518: 2013/01/19(土) 21:08:09.81 ID:TytzvHJDO
さて、投下します
前スレ
【上条浜面】とある四人の暗部組織【一方垣根】【前編】
【上条浜面】とある四人の暗部組織【一方垣根】【後編】
【上条浜面】とある四人の暗部組織【一方垣根】2【前編】

519: 2013/01/19(土) 21:09:27.79 ID:TytzvHJDO

とある魔術の禁書目録III ぷにこれ!キーホルダー(スタンド付) 御坂妹

垣根は改めて考察する。
腹が立つほどにムカついたのは事実だが、何よりも冷静であれとの教えは上条当麻。
分析をしよう。相手は常盤台の第五位。
問題は順位ではない。『常盤台』だ。

こんな時に限って自分はLEVEL5の情報が少ない。
他の情報ばかりが頭に入っている。



垣根(……七人全員で仲良しこよしなんざ、馬鹿らしい光景だけどな)



唯一知ってるとしたら、一方通行や御坂美琴、麦野沈利ぐらい。
三人以外のLEVEL5に関しては基本情報程度。
第五位なんて中途半端な数字、興味すら持った事が無かったのだから。
言っても、麦野沈利は暗部関係。御坂美琴は上条関係で知り得たに過ぎないのだが。



話を戻そう。閑話休題。

520: 2013/01/19(土) 21:13:45.28 ID:TytzvHJDO



垣根(長点上機ならお忍びで混じってても、上手く溶け込んで情報収集ぐらい容易いんだがなー……)



常盤台中学。学舎の園を形成する学校の一つ。



垣根(女子校ってのがネックか。まさか女装して調査する訳にもいかねぇし)



そんな恥曝し行為、頼まれてもやりたくない。
例えリーダーからの仕事だとしても。

避ける為には、情報収集が第一。
要は食蜂操祈に関する情報が集まればいい話。
おもむろに携帯へ手を伸ばす。



垣根(『バンク』で調べても載ってるのはプロフィール……それじゃ意味がねぇ)



知りたいのはそんなモノではない。
彼が求めてるモノは身形や性格もあるが、片鱗でしかない。
最重点は食蜂操祈を取り巻く『周り』。

521: 2013/01/19(土) 21:19:03.54 ID:TytzvHJDO

竹を割ったようなサッパリとした性格の御坂美琴と違って、完全にお嬢様であろう人物。
噂によれば、常盤台には力関係があって派閥が存在すると聞く。
そこのトップが食蜂操祈だとも。



垣根(だったらこれから起こる問題も自ずと見える。その対策を練るためにも、まずは敵勢力を大凡でも把握しとかねぇとな)



彼は携帯をそっと耳に当て、



垣根「よっ! さっきは勝手に切っちまって悪ぃな」

一方『別に気にしてねェよ。それより用はなンだ? こちとら誰かさンの尻拭いをどォ済ませよォか考えてたンですけどォ?』

垣根「その事なんだけどよ、俺に任せてくれねぇか?」

一方『……あン?』

垣根「今回の件はテメェの言う通り俺の責任。だから俺が片を付ける」

一方『保障は』

垣根「俺に常識は通用しねぇ」



電話越しで聞こえるほど、一方通行は溜息を吐く。

522: 2013/01/19(土) 21:22:06.86 ID:TytzvHJDO



一方『……わァったよ。この件はオマエに任せてやる』

垣根「お? 随分と素直じゃ―――」

一方『但し、あのガキに傷一つ負わせたら、ただじゃ済まさねェと思え』

垣根「……なるほどな。オーケー、任せとけ。その代わり、安全に救出する為にも第一位、気に食わねぇけど出来る限り協力しろよ?」

一方『ンな面倒な言い回しをわざわざご丁寧に言うってこたァ、端から俺の意見なンざ求めてねェだろォが。……要求を言え』

垣根「側に居る打ち止めのミサカネットワークを使ってだな―――」




―――――――――――――――




食蜂操祈はとある一室に居た。
今は使われていないオフィスだ。
仕事の機材は全て撤去されており、あるのは大量の事務机と椅子だけである。

彼女は、人で溢れる街中を見渡せれるほど高くそびえるビルの窓から、下を覗いていた。



食蜂「こんな事で本当に来るのかしらねぇ……」



髪の毛先を指で弄ぶ彼女。
暇なのか、それとも単なる癖なのか。
顔色から窺えるのは不安や心配というより、疑問といった感じ。
言葉とは裏腹に全く困った様子が見られないのが、何よりの証拠だろう。

彼女の周りにいつもの取り巻きは居ない。
まずこの部屋には食蜂操祈を含み、『二人』しか存在していない。

523: 2013/01/19(土) 21:23:39.20 ID:TytzvHJDO






















「来るわよ、必ず。あの人はどうやら変わったみたいだから」


















―――ココに居るもう一人の人間、女は食蜂の独り言に返答するように言った。

524: 2013/01/19(土) 21:26:19.84 ID:TytzvHJDO

女は椅子に座らず、食蜂に背中を向け、事務机に腰を下ろす。
真剣に話す内容だと感じて無いからか、女の意識は携帯へと注がれていた。
何となく聞こえた呟きに対して、淡白に嘘偽りなく答えただけの事。
女にとっての優先順位は携帯の方が上。第五位なんて取るに足らないのだ。

意外にも、食蜂操祈はその対応に興味を示した。
彼女は向き直って挑発気味に、



食蜂「……ふぅん? 一応、嘘じゃないようね。たったそれだけの理由で、そこまで根拠が出るのは不思議で理解し難いけどぉ」

「また勝手に覗き? 別に構わないけど、程々にしなさいよ。でなきゃ、その内あなた友達無くすわよ?」

食蜂「そ、それとこれとは関係ないでしょ! ふ、ふん! 何よ、いいじゃない覗くぐらい。疚しい考えをしてる方がイケないんだゾ☆」

「素直に“癖なんです”って一言程度、お詫びを入れればいいのに」

食蜂「さっきから何よもーっ! 文句でもあるのかしらぁ!?」

「何も。ただ、不器用ねとは思うけど」



女の態度は変わらない。
一辺倒に接するだけである。

525: 2013/01/19(土) 21:28:28.10 ID:TytzvHJDO

対する食蜂はどうも不満だったらしく、頬を膨らませて、



食蜂「……あなたと喋ってると調子狂っちゃうわ。久しぶりよ、こんなに苦手な相手と話すの」

「あら、意外ね。あなたでも苦手な人と話した事ってあるんだ。あなたの事だろうから、勝手に心を覗いて、自分の反りに合わないと思った人とは拒絶するものだと」

食蜂「基本的に私の周りには居ないわぁ。居たとしても心から尊敬している人間か、心の内に黒い部分を隠し持って近付いて来る人間だけね」



その『黒い部分』という抽象的な表現が、ドコまでを指すのか。
“第五位”の地位に目が眩んだ者も居ただろう。
“心理掌握”の能力そのものを利用しようとする者も居ただろう。

常日頃から、人の『裏』を見てきた食蜂。
それは想像を絶するものに違いない。



食蜂「まぁ……だからあなたのような、“闇”を抱えてる割に私に対しての黒い部分がない人は、すっごく珍しいんだゾ☆」

「そう」



女は一向にこちらを向こうとしない。
ずっと携帯へ意識は集中している。

526: 2013/01/19(土) 21:30:37.91 ID:TytzvHJDO

無許可に記憶をさかのぼって『暗部』の事を口走ったのに、この反応。
揺する程度の目的だった為、全てをじっくりとは見ていないが、だとしても不都合な情報だってあるはず。
……にも拘わらず、目の前の女はたった一言で切り捨てる始末。

そんな無関心の女に、食蜂はがっくりと肩を落とした。



食蜂「……本当、ここまでになると改竄もする気が起きないわぁ」

「今の状況で私を操っても、何の特にもならないでしょうに。それならあなたの周りに居る人達の方が勝手が良いと思うけど?」

食蜂「それもそうねぇ。お互い利害の一致の上で関係に過ぎないワケだし、改竄する必要もないしぃー」



まるで拗ねるような言い草に、女は鼻で溜息をつく。
パタンと携帯を閉じると、






「……そんなに気に食わないの?」

527: 2013/01/19(土) 21:32:40.47 ID:TytzvHJDO

食蜂「ここまできたら逆に興味を持たせたくならないかしらぁ?」

「そっちじゃ無いわ」



事務机から降りて、体ごと振り返り、食蜂と目を合わす。
しかし女は続きを紡がなかった。
食蜂も話を促したりせず、じっと喋るのを待つ。

結果しばらくの間、妙な静寂が訪れる。

一触即発とは非常に言い難い。
緊張が走った空気とは違う……が、この部屋を今支配しているのは二人だ。
部外者が割って入る事は決して許されない。

そこで痺れを切らしたのが、食蜂だった。



食蜂「どうしたのよ? 話を続けないのかしら?」

「とぼけた事を……。あなた、また私の頭を覗いたのでしょう? だったら何が言いたいか判ってるはずじゃない?」

食蜂「……」

「さっき言ってたわね、苦手な相手と話すのは久しぶりって。私でこんなになんだから、“前の人”もさぞかし苦労したでしょうね」

食蜂「……はぁ。私の調子を狂わせた人は、これまで生きてきた人生の中で二人しか居ないわぁ。その内の一人はどうってことない、まだ何となかなるレベルよ」



あなたを含めれば三人だけど、ボソッと呟く。

彼女は至極つまらなそうに話す。
愚痴をこぼすかのように。
誰に言ったって仕方無いと判ってても、口にしてしまうように。

528: 2013/01/19(土) 21:33:43.75 ID:TytzvHJDO






















食蜂「―――でも、もう一人は違う」



















明らかに、食蜂操祈の口調が変わった。

529: 2013/01/19(土) 21:36:33.50 ID:TytzvHJDO



「だから少しでも関係がありそうな人に、聞いて回ってるのね」

食蜂「残念だけど今の標的さんは、一筋縄にいってくれそうにないけどぉー」

「当然よ。あなたよりランクが三つも上回る人なんだし」



それより、と食蜂は続け、



食蜂「捕らえて来たあの子に乱暴していないわよね?」

「あなたの言う通りにしてあるから安心して。嘘だと思うのなら能力で心を読んでご覧なさい」

食蜂「……そう」



女は体重移動をし、腕を組みながら、



「不満、といった様子ね?」

食蜂「私達の勝手な事情に巻き込ませたくないだけよ。この方法は私の中でも苦肉の策なんだゾ☆」

「あらいやだ、勝手に心を覗くような人が何を言ってるのよ」



食蜂は前のめりに舌を出す―――俗に言う、あっかんべーをする。

530: 2013/01/19(土) 22:11:37.12 ID:TytzvHJDO



「だから少しでも関係がありそうな人に、聞いて回ってるのね」

食蜂「残念だけど今の標的さんは、一筋縄にいってくれそうにないけどぉー」

「当然よ。あなたよりランクが三つも上回る人なんだし」



それより、と食蜂は続け、



食蜂「捕らえて来たあの子に乱暴していないわよね?」

「あなたの言う通りにしてあるから安心して。嘘だと思うのなら能力で心を読んでご覧なさい」

食蜂「……そう」



女は体重移動をし、腕を組みながら、



「不満、といった様子ね?」

食蜂「私達の勝手な事情に巻き込ませたくないだけよ。この方法は私の中でも苦肉の策なんだゾ☆」

「あらいやだ、勝手に心を覗くような人が何を言ってるのよ」



食蜂は前のめりに舌を出す―――俗に言う、あっかんべーをする。

531: 2013/01/19(土) 22:12:39.57 ID:TytzvHJDO



食蜂「もっと汚くて残酷な手を使ってる、あなたには言われたくないですよーっだ!」

「職業柄、そうしないと生きてけないの」



女は踵を返し、食蜂に背を向けた。



「少しだけ席を外すわ。あの人はまだ来ないと思うし」

食蜂「それでも、あなたの中では早い内にバレる設計なのね」

「あっさりバレるし、あっさりこの部屋まで到達される想定よ」

食蜂「信用してるのね。私からすれば到底想像がつかない考えだけど」

「でしょうね。人間不信なあなたには」

食蜂「な―――ッ!? はぁーっ!? 誰が人間不……ッ!!」



反論する頃には、女は既にこの部屋から出ていた。
ポツンと一人になってしまった食蜂。
虚しくも誰にもブツケようが無い、何とも言えないやきもき感を発散出来ずに佇むだけ。



食蜂「……ッ、もぅ!」

572: 2013/03/01(金) 00:56:02.02 ID:GEUQNpwDO



うーん、と垣根帝督は困ったように頭を傾げる。
今の現状に対して、どうすればいいのか決め兼ねているのだ。
軽くあしらうべきなのか、それとも多少なりに付き合ってあげるべきなのか。
急いでいる事は間違い無い。早く00001号の救出に向かうべきだろう。

しかし、



姫神「……」

垣根「いや、なんだ、いい加減放してくんね?」

姫神「それは。出来ない相談」



腕を掴まれた状態で俺はどうすればいいんだ、と垣根は嘆く。

573: 2013/03/01(金) 00:58:38.59 ID:GEUQNpwDO

さっきまでこんな上条の身に起こりそうなイベントは無かったはずだ。
具体的に言うと、周りはシリアスな空気に包まれていたのだ。
展開の進み具合もこのまま順調に行けば、敵の本拠地ぐらい簡単に辿り着いていただろう。

なのに、何故、辺りはコミカルの雰囲気を出しているのか。
普通、立ち位置的に自分がそういう役目ではないのか。
緊張する場面をブチ壊し、緩和を提供する。それが垣根帝督のはず。
だが状況はどうだろう? むしろ提供されているような気がしてならない。



垣根「俺さぁ、どうしても外せない用事があるんだよ? そこんとこ判る? オーケー?」

姫神「……」

垣根「だから放してくれ、な?」

姫神「何度も言うけど。それは。出来ない相談」



このやりとりも、もはや何度目になるか覚えていない。
「何度も言うけど」というセリフをこっちが言ってやりたいほど。


そもそも、垣根帝督であろう者が何故、このような滑稽な状況に陥るのか。
ついさっきまでは何の変哲もなかった。
上記の通り、事態は順調に良い方向へ運ばれていたのだ。

574: 2013/03/01(金) 01:01:53.89 ID:GEUQNpwDO

一方通行と協力を経て、大体敵勢力の把握は出来た。
こういう時に専門的な能力所有者が近くに居るって素晴らしい! と実に思う。
有力な情報は充分集めたし、妨げとなる壁の突破も可能なようだ。
残るは居場所の特定と、どう切り込んでやろうかを考察するだけ。

……その時だった。見た事のある少女に腕を掴まれたのは。



姫神「一応。ちゃんとした理由はある」

垣根「あるのかよっ! 最初から言えよっ!」

姫神「畳み掛けられてたから。言うタイミングを逃したの」

垣根「俺が悪いの……いや、いい。一々ツッコミを入れてたら話が進まねぇ」



掴まれてる腕とは逆の手を額に当て、明らかに疲れきった溜息を吐いた。
クールダウンクールダウン、と自らを落ち着かせる作業に入る。
正直な事を言ってしまえば面倒くさくなってきただけなのだが、ココは口には出さずに心にしまっておこう。

575: 2013/03/01(金) 01:04:32.70 ID:GEUQNpwDO



姫神「彼。元気にしてる?」

垣根「彼? ……ああ、上条の事か?」



一瞬誰の事を指すのか読めなかったが、彼女と共通の人物は四人以外知らない。
ということは、必然的に誰の事なのかすぐ判った。
この娘も上条の毒牙にかかった一人である事に違いないのだ。



垣根「何だ、思うところでもあんのか?」

姫神「来たと思ったら。たちまち居なくなるから。しかも。日に日に欠席の方が多くなってる事実」

垣根「……あー」



否定出来ないから困った。
何と答えたら判らず、とりあえずおざなりの言葉を発しただけに過ぎない。

576: 2013/03/01(金) 01:09:29.70 ID:GEUQNpwDO

意中である上条当麻は現在、多忙に追われている。
暗部方面の仕事でではない。
“もう一つの世界”での方でだ。
詳しい事情は知らないが、どうやら世界には科学とは別物の『もう一つの法則』が存在するらしい。
かく言う垣根も、実際にこの目で確認済みである。
学園都市の者からすれば考えられない不可思議な現象、能力。
それは第二位の自分ですら驚嘆し、常識を超越した者達ばかりだった。

上条当麻はそっち方面で忙しい故に、学業どころか出席すらままならない状態なのかもしれない。



垣根(“巻き込まれる立場”のリーダーからしたら、遣る瀬ねぇよなぁ……)



上条自身がその事を気にしているか気にしていないかは別として、だ。

577: 2013/03/01(金) 01:10:37.52 ID:GEUQNpwDO

それより、彼は今“巻き込まれる立場”と言った。
不幸体質が起因なのかどうかは定かではないが、その実、『あちら側』に関して上条から問題を立ち入ったケースは無い。
全部の事件を目撃した訳ではないので強く言えないけれど、第三者の垣根から見れば、上条の意思は尊重されないまま巻き込まれているようにしか見えないのだ。



垣根(頼まれたら断れない性格してっからなー……。そうじゃなくても自分から突っ込んでいく性分なのによ)



垣根帝督は更に奥深く推測する。
元々あのガキ……インデックスに関しても、上条との接触そのものが上層部の目論見に違いない、と確信している。
学園都市の統括理事長、アレイスターが計画する『プラン』の過程だと言っても過言ではない。





―――とするのなら、

578: 2013/03/01(金) 01:13:37.28 ID:GEUQNpwDO



垣根「……」

姫神「何を。悩んでいるの?」

垣根「……ん、いや、ちょっと思い当たる節がねぇか考えてただけだ」



これ以上はよそう。
どれだけ推察を繰り返しても、事実は曖昧なまま。
考え過ぎなだけかもしれないし、今すべき事でもない。

だけど、そんな不明瞭な事柄ばかりの中でも、一つだけ明言出来る事実がある。






垣根「ほんっと……下らねぇよ」






―――この世界のクソッタレな神様は、決して『俺達』に微笑みを向けてはくれない。




ただ、それだけのこと。

579: 2013/03/01(金) 01:14:53.53 ID:GEUQNpwDO



姫神「……あなたも。同じなのね」



ポツリと、彼女はつぶやく。
表情を変えず、口調も変えず。

たった一言に過ぎない言葉なのに……何故だろう、垣根帝督はとてつもない引っ掛かりを感じた。
しかし、その違和感を彼女にブツケる間もないまま、






「姫神ちゃあん。ま、待って下さいよー……」






目の前から隣に並ぶ少女の知り合いとは到底思えない、チアガールの格好をした口リ口リな少女が走ってきたではないか。

580: 2013/03/01(金) 01:18:16.00 ID:GEUQNpwDO



垣根(いやいや待て待て、勝手に決め付けんのは良くねぇな。うん、オーケー。もしかしたら『置き去り』のガキで偶々知り合ったのかもしれないじゃないか! そうだよ、こんな簡単な答えにたどり着けないなんて俺ってやつぁ修行が足りねぇなーっ!)

姫神「小萌先生。タバコ控えた方がいいんじゃない?」

小萌「せ、先生から一つの休息を奪う気ですかーっ!?」



ガラガラガラーッ!! と、必氏に作った壁が崩れる音がした。
自身でさえピシッと石像のように固まる感覚に襲われる。

どうしてだろうか、コミカルな空気が一層増した気がする。



小萌「それより姫神ちゃん、こちらの方は誰なのですか?」

姫神「ある店で知り合った三流ホスト」

垣根「オイコラ、初対面の人にマイナスしか与えねぇ紹介方すんな」

姫神「あながち間違ってはいないはず」

垣根「いーや、大いに間違ってる。この俺が三流のはずがねぇ」

姫神「……そういう発言が駄目だと。何故気付かない」

581: 2013/03/01(金) 01:20:59.00 ID:GEUQNpwDO



うんうん、と小萌は感心したように何度も頷き、



小萌「なるほどー、悪い人ではなさそうですね! 姫神ちゃんのお友達ということは、上条ちゃんのお友達でもあるのですか?」

姫神「もともと。彼を通じての知り合いだから」

垣根「あ、あのさ? 一つ聞きにくい事を聞いてもいいか?」

小萌「はいです?」

姫神「?」



彼は苦笑いを浮かべながら問う。
これだけはハッキリさせたい事情があったのだ。

ピッと小萌を指差して、






垣根「これは本当に人間……いや、先生なのか?」

582: 2013/03/01(金) 01:21:35.49 ID:GEUQNpwDO

小萌「ちょおおおおおっと待つのですよッ!! 今! 聞き捨てにならないことを言おうとしたのですよ!? いや、言い換えてもかなり失礼なのです!」

姫神「ふむ。最初は誰しも疑問を覚える事柄。不思議ではない」

小萌「姫神ちゃんまで!? しかも何やらノリノリなのですっ!!!?」

姫神「でも。残念ながら先生なのは事実」

小萌「ガーンッ!? 残念!? 姫神ちゃん、残念ってどういうことですかぁっ!」

垣根「なにぃ……っ!? 上層部は遂に不老不氏実験なんて馬鹿げた事を始めやがったのかッ!」

小萌「ち・が・う・の・で・すーっっ!!!!」



顔を真っ赤にしてとうとう怒り出した小萌は、怒りを表すように両手を空へ突き出した。
しかしその行為がマズかった。小萌の手には自販機で買ってきたであろう、紙コップのジュースがあったからだ。
当然、中身はまだ飲み干しておらず結構な量が残っている。

故に―――中身のジュースがブチまけられた。



姫神「……っ!」

小萌「わっ!?」

「きゃっ!?」



被害は彼女達だけに止まらず、たまたま通りかかった通行人をも巻き込む事態に。
ちなみに言うと姫神は被害をこうむったにも拘わらず、腕を掴まれた状態の垣根は無事だった。
理由? 彼に聞くだけ無駄である。

583: 2013/03/01(金) 01:23:21.40 ID:GEUQNpwDO



姫神「小萌先生。よくもやってくれた」

小萌「ご、ごめんなさいなのですよ! でも先生もびしょ濡れですからおあいこなのです! あ、そっちの人は大丈夫なのですか?」



びしょ濡れチア教師こと小萌は金髪碧眼の外国人の女性を見上げて、心配そうに尋ねた。
女性は少し間を置くと、にっこり微笑みを浮かべて、



「ええ、お姉さんは平気。それより、そちらの方が心配かな? そのまま表通りを歩くには、少々刺激的な格好になっているんじゃないかしら」

小萌「あっ! 姫神ちゃんが濡れ濡れの透け透けになってるのです!」

姫神「小萌先生も。胸の辺りが尖ってるけど。それより。何であなたは無害なの?」

垣根「修行が足んねぇんだよ修行が」



適当に返しつつ、垣根は外国人の女性を一瞥。
日本の女性からは考えられないほど肌が露出した服装。一歩間違えれば色んな所が見えそうだ。
男子高校生からすればウッハウハだろう。

だけど彼の観点は違った。
『服装』に引っ掛かりを感じたのだ。

584: 2013/03/01(金) 01:24:35.65 ID:GEUQNpwDO






―――…………ですよ。






そう、誰かが言っていた気がする。






―――この……意味合いが……すよ。






それも同じような服装の人間が。






垣根(……あの露出癖があるサムライガールのはず。確か……)






―――この格好は魔術的な意味合いが含まれているんですよ。

585: 2013/03/01(金) 01:26:07.84 ID:GEUQNpwDO



垣根「ッ!!」



彼の中で何かが繋がった。

と次の瞬間、微笑みを浮かべていた金髪碧眼の女性が血相を変えたように豹変する。
その『目』は普通に暮らす人間がするモノではない。
土御門元春や神裂火織……人を頃す技術で幾多にも及ぶ“場”を潜り抜けてきた者の『目』。

女性の視線の先、何故か隣に並ぶ姫神へと向かれている。
慌てて垣根は視線を追う。姫神の胸元……と言うより、首から垂れ下がるように掛けられたアクセサリー。

十字架のネックレス。いや、こう言えば判りやすいだろうか。

586: 2013/03/01(金) 01:26:43.04 ID:GEUQNpwDO











―――イギリス清教、『必要悪の教会(ネセサリウス)』が彼女に与えたケルト十字。

587: 2013/03/01(金) 01:28:07.15 ID:GEUQNpwDO

この十字架がもたらす効力がどのようなモノで、十字架の意味は当面理解が出来ない。
自分は科学の人間であって、『あちら側』の知識はほとんど無に等しいのだ。
しかし、そんな彼でも一つだけ判ることがある。

この女性は『あちら側』の人間だ。



垣根(マズい……ッ!!)



しかし思考が明確になる時には、事態は無残なことにも進んでいくらしい。

少し目を離した隙に彼女はドコからともなく、細い金属のリングで束ねられた単語帳を取り出していた。
そのページの一枚を歯でくわえる直前。
彼の視界に映る全てが、スローになっていく。

何をするのかなんて垣根には理解出来ない。
能力として考えていいのなら、幾らでも候補は挙がる。
けれど、別の法則で生まれた現象は例え第二位と言えど……。






垣根(―――いや)






だからどうした? と垣根帝督は今までの思考を払拭する。

588: 2013/03/01(金) 01:30:44.41 ID:GEUQNpwDO



この俺を誰だと思っている?

俺を差し置いて何をしてやがる?

誰の居る前で血を流すつもりだ?

無関係の人間を―――『光』の道を往く人間に手を出させると思ってんのか?




気付けば、体は勝手に動いていた。
僅か数メートルの距離だ。
彼が本気を出したら一秒にも満たない時間で到達するだろう。
……逆に考えれば、垣根帝督は今、本気を出すほど頭にきている証拠。

本気で能力を使えば自分が第二位であると、他の二人にバレてしまう。
姫神には黙っていたので少し残念だが、致し方がない。
もはや今となっては隠すつもりも更々無い。

大体、今そんなちっぽけな戯れは、



垣根(―――狗にでも喰わせとけばいい)



意志は力となり、力は全身に渡っていく。
彼の背中からは美しく輝きを放つ、白い翼が六枚。
圧倒的な戦闘力で、他の能力者とは別次元で、この学園都市に君臨する唯一無二の超能力者。

そして速度は―――音速を越える!

589: 2013/03/01(金) 01:32:04.72 ID:GEUQNpwDO



「ッ!?」



くわえた途端、紙が一枚の翼によって両断された。
まだ止まらない。音速を越えた事により、余波が生じたのだ。
地面を砕き、衝撃波が女性を襲う。



「くっ……!」



およそ数メートル吹き飛ばされた女性だが、華麗なる受け身でダメージを軽減。
片膝付いた体勢で垣根を睨む。いつでも戦闘が行えるようにだろうか、片手には単語帳が握りしめられている。

そして彼は確信した。目の前に居る女性は『あちら側』の人間だと。



垣根「ムカつくな」



いつもの不敵な笑みは無い。
彼から感じるのは第二位という絶対的な存在感と、ただならぬ殺気。
余裕と油断を消した、『仕事』時によく見られる光景だ。

590: 2013/03/01(金) 01:34:05.66 ID:GEUQNpwDO



垣根「どんな理由があんのか知ったこっちゃねぇが、俺のツレに手を出すその根性は気に喰わないな。お姉さんよお?」

「……坊やは、その子のお知り合いなの?」



どことなく余裕の無い笑みを浮かべた。額から滴る汗がいい証拠か。
対する垣根は変わらない様子で、



垣根「知り合いも何も、世間一般的に“お友達”という間柄なんでな。こんな身形の俺に隔てなく話し掛けてくれる、数少ねぇ人間っつーワケ」

「……そう。だとしたらごめんなさい。坊やには悪いことをしたわねぇ。代わりに一つ質問を―――」

垣根「俺達は『そっち側』じゃねぇよ」



遮るように言葉を発せられた。
まったく変わらないトーンで突き付けた。

女性はあまりにも突然の事で一瞬、垣根が何を言ってるのか判らない状態に陥る。
様子を見かねたのか、彼は更に強い口調で、



垣根「判んねぇか? 俺らは学園都市の人間で、テメェみたいな『そっち側』の人間じゃねぇってことだ」

「―――っ!!」



目を見開いた。驚いているのだろう。

591: 2013/03/01(金) 01:36:18.78 ID:GEUQNpwDO
当然だ。科学側の人間が、まさか魔術を認識してるなど一体誰が予想する。
しかし今の垣根にとって、相手の事情なんてのはどうでもいい。



垣根「おとなしく引き下がれ。だったら見逃してやる。俺はコイツらの前で血を流させるなんざ、二流のやり方を晒したくねぇんだ」



六枚の翼が輝きを増す。
これ以上、妙なマネをしたら許さねぇぞ? と。

明確な威嚇攻撃と、宣戦布告であった。
気付いていないが実はここで失態を犯していた。
彼は世界情勢の事を詳しく知らない。
故に―――もし激突し合えば、垣根帝督の名が『魔術側』に広がってしまう事も知らない。

それは戦争へ繋がり、勃発するのもありえるということ。



「……」



だけど、どうやら女性の方が頭が切れたらしい。
微かに躊躇う顔を浮かべたが、踵を返して走り去っていく。



垣根「……」



見えなくなるまで、彼は警戒を崩さなかった。
姿も消え失せ、完全に安全と見極めた所で背中の六枚の翼は霧散する。
顔色も元の色に戻りつつあった。

592: 2013/03/01(金) 01:37:41.14 ID:GEUQNpwDO



垣根「ふぅ……。まっさかこんな事になる―――」

小萌「こらーっ!」

垣根「うおぉっ!? な、なんだよビックリさせんじゃねぇよっ」

小萌「なんだよじゃないのです! 見ず知らずの人になにをしているのですかっ! 何があったか先生は知りませんが、突然暴力を振るうなんて駄目なのです!」

垣根「はぁ!? 人がせっかく助けてやったってのに、まるで俺が悪いみたいじゃねぇか!」

小萌「たとえどんな訳があっても、先生の目の前で暴力しようとするのは駄目です!!」

垣根「おーおー? 自分では先生とか大きく突っ張ってっけど、考えてる事は見た目同様、単細胞だなチビ口リが」

小萌「な……っ!? 先生は本当に先生なのですよっ! まだ信じてもらえなかったんですか!?」

垣根「初見で信じろと言う方が難しいだろうがっ!! 考えてもみやがれ、見た目小学一年生で通るヤツが“私は先生ですー”なんて馬鹿げたこと言ってんだぞ!! それも初対面で!」

姫神「……」



ああ言えばこう言うとは今の現状を指すのだろう、と。
遠巻きに見つめる姫神秋沙は、ぼんやりとそんな事を考えていた。

593: 2013/03/01(金) 01:38:51.90 ID:GEUQNpwDO
「我。関せず」とでも言うように二人の口論に割って入るつもりは無いようだ。
第一、あの調子ならばそう時間も経たないうちに巻き込まれる事ぐらい、想定範囲内である。

それよりも、びしょ濡れなので早く着替えたいのが心情だったりする。
このままだと風邪を引いてしまうし、何より恥ずかしい。



姫神「……」



ふと、視線を落とした際に胸元の十字架が目に入った。
服が透けて、モロ見えな事に今気付いたのだ。



姫神「?」



彼女は首を傾げる。
先ほど垣根が発した言葉に違和感を覚えてしまった。




―――俺らは学園都市の人間で、テメェみたいな『そっち側』の人間じゃねぇってことだ。

594: 2013/03/01(金) 01:43:12.48 ID:GEUQNpwDO





姫神「……」





静かに目を閉じる。
胸元の十字架に両手を添え、まるでお祈りをするかのように。
意味を理解したからこそ、しっかりと噛み締めたかった。

この数ヶ月、守られてばかり。
本来なら守られる立場ではないのに。

多くの人が私に謝って、多くの人が私の目の前で氏んでいった。
そんな私を身を挺して守ってくれる、不思議な人達。





姫神「やっぱり。あなた達は同じなのね」





クスッと一笑。

マクロナルハンバーガー店で知り合った四人組。
それぞれ違った思考で、違った生き方で、違った立場で、違った雰囲気で、違った性格なのに……どうしてだろう?

同じ。似てる。あの四人は同じにおいがし、似ているような気がする。
明確には判らない。そんな気がするだけ。





姫神「不思議。本当に」

628: 2013/03/27(水) 02:21:03.89 ID:5ZZ3s85DO
投下しまーす


ちなみにヴェントさんの続編はこのSSが終わり次第です
物語の展開と終わり方はもう頭に入ってます

629: 2013/03/27(水) 02:23:35.36 ID:5ZZ3s85DO






―――一方その頃。

630: 2013/03/27(水) 02:26:22.95 ID:5ZZ3s85DO



浜面「はぁ、はぁ……! あ、あいつ、どこ、行きやがった!?」



街路樹に浜面仕上は居た。
だいぶ走ったらしく、息切れがかなり激しい。
並木の一本にもたれ掛かり、額の汗を片腕で拭う。

浜面は暗部の仕事で運転係に回される事が大半を占める。
しかし、上条と組んで仕事をする時は自らも現場へ赴くことが絶対条件。
理由を聞けば、体がなまる防止策と、緊張感や現場の雰囲気を味わっといた方が今後の為らしい。
だから、まだ比較的に普通の人よりも体力は自信のあるつもりだったのだが……。



浜面「く、そッ。食った分のエネルギーを、こんな所で消費すんじゃねえっつーの!」

631: 2013/03/27(水) 02:31:38.87 ID:5ZZ3s85DO



現在進行形で絶賛行方不明中の人物、インデックス。
『御坂美琴に連れ去られた上条当麻を追う彼女を更に自分が追う』という、なんとも滑稽な事態である。
普段ならば、とっくに見付けていてもオカシくないはず。
だけど人込みも相俟ってか、まったく見付けられない。
純白のシスターなんて、一際目立つ格好をしてるのにも拘わらずだ。

インデックスの面倒も第一種目の『棒倒し』だけなのだが、それは言っちゃいけない。
彼自身、きっと忘れているだろうから。
忘れていなくとも、基本お人好しな性格のため、結果的に追い掛けているに違いない。



浜面「……まさか、次の種目の場所まで既に移動してるなんて言わねえよな?」



結論から言おう。その通りである。



浜面「パンフレットは渡してあるから可能性は無きにしもあらず、か……」



気力が一気に削ぎ落ちるように、浜面はがっくりと肩を落とした。
必氏に捜し回った結果が無駄骨に終わるというのは、非常に酷なものだろう。
……まだ決まった訳ではないのだが気分の問題であるので、それとこれとは別だ。

632: 2013/03/27(水) 02:33:30.22 ID:5ZZ3s85DO






「あ、浜面」






―――と、そんな只今絶賛気力喪失中の彼を呼ぶ声が届く。




浜面「あ……?」



雑踏の街中、確実に自分の名を呼ぶ声がした。
気怠そうに辺りを見回す彼の目に、一人の見知りの人物が映る。

金髪碧眼。学生服を基調とした服装。
自分が知る中で、この姿をした人間は一人しか知らない。
そもそも外国人との知り合いなんて数える程度しか居ないのだが。



浜面「……フレンダ?」

フレンダ「久しぶりって訳よー」



サバ缶を片手にパタパタと駆け寄ってくるのは、フレンダ=セイヴェルン。

633: 2013/03/27(水) 02:37:42.65 ID:5ZZ3s85DO
いつもの格好で結構だが、それにしても大覇星祭の時でさえサバ缶を持つ姿はどうなのか……。
露店の種類が多いとはいえ、サバ缶を売ってる店なんてあるのだろうか?
彼女の事だ、意地になってでも見つけ出す姿が目に浮かぶ。



浜面「二ヶ月ぐらいか? にしても、全っ然変わんねえのな」

フレンダ「人間、そう簡単に変わるはずないって訳よ。浜面だってその『だらしないオーラ』は健在だし」

浜面「待て待て! 聞き捨てならねえぞオイッ!?」

フレンダ「おっと……つい本音が」

浜面「本音かよッ!! 少しは年上を敬えってんだ!」

フレンダ「結局、浜面を敬うのは一生ありえないって訳よ」



二ヶ月経った今でも、二人はお互いの接し方も変わっていなかった。
年の差はあるのにそれを感じさせない。
敬語もだが、何より彼に対する扱いがそうだろう。

しかし、浜面は助かっていたりするのだ。なにせ元々二人は友人繋がりで知り合ったに過ぎないから。
だけど彼女は自分に壁や一線を引くことなく、むしろズカズカと入り込んでくる。
そんな砕けた性格が浜面の性格に合ってたのかもしれない。

634: 2013/03/27(水) 02:40:21.09 ID:5ZZ3s85DO



フレンダ「で、浜面はこんな所でどうした訳よ?」

浜面「あぁ、ちっと人捜しでよ。ちっこいしすばしっこいから一向に見つからないんだ」

フレンダ「なーんだ、息が荒かったからてっきり犯罪に手を染めたと思ってたのに……つまんなあい」

浜面「オーイッ!! ボソッとつまんないとか言ってんじゃねえ!」

フレンダ「結局、つまんないって訳」

浜面「ハッキリ言えばいいってもんでも……はぁ、もういい。片っ端にツッコミ入れても疲れる……」



少しだけ上条の気持ちが判った気がする。
悟りを開いて垣根をあしらう術。とても常人には真似できない。
改めて我が大将の凄さを実感する浜面だった。



浜面「フレンダこそ何してんだ? 一人でブラブラとか?」

フレンダ「人を友達が居ない寂しいやつ、みたいな言い方しないでほしい訳よ。私だって知り合いと来て……」



彼女は続きを言わない。

いや、言えなかった。

635: 2013/03/27(水) 02:42:26.63 ID:5ZZ3s85DO

思い出したのだ。自分は今どういう状況に置かれていたか。
久しい人物を見付けてしまったからか、それとも時間を間に挟んでしまったからか、どちらも定かではない。
とにかく、何故『サバ缶を片手に一人で居た理由』を考えるべきだった。


彼女の失態は全部で三つ。


一つ目は友人が露店にある食べ物が欲しいと言い、列へ並びに行ったのを忘れていたこと。

二つ目はヒマを持て余した結果、浜面仕上に話しかけてしまったこと。

三つ目は、












「お待たせ……フレンダ?」













―――その友人が滝壺理后であること。

636: 2013/03/27(水) 02:45:05.93 ID:5ZZ3s85DO



肩の辺りで切り揃えられた黒髪に、上下ともにピンクのジャージ。
とてもラフな格好をした、それこそ大覇星祭であるこの時期だと違和感がないくらいの服装の少女。

手には“新感覚!? たこ焼き ~ヤシの実サイダー味!~”とロゴ入りのパック。
一緒に食べようと考えていたのだろう。一口サイズで四個、爪楊枝が二本ずつ。



滝壺「……」

浜面「……」



二人の視線が交差する。
フレンダヘ歩んでいた足が、彼と目が合ったとたんに止まった。
浜面も声のする方へ流し目で見ようとするが、無意識のうちに体ごとフレンダから彼女へと向いていた。


一瞬にして、二人の空間が構成される。


雑踏の街中。通り過ぎていく人々。
世界が灰色に染まり、モノのスピードが落ちていく。
人も、木も、雲も、音も。『時』でさえも。

他のモノなんて気にならない。
いや、知らない。もはやどうでもよい。
二人にとって目の前が全てだ。

637: 2013/03/27(水) 02:47:44.22 ID:5ZZ3s85DO



浜面「……っ」



彼は戸惑いを隠せずにいた。
全身が硬直し、視線を外せなかった。
息をするのも忘れてしまうほどだった。

見覚えがないはずがないから。
見間違える訳がなかったから。

例え最後に見た姿が違えど“判る”。
どれほど成長を遂げても当初の面影は決して消えない。
そして何より、『心』がそうだと訴えているのだ。

嬉しかった。
泣きたかった。

涙がかれる限りまで、ずっとずっと、泣いていたかった。
会えないんじゃないかと考えた日もあったし、生きているのかさえも危ういのではないかと思っていたから。
自分のマイナス思考は滞る事を知らず、日が経つにつれて頻度は増すばかりだったのだ。



浜面「―――」



微かに口が開き、唇が震える。
声は……出ない。
伝えたい言葉は幾らでもあるのに。
共有したい感情もあるのに。
体が素直に言うことを聞いてくれないのだ。

頼む。頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む――――ッ!

638: 2013/03/27(水) 02:49:31.42 ID:5ZZ3s85DO






















浜面「―――た、き……つぼ……?」




















―――それは、無意識のうちに発せられたもの。

639: 2013/03/27(水) 02:52:06.06 ID:5ZZ3s85DO




滝壺「……!」



囁くような小声は、本来ならば喧騒によって掻き消されて当然のはず。
しかし彼の声は間違いなく滝壺の耳に届いていた。
神の悪戯とも思えるその『奇跡』は、滝壺の心に大きな衝撃を与える。

疑念は確信へと変わった。
彼が何を思い、何を伝えようとしていたのか、ハッキリは判らない。
けれど、当時と何もかもが違えど―――『あの少年』と彼の姿が重なったのだ。

記憶の片隅にそっと収納して、この先、決して出会うことはないと覚悟を決めたはずだった。
こういう世界で生きていく身、『あの少年』と再会なんてありえない。
己の生氏すら不安定な時があり、今この世に生きていることすら奇跡だと思ってしまう過去がある。
きっと、それは今も変わらない。
いつ命を落としても不思議ではない。

故に「会えなくてもいい」と割り切った自分が居た。
それに何せ子供の頃の話だ。顔も体型も違うだろう。判るはずがない。




だけど―――覚えていた。

『心』は―――忘れていなかった。

640: 2013/03/27(水) 02:56:10.72 ID:5ZZ3s85DO

いくら時間が流れようと、どんなに彼が成長しても、関係がなかった。
現実はそんなに甘くはなかった。簡単に彼を忘れさせてはくれなかったのだ。

忘れていれば楽なこともある。
覚えていることの苦痛は、あまりにも耐えられない。
苦しくて苦しくて……潰されそうになる。
本音を言えば会いたい。今すぐ駆け出して、学園都市中を捜し回る羽目になったとしても、会えるなら足は動いてくれる。




―――それが許されないから、忘れていたのに。




滝壺「……っ」



次の瞬間、彼女は踵を返し、走り出していた。
まるで浜面から逃げるかのように。

去り際に見えたパックを持つ手は……強く握りしめられていた。

641: 2013/03/27(水) 02:59:23.26 ID:5ZZ3s85DO



フレンダ「あ……」

浜面「……」



取り残された二人は、ただ佇むしかなかった。
とても追える空気ではない。事情を知っているから尚更である。
ハンパに知ってしまったフレンダでさえ、二人の関係についてどうしようか迷ってた所なのに。
まさか鉢合わせするなんて、思いもしなかったが……。

思わず伸ばした手が、空をさまよう。



フレンダ「追いかけた方が、いいんじゃないの……?」

浜面「……」



無言で首を振る。



浜面「今行っても、あっちの気持ちの整理が付いてないだろうし、俺も判んねえ」

フレンダ「……」

浜面「また会えたのは嬉しい。でも、同時に色んなものが湧き上がってきて訳判んなかったりするんだ。
   ……だからちょっとでもいいから時間が欲しい。情けねえ、怖いだけだ。俺もまだまだ、だな」



優しく微笑み、しかしドコか自嘲気味に彼はつぶやく。
言い終える頃には声量が小さく、自分に言い聞かせるように。



フレンダ「そっ、か。あーあ! 結局、こうなって一番気まずいのは私って訳よー」

浜面「それは……まあ、言い返す言葉もねえけど」

642: 2013/03/27(水) 03:00:19.38 ID:5ZZ3s85DO




―――――――――――――――




とある一室。



「……来る」

食蜂「……!」



二人の視線が窓に向けられたその刹那―――ガラスを突き破るほどの突風が二人を襲った。

食蜂は体勢が崩れながらも両腕で顔を庇い、女は腰に手を当てて堂々と立つ。
……と、そこに、






「よぉ」






軽快に着地する男―――垣根帝督が降臨する。






垣根「お待ちかね、学園都市第二位だぜコノ野郎?」

664: 2013/04/19(金) 02:09:04.25 ID:OZSkNWHDO



女は垣根帝督の姿に目を疑う。


下は迷彩柄のズボンで、上は黒色の長袖のワイシャツ。
靴は自衛隊が履いてそうな皮でできたブーツ。
頭にはサングラスを掛けていた。
……いつもの彼からはどれもこれも想像が付かない。

自分が知る普段の垣根帝督という男は、無駄にプライドだけが高く、ホストのような格好で二枚目気取りの人物だった。



垣根「よいせ、っと」



一番手近な事務机に近付くと、ドコから取り出したのか判らないラジカセを置く。
充電式らしく、コンセントにプラグを差さずに電源を入れた。
女や食蜂のことなど端から居なかったように、鼻歌を口ずさみながら再生のスイッチを押す。

流れるのは軽快なリズムのヒップホップ。



垣根「~~♪」



そして軽やかに踊り出した。
わざわざ頭に掛けていたサングラスを目元まで下ろして、だ。

665: 2013/04/19(金) 02:10:28.05 ID:OZSkNWHDO

まるで久しぶりの休日を楽しむ雰囲気がバリバリである。

完全に蚊帳の外だった二人も、さすがにこれは黙っていられない。
まっさきに痺れを切らしたのは食蜂だった。やり切れない感情の矛先を八つ当たりと自覚しつつ、



食蜂「ね、ねぇ! なんなのよアレ!! 緊張感がまるでないんじゃないのぉっ!?」

「……知らないわよ。もう……」



向けれられた女の方も実際どう対処したらいいか困っていた。

666: 2013/04/19(金) 02:17:02.91 ID:OZSkNWHDO



―――Level5は変わり者の集まり、とはよく言ったものだ。



昔の垣根も例外ではなかった。
そもそも、暗部で生きている人間にマトモな存在が居るはずもない。
でも、やっぱりその中で垣根帝督という人間は、特にその傾向が強い方なのは確かなこと。
多くの暗部の人間を見てきたけれど、垣根帝督ほど変わった人間は見たことがない。
噂によれば、『アイテム』所属の第四位、麦野沈利も相当な変わり者と聞く。

それはLevel5だからなのか。
天才と呼ばれ、生徒達の憧れである彼ら。
だからこそ、一つの才能を秀でる代わりに、ドコかが欠落しているのかもしれない。
垣根帝督も変わり者に間違いはなかったから。……しかし、



(……まったく別のベクトルで変わり者になっちゃってるじゃない。しかも頭のネジの二、三本吹っ飛んで)



早くも身構えた姿勢を解き、片足重心で腕を組む。

667: 2013/04/19(金) 02:20:01.21 ID:OZSkNWHDO
食蜂を見ればまだ納得がいかないようで、口にはしないが目で訴えかけていた。

あの男をどうにかしろ、と。

対する女は首を振り、どうにもできない、と意思表示をする。



垣根「こらテメェら、せっかく俺の登場シーンを演出してるのにそっちで盛り上がってんじゃねぇよ」



……と。こちらからコンタクトを取る前に、向こうがアクションを起こしてきた。
どうやら自分の世界浸っていると思いきや、今までの会話を聞いていたらしい。

彼に抜かりはないようだ。
例え抜かりがあったとしても、彼ならば片手で払うようにいなすだろうが。



垣根「しかしまぁ」



タン! と。曲の終わりとリズムに合わせて床を踏む。
サングラスをずらして、彼の鋭い目つきを覗かせた。

視線が射抜く先は……女―――心理定規である。

668: 2013/04/19(金) 02:24:23.64 ID:OZSkNWHDO



垣根「今回の件をテメェが一枚噛んでるとは、到底思わなかったがな」

心理定規「……」

垣根「考えてみりゃオカシなことだらけだ。この俺、第二位に能力や腕力で適う訳がないなんて目に見えたこと。俺を知ってる人間ならもっと別の手段を講じてくるはず。
   だから、“最初から誰かを誘拐してりゃ手間がかからなかった”のに、一度目や二度目みたいな“わざわざ遠回りの方法を取った”ことに疑問を覚えたんだ」

食蜂「……!」

垣根「今思えば、学園都市らしい舐めたマネは三度目の誘拐だけだ。暗部や上層部にしても、直接交戦を仕掛けてくることは、俺の経験上めったにない。
   立場を有利に持っていくために、どんな汚い手でも使ってきやがった。……まぁ? 俺にんな交渉できるヤツなんざ、そうは居ねぇがな」



片っ端から潰してったしな、とケラケラ笑う。



垣根「―――つまり、企てた人間が違うんだろうな。ド素人とプロとじゃあ比べもんにならねぇし?」



底意地の悪い笑みを浮かべながら食蜂を見たあと、心理定規へと視線を移した。

669: 2013/04/19(金) 02:28:34.93 ID:OZSkNWHDO
その言葉に良い意味でも悪い意味でも反応してしまうのが、食蜂だった。



食蜂「……あらぁ? そのド素人相手に翻弄されてた人が居た気がするケドぉ?」

心理定規「悪いわねリーダー。素人だと張り合いがなくて、つまらなかったでしょ?」

食蜂「ちょ、あなた、なに勝手に肯定して―――」

垣根「俺も気付くのが遅すぎた落ち度はあるにしろ、ド素人は……なぁ?」

心理定規「そうね。素人はねぇ……」

食蜂「―――もぉぉぉぉぉッ!! わざわざ『素人』付けなくて分かってるから!! なんでこう緊張感に欠けるのよ!!」



しかし、あまりに素直過ぎる返答は却って逆効果であった。

挑発を専売特許とする垣根にしてみたら、食蜂の煽り言葉なんて可愛い可愛い。
心理定規も彼の方が何枚も上手だと判っているので賛同したのだ。
そもそも利害の一致で一時的に手を組んでいるだけで、味方のつもりはお互いにないのだから。



心理定規「……ま、彼女はそんなこと忘れてしまうくらいテンパってるみたいだけど」

食蜂「あなた! ボソッと言わないでくれるかしらぁ!」

心理定規「あら聞こえてたの」

食蜂「隣! 聞こえないワケがないでしょぉーっ!?」

心理定規「大体ボソッと言わなくても意味ないんだから別に構わないじゃない。どうせ覗くんだから」

670: 2013/04/19(金) 02:30:34.79 ID:OZSkNWHDO

























垣根「オイ」

















ヒュッ、と何かが二人の間を過ぎ去ったその瞬間―――爆音が炸裂した。

671: 2013/04/19(金) 02:31:45.88 ID:OZSkNWHDO
大型トラックが突っ込んできたような、誰もが思わず耳を塞いでしまうほどの轟音だった。
食蜂は当然、反射的に耳を塞いで怖々と後ろを振り返る。

一言で表すなら、悲惨な光景だ。

まるでスコップで土を掘るように、壁はゴッソリと抉られていた。
それだけではない。奥には廊下が続いていたが、もはや荒廃化とし、元の風景の面影もなかった。

ゾクッと悪寒を感じ取る。
一気にイヤな汗が背中から溢れ出したのだ。
当たらなかったから良かったものの、もし直撃していれば……。






垣根「―――もういいか?」






そんな食蜂をよそに垣根は告げる。
お遊びはもう充分だろ? と。

673: 2013/04/19(金) 03:57:37.31 ID:OZSkNWHDO

チリチリと、見えないものが燃えていくような錯覚が室内を占める。
食蜂が暗部に携わっていた人間なら、それが殺気であると気づいたかもしれない。
心理定規は当然、気づける側の人間だった。
しかし無視してこう続けた。



心理定規「なに? 早速仕事モードに入るの?」



食蜂と違って特別驚いた様子のない彼女。
未だ腕を組んだ普段通りの調子で疑問をぶつける。

対して、垣根は吐き棄てた。



垣根「黙れ。“確実に引き金を引く”方法を取ったのはテメェだろ?」

心理定規「仕方ないでしょ。今のリーダーって、こうでもしないと来てくれなさそうじゃない」

垣根「茶化すなよ。誘拐なんてクソつまんねぇマネしておきながら、テメェらの茶番に付き合わせんな」



尤もだ。返す言葉もない。

彼は別に00001号を誘拐されたから腹を立てている訳じゃない。
第二位を誘い出すために00001号がだしに使われたからでもない。
一方通行の保護対象の一人という理由でもない。

身内の人間を利用すれば第二位は揺れる、という考え方が気に入らない。
第二位とはその程度で対等以上の関係を築ける、と思い込んでいる根性が彼の癇に障ったのだ。

しかも、元身内メンバーなら尚更だった。
そういう方法を取れば、絶対に垣根の逆鱗に触れる、と判っていたはずだから。



心理定規「……そうね。このまま暴れられても面倒だし」

674: 2013/04/19(金) 03:58:14.46 ID:OZSkNWHDO












―――取引をしましょうか。

675: 2013/04/19(金) 03:59:52.57 ID:OZSkNWHDO


投下しゅーりょー


あ、もう二年目突入しちゃってますね

685: 2013/04/26(金) 02:07:01.22 ID:f2P4Cs4DO



垣根「取引だと……?」



好機、と心理定規は悟る。

彼は今まで余裕の姿勢だった。
こちらが何かアクションを起こしても、まったく反応を示さない男だ。
疑惑や懸念といった感情は見せず、いつも興味や嘲笑ばかり。

しかし、ここにきてようやく崩し始めたのだ。



心理定規「ええ。リーダーが受け入れてくれるなら、私達としてもあの子を解放するつもりよ」

食蜂「……」



心理定規が率先して物事を進める。
その隣の食蜂はというと、何やら黙ったままそっぽを向いていた。

686: 2013/04/26(金) 02:09:16.75 ID:f2P4Cs4DO

二人がかりで『素人』と揶揄し過ぎたか。
それとも垣根が放った一撃が思いのほか、彼女にダメージを与えたか。
どちらにせよ、心理定規が垣根帝督に交渉する方向で異論はないらしい。



垣根「あのガキを返したところで、俺が収まると思ってんのか?」

心理定規「思わないわね。あなたに楯突いた、って時点でもう遅いでしょうし」

垣根「判ってんじゃん。本当なら文字通り八つ裂きにしてやるんだが……昔よしみの仲だ、話ぐらいは聞いてやっても構わねぇよ」



その言葉に、思わず心理定規は目を見開いた。



心理定規「あら……意外。問答無用で仕掛けてくるかと思ってたのに。もちろん、リーダーが仲間意識を持ってたっていうのも意外だけど」

垣根「ご希望通り八つ裂きにしてやろうか?」

心理定規「それは勘弁ね」



つい、と隣に居る食蜂へ視線を移す。
ならうように垣根も食蜂へ。

687: 2013/04/26(金) 02:12:22.80 ID:f2P4Cs4DO

相も変わらず黙ったままの彼女だったが、気付いた(心を読んだ)らしく、心理定規を流し目で見る。



食蜂「……なにかしらぁ?」

心理定規「言わなくても判ってるでしょ。それとも、あなたはよっぽど言わせたいSなの?」

食蜂「……っ、はぁ……判ったわよ。先に言えば? ってコトでしょ。脳に干渉しなくてもあなたを見てれば判るから」

心理定規「そ」



食蜂は視線を垣根へと。
ズボンのポケットに両手を突っ込んだ姿勢だった。
人によれば上から目線、と捉えられそうな態度だ。

彼は苛々が募った瞳を宿していた。
しかし、先ほどのようなチリチリと焼ける感覚はない。
和らいでいる証拠だろう。



垣根「……んだよ、早く言ってみろ。普段なら豊かな心で待ってやるが、今の俺はガキ相手に豊かにしてやれねぇんだ」



食蜂が少々ためらっていると、向こうから挑発が飛びかかってきた。

688: 2013/04/26(金) 02:15:14.63 ID:f2P4Cs4DO
確かに背後の光景を思い出して、ちょっと怖かったりしたのは本当だ。
だけど、流石にその言い草はムッとする。

一言二言ぐらい反論してやりたいけれど、言い返せない立場なのも事実である。
それに、つまらない意地の張り合いは無駄な時間を食うだけだ。



食蜂「私が求めてるのは情報よ」

垣根「情報?」

食蜂「ええ。ちなみに人のね」



気に食わなさそうに言う。
口を尖らせて不満げに答える彼女は、お嬢様とは思えない年相応の風貌を覗かせた。
……しかし、その瞳の奥に宿るのは確固たる『野心』だ。

垣根は“そういう人間”を何度も見てきたからこそ、察することが出来た。

689: 2013/04/26(金) 02:16:14.33 ID:f2P4Cs4DO



垣根「で、誰のどんな情報を知りたいんだ?」



彼はあえてその事を口にしない。
きっとこれから述べる人物に、『野心』の根幹が見えてくるだろうから。

食蜂は僅かに目を細めると、垣根から視線を逸らし、






食蜂「……上条当麻」







―――忌々しげに呟いた一言に、垣根の思考は一瞬で真っ白になった。




垣根「なに……?」



思いがけない人名に、彼は僅かに眉をひそめた。
今まで余裕の色で受け答えを交わしていた垣根だったが、ここにきて初めて狼狽えた。
まさか彼女の口から上条当麻の名が出るとは思いもしなかった。
自分が属する組織、ましてやリーダーの名が出てくるなんて誰が予想するか。

690: 2013/04/26(金) 02:18:56.63 ID:f2P4Cs4DO

明らかに戸惑ってる垣根の様子を見て、食蜂は不機嫌そうに、



食蜂「なにか文句でもあるのかしらぁ?」

垣根「いや、文句なんかねぇけども……。はーっ、だから俺な訳か?」

心理定規「私が提案したのよ」



即座に反応を示したのは食蜂ではなくて、心理定規だった。
よほど暇を持て余していたらしく、手の爪にマニキュアを塗りながら口を挟んだ。



心理定規「上条当麻を知ってる人物なんて限られてくるじゃない? リーダーを含め、三人に絞れるわ」



ふむ、と垣根は頷く。

どんな情報にしろ、上条当麻の詳しい事情を知る人間は、この学園都市にほんの一握りしかいない。
昔話程度なら御坂美琴が適切だろう。
それでも選ばなかった理由は、おそらく二人の仲がよろしくないと予想する。

二人は同じ常盤台中学だ。
顔合わす機会なんて幾らでもある。
ということは、つまり既に能力で試しているはず。
だが失敗に終わったのだろう。諦めていないのが何よりの証拠だった。

691: 2013/04/26(金) 02:20:02.78 ID:f2P4Cs4DO



心理定規「彼女、まだ私が誘う前はリーダーじゃなくて、一方通行を狙ってたみたいなのよ」

垣根「あぁそりゃ無理だ。返り討ちに遭うのがオチに決まってる」

心理定規「よね。良かったわね?」

食蜂「……ふんっ」



彼女は頬を膨らませ、拗ねていた。



垣根「……あん? つまり俺は安上がりっつーことか?」

心理定規「違うから。私が彼女に接触を図って、ターゲットをリーダーに変更させたの。そもそも私はリーダーが狙いな訳だし」

食蜂「私からすれば第一位や第二位のどっちでも良かったケド。情報さえ引き出せたらそれでいいしぃー」



癖なのか、毛先を弄くり回しながら答える。

692: 2013/04/26(金) 02:21:51.31 ID:f2P4Cs4DO

大体、状況は把握した。
自身が狙われる理由も、彼女達の狙いも。
心理定規は垣根を、食蜂操祈は上条を。
双方はお互い利害の一致で、一時的に組んでいるに過ぎないと言う事。
一方通行が狙われなかった理由は勿論のこと、浜面が狙われなかった理由もおのずと答えにたどり着く。

浜面仕上は無能力者だ。
一方通行や垣根帝督のように防御手段はない。
上条当麻のように特殊な能力がある訳でもない。
要するに、既に『覗かれている』と考えた方が利口だろう。

垣根は全ての“経緯”を踏まえた上で―――食蜂を見据えた。



垣根「そうまでして固執する理由、当然話す気はあるよな?」

食蜂「……」

垣根「悪ぃがどんな事情であれ、身内の人間を売るようなマネは好まねぇんだ」

食蜂「……そうねぇ、理由、理由かぁ……」



額に手を当て、溜息をつく。
どうやら言葉が見付からない様子らしい。

693: 2013/04/26(金) 02:22:53.41 ID:f2P4Cs4DO

しばらく悩んだ後、至極つまらなそうに、






食蜂「『壁』、かしら」






そう、吐き捨てた。



垣根「壁?」

食蜂「『敵』でも構わないわ。でも、なぁーんか違う気がして」

垣根「どういうこった?」

食蜂「……御坂さんが幼馴染みなら、私は『腐れ縁』といった感じよ」

垣根「……ということは、テメェとリーダーは……」

食蜂「えぇ。あなたの察したの通り」



食蜂は手で襟足を後ろへ払うと、こう呟いた。

694: 2013/04/26(金) 02:24:10.24 ID:f2P4Cs4DO













食蜂「御坂さんと同じように、上条当麻とは三年以上も前からの付き合いってコトになるわぁ」

695: 2013/04/26(金) 02:27:06.37 ID:f2P4Cs4DO



御坂さんみたいに関係はよろしくないケドぉ、と続けた。



食蜂「私のこの能力は発現した瞬間からLevel5級だった。それはあなたも同じじゃないかしら?」

垣根「……あぁ」

食蜂「段階を踏んで成長を遂げていったLevel5は、御坂さんだけ」

垣根「そのせいか、学園都市は第三位を看板として扱ってる所があるしな。お陰様で、『外』の連中には都合の良い情報しか回ってねぇのも事実ってな」

食蜂「どうだっていいわ。そもそも御坂さんの場合は、目的が上条当麻にあるワケじゃなぁい? たまたま結果が伴った、それだけのコト」



すると、突然垣根はクククッ、と薄い笑みを浮かべ始めた。

意味が判らず訝しんでいると、



垣根「随分と詳しいんだな? 第三位に干渉力は効かねぇんじゃなかったか?」

食蜂「……誰も言ってないじゃない」

垣根「違うのか?」

食蜂「べっつにぃ違わないケドぉー」



彼は全て見透かしたみたいに言う。
それから逃げるように食蜂は顔を背けた。

696: 2013/04/26(金) 02:28:13.32 ID:f2P4Cs4DO



食蜂「……話を戻すと、私達は『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』が元から完成された状態なワケでしょぉ?」

垣根「そういうこったな」

食蜂「自我が強いって意味に繋がるから、それなりにプライドは高いと思ってるわ。自分で言うのも変な話だケドねぇ」

垣根「それなりどころか、Level5+お嬢様のカテゴリー枠だからヘタすりゃ俺よりも―――あぁ、話が見えた」

食蜂「頭の回転が速くて助かるわぁ。そう、“能力が効かない”のよねぇー」



幻想頃し。

上条当麻の右手に宿る、どんな異能も打ち消すことが出来る力。
それは一方通行の反射や、垣根帝督の未元物質も可能である。
だから食蜂の心理掌握を打ち消すぐらい、造作になかった。

697: 2013/04/26(金) 02:32:01.13 ID:f2P4Cs4DO



食蜂「もぉープライドなんてズッタズタ。初めてだったモン、あんな存在」

垣根「あぁん? フラグ建築済みかと思いきや、案外そうでもなさそうだな」

食蜂「あなたの言うフラグが恋と同義なら、ざぁんねん☆ 夢のまた夢に過ぎないわぁ。何千、何万と人の心を読んできた私にとって、恋は理解に苦しむものよぉ」



『定め』なのかもしれない。

多くの人が知らなくてもいい世界を見ずに、日々を平穏に暮らしている。
それは、知ってしまった人間が隠すから成り立っているものであった。
しかし、食蜂は能力の性により、知りたくなくとも知らされるのだ。


知らなくてもいい世界を。
知らなくてもいい人の心を。


今でこそリモコンで制御可能だけれども、当時の頃は酷かったもの。
街中を歩くだけで耳にするのは人々の『本音』。
上っ面の言葉なんて腐るほど聞いてきた。
協力を求めてくる白衣を着た研究員なんて、食蜂の能力しか見えていなかった。

698: 2013/04/26(金) 02:33:24.44 ID:f2P4Cs4DO



食蜂「……驚きはしたわよぉ? でもぉー、『恐怖感』の方が強かったからねぇ」

垣根「『恐怖感』?」

食蜂「考えてもみなさいな。人の心を覗いてしまうのが当たり前の日々だったのに、“覗けない人間”が目の前に現れちゃうのよ?」



そう。彼女は怖かった。
上条当麻という存在が。
『心』を読めない人間が。

『心』を読むことでしか信用や信頼できなくなった食蜂にとっては、まさに天敵とも言えた。
例えどんなに優しい言葉を掛けられても、『心』を読めばその人に合った対応ができる。
手間がかかるなら感情を改竄し、自分の都合のよい方向へと運んでいける。
今まではそうして生きてきた。
心理掌握という、学園都市最高の精神系能力者の肩書きを得た日から、ずっとずっと。

だが、上条当麻はそれを土台から覆した。



食蜂「まだ小学生だったしぃ、尚更よねぇ。でも、やっぱりどうしようもないぐらいにプライドが高かったみたいだゾ☆」

垣根「……怒りが湧いてきた、と」

食蜂「そこまでじゃないわよぉ。もっと簡単に、悔しかったんでしょぉねぇ……」

699: 2013/04/26(金) 02:34:35.15 ID:f2P4Cs4DO



無駄に達観していて、生意気だった自分はその現実にムキになってしまった。

そんなはずはない、と。
能力が効かないなんてありえない、と。

納得がいかなかった。そしてありがちな事に、何度も能力を使って操作を試みたのだ。
結果は言うまでもない。どんなに演算をしても一蹴されるだけであった。



食蜂「リモコンで制御が可能な頃には、私は中学生。なんでかは知らないケド、あっちは全く姿を見せなくなったのよねぇ」

垣根「……」

食蜂「最近になってようやく見付けてワケだしぃ。場所を割り当てて、後は情報を引き出すだけ」

垣根「……その情報っつーのは」

食蜂「えぇ。―――上条当麻の弱点、とでも言っておこうかしらぁ?」

700: 2013/04/26(金) 02:36:02.80 ID:f2P4Cs4DO



垣根帝督の表情に、もはや笑みはなくなっていた。
必要のない介入は避けていた。
ただ、そっと静かに耳を傾けるだけだった。

そして大きく一息つく。
頭をガリガリと掻きながら、彼はこんな事を言い出した。



垣根「んだよ。年甲斐もなく大人びた生意気なガキかと思ったら、存外に年相応のお子様じゃねぇか」

食蜂「……?」

垣根「ま、俺は第三位の方が好感を持てるけどな。殊勝な一面はプラスポイントになんだぜ?」

食蜂「ちょっと待って、どういうコト……?」



垣根帝督は第五位の核心を突く。
あらゆる事を見透かしてきた男は、嘲笑うように吐き棄てる。

701: 2013/04/26(金) 02:38:16.00 ID:f2P4Cs4DO



垣根「近所のお兄ちゃんに構ってもらいたいけど、どう接したらいいか判らない。そういう風に見えるつってんだ。
   今まで殻に閉じこもったような、無難な『逃げ道』しか選ばなかったんじゃ、そりゃあ人間関係の築き方も知る訳がねぇ。
   人間のために考えることすらしなくなって、能力の副作用で人間不信に陥ったなんて世話ねぇよ」

食蜂「……綺麗事よ」

垣根「なら、テメェの言う“上条当麻の情報を引き出す”なんざ戯言だ。下らないの一言に尽きるほど、価値は微塵もねぇぞ?」

食蜂「…………」

垣根「『壁』、と言ったな。要は越えたい存在うんぬんかんぬん! って感じだろ? そう口では言えるが、接し方が判らないけどなんとか掴んだ『口実』じゃねぇの?
   弱点? 情報? 温ぃな。確かにリーダーに能力攻撃はほとんど皆無に近いけどよ、能力以外は効くだろ。
   テメェはいざとなれば周りの人間を改竄して、襲わせることだって出来たはずだ。本当に乗り越えたいと思ってんなら、そんな容易いことを何故思い浮かばない?」

食蜂「…………ッ」

垣根「どうやら悔しかったり恋愛感情がない、っつーのは本当みたいだがな。
   テメェは気付いてるかどうか知らねぇが、リーダーが失踪してからの私情が抜けてんぞ? それまで事細かに説明してたってのによ」

食蜂「…………ッッ」

垣根「あぁ、さっき詳しかったのは素直に甘えられる第三位が羨ましいからか? 自分と違って気軽に話し掛けられる間柄だもんな、仕方ねぇ仕方ねぇ。
   だがよぉ? 久しぶりにリーダーを見て舞い上がるのは判るけどさぁ、出会い頭に喧嘩売るんじゃなくて、もう少しマシなベクトルの感情表現できないのかよ?」



ケラケラと笑いながら肩を竦ませた。
その笑いが尚、プライドの癇に障った。




食蜂にとってそこが限界だったのだ。

702: 2013/04/26(金) 02:39:19.05 ID:f2P4Cs4DO



食蜂「―――ッッ!!!!!!」



乱暴にポーチへ手を突っ込み、リモコンを取り出した。
ピッと、機械とは思えない独特の音が部屋中に反響する。

それは食蜂が能力を発動させた合図である。



垣根「……ほぅ?」




―――ダダダダダダダッ!! と。




垣根が空けた穴から、武装した人間が次々とこの部屋へ入ってきた。
それもタダの武装ではない。
「人型」の駆動鎧(パワードスーツ)だ。
中には厄介な駆動鎧、『ラージウェポン』を着込んでいる者も居た。

続いて窓の外へ目を向ける。
そこには、明らかにこちらを意識してホバリングするヘリがあった。
ハッチが開き、中から黒服の男が機関銃と共に姿を現した。



食蜂「……悪いわねぇ、あなたがもしもの時に準備しておいた人員を利用させて貰うわ」

心理定規「どうぞ、ご勝手に」



呆れたように溜息をついて、壁の穴から廊下へと歩いていく。

703: 2013/04/26(金) 02:40:23.52 ID:f2P4Cs4DO
どうやらこれから起こる展開を読み、巻き込まれないためにも一足先に避難するようだ。

賢明な判断だ、と垣根は心の中で呟く。
流石は曲がりなりにも、しばらく仕事を共にした仲である。

しかし残念な事に、目の前のお嬢様は気が付いていないみたいだが。



食蜂「確かにシングルスじゃ厳しいわねぇ。でもぉ? これだけの数を相手するのは、例えあなたでも―――」








出来事は、一瞬だった。








食蜂「―――が……っっ!!!!!?」



音はなかった。

いや、正確にはあった。

だけど聞こえなかった。


もっと正確に言えば―――垣根帝督が聞かせるヒマを与えなかった。

704: 2013/04/26(金) 02:42:20.18 ID:f2P4Cs4DO


彼女の認識レベルに合わせて言えば、“気が付いたら壁まで吹っ飛ばされていた”だけなのだ。

反応できなかった、とかそういう域ではない。
ただただ純粋に“見えなかった”。
彼の動きが。能力発動の瞬間が。
すべての動きに必ずある予備動作すらも。



食蜂「な、にが……?」



言葉もままならなくなっている。
背中から衝撃を受けたらしいので、呼吸がしづらかった。

視界も朧気だった。
周りには操っていたはずの人達が転がっていた。
意識は無いようだ。誰一人として、ピクリとも動かない。

ラージウェポンに関しては胴の横、人間で言う横腹辺りが恐ろしいまでにヘコんでいた。
まるで空き缶を握力だけで握り潰す感覚だ。



垣根「『斬』れていないだけマシと思え。寛大で優しい俺は『打』撃に変えてやったんだからよ」



目の前に、その場から一歩も動いていない垣根帝督が佇んでいた。
唯一変わったところは、背中から『二枚』の翼が生えている事か。

705: 2013/04/26(金) 02:43:21.08 ID:f2P4Cs4DO



垣根「さて、と。どうやらこれ以上ネタも出て来なけりゃ、面白いことも起きなさそうだし。今度はアイツの要求とやらを聞いてくるとするかー」



彼のバックで、ヘリが黒い煙を立てながら落下するのが見える。
意味が判らない。理解なんて出来る訳がなかった。
何が起きて、何がどうなっているのか。
あれだけの包囲網で助かること事態、頭が追い付かないというのに。

Level5といえども、得手不得手があるのは違いない。
どんなに戦闘能力が規格外の集まりだろうが、相性があるので、状況によっては変わるのは当然のこと。
自分の心理掌握は肉弾戦が出来ないので、先陣を切っていけるタイプではない。
御坂美琴なんかは電気を応用し、工夫する事で、なるべく弱点を埋めている。
でも、彼女のどう足掻いても隠しきれない弱点は、性格にあるのだ。
何の罪もない人間を傷付くことを良しとしない性格だ。


故に、自分にとって上条当麻が天敵であるように、御坂美琴にとって食蜂操祈という存在は天敵なのだ。

706: 2013/04/26(金) 02:44:15.82 ID:f2P4Cs4DO



食蜂「待ちな、さい……!!」



しかし、この男はなんだ?

能力も効かない。
人質を取っても効かない。
改竄した戦闘要員を用意しても効かない。

これは相性なのか?
相性の問題なのか?

馬鹿げている。
フザケている。

この男は、本当に私と同じLevel5なのか?



食蜂「まだ終わってないわよぉ……?」



不敵な笑みを浮かべたが、明らかに無理している事が目に見えた。

強がっても結果は判っているはずなのに。
諦めればいいと頭の隅では理解しているはずなのに。

彼女の積み上げてきたプライドが邪魔をする。

707: 2013/04/26(金) 02:45:30.46 ID:f2P4Cs4DO



垣根「一つだけテメェに聞いておきたいことがある」



食蜂の揺るがぬ瞳を見据えて、彼はある一人の人物を思い浮かべた。
だからこそ、彼は聞いてみたかった。
その人物とまったく同じ質問をしてみたかった。










垣根「―――この街は好きか?」










食蜂の瞳に、戸惑いの色が浮かぶ。

708: 2013/04/26(金) 02:47:05.95 ID:f2P4Cs4DO



食蜂「なにを……」

垣根「答えろ」



鋭い眼光が彼女を射抜く。
視線を逸らす事は許されなかった。
まして答えない選択肢も許されなかった。



食蜂「……そんなの、決まってるじゃない。好きに、なれるワケがないでしょぉ」





―――はい。好きですよ。





食蜂「色んな思惑が心の縁に隠されたこの街を」





―――世界とは……こんなにも眩しいものだと、実感をしたのを覚えています。





食蜂「なに考えてるか判らない人達が居るのに」





―――ミサカにとって大切な人達が居る街を嫌いになれるはずがありません。とミサカは断言します。





食蜂「好きになんて……」



段々と弱々しくなっていく彼女を見て、垣根は薄く笑う。



垣根「惨めだな」



実に、哀れだった。

709: 2013/04/26(金) 02:49:55.21 ID:f2P4Cs4DO


人形として生まれた者は、感性に素直で。
人間として生まれた者は、誇りが高くて。

嫌いな訳がないのに、素直に好きと言えない。
実際に彼女は一度も嫌いとは言っていなかった。
好きなワケが……、と濁すだけで「嫌い」と明言はしないでいた。

本当は好きなのだ。
ためらっているだけで。

ためらってしまう理由なんて、幾らでもあるのだろう。
性格、環境、プライド、能力、などなど。

どれもこれも垣根に言わしてみれば下らない。
目の前の現実に囚われてばかりで、もっと大事な物に気付けていない。
その分、第三位は自分の殻を破っている。
もし、今の第五位のように強がっていたら、空回りばかりだっただろう。



垣根「しばらくは動かない方が良い。腕、折れてるだろうからな」

食蜂「……」

垣根「そんなテメェに、朗報だ」



彼は底意地の悪い笑みを浮かべ、



垣根「リーダーに弱点はねぇよ」



それだけを告げて、この場を立ち去った。



食蜂「……」



この部屋に残ったのは、無言のままうつむく食蜂の姿だけだった。




―――――――――――――――

710: 2013/04/26(金) 02:51:03.46 ID:f2P4Cs4DO




静かな長い廊下に、二つの声が淡々と響いていた。



「あら、終わった?」

「テメェは余裕だな」

「伊達に一緒に仕事してないわ」

「そうか」

「それより、場所を移しましょう? 長居は無用だわ」

「オイオイ。薄情なヤツだな。アイツを放っておくのかよ?」

「構わないわ。この騒ぎを聞きつけた彼女の取り巻きが、その内やってくると思うし」

「なるほどな。確かにさっさと退散した方が得策だ。面倒事は避けて通りたいからな」

「第三位のクローンは、人が少なくなったのを見計らいましょ」

711: 2013/04/26(金) 02:52:35.15 ID:f2P4Cs4DO

「……で、テメェの要求はなんだよ?」

「要求というより、提案ね」

「提案?」

「そ。幻想頃しのチームを抜けない? っていう提案」

「却下」

「言うと思った。でも、これからが本題よ」

「……どういう意味だ」




―――――――――――――――




「……なるほどな」

「メリットはさっき言った通り。ただ、この提案を受けるならデメリットとして、幻想頃しのチームは脱退せざるをえない。どう?」

「難しい話だな。リーダーの下で生きると決めた俺には」

「その分、メリットの報酬はあなたにとって充分なはずよ?」

712: 2013/04/26(金) 02:53:38.05 ID:f2P4Cs4DO

「テメェはどうなんだ」

「なにがかしら」

「何故、勝手に『スクール』を抜けた俺にそうまでする。テメェのメリットはなんだ?」

「……別に。特にないわ。あるとすれば―――好きでやってるだけよ」

「……」

「……」

「……ククッ、まさかテメェからそんな言葉が出ようとはな」

「うるさい。私だって言いたくなかったのに……」

「オーケーオーケー! その話、乗ってやる」

713: 2013/04/26(金) 02:54:23.67 ID:f2P4Cs4DO











―――そうして、二人は闇に消えていく。










―――そしてこの日を境に、彼は上条達の前から姿を現さなくなった。

714: 2013/04/26(金) 02:57:26.63 ID:f2P4Cs4DO
投下しゅーりょーです!


垣根の失踪、食蜂の兄妹的思慕

色々あったと思います!




さて、次は『0930』事件に移ります
ヴェントさんですよ!ヴェントさん!!



後、皆さんに質問です。上条さんの過去篇は織り込んでも構いませんか?

織り込むとしたら、この話の完結が遅くなりますし、ヴェントさんの話はもっと先になってしまいますが

729: 2013/04/28(日) 02:25:13.39 ID:p5veg8WDO









―――九月三十日。

730: 2013/04/28(日) 02:26:25.11 ID:p5veg8WDO



いつものファミレスに、彼らの姿はあった。
大覇星祭も無事(?)に終えて、こうして彼らが揃うのはいつ振りだろう。
季節も暑苦しい夏から、いささか涼しい秋に変わりつつある。
夏服だった学生達も衣替えの時期を迎え、冬服に着替えていた。

当然、上条も学生の身分なので、冬服に変わっているのだが、元々彼は仕事をする際に学ランを着てるので、あまり新鮮味はないかもしれない。



浜面「上条、どうだ……?」

一方「……」



そんな中、彼らの顔色は優れない。
顔に出にくい性格の一方通行でさえ、ドコか焦燥感に駆られていた。

731: 2013/04/28(日) 02:28:15.52 ID:p5veg8WDO

浜面に問われた上条当麻は、目を細めると、



上条「ダメだ。一向に出る気配がない」



携帯画面に映る、留守番サービスとの文字に肩を落とす。
追随して、浜面や一方通行も同様に重い溜息を吐いた。
彼らがこうして浮かない顔をしているのは、たった一人の人物によるものだった。


―――垣根帝督。


九月十九日以来から、消息を絶ち、行方をくらました彼らの仲間だ。
何度電話を掛けても留守番に繋がるし、自室を訪問しても居ないのだ。
自室に関しては、人が最近過ごした『におい』すらしなかった。



浜面「もうすぐ二週間近くになるのか……」

一方「……最後に会ったっつってる、クソガキも居場所は判らねェらしい」



額に手を当てる浜面はさることながら、コーヒーを口に含む一方通行も心配しているようだ。
何故なら彼が持つカップの中身は、既に飲みきっていて、無いからだ。

732: 2013/04/28(日) 02:30:33.59 ID:p5veg8WDO

パタン、と携帯を閉じると、上条はやれやれと言わんばかりに微笑を浮かべた。



上条「ま、その内ひょっこり顔を出すだろ」

浜面「軽っ!?」



さっきまで意気消沈していたとは思えない速度で、浜面はツッコミを入れた。
そんな浜面に対し、上条は面白おかしそうにケラケラ笑いながら、



上条「別にいいんじゃね? トラブルメーカーが居ないし、平和で過ごしやすいから上条さんは大助かりですよ?」

浜面「もっと心配とかねえの!? こう、捜索しようぜ的な発想とかさあ!!」

上条「怠いでごんす」

浜面「大将ォォォォォォォォォッ!!!!」

733: 2013/04/28(日) 02:31:48.69 ID:p5veg8WDO



このままでは浜面が暴れかねないので、一方通行が片手で制し、上条を見据えた。



一方「実際、どォなンだ?」



生半可な答えは求めていない目だった。
誤魔化しは通用しない。



上条「……言っても、放っておけば? ってのは本音ですよ?」



ガリガリと頭を掻く。



上条「来なくなったからと言って、俺らの組織から名前がなくなった訳じゃない。俺達と縁を切った訳でもない」



笑みを浮かべ、上条当麻は言う。



上条「だから……心配はないかな。だってバ垣根だし」



たいした問題ではないと。

734: 2013/04/28(日) 02:33:37.76 ID:p5veg8WDO

それより、と上条は続け、



上条「上条さんはここに円周が居ることに対して、大いに疑問を持ってるんですが……」

円周「んぐんぐ」



ピッと隣を指さして、前に座る二人に疑問をぶつけた。

黒髪にお団子頭を左右に揃えた、中学生ぐらいの小柄の少女。
上条のことを「当麻お兄ちゃん」と慕う、木原一族の女の子だった。



浜面「……いや、まあ、最初からいたから違和感とかねえしよ。どうせ大将だから別にいいかなー、って」

上条「てめっ! 垣根の件を曖昧にしたら突っかかってきたくせに、俺はいいのかよッ!!」

浜面「うるせえ!! 大将には判んねえんだ……! 毎回女の子絡みを見せ付けられる俺の気持ちがよおッ!!」

上条「そんな良いもんでもねえよ! もっと平和な絡みだったらまだしも、なんだよもれなく拳を交えましょう的なキャッチフレーズが付きそうな絡み!!」

735: 2013/04/28(日) 02:34:56.47 ID:p5veg8WDO

一方「結局、あのクソメルヘンが居よォが居まいが、騒がしいことには変わりないンじゃねェか」

円周「んぐんぐ」



割と冷静なのは一方通行と円周だけだった。
円周に関してはステーキセットをひたすら頬張っている。

そんな中、












「あーっ!! いたいた! やっと見つけたわよ当麻!!」












見事に聞き覚えのある声が、店の入り口から飛びかかってきた。

736: 2013/04/28(日) 02:36:57.15 ID:p5veg8WDO
円周以外の三人は、さっきまでの騒ぎとは打って変わって停止する。
一斉に振り返ると、お嬢様学校で知られる名門常盤台中学の見目麗しい(はずの)女の子が、どだだだだーっ!! と高速で接近してくるところだった。

御坂美琴。

上条の小学校からの付き合い、言うなれば幼馴染みという間柄の少女だ。
彼女もまた円周と同じく、上条当麻を慕う人物の一人である。
目の前で浜面が「これが格差社会か……」とボソッと呟いた一言は、上条の耳に届かなかった。

とりあえず、おそらく自分目当てであろうと考える上条は、



上条「なんつーか、これから起こる展開が見えるから……不幸だ」

美琴「ちょっと! 待ち合わせの場所にいないと思ったらなにしてんのよ!」



ズカズカと上条の隣に座ると、睨み付けながら詰め寄ってきた。
そのおかげで上条は二人の少女に挟まれる形に。
挙げ句、浜面が泣き出したような気がするけど、無視を決め込む。

737: 2013/04/28(日) 02:39:50.72 ID:p5veg8WDO



上条「んん? なんか約束してましたっけ?」

美琴「大覇星祭の時、用事に付き合ってくれるって言ったでしょ!」

上条「そんなこと言ったような言わなかったような……。そもそもあん時はそれどころじゃなかったからなぁ」



つんつん、と。
美琴とは正反対の方向から、何やら脇腹をつつかれた。
ちょっと控えめな感じだったが、色んな意味でダメなツボを的確に突くあたり、ちゃっかりしてると思う。

振り向けば、もう肉を食い終えた円周がフォークをくわえながら、上条を見上げていた。



円周「当麻お兄ちゃん、今日は私とデートじゃなかった?」

上条「嘘をつくんじゃありません。事態をややこしくさせる発言は慎んでくれ」

美琴「ちょっと誰よこの子? アンタ、こんな小さな子に『お兄ちゃん』なんて呼ばせてるの……?」

上条「美琴。一応言っておくぞ。この子とお前は、ほぼ同い年だ」

美琴「本来の妹的立ち位置は私のはずじゃ……」

上条「オイ待て。お前まで意味が判らない発言をするな!!」

円周「うん、うん。分かっているよ。こういう昼ドラの展開が燃えるんだよね!!」

上条「便乗すんじゃねえ!! つか誰の思考パターンだそれはァ!?」



一方通行は思う。

なンというか、今日も平和だ。

738: 2013/04/28(日) 02:40:54.33 ID:p5veg8WDO




―――――――――――――――




打ち止め「起きたら既にあの人がいなかった……。ってミサカはミサカは愕然としてみたり」

黄泉川「一方通行なら、早々と出かけたじゃんよ」



ところ変わってココは黄泉川が住むマンションの一室。
広さは4LDK。どう考えても家族向けで、なおかつ一生をかけてローンを払い続ける規模の部屋だ。
それも今では、一方通行、打ち止め、芳川桔梗を迎え、広さに見合った人数となった。



打ち止め「むむむ! あの人が早起きなんて、入院してたときは一度もなかったのに。ってミサカはミサカは首を傾げてみたり」

芳川「そりゃあ入院中なのに、わざわざ早起きする理由がないからでしょう?」



ソファに腰掛けていた芳川が、紅茶が入ったカップを片手に答える。

739: 2013/04/28(日) 02:43:03.51 ID:p5veg8WDO

まだ納得がいかない様子の打ち止めは、腕をブンブン振り回しながら、



打ち止め「もーっ! 仕方ないからミサカが迷子を見つけてやるのだ! ってミサカはミサカは玄関へ駆け出して―――」

黄泉川「はいはい落ち着くじゃんよー」



ワイシャツの襟首を掴み、今にも外へ出て行こうとする少女を阻止する。
持ち上げると、案の定ジタバタしだした。



打ち止め「のわあぁ!? 離せーっ! ってミサカはミサカは抗ってみたりぃ!」

黄泉川「監視役がいないのに、無闇に外へ出す訳にはいかないじゃんか。桔梗、頼める?」

芳川「保護者さんのあの子を電話で呼び戻せばいい?」

黄泉川「だったら桔梗に頼む意味ないじゃんよ!」

芳川「だって、私はもう年だから発想直結式のその思考回路にはついていけなくなる時があるもの」

黄泉川「面倒くさいからって嘘はよくないじゃん?」

740: 2013/04/28(日) 02:44:51.72 ID:p5veg8WDO



その時、ピンポーン、とチャイムが鳴った。



黄泉川「はーい! 開いてるじゃんよーっ!」



その声に従って、玄関の扉が開く。
すると、姿を現したのは打ち止めをそのまま大きくしたような少女だった。
検体番号00001号、一方通行が世話をしてるミサカだ。
彼女は常盤台中学の冬服である。
オリジナルの御坂美琴とまったく同じ格好であるので、一見、どっちが本物か見分けがつかない。

00001号は、感情の読めない瞳で有様を眺める。



00001号「おやおや。何やら騒がしいようですが、あの人はいないのですか? とミサカは辺りキョロキョロします」

黄泉川「ざーんねんじゃん。お出掛け中じゃんよ」

00001号「ふむ。おそらく10032号が熱を上げてるヒーローさんの所でしょう。とミサカは憶測を立てます」

黄泉川「お、場所が特定できるなら話は早いじゃん。ちと、この腕白盛りの……」



掴んでいる手元へ視線を移す。

芳川も会話の流れに付いていく感じで、黄泉川に倣うように視線を移した。

……が、二人は即座に全身が硬直した。

741: 2013/04/28(日) 02:48:21.78 ID:p5veg8WDO

打ち止めを掴んでいたワイシャツが、何故かバスタオルとすり変わっていたのだ。
いやむしろ、どうして今まで気付かなかったのか不思議で仕方ない。
バスタオルとワイシャツでは、手触りが全然違うというのに。



00001号「あ、ちなみに上位個体でしたらミサカが扉を開けたと同時に外へ飛び出していきましたよ。とミサカは今更ながら事後報告します」



そういえば、彼女が扉を開けた時から、打ち止めの叫び声が聞こえなくなっていたような。
更に言えばジタバタする感覚も、手からなくなっていたような。

黄泉川は事態を把握すると、苦笑を浮かべ、困ったようにこめかみ辺りをポリポリ掻いた。
見兼ねた00001号が一つ提案をする。



00001号「……あの人に救援を求めますか? 今なら携帯で簡単に連絡できますが」



黄泉川と芳川は揃って、「うん」と二つ返事で返したのだった。




―――――――――――――――

742: 2013/04/28(日) 02:49:52.01 ID:p5veg8WDO



フレンダ「それにしても、ヒマって訳よー……」

滝壺「うん」



『アイテム』の二人は、黒いワゴン車の中に居た。
もちろん今日も今日とて、仕事で赴いている。

仕事の件は、とある犯罪者小組織の制圧。という至って簡単なこと。
それだけなら、別に暗部が出る幕なんて皆無に等しい訳だが、ちょっとした事情あるのだ。
何やら上層部に対し、一矢を報いるために学園都市の闇に関わる『チップデータ』を掴んだらしい。
警備員(アンチスキル)に制圧してもらっては、少々問題が浮き彫りになる可能性が否めない。
と言うことで、わざわざ『アイテム』が赴いたのである。

743: 2013/04/28(日) 02:51:41.40 ID:p5veg8WDO

しかし今回は残念ながら二人の出番はなかった。

敵は元々少ない上、無能力者の集まりだ。
武器として銃を所持しているらしいが、『アイテム』にとっては児戯に過ぎない。
でもまぁ、念を入れて絹旗と麦野の二人で制圧中なのである。
電撃戦に向いている二人だから、事足りるだろうとの考えだ。

もしもの事があれば出動するが……。



フレンダ「結局、麦野に限って『もしも』なんてない訳」

滝壺「それにきぬはたも付いてるからね」



チラッ、とフレンダは滝壺を一瞥する。

あの大覇星祭の一件から、特に気まずさもない日々を過ごしている。
何か聞かれるかと思いきや、そうでもない。
いつもと変わらない態度で接してくれていて、奇妙に思えてしまうほどだった。

744: 2013/04/28(日) 02:57:58.05 ID:p5veg8WDO



フレンダ(気にし過ぎなのかなぁ……)



本当に、こういう役回りは苦手である。
性格的にも立ち位置的にも。

これが絹旗であるならば、浜面の背中を叩き、無理やり滝壺の下へ向かわせるのだろう。
そして全力で滝壺の味方に回るはずだ。
自分も滝壺の味方で間違いない。
だけど性格な面が災いしてか、変に気遣ってしまい、おろおろするばかりである。



フレンダ(うぅ~……ある意味、今日は私の出番なくて良かった訳よ……。きっと、ドジ踏みそう)



もはや泣きべそをかきそうな勢いだった。

745: 2013/04/28(日) 02:59:16.88 ID:p5veg8WDO



滝壺「……フレンダって」



ふと、滝壺が座席に全体重を預けながら問うてきた。
顔はフレンダに向いていない。
車の窓ガラスから、外を覗いていた。

突然名前を呼ばれたフレンダは、飛び上がるように反応した。



フレンダ「うぇっ!? どどど、どうした訳よ?」

滝壺「……はまづらと、知り合いだったんだね」



今度こそ、フレンダはピシッと石像のように固まってしまった。



フレンダ「えー……あー……まぁ……うん」

滝壺「そっ、か」



体重を預けていた座席から起こして、フレンダに向き直る。

746: 2013/04/28(日) 03:01:51.17 ID:p5veg8WDO

強引に取り繕うとするフレンダだったが、どう足掻いても引きつった笑みにしかなっていない。
だけど幸運なことに、どんな人も気付いて指摘しそうな反応でも、滝壺には指摘されなかった。
それが敢えてなのか、素で気付けてないだけなのかは判らない。



滝壺「……恋人?」

フレンダ「そ、それはない訳よ! 絶対にない訳よ! 結局! 浜面とはそんな関係じゃない訳よ!」



ついムキになってしまったが、ここは否定しておかないと駄目な気がする。
もし妙な反応を示した時は、将来になって絶対に後悔するだろう。

滝壺は膝の上で、ギュッと拳を作ると、



滝壺「……うん。いつまでも、逃げきれるわけじゃ、ないもんね」



―――決心した瞳でフレンダを見た。



滝壺「はまづらの連絡先、知ってる?」

フレンダ「もちろんな訳よ!」

759: 2013/05/07(火) 02:42:45.57 ID:MGvm+eHDO



上条、一方通行、浜面の三人は、既にファミレスから解散していた。
美琴と円周に連れて行かれる形で上条が抜けてから始まり。
一方通行は打ち止めが迷子との連絡が入って億劫そうに立ち上がり。
ついに一人になってしまった浜面は寂しそうにトボトボと会計を済ませたのだった。



上条「……で、わたくしめは一体ドコへ連行されるのですかー?」

美琴「地下街よ」



先頭を歩く美琴が即答する。
肩まである茶色の髪を揺らしながら振り返り、楽しそうに続けた。

760: 2013/05/07(火) 02:45:56.66 ID:MGvm+eHDO



美琴「ちょっとそこに用事があってね。付き合って貰おうって思って」

円周「るーんるんるんるーん」



美琴の隣に並ぶのは木原円周。
別に仲が良くなった訳ではない。

単に、この方が喧嘩を起こさず平等に上条当麻と接することが出来る、からである。

円周からすれば、一緒に居られるだけで充分なので、私が彼の隣うんぬん! といった問題はない。
しかしどうやら美琴の方は不満らしく、気に入らないのでこの形で落ち着いた。

そこで一言。



円周「恋する女の子って困ったねー」

美琴「アンタもそうじゃないのかッ!」



すかさず美琴が食い付いた。
先ほどから同じようなやり取りが繰り返されている。

761: 2013/05/07(火) 02:50:24.70 ID:MGvm+eHDO

上条は重い溜息を吐き、空を見上げた。
空は厚い雲で覆われ、ほとんど黒に近い色をしていた。



上条(……降るな、こりゃあ)



くん、と仄かに湿った空気の匂いがする。
この調子なら、夜は確実にどしゃ降りだろう。
もう降り始めてもおかしくない感じだ。



上条(さっさとスーパーで買い物を済まして、部屋でおとなしく過ごした方が良さそうだ)



それにしても……。






上条「―――イヤな天気だな」

美琴「ん? どうかした?」

上条「なにもありませんのことよー」

762: 2013/05/07(火) 02:52:17.07 ID:MGvm+eHDO




―――――――――――――――




時間帯は午後三時を過ぎた頃。

一方通行はアスファルトの上を歩いていた。
片方の手には杖を、反対側には携帯が握られている。



一方「特定はしてンのか?」

00001号『ええ。先ほどMNWにアクセスしたところ、どうやら地下街に紛れ込んでいる模様です。とミサカは懇切丁寧に答えます』



彼の不機嫌な声にまったく動じない電話の相手は、妹達の00001号だ。
現在進行形で迷子である打ち止めの捜索に、二人とも手を焼いているようだった。
とりあえず何でもいいから手掛かりが欲しい、との旨を伝えたら、返ってきた言葉がそれだった。

一方通行は眉をひそめる。



一方「俺がわざわざ彷徨うより、オマエが捜した方が早いンじゃねェの?」

00001号『監督不届きの罰ですよ』

一方「……意味判ンねェンですけどォ」



肩を落とす彼に対して、00001号は電話の奥でクスクス笑っていた。

763: 2013/05/07(火) 02:55:01.93 ID:MGvm+eHDO



一方「大体、監督ってなンだよ監督って。俺はあのクソガキの保護者かっつーの」

00001号『おや、違うのですか? とミサカはからかってみます』

一方「ぶン殴って欲しいのか?」



彼の機嫌も絶賛下向気味である。
しかし意にも介さないのが、検体番号00001号のミサカだ。

どんなに不機嫌な声を出そうとも、粗雑な扱いをされてもヒラリとかわすその精神は見上げもの。
少しでもいいからその才能を、別の方向に伸ばせないのだろうか?



一方「手間の掛かるガキはオマエだけで充分だ」

00001号『新手の告白ですか? でしたら式はいつ挙げましょうか』

一方「頭湧いてンじゃねェの」

00001号『ああああでも、確か16才からが法律でした。とミサカはがっくりとうなだれます』

一方「聞けよッ!!」

00001号『ふふっ、冗談ですよ。とミサカはほくそ笑みます』



結局、いつもの会話だった。
彼女の手の平で踊らされるのは、もはやテンプレである。

764: 2013/05/07(火) 02:57:03.34 ID:MGvm+eHDO



00001号『正直に言えば、一人より二人で捜す方が効率は良いですから。とミサカはあの子供を一人で捜すとかマジ勘弁と心中を吐露します』

一方「……何気にえげつねェ事言ってンの判ってンのか?」

00001号『半分はあなたの影響ですよ?』

一方「…………」



教育方針を改めた方が良いかもしれない、と密かに思う一方通行だった。

765: 2013/05/07(火) 02:58:26.05 ID:MGvm+eHDO

とにかく、目的地はハッキリしたので、とりあえず地下街を目指すことに。
00001号からの提案で、現地集合が可能ならしよう、と結果に落ち着いた。
彼も最初は面倒くさがったが、00001号のせっかくの外出許可を無駄にしたくなかった。

……なのに、






「あるぇーとうまじゃないとうまじゃないよでもなんかとうまと似てるんだよそういえばどこかで会った気がするかもそれよりお腹が減ったんだよお腹が減ってお腹が減って動きたくないむしろ動けないんだよあちこちからおいしそうな匂いが漂っててお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかー」






一体何でこンな事になってンだ? と一方通行は肩を落としていた。

766: 2013/05/07(火) 03:00:39.22 ID:MGvm+eHDO

一方通行が打ち止めを捜すために地下街に入ったところ、いきなり横からこの少女が激突してきたのである。
彼女はいかにもふらふらですといった足取りと口調で、こんな長文を器用なことに噛まずにベラベラと言ってきた。
普段なら「どォでもいい」と吐き棄てて素通りするのだが、神様の気紛れか見覚えがある人物だったのだ。
それも上条関係で。しかもおそらく上条の部屋に居候するような感じで。

……回りくどいのはもういい。言ってしまえば上条が養っている、いつかのシスターだ。
顔見知りだから、なまじ通り過ぎるのも、いささかためらいがある。



インデックス「―――ッ!!」

一方「……」



近くのファストフード店に引きずり込み、財布を投げつけてやると、山のように積み上がるほどの品々をトレーに乗せて持ってきやがった。
そして「いただきます」を合図に、ガツガツガガガガガガッ!! と機関銃の連射機能みたいに食い尽くしていく。
見る見るトレーに乗った食べ物が消費されていってる有様を、一方通行は呆然と眺める。

767: 2013/05/07(火) 03:03:02.53 ID:MGvm+eHDO

金銭的な面は全然問題ない。
それよりも、この少女の胃袋の許容量はどうなっている?
人体の神秘といっても過言でもなさそうなぐらいだろう。



インデックス「んきゅ。おかわり!!」

一方通行「判ったから言ってこい」



ゴミとなった紙くずや容器類をゴミ箱に突っ込むと、トレーを持って一階へ降りていく。
トレーは別に持って行かなくても良かったのだが……、



一方通行「律儀なガキだ。つか、なァーンでこォなっちまったかねェ」



暇を持て余すように、ポケットから携帯を取り出す。
すると、どうやらメールが届いていたみたいで、一件着信があった。
メールを開いてみれば、数分前に届いたばかりのものだった。
それも送り主は00001号。



『ミサカもそこへ突撃してもよろしいでしょうか?』



とても簡潔な内容で、色々と説明不足な気もするが、ただ判る事が一つ。



一方「どォして面倒事ばかり増えやがンだ……」

768: 2013/05/07(火) 03:04:32.02 ID:MGvm+eHDO




―――――――――――――――




上条「ペア契約ねぇ……」



上条当麻は地下街の携帯電話のサービス店を目前に呟いた。

目的地に着くまでの道中で、大体の事情を把握した。
何やら彼女は『ハンディアンテナサービス』とやらに登録を希望らしい。
それだけなら上条は必要ないのだが、どうやらペア契約をすれば通話料金も安くなるとのこと。

上条はお店の幟を見ながら、



上条「ペアなら誰でもいいって訳じゃなく、男女限定なのか」

美琴「そそ。当麻を選んだ理由は―――」

円周「当麻お兄ちゃんしか知り合いの男の人、いなかったからあ?」

美琴「違うわよ!! いや、別に違わないんだけど……んもう! どうだっていいでしょそんなことッ!!」

769: 2013/05/07(火) 03:08:01.25 ID:MGvm+eHDO



このままでは話が進まないので、勝手に述べさせてもらう。

円周が言った通り、美琴に男性交友が非常に少ないのもしかり。
要は『ハンディアンテナサービス』とペア契約をセットで受けると、限定のゲコ太ストラップがオマケで貰えるらしい。



美琴「後、当麻がいつドコに居ようと電話が繋がるようにね。どうせその内、またどっかに行っちゃうんだから」

上条「……つまり発信機を付けられるようなもんか」

美琴「発信機だったらまだいいわよ。ドコでも電話が繋がるだけで、居場所が特定できるほど、このサービスは高性能じゃないからね」

上条「まあ、流石にそこまでしちまったら、法律に触れて問題沙汰になりそうだがなー」



内心、「美琴なら電話に出た瞬間、電波の流れを解析して、居所特定とか出来んじゃね?」と思ったが……敢えて言わない。
彼女のアクティブ精神なら、本当に実行しかねない虞があるからだ。
その危険性は潰しておきたい。
自分の行動範囲も狭まってしまうし、何より位置がバレるのは非常によろしくないのだ。
ただでさえ最近は、学園都市『外』での問題が多くなってきたというのに。
これ以上、美琴に無駄な心配をかけさせるのは避けていきたかった。

770: 2013/05/07(火) 03:11:27.86 ID:MGvm+eHDO



円周「うん、うん。ここは私も当麻お兄ちゃんとペア登録をすべきなんだね!」

上条「んな“『卵お一人様一パック』だから二回レジ通って二パックゲット!”みたいな、小細工できるのか?」

美琴「例え方がよく判んないわよ。ってか駄目よー。元々私が先にするつもりだったんだから。予約済みよ予約済み!」

円周「早い者勝ち!」

美琴「あ! ちょっと待ちなさい!」



店の中へ駆け込んでいく。
何だかんだ言っても二人は同じ中学生同士だ。
そうとは思わせない雰囲気を放つ二人でもあるが、思考回路はほとんど一緒なため、気が合うのだろう。
幾ら『Level5』だの『木原一族』と周りから言われても、上条当麻からしたら二人とも中学生に過ぎない。

771: 2013/05/07(火) 03:13:10.85 ID:MGvm+eHDO

だからこそ思う事がある。



上条(……護りきれる限りは必ず護る。どんな『カード』を駆使してもな)



上条も店の中へ入る。
カウンターの所に二人はいた。

我先にという必氏な形相に、店員のお姉さんの笑顔が崩れかけていたが、それでもマニュアル対応を忘れていなかった。
二人の下へたどり着いた時にタイミング良く、店員さんは書類を揃えつつこう言った。



「書類の作成にあたって写真が必要なんですが、お持ちでしょうか?」



ん? と上条は目を丸くする。

そんな彼に気付かず、円周は尋ねる。



円周「証明写真?」

「いえいえ。そんなにお堅いものではなくてですね」



店員さんはニコニコ笑って、



「これはペア契約でして、登録に当たって『このお二方はペアである』事を証明して欲しいだけなんです。なので、お二人がツーショットで写っているものであれば、携帯電話のカメラで大丈夫です」

772: 2013/05/07(火) 03:16:36.62 ID:MGvm+eHDO



上条はどぎまぎしながら、



上条「……つ、つーしょっと?」

「あら。そういうのはあまりやられませんか? なら、この機会に是非いかがでしょう。
 登録完了の20分前に写真をお渡ししていただければ結構ですので、待ち時間などを利用して撮影していただけると助かります」



「マズい」と彼の本能が察知した直後のこと。

今まで店員さんの説明に集中していた二人の頭が、ぐりんッ!! と一斉にこちらへ振り返ったのだ。
標的(上条当麻)の位置確認を行ったのだ
……もう彼女達の考えや、このあと何が起きるなんて言うまでもない。



上条「不幸だ……ッ!!」



最悪の事態を避けるべく、彼は即座に逃走を図るのだった。

773: 2013/05/07(火) 03:19:08.03 ID:MGvm+eHDO




―――――――――――――――




病院には一人の少女が居た。
少女が居るのは廊下だ。
真っ白な色、肩までに切り揃えられたキメ細やかな髪の毛。
パッチリと大きく開かれた赤い瞳。
花形のヘアピンが髪に留めてある。
長袖のセーラー服を身に包んだ、高校生ぐらいの可憐な女の子だった。

そんな彼女に、顔がカエルに似ている医者が話しかける。



冥土帰し「さて、準備は整ったかい?」

百合子「…………はい」



返ってきたのは鈴が鳴るかのような、小さな声であった。

774: 2013/05/07(火) 03:22:13.85 ID:MGvm+eHDO
彼女は窓の方をずっと見ている。
空には厚い雲が覆われていて、特別何かがある訳でもない。



冥土帰し「未練は、あるようだね?」

百合子「はい」



率直に答えた。
それでも尚、彼女の視線は空へ向けられていた。



百合子「『雨』……降るでしょうか?」

冥土帰し「うん? 降るだろうね」



そして訪れたのは沈黙。
医者も無理に促そうとせず、ジッと少女が話し出すのを待つ。

無言が続き、しばらくした後、彼女は口を開いた。



百合子「『雨』を見ると……不思議な気分になるんです」



医者が疑問の言葉を言う前に、少女は続きを紡ぐ。









百合子「……私と同じ、白い“あの人”を思い出すんです」

775: 2013/05/07(火) 03:27:07.02 ID:MGvm+eHDO



その言葉を聞いた途端、医者は何も言えなくなった。
尋ねようとした疑問も吹き飛んでしまった。





百合子「あの時の記憶は曖昧なんですが……『雨』と“あの人”は、すごく印象的に残っていて……」





―――出来るわけ……ねェ、だろ? 俺が? 百合子を?





おもむろに目線を両腕に落とす。
未だに忘れはしない。
抱き締められた感覚を忘れはしない。

彼は、とても温かった。
雨は冷たかったけど、気にならないくらい、温かった。





百合子「初めて会ったはずなのに―――懐かしい感じがしました」





俺の妹、と言ってくれた。
百合子、と呼んでくれた。

彼との記憶はない。
まして、会ったことすらない。

なのに、聞き覚えがある気がした。見覚えがある気がした。

百合子という名を。
あの人という人物を。

776: 2013/05/07(火) 03:29:57.44 ID:MGvm+eHDO



冥土帰し「…………」



冥土帰しは何も告げない。

彼は「必要とあらばどんなものでも用意する」と豪語する医者だ。
しかし、今回ばかりは介入を許されないだろう。

この問題は少女自身が悩み、葛藤をし、考えていくもの。
それは少女の成長に、『彼』の心の成長にも繋がるはずだから。



冥土帰し「……これを渡しておこう」



せめてと思い、医者は胸ポケットから小さな四角い紙を差し出した。

彼女は戸惑ったながら、おずおずと受け取る。



百合子「これは……?」

冥土帰し「僕の名刺だよ。そこに、電話番号が書いているはずだ」

百合子「……」

冥土帰し「また学園都市に来たくなったら、連絡をしてくるといい」

百合子「……」

冥土帰し「もちろん、君の意志次第だけどね?」



少女はじっと名刺を見つめる。

見つめたまま静かに、

777: 2013/05/07(火) 03:30:53.59 ID:MGvm+eHDO











百合子「……はい。ありがとうございます」











―――そう呟いた少女は、かすかに微笑んでいた。

790: 2013/05/18(土) 02:04:18.19 ID:xuzZ+eNDO



浜面仕上は第七学区の公園に居た。

ファミレスから出た彼は、街中をブラブラとさまよってしまうほど、暇を持て余していた。
思いの外早々に解散する形となったので、予定事が全くない。
このままだと、いよいよ携帯で半蔵か駒場を呼びかねないと思った時だった。

メールを受信したのである。
フレンダから、「ヒマだから買い物に付き合って!」と一切脈絡のない文章が届いたのだ。
あまりに唐突過ぎるので「は?」と返しても、待ち合わせがどうのこうのと、大胆な無視を決め込みやがった。
気が付けば勝手に時間やら場所やら、事が進行していた。



浜面(暇だったから別に構わないけどよ……それにしたってもう少し説明があってもいいだろ)



ベンチに腰を掛け、溜息をつく。

791: 2013/05/18(土) 02:07:13.17 ID:xuzZ+eNDO

そして考える。どうして自分はこう、流されやすいのかと。
優柔不断。押しに弱い。折れやすい。等々。
言い方は様々だが、要は“明確な断る理由がなければ引き受けてしまう”のだ。
特に女性が相手だと尚その傾向が強い。
男だったらそうでもないのに……。



浜面(……やっぱ、過去を引きずってんのかなあ)



滝壺との因果が未だに浜面仕上を縛り上げているのか。
それとも、既に解放されているにも拘わらず、踏み出す一歩が出ないだけか。

もっと単純に―――恐いだけか。



浜面「…………」



大覇星祭の時、長年捜し続けてきた滝壺と再会を果たすことが出来た。
しかし、喋る事はおろか、彼女の名前を口にする事すら儘ならなかった。
何とか言えたものの、精一杯振り絞ってようやく出たのでは、前途多難である。
そんな事では伝えたいものも全く伝わらない。


そう、頭では、理解している。

792: 2013/05/18(土) 02:10:18.42 ID:xuzZ+eNDO

判っている。本当は判っている。
何を伝えたいかも。どうすれば言葉を発するのかも。
頭の中では何度もシミュレーションを繰り返しているので、判らないはずがないのだ。

なのに……『心』は簡単にいかない。

何をどう理論立てて、頭で理解しても、『ためらい』が生まれてしまう。
迷う自分がいる。後一歩なのに踏み出せない自分がいる。
それはもはや、体の芯まで染み付いた『トラウマ』に近いもの。
先ほど言った通り、結局は恐いだけかもしれない。


本当に大丈夫だろうか?

自分が関わった事によって、彼女はまた傷付かないだろうか?

自分を狙ってきた人間から、彼女を巻き込んでしまわないだろうか?

彼女は自分に会う事を―――望んでいないのではないか?


何しろ勝手に、救い出してやると言ってるだけなのだ。
滝壺の意志関係なく、ただそう誓う事で、過去の罪を償っている気になっているだけだ。



浜面(……滝壺が傷付くのが恐い、俺自身が傷付くのが嫌だ。っていう『自己防衛』が躊躇に繋がってんのかもな)



一方的な思いに過ぎない。
だが、考える時間がなかったりもする。

793: 2013/05/18(土) 02:12:27.53 ID:xuzZ+eNDO

垣根や上条が常々言っていた言葉。
油断はするな。周りの人間は甘くとも、学園都市は甘くない。

『闇』に属している以上、学園都市は必ず自分に関与するため、コンタクトを取るだろう。
それは、浜面仕上の弱みを握るためか。
これからの事を考慮し、少しでも反乱を防ぎ、手懐けて支配下に置くという画策か。

偶然だとしても、“滝壺理后と接触した”のは違いないのだ。

そして二週間経った今、学園都市が自分に対するアクションはなかった。
電話の一本さえないのは、もはや不気味だった。



浜面「……いざという時まで残す気か、もしかして『アッチ』にアクションを起こしたんじゃねえだろうな」



どちらにせよ、学園都市の上層部が看過するはずがないのは確かな事。

794: 2013/05/18(土) 02:16:33.03 ID:xuzZ+eNDO

自分の成長と学園都市の思惑、両方の理念が脳内で渦巻いている。
要は『経験』と『払拭』さえ用意すればいい訳だ。
前者の方は仕事の件で、何度もその機会には恵まれていたのだが、上条が全て妨げていた。
車の調達係、施設の侵入なら見取り図やコントロール室の占拠といった、どれもこれも直接的に関わらない役割ばかり。
護身用に拳銃を持たされてはいるけれど、使った試しはない。



浜面(判ってる事は、大将は何かしら意図があって俺をそういう立ち位置にしてるって事。
   でも、自分で言うのもアレだけど、それじゃあ経験不足で不利に陥る可能性の方が確実に高くなっちまう)



場慣れ、という言葉がある。
何度も経験を積むことによって、極度の緊張を和らげたり、パニック状態を防いだりすることだ。

浜面仕上の場合、過去の『トラウマ』を抱えている。
正直、どうなるか判らない。
いくら逃げないと心に決めても、足が竦むかもしれないし、腰が抜けるかもしれない。
何せ『経験』が無いのだから、イメージで感じるしかないのだ。

795: 2013/05/18(土) 02:21:13.45 ID:xuzZ+eNDO





















……それが今後の彼にとって、運命を左右することになろうとは、この時の浜面は気付いていなかった。




















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796: 2013/05/18(土) 02:22:53.67 ID:xuzZ+eNDO



「……」



足音が聞こえた。
靴と砂が擦れる音だった。
明らかにこちらへと向かってきていた。

俯いていた浜面は、近付いてくる人影に気付くことが出来なかったのだ。
だがそれは視覚による話。聴覚が感じ取った足音は、浜面を我に返させた。

そうだ。自分は待ち合わせをしているのだった。
相手が遅刻気味だったので、つい考え事にふけってしまっていた。

ようやく来たフレンダを少し皮肉を言うように、



浜面「おいフレンダ、遅れるなら連絡ぐらい―――」



足音がする方へ顔を上げて……停まった。
全身が硬直し、その人物から目が離せなくなっていた。

今まで思考で塗り固められていた脳内が、一気に真っ白になった。
さっき言ったように『払拭』されたのだ。

797: 2013/05/18(土) 02:23:19.29 ID:xuzZ+eNDO



「はまづら……久しぶり」



現れたのはフレンダではなかった。
だが、フレンダと交流を持つ少女だった。

肩の辺りで切り揃えられた黒髪に、上下ともにピンクのジャージ。
その少女の名前は、



浜面「た、滝壺……」



滝壺理后。
思わぬ人物の登場に、浜面は戸惑うばかりである。




―――――――――――――――

798: 2013/05/18(土) 02:28:05.62 ID:xuzZ+eNDO




結局、上条当麻は捕まってしまった。

上条の思考パターンを持つ円周と、能力の応用でレーダー機能を持つ美琴。
そんな二人から追われるとか、もはや嫌がらせでしかなかった。
単純に鬼ごっこなら容易い。しかし、地下街という狭い通路で電撃をぶっ放してくるのは流石に反則だと思う。
更に、右手で消している間に円周が懐へ接近するという、コンビネーションまで発揮させてきた。
彼の逃げる余地は既になかったのだ。
何だかんだで、二人とツーショット写真を撮る羽目に。



上条「あ、嵐のようだった……」



彼は今、一人ポツンと残されていた。
散々振り回され、ツーショットを撮られた挙げ句、こちらの話を聞かないまま携帯ショップへと直行した。

799: 2013/05/18(土) 02:29:00.40 ID:xuzZ+eNDO

きっと今頃、携帯ショップでどちらが先か言い争っているだろう。
彼にしてみればそんな剣呑とした場面に居合わせたくないので、別に放置されようと構わないんだが……。



上条「もう帰っても大丈夫かな……?」

「げっ」



割と近くで、どうも聞き覚えがあるような声が届いた。
ん? と上条はその声がした方向を見る。

そこには美琴と同じ、常盤台中学の女の子が居た。
長身に加え、腰辺りまで伸びた長い金髪。
レース入りのハイソックスに、手首から先は(ブレザーを着込んでいるため長さは判らない)白い手袋を着用していた。
星のマークが入ったバッグを下げ、そして何故か少女の瞳の中に星のようなものが覗く。
御坂美琴とは違い、大人びた雰囲気を感じさせた。

『思い出』ではなく、『知識』としてその人物像を知っているのかと思ったら、どうやら違ったらしい。
上条当麻はその少女に対する『思い出』があった。
失った一ヶ月より、もっと昔の記憶に。

800: 2013/05/18(土) 02:30:35.65 ID:xuzZ+eNDO



上条「……みさきち?」

食蜂「……あなたにそんな親しく呼ばれるほど、私達は好ましい間柄ではなかったはずだけどお?」

上条「んだよ、本当は嬉しいくせに皮肉が混じんのはあの頃と変わんねえんだな」

食蜂「な……! 出任せは能力だけにしてほしいわあ!」

上条「はいはい。小学生の時が初々しかった分、今は随分とお嬢様になったみたいだな?」



彼女の名は、食蜂操祈。
学園都市第五位の超能力者である。
美琴と同じく昔ながらの付き合いの女の子だ。

……と言っても、トコトコと後ろを付いて来る系女子の美琴と違い、食蜂は物陰からジッと見つめてくる系女子なのだ。
そんな彼女を見兼ねて何度か声をかけたこともあったが、どうも上手くいかない。

何やら能力が効かないのを良く思ってないようだった。
しかし、その瞳は構って欲しいという理由でやたらと引っ付いてくる従姉妹と同じ目をしている。
つまり構って欲しいけど接し方が判らないのだろう、と上条が勝手に決めつけていた。

801: 2013/05/18(土) 02:34:03.12 ID:xuzZ+eNDO



食蜂「あなたは相も変わらず、おかしなコトに巻き込まれているようねえ」

上条「巻き込まれてるっつーか、放置されたから再来の前に帰るか迷ってるっつーか……微妙な所だな」

食蜂「ふうん? いつにも増してよく判んない事態に落ちてるじゃない」



彼女は眉をひそめて体重移動をする。
特に何ともない仕草だったのだが……上条は目を細めた。



上条「……右腕、怪我してるのか?」

食蜂「!」



どうにも上条の目には、彼女が体重移動をする際に、右腕に負担を少なくしたように見えたのだ。
病院にほとんど通い詰め状態の彼だからこそ、『そういうもの』と隣り合わせだったからこそ、見抜いたのだ。
僅かな違和感でも、一番身近にいた上条には明確だった。



食蜂「べ、別にい。最近ちょっと……いざこざがあったのよお」

上条「お前暴力で済ますような性格じゃないだろ。美琴じゃあるまいし」

食蜂「…………」



尤もである。

あまりにも的確過ぎて言い返せなかった。

802: 2013/05/18(土) 02:37:38.50 ID:xuzZ+eNDO

どちらかと言えば、いざこざが起きる前に洗脳して改竄するようなタイプだ。
そもそも、そういう面倒な事(面白そうであるなら別)は彼女なら避けるに決まっている。



食蜂「……はあ、これでも色々とあったの。余計な詮索はしちゃいけないんだゾ☆」



言えない。口が裂けても言えない。
あなたの弱点を探るためにあなたの友人に当たる人物を交渉しようとしたら、却って痛い目に遭いました。……なんて言える訳がない。
挙げ句の果てに「お前はお兄ちゃんっ子だ」発言をされ、肯定するかのようにムキになってしまった。
実にらしくない。いつも通り、饒舌に述べればいいだけだった。
ムキになり、思わず能力を使うのは御坂美琴の役目のはずなのに。

これではまるで―――、



食蜂「……むう」

803: 2013/05/18(土) 02:38:53.44 ID:xuzZ+eNDO

上条(なにやらご機嫌斜めな様子だから、上条さんは退散しても……?)



さっきから口を尖らせたり、普段に戻ったりと、表情の変化が激しい。
暗かったと思ったら明るくなったり忙しいお嬢様だ、と率直な感想だ。
でも、どうやら自分が右腕の事に関して指摘してからこうなので、罪悪感が蟠る。

故に彼女の中でまだ拘泥しているその隙を狙って、上条はコソコソと立ち去ろうとする。










「なにを隠密に逃亡を図ろうとしているの? ってミサカはミサカは癒し系マスコットとしてあなたの背中に張り付いてみたり」










……が。

トテトテ、ノシッ!! と。

804: 2013/05/18(土) 02:40:40.61 ID:xuzZ+eNDO

背中に伝わる丸っこい感触に、上条は全力で背筋を伸ばして、



上条「うおぉ!? だだ誰だ、子泣きジジイか!!」

「ミサカの性別はメスだし学園都市でオカルトを語るのはナンセンスかも、ってミサカはミサカは安定感を得るためにさらに身をすり寄せてみる。
 ここミサカの定位置にしたい、ってミサカはミサカはついでに要求してみたり」



のしーっ、と生温かい体温の塊がちょっとだけ重みを増す。
言葉の節々に様々な疑問は残るが、とりあえず口調から何となく想像がついた上条は、



上条「こ、んの……ドッセイ!!」



背中へ右手を回し、背中にくっ付いているものの衣服らしき所を掴むと、声と共に前へ引きずり出す。
襟首を掴んでいたようでぶら下がる形で吊されたのは、御坂妹を小っこくした感じの謎少女だった。

何となく口調から『妹達』関係と踏んでいたが、こんなミニマムミサカは見たことがない。
誰だろうこの子? と上条は首を傾げる。
吊された女の子も仕草を真似て首を傾げていた。

805: 2013/05/18(土) 02:41:58.94 ID:xuzZ+eNDO




―――――――――――――――




00001号「おぉー……、とミサカは感動のあまり言葉が見つかりません」

一方「…………」

00001号「ミサカの分もどうぞ―――おおお! ミサカがあげたハンバーガーが二秒でなくなりました! とミサカは年甲斐もなくハシャいでみます」

一方「…………」



だから言動と口調が一致してねェって、という旨は伝えない。
げんなりした様子の彼は、もはやそんな事どうでもよくなっていた。
隣に座る00001号のメールが届いてから数十分経っているが、店から離れていなければ未だに現状の進展もなし。
00001号の方も、既に打ち止めの事は忘れ、目の前の“現象”に釘付け状態だし。


ちなみにおかわり四回目である。

806: 2013/05/18(土) 02:43:10.68 ID:xuzZ+eNDO



一方「馬鹿げてやがる……。クソガキ相手にしたってここまで疲れたりしねェぞ」

インデックス「もが?」

一方「いちいち動き止めてねェで一気に食え。そして俺に言うことあンじゃねェのか?」

インデックス「ごきゅん。うん、ありがとうね」

一方「一言かよ!」

00001号「あぁ、終わってしまうのですね、とミサカはがっかりしてみます。ですが、見事でした、とミサカは惜しみない賞賛を贈ります」



これは大変な人間と遭遇してしまった、と一方通行は溜息をついて肩を落とす。
いくら顔見知りでも、少しばかり遠慮はするものだという認識自体、覆してしまいそうな少女だ。

改めて、上条の事を尊敬する。こんなののお守りは願い下げだ。
今日が特別な訳じゃなく、常日頃からこの調子なのだろう。
それなら00001号と打ち止めの両方を同時に相手してる方がマシなくらい。

807: 2013/05/18(土) 02:45:10.53 ID:xuzZ+eNDO



インデックス「えとね、確かとうまと一緒に私を助けてくれた人だよね?」

一方「……あァ」

インデックス「あの時はありがとうなんだよ。しあげとていとくもご飯おごってくれたし、あなたも良い人なんだね!」



どうやら他二人とは接触済みらしい。
垣根はまだしも、浜面は金銭的に無事だったのだろうか?
そういえば前に四人で集まった時、ファミレスで何も食わなかった日が続いた事があった。

……ご愁傷様としか言えない。



インデックス「とうまを捜してたんだけど途中でお腹が減っちゃってね。というか、そもそもお腹が減ったから当麻を捜そうと思ったんだけど」

00001号「……んん? 行動理念が途中から判らなくなってしまいました、とミサカは首を傾げます」



上条を捜しているのであれば問題は皆無に等しい。
連絡を取り、居場所を伝えれば済む話だから。

808: 2013/05/18(土) 02:47:36.90 ID:xuzZ+eNDO

少女にはこちらの用事に付き合ってもらうとしよう。
携帯画面にスイッチを入れ、小さな画面に打ち止めの顔写真のデータを表示して、それをインデックスの方へ向けつつ、



一方「オマエ、こォいうガキを見たことがあるか?」

インデックス「ないよ」



即答速攻大否定だった。



インデックス「私は一度見た人の顔は忘れないから、間違いないと思うんだよ」

00001号「どういう意味でしょうか? とミサカは疑問を投げかけます」



00001号には悪いが、一方通行はおおよその見当が付いている。
わざわざ口にする必要はないので、いい加減停滞する現状打破のために彼は杖に力を込め、立ち上がる。

Lサイズのボトルを飲み干すインデックスは立ち上がった一方通行に、



インデックス「どこ行くの?」

一方「生憎、オマエと同じ人捜しだ。……オイ、行くぞ」

00001号「しょうがないですね。少々面倒くさくなっていましたが、あなたが言うのなら行きましょう、とミサカはこの少女との別れを惜しみます」

インデックス「むむ! なら私も付いていくかも! せっかくとうまを通じる人に会ったんだもん」

00001号「是非そうしましょう! とミサカは地下に買い食いできる店をミサカネットワークを介して検索します」

一方「……別に構わねェけどよォ」



ヘタに別れ、また迷子になられても困る。
いや、迷子になる確率はほぼ100パーセントだろう……が、



一方(このしンどさがまだ続くとなると……なァ)



彼の苦労はまだまだ続く。

822: 2013/05/21(火) 12:30:41.98 ID:fZj8+H1DO



上条「つまり、この前一方通行が言ってた、クソガキのクソガキ……打ち止めって事でいいんだな?」



人差し指と親指を顎に添えて尋ねる。
打ち止めはその小さな両手をブンブン振り回して、



打ち止め「合ってるんだけどその言い草に納得がいかない! ってミサカはミサカは腹を立ててみたりぃ!!」



一方通行が入院したと報告を受けた際、垣根から要点を纏めた説明は聞いていた。
大量の妹達が暴走を起こした時に、それを人間側の手で食い止めるために作られたのが彼女らしい。
妹達が作るある種のネットワークにそれ以外の者の手で介入するという、最終信号との事だった。

823: 2013/05/21(火) 12:32:21.10 ID:fZj8+H1DO
確かにたった一体でも反乱意識を宿せば、それは全妹達に一瞬の内に伝わる。
二万体の軍用クローンが学園都市を埋め尽くす事になってしまうだろう。
その危険性を潰すための「打ち止め」。

しかし、上条は考えてしまう。

逆に打ち止めが悪用されれば別の危険性が生まれるのでは? と。
妹達を制御する事が可能なら、支配する事だって可能なはず。
もちろん、ネットワークと言うぐらいだから、妹達が個人で遮断し、防ぐ事も出来なくはないと思う。



上条(いや待て、確か妹達は寿命を延ばすために世界各国の施設へと送られているんだったよな。
   そんな中で尚、あいつらはネットワークを介して会話なり、やりとりを駆使して“繋がってる”)



簡単なSNSを構築と言ってもいい。
それが日本を中心に、網のように広がって世界各国に繋がっている。
『ハンディアンテナサービス』を思い出しては貰えないだろうか。
これは近くにアンテナ基地がなくても、携帯電話を持つ人全員が中継アンテナになるシステムだ。

置き換えてみよう。
携帯電話の代わりにミサカだとする。
アンテナがミサカなら、送る電波は―――。

824: 2013/05/21(火) 12:34:28.73 ID:fZj8+H1DO



上条(……考え過ぎか)



色々『裏』がある学園都市だからこそ、ありえない話ではない。
しかしどうも該当するようなモノが無いのも事実。
それなりに闇を掻い潜ってきた上条ですら、学園都市の全てを把握している訳ではない。
バケモノに相当する存在も見てきたが、どれもいまひとつである。



打ち止め「あのねー、ミサカは『破棄』の時にあなたに助けてもらったからそのお礼を言いに来たの、ってミサカはミサカは鶴の恩返し的展開を提示してみたり」

上条「という建前で本音は?」

打ち止め「一瞬たりとも信用してないし! ってミサカはミサカは地団駄を踏んでみたり!!」

上条「んなの行き当たりばったりなだけじゃねえか。そもそも、迷子の一方通行を捜しにきたーって言ってただろ?」

打ち止め「そうだけども! あなたにお礼を言いに来たっていうのは偶然によるこじつけだけど、ってミサカはミサカは本心を明かしてみるけど!!」

上条「俺の正解じゃん」

打ち止め「そのデリカシーのなさがミサカは頭にくるのーっ! ってミサカはミサカは両手を振り回してポカポカやってみる!!」

825: 2013/05/21(火) 12:38:51.75 ID:fZj8+H1DO



と言うものの、上条の片手が頭にポンと置かれ、制されている。
単純にリーチが足りない。
それを悟った打ち止めは仕方なく引き下がる。
しかしまだ怒りが治まらないご様子らしく、頬を精一杯に膨らませていた。

クスッと、思わず上条は笑みを浮かべる。
こういう無邪気さはインデックスに似ていたからだ。



上条「判った判った。あそこで売ってるポップコーン買ってやるから機嫌直してくだせえ」

打ち止め「女の子の繊細な心理を食べ物ごときで誘導できると―――」

上条「要らないなら、さっさと一方通行と連絡取って合流するけど?」

打ち止め「―――食べる! キャラメルの甘いやつがいい! ってミサカはミサカは追加注文を押し付けてみたり!!」



ぐいぐいとズボンを引っ張られる。
簡単には釣れなくても、やはり食べ物で収拾はつきそうだ。

826: 2013/05/21(火) 12:41:26.72 ID:fZj8+H1DO

インデックスがもっと簡単に終われるのは、きっと食べ物に対する執着からだろう。
食べ盛りではあるが、インデックスほどじゃない打ち止め。
欲しいのに否定的な様子なら、誘導すればいい話。
何とも狡い方法だけど、それで鎮静化するなら厭わない。



打ち止め「おお! ミサカの頭と同じぐらいの大きさがあるかも、ってミサカはミサカは徳用サイズに感心してみたり」



……失敗。流れ作業の感覚で買ったら、サイズの事をすっかりと忘れていた。

827: 2013/05/21(火) 12:44:56.34 ID:fZj8+H1DO

この後、予想通り食べきれなくてペースダウンしたので飲料水を買ってあげたり。

食蜂が居なくなってる事を今更ながらに気が付き、何となく呟いたら打ち止めが不機嫌になり。

一方通行と連絡を取れば、向こうも向こうでインデックスが自分を捜していた事が発覚したりと。

何だかんだで時間は過ぎていった。



上条「午後六時。そろそろ来るころだな」



うん、と打ち止めは頷いて、



打ち止め「本当はもっと一緒にいたかったんだけど、ってミサカはミサカはしょんぼりしてみたり。
     ここで会ったのはたまたまだったんだけど、お礼をしたかったって気持ちは本当だし、ってミサカはミサカは心中を吐露してみる」



寂しい色を浮かべる。
最後まで子供らしいといえば子供らしかった。

だからこそ、一方通行と一緒に居たらまた会えるだろ? と言おうとして、




打ち止め「でも、あの人は心配すると思うんだ、ってミサカはミサカは先を続けてみたり」




―――思わず止まってしまった。

828: 2013/05/21(火) 12:47:59.18 ID:fZj8+H1DO



打ち止め「今はあなたと一緒だから大丈夫だけど、そうじゃない時、あんまり遅いと今度はミサカのことを捜すために街に出てくるかもしれないし、ミサカも迷惑とかはかけたくないから、ってミサカはミサカは笑いながら言ってみる」



的確だった。非の打ち所なんてまるでない。

少女の言う通り、一方通行は言葉は乱暴でも、心配性の一面がある。
それは普段の彼の言動からは考えられないと、ある人間達は述べるかもかもしれない。
しかし、一方通行の本質を知っている者からしたら、その人間は何も見えていない。
表面ばかりに囚われていて、その奥にこそ本当の『一方通行』を居るのを知らないのだ。

つまりこの少女は、真正面から一方通行という存在を見据えている。
見据えた上で、しっかりと受け止めている。





打ち止め「弱いんだよ」





少女は続ける。





打ち止め「あの人はいっぱい傷ついて、手の中の物を守れなかったばかりか、それをすくっていた両手もボロボロになっちゃってるの、ってミサカはミサカは判らないなりに推測してみる」





あくまで推測のようだ。
一方通行は未だに話していないのか、と心の中で上条は呟く。
かく言う自分も『思い出』は無く、『知識』だけが残っているだけだが。

それでも、自信がないから不安な瞳を宿して尋ねてくる打ち止めに―――屈託のない笑みを浮かべた。






上条「ああ、知ってるよ」






当たってるよ、と伝える。

829: 2013/05/21(火) 12:52:33.92 ID:fZj8+H1DO

打ち止めの顔から不安が取り除かれていく。



打ち止め「やっぱりあなたはミサカの思った通りの人だね、ってミサカはミサカは実感してみる。
     あの人があなたを信頼する理由も頷けるかも、ってミサカはミサカは勝手に自己完結してみたり」

上条「何だそりゃ。上条さんと一方通行は、単に友人なだけですよー?」

打ち止め「ううん、ってミサカはミサカは否定してみる。あなたは知らないうちにそれだけの実績を残してきてるはず、ってミサカはミサカは確信してみたり」

上条「何でそう思う?」

打ち止め「あなたの言動力、ってミサカはミサカは紡いでみる。でも、これはミサカの考え方だから正しいかなんて判らないから、そう思うだけなんだけど……」




これだけは覚えてて、と打ち止めは続け、




打ち止め「あなたは右手の力があってもなくても、きっとこれまでの功績を築き上げてきた思うの、ってミサカはミサカは明言してみる」

830: 2013/05/21(火) 12:54:01.55 ID:fZj8+H1DO




―――――――――――――――




インデックス「とうまーっ!」



修道服の少女が、通路の向こう先から人混みを掻き分けて駆けてくる。
すぐ近くに杖をついて立っている一方通行の姿も見えた。

彼の視線は打ち止めへと向かれている。
気が付いた打ち止めは、上条へと顔を向けた。

上条はくいっと顎で促す。
行きな、と。



打ち止め「ばいばーい!」



手を振って走り去っていく。
打ち止めは振り返らない。
インデックスが振り返らないように。

831: 2013/05/21(火) 12:56:54.68 ID:fZj8+H1DO

二人は地下街の一点で交差する。

一秒にも満たない一瞬のすれ違い際に、彼女達は目を合わした。

自然と口元が綻びる。それさえも一瞬に過ぎなかった。

二人は互いに距離を離していく。

それぞれの行くべき場所へと走る。



インデックス「とうま! 捜したんだよ」

上条「ご苦労さん。てか、家で待ってりゃ良かったのに」

インデックス「とうまは私に氏ねと言うんだね?」



ガルル、と牙を剥き出しにするシスターはともかくとして。

上条は一方通行を見る。
彼もまた、上条を見た所だった。





上条「……」

一方「……」





彼らは言葉を交わさない。

代わりに、上条は苦笑浮かべた。



苦労するな? と意志を込めて。



伝わったのか、一方通行は鼻で笑う。

今度は不敵な笑みを浮かばせた。



お互い様だ、と意味を込めて。



そして二人は帰るべき場所へと歩いていく。

842: 2013/05/28(火) 01:39:29.79 ID:tMAwnEpDO



浜面「今日は……ありがとな」



第七学区、十字路の分かれ道。
歩道を歩くのは一組の男女だった。

浜面仕上と滝壺理后。

二人は真っ暗になった学園都市の表通りを歩いていた。
周りに人はいない。
学園都市は最終下校時刻を過ぎると電車もバスもなくなるため、ほとんどの住人は表からいなくなるからだ。
後に残っているのは、連んで騒ぐ夜遊び派だけ。
浜面も上条のチームに入る前はその『派』だった。
今となってはもう滅多にない。
外を出歩く理由がなくなったからだ。
たまに仕事、もしくは駒場や半蔵に誘われて出歩くぐらい。

しかし、今はそういった連中もいなかった。
パラパラと雨が降っている。
傘を差すほどではないが、それでも表通りからは、夜遊び派のグループも消えていた。



滝壺「……?」



何が? とでも言いたげに首を傾げる。
頬をポリポリ掻きながら、彼は苦笑を浮かべた。

843: 2013/05/28(火) 01:40:49.53 ID:tMAwnEpDO



浜面「えっと……わざわざ会いに来てくれて、さ」



言い淀みつつも告げた言葉は、感謝の意だった。

本来なら浜面から会いに行くべきなのだろう。
場所が判らなければ仲介役にフレンダと連絡を取ればいい。
そう、覚悟だけしっかりと決めておけば良かった。
いつまでもウジウジと悩んでいる場合ではなかったのだ。
結果、彼女が先に行動する方が早まってしまった。

滝壺は、首を振る。



滝壺「そのセリフは私のものじゃない。フレンダに言ってあげて。フレンダがいなかったら私も今頃、動けないでいたから」



儚げに微笑む。

フレンダという共通の知り合いがいたからこそ、行動に移すことが出来た、と。

844: 2013/05/28(火) 01:43:36.80 ID:tMAwnEpDO
彼女のそんな言葉に、浜面は目を丸くする。
緊張していたのは自分だけではない。滝壺も同じように己自信と戦っていたのだ。
浜面は未だに自分の中で渦巻く蟠りが少しだけ晴れるのを感じ取った。



浜面「そ……か。そう、だな」



それが何となく嬉しくて、笑みを浮かべる。

特にドコかへ行く訳でもなく、何気ない会話で今日という日を過ごした。
まあ、最初の十分ぐらいは何を喋ったらいいか判らず、ずっと黙りっぱなしだったが。
始めは初対面みたいにぎこちなかったけれど、ポツポツと話し出した。
話し出してしまえば後は勢いだ。
何の変哲もない話題を、ただひたすら喋り続けた。



……肝心な話題だけは触れてはいなかった。

845: 2013/05/28(火) 01:45:59.97 ID:tMAwnEpDO



滝壺「……じゃあ、私はこっちだから」



またね、と手を振る。
去っていく彼女を浜面は見送る事しか出来なかった。

滝壺の姿が見えなくなった所で、彼は全身から力が抜けるように息を吐いた。
何とか乗り越えた。第一段階の壁を突破した。
本当に聞きたかった事は聞けなかったが、それでも大きな進歩だろう。
今はこれでいい。滝壺の連絡先も聞いたし、とりあえず及第点だ。

一歩、「道」を「歩む」事が出来た。



浜面「んじゃ、俺もおとなしく帰るとしま―――」




―――その時だった。

―――辺りに轟音が響いたのは。

846: 2013/05/28(火) 01:47:41.04 ID:tMAwnEpDO



まるで車がガードレールを越えて歩道に突っ込んだような、明らかに事故の音だ。
浜面はとっさに振り返る。どうやら近辺らしいが、見当たらない。
おそらく曲がり角の先とか、建物が邪魔で見えないだけである。
幸いなのは、滝壺の方面でなかったこと。



浜面(……どうする。一応、滝壺を追いかけて安否の確認しにいくか?)



万が一という事がある。
巻き込まれてなければそれで良し。
思考を固めた浜面は、なるべく見つからないように滝壺の方を走っていった。




―――――――――――――――




一方「あァン?」



一方通行は車道から区別された歩道に立っていた。
あれから病院に帰る00001号を見送り、打ち止めと二人で黄泉川の所へ帰る最中であった。

847: 2013/05/28(火) 01:49:45.07 ID:tMAwnEpDO

彼の手にはビニール袋。中には子供向けと書かれた消毒液と絆創膏が入っている。
転んで膝を擦りむいた打ち止めのために薬局へ赴いて、買ってきた物だ。
打ち止めは屋根のついたバス停のベンチに座らしている。
薬局からの距離は二百メートルほどしかない。

面倒だと感じながらも、打ち止めの元へ戻る時―――それは起きた。



ドガッ!! と。



猛スピードで突っ込んできた黒いワンボックスカーが、一方通行にガードレールを破って激突してきた。
ブレーキをかけた様子もない。
更に陽も落ちていると言うのに、ライトが点けられていなかった。
ガードレールを破った際に壊れてしまい、消えてしまったのではない。
最初から点けられていなかったのだ。

そう、それはつまり、



一方(……背後から近付くのを俺に勘付かれたくねェよォなやり口だなァ)

848: 2013/05/28(火) 01:51:27.20 ID:tMAwnEpDO



しかし、一方通行は平然と立っていた。
彼の手はチョーカーに添えられている。
制御スイッチがオンに切り替わる、それは学園都市最強の Level5 が君臨する事を意味するのだ。

一方通行は突っ込んできた黒いワンボックスを眺める。
フロントにクレーターを作り、そこを中心として波打つように変形してしまった、車と呼ぶか残骸と呼ぶか迷う物を。



「う、あが……っハァ……!」



運転席で呻き声をあげるのは黒ずくめの男だった。
上下統一で黒の装甲服に、同色の首まで埋まるマスク。
分厚いゴーグルで目元まで隠す徹底ぶりだ。

その格好に、彼が見覚えがない訳がなかった。



一方「……あァ、そォか」



自分は上条のように用意周到でなければ、情報量に優れている訳でもない。
優れていなくても、“ヤツ”の事に関しては別である。
忘れる事の出来ない『トラウマ』が、教えてくれる。

何をするべきかを、教えてくれる。



一方「―――嘘じゃ、ねェンだな」

849: 2013/05/28(火) 01:52:14.69 ID:tMAwnEpDO











愛しき妹を殺めた男を“探せ”……と。

850: 2013/05/28(火) 01:54:34.16 ID:tMAwnEpDO

チョーカーじゃなく、自身の中でスイッチが入ろうとしていた。
自分を締め付けるタガが外れるのを感じ取った。
今この場に、止めてくれる『友』はいない。
『友』がいたとして止まれるかなんて判らないけれど、一方通行にとっての最後のブレーキは彼らがいる事だった。

もう、一方通行は止まれない。



一方「あっははァははははぎゃはひひはァ―――!」



フロントガラスを失った窓から運転席へ、一方通行の細い腕を突っ込んだ。
そのまま彼の腕は黒ずくめの男の口の中へ飛び込む。
ゴキリ、と鈍い音が響いた。彼の手が顎を掴んだ事によって、骨に異常をきたした音だ。

一方通行は一層笑みを濃くすると、男を運転席から引きずり出し、後方へ投げ棄てた。
ベクトル操作を加えた事で、男はノーバウンドで歩道を越えてビルの壁に衝突する。

『ひっ』と後頭部座席から息を呑む音がした。

まだいる。一方通行の瞳が蠢く。

851: 2013/05/28(火) 01:57:08.05 ID:tMAwnEpDO



一方「おォい、オマエんとこを統率するヤツはここにいンのか?」



反対の手が後頭部座席にいる男の首を鷲掴みする。
微かに息が漏れるように呻いたが、一方通行は取り合わない。
むしろ更に指先に力を込めて、男の首を締め上げた。

ミシッと好ましくない音が首から鳴る。



「あ゛……ッ」



彼なりに精一杯なのだろう。
一回だけ、震えながら首を振った。
知らない、とでも言いたげに。
一方通行は讃える訳でもなく、「そォか」と無慈悲に吐き棄てて、




―――ギャリィッ!! と路面を擦る音がした。

852: 2013/05/28(火) 01:59:29.76 ID:tMAwnEpDO
車が急停止した時に鳴るモノだ。
一方通行は砕け散った窓から外を覗く。
するとそこには、彼を囲うように三台の黒いワンボックスが見えた。



一方「チッ」



面倒なこった、と言わんばかりに無造作に男をガラスのない窓から放り投げる。
無様にアスファルト滑っていく。
そんな滑稽な様子を意にも介さず、取り囲む三台の車の後部スライドドアが開かれた。
しかし人は一向に降りてこない。
そこから覗くのは無数の銃口だった。

向ける相手が誰なのかを判っての行為か。
引き金をひく事で、一瞬にして自分へ牙を剥かれるという結論に何故至らない。
そもそもお前らには興味がないというのに、自分のターゲットは一人だけ。
あの男以外は眼中にない。
邪魔をするなら容赦なく払いのける。

853: 2013/05/28(火) 02:02:15.50 ID:tMAwnEpDO

一方通行は鬱憤を晴らすかのように拳を叩き付けた。
ベクトルが作用された拳は、ただでさえ歪んでいた車に致命的なダメージを与える。


結果―――爆音が轟く。


炎と熱風が周囲に襲いかかる。
車の中からくぐもった悲鳴が幾つか飛び交う。
当然、耐えきれなくなった車内にいる人間はのた打ち回り、更にドアから逃れようと転がり落ちる者まで現れる始末だ。



一方「邪魔だ。演出希望なら華々しく散らせてやるが、いちいち付き合ってるヒマもねェぞ」



炎の中で声がした。
彼がいた所だけ火炎が避けていき、残骸の中から悠々と歩みを進めてくる。

しかし、ふと足を止めて眉間をひそめた。

自分が進むその先に、もう一台黒いワンボックスの車が停車していたのだ。
取り囲んだ三台とは違い、まるで仕掛けて行ってどうなるか様子を窺うみたいに……。
そんな高みの見物を決め込むようなヤツが一人、該当した。






「あーあー、だーから言ってんじゃねえかよ」






突然ドアが開いたかと思えば、今度は聞き覚えしかない忌々しい声が届いた。

854: 2013/05/28(火) 02:03:58.86 ID:tMAwnEpDO



「あのガキ潰すにはこんな温い方法じゃ駄目なんだよ。ガキィ相手だからって甘い事ばっかしやがって、やっぱ俺が相手じゃねえとなぁ?」



のそりと長身の男が出てきた。
いや、もはやこんな抽象的な言い方でなくても判る。判ってしまう。
かつて一方通行の妹を氏に追いやった研究者―――木原数多だ。

一方通行に、迷いはない。



一方「木ィィィ原くゥゥゥゥゥゥゥゥン!!」



踵に力を力を込めた。
それだけで一方通行は上空へ高く飛躍する。
クルリと一回転し、真っ赤な瞳が木原を見据えた。

ヤツは尚、嗤っている。



一方「ッ!!」



気にする必要はない。
自分はただ目の前の人間を八つ裂きにするだけだ。

855: 2013/05/28(火) 02:07:17.43 ID:tMAwnEpDO

空中を蹴るように、再度踵にベクトルを作用させた。
木原へ向け、一直線に急降下する。
一瞬にして最高速を越え、まさに隕石の衝突の威力に相当するだろう。

それでも木原は飄々としていた。
あまつさえ指をパキポキと鳴らしていた。
木原は静かに振りかぶって、




―――ゴガッ!! と振り下ろした拳が一方通行に直撃した。




一方「ご……ぁ……ッ!?」



世界が反転する。
脳が揺さぶられる。

ようやく理解が追い付く頃には、自分の顔はアスファルトに擦り付けられていた。
方向は変えられたが速度を失わなかったので、炎の所まで殴り飛ばされた。

ぐらぐらと揺れる意識の中、チョーカーに触る。
寸前で切り替わった訳でも、切り替えられた訳でもなかった。
つまり、『反射』は効いていた。
なのに、“木原数多の拳は『反射』を貫通した”。

856: 2013/05/28(火) 02:09:23.25 ID:tMAwnEpDO



木原「つーかよぉ、頃したいと思ってんのはテメェだけだと思ってんのか?」



いかにも人を見下したように、木原は嘲笑う。



木原「何年も前の事を未だに根に持ってさあ、ネチネチ根暗野郎がよ。いい加減ウザったいんだっての」



その辺に落ちてあった鉄パイプを拾い、一方通行と距離を縮める。



木原「研究で実験動物が氏ぬなんざ日常茶飯事なわけよ? ありふれた出来事なの、わっかるっかなあ!?」



その鉄パイプで、一方通行の顔面を殴りつける。
メキメキと顔の表面が嫌な音を立てた。

まただ。また、『反射』が通用しない。



一方「ぉ……ご……」



霞む視界に地面に散らばった、ビニール袋と絆創膏の箱を捉えた。
濡れた路上へ倒れた時に離してしまったのだ。

857: 2013/05/28(火) 02:12:24.89 ID:tMAwnEpDO

グシャ、と。
木原の靴底が、絆創膏の箱を踏み潰した。
可愛らしいパッケージが雨水ど泥にまみれて汚れていく。



木原「似合わないねえ」



木原はニヤニヤと笑う。
そのセリフは兄である自分を前に、誰を思い描いてるのか。
打ち止めか? 百合子か? どちらにせよ侮辱してるのには変わりない。



木原「本当はテメェをじっくり頃してやりてえんだが、どうやら上が緊急だとかで遊ばせてもくれねえの。
   だから、まぁ、『アレ』はこっちで回収しといてやるからよ。テメェはここで潰れて泥水にでも埋もれてくれ。これ以上、妹で苦しむ事もなくなるだろうしな?」

一方「……ッ!!」



朧気だった彼の意識が、一気に覚醒する。
木原は今、目的は自分ではないと告げた。
『アレ』を回収すると。『アレ』とはなんだ。誰を指す。
00001号か? だったら何故自分に襲いかかった。
アイツは病院にいるはずだ。そこを襲えばいい。
自分を襲いにかかった理由として、“対象が近くにいた”のが前提だ。


つまり。そういう事か。


『アレ』と呼ばれた人物を、一方通行や木原数多のいる血塗れの世界へ引きずり落とすと言っているのだ。

858: 2013/05/28(火) 02:14:21.84 ID:tMAwnEpDO



一方「ナメ、てンじゃ……!!」



彼の瞳が再び明確な殺意を宿す。
無防備に接近し、自分を見下ろしている木原数多に思い知らせてやろう。
妹の命を奪った罪の重さを。飽きたらず『アレ』さえも奪おうとする重罪さを。

学園都市第一位は、こんな程度で折れはしないという事を。



一方「ねェぞクソ野郎がァあああああああああああッ!!!!」



風が渦を巻く。嵐が吹き荒れる。
地球上に存在する大気の流れを操り、避難クラスの竜巻を起こさせる。

ヤツをの命を刈り取れ、と一方通行は糾弾した。
だが、



木原「―――駄目なんだよなぁ」



妙に乾いた音が響き渡ったと思った途端に、一方通行が制御していた暴風の塊が吹き消された。

……その“木原が対策を施す間”に、一方通行は既に木原の足元まで接近していた。

859: 2013/05/28(火) 02:16:40.66 ID:tMAwnEpDO



一方「どォいう理屈か知らねェが、とりあえずブチ頃し確定だッ!!」



彼は木原が機械のグローブに拳を振るう。
触れた瞬間、いとも簡単にグローブは粉々に砕け散った。

正直、何で木原が『反射』をすり抜けたのか未だに判らない。
ヤツの体に超能力開発という案も浮かんだが、皆無に等しいだろう。
自らモルモットに成り下がる事がまず木原の性格上ありえないからだ。
でも、必ずタネはあるはず。
判らない以上は可能性を潰していくしかない。



木原「そっかそっか。グローブを壊せば何とかなると思ったのか?」



平然として声が至近距離で聞こえる。
ヤツの笑みは消えないでいた。



木原「―――けどそうじゃねえんだ。残念! 期待させちゃったかなあ!!」



メリッ! と木原の拳が鳩尾に突き刺さる。

860: 2013/05/28(火) 02:19:02.23 ID:tMAwnEpDO



木原「ぎゃはは! いつまで最強気取ってやがんだぁ? こんのスクラップ野郎がッ!!」



追い討ちをかけるように、木原の拳が顎に決まる。
糸の切れたオモチャみたいに一方通行の体は地面を転がっていく。

雨水に打たれ、泥水を被った彼は霞んでいく視界に、憎き男の姿を映す。



木原「んー? 害虫ってのはなかなか氏なねーモンだな。いっやーそれにしても、実に気分が良いなあ。害虫駆除は気分が良い」



ヤツの踵が、一方通行の腹に振り下ろされる。

何度も何度も。
例え血を吐いても。
胃液が逆流を起こしても。

木原は幾度なくその足を振り下ろし続けた。
一通り鈍い音が連続した後、



木原「なぁ一方通行。テメェは『アレ』の意味を理解してねえんだよ」



もはや言葉を出す力がない一方通行に、木原は静かに囁く。
『アレ』……小さい少女しか思い付かない。

861: 2013/05/28(火) 02:21:05.58 ID:tMAwnEpDO



木原「確かLEVEL5量産計画のために第三位に着目したんだっけか。疑問に思わなかったのか?
   軍用目的でクローンなら、どうして第一位のテメェじゃなく第三位の超電磁砲なんだ?」

一方「―――っ」

木原「オカシいよなあ? つまりは“何か”があるんだよ。テメェの想像もつかない“何か”が、な」






……上条は、上条はこの事に気が付いているのか。


自分よりも遥か上の位置にいるあの男は―――どう見てるんだ?






木原「……」



その時、木原が一方通行から視線を外した。
道路の先を見据えていた。
しかし表情は笑みを浮かべている。
心底楽しそうに。でも、ドコか狂っていて。




―――嫌な予感がした。

―――これまでにない悪寒を感じた。

862: 2013/05/28(火) 02:22:00.10 ID:tMAwnEpDO



彼の体はマトモに動かない。
それでも倒れたまま、這いつくばった状態で木原の視線を追う。


一方通行は心臓が止まるかと思った。


百メートルほど離れた場所。
そこに、その先に。

黒ずくめの男達に二の腕を掴まれ。
だらりと手足を揺らしている、打ち止めがいた。



木原「回収完了、ってやつだなあ」



木原数多の声が、一方通行の耳から遠ざかっていく。
ここからでは、彼女の表情は見えない。
手足と同様、首は項垂れていて、前髪と影によって表情がが隠れてしまっている。
相当苦しそうな姿勢であるにも拘わらず、身じろぎの一つもなかった。

木原は笑って言った。



木原「あーあー、ありゃあもう聞こえてねえかもな。一応本命は生け捕りって話になってっけど、アレは本当に生きてんのか? こんなんで始末書なんざ真っ平だぞ」

863: 2013/05/28(火) 02:24:22.21 ID:tMAwnEpDO



ふざけンな、と彼は憤る。
どォして、と彼は嘆く。

百合子を始め、00001号や打ち止めといった“護りたい”と心に決めた人間ばかり、こんな目に遭わなくちゃならない。
あいつらは何も悪い事をしていない。
自分みたいなクソ野郎と違い、ドロドロの闇に覆われた学園都市の中で、ただ純粋に毎日を生きていただけだ。
それがどうして、動かなくなるまで学園都市の実験材料にされ、闇に呑まれようとしているんだ。


そして何故、自分はこうしてのうのうと生きてやがるんだ。


護れなかったんだぞ。
力があったのに。
動けていたのに。

あの日。脳裏に焼き付いたあの一日。
悔やんでも悔やんでも、憎悪と私怨しか生まれなかった。
自分の力が例え『破壊する事しか出来ない力』であっても、あいつらに忍び寄る人間を破壊する事は出来たはずだ。

なのに、出来なかった。

結果的に最悪の事態を招き、最愛の妹である百合子を氏なせてしまった。
確かに木原数多という男は許せない。しかし同時に自分を許すつもりもない。
十二分に判っているはずだった。

次に起こったのは―――『妹達破棄』。

助かったから良かった。
けど、一歩遅ければ間に合わなかった。
気付くのがあまりにも遅すぎた。
実験を止めた段階で考慮すべき事柄だったのだ。
00001号はぎこちない微笑を向けてくれるけれど、自己嫌悪は収まらなかった。

864: 2013/05/28(火) 02:26:25.00 ID:tMAwnEpDO


そして、今。


繰り返されようとしている。


自分の目の前で同じ過ちを。


止めないと、少女はもう戻ってこれなくなる。


そんな悲劇……絶対に起こさせはしない。












一方「―――打ち止めァァあああああああああああああああッッ!!!!」











……ピクン、と呼ばれた少女の肩が僅かに動いた気がした。

865: 2013/05/28(火) 02:29:04.14 ID:tMAwnEpDO

倒れたまま、腕を振り上げる。

これまでの経験からすると、木原数多にベクトル操作は無意味だ。
理屈なんてもはやどうでもいい。理解し対策を施しても、木原数多はそれを読むだろう。
とりあえず『反射』を効かない、って事だけ判っていればいい。

空気を操った暴風を使っても届かない事が判明した。
偶然などではない。おそらく木原が意図的に前もって準備しておいたのだ。
暴風の塊が分散する直前、“妙な音”が聞こえてきたのを覚えている。
鳴り響いた瞬間、塊は掻き消された。
つまり、その“妙な音”が掻き消す効果をもたらしていると推測する。
きっと木原数多は、あらゆる事を想定して、一方通行の思考パターンを把握した上で、目の前に立っているのだ。

だったら、一方通行がする事はただ一つだ。



一方「―――ッ!!」



振り上げた腕を、アスファルトへ叩きつける。
能力が発動し、絶対の力によって叩かれたアスファルトは破壊されて、破片が四方八方へ飛び散る。

……木原が僅かに後ろへ下がった。それは決定的な隙だった。

866: 2013/05/28(火) 02:35:09.93 ID:tMAwnEpDO

猶予はない。コンマの世界だ。
木原が態勢を整える前に、一方通行は決めなければならない。
今度こそ、『風』を掴む。



木原「チッ!」



舌打ちが聞こえた。
だけどもう暴風は止まらない。
塊は黒ずくめの男達に掴まれている打ち止めへと狙いを定め―――突っ込んだ。

車や屋根を吹き飛ばす烈風が、男達からもぎ取り、空へと飛んでいく。
そびえ立つビルを幾つも越え、打ち止めは空の闇に消えていった。



木原「あーあーあーあー」



木原は至極つまんなそうに声をあげた。

867: 2013/05/28(火) 02:38:39.23 ID:tMAwnEpDO



木原「ゴルフ感覚で人間飛ばしてんじゃねーよなーもう。ヤード単位で飛ばしたモン誰が回収すると思ってんだ。俺はやんねーぞ?」

「どうしますか」



黒ずくめの男達の一人が、指示を促す。
面倒くさそうに木原は右手で後頭部をガリガリ掻き、



木原「だあー……、班を三つに分けろ。一班は本命を追って、残りの二班は俺の元に残れ。
   今回は上から『掃除』を支給されてねえから、俺らで後始末だの潰れてる部下の回収だの色々あるしな」

「しかし、最優先命令は最終信号の捕獲にあるため、班の構成は命令に違反なのでは?」

木原「…………」



男達の一人が述べた言葉に、木原はキョトンとした顔で部下を見た。

顔色一つ変えず、おもむろに懐へ手を伸ばす。
掴み取ったのは現代的な銃器だった。

銃口を部下の顔に向け―――キョトンとした表情のまま引き金をひいた。

868: 2013/05/28(火) 02:45:55.65 ID:tMAwnEpDO

一筋の圧倒的な『光』が部下の首から上を包む。
そう、この銃から発射されるのは弾丸ではなく、『光』。
そして銃の側面には、アルファベットの文字列が刻まれていた。


Made_in_KIHARA.


ぐらり、と“首から上を失った”部下が後ろへ傾く。
そのまま重力の法則によって、背中から倒れてしまった。
……泥を含む雨水が赤黒い色にじんわりと染まっていく。

隣にいたもう一人の部下は息を呑み、思わず一歩下がった。
ドライアイスを背中にブチ込まれたかのような感覚に襲われる。
う、あ……、と言葉も出ない様子だった。

無慈悲にもそんな心境の部下を無視した木原が声をかける。



木原「オイ。テメェは『猟犬部隊』結成時の初期メンバーだったよな」



震えながら頷く。

すると呆れかえったように片手を額にあて、



木原「だったらよお、新参者にはちゃーんとルール教えとけって。ああいう反応されっと頭ぁ悩ませなくちゃならねえから怠ぃんだよ」



周りを見渡し、『猟犬部隊』が揃っている事を確認すると、木原は声を張り上げる。

869: 2013/05/28(火) 02:49:37.32 ID:tMAwnEpDO



木原「テメェら今の見てたよなあ? 俺はメンドーな事は嫌いなの、判るか? それでも判んねーようなら古参の野郎共に、“ここのルール”ってのを聞け」



トントン、とコメカミを指で叩き、



木原「こっちはスケジュールを組んでんだよ。あのクソガキ中のクソガキのために、わっざわざ頭悩ませてよ。馬鹿みてえだよなあ?
   ここまできて更にこのクソ野郎と同じ事をほざくつもりなら、ぶっ頃しちまっても構わねえんだよ。
   テメェらのようなクズ共の補充なんざ幾らでも効く。大事な大事な作戦の邪魔ァすんなら、コイツと一緒の末路をたどると思っとけ。確認するぞ、分かってんのか?」



一同の反応を見届け、木原は簡単に頷いた。



木原「よっし、判りゃあいいんだ。川、貯水池なんでもいい。『水』に関係する所をピックアップして、その周辺を調べ上げろ」

「水面の場合、溺氏の危険性もありますが……」

木原「着水のショックで目ぇぐらい覚ますさ。……あー後、学ランの制服を着た、ツンツン頭の小僧には気を付けておけ」



了解、という声が幾つか重なった。

870: 2013/05/28(火) 02:50:39.63 ID:tMAwnEpDO
ほとんど相談する事もなく、目や指の合図だけで彼らの一班は散り散りに路地へ消えていく。

踵を返し、水溜まりの上に転がっている一方通行の成れの果てを見下ろした。



木原「さて、と。ドコに飛ばしたかは知んねーが、馬鹿な野郎だ。アレは十分もしねえ内にカゴの中だぜ?」

一方「……黙れ」



おや? と木原は嘲笑った。
意識がまだあるとは思わなかったのだろう。
だとしても木原から見れば、氏に損ないのクソガキ、でしかない。



一方「オマエには……一生、判んねェよ」

木原「そうかい。んじゃあ頃すけど、今のが遺言って事でいいんだよな?」



一方通行は心の中で舌打ちをする。
確かにヤツの言う通り、打ち止めが捕まるのも時間の問題だ。
いくら遠くへ逃がしたと言っても、結局は子供の足に過ぎない。
特定されれば簡単に捕まってしまう。

871: 2013/05/28(火) 02:51:19.70 ID:tMAwnEpDO



一方(誰か……)



上条は割り込んで来ないのか。
浜面は車に乗って来ないのか。

もちろん来るはずがない。
こちらの状況を知る由もしないのだ。
彼らはきっと今頃自宅にいるだろう。
それでも、一方通行は願う。

この際誰だっていい。
自分はどうなろうと構わない。
だから、その代わりあのガキをなるべく遠くに逃させてやってくれ。
どうか、どうかお願いだから……!



「―――そこでなにしてるの?」



あ? と木原は動きを止めた。
その場にいる全員が声のした方へ振り返る。

そこらの細い脇道から、不意に出てきて遭遇したのか。
小雨の降り注ぐ夜の街の中、傘も差さずに立っているその人影は、街灯の光を照り返してぼんやりと輝いていた。
その影は腰まである銀の願い髪を持ち、色白の肌に緑色の瞳だった。
格好は白地に金刺繍を施した豪奢な修道服。だが、何故か所々安全ピンで留めている。

一方通行は思い出す。
つい、夕方まで一緒にいたシスター。
大食らいで。ワガママで。遠慮がなくて。
それでドコか打ち止めに似ていた少女。

彼女の名前は―――。

872: 2013/05/28(火) 02:52:21.49 ID:tMAwnEpDO




―――――――――――――――




上条「あーあ、やっぱり雨降ってやがるよ」



上条は地下街から外に出て、思わず呟いた。
パラパラと小粒の雨が上条の頬を濡らす。

インデックスが一方通行にお礼を言い忘れたとかで、制止の言葉も聞かずに突っ走っていったのだ。
電話すれば良いだけの話なのに、どうも無鉄砲な性格が表に出ているらしい。



上条(……にしても、警備員(アンチスキル)の数が多いような……)



表通りのはずなのに、学生達がいないのも珍ししい。
例えこの時間帯でも疎らながらもいる。
天気のせいもあるかもしれないが……。



上条(しかも、ただ巡回してるだけじゃない。巡回だけであんな装備を着けるのは、まずない)



それこそ、強盗があって駆け付けたとかではない限り。
前見たのはシェリーが侵入した時だったか。

873: 2013/05/28(火) 02:54:42.50 ID:tMAwnEpDO

何かあったのかもしれない。
なら、尚更早くインデックスを見つけて連れて帰ろう。

上条は警備員から視線を外そうとして、




―――ドサッ、と警備員が何の前触れもなく倒れた。




身動き一つしなかった。
躓いたとか、立ち眩みという様子でもなかった。
立ったままの状態から、突然地面に崩れ落ちたのだ。



上条(まさか意識が……)



彼の思考は固まる事はない。
何故なら固まる前に、更に立て続けてバタリ、と人間が倒れる音が響いたからだ。

しかも一度に止まらない。
次々と同じ音が繰り返された。



上条「……おいおい、流石の上条さんも状況に頭が追いつかないですよ」



怪訝に辺りを見回して、凍りつく。
巡回をしていた警備員全員が一人目と同様に、地面に倒れていた。
遠目で見ただけでも一目瞭然だ、彼らの意識は完全に削がれている。

874: 2013/05/28(火) 02:56:56.32 ID:tMAwnEpDO

上条は冷静に警備員から視線を外し、建物と建物の隙間、ビルの屋上などに移していく。
そう、“隠れてこちらの様子を窺えそう所”をだ。
異常無しと見定めて、上条は警備員の一人の下へ駆け寄った。
うつぶせから仰向けに体勢を変え、状態を確認する。

どうやら命を落とした訳ではなさそうだ。
脈はあるし息も安定している。
それだけに判らないのが、どうやって意識だけを削いだのか。
傷は見られないし、血を流している訳でもない。
麻酔ガスの部類も考えたが、だったら自分だけ助かっている事実には違和感がある。



上条(精神系の能力か……?)



頭に手を当ててみるが幻想頃しが発動する気配はない。
これであらゆる可能性を潰した。

残る可能性は、上条が今とっても危惧していたものだった。



上条「魔術、か……」

875: 2013/05/28(火) 03:00:44.67 ID:tMAwnEpDO



その時だった。



『……ザ、ザ……』



足元から雑音が聞こえた。
上条は視線を下に送る。
倒れている警備員は相変わらず、指先一つ動かさない。
彼の肩の辺りから、ラジオの雑音のようなものが飛んでくる。



『ザ、ザザザザザ……、に、侵入。繰り返すザザザザザ! ……ゲートの破壊を確認! 侵入者は市街地へ―――誰か聞いていないのか? こちらの部隊も正体不明の攻撃をゴァ!?』



ブツッ! と、切断された音がする。
間違いない、今のは無線機だ。
おそらく相手は別の所にいる警備員だろう。
雑音に混じった言葉の節々が気になるが、既にサーッと砂嵐を流すだけだった。
たった一つの言葉だけが上条の頭の中を反芻する。


侵入者。


上条の推測が当たっていたとして、狙いは誰だ。
インデックスか? それとも別の誰かか?
魔術側の人間が『物』を狙って学園都市に侵入したケースは、未だかつてない。
リドヴィアですら学園都市に住む人間が対象であった。
故に今回も人間が狙いで考えていい。

しかし疑問が残る。

魔術側の人間がこうも表立って侵入するのは珍しかった。
ステイル、神裂、アウレオルス、海原(偽)、闇咲、オリアナ、リドヴィア。
上記に挙げた名前の魔術師は、学園都市に侵入すらバレていないだろう。

……唯一、真正面から侵入を図り、そしてワザと学園都市に見つかっていたのは、シェリー=クロムウェルただ一人だ。



上条(あいつは何で、学園都市に見付かってたんだっけ……?)



本人から聞いた気がする。

確か……、

876: 2013/05/28(火) 03:01:11.17 ID:tMAwnEpDO















―――戦争よ。その火種が欲しいの。

877: 2013/05/28(火) 03:01:55.89 ID:tMAwnEpDO



上条「…………」



彼は思考を切り替える。
とりあえず今はインデックスとの合流を早く済ませよう。

向かって来るなら叩き潰すまでだ、と歩き出そうとして、



上条「?」



どん、と上条の腹に小さな衝撃があった。
誰かがぶつかったらしい。にしては随分と衝撃の場所が低い。

目を下にやる。
ぶつかってきたのは、小さな子供だった。
それもついさっきまで一緒にいた、『妹達』の上位個体なる少女だ。



上条「打ち止め?」



うう、という呻き声で答えた。
彼女はその小さな顔を上条のシャツに押し付けていた。
ぶつかってきたというより、ほとんど抱き付いているような状態に近い。

878: 2013/05/28(火) 03:04:45.94 ID:tMAwnEpDO

上条は首を傾げる。
打ち止めはぶるぶると小刻みに震えていた。
雨に打たれ、すっかり体温が低くなってしまったからか。
だとしても、このちょっとした小雨程度で濡れたとは思えないくらいにずぶ濡れである。





打ち止め「助けて……」





打ち止めは上条のシャツを掴んだまま、顔を上げた。
その大きな瞳は真っ赤に充血していて、涙が頬を伝っていた。
冷たい雨に打たれていても、頬を伝う一滴だけは見分けられた。

あの人の助けるために。
彼女は叫ぶ。





打ち止め「お願いだから、あの人を助けて……ッ! ってミサカはミサカは頼み込んでみる!!」





こうして、一方通行の願いは一人の少女によって伝えられた。

一方通行にとって―――最も信頼する一人の少年に。

879: 2013/05/28(火) 03:07:18.87 ID:tMAwnEpDO




―――――――――――――――




カツン、コツン、と足音がする。

一人の女性が学園都市を闊歩していた。
その事自体、不思議ではないのだが、彼女は学園都市の人間じゃなかった。
確固たる理由として、彼女の服装である。

中世の女性のものを基調としているだが、色彩が派手な黄色であるためかそういった古臭い印象は全く感じられない。
首から上はフードのような布を被っていて、髪の毛は一本も見えないでいた。
顔はあちこちにピアスが取り付けられていて、目元には強調するようなキツい化粧が施され、威圧感が余計に増している。

じゃらり、と金属が擦れる音がした。
彼女の舌にはピアスがあり、それは細い鎖と連結されていた。
腰ぐらいの高さまで伸びる鎖の先端には、十字架のアクセサリーがぶら下がる。


彼女はローマ正教所属の魔術師。
それも魔術サイドの最深部に関わる人物だった。

神の右席。
前方のヴェント。





ヴェント「…………」





彼女は笑みを浮かべながら、歩みを続ける。

895: 2013/06/11(火) 01:39:17.68 ID:AJMV3E2t0



木原数多が統率する『猟犬部隊』。

彼らの目的は検体番号20001号『打ち止め』の回収。

その障害となると判断された一方通行の強襲を木原数多自身が行い、これに成功。

ほぼ無力化にさせたと言ってもいい。

しかし、ここで彼ら『猟犬部隊』にとって、決定的なミスが生じていた。





打ち止め「お願いだからあの人を助けて……ッ! ってミサカはミサカは頼み込んでみる!!」





一人の少女の声が、上条当麻の耳に届いてしまった事だった。

896: 2013/06/11(火) 01:55:09.83 ID:AJMV3E2t0




―――――――――――――――




インデックス「―――そこでなにしてるの?」



雨は強さを増していた。

暗い夜の街、その場にいる人間さえも黒い服装がほとんどの中、白い修道服が一つ混じる。
場違いの格好で、場違いの幼い声を発した。
その少女は上条当麻が自宅で養っている、科学とは別の『もう一つの世界』の住人である。



一方(なン、で……?)



一方通行は我が目を疑う。

どうしてあのシスターがここにいる。
彼女は上条の下へ戻ったはずだ。
それが何故、こんな濁りきった場所へと再びやって来た。
本当に場違いにもほどがある。
こんな所にいるべき人物ではないのは確かだった。

897: 2013/06/11(火) 01:59:29.43 ID:AJMV3E2t0

上条が現れる様子はない。
つまり、少女の単独行動。
また迷子なのかどうかは別にして、インデックスがたった一人で木原達を蹴散らすなんて到底不可能だ。
それこそ彼女と初めて顔を合わせた時に起きた、『異常な力』を放つぐらいは出来なければ。



「どうしますか?」



木原のすぐ近くにいた黒ずくめの一人が密かに耳打ちする。

比較的そばにいた一方通行には聞こえていたが、気付いていないらしい木原はつまらなそうに、



木原「どうするって、お前……消すしかねえだろ」



一方通行は心の中で大きく舌打ちをした。
ゆっくり考察する余裕はなさそうだ。刻一刻を争うらしい。

この際、何であの少女がここへやって来たかはどうだっていい。
『異常な力』を扱えないのなら、彼女はどっちみち足手まといでしかない。
だったら今この瞬間、“この状況”を作り出したインデックスを利用する他道はないだろう。



一方(後味は悪ィが、確実に木原を頃すなら今は退散した方が得策だ!!)

898: 2013/06/11(火) 02:04:33.85 ID:AJMV3E2t0
彼は這いつくばったまま、目だけで辺りを見る。
潰した車を除き、マトモに機能しているのは僅かに数台だ。
そして自分との距離、車の方向、木原の位置を考えて―――一つの車に絞り込む。

爪先に力を入れ、その拍子にベクトルを制御した。
恐るべき速度で一方通行は一つの車の後部窓ガラスへと突っ込んだ。
ガラスの破片が車内に飛び散るさなか、彼の体が後部座席に収まった。

運転席にいた男の顔色が恐怖に染まったが、一方通行は無視するように男の胸部に手を伸ばす。
指先が心臓部分に当たった瞬間、ペキッと音がしたのを男は感じ取った。



一方「肋骨を一本、軽度に折ってやった。心臓には刺さってねェが、ちょっとした衝撃で刺さっちまうだろォな」



ただでさえ恐怖に染まった表情が青ざめていく。



一方「例えばこォいう風に、拳で胸を叩かれちまうとか―――」



指を折り、拳の形に変えた途端、男の決断は早かった。
今、指示に従うべきリーダーは木原数多ではない、一方通行である。

899: 2013/06/11(火) 02:06:14.26 ID:AJMV3E2t0
ギュア!! とエンジンがかかった車が奇怪な挙動で発進した。
進路上にいた『猟犬部隊』は左右に飛び退くなか、木原は即座に怒鳴りながら周りに指示を飛ばす。
慌てた様子で銃口を向けてくるのを、一方通行はバックミラーで確認する。
次に前方を見やり、インデックスの位置を把握し、後部スライドドアを蹴破った。



インデックス「わ、わああ!?」



腕を掴み、車内まで引っ張り上げる。
その際に僅かなベクトル操作を欠かさなかった。
普通に掴んでいれば彼女の肩が外れてしまうので、瞬時に衝撃を軽減させる。
更にトン、とリズムを取るように踏む事で、車内にバラ撒かれたガラスの破片を全て除去した。



一方「……そのまま直進しろ。時間がねェのはお互い様だ」

「お、お客さん、どちらまで……?」

一方「良い医者を知ってる。そこまで案内して欲しけりゃァ、おとなしく働けよ、運転手」

900: 2013/06/11(火) 02:09:41.82 ID:AJMV3E2t0




―――――――――――――――




打ち止め「この人達に襲われたの。ってミサカはミサカは本当のことを言ってみる」



小さな少女に案内されたのは、地下街の出入り口からさして離れてもいない、大きな通りの一角だった。
最終下校時刻と共に電車やバスもなくなったせいか、真っ暗になった道路に人影は一切ない。

少なくとも、二本足で立つ人影は今のところ上条と打ち止めだけだ。



上条「……」



彼はそこらに倒れている複数の人間から、数メートル先の位置にあるパチパチと燃えている残骸へと視線を移す。
残骸の正体は、まるでペットボトルの感覚で潰された車だ。
おそらく一方通行の『反射』がもたらした芸当だろう。

上条は改めて、倒れている人間に目を向ける。



上条(……とうとう来たか)



木原数多を含めた、『猟犬部隊』。

『猟犬部隊』が出動しているなら、話の展開は見えやすい。
きっと木原数多が直々に一方通行を潰しにかかり、確実に打ち止めを捕らえるために『猟犬部隊』が出た。
更に推測するなら、警備員が地下街の出入り口で倒れていたのは、“外”からの侵入者のため。
決して一方通行や打ち止めのためではない。

901: 2013/06/11(火) 02:12:35.22 ID:AJMV3E2t0
上条(“表”の人間と“裏”の人間が同時に動いてるのかよ……。いや、見方によっちゃ魔術師も“裏”側なのか? なんとまあ、動きづらいですこと)



ガリガリと頭を掻く。
どうにもこうにも一人で対処は非常に厳しい。
正直な事を言えば、知ってしまった以上、あまり巻き込みたくないのが本音ではある。

しかし、やることが多すぎて、とても一人では分が悪い。



上条「……とりあえず一方通行には連絡、浜面と合流すっか」



垣根を呼べるのなら手っ取り早いが、連絡が取れないんだから仕方ない。
肝心な時に限って役に立たな―――、



打ち止め「きた、ってミサカはミサカは路地裏へ体を隠しながら報告してみたり……!」




―――どうやら悠長に思考にふける時間もないようだ。

902: 2013/06/11(火) 02:17:51.97 ID:AJMV3E2t0




近くにあったの路上駐車の車の物陰に、打ち止めと一緒に潜む。
間髪を容れず現れたのは、黒いワンボックスの車だった。
停車すると、中から出て来たのは倒れている猟犬部隊の人間と同様の服装をした人間である。
間違いなく猟犬部隊だ。



打ち止め「どうしよう……」

上条「しっ」



声を潜めて不安を漏らす打ち止めに、上条はポンと頭に手を乗せる。
ぐしぐしと撫でてやると、幾分不安が解消されたのか、気持ち良さそうに目を瞑って身を任せていた。
頃合を見て、手を離す。……ちょっと残念そうな顔をしたのは何故だ。



上条「大丈夫。上条さんが傍にいる限り、どんな手を使っても護ってやるから安心して下さいな」

打ち止め「……うん。でも、あまり人を傷つけないでね。ってミサカはミサカはお願いをしてみる」

上条「俺にその気がなくても、アッチにはあるだろうな。打ち止めと一緒にいると判った途端、あの肩に掛けてある銃で狙われちまうぜ?」

打ち止め「それを言われると……。ってミサカはミサカはだんまりしてみたり……」



『話術』でどうにかならない事もなさそうだが、あまりにも無謀だろう。
知り合いだったならばまだ判るものの、そんな容易く初対面の人間に揺さぶりをかけられるとは到底思えない。
あちらが自分を認識しているなら、多少なりに効果をもたらしてくれるだろうが……。

何にせよ『話術』が今、最善の手ではない。

903: 2013/06/11(火) 02:20:17.85 ID:AJMV3E2t0
上条(……見る限り、役割は分担されてるな。倒れている人を運ぶ係と証拠を消す係か)



酸性浄化、というスプレーがある。
現場に残った指紋や血痕のDNA情報を潰す効果を持つ代物だ。
そのスプレーには上条も世話になった覚えがあるので、猟犬部隊の人間の持ち物で困ることは今の所ない。



上条(確か猟犬部隊って警察犬代わりみたいなの持ってたよな、だとしたら見付かれば厄介か。打ち止めを抱えた状態で戦闘に赴くのは好ましくない)



とりあえずこの状況を打破するには、ヤツらから見付からずにこの場を退散する事だ。
ひとまず未だ処理を行っているヤツらの気を紛らわし、その間に移動という形で固める。
上条は何かないかと辺りを見回すと、すぐ近くにあった鉄パイプを見つけた。
掴みあげ、猟犬部隊の位置を確認してから、自分達がいる所とは逆の方角に投げた。

ビルの壁に当たり、カランカランと音を響かせた。
当然、素直に反応を示した男達は一斉にそちらを見る。



「……」



リーダー格なのか、一人が数人に向かって顎で促す。
様子を見に行けと命令を下しているのだ。
受け取った数人の内二人が従うように頷き、恐る恐る音がした所へ近づいていく。

904: 2013/06/11(火) 02:23:55.35 ID:AJMV3E2t0
丁度その場所には路地裏へと繋がる道があったので、もしかしたら誰かが潜んでいるかもしれない。
両端の角の壁に背中を張り付け、連射性の銃器を構える。
見るからに重そうな形だが、弾を装填する音も重かった。
一人が視線を移し、アイコンタクトを送る。
タイミングを計っているのだ。

そして、二人が同時に銃口を定めながら路地裏行きの道へと一歩踏み出し―――止まった。



「「……?」」



二人揃ってカーソルから外し、直接肉眼で道を直視する。
そこには誰もいなかった。人影すらなかった。
二人は、ただただ首を傾げるばかりである。




―――――――――――――――




上条「なんとか作戦は成功したみたいだな」



上条と打ち止めは、既に猟犬部隊から離れた所まで逃げていた。
全員が気を取られている内に無駄なく退散しただけの事。
しかし、打ち止めは目を丸くさせていた。

905: 2013/06/11(火) 02:26:43.09 ID:AJMV3E2t0



打ち止め「何だか、とても慣れているように見えるの。ってミサカはミサカは首を傾げてみたり」

上条「今でこそ少なくなったけど、昔は追いかけられる日々が続いてましたからねー。その時の経験を応用しているまでですよ?」

打ち止め「うーん……? ってミサカはミサカは引っかかりを感じてみたり」

上条「それよりも、ほら、この建物に入って隠れておくぞ。一方通行や浜面に連絡を入れるにしても、表にいたんじゃアイツらに見付かる恐れがある」

打ち止め「う、うん! ってミサカはミサカは駆けだしてみる!」



打ち止めが先に入れ、自分も中に入る。
ドアを閉めて、一応鍵をかけておいた。

上条は歩きながら辺りを見回す。
入ったのはいいものの、何の建物か判らないまま侵入してしまったので、把握はしたいところ。



上条(鍋……? 厨房か?)



室内に光はない。
真っ暗な部屋を非常口を示す緑のランプがぼんやりとシルエットを浮かばせている。
どうやら最初から光がなかった訳ではないみたいだ。
近くにある鍋のフタを開けると、料理がまだ中に残っていた。

馴染みある匂いだった。シチューだ。

906: 2013/06/11(火) 02:32:48.04 ID:AJMV3E2t0
すぐ側の台の上には、木で楕円形の型を取り、鉄板を組み込んだ皿があった。
安さと美味さが売りで、今もなお人気を誇る、とあるファミレスの看板料理のドリアである。

という事は、



上条(ファミレスで間違いなさそうだな。暗いのは停電のせいか? だとしたら何で誰もブレーカーを上げないんだ……?)

打ち止め「ねえ! ちょっと来て! ってミサカはミサカは……っ!!」



一人で思考を巡らせていると、先に奥まで進んでいた打ち止めが慌てた様子で戻ってきた。
よほどの事なのか、いつもの口調もままならない状態だ。

上条はフタの位置を元に戻し、少女へ向き直る。



上条「そんな慌ててどうしたんだ?」

打ち止め「いいから! ってミサカはミサカはーっ!!」



腕をぐいぐい引っ張られ、厨房からテーブル席のフロアへと小走りで歩いていく。
相変わらず電気は消えたままだが、不思議な事に壁に埋め込まれたテレビだけは電源が入っていた。
ブレーカーが落ちた訳ではないのか? と脳裏によきった瞬間、



上条「……なるほどな」



彼は目を細める。
つまらなそうな顔をした。

907: 2013/06/11(火) 02:35:20.15 ID:AJMV3E2t0
ご飯を食べに来た、または仕事帰りにたまたま寄った客。
アルバイトらしき制服を着たウェイトレスの女性。
勤めて十年以上という貫禄すら窺える店員の男性。
……その全員が倒れていた。



打ち止め「何だか怖い……。ってミサカはミサカはあなたの袖をぎゅっと掴んでみる」

上条「……」



状況は警備員と猟犬部隊と一緒だ。
外的刺激を受けて気絶した訳でも、能力によって眠らされた訳でもない。といった所か。
つまりそれ以外の勢力―――魔術。

正体が判っていたので、全員の意識が失われている現状の驚きは少ない。
どちらかと言えば、上条はその『範囲』を問題視する。



上条(襲撃された様子でもない。警備員と同じで何も判らないまま落ちた、って感じか)



もしこれが無差別なのだとしたら、もう既に学園都市のほとんどは機能を停止してるのでは?
猟犬部隊や打ち止めのように、まだ大丈夫な人間がいるという事は、全機能停止には程遠いが。

更にもう一つの答えを示唆。

908: 2013/06/11(火) 02:40:26.30 ID:AJMV3E2t0
倒れている人と、無事な人の違い。
魔術による施しならその違いは必然と見えてくる。
要は発動条件があるのだ。
無事な人達は発動条件から免れたために意識を失わないで済んでいる。



打ち止め「ねえ、どうしよう? ってミサカはミサカはビクビクしながら尋ねてみる」

上条「……何にせよ、問題が起きてるのは一つじゃないって事だ。とても複数の問題を打開策無しに抱えるのは不利だから、情報が欲しいところかな」



ズボンのポケットから携帯を取り出し、カチカチと操作する。
数秒も経たない内に、画面には「浜面」との文字と電話番号が映っていた。



上条「一方通行を呼び出すのは後回しにするとして、先にもう一人の方を優先しますよ、っと」

打ち止め「なんで? ってミサカはミサカは首を傾げてみたり」

上条「あいつは仮にも学園都市最高の頭脳の持ち主だろ? だったら何とかして生き延びてるはず」

打ち止め「……」

909: 2013/06/11(火) 02:44:47.21 ID:AJMV3E2t0
今度は口を閉ざして、黙ってしまった。
視線を移し一瞥するも、浮かない顔をしている。



上条「それでも心配……か?」

打ち止め「ううん、違うの。ってミサカはミサカは首を振って否定してみる。心配してないって言ったら嘘になっちゃうけど、あなたの言う通り心のどこかで“あの人は生きてる”って信じてるのも確かなんだ。ってミサカはミサカは微笑んでみたり」



それよりも、と少女は続ける。



打ち止め「あの人は精神面こそまだまだ未熟だけど、能力や頭脳は『最高』なんだと思う。なのに、今あの人は圧倒されている。能力はおろか、能力すら持たない人達に。
     それが不思議でしょうがなくて、『第一位』ってなんなんだろう? ってたまに考えたりするんだけど……。ってミサカはミサカは未だ答えが見つからない葛藤に悶えてみたりぃ!」



ムキーッ!! と言葉から行動に伝わったようにジタバタしだした。

目を丸くさせながら聞いていた上条だったが、暴れ始めた打ち止めにクスッと一笑する。
運悪くその様子を目撃されたらしい。
打ち止めは、納得いかないと言わんばかりに上条へ食って掛かった。

910: 2013/06/11(火) 02:48:04.37 ID:AJMV3E2t0
打ち止め「なんで笑うのーっ! ってミサカはミサカはポカポカ叩いてみたりぃ!」

上条「いや、悪い悪い。あまりに予想外の答えだったからさ」



頬をポリポリと掻いて、



上条「そう……だな。あくまで上条さんの憶測だけど、聞く?」



返答はない。
御託はいいから早く餌を寄越せ、と促すように強い眼差しを向けるだけだ。



上条「『ベクトル操作』と『学園都市一の頭脳』って肩書きを見ると、誰しも勝てっこないと普通は思うだろ?」

打ち止め「うん。ってミサカはミサカは頷いてみる」

上条「確かに大抵の人間は適わない。けど、ほんの一握りの存在が能力で勝とうなんて思わずに、“隙を見つけよう”って考えたら?」



打ち止めは目を見開かせる。
上条が何を言いたいか判ってしまったからだ。

なお、彼は続ける。

911: 2013/06/11(火) 02:53:55.99 ID:AJMV3E2t0



上条「考えたヤツの中で『一方通行自身の隙』は、赤点もう少し頑張りましょうってとこ。
   一握りから更に区別して、『能力の隙』と考えたヤツは合格点だ。さあ、更に更にそこから見事打ち破ったのは何人に絞れるか?」



一息つき、



上条「つまりそういうこった。一方通行に刃向かう連中の最大の鬼門は『反射』。もし『反射』の隙を見つけて的確に突けば予想外の展開が起こらない限り、後は勝ったも同然だろうな」

打ち止め「どうして? あの人の能力は『反射』じゃなくて『ベクトル操作』だから、『反射』をすり抜けたとしても勝率が上がるわけじゃ……」

上条「今まで『反射』や『運動量』に頼ってきた人間が、『戦いの呼吸』を知ってると思うか?」



否定できなかった。
したかったけど、できなかった。

意地悪な質問をした事に悪気を感じたのか、上条は苦笑を浮かべる。



上条「一方通行の戦い方は至って単純だ。近寄ってきた者に対しては『反射』で自滅を図り、遠くの者に対しては何かしら物を飛ばすか。
   最近はようやく賢い使い方を学んだらしく、大気の風を操って攻撃することも覚えたみたいだな。
   全部の技に共通すること。一撃の威力は強大だけど、それでも要領が悪すぎる。『力』だけに拘ってるのが窺えるんだよなあ」

打ち止め「ってことは、あの人は自身の能力を扱いきれてないの? ってミサカはミサカはソッと聞いてみたり」

上条「上条さんはそう思いますけどねー。方向を操る、ってんだから、もっと応用や賢い使い方ができてもオカシくねえのにな。
   『最高』の頭脳とは言うけど、頭良いんだか悪いんだか判らない―――」



呆れつつ、再び携帯を操作しようとした時だった。

912: 2013/06/11(火) 02:56:56.69 ID:AJMV3E2t0










「ハッアァーイ♪ お初にかかるわ、幻想頃し」










とても場違いな甲高い声が。
それでいてドコか挑発的な調子の声が。

上条の耳に届いた。

928: 2013/06/23(日) 03:19:20.97 ID:RY265wRI0



雨音とテレビの音しか聞こえない、静まり返ったファミレスの店内に響く甲高い声。
上条はとっさに声がした方へ振り返る。
そこにいたのは奇妙な女だった。

全身黄色で統一された服装。
フードを被り、顔面にはピアスが施されていた。
手には全長一メートルを越すハンマーが握り締められている。



上条「……誰だ」



打ち止めを自分の後ろに隠すように前に出る。

彼は目を細め、一旦携帯を閉じてポケットにしまった。
おそらく注視しなければならない相手と察知し、危険視を高めるために両手を使えるようにしたのだ。
得体の知れない人間だから、得物を所持しているから、という理由ではない。
上条に“気付かれず”、傍まで近付いたからだ。

それに女は自分の事を『幻想頃し』と呼んだ。
学園都市内で自分をそう呼ぶ者は、限りなく少ない。

929: 2013/06/23(日) 03:22:36.99 ID:RY265wRI0



ヴェント「『神の右席』の一人、前方のヴェント」



ニヤニヤと笑みを浮かべながら、ヴェントと名乗った彼女は舌を出す。
舌に取り付けられた細い鎖がジャラリと落ちた。

……その先端にあったのは、小さな十字架。



ヴェント「目標発見。アンタの噂はかねがね……そんなワケで容赦しないまま、五臓六腑グッチャグチャに潰すんでよろしくッ!!」



ハンマーを大きく縦に振り下ろした。
幾ら一メートルを越す武器だからといって、彼女と上条の間合はそれ以上の距離がある。
詰めてから薙ぎ払うにしても、既に振り切られたハンマーは止まれない。
空を切り、虚空を殴った。

その瞬間、



上条「!!」



上条は見た。頭上から接近する『塊』を。

930: 2013/06/23(日) 03:25:15.01 ID:RY265wRI0
向かってくる塊を彼は右手で横から殴りつける。
触れた途端、幻想頃し独特の音が響き、塊は弾けて消えた。
僅かな余波の『風』が上条の髪をなびかせる。



上条(……『風』? けど、感触は重かったし……)



現時点で判る事、それはアレを振るえば“何かしら飛んでくる”。
しかも感触からして、店内の柱は簡単に破壊可能なレベルだ。

とにかくこんな障害物が多い、更には戦闘を続けると屋根が落ちかねないココで戦うのは良くない。
主に接近戦を得意とする自分と、遠距離戦を仕掛けてくる彼女。
どちらが劣性なのかは一目瞭然だろう。
思う存分に戦うためには、



上条「逃げた方が得策か……」

ヴェント「おやおや、『神の右席』相手に余所見なんて大した根性ねッ!」

931: 2013/06/23(日) 03:27:56.29 ID:RY265wRI0



手首を返し、今度は水平に振った。
すると頭上ではなく、同じように横から塊が飛んできた。



上条(ハンマーの後を追ってるのか?)



難なく右手で掻き消す。



ヴェント「ふーん。噂通りその右手、効き目バツグンのようねぇ。まあまあ予想範囲内、カナ?」



あくまで今は様子見程度なのか、打ち消すの見て、「ふむふむ」といった感じで頷いていた。
随分と余裕を感じられる。塊が消されるのは想定済みって事か?

ともあれ、全力ではないのも確かだろう。
『神の右席』という組織が何なのかは知らないが、塊が『本命』とは思えない。

932: 2013/06/23(日) 03:32:43.38 ID:RY265wRI0



上条「……アンタのそれ、飛び道具みたいなもんなんだな」

ヴェント「そう捉えて構わないわ。説明も億劫だし、第一してやる義理すらないからね」

上条「だったら―――“他のモン”も撃てると思ってもいいのか?」

ヴェント「…………」



彼女は目を細める。
今まで挑発気味だった表情も消え、至極つまらなさそうに眉をしかめた。
わざとらしく盛大に溜息を吐くと、ハンマーを肩に担ぐ。

今度は上条が笑みを浮かべる番であった。



上条「嘘が下手なんだな。そういうの、嫌いじゃないぜ?」

ヴェント「見た目に反して、意外と頭がキレるじゃないの。胸糞悪い」



忌々しい、と言わんばかりに吐き棄てる。

動じない上条はまだ弁舌を続ける。

933: 2013/06/23(日) 03:35:38.36 ID:RY265wRI0



上条「で、だ。この“事態”を仕出かした魔術師さんは、一体何がお望みで?」



両手を広げて、仕返しと挑発気味に尋ねた。
事態……周りに倒れている人々を示唆しているのだ。



ヴェント「……アンタ、ドコまで感付いてやがる」

上条「目で追える範囲の情報は。そもそもこの状況で現れたなら、誰でもテメェが魔術師って気付くだろー?」

ヴェント「誤魔化してんじゃないわよ。私が“魔術師”なんて、いつ言ったワケ?」

上条「ん」



ピッと、舌からぶら下がる十字架を指差した。



上条「それが証拠。何かご不満で?」

ヴェント「だからフザケんじゃないっつってんの。アンタの口振り、まるで私と会う前から判ってた言い方じゃない」

上条「上条さんはそのつもりはありませんのことよ。全ては感じ方ですから、価値観を押し付けられても対応は出来ませんので悪しからず」

ヴェント「……そう。ドコまでも白を切るってコトか。たかがガキかと思ってたら、面白いじゃない。上等ね」

934: 2013/06/23(日) 03:39:00.42 ID:RY265wRI0



舌に取り付けられた十字架が、彼女の意志の下で揺れる。
ハンマーを再び構え直して、ヴェントは告げる。



ヴェント「私は敵対する者を全て叩き潰す。コレは私が生まれた時からの決定事項だ」



無造作にハンマーを振るう。
斜めだ。

上条はそろそろ反撃開始しようと、身を屈めながら右手で叩き潰そうとし―――塊が“横”から突き抜けてきた。
丁度彼の頭があった所を通り過ぎ、壁に激突した。
破壊音と共に、直撃した壁の一部が砕け散る。

身を屈めていなければ側頭部に直撃し、血を流していただろう。



上条(ズレた……?)



疑問に思うが、相手は待ってくれない。
既に次への予備動作が行われていた。

935: 2013/06/23(日) 03:41:36.68 ID:RY265wRI0

彼は時間がない事を悟り、ずっと隠れていた打ち止めに向かって叫ぶ。



上条「逃げろ!!」



ビクッと反応を示す打ち止め。
その言葉が自分に向けられたものだと、理解したからだ。

魔術師と名乗る女性が無差別に攻撃を放ってくるこの場で、自分にできる事はない。
自ら前に立ち、壁となってくれている上条に任せるべきなんだろう。
そんな彼に逃げろと言われた。
おそらく守りながら戦えるほど、敵は容易ではないという事。

でも……、と打ち止めは躊躇ってしまう。
外には一方通行と自分を狙う人達がいる。
それに身を挺して戦ってくれている彼を見捨てたくない。

そんな状態であるのを察したか、上条は真っ直ぐな瞳で告げた。






上条「大丈夫。必ず迎えに行くから」






飛んでくる塊を、裏拳で打ち消す。

936: 2013/06/23(日) 03:46:31.39 ID:RY265wRI0
見ずに打ち消した彼は、じっと打ち止めを見続けた。



怖いかもしれない。けど、大丈夫。
絶対に迎えに行く。―――そんな信念が宿っていた。



上条「約束する」



背中を押された少女は勇気を振り絞り、駆けだしていく。



ヴェント「健気だねぇ。迎えに来ない男の言葉を信用するなんてさ。私に狙われてる時点で、命の保証されないコト判ってんのかしら?」

上条「テメェを潰せば、それで済む話だ」

ヴェント「アラ楽しい♪ けど、アンタはどうやら勘違いしてるようだ」



くるくると手元でハンマーを回し、






ヴェント「私『達』のターゲットは上条当麻。あの禁書目録ですら、アンタに比べれば軽いってコトよ」

937: 2013/06/23(日) 03:49:27.67 ID:RY265wRI0

上条「……なに?」

ヴェント「そうねー、もっと極端に言ってアゲル。我々ローマ正教は二十億の勢力を以て、アンタを頃しにかかるわよ。
     弊害となるならば、日本という一国家を消滅させるコトだって容易い」

上条「……何を仰いますやら。上条さんは至って普通の高校生ですよ?」

ヴェント「ハッ! 笑わせる! 一介の高校生のガキのために世界が動き始めているのをまだ判んないの? それが、“どういう意味”を指すのかも」



上条は目を見開く。
今までインデックスや、他の人達を狙う連中を何度も見てきた。
自分はあくまで巻き込まれる側であって、気に食わない事があれば拳一つで刃向かった一般人に過ぎない。
傷付けられる事もあれば、傷付ける事もあった。
歩んできた道が正しいかなんてどうでもいい。
ただ、自分が思うままに進んできただけだ。

進んだ先に待っていたのは―――






ヴェント「アンタが今まで行ってきた実績。振りかざしたその右手。……何もかもが、良い方向へ転んだと思ってるワケ? 世界がその行為に拍手喝采を送るなんて、甘ったれの考えに過ぎないわ」







―――『世界』を敵に回してしまう事だった。

938: 2013/06/23(日) 03:53:07.32 ID:RY265wRI0




上条「…………」




彼はもはや何も告げない。

黙ったまま聞き手に回っていた。

敵を前にして瞳を閉じ、思い詰める。

訝しげにヴェントは目を細めるが、上条は意に介さない。




上条「……そう、か」




ボソッと呟いた。

誰に語る訳でもなく、自身に言い聞かせるような口調だった。

ゆっくり瞳を開け―――ヴェントを見据える。





上条「俺は……そんな所まで来たのか」





―――知ってやろうじゃん、『世界』ってやつをよ。

939: 2013/06/23(日) 03:58:24.18 ID:RY265wRI0



ヴェント(……このガキ)



ほんの僅かだったが、上条の纏う空気や雰囲気が変わった。
それもタダのではない。
その纏う空気や雰囲気が『同質』の存在を彼女は知っている。
イギリスの大聖堂の奥で冷笑を浮かべる女や、この機械に囲まれた街のビルに潜む人間と同じ。
かつて一つの大きな『花』を開花させた者達の“片鱗”を、この少年は見せている。



ヴェント「……尚更問おう、アンタは自分の価値に気が付いているのか?」

上条「知る訳あるかよ。そんなモノに興味ない」

ヴェント「この街のクソ野郎は」



忌々しげに睨み、今度こそ彼女は歯噛みする。
目の前にいる『人間』は既に自分を見ていない事に気付いたからだ。



ヴェント「よくアンタみたいなのを制御出来ると思ったモノね。正直、私も見誤っていたわ。ほんっと胸糞悪いコトこの上ない」

上条「……」

ヴェント「アンタの一番の脅威はその右手じゃない。饒舌な減らず口や、随分とキレる頭でもない。上条当麻という『存在』に付いてきた副次物だったワケか」

上条「だからどうした」

ヴェント「判らないわね。アンタの行動原理が。その余りある力を無差別に振るいたかったか、それともただ善意でしかないのかしら?」

上条「どっちでもないですよ、と。大体俺が動いてきた原理なんて―――」






……原理?

940: 2013/06/23(日) 04:01:01.28 ID:RY265wRI0








―――覚えておけ。貴様の甘さは、いつか周りを飲み込むほどに襲いかかり、その身を滅ぼすぞ。








それは。一ヶ月間に起きた。








―――私に構わず行って下さい。その代わり絶対にゴールして。約束、ですからネ?








悲しい……出来事。








上条「ッ!!!?」



今、何を思い出しそうになった?

941: 2013/06/23(日) 04:03:54.66 ID:RY265wRI0
破損したビデオテープのようにブツ、ブツ、と切られた映像が流れた。
彼はその映像に覚えはない。見覚えがなければ、突如聞こえてきた声に聞き覚えすらなかった。
声の主も誰か判らないし、流れた映像に映る光景もドコだか判らない。

しかし、何だ?
この頭が焼ける感覚は。
胸に残る気持ち悪い蟠りは。

忘れてはならないような『記憶』がある気がする。
忘れる事が出来ないくらい頭に刻まれた『記憶』がある気がする。







―――求めろよ。戦いをッ!!







上条「…………」



彼は片手を額に当てながら、ヴェントを見据えようと顔を上げる。
今更の話だが、彼女を放ったらかしにしていた事に気付いたのだ。
状態とは絶不調である。けれど、敵から目を離すのは決して良くはない。

942: 2013/06/23(日) 04:07:08.89 ID:RY265wRI0



上条「……! くそっ!!」



いない! いなくなっている!

しまった……ッ!! と言うように上条は辺りを見回した。
真っ先に思い浮かんだのが回り込まれた可能性だった。

だけど、彼女はドコにもいなかった。

今までの言動を考えて、ヴェントが隠れて攻撃を仕掛けるようなタチではないだろう。
むしろ正面から突っ込んでくるタイプだ。



上条(息を潜ませている様子や、物音一つさえもない……)



耳を澄ませるも、聞こえるのはテレビの音と雨音だけだった。
気配がないのを逆に怪しんでいたが、本当にいなくなったのだろうか?
この局面で姿を消すのは、どうにもこうにも考えにくいけども……。
そもそも上条の思考からはありえない行動パターンだ。



上条「退散しなくちゃならない理由が出来た……?」



辻褄合わせに過ぎない答えだろう。
そうすれば片が付くから思い付くのだ。

943: 2013/06/23(日) 04:09:31.27 ID:RY265wRI0



上条「……切り替えますか。いなくなったのなら、合わせればいい」



状況に応じよう。
この場からヴェントが去ったのであれば、いなくなった理由など捨て、先を見るべき。
彼女の目的は『上条当麻の殺害』。だったら、否が応でも必ず目の前に出て来るはず。
その間の時間は好きに使わせてもらう。
言っても学園都市だ。行動範囲は狭い。

疑問は残る。
突如脳裏をよぎった映像と声。
一体誰なのか、そもそもドコなのか。
そして何故こんなにも心が痛むのか。



上条「…………」



……いつか、自分は誓ったのだろうか。決して忘れないと。

944: 2013/06/23(日) 04:13:03.63 ID:RY265wRI0

映ったのは一端に過ぎなかった。とても簡単には忘れなさそうな事だと思う。
でも判らない。どうして“そう思える”のかも判らない。
頭に覚えてなくとも、『心』が覚えているとでも言うのか。

ただ、心当たりがない訳でもなかった。




―――上条当麻は記憶喪失である。




中学を入学からの一ヶ月間、まったく記憶がない。
どうやらその“一ヶ月”は『上条当麻』にとって、良い意味でも悪い意味でも色々起きたらしい。
仲間との出会い、戦いの呼吸、思考の展開、その他諸々。
果たして脳裏によぎった映像が失った“一ヶ月”の物だとする。


しかし、だとすれば何で思い出した?


医者の話によれば、記憶喪失ではなくて記憶破壊との事。
頭蓋骨に穴を空けて、脳に直接スタンガンをブチ込んだようなものだと。
失った記憶を思い出す事はできても、破壊された記憶を取り戻す事はできない。
それがどうして、一瞬だけ脳裏によぎったのだろうか?



上条「……」



正直、判らない事だらけだ。
自分の現状も敵の現状も、半分も理解していない。
その裏で暗躍する『猟犬部隊』に関しても例外ではない。
打ち止めを回収目的なのは判る。妨げとなる一方通行の無力化も判る。



上条「―――何のために、だろうな」



呟くと、彼はポケットにしまっておいた携帯を取り出した。

956: 2013/07/02(火) 02:47:21.85 ID:67ujX8gy0



浜面「本降りになってきたな……」



浜面は誰にも聞こえないように小さく呟いた。
ビルの壁に背中をくっ付けて、辺りを見回す。

もはや人影所か、人の匂いすらしない場所にたどり着いていた。
裏道通りを掻い潜った末に広がる、既に廃墟と化したビルが並ぶ所だった。
一見すると、スキルアウトの連中が根城にしそうな雰囲気すらある。
元スキルアウトの彼がそう思うのであれば間違いない。

そもそも浜面仕上はどうしてココにいるのか、という説明を入れなければならない。
掻い摘んで言えば、あれからずっと滝壺の後を追っていた。
端から見たらストーカーでしかないので、警備員通報よろしく状態である。
何度か引き下がろうとは考えた。
……が、彼女が何故このような所へ歩みを進めているのか気になってしまい、引くに引けなかったのだ。

957: 2013/07/02(火) 02:52:12.62 ID:67ujX8gy0



浜面「滝壺……」



ビルの角から覗き込む。
どれもこれもが電気が点いていないなか、たった一つのビルだけが光を点していた。
滝壺はそのビルの中へ通じる扉の前で、何やら携帯で誰かと話している。
尾行に関しては気付かれていないみたいで安心だ。

けど、浜面仕上は考える。

先ほど上記で述べたように、こういう廃れた地帯は主にスキルアウトの住処だ。
もしかしたら……、と最悪の事態を思い浮かべてしまうのは致し方ない。
やはり―――滝壺は『あの日』から、抜け出せないでいるのではないか?



浜面「……っ」



古傷が疼いた。
とっさに左手で傷を覆うように掴む。
治まれ! と念を込めながら奥歯を噛みしめた。

958: 2013/07/02(火) 03:00:43.51 ID:67ujX8gy0



浜面(くっそ……!! 落ち着け、大丈夫。大丈夫だ)



ある意味『トラウマ』と接触中だからか、いつも以上に疼きの度合いが大きい。
脳裏にチラつく滝壺を攫った研究員の表情や声。
心臓の鼓動を打つ音が増していき、全身をも震えさす感覚に襲われる。



「滝壺?っ! 遅かった訳よ!」



ハッとして、再び身を潜めながら彼女を見る。
扉が開かれていて、中から少女が姿を覗かせていた。
非常に見た事のある少女だった。



浜面(フレンダ……?)



金髪の学生服風を基調として服装の少女である。
浜面の友人で、フレンダのお陰で滝壺と再会したと言ってもいい。
しかし、その彼女がどうしてこんな所にいるんだ?
滝壺もしかりだが彼女らは一体何をして―――、

959: 2013/07/02(火) 03:05:12.90 ID:67ujX8gy0





















ブブブブブブブブッッ!!!!

960: 2013/07/02(火) 03:10:07.02 ID:67ujX8gy0



浜面「うおっ!?」



言ってから口を手で押さえた。
ポケットから体に伝わるのは携帯のバイブである。
驚愕し過ぎて思わず声を上げてしまった。

ゆっくりと顔を動かして、彼女達へと視線を戻した。
さっきとは違う意味で心臓の鼓動が大きくなっていた。
けど、どうやら運が良かったらしい。
中に入ったのか、既に姿はなかった。

ホッと胸を撫で下ろす。
浜面は……というか垣根以外は、携帯のマナーモードは常にオリジナル設定だ。
上条の教えでメールはサイレント、電話はバイブにしとけとの事。
浜面はその設定を解除していない。つまり、



浜面「……大将?」



未だ震動を続ける携帯の画面には、『上条当麻』と文字が映し出されていた。

961: 2013/07/02(火) 03:12:41.44 ID:67ujX8gy0




―――――――――――――――




一方通行は薄汚れた路地裏にいた。
ついさっき、第三資源再生処理施設で『猟犬部隊』の一班を潰してきた所だった。
ビルの壁に体を預け、足の力を抜いて、ずるずると地面に腰を落とす。
雨や泥が混じった水溜まりがズボンに染み込んでくるが、どうでもよかった。



一方「……」



自らの手を眺める。
いつ振りだろう、この手で命を殺めたのは。
打ち止めを助けたあの日から入院生活だった故に、『仕事』にも参加していなかった。


こんなにも、こんなにも虚脱感を得るものだったか?

962: 2013/07/02(火) 03:17:54.35 ID:67ujX8gy0

彼は思い知らされる。
打ち止めと00001号との出会いが彼にとって大きな転機となっていた。
何となく上条が言ってきた意味を理解しつつあったのだ。
一歩ずつ歩んではいた。それは確かな事だ。

しかし、今こうして人肉を潰し、命を刈り取った時、壁にブチ当たった。
打ち止めや00001号のせいとは言わない。
これは凄く単純で、自然な事だから。
光の道を歩む彼女達と過ごしていく内に、人を頃す事を良しとしない価値観が生まれた。



一方「……はは」



でも、どうだ?
結局、怪物は怪物のままだ。
幾ら上条と出会い仲間と出会い、彼女達と出会えたと言っても、根底は覆らなかった。

打ち止めや00001号を奪おうする闇と出くわしたとしよう。
その場合、一方通行の『誰かを頃すのはいけない事だ』という枷が外れてしまう。
人間だった彼を一瞬にして怪物へと真っ黒に染め上げるのだ。

963: 2013/07/02(火) 03:21:32.29 ID:67ujX8gy0



一方「……」



土砂降りの雨に打たれ、一方通行は夜空を見上げた。
ビルの隙間から覗く空は真っ黒な雲に覆い尽くされている。

嫌な天気だ。以前、木原と遭遇した時とは違う感じがする。
あの時は歓喜に満ちた雨だった。
悲しみに暮れ、復讐の鬼と化した自分に対する報酬だと思っていた。

それから僅か数ヶ月。

常に雲がかかった空に一筋の光が差した。
ずっと雨が降り続けてきた天に、ようやくその時が訪れたのだ。

妹を奪われた日から。
何もかもが崩れ始めたあの日から。

彼にやっと降り注いだ光……だったが、

964: 2013/07/02(火) 03:23:29.85 ID:67ujX8gy0



一方「―――ッ」



何も変わっていない。
怪物は怪物のままである。
人間に何てなれやしない。

復讐の鎖に囚われた己が解き放たれる事は決してありえない。

憎しみと怒りしか知らない。
見えなくなってしまった。
そう、上条と出会う前に戻っただけだ。
自分しか見えず、見ようともしなかった頃に。
あの雲と同じように再び真っ黒に成り果てた。




……なのに、

965: 2013/07/02(火) 03:26:14.09 ID:67ujX8gy0






一方「―――どォして」






オマエらはそォも都合良く、出てくるンだ?






「よお」






彼にとって最も重要の位置にいる『信頼する存在』は、ドコにいようと悠々とやって来るのだ。






上条「こうしてお前と接触する事も、あいつらの“予定通り”だと思うか?」







不敵な笑みを浮かべながら、彼は目の前に現れる。

初めて会った時と同じように。

怪物相手に何でもない、いつも通りに。

まるで『人』と話しているみたいに。






―――よお。ずっと見てたけど、随分と暴れたなあ。荒れまくってんじゃねえか。

979: 2013/07/10(水) 10:09:55.20 ID:pINBsHeE0


書けましたー

ですが、投下は次スレにしますので!

ここは雑談するなり埋めるなりどうぞ
一週間以内に埋まらなかったら自ら埋めます←

あ、質問があるならこのスレ内で受け付けますよ

997: 2013/07/11(木) 01:31:25.34 ID:nNm1qO990

998: 2013/07/11(木) 01:34:22.94 ID:BEogphTCo

引用: 【上条浜面】とある四人の暗部組織【一方垣根】2