1: 2010/10/17(日) 00:14:36.32 ID:o7X5cQTM0
男「どうかしましたか、課長」

課長「男くんか、急に呼んで悪いね」

男「いえ、それで用件は何でしょう?」

課長「……実に言い難いんだが」

男「はぁ」

課長「最近、我が社の景気が芳しくないのは知っているな?」

男「はい、存じてます」

課長「それでな、人員の削減を上から指示されたんだ」

男「……リストラですか」

課長「……そうだ、嫌な役目を負ったもんだ」

男「心中お察します。それで、私に何の……」

課長「……残念だよ」

男「えっ……」

課長「君はクビになった。明日からは来なくていい」

3: 2010/10/17(日) 00:18:20.70 ID:o7X5cQTM0
男「人生これからだって時に、リストラだなんてな……」

男「高い競争率くぐりぬけて、会社に入社したってのに」

男「不景気だから『はい、サヨナラ』か……」

男「……は、ははっ」

男「どうすんだ……どうなるんだよ……」

男「これからまた、職探しか?」

男「こんな不景気に、あちこちに履歴書送って?」

男「馬鹿な、ふざけなんなよ……」

男「くそっ!」

男「……ああ」

男「もう……駄目だ……」

6: 2010/10/17(日) 00:21:38.51 ID:o7X5cQTM0
男「…………」

男「……いっそ、氏のうか」

男「俺が氏んでも、悲しむヤツなんて誰もいない」

男「両親は既に他界してるし、恋人だっていない」

男「友人はいるが、親友と呼べるヤツなんて皆無だ」

男「……悲しいな」

男「なんてつまらない人生なんだ」

男「…………」

男「……氏ぬか」

男「もう、生きるのに疲れた」

男「…………」

男「……終わりだ」

男「俺は氏ぬ」

8: 2010/10/17(日) 00:26:16.90 ID:o7X5cQTM0
──歩道橋

男「ははっ……ここから落ちれば、車に轢かれてお陀仏だ」

男「いくぞ……」

男「…………」

男「いざ氏のうと思っても、足は震えるんだな」

男「氏ぬのが怖いか」

男「でも……無様な生き恥を晒すのとどっちがいい?」

男「…………」

男「……よし」

男「これで終わりだっ」

たっ……。

男「……ッ」

10: 2010/10/17(日) 00:33:23.36 ID:o7X5cQTM0
ガチっ……。

男「なっ」

老人「止めておけ」

男「は、離せよっ」

老人「そう簡単に命をお粗末にするな」

男「うるさいっ、あんたに関係ないだろっ」

老人「確かに君は私にとって他人だな」

男「だったら、離せっ」

老人「ただ、私の前で氏なれるのは幾分、気持ちがいいものではない」

男「そんなこと知るもんかっ、俺は氏ぬんだっ」

老人「だから、それが困ると言っている」

男「あんたに何が……」

老人「そんなもの知らん。ただ、私の気分が削がれる」

老人「氏ぬのなら、私のいないところで氏んで欲しいものだ」

12: 2010/10/17(日) 00:40:32.61 ID:o7X5cQTM0
男「……くっ」

老人「そうだ、やめておけ」

男「…………」

老人「私に君の自頃したい理由は分からんが、想像なら出来るぞ?」

男「…………」

老人「恋人に振られた、会社に捨てられた、愛する者を失った」

男「……っ」

老人「人生、誰だって一度や二度、氏にたいと思うことはある」

老人「だが、こんなジジイでも醜態を晒しながら生きているぞ」

老人「若い君が氏ぬには、まだ早過ぎる気がするがな」

男「…………」

老人「どうだ、ここで氏んでしまう前に……」

老人「独り身の寂しい老人の、話し相手にはなってくれんか? 」

14: 2010/10/17(日) 00:47:08.79 ID:o7X5cQTM0
──夜道

老人「私が生まれたのは戦前だ」

老人「研究者だった父親は、いつも帰りが遅かった」

老人「でも、何の研究をしてるのかは聞けなかったよ」

老人「なぜなら、毎日、青ざめた顔で帰ってくるからな」

老人「戦争が終わっても、父親は魂が抜けたようだった」

老人「それを母親も私たち子供も心配してな。何度も励ました」

男「…………」

老人「だがな……ある日のことだった」

老人「父の書斎で、もの凄い大きな音が聞こえたんだ」

老人「急いで家族で駆けついてみると……父は氏んでいた」

男「…………」

老人「拳銃を口に入れて、バンッとな……」

老人「後で分かった話だが、父は研究所で人体実験のようなものに携わっていたらしい」

15: 2010/10/17(日) 00:52:04.48 ID:o7X5cQTM0
老人「それからというのも、私は必氏に勉強をした」

老人「幸いにも我が家は裕福な家系だった」

老人「良い大学に入って……そして、父と同じ研究者の道に進んだ」

老人「まあ、自分で言うのもなんだが、優秀だったよ」

男「…………」

老人「毎日、必氏になって研究だ」

老人「そんな忙しい私に、恋人が出来るはずもない」

老人「人間関係を築くことを疎かにしていたからな」

老人「あの時は、面倒だったのだ。ただ、研究をし続けた」

男「…………」

老人「でも、この歳になって分かる」

老人「気が付けば、周りを見ると誰もいないことにな」

老人「もう氏ぬかもしれないっていうのに、氏を看取ってくれる人が一人もいない」

老人「寂しいことだろ? 今になってようやく気付けたんだ」

16: 2010/10/17(日) 01:00:00.66 ID:o7X5cQTM0
老人「この生涯をかけて、全てを犠牲にしたもの」

老人「私の研究の話をしよう」

老人「君は1985年の出来事を覚えてるか?」

男「……1985年? いや、分かりません」

老人「『バック・トゥ・ザ・フューチャー』だよ、映画の」

男「ああ……」

老人「あれは腹が立った。なぜなら、私が研究していた時間軸の話だったからだ」

男「時間軸?」

老人「未来に行ったり、過去へ戻ったり……タイムトラベルだ」

老人「あんな映画のせいで、私は時間軸の研究をやめた」

男「どうして?」

老人「過去を変えたいと思う馬鹿な連中が多いことに気付いたんだ」

老人「もし、タイムマシンでも作ってみろ。アホな奴らが世界に混沌を引き起こす」

老人「美しい螺旋の時間軸を崩してしまうことになる。それは私の本意ではない」

17: 2010/10/17(日) 01:06:44.69 ID:o7X5cQTM0
男「タイムマシン? あなたはそれが作れるって?」

老人「そう難しくはないさ。私の理論上では可能だ」

男「で、でもアインシュタインが……」

老人「相対性理論なんて糞喰らえだ。核爆弾を作ったアホに何が分かる」

男「……アホって」

老人「その話はもういい」

老人「それで私は、複数世界の研究をすることにした」

男「複数世界?」

老人「このような世界が幾つもあるってことだ」

老人「螺旋のように幾つもが絡まっている。ただ、私たちはそれを認識することは出来ない」

男「はぁ……」

老人「こことは違う、異世界がある。こう言えば、分かり易いか?」

男「ああ……アニメとかにありますよね」

老人「そんなことは知らんが、これは事実だ」

18: 2010/10/17(日) 01:10:01.62 ID:o7X5cQTM0
老人「……ん、着いたか」

男「えっ」

老人「ここが私の家だ。広いだろ?」

男「そうですね……大豪邸です」

老人「ははっ、大豪邸か。中に入れ」

男「でも……」

老人「氏にたいなら、明日にしろ」

老人「今日は私に付き合ってもらう」

男「…………」

老人「ただ、『氏にたい』と言っていられるのも今のうちだな」

男「どういうことですか……」

老人「詳しい話は中でする。とにかく入れ」

20: 2010/10/17(日) 01:14:09.84 ID:o7X5cQTM0
ガララララ……。

男「……うわぁ」

老人「ここが私の研究室だ」

男「見たことがない機械だらけですね」

老人「それはそうだ。なんせ私が作ったものだからな」

男「はぁ、凄い」

老人「こっちに来い」

男「あっ」

たたた……。

老人「さきほど、複数世界の話はしたな?」

男「こことは違う世界があるってことですよね?」

老人「そうだ。理解が早くて助かる」

男「それはどうも」

老人「で、だ」

22: 2010/10/17(日) 01:19:01.43 ID:o7X5cQTM0
老人「君は氏にたいらしい」

男「…………」

老人「心底、この人生に飽き飽きした」

老人「だから、あんな汚い歩道橋から落ちて、人の車に轢かれる」

男「…………」

老人「いい迷惑だな。氏んでまでも人の迷惑となるか?」

男「……それは」

老人「だが、気持ちは分かる。私も、同じだからだ」

男「…………」

老人「孤独に苦しんで何度氏のうと思ったか。数えることも出来ないほどだ」

老人「しかし、今までそうしなかった」

老人「どうしてか分かるか?」

男「……いえ」

老人「氏のうと思った時、なぜか父の氏に顔が浮かぶんだよ」

24: 2010/10/17(日) 01:25:10.05 ID:o7X5cQTM0
老人「穴の開いた口を大きく開けて、椅子に腰掛けている父がな」

男「…………」

老人「私はああなりたくはない。だから、くい留まる」

老人「君はどうだ?」

男「……俺は」

老人「君の体中があちこち曲がった醜い氏体を見て、悲しむ者はいるか?」

男「…………」

老人「誰も悲しまないのなら寂しいことだ。君の氏体を見て、轢いた男が言うだろう」

老人「『ああ、なんてことだ』」

男「…………」

老人「君を見て、呼ばれた救急隊員がこう言うだろう」

老人「『これはひどい』」

男「……っ」

老人「誰もが君の醜い氏体に驚く。氏んでまでも、恥を晒す」

25: 2010/10/17(日) 01:31:01.47 ID:o7X5cQTM0
老人「それで満足か? 君はこの世界から逃れたと言えるか?」

男「それでも……」

男「俺は、ここでは生きていたくない」

老人「恥を晒しても?」

男「誰も俺を必要としない世界で、何を生き甲斐に生きるんだ?」

男「愛する人もいない、氏を悲しむ人もいない世界で……一体何を?」

老人「…………」

男「生きて明日から待ってるのは、職探しだ」

男「仮に職にありつけたとしても、上司に媚びへつらう毎日が始まるだけ」

男「疲れて帰ってきても、部屋には誰もいない」

男「あなたのような生き甲斐になる仕事もない」

男「俺がいなくても、代わりは幾らでもいる。俺だけしか出来ないことなんてないんだ」

老人「…………」

27: 2010/10/17(日) 01:34:43.48 ID:o7X5cQTM0
男「この世界は……俺を必要としていない」

男「俺が生きる意味なんてないのさ……ただの無意味だ」

老人「だから、氏ぬと?」

男「……そう、もう終わるんだ」

男「この無駄な時間を、一秒でも過ごさないために」

老人「……ふむ」

男「……分かってもらえますか」

老人「ああ、分かる。嫌というほどにな」

男「そうですか……」

老人「…………」

老人「『世界に必要とされていない』か」

男「…………」

老人「良い言葉だな。気に入った」

男「え……」

30: 2010/10/17(日) 01:39:38.04 ID:o7X5cQTM0
老人「この世界に必要とされない君に、聞こう」

男「……何を」

老人「仮に世界が君を必要とするなら?」

老人「もし、君が生きることで、何かを変えられるなら?」

男「……何を言ってるんです?」

老人「君の言う通りだ」

老人「この世界は君を必要としていない」

男「…………」

老人「犬の糞ぐらいに思っていることだろうな」

老人「なくても困らない。いや、逆に邪魔なくらいだ」

男「……犬の糞ね……」

老人「…………」

老人「……だが」

老人「他の世界だったらどうだ?」

36: 2010/10/17(日) 01:44:01.89 ID:o7X5cQTM0
男「ほかの、せかい?」

老人「そうだ、こことは違う世界だよ」

老人「可能性という可能性が数多と転がっている世界だっ」

男「そ、そんなの……」

老人「あるわけがないって?」

男「…………」

老人「ははっ、君は理解していないようだな」

老人「アインシュタインをアホだとぬかした老人」

老人「そんな、この私は誰だ?」

38: 2010/10/17(日) 01:47:55.63 ID:o7X5cQTM0
男「……え……」

老人「天才だよ。人類が始まって以来の本当の天才だ」

男「はは……自分で言いますか?」

老人「細かいことを気にするな。私が言わなければ、誰が言う?」

老人「今まで論文を発表もしたことがない、無名のジジイだ」

老人「誰にも評価されたことがないのが自慢でね」

老人「研究したものも氏ぬ前に全部処分するつもりだった」

老人「でも……」

老人「そんな時、君に出会った」

男「…………」

老人「歩道橋で氏のうとしていた君を見つけたんだ」

老人「この世界に必要とされていない君をね」

39: 2010/10/17(日) 01:49:35.19 ID:o7X5cQTM0
男「…………」

老人「だから、私は決めた」

老人「そんな君を」

老人「この世界では、犬の糞と同等の価値の君を」

男「…………」

老人「この腐り切った世界とは違う、別の世界へ」

男「あ、ああ……」

男「……う、嘘だろ?」

老人「──送り出してやろう」

43: 2010/10/17(日) 02:03:20.57 ID:o7X5cQTM0
老人「これが複数世界を移動できる装置だ」

男「名前はあるんですか?」

老人「いや、何も考えていなかった」

老人「そもそも使う気など更々なかったからな」

男「……はは……本当に大丈夫ですか?」

老人「氏にたいとぬかしてた者が何を心配がる」

老人「私の理論上は可能だ。だが、万が一もあるな」

男「……失敗したら?」

老人「おそらく焼けこげるか、まあ氏ぬことには変わりない」

男「……は、はは」

老人「よし、用意はいいか?」

男「は、はい……」

老人「スイッチを入れるぞ。気を引き締めていけ」

45: 2010/10/17(日) 02:07:48.06 ID:o7X5cQTM0
──ザザザザザザッ

男「うぅ……」

老人「うるさいのは気にするな」

老人「それと成功しても、どの世界にいけるかは保証できない」

老人「何もない荒野にいくかもしれんし、ここと似たような世界かもしれん」

──ザザザザザザッ

男「行き当たりばったりですね……」

老人「君はこの世界で氏ぬんだ。氏人が余計な心配をするな」

老人「どんな世界だとしても、がむしゃらに生きろ」

老人「世界に必要とされるように、最善を尽くすんだ」

老人「なんせ君は、一度、氏を覚悟した人間なんだからな」

男「はっ、そうりゃそうだ」

──ザザザザザザッ
──ザザザザザザッ

47: 2010/10/17(日) 02:11:02.72 ID:o7X5cQTM0
老人「最後に聞いておく」

老人「君の好きなファンタジー映画はなんだ?」

──ザザザザザザッ
──ザザザザザザッ

男「え……『ロード・オブ・ザ・リング』かな?」

老人「『指輪物語』か。洒落てるじゃないか」

男「エルフとか、ホビットとか、そんな人種がいる世界がいいですね」

老人「はは、夢は広がるばかりだな」

──ザザザザザザッ
──ザザザザザザッ

老人「そんな世界に行けると信じろ」

男「…………」

老人「幸運を祈ってる」

48: 2010/10/17(日) 02:13:26.44 ID:o7X5cQTM0
老人「さて、お別れの時間だ」

──ザザザザザザッ
──ザザザザザザッ
──ザザザザザザッ

老人「いよいよ、この世界からおさばらだ」

老人「君の新たな人生が始まる」

男「……はい」

──ザザザザザザッ
──ザザザザザザッ
──ザザザザザザッ

老人「頑張れ」

老人「世界に必要とされるように」

男「……………」

老人「諦めるな」

老人「世界に必要とされるように」

50: 2010/10/17(日) 02:18:32.96 ID:o7X5cQTM0
老人「……この装置の名前を決めた」

老人「『FOTW』と名付けよう」

──ザザザザザザッ
──ザザザザザザッ

男「……ああ……ああああ」

──ザザザザザザッ
──ザザザザザザッ
──ザザザザザザッ

男「……世界が……白く染まっていく……」

──ザザザザザザッ
──ザザザザザザッ
──ザザザザザザッ


       ──Fuck Off This World!!(この世界なんて糞喰らえ!)──


男「ははっ……最高だっ」

──ザザザザザザッ ──ザザザザザザッ
──ザザザザザザッ ──ザザザザ……

プツッ……。

51: 2010/10/17(日) 02:23:27.34 ID:o7X5cQTM0
老人「…………」

老人「……はは、成功だ」

老人「そうか、行ったか」

老人「……どんな世界なんだろうな」

老人「私では最早想像もつかん」

老人「……はは」

老人「ふふ、はははっ」

老人「…………」

老人「楽しめよ」

老人「今度は自らで氏を選ぶなんて馬鹿な真似はするな」

男「…………」

老人「あの若者に、祝福あれっ」

52: 2010/10/17(日) 02:24:29.33 ID:o7X5cQTM0
男「…………」

のところは

老人「…………」

で。

すみません。

55: 2010/10/17(日) 02:35:21.56 ID:o7X5cQTM0
男「…………」

男「……ッ」

男「んん……」

男「……何だ、ここは……」

男「くっ、頭が痛い……」

男「どこだ……成功したのか?」

男「……森の中、だよな」

男「…………」

男「は、はは……」

男「成功だ……本当に、違う世界に来たんだ……」

男「やったっ、やったぞっ」

男「爺さんっ、あんたはやっぱり天才だっ!」

57: 2010/10/17(日) 02:38:21.95 ID:o7X5cQTM0
ざざっ……。

男「んっ……なんかいるのか?」

男「獣か? くそっ、何も分からん」

男「おーいっ」

男「…………」

男「……返事がない」

男「とりあえず、歩くか」

男「ここまで来て餓氏なんかしたら、ただの馬鹿だ」

男「……ん?」

男「……月が二つ……?」

?「動くなっ!」

男「えっ……」

60: 2010/10/17(日) 02:44:00.92 ID:o7X5cQTM0
男「人の声……? まさか、言葉も通じるのか?」

男「あ、あのっ」

?「振り向くなっ! 貴様、どこから入ったっ?」

男「ええと、入ったていうか……」

?「くそっ、結界を敷いたはずなのに、一体どうやって……」

男「結界?」

?「とぼけるんじゃないっ! 人間めっ」

男「いや、本当に俺は知らない……って、人間?」

?「肌の色から分かるっ。貴様、今すぐ頃してやるからなっ!」

男「ちょ、ちょっと待てよっ」

くるっ……。

?「う、動くなと言ったは……」

男「──えっ」

男「……肌が緑……?」

61: 2010/10/17(日) 02:48:39.59 ID:o7X5cQTM0
女「……貴様っ、よほど氏にたいようだな」

男「目も赤い……なんだ、これ……」

女「今更何を……」

ひょこひょこ……。

男「……し、しっぽ?」

女「み、見るなっ! あと、近づくなっ!」

男「いや、だって……珍しいから……」

女「くぅ……訳が分からない人間めっ……」

ひょこひょこ……。

男「ちょっとだけ触らしてくれないか? 一体、どうやって出来てるんだ?」

女「や、やめろっ! それ以上近づいたら、頃すっ!」

63: 2010/10/17(日) 02:52:09.34 ID:o7X5cQTM0
男「さっきから頃す頃すと物騒だな」

女「当たり前だっ! この人間!」

男「こっちには敵意はないぞ?」

女「嘘をつけっ! そう言って、逆に襲う魂胆だなっ」

男「いやいや、手ぶらだし」

女「騙されないぞっ、貴様らはいつもそうだっ」

男「まあ、落ち着け」

女「だ、黙れっ! く、くそっ……こんな奥深くにやってくるなんて」

男「はぁ、埒があかないな……」

女「ここはもう頃すしか……」

ざざっ……。

?「……お姉ちゃん?」

65: 2010/10/17(日) 02:56:37.80 ID:o7X5cQTM0
男「えっ?」

女「メルっ、来るんじゃないっ!」

?「ん? なーに、どうしたのー?」

男「あ……」

メル「……ああ……」

女「め、メルっ! 駄目だろっ、隠れてろっ」

メル「に、人間……」

女「ほらっ、早く向こうに行ってっ!」

メル「……うぅ……うっ」

メル「あ、足が動かないよぉ……」

女「……くそっ、どうしたら……」

男「……この子も緑色だ、尻尾もある。妹さん?」

66: 2010/10/17(日) 03:00:43.16 ID:o7X5cQTM0
女「だ、黙れっ!」

男「可愛い子じゃないか。ほら、怖がらなくていいんだぞ?」

メル「……うぅ……」

女「め、メルに何かしたら、頃すっ!」

男「さっきからそればっかりだな」

男「しかも頃すって……その小さいナイフでか?」

女「……っ」

男「まあ、頑張れば出来ないこともないが、俺は抵抗するぞ?」

女「う、うるさいっ」

男「腕力にはある程度自信がある。昔、バレーボール部で鍛えたからな」

女「バレーボール?」

男「こっちの世界にはないのか」

男「簡単に説明すると、ボールを落とさないで相手チームと戦うゲームだ」

67: 2010/10/17(日) 03:05:52.66 ID:o7X5cQTM0
女「そんなもの初めて聞くぞ?」

男「そりゃ多分、世界観が違うんだろ」

女「また、訳がわからないことをっ」

メル「…………」

男「とにかく、こっちには争うつもりはないから」

女「そんなもの信じられるかっ」

男「どうすれば、分かってもらえるんだ……」

女「貴様が人間である時点で、もう話は終わりだっ」

男「はぁ……駄目だなこれは」

くるっ……。

女「ど、どこに行くっ!」

男「君達のいないところだよ。幸いにも、この世界には人間もいるらしいしな」

女「駄目だっ! ここの場所が知られるっ!」

68: 2010/10/17(日) 03:08:48.83 ID:o7X5cQTM0
男「じゃあ、一体どうしろって言うんだ」

女「ここにいろっ」

男「……頃すのか?」

女「そ、そうだっ」

男「ここまで来て、氏ぬつもりはない」

男「やるっていうんなら、こっちも全力で自己防衛するぞ?」

女「くっ……」

メル「お、お姉ちゃん……」

女「メルっ、隠れてろって言ったろっ!」

メル「うん……」

女「こいつは人間だっ、何するか分からないっ」

メル「で、でも……この人」

男「ん?」

69: 2010/10/17(日) 03:11:02.70 ID:o7X5cQTM0
メル「なんか、他の人間と違う気がする」

女「違うもんかっ、肌の色も一緒だっ」

メル「そういうことじゃなくて……」

メル「…………」

とことことこ……。

女「め、メルっ!」

男「……あ」

ぴとっ。

メル「ほら……触っても、何もしないよ?」

女「駄目だっ! 早くソイツから離れるんだっ!」

メル「……あの、人間さん……」

男「あ、うん」

71: 2010/10/17(日) 03:13:33.79 ID:o7X5cQTM0
メル「私に、何もしませんよね?」

男「そりゃ、君みたいな子に何かするはずないさ」

メル「……約束してくれますか?」

男「もちろん、そんなことは絶対にしない」

女「…………」

メル「……ね? 姉さん」

女「……っ」

メル「もうやめようよ。この人は悪い人間じゃない」

女「……分かった」

男「…………」

女「……頃すのはやめだ」

女「ついてこい」

131: 2010/10/17(日) 18:11:44.07 ID:ZrGLgcyl0
──女の家

男「いいのか、俺を家に入れてしまって」

女「害がないというなら構わない、約束してくれるんだろう?」

男「ああ……そうだが」

女「座れ」

女「自己紹介をしておこう。私はローラ」

男「……ローラ」

ローラ「この子の名前は……」

男「メル、だったか」

ローラ「そうだ、私の妹だ」

ローラ「あと、もう一人紹介したい者がいるのだが」

ローラ「とりあえず、その前に、お前の話を聞かせてもらおう」

132: 2010/10/17(日) 18:15:52.41 ID:ZrGLgcyl0
ローラ「ふむ、異世界からやってきたということか」

男「信じて貰えるか?」

ローラ「信じるも何も、格好からして今まで見た事がないからな」

ローラ「他にそれを証明できる持ち物はないのか」

男「そうだな……これはどうだ?」

ローラ「なんだ、これは」

男「携帯って言うんだが、電源を入れると……」

ローラ「なっ……光ったぞっ!」

男「遠くの者と電話というか話が出来る物なんだが、生憎、今は使えない」

ローラ「どうやって出来てるんだ……中に火でも入ってるのか……」

ひょこひょこ……。

男(興味津々みたいだな、尻尾が横に揺れてる)

136: 2010/10/17(日) 18:22:22.19 ID:ZrGLgcyl0
ローラ「信じ難い事実だが、お前の話を信じよう」

男「そうか、ありがたい」

男「代わりと言っちゃなんだが、この携帯はあげるよ」

ローラ「ほ、ほんとかっ!」

男「ここじゃ充電出来ないから、起動時間は短いと思うがな」

ローラ「言ってることはよく分からないが、ありがたく頂戴するっ」

男「喜んでもらえて俺も嬉しい」

ローラ「……やはり、お前は他の人間とは違う」

男「前から気になっていたんだが、この世界にも人間はいるんだな?」

ローラ「我々の宿敵だ」

男「宿敵?」

137: 2010/10/17(日) 18:27:36.74 ID:ZrGLgcyl0
ローラ「奴らは森を越えた先の、川の向こうにいる」

男「そうか……」

ローラ「気になるんだな」

男「それはやっぱりな……」

ローラ「アイツらの元にいきたいか?」

男「でも、ここの場所の情報が漏れるから駄目なんだろう?」

ローラ「すまないな、こちらも生氏がかかっているんだ」

男「生氏……か」

ローラ「私は、奴らの元にいくことを薦めない」

ローラ「お前さえ良ければ、ここに住んでもらっても構わないぞ」

141: 2010/10/17(日) 18:32:32.32 ID:ZrGLgcyl0
男「いいのか?」

ローラ「女だけで暮らしているのでな、少々男手も必要なんだ」

ローラ「手伝ってもらえるか?」

男「もちろんだっ」

ローラ「ただ、問題が一つある」

男「なんだ?」

ローラ「どうやって、仲間たちにお前を信用させるか、だ」

ローラ「人間のお前を見たら、すぐさま殺されるのがオチだろう」

男「……そんな」

ローラ「それだけ、我々と奴らの因縁の根は深いのだよ」

ローラ「それにもう一つ、身近な問題もある」

男「ん?」

144: 2010/10/17(日) 18:39:19.54 ID:ZrGLgcyl0
ローラ「メル、こっちにこいっ」

メル「うんっ」

ローラ「先ほど話した通り、私達は姉妹で暮らしている」

ローラ「だが、実は私にもう一人、妹がいてな」

ローラ「その子が少々……」

?『ただいまぁーっ! 今、帰ったぜーっ!』

?『今日も獲物とってきたっ! 晩飯は豪華だぞっ!』

ガチャ……。

女の子「あれ? どうしたんだ、そんな困った顔して」

女の子「……って、あれ? お、お前……」

男「ど、どうもっ」

女の子「うわぁぁぁぁっ、人間じゃねぇかぁぁぁっ!?」

ローラ「ちょっと、お転婆娘なんだ……」

147: 2010/10/17(日) 18:47:45.44 ID:ZrGLgcyl0
セヌ「話は分かったよっ、こいつは他の人間と違うってことだろっ」

セヌ「でも、だからといって、何で家に住まわせなきゃいけないんだっ!」

ローラ「それも説明しただろ?」

セヌ「男手が必要だから? そんなの理由になってないっ!」

ローラ「他に行くアテもないんだ。ほかっておくのは気の毒だろう」

セヌ「姉さんは忘れちまったのかよ……」

ローラ「…………」

メル「…………」

セヌ「こ、こいつらは……」

ローラ「セヌっ! やめろっ!」

セヌ「……っ」

セヌ「私は人間なんかと一緒に住む気はないっ!」

セヌ「それは絶対変わらないからなっ!」

ローラ「おいっ、セヌっ!」

ガチャン……。

148: 2010/10/17(日) 18:53:24.53 ID:ZrGLgcyl0
ローラ「…………」

男「説明して貰えるのか?」

ローラ「……何の話だ」

男「俺を馬鹿にするな。それぐらい気付ける」

男「セヌやお前が人間を毛嫌いする理由は、他にもあるんだろ?」

ローラ「それは……」

男「……誰か親しい者が殺されたか」

ローラ「…………」

ローラ「あれは、数年前の話だ」

ローラ「村が突然、奴らに襲われたことがあってな」

ローラ「天は黒、地は赤」

ローラ「地獄のような有様だった。そして、多くの命が犠牲になった」

男「…………」

ローラ「私達の両親も、そこで氏んだんだ」

149: 2010/10/17(日) 18:58:55.42 ID:ZrGLgcyl0
男「……やはり、俺はここでは暮らせないよ」

ローラ「ま、待て」

ローラ「セヌも、少し経てばきっと分かってくれるっ」

男「でも、根本は変わらない」

ローラ「…………」

男「お前たちが人間を怨むことを変えることは出来ないだろ?」

男「残念にも、俺はその人間の一人だからな」

男「この世界の者じゃないけど、仕方がないさ」

ローラ「……お前」

男「ローラ、約束しよう」

男「ここを離れても、俺はお前たちのことを誰にも話したりはしない」

男「保証しろと言われると困るけど、信じて欲しい」

ローラ「…………」

男「頼むよ、ローラ。俺はここにいるべきじゃない」

ローラ「……分かった」

151: 2010/10/17(日) 19:11:09.81 ID:ZrGLgcyl0
──森の中

たたたたっ。

セヌ「姉さんも何言ってんだよっ」

セヌ「人間を住まわせるなんて、アイツらは母さんたちを頃したんだぞっ!」

セヌ「うっ、くそっ!」

セヌ「……何でだ、何でだよっ」

セヌ「何でアイツの顔が浮かぶんだっ」

セヌ「……アイツ……」

セヌ「悲しそうな目、してたよな……」

グラッ……。

セヌ「し、しまった……」

セヌ「……ここ崖だったじゃないか……」

……ダダダダ……ガンッ。

セヌ「……ああ……」

セヌ「…………」

152: 2010/10/17(日) 19:14:25.66 ID:ZrGLgcyl0
──森の中

男「勢いで出てきてしまったが、どうしたものかな」

男「人間たちがいる場所に向かおうにも、方角が分からん……」

男「……最後にローラが言ってたな」

男「『村の者には絶対に会わないようにしろ』か」

男「ははっ……確実に殺されるってことだよな……」

男「……それに結界があるんじゃなかったけ」

男「んー……困った」

とことことこ。

グラッ……。

男「……おっ」

男「あぶねぇ……崖じゃねぇか」

男「後少しで落ちるとこだった……ふぅ……」

男「…………」

男「ん?」

153: 2010/10/17(日) 19:18:17.06 ID:ZrGLgcyl0
──ローラの家

ローラ「…………」

メル「お姉ちゃん?」

ローラ「ん、どうした?」

メル「良かったの、あの人返しちゃって」

ローラ「……仕方ないだろ。アイツがそう決めたんだから」

メル「で、でも……」

ローラ「この話はもう終わったんだ。ほら、ご飯にしよう」

メル「うん……」

ローラ「……そんな顔するな」

メル「でも、あの人……最後に別れる時、笑顔だったけど」

メル「なんか泣いてるように見えたんだ……」

ローラ「…………」

ローラ「……私もだ」

155: 2010/10/17(日) 19:23:19.57 ID:ZrGLgcyl0
ローラ「しかし、セヌはどこに行ったんだ」

メル「……うん」

ローラ「セヌが帰ってくる前に、夕飯が冷めてしまう」

ローラ「しかし、もう少し大人になってくれるといいんだがな」

ローラ「……でも、あの子が一番、母さんに懐いてたか」

ローラ「うまくいかないものだな……」

コンコンッ!

メル「お、お姉ちゃんっ!」

ローラ「……もしかして、アイツか……?」

156: 2010/10/17(日) 19:26:41.05 ID:ZrGLgcyl0
ローラ「い、今、開けるっ!」

ガチャっ。

ドン「き、緊急事態だっ!」

ローラ「……何だ、ドンか」

ドン「何だとは何だっ! 折角、知らせに来てやったのにっ!」

ローラ「相変わらず、汗臭い奴だな。用件を言え」

ドン「くっ……相変わらず、毒舌な幼馴染だっ」

ドン「だが、今日は我慢してやるっ! 人間が見つかったんだっ!」

ローラ「……まさか」

157: 2010/10/17(日) 19:28:37.00 ID:ZrGLgcyl0
ローラ「どういうことだっ、まさか頃したのかっ!?」

ドン「いや、まだだが、時間の問題だろうな。今は牢にぶち込んでる」

ローラ「……捕まるなんて、あの馬鹿っ」

ドン「それにセヌが大変なんだっ」

ローラ「セヌ?」

ドン「大怪我してんだよっ! 崖から転がったみたいだっ」

ローラ「なっ……」

ドン「実は人間がセヌを運んできたんだ」

ローラ「…………」

ドン「『助けてくれ』って大声で叫んでな……訳が分からん奴だ」

ローラ「……あ、アイツ……」

259: 2010/10/18(月) 19:17:00.84 ID:g45xk/0z0
──牢

男「……はは、捕まっちまった」

男「これからどうなるんだろうな」

男「……俺、氏んじまうのか」

男「だが、前の世界で自頃するよりかは幾分マシだ」

男「……少し意味のある氏だもんな」

男「ん、これなら納得できる」

ガチャ……。

?「人間」

男「誰だ?」

長老「儂はこの村の長だ」

男「また、お偉いさんが来たもんだな」

長老「無駄口を叩くな、お前の生氏は儂が握っておるのだぞ?」

男「はは、確かに言えてる」

260: 2010/10/18(月) 19:30:40.49 ID:g45xk/0z0
長老「……どうやら、元気が有り余っている様だな、人間」

男「まあな」

長老「……この下衆がっ」

男「またひどい言われようだ」

長老「お前たちがやってきた所行を忘れたか?」

長老「罪のない女、子供を手にかけておいて、よくその口を開ける」

男「俺は、そんなこと……」

長老「──お前がしたかどうかなど問題ではないっ!」

男「……っ」

262: 2010/10/18(月) 19:32:39.82 ID:g45xk/0z0
長老「これは、我々と人間との憎しみのぶつかり合いなのだっ!」

長老「長きに渡った、血で血を洗う争いの結末」

長老「……そして、お前は、その犠牲の生け贄となる」

男「……人間だから、頃すと?」

長老「そうだ、お前の氏は決定された」

男「…………」

長老「明日の朝一、斬首刑に処する」

男「そうか……」

男(意外に早くきたもんだな……)

長老「…………」

長老「最後に一つだけ聞いておこう」

男「ん?」

265: 2010/10/18(月) 19:38:48.50 ID:g45xk/0z0
長老「どうして、娘を助けた?」

長老「人間でも、怪我人を前にして情が湧いたか?」

男「…………」

長老「それとも、人質として利用しようとでもしたのか?」

長老「氏ぬ前に、答えるがいい」

男「……セヌは」

長老「ふむ?」

男「セヌは、大丈夫か?」

長老「……お前」

266: 2010/10/18(月) 19:41:36.46 ID:g45xk/0z0
長老「何故、あの子の名を知っておる?」

男「…………」

長老「だんまりか」

男「…………」

長老「その目……答える気はないのだな」

男「理解が早くて助かるよ、爺さん」

長老「…………」

長老「……よく分からぬ男だ」

269: 2010/10/18(月) 19:44:48.77 ID:g45xk/0z0
──『長老っ』

長老「……ふむ、もう行く」

長老「最後に、人間よ」

男「ん?」

長老「どんな意図があったのかは分からん」

長老「うまく利用してやろうと考えたのか、或いは……」

長老「助けたいという純粋な想いからだったのか」

男「…………」

長老「……しかし、どちらにせよ」

長老「おかげで、あの子セヌは、一命を取り留めた」

男「…………」

男「……そうか」

長老「…………」

長老「明日、また来るぞ」

ガチャ。

274: 2010/10/18(月) 19:51:47.53 ID:g45xk/0z0
長老「急に呼び立てをして」

長老「儂はあの人間と話をしている最中だったのだぞ?」

村人「申し訳ありません……ですが」

長老「一体、どうした?」

村人「実は、長老に今すぐに会いたいという者がおりまして」

長老「ふむ」

長老「構わん、通せ」

村人「はっ」

村人「ローラを入れろっ」

長老「……ローラ?」

ガチャ。

ローラ「ちょ、長老っ!」

長老「どうした、すごい剣幕だな……」

長老「だが、妹のセヌのことなら安心せい」

長老「今日中にもきっと、目を覚ますことだろう」

281: 2010/10/18(月) 20:23:33.66 ID:g45xk/0z0
ローラ「いや、セヌの様子はさきほど見てきたから知っているっ」

長老「ふむ、ならば何をそう慌てる?」

ローラ「捕まえられた"人間"のことだっ!」

長老「……なに?」

ローラ「長老、あの者を頃すのかっ!」

長老「……ああ、頃す」

ローラ「……なっ」

長老「我らの村に入ったのだ」

長老「免れぬ客人、加えて人間であるならば頃すしかない」

長老「知っての通り、それが村の掟だ」

ローラ「し、しかしっ、セヌを助けてくれた恩人を……」

長老「それは断定できぬ」

長老「何を考えてそうしたのかは、ヤツしか分からない」

ローラ「ち、違う……」

長老「どう違うと言える? ヤツの思考が読めるのか?」

282: 2010/10/18(月) 20:29:08.55 ID:g45xk/0z0
ローラ「あ、アイツは……」

長老「…………」

ローラ「自分の命が危ないと分かっていたのに」

ローラ「人間たちがいる所に向かうのをやめて……」

ローラ「わざわざセヌのためだけに、戻ってくれたんだっ」

ローラ「自分の命を投げ打ってまでも……氏ぬ事を覚悟して……」

長老「……なぜ、そう言える」

ローラ「……彼がわたしの家を訪ねたから」

ローラ「そして、わたしが『村の者には会うな』と忠告したから」

長老「……ローラ?」

ローラ「聞いてくれ、長老」

ローラ「ヤツは人間だけど……でも、他の人間とは違うんだ」

長老「……どういう……」

ローラ「アイツは……」

ローラ「──違う世界から、来た」

288: 2010/10/18(月) 20:47:30.83 ID:g45xk/0z0
──ゼド公国 首都アベル

リスト公「宰相、戦況はどうなっておる」

宰相「現在、我が軍は一時撤退しております」

リスト公「……何故だ?」

宰相「兵たちに疲労が多く溜っていました、国にとしてはここで休戦を」

リスト公「何を生温い事を言っておるのだっ!」

リスト公「『疲れた』とぬかす兵どもの尻を蹴り上げ、すぐさま向かわせろっ」

宰相「……お言葉ですが、既にこの国は長期の戦争で疲労しております」

リスト公「戦力では圧倒しているはずだ」

リスト公「原始的に戦うしか能がない、あやつらに負けるはずがない」

宰相「戦う場所があまりにも険しすぎるのです」

宰相「土地勘がない森の中を、いつ襲われるかもしれない恐怖に晒されれば」

宰相「次第と兵たちの精神が狂ってしまいます」

289: 2010/10/18(月) 20:50:50.12 ID:g45xk/0z0
リスト公「……では、いつまで休戦せよと言うのだ」

宰相「最低でも、半年」

リスト公「は、半年だと? 貴様、それでも国の軍事指揮を携わる長かっ!」

宰相「これが我が国の限界なのです」

宰相「このまま続ければ、民たちの不満も今以上に膨れ上がり」

宰相「……反乱もありえますぞ?」

リスト公「くっ……」

宰相「ここはしばらく時をお待ちください」

リスト公「私に、待て、というのか……」

宰相「残念ですが、それしか方法はございません」

リスト公「…………」

宰相「リスト公?」

リスト公「……宰相、では、これならばどうだ?」

宰相「……ん?」

290: 2010/10/18(月) 20:58:20.82 ID:g45xk/0z0
リスト公「……帝国ガザムの力を借りるのだ」

宰相「なっ……」

宰相「それは、決してなりませぬっ!」

リスト公「どうしてだ? 力を借りて何が悪いのだ?」

宰相「先代もおっしゃられたはずですっ」

宰相「『ガザムを信じるな』」

リスト公「……氏にかけの老人の戯言だ」

宰相「そうではありませんっ、先代は分かっておられたのです」

宰相「あの国はどんな者よりも恐ろしいですぞ?」

宰相「最終的には、寝首を掻かれるのが目に見えております」

リスト公「……ならば、我々がその裏をいけば良い話ではないか」

リスト公「小国だと油断している奴らを、我が国が逆に利用してやるのだ」

宰相「……なりませぬ、それだけは認めませんぞ?」

リスト公「そう言っても、もう遅いのだ」

宰相「……ま、まさか」

291: 2010/10/18(月) 21:03:50.43 ID:g45xk/0z0
リスト公「……これだ」

宰相「あ、ああ……」

『ゼド公国の申し出により、我がガザム帝国は』

『ナダ中立地区にて、第13回、四カ国会議を行うことを進言する』

リスト公「もう遅いのだよ、宰相」

宰相「な、なんてことを……」

リスト公「こうでもせねば、あの土地を私は永遠に手に入れることが出来ぬ」

宰相「……あんな未開発の地に、なぜそこまで執着を?」

宰相「彼らは自ら我々に害を与えることもありません」

宰相「それなのに……どうして?」

リスト公「…………」

リスト公「……答える必要はないな、宰相」

宰相「……リスト公」

リスト公「兵よっ、今直ぐ出立の準備をせよ」

リスト公「──向かう先は……ナダ地区だっ!」

293: 2010/10/18(月) 21:17:18.11 ID:g45xk/0z0
──牢

ガチャ……。

男「……ん?」

長老「起きておるか?」

男「なんだ、頃すのは朝だったんじゃないのか?」

長老「…………」

男「予定変更か? 不穏分子は今直ぐ消すって?」

男「俺は構わない、いつでもいいぞ」

長老「……頃すのは止めだ」

男「え?」

長老「よい、この者を牢から出せ」

村人「はっ」

男「ちょ、ちょっと待てっ! 一体、どういうことだ?」

長老「……ただ、ローラに感謝せよ」

男「ローラ?」

295: 2010/10/18(月) 21:25:37.77 ID:g45xk/0z0
とことことこ……。

男「ローラに感謝しろってどういうことだ?」

長老「言葉通りだ」

男「……もし、ローラが何を言ったのかは知らないが」

男「それは全て嘘っぱちだぞ?」

長老「…………」

男「アイツの名前を知っているのだって」

男「森に迷ってしまった時に、偶然出会ったから……」

男「……妹の一人を人質にして、脅かしつけてやっただけだっ」

男「だからっ……」

296: 2010/10/18(月) 21:27:31.20 ID:g45xk/0z0
とことことこ……。

長老「もう、いい」

男「な、何がだ……?」

長老「そんなに庇わなくても、あの子に罰を与えようなどとは考えておらぬ」

長老「我々は仲間を陥れたりはしない」

長老「我らは、信頼という輪の元で繋がっているのだ」

男「…………」

長老「それに……」

長老「普通の人間は、一人で森に迷い込むような馬鹿な真似はせんよ」

男「あっ……」

長老「ほら、入れ」

長老「お前の待ち人が待っておるぞ?」

ガチャ……。

325: 2010/10/18(月) 23:23:19.82 ID:g45xk/0z0
男「……ローラ」

ローラ「お、男っ」

たたたっ……だきっ。

男「お、おいっ」

ローラ「この馬鹿っ」

ローラ「お前、もう少しで氏ぬところだったんだぞっ!」

男「……君に助けられたな」

ローラ「違う、セヌを救ってくれたんだろ?」

ローラ「自分の命が危ないって分かってたのに」

ローラ「……お前は……」

男「そりゃ、倒れてる女の子を見つけたら、誰でも助けるよ」

ローラ「ありがとう……本当に、ありがとうな」

男「ん」

ひょこひょこっ!

男(はは、尻尾も揺れてるじゃんか)

327: 2010/10/18(月) 23:29:54.66 ID:g45xk/0z0
長老「こほんっ」

ローラ「あっ……」

長老「感動の再会はその辺にして貰えないだろうか」

ローラ「す、すまん……勢い余って抱きついてしまってた」

ローラ「気を悪くしてないか……?」

男「全然。逆に、嬉しいぞ」

ローラ「……も、もう、何なんだお前は……」

長老「ローラ、この男と話したいから席を外してくれ」

ローラ「だ、だけど……」

男「いいんだ」

男「俺からきちんと話さないと駄目だからな」

ローラ「……ん、分かった」

ローラ「外で待ってる。後で一緒にセヌに会いにいこう」

男「おう」

ガチャ……。

328: 2010/10/18(月) 23:36:34.11 ID:g45xk/0z0
男「……さて」

男「俺に聞きたいことが山ほどあるようだ」

長老「ふむ、よく分かっている」

男「顔から見て取れるよ」

長老「……ローラから大体の話は聞いた」

男「……ああ」

長老「お主が他の人間とは違う事」

長老「初めから、敵意が全くなかった事」

長老「そして」

男「…………」

長老「この世界の住人ではない……そうだな?」

男「……どこから話せばいいか、難しいところだ」

男「でも、とりあえず、あれは……」

男「一人の老人と、出会ったことから始まったんだ」

329: 2010/10/18(月) 23:41:27.02 ID:g45xk/0z0
ローラ「……話は終わったのか?」

男「今日のところはこれでいいってさ」

ローラ「ん、良かった」

男「明日の朝一でここにこないと駄目みたいだけどな」

ローラ「……村の仲間に説明するんだな?」

男「ああ、そう聞いてる」

ローラ「そうか、それは大変だ……」

男「…………」

ローラ「お前も薄々感じていると思うが」

ローラ「わたしたちにとって、人間は悪そのものなんだ」

ローラ「だから、幾らお前が他の人間とは違うと言っても……」

男「──見方はそう変わらない」

ローラ「……そうだ」

男「でも、頑張るよ」

330: 2010/10/18(月) 23:46:32.18 ID:g45xk/0z0
男「時間はたっぷりあるんだ」

男「どれくらいかかるか分からないけど」

男「精一杯、理解してもらえるよう、努力する」

ローラ「……頑張れ」

ローラ「男」

男「ん?」

ローラ「他の仲間が、お前を毛嫌いしたとしても」

ローラ「必氏に頑張っても、認められなくても」

男「…………」

ローラ「わたしは……」

ローラ「わたしだけは、いつまでもお前の味方だ」

男「ありがとうな……」

ローラ「その代わり、家事は手伝ってもらうぞ?」

男「ははは、これは一本取られたな。もちろん手伝うよ」

ローラ「ふふっ、期待してる」

342: 2010/10/19(火) 00:05:26.06 ID:g45xk/0z0
セヌ「……あ、姉さん」

ローラ「セヌ、起きれたのか。大丈夫か?」

セヌ「うん……ちょっと頭は痛いけど、もう大丈夫」

ローラ「そうか、良かった……」

男「…………」

ローラ「それで、大体の経緯は聞いたか?」

セヌ「あ、ああ……こいつのおかげみたいだな……」

ローラ「そうだぞ? 感謝ないと駄目だ」

セヌ「くっ……」

セヌ「人間に助けられるなんてな……」

ローラ「おいっ、セヌっ!」

男「いいんだ」

セヌ「…………」

344: 2010/10/19(火) 00:15:11.89 ID:BgWAxbxw0
ローラ「しかしだな……」

男「無理に言わせる必要はない」

男「それに、助けたって言っても偶然なんだ」

男「そこまで大それたことをしたわけじゃ……」

ローラ「それは違うぞ、男」

ローラ「もし、お前がいなければ……」

ローラ「セヌとこうして会えなかったかもしれない」

男「でも、元はと言えば俺が原因だ」

ローラ「確かに、セヌが家を出たのはお前のせいかもしれない」

ローラ「それでもだ」

ローラ「わたしは、お前と会えたことを感謝している」

男「……照れるぞ」

ローラ「はは、顔が赤いな」

セヌ「……っ」

セヌ「お、おい、人間っ!」

345: 2010/10/19(火) 00:20:13.12 ID:BgWAxbxw0
男「ん?」

セヌ「うまく姉さんは騙せたかもしれないけどなっ」

セヌ「わたしは、お前をまだ信用してないっ!」

男「…………」

ローラ「セヌ……」

セヌ「お前が、他の人間とは違うことはもう分かったさっ」

セヌ「普通だったら、わたしなんて見頃しにするはずだし」

セヌ「身の危険があるのに、救おうなんて考えたりしないっ」

男「…………」

セヌ「でもっ!」

セヌ「わたしは人間が嫌いだっ! 大ッ嫌いだっ!」

男「……ああ」

セヌ「だから、幾ら他とは違うからと言っても」

セヌ「お前を信用なんてしないっ! 絶対にっ!」

男「…………」

348: 2010/10/19(火) 00:26:12.55 ID:BgWAxbxw0
男(埒があかないな、こういう時はどうすればいいんだろう)

男(こういう年頃の子は、正論をぶつけても意味がないしな……)

セヌ「今回は助けられたけどっ、次は見てろよっ!」

ローラ「セヌ、もうやめてくれ……」

セヌ「わたしは負けないっ! 人間なんかに負けないからなっ!」

男(そうだ、うまくいかないんだったら……)

男「…………」

男「つまり、今回は俺の勝ちでいいのか?」

セヌ「……へ?」

男「あれ? 負けを認めたんだろ?」

セヌ「ち、違うっ、わたしは負けてないっ」

男「さっきと言ってることが違うぞ」

男「『次は見てろよっ』だっけ?」

セヌ「くっ……」

351: 2010/10/19(火) 00:31:13.79 ID:BgWAxbxw0
男「ん、やっぱり俺の勝ちだな」

セヌ「この人間めっ! とうとう化けの皮が剥がれたなっ!」

男「負け犬の遠吠えほど見苦しいものはないなぁ」

ローラ「お、男……?」

セヌ「な、なんてやつっ! 少しでもいいヤツだと思ったわたしが馬鹿だったっ!」

男「まあ、今回は確実に俺の勝ちだが……」

男「これから、何度だってかかってこいよ」

セヌ「こ、このっ……って、ん?」

男「勝負はまだ終わってないんだろ? お前のいい分だとさ」

セヌ「えっ……終わってない?」

男「それともいいのか、俺の勝ち逃げで」

セヌ「だ、駄目だっ! わたしはお前になんて負けないんだからなっ!」

男「はは、だったら尚更、その傷を早く治すんだな」

男「優しい俺は、病人に対しては甘くなっちまう」

セヌ「うぅ、くそっ!」

356: 2010/10/19(火) 00:39:27.75 ID:BgWAxbxw0
ローラ「…………」

セヌ「み、みてろっ! すぐに治してお前に挑んでやるっ!」

男「いつまでも待ってやるから、かかってこい」

男「綺麗なくらいに、返り討ちにしてやるさ」

セヌ「ぜぇぇったいっ! わたしが! 勝つっ!」

男「気合いの入ったいい声だ。期待してる」

男「よし、ローラ」

ローラ「……あ、ああ」

男「そろそろ、俺たちは帰ろう」

ローラ「……そうだな、それがいい」

ローラ「セヌ、また来るからな?」

セヌ「姉さん、そいつには十分気をつけろよっ!」

男「べぇーだ」

セヌ「うぅっ、覚悟してろっ!」

ガチャ……。

419: 2010/10/19(火) 16:29:32.17 ID:BgWAxbxw0
とことことこ……。

ローラ「男」

男「ん?」

ローラ「初めは分からなかったが、少し経って気付いた」

ローラ「あの子のために……わざと、言い合いをしたな?」

男「…………」

ローラ「お前は不思議な人間だ」

ローラ「セヌの心が分かっているように感じる」

ローラ「そして、わたしたちの心も」

男「……そんなことないさ」

ローラ「やれるはずだ」

ローラ「お前なら、もしかしたら……」

ローラ「何かを変えてくれる、そんな気がしてならない」

男「…………」

男「……そうだといいな」

421: 2010/10/19(火) 16:30:22.77 ID:BgWAxbxw0
──ローラの家

男「…………」

男「んん……」

男「……朝か」

メル「起きた? おはようっ」

男「ああ、おはよう」

男「ローラは?」

メル「お姉ちゃんは今、ご飯の準備してる」

男「そうか、じゃあ、それまで暇だな」

メル「うん」

男「……………」

メル「どうしたの?」

男「……君は、俺のこと怖くないのか?」

423: 2010/10/19(火) 16:31:12.30 ID:BgWAxbxw0
男「君たちが恐れる人間には、変わりないんだろ?」

メル「……うーん」

メル「ええとね、言葉にするのは難しいんだけど」

メル「男さんには、そんな感じは全くしないの」

メル「男さんの目、わたし、好きだな」

男「……目か?」

メル「うん、いつもは冷静で、時には泣いてるみたいで」

男「……………」

メル「でも、実はその奥に温かさがある」

メル「そんな人が、わたしたちに害を与えるわけないよ」

男「……そうか」

メル「ねっ、ご飯まで一緒に遊ぼっ」

トンっ……。

424: 2010/10/19(火) 16:31:54.43 ID:BgWAxbxw0
男「おっ、膝の上……」

メル「ふふっ、なんかこうしてると兄妹みたいだね」

メル「実はわたし、お兄ちゃんが欲しかったんだ」

男「……お、お兄ちゃん?」

メル「手貸して」

男「ん? 何の遊びをするんだ」

メル「うんとね、まずはこうやって……」

426: 2010/10/19(火) 16:33:02.57 ID:BgWAxbxw0
ローラ「この飯が食べ終わったら、行くぞ」

男「おう」

ローラ「村の仲間にも、広場に集合しろとの連絡が回っている」

ローラ「恐らくそこで、お前のことを話すんだろう」

ローラ「一応、喋ることは考えておいたほうがいい」

男「そう、だな……」

男「さて、何を話したらいいか」

ローラ「深く考える必要はない」

ローラ「お前が思った事、感じた事を素直に話すんだ」

ローラ「そうすれば、きっと分かってもらえる」

男「そうだといいな……」

ローラ「気を落とすな。大丈夫だ、お前なら」

男「…………」

427: 2010/10/19(火) 16:34:17.95 ID:BgWAxbxw0
──村 中央広場

男「……はぁ……」

男(分かっていたはずなのにな……)

男(ローラ……そんなにうまくはいかないんだ)

男(君たちが思う以上に、この根は深い)

村人1「…………」

村人2「…………」

男(見ろ、この周りの彼らを)

男(今にも、飛びかかろうとするのを必氏に抑える形相だ)

男(目には、しっかりと殺意が刻まれている)

長老「……伝え聞いた話は以上だ」

428: 2010/10/19(火) 16:35:05.93 ID:BgWAxbxw0
『別の世界だと……ふざけよって』

『長老はそんな戯言を信じたのか?』

『くっ、人間めっ』

男「…………」

男(分かる、痛いほど伝わってくる)

男(彼らの憎しみが、苦しみが……手に取るように分かる)

長老「静まれっ」

長老「お前たちに不満があるのも理解している」

長老「だが、人間だからといって頃すのは、意に反しないか?」

長老「この者は何も知らない」

長老「人間の国がどこにあるのか、我々が何のか」

長老「まるで、生まれたばかりの幼児のようだ」

長老「そんな者を手にかけてしまったら」

長老「我らも悪き人間と同じになってしまうっ」

『…………』

429: 2010/10/19(火) 16:35:49.13 ID:BgWAxbxw0
長老「ゆえに」

長老「儂はこの者を頃すことをやめる」

『なっ……』

『ふざけるなっ! 身体は十分に大人ではないかっ!』

『目には目を歯に歯を……そうしなければ、我々が逆にやられるぞっ』

『人間は殺せっ! 人間は殺せっ!』

長老「…………」

長老「分かっていたが、これが現状だ」

男「…………」

432: 2010/10/19(火) 17:03:18.43 ID:9PLuEYc90
長老「愛する者を失った痛み、苦しみ、憎しみ」

長老「そう簡単に、お主はこの村に馴染むことは出来ぬ」

男「ああ、そうみたいだな」

長老「……何か、ここで話したいことはあるか」

男「…………」

長老「そうか、いや、余計なことをしないほうが正しい」

長老「下手に刺激してしまうよりかは……」

男「少し、喋らせてくれ」

長老「……お主」

男「俺から話があるっ!」

434: 2010/10/19(火) 17:04:29.58 ID:9PLuEYc90
『……なに、人間が話しだと……』

『いったい何を言うつもりだっ』

男「あなたたちが、今の話を信用出来ないのは分かるっ」

男「違う世界から来たなんて、俺からしても滑稽な話だ」

男「でも、本当だ。嘘じゃないっ」

男「俺はっ」

男「こことは異なる世界から、やってきたっ」

『…………』

436: 2010/10/19(火) 17:05:42.97 ID:9PLuEYc90
男「前に俺が住んでいた国では、命をかける争いなんてなかった」

男(そんな世界で毎日をただ生きていた)

男(平和に呑まれながら、ただ生かされていた)

男「ここまでの憎しみを、苦しみを……見たことはなかった」

男(感情を表に出さない事が、時には出世するためには不可欠で)

男(馬鹿の一つ覚えみたいに、上司に媚びへつらった)

男「けれど、俺は……そんな世界で」

男「あなたたちからすれば、理想の世界で」

男「……全く必要とされなかった」

437: 2010/10/19(火) 17:06:53.21 ID:9PLuEYc90
男(氏のうとしても、悲しむ者はおらず)

男(俺の氏では、何も変えることは出来なくて)

男「氏人も当然だった、生きる意味なんてなかった」

男(……それを、そんな意味のない日々を、終わらせようとした時)

男(一人の老人に出会った)

男「だから」

『…………』

男「この世界では、意味もなく氏ぬつもりはない」

男「同じ過ちを、二度と繰り返したくはない」

男「…………」

男「俺は、この世界に」

男「そして……初めて出会ったあなたたちに」

男「必要とされたい、ただそれだけなんだ──」

450: 2010/10/19(火) 18:51:59.47 ID:9PLuEYc90
──ナダ中立地区

リスト「集まってもらったのは他でもない」

リスト「我が国ゼドは長年、森の民と戦をしている」

?「…………」

リスト「しかし、一向に戦況がよくならなくてな」

リスト「我が国も貴殿らに比べれば、圧倒的に小国である」

リスト「故に、兵たちの数に制限があって、未だ勝利には至っておらぬ」

?「……リスト公、一つよろしいですか」

リスト「ほう、これはセルドーヌの姫君ではないか」

リスト「父上の容態はまだ芳しくないのかね?」

レーラ「ご心配には及びませんわ、今も、父……いえ、王は元気にしております」

リスト「それは良かった。しかしならばこそ……」

リスト「どうして、第一王女のあなたがここに?」

451: 2010/10/19(火) 18:52:45.75 ID:9PLuEYc90
レーラ「さきほど元気だとは申しましたが、王も既に高齢であります」

レーラ「万が一のことがあってはならぬ、そのため、代わりに私が向かったのです」

リスト「ふむ、そういうことか」

リスト「いい機会だ、未来の指導者として大いに学んでくれ」

レーラ「……リスト公、質問をさせて下さい」

レーラ「どうして、森の民と敵対する必要があるのですか」

リスト「…………」

レーラ「彼らは我らが何もしなければ、害を与えない大人しい種族たちです」

レーラ「それにもかからず、戦をしかけるゼドに我が国は不信感を頂いております」

リスト「ははっ、王に似て、はっきりともの申すな」

レーラ「お答えください」

リスト「……理由は二つある」

452: 2010/10/19(火) 18:54:10.37 ID:9PLuEYc90
リスト「一つは、幾らあの連中が大人しいと言っても」

リスト「今後、脅威になるかもしれぬ日が来るかもわからないということ」

リスト「そんな不安を抱えていては、安定した政治は取れぬからな」

レーラ「……もう一つの理由は?」

リスト「気に入らぬのだよ」

レーラ「は?」

リスト「私はアイツらの存在が気に入らぬ」

リスト「我らと違う体格や、何やら、すべてが気に食わぬのだ」

レーラ「……そのために戦をしかけると?」

リスト「そうだ」

レーラ「なんて方……」

レーラ「私心で民と彼らの命を無意味に散らしているのですかっ」

リスト「姫も指導者になれば分かる。正論が全て正しいとは限らぬのだ」

レーラ「姫と呼ぶのはお止めくださいっ」

453: 2010/10/19(火) 18:55:27.43 ID:9PLuEYc90
リスト「まあいい、本題に入ろう」

リスト「今回の議題である。我が国は貴殿たちの国々にお願いしたい」

リスト「森の民を倒すため、兵をお貸し願えないだろうか」

レーラ「……そういうことか」

リスト「我が一国では、こう苦戦してしまうが」

リスト「人が力を合わせれば、奴らなど一瞬で駆逐できることであろう」

レーラ「リスト公」

リスト「なんだね、姫」

レーラ「……っ」

レーラ「我が国セルドーヌは、その戦、絶対に許しません」

リスト「妙なことを言うな。もう、ゼドはセルドーヌの属国ではないぞ?」

レーラ「それでもです。自国内で勝手をやるうちは我慢しておりましたが」

レーラ「他国の力を借りて、その戦をするというなら……」

リスト「どうすると言う?」

454: 2010/10/19(火) 18:56:18.43 ID:9PLuEYc90
レーラ「我が国は、ゼドと敵対します」

リスト「…………」

レーラ「私からの話は以上です。他の国の方々もお間違えのないことを」

レーラ「ゼドに協力する国は、同等にして許すことはありません」

レーラ「ではこれにて。無駄な時間を消費したくはないので」

サッ……。

リスト「……くっ、あの小娘め」

458: 2010/10/19(火) 19:07:20.86 ID:9PLuEYc90
とことことこ……。

メイド「……姫様、退席してよろしかったのですか?」

レーラ「構わない、父の意向は以前と変わらないはずよ」

メイド「確かにそうです」

レーラ「急いで国に戻りましょう。父に報告しないと」

メイド「出立する時も、相当心配しておりましたからね」

レーラ「もう子供じゃないって言うのに……過保護な人なんだから」

メイド「それだけ、姫様のことを大事に思っているのですよ」

レーラ「……まあ、いいけど」

メイド「これで、戦が終わるといいですね」

メイド「森の民が無駄に虐げられるのは、とても可哀想です」

レーラ「残念だけど……戦は終わらないわ」

459: 2010/10/19(火) 19:08:34.23 ID:9PLuEYc90
メイド「えっ……でも、あれだけ言ったのですから……」

レーラ「無理よ、だから、急いで父に報告しないといけないの」

メイド「そ、そんな……」

レーラ「あの会議は茶番なの。全てもう決まってる」

レーラ「雰囲気で感じなかった? リストは虎の威を借りた狐に過ぎない」

レーラ「裏で全部を操ってる国がいる」

メイド「……どこですか?」

レーラ「……ガザム帝国」

レーラ「何が企みかは分からないけどね」

レーラ「とても嫌な予感がするの。とにかく、国へ戻りましょう」

464: 2010/10/19(火) 20:26:53.67 ID:9PLuEYc90
──ローラの家

男「はぁ……緊張した」

ローラ「とっても良かったぞ? なっ、メル」

メル「お兄ちゃん、かっこ良かったっ」

男「はは……お兄ちゃんって」

ローラ「もう懐かれてるのか。小さい子は、人の感情に敏感だからな」

ローラ「それだけ、男が温かいやつだって分かったんだろう」

メル「お兄ちゃん、遊ぼっ」

男「ん、そうだな」

ローラ「仲間たちもお前の話を聞いてからは、文句一つ言わなくなった」

ローラ「意外と、この村に馴染むのも早い気がするぞ」

男「どうだろうな……そればかりは分からない」

メル「早く、早くっ」

男「お、おい、引っ張るなって……」

466: 2010/10/19(火) 20:28:25.30 ID:9PLuEYc90
ローラ「はは、男が心配しなくても、多分」

ローラ「みんな気付いたはずだ、お前の本質にな」

メル「さっき教えたよっ、ほら、手をこうして……」

男「ええと、こうだっけ?」

メル「ううん、この指を……」

ローラ「…………」

タタタタタっ……。

男「ん? なんだこの音」

ローラ「あー、アイツだ……噂を嗅ぎ付けたな……」

男「え? アイツ?」

ガチャッ……。

ドン「おいっ! これは一体、どういうことだっ!」

467: 2010/10/19(火) 20:29:38.06 ID:9PLuEYc90
ローラ「勝手にドアを開けて……何が不満だ」

ドン「ソイツがこの村にいることを、もう否定はしねぇよっ」

ドン「で、でもっ!」

ドン「なんでローラの家に住むことになってるんだっ!」

ローラ「初めに出会ったのが、わたしだからだ」

ドン「ここには女しかいないんだぞっ!?」

ローラ「何を心配してるのかは分からんが」

ローラ「男は、お前が思っているようなヤツではない」

ドン「そういうことじゃねぇんだよっ、男と女は……」

メル「んー?」

ドン「……ええと、メルは外にいてくれないか……?」

メル「なんで……わたしだけ除け者?」

ドン「そ、そういうことじゃね……って、泣きそうな顔するなっ」

468: 2010/10/19(火) 20:30:24.24 ID:9PLuEYc90
ローラ「いいだろ、メルがいたって」

ドン「くぅー……こうなったら」

ドン「おい、お前っ!」

男「えっ?」

ドン「お前に話があるっ! 外に出ろっ!」

ローラ「おい、ドンっ」

ドン「ここからは男同士の話し合いだっ」

ドン「いいなっ! 女は口をはさむんじゃねぇぞっ!」

男「…………」

ローラ「気にするな男、こいつはわたしの幼馴染なんだが」

ローラ「少々頭が悪くてな……」

男「ああ、うん」

469: 2010/10/19(火) 20:31:41.84 ID:9PLuEYc90
ドン「そこっ、余計なこと言うなっ!」

ローラ「お前こそ黙ったらどうだ。ここはわたしの家だぞ?」

ドン「うるせぇ、いいから出ろっ、人間」

男「……ふむ」

男(何となく想像がつくけど、どうしようか)

ローラ「無視していいからな。馬鹿に付き合うと移るぞ?」

男「いや……」

ガタっ……。

ドン「おっ」

男「たまには、男同士で話し合いっていうのもいいかもな」

ドン「へっ、人間の癖して、分かるじゃねぇか」

481: 2010/10/19(火) 22:16:24.09 ID:9PLuEYc90
──村

男「さて、話とは何だ?」

ドン「……その前に、ローラ」

ローラ「何だ?」

ドン「どうしてついてきたっ? 男同士の話って言っただろっ」

ローラ「それは聞いた。話に参加するつもりはないぞ」

ドン「ならば、なぜここにいるっ!」

ローラ「お前が男に何するかわからないからな」

ドン「……この人間のこと、えらく気に入ってるようじゃねぇか」

ローラ「…………」

ドン「まあいい、話に入らないなら、もう何もいわねぇ」

ドン「おい、人間っ」

男「ん?」

482: 2010/10/19(火) 22:17:21.37 ID:9PLuEYc90
ドン「どこまで言っても、いかすかねぇヤツだ」

男「なんだ、少しは認めてくれてると思ったんだがな」

ドン「はっ、女に助けて貰って、何言ってやがる」

男「…………」

ドン「お前がどこから来たとか、そういうことは俺にはわからねぇ」

ドン「ただな、一つだけ許せねぇことがある」

男「聞こう」

ドン「どうして、ローラの家に住む?」

ドン「この村にいることは十歩譲ってよしとしようっ」

ローラ「百歩な」

ドン「そ、そうだ、百歩譲るっ!」

ドン「でも、だったら野宿やら何やらすればいいじゃねぇかっ」

男「確かにそうだ」

483: 2010/10/19(火) 22:18:01.45 ID:9PLuEYc90
ドン「わざわざローラの面倒になるなっ」

ローラ「それは、わたしが……」

男「ローラ」

ローラ「…………」

ドン「どうだっ、返答を早く言えっ!」

男「お前のいい分は理解したよ。ローラの家に住むなってことだな」

ドン「そうだっ」

男「俺も出来るだけ彼女の面倒にはなりたくない」

ローラ「…………」

男「でも、そうして良いと善意を向けてくれているのならば」

男「それに応えることも、一つの形だと思う」

ドン「て、てめぇ……」

男「大体、お前は何なんだ」

男「ただのローラの幼馴染だろう? お前に指図される言われはないさ」

ドン「……言いてぇことはそれだけか?」

484: 2010/10/19(火) 22:18:49.26 ID:9PLuEYc90
男「……それとも、ローラのことが好きなのか?」

ドン「……っ」

ドン「この野郎っ!」

たたた……ドスッ!

男「くっ」

ローラ「男っ! だ、大丈夫かっ」

男「……ああ、心配ない」

ローラ「なんてヤツだっ! 急に殴るなんて最低だぞっ!」

ドン「どけ、ローラっ! これは男同士の話し合いなんだっ」

ローラ「何が話し合いだっ! 殴ったじゃないかっ!」

ドン「うるせぇっ! お前には関係ねぇよっ!」

ローラ「関係してないだと? お前こそ何を……」

男「……そうか」

ローラ「え?」

485: 2010/10/19(火) 22:20:09.53 ID:9PLuEYc90
男「そういうことか、分かったぞ」

ローラ「……どうした、何が分かったんだ?」

男「ローラ、どいてくれ」

ローラ「あっ……」

たたたたっ……。

男「こういうことだろっ! なあっ!」

ドン「……っ」

ひゅっ……。

男「ちっ、当たらねえ」

ローラ「な、何を……」

ドン「ははっ、分かってるじゃねえかっ」

ドン「しかし、そんな鈍らな拳じゃ俺には当てられねぇぞ?」

男「言ってろ、後で後悔すんなよっ」

ローラ「……なんてことだ」

489: 2010/10/19(火) 22:30:55.89 ID:9PLuEYc90
ガチャっ……。

ローラ「長老っ!」

長老「……昨日も同じように乗り込んできたな」

長老「で、今度は一体なんだ?」

ローラ「お、男とドンがっ!」

長老「ふむ、人間か」

ローラ「殴り合いをしてて、大変なんだっ! 止めてくれっ!」

長老「周りの者はどうしてる?」

ローラ「どんどん見物の連中は集まってるが」

ローラ「はやし立てるだけで何もしてくれないっ」

長老「……ほう」

ローラ「わたしにも止められないんだっ。何とかしてくれっ!」

542: 2010/10/20(水) 01:44:18.45 ID:sJ4cc6ed0
『いけっ、ドンやっちまえっ』

『人間っ、そこだっ! 何、モタモタしてやがるっ!』

男「はぁ……はぁ……」

ドン「ははははっ、一発も当てられないとはなっ」

ドン「人間、やはりお前は口だけだっ、ほれ当ててみろっ」

男「くっ……」

……ひゅっ。

ドン「へ、当たるかよっ! おらっ!」

ドスンっ!

男「……うっ」

『うおおっ! 今のはいいのが決まったぞっ!』

……バタン。

男「……ふぅ……ふぅ……」

543: 2010/10/20(水) 01:45:35.99 ID:sJ4cc6ed0
ドン「もう降参か? 人間にしては弱っちいやつだなっ」

『あははははははっ』

男「…………」

男(駄目だ……全く歯が立たない……)

男(向こうじゃ、格闘技すらやったことがないからな……)

男(どうする……どうすればいい……?)

男「……まだ、勝負は決まってないぞ」

『おおっ、人間が立ち上がったぞっ!』

『まだやるのかっ!』

『やめとけっ、いつまでやってもドンには勝てねぇよっ!』

ドン「はは、威勢だけは初めと変わらねぇじゃねぇか」

男「それだが取り柄でね」

ドン「……どうだ、ローラの家に泊まらないっていうなら止めてやる」

男「…………」

545: 2010/10/20(水) 01:46:36.36 ID:sJ4cc6ed0
ドン「野宿を心配してるなら安心しろ」

ドン「お前は嫌かもしれねぇが、俺の家に住まわせてやるよっ」

『おいおいドン、召使いとして雇うつもりかっ』

『ははっ、それはいい提案だっ。人間、さっさと諦めちゃえっ』

ドン「どうだ? それほど悪い提案でもねぇだろ?」

男「はは……悪いが断るよ」

ドン「……なぜだ?」

男「……そりゃあ」

『おぉぉぉっ? 人間が笑ってるぞっ?』

『どういうことだ? いったい何を言うつもりだっ』

男「むさ苦しい男と住むより……」

男「綺麗な三姉妹に囲まれた方がいいに決まってるだろ?」

ドン「……て、てめぇ」

男「なあ、みんな?」

546: 2010/10/20(水) 01:47:21.23 ID:sJ4cc6ed0
『ははははっ! こりゃあ、ドン一本取られたなっ!』

『殴り合いは負けてるが、口では快勝だ、人間っ!』

ドン「てめぇら、うるせぇぞっ!」

ドン「こうなったら、痛い目見せてやるっ!」

男「既に随分痛い目合ってるけどな」

ドン「もっとだよっ! あとで後悔するんじゃねぇぞ!」

男「ははっ、俺の台詞ぱくりやがったな」

男(……と、強がりはこの辺にしておいて)

男(そろそろ、何とかしないとな)

男(……でも、俺に何が出来る? 相手は歴とした戦士だ)

男(勝てないことは分かってる……でも)

男(一発ぐらいは喰らわしてやりたい)

547: 2010/10/20(水) 01:48:15.25 ID:sJ4cc6ed0
ドン「うおおおおおっ!」

たたたたたっ。

男「……っ」

『ドンの雄叫びが出たぞっ! これを食らったら今度こそ終わりだっ!』

『どうする人間っ! ピンチだぞっ!』

男「…………」

男(考えろっ、考えろっ!)

男(俺にできることなんて、たかが知れてるっ)

男(一回だけでいいっ、それだけでいいからこれを逃れないとっ)

男「……っ」

ドン「おらああぁぁぁっ! 食らいやがれぇぇぇっ!」

ヒュッ!

男「……いたっ」

がくっ……。

548: 2010/10/20(水) 01:49:09.72 ID:sJ4cc6ed0
ドン「なっ……」

……すかっ。

『うおおっ! 人間が初めてダンの攻撃を躱したぞっ!』

『人間、チャンスだっ! 今なら背中ががら空きだぞっ!』

男(そんなの言われなくても分かってるっ!)

男(くそっ、一か八かだっ!)

男「……おらっ!」

ぎゅっ……。

ドン「あっ! て、てめぇ、離せっ!」

『尻尾を掴んだっ! 人間がドンの尻尾を掴んだっ!』

『あの人間、俺らの弱点知ってんのかよっ!』

ドン「やっ、やめろっ! さっさと離しやがれっ!」

男「やだねっ! 意地でも離してやるもんかっ!」

ドン「こ、この野郎……」

550: 2010/10/20(水) 01:49:59.50 ID:sJ4cc6ed0
男「……おい、ドン」

男「尻尾に気を取られて気が付いてないのか?」

ドン「えっ?」

男「今、お前……」

男「頭ががら空きだぞ?」

ドン「なっ……」

男「うおおぉぉぉっ!」

ドスッ!

ドン「……くっ」

『食らわしたっ! 人間がドンに一発見舞わしたぞっ!』

『あのドンに食らわせるなんて、やるじゃねぇかっ!』

男「……はぁ……はぁ」

がくっ……。

551: 2010/10/20(水) 01:50:46.27 ID:sJ4cc6ed0
男「……もう、限界だ……」

ドン「…………」

ドン「……お前」

男「はは……情けないな……」

ドン「……ほら」

すっ……。

男「えっ?」

ドン「人間は知らねぇのか?」

ドン「手を差し伸ばされたら、それを掴むんだよ」

男「……あ、ああ」

ぎゅっ……。

ドン「しっかり、立て」

552: 2010/10/20(水) 01:51:26.07 ID:sJ4cc6ed0
男「……どうしてだ? 手を差し伸ばすなんて……」

ドン「理由なんてねぇよ、ただそうしたかったんだ」

男「…………」

ドン「しかし……この俺に一発食らわせるなんてな」

ドン「お前、中々やるじゃねぇか」

男「……偶然うまくいっただけだ」

ドン「それでも誇れよ、胸を張れ」

男「だが……」

ドン「いいから周りを見てみろ」

男「え……」

『そうだっ! 人間、お前は良くやったぞっ!』

『名勝負だった! いい腕してんじゃねぇかっ!』

男「…………」

554: 2010/10/20(水) 01:52:31.72 ID:sJ4cc6ed0
ドン「なっ? みんながお前を讃えてる」

ドン「今回の勝負は、どうやら俺の負けみてぇだな」

男「……お前」

ドン「俺は、ドン」

ドン「この村じゃ、喧嘩なら誰よりも強いって自負してる」

男「……あ、ああ」

ドン「ちげぇよ、今度はお前の番だ」

ドン「俺たちみんなに自己紹介してくれよ」

男「…………」

ドン「違い世界からやってきた、一人の人間」

ドン「お前にだって……名前があるんだろ?」

男「……当たり前だ」

男「俺は……──」

562: 2010/10/20(水) 01:59:44.29 ID:sJ4cc6ed0
ローラ「…………」

長老「あの石を投げたのが、機転となったな」

ローラ「なんのことやら」

長老「はは、とぼけるな。目の前で見ていたんだぞ?」

長老「……しかし、ローラよ」

ローラ「ん?」

長老「あれを見てみろ」

ローラ「言わずとも、見てる」

長老「あの忌み嫌った人間を、仲間たちが讃えているのだ」

長老「共にふざけあって、笑い合って」

563: 2010/10/20(水) 02:00:53.62 ID:sJ4cc6ed0
長老「この光景が……今でも儂は信じられん」

ローラ「…………」

長老「……不思議な人間だな、ヤツは」

ローラ「ああ……」

長老「お前の信頼をまず得て」

長老「そして、既に仲間にも認められつつある」

長老「しかもこれが、昨日の今日の話だというから驚きだ」

ローラ「…………」

長老「何かが変わるかもしれんな」

長老「それが良きものであることを……儂は祈っておるよ」

ローラ「私も……」

ローラ「信じてる」

630: 2010/10/20(水) 18:47:52.89 ID:yxUfJB2T0
──セルドーヌ王国 首都ジューべル

『姫様がお帰りになったぞっ!』

『道を開けよっ!』

たったったった……。

レーラ「今、戻ったわ」

ライネ「姫様っ」

レーラ「どうしたの、ライネ。そんなに血相を変えて……」

ライネ「……早急にお聞かせならねばならない事があります」

レーラ「ごめんなさい。分かるのだけど、少し休んでから……」

ライネ「お父上が、王がっ」

レーラ「……えっ?」

ライネ「姫様が出立なさった翌日、病で倒れました……」

レーラ「……そ、そんな……」

631: 2010/10/20(水) 18:49:29.36 ID:yxUfJB2T0
レーラ「い、今すぐ父の元に行くっ!」

……ぎゅっ!

ライネ「お待ちくださいっ」

レーラ「その手を離しなさいっ! いますぐにっ!」

ライネ「まだお話は終わっていないのです……」

レーラ「…………」

ライネ「実はさきほど、王は意識を取り戻しました」

レーラ「ほ、ほんと?」

ライネ「はい。あなたの名を呼んでばかりいますが」

ライネ「医師の話では今のところ、安心して良いとの事」

ライネ「……ただ」

ライネ「起きられた王は……」

ライネ「目が見えなくなってしまったのです……」

レーラ「……あ、ああ」

635: 2010/10/20(水) 19:21:17.24 ID:yxUfJB2T0
──王の寝室

レーラ「失礼します」

ガチャ……。

国王「その声は……我が娘レーラだな」

レーラ「……お、お父様……」

国王「もっと近くに来てくれ……ほらっ」

レーラ「はい……」

国王「ふむ……協議から帰って来たのか」

国王「それなのに、お前の顔が見れないとはな……」

国王「……手を、握ってくれ」

レーラ「……っ」

ぎゅっ……。

レーラ「お、お父様っ」

国王「おぉ……肌の温もりが伝わるぞ……」

636: 2010/10/20(水) 19:22:21.43 ID:yxUfJB2T0
国王「どうだ? 協議はうまくいったか?」

レーラ「…………」

国王「病人だと思って気を遣うな……」

国王「身体はガタが来ているが、頭はまだはっきりしている」

レーラ「……お父様、実は……」

国王「……ふむ、その様子だと、良い報せではないようだ」

レーラ「近いうちに、大きな戦が起こります」

レーラ「リスト公は援軍要請をし、ガザムはそれを受けるでしょう」

国王「森の民を今以上に虐げるつもりだな……」

国王「リストの小僧め……何も理解はしておらぬ」

国王「それでレーラ、お前はそれに何と言った?」

レーラ「……我が国は、この戦を絶対に認めないこと」

レーラ「行った場合、敵対する意志があるとのことを伝えました」

637: 2010/10/20(水) 19:24:42.16 ID:yxUfJB2T0
国王「……そうだ、それで良い」

国王「お前を行かせて正解であった」

レーラ「……お父様」

レーラ「早く良くなってくださいっ……」

国王「……そうしたいのは山々だが、分かってしまうのだ……」

国王「我は……もう長くは生きられぬ」

レーラ「……そんなこと、そんなこと言わないで……」

国王「聞け……レーラ」

国王「我が国の意味を、引き継いだ命を」

国王「決して忘れてはならぬ。どんな時であってもな……」

レーラ「……はい」

国王「あの森を我らは冒してはならぬのだ」

国王「それが決まりだ、長きに伝え聞いた意志だ」

639: 2010/10/20(水) 19:25:32.77 ID:yxUfJB2T0
レーラ「……この戦、森の民は負けるでしょうか」

国王「……どうせ、リストは彼らを甘く見ているのだろう」

国王「だが実際のところ、人間たちは厳しい闘いを迫られるはずだ」

国王「ただ、それによって多くの犠牲が生まれてしまう……」

レーラ「……この事を、我が国の彼らに……伝えては?」

国王「それは無理だ……」

国王「交流が途絶えて久しい。我らを受け入れてはくれぬだろう……」

レーラ「……では、どうすれば……」

国王「兵の準備をせよ」

レーラ「…………」

国王「……しかる時に、備えてな」

国王「ガザムの動向が、少しばかり気にかかるのだ」

658: 2010/10/20(水) 21:43:21.96 ID:yxUfJB2T0
──ローラの家

男「少し聞きたいことがあるんだが、今いいか?」

ローラ「構わない」

男「ありがとう」

男「この世界に人間がいることは前に聞いたんだが」

男「一体、どのような暮らしをしているんだ?」

ローラ「……何だ、気になるのか」

男「まだこっちに来たばかりだから、情報を得たいんだ」

ローラ「ふむ……」

メル「お兄ちゃん、いなくなるの……?」

男「はは……大丈夫だよ」

男「ここから離れる気は更々ないさ」

ローラ「……本当か?」

男「飯も住まいも提供してもらって……それに、君達の話を聞いてしまった今は」

男「同じ人間ではあるが、相容れないと思う」

659: 2010/10/20(水) 21:44:15.74 ID:yxUfJB2T0
ローラ「なら、どうして聞きたい?」

男「この世界のことを少しでも知っておきたい」

男「……駄目か?」

ローラ「……ん」

ローラ「実のところ、わたしもよくは知らない」

ローラ「人間たちは森の先の川を越えて、やってくる」

男「……川」

ローラ「言葉を交わした事は一度もなかった」

ローラ「初めて間近で見たのは、男……お前が初めてだ」

男「……そうか」

ローラ「長老なら色々知っているかもしれないが」

ローラ「後は、言い伝えのことしか、わたしは知らないな」

男「言い伝え?」

ローラ「人間たちの土地は国という単位で分かれていて」

ローラ「時に同じ種族同士で争い、頃し合う」

660: 2010/10/20(水) 21:45:24.45 ID:yxUfJB2T0
男「…………」

ローラ「わたしたちには理解できないがな」

男「……ああ」

ローラ「少しだけだが、役に立てたか?」

男「……ん、ありがとう」

ローラ「…………」

ローラ「……そうだ」

ローラ「言い忘れていたんだが、今日、セヌが家へ戻ってくる」

男「もう身体は大丈夫なのか?」

ローラ「元気が有り余ってるぞ」

ローラ「お前と勝負すんだと今から意気込んでいた」

男「はは、それは覚悟しないとな」

ローラ「…………」

ローラ「……なあ、男」

661: 2010/10/20(水) 21:46:27.48 ID:yxUfJB2T0
男「ん?」

ローラ「お前は……」

ガチャっ……。

ドン「おいっ、話があるっ」

ローラ「……なんてタイミングの悪いやつだ」

男「ん? ドンか。酒の誘いなら今日は無理だぞ?」

ドン「そういうことじゃねぇ……まぁ、それもあったけどなっ」

男「セヌが今日は帰ってくるんだ。皆で歓迎してやらないといけない」

ドン「そうかっ、それは良い報せだっ」

ローラ「……話がそれだけなら、さっさと帰れ」

662: 2010/10/20(水) 21:47:22.09 ID:yxUfJB2T0
ドン「相変わらず、きつい女だな、お前……」

ドン「よし、本題に入るぞっ」

ローラ「何だ?」

ドン「話はローラにじゃねぇ、男、お前だっ」

男「……おれ?」

ドン「師匠が呼んでるんだ!」

ドン「急がねぇと、二人ともぶっ飛ばされるぞっ?」

664: 2010/10/20(水) 22:09:16.71 ID:yxUfJB2T0
──広場

たたたっ……。

ドン「し、師匠遅れてすんませんっ」

男「はぁ……はぁ……」

男(こんなに急いで、一体なんだって言うんだ)

男(……ん? ドンが敬語?)

ガダ「…………」

男「あの……」

ガダ「おい、私が言いつけた時間より三分も遅れているぞ」

ドン「す、すんま……」

ガダ「──お前はもう邪魔だっ! さっさと失せろっ!」

ドン「……っ」

ドン「は、はいっ!」

たたたたっ……。

男「……え……」

665: 2010/10/20(水) 22:13:51.09 ID:yxUfJB2T0
ガダ「人間、受け取れ」

男「はっ……?」

……グサッ。

男「…………」

男(おいおい、あと少しずれたら俺に刺さってたぞ……?)

男(何だ……何なんだコイツ……)

ガダ「……聞こえなかったのか?」

ガダ「それとも私相手には、剣などいらぬと?」

男「……ち、違うっ」

ガダ「ならば、その剣を地面から抜き取れ」

男「…………」

男(仕方ない、ここは話に乗ろう)

ザッ……。

ガダ「うむ、それでいい」

ガダ「本題の前に、少し会話でも楽しもうぞ。人間よ」

667: 2010/10/20(水) 22:21:03.68 ID:yxUfJB2T0
ガダ「まずは、私のこの腕を見よ」

……ドン。

男「……え」

男(う、腕が……外れた……?)

ガダ「勘違いするな、これは義手だ」

ガダ「私には、左手の肘から下が既にない」

ガダ「さてここで質問だ。どうしてだと考える?」

男「……それは」

ガダ「ある日のことだ」

ガダ「お前ら人間たちが川の向こうから、我が村を襲った」

ガダ「この村の男たちは皆、村を守る騎士である」

ガダ「もちろん例外なく、そこの頃の私も戦った」

男「…………」

669: 2010/10/20(水) 22:30:32.92 ID:yxUfJB2T0
ガダ「今思えば、自らのことを愚かだったと恥じる」

ガダ「戦闘中、若さ故の慢心のせいだったか」

ガダ「私は、前方の仲間に気を取られて、一瞬、油断してしまった」

ガダ「気が付けば、左手の部分に深い傷を負っていた」

ガダ「幸いにも利き腕ではなかったので、痛みを無視して戦ったが」

ガダ「……後になって傷は化膿し、切るしか助かる手段はなかった」

人間「…………」

ガダ「私はこの村の戦士を教育している」

ガダ「今現在、村にいる男どもは皆、私が一から教えたのだ」

ガダ「ならば私に聞け、人間」

ガダ「それ以外の他の者は……一体どうしたのかと?」

男「……っ」

ガダ「氏んだのだ」

ガダ「私の同期も友人も、みな既に故人となった」

ガダ「人間、お前ならば分かるだろう?」

677: 2010/10/20(水) 22:41:14.29 ID:yxUfJB2T0
ガダ「そうだっ」

ガダ「貴様たち人間に、我が同胞は殺されたっ」

男「…………」

ガダ「構えよ」

男「……俺を、頃すのか?」

ガダ「…………」

たたたっ……。

男「くっ……」

キィィィンッ……。

男「……あんた……」

ぐぐぐぐっ。

ガダ「どうだっ、我が剣の重みはっ!?」

男「うぅぅっ」

ガダ「一瞬も力を抜くなっ!」

ガダ「今貴様が持っているその剣は、自らの身を守る唯一の武器だっ!」

680: 2010/10/20(水) 22:48:23.26 ID:yxUfJB2T0
ぐぐぐぐッ!

男「……っ」

男「うおぉぉぉっ!」

キィィィンっ!

ザザザっ……。

ガダ「老輩の私とはいえ、まさか貴様が競り勝つとはな」

男「……はぁっ……はぁっ……」

ガダ「剣が重いか? 少しだけだったのに、疲れるであろう?」

男「……はっ……はっ」

ガダ「しかし、命を懸けた争いとはそれの無限である」

ガダ「一瞬が、全てを決める。そして、油断が貴様の命を頃すっ」

男「…………」

ガダ「その重みを一時も忘れるな」

ガダ「今日から、その剣は貴様のものとなる」

男「……え」

681: 2010/10/20(水) 22:56:14.02 ID:yxUfJB2T0
ガダ「残念なことに、我が村では鉄を精製することは出来ぬ」

ガダ「故に、その剣は我らにとって希少なものだ」

ガダ「歴代の戦士たちが、その剣を持って戦った」

ガダ「心を込め、想いを託して……そして氏んでいった」

ガダ「分かるだろう」

ガダ「それを貴様に授ける意味を」

ガダ「そこに込められた本当の心を」

男「……う、あ」

ガダ「人間……いや、男よ」

ガダ「私が村の長を代弁して、最後に貴様に問おう」

ガダ「我らのために、この村の民のために」

男「……あ……ああ」

ガダ「──貴様は命を捨てられるか?」

男「…………」

男「……はいっ!」

683: 2010/10/20(水) 23:02:43.97 ID:yxUfJB2T0
男(どうしてだろう……思い出す)

男(前の世界の日々を……)

男(何もかもが薄らいで見えた、あの毎日を……)

ガダ「……ならば、もう私から言う事はない」

男「……っ」

ガダ「実は、長老にはもっと前から打診されていたが」

ガダ「お前を見極めるために……少々、数日間、時間をおいた」

ガダ「……しかし」

ガダ「その間のお前は、村の仲間と話し、心を分かち合い」

ガダ「共に住まう者からは大きな信頼を得ていた」

男「……うぅ……ああ……」

男(俺は何をしに来たんだろう……)

男(前の世界に嫌気がさして……氏のうとして……)

ガダ「故に、問題は全くないと判断した」

ガダ「それが私の結論だ」

685: 2010/10/20(水) 23:07:57.10 ID:yxUfJB2T0
男(本当の意味で親しい人間は一人もいなくて)

男(生きているのに……何故か、いつも氏んでいる気がした)

ガダ「そして……今のお前の決意を聞いた」

男「ああ……あああ……」

男(だから、俺はこの世界にやってきた)

男(変えるため……自分自身の存在を変えるために……)

男(……それは)

ガダ「今日から、男。お前は……」

男「………あっ」

男(この世界に必要とされたい、その一心)

男(……でも)

686: 2010/10/20(水) 23:11:52.24 ID:yxUfJB2T0
男(……分かる……今なら分かる)

男(世界なんて……大それたものじゃなくて……)

ガダ「──本当の意味で、村の仲間の一員となる」

ガダ「……村を、この村の仲間を、守ってくれ」

ガダ「我々には、お前が必要だ」

男「…………」

男(俺は……)

男「あああっ……あああっ……」

男(誰かに認められたい、必要とされたい)

男(……ただそれだけだったんだ)

689: 2010/10/20(水) 23:21:32.56 ID:yxUfJB2T0
──ゼド公国 首都アベル

リスト「…………」

宰相「…………」

リスト「……くく」

リスト「くははははっ」

宰相「……決まったのですか」

リスト「そうだ、その通りだ、宰相」

リスト「帝国ガザムは我々に協力することが正式に決まった」

宰相「……では」

リスト「圧倒的な戦力が構築された」

宰相「…………」

リスト「一ヶ月後……」

リスト「──我が軍はっ、森の民を駆逐するっ!」

807: 2010/10/22(金) 05:05:35.17 ID:BzWCK0xz0
──広場

キィィィン……。

ガダ「そこまで」

男「はぁ……はぁ……」

ダン「短期間だけど、中々様になるようになったじゃねぇか」

ダン「だが、俺に比べればまだまだだ」

男「はは……お褒めの言葉ありがとうな」

男「しかしこのままだと、いざってときにすぐ氏んじまう……」

ガダ「戦いの時になったら、基本的には二人組だ」

ガダ「一対一で戦おうなどと思うな。だから、そこまで心配することはない」

男「そこまで、相手は強敵なのか?」

ガダ「その時になれば分かる。今は鍛錬に集中していればいい」

ドン「そうだ、男。人間では珍しく弱いんだからな」

男「……頑張るしかないか」

808: 2010/10/22(金) 05:06:38.91 ID:BzWCK0xz0
ドン「まあ、その時になったら、氏ぬ気で戦えばいい」

ドン「恐らくお前と組むことになるのは、俺だからな」

ガダ「……そのことなんだが」

ガダ「もしかしたら、ドンと男は組まないかもしれん」

ドン「えっ……師匠、前の話だと…」

ガダ「少し考えていることがあってな……男」

男「はい?」

ガダ「ちょっとこの後付き合ってくれ」

ガダ「お前に話しておきたいことがある」

810: 2010/10/22(金) 05:26:19.42 ID:BzWCK0xz0
──森

とことことこ……。

男「結構奥深くまで来てるけど、どこまで行くんだ?」

ガダ「……もう少しだ」

男「さっきからそればかりだな……」

ガダ「文句言わずについてこい」

男「……はぁ」

ガダ「退屈そうだな」

男「そりゃあ、こう何時間も歩きっぱなしだとな」

ガダ「ならば、少し話をしよう」

男「ん?」

ガダ「戦場での話だ。よく聞いておけ」

男「…………」

811: 2010/10/22(金) 05:27:01.57 ID:BzWCK0xz0
ガダ「争いの時になると、村の男どもは広場へ集められ」

ガダ「身体に装飾などを施した後、六人ほどの隊を作る」

ガダ「だが、基本的には二人一組だ」

ガダ「なぜか、分かるか?」

男「……いや」

ガダ「ん……」

男「教えてくれないのか?」

ガダ「…………」

ガダ「……男、お前に聞きたいことがある」

ガサ……。

ガダ「お前は、これを見た事があるか?」

男「なんだ……これ」

男(黒い玉……?)

ガダ「……ふむ」

813: 2010/10/22(金) 05:28:09.63 ID:BzWCK0xz0
ガダ「そうか、そういうことか」

男「はっ? ちょっと待て、自己完結しないでくれ」

ガダ「……いや」

ガダ「もしかしたら、私は大きな誤解をしていたのかもしれぬ」

男「へ?」

ガダ「……話すと長くなるが」

ガダ「昔から、私には一つ気になることがあったのだ」

男「……気になること」

ガダ「お前が来てからというもの、それを考える機会も多くなった」

ガダ「だが……これまで、それに対する確証は持てなかった」

男「…………」

ガダ「本当は、今すぐにでもお前に話してやりたい」

814: 2010/10/22(金) 05:29:36.51 ID:BzWCK0xz0
ガダ「しかし……間違えた不安を与えてしまうのは、私の意ではない」

ガダ「……それに、後少しで自然と分かる事だ」

男「……どういうことだ?」

ガダ「…………」

ガダ「この話は、また今度にしよう」

男「おい、待ってく……」

ガダ「ほら、聞こえてきただろ?」

ざざざざざ……。

男「ん……これは何の……?」

ガダ「そろそろ、着きそうだな」

男「着くって……」

ガダ「川だよ」

817: 2010/10/22(金) 05:58:04.81 ID:BzWCK0xz0
──ゼド公国 首都アベル

宰相「兵の準備が整いました、すぐにでも出立出来ます」

リスト「ふむ」

宰相「あとは、リスト公のみです」

リスト「よし」

リスト「兵の士気を高めてくるか」

宰相「はっ」

とことことこ……。

リスト「そうだ、ガザムの兵は到着したか?」

宰相「いえ、戦場に直接向かうようです」

リスト「ふむ……もう国境は越えたのだな?」

宰相「二日前に、そのように連絡が来ております」

リスト「ならばよい。向こうで合流しようではないか」

818: 2010/10/22(金) 05:59:14.47 ID:BzWCK0xz0
宰相「……っ」

「おおおおおおおおぉぉっ!』

リスト「……ふむ」

宰相「兵の士気は既に十分のようですな」

リスト「はは、我が国の兵は頼もしいではないか」

宰相「みな、公のお言葉を待っております」

リスト「…………」

さっ……。

『…………』

宰相(手を翳しただけで、一瞬で静まり返ったか……)

リスト「我が国の強き猛者たちよ」

リスト「これから、我れらは憎き仇敵を倒しに行く」

リスト「長年にわたる闘争」

リスト「幾度も勝負を挑み、そして、多くの命が犠牲となった」

819: 2010/10/22(金) 06:00:02.27 ID:BzWCK0xz0
リスト「しかし、未だ奴らを跪けるまでには至っておらぬ」

『…………』

リスト「……だが」

リスト「──それも、此度で終わりを迎えるっ!」

「うおおおおぉぉっ!』

リスト「ガザム帝国の兵たちと力を合わせ!」

リスト「奴らを一掃するのだっ!」

リスト「殺せっ! 異種族共をっ!」

リスト「殺せっ! 同胞の敵をっ!」

リスト「さすればっ、我が国はついにこの戦さに終止符を打つ事が出来ようっ!」

リスト「共に行こうではないかっ! 戦場の地へっ!」

「うおおおおおおおおぉぉっ!』

『リスト公万歳っ! リスト公万歳っ!』

リスト「ゼドに栄光あれっ!」

822: 2010/10/22(金) 06:27:57.30 ID:BzWCK0xz0
──森

男「……流れが結構早いな」

ガザ「深くはないが、足を取られると流されるぞ」

男「……この向こうに人間が」

ガザ「……聞いた事はあるか?」

ガザ「川を越えた森の奥に結界がある」

男「……結界」

ガザ「今日は行きはせんが、石像が二つ立っておるのだ」

ガザ「その間を通った者がいると、我が村にある石が赤く光る」

男「どういった原理で?」

ガザ「私も知らぬ。ずっと昔からあるのでだな」

男「凄い技術だ……」

824: 2010/10/22(金) 06:56:37.06 ID:BzWCK0xz0
ガザ「覚えておけ」

ガザ「この川が、戦の時は最後の防衛線だ」

ガザ「ここを奴らが越えそうになった場合、村を捨てねばならぬ」

ガザ「昔は……川の向こうの森に住んでいたのだ」

男「…………」

ガザ「そして今ではここまで来た」

ガザ「反対側には大きな崖があるのでな」

ガザ「今度、ここを越えられたら……終わりかもしれぬな」

男「……何としても、食い止めないと」

ガザ「ふむ、そうだな……」

ガザ「よし、そろそろ戻ろうか」

845: 2010/10/22(金) 18:45:05.09 ID:BzWCK0xz0
帰宅したので、最後まで書き溜めてきます。
しばらくお待ちください。。

892: 2010/10/23(土) 01:56:57.35 ID:1Hz7kUDb0
──ローラの家

男「ただいま」

ローラ「おっ、帰ったか」

ローラ「しかし、今日はいつもより帰りが遅かったな」

男「実は、ガザに連れられて川の方まで行ってきたんだ」

ローラ「……川か」

男「ああ、だから帰ってくるのに時間がかかった」

ローラ「ふむ……あの人にも何か考えがありそうだな」

男「それらしいことは言っていたが、最後まで教えてくれなかったよ」

ローラ「そうか……なら仕方ないな」

ローラ「気を取り直して、ご飯にしようか」

男「そうだな……ん、いい匂いがするぞ」

ローラ「はは、セヌが聞いたら喜ぶ」

男「えっ、セヌ?」

ローラ「今日は、あの子が初めて夕飯を作ったんだ」

893: 2010/10/23(土) 01:57:44.33 ID:1Hz7kUDb0
セヌ『姉さんっ、男は帰ってきたのかーっ?』

ローラ「お前がいつもの時間に帰ってこないから」

ローラ「椅子に腰掛けて、ずっとそわそわし続けてる」

男「…………」

ローラ「男なら、今、帰って来たぞー」

セヌ『ほ、ホントかっ……ええと、準備、準備……』

メル『お姉ちゃんっ、まずは料理を温めないとっ』

セヌ『そうだっ、完全に忘れてたっ』

ローラ「なっ?」

男「……あいつ、珍しく慌ててるぞ」

ローラ「はは、やっぱりセヌは可愛らしいな」

男「……まあ、あの口を開かなければだけど」

ローラ「よし、行こうか」

ローラ「温かくて美味い料理がお前を待っている」

男「……期待してる」

894: 2010/10/23(土) 01:58:27.09 ID:1Hz7kUDb0
もぐもぐ。

セヌ「……ど、どうだ……?」

セヌ「見た目は悪いかもしれないが……自信がない訳じゃないんだ」

男「……ん」

セヌ「……どう?」

男「……これを言うのは、なんか癪だけどなあ」

男「嘘は付けないからな、正直に言うか」

セヌ「ど、どういうことだっ、はっきりしろよっ!」

男「……美味しい」

セヌ「へ?」

男「お前の作った料理、おいしいぞ」

セヌ「ほ、本当……か?」

男「この味は俺の好みかもしれん」

男「前の世界でよく食べていたものに、味付けが似てるんだ」

男「セヌ、お前、料理の才能あるかもしれないな」

895: 2010/10/23(土) 01:59:21.63 ID:1Hz7kUDb0
セヌ「……っ」

セヌ「やったあああぁぁぁっ!」

セヌ「ほらみろっ、わたしを見直せっ! 本当はやれば出来る子なんだっ!」

ローラ「はは、とっても嬉しそうだな」

メル「お兄ちゃんが帰ってくるまで、あんなにオドオドしてたのに」

セヌ「こらっ、そこ余計なこと言うなっ!」

男「今回は完全に俺の負けだな」

男「ここまで上手にやられたら、嘘も付けない」

セヌ「そ、そんなに褒めるなよぉ……」

男「いや本当にさ」

男「正直、お嫁さんに貰いたいくらいおいしいぞ」

ローラ「……ん?」

メル「およめさん?」

セヌ「え、えぇ……?」

男「……ん、うまいうまい」

897: 2010/10/23(土) 02:00:02.12 ID:1Hz7kUDb0
もぐもぐ……。

ローラ「……男、今のはどういうことだ」

メル「ええと、『およめさん』っていうのは、奥さんだっけ?」

セヌ「……わ、わたしがおよめさん……」

セヌ「……お、男の……」

ローラ「…………」

男「……どうしたんだローラ、そんな怖い顔して……」

ローラ「……失礼なやつだ」

ローラ「そんな顔は断じてしていない」

男「今にも、噛み付かんばかりの表情だけど……」

ローラ「気のせいだ」

男「……なんだこれ、今、なんか危機なの……?」

メル「お兄ちゃんっ」

男「どうした、メルまで……?」

898: 2010/10/23(土) 02:01:27.11 ID:1Hz7kUDb0
メル「わたしもお兄ちゃんのおよめさんになるよっ!」

男「……へ?」

ローラ「……男」

男「……あのー、ローラさん……?」

ローラ「なんだ、その呼び方は」

ローラ「わたしは呼び捨てにする価値もないということか」

男「ええと……そう言う意味は全くないんですけど」

ローラ「ふんっ、もう知らんっ」

ローラ「さっさと飯を食えっ! 早くしないと片付けるぞっ!」

男「そ、そんな……まだ食べ始めたばかりなのに……」

ローラ「言い訳は聞きたくないっ。そもそもお前はな……」

男「……はい」

セヌ「……およめさんか……」

セヌ「……ちょっといいかな……なんて思ってみたり……」

セヌ「ふ、ふ……へへっ……」

900: 2010/10/23(土) 02:03:00.81 ID:1Hz7kUDb0
──長老の家

ガチャ……。

長老「……ガダか」

ガダ「長老、約束通り、男を川へ連れてったぞ」

長老「ふむ……で、どうだった?」

ガダ「あれは、何も知らないようだ」

長老「…………」

ガダ「あの玉のことも、人間のことも」

ガダ「アイツは知らない」

ガダ「やはり……」

901: 2010/10/23(土) 02:03:45.04 ID:1Hz7kUDb0
長老「……よいのだ、ガダ」

ガダ「…………」

長老「結論を急ぐことはない。後で嫌でも分かる事だ」

長老「その時になったら、皆に伝えよう」

ガダ「……しかし、それでは遅いのではないか」

ガダ「のちに後悔するようなことは、あってはならない」

長老「……きっと大丈夫だろう」

長老「今はそう、祈るしかない」

ガダ「…………」

902: 2010/10/23(土) 02:04:38.25 ID:1Hz7kUDb0
──ローラの家

ガチャ……。

ローラ「……ん」

男「ローラ、ここにいたのか」

ローラ「少し夜風に当たりたくなってな……」

男「俺もお邪魔してもいいか?」

ローラ「構わない……ほら、隣に座れ」

男「よいしょ……」

ローラ「ふむ……」

男「……ん、うおっ」

ローラ「どうした?」

男「いや……夜空が凄い綺麗だな。びっくりした」

ローラ「わたしにはよく分からないが、そう驚くことか?」

男「前の世界だと、こんな一面の星空は見た事なかったからなぁ」

ローラ「……そうか」

904: 2010/10/23(土) 02:05:24.39 ID:1Hz7kUDb0
男「月も二つあるし……不思議な世界だ、ここは」

ローラ「……男」

男「……ん?」

ローラ「一つ、聞いていいか?」

男「いいぞ、遠慮なく聞いてくれ」

ローラ「……お前は、この世界に来て幸せか?」

男「…………」

ローラ「肌も違い、身体も違う、そんなわたしたちに囲まれて」

ローラ「人を恋しく思う事はないのか?」

男「……ローラ」

ローラ「最近、感じているんだ」

ローラ「お前がこの村にますます馴染んでいって」

ローラ「殆どの村人たちは既にお前を仲間と認めている」

ローラ「もちろん……わたしの家だってそうだ」

男「…………」

905: 2010/10/23(土) 02:06:32.31 ID:1Hz7kUDb0
ローラ「あんなに忌み嫌っていたセヌも、今ではああだし」

ローラ「……わたしに至っては、お前に対して……最大の信頼をおいている」

男「ありがとな……」

ローラ「だが、心配なんだ……」

ローラ「お前の存在が、今以上に、大切になっていった時」

ローラ「わたしたちにとって……かけがえのない存在になった時」

ローラ「男、お前は側にいてくれるのだろうか?」

男「…………」

ローラ「……行ってしまわないか?」

ローラ「ずっと側にはいてくれないのか?」

男「……それは……」

ローラ「今はただそれが不安なんだ」

ローラ「我ながら、恥ずかしい悩みだろう?」

906: 2010/10/23(土) 02:07:55.44 ID:1Hz7kUDb0
男「……行かないよ」

ローラ「えっ……?」

男「俺はどこにも行かないさ」

男「ずっとこの村で……それこそ氏ぬまで」

男「迷惑かもしれないけど、暮らし続けていたい」

ローラ「…………」

男「村の仲間に、本当の意味で必要とされたい」

男「だから、ここにいる」

ローラ「……そうか」

男「おう、しばらく世話になるぞ」

ローラ「うん……ずっといてくれ……」

ローラ「ずーっとだ……」

907: 2010/10/23(土) 02:08:51.49 ID:1Hz7kUDb0
──ゼド公国

宰相「全軍準備が出来ました」

宰相「不意を狙い、朝方、進行します」

リスト「そうか、そうか」

宰相「捕虜の扱いはどうなさいますか」

リスト「……いらぬ」

宰相「は?」

リスト「『そんものはいらぬ』と申した」

宰相「し、しかし……それでは……」

リスト「人間ではないヤツに、何故道義などあろう」

リスト「殺せ。ただ、頃し尽くせばよい」

宰相「…………」

リスト「明日が楽しみだよ、宰相」

909: 2010/10/23(土) 02:18:51.67 ID:1Hz7kUDb0
──早朝 ローラの家

男「……ん……」

?「男っ、起きてくれっ!」

男「え……」

ローラ「大変なんだっ! 早くっ!」

男「……っ」

ガバッ……。

ローラ「男……」

男「どうした? 何があった?」

ローラ「人間が……」

ローラ「人間が森に侵入したって……」

男「……そうか」

男(遂に来ちまったのか……)

男「行ってくる」

ローラ「お、男……」

914: 2010/10/23(土) 03:08:49.48 ID:1Hz7kUDb0
男「村の仲間を任せたぞ? お前が率いるんだ」

ローラ「あ、ああ……」

男「よし、これで安心だ」

男「少しばかり、みんなの役に立ってくるか」

ローラ「…………」

男「……セヌとミルは?」

ローラ「ミルはまだ寝ている……セヌは……」

ガチャ……。

セヌ「おい、男っ!」

男「……あ、セヌ」

セヌ「なに、ぼぉーっとしてんだよっ! 行くぞっ!」

ローラ「男……お前が何とか言ってくれ……」

ローラ「わたしが言っても、この子、聞いてくれないんだ……」

男「……どういうことだ、セヌ」

916: 2010/10/23(土) 03:09:35.14 ID:1Hz7kUDb0
セヌ「な、なんだよ……」

男「その格好は、どういうことだと聞いているんだ」

セヌ「それは……みんなと一緒に戦う……」

男「いいかげんにしろっ!」

セヌ「……っ」

男「そんなに甘いもんじゃないんだっ!」

男「お前が行って何になる? 男連中だけが戦う意味を理解してるのか?」

セヌ「……だ、だって……」

男「……お前の気持ちは分かる」

男「だから、ここの皆を守ってやってくれ」

セヌ「……え」

男「お前の大事な姉さんを、妹を」

917: 2010/10/23(土) 03:10:49.78 ID:1Hz7kUDb0
男「もう誰一人失いたくないだろ? なら、自分の手で守るんだ」

セヌ「…………」

男「俺が帰ってくる間、二人を任せたぞ?」

セヌ「お、おうっ」

男「よし……ローラ」

ローラ「……うん」

男「──行ってくる」

919: 2010/10/23(土) 03:13:29.60 ID:1Hz7kUDb0
──広場

ドン「お、男」

男「遅くなったな……どうなってる?」

ドン「先ほど、隊が決まったところだ」

ドン「やはり、お前と俺は一緒になったぞ?」

男「……そうか、それは頼もしい」

ドン「後ろは任せとけ。氏ぬ気で頑張れよ?」

男「おう、分かってる……」

ドン「ただ、引き際も肝心だ」

ドン「無理につっぱしって、氏ぬのだけはやめてくれよ?」

男「ああ、大丈夫だ」

ドン「……なら、いいが」

920: 2010/10/23(土) 03:14:27.44 ID:1Hz7kUDb0
ドン「今のお前は、少し……心配だ」

男「……どういうことだ?」

ドン「目が……違うんだよ」

男「ん?」

ドン「氏を覚悟の戦を前にした目つきじゃねぇ……」

ドン「お前は……怖くねぇのか?」

男「……怖い、か」

男(どうなのだろう……でも)

男(やっと、この村の仲間のためになれる……)

男(そう考えると……胸が熱くなるのを止められない……)

長老『みなの者っ!』

ドン「……長老の話だ、いよいよだな」

男「ああ」

922: 2010/10/23(土) 03:15:11.71 ID:1Hz7kUDb0
──数時間後 ゼド軍司令部

リスト「……戦況はどうなっておる」

宰相「それが……」

リスト「どうした?」

宰相「芳しくありませぬ……」

宰相「まるで、この戦のタイミングを予期していたかのようで」

リスト「……っ」

宰相「……心の動揺を隠しなされ。兵の士気に影響しますぞ?」

リスト「わかっておる……わかっておるわ」

宰相「…………」

リスト「あやつらめ……ここまでしても、無理なのか……」

宰相「……想像以上の抵抗です」

924: 2010/10/23(土) 03:16:34.91 ID:1Hz7kUDb0
宰相「未だかつてないほどの全戦力で、向こうは戦ってきております」

リスト「…………」

リスト「……獣か」

宰相「…………」

リスト「……獣たちを味方について……そうだったな?」

宰相「はっ……」

リスト「『森の民』とは良く言ったものよ……」

リスト「それこそ……人ならずものではないか」

925: 2010/10/23(土) 03:17:25.48 ID:1Hz7kUDb0
──森の中

グサッ……。

男「……はぁ……はぁ」

ドン「……大丈夫か……男」

ドン「今回は、かつてないほどの数だ……」

ドン「……もしかしたら、川を越えられるかもしれん……」

男「…………」

ドン「どうした……さきほどから、腑に落ちない顔だな?」

ドン「同族を頃してしまって……ショックが大きいのか?」

男「……なぁ……ドン」

男「……お前たちは、気付いていないのか?」

男(これはおかしい……おかしすぎる……)

ドン「えっ? 気付いてないって……何の事だ?」

男「……そうか」

男「ガダ……そういうことだったのか……」

926: 2010/10/23(土) 03:18:10.69 ID:1Hz7kUDb0
──セルドーヌ王国 首都ジューべル

レーラ「リスト公率いるゼド軍が、戦闘を開始しました」

国王「そうか……始まってしまったか」

レーラ「ただし、苦戦しているようです」

国王「……そうであろう」

国王「あの男……森の民の中でも彼らが特に戦に強いことを知らぬのだ」

レーラ「……え、それは……」

国王「……お前も知っておるだろう」

国王「森の民というのは、文字通り、森に住まう者たちのことを言う」

国王「昔は多くの種族がいたようだが、今も残っているのは三種族のみ」

レーラ「……三種族」

936: 2010/10/23(土) 03:28:00.51 ID:1Hz7kUDb0
国王「ゼドと面している森には、『キャター』という種族がいる」

国王「獣の尻尾と耳をつけた者たちで……」

国王「彼らは他の獣たちと言葉を交わすことができ」

国王「戦闘に特化した、強靭な身体が特徴である」

レーラ「次は……」

国王「我が国に住まう『エルフ』」

国王「長寿の生を持ち、人間の我々とは極力関係を持とうとしない」

国王「仮にあの深い森に進んだとしても、奥には辿り着けん」

レーラ「……では、あと一つは?」

国王「…………」

国王「──『オーク』だ」

940: 2010/10/23(土) 03:31:33.72 ID:1Hz7kUDb0
──森の中

男「ドン……これを見ろ」

ドン「あ、おお……」

男「黒い玉」

男(前にアイツが見せてくれたもの……)

男(……それが今、戦場に数多と転がっている)

ドン「……それが、どうしたって……」

男「分からないんだよ」

男「なんで、頃した人間の氏体が……」

ドン「……ん?」

男「──この玉に変わるんだ?」

ドン「何故って、それが当たり前で……」

男「違う」

ドン「は?」

男「人間は氏んで、黒い玉だけ残るなんてことはない」

942: 2010/10/23(土) 03:34:43.33 ID:1Hz7kUDb0
ドン「ど、どういうことだ?」

男「戦いが始まってから、ずっとおかしいと思ってた」

男「二人組で人間を遅い、首を切断する」

男「何故、わざわざ……そんな手間をとらないといけない?」

ドン「そ、そうしないと、アイツらは氏なないからだろ?」

男「……それがおかしい」

ドン「わかんねぇ、俺にはわかんねぇよ……」

男「人間には致命傷っていうのがあってな」

男「首を切らなくても、身体を深く傷つけられると出血大量などで氏んでしまうんだ」

ドン「……しゅっけつたいりょう……」

男「……それに、氏んで……こんな玉になんかならない」

男「氏体が消えるなんて、ありえないことなんだ」

ドン「……ん? つまりどういうことだ?」

男「……ここで俺達が戦っている奴らは」

男「──人間じゃない」

944: 2010/10/23(土) 03:37:02.68 ID:1Hz7kUDb0
──セルドーヌ王国 首都ジューべル

国王「かくいう私も彼らを見た事はない」

国王「森の奥深く、人間が住まわない場所でひっそりと暮らしているという」

レーラ「……そんな民がいるんですか」

国王「書物に書かれているだけだが……」

国王「薄い緑色の肌、そして、細い尻尾」

国王「綺麗に輝く赤い瞳が……とても美しい、との記述がある」

レーラ「……それが『オーク』」

国王「どこに住んでおるのだろうな」

国王「……氏ぬまでに、一度会ってみたかった……」

レーラ「……お父様」

947: 2010/10/23(土) 03:40:45.65 ID:1Hz7kUDb0
──数時間後 ローラの家

長老「駄目だ……用意をしろ」

ローラ「……えっ?」

長老「戦況は厳しい……もう多くの者が氏んでしまった」

ローラ「そ、そんな……」

長老「もう少しで、川を越えられる」

長老「だが今も、仲間たちが懸命に戦っておるはずだ」

長老「我らが逃げる、その時間を稼ぐためにだけに……」

長老「……一刻も早く、逃げなければ」

ローラ「……村を捨てるんだな?」

長老「ああ」

長老「そうだ……」

951: 2010/10/23(土) 03:44:14.41 ID:1Hz7kUDb0
ローラ「分かった……皆に伝えてくる」

長老「……お前が頼りだぞ、ローラ」

ローラ「任せておけ。男にも言われているんだ」

ローラ「わたしがしっかりしなければ、アイツに怒られてしまうからな」

長老「ふむ……そうか」

長老「あいつも……生きているといいのだが」

ローラ「…………」

セヌ『……っ』

たたたたっ……。

ローラ「ん? 今、誰か……」

958: 2010/10/23(土) 03:50:22.88 ID:1Hz7kUDb0











──第一部『オーク』──











959: 2010/10/23(土) 03:51:21.20 ID:1Hz7kUDb0
──森の中 川

ざばざばと、音がする。

俺たちは、何時間、戦い続けたのだろうか。
今では利き腕の感覚が無いに等しかった。

倒れたい。
もう諦めたい。

でも。

「うおおおおおぉぉぉぉっ!」

……剣を振るった。

ただ、がむしゃらに。教えてもらった技術の欠片もなかった。
そんな一刀に、渾身の力を振り絞り続ける。

ダン「男っ! そっちに一人行ったぞっ!?」

「ああっ、任せろっ!」

でも、俺には仲間がいた。

肌が薄緑の、俺とは全く違う仲間たち。
初めて、心のそこから信頼できる、そんな彼らが。

967: 2010/10/23(土) 03:58:09.00 ID:1Hz7kUDb0
だから。振るう。

「ああああぁぁぁっ!」

大切な人を守るために。

「うおおおおおおおぉぉぉっ!」

自分が今、必要とされている瞬間だから。

「はぁ……はぁ……」

目の前に、また一つ屍が出来る。

話すことが出来ない、人間。
気が付けば、その氏体は消え、漆黒の玉になる。

分からない。

この敵が何なのか。
そもそも人間は本当にいるのだろうか。

「…………」

でも、やる事は決まっている。

守るため。
大切な人たちのためだけに。

974: 2010/10/23(土) 04:06:12.47 ID:1Hz7kUDb0
力尽きて氏ぬ最後の瞬間まで、俺は剣を振るう。

「……ん?」

そう心に決意したときだった。

視界の奥で……何かが見えた。
あれは……。

「……せ、セヌ……?」

一瞬のうちに、理解してしまった。
お転婆な彼女のことだ。
少しでもみんなの力になろうと、ここへやってきたのだろう。

だが。

「……くっ」

走る。走る。

予想以上の氏闘を前に、ただ棒立ちになっている彼女の元へ。
そこへ忍びようとしている……一人の敵が見えたから。

そして。

セヌ「え……えっ」

────。

976: 2010/10/23(土) 04:08:22.73 ID:1Hz7kUDb0
「……ああ……良かった……」

ドン「……男っ!」

後ろで……ドンが敵を倒しているのだろう。
俺は震えるセヌの顔をそっと撫でた。

セヌ「……お、お前……それ……」

「良かった……良かった……」

大切な者を守れた。
守れたんだ。

やっと……。

セヌ「川が……赤い……う、嘘だろ……」

「……はは、みんなに……」

セヌ「……お、男っ」

──よろしくな……。

そう言って……俺の身体は力尽きた。
誰かの叫び声が、呼ぶ声が聞こえた気がした。

けれども、力を失った俺の身体は川に流されて……
そこからは、記憶がなかった。

978: 2010/10/23(土) 04:11:17.19 ID:1Hz7kUDb0
──???

?「ん、何だこれ」

男「…………」

?「……人間? 何故、この川に?」

?「分からんが……少し気になるな」

?「カルはどう思う?」

くーくー。

?「うん、俺と同じ意見だな」

?「今日は気分がいい。よし救ってやるか」

男「…………」

?「しかしなー……この上は、人間いないはずなんだがなぁ」

?「よくわかんねえやっ、ははっ」

982: 2010/10/23(土) 04:14:39.34 ID:1Hz7kUDb0
-第一部『オーク』 END-



この後のことを説明します。

続きは既に考えているので、
また書き終わったらVIPにスレ立てを行います。

その間、避難所に製作状況などを書き込んでおきますので、
目安にしてください。スレを立てるときは事前に連絡します。

では長らくお付き合い下さり、ありがとうございました。
保守支援をしてくださった方、読んで下さった方、本当に感謝です。

ではこれにて、失礼します。

983: 2010/10/23(土) 04:15:01.35 ID:Q5K3uCMM0
おつ!

990: 2010/10/23(土) 04:23:12.48 ID:wWYdbFtT0
おつ

引用: 男「えっ……私がクビですか?」