221: ◆EBFgUqOyPQ 2014/03/07(金) 21:29:25.82 ID:bV/OCKiKo


モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」シリーズです


前回はコチラ




前回までのお話
前編 【モバマス】スパイ「裏切り者、アナスタシアに天誅を」
中編 【モバマス】文香「シュレディンガーの猫」

後編、つまり完結編です。
一番量が多くなってしまったので投下に少々時間がかかると思います。

222: 2014/03/07(金) 21:30:07.53 ID:bV/OCKiKo
「本当に待ちくたびれた。

やっと……来たか」

 灰色の廃墟群はすでに生活感を感じさせない。
 数か月前まで人が住み、生活していた建物はあの日、日常を壊されて以来時を止めたままである。
 憤怒の街はすでに過去のものとなったとしても、復旧の手はまだ完全には届き切らない。

 そんな無機質な情景の中、雪降る白雲の下、一人の男は微動だにせず待ち続けていた。
 無言で待ち続けていた男の胸中はわからない。

 当然、対峙したアナスタシアにもその男が何を考え、ここへ来たのかわかるわけがなかった。

「アビェシヤーニェ……約束通り、来ました」

 アーニャは男を睨み付けるように言う。
 覚悟は万全であり、その手はすでに腰のナイフに掛かっている。

「おいおい、確かに俺は待ちくたびれたとは言ったがな、まだ始めるつもりはない。

まだ17時50分だ。十分前行動は殊勝だが、あいにく約束は18時だ。

約束通り、な」

 男は高級そうなシルバーの腕時計を見ながら言う。

「それとも……待ちくたびれたのは俺だけじゃなくお前もか?

白猫(ビエーリコート)」

 意地悪く口角を上げながら男は笑う。
 しかし男の軽口に対してもアーニャは表情を変えない。
----------------------------------------



それは、なんでもないようなとある日のこと。
その日、とある遺跡から謎の石が発掘されました。
時を同じくしてはるか昔に封印された邪悪なる意思が解放されてしまいました。

~中略~

「アイドルマスターシンデレラガールズ」を元ネタにしたシェアワールドです。
・ざっくり言えば『超能力使えたり人間じゃなかったりしたら』の参加型スレ。



223: 2014/03/07(金) 21:30:39.21 ID:bV/OCKiKo

「……ニェート、いえ、私はあなたを、待ってなどいません。

出来ればあなたの顔は、見たくなかった。

ヤー……私は、昔とは違う。でも……過去からは逃げれないのだから」

「よくわかっているじゃないか。

いくら改心して堅気に戻ろうとも、積み上げた過去は決して消えない。

俺がお前を追ってここに来たように、過去はいつまでも追ってくるのさ。

いくら逃げてもいずれは追いつかれ、その業からは逃げられはしないんだよ」

「だから……私は来たのです。

ヴィー……あなたが、私を脅さなかったとしても……あなたが私の前に現れた時点で決まっていたのです。

自分の過去とは、遅かれ早かれ蹴りをつける。

これが……私への罰であり、越えねば前に進めぬ壁なのですから」

 アーニャは腰からナイフを引き抜く。
 そして体の前に突き出し、男の直線上を射抜くように構えた。

224: 2014/03/07(金) 21:31:22.16 ID:bV/OCKiKo


「Давайте положить конец.…… Командующий(終わらせましょう……隊長)」


 視線は凶器のごとく鋭く、その男、隊長に突き刺される。
 だが隊長はその視線に動じることなく、相も変わらず意地悪い笑みを浮かべたままである。

「だからまだ気が早いぞ白猫。

臨戦態勢で、その上その眼光で俺に向かってくることは結構なことだがまだ早い。

ミッションスタートは一八○○ジャストだ。

先走りは氏を招く。教えたはずだがな」

 隊長はアーニャから視線を外し、周りを見渡す。
 周囲には相変わらず廃墟群しか存在しない。

 アーニャは隊長から目を離さず、隊長の話を聞こうともしない様子だ。
 それを気にせず隊長は喋りだす。

「こんなしけた場所だが、過去にはそれなり賑わいがあった場所だ。

かつては、人が笑い、泣き、生活した場所だった。

そして『憤怒の街』については俺も伝聞でしか知らない。

俺が知っているのは一人の少女の憤怒が、この街を地獄の赤で染め上げたことくらいだ。

お前はこのことを知っているのか?この街で、何が起きていたのかを?」

225: 2014/03/07(金) 21:32:00.12 ID:bV/OCKiKo

 隊長はこの街で何があったのかを、アーニャに問いかける。
 しかしアーニャは隊長の言ったことさえ知らなかった。

 結局憤怒の街の根本的な原因については公に語られることはなかった。
 一般に公開された情報によると、現れた巨大なカースが原因だとされており、当然渦中にいなかったアーニャは真実を知ることはない。

 ただし裏では憤怒の街の情報は多くはないが出回っており、それなりの価値で取引もされている。
 この荒廃した街でかつて何があったのかを知りたいと思うものは後を絶たない。

「ここ来る前に、知り合いの情報屋が話していた情報だ。

一人のカースドヒューマンの少女の孤独と悲嘆から生まれた憤怒は、街を包む赤き炎となり、それはこの街の住人を氏色の赤で染め上げた。

彼女の悲しみは、結果として多くの人間の悲しみを生んだのさ」

 まるで物語を語るように隊長は話す。
 その瞳の中には、まるでこの街が炎に包まれていたころを映しているかのようである。

「とはいっても、実のところこれは情報屋が気まぐれに語った話だ。

所詮ロハ話、真相はあてにはならん。

まぁこの話をしてお前に反応がないってことは、ガセか、お前が本当に何も知らないってことなんだろうな」

「……それが、どうかしましたか?」

 かつて自分が何もできなかった街の話。
 少し前のアーニャなら気になることではあったが、今のアーニャにとってこんな世間話はどうでもよかった。

226: 2014/03/07(金) 21:32:40.63 ID:bV/OCKiKo

「いやなんだ……せっかくこんな名所に来たんだ。

その話くらいしておかないと、ここでおっ氏んだ人間どもに申し訳ないだろう?

これからもっと壊すことになるんだからよ」

 隊長は両腕を広げ、周囲をひけらかすようにする。
 周囲は無残な過去の残骸しかない。

 それをさらに壊しつくすことになるのは隊長が一番よくわかっていた。
 そしてそれが楽しみでしょうがないような笑みを、相も変わらず隊長は続けている。

「ん……ふと思ったんだがな」

 しかし隊長は何か一つ思いついたのか、街に向けていた視線をアーニャに戻す。

「この街を無残にしたのは人間の争いだ。

実際したのかカースかもしれないが、それでも引き金を引いたのは一人の少女で、

それに立ち向かったのも、ほとんどはヒーローだ。

カースドヒューマンも、ヒーローも人間なのさ。

街の住人も人間だし、たとえ人間でなくとも、『ヒト』らしい感情は持っているものがほとんどだ」

227: 2014/03/07(金) 21:33:14.78 ID:bV/OCKiKo

「ダー……。

たしかにそうです。人同士が争うのは……悲しいですね」

 アーニャはこの街の惨状を思い出して、悲しそうな顔をする。
 それに対して、隊長も悲しそうな形口で続けた。

「そう。人が争うのは悲しい。

話し合う言葉があるのに、伝え合う心があるのに争うのはやはり悲しいだろう。

だが」

 ここで一息、隊長は話を途切れさす。

「俺はあいにく化物だ。

人間の形をしているが、誰もが俺を、『化物』と呼ぶ。

『化物』のように見る。

そして俺は『化物』のように頃すのさ。

そこに言葉は必要ない」

228: 2014/03/07(金) 21:34:01.48 ID:bV/OCKiKo

 問いかけるような視線をアーニャに向け、一言。



「じゃあ、俺に育てられてきたお前は『人間』か?

銀色(シェリエーブリェナエ)、

俺はお前に、心など持たせるように育ててきてはいない。

妖精(フィエー)、

俺は、お前を、お前たちを化物のように育ててきた。

雪豹(シニェジュヌィバールス)、

日本には『蛙の子は蛙』という言葉がある。

氷河(リエードニク)、

ならばこの俺(ばけもの)に育てられたお前たちも同様に『化物』ではないかと思うのだが、

白猫(ビエーリコート)、

お前は、それでも『人間』か?」



 

229: 2014/03/07(金) 21:34:43.89 ID:bV/OCKiKo

「ヤー……私は……私は……」

 ただでさえ不安定であったアーニャの心をその言葉は再び揺さぶる。

 自分の名前を知ったのは数か月前。
 『アナスタシア』が生まれたのはほんの数か月前だということは、それまでの彼女は何だったのか?

 そもそも、今の彼女もはたして『人間』と言えるのだろうか?

 目の前の敵に集中して強引に精神の安定を図っていたアーニャにとってこの問いかけは弱点のごとく精神にダイレクトに届いた。
 自身の存在を揺らがすこの言葉は、少女に動揺を与える。


「改めて問おう。

お前は『人間』か?それとも『化物』か?」

「ッ……わたしはっ!!」

 隊長の言葉を聞きたくないために、動揺を振り切るためにアーニャは飛び出す。
 構えたナイフを突き立てるべくまっすぐ隊長に突進する。

「迷うか?

だが『人間』ならば迷わんぞ。

ならばここからは『化物』同士の戦いだ。

遠慮も躊躇もいらない。氏者への弔問も念仏も必要、無いってことだ!!!」

230: 2014/03/07(金) 21:35:20.10 ID:bV/OCKiKo

 ごうと隊長の周囲に吹き荒れる強風。
 念動力によって引き起こされたその風は、周囲の朽ちかけの廃墟を軋ませる。

 アーニャの突進の勢いはその風によって少し緩む。
 だがその程度で足は止まらない。隊長を貫くべくさらに進もうとする。

「!……ぐ、これは」

 しかし足は進まない。

 いや足は動く。だが体は宙に浮き、足は地に着かず地面を蹴ることができなかった。
 そして首が引っ張られるような痛み。

 そう、頭は隊長の『腕』によって掴まれ、宙づりの状態になっていた。

「時刻は一八○○を超えた。

作戦開始だ。白猫」

 そして隊長は開いた掌を、思い切り握りしめる。
 それに連動するように念動力の『手』も空気と一緒にアーニャの頭を握りつぶした。

 頭を失ったアーニャの体は、どさりと地に足を着け倒れ伏せる。
 隊長は窮屈そうに締めていたネクタイを緩め、アーニャに背を向けた。

231: 2014/03/07(金) 21:36:01.68 ID:bV/OCKiKo

「全くこの程度か?能力を過信しすぎるな行ったはずだ……が!」

 発言の途中、隊長は気づいたように言葉を止めて、念動力を纏わせた拳を振り向きざまにふるう。

 その拳とナイフはぶつかり合い、金属同士がぶつかり合うような乾いた音が響いた。

「ク サジェリエーニュ……あいにく、能力を過信させていただきました、よ」

 隊長の振り向いた先には、すでに頭部を復活させたアーニャがナイフを突き立てるべくそこにいた。

「やはり……十分お前も『化物』だな!」

 楽しそうな声で隊長は言うと、ナイフとぶつかり合っている拳を、力のままに振り抜こうとする。
 それに気づいたアーニャは、振り抜かれればナイフの方が持たないことがわかっているので、すぐに手を引く。

 隊長は、アーニャがナイフを引いた後でもそのまま腕を振り抜き、空を切る。
 その隙を見逃さずアーニャはナイフでがら空きの胸へ突き立てようとした。

 しかし当然それも隊長のもう片方の腕で弾かれ、さらに蹴りをアーニャに入れようとする。
 アーニャはそれをバックステップで回避、荒れ果てたアスファルトに着地後、勢いのまま数センチ滑り下がる。

「こいつなら……どうだ!」

 隊長も、バックステップ時の無防備な滞空時間を無駄にしようとはしない。
 再び出現させた念動力の『腕』はアーニャを掴もうと正面から迫りくる。
 その『手』は人一人を掴んで、握りつぶすには余裕なほどの大きさである。

232: 2014/03/07(金) 21:36:40.61 ID:bV/OCKiKo

「……くっ」

 その『腕』によってせり押された空気は圧力となってアーニャに降りかかる。
 着地後にのんびりとしていればすぐに『手』につかまり、再び体はひき肉と化すだろう。

 いくら回復能力があろうと回数は有限である。
 初めに頭を潰されたのも本来なら手痛いほどの力の消費であり、まだろくに隊長にダメージを与えられていないのにこれ以上大規模な回復を使うのはまずい。
 かといって、ここで下手な回避に出れば攻撃の機会はさらに絶望的なものとなる。

 故にアーニャは右方前に体制を低くしながらタックルするように転がり込む。
 これによって『腕』の範囲から回避しつつ隊長への距離を再び詰めることができた。

 そして隊長の方へと地面を蹴り、右手のナイフを振り下ろす。
 隊長はそれも念動力を纏わせた左腕で防いだ。

 しかしアーニャもそれは予想通りで、さらに左手で腰に携えていたもう一本のナイフを引き抜き、隊長を縦に一閃するように振り上げた。

「ぐっ!?」

 新たな凶刃に隊長はわずかに反応が遅れる。
 急いで空いていた右腕に反発力を纏わせ防御に出るが、腕の力の入れ方が足りず左のナイフの一閃は隊長の右腕を弾いた。

233: 2014/03/07(金) 21:37:31.30 ID:bV/OCKiKo

 アーニャはこの千載一遇のチャンスを見逃さない。
 両のナイフを交互に、フェイントを入れつつ何回も振るう。

「УУУрааааааааааааааааааааааааа!!!!!!」

 アーニャの鬼気迫る掛け声とともに、上下に、左右に、千変自在の太刀筋が隊長を襲う。
 隊長も両腕で全て防いではいるが、その場からじりじりと後退させられていた。

 だが隊長は、相も変わらず楽しそうな笑みは変えず、それでいてアーニャの様子を観察するような余裕を見せた目をしていた。

「白猫、覚えているか?

初めてナイフを使っての訓練のことを」

 諭すような口調で隊長は目の前のアーニャに話しかける。
 しかしアーニャはそれを無視して、ナイフを振るい続けた。

「お前が8歳のときの8月のことだ。

CQCの基礎を教え終わり、ナイフを使っての戦闘訓練が始まった。

隊の中でも、お前はもっともナイフの扱いが苦手だった気がするな。

だが最後には、きっちりとそのスキルを完全にものにして、挙句の果てにはCQCではトップクラスの実力を持つようになっていた」

 隊長は懐かしむような眼をして、目の前で必氏にナイフを振るうアーニャを見る。
 その姿と、かつてナイフの扱いに四苦八苦していた銀色(シェリエーブリェナエ)の姿が重なっていた。

「そして今、その師である俺の前で、俺の教えた戦い方をしているわけだ」

234: 2014/03/07(金) 21:38:20.44 ID:bV/OCKiKo

 ここで懐かしむような隊長の表情は、再び意地の悪い笑みに戻る。


「そう、俺が編み出したロシア式CQCだ!

たしかに実践を経て、ある程度は自己流に改編はされている。

実に百点、いや百二十点の戦闘だ!

だがそれでも、俺のオリジナルは越えられない!

ロシア式CQCは俺が自分のため編み出したCQCを、一般人用にデチューンしたものだ!

真のロシア式CQC、否、『俺式CQC』は俺が使ってこその真価を発揮するのだからなあ!!」


 隊長はアーニャの両方のナイフを、体から外の方向に向けて勢いよく弾く。
 すでに酷使していたナイフの刃はその衝撃で中ほどから折れてしまった。

 一瞬にして2本とも折られてしまったナイフを見てアーニャは驚愕の表情をする。
 隊長はその間にも、腿を上げひび割れたアスファルトに脚を振り下ろした。

 その震脚は、朽ち果てる寸前であった舗装されたアスファルトの息の根を完全に絶つ。
 隊長を中心に地面は蜘蛛の巣上にひび割れ、陥没した。

 地面の陥没により一瞬の浮遊感を感じたアーニャはその間身動きが取れない。
 その隙に隊長は振り下ろした脚を軸として回し蹴りを決める。
 弾丸のごとくの加速の付いた足裏は、アーニャのわき腹に完全に突き刺さり全身の骨を軋ませるほどの衝撃を与えながら吹き飛ばした。

「……かはっ!」

 アーニャは背後のビルに衝突することによってようやく吹き飛ばされた勢いが止まる。
 吹き飛ばされた際に刃のないナイフは手放してしまい、両手は空のままビルの壁にもたれ掛る。

235: 2014/03/07(金) 21:39:44.50 ID:bV/OCKiKo

 全身のいたるところの骨が今の一撃で折れており、アーニャは急いでそれを回復させる。
 それでも気を失いそうな激痛はアーニャの体を蝕んでいた。

 だが隊長は休ませてはくれない。
 先ほどの場所から地面を蹴ってアーニャの方へと跳び蹴りをかましてくる。

 かなりの距離が隊長とアーニャの間にあったにもかかわらず、隊長はアーニャのかなり手前で跳んでいた。
 それなのにもかかわらず、念動力の加速によって戦闘機のごとく隊長の体は低空飛行をしながら、両足をそろえてドロップキックの体制へと移行しながら突っ込んでくる。

 その勢いは先ほどの念動力のブーストの無かった回し蹴りとは比べ物にならない。
 直撃すれば新幹線に衝突するのと同じように、体は木っ端みじんに吹き飛ぶだろう。

 ほとんど本能の赴くまま、アーニャは横に飛び退く。
 そしてほぼ間髪入れずに隊長のドロップキックはアーニャを受け止めたビルへ突き刺さりそのビルも波紋状のひびを刻み、粉々に倒壊させた。

「よく避けたな」

 ビルの倒壊による瓦礫が降り注ぐ中、隊長は横に向いた体を念動力で起こし、そのまま宙に浮遊する。
 恐ろしいのはその浮遊が一切テレキネシスを使ったものではなく、サイコキネシスによる力の放出だけによる微妙な力加減で保たれていることだ。

 飛び退いた際に倒れた体をゆっくりと起こし、隊長を見るアーニャ。
 隊長はそんな地面に這いつくばっているアーニャを見下している。

「どうした?これで終わりか、白猫?」

 挑発するようなニュアンスを含め、隊長は言う。

236: 2014/03/07(金) 21:40:22.52 ID:bV/OCKiKo

 だがその時、アーニャと隊長を分断するように大きめの瓦礫が落ちてくる。
 それを見たアーニャは全身に天聖気を巡らせて、体を強引に動かす。

 堕ちてくる途中のビル壁は一枚の壁のような形を保っており、それに飛び乗るようにアーニャは跳ぶ。
 隊長は油断していたため、緩慢だった動きから急に素早く動き出したアーニャに反応が遅れた。
 隊長からはアーニャが一瞬落ちゆくビル壁の陰になり見失う。
 そしてアーニャを影に残したビル壁は落下方向を変えて地面と平行に近いように隊長の方へと跳んできた。

 おそらくアーニャがその壁を蹴り、隊長の方へと飛ばしてきたのだろう。
 その証拠にアーニャは壁を飛ばした方向とは逆の、反発した方向にバックステップのように飛んで行っていた。

「小賢しい真似を……」

 つまらなそうに隊長は跳んできたビル壁に拳を一発を叩き込む。
 それだけでビル壁は粉々に砕け、隊長の視界を遮っていた障害は消えた。

 しかしそのビル壁の向こうには予想外のものがあった。

「なに!?」

 すでにピンの抜かれたグレネードがビル壁に隠れて投げこまれていたのだ。
 グレネードは弾けるように視界を潰すほどの光と爆音を発生させる。

「スタン、グレネードか!」

237: 2014/03/07(金) 21:41:10.56 ID:bV/OCKiKo

 その目の前にいた隊長はそれの影響が直撃した。
 目をふさぎ、念動力で鼓膜をガードしたが、それでもひと時、完全に視覚と聴覚は奪われる。

 ビルは完全に倒壊し、辺りに砂埃を上げる。
 それが視界の悪さに拍車をかけ、隊長の視野が完全に回復するまでかなりの時間を要してしまった。

「……逃げたか」

 すでに辺りには隊長以外の人影は居ない。
 アーニャはこの場から完全に離脱しており、隊長は目標を見失ったのである。

「全く今度は鬼ごっこか……。

まぁ多分完全には、逃げてはいないだろう。

この街のどこかにいるはず……」

 その時、隊長は言葉を途中で止めて頭を押さえる。
 先ほどまでの余裕そうな表情とは違い、不快感を覚えたような苦々しい表情である。

「くそ……羽虫が邪魔してくるか。

正直、俺の余裕はないんだけどな……」

 周囲に放出していた念動力を解除して浮遊していた状態から地に足を着ける。
 苦虫をかみつぶしたような顔をしながら、隊長は文明の光などない闇に沈みつつある憤怒の街の中を進んだ。


238: 2014/03/07(金) 21:41:50.08 ID:bV/OCKiKo






 不快感を露わにしながら歩き出した隊長の一方、アーニャも疲労感を顔に滲ませながら廃墟の中を進む。
 相も変わらず雪は降り続いており、先ほどまで熱を帯びていたアーニャの体をクールダウンさせていた。

「正面から……戦うのは、失敗だったかもしれません……」

 重い足取りでアーニャは歩きながら呟く。
 隊長の強さは自身がよく知っているはずなのに、正直に正面から挑んだのは今思い返せば失敗だっただろう。
 だがその一方で、あの男に不意打ちが通用するとも思えないというのも頭の中に残る。
 
 アーニャは一度立ち止まり、後ろを振り返る。
 ゴーストタウンと化したこの街で、この幅の広い道路を歩くのは今はアーニャだけだった。
 当然振り向いても人影はない。

「とりあえずは……一旦撒けましたか」

 訓練で夜目はそれなりに聞くので、薄暗い街の中でそれなりに遠くまで見渡すことができた。
 とりあえず視界には人影が見えないので、緊張を一度解いて一息吐く。

 とはいってもあの隊長なのでいつ急襲されてもおかしくないことは念頭に置いておく。
 このまま道の真ん中を歩いていては、隊長が本気で追ってこればすぐに見つかってしまう。
 故に近くの比較的崩壊の少ない廃ビルに一度身を隠すことにした。

「おじゃまします……とはいっても誰もいるはずが、ありませんね」

 アーニャはそんなこと独りごちる。
 だが当然返事は帰ってくるわけがないし、それくらいはアーニャもわかっていた。

239: 2014/03/07(金) 21:42:38.81 ID:bV/OCKiKo

 入ったビルの中はかつて何かのオフィスだったらしく、かつての面影をそれなりに残していた。
 しかし辺りはほこりにまみれ、小さな瓦礫の破片が散乱していて生活感は皆無である。

 アーニャはそのまま奥へと進み、階段を見つけると上の階へと昇っていく。
 そしてできるだけ上の階を目指すと、最終的に4階まで到達し、それより上は崩落が激しく進むのは危険であった。

「ここに、しましょう」

 アーニャは4階へ入り、先ほど自身が通ってきた道路を見渡せる部屋へと入る。
 中は上の階が崩壊しているおかげで、大きめの瓦礫が散乱しており、ところどころに潰れたデスクが目についた。

 そのまま窓際、とはいってもすでにガラスは全て砕けており窓と言えるのかは定かではないがそこまで近づく。
 そしてその窓の下の壁にもたれかかるように、アーニャは座りこんだ。

「……全く本当に、化物です」

 先ほどのこと思い出して苦々しい表情をするアーニャ。
 自分はほぼすべての力を出し切っていたというのに、隊長はまだ余裕だという感じであった。

 実際隊長は戦闘狂の節もあり、あえて自分が追い込まれる状況に持っていくことがある。
 今回もそう言うようなチャンスがあったにもかかわらず、結局隊長に傷一つ付けることがかなわなかったのだ。

  『勝つ』と覚悟を決めてきたのにこのざまで、アーニャは自分が情けなくなってくる。
 先手はとられまいと構えていたはずなのに、あの隊長の言葉に心をかき乱され、そして無様な醜態をさらした。
 だがまだ諦めるわけではない。

240: 2014/03/07(金) 21:43:30.41 ID:bV/OCKiKo

 初手は完全な敗北だが、まだ手がないわけではないのだ。
 今までならば敗色濃い場合引くこともできたが、今回に関しては引くことは絶対にできない。

 『頃す』か『殺されるか』の二択しかない白猫としての最終任務(ラストミッション)。
 あの男との因果はここで幕を引くという意志はアーニャにとっては決して揺るぐことはない。

「そのためには……あと何ができるか」

 アーニャはコートを広げて、残りの装備を確認する。
 一つ一つ取り出して床に置き、数を確かめる。

「ノース……ナイフはあと3本に、スタンは2個、スモークが4個ですか……」

 初めから思ってはいたことだが、隊長を相手にするには心もとない。
 それでもこの状況で取りうる最善をするために、床に並べた装備を再びコートと腰に戻すそうとする。

「あっ……アー」

 しかし最後の一個のスモークグレネードを取ろうとしたが、手からこぼれてしまう。
 そしてかつての惨劇によってこの建物も傾いていたのか、その傾斜に沿って筒状のスモークは転がっていく。

 アーニャはそれを追って行くと、一つの瓦礫の山にぶつかってスモークは動きを止める。
 それを拾おうと、アーニャは瓦礫の前でかがんで手を伸ばした。

241: 2014/03/07(金) 21:44:15.97 ID:bV/OCKiKo

「……これは」

 スモークグレネードに手を伸ばしていたのはアーニャだけではなかった。
 もう一つの手がグレネードの手前で止まっている。

「コーシチ……骨、ですか」

 アーニャのものではないもう一つの手は別にアーニャのグレネードに手を伸ばしていたわけではない。
 その手はすでに白骨化しており、もはや動くことはないのだから。

 目の前の瓦礫の下には、一つの白骨氏体があった。
 おそらくかつての騒動の際に振ってきた瓦礫の下敷きになりそのまま事切れたのだろう。

 どうにかして這い出ようとしたのだろう。
 カーペット敷きの床にひっかき傷が残っている。
 だが手遅れであったことも伺える。
 カーペットには血痕が残っており、すでに乾いて赤黒くなっている染みがその氏体の下に広がっている。

 『憤怒の街』の際にほとんどの氏体は回収されたらしいが、それでもカースに取りこまれたりしたことによりすでに氏体が存在しない場合もあった。
 故にそう言った者は行方不明者として扱われ、今も見つかっていない犠牲者は少なくないのだ。

 そしてこの氏体も、捜索の目から外れてしまい数か月放置されたのだろう。
 今の今まで誰の目に触れることなく、きっと避難した他の会社の人々からも見捨てられ絶望しながら氏んでいったのだと想像できた。

 アーニャは無言のままグレネードを拾ってコートの中に仕舞う。
 そして隊長を迎え撃つための準備をしようとして氏体に背を向けた。

242: 2014/03/07(金) 21:45:00.54 ID:bV/OCKiKo




「……?」




 アーニャは何の疑問も抱かずに、グレネードを懐に入れた。
 そのことに、ふと違和感を覚えてしまったのだ。

「ヤー……私は、いま何を感じたのですか?」

 気が付いてしまっては取り返しがつかない。
 アーニャは氏体を見ても『何も感じなかったこと』に気づいてしまったのだ。
 これまでなら微塵もそんなことに違和感を覚えなかっただろう。

 だが普通の暮らしをして、普通の価値観を知ってしまったアーニャはその重大な違和感に気づいてしまった。

「パツィエムー……どうして、私は氏体を見ても、何も感じないのですか?」

 アーニャは振り返りその氏体を再び見る。
 だが瓦礫の隙間から覗く氏体の空っぽの目を見ても何も感じないのだ。

 憐憫も、哀悼も、悲哀も、恐怖も、憤怒も何も感じない。
 そこに人間一人分の骨、カルシウムの塊がある程度の感想しかないのだ。

243: 2014/03/07(金) 21:45:42.10 ID:bV/OCKiKo

「……うっ、くうぅぅ……」

 そんな自分に吐き気を覚える。
 ごく一般的な人間が感じる感情が欠落しているということ。

「まるで……『化物』じゃないですか……」

 隊長の言った心をかき乱したあの言葉。
 必氏に無視して、気にしなかったのに、自覚してしまえば後には引けない。

 これまでの自分の、アナスタシアとしての自分を自分で否定してしまったようなものだ。
 せっかくまともになれたと思ったのに、結局何も変わらなかったという証拠である。

 アーニャは吐き気で口元を押さえ、ふらふらと瓦礫に背を預ける。
 隣には何も言わない氏者。
 先ほどまで何も感じなかったそれが、まるで自分を『化物』だと糾弾してくるようにアーニャは感じてしまう。

「……はぁー……はぁー」

 息を深く吐いて、ざわつく心を落ち着ける。
 それでも吐き気は収まらないし、頭の中はぐらぐらするのだ。
 これまで後回しにしてきたツケだとでもいうのかというほどに、アーニャの精神状態は不安定であった。

244: 2014/03/07(金) 21:46:25.22 ID:bV/OCKiKo

「ツケ……といえば」

 ツケと言えば、エトランゼで強引にツケさせられたのを思い出す。
 それと同時にのあの、あの言葉も。

「カヴォータ……誰かに……相談できていたなら、少しは違ったのでしょうか?」

 この孤独な空間でアーニャは寂しさを感じる。
 だが自分一人でケリをつけるを息巻いてきたのに、そんな泣き言は言ってられなかった。

「そうです……。泣き言なんて言えない、悩みなんて悩んで、いられない」

 せめて、今の目的だけは、完遂せねばならない。
 プロダクションのことを思い出しながら、自分のすべきことのためゆっくりと立ち上がった。

 だが結局また後回しにしていることを、アーニャは気づかない。






 

245: 2014/03/07(金) 21:47:08.17 ID:bV/OCKiKo






「~♪……~~♪~♪」

 息吹を感じさせない静かな街の中に一つの鼻歌。
 隊長は足取り軽く、アーニャを探しながら歩いていた。

 一旦は見失ったが、少し歩きながら痕跡を探しているとある地点から明確な痕跡を見つけることができた。

「誘っているな」

 アーニャに痕跡を残さない術を教えたのは隊長だ。
 それが途中からあらかさまな痕跡を残し始めているということは、ほぼ確実に罠である。

「なら乗ってやらないと」

 そして隊長がたどり着いたのは、アーニャの入った廃ビルであった。
 比較的きれいに原形を保っているその建物を隊長は見上げる。

「オーケイ、どんな小細工を巡らしてるかは知らないが、ちゃんと正面から行ってやる」

 そのまま隊長はビルの中へ入っていく。

 

246: 2014/03/07(金) 21:47:48.91 ID:bV/OCKiKo


 わけがなかった。

「正面からは正面からだが、一階から順番に行くとは言ってねぇよな!

RPGのダンジョンじゃあねぇ。本丸目がけて正面突破だ!」

 隊長は膝を曲げて、跳躍する。
 念動力によって加速され、体は一気に最上階まで跳びあがった。

 最上階であった5階はほぼ崩落しているため、大体4階と5階の間くらいの位置で隊長は拳を振りかぶる。
 そしてその拳の一撃は、原形を保っていたビルの外壁を砕いて大穴を開けた。

 そして悠々と、その大穴からビルの内部へと侵入する。

「さーて、どこだ白猫?鬼ごっこは終わりにしようぜ」

 崩壊するビル壁は粉じんを上げて視界は良好ではない。
 隊長はまたそれが収まるまで待っているつもりだったがなぜか一向に収まる気配が見えなかった。

「これは……スモークか!」

 先ほどの粉じんに乗じてアーニャはスモークを投げ込んでいたのだ。
 埃っぽいコンクリの粉じんに混じって、白煙が隊長の視界を妨げる。

247: 2014/03/07(金) 21:48:32.68 ID:bV/OCKiKo

「ああくそ、仕方ない!」

 隊長はいらついた声を上げる。
 それと同時に周囲に発生させた念動力は視界を遮る白煙をすべて吹き飛ばした。

「小賢しい……真似を!」

 隊長の開けた視界が目にしたのは、瓦礫の散乱した薄暗いオフィス。
 その中にはアーニャの姿は見えない。

「どこに……」

 目を凝らして、アーニャの位置を特定しようとする隊長。
 しかしその隊長が捉えたのは、数刻前に目にした放射される光源である。

「またか!」

 それはさらに隊長の苛立ちを逆なでする。
 隊長の前方少し先に置かれたスタングレネードはワイヤーか何かが取り付けられており、遠隔でピンを抜かれたらしい。
 その円筒は閃光を発し、爆音を散乱させる。故に再び隊長は耳と目を保護する体制を取らざるを得ない。

 だが視界を潰された隊長は何かを感じる。
 それはほぼ本能に近いものであったが、躊躇なく念動力を纏わせた右腕を振るう。

 そしてそれは正解であり、その腕には何かを弾く感覚が残った。

「そこかぁああああ!!!」

 右方から接近した凶刃。
 その方向にアーニャがいると確信した隊長は回復しない二感にもかかわらず、攻撃を受けた方向に広げた掌を向ける。
 そして、圧縮。

248: 2014/03/07(金) 21:49:28.20 ID:bV/OCKiKo

 それだけで隊長の右手側にあるビル3階から屋上までごっそりと空気が圧縮される。
 同時にその部分のビルも圧縮され、ビルはそぎ落とされたように粉々の瓦礫と共に欠損した。

 結果として、大規模な欠落を起こしたビルは崩壊の音を立て始める。
 まだ五感すべて回復しない隊長だが、ビルが崩壊を起こし始めているのは気が付いた。







 だが、背後に迫るナイフの刃には気づかない。

 一つ下の階に潜んでいたアーニャは手持ちの軍用ワイヤーを使いトラップを作動させていた。
 罠というには稚拙なものではあったが、ビル内という乱雑な環境が不自然さを覆い隠していたのだ。

 とはいっても手持ちのワイヤーの長さでは限界があるため、初めのスモークは下の階から隙を見て投げ込んだもの。
 そしてスタンとナイフについてはワイヤーでピンを抜くだけの簡単な仕組みである。
 ナイフは独自に改造し、スペツナズナイフに近いものになっており、刃の部分が射出される。
 スタングレネードで感覚を奪えば、そのナイフが人が握っているものかどうかをかく乱させられる可能性が高くなる。

 罠は一階と四階にアーニャはしかけた。
 アーニャはもともと四階から入ってくるという予想をしていたのだ。
 そして見事に的中し、油断していた隊長は罠に掛かり隙も見せた。

 千載一遇の機会、アーニャは隊長が突入してくる際にあけた穴を利用して上の階へと上がり、隊長の背後を取る。
 手にはナイフ。それを突き立てればアーニャの勝利である。

249: 2014/03/07(金) 21:49:58.09 ID:bV/OCKiKo

(……これで)

 少しあっけなさも感じるほどの終わり。
 自らが望んだ結末であり、ようやく難儀な因果を断ち切ることができる。

(……これで)

 ここで隊長を殺せば万事解決である。
 プロダクションへの脅威はなくなるのだ。

『化物』

 誰かが囁く。

『きっと何も感じず殺せる。化物だから』

 きっとこれは事実だろう。
 今までのように、何事もなく、何も殺せず殺せる。
 アーニャ自身がそれを理解していた。
 だがそれを今までは気にしていなかったのに、気にし始めたからこんな声が聞こえるのだ。

『きっと殺せる。白猫なら殺せる』

 きっとこれは忠告だろうか。
 いや、きっと悲鳴なのだ。

250: 2014/03/07(金) 21:50:28.60 ID:bV/OCKiKo

『きっと殺せる。化物なら殺せる』

 日常に身を置き、気づく。
 人の命の重みを。

(……嫌です)

 そして日常との差に気づくのだ。
 人の命を、軽く奪えた自分との差を。
 命に対して感情を持たないというその差こそが、アーニャにとっての『人』と『化物』の差だ。

 アーニャには人の命の重さを度外視した頃ししかできない。
 だがそれは『化物』だ。
 日常の『人』ではない。

(この人は……殺さなくてはならない。でも頃すには……完全に、化物になるしかない)

 脳裏にちらつくのは、荒らされた事務所、傷ついたピィ、気絶した楓。
 そして残虐な笑みをするこの男。

(……やっぱり、殺さないと)

 走馬灯のごとく引き伸ばされていた時間は終わりを告げようとしている。
 アーニャは、グリップを握る手に力を入れる。

(……頃す、頃す頃す頃す頃す!)


251: 2014/03/07(金) 21:51:11.60 ID:bV/OCKiKo









 だがナイフは隊長の背の直前で止まった。

「アドナーカ……でも、『化物』は……嫌です」

 ここで自覚してかつてのごとく頃すことは、自分が『化物』であると認めること。
 自分で認めてしまえば、きっと自分は一生『化物』であるという予感がしたのだ。

 そうなったら自分は、この街で、日常で生きてはいけないのだろうとアーニャは考える。
 『人間』に混じって、『化物』は過ごせないから。

 それはアーニャには耐えられなかった。

「どうして、止めた」

 ナイフを握ったまま手を止めているアーニャを、いつの間にか振り返った隊長が見下ろす。

「どうして、止めたあああーーー!!!」

 嫌悪と激情が混じったような表情で隊長は叫ぶ。
 隊長の握った拳は、そのままアーニャの腹へと突き刺さる。

252: 2014/03/07(金) 21:51:44.57 ID:bV/OCKiKo
 息がつまり、苦悶の表情を浮かべながらアーニャは拳の勢いで吹き飛ばされる。
 背後にはビルの開いた大穴。

 アーニャはナイフを手放し、四階の高さからまっさかさまに落ち、体は下の道路に叩き付けられる。
 上がる土煙。その中のアーニャの顔は見えない。

「どうして、その手を、止めたんだ……」

 隊長は苦々しそうな、複雑な表情をしながら呟く。

「お前も、俺から、遠ざかるのか……」

 悲しそうな、寂しそうな瞳。
 まるで寂しがりの子供のような表情をしながら、崩れゆくビルから白煙を見下ろす隊長。

 そしてビルは崩れ、上がる土煙の中から隊長は歩いて出てくる。
 先ほどまでアーニャのいた場所には、一つの円筒状のスプレーのようなものだけ。

「スモークグレネード……また、逃げるか」

 隊長は空を見上げる。
 夜の闇の中、幽かに見える雲の動き。
 それと変わらずひらひらと降り続ける雪だけしか見えない。





 

253: 2014/03/07(金) 21:52:36.66 ID:bV/OCKiKo







 一つの廃墟の中、膝を抱える少女が一人。
 その影に先ほどまでの覇気は無く、小さく震えている。

「……もう、私は、殺せない」

 『人間』が『頃す』とき。
 それは罪を背負うことだ。
 その重石は一生背負う物であり、背負うには相応の覚悟がいる。

 『化物』が『頃す』とき。
 それは当たり前で、普通のこと。
 そこに責任も、後悔もない。
 氏者への念仏も、弔問も必要ない。

 彼女、アナスタシアは『人間』として生まれてしまったのだ。
 もはや『化物』の頃しはできない。

「でも……隊長を、殺さないと、またみんなを、傷つけてしまう」

 今にも泣きだしそうな、かろうじて絞り出した声。
 この状況のアーニャには思いつかない。

254: 2014/03/07(金) 21:53:07.32 ID:bV/OCKiKo

「……いや、でも」

 だが一つだけ、手を思い出す。
 結局、隊長の目的はアーニャであることを思い出したからだ。
 そしてこれは初めから考え付いていた手段の一つである。

「ヤー……私が、隊長に、殺されれば……いいんです」

 隊長の目的である裏切り者の始末。
 それさえ完了すれば、きっと表の世界であるプロダクションに隊長は手を出さないであろう。

「これなら……きっと」

 だがそれは、アーニャ自身が犠牲になること。
 それをプロダクションの皆は許さないだろう。

「少なくとも……シューコは別かも、しれませんが……。

そう思うと、シューコには申し訳ないことを、したかもしれませんね……。

あのような、ことを言わせてしまったのですから」

 脳裏に浮かぶ、たった数か月の思い出。
 それは唯一アーニャが『人間』として生きた記憶。

255: 2014/03/07(金) 21:53:38.37 ID:bV/OCKiKo

 一抹のさみしさを感じるが、もはやこれ以外に術はないとアーニャは考える。
 殺せない今、自分が氏ぬしかないのだから。

「ドー スヴェダーニェ……さよなら、みんな」

 『化物』の自分でも誰かのために氏ねるのなら、まだ救われる。
 振るえは止まる。
 これが本当の終わり。今度こそ終止符を打つ。

 アーニャは新たに覚悟して、立ち上がった。





256: 2014/03/07(金) 21:54:22.89 ID:bV/OCKiKo




『あーあー……聞こえるかー?アーニャ』





 立ち上がったところで響く、謎の声。
 それはアーニャのすぐ後ろからか、隣からか発せられる。

「シトー?……なんですか、これ?」

 突如聞こえる声にアーニャは困惑する。
 しかもその声が聞いたことのある声ならばなおさらである。

『おお!よかった。ちゃんと聞こえているな』

「なぜ今、晶葉の声が聞こえているのですか……まさか」


257: 2014/03/07(金) 21:54:55.18 ID:bV/OCKiKo

 晶葉はふふんと鼻を鳴らしながら自信満々に言う。

『そうだ!実はそのコー「これが、『ソーマトー』と呼ばれるものですね!」

 アーニャは晶葉の言葉を遮り一人で納得する。

「ヤー……私も、ここまで未練があったわけですね……。でも私は、止まりません。イズヴィニーチェ……晶葉」

『待て待て!よくわからんが早まるな!これは走馬灯でも幻聴でもない!』

 アーニャの言葉に応えてきた声でようやく違和感に気づく。

「シトー?……じゃあどういうことですか?晶葉」

『こちらはプロダクションの事務所だ。そのコートに備えられている通信機を通じて今会話をしているのだよ』

 アーニャはその声が本物であると気づき、その言葉の音源である首元辺りを見る。
 そこには小さなスピーカーのようなものがコートに埋め込まれていた。

258: 2014/03/07(金) 21:55:56.68 ID:bV/OCKiKo

『前にそのコートは戦闘用の特製コートとして渡したが、意外に街が平和だったせいで機能の説明の機会を失っていたのだ』

 少し残念そうな口調で話す晶葉。だがその裏では話したくて仕方ないような感情が見え隠れしている。

『だがどうやら緊急事態らしいから手短に言わせてもらう。この龍崎博士と共同で作ったこのコートだがな。

形状記憶繊維という特別な素材が使われていて少しくらい傷ついてもしばらくすれば元に戻るのだ。

細胞分裂に似た再生方法だからもしかしたらアーニャの能力で再生が促進されるかもしれない。だから試してみてくれ。

ある程度の防弾性や、運動性は龍崎博士の保証付だ。期待してくれ。

それと私の開発した戦闘支援ブレインが搭載されている。

とはいってもこれはどこまで役に立つかはわからないし、まだ情報不足で機能として稼働するにはもう少しそれを着て動いてみてくれないと無理だろう。

さらにその他もろもろの細かな機能がある。

共同制作だが私の技術の結晶だ!うまく活用してくれたまえ』

 晶葉はひとしきり喋って、一息つく。

『あいにく今の状況はピィから聞いただけだ。どれほどの問題なのかも私にはわからない。

だが私にできることはこれだけだ。だから……。

だから、ちゃんと帰って来たまえ。

そのコートのデータも取りきれてないし、まだまだ試したい実験は残っているのだからな』


259: 2014/03/07(金) 21:56:41.74 ID:bV/OCKiKo

 晶葉の声からは自身の無力を嘆く心と、アーニャを信じる心が伝わってくる。
 その『帰ってこい』の言葉はアーニャの決心を揺るがす。

『じゃあ次は……って押すんじゃない!お、おいコラ……愛海どさくさに紛れて!』

 耳元でバタバタとせわしない騒音が聞こえる。
 それに混じって様々な声が聞こえてきた。



『うひひひ……せっかくみんな集まってるんだし、揉んどかないと損ってもんでしょ』
『ちょっと愛海ちゃん、今はそんなこと……。ひゃあ、今度は私!?』
『おい次のマイクはウチがもらうぞ!』
『せんせぇ、かおるも喋ってみてもいい?』
『あっ!アタシだってマイクで何か喋りたいワ!』
『結局今どういう状況なの?』
『まぁ……応援か、何かですかね?』
『聞こえるー?こちら未央ー。アーニャは元気かな?』



 声を聴く限りプロダクションに関わりのある者がほとんど集まっているようである。

「どうして……みんなプロダクションにいるのですか?」

260: 2014/03/07(金) 21:57:16.10 ID:bV/OCKiKo

『ああ……なんというかあの後、偶然みんな集まっちゃてな』

 そんなアーニャの疑問に答えるようにピィの声が聞こえてくる。

『事務所が荒れてた事情を話したら話したで、みんなアーニャが帰ってくるまでは帰らないとか、面白そうとか言って帰ってくれないんだよ。

全く……まいったまいった』

「そんな……隊長が怖くないのですか!?

ィエーシリェ……もし、隊長が今プロダクションに向かったら、みんな殺されてしまいます!」

 アーニャは逃げるように言うが、ピィは笑いながら言う。

『まぁ確かにその場合、他のみんなはともかく俺は確実に殺されるだろうな。

でもそんな場合はあり得ないよ』

「……どうして、ですか?」

『アーニャはちゃんと隊長に勝って帰ってくるからさ。

それにアーニャがヒーローやりたいって言い出したんだから、俺がヒーロー信じなくてどうするんだってな』

「そんな……ことで」

261: 2014/03/07(金) 21:58:19.28 ID:bV/OCKiKo

『俺はもともと小さい頃、テレビとかでヒーローとか主人公とかに憧れてたけどさ、

結局そう言う柄でもないし、力もないから諦めたんだよ。そして『あの日』以後も変わりなくな。

でもアーニャ、お前は違う。アーニャなら俺のなれなかったヒーローになれるから。

俺の憧れたヒーローなら、俺は絶対信じれるんだよ』

 ピィやちひろたちの全面的な信頼。
 でもさっきアーニャは『帰ってこれない』ことを決心したのだ。
 それはアーニャが皆を裏切ってしまったことになる。

「アドナーカ……でも、私は隊長を殺せない。

じゃあ、私が氏ぬしか解決手段はありません……。

だから……帰ってくるなんて」

『アーニャ……別にヒーローは悪を頃すんじゃないんだ。

悪を懲らしめ、時に改心させるんだ。

時に頃すことになるかもしれないけど、それだけじゃない。

俺の知ってるヒーローは、悪に立ち向かい、悪を倒し、そして帰ってくる。

だからあの隊長の強面の顔面に一発拳入れてお帰り願え。

そうすれば万事解決だからさ』

 ピィの独自のヒーロー観と楽観的な考え。
 普通ならばそれで解決するなんて思うのは到底無理だろう。
 でも、

262: 2014/03/07(金) 21:58:52.77 ID:bV/OCKiKo

「それで……終わるのですか?」

『ああ、アーニャならできる。

それだけの力を持っているはずだから』

 自分が氏ぬしかプロダクションを守るすべがないと思われていた状況の中のこの言葉。
 皆のアーニャの帰りを望む声と合わせると、こんな無謀な解決方法でもどうにかなりそうな気がしてくる。

『だから、帰って来いよ。アーニャ』

 考えは、変わる。

「……ダー、わかりました。

悪に立ち向かい、悪を倒し、帰ってくる。

ヒーローならば、できることですね」

 アーニャは再び前を向く。
 今度こそ、隊長との決着を付けに。

263: 2014/03/07(金) 21:59:31.92 ID:bV/OCKiKo

『おーい、くれぐれも無茶はするな「ガーガガー……」

あれ「ガー……」しがおかしくなってるな?

こしょ「ガー」か?』

 晶葉の声がノイズと共に聞こえてくる。
 やはり何度も衝撃を受けたせいで、通信機が故障したのだろう。

『まぁ「ピー」いさ。ちゃんと帰ってくるんだぞ「ガガーピーブツンッ」』

 その言葉を最後に通信は切れる。

「……自分の意志だけではだめでも、周りの声は可能性をくれる。

一人で背負わないで、誰かと相談すれば……手段はいくらでもあるのですね。のあ」

 もはやアーニャは一人ではない。
 手持ちの武装はもはや尽きてはいたが、それ以上の武器を手に入れたから。

「イェショー ニェムノーガ……もう少し、もう少しだけがんばりましょう……」





264: 2014/03/07(金) 22:00:11.53 ID:bV/OCKiKo







「また小細工でもしてくるのかと思ったが、素直に出てくるとはどういう作戦だ?」

「ニェート……いえ、特に作戦なんてないです」

「これはまた……俺を嘗めているのか?」

「まさか……あいにく私に、そんな余裕はありません。それに嘗めているのは……あなたでしょう?」

「……あいにく俺はいつも全力だ」

「……何を言ってるんですか隊長?あなたは、もっと……型破りで、常識はずれで、、意味不明です。

それだというのに……今日は随分型に収まっている、感じですね」

「ほざけ、それで手も足も出ないのはどっちだ」

「ダー……そうですね。まったく、その通りです」

「ふん……じゃあこれは白旗でも上げに来たってことか?」

「…………ニェート。私は……勝ちに来ました」

「……よくもまぁ、な。勝算は?」

「……勝ちは、勝ち取るものですよ」

「……上等だ!」

265: 2014/03/07(金) 22:01:14.64 ID:bV/OCKiKo

 その声を合図に、向かい合った二人は地を蹴り飛び出す。

「УУУУУраааааааааааааааааааааааааァァァァァァアアアア!!!!!!」

「オオオォォオオォォOOOOOOhhhhhhhhhhhRRRaaaaaaaaaaaaaaァァァァァァァアアアアア!!!!!!」

 感情籠った叫びと共に両者ともに突き出した拳は正面から激突し、衝撃で空気はうねる。

 しかし隊長の拳の方が数段威力は上であった。
 耐え切れずアーニャの腕は骨の折れる音を響かせながら後方に吹き飛ぶようにのけぞる。

 だがアーニャは意も介さず、すぐに隊長の懐へと潜り込む。
 空いていた拳をすぐさま隊長の体に打ち込もうとするが、隊長はすぐにそれを腕で防いだ。

 アーニャはそれも気にせず、吹き飛ばされた方の腕をすでに完治させており、それで再び一撃入れる。
 それも防がれてしまうが、気にしない。
 そのままアーニャは隊長の目の前でインファイトをする。

 だがそれをずっと許すほど隊長も甘くはない。
 隊長を中心に嵐のような衝撃波が発生、アーニャはそのまま押し戻される。
 それでもアーニャは止まらない。すぐに接近しようとする。

266: 2014/03/07(金) 22:01:51.39 ID:bV/OCKiKo

 隊長は念動力の『手』を出現させてアーニャを捉えようとするが、それも躱される。
 躱した低い体勢から、足払いをアーニャは繰り出すが隊長はその場で飛んで避けた。
 そして隊長は重力に加え、上からかかる力を自身に加えて落下速度を速める。

「……ぐぅ!?」

 それだけでアーニャの足払いしてきた脚に着地し、その脚を粉砕する。
 このままでは移動もままらない上、追撃されると更なる不利になってしまう。
 残った脚と両腕を使い一歩分、その場から飛び退いた。

 だが隊長は『手』を使ってアーニャを追い立てる。

「なっ……」

 このまま一歩だけの飛び退きでは確実に捉えられてしまう
 半ば強引にだが、地面に着いた両の腕をばねにして、着地は全く考慮せずにさらに後方へと跳ぶ。
 それによって、その『手』はぎりぎりアーニャに届くことはなかった。

「もう、一丁!」

 だがその『手』とは別に新たに出現した『手』がアーニャの全身を左方から捉える。
 全身にかかる圧迫感。そして次の瞬間には全身が丸めたチリ紙のごとく圧縮される感覚と共に視界が真っ暗になる。

 それでも悠長にしてはいられない。
 ほぼノータイムで全身を再生させる。
 大幅な力の消費は、アーニャの意識を暗転させようとするが、気合いで耐える。
 脳が揺さぶられるような不快感は残るが、それでも止まれない。

267: 2014/03/07(金) 22:02:27.02 ID:bV/OCKiKo

「……まだ、まだ!」

 その後も、何度も隊長に挑んでいく。
 全身を天聖気で強化し、傷ついたのならばすぐに回復。
 それでも、腕は吹き飛ばされ、脚は砕け、内臓さえも何度も潰される。

 そしてそのたび、意識が飛びそうになりながらも体を再生させる。
 頭は吹き飛ばされようとも、全身の半分以上が欠損しようと、いくら即氏級の攻撃を受けたとしても。
 治して直して復活(なお)して、そして立ち向かう。

(まだいける……まだいける。

一撃入れるまでは、何度でも、何度でもやって見せる)

 すでにアーニャのこれまで考えられていた限界回復量をゆうに超えていた。
 それでも何度も、体を再生させて、変わらぬ闘志で向っていく。

(どうして、こいつは止まらない?)

 逆にアーニャを頃して壊して吹き飛ばすたびに困惑していくのは隊長であった。
 これまでのアーニャならばこのような不毛なことはしなかった。
 だがこの無意味で、無謀な突撃をアーニャが繰り返すたびに隊長の疑念は膨らんでいくのだ。

268: 2014/03/07(金) 22:03:07.98 ID:bV/OCKiKo

「お前は……何がしたい!?

こんなこと俺は教えていないぞ!お前はいったい何を見ている白猫!?」

「私は……あなたに勝って、帰るんです!」

 それでもいずれ限界は来る。
 挑むたびに傷つき、それを回復させるたびに思考にはもやがかかり、脳は熱を帯びていく。
 視界は徐々にぼやけ、平衡感覚さえもおぼつかない。

「ま……だ、まだ……いけ、ます」

 全身の服はボロボロであり、コートの再生に回す力など残っていない。
 それでも立ち上がり、ふらふらと隊長に向かっていく。

「お前は……」

 もはや隊長は力さえ使っていない。
 攻撃しようとするたび、それを避け、軽い蹴りで押し戻すだけだ。

「どうしてそこまで」

「ヒーロー……は、勝たなくちゃ、いけないんです」

 そしてなおも向かってくる。
 隊長はそれに対して『手』で押しつぶす。

 それだけでアーニャの全身の骨を砕き、絶命へと至らせる。
 そしてそれでも、自らの体を回復させる。もはや生き地獄とも言ってもいいほどの苦行を何度も行うのだ。

269: 2014/03/07(金) 22:04:01.01 ID:bV/OCKiKo






 もはや限界であった。
 体には痛みはなくとも、疲労感で体は全く動かない。
 力の消耗によって意識さえも手放しそうで、瞳を閉じたら深い眠りについてしまいそうなのを必氏にこらえる。

(まだ……もう少し……それでも)

 だが一回、瞬きをしてしまう。
 その瞬きは一気にアーニャをまどろみの中へと引き込んだ。

(駄目……です)






270: 2014/03/07(金) 22:04:32.78 ID:bV/OCKiKo






「お疲れ様ね。アーニャ」

 そんなアーニャにふと聞こえてきた一つの声。
 その女性の声は聞いたことがないのに、なんだか懐かしい感じがする。

 そしてその声ではっとなったアーニャは眼を開けるとそこにはさっきまでいた廃墟群の只中ではなかった。
 穏やかな日差しが差し込む林の中であり、眼前には真っ白な教会が存在している。

 そしてその前に立つ女性が一人。
 美しい黒髪を伸ばした女性はアーニャの方を見ながら微笑んでいる。

「……ここは?」

 そんなアーニャの疑問に女性は答える。

「ここは……夢の中、とでも言えばいいかな?」

271: 2014/03/07(金) 22:05:20.42 ID:bV/OCKiKo

 その言葉にアーニャの混乱している頭は現在の現実での状況を思い出す。

「そうです!んっ……」

 隊長との戦いの最中であることを口に出そうとするが、いつの間にか目のすぐ前にいる女性の人差指に口を押えられる。

「別に慌てなくていいわ。

少しくらいゆっくりしても、ここでは問題ないのよ」

 女性は優しい口調で言う。
 なぜかアーニャはそれに納得してしまった。

 アーニャは落ち着いてきたのか周りも見渡す。
 自分の夢の中であるはずなのにこの場所に覚えはない。でもなぜか懐かしさは覚えるのだ。
 穏やかな時間が流れており、気を許してしまえばずっとここでのんびりしていても苦でもないような感じである

「じゃあ……何から話そうかな?」

 目の前の女性は人差指を口元に充てて考えるしぐさをする。
 アーニャはそんな女性に質問を投げかけてみた。

「ヴィー……あなたは、なんなんですか?」

272: 2014/03/07(金) 22:05:56.52 ID:bV/OCKiKo

「私?えーっと私はなんていうのかしら?

あなたの守護霊とでも言えばいいか……それかあなたの監視とでも言えばいいのかな?

まぁともかく、ずっとアーニャのことを見守ってきたの」

「ヤー……私、を?」

 アーニャのことをずっと見守ってきたということは、これまでのことを知っているということである。
 この女性がどこまで信用できるのかわからないのにアーニャはなぜかすんなりと受け入れることができた。

「そう、ずっと。

監視っていうのは、アーニャに力を与えた人、まぁぶっちゃけちゃえばとある神さまなんだけどね。

その人から頼まれたの。アーニャの監視を。

まぁ私としてもその方が都合がよかったからいいんだけどさ」

「か……かみさま?」

 突然の暴露にアーニャは頭がついていかない。
 それでも女性は気にせず話を続ける。

273: 2014/03/07(金) 22:06:31.98 ID:bV/OCKiKo

「ていうか私あの人にアーニャのことを任せたのに何なの?

変な育て方するし、アーニャが家出したかと思えばそれを追ってくるしわけわかんないわまったく……」

 女性はなぜか勝手に誰かにぷりぷり怒っている。

「ああ、ごめんねつい愚痴みたいになっちゃって。

それで今回はね、きっとあなたは私のこと多分はじめましてなんだけど、実は今日でお別れなの」

「ど、どうして……ですか?」

 そして突然の別れの話。
 アーニャの頭はさらに混乱する。

「もうあなたに、監視は必要ないってことよ。

あなたがもう監視なんてしなくても十分やっていけるってことがわかったからね。

だから私は、あなたの力をあなたにすべて渡して、さよならするの」

274: 2014/03/07(金) 22:07:11.70 ID:bV/OCKiKo

 アーニャにはその別れの言葉がなぜか悲しい。
 この女性とは初対面なのに、ずいぶん長い付き合いの人との別れのように、なぜか涙が出てきた。

「ルヴァーチ?なんで……涙が?」

 そんな様子を見た女性は腕でアーニャを抱きしめる。

「ごめんね……。私ももっと一緒に居られれば良かったんだけど、私にも行かなくちゃならないところがあるから。

でも大丈夫。あなたにはいっぱいのお友達が、いるでしょう?」

 女性はアーニャの目をまっすぐ見ながら言う。

「あなたのことを応援してくれる人もいるけど、あなたのことを心配する人もいるってことを忘れちゃだめよ。

今日みたいな無茶は、そんな人たちのためにもほどほどにしなさい。わかった?」

 アーニャはその言葉が心にすっと入ってくるのがわかる。
 そして無言で肯いた。

275: 2014/03/07(金) 22:07:46.43 ID:bV/OCKiKo

「よしっ!じゃあ行ってきなさい。

最後に、えーっと、ご飯はちゃんと食べるのよ。それから病気には気を付けること。

それからひとさまには迷惑をかけないことと……それからそれから」

「……もう少し、落ち着いて話したらどうですか?」

 何を言おうかあたふたしている女性に対して、苦笑しながらアーニャは言う。

「……そうね。もうあなたは子供じゃないんだからね」

 アーニャのその言葉を聞いて、落ち着いたのか女性は微笑む。

「じゃあ最後に、お使いを一つ。

隊長さんに、『ごめんなさい。あなたの想いには答えられません』って伝えて。

私には愛する夫も、子供もいますから」

 別れの時間が近いのか、周囲の風景が光に溶けていくのがわかる。
 女性は抱いた手をほどいて立ち上がる。
 アーニャもその女性のように立ち上がった。

「ダー……わかりました。伝えます」

 そしてアーニャは女性に背を向ける。

「これで、お別れね。

いってらっしゃい。私の愛しいアナスタシア」

 女性はそう言って手を振る。
 アーニャは振り返り、微笑みながら言う。

「行ってきます。ママ」




276: 2014/03/07(金) 22:08:26.55 ID:bV/OCKiKo







 隊長は目を瞑って眠るアーニャを少し離れた位置から見下ろしている。

「俺にはわからない……結局いつまでも、手は届かないのか?」

 ふとつぶやく、そんな言葉。
 隊長にとって、手に届く位置にいるはずのアーニャがなぜか遠い。

「……結局、あなたは、なんなのでしょう?」

 そんな隊長にふと掛かる声。
 その声を聴いた隊長は再び、意地の悪い笑みになる。いや、そんな笑みを取り繕う。

「なんだ。もうギブアップかと思ってたぞ。

まだ俺を楽しませてくれるのか?」

 アーニャはゆっくりと立ち上がって、その言葉に対して首を横にを振る。

「……これで、終わりにしましょう。……あなたも、わたしも」

277: 2014/03/07(金) 22:09:04.25 ID:bV/OCKiKo

 アーニャの手の甲から、ポタリポタリと落ちる血液。
 それは地面に落ちて小さな赤い染みを作る。

「終わりだぁ?

終わらねぇよこれは。俺と、お前の関係はな」

「ニェート……もう、終わらせないと、いけないのです」

 アーニャは自身の掌を眼前に持ってくる。
 その掌には、トランプのダイヤのような形の赤く塗りつぶされた傷口。
 それを握りしめ、瞳の矛先を隊長へと向ける。

「Давайте положить конец.…… Командующий(終わらせましょう……隊長)」

278: 2014/03/07(金) 22:10:28.26 ID:bV/OCKiKo

 アーニャを中心に、広がる光。
 全身からほとばしる天聖気は可視化できるほどの閃光を生み出す。
 体外へと放出された天聖気は翼のような形を作り、高密度のエネルギーとして天へと延びた。

「特徴的な傷口、そのあふれ出る天聖気……。

まさか聖痕?じゃあお前は聖人ってことか?」

 ここで隊長は初めて合点の合ったような顔をする。



「なるほど、能力の仕組みはそいつか。

”復活”の天聖気、そういうことか。

『復活の少女(アナスタシア)』!!!」



 かつて救世主(メシア)が起こした奇跡の一つ。
 氏後の復活。生き返り。その奇跡が彼女の中で”天聖気”として循環している。
 だからこそ、氏んでも復活する。氏なない、ではなくそのたびに生き返っているのだ。

 かつて隊長は『聖人』を相手に戦ったことがあった。
 だからこそ、このことを知っていたし、『聖人』の『聖痕解放』の弱点も知っている。

「そんなとっておきがあるとは、驚きだ!」

279: 2014/03/07(金) 22:11:28.83 ID:bV/OCKiKo

 隊長は両の手に対応した『手』を作り出し、アーニャへと飛ばす。
 だがその『手』はアーニャの手前でバリアに弾かれるように、掻き消える。

「さすがだ!……だが」

「ヴィー……あなたは、いつまで続けるのですか?」

 その言葉を聞いて隊長は攻撃の手を止める。
 そしてふと周りを見渡してみた。

 アーニャの光は夜の闇を照らし、降りゆく粉雪は光を反射させて輝いている。

「これは……」

 まさにそれは地上に振りゆく星屑の様。
 隊長はそれの一つに手を伸ばして、握りしめる。
 その手の中には雪の冷たさだけでなく、なぜか暖かさも感じた。

 これまでどんなに手を伸ばしても届かなかった星々。
 それは自分には絶対に手の届かないもであると思っていた。
 だが今、それはこんなにも近くにある。


「星は……こんなにも近くにあったのか。手を伸ばせば……届くほどに」


 隊長はぽつりと呟く。

280: 2014/03/07(金) 22:12:25.60 ID:bV/OCKiKo

「隊長……あなたが、欲しかったものは……」

 アーニャの声を聞いて、隊長は、少しの間目を閉じる。

 そして目を開けてアーニャの方へと向く。
 その瞳に映るのは、アーニャの姿。
 それと、かつて手の届かなかったあの女性の像。

 二つは重なり合って、隊長の前に立っている。

「そうだな……終わらせよう」

 全てを悟ったような、隊長の声。

「お前に、俺はもう必要ない。……いや、お前にとって俺は不要なのだろう」

 この星屑振りゆくゴーストタウンに響く地響き。
 隊長の後方にあった、比較的大きめのビルディングは振動と共に宙へとせり上がっていく。

「だが、ここでお前を素直に帰してやるほど、俺は諦めはよくないんでな!」

 隊長の周囲を渦巻く念動力。
 それは力の行使の余波であり、それが及ぼす対象は別である。
 目視した限りかなりの高さがあったと思われるビルは隊長の頭上を加速しながら天へと昇っていく。

281: 2014/03/07(金) 22:13:06.39 ID:bV/OCKiKo

「卒業試験だ、アナスタシア。

今から俺はあのビルを空に打ち上げて、その後加速させながら落とす。

あの質量を相応の速度を持って墜落させれば、さながら大質量の隕石と同等だ。

被害はこの憤怒の街だけでは済まないだろうな」

 挑戦的な口調でつづける隊長。
 アーニャはそれを黙ってみている。

「このどうにかして防ぐことができれば、お前の勝ち。好きにするがいいさ。

だが防げなかったとき、お前はどうする?

お前は氏なずとも、無関係の人間は大勢氏ぬだろう。

俺はそれに対して心が痛むことはない。俺は化物だからな。

さぁなんとかしてみろヒーロー!俺という障害を、乗り越えて見せろ!

アナスタシア!」

 その言葉と同時に隊長の体はサイコキネシスによって浮かび上がる。
 さらに余波による、念動力の暴風は小さな瓦礫や砂を巻き込んで竜巻のように隊長の周りを回り始めた。

282: 2014/03/07(金) 22:14:31.38 ID:bV/OCKiKo

「カニェーシュナ……もちろん、全部守ります。

……あなたを超えて、私は前に進みます!」

 アーニャを包む天聖気はさらに輝きを増す。


「言っておくが、ビルが摩擦によって質量が減衰するなんて期待はするなよ。

俺は、徹底的に、常識を壊してやる」


「なら……私は、徹底的に、常識を、日常を守ります!」


 言葉の明確な対立。
 それを合図に、アーニャは地を蹴り、隊長へと突撃する。

283: 2014/03/07(金) 22:15:19.00 ID:bV/OCKiKo

 隊長は、大量の『手』を生み出しあらゆる方向から、アーニャを掴んで圧氏させようとする。
 しかし翼のような天聖気の放出はブースターのような役割を果たし、その勢いだけで『手』の弾幕を突破した。

 それに対して隊長も動揺を見せることなく拳に念動力を纏わせてアーニャを迎え撃つ。
 向かい合う両者の拳の応酬はぶつかり合い、衝撃の余波を生む。
 しかしそれでもお互いに決定打は与えられず、拳の弾丸が数秒間行き交う。

「こいつは、どうだ!」

 その膠着状態を裂きに破ったのは隊長であった。
 一歩後ろに下がって、念動力で地面に舗装されていたアスファルトを強引に板のように引きはがす。
 アーニャを挟むように立ちあがった二枚の石版は加速してアーニャを挟み撃ちにする。

 アーニャは両手の平を広げた状態でを板に向けて差し出す。
 高密度の天聖気を纏った両腕は、二枚の石版に圧迫されることなく貫いた。

「囮だ馬鹿め!」

 二枚の石版を貫通した穴から見えたのはさらに巨大な壁。
 隊長は石版によってアーニャの視界をふさいだ後に、二つのビルを念動力で引っこ抜いて石版の陰にしながら、さらに挟み撃ちにするようにしてきたのだ。

「これ、でも、まだ!」

 アーニャはそれも先ほどと同様に防ごうとする。
 しかし今度の質量は先ほどの比ではない。
 アーニャの何千倍もの物量が両側から圧頃しようと迫ってくるのだ。

 いくら『聖痕解放』で大幅な身体上昇と運動量ブーストしようとこれはさすがに無理である。
 アーニャはその両側からの攻撃に耐えきれず、押しつぶされた。

284: 2014/03/07(金) 22:15:55.70 ID:bV/OCKiKo

 勢いよく加速してアーニャを潰して衝突したビル同士は、その衝撃で粉々に砕ける。
 だが隊長もこれで終わりだとは思っていない。

 きっとあの瓦礫の雨の中から体をすぐさま再生させてこっちに向かってくるだろう。

 だがここで隊長はほぼ本能で、しゃがみ込む。
 先ほどまで自身の頭のあった場所には人体を一閃せんとローリングソバットが過ぎていく。

「こちら、です!」

 いつの間にか隊長の背後に回っていたアーニャの蹴り。
 この瞬間移動に隊長は疑問で脳を埋め尽くされながらも、すぐさま『手』を出現させる。

 アーニャはそれにすぐに捕まって、圧掌によって潰される。

「いったいどこから?」

 隊長が忌々しげにそう呟いた時、視界の端に動く影。
 それに反応して何とか防御態勢をとるが、念動力を纏うのは間に合わず、腕に強烈な衝撃が走る。

 そこでようやく何が起きていたのははっきりした。
 隊長が振り向いて目にしたのは、体を再生させながら拳を振るうアーニャの姿だったからだ。

「くっ……そうか。周囲には散布した天聖気で充満しているからか……」

 アーニャが放出させている天聖気によって、周囲は”復活”の天聖気で充満していた。
 故に全身が潰されて氏んだとしても、その範囲内ならば好きな場所に再び自分を復活できるということだ。

285: 2014/03/07(金) 22:16:33.96 ID:bV/OCKiKo

「ふざけて、やがる……」

「……あなたに、言われたくはないです」

「だが……氏なせなけりゃ、それは使えない!」

 今度は隊長から接近しインファイトへと持ち込む。

「殺さない程度に、削ればいいだけだ!」

 お互いの正面からの打ち合いの中で、隊長は念動力の刃を発生させる。
 鋭利な刃ほどに念動力を圧縮して精錬すると空間が歪み視覚でとらえやすくなるという弱点はあるがこの際気にしない。
 小さな刃は、アーニャの四肢を切断しようと迫る。

「こん、な、ことで!」

 その不意打ちレベルで織り込んできたその攻撃をぎりぎりアーニャは避ける。
 しかしそれは、隙を生んでしまう。
 避けた際の体の移動によって隊長の拳がアーニャの右肩に直撃した。

「ぐぅう……ああ!」

 その一撃によって肩の骨が砕ける音と共に、後ろへと吹き飛ばされる。

「ようやく、しっかり当たったな」

 拳を振り抜いて、隊長は少し満足そうな顔で吹き飛んでいくアーニャを見ている。
 アーニャは、骨を再生させつつ仰向けで吹き飛んでいる状態から体制を整える。
 そして地に足を着けて、後方に滑りながらブレーキをかけて吹き飛ばされた衝撃を頃した。

「この程度では……終わりません」

286: 2014/03/07(金) 22:17:33.99 ID:bV/OCKiKo

「あいにく……時間切れだ、アナスタシア」

 隊長はすぐにも向ってこようとするアーニャを制止して、人差指を上へと向ける。
 それにつられて上を見れば、そこに何があるのか自ずとわかった。

「あれは……」

 雪雲に遮られ全貌はわからないものの、轟音と共に何かが飛来してきている。
 そしてこの状況で落ちてくるものはただ一つ。

「さっき打ち上げたビルはそのまま大気圏を突破した後に、十分な距離を稼いだ後に再び加速しながらこの地球に飛来する。

ごちゃごちゃした細かい理屈は無視させてもらうが、威力を落とすつもりはない。

あれだけの質量を、摩擦で減少させることなく充分な速度を持って衝突させるんだ。

充分、戦術核兵器並の破壊力はでるだろうな」

 接近してくる音は次第に大きくなり、空気は震える。

「もうここまで来てしまえば俺を止めても、あの隕石もどきは止まらない。

地表との衝突を待つだけ。

さぁどうする?アナスタシア。

残された選択肢は、あれをお前が止めるしかないぞ」

287: 2014/03/07(金) 22:18:07.24 ID:bV/OCKiKo

 隊長のその声と共に巨大な火球が雪雲を貫いてくる。
 その衝撃によって空を覆っていた雲は吹き飛ばされ霧散した。

「当然……止めます!」

 隊長から視線を外してすぐに近くにあった廃ビルへと走る。
 全身からの天聖気の放出によって加速していき、アーニャはそのビルの壁を垂直に駆け上がった。

 そして屋上までたどり着き、上空を見る。
 保護するための念動力と、摩擦による炎が混じり合うビルは隕石というよりも、もはやミサイルに近い。
 それは目前まで迫っており、もう一刻の猶予もない。

「アプサリユートナ……絶対に、絶対に止めて、みせます!」

 その迫りくる火球に向かい両手を差し出し広げる。
 背の光翼はさらに大きくなり、羽ばたくようにうねる。
 それと同時に両手からは膨大な閃光を生み出しながら天聖気が放出された。

 そして膨大な力同士は衝突して、拮抗する。
 アーニャが足を着けているビルの屋上は、その衝撃に耐えきれず亀裂が走った。

「く……ううう……あああ!!!」

 アーニャはそれでもなお、押され始めていることに気づく。
 もはや自身の限界くらいの天聖気を出力していたが、それでも受け切るには足りないのだ。

288: 2014/03/07(金) 22:18:53.17 ID:bV/OCKiKo

 アーニャの手に出ていた『聖痕』は腕全域をすでに侵食し、力を行使するたびに尋常ではない速さで傷は広がっていく。
 『聖痕』が全身に行き渡った時、それが完全な時間切れである。

「まだ……行ける。限界なんて……超える、ものですから!」

 それでも、さらに力を振り絞った。
 全身から放出される光は輝きを増し、夜の闇で包まれる憤怒の街を照らす。

 体の『聖痕』はさらに進み、その傷口はずきずきと痛みを発する。
 体中は痛みでいっぱいで、疲労した精神は警告として頭痛やめまいで現れる。

「アドナーカ……それでも、ここで、ここで守れずに、誰がヒーローですか!」

 これを止めなければ、多くの犠牲者が出るのだ。
 ヒーローとしての矜持としてこれを止めて、隊長に勝ち、アーニャは帰るのだ。
 帰りを待つ皆の元へと。




「うううぅらああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 

289: 2014/03/07(金) 22:19:29.21 ID:bV/OCKiKo

 自身の力を出し切るための咆哮。
 巨大な閃光と共に、膨大な天聖気がエネルギーとして隕石と化したビルとぶつかり合う。
 それは墜落の威力を上回り、降りゆくビルは原形を保てず爆発させる。
 その際に太陽のごとくの爆風が憤怒の街の夜空に広がった。

 同時にアーニャの足場にしていたビルも耐えきれず崩壊を始める。
 天聖気の光とビルの爆光が収まるころにはそこら中に瓦礫の雨が降り始めた。

 アーニャの立っていたビルは崩れ去り、土煙を上げ中がどうなっているのかはわからない。

「やはり、防ぎ切ったか」

 隊長はアーニャが埋まっていると思われる土煙が上がるビルの倒壊跡をじっと見ている。
 その瞳の中に覇気はない。

「お前の勝ちだな。アナスタシア。

お前に俺は、必要ない」

 そして背を向けて、その場から去ろうと歩き出した。





 

290: 2014/03/07(金) 22:19:59.49 ID:bV/OCKiKo




 だがわずかに風を切る音に隊長はとっさに振り向く。

「これが……最後です!」

 そこには全身に『聖痕』が行き渡り、顔面まで血に濡らし、全身から血をまき散らしながらも、拳を振り上げたアーニャの姿だった。
 本来ならもはや限界。『聖痕』は全身に行き渡った時点で天聖気の供給はなくなり意識も保てるはずがないのだ。

 当然アーニャからは天聖気はほとんど感じられない。
 もはや力は出し切って完全に枯渇しているのが目に見えてわかる。

 それでも、アーニャは立ち上がり拳を振り上げる。

「一撃、入れて、終わり!」

 完全に不意を突かれた隊長は急いで防御態勢を取ろうとした。
 だがなぜか体は動かない。
 そのまま拳は隊長の頬に入り、アーニャはそれを今できる渾身の力で振り抜いた。

291: 2014/03/07(金) 22:20:44.14 ID:bV/OCKiKo

「ぐぅ、がはっ!」

 隊長はその衝撃で、叫び声を上げながら受け身も取れずにのけぞる。
 そして大の字の態勢で、空を見上げながらその場に倒れた。

 アーニャはそんな隊長を見下ろしながら、血濡れの顔で静かに言う。

「『ごめんなさい。あなたの想いには答えられません』……あなたへの、伝言です」

 その言葉を最後に、アーニャも糸が切れたようにぱたりと倒れた。
 それなのに隊長は、呆然としたまま空を見上げ続ける。

 空の雪雲はさっきの衝撃で散ってしまい、今見えるのは透き通る星空である。
 この街には今光がないので、街中で見るよりも星がよく見えた。

「まったく、最後に手痛い置き土産してきやがって……」

 隊長は夜空を望みながら呟く。
 脳裏に映るのは、あの女性と共に見たかつての星空。




292: 2014/03/07(金) 22:21:15.67 ID:bV/OCKiKo



――――――
――――――――
―――――――――――


 周囲には杉林で覆い尽くされている。
 地面はところどころに落ち葉の茶色が見えるがほとんどは雪によって白く染め上げられており、同様に木々も雪を被っている。

 そんな木々の間をある男は歩いていた。
 歩調は特に速くもなく、まるで当てがないように林の中を進んでいく。

 口から出た息は、外気に触れた瞬間白く染まる。
 それだけでこの場の寒さを物語る。

 男はふと、空を見上げる。
 薄い白い雲に覆われた空からは幽かに太陽が透けて見える。
 薄暗くはないが決して太陽ははっきりとは顔を見せない、そんな天気。
 まるで自らの目的をはっきりと持てない自分のようだと男は思った。

 そして再び歩き出す。
 ふらふらと、さながら幽鬼のように林の中を男は進んだ。

293: 2014/03/07(金) 22:21:46.82 ID:bV/OCKiKo

 そんなとき、ふと男の前方に開けた、広場のような場所を見つけた。
 そこにはさほど大きくない、それでも厳かな雰囲気は崩さない教会が見える。

 男はまるで引き寄せられるかのように、教会の方へと歩いていく。
 そして男は、近づいたことによって教会の壁にもたれかかる一つの人影を目にした。

 偶然、空を覆っていた白色の雲の間から太陽が一筋の光を差し込ませる。
 その光はその人影に当たるように差し込んだ。

 その人は光が周囲の雪に反射していたからかもしれないがキラキラと輝いて見える。
 男はその美しさに惹かれるように、ゆっくりと近づいていった。

 しかし、途中で枝を踏んだのかぱきりという音が鳴る。
 その音に気が付いたのかその人影、女性は男の方を向いた。

 女性は驚いた表情をしていたが、その音を鳴らした人物が人であることがわかると安心したかのように男に微笑みかけてくる。

「こんにちは。今日も寒いですね」

 その笑顔は男にとっては眩しくて見ていられないようなものであったのにもかかわらず、目を離すことができなかった。

294: 2014/03/07(金) 22:22:22.73 ID:bV/OCKiKo

***

 小さな一軒家の前の通りで男は、一人のコートのフードを深くかぶった別の男とすれ違う。
 そしてフードの男を去っていく。残った男の手のひらの中には一枚のメモ。

「二二○○任務開始……か」

 そこに書かれていたことを男は小さく読み上げる。

「あら、どうしたんです?

寒いのに、わざわざ外に出て。」

 背後の家から一人の女性が出てくる。
 それに気づいた男は慌ててメモをポケットにしまった。

「ああ……いえ、えーと……星を、見ていたんです」

 男は言い訳を適当に見繕って言う。
 少し不自然さが残っていたが、女性は気にしなかったようだ。
 そのまま女性は男の隣まで来る。

「ああ、確かにここら辺は都会に比べて、星がよく見えますからね」

295: 2014/03/07(金) 22:22:51.64 ID:bV/OCKiKo

「……ええ、そうですね。

あなたの方は、お子さんはいいのですか?」

「はい、主人が寝かしつけてくれてますので今は大丈夫です。

それにしてもジョンさんも大変ですね。バックパッカーで、北海道のこんな田舎まで来るなんて」

 女性はそう言った自由な旅に憧れているのか、少し目を輝かせながら言う。
 男はそれに苦笑しながら答えた。

「いえ……もう慣れっこなんで。

それにしても助かりましたよ。宿も見つからずに困っていたところに泊めていただけるなんて」

「困ったときはお互い様です。

あなたが作ってくれた料理、おいしかったですよ」

 女性は微笑みながら上目使いに言う。
 純粋な目で見られ男は少したじろぐが、その目を吸い込まれるように見つめる。

「いえ……僕は、まだまだですよ」

296: 2014/03/07(金) 22:23:19.58 ID:bV/OCKiKo

「謙遜しないでください。味にうるさい主人が絶賛していたんです。

私が嫉妬しちゃうくらいだわ」

 そんなことを言いながらも楽しそうな表情をする。
 彼女の笑顔を見て、これからすることを思い出して少し、悲しくなった。

「本当に、あなたと出会えてよかったわ。

あなたみたいな、とってもいい人に出会えて」

 女子は屈託のない笑顔を男に向けてくる。

「ええ……僕も、よかったです」

 はたしてその言葉は、会話をつなぐために言ったのか。
 いや、きっと今考えれば、あれは心からの本音だったのだろう。

297: 2014/03/07(金) 22:24:00.31 ID:bV/OCKiKo

***

 炎に包まれた教会の中、男と赤子を抱えた女性は向かい合う。
 すでに入り口は焼け落ちた柱によって塞がれていた。

「惜しいな。大したべっぴんさんだが、人妻とは……」

 男はできる限り無感情でそう言おうとする。

「本当に……あんたは、きれいだ」

 そんな男の呟きは燃え盛る炎の音にかき消される。
 女性は、もはや絶体絶命の状況だというのに、男に微笑んでいた。

「あなたの、あなたたちの目的はこの子でしょう?ならば頼みがあります」

 女性は男に依然柔らかい表情で言う。

「俺にそれを頼んで聞くと思っているのか?

お前の夫を頃し、この村さえも滅ぼした俺たちが最後の情けにお前の言うことを聞くとでも?」

 女性は抱いている赤子をぎゅっと抱きしめる。

「確かに、他の人たちは機械のように、冷徹な人ばかり。でもあなたは、きっと本当に優しい人なの」

298: 2014/03/07(金) 22:24:39.73 ID:bV/OCKiKo

「目の前で、お前の夫をミンチにした男にそれを言うか?あんたまるで聖女だよ。ほんとに聖女みたいだ。いらいらする」

 そんな男の言葉に対して、女性は微笑む。

「だって、あなたにしか頼めないでしょう?

わたしが望むのはこの子の幸せ。だからこの子を幸せに導いてあげて」

 女性はこんな状況でも静かに眠る赤子の顔を覗き込んだ。

「そしてできるなら、あなたにも幸せを……」

「……ふん、まぁ考えておいてやる」

 ぶっきらぼうに男は言う。だがその表情は炎の逆光によってよく見えない。
 その言葉に満足したのか自らの子を抱く腕を緩める。

「頼みますね。

この子の名は、アナスタシア」

 女性は腕の中の赤子をそっと男に差し出す。
 男は赤子を受け取って、その武骨な腕で抱いた。

「あなたなら大丈夫。

だってあなたは、いい人だもの」

 女性はその言葉を本当に輝くような笑顔で言う。

「俺は……」

299: 2014/03/07(金) 22:25:12.50 ID:bV/OCKiKo

 女性のその言葉に応えようと赤子を見ていた顔を上げる。
 だがその目に映るのは、焼け落ちた天井が、女性に今まさに落下せんという時だった。

「ありがとう」

 その言葉を残して、女性は炎に包まれ落ちてきた天井の下敷きになった。
 ずっと無表情だった男はそこで初めて、困惑のような、驚愕のような表情を浮かべた。

「任務……終了」

 男は感情を押し頃したような声で、その言葉を絞り出した。

――――――――――――
――――――――――
――――――――




 

300: 2014/03/07(金) 22:26:05.14 ID:bV/OCKiKo




 星空は依然変わりないのに、周囲は随分と変わった。
 結局隊長は、ずっと彼女の影を追い続けていたのだ。

「全く……。

子には振られ、親にも振られ、本当に散々だぜ……。

だが……なんだか、悪くない」

 隊長は星空を見上げながら、優しく微笑んだ。





 

301: 2014/03/07(金) 22:26:38.33 ID:bV/OCKiKo


 隊長はアーニャを背負いながら、静かな夜の街を歩く。
 アーニャの全身に回っていた『聖痕』による傷はすでに全て塞がっていた。
 憤怒の街とは違って、街灯に照らされており道は明るい。

「ようやく、終わったね」

 そんな帰り道の途中、一本の街灯の下で塩見周子は待っていた。

「なんだ女狐。こいつの迎えか?」

「まぁ……そんなところかな?」

 周子は耳と尾を出しており、いつでも臨戦態勢に入れることは伺える。
 だが殺気は発しておらず、あっけらかんとした態度であった。

「それにしてもよ、終始頭ン中のトラウマみたいな部分刺激してきたのはお前の仕業か?」

「あれ?気づいてた?

まぁちょっとしたそんな感じの妨害するしかアタシにはできなかったけどね」

302: 2014/03/07(金) 22:27:21.70 ID:bV/OCKiKo

 周子は二人が戦闘開始した直後から、遠隔で隊長に妨害を行ってきたのだ。

「全く……、ただでさえ脳内余裕なくて弱体化してたのにあれのせいで余計に脳みそが痛むんだよ……。

そのせいで最後一発貰っちまったしな」

「そう、アーニャの役に立てたのならそれはよかった」

 周子は満足そうにニヤリと笑う。
 それに対して隊長は苦い顔をするだけだった。

「ところであんたはどうして、『プロダクション』にたどり着けたの?

それについての疑問がまだ残ってるんだけど……」

 本来ならば『デストロー』が歴史に介入できないはずなのになぜか隊長は攻め入ることができた。
 それはなぜなのか。

303: 2014/03/07(金) 22:28:12.83 ID:bV/OCKiKo

「ああ……さっき言っただろ、脳内余裕ないって。

俺はずっと自分で自分のルールを無視し続けていただけさ。

『歴史に介入できない』っていう『デストロー』のルールをずっと破ってたんだよ。

だがこれは重大なルール違反だからな。まぁ俺そのものがルール違反のくせにそう言うのはおかしなことだが。

そのためにイルカみてーに脳内分割して、処理の半分以上をそれにずっと費やしてたんだよ。

言い訳みたいだがそのせいでめちゃくちゃ脳みそ使ってて本調子の20%も出せなかったのさ。

本来の俺なら日本を地図から消すくらい簡単にできるんだが、さすがに今の状態じゃああんた相手にするのも少し面倒そうだ」

 挑戦的な口調で隊長は言うが、周子はのらりくらりとその言葉をスルーする。

「そりゃ聞く限りほんとに勘弁だよ。

ところでその、『デストローのルール』を破ることっていつでもできるの?」

 ある意味気になるところはそれである。
 これがいつでも使えるならば、結局この男は脅威のままなのだから。

304: 2014/03/07(金) 22:29:06.31 ID:bV/OCKiKo

「いや……もう無理だ。

アナスタシアがいたから俺もこんな無茶ができたが、もう吹っ切れちまったしな。

今も、そしてこれからもそれをする意志は起きないだろうし、それを行使することもできないだろうさ。

これは俺のわがままだ。一度限りの表舞台。

あとは俺は裏方に徹するだけだ」

 それを聞いて周子は内心胸をなでおろす。
 本来運命とは巨大なものだ。いかに膨大な力を持っていても個人が簡単に自由にできる物じゃない。
 だからこそ、隊長の言葉は真実であることがわかる。

「それならよかったよ。

でも自覚はあったんだね。自分が『デストロー』だってこと。

『運命力』関連の異能は自覚がないことも多いはずなんだけど」

「ガキの頃からいろいろしてきたからな。

そのくせニュースにもなんないから自覚もするさ」

 やれやれと言ったように隊長は首を振る。

305: 2014/03/07(金) 22:29:44.98 ID:bV/OCKiKo

「まぁあれだけ派手に暴れても、周囲の街の人間誰一人気付かないんだから、『デストロー』ってのは大したもんだよ」

「まぁ今日ほどこの力を厄介に思った日はないけどな」

「でもそれだけする価値はあったということね」

「知るか。中途半端に苦労しただけだぜ」

「でもずいぶんと満足そうな顔してるじゃん」

「うるせえ。頃すぞ」

 隊長はじろりと周子をにらみながら背負っていたアーニャを降ろす。
 そのまま塀を背もたれにして眠っているアーニャを座らせた。

「だが多分あの中で俺の能力の恐ろしさについて一番知ってたのはお前じゃねえのか?

多分真っ先に逃げるんじゃないのかと思ったが、どうして残ってるんだよ」

 昼間の時点で周子は美玲と共に避難すると言っていた。
 だが今、周子はここに留まって隊長と向き合って会話しているのはどういうことなのか。

306: 2014/03/07(金) 22:30:23.70 ID:bV/OCKiKo

「まぁ避難しようとしたんだけどさ。

娘は『アーニャを置いて逃げるなんてできるか!ウチは残るぞ』って言って聞かないものだからさ。

しょうがないからプロダクションに残していったわけ」

 周子はそう言って笑っているが隊長は疑問に思う。

「お前みたいなやつの性格なら、娘だろうが置いて逃げそうな気がするんだがな?」

 そんな隊長の言葉に周子は目を丸くしてみた後、ため息を吐く。

「あんまり親を嘗めちゃあいけないよ。

娘が残るって言ってるのに、一人逃げられるわけない。

それにせめて娘には少しくらいかっこいいところ見せたいと思うのが親ってもんだよ」

「なるほど、それが……親ってものか」

 妙に納得したような言葉を残して隊長は周子に背を向ける。

307: 2014/03/07(金) 22:31:16.02 ID:bV/OCKiKo

「じゃあ俺はここらへんでさよならさせてもらう。

そこで寝てる小娘については、後は任せた」

「そう、これでまたこの街は平和になるね」

「まったくだな」

 憎まれ口を交わしながら、最後に隊長は振り向く。

「あいにく俺は子育て失敗した人間だ。

あんたは俺みたいになるんじゃねえぞ。俺のことは反面教師にでも思っとけ」

「言われなくとも、わかってるさ」

「それと、アナスタシアが起きたらこれを渡しておいてくれ」

 隊長はそう言ってボロボロになったスーツのポケットから一つの小さな記録媒体を取り出す。
 そして周子に向かって投げ、それは放物線を描きながら周子の手の中に納まった。

「これは?」

「15年前の任務資料だ。きっと知っておいた方がいいことが書かれているはずだ」

 それを聞いて周子は驚いたような顔をする。

「意外にあんた、いい人なんだね」

「ああ、よく言われるよ。

じゃあこれで正真正銘さよならだ。

もう二度と会うことは、無いだろうな。アナスタシアにもこれくらいは伝えておいてくれ」

 そして隊長は背後に向かって手を振りながら周子から離れていく。



 

308: 2014/03/07(金) 22:31:58.26 ID:bV/OCKiKo





 ふらふらと夜空を見上げながら隊長は歩く。
 周囲は住宅街の真っただ中で、人通りはまるでない。
 そしておもむろに、星空へと手を伸ばす。

「やっぱり手は届かねえな。

でも、ここから見えるだけでも十分か」

 機嫌がよさそうにニヤリと笑い、その大柄の男は一人夜の闇の中へと消えていった。






 

309: 2014/03/07(金) 22:32:35.79 ID:bV/OCKiKo

『本日の天気予報です。先日まで日本列島を覆っていた低気圧は北上を続け、全国的に晴れとなるでしょう』

「結局アーニャはすぐ行っちゃったわけですね。

なんだか少し急ぎすぎな気がしますけど」

「まぁ居ても立ってもいられなかったんでしょう。

多分すぐ帰ってくると思いますけどねー」

 プロダクションの中、ピィとちひろは相も変わらず自分のデスクに向かって自分の仕事を勤しんでいる。

「それにしても聞いてくださいよ!

プロダクションの口座にかなりの大金が振り込まれてたんですけど、やっぱりアーニャの隊長さんが振り込んだんですかね?

つ、使っても問題ないですよね。こんな事務所の修理代に使ってもおつりがくるぐらいの大金……。

ふふ、ふふふふ……。返してほしいって言っても、もう返しませんよ……」

「ちひろさん目の中お金のマークになってますよ」

「お、おやこれは失礼」

 ちひろが目をこすっているときに、ピィはふと窓の外を見る。
 空を見上げれば一筋の飛行機雲がかかっている。

 ピィはそれを一瞥し、指を組んで伸びをした。


310: 2014/03/07(金) 22:33:16.95 ID:bV/OCKiKo




 周囲には杉林で覆い尽くされている。
 地面は地面の茶色はほとんど見えないほど雪によって白く染め上げられており、同様に木々も雪を被っている。

 そんな木々の間をある少女は歩いていた。
 歩調は特に速くもなく、でもしっかりとした足取りで林の中を進んでいく。

 口から出た息は、外気に触れた瞬間白く染まる。
 それだけでこの場の寒さを物語った。

 少女はふと、空を見上げる。
 空は快晴。先日は雪がかなり降ったというのに今日は一変してすっきりとした空だ。

「……資料通りなら、この先ですね」

 そして再び歩き出す。
 まっすぐ、迷いなく少女は林の中を進んだ。

 そして、少女の前方に開けた、広場のような場所を見つけた。
 そこには忠行が敷き詰められているだけの広場、だがその中心は小さな丘のように盛り上がっているのが見える。

 少女はまるで引き寄せられるかのように、中心へと歩いていく。
 そしてしゃがみこんで、そこの雪を退けた。

311: 2014/03/07(金) 22:34:00.88 ID:bV/OCKiKo

「……これは」

 白色は残ってはいるが土によって茶色に汚れたもともと建物であっただろう瓦礫が山となっていた。
 そして少女はその瓦礫を退けていくと、とある錆びた金属が目に入る。

 それを完全に露出させると、それは少女の身の丈近い十字架であった。
 少女はそれを軽く撫で、目を閉じる。

「……ただいま」

 そして小さくつぶやく。

 少女は立ち上がり、満足したような表情で十字架に背を向ける。
 そのまま元来た道を少女はなぞるように歩き出した。

「……せっかく北海道まで、来たんです。

みんなにお土産でも買って、帰りましょう」



 

312: 2014/03/07(金) 22:34:44.00 ID:bV/OCKiKo
アナスタシア

職業 元ロシア特殊能力部隊隊員
属性 能力者
能力 ”復活”の天聖気、ロシア式CQC

詳細説明
言葉もしゃべれないほど幼いころからロシアの超能力者機関に拉致にされて育てられ、10歳より特殊能力部隊に入隊し、様々な任務をこなしてきた。
ロシアの孤島の任務の失敗で遠路はるばる日本まで漂流してくる。
いろいろあって特殊能力部隊をクビになったので、現在日本で女子寮に住んでいる。
あらゆる国の言葉をマスターしているが特に覚えが早かったのは日本語である。
しかしそれでもたまにロシア語は出てきてしまう。

『プロダクション』でヒーローをやっているがやはり同盟傘下ではないので知名度は低い。
メイド喫茶『エトランゼ』でバイトもしている。

ロシア式CQC
ロシアで生み出された超次元格闘術。これを編み出したのはアーニャの所属していた特殊能力部隊の隊長。
『P』隊長が自身の戦闘スタイルとして編み出したものを、普通の人間でも使えるように改変を加えたもの。
その強さはアーニャが回復は能力に頼ったもののカースを人間の力のみで倒すほど強力なものである。
おそロシア。

”復活”の天聖気
かつて救世主(メシア)が起こした奇跡の一つである氏後の復活。生き返り。その奇跡が彼女の中で”天聖気”として循環している。『復活の少女(アナスタシア)』
かなり強力な力だが、固有能力である”復活”に力の大半が割かれているので天聖気としては基本能力による上昇幅は低い方で、纏うような使い方しかできない。
生き返らすということは氏と隣り合わせであり、精神的にかなりの負担をかけるので、天聖気の枯渇以上に精神の消耗が大きい。
これまでの治療は細胞単位での”復活”をしている。
『聖人』として力を与えたのはとある主神である。



313: 2014/03/07(金) 22:35:29.08 ID:bV/OCKiKo


『天聖気』
天使や神聖な神さまが使う聖なる力であり、混じりけのない純粋な力。
魔力と根本的には同じだが、清らかな心の持ち主、または魔力濾過ができる場合にそれらをフィルターとして天聖気として蓄積される。
だだしそれとは別にエンジンのような出力機関が無いと、扱うには難度が高い。
・天聖気そのものが意味を持った力であり、その属性は個人によって違う。
・その属性によって、固有の能力を発揮する。
・『気』としての側面もあり、属性によって差はあるものの身体能力を向上できる。
・浄化の力があり、カースの核など魔的要素が強い部分を察知することができる。これも属性によって差がある。
・属性に依存するが、魔術のように『天聖術』を組むことができる。ただし扱うには相当の知識と技術、訓練が必要である。
『聖人』
力を与えた神と深くつながっている者。
基本的には普通の天聖気使いと差はないが、神から力を供給してもらうことができる『聖痕解放』が使える。
『聖痕解放』
力を与えた神と直接パイプをつなぐようなことであり、一時的に膨大な力を得ることができる。
繋がっている証として、個人差はあるが特徴的な傷、つまり『聖痕』が浮かび上がる。
しかし供給される膨大な天聖気は人間の身には余るため、体を崩壊させかねない。
『聖痕』はその目安のようなものでもあり、時間経過や膨大な天聖気を使うことで全身に広がり、回りきった時『聖痕解放』は強制解除される。
その後は気絶し、天聖気は空の状態になる。その際に失血氏する可能性があるので注意が必要。
もう一度使うには、天聖気が回復しきった上で充分な休息が必要となる。


314: 2014/03/07(金) 22:36:04.96 ID:bV/OCKiKo

『P』隊長

職業 傭兵 元ロシア特殊能力部隊隊長
属性 超能力者
能力 サイコキネシス 『外法者』

詳細説明
傭兵であり、裏の世界で恐れられる舞台裏の征服者。
『外法者(デストロー)』の特性上歴史にならないので、流れる呼び名が定まらない。
例として、『コードネーム”P”』、『ハリケーン』、『局所天災』、『ルール破り』、『沈黙する全滅屋』、『眠らぬ黄昏』、『台無し男』、『盤を引っくり返す者』、『対面致氏』、『正面から来る卑怯者』、『チートプレイヤー』、『理不尽傭兵』、『イレーザー』、『外側の頃し屋』、『アンフォーチュネイト』
15年前の任務の際にロシア政府から北海道での任務の依頼を受け、その直後に特殊能力部隊を設立して隊長となった。
隊長となった後もロシア政府だけでなく傭兵として様々な依頼を受けている。
ロシア政府としても飼いならせる存在ではないので内部の人間からも警戒されていた。

もともとロシア政府が拉致したアナスタシアの面倒を見るために部隊を設立。
そしてアナスタシアがいなくなった際に部隊の存在意義は失われたので自らの手で解散させた。
その際にロシア政府と揉めた結果、表立って語られていないが現在ロシア政府の内情はかなり悲惨なことになっている。
趣味は映画観賞。

315: 2014/03/07(金) 22:36:38.17 ID:bV/OCKiKo

『超能力』
最もポピュラーとされる異能であり、珍しくない程度の能力。
汎用性に富んでいて、使い方次第では日常生活の役に立つ。
念動力と言われるベクトル的な運動を起こすサイコキネシスと物を動かすテレキネシス、そのほかにも透視、予知、発火など多岐にわたる。

『外法者(Dest Law)』
血統とか、因果とか関係なくごく普通の一般家庭からでも突然生まれたりする怪物。
『運命力』が存在せず因果に縛られない存在で、『ルール』を無視できる。
欠点として世界に縛られない、つまり物語に関わることができない。
世界的に有名であったり、歴史に名を遺していたり、はたまたこれから世界にその存在を轟かせる人や、事柄には介入できない。世界に名を残せなず、強大な力を持っていてもモブにしかなれない。
歴史に介入できないということは無意識の嫌悪や時に強引な因果による妨害によって引き起こされる。
そしてその能力の性質上、自身がそれであると気づくことなく一生を終える場合も多い。

限界のない能力であり、『ルール』、『物理法則』だけでなく『制限』も破ることができる。
それによって自身の能力の限界『制限』を隊長は突破している。
能力の例として
・宇宙空間を装備なしでも自在に動ける。
・防御不能の攻撃でさえも防げる。
・物理的以外で即氏する攻撃なども防げる。
・究極として『デストローのルール』そのものさえ破ることができる。

316: 2014/03/07(金) 22:37:15.33 ID:bV/OCKiKo


以上で終わりです。
プロダクションのメンバーお借りしました。

とりあえずアーニャ中心のお話はこれでひと段落です。
隊長については話の背景や名前くらいは出てきても表立って話に出ることはもうないでしょう。


317: 2014/03/07(金) 22:52:40.33 ID:rcHfb5DTo
アーニャぱねええ
戦闘のスケールの大きさに興奮してました
お疲れ様です



【次回に続く・・・】



引用: モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」 part9