972: ◆EBFgUqOyPQ 2014/02/01(土) 22:54:44.63 ID:gLjesAt+o
973: 2014/02/01(土) 22:55:56.39 ID:gLjesAt+o
「右腕、よし!」
神経が通っているのを確かめるように、右手を回して、指を動かすピィ。
そして腕がちゃんと動くことを確認した後、ポケットから携帯電話を取り出す。
「いったいどこへ電話をかける気?」
ソファーに座る周子は横目でピィを見ながらそう尋ねる。
周子の隣には黙ったままのアーニャ。
向かい側には気絶したままの楓が横になっている。
少し離れたところでちひろが呼んでしまった救急車をキャンセルするために電話をかけていた。
「どこへって、とりあえずGDFあたりに協力を要請する。あとは社長にも頼んであらゆるコネを使ってできる限りの協力を取り付けてみる」
「それはやめておいた方がいいかな」
今まさに電話をかけようとしていたピィの出鼻をくじくように、周子はピィの行動を否定する。
「どうしてだ周子!?素人の俺でもわかる。あの男のヤバさは異常だ。
アーニャ一人はおろか並のアイドルヒーローでも歯が立つわけがないぞあれは!
だったら救援を求めるべきだ!
仲間を、一人で、あの男の元へ行かせるなんて自殺行為俺が見逃せるとでも思ってるのか!?」
神経が通っているのを確かめるように、右手を回して、指を動かすピィ。
そして腕がちゃんと動くことを確認した後、ポケットから携帯電話を取り出す。
「いったいどこへ電話をかける気?」
ソファーに座る周子は横目でピィを見ながらそう尋ねる。
周子の隣には黙ったままのアーニャ。
向かい側には気絶したままの楓が横になっている。
少し離れたところでちひろが呼んでしまった救急車をキャンセルするために電話をかけていた。
「どこへって、とりあえずGDFあたりに協力を要請する。あとは社長にも頼んであらゆるコネを使ってできる限りの協力を取り付けてみる」
「それはやめておいた方がいいかな」
今まさに電話をかけようとしていたピィの出鼻をくじくように、周子はピィの行動を否定する。
「どうしてだ周子!?素人の俺でもわかる。あの男のヤバさは異常だ。
アーニャ一人はおろか並のアイドルヒーローでも歯が立つわけがないぞあれは!
だったら救援を求めるべきだ!
仲間を、一人で、あの男の元へ行かせるなんて自殺行為俺が見逃せるとでも思ってるのか!?」
----------------------------------------
それは、なんでもないようなとある日のこと。
それは、なんでもないようなとある日のこと。
その日、とある遺跡から謎の石が発掘されました。
時を同じくしてはるか昔に封印された邪悪なる意思が解放されてしまいました。
~中略~
「アイドルマスターシンデレラガールズ」を元ネタにしたシェアワールドです。
・ざっくり言えば『超能力使えたり人間じゃなかったりしたら』の参加型スレ。
974: 2014/02/01(土) 22:56:24.71 ID:gLjesAt+o
身をもって感じた隊長の危険性からのピィの提案。
そんなピィに周子は同調することなく、冷静に言い返す。
「素人だからこそ、そう言う風に考える。あの類のには数は意味なんてないのさ」
「ヤー……私も、シューコに賛成です。あの人に数をそろえて挑んでも、いたずらに犠牲者を増やすだけです」
「アーニャ!お前までどうして……」
「ピィさん。あなたは、隊長のことをほとんど知らないから、そう言えるんです。
仮に、GDFやアイドルヒーロー同盟に、協力を求めたとしても」
アーニャはここで一度言葉を切って、頭を、視線をじろりとピィの方へと向ける。
975: 2014/02/01(土) 22:57:52.60 ID:gLjesAt+o
「あの人を指す名を出せば、確実に断られます。
『コードネーム”P”』、『ハリケーン』、『局所天災』、『ルール破り』、『沈黙する全滅屋』、『眠らぬ黄昏』、『台無し男』、『盤を引っくり返す者』、『対面致氏』、『正面から来る卑怯者』、『チートプレイヤー』、『理不尽傭兵』、『イレーザー』、『外側の頃し屋』、『アンフォーチュネイト』
これ以外にもある、全く定まらない呼び名。
きっと誰かは知っています。
名は定着せずとも、知れ渡っている、恐怖の存在。
それが私の……カマーヌドゥユシェィ、隊長です」
仰々しくも、誇張ともいえる呼び名を連ねるアーニャに周子はまるで納得した様子である。
「誰もが抱く感想は同じ、ってことだね。こんなやり過ぎともいえる呼び名がしっくりくる。しっくりしてしまうんだからさ」
妙に納得した様子の周子に対して、ピィはやはりいまいちわかっていないようである。
「たしかに大層な呼び名だが、具体的にどれぐらいやばいのかがわからん。いったいあの隊長はどんな男で、どんな人間なんだ?
多分さっき話していたことは全て嘘っぱちだろうし、あの男が何者なのか余計に分からなくなってきた……」
そんな風にピィは言って頭を抱える。
976: 2014/02/01(土) 22:59:08.52 ID:gLjesAt+o
「ツィエースナシチ……正直、正直言うと、私も本当に詳しくは知りません。」
「は?知らないってどういうことだアーニャ?」
「隊長とは……十年以上の付き合いですが、彼の作戦に随伴したことは、一度しかないです。
彼が、どういう人間かはある程度知っていても、彼の力については、その一回の作戦。それだけしか知らないです。
彼の能力はサイコキネシス。物を手で触れずに動かしたりできる、ポピュラーな異能の力。
特殊能力部隊でも、8割を占めるその力。
……それが、隊長の能力です。」
「なるほど。とは言いたいところだけどやっぱりいまいちわからないな……。
サイコキネシス、つまり念動力ってのは確かによく聞くし、『あの日』以前でも最も代表とされるような特殊能力だよなぁ。
まぁ当時ならインチキばっかりだったけど、聞く感じでは隊長は『あの日』以前から、えーっと……サイキッカー?ってことみたいだけど。
いくら間近で見たとしても、あの男の、底の見えないあの力が、そんな単純なものだとはあまり思えないんだが……」
「エータ ヴィエールナ……その通りです。
隊長の力は、他の有象無象のサイキッカーと同等では、全くありません。
……隊内では、あくまで推測ですが、部隊内の訓練を受けた平均的な念動能力者を1とするならば、低く見積もって、隊長は千。
イーミェヌナ……まさに、一騎当千。
部隊内での隊長の推測は、そうでした。
だけど、部隊で任務を全うするようになってからの、数か月後に初めて、だだの一度だけ、いつもは単独で遂行する隊長の任務に、数名の隊員を伴っていくことが命令で下されたんです」
アーニャはその時の情景を思い出す。
その瞳に映るのは、体液と業火の赤一色。
977: 2014/02/01(土) 22:59:50.60 ID:gLjesAt+o
「場所はロシアとカザフスタンの国境近く、トロイツクから北へ数キロメートル。
……その周辺の廃工場に潜伏していた、異能テログループの殲滅でした。
そこで隊長から命じられた命令はただ一つ、『何も手を出さずについてくること』です。
ヴラーク……敵の根城に侵入するときにはまず、他の敵に察知されないように、監視を片付けるのが基本です。
ですが、隊長は正面から、堂々と、隠れる気なく進んでいったんです。
……後は、監視も、戦闘員も関係ありませんでした。
監視役だったであろう男は、隊長を見る間も無く、原形をとどめない肉片となりました。
異常を察知して、隊長に向かってきた戦闘員も、同様に肉片となりました。
正体不明の異能を使ってくる者も、その能力ごとすり潰すように、肉片となりました。
恐怖で逃げ惑う者も例外なく、肉片となりました。
……隊長が歩くだけで、敵は自動的に、人の形を留めない肉片となる。
誰が付けたかわからない炎と、人体から搾りつくした血液によって、視界は赤一色の地獄絵図でした。
ヤー……私たちがこれまでしてきた、命のやり取りとは全く違う。
ただの一方的な殺戮。物を動かすだとか、衝撃波を発生させるだとかとは次元の違うサイコキネシス。
……あの人の前に、人数をそろえたとしても、戦いにすらなりません。
ただ命を消費して、……リェカー クローヴィェ……血の川を作り出すだけです」
978: 2014/02/01(土) 23:00:45.46 ID:gLjesAt+o
アーニャの脳裏に映る残酷な情景。
ピィは先ほどアーニャの頭が吹き飛ばされたことを思い出す。
アーニャはたとえ傷ついても、能力の特性なのかまるで体内に血を留めているかの如く出血することはない。
それに実際に人間をすり潰して、血液が飛び散るなんて普通の日常を生きている限り絶対にお目にかかることはあり得ない。
だからこれまでに平凡な日常を過ごしてきたピィにはその地獄絵図を完全に想像することはできなかった。
それでもアーニャの頭をいとも簡単につぶしたように、人間を丸ごとミキサーにかけるように潰すことを隊長が可能であることは想像がついた。
「たしかにあの隊長とかいう男の恐ろしさはわかったんだが、結局サイコキネシスってのはどういうことができるんだ?」
これまでのピィのイメージとしては、サイコキネシス、念動力と言えば手を触れずに物を動かしたりするイメージがあった。
しかし人間をミンチにできるというような荒唐無稽な力があることを知って、今までのイメージはほとんど壊れてしまっていた。
「……物を動かす超能力には、サイコキネシスとテレキネシスがあると言われます。
ノ……しかし、私はその知識は必要なかったのでよく覚えていないのです……」
アーニャは少ししゅんとした表情をする。
979: 2014/02/01(土) 23:01:27.18 ID:gLjesAt+o
「……シューコ、わかります?」
「結局あたしを頼るのね……」
周子はアーニャに対してあきれた表情を向ける。
「しょーがない。知り合いの受け売りだから詳しくはないけど簡単に説明するよ」
そう言って周子は立ち上がって、壁に沿うように置かれていたホワイトボードを転がして持ってくる。
先ほどの騒ぎとは少し離れた場所にあったので、このホワイトボードは無事であったのだ。
「まぁざっくーりと説明するとね、てれきねしすーっていうのは物を念じて動かすわけ。
物そのものを動かすから、イメージとしては飛行機とかヘリコプターみたいにその物が動くみたいな感じかな?」
周子は『てれきねしす』の文字の下にヘリや飛行機の絵や、念じて物を動かしているような簡単な絵を描く。
「それに対して、さいこきねしすってのはさ、物に力を与えて動かすわけ。
物理的なエネルギーを与えてるから、これは物を手で持ち上げたりとか押したりとか、外部から力を与える感じかなー。
もっと単純に言えば、ただの力。エネルギーだよ」
そして『さいこきねしす』の文字の下には、人が物を持ち上げるような絵を描いた。
980: 2014/02/01(土) 23:02:19.96 ID:gLjesAt+o
「まぁ一般的にはこんな感じかな?」
「なるほど。さすが周子先生だなぁ」
「……さすがです。シューコ先生」
「はっはっはー。褒めても何にも出てこないよー」
「亀の甲より年の功だね、せんせぇ(裏声)」
瞬間、いつの間にか電話を終えていたちひろがピィの背後に立っていた。
その表情はいつもの優しい笑顔であったが、その目には冷え込むように冷たく影がかかっている。
そして無言のまま、ピィの首へと手刀を一撃。
ちひろの一撃は悪ふざけの過ぎたピィを処断する。
それだけでピィは苦悶の表情を浮かべながらうめき声を上げながらその場に膝をついた。
「今のはさすがに擁護できませんよ」
「同感。今のはさすがに……キモいよ」
「恐ろしく速い手刀……。ヤー……私でなければ見逃してしまいます」
皆がピィを見る視線は冷ややかでピィの体感温度は一気に下がる。
「す、すんません……。悪ふざけが過ぎました」
そう言いながらピィは首を押さえながら、よろよろと立ち上がった。
981: 2014/02/01(土) 23:03:38.97 ID:gLjesAt+o
「それとさりげなく『亀の甲より年の功』とか言ってたけどあたしに喧嘩売ってるのかな?」
「め、滅相もございません、周子大先生」
立ち上がりかけていたピィだが、周子のにらみを受けて再び膝をつく。
そして流れるようなきれいなフォームで、土下座。
「うん、よろしい。ところでちひろさん電話終わったんだ」
「ええ、救急車については、同僚のドッキリで早とちりしてしまったということにしておきました。
全く電話口で、かなり怒られちゃいましたよ……」
「アー……それは、おつかれさまです」
「じゃあ話を戻すけどさ」
周子はそう言いながらクリーナーでホワイトボードに書かれた絵を消していく。
982: 2014/02/01(土) 23:04:56.15 ID:gLjesAt+o
「あくまであたしの言ったのはほとんど一般的な知識レベルってこと。
多分ネットか何かで調べればこれくらいのことは簡単にわかると思うよ。
じゃあ、サイコキネシスは、具体的にどんなことができるのかってことになるけど……」
「周子みたいな妖怪もインターネット使うんだな」
「あたしがまだ山の中とかで生活してると思ってんの?
今時妖怪にだって情報社会の波は押し寄せてきてるよ」
周子はクリーナーを置いて、手を前に差し出す。
するとじわりとにじみ出てくるように周子の手の周りに紫がかったオーラ状の何かが纏わられる。
「シューコ……これは?」
「これは妖力だよ。
まぁ今回はあんまり関係ないから説明は省くけど、ポルターガイストの元とかでもあるから一応サイコキネシスと似たようなことができるし、目でも見えるからちょっと再現してみるね。
じゃあここで問題。
ピィ、こういった力を使う上で最も使いやすい方法はなんだと思う?」
周子は唐突にピィへと質問を振った。
急に質問を振られたピィは土下座状態から顔を上げて周子の方を見る。
983: 2014/02/01(土) 23:05:40.83 ID:gLjesAt+o
「ええ!?えーっと……び、ビームみたいに放出、する?」
「まぁ間違ってはないけど、それは不正解。
それは最も基本的で、簡単だけど応用性が全く効かないからね。
武器を直接投げてるようなもんだよ。そして、あたしが聞きたかったのは武器の使い方ってこと」
そして周子は目を閉じて少し集中する。
するとその紫のオーラは形を変えていき、一つの形を作り出した。
「これは……手?」
ちひろはその手の形をした妖力を見て思わず口に出した。
「そう。手だよ。
こういったある程度自由にできる力は、自分たちが最も扱いやすい手段。
つまりは日常的に、ほぼ毎日使っているといってもいい手の形で使うのが、もっとも使いやすいんだよ」
周子は、その作り出した手でホワイトボードの縁に置かれたペンを取る。
これによって手では触れてないのに、『手』で掴みあげて、物を動かしたことになった。
984: 2014/02/01(土) 23:06:24.89 ID:gLjesAt+o
「これは超能力者も例に漏れないはず。
きっと、アーニャのいた部隊の隊員もこんなかんじで超能力を使う人が大半だったんじゃないかな?
そして、アーニャを攻撃したのもきっとこの『手』だと思うよ」
「ダー……たしかに、そんな気がします」
周子はペンを置いて、自身の手を閉じたり開いたりする。
それに連動するように妖力の手も同じ動きをした。
「ただし、多分普通のサイキッカーなら物を押したり動かしたりするのがやっとだと思う。
あたしもあんまりこうやって妖力使わないから、その程度だし。
だからこれはあたしの予想。
あの規格外の男が、その手を使って人間を潰す方法なんて大概は限られてくるでしょ」
「……そうか。『握る』か」
ピィが思いついたその答えをそのまま口にする。
985: 2014/02/01(土) 23:07:15.29 ID:gLjesAt+o
「そう、並のサイキッカーができなくてあの男にできること。
それは多分、『握りつぶす』ってことだと思うよ。
そこまでしてしまえば、よほどのことがない限り頃し損ねるってことはないだろうしね」
そして周子はアーニャの方を向き直る。
「アーニャは、これからあの男と、隊長と、戦うんだからこれぐらいのことは知っておくといいよ。
勝つためには、敵を知ること。これは必須だからね。
多分、サイキッカーの相手取り方は、アーニャもよくわかっているはずだから。
さて、あたしの役目はこれで終わり。
後はアーニャしだいだよ」
少し、突き放すような言い方。
まるで話はこれっきりのように、周子はホワイトボードを片付けようとする。
「ちょ、ちょっと……待ってくれ。周子は、戦って……いや、協力を、これ以上協力してくれないのか?」
986: 2014/02/01(土) 23:07:50.01 ID:gLjesAt+o
ピィの困惑するような声。
しかし周子はまるで気に留めない。
「戦う?なんであたしが?」
「いや……だってお前は、あの男をアーニャ一人で戦わせる気なのか?
人数を増やすのがだめなら……少数精鋭で、戦う方がいいだろう……。
戦えない俺が言えることじゃないかもしれない。
だから無責任にも俺は、周子にも戦力として戦ってほしいと、アーニャを助けてやってほしいと言うんだ。
俺は周子があの隊長に負けず劣らずに強いことを知っているし、一緒に戦ってくれるなら百人力だ。
でも、それに対して周子、お前が戦わない、『アーニャを見捨てる』、そう言ってるようにしか見えない。
アーニャが確実に負けるとは……思わないが、実際お前からはそんな雰囲気を、感じるんだ」
戦えない者が、戦える者に戦ってほしいというのは、無責任であるが自然だろう。
できる者が、できない者の分までその責任を負うのは、たびたびあることだ。
987: 2014/02/01(土) 23:08:43.95 ID:gLjesAt+o
「……ふふっ、あはははは」
周子の、空っぽのような笑い声。
到底笑顔とはいいがたい歪んだ笑みを周子は浮かべ、そして笑い声が消え入ると同じように、表情はなくなっていく。
「……全くホント、無責任なことを言うねピィはさ。
でも『あの隊長に負けず劣らず』っていうのは買い被りだよ。
仮にあの男に、化物的なサイコキネシスだけだったのなら、まだ同じあたしが負けず劣らずって表現は正しいよ。
でも所詮、あのサイコキネシスは前座で、表向きの力。あたしじゃああの隊長の根幹に、手も足も出ない。
だからピィの言うとおりだよ。あたしはアーニャを見捨てる。
いや、もしもアーニャが行かないなんて言うのなら、あたしは何をしても、アーニャをあの男に差し出すよ」
迷いなく、そう言い放つ周子。
ピィは目を見開き、ちひろは目を伏せる。
988: 2014/02/01(土) 23:09:40.91 ID:gLjesAt+o
「……どうして?」
「あの男は、多分ここ『プロダクション』のことを調べてきているはずだよ。
なら、ある程度の人員だって把握してるはず。
当然、美玲のことだって。
そんな男が、『プロダクション』の人間を頃すって言ったんだよ。
なら、あたしはあの子、美玲を守るためなら仲間だって売る」
「……それは」
「それに、あたしはあの子を残してまだ氏ぬわけにはいかないからね。
だったら手段は選ばない。
自分の最もかけがえのないものを守るためなら、大切なものを捨てる覚悟なんてのはとうの昔からできてるし、これまでもあたしはそうしてきた。
勘違いしてもらっちゃあ困るんだよ。
あたし、塩見周子は悪意から生まれた、悪の妖怪なんだよ。
間違ってもあたしはヒーローじゃない。すべてを守ることは、あたしには不可能なの」
物事の優先順位。
誰よりも長い時を生きてきた妖怪の言葉は、誰よりも重く、絶対的な意志が込められていた。
989: 2014/02/01(土) 23:10:31.93 ID:gLjesAt+o
そんなことを言われたら誰であろうと言い返すことなどはできない。
周子の言うことはもっともであり、その言葉はごく一般的であり正当性を持ったものである。
「じゃあ……一つ、聞かしてくれ。
充分な強さを持つ周子が戦うことを拒むほどの危惧する敗色というのは何なのか?
あの男を見て、どうして強い周子は勝てないとわかるのか?
周子の言う、隊長の根幹っていったい何なのか?
その理由を、教えてほしい」
周子は黙ったまま、先ほど座っていたソファーに座る。
そして少し大きめの息を吐いて、思い出すように語り始めた。
「あの男に、隊長にあたしは勝てないから。
分が悪いとか、勝つ方法がわからないとかそう言うんじゃないんだ。
あたしは、あの男に、絶対に勝てない。強さとか、能力とかそんな問題じゃなくてね。
これは推測ではなく経験だよ。
約400年前から、今もきっと変わらない。
あの類の化物の前に勝ち負けは存在しない。
ただの一方通行の殺戮しか無いってことを、あたしは痛感してるから」
まるでかつてあの男に会った事があるような言い方を、周子はする。
990: 2014/02/01(土) 23:11:20.16 ID:gLjesAt+o
「ああ、いや。あの隊長とは会ったことはない。
今日さっきのが初顔合わせ。はじめましてだよ。
でも隊長と同種の人間には、会ったことがある。
結構昔のことは忘れっぽいあたしだけどさ、これだけはきっとずっと忘れられないと思うよ。
約400年前、ヨーロッパから来た船に乗っていた、堅牢な鎧と、一振りの三叉槍を携えた一人の男が日本にやってきたことを。
ほんの些細な、嫌な昔話だよ」
周子は生きてきた膨大な記憶を掘り起こして、そのことを思い出す。
いつも楽天的で、自由で、優しい妖怪はその忌避する記憶を紐解く。
「とはいっても多くを語れることは少ないけどね。
実際、それと会ったのはほんの少しの間だし、あたし自身逃げるので手いっぱいだったからさ。
そいつは当時、狩人(カッチャトーレ)って名乗って、どうやら化物退治を生業としていたらしくてね。
日本を訪れたのもそれが目的だったみたい。
そのときに少しの間狙われただけさ。
991: 2014/02/01(土) 23:12:18.28 ID:gLjesAt+o
たった半日くらいの出来事でさ、船から降りてきたそいつを興味本位で話しかけて少し雑談した後には、戦闘開始。
ホントに化物だったよ。ただの、何の能力も持っていない人間のはずなのに、その槍で大地を裂いて、その鎧で空を蹴り、あらゆる常識をあざ笑うかの如くぶっ壊す。
当時でもあたしはそれなりに化物として自信はあったけど、ホントにその時、久しぶりに命の危機を感じたよ。
そして、あたしが命からがら京都に逃げ込んだ。
数日後、うわさで日本の力の弱い妖怪や、有名ではない妖怪は全て、何者かに駆逐されたって話を聞いたよ。
あたしにはそれをしたのがその槍男だってのは確信したけどね。
ある意味誰にも知られぬままに、その槍男は日本妖怪の時代の終演の一端を担ったんだ。
……なんであのとき、気まぐれで話しかけちゃったのかって後悔したよ。
なんてことはない、それだけの話」
この場にいる者で、その槍男がどれほどの恐怖を周子に与えたのかわかる者は周子だけだ。
けどその周子の苦々しい表情が、その経験の壮烈さを物語る。
992: 2014/02/01(土) 23:13:06.14 ID:gLjesAt+o
「そしてあの隊長とかいう男は、そっくりだったよ。
顔とかじゃなくて、雰囲気がさ、400年前の狩人と全く一緒なんだよ。
さっき言った、根幹が同じ。
きっとあれはそういう存在。きっとどうしようもなくて、どうでもよく常識を覆し、どんなものでも世界から壊しつくす。
勝敗じゃなく、あれにはきっと一方的に壊すことしかできない、そんな存在なんだよ」
ひとしきり喋った後の、静寂。
あまりにも抽象的すぎる、ささやかなエピソード。
それは理解しがたいものだったが、説得力だけは十分に備わっていた。
「ただそれだけ、きっとわかんないだろうけど、だから私は勝てないと思うから、戦わない」
「ダー……。忠告、感謝です」
993: 2014/02/01(土) 23:13:58.67 ID:gLjesAt+o
そんな中で、ずっと沈黙していたアーニャは立ち上がる。
事の渦中にいる彼女は、迷うことなく事務所の出口へと向かっていく。
「アーニャ……どこへ?」
それを口にしたきっとピィにもわかっていたし、そこにいて話を聞いていた誰もがわかっていた。
アーニャのこの後の行動を。アーニャがこの後どうするかを。
「スパシーバ……ピィさん。いろいろと気を回してもらって、私は嬉しいです。
でも……これは私の問題です。
今、プロダクションがこんな状態なのも、ピィさんが傷ついたことも、楓がそこで倒れていることも。
争い(スポール)とか、闘争(バリバー)とは無縁だった、この場所を巻き込んでしまったのは……私の責任です。
ヤー……私、一人の責任です。元から、誰かの手を借りる必要など、なかったのです」
まるで、飼い猫が自分の氏期を悟った時にふらりといなくなるようなそんな感覚。
前々から、妙に感じていた正体不明の儚さが、今のアーニャからはっきりと見えていた。
「……私は、私と、隊長の因縁を、終わらせに行きます。
私は……私の意志を持って、隊長を倒します。
カージュドィ ツィエラヴィエーク……みなさん、それでは、行ってきます」
そして、アーニャはプロダクションから出ていった。
なぜかその背中をピィにもちひろにも引き止めることはできなかった。
多分、アーニャの意志に言葉が届かないと、思ってしまったからだ。
きっと、あまりに自分は無力で、言葉の力の無さを悟っていたからだろう。
994: 2014/02/01(土) 23:15:17.91 ID:gLjesAt+o
***
「多分その隊長ってひとは『外法者(Dest Law)』じゃないかな。
天界にある『危険存在図鑑入門編』の中でも、最重要警戒存在として載っている、存在しているけど確認できないヤッバイ存在!
ぶっちゃけ対処方法は、会ったら逃げる。そんなことしか書いてないんだよねーこれがさ」
アーニャが出ていった後、次にプロダクションに来たのは未央だった。
未央は入っくるなり事務所内の惨状を見て、『なんじゃこりゃー!台風でも通過したのかー!?』と驚いていた。
そして事の顛末を話すと、やれやれというような表情をしながら、
『また解説未央ちゃんかー……。たまにはメイン張りたいよねー……』
とよくわからないことを言いながらも、一つのことを語り始めた。
「危険な生物だとか、魔獣だとか、悪魔と名を連ねる『デストロー』。
その実態は、凶暴だとか、危険な能力を持っているとかじゃないんだよねー。
『デストロー』は血統とか、因果とか関係なくごく普通の一般家庭から、突然生まれたりするのさ。
さてここで一つ、話は変わるけどね、『運命力』って知ってる?」
突然の未央の話題転換。
ピィやちひろには聞きなれない単語だが、周子は知っているらしくそれに反応を示した。
995: 2014/02/01(土) 23:17:28.92 ID:gLjesAt+o
「ある意味、能力とか不思議なことじゃないし、いまいちはっきりしないことだからよくわかんないけどさ。
たしかその人の、運命?と言えばいいのか……えーと、周囲の物事の流れ?を左右する力だったっけ?」
「そのとーり!ほぼ模範解答ありがとー周子さん。
この世界には、アカシックレコードだとかパラレルワールドとかいろいろあるけど、世界には川のような流れがあるのだ!
世界そのものを変えるならば、その方向に流れを変えなくちゃならないとかいろいろあるわけなのですよ。
そしてその流れを形作るものの一つとしてあるのが、『運命力』ってわけ。
ちなみに天界出版より『神さま教本デスティニー編』の90から118ページ辺りに詳しく書いてあるから参考にしてみてね!」
「なんだかタイトルが主役交代しそうな教本だな……」
「とにかく、そんな運命力だけどそんな流れを強引に作り出す強力な『運命力』を持つ人もいるの。
たとえば、その人の周りでは平穏が全く無い、いわゆる漫画のようなトラブルメーカーだったりとか。
たとえば、その人の周りでは争いが絶えず、いつも何かしらの闘争が起きているヘルメーカーとか。
たとえば、その人の周りでは平和そのもの、争いも起きない穏やかな日常なピースメーカーとか。
そんな何の能力もないはずなのに、まるで世界がそうなるかのように、時には世界そのものを変えるほどの『運命力』も持つ人もいるわけ。
さてここで話は戻って問題!
『外法者(デストロー)』もある意味運命力に関連してるんだけど、いったいどんな力でしょーか?はいピィくん!」
「え、ええ!?また俺?」
話を聞いていただけのピィは急に名指しされて慌てる。
996: 2014/02/01(土) 23:19:16.99 ID:gLjesAt+o
「えーっと……外法者っていうくらいだから、そいつの周囲で犯罪とかが起きやすくなるのか?」
「ああ……うん、そうだね。じゃあ次ちひろさん!」
「なんか雑じゃない俺の扱い?」
「うーん……逆に運命力がない……とか?」
自信なさげに応えるちひろだったが、未央はサムズアップをして笑う。
「さすがちひろさん。だいぶ近くなってきたよー。じゃあ最後に周子さん!」
「たぶん、だけどさ、運命力がないどころか、運命というかその世界の流れそのものに乗ってないんじゃないかな?
なんというかさ、同じ世界で勝負していない。
あたしはそんな印象を、どっかで持っていたからね」
「さっすがほぼ正解だよー周子さん!
デストローは世界の流れに乗ってない。
そんな世界の外側から、世界に縛られないで生きてる存在なんだよ。
だから、世界の『ルール』を無視できるんだよ。
法律であろうと、常識であろうと、物理法則であろうと、超常現象的なものだったとしてもそこに明確な『ルール』さえあれば、そこに世界があれば無視できる。
決まっていることを無視できる。無視しようと認識すればなんだって無視できる。
ルールであるならどんなことだって破ることができる。
究極のルールブレイカーにして、異端からも排除された異端なんだよ」
997: 2014/02/01(土) 23:20:53.35 ID:gLjesAt+o
そんな未央の言葉に、ようやく合点がいったような表情をする。
「なるほどね、道理が合ったよ。
そんな根本を覆されてちゃあ、絶対に勝てるわけがないね。
あれだけ意味不明だった理由が、ようやく分かった」
「でもそんな無敵に見えるデストローだけどね、弱点というか、欠点があるのさ」
「欠点?」
ピィは未央の言ったことを疑問を持つように反復する。
「そう、欠点。
世界に縛られないってことは、逆に世界に介入できないわけなんだよ。
だから、世界的に有名であったり、歴史に名を遺していたり、はたまたこれから世界にその存在を轟かせる人や、事柄には介入できない。
介入しようとしても、世界が拒絶して介入させない。
そんな欠点があるんだよ。
デストロー自身は絶対に世界に名を残せない。
世界には、歴史には、物語には介入できずに、その一生を終える。
ある意味、怒涛で、平凡な人生。デストローは運命に縛られない代わりに、劇的な運命も存在しない。
これが、周子さんの言う400年前の槍男と、その隊長さんの正体だと思うよ」
998: 2014/02/01(土) 23:22:33.53 ID:gLjesAt+o
「なるほど、な」
納得をしたような、それでもまだ理解できないような、そんな表情をする3人。
だが唯一、このことを話した未央だけは納得がいかないような表情をしていた。
「でも本来ならデストローはこのプロダクションに来ることさえできないと思うんだけどなー……」
「?……どうしてですか?」
そんなことをぽつりとつぶやく未央だったが、それを疑問を持ってちひろは投げ返す。
「え……ああ、うーんとなんというのか、ね」
しかし未央の言葉を遮るように一つの低い、お腹の鳴る音。
「お……おなか、すいたーん……」
少しぐったりした様子で、周子はそうつぶやく。
時計を確認すれば、12時を過ぎてもはや1時近くだった。
「とりあえず、お昼にしましょうか……」
ちひろは周子を見ながらそう言った。
999: 2014/02/01(土) 23:23:36.75 ID:gLjesAt+o
***
白色強い灰色の空の下、道行く人々は各々に鎧をまとうかの如く厚着をして自らの道を歩いていく。
そんななかで、プロダクションを出たアナスタシアはちらほらと雪が舞い落ちる中、女子寮を目指していた。
アーニャは以前、数回ほど、GDFの簡単な仕事の依頼を受けたことがある。
その際に、GDFのある程度の装備の使用許可をもらっており、一部の武器を提供してもらっているのだ。
自宅である女子寮に置いてあるそれらを一度取りに戻るためにアーニャは歩いていた。
しかし一部の武器とはいっても、ほとんどが非殺傷なのであの隊長にはきっと物足りないだろう。
それでも無いよりはましである。
今の状況は束の間の自由の代償ものだ。だからこそ、アーニャは誰かに手を借りくことなくあの隊長と相対しなければならないと考える。
いかなる形で決着が着こうとも、この因縁を終わらせなければならないと。
「あれ?アーニャンだにゃ!」
目的地へ向かって歩を進めるアーニャに背後から一つの声がかかる。
その特徴的な語尾を聞いた時点でその主を判別することができた。
「アー……。プリヴェート、みく。それと、のあも」
「ええ、こんにちは……アーニャ」
アーニャに声をかけてきたのは、前川みくと高峯のあの二人であった。
二人とも、この雪降る寒空の中なのであったかそうな格好をしている。
白色強い灰色の空の下、道行く人々は各々に鎧をまとうかの如く厚着をして自らの道を歩いていく。
そんななかで、プロダクションを出たアナスタシアはちらほらと雪が舞い落ちる中、女子寮を目指していた。
アーニャは以前、数回ほど、GDFの簡単な仕事の依頼を受けたことがある。
その際に、GDFのある程度の装備の使用許可をもらっており、一部の武器を提供してもらっているのだ。
自宅である女子寮に置いてあるそれらを一度取りに戻るためにアーニャは歩いていた。
しかし一部の武器とはいっても、ほとんどが非殺傷なのであの隊長にはきっと物足りないだろう。
それでも無いよりはましである。
今の状況は束の間の自由の代償ものだ。だからこそ、アーニャは誰かに手を借りくことなくあの隊長と相対しなければならないと考える。
いかなる形で決着が着こうとも、この因縁を終わらせなければならないと。
「あれ?アーニャンだにゃ!」
目的地へ向かって歩を進めるアーニャに背後から一つの声がかかる。
その特徴的な語尾を聞いた時点でその主を判別することができた。
「アー……。プリヴェート、みく。それと、のあも」
「ええ、こんにちは……アーニャ」
アーニャに声をかけてきたのは、前川みくと高峯のあの二人であった。
二人とも、この雪降る寒空の中なのであったかそうな格好をしている。
1000: 2014/02/01(土) 23:24:46.54 ID:gLjesAt+o
「歩いていたら偶然アーニャンを見かけたから、つい声をかけちゃったにゃ。今からどこかにお出かけ?」
今のアーニャの状況を知らない二人は、何の遠慮もなしに近づいてきた。
アーニャとしてはできれば早く自分の部屋に戻りたかったので、ここで引き止められるのは少し困る。
「ダー……。ええ、少し、急ぎの用事があるので……自宅に必要なものを取りに戻る途中だったんです」
なので、とりあえず急いでいることは明確に伝えつつ、正直に、だが事の本筋を伝えないように言葉を返す。
きっと今のアーニャの『用事』の内容を伝えればこの二人のことだ。強引にでも協力するとか言い出しかねない。
それは避けなければならない。先ほど一人ですべてを終わらすと決意したばかりなのだ。
だから何も二人には教えない。何も言わずにアーニャは去ることを選んだ。
そんなアーニャの胸中を知りえないみくはいつもと変わらない様子で話す。
「こんな寒い中アーニャンもだいへんだにゃあ……。みくもできればこたつの中でのーんびりしていたかったんだけど……」
みくは不満そうな顔をしながらため息を吐く。その息は寒さで白く昇っていく。
「のあチャンに買い物行くからって無理やり連れだされたにゃ。みくをこんな雪の日に連れ出すなんてホントにひどいにゃあ……」
「……なにみく?こんな寒空の中、私一人買い物に行かせて……貴女はこたつで、安息を楽しむつもりだったのかしら?」
半ば強引に連れ出されたことに文句を言うみくだったが、それをのあは隣のみくを横目でじろりと見つめる。
5: 2014/02/01(土) 23:36:16.03 ID:gLjesAt+o
「……なにみく?こんな寒空の中、私一人買い物に行かせて……貴女はこたつで、安息を楽しむつもりだったのかしら?」
半ば強引に連れ出されたことに文句を言うみくだったが、それをのあは隣のみくを横目でじろりと見つめる。
「うっ……ぐぬぬ、しょうがないにゃ……」
「わかればいいのよ。まぁでも……晩御飯の献立、貴女に委ねてもいいわ」
「え!ほんとにゃ?じゃ、じゃあハンバーグがいいにゃ!」
不満の残るみくの表情だったが、のあの一言で引っくり返したかのように笑顔に変わる。
そんな二人のやり取りが微笑ましくて、アーニャは少し笑った。
そのアーニャが無意識にしていた、雪のように解けて消えてしまいそうな儚い笑顔をのあは見逃さなかった。
「……では、私は少し、先を急ぐので。ダスヴィダーニヤ……さようなら、また今度です」
そう言ってアーニャは二人に背を向けて、再び足を進めようとする。
「……待ちなさい」
6: 2014/02/01(土) 23:36:54.22 ID:gLjesAt+o
しかしその歩みはのあに肩を掴まれたことによって遮られる。
そのまま強引にアーニャを振り向かせて、かわいらしい手袋に包まれたのあの両手によってアーニャの両頬は押さえつけられる。
「な!?なんですか、の……あ」
のあはアーニャの顔を固定したまま、顔をずいと近づける。
アーニャの眼前にはのあの顔が間近に迫り、その両目はアーニャの目を覗くようにぶれることはない。
「ど、どうしたのにゃのあチャン!?ひ、人前でそんなダイタンに……って、あれ?」
みくから見ればのあが突然アーニャを引き止めて振り向きざまにキスしたように見える。
しかしその顔が寸前で停止して間近で顔を観察していることにみくも気づいた。
「きゅ、急にいったいなんなんだにゃのあチャン?」
「ダー……まったくです。い、いったいどうしたんですか?のあ」
アーニャに向けられるのあの視線。
それは内面まで見透かされているようで、アーニャは居心地が悪かった。
「……違うわ。戻った……というより、やはり見えていない……のかしら?」
7: 2014/02/01(土) 23:37:38.74 ID:gLjesAt+o
のあはアーニャの眼前そのままで呟く。
「?……なんのことですか?」
アーニャにはその言葉の意味がよくわからない。
のあはアーニャが状況を理解できていないまま、顔を放す。
「……ここでは少し、凍えるわ。どこか……暖かいところに行きましょう」
「で、でも私には、用事が」
のあは別の場所へアーニャを連れていくことを提案するが、アーニャにはその意図が全く分からない。
「みく……暖かい場所、近くに何かない?」
「え?あ、ああうん……。エトランゼならここから近いにゃ」
みくも状況についていけてないようだが、とりあえずのあに聞かれたとおり答える。
「じゃあ……そこへ行くわ。ここだとやはり、寒い」
「アドナーカ……、でも……」
「貴女の用事なんて……知らないわ。早く……行かないと」
「い、行かないと?」
「さささ寒くててて、わた私が、機能がががが、ここ凍えててて、動かななな」
「ああ!のあチャンが寒さのあまりに、壊れたテレビのようになってるにゃ!」
「と、とりあえず、エトランゼまで行きましょう!」
8: 2014/02/01(土) 23:38:28.89 ID:gLjesAt+o
***
「ただいまもどりましたー」
ピィは手にコンビニの袋を携えてプロダクションの入り口から入ってくる。
「弁当はあったものを適当に選んできましたけどよかったですかね?」
袋をプロダクションで待っていた者たちの前において、ピィは尋ねる。
「んー、チョイスはパッとしないけど悪くはないんじゃない?」
目の前に置かれた袋の中身を周子は覗きながら言う。
「せっかくお前のために買ってきたのになんなんだその言いぐさは……」
「私はみなさんの分のお茶を淹れてきますね」
周子の言い草にピィが不満を垂れる中、ちひろは立ち上がって給湯室の方へと向かう。
「ところでちひろさん、弁当代は経費で落ちますよね?」
そんなちひろの背中にピィは声をかける。
その質問に対してちひろは振り向いて不思議そうな顔をしている。
9: 2014/02/01(土) 23:39:23.55 ID:gLjesAt+o
「え?」
「……え?い、いや経費で……」
「落ちると思ってるんですか?」
「そんな殺生な!?」
弁当代が経費で落ちないので、思わぬ出費に頭を痛める少々薄給のピィ。
それを気にせず周子と未央は袋から弁当を取り出している。
「私これー♪」
「んじゃああたしはこれ貰っちゃおー」
ピィの買ってきたコンビニ弁当を我先にと選び、ついてきた割り箸と共に手元に持ってくる。
「ピィさんも出費なんか深く考えないで食べよう!あんまり悩まず楽観的に、ね♪」
「ぐぅ……、まぁいいか」
ピィも袋から弁当を取り出して、ソファーにこれ以上の人数は手狭なので自分の机へと持っていく。
そして椅子に座ると、ピィの背後から手が伸びてきてお茶の入った湯飲みが置かれた。
10: 2014/02/01(土) 23:40:00.73 ID:gLjesAt+o
「どうも、ちひろさん」
「いえいえ」
お盆に人数分のお茶を乗せて持ってきたちひろはそのままソファーへと座る。
「そう言えば楓さんは?」
ピィは先ほどまでソファーで眠っていた楓の所在について聞く。
「ああ、仮眠室に運んでおきました。ここのままだと少し、楓さんにはうるさいかもしれませんからね」
ちひろは仮眠室の方を指さしながらそう言う。
「そういえば、あの隊長が、というよりもデストロー……だっけ?
それがここに来ることさえできないとか言ってたけどどういうことなんだ?」
ピィがコンビニに出かける前に未央がふとつぶやいた言葉。
それを思い出したピィはその意味を尋ねた。
「んーとね、さっき話したけど『デストローは世界に介入できない』って言ったよね。
だったらこのプロダクションにも介入できるはずないじゃん」
未央は当たり前のように言うが、他の3人はその意味がよくわからず、とりあえず首をかしげ箸を動かす。
11: 2014/02/01(土) 23:40:54.20 ID:gLjesAt+o
「ぐ、ぐぬぬ……じゃ、じゃあこの私の名を言ってみろう!」
「ジャ○?」
「違うわ!」
なんだかよくわからない3人だったがしぶしぶ未央の言う通りにする。
「本田未央ちゃん」
「未央ちゃん」
「午前五時の女王?」
「ちがっ……違わないけどそうじゃないよ!それとピィさんそのメタ発言は屋上モノだよ!」
未央はそう言って弁当を机の上に置いて立ち上がる。
「こうなったら……ウィング、オープン!」
そんな掛け声と同時に、未央の背中から6枚の純白の翼が出現する。
「みなさんこれをお忘れかー!この私、可憐な女子高生である本田未央はこの世での姿!
そう、その正体は天使の中の天使、天使オブ天使、熾天使ラファエルとはこの私のことだ―!」
「未央ちゃんちょっと眩しいから羽仕舞ってくれない?」
「ああ、そういえばそんな設定もあったな」
「あ、このから揚げしゅーこがもーらい!」
12: 2014/02/01(土) 23:41:35.62 ID:gLjesAt+o
「反応薄くない!?
ピィさん設定とか言わないでよ!
それに周子さんそのから揚げ私のだよ!」
机の上の弁当を急いで周子の手の届かないところへ移し、背の翼を仕舞う未央。
そして無事であったご飯を一口口に入れて、咀嚼して飲み込む。
「んぐ……とにかく!私あのラファエルだよ!
世界的ネームバリューだってチョー高いんだからね!」
「まぁ確かにそうだな。それが何か関係があるのか?」
未央は呼吸を落ち着かせて再びソファーに座りなおす。
「だってさ、この私ラファエルが降臨してるってだけでほとんど歴史的大ニュースのようなもんでしょ。
信心深い信者が知れば、このプロダクション自体潰して、強引にこの場所に教会立てたって普通不思議じゃない。
だから私が入り浸ってるこのプロダクションは、ある意味歴史的に、世界的に重要な場所のようなものだよね。
じゃあ当然、現在進行形で歴史の渦中であるこのプロダクションに、
デストローは壊すことはおろか、ここに訪問することはほぼ不可能ってことだよ」
未央は箸にポテトサラダをつまんで、口へと運ぶ。
13: 2014/02/01(土) 23:42:42.63 ID:gLjesAt+o
「じゃ、じゃあどういうことだってばよ?」
「結局よくわからないってこと。
正直私も本物のデストローなんて見たことないし、今回のことも聞いただけ。
百聞は一見に如かず。
正直私だけで結論を出すのは正直厳しいわけですよ。
でも強いて言うなら、その隊長って人は実はデストローじゃないんじゃないの?」
「いや……あたしにはデストローがどうだこうだってのはわかんないけどさ、
あたしが400年前に出会った槍男は、そのデストローのように常識を無視していたし、世界からも無視されていたよ。
同様に、あの隊長とかいう男も雰囲気だけならよく似ているし、
そして何よりちゃんと常識を破っていたよ」
未央のいぶかしむような発言に対するように周子は言う。
「あの男は、楓さんの攻撃をただの念動壁、サイコキネシスだけで防いでいた。
それはふつうありえないことだよ。
楓さんのあの能力は風の刃だとかのただの物理的な刃とは違う、次元の一つ上の力。
本来正攻法の防御不可なあれを防ぐいだのは、事実だからね」
通常防御不可のあの力を、強引に直接的な方法で防いだのは事実。
そこにルールを無視した痕跡があるのは確かだった。
14: 2014/02/01(土) 23:43:30.60 ID:gLjesAt+o
「ていうか、楓さんの能力ってそんなのだったのか?」
ピィとちひろはこのことについては何も知らされておらず、今の情報は初めて知ったものだった。
「え?知らなかったの?」
「ま、まぁ多分楓さん自身も知らないことだし……。
ピィさん!ちひろさん!これは聞かなかったことで!」
未央にこのことは口止めされる。
「な、なんでまた?」
「だってこれ以上楓さんに負担欠けるのはよくないでしょ」
「まぁ知らぬが仏ってやつだね。楓さんあの力に怯えてる節もあるから。
日常でちょっとしたことになら使えるけれど、人に向けて使うことを初めのころからかなり恐れてたからさ。
今回の暴走の件と、いくら自衛のためとはいえ能力を人に向けて使ったこと。
このこと覚えていたりすると、後のことが少し不安になるねー……」
周子は、お茶を啜りながらそう言った。
「わ、わかりました……」
「ああ……わかったよ」
二人は楓さんがこのプロダクションを訪れた時のことを思い出す。
あの様子の楓さんを思い出せば、当然その力が思っていた以上に強力なものであるなんてことは言えないだろう。
よって二人は黙秘することに承諾するしかなかった。
15: 2014/02/01(土) 23:44:14.17 ID:gLjesAt+o
「さて、話は戻るけどね。
周子さんの話を聞く限りだと、ちゃんとデストローとしての力は発動していた。
でも普通ならここに来られるはずがない。
この矛盾、どういうことなの?」
空になった弁当のトレーを机の上に置いて、未央は腕を組んで難しそうな顔をする。
「実際、ここがそこまで歴史的重要な場所じゃない、とか?」
ピィが根本的な未央の推定を否定してみるが、未央はそれに対して首を横に振る。
「それは、あり得ないよ!
私の存在の世界への影響力は十分だし、それに周子さんだってそれなりに高名な妖怪でしょ?
それでさらにこの場所の運命力の集約はされているはず。
さらに私は意図的にこの場所を非戦地帯にだって働きかけてたんだよ!」
「ん?どういうことですか?非戦地帯って?」
ちひろが未央の発言に疑問を問いかける。
「さっきの運命力の話の通り、世界には流れがあるの。
だからなるべく私の天聖気とかを使ってこの周辺のちょっとした争いやいざこざを未然に防いでいたわけ。
そうやって小さな『平穏』の流れを作り出して、この場所自体に争いの起きにくい『流れ』を片手間に作ってたんだよ。
デストローも世界に干渉できないうえに、そんな流れも作ってたから手なんか出せないはずなんだけどなぁ……」
16: 2014/02/01(土) 23:45:22.91 ID:gLjesAt+o
原点に返る不可解な点。
さすがの未央でもこれに関してはさっぱりだった。
「結局あたしたちがあれこれ言おうと意味ないしどうでもいいんじゃない?
あの隊長の相手はアーニャがするんだし、ここに居たってできることなんて何にもないんだからさ」
そこにこれまでの会話をすべて否定するような周子の言葉。
周子はソファーに体重を預けて、目を瞑りながら言った。
「それよりも考えるのはこの後のことでしょ。
万が一アーニャが逃げ出したりしたら次狙われるのはあたしたちなんだよ。
今のうちに逃げる算段を考えた方がいいんじゃないの?」
そっけない周子の言葉。
ピィはその言い方にさすがに怒りを覚えたのか声を上げて反論する。
「周子!それはさすがに言い過ぎだ」
「でもほんとのところはどうなのさ。
ピィは腕吹っ飛ばされてるんだよ。
内心、あの男への恐怖は強いと思うけど……そこんところ、どうなの?」
的確な周子の指摘
それはピィにとっては図星であったし、きっと再び対峙することが有ったらきっと恐怖で体は振るえるだろう。
17: 2014/02/01(土) 23:47:15.95 ID:gLjesAt+o
「……たしかにそうかもしれない。
でも、それでも俺は逃げも隠れもするつもりはない。
アーニャを信じてるからな」
「それはアーニャが隊長に、逃げずに殺されに行くってことを?」
「違うよ。アーニャがあの隊長を倒して帰ってくるってことをさ。
昔も今も、俺の信じてるヒーローは、最後には必ず勝つんだからな」
ピィは迷いなく、そう言う。
そんなピィを見て、周子はあきれたように溜息を吐く。
「全くよくもそんなことを真顔で言えるね。
じゃあさ、未央とちひろさんはどうするの?」
18: 2014/02/01(土) 23:47:55.67 ID:gLjesAt+o
「わ、私はー……一応残るつもりですよ。私はここの事務員ですから、ここに居ることしかできないので」
「私はー……、んと……、さすがの私も、デストローを相手だと勝てないし……、
その上、超能力者だなんてもっと無理。
まだやるべきこといっぱいあるから、氏ねないけどさ。
でも……ここで逃げたら女が廃る!ここに居るくらいしかできないけど、本田未央、ここに残留を希望します!」
二人の意志を確認し、周子は少し笑う。
「全くほんとに、あきれる。
じゃああたしは帰るよ。お腹もいっぱいになったことだしね。ごちそうさま。
美玲と一緒に、暫くどこかに避難でもするよ」
周子はそう言って、プロダクションの入り口の方へと歩いていく。
「周子」
そんな周子の背にピィが名前を呼びかける。
周子はそれでも振り向かない。
「お前はほんとにそれでいいのか?」
「いいわけないじゃん、馬鹿なの?
でもあたしは……振り向かないよ」
結局本当に振り向かないまま周子は、プロダクションを後にした。
19: 2014/02/01(土) 23:48:42.97 ID:gLjesAt+o
***
「私をこの程度の冷気で、動けなくなると思ったの?
……さすがに私もそこまでポンコツではないわ」
つい先ほどまで唇を蒼くして、口を震わしていたのあだったのだが、エトランゼに着いた途端嘘のようにその表情は元のものへと戻った。
「な……のあ、騙しましたね!私を、ここに連れてくるための演技だったのですか!?」
みくと二人でのあを連れていかれるエイリアンのごとく引き摺ってエトランゼに連れてきたアーニャだったが、何事もなかったかのようにふるまうのあを見てそれがここに連れてくるための口実であったことにようやく気付く。
(まぁ……あの感じだとホントウに寒くてポンコツ化してた可能性もなくないけどにゃ……)
みくは内心そんなことをを考えるが、のあが無表情のまま視線を向けてくる。
「みく……今何か失礼なことを考えていなかった?」
「そ、そんなことないにゃあ……」
まるで心を見透かすような眼で見つめられて視線を逸らすみく。
結局真相は闇に飲まれてしまった。
「とにかく二人とも座りなさい。
なんでも注文してもいいわ」
20: 2014/02/01(土) 23:49:27.49 ID:gLjesAt+o
のあのその呼びかけにしぶしぶ二人とも、椅子に座る。
3人が席に着いたのを確認したのか、チーフが近くに来た。
「まったく3人で押しかけてなんだっていうの?
幸い今はご主人様が少ないからよかったものの、ここは避寒地じゃないんだからね。
客としてきたんだから、ちゃんと何か注文してもらうよ」
チーフは少し厄介者が来たかのような視線をしながら、3人の机の上にメニューを置く。
「……それくらい承知しているわ。
大丈夫、会計は全てみく持ちよ」
「なんでにゃあ!?
さっき『なんでも注文していい』って言ったののあチャンじゃないかにゃ!
なんでみくが払うことになってるにゃ!?」
「ああ、わかったよ。
まぁみく、払えなくてもちゃんとツケといてやるから安心しな」
「チーフも承知するんじゃないにゃ!」
「みく……すこしにゃあにゃあうるさいわ……。
ちゃんと他のお客さんもいるのだから、静かにしなさい」
「ひどくない!?」
21: 2014/02/01(土) 23:50:16.26 ID:gLjesAt+o
ぶさくさ言いながらもみくはメニューを手に取る。
それに対して、アーニャは席に座ってから一言も話していない。
「アーニャ、何か頼まないの?」
のあは黙ったままのアーニャに問いかける。
「……のあ、私は食事に来たわけでも、漫才を見に来たわけでもありません。
あなたが、何か話があるらしいから……今はここに留まっているだけです。
嘘をついてまで、ここに私を連れてきたのです。
言いたいことがあるならば……できるだけ、早く頼みます」
アーニャは表情を変えずに言う。
無表情同士の視線の交差は、そこだけ室内の気温を氷点下まで下げているようであった。
「……何を焦っているかは知らないわ。
でも、そんな体調では話もままならないわ」
「シトー?……どういうことですか?
話をそらさないで」
話の本題に入らないのあに少し苛立つように言うアーニャであったが、それを小さな音が遮る。
それは、アーニャのお腹から響くものであった。
「昼は、食べてないのでしょう?
……食事くらいは、とっておくべきだわ。
あなたの目的である何かのためにも」
アーニャはお腹を押さえて少し目を伏せる。
「ダー……わかりました」
22: 2014/02/01(土) 23:51:41.99 ID:gLjesAt+o
これから挑む相手ならば万全でなければならない。アーニャは仕方なく自らの空腹に従う。
その後は、のあとみくはすでに昼食を済ましていたので、ドリンクと軽食を頼んだ。
そしてアーニャに食後のホットミルクが運ばれてきて、本来の話へと再び戻った。
「さて、空腹も満たされて少しは落ち着いたでしょう?
じゃあ……本来の話に戻りましょう」
「あいにくですが……私からは、話すことはありません。
二人がなにか気を回してくれたのはわかりますし……感謝はします。
……でも私は特には何もないです。
いつもどおりです」
「でも、それって自分で『今自分は何か問題を抱えています』って言ってるようなものにゃ。
みくはアーニャンとは友達だと思っているにゃ。
でもそう言うってことは、友達にも、話せないことなのかにゃ?」
それに対してアーニャは沈黙。
これに答えてしまえば、自分が問題を抱えていることを自分から肯定してしまうようなものだからだろう。
23: 2014/02/01(土) 23:52:28.34 ID:gLjesAt+o
「……別に話す必要はないわ。
話してくれないことは、友人として一抹の寂しさを感じるけれども、
それも何か意味があってのことだろうから」
沈黙するアーニャに代わってのあが会話を引き継ぐ。
のあは相変わらず、その静かな瞳でアーニャの両の眼の奥を覗き込もうとしていた。
「でも、私はさっきあなたに会って、感じたことがある。
これは……私の言葉。あなたが沈黙するというのなら、あなたに私の言葉を遮る権利はないわ」
まる忠告のように聞こえるその言葉だったが、アーニャはそれにも答えない。
「私は……かつてあなたに『見えていない』と言ったことがある。
それはアーニャにとっての、『目的』というものが見えていなかったからよ。
自らの意志の所在を明らかにしないまま行動するということは……まっとうな人ではありえない。
地に足がついていないようなものよ」
幼児ですら、自らの行動原理を持っているのにもかかわらず、かつてのアーニャにはそれがなかった。
それでも、そんなアーニャはその後、自らの意志で『目的』を示すことができた。
そんな精神的な成長を、アーニャは先のカースとの戦いの中で経験したのだ。
24: 2014/02/01(土) 23:53:08.85 ID:gLjesAt+o
「そう、あなたは見えている。
……今のアーニャ自身『目的』は見えているの。
でも、一つを見るというのは他を疎かにするということなのよ」
のあの抽象的な言葉の意味をアーニャにはよくわからない。
だがその一つ一つが、心のどこかに引っかかるような、不快感にも近い違和感を覚える。
「シトー……なんなんですか?わかりません、何を言いたいんですかのあは?」
載積する理解できない言葉は、アーニャの頭をかき乱す。
まるで図星を突かれるような、自らに突き刺さる言葉を的確に選んでくるのだ。
まるで間違いを糾弾される子供の様で、それを認めたくなくてだだをこねる。
そんな感じの苛立ちが目に見え始めても、のあは口を止めない。
「……これができない人は、いくらでもいる。
でもこれができないままというのは……ただ世の中が生き辛くなるだけなのよ。
あなたはここで一つ、理解しなければならない。
優しさの基準は、責任の基準は、あなた一人だけのものではないということを」
しかし、まるで言葉を遮るように掌で机をたたきながらアーニャは立ち上がる。
25: 2014/02/01(土) 23:53:43.75 ID:gLjesAt+o
その音で、すこしうとうとし始めていたみくはびくりと体を震わせて目を覚ました。
「な、なに?敵襲かにゃ?」
「ヴァズヴラシエーニェエ……帰ります」
逃げ出すようにアーニャは机の傍らに丸められていた注文票を握りしめて、レジに持っていく。
チーフがそれを受け取って、レジを打つことによって値段を映し出した。
「いいの?話の途中なのに」
チーフはアーニャに尋ねるが、ばつの悪そうな顔をしたまま何も言わない。
「まぁ……ゆっくり考えればいいさ。多分、少しデリケートな問題だからね……。はい、アーニャの分は1200円」
金額を言い、手のひらをアーニャの前に差し出すが、アーニャは動かない。
少し怪訝な顔をするチーフだったが、アーニャがゆっくりと財布を取り出すと同時に口を開いた。
「……ここのバイト、やめます」
「……は?何言ってんの?」
チーフのわれ関せずという表情は明確に疑問を抱いた顔に変わる。
26: 2014/02/01(土) 23:54:13.40 ID:gLjesAt+o
「……多分、もう帰ってこないかもしれないので」
そう言って、ちょうど1200円をその掌に乗せて財布を閉じる。
そして静かに、エトランゼの店の扉に手をかけた。
「ちょっと待て」
扉を開く前に、少しドスの効いた声がアーニャの背に届く。
そして肩を掴まれ、振り向かせられるとチーフの拳がアーニャの胸の前にあった。
「手のひら出して」
アーニャはそれに従って掌をその拳の下で受け止めるように差し出すと、先ほど渡した1200円がアーニャの手の中に降ってきた。
「それは返す。それとみく、のあ、今日はアーニャのおごりだそうだ。よかったわね」
その言葉にみくはぽかんとした表情を浮かべ、のあは少し笑う。
「チ、チーフ……これはどういう!?」
27: 2014/02/01(土) 23:54:58.97 ID:gLjesAt+o
「あいにくだが今日の代金は強制的にツケにしておくよ。
ちゃんと後日、働いて返す。いいね。
それとバイトを辞めるときはひと月前に事前に言っておくこと。
さらにそんな顔しながらこの店やめるなんて言うのはもってのほか。
わかった?」
そしてアーニャが手にかけていた扉をチーフは開く。
さらにその背中を蹴って、強引に外へと追い出した。
アーニャを追い出した後、チーフは近くの椅子に座る。
「まったくあたしには何が何だかよくわかんないよ……。
ところで勝手に追い出しちゃったけど、のあはまだ話の途中だったけどよかったの?」
「……いいのよ。
どうせ私が口で言ったところで、何かが変わるわけではないわ。
アーニャ自身が、実際にそれを理解しない限りね」
のあはそう言って、手元にあった冷めたコーヒーを啜る。
「とはいっても、なんだかのあチャン回りくどすぎだにゃ」
「あら……、じゃあどういえばよかったのかしら?」
28: 2014/02/01(土) 23:55:44.86 ID:gLjesAt+o
「うーんと……素直に『もっと周りを見渡せ』とでもいえばよかったんじゃないかにゃ?
……ふにゃあ」
みくは一つあくびをして、眠たげな眼をこする。
「ふふ……まったく、自分のことを全く知らない私が人にこんな説教みたいな話をするなんて、
……少し、おかしいわね。
そういえば……私は初対面の人にたまに『ロボットみたいだ』って言われることがあるのだけれど、
……私って、機械なのかしら?」
「それは多分、あり得ないにゃあ。
だってそんなクールな顔して冷静なのに、意外とハートは熱いんだからにゃ」
29: 2014/02/01(土) 23:56:31.60 ID:gLjesAt+o
***
エトランゼから寒空の下に追い出されたアーニャは再びその扉を開くことなく帰路へと向かう。
正直ばつが悪いのでアーニャ自身もあの場に戻ろうという気は自然とおきなかった。
相も変わらず、雪はひらひらと降り注ぐ。
振っている雪の量も大したものではなく、このまま降り続いたとしても積もることはないだろう。
この儚く、美しくもあるささやかな雪を見上げる人を道中何度かいたがそれもアーニャの視界には入らない。
そしてアーニャは立ち止まることなく足を進める。
これまでに嫌というほど雪を経験してきたアーニャにとって、日本では初めての雪でも特に感慨深いものはなかった。
その後、暫く歩いてエトランゼでの体の熱もかなり冷えたところで、ようやく見慣れた屋根を視界に入れる。
アーニャの歩幅は自然と広くなり、少し急ぎ足になりながら女子寮へとたどり着いた。
「あら?アーニャちゃんじゃないですか。おかえりなさい♪」
「こんにちは……。アナスタシアさん、お久しぶりですね」
そんないつか見たことあるような組み合わせ。
女子寮の階段下には、鷹富士茄子と鷺沢文香がいた。
「プリヴェート……茄子、文香」
先ほどのあに引き止められたアーニャにとって階段前で立ちふさがるこの二人がとても高い壁に見える。
アーニャはなるべく心中を悟られぬように、二人の間を抜けようとする。
30: 2014/02/01(土) 23:57:09.86 ID:gLjesAt+o
何か引き止められるかと思っていたのだが、意外にすんなりと階段に足をかけることができた。
そのままもう片方の足を踏み出し、階段を上がろうとする。
「アーニャちゃん」
しかしやはり、引き止められる。
優しい声色で名前を呼んだのは茄子。
びくりと肩を小さく振るわせ、ゆっくりとアーニャは振り向く。
そんなアーニャに茄子はにこりと微笑みかけてくる。
「きっとこれはあなたにとって、最大の試練になると思います。
でもね、アーニャちゃんなら大丈夫♪
だから私からはヒントを一つだけ。きっとアーニャちゃんもいろいろ迷っているけど思うけど、迷っているのはアーニャちゃんだけではないんですよ~。
事の真相はそこにあるはずですから、あとはアーニャちゃんの頑張り次第ですね!
では、あなたに幸運があらんことを♪」
そう言って茄子は小さく手を振る。
そして背を向けて、そのまま管理人室の方へと行ってしまった。
31: 2014/02/01(土) 23:57:55.08 ID:gLjesAt+o
残ったのは文香とアーニャだけ。
文香は不思議そうな顔をしたまま茄子が言った方向に視線を追って行っていた。
「茄子さんの……今の言葉、どういうことなんでしょう?」
「……わかりません」
実際アーニャにもよくわからなかった。
もともと茄子は明るい人だが、何を考えているかわからない時も多々ある不思議な人だ。
今の発言も、なぜかアーニャが置かれている状況を知った上での発言だということは理解できる。
だがその内容はのあが言ったことと似ているようで、まるで違うことを話しているようだった。
のあが指摘していたのは、アーニャからも自分自身のことだということはなんとなくわかった。
それに対して茄子の言ったことは、別の誰かのことを言っているような、本当にヒントを言っているようなそんな不思議な感覚だった。
「ところで……初めて会った時のこと、覚えていますか?」
結局茄子の言葉の意図はわからない。
文香はここで話題を、数か月前にこの場所で会ったことについてに切り替える。
「ダー……ええ、覚えていますよ」
「シュレディンガーの猫の話をしたのを……覚えていますか?」
「ダー……なんとなく覚えています」
アーニャはあの日のことを思い出す。
箱の中の、生きていて氏んでいる猫の話だ。
32: 2014/02/01(土) 23:58:49.31 ID:gLjesAt+o
「前の時には、話が逸れましたが……あれが量子論を代表する話となっています」
「たしか……そんなことを言っていた気がしますね」
「けれど、実際にはこの箱の中の猫の話は、量子論を批判するためのたとえ話だったんです……。
それがいつの間にか……量子論の代表のように扱われている。
なんというか……皮肉めいてますよね」
文香は遠くの景色、雪が絶え間なく視線を横切る空をちらりと見て、そして一息吐く。
白い吐息は空へと昇っていき、すぐに空気と同化した。
「コペンハーゲン解釈によって、重なり合った状態のとある粒子……。
毒ガス発生装置は……この粒子が存在するかしないかによって作動するかしないかが決まります。
そしてこの粒子は……不思議なことに、見るか、見ないかによって、そこにあるか、無いかが決まるんです……」
「有り無しなんて……見ることで変わらないでしょう。
だって、目で見なくともそこにあるものはある……、目で見えなくても存在するものだってあるのですから」
33: 2014/02/01(土) 23:59:31.74 ID:gLjesAt+o
「そこが、不思議なんです。
所詮私は……文学部なので詳しいことはわかりません。
簡単に、本に書いてあった受け売りです……。
でも……そこに二つの可能性があって、その自分が望む可能性を、自分の意志で引き寄せる。
あなたは前に……箱の中の猫を救うと、言いました。
そして……それは私にはできないことだと思っていました。
でも、ただ一歩……踏み出せばよかったんです。
ただ自分が望むように、見るだけでその猫を救うことはできたんです。
……そう思えるだけで、箱を開ける戸惑いは……軽くなりました」
文香は微笑む。
自分の悩んでいたことは、自分の意志でどうにでもなるということを知ったから。
「だから……これはちょっとした報告というか、意志表明です。
私は……もう少しだけ、前向きに事を、見ようと、考えようとします。
見方や考え方は、自由なのですから……それで世界が変わるなら、少しだけ」
迷いが完全に消えたわけではない。
でも、その迷いの先を見据えて、その澄んだ両目は前を向く。
34: 2014/02/02(日) 00:00:53.44 ID:SoFcRVSKo
「それでも……迷ったらどうするのですか?」
ふと自然と、アーニャはそんなことを尋ねる。
茄子に言われた『迷い』、のあの『見えている』ということ。
その迷い猫は、その迷った時にはどこを見ればいいのか。
それがわからなかった。
「……周囲の人が、何を見ているのかを知ることです。
そしてそれを鵜呑みにするんじゃなくて……そこから自分の見たいものを探すのが、いいんじゃないでしょうか?」
文香はそう言うが、やはりアーニャにはよくわからなかった。
「では……もともとの用事は済んでいますし、私は帰りますね。
また私のいる古本屋に……遊びに来てください」
そう言って文香はアーニャに背を向けて女子寮から離れていく。
去りゆく文香の背中を見ながらアーニャは今日言われたことを反芻する。
その乱雑な言葉の数々、きっと大切なものだとは思った。
きっと必要なものだと思った。
でも、やっぱりまだ理解はできなかった。
35: 2014/02/02(日) 00:02:08.18 ID:SoFcRVSKo
部屋に戻れば、時計の針は午後4時を過ぎていた。
目的地までは、1時間くらいで着く。
もう迷うのは止め、思考を切り替える。
晶葉特製の白い特殊コートの内側には様々なホルダーが付いている。
そこと、ミリタリーベルトに、軍用ナイフと数発の非殺傷グレネードを装備。
これで準備は万全とはいいがたいが、万策ではある。
そしてふと思い返せば、まるで日本に来てからの自分の足跡をたどっていた一日だと気が付いた。
ならば最後に戻るのは、当然あそこだとアーニャは考える。
「銀色(シェリエーブリェナエ)、
妖精(フィエー)、
雪豹(シニェジュヌィバールス)、
氷河(リエードニク)、
白猫(ビエーリコート)、
私のこれまでの15年……。
最後の清算に……行きましょう」
その目はかつての軍人としての、頃し屋としての、人頃しとしての彼女であった感情を抑えた目に再び戻る。
かつての名を背負い、かつての上司を頃すために名もなき少女は外への扉を開いた。
36: 2014/02/02(日) 00:03:35.81 ID:SoFcRVSKo
超能力
あの日以前から知られているもっともポピュラーな異能。
物を動かしたり、未来予知したり、透視したりと多岐にわたり、力の根源も様々なものがある。
『あの日』以来、ごく普通の一般人が超能力を使えるようになったという話は、そこまで珍しいものではない。
ただしほとんどの超能力者は大規模なことはできず、サイコキネシスならば人間程度の力しか出せない者がほとんどである。
日常の便利な道具か、忘年会での一発芸くらいにしか使えない者がほとんどである。
天界出版
天界にあるさまざまな宗教の神にも対応している天界大手の出版社。
ごく普通の娯楽本から神罰の指南書まで幅広いジャンルの本を取り扱っている。
ただしたまに眉唾物の情報の書かれた本もあるので注意は必要。
ちなみに最近の売れ行きの本は、『必勝!ドミニオン昇進試験完全攻略マニュアル』である。
37: 2014/02/02(日) 00:07:36.83 ID:SoFcRVSKo
以上です
スレ超えてしまいすみません
ピィ、ちひろさん、楓さん、周子、未央、のあさん、みくにゃん、茄子さん、文香さんお借りしました。
まだもうちょっと続きます
スレ超えてしまいすみません
ピィ、ちひろさん、楓さん、周子、未央、のあさん、みくにゃん、茄子さん、文香さんお借りしました。
まだもうちょっと続きます
38: 2014/02/02(日) 00:16:29.04 ID:VSfEW18AO
乙ー
こっちもいよいよ大詰めか……
スレまたぎは気にせんで下さいな
多分あの段階で用意しとかなかった自分も悪いので
こっちもいよいよ大詰めか……
スレまたぎは気にせんで下さいな
多分あの段階で用意しとかなかった自分も悪いので
【次回に続く・・・】
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