117: 2015/01/18(日) 21:07:35 ID:RFBSIrlw0
<神の言葉>

エレン(俺の母さんは明るくて優しい人だ)

エレン(でも、ひとつだけ欠点がある)

エレン(それは――)

カルラ「ミーちゃん、ご飯の時間よ」ナデナデ

サボテン「……」

カルラ「サボテンに水をあげなきゃ……」チョロチョロ

猫「ギニャアアアア!!」

エレン(猫とサボテンの区別がつかないということだ)

エレン(そして、それは俺のせいなんだ)
進撃の巨人(34) (週刊少年マガジンコミックス)
118: 2015/01/18(日) 21:16:01 ID:RFBSIrlw0
エレン(自分の力を初めて意識して使ったのは、小学一年生のころだった)

エレン(当時、授業でアサガオを育てていた)

アルミン「エレンのアサガオ、きれいだね」

エレン「そうか?」テレテレ

エレン(でも、俺の隣にあったアルミンのアサガオのほうがずっと立派だった)

エレン(俺はある日、誰よりも早く登校した)

エレン(そして……)

エレン『枯れろオオオ……、腐ってしまえエエエ……』

エレン(アルミンのアサガオの首がぽとりと落ち、萎れて腐り薄汚い茶色に染まり始めた)

エレン「……鼻血だ」ポタポタ

エレン(アサガオは捨てられることになり、アルミンは泣き出した)

エレン(俺のいい気分はすぐに罪悪感に変わり、アサガオを褒められても素直に喜ぶことはできなかった)

エレン(アルミンの植木鉢に囁いた時から、俺のアサガオは自分の中に潜んでいる恐ろしいものを映す鏡となった)

119: 2015/01/18(日) 21:21:36 ID:RFBSIrlw0
エレン(それまでにも、自分に何か特別な力があるのは感じていた)

エレン(喧嘩をして怒っている友達も、俺が説得すればすぐに笑顔になった)

エレン(気に入らないことがあれば、謝るよう訴えるとたとえ大人でも子供の俺に頭を下げた)

アルミン「エレン、トンボが飛んでる」

エレン「ああ」

エレン『動くなアアア……』

トンボ「」ピタッ

エレン「……」ブチブチ

アルミン「エレン……?」

エレン(トンボは羽や足をむしっても絶対に動くことはなかった)

エレン(俺はしばしば言葉の力を行使するようになった)

120: 2015/01/18(日) 21:26:46 ID:RFBSIrlw0
犬「ワン! ワン!」ガルルルル

エレン「……」ジッ

エレン『俺に向かって吠えるなアアア……』

犬「」ビクッ

エレン『服従ウウウ……、俺に服従しろオオオ……。服従だアアア……』

エレン「……」ポタポタ

エレン(俺はクラスメイト達の中で恐れられてるその犬を操って、自慢してみたかった)

エレン「お手」

犬「」ポンッ

エレン「おまわり」

犬「」クルクル

クラスメイト「すげえなエレン!」

エレン「へへっ、まあな」トクイゲ

犬「クゥゥン……」オビエ

エレン「……」ズキ

121: 2015/01/18(日) 21:32:01 ID:RFBSIrlw0
エレン(言葉の力はほとんど万能だったが、いくつかのルールがあった)

エレン(まず、対象は生き物でなければならない)

エレン(そして、一度言葉を使ったら、もう二度と元には戻らなかった)

エレン(ある日、母さんが俺の育てていたサボテンの植木鉢を落として割ってしまった)

エレン『お前はアアア、猫とサボテンの違いが分からなくなるウウウ……』

エレン(俺はただ、ペットの猫と同じくらいサボテンが大切だったと分かってほしかっただけなんだ)

カルラ「ミーちゃん、よしよし」ナデナデ

エレン(母さんの手は傷だらけだ)

エレン(俺は元に戻るよう何度も言葉を囁いたが、母さんが猫とサボテンとの距離を感じることは二度となかった)

122: 2015/01/18(日) 21:41:09 ID:RFBSIrlw0
エレン(俺は医者の家に生まれた。だから、俺も医者を目指して頑張っていた)

エレン(でも俺は頭の出来があんまりよくなかった)

エレン(ストレス解消のために、部屋でゲームをしていた時のことだ」

エレン「氏ねっ、氏んじまえ……」ブツブツ

グリシャ「エレン!? 何を言っているんだ!?」

エレン(親父は俺の手からゲームを取り上げようとした)

エレン「やめろ!!」

エレン『この指よオオオ、外れエエろオオオ……!!』

エレン(鼻の奥の血管がはじける感触がした)

エレン(親父の左手から指が五本ともはずれ、ぽろぽろと俺の足元に転がった)

グリシャ「……」ギョウシ

123: 2015/01/18(日) 21:42:35 ID:RFBSIrlw0
エレン(すぐに黙らせ、俺が合図するまで気を失うよう命じた)

左手の傷口が完治すること。目が覚めると俺の部屋で起きたことを全部忘れていること。

エレン(問題は、これを見たやつに不審に思われないかだな)

次に目が覚めたとき、お前は指のない自分の左手を見て、これが自然な状態だと思い込む。

そして、それを見た者全員に、それが当たり前の状態だと信じさせるようになる。

エレン(これで完璧だ)

エレン(俺は親父を担いで部屋を出ることにした)

124: 2015/01/18(日) 21:52:00 ID:RFBSIrlw0
ジャン「エレン?」

エレン(部屋から出ると、兄のジャンとすれ違った)

エレン(不良じみていて、毎日遊びまわっているくせに俺より成績が良かった)

エレン(俺たちは同じ学校に通っていたが、家でも学校でも仲良く話をすることはない)

エレン(あいつは時々、軽蔑するような目で俺を見る)

エレン(俺の中に潜む恐ろしい獣の正体に気づいているからだ)

ジャン「……はっ」

エレン(ジャンは俺の部屋を覗き、ゲーム機が転がっているのを見ると鼻で笑った)

125: 2015/01/18(日) 22:00:33 ID:RFBSIrlw0
エレン(夕食の席で、親父が食べにくそうに食事をしていた)

エレン(指の無い手で茶碗を持つことができないからだ)

エレン(その姿はあまりに自然で、俺は危うく親父の指がどうして無くなったのかを忘れそうになった)

エレン(夜、目を閉じているとクラスメイトや家族の顔が浮かんでくる)

エレン(みんながジャンと同じような軽蔑のまなざしで俺を見つめていた)

エレン(俺は家でも学校でもごく普通のまともな人間として生きてきたつもりだった)

エレン(みんなが俺の正体を知ったらどうするだろうか)

エレン(そうなる前に……)

126: 2015/01/18(日) 22:04:28 ID:RFBSIrlw0
犬「」

エレン「……」

飼い主「ずいぶん、仲よくしていて下さったのね」グスッ

エレン『生き返れエエエ……』

犬「」

エレン『生き返ってくれエエエ……、頼むからアアア……』

犬「」

エレン「……」

エレン(俺は汚い人間だ)

エレン(自分の醜い顕示欲を満足させるため、犬の自由を奪ったくせに)

エレン(その犬を生き返らせることもできない)

エレン(俺は……)

127: 2015/01/18(日) 22:08:59 ID:RFBSIrlw0
……。

エレン(気づくと俺は部屋の真ん中で彫刻刀を握りしめていた)

エレン(手首を切るつもりだったんだろうか)

エレン(机の引き出しを開けると、親父の腐りかけた指が転がり出てきた)

エレン(俺は指を庭に埋めたが、机からはいつまでも腐臭が漂ってきていた)

エレン(まるで机だけが異次元空間につながってるみたいだ)

エレン(また、机の傷の数が日を追うごとに増えていった)

エレン(でも、俺には机を彫った覚えなんかない)

128: 2015/01/18(日) 22:13:56 ID:RFBSIrlw0
ジャン「エレン、演技は楽しいか?」ニヤニヤ

エレン(ジャンを殺さなければならない。そう思った)

エレン(俺はカセットテープを停止すると、彫刻刀で机を彫った。また一本、傷が増えた)

……。

エレン(気づくと俺は部屋の真ん中で彫刻刀を握りしめていた)

エレン(机の上を見ると、傷は二十本を超えていた)

エレン(でも、俺には机を彫った覚えなんかない)

エレン(何か重要なことを忘れているような気がした)

129: 2015/01/18(日) 22:23:37 ID:RFBSIrlw0
エレン(それは夕食後のことだった)

エレン(ジャンが居間に寝転がり菓子をつまみながらテレビを見ている)

エレン(ジャンを殺そう。ぼんやりとそう思った)

エレン(あいつの見下すような視線が、嘲笑が俺の網膜に焼き付いて離れない)

お前の正体を俺は知っているぞ。

エレン(みんなに見えている俺とは違う俺)

エレン(ためらいなく人の指を切り落とし、花を枯らせ、犬を縛りつけることのできる人間)

エレン(それが俺だ)

エレン(もちろん罪悪感はある。俺にまだ人の心が残っているからだ)

エレン(きっとまだやり直せる)

エレン(ジャンを頃してからやり直すんだ)

130: 2015/01/18(日) 22:30:36 ID:RFBSIrlw0
エレン(夜。眠っているジャンに近づき、氏に関する言葉を囁くつもりだった)

エレン(眠っている人間にも効果があることは親父の件で分かっている)

エレン「……」ギィ

エレン(俺の影は、まだ人の形をしているんだな)

ジャン「エレン……? どうした?」ゴシゴシ

エレン(ちっ、起きられたか……!)ガシッ

ジャン「!?」ビクッ

エレン『お前はアアア、氏ぬんだアアア……!!』ギリギリ

ジャン「う……エレン、苦し……」ジタバタ

131: 2015/01/18(日) 22:31:43 ID:RFBSIrlw0
エレン(……おかしい)

エレン(いつもみたいに鼻血が出ない)

エレン(なんでだ……?)パッ

ジャン「……」スースー

エレン(何事もなかったように……)

バチン

エレン(突然、頭の中がはじける音がした)ダッ

エレン(すぐにテープを再生しなくちゃならない。そう感じた)カチッ

エレン(テープから聞こえてきたのは自分の声だった……)

132: 2015/01/18(日) 22:37:59 ID:RFBSIrlw0
俺がこのテープを用意した理由は他でもない。
何もかもを忘れて日常生活を送っている未来の自分に、自分が何をしでかしたのか聞いてほしいからだ。

お前が誰かを殺そうとしたり、自頃しようとしたら、このテープを再生したくなるよう言葉を吹き込んでおいた。
つまり、今お前がこれを聴いているということは、何か嫌なことがあったってことだろうな。

でもお前が自頃したり、誰かを頃す必要なんて全くない。
みんな氏んだからだ。
父親も母親も兄もクラスメイトも先生も今まで会ったことのない人たちもみんな。

俺が頃したからだ。

133: 2015/01/18(日) 22:41:45 ID:RFBSIrlw0
犬が氏んだ次の日、俺はいつものように醜い作り笑顔でテーブルにつき朝食を食べていた。

ジャンが目をこすりながら起きてきて母さんが彼の前に目玉焼きの乗った皿を運んだ。
親父が新聞を読んでいて、一枚ページをめくった時にその端が俺の腕に当たった。
テレビでは洗剤のコマーシャルが流れていた。

俺はみんなを頃すことに決めた。

「一時間後、お前らの首から上が落ちる」

「地面に転がったお前らの首は、それを目にしたすべての人間に対して、その効力をそっくり感染させる」

もちろん俺だけはその効力から除外した。
家族は何も気づかずいつものように家を出た。

134: 2015/01/18(日) 22:50:11 ID:RFBSIrlw0
一時間後、俺は教室の窓からジャンの首がぽとりと落ちるのを見た。
赤い池を囲んで生徒や先生たちが顔を青ざめさせている。
始まったか。きっと父さんや母さんのところでも同じことが起こっているはずだ。

一時間後、大勢の野次馬たちの目の前で、ジャンの転がった頭を見た連中の首が一斉にぽろぽろと落ちていった。
悲鳴もなくただ唐突に頭と胴体が分断された。その光景をさらに多くの人間が目撃していた。
やがてテレビ中継が始まり、俺の言葉は電波に乗って人類の首を刈り取った。

誰もいなくなった街を歩いた。首のない人間や犬や蠅があたりに転がっていた。
どこまで歩いても道は血で汚れていた。
もう自分以外の生物は生きていないに違いない。そう確信していた。

良心の呵責は、彼女と出会うまで感じなかった。

「良かった! まだ生きてる人がいたのね……!」

その人は目が見えなかった。

なんて運の悪い人なんだ。

135: 2015/01/18(日) 23:00:41 ID:RFBSIrlw0
俺は、なんて、ことを、

俺は逃げだした。

みんなを殺せば演技する必要もジャンの冷たい視線に耐える必要もなくなると思っていた。
もう恐ろしいことをせずに済む。罪悪感に襲われることもない。

でも駄目だった。俺はこの世界にも耐えることができなかった。
もう世界を元に戻すことはできない。

俺はすべてを忘れることにした。
自分は今までと変わらない世界に生きているんだという錯覚を見ることにした。

おまえは彫刻刀で机に傷を彫るたびに今まで過ごしてきた日常の世界で生きているつもりになる。

だが机だけは現実とつながっていて騙すことができない。
このテープを聴いて記憶を消した回数が机の傷として残っているはずだ。

今、机の傷は何本になった?

136: 2015/01/18(日) 23:06:41 ID:RFBSIrlw0
エレン「……」

エレン(俺はテープを聴きながら想像した)

エレン(地面に転がる腐った肉を踏みつけながら一人で学校に通う自分の姿を)

エレン(誰もいない教室で俺は醜い獣を隠しながら一人きりで演技を続ける)

エレン(髪は伸び目は虚ろでその姿は人間というより動物のようだろう)

カルラ「まだ起きていたの?」ガチャ

エレン(サボテンを抱えたこの人もどこかで氏んでいるんだろう)

エレン(俺はカセットテープを停止すると、彫刻刀で机を彫った)

エレン(また一本、傷が増えた)

137: 2015/01/18(日) 23:07:08 ID:RFBSIrlw0
<神の言葉>

おしまい

138: 2015/01/19(月) 15:06:39 ID:dReHlnHY0
なにこれ怖い乙

引用: エレン「SEVEN ROOMS?」