1: 2023/12/08(金) 00:55:27 ID:GWlrtryY00
「歩夢……ゆうゆ、せっつーもお願い。愛さんと一緒に、一線を越えて欲しいんだよ!」
「……。
 えっ?
 ええぇえっ!?」

 愛のとんでもない一言を前にして、上原歩夢と高咲侑、そして優木せつ菜の三人は絶句してしまったのでした。

2: 2023/12/08(金) 00:56:37 ID:GWlrtryY00
【お好み焼き愛ちゃん】

※地の文あり。上原歩夢が朗読しているという形式で、大西亜玖璃さんの声で脳内再生していただければと思います。
※『NEXT SKY』にて、アイラが日本に留学中の出来事です。
※オリジナルの人物(ニジガクのファンである双子の女の子と、彼女達のお母さん)が登場します。
※こちらにSSを投稿するのは初めてとなります。拙いところはあるかと思いますが、お楽しみいただけましたら嬉しいです。

4: 2023/12/08(金) 01:01:17 ID:GWlrtryY00
■ 前編:一線を越える宮下愛

 事件の始まりは、この日の午前中における、授業の合間のこと。
 鐘嵐珠が、何かに対して異常に怯えているように見えたのを、歩夢が問いただしたことでした。

「だっ、大丈夫よ、あ、ああああ、アタシ何ともないわよ!」
「何ともあるようにしか見えないよ、ランジュちゃん。ねえ、私で良ければ相談に乗るよ。聞かせて欲しいなっ」
「う、うううぅ……ああああ~ん!!!!」

 急に大声で泣き出し、歩夢にしがみ付くランジュ。
 普段の彼女が滅多に見せない弱々しい姿に驚いた歩夢は、ランジュの了承を得た上で侑・せつ菜の協力を仰ぎ、彼女を怯えさせた原因が愛であることを聞き出したのでした。

    *

「『愛さんと一線を越えて欲しい』って、い、一体どういう意味ですか!? とても不謹慎な……せ、センシティブな感じがしますっ!!」
「お、落ち着いてせつ菜ちゃん!」
 お昼休み後、誰もいない部室に二年生だけで集合。せつ菜が顔を真っ赤にして愛に問い詰めるのを、歩夢と侑で落ち着かせます。

 その場で愛は、ランジュにしたのと同じように「愛さんと一緒に、一線を越えて欲しい」とお願いしてきたのです。
 お願いの詳細はこの場では語られず、今日の放課後の部活を早めに切り上げて『もんじゃみやした』に来て欲しい……とだけ、愛は真剣な表情で話したのでした。

5: 2023/12/08(金) 01:05:08 ID:GWlrtryY00
 その日の放課後。
 歩夢・侑・せつ菜とランジュの四人は、開店準備中の『もんじゃみやした』のお店に入りました。

「約束通り、四人で来たよ、愛ちゃん」
「みんなゴメンね、練習を早めに切り上げまで愛さんに付き合ってくれて、ホントにありがとっ」
「もちろん、愛ちゃんとの約束だからね! アイラちゃんはミニライブの練習でかすみちゃん達にお願いしたし、三年生のみんなもその前のライブの練習があるからねっ」

 今日は五人全員がそれぞれ理由を用意して、それぞれ違う時間で同好会の練習を切り上げました。他のみんなに行動を疑われるようなことは、恐らく無いと思います。

6: 2023/12/08(金) 01:07:23 ID:GWlrtryY00
「……さて。『一線を越える』の意味、キチンと説明してもらうわよ、愛!」
「もちろん! ゴメンねランジュ、どうしてもここで話をしたかったんだ」
 すっかり元の調子に戻ったランジュに対して、誠実に謝罪する愛。

「璃奈ちゃんには相談してないの?」
「うん、りなりーにも……家族にも、おねーちゃんにも、まだ相談してない。ホントは独りでやろうかなって、メッチャ迷ったんだけど……今朝の登校時に、ランジュが美味しそうに焼きそばパンを食べているのを見かけて、衝動的にお願いしたってのがホントのトコなんだ」
「衝動的、ですか。……でしたら、もし私がパンをくわえて『あ~ん、遅刻遅刻~!』という風に走っていたら、私にお願いしていたということでしょうか?」
「おおっ、せつ菜ちゃんとだったら、私がぶつかりたい!」
「侑ちゃん、話の腰を折らない! せつ菜ちゃんも、一体どういうシチュエーションなの!?」
 少女漫画のプロローグのような光景をイメージする二人に、即ツッコミを入れる歩夢。愛とランジュもつられて笑ってしまいます。

「それだったら、せっつーにお願いしていたかもね。ぶつかるかどうかはともかくとしてさ」
「え~、そこはガツンとぶつかって欲しいなぁ。そこから二人の運命の出会いが……」
「侑ちゃんっ!」
「ええ、ダメ? じゃあ、歩夢にやってもらおうかな~」
「わ、私が!? 食べる方、それともぶつかる方!?」
 ニコニコと笑う侑に対して、顔を真っ赤にして反応してしまう歩夢。もう話の脱線具合が大変なことになっています。

7: 2023/12/08(金) 01:10:38 ID:GWlrtryY00
「……まあでも『一線を越える』って、改めて考えたらヤバそうな感じあるよね。りなりーやみんなには、すべてが終わったら全部事情を話すよ」
「そういうことなら……分かったわ、愛。今日は最後まで付き合ってあげる!」
「サンキュー、ランジュ! 約束どおり、晩御飯もご馳走するよっ」
 そう言いながら、愛は四人が着席しているテーブルの鉄板に火を入れました。

「……それじゃ、軽く腹ごしらえにしよっか。お腹は空かせてくれた?」
「うん! おやつは抜いたから、もうお腹と背中がくっ付きそうになってるよ」
「オッケー、じゃあ焼きそばを早速作るね」
「ありがとうございます! 私もお手伝いしますっ!」
「ここは愛さんに任せてよ、せっつー。……今回お願いしたいことは、これから作る焼きそばと強く関係があるんだ」
「焼きそば、と?」
「うん。今回食べてもらいたいのは、ズバリ『一線を越える焼きそば』ってトコかな」
「一線を越える……焼きそば?」

 『一線を越える焼きそば』。
 随分と大袈裟な焼きそばです。一体愛は何を作る気なのでしょうか。

8: 2023/12/08(金) 01:15:12 ID:GWlrtryY00
「こんな相談をした理由はね……ここなちゃんと、るるなちゃんのこと。以前よりはマシになったけど……あの子達、まだまだ元気が戻っていないんだよ」
「……!」

 愛が名前を挙げた『ここな』ちゃんと『るるな』ちゃんというのは、昨年の十一月頃に『もんじゃみやした』の常連となった、小学生三年生の双子の女の子のこと。昨年の秋にお父さんを病気で亡くしてから、ずっと元気を無くしているのでした。
 歩夢もお店で何度も会ったことがあり、二人がお父さんを思い出して泣いている姿を見て、優しく抱きしめたことがあります。二人とも虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の大ファンで、歩夢達と出会うのはとても嬉しいようです。

 ちなみに……。
 彼女達は愛のことを『お好み焼き愛ちゃん』と呼びます。愛は『もんじゃ焼き愛ちゃん』と呼んで欲しいのですが、ちっとも直してくれません。
 これは嫌がらせの類ではなく……お父さんを亡くした後、落ち込んでいた二人(と、彼女達のお母さん)が『もんじゃみやした』にフラリと立ち寄った際、愛が作ってくれたお好み焼きが大変美味しかったことで、強烈に刷り込まれたのではないか……という(愛と彼女達のお母さんとの)予想でした。二人はとても食が細く、従って身体も細いのですが、愛のお好み焼きだけは(二人で一人前ですが)キッチリ完食してくれるのです。
 一方でもんじゃ焼きについては、二人とも食感が苦手だとのこと。大好きな愛の名前の前に、苦手な食べ物の名称を付けないことは、二人なりの愛への気遣いのつもりなのかもしれません。

「この前ここで会った時も、栞子やミアと一緒に遊んであげたけれども……まだ元気が戻っていないなんて……」
「お二人にもっと元気になっていただく方法、何か無いものでしょうか」
 せつ菜は目を閉じ、手を額に当てて俯きます。

「もしかして愛ちゃん、この焼きそばで二人を元気にしようとしてるの?」
「落ち着いて、侑ちゃん。焼きそばで元気になる、って意味が分からないよ」
「愛の焼きそばを食べると元気になるけれども、多分そういうことじゃないわよね?」
「まだ全貌が見えません。愛さん、説明の続きをお願いします」

9: 2023/12/08(金) 01:17:32 ID:GWlrtryY00
「もちろん!
 ……でもその前に、まずは腹ごしらえ、だよっ」
 そう言いながら、手早く焼きそばを作る愛。
 一口サイズの豚バラ肉を手早く炒め、キャベツ・もやし・天かすを追加。隣で保温しておいた中華麺と手早く混ぜ合わせます。
 半分を鉄板の横に重ねてあるお皿に取り分け、もう半分をソースでサッと味付け。四皿に均等に取り分けて、四人の前に配膳してもらいます。

「いただきますっ」
 割り箸を割り、出来たての焼きそばを口に入れる歩夢。
 モチモチとした麺と甘いキャベツ、それぞれに食感の違う豚バラ肉・キャベツ・もやし・天かすを、フルーティでスパイシーなソースが美味しくまとめ上げています。『もんじゃみやした』特製焼きそば、いつもと変わらぬ美味しさです。
 空腹だったということもあり、四人ともあっという間に完食してしまいました。

10: 2023/12/08(金) 01:20:23 ID:GWlrtryY00
「ご馳走様。
 ……ところで、そちらのもう半分はどうしたの? まだ味を付けてないようだけれども……」

 ランジュの質問に対して……愛は何も答えないまま店の奥に戻り、何かを手に持って戻ってきました。
 手に持っているのは、ソースの瓶。ちょっとレトロな感じの、小さな子供のイラストが描かれています。

「これはね、あの子達のお父さんの故郷で販売されてるソースなんだ」
「そうなんだね。生産地は……兵庫県?」
「うん。あの子達のお父さん、関西出身なんだって。このソースは業務用以外にはあんまり流通してないらしくて、あの子達のお母さんに情報をもらって、取り寄せたんだよっ」

 愛がわざわざ関西から取り寄せた、双子のお父さんの故郷で販売されているソース。
 しかし彼女のお店には先程歩夢達が味わっていた、長年使用されているソースがあるはずです。

11: 2023/12/08(金) 01:22:37 ID:GWlrtryY00
「……そっか。愛ちゃんの言っていた『一線』が何を意味するのか、話が見えてきたよ」
 歩夢の発言に合わせて、侑とせつ菜も無言で頷きます。
「えっ、えっ、どういうことなの!?」
 ランジュだけはまだ、察しが付かない様子です。
「後で説明するよ、ランジュちゃん。……じゃあ愛ちゃん、そのソースで焼きそばを作ってくれないかな」
「オッケー! ……店のソースとは味わいが全然違うから、できれば使いたくなかった。でも二人にもっと元気になってもらうためなら、そのための努力を惜しんじゃいけない。愛さんはこれで、一線を越える!」

 そう宣言しながら、愛は先程お皿に待避していた麺を鉄板に戻して、ソースを振りかけると、手早く混ぜ合わせて焼きそばを完成させます。
 先程と同じように配膳してもらい、早速味わってみると……。

12: 2023/12/08(金) 01:25:07 ID:GWlrtryY00
「お、美味しいっ!」
 先程頂戴した焼きそばとは、明らかに違う味わいに歩夢は驚愕します。甘い香りが口の中で広がり、麺や肉・野菜の旨味を大きく引き出しているイメージです。
「とても香ばしくて、美味しいよ愛ちゃん!」
「ありがと、ゆうゆ! このソースって、あの阪神甲子園球場の屋台で使われてるのと同じソースなんだよね」
「へえ~、甲子園の味ってことかぁ」
 侑は感心しながら、あっと言う間に焼きそばを平らげてしまいました。

 一方でランジュとせつ菜は、分析を行うようにゆっくりと麺を口に運んでいます。
「香りは強烈だけれども、かなりシンプルな感じがするわ」
「味の深みや複雑さは『もんじゃみやした』のソースの方が上に感じます。どちらが優れている……というのではなくて、単純に好みの問題ですね」

 こうして先程と同様に、四人とも焼きそばを完食してしまいました。

13: 2023/12/08(金) 01:28:11 ID:GWlrtryY00
「『一線を越える』というのは、お店のソースを使わないって意味だったのね。ビックリさせないでよ、愛!」
「ゴメンゴメン~。でも、愛さんにとっては一大事なんだよね、コレ」
「でも愛ちゃんの気持ち、分かるなぁ。ソースを変えるってのは、スクールアイドルで例えるなら衣装のスタイルを変えることと同じだもんね!」
「焼きそばにおけるソースの重要性も考慮するなら、歌も変える必要性もありそうですよ、侑さん」
「自分のスタイルを変える……。例えばアタシが、歩夢の衣装を着て『Dream with You』を歌うようなものかしら?」

 フワフワのピンクの衣装を身に纏い、『Dream with You』を歌うランジュの姿を思い浮かべる歩夢。
 ……ランジュちゃんに似合うんじゃないかな、と歩夢は思ってしまったのでした。

「おおっ、いいですね! でしたら歩夢さんには、私の歌を歌っていただきましょう!」
「やった~! それでは上原歩夢さんの『CHASE!』、是非是非お願いしますっ!」
「また話が脱線してる! しかも企画がもう決定ムードだし!」
 タブレットPCを取り出して企画書を作ろうとする二人を、歩夢は必氏に制止します。

14: 2023/12/08(金) 01:31:19 ID:GWlrtryY00
「楽しそうな企画だけど、その前にアイラっちとのミニライブ、忘れちゃダメだよっ」
「さらにその前に、愛の焼きそばの件もあるわ。……愛、アナタの決断は素晴らしいものよ。『一線を越える』って言われて、最初は本当に驚いたけれども、すべての意味が分かった今なら理解できる。そんな大切な場所にアタシ達を立ち会わせてくれて、本当にありがとう」
「そ、そ~っすか~? 何か照れるっす、ソースだけに~」
「愛さん、お酢も一緒に入ってますよ!」
 せつ菜の指摘に対して、顔を真っ赤にして照れる愛。彼女は恥ずかしがると、ダジャレのキレが弱くなるのでした。

「あの子達を元気にするために、愛ちゃんはスタイルを変えたんだね。それはすごいことだと思う!」
「ううん。食べ物というのは人を元気にするもの、そして生命の源になるもの。愛さんはもっと早く決断しなくちゃいけなかったと思うんだけど……みんなに立ち会えてもらえて、本当に良かったよ!」

 愛は頬を紅く染めながら、嬉しそうな笑顔をこぼします。彼女が作るこの焼きそばなら、きっとあの双子も完食してくれることでしょう。

15: 2023/12/08(金) 01:35:07 ID:GWlrtryY00
「……ところで、もう一品食べてもらいたいものがあるんだけど、みんなお腹は大丈夫?」
「あの焼きそばなら……いいえ、『もんじゃみやした』のソース焼きそばと交互に食べるなら、アタシは百杯でもいけるわ!」
「百杯はさすがにどうかなぁ。でも私も問題ないよ」

「サンキュー! もう一品は焼きそばじゃないんだけど……実は、このもう一品の方が超ハードル高いんだよねっ」
「ハードル? 焼きそばだけじゃないの、愛ちゃん?」
「今度は何のソースを使うんですか?」
 侑とせつ菜の質問に対して、愛は首を左右に振ります。

「ソースだけじゃなくて、全部。料理そのものが変わるんだ。これを作ったら……愛さんは『もんじゃ焼き愛ちゃん』の看板を下ろさないといけないレベルかもしれない」
「そんな大げさなことは……ううん、愛にとっては大切なことだったわね。ごめんなさい」
「ありがと、ランジュ。
 さあ、前置きはこれくらいにして……みんなとなら大丈夫! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の宮下愛はもう一度、一線を越えるよっ!!」

16: 2023/12/08(金) 01:46:08 ID:GWlrtryY00
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございます。
ちょっと休憩します。1:55頃に再開します。

17: 2023/12/08(金) 01:55:33 ID:GWlrtryY00
■ 後編:お好み焼き愛ちゃんの挑戦

 その日の夜七時。既に太陽は完全に沈んでおり、街灯が下町を照らしています。
 愛と二年生四人組はエプロンを装着して『もんじゃみやした』の厨房に集合。すでに各々の家(ランジュは寮)には『夕食は外食をする』ことを伝えており、準備は万全です。

 そして……予定の時間より少し早く、ここな・るるなの姉妹と、彼女のお母さんが暖簾をくぐってきました。

「ああっ! せつ菜ちゃん、ランジュちゃん、侑ちゃんもいる~!」
「いらっしゃいませ! ここなちゃん、るるなちゃん、お元気ですかっ!?」
「你好、ランジュよ! 今日は二人とも、沢山食べていきなさい!」
 双子の元気の良い挨拶に対して、せつ菜とランジュも嬉しそうに挨拶を返します。

「いらっしゃい! 『もんじゃ焼き愛ちゃん』も、もちろんもいるよ~!」
「え~っ、『お好み焼き愛ちゃん』だよ~!」
 愛はもちろん、大好きなニジガクのアイドル達に出会えて、嬉しそうにはしゃぐ姉妹。

 お母さんの努力の成果なのでしょう、二人とも以前会った時よりはふくよかな感じになっていますが……まだまだ痩せ細っているイメージは脱却できていません。亡くなったお父さんのことを大切に想っているのは良いことですが、このままでは何かの病気にならないかと心配になってしまいます。

18: 2023/12/08(金) 01:56:53 ID:GWlrtryY00
「ほらここなちゃん、るるなちゃん、こっちに『あゆちゅん』もいるよっ!」
「あ~、ホントだ、あゆちゅんもいる! あゆちゅん~♪」
「あああ、あゆちゅんじゃないよぉ!!」

 歩夢はランジュの影に隠れていたのですが、侑に背中を押されて姉妹の前に突き出されてしまいます。
 『あゆちゅん』。声がスズメのように可愛らしいという理由で、二人からはこのように呼ばれてしまっているのですが……歩夢自身はこの愛称に対して、極めて複雑な気持ちを抱いていました。

 双子の方は歩夢の心情を一度は察しており、この愛称を取り下げようとしたことがありました。しかし、何故か侑が強引に割り込んで焚き付けて了承させてしまったという、(歩夢にとって)大変苦い歴史があります。

19: 2023/12/08(金) 01:57:53 ID:GWlrtryY00
「ほら、あゆちゅん、私達はここなちゃん、るるなちゃんと一緒に遊ぼう!」
「ちょ、ちょっと侑ちゃん!?」
 歩夢は助けを求めるように愛達の方を振り向こうとしたのですが……それよりも早く、双子とお母さんの座っている席まで、侑に引き摺られてしまったのでした。

「……まあ、調理するのは愛さんだけだし、歩夢とゆうゆは二人と遊んでもらった方が良いんだけど、さ……」
「侑って歩夢の幼馴染みなのに、どうしてあの子の愛称についてだけは気付かないのかしら?」
「きっと侑さんは、歩夢さんをもっと可愛くプロデュースしたいんだと思います。少しずつ、私達で軌道修正のお手伝いをしましょう」
 この光景を見ていた愛とランジュ・せつ菜の三人は、苦笑いしながらこのように語っていたそうです……。

21: 2023/12/08(金) 01:59:13 ID:GWlrtryY00
「お茶を持ってきたわよ! 今から愛が美味しい料理を作るから、楽しみに待ってなさい!」
「は~いっ!!」
 温かいお茶を配膳し、注文を取りにきたランジュに対して、元気に答える双子の姉妹。普段二人がこのように明るいのかは分かりませんが、この時だけでも元気でいてくれれば嬉しいことです。

 ……なお、新メニューご披露の件についてはお母さんだけに伝えており、双子には隠しています。無理に食べさせようとすると、嫌がってしまうのではないかというせつ菜からの提案でした。

「ちゅんちゅん、ちゅんちゅん~♪」
「ちゅんちゅん、何して遊ぼ~♪」
「じゃあ『しりとり』して遊ぼう! まずは『ちゅんちゅん』から『ちゅんちゅん』で!」
「せめて『あゆ』は付けてよ、侑ちゃん! あといきなり『ん』から始まってるし!」
 自由気ままな姉妹と侑に翻弄される歩夢。……彼女に抱き付く二人の手はまだまだか細く、強く力を入れると折れないかと心配になってしまいます。

 歩夢達の座っているテーブルから厨房は見えませんが、きっと今、愛は一心不乱で『一線を越える』料理を作っているのでしょう。すでに歩夢達は試食を済ませており、その美味しさと『一線』が何を意味するのかについては確認済みです。
 果たして二人に気に入ってもらえるのか。温かくなるテーブルの鉄板に比例して、歩夢の心も高揚していくのでした。

22: 2023/12/08(金) 02:00:58 ID:GWlrtryY00
「お待たせしました~っ!」
 ランジュが注文を取りに来てから十分もしないうちに、せつ菜が大声で叫びながら、完成した愛の料理を『チリトリ』に乗せてこちらに向かってきました。
 その後ろにはランジュと、彼女に手を引っ張られている愛の姿もあります。

 『チリトリ』から鉄板へ、手際良く料理を移すせつ菜。
「さあお二人とも、出来たてのうちにお召し上がりくださいっ!!」
 こうしてお披露目の瞬間を迎えた、愛の『一線を越える』料理。
 フワフワのオムレツのようなものに、ソースとマヨネーズ、そして青のりとカツオ節が美味しそうなバランスで彩られている、この料理は--------。

23: 2023/12/08(金) 02:01:38 ID:GWlrtryY00
「ああっ……。
 タコ焼き、タコ焼きだ~!!」
 ここな・るるなの姉妹は、料理の外観を認識した瞬間に大喜びの悲鳴を上げたのでした。

「いただきま~すっ!!」
 まずは第一段階クリア……などとステップを確認する余裕もなく、二人はお母さんに用意してもらった取り分け用のスプーンで自分のお皿に取り分けると、自分のスプーンに持ち替えて一心不乱に(ちゃんと噛みながら)食べていきます。

 その勢いは一寸も止まることなく、二人は愛の料理を丁度半分ずつ、あっという間に完食してしまったのでした。
 想像以上の結果に、愛やお母さんはもちろん、侑達も唖然としています。

24: 2023/12/08(金) 02:02:24 ID:GWlrtryY00
「……ど、どうだった、愛ちゃんのタコ焼き、美味しかった?」
 恐る恐る、歩夢が二人に訊いてみると……。
「うんっ、すごく美味しかったよっ!」
「美味しかった~☆」
 二人はとても明るい笑顔で、嬉しそうに答えてくれたのでした。

「やったあ、大成功っ!!」
「やりましたね、愛さん!!」
「アナタはやり遂げたのよ、愛! おめでとう!!」
 侑・せつ菜、そしてランジュの祝福を受けて、愛は照れくさそうに笑ったのでした。

25: 2023/12/08(金) 02:03:29 ID:GWlrtryY00
 今回愛が作った『タコ焼き』とは、もちろんタコ焼き用の鉄板で作ったものではなく……タネにタコの粒とキャベツ・ネギ・天かす・チーズを混ぜ合わせて、オムレツのようにフワフワに包み込んで焼き上げた料理です。
 スプーンですくって食べやすく、栄養のバランスについても問題ない、今の双子にとっては完全食といっても良いでしょう。

 この料理に気付いた切っ掛けは、双子のお母さんから借りたアルバムの中にあった一枚の写真の、小さく映っていたホットプレートに乗っていたもの。この写真を一緒に見ていた双子が「お父さんのタコ焼き、また食べたいね」と寂しそうに呟いていたことでした。
 所謂世間一般の真ん丸いタコ焼きは、二人とも「お口に入れると熱いの」と言われて敬遠しているのですが、コレは大丈夫なのだろうか、そもそもこれはタコ焼きなのだろうかと、愛とお母さんは首を捻ってしまいます。

 二人で写真を眺めながら状況を考察。タコ焼き器でのタコ焼きがどうしても上手くできなかったため、タネを全部固めてオムレツのように焼いてしまったところ、これが双子に大ウケしてしまったのではないか……と推理したのです。
 お父さんにとっては『失敗』の料理であったため、お母さんにこの料理の詳細を伝えないまま、この世を去ってしまったのでしょう。

 それから愛はこの写真をメールで送ってもらい、調査と研究・試行錯誤を重ねて、そしてこの場で再現してみせたのでした。

26: 2023/12/08(金) 02:05:03 ID:GWlrtryY00
「元々関西にも似たような料理……ああ、そっちはちゃんとした完成品だよ。それを出しているお店が幾つかあるんだ。ここなちゃんとるるなちゃんのお父さんが作っていた『タコ焼き』とは違う料理かもしれないけど、もう愛さんはコレに縋るしか無かったんだよ」

 ちなみに、愛がこの料理を作るのを躊躇していた理由は……。
 もんじゃ焼きとこの料理はコンセプトがたいへん良く似ていることと、この料理に『タコ焼き』と名付けないと双子に認識してもらえない恐れがあるためでした。『もんじゃ焼き屋の娘』である愛にとって、この料理への心理的な障壁は極めて高いものだったのです。

27: 2023/12/08(金) 02:06:02 ID:GWlrtryY00
「お姉ちゃん、お代わり、お代わり~!」
 『タコ焼き』を完食したことで心理的なリミッターが外れたのか、一気に食欲旺盛になる姉妹。
「オッケ~! すぐに作ってくるから、それまで焼きそばをつまんで待ってて!」

 愛は一旦厨房に入ると、作り置きしておいた『一線を越える焼きそば』をチリトリに乗せて戻ってきました。

「うわあ、焼きそば、お父さんの焼きそばだ~!」
 二人は嬉しそうに頬を緩めると、早速焼きそばに箸を付けるのでした。
「やったわ、コチラも大成功よ!」
 すべてが何もかも上手くいったことで、大喜びするランジュ。

 双子のお母さんも嬉しそうに、二人の頭を優しく撫でて笑います。最愛の人を喪い、お母さんにとっても辛い日々であったに違いありません。二人の心からの笑顔を見つめるお母さんの瞳は、涙で輝いているように見えました。

28: 2023/12/08(金) 02:07:09 ID:GWlrtryY00
「愛ちゃん、後で私にも作ってくれないかな? 二人が食べているところを見ていたら、もう我慢できなくなった!」
「私もです、愛さん! 私にもタコ焼きと焼きそばをセットでお願いしますっ!」
 二人がニコニコしながら食べる光景を見て、侑とせつ菜がピシッと挙手をします。

「もう、二人とも! 愛ちゃんの手伝いはどうしたの!?」
 歩夢はそんな二人を諫めようとしたのですが、
「こっちは大丈夫だよ、歩夢! ランジュも一緒に、隣のテーブルで休んでてよ。ちょっと時間が掛かりそうだから、もんじゃを焼きながら待ってくれると嬉しいなっ」
 と、愛が助け船を出してくれたのでした。

「これはメニュー表には載せない、『もんじゃみやした』秘密の裏メニュー『愛さん特製・ジャンボタコ焼き』! ジャンジャン作るよ~、ジャンボだけにっ!!」

29: 2023/12/08(金) 02:09:33 ID:GWlrtryY00
 ……その後。
 ここな・るるなの姉妹はみるみると食欲を回復……させすぎて、やや体格が福々しくなった感じがしないでもありません。それでも「あの人の分まで、元気でいてくれるのは嬉しい」と、二人のお母さんは笑顔で語っていたのでした。

 またこの日に愛の作った『愛さん特製・ジャンボタコ焼き』は、『もんじゃみやした』の裏メニューとして密かな人気となっています。最近は三船栞子の姉・薫子が、酒の肴にして(豆板醤をトッピングしたものを)よく楽しんでいるそうです。相席には愛の『おねーちゃん』である川本美里が座っており、一緒に旅行へ出掛ける計画で盛り上がっている様子でした。

30: 2023/12/08(金) 02:10:12 ID:GWlrtryY00
 最後に、余談として……。
 ここな・るるな姉妹の愛に対する呼び名は……何と『タコ焼き愛ちゃん』に変わってしまいました。

 愛が当初危惧したとおり、もんじゃ焼きからはむしろ離れてしまったような感じになりましたが、
「そのうちもんじゃを食べられるようになって、好きになってくれてからでいいよ!」
 と、愛は白い歯を見せてニカッと笑って答えたのでした。

【完】

32: 2023/12/08(金) 02:12:38 ID:GWlrtryY00
■ あとがきに代えて

愛が『一線を越える焼きそば』に使用した、兵庫県尼崎市の名物となっている『ワンダフルソース』。一本税込550円です。
原材料の野菜はタマネギのみ。酸味が強く、爽やかな風味となっています。
実際にこのソースで焼きそばを作りながら、SSを制作していました。
no title


そして『愛さん特製・ジャンボタコ焼き』のモデルとなった、『どろ焼・お好み焼 喃風』の『大阪風鉄板タコ焼き』です。
生地がフワフワで柔らかく、中にはタコが想像以上に入っており、サイズ以上の満腹感が楽しめました。
ちなみに、ソースは神戸のオリバーソースですw
no title


    *

SSは以上となります。
最後までお読みくださいまして、誠にありがとうございました。

34: 2023/12/08(金) 03:03:58 ID:Rg1knIwE00
いい話だった

引用: 【SS】お好み焼き愛ちゃん