440: ◆EBFgUqOyPQ 2013/12/26(木) 01:44:22.26 ID:t533iV/Vo


モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」シリーズです


前回はコチラ



少し遅れてメリークリスマス。

投下します。

また今回、少々のグロとアイドルに優しくない描写があります。
ご容赦ください。

441: 2013/12/26(木) 01:44:55.36 ID:t533iV/Vo





 木星軌道上周辺。
 そこに一隻のそれなりに巨大な宇宙船が静かに動いていた。

「進路良好!目的地である地球はもう目の前ですぜ!船長」

 その宇宙船のブリッジにあたるところの一席で、一人が声を上げる。
 その様相は剛毛の亜人の様であり、この状況から地球人、人間でないことは明白であろう。

 そしてブリッジの中央にある他の船員の椅子よりも少し豪華な椅子に座るのは肌の色は違えど比較的人間に近い見てくれはしていた。
 くたびれたコートを身に纏い、その頭には髑髏の描かれた立派な帽子をかぶっている。

「ようやく近づいてきたな。あれがこの宇宙で今熱い星、『地球』か!」

 その男は眼を爛々と輝かせて叫ぶ。
 さらには興奮のあまり椅子から立ち上がった。

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それは、なんでもないようなとある日のこと。
その日、とある遺跡から謎の石が発掘されました。
時を同じくしてはるか昔に封印された邪悪なる意思が解放されてしまいました。

~中略~

「アイドルマスターシンデレラガールズ」を元ネタにしたシェアワールドです。
・ざっくり言えば『超能力使えたり人間じゃなかったりしたら』の参加型スレ。




442: 2013/12/26(木) 01:45:25.86 ID:t533iV/Vo

「キャプテン。興奮するのはいいですけど低速航空なんで到着まではまだ時間がありますよー」

 それをまた別の椅子に座って目の前の機械を操作しているキャプテンと呼ばれた男と同じ種族であろう女性が立ち上がった男を収める。

「リフィア、野暮なことを言うんじゃねえよ。なんでもあの星には他にはないお宝がたくさんあると言われているらしいじゃねえか!だったら海賊として興奮しないわけにはいかないだろう!」

「まったく……。あなたは宇宙にその名を轟かせる大海賊『キャプテン・アヴァンレンティウス』なのですから、もう少しそれらしくどっしりと構えてくださいよー」

 そんな風に言いながら女性はため息をつく。
 その間も手を動かすのはやめてはいない。

「今更それを俺に言うのか?全く長い付き合いだっていうのによ!」

 男、キャプテン『アヴァンレンティウス』はそんなことを言いながら、もたれるように勢いをつけたまま椅子に座る。
 その勢いで椅子の背もたれは軋む音を立てた。

443: 2013/12/26(木) 01:46:13.54 ID:t533iV/Vo

 


 彼、アヴァンレンティウスは宇宙海賊である。
 その名を宇宙に轟かせている大海賊である一方で、弱きを助け悪しきを挫く義賊としても名高い。

 悪党だけでなく私腹を肥やす悪徳な商人、為政者をも狙ってきたので当然宇宙連合などの組織からA級賞金首として指名手配されている。
 だたし民衆などからの支持は厚く、彼らのことを知る者からは歓迎を受けることもあるので、警察組織などからは厄介者として名高いと言えるだろう。

 彼らも海賊であるので、お宝金銀財宝に興味がないわけではない。
 そんなうわさを聞きつけて彼らはこの地球まで遠路はるばるやってきたのだ。

 そんなわけで宇宙船『スターヴァイキング』はゆっくりと地球を目指していた。

444: 2013/12/26(木) 01:46:42.30 ID:t533iV/Vo

「キャプテン、いくら最近注目されてる星だからといってこんな辺鄙な星に本当にお宝があるんすかね?」

 宇宙船のブリッジの一席に座るクルーが疑問を口にする。
 いくら宇宙の特異点として有名になってる星だとしても文明レベルはそこまで高くはない。
 そんな星に何か目ぼしいものがあるとは思えないのだ。

「まー確かに本当にあるかどうかはわかんねー。だけどな、行ってみなくちゃわからねえ、なら行くしかねえ!これが俺たちの信条だろうが!」

「た、確かにそうっすね!キャプテン。わかりました!俺たちは黙ってついていくだけっすよ!」

 疑問を投げかけたクルーは、顔にやる気を満たして手元のハンドルのようなものを思いっきり握る。

「それにお宝はなくとも、どうやら退屈した星じゃないみたいだしな!あの『ヘレン』もあの星にいるらしいしな!」

「あの『宇宙レベル』までもがあの星に!?それを言われるとほんとに何かありそうですねー」

「おうそうだぞリフィア。期待してたほうが楽しいしな!」

 ブリッジの中は賑やかな会話が続く。

445: 2013/12/26(木) 01:47:33.68 ID:t533iV/Vo

 そんな中一つの計器が無機質な音を響かせる。
 その音で談笑していたクルーたちの顔が一気に引き締まる。

「ボロ。敵か?」

 キャプテンは剛毛の亜人のクルーに状況を尋ねる。

「いえ、まだわかりません!ですが何かが高速接近しているようですぜ!キャプテン」

「今解析しています!……な、なんですかこの速度!?ものすごいスピードで小型のミサイルのようなものが接近してきます!」

 女性のクルーは焦るように言う。
 そんな風にクルーたちに緊張感に走る中、キャプテンだけはにやりと笑う。

「さっそくひと悶着起こしてくるとは……俄然楽しみになってきたぜ!地球!飛来物に対して高プラズマフィールドを展開!念のため衝撃に備えろ!」

『アイアイサー!!!』

 キャプテンは楽しそうに笑いながらもクルーに指示を出す。
 そしてそれに答えるようにクルーたちは指示を迅速に行動に移す。

446: 2013/12/26(木) 01:48:07.73 ID:t533iV/Vo

「飛来物、あと5秒後に衝突します!3、2、1……あれ?」

 衝突までのカウントをしていた女性は疑問の声を上げる。

「目標、直前で消失しました!」

「はぁ?どういうことだ!?今更レーダーの誤認ってことはねえよな!」

 ブリッジのクルーたちはざわざわと騒ぎ始める。
 目標を見失ったことによって改めて索敵範囲を広げてみるが、それでもレーダーには引っかからない。

「マジで誤認ってオチはないよなぁ……」

 クルーの一人が呟く。
 それに対して女性のクルーはありえないというような顔をしながらそのクルーを睨む。

「そんなことはあり得ないですよ!反応だってあんなにはっきりと……。ねぇキャプテン!ってキャプテン!?」

 女性はキャプテンに同意を求めようとしたが、いつの間にかキャプテンは女性の背後にいた。
 しかも先ほどまでの楽天的な表情ではなく、見る者を畏怖させるような鋭い眼光を携えてだ。

「艦上方にフィールド展開だ!衝撃に気を付けろ!」

447: 2013/12/26(木) 01:48:37.90 ID:t533iV/Vo

 キャプテンはそう叫びながら、女性の前の機械を操作する。
 それによって前方に展開されていた防御フィールドは艦の上方に改めて展開される。

 そして間髪いれずに艦に衝撃が走る。
 フィールドに高出力のエネルギーが衝突して、その勢いが頃しきれずに宇宙船を揺らした。

「馬鹿な!反応の全くないところからどうやってこんなエネルギー砲を!?」

「いくらステルスとはいっても攻撃してきた後なのに目標が確認なんてそんな出鱈目な!」

 女性はレーダーをくまなくチェックしているがそれらしい敵の反応はない。
 それなのに何もないところからこの宇宙船に向かってエネルギーの塊は放出され続けていた。

「ほんとにこいつは……エネルギー砲なのか?」

 その大容量のエネルギーを防ぐために防御フィールドを展開し続ける艦の中でキャプテンは呟く。

「どういうことっすかキャプテン!?」

「プラズマフィールドの揺らぎがおかしい。通常のエネルギー砲ならその粒子相殺によって小規模な爆発が起きるはずなんだが……」

 キャプテンは機械を操作して、上方カメラの映像を拡大させる。

448: 2013/12/26(木) 01:49:20.04 ID:t533iV/Vo

「プラズマフィールドは形状を保ったまま……ですね」

「ああ……。まるで巨大な手か何かで押されてるみたいだ……。このままじゃまずい!緊急ワープをする!」

「ええ!?いまからですか?そりゃ無茶ですぜ。フィールド形成で艦のエネルギーがどんどん消費されるんだ!そんな状態で跳んだところでどこまで跳べるか……それどころかどこに跳ぶかもわからんですぜキャプテン!」

 亜人のクルーは焦ったようにまくし立てる。
 他のクルーもそれに同調しているようだ。

「やれと言ったらやれ!無茶だろうとやってきただろうが!」

 周囲のクルーはキャプテンのその言葉を聞いて皆黙る。
 そんな様子を見てキャプテンはニヤリと笑った。

「俺を誰だと思っている!このキャプテン・アヴァンレンティウスの言うことが信用できないってのか!?」

「……わかりましたぜキャプテン!空間ワープ装置起動準備!総員揺れるからしがみついとけ!」

 キャプテンの叱咤激励に応えるようにクルーたちは各々の仕事に取り掛かる。
 それに満足したようにキャプテンは自身の椅子にどっかりと座った。

 しかしキャプテンが座った瞬間にそれまで艦を揺らしていた揺れがぴたりと止まった。
 そんな奇妙さにクルーは皆手を止めてしまったのだ。

 艦内は機械の駆動音やエンジンの動く音のみが鈍く響いている。
 その静けさがあまりにも、不気味であった。

449: 2013/12/26(木) 01:50:18.75 ID:t533iV/Vo

「敵エネルギー砲、消失……。目標、見当たりません……」

 女性のクルーは、表情は驚いた顔をしながらも、淡々と現状を伝える。
 キャプテンの頬に一筋の汗が流れた。

 その瞬間、一つのエラー音が一回、鳴り響く。

「艦にデブリが衝突……。場所は後方ドック付近ですぜ」

 そのクルーの言葉に、キャプテンは手元にあった受話器を手に取る。

「後方ドックにつないでくれ……」

「……はい」

 その受話器は後方ドックにある通信機へとつながる。
 しばらくの呼び出し音の後にカチャリと無機質な音が鳴った。


『はーい、こちら後方ドックより、ギリートだ。どうしたんだ?なんだか忙しそうみたいだったのに急に静かになりやがって……』

 受話器から聞こえてきたのは、後方ドックにいた整備士の声であった。
 その声の様子から察するに特に何もないようである。

「いや……異常がないならいいんだ。ワープをするから、総員に衝撃に備えろと伝えてくれ」

『どうしたんだキャプテン?艦内アナウンスでまとめて言えばいいじゃねえか!まぁわかったよ』

「ああ。よろしく頼むな、ギリート」

『まったく……。地球はまだ着かねえのか?なかなか居心地のいい星みたいだから早くゆっくりしぎゅあ』

450: 2013/12/26(木) 01:51:00.57 ID:t533iV/Vo

 先ほどまで地球への期待を話していた整備士の声はグチュリという肉の潰れるような音とともに途切れる。
 そしてしばらく受話器は沈黙したままだったが、誰かが手に取ったのかカチャカチャという音がする。

『よぉ。こんばんは』

 先ほど整備士とは違った男の声。
 そしてカチャリという音と共に通信は切れた。

「ギリート……さん、どうしたんですか?」

 女性は声を震わせながらキャプテンに疑問を投げかける。

「リフィア、言うな」

 キャプテンは静かに女性を黙らせる。

「ちょっくら俺が見てくるっす。みなさん待っててください」

 そんな中クルーの一人が立ち上がる。

「アルテッド、頼めるか?」

「もちろん。この艦で好き勝手暴れられちゃ困るっすからね。キャプテンの次に強い俺がさっさと片付けてくるっすよ」

 そのクルーはゆっくりとブリッジの出口へと歩いていく。

「アルテッド……無茶はしないでください」

 女性のクルーは、出ていこうとする男のクルーを心配そうな目で見る。

「それは無理っすね。俺は今、最高に怒ってるんで!」

 そしてそのままブリッジからの出口の扉は開いて、左右に続く通路の右の方へと歩いていく。
 ブリッジの扉はゆっくりと空間を隔絶するように閉じていこうとしていた。



451: 2013/12/26(木) 01:51:52.80 ID:t533iV/Vo










 しかし半分ほど閉まった扉から見えてきたのは噴き出す赤色。
 通路を染め上げるかのような血痕をブリッジのクルーの瞳に焼き付かせながら扉は閉まった。

「……え」

「ア、アルテッドおおおおおおお!!!!」

 女性のクルーを含めて他のクルーたちは何が起きたのか理解さえできていなかった。
 その場にいたキャプテンだけが、先ほど出ていった男の氏を理解し、その怒りを叫ぶことができた。

 キャプテンの叫びと共にブリッジの扉が蹴破られ吹き飛んでいく。
 その扉は一人のクルーを巻き込んでブリッジの操縦機械にめり込んだ。

「ようやく親玉発見だ。写真とも顔が一致する。えーと海賊アバランチさんだっけか?」

 ブリッジに侵入してきた男は、蹴り上げた足を降ろしながら言う。
 手には一枚の写真を持っているが、キャプテンの顔を確認した後、写真をクシャリと握りつぶして後ろへ投げ捨てた。

452: 2013/12/26(木) 01:52:26.71 ID:t533iV/Vo

「お前が誰かは知らないが、俺の船で、俺の家族をここまで頃しておいてただで帰れると思うなよ……」

 キャプテンはそう言って立ち上がると、帽子を捨てて腰から剣と拳銃を引き抜いた。
 その眼光は、つい数分前までの楽天的な穏やかさは存在しない。
 侵入者への殺意のみが込められていた。

「やる気なのは結構なことだが、俺もさっさと仕事を終わら……っと」

 侵入者はセリフを途中でやめて軽くバックステップ。
 キャプテンの剣での神速の如しの一閃は侵入者が先ほどいた場所をすでに通過していた。

 キャプテンは侵入者に喋らせる隙を与えないほどすぐに距離を詰めて剣を振るう。
 侵入者はそれをよけようとするが、避けた方向にはすでに拳銃が向けられておりキャプテンは迷うことなく引き金を引いた。

 その神速の剣技と敵を逃すことなく追い詰める拳銃はもはや奇跡とまで言われるほどの技術。
 強大な武器や絶大な権力など必要とせず、その奇跡のみで彼、キャプテン『アヴァンレンティウス』はこの広大な宇宙でも名の知られる大海賊までなり上がったのだ。

 本来ならばその拳銃の弾は侵入者の命に届いていただろう。
 しかしその鉛玉は侵入者を貫く手前でまるで壁に阻まれるように弾かれてあらぬ方向へと飛んでいった。

 それを確認したキャプテンはけん制の意味を兼ねてもう一度剣を一閃、振るう。
 当然侵入者はそれを避けるが、その動作の隙にキャプテンも後ろへ飛んで、侵入者との距離を開けた。

 始まってから3秒も経っていない刹那の攻防。
 周囲の生き残っているクルーのほとんどは何が起きたのかさえわかっていなかった。

453: 2013/12/26(木) 01:53:02.40 ID:t533iV/Vo

「念動力、サイコキネシスか」

「ご名答だ。それなりに強いみたいだな、あんた。強者ってのは独特の雰囲気を出す」

 侵入者は心底楽しそうにニヤリと笑う。
 すると侵入者の周囲の空間が少しだけ歪んだように見える。

「念動障壁を厚くしたのか」

「そうだ。もうお前の剣も鉛玉も俺には届かない」

 そして侵入者は余裕があるかのように脱力し、キャプテンを挑発するような動きを見せる
 それでも決して広くはないブリッジの中でキャプテンは侵入者の動きから目を離さない。

「その程度の小手先の力に頼る者など、何度も見てきた!」

 均衡を崩すようにキャプテンは侵入者に跳び込む。

「無駄なことが、わからねえかな?」

「それはどうかな!」

 かつてキャプテンは侵入者と同じような力を使う者と何度か戦ったことがある。
 そういった者は皆、その自らの絶対的な力に慢心していた。
 そしてその慢心を突くことで彼は勝利してきたのだ。

 いかに強力な障壁を張ったところでそれを扱うのは術者、能力者である。
 その力の配分には個人個人によってむらがあるのだ。
 そしてそのむらは、一朝一夕で何とかなるものではない。相応の努力をした達人でさえも、そのむらを無くすのを持続させるのは難しいほどに。

 キャプテンはその弱所を見極め、己の剣を、弾を、その慢心した相手に届かせてきた。
 その慢心はこの侵入者とて同じ。キャプテンはその障壁の弱所を、見極めようとする。

454: 2013/12/26(木) 01:53:43.68 ID:t533iV/Vo



「だから、無駄だろう」

 しかしキャプテンは絶望した。
 その力の流れ、障壁を作っている力は精錬されているわけでもなくその隙は大きい。

 しかしあまりにも常軌を逸していた。その力の密度そのものがありえなかったのだ。
 まるでこちらの存在が矮小に見えるほど圧倒的な念動力の壁。
 弱所が見えたとしても、その弱所でさえこの剣、宇宙の中でも特に固く鋭い金属で鍛えられたこの剣であっても貫く未来が、まるで見えない。

 キャプテンは考える。
 自分は何を相手にしているのだろうと。
 圧倒的な力の差を悟った時、キャプテンはすでに侵入者を同じ生き物とは考えられなくなっていた。
 それでも動き出した足は止まらない。
 キャプテンにとって、剣先が到達するまでのその間、侵入者までのその距離が無限にさえ感じられた。

 そしてその振り上げた剣が障壁に触れる前に伝えようとする。
 その前に、せめて仲間には、家族には逃げてほしいとキャプテンは叫ぶ。

「逃げっ」

455: 2013/12/26(木) 01:54:28.80 ID:t533iV/Vo



 その一言を言い終わる前に、キャプテンはその赤い血といくつかの肉片だけを残して消える。
 侵入者の念動力はまるでミキサーのように跡形もなくキャプテンを絶命させた。

 残されたクルーたちは何が起きていたのかさっぱりわからなかった。
 だがその赤色と、侵入者の退屈そうな言葉だけは理解できた。

「こんなもんか」

 もはや抑えは効かない。
 周囲のクルーたちは激昂し、各々に武器を手に取って侵入者へと特攻する。

 それでも、侵入者は特攻してくる彼らには目もくれない。

 そして宇宙船『スターヴァイキング』は圧縮されるようにひしゃげ、そのまま爆発、宇宙の塵となった。
 こうして『アヴァンレンティウス』海賊団は、人知れずこの宇宙の片隅で壊滅した。

456: 2013/12/26(木) 01:55:03.13 ID:t533iV/Vo

 そんな粉々になっていく宇宙船を、侵入者である男は宇宙空間に何の装備もせずに立ち、見ていた。

「最後の任務だってのにどうしてわざわざこんな面倒なことろまで向かわせるかね……」

 男は崩壊した宇宙船の残骸を一瞥しながら言う。

「でもまぁ……これでようやく私用に専念できる」

 男ははるか遠くの星々を見つめながら虚空へと手を伸ばした。

「しっかし、こうして宇宙に出るのは簡単でも、それでもあの星には手は届きそうにねえな」

 そして伸ばした手を降ろし、また別の方を見る。

「さぁ、待ってろアナスタシア。今からお前を、頃しに行く」

 その視線の先には遥かに小さく見える青い星、地球があった。

457: 2013/12/26(木) 01:55:49.66 ID:t533iV/Vo


――――――――――――――
――――――――――――――――

 周囲には杉林で覆い尽くされている。
 地面はところどころに落ち葉の茶色が見えるがほとんどは雪によって白く染め上げられており、同様に木々も雪を被っている。

 そんな木々の間をある男は歩いていた。
 歩調は特に速くもなく、まるで当てがないように林の中を進んでいく。

 口から出た息は、外気に触れた瞬間白く染まる。
 それだけでこの場の寒さを物語る。

 男はふと、空を見上げる。
 薄い白い雲に覆われた空からは幽かに太陽が透けて見える。
 薄暗くはないが決して太陽ははっきりとは顔を見せない、そんな天気。
 まるで自らの目的をはっきりと持てない自分のようだと男は思った。

 そして再び歩き出す。
 ふらふらと、さながら幽鬼のように林の中を男は進んだ。

 そんなとき、ふと男の前方に開けた、広場のような場所を見つけた。
 そこにはさほど大きくない、それでも厳かな雰囲気は崩さない教会が見える。

 男はまるで引き寄せられるかのように、教会の方へと歩いていく。
 そして男は、近づいたことによって教会の壁にもたれかかる一つの人影を目にした。

458: 2013/12/26(木) 01:56:16.45 ID:t533iV/Vo

 偶然、空を覆っていた白色の雲の間から太陽が一筋の光を差し込ませる。
 その光はその人影に当たるように差し込んだ。

 その人は光が周囲の雪に反射していたからかもしれないがキラキラと輝いて見える。
 男はその美しさに惹かれるように、ゆっくりと近づいていった。

 しかし、途中で枝を踏んだのかぱきりという音が鳴る。
 その音に気が付いたのかその人影、女性は男の方を向いた。

 女性は驚いた表情をしていたが、その音を鳴らした人物が人であることがわかると安心したかのように男に微笑みかけてくる。

『こんにちは。今日も寒いですね』

 その笑顔は男にとっては眩しくて見ていられないようなものであったのにもかかわらず、目を離すことができなかった。

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459: 2013/12/26(木) 01:57:06.33 ID:t533iV/Vo





 バタンという隣の部屋の扉が閉じる音で目が覚める。
 カーテンが閉じられた薄暗い部屋の中、私は布団から這い出ようとする。

「……ハロードヌィ」

 部屋の中には冷たい空気が充満しており、一瞬布団から出るのをためらう。
 しかしロシアにいたときの冬はもっと寒かったと考えて、ゆっくりと布団から出る。

 あったかい布団の中から出たので体は冷えていく。
 近くにあった上着を羽織って、カーテンを開けに行く。
 そしてカーテンを開けると、外の冷たい空気がガラスをひんやりと伝ってきた。

「シニェージュナエ トゥーツィエ……雪雲、ですか」

 外には太陽は薄く真っ白い雪雲に遮られ、光を完全に地上へと伝えきれない。
 どこまでも続くその白い雲に、今日は晴れないのかと私は早朝早々、少しだけ落胆するのであった。

460: 2013/12/26(木) 01:57:49.99 ID:t533iV/Vo

※※※

『今日は関東地方全域においてお日様は顔を出しそうにありません。さらに一部の地域では雪が降るかもしれません』

 『プロダクション』のテレビは今日の天気を語る。
 外で天気をリポートする女性キャスターもそれなりの厚着をしているがそれでも少し寒そうだった。

「どうやら、雪が降るかもしれないらしいですね」

 窓際で外を見ながらピィはコーヒーを啜る。
 自身のデスクにマグカップを置いて天気予報後のニュースをなんとなく見ている。

「今日は一段と寒いですからね。ここまで来るのが少し憂鬱でしたよー」

 ちひろもそれに同意しながら、後ろにから吹いてくる微弱な温風に目を向ける。
 そこにはエアコンが稼働しており室内の温度を一定に保っていた。

「ホントにエアコン様様ですよー♪これがなかったら私凍え氏んじゃいます」

「まぁ俺は一番初めに来たんで、部屋が温まるまでは寒かったですけどね……」

「それはどうもです。ピィさん」

 ちひろは機嫌がよさそうに微笑む。

「それにしてももう12月ですよね。なんだかあっという間だった気がしますよ」

 ピィは壁に掛かっている日めくりを見ながら言う。

461: 2013/12/26(木) 01:58:26.70 ID:t533iV/Vo

「たしかにそうですよね。初めは一週間で倒産するとか言ってた気がしますけどなんだかんだでやってこれましたし……」

「まぁそれでも師走だっていうのにここは全く忙しくないんですけどね」

「ですよねー」

「はっはっは」「あははははー」

 事務所の中で二人は笑う。
 そしてひとしきり笑った後には沈黙が待っていた。

「本当に……大丈夫なんですかね?この会社」

「だ、大丈夫ですよー。きっとどうにかこうにかなってるんです。深く考えない方がいいですよー」

「……そうですね。考えるのはやめておきましょう!朝からこんな話してもしょうがないですよちひろさん。他の話題にしましょう!」

 ピィは少し焦るように話題転換を図った。

462: 2013/12/26(木) 01:59:03.79 ID:t533iV/Vo

「そ、そうですね!えーと……そういえばもう12月、クリスマスも近いですけどピィさんは予定とかってあるんですか?」

 ちひろはふとクリスマスについての話題を思いつく。
 我ながら楽しいことにうまく切り返したと思っているが、ピィの表情は逆に暗くなっていく。

「それを俺に……聞きますか?」

「な、なんだかすみません……」

「いいですよ。どうせ俺今年も一人のクリスマスですから……」

 ピィは明後日の方向を向きながら低い鼻歌でモルダウを歌い始める。

「くっ。地雷を踏んでしまうとは……。ほ、ほらピィさん、どうせ私もクリスマスには予定なんてないですしここはいっそこのプロダクションでクリスマス会でも開きましょう!女の子いっぱいのハーレムですよ!」

 そんな面倒くさい男のフォローをしていると、事務所の扉が開いた。
 ちひろは『プロダクション』のメンバーのだれかが来たのかと思い普通に挨拶をする。

「あ……おはようございます。ってあれ?どちら様ですか?」


463: 2013/12/26(木) 01:59:41.13 ID:t533iV/Vo


※※※


 道を歩いていると、街路樹が冬になり葉を全て落としているのですこしだけ寂しそうに見える。
 私は白いコートのポケットに手を入れながら『プロダクション』に向かって歩いていた。

 今日はチーフからも特にシフトに入ってほしいという連絡もなかったので、とりあえずプロダクションへと行くことにしたのだ。
 とっくに朝の9時を過ぎていて仕事が始まっているせいか人通りは少ない。

「おや、アーニャちゃんじゃないか」

 歩く私に背後から老人の呼ぶ声。
 振り向くとおばあさんが一人、私に近づいてきた。

「ドーブラエ ウートラ……あ、おはおうございます。おばあさん」

「おはようアーニャちゃん」

 そう言っておばあさんは私に微笑みかける。

「この間はありがとうね。助けてもらって」

 つい先日私はカースが出現した時に襲われていたこのおばあさんを助けたのだ。

「ニェート。いえ、当然のことをしたまでですよ。ヤー……私は、これでも街を守るヒーローをしてるので」

464: 2013/12/26(木) 02:00:14.08 ID:t533iV/Vo

 そう返すと、おばあさんは少し心配そうな表情になった。

「うーん、でもアーニャちゃんみたいな若い子が無理に戦わなくてもいいんじゃない?わたしは少し心配だよ」

「大丈夫ですよ。私は心配いらないです。みんなのためなら、私は頑張れるので」

「そうなのかい?くれぐれも、気を付けてね」

 おばあさんとはそこで別れた。
 私はこの街がいい街だと思っている。

 住んでいる人は優しいし、皆一応に笑顔である。
 だからこそ私は守りたいのだと思うし、ヒーローを始めたのだ。

「だから、心配しなくてもいいのに」

 私を心配してもらう必要はない。
 これは私が始めたことで、私が好きでこの街を守ろうと思ったからだ。
 それに私の力なら、傷も癒え、ほとんど氏ぬようなことだってない。
 ならば私を心配する必要だってないはずなのに。

「……みんなの、気持ち」

 いつかピィに言われたことを思い出す。
 いったいみんなは私の何を心配しているのだろう?

 結局のところ答えは出ない。
 そんな私の体を、冷風が過ぎ去っていき私は少し身震いをする。
 寒さは身にだけ染みているのか、それさえも今の私にはわからなかった。


465: 2013/12/26(木) 02:01:41.59 ID:t533iV/Vo


―――――――――――――
――――――――――――――――

 夜も更ける中、ひんやりと冷える雪の上に、一人の小さな少女が寝転がっている。
 彼女の周囲にはコンクリートで出来た無機質な建物がいくつかある他には、特に何もない。

 建物からもほとんど明かりは漏れてこないので、漆黒の空には星々が憚られることなく光り輝く。
 少女はそれを冷え切った空気の中で身震いひとつせずに見ている。

『シェリエーブリェナエ。こんな夜中に何をしている?』

 星を見ていた少女を覗き込むように一人の男が来た。

『隊長……。星を見ていました』

 少女はゆっくりと起き上がりながら、隊長と呼ばれた男の方を見る。

『星……か。なぜまたこんな寒空の中見ていたんだ?』

『今日はよく空気が乾燥しているので星がよりきれいに見えるのです』

 少女は少しだけ楽しそうに話すが、男の方は退屈そうな表情である。

『そうか。じゃあなんで星を見ていたんだ?』

 先ほどの質問と似たようで違う質問をされた少女は少しだけ難しそうな顔をしながら思案する。

『……星が、きれいだからです。私は、そんな星を見ているのが、とても楽しいんです』

 少女は控えめに答える。そんな様子を男は見下ろしている。

466: 2013/12/26(木) 02:02:24.06 ID:t533iV/Vo

『そんなことする必要はない。明日も訓練があるのだから早く部屋に戻って休むんだな』

 男はそっけなく少女に言い渡してその場を後にしようとした。

『……わかりました。星が、きれいだと思うことは今日でやめます』

 寂しそうにそう言う少女を少しだけ男は驚いた顔をして再び見直す。

『どうして、そうなる?』

『……だって星が見れないのなら、星をきれいだと思う必要もないでしょう?』

『極端だな』

『……申し訳ありません』

 男はため息を吐いて、しゃがみ込む。
 そうすることによって男の視線の位置は少女と合った。

『お前が星をきれいだと思うことは今のお前にとって必要なことじゃない。だからとりあえずは、忘れておけ』

『……忘れる、ですか?』

『ああ、今はな。だが、そう思ってもいいようになる時が来るならば、思い出すがいいさ。星が、きれいだと思ったことをな』

 そう言った後に男は、立ち上がって一つの建物の方へと向かっていく。

467: 2013/12/26(木) 02:03:02.87 ID:t533iV/Vo

『じゃあ明日も訓練があるから遅れるなよ。俺も今日は寝る』

『……わかりました』

 少女は男とは別の方向にある建物へ向かって駆けていく。
 その様子を男はちらりと見て、十分離れたのを確認してまた一つため息をつく。

『まったく、特別扱いは駄目なんだけどな……。いつから俺はこんなに甘くなったのやら』

 男は後頭部を軽く掻きながら立ち止まって空を見上げる。
 そこには少女が見ていたものと同じ星空が広がっていた。

『きれい……ねぇ。そう思えないからこそ、遠いと感じるのか?』

 男の目には空の星々が反射して映ってはいるが、彼はそれよりもさらに遠いものを見ているようであった。

―――――――――――――――――
―――――――――――――

468: 2013/12/26(木) 02:03:53.07 ID:t533iV/Vo

 ちひろが開いた扉の方向を見るとそこに立っていたのは、見知った顔ではなかった。
 一目見て、その男は、とても大きかった。
 男にとっては入口そのものが窮屈そうに見えるほどの巨体で、ぶつからないように少し頭を下げて室内に入ってくる。
 見た目はヨーロッパ系の外国人の男性、30代半ばであろうがその顔つきは若々しさを感じるほどである。
 そしてなかなかの強面であったが柔らかい表情をしておりそこまで威圧感を与えるものではなかった。

 格好は整えられたビジネススーツを着用しており、質感からして上物であることも伺える。
 そこはかとなくあふれ出る気品から、ちひろはあまりこの男に対して悪い印象を抱かなかった。

 しかし目が合うと、ちひろも外国人との交流はあまりある方ではないのでそうしたらいいのかわからなくなった。
 この突然の来客にちひろはパニックになりながらも、どうにかこうにか会話を試みてみる。

「マ、マイネームイーズ……チヒロ、センカワ。ア、ああアイムファイン!な、ナイストゥミーチュートゥー!」

 会話になりそうになかった。

「ああ、日本語で結構ですよ」

 そんなちひろを察してか男は流ちょうな日本語で話しかける。

「ど、どうも……。でこの『プロダクション』に何か御用ですか?」

 ちひろはようやく冷静になれたのか、謎の来客である男に訪問の理由を尋ねる。

「私はこういう者でね」

 男は懐から一枚の名刺を出して、ちひろに渡す。
 名刺は英語で書かれていたので、ちひろにはすべてをすぐには読めなかったが名前のところだけは読み上げた。

469: 2013/12/26(木) 02:04:26.77 ID:t533iV/Vo

「ジョン、ロウさんですか?」

「ええ、はじめましてジョン・ロウです。イギリスの方で小さな会社の経営をしておりまして、以前ここの社長さんにお世話になったので今回日本に来たついでに一言、あいさつをしようと思ってきたのですが……」

「あの、あいにく現在社長は居られないんですが……」

 ちひろが申し訳なさそうにそう言うと、ジョンという男は残念そうな顔をした。

「そうですか……。いついらっしゃるかご存じではないですか?」

「それは、私たちにもわからないですね」

「……ここで待たせていただく、ということはできますか?」

「待つ、ですか?」

「はい。ここで社長さんが来るまで待たせてもらってもいいですか?」

「そ、れは……」

 ちひろは思案する。
 アポもなしで来たこの人をここで待たせてもいいのかどうかを考えた。

 そんな悩むちひろの様子をみたジョンは少し申し訳なさそうな表情をする。

「やはり厳しいですよね。わかりました。また出直しますよ」

470: 2013/12/26(木) 02:05:06.16 ID:t533iV/Vo

 そう言ってジョンは出ていこうとする。

「ああ!ちょっとま」

「ちょっと待ってください」

 ちひろが引き止める前にピィが帰ろうとするジョンを引き止めた。
 ジョンはその声にこたえるように振り向く。

「せっかく海外から来てくださったんです。少し待つかもしれませんが、どうぞ」

「いいんですか?」

「はい。外も寒いでしょうし、少々手狭かもしれませんが休んでいってください」

 ピィはそのままジョンを招き入れて来客用のソファーへ案内した。

「い、いいんですかピィさん!?というかいつ復活したんですか?」

 ちひろの近くへと戻ってきたピィに対してちひろは問い詰める。

「まぁ俺は立ち直りが早いことくらいが取り柄なので、つい先ほど立ち直りましたよ。まぁそれは置いといて、別にいいんじゃないですか?向こうも待つことは承知してるでしょうしね。さっき言った通り海外からわざわざ来てるんだからここまで来てもらったのに帰すのも申し訳ないでしょう?」

「たしかに……そうですね。」

471: 2013/12/26(木) 02:05:47.70 ID:t533iV/Vo

「とりあえずちひろさんはお茶でも出してあげてください。俺はあの人の対応をしておくので」

「わ、わかりました」

「怪しいドリンクは出さないでくださいよ」

「出しませんよ!」

 不満のありそうな顔をしながらちひろは給湯室の方へと向かう。
 逆にピィは『プロダクション』内をもの珍しそうに見渡しているジョンの対面のソファーへと腰かける。

「すみません。待たせることになってしまって……」

「いえ、私も急いでいるわけではないので気にしないでください。それよりもあの人の会社がどのようなものかを見学させてもらっているだけでも十分感謝してますよ」

「それにしてもロウさんは社長のお世話になったと話していましたけどいったいどのようなことがあったのですか?」

 ピィが社長とのつながりをジョンに聞くと、少し悩むような表情を浮かべる。
 さすがに出会って間もない人に踏み込んだ話だったのかとピィは内心反省をした。

「少々踏み込みすぎた質問でしたね。すみません」

「いえ、こちらこそすみません。当時の私は本当にろくでなしだったのであまり人に聞かせられるような話ではないんですよ」

 ジョンはピィに軽く頭を下げる。

472: 2013/12/26(木) 02:07:24.56 ID:t533iV/Vo

「それでもここの社長さんのおかげで私も比較的まともになれました。あの人には感謝してもしきれませんよ」

 ジョンはそう言って優しく微笑む。
 ピィはその話を聞いて、社長のことについて考える。
 よくよく考えれば社長にスカウトされたのに社長のことはよく知らない。
 今度社長のことについてちひろさんか直接社長にでも聞いてみようとピィは思った。

「ところで、この会社はどんなことをされているのですか?社長さんからは会社を立ち上げたことの連絡だけで業種について私は聞かされていないんですよ」

「そうなんですか?……そうですね、この会社では主に」

「おはようございます」

 ジョンの質問に答えようとしていたピィの声を遮るように、事務所の扉が開かれる音と同時に朝の挨拶。

「ああ、おはようございます。楓さん」

 扉から入ってきた楓は、ピィの前に座る謎の来客に目を丸くさせる。

「おや、またお綺麗な方ですね。どうも、ジョン・ロウと申します」

 新たに入ってきた楓に対してジョンは立ち上がって丁寧に頭を下げる。

「こ、これはどうも。高垣楓です」

 それに対してなんだかよくわかっていないようだがとりあえず答えるように楓も頭を下げる。

「えーっと、ロウさんは昔社長のお世話になった人みたいでな。日本に来たついでに社長にあいさつに来たみたいなんだよ」

「なるほど、そうなんですか。ふむ……海外から甲斐甲斐しくもやってきたわけですね。……ふふっ」

「お客さんの前でくだらないこと言わないでください。なんだか居られるとめんどくさいことになりそうだからちひろさんのところにでも行ってください。給湯室にいるので」

「ぶー……厄介払いするように言わないでください」

 楓は不機嫌そうに見せるために口を膨らませつつも、言われたとおりに給湯室の方へと向かっていった。

「お綺麗なだけでなくなかなかユーモアな女性ですね」

「すみません。なんだか……」

473: 2013/12/26(木) 02:08:19.97 ID:t533iV/Vo



―――――――――――
―――――――――――――

 無機質なコンクリート張りの部屋の中で一人の少女と一人の中年の男が距離を空けて備え付けの椅子に座っている。
 そのぬくもりを一切感じさせない室内にはその二人だけしかいない。

『今日が初の任務だ。これまでのような訓練ではじゃない。命をやり取りをする』

『……わかっています。隊長』

 少女の方は男の言葉に対して頷く。

『これまでの訓練を思い出して、作業のように任務を全うしろ』

『ええ……無意志に、無遠慮に、無慈悲に。これまで言われてきた言葉です』

『わかっているならいい。お前は俺たち上の言うことだけを聞いていればいいんだ』

 男は表情を変えずに冷徹に言い渡す。

『冷静な判断をしろ。確実に、任務を全うするための手段を模索するんだ』

『……了解です。隊長』

474: 2013/12/26(木) 02:09:01.27 ID:t533iV/Vo

 男の言葉を聞いた少女は立ち上がって部屋の中にあった二つの鉄扉のうちの一つを開ける。
 扉からは外の日差しが入り込んで一本の蛍光灯のみで照らされていた薄暗い部屋の中に光をとり込む。

『いってきます。隊長』

 外からの日差しを背にして少女は微笑みながらそう言った。
 その少女を見た男は眼を見開く。

『……どうして、そんな』

『?……どうしました隊長?』

 男の言葉の意味を少女はよく理解できていないようである。
 彼女のその表情は無意識のものであったらしい。
 その証拠に少女の表情も元の無表情に戻っていた。

『いや……気にするな』

『?わかりました』

 少女は疑問が残るような顔をしながらも気にしないことにしたようで、そのまま扉から出ていった。

『……チッ』

 舌打ちをした男は少しいらいついた様な顔をしながら立ち上がってもう片方の扉を開ける。
 開けた扉の向こうには窓ひとつない廊下がむき出しの蛍光灯に照らされながら続いていた。

『まったく……俺は』

 そのまま男は長く続く廊下を乾いた足音を鳴らしながらを歩いていった。

――――――――――――――――
―――――――――――――

475: 2013/12/26(木) 02:09:51.42 ID:t533iV/Vo

「おはようございます。ちひろさん」

「あら?おはようございます楓さん。今日は随分と早いですね」

 給湯室では火をかけたやかんの前にちひろは立っていた。
 コトコトと音を立てているがまだ沸くには少しかかりそうである。

 そんなちひろの隣を通り過ぎて、楓は冷蔵庫の扉に手をかける。

「今日の仕事は昼からですし、この寒さで目が覚めてしまったので来ちゃいました。……むぅ、これくらいしかないですね」

 楓は話しながら冷蔵庫を開けて、その中身を物色する。

「さすがに……お酒は駄目ですね」

 そして細長いクッキー菓子にチョコレートをコーティングしたお菓子を取り出してその子袋を開けて一本取り出し、口にくわえる。

「ちひろさんも、いります?」

「じゃあ、一本もらいます」

 そう言ってちひろも一本手に取って口にくわえる。
 その間に楓はリスのように菓子を頬張っていき、すでに二本目に差し掛かろうと手を袋に突っ込んでいる。

「それにしてもやっぱり社長って不思議ですね。いろんな人脈を持ってるみたいですし」

 ちひろがピィたちの方向を横目に見ながら言う。

476: 2013/12/26(木) 02:10:28.61 ID:t533iV/Vo

「たしかにそうですね。……意外な人との人脈も持っているみたいですし、今まで何してきた人なんでしょう?」

 楓の疑問に対して、ちひろは腕を組んでうーんと唸る。

「私が入社したときからあんな感じでしたからねぇ……。正直私も皆さんと大して付き合いの長さは変わらないですし」

「でも周子ちゃんと知り合いだったくらいだから、海外の人と知り合いだとしても……不思議では、ないですね」

「たしかにそう言われればそうですね」

 そんな会話をしながら楓は口にくわえていたお菓子を、ポキリと歯で折る。





 そしてふと、思い出したように口にする。

「そういえば……ジョン・ロウさん、でしたっけ?」

「ええ。そうですね、それがどうかしましたか?」

「なんだかそんなような名前を……どこかで聞いたことがあるような、ないような」

 楓は難しそうな顔をしながら思案する。

477: 2013/12/26(木) 02:11:34.25 ID:t533iV/Vo

「たしかによくありそうな名前だとは思いますけど、もしかして知り合いですか?」

 ちひろのこの質問に対しては、楓はすぐに首を横に振る。

「いえ、あの人にあったことは多分ないはずです。……そう、名前だけ。どこかで名前だけ聞いたことが、ある気がするんですけど……」

「名前、ですか?うーん、そんな有名人には私も心当たりはないですけど……」

 そんなときにやかんが高い音を鳴らす。

「おっ!とと……」

 ちひろは少し慌ててコンロの火を止めると、やかんの音は少しずつ小さくなっていく。

「ああ!そうです、思い出しました」

 そして音が消え入りかけたときに、楓はひらめいたような表情をしながらそう言った。

「前に観た映画の主人公がそう言う名前だったんですよ」

「なるほど、そういうことだったんですね。いったいどんな映画なんですか?」

 ちひろはお茶を淹れながら、楓に尋ねる。

「えーっと、スパイ映画です。二人の主人公が偽名として作中でずっと名乗ってたんですよ」

「?二人とも同じ偽名を名乗っていたってことですか?」

 不思議そうな顔をしながら聞くちひろを楓は否定する。



「いえ。……片方がジョン・ドゥ。もう片方がリチャード・ロウという名前なんですよ。その名前を組み合わせるとジョン・ロウ。あの人の名前になるわけです」



478: 2013/12/26(木) 02:12:15.28 ID:t533iV/Vo

※※※

 『プロダクション』にたどり着いた私は事務所へ続く階段を上っていく。

 まだ日中なので電気はついておらず、空も曇っているために窓から取り入れることのできる光は少なく、薄暗い。
 そんな薄暗さと無機質な壁が、かつていた特殊能力部隊の基地を思い出す。

「ずいぶんと、昔に感じます……」

 すでにここに来てから半年近く経とうとしている。
 それまで過ごしてきた十数年間がまるでフィクションであったかのように、今の平凡な日常は感じさせてくれた。

 あのころの私は何もなかった。
 だから今の私はいろいろなものを得て、その得たものを自分の意志で守ろうとしている。

 私の好きなこの街を、私にいろいろなものをくれた街、人々を守るために微力ながらでも力を使いたい。
 そう、思ったから。

 だからいつものように、私の好きなこの場所の扉を開けたのだ。

「ドーブラエ ウートラ……おはようございます」

※※※

479: 2013/12/26(木) 02:13:16.79 ID:t533iV/Vo

 それはまさに一瞬だった。
 ピィの目の前にいたジョンが、『プロダクション』に入ってきたアーニャを確認した時、ニヤリと笑った。

 その表情の変化は、彼の雰囲気を180度一変させる。

 ピィは素直に感じる。
 この禍々しい笑顔の恐ろしさを、対面に座っているだけでひしひしと感じてしまう。

 アーニャもピィの目の前に座っている男を見て、表情を一変させる。
 驚きの表情をしながらジョンを名乗る男の正体を口にした。

「カマーヌドゥユシェィ……隊長……どうしてここに!?」

 男もそのまま視線を外さずにその場に立ち上がる。

「ああ……会いたかったぞ。……ビエーリィコォートォー!!」

 まるで空気が圧縮されるように、空調で管理された室内の気流がうねる。
 空気そのものを握りしめるように、強引な圧縮と破裂音。

 出会って一つの会話のみ。
 時間にして十数秒。


 たったそれだけの間で、アーニャの頭部はトマトを握りつぶすかのように消滅した。

480: 2013/12/26(木) 02:13:54.52 ID:t533iV/Vo

 頭部を失った体は、どさりとその場に倒れる。
 日常によって守られていたはずの『プロダクション』は一瞬で崩壊した。

「……おい、アーニャ?アーニャ!」

 しばらく様子を呆然と見ていたピィは、ようやく思考が現実に追いついてきたのか声を上げながら立ち上がる。
 そして頭を失ったアーニャの元へと駆け寄って、その体を軽く抱き上げる。

「おい!しっかりしろ!アーニャ」

 聞こえているかもわからないのにピィはかける声を荒げる。

「うるせえな。……大丈夫だよそいつはぁ」

 そんな様子を興味がなさそうに横目に見ながらどかりとソファーに男は腰を下ろした。
 先ほどまでとは違い、丁寧な座り方ではなく足を組んで目の前の机を脚置きとして使用しながら座っている。

「ジョンさん!そんなことよりも……って」

 ここでようやくピィもアーニャの先ほどの言葉を思い出して目の前の男の正体を理解する。

「ジョンさん……あなたは、いったい?」

481: 2013/12/26(木) 02:14:36.66 ID:t533iV/Vo

「いつまでジョンジョン言ってんだよ。俺は適当に映画から偽名を拝借しただけだ。それにしてもようやく頭が冷えてきたか?」

 退屈そうにジョン・ロウと名乗っていた男は言う。


「まったく我ながらあんな作り話でここまで騙せていたもんだよ。さぁ、まずは改めて自己紹介でもしようか。

ロシア政府直轄パビエーダ機関第17部隊、通称特殊能力部隊の隊長。コードネーム”P”だ。

よろしくな坊主」

 そして脚を組みなおして、すこしだけ意地悪そうに、言った。







「今日はうちの元隊員、最後のコードネームは”ビエーリコート”、『アナスタシア』を、頃しに来た」






482: 2013/12/26(木) 02:15:10.20 ID:t533iV/Vo


「じゃあ、アーニャ、アナスタシアをこんな風にしたのも……」

「当然、俺だよ。まぁほんのあいさつ代わりだけどな」

「……お前が!」

 ピィはアーニャの体を床に置いて、怒りの表情を露わにしたまま隊長に殴り掛かる。
 その拳は体重を乗せ、勢いよく隊長へと向かっていく。

「……ぐっ!」

 しかし拳は触れる直前で不可視の壁に阻まれる。
 その壁は拳の勢いとは逆の向きの反発する力場の様であり、普通の石などで出来た壁を殴るのより大きな衝撃をピィの腕に返す。
 結果、成人男性の全力の拳の力に壁の反発の力を加えてそのままピィの拳へと伝えた。

「ぐあぁぁーー!!!」

 バキバキと骨の砕ける音。
 その衝撃でピィの拳はあらぬ方向へと曲り、血が噴き出してずたずたになる。

 使い物にならなくなった腕をもう片方の腕で抱えてうずくまるピィ。
 絶えず流れ出る血が痛々しさを物語る。

483: 2013/12/26(木) 02:15:44.44 ID:t533iV/Vo

「まったく、素人が慣れないことするもんじゃねえよ。激情に任せて跳びかかってくるなんていい大人がすることじゃねえって聞こえねえか。今のその状態なら」

 隊長は立ち上がってうずくまるピィの隣を過ぎて、倒れるアーニャの体の元へと向かう。

「どうしましたピィさん!?さっきの音は……」

 そんなときに給湯室から騒ぎを聞きつけたのか、ちひろが戻ってくる。
 そして血だらけでうずくまるピィと倒れている首なしの体を見てしまい、ちひろの顔はどんどん青ざめていく。

「キャ、キャアアアアアアアアアア!!!」

 つい先ほどまでの日常とは一変した、事務所の中。
 暴力によって支配された空間の中を、唯一立っている隊長には目もくれずちひろはピィへと駆け寄る。

「大丈夫ですか!?ピィさん!」

 失血によってピィの顔色は悪く、脂汗がにじみ出ている。
 呼吸さえするのがつらそうなピィであったが、駆け寄ってきたちひろの方を苦悶の表情ながらも向く。

「……ちひろさん、それより、も……」

「黙っててください!まずは血を止めるのが先です!」

 ピィの言葉を遮って、ちひろは近くにあったタオルをピィの腕へと押し当てる。

484: 2013/12/26(木) 02:16:36.88 ID:t533iV/Vo

「なるほど、ある意味では懸命だ。俺を狙うよりも、頭のない誰かもわからない体を心配するよりも、傷ついて苦しむ同僚を助けに行く。俺は実に利口だと思うな」

 そんな様子をまるで他人事のように隊長は見下ろす。
 そして視線を別の方向へと移し、視線の方向は給湯室へと続く。

「さて、高垣楓と言ったか?お前はお利口さんか?それとも愚か者、どっちだろうな?」

 そこには楓が怒っているような、恐怖するようなどっちつかずの表情で立っていた。
 隊長はそんな楓に一歩近づく。

 そうすると楓は一歩、後ずさる。


 そして、また一歩。


「……来ないで」


 また、一歩。


「……来ないで、ください」



 さらに、一歩。



「来ないで……くださいよぉ!」



485: 2013/12/26(木) 02:17:37.78 ID:t533iV/Vo

 普段の楓からは、想像つかないような必氏の叫び。
 それと同時に楓の周囲にいくつもの切り裂いたような傷が、壁に、物に付けられていく。

 そして楓は力が抜けるように膝をつく。
 周囲は鎌鼬の嵐のように、浅い傷を周りの物を無差別に刻み付ける。。

「こいつは、また……変わった力だ」

 そんな様子を大した慌てる様子でもなく、隊長は興味深そうに見ている。
 隊長はさらに一歩、膝をついた楓へと近づく。

「来な……いで!」

 そして、ついに特大の斬撃が目の前の隊長へと振り下ろされた。
 その刃の威力に隊長は眼を見開く

「なっ!?強っ」

 その刃は、隊長を縦半分に、均等に、抵抗なく切り分ける。




486: 2013/12/26(木) 02:18:21.14 ID:t533iV/Vo



 はずだった。


 刃は天井と床に大きな亀裂を作る。
 だがその間に存在する隊長は健在であった。

 隊長の目の前では、念動壁と刃がぶつかり合い、金属音に近い激しい音を立てる。
 不可視同士の力の拮抗は空間の歪みさえ生み、周囲の紙などの薄いものはその衝撃ではためき、事務所内を舞う。

「あああああああああああああああああああ!!!!」

 まるで枷が外れたかのように叫びながら能力を放出する楓。
 楓は依然怒りと恐怖の入り混じったような表情をしているが、その眼の奥には光がない。
 その方向も、まるで獣のような人の感情がこもっていないものであった。

「さすがに、思ったよりも強いな……」

 それに対して隊長は焦るような言動をしながらも、表情からはまだ余裕が見られる。

「まったく、怒りか恐怖か、はたまた防衛本能かは知らないが能力が暴走するなんてのは……」

 隊長は悪態をつきながらも、手を前にかざす。

487: 2013/12/26(木) 02:19:07.24 ID:t533iV/Vo



「愚か者以下の、大馬鹿だな!」



 かざした掌を握りしめる。
 それだけで、あれだけの威力を誇っていた刃は、拳によって圧殺されるかのごとく掻き消える。

「うううううううううああああああああああ!!!!」

 それでも楓は止まらない。
 新たな刃を振り下ろすためにさらに力を溜めている。

「ここまで来たら、俺もちゃんと自衛しないとなぁ。もう、頃すしかないだろおおおおお!!!」

 その声と共に隊長の手に収束する念動力。
 先ほどの能力のぶつかり合いで見せたような空間の歪みが隊長の腕にも現れ、その力の密度がわかる。

 そして楽しそうに、笑いながら隊長は拳を振りかぶる。

「恨むんなら、俺を恨むんだなあああ!!!」

 そして床を蹴って、楓へと拳を振るう。

「ああああああああああああああ!!!」

 それに対して楓も溜めていた力を解放。
 いかなるものを分断する刃を放とうとする。



488: 2013/12/26(木) 02:19:45.09 ID:t533iV/Vo




「あああああああああああああ、あ、あ……あ……」

 しかし楓の刃が放たれる前に溜められていたエネルギーは霧散した。
 楓はまるで糸が切れたようにその場に倒れ、気絶する。

「ああああ、あ?」

 それに気づいた隊長も急ブレーキ。
 楓の2,3歩手前で振りかぶっていた拳を止めた。

「ストーップ」

 先ほどまで緊迫していた事務所内。
 そんな中にうって変わって少し気の抜けるような制止の声が響く。

「それくらいにしといてくれるかな?おじさん?」

 事務所の入り口に立つ、一人の少女。
 『プロダクション』の大妖狐、塩見周子が立っていた。

489: 2013/12/26(木) 02:20:32.01 ID:t533iV/Vo

「さすがにこれ以上騒がれると、困るからさ」

「突然横からしゃしゃり出てきて一体なんなんだ?嬢ちゃん」

「私はただのしがない一畜生だよ。正直あんたのような存在に覚えてほしい名前はないね」

 周子はいつものようにお気楽そうな表情はしておらず、少し不愉快そうな顔をして言う。

「……まぁいいか。じゃあ別のことを聞かせてもらうが、あの状態の楓の姉ちゃんをどうやって止めたのかくらいは聞かせてほしいな」

「別に、楓さんの意識に直接恐怖を与えて強制的に意識を絶っただけだよ。どうやら能力に意識が振り回されていたようだからね」

「なるほどな。じゃあ俺にそれをやってみるってのはどうだ?もしかしたら俺を気絶させて戦闘不能にすることができるかもしれないぜ」

 隊長は挑発するように言うが、周子はそんなことを気に留めずに、横たわる一つの体に近寄っていく。

「あんたと戦う気はないよ。それをやっても無駄だと思うしね」

 そしてその横たわる人間の頬を軽くたたいて呼びかける。

490: 2013/12/26(木) 02:21:15.82 ID:t533iV/Vo

「いつまで寝てるの?アーニャ」

 いつの間にか頭が復活していたアーニャは、その呼びかけで目を開ける。

「う、ううん……シューコ?」

「寝起きで悪いけど、ピィを治療してあげて。さすがにちひろさんだけじゃこれ以上は厳しいだろうし」

 ちひろは先ほど場所からは少し移動して、隊長から離れた位置にピィと共に居た。
 床にはピィの血の跡がその場所まで続いている。

 そしてちひろは依然できる限りの治療をピィにしようとしている。
 そのおかげか幾分出血量は減ったように見えるが、それでもピィの顔色は失血で青く、危険な状態であることがわかった。

「……ピィ、さん。……ちひろ、さん」

「ずいぶん時間がかかったな。一回氏んだ気分はどうだ?ビエーリコート」

 アーニャはその呼びかけですべてを思い出す。
 自分が隊長と出会って、意識が途切れたことを。

「……なにを、しに来たんですか!?隊長!」

491: 2013/12/26(木) 02:22:14.08 ID:t533iV/Vo

「何をって……それはお前が一番分かっているだろう?裏切り者を始末しに来たんだ」

 隊長はアーニャを見下ろしながら言う。

「でもそれっておかしくない?ロシア政府はアーニャのことに関しては沈黙させたはず……」

 周子は隊長に反論するが、隊長はよくわからないと言いたそうな表情を浮かべる。

「どうしてそこにロシア政府がかかわってくる?俺がここに来たのは、ロシア政府に命令されたからじゃない。俺の独断だ。

実はお前の裏切りのせいでな、我が特殊能力部隊は最終的に解散になった。おかげで俺は所詮雇われの隊長だったから無職に、他の部隊員たちはバラバラに。
これでお前を恨まずに、誰を恨めばいいっていうんだ?

俺が裏切り者を始末しに来ることは、ごく自然なことだと思うが、違うか?」

「なら、私だけでいいでしょう!……他のみんなに、手を出す必要は、なかったはずです」

 アーニャは周りの惨状を見ながら言う。
 しかしそんなアーニャの言葉に隊長はあきれたような表情をした。

「俺はお前の頭を吹っ飛ばした。それだけだ。後は自衛をしていただけ、俺からは手を出していないんだがなぁ」

「……よくも!」

 アーニャは隊長へと突っ込んでいこうとする。

492: 2013/12/26(木) 02:23:20.23 ID:t533iV/Vo

「はい、そこまで」

 しかし、周子は軽く脚を出すと、アーニャはそれに躓いて顔から滑るように盛大に転んだ。

「とりあえず、今日は帰ってくれないかな?これ以上騒がれると面倒なことにきっとなるでしょ。それはそっちにだって都合は悪いはず」

「別に俺は構わないんだがなぁ」

 両者の一瞬睨み合う。

「シューコ!いったい何を、するんですか!」

 そんな中打った鼻をさすりながらアーニャは周子の方を見る。

「ちょっとアーニャは黙ってて」

 周子の視線はアーニャの方へと向く。
 そして普段温厚な周子からは想像もできないような眼光に、アーニャはびくりと身を振るわせた。

 そんなアーニャの様子を確認した周子は再び隊長の方を見直す。
 
 しかしもう一度見た時には、隊長はまるで飽きたかのような表情をしていた。

「まぁいいや。たしかにお前の言う通り面倒だ。ここはいったん引くとしよう」

 そしてそのまま事務所の入り口へと向かっていく。

「……パダジュディーチェ!」

 帰ろうとする隊長を見て我に返ったアーニャは引き止める声をかける。
 その声を聞いて、隊長は足を止めてアーニャの方を振り返った。

「安心しろ。今度はちゃんとアポはとる」

493: 2013/12/26(木) 02:24:02.48 ID:t533iV/Vo

 顎に手を当てて隊長は少し思案する。
 そして思いついたように一つ提案をした。

「そうだ。あそこなら存分に、面倒なことにはならずできるだろう。

今日の午後6時、元、『憤怒の街』中心部。まだ復興の手が届いていないあそこなら、ある程度暴れても問題ないだろうしな

俺はそこで待っている。ビエーリコート、ちゃんと来いよ。隊長命令だ」

 そして、相変わらずの、意地の悪い笑みを浮かべて言う。

「もしも来なかった場合には、まずはここ、『プロダクション』の人間を、そしてさらに順に、この街の人間を一人ずつ、頃していく

ちゃんと来いよ。ヒーロー『アナスタシア』。

『悪役』の俺は、ゆっくり待ってるからよ」

 そのまま背を向けて隊長は出ていく。
 階段を下る乾いた音がしばらく続いた後には、静寂。

 この静けさが、嵐の過ぎ去った後なのか、嵐の前なのかはわからない。



494: 2013/12/26(木) 02:24:33.86 ID:t533iV/Vo


以上です。
こりずに続きます。

『プロダクション』からピィ、ちひろ、周子、楓さんお借りしました。
疑問が残る点などはあるかもしれませんがそれについては続きで説明する予定です。

アーニャの散々張った伏線的なものはこれ関連ですべて回収する予定。

495: 2013/12/26(木) 08:08:09.20 ID:D0yz3iD20
乙です
宇宙海賊ェ…
そして隊長強すぎワロエナイ
このしおみーの安定感よ




【次回に続く・・・】


引用: モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」part8