539: 2011/06/27(月) 01:30:45.62 ID:N2vOuaQDO

前回:【上条浜面】とある四人の暗部組織【一方垣根】【前編】

夜の帳が降りる宵の口。
街灯と月明りが暗闇に染まった学園都市を照らす。
車や人影は少なくまばら。賑やかな朝とは打って変わって静謐な街へと変貌していた。

そんな街中を浜面仕上は一人で歩いていた。
ついさっきまでファミレスのメンバーで話題に華を咲かせていたが、時間が迫ってきたという理由で解散の方向へ。
まだ幼いフレメアが居たことも含まれるだろう。夜更かしは禁物だ。



浜面「……」



ただ、気掛りで悩む事柄が一つだけ存在。
それは彼が今手にしてジッと見つめる先にある……携帯である。
画面に映るのは電話帳の『フレンダ=セイヴェルン』という名前。
とある魔術の禁書目録III ぷにこれ!キーホルダー(スタンド付) 御坂妹
540: 2011/06/27(月) 01:31:52.55 ID:N2vOuaQDO

妹を助けた駒場でもなければファミレスまで車で案内した半蔵でもない。
たいして何もしていない会話が弾んだ自分だけにメールアドレスを交換した。しかも半ば強制的に。



浜面「これは……まさかのモテ期到来か?」



ちょっと浮かれた気分でも構わないと思う。
なにせ女の子からメールアドレスを交換だなんて初めての経験だから。

だがその反面。些か不安な所も存在。
忘れてはならないのは、自分はあくまでも『光』に属する人間では無いこと。
場の流れや雰囲気もあって交換してしまったが、こうもたやすく教えて良かったのだろうか?



浜面「せっかく教えてもらったのに怪しむなんて最悪だな俺……」



だけど油断はできない。
いつドコで狙われるか判らないのだから。

541: 2011/06/27(月) 01:33:27.49 ID:N2vOuaQDO



浜面「ってか、これって上条にバレたらシバかれる可能性があるんじゃ……ん?」



突然携帯がカラフルに点滅する。
振動は皆無。上条の言付けの通りにバイブは無しのサイレントマナーモードにしてあるのだ。
点滅する色でメールか電話か判別できるようになってるが、どうやら電話の様子。

しかも『上条当麻』から。



浜面「……マジで?」



さっき話題に上ったばかりの人物からまさかの電話。
もしかして自分の服に盗聴器とか遠くから監視しているとか、実はこっそり覗いていて全部事情を把握した上で説教の電話を?
上条当麻ならやっても否定できないのが怖い。むしろ自ら進んで行いそうだ。

これは出た瞬間に謝罪の言葉をかけるべきか?

542: 2011/06/27(月) 01:41:08.02 ID:N2vOuaQDO

おそるおそる通話ボタンを押して、彼は即座にバッと頭を下げた。



浜面「リーダー、すまん! お願いだから給料は下げないでくれー!!」

上条『……何言ってんのお前?』

浜面「俺が注意もせず簡単に他人とメアドを交換したから、罰として給料を下げるって……」

上条『おーおー、すっげえ妄想スパイラルだな。残念ながら上条さんもソコまで冷たくありませんのことよ? そもそもメアド交換なんて好きにすりゃいいじゃねーか』



あれ? と予想外の返答に浜面は呆然としてしまう。
己の中では上条が出すであろう返答は既に決まっていたので驚愕するのは無理もない。



浜面「じゃあ何の用なんだ? リーダーが仕事関連以外で電話なんて珍しい」

上条『いやあ、なに』



電話越しでも彼の表情が思い浮かぶほど声色は緊迫していて、それでもドコか楽しそうに話す。



上条『ちょっくら車用意して他の二人連れて第七学区に来てくんね?』

543: 2011/06/27(月) 01:42:05.34 ID:N2vOuaQDO




―――――――――――――――




上条当麻は大通りの十字路を歩いていた。
月が照らす道路には車も人も通らなければあまつさえビルに明かりすら無い。
目を配らせてコンビニを見れば居るはずの店員も居ない。
宵闇が占める街並は静寂に満ちていて、ただ一定の間隔で響く足音と吹き抜けていく風の音だけが残っていた。



上条「ここまで静かだと逆に奇妙だな」



インデックスは今、小萌先生の自宅に預かってもらっている。
なにやら脳開発を受けた学生では魔術を行うことはできないらしい。
不可能、という訳ではない。
学園都市の学生でも魔術は可能らしいが、その結末は必ず『氏』に至るだけの話。

544: 2011/06/27(月) 01:42:58.64 ID:N2vOuaQDO

故に何の開発を受けていない小萌先生ならば可能なわけだ。
インデックスの治療は小萌先生に任せて自分は“本番”に向かおうのである。
浜面への電話は念のため。用心するに越したことはない。



上条「さーて、骨が折れる戦いの予感。不幸センサーは警報機並みに鳴ってるぜ……」



とか言いながら顔がニヤケてしまうのは自分がワクワクしてるからだろうか?
楽しみで仕方ないと考えてしまうのはこれからの敵が絶対に『強い』と確信してるからだろうか?

ステイルとの戦闘は言わば前哨戦に過ぎない。
前置きや据膳と例えれば判りやすいかもしれない。どちらにせよ上条はその程度にしか思っていないこと。

チラッと視線だけ左手に送る。

545: 2011/06/27(月) 01:43:44.09 ID:N2vOuaQDO



上条(左手は……)




――――ズキッ。




上条(……ッ、使えるわけないか)



僅かに眉間にシワを寄せて苦い表情を浮かべた。
もとより左手に期待は無い。
そう易々と使っていいものではないし、侵蝕が進んで歯止めが効かなくなったら元も子もないから。

546: 2011/06/27(月) 01:45:15.38 ID:N2vOuaQDO



「勇敢ですね。特筆する得物も持たずにたった一人で戦場に立ち向かうその心意気、立派です」



十字路の大通り。その中央に長大な刀を携えて佇む一つの人影。
一方通行や垣根に劣らない奇抜な格好をした背の高い女性が立っていた。

月光の下に君臨するは上条当麻が捜し求めていた大物。
明らかに彼女の周りの空気が違えば放つ殺気でさえケタ違い。
例え一瞬だったとしても殺気だけで上条に恐怖を覚えさせた魔術師。



神裂「神裂火織と申します」

上条「上条当麻だ」

神裂「神浄の討魔(上条当麻)ですか、良い真名です」



薄く微笑むと細くさせた目で上条を凝視。
それに上条は訝しむ。敵に対して『微笑む』行為に。

547: 2011/06/27(月) 01:46:57.95 ID:N2vOuaQDO
弱者に浮かべる嘲笑を含む不敵な笑みとはまったく別物。
神裂が放ったのはとても優しくて温かい敵意を感じない包まれるような笑み。
でも、瞳が語る決意と覚悟は本物で。視線からヒシヒシと伝わる殺気は格別で。



神裂「ステイルと戦ったのなら言うまでもありませんね。……可能ならば魔法名を名乗る前にインデックスを保護したいのですが」



長大な刀に手をかけて構えを取った。
上条との距離は僅か数メートル。一歩踏み出して薙ぎ払っても普通は決して届かない。
しかし相手は魔術師。油断はならない。
何か小細工を仕掛けているかもしれないのだから。
彼女と同じく上条が戦闘の構えを取る―――その刹那。



―――突如として吹き抜ける暴風が上条を襲い、更にアスファルトが曲線を描いて破壊されていく。



ゴドン! と発電モーター機のプロペラが上条の隣に落ちた。
驚愕を露わにするヒマも無いまま一瞬で起きた事に上条は黙って見ているしかなかった。

548: 2011/06/27(月) 01:49:06.69 ID:N2vOuaQDO

目を配らせてプロペラの切断面を注視。
砕くとか破壊した様子は無くて刃物でスッパリ断ち切った跡が残っている。
続いてアスファルトに視線を移す。
獰猛な獣が残した爪痕のように『七つ』の引き裂かれた斬撃。



上条(コイツの攻撃……一瞬のうちに七回も斬撃が……)

神裂「もう一度問います。彼女を保護したいのですが」



冷たい瞳で彼女は繰り返した。
悠然と佇む姿は余裕の現れを示す。

それを上条は……嘲笑う。



上条「好きにすれば?」



告げられたその瞬間、余裕で塗り固められた神裂の表情が音を立てて崩れていくのを目の当たりに見る。

559: 2011/07/16(土) 03:44:38.07 ID:b/zkTloDO



神裂はワイヤーを操って『七閃』を繰り出す。
七つの斬撃は曲線を描いて上条当麻を襲う。

手のブレは単なるフェイク。刀の斬撃ではなく、指を巧みに操作して編み出すワイヤーの斬撃。
この種を目前の少年には明かしていない。
所有する手品を自ら進んで種をバラす手品師は居ない。それと一緒だ。
だけど、



上条「よっ、と」



―――何故か、上条当麻に『七閃』が当たることはない。



神裂「くっ……!?」



それどころかワイヤーの斬撃を潜り抜けて迅速なスピードで確実に迫ってきている。
一歩先に進めば斬撃の餌食なのに必ず彼は寸前で進行方向を変えて隙を抜ける。

報告を受けている右手は使ってこない。
ステイルとの戦闘では右手を決め手と防御に使い圧倒したと聞いているのに、上条当麻は使わない。

いや、そんなことよりも、



上条「おらよっ!」

神裂「ふっ!」




―――どうして『聖人』である私と肉弾戦で対等以上に渡り合えている?

560: 2011/07/16(土) 03:45:43.01 ID:b/zkTloDO



世界に20人と居ないと言われる、生まれた時から神の子に似た身体的特徴・魔術的記号を持つ人間。
偶像の理論により『神の力の一端』をその身に宿すことができる。
人間の基本能力の脚力、腕力、耐久力、反射神経、聴力、視力に於いて圧倒的能力を発揮する。

それが『聖人』。

対するこの少年。魔術を打ち消す不思議な能力を右手に宿す接近戦が主な戦法の一般人。
ステイルの情報によれば『高校生とは思えない場馴れの雰囲気、とっさの判断力と敵を分析する冷静さを兼ね備えている』とのこと。
接近戦ならば相性が良い。
武道に長ける自分にとってはこの上なく好都合なほど。
敗北する要素なんて微塵も存在しなかった。
実戦してみても腕力や脚力、移動速度は遥かに自分の方が上回っている。

なのに。雲泥の差が存在するほど自分の方が実力は凌駕しているのに。

561: 2011/07/16(土) 03:47:35.52 ID:b/zkTloDO



神裂「……本当に、何者なんですか。あなたは」



鞘に刀身を納めたまま七天七刀を薙ぎ払って上条当麻との距離を取り、間合を広げた。
研ぎ澄まされた薙ぎ一閃でさえ上条はバックステップで免れる。
それも直撃する寸前で。



神裂「筋力こそ劣るものの反応速度は私と同等。もしくはそれ以上です」



口元から垂れる血を拭い、一寸呼吸を整えて上条に問いかける。
彼も同様に血を拭い、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。



上条「近接戦闘は得意な方なんですよ、でもアンタも得意と見れる。正直な話、肉弾戦でここまで苦戦したのはアンタが初めてだ」

神裂「私もですよ。斬撃が当たらないと思えば、打撃でさえ決定的なダメージは与えられずかわされてばかり。その回避方法を学んで会得したいほどですね」

上条「それはそれは至極光栄ですこと。じゃあ教えてやるから一旦のされてくんね?」

神裂「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」



お互いに笑う。一歩も引かない姿勢に何か感じるものがあったのだろうか。
ほぼ互角で立場がまったく異なる二人だからこそ通じたのかもしれない。

562: 2011/07/16(土) 03:50:22.12 ID:b/zkTloDO



神裂「―――ッ!」



一気に上空へ跳躍すると鞘に納めたままの刀をかざす。
急降下に伴って大気をも断ち切らんとばかりに振り下ろした。
その一連の動作は一瞬。
慣性の法則や重力を無視する、上条当麻にとって理解不能な原理で超越した速度。



上条「っ」



しかしそう簡単にやられる彼でもない。
振り下ろされる刀から僅かに身体をサイドへずらすことで直撃を逃れる。

容易くこなしているように見えて、結構限界ギリギリのラインの境目に立ってたりするのだ。
純粋な『力』ならば神裂に及ぶことはありえない。何だか原理からして違う気がするから。

だったら『力』で勝負しなければいいだけの話。

正直『左手』を使えないのが一番の痛手。
予想を遥かに超える怪物が相手、しかも異能をまったく繰り出さずに肉弾戦を好む。
必然的に『右手』の意味はなさない。異能を打ち消す能力だからだ。



上条「!?」



神裂の刀がアスファルトに触れる直前、彼女の姿がブレた。
常識範囲を越えた移動速度に上条は驚愕と動揺を隠しきれない。

563: 2011/07/16(土) 03:53:15.18 ID:b/zkTloDO
こんな非常識な現象はマンガの世界だけと思っていた。
学園都市も十分マンガっぽい世界だが、そんなファンタジーでメルヘンなヤツは一握りである。





―――突如、上条は背筋にゾワリと悪寒を感じた。





とっさに振り返りながら腰に忍ばせてる拳銃を引き抜いて、銃口を背後に向けた。



上条「……」



その瞬間、上条は静止する。
しかし静止したのは彼だけではない。



神裂「……」



背後に回り込んだ神裂もまた、ピタッと指一本動かさず静止していた。

両者が止まる理由は単純明快。

拳銃の銃口が神裂の額に向けられて。
鞘に納まった刀が上条のコメカミまで迫っていたから。

564: 2011/07/16(土) 03:55:19.78 ID:b/zkTloDO



上条「……」

神裂「……」



空気が張り詰めるさなか、二人の視線はバチリと交差したまま。
妙な汗がコメカミを伝っていき、雫となって滴り落ちアスファルトにとけ込む。

静寂が訪れて、一秒が果てしなく長く感じる錯覚を味わう二人は吹き抜ける風にさえ反応を示さない。
一分か二分かはたまた三分か。本人達にはとても長い時間を置いたあと、神裂が重い口を開ける。



神裂「一つだけ……聞いてもいいですか?」

上条「……なんだよ」

神裂「あなたは好きにすればいいと言いました。私達がインデックスを保護しようが好きにすればいいと」



上条は眉をひそめる。
彼女が続ける言葉を予測できてしまったから。



神裂「じゃあ何故、邪魔をするのですか? どうして……私達の前に立ちはだかるのですか?」



いや、



上条「んなもん決まってんだろ」



それ以外にも理由はあって、



神裂「……?」



もとより何故彼女は、



上条「そんな情けねぇ顔で、あのガキに会わせてやれるかよ」




―――今にも泣きそうな悲しい表情をしている?

565: 2011/07/16(土) 03:57:23.69 ID:b/zkTloDO




凄くつまらない様子なのに。
だけど何処かとても辛そうで。



神裂「……っ!」



面食らったように酷く驚いた彼女はとっさに口元を片手で押える。
そんな神裂に目もくれず上条は口頭を止めない。



上条「シケた面ぁ晒しやがって、どうせテメェ本気出してねーんだろ? 何か理由あんのか知らねえけど」



盛大に溜息を吐いて、彼は睨み付けた。



上条「どうだっていいんだよ。そっちの事情なんざ。あのガキを保護したきゃあ俺をブチ頃してから行きやがれ」




―――カチャリ、と。拳銃に弾丸を装填した。




神裂「ッッ!!!?」



急激に背筋から氏の危険を感じた彼女は銃口からなるべく逸らすように首を反らす。
首の骨に心配をかける余裕は無い。かけれるほどの時間は存在しなかった。

566: 2011/07/16(土) 03:58:40.59 ID:b/zkTloDO
銃声が辺りを轟かせ、刹那の如く突き抜ける弾丸はポニーテールの髪を僅かに掠める。
コンマ一秒の戦い。
一瞬の遅れも許されないのだ。



神裂(しかし、この少年に魔法名を名乗るわけには―――がっ!!?)



いつ放ったのか。上条はもう片方の手で神裂の鳩尾へ拳を入れる。
めり込むように突いた一撃は重くて、神裂の体力を著しい勢いで削いでいく。



神裂「こ、んの……ッ!!」



それでも決して屈さないのが彼女である。
例えどんな攻撃を喰らって体が崩れ落ちそうになっても、こんな所で倒れるわけにはいかない。
体を全体から芯まで気力だけで奮い立たせ―――足を踏ん張った。



上条「ごぁっ!?」



コメカミから狙いが逸れた刀は上条の脇腹へ反撃。
ゼロ距離から殴打したはずなのに振りかぶった勢いと同様の威力を誇っていた。
根本的に力だけの差だとこれほどまでに違いが明確に出るかと上条は実感する。

567: 2011/07/16(土) 04:00:24.64 ID:b/zkTloDO

上条が刀の殴打を喰らって怯むその一瞬、更に神裂は流れるように追撃の膝蹴り。
凄まじい威力だった所為か上条は体ごと飛んでいき、ビルの壁に激突。
背中を強打し呻き声を上げようとするが、それは声にも乏しい掠れた音が漏れた。



神裂「―――ッ!!」



すかさず彼女は迅速に反応してアスファルトを蹴って駆け出す。
寸分の余地も与えないまま追撃を繰り出して決着をつける気だ。

……その時、上条の虚ろだった目が急に見開かれる。

神裂を見る眼差しは確かな光を宿していて、まだ諦めないという意志が伝わってくる。
BANG! と轟く銃声。上条が向かって来る神裂に発砲したからだ。
しかし先ほどのようなゼロ距離からではない。故に彼女にとって一発の銃弾をよけることは造作に無いのだ。



神裂「ッッ!!!?」



……が。

銃弾をよけた途端、頬に衝撃を受けて視界が揺れる。
突如の出来事により受身を取れないまま衝撃の反動で、五メートル以上の距離をノーバウンドで飛んでいく。

ズキズキ痛む頬は無視してバッと顔を上げて前方を目視。
そこには振り抜いた拳を突き出す上条当麻の姿。
肩を揺らし息を切らせながらも彼は口角を上げて不敵な笑みを漏らす。



神裂「弾はフェイントですか……」



どれほどの戦術を所有しているのか、計り知れない彼の潜在能力に神裂は驚愕を隠しきれない。

568: 2011/07/16(土) 04:05:09.39 ID:b/zkTloDO
もはやロンドンでは十本の指に入る自分の実力を越していると明言しても過言ではない。

強い。惰弱で無力な己よりも。
何も出来なくて、ただ虚しく見ていることだけしか許されなかった自分よりも……。








『私……忘れないよ。かおりも……ステイルも! ぜったい忘れないから……っっ!!』








―――だけど。




神裂(強いから、どうしたというのですか……!!)



あの時。『インデックス』に最後の別れを告げたあの日。
この身に受けた悲しみ。
どうする事も出来なかった。
絶望しか存在しない結末を見届けること以外、何も出来なかった。

それに比べれば今の現状なんて―――!



神裂「……何も知らないあなたに、負けるわけにはいかないのです」



ボソッと。悲哀の感情を織り交ぜて言う。
刀の柄をより強く握りしめて敵意の眼差しで決意を表明をした。

569: 2011/07/16(土) 04:07:23.58 ID:b/zkTloDO

独り言のように呟かれたソレは上条にも届いていた。
「何も知らない」というありきたりなキーワードで彼は何となく状況を把握した。
どうやら『インデックスの敵に回らなければならない』理由があるらしい。

故に、



上条「なおさら腹が立つんだよ……ッ!!」



反吐が出るほど。
ツバを吐き棄てたくなるほど。
上条当麻は腹の底から湧き上がる憤りを晴らすようにアスファルトを蹴って拳を振るう。
初めて対峙した時から感じてはいた。漂う雰囲気や匂いは熟知するぐらい知っているものだ。

似ている。非常によく似ている。

己が辿る道が誤りだということは承知の上、進む足を止めない。
決して自分が冒してきた行為と歩んできた人生は正しくはない。
胸を張って威張れるような立派に大成を果たす人間じゃない。
無知で無力。これに尽きる。
何も知らず知らされず現実を目の当りにして、何の力も無いが故に目前の幻想も守り抜けなくて。

無力だから、たった一つの幻想も護りきれない。

何度も歯を食いしばって血が滲むほどの努力を積み重ねてきたところで、現実は何一つ変わりはしない。
それでも譲れない物があるから、例え敵に回りこむ事になったとしても。

570: 2011/07/16(土) 04:08:42.74 ID:b/zkTloDO



上条「―――ッ!!!!」



……その生きる有様が、自分に似ている。

まるで自分の姿を鏡で写しているようだ。
自分と同じようにきっと彼女の中にも、ブチ壊す事が不可能な現実が存在しているはず。
だからこそ神裂に譲れない物があるのも判る。



上条「……だよ」




―――しかし。




上条「……何のためにテメェは力を付けたんだよ」




―――だからこそ上条は言いたいことがある。

571: 2011/07/16(土) 04:09:26.48 ID:b/zkTloDO




神裂「はい……?」



間合を十分に取ってから刀を低く構え、横薙ぎに大気を斬り裂くその寸前、神裂は思わず手を止めて意表を突かれたように目を見開いた。
あまりにも想定外の言葉を告げられたので、言い返す余地も無ければ反論の言葉も浮かんでこない。



上条「テメェらにどんな事情があるのか知らねーし、知りたくもない。人のプライベートにズカズカと入る図々しいタチでもねぇ」



けどなっ! と力強く叫ぶ。
訴えかける口振りで彼は続ける。

結局、上条にとって神裂が何を抱えているかなんてどうでもいい。
その生き様を含めてほとんどが自分に似ているからこそ、腹が立つ。ただそれだけ。



上条「言っておきたいことがある」



同族嫌悪もいい所。
だけど自分に似ているからこそ言いたいことがある。



上条「テメェのその力。一体何のために付けたんだ?」



己がそうだったから、彼女達に歩む道を踏み間違えてほしくない。

人生なんていつ何が起きるか判らない。
もしかしたら明日には自分のように『闇』に陥るかもしれないのだから。

572: 2011/07/16(土) 04:12:34.82 ID:b/zkTloDO



上条「テメェはッ!!」



勢いよくアスファルトを蹴って駆け出す。
一瞬で間合を詰められたことに危険を感じた神裂は即座に刀を構える……が、刀が抜けることは決してない。
抜けさせないために彼の左手が柄へ手をかけ押さえつけているのだ。

そのまま突撃した勢いを殺さずに右手の拳を神裂の顔面目掛けて振るう。
間一髪反応を示した神裂はとっさに刀から片手を離して拳を受け止めた。

しかし上条は気にせずに言葉を紡ぐ。



上条「テメェは力があるから仕方なく人を守ってんのか……?」



その言葉に神裂火織が驚愕を感じたと同時、心にグサッと痛感したのは言うまでもない。

573: 2011/07/16(土) 04:15:08.98 ID:b/zkTloDO



上条「違うだろ!? 守りたいモノがあるから力を手に入れたんだろうが!!」



れっきとした理由は必ずある。
自分もそうだったから。
強くなると天に誓う直前、一体なんの為に強くなると事を決めて、






『当麻っ』






―――一体その手で誰の笑顔を守り通したかった?




上条「力を手にする意味を!!」



頭突きを繰り出して、神裂が一寸怯んだ隙に一歩だけ下がる。
右手を振りかぶるための距離を作ったのだ。



上条「履き違えてんじゃねぇぞおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」



咆哮と共に振り抜かれた拳は神裂の頬を確実に捉えた。
渾身の一撃を喰らった彼女は立ち上がることなく、地面に仰向けの状態でのされる。



上条「はっ、はっ……―――」



そして彼もまた、力が抜けたかのように膝から崩れ落ちて……意識を失った。

593: 2011/08/05(金) 07:06:15.07 ID:0DnLbYnDO



上条当麻。神裂火織。
二人の氏線を巡る激闘に終止符が打たれ、ほんの一時に過ぎない静寂が訪れて、ただただビルの隙間を突き抜ける微風が場に残る。
空に浮かぶ月が覗く今宵、氏闘を繰り広げた二人の精鋭者が残した跡地に足を踏み入れる者は一人としていな、




―――コツ。




……いや、居た。人払いの術式を施したこの場に足を踏み入れる者が。
しかもその者は魔術師。神裂と同じくインデックスを保護をしに学園都市へやってきたルーンの使い手。

赤い髪。
黒い修道服。
毒々しいピアス。
名はステイル=マグヌス。

594: 2011/08/05(金) 07:08:07.04 ID:0DnLbYnDO



ステイル(……本気を出していないとはいえ、聖人の神裂でさえ相打ちか……どうりで僕じゃ適わないはずだ)



心の中で悪態をついて呆れたように嘆息を漏らした。
上条当麻という少年の計り知れない潜在能力に僅かながらも恐怖を覚える。
全力で挑んでないとはいえ、それでも神裂に匹敵する実力者。
恐怖を覚えるのも無理はないだろう。



ステイル(とりあえず神裂は回収するとして)



チラリと路上で倒れている上条を見下ろす。



ステイル(……なんなら今すぐタバコに火をつけて、押し付けてもいいんだけどね)



所謂根性焼きというやつだ。
けれど、どうにもタバコを吸う気分になれないのもしかり。

595: 2011/08/05(金) 07:10:07.00 ID:0DnLbYnDO
それにタバコを押し付けるぐらいなら、炎剣で焼き払う方が心に残るわだかまりも晴れるだろう。

……と、そこまで思考すると彼は頭を大きく横に振った。



ステイル「いけないね。目的を履き違えてる。門違いもいいところだ」



目的はあくまでインデックスの保護。
上条当麻の殺害ではない。



ステイル「でも、彼をどうにかして運ばないと駄目なのも確かなんだけどね」

「懸念してるトコ悪ィが、それは問題ねェよ」




―――ドンッ!!!! と。




突如頭上から声がしたと思えば、空を仰ぐ前に地面が大きく揺れる。
まるで小さい隕石が落ちてきたかのようにアスファルトがいとも簡単に砕けてクレーターが生じた。



ステイル「なんだ……?」



彼が見たものを一言で表すと『白色』だった。

596: 2011/08/05(金) 07:11:38.60 ID:0DnLbYnDO
髪の色は白。素肌の色も白。服装でさえ白。
全部が白色で染まった少年がクレーターの中心で悠然と立っていた。
あれほどの衝撃を起こしたのにもかかわらず少年は無傷で済ます。



「……」



チラッと一回だけステイルの方を一瞥。
しかし少年は何も告げずに無言のまま踵を返すと、上条当麻へ向かって歩き出した。



ステイル「待ちなよ。せめて何者かぐらい名乗ってほしいね」



すかさずステイルは制止の声をかける。
本来なら深く追究せず放っておいた方がいいのだろう。こちらに害を与える素振りは見られないのだから。
上条当麻に近付くということはおそらく彼の関係者か、或いは仲間か。
どちらにしても、上条当麻を引き取ってくれるのならば手間が省けて万々歳なのだ。

しかしステイルが止める理由が関係してくると話は異なる。

そもそもだ。今ここら一帯は誰も居ないはずで、居られないはず。
何故ならステイルが施したルーン魔術の一つである『人払い』を発動させているのだから。



「あァ? オマエみたいな三下に名乗るほどの名前なンざ持ち合わせてねェよ」



背を向けたまま顔だけを振り返らせて、至極億劫そうに吐き捨てた。

597: 2011/08/05(金) 07:13:39.56 ID:0DnLbYnDO

眼中に無くあしらわれた扱いにステイルは心底から溜息を吐く。



ステイル「……学園都市っていうのは異色の人間の集まりなのかい」



あえて口にしたのは嫌味のつもり。
小さくボソッと呟かれたソレは当然、白い少年の耳にも届いていた。
だけど少年は取り合わない。無視を決め込んで上条の下へ歩み寄る。―――その時、



「おいおい、そんなモヤシみてぇな腕で担げんのかぁ? 一方通行さんよ」



―――フワリと。純白の輝きを放つ一枚の羽根が舞い落ちる。



ステイル「……ッ!?」



顔を見上げるとそこには驚愕の光景が広がっていた。
天使の象徴である純白の翼を背中に携えた新たな少年が頭上高く飛んでいた。



一方「うるせェよバカキネ。オマエはそこらの泥に埋もれてろ」

垣根「んだよせっかく人が心配してやってんのに」

一方「心配じゃなくて嫌味の間違いだろォが」

垣根「ひねくれちゃあイケないイケない。人のご厚意を無駄にしてるぜお前」



チッチッチ、と指を振りながら地上へ華麗に着地。

598: 2011/08/05(金) 07:14:58.61 ID:0DnLbYnDO



垣根「リンゴ三個分以上の重い物は持てません! とか言っても通じそうな腕してんもんな」

一方「ンなことほざくヤツはテレビの中の連中で頭がぶっ飛んでる野郎だけだ」

垣根「違いねぇ。逆にテメェがそんなこと言ってたら寒気が走るっつーの」

一方「言ってろメルヘン野郎」

垣根「うるせぇよ中二病野郎」



互いに互いを罵り合うも、何故か顔は笑っていた。
理由は定かではない。二人にしか通じ合わない何かがあるのかもしれない。



垣根「しかしまぁ……」



垣根は体を翻してチラリと一瞥。
下から神裂を流してステイルで視線が止まる。

599: 2011/08/05(金) 07:18:44.65 ID:0DnLbYnDO



垣根「上条が言ってた敵ってのぁ恐ろしいほどに奇抜なヤツらだなオイ。
   露出狂サムライガールにやさぐれた不良神父かよ。常識が通用しない俺でも笑っちまうぜ」

一方「ホストみてェな格好をしたヤツが、背中に天使の翼生やして空から降りてくるっつーのもなかなか滑稽だがな」

垣根「うるせぇッ。人がマジメに話を進めようとしてるのに横槍入れんじゃねぇよ!」

一方「普段からフザけてっから締まらねェンだよボケ。柄じゃねェことすンな」



火を噴くような勢いで垣根は食い付く。
それを一方通行は冷静に一つ一つツッコミを入れる。

ドコからどう見ても漫才にしか見えないのは気のせいではないだろう。
実際、ステイルはそうとしか見えなかった。



ステイル「……遊びに付き合ってるほど、僕もヒマじゃないんだけど?」



シビレを切らしたらしく、苛立ちを織り交ぜて問う。
未だに言合いを繰り広げていた二人もステイルの呟きを皮切りに、顔付きを真剣なものへ変える。



ステイル「もはやどうやってココに来たとか聞かない。それよりそこで倒れているヤツは君達に任せていいんだね?」



顎をくいっと上げて指す。
目で追わなくても垣根と一方通行には誰を示しているのか判る。

600: 2011/08/05(金) 07:21:47.15 ID:0DnLbYnDO



ステイル「僕は僕の身内を回収する。もしそうだとしたら大助かりなんだけどね」



溜息を吐いて肩を落とした。

全部聞き終えた垣根は不敵な笑みを浮かべて……鼻で笑う。



垣根「当然だろ。おそらく上条もこのために浜面に電話したんだろうし、はなからテメェらなんざ眼中に無ぇよ」



吐き棄てるように言葉を告げて、彼は踵を返して上条の下へ向かう。
一方通行はその様子を横目で目視すると、やれやれと言わんばかりに肩を竦ませた。



一方「まァ、そォいうこった。癪な話だがコイツの言う通りなンでな」


追随して垣根と同様に上条の下へ再び歩き始めた。



ステイル「言われるまでもない、か……」



ついに我慢ができなくなったのか、懐からタバコを取り出して口にくわえ、火を付ける。
頭の中で「一本だけ吸って、さっさと引き下がろう」と思考を固める。






「待……って、下さい……っ」






―――が、固めたばかりの思考はその言葉によって崩壊する。

601: 2011/08/05(金) 07:25:51.73 ID:0DnLbYnDO



一方「あン……?」



全く聞き覚えのない初めて耳にする声に一方通行は思わず立ち止まって振り返った。
すると彼は目を見開いて驚愕を示す。



神裂「……っ」



刀の切先を地面に突き立てて杖のように扱い、自らの身体を支える。
顔色は決してよくない。今にも倒れそうなほどだ。
満身創痍の彼女が意識を取り戻すことができたのは純粋な気力。



一方「大したもンだ。上条の拳を何発も喰らっときながら意識を回復させるとはなァ。捜してもそォそォ居ねェよ」



素直に賞賛の言葉を贈る。
少なくとも上条当麻の本気の拳を受けてもなお、意識を取り戻して再度立ち上がった人物は知る限りでも片手で数えれる程度。
グループの内で挙げるなら浜面だけだ。

602: 2011/08/05(金) 07:27:50.61 ID:0DnLbYnDO



一方「で? どォするってンだ? まさか、ンなボロボロの体で再戦を挑もうとか思っちゃってるワケですかァ?」

神裂「……違います。あなたを打ちのめしたところで、ソコの少年に敗北を喫した事実は変わりません」



ゆっくりと顔を横に振った。
今ココで一方通行や垣根を倒しても意味が無い、と。



神裂「そんなことよりも一つだけ聞かせて下さい」



彼女の瞳が一方通行を映す。
すがるように神裂は懸命に立ち上がった。

神裂にとって勝利や敗北とか勝者や敗者なんてどうだっていい。
それよりも。そんな些細なことよりも。
たった一つだけ。



神裂「彼は……過去に何か辛い思いをした経験があるのですか?」



告げた言葉にかすかでも、一方通行の眉間にシワをよせたのは間違いなかった。

603: 2011/08/05(金) 07:32:03.53 ID:0DnLbYnDO

でも彼は応答を出さない。口は堅く貝のように閉ざされたままだ。
神裂もそれ以上は口を開かず一方通行が答えるのを待つ。

しばらくの間、お互い硬直状態が続く。
すると観念したのか、一方通行は盛大に溜息をついて肩を落とした。



一方「……俺も詳しくは知らねェ。そもそもアイツはなンも語ろォとしねェし、こっちとしても聞く気はさらさら無いからな」



億劫そうに述べ始める。
固く目を閉じて記憶をさかのぼり思い出すように。



一方「ただ言えるのはテメェの推測通り、アイツに『なンかあった』のは確かだ。それを一目で見破ったことは素直に凄いと思う」



彼は神裂に背中を向け、今度こそ歩き出す。



一方「まァ、正直どォでもいいがな。何かあっても上条は上条のままだ。変わりはねェよ」



最後に呟いた言葉は神裂へ向けてなのか、単なる独り言なのか、定かではない。

634: 2011/08/24(水) 08:04:30.00 ID:dx66JS7DO



まだ太陽も昇らない深夜。
誰もが就寝につき、街灯の明りでさえ消えてしまっている時間帯。

そんな中、月詠小萌の自宅であるボロいアパートにワゴン車が停まっていた。
二階へ繋がる階段に腰を落とす少年が一人。手摺にもたれ掛って缶コーヒーを手にする少年が一人。



垣根「……どう思う」

一方「なにが」



今の今まで鍵をくるくると回して弄んでいた垣根が唐突に問いかけた。
コーヒーを喉に通しつつ一方通行が気怠そうに返答する。



垣根「リーダーの事に決まってんだろ」

一方「ンなこたァ判ってる。上条に対して何をどォ思うのか、っていうのを聞いてンだ」

垣根「あのリーダーが人に気を掛けたこと」

635: 2011/08/24(水) 08:05:08.76 ID:dx66JS7DO



ようやく聞き入れる気になったのか、空へ向いていた視線が垣根に移った。
相変わらず垣根の目が行く先は弄くっている鍵にだが、構わずに彼は再度問う。



垣根「珍しいと思わね? 第三位以外に優先対象が居るなんてさ」



先程、浜面が運転するワゴン車で上条は意識を取り戻した。
そして予想外だったのが自宅へ送ってもらうのではなく、インデックスが傷を癒すためにお邪魔している小萌宅に行け、と上条が命令した事。
自身の回復よりも彼女の安否を気遣ったのだ。



垣根「しかも見た限り外人で神様を信じてるようなシスターじゃん」

一方「……結局何が言いてェンだ」

垣根「リーダーの特別扱いとかなにそれ羨ましい」

一方「だろォと思ったぜクソッタレが……」



心底から嘆息を漏らしてガックリと肩を落とす。

636: 2011/08/24(水) 08:09:27.15 ID:dx66JS7DO
やはりこの男からマジメな話が聞ける事は到底ありえない、と再確認する一方通行だった。

そんな彼の心境を知らない垣根はケラケラと笑い、



垣根「ま、珍しいとは純粋に感じてるぜ? けど別に悪いとか思っちゃいねーし、むしろ良い事だと思ってるからな」

一方「今さっきオマエ羨ましいとかホザいてたじゃねェか」

垣根「気にすんなよ。いつものことだろ?」

一方「…………」



正論すぎて一方通行は何も言い返されない。
垣根の言動を世間一般的に言えば開き直りでしかなかった。自覚があるからこそタチが悪い事この上ない。
しかもその性質を一方通行は理解しているからこそ、声を怒鳴りあげる行為は体力の浪費でしかない事も判っている。
何故ならこの男は言ったって効かないのだから。



一方(悪循環しか生まれねェのかよ……)



溜息ばかり吐いている気がするのは、気のせいでは無いだろう。

637: 2011/08/24(水) 08:10:57.37 ID:dx66JS7DO



垣根「あの銀髪シスターが第三位に続く上条を支える存在になるなら万々歳さ。……それよりも」



カシャッ、と鍵を握りしめて弄くるのを止めた。
不敵な笑みを浮かばせながら一方通行と視線を合わせ、垣根は言う。



垣根「俺が気に掛けてんのは、この事をアレイスターの野郎が知ってるのかどうかの点さ」

一方「……!」



僅かに一方通行の目が細くなり、眉をひそめた。
「アレイスター」という単語に敏感に反応してしまったのは、仕方のない事。

638: 2011/08/24(水) 08:12:56.19 ID:dx66JS7DO
垣根は更に笑みを濃くし、



垣根「むしろ知ってなきゃ可笑しいだろ。学園都市を統括するご偉いさんが不法侵入者の動向を」

一方「オイ、その不法侵入者ってのァ……」

垣根「あの銀髪シスターさ。一応バンクに名前と詳細が載ってやがったが、ありゃぁ捏造されたニセモンだな」

一方「……するとなンだ。仮にオマエの言う通りだとして、っつー事はあのガキは『上』の連中から黙認されてるってワケか?」

垣根「ビンゴ」



ピッと人差し指を一方通行へ指して、片目を閉じてウインクを放つ。



一方「ンなVIPなお客様が上条と接点を持ったンだから『上』が看過するはずがねェと、そォ言いてェンだな?」

垣根「ああ。だがアレイスターの野郎が何らかの対応策を講じる様子は見られない。……となると」

一方「上条とあのガキの接触そのものが『上』の狙い、ってか」

垣根「その通り。まあ、アレイスターが目論んでる『プラン』が関与してくるかって聞かれたら知らねぇけど」



肩を竦ませて首を横に振る。
情報が足りないが故にこれ以上先の推測は難しい、と言わんばかりに。




垣根「―――でも」




刹那。一向に変わらない口調だが、明確に垣根をまとう空気が張り詰めた。
垣根もそれを自覚していて底意地の悪い笑みを浮かべる。

639: 2011/08/24(水) 08:15:41.43 ID:dx66JS7DO



垣根「ここまで言っておいて、更に『プラン』って発言までしたにも拘わらず、アレイスターの野郎からの『ご挨拶』が何も無いという事は……俺達の憶測もあながち間違っては無さそうだぜ?」

一方「…………」



話題が話題なだけに、最先端の技術が行使されて首が落ちても可笑しくないレベル程度の話はしていたはずだ。
それこそ無理矢理にでも会話を中止にさせるくらいの事をしてきても変では無い。
電話でもいい。「度を超えた詮索は自らの命を落とすぞ?」的な警告が取締役からあっても構わなかった。

しかし、それも無い。



浜面「悪い! 遅くなったっ」



カンカンカン! と二階から浜面が慌ただしく駆け下りてきた。
上条との色々な用事をようやく済ませてきたらしい。

これを皮切りに緊張の糸が解けたのか、周囲の空気も二人の強張った表情も弛緩する。
緩やかになったものの、垣根は不敵な笑みを崩さない。
その意図は一方通行に先ほどの話題の重要性を示唆するためなのか、定かではないが一方通行はそう捉えた。



垣根「とりあえずだ、一応テメェも警戒しておいた方が良さそうだぜ。何を仕掛けてくるか予想が付かねぇからな」



もちろん俺も、と付け加えて彼は立ち上がる。

640: 2011/08/24(水) 08:16:36.26 ID:dx66JS7DO
一方通行の返事を聞かないまま浜面の肩に腕を回した。



垣根「よっし浜面ぁ、ちょっと付き合え。行かなきゃならない所があるんだ」

浜面「はあ? 何で俺が巻き込まれないと……」

垣根「つべこべ言ってんじゃねぇよ。俺は自動車の運転なんざ出来ないんだよ」

浜面「おもっくそパシリかよっ! だったら能力使えばいいじゃねえか!!」



近所迷惑という事を知らないのか。全く遠慮無しに騒ぎながらワゴン車に向かう二人。
なんだかんだで垣根から車の鍵を受け取るあたり、仲の良さが垣間見える。



垣根「……あ」



ふと、足を止めた。
顔だけ一方通行の方へ振り返ると、彼は純粋無垢な少年のような笑顔を放った。

641: 2011/08/24(水) 08:17:37.16 ID:dx66JS7DO












垣根「安心しろ。俺達四人は永久不滅だ」












その言葉だけを残して、二人は闇に消えていく。

642: 2011/08/24(水) 08:19:10.98 ID:dx66JS7DO




―――――――――――――――




一方「……ったく」



ワゴン車が完全に消えてから彼は再び缶コーヒーの中身を喉に通す。
まるで嵐のように騒ぐだけ騒いで勝手に過ぎ去っていった二人に嘆息すら出ない。


『安心しろ。俺達四人は永久不滅だ』


一方通行の脳裏に反芻されるのはそのセリフばかり。
何だか己の心境を見透かされた気がして癪ではあるが、垣根の言う通り不安を抱いていたのも事実。
いつまでも平穏な関係が続くはずが無い、と。
だからこそ垣根が告げたセリフに微かではあるが、不安が取り除かれた。

643: 2011/08/24(水) 08:20:33.31 ID:dx66JS7DO



一方「馬鹿野郎が……当然に決まってンだろ」



出る言葉こそ皮肉だが、表情は自然と笑みを浮かべてしまう。
純粋に嬉しかった気持ちが露呈したのだ。

そう。苛む必要は無い。
自分を含む四人……『俺達』は永久不滅なのだから。
例え何があろうと裂かれる事のない親友なのだから。



一方「まァ俺達を裂こうものなら逆に五体を八つに裂いてやるがな」



クククッ、と喉を鳴らす。
垣根に似た底意地の悪い笑みを浮かべるその表情は、心の底から楽しんでること間違いないだろう。

644: 2011/08/24(水) 08:22:22.66 ID:dx66JS7DO
どんな闇を掻い潜ってきた者でも震え上がらせる瞳を宿す第一位は、残り僅かのコーヒーを飲み干す―――その時。





―――突如としてけたたましい音が辺りを響かせた。





一方「!!」



突然鳴り響いた轟音に一方通行は思わず手をピタッと止めた。
何よりも彼が気に留めたのは轟音がしたその方向である。



一方「上条が居る部屋じゃねェかッ!!」



缶コーヒーを背後へ放り投げて階段を駆け上って行く。
投げる際に一瞬で演算をし、ゴミ箱に入るようベクトル操作できたのは彼故になせる技。

二階まで上がると、見えた物はもはや原型を留めていないスクラップ状の玄関の扉だった。
しかもその扉は上条が居た担任の部屋の物。確信する心に浮き出てくるのは焦燥感。

645: 2011/08/24(水) 08:24:42.96 ID:dx66JS7DO



一方「……ンな発泡スチロール感覚で破壊してンじゃねェっつーの」



冷静にツッコミを入れるも焦りの色は全く消えない。
手摺に引っ掛かっている扉を蹴飛ばして何の躊躇もせずに部屋に突入する―――が、一方通行は足を止めてしまう。
コメカミには一滴、たった一滴にしか過ぎないが冷や汗が滴る。

そこには上条の姿があった。
もちろん銀髪シスターの姿も。
何の変わりも無い。数十分前と同じ風景のなか、唯一違う点。






「―――新たな敵兵を確認。戦闘思考の変更戦場の検索を開始―――現状、『上条当麻』の破壊を最優先します」






―――確実に銀髪シスターの様子が異常という点。

放つ殺気は第一位の足を思わず止めてしまうほど。
闇の中を捜してもそんなデタラメな殺気を放つ人間は少なくとも居ない。



一方「オイオイ、こりゃァ厄介っていうレベルじゃ無くなってきてンだろ……」



苦笑しか浮かべない現状に、彼は嘆くしかない。

685: 2011/09/15(木) 02:14:45.86 ID:ThqOTNeDO



―――窓の無いビル。



部屋というのも言い難い出入り口が存在しない広大な空間。
通路もエレベーターも空間に往来する道が全く無い場所。
存在するのはただ一つだけ。
中央に床から天井まで繋がってそびえ立つ、培養液で満たされた巨大なビーカー。
中に浮かぶのは、男にも女にも大人にも子供にも聖人にも囚人にも見える……『人間』。

アレイスター・クロウリー。

学園都市の頂点に君臨する統括理事会長。
数年前に膝を抱えて座り込み茫然自失としていた上条当麻を学園都市に誘った張本人。
以来、上条当麻とは友人関係の間柄。

686: 2011/09/15(木) 02:16:24.93 ID:ThqOTNeDO



アレイスター「…………」



原理は判然としないが、彼は逆さまに浮かんでいた。
考え事だろうか、まぶたを閉じて何やら思い詰めたように難しい顔をしている。

……と思いきや、何故か顔を綻ばせて不敵な笑みを浮かべた。
ゆっくりとまぶたを開けていき、視界に一人の人間を映す。



アレイスター「何の用かな? わざわざ私の所まで足を運ぶとは、君にしては珍しい」



カツ、と空間にかわいた音が響いた。
一定のリズムで鳴り続けて、伴って次第に音量が大きくなっていく。
アレイスターが浮かぶ巨大なビーカーに近付く影が一つ存在している。

しかしアレイスターは笑みを濃くするだけで影の進行を遮らない。
攻撃しないと見定めてるのか、それとも既に敵と見なしていないのか、定かではない。

687: 2011/09/15(木) 02:18:15.76 ID:ThqOTNeDO



「テメェの事だ、どうせ判ってんだろ? 俺がココに来た理由なんてよ」



金髪の頭。薄赤いスーツを身に包む。
前ボタンを全開にして中のワイシャツとTシャツをさらけ出す砕けた着こなし。
ホストを彷彿させる格好をする男―――垣根帝督。



垣根「俺と第一位の会話、全部筒抜けだったんだろ?」

アレイスター「ふむ……だったらどうするかね?」

垣根「別に」



垣根帝督は嘲笑う。本当に心の底から馬鹿にするように鼻で笑って見せた。
よりによって学園都市を作った統括理事会長に対して。



垣根「俺が言いてぇのは知ってるくせに白を切るなっつってんだ」



かと思えば至極嫌そうな表情で吐き棄てる。
眉をひそめてギ口リとアレイスターを睨み、殺意を放つ。

688: 2011/09/15(木) 02:20:37.28 ID:ThqOTNeDO



アレイスター「根拠は?」



だがアレイスターの余裕は消えない。
殺意のこもった鋭い視線をも取り合わず、気にせずに話を進めた。

それを垣根は悟り、心の中で舌打ちをする。



垣根「いつドコに居ようと俺達の行動を把握するために、何か訳判んねえ機械使って監視でもしてんだろ?」

アレイスター「……まったく、先程の推測といい。君は一体ドコまで把握済みなんだね?」

垣根「さあな。けど上条の足元にも及ばない事だけは判るぜ?」



上条に比べたら自分なんて雲泥の差だろう。
今こうして己が知りうる知識を使って推測を立てたとしても、上条はその遥か先を見通している。



アレイスター「君が言いたい事は大方見当がつくが……仮に私の考えが君の想定通りの内容ならば―――」

垣根「テメェの首を切り落とす」

689: 2011/09/15(木) 02:22:59.33 ID:ThqOTNeDO



アレイスターが言い終える前に彼は遮って告げた。
十分な殺気を込めて、出来るだけ感情を無くして。



垣根「統括理事長なんて関係ねぇよ。一切躊躇わず寸分の狂いも無くブチ頃してやる」

アレイスター「わざわざ物騒な言葉を吐かずとも承知しているさ」



どんな悪人も震え上がらせる殺気すら、アレイスターは軽くあしらう。
第二位という称号を持つ垣根帝督に対して余裕の表情でサラリと流す有様は、まるで喚く子供をあやす大人さながら。
きっとそれは一方通行ですら変わらない。

690: 2011/09/15(木) 02:24:12.91 ID:ThqOTNeDO
アレイスターにとって第一位や第二位の称号なんて、関係が無いのだろう。
起こす行動全てが児戯に等しいのだ。






アレイスター「だけども未元物質」






優しく、しかしドコか嘲笑って。
扱いが子供をあやす大人であれば語りかける言葉もソレと同じで。






アレイスター「君の想定する最悪の結末を迎えたとして……自身に決定権など存在しない事は、君がよく判りきってる事じゃないのかね?」






―――だからこそ、告げる言葉は残酷で。

691: 2011/09/15(木) 02:27:02.00 ID:ThqOTNeDO



垣根「……っ!」

アレイスター「『素養格付』を嗅ぎつけた君ならば当然理解は可能だろう? そういう風に出来てる事を」



『素養格付』。確かに知っている。
希望や憧憬で日々を送る少年少女に絶望という名の現実を叩き込む事が出来る意味を持つ。
今までの努力を無残な事にも切り捨てて水の泡にしてしまう言葉。
何故アレイスターはその話題を持ち出したのか、彼は迅速に気付いた。

つまりアレイスターはこう言いたいのだ。
「君がどれほど努力を重ねて阻止しようとしても結末は一切変わらず、無駄に終わる」……と。



垣根「テ、メェ……!!」



彼は目の色を変えて激昂を露わにする。剣呑とした空気に極度の緊張が走り始めた。
今にも火蓋が切られんばかりの張り詰めた空気は、垣根を中心に流れた。

垣根がその一歩を踏み出す―――直前、






「待て」

692: 2011/09/15(木) 02:28:32.41 ID:ThqOTNeDO



突如背後で呼び止める制止の声で、垣根は進む足を止めた。
それはある意味助かったのかもしれない。
もし感情の赴くまま行動を移せば、自分を抑制する事はおそらく……出来なかっただろう。
きっと能力を思うがまま操って攻撃していたに違いない。それだと絶対に取返しがつかない事になるから。



垣根「あ?」



でも自分にとって『怒り』という感情を抑え込むのは、未だに至難の業。
一方通行同様、相当短気な性格をしている事には間違いないのだから。

故につい怒気がこもりがちの声色で返すあたり、改善はまだまだ必要だ。



「ヤツの専売特許とする安い挑発だ。感情に任せて乗せられるとヤツの思うつぼだぞ?」



ボタンを全開にしたアロハシャツを着た金髪サングラスの男が立っていた。

693: 2011/09/15(木) 02:29:34.19 ID:ThqOTNeDO
男の視線は垣根には向いていない。
サングラス透き間から垣間見える鋭い目筋はアレイスターを射抜いていたから。



垣根「……誰だよテメェ」

「そんな事はどうでもいい。顔が割れたんだから後で幾らでも調べれば済む」



それよりも、と男はサングラスを親指と中指でクイッと上げて畳み掛ける。



「この場は俺に任せて、お前は上条当麻の下に向かえ」

垣根「はあ? テメェ何言って―――」

「場所は第七学区の病院だ」

垣根「無視してんじゃ……待て、今何つったお前?」

694: 2011/09/15(木) 02:30:48.99 ID:ThqOTNeDO



とても不可解な言葉を聞いた気がする。
理解が出来なかったからこそ、聞き返してしまう。

男は溜息でも吐くかのようにゆっくりと向き直って、垣根と視線を合わす。



「第七学区の病院。そこに上条当麻は居る……重傷らしい。早く行ってやってくれ」



ほんの僅かな一瞬だけ男の声色が優しい物になったのは、上条当麻を心から心配してるからだろうか?



垣根(こいつ……)



彼は悟る。もしかしたらこの男も上条の友人関係なのかもしれない、と。
だからこそアレイスターに怒りを感じて、この場へやってきたのだろう。
わざわざ上条当麻に起きている現状を自分に知らせに……ここまで。

695: 2011/09/15(木) 02:32:02.87 ID:ThqOTNeDO



垣根「チッ……わあったよ。行けばいいんだろ行けば」



露骨な態度は「ありがとう」という感謝の裏返し。
ぶっきらぼうな彼は不器用であるが故、素直な気持ちを言葉にするのは非常に難しい。

垣根は一度、アレイスターを一瞥する。
何一つ変化が無い。ただ薄く笑みを浮かべる姿。
追究の目的で訪れたつもりだったが、もはや垣根にはアレイスターから事実を暴かす手段を持合わせていない。
だとすれば彼が今するべき事は一つ―――ココはおとなしく退く事だろう。

彼はアレイスターから顔を背けて踵を返す。
腑に落ちないのが本音だったりするが、ひとまず引き上げるべきなのも確か。
とにかく病院に向かおう。話はそれからだ。
金髪の男を調べるのも、今後の事について考えるのも。

696: 2011/09/15(木) 02:33:10.44 ID:ThqOTNeDO



「…………」



男は口を貝のように閉ざしたまま、目筋を鋭くさせた視線をアレイスターに送り続ける。
背後から足音が消えるのを待っているのだ。
アレイスターの方も口を開かずにひたすら薄い笑みを浮かべるだけ。



アレイスター「ふむ……」



足音も消え、辺りが沈黙で占め初めていたその時。
男が言葉を発する直前、予想外にもアレイスターが先に口を開けた。
親指と人差し指を顎に添えて、わざとらしく考え込む動作をする。
割に浮かべる表情は楽しくて仕方ないと示唆していて。



アレイスター「今宵は客人が多いな。それもこちらから呼んだ覚えの無い者ばかり」



口角を吊り上げて笑みを濃くする。





アレイスター「さて、一体どうしたのかね? ―――土御門元春」

705: 2011/10/03(月) 01:48:32.03 ID:9yBzihZDO





―――第七学区、とある病院。

706: 2011/10/03(月) 01:50:27.13 ID:9yBzihZDO



時刻は夜明け前。と言っても廊下は僅かな明かりだけで、薄暗い暗闇で覆われている。
歩く患者は当然居ない。静まり返った通路のなか、垣根帝督は歩いていた。
静寂な事は間違い無いのだが、白衣のまとった看護師や医師が妙に慌ただしいのは、おそらく気のせいではない。
きっと大怪我を負った患者が運ばれたからだ。



垣根「……チッ」



自然と歩む足が速くなるのを自覚する。
廊下に反響する足音が一層焦燥感を駆り立てた。
誰が運ばれたのか判るからこそ焦りを感じるのは仕方ない―――と理解していても落ち着く事が出来ないのは本当に歯がゆい。

707: 2011/10/03(月) 01:53:53.13 ID:9yBzihZDO
一方通行とは連絡が付かない。
院内だから電源を切っているのだろう。
……もちろんリーダーとも。



垣根「ここか」



玄関先で看護婦から説明された部屋へたどり着いた。
確かに扉の横に部屋番号と『上条当麻』の名前が書かれている。
垣根は微かに眉間をひそめるも、ためらうこと無くスライド式の扉を開け放った。


飾り気の無い真っ白い一人部屋の個室。白い天井に白い壁に白い床。
半分だけ開いた窓の隙間から入ってくる柔らかい微風がカーテンをなびく。
ベッドの側には台があり、上には一つの花瓶が置かれていた。

708: 2011/10/03(月) 01:55:13.68 ID:9yBzihZDO

彼の視界に二人の人物が映る。
一人はベッドで仰向けに横たわった黒髪の少年。
一人は近くの椅子に腰をかけてベッドを見つめる白髪の少年。
垣根が真っ先に向かったのは白髪の少年―――一方通行の方へだ。



垣根「オイ」

一方「……」



呼ばれて初めて気付いたかのように一方通行は視線だけを垣根へ移す。
だがすぐに視線は元の位置へ戻された。

垣根は溜息を吐いて呆れた口調で言う。



垣根「随分と意気消沈してんのな。天下の第一位様がどういう風の吹き回しだぁ?」

一方「……」



とりあえず喧嘩を売るような言回しで煽ってみたものの、リアクションは皆無。
これは重症らしい。あの短気な第一位が乗らないどころか反応すら示さないのは初めてだ。
どうしたものか、と垣根は人差し指でコメカミ辺りを掻く。

709: 2011/10/03(月) 02:00:20.42 ID:9yBzihZDO



垣根「……とりあえず」



顔だけベッドに向ける。
そこには頭と右手に包帯を巻いた上条当麻が居た。



垣根「容体は? どういう状況だ?」

一方通行「……側頭部に重い打撃だけで別に呼吸困難に陥ってる訳じゃねェから、命に別状はねェンだってよ」

垣根「んだよ、慌てて駆け付けなくても―――」

一方通行「ただ」



彼は垣根の言葉を遮る。
室内に響き渡った声は続かず、一拍呼吸を置くように間を開けた。
高々数秒にも満たない僅かな時間だとしても感覚は長く感じて、緊迫化した空気を生み出した。






一方「打ち所が悪かったのか、記憶を失ってる可能性が高ェって……」






一方通行から紡がれる言葉は緊迫化した空気に相応しい内容だった。

710: 2011/10/03(月) 02:01:26.10 ID:9yBzihZDO



垣根「……」



彼は無言で一方通行の胸ぐらを掴み、目の前まで引き寄せた。
怒っていないと言えば嘘になる。
けど、記憶喪失の可能性が否めない点について八つ当たりをしようって訳じゃない。
垣根帝督が言いたいのはもっと別の事。



垣根「テメェが居て……コレか?」



結局彼が言いたいのはたった一つなのだ。



垣根「第一位様が事故を最小限に抑えた結果がコレなのか?」

一方「…………」



一方通行は答えない。
うつむいて視線を合わそうともしなかった。

711: 2011/10/03(月) 02:04:33.15 ID:9yBzihZDO

その有様に垣根は強く歯を食いしばる。
あまりにらしくない第一位の姿に込み上げる感情を抑え切れそうにない。

怒号を上げて叱咤する直前、彼は気付く。



垣根「お前、その右手……」






―――一方通行の右手に包帯が巻かれている事に。






一方「反射はなンでか知ンねェけど効かなかった。むしろ貫通しそォだったな」



右手を見つめながらその時の状況を思い出すように言う。
若干顔つきが険しくなったのは己のパーソナルリアリティが破られからだろうか?



垣根「……だとして―――ぶっ!!?」



彼の言葉は最後まで続かない。
まさに横やりといった感じで告げ終える前に強制終了させられたのだ。

ポスン、と床に落ちた病院の枕によって。

712: 2011/10/03(月) 03:20:46.55 ID:9yBzihZDO



「ぎゃあぎゃあうるせー。怪我人をいたわる気は無いのかテメェら」



事の現状を理解する前に一方通行や垣根には馴染んだ声が届く。
二人は鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべてしばらく停止した後、緩慢と顔を声がする方へ向けた。

コメカミや背筋にジトリと汗が一滴通過した気がした。
何故ならさっきまで話していた話題の中心人物―――上条当麻がベッドから上体を起こしていたから。



垣根「……」

一方「……」



僅かに漏れた空気が出るだけで彼らは言葉が続かずに絶句してしまう。
言いたい事は山ほどあるのにも拘わらず、何を発していいか判らなくなってしまって戸惑うばかり。

713: 2011/10/03(月) 03:22:01.19 ID:9yBzihZDO



上条「なんだそのふ抜け面は? 氏人を見るような目で見やがって」



嘆息でもつくように呆れ果てた口調で吐き棄てた。
後頭部をガシガシと乱暴に掻く姿はいつもの上条当麻そのものだった。
そんな彼を見て二人はハッと我に返る。
未だに動揺が隠せないのが現状だが、垣根はおずおずと尋ねる。



垣根「上条……お前、記憶は……?」

上条「……」



彼は眉間にしわを寄せて目を細め、






上条「何訳判んねーこと言ってんですかね、俺のグループに所属する第二位の垣根帝督さんは」






―――自然と顔が綻ぶのを感じ取る。

714: 2011/10/03(月) 03:22:56.66 ID:9yBzihZDO



垣根「な……なん、だよ驚かせやがって!」

上条「んだよ? テメェは俺が氏ぬとでも?」

垣根「いやいや、このクソ第一位が煽って―――」

一方「俺は一言も“絶対に”とは言って無いンだがな。勝手に自分の中で頃したのはオマエ」

垣根「おまっ!?」

上条「よし減給な」

垣根「ちょっと待ってくれよーッ!! 今月ピンチなんだってば!?」

上条「いや知らねえよ」

垣根「ちっくしょお!! オイ第一位表出ろやコラァ!!」

一方「うるせェ」

上条「やかましい」

垣根「いつもの感じで嬉しいが素直に喜べねえ!!」

715: 2011/10/03(月) 03:23:42.36 ID:9yBzihZDO




―――――――――――――――




日も昇り、人影が増えてるもののまばら。
窓から覗くとそこには病院の玄関前で健気に遊ぶ少年少女達。
賑やかにワイワイと聞こえてくる幼い声色は心を穏やかにしてくれる。

しかし上条当麻は子供に目もくれず青空を見つめるばかり。
起こした上半身に受ける微風は柔らかく優しい。
おそらく今日一日は晴れだろう。空から香る雨特有の匂いがしなかったから。



上条「……」



カーテンをなびき、髪がそよぐ。
顔色から窺える印象は憂い。
ドコか寂しそうで、はたまたドコか泣きそうで。
先ほどの騒がしさから一変、室内は静寂が占める。
妙な空気を醸し出しているのはソレもあるかもしれない。

716: 2011/10/03(月) 03:25:16.49 ID:9yBzihZDO



「言わなくてよかったのかい?」



その空気を破るかのように上条ではない声が室内に響いた。
危険性は無い。何故ならこの声の持ち主を知っているから。
だからこそ安心しきって応えることが出来る。



上条「何をですか?」



彼は空を見つめたまま返答した。
虚ろな瞳は蒼い空を映し、先が視えなく果ての無い無限の蒼に意識は溺れる。



「僕に白を切っても意味が無いと思うんだけどね」



それもそうだ、と上条は納得。
顔だけを振り返ればカエル顔の医者―――冥土帰しが立っていた。



上条「ちょっとした上条さんの悪戯心ですよ?」

冥土帰し「その悪戯心に僕は何度悩まされてきたんだろうね?」

上条「あはは……」

717: 2011/10/03(月) 03:27:38.13 ID:9yBzihZDO



誤魔化すにも程遠い苦笑を浮かべる彼に冥土帰しはやれやれ、と首を横に振る。



冥土帰し「……本当は覚えていない記憶が存在するんだろう?」

上条「……」

冥土帰し「君が自ら言ったじゃないか。『中学校入学からの一ヶ月が思い出せない』、と」



それはつまり―――上条が暗部入りしたきっかけ、一方通行と垣根と浜面の出会いを忘れてしまっている、という事。



上条「……よかったんじゃないですか?」



それでも彼は、微笑みを浮かべた。



上条「その一ヶ月の記憶を永遠に取り戻すことが出来ないとして、今後の生活に支障が出るわけじゃない。
   確かにアイツらとの出会いを忘れてしまったのは悲しいけど、だからといって友人関係が途絶えるわけでもない」

冥土帰し「……」

上条「それに―――」



上条当麻は満面の笑みを浮かべる。

718: 2011/10/03(月) 03:30:21.52 ID:9yBzihZDO
















上条「―――俺達の絆はこんな程度で崩せるモノじゃありませんから」

739: 2011/10/17(月) 02:06:51.30 ID:bRfzQyiDO



大きな事も無く順調に治療が進んで、無事に上条当麻が退院して数日。
とんだ夏休みの幕開けとなったが、おそらく彼らが送る日常は大して変わりはしないだろう。

例えインデックスを引取り実質『女の子と同棲生活』という事になったとしてもだ。
きっと上条の一日はさして変化は無い。



浜面「……で? その子は今ドコに居るんだ?」

上条「とりあえず留守番。困ったら先生の家に行けって言ってる。もしくは電話」

垣根「羨ましいの一言に尽きるぜ」

一方「さっきからオマエそれしか言ってねェぞ」



彼らは現在いつものファミレスには居ない。正鵠に言えば居られなかったのだ。

740: 2011/10/17(月) 02:09:22.28 ID:bRfzQyiDO
何故なら時間帯は昼時、故に大概の飲食店は混んでいる状況になる。それが災いして彼らの特等席に先約が居たのだ。
どうして四人がその席にこだわるかはさて置き、先約の客に垣根帝督が睨みを利かしたのは言うまでもない。

閑話休題。

四人は上記の理由で仕方なく別のマクロナルハンバーガーという飲食店に移動していた。
特に今日は仕事が無いため良かったものの依頼の連絡が来ていた場合、場所が場所なだけに声を潜めなければならなくなる。
断言しよう。確実にそれは不可能だ。



垣根「だってよ? 女の子だぜ? お! ん! な! の! こ!」

上条「……何が言いたい?」

垣根「モテたいと主張する」

浜面「何言ってんだ容姿はいいくせに」

垣根「気付け浜面、寄ってくる大抵の女共はリーダー狙いだ」

浜面「そういうことか……!!」



この垣根帝督という騒ぎ出す男が居る限り。

741: 2011/10/17(月) 02:12:42.23 ID:bRfzQyiDO
だからこそ、いつものファミレスでいつもの場所じゃなければならないのだ。

―――垣根帝督と言えば。

記憶の断片をたどって思い出した所によると、今と昔では断然と性格が相違している……らしい。
らしい。そう、『らしい』のだ。
当時の記憶を失っているためどんな様子だったか判らない。ただ、どうやら変われたのは自分のお陰のようだ。



上条(変われた……か)



断片的な記憶破壊の関連性で、最近とても重要な事柄に上条当麻は気付いたことがある。
それは己を変えたキッカケを作る『一ヶ月間の自分』が居ない重要性。

何が重要かお気付きだろうか?

『一ヶ月間の自分』が居ない……変わったキッカケが無くなったという事は、“過去”と“現在”の自分しか居なくなるという事。

742: 2011/10/17(月) 02:14:38.86 ID:bRfzQyiDO
それはつまり―――



上条(昔と今、両方の観念が俺の中にあるってことになる)



無垢だった過去の自分を消すはずの『一ヶ月間』が失ったため、過去と現在の自我が存在。言わば二面性だ。
良く言えば過去の己を取り戻した事になるが……、



上条「現実はそうはいかねえよなー……」

一方「なンか言ったか?」

上条「いやなんも」



仕事だとしても暗部でこなしていった依頼の数々を昔の“上条当麻”は許せない。
しかし今の“上条当麻”は仕方無い感じて、そうせざるをえない理由があるのも事実。

743: 2011/10/17(月) 02:17:50.08 ID:bRfzQyiDO
そもそも『一ヶ月間』に起きた事情が色々ありすぎて、ソレをインデックスの件で失っているんだから救いようが無い。
上記で述べたそうせざるをえない『理由』すら、もはや忘却のかなた。
どうやら一方通行達や美琴ですら知らない超機密情報らしい。



上条(とにかく絶対に思い出せない以上は八方ふさがりの打つ手無しな訳だから……のらりくらりと暮らしていくしかないよなー)



結局は思い出す事は無いのだ。間違いない。
逆に考えて、ヘタに記憶を取り戻そうと行動に移せば自分の性質上、危険な不幸を招きかねない。
だったら何もせずに時間の流れるままに身を任せた方が無難。

―――しかし過去と現在の観念の違いに葛藤して懊悩する日が来ることも、確かな話。

『一ヶ月』を消失している限り一生付き合っていく物。離れる事は決して無い。
どう対処するかも思考を巡らせていかなければならない。

744: 2011/10/17(月) 02:19:23.07 ID:bRfzQyiDO



店員「すいませんお客様。ただいま大変混んでいますので相席をよろしいでしょうか?」



ん? と一斉に四人全員が振り向けるとソコには女性の定員と、



「…………」



いかにも世界に絶望したかのような表情を浮かべた女の子が隣に居た。
年は上条と同じくらいなのだが……何故だか大都会の学園都市では一際目立つ巫女の姿をしていた。

店員は一度軽くお辞儀をすると、スタスタと仕事に戻るため去っていく。
四人が何も発さず呆然としている間に事が進んだため、取り残された全員に妙な空気が漂う。



『…………』



沈黙が訪れて気まずさが占める始末。
垣根がアイコンタクトで「どうすんだよ?」と知らせるが構ってやらないと決め込んでいるのか、無視を続ける上条達。

745: 2011/10/17(月) 02:20:19.49 ID:bRfzQyiDO

だけどもラチが明かないと判断したのだろう。
通路側に座っていた上条が窓際に詰め寄り透き間を作る。
巫女姿の女の子に座るように催促させたのだ。



上条「とりあえず座ったらどうだ? あんたが良ければの話だけど」

「……」



フラフラと覚束無い足取りで上条の隣に腰を下ろす。
途端に顔面からテーブルへ突っ込むというなかなかシュールな有様を描いてみせた。



上条「あー……名前は?」

「姫神」



顔を埋めたまま彼女は答える。

746: 2011/10/17(月) 02:21:08.36 ID:bRfzQyiDO










姫神「私の名前は。姫神秋沙。魔法使い」

763: 2011/11/05(土) 09:04:51.46 ID:TM0/+3ODO



浜面「はぁ……やっと抜け出せた」



上条当麻が率いる暗部グループの一員、浜面仕上はマクロナルハンバーガーではなく外を歩いていた。
姫神秋沙と名乗る少女は上条達に任せて、彼は待ち合わせで目的地へと向かう途中だ。

と言うのも浜面には元々用事があったりする。
それも駒田や半蔵関係では無いのだから、なお彼にしては至極珍しい話。
更に補足説明するならば、その待ち合わせ相手が最近知り合った女の子だということ。



浜面「垣根に知られたら多分、ただじゃ済まねえだろうな……」



多分ではない、確実だ。
冒頭の安堵の声はコレに繋がる。

764: 2011/11/05(土) 09:06:03.93 ID:TM0/+3ODO
おかげで密会みたいな形になってしまったのは仕方あるまい。



「浜面ー!」



ん? と顔を上げると、およそ十メートル離れた場所に自分の方へ向かって大きく手を振る少女の姿があった。
見覚えがある服装で、聞き覚えがある声色。
まさに自分と待ち合わせをしていた人物―――フレンダ=セイヴェルンだ。

浜面は自然と微笑みを浮かべて軽く手を振った。
返答に気付いたフレンダはパタパタと駆け寄って、



フレンダ「遅かったじゃない。レディーを待たすなんて、結局何してたって訳?」

浜面「いや……ちょっと、な」

765: 2011/11/05(土) 09:08:23.04 ID:TM0/+3ODO



困った様子でコメカミを人差し指で掻きながら彼女から目をそらす。
それもそうだろう。
飲食店で雑談をしつつ抜け出すタイミングを見計らっていたら巫女姿の女の子に絡まれました、なんて口が裂けても言えない。

そんな心境に至る事を知らないフレンダは、不審な動きをする浜面を目を細めて見つめるばかり。
しばらく凝視していたが盛大に溜息を吐くと、クルッと舞うように踵を返した。



フレンダ「ま、別にいい訳よ。無理に話す必要なんて無いしねー」

浜面「言ってもいいんだ、いいんだがなー……」

フレンダ「何でためらってるかは知らないけど、結局どうでもいい訳よ」

766: 2011/11/05(土) 09:11:45.49 ID:TM0/+3ODO



彼に背を向けたまま歩き出す。
まるで「付いて来なさい」と言わんばかりに。
浜面は戸惑いつつも促されるようにフレンダの横に並び、彼女に問う。



浜面「そう言えば出掛けるってのは聞いてるけど、一体ドコに行くんだ?」

フレンダ「あれ? 言ってなかったっけ?」



キョトンとした表情で首を傾げ、



フレンダ「そりゃあセブンズミストしか無いって訳よ」




―――――――――――――――




浜面「……にしても」



彼は辺りを見回す。

767: 2011/11/05(土) 09:13:17.10 ID:TM0/+3ODO
周りはポロシャツにカッターシャツ、無地のプリーツスカートやチェックのスカート、更にはカーディガン。
様々な色に配色された何種類の衣服が並べられていた。
そう。ここはファッションセンスフロアの『学生服コーナー』である。

フレンダは無我夢中に眺めたり、手に取って鏡の前で自分と重ねてみたりと買物を満喫の様子。
対する浜面の手にはフレンダが持っていたカバン。
ようやく彼女が自分を呼んだ趣旨を理解した気がする。



浜面「そりゃそうだよなー……」



天を仰ぐ。やはり現実は甘くないという事だろう。
リーダーみたいにモテる事は不可能なのか……、

768: 2011/11/05(土) 09:14:52.60 ID:TM0/+3ODO



浜面「いやきっと上条がオカシいんだよそうに決まってる」

フレンダ「さっきから何ブツブツ言ってる訳?」



ハッとして振り返ると、フレンダがいつの間にか浜面の傍らまで近付いていた。
目を細くさせた上に声は明らかに冷めた感じで発せられた。
……引いている事は間違いなかった。



浜面「なに、社会は厳しいなと改めて確認してたのさ」

フレンダ「意味判んないだけど」

浜面「……疲れてるんだ、気にすんな」



学生服コーナーから外れて通路の端に配置してあるベンチに腰を掛ける。
フレンダのカバンを隣に置き、嘆息を吐くように言う。



浜面「ちょっと俺はここで休んでるから、お前は好きなだけ見るなり買うなりしてこいよ」

フレンダ「……結局、仕方ないって訳よ。荷物持たせてるんだからあまり歩かせるのもアレだし」

769: 2011/11/05(土) 09:17:06.31 ID:TM0/+3ODO



やれやれと肩を竦めて、浜面に背を向ける。
彼女なりに気を遣ったのだろう。



浜面「……」



フレンダが行ったのを見送ってから、肩の力が抜けたように息を吐いてうなだれた。
下を向いた視線の先。右腕。
視線が止まった右腕だが、意味も無く見ている訳では無い。


注目しているのは……右腕の傷。


手首から肘にかけて一線の深い傷。
決して消える事の無い傷。
ソレは戒めであり、罪科でもある。
浜面が過去を生きた証。刻んだ歴史の彷彿。

770: 2011/11/05(土) 09:19:14.77 ID:TM0/+3ODO
浜面が常に自身に言い聞かせるのは、「俺は未熟者だ」という言葉。
故に彼は決して驕る事が無い。
己は無能だと理解しているからこそ、尚更そう思う。

しかしながら彼は上条当麻が率いるグループの一人。間違い無く、確かな実力を持った強い存在。

戦う技に優れているから強い訳ではない。
戦う知恵に秀でているから強い訳でもない。
『闘う』事への覚悟を持つから、信念を捨てないから、強いのだ。
何より過去の経験が、その想いを一層強固にする。



『逃げて。ここは私に任せて。……大丈夫、絶対に帰るから』



―――無力は、罪だと知った。

771: 2011/11/05(土) 09:20:39.13 ID:TM0/+3ODO



フレンダ「……浜面! ……浜面っ!」

浜面「……え? あ……ど、どうした?」



頭上から響く少女の声に反応する。
聞き慣れた声なので、すぐ誰か判った。



フレンダ「何ボーッとしてるのよ。結局、もう用事も住んだし行くって訳よ」

浜面「おう……」

フレンダ「? どうした訳よ?」

浜面「いや、こっちの話だ。たいした事じゃねえよ」

フレンダ「ふーん。そ」

浜面「なあ、フレンダ」

フレンダ「なに?」



何か言いたいのに、言葉が視えない。

質問の言葉か、謝罪の言葉か、それすら判らぬ自分が歯がゆい。

772: 2011/11/05(土) 09:21:55.44 ID:TM0/+3ODO



浜面「……いや、すまん。何でもねえ。行こうぜ」



踏み出す一歩が辛くなくなったのはいつだったろう。




流れ続ける血の痛みを気にしなくなったのはいつだったろう。

773: 2011/11/05(土) 09:23:58.14 ID:TM0/+3ODO










乗り越えられるようになるのはいつだろう?















782: 2011/11/20(日) 10:02:41.93 ID:cWsHayPDO



―――第七学区、ファミレス。



買い物を終えた二人はとあるファミレスで休憩を兼ね、デザートのパフェを頼んでいた。フレンダが。
決してパフェが目的で入った訳ではない、とフレンダは語る。
実際の所どうなのかは判らずじまいではあるが、浜面にとってそんな些細な事はどうでもいい。

それよりも彼がもっとも気掛りな点。

パフェの横にまるでおつまみを添えるように置いてあるサバ缶もさることながら、このファミレスが普段上条達が集まる常連の店であるという事。
浜面にとって言えば後者の方が危険性を感受していたりする。主に垣根とか垣根とか垣根とか。

783: 2011/11/20(日) 10:04:53.34 ID:cWsHayPDO



浜面「随分と空いてきてるし……来ない事を祈るしか無いな」

フレンダ「ん? なんか言った?」

浜面「いや、何も」



来るな来るな来るな……!! と心の中で念仏のように唱える有様は、もはや執念すら感じられた。
フレンダは彼がそんな心境に至る事を察するのは不可能だが、とりあえずさっきから上の空なのは悟っていた。
先刻からジッと浜面を見据えているが……どうやら気付いてない様子。
女の子と二人っきりで出掛けていると言うのに、デリカシーに欠ける失礼極まり無い行動な事には間違い無いだろう。

パクッとスプーンで掬ったクリームを一口。



フレンダ「!」



スプーンをくわえたまま、彼女はある事を思い付く。
口の中のクリームをたっぷりと味わって、飲み込んで言葉を発する。

784: 2011/11/20(日) 10:06:30.43 ID:cWsHayPDO



フレンダ「浜面、はーまづら!」

浜面「……え? な、何か言ったか?」

フレンダ「私の話、さっきから聞いてないでしょ?」

浜面「う……」

フレンダ「結局、図星って訳よ」



やれやれ、と肩を竦めて首を横に振る。
もちろん彼女はパフェとサバを食する事に夢中だったので、眺めてはいたが一言も話し掛けてはいない。
おそらくフレンダの内心では、底意地の悪い笑みを浮かべていることだろう。

まんまと罠に引っ掛かった浜面は「参ったな……」と言わんばかりに後頭部を右手で掻く。
よもや見抜かれていたとは思うまい。そしてまさか嘘だとも。

785: 2011/11/20(日) 10:09:08.47 ID:cWsHayPDO



フレンダ「何に気を取られてるかは知らないけど、さすがに失礼と思う訳よ」

浜面「……だな、すまん」

フレンダ「まあ別に私は気にしないからいいんだけどねー」



言い終えてサバを一口。
あくまで白を切るつもりらしい。



浜面(……仕方ねえ)



彼は腹をくくる。
仲間に目撃された場合は状況に合わせて対処する。決めた!

そんな臨機応変に行動へと移せれば一番良いのだが、自分がそこまで融通が利くとも思えないのも確か。
しかしもう半分ヤケだ。垣根なんか知らない。
彼女との食事を存分に楽しもうではないか。

786: 2011/11/20(日) 10:10:45.75 ID:cWsHayPDO

……だが急に割り切ると言っても困ったもので、途端に話題が見つからなくなり沈黙が二人を占める。
非常に気まずい空気が漂い始める中、思考を固めた浜面がおずおずとその沈黙を破った。



浜面「……そう言えばよ、今日は何で俺を誘ったんだ?」



必氏に絞り出した結果がこの質問。
彼にしてみれば頑張った方だと思う。丸。



フレンダ「んー、そうねぇ……」



彼女は親指と人差し指を顎に添えて、深く目をつむり考え込む。
時折うーんと唸り、ひたすら思考にふけってしまうフレンダ。

予想以上に彼女が真剣に考えてくれるのはとても嬉しいのだが、浜面は驚きを隠せない。
彼にとっては一言二言で返せる何気ない質問だったりするのだ。

787: 2011/11/20(日) 10:12:43.91 ID:cWsHayPDO



浜面「そ、そんな悩まなくたっていいんだぞ? 単純で構わないんだから」

フレンダ「じゃあ単に荷物持ちが欲しかったから、以上」

浜面「極端ッ!! 要約し過ぎだろ!?」

フレンダ「何よー、ワガママねぇ。結局、荷物持ちが欲しかった一言に尽きる訳よ」



浜面は頭を抱える。むしろ融通が利かないのは彼女かもしれない。
尤も、その反応を見て楽しんでいない場合に限るのだが。

くくくっ、と底意地の悪い笑みを浮かべて浜面を眺める様子は、悪戯が大好きな子供さながら。
やっと己の立場と事態を把握して、彼は情けない表情をさらすと、窓ガラスに体ごと向けた。



浜面「チクショー……こんな扱いは垣根だけで十分だっての……」

788: 2011/11/20(日) 10:13:34.32 ID:cWsHayPDO



男としての立つ瀬が無いのを感じて、とても惨めで切なくなる。
けれどもこの状態のまま続かせる訳にもいかないのも事実。

一旦心を落ち着かせよう。
自分は動揺しすぎなのだ。

ゆっくりと深呼吸を繰り返して窓ガラスから見える情景を眺め、穏やかにさせる。
行き交う人々、微風に揺れる木々にそびえ立つビル。更には窓ガラスに張り付く銀髪シスター。



浜面「―――ん?」



冷静になった所で、彼はようやく目の前に広がる光景を認識した。

789: 2011/11/20(日) 10:17:04.80 ID:cWsHayPDO





インデックス「パフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェ」






―――ベッタリと窓ガラスに張り付き、よだれを垂らしながらパフェに夢中の銀髪シスターが居た。

790: 2011/11/20(日) 10:18:50.28 ID:cWsHayPDO



浜面「お、おぉう……」

フレンダ「何かこういうのホラーゲームで見た気がする訳よ……」



辛うじて漏れた言葉。
二人ともどもあまりにも酷い姿になり果てた少女の姿にたじろぐ以外に他無かった。
浜面の場合、名乗りはしなかったものの一度は顔を見合わせているので、苦笑を浮かべるしか道は無い。

だがそれは仕方ないだろう。

何せ初めて会った時の第一印象からは、このような印象は見受けられなかったのだから。

806: 2011/12/05(月) 01:11:38.67 ID:jOxZI8JDO



インデックス「ありがとうなんだよ! ありがとうなんだよ!」

浜面「……」

フレンダ「おー、見る見るうちに減っていく」



彼女は感謝の意を述べて食べるという器用なマネをしながら、甚だしいスピードでテーブル一杯に並べられた品を片付けていく。
もはや噛まずに飲み込んでいるのではないか? と彷彿させるほど。

驚愕の光景に二人は思わず手を止め、釘付け状態に陥っている。
フレンダに至っては、さっきまで黙々と口に運んでいたパフェを自らインデックスに差し出し、現状を楽しんでいた。
しかしサバ缶は譲らなかった。
やはりこだわりがあるのだろうか?



浜面「でだ、イマイチ状況が飲み込めいから聞くが……何してたんだ?」

インデックス「おなかが空いたからとうまを捜し求めて、学園都市をさまよってたんだよ」

浜面「オッケー、簡潔な答えをありがとな。そして言わせてくれ……だろうと思ったよっ!」

807: 2011/12/05(月) 01:12:47.71 ID:jOxZI8JDO



予想通りすぎる返答に彼はツッコまざるを得なかった。
そして明確に言えるのは浜面の中で着実に第一印象が崩れ始めている事だ。
だが、それはさして問題は無い。
むしろ難儀なのはこのテーブルに並べられた品を全部、『浜面持ち』である事。もちろんパフェも。



浜面(一応、足りるけど……俺の懐はいち早く先取り冬仕様になるな。金銭的な意味で)



現在の季節は夏まっ盛りにもかかわらず、彼の財布は寒冷期を迎えるのは間違いない。
トホホ、とがっくり首を項垂れる浜面の背中からは哀愁を漂わせていた。

808: 2011/12/05(月) 01:14:16.57 ID:jOxZI8JDO
そんな意中である事など知る由も無いインデックスはテーブルに並べられた品を全て片付けると、満足げに笑顔を放った。



インデックス「ごちそうさまー!」

浜面「ったく、ほら、口の端に食べかすが付いてんぞ」

インデックス「んー」


心の底から嘆息を漏らし、財布をしまって別のポケットに突っ込んだ。
残念ながらハンカチは無いので手頃にあったポケットティッシュを取り出し、優しく撫でるように拭き取ってあげる。

この一連の動作を見て、フレンダは疑問を投げかけた。



フレンダ「随分と手慣れてると思うんだけど、存外に女遊びが激しい訳?」

浜面「ねえよ。っつーかそこは気を遣える男って解釈して欲しかったんだが……」

809: 2011/12/05(月) 01:21:19.57 ID:jOxZI8JDO



半分嘘で半分真実である。
ただ女遊びが激しい訳じゃ無く、過去に大切な人が『居た』というだけの話。
それに伴ってあたかも慣れているように見えるだけの事。

何気無い返答にも思えるが、実は内心、必氏に平然を取り繕っていたりする。
例え一瞬でも、脳裏によぎった『光景』が未だに焼き付いているから。
即答は自分でも知らない内に沸いた焦りの裏返し。
無意識で拒否反応を起こしているのか、まるで払拭するかのよう。

愚鈍な己が犯した人らしく有り人らしく無い愚かな罪。
でも、誰も彼を責める事はなかった。半蔵も。駒場も。上条も。
確かに浜面がとった行動は許されるものではないだろう。
実際、浜面は後悔に苛まれていた。
その度に懺悔を繰り返した。
心から詫び、涙もボロボロと流した。
みっともないと思いながらも地面に泣き崩れる日もあった。

当然こんなもので償えるとは到底思えはしない。
だけど判らなかったのだ。
謝る程度の事しか愚かな己には判らなかった。



浜面(……この温もりさえ感じる資格なんてねえのに、な……)



彼は、長くは続かないであろう平穏を味わう。

810: 2011/12/05(月) 01:22:38.41 ID:jOxZI8JDO
いつドコで、この日常が崩壊されるか判らない。
だからその最後の時まで気を抜かないよう注意しつつ、日々を過ごす。





―――その、最後の瞬間までに『彼女』を見付けれる事が出来たなら良いのだが……。





インデックス「君は確かこの前とうまを運んできてくれた人だよね!」



思考にふけっていた頭は、少女の明るい声によって現実に戻された。
浜面に向けてニコッと満面の笑みを浮かべるインデックスの姿。
太陽さながらの目映い輝きを放つ笑顔に彼は何かを感じ取る。

811: 2011/12/05(月) 01:23:48.09 ID:jOxZI8JDO



浜面「覚えてたのか、すげえな。一度しか会ってないのに」

インデックス「当たり前かも、私の完全記憶能力は見たものは全部覚えちゃうんだから!」



胸を張って威張る。
行動全てに頬が緩んで微笑を浮かべてしまうような少女。
上条が、自らの側に置く理由を今、理解した気がする。



インデックス「私は、インデックスって言うんだよ?」

浜面「浜面だ。浜面仕上」

インデックス「はまづら! よろしくなんだよ!」



少女の目線がフレンダへ向いた。
対象が変わったのだ。

812: 2011/12/05(月) 01:25:31.65 ID:jOxZI8JDO
ギョッと思わずたじろぐ。
片方の口端をヒクつかせて苦笑。
目を輝かせるインデックスが何を求めているか読めるからこそ、退いてしまった。

浜面はやれやれと息を吐き、顎をくいっと動かして催促させる。
自己紹介してやれ、と。



フレンダ「……フレンダ=セイヴェルンよ」

インデックス「よろしくなんだよ!」



辟易されたように言う彼女に対し隔てる事も無くインデックスは返す。
満足したのか、再び興味の対象は浜面へ向く。
だが彼は嫌な素振りを一片たりとも出さない。
すぐさま『物事を聞く態勢に移る』様子を見ると、やはりフレンダからすれば手慣れているようにしか見えないのだ。

813: 2011/12/05(月) 01:27:37.99 ID:jOxZI8JDO



インデックス「はまづらはとうまと仲良しなの?」

浜面「仲良し……っつーか、親友なんだと思うぜ? 自分で言うのも何か恥ずかしいけど」

フレンダ「ホントに。キモイ訳よ」

浜面「うるせっ」

フレンダ「ていうかそのとうま? って人と浜面は今に至る経緯はなんなの?」

浜面「……んなもん聞いてどうすんだよ」

フレンダ「結局、何となくって訳よ」

浜面「…………」



彼は気恥ずかしそうに顔を逸らし、ポリポリと頬を掻く。
インデックスも興味津々のご様子で、テーブルから身を乗り出して待機していた。
より一層、気恥ずかしさは増す。

二人の視線が集中するなか、逃げ切れないと判断した浜面が口を開いた。











浜面「何もねえよ、ただ情けない男の話さ」

814: 2011/12/05(月) 01:28:27.13 ID:jOxZI8JDO







―――時は、何年も前に遡る。

825: 2011/12/27(火) 02:22:51.03 ID:9I0TE1LDO




___Episode:浜面仕上







826: 2011/12/27(火) 02:24:11.89 ID:9I0TE1LDO



とある所に少年が居た。
何事に対しても不器用で、あまり目立つようではない至って普通の男の子。
だけど誰よりも優しくて機械を弄るのが大好きな少年だ。



少年の名前は浜面仕上。



そんな少年の側にはいつも少女が居た。
基本的に口数は少なくマイペースで、少年と同じくあまり目立つようではない女の子。
だけど誰よりも少年を気遣い、側に居て支え続けてきた少女だ。



少女の名前は滝壺理后。

827: 2011/12/27(火) 02:28:31.51 ID:9I0TE1LDO
二人の間柄は幼馴染み。
小さい頃からの付き合いで、共に過ごした時間は親より確実に長いほど。
帰る時も一緒。遊ぶ時も一緒。お昼寝の時も一緒。
学校でも同じ。登校も一緒。休み時間は一緒。昼休みも一緒。下校も一緒。

常に隣には少年が、少女が居た。
当り前になっていたのだ。
だが、その『当り前』がどれだけ大切か、どれほど重要なのか。
少年は身をもって知ることになる。


運命の日は小学六年生の後半の頃。


周りがドコの中学校に行くだの行きたいだの、とても忙しい時期。
当然、二人とも避ける事は決して出来ない通らなければならない道。
しかし無能力者である少年にとって、興味が一切持てない話だった。
何故ならどの中学に行こうが、自分に降り掛かる言葉は「落ちこぼれ」だけなのだから。
故にどうでもいいと重く捉えず、軽くあしらっていた。


けれど少女の方は、そうはいかなかった。

828: 2011/12/27(火) 02:31:30.95 ID:9I0TE1LDO



『君、その能力を他人のために使いたいと思わないかい?』

『……おじさんは誰?』

『私は能力を研究しているんだ。君の持つ能力は人を助ける事が出来るかもしれない。そのために私に君の能力を研究させてくれないか?』



少女のレベルは2。
将来有望な価値ある存在。
そして極め付きが至極稀な能力。
成長を続ければレベル5も夢ではない。
そんな喉から手が出るほどの人材を、学園都市の飢えた研究者達が放っておくはずが無い。



『やめとこう滝壺。この人達スゴく怪しいし、知らねえオッサンに付いて行く必要なんか無いって』



実験に貪欲な狂信者は躊躇う事を知らない。
判りやすい比喩で言えば、どんな事に対しても手段を選ばないのだ。

829: 2011/12/27(火) 02:33:28.69 ID:9I0TE1LDO



『残念だが君には用事が無いんだ。その子とお話がしたいから、悪いけどおとなしく帰ってくれないかな?』

『……!』



説得しようと気持ちが高ぶっている少年はとにかく、冷静故に少女は気付いた。
それは少女が能力者だったからかもしれない。
または少女が相手の動きをよく見ていたからなのかもしれない。





―――先頭に立つ研究者の背後に並ぶ人間の一人が、懐からナイフを取り出したのだ。





『はまづら逃げて、お願い』

『は? 何言って―――』



ゴッ!! と。

830: 2011/12/27(火) 02:35:58.86 ID:9I0TE1LDO
少年の側頭部で、何か鈍器なような物で殴打する鈍い音が響いた。
慣性の法則により少年の身体が傾き、およそ数メートルアスファルトを転がっていく。
突如起こった事態に訳が判らないまま、少年はうつぶせの状態から顔をゆっくりと上げる。



『う……な、何が……』

『オイ小僧』



頭上に響く野太い声と共に、スッと目の前にナイフを突き付けられた。

幼く知識が浅い少年にも突き付けられたソレの危険性を迅速に感知する事は可能だった。
恐怖が己を覆い尽くす中で、少年は辛うじて声の持ち主の顔を直視する。
自分より遥かに身長が高く、がたいの良い屈強な体の姿をした男が、気付かない内に接近していた。
……一対一の真剣勝負したところで、とても殴り合いで適うはずが無い相手。



『出来れば手荒い真似はしたく無いんだが』



少年の腕を掴み、






『―――仕方ねぇよな』






手首から肘に一閃、ナイフで切り裂いた。

831: 2011/12/27(火) 02:37:09.91 ID:9I0TE1LDO



『う、あ……あああああああああああッ!?!?!?』



血が噴き出す事は無い。
ただ、ダクダクと流れるだけ。
テレビで見るような鮮やかな色はしていなかった。
赤黒く濁った、初めて見る色。
痛みはある。しかし、それ以上に未だかつて味わった事の無い激しい“熱”が襲う。

動揺と戸惑いだけが明らかで。
恐怖がより一層に増すばかりで。



『氏にたくないなら消えな。小僧に構ってるヒマはねぇんだ』

『うぁ……あ、あぁ……っ』



泣きじゃくる少年に向かって冷酷に告げる。
だけどソレは、男が少年に対する最後の情けであり最終警告だ。

この場を去るならば見逃そう。
けれども留まる場合は容赦しない。

832: 2011/12/27(火) 02:39:56.47 ID:9I0TE1LDO

究極の選択肢を迫られた少年は、告げられた言葉の意味を正確に理解はしていなかった。
だがそれは仕方が無い事。何故なら少年は恐怖のあまり、思考能力を失っていたのだから。
そんな少年にも瞬時に判った事が一つ。



(こ、このままココに居たら氏ぬ……ッ)



でも、と。
少年の残り僅かな理性が、“逃げる”という選択肢に至らせず、踏み止まっていた。
本当なら目前の恐怖から逃げ出したくて堪らない。
どれだけ情けなくても、どれ程みっともなくても、逃げ出したかったのだ。

でも、今ココから逃げたら滝壺はどうなる?
欠けてはならない大切なモノを無くしてしまう気がした。
今まで過ごしてきた日常が。
何事も無く送ってきた平穏が。
二人で共に笑い合った幸せが。
……終わりを告げてしまいそうだった。


助けるんだ。俺が、助けるんだ。
滝壺を、俺が―――ッ!





『……大丈夫』





少女は暗い不安な表情を浮かべるが、それも一瞬だけ。
すぐにいつものように温かく、優しい微笑みに変わる。





『逃げて。ここは私に任せて。……大丈夫、絶対に帰るから』

833: 2011/12/27(火) 02:41:06.74 ID:9I0TE1LDO










―――気が付けば、走り出していた。

834: 2011/12/27(火) 02:42:29.37 ID:9I0TE1LDO



走る途中、何度も躓いて倒れそうになるが、少年は走り続ける。
溢れる涙を拭うこともせず、必氏に足を運ばせて進んでいく。
ドコに向かっているかは少年にも判らない。
もしかしたら、ひたすら恐怖から遠ざけるように逃げているだけかもしれない。
アスファルトを踏み鳴らして。
ガムシャラに走り続けて。




―――悔しい。




素直にそう思う。自分の無力さに苛立ちを覚える程に。
このやる瀬無い感情に少年はただただ歯を食いしばる。
走り続けているのはソレらを払拭したいからなのかもしれない。

835: 2011/12/27(火) 02:43:55.20 ID:9I0TE1LDO



『……ちくしょう……ッ』



どうしようもない後悔の念が声となった。
幼いながらに受けた屈辱は少年に大きな影響を及ぼす。
己がどれ程、精神面でも力でも弱いか理解した。
許せなかった。負けてしまった自分が。力でねじ伏せる思考を持つアイツらが。

そして何よりも、滝壺の見え透いた嘘と判っているはずなのに、逃げてしまった自分が……一番許せなかった。










『ちくしょォォォォォォォォォォォおおおおおおおおおおッ!!!!』










―――――――――――――――

836: 2011/12/27(火) 02:46:14.61 ID:9I0TE1LDO



浜面「ん……」



パチパチ、と焚火の音がする。
次第に数十人の人間が楽しそうに騒ぐ声も。

朦朧とする意識の中で、徐々に浜面仕上は目を覚ます。



浜面(ココは……?)



うっすら目を開けると、少し離れた場所で数十人の男が焚火の周りで談笑していた。
焚火と言っても小さな炎だ。
騒ぎに至る程ではない。

刻々と時間が経つにつれ、ようやく意識がハッキリしてきた浜面は、記憶を思い出して状況を把握。



浜面(そう、か。寝ちまったのか俺……)

837: 2011/12/27(火) 02:48:14.96 ID:9I0TE1LDO



夕方頃に川沿いの高架橋の下で、友人を集めて小規模のキャンプファイヤーをする事になっていた。
自分も途中まで手伝っていたのだが、休憩を取ろうと地面に腰を下ろし橋脚に背中を預けた……ところまでは覚えている。
どうやらそのまま寝てしまったらしい。
西日が差していた夕暮れも、現在では月が顔を出す時間帯。

疲れているのだろうか? だとしても、



浜面「……とても疲れが取れそうな夢じゃ無かったな」



むしろ気分が悪い。
夢の所為もあるかもしれない。

久し振りだった。
こんな鮮明に想起したのは。
当初こそは毎晩のように悪夢のごとく見ていたが、最近は全く来なくて落ち着いてたはずだ。

838: 2011/12/27(火) 02:49:45.34 ID:9I0TE1LDO



浜面「今になって見るもんじゃねえだろうよ……」

「目を覚ましたか?」



頭を抱える浜面の頭上から声。
顔を上げると、ソコには昔ながらの付き合いである友人―――駒場利徳が立っていた。



浜面「駒場か……いやすまねえ、手伝わずに寝ちまった」

駒場「……気にするな。疲労して睡眠を取っているのに起こすのは、野暮というものだろう?」



首を横に振って言う。
キャンプファイヤーの準備をしていて疲れた訳では無いと、駒場は見破ったのだ。


―――浜面に起こった悲劇の顛末を知っているからこそ、言える事。

839: 2011/12/27(火) 02:52:24.95 ID:9I0TE1LDO



浜面「はは……そう、だな」

駒場「……どうした? 顔色悪いぞ」

浜面「ちょっと、な。懐かしい“夢”を見ちまってよ」

駒場「……“夢”、か」



意味深な発言と駒場は受け取る。
ただの夢では無さそうだ。
憶測が正しければおそらく……。

結論に至る前に浜面は立ち上がった。
短い睡眠を取ってた所為か、首をポキポキと鳴らす。



浜面「目覚ましついでに飲み物買ってくるとするか……何か要るか?」

駒場「……いや、遠慮しとこう」

浜面「うぃー、んじゃあ行ってくるわ」



彼はヒラヒラ片手を振り、自動販売機に向かって歩いていく。
背中から漂わせる雰囲気は、まだ一向に取れぬ疲れか、或いは眠気によるモノか、若しくは―――、



駒場「…………」



緩慢と目をつむる。
考え込むように。祈るように。
浜面の事情を知る故、己は干渉することが出来ない。
何故なら駒場利徳という人物では彼を救うことが不可能だから。
初めて本人の口から聞かされた時、すぐに悟った。
従来付き合って来た仲だからこそ、いち早く気付いたのかもしれない。
それは半蔵も同じ。きっと二人が如何なる言葉を掛けたとしても、浜面仕上を救えない。

840: 2011/12/27(火) 02:55:54.43 ID:9I0TE1LDO



だから……願う。



必ずや浜面という男を助けることの出来る人物が現れる事を。
自分のやれる範囲が願う事だけなんて、本当は凄く歯がゆい。
親友を思うがために、何かしてやりたいと思うのは当然の事。
もし、他の事柄で役に立てるならば拒んだりはしないだろう。
だからこそ、



半蔵「おーい! 駒場ー! ちょっと手伝ってくれー!」

駒場「……今行く」





―――その日まで、願い続けよう。

841: 2011/12/27(火) 02:58:28.61 ID:9I0TE1LDO




―――――――――――――――




浜面はいつも通る公園まで歩いていた。
自動販売機は仲間達が居るところからすぐ近くにあるのに、彼はわざわざこの公園を選ぶ。

実は少し目覚めに歩きたかっただけの話。
丁度公園にはロシアンルーレット並みに面白い飲み物がある。
上手く引き当てば一瞬で眠気が吹っ飛んで行くだろう。



浜面「あっれ、小銭が無い……まあ、千円でいいか」



何気なく財布から千円を取り出す。
ウィーッと機械音と共に千円を入れて、どれを選ぼうとする……が、



浜面「…………ん?」

842: 2011/12/27(火) 03:00:31.55 ID:9I0TE1LDO



一向に飲み物のボタンが光る傾向を見せない。
それどころか千円の表示すらされない。

……浜面の中で、嫌な予感を感知した。

確かに今までは札ではなく、小銭だけだった。
千円や五千円、ましてや二千円など入れた事は無い。
故障という訳でも無さそうだ。
つまり、



「飲まれたっぽいな」

浜面「あぁ……最悪なことにそうみた―――は?」



と。
彼の思考は止まる。

首だけ横を見ると、同じ年ぐらいの少年があたかも当然のように立っていた。
ツンツン頭に黒いタンクトップ、ドコかの学生である証明のズボン。
少年は変わらない調子で続ける。

843: 2011/12/27(火) 03:03:17.51 ID:9I0TE1LDO



少年「コイツは小銭じゃねえと欲しい物を出してくれないワガママ姫なんですよ、全く」

浜面「……ってことはお前も?」

少年「二倍の値段で」



やれやれ、とでも言うように肩を竦めた。
少年は一歩下がって、不敵な笑みを浮かべる。




少年「だからな、こうして―――」




構えを取り、片足を振りかぶって、




少年「―――躾する必要があるんだッ!!」




自動販売機の側面を思う存分、蹴り上げた。

844: 2011/12/27(火) 03:10:30.87 ID:9I0TE1LDO



少年「ほら。ジュース。ランダムで悪ぃけど」

浜面「あ、あぁ」



呆然。その一言に尽きる。
突如隣に現れたと思いきや、自動販売機を蹴り上げて飲み物を強制的に出した、異様な人間。
圧倒されつつも受け取るが、微かに受け取っていいものか疑念が残る。
なかば一方的なため、浜面の状況は辟易の域である。

そんな意中である事を知る訳が無い少年は、片手を腰に添えて体重移動しながら口を開く。



上条「まあ気にせず貰ってくれ。不幸な上条さんからのささやかなプレゼン―――」



……が、少年の言葉は最後まで続かない。
何故なら、





ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!!





上条・浜面「ん?」

845: 2011/12/27(火) 03:11:33.40 ID:9I0TE1LDO



サイレンの音が聞こえるやいなや、公園の入り口に大量の学園都市を清掃するバケツ型掃除ロボ。
一、二、三……数えるのが面倒になる程、続々と掃除ロボが二人に向かって走行中。

二人は明らかにマズい雰囲気に背中からダラダラ汗が流れ出る。
とっさに上条の方を見れば、口角が引き吊り、苦笑を浮かべていた。
浜面は理解する。これはこの男でさえ予想外の状況なのだろうと。





気付けば二人は初対面にもかかわらず、仲良く全力で走っていた。

846: 2011/12/27(火) 03:15:22.21 ID:9I0TE1LDO



浜面「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」

上条「クッソ不幸だーっ!! 今日は大丈夫だと思ったのにぃぃぃぃ!!」

浜面「今日は!? ってことは何度か同じ目に遭ってんのかよ!!」

上条「うるせぇ! 飲まれるぐらいならタダの方が良いに決まってるだろ?!」

浜面「何だよその理屈ワケ判んねえから!! むしろ傍観者だったっつーのに巻き込まれて追われるなんざ堪ったもんじゃねえぞ!!」

上条「残念残念だ残念でしたの三段活用!! ジュース持って一緒に逃げてる時点でテメェは既に共犯者なんだよっ!!」






―――これが、のちに親友となる二人のファーストコンタクト。

861: 2012/01/23(月) 01:23:14.10 ID:pNjf1p9DO
というワケで投下します

862: 2012/01/23(月) 01:25:05.98 ID:pNjf1p9DO



―――翌日。



浜面は第七学区のとある駐車場に居た。
“居た”と言っても、彼の今の状況は何分表現し難いものがある。

何故なら“居た”という表現には程遠いのだから。
車と車の間に身を潜め、時折辺りを見回す行動を取る彼の姿は、もはや不審者以外の何者でもない。
誰が目撃しても警備員に通報するだろう。
実際、浜面は通報されても仕方が無い事を現在進行形で行っていた。
今手に持つのは針金、ハサミ、等々。お判りにいただけただろうか?



そう―――車の盗難だ。

863: 2012/01/23(月) 01:27:21.47 ID:pNjf1p9DO


小さい頃から物を弄るのは好きだった。
分解しては仕組みを知り、構築しては達成感を得ていた。
故に中学一年生にして機械系に滅法強く、学校の工作や技術といった科目では常に成績トップだったりする。
純粋に趣味として遊んでいたから。

だが現在は違う。これは役割。
どれほど屈強で強靭な肉体を持つ駒場でも、どれだけ冷静で聡明な作戦を謀る半蔵でも。
“物を弄る”という分野では浜面に到底及ばない。
武器の扱いに関しても、ロックを解除する事でも卓越した才能の持ち主。
車ごときのロックなんて何のその、弱冠にして神業的なピッキングテクニックの前では児戯に等しい。



浜面「いっつ……」



そんな彼も今日は不調気味。
片手で太ももをさする。
両足の筋肉から痛みが生じる―――所謂、筋肉痛というヤツだ。

864: 2012/01/23(月) 01:30:41.88 ID:pNjf1p9DO

昨日の夜、初対面の少年と街中を全力疾走をしていた所為だろう。それも理不尽な理由で。
あれだけの掃除ロボの数だ。撒くのも一苦労。
止まる事は許されないが故に走り続け、結果この状態に至る。
ジュース一本にまさか多大な代償が必要になるとは、誰が予想するだろうか。
これこそまさに神の悪戯。

少年とは分岐点で二手に分かれ、それ以降会う事は無かった。
正直な話、文句の一つや二つ言いたい所。
しかし残念な事に叶わぬ願いなのだが。



浜面「そもそも、これ以上の面倒は御免被るからむしろ会いたくねえんだがな、っと!」



警報機の反応に触れないよう用心しつつピッキングを行っていた。
語尾に力を加えた理由。とうとう車のロックを解除したのだ。

865: 2012/01/23(月) 01:33:20.75 ID:pNjf1p9DO

浜面は軽く伸びをする。



浜面「とりあえず駒場と半蔵を迎えに行っ……」



道具を懐に仕舞い、立ち上がって車を開けた途端、彼の言葉は止まった。
故意や意図的に続けられなくなったのではない。
自然と無意識で声が出なくなったのだ。
眉間のシワも一本増えた気がするのは、おそらく間違いでは無いだろう。
『絶句』という言葉はまさに今の現状を表すのだと思う。



浜面「は? いや、ちょ、まっ……はぁ?」



結局行きつくところは疑問系。
もはや言語機能すら失わなれかけていた。



「ん……あぁ?」



そしてまさか、訳の判らない日本語となってしまった疑問系に返事があった。
声は車の中から。それも運転席。

866: 2012/01/23(月) 01:38:32.90 ID:pNjf1p9DO
人が居たのだ。運転席と助手席を跨いで寝転び、就眠していた様子。
キチンと確認せずピッキングを行った浜面も不注意なのだが、中に居た人物が想定外過ぎて、この場から去る事すら頭に無かったらしい。

黒のタンクトップ。
ウニみたいなツンツン頭。
筋肉が締まった逞しい体格。
しかし自分より小さい身長。
……見覚えがあり過ぎて逆に困る。

しかも昨日の晩。
同じように全力疾走していた。
共に掃除ロボから逃げるため。
別れてから二十四時間すら経っていない。



上条「んあ?」



その時、バチリと二人の視線が交差する。

867: 2012/01/23(月) 01:40:14.40 ID:pNjf1p9DO



浜面「……」

上条「……」



訪れたのは沈黙と、何とも言えない気まずさ。
お互い無言になれば、僅かな動作すら行わなくなった。

運命とは数奇なモノだ。
時に残酷で時に滑稽である。
劇的な出会いを交わした二人は、またこうして邂逅する。



上条「よ」



あまりにも耐え難い空気に痺れを切らした上条が上体を起こして、ぎこちない挨拶を述べる―――その時だった。
起き上がる拍子に彼の右手が、盗難や強盗対策用の“遠隔操作可能の防犯ブザー”に触れてしまったのだ。




結果。

868: 2012/01/23(月) 01:41:28.05 ID:pNjf1p9DO






















ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!! 




















―――つい最近、同系統のサイレンの音を聞いた覚えがあるのは、気の所為だろうか?

869: 2012/01/23(月) 01:43:47.75 ID:pNjf1p9DO

繰り返すが、運命とは数奇なモノである。
これを必然と捉えるか偶然と捉えるかは千差万別だ。
それでも、もし神様が居たとして、二人に告げる言葉はこの一言に限る。

“一度ある事は二度ある”と。



「全く……朝っぱらから元気有り余ってよろしい事だが、少しは時間を考えて欲しいじゃん?」



ビクッ! と二人の肩が揺れた。
昨晩耳にしたサイレンの音では無い、明らかに自分達に掛けたであろう人間の声。
何故か無駄に辺りに響いた声は、ドコか喜びが含まれていた。

そして浜面は、この声に凄く心当りがあった。
幾度か顔を合わせた事もあればスキルアウトでお世話になった事も。
何より決定的なのは直接言葉を交わし、声を聞いた事があるからだ。



浜面「アンチスキル……!」



途端に踵を返して彼は全力疾走。
ほぼ無意識で足が動いたあたり、本能が危険と感知しているのだろう。

870: 2012/01/23(月) 01:45:15.01 ID:pNjf1p9DO

もはや振り向いて誰かなど顔を確認するまでも無い。
いや、する余裕なんて無いのだろう。
浜面の判断が正しければ、今の内に距離を広げとかないと……必ず捕まる。
そんじょそこらに居るアンチスキルとは訳が違うのだ。
レベル3の能力者までなら鉄拳制裁で抑える事が可能な時点で、意味が判らない。



「そこの二人止まらんかーッ!! おとなしく捕まるじゃんよー! 男なら男らしく立ち向かったらどうじゃん!?」



当然のごとく追い掛けているみたいだが、声はまだ遥か遠い。
逃げ切れる可能性は十二分ある。
路地裏を有効活用し、巧みに曲がり角などを利用すれば撒く事が出来る。
スキルアウトのおかげか、道や短縮ルートには相当詳しくなった。



浜面(あんたに止まれと言われて素直に聞くヤツなんて一人も居ねえ―――ん?)



ふと、浜面の思考が止まる。
全力で走りながらも首を傾げ、親指と人差し指を顎に添えた。
アンチスキルの発言に不可解な点があったからだ。
言ってしまえば、彼はようやく気付いたのである。
今まで気付かなかったのは、鈍感というか周りを見ず一心不乱というか。





―――二人? と。

871: 2012/01/23(月) 01:47:35.04 ID:pNjf1p9DO



浜面は顔だけを横に向け、



上条「……ッ!!」



固まった。顔だけ。



浜面「……いや……何でお前、俺と一緒に走ってんの?」



無表情のような呆れたような真っ白になり兼ねない表情だったが、すぐさま我を思い出し元に戻ると、問う。
同じく全力疾走の上条は大層必氏なのか、食ってかかった。



上条「何でってあのままアソコに居たら俺が捕まっちまうだろ!?」

浜面「あの車の持ち主お前じゃねえのかよ!?」

上条「当たり前だろっ! テメェと同様、盗んだ物だよコンチクショウ!! 第一上条さんには車を買うような経済力はありませんのことよ!」

浜面「まだ盗んでねえよ!? ったくあーもー! 何でまた巻き込まれなきゃなんねえかなぁ!! しかも同じ人物によお!!」

「私を前にしてそんなセリフ吐ける勇気があるとは良い度胸じゃんよーッ!!」

上条・浜面「すいませんっしたー!」

872: 2012/01/23(月) 01:49:51.25 ID:pNjf1p9DO




―――――――――――――――




浜面「はあ、はあ、はっ……ぉえ」

上条「ふぅ、何とか……振り切ったみたいだな」



路地裏に身を潜める二人の姿。
もう走れないと主張するように浜面は地面に腰を落とし、酸素を求め大きく深呼吸していた。
準備運動も無しにいきなり全力で走った為か、吐き気を催す始末。
それに対して上条だが、汗は出ているものの、息切れは微塵も感じられない。
浜面自身も運動神経は良いとまでには至らないが、“まあ出来る”程度。
スタミナにも自信はある。なのにこの男は……、



上条「お前も上条さんに劣らず不幸なヤツなんだな。俺が勝手に巻き込んでるだけかもしんねーけど」

873: 2012/01/23(月) 01:51:18.06 ID:pNjf1p9DO



そう言うと上条は浜面の隣に同じく腰を落とす。
疲れてる自分とは正反対に澄ました表情で言われムッとし、言う。



浜面「お前、あんだけ走っといて息切れ一つ無いとかバケモノかよ……」



遠回しな嫌味だ。皮肉の口振りは己がこの男より劣っているという卑下。
身長は自分の方が断然と高い。
手の大きさだって、おそらく足のサイズだって負けやしない。
なのに……自分より優れている。
頭ではイケない、と判って自制心を保とうとするが思考がついて行かない。
何かしら理由を付けて卑下をするあたり、もうそろそろ末期だろう。



上条「そういうお前こそ、十分過ぎるほどバケモノだと思うぜ?」



彼はケラケラ笑いながら、



上条「全力疾走で俺とほぼ互角に渡り合えたのは、お前が初めてだしな。『あの二人』でさえ……いや、だからこそか? スタミナ切れが早いのなんの、流石の上条さんも呆れちゃいましたよ」

874: 2012/01/23(月) 01:52:47.84 ID:pNjf1p9DO



理解が出来ない単語が幾つか出てきた。
そこまで明言する訳でも無く、ただ浮かぶだけ浮かばせておいて何事も無かったように濁して霧散させたのだ。
浜面はそれに気付きもしない。しかし当然の事。
濁らせた結果、深く追及をしなければ干渉も然り。
「昔、友人と同じような羽目にあったのか?」と頭の隅によぎるだけ。

上条は右手を差し出す。



上条「上条当麻だ。改めてよろしくな」

浜面「……浜面仕上、こっちこそよろしく」



同様に右手を差し出し、握る。



上条「……ん? なあ、どうしたんだこの傷?」



そして、気付いてしまった。
右手首から肘にかけて一線の傷に。

未だ消えない彼の傷は……“あの日”の証。

875: 2012/01/23(月) 01:55:37.27 ID:pNjf1p9DO

目に焼き付けた記憶。
決して忘れる事が無い映像。
一つ一つ、鮮明に覚えている。

研究員の顔も。
背後に並ぶ人間も。
近付いてきた男も。
野太い声も。
急激に襲われた頭の痛みも。
動揺と戸惑いで覆う恐怖も。
突き付けられたナイフも。
掴まれた時の腕の感触も。
赤黒く濁った血の色も。
初めて味わった焼けるような熱も。
最後に告げた……彼女の言葉も。

指の動きから、眉の動きも。
発言の一つから息遣いや呼吸まで。
一から十まで全て、記憶に刻んだ。

復讐も私怨も後悔も悔恨も、あらゆる感情を押し頃して天に誓った。
必ず―――捜し出してみせると。
どんな茨の道だろうと、泥沼の世界だろうと、強くなって……強くなって強くなって、絶対に!

















上条「どうした?」

浜面「……え? あ、いや……何でもねえ」
















―――その声に、我に返った。

876: 2012/01/23(月) 01:56:33.29 ID:pNjf1p9DO


傷を見て、“あの日”を無意識にふけてしまっていた。
昨日夢を見たばかりだったので尚更。

誓いの想いは心に当然残っている。
だが、手掛かりが無いのも確か。
幾ら手当たり次第に当たった所で、闇雲では意味をなさない。
どうしようも無いから心の蟠りは消えず、溜まるばかり。



上条「……くくっ、ハハハッ、あっはははははは!」



突然、喉を鳴らして笑ったと思えば、大声を上げて笑い出した。
まだあのアンチスキルが近辺に居るかもしれないという懸念は、どうやら無さそうだ。
無論浜面は目を丸くする。訳が判らず対応に困り果て、依然と握手を交わしたまま。



上条「あー、悪い悪い。ちょっとな」



ひとしきり笑った後、理解したと言わんばかりに「なるほどなるほど」と何度も頷く。

877: 2012/01/23(月) 02:00:15.19 ID:pNjf1p9DO










上条「……“あんた”が選んだ理由、頭の悪い上条さんでも判った気がするぜ」

878: 2012/01/23(月) 02:09:54.45 ID:pNjf1p9DO
投下しゅーりょーです

最近、投下が遅くなりつつあって、誠に申し訳ありません
こんなgdgdなのに待ってくださる皆様に感謝感激でございます

完結に向けて頑張りますので、今年もよろしくお願いします


ではまた次回

884: 2012/02/16(木) 02:14:19.53 ID:mnJa8asDO



上条「大体、車盗んだところで運転出来るのか?」

浜面「人の事言えないだろっ。……まあ、そこんとこ抜かりはねえよ。車の運転ぐらいとっくに修得してる」

上条「へぇ……誰が監督を執ってたんだ? まさか教習所の人とか言わないよな?」

浜面「当たり前だろ! だとしても門前払い食らうに決まってる。独学だよ独学! そういう上条はどうなんだよ?」

上条「馬鹿野郎。あんな薄っぺらいカードで証明されると思うのか? 上条さんは断固否定しますよっ」

浜面「いんや? 必要なのはカードじゃない、技術だ」

上条「仰るとおりで」



浜面と上条は路上を歩いていた。
あれから幾分が経ち、アンチスキルが周りに居ない事をしっかりと確認してから、今に至る。
……その間にも上条が平らな道で転けたり足をブツケたりと、様々な不幸が彼に降り懸かっていたが割愛。

885: 2012/02/16(木) 02:18:00.12 ID:mnJa8asDO

何気なく感じる二人の会話。
だが忘れてはいけない、彼らはまだ正真正銘の中学生である。
内容が内容なだけにアンチスキルに通報され、補導が否めない。
少し考慮すればこの答えに達するはずなのだが……前回の反省を全く生かせない二人。
もはや悔悟の色すら見えない始末。

そんな上条当麻と浜面仕上は会って数時間のはずなのにも拘わらず、既に打ち解け合っていた。
浜面も当初こそは壁を作り隔てていたが、話していく内に心を開きつつある。



浜面「ってかよ、お前こそあの車で何してたんだ?」

上条「……いやー、ちょっと友人から頼み事されましてですね。済ましたのは良いものの、終わったのが朝方でさ?」

浜面「あー、大方話が読めた」

上条「ま、そういう訳ですよ」

886: 2012/02/16(木) 02:20:39.99 ID:mnJa8asDO



予想外に体が疲れていたのだろう。
自宅に帰る余地も無く睡魔が襲われたに違いない。

どんな頼み事か些か気にはなったが、あんだけ全力疾走した後だ、軽い頼み事でない限り引き受けない。
するとだ、軽い頼み事であるならわざわざ車を必要とするだろうか? それも盗んでまで。



浜面(……考え過ぎか。人の事情に介入するほど、俺はお節介でもねえしな)



ほんの小さな引っ掛かりを追究する程、自分は上条という男に情を移してはいない。

887: 2012/02/16(木) 02:21:58.07 ID:mnJa8asDO








「ちょっと……ッ、止めてください!」

888: 2012/02/16(木) 02:27:48.20 ID:mnJa8asDO



声。少女の声だ。
不穏な空気が漂う声色。

思わず二人は足を止める。
路地裏へ繋がる丁度曲がり角。その奥に、少女が居た。

太陽光が差し込まなくて闇に食われたように、少しばかり視界が悪い。
故に少女の姿がぼやけている。が、見えない訳では無いという曖昧な境目。



「そんな嫌がらなくてもイイだろー? 俺達と遊ぼうぜぇ?」



男性の声。おそらく成人だ。
それも少女を囲むように何人も。
明らかに穏やかな雰囲気は流れていない。

構図と言葉から二人は理解した。
学園都市ではよくある風景。
通報を受けて駆け付けるアンチスキルも至って珍しくはない。
しかし。唯一普段と違うのは、表か裏かの差。
人が行き来するか否かの問題である。
場所は路地裏だ。人は普通、通るはずがない道。だから目に留まらない。
偶然、耳にした自分達は幸か不幸かどうかは定かではない。

予測を立てるとすれば、このまま少女を放って置くと男達に……その先は言うまでもない。

889: 2012/02/16(木) 02:32:06.88 ID:mnJa8asDO



上条「どうする?」

浜面「……何が?」

上条「声を聞いちまったもんは仕方ないだろー? だから浜面はどうするのかを上条さんは聞きたいんですよ」

浜面「どうするったって……お前は?」

上条「言ったら俺も言う」

浜面「言ったもん勝ちかよ……」



心底困ったように頭を掻く。
浜面仕上はこういうどちらかの選択肢を迫られるのは苦手な方。
性格からの問題で、優柔不断や己を卑下する事から来ている。
例えば友人と遊ぶ場合、場所や何をするか決める時に「どうする?」と問われると、「どうする?」と逆に聞き返すタイプ。
「何でもイイよ」っと返したりと、流れに身を任せてたり、相手に主導権を委ねる性格。
現代の若者にありがちだが、決して悪い事ではない。
相手の意見を尊重する事は素晴らしい美点。

890: 2012/02/16(木) 02:43:01.32 ID:mnJa8asDO


でも、一つ言うとすれば。
浜面の場合はどんな時もなので、“自己主張が無い”のだ。

それはもはや逆に欠点でもある。
ここぞ! という運命を変える究極の選択を決める場面に出くわした時、彼はきっと躊躇う。
必ず明確な『迷い』を見せる。
直感で行動を移す事はあろうとも、自らの思考を重ねた判断は彼にとって難しい。

「俺なんかが行った所で」とか「どうせ」とか「仕方無い」とか。
言葉の羅列を並べ、ドコか自分の中で辻褄を合わせて、本音を抑えて、自分を納得させている。



浜面「……」



今の現状が実の証拠。
浜面の思考は迷走中だ。
足を止めたが最後、決めなければならない。

助けに行くのも、知らん振りするのも彼の自由。
でも仮に助けに行ったとして、どうする? 自分に何が出来る?
あっちは複数人。こっちは上条を入れても二人。タイマンならまだしも、明らかに不利な状況。
勝てるかどうかも危ういというのに、あっちが温和しくするとも限らない。
相手側が能力者の場合は? 無能力者である自分に勝機など、やって来るのか?





そもそも少女を助けて―――俺の何になる?





行っても四方からフルボッコを食らうだけ。
別に何の得にもならない。損ををするだけ。
だったら踵を返し、先に足を進めた方が賢明だろう。



浜面(そうだ。その方がいいに決まってる)



自分は漫画やアニメに登場するような主人公に何かなれない。
老若男女構わず、困っていたら助けるなんてヒーローの真似は不可能だ。
そんな行動力を持ち合わせていなければ、強大な敵に立ち向かう度胸すら無い。
せいぜい自分はやられ役の情けない脇役。人を食い物にしか出来ないような人間だ。
誰かの為に一生懸命になれるのは容易くは無い。保身が第一なのだから。

891: 2012/02/16(木) 02:44:20.40 ID:mnJa8asDO











―――所詮、無能力者(俺)なんて、そのものさ。

892: 2012/02/16(木) 02:47:37.95 ID:mnJa8asDO



上条「……俺は」



未だに決断が曖昧な浜面を見兼ねてか、上条は一歩、路地裏へ進む。
その様は打って変わった雰囲気を纏う。
瞳はギラギラと輝き、目筋はまるで別人のように鋭く一変。
不敵な笑みを浮かべつつ緩慢と口を開け、



上条「正直面倒事を自ら被るなんて嫌だし、最近は人助けさえ判らなくなってきた……けどな」



また一歩、進む。



上条「向こうからやって来るトラブルは仕方ねーや、と思うぜ? 可能なら避けて過ごしたいけど」



また一歩、



浜面「いや、待てよ。行動と発言がまるで一致しねえって! それじゃお前が言う、自ら面倒事に首を突っ込んでんじゃ―――」

上条「何言ってんだ?」



歩みを止める。
だけど振り返らない。
背中を向けたまま、言葉は続く。

何故だろう。顔は見えないはずなのに。
不思議と上条の表情が手に取るように判る。
彼は確実に依然として、不敵な笑みを浮かべてるに違いない。

893: 2012/02/16(木) 02:49:09.27 ID:mnJa8asDO



















上条「上条さんはこっちの道を通りたいと思っただけですよ? 別に“自ら巻き込まれに行く”訳じゃないので悪しからず」

















浜面は悟る。

「あぁ……この男は強い」と。
澱んでいる己よりも、ずっと。

905: 2012/03/01(木) 02:40:50.21 ID:l401OfzDO



浜面「強いんだな、お前……」

上条「違う違う、こいつらが連携をしなかっただけさ。単独で来てもワンパターンになるだけだし」



余裕があったのか、すらすらと分析した結果を述べる。
浜面は瞬く間に薙ぎ倒された男達の有様を横目に、「よく言える」と心の中で悪態を吐いた。

もはや作業に近いほど、手際の良さだった。
例え能力者でも、武器を所持していても、少女を人質に取っても、上条当麻の前では意味をなさなかったのである。
まさに臨機応変。この言葉がもっとも相応しい。
自衛隊やアンチスキルの訓練でも受けてきたんじゃねえか? と自らの目をも疑った。

906: 2012/03/01(木) 02:42:13.42 ID:l401OfzDO

中学生というレベルを凌駕しているのだ。
だけれどその戦い方はまるで未曾有。
アンチスキルが得意とする対能力者や対人用でも無い。
ともすれば能力を使ってる訳でも無ければ、路地裏で繰り広げる喧嘩の動きでも無い。
本当に通行の邪魔をする男達を払いのけるように。
手並みは鮮やか。無駄な動きは無くスムーズ。

この華奢な体のドコにそんな体術が備わっているというのか。
デタラメに鍛えたこの肉体や路地裏で学んだ喧嘩と違って、綺麗に整えられた筋肉と身体に叩き込まれた戦術。

こんな所でも、無能力者の間でも比べられてしまうのか。
ただでさえ能力者と無能力者で区別されているというのに、その無能力者の中から更に比べられるというのか。
落ちこぼれから、より格下を決められるのか。
落ちこぼれの下はなんだ、負け犬か、屑か、ゴミか。


……せめて、






上条「能力者だったら良かったのに、とか?」

907: 2012/03/01(木) 02:44:17.04 ID:l401OfzDO

浜面「……!」

上条「何で? って顔してんな。別に上条さんはゲームの主人公の仲間のように『MPを消費して相手の思考を読む!』とか、そんな魔法は持ってませんよー」

浜面「いや判ってるさ。けど……なんで……?」

上条「ん」



ビルの壁にもたれる上条は、見向きもせずクイッと指を立てて示す。
方向を辿れば窓ガラスがあった。

多少の埃が窓ガラスに被っているが、自分の顔が映る程度は支障無い。
意味が解らず、首を傾げつつもジッと窓ガラスに映る自分を眺めていると、





上条「お前の顔に書いてるだろ? 『俺にもこんな力があれば……』ってな」

908: 2012/03/01(木) 02:45:34.15 ID:l401OfzDO


















―――あぁ、本当だ。






―――顔が、物語っていた。






―――澱んだ瞳も、何もかもを諦めたような表情も、全部。全部。

909: 2012/03/01(木) 02:49:20.01 ID:l401OfzDO



力が抜けていくように膝が折れ、緩慢と両膝が地に付く。
頭をビルの壁に添える。何故だか自然と、笑いが込み上げてきた。

同時に……涙も。

滝壺の言葉に甘えた“あの日”は悲しみで泣いたはずなのに。
どうしてかは判らない。悲しくないのに……涙が、溢れてくる。

自分があまりにも情けなくて?
自分がどうしようもなく弱くて?
自分が未だに過去の事を引きずっているから?



浜面(いや……違う)



そうだ。そんな事ではない。
でも答えが見付からないのも事実。
もっと単純に。簡潔に。
例であげたような細かい部分じゃない。
前の段階の話で……。










あ……そうか。

ようやく気が付いた。




“変わってない”からだ、俺。




『あの時』から何一つとして。

滝壺を失った日から今の今まで。

911: 2012/03/01(木) 02:52:06.28 ID:l401OfzDO


鍛え上げたゴツゴツの肉体は意味をなさない。
何故なら、迎え撃って護れるように鍛えたはずが、その使う場面の道を避けているのだから。
使われない物は張りぼてと同じ。
外見ばかり囚われて、己に染み付いた中身を見失っていた。



上条「……箱の中の猫だな」



唐突に上条が言葉を発した。
静かに話す物腰は、ドコか普段とは違う何かを感じさせる。
浜面は顔を向けずとも、そっと上条の方へ意識を集中させた。



上条「箱の中に居る猫が、氏んでいるか生きているか、確率は半分。しょうがないさ。実際に箱の中を“見てない”んだから」

浜面「……何が言いたいんだ」

上条「お前も同じって事だよ。どれだけ屈強な体を持っていても、強いか弱いかで言うなら、半分の確率だろ?」

浜面「……」

上条「ま、何があったかは知んねーけど。しっかし報われねえな」

浜面「何がだよ……」

上条「だってそうだろ?」



例え、上条の言うことが正しかったとしても。
例え、自分は猫で言うなら氏んでいるか存在だとしても。
例え、どんなに自分の存在を馬鹿にされても。





上条「お前の心に、強くなりたいと誓わせたヤツは無駄に終わってる訳だろ? 報われねーよ」





―――彼女を侮辱するような言い方だけは、許せなかった。

912: 2012/03/01(木) 02:57:11.40 ID:l401OfzDO



浜面「……!!」



彼は上条の胸ぐらを勢いよく掴むと、そのままビルの壁に押し当てた。
畳み掛けるようにもう片方の腕を振り上げる……が、止まる。
強く握り締めて作られた拳は、僅かに震えるだけで振り下ろされなかった。
浜面はただギリギリと歯を食いしばり、怒りの表情と同時に“躊躇い”の色を見せるだけ。



上条「……どうした? 殴るんじゃなかったのかよ?」

浜面「……」

上条「今の俺は殴られてもオカシくはない事をお前に言ったんだ。ほら、殴れよ」

浜面「っ」

上条「結局はだろ。テメェに度胸が足りないからいつまで経っても、『ソコ』に居るんじゃないのか?」

浜面「ああああああああああああ!!」



ゴッ!! と。
ようやく振り下ろされた拳は吸い込まれるように上条の頬へ。
内に秘めていた感情が、上条の指摘を引金に剥き出しとなる。



浜面「ああそうだよ!! 俺は所詮スキルアウトさ。ダメで落ちこぼれな学園都市のクズだ。一人の女の子も護れない最っ低なヤツなんだよッ!」

913: 2012/03/01(木) 03:01:49.12 ID:l401OfzDO



これまで様々な葛藤に苛まれてきた。
懊悩する日々。答えが見えないどころか希望の光すら照らされない。
一向に手掛りが見つからず遣る瀬無い毎日が続くだけなのである。



浜面「は、はははっ!! はっははははは!! 結局そんなモンなんだッ!! 無能力者ってのぁ」



爆発した感情は次第に“笑い”に変わる。
決して良い方の“笑い”ではなかった。
どちらかと言えば、嘲笑に近い。
己を嘲笑し、狂い始めている。

懐に手を突っ込み、取り出したのはハンターナイフ。



浜面「その程度なんだよぉっ!!」







勢いよく駆け出して―――ナイフを薙ぎ払った。







浜面「……っ!」

上条「やりゃあ、出来んじゃねえか」







―――しかし、







上条「勝手に自分の限界を決め付けてやるなよ。出来る出来ないの判断で行動を起こしてんじゃねえぞ!」







―――上条当麻という男は、強かった。

914: 2012/03/01(木) 03:10:27.50 ID:l401OfzDO



上条「大事なのはテメェの気持ちだろ? 俺の想像が付かないぐらい『助けたい!』って、強く願った思いなんだろ?」



ナイフを受け止め、いなす。
血が混じった唾を吐き捨て、彼は立ち上がり浜面と相対する。

完全に決まった打撃のはずなのに、本気で殴ったはずなのに、のされず立ち向かう上条の姿に思わず後ずさり。
だけど言葉を話すこの口は達者で。
まるで出任せを口走るようで。
嘯いてけしかけるようで。



浜面「仕方ねえだろ!! 俺は能力者でも無ければ、テメェみたいに強くも無いんだ!! 誰もがそう簡単に―――」

上条「誰が強くなれと言った?」



嘆く浜面を遮るように、上条は言葉を紡いだ。



上条「履き違えんなよ? 俺は何もテメェに強くなれとは言ってねえ」



浜面は一歩、引き下がる。



上条「強くなる必要がドコにある? 弱いとダメな理由がドコにある?」



また一歩、下がる。



上条「強いとか弱いとか、そういう事じゃない」

浜面「だまれ、よ……」

上条「自分が助けたいと心から願ったヤツを、希望が有るか無いかなんて関係なく、正しいか正しくないかじゃなく!」

浜面「黙れって言ってんだろォ!!!!」

上条「ソイツだけでも救い出す事が出来るヒーローになってみろよ!!」



浜面が防御体勢に入るが……もう遅い。
上条は一瞬で間合を詰めると―――屈託の無い不敵な笑みを浮かべた。





上条「一発は一発だよな?」

915: 2012/03/01(木) 03:11:26.83 ID:l401OfzDO



渾身の力を振るい、拳を放つ。
まるで鋼の堅さを誇り、研ぎ澄まされた一撃は弾丸の如く。
決して未熟ではない。だが、中学生が繰り出すとは到底思えないプロの域。
素人が喰らえば、一瞬で意識を刈り取られる事は間違い無い。

もちろん、浜面とて例外では無い。
同様に意識を失って、地面に倒れてもオカシくはなかった。



―――だけど、








浜面(たき……つ、ぼ……)









―――彼女に対する思いが、浜面を繋ぎ止めた。

916: 2012/03/01(木) 03:15:15.77 ID:l401OfzDO



あの日、俺は絶望を知った。
大切な人を失う気持ちを知った。
ドラマや漫画でしかありえない事が現実で起こるのを、初めて知った。

悔しかった。
涸れるほど涙も流した。
不甲斐無い気持ちで一杯だった。
そして、誓った。
絶対に強くなってやると。
アイツらに負けないくらいに。

……誰のため?

決まってる。
自分のためじゃない。
滝壺理后という少女のためだ。
強くなって。強くなって。
強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く。

……何故?

当然、護るためだ。
保身用のためじゃない。
滝壺理后という少女のためだ。
未だドコかに囚われているはずの彼女を―――救い出すためだ。



なのに。今の俺は……。
どうしようもなく情けない男。
卑下ばかりで、一歩踏み出そうともしなかった。






―――あぁ……そうか。






何だか、判った気がする。
上条が言っている事も。
これから何をすべきなのかも。

本当はずっと前から気付いていた。
上条に言われるまでもなく、心のドコカで認めていた部分はあった。
ただ、ソレを俺は拒んでいたのかもしれない。

怖くて。恐ろしくて。
もう傷付くのが嫌で。

もしかしたら右腕の傷に、俺はトラウマを覚えていたのかもしれない。
だから必氏に自分の身を守ろうと、根も葉も無い言訳を並べていたのかもしれない。



浜面(お、れは……)



そう。ただ。純粋に。







―――彼女の傍に、居たかっただけなんだ。

917: 2012/03/01(木) 03:18:37.31 ID:l401OfzDO



上条「……ビックリだな」



口から垂れる血を手の甲で拭い、思わず言葉を漏らし、驚愕を示す。
仰向けに崩れ落ちた浜面の意識が、まだ保たれていたからだ。

朧気に瞳を半目だけ開け、ボーっと空を眺めていた。
視線の先にあるのが青空でも、浜面は空を視ていない。
映しているだけで、視ていない。
まるで悟りを開いたかのような。



上条「あの二人でさえ、だらしねえ顔を晒して伸びてたっつーのに」

浜面「……なあ」



聞こえるか聞こえないか曖昧の声が、浜面から紡がれる。
ほとんど掠れていたが、上条の耳にはハッキリと届いた。



浜面「俺……まだ、前に進めるかな……?」



例えぼんやりと、誰に向かってではなく、自分自身に問い掛けているものだとしても。

上条は同じように空を眺め、微笑む。







上条「ああ。もちろんだ」







浜面は緩慢と薄く笑みを浮かべ、まぶたを閉じる。



浜面「そっか……よかった」



目尻から一粒の涙が流れる。
キラリと光る雫は、一際輝く姿を見せた。
きっとそれは、悲しみから生まれた物ではない。
心の奥底から溢れ出た、彼の『喜び』の表れだろう。



―――浜面仕上がようやく一歩前進した褒美として、神様が捧げてくれた証かもしれない。

930: 2012/03/20(火) 02:51:22.98 ID:N/Lfm4yDO



浜面「―――とまあ、この後は土下座を何回もして、ようやく仲間に入れてもらい、今に至る訳だ」

インデックス「……なんだか、はまづらと私の扱いの差がありすぎて、言葉も出ないんだよ」

浜面「別に感想なんか求めてねえよ。ベラベラと話すような内容でもないし」

インデックス「むぅぅぅ……やっぱりとうまは女の子に対してだけ『S』なのかな? じゃないと酷過ぎるかも!」

浜面「少なくとも『M』ではない。断言できる」



尤も、それは上条に限った事では無いのも確か。
のちに出会う親友であり戦友である二人は、少なくとも『ド』が付くのは間違いない。
ただし片方は、自らボケの立ち位置に赴いているので定かではないが。



―――ちなみに、彼らの初対面を一言で説明するならば、“最悪”である。

931: 2012/03/20(火) 02:53:15.13 ID:N/Lfm4yDO




―――――――――――――――




浜面『し、失礼しまぁ―――』

『だーかーら! 言ってんじゃねぇか!』

浜面『うぉっ!?』

垣根『目玉焼きには醤油が一番だ、これだけは断じて譲らねぇぞ?』

一方『何言ってやがるンですかァ? 目玉焼きに合う調味料はソースに決まってンだろ? それ以外は邪道でしかねェよ』

垣根『おーおー? 言ってくれんじゃねぇか天下の第一位様はよお?
   んな屈折しまくったモンばっか食ってるから、いつまでたってもクソモヤシのまんまなんじゃねぇか? えぇ?』

一方『オマエこそありきたりな王道しか走らねェから、しょォもないファンタジーな翼が生えンだろ? さっさと天国行けよ気色悪ィ』

垣根『……なんだとクソ中二病野郎が?』

一方『……ンだとこのクソメルヘン?』

浜面『あ、あのー……?』

一方・垣根『あ゛ぁッ!!!?』

浜面『ひぃぃっ!!!?』




―――――――――――――――

932: 2012/03/20(火) 02:55:23.25 ID:N/Lfm4yDO



今でこそ懐かしいと思えるが、第一印象+初対面と考えたら最悪極まりない。
初めて上条の言う『二人』と顔合わせにして、今後付き合っていく仲間なのだが……正直、



浜面(恐怖以外に何も残らなかったよなー……)



彼がそう思うのも無理もない。
恐怖という概念を頭に直接叩き込まれたようなものだから。

曲がり形にもスキルアウトとして生き、様々な怪物を目にしてきた。
主に駒場とか駒場とか駒場とか。
だが、その二人は次元が違う。
特別図体が大きい訳じゃなく、屈強な筋肉がある訳でもない。
歴とした“殺気”をぶつけられたのだ。
往来する一般人に浴びせれば卒倒する一級品。
そんな代物を味わってなお、冷汗と後退だけで済んだ自分は、まだマシな程度かもしれない。

……しかし、もしあの時に上条の仲介が無ければ、自分は五体満足で居られなかったと、しみじみに思う。

933: 2012/03/20(火) 03:00:30.20 ID:N/Lfm4yDO



浜面(まあ、確かに色んなゴタゴタはあったけど、少なくとも上条のおかげで今の俺が居る訳だし)



“過去”を乗り越えられたかを聞かれれば、肯定する事は出来ない。
卑屈や劣等感も昔より幾分改善されつつあるが、やはり身体に染み着いているのも確か。
だけどあの時に上条と出会っていなかったら、自分はおそらく、あのまま変わらずにもっと堕落していた。

変われたかなんて、判らない。
前進しているかなんて、判らない。
自分で判る事は限られてる。
気付くのはいつも己の欠点ばかり。



―――でも、今が充実していることは間違いないのだ。

934: 2012/03/20(火) 03:02:17.94 ID:N/Lfm4yDO

それ故に浜面仕上は恐れている。
いつか必ず来るであろう、自分自身に『壁』が立ちはだかる事を。
学園都市という……『闇』を。
彼は少なからず、その片鱗を己の目で認識し、身を持って体験しているのだ。



浜面(あんなの……実際はぬるいんだろうな。今『俺達』のやってる事の方が、よっぽど残酷だ)



浜面は吟味する。
この思考は自分だけではなく、おそらく垣根や一方通行、上条も感付いているはず。

幾日か前。垣根から聞いた話によれば、何やら統括理事長の目論見が密かに実行されつつあるらしい。
警戒が必要だと、いつもの『おふざけモード』は皆無のマジメな眼差しで。
表情こそ垣根は笑みを浮かべていたが、夜の青空を映す目は、真剣そのもの。

ココ(学園都市)は決して甘くない。
その内、必ず俺達の邪魔をするために仕掛を施すだろう。
だから油断は禁物だ。常に万全の状態で構えておけ。

……そう、垣根は告げた。

935: 2012/03/20(火) 03:04:05.26 ID:N/Lfm4yDO



浜面(……学園都市がどんな手段を講じてくるか判らない。でも、垣根の言う通り邪魔は入るはずだ。
   少なくとも、俺が滝壺を救い出す時は多分、簡単にはいかない。絶対に……)



覚悟はとっくに出来ている。
闘う覚悟も。闇に立ち向かう覚悟も。
どんな強大な敵だろうと、今度こそ逃げずに留まってみせる。

時には恐怖心を抱くかもしれない。
時には歴然と差が付いた戦闘力に絶望を覚えるかもしれない。



でも、“逃げない”。



恐れても負けそうになっても、どんな事があっても、逃げない。挫けない。



『ソイツだけでも救い出す事が出来るヒーローになってみろよ!!』



―――リーダーがくれた、この言葉がある限り。

936: 2012/03/20(火) 03:05:34.71 ID:N/Lfm4yDO



フレンダ「…………」



各々が言葉を発する中、金髪の少女はただ一人、口を閉ざしていた。

まん丸の大きい目を細くさせ、思い詰めるように、ひたすら浜面を見るだけ。

果してその意は何なのか、謎は深まるばかり。






















インデックス「やっぱり納得いかないんだよおおおぉぉぉぉ!!!!」



インデックスは悶えるばかり。

937: 2012/03/20(火) 03:07:22.93 ID:N/Lfm4yDO




―――――――――――――――




BANBAN!! と辺りに銃撃音が響く。
薄暗い路地裏の細い道、人の目も耳も届かない場所。
火薬の臭いと不穏な空気が漂うなか、そこに……少年と少女が居た。

少女はなりに似合わない身の丈ほどの銃器を抱えていた。
多少の息切れと、覚束無い足取りで。



一方「いい加減、諦めたらどォだ?」



一方の少年は、至極億劫そうに呟いた。
頭をガリガリと掻き、片目を閉じた状態で少女と相対する。
少女より遥かに余裕の色が窺えた。
敵視すらしないと言わんばかりに。



00001号「まだ、です……、とミサカは……っ!!」



しかし少女は全く取り合わない。
強気な言葉を皮切りに、少年との間合を詰めようと、一気に駆け出した。

938: 2012/03/20(火) 03:08:30.48 ID:N/Lfm4yDO

対する一方通行は露骨にチッと舌打ちをする。
その姿は融通の利かない弟や妹をあやす、お兄さんさながらだ。
彼はリズムを取るように軽く、片足で地面を叩いた。



―――突如、近くに置いてあったバケツ型のゴミ箱が、勢いよく少女目掛けて転がり始めた。



だけど予測範囲内だったのか、少女は難無く軽快にジャンプでかわす。
この程度の障害では少女の勢いを落とす妨げにはならないのだ。

……ゴミ箱の蓋が少女の額に激突するまでは。



00001号「あぅっ」

一方「……はァ」



意外と心の底からついた溜息だったりする。
何しろほぼ毎日だ。“これ”は。

939: 2012/03/20(火) 03:10:57.94 ID:N/Lfm4yDO

勝手に命を落としかねない戦闘を持ち込まれ、一方的に攻撃されている。
言うまでもなく一方通行に戦闘意識は無い。敵とすら思ってないのだから。

もはや何度目か覚えてすらない。
第一次実験と彼女が述べた時が、既に懐かしいほど。



一方「……」



何にしても、あしらうのもそろそろ限界だ。色々な意味で。



一方「なァ、本当によ、いい加減諦めてくれませンかねェ?」

00001号「……っ」



輝きを宿さない虚ろの瞳が、彼を映した。
その瞳も含め、一体どこまでが『虚構』で、一体どこからが『真実』なのか、定かではない。



00001号「ミサカは、ミサカ達は、ただの実験の為に造られた人形に過ぎません。とミサカは呟きます」

一方「あン……?」

00001号「何の為に生まれ、何を糧として生き、何が必要なのか。ミサカ自身には存在しません」

一方「……」

00001号「それらは全て、白衣を羽織った人達に求められてきました。ミサカは命令に従ってるだけなのですよ。とミサカは何故か、ふと思った心情を吐露します」



人々に当然あるだろう“理由”が、少女には無い。

940: 2012/03/20(火) 03:18:51.95 ID:N/Lfm4yDO
母親のお腹から生まれていない。
少女の誕生に周囲の人々が歓喜した訳でも無い。


理由があるとすれば―――この実験で、一方通行に殺される為だけに生まれただけ。


殺される為に生まれ、殺される為に命令通り動き、殺されるしか選択肢が無い戦闘を行って……。
『生きていく』という人生は無くて、徹頭徹尾『氏』の運命。



一方「……チッ」



ばつが悪そうに踵を返した。
そのまま乱暴に頭を掻きながら、彼はこの場を去っていく。

様子に気付いた少女はすかさず制止の声をかける。



00001号「ま、まだ終わっていませんよ! とミサカは立ち去ろうとする一方通行を呼び、止め……」



少女の言葉は最後まで続かない。
何故なら唐突に少女はゆっくりと倒れたのだから。

一方通行は状況を知った上で歩む足は止めず、心配するどころか見向きもしなかった。
そもそも少女が倒れた原因の元は彼であるから、意に介すはずも無いだろう。

941: 2012/03/20(火) 03:20:14.67 ID:N/Lfm4yDO



一方「ったく、世話ァ焼けンぜ……」



うんざりと表現するように肩を落とし、誰が一目で見ても判るほど、嫌そうな面持である。



一方「あーあ、俺は一体いつからこンなお人好しになったンですかァ? 柄じゃねェ。柄じゃねェよなァ……」



誰かの影響を受けて取った行動ではない。
だからと言って、自らの意志で動こうとしている訳でもない。

ただ、








―――兄さん!








……何故か、妹と少女の姿が、重なってしまった。

ただ、それだけである。

945: 2012/03/20(火) 08:26:28.14 ID:N/Lfm4yDO



―――余談。




病院。とある一室。



浜面「……え、また入院したのか?」

上条「右腕を危うく持ってかれそうになったな、うん。いやー、流石の上条さんも焦りましたよ」

浜面「右腕って……は? じゃあ、その右肩の包帯はもしかして……」

上条「お前の想像する通りだと思うが?」

浜面「…………」

上条「…………」

姫神「要するに。彼の右肩から先は。切断されたという事」

上条「いや待て、ちゃんとあるからな? 上条さんの右腕はありますよー? ココの医者にくっ付けてもらったお陰だけどさ」

姫神「その時点で。既におかしい」

浜面「は……はあああああああああああああああああああああああッ!!!!!!??」

上条「うるせーよッ! 音量を消音から、いきなりマックスにすんじゃねーよ!! 鼓膜破れっかと思ったじゃねえか!!」

浜面「いや、だって、はあ!? 意味判んねえよ! 上条って本当に人間か?!」

上条「当り前だろっ、むしろ敵の方が人間じゃない気がして仕方がないんですけど……」

浜面「いやいや! 右腕が切断の過程はもういいけどさ、“くっ付けた”って何だよ!?」

上条「知らねー、俺が聞きたいぐらいだっつーの。どんな技術をしてんだか上条さんには全く理解が出来ませんよ」

姫神「学生の私達に理解しろと言う方が。よっぽど難しいと思うけど」

上条「かもな」

浜面「意味判んねぇ……現実的に考えてありえないって絶対……」

上条「深く考えるなって。きっと俺達には一生判んねえさ。命あるだけ良かったと思えば、それで良し!」

957: 2012/04/04(水) 02:11:55.16 ID:IDF86etDO

どうも、こんにちは

投下の時間がひっそりとやって参りました

958: 2012/04/04(水) 02:16:35.01 ID:IDF86etDO



この世は本当に荒んでいると思っていた時期が、自分にもあった。

物や者の何もかも全てが、醜く見えて、汚く見えて、歪んで見えて……そんなどうしようもない時があった。

『憎しみ』に包まれた自分は、復讐という執念に囚われ、己の心までも食い潰していった。






結果、作り上げたのは弱くて幼稚な“俺”。






まるで、玩具を買ってもらえなくて駄々をこねてる子供みたいに。
自分しか見えていないし、自分以外を見ようともしなかった。
人の事など考えようともしない、なんと愚か事か。

今だからこそ思う。下らない、と。
冷酷な笑みを浮かべて一笑するのは、とても簡単だった。

959: 2012/04/04(水) 02:18:27.03 ID:IDF86etDO

上条に言うと必ず「そんな事は無い」と断言される。
その意を上条は語らない。聞いても答えてはくれなかったのだ。
だが意味は伝わらずとも、言いたい事は理解した。
『俺に聞かず、自分で意味を見つけろ』と言いたいのだろう。

最愛の妹を失い、“守る者”が居なくなった今、何が出来ると言うのか。



一方「……いずれ、俺にも判る日が来るのかねェ」

「何がですか? とミサカは独り言を呟く一方通行に問いかけてみます」



頭上で淡々とした声が、一方通行の耳に届く。
目で見ずとも、判別は十分に容易い。何せココの所、この声を毎日聞いているのだから。



一方「オマエとは永遠に無縁の話だ。答える必要なンざこれぽっちもねェよ」

「つっけんどんな返答ですね。あなたが人付き合いが出来ず、孤独な生活を送っている姿が垣間見えます。とミサカは露骨に皮肉を述べます」

一方「……露骨にしてる時点で、皮肉とは言わねェンだよ」



彼はようやく、しかし気怠そうに、缶コーヒーに落とした顔をゆっくりと上げた。










00001号「否定はしないのですね。とミサカは即答します」










そこに……少女は居た。

960: 2012/04/04(水) 02:24:01.16 ID:IDF86etDO

場所は第七学区の公園。
一方通行はベンチに腰を落とし、買ったばかりの缶コーヒーを飲んでいた。

現在の時期は夏まっただ中。
サンサンと降り注ぐ陽光と、地面に立つ陽炎が一層、夏という季節を実感する。
学生の身分であれば夏休みの時期だが、一方通行は学校に所属していない。
その代わりに彼には『仕事』がある。最近、不定期気味だが。

故に仕事が無い日は特にする事も無いので、のんびりぐうたらに限る……が。
近頃、一方通行の日常に支障を脅かす存在が現れた。



00001号「それにしても、この気温と日差の中で一つも汗をかかないとは、全世界の女の敵ですね。とミサカは真っ白な第一位に悪態をつきます」



―――この娘である。

961: 2012/04/04(水) 02:25:16.21 ID:IDF86etDO

基本的に彼は上条達以外と会話をしない。
敵として対立する人間は、学園都市で三桁は越えるだろう。
だけど一方通行を『一人の人間』として接し、悪意ではなく好意の気持ちで近寄る人間は一握りだ。



一方(コイツの場合、悪意なのか好意なのか全く判ンねェがな……)

00001号「……だんまり、ですか? とミサカは先程から口を閉ざす第一位を促します」



いささか、しょんぼりと口振りが沈む。
一切感情に起伏を起こさず皮肉を捲し立てていた少女が、ほんの少しだけ、落ち込み出した。
一方通行は目を見開きつつも、平然と軽口を叩く。



一方「つーかよォ、今日は一体なンの用ですかァ? 見た所、いつも持ってる武器は無いよォ―――」

00001号「実験は」



少女は言葉を遮る。
公園に響き渡るほどの声量は、静かな沈黙を呼んだ。

一拍。一秒にも満たないであろう、僅かな間を置いた。
それは少女が勇気を振り絞るためか、一度深呼吸をして心を落ち着かせるためなのか、きっと本人にしか判らない。



00001号「実験は……中止になりました」



繰り返し、紡いだ。
まるで一方通行に問いただすように。
反面、自分自身に語りかけるように。

962: 2012/04/04(水) 02:27:37.21 ID:IDF86etDO



00001号「これでミサカ達は晴れて自由の身です。白衣を着た人達が、どうするかを検討中らしいですが。
     とミサカは昨晩知らされたミサカ達の結末を懇切丁寧に説明します」

一方「……よかったじゃねェか。殺される以外に選択肢が増えてよォ」

00001号「一方通行」

一方「あン?」

00001号「何故、ミサカ達を助けたのですか? あなたの仕業ですよね。とミサカは追及します」



少女は“仕業”と言う。

“お陰”ではなく、“仕業”と。


その言い草に彼は目を細める。
全てが『虚無』で占める少女に、微かな感情が込められた気がした。
『感情というプログラムは組み込まれていない』と、研究施設を襲った際に耳にした。

963: 2012/04/04(水) 02:28:40.50 ID:IDF86etDO

万が一、組み込んで“自我”を持ってしまったら。
限りない可能性の中で、反乱意識なるモノを宿してしまえば、それだけでも実験に支障を及ぼすだろう。
危険性を減らすため、必要最低限の技術や知識だけをインストールしているのだ。


過程を経て少女達の「人格形成」が完成される。


だが、今目の前に居る少女はなんだ?
これは立派な『感情』ではないのか?



一方「……余計なお世話だった、ってか?」

00001号「いえ、ただ疑問に思ったので尋ねたまでです。とミサカは未だ答えない第一位に密かに苛立ちます」



とすれば急に無感情に戻った。
感情の起伏が激しいと言うより、乏しいながらもスイッチのON/OFFの感じだ。

964: 2012/04/04(水) 02:32:35.67 ID:IDF86etDO



一方「べっつにィ? 元々『絶対能力者』に興味は更々無かったし? 大体こっちは断ってンだぜ? キッチリと断ってるンだぞ?
   な・の・に! しつこく付き纏とってくるわ、鬱陶しいこと極まりねェンだよクソッタレが。……イイ加減ウザってェから追い払った。それだけの事だ」

00001号「わざわざミサカ達に生きる方を選択させてまで、ですか? とミサカは問いかけます」

一方「勘違いすンじゃねェよ。オマエは運良く巻き込まれて助かっただけだ。何を好き好ンで命を狙ってきたヤツの事を助けなきゃならン。アホらしい」

00001号「……」

一方「ただまァ、オマエ言ったよな? 何の為にって」

00001号「……? はい、確かに言いました。とミサカは唐突に意味不明な発言をする一方通行に疑問を覚えます」

一方「これから探して行けばいいンじゃねェのか? その“理由”ってヤツをよォ」



彼はぶっきらぼうに吐き捨て、気怠そうに立ち上がったと思えば、少女に背を向けて歩き出した。
向かう先はすぐ近くにあるゴミ箱へ。
ガゴン、と缶コーヒーを捨てる。外見に似合わず律儀な面を見せる一方通行である。

965: 2012/04/04(水) 02:33:58.57 ID:IDF86etDO



一方「オマエの『人生』だ。好きにすりゃァいい。誰にも縛られなくなった訳だしな」

00001号「ミサカの、『人生』……」

一方「そォだ。オマエだけのモンだ。俺やあのクソ共がギャーギャー言う資格なンざ持ってねェ」



ヒラヒラと手を軽く振って、再び歩みを進めた。







一方「じゃァな」







その言葉だけを残し、一方通行は去っていく。
ポツンと立ち尽くす少女を置いて。

966: 2012/04/04(水) 02:39:28.85 ID:IDF86etDO

もう関わりを持つことは、きっと無いだろう。
二万人のクローンをどうするかは知らない。知ったことではない。
そもそも自分は赤の他人に手を差し伸べるほど、『善人』でもない。
人の人生に干渉し、良い方向へ影響を与える人間なんかじゃ……ない。


そんな余裕は初めから無いのだ。
自分の事で手一杯。“アイツ”をどうやって頃してやろうか? という思考で、頭が一杯なのである。

いかなる手段を用いて? 腕をもぐか? 足は刈り取るか?
胴はどうする? 腹部か胸辺りに穴でも空けとくか?
内部もやっとくか? 血管を破裂させるか? 臓器は幾つ潰しておく?

髪の毛も引きちぎってやろう。
目玉も両方くり貫いてやろう。
皮膚も剥いでやろう。
骨も粉砕してやろう。




何もかも。全部。余すこと無く。

徹底的の氏を。
徹頭徹尾の地獄を。

悪魔に魂を売れないなら、“俺”が悪魔になって頃してやる。




正直、呪いに近いモノを感じる。
そう言われれば納得する自分が居るからだ。

零度の鎖に囚われ、自由を奪われ羽ばたく事が出来なくなった蝶。
焦燥と私怨に縛られている己には、お嬢ちゃんと戯れてるヒマは無い。

967: 2012/04/04(水) 02:42:21.14 ID:IDF86etDO



一方「……」

00001号「……」



構ってるヒマは無いのだ。



一方「……」

00001号「……」



構ってるヒマは、



一方「……」

00001号「……」



無いのだが……、



一方「……はァ、オイ」

00001号「はい、なんでしょうか。とミサカは返答します」

一方「どォして付いてくンだよ」



公園を出て、自宅の学生寮へと歩き出したのはいい。そこまでは良かった。
しかし、公園で呆然と佇んでいた少女が、いつの間にか一方通行の後を追随するように付いて来てるのは訳が判らない。

968: 2012/04/04(水) 02:43:57.84 ID:IDF86etDO

彼も気付きながら放っておいたが、流石に痺れを切らし、声をかけてしまった。
気のせいだと信じたいが、このまま放っておいたならば、自宅まで付いて来そうだから。
挙句の果て、部屋に上がり込んできそうだったから。
杞憂に終わって欲しい、と一方通行は切に願う。



00001号「言いましたよね? ミサカの人生はミサカの『物』だから好きなように生きろ、と。とミサカは確認します」

一方「あァ、確かに言ったが……」

00001号「だからミサカは好きなように生きる事にしました。現在の行動はその現れです。とミサカは答えます」

一方「……悪ィけどよォ、ンな遠回しに言われても理解のしよォがねェンだが」

00001号「判りませんか?」

一方「……?」













00001号「ミサカはあなたと共に生きていく事を盛大に明言します! とミサカはどうだと言わんばかりに胸を張ってみます」












一方「―――」




―――今、この娘は何と言った?

969: 2012/04/04(水) 02:46:06.18 ID:IDF86etDO



一方(待て待て待て待て待て待て待てッ! 落ち着け。落ち着くンだ。そォだ第一位の俺が慌ててどォすンだコノ野郎。
   学園都市随一の頭脳の持ち主だぞ? こンなオシメの替えも知らねェよォなガキに動揺されンな……ッ!!)

00001号「因みにミサカは『学習装置』で大体の知識はインストールされてるので、オムツぐらい替えれますよ。とミサカは出来る子アピールをします」

一方「勝手に人の心を読まないでくれますゥゥゥゥゥッ!!!? ってかそっちのオシメの事じゃねェよ! 比喩だっつーの、比喩ゥ!」

00001号「後半にかけて心の声がだだ漏れでしたよ? あれほど大胆に言ってる人も、そうは居ませんが。とミサカは一方通行に羞恥の事実を報告します」



どうやら少女の企みは、一方通行の予測を遥かに上回っているようだ。
部屋に上がり込むのはまだ可愛い方だった。
少女は思考は斜め上にブッ飛んでるらしい。



一方「……あ゛ー、とりあえず心の声が口に出てたっつーのは、もォいい。今はどォだっていい」

00001号「いいのですか? 今の内に対応策を練っていた方が―――」

一方「いいンだよォ! そンな事は幾らでも対処出来ンだよおおおおおッ!!」

00001号「何をそんな熱くなっているんですか。とミサカは急に悶えるように叫び出す一方通行に引いてみます」

970: 2012/04/04(水) 02:47:38.01 ID:IDF86etDO



息が段々と荒々しくなっていく一方通行に対して、少女は一歩後退する。
髪の毛を掻きむしりそうなほど、今の彼は葛藤に苦しんでいた。



一方「なンでそォいう結果に至った?」

00001号「ミサカがあなたと共に生きる事への決断ですか? それとも何故自分は心の声を漏らしてしまったのか、ですか?」

一方「後者じゃねェのは判りきってるくせに聞いてるよな? なに? オマエ馬鹿なの? なァ馬鹿なンだろ?」

00001号「冗談に決まってるじゃないですか」

一方「だろォと思ったぜクソッタレがあああああッ!!」

00001号「むしろ生き生きしてるように見えてきました。とミサカは達観します」






十分後。






一方「……」

00001号「落ち着きましたか? とミサカは背中を優しくさすりながら答えます」

971: 2012/04/04(水) 02:48:45.61 ID:IDF86etDO



一方通行は頭を抱えて段差に腰を落としていた。
その隣に少女も同じように座る。

その有様は、ある者から見れば大笑いしてしまうほど滑稽で、ある者から見れば和んでしまうほど微笑ましいのである。



一方「……なンか、すまねェな。取り乱しちまってよ」

00001「いえ、家主の癇癪ぐらい受け入れなければ、同居者として失格ですので。とミサカは遠回しに寛大な心を持っているアピールをします」

一方「……」



この娘は本気なのだと、さり気なく再確認された。
励まされているのに何だか逆効果を発揮してるような気がする。それものし掛かる感じに。

本当に馬鹿なんだろうか。
それともただの阿呆なんだろうか。

どちらにせよ、貶してることには間違いない。

972: 2012/04/04(水) 02:49:33.87 ID:IDF86etDO



一方「……なァ」

00001号「はい」

一方「確かに俺はオマエに好きに生きりゃイイと言った。だからオマエがドコで生きよォと何しよォと構わねェ」

00001号「はい」

一方「何で俺だ」



一方通行にとって一番の謎は、何故この少女は自分を選んだのか? という点。
少女がたとえ誰の家に居候しようと、何をしようと勝手にすればいい。
そこに干渉するような差し出がましいマネは一切しない。誓ってやる事だって出来る。
なのに、なのにだ。何で自分なのかと。
よりにもよって殺害対象であった“俺”?



00001号「あなたはミサカにとって、『個人』を与えてくれた人です」



ピタリ、と。
頭を掻いていた彼の手が、停止する。

973: 2012/04/04(水) 02:52:46.01 ID:IDF86etDO



00001号「ミサカの人生はミサカの物だと。他者が介入して、レールをねじ曲げるマネは不可能だと。
     ミサカ達ではなく、あくまで『ミサカ個人』の思考で生きていけ、とあなたは言ってくれました」

一方「……」

00001号「あなたがそう言ってくれなかったら、ミサカはあなたの後を付いて行きません。ミサカが初めて、自らの意思で“こうしたい”と思えたんです。
     それもこれも、一方通行のお陰です。一方通行がミサカの『人生』与えてくれたようなもの。だから、共に生きたいと思ったのです。とミサカは自身の心中を吐露します」

一方「……」

00001号「……ダメ、ですか。とミサカは顔を落とします」



正直これは半分脅迫だと、一方通行は居もしない神様に向かって心の底から呟く。



一方「……はァ~あ」



わざとらしく盛大に溜息を吐くと、彼は気分の所為であろう重い腰を上げ、立ち上がる。
すると、そのまま歩き出した。未だ段差に腰を落としたミサカを放っておいて。

974: 2012/04/04(水) 02:54:25.45 ID:IDF86etDO



00001号「あ……」



突然、何も言わずに行動を起こす一方通行に少女は戸惑いを隠せない。
何と声を掛けたらイイのか、思わず彼の服を掴もうとして止めた片手が、宙をさまよう。



一方「来ねェのか」



そんな少女の様子を察したのか、彼は歩くのを止め、顔だけ振り向いて呼びかけた。
当然だが、少女は聞き返す。



00001号「え……?」

一方「言ったろ。勝手にしろ、って」



諦めたようにやれやれ、と首を振り、再び前を向く。



一方「好きにしろ」









―――少女が言葉の意味を理解するのに、時間はそうかからなかった。









00001号「―――はい! では好きにさせてもらいます。とミサカは一方通行の背中を追います」



軽快な足音を鳴らせながら一方通行の隣に並ぶ少女の顔は、僅かに綻んでいたという。

982: 2012/04/09(月) 02:09:59.53 ID:3ebek6iDO






―――その頃、第七学区のとあるファミレスにて。

983: 2012/04/09(月) 02:11:36.56 ID:3ebek6iDO

時間は昼時。尚かつ夏休み。
故、安くて簡単に満腹になるという手頃な条件を満たすファミレスは、学生で大盛況である。
夢を追い続ける若し学生の賑やかな様子は何と華やかなことか。



上条「……」

垣根「……」



―――そんな中、何故か一触即発の緊張感を放つ、一組の客が居た。

片はツンツン頭の高校生、上条当麻は目を閉じ、腕を組む。
片はホストを彷彿する格好の青年、垣根帝督も以下同文。

984: 2012/04/09(月) 02:13:06.37 ID:3ebek6iDO

基本的にツッコミとボケの立場に位置する二人(本人の意志は皆無)。
その二人がココまで真剣に悩む光景は至極珍しい。



垣根「なぁ、リーダー。最近の悩みの一つなんだけどよ」

上条「ん?」

垣根「何で俺らって、何もしてねぇのに怖がられたり警戒心を持たれんだろうなー……」

上条「じゃあまず無差別に人を睨むのを止めればいいと上条さんは思います、ハイ」

垣根「トゲがある危険な男に女の子は惚れる、って言うじゃん?」

上条「テメェの思考レベルは中学生かッ!!」



……いや、前言撤回しよう。

いつもと変わらない光景だった。



上条「大体、お前の意味判んねえ行動の所為で、とばっちりを喰らう俺達の身にもなれってんだ」

垣根「なんだよ、上条はモテたくねぇのかよ!」

上条「結局そこに行き着くのな……もはや上条さんの手には負えませんのことよ」

垣根「心配するな。自覚はある」

985: 2012/04/09(月) 02:14:34.60 ID:3ebek6iDO



一方通行や上条当麻にとって垣根帝督という男は言うまでもなく、頭を抱えたくなるほど厄介なこと極まりない存在だ。
良い意味や悪い意味とかではなく、“ダメ”な意味で。

垣根は何事に対しても洞察力や思考能力がとても優れている。それも、一方通行を凌駕するほどに。
そのくせして、わざと悪ふざけやボケで雰囲気をブチ壊し、トラブルを引き起こす。
本来は出来る男。なのにやらないで自分が楽しむ方を選ぶのだ。
その上に周りを巻き込んでしまう、とことんどうしようもないヤツ。



上条「お前ほど『トラブルメーカー』なんて汚名が似合うヤツ、見たことねーよ」

垣根「フッ、やめろよ。リーダーからお褒めの言葉を貰うなんて、テレちまうぜ?」

上条「……」

垣根「いやせめて無視だけは止めて下さいホントにお願いしますってリーダーッ!!!?」

上条「……」

垣根「やめてッ、そんな冷めた目で俺を見ないで!」



判っている。ああ、判っているとも。
この男の場合は相手にしないと、余計にウルサいことを。

986: 2012/04/09(月) 02:18:42.51 ID:3ebek6iDO

相手にしてやっても至極面倒だというのに、相手にしなければ更に面倒くささは倍増される悪循環。
それ故に上条が覚えた垣根専用の対処法が二つある。

一つ。垣根がようやく反省する物理的の“粛正”を下す。
二つ。



垣根「オーケー。上条が俺をスルーするっつーのが常識なら」

上条「はぁ……しょうがねえなもう……」

垣根「俺の未元物質に常識は通用―――」

上条「『絶対能力進化実験』」

垣根「!」



―――それなりに“意味”を持つ言葉を叩き込む事である。

987: 2012/04/09(月) 02:19:33.49 ID:3ebek6iDO



垣根「……へぇ? 既にリーダーの耳に入るほど、情報は回ってんだ?」



しかし彼の余裕は消えず、底意地の悪い笑みを隠さない。
態度こそ依然とフザケたものだが、特有の視線は眼差しは真剣。
……この目で、今まで何を見抜いてきたか。計り知れないだろう。



上条「いくら上条さんでも、街中であんだけ噂されてたら誰でも気付くっつーの」

垣根「へ? 噂?」

上条「そっちを知らねえのかよっ! ……何でも、女子学生の間で『誰かさん』のクローンが居るとか」



“誰かさん”という言葉を強調したのは、きっと故意だ。
あえて御坂美琴を口にしないのは、周りを考えてのこと。
ファミレスを埋め尽くさんばかりの学生。その中で『超電磁砲』の異名を持つ彼女を知らない学生は、なかなか居ないだろう。

988: 2012/04/09(月) 02:22:23.34 ID:3ebek6iDO

だからこそ、口にするのを伏せた。
垣根も意図を読み、しいて事柄に触れない。



垣根「第一位や浜面が呼ばれず、俺だけが呼ばれた理由とクローンの関係性はあったりする?」

上条「ありも大ありだ。ま、これを読めば判るさ」



学生カバンの中から薄っぺらい資料を取り出し、垣根に渡す。
垣根は手に取ると、一枚目の冒頭の部分に思わず目を細めた。



垣根「『謎の侵略者(インベーダー)からの施設防衛戦』……?」

上条「本来は俺らへの依頼じゃない。ある人に頼んでもらって、内容をそのまんま完コピしてもらったんだ」

垣根「二十基ある内、既に十八基は『発電能力者』によって襲撃されて壊滅……って」



一度、顔を上げて上条を見る。
この後続く言葉は口にせずとも伝わったようで、上条は片目をつむったまま軽く頷く。
『発電能力者』が誰なのか、言うまでもないだろう。

そして襲撃に遭った施設がどういう物で何に関わっているかも、また同じ。

989: 2012/04/09(月) 02:23:23.35 ID:3ebek6iDO



垣根「なーるほど、な。……で? リーダーは俺にナニを求めてんだ?」

上条「その言い方やめろっ、気色悪ぃわ!」

垣根「ハッハッハー! リーダー甘いぜ、そういう思考転換する方が悪いって―――ん? オイ待てよ」



笑みから一変。
親指と人差し指を顎に添え、眉間をひそめて垣根は問いかける。



垣根「なあ、元々この依頼は俺らのじゃないって言ったよな?」

上条「ああ、言った」

垣根「じゃあその元々この依頼を受けたのは、誰なんだ……?」



別段と注目すべき点ではない、と捉えるかもしれない。
だけどよくよく考えてみれば、着眼点はソコじゃなかった。

990: 2012/04/09(月) 02:24:14.52 ID:3ebek6iDO

十八基も施設を壊滅に陥って、それでも尚、『謎の侵略者』なのか? と。
違う。そんな訳がない。
必ず気付いているはずだ。
侵略者の正体ぐらい、見破れないなんて事はありえない。

判明した上で誰かを明らかにせず、不明瞭のまま依頼。
第三位とマトモに対峙する事が可能で、尚かつ相打ちになる存在。



上条「……」



黙って懐からペンを取り出す。
静かに先を走らせ、文字を書いていく。

そこには、こう書かれていた。



垣根「……第一位じゃねぇけどさ、結構かったるぃな。アイツの性格上の問題的に」





―――『アイテム』と。

992: 2012/04/09(月) 02:31:26.86 ID:3ebek6iDO



上条「安心しろって。直接関わる訳じゃないからさ」

垣根「本当だな? 信用するぞ? 信用していいんだな? 信用しちゃうぜ?」

上条「三段活用、ってな。ただ垣根には、二人がドンパチやってる隙に調べて欲しいだけ」

垣根「その調べて欲しいことって?」

上条「それこそ資料に書いてあるから見ろ。俺ばっかりに頼ってないで」

垣根「へいへーい」



ぶつくさ愚痴りながら、肩肘付いて億劫そうに目を通していく。
真面目に読まず、適当に文字の羅列を見ていくだけ。

上条は溜息を吐く。
やはり、どう足掻いても垣根のおフザケモードは抜けきらないようだ。
もう少し、本当にもう少しだけ、自粛や反省という言葉を頭の中に入れて欲しいと願うばかり。



上条(……まあ、垣根にそんな言葉が備わってたら、こんな苦労する事もないんですけどねー……。ハハッ、あっれーおかしいな目頭が熱い)

垣根「なあリーダー」

上条「何でせうか、人がせっかく感傷に浸っているというのに」

993: 2012/04/09(月) 02:32:12.60 ID:3ebek6iDO











垣根「本当は、リーダーが乗り込みたいんだろ?」

994: 2012/04/09(月) 02:41:37.96 ID:3ebek6iDO

上条「―――っ」



……本当にこの男は、人をよく見ていると思う。



垣根「今までずっと俺達の『世界』に踏み入れないよう、上手い事かわしながらあの子に取り繕ってきたんだろ?」

上条「……」

垣根「その子が上層部の野郎共に使われ、ましてや事柄に気付いて食い止めようと一歩踏み込む手前まで来てやがる。
   ……ジッとしてれるはずがねぇよな。コッチに入ってしまえば、後戻りは余程の事がない限り不可能だ。だからリーダー自らこの件を片を付けようとした。けど―――」

上条「今回ばかりは、アイツの前で上条さんの出る幕はないんですよ」



垣根を遮り、紡いだ。
肩を竦ませてまるで自嘲するように。



上条「万が一遭遇した場合の事を考えて、俺はダメだ。一方通行なんてもっとな。浜面は心配は無いけど、流石に今回は力不足かもしれない」

垣根「それで俺の出番、ってか」

上条「アイツが逆上して襲って来ても安心はある。浜面だと殺されかねないからな」

垣根「使い勝手もいいとこじゃね?」

上条「内心は喜んでるくせに、よく言うぜ」

垣根「あ、バレてたか」

上条「当ったり前だッ、何年一緒に居ると思ってんだか」

垣根「へへっ、まあ任せとけって! この垣根様がスムーズ&スマートに終わらせてみせるからよぉ!」

上条(……ぜってー無理な気がするのは、俺だけかな……?)



きっとそれは一方通行や浜面が聞いても、上条の意見に同意なのは間違いないだろう。




―――――――――――――――

996: 2012/04/09(月) 08:53:23.69 ID:3ebek6iDO








「んぐんぐ」

997: 2012/04/09(月) 08:54:52.10 ID:3ebek6iDO



二人の会話をこっそりと耳にする少女が居た。


黒髪のお団子頭を左右に揃えた、中学生ぐらいの小柄の少女。


もぐもぐと頬張るのはパフェだ。





「うん、うん。分かっているよ、数多おじちゃん」

998: 2012/04/09(月) 08:55:42.01 ID:3ebek6iDO






何度も頷いて、さながら自分に言い聞かせるように。


だけど少女の純粋な瞳からは“楽しみ”や“歓喜”といった、プラスの方向の気持ち。


気が狂ってる訳でもない。


会える事を純粋に心の底から嬉しそうに。

999: 2012/04/09(月) 08:56:44.61 ID:3ebek6iDO







「本当に、本当に辛いけど、『木原』ならこうするんだよね」








そして、とても可愛らしい笑顔を浮かべた。

1000: 2012/04/09(月) 08:57:22.04 ID:3ebek6iDO























「当麻お兄ちゃん……へへへ」

981: 2012/04/09(月) 02:09:01.51 ID:3ebek6iDO
このスレ最後の投下です

ちょうどスレを立てて一年が経ちました
一年でようやく埋まるってどうよorz

続き【上条浜面】とある四人の暗部組織【一方垣根】2【前編】

引用: 【上条浜面】とある四人の暗部組織【一方垣根】