104:◆4xyA15XiqQ 2012/02/12(日) 19:26:21 ID:/NsrYwQU0



「境目」



 ‐真っ白な空間‐


紬「あら、ここは?」

 私は気づけば、真っ白な空間に一人ぽつんと座っていました。

『此処は境目のない空間です』

紬「誰かいるの!?
 どこから声が聞こえてるの……?」

 周りには誰もいないのに、声が聞こえてきました。
 ハッキリと聞こえます、空耳ではありません。

『私は此処の管理人、とでも言っておきましょうか。
 私は、あなたの前に姿を現さない場所で語りかけています』

紬「姿を見せてはくれないの?」

『仕方のないことなんです』

『それより、この空間に訪れたあなたは幸運です。
 この空間を、現実世界に持っていけるのですから』

紬「どういうことなの?」

『一つだけ、境目を消してあげます。
 例えば物理的なものでいえば、家の柵を消すことが出来ます』

紬「そんなもの、いらないわ」

『いえいえ、物理的な境目とはくだらないものです。
 私がオススメするのは、精神的な境目を消す、ということです』

紬「え?」

105: 2012/02/12(日) 19:26:49 ID:/NsrYwQU0

『例えば、憧れの人と自分の心の境目を消してみましょう。
 すると、あなたは憧れの人の心が、手に取るようにわかるのです』

『憧れの人とあなたの境目は無くなり、二つの心は一つのものとなるのですから』

紬「面白そうではあるけど、信じられないわ」

『そうでしょうね。
 では、あなたが望んだタイミングで5分間だけ、境目を消してみせましょう』

『お試しサービスです』

紬「いいわ、やってみて。
 そうね、私が部室に入った時、最初に目が合った人で試して」

『わかりました。
 それでは、現実世界へお戻りください』


 ‐自宅・自室‐


 次に私が気がついたのは、自室のベッドの上でした。

紬「……変な夢」

紬(部室で最初に目を合わせた人との境目を……)

紬(信じてるわけじゃないけど、気になっちゃう)


 ‐学校・部室前‐


 朝から気にしていた、部活の時間が来てしまいました。

紬(部室の扉を開けるのが、ちょっと怖い)

紬(……よし、覚悟を決めて)

107: 2012/02/12(日) 19:28:38 ID:/NsrYwQU0


 ‐学校・部室‐


紬「こんにちは~」

唯「あっ、ムギちゃん!」

 部室には、唯ちゃん一人しかいませんでした。
 つまり境目が無くなるのは……。

紬(うっ、少し目眩が)

唯「どうしたのムギちゃん?」

『大丈夫かなあ?』

紬「!」

紬(わかる、唯ちゃんの心が!)

唯「えっ、何か言った?」

紬「え?」

唯「何か、頭の中でムギちゃんの声が聞こえたような……気のせいかな?」

『でも、ちゃんと聞こえるんだよなあ……』

紬(境目が無くなるって、逆も有り得るってこと!?)

唯「あ、まただ~」

紬(何か、不思議な感じね……)

唯「ムギちゃん、これはいわゆる以心伝心ってやつだよね?」

紬「え、ええ、そうね!」

唯「すごいよ、ムギちゃん!
 私達、超仲良しだよ!」

108: 2012/02/12(日) 19:29:12 ID:/NsrYwQU0

 ガチャッ。
 部室にりっちゃんが入ってきました。

律「二人とも、何やってんだ?」

唯「おお、りっちゃん来たね!
 実は私とムギちゃんは、以心伝心なんだよ!」

律「何を言い出すかと思えば……」

 りっちゃんは呆れ気味です。

唯「待っててねりっちゃん、今から以心伝心しちゃうから……あれ?」

紬(5分経ったのね)

紬「唯ちゃん、私達軽音部はいつでも仲良しだから、いつでも以心伝心なのよ」

唯「つまり、どういうこと?」

紬「きっと、さっきみたいな奇跡が、またいつか起きるはずよ!」

唯「そっか!
 今だけは、お休みなんだね!」

律「訳がわからん」

 りっちゃんは、まるで訳がわからない様子でした。
 当然の反応といってしまえば、当然です。
 当事者の唯ちゃんですら、何もわかっていないのですから。
 それからは、あの不思議な感覚に襲われるわけでもなく、普通に部活を楽しみました。


 ‐自宅・自室‐


 私はベッドで寝転がりながら、今日を振り返っています。

紬(あの力は本物だったのね……)

 今日も、あの空間に行けるように願いながら、私は眠りにつきました。

109: 2012/02/12(日) 19:30:05 ID:/NsrYwQU0


 ‐真っ白な空間‐


紬(……着いた!)

『どうでした?』

紬「すごかったわ!
 本当に心が一つになったみたい!」

『喜んでもらったようで、何よりです』

紬「ただ、私の心も向こうに知られてしまうのね」

『一応、それを防ぐことは可能ですよ』

紬「自分の心を読まれることなく、相手の心を読むことが出来るの?」

 卑怯な話だと、私は思いました。
 それでも興味がありましたけど。

『はい。
 ただし、これをするには条件があります』

『この方法で境目を消した場合、もう私の力では元に戻せません』

紬「例えば今日みたいに、時間で元通りになることが無いってことね?」

『はい、その通りです』

紬「全然問題無いわ。
 やってちょうだい」

 私は人の心や夢を見てみたい、そんな衝動に駆られていました。

『では……どなたとの境目を消しましょう?』

紬「唯ちゃんをお願い」

 唯ちゃんの心がわかれば、唯ちゃんが何をして欲しいのかわかります。
 私は人を幸せにしたいのです。

『わかりました。
 現実世界に戻ったら、耳を傾けてみてください』

『そうすれば、いつでも平沢唯さんの心がわかりますよ』

 いつでも、耳を傾けた時に。
 朝早くでも、夜遅くでも。

紬(朝が楽しみね~)

『では、お目覚めください』

110: 2012/02/12(日) 19:30:55 ID:/NsrYwQU0


 ‐自宅・自室‐


 少し目眩に襲われながら、私はベッドから起き上がりました。

紬(声が小さく聞こえる気がする)

 あの空間の管理人に言われたように、私は耳を傾けました。

『今日は早起き出来たよ、やったね』

紬(唯ちゃんの心だわ……すごいすごい!)

『今日も頑張るぞー、おー!』

紬(私も頑張るね、唯ちゃん!)


 ‐学校・部室‐


唯「おぉ、今日のお菓子はチーズケーキなんだね!」

『丁度食べたいと思ってたんだ~』

紬「ふふっ、知ってるわよ」

澪「ん、何か言ったかムギ?」

紬「い、いやっ!
 何でもないの!」

紬(危ない、危ない)

澪「これ食べたら、練習しような」

律「部活終了までに、果たして食べ終わるかな?」

澪「ムギ、律がお腹一杯でケーキ食べられないらしいぞー」

律「嘘!嘘です、今すぐにでも食べ切ります!」

澪「ふう、これで練習出来……」

唯「りっちゃん、ゆっくり味わいながら食べようよ~」

澪「無かった」

『食べたいものが食べられて、夢のようだよ~』

111: 2012/02/12(日) 19:31:30 ID:/NsrYwQU0

梓「急いで食べる必要は確かに無いと思いますけど、そんなゆっくり食べてたら練習時間が短くなってしまいます!」

唯「これが私のペース配分なんだよ!」

『あずにゃん、今日も可愛い~』

梓「マイペースなことを誇らないでください!」

紬「まあまあ、時間はたっぷりあるんだから、ね?」

唯「そうそう!」

梓「むぅ……食べ終わったら、絶対練習ですからね?」

唯「絶対やるよ!」

『任せて、あずにゃん!』

紬(ふふ……唯ちゃんも練習にやる気のようね)

 それからチーズケーキを食べ終わった私達は、きちんと練習をして部活を終えました。


 ‐自宅・自室‐


紬(今日は唯ちゃんの夢が叶ったようで、よかった~)

紬(皆の心がわかれば、皆の夢がわかるわね……)

紬(つまり皆を喜ばせてあげられる……!)

紬(今日も、あの空間に行けますように)

112: 2012/02/12(日) 19:32:09 ID:/NsrYwQU0


 ‐真っ白な空間‐


『また来ましたね』

紬「ええ」

『どうでした?』

紬「最高ね!」

『それはよかったです』

紬「ねえ、更に境目を消すことって出来ないの?」

『出来ますよ、一日一つですが』

紬(軽音部全員の心がわかるまで、後三日なのね)

紬「お願い出来るかしら?」

『わかりました……どの境目を消しましょう?』

紬(次にお菓子を心待ちにしていそうなのは……りっちゃんかしら?)

紬「りっちゃんをお願い。
 勿論、唯ちゃんと同じく、私が心を読めるだけのやつをね」

『わかりました。
 朝、耳を傾ければ、二つの声が聞こえるでしょう』

紬「ありがとね」

113: 2012/02/12(日) 19:32:48 ID:/NsrYwQU0


 ‐自宅・自室‐


 また、目眩に襲われながらの起床です。
 昨日より少し大きくなった声に、耳を傾けてみます。

『うおおおお!!
 まだ、眠い!寝たい!』

紬「りっちゃん……」

『憂が、起こしに、くる……すぴー』

紬(これは唯ちゃんかしら?)

紬(心の声って、聞き分けずらいのね……声音が大差無いわ……)

 その点は、普段の声音と違いました。
 ただ、距離に応じて音量に差があるのは、普通の声と変わらないみたいです。
 部室にいる時は、耳を傾けなくても、心の声が聞こえますから。

紬(それでも、どっちがどっちか、わかりやすいけど)


 ‐学校・部室‐


 いつものように私は、家から持ってきたお菓子をテーブルの上に広げます。

紬「今日は甘いチョコレートを持ってきたの~」

唯「おぉ、美味しそうだよ!」

『早く食べたい!』

律「よし、練習は終わりだな!」

澪「始まってないけどな」

『いやっほぅ!
 私は何となく朝から、チョコ食べたかったのだ!』

『今日は運がいいぜ、ムギに感謝だな!』

紬(昨日は唯ちゃんの夢を叶えたから、今日はりっちゃんの番よ!)

紬(幸せそうな顔して……私まで幸せになっちゃうわ~)

梓(ムギ先輩がニヤニヤしている)

 梓ちゃんが少し引いてます。
 どんな顔してたんでしょう。

紬(次は誰の夢を叶えようかしら?)

澪(ムギが何か企んでいる顔をしている)

 澪ちゃんが怪訝そうな顔で見詰めてきます。
 どんな顔してたんでしょう。

『美味しいなあ』
『うまい』

114: 2012/02/12(日) 19:33:15 ID:/NsrYwQU0

 二人とも幸せそうで何よりです。
 そこへ、さわ子先生が扉を開けて、部屋へ入ってきました。

さわ子「ちょりーっす」

梓「あっ、さわ子先生、来てしまったんですね」

さわ子「何よ、その嫌そうな顔は」

梓「いえ……ティータイムに磨きがかかってしまうなあ、と思って」

『練習出来ないって言いたいんだな……』
『あずにゃんは練習したいんだよね……』

 練習したいみたいです。

紬(先生の夢も叶えたいな)

紬(でも、時間がかかっちゃうわね)

 そう、一日一つの境目しか消せないのです。
 消すものを増やせば増やすほど、私自身の夢を叶えるのが先になってしまいます。

紬(……そうだ!)


 ‐自宅・自室‐


 私はベッドの上で考えごとをしていました。
 今日、あの空間に何とお願いするのかを、決めていたのです。

紬(やってくれるかしら……?)

紬(もしもの時のために、小さいお菓子をポケットに入れておこ)

 お菓子好きなら、取引でやってくれるかもしれませんし。
 私は変な願いと共に、眠りにつきました。

115: 2012/02/12(日) 19:33:51 ID:/NsrYwQU0


 ‐真っ白な空間‐


紬(またまた、やって来てしまいました~)

『ご機嫌ですね』

紬「とってもいい気持ちよ!
 それで、今日はお願いがあるの」

『どの境目ですか?』

 ポケットの中のお菓子を確認します。
 最終手段もバッチリみたいです。

紬「あの、軽音部の境目を消すっていうのはアリかしら?」

『と、いいますと?』

紬「今の軽音部の皆が欲しいものを、全部知りたいの!」

『確かに可能ですが、よろしいのですか?
 軽音部が無くなれば、心の境目は再び現れますよ』

『あの二人以外、ですが』

 唯ちゃんとりっちゃんの二人は、個別に境目を消しましたからね。

紬「問題無いわ。
 後で個別に消せばいい話でしょう?」

紬「私は早く、皆の夢を叶えてあげたいの」

『わかりました。
 この空間の力を存分に貸しましょう』

『朝には、聞こえるはずです。
 あなたの求める、声が』

紬「ありがとう」

116: 2012/02/12(日) 19:34:26 ID:/NsrYwQU0


 ‐自宅・自室‐


 結局お菓子は使わないで、私の思ったとおりになってしまった朝がやってきました。
 今日は、いつも以上の目眩が襲ってきます。

紬(うぅ……気持ち悪いわね……)

紬(軽音部の境目だから、一人分の境目より大変なのよね、きっと)

『今日は練習一杯出来るといいなあ』

紬(梓ちゃんかしら?)

『エリザベス、今日もよろしくな』

紬(エリザベス……。
 澪ちゃんよね)

紬(声がいつもより大きく聞こえるわ、何人分もの声だものね)

紬(……うーん、今日は何のお菓子を持っていこうかしら~)


 ‐学校・部室‐


 今日は少し、教室でのお話が長引いちゃって、部活に遅れちゃいました。
 部室の扉を、そっと開けます。

紬「遅れちゃってごめんなさい!
 ……って、あれ?」

澪「ムギは遅れてないさ。
 あの二人が、な」

『唯と律はどこいってんだ……』

紬「あらまあ……」

梓「三人で練習始めちゃいましょうか?」

『真面目な先輩しかいない、今がチャンス』
『ふぅ、疲れた』

紬(あら……?)

『りっちゃんから扉開けてくれないかな』
『唯から扉開けてくれないかな』

紬(多分、これは……)

 私は扉をそっと開けてみました。
 案の定、そこには唯ちゃんとりっちゃんがいました。

『見つかった!』
『透視された!』

117: 2012/02/12(日) 19:35:46 ID:/NsrYwQU0

澪「二人とも、遅れるなら連絡ぐらいしてもいいだろ!」

律「ゴメンゴメン、急用だったからさあ」

『今週号は超人気で、早く買っておかないと店から消えるなんて言われちゃったらな』

唯「そうなんだよ、今週号は急だったんだよ!」

『おい、唯!?』

梓「それ、どういう意味ですか?」

『既に確保済みの私には、わかりきったことですが』
『あの顔、わかっている顔だ……』

澪「……二人とも、説明してもらおうか?」

『場合によっては、拳骨をしてしまおう、うん』

唯・律「すみませんでしたー!」

『私としたことが、不覚だよ!』
『唯のせいで~』
『帰りに、今週号の新連載の話をしたいな……』

紬(声が多過ぎて、煩い……。
 現実世界の喋りも、聞こえづらいわ……)

『ん、ムギが変だ』

紬「っ!?
 何でもないのよ、何でも!」

澪「ムギ、いきなり何言ってるんだ?」

紬「あっ、いや……ごめんなさい、取り乱しちゃって」

紬(あれは心の声よ、誰のか判別しづらいけど……)

『やっぱり変だ』
『どうしたんだ、ムギ?』

紬「……そうだ、お茶にしましょう?」

『練習出来ると思ったのに』
『今日のお菓子なんだろうな~』

紬(……)

118: 2012/02/12(日) 19:36:22 ID:/NsrYwQU0

 私はいつも通りを装いながら、お菓子をテーブルの上に広げました。
 今日は様々な種類を揃えたケーキです。

紬「今日は色んなケーキを持ってきたの~」

『すげぇ!』
『美味しそう……』
『太るかも……でも、食べたい』
『私は、あれ食べたいなあ』

紬(皆喜んでるわ……よかった)

律「じゃあ、私これ!」

『あ、それは私が欲しかった』
『へへっ、早い者勝ちだもんね』

唯「私はこれかな~?」

『あっ、それは』

梓「あっ、それは私も欲しいです」

『むむ、そうくるか』

唯「うーん、それならジャンケンしよう」

梓「受けて立ちましょう」

『あずにゃんは、猫手的にグーでくる!』
『唯先輩はケーキには本気を出す、こういう時にはグーが多いはず!』

『『パーだとっ……!?』』

119: 2012/02/12(日) 19:36:56 ID:/NsrYwQU0

澪「ムギはどうする?」

紬「う、ううん……私は残ったものでいいわ」

澪「そうか……じゃあ、私はこれにしよう」

『第二志望だったけど、まあいいか』
『うめえ~!
 あの二人、いつまでジャンケンしてるんだ……?』

律「おーい、いい加減決着つけろー!」

『ぐぅ……なかなか勝たせてくれない!』
『負けさせてもくれないんですね』

紬(声が多過ぎて、頭がガンガンする)

唯「これがラストゲームだよ、あずにゃん。
 もし、これで決着が着かなかったら、半分こにしよう」

梓「仕方ありませんね……。
 でも唯先輩、私はあいこになるつもりもありません」

『何故なら、』
『何故ならですよ、』

『『その半分すらも惜しいから!』』

紬(二人の声だけなら、楽しいわね~)

 結局、あいこだったので半分こになりました。

120: 2012/02/12(日) 19:37:37 ID:/NsrYwQU0

唯「あずにゃんと私って、気があうねえ」

『かれこれ十回以上あいこだったし』

梓「偶然ですよ、偶然」

『あんな経験初めてだ』

律「まあ相性が良いってのは悪いことじゃないし、いいんじゃねえの?」

『流石、あの二人は『いいのかなあ、私と唯先輩って』だな』

紬(あれ?)

澪「演奏にもプラスに作用するだろうしな」

『あっ、また良い歌詞が『美味しいなあ』きて『やっぱり澪先輩は真面目だ』よ』

紬(声が重なって……聞こえてくる……?
 声色に差が無いから、同時に喋られると……何言ってるのか……)

唯「ムギちゃんどうしたの?
 具合悪い?」

『ムギちゃん『ムギ先輩、『ムギ大丈夫『ムギ、顔色悪いな』』』』

紬「大丈夫なの、うん、大丈夫」

唯「そっか~、あんまり無茶しないでね?
 私達は、以心伝心なんだからね?」

紬(今はそれに困ってるんだけど……)

121: 2012/02/12(日) 19:38:17 ID:/NsrYwQU0

『本当に、ムギ『練習出来ないのかな』なのか』

紬(ッ!?)

『あー、今日も『顔色『気持ち悪いなら、早退しても大丈夫だぞ』なのに』無理だな』

紬「ほ、本当に、大丈夫だからっ!」

澪「どうしたんだ、いきなり騒いで!?
 やっぱり体調悪いんじゃないのか……?」

『ムギ先輩『やっぱり『ダメ』だよなあ』』

紬(声の一片一片が、崩れて、また形作って……)

さわ子「あら、まだティータイム中かしら?」

『よっしゃ『ムギ先輩『空気読めない人』』』

紬「ヤメテ……ヤメテよ……!」

さわ子「……あら?」

『ほらムギ先輩が『本当空気読めない人』『何で泣いてるの『この人は……』』』

紬「もう、黙って……皆……」

律「どうしたんだー、ムギー?」

『黙って『黙って『黙って『黙って『黙って?』』』』?』

紬「ゴメンなさい、帰るわ私」

梓「体調悪いんでしたら、無理しないでくださいね……」

『やっぱり『『ムギ、』悪そうだもんな』』』
『仕方ない『ティータイム『帰っちゃう』のね』』

紬(ティータイムが、帰っちゃう……)

 私は頭の中に鳴り続ける声から逃げるように、学校を後にしました。
 ただ、いくら学校から離れても、その声は聞こえつづけていました。

122: 2012/02/12(日) 19:38:48 ID:/NsrYwQU0


 ‐自宅・自室‐


 家に帰った私は自分のベッドの上に寝込みました。
 食事も取らずに、ただこうしているだけでした。

紬(声が、煩い……)

『憂『あー『あっそうか!』』ー!』

『歌詞が『ちょっと違う『面白いなあ』』』

紬(あの空間の管理人に、謝ろう。
 そして、境目を元に戻してもらおう)


 ‐真っ白な空間‐


紬「管理人さん、いる?」

『はい、なんでしょうか』

紬「全部、元に戻して!」

『それは出来ない相談ですね』

紬「何で!?」

『初めにいったはずですよ?
 この方法で境目を消してしまうと、私の力では元に戻せないと』

紬「それは……」

『それを受け入れた上で、あなたは境目を消した。
 そうですよね?』

紬「そうだけど……」

『だというのに、今になって元に戻せというのは、自分勝手にも程があると思いませんか?
 私は思います』

紬「……うぅ……」

『あなたが望んだことなんですよ、よかったじゃないですか。
 これで、皆の夢を知ることが出来ますし、皆を喜ばせることが出来ます』

『さあ、お目覚めください。
 あの声と一緒に、人生を歩んでいこうじゃありませんか』

紬「嫌よ……もう、嫌なのよ!!」

123: 2012/02/12(日) 19:39:15 ID:/NsrYwQU0


 ‐自宅・自室‐


 いつものような朝がやってきてしまいました。
 私の頭の中には、やはりいくつもの声が鳴っています。

紬「煩い……煩い……黙ってよ……!」

『眠『朝ご飯『良く寝た……』くちゃ』』

紬(誰に相談しても、どうせわからないわよね。
 この悩みは、私だけにしかわからないことなのよね)

紬「斎藤……今日は学校を休むわ……。
 体調が、優れないの」

斎藤「わかりました」

紬(今は出来るだけ、あの声から遠ざかりたい……)


 ‐自宅・自室‐


 初めて学校を休んだあの日から、私は一週間続けて部屋に篭りっきりでした。
 周りの人は心配してくれましたが、私はただ黙っているだけ。
 例え離しても、誰にも信じてもらえないでしょうから。

紬(皆を幸せにするつもりが、心配させちゃってるわね……。
 こんなはずじゃなかったのに……)

紬(毎晩、あの空間には行ける……。
 けど、いくら頼んでも、元通りにはしてくれない)

紬(……約束したものね、私が悪いんだわ)

 学校の友人からも、沢山のメールを貰います。
 私はその一つ一つに大丈夫、すぐによくなるから、と返事していきました。

124: 2012/02/12(日) 19:39:44 ID:/NsrYwQU0

紬(もしかしたら、一生あの学校に行けないかもしれない……。
 境目が元通りにならない限り……)

紬(私が悪いってわかってるの。
 でも、お願いだから、元に戻して……!)

 その時でした。
 さっきからずっと聞こえる声の中で、一際大きいものが聞こえてきたのです。

『んー……伝わってるかなあ……!』
『以心伝心パワー!』

紬(唯ちゃん……!?)

 他の声を圧倒するほど大きく、ハッキリとその声は聞こえました。
 そしてそれが、唯ちゃんのだと判別するのにも時間はかかりませんでした。

紬「何で、こんなに大きく……」

紬(もしかして、私に向けられた声は、特に大きく聞こえるとか……?
 距離に応じて音量が変わるもの、こういう点も実際の声と似通っていても不思議ではないわ)

紬(そして何より、私がその声に耳を傾けているもの……!)

紬(唯ちゃん、こっちよ!
 ちゃんと聞こえてるわ!)

『……ダメかな……?』

紬(そうか……唯ちゃんにはわからないのね……。
 だったら!)

 私は携帯を取り出し、メールを打ちます。
 『以心伝心パワー、伝わったわ~!』と。

紬(送信!)

 すぐに返事が来ました。

紬(“おぉ、奇跡だね!”か……唯ちゃんらしいわ)

紬(さて、ここからどうしよう)

125: 2012/02/12(日) 19:40:13 ID:/NsrYwQU0

『以心伝心、一方通行バージョンなんだね!』
『ムギちゃん、まだ体調悪いのかな?』

紬(……相談しましょ……!)

 私は再びメールを打ちました。

 『体調は大分良くなってるから、大丈夫よ。
  それでね、仮に唯ちゃんと私の心が一つになって、
  常に以心伝心できたらどうする?』

 と、仮の話で相談をしてみます。

 返事はすぐに来ました。
 ただし、以心伝心という形で。

『私はね、すっごくいいことだと思う!
 何を言わなくても、言いたいことがわかるなんて素敵だよね!』
『でも……ちょっと怖いところもあるよね。
 隠し事しても、すぐバレちゃう!』

紬(最初の私と、同じ気持ち……やっぱり、皆そう思うものなのね)

 私は、またメールを打ちます。

 『じゃあ、何人もの人が以心伝心出来たとしたらどうする?
  声と声が混ざってしまって、聞き取りづらいかもしれないけど……』

 やんわりと、私の現状を含めて、メールを送信しました。
 返事はやはり、こちらの方で来ました。

『それは嫌だなあ……。
 何人もの人って、もしかしたら知らない人とも伝わっちゃうかもしれないんでしょ?
 それって怖いよね』

紬(知っている人とだけ伝わっていても、怖いものなのよ唯ちゃん)

紬(今のは、質問が悪かったかしら……。
 知っている人とだけ、と加えて送信しよう……)

『でもね、ムギちゃん』

 私がメールを送信するのを遮るように、声が聞こえてきました。

『知らない人と常に以心伝心するのは怖いけど、一時的にするのは楽しいと思うよ。
 私の心や気持ちを、皆に最大限に伝えること
 それに対しての皆の反応が、私に伝わること』

『そういうのが楽しいから、私は歌を歌うんだよ!』

126: 2012/02/12(日) 19:40:43 ID:/NsrYwQU0

紬(……そうよね……そういうものよね!)

 私はさっきまで書いていたメールの文章を消し、新しいものを書きました。

 『ありがとう、明日には学校に行けるわ』

 そう書いて、送信しました。
 唯ちゃんはとっても喜んでくれたようでしたので、そこで耳を傾けるのをやめました。

紬「唯ちゃん、ありがとう」

 まだ頭の中では、いくつもの声が響いています。

紬(この声は、私に聞こえてはいけないものなのよね。
 やっぱり、境目は元に戻さなくちゃ)

 久しぶりに部屋の外へ出て、自宅の中を散歩をします。
 迷惑をかけたであろう、家の人たちに謝っていきました。
 一通りの人に謝った私は、あの空間を目指し、ベッドの上で横になりました。


 ‐真っ白な空間‐


紬(……来なさい、管理人さん)

『また来たんですか?
 何度頼んでも、無駄ですよ』

127: 2012/02/12(日) 19:41:26 ID:/NsrYwQU0

紬「これが、最後のお願いなの。
 境目を元に戻してくれないかしら?」

『ダメです、無理です、出来ません。
 これは約束したことですし、無責任すぎます』

紬「管理人さん、あなたは自分が全面的に正しいと言うのね?」

『はい、私はあなたが勝手に願ったことを、叶えただけです。
 一方的に境目を消せなんて、贅沢な願い事をですよ?』

紬「そう。でも、私は見逃さないわ」

紬「あなたは私と、同じですもの」

『……どういうことでしょう?』

紬「この空間に来たときから、気づくべきだったのよね。
 あなたは此処が“境目のない空間”と言ったわ」

紬「確かに周りを見渡しても、限りない白い空間が広がるだけ。
 その言葉に間違いは無いわね」

紬「でも、ここには境目が、たった一つだけあるのよ。
 私と、管理人のあなたという境目が!」

『……ッ……』

紬「いえ、正確には、あなたは私の心との境目を消している。
 でも私は、あなたの心を読むことが出来ない」

紬「つまり、あなたは私を非難しておきながら、自分は同じことをしているの!
 こんな自分勝手で、無責任なことが、許されると思っているの!?」

128: 2012/02/12(日) 19:41:59 ID:/NsrYwQU0

『……ふふ……そうですね、私は自分勝手かもしれません。
 しかし、それをわかったところで、あなたにはどうすることも出来ません』

『あなたと、あの方たちの境目が元通りになることは無いんですよ?』

紬「そんなことは無いわ」

『強がっても、無駄です!
 私の力では、どうすることも出来ませんよ!』

紬「ここは境目の無い空間。
 言ってしまえば、私もあなたも、この空間にも境目はないということ。
 同じ存在であるということ」

『何をするつもりですか?』

紬「前にお菓子を持ってきたことがあったでしょう?
 それでわかったの、身に付けていれば現実世界から、物を持ってこれるってね」

紬「例えば、このナイフ」

『ッ!?
 止めてください、そんなことしても!』

紬「無駄かしら?
 いいえ、そんなはずはないわ」

紬「この空間の私が氏ぬということは、この空間の消滅と同じ。
 あなたは私と出会った日に、言ってくれたわよね」 

紬「この空間を、現実世界に持っていけるのですからって。
 つまり境目を消しているのは、この世界自体!」

紬「この世界が消えれば、境目は元に戻るってことよ!」

『や、止めて……!
 止めてくださいよう……!』

『私が何をしたというんですか!
 あなたの夢を叶えたまででしょう!』

紬「悪いことをしたわね……でも。
 お相子様ってことで、一緒にこの空間から消えましょう」

『止めて……止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めてェェェーーー!!!』

 私は、自分の心臓部に向けて、ナイフを突き刺しました。

129: 2012/02/12(日) 19:42:42 ID:/NsrYwQU0


 ‐自宅・自室‐


 朝が来ました。
 もう、目眩がすることはありません。

紬(……声も、もう聞こえなくなったわね)

紬(あの空間の管理人さんには悪いことしちゃったけど……)

紬(あっ、時間が思ったより無いわ!
 急いで準備しないと!)

紬「斎藤、今日は学校行くわよ!」

斎藤「……かしこまりました!」



 私は思いました。
 人と人との間に境目が出来たのは、自分の心を持つためではないでしょうか。
 人の心と区別をつけるためではないでしょうか。

 境界線を引いたところに、私達の感情は生まれるということです。

 でも、境界線を消したいことも、ありますよね。
 気持ちを伝えたい、わかってあげたいって時です。
 一人だけなら、言葉で簡単に伝えることが出来ると思うんです。

 ただ、大多数の人に、私の気持ちを伝えたいと思うなら、どうすればいいんでしょう?
 その答えを、唯ちゃんは簡単に言ってくれました。

 歌えばいいんです。
 歌って、そういう境目を越えるためのものだと思います。

 言い換えれば、私達が境目を作ったときに、歌は生まれたんだと思います。

紬(いい曲が出来そうだわ~)

 私は上機嫌で、学校へ向かいました。


  -完-

130: 2012/02/12(日) 19:43:31 ID:/NsrYwQU0
おしまいです。
ありがとうございました。

131: 2012/02/12(日) 19:57:31 ID:1KzNPT7k0
お疲れ様です!

引用: 紬「みんなの夢が知りたいな」