213: 2010/06/07(月) 23:53:40.21 ID:8xXPSyU0

前回:ホロ「ぬしよ」
_______________________________

ホロ「ぬしよ」

ロレンス「な、なんだ、起きていたのか」

それは旅路の途中の、ある夜だった。
ふと起きてしまって、考え事をしている中で急に話しかけられたので思わず上ずった声を出してしまう。

ホロ「どきっとしたかや?くふ、わっちは可愛いからの」

ロレンス「何度も聞いた言葉だな。いまさら声をかけられたくらいで胸が躍るほど、俺は若くはない」

余裕を見せて、次の一手をひねりだす。退屈しのぎでもしたいのだろう。
俺たちの間ではよくあるやり取りだ。
狼と香辛料 (電撃文庫)

214: 2010/06/07(月) 23:55:58.45 ID:8xXPSyU0
ホロ「若くはない、かや?わっちから見れば小僧じゃといっておろうに。それとも、今までわっちに見せてきた醜態を忘れてしまったのかや?なるほど、ぬしはボケ始めの老人なのじゃな」

ロレンス「・・・その小僧の荷馬車に転がり込んで、養ってもらっているのはどこの誰なんだろうな」

ホロ「ぬしの夢は店を構えることと聞きんす。よき店主は、従える者の価値を知り、かつ、自分だけの力で店を構えておるなどとは思うまい?よもや、わっちのおかげで助けられた経験がないとでも言うのかの」

この老獪にして陰険な狼には、いつまでたっても主導権をにぎられたままだ。

215: 2010/06/07(月) 23:59:43.45 ID:8xXPSyU0
ロレンス「話題をそらすのは卑怯じゃないか」

ホロ「そうくるのかや?いささか悪手じゃのう。ぬしよ、色恋ならば語彙が足りぬで終わるが、これくらいのやり取りうまく返してみせよ」

けらけらと笑いながら、ホロは余っていたぶどう酒を飲んでいた。

ロレンス「前から思っていたんだが、お前が商人になっていたらさぞ悪評が出回るだろうな」

ホロ「ほう、なんでじゃ?」

余裕たっぷりの、悪意を含んだ笑顔が広がる。
俺の切り替えしを期待するような、それでいて自分の手に絶対の自信を持っているそれだ。

216: 2010/06/08(火) 00:01:21.01 ID:FUPA4C60
ロレンス「一時期は、というか、まあ、お前に商才があるのは認める。ここぞという時の立ち回り、頭の回転、それに度胸と発想力。どれをとっても一流のそれとしてやってもいい」

ホロ「それとしてやってもいい、じゃと?くふ、ではぬしも『一流』のそれなんじゃろうな?」

明らかにそうではないといいたげだ。
ここで取り合っていては話が進まない。無視して続けた。

ロレンス「・・・だが、得てしてお前は善悪を超えた判断をすることもあある」

その言葉と同時に、ホロの笑顔が若干薄れたような気がした。

217: 2010/06/08(火) 00:03:59.34 ID:FUPA4C60
ロレンス「毛皮の件しかり、密輸の件しかり、だ。確かに俺たちは儲けを出すのが目的であり、手段を選んでいてはその目的を達成できない場合も多々ある。詐欺に遭った人間は、なるほどこういう商売をあるのかと感心するのが一流といっていたな?もちろん遭った方の心構えとしては賛成だ。だが、実際にそれを行うかどうかとなると、そこには別の心構えが必要で」

ホロ「もうよい」

気づくと、ホロはそっぽを向いてしまっていた。
退屈しのぎに飽きたのだろうか。それとも言い返しにつまったのだろうか。

218: 2010/06/08(火) 00:05:32.20 ID:FUPA4C60
ロレンス「これは悪手じゃないだろう。・・・・それで、商売を行う、いや、ものを売る立場としてはだな」

ホロ「よいといってるじゃろ!!」

今度はこちらを向いて言っていたが、その表情とは先ほどとは全く別のものだった。

219: 2010/06/08(火) 00:07:04.76 ID:FUPA4C60
ロレンス「ホ、ホロ?」

ホロ「まったく、絵に描いたような正論を並べるやつじゃの。本気でそう思っておるところが嘆かわしい限りじゃ。わっちの言い方が悪かったのかの」

次に見たときには呆れたような顔に変わっていた。

ロレンス「どういうことだ」

ホロ「わからんかや」

はぁーとため息をつかれた。

220: 2010/06/08(火) 00:14:14.92 ID:FUPA4C60
ホロ「ぬしはいつから教会が語る説法のようなことをぬかす男になったんじゃ。聖人君主にでもなったつもりかや」

ロレンス「そこまでは言っていない」

ホロ「いいや言っておる。よくも自分のことを棚にあげられたもんじゃ」

キッと睨みつける視線が痛い。

ロレンス「そりゃあ、確かに、俺も場合によっては人を欺こうとしたことはある。正確には、欺こうとしたというか、相手にリスクを告げずに取引をしたこと、だが。しかし自分から進んでそのようなことは」

221: 2010/06/08(火) 00:15:22.62 ID:FUPA4C60
ホロ「そういう意味ではない。ぬしが良心を持って取引していたのは知っておる」

ロレンス「じゃあなんだっていうんだ。棚にあげてる、か?」

ホロ「本気でわからぬのかや。なんでわっちが怒っとるか」

やっぱり怒っていたのか。まぁ、それは見ればわかるけれども。

ホロ「・・・・もうよい。わっちゃあ寝る」

222: 2010/06/08(火) 00:20:47.69 ID:FUPA4C60
ホロ「せいぜい良い夢を見てくりゃれ」

しっぽを大げさにふり、俺の顔をかすめながらホロが言った。

ロレンス「お、おい、それは卑怯だぞ。俺の快眠を妨げる気か」

ホロ「このたわけ!わっちがどういう時に善悪の判断をなくしていたかくらい、気づきんす!」

ロレンス「え」

ホロ「わっちにそんな小っ恥ずかしいことを言わせるつもりかや!」

ホロはそれだけ言うと、荷台に積んであるりんごを投げつけてきた。

223: 2010/06/08(火) 00:23:34.81 ID:FUPA4C60

ロレンス「なんだっていうんだまったく」

ホロ「しばらくぬしとは口を利かぬ」

毛布をかけてやろうとすると、奪い取られた。

ロレンス「何が悪いのかわからないんだ、どうしようもないだろ!」

ホロ「悪いことが悪いとわからぬ輩には、罰を持って躾けるのが常じゃ」

どうやら本気で怒っているようだ。

224: 2010/06/08(火) 00:27:57.34 ID:FUPA4C60

ロレンス「おい、ホロ・・・」

ホロ「・・・・」

ロレンス「悪かった・・・いや、正直何が悪いのかはわからんのだが・・・・。うん、そうだな、俺は反省したいが、反省しようにも反省するに足る材がない・・・・これも違うな。つまり・・・」

ホロ「うるさい奴じゃの。眠れぬ」

しっぽで顔を叩かれた。

225: 2010/06/08(火) 00:36:13.20 ID:FUPA4C60
こうなるともうどうしようもない。

ロレンス「そうだ、原因がわからなくても、俺がお前の気を悪くしたことには変わりない。それに、お前が怒るくらいなら確かに俺は悪いことをしたんだろう。俺はお前の判断を十分に信頼している。だから、謝らせてくれ。何が悪いかわからない俺の謝罪に価値はないのかもしれないが、この通りだ」

ホロ「雄は謝ればいいと思っておるからの。わっちの耳には届いても、心に響かぬ」

ホロは毛布にくるまったまま、寝言のようにつぶやいた。

226: 2010/06/08(火) 00:38:29.18 ID:FUPA4C60
ロレンス「なら、ならばどうすればいいんだ。お前の心に届かせるには」

ホロ「届けるものを変えてみればよかろう。わっちは受け取らぬがの」

ロレンス「何を届ければいいんだ?お前の心に響くもの。俺がお前に贈ることができるならなんでも届け・・・・・ん?」

そこでピンと来て、毛布をはぎとってみると、案の定ホロの耳はまっすぐに伸びきっている。

やられた。

227: 2010/06/08(火) 00:43:18.27 ID:FUPA4C60
ロレンス「お、お、お、お前、最初からこれが」

危うくホロに高級ぶどう酒を届けてしまうところだった。
そういえば先ほどホロが飲んでいたぶどう酒で、積んだ酒は最後だ。

ホロ「あははは、惜しかったのう。まぁぬしの焦った顔が見れただけでよしとするかや?」

ロレンス「お前が商人に生まれてきてなくて本当によかったよ!」

ホロ「だまされる方が悪い、とは言わぬが、くふ」

騙されたなら、こういう方法もあるのかと感心すべき、と続くのだろう、おそらく。

ホロ「また賢くなったの」

まったく油断のすきもない狼だった。

228: 2010/06/08(火) 00:47:58.09 ID:FUPA4C60
ホロ「じゃが、カチンときたのは本当じゃ」

起き上がり、干し肉をかじりながらホロが言った。

ロレンス「そ、そうなのか」

ホロ「すぐに頭を切り替えたがの。どうせまだ理由がわからんのじゃろ?」

ロレンス「・・・・」

ホロ「おあいこじゃ。それと、そのことは忘れてくりゃれ。恩を売っているようで気持ちが悪いからの」

ますます訳がわからない。

わかる人がいたら教えてほしいくらいだ。

229: 2010/06/08(火) 00:55:15.82 ID:FUPA4C60
ホロ「しかし、さっきぬしに言われて、わっちも少しばかり頭を回してみたんじゃが」

ホロは尻尾の毛づくろいを始めていた。

ホロ「ぬし様よ、法が定めたことに背くのは悪かや?」

ロレンス「そりゃあ、悪でなければ裁く必要がない」

ホロ「確かにの。では、定められる前のそれは悪ではないのかや?」

ロレンス「それはお前がこの前言っていたみたいに、立場によって変わるんじゃないか」

ホロ「いかにも、じゃ」

理屈っぽくなるホロは嫌いではない。

230: 2010/06/08(火) 01:00:19.61 ID:FUPA4C60
ホロ「ではもっと踏み込むかや?何を持って悪とするのじゃ、ぬしら商人は」

ここは頭を使うところだ。
最善だと思う答えを導き出す。

ロレンス「損をすること。だが、損をしなければ何をしてもいいってことじゃなく」

ホロ「みなまで言わぬでよい。つまり法とは善であったり、悪であったり、それらを決める仕組みではあるが、そのものではないんじゃろうな」

ロレンス「言いたいことはわかる」

231: 2010/06/08(火) 01:05:38.02 ID:FUPA4C60
ホロ「真に善か悪かを支えておるのは個々の倫理じゃ。そしてその倫理ですら時と供に形を変える。わっちが言いたいのはの、法が支えておるからそれを遵守すべきと考えるのではなく・・・・卓越した倫理を持ち、倫理にしたがって行動すべきだということじゃ。まあ、それも多くの場合は法と一致するんじゃろうがの。あのときの密輸にせよ、わっちの場合はたまたまそれが、法ではなく、その、じゃな」

ロレンス「ん?」

ホロ「・・・・と、とにかく、自分にとっての倫理を見間違えるでないぞ、ぬしよ」

どうも歯切れが悪いが、ホロが言いたいことはわかった。
この賢狼はたまに達観したようなことを言う。

232: 2010/06/08(火) 01:22:53.90 ID:FUPA4C60
しばらく経った。

ホロ「今宵はどうしてかつまらぬことを考えてしまうの」

ホロは相変わらず毛づくろいをしている。

ロレンス「なんだ、まだ話し足りないか?」

ホロ「話が足りたことなどありんせん。そうでなかったらわっちゃあぬしと旅などせんじゃろ」

同感だった。

233: 2010/06/08(火) 01:23:37.36 ID:FUPA4C60
ロレンス「人と話をしたい、という欲求はそれこそ無限大だからな」

ホロ「無限、かや?」

ロレンス「ああ」

ホロ「くふ。面白い話を思い出しんす」

234: 2010/06/08(火) 01:24:44.46 ID:FUPA4C60
ホロ「ある狩人が野に出て狩りをしようとしたときの話じゃ。狩人と親しい学者が言った。『お前の矢が獣に届くことは絶対にありえない』。なぜだかわかるかや?」

ロレンス「その話、どこかで聞いたことがある」

ホロ「割と有名な話らしいからの。『矢が獣に届くためには、その間のある点を通過せねばならない。またその間のある点を通過するには、さらにその間のある点を通過せねばならない。これを繰り返していくと、無限に通過せねばならない点が存在することになり、矢が獣に届くことは永遠にない』。わっちが故郷を旅立って、最初の町で聞いた話じゃった。最初に聞いたときは眠れぬほど頭を捻らせたもんじゃ」

こいつが頭を捻らす光景も珍しいと思ったが、そこは声には出さなかった。

235: 2010/06/08(火) 01:28:30.02 ID:FUPA4C60
ロレンス「だが、実際には矢は獣に届き、息の根を止める。その話がどうかしたのか?」

ホロ「なぜこの話が矛盾するのか説明できるかや?」

ロレンス「確かその話、師匠から聞いたんだが・・・」

ホロ「解釈はいかようにもできるんじゃろうが、そうじゃの、有限のこの世界を無限だと思ってしまうことがそもそもの間違いじゃ」

236: 2010/06/08(火) 01:29:50.51 ID:FUPA4C60
ロレンス「ほう。だが、世界が有限だという論拠はないだろう」

ホロ「ではぬしは無限だと思うのかや?」

ロレンス「そうはいってない。どちらにせよ肯定する根拠がないというだけの話だ。限りある命を授かった俺たちが知ることができる世界は、確かに有限だがな」

ホロ「くふ、それについての論議も面白そうじゃが、わっちが言いたいのは別のことじゃ」

237: 2010/06/08(火) 01:36:34.48 ID:FUPA4C60
ホロ「とかくことが大きくなりすぎると、わっちらの感覚は麻痺してしまいんす。財を求める商人の欲、といったら聞こえが悪いが、要は求める金額に際限はない、その意味でぬしらの欲は無限じゃろ?じゃが、おそらく実際にこの世にある財は、ぬしが言ったように知覚できるという意味においては有限じゃ。そこを履き違えると、とんでもないことになるじゃろうな」

ロレンス「なるほど」

先物買いや、市場価値が高騰した品物を扱う商人が得てしてはまる罠だ。

どんなに上り調子の価値ある商品があれど、それはいつまでも続かない。天にも届いたその価値は、やがて地上に舞い戻り、いつしか地下にもぐってしまうこともある。

頭ではわかっているのだが、そこで欲を静止できない商人を待っているのは破滅だけだ。

238: 2010/06/08(火) 01:39:43.11 ID:FUPA4C60
ロレンス「で、今の長い説法は、誰に向けて語っていたんだ?」

ホロ「野暮なこと言うもんじゃありんせん。ぬしが聞かずとも、わかっておる客人もおる」

これ以上はつっこまないでおこう。

239: 2010/06/08(火) 01:41:30.94 ID:FUPA4C60
ホロ「わっちのこの尻尾に生えた毛も、一本一本数えれば、わっちが氏ぬまでには数え終わるじゃろ。じゃが、数えているうちにときとして、この作業には終わりがないと思ってしまうのかもしれぬ」

ロレンス「うむ」

ホロ「今宵の話、何かの役にたつといいの」

ロレンス「どんな話でも、考えるのはタダだ」

ホロ「もっともじゃな」

240: 2010/06/08(火) 01:46:09.57 ID:FUPA4C60
それから他愛ないやり取りをして、その日は寝た。

そしてその日に話したことが役立つ機会は、意外とすぐにめぐってきた。

だから今回の話で俺たちが騙されたということはない。

それでも、商売の匂いがあれば集まってしまうのが商人というものだ。

匂いの前では誰しもが鼻の穴を広げたがる。

良き相棒に恵まれていても、それは止めようのない衝動だ。







-狼と名もなき商い-

導入が長くなりました。ってわけで暇な方お付き合いください。

247: 2010/06/09(水) 22:29:44.45 ID:.oRNC.60
荷馬車での旅は孤独をもたらし、孤独は熟考を生む。

しかしホロと出会ってからは、それが対話という形になった。

ホロ「いい天気じゃのう。かような日は昼寝に限る」

ロレンス「たまには俺と代わってみたらどうだ?お前が寝ている間、誰が舵取りをしてると思ってる」

ホロ「果報は寝て待てというじゃろ」

ロレンス「人事を尽くして天命を待つ、という言葉もある」

ホロ「人事、かや?くふ、わっちは狼じゃ」

248: 2010/06/09(水) 22:30:19.84 ID:.oRNC.60

ロレンス「お前は本当に口が減らないな」

ホロ「減ったらぬしが寂しがるじゃろ?」

ロレンス「たまには減ってくれたほうが、ありがたみが増すというものだ」

ホロ「今この瞬間にある幸せを感じられるようにならぬと、いつかは路頭に迷いんす。空気を吸えることも幸せのうち、わっちと話せるのも幸せのうち、じゃないのかや?」

打ち止めだった。

249: 2010/06/09(水) 22:34:17.97 ID:.oRNC.60
ホロ「ちなみにわっちらは今どこに向かっておるのじゃ?」

ロレンス「お前の寝酒を仕入れてやろうと思ってな」

ホロ「酒かや?!」

突然身を乗り出してきた。

ロレンス「あまり高級なやつは買えないぞ。だが、まぁ、昨日の借りもある。酒は商いをするには税率が高くてうまくないんだが、今回は特別だ」

それは嘘ではないが、本当のことでもない。俺はこの地方のぶどう酒に興味があった。
風の噂で、ぶどう酒の新しい製法を編み出した農園の領主のことを聞いていたからだ。

250: 2010/06/09(水) 22:35:52.55 ID:.oRNC.60
ホロ「安い酒はあとに響きんす。どうせ買うならよい酒がほしいのう」

そう言ってホロは俺の肩に身を寄せてきた。

ロレンス「いっておくが、お前の言うところの『燃えるぶどう酒』は買わないからな」

ホロ「なんでじゃ!」

ロレンス「もともとあれは鑑賞用みたいなもんだ。大切な客が来たときにふるまったりする。お前みたいにぐびぐびといかれたんじゃ、金貨がいくらあっても足りない」

251: 2010/06/09(水) 22:36:52.82 ID:.oRNC.60
ホロ「酒を鑑賞するなど、わっちが酒の神なら憤慨するがの!」

ロレンス「お前は麦の神だろう」

諦めたような表情をして、ホロは荷馬車に顔を潜めてしまった。

ホロ「ぬしのいけず」

もちろん、憎まれ口を残して。

252: 2010/06/09(水) 22:44:03.26 ID:.oRNC.60
町に入るには税金が必要で、ただ入って出るだけでは損をする。

ゆえに、仕入れたものを捌いてそれ以上の利益を出さなければならない。
これが原則だ。

もちろん長期的な目で見て利益になってもいい。

今回の話でいうなら、品質の良い酒を仕入れ、税率以上の金額で捌く。
もしくは、農園の領主と懇意になっておくだけでもいい。

信頼関係が利益を生むのは、商売の基本だ。

ホロ「うむ、よい町じゃ。果物の匂いに包まれておる」

ロレンス「いい町と悪い町の区別がちょっとおかしくないか」

ホロ「悪い町は腹が減りんす」

253: 2010/06/09(水) 22:47:05.22 ID:.oRNC.60
ロレンス「まあ、今回は少しばかり長旅だったからな。まずは腹ごしらえをするか」

ホロ「ぬし、酒もじゃ」

ロレンス「わかったよ」

俺たちは町で一番大きな酒場に入った。

254: 2010/06/09(水) 22:54:00.49 ID:.oRNC.60
ホロ「くふ、これじゃこれじゃ」

すでに手にしたぶどう酒は8杯目だった。

ロレンス「・・・・」

思わず頭を抱えてしまう。

客「こいつぁひさびさに骨のある娘だ!」

客「飲みねえ!飲みねえ!」

酒場にいた男たちは、ひっきりなしにヤジを飛ばしていた。

255: 2010/06/09(水) 22:57:24.53 ID:.oRNC.60
ロレンス「まったく、誰の金だと思って・・・」

客「兄ちゃん、あんたは飲まないのか?」

ロレンス「見ているだけで酔いがまわりそうです。胃が痛いのなんの」

ホロ「くふ、ときにぬしよ、雄ならばこのわっちに勇敢に立ち向かう気はないのかや?」

ロレンス「何の話だ?」

ホロ「思えばぬしとは飲み比べをしたことがなかったの。・・・そうじゃな」

いやな予感がした。

256: 2010/06/09(水) 23:01:01.62 ID:.oRNC.60
ホロ「わっちと飲み比べをする者はおらぬかや?なあに、ヤジばかり飛ばしておってはつまらぬじゃろ?わっちに勝ったら、今宵は朝まで・・・・くふ」

その言葉とともに、ヤジを飛ばしていた客からは歓声があがる。
いまや酒場はちょっとした賭場のようになっていた。

ロレンス「な、なにを」

ホロはにやにやと俺の反応をうかがっている。

257: 2010/06/09(水) 23:07:42.98 ID:.oRNC.60
ロレンス「お前な、酒は飲んでも飲まれるな、だ!俺をつぶして何がしたいんだ!」

ホロ「なにを言っておる。別にぬしに飲めとは言っておらんわいな。ほれ、ここには屈強な雄が大勢おるじゃろ?のう、ぬしら?」

ホロの一声に客は益々盛り上がる。

ロレンス「ぐ・・・ぬ・・・」

確かに俺と勝負をするとは言っていない。
だが、勝負をしなければ、もしかしたら・・・・。
しかもこいつ、すでに酔ってるんじゃないか。

俺は言葉につまった。

258: 2010/06/09(水) 23:08:12.31 ID:.oRNC.60
客「のった!俺は飲むぞ!主人、ありったけの酒を出せ!」

客「俺もだ!」

客「俺も!」

次々と男たちがテーブルに座りだした。
ホロはけらけらと笑っている。
酒場の主人も主人で、笑いながら注文をうけていた。

ホロ「くふ、それでこそ雄じゃ。・・・さて、ぬしはどうするんじゃ?」

259: 2010/06/09(水) 23:13:46.60 ID:.oRNC.60

ロレンス「なんの恨みがあってこんなことするんだ、お前・・・」

ここでつぶれてしまったら明日以降の商談にも響く。
だが、勝負をしなければ、ホロは・・・・。

ホロ「はて?なんのことかやぁ?ぬしには何の損もありんせん。わっちが負けると困るのかや?」

ロレンス「か、金がかかるだろう!いくら飲んだと思ってるんだ!これ以上出せないぞ、俺は!」

主人「おっと兄さん、せっかくいい話を作ってくれたんだ、あんたらの金ならまけてやるよ。この人数で飲み合ってくれたら、こっちとしては儲けの方が多い」

よ、余計なことを・・・・。

260: 2010/06/09(水) 23:15:35.16 ID:.oRNC.60

その笑顔には悪意が含まれているようにしか見えない。

ロレンス「くそ」

口からそう言うのが精一杯だった。

ホロ「くふ。さて、宴の始まりじゃ。もう参加する輩はおらぬかの?」

青年「まった!」

261: 2010/06/09(水) 23:25:53.39 ID:.oRNC.60
青年「私も参加させてください」

そう言って参加してきたのは、こういった酒場には珍しい、線の細い青年だった。

青年「隣、失礼していいですか?」

ロレンス「あ、ああ」

近くでみると、なかなか綺麗な顔をしている。
しかし話を聞いて参加するあたり、こいつもホロを・・・。

青年「安心してください。ちょっとしたきっかけ作りですよ」

思ったときには、そう答えられていた。
読心術でも心得ているのだろうか。

262: 2010/06/09(水) 23:26:36.77 ID:.oRNC.60
主人「よおし、では勝負は無制限、飲む酒はこの地方一番のぶどう酒だ!この娘に勝った暁には・・・・」

ホロ「今晩、わっちを好きにしてくりゃれ」

本気なのかどうかはわからないが、上目遣いでそう言い放つホロに毒されたのは、その場にいるほぼ全員だったように思う。

客「兄ちゃん、悪く思うなよ!」

客「なに、一晩だけだ、がははは」

ロレンス「・・・・」

くそ、何をやってるんだ俺は。

263: 2010/06/09(水) 23:31:01.42 ID:.oRNC.60
俺は決して酒は強い方ではない。
それでも、健闘した方だと思う。

何人かの男は勢い余ったらしく、すぐに脱落していった。

主人「おい、外に連れていってやれ!」

主人が指令を出して、次々と外に運ばれていく。

ホロ「だらしないのう。わっちはまだ序の口じゃ」

客「ぐ・・・うっぷ・・・・げ、限界・・・だ・・・」

そう言って便所に駆け込む輩もいた。

264: 2010/06/09(水) 23:36:18.06 ID:.oRNC.60
そんな中で、けろりとした表情で飲んでいたのがあの青年だ。

ホロもそれに気づいたらしく、しきりに視線を送っているのがわかった。

ホロ「くふふ、これはもしかするともしかするやもしれんの」

青年「素晴らしい飲みっぷりです。ハンデがあったとは思えない。・・・・ですが、私もまだまだ序の口ですよ」

その台詞を聞いて、ホロの表情がいくらか変わっていた。

265: 2010/06/09(水) 23:38:01.64 ID:.oRNC.60

ホロ「ほう、ぬし様はわっちに勝てると思っておるのかや?今宵は調子がよい。そう言うなら、わっちは序の口の口じゃ」

青年「無理はよくないですね。おっと、こちらの方にこそ言うべきでした」

ロレンス「ま、まだまだ・・・だ・・・」

俺は意識を保つのがやっとだった。

ホロ「負けぬぞ」

青年「そのままお返しします」

最後に聞いたのはその台詞だった。

266: 2010/06/09(水) 23:43:47.30 ID:.oRNC.60
体が重い。
目をさますと、俺の前にうつっていたのは天井だった。

ロレンス「ホロ!!!」

青年「起きましたか?」

気づくとそこは、例の酒場だった。
どうやらつぶれていたらしい。

青年「あなた方の宿がわからなくて、困っていたんですよ。酒場の主人に頼んだら、起きるまでここにいていいとのことで。・・・あ、勝負は私の勝ちです。ふふ、安心してください、お連れの方なら・・・あそこ」

青年が指差した先には、椅子に横になっているホロの姿があった。

耳と尻尾は隠れていたが、いつ正体がばれてもおかしくない。
起きたら説教だ。

267: 2010/06/09(水) 23:45:44.32 ID:.oRNC.60
ロレンス「面目ない」

頭をかきながら言った。

青年「いいんですよ、面白かったです」

ロレンス「強いんですね。私の連れも大酒のみだが、あなたには遠く及んでいなかったようです」

見たところ青年には全く酔った様子がない。
よっぽどの酒豪だろう。相手が悪かったとしかいいようがなかった。

268: 2010/06/09(水) 23:50:48.91 ID:.oRNC.60
青年「さて、ロレンスさん」

ロレンス「!」

とっさに警戒する。

ロレンス「・・・・連れから聞いたんですか」

青年「そんなに警戒しないでください。行商人をされてるとか」

ロレンス「・・・・」

青年「怖い目。うまく近づいたつもりだったんですけど、かえって警戒させちゃいましたか?」

ロレンス「酒を使っての商談は感心しませんね」

商談をするときに酒はご法度、というわけではない。
逆に円滑にすることもあるからだ。
が、今回は別だ。

269: 2010/06/09(水) 23:55:25.70 ID:.oRNC.60
青年「それは失礼しました。私はまだ駆け出し・・・ともいえない存在です。商人の卵のようなものでして」

青年「この度よい商売を思いつきまして。・・・・この勝負に勝った褒美、として、あなたから助言をいただきたいのです」

ロレンス「助言?」

青年「ええ。話を聞けばわかると思いますが、これは100%儲かる商売です。利益率100%のね」

鼻で笑ってみせる。
100%だの、絶対だの、そういった言葉を使うのは、半人前の商人だけだ。

ロレンス「今助言をするとしたら、言葉には気をつけろ、としか言えませんね」

270: 2010/06/10(木) 00:02:38.15 ID:dDKWSyk0
青年は続ける。

青年「うまい話には嘘があるといいますが、うまい話がないという証明もできない。もしかしたら、私の言う商売は、あなた方の常識を覆すものかもしれない。なんせ、商品も仕入れも必要ない、まったく新しい商売ですから」

ロレンス「それは商いとは呼びません」

青年「では何を持って商いとするのです?目に見えるものだけを追うのが商売ではない。人と人がいて、そこに利益が生まれたら、それは立派な商売ですよ」

ロレンス「・・・・俺たちは勝負に負けた。話だけなら聞いてもいい」

青年「助かります」

青年はそれから、持論を展開しはじめた。
酒場の主人が迷惑そうな顔をしていたのは言うまでもない。

271: 2010/06/10(木) 00:06:17.23 ID:dDKWSyk0
ホロ「んう」

宿に戻る途中、ホロの声が背中で聞こえた。

ホロ「ぬし・・・・わっちは・・・・むぅ・・・」

ロレンス「頼むから、ああいう無茶なことはやめてくれ」

ホロ「んぅ・・・覚えておらぬ・・・・」

ロレンス「便利な頭をお持ちのようで」

ため息をつきながら路地を歩く。

272: 2010/06/10(木) 00:11:59.97 ID:dDKWSyk0
ホロ「わっちは・・・・負けたのかや」

ロレンス「ああ、散々にな」

ホロ「ならばぬしが勝ったのかや」

ロレンス「もちろん俺でもない。勝ったのは俺の隣にいた青年だ。だが、どうやらお前には興味がないようでな」

ホロ「むう、失礼なやつじゃの」

273: 2010/06/10(木) 00:12:39.12 ID:dDKWSyk0
ロレンス「なあ」

ホロ「なんじゃ」

ロレンス「世の中には俺が考えもしないような儲け方があるんだな」

ホロ「ほう?」

ロレンス「まったく、俺のプライドはどうなる。確かに興味はある話だ。しかし現実的ではない。ううん・・・・」

ホロ「また誰かにそそのかされたのかや」

ロレンス「昨日のお前との話が役にたつかもしれない。宿に帰ったら話そう」

ホロ「ぬしよ」

ロレンス「なんだ?」

ホロ「気持ち悪い」

口を押さえるホロを抱えながら、宿まで走ったのはいうまでもない。

283: 2010/06/11(金) 15:54:55.66 ID:o0p8IQM0

ホロ「ぬしさまよぉ、やさしくしてくりゃれぇ?」

ベッドに寝かせてやると甘えるようにホロが言った。
ふざけているのが手に取るようにわかる。

ロレンス「いくらなんでも飲みすぎだぞ」

ホロ「うまかったのう。それこそ水のように飲めるぶどう酒じゃ。大方ここの酒は質がよいんじゃろ。ぬしの読みも当たってたようじゃの。せいぜい儲けるがよい」

ロレンス「・・・・っ」

どうやら隠していたこともばれているようだ。
抜け目がないというか、意地が悪いというか。

284: 2010/06/11(金) 15:56:21.74 ID:o0p8IQM0

ロレンス「なんだって急にあんなこと言い出したんだ。昨日のこと、まだ根に持ってるのか」

ホロ「ぬしこそなんであんなにムキになってたんじゃ?」

とたんにホロの視線が悪戯っぽいそれに変わる。

ロレンス「質問を質問で返すのは、あ、悪手だろ、この酔いどれ狼!!」

ホロ「声が上ずっておるのう、ぬし様よ。わっちを他人に独占されるのが嫌じゃったのかや?それとも、ぬしが独占したかったのかや?」

俺の首をホロの細い手が伝う。



負けない。

285: 2010/06/11(金) 15:58:27.19 ID:o0p8IQM0

ロレンス「あれは、その、商人としての、いや、男としてのプライドだ!それ以上でもそれ以下でもない」

ホロ「くふ、なんとでも言いんす。しかし、」

突然、ホロは俺の手をひっぱると、たくみな動作で俺をベッドに投げ込んだ。

気づけば、俺の腹の上にホロが乗っている。
こんな特技があったのか、こいつ。

286: 2010/06/11(金) 16:02:53.91 ID:o0p8IQM0
ホロ「あの青年は棄権したんじゃろ?」

窓辺の月灯りに照らされるホロの姿は、出会った頃の妖艶さを宿していた。

ホロ「まったく失礼なやつじゃの。・・・・しかしそうであれば、わっちのもてあましたこの身体、今宵いかがなされる、ぬしさま」

ロレンス「な、な、何を」

この時俺がどういう顔をしていたかは金輪際知るつもりはないし。知りたくもない。

287: 2010/06/11(金) 16:07:24.61 ID:o0p8IQM0
月灯りには妖しさを引き立てる効果があることを、この時俺は知った。
そして、その光は悪戯っぽい笑顔と相性がいいようだ。

ロレンス「まだ酒が残ってるのか」

ホロ「なんじゃ、もしや経験がないのかや?」

ロレンス「な、何の話をしてるんだ」

ホロ「くふ、わっちの口から教えてほしい?」

288: 2010/06/11(金) 16:13:34.23 ID:o0p8IQM0

ホロ「ならば教えてやろう」

ホロは俺の耳元で、その言葉を囁いた。

ロレンス「な、な、な、何いってる!からかってるならやめてくれ。俺も酒がまだ残っていて、」

ホロ「酔いは口から嘘もまこともこぼさせるが、わっちならばぬしからまことだけを引き出せそうじゃ。ぬしもほれ、酒の勢いでなら、くふ」

ロレンス「いや、だいたい、俺は、こういうのは・・・・」

どうしてもしどろもどろになってしまう。
どこまでからかう気なんだ。
それとも・・・。

289: 2010/06/11(金) 16:14:49.76 ID:o0p8IQM0
ホロ「なんじゃ、本当にないんじゃな」

馬鹿にしたようにホロが言う。

ロレンス「だったら、お前はあるのか」

ホロ「・・・・・気になる?」

横目で言うところが憎たらしい。

290: 2010/06/11(金) 16:19:55.71 ID:o0p8IQM0
ロレンス「べつに、ならん」

ホロ「ほう?・・・・ぬしはわっちの身体、何篇も見ておるがの。わっちはどうじゃ、綺麗かや?」

ロレンス「ま、まあ、そう思う」

ホロ「くふ。ぬしよ、百聞は一見にしかずと言う。ならば、百見は何にしかず、じゃ?」

ロレンス「こんなときにまで謎かけはやめてくれ!」

ホロ「洒落の利かぬやつじゃの。つまりの」

そこまで言って、ホロはまた耳元に口をよせてきた。




ホロ「確かめてみたくないかや?」





俺はこのとき、こいつが本当は麦に宿る悪魔の化身だと確信した。

291: 2010/06/11(金) 16:23:08.36 ID:o0p8IQM0

ホロ「わっちが本気を出せば、ぬしなどイチコロじゃ」

そこからは麦の悪魔の独壇場だ。




ホロ「わっちは賢狼じゃからの」




「ぬしのような羊、いかようにでも狩れる」


「・・・狩ってほしいかや?ならば言ってみよ、どう狩ってほしいんじゃ?」



「今宵をぬしにとって忘れられぬ夜にしてやろうかの」


「ぶどう酒よりも甘く、毛皮よりも暖かく、林檎よりも酸っぱい・・・」



ロレンス「お、俺は、俺は、だな・・・ぶ、ぶどう酒?りんご・・・?」

もはや何に酔っているのかわからない状態だった。

292: 2010/06/11(金) 16:26:52.74 ID:o0p8IQM0

ホロ「・・・・・・・・・・・・くふ、あはははは!」

はっ、と気づいたときには時すでに遅しだった。

ホロ「ぬしは本当に面白いのう。そして阿呆じゃ。せめてもう少し緊迫感のある顔をしてくりゃれ?笑えてきて敵わぬ」

ロレンス「心臓に悪い・・・・冗談ならこれで最後にしてくれ」

ホロ「冗談なら?・・・・くふ、わっちが本気じゃったら、ぬしの心臓は破裂してしまうの」

今日のホロはいつにも増して好奇心旺盛なようだ。

293: 2010/06/11(金) 16:31:18.13 ID:o0p8IQM0

ロレンス「それで」

腹の上のホロをどかしながら言った。

ロレンス「お前はあるのか。その、経験とやら。どうなんだ」

どうやらこの言葉にも毒がまかれていたようだ。
待ってましたとばかりに顔を緩ませ、

ホロ「破裂しそうなぬしの心臓に聞いてみてくりゃれ?」

とだけ言って、反対側のベッドに飛び移っていた。

294: 2010/06/11(金) 16:40:20.86 ID:o0p8IQM0
ホロ「まぁ、今日のあれはぬしに対する礼のようなものじゃ」

寝酒のぶどう酒(しっかりと酒場からくすねてきていた)を飲みながら、ホロは言った。

ロレンス「礼?」

ホロ「うん。酒、買ってくれるんじゃろ?」

ロレンス「ああ」

ホロ「酒場でわっちのような娘がああいう飲み方をすれば、それだけで客寄せになりんす。あの手の輩は祭りごとが好きじゃからの。その上でかような宴もどきを拡げてみせたんじゃ、店としては棚からぼた餅じゃろ。きっかけを作った身として、何割か酒代が浮くかと思っての」

ロレンス「よくそこまで頭が回ったな」

ホロ「わっちも一流商人の仲間入りかや?」

ロレンス「悪徳商人の間違いじゃないのか」

ホロ「どちらも紙一重じゃ」

295: 2010/06/11(金) 16:43:25.43 ID:o0p8IQM0

ホロ「しかしそれにしてもあの青年には驚いたの」

ロレンス「あの中で唯一、お前と互角、いや、ハンデを差し引いてもそれ以上に渡り合っていたからな」

ホロ「自分で言うのもなんじゃが、わっちは酒は好きじゃが、決して強いわけではありんせん」

ロレンス「意外な返答だ」

ホロ「己が身を心得てこそ一流じゃろ?」

ロレンス「たしかに」

296: 2010/06/11(金) 16:47:49.54 ID:o0p8IQM0
ホロ「まぁ、それでもそこらの男どもよりは飲めるがの。もともと酔うのが目的みたいなもんじゃ」

ロレンス「酒飲みには二種類いて、飲むことが目的か、酔うことが目的か、という話を聞いたことがある」

ホロ「・・・うーん、だったらわっちは両方かもしれぬ」

ロレンス「はいはい」

ホロ「しかしそれで言うならあの青年は、どちらにも属していないような飲み方だったのう。大してうまそうに飲むわけでもなし、かといって酔ってはおらぬ。血の問題かの」

ロレンス「ううむ」

そこで、俺は話を本筋に戻すことにした。
頃合だ。

310: 2010/06/13(日) 22:47:27.39 ID:AO1sB/E0

ホロ「その前にぬしよ」

ロレンス「なんだ」

ホロ「人の記憶力というものは恐ろしいもんじゃの」

ロレンス「?」

ホロ「これはうかうかと適当なことを言っておられぬな」

ロレンス「何の話をしてるんだ?」

ホロ「くふ、こっちの話じゃ。続けよ」

311: 2010/06/13(日) 22:48:23.18 ID:AO1sB/E0

ロレンス「あの青年から、商売の話を持ちかけられた」

ホロ「またかや」

げんなりしたように言う。

ロレンス「商人なんだ、商売の話をされるのは喜ばしいことだろ」

ホロ「ぬしはよく騙されるからの」

ロレンス「今回はちょっと違う。というか、お前の意見を聞いてみたくてな」

ホロ「?」

312: 2010/06/13(日) 22:51:18.62 ID:AO1sB/E0

ロレンス「いわば欠陥品の商売だ」

ホロ「その割には興味がありそうないい方をしてたの。ぬしの背中で聞いておった」

ロレンス「お前、あのときはまだ酒が残ってたんじゃないのか」

ホロ「見くびってもらっては困るの。ぬしの背中は居心地がいいとは言え、の」

含みのある笑顔で、頬杖をついて言われると、なんともいえぬ気分になる。

ロレンス「まぁ聞けよ」

313: 2010/06/13(日) 23:06:53.54 ID:AO1sB/E0
ロレンス「たとえば俺がお前にこういう話をもちかける。『今は何もあげることはできないが、俺にトレニー銀貨10枚を渡してくれ』。お前はなんと答える?」

ホロ「そんな、わっちゃあ、ぬしの傍にいるだけで十分でありんす」

芝居じみた言い方だった。

ロレンス「まじめにやれ!」

ホロは満足そうに笑っていた。

314: 2010/06/13(日) 23:07:30.89 ID:AO1sB/E0

ホロ「すまぬすまぬ、ついからかってみたくなるんじゃ。・・・しかしそんな話、鼻で笑ってほいほいじゃ」

ロレンス「ところが、次に俺はお前にこう切り出す。『しかし賢狼よ、これは先行投資だ。あなたが俺に渡したお金は、5倍10倍になって将来必ず返ってくる』」

ホロ「ほう。ならばぬしの気持ちも、5倍10倍にしてわっちに返してもらいんす」

ロレンス「ホロ・・・・」

こいつはまじめに聞く気がないようだ。

ホロ「くふ、ごめんよ。ではしっかり聞いてしんぜよう、その名もなき商売とやらをの」

316: 2010/06/13(日) 23:18:18.11 ID:AO1sB/E0

ロレンス「この儲け話の入会費として、トレニー銀貨10枚を、お前を含む3人から徴収する。参加した者がすべきことはただひとつ、自分も3人の参加者を募り、俺の元に連れてくること。もし3人をこの会に入れることができた暁には、銀貨10枚をお返しする」

ホロ「それでは差し引きゼロではないかや?」

ロレンス「ところがそうでもない。お前が誘った3人が、それぞれのノルマを達成した際にも、お前は銀貨10枚を得ることができる。そして、新規の会員は新しい会員を集める義務が生じるだろう?そうでなければ入会費を取り戻せない。仮にお前が入会させた3人が全員、ノルマである参加者3人を勧誘できたとしたら、お前の儲けはいくらだ?」

ホロ「うーんと、3人がそれぞれノルマを達成するわけじゃから、銀貨30枚かや?」

ロレンス「その通り」

317: 2010/06/13(日) 23:25:22.59 ID:AO1sB/E0

ホロ「ほおお、まるで金の成る木のような話じゃ」

理解が早くてこういうときは助かる。

ロレンス「さらにこの方法でいくと、会員が増えれば増えるほど、お前の儲けは増えていく。最初は銀貨30枚だったものが、90枚、270枚・・・・・」

そこまで話したところで、ホロの眼の色が変わった。
あごに手をあてて何か考えごとをしているようだ。

ホロ「ぬしよ」

ロレンス「気づいたか」

318: 2010/06/13(日) 23:34:07.49 ID:AO1sB/E0

ホロ「足し算は得意なんじゃ。この話、途中から入った者には不利じゃの」

ロレンス「ああ。今の調子でいくと、たとえば俺から始まった話ならば、俺にしてみれば確かに確実に儲かるだろう。しかし」

ホロ「会員の数が増えれば増えるほど、新規の会員を勧誘することが難しくなる」

ロレンス「そうだ。この商売が広がっている頃には、どいつもこいつも既に会員になっていて、生き残りを探すことが難しくなっていく」

321: 2010/06/13(日) 23:42:16.08 ID:AO1sB/E0

ホロ「そうなると、結局は損をするだけになるわけじゃな」

ロレンス「詐欺みたいなものだ。この世界に何人の商人がいて、何人がこの話に乗るかはわからない。だが、昨日お前が言っていたように、この世界は多分有限なんだろう。俺らの知ることができる限り、という意味ではな。そして商売の基本は『何か』を流すこと、まわすことだ。あらかじめ天井が見えているなら、それはれっきとした詐欺行為になる。確実に儲かる、ということは、一方で確実に損をする者が存在する、ということなのかもしれないな」

ホロ「しかしこれを考えた奴はなかなかに賢いの」

ロレンス「構造自体、ならば、商人の世界ではかなりメジャーなものだ。親がいて、子がいる。得てして上下関係というものは、子にとって不利になるように形成される」

323: 2010/06/13(日) 23:45:39.99 ID:AO1sB/E0

ロレンス「あの青年はこれを使って、巨大な資本を手に入れる気らしい」

ホロ「ならばぬしは出鼻をくじいてやったのかや?」

ロレンス「いや・・・そこで、お前に質問なんだ」

ホロ「?」

ロレンス「賢狼にとって、この商売は善か悪か?」

ホロ「ほお」

にやり、と湿った笑いを浮かべた。

324: 2010/06/13(日) 23:50:10.39 ID:AO1sB/E0

ホロ「このわっちに意見を求めるからには、ぬしの中では判断できていないのかや?」

ロレンス「詐欺行為だとは言ったはずだ。だが、現時点でこの商売・・・商売といっていいのかは疑問だが、これを規制する法は存在しない」

ホロ「ならばぬしの倫理にそった行動をすべきじゃ」

ロレンス「それはわかっている」

ホロ「構造自体は、よくあることだと言ったの」

ロレンス「ああ」

326: 2010/06/13(日) 23:58:30.75 ID:AO1sB/E0
ロレンス「商会から文化した商会、なんてのはよくある話だ。利益を分化させることで保護する必要性をなくしたりする。そこから分化した商会も存在する。いわば孫にあたる商会だな。だが、さきほどの話とは違い、それらは時の流れと供にゆっくりと子を増やす。爆発的に増加して、天井にのぼるということもない。決定的なのは、商品と戦術が存在することだ。価値ある商品が存在し、価値のあるものを必要とするものがいることと、それが必要とされるために努力する商人がいること。この2点を満たしていれば、商品も商人も、時と供に洗練されていき、もしかしたらそこには無限が存在するのかもしれない」

ホロ「・・・・・」

ロレンス「すまん、少しわかりにくかったか」

とはいいつつ、優越感を覚えてしまう。
ホロが頭をひねらせている光景は珍しいからだ。

327: 2010/06/14(月) 00:03:46.59 ID:Nn.61QE0

ホロ「つまり」

ロレンス「ん」

ホロ「つまりあれじゃろ、この儲け話の欠陥は、価値ある商品が存在していないことと、爆発的に子が増加してしまうこと。ぬしが言ったように商売の基本はモノを流すことじゃ。しかしこの話で流れているのは何かと問えば、大量の銀貨と胡散臭い儲け話。とどのつまり、金を商品にした商売は商売ではない、と」

ロレンス「う・・・・ま、まあそういう言い方もある」

ホロ「安い優越感にひたっておるからじゃ、たわけ」

ホロが飲んでいるのは本当にぶどう酒なんだろうか。

328: 2010/06/14(月) 00:09:04.50 ID:Nn.61QE0

ホロ「しかし、ならば尚更ぬしの倫理を聞きたいの」

ロレンス「うん?」

ホロ「ぬしはわっちに言った、商人としてのプライドの存在を。つまるところ、商人とはなんぞや?金は儲けるに越したことはない。いわんや騙し騙されの商戦も。毛皮もりんごもぶどう酒も、大事なのはいくらに代わり得るか。しかし、その先に何を見ておる、ぬし様」

ロレンス「・・・・」

ホロ「期待しているから、などとは言うまいな?」

ロレンス「あ、あれはそういう意味じゃなく」

ホロ「わかりんす。キツネの戯言でごまかすな、という意味じゃ」

釘を刺されてしまった。

329: 2010/06/14(月) 00:16:14.23 ID:Nn.61QE0

ロレンス「俺は、自分が騙されたとわかったなら、いくらでも相手の弱みに付け込む。逆に自分が相手を騙したときは、相手にもメリットがあるようにしているつもりだ。だが、この話は、明らかに相手を貶める結果になる。そんな話ならば」

ホロ「それが答えなら、そうすればよかろう」

ロレンス「・・・・」

ホロ「あのつり目の男が言っておったの。綺麗だの汚いだの、商人が口にする言葉ではないと。そこは賛成じゃが、金儲けは等しく下賤かや?わっちはそうは思わぬ。下賤にするもしないも扱う者次第じゃ」

ロレンス「・・・・そうだな」

ホロ「わっちらが今すべきことは、そうじゃの」

ロレンス「?」

ホロ「ぶどう酒を買うことじゃ♪」

ロレンス「・・・・奮発するよ」


330: 2010/06/14(月) 00:21:10.05 ID:Nn.61QE0

ロレンス「明日、農園の領主に話を聞きにいくつもりだ。酒場の主人ならば、ツテを持っているだろう。今はそっちの話に専念するよ」

ホロ「わっちのおかげでコネができたわけじゃな?」

ロレンス「別にお前がいなくたって・・・」

ホロ「ほう?なら今からでもあの青年のところに行こうかの」

ロレンス「卑怯だぞ」

ホロ「何がかやー?」

ごまかすように布団にくるまり、気づけばホロの姿は見えなくなっていた。

341: 2010/06/17(木) 22:10:27.77 ID:AsiYMzI0
>>332

法律やてます

>>340

ホロ「ほほう、今度のぬし様はたいそう金回りがよさそうじゃ。金と引き換えにこのわっちを選ぶくらいじゃからの。・・・大切にしてくりゃれ?それこそぬし様の財布の紐が、ちぎれるまでの」

342: 2010/06/17(木) 22:47:52.40 ID:AsiYMzI0
次の日。
酒場の店主は昨日のことを特にとがめることもなく、好意的に農園を紹介してくれた。

ロレンス「町と農園が直結しているとはな」

ホロ「珍しいことなのかや?」

ロレンス「ああ。人が住むと大抵は土地が汚れるからな。往々にして、産地と売り場とは離れていることが多い」

ホロ「ぬしらは妙なところで潔癖じゃな」

ロレンス「俺らが、というより、農園の領主がそうなんだろう。商品に下手な評判はつけたくないものだ。おそらくここの場合は、先に農園が集まっていて、そこから町が発展していったんだろう。もっとも、よほど良質な果物の産地でなければありえないが」

ホロ「うむ、確かにそれなら色々と手間が省けそうじゃの」

343: 2010/06/17(木) 22:50:40.65 ID:AsiYMzI0
誤爆すいません・・・・

344: 2010/06/17(木) 22:52:31.77 ID:AsiYMzI0
見渡す限り木々が咲き誇る農園には、いくつかの家屋があり、紹介された家はほどなく見つけることができた。

思ったよりも小さくて、質素な家だった。

ノックをしてみるが、人が出てこない。

ロレンス「収穫期は過ぎてると思うんだが。間違えたか」

ホロ「いんやここじゃ。わっちの鼻がここじゃと言っておる」

ロレンス「そんなにうまかったのか、昨日の酒」

ホロ「言うなれば神秘じゃ。本当に、ぬしら人間の趣向には驚かされるのう。みよ、あれだけ飲んでも全く身体に残らぬ」

たしかに、いつもなら二日酔いをしていてもおかしくない量を飲んでいたにも関わらず、ホロはピンピンしていた。

345: 2010/06/17(木) 22:54:13.27 ID:AsiYMzI0

ホロ「しかし」

ロレンス「どうした」

ホロ「くふ、ぬし様よ、描いたような大儲けはできないやもしれんの」

ロレンス「・・・・?」

ホロ「わっちもぶどうの木はこの目で何回見たかわからぬ。そのまま食んでもうまいし、ぶどう酒もしかりじゃ。じゃが、この農園でぶどうが生る木は・・・・ここだけじゃの」

ホロはそう言って家の隣の小規模な木々を指差した。

347: 2010/06/17(木) 22:59:33.69 ID:AsiYMzI0
ロレンス「農園・・・・か」

それは農園というにはあまりにも小さいそれだった。

もちろん、噂を広げてみれば、という事態にはこれまでも何回か見舞われたことがあったが。

ホロ「土地がやせておるの」

土を拾いながらホロが言った。
豊作の神ならば一目でわかって当然だろう。

ロレンス「ホロ、本当にここなのか?」

ホロ「確かにここからなんじゃが、ううむ、しかしわっちの専門は麦じゃからのう。何か他に秘密があるのやもしれ・・・」

そこまで言いかけると、何かに気がついたようにホロはそっぽを向いてしまった。

348: 2010/06/17(木) 23:05:49.65 ID:AsiYMzI0
声「何用ですかな?」

気づいた瞬間、とっさに振り返ろうかと考え、しかし慌てる様を見せないように振舞うくらいには、俺の頭も冷静だったようだ。

ロレンス「これは失礼しました。このぶどう園のいい香りにつられて、こんなところまで来てしまったようです」

隣でホロが意地悪く笑っている。誰の鼻のおかげだといいたげだ。

俺たちの後ろに立っていたのは、齢四十は越えていそうな、初老の男だった。
生やした髭で正確な歳はわからない。

349: 2010/06/17(木) 23:18:15.53 ID:AsiYMzI0
初老の男「ふふ、それはうれしい限りです。そして新たな発見ですな。この農園の香りが、あの酒場にまで届いていたとは」

どうやらすべてお見通しのようだ。
負けじと次の一手をさし出す。

ロレンス「ええ、届いていました。香りだけでなく、ぶどうが放つ甘い誘惑も。昨晩、何人がその色香にとらわれたことか」

初老の男「さぞかしにぎやかだったんでしょうな。ならばあなたもその色香にとらわれた口ですか。お連れの方がいらっしゃるというのに、悪い方だ」

どちらかというと、そのつれの方がとらわれていたのだが。
思わず苦笑してしまった。

350: 2010/06/17(木) 23:24:57.41 ID:AsiYMzI0
男は家の前にある切り株に腰をおろした。
間をおき、相手にペースをつかまれる前に、こう切り出す。

ロレンス「酒場との取引は長いのですか?」

初老の男「もう20年になりますな。私はこの道一筋で食っとります上に、町が近い。自然と取引先は限定されてきます」

遠まわしに買い付けを避ける言い方だった。

ロレンス「となると、大抵はあの町に?」

初老の男「そう、ですな。うん、あの酒場の主人くらいです、私がまともに取引するのは」

351: 2010/06/17(木) 23:30:40.76 ID:AsiYMzI0
それならば世辞は逆効果だったようだ。

初老の男「行商人の方ですか」

ロレンス「ええ」

初老の男「あなたはまだ若い。ここの酒でなくとも儲けられるくらいに、ね」

ロレンス「惚れた品には尽くすほうですよ。まだまだ若いもので」

一瞬、ホロの口元がゆるむのが見えた。
しまった、と思っている余裕はなかったが。

初老の男「尽くしたすえにかわされることもあります。そして、私の酒はあなたをかわすでしょう。少々お転婆ですからな」

温和な顔をして、なかなか食えない男だった。

352: 2010/06/17(木) 23:38:26.41 ID:AsiYMzI0
ロレンス「大切に育てられたのですね」

初老の男「いえいえ、箱入り娘ばかりがお転婆になるとは限りません。叱咤激励が良き教育の基本です。愛は欠かしていませんが」

ロレンス「私も師匠によく怒られました。しかし、飴と鞭という言葉もあることです、たまには羽を広げるのも良い教育かと」

初老の男「ロレンスさん。私の世界はこの農園とあの酒場、それで十分です」

どうやら打ち止めのようだ。意志はなかなかにして固い。
昨日今日の関係では口を割らないだろう。これ以上は逆効果だ。

353: 2010/06/17(木) 23:45:47.70 ID:AsiYMzI0
ロレンス「参りました。名前までご存知で」

初老の男「いえいえ」

酒場の主人にでも聞いたのだろう。

初老の男「この歳になるとね、幸せを増やすことより、幸せを失うことに敏感になる。私はもはや商売人ではない。ただの酒作りですよ」

ロレンス「それもまた、よき人生でしょう」

初老の男「若いうちにはわからんのでしょうな。・・・・うん、そうなんでしょう。親ってやつは時として子供以上に我侭なものです。子には挑戦してほしいと思う時もあれば、かといって無理はさせたくない。しかしどちらにせよ、幸せになってもらわねばやりきれない。いやはや、進んでなるものではなりませんな」

ぶどう酒のことを言っているように思えたが、これが間違いだと気づくのはまもなくだった。

354: 2010/06/17(木) 23:53:22.96 ID:AsiYMzI0

声「父さん」

聞き覚えのある声がした。

初老の男「・・・・ロレンスさん、悪いがお引取り願っていいだろうか?」

目に飛び込んできたのは、昨日の青年。

青年「やっぱり来てたんですね。釘をさしておいてよかった」

男に名前を教えたのはこの青年だったようだ。
あれだけ酒に強い理由がようやくわかった。
男の話の真意も。

356: 2010/06/17(木) 23:56:55.32 ID:AsiYMzI0
ロレンス「酒場の主人とは知り合いだったんですね。通りで融通がきく」

青年「ええ、それこそ生まれた頃から。もちろん、口は割らないように言っておきましたけど。あなたも抜け目がないですね。それとも、昨日の儲け話に乗ってくれるつもりで?」

初老の男「お前、まだそんなことを」

なにやらよからぬ雰囲気だ。

青年「・・・・ロレンスさん、ここの農園からは何も出てきませんよ。臆病になった酒作りが一人、細々と人生を終える場所です」

初老の男「・・・・・」

二人の間の空気は、青年の言葉がなくとも伝わってきていた。

357: 2010/06/18(金) 00:02:55.17 ID:dzMv1i60

ロレンス「・・・我々も、しばらくはこの町にいます。また機会を設けて伺いま」

それとなく言葉を放ち、その場を立ち去ろうとしたそのとき、さえぎるようにしてつぶやく者がいた。

ホロ「それにしてもぬし様は」

ヨイツの賢狼は、ここぞというところで張ってくる。
おそらく天性の感覚の持ち主なのだ。

ホロ「うまそうに飲んでおったのう。わっちも大概酒好きじゃが、ぬし様には敵わんかった。よっぽどここの酒が好きなんじゃな?」

青年「・・・・っ」

358: 2010/06/18(金) 00:08:56.73 ID:dzMv1i60
初老の男「・・・・お引取り願おう。お前も、いつまでもふらふらしてては・・・・」

青年「うるさいな」

明らかに悪意のこもった目が男に向けられた。

青年「僕はあんたとは違う。商売から逃げたりはしないさ。かといって、今の環境を頼ったりもしない。自分の手で成功して、あんたが間違ってることを証明してやる」

初老の男「・・・・・・」

359: 2010/06/18(金) 00:14:57.87 ID:dzMv1i60
青年「ロレンスさん、それと・・・」

ホロ「ホロじゃ」

青年「もう一度だけ、お話を聞いてくれませんか」

初老の男は完全に無視する形で、青年は言った。

商人としていえば、当面、この男たちとは付き合うことになるのだ。
ここで関係を築いておくことに損はない。

なにより、故郷を懐かしむ自分にとって、この青年と男の関係が気がかりになっていることも事実だった。

そして・・・もうひとつは・・・・。

ロレンス「いいですよ。私も、商売の話をするつもりでしたから」

ホロがいぶかしげにこちらを見る。
視線で『大丈夫だ』という意志を伝えたつもりでいたが、果たして伝わっていただろうか。

366: 2010/06/18(金) 16:38:12.65 ID:SZmdRJg0



__________________________________

商談の場所には、昨日とは別の酒場を選ぶことにした。
さすがにあの様子では、父親が作った酒を飲む雰囲気ではないと踏んだからだ。

青年「お恥ずかしいところを見せてしまいました」

ロレンス「なかなかに複雑なご関係のようですね」

少しばかり荒っぽい言い方だが、相手に交渉したいという意思があるならば飲める台詞だろう。

青年「複雑、というわけではありません。単なる価値観の違いですよ」


367: 2010/06/18(金) 16:39:39.03 ID:SZmdRJg0
ロレンス「私のつれは酒利きに自信がありましてね。あのぶどう酒はまれにみる良種だと伺っております。父君はなぜあそこまでこだわるのです?」

青年「陳腐な話になりますが」

やはり、詮索はしてほしくなさそうだった。

ロレンス「私は一介の商人です。それ以上でもそれ以下でもない。かの教会のごときありがたき説法は持ち合わせていませんが、商売の経験なら、あなたに譲ることができます。何かの役に立つかと」

ホロ「逆に、色恋の経験は譲ってほしいそうじゃ」

一瞬空気が固まったが、次には青年に笑顔が戻っていた。
ダシにされたのは気にくわないが、幾分か和んだようだ。

368: 2010/06/18(金) 16:47:33.43 ID:SZmdRJg0
青年「ホロさんからは何か不思議なものを感じます。昨日も思っていましたが、何か俗世を達観したような。・・・いえ、すいません。町にはあなたのような女性はいませんから、つい」

あながち間違っていないのだから、興味深い話だ。

ホロ「なんじゃ、口説いておるのかや?その割にはわっちに興味がなかったようじゃが」

ぶどう酒を飲みながら、何か含みがあるような言い方だった。
それで胸がそわそわするのはなぜだろう。

青年「お二人の関係くらい、この私でも察しますよ。いくら美しいからといって手も口も出すようでは、心を見透かされてしまいます」

ホロ「いい手じゃのう。くふ、こっちのぬし様はどうなんじゃ?」

ロレンス「・・・・今はその話はいいだろう」

369: 2010/06/18(金) 16:49:42.43 ID:SZmdRJg0
ホロ「ほれ、これじゃ。わっちの苦労が絶えぬのもわかりんす?」

青年「人は往々にして、自分が持たざるものに目がいくんでしょう」

ホロ「道理じゃな。が、ぬし様はいい男じゃ、わっちのように騙されんようにの」

青年「心得ています」

俺のことをののしっていることはわかるのだが、どうにも手が浮かんでこない。
頭をめぐらせていると、ホロと目が合った。

ホロ「まったく、天は二物を与えずとはよく言ったもんじゃ」

呆れ顔で俺を見るホロを横目に、青年は苦笑していた。

370: 2010/06/18(金) 16:58:57.10 ID:SZmdRJg0
青年「父はもともと、この土地の大地主だったんです」

少し目線を下げながら、青年は語りだした。

青年「もともとここは遠方から買い付けにくる行商人に果物を売りつけることで栄えている村でした。あれでいて、昔は血気盛んなやり手でして、ここらでは名の知れた地主だったんです」

ロレンス「やり取りをしていて察しましたよ」

風貌に似合わず、男の口調と切り返しは確かに洗練されたものだった。

青年「肥沃な土地に集まる商人たちは日に日に増え、ついには大商会までもが土地に目をつけました。人も物もとめどなく流れ込み、今のような町が形成されたのは私が生まれるより少し前の話です」

371: 2010/06/18(金) 17:08:16.99 ID:SZmdRJg0
青年「人が増えれば競争が始まります。土地の上に胡坐をかいて座っていた父が、その競争に巻き込まれるまで、そう時間はかかりませんでした。・・・いや、胡坐はかいていなかったのかもしれません。父なりに、どこかで勝負をかけたのでしょう。それでも、物と人が情を持ち合わせることはなかった」

土地を失うくらいの勝負となれば、大抵は投資だろう。
領主が土地を資産として、商人になるという話がないわけではない。
こちら側としてみれば、格好の餌食なのだが。

372: 2010/06/18(金) 17:10:13.05 ID:SZmdRJg0
青年「笑い話ですよ。父の農園を見ましたか?お世辞にもそうと呼べるものではない。その、『農園』があの状態になるころには、父もすっかり牙をそがれていました」

ロレンス「・・・・たいへんな苦労をされたんですね」

青年「母は私は6つのときに、見切りをつけて家を出て行きました。私も当初は母をうらみましたが、この歳になるとわかります。ひとたび人生の果実を味わった人間が、そこから下ることがいかに苦しいか」

ロレンス「逆に言うなら、乞食が乞食でいる理由もしかり、ですね」

青年「・・・・はい」

373: 2010/06/18(金) 17:19:48.55 ID:SZmdRJg0
ロレンス「しかしあなたは、失礼ですが、私からしても筋が見える方だ。父君の後を継ぐ気はないのですか?今はたしかに、あれ以上を望んでいないようですが、あなたが継ぐのであればそれも可能でしょう?父君とあなたからは、やはり親子の絆を感じましたよ」

色恋の話はともかく、この青年のやり取り、自分がその歳で出来たかといえばそうではない。今は駆け出しでも、俺に追いついてくるのに時間はかからないような気がした。それだけの才を感じたのだ。

とはいえ、商人の出発点には人それぞれ違いがある。

遅ければ遅いだけ不利、早ければ早いだけ有利。それは一理あるのだが、それだけでもなく、努力や成果、運によっても左右されるのがこの世界だ。

要するに、出発点は違えど、到達点において勝利していればいい。これが俺の持論でもあった。そしておそらく、世に蔓延る商人たちのそれでもあるのだろう。

374: 2010/06/18(金) 17:32:04.80 ID:SZmdRJg0
青年「よいぶどう酒をつくるために必要なものは何だと思いますか」

唐突な切り出しだ。

ロレンス「肥えた土地、ですか」

青年「それが間違いなのです。あの土をごらんになられましたか?残念ながら、やせ細った、世辞にも肥えているとはいえない土地です」

ホロが下した判断はやはり正解だったようだ。

青年「肥えた土地に育ったぶどうは、根が伸びず、現状に甘んじた実しかつけないのです。逆にやせた土地でぶどうを育てると、ぶどうは栄養を求めて、どこまでも根をのばし、結果としてたくましい豊かな実をつけます。これは水においても同様で、水はけがよい分、地中深くの水を吸い上げ、同様に栄養をつけた実が生ります。あの土地の酒がうまいのは、からくりがあるんですよ。小さい頃、父によく言われました。己の真価を高めたいなら、あえて苦難を引き受けなさいと」

ホロ「実に、興味深い話じゃ」

豊作の神としては、当然の帰結だろう。

375: 2010/06/18(金) 17:40:58.86 ID:SZmdRJg0
青年「たしかに、私は人より少しばかり、恵まれている環境を持っているかもしれません。しかし、そこに甘んじては才を伸ばすことなどできはしない。父は私にならあの土地を譲るでしょう。そこに甘えたくないのです。甘えていたら、いつかは父のように、牙をそがれる気がしてならないんです」

ロレンス「・・・・・」

年下に感心するのは、これで最後にしたいと思った。
だが、実際の商売と志がつりあうなら、誰もがそうしているだろう。
それもたがうことなき事実だ。

青年「ロレンスさん、私の名もなき商売は、つまるところ」

胸がつまるようだが、嘘をついても得にならない。
意を決して言い放った。

ロレンス「人を不幸にする商売です」

376: 2010/06/18(金) 17:47:59.45 ID:SZmdRJg0
青年の視線が宙を舞う。
ホロはそしらぬ顔でぶどう酒をすすっていた。

ロレンス「私たち商人は、騎士のそれとは違う剣を持つ権利があり、同時に使用する権利があります。私も相手が剣を持っていると知れば、容赦なく斬りつけるでしょうし、自分が斬られても甘んじて受け入れるでしょう。たとえ相手が寝ていようが、背後からであろうが、舞台に上がった以上、そこに泣き言は通用しません。それがなぜかと問われたなら、私はこう答えます。互いに容認しているからです。剣を交わす契約をしているからです」

青年「・・・・」

ロレンス「しかしあなたの編み出した商売は、最終的には剣を持たぬ人に斬りかかることになるでしょう。その責任がとれますか?志に背を向けずに、自己矛盾することなく事実を受け入れられますか?」

ここまで言えば、青年も気づいたようだ。

377: 2010/06/18(金) 17:55:21.13 ID:SZmdRJg0
青年「・・・・あなたに相談してよかった。盲点は、自分では見えぬから盲点なのですね。たしかに、ちょっと荷が重そうです」

諦めたように青年がつぶやく。
気づいてもおかしくないところに、人に言われてようやく気づくという経験は、俺にもあった。

だが、それで終わるならば俺もこの場所に呼んではいない。
いつだって商売に白黒はつけられない。
昨日までどん底だった商いが、次の日には巨万の富を生み出すことだってある。

隣を見ると、ホロが目を細めて俺を見ていた。

最近のホロはとかく心配性だ。
商人としては、そんな視線を浴びると余計に火がついてしまうのだが。

ロレンス「ですが、その盲点を見つめたとき、互いにとって新たな風景が見えてくることもあるでしょう。この場合は私とあなたですが」

青年は顔を上げ、何を言っているのだ、という目で俺を見た。

378: 2010/06/18(金) 18:06:14.01 ID:SZmdRJg0
青年「どういう、ことです?」

ロレンス「逆境は時に追い風となります。続きは例の酒場でしませんか?なに、おごりますよ。ホロ、お前もまだまだ飲めるだろう」

ホロ「くふ、わっちはまだ序の口じゃ。こっちのぬし様も、そうじゃろ?」

しかめっ面をする青年だったが、ここは無理にでも誘っておいたほうがいい。
頭に思い浮かんだ策の成功率は五分だが、なんとなく賭けてみたくなった。決して緻密なそれではないが、青年の心意気に投資したと思うことにすればいい。


夜は長いのだから。

387: 2010/06/20(日) 12:27:39.70 ID:YYTg9vM0


酒場は盛況していて、入ってすぐに主人に声をかけられた。
どうやら前回の件が良い方向に転んだらしい。

青年「おごる、といいましたね」

ロレンス「ええ」

青年「・・・あはは、結構ですよ。ここのお店は、私からは料金を受け取ってくれないことが多いんです」

自嘲するように青年が言った。
大切な取引先の息子だ、もてなされて当然だろう。
しかし、先に青年が言ったように、甘んじることは得てしていい結果を生まない。

ホロ「ぬしもわっちに甘えすぎぬようにな」

ロレンス「ほっといてくれ」

388: 2010/06/20(日) 12:28:14.61 ID:YYTg9vM0
ロレンス「さて、あなたの編み出した商いの欠点は先ほど指摘したとおりです。商品を扱っていないこの商売には、開始した時点ですでに天井が見えている。仮にうまくいったとしても、あなたの評判は低落するでしょう」

青年「はい」

ロレンス「そこで、相談です。父君のぶどう酒の取引先を、あなたの編み出した商売で商う気はありませんか?」

瞬間、凍ったような表情を見せた。

青年「・・・・それが、追い風ですか?」

明らかに軽蔑するような眼差し。
だが、それは覚悟していたものだったので、軽く受け流す。

389: 2010/06/20(日) 12:30:32.57 ID:YYTg9vM0
青年「父の家業を継ぐ気はありません。第一、組み合わせたところでそれがどうなるというんです。結局は――――」

気づいたようだ。
やはり筋がいい。当初はすべてを説明するつもりだった。

ロレンス「あなたの目の付け所はよかったんですよ」

ホロ「・・・・」

ホロは無言で裾を引っ張ってきた。
わかるように教えろ、ということらしい。

390: 2010/06/20(日) 12:33:15.16 ID:YYTg9vM0

ロレンス「あなたの商売の最大の利点は、会員になった人間が自動的に別の会員を連れてきてくれること。事業領域が顧客を通して勝手に増えていくならば、これほどうまい話はない。ならば」

青年「私の父のぶどう酒を飲める人間を、会員制にして限定し、会費を払ってもらう」

ロレンス「その通り。酒場の主人にはお気の毒ですが」

392: 2010/06/20(日) 12:40:35.21 ID:YYTg9vM0
ロレンス「つまり価値のある商品を流した上で、例の商売をはじめるのです。このやり方ならば誰かに真似されることはない。また、酒の価値がわかる人間はある程度限定されています。・・・わたしのつれのように」

ホロは黙ってぶどう酒を飲んでいる。

ロレンス「これでいてつれの味覚はかなり信頼できましてね。あのぶどう酒の価値を神秘とまで言っていました。かように会員制にして、高級化した、味の確かなぶどう酒。取引先に選ぶのはもちろん、大商会か、貴族か」

青年「馬鹿な、そんなツテがどこにあるというのです」

ロレンス「勝算が初めからわかっている商売なんてありませんよ。それこそあなたがいうように甘えているということだ」

腑に落ちないような表情だ。
もちろん、これだけでは押し通せないとは思っていた。

393: 2010/06/20(日) 12:49:07.07 ID:YYTg9vM0
ロレンス「私がなぜこの商売を思いついたかわかりますか?このお店は、ずいぶんと安い値段であのぶどう酒を売っていますよね」

青年「・・・安いのかどうかはわかりませんが」

ロレンス「これでも各地を渡り歩いている身です、ぶどう酒の相場なら頭に入っています。父君の商売が気にいらない気持ちもわかりますが、自分でそれを拡大できずにして批判するのは、皮算用もいいところです」

青年「っ」

青年が激昂したかと思ったが、そうではなく、的に入ったときの表情になっていた。

394: 2010/06/20(日) 13:00:08.36 ID:YYTg9vM0
ロレンス「あなたなら、このぶどう酒を高級化、会員制にして売り、貴族や大商会に接近することもできるはずだ。その手段として、さきの商売を使ってもいい。たしかに、あなたが言ったように現状に甘んじることは商人として恥ずべき行為です。しかし、すでに手中にあるものを使わずにいることも、それはそれで傲慢な行為だとは思いませんか?」

青年「しかし」

ロレンス「あなたの思いついた商売は親となる人物が子を増やしすぎるあまり、採算がとれなくなる商売。結果、親のツケを子が負担することになる。が、本来、親とは子に投資するものです。もちろんそこには商人のそれとは違い、見返りなんて求めていない。それでもあなたに投資するんですよ。現に、あなたはここに今生きて、父親の酒を飲んでいる」

はっとしたように青年は、注文したぶどう酒に目をやった。
そして、ホロが追加の酒を頼むのもほぼ同時だった。

本当に、賢狼には頭が下がる。この酒場に呼んだのはこのためだ。

395: 2010/06/20(日) 13:06:58.12 ID:YYTg9vM0
ロレンス「借りは返してこそだ、とは思いませんか。私たち商人なら借りた金、になるますが、この場合はまず義理です。あの商売の利益は有限ですが、このぶどう酒には無限の可能性がある」

青年「やめてください!」

大声で叫び、立ち上がる青年。

ロレンス「・・・・」

青年「・・・もういいです。やっぱり、お断り、します」

だめだったか。

この話は結局のところ、父親の商売をこの青年が引き受けられるかにかかっている。ただぶどう酒を商うだけではなく、青年の思いついた方法を使うならば、あるいはと思ったのだが。

396: 2010/06/20(日) 13:11:07.35 ID:YYTg9vM0
ロレンス「それはプライド、でしょうか」

青年「意地です。・・・ごめんなさい、やっぱり譲れないんです」

商人として言いたいことは山ほどあったが、今この青年に説教をしても、右から左に抜けていってしまうだろう。

やはり人の心を動かすことは難しい。損得が関係ないところならば、余計に。

青年「それではこれで。会計は私が済ませます」





ホロ「納得いかぬ」





あまりに意外だったので、焦って表情を見つめてしまった。

397: 2010/06/20(日) 13:14:37.74 ID:YYTg9vM0
青年も青年で、きょとんとしてホロを見ていた。

ホロ「ん、ああ、すまぬ。商売の話は終わったのかや?」

どうやら横槍を入れる気はないらしい。ならば何に納得がいかないというのか。

ホロ「ならばよい。くふ、ぬし様よ、わっちらの勝負、まさか勝ち逃げする気ではおらぬかや?」

青年「勝負・・・?」

ホロ「わっちは生まれつき負けず嫌いなんじゃ。それにわっちのつれは行商人じゃからの、この町にも長居はできぬ」

雄弁に語るホロを見て、俺は言葉を失っていた。


398: 2010/06/20(日) 13:26:30.03 ID:YYTg9vM0
ホロ「ここで今一度、飲み比べをしてもらおうかの?ぬしがつぶれるところを見なければ、夜も眠れぬ」

ロレンス「お、おい!」

これは明らかに逆効果だ。
商人をしていればこの農園とも今後付き合うことになるかもしれない。
今ここで気を悪くしてもらっては困る。

ホロ「しかしぬし様はわっちに興味がないようじゃからの。今宵はかけるものを変えねばならんの。・・・そうじゃな、互いの意地をかけるというのはどうじゃ?」

青年「な、なにを」

399: 2010/06/20(日) 13:27:21.09 ID:YYTg9vM0
ホロ「ぬし様は譲れぬものがあるといったが、なに、わっちからすれば豚の餌にも劣るような安いものじゃ」

青年「・・・なんだと・・・」

冷や汗が止まらなかった。

ホロ「かような安い意地ではぬし様の今後も心配じゃ、負けた暁にはその意地、この酒場に置いていってもらおうかの」

ロレンス「ホロ、言いすぎだ!」

ホロ「なにを言っておる。ぬしも商人じゃ、小僧の戯言など聞き飽きておるじゃろう?もう一度言おうかの、こやつの意地は――――」

青年「わかりました」

青年の瞳には憤怒の炎が燃え盛っていた。

400: 2010/06/20(日) 13:31:19.85 ID:YYTg9vM0
青年「ホロさんに私の意地が安いかどうか、判断してもらいましょう」

ホロ「安いといっておろうに」

見下したような物言いが、演技なのかどうかは判断がつかなかった。

青年「ならば、ホロさんの意地とは何なのです?当然提示して、ここにおいていってもらうことになりますよね?昨日負けた分、相当なものをお持ちなんでしょうが」

ホロ「?何をいっておる?」

青年「・・・?」

ホロ「勝負の相手がわっちだと、いつ言ったかや?わっちはぬしが、飲み比べで負けるところを見たいと言っただけじゃ」

なんだか訳がわからない。

401: 2010/06/20(日) 13:36:46.28 ID:YYTg9vM0
ホロ「意地っぱりはなんとか譲りというじゃろ。・・・さて、聞き耳を立てるのはもういいんじゃないかや?勝負、受けるのかや?」

ホロが話しかけたのは、俺と青年からはちょうど氏角になっている場所に座る、フードをかぶった男。

青年「と、父さん」

初老の男「・・・・いつから気づいていましたか」

ホロ「ずっとじゃ。わっちらの後についてきておったじゃろ?よっぽど心配だったみたいじゃな。ま、変装してもわっちにはバレバレじゃ」

初老の男「油断なりませんね」

男はゆっくりと立ち上がり、俺たちのテーブルに座った。

初老の男「お前の意地、確かに聞いた。ならば私の意地も見せなければならないな。まさか逃げるとは言わないだろう?」

403: 2010/06/20(日) 13:48:50.84 ID:YYTg9vM0
青年の心理として、ここで逃げるわけにはいくまい。

青年「どうしてそんなに、僕に継がせたいんだ」

初老の男「継がせたい?甘えるんじゃない。あの農園を使って儲けるというのは、お前が思っているように簡単な道じゃないんだ。あれは私の命より大切なもの、しかし私には親としてお前に道を示す責任がある。道を選ぶのはお前でいい。そして商売人として、私はお前の才能を信じている。利用できる可能性は、お前に託したい。それだけだ。現状に甘えているのはお前のほうだろう」

青年「・・・・・」

青年の無言が指差すものは、明らかな同意。

初老の男「さて、私は何をかけたらいいんでしょうかね」

分かりきったことのように、男は言った。
そんなものは決まっている。

ロレンス「あの農園の権利ですね」

初老の男「まったく、つりあいませんな。この息子の安い意地とは、まったく・・・・」

その日注文したぶどう酒は、勝負とはいえないくらい少しの量だった。

404: 2010/06/20(日) 13:55:17.41 ID:YYTg9vM0
ホロ「今回はお人よし、などとは言わぬぞ」

次の日、荷馬車にぶどう酒を積んでいると、ホロが言ってきた。

ロレンス「商人にとってのそれは誉め言葉じゃない」

ホロ「たわけ、わっちがいなかったらどうするつもりだったんじゃ」

ロレンス「さてな。しかし結局は青年が納得するかしないかの話だ。俺の言葉で青年が納得しない以上、頭を冷やして考えさせるしかないと思っていた」

ホロ「そこに父親の登場、というわけじゃな。おそらく親子でしっかり話したことがなかったんじゃろ。息子の志を聞いたうえで、その志に賭けてもよいと思ったのやもしれぬ」

ロレンス「ああ。青年は青年の方で、甘えないようにしていたつもりが、保険のようにあの農園を扱っている自分に気づかされたんだろう。どちらにせよ、俺たちがあの高級ぶどう酒の会員、第一号だ」

ホロはすでにぶどう酒を飲み始めていた。
飛ぶようにして荷馬車に乗り込む。

405: 2010/06/20(日) 13:58:59.87 ID:YYTg9vM0
ロレンス「しかし、親と子か」

ホロ「なにかや?」

ロレンス「損得勘定で見れば、あの状況で農園を継がないなんてありえない。あれだけうまい酒なんだ、利用しないで何になる。それでも青年がこだわったのは、父の背中を見て、ああなりたくはないと思っていたからだ」

ホロ「うむ」

ロレンス「意地が儲けを邪魔したり、儲けが意地を損なわせたり、とかく商売の世界は皮肉なもんだ」

ホロ「二兎は追えぬもんじゃ。何事も、の」

ロレンス「ああ」

406: 2010/06/20(日) 14:02:47.80 ID:YYTg9vM0
ホロ「しかしぬしよ、よかったのかや?」

ロレンス「何がだ?」

飲んでいるぶどう酒を取ろうとして、ホロに手を打たれた。

ホロ「わっちらはあの青年の会員第一号になれた上、かようにたくさんの酒を手にすることができた。しかし、その、あの町でずいぶんと時間を食ってしまったから、その」

ホロなりに気を遣っているらしい。
いつもこうだと可愛げがあるのだが。

ロレンス「気にするな。コネはできた。それに、得たものは大量にある。これほどのうまいぶどう酒と、あとはお前の笑顔だな」

自分でもうまく言えたほうだと思う。

407: 2010/06/20(日) 14:05:50.98 ID:YYTg9vM0
ホロ「ぬし、甘やかすとよいぶどう酒は造れぬぞ」

安い言葉だ、といいたげだった。
しかしここで引き下がっては尻にしかれてしまう。

ロレンス「いや、枯れている土地にも水は必要だからな、たまには注いでやらないと」

ホロ「くふ、わっちは水はけがよいからの、ぬしの言葉もたちまち流れてしまいんす」

ロレンス「水はけがよい土地もまた、よいぶどうを作るからな」

ホロ「ほう?」

横目で見つめてくるホロは、言葉遊びにご満悦そうだった。

408: 2010/06/20(日) 14:09:03.93 ID:YYTg9vM0
ロレンス「あとはこのぶどうが実になるのを待つばかり、だな」

ホロ「そのときはおいしくほうばってくれるのかや?経験、ないくせに?」

そう来るか、だが、今日はどうも頭の巡りがいい。

ロレンス「さて、ぶどう酒は寝かせるとうまくなるというからな。しばらくは寝かせたままでもいいかもしれん」

ホロ「どのようなよい酒でも、寝かせすぎると飲めなくなることもあるじゃろうな。腹をくださぬようにの」

ロレンス「なに、そのときは手元にある、馴染みのビールを飲むとしよう。ぶどうもいいが、麦もなかなか捨てたもんじゃない。そうだろう?」

麦の神は、その言葉をともに隣で目を丸くした。
どうやらうまい返しだったようだ。

409: 2010/06/20(日) 14:11:24.38 ID:YYTg9vM0



ホロ「・・・・・・・・くふ、あはははっ、ここまで読んでおったのかや?かぶいたもんじゃ、まったく。・・・・しかしうまいが、出来すぎた文句じゃのう。酔わぬなあ、まったく酔わぬ上に、後にも残らぬ」

ここまで言って、反論してくるところも、さすがだと思う。

ロレンス「それだけいい酒ってことだ。後に引かないから、また飲みたくなる。口に合わなかったか?」

俺の言葉とともに、諦めたようにホロが反応する。

ホロ「・・・いや、たしかに、いい酒じゃ。たまには甘ったるいぶどう酒も、悪くないもんじゃの」

そういって、野に広がる果物畑を見つめながら、降参したようにぶどう酒を飲むのだった。

410: 2010/06/20(日) 14:13:04.61 ID:YYTg9vM0
おしまい。
更新遅れてすいませんでした。

今考えてるネタが二つあるんですが、かなりかたい話がひとつと、もう一個はちょっと突飛な感じのやつ。
もし見てる人がいたらどっちがいいか教えてくださると助かります。

それでは、また近いうちに。

411: 2010/06/20(日) 14:16:17.83 ID:uh.DRzco
乙乙

ここまでかけるとは・・・ 本人じゃないよね?

412: 2010/06/20(日) 14:27:11.98 ID:yxcCmAAO


掛け合いが見事だな
今までのが真面目な話だったから、ちょっと軽めのを書いてほしい



引用: ホロ「ぬしよ」