548: ◆6osdZ663So 2014/04/08(火) 23:40:34.45 ID:sCMWYn0Oo


モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」シリーズです


前回はコチラ


なんかギリギリで投下しまー

549: 2014/04/08(火) 23:41:04.76 ID:sCMWYn0Oo



とても静かな夜。

美しき彼女の庭園を彩る華達も寝静まる夜の事。

彼女のために用意された屋敷の中、彼女のためだけに用意された寝室で、

煌びやかで愛らしい桃色のネグリジェに身を包む少女は、絢爛な天蓋に囲われた寝台に1人座り、

眠い目を擦り、約束の時間が来るのを待っていた。

今日、一日の事を振り返りながら――


「今年も……素敵な、本当に素敵なお誕生日会でしたわ」

世界に名だたる財閥のご令嬢、その誕生を祝う記念パーティーは、本日華やかに行われた。

昨今きな臭い情勢などを踏まえ、来賓はごくごく選ばれた者だけに限り、密やかに行われた誕生会ではあったが……

その分、気を使うことは少なく、落ち着いた気持ちで祝いの席を過ごすことができたと思う。

「……お父様もあんなにお喜びになって」

クスクスと笑いながらその時の様子を思い返す。

最初こそ主催者として誰にも恥じぬ完璧な振る舞いをしていた彼であったが、

余興として上映された娘の成長記録の映像には、流石に感涙せずにはいられなかったようだ。

「ウフッ♪普段は見られない顔もたくさん見れましたわ」

いつもはまるで、心を細かく刻んでそれを切り貼りしたように、

要らない物は省いて、必要な感情だけを表に被り、その本音をはぐらかしてしまう彼女の父であったが、

この日ばかりは、ほんの少しは……彼の純粋な心の一面に触れられた気がする。
----------------------------------------



それは、なんでもないようなとある日のこと。
その日、とある遺跡から謎の石が発掘されました。
時を同じくしてはるか昔に封印された邪悪なる意思が解放されてしまいました。

~中略~

「アイドルマスターシンデレラガールズ」を元ネタにしたシェアワールドです。
・ざっくり言えば『超能力使えたり人間じゃなかったりしたら』の参加型スレ。



550: 2014/04/08(火) 23:42:23.53 ID:sCMWYn0Oo

「お父様も……心から楽しまれていたのでしょうか」

財閥の頂点に立つ彼には、今日の祝いの席でさえ、その立場が付いて回る。

だから、パーティーをただ和やかな気持ちで過ごすことは難しかったのかもしれない。

けれど彼も、自身と同じ気持ちを共有していて欲しいと少女は願う。

「……愛されてますわよね、わたくしは……きっと」

少女は、今その手の内にある幸せを抱きしめるように呟いた。


「……もうすぐ12時になりますわね」

寝台の傍にある銀細工の時計の針は2本とも、その頂上を目指し駆け上がろうとしていた。

「……日付が変わる時間が来れば、魔法がとけると言ったところでしょうか?」

「うふふっ、まるで童話のお姫様みたいですのね」

時が来れば、与えられた”彼女だけの一日”はおしまい。

それが、少女と悪魔の約束なのだから。


エメラルドの瞳が見つめる先、時を告げる2つの針が交差する。

「……」

少女の目蓋が重くなり、スッと瞳は閉じられて……


―――

――――――

―――――――――

――――――――――――

551: 2014/04/08(火) 23:43:05.77 ID:sCMWYn0Oo





まどろみの中、彼女が目を開くと、

そこは太陽の光に溢れる美しい庭の中。

緑の草木が美しく栄え、芳しい花の香り漂う庭。

見渡すばかりに晴れ渡る青空に、聞こえる鳥達の歌声。


気がつけば、そんな庭園を一望できるテラスに設けられたテーブルの一席に、少女は座らせられていた。


「……いつ見ても、綺麗な場所ですわ」

ここに来るのは初めてではない。むしろ、彼女にとっては見慣れたとさえ言ってもいい。


『ここは貴女の心の内の一風景』

彼女の小さな呟きに答えるように、向かい合う席に座るもう1人の少女が口を開く。


『人の記憶とは、美化されるものですから……貴女が美しいと思うのは、当然のことですわ』

薔薇の様に赤いドレスを着た、少女と瓜二つの悪魔はそう述べた。

『強欲』の悪魔・マンモンは、いつものように気品に満ち溢れた姿で、落ち着き払いそこに居るのだった。

彼女は傍らにあったティーポットを手に持ち、テーブルの上の2杯のカップに熱い液体を注ぐ。

その一挙一動、全てが優雅。思わず万民が見惚れてしまうほどであろう。

『それでは紅茶でもいかが?』

彼女の小さな手から、可愛らしいカップが桃華に手渡される。

「ええ、いただきますわ」

少女は差し出された紅茶を受け取り、口をつけた。

「……おいしい」

香りも味も一級品。そのように感じるのは、やはりこれも美化された少女の記憶の所有物だからだろうか。


552: 2014/04/08(火) 23:44:24.18 ID:sCMWYn0Oo


少女がこの心の内側の世界にやってくるのは、何度目になるかはわからない。

ただ深い眠りの中に堕ちて見る夢の様に、ここは居心地がよくとても安らぐ場所だった。

向かいに座る悪魔も、この穏やかな気持ちを共有しているのだろうか。


『心配しなくとも、あなたの心はわたくしの心』

『ここが心安らぐ場所であるのは、わたくしも同じですわ』

桃華が尋ねる前に、悪魔は答える。

声に出さずとも、少女の思いを察したらしい。

それもそうですわよね。と、少女はくすりと笑う。

彼女達は一心同体。

同じ顔で紅茶を飲む悪魔に、櫻井桃華の事が分からないはずがない。

彼女もまた同じく、”櫻井桃華”に違いないのだから。

553: 2014/04/08(火) 23:45:11.40 ID:sCMWYn0Oo

「ですが、わたくしはマンモンではありませんわ」

『ええ、そう。それが”わたくし”と『わたくし』の違い』


今よりずっと前に、少女は悪魔と契約を交わした。

契約を交わしたと言っても、悪魔側が一方的に言い分を通し、勝手な取り決めの元にその魂を繋いだだけなので、

厳密には契約と呼ぶことさえできず、口約束にも似た正当性のまったくないものなのだが。

しかしその約束によって、少女にも利益が無かった訳ではなく、

第一、悪魔との契約の正当性など、どこの誰が保障しているものなのかもわかるはずもないので、

その契約が正しかったかどうかなどは、お互いにとってお茶請けにもならない題目の1つでしかない。


とにかく、その時の取り決めで、

少女はその魂の半分以上を悪魔に明け渡し、代わりにささやかな願いを叶えた。

得た物の価値を正確な天秤にかけたならば、あまりに比重が悪魔側に傾いていると言える。


しかし、魂を明け渡した少女自身はその事を後悔などはしていない。

願いは確かに叶った。そして、誰かから見ればもしかするととてもくだらないかもしれないそれは、

少女にとっては、全てを明け渡してでも叶えたかった願いなのだから。


ともあれ少女の向かいに座るのは、そのような経緯で『強欲《マンモン》』となった自身の魂。

554: 2014/04/08(火) 23:46:37.39 ID:sCMWYn0Oo

心の中の、2人の少女はお互いに櫻井桃華。

けれど、強欲の悪魔『マンモン』は片方だけ。


『マンモン』であり櫻井桃華である少女には、もう1人の少女の事がよく分かる。

櫻井桃華でしか無い少女には、『悪魔』の事は、分からない。


「だから、わたくしは貴女の事を……もっと知りたいといつも思っているのですわよ?」

出来れば『彼女』の事を知りたいと思い、少女は向かいに座る『悪魔』に微笑んで見せるが、

『ウフっ♪やめておきなさいな、悪魔の心を除き見ようとすれば、その精神を完全に壊してしまう事になりますわ』

『悪魔』も同じ顔で同じように微笑んではぐらかすのであった。


「もう、笑って本心を隠そうとするのは、マンモンさんもお父様と一緒ですわねっ」

『あら、レディーは秘密が多いものですのよ?それに笑顔は高貴なる者の勤めですわ』

「むぅ……ですが、一方的にわたくしの事ばかり知られているのは不公平ですの」

『わたくし達の関係は元より不公平……いえ、この世界の全ては公平ではありませんの。

 ですが……平らな世界では無いからこそ、人はより高みを目指すことができるのでしょうね』

拗ねて見せても、『悪魔』にはやはり効果はないらしい。

この場所で2人でお茶をする時、少女はあの手この手で彼女の本心を引き出そうとするが、いつもなかなか上手くはいかないのだった。

555: 2014/04/08(火) 23:47:38.69 ID:sCMWYn0Oo


「……」

『♪』

頭を捻って次の手を考える桃華。

その様子を見て、悪魔はくすくすと笑う。

毎度のやり取りであり、笑われるたびに少女はほんの少し面白くない気持ちになる。

けれど、それは居心地の悪いものではなく、嫌いなやり取りではなかった。

とは言え、なかなか彼女の本心を掴む糸口が見つけ出せないのはやはりつまらない。


「……そうですわ、マンモンさん」

なんとか彼女の鼻を明かす方法を……と、考えているうちに、ふと少女は思い立った。

『あら?改まりましてどうしましたの?』

「お誕生日プレゼント、ありがとうございましたわ」

『……』

彼女への『悪魔』からの贈り物。

そのお礼がまだだったと、思い出したのだった。

「今日と言う1日を”わたくし”に過ごさせてもらって、とても、感謝していますのよ」

『何かと思えば……その事ですの』

笑顔で礼を言った少女から、悪魔は視線を外す。

556: 2014/04/08(火) 23:49:06.10 ID:sCMWYn0Oo

以前に、少女と悪魔は一つの約束事をしていた。

彼女の誕生日。その日の午前0時から、明くる日の午前0時まで。

その間だけは、『マンモン』ではなく、ただの”櫻井桃華”として過ごしたい。

桃華が言いだしたわけではないのだが、言わずとも『悪魔』は察し、それを叶えた。

そこには、『悪魔』側にはまったく利益がない。

『強欲の悪魔マンモン』の名を知る者が聞けば、

天地がひっくり返ったのでは?あるいは怪人ハンテーンにやられてしまったのか?

と騒いでしまうほどに、『強欲』なる悪魔らしからぬ行為であった。

とは言え、実際は騒ぐものなどいるはずもない。

この約束が滞りなく果たされたことを知る者はこの場に居る2人と、残りは彼女の父しか居ないし、

時に『強欲』の悪魔も優しさを見せることを知っている彼女達にとっては、特別に不思議過ぎる話ではないのである。

557: 2014/04/08(火) 23:50:15.76 ID:sCMWYn0Oo


『気にすることなんてありませんわよ』

少女の礼の言葉に対して、悪魔は淡々と言葉を返した。

『ここのところ……気を揉む案件に、『わたくし』は頭を悩ませ心を割いてばかりでしたから』

『今日一日くらいは、心の内に籠っているのもよい休暇だったと思っていますわ』

『それに、何より』

『貴女はわたくしですもの』

『貴女の幸福はわたくしのもの』

『貴女が幸福を感じているのならば』

『うふふっ、わたくしもやはり幸せなのですから』

『悪魔』は、とても幸せそうに笑って言った。


「……」

櫻井桃華は、おそらくは誰よりもこの『悪魔』の性格を理解していた。

もちろん『マンモン』自身ではないから、その全てがちゃんとわかるわけではないのだが、

それでもこうして何度もやり取りをしたことで、彼女がどんな『悪魔』であるかをよく知っていた。

『強欲』で、我侭で、優雅で、大胆で、臆病で、弱くて、ほんの少しだけ優しい。そんな『彼女』を見てきた。


だが、それでも、『悪魔』の心の内まで見抜けるわけではない。

だからその言葉の嘘をすっぱりと見抜けるわけではない。

だけど、ただ、なんとなく、

今の言葉もやはり本心ではないような気がしたのだった。

558: 2014/04/08(火) 23:53:38.02 ID:sCMWYn0Oo

「……」

『うふふ♪』

本心ではない……気がする。

気がしたというだけで、もしかすると気のせいかもしれない。

そのくらい何の根拠もない引っ掛かり。

さて、聞きだすべきか。せざるべきか。

こんな少女のもやもやした思いでさえも『悪魔』には手に取るようにわかっているはずだ。

だって『彼女』も、少女と同じく櫻井桃華なのだから。


「マンモンさんは……」

櫻井桃華の幸福を、確かに彼女は知っていて共有する事はできているだろう。

だが、『彼女』は本当に……

『どうしましたの?おっしゃりたい事があるならば、最後まで声に出しなさいな』

「……」



「いえ……」

「マンモンさんにはお誕生日はありますの?」

『あら?変えましたわね』

悪魔の言うとおり、少女は質問を変えた、それも当然お見通し。

559: 2014/04/08(火) 23:57:54.01 ID:sCMWYn0Oo
「……わたくしだけお誕生日プレゼントを貰うのは不公平だとは思いませんか?」

「それにほら、今日という1日を”わたくし”だけが過ごしたのなら……」

「マンモンさんは祝われてはいないのではありませんの?」

彼女の誕生日。その日の午前0時から、明くる日の午前0時まで。

その間、『強欲《マンモン》』はと言えば、ずっとこの場所、櫻井桃華の心の奥底に居たのだから、

『彼女』が祝いの言葉を貰ってはいないと言う考えは、概ね正しい。


『……ふぅ、だから言いましたわ』

『わたくし達の関係は不公平なものなのですから、そんな事で気に病むことはありませんわよ』

『それに何度も言いますが、貴女のものはわたくしのもの。貴女が祝いの言葉を受け取ったのならわたくしも……』

また、彼女は誤魔化そうとしている。

また、”櫻井桃華”に話を摩り替えようとしている。

そうはさせてはなるものか。

「わたくしではなくっ!『あなた』の事が聞きたいのですわっ!」

だから、少女は声を出した。

『!』

声を張り上げた少女の叫びに、『悪魔』が思わずたじろぐ。

560: 2014/04/08(火) 23:58:48.79 ID:sCMWYn0Oo

「っ……はしたなく声をあげてしまって申し訳ありませんわ……ですが」

『もう……どうして貴女の方が泣きそうになっていますの』

「っ!……マンモンさんが悪いのですわっ」

少女はギュッと目を瞑り、『彼女』から顔を背ける。

『ウフフッ♪ええ、悪いですわよ。だってわたくしは悪魔ですもの♪』

今にも泣きそうな震える声を聞いてでさえ、『悪魔』はとてもおかしそうに笑うのだった。

「……」

だから少女も期待はしていなかった。



『生憎、産まれた日の事は覚えてはいませんわね』

「!!」

少女の質問に、誤魔化しではない答えが返って来る事を。

561: 2014/04/08(火) 23:59:41.12 ID:sCMWYn0Oo

「覚えては…いませんの?」

『ええ、わたくしの産まれた頃の魔界は、それはもう混沌としていましたから』

顔を背けていた少女は振り向いて、『彼女』の顔を見た。

『悪魔』は、すまし顔で、庭園の遠くの方を見つめている。

遠い、遠い昔の事を振り返っているのだろう。


『わたくしが産まれた頃、魔界は魔族と竜族との戦争の真っ只中』

『……わたくしはあの頃に産まれた他の悪魔達の多くがそうであったように』

『産まれ落ちた時から、道端のゴミも同然でしたわ』

「えっ……」

『戦乱の最中、未熟で弱い悪魔には当然ですが真っ当に生きる権利なんてものはありませんでしたから』

『混沌とした魔界では、親の顔なんて知らなくても普通のこと。だから、その誕生を祝う者なんているはずもなく』

『誰も覚えているはずなんてありませんのよ、ゴミの誕生日なんて』

『産まれた日なんてものはわたくしには存在しませんの』

『いつの間にか、ゴミ捨て場で氏肉を漁る雛烏がそこに居た。ただそれだけでしたから』

「……」

その生い立ちを語る間も『彼女』は優雅に、笑っていた。

562: 2014/04/09(水) 00:01:45.25 ID:BtYwDsSYo

「そう……でしたの」

『あらあら……自分から聞き出したのに、なんて顔してますの』

少女の視界が薄くぼやける。

感情が抑えきれず、言われたとおりに酷い顔をしているのだろう事はわかっていた。

『変に同情なんてしなくていいですわよ、かつてのわたくしの境遇などは何処の世界にでもありふれたものなのですから』

「ええ……同情なんてしてしまえばマンモンさんに失礼ですものね」

悲しさを押し頃すように少女は強く微笑んだ。

『……わかっていればよろしいですわ』

その顔からまた視線を外し、『悪魔』はそっけなく返事をする。

「……」

『……』


『(……まったく余計な話をしてしまいましたわね)』

ここまで話すつもりはなかった。

少女の質問に対して、『悪魔』はいつものようにのらりくらりと適当にはぐらかすつもりだったのだが、

今日に限っては、少女の様子にどこかやり難さを感じてしまったために、

つい、らしからず過去を語るような事をしてしまった。

『(……まあいいですわ。このような気分になることもたまにはあるでしょう)』

『(それに、この話はこれでおしまいでしょうから)』

このような話を聞いてしまえば、少女もこれ以上おいそれとは『悪魔』の事情に深く踏み込もうとはしないだろう。

別に、『悪魔』の方も人間・櫻井桃華とのほんの少し煩わしい会話を嫌ってはいなかったのだが、

今回ばかりは、”話すほうも、聞くほうも辛いことだ。”などと、少女が勘違いして、

あれこれ聞き出そうとするのを控えてくれればいいと『悪魔』は考えていた。

563: 2014/04/09(水) 00:03:40.28 ID:BtYwDsSYo





「……それでは、お誕生日のお話はひとまず置いておいて……」

「魔界に居たころのマンモンさんは心からの贈り物を受け取ったことはありますの?」

しかし『悪魔』考えたようには事は運ばず。

『はあ……櫻井桃華。『わたくし』の話はさきほどの質問で終わりではありませんの?』

少女のあまりの切り替えの早さに、呆れたように『悪魔』は口をこぼした。

先ほどのような話を聞いてなお、『マンモン』自身の話をやめさせてくれる気は少女にはなかったらしい。

「いいではありませんのっ!わたくしは貴女の事をもっと知りたいのですわ!」

「もちろん、マンモンさんが本当に気が進まないお話ならわたくしもお聞きはしませんが」

「別に、そうではないのでしょう?」

「今日に限って話してくれたと言う事は、きっとそう言うことなのですわ♪」

先ほどまでの涙目はどこへやら。にこにこと少女は笑う。

随分と都合よく解釈してくれたものだ。

中途半端に出自について話してしまったのは、彼女にはどうやら逆効果だったようである。

『……はあ、あなたもよろしい根性をしてますわよね……うふふ♪まあ、そんなところも気に入ってはいるのですが』

愚痴りながらも、『悪魔』は楽しそうに笑った。

564: 2014/04/09(水) 00:05:08.72 ID:BtYwDsSYo


『心からの贈り物を受け取ったことがあるかでしたわね?』

「ええ、もちろんマンモンさんが奪ったものではなく……ちゃんとした贈り物ですわよ?」

『念を押さなくてもわかっていますわよ』

『強欲』の悪魔の力は所有権の支配。

あらゆる物を、『自分のもの』としてしまう凶悪なる奪取の力。

本気を出せば、”誰かの”心でさえも『自分の』心に変えてしまえるのだから、

彼女がその気になれば、他者にその全てを捧げさせることもできるだろう。

しかし少女が聞きたいのは、そのような方法で手にした物品の話ではない。

奪い取った物ではない、『マンモン』に贈られた純粋な贈り物の話を少女は聞きたいのだ。


『……わたくしも”大罪の悪魔”と言う立場に伸上るまでに、ご贈答の類は多く頂きましたが……』

『その中にも少なからず……打算も裏も無い贈り物も……なくはなかったと、記憶していますわ』

「そうですの……それなら、少し安心しましたわ♪」

曖昧で適当な『悪魔』の答えだったが、それを聞いて少女は安心したと顔をほころばせる。

『……何がですの?』

「贈り物をくださる方が居るのでしたら、つまりマンモンさんにも、ちゃんと味方が居たと言う事でしょう?」

『…………さあ、どうだったでしょうね』

「それくらいなら、はぐらかしてもわかりますわよ♪」

『…………』

やはり、どうにも今日はやり難い。と『悪魔』は頭を抱える。

いつもならば『悪魔』側が手玉に取っているはずなのだが、今宵は珍しく主導権を握られているようであった。

565: 2014/04/09(水) 00:08:54.84 ID:BtYwDsSYo


「では……マンモンさんがいただいた最初の贈り物を、わたくしが当てて見せましょうか?」

不意に少女が、提案した。

『…………そんな物がわかりますの?』

最初の贈り物。『悪魔』がはじめてもらったもの。

わかりようもないだろう。

少女は、『悪魔』の生きてきた世界を知らないし、生きてきた時代を知らない。

マンモンが彼女に話したこともないし、

そもそも『悪魔』自身、最初の贈り物なんて覚えてはいないのだから。


「うふふっ♪ええ、きっと間違いありませんわ」

『……聞かせてみなさいな』

しかし、妙に自信のありそうな少女の物言いに『悪魔』の興味が引かれる。


「……」

少しだけもったいつけてから、彼女は答える。

「”名前”ではありませんか?」

『……あら』

「当りでしょう?うふふっ♪」

我が意を得たりと少女は得意げに胸を張った。

566: 2014/04/09(水) 00:09:51.73 ID:BtYwDsSYo


「名前は……この国では多くの人たちが産まれた日に貰うものですわ」

「最初に貰うもの。大切な人に贈られる大切なもの」

「そんな素敵なものだから……マンモンさんの場合もきっと祝福に満ちたものだったと……わたくしは思いますのよ」

少女は自身の答えをそのように補足した。

なるほど。彼女の考えは、きっと人間達の間では正しいことなのだろう。

『あなたの言う通り……少なくとも、この国の多数の人間に限ってはそうなのでしょう』

『ですが櫻井桃華、『わたくし』が名前を頂いた経緯も同じくそうだったと言える根拠が弱いではなくて?』

だが、少女の考えは、杓子定規に悪魔にも通じる考えではない。

『名付けは……例えば”病気”や”災厄”のように恐怖する対象にも、呪うべき対象にだって行われるのですから』

むしろ、悪魔の名づけはそのような例の方が多いだろう。

『なのにどうして貴女は、『わたくし』が祝福されて名前を頂いたと思えるのかしら?』

だから、少女の妙な自信の裏打ちが『彼女』には気になった。


「そうですわね……そのように推測した手がかりもちゃんとあるにはあるのですが」

「……一番の根拠はやはり」

『やはり?』

「乙女の勘ですわね♪」

あっさりした理由であった。

『……ふふっ、そうですの。それならば仕方ありませんわね』

苦笑いがもれる。勘が根拠であるとはお粗末な話であったが、

しかしそれが外れてはいなかったのだから『悪魔』も笑うしかない。

567: 2014/04/09(水) 00:11:04.80 ID:BtYwDsSYo

『少し悔しいですが、貴女の想像通り……思い返せばわたくしの名前もまた……親愛なる方からの頂き物でしたわ』

「まあ♪」

『悪魔』の口から出た”親愛なる”と言う言葉に少女は驚き、興味を持つ。

「マンモンさんのおっしゃる親愛なる方と言うのは、どんなお方でしたの?」

わくわくした様子を隠さずに少女は尋ねた。


『……秘密ですわ♪』

「あら……それは教えていただけませんのね……」

『うふふっ♪レディーにはどうしても秘密にしておきたい過去の1つや2つありますのよ』

『知りたいなら、当ててみなさい。乙女の勘で』

皮肉っぽく『悪魔』はニヤつく。

「……もう……流石にそこまではわかるはずありませんわ」

『ふふふ♪』

残念そうに口を尖らせる少女の横顔を眺めて、『悪魔』はやはり愉快そうに笑うのだった。

568: 2014/04/09(水) 00:14:49.11 ID:BtYwDsSYo
―― 櫻井桃華、貴女の言うとおり

―― ゴミでしかなかった『わたくし』を拾ってくださり、育ててくださったあの方は

―― 確かに『わたくし』の味方で、『わたくし』を祝福してくださっていたのでしょう


―― ですが……


―― それ故に、あの方は……”先代強欲の悪魔”はその命を落すことになったのですわ

―― 『わたくし』を愛したが故に、『わたくし』に嵌められ、『わたくし』の罠に掛かり、『わたくし』の策に敗れた……


―― 先代は『わたくし』の味方でしたが、『わたくし』にとっては先代は敵でしたから

―― あの方を蹴落とさなければ、今の立場を……欲しかった物を手に入れられなかったのですもの


―― 今でも……思い返せますわ。『わたくし』に敗北し全てを奪われた先代の最後の凍りついた顔

―― そして……最後の言葉も


《 お前はそれで    か? 》

569: 2014/04/09(水) 00:15:36.04 ID:BtYwDsSYo



「では最後に、マンモンさんは今”幸せ”ですか?」

『……ふぅっ……なんですの、もう……。さっきは躊躇っていらしたのに、結局それも聞いてしまいますのね』

さきほど少女が躊躇い、変えてしまった質問。

それが、いまさら飛んできたので『悪魔』も戸惑う。

「うふ♪申し訳ありませんわ。ですが、やはりどうしても……聞いておきたかったものですから」

「今ならば、ちゃんと答えていただけそうですもの」

『……』

曇りの無いエメラルドの瞳がまっすぐと『悪魔』を見つめていた。

疑いの無い瞳。本当に話して貰えると思っているのだろう。やはり今日は喋りすぎていただろうか。

570: 2014/04/09(水) 00:16:49.90 ID:BtYwDsSYo


「……桃華はきっと幸福ですわ。たくさん愛してもらえて幸せですのよ♪」

「だから……わたくしは、『わたくし』にも幸せであって欲しいと思いますの」

『……”あって欲しい”ですか』

「ええ、”欲しい”ですわ♪うふふっ♪マンモンさんの影響か、わたくしもとても欲張りになってしまいましたわね」

にこやかに少女は言った。

『悪魔』には、少女の質問すべてに答える義理は無い。

だから、『悪魔』にはその質問から逃げることは容易ではあった。

容易なはずであったが、しかし……

『答えるまで、しつこく聞いてきそうですわね?』

「ええ、もちろんですわ♪」

その瞳から逃げるのは、とても難しい事でもあるような気がした。

『……なら仕方ありませんわね』

だから、意を決して悪魔は答える。

『幸せかどうか……難しい質問ですわ……』

「……」

『だって、もしかすると『わたくし』は』

『ずっと幸せになんてなれないのかもしれないのですから』

571: 2014/04/09(水) 00:17:43.82 ID:BtYwDsSYo


『櫻井桃華、『わたくし』は『強欲』ですわ』

『例え……幸せを感じられたとしても、すぐに足りなくなってしまいますの』

悪魔は語る。その心の内を。

『何を手に入れたとしても……欲望が尽きることは無く……』

『欲しかった玩具は……手に入れたそばから、まるで灰の様に変わってしまい指の間から零れ落ちていきますわ』

ふと、彼女達の庭を照らす日の光が覆い隠され空が曇り始めた。

気がつけば、鳥達の声はもう聞こえない。

庭を彩る緑は次々と枯れ朽ちて、花々はハラリと萎れ散ってしまう。

『時間の経過とともに、何もかもが物足りなくなってしまう』

『これが『わたくし』の絶望』

荒廃した園で、『悪魔』は語る。

「……」

少女は、黙って『悪魔』の言葉に耳を傾け続ける。

572: 2014/04/09(水) 00:18:49.13 ID:BtYwDsSYo


『……永久なる幸福』

『究極的に言わせていただくなら、わたくしの目的はそれですわ』

野心の炎に満ちた瞳が、庭園のずっと先を見据える。

だが、その瞳の奥の暗闇はどこか危うげで悲しい。


『決して風化はせず、されども不変でもなく』

『そのような世界の全てに、ずっとずっと『わたくし』を満たして続けて欲しい』

抑えきれない『欲望』を恒久的に満たしてくれる世界。

『強欲』はただそれを強く望む。


『……そう願うことが、悪いことですの?……望んでしまうことが、ダメな事?』

『ただ幸せになりたいと思うことが、罪と呼ばれるものでしょうか?』

生れ落ちてから、彼女はずっと貪欲に幸せを求めていた。

ずっとずっと、尽きることの無い幸せを。

573: 2014/04/09(水) 00:19:41.66 ID:BtYwDsSYo


「……いいえ、マンモンさん」

『悪魔』の言葉をずっと黙って聞いていた少女が口を開く。


「幸福になりたいと願うことは誰にでも許された権利ですわ」

「たとえそれを神様がお許しになられず、悪や罪とされるのだったとしても」

「わたくしは、その願いを心から祝福しますわ」

少女は、優しい声で、優しい瞳で、その願いを肯定した。

「マンモンさん、どうか貴女も幸せになってくださいまし」

「それが、わたくしの……桃華の願いですわ」

『……』

『……たまになら、本心からの言葉をつむいでも良いでしょう』

『本当に感謝していますわよ、櫻井桃華』

『悪魔』は目を閉じて、小さな声で呟いた。

574: 2014/04/09(水) 00:21:02.38 ID:BtYwDsSYo


「うふっ♪それはわたくしの台詞ですわよ」

「お父様のこと、本当に感謝しているのですからね」

しっかりとその小さな声を聞き遂げた少女も、『悪魔』に対して同じく礼を返す。

「マンモンさん、これからもお父様の夢のお手伝いを……よろしくおねがいしますわね」

『ええ……もちろんですわ』

「以前みたいに勝手に居なくなろうとしたら、嫌ですわよ?」

『うふふ、肝に銘じておきましょう』

心の内の世界で2人の少女はお互いに、ただただ笑い合った。


『ではそろそろ……『わたくし』は目覚めるとしますわ』

「ええ、それではマンモンさん。またこの場所でお会いいたしましょう」

「次の機会には、もう少しゆったりとお話ができればいいですわね?」

『それも構いませんが、この次の時には今日の様に質問攻めはご勘弁くださいまし』

「あら、残念ですがその約束はできませんわ♪」

『もう……充分ではありませんでしたの?本当に欲張りですわね』

「ふふっ、誰のせいでしょう?」

『……さあ、誰だったのかしら』


クスクスと笑う少女を背に、やはり笑いながら『悪魔』は席から立ち上がり、高く空を見上げた。

575: 2014/04/09(水) 00:22:08.98 ID:BtYwDsSYo

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少女の瞳が再び、開かれた。

エメラルドの瞳には、暗い野心の炎が灯っている。

その目の見つめる先、銀細工の針が新しい時を刻み始めていた。


ネグリジェに身を包む少女は、寝台から立ち上がり、

天蓋の布をすり抜けて、部屋に備え付けられた窓へと向かう。


カーテンを少しだけ捲り、外を覗いた。

窓からは、寝静まる庭園を見渡すことができた。

そして、庭園の先にはずっとずっと世界が広がっているのだろう。


「……ふふっ」

眼下に広がる世界を見下ろし、彼女は今日も笑う。

「いずれ世界の全ては、わたくしのものですわ」


おしまい

576: 2014/04/09(水) 00:23:05.05 ID:BtYwDsSYo
マンモンちゃまと誕生日のお話でした
彼女にも色々あるようです

日付変わっちゃいましたけど桃華、誕生日おめでとー

577: 2014/04/09(水) 08:06:55.60 ID:qarC9p2u0
乙です
マンモンは本当にマンモンちゃまなんだなぁ
過去も気になる所

578: 2014/04/09(水) 11:20:22.94 ID:SNSjv1kd0


ちゃま!お誕生日おめでとう!
果たしてマンモンはどんな結末を迎えるのだろうか



【次回に続く・・・】



引用: モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」 part9