりの証拠です。

 憂は頃した私に向かって、唯先輩を守ることを命じました。
 しかし私に、そのような資格があるのでしょうか。
 唯先輩が最も大切にしていた妹を頃した張本人が、唯先輩を守ることなんて、図々しいにも程があるのではないでしょうか。
 例えそれが、憂から頼まれたことだとしても。

 手には、あの時握った刃物の感触がまだ残っています。
 あの刃は、嫌な輝きを持っていました。
 あの柄は、嫌な固さを持っていました。
 あの体は、確かな命を持っていました。

210: 2012/02/07(火) 09:49:43 ID:5Gt5cyX20

 私が意識を朦朧とさせながら、綺麗に整えられた庭を歩いていると、あの使用人の方と出会いました。

菫「あ……梓様、ですよね」

梓「あ、どうも……」

菫「……」

 かける言葉を選んでいるのでしょうが、選べずにいるのでしょう、菫さんは私を見たまま黙り込んでしまいました。
 私は菫さんに心配されたり、気を遣われたりするのが申し訳なくて、自分の方から喋り始めました。

梓「いいですよ、気を遣わなくても」

菫「で、でも……」

梓「それにしても、この庭……綺麗ですね」

 菫さんを救うため、といってしまうと大袈裟ですが、私は話題を変えました。
 関係のない人に迷惑をかけるのは、私自身が許せませんでしたから。

菫「あ、はい、ありがとうございます。
 私も少し手伝ったところとか、あるんですよ」

梓「凄いですね……私より若そうなのに、私では敵いそうにありませんね」

菫「そ、そんなこと無いですよ!」

梓「ですから、お気遣いは結構ですって」

 我ながら、今の私は意地悪だと思います。
 気遣われても仕方のない発言をしておきながら、これですから。

211: 2012/02/07(火) 09:50:08 ID:5Gt5cyX20

菫「あ、いえ、すみません」

梓「……謝らないでください、私が悪いんですから」

菫「その、梓様が気に病むことは、無いと思うんです……」

梓「えっ?」

 私より若い使用人の子にそんなことを言われてしまうとは、我ながら情けなくて仕方がありません。
 尤も、私の精神状態は他者の言葉無しで救うことが出来ない状態だったのですが。

菫「あっ、出過ぎた真似をして申し訳ありません!」

梓「いえいえ、少し元気が出ましたから」

菫「すみません、ホント……」

菫「あ、そういえば、お嬢様が連れて来たという、あの茶髪の女性をさっき見かけたんですが……梓様のご友人、ですよね?」

 唯先輩のことでしょうか。
 私は一日振りとはいえ、唯先輩と出会えることに心を躍らせていました。

梓「はい!あの、どこで見ましたか!?」

 現金なやつ、私って。

菫「えぇと、あの周辺を散歩しているようでしたけど……」

梓「ありがとうございます!」

 私は菫さんに言われた場所へと、走っていきました。
 しかし走っている最中、私の心は既に静まっていました。
 唯先輩に会いたかったのは確かなのですが、それ以上に憂のことが大半を占めていたからでしょう。

菫(……これでいいんですよね、確か)

212: 2012/02/07(火) 09:50:39 ID:5Gt5cyX20

―――
――――――
―――――――――

 菫さんに言われた場所へと着いた私は、早速唯先輩を探しました。
 夜でも照明が点いていて、辺りは明るいので周りを見渡すのに苦労はしませんでした。
 しかし、唯先輩の姿はどこにも見られませんでした。

梓「……唯先輩……どこ、ですか……?」

 その時。
 後ろから、いつもの感触。
 いつもの声。
 いつもの温かさが、私を包み込んできました。

唯「あーずにゃん!」

 やっと会えた。

唯「あれ、あずにゃん、泣いてるの?」

梓「もう……唯先輩のせいなんですからね!
 唯先輩が、いないから……ゆいせんぱいぃ……!」

 私は向きを変え、正面から唯先輩に抱き付きました。
 いつもとは、逆。

唯「うおぉ、あずにゃんが甘えん坊だ!」

梓「ふざけないでください!
 私は、真剣に唯先輩に甘えてるんです!」

213: 2012/02/07(火) 09:51:10 ID:5Gt5cyX20

 私らしくもない言葉たちが、夜の静かな庭に響きます。
 やはり今日の私は、少しおかしくなっているようです。

唯「……うん、ごめんね、あずにゃん。
 全部ムギちゃんから聞いたよ。
 本当に辛い想いさせちゃったね、本当にゴメンね……」

梓「本当に……辛かったんですから……。
 今でも、苦しいんですから……!」

 辛い、苦しい、心が潰れてしまいそう。
 私は今初めて、自分の中に溜めこんだ感情を唯先輩に吐き出していました。

唯「憂はあずにゃんのことを信じてたから、あんなことをしたんだよ?
 私達を助けるために、自分の命を投げたんだよ?」

梓「わかってます……でも、私が……私が頃したことには、変わりありません……!
 本当に、ごめんなさい……!」

唯「憂も、そのことはゴメンって謝ってると思う。
 あずにゃんに辛い役をさせて、ごめんねって」

梓「でも、あの時一番有効だったのは、やっぱりああいうことで……!」

 ここで唯先輩の抱きつく力が、少し強くなりました。
 それ以上言うな、私にそう言っているのでしょう。

214: 2012/02/07(火) 09:51:42 ID:5Gt5cyX20

 唯先輩は私が落ち着くと、その力を緩めました。
 そして話は、昨日の入れ替わりのことへ移っていきました。

唯「……あんまり、憂を責めないであげてね。
 もう、責めていないのかもしれないけど、これだけは言わせて」

唯「私と憂が入れ替わったのは、これが始めてじゃないの」

 えっ?

 私は少なくとも、それに気づいていません。
 私が入れ替えに気づいたのはたった一度なのです。

唯「それに、最初に入れ替わったのは私の意志なんだ……えへへ」

 つまり今回とは逆で、唯先輩の意志で憂と入れ替わったということです。
 しかしいつ、それは何のために入れ替わったのでしょう。

唯「あの夜、あずにゃんと一緒に逃げたよね」

 私が憂―――ただし唯先輩が入れ替わった―――と一緒に逃げた夜、というのは一つしかありません。

唯「廃ビルの中、どんどん近づいてくるストーカーさん……私も怖かったよ」

 そう、あれは私が初めて所有者に追われた夜のことでした。
 ストーカーから守ってもらうために、唯先輩の家にあがらせてもらった、あの日。

215: 2012/02/07(火) 09:52:10 ID:5Gt5cyX20

唯「恐怖であずにゃんが壊れちゃいそうだったから、ちょっと、その……ゴメンね、急だったよね、あれは」

 あの夜、私は氏への恐怖で心が壊れそうになった時がありました。
 生きることに執着を止め、氏を受け入れようとも思ってしまった時。
 ただひたすらに、憂に謝ることしか出来なくて、泣いてしまった時です。

 あの時、私は初めてのキスをしました。
 その際の相手の顔を見てはいませんが、私はされました。

唯「ああすれば、持ち直してくれるかなーって……うん、やっぱり謝る。
 ゴメンなさい!」

 私は、その感触を今でも覚えていました。
 その優しくて、柔らかくて、温かいソレを。

唯「あずにゃんのファーストキス?を奪っちゃったのは私なの。
 本当にゴメンなさい!
 もっと好きな人にして欲しかったよね、本当に、本当に……」





 唯先輩が次の言葉を出す前に、私はその口を塞ぎました。
 ああ、この感触、間違いありません。

 あの時は、本当にありがとうございます、唯先輩。





 唯先輩はきょとんとした様子でした。
 まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、ただ呆然としてました。

216: 2012/02/07(火) 09:52:43 ID:5Gt5cyX20

 少し時間を置くと、唯先輩は理解したのでしょう。
 唯先輩の顔は途端に赤くなり、あたふたとし始めました。
 両手で真っ赤な顔を覆い、えっ、えっ、と慌てた言葉を漏らしながら、
 じたばたしている唯先輩は、いつでも恥ずかしさで氏んでしまいそうな様子でした。

 そんな唯先輩をぎゅっと片手で抱き寄せて、もう片方の手で顔を覆っている唯先輩の手を外しました。
 そして私はその顔を、その目をじっと見詰めながら、その人の名前を呼ぶのです。

梓「……ゆーい先輩!」

唯「ええと、あずにゃん……?
 一体何をしたのでしょうか、何が起きてしまったのでしょうか……?」

梓「知ってます?
 キスって、大好きな人にしか、しちゃいけないんですよ?」

 しどろもどろになった唯先輩の顔に、私は自分の顔を近づけ、こう呟くのです。



梓「私達両想いですね、唯先輩!」



 唯先輩の顔が更に赤くなり、体中が熱を帯び始めました。
 頭の上から湯気があがりそうなほど、唯先輩は熱くなってました。
 そして今にも倒れそうなほどに、クラクラしていました。

217: 2012/02/07(火) 09:53:13 ID:5Gt5cyX20

唯「ぐふあ……!
 あずにゃん、それ、氏んじゃうよ私……!」

梓「氏んじゃえです。
 でも、ここで氏んだら、きっと後悔しちゃいますよ?」

 こんなことよりも、もっと大きな幸せをあげますから。
 このゲームが終われば、絶対にそうしてあげますから。

唯「もう……あずにゃん、私、まだデッドエンドしたくないんだけど!」

梓「大丈夫です。
 唯先輩の日記はもう、私との幸福しか書きませんから!」

唯「ぐうっ!?今日のあずにゃん、強敵だよ……。
 その、本当に、私でよかったの……?」

 今更、その質問ですか。
 答えは決まっていますよ。

梓「はい。あの時のキスも嬉しかったですよ、唯先輩」

唯「むむむ……あずにゃん!
 私もあずにゃんのこと、大好きなんだからね!」

 はい、わかってますよ。

梓「ふふ……唯先輩、可愛い」

唯「もう私、十回以上は氏んでるよ……」

梓「じゃあ後二十回は氏んでもらわないと、ダメですね」

 私のこういう言葉の一つ一つに唯先輩はやられているようでした。
 このままでは後二十回なんていうのも、あっという間なのかもしれません。

218: 2012/02/07(火) 09:53:40 ID:5Gt5cyX20

―――
――――――
―――――――――

 体中が火照った私達は今にも倒れそうでした。
 流石に暑くなりすぎた体は、まだ暑さ残る夜を過ごすには辛くなってきたので、一旦お互いを離しました。
 決して涼しくない夜の空気も、今の私達にとっては体を震わせる冷気となって、体中に触れてきます。

梓「それにしても……何であの夜、唯先輩は入れ替わったんですか?」

 私は、憂が唯先輩と入れ替わった理由はよくわかっていましたが、唯先輩が憂と入れ替わった理由をまだわかっていませんでした。
 私を守るためなのか、憂を守るためなのか、他の理由なのか。
 頭の中に様々な憶測が飛び交いますが、まずは唯先輩の話に集中することにしました。

唯「あずにゃんを守るのは、私の役目だと思ったし……。
 それに、憂を危険な目にあわせるのは、嫌だったから」

 私だけでなく、憂だけでなく、二人を守るため。
 それが唯先輩を行動させた理由でした。
 心の底から嬉々とした気持ちが湧き上がった私は、いつもとは逆で、唯先輩「に」抱きついていました。

 唯先輩はまた少し照れていましたが、顔を赤くしながらも話を続けてくれました。

唯「……憂には反対されちゃったんだけどね。
 だから、眠くなるお薬をちょーっとだけ、ね?」

梓「それをいつ飲み物に混ぜたんですか?」

唯「寝る直前。憂とあずにゃんが部屋に入った後、一回憂が部屋の外に出たでしょ?
 そのときにこの提案をして、睡眠薬を飲ませて、憂を私の部屋に運んで……。
 そして憂の部屋に戻ったのは、私だったのです!って感じかなあ」

219: 2012/02/07(火) 09:54:19 ID:5Gt5cyX20

 私はその時のことを思い出しました。
 確か、唯先輩が一緒に部屋に来るのでは、と警戒していたはずです。
 そして部屋に入って来たのが憂だけだったので、安心した覚えがあります。
 しかしその憂が、実は唯先輩だったとは。

唯「帰ってきて、お風呂に入った後、すぐに私の部屋にいる憂を起こしたよ。
 そして全部説明したの。
 そしたら怒られちゃった、危ないでしょ、って」

唯「今思えば、その事があったせいなのかもしれないね。
 昨日憂が、私と入れ替わった理由って」

 唯先輩の赤くなっていた顔に、陰りが見え始めました。
 私はその顔を覗こうとしますが、視線を逸らされてしまいました。

唯「憂は本当に私を大切に思ってくれたから……。
 私も、憂のことを大切に思っているのにね」

唯「うん、だからこの前の夜と逆のことを、憂にされちゃったんだ。
 だから憂も、氏んでしまったんだよ゛ね゛……!」

梓「……唯先輩……?」

唯「私ね゛……憂に、迷惑ばっがりかげでたから゛……もう会えな゛い゛なんて、信じだぐなぐてね゛……!
 でも、そんな゛我侭ばっがりじゃ、憂も怒っちゃう゛がら゛……怒っぢゃうがら゛……!」

 唯先輩は抱き付く私を抱き締め返しながら、泣き崩れてしまいました。
 相変わらず泣き顔を見せようとはせず、そっぽを向いていました。

梓(当然、だよね……大切な妹を、亡くしてしまったんだもんね……)

 私は唯先輩を抱き締めながら、背中をとんとんと優しく叩き、そしてそっと撫でました。
 いつもとは何もかもが逆でした。

梓「もう……何で、慰めてた唯先輩が泣いてるんですか」

唯「だっでぇ……!」

 わんわんと泣き喚く唯先輩を、私は必氏に慰めていました。
 さながら私は、唯先輩の保護者のようでした。

220: 2012/02/07(火) 09:54:57 ID:5Gt5cyX20

―――――――――
――――――
―――

菫「……お嬢様、流石にこれ以上はいけません」

紬「そうね」

菫(お嬢様に頼まれて、唯様と梓様を会わせたまではいいとして……。
 何故あのやり取りを、お嬢様はカメラで記録しようとしていたのだろう)

紬「……やはりこれは、あの二人の記憶だけに残しておきましょ。
 ええと、ここを押せば、記録が消えるのかしら?」

菫「あ、はい」

紬「うん、これで大丈夫ね!
 じゃあ、部屋に戻りましょう」

―――
――――――
―――――――――

221: 2012/02/07(火) 09:55:32 ID:5Gt5cyX20

 私達は近くにあったベンチで寄り添いながら座っていました。
 私の左手が唯先輩の右手とぶつかったと思うと、どちらからというわけでもなく、その手を重ねていました。
 その手は不安で一杯でしたが、やはりまだ、温かいものでした。

梓(私達はお互い守って守られているんだ。
 憂だって、同じ。
 だからこれからもずっと、私は唯先輩を守っていこう)

 心の中で、改めて私は決意しました。
 しかし憂との約束を必ず果たすという意志を心の中で決めた一方で、私は憎しみの炎を心の奥で滾らせていました。

梓(4th……。
 澪先輩は愚か、憂を頃し、ムギ先輩や唯先輩を悲しませるなんて……。
 許せない、絶対に……!)



―――絶対に正体を暴いて、罪を償わせてやる。



 私は唯先輩を、私の部屋に連れて行き、そして同じベッドで横になりました。
 ベッドに入った唯先輩が、まるで赤ん坊のように私に甘えてきたので、私達は軽い口付けを交わしました。
 すると安心しきったのか、唯先輩はすぐに深い眠りに落ちていきました。
 私はそんな唯先輩にそっと抱きつきながら、ゆっくりと目を瞑りました。

222: 2012/02/07(火) 09:56:00 ID:5Gt5cyX20

―――
――――――
―――――――――

 穏やかな朝がやってきました。
 私は、どうにも慣れないほど柔らかいベッドの上で、そっと目を開けました。
 大きくて、とても澄んでいる窓からは、温かい太陽の光が差し込んできています。
 その光は私の意識を覚醒させるのに丁度よく、また私の心を静めるのにも丁度よいものでした。

 隣で寝ていた唯先輩は、既にどこかへ消えていました。
 珍しいことに唯先輩より遅く起きた私は、昨日ムギ先輩が用意した服に着替え、その部屋を後にしました。

 部屋を出ると、改めてここが豪邸なのだと実感させる廊下がありました。
 いくつもの部屋が、いくつもの窓が、その広さを実感させます。
 部屋とは反対側につけられた窓からは、この町全体が見渡せるようでした。
 昨日初めて訪れた町でしたが、その風景はどこにでもありそうなもので、決して何かの観光名所があるような町には見ません。

 私は廊下をどちらに進めばよいのかわからず、しばらく行ったり来たりを繰り返していました。
 すると、昨日からお世話になっている使用人の方が私に話し掛けてきました。

菫「あっ、梓様、起床なさったのですね。
 おはようございます」

梓「あ、どうも、菫さん」

菫「お嬢様とそのご友人が、食堂でお待ちです。
 朝食の用意は出来ていますので、参りましょう」

223: 2012/02/07(火) 09:56:30 ID:5Gt5cyX20

 菫さんに案内され、私は食堂へ向かうことになりました。
 階段を一段、また一段と下っていると、その度に昨日の出来事が鮮明に思い出されてきたのです。
 しかし私はそれを振り払うことなく、受け止めていきました。
 私は決めたのです、憂と一緒に唯先輩を守る、と。

 しばらく歩くと、中から賑やかな声が聞こえる部屋の前に到着しました。
 菫さんが扉を開けると、そこには私が望む、いつもの日常の一片があったのです。

唯「あっ、あずにゃ~ん!」

紬「おはよう、梓ちゃん。
 よく眠ることは出来たかしら?」

梓「あ、はい、おはようございます。
 大丈夫です、お陰様でよく寝ることが出来ました」

紬「ふふ、私は何もしていないわ。
 お礼を言うなら、唯ちゃんに、ね?」

梓「……そうですね……」

 菫さんは、その様子を見て安心したのか、少し微笑むと扉をゆっくりと閉めました。
 私達だけの時間を感じ取って、気遣ってくれたのでしょうか。
 あの歳で、よくそこまでのことが出来るなと、思わず私は感心してしまいました。

224: 2012/02/07(火) 09:57:04 ID:5Gt5cyX20

梓「あのメイドさん、可愛いくて働き者ですよね」

紬「ありがとう、私もそう思うわ」

 扉の外から、咳払いが聞こえてきました。
 彼女は私とムギ先輩の声を聞いてしまって、照れているのでしょう。

 私とムギ先輩がその音を聴き逃すことなんてなく、思わず笑ってしまいました。

唯「ねえあずにゃん、そんなことより一緒に朝ご飯食べようよ~!
 私お腹ぺこぺこだよ!」

梓「そうですね、食べましょう!」

 私達三人は、この豪邸に似合う朝食を食べ始めました。
 つまりその朝食は非常に豪華で、美味しくて、美味しくて、美味しいのでした。

 二人と食卓を囲みながら朝食を楽しむのは、とても楽しくて、ついつい放課後の気分に浸りそうになるほどでした。
 ここに憂がいたら更に楽しかっただろうな、とも思いましたが、それはやめました。
 途中、ムギ先輩が昨日のことで謝ってきましたが、私と唯先輩はそれを責めることなく、すぐに許しました。

 ムギ先輩は許しを得た瞬間に、涙をぶわっと目に浮かべ、

紬「ありがとう……!」

 と、一つ言葉を零すと、俯きながら泣いてしまったのでした。
 唯先輩は立ち上がり、ムギ先輩の方へと寄ると、そっとその体を抱き締めていました。
 これが唯先輩の慰め、なのでしょう。
 私も席を立ち、ムギ先輩の髪をゆっくりと撫でました。
 綺麗で柔らかい髪の間を私の指がするすると通り抜けていく様は、私の思っていたムギ先輩と同じものでした。

225: 2012/02/07(火) 09:57:29 ID:5Gt5cyX20

 朝ご飯を食べ終わった私達は、三人一緒に食堂を後にしました。
 エントランスに置いてあるソファに唯先輩が腰掛けると、なし崩し的に私達二人もその近くのソファに座りました。

唯「おいしかったよ、ムギちゃん!
 ありがとうね!」

紬「そんなに言ってくれるなんて、私も嬉しいわ~」

梓「本当に美味しかったです!」

紬「二人とも満足してくれたようで、本当に良かった!
 ところで、今日はどうするの?
 学校に行く?」

 私はうっかりしていました。
 そういえば今日も、学校はあるのです。
 携帯を取り出し、時刻を確認します。
 急げば、まだ間に合うかもしれない時間でした。

梓「私は行ってみようかと思います」

唯「私も!りっちゃん一人だから、心配してるかもしれないし」

紬「そうね。私も行くわ!」

226: 2012/02/07(火) 09:58:13 ID:5Gt5cyX20

 そう言うとムギ先輩は、すぐ近くにいた執事さんを呼び、何かを頼みました。
 数分後、この屋敷の外から車の音が聞こえてきました。

紬「車を手配したから、今からすぐに各々の家に行って、学校の準備をしてちょうだい。
 ご両親には私の家に泊めたって連絡してあるから、何の説明もいらないと思うわ」

 いつの間にかムギ先輩は準備万端なようでした。

 私達は用意された二台の車にそれぞれ乗り、家を目指しました。
 黒く高貴な光を放つそのボディは、まさしく高級車のもの。
 きっと私が一生頑張って働いても、この車を二台も買うことなど夢のまた夢なのでしょう。
 一台買えるかどうかも怪しいものです。

 因みに私の車にはムギ先輩が同乗しています。
 家での準備を終えたら、一緒に登校することになっているのです。
 唯先輩も付いて行きたいと言っていましたが、それでは本末転倒もいいところ、
 私達全員が遅刻するということになってしまいますので、お断りしておきました。

 昨日乗った電車の線路沿いを車が走っていると、その線路に電車が走ってきました。
 私はあの電車の中で、何を思っていたのでしょう。
 ムギ先輩を救おうとしていたのでしょうか、唯先輩を救おうとしていたのでしょうか、憂に謝ろうとしていたのでしょうか。
 決まっています、それら全てを望んでいたのです。

梓(そういえば、憂に謝れなかったな……)

 一つ後悔してしまうことがあることを、私は思い出しました。
 昨日の朝にした、純との会話が記憶から呼び覚まされます。
 あの時の純の言葉を、素直に受け入れておくべきでした。

梓(憂は学校に行っていないだろうから、純から話聞いてないよなあ……)

227: 2012/02/07(火) 09:58:54 ID:5Gt5cyX20

 昨日私は、私が憂に謝ろうとしていたことを伝えるようにと、純に頼んだのでした。
 その時純は、電話で言えばいいじゃんと言いましたが、それを聞き入れずに純の言う「変なプライド」に邪魔されて、
 私はそれを拒否しました。
 それでも純は私の願いを聞き入れてくれたようで、伝えてくれると約束してくれました。

 しかし学校に憂は行っていません。
 純へ預けた言葉は、憂に届いていないのです。

梓(ほんと、何やってんだろ、私……)

 隣に座るムギ先輩が、こちらを心配そうな目で見詰めていることに気づくことなく、私は窓の外を見ていました。
 車は走りつづけ、その窓に映る景色は次々と変化していきました。
 その景色は徐々にですが、私の知るものになっていき、そして私の家へとなるのです。

 家に到着した私は、親と少しの会話を済ませ、授業の準備を急いで済ませます。
 そして外に待たせていたムギ先輩と共に、学校へ走り始めました。
 意外と時間が無かったのです。
 この分だと、唯先輩は確実に遅刻することでしょう。

228: 2012/02/07(火) 09:59:22 ID:5Gt5cyX20

―――
――――――
―――――――――

 いつも通りの教室に、いつものように入ると、いつものように友人から挨拶されたり、
 昨日休んだことへの心配をされたり、何はともあれ、いつも通りの日常がそこにはありました。
 若干来ていない人が多い気はしますが、まだ授業開始まで時間はあるので、問題は無いでしょう。
 とはいえ、私は絶対にここへ来ないクラスメイトがいることを知っているのですが。

 唯先輩は、憂の氏を皆に知らせずに隠そうと言っていました。
 憂があの日、唯先輩と入れ替わる直前に、そのようにして欲しいと言っていたそうです。
 ただ、普通に憂の氏を伝えようにも、氏体は消え去っていますので、それは元々難しいことでした。

 後少しで授業が始まるという時間に、私が一番話をしておきたかった友人が教室に入ってきました。

純「おはよー、梓」

梓「おはよう、純。何とか間に合ったね」

純「遅刻は一度もしないと、決めた女ですから!」

梓「無理だと思うけど?」

純「何をー!」

 朝一番の私の日課でした。
 これで問題ありません、純の扱いはこれで正しいはずです。
 これが日常なんです。

229: 2012/02/07(火) 10:00:22 ID:5Gt5cyX20

純「てか、そんなことの前に、梓は具合よくなってんの?」

梓「学校来れるぐらいにはなってるよ。
 それでさ、憂には伝えてくれた?」

 伝えていないことはわかっていましたが、自然な流れを作るためです。

純「それがさ、憂も昨日休みでさ」

梓「あー、今日も休みみたいだしね」

純「大丈夫かねえ、憂」

梓「……うん、大丈夫だと思う……」

 まさかここで、憂は氏んでいるなんて言えるはずがありません。
 そうなのですが、私は憂が大丈夫といった類の言葉を吐き出す度に、心が重苦しくなってきます。

純「一応さ、憂にはメールで“梓が謝りたいことあるってよ”って送っといたから」

梓「えっ、本当?」

 予想にも反して、私が謝りたいということは憂に伝わっていたようでした。
 その事実があるだけで、私は救われたような気持ちになりました。

純「それで返事がさ、“うん、わかった。私からも謝りたいことがあるって伝えておいて”だってさ。
 あんたらどんな喧嘩したの?」

 憂が謝りたいこと、とは何でしょう?
 やはり唯先輩と入れ替わったことでしょうが、今の私からすれば、それは取り立てて責めるようなことでもありません。
 当時の私がおかしかっただけであって、憂から謝る必要は何一つないと、私は思っています。
 それでも憂が謝りたいと言っているのですから、憂は本当に私のことも大切に思ってくれているんだなと、
 改めて認識させられました。
 私は教室の外に広がる青空のどこかに憂がいることを信じて、そっと感謝の言葉を呟きました。

230: 2012/02/07(火) 10:00:50 ID:5Gt5cyX20

―――
――――――
―――――――――

 授業が全て終わり、放課後となりました。
 私は純と少しの会話をしながら、部室を目指していました。

 純は憂のことを気にかけていましたが、私は大丈夫だよ、とだけ返事しておきました。
 あまり具体的なことを言えるほど、私は嘘を作るのが上手ではないと思っているからです。

 純と憂は中学時代からの友人でしたから、他の友人以上に大切に思っているのでしょう。
 それでも私を親友と言ってくれたことに関しては、いくら感謝しても感謝しきれません。

 まあ、実際に感謝の言葉なんか言わないんですけど。
 相手は純ですから。
 別に、恥ずかしいということでは、ありません、きっと。

 純とも別れ、部室への階段を一段一段上っていきます。
 昨日あんなことがあった二人と、澪先輩が心配な律先輩しかいないはずですから、
 部室の空気は暗く重苦しいものになっている、と私は勝手な想像をしていました。
 それを何とかして払拭するのが私の役目と、また勝手な想像を膨らませます。

 いざとなれば猫耳も辞さない方向を頭の中で示した上で、私は部室の扉を開きました。

唯「あっ、あずにゃん!」

 私の勝手な想像は簡単に崩れ、目の前の現実に上書きされていきました。
 さっきの猫耳がどうだとかいう考えは、とうに捨てています。

231: 2012/02/07(火) 10:01:57 ID:5Gt5cyX20

 思った以上に、明るく楽しい空気がそこにはあったのです。

律「遅いぞ梓、さっさと座ってティータイムだ!」

紬「私、お茶淹れるわね~」

 澪先輩がいなくて寂しいはずなのに。
 嵌められたとはいえ、友人を辛い目にあわせてしまったというのに。
 実の妹を、失ってしまったというのに。

 この人たちは、そんな悲しみの色なんて全く見せず、こうして振舞っているのでした。

梓「あの……澪先輩は……?」

 私は慎重に律先輩にそのことを聞きました。
 もし、まだ何か悲しんでいるようなことがあれば、強がることをやめるように言うつもりだったのです。
 しかし、そんな心配は無用のようでした。

律「それがさー、全然見つかんねえんだ。
 だから私はあいつをいつまでも待つことに決めた!」

梓「待つって、どこで待つつもりなんですか?」

律「そりゃ、ここに決まってんだろ」

梓「でも先輩達、卒業しちゃうじゃないですか」

律「学校で待つんじゃねえよ。
 私は、放課後ティータイムで待つって言ってんの」

232: 2012/02/07(火) 10:02:26 ID:5Gt5cyX20

 ああ、なるほど、そういうことでしたか。
 私は律先輩の言葉に納得し、私も一緒にいいですか、と質問をしました。
 事情を知っている人からすれば、あまりに無責任な行動のように思えますが、律先輩はそれを快く承諾してくれました。
 私は残された律先輩も、救いたかったのです。

唯「私もね、ずっと待つからね!」

紬「私も待つわ、りっちゃん!」

律「お前ら……!」

 律先輩の目には、確かに少しの涙が浮かんでいました。
 でもこの涙は、悲しみの涙ではありません。
 言うならば、感動の涙。

 その涙は、この世界に形を持って現れた、放課後ティータイムの絆の証のようでした。

律「よし、私達はどこまでも突っ走って、有名になろうぜ。
 そして、武道館でライブをするんだ。
 そこで叫んでやるんだ、澪、お前の場所はここだー!ってな」

紬「それカッコいいわ~、りっちゃん!」

唯「うん、すごい良い考えだと思うよ!」

梓「そうと決まったら、練習ですね!」

律「お……おう、そうだな!」

梓「何ですか、今の間は!?」

 今までにないぐらい、軽音部が一つになっていました。
 それは澪先輩がいなくなったから、という理由で片付けるにはあまりに寂しいのですが、言ってしまえばそうです。
 しかし澪先輩がいなくなった、というのは一つの見方に過ぎなくて、私達は澪先輩もいる放課後ティータイムを目指している、
 という見方をしていることを言っておきます。
 私達は澪先輩がいつ帰ってきても恥ずかしくないよう、これから全力で練習に励むことでしょう。

 ゴメンなさい、練習に関しては不安です。

233: 2012/02/07(火) 10:02:54 ID:5Gt5cyX20

 私達は円陣を組み、気合を入れていました。
 これからは練習とティータイム、どちらも大切にするぞ!と律先輩が叫ぶと、私達はそれに応えるように叫びました。
 練習重視にして欲しいことは、言うまでもないのですが。

 そんなところで、扉がガチャリと音を立てて開きました。
 あまりに突然の来客でしたから、円陣を急いで解こうとしても間に合いません。
 結果として私達は円陣でもない、なにやら不思議な陣を完成させてしまいました。
 そしてその来客にも、そのヘンテコな陣は見られてしまったのでした。

和「……何やってるの?」

 和先輩のリアクションは、非常に正しいものでした。
 誰が入ってきても、同じリアクションをしていたに間違いありません。

 律先輩が和先輩に説明をし終えると、納得しつつも、やはりさっきのヘンテコな陣には呆れているようでした。

和「まあ、それがあんた達なんだけどね」

 ちょっと複雑な気持ちになるような言葉を言うと、和先輩は思い出したように自分のポケットの中を漁り始めました。
 和先輩が目的のものを小さなポケットから取り出そうと奮闘している時でした。

 私は思い出したのです。
 そして、私は震え戦きました。

 私の、日記と共に。

 氏神の鎌は、私の首元を確実に捉えていたのです。
 その氏神の名前は、





―――真鍋 和。





第五話
「こくはく!」
-完-

241: 2012/02/11(土) 17:10:48 ID:2enc6Nyo0

 -第六話-

 和先輩がポケットから取り出したそれは、今話題のスマートフォンでした。
 これからの主流となるであろう携帯でしたが、そんなことはどうでもいいのです。

 和先輩がソレを取り出そうとした時に、日記が書き換わった。
 これは即ちどういうことを意味するのか?

 答えは考えるまでもありませんでした。

梓「……あなたが4thだったんですね……!」

 私の声は怒りで震え、いつも先輩達に練習を促すような声ではありませんでした。
 声の音量こそ、それはすぐに消えてしまいそうなものでした。
 しかし確実に和先輩には聞こえる、その程度のものでした。

 和先輩に届かなければ、意味の無い言葉ですから。

242: 2012/02/11(土) 17:13:55 ID:2enc6Nyo0

 和先輩は相変わらず自分の携帯を操作していました。
 空気が張り詰めてきます。
 唯先輩とムギ先輩にも私の声が聞こえたはずですから―――いや、聞こえる前から気づいていたかもしれない―――目の前の
 女子高生が、私達の敵であることを認識しているはずです。
 唯一、今の状況が何もわからない律先輩でも、空気の変化は感じ取ったようでした。
 しかし、何もわからないということは実に孤独で、同時に不安で、恐怖でありました。
 律先輩は一人、顔を真っ青に震えていました。

 いえ、私達三人も、顔は真っ青だったかもしれません。

 そんな私達に構わず、和先輩は携帯の操作を続け、その携帯の画面を私達に向けました。
 その画面に映っていたのは和先輩でした。
 つまり今映っているのは、カメラを通した自分。

和「あら、間違えた。
 こっちを先に見せた方がよかったわね」

243: 2012/02/11(土) 17:14:23 ID:2enc6Nyo0

 慣れないことはするものではないわね、と和先輩は呟くと、また携帯の操作を始めました。
 そして操作を終えると、再び私達に向けて携帯の画面を向けていました。

 そこに映っていたのは、刃物や鈍器を持った多数の女子高生、そしてそれに囲まれた一人の男性でした。
 その男性を見たことはありませんでしたが、私はどこか違和感を感じていました。
 見たこと無いのに知っている感じがする、と。

 その違和感の正体は、すぐにわかりました。

紬「何で……お父様が……?」

 その男性はムギ先輩のお父さんでした。
 なるほど、どこか知っている感じがしたのは先輩と似ているからでした。

 ムギ先輩のお父さんがいるところは、今の時間帯だというのに薄暗い場所でした。
 建物と建物の間、でしょうか。
 通行人など全く見られず、いるのは多数の女子高生、ムギ先輩のお父さん、その部下と思われる男性二人だけでした。

和「今、ムギのお父さんの命は、私が預かっているわ。
 私がちょっと指示すれば、あそこにいる女子高生たちが簡単に頃してしまうの」

唯「何で、そんな酷いことを……!?」

和「何でって……私が4thであるからよ?」

244: 2012/02/11(土) 17:14:57 ID:2enc6Nyo0

 まるで答えになっていませんでした。
 和先輩が4thであることと、ムギ先輩のお父さんを襲うことに何の関係があるのでしょう。
 流石に唯先輩も、これには怒りで身を震わせていました。

唯「ムギちゃんのお父さんは関係ない!!」

和「そうかしら?
 あの人はムギのお父さんであると同時に……6thよ?」

 私と唯先輩は、言葉を失ってしまいました。
 ムギ先輩が所有者ではなく、ムギ先輩の父が所有者。
 それはどういうことなのか、そもそも真実なのか、まるでわかりません。
 和先輩は知っているようでしたが。

和「信じられないって顔ね。
 それだけ信じられないなら、ムギに直接聞いたらどうかしら?」

紬「……」

 ムギ先輩は言葉を詰まらせていました。
 顔は和先輩が入ってきたときよりも青ざめ、絶望感が体を支配しているようでした。

唯「ムギちゃん……ゆっくりでいいから、説明してくれる?」

 唯先輩はムギ先輩の心を気遣いながらも、その疑問を問いました。
 ムギ先輩はその絶望感を必氏に頃し、ゆっくりと氏にかけの人間の様に話し始めました。
 
紬「お父様、が……お父様が、所有者だと、知った日のことよ……」

245: 2012/02/11(土) 17:15:25 ID:2enc6Nyo0

―――――――――
――――――
―――

紬「そんな危険なゲームに、お父様を無理矢理参加させるなんて……!」

紬父「落ち着きなさい、紬」

紬「今すぐ辞退して!」

紬父「それは出来ないことだよ、紬。
 私がゲームを辞退したとき、私はこの世にいないだろうからね」

紬「ッ!?」

紬父「それに、私は幸せだよ。
 娘が、こんなに幸せだったことに、気づけたのだからな」

紬「その日記には、私のことが書いてあるの……?」

紬父「ああ、お前の周りで起きたことが、お前の思ったように書かれている。
 それを見て私は改めて思ったよ。
 紬、お前をあの学校に行かせてよかった」

紬「……お父様、お願いがあるの。
 その日記というものを、私に預けて!」

紬父「何を……!?」

紬「私、お父様が命の危険にさらされるなんて知って、幸せなんて感じることは出来ないの。
 だから私にお父様の日記を、未来を預からせて!
 私が守っていれば、私は安心できるから!」

紬父「……そんなこと、許せるわけが……!」

紬「渡すまで、私は学校へ行かないわ」

紬父「っ!?」

紬「よく考えてね、お父様」

―――
――――――
―――――――――

246: 2012/02/11(土) 17:15:51 ID:2enc6Nyo0

紬「そう言ったら……次の日、お父様は私に未来を預けてくれたの。
 私は……お、お父様を……危険な目に……あわ……せたく……な……!」

 唯先輩は最後の言葉を聞く前に、ムギ先輩を抱き締めていました。
 それはいつもの放課後で私にしている抱擁ではなく、慰めの抱擁。

唯「ムギちゃん、説明してくれてありがと……頑張ってね、大変だったね……」

紬「ゆ……唯ちゃ……ん……!」

 唯先輩はムギ先輩を抱き締めながら、和先輩の方を睨みました。
 その目を見た私は、思わず身震いしてしまいました。
 唯先輩がしたその目を、私は見たことがありませんでした。

 軽蔑。
 見下げて、非難して。
 憎しみをぶつけて、疑念を抱いて。
 目に映るのは、幼馴染ではなく愚物で。

唯「許さない」

 その言葉が重くて。怖くて。
 私に向けられた言葉でないのはわかっていても。
 戦慄して。目を逸らして。
 復讐の鬼と姿が重なって。
 私は、また怖くなって。

247: 2012/02/11(土) 17:16:18 ID:2enc6Nyo0

 和先輩は眼鏡を一度外し、グラスを拭き始めました。
 それをまた付けて、唯先輩の顔を窺ったのです。

和「あら、その顔は眼鏡が汚れていたからじゃないのね」

 本当にそんな顔できるんだ、と和先輩はくすりと笑いました。
 私はそんな和先輩の言動が信じられませんでした。
 そして同時に、あの時の感情を思い出してしまったのです。

―――絶対に正体を暴いて、罪を償わせてやる。

 躊躇うことなくその感情を復活させると、強烈な吐き気が襲ってきました。
 何てことを考えているんだ、と。
 私の役目は、それではないのです。
 私の役目は、目の前の唯先輩を守り抜くこと。
 止めること、救うこと。

和「さて、と。入ってきていいわよ」

 部室の外に向けられた声に返事する代わりに、扉が開きました。
 その扉から現れた人物に、私は驚愕し、息を詰まらせませてしまいました。





純「……梓、ごめん……」

梓「純……!?」





 扉を開けて現れたのは、私の二人の親友の一人でした。
 顔は疲弊しきった様子でした。
 その手には通話中の電話が握られていました。

248: 2012/02/11(土) 17:17:01 ID:2enc6Nyo0

梓「純……何で……!」

 何でそっちにいるの、と私が言う前に私は言葉を遮られてしまいました。

純「煩い!梓なんか、もう……知らない……!」

梓「そんな……」

 私は心を見事に砕かれてしまいました。
 残った唯一の親友と呼べる人物に、裏切られた。
 実際裏切ったのか、そんなことはわかりませんが、私に感じられたものはそれと同じものだったのです。

 純はその手に握られた携帯の音量を上げていきます。
 その携帯から、徐々に徐々に声が聞こえてきました。

紬「……お父様!?」

 その声は、ムギ先輩のお父さんのものでした。

 和先輩はそれを確認すると、最初にしたようにカメラで自分の姿を映しはじめました。
 画面は私達の方へ向けています。

和「ムギのお父さん……いえ、6thに告ぎます。
 貴方の娘の命は、私が預かっています」

 そう言うと和先輩は、カメラをムギ先輩の方へ向けました。
 そのカメラには泣き崩れ、唯先輩にそっと抱き締められているムギ先輩が映っているのでしょう。

 このカメラはきっと、ムギ先輩のお父さんへ映像を届けるために撮影されているのです。
 リアルタイムでメッセージを送っているのです。

249: 2012/02/11(土) 17:17:34 ID:2enc6Nyo0

和「これを踏まえた上で、貴方と取引をしたいと思います。
 私達が出すのは、貴方の娘“琴吹紬”の安全。
 私達は早急に“琴吹紬”を解放し、今後一切その命を狙わないと約束しましょう」

和「そして貴方が出すのは、貴方自身の命。
 貴方を囲む子たちの攻撃に、一切の抵抗をしないでください」

 つまりムギ先輩を人質にし、ムギ先輩のお父さんである6thの命を奪うという策でした。
 和先輩は恐らく、この策が確実に成功すると踏んでいるのでしょう。
 何故なら今の和先輩は、極めて平常で冷静で、汗一つ垂らしていないのですから。

和「貴方の部下にも指示してください。
 通報するな。もし通報等をしたなら、私の娘の命は無い、と」

 純の持つ携帯から、声が聞こえました。

『……わかった……』

 それはムギ先輩のお父さんのものでした。
 音声だけは、こちらへ伝えられるようになっているようでした。

紬「止めて……お父様……!」

和「……やはり、まずは周りの部下から氏んでもらいましょう。
 それでいいですね?」

『何を……!?』

 和先輩はムギ先輩と、ムギ先輩のお父さんの様子を見て、またこの策が成功すると確信したようでした。
 つまり和先輩は二人の絆を確認したことで、自身の指令に絶対従うことを知ったのです。
 和先輩がほくそ笑んだところを、私は見逃しませんでした。

250: 2012/02/11(土) 17:18:27 ID:2enc6Nyo0

和「これは取引です。
 私は、取引というのは両者の合意と納得があってこそ成立するものだと思っています」

和「答えを出してください」

 ここにいた誰もが、同じことを思ったはずです。
 和先輩の言うものが本当に取引だとすれば、これは取引ではありません。
 合意など必要のない、ただの脅迫、或いは凶行でした。

『……すまない、二人とも……』

 その声は部下二人に向けられたものだと、私は咄嗟に悟りました。
 また和先輩から笑みが零れました。

 鈍い音が聞こえます。
 これは、肉を砕く音。
 何かを切る音が聞こえます。
 これは、肉を切る音。
 私が聞いたことのある音が聞こえてきました。
 これは、肉を刺した音。

 ぐちゃぐちゃぐちゃ。
 肉や骨が崩れて、混ざる音。

 映像こそありませんが、携帯から聞こえてくる音を聞いた私の頭には、地獄絵図のような光景が思い浮かんでいました。
 強烈な吐き気が私を襲います。

251: 2012/02/11(土) 17:19:21 ID:2enc6Nyo0

和「あら、梓ちゃんは音だけでもダメだったかしら」

 そんな私を見た和先輩は、私のことを嘲ていました。
 私は和先輩の目を睨むと、次に純の顔を窺いました。
 純のその顔は、普段私が見ているものとは違い、生気を失っていました。
 目は焦点が定まっておらず虚ろで、息は荒くなっていました。
 恐怖で顔は固まり、恐怖の表情すらもさせません。
 体と心の許容範囲をとっくに超えていた純は、外部からの情報を受容することを拒否しているのだと、私は悟りました。

 私よりも重症である純に、和先輩は気づいていません。
 いえ、私よりも近くにいる純に気づかないわけがありませんでした。
 だとすれば、あれはわざとあのままにしている、ということでしょうか。

 純がこうなることを知っていて、純にあの役目をやらせたのでしょうか。

 私は先程純に向けられた、裏切りに似た感情を全て和先輩への憎しみに昇華させました。
 次の瞬間、私はあの日の私を覚醒させていました。
 させてはいけなかったはずの、あの私を。

梓「真鍋ェェェーーーー!!!」

 憎悪が、部屋中を響かせました。
 壁を揺らし、窓を揺らし、その場にいた全員の鼓膜を揺らしました。
 外に聞こえてしまったかもしれませんが、そんなことを気にするほど、私は冷静ではいられませんでした。

252: 2012/02/11(土) 17:19:49 ID:2enc6Nyo0

和「そうそう、その顔ね。
 あの時、澪に対して同じ顔をしてたわね」

 真鍋和はそれでも冷静でした。
 たじろぐ様子もなく、淡々と事を進めていきます。
 ただ、彼女以外の人間は、私に驚きを隠せないでいましたが。

和「さて、琴吹紬さんのお父さん。
 貴方の番ですが、何か言い残すことは?」

 真鍋和はそんな周りに気にすることなく、電話に話し掛けました。
 今の私の叫びも恐らく、あちらへ伝わってしまったことでしょう。
 そのことに気づくと私は、途端に自分を取り戻し、自責の念に駆られてしまいました。

『紬、幸せにな』

 その声が聞こえた次の瞬間、電話が切られました。
 電話を切ったのは、





 純でした。
 純は、向こうからではなく、こちらから故意的に電話を切ったようでした。

253: 2012/02/11(土) 17:20:17 ID:2enc6Nyo0

純「……」

和「何で切ったの?
 耐えられなかったのかしら?」

純「……はい、そんなところです……」

和「そう、ならいいわ。
 そろそろ来るはずだし……あんた達も、確認すれば?」

 そう言うと、唯先輩はゆっくりと鞄から携帯を取り出しました。
 私も同じようにしました。
 ムギ先輩は自身の携帯ではなく、お父さんの携帯を取り出しました。

 メールが着ました。

#==========
From:デウス・エクス・マキナ[時空王]
Sub:6th敗北のお知らせ

 6th、外部の人間の手によって敗北。
 「-DEAD END-」

#==========

 それはムギ先輩のお父さんの氏を意味していました。

 ムギ先輩の持つ携帯には、もう未来予知が書かれていませんでした。
 確かに所有者6thは、ゲームに敗北したのでした。

紬「嫌……イヤよ……!
 お父様ァァァァァーーー!!!」

 ムギ先輩は携帯を手から落とすと、膝から崩れ落ちてしまいました。
 両手で顔を覆いながら、泣き叫びます。
 唯先輩が何とか慰めようと努力していますが、ムギ先輩に収まる様子はありません。
 その悲痛な叫びが、部室中を揺らし、私の憎悪を膨れさせました。

254: 2012/02/11(土) 17:20:57 ID:2enc6Nyo0

梓「何で……何で、こんな酷いやり方をするんですか!」

和「酷い?自分のことを棚に上げて、そんなこと言えるのかしら?」

梓「何のことを言っているんですか!?」

 すると和先輩は一枚のディスクを手に持ちました。
 それはムギ先輩の家で見たことのあるものでした。

梓「それは……!」

和「あんた達が澪を追い詰め、頃してしまう映像ね」

 それは真っ赤な嘘でした。
 しかしこの部屋には事情を知らない人がいます。
 つまり、和先輩はその映像を武器に、また私達を罠に陥らせようとしているのでした。
 恐らく純も、その映像によって和先輩に利用されている一人。

梓「その映像、ムギ先輩にも見せたようですね」

和「見せてはいないわ、真実を教えようとポストには入れたけど」

梓「そしてムギ先輩を利用した」

和「違うわ、あんた達の罪を償わせようとした……つまり正当な事なのよ」

梓「この映像は意図的に編集され、あなたの都合のいいように作られている」

和「その場しのぎの嘘ね。
 ここにあることは全て真実であって、ここにないことは全て偽りよ」

梓「ムギ先輩は私達を信じてくれました」

和「ムギを騙した、の間違いでしょ」

梓「違います、真実を知って、信じてくれただけです。
 デウスからのメールが、真実を表しています」

255: 2012/02/11(土) 17:21:22 ID:2enc6Nyo0

 私は携帯を操作し、そのメールを開こうとしました。
 しかしその行為の意図を、和先輩は簡単に悟ったのです。

和「それを皆に見せて、真実を教えるっていうつもりかしら?
 無駄よ、“サバイバルゲーム”なんて妄想を、誰も信じるわけがないわ」

梓「くっ……!」

 このメールを見て、私達の中に澪先輩を頃した人物がいないことをわかるのは、ゲームの参加者だけでした。
 つまり、これを武器に和先輩と戦うことは出来ないということでした。

和「全く……“デウス”とか“真実”とか、あなたの頭がおかしくなったんじゃない?
 だから、澪のことを頃しても平気でいられるのね」

 傍から見れば、正常なのは和先輩の方でした。
 しかし本当に正常なのは、私達の方。
 それを示す方法は、一切無いのですが。

 いや、冷静に見れば、どちらも異常なのでしょうけど。

和「さて、と。大体のことはわかったわね、律?」

 ここで和先輩は、律先輩に語り掛けました。
 律先輩は先程から沈黙を貫き通しています。
 この状況を理解できないから、そうなっているのだと私は思っていました。
 しかし今の和先輩の言動から考えるに、律先輩も和先輩に騙されているのではないか、という憶測が浮かびました。

256: 2012/02/11(土) 17:22:30 ID:2enc6Nyo0

 律先輩は拳を握り締め、額から汗をだらだらと流していました。
 今の律先輩の状況を説明するとしたら、自分の幼馴染を頃したのはやはり友人だった、というところでしょうか。
 恐らく、律先輩はここへ来る前に映像を見せられたのでしょう。
 それでも信じることの出来なかった律先輩が、私達と和先輩のやり取りを実際に見たのです。

 こういう結論に辿り付くのが自然といえます。
 しかし、それは偽りなのですが。

唯「りっちゃん……」

 ムギ先輩を何とか泣き止ませた唯先輩が、律先輩に話し掛けます。
 しかし、律先輩はぴくりとも反応しません。
 完全に私達のことを疑っているのでしょうか。

和「さあ、律。ここにいる人頃し達を捕まえるのを、手伝ってちょうだい」

律「……理由は?」

和「唯や梓ちゃんは澪を頃し、ムギはその二人を庇ったのよ?
 これは正当な行使……復讐なの」

 いつの間にかムギ先輩まで共犯に仕立て上げた和先輩が、律先輩に語りつづけます。
 先程のムギ先輩のお父さん惨殺に理由をつけた上で話している和先輩は、非常に狡猾で卑怯でした。

257: 2012/02/11(土) 17:23:10 ID:2enc6Nyo0

律「わかった、人頃しを捕まえればいいんだな?」

梓「律先輩!?」

律「黙ってろ、梓!」

 律先輩の今までにないぐらい大きな声が、私のそれ以上の攻撃を封じました。
 今の律先輩を動かすのは、怒りでしょうか憎しみでしょうか。
 それとも、仲間に裏切られた悲しみでしょうか。

紬「りっちゃん……和ちゃんの言うことを信じちゃダメよ!
 私達を信じて!」

律「今更、誰を信じろって言うんだ?」

唯「お願いだよ、りっちゃん、信じて!」

律「何を言われようと、私の考えは変わらないからな!」

唯「そんなあ……」

 律先輩まで和先輩の味方になってしまった唯先輩は、すっかり力を失ってしまったようでした。
 妹を失っても耐えることの出来た精神は、友人の寝返りが追い討ちをかけて、ボロボロになっていました。
 ムギ先輩も私も、そんな律先輩の言葉に苦しんでいました。

258: 2012/02/11(土) 17:23:37 ID:2enc6Nyo0

律「安心しろよ、すぐに楽にしてやる」

 律先輩が私の方へ歩いてきます。
 後ろに逃げようにも、そこには和先輩がいます。
 いわば私は、袋の鼠といったところでした。

 唯一の逃げ道といえば、窓でしょうか。
 しかし窓から下を見ると、私はあの光景を思い出してしまうのではないかと危惧していました。
 あの友人の氏を。

 律先輩が私の腕に掴みかかってきました。
 非常に強い力で、私の細めの腕は今にも折れてしまいそうでした。
 徐々に力を強めていき、私は痛みと悲しみでぼろぼろと涙を零してしまいました。

 しかし、そんな様子に躊躇することなく、律先輩は力を強めていきます。
 そして律先輩が、私に語りかけてきました。





律「絶対、離さないからな」





 次の瞬間、何と律先輩は入り口の近くにいた和先輩を突き飛ばしました。
 和先輩はそのまま後ろに倒れ、純も巻き込まれて倒れてしまいました。
 扉の前に道が出来たことを確認すると、律先輩は部室の外へ私を引っ張りながら走りだしました。

259: 2012/02/11(土) 17:24:05 ID:2enc6Nyo0

律「何してんだ二人とも、早く来い!」

 律先輩が部室に残った唯先輩とムギ先輩に向けて叫びます。
 その声で正気に戻ったのか、二人が部室から出てきました。

 そして私達四人は一目散にその場を後にします。
 途中、先生に注意されることもありましたが、気に留めることも無く走りつづけます。
 先の宣言どおり、律先輩は私の腕を離すことなく、私のことを引っ張り続けてくれました。
 そこで私は律先輩はやはり部長なんだな、と実感してしまいました。

梓「律先輩、痛いです」

律「そりゃ悪いな」

 私達は足を止めることなく、口を動かしました。

唯「りっちゃん、初めから私達を助けようとしてくれてたの?」

律「おいおい、お前ら軽音部の部長は誰だと思ってるんだ?
 この私だー!」

紬「今だけは頼もしいわ、りっちゃん!」

律「今だけってなんじゃーい!」

梓「ふふっ……相変わらずの律先輩でよかったです」

 廊下で歩く生徒から奇異の目で見られました。
 が、今はそんなこと気にせずに、私達は軽音部で、放課後ティータイムでありました。

260: 2012/02/11(土) 17:24:40 ID:2enc6Nyo0

律「あそこで言っただろ?
 何を言われても私の考えは変わらないし、誰を信じるかなんて初めから決まってるんだ」

 唯先輩が途中でへばっていましたが、律先輩の喝が入り、また走り出しました。
 今気づいたのですが、ムギ先輩は全員分のバッグを持ちながら走っていました。
 それでも私達に文句の一つも言わずに、ただついて来てくれていました。
 縁の下の力持ち、ムギ先輩にはそんな言葉が似合うな、と私はこんな事態の中で考えていました。
 私は律先輩に相変わらず腕を掴まれているので、律先輩にずっとついて行くしかありませんでした。

 昇降口まで来ると、律先輩は靴を履き替えるために、私の腕を離しました。

律「なあ、梓。今の私、ロミオになれたか?」

梓「はあ……?
 何意味のわからないこと言ってんですか?」

律「……やっぱロミオは、あいつにしか出来ないってわけか。
 ん、なんでもねえ、さっさと靴履き替えな」

 律先輩はそういうと、自分の靴箱の方へ走っていきました。
 今の質問がどういう意味なのかはわかりませんが、ちょっとだけ聞こえた「あいつ」という言葉が、
 誰を指しているのかぐらいはわかりました。

 私は急いで靴を履き替えると、もたつく唯先輩を急かさせていました。
 こんな時でも唯先輩は一つ一つの行動が遅くて、いつでもどこでも唯先輩でした。

261: 2012/02/11(土) 17:25:12 ID:2enc6Nyo0

 四人揃って外に向かい走っていると、校門の前に何かが待っているのが見えました。
 それはいつしか見た女子高生達でした。

唯「あれって、澪ちゃんのファンクラブの人達だよね……?」

梓「はい、私あの人に追われたことがあります」

 そこにいたのは、今は亡き澪先輩のファンクラブでした。
 ここで思い出したのですが、先程ムギ先輩のお父さんを囲んでいた女子高生も、確か会員だったような気がします。
 これは偶然でしょうか、それとも和先輩がファンクラブを支配したのでしょうか。

 私達が校門を出ようとすると、案の定その道を会員達が塞いでしまいました。
 学校から出さないようです。

 校門前にいる会員達の人数はおよそ20人。
 私達の人数では太刀打ちできる人数ではありませんでした。
 互いに何をするでもなく睨み合っていると、後ろからかつてない殺気だった気配を感じました。

262: 2012/02/11(土) 17:25:44 ID:2enc6Nyo0

和「やっと追いついたわ。
 律、これはどういうことなのかしら?」

 和先輩がやって来たのです。
 その後ろから、純が息を上げながら走ってきました。

律「ん?こういうことだけど?」

和「裏切るつもりかしら?」

律「おやおや、和も慣れない悪役に徹したせいで頭が悪くなっちゃったのかな?
 裏切るっていうのは、一度お前らの仲間にならなくちゃ出来ないぜ」

 律先輩は、あの和先輩を馬鹿にしたような口調で喋ります。
 こんな律先輩は、未だかつて見たことがありません。

律「嘘と勉強が大嫌いなりっちゃんには、そんなこと出来ないな。
 早い話、お前の仲間になった覚えは、ねえ!」

和「……そう。
 それは残念だわ」

 和先輩がそう言うと、右手をゆっくりと上げました。
 すると会員達も身構え始めたのです。
 これは次の瞬間に襲う、という合図なのでしょう。
 どうやら和先輩は、完全にファンクラブを支配しているようでした。

263: 2012/02/11(土) 17:26:22 ID:2enc6Nyo0

唯「待って、和ちゃん。
 この人達、澪ちゃんのファンクラブの人だよね?
 何で和ちゃんが仕切ってるの?」

 唯先輩は次の指令を断ちつつ、疑問をぶつけました。
 そう、この人達は澪先輩のファンクラブ、和先輩の手下でも何でもない。

和「ファンクラブはもう解散したわ」

唯「えっ!?」

 なんと、ファンクラブは既に解散したというのです。
 いつの間に解散したのでしょう。
 そもそも解散なんて、簡単に出来るものなのでしょうか。

和「私は生徒会長であると同時に、ファンクラブの会長だから」

唯「……そっか……全部、わかったよ和ちゃん」

和「理解が早くて助かるわ」

唯「それで、もう一つ聞いていいかな?
 私達を無事に帰すつもりは無いの?」

和「それは出来ないわ。
 何故なら私達は、あんた達に復讐するんだから」

 復讐、というのは恐らく澪先輩の復讐でしょう。
 それを利用し、元ファンクラブの子らを利用しているのです。
 先日のファンクラブの行動を見る限り、澪先輩をいわば狂信しているファンも少なくありません。
 その澪先輩が私達に殺されたと伝えられれば、その矛先が私達に向くのも当然といえます。
 更に言うのであれば、ファンクラブの創始者である曽我部先輩を頃したのも、私達でした。

 これ以上の恰好の相手が、果たしているでしょうか。

264: 2012/02/11(土) 17:26:51 ID:2enc6Nyo0

和「さて、唯と梓ちゃん。
 二人がこちらへ来れば、他の二人は助けてあげるわ」

唯「さっき言ってた、取引ってやつ?」

和「そうね、それと似ているものかもしれない」

 嘘。それは取引なんかではありません。
 立派な脅迫でした。

 唯先輩は自分を犠牲にすることは厭わないでしょう。
 しかし今の条件には、唯先輩を苦しめるものがありました。
 私も一緒に行く、という点でした。

 唯先輩はどうしても答えが出せないようでした。
 このままでは、四人とも命が危ない。
 先程の取引がありましたから、ムギ先輩の命だけは助かるのだと思いますが、それでも無傷というわけにはいかないでしょう。

 私は唯先輩にそっと囁きました。

梓「私は、唯先輩に一生ついて行きます」

 唯先輩だけに聞こえる声で、そっと。

唯「あずにゃん、それって愛の告白?」

 唯先輩は何故かこのタイミングで茶化してきました。
 普段の私なら怒りの言葉をぶつけていたところでしたが、今の状況はそんなことをしている暇などありませんでした。

265: 2012/02/11(土) 17:27:20 ID:2enc6Nyo0

梓「もう、それでいいですから。
 私は唯先輩に任せました」

唯「うう、軽すぎるよ、あずにゃん……」

梓「今の話は、非常に重いですから、私が軽くしておきました」

唯「気を利かせてくれたんだね?」

梓「そうです、唯先輩はそんなことにも気づかなかったんですか?」

唯「面目ない……そして、ありがとうあずにゃん」

梓「……はい、覚悟は出来ています……」

 私は唯先輩の意図を感じ取っていました。
 それはつまり、この二人を助けるということ。

和「結論は出たのかしら?」

唯「うん」

和「そう……教えて?」

 唯先輩はゆっくりと和先輩の方へと歩みを進めていました。
 私もその後に続こうと思った、その時です。

律「おっと、デコが滑ったーーー!」

 そういうと律先輩が和先輩へ頭から突っ込み、そのまま和先輩の動きを封じてしまいました。
 見事な頭突きが、和先輩の鳩尾に命中しました。
 そしてあの得意技、チョーキングではなく、チョークスリーパーで和先輩の首を確実に捕らえます。
 和先輩は驚きの表情を浮かべ、混乱していました。

266: 2012/02/11(土) 17:29:36 ID:2enc6Nyo0

唯「りっちゃん!?」

律「唯、部長命令だ!
 二人を連れて、早く学校から脱出しろ!」

唯「そんなこと、出来ないよ……!」

律「何言ってんだ、これは部ちょ……」

 そこまで喋ったところで、律先輩が校門前にいた会員達の攻撃にあいました。
 律先輩は必氏に和先輩にしがみ付き、その腕を離そうとしません。
 律先輩を引き離そうとしている会員の数は一人、また一人と増えていきました。

律「うぅ……今なら、校門前の人数も少ねえ……早く、二人を連れて行け唯!」

 律先輩は信じられない力で、会員達と相手していました。
 その人数はもう十人を超えています。

唯「……ゴメン、りっちゃん……!
 ありがとう……!」

 唯先輩が私とムギ先輩の腕を掴み、そのまま、まばらになった会員達の間を駆け抜けていきました。
 殆どの人員を律先輩の相手に向けていた会員達は、私達を捕まえることが出来ません。
 私達はそのまま逃げることに成功しました。

 後ろを振り向くことなく、私達は唯先輩に引かれながら走りつづけました。
 途中で唯先輩の顔から水滴が伝って落ちると、私の腕を握る唯先輩の力が増したような気がしました。

267: 2012/02/11(土) 17:31:31 ID:2enc6Nyo0

―――
――――――
―――――――――

 私達三人は律先輩を犠牲に、逃げ切ることが出来ました。
 今は私の家に三人ともいます。
 理由はただ単に、和先輩が場所を知らなそうだから、ということでした。

 今日は親が家にいましたが、とりあえず二人は泊まりだと言っておいたので、すぐに納得してくれました。
 私の部屋に二人を入れて、ゆっくりと扉を閉めます。
 暗く重い空気が、私達の間を流れていました。
 息苦しくなるような沈黙を最初に破ったのは、唯先輩でした。

唯「りっちゃん、大丈夫かな……」

 その声からは、決して大丈夫ではないだろうけど、という意味が取れました。
 私達も同じことを思っていたので、それについてはそれ以上追求しませんでした。

紬「捕まってしまったのかしら……?
 私達を誘き出すための人質みたいに使うのかも……」

 ムギ先輩は、いつかの自分と頭の中の和先輩の姿を重ね合わせているようでした。
 確かにあの時、ムギ先輩は私と唯先輩を誘うために憂を誘拐しました。
 ですが、それは和先輩に騙されてやったこと。
 それにそのことに関して、私たちはとうに許していました。

268: 2012/02/11(土) 17:32:03 ID:2enc6Nyo0

唯「ムギちゃん、これ以上自分を責めないでね。
 誰もムギちゃんが悪いなんて、思ってないんだから」

 すぐに唯先輩がフォローに入りました。
 ムギ先輩はありがとう、と小さい声ながらハッキリとお礼を言っていました。

唯「りっちゃんを助けるのも大切だけど、問題は和ちゃんだと思う」

 そう、あの全ての元凶を倒さない限り、この問題は解決しないのです。
 それはつまり、律先輩を助けるだけでなく、あの和先輩を倒すということでした。

梓「和先輩を倒せば、律先輩も同時に助けることが出来ますもんね。
 でも、唯先輩は大丈夫なんですか?」

唯「……大丈夫、私はいざとなったら凄い力を発揮するから」

 私が危惧していたのは、唯先輩が和先輩と幼馴染という点でした。
 言うならば二人の絆は他の友人とは比べ物にならないもので、それこそあの律先輩と澪先輩の絆に匹敵するもの。
 冷静で狡猾な和先輩はさておき、優しい唯先輩がそんな和先輩を相手にして大丈夫なのか、私はどうしても不安でした。

唯「あの和ちゃんは、私の知ってる和ちゃんじゃないよ。
 ……本当は救いたいよ、だけど、もう限界」

 少しの本音を混ぜながら、唯先輩は自分の気持ちを吐き出してくれました。
 私はその言葉を信じることにしました。

269: 2012/02/11(土) 17:32:32 ID:2enc6Nyo0

紬「無茶しちゃダメよ、唯ちゃん。
 本当に辛くなったら、いつでも頼ってね」

唯「うん、ありがとう」

 話が一段落つくと、部屋をノックする音が聞こえてきました。
 私は扉を開けると、お母さんがお茶と少しのお菓子を持ってきていました。
 それを快く受け取ると、お母さんは部屋の二人に少しの挨拶をし、すぐに行ってしまいました。

唯「優しそうなお母さんだね」

梓「はい、でも怒ると怖いですよ」

紬「本当かしら?」

梓「……本当に怒らせようとしないでくださいね」

 たまにムギ先輩の冗談が冗談に聞こえません。

 私達は次に、どのように律先輩を助け出すかを話し合いました。
 即ち、どのように和先輩を倒すかということでした。

270: 2012/02/11(土) 17:33:01 ID:2enc6Nyo0

―――――――――
――――――
―――

 和先輩を倒すには、どうすればよいか。
 まず日程から考えてみることにする。

 これに関しては、私達の準備と和先輩の準備の差が一番無いタイミングを狙いたい。
 しかし私達は元ファンクラブの会員達の可能性を考慮しなくてはならない。
 つまり和先輩が、町にまで会員達を見張りに回しているのではないか、という可能性だ。
 日記を確認するが、そのような記述が確かにあった。

 そうなると私達は一方的に準備出来ることが減る。
 ムギ先輩の家に頼むというのも一つの手だが、父が氏んでしまったムギ先輩の家がどんな状況なのか想像がつかない。
 よって、無理に頼るのはよろしくないと判断する。
 どうしても頼らなくてはならないもの以外は、自分達で何とかしよう。

 更に向こう側には律先輩がいる。
 律先輩の身体的、精神的な疲労を考えるのであれば、出来るだけ早い方が良いのは明白だ。

 以上のことから纏めると、私達が和先輩を倒す日は……明日だ。
 その日が最も私達と和先輩の準備の差が小さい日であって、一番律先輩が元気な日である。

 次に考えるべきなのは、どのように倒すかという点だ。

 和先輩についているのは会員達。
 その中には当然、私の友人、鈴木純がいる。
 もしかしたらこの友人と対峙することにもなるかもしれないが、その覚悟は唯先輩を見て出来ている。
 いや、純ならまだ救うことが出来るかもしれない。

 問題は他の会員達だ。
 正確な人数も把握していないが、その数は80を超える。
 その人数のうち10人ほどを学校の外の見回りに向かわせたとしても、残り70人が学校に残っている。
 こちらは所有者二人と、非所有者一人。
 しかも唯先輩の日記の特性上―――幸せのみを記録する―――この戦いで有効利用できるとは思えない。
 実質所有者は私一人ということだ。

 いくら未来予知を駆使しても、逃げる範囲の限られる学校内で、その相手を出来るとは考えられない。
 学校外に出れば、ますます和先輩から遠ざかることになる。
 放課後、和先輩が一人下校するタイミングを狙うという手もあるが、あの和先輩がそれを想定しないだろうか。
 いや、確実にしているはずだ。

 逆に和先輩が派手な動きがしにくい昼、つまり全校生徒が学校にいる時間を狙うのが良いだろう。
 今日の校門前のことがあったが、あれは殆どの生徒は下校していたし、そもそも校門の近くに関係者以外の生徒は一人もいなかった。
 だからあのような行動に出た、という発想が正しいだろう。
 つまり和先輩はああなっていても、学校での立場を守りたいようであった。
 以上から、倒す時刻は、昼だ。

 昼にはいくら和先輩が動きにくいとはいえ、それは私達にもある程度当て嵌まっていた。
 完全な悪役を演じるのなら、別なのだが……これは二人に意見を聞くことにしよう。
 現状、私達は和先輩の日記の特性も一切把握出来ていない。
 そんな状態で和先輩と戦うのはあまりに無謀であった。
 何故なら和先輩は今までの全てを操作していた人物、私達の日記に詳しい可能性も十分にあるからだ。

 だが、明日が一番良いタイミングであるのが、先程出た結論だった。
 とはいえ、今日のうちに準備出来ることを全てしても、勝てる保障は全く無い。
 それどころか勝機が何一つ見えてこない。

 私達にはまだ一つの勝ち筋も無かった。
 これは非常に重要なことで、この勝ち筋をたった一つでも作らない限り、私達は負けてしまうのだ。
 確実に、である。

 しかし準備出来ることも限られ、なおかつ時間も無い私達に、勝ち筋は作ることが出来るのだろうか。

 この疑問に、私は永遠に答えることが出来ないだろう。
 私は、一つの賭けに出ることにした。

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271: 2012/02/11(土) 17:33:42 ID:2enc6Nyo0

 私は決行日は明日、日時は昼がいいのではないかということを、理由つきで提案しました。
 その上で、私達は派手な行動をするかどうか、ということを確認しました。

 結論から言うと、二人とも間髪入れず賛同してくれました。
 そして自分達は傍から見たら悪役、だけどやっていることは正義というダークヒーローを演じることにしました。
 いつしかのムギ先輩の言葉を思い出しますが、今回のソレは本当にヒーローになれるものでした。
 勿論、救うべきヒロインは律先輩です。

唯「それじゃあ、明日……頑張ろう!」

紬「この作戦に全力を尽くしましょ!」

梓「放課後ティータイムの底力を見せてやりましょう!」

 私達はオー!と叫ぶと、部屋の外から父のうるさいという声がしてきたので、少し笑ってしまいました。
 当然ですよね、うるさいですよね。

唯「うん、頑張ろう。
 だから私、今日はあずにゃんに抱きつくね」

梓「ちょ、それいつもじゃないですか!」

紬「ふふっ」

 ムギ先輩、笑ってないで助けてください。
 私は二人きりならまだしも、誰かいるところで抱きつかれるのには慣れていないのです。

 唯先輩の抱きつき攻撃を必氏に阻止していると、鞄に入れた携帯からメールを受信した音が聞こえてきました。
 これが4thの敗北だったら、どれだけ嬉しいことか。
 そう思いながらメールを開けましたが、それとは勿論違うものでした。

 しかしながら私は、そのメールに運命というものを感じてしまいました。

272: 2012/02/11(土) 17:34:11 ID:2enc6Nyo0

―――
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 昨日は話し合いを程ほどに、談笑を嗜んでいました。
 すぐに夜は更け、私達は眠りについたのです。

 そして朝、決行の日の朝がやって来ました。

 私達はいつも通りの準備をして、いつも通り学校へ通いました。
 途中、同じ学校の生徒が私達のことをジロジロと見ているようでしたが、特に気に留めることもなく学校へ到着しました。
 ムギ先輩はその視線を大分気にしているようでしたので、私は無事についた時点で、ほら大丈夫でした、
 と声をかけるつもりでいました。
 しかし、その思いは簡単に打ち砕かれてしまったのです。

 日記からノイズが走りました。

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8:25 私が教室に入ると、教室中がざわつき始めた。

8:27 友人の一人に、何か隠していないかと聞かれた。

8:30 友人の一人に、澪先輩に関して何か隠していないかと聞かれた。

8:32 友人の一人に、澪先輩を頃したのは梓か、と聞かれた。
   いつの間にか、学校中に知れ渡っていたらしい。





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273: 2012/02/11(土) 17:34:40 ID:2enc6Nyo0

 唯先輩の日記にも変化はあったようでした。
 その内容の変化とは、記述が途端に減ったということでした。
 つまり幸せに感じることが減った、ということ。
 唯先輩のクラスにも、その話は浸透しているようでした。

梓(当たり前か……私達のクラスに浸透していて、和先輩もいるクラスに浸透していないわけがない……)

 和先輩は学校中の生徒に、あの映像を見せていました。
 今、学校の生徒の殆どは、私達を澪先輩を頃したのはないかと疑っているのです。

 このタイミングで未来が変わったのは、私が学校へ行くと決めたから。
 普通に考えれば、学校を出れば未来を変えられると考えます。
 しかし学校外に出れば、それこそ秩序がありません。
 和先輩は何の容赦もせず、私達を襲うことでしょう。

 いわば学校は、和先輩のリミッターの役割を果たしていました。

―――
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―――――――――

 教室に行くと、私は日記の記述通り、多くの質問攻めにあいました。
 しかし事前にそれを知っていた私は、それを軽くあしらっておきました。
 そんな根も葉もない噂を信じるな、と。

 いつもなら、この朝は純や憂と会話をすることが多いのですが、今日はそれがありませんでした。
 憂は仕方がありません。
 純も仕方がありませんでした、昨日のことがあるのですから。

274: 2012/02/11(土) 17:35:05 ID:2enc6Nyo0

 この教室には当然、会員が潜んでいます。
 しかし和先輩から言われたのでしょうか、そっと息を潜め、派手な行動は慎んでいるようです。
 私はその光景を、高みの見物でもしているような気分で見ていました。
 今日唯一の娯楽、といっても過言ではないでしょう。

 一時間目の授業が終わりました。
 次は教室移動なので、早いところ準備をして、次の教室に向かおうとしました。
 こういう移動の時も私は三人で移動していましたが、今日の私は一人で移動していました。

 二時間目の授業が終わりました。
 次の授業からは全て教室で行われるので、移動がありません。
 廊下を歩いていると突然襲われるのではないか、という不安が少なからずあった私は教室に無事に戻れると、
 そっと胸を撫で下ろしました。

 三時間目の授業が終わりました。
 私は次の時間の準備を、すぐに開始しました。
 周りの陰口は、どうせ私のことなのでしょうが、あまり気になりませんでした。
 私は次の時間の終わりと同時に、それ以上のことをするのですから。

 四時間目開始のチャイムが鳴り始めました。
 すると、純が息を上げながら教室に入ってきました。
 一度も遅刻しないと決めた女が、何をしているのでしょうか。

 授業中、メールが届きました。
 それは集合場所を知らせるメールでした。
 私は了解しました、とだけ返信し、授業にまた集中し始めました。

 そして、時間がやって来ました。
 私は授業終了すると同時に教室を飛び出し、所定の場所に向かっていました。
 その場所とは、生徒会室前でした。

275: 2012/02/11(土) 17:35:33 ID:2enc6Nyo0

唯「あっ、あずにゃーん!」

梓「お待たせしました」

紬「私達も今来たところだったの。
 教室では大丈夫だったかしら?」

 恐らく、朝の私の日記を見て心配してくれたのでしょう。
 しかし特に何をされるわけでもなく、むしろ何も出来ない会員達を見て楽しんでいたので、全く心配される必要はありませんでした。

梓「大丈夫です!
 それより、ここに律先輩がいるんですか?」

唯「うん、私の日記がりっちゃん発見を喜んでるから、間違いないよ」

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12:45 りっちゃんを生徒会室の倉庫で発見!
   よかったよ無事で、本当によかったよ!





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 今日、書かれた少ない幸せの中でも、最も幸せそうな書かれ方をしていました。

276: 2012/02/11(土) 17:36:03 ID:2enc6Nyo0

梓「……私の日記にも、そう書いてあります」

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12:45 律先輩発見で、唯先輩が歓喜の声を上げる。
   私も嬉しい。





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 それなりに私も嬉しいようでした。

唯「じゃあ、行くよ」

 生徒会室の鍵は事前にムギ先輩が拝借しておいたので、難なく侵入できました。
 そしてその奥にある倉庫の鍵も、ムギ先輩が拝借しておいたので問題ありませんでした。
 ムギ先輩はすっかりダークヒーローにはまっているようでした。
 どちらかといえば、今のは盗人のような気がしますが。

 倉庫の扉を開けると、そこには口と目と耳をガムテープで塞がれ、手足をロープで縛られた律先輩がいました。
 私達の気配に気づいたのでしょうか、じたばたと体をばたつかせました。
 そんな律先輩をムギ先輩が抑え、私と唯先輩がそのガムテープを剥していきます。

277: 2012/02/11(土) 17:37:57 ID:2enc6Nyo0

律「うおおお……私、助かったのか?」

唯「今のところはね」

律「なるほど、まだ和はピンピンしてるってわけか……。
 まあ、ありがとよ、皆」

 律先輩の手足を縛っていたロープをそこにあったハサミで切っていると、私は昨日の律先輩の質問を思い出しました。
 それは昇降口でされたものでした。

梓「あ、律先輩、昨日の質問の答えですが」

律「ん?」

梓「律先輩は、やっぱりジュリエットだと思います」

律「……そっかあ、だよなー」

紬「そうね、その方が似合ってるかも。
 ……ゆっくりしていられないわ、早くここから出ましょ」

 律先輩を完全に解放させた私達は、生徒会室を後にしようとしました。
 しかし、事はそう簡単に運ばれないようです。
 悪い予感はしていましたが、生徒会室の入口には、和先輩が立ちはだかっていました。

278: 2012/02/11(土) 17:38:29 ID:2enc6Nyo0

和「よくここに閉じ込めてるって、わかったわね。
 まあ、流石日記所有者ってところかしら」

 私もなんだけどね、と和先輩は少し笑いながら話しました。
 私達は誰も笑っていませんでした。
 律先輩は少し焦っているようでしたが、私と唯先輩、ムギ先輩はまるで動じません。

和「生徒会長を敵にした上で、生徒会室に入るなんて、本当無謀なことをしてくれるわね。
 どうしようかしら?」

梓「私達を頃しますか?」

和「まさか……今、頃してしまうのは得策ではないわ」

梓「やはり、学校での立場は守ろうとしているようですね」

和「ええ。これでも生徒会長だもの」

梓「そういえば、そうでした。
 しかし、同時に私達は生徒会長ではありませんね」

和「何を言っているの?」

 次の瞬間。



 けたたましい爆発音が、この部屋を響かせました。
 和先輩は思わず耳を手で抑え、鼓膜に突き刺さる、その音を遮断しようとしていました。



純「和先輩!」

 会員の一人と思われる人がやって来た、と思ったら純でした。
 純が慌てた様子で和先輩に話し始めました。

279: 2012/02/11(土) 17:38:59 ID:2enc6Nyo0

純「あっちの方角から、煙が上がっています……!」

和「何ですって!?」

 あの和先輩ですら、驚きを隠せない様子でした。
 それもそのはずです、こんな近辺で何かが爆発したようなのですから。
 尤も、この爆発音に対して私達は一つも驚きませんでしたが。

 何故、驚かなかったかというと。

和「あんた達、まさか……!?」

唯「和ちゃん、私達を甘く見たらダメだよ?」

 そう、この爆発を引き起こしたのは、他の誰でもない、私達なのですから。
 開けられた扉の先に見える外には、白く空へと伸びる煙が見えました。
 丁度、生徒会室の前に設置された窓から、爆発が起きた場所が見えているのです。

紬「お父様の友人に、テ口リストがいるの。
 名前はう……りゅう……?
 ともかく、テ口リストがいるの」

律「何か凄いけど、そこは思い出して欲しかったな……」

280: 2012/02/11(土) 17:39:38 ID:2enc6Nyo0

 私達の日記が一斉に書き換わりました。
 しかし私は、その日記を確認させる間を与えることなく次の攻撃を和先輩にぶつけます。

梓「同じタイプのものを、この生徒会室に設置しました。
 和先輩、私は一緒にゲームに敗北してもいいと思っています」

梓「あなたと違って、生徒会長じゃありませんから」

和「ふ……ふざけすぎよ、あんた達!
 今すぐ全ての爆弾を撤去して!」

唯「まずは私達の解放。
 和ちゃん、これは取引なんだよ?」

和「……くっ……!」

 和先輩は渋々道を開けました。
 私達はその道を悠々と歩きながら、生徒会室を立ち去りました。
 横目に見た和先輩の顔は、屈辱で引きつっていました。
 そんな和先輩に、ムギ先輩が「爆弾のスイッチ」と称したものを渡していました。

 生徒会室を立ち去った後は、時間がありません。
 悠々と歩き続けようとしていた律先輩に喝を入れ、私達はその場所から出来るだけ離れました。
 そして私達は誰も使用していない教室を見つけると、そこへ駆け込みました。
 中から鍵を締め、何も知らないであろう律先輩に今起きたことの事実を話しました。

281: 2012/02/11(土) 17:40:07 ID:2enc6Nyo0

律「……はあ、嘘だった!?」

 そう、爆弾が生徒会室にあるなんて嘘でした。
 音だけを発するタイプの爆弾を、生徒会室前の窓から見える場所で爆発させただけです。
 煙はムギ先輩のお気に入りのメイドさん、菫さんに頼んで焚いてもらいました。
 結局全ての準備をムギ先輩に頼ることになってしまったのですが、菫さんだけで全ての仕事をこなしてくれたので、
 あまり迷惑はかかっていない、とムギ先輩は言ってくれました。
 逆を言うのであれば、これ以上頼っていればムギ先輩の家に迷惑がかかっていたことでしょう。
 菫さんには感謝しなくてはいけません。

梓「テ口リストと友達とか、少しでも信じた時点でアホですよ、律先輩」

律「中野ォ……。
 まあいい、それで一体何なんだ、あの和は……?
 お前らのやってることもわかんねえし、話してくれないか?」

 私は唯先輩とムギ先輩とアイコンタクトを取り、了解を得ました。
 その上で、私達が今までどんなことをしてきたのか、今何が起きているのか、サバイバルゲームの詳細、話せることは全て話しました。
 話を聞く律先輩は、ずっと納得のいかない表情をしていましたが、私達の真剣そうな表情に圧倒され、
 少しずつ受け止めているようでした。

282: 2012/02/11(土) 17:40:33 ID:2enc6Nyo0

律「それで和が……つーか、澪も憂ちゃんもそうだったのか……」

 律先輩が今まで自分が探していた人物の氏を受け入れられるのかが心配でしたが、その点は大丈夫のようでした。
 私と唯先輩は自分の鞄から日記を取り出し、その未来予知を律先輩に見せました。
 目を細めながら、じっくりその内容を読み、最終的に律先輩は小さく頷きました。

律「そうか、これがお前らの未来って言うなら、そうなんだろうな。
 それでよ……お前ら、氏ぬのか……?」

唯「……うん、このままだと確実に氏ぬよ。
 絶対にそんなことさせないけどね」

#==========





12:50 皆でお話したよ。
   最後に作戦の段取りを確認して、これから作戦開始!

13:09 -DEAD END-

#==========

 唯先輩には、既にデッドエンドフラグが立っていました。
 それは私も同じ事で、唯先輩より数分遅い時間に殺されてしまうようです。

283: 2012/02/11(土) 17:41:03 ID:2enc6Nyo0

 私達があそこから逃げるときに使った爆弾の偽装工作によって、和先輩の怒りを買ってしまったのです。
 もう和先輩は手段を選ばずに、私達のことを捕まえに来るでしょう。

律「それで、どうやって和を倒すんだ?
 今や学校中の生徒が、お前らの敵なんだぞ?」

 そう、和先輩は昨日殆どの生徒に、例の映像を見せたのでした。
 この人達が澪を頃したの、という補足をつけて。
 その気になれば和先輩は生徒会長という理由をつけて、全校生徒を動かし、私達を生徒会室に連行させようと
 してくるかもしれません。

紬「そこでね、昨日考えた作戦があるの」

 私達は圧倒的な人数を相手にしなければなりません。
 この状況で確実に和先輩を倒す方法といえば、やはり誰かを囮として使う他無い、という結論を昨日私達は出していました。
 正確には和先輩を倒しにいく人を一名に絞り、他の人を囮に使うというもので、主に囮がメインとなるのですが。

紬「りっちゃんは、さっき解放されたばかりだし、無理に参加しなくてもいいのよ。
 これは私達が解決するんだから」

律「……いや、私にもやらせてくれ。
 どうやって澪を頃したのかはわかんねえけど、和が頃したことは確実なんだよな?
 だとすれば、私が澪のためにやれることなんて、決まってるだろ」

紬「りっちゃん……でも、憎しみだけで動いちゃダメよ。
 冷静になって、自分の命を最優先に考えるの」

律「わかってるって」

284: 2012/02/11(土) 17:41:40 ID:2enc6Nyo0

 次に、和先輩を倒しにいく人を決めることにしました。
 私自身は日記で誰が倒しに行くのか、わかっていたのですが。

 結論だけいうと、私が和先輩を倒しにいくことになりました。
 理由は、恐らく和先輩が警戒するのは唯先輩だからです。
 和先輩のトドメを刺すのは唯先輩、という幼馴染イメージを逆利用した結果でした。

 12時50分。
 最後の話し合いが、ついに終わりました。
 私達は順番にこの部屋を出て行き、会員達及び生徒達を誘き寄せます。
 運がよければ、和先輩も誰から倒せばいいかわからなくなり、混乱してくれるでしょう。
 あの、澪先輩の時のように。

唯「じゃあ、行ってくるね」

 唯先輩が扉を開け、部屋の中にいる私達に微笑みかけてから、廊下へ走り出しました。
 ムギ先輩は、開けられたままのその扉を、無言のまま通っていきました。
 その雰囲気はかつての柔らかいものとは別物で、決意、とでもいうのでしょうか。
 そのようなものが、ムギ先輩を包み、守り、進ませているようでした。
 ムギ先輩は唯先輩の向かった方角と逆の方角へ進んでいきました。

285: 2012/02/11(土) 17:42:10 ID:2enc6Nyo0

 残ったのは私と律先輩だけになりました。
 律先輩は開けられた扉をゆっくりと閉めると、窓のある方へゆっくり歩いていきました。
 同じ扉から出るのではなく、律先輩は窓から出ていくことになっています。

律「なあ……ここから降りても、氏なないよな?」

梓「はい、日記に書いてありますから」

律「可愛がってた後輩が冷たい」

梓「横のパイプを伝って降りればいいじゃないですか」

律「乙女のりっちゃんに何やらせてんだ。
 まあ、やるけど」

梓「……絶対、無事でいてください」

律「おう!」

 律先輩は窓から出て行き、すぐそこにあるパイプに捕まりながら下へ落ちていきました。
 下に着いた律先輩が、大声で叫びました。
 これは律先輩が敵を引き付ける作戦であり、私のここを飛び出す合図でありました。
 私は和先輩を倒すために、軽音部でまた演奏するために、日常を取り戻すために走り出しました。
 目指すのは、私達の場所。





―――必要なのはそれだけでした。





第六話
「しはいしゃ!」
-完-

291: 2012/02/12(日) 19:45:31 ID:/NsrYwQU0

 -第七話-

―――
――――――
―――――――――

 -紬side-

 私は教室に残った二人に何も言わずに、部屋を出て行きました。
 理由は、二人なら何も言わないでもわかってくれると思ったから。
 きっと今の私が口を開いても、二人を気遣う言葉を言ってあげられないから。

 それぐらい私の中では、怒りの炎が燃え上がっていました。

 唯ちゃんと梓ちゃんは、そういう一時の激情に身を任せてはいけない、と家で言っていました。
 特に梓ちゃんは、それがどんなに醜く、愚かであることを、実体験をもって話してくれていました。
 当然、私はその話を最初から最後まで、何も聞き逃すことなく聞いていました。

 それだけ私のことを心配してくれているのが、嬉しかった。

 私も軽音部の皆のことを心配しているし、皆のことが大好きでした。
 それが先日の私の行動に繋がっています。
 しかしその行動は、そういう私の思いを利用されたに過ぎなかったのでした。
 利用されたことに腹を立てているのではありません。
 利用し、私の思いと「真逆」のことを起こされたことに、腹を立てているのです。

 和ちゃんが届けた、あの悪魔のディスク一枚で、私は仲間を傷つけてしまったのです。

 二人は私のことを、すぐに許してくれました。
 それ以上、自分を責めないでと言ってくれました。
 そのことが嬉しくて、すぐに私は二人に甘えることにしました。
 それを二人ともが望んでいたのですから。

 しかし私は自分を責めない代わりに、全ての元凶に矛先を向けていました。
 全ての元凶であり、サバイバルゲームの全てを操作した支配者。
 それが、今私達が狙っている敵、真鍋和ちゃんでした。

292: 2012/02/12(日) 19:46:10 ID:/NsrYwQU0

 和ちゃんは何も傷ついていないのでしょうか?
 梓ちゃんは、あなたが代表を勤める学校の可愛い生徒ではなかったのでしょうか?
 澪ちゃんは、和ちゃんの友達ではなかったのでしょうか?
 友情を天秤にかけることは、非常に失礼なことかもしれませんが、唯ちゃんとの友情はなんだったのでしょうか?
 何故、憂ちゃんを頃しても平気でいられるのでしょうか?

 私には、全ての疑問に答えることが出来ませんでした。
 しかしこれが、私が正常であるという証拠でもありました。

 私は日記所有者ではありません。
 私の父は所有者でした。
 昨日、父は殺されてしまいました。

 私はもう、自分の感情を抑えることが出来ませんでした。

紬「こっちよ……こっちを、見なさい!!」

 多くの会員達と、生徒達が歩く廊下に向けて、私は叫びました。
 私の叫びを聞いた殆どの人物が、その目をきょとんとさせていました。

紬「来なさいよ……もう、あなたたちに皆を、傷つけさせないわ……!」

 そこにいた会員の一人がこちらへ走ってくると、それに続き他の会員達もこちらへ向かってきました。
 いや、会員達だけでなく、雰囲気にのまれた生徒達も、私の方へと向かってきました。

紬「そう、それでいいの……」

 私はその場で目を瞑り、皆のことを考えました。
 あの時間、あの部屋でした、あのお話。
 過ごしたのは、温かい日常。


―――それも、私が目を開けたら終わっているのかしら。


 「目を開けなさい」

紬「え……?」

293: 2012/02/12(日) 19:47:26 ID:/NsrYwQU0

―――
――――――
―――――――――

 -唯side-

 私は全てのお片づけをあずにゃんに任せて、学校中を走り回っていました。
 何でも和ちゃんは、私がトドメを刺しにくるだろうって思うから、だそうです。
 でも和ちゃんも日記持ってるんだから、意味無いんじゃないかなあ?

 残念ながら、私はそこまで頭がよくありません。
 というわけで、さっきの疑問を解決することは出来ません。
 非常に残念ですね。

 しかしそんな私でも、一つの決め事は出来ています。
 憂や澪ちゃんのことで誰かを恨まないこと、ということ。
 ムギちゃんにも、そのことは伝えました。
 一応理解はしてくれていましたが、加えて父親まで失ってしまったムギちゃんが耐えられるかどうか……。

 私もムギちゃんと同じく、家族の一人を失ってしまいました。
 それは本当に大切な妹で、よく両親が家を空けている我が家では、一番一緒にいた時間が長いであろう家族でした。
 いつも迷惑ばかりかけて、面倒を見させて。
 お礼といっても、少し感謝の言葉を言っているぐらいで、私からは何もしてあげられていませんでした。
 それでも、あの妹は言うのです。
 お姉ちゃんが幸せだと、私も幸せ、と。

 私は、そんな妹をぎゅっと抱き締めてやりました。
 そして私がいかに幸せ者かということを、改めて実感させられたのです。

 そんな妹が自ら望んで氏を選んだのですから、私は誰も責めることはしません。
 いや、普段はそんなこと望んでなんかいないと、わかっています。
 日常から離れた、非日常の今だけ、憂はそのことを望んだのです。
 「ゲーム」と軽い名前が付けられた、重い非日常の中で。

294: 2012/02/12(日) 19:48:01 ID:/NsrYwQU0

 幸福日記は、私の何だったのでしょう。
 幸せを文字にすることに、意味はあるのでしょうか。
 これからの幸せを予知して、何か得するのでしょうか。

 私はこの重い非日常の中で、何も得をすることはありませんでした。
 何の得もしないのに、あらゆるものを失いました。
 だから、私は全てを終わらせるために、あずにゃんに全てを任せます。

 私は会員達が沢山いるであろう廊下を駆け抜けていきました。
 人と人の間を、ささっと駆け抜けていきます。
 今の私は誰が見ても、きっと私らしくないほど軽快な動きをしていました。

 この学校に、私の味方は軽音部の他にはいない。
 私はそう思いながら、隣を過ぎていく人、全員に意識をやらないようにしていました。
 意識していると、私の周りが真っ暗になってしまうから。
 進む道が何も見えなくなってしまうから。
 感情次第で体の調子がこうも変わる辺り、私は少し変わった人なのかもしれません。

 少しずつ、後ろから追ってくる人の数が増えてきました。
 しかし私は足を休めません。
 足を休めるのは、あずにゃんを裏切ることと同じですから。

唯「あずにゃんは、私を守るんだよね?」

295: 2012/02/12(日) 19:48:32 ID:/NsrYwQU0

 それなら私は、あずにゃんのいない場所で倒れるわけにはいきません。
 それが今の私に唯一出来る、あずにゃんのお手伝いでした。

唯「あずにゃんは知ってるかな、私がいつからこんな想いを抱くようになったのか」

 それは、あずにゃんにも言っていない秘め事でした。
 ここでボソボソと一人呟くのは勿体無いような気もしましたが、私は躊躇なく、その想いを吐露しました。

唯「一目惚れなんて、運命的な出会いなんて言わないよ。
 私にとって偶然出会ったキミと過ごした日常が、想像以上のモノだっただけ。
 毎日募る想いは、恋へと変化したんだよ」

唯「だから、私がキミを大好きになった日はね。



 毎日だよ」

 私は三年生の教室がある階へと階段を駆け上がっていきました。
 後ろから追ってくる会員達、その勢いに巻き込まれた生徒達は、予想以上の数になっていました。
 ある意味、作戦成功と言えるのかもしれません。

 ついに私達の教室のある階へ辿りつきました。
 しかし、そこで私は目を疑いました。
 見てしまったのです、立ちはだかるクラスメイト達の姿を。

 「唯、やっと来たね」

296: 2012/02/12(日) 19:48:58 ID:/NsrYwQU0

―――
――――――
―――――――――

 -律side-

 校庭に向かって叫んだ私の声は、梓を動かす合図だ。
 同時に私が無事に下へ着地したことの確認。
 そして、自分の気合を入れなおし。

 私の声に校庭にいた誰もが驚く。
 教室の窓から、私に向けられた視線も感じる。
 私、人生で一番注目されてるかも。

 私の人生は、ある瞬間からあいつと歩幅を合わせて歩いていた。
 あいつは、臆病で恥ずかしがり屋で、本当はすっげえやつなのに、それを皆に見せようとしない。
 謙虚なんてものじゃない、ただ恥ずかしいだけだ。
 私はそんな内に秘められた魅力に気づいた日から、あいつに惹かれていた。
 最初は左利きだとか、綺麗な黒髪だとか、そんな騒ぐようなものでも、取り立てて評価するものでもないものを、私は見つけた。
 言ってしまえば、あの時の私は一方的だったかもしれない。

 そんな一方的な私に脅えるあいつが時たま見せる笑顔、それが次の発見だった。
 あいつを見ていた私は、そんな発見を次々としていた。

 中学、高校と一緒に過ごしてきた。
 いつの間にか、私の一方的な絡みは無くなっていた。
 あいつから自分を出してきてくれた。
 私はそれが、どうしようもなく嬉しかった。

 ある日、あいつは言った。
 私を引っ張ってきてくれて、ありがとう。
 私はあいつに感謝されるようなことをした覚えは無く、むしろそれは私自身がしたいことだった。
 私があいつに惹かれてからというもの、私はあいつの魅力をどうしても皆に自慢したかったのだ。
 こいつって、こんなにすげえやつなんだって。
 そんなことしたら、あいつはすぐに照れてしまうだろうけどな。

297: 2012/02/12(日) 19:49:26 ID:/NsrYwQU0

 だから私は言ったんだ。
 私を引っ張ってきてくれて、ありがとう。
 あいつは、自分が感謝されるようなことなんて、した覚えは無いと言った。
 しかし私はあいつに惹かれたあの日から、毎日が面白くて幸せでたまらなかった。
 私のやることなすこと全てに、あいつは返事をくれて、褒めてくれたりした。
 よく、頑張ったなって。
 そんなこと言われた私は、柄にも無く照れてしまった。

 私達は口を揃えて言ったんだ。
 私達はいつまで経っても、永遠に友達だって。

 あいつは私に、私はあいつに引っ張られて生きてるんだ。

律「そうだろ、みーお?」

 今日聞いた話は、あまりに信じるには難しいことだった。
 最初は冗談か何かだと思っていたが、そうではない。
 唯はともかく、普段真面目な梓までもが真剣そうな顔をしていたから。
 ムギはどっちなのかわからないことが多いけど、やっぱり真剣そうな顔をしていた。

 しかし、その話の中で、私が重要なことだけを引き抜くとすると。
 澪はもう、氏んでいるということ。
 あの和によって、殺されてしまったのだということ。

298: 2012/02/12(日) 19:50:03 ID:/NsrYwQU0

 和があの映像を初めて見せてきた時には、確かに私は錯乱していた。
 映像が発信する情報だけを受け取るとすれば、澪が行方不明になっているのは唯達と関係しているとなる。
 和には、この三人に殺されたと言われた。
 私の中には、襲われる澪と軽音部、この映像と今までの思い出、様々な思いが交錯していた。
 和は、信じられないなら明日に真実を見せると言って、私にその映像を渡した。

 私は帰ってからも、その映像を何度も見た。
 何度見ても、その映像が変わることは無い。
 唯達が澪を襲っている映像。

 私は、ここで気づいた。
 澪が脅えていることに。
 ただ目の前の唯達に脅えているのではない。
 もっと別の、例えば自分に脅えている。
 何故こんなことがわかるのかというと、明確な理由は無い。
 無理矢理にでも理由をつけるのであれば、私と澪は幼馴染ということだ。

 つまり澪を陥れたのは、もっと別の何かだ。
 それを救おうと、唯は戦ってくれている。
 そう見れば、この映像から唯の必氏さが伝わってくるではないか。
 自分が生き残るための必氏さとは、まるで違うものが感じられるのだ。
 私の心は決まった。

律「いくら悩んでも、私はやっぱりこうあるべきなんだよなー!」

299: 2012/02/12(日) 19:50:38 ID:/NsrYwQU0

 そうなんだよなあ、澪。

 唯達がどんなゲームに参加しているかとか、そんな話は割とどうでもよかった。
 私は放課後ティータイムで演奏したい、ただそれだけなのだから。
 私は軽音部部長、田井中律。
 容姿端麗、頭脳明晰、誰もが憧れるりっちゃん様なのだ。

 ふと、澪のツッコミが欲しいな、と思ってしまった。

 ともかく。
 私は軽音部のティータイムが戻ってくるなら、自分が傷つくことなんて厭わない。
 ましてや部員達が狙われているのであれば、喜んで犠牲になろう。

 会員達が昇降口の方からゾロゾロとやって来た。
 私のことを捕まえたいのだろう。
 しかし、私の足の早さを舐めてもらっては困る。
 私の逃げ足に追いつくことが出来るわけが無い。
 こんなことを言っている間にも私は、既に校庭の端まで逃げているのだから。

 しかし、私は油断していたのだ。
 敵が一方向に潜んでいるとは限らない。
 私が逃げた先にあったのは、サッカーボール等が収納してある小さな倉庫。
 そこから伸びる手に、私は気づくことなく。

 引きずり込まれた。

 「……捕まえた」

301: 2012/02/13(月) 01:01:08 ID:kgqZ58Rk0

―――
――――――
―――――――――

 -Enemy side-

和「……なるほど、囮作戦ね。
 大量の会員達を分断させ、あわよくば私を攪乱させるための」

和「でも、無駄よ。
 私は澪のような失敗は一切しない」

 私は澪のように、日記に書かれたことに素直に従うほど、愚かではなかった。
 私の日記、「報告日記」には私への報告が次々と予知される。
 現在の報告は唯達がどこにいるか、等の報告だ。

 私はその報告の内容から、現在起きていることを判断し、有用な情報を吟味する。
 そして指令するのだ。

#==========
To:全会員
Sub:指令

 中野梓以外が囮であると判断。
 中野梓を早急に発見せよ。

#==========

 会員達全員に、そのメールは送られた。
 するとすぐに私の日記の内容が書き換わった。

#==========





13:07 鈴木純より、中野梓が逃げ込んだ部屋を発見したと報告。
   場所:音楽準備室
   人数:一人
   武器の有無:無





#==========

 現在時刻は13時丁度。
 今から報告を7分待つよりも、直接音楽準備室に行くのが手っ取り早い。
 私は席を立ち、早速中野梓の待つ部屋へ向かった。

 途中で鈴木純と出会う。
 これから報告をする予定だったそうだ。
 だが私は、その必要は無いと言うと、彼女を引き連れて音楽準備室の階段を上がっていった。

302: 2012/02/13(月) 01:01:34 ID:kgqZ58Rk0

―――
――――――
―――――――――

 -梓side-

 私は一人音楽室に身を潜めていました。
 理由は簡単で、私を追う会員達があまりにも多かったからでした。

 囮に三人の先輩がなってくれたというのに、この追われ様です。
 一体、何が起きてしまったのでしょうか。
 和先輩は頭のキレる人だった、と私はすぐに気づきました。

 きっと私が中心人物だと、和先輩は悟ったのです。
 だから囮に回していた人員を、次々と私を捕まえる方へと向かわせた。

梓「……未来がまた変わった」

 日記に書かれたこと。
 それは、和先輩が純と共にここへ来る未来が書かれていました。

梓「……無事ですよね、先輩……」

 私は奮闘してくれている三人の先輩の無事を祈りつつ、和先輩が来た時に何を言ってやろうかと考えていました。
 あの和先輩から、どのようにして隙を見つけるか。
 恐らく、私は口で和先輩に勝てません。
 だとすれば、やはり強行手段に出るしか無いのでしょうか。

 私が考えに更けていると、扉から音が鳴りました。
 少し驚いた私は、その扉から入ってくる人物をじっと睨んでいました。

303: 2012/02/13(月) 01:02:27 ID:kgqZ58Rk0

和「あら、逃げなかったの?
 私がここへ来る未来は、予知出来てたでしょ?」

梓「はい、バッチリ予知出来てました」

 でも、私はここを離れるつもりはありませんでした。
 ここが私達の日常の集大成、ここを見捨てることは私の未来の氏を意味しているのです。

 純が遅れて、部屋に入ってきました。
 私のことをちょっと見ると、すぐに視線を離しました。
 しかし和先輩は、外の見張りを命令し、純を外に立たせました。

和「……さて、と。
 どうしましょうか、梓ちゃん」

梓「その前にいくつか質問させてください」

和「断るわ。私にそんな義務は無いもの」

梓「怖いんですか?
 あなたがしたように、記録されて外部へ漏れるのが。
 でしたら、取引をしましょう」

和「取引?」

梓「あなたの大好きな取引、ですよ。
 あなたが出してもらうのは、私の質問に必ず答える義務。
 そして、私が出すのは、この唯先輩の未来日記」

和「ッ!?」

304: 2012/02/13(月) 01:02:53 ID:kgqZ58Rk0

 いくら和先輩といえど、流石に驚いた様子でした。
 私が唯先輩の未来を渡すというのですから。

梓「あなたが最終的に欲しいのは、未来日記の永久所有権では?
 そうだとすれば、あなたが最優先にすべきは、全日記を自分の手中に置くこと。
 唯先輩の幼馴染であることを踏まえて、言っているのです」

梓「まさか友人の命が救えるというのに、それを捨ててまで勝つつもりですか?
 あなたが今までしたことは、救える状況を見つけることが出来なかったからじゃないですか?」

和「何故……あなたが持っているの……!?」

梓「唯先輩が預けてくれました。
 試しに、この携帯へメールを送ってみてはいかがでしょうか?」

 和先輩が携帯で唯先輩の携帯にメールを送りました。
 私に握られた携帯から、着信を知らせるメロディが鳴りました。

梓「……私が背負うには、重すぎるんです。
 もうすぐに私は氏んでしまいます。
 それならば、救える命だけは救いたい……この点で、あなたと私の利害関係は一致していると思いますが?」

和「……いいでしょう。
 ただし、変な行動をした時点で、この携帯を折るわよ」

梓「人質、みたいなものですか。
 わかりました、変な行動を起こさないと約束します」

 取引は完了しました。
 私は唯先輩の携帯を和先輩に手渡し、また和先輩と距離を取りました。

305: 2012/02/13(月) 01:03:22 ID:kgqZ58Rk0

梓「では、全ての質問に答えてもらいます。
 まず、澪先輩の日記を無力化したのは、あなたですか?」

和「……無力化されたことに気づいたのね。
 そうよ、私がそうさせた」

 あの日、ある瞬間から澪先輩からの指令がパタリと止まった。
 これは澪先輩に何かが起きたと考えるのが自然ですが、あの後、実際に携帯片手に私を追いかける澪先輩を私達は目撃しました。
 つまり何かが起きたのは澪先輩でなく、日記の方だったのです。

梓「どのようにして?」

和「簡単よ。あの日記は、ファンクラブの会員達が見た情景を記録するもの、逆を言えばそれ以外は記録されない。
 あの日、あの時間に私は……ファンクラブ会長の権限を使い、ファンクラブ解散のメールを会員達に送信したの」

和「そうすれば、会員達は自動的にファンクラブの会員ではなくなる。
 つまり、澪の日記に記される情報は、何一つ無くなるということ」

 その事件があった前日、確か和先輩はファンクラブの会員達のメールアドレスを澪先輩に聞きに来ていました。
 つまり、この日の行動は澪先輩の日記を無力化させるための準備だったのでした。

306: 2012/02/13(月) 01:03:56 ID:kgqZ58Rk0

梓「それと、澪先輩に会員達のメールアドレスを教え、変なことを仄めかしたのも、あなたですよね?」

 澪先輩は会員達のメールアドレスを知らないと言ったはずなのに、私達を追う時は所持していました。
 この短いスパンでコレを伝えられるのは、和先輩以外いませんでした。

和「ええ、そうね。
 変なことって、何のことかわからないんだけど、説明してくれるかしら?」

 澪先輩がメールアドレスを和先輩から貰ったことは確実。
 しかし、澪先輩が何故メールアドレスを欲しいのかという理由が必要でした。
 理由も無く、今まで気にもしなかった会員達のメールアドレスを突然欲しがるのは、あまりに不自然ですから。
 ただ、その理由は非常に簡単で、澪先輩自身が言っていました。

 怖かった。

 しかし澪先輩は、何とか精神を保っていました。
 危うい状態であることに間違いは無いのですが。
 ここで和先輩が仄めかすのです。

 自分以外の所有者を倒せば、自分は助かる。

 後は簡単でした。
 澪先輩にメールアドレスを渡し、恐らく一緒に策を預けたのです。
 その策とは、会員達を狂信者に仕立てあげる方法。

 自分には会員達の未来が見える。
 この事実は、会員達の熱を上げるのに十分な材料でした。
 言うならば、澪先輩の神格化。

307: 2012/02/13(月) 01:04:25 ID:kgqZ58Rk0

和「見事な推理力ね」

梓「否定しないんですか?」

和「ここで否定することも無いわ」

梓「そうですね、ここは私達軽音部の部室ですから、防音はバッチリです。
 では、次の質問をします」

和「多いわね、質問」

梓「大丈夫です、もう後二つですから。
 今から私が言うことが真実かどうか、それを答えてください」

 和先輩は曽我部先輩と連絡が取れる状態にあった。
 それはファンクラブ繋がりだったり、生徒会繋がりだったり。
 故に曽我部先輩の得た情報、例えば澪先輩や私の日記の詳細等を和先輩は得ていた。
 交換条件として、澪先輩の写真辺りを与えていたのだろう。
 しかし、曽我部先輩は勝手に氏んでしまう。

 そこで、和先輩は澪先輩の神格化を思いついた。
 和先輩は早速実行に移し、見事神格化に成功。
 バスでの一件を撮影。
 その後、澪先輩の日記を無力化し、澪先輩が孤立するのを狙う。
 孤立したところで、澪先輩を殺害。

 次に撮影した映像を編集し、ムギ先輩の家に届ける。
 それを見たムギ先輩が、私達を狙うように仕向ける。
 そして狙いどおり憂が氏亡する。

 更に編集した映像を、元ファンクラブ会員達に見せる。
 狂信者と化していたファンクラブの怒りを買い、私達を狙うようにさせる。

 そしてその狂信者達を操り、澪先輩殺害の協力者として、ムギ先輩のお父さんを殺害しようと計画。
 一番狙いやすいであろうタイミング、ムギ先輩のお父さんが移動中の時を狙った。
 そこで更に、ムギ先輩自身を盾に使うことで、殺害成功を確実にした。

 その頃、私達は部室で実質的に閉じ込められていた
 しかし律先輩が暴動を起こし、私達は逃げることに成功した。
 何とか律先輩を抑え、その説明にあの映像を多くの生徒達に見せた。

 そして今、残りの所有者である私と唯先輩を会員達を使って捕らえ、殺害しようと目論んでいる。

308: 2012/02/13(月) 01:04:53 ID:kgqZ58Rk0

和「そうね……二つ、言いたいことがあるわ。
 まず律に映像を見せたことが抜けている」

梓「細かいですね」

和「そして、私が狙いどおり憂を殺せたわけではないわ。
 あの憂の氏は、私でも想定できなかった」

 憂が自ら私に刺されたこと。
 これは、その場にいた私も想定できないことでした。
 今でも、あの光景が頭にこびりついています。

梓「では、その他はその通りだと。
 何の欠落も無い事実だと、そう言うのですか」

和「ええ」

梓「では、最後の質問に移ります。
 和先輩、あなたがサバイバルゲームに勝ちたい理由は何ですか?」

 今まで淡々と喋っていた和先輩が、ここで言葉を詰まらせました。
 何か言いにくい理由でもあるのでしょうか。

和「唯を止めるため、かしら」

梓「唯先輩を……?」

 ここで唯先輩が出てくることは、私にも想像できませんでした。
 しかし和先輩の動機が唯先輩であるということも、尚更理解できません。

梓「唯先輩が、何をするというのですか?」

和「聞かされてないのね。
 それなら知らない方がいいわ、その方がどちらに転んでも幸せよ」

梓「そんなことで、私が納得いくと思ってるんですか!?」

和「出来ないわよね、きっと」

 具体的なことは何一つ言わない和先輩に、私はただイライラが募るばかりでした。
 何故本当のことを言えないのか。
 もしかしたら、唯先輩なんて関係なくて、嘘なんじゃないのか。
 様々な憶測が飛び交いますが、一向に答えは出そうにありません。

309: 2012/02/13(月) 01:05:21 ID:kgqZ58Rk0

和「もう質問はいいかしら?
 そろそろあなたの日記も貰いたいところなんだけど」

梓「お断りです、全部話してください」

和「無理矢理にでも奪うことは出来るのよ?」

梓「果たして、それは出来るのでしょうか。
 では……





 この話を聞いていた、全校生徒に聞いてみましょう」

和「っ!?」

 和先輩の顔が青ざめていきました。
 それはそうでしょう、和先輩にとって、私の発言は実に想定外のものでしたから。

梓「気づいていませんでした?
 この会話、全校生徒に向けて放送されているんですよ?」

和「そ、そんなはずが……!?」

梓「この部屋には流していませんよ、当然。
 勿論、他の部屋の放送が聞こえることはありません。
 ここは音楽準備室、防音はバッチリですからね」

310: 2012/02/13(月) 01:05:48 ID:kgqZ58Rk0

梓「ちょっと窓の外を見てみますか?」

 和先輩は私よりも先に、部室の窓から外を見ました。
 その様子は、明らかに今までに見られなかった動揺。

 しかし外を見た和先輩は更に動揺していました。
 そこには、捕まっていたはずの三人の先輩達がいたのですから。
 外から大きな声で、先輩達が叫びます。

唯「和ちゃん、もう終わりだよ!
 会員達はもう和ちゃんに従わないし、誰も和ちゃんのことを信じていない!」

律「さっさと観念して、こっちに来い!
 そして自分の犯した罪を、全て償うんだ!」

紬「それが亡くなった方達と、あなたのためよ!」

 和先輩は窓を叩き閉めました。
 その勢いで、ガラスが割れてしまいました。
 破片が和先輩にも飛び散り、ますます和先輩の激情を高めていました。

和「どこから……どこから、会話が漏れていたの!?」

梓「……本当に助かりました、和先輩。
 あなたが私の携帯をよこすように言っていたら、その時点で負けでしたから」

 私は、部室の入り口近く―――つまり、和先輩のすぐ近く―――までゆっくりと歩くと、そこに隠してあった携帯を持ち上げました。
 それはは「通話中」の、自分の携帯でした。
 そう、この携帯を通じ、放送室に設置しておいた携帯から、この会話が全校生徒に届いていたのです。

311: 2012/02/13(月) 01:06:16 ID:kgqZ58Rk0

梓「ここの音楽室、色々な機械があって助かりました。
 このマイクも、よく音を拾ってくれる優れものです」

 携帯に差し込まれたマイクを見せながら、さっきまで自分がいた地点まで戻ります。
 和先輩はどういう原理で放送されたかは理解できたようでしたが、まだ納得のいかない表情でした。

和「そんなはずは……私は、放送室に常に人を置いていたのよ!?
 会員以外の人間を放送室に入れないように徹底していたはず……」

梓「ええ、あなたは用心深い人。
 そんなことは、既に計算済みでした」

梓「そこで、私は一つの賭けに出ました。
 一歩間違えば、簡単に負けてしまうであろう賭けです。
 それは……」





純「ちょっと、私にも喋らせてよ!
 私があんた達のヒーローなんだからさ!」





梓「……そう、純です」

 ドアを思い切りに開けた友人が、そこで騒いでいました。
 何が起きたかわかっていない和先輩に、私は私の作戦を全て話し始めました。

312: 2012/02/13(月) 01:06:46 ID:kgqZ58Rk0

―――――――――
――――――
―――

 昨晩のこと。
 私は一つの賭け……純をこちら側につけることを提案しました。
 これに成功すれば、勝率がぐんと上がります。
 逆に失敗すれば、負けが確定するでしょう。
 そんな一世一代の大勝負でした。

 私は純にメールをしようとした頃……運命、なのでしょうか。
 認めたくもありませんが、純は運命的に永遠の友のようです。

 その純から、「会わないか」というメールが来ました。
 そのメールを読んだ上で、日記を見ましたが、私達への不利益は見られません。
 もしかして、これは……と思い、私は純の下へ急ぎました。

梓「純、来たよ」

純「ん……」

梓「単刀直入に言うね。
 私達に、協力して」

純「……わかってた、梓がそう言うって。
 私はわからなくなったから、今ここにいる。
 だからさ、協力するにしても……全部、話してよ」

梓「……うん、わかった」

 私は純に全てを話しました。
 意外にも純は、それを簡単に信じ込んでしまいました。
 今起きていることを考えれば、そのぐらい、だそうです。

 そして私との協力を約束してくれました。
 純は、自分の知る情報―――和先輩の日記の特性や律先輩の居場所、映像が全校生徒へ見せられた事等―――を
 包み隠さず教えてくれました。
 代わりに私は、明日の作戦を、純に簡潔に伝えました。

 今日中に準備出来ることは、少ない。
 だったら、当日に準備してしまえばいいのです。
 純には放送室の制圧と、純の携帯との通話を依頼しました。
 あちら側は純を味方だと思って油断するはず、その隙にこのスタンガンを使う、という流れを説明しました。
 途中で何故スタンガンなんて持ってるんだとか言われましたが、スルーしました。

 純の携帯との通話とは、当然全校生徒への放送。
 純の携帯を放送室に置き、私の携帯と通話状態にする。
 これだけです。

 後は、純が和先輩に報告すればいいのです。
 私が音楽準備室に入っていった、と。
 和先輩の日記の特性を利用した上での作戦でした。

―――
――――――
―――――――――

313: 2012/02/13(月) 01:07:23 ID:kgqZ58Rk0

和「そんな……どうして……?
 澪の神格化、そして会員達の狂信者化は完璧だったはず……」

梓「やはり、気づいていませんでしたか。
 私はつい先程、確信したんですが」

 私は和先輩への質問に罠を仕掛けました。
 その罠が仕掛けられたのは、和先輩が起こした行動の全てを肯定、否定していくものでした。

 澪先輩神格化、会員達利用、憂殺害。
 私はあえて、ある二つの事実を抜かしていました。
 しかし和先輩は、一つの事実の欠落のみを指摘していました。
 残りの一つは、欠落していたものではなく、事実訂正でした。

 私が抜かした、もう一つの事実。

 ここで純が、何故不安を覚えたのかを考えてください。
 純は、あの部室でのやり取りから不安を覚えたのでしょう。
 当たり前でした。





 純はファンクラブ会員ではないからです。





 和先輩が唯一犯した失態、それが純をファンクラブ会員だと「勘違い」していたことでした。
 つまり、私が抜かしていた事実とは「純への映像の説明」。
 しかしそれを和先輩は指摘しなかった。
 それは即ち、純をファンクラブ会員であると誤認している、何よりの証。

314: 2012/02/13(月) 01:08:40 ID:kgqZ58Rk0

和「そんなはず……」

純「確かに私は、澪先輩に憧れています。
 しかし、ファンクラブに入っていはいません。
 私が憧れていたのは、その人自身でもありましたが、何よりもベーシスト秋山澪なんです!」

 純が澪先輩に憧れている、ということは割と知られた事実でした。
 それがファンクラブ会員であると、誰かが勘違いしていたのでしょう。
 誰かが勘違いしたまま、誰かが純のメールアドレスを和先輩に送ったのです。

 尤も、純には澪先輩からのメールは来ませんでした。
 澪先輩がメールしていたのは、日記に書かれた人物だけですからね。
 未来予知も、指令することも出来なかったのでしょう。

 ただ和先輩からのメール、つまり解散メールだけは届いていました。
 しかし純は気持ち悪い悪戯だと思い、メールアドレスの変更をしたようです。
 あの緊張感も無い、空気も読めない、最低で論外なメールが送られていましたが、まさしくそれです。

梓「それと、純は見事な活躍をしてくれました。
 あの爆発の報告を、“煙が上がっている”という一見どうでもいい報告に変換してくれたのです。
 この報告を、あなたが仮に昨日のうちから予知していても、気にもしなかったでしょう」

梓「つまり、あなたはあの爆発音事態を予知出来なかった!
 きっとあの後、あなたは自分の目で、その爆発音の正体を見たのでしょう。
 これは報告ではなく、自分での確認……日記に記録されることは、ありませんね」

梓「まあ、この点はギャンブルでした。
 結果から言わせてもらえば、勝ちですがね」

315: 2012/02/13(月) 01:09:09 ID:kgqZ58Rk0

 結果から言わせてもらえば、この勝敗には何故か純が大きく絡んでいました。
 所有者でも無い純が活躍というのは、癪に障りますが。

純「ふっ、そろそろ私の時代が来るんじゃない?」

梓「たった今、終わったよ」

純「私、今回頑張ったよ……?」

梓「……本当に、心の底から感謝してる。
 ありがとう」

純「……うっわ、何か顔が熱くなってきた」

 私も顔が熱くなってきていました。
 あの純に、私が素直に感謝をするなど、人生で一度あるかどうかわからないことですから。
 私は、自分の言ったことなのに信じられませんでした。

梓「あなたの報告日記は、信頼のおける人物の報告に対して有用なものです。
 それは、ファンクラブの狂信者たちから向けられた信頼があってこそ成り立つものでした。
 逆を言えば、その日記の弱点は信頼されていない人物、即ち“会員以外の報告”だったんです」

316: 2012/02/13(月) 01:09:37 ID:kgqZ58Rk0

和「ふふっ……でも、梓ちゃん?
 あなたは私に自白を迫るあまり、大切なものを渡していないかしら?」

 和先輩の手に握られているのは、唯先輩の携帯でした。
 先程、取引と称して渡したものです。

和「言ったわよね。
 変な行動を起こしたら、どうなるか?」

 バキッ……!

 唯先輩の携帯が音を立てて、折れました。

和「……終わった……」





?「ねえ、まだ終わらないの?」

和「そんな……!?」





 いつの間にか、部室の扉は開けっ放しになっていました。
 そこに立っているのは、全く無事の三人の先輩。

317: 2012/02/13(月) 01:11:56 ID:kgqZ58Rk0

唯「何を驚いてるの、和ちゃん?」

和「だって、あなた、日記を……!」

唯「日記……?
 って、ああ!私の携帯が無残な姿に……!」

和「何で、日記を折られて、ここにいるのよ!?」

唯「ほえ?だって、私の日記ならここでぴんぴんしてるよ?」

 唯先輩が鞄から取り出したそれは……。
 小さなメモ帳のようなものでした。

唯「あれ、まさか和ちゃん、それが私の日記だと思ったの?
 違うよ、私の日記はこのメモ帳!」

和「携帯ではない、未来日記!?」

梓「私も初めは驚きましたが……日記という名称からすれば、こっちの方が自然かもしれません。
 それにしても憂、あの時の携帯に書かれていた未来って、全部嘘だな……」

和「私を嵌めたのね……!
 しかも、ここでの会話を全校生徒に放送する手段のヒントを与えたのは、他の誰でもなく私……。
 ……はぁ、参ったわ、お見事ね」

 敵とはいえ、その策を認める姿は、かつての和先輩のイメージと何ら変わりありませんでした。
 和先輩の下に、律先輩が和先輩に駆け寄り、その胸倉を掴みます。
 後ろからムギ先輩が静かに二人のところへ近寄っていきました。

318: 2012/02/13(月) 01:12:24 ID:kgqZ58Rk0

律「和!お前、どうしちまったんだよ!」

紬「そうよ和ちゃん!
 唯ちゃんと一緒にいるだけであなたは、幸せだったでしょ!?」

 和先輩は、その質問に何一つ口を開こうとしませんでした。
 そんな和先輩を、律先輩は胸倉を掴んだ手を離し、涙を溜めながら部室外の階段を下りていってしまいました。
 ムギ先輩は、唯先輩に何かを呟き、律先輩の後を追います。

 唯先輩がそっと和先輩に近寄り、その体を抱き締めました。
 強く、強く、その和先輩を。
 和先輩の目元から、涙が伝っていました。
 唯先輩の目にも涙が溜められていました。

唯「和ちゃん……これは、悪夢だったんだよ……。
 ゆっくり、おやすみ……」

和「唯……ダメよ……」

 そういうと、和先輩の持つ携帯をそっと取り、それを壁に思い切り投げつけました。
 割れるような音が鳴り、和先輩の携帯は壊されてしまいました。

和「どうしてよ……唯……」

 唯先輩は和先輩の言葉に耳を貸そうともしません。
 和先輩は唯先輩に抱き締められた体制のまま、消えていきました。

319: 2012/02/13(月) 01:13:05 ID:kgqZ58Rk0

唯「これで終わったね、和ちゃん……」

 残された唯先輩は蹲り、悲愴の涙を流していました。
 こうして全ての元凶であり、唯先輩の最大の友人だった4th、和先輩との長い戦いが終わったのです。

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 -紬side-

 辺りもすっかり薄暗くなっていたというのに、唯ちゃんの涙は留まるところを知りませんでした。
 階段で泣くりっちゃんを慰めた私達が部室に戻る頃には、もう和ちゃんはいなかったのです。
 私とりっちゃんと純ちゃんは、唯ちゃんを梓ちゃんに任せ、部室を後にすることにしました。

 廊下を歩いていると、純ちゃんが突然私に謝ってきました。
 お父さんが殺されている様子の音声を聞かせるなんてことをしてしまって、申し訳ありませんでした、と。
 しかし、私は純ちゃんを責めるつもりはありませんでした。
 それに純ちゃんは、あの時音声を切ってくれました。
 それは本人が気持ち悪かったから、と言ってますが、それはあの時点で後ろめたい気持ちがあったという証拠。
 この事実だけでも、私が純ちゃんを責める必要はありません。

 昇降口で靴を履き替えていると、純ちゃんがお先に失礼します、と言って先に走って帰ってしまいました。
 先輩二人と一緒に帰るのは、少々キツイものなのかもしれません。
 私はりっちゃんと二人で帰ることになりました。

320: 2012/02/13(月) 01:13:32 ID:kgqZ58Rk0

律「しっかし、あの時は焦ったなー。
 いきなり倉庫に閉じ込められるんだもん」

紬「結局、会員達から守ってくれたのよね」

律「いや、“私達……3年2組は中立だから”とか言ってたけどな。
 どっちの味方もしないけど、私は3年2組のメンバーだから、とりあえず庇っておく、とか。
 助かったけど、全然素直じゃねえ!」

紬「ふふ、唯ちゃんの方も3年2組に助けられたそうよ。
 本当、いいクラスだと思うわ」

律「そういえばムギは誰に助けられたんだ?
 3年2組か?」

紬「うーん、遠からず近からずかしら。
 ……まあ、話しても問題ないわよね」

321: 2012/02/13(月) 01:14:27 ID:kgqZ58Rk0

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―――

 時は遡り、私が会員達から逃げているとき。
 私は目を瞑り、目の前の光景が何も見えなくなっていた頃。

 「目を開けなさい」

紬「え……?」

 聞いたことのある声が、聞こえてきました。
 私達を三年間守ってきてくれた、その声の主は、私を優しい目で見ていてくれました。

紬「さわ子先生……」

さわ子「ムギちゃん、大丈夫?」

 私を追っていた会員達がざわつき始めました。
 流石に先生の前で、そのようなことをするのは危ないのではないか。
 そういう考えが、彼女達の頭の中をよぎったのだと思います。

さわ子「さあ、行くわよ」

紬「行くって、どこにですか……?」

さわ子「あなたのクラスよ」

 さわ子先生は、3年2組の生徒全員があなた達を守ろうと頑張っている。
 だから悲観的にならないで。
 そう言ってくれました。

 私は涙が零れそうでした。
 さわ子先生はそっと、ハンカチを渡してくれました。
 号泣、とはいいませんが、それなりに私は泣いてしまいました。

さわ子「あなた達の事情は、唯ちゃんから全部聞いてるわ」

紬「えっ……?」

さわ子「……もう話してもいい頃かしらね。
 あなた、唯ちゃんが何をしようとしているか、知ってる?」

紬「いえ……」

さわ子「唯ちゃんはね……」

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322: 2012/02/13(月) 01:14:55 ID:kgqZ58Rk0

 私はりっちゃんに、今日さわ子先生に言われたこと、全てを話しました。
 この時私は、また泣きそうでした。
 りっちゃんはうん、うんと言いながら一生懸命に聞いてくれました。
 そして全てを話し終えた頃、私はついに号泣してしまったのです。

律「唯が……もう、あいつを止めることは出来ないのか……?」

紬「う゛う゛……!」

律「そうだよな、もっと前に決断していたことなんだもんな。
 ……今から戻っても間に合わない、か……」

 そういうとりっちゃんは、携帯を取り出し、メールを打ち始めました。

律「間に合わないなら、これしかねえからな……」

紬「わ、私も……」

 私とりっちゃんは、道の真中で一通のメールを書いていました。
 その送信先はもちろん、唯ちゃん。
 ……のつもりでしたが、梓ちゃん。
 残念ながら、唯ちゃんの携帯は壊されているのです。

 メールをひたすらに打ちつづけました。
 私は涙でぼやけ、携帯のボタンがよく見えませんでした。
 りっちゃんも、何だかメールを打つスピードが非常に遅くなっているようでした。
 ……りっちゃんも、同じように涙を浮かべていました。

紬「早く送らないと……間に合わないわ……!」

律「わかってる……!
 わかってるけどよう……」

 私達は誰も通らない道の真中で、メールを送信させると、そのまま崩れて地面に座り込んでいました。
 そしてそのまま、涙を全て枯らしてしまいそうな勢いで、今までのこと全てを吐き出しているような涙を流しました。
 薄暗い道、人もまばらな道には、誰に届くわけでもない泣き声が響き渡りました。

 その泣き声の中で、私は気づいたのです。
 唯ちゃんと和ちゃんは、やはり幼馴染だったのだと。

323: 2012/02/13(月) 01:15:26 ID:kgqZ58Rk0

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 -梓side-

 三人が部屋を出た後も、私は蹲っている唯先輩を必氏に慰めました。
 しかし、その様子は改善する兆しすら見せません。
 私はいい加減、どうしたものかと頭を悩ませました。

梓「唯先輩……」

 何度呼んだかわからない、この名前。
 いつの間にか自分を惹きつけてしまった、この名前の人物。

 あの日の告白を、私は覚えています。
 私の中で、ずっと唯先輩は大きな存在なんです。
 だから。

梓「お願いです唯先輩、顔を上げてください」

 頼んでも、簡単に上げてくれるものではありません。
 現に、こうして何回も頼んでいるのに、何も反応してくれないのですから。
 しかし私がこうして立ち去ろうとすると、

唯「……行かないで……」

 と言って、私の足を止めるのですから。
 我侭にも程があります。
 今の唯先輩には仕方のないことなのかもしれませんが、憂の時はすぐに立ち直っていました。
 いや、立ち直ったように見せて、実はまだ立ち直れていなかったのかもしれません。
 そこに幼馴染の氏と来たものだから……こうして蹲っている、ということなのでしょうか。

324: 2012/02/13(月) 01:18:11 ID:kgqZ58Rk0

梓(どうすれば……)

 その時です。
 私の携帯が震えました。
 メールを着信したようでした。

梓(和先輩の氏のメールは既に伝わった……じゃあ、完全にプライベートなメール?)

 私は自分の携帯を取り出し、そこに書いてある文章を読みます。
 それは唯先輩に向けて送られた、二人の先輩のメッセージでした。

 私は文章を読むのを途中で止め、唯先輩に私の携帯を渡しました。

梓「二人のメールです。
 じっくり読んでください」

 すると唯先輩は、ゆっくりではありますが頭を上げ、私の顔を見てくれました。
 そして携帯を握ると、文章をスクロールさせながら次々と読んでいきます。
 恐らく、励ましのメールの類いなのでしょう。

 全てを読み終えた唯先輩は、突然私のことを抱き締めてきました。
 和先輩を強く抱き締めたときとは違い、優しい抱き締め。
 私を心から癒す、その力加減は完璧でした。

唯「あずにゃん、大好きだよ」

梓「へ!?いきなり、どうしたんですか!?」

 私は不意打ちには弱いのです。
 雰囲気さえあれば素直になれるのですが、いきなりは難しいのです。

唯「何があっても、未来永劫、どんなあずにゃんでも私は大好きだからね」

梓「えぇと、その……嬉しいです、唯先輩。
 私も、唯先輩のこと、大好きです」

 ありがと。
 そう言ってくれた唯先輩の言葉を最後に、私は意識が途切れました。

325: 2012/02/13(月) 01:18:48 ID:kgqZ58Rk0

―――
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 -唯side-

 ここは部室。
 いるのは、私だけ。
 地面に落ちているのは、無残に壊れた三台の携帯。
 私と和ちゃんのと、あずにゃんのもの。

唯「……ゴメンね、あずにゃん」

 ふっ、と意識が一瞬なくなりました。
 すると今まで部室にいたはずの私は、いつの間にかあの不思議な空間に飛ばされていました。

ムル「ほほう、まさかお主が勝つとはのう!」

デウス「サバイバルゲームの勝者は、お前だ1st」

唯「……はい」

デウス「では、問おう。
 お前は、何を望む?」

唯「そんなもの、初めから決まってます。
 私は……」

326: 2012/02/13(月) 01:19:34 ID:kgqZ58Rk0

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―――

 これは、あの日の出来事。
 りっちゃんが、何故かやる気を出していた日。
 私はタイミング悪く、お腹の調子がよろしくなかったのです。

 私は部室に戻る途中、さわちゃんを見かけました。

唯「さわちゃーん!」

さわ子「あら、どうしたの唯ちゃん?」

 どうしても私には相談したいことがありました。
 それは部活よりも勉強よりも相談したいぐらい、わからないものだったからです。

 つまり、それは未来日記のお話。
 突如私のメモ帳が未来を予知する日記になったのです。
 サバイバルゲームなんて夢のようなお話で、憂も参加しているようでしたが、よくわかりませんでした。

 この話を聞いても、普通の人なら夢とか何だとかで終わらせてしまいます。
 しかし、さわちゃんは違いました。
 まさしく、普通の人ではありませんでした。
 ごめんなさい、それは失礼でした。

327: 2012/02/13(月) 01:20:00 ID:kgqZ58Rk0

さわ子「……私の友人にも、そういう話をしていた人がいたわ」

 何と、さわちゃんの友人もサバイバルゲームをやったことがあるそうでした。
 話を聞いていると、まさしくそれが私の参加しているソレと同じであることに、私は驚きを隠せません。

 しかし対照的にさわちゃんは悲しそうな顔をしていました。
 その友人は、いわばゲーム勝者なのですが、その結末があまりにも残酷なものだったからです。

 その参加者の殆どが、何とその友人と関わりのある人達だったのです。
 友人はゲームに参加することを放棄しようとしますが、それは許されませんでした。
 仕舞いには自身の日記を狙われ、傷つけられる毎日。
 そんな毎日に嫌気が差した友人は、ある日ついに全参加者を頃してしまうのです。
 そして勝者となった、その友人は言いました。
 「時間の神となって、時間を巻き戻す。私の日常を取り戻すんだ」と。
 しかし、時間を巻き戻し、頃した友人達を復活させても日常は取り戻せないというのです。
 何故なら、時間の神となった時点で、その人は人ではいられなくなるからでした。
 つまり時間をいくら巻き戻したところで、その日常に自分はいない。
 初めから、この世界にそんな人物はいなかったように扱われると、言われたそうです。

 その友人は、その事実に酷く傷つきました。
 そして友人は、「別の日常を作ろう」と言って、ただの日記の永久所有権を選んだのでした。

さわ子「因みに、日記は処分したそうよ。
 一度勝利してしまえば、処分しても自分が消えることは無いみたいね」

唯「……何だか、悲しいお話だね。
 その友人はきっと、みんながいる日常を守りたかっただけなんだよね」

さわ子「そうね。でも、一人が誰かを不信に思った瞬間から、その日常は壊れるしかなかったのよ……」

唯「私、決めたよ。
 絶対に誰も殺させないし、日常を壊させない」

さわ子「もし壊れてしまったら?」

唯「そんなの……聞かないでよ」

さわ子「そうね……」

唯「……それじゃあ、部活に戻らなくちゃ。
 ばいばい、さわちゃん!」

さわ子「はい、頑張ってね」

328: 2012/02/13(月) 01:20:46 ID:kgqZ58Rk0

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さわ子「あっ、一緒にお茶飲みに行けばよかった……。
 私としたことが、不覚!」

和「さわ子先生」

さわ子「あら真鍋さん、どうしたの」

和「……今の会話、聞いてしまいました」

さわ子「えっ……」

和「唯は、きっと自分を犠牲にしてでも日常を修復とします。
 非常に失礼かもしれませんが、そのさわ子先生の友人が躊躇ったことを、簡単に実行すると思います」

さわ子「その様子だと、あなたも日記を持っているようね?」

和「ええ、まあ」

さわ子「唯ちゃんは日常を守ろうとしているのよ?
 壊れてもいないものを、修復なんて出来ないわ」

和「それは承知です。
 しかし、誰かがゲームのルールに忠実に動けば、それは容易く壊れてしまいます」

さわ子「それは人一人が殺されてしまうってこと?」

329: 2012/02/13(月) 01:21:20 ID:kgqZ58Rk0

和「はい。人一人が氏ねば、後は時間の問題です」

さわ子「友人の例を話した手前、それは否定できないわ。
 それで、あなたは何が言いたいのかしら、真鍋さん?」

和「私、思うんですよ。
 自分自身の考え方や性格は、周りの環境に影響されるものだって」

さわ子「間違ってはいないと思うわ」

和「この考え方をわかってくださるなら、後は簡単です」

さわ子「何が簡単なのよ?」

和「私と唯は、幼馴染なんです」

さわ子「……止めなさい、皆悲しむわよ」

和「悲しむ間も与えませんよ。
 一週間以内に、終わらせるように努力します」

さわ子「あなた達、揃いも揃って……!」

和「大丈夫です、私はこの世界に未練なんて残さないぐらい酷いことを、やってのけますから。
 後悔も残りませんよ」

さわ子「無理矢理でも、私がそれを止めると言ったらどうするの……?」

和「いくら止めようとしても無駄です。
 私も……唯も」

330: 2012/02/13(月) 01:21:48 ID:kgqZ58Rk0






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 私の名前は中野梓。
 中学三年生……だったのは、つい最近です。
 私はこの春から、ついに高校生となりました。

 新しい校舎、新しいクラスメイト、新しい世界。
 不思議で興味を沸きたてる不思議な空間が、そこには広がっていました。

 新歓祭では、多くの部活がパフォーマンスで、部活宣伝を行いました。
 やはり高校ともなると、部活も本格的になるのかもしれません。

 ジャズ研に少し興味を持ちましたが、入るまでには至らず。
 結局、私はどの部活にも入らずじまいでした。
 クラスで特に仲の良い友人を二人作れましたが、部活に入れば変われたのでしょうか。

331: 2012/02/13(月) 01:22:40 ID:kgqZ58Rk0

 桜高といえば、軽音部が非常に人気だったと聞いたことがあります。
 しかし一昨年に三年生だった人が引退すると、部員がゼロになってしまったのだそうです。
 去年は現在二年生の先輩達が部活を作ろうと努力していたようですが、それも実らず。
 話によると、三人までは集まったそうです。

 もし私が一年早く生まれていて、その部活を一緒に立ち上げていたら、どうなっていたのでしょう。

純「梓~、なにぼーっとしてんの?」

梓「あっ、ごめん純」

 妄想に更けていた私を現実に引き戻す、友人の声が聞こえました。
 現在の月は6月。
 高校生活も2ヶ月目、いい加減色々なことに慣れてきています。

純「まあいいけど……私、部活行ってくるからね?
 明日の予定忘れないでよ?」

梓「二つ目は私の台詞」

純「今の状況では、私の台詞!
 とりあえず、ジャズ研に行ってきます!
 憂もじゃあね!」

憂「うん、行ってらっしゃい!」

 純は憧れの先輩がいたから、ジャズ研に入部しました。
 憧れの先輩がいたら、高校生活も更に楽しくなるのでしょうか。

332: 2012/02/13(月) 01:23:08 ID:kgqZ58Rk0

憂「じゃあ帰ろうか?」

梓「ん、そうだね」

 外は、霧のような雨に降られていました。
 二つの傘が並び、一本の道を進んでいます。

憂「そういえば梓ちゃん、ギター弾けるんだよね?」

梓「それなりにはね」

憂「それなら、音楽系の部活に入ればよかったのに」

梓「何か乗り気になれなくて……」

憂「ふーん……じゃあさ、私の家で演奏してよ!」

梓「えっ?」

憂「家だと、いつも一人で寂しいから……。
 あっ、私が梓ちゃんの家に行けばいっか」

梓「ちょっと、急に話を進めないでって」

憂「ダメかな?」

梓「ダメじゃないけど……」

憂「じゃあ、今から行ってもいい?」

梓「別にいいよ。
 どうせだし、憂も少しギター弾いてみなよ」

憂「いいの!?
 でも、私に出来るかな……」

梓「飲み込み早そうな憂なら、すぐに出来るよ。
 それじゃ、行こっか」

憂「うん!」

 並ぶ二つの傘が、速度を上げて、同じ道を行く。
 雨が降って、前はよく見えないから。
 この道が、私の今までずっと通っていた道かはわからないけども。
 並ぶ傘に違いはあるのかもしれないけども。





―――これが、私の日常です。





最終話
「にちじょう!」
-完-

333: 2012/02/13(月) 01:26:56 ID:kgqZ58Rk0
完結です、ありがとうございました。

■おまけの日記一覧

1st.平沢 唯
●所持日記は「幸福日記」。
 未来、自身が体験する幸せなことを記録する。
 失敗や不幸は記録されないため、所有者同士での戦いでは活用しにくい。


2nd.平沢 憂
●所持日記は「お姉ちゃん日記」。
 未来、姉が体験することを記録する。
 姉と行動を共にすることで、間接的に自分の周りの情報を得ることが可能。


3rd.曽我部 恵
●所持日記は「ストーカー日記」。
 未来で、自分から逃げる相手のことを記録する。
 対象となった相手の所在地や隠し事、将来調べ上げるであろう個人情報まで記録される。


4th.真鍋 和
●所持日記は「報告日記」。
 未来に、自分にされる報告を記録する。
 報告者に的確な指令することで、必要な情報を抽出しやすい。


5th.秋山 澪
●所持日記は「ファンクラブ日記」。
 ファンクラブ会員が未来に見ることを記録する。
 情報量の多さは他の追随を許さないが、多過ぎるので必要な情報を見つけにくい。


6th.琴吹 紬の父
●所持日記は「ムギビジョンダイアリー」。
 琴吹 紬が未来で見ることを記録する。
 2ndの日記と異なる点は、記録される内容が紬視点の主観的であること。


7th.中野 梓
●所持日記は「伝聞日記」。
 自分が未来、耳にすることを記録する。
 耳にしたことに関して、自身が思ったことも少し記録される。

334: 2012/02/13(月) 17:24:48 ID:8rTqtRl20
おつ

引用: 梓「未来日記」