1: 2016/08/17(水) 23:44:41.00 ID:wkvpVEyz.net
大きいため息と一緒に、思わず机に突っ伏してしまう。

今回こそは絶対に完成させてみせる、そう意気込んで書いていたはずなのに……

灰色の画面には、気付けばいつもと同じ文字。

 

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

総レス数 8

 

「書いたそばから消えて行くなんて、まるで砂絵みたいずら……」

不平のようなひとりごとを呟いてみても、過去ログさんはだんまりのまま。

ああ、やっぱり。

「……マルには、まだ早かったのかな」

4: 2016/08/17(水) 23:48:17.73 ID:wkvpVEyz.net
――――――――――――――――――――



「おぉ……動くずら! 動くずらよ、善子ちゃん!」

真っ暗な画面にいくつもの文字が浮かんでは消えていく。

「動くって……ズラ丸、パソコンなら部室や図書室でもう何度も見てるでしょう?」

呆れた顔の善子ちゃんがこちらの方を覗いてくる。

確かにパソコンは何度も見ているけれど……でも、今回の驚きは特別。

だって、まさか、マルの部屋で動くパソコンを見られるなんて!

5: 2016/08/17(水) 23:51:18.30 ID:wkvpVEyz.net
元々は千歌ちゃんの家のパソコンだったんだけれども、どうやら新しいのに買い替えるみたいで。

「花丸ちゃん、良かったらパソコン要らない?」

ある日の部活の後に、千歌ちゃんにそう聞かれたの。その一言がマルは最初、衝撃的で信じられなくって。

その後、嬉しくて千歌ちゃんに抱き付いちゃったのは……思い返すとちょっと恥ずかしくなってきたかも。


 

そうして届いたパソコンをひとしきり眺めたり触ったりして。

それから動かそうと思って説明書を見ても、るぅたぁ?だとか、もでむ?だとか。

違う国の言葉みたいでマル一人だと分からないことだらけ。

だから、善子ちゃんに来てもらってお手伝いをしてもらいました。

「よしっ、おおよその設定は大丈夫ね。後は……」

「もうこれで、インターネットに行けるずら?」

「あ、ちょ、変なところ押さないでよ! まだネットには繋がってないからぁ!」


 


――こんな風に我が家に未来がやってきたのが、丁度一ヶ月前。

6: 2016/08/17(水) 23:55:12.33 ID:wkvpVEyz.net
.
 

「いい? 変なページには絶対飛ばないこと! インターネットって危ないところもあるんだからね」



一通りの操作方法を教えてくれたあとに、善子ちゃんがこう忠告してくれたの。

インターネットは知識の海。普段は穏やかで、マルでも情報を享受できちゃう素敵な所です。

でも、内浦の海と同じように、深く入り組んでいるところもあれば、遠浅な所もあったり。

立ち入らなければ安全だけど、危険な所もたくさんあるんだって。

も、もしかしたらマル、ドジだからインターネットで溺れちゃうかもしれない……?

そう思ったら、ぶるり。キラキラしている画面の向こう側が、ほんの少しだけ怖く感じたんだ。

「ま、ブックマークにオススメのページを入れておいたから。そこをうろうろして慣れて行けばいいんじゃない?」

そんなマルに気付いたのか、最後にそう言って善子ちゃんは帰っていきました。

9: 2016/08/18(木) 00:00:45.24 ID:wQf2X59r.net
ブックマークという所をポチリ。

すると、善子ちゃんの言う通りに色んなページがずらーっ、っと並んでいて。

カチ、カチ、カチ。

マウスで色んなところを押すたびに、画面が切り替わっていきます。

水族館の写真、沼津の図書館のページ、部室で目にするラブライブのランキング……

「ほわぁ……目が回っちゃいそうずら」

カチリ。

最後に、パッと画面が変わって。今までとはまた違う雰囲気の所みたい。

え、っと……掲示板? 学校や駅にある、連絡板のようなところかなぁ……?


 


そのページ――『ラブライブ! 掲示板』に初めて出会ったのも、確かそれくらい。

11: 2016/08/18(木) 00:02:49.28 ID:wQf2X59r.net
――――――――――――――――――――


掲示板は、同じ趣味を持つ人たちが集まる集会所みたいな所で。


『今、ここのスクールアイドルが熱い!』


.         『まきちゃん』    『効果的なトレーニングメニューおしえて!』


              『いやいや、うちの県にも超新星が現れてるよー』


  『今月の雑誌のA-rise、格好良くない?』     『まきちゃん』


今まで見てきたページよりも情報が目まぐるしく変わっていく。

大勢の人たちが次から次へと話していく様子は、ざわざわ、まるでお祭りの喧騒。

ネットを通じて、こんな色んな人と繋がれるなんて。本当に、マルの家に大革命が起きたよう。

12: 2016/08/18(木) 00:04:59.49 ID:wQf2X59r.net
「……ん? これ、何だろう……?」

そんな情報の海の中の、とあるタイトルに目が惹き付けられる。

「えす、えす?」

カチリ。ずらっとしてみると、どうやら『えすえす』というのは物語のことらしい。

お芝居の台本に近い台詞形式。マルが読んできた小説や伝記とはまったく違う書き方。

だけれど、登場人物(凛ちゃんとか、ミューズの人たちが出てくる話が多かった)が生き生きと描かれていて。

台詞だけなのに、息をのむ描写や、間の取り方が上手な作品もいくつかあって。

そして何より、書いている人の熱意が、心まで伝わってくる話が多くて。

「……はっ、もうこんな時間ずら!?」

そうして読みふけっているうちに……時計はいつも寝ている時間をとっくにオーバー。

急ごしらえで明日の支度を済ませて、慌てて布団に潜り込んだ。

……次の日遅刻しそうになったのは、本当にルビィちゃんに悪かったと思う。

14: 2016/08/18(木) 00:07:38.44 ID:wQf2X59r.net
 
それからパソコンを使う時は、たくさんの『えすえす』を見るのが楽しみになった。



勿論、小説や文庫本なんかを読むのも楽しいし、読書に費やす時間も今まで通り。

マルにはやっぱり紙の本が一番合っている、って自分でもそう思えるから。



だけど、『えすえす』には紙の本と違う不思議な魅力があって。

(……あ)

いくつも、いくつも色んな人の紡ぐお話を見ていくうちに。

(……マルも、こんな話を書いてみたい)

お話を書きたくてたまらなくて、身体がウズウズしていたんだ。

16: 2016/08/18(木) 00:11:11.73 ID:wQf2X59r.net
それでマルも、見よう見まねで書いてみようとしたけれど。

文字を打つのが遅いマルには、最初の部分を書くだけで一苦労。

続きを書き終える頃には……


 

『真姫「にこちゃんの目って、赤くて綺麗ね。まるでキャンディみたい」』

ERROR!:このスレッドには書き込めません。


   

……こんな表示が出て、書き込めなくなっている始末。


 
それでも最近は、慣れてきたのもあって。何回か書き込めるようにはなってきた。

だけど、登場人物が上手く動かなかったりだとか。口調がおかしくなってたりだとか。

物語の展開はこっちの方がいいんじゃないか、削った方が、ううん、でも。

そんな風にあたふた考えているうちに、マルのお話はいつも終わらずに消えていっちゃう。

17: 2016/08/18(木) 00:13:04.34 ID:wQf2X59r.net
……そうして、先程もまた一つ。マルの書こうとした物語が、静かに静かに落ちていった。

「あぁ……どうすれば、良かったずらか」

ずうんと沈んだまま、落ちたスレッドを見返してみる。

もしかしたら現状を打破できるきっかけがあるかもしれない、そんな希望を胸に抱いて。


 
5 : 名無しで叶える物語(魔女の百年祭):ID:24048Ne+
はんぺん…(´・_・`)

6 : 名無しで叶える物語(庭):ID:starNyan
にゃああああああああああああああ
http://xxx.rin-chan-raamen.jpg

7 : 名無しで叶える物語(地震なし):ID:GamBaRuB
>>6ラーメン画像注意

8 : 名無しで叶える物語(茸):ID:DIa/9630
面白そうなスレでしたのに、またエタはんぺんですの?


 
でも、そんな希望なんてあるわけない。

あるのは雑談と、はんぺん――マルのこと、を残念がる文字列だけ。

……ううん、やっぱりダメだぁ。ノートにお話を書いたり、アクアの4コマ漫画を描いてる時とは全く違う。

書けない。どうやっても書き切ることが、できない。

これは、もう完全に。

20: 2016/08/18(木) 00:15:15.72 ID:wQf2X59r.net
 
  
   

        
「完全に、スランプずらぁ……」


   


 

.

22: 2016/08/18(木) 00:17:54.98 ID:wQf2X59r.net
――――――――――――――――――――


 


マルの一日は、ルビィちゃんと一緒に登校する所から始まります。

通学路の途中で待ち合わせて、同じバスに乗って、それから歩いて学校へ。

ゆっくりゆっくり向かう間に、いろんな話をしながら学校へ行くのがお決まりになっているの。

だけど……今日はそれが裏目に出ちゃったみたいで。

「花丸ちゃん、大丈夫? 何か悩んでることでもあるの?」

「えっ? オラは別に何ともないけど……」

「……だって花丸ちゃん、さっきからため息ばっかりついてるから」

どうやら、無意識の内に、ずうんとした感情が表にひょっこり出てきてたみたい。

ルビィちゃんは心配げな表情で、こちらをじいっと見つめてくる。

綺麗な緑の目は、まるでマルの奥底まで透かしているようで――


   
「もしかして……作詞とか、マンガの方で詰まってたり、とか?」



――惜しい。けど、大筋を当ててくるのは流石ルビィちゃんだと思う。

23: 2016/08/18(木) 00:20:20.80 ID:wQf2X59r.net
「作詞もマンガも問題ないずらけど……ねえ、ルビィちゃん」

「うん?」

「その……マルの相談、聞いてくれる?」

おずおずと聞いてみると、ルビィちゃんはこちらに微笑んでくれた。

「もちろんだよ! ルビィ、花丸ちゃんの力になりたいもん!」

「ルビィちゃん……ありがとう。実はね……」




かくかくずらずら、と簡単に説明。

 


「……なるほど、小説の方がスランプなんだね」

「うん。途中であれこれ考えているうちに、続きが書けなくなっちゃって……」

改めて口に出すと、それだけで、ずずうん。不思議と心が重くなってくる。

25: 2016/08/18(木) 00:24:10.29 ID:wQf2X59r.net
「ルビィちゃんは、例えば衣装を作ってる時にスランプになったらどうするずら?」

「ええっ、スランプに? うーん……」

少し考え込むルビィちゃん。

「ルビィなら……ミューズの曲を聞いたりしながら作業する、と思う」

「ミューズの?」

「うん。好きな曲を聞いてると、頑張ろうって。そう思えるんだ」

好きな曲。好きな曲かぁ。頭の中で反芻してみる。

ぱっと頭に浮かんだのは、星空凛さんの曲。

凛さんの曲を聞くと、不思議と力が湧いてくる、そんな気がして……




でも、どうやって聞けばいいんだろう。マルのうちには、ラジカセしかないし……

かといって、動画で音楽を流そうすると、今度はお話が書けなくなっちゃうし……

26: 2016/08/18(木) 00:26:21.08 ID:wQf2X59r.net
そうやって悩んでいるのが、またルビィちゃんにバレちゃったようで。

「……ごめんね。ルビィ、スランプみたいになったことって、あまりなくって」

うつむくルビィちゃん。ごめんね、って言いたいのは断然マルの方なのに。

そんな申し訳無さと、弁明の気持ちをこめて笑いかける。

「ルビィちゃんが謝ることじゃないよ。それにすっごく助かったずら」

「ほ、本当に……?」

「本当ずら。今度、試してみるね」


 
キーン、コーン、カーン、コーン


 
最後のマルの言葉に被さるように、学校から聞こえてくる鐘の音。

あれ、まさか、これって……

「わわ、っわ、花丸ちゃん、急がないと!」

「も、もしかしなくても、遅刻しちゃうずらぁ!?」

27: 2016/08/18(木) 00:31:47.48 ID:wQf2X59r.net
――――――――――――――――――――

間一髪のところだったけれど、何とか朝のホームルームには間に合った。

「どうしたのよ、二人とも。今日は随分とギリギリだったじゃない」

斜め後ろの席から、善子ちゃんが話しかけてくる。

「あ、あはは……ちょっと、ルビィちゃんとお喋りしてたらつい……」

「全く、相変わらずのマイペースねえ。気を付けなさいよ」

そう言って、いつもの肩をすくめるようなポーズ。ちょっとだけ突き放すような、だけど暖かい口調。

ふふ。やっぱり善子ちゃんは善子ちゃんだ。

「? 何笑ってるのよ。ほら、授業始まるわよ」

前を見れば、先生はもう到着していて。日直の子の号令がかかる。

慌てて教科書を引っ張り出しながら立ち上がって。そのまま礼、それから着席。

28: 2016/08/18(木) 00:34:27.59 ID:wQf2X59r.net
---

黒板の上を先生のチョークが流れるように進んでいく。一緒に授業も進んでいく。

だけど、マルの頭はいまいち授業の方に集中出来ないまま。

まるで風邪をひいた時みたいに、ぼんやり視界が霞みがかってるよう。

ふわふわ、くるくる。頭の中に浮かぶのは、昨日のこと、『えすえす』のこと。

これしか考えられないなんて、もしかして呪い……なんて。

いけないいけない。善子ちゃんの癖がうつっちゃったかも……善子ちゃん?


 


 
そうだ。お昼を食べる時に、善子ちゃんにも相談してみようかな。

善子ちゃんなら、マルやルビィちゃんとは違った考え方を持っていそうだし。

30: 2016/08/18(木) 00:37:27.53 ID:wQf2X59r.net
――――――――――――――――――――

そうしてやってきたお昼ご飯。

だけど、マルの目の前には善子ちゃんはいません。


 

「ダイヤ~、卵焼きプリーズ!」

「だから! さっきから渡さないと言っているでしょう!?」

「むぅ、ダイヤのケチンボ!」

「まあまあ、二人とも。その辺にしておきなって」


 

ダイヤさん、鞠莉さん、果南さん。

三年生の三人と一緒に、生徒会室でご飯を食べています。

ダイヤさんに呼び出されて、訳も分からないまま連れて来られたんだけど……

も、もしかして、マル、何か悪いことしちゃったとか……!?

31: 2016/08/18(木) 00:39:48.53 ID:wQf2X59r.net
果南さんがこちらの方をちらっと見る。びくり。

「……ねえダイヤ、連れてくる時にマルに説明してあげたの?」

「あ……すみません、失念していました」

「はぁ、道理でマルが怯えてるわけだよ」

頭を掻く果南さん。それに合わせて、ポニーテールがゆらゆらと揺れる。

「別に怒ったりするわけじゃないから大丈夫。ほら、後はダイヤの仕事でしょ」

そう促されたダイヤさんがこちらに向き直った。

「では……単刀直入に申し上げます、花丸さん」

「は、はいっ」

「……スランプに陥っていると、伺いました」

「はいっ……はい?」

32: 2016/08/18(木) 00:42:07.78 ID:wQf2X59r.net
ダイヤさんからの質問に、ハテナマークが浮かんでくる。

ええと、思わず聞き返してしまったけれど……なんでマルの悩み事なんかを聞くんだろう?

「実は、休み時間にルビィが私たちの所まで来まして」

「ルビィちゃんが?」

「ええ。聞けば花丸さんがスランプ気味なので、アドバイスしてあげられないか、と」

まったく、私はカウンセラーではありませんのに。とダイヤさんが一言漏らす。


 

「その……ごめんなさい」

「別に花丸さんが謝ることではありません。ただ、もっとあの子はやりようが無かったのかと……」

「でも聞いてあげちゃうんだから、ダイヤってシスコンよねぇ」

「鞠、莉、さ、ん!?」

「シャイニー☆」


 &#☆160;


   
……再び掛け合いを始めるダイヤさんと鞠莉さん。あ、あのー、マルはどうすれば。

「ま、それでマルを生徒会室まで連れてきたんだ。人があまり来ないし、相談には丁度良いからね」

おろおろしていると、残った果南さんが言葉を継いで説明してくれた。

33: 2016/08/18(木) 00:42:56.76 ID:wQf2X59r.net
ダイヤさんからの質問に、ハテナマークが浮かんでくる。

ええと、思わず聞き返してしまったけれど……なんでマルの悩み事なんかを聞くんだろう?

「実は、休み時間にルビィが私たちの所まで来まして」

「ルビィちゃんが?」

「ええ。聞けば花丸さんがスランプ気味なので、アドバイスしてあげられないか、と」

まったく、私はカウンセラーではありませんのに。とダイヤさんが一言漏らす。


 

「その……ごめんなさい」

「別に花丸さんが謝ることではありません。ただ、もっとあの子はやりようが無かったのかと……」

「でも聞いてあげちゃうんだから、ダイヤってシスコンよねぇ」

「鞠、莉、さ、ん!?」

「シャイニー☆」


  


   
……再び掛け合いを始めるダイヤさんと鞠莉さん。あ、あのー、マルはどうすれば。

「ま、それでマルを生徒会室まで連れてきたんだ。人があまり来ないし、相談には丁度良いからね」

おろおろしていると、残った果南さんが言葉を継いで説明してくれた。

34: 2016/08/18(木) 00:44:36.01 ID:wQf2X59r.net
「それで、スランプってどんな感じなの?」

「はい、それが……」


 


かくかくずらずら。


  


ルビィちゃんの時と同じように、マルの状態を説明。

「……なるほど。書こうとしても中々筆が進まない、という訳ですか」

一番最初に口を開いたのはダイヤさん。こちらを見つめる、緑色の目は真剣そのもの。

たれ目とツリ目の違いはあるけれど、こうしてみるとルビィちゃんのお姉さんだな、って思う。

35: 2016/08/18(木) 00:46:22.30 ID:wQf2X59r.net
「そうね……自分の書く内容を一呼吸おいて見直してみるというのは?」

「内容を?」

「ええ。自分の不得手なテーマでお話を書いているのが原因、かもしれません。
 向き不向きというのは、案外気付き辛いものですから」


確かに、マルの書いている作品を思い返してみると、その節はあったかもしれない。

色んな人の書いたものを見て、真似して作っていたから――そのせいで、書きなれない文章に戸惑っていたのかも。


 


 
「うーん、アドバイスかぁ。私はダイヤみたいに文章的なことは言えないけど……あ」

そう言ってぽんと手を打つ果南さん。

「スランプって、大抵根を詰めすぎて起きるんだよね。リラックスしてみるとかは?」

「リラックス……ずらか」

「うん。走ったりダイビングしたり、昼寝したり。全部私流だけどね」

果南さんいわく、立ち止まっている時だからこそ、余計に焦りは禁物なんだって。

36: 2016/08/18(木) 00:48:52.90 ID:wQf2X59r.net
「鞠莉さんは、何かアドバイスはありませんの?」

「オゥ、アドバイス? そうね、強いて言うなら……」

ダイヤさんに話を振られた鞠莉さんは、ぐっと拳を体に引き寄せて。

「ズバリ、インパクト!」

そして、思いっきり突き出す。

勢いに気圧されて、マルも、ダイヤさんたちも、一瞬ぽかんとしちゃった。

「い、インパクト?」

「イェース! インパクトがないと、読者だけじゃなくて書く方も飽き飽きしちゃうもの!」

「でもインパクトのある文章って、マル、どんなのを書いたらいいか……」

「ふふ、意外と簡単だよ~? 例えば……」

そう言って、マルへと耳打ち……


 


     


   


ず、ず、ずらぁぁ~~~~~~!?

37: 2016/08/18(木) 00:50:48.65 ID:wQf2X59r.net
「花丸さんっ!? ちょっと鞠莉さん、あなた何を」

「え~? こんなことを、ごにょごにょごにょ……」

「……ッ! は、破廉恥すぎますわっ!」

「鞠莉、流石にそれはどうかと思うよ……」

「ホワイ? ちょっぴりセクシーで工口ティックなのって良いスパイスになるでしょう?」

「流石にやりすぎだって……二人とも顔真っ赤だよ」


 


     


うう……まだ、顔が火照っているのが自分でも分かる。

た、確かにインパクトはあるけれど、あんなことやそんなこと……ダメ、やっぱりナシ!

マルの口からはとてもじゃないけど言えないよぉ……

38: 2016/08/18(木) 01:05:19.73 ID:wQf2X59r.net
――――――――――――――――――――

午後の授業も何だか頭がぽわぽわしたまま。

多分、鞠莉さんのアドバイスがずっと残り続けているせいで……いんぱくと、恐るべし。


 


  
ぽわぽわしたまま、気付けば放課後。

善子ちゃんとルビィちゃんは掃除当番なので、マル一人で、先に部室に向かうことに。


     
「あ、花丸ちゃん! ヨーソロー!」


   
部室の扉を開けると、真っ先に曜さんの挨拶が。

奥の方でホワイトボードを使って話し合ってた梨子さんと千歌さんもこちらにやってきた。

40: 2016/08/18(木) 01:08:22.81 ID:wQf2X59r.net
「果南ちゃんから聞いたよー。スランプがどうとかって」

幼馴染の繋がりがあるからだろうか、千歌さんの口から出てきたのは、マルが聞こうとしていた話題。

「スランプかぁ……」

「うん。オラ、思うように文章が書けなくて……」

「なんか、ちょっと前の梨子ちゃんみたい」

「?」


 


聞けば、梨子さんも内浦に来た頃に、似たような状態になっていたらしい。

「どちらかと言うとトラウマみたいなものだと思うけど……立ち止まっている、という意味なら同じね」

そうして、千歌さんや曜さんと一緒に海の声を聞いて克服したとか。

……マルも、海の声を聞けば書けるようになるかなぁ。

41: 2016/08/18(木) 01:09:10.13 ID:wQf2X59r.net
「海の声もそうだけど、実際に体験したことを題材にしてみると書きやすいんじゃない?」

と、梨子さん。

「自分で体験したことが一番伝えやすい、というのはあるかもしれないわ」

なるほど。言われてみれば、昔の文豪にも自分で体験したことをもとに話を書く人はいっぱいいる。

井上靖の『しろばんば』や志賀直哉の『城の崎にて』……マルの知っているだけでも、優に百冊くらい。 

そう考えれば、経験を入れ込んで行くのは良い手なのかも。


 

「そうだねー……衣装作りとかで詰まった時は、私は本とかを見るかなぁ。アイドル誌とか専門書とか」

あ、もちろん制服も参考にするよ! と言うのは曜さん。

「そうやって集めた知識が、その内アイデアに繋がったりするけど……花丸ちゃんならもうやってそうだよねぇ」

「あ、はい……マルの話の作り方と、よく似てるずら」

「だよねぇ。あとは気分転換くらいしか私は思いつかないなぁ……って何かこれも果南ちゃんに言われてそうだね」

43: 2016/08/18(木) 01:11:16.97 ID:wQf2X59r.net
「さーて、それじゃあ最後にビシッと決めて下さいリーダー!」

「ふっふっふ、任せたまえ曜君」

「いや、何なのそのキャラ……」

一番最後に満を持して登場したのは千歌さん。見るからに自信がありそうで、何だか期待が……


 


   
「……いやー、とは言っても何にも思いつかないや」


 


 
がくり。

「「千歌ちゃーん!?」」

突っ込みを入れる曜さんと梨子さんに、ごめんごめんと謝る千歌さん。

「花丸ちゃんには悪いけど、本当に思いつかなくてさ。あ、でもね……」

そこで一旦言葉が切られて、一呼吸。

「好きなものへの思いを書いてれば、いくらでも書けるんじゃないかな」

44: 2016/08/18(木) 01:13:36.01 ID:wQf2X59r.net
――――――――――――――――――――

練習も終わって下校の時間。

夏になって随分日が伸びたけれど。それでも、水平線や淡島はもう濃紺に染まりかけている。


 
……それにしても、今日は本当にいろいろあったなぁ。

最初はルビィちゃんに、ほんのちょっぴり相談するだけのつもりだったのに。

いつの間にか、みんなに相談して回るほど、スケールが大きくなるなんて。


   

「うーん……でも良かったずら」




こうやってみんなに相談できて、いろんなアドバイスが聞けた。

まだまだ頭の中でまとまってないけれど。でも、みんなに貰ったアドバイスがあれば、良い作品が書ける。

不思議とそんな気がするのだ。


 

  
そのまま、何とはなしに伸びをして……ふと、止まる。

「そういえばマル、何か大事なことを忘れているような……」

45: 2016/08/18(木) 01:16:49.68 ID:wQf2X59r.net
   


 
「ちょーっと、待ったあ!!」





. 

46: 2016/08/18(木) 01:18:58.22 ID:wQf2X59r.net
視線の先には、息を切らせて膝に手をつく善子ちゃん。

善子ちゃん……? あ。


 
「なぁーんで私には相談しないのよぉ、ズラ丸ぅ!」


   
マル、善子ちゃんには相談してなかったんだ。

てっきりお昼に相談しようって思ってたけど、頭の中から抜け落ちちゃってたみたいです。




「ごめんね、善子ちゃん。すっかり忘れてて」

「……ふーんだ」

慌てて謝るけれど、善子ちゃんは明後日の方向を向いたっきり。完全に拗ねちゃってる。

47: 2016/08/18(木) 01:21:08.04 ID:wQf2X59r.net
「ごめんなさい。善子ちゃんにも相談に乗って貰いたかったずら」

「本当に……?」

「ずら。だって、ルビィちゃんの次に相談しようって思ってたんだ」


 
ほんとだよ。善子ちゃんも、マルの大切な友達だもん。

……言い訳がましいけれど、その、鞠莉さんのアドバイスが無ければ忘れてなかった、と思う。


   
「……もう、仕方ないわね。幼稚園の頃から変わってないんだから」

「お互い様ずら、善子ちゃん」

48: 2016/08/18(木) 01:22:37.88 ID:wQf2X59r.net
 
「こほん。じゃあ、堕天使ヨハネからのアドバイス」

一度しか言わないからね、と念を押されたのでマルも自然と身構える。

「そんな難しいことじゃないけど……ズラ丸は、誰の為に書いてるのか、ってことね」

「誰の為?」

「そ、誰の為に、誰を楽しませたいのか」

普通に考えれば、本を読んでくれる読者の人たち、だと思うんだけど……

そう言うと、善子ちゃんは、甘いわね、と一閃。

「まずは自分よ。自分の為、自分が楽しまないと、完成するものも完成しないの」

49: 2016/08/18(木) 01:23:30.03 ID:wQf2X59r.net
すとん、と。善子ちゃんの言葉が自分の身体に収まる気がした。

そうか。そうだ。

マルが書けなかった一番大きな理由は、多分これなんだ。

書くことに手一杯で、皆を楽しませるためにって色々考えていたけれど。

そうやって書いている自分は、あんまり楽しそうじゃなかった。


 

振り返ってみれば、ペンで小説を書いてる時も、漫画を描いている時も。

いつもいつも、マルは楽しんでいたんだ。

50: 2016/08/18(木) 01:25:35.95 ID:wQf2X59r.net
「善子ちゃん」

「?」

「ありがとう。これですっきりしたずら」

「……そう、良かったわね」

善子ちゃんにお礼を言うと、何だかちょっとぶっきらぼう?

……ううん、やっぱり変わってないや。幼稚園の頃と同じで、左手が服の裾を掴んでる。

照れてるんだ、善子ちゃん。


 



   
「それじゃ、私は先に帰るわね……っとそうだ」

「どうしたの?」

立ち止まって、こっちを見る善子ちゃん。夕陽が重なって、影で黒く染まっていく。

「これは、堕天使ヨハネじゃなくて、津島善子としての独り言なんだけど……」

「……その、花丸の書くお話、私は好きだからね!」

52: 2016/08/18(木) 01:28:46.93 ID:wQf2X59r.net
――――――――――――――――――――

すぅー、はぁー。

パソコンを前に深呼吸。

モニターに映し出される、広いひろい、情報の海。

いつもと変わらないけれど、いつもと少し違う景色。

昨日までのマルとは違う……とは言い切れないけれど。

それでも、自然と口元が緩む。その分くらいは、変わっているのかもしれない。

53: 2016/08/18(木) 01:30:50.09 ID:wQf2X59r.net
ルビィちゃんから借りたiPodからは、静かに音楽が流れてくる。

……そういえば、みんなからのアドバイスで、気付けたことがあるんだ。

それはね。マルにも「これだけは!」って誇れるテーマがあった、ってこと。

実際に体験したことが、そのまま経験として書けて。

とってもとっても大好きで、大切なテーマ。

そして――マルも、読んでくれるみんなも楽しめるようなテーマ。

「よーし……絶対に、完結させるずら!」


 


今日のマルが書く、物語は――。


   


 


花丸「はぁ……またエタっちゃったずら……」終

54: 2016/08/18(木) 01:33:39.07 ID:wQf2X59r.net
はんぺんがエタるのでついむしゃくしゃして書いた。反省はしていない

エタらないはんぺんがいることもひっそり覚えていて欲しいずら

55: 2016/08/18(木) 01:41:47.41 ID:n1V0Tozg.net

引用: 花丸「はぁ……またエタっちゃったずら……」