1: 2015/09/01(火) 22:54:02.24 ID:ni629J1N.net
#キス魔にこにー


じわりじわりと、にこの背後に迫る怪しい影。

スクールアイドルの踊る姿に夢中になっていたせいで、気がつけなかった。

「―――隙あり!そーれ、わしわし~!」

「ひゃっ!だれっ、希!?ちょっやめなさいよぉ、こらぁっ!」

じたばたと暴れる私の胸を容赦なく揉みしだく希。

いつもいつも、飽きもせずに揉んでくる。いい加減にしなさいよ!

3: 2015/09/01(火) 22:56:35.04 ID:ni629J1N.net
「あんたねぇ~~~!」

「あははは、まあそんな怒らんとってよ。にこっちは何してたん?」

怒りが爆発寸前に、希がほにゃほにゃーとした笑顔で質問してきた。

久々に、にこにービンタをかましてやろうかと思ったのに毒気を抜かれしまった。

そんなに上手いことかわされちゃったら、怒る気も失せるってもんよ。

……でも、そんな憎めない感じな希だからこそ、長く付き合えてきたのかも。

5: 2015/09/01(火) 22:58:01.63 ID:ni629J1N.net
「見てわかんない?スクールアイドルの動画を見てたに決まってるでしょっ」

「……これスクールアイドルなん?」

希はパソコンの画面に映る彼女たちを見て不思議そうにしている。

まあ、そういう感想が出るのも仕方ないかもしれない。

彼女たちは、怒られないギリギリの範囲で過激なことをするグループとして有名なのだ。

仕方ない。せっかくだし、私が見ているものをちゃんと説明してあげよう。

ちょうど誰かに語りたかったってのもあるしね。

6: 2015/09/01(火) 22:59:11.67 ID:ni629J1N.net
「この娘たちはね、私達の一歩先を行くスクールアイドルよ!」

「一歩先……?いったい、なんの?」

まあ、正確に言えば私達というよりも、私と真姫ちゃんに関わる話だけど。

つまり、μ’sにだって関係するんだから問題なしなのだ。

「百合営業よ!」

ででん!と無駄にこぶしを突き上げながら叫んだ。

「………」

7: 2015/09/01(火) 23:00:34.47 ID:ni629J1N.net
にこの言葉が理解できなかったかのかしらね?

ぽけーっとしたあほ面を存分に晒している希。しげしげとその顔を眺める私。

それにしても、本人にいうと少し不機嫌になるけど、希の顔ってたぬき顔っていうのよね。

私は結構好きなんだけどな~。なんで嫌なんだろ。

そんなことを考えていたら、ようやく意識を取り戻したみたいだ。

「……って、にこっち。百合営業って、にこっちと真姫ちゃんがやってるやつ?」

「そうよ!」

9: 2015/09/01(火) 23:02:06.68 ID:ni629J1N.net
そう、ここで真姫ちゃんが登場するというわけ。

一応、私と真姫ちゃんはそういう営業をやっていることになっている。

なっている、というのは真姫ちゃんが恥ずかしがって余りやってくれないから。

私としては、もっともっとやりたいんだけど。

「えぇ……にこっち……。一歩先ってことは、この娘らみたいにやるつもり……?」

ないわーって表情で引いている。失礼なやつめ。

それを売りにしている彼女たちにも、それを実践しようとしている私にもだ。

10: 2015/09/01(火) 23:03:29.04 ID:ni629J1N.net
「なによ、文句あるってわけ?この娘たちの百合営業、別に下品じゃないでしょ?」

「そうだけど……」

あけすけにえOちだとか、そういう過激さじゃなくて、プラトニックラブという感じなのだ。

ただ、演出や歌の効果によって、とてもイケナイものを見ているかのような気分になってしまうだけ。

でも、それがスピリチュアルとか精神的なものが好きな希には、逆に効いちゃうのかもね。

「真姫ちゃん、嫌がるとおもうよ?」

「むっ……」

11: 2015/09/01(火) 23:04:49.69 ID:ni629J1N.net
痛いところを突く。これが一理あるのよねー。

にこが更なる百合営業を提案したとして、シャイガール真姫ちゃんが受け入れてくれるのか。

きっと無理。恥ずかしがりすぎて、意味分かんないを連呼する機械になっちゃうかも。

「ね、やめとこ?二人は今くらいの感じで十分やん?」

「……むむぅ」

最高のアイディアが否定されてしまったので、ぶぅー、とほっぺを膨らませる。

そして、私は今不機嫌です!ほっといて!と肩を怒らせながら、パソコンに向かう。

希が仕方ないなーって表情で笑ってたから、余計につーんとしてやった。

12: 2015/09/01(火) 23:07:06.11 ID:ni629J1N.net
(絶対良い案だと思うのに。真姫ちゃんだって、誰かに近づくのが慣れてないだけよ!)

話にあげていたスクールアイドルの公式サイトをチェックしながら、憤慨する。

でも、慣れてないのなら、どうせ出来やしないのが現実だ。

(少しずつ慣らしていけば……)

少しずつ、少しずつ。地道に営業の度合いを強めていけば、いずれ……。

(……たぶん、その頃には卒業してるわよねえ)

13: 2015/09/01(火) 23:09:13.82 ID:ni629J1N.net
出来るだけすぐに、真姫ちゃんを慣れさせる方法はないものか。

そう上手くはいかないか。あ゛~、とうなりながら、マウスを適当にカチカチする。

すると、インタビューのようなものが載ったページが開かれた。

このグループが雑誌に掲載された時のものみたい。

(―――ん?これって……)

『そういうのを売りにしていこうって、みんなで決めたこととはいえ

 やっぱり最初は恥ずかしくて、上手く出来なかったんですよ。

 だから、その恥ずかしさをなくすために色々やりました。

 中でも一番効果があったのは、毎日挨拶のキスをすることでしたね(笑)』

15: 2015/09/01(火) 23:10:15.72 ID:ni629J1N.net
ピシャーーーン!雷が落ちてきたかのような衝撃。

そりゃあ、毎日キスしてれば恥ずかしさなんて消えちゃうわよ!

「ふふふっ……ふふふふっ……!これよ、これだわっ!」

「どしたんー?」

私の様子を見ていたらしい希が近づいてきた。

ふふん。発見したばかりの解決法を教えてしんぜよう。

「あのね、さっきのことだけど―――」

17: 2015/09/01(火) 23:12:00.78 ID:ni629J1N.net
―――いや、待つのよ私。

そもそも、シャイガール真姫ちゃんにキスすること自体が難易度高いんじゃないの?

こういう方法があるの、試してみていい?といったところで拒否されるのがオチだ。

となると、何も言わずにキスしてしまうのが一番なわけだけど。

その後にヘソをまげられてしまって、百合営業自体をやめられてしまっては元も子もないわよね。

「にこっち?」

ふむ。真姫ちゃんに行く前に、確認が必要だ。

私のちゅーによって、どの程度の影響があるのかっていう確認がね。

19: 2015/09/01(火) 23:14:05.12 ID:ni629J1N.net
「おーい、にこっち~」

目の前には、不思議そうに首を傾げている希がいる。

そういえば、このわしわし女は、ついさっき私の胸を蹂躙してくれやがったのだったっけ。

くっくっく……、ちょうどいいじゃない。

確認もできる上に、復讐も果たせるし、一石二鳥というやつよ。

「希、お願いがあるんだけど」

「なに~?」

「ちょーっとだけ、目つぶっててくれない?」

「ん~?ええけど……?」

限りなく真剣な表情でお願いする。

そうしたら、あっさりと目を閉じてくれた。

ふふ、馬鹿め。これから何が起きるともしらずに。

20: 2015/09/01(火) 23:15:55.91 ID:ni629J1N.net
「目つぶったけど、なんなん?」

改めて希の顔を見る。うーん、にこには劣るけど、やっぱり可愛い。

唇もぽってりしていて、実に工口い。さすがμ’sが誇るお色気番長。

でも、そんな希に今からキスしちゃうって考えたら、なんだかドキドキしてきた。

本当にやっちゃうの、私……?いやいや、怖気づいてどうするの、にこ!

あのグループだってやってるっていってたし!

「まだなんー?」

いけない、痺れを切らした希が目を開けてしまいそう。

四の五の言ってる場合じゃない!ええーい、ままよ!

22: 2015/09/01(火) 23:17:48.10 ID:ni629J1N.net
「んもー、もう目開けるよ、にこっ―――んむっ!」

希が目を見開いて、びっくりしている。私を見て、すっごい動揺している。

私はその様子を見て、ざまあないわねー、なんて思いながら少しだけゾクゾクしていた。

「んぅ―――!んぅ―――!」

やっと何をされているのか気がついたのか、振り払われそうになった。

がっちりと抑えこんで、希の唇を味わう。念の為に言っとくと、触れ合わせてるだけよ?

ディープなのは流石にないってことくらい、私でもわかってる。

23: 2015/09/01(火) 23:19:38.64 ID:ni629J1N.net
「んむむ……んぅ……」

だから軽いキスだったんだけど、希にはダメージが大きかったみたいで涙目になっている。

私は、結構気持ちよかったけどね。希の唇、柔らかかったし、なんかピリピリしたし。

あれ、なんだか希がとろ~んとしてきている。もしかしたら酸欠かもしれない。

倒れられても困るので、いい加減唇を離すことにした。

「ぷはぁ。……ごちそうさま」

途端に希はこてん、と崩れ落ちた。

しかし、ギリギリで体を支えることが出来た。危ない危ない。

24: 2015/09/01(火) 23:21:12.45 ID:ni629J1N.net
「どうしたのよ、危ないでしょ?しっかりしなさいよ」

「あ、うん……ありがとう、にこっち……」

どうしたのだろう。

真っ赤な顔で、何だかぼんやりとしていて、私をじっと見つめている。

なんなの、これがキスの効果ってやつ?成功っていっていいのかしら。

(うーん、これじゃあ、まだわからない……)

とりあえず、距離の近いスキンシップをとって確認してみましょう。

25: 2015/09/01(火) 23:22:49.42 ID:ni629J1N.net
「のぞみ~」

「うひゃあっ」

ほっぺた同士をスリスリさせてみる。ううむ、柔らかい。希のほっぺ侮りがたし。

なんか悲鳴あげてたけど、逃げようとはしない。なら、成功かも。

(ん?待てよ……?)

よく考えてたら、私と希って結構ボディタッチとか、触れ合うこと多くない?

わしわしを含めなくても、希って結構触ってくるし。

私も希には体ごともたれかかったりして、じゃれつくことがある。

要するに、いつもと大して変わらない。

26: 2015/09/01(火) 23:24:20.12 ID:ni629J1N.net
(これじゃあ、効果があったか確認出来ないじゃないの!)

希ではわからない。かといって、いきなり真姫ちゃんのところに行くわけにはいかない。

となると、他のメンバーに試しに行くしかないわよねえ。

面倒だけど、仕方ない。

「ねえ、絵里って今どこにいるの?」

「えりち……?えっと、生徒会室で穂乃果ちゃん達、手伝ってると思うけど……」

29: 2015/09/01(火) 23:25:25.34 ID:ni629J1N.net
なすがままにスリスリされている希が答える。

なるほど、生徒会室……。穂乃果たちもいるなら好都合。

せっかくだし、一人ずつに試してみるのもいいわよね。

あ、でも海未はまずいかも……?ビンタされそうよね。

まあ、行ってから考えることにしましょう。

「そうなの。じゃ、私、ちょっと生徒会室行ってくるから」

「えっ」

30: 2015/09/01(火) 23:27:56.19 ID:ni629J1N.net
そんじゃねー、と軽くいいながら、希から離れて、すたこらさっさと部室から立ち去る。

希が何か言いたげにしてたけど、後でいいわよね。重要なことなら追いかけてくるでしょ。

それに、早く行かなきゃ生徒会の仕事が終わって帰っちゃうかもしれないし――――。

すたすたすた……。

「……うち、放置なん?」





『え?挨拶のキスはどこにするのか、ですか?

 あはは、頬にする欧米式ですよ。頬同士をあわせて、「ちゅっ」って

 音を鳴らすだけの、あれです。ご期待に添えなくて、すみません(笑)

 でも、効果は本当にあるんですよ?』

31: 2015/09/01(火) 23:29:36.58 ID:ni629J1N.net
1人目、終わり。

35: 2015/09/01(火) 23:32:02.57 ID:ni629J1N.net
続きは明日以降、出来次第投下します
そいでは

47: 2015/09/02(水) 23:03:59.50 ID:YNyyOboT.net
「たのもー!」

がららっ!一息で扉を開ききる。こういうのは勢いが大事なのだ。

生徒会室にいた絵里、そして二年生ズが目を丸くして私を見ている。

「あれ、にこちゃん!どうしたのー?」

何が嬉しいのか満面の笑みで私を迎える穂乃果。まったく、ワンコみたいで可愛いやつめ。

でも、今は絵里のことで私の頭はいっぱいだから、相手をしてあげるのは後よ。

48: 2015/09/02(水) 23:05:12.01 ID:YNyyOboT.net
「絵里に、たいせ~っつな用事があってきたの」

「絵里ちゃんに?」

まさか自分に用があるとは思わなかったのか、絵里はびくっとしている。

なんなの?私が絵里に用事あったらおかしい?

「え、私?」

「そう、あんたよ!」

びしぃ!全身を使って指を突き付ける。

私が求めてるのはあんたなのよ。よくわからない情熱をこめながらポーズを決める。

49: 2015/09/02(水) 23:06:20.82 ID:YNyyOboT.net
「それって、今じゃないと駄目な用事なのかしら……?」

「にこ的には、今すぐがいいんだけど」

そうだった。絵里は手伝いしにきてるんだった。

急に呼び出したところで、渋られるのは予想できたはずよね。勢いだけで突撃するのも考えものね。

それに絵里の性格上、最後まで手伝うだろうし。終わるまで待たなきゃいけないかも。

50: 2015/09/02(水) 23:08:49.92 ID:YNyyOboT.net
「絵里。こちらも終わりが見えてきましたし、にこの用事をすませてあげてください」

「あら、いいの?」

「ええ。今日はありがとうございました」

実質的な生徒会の支配者・園田大明神の鶴の一声。

ナイスアシストよ海未。あとであんたにちゅーする時にはサービスしてあげる。

二人は、とても助かりましただの、海未はしっかりものよね、だのお互いを褒めあっている。

それを眺めながら待っていたら、穂乃果がにっしっしと笑いだした。

51: 2015/09/02(水) 23:11:12.84 ID:YNyyOboT.net
「ところで、にこちゃんっ。大切な用事って、も・し・か・し・て~……」

「もしかして、なによ?」

「絵里ちゃんに、愛の告白とか!」

いきなり何言ってるんだか……。

ちゃちゃいれるにしたって、もう少し笑えるやつにしなさいよ。

こういうことに弱い海未ですら、あんたに冷たい視線を浴びせてるわよ?

ほら、絵里だって、ないない、ありえないって感じで苦笑して―――

「えっ、えっ、えっ……にこが私に……?」

ってえ、なんで真っ赤になってるのよ!動揺しすぎでしょ!

言いだした当人の穂乃果だって、真に受けるとは思ってなかったみたいでびっくりしてる。

絵里が変な勘違いする前に、違う!って断言しておかないと。

52: 2015/09/02(水) 23:13:13.10 ID:YNyyOboT.net
「……でも、わたし……ううん、だけど……」

「真面目に考えなくていいわよっ違うからっ!穂乃果、適当なこというんじゃないわよっ」

ぼそぼそと何かをつぶやいていた絵里をさえぎって、断言する。

……ったく、穂乃果のせいで告白をしなければならなくなるところだった。

「ええっ、にこ、違うの……?」

これで誤解はとけたと思ったら、なぜか絵里は納得いってないらしい。

ぬぁんでよっ。ていうか、うるんだ瞳で見つめるな。

ただでさえ、白い肌が赤く染まっていて色っぽくて、少しドキドキしちゃってるのに。

53: 2015/09/02(水) 23:14:54.46 ID:YNyyOboT.net
「あーもう、めんどくさい。絵里、連れて行くわよ」

あれやこれや言うのが面倒くさくなって、無理やり連れ出すことにした。

海未に宣言して、答えは聞かずに絵里のところにずんずん歩いていって手を引く。

なんかウジウジとしていたけれど、大人しく外にまでついてきた。

ちなみに、余計なことをしてくれた穂乃果には、すれ違いざまにデコピンの刑に処してやった。

54: 2015/09/02(水) 23:16:09.28 ID:YNyyOboT.net
「あーん、おでこが痛いよぉ、ことりちゃーん」

「おー、ほのかちゃん、よしよし。痛いの痛いの、とんでいけー!あいたっ、私のほうに飛んできちゃったぁ」

「何いってるんですか、ことり……」

生徒会室から聞こえる馬鹿っぽいやりとりを背に、私は歩きだす。

絵里は私の後ろ三歩くらいを、そわそわといった様子でついてくる。

55: 2015/09/02(水) 23:17:49.22 ID:YNyyOboT.net
「ねえ、にこ、どこにいくの?」

「もう少しでつくわ」

さて、どこに連れて行こう。ノープランなので、もちろん何にも考えていない。

行き当たりばったりが、にこにー流よ。

(どこか、人気のない場所ないかしらね~)

放課後とはいえ、生徒はまだまだ残っている。

キスする現場を誰かにみられるのは、流石にごめんだから、考えないとね。

悩みながら適当に歩く。そして、階段を降りている時に、階段の裏にある空間が目についた。

奥のほうは周囲から影になってるみたいだし、いい感じじゃない?うん、ここにしよう。

56: 2015/09/02(水) 23:20:28.95 ID:YNyyOboT.net
「そこよ」

「……ここ?」

私が指さした階段の裏側は、薄暗くてジメジメしている感じのところだ。

どうやら絵里持ち前の、暗いところ苦手設定が疼きだしたようで、実に嫌そうな顔をしている。

でもそんなの知ったこっちゃないと、困り顔の絵里を引っ張って、周りから見えない位置につれていく。

そして、どうやって話を切り出したものかなって迷っていたら、絵里のほうからたずねてきた。

57: 2015/09/02(水) 23:22:12.13 ID:YNyyOboT.net
「それで、にこ。……その、告白、でないのなら、一体私に何の用?」

わざわざ連れだしてまでする用事だもんね。気になるわよね~。

にやけそうになるのを我慢して、たった今思いついたキスをするための作戦を実行する。

「手、出して。手のひらが私に見える感じで。あ、指先は上向けてね?」

「えっ……こう?」

絵里ってば、予想外のことに弱すぎじゃない?

まったく関係ない私の言葉にたいして、素直に手を差し出してくれるなんて。

都合がいいんだけど、ちょっと心配になるわ。

58: 2015/09/02(水) 23:23:48.56 ID:YNyyOboT.net
「―――ていっ!」

とはいえ、その隙を逃す私じゃない。絵里が広げた手に、自分の手を重ねあわせてやった。

しかも、指と指の間に指を滑り込ませる、いわゆる恋人繋ぎ。

ガッチリと繋いだ手と手は離れることはないし、なんていったって二人の距離が近くなる。

ふふ、これで、キスをしようとする私から逃げるのに、手を使うことができないってわけよ。

私ってば頭いいわね。恐ろしくなるわ。

「ちょ、ちょっとにこ!?」

手繋いだだけで騒ぎ過ぎじゃない?絵里の顔は赤くなっちゃってるし。

さっきの告白がうんぬんで意識しちゃってるのかしら。

とにかく、準備は整ったんだし。いつでもいける。さあ、どうしてくれよう。

59: 2015/09/02(水) 23:25:09.55 ID:YNyyOboT.net
「にこ……?」

絵里の瞳をじーっと見つめながら、考える。

希の時みたいに、ただ長時間ちゅーするってのもねえ。

「にこ、何か言ってよ」

せっかくだし、色々試すのもありだけど。

奇をてらいすぎたら、キスの効果を確認できなかったりするかもだし。

普通が一番?なかなか考えがまとまらない。

60: 2015/09/02(水) 23:26:16.20 ID:YNyyOboT.net
「にこってばっ―――」

「ああもう、うるさい!」

「―――んむっ」

……あ。考え事をしているところにうるさくするから、思わずやってしまった。

唇を塞いで黙らせるって、どんなプレイボーイよ、私。

でもせっかくなので、そのまま続けようとしたら、頭を動かした絵里に唇を離されてしまった。

恋人繋ぎのせいで私の両手も使えなくなるから、抑えこむことも出来なかった。

……この方法、全然使えないじゃない。誰よ、考えたやつは!

62: 2015/09/02(水) 23:28:19.74 ID:YNyyOboT.net
「なにするのよ、にこ!」

涙目になって怒る絵里。でも、残念ながら迫力はまったくない。

本気で怒った絵里だったら、私はひえ~って感じで尻尾を巻いて逃げちゃうくらいなのに。

今の絵里なんて、虚勢をはってる子狐みたいで、可愛いって思っちゃう。

だからそんな絵里に、いじわるしたい気持ちが湧いてくるのも、当然よね。

64: 2015/09/02(水) 23:30:33.50 ID:YNyyOboT.net
「なにか言ったらどうな―――んっ」

「ぷぁっ―――またキスしたぁ!もうやめ……んむー!」

「……まだ、喋ってる……途中なの、にっ……」

だから、絵里が口を開く度にキスをしてみたんだけど、これがなかなか楽しい。

キスの度に顔が赤くなって、抵抗する気力が減っていくのが、ありありとわかるんだもん。

でも、ちょっとやりすぎちゃったかな?絵里の目から、涙があふれそう。

66: 2015/09/02(水) 23:33:32.39 ID:YNyyOboT.net
「絵里、すっごく可愛いんだもの。こんなの、抑えきれないわ」

「はぁ……、はぁ……」

汗だくで、息を荒くしている絵里。答える余裕はないみたい。

うーん、いきなりだったし、びっくりさせちゃったかな。

一応、謝っておいたほうがいいわよね?

67: 2015/09/02(水) 23:37:37.69 ID:YNyyOboT.net
「いきなり、ごめんね」

言いながら、握っていた手を離して、絵里を抱きしめる。

そして、潤んだ瞳からこぼれ落ちようとしていた涙を、キスですくいとる。

よし、これでオッケー。絵里だって許してくれるはず……。

「ぁ―――」

……と思ったら、全身の力を使い果たしてしまったかのように、座り込んでしまった。

なんだか、眼の奥から光が消えてる気がする。私のキスで、そんなに疲れたのかしらね?

「絵里ー?……絵里ちゃーん?」

68: 2015/09/02(水) 23:39:56.75 ID:YNyyOboT.net
意識はあるみたいだけど、反応がない……。オッケーじゃないわね、これは。

あーあ、こんなにグッタリしてたら、キスの効果の確認なんて出来ないじゃない!

今の絵里に、これ以上何かするわけにもいかないし……はぁ。

絵里には、後で回復した時に感想を聞くことにでもして、次にいくべきね、うん。

70: 2015/09/02(水) 23:43:40.03 ID:YNyyOboT.net
「絵里。私、生徒会室に戻っとくわ。……立てるようになったら、来てよね」

時間は有限なんだから、有効に使わないと。ただでさえ私は三年生なんだし。

さて、次は誰にしようかな。居場所がわかってる二年生ズなのは決めてるけど。

やっぱり順番は、まずは海未を無力化、そして、穂乃果かことりって感じかな。

でも、ここで問題なのは、三人バラバラに各個撃破出来るかってことよ。

一対一になろうとしたら、絶対怪しまれるし。そこはどうやって解決しようかしら―――。

すたすたすた……。



「……あれ?にこ、どこいったの……?ねえ、にこ……」

71: 2015/09/02(水) 23:44:27.64 ID:YNyyOboT.net
2人目、終わり。

87: 2015/09/05(土) 12:46:06.21 ID:B2eEye5w.net
そろそろ~っ。抜き足、差し足、忍び足。

別に普通に歩いていいんだけど、なんとなく静かに歩かなくちゃいけないような気がしてる。

これって何なんでしょうね?絵里に嘘ついて呼び出した手前、生徒会室に戻ってくることに引け目を感じてるのかも。

「……ついちゃった」

なんて考えているうちに、生徒会室にたどりついてしまった。

中から穂乃果たちの声が聞こえる。まだ仕事は終わっていないみたいね。

ええい、悩んでいても意味がない。賽は投げられたのよっ。

海未だけを呼び出すため、生徒会室のドアを少しだけ開ける。

88: 2015/09/05(土) 12:46:52.14 ID:B2eEye5w.net
「っ!」

中を覗いてみると、こちらを向いていた海未と目が逢った。

ひぇ……音が出ないように動かしたのに、どうして……?

まさか、ドアが動く気配でも感じたなんて、いわないわよね。うーん、恐ろしい子だわ。

89: 2015/09/05(土) 12:48:12.40 ID:B2eEye5w.net
「……?」

部屋内に入ってこない私を不思議そうにみている。

おっと、いけないいけない。海未が言葉を発する前に、外に呼びださないとね。

いかにも事情がありますという顔で、しーっと指を立てる。そのあとに、ちょいちょいと手招きをする。

「すみません、穂乃果、ことり。少し、お手洗いに……」

「あいあい~」

「いってらっしゃぁい」

ちゃんと意図が伝わったみたいで、二人にバレないように外に来てくれるみたい。

部屋から少し離れた場所で、海未がやってくるのを静かに待つ。

90: 2015/09/05(土) 12:48:42.22 ID:B2eEye5w.net
―――かちゃ。

開いたドアから出てきた海未を、こっちこっちと軽く手を振って誘導する。

綺麗な姿勢でまっすぐに歩いてくる海未をみて思う。

この子、どんな所作でもいちいち綺麗よねえ。日本舞踊の賜物かしらね?

91: 2015/09/05(土) 12:49:39.81 ID:B2eEye5w.net
「にこ、どうかしましたか?……それに、絵里は?」

いやいや、そんな考え事してる場合じゃない。今は海未の唇を奪うことに集中しないとね。

海未って気配に敏感だし、私の奇襲にも平気で対応してきそうだもの。

「絵里が力尽きてへたりこんじゃって……。海未に運ぶの手伝ってほしいのよ」

嘘はついてない。絵里、実際力尽きてへたりこんでたし。

あとは絵里の時のように、どこかの物陰につれていって―――。

92: 2015/09/05(土) 12:50:31.59 ID:B2eEye5w.net
「力尽きる……?一体、にこは絵里と何をしていたのですか?」

「へぁっ!?……え、えっとぉ、三年生には色々あるのよ、色々……」

変な声が出た上に、あからさまに話を誤魔化しちゃったせいで、海未は不審そうにしている。

うっ、下手うっちゃった。まさか、この場でそんなことを聞かれるなんて思ってなかったし。

93: 2015/09/05(土) 12:51:23.56 ID:B2eEye5w.net
「あの。力尽きた絵里を運ぶというお話でしたら、穂乃果とことりも呼んだほうがいいのでは?」

「ううん、私達二人で大丈夫よ。だからほら行きましょっ」

「いえ、やはり二人を呼んでおきましょう。人体というのは意外と重いものですし」

まずい、止めなくちゃ!体をひるがえして、生徒会室に戻ろうとした海未の腕をがっしりと掴む。

そして、あ、と気がつく。ここで無理やり止めるのって、どう考えてもおかしいでしょ。

……私が二人きりになりたがってること、バレたかも。

94: 2015/09/05(土) 12:52:06.92 ID:B2eEye5w.net
「―――にこ。あなた、何かたくらんでいますね?」

うぐっ、やっぱりバレた。ぎろっと睨みつけられて、ダラダラと汗が流れる。

海未の顔が、悪戯をした穂乃果や凛を叱る時の般若の顔になってる。

もちろん、私だって何度も見た表情だ。いつみても怖い!

95: 2015/09/05(土) 12:53:34.66 ID:B2eEye5w.net
「やだぁ~、海未ちゃんったら顔こわ~いっ」

「ほぉ、誤魔化すんですか……。まあいいです。続きは生徒会室で聞くことにしましょう」

にこにーモードでしのごうと頑張ってみるもの、当然のごとく通じない。

(ことりのおねがぁい♪は効くくせに、愛らしいにこにーモードは効かないなんておかしくない?)

96: 2015/09/05(土) 12:54:30.83 ID:B2eEye5w.net
不満に思いながら、これからどうするかを思案する。このままだと尋問が待っている。

うん。三十六計逃げるに如かず、よ!

「わたしぃ、用事思い出しちゃった!それじゃ―――」

「―――逃しません!」

一瞬で逃亡失敗。

私がさっき掴んだ腕を、逃げるために離した途端、逆に掴み返された。

これまでに散々悪戯をしてきたせいで、すっかり行動パターンを読まれているみたいね。

97: 2015/09/05(土) 12:55:12.60 ID:B2eEye5w.net
「絵里に何をしたのか、今どうしているのか、私に何をしようとしたのか。……ちゃんと話してくださいね?」

「ひぇっ」

ずるずると、引きずられるようにして生徒会室へと連行されてゆく。

このままでは、三対一になってしまう。そうなればキスの実行は不可能となってしまう可能性が高い。

98: 2015/09/05(土) 12:56:19.94 ID:B2eEye5w.net
(もう、人目を気にしている場合じゃないわ!)

この場でやっちゃうしかない。

無理やり引き止めた海未が悪いのよ、と責任転嫁。

(よし、それじゃあ……)

あえて自分から突っ込んでいって、海未がバランスを崩したところを狙いましょう。

私を引きずるのに気がいっていて、隙だらけだし。海未といえども、そこまでやればガードできないでしょう。

99: 2015/09/05(土) 12:57:36.71 ID:B2eEye5w.net
(―――ていっ!)

たたたっ。引きずる力に抵抗せず、海未のほうへと自分から体を飛び込ませる。

一瞬、驚いたような表情をした海未。さあ、体をふらつかせなさい!

……しかし海未は、バランスを崩さずに平然としている。

(嘘でしょ!?どんな体幹してんのよっ!)

あてが外れたからといって、飛び込ませた勢いは止めることは出来ない。

そのまま、ぽすん、と海未の胸に収まる。これじゃあ、単に抱きついただけじゃない。

101: 2015/09/05(土) 12:59:39.09 ID:B2eEye5w.net
「……にこ?」

あわわ、海未が少し怒った顔になっている。悪あがきをしたってことで、雷を落とされちゃう!

何度も味わったことのある雷神園田の恐怖に、むぎゅーっと抱きつく力が強くなる。

私だって怖いものは怖いのだ。

「に、にこっ……?」

あれ……海未の様子がおかしい。抱きついたまま、ちらりと顔をあげて様子をうかがう。

そこには、頬を染めている海未がいる。照れてるみたいだけど……急にどうして?

102: 2015/09/05(土) 13:00:41.03 ID:B2eEye5w.net
「そ……そんなに強く、抱きしめないでくださぃ……」

この子、もしかして熱烈な抱擁に弱い……?

思い返してみれば、穂乃果や凛に全力で抱きつかれてる時、ふにゃふにゃになってるような。

(ふふっ可愛いところあるじゃない)

チャンスタイムの鐘がなる。窮地が一転、絶好の機会!

ふふん。これが私。転んでもただでは起きない、スーパーアイドル矢澤にこの力よ。

自分で自分が恐ろしいわあ。でも、手はゆるめはしない。

持てる力の限り、情熱的に海未を抱きしめる。むぎゅぎゅ。

103: 2015/09/05(土) 13:02:46.23 ID:B2eEye5w.net
「やぁ……だめれすぅ……」

あ、そうそう。

絵里の時のアシストのお礼もしないとね。耳元で名前を、艶めかしく囁く。

「うーみ♡」

「ひぁっ」

面白いくらいに体がガクガクのぷるぷるだ。ちょっと楽しくなってきた。

しっかし、恥じらってる海未が可愛く可愛くてたまらない。

普段の力強さはどこにいったのかっていうくらい、か弱い力で抵抗するのも可愛い。

104: 2015/09/05(土) 13:05:05.93 ID:B2eEye5w.net
「海未ってば、可愛いすぎるわ……」

「なにいってるんでしゅかっ」

可愛い。舌が回っていない。でも、耐性なさすぎるのが、ちょっと心配。

ここは、もっーとからかってあげて、慣れさせてあげるのが先輩としての役割よね?

海未の瞳をじ~っと見つめて、撃ち落とす準備をする。

私の姿しか映らなくなったころを見計らって、愛のささやきを発射する。

105: 2015/09/05(土) 13:06:12.38 ID:B2eEye5w.net
「愛してるわ、海未」

「あいっ―――!?」

ぴしっ!だか、ぼんっ!だかの音が鳴ったような気がしたあとに、海未は完全に停止した。

撃墜成功ね。瞳を覗き込んで見ると、ぐるぐるとまわっている。

ていうか、撃墜しちゃったら、もうからかえないじゃない。迂闊。気が付かなかったわ。

(残念ね……。もっと海未で遊びたかったのに)

106: 2015/09/05(土) 13:07:52.84 ID:B2eEye5w.net
まあいいわ。とりあえず、目的を達成しておこうと思考を切り替える。

今なら何しても反撃はなさそうだし、何より艶々とした唇がとっても柔らかそうで。

大和撫子な海未だけに、花の蜜のように甘さを感じたりして。ふふっ。

くだらない冗談に一人で笑いながら、手を合わせ、つぶやく。

「いただきます」

107: 2015/09/05(土) 13:11:45.67 ID:B2eEye5w.net
ちゅぅ。静かに唇を落とす。予想通り、抵抗はない。

柔らかそうだと思っていた唇だったけど、それよりも先に海未の匂いに意識が向いた。

すごくいい匂いがする。一秒でも長く続けていたい、と思わせるような甘い香り。

「……ぷぁっ。もっかい、するわよ―――」

柔らかい唇と甘い匂いに釣られて、何度も何度もキスを繰り返す。

回数を増すごとに、ぴりぴりと、ひりつきが大きくなっていくのがわかる。

その感覚が、更に私をキスへと駆り立てる。

108: 2015/09/05(土) 13:13:46.64 ID:B2eEye5w.net
「に、こぉ……」

(ごめんね、海未。止まりそうにないの)

いつの間にか動き出していた海未。でも、自分たちがしている行為に頭がパンクしちゃったみたい。

熱っぽい吐息を弾ませながら、倒れないように私にしがみついている。

(私、海未を支配してるんだ……)

私の唇の都合に、海未が振り回されていることに、ぞくりとした快感が駆け巡る。

109: 2015/09/05(土) 13:15:49.70 ID:B2eEye5w.net
「だめっ、だめですっ……にこっ……」

当初の目的は、頭の端っこの方で膝を抱えて座り込んでいる。

今はただ、思うままに海未を貪り続けるのが、私の全て。

「やぁ……!」

そんな声を上げる割に、嫌がってる様子じゃない。

さっきなんて、海未から吸い付いてきてたし。

……いじわるしてみようかしら。

110: 2015/09/05(土) 13:17:14.23 ID:B2eEye5w.net
「そうよね……。うん。次、嫌っていったら、やめるわ」

なんて答えるのでしょうね、海未は。

ま、嫌っていっても、やめる気なんてさらさらないけど……と思いながら、唇を近づける。

「……」

答えは、沈黙だった。

嫌じゃないなんて、はしたないことは言えない。でも、嫌だと言ってこの時間を終わらせたくもない。

その妥協点が、何も言わないってことなわけね。……ふふっ、もっと素直になればいいのに。

目を閉じて、ふるふるとキスを待つ海未を見て、笑う。

111: 2015/09/05(土) 13:20:33.47 ID:B2eEye5w.net
(そんなところも可愛いけど、ずるいことは許せないわ)

唇から、頬に変更。ふにゅう、と唇とは別種の柔らかさ。これはこれで、いい感じ。

「え……?」

だというのに海未は、ショックを受けたような表情で、物足らなさそうにしている。

気にせず、何度も頬の感触を楽しむ。そうしていると、どんどん海未は悲しげになってきた。

はぁ、仕方ないわね~。チャンスをあげましょう。自分の唇を指さしながら、言う。

113: 2015/09/05(土) 13:21:22.47 ID:B2eEye5w.net
「ん」

不思議そうにしていた海未だったけど、私が顎を上向けて待ちの体勢でいることに、気がついたみたい。

唇にしたいのなら自分から、ということを理解したわね。

「そんなの、むりですぅ……」

あたふたと取り乱しているけれど、私から行く気はない。

それが伝わったのか、意外と早くに覚悟を決めたみたい。

もっと時間かかるかと思ってたけど。

「う、うごかないでくださいね……」

114: 2015/09/05(土) 13:22:29.12 ID:B2eEye5w.net
ふらふらと、海未が近づいてくる。手が震えていて、可愛いなって思う。

羞恥で涙目になっているのが、なんだか扇情的だし、ドキドキしてきた。

(……そういえば、相手からされるの、海未が初めてね)

視界いっぱいに海未が映り込む。目を閉じて、未知のものへと期待をふくらませる。

そして、数秒後……唇が、唇に触れた。

115: 2015/09/05(土) 13:23:49.74 ID:B2eEye5w.net
(っ―――!?)

脳内が痺れるような衝撃。ぐわんぐわんと世界が揺れる。

するのとされるのじゃあ、こんなに違うものなの?それとも、目を閉じて唇に集中していたから?

何故なの?……わからない。

116: 2015/09/05(土) 13:24:48.29 ID:B2eEye5w.net
「あの……どう、でしたか……?良かった、ですか……?」

でも、そんな疑問は、すぐにどうでもよくなった。

心配そうに私を気遣う海未を見て、愛おしい気持ちが抑えきれなくなったから。

返事なんてまどろっこしい。かわりに、唇を奪う。

117: 2015/09/05(土) 13:25:54.36 ID:B2eEye5w.net
「んっ―――はぁ、はぁ」

「にこっ―――んむっ」

自分からキスをしたことで、タガが外れたみたいで、海未から積極的に私の唇を求めてくる。

夢中で、お互いを貪り合う。海未も、私も、相手のことしか見えていなかった。

時間の感覚すら消えて、どれだけの時間がたったのかすら、わからない。

118: 2015/09/05(土) 13:26:38.05 ID:B2eEye5w.net
―――だから、気づけなかった。

いつの間にか、自分たちが生徒会室の目の前にまで、やってきていたこと。

そして……部屋の中から、誰かが出てこようとしていることに。

『海未ちゃん遅いねぇ。私、ちょっとみてくるよっ』

気がついていたとしても、既に、止まることは出来なくなっていたけれど。

120: 2015/09/05(土) 13:28:39.78 ID:B2eEye5w.net
『それじゃ、行ってくるね!』

がちゃり、とドアが開かれる。音に気がついて、横目でそちらを見れば、穂乃果がいた。

すぐに、こちらに気がついた穂乃果と視線が交差する。海未は、未だに気がついていない。

「あれ?にこちゃん?……え……海未ちゃんと、なにして……るの……?」

海未とキスしたまま、穂乃果を見つめる。

私が思ったことは、一つだけだった。

―――穂乃果の唇も、美味しそう。

121: 2015/09/05(土) 13:30:43.52 ID:B2eEye5w.net
3人目、終わり。

123: 2015/09/05(土) 13:36:03.47 ID:h/Coyt2Z.net
チョロミちゃん乙

124: 2015/09/05(土) 13:42:48.54 ID:B2eEye5w.net
続きは明日以降、出来次第投下です

150: 2015/09/09(水) 22:01:09.62 ID:ZiTs0L7u.net
「わわっ、わぁー!なんで!?ええーっ!?」

呆然としていた穂乃果が、急に叫びだした。すごくうるさい。

場を支配していた甘い雰囲気は、どこかへ消えようとしている。

盛り上がっていた気分も、穂乃果のアホ面を見ていたら萎えてきてしまった。

(あーあ、海未との時間も終わりか)

わあわあ言いながら、いけないものを見てしまったかのように、自分の顔を手で覆い隠してる。

……指の隙間から、私達のキスをバッチリ見ているのがバレバレだけど。ベタなことするわね~。

151: 2015/09/09(水) 22:03:48.78 ID:ZiTs0L7u.net
「えっ……穂乃果……?……私、いったい……」

穂乃果に気がついて、海未は唇を離した。どうやら、正常な思考に戻ろうとしているみたい。

蕩けていた瞳に、いつもの理知的な光がやどり始めている。

でも、大丈夫かしら?今、いつもの海未に戻っちゃって……あ、正気に戻ったのか、ぷるぷるし始めた。

「あ、あ、あ……わ、わたしはなんてことを―――きゅう」

うっ、重っ……。恥ずかしさの余りに気を失って、こっちにもたれかかってきた。

さっきまでは、雰囲気に流されていたから大丈夫だったけど、穂乃果に現場を見られて一気にきちゃったのね。

……にしても海未、重い。私一人じゃ無理だ。助けを求める。

152: 2015/09/09(水) 22:04:27.02 ID:ZiTs0L7u.net
「穂乃果、海未運ぶの手伝って」

「え、あ、うん……」

展開についてこれてない穂乃果だけど、手を貸してくれた。

どこに連れて行こうかしらね……。保健室は遠いし、生徒会室でいいわよね?

イスにでも座らせておけば、そのうち気がつくでしょ。

部屋の中に海未を連れて入ると、ことりが目を丸くして驚いた。

153: 2015/09/09(水) 22:05:11.32 ID:ZiTs0L7u.net
「あれぇ?海未ちゃん、どうかしちゃったの?」

「まあ、ちょっとね。気を失っちゃって。……穂乃果、そこのイスに座らせるわよ」

「うん、わかった。……せーのっ」

よっせ、よっせ、と苦労して座らせる。海未の言ってたとおり、人体って重いのね~。

くふふっ。まさか、海未自身で証明することになるとは思わなかったでしょうけど。

……さて、それよりも問題はここから。穂乃果をどうするかってことよ。

154: 2015/09/09(水) 22:05:51.70 ID:ZiTs0L7u.net
「それで……にこちゃん?さっき、海未ちゃんと、その……」

穂乃果は、ちらちらとことりのほうを気にしながら、囁き声で切り出した。

ことりに聞こえないように気を遣ってくれてるのかしら?

「……お付き合いしてるの?」

「はぁ!?」

キスしてるから付き合っているんじゃ?という発想に驚く。

穂乃果は逆に、私が驚いたことに驚いている。

155: 2015/09/09(水) 22:07:32.56 ID:ZiTs0L7u.net
「ほえ?違うの?」

「違うわよっ」

「それじゃあ、なんで……してたの?」

キスという単語を言おうとして照れてるんじゃないわよ。小声すぎて聞こえないっての。

ていうか、アイドルは恋愛禁止!そんでもって、女の子同士なんですけど?

いろいろ言いたいことはあったけど、キスの理由は正直に答えらんないし、言葉に詰まっちゃう。

言い訳を考えるために、意味ありげに話を引き延ばす。

156: 2015/09/09(水) 22:08:14.85 ID:ZiTs0L7u.net
「うーん、これ、話しても大丈夫かしらねぇ」

「なになに?なにかあるのっ?教えてよっ」

「えー、でもねぇ。一応、内緒だし……」

「お願いにこちゃんっ」

そしたらなんか、えらく食いつかれた。内緒話に飢えてるのかしら?

この感じだと、突拍子のないデタラメでも信じそう。

157: 2015/09/09(水) 22:09:09.27 ID:ZiTs0L7u.net
「……そんなに聞きたい?」

「聞きたい聞きたいっ」

「しっかたないわね~。あのね―――」

……ふふ、ちょっと面白いことを思いついた。

にやにやと、もったいぶって海未と私がキスに至った経緯を語り始める。

語るも涙、聞くも涙の物語。まあ、捏造だけど。

158: 2015/09/09(水) 22:10:58.78 ID:ZiTs0L7u.net
「海未ってね」

「うんうんっ」

「お姫様に憧れてるらしいのよ。ほら、海未って王子様みたいなキャラしてるじゃない?周囲もそれを求めるっていうかさ。

 それで色々悩んでたらしいのよね~。恋愛がテーマの歌詞を書くときにも、気を抜くと王子様視点になって、なかなか書けなかったみたいだし。

 そんなこんなで、部長である私に相談したきたってわけ。やっぱり、可哀想じゃない?

 あんなに可愛い海未は本当はお姫様になりたいのに、周囲の期待がそれを許さないなんて。だから、私が海未をお姫様扱いしてあげることにしたのよ」

べらべらと、ないことないこと話しだす。実際に海未がどう思ってるのか知らないけど、私と恋人扱いされるよりマシよね。

穂乃果は思ったより真剣な表情で聴いている。さっきの興味津々な感じはどこへいったのやら。

159: 2015/09/09(水) 22:11:45.08 ID:ZiTs0L7u.net
「で、お姫様扱いしてるちに気分が盛り上がっちゃって、しちゃったってわけよ」

「へ~……そっかぁ……。海未ちゃん、お姫様になりたかったんだ。ふぅーん……」

思うところがあったのか、なにやら考え込んでいる。

「穂乃果がしっかりしなかったせいかなぁ……」

ごめんね穂乃果。しんみりしているところに悪いけど、これ作り話なの。

160: 2015/09/09(水) 22:12:43.16 ID:ZiTs0L7u.net
「ねえ、穂乃果ちゃん、にこちゃん。海未ちゃん、大丈夫なの?」

そんな時、背後からことりの不安そうな声がかかった。完全に存在を忘れてた。

大事になったら困るし、すみやかに海未の状態を伝えて落ち着かせる。

「ちょっと気を失ってるだけよ。そのうち気がつくわ」

「保健室に連れて行かなくて大丈夫かなぁ……?」

「別に頭をうったわけじゃないから、大丈夫でしょ」

161: 2015/09/09(水) 22:13:35.17 ID:ZiTs0L7u.net
ほら、穂乃果も何かいいなさいよ……とヒジでつつく。

反応がないので、どうしたのだろうと顔を覗き込む。爛々と輝く瞳が飛び込んできた。

……これ、無茶なことを言う前の表情だ。

「―――にこちゃんっ!穂乃果もお姫様扱いしてっ!!」

「……は?」

私としては、突然の要求にぽかーんとするほかない。

海未にしていたってところから、どうなったら自分にもしろ、に変わるのよ。

事情を何も知らないことりがびっくりしてるじゃない。

162: 2015/09/09(水) 22:15:33.00 ID:ZiTs0L7u.net
何が「だから」なのか、わからないんだけど?

王子様キャラで悩んでたって話しなんだから、穂乃果がお姫様扱いされても悩みわかんないでしょ。

……ま、幼馴染の悩みを理解したいという気持ちは褒めてあげるべきよね。

「しょうがないわね~。部長であるこの矢澤にこが、一肌脱いであげましょう!」

「わーい!にこちゃんありがとーっ」

「???」

ことりは、わけわかんなさそうに話をきいている。

だけど特に口を挟む気はないみたいで、私達を見守っている。

163: 2015/09/09(水) 22:18:37.52 ID:ZiTs0L7u.net
「手の甲を出して」

「こうってなに?」

「……。手の平を下に向けて出して」

「これでいい?」

本当に海未をお姫様扱いしてたわけじゃないから、適当にそれっぽいことをやって乗り切ることにする。

でも、やるからには本気でだ。

「じゃ、穂乃果。手を借りるわね―――」

165: 2015/09/09(水) 22:20:38.43 ID:ZiTs0L7u.net
ひざまずいて穂乃果の手を取る。

そして、恭しく、手の甲に軽く口付ける。

―――ちゅ。

ふふ、お姫様への挨拶といえばこれよね。

ちょっと気取り過ぎな気がしないでもないけど。

166: 2015/09/09(水) 22:21:22.67 ID:ZiTs0L7u.net
「えへへ……、なんだか照れちゃうな~」

「わわっ……」

上目遣いで穂乃果ををうかがえば、照れた顔で頭を掻いていた。ことりも頬を染めている。

ふふん。あふれでる可愛さのせいで、あんまり格好良くならないかなーって思ったけど、杞憂だったみたいね。

気分も盛り上がってきたところで次に行きましょう。

167: 2015/09/09(水) 22:23:22.95 ID:ZiTs0L7u.net
「さぁ、穂乃果。なんでもいってごらんなさい。この私が叶えてあげる」

「え!なんでもいいのっ!?ほんとにっ?」

「お姫様に嘘はつかないわ」

「あははっ、なにそれー!……ん~と、それじゃあね……頭なでてほしい!」

それって、お姫様関係ある?って言おうとしたけど、わくわく顔の穂乃果をみてやめた。

穂乃果がいいなら何でもいっか。可愛がってあげましょう。

168: 2015/09/09(水) 22:25:09.48 ID:ZiTs0L7u.net
「ほら、おいで」

「うんっ」

手を広げ、微笑む。そうしたら、穂乃果はためらうこともなく胸に飛び込んできた。

ぽふっ、と柔らかく私に抱きついて、ぎゅーっとしてくる。本当に、犬みたい。それも、大型犬ね。

理由?私よりも大きいからよ。

「優しいのと乱暴なの、どっちがいい?」

「……優しいのがいい」

「ふふ、姫の仰せのままにーってね」

169: 2015/09/09(水) 22:25:55.89 ID:ZiTs0L7u.net
注文通りに、優しく、ゆっくりと頭をなでる。

ふわぁ……と声を漏らして、わかりやすくリラックスしている。

こんなことで喜んでくれるなら、普段からしてあげるのに。

「寝ちゃわないでよ?」

「……うん」

170: 2015/09/09(水) 22:27:46.79 ID:ZiTs0L7u.net
しっかし、リラックスしすぎでしょー。

うつらうつらと頭が揺れている。体も暖かくなってきてるし。あんたは赤ちゃんか。

眠らせないために話しかけることしよっと。何聞こうかしら……そうよ、なでてほしくなった理由でも聞いてみましょう。

「ねえ、どうしてなでてほしいって言ったの?」

「……んっとね……」

眠そうな声で、とろとろと話す穂乃果。というか半分寝てる感じがする。

……寝ちゃったら、その時はその時ね。海未の横にでも置いとけばいいわよね?

171: 2015/09/09(水) 22:31:38.02 ID:ZiTs0L7u.net
「あのね……ほのかがね……」

語られようとする理由に、別にドキドキしたりはしないけど、実は気になる点が一つ。

スキンシップ大好きっ子な穂乃果が、あえて今なでてほしいなんていうの、変じゃない?っていうこと。

いつも周囲からしてもらってるでしょうに。特にことり辺りから。だから、疑問なのよね。

172: 2015/09/09(水) 22:33:03.14 ID:ZiTs0L7u.net
「いつも、ぽこぽこたたかれるから……」

もしかしたら悩みを抱えている可能性だってあるし、部員のメンタルケアも部長の務めだから、仕方なく気にしてあげ―――

―――って何?今なんて言った?叩かれる?……ちょっと待って、イジメられてるとかって話じゃないわよね?

穂乃果に限ってありえないと思うけど……。

(あ、海未に叩かれて辛いってことじゃない?これならあり得そうよね)

謎は全て解けた。犯人は海未、あんたよ!

安心しなさい穂乃果。今度、私から海未に一言いってあげる。安らかに眠りなさい。

173: 2015/09/09(水) 22:35:35.26 ID:ZiTs0L7u.net
「……ほのかのこと、いつも、あほのかっていうし……」

穂乃果に、「あほのか」なんていうやつを、私は一人知っている。

たしかにそいつは、いつも穂乃果の頭をことあるごとに、ぽこぽこ叩いている。

ねえ、そうよね―――矢澤にこ!真犯人は……あんたよ!

174: 2015/09/09(水) 22:36:49.12 ID:ZiTs0L7u.net
(疑ってごめん海未。私が犯人だった)

確かに、私は穂乃果にあんまり優しくない。調子に乗らせるとやっかいだからだ。

だから厳し目に接していたんだけど……。まさか気にしてるなんて思ってなかった。

それで、なでて欲しいだなんていったのだと考えると……罪悪感で胃がずきずきとしてきた。

175: 2015/09/09(水) 22:37:41.34 ID:ZiTs0L7u.net
(穂乃果、本当にごめんね。可愛いからこそ、ぽこぽこしてたのよ)

あんた良い反応するしね。たぶんこれからもする。でも、たまには優しくしてあげるわ。

そんなことを考えながらも、なでる手は止めない。よしよし。

「にこのこと、いやになっちゃった?」

「……ううん」

私達の様子を、後ろからガン見してることりの顔がちょっと怖い。

177: 2015/09/09(水) 22:43:55.18 ID:ZiTs0L7u.net
「にこちゃんのこと、すきだよ……でも……」

「でも?」

「……やさしいにこちゃんは、もっとすき」

その言葉に、心がずきゅううんと撃ちぬかれる。穂乃果ってこんなに可愛かったっけ。

本当の意味で、何でもお願いごとを聞いてあげたい気分になっちゃった。

178: 2015/09/09(水) 22:45:00.54 ID:ZiTs0L7u.net
「ねえ、穂乃果。他にお願いはないの?もーっと凄いことでもしてあげるわよ?」

「……ほか……ほか……えっと……」

ダメ、穂乃果が本格的に寝ちゃいそう。

ぐでーっと体重の大半を私にのせてきている。重い。

「眠いの?」

「……ねむい……」

179: 2015/09/09(水) 22:51:09.81 ID:ZiTs0L7u.net
寝られちゃったら、穂乃果を可愛がることが出来なくっちゃう。

そうなったら、この爆発しそうになっている穂乃果愛はどこに向けたらいいのよ。

それだけは阻止しないといけない。かといって無理に眠気を覚まさせるのは、ちょっとねえ……。

(……そうよ、あるじゃない。お姫様を優しく起こす方法がっ!)

くっくっく。あまりに天才的な思いつきに、静かに高笑い。天が私に味方していると思えるほどの運命じゃない、これ。

180: 2015/09/09(水) 22:52:32.44 ID:ZiTs0L7u.net
「目が覚めるおまじないしてあげましょうか?」

「……うん……おねがい……」

お願いされちゃった。穂乃果、もう後戻りは出来ないからね?

お姫様扱いして欲しいっていったの、あんただし。私をその気にさせたのもあんただもの。

「―――んっ」

妖しく笑いながら、穂乃果の唇をついばむ。

「……ふぇ……?」

寝起きのような状態なのか、何をされたのか認識できていないみたい。

ちょっとずつ目は醒めてきてるみたいだけど。

181: 2015/09/09(水) 22:53:38.75 ID:ZiTs0L7u.net
「穂乃果の唇って、妙に甘いわね」

「……ぅ……?ぁぇ……?」

ぺろりと唇を舐めてみると、砂糖のような甘さ感じる。

流石に穂乃果がもともと持っていた甘さではないと思う。なんだろう、これ?

182: 2015/09/09(水) 22:55:08.02 ID:ZiTs0L7u.net
「お菓子でも食べてたの?―――んっ」

「……にこちゃ……ん?……いま、なにを―――んむっ」

「ふぅ―――わかった。あんた、マカロン食べてたでしょ?あたってる?」

「……え?……ええ!?……うぇぇぇっ!?」

あ、完全に起きた。とろんと眠そうだった目が、一気に全開になっている。

驚きで飛び上がりそうになっていたけど、私が抱きついていたから腕の中でもがいただけだった。

183: 2015/09/09(水) 22:55:56.71 ID:ZiTs0L7u.net
「わぁーっ!うわぁーっ!にこちゃん、何をしてるのさっ!」

「何ってキスだけど」

「キ、キス……って……あぅぅ……」

キスという単語が出た途端、カァーっと真っ赤になる穂乃果。

……μ’sってウブな子しかいないんじゃないでしょうね。

184: 2015/09/09(水) 22:56:55.97 ID:ZiTs0L7u.net
「おまじないよ、おまじない。お姫様はキスで起こすものって決まってるし」

「うぅ……そんなの決まってないよっ」

「……一応、許可はとったけど。あんた覚えてないの?」

「……覚えてるよ?でも、いきなりキスはだめだよっ!」

「いきなりじゃなかったらいいの?」

「ひょええっ?」

言うなり、顔を近づけていく。いきなりはダメといわれたので、ゆっくりと。

穂乃果はテンパっているのか、固まっている。そうして唇が触れそうなほど近づいた時、穂乃果が大声を上げた。

186: 2015/09/09(水) 23:01:28.77 ID:ZiTs0L7u.net
「ゆっくりでも駄目ーーー!」

同時に、体を振りほどかれた……と思った瞬間、ビンタが飛んできた。

バシンっと全力がこもっていたそれをまともに受けてしまった。衝撃で頭がくらくらと揺れる。

「にこちゃんのばか!えOち!すけべっ!ちび!ひんにゅう!」

まぬけ、ばか、あほ、へんたい……と延々と続けている。言い過ぎでしょ、と反論する暇もない。

187: 2015/09/09(水) 23:04:55.04 ID:ZiTs0L7u.net
「どうせいじわるでキスしたんだもんね!ふんだっ!穂乃果もう怒ったからっ!」

どうやら、嫌がらせでキスをしたと思われているらしい。いやいや、嫌いな相手にするわけないでしょ。

そんなわけないじゃない……といおうとして、頭をぽこぽこ叩いて悲しませていた前科があるのを思い出した。

……すれ違いって怖い。

二度と起こらないように、ちゃんと伝えておかなくちゃいけないわよね。

189: 2015/09/09(水) 23:14:11.63 ID:ZiTs0L7u.net
「バカね、穂乃果。あんたのこと好きだから、キスしたに決まってるでしょ」

「ふん!私の事好きだなんて言ったって、もう遅いもん!絶対に許さな―――え?」

「聞こえなかった?好きだから、よ!」

「……あわ、あわわ……」

穂乃果の体が震えている。顔が赤くなったり青くなったりしている。

えっえっ……何事よ……?

190: 2015/09/09(水) 23:18:11.73 ID:ZiTs0L7u.net
「わぁーーーっ!穂乃果何もきいてないから!きいてないから!うわぁあー!」

がららっ、ぴしゃっ!穂乃果は足をもつれさせながら、走ってどこかへと行ってしまった。

……本当にどうしたのよ、穂乃果。もうお姫様扱いはいいの?私は満足してないんだけどなぁ。

今から追いかけても間に合わないわよね……。すこぶる残念よ。

192: 2015/09/09(水) 23:23:28.83 ID:ZiTs0L7u.net
「はぁ……ほっぺた痛い……」

穂乃果作の綺麗なモミジが頬に咲いている。しかも、ヒリヒリとした痛みつき。

手でスリスリと痛みを和らげる。すると、私の手に、誰かの手が重なった。

後ろを振り返ると、ことりが微笑んでいた。

「ねえ、にこちゃん。穂乃果ちゃんのこと好きって、本当?」

何かを貼り付けたような表情で。

私の奥底を見つめるように、笑っていた。

194: 2015/09/09(水) 23:24:20.93 ID:ZiTs0L7u.net
4人目、終わり。

229: 2015/09/18(金) 21:02:25.43 ID:SyoDYlds.net
もうちょいにこ

230: 2015/09/18(金) 21:12:19.84 ID:SyoDYlds.net

231: 2015/09/18(金) 21:13:36.79 ID:SyoDYlds.net
「そりゃ、本当よ。聞いてなかったの?」

雰囲気がガラリと変わったことりに内心ビビりながら、正直に話す。

さっきまで頬を赤らめて私と穂乃果の様子を見ていたのに。今のことりからは、いつものほんわかさは感じられない。

「……遊び、じゃないよね?真剣な気持ちで、穂乃果ちゃんのことが好きなんだよね?」

話しながら私の隣へと並び立ち、細腕をぬるりと絡みつかせてくる。

半身が拘束されて、逃げ出すことはできなくなってしまった。

232: 2015/09/18(金) 21:14:39.77 ID:SyoDYlds.net
「ことりに、にこちゃんの本当の気持ち、教えてほしいなぁ……」

隣から私を覗き込むその表情は、限りなく笑っていない笑顔だ。

この子がこんな顔するの初めてみる。正直いってかなり怖い。

「ねえ、にこちゃん……。どうなのかなぁ……?」

だけど、後輩に迫られてオドオドビクビクするなんて私のプライドが許さない。

ここはビシッといってやろう。私は穂乃果が好きだってね。

233: 2015/09/18(金) 21:16:55.73 ID:SyoDYlds.net
「本当に好きよ」

「本当の本当?」

「しつこい!本当の本当!好きだって言ってるでしょ!」

「……なぁんだ。それならいいの。変なこときいて、ごめんね」

ことりが謝るなり、雰囲気がほわほわとしたものに戻る。絡められていた腕も解放されて、一安心。

穂乃果が好き!なんて、こっ恥ずかしいことを何度もいわされた甲斐はあったみたいだ。

「もう、なんなのよ……」

「えへへ……。穂乃果ちゃんは大切な幼馴染だもん。心配になっちゃうよぉ」

「過剰だって言ってんのよ」

好きだ嫌いだいうだけで、あそこまで怖くならなくてもいいと思う。

あんたらだって「ことりちゃん好きー」だの「穂乃果ちゃん好きー」だの言い合ってるでしょうに。

234: 2015/09/18(金) 21:18:35.59 ID:SyoDYlds.net
「にこちゃんが真剣に穂乃果ちゃんのことが好きだってわかったから、ことりは安心しましたっ」

「そりゃよかったわ」

「あ、でも……。穂乃果ちゃんが、にこちゃんのこと好きになるかはわからないけど……さっきの感じだと、脈ありだと思うよ?」

「……は?」

「私は応援してるからねっ」

ああ、なるほど。道理で変なわけだ。シリアスモードで詰め寄ってきたことに、やっと合点がいった。

つまりこいつは、穂乃果と同じような勘違いをしている。私が、穂乃果のことをそういう意味で好きだと考えている。

だから、キスをして好きだと言ったと……。はぁ。もう、やれやれって感じよね。

そういうお年ごろだからって、なんでもかんでも色恋沙汰に結び付けないで欲しい。

235: 2015/09/18(金) 21:19:38.52 ID:SyoDYlds.net
「あのね、私は穂乃果のこと―――」

「うんうん!穂乃果ちゃんのことなら何でも聞いてっ!」

そういう話に飢えてたのかと思ってしまうほどの食いつきね。きらっきらに瞳が輝いている。

女子校だし、幼馴染の穂乃果と海未はあんなんだし。そーゆーのと縁遠くなるのも仕方ないけど。

(それにしたって、協力的すぎるでしょ!)

あんたのそれ、勘違いよ?って言いづらいこと、この上ない。

でもここで言っておかないと後々面倒なことになるのは明白なことだから、ちゃんとしておきましょう。

……気は進まないけど。

236: 2015/09/18(金) 21:22:15.13 ID:SyoDYlds.net
「ことり。最後まで聞いて」

「うんっ♪」

「私はそういう意味で、穂乃果が好きだって言ったんじゃないの」

「―――え?」

あからさまにことりの顔が曇ってゆく。その様子に心が痛む。

別に私は悪いことしてないのにね。……いや、結構してるかもだけど。

「誤解させちゃったみたいだけど、さっきのは違うのよ」

「違う……?」

「さっき、穂乃果が私に寄りかかってた時の会話、聞こえてた?」

「……ううん。穂乃果ちゃんの声が小さくて、きこえなかったけど……」

237: 2015/09/18(金) 21:24:51.38 ID:SyoDYlds.net
やっぱり、そうよね。私と穂乃果の会話が聞こえてたなら、そんな勘違いしないもの。

あれだけ好き好きいってたのは、穂乃果が私に嫌われてるんじゃないかーって拗ねてたからだもん。

「その時の会話で色々あってね。私は穂乃果のこと、ちゃんと仲間として好きなのよって伝えてたってわけ」

「……それじゃあ、キスしたのも好きだよって伝えるため?」

「嫌いな相手にキスなんか出来ないでしょ?」

キスしたのは、単に私がしたかっただけだけど、それは言わぬが花。

とにかくこれで誤解が解けてくれたらいいんだけど、どうかしら?

「つまり、穂乃果ちゃんとにこちゃんが、もっともーっと仲良しになりました!ってことでいいのかな?」

「そーよ。……ビンタされちゃったけどね」

「あはは、いくら穂乃果ちゃんでも、とつぜんキスしたら怒っちゃうよ~」

238: 2015/09/18(金) 21:29:05.55 ID:SyoDYlds.net
にっこりと笑うことりに安堵する。ちゃんとわかってくれたみたいで何よりだわ。

ちゅーの効果によって、穂乃果ともっと仲良くなれたのか、結果はいまいちわかんない。

でも、頬に残った痛みが、私達の距離が縮まった証のような気がしてくるのよね。

「あれ……ほっぺた、まだ赤いね。……にこちゃん、いたくない?」

そんなことを考えていたから、頬が痛いです、と顔に出てしまったのかもしれない。

ことりが近寄ってきたかと思うと、すりすりと手で頬をいたわりはじめた。

239: 2015/09/18(金) 21:31:16.01 ID:SyoDYlds.net
「いたい。……だから、もっとして」

「ふふ、はぁい」

たぶん、頬にあてられたことりの手が、とっても心地よかったから。

不意に、ことりに甘えてみたいなどと思ってしまって、もっと続けてほしいとねだってしまった。

私のほうが年上なのにね。恥ずかしい気もするけど、たまにはいっか。

「あ、そうだ!ふふー、にこちゃん。痛みが消えるおまじないしてあげるね?」

痛みが消えるおまじない?……そういえば絵里を連れ出した時に、痛いの痛いのとんでいけーってやってたわね。

しかも、自分に痛いのが飛んできたーなんてことまでやっていて、アホだと思っていた。

だというのに、いざ自分にもされるんだと思うと胸がドキドキしてくるんだから、不思議なもんよね。

240: 2015/09/18(金) 21:36:42.67 ID:SyoDYlds.net
「いたいの~いたいの~、飛んでけー♪」

ほわほわぷわぷわーって感じの声に、脳みそが蕩けそう。

いつまでも聞いていたい。いつまでもすりすりされていたい。天国はここにありよ。

「あいたっ……ことりのほうに、いたいのがとんできちゃったよー、えへへ~」

あざといけど可愛い。天然で既にあざといのに、あえてあざといことをするなんて卑怯だ。

いい加減にしないと私、あざとさの過剰摂取で氏んじゃうわよ?氏因はきゅんきゅん氏です、ってね。

それに、にこにだってあざとさのプライドというものがある。氏んでしまう前に一矢報いてあげましょう。

241: 2015/09/18(金) 21:38:08.23 ID:SyoDYlds.net
「ねぇことり。いたいの、どこに飛んできた?」

我ながら、馬鹿っぽい質問だけど、こういうノリを楽しむには、自分も進んでノっていくのが鉄則よ。

少し困惑気味のことりをみてニヤリと笑う。

「え?……うーんと、ほっぺたかなぁ?にこちゃんと一緒だよっ」

ぬぬっ、やるじゃない。急な振りにも可愛らしい答えを返すとはね。流石伝説のメイドといわれるだけはあるわ。

私も全力を出さないといけないわね。

242: 2015/09/18(金) 21:40:26.19 ID:SyoDYlds.net
「それじゃあ、私もやってあげる」

おもむろに、ことりの頬に手を当てる。

赤くもなっていない、綺麗なままの白い肌をすりすりと、優しくさする。

そうしていたら、くすくすとことりが笑い出した。

「二人で向かいあってこうしてるの、なんだかおかしくて」

たしかにへんてこだ。私も、この様子を傍目にみていたら、何してんのあんたらって笑ってたと思う。

「それに今日のにこちゃん、なんだか優しいし、素直だし」

失礼な。普段が優しくなくて、素直じゃないみたいなことを言う。……その通りだけど。

243: 2015/09/18(金) 21:41:42.60 ID:SyoDYlds.net
「こういうにこは、イヤ?」

しゅん。うるうる。いじいじ。そして上目遣い。

ことりのあざとさに対抗して、私もあざとさを総動員してみる。

ほらほら、私の余りの可愛さに、思う存分きゅんきゅんするがいいわ。

「まさかぁ。にこちゃんがどんなにこちゃんでも、ことりは大好きだよ?」

……うぐぅ。ことりのストレートな好意に反撃された。胸がドキドキしてくる。

天然であざとい娘ってこれだから怖い。メイドやってた時も、こうやってお客さんを落としてきたんでしょうね。

244: 2015/09/18(金) 21:45:27.07 ID:SyoDYlds.net
「ことり、あんたが怖いわ……」

「え~?」

素直な私の感想に、ことりは不服そうにしている。

「そんなこという子には、もうしてあげませんっ」

大好きと言った後に怖いといわれて、ショックを受けたのかもしれない。

ぷんぷんと怒ってますという表情になったことりは、私の頬から手を引き戻した。

それ罰になると思ってるの?痛みも引いたし、もうしなくていいわよ……と言おうとして、自分が寂しさを感じていることに気がついた。

やっぱり、まだ続けて欲しい。

245: 2015/09/18(金) 21:49:03.17 ID:SyoDYlds.net
「続けてよ、ことり」

「……にこちゃん、ことりのこと怖いんでしょう?」

「怖くないわよっ」

「でも、さっき怖いって、」

「可愛すぎて怖いってこと!もうっ言わせないでよっ」

「えぇっ」

うぅ、恥ずかしい……。可愛すぎるなんて、誰かにいうの初めてかも。

ことりも、私にそんなこと言われるとは思ってなかったみたいで驚いてたけど、その言葉には満足したようだ。

表情を一転させて、赤い顔でてれてれと笑っている。

246: 2015/09/18(金) 21:50:16.42 ID:SyoDYlds.net
「えへ、そっかー、可愛すぎてなんだ。えへへー」

「なによぅ。あんたなら言われ慣れてるでしょっ」

「にこちゃんにいわれたから、とっても嬉しいんだよ♪」

ああもう、すぐそうやって恥ずかしいことを言うんだから!

「~~~!!いいから、さっさと続けてよっ」

「はぁーい♪」

うきうきと無駄に楽しそうな様子で、やっと手を動かし始めた。

だんだんと私の頬に近づいてくる。そろそろ頬に―――というところで、ことりの動きが止まった。

247: 2015/09/18(金) 21:52:31.84 ID:SyoDYlds.net
「どうしたの?」

「にこちゃんが可愛いっていってくれたから、サービスすることにしたのっ」

「……はぁ?サービス?」

そういって近づいてくることり。

(なんだろ?両頬にしてくれるのかしら)

だんだんと、ことりの顔が近づいてきて、そのうち、ことりしか見えなくなって……って近づきすぎでしょ―――!

「―――ちゅっ」

「ひゃああっ」

そのまま頬にキスされた。サービスってこれのこと?びっくりするじゃない!

つーか、ほっぺたとは言え、いきなり人にキスするなんて何考えて……私が言えることじゃないわね。

248: 2015/09/18(金) 21:54:58.86 ID:SyoDYlds.net
「……なにすんのよ」

「穂乃果ちゃんみたいに、仲良しの証にいいかなーって思って。……ダメだったかなぁ?」

「うぐっ……ダメじゃない、けど……」

答えを聞いて、えへへーと幸せそうに喜んでいる。ことりを相手にするのは調子狂うわ、ほんとに。

「それじゃあ、もっとするね?―――ちゅ~」

はっ?と疑問を投げかける間もなく、ことりはほっぺにちゅーを続行した。

最初は抵抗しようかと思ったけど、よく考えたらそうする理由がないし。気の済むまで好きにさせてあげましょう。

それに、手ですりすりされるより心が満たされる気がする。

249: 2015/09/18(金) 22:05:08.67 ID:SyoDYlds.net
「……好きにしなさいよ」

ちゅっ、えへっ、ちゅっちゅっ、えへへ~、ちゅっ。

延々と続けられるキスと、にこにこと笑うことり。キツツキに突かれる木になった気分だ。

(そっか。ことりはキツツキだったのね)

自分の発想ながら、ちょっと笑ってしまう。木を突く理由は、木の中にいる虫を食べるためだけじゃない。

この話でちょっとからかってみることにしましょう。反応が楽しみね。

「そうやってると、キツツキみたいね、あんた」

「ふふっ、そうかもしれないね―――ちゅっ」

251: 2015/09/18(金) 22:07:07.66 ID:SyoDYlds.net
喋ってる間もやめないし。いよいよキツツキって感じ。私の中には虫でも入ってると思ってるのかもしれない。

ぱくっとおやつ代わりに食べられてしまう前に、話を続けましょう。

「……キツツキが木を突く理由って知ってる?」

「ちゅっ―――ん……木の中の虫を食べるため、かな?」

「それもあるんだけど……、あれって、求愛行動っていう意味もあるのよ」

「へぇ~、求愛行動……きゅうあい、こうどう……」

このタイミングよ、にこ。妖しい笑顔で問いかける。

「ねえ、ことり、もしかして……。私が欲しいの?」

「……ふぇ!?」

252: 2015/09/18(金) 22:08:51.63 ID:SyoDYlds.net
意味を理解したことりは、ぼふん、と音を立てて真っ赤になった。

あたふたと手をわちゃわちゃさせながら、必氏に言い訳をしている。

「ち、違うよっ?あくまで、これは友情の証で……!」

「その割に、夢中になってたじゃない?ずーっとやってたし」

「それは、その……可愛いっていってくれたのが、とっても嬉しくて……!」

おー、おー、焦ってる焦ってる。今日は色んなことりの顔が見れて楽しい。

ふふ、もっといじめちゃおーっと。ことりを引き寄せて、優しく笑う。

254: 2015/09/18(金) 22:20:40.68 ID:SyoDYlds.net
「そうそう、私もキスのお返ししなくちゃね?……穂乃果みたいにーって言ってたけど。それなら、ちゃんとここにしなくちゃね?」

ここに、と言いながら、ことりの唇をぷにぷにと触る。ことりは耳たぶまで赤くなってしまった。

「えっとね、その……私は、いいんだけど……穂乃果ちゃんのこともあるし……ええと……」

次はどうやってからかっちゃおうかなーってことりを眺めていた、その時。

ふと壁にかかっている時計に目が行って、気がついてしまった。……結構な時間が経っていることに。

(もうこんな時間?)

まずい。時間がだいぶたってしまっている。このままじゃあ他のメンバーが帰っちゃってるかも……。はやく探しに行かなくちゃ。

……これからことりをイジり倒そうかと思ってたけど、お預けかな。

255: 2015/09/18(金) 22:29:29.89 ID:SyoDYlds.net
「ねぇ、ことり。私、用事があったんだった。続きは今度でいい?」

「え……今度?……うん、今度ねっ?わかりましたっ」

ことりはあからさまに胸をなでおろしている。

……そのほっとした様子に釈然としないけど、他のメンバーのところに行かないとだし。深い詮索はやめておきましょう。

「じゃあね」

挨拶をして歩き出す。ことりとキスしてないのは心残りだけど、時間がないから仕方ないわ。

また今度という約束をしている。その事実で自分を納得させる。はぁぁ。

256: 2015/09/18(金) 22:32:45.62 ID:SyoDYlds.net
「いってらっしゃぁい」

背中から聞こえた声に、軽く手を上げて返す。

生徒会室のドアノブを掴んで、外に出ようと、力を込めて―――ドアノブをまわさずに振り返った。やっぱり、このままじゃ行けない。

ことりはにこにこと手を振っていた。急に向き直った私にどうしたんだろう、という顔。気にせず、私はことりのほうへと歩き始める。

「にこちゃん、どうかした―――んむぅっ」

ずんずんと、近づいて、手を掴み引き寄せる。バランスを崩したことりを、支えるように抱きとめる。

そのまま、ことりの唇を甘噛みするようにキスをする。驚きで開かれたことりの目と、私の目がぶつかり合う。

258: 2015/09/18(金) 22:48:59.64 ID:SyoDYlds.net
「―――」

徐々に、ことりの瞳の色と呼べるものが変化していく。驚愕から、動揺、そして……喜びに。

目と目で通じ合うというのは、本当だったのね。ことりの思いが伝わってくる。

私の思い―――好きってことを、今日の内に一回くらい伝えておきたかった―――も、伝わってるといいな。

「……今日は、これで我慢してね」

「……うん」

ことりの表情と言葉の温度で、伝わっていることが確信できた。

これで、生徒会室に心残りはなくなった。挨拶代わりの微笑みを残してから、扉の方へと歩き出す。

もう、振り返りはしなかった。

260: 2015/09/18(金) 22:55:32.39 ID:SyoDYlds.net
―――きぃ、ばたん。

よし、次はどこに行こうかな。

一年生がいそうな場所。一年生の教室……にはもういないと思うし。

いるとしたら、部室か音楽室かな。部室のほうが近いし、そっちから行ってみましょう―――。







「キス、しちゃったんだ……それも、にこちゃんと……」

「ふふ、今日はこれで我慢してね、だって」

「今度……楽しみ、かも」

262: 2015/09/18(金) 22:56:36.36 ID:SyoDYlds.net
5人目、終わり。

278: 2015/09/23(水) 16:37:50.11 ID:cPs+bcnn.net
投下するにこ

279: 2015/09/23(水) 16:38:33.98 ID:cPs+bcnn.net

280: 2015/09/23(水) 16:40:04.06 ID:cPs+bcnn.net
「のぞみー、戻ったわよ―」

部室にいるはずの希の名前を呼びながら、ノックもせずに扉を開ける。

しかし、そこには見慣れたスピリチュアル女はおらず、代わりとばかりに一人の女の子が読書をしていた。

自慢の赤毛をくるくると巻きながら、闖入者の私をジ口リと睨みつける。

「ノックぐらいしなさいよ」

やれやれといった口調で呟いて、本に目を戻す。

まったく、このにこに会えたんだから、もう少し嬉しそうな顔してほしいものだわ。

281: 2015/09/23(水) 16:42:02.80 ID:cPs+bcnn.net
「ねえ真姫ちゃん、希知らない?ここにいたとおもうんだけど」

「……さっきまでいたけど。絵里に呼ばれたとかで、どこかに行ったわ」

絵里に呼ばれて……?もしかして、未だに力が入らなくて希に助けを求めたとか?

いつまで腰抜けてるんだか。

「にこちゃん、絵里に何かした?電話で話してた時の希の顔……怖かったわよ」

顔は本に向けたまま、恐ろしいことをたんたんと告げてくる。

絵里が希に泣きついたのだとしたら……相当まずい。怒れる希に捕まったら、何されるかわかったもんじゃないわ。

やっぱり無理矢理はよくなかったってことね。にこ反省。

282: 2015/09/23(水) 16:43:12.25 ID:cPs+bcnn.net
「何にもしてないにこよ~」

しかしここで可愛らしく知らぬ存ぜぬを貫き通すのが、にこぷり女子道。

真姫ちゃんにちゅーするために色々してたんだもの。不審に思われたら元も子もないし。

「……はぁ。ほんと仕方ないひと」

だけど、そんな思惑は真姫ちゃんには通用しなかったみたいで、ため息をついて呆れられちゃった。

疑惑の目を向けられたわけじゃないから、セーフだけど。せめて私のほう向いて喋ってくれないかなぁ。

(真姫ちゃんへのちゅー、どうしようかな……)

凛と花陽にはまだしてないとはいえ、当初の目的を達成するのなら今が絶好の機会だ。

部室で二人きりな上に、真姫ちゃんは警戒していない。でも、どこかで絵里の存在が気がかりになってしまって、気が進まないのよね。

だって、絵里がちゅーしたことに怒ってるのだとしたら、真姫ちゃんだって怒っちゃうかもしれないし。

それは私の望まないところだから、やめておいたほうがいいじゃないってなっちゃうのだ。

283: 2015/09/23(水) 16:44:33.24 ID:cPs+bcnn.net
(でもねぇ……)

真姫ちゃんの横顔を黙って見つめる。じじーっと見つめる。

ほぅ、と息をついちゃうくらいに綺麗よねえ。まぁ、それでいえば絵里や海未も綺麗なんだけどさ。

自分と比べた時の違いっていうか、にこのぷりちーフェイスはどう足掻いても可愛くなっちゃうからね。

そういう系統の顔の子をみると、いじめたくなっちゃうのよねー、うふふ……。

(……あれぇー?)

なんて考えながら、ねめーっと見つめている内に気がついた。真姫ちゃん、さっきから本のページめくってない。

これは、あれよね。私に見られてることを意識しちゃって動けなくなってるパターンね。

顔もほんのりと赤くなってるし、これぞ真姫ちゃんって感じだ。可愛い。いじってやろう。

284: 2015/09/23(水) 16:45:51.63 ID:cPs+bcnn.net
「真姫ちゃ~ん」

「なによ」

相変わらず本から顔をあげようとはしない。でも、一瞬嬉しそうな表情をしたのは見逃してないわよ?

「真姫ちゃん、ちゃんまき、まっきっきー」

「……見ての通り読書中なんですけど。用がないなら話しかけないで貰える?」

「えー、そう?さっきからページが動いてないから、てっきり―――」

ぐちゃ。言葉に反応して、本に力が込められる。

ああ、真姫ちゃん、そんなに握りしめたら本がしわしわになっちゃうわよ。

でも、やっとこっちを見てくれて私は嬉しいわ。

285: 2015/09/23(水) 16:47:04.20 ID:cPs+bcnn.net
「何言ってるの?私は重要なところを何度も読んでいるだけよ」

「にこのことが気になってたわけじゃないんだ?」

「にこちゃんってば、自意識過剰なんじゃないの。私がにこちゃんのことなんて気にするわけないじゃない」

へぇー。そんなこと言っちゃうんだ。

照れ隠しなのはわかってるけど、私のことを気にするわけないなんて言われたら、黙ってはいられなくなる。

不機嫌な調子で、不貞腐れたように言い返す。

286: 2015/09/23(水) 16:48:48.94 ID:cPs+bcnn.net
「そっか。そうよね、私も真姫ちゃんのこと気にすることないし、同じよねっ」

「えっ……。そうよ……同じよ……」

途端にしゅんとなって落ち込む真姫ちゃん。同じこと言い返されてへこむならいわなきゃいいのに。

本気で私が真姫ちゃんに無関心なのだとは思ってないだろうけど、本当に怒らせてしまったくらいは思ってるかもしれない。

「ふーんだっ!」

「……う……えっと……」

「知らないっ」

わかりやすく、つーん!としているポーズをとる。

そうしたら、真姫ちゃんはおどおどしはじめた。これで、わたわたと焦り始めるのは真姫ちゃんくらいなものだ。

他のメンバーなら『かわいいー』といって抱きついてくるか、『にこ、何してるんですか?』と真顔で聞いてくるか、『寒くないかにゃ?』などと鼻で笑われるところだ。

287: 2015/09/23(水) 16:50:03.96 ID:cPs+bcnn.net
(ぐぬぬ……想像とはいえ、むかついてきたわっ)

ヘコんでる真姫ちゃんを放置して、嘲笑してくる猫に脳内で痛い目にあわせる。

ふっふっふ……凛、あんたなんて私にかかればチョチョイのチョイよ。ざまあみろ。

「う゛ぇぇぇ……」

そんな風に悦に入っていたら、真姫ちゃん特有の声が聞こえてきた。そろそろ限界かしら?

視線を真姫ちゃんの方向へ戻してみれば、しょんぼりしすぎて真下を見ている。

本はいつの間にか閉じているし、目を伏せているからよく見えないけど、ちょっと泣きそうにすらなっている気配がする。

たくもー、しょーがないわね~。

288: 2015/09/23(水) 16:51:27.65 ID:cPs+bcnn.net
「真姫」

「……なによ」

「急に百合営業の練習したくなったから、抱きつくわね」

答えを聞かずに、えいっ!と抱きつく。真姫はイスに座っているから、またがる形になってしまう。

その体勢に思うところがないわけでもないけど、気にしたら負けだ。

「ちょ、ちょっと!にこちゃん!」

「なに?練習するの嫌なの?」

「別に、そういうわけじゃないけど……近すぎっていうか……」

289: 2015/09/23(水) 16:53:07.98 ID:cPs+bcnn.net
にこと触れ合えて嬉しいくせにー。顔ニヤけてるわよ。

結局のところ、中途半端な言葉より肉体的なコミュニケーションのほうが効くのよね。

特に真姫みたいな、頭が良いくせにどこか幼さを見せる子には余計にね。

「ねえ、真姫。これだけ近くにいたら、気にするわけなくても気にしちゃうわよね?」

言い聞かせるように、優しい声音で語りかける。

さっきのことを有耶無耶で終わらせても良かったけど、あとであんた気にしそうだもんね。

理由は作ってあげたわよ?ほらほら、素直になっちゃいなさい。

291: 2015/09/23(水) 16:54:37.20 ID:cPs+bcnn.net
「……うん。仕方ないから、にこちゃんのこと気にしてあげる」

「真姫ちゃんにそういって貰えるなんて~、光栄にこっ」

「もうっ、ふざけないで」

そして、顔を見合わせて、くすくすと笑って仲直り。ふふ、まったく、真姫ちゃんはちょろいものだ。

でも、すぐに助けてあげなくちゃ―ってなっちゃう私も、同じくらいちょろいのかもしれない。

(はぁ、もう、かわいーんだから)

なんだかもう、とにかく愛おしくなってくる。真姫ちゃんの髪を勝手に手櫛でときはじめる。

真姫ちゃんは突然の行為に驚いたみたいだったけど、すぐに受け入れてくれた。気持ちよさそうにしている。

292: 2015/09/23(水) 16:57:28.27 ID:cPs+bcnn.net
(やっぱり、綺麗な顔……)

真姫ちゃんの表情をつぶさに観察しながら、手を動かす。

ほんの少しだけ赤みのさした頬に、長いまつげ。そして……淡桃の唇。

気がつけば、先程のためらいなんて忘れたかのように、私はその言葉を投げかけていた。

「ねえ、真姫ちゃん。百合営業のことで相談があるの」

「ふぅん……?」

「そろそろ、次の段階に移ろうとおもうのよ」

「次?」

さらさらと流れる髪を、手を弄ぶ。いつもの真姫ちゃんの様に、くるくるくる。

293: 2015/09/23(水) 16:58:14.36 ID:cPs+bcnn.net
「そう、次。もう考えてあるんだけど、ちょっとお試しでやってみていい?」

「お試しって、なにをするのよ」

「それは、ひ・み・つ♪」

じとー。胡散臭いものを見る眼差しに晒される。

負けじと視線を合わせていたら、ぷいっと顔をそらされてしまった。

「……おことわりします」

そうよねー。ここで、いいわよといってくれる真姫ちゃんじゃないわよね。

294: 2015/09/23(水) 16:59:10.27 ID:cPs+bcnn.net
「真姫ちゃん、お願いっ!」

仕方ないので、奥の手を使う。髪をいじるのをやめて、思い切り、むぎゅーっと全力で抱きつく。

ほっぺたから足から全部をくっつけて、さっきとは密着度が段違いよ。

真姫ちゃんはこれに弱いから、奥の手といいつつ毎回使っていたりする。

「う゛ぇぇっ!」

「ね?真姫ちゃん、いいでしょー?」

「わかった、わかったわよっ!だから、少し離れてっ」

必氏な顔で、くっつき虫と化した私を押し返す。

それにしても、少し離れて、だって。膝から降りてとは言わないあたりに可愛さが見え隠れする。

295: 2015/09/23(水) 17:10:50.84 ID:cPs+bcnn.net
照れているのか不安なのか、身体をカチンコチンにさせながら虚勢をはっている。

……そういうところが、私の嗜虐心を刺激するんだけど、わかってないわね。

「それじゃあ、遠慮なく食べちゃうにこ~」

「はぁ?食べるって何、」

喋ってる途中でも気にせず、真姫ちゃんのセレブリップにかぶりつく。

口を開いていたせいか内唇を食べてしまう。にゅるにゅるとした感触と、唾液の味。

うーん、これが真姫ちゃんの味ね……なぜかトマトの味がするけど。

296: 2015/09/23(水) 17:13:09.80 ID:cPs+bcnn.net
「―――ん……ふっ……、もう、なにするのよ!」

一瞬の間を開けて、何をされているかに気がついたみたい。

頭が後ろに引かれて、唇はちゅるんと離れてしまった。

「真姫ちゃん、トマトでも食べてたの?」

「え……?さっきまでトマト味の飴を舐めてたけど……ってそうじゃなくて!」

トマト好きがこうじてトマトになっちゃったのかと思ったわ。

「真姫ちゃんがトマトになっちゃったのかなーって思ったんだけど、違って良かったわ」

「話をそらさないで!」

297: 2015/09/23(水) 17:15:54.06 ID:cPs+bcnn.net
ああだこうだ、なんだかんだと、真っ赤な顔でガーッと私を責める言葉を並べ立てる真姫ちゃん。

「人の気持ちを確かめもせずに、こんなことするなんて……バカなの!?」

ううっ、まずい。本気で怒らせちゃったかもしれない。

このまま百合営業中止にでもなってしまったら困る。

「私にだって、心の準備ってものがあるんだから!大体にこちゃんは―――」

髪の毛をくるくるイジりながら私を罵倒する真姫ちゃん。

しかしその罵倒をよくよく聞いてみると、にこちゃんは空気が読めないだとか、思わせぶりだとか、なんというか……。

298: 2015/09/23(水) 17:19:13.71 ID:cPs+bcnn.net
(……これ、怒ってるように見えて、怒ってないんじゃないの)

試しに、頭をよしよししてみる。……うん、振り払われないわね。

「なによぉ……私は怒ってるんだから……!」

潤んだ瞳で可愛らしく睨まれた。

そんなのじゃ、真姫ちゃん検定一級のにこにーじゃなくても、怒ってないってわかる。

……でも、真姫ちゃんが怒ってるっていうのなら、ちゃんと謝っておかないとね。

299: 2015/09/23(水) 17:23:33.51 ID:cPs+bcnn.net
「ごめんね」

「……言葉だけじゃ、許さないから」

真姫ちゃんからそういってきたことに、私は驚いた。

だって、言葉だけじゃ許さないって、つまりそういうことでしょう?

「じゃあ、これで許してね?」

真姫ちゃんの手をとり、自分の手と重ねあわせる。指先で感じる、真姫ちゃんの体温。不思議な緊張と高揚。

胸を高鳴らせながら、どちらともなく見つめ合い、そして、どちらともなく目を閉じて―――。

301: 2015/09/23(水) 17:38:34.09 ID:cPs+bcnn.net
「―――んっ」

柔らかい。暖かい。胸が爆発しそうなほど脈打つ。

心が通じあったキスは、どうしてこんなに満たされるのかしら……。

「んぁっ」

いつの間にか、真姫ちゃんは私の首の後ろに手を回して、身体を更に引き寄せられる。

その熱烈な求められているという感覚に、身体が熱くなる。

「ふぅ……っ……んっ……」

十分なほど体と体は近づいているのに、まだ足りないというかのように、手には力が込められていく。

自分の心臓が、どくんどくんと音をかき鳴らす。血はめぐり、顔を赤らんでゆく。意識は茹だったようにぼやけてくる。

302: 2015/09/23(水) 17:40:28.55 ID:cPs+bcnn.net
「ふぅ……ん……むぅっ……」

息を継ぐ時間すら惜しいとばかりに、真姫ちゃんは私を貪ろうとする。

頭がぼうっとしてきて、今日何度か味わった、じんじんとした痺れが蘇ってくる。

その痺れが脳髄を支配しようとした、その時―――体が悲鳴をあげはじめた。

「ぅ……ぅぅ……!」

苦しい。息ができない。真姫ちゃん、そろそろ離れて、息がもたないの。

背中をぺしぺしと叩いてみる。しかし、完全に無視される。私の唇に夢中になって、それ以外が見えていない。

(……心、通じ合ってなかったみたい)

ぐぅ、仕方ない。やりたくなかったけど、これに頼るしか……。

おもむろに手を真姫ちゃんの胸に持っていき、揉みしだく。

303: 2015/09/23(水) 17:44:51.22 ID:cPs+bcnn.net
「―――ひゃああ!にこちゃんどこ触ってるのよ!」

突然のわしわしには流石に驚いてくれたみたいで、やっと離れてくれた。

すぅー、はぁー、と深呼吸。ああ、空気ってこんなにおいしいのね。

「そういうのは、もっと段階を踏んでから―――」

息を全身に巡らせたところで、真姫ちゃんに向き直る。

「だって、真姫ちゃん離してくれないんだもん。呼吸できなくて危なかったのよ?」

「―――すること……え?」

「背中叩いても気がついてくれないし……」

段階ってなんだろうと思いつつ、ちゃんとした理由はあることをのべる。

一応、雰囲気を壊さないように気を遣ってたんだから。だっていうのに、真姫ちゃんときたら、自分の世界に入ってるし。

304: 2015/09/23(水) 17:54:54.96 ID:cPs+bcnn.net
「にこちゃんの、ばかーっ!!」

だから、私は悪くないのよ?と思っているところにに降り注ぐ怒鳴り声。

膝の上から私を無理やり押し出して、机に向かって不貞寝しだした。

「ちょっと真姫、どうしたのよ」

「ふんっ!」

腕と赤毛に阻まれて表情はうかがい知れないけど、誰がどうみても怒ってるわよね。

「わしわししたことは謝るわ。ごめん!」

「……部屋から出てって!」

えぇ、謝ったのに出て行けとまで言われてしまった。この部屋の主は私なんですけど……。

ヒステリー真姫ちゃんになってもらっても困るから、黙ってるけど。

305: 2015/09/23(水) 17:56:53.05 ID:cPs+bcnn.net
(しょーがない。言うとおり出て行きましょう。そのうち、頭も冷えるでしょ……)

ちょっと時間をあけて話せば、真姫ちゃんから謝ってくるかもしれないし。

それでもダメなら、もう一度私から謝ればいいし。

「わかったわ。少ししたら、戻ってくるから」

「……」

沈黙の真姫ちゃん。はぁ、今日中に仲直りできたらいいけど。

ため息を付いて、扉へ向かう。ぎし、ぎし、ぎし。がちゃ、きぃー。

開いた扉から外に出ようとした時、ふと思い立った。もう一度だけ、真姫ちゃんの様子をみてみよう。チラリと後ろをみやる。

306: 2015/09/23(水) 17:58:36.15 ID:cPs+bcnn.net
「っ!」

ばっちりと逢った目は、すぐさま逸らされた。

組んだ腕に不貞寝しながら、横目でこちらを見ていたのだ。

くふふ、結局、私の事が気になってるんだから、かわいーものよね。

「真姫ちゃん、また後でちゅーするから覚悟しててね」

一方的にそれだけ告げて、扉をしめる。部屋の中から聞こえた『う゛ぇぇ』という声は放っておいて、るんるん気分で歩き出す。

307: 2015/09/23(水) 18:01:02.09 ID:cPs+bcnn.net
「さ~て、凛と花陽はどこにいるかしらね~」

真姫ちゃんとちゅーっていう目的は達成できたけど、せっかくだもの。凛と花陽のもいただいておこう。

どうせ二人は一緒にいることだろうし、凛はうるさくて目立つしで、すぐに見つかることでしょう。

ただ、それまでに気をつけなければいけないこともある。

希と絵里だ。あいつらに出会って、捕まってしまったら、何をされるかわかったもんじゃない。

慎重に学院内をうろつかないとね。ふふふっ。





「はぁ。わしわしのことを勘違いしちゃうなんて……恥ずかしい……」

「……にこちゃん、気がついてなければいいけど」

308: 2015/09/23(水) 18:02:29.12 ID:cPs+bcnn.net
6人目、終わり。

332: 2015/09/27(日) 20:56:09.04 ID:9FyTUlOy.net
22時投下予定にこ

336: 2015/09/27(日) 22:01:01.87 ID:9FyTUlOy.net

337: 2015/09/27(日) 22:01:53.69 ID:9FyTUlOy.net
ぜぇっぜえっぜえっ……!息が荒い。苦しい。だけど、全速力で走る。

それだけが私が生き残れる道。校舎内を右へ左へ上へ下へとウネウネクネクネと走り回る。

「待ちーや、にこっちぃ!」「止まりなさいっ!」「にこちゃぁぁぁん!」

そんな私の後ろを執拗に追いかけるのは、三人の般若たち。希と絵里。そして、なぜか穂乃果。

どうして穂乃果まで追いかけてくるのよっ!他二人はわかるけどっ!

「あんたたちなんで追いかけてくるのよぉぉ!!」

「自分の薄い胸に聞いてみいやっ!」

339: 2015/09/27(日) 22:03:25.84 ID:9FyTUlOy.net
ひええ!希がマジギレしてる。ナチュラルに胸のことをバカにしてきたし。

私は胸が薄くても可愛いからいいのよ!って反論しながらチョップでもかましたいところだけど、そんなことをしたら逆に捕獲されて処刑されてしまうことだろう。

「あー、もーーー!」

走って、走って、走って逃げる。まさか部室を出てすぐに見つかるとは思わなかった。

はぁっはぁっはぁつ……息が切れる。ダメ、そろそろ限界。

距離がある内に、どこかに隠れてやりすごすしかないか―――でも、そんな場所があったかわからない。

今までずーっと教室と部室を往復するだけの学園ライフだったんだもの。学院の地理に詳しくなくて当然よ。

341: 2015/09/27(日) 22:05:51.38 ID:9FyTUlOy.net
(ぐっ、ここまでか……。はぁ、出来るだけ優しくしてもらえるよう頼んでみましょう……)

よく頑張ったわ、私。元気お化けの穂乃果やパーフェクト優等生の絵里、無駄に運動神経がいい希。

この三人相手に、体力がない上に足も早くない私がここまで逃げられたんだもの。たいしたもんよ。

そうやって私が諦めかけながら、廊下の角を曲がった時―――救いの手がさしのべられたの。

「にこちゃん、こっち!ここに隠れてっ!」

突如現れた救いの女神―――花陽のいうままに、教室へと誘われる。

花陽の示すままに、私は教卓の下に隠れる。数秒後、どたばたと三人がやってきた。

角を曲がった途端に私がいなくなったものだから、どこかに隠れたと思ったんでしょうね。

343: 2015/09/27(日) 22:07:52.55 ID:9FyTUlOy.net
「はぁ、はぁ……あれ?花陽ちゃん?……にこっち知らへん?」

「にこちゃんならそこの窓から中庭に出て行ったよ?」

「わかった、ありがとね!」「またね花陽!」「花陽ちゃんありがとね!」

ばばばーっと足早に立ち去る三人。きっと中庭のほうへ行ったんでしょうね。……ふぅ、なんとか逃げおおせた。

それにしても、なんで花陽がこんなとこにいるのか不思議に思わなかったのかしら。私は不思議なんだけど。

「本当に助かったわ……。でも、なんでこんなとこにいたの?」

「ふふっ、なにいってるのにこちゃん。ここ、一年生の教室だよ?」

345: 2015/09/27(日) 22:09:51.41 ID:9FyTUlOy.net
くすくすと笑う花陽に言われて、周囲を見回す。

個人の荷物らしきものがいたるところに置いてあるし、黒板には色んな情報が書かれている。

どうやら、本当にそうみたいね。全然周りが見えてなかったわ。ちょっと恥ずかしい。

「さっきまで凛ちゃんの課題のお手伝いをしてたんだけど……ことりちゃんから連絡がきてね」

「……ことりから?」

「うん。にこちゃんが追われてるから助けてあげてーって」

私は感動していた。ことりぃ……あんたも女神だわ。まさか裏から手を回してくれてるなんて……。

そんなことしても大丈夫?私からの好感度あがっちゃうわよ?今度、楽しみにしてなさいよね。

347: 2015/09/27(日) 22:12:09.33 ID:9FyTUlOy.net
「凛ちゃんは走って探しに行っちゃったから、私は教室付近で待ち構えてたんだぁ」

どうやら凛も私の救出に動いていてくれているらしい。やっぱり、持つべきものは優しい後輩ね。

鬼のような顔で追いかけてくる同輩達は永遠にご勘弁願いたいわ。

「……それで、にこちゃんはどうして追いかけられてるの?」

ことりからそこまでの事情は聞いていないらしい。そもそも、ことりも知らないと思うけど。

(あれ?それじゃあ、どうして私が追いかけられていることを知ってるの?)

う~ん……。ま、考えても答えが出るようなことじゃないし、後で本人聞くことにして、まずは花陽に答えてあげましょう。

349: 2015/09/27(日) 22:13:58.47 ID:9FyTUlOy.net
「それには、ふかぁ~い事情があるのよ……とっても、ふかぁ~い事情が」

「ふかぁ~い事情……それは一体……?」

ごくり。私達の間に緊張感が張り詰める。もう、今更適当な理由をでっちあげる必要もない。

正直に私があいつらに追いかけられていた理由をいうわ。耳をかっぽじって聞きなさい、花陽!

「無理やりキスしたら怒っちゃった。てへにこっ」

神妙な表情をしていた花陽に電流が走る。

あー、ぴゅあぴゅあな花陽に、前置きなしで話すのはまずかったかしら……。

350: 2015/09/27(日) 22:16:57.96 ID:9FyTUlOy.net
「にこちゃん、キスしちゃったのぉ!?」

「そうよ。ぶちゅーっと唇を奪ってやったわ」

「ぴゃあっ……」

照れちゃってまあ。でも、安心しなさいよ花陽。あんたもこれから、その仲間入りを果たすのよ。

……本気で泣かれそうだから、拒否されたら大人しく諦めるけど。

「どうして、そんなことしちゃったのぉ……?悪戯で、じゃないよね……?」

非難が込められた瞳に見つめられる。悪いことをしていなかったとしても、罪悪感でズキズキしちゃいそうな威力がある。

351: 2015/09/27(日) 22:18:23.97 ID:9FyTUlOy.net
「当たり前でしょ。真姫ちゃんとの百合営業にもっとリアリティを出したかったから、その練習のためよ」

一瞬、あっけな取られたみたいだった花陽。次の瞬間には、非難の色は消えていた。

「……ふふ。にこちゃんはやっぱり、にこちゃんだね。アイドルのことをいつも考えてる」

安心しましたとばかりに微笑んでから、花陽が私の両手を手に取る。

そのまま、祈るかのように胸の前に抱き込まれた。手が触れ合っているだけなのに、抱きしめられているみたいに暖かい。

「怒らないの?」

「私はにこちゃんの気持ちがわかっちゃうから。怒れない、かな」

352: 2015/09/27(日) 22:21:25.07 ID:9FyTUlOy.net
くすっと笑みをこぼしながら、花陽はいった。

……そんな風に肯定されちゃったら、迷惑をかけるのが申し訳なくなってくるじゃない。

だというのに、花陽がいいたいのはそれだけじゃなかったみたい。

「だから……ちょっと頼りないかもしれないけど。また三人が来たら、その時は私が守るよ」

きゅんときた。腑に落ちるというか。ころん、と花陽に気持ちが転がった。

自信はなさそうに、でも、覚悟を感じる眼差しで。私を守ると宣言した花陽に、心が惹かれてしまった。

そんなことをいわれてしまったら、どうしてもしたくなっちゃうじゃない。

356: 2015/09/27(日) 22:33:38.23 ID:9FyTUlOy.net
「それじゃあ、今の私の気持ちもわかる?」

ずいっと顔を急接近させる。花陽とキスしたいという想いを込めて、まっすぐに見つめる。

花陽は、徐々に意味を理解していっているみたい。そのうちにみるみると顔を赤くして、あたふたとしだした。可愛い。

「え、えと、それって百合営業のためってこと、だよね……?」

そのためなら受け入れても―――花陽はそういいたいのでしょうね。

だったら、違う。私は、純粋に花陽とキスしたいだけだもの。そこで嘘はつきたくない。

357: 2015/09/27(日) 22:35:02.45 ID:9FyTUlOy.net
「違うわ。花陽が可愛いから、したいなぁって」

「ひゃぁ」

私の言葉に、驚きでぷるぷると震えはじめた花陽。

ずっと、あぅ……えぅ……と呟いていて、なかなか答えが返ってこない。仕方なく私のほうから口を開く。

「……ダメ、かしら」

悲しげな表情でいったそれの効果は抜群のようで、花陽はやっと落ち着いたみたいだった。

首をふるふると振って、私の目をジッと見つめて、答える。

358: 2015/09/27(日) 22:36:23.96 ID:9FyTUlOy.net
「あのね、違うの、嫌じゃないの。私、本当は……嬉しくて」

恥ずかしがっていたのかと思っていたけれど、そうじゃないらしい。

花陽は、その理由をぽつぽつと語り始める。

「二人の百合営業をみててね、いつも思ってたの。私のほうが百合営業に詳しいのに、どうして私とじゃないんだろうって」

「真姫ちゃんのほうが可愛いから、にこちゃんは真姫ちゃんを選んだのかなって……ずっとそんな嫌なことを考えてた」

そういって、そう思う事自体が悪いことをしたかのように目を伏せた。

……まさか花陽が嫉妬していたなんて、思ってもみなかった。

359: 2015/09/27(日) 22:42:16.40 ID:9FyTUlOy.net
「だから、ね。可愛いからっていう理由が……とっても嬉しいんだ。えへへ……」

たんぽぽのような健気な笑顔に、心が撃ち抜かれた。どくんどくんと鼓動が跳ねて、やかましい。

どうやら、花陽の持つ優しさといじらしさに、私はメロメロになってしまったらしい。

「……ねえ、花陽。私のこと好き?」

「うん、好きだよ」

照れながらも、ちゃんと答えてくれる。だけど、そんなのじゃ足りない。

「じゃあ、私と違うわね」

えっ……と呟く声。その声の色が変わる前に、私は続ける。

「だって、私は―――花陽のこと大好きだもの。好き、じゃ足りない」

360: 2015/09/27(日) 22:43:10.43 ID:9FyTUlOy.net
宣言して、何か言わせる間もなく腰に手を回して、花陽の身体を引き寄せる。

教室に響き渡る、ぴゃあっという声を聞き流しながら、首筋に唇を落とす。まずは、ここに……。

―――ちゅうう

私の証をつける。これで花陽は私のもの……と一人勝手に満足する。

うん、こういうのは気分の問題よ。

「っ……いま、なにしたの……?」

「んふふ~、気にしない気にしない~」

361: 2015/09/27(日) 22:45:05.77 ID:9FyTUlOy.net
誤魔化しながら、すりすりと肌を合わせて花陽を堪能する。肌の滑らかさ、柔らかさ―――どれをとっても一級品。

匂いだって、いい匂いがする。うなじのところをクンクンすると……ほわぁ、癖になりそう。

「にこちゃん、それは恥ずかしいよぅ……」

匂いをくんくんされるのはお気に召さないらしい。嫌よ嫌よも好きのうちってやつかしら?

悪戯心がむくむくと沸き起こってきて、魔が差した。ペロッとうなじを舐める。……うん、しょっぱい。

「ひゃんっ……それもダメだよぉっ」

そういって、抗議のつもりなのか、ぎゅーっと強く抱きしめられた。

大きな胸がふにふにと当たるので、私にダメージを与えるという意味では結構なものだ。ぐぎぎ。

362: 2015/09/27(日) 22:49:13.71 ID:9FyTUlOy.net
「ごめんごめん、花陽が可愛いから色々したくなっちゃうのよ」

う~、と涙目でうなる花陽に弁解する。私だって好きでやったわけじゃ……いえ、好きだからやってるんだけど。

それって要するに、可愛すぎる花陽が悪いってことじゃない?ほらね、にこ悪くない。

「でも、そろそろ―――貰っちゃうわね?」

からかう調子を少しまぜて、しかし半分以上の本気を込めて、最後の通告をする。

私の言葉に少しは躊躇うかなって思ったけれど、花陽は考えることもなく、こくんと頷いて、頬を赤く染めた。

363: 2015/09/27(日) 22:51:09.67 ID:9FyTUlOy.net
「……うん。優しくしてね」

どこまでも可愛らしい花陽の言葉を聞いた瞬間に、気がつけば唇を奪いにいっていた。

「んむぅ―――」

「……んぅ……ふぅ、っん」

好き。好き。大好き。花陽、大好き。心のなかは、その一色になっていた。

夢中で、お互いの『好き』を、唇を通じて確かめ合う。繋がれば繋がるほど、満たされてゆく。

「……ふぁ……はぁっ……んんっ……」

私も花陽も、呼吸が荒くなっているのに、息を継ぐ間すら惜しいとばかりに唇に熱中している。

花陽の吐息が、熱くて、甘い。きっと、私もそうなっている。

364: 2015/09/27(日) 22:57:02.30 ID:9FyTUlOy.net
「ふぁっ……にこちゃぁ……」

完全に蕩けきっている花陽。舌っ足らずに発された私の名前に、体の中で何かが疼いたのを感じた。

もっと近くに、もっと熱く花陽を感じていたい。

「ふぁ……花陽っ……」

「……んぅっ……」

熱烈なキスによって、口内の唾液が漏れ出したのか、花陽と私が離れる一瞬、糸が引いた。

光によって反射をしたそれを目にした時の、ぞくぞくと震えるような感覚を私は味わってしまったから。

こう思ってしまったのは、当然の帰結だったのだと思う。花陽の口の中は、どんな味がするんだろう……って。

365: 2015/09/27(日) 22:58:21.57 ID:9FyTUlOy.net
「はぁっ―――にこちゃん、どうしたの……?」

動きの止まった私を、花陽は物欲しそうな瞳で見つめている。

ああ、困った。そんな目で見つめられたら、止まることなんて出来ないじゃない―――。

「あの、にこちゃ―――んむっ……んむぅっ!?」

普通にキスをしてから、何も言わずに舌の侵入を試みる。

花陽は驚いたなのか、必氏に唇を閉ざしている。一旦離れて、上目遣いでお願いする。私だって必氏よ。

366: 2015/09/27(日) 23:00:08.77 ID:9FyTUlOy.net
「くち、んべって開けてよ」

「えっと……それは、ちょっと怖いよぉ……」

「……私の事、嫌い?」

目を潤ませて、悲しそうに嘆く。

このタイミングでこれは卑怯だと自分でも思う。予想通り、花陽に効果は抜群だったみたい。

「うぅ……狡いよ、にこちゃん……」

ただでさえ真っ赤になっている顔を更に赤くして、おずおずと口を開いた。

367: 2015/09/27(日) 23:03:10.19 ID:9FyTUlOy.net
「……工口いわね」

「みょうっ、しょんなこといわないでぇ……」

口を閉じずに喋る花陽も可愛いって思ったけれど。

私の目線は、ピンク色の舌とテラテラと濡れた口内に釘付けになっていた。早く、食べちゃいたい。

「わがまま、聞いてくれてありがとね。花陽、大好きよ―――」

花陽をこれ以上、驚かせないように、ゆっくりと近づいていく。

最初はためらっていた様子の花陽も、近づくに連れて、どこか期待の色が浮かべはじめているのがわかった。

369: 2015/09/27(日) 23:10:14.42 ID:9FyTUlOy.net
「ん―――」

自分の舌を、花陽に見えるように少しだけ出す。熱いほど見つめられているのがわかる。

これ以上進んだら、きっと今以上に蕩けてしまう。その予感が、私と花陽を興奮させている。

「ぁ―――」

唇と唇、舌と舌の先が、ほんの少し触れ合う。

お互いの息の熱を感じるほど近く。もう少し、もう少しで花陽の中に―――。

「―――たっだいまだにゃーーー!!」

「……ぅえ?」

振り返ると、そこには。

開きっぱなしだった教室の入り口で、凛が叫んでいる姿。

私はただただ思った。あんた、戻ってくるタイミング最悪よ……。

370: 2015/09/27(日) 23:11:08.18 ID:9FyTUlOy.net
7人目、終わり。

415: 2015/10/04(日) 21:01:59.94 ID:UKL9FWUp.net

416: 2015/10/04(日) 21:03:01.79 ID:UKL9FWUp.net
「にこちゃん、何かよちんに抱きついてるにゃー!」

「ぐふっ」

どーん!と背中に衝撃が走り、肺が圧迫されて息が漏れる。凛が背中に突撃したきたみたいだ。それも、助走付きで。

前には花陽を抱きしめていて、後ろからは凛が組み付いている、この状況。苦しい上にとても暑い。仕方なく花陽を解放する。

「かよちんっ、にこちゃんにいじわるされてたの?」

もぎゅもぎゅと私を全力で拘束しながら、花陽を心配している。私が花陽をいじめるわけないでしょーが。まったく、失礼なやつめ。

まあ、単に私が花陽に抱きついてからかっていたように見えたなら、それはそれでセーフだ。

もしもキスの現場を見られていたとしたら、容赦なく猫パンチが飛んできたことでしょうし。

417: 2015/10/04(日) 21:04:24.49 ID:UKL9FWUp.net
「ううん、違うよ。ちょっと遊んでただけだよ」

「ほんとに?」

乱れていた制服を正しながら、何事もなかったと説明している花陽だけれど、その額には玉のような汗浮かべている。

顔が不自然に赤い上に、それだもの。説得力なんてないわよね。凛もそれがわかっているらしく、怪しむのをやめようとしない。

「……」

今もなお、たぶん私をジロジロと眺めているであろう凛。

背中にひっついているから顔は見えないけど、首のあたりにひしひしと視線を感じる。

ふん、ここは先輩として威厳を見せるところね。

418: 2015/10/04(日) 21:05:24.84 ID:UKL9FWUp.net
「花陽のいう通りよ。ほら、いい子だからそろそろ離しなさい」

「にこちゃんのいうことは信用できないもん」

「ぬぁんでよ!信用しなさいよっ」

余りの言い草に、ぐがーっと吠える。

せっかく、心優しいにこにーが出来るだけ優しく声をかけてあげたってのに、すげなく突っぱねるなんて!

こうなったら実力行使で振り払ってやろうか―――そう考えた時、花陽のとりなしが入った。

「凛ちゃん。本当に遊んでただけだから、ね?」

「……かよちんがそこまでいうなら」

420: 2015/10/04(日) 21:06:56.16 ID:UKL9FWUp.net
途端に、パッと手を離されて解放される私。なんか納得いかない。

私の言葉って、そんなに重みないかなぁ?

「ったくもー、苦しいじゃないの。……何回も助けてくれてありがとね、花陽」

「どういたしまして」

またもや助けてくれた花陽に感謝。ほんとーに、いい子だ。頭をなでてあげましょう。よしよし。

「えへへっ」

うん、目を細めて喜ぶ花陽に、ほのぼのとしてくる。

そうそう、これなのよ。私が求めているのは。それに比べて、凛ときたら。

421: 2015/10/04(日) 21:08:10.08 ID:UKL9FWUp.net
「……」

未だに私をジーっと見つめている。いや、にらんでいるっていったほうがいいかも。

私が花陽を撫でるのが、そんなに不満?私だって花陽を可愛がりたいんだけど!……そんな想いを込めて、むむむーっとにらみ返す。

「にこちゃんのばかっ」

そうしたら、罵倒された挙句にそっぽ向かれてしまった。まったく、なんなのよ。

普段から、私にソンケーとかアコガレーとかする感じじゃないけどさ、それにしても酷い対応だ。

(凛に何かしたっけ……?)

422: 2015/10/04(日) 21:09:29.26 ID:UKL9FWUp.net
最近の私達を思い返してみる。特に悪戯をした覚えも、意地悪をした覚えもない。

それどころか花陽や真姫ちゃんがいない時にだって、一緒にラーメン食べに行ったり、買い物にいったり、カラオケにいったりと、二人であれやこれや……。

(むしろ、めちゃくちゃ可愛がってるじゃない!)

脳裏に浮かぶのは、一緒に遊んでいる時の思い出。ふとした瞬間に、にぱーっと笑う凛の姿。

機嫌がいい時は猫の様にごろにゃんと甘えてきて、花陽並みにとは言わないけど、それなりに心を開いてくれたと思っていたのに。

それが今では、ツンケンツンケン、ふしゃー!って感じ。近づいたら噛まれそうな気さえする。

423: 2015/10/04(日) 21:10:11.93 ID:UKL9FWUp.net
「かよちん、にこちゃんなんて放っておいて、部室いこっ」

「え……にこちゃん、助けてあげないと、」

「いいの!」

そういって凛は、半ば無理やり花陽の手を引いて歩きだした。

「ちょっと凛、待ちなさいよっ!」

何をそんなに怒っているのかわからないけど、花陽まで連れて行こうとしている。

文句のひとつくらい言わないと気が済まない。

「あんたね、何をそんなに怒ってるのかしらないけど―――」

空いてる方の手を掴んで、凛を引き留める。そして、無理やり振り向かせる。

424: 2015/10/04(日) 21:11:20.52 ID:UKL9FWUp.net
「―――!?」

そして、思わず言葉を失ってしまった。なぜなら凛は不機嫌そうな表情なんてしていなかった。

そのかわりに、目尻に涙を溢れんばかりにして、口元を真一文字にきゅっと結んで―――泣きそうにしていたからだ。

「ちょっ、えっ?あんた、なんで……」

花陽も凛の様子に気がついたようで、凛の後ろでおろおろと慌てている。

「……にこちゃんは、凛にはなにもないの?」

言葉と共に、堰を切ったように涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。

私の問いかけが、最後の一線を超えさせてしまったらしい。

425: 2015/10/04(日) 21:12:28.81 ID:UKL9FWUp.net
「凛だって、にこちゃんのこと早く助けてあげないとって、一生懸命探してたのに……それなのに、かよちんのことばっかり!」

悲しみと怒りが篭った言葉が、ぐさぐさと心に突き刺さる。

言われて気がつく。凛だって私のために動いてくれていたのに、感謝の言葉も言わなかった。

(さっきのは、ただ私をにらんでいたんじゃなくて……ありがとうっていわれるのを待ってたのね……)

汗をかきながら走り回って、帰ってきたら花陽と遊んでる私がいて、ほめてくれない上に、あまつさえ、にらみかえされる。

考えれば考える程、自分がしでかしたことの大きさがわかってくる。

凛が私に酷い対応をしていたんじゃなくて、私が凛に酷いことをしていたんだ。

426: 2015/10/04(日) 21:13:36.87 ID:UKL9FWUp.net
「……ごめん」

「許さないもん!……手、離してよっ!」

掴んだ手を振りほどこうとする凛。だけど、絶対に振りほどかせない。ここで凛を行かせてしまうわけにはいかない。

私が泣かせてしまったんだから、私が笑顔に戻してあげないといけない。力を目一杯いれて、凛を引き寄せて抱きしめる。

「―――んにゃぁ!」

私の腕の中で、じたばたと喚きながらもがいている。背中を強めに叩かれているけど、気にせずに抱擁を続ける。

「花陽。少しの間、凛と二人きりにしてくれない?」

427: 2015/10/04(日) 21:14:30.44 ID:UKL9FWUp.net
あたふたしている花陽に声をかける。

それでようやく落ち着きを取り戻してみたいで、こくこくと頷いている。でも、やっぱり心配そうに凛を見ている。

―――ちょん、ちょん

花陽に目配せしながら、自分の唇を指先で軽くつついて、その後に凛の背中を指差す。

花陽のことが可愛くて大好きなように、凛のことだって大好きだから、絶対に仲直りをするっていう意思表明だ。

「うん、わかった。……ふふ、いっぱい可愛がってあげてね?」

私の意図は無事に伝わったようで、花陽は微笑んでから、静かに教室を出て行った。

凛は暴れながらも花陽の言葉をきいていたみたいで、その言葉に反発している。

428: 2015/10/04(日) 21:16:11.92 ID:UKL9FWUp.net
「やだっ!にこちゃんなんかに可愛がられたくない!」

下手なことをいえば、余計に刺激してしまう。沈黙したまま、凛が落ち着くのを待つ。

「ばか!ばかっ!ばかぁ……!」

「……っ」

背中がじんじんと痛む。既に青タンがいくつか出来ているのだと思う。

でも、叩いている凛の手だって痛いはずだし、そして心の痛みはもっと大きいはずだもの。

「はなしてよ……」

振り払おうとする力が弱くなってきている。言葉にも力がない。さっきまで荒かった呼吸音も静かになっている。

もう少しで、落ち着きそう。その時に向けて、なんて言おうか考えようとして、やめる。いうことなんて、最初から一つしかない。

429: 2015/10/04(日) 21:17:11.24 ID:UKL9FWUp.net
「……」

ついに凛が沈黙する。体からは力が抜けて、私に身を委ねはじめている。

心のガードも、肉体のガードも緩んでいる。このタイミング。

すかさず凛の耳元に口を寄せる。そして、じわりじわりと心に染みこむように、優しく、甘く囁いた。

「私のためにありがとね。大好きよ」

ビクッと凛の体が跳ねる。だけど、それだけ。沈黙したまま、私の肩に頭をうずめている。

凛の様子を見るために、仕方なく少しだけ体を離そうとして―――がっちりと捕まっていることに気がついた。

430: 2015/10/04(日) 21:18:38.55 ID:UKL9FWUp.net
「凛?」

どうしたの、というニュアンスで名前を呼ぶ。

そうしたら凛は、肩に頭をくっつけたままイヤイヤと首を振りはじめた。

ぐにぐにと肩が揺れる。耳に当たる凛の髪の毛がこそばゆい。

(これは……まだ足りないってことかしら?)

物は試し。先程花陽にしたように、凛の頭を撫でてみる。

「……にゃ」

反応あり。小さな呟きと共に、頭をごしごしと縦に動かしている。やっぱり、もっと可愛がれということらしい。

……ふふ、さっき可愛がられたくないっていったの、誰だったかしらね。

431: 2015/10/04(日) 21:20:47.28 ID:UKL9FWUp.net
(ほんと、あまえんぼね。……そんなところも可愛いけど)

さらさらとした髪の感触と、凛のぬくもりを楽しむ。なんだか、凛のお姉ちゃんになった様な気がしてきた。

ずっとこうしていたいなーって思ったけど、花陽を待たせてるし……ううん、もう少しだけこうしていよう。そう思った時、凛が口を開いた。

「もういいよ、にこちゃん。……許してあげる」

お互いの顔が見える程度に体を離す。凛の表情をみれば、微笑んでいる。

「……許してくれるの?」

「うん!にこちゃん、凛のこと大好きっていってくれたから。凛だって、にこちゃんのこと大好きだもん。これでお相子だにゃ!」

432: 2015/10/04(日) 21:23:18.07 ID:UKL9FWUp.net
言って恥ずかしくなってきたのか、えへへっ、と照れている。

ったくこの子は。可愛いこといってくれるじゃない。そんなこといわれたら、もっと可愛がりたくなっちゃうでしょう。

心の赴くままに、優しく凛を引き寄せる。こつんとおデコ同士をあわせて、凛のまんまるな瞳と目を合わせる。

「……にこちゃん?」

「ねえ、凛―――」

不思議そうに、私を見つめる凛。

ちょっと、あんた。こんなにあどけない凛に、一体何をしようとしているの。さっきまで泣かせていた癖に……そういう風に私を止める私は、既に消え去っている。

「―――キス、していい?」

「にゃ?キスって―――キス!?凛とにこちゃんが……?」

433: 2015/10/04(日) 21:25:07.36 ID:UKL9FWUp.net
言葉の意味を理解した途端、とてもびっくりしている。

ま、そりゃそうよね。私だって今日まで、こんなことを言うようになるとは思ってなかったもの。

「ダメ?」

「そんなの……困るにゃあ……」

まあ、そう簡単には許してくれないわよね。凛は瞳を右に左にキョロキョロと動かして、私の視線から逃れようとしている。

でも、口では困ってるといっているけど、私から離れようとせずに顔を赤くしながらモジモジしている。これって、あと一押しよね?

434: 2015/10/04(日) 21:26:17.80 ID:UKL9FWUp.net
「凛のこと、大好きなんだもん。凛は、私の事、嫌い?」

「ぅぅ……その言い方はずるいよ……」

今、私に嫌いって言えるわけがないとわかってる。だからこれは卑怯な物言いだ。

でも、これくらいしなきゃ凛は動いてくれないと思ったんだもの。

「……いいよ。でも、怖いから、ゆっくりしてね」

凛は、すうっと深呼吸をして、ゆるゆると息を吐いて。

ただでさえ緊張で赤かった顔を更に赤くして、しかし真っ直ぐと私を見据えながら言い切ってくれた。

「ふふ、あんたのそういうハッキリいうところ、好きよ」

思ってることをストレートにいう。毒舌だなんていわれることもあるけど、私は好ましく思ってる。

435: 2015/10/04(日) 21:27:02.26 ID:UKL9FWUp.net
「……そんなに好き好きいわないでほしいにゃ」

あらら、目を逸らされてしまった。照れちゃったみたいね。

でもね、凛。そんなことされたら、もっと好き好きいいたくなっちゃうのよ?

くししと笑いながら、わるーい顔で、情感たっぷりに愛を囁く。

「りん、すきよ。だーいすき」

「もぉー!」

わざとらしく好きを連呼する私に、凛は頬を膨らませてぷんすかと怒ってる。

もちろん、本気で怒ってるわけじゃない。これはじゃれあってるだけ。証拠に、凛も私も、くすくすと笑っている。

436: 2015/10/04(日) 21:27:47.64 ID:UKL9FWUp.net
「にこちゃん。……そろそろ、キスしてよ」

「え~?もうちょっと凛と、こうやって遊んでいたいんだけどなぁ」

おデコをぐりぐりと動かしながら、もっとじゃれ合いましょうって誘ってみる。

だけど、凛は待ちきれなくなったみたいだ。

「かよちんを待たせちゃってるし……それに……」

「それに?」

「……ずっと、にこちゃんの唇にドキドキしちゃって……とってもつらいの」

はぅあ。あまりに愛らしい、その熱のこもった呟きは、弓矢に胸を貫かれた気がするほどに甘かった。

どうしてこう、うちの一年生達は私のツボを抑えてくるんだろう。いや、ツボなんて関係なく、誰だって虜になっちゃうか。

437: 2015/10/04(日) 21:28:47.94 ID:UKL9FWUp.net
「わかったわ。……目、閉じてくれる?」

「うん……」

凛が両目を閉じるのを確認して、両頬に手を添える。未知の行為に、表情が強張っている。

そういうのも全部可愛いなと思う。緊張を出来るだけ解いてあげるために、優しく撫でる。

少しずつ、頬が柔らかくなっていく。もう、大丈夫かな。

「キス、するわね―――」

健康的な桃色の唇に狙いを定めて、ゆっくりと近づいていく。

凛を包む両手が熱い。凛が暖かいのか、私が熱を持っているのか。二人の温度は融け合っていて、自分でもわからない。

438: 2015/10/04(日) 21:29:40.49 ID:UKL9FWUp.net
(あ、この匂い……汗の匂い)

あちこちを走り回っていてくれたんだから、汗をかくのも当然だけど。今更、汗の匂いを凛から感じる。

さっき抱きついていた時には、特に感じなかったのに不思議なものだ。

(嬉しいわ、凛)

自分のための匂いだと思うと、その想いは深まる。健康的な汗の匂いって実は結構好きだったりするし。

私のために、本当にありがとう。感謝の気持ちをのせて、凛の唇を甘く噛んだ。

「―――んっ」

439: 2015/10/04(日) 21:32:13.63 ID:UKL9FWUp.net
ふにっとした感触。ぴくりと反応した凛を尻目に、軽く吸い付く。ぴりぴりとした刺激が走る。

「ふにゃぁ……んぅ……」

思い切って、舌先で唇をちろちろと舐めてみる。

凛の唇が湿り気を帯びてきて、てらてらと光りはじめた。

……なんだか、やらしいことをしている気分になってきた。

「にゃあっ、にこちゃん、舐めるの、やだっ……」

刺激が大きすぎたみたいで、体をびくびくさせながら顔を逸らされた。

よくみてみれば、目尻には涙が溜まっている。うぐ。やりすぎちゃったみたい。

440: 2015/10/04(日) 21:33:50.31 ID:UKL9FWUp.net
「また意地悪しちゃった。ごめんね」

指先で涙をぬぐう。すんすんと鼻を鳴らす凛の頭を抱きかかえて、よしよしとあやす。

今日、やたらと経験値をためてきた私と違って、凛はたぶんはじめてだ。

それなのに唇を舐められてしまって、びっくりしちゃったんだろうと思う。

一回泣かせてしまっていたから、心のタガが緩みやすくなっていたというのもありそうね。

(そのことを考慮に入れてなかった。はぁ……)

441: 2015/10/04(日) 21:34:37.85 ID:UKL9FWUp.net
凛自身のことを考えていなかったことに、自己嫌悪。

このまま続けてたら、きっと私は止まらなくなる。そうなれば、また、凛を泣かせてしまうだろう。

だからもう、終わりにしたほうがいいでしょうね……。

「凛、ありがとね。もう、花陽のとこ行きましょうか」

「うん……」

仲直りするといって席を外してもらった手前、恥ずかしいけれど。花陽に凛を慰めてもらおう。

そして更に泣かせちゃったことを、大人しく叱られて―――いや、花陽なら逆に叱らないかもしれない。

そっちのほうが私的にはつらいけど……それでいい。自業自得だもの。

442: 2015/10/04(日) 21:38:03.25 ID:UKL9FWUp.net
「ほら―――凛?どうしたの?」

凛の手を引いて、歩きだして―――数歩歩いたところで、凛の手に引き止められた。

見てみれば、俯いたまま足を止めている。私が凛に向きなおると、ぽつぽつと話し始めた。

「……かよちんのところに行く前に、おデコにちゅーして欲しい」

それは想像だにしていなかった言葉だった。

さっきのことがあったのに、凛がおデコとはいえ、自分からキスしてほしいというなんて。

どうして?―――尋ねる前に、凛は答えた。

443: 2015/10/04(日) 21:39:17.14 ID:UKL9FWUp.net
「泣いて終わりはやだもん。……唇は怖いから、おデコがいい」

そういって、凛は顔をあげた。どこか弱々しさを感じさせる笑顔。

精一杯の表情から、笑顔で終わらせようっていう、凛の想いが伝わってくる。

……まったく、あんたって奴は。このにこに、笑顔の大切さを思い出させるなんて。

「ありがとね、凛」

凛の前髪をかき上げる。うん、可愛いおデコだ。

おデコを見せる髪型も似合いそう……そんなことを考えながら、少しだけ背伸び。愛情を込めて、キスをする。

444: 2015/10/04(日) 21:39:55.98 ID:UKL9FWUp.net
―――ちゅっ

体を離そうとして……そこにすかさず、凛の手がのびてきた。

有無をいわさずに私の前髪をかき上げる。わるい顔でにやーっと笑って、こういった。

「凛も、する」

―――ちゅっ

お互いの顔を見合わせる。そこにはもう、弱々しい笑顔の凛は居なかった。

いつもの、一緒に悪戯をしたり、遊びに行ったりする時の……私の大好きな凛がいた。

445: 2015/10/04(日) 21:41:54.91 ID:UKL9FWUp.net
「えへへっ」

「ふふっ」

満面の笑みの凛を見ながら、思う。

今の私も、凛に負けないくらいの笑顔になってるんだろうな。

「ほら、かよちんのところに行こっ、にこちゃん!」

凛は、元気いっぱいに私を引っ張り始める。

……ああ、楽しい。反省してないっていわれちゃいそうだけど、やっぱり凛にキスしてよかったかも。

「はーやーくーっ!」

「はいはい、わかったから、そんなに引っ張らないでちょうだいよっ」

教室の扉を開く。

廊下に出て、花陽を探すと、少し離れたところにいた。扉の開閉音に気がついていたようで、笑顔でこちらに手を振っている。

446: 2015/10/04(日) 21:42:50.72 ID:UKL9FWUp.net
「かよちーん!」

「ちょっ、もうちょいゆっくり……」

「……あれ?かよちん?」

凛の不思議そうな声に、花陽をみる。

変わらず、別に変わったところはないけど……?

さっきと同じように、手を振って―――んん?ううん、妙に手を振るのが早い。

それに振るっていうか、引き寄せようとしているかのような動きは―――。

447: 2015/10/04(日) 21:44:12.57 ID:UKL9FWUp.net
「―――にこちゃん!後ろ!」

私の肩に、後ろから手がするするとまわってきて、ぎゅっと抱きしめられる。

そして背中に大きな弾力。幾度となく感じたことのある感触。

その度にぐぎぎっとなってきたのだから、忘れるわけがない。

ああ、ついにこの時が来たのね。今日くらいは、逃げられると思ってたんだけど。……ね、希。

「はろー、にこっち」

今日の晩ごはんの献立、何にしよう……。

どたどたと走ってくる二人分の足音を聴きながら、私は現実逃避を始めていた。

448: 2015/10/04(日) 21:44:43.88 ID:UKL9FWUp.net
8人目、終わり。

454: 2015/10/04(日) 21:56:02.64 ID:UKL9FWUp.net
描写不足や展開の飛びは多少目を瞑って欲しいにこ
そして次回投下は少し間が空いて、来週の水曜日くらいになりそうにこ

492: 2015/10/14(水) 22:09:32.59 ID:FMZjmTXa.net
正直あんまり書けてないにこ!

494: 2015/10/14(水) 22:23:08.18 ID:FMZjmTXa.net
メインまでの導入部分(短い)を投下したいと思ってるにこー

498: 2015/10/14(水) 22:53:14.58 ID:FMZjmTXa.net

499: 2015/10/14(水) 22:54:16.66 ID:FMZjmTXa.net
「にこちゃん捕まえたっ!」

私の右腕をがっしりとつかみながら、希から数瞬遅れてやってきた穂乃果が叫んだ。

「にこちゃんは渡さないにゃ!」

希達の登場に驚いていた凛だけど、負けじと繋いでいた左手を改めてしっかりと握る。

「にこっ!もう逃がさないからっ!」

ワンテンポ遅れてやってきた絵里が、穂乃果と一緒に右腕を抑えこむ。

「にこちゃんは私が守りますっ!」

さらに少し遅れて登場した花陽。当然のように凛と一緒に左手を握っている。

四人からは絶対に離さないという意思がびんびんと伝わってくる。もう、この時点で嫌な予感しかしない。

500: 2015/10/14(水) 22:55:17.76 ID:FMZjmTXa.net
「ねえ、凛ちゃん、花陽ちゃん……。手を離してくれないかな?にこちゃん、連れていけないや」

「だめ!にこちゃんは、凛とかよちんと一緒にいるの!」

ぐいっと引かれる右腕。反発するように引き返される左手。

「……凛、花陽、聞き分けてくれないかしら?にこと少しだけ話があるのよ」

「にこちゃんは渡しません!」

ぐいぐいっと引かれる右腕。ぎゅーっと引っ張られる左手。

小競り合いのたびに、私の体は揺れ動く。少しずつ、双方の引く力が強くなる。なんかのお話で見たことあるわ、これ。

501: 2015/10/14(水) 22:56:11.98 ID:FMZjmTXa.net
「穂乃果の!」「凛の!」「私のよ!」「私だよ!」

「ちょっとあんた達、そんなに引っ張らないで――――いたっ!あいたたっ!やめ、やめなさいよこらー!」

両方から力いっぱい引っ張られたら、当然こうなる。両腕が限界まで引っ張られて、とても痛い。

やめてー!といっているのに、誰もやめようとしないし。というか腕を引っ張るのに夢中で私の言葉を聞いちゃあいない。

「あはは、にこっち、このままやと半分こにされちゃうね」

「ちょっと!のんきなこといってないで、助けてよ!」

「えぇ~。でもなー。うちも怒ってるんやけど~?」

502: 2015/10/14(水) 22:57:51.29 ID:FMZjmTXa.net
希は私の首に手を巻き付けたまま、楽しそうに様子を眺めている。

そんなこと言ってる場合じゃないっての!脱臼したらどうすんのよ!にこのぷりちーな腕が可哀想なことになっちゃう!

「いいからはやく!」

「……しゃーないなぁ。うちの奥の手を使って空気を和ませてしんぜよう」

そういって希は私から離れた。首に巻かれていた手も消えている。

しかし次の瞬間、二本の腕が私の腋の下を通って、前方に突き出された。指がワキワキと準備運動のように動いている。

それを見た私は思った。奥の手とかいっといて、結局いつものやつじゃないの!

「―――そーれ、わしわし~!」

「ぎゃああああああああああ!!」

503: 2015/10/14(水) 22:58:56.92 ID:FMZjmTXa.net



ぜえ、ぜえと息を弾ませる。まさに息も絶え絶え状態。

希に頼んだのは間違いだったかも。いつものやつだと思ったら、それどころじゃなかった。

怒っているというのは本当だったようで、例のアレもパワーアップしていたのだ。

「にこちゃん、大丈夫?」

「にこ、一人で立てる?肩、貸すわよ?」

怒っていたはずの穂乃果と絵里すら、優しい言葉をかけてくれるほどの容赦のない希のわしわし。

私の腕を引っ張る四人を落ち着かせることに成功していたけど、代償に私が負ったダメージは大きい。

この後、更に三人に何かされるのかもしれないと考えると、悲しみの果てにたどり着いたんじゃないかって気分だ。

504: 2015/10/14(水) 22:59:43.77 ID:FMZjmTXa.net
「……ふぅ。大丈夫よ、自分で立てるから」

「にこっちって頑丈やねえ」

「うるさい」

希の言葉を冷たくあしらいながら、やっとのことで顔をあげる。

まず目に入ったのは、争う雰囲気ではなくなったせいで所在なさげにしている花陽と凛だった。

私を助けようとしていたんだから、褒めてあげなくちゃね。

さっきも教室で褒めたけど、褒めるにすぎるということはないのだ。

おいでおいでと手招きをして呼び寄せる。

505: 2015/10/14(水) 23:00:48.14 ID:FMZjmTXa.net
「……?」

「にゃ?」

そろそろ近寄ってきた二人まとめて、力いっぱい抱きしめる。

少し腕が痛むけど、これは二人が頑張ってくれた証拠。なんてことはないわ。

「私が追われてたのは、私が悪いからだし。やっぱり、素直にお仕置きを受けることにするわ」

「……うん」

「にこちゃん……」

「ちょっと痛かったけど、私のためにありがとね」

506: 2015/10/14(水) 23:03:57.86 ID:FMZjmTXa.net
もっともっと、ぎゅーっと強く抱きしめる。

本当はこれでも足りないくらい感謝してるんだからね。

「えへへ……」

「ふふ、苦しいよぉー」

……よし。二人からいっぱい元気をもらった。覚悟は出来た。今の私は最強よ!

「さぁ、希、絵里、穂乃果。好きなところに連れて行きなさい」

ばばん!と胸を張って宣言する。……なのに、反応は芳しくない。

507: 2015/10/14(水) 23:05:56.52 ID:FMZjmTXa.net
三人は顔を見合わせて、こそこそと

「どうするの?」「そんな雰囲気じゃないわよね」「うちに考えがあるよ、当初の予定通りで」

……などと相談しあっている。あの、丸聞こえなんですけど?

「それじゃあ、部室にいこっか。実は、ことりちゃん達に集まってもらってるんよ」

「あ、そう、わかったわ。花陽、凛。行ってくるわね」

「花陽ちゃんたちも来てな」

……。

締まらないわね……。

508: 2015/10/14(水) 23:06:57.35 ID:FMZjmTXa.net



「にこっち連れてきたよ~」

中には、いっていた通りに、残りのメンバーが集まっていた。

まず目に入ったのは、ことり。

心配そうに私を見ていたけれど、険悪な雰囲気がないことに安心しているみたい。

そして次は、真姫ちゃん。なぜか不機嫌そうに睨みつけられた。怖い。

残るは海未。未だキスのショックが抜け切らないみたいで、ぼけっと天井を眺めている。これはこれで怖い。

509: 2015/10/14(水) 23:08:32.57 ID:FMZjmTXa.net
「とりあえず、みんな座ろっか」

希の言葉のままに、自分の席に向かう。希は、全員が着席したのを確認してから話を切り出した。

「おほん。一連のにこっちの行動について、話し合いを始めたいと思います。

 えっと……まずは、事実確認からがいいかな。にこっち。うちにキスしてからのこと、全部話してくれる?」

「……わかったわ」

もう逃げる気はないので、正直に答えることに。

真剣な顔で、始まりの動機から、その結末までを詳細に語り始める。

510: 2015/10/14(水) 23:09:58.28 ID:FMZjmTXa.net
「私がみんなにキスしだした最初の理由は―――」

始まりのキスの理由。そして、キスが心地よかったこと。回数を重ねるうちに、より強く満たされていったこと。

半ば暴走状態にあったことや、キスをした時の相手の表情や。途中からは、キスをするのが目的になっていたこと。

誰それには何回くらいキスをしたとか、どこそこが可愛かったとか、いい匂いがしたとか。そういうことも全部。

「―――で、花陽と合流しようとしたところで、希に捕まって、わしわしされて今に至る。これで全部よ」

511: 2015/10/14(水) 23:11:42.82 ID:FMZjmTXa.net
そして、希から始まり凛に終わった、通り魔的キス行為を語りを終えて、みんなの様子を順番に見ていく。

希。少し顔を赤くしている。意外に初心なのよね、希。

絵里。ちょっと不満そう。本当に嫌がってたのに無理やりっていうのは、絵里くらいだもんね。ごめんね。

海未。羞恥の余りに頭をふらつかせている。ああ、そんなにふらふらしたら危ないわよ……。心配ね。

穂乃果。う゛ーとうなって、私を威嚇している。可愛らしい。

512: 2015/10/14(水) 23:12:17.98 ID:FMZjmTXa.net
ことり。キスの時のことを思い出しているのか、にこにこと笑っている。あ、ウィンクされた。……末恐ろしい。

真姫ちゃん。不機嫌じゃなくなっている。語っていた時に何度も可愛いって褒めていたからかも。ちょろい。

花陽。意外にも、顔を赤くしていない。にこちゃんは仕方ないなぁって感じで、優しく微笑んでいる。

凛。真っ赤になって照れている。しかも、目が逢うと唇を隠した。あー、可愛い。

513: 2015/10/14(水) 23:15:50.45 ID:FMZjmTXa.net
(この子たち全員にキスしちゃったのよね……)

夢中だったけど、振り返ってみれば凄いことやらかしちゃった……と考えていたその時。

―――ごん!

突然、部室内に鈍い音が響いた。

いよいよ限界を越えた海未が、机に頭を突っ込ませたみたいだった。

「海未ちゃん、大丈夫……?」

海未はぷすぷすと煙をあげながら、ひたすら『破廉恥です、破廉恥です』と呟いている。

ことりの心配そうな声に応じる声はなく、壊れたロボットのように、同じ言葉を垂れ流し続けている。

まあ、私が語っていた内容を思い返せば、海未には追い打ちかけてたようなものだしね。

514: 2015/10/14(水) 23:18:21.44 ID:FMZjmTXa.net
「こほん。えー、とりあえず海未ちゃんは置いといて。にこっちが全部話してくれたから、次の話に移るけど……」

流石の希も、海未の様子には気勢をそがれたみたいだったけれど、話は続けるようだ。その辺りは本当にしっかりしている。

「今の話を聞いた上で、にこっちへの罰を決めようと思ってたんやけど……」

実際のところ、希はあんまり怒ってなさそうなのよね。穂乃果と絵里にしても同じ。

私がわしわしされたことで気が済んだのかもしれない。

「それぞれが別々にどうするっていうんじゃなくて、みんなで同じ罰を与えるっていうのにしたいんよ」

「みんなで同じ……?」

515: 2015/10/14(水) 23:20:03.37 ID:FMZjmTXa.net
「うん。正直、うちらも、もうそんなに怒ってないし。うちら以上に怒ってる人もいなさそうやし。
 ただ、ケジメとして、みんなが同じ罰をして、この話は終わりにしたほうがいいんちゃうかなって」

「でも……罰なんて……」

ことり達が悩んでいる。

自分は、にこちゃんに迷惑をかけられたと思ってないから、罰を与えるのはためらう―――といったところね。

だけど、これは私が受けないといけないものだ。

有耶無耶にしてしこりを残すかもしれないより、スッキリ終わらせたほうがよっぽど良いもの。

516: 2015/10/14(水) 23:22:35.67 ID:FMZjmTXa.net
「みんなに迷惑をかけたことは事実だから気にしなくていいわ。わしわしはもう勘弁だけどね」

私の潔い言葉に、希がふふっと笑う。その笑顔に、少し黒いものが見えた気がする。

「それで、にこっちに与える罰の内容だけどね。にこっちにお願いを一つ頼めるっていうのはどうかな?もちろん、酷いことはなしで」

予想外の提案に、みんなが互いに顔を見合わせる。

まあ、それなら……と、ちらほらと頷きだしたメンバーをみながら、少なくとも、わしわしされることはなさそうだと安心していた。

―――それが、罠だとも知らずに。

534: 2015/10/19(月) 19:43:18.10 ID:qh/8C06I.net
20時投下にこ

536: 2015/10/19(月) 20:00:08.40 ID:qh/8C06I.net

537: 2015/10/19(月) 20:01:13.09 ID:qh/8C06I.net
ピピッ―――かちゃ。

「ふわぁ。……朝ね。起きなくちゃ……」

目覚まし時計へと伸ばしていた手を引っ込めて、もぞもぞと体を丸めて暖を取る。

でも、いつまでもそうしているわけにはいかない。少しためらってから、勇気を出して掛け布団をはねのける。

(……うぅ、やっぱり寒い)

軽い眠気と冷たくなる体。ふつふつと沸き起こる二度寝したい気持ちを強引に抑え込んで、ベッドから起ち上がる。

「よし。朝ごはん作ろっと」

ぱしん、と頬を軽く叩いて気合をいれる。

お仕事で疲れてるママのため。最高に可愛い妹達のため。

今日もおいしいご飯、作らないとね。

こうして、私の一日は始まるのだ。

538: 2015/10/19(月) 20:02:45.30 ID:qh/8C06I.net


マンションの廊下をてくてくと歩きながら、思考に耽る。

私こと、矢澤にこの朝はとても早い。自分でそんなことを考えてしまうほど、早い。

お肌のために早く寝ちゃうから、早く起きてしまう。

朝ごはんとお弁当を作らなきゃいけないっていう理由もある。

さらに、最近の私にはもう一つの理由が出来た。

539: 2015/10/19(月) 20:04:01.01 ID:qh/8C06I.net
「はぁ……なんで私がこんなこと……」

目的の場所に到着。いつものように愚痴とため息をひとつこぼしてから、ポケットから鍵を取り出す。

目の前の鍵穴に躊躇なく突き刺し、回転させる。かちゃり。扉ををあけて、慣れた足取りで中に入っていく。

何も言わずに、奥へ奥へと進んでいく。ここの住人はどうせまだ寝ているから、構わない。

(というか、だからこそ私が来てるんだけど……)

もう一つの扉をあけて、寝室に入る。

そこには、心地よさそうに眠りこけているそいつがいた。

540: 2015/10/19(月) 20:05:24.64 ID:qh/8C06I.net
「……すぅ……すぅ……」

うちの妹たちなんて、学校へ行く準備を全部終わらせて、ゆったりとテレビを見てる時間よ?

この時間に起きていないのは遅すぎるっつーの。肩を掴んで、ゆさゆさと体を揺らす。

「希、朝よ」

「……ん……にこっち……?」

「ほら、起きなさい」

「……やっ……」

一応、起きはした。でも、起き上がらない。いやいやと頭を振っている。

541: 2015/10/19(月) 20:06:33.41 ID:qh/8C06I.net
この後の展開は、いつも同じ。掛け布団で顔を半分隠して、可愛こぶりながら、こういうのだ。

「ちゅー、して」

……ってね。そう、キスの要求よ。困ったもので、これをしないと希は起きようとしない。

私は『毎朝起こしにきて』っていう『お願い』で来てあげてるのに。

それも、日課だった朝の趣味(アイドル)の時間を潰してまで。

だってのに、こいつはこれだもの。ちょっと腹が立ってきた。むんずと掛け布団を掴んで、引き剥がしにかかる。

542: 2015/10/19(月) 20:07:42.52 ID:qh/8C06I0.net
「いいから起きなさい!」

「いややぁー!」

希は必氏にベッドから出まいと全力で抵抗する。引っ張っても引っ張っても出ようとしない。

「おはようのちゅーしてくれな、おきひんもん!」

今度は掛け布団に全身を包み込んで籠城し始めた。ああもう、面倒くさくなってきた。このまま放置しとこうかな。

でも、そんなことしたら後々余計に面倒くさくなるのが目に見えてるし。そうなるとμ’sの活動にも支障が……。

(……どうせ、今日で最後じゃない)

『お願い』が有効な期限は今日までだ。だから、希にこんなことをいわれるのも、これで最後。

543: 2015/10/19(月) 20:09:23.12 ID:qh/8C06I0.net
(せっかくなんだし……ね?)

そう考えてしまったら、もうだめだ。言い訳が、私を動かしてしまう。

私だって、本当の本当はキスしたいと思ってるんだもの。希に甘えられるのだって、嬉しいし。

だけど、あの日の反省から、出来るだけ我慢しようって決めたんだ。我慢できたこと、一度もなかったけど……。

「さっさと布団から顔出しなさい」

「やっ!」

籠城している希に声をかける。諦めて出てこいって意味じゃないわよ、バカ。

「……そうしないと、キス出来ないでしょ」

言葉を聞いた途端に、にょきっと布団から頭が生える。そして、嬉しそうに笑った。

「へへ、にこっち、好き~」

「うるさい」

ちゅっ。

544: 2015/10/19(月) 20:10:34.62 ID:qh/8C06I0.net


話は、私が暴走した日のにさかのぼる。

希の提案に、わしわしされることはないだろう、とホっと息をついたのもつかの間のこと。

次の瞬間、希から飛び出たお願いは、私の生活を激変させるものだった。

「にこっち、それじゃあ私のお願い。『毎朝、起こしに来て』」

ええ。その瞬間、部室に衝撃が走ったのがわかったわ。

言葉にするならば、『え?そういうのもありなの?』といった感じの。もちろん、私は速攻で拒否した。

だってそんなの、なんでもありになっちゃうし。期限ないし。大変だし。だっていうのに希ときたら。

545: 2015/10/19(月) 20:11:41.88 ID:qh/8C06I0.net
「乙女の唇を奪っといて、そんなこというんや……酷い……」

涙を浮かべながら、ついでに黒いオーラを背負いながら、そんなこと言われたら反論しようがないじゃない。

本当に仕方のない『仕方ないわねー』で、嫌々そのお願いを受けることにしたの。

ただ、後悔があるとするならば。他のみんながいるところで、受け入れるべきじゃなかったということ。

「それじゃあ、穂乃果も……えへへ……』

「……にこには、報いを受けてもらわないとね?」

「凛も、にこちゃんにお願いしていいんだよね!えっとね、なんにしようかなぁ~」

「ふふ。にこちゃんに何でもお願いできるんだぁ」

546: 2015/10/19(月) 20:12:16.95 ID:qh/8C06I0.net
騒然とし始めた部室に、私は下手を打ったことに気がついた。

黒い顔で笑う穂乃果と絵里に、ウキウキと私へのお願いを考えはじめる凛。

闇が深そうな笑顔を浮かべることり。こら、何でもじゃないわよ。

花陽や真姫ちゃんも、どこかソワソワと目を輝かせている。ちなみに海未は壊れたままだった。

そしてそれから、私に色んな『お願い』が降り注ぐ中、なんとか出来たことは。

『お願い』の有効期限を、今日から一週間、と限定することだけだった。

547: 2015/10/19(月) 20:13:36.89 ID:qh/8C06I0.net


「ごちそうさま。やっぱり、にこっちのご飯は美味しいわぁ」

「ただの卵焼きとお味噌汁でしょ」

「それがええんよ~」

希はにこにこと笑いながら、私を褒める。まあ、感謝されて悪い気はしないもんよね。

なし崩し的に朝ごはんを作らされているとはいえ、そういうこといってくれるから作ってあげてるところもあるし。

あとはそうね。もう少し、ぱぱっと起きてくれたら満点なんだけど……って、なに点数つけてるんだろ。

548: 2015/10/19(月) 20:15:00.43 ID:qh/8C06I0.net
「にこっちに『お願い』して良かったわ~」

「ふんっ。あんたの『お願い』のせいで、こっちは大変な思いしてるんですけどー?」

毎日毎日、あの子達に振り回されてるのよ?休む暇なんてありゃしない。

ま、それも今日で終わりだけど。

「もう慣れたやろ?延長せえへんー?」

「なれないし、しない」

「それは残念。にこっちにこんなこと頼めるの、もうなさそうやしね」

「……っていうかさ。あの時のあれ、あんた狙ってたの?」

549: 2015/10/19(月) 20:16:01.18 ID:qh/8C06I0.net
後から思ったこと。

それは希の怒りようだった。不自然だったっていうか、過剰だったっていうか。

絵里と穂乃果も、場をしきっていた希に上手く誘導されていたような気がする。

(そもそも、希は怒ってなんかいなかったんじゃ?)

最初から、私に『お願い』を受けさせるつもりで動いていたんじゃないかっていう、疑惑があった。

「ふふーん、なんのことかな~」

この話を振っても、こんな風にふわふわとかわされちゃって終わるんだけど。

狙っていたといっても、キス前に考えていたということはないはずだし。キスの後に思いついたのでしょーし。

飄々とした笑顔の希を見つめながら思う。どういうつもりだったにしろ、底知れないやつ。

550: 2015/10/19(月) 20:17:10.49 ID:qh/8C06I0.net
「うちは、みんなが幸せになれたらいいなーって思ってだけやん―――あたっ」

胡散臭いセリフを吐く希に軽くデコぴんをしながら、その疑惑にはフタをする。

実際のところ、どっちでも良かったりする。重要なのは、希が今どう感じているかということだし。

「……ほら、そろそろ身支度してきなさいよ。お皿は洗っとくから」

「え?……あ、もうこんな時間なんや。それじゃ、にこっちにお願いするね。ありがとうなぁ」

ひらひらと手を振りながら、お茶碗とお皿を持って台所へ向かう。

慣れた手つきでスポンジを手にとって、自分の自然な動きに、思わず吹き出す。

(ふふ、人の家の台所に慣れる日が来るとはね……。これもお願いのせいね)

551: 2015/10/19(月) 20:17:51.98 ID:qh/8C06I0.net
狙っていたかどうか―――という疑惑の他に、一つ疑問があった。

『お願い』の意味。どうして『毎朝起こしにきて』なのか。

私はこちらのほうが気になっていたんだけど、今はもう気にしていない。その疑問はすぐに消えちゃったからね。

だって、毎朝のおはようのちゅーをめぐるやりとりとか、料理中の私を眺める希の様子とか、お喋りしながらの朝ごはんを美味しそうに食べる希とか。

とっても嬉しそうにしてる希を見てたら、誰だって理由がわかっちゃうもの。

「ほんと、寂しがり屋なんだから」

素直にいってくれてたら、『お願い』なんかじゃなくても毎朝来てあげるのに。

あんたが何も言わないから、私は踏み込めないんだ。

「もっと頼りなさいよ」

小さなつぶやきは、溶けるように部屋の中に消えた。

552: 2015/10/19(月) 20:19:20.03 ID:qh/8C06I0.net


「早くしなさいよ!絵里、来ちゃうわよー?」

「ちょっとまってー。まだ見つからへん」

玄関の扉をあけて、いざ出発よ―――といったところで、希が忘れ物をしたことに気がついて、部屋に取りに戻っている。

そろそろ一緒に登校している絵里が、マンションの入り口に来て待ってる時間だ。いそがないと。待ちぼうけさせるわけにはいかないし。

「ないなぁ……。どこ置いたんやろ」

頼りない声が聞こえて来る。先に私だけ降りて、絵里と待ってようかしら。

でもなー、そうしたら希不機嫌になるし。

ううん、やっぱり、これ以上時間がかかるようなら先に私だけでも―――

553: 2015/10/19(月) 20:20:10.34 ID:qh/8C06I0.net
「あった!」

―――と考えていたところで、目的のものを見つけたらしい。

どたどたと足音をたてながら、待たせてごめんなあ、と頭を掻きながら玄関に戻ってきた。

一応、聞いておきましょう。

「何忘れてたの?」

「タロットカードやけど?」

肩からどっと力が抜ける。別に忘れていいでしょ、そんなもん。

554: 2015/10/19(月) 20:20:55.74 ID:qh/8C06I0.net
呆れていたら、表情からそれが伝わったらしい。口を尖らせて反論してきた。

「うちには必要なもんやの!」

「あっそ。……先に出るわね」

時間もないし、タロットカードの必要性の議論を続ける気はない。

希が靴を履くのに、私が玄関にいては邪魔になる。

外で待っておこうと、扉をあけようとして―――がしっ、と腕を掴まれた。

「にこっちも、忘れもんしてるよ?」

555: 2015/10/19(月) 20:22:01.67 ID:qh/8C06I0.net
希はにやにや笑いながら、唇を突き出している。これは、いってきますのちゅーをしろ、ということだ。

夫婦みたいで恥ずかしいって嫌がったんだけど、昨日も一昨日もその前も、言い争ったあげくに結局やらされた。

(それに、いくらなんでも甘えすぎよ)

甘えられるのは嬉しいけれど、甘えすぎるのは許さない。

今日は厳しめでいきましょう。最終日だなんて関係ないわ。

時には冷たく突き放すことだって大事なのよ。……といっても、ちょっとした意地悪だけど。

556: 2015/10/19(月) 20:22:45.31 ID:qh/8C06I0.net
「あんたが先に、いってらっしゃいのちゅーをするなら、ちゅーしてあげる」

希はいつも受身で、私からのキスを待っている。自分からは恥ずかしくて出来ないのだと思う。

だから今日こそは希からさせて、存分に赤面させてやろうという魂胆だったんだけど―――希は、迷いすらしなかった。

「いってらっしゃい、にこっち」

ちゅぅ。

「……少しくらい、ためらいなさいよ。バカ」

「ふふーん。だってうち、にこっちのこと大好きやしー?」

557: 2015/10/19(月) 20:23:34.03 ID:qh/8C06I0.net
……ふん、無理しちゃって。

にしし、と悪戯っ子のように笑っているけれど、林檎みたいに赤くなってるのは隠せていない。

相当恥ずかしいのを我慢して、キスしてくれたみたいだ。約束通り、お返しをしてあげましょう。

「いってきます、希」

それに、私だって。

あんたの大好きに負けないくらい、あんたのこと大好きだっての!

―――ちゅっ。

そうして、誰が見ても小っ恥ずかしいであろうやりとりを経て。

私と希の最後の朝は、終わりを迎えた。

558: 2015/10/19(月) 20:24:55.51 ID:qh/8C06I0.net
希編、終わり。

573: 2015/10/24(土) 14:20:01.53 ID:6J62MDGY0.net
とうかするにこー

575: 2015/10/24(土) 14:20:29.48 ID:6J62MDGY0.net

578: 2015/10/24(土) 14:21:30.80 ID:6J62MDGY0.net
ざわ……ざわ……。教室の喧騒が私を包む。

そして、もうひとつ。むぎゅっと私の体を物理的に包んでいるものがあった。

「それでその時の亜里沙ったらね―――」

「あはは、それほんまなん?えりち話盛ってない~?」

「……」

最初の頃は騒然としていたこのクラスも、今となっては慣れたもの。当然のように私達の様子を受け入れている。

人は慣れる生き物だものね。頭上で飛び交う会話を氏んだ魚の眼で眺めながら、そんなことを考える。

579: 2015/10/24(土) 14:22:35.52 ID:6J62MDGY0.net
「本当よ!ねぇ、にこは信じてくれるわよね!?」

むぎゅぎゅ。背中に当たるは、μ’s二番目の膨らみ。希の軽口にムキになって、私を強く抱きしめているのだ。

……そう。絵里は大きいぬいぐるみを扱うかのごとく、膝の上に私を抱っこしているのだ。

「あーそうね、私は信じるわ」

私の適当な答えに絵里は、パァッと笑みを咲かせる。むぎゅっむぎゅっと、より強く抱きしめる。

たまに頬ずりも混ぜながら。……ちょっと苦しい。

580: 2015/10/24(土) 14:24:05.19 ID:6J62MDGY0.net
「さすがにこね!」

むぎゅぎゅぎゅぎゅ。

ほらみなさい、とばかりに希に向き直った絵里は、亜里沙ちゃんの話に戻る。

何がさすがなのかわからないけど、満足はしてくれたらしい。一瞬、希が哀れみの視線を向けてきた。

……こっちみんな。

(あー、早く休み時間終わらないかな……)

581: 2015/10/24(土) 14:25:03.81 ID:6J62MDGY0.net


絵里の『お願い』。

それは見ての通りに、私を『抱っこ』することが出来るというもの。しかも、場所を構わず、時間を問わずによ。

まあ、といっても実際は、他の子たちとの兼ね合いもあって休み時間の間だけだけど。

(ひと目につかないところでやるなら、文句なんてないんだけど)

移動している時間がもったいないという理由で、教室で行われているになってしまった。これが私には不満だった。

582: 2015/10/24(土) 14:25:58.95 ID:6J62MDGY0.net
(座り心地はいいけどね)

絵里の体にぐにぐにと体重を預けながら考える。

当然のことだけど、こんなことを人目のある教室ですれば注目の的になるわけで……。

今となっては静かなものだけど、最初はわざわざ他の教室から見に来る子が出たくらい、変な目で見られていて非常に恥ずかしかった。

(なんでこいつ平気なの……)

絵里とは別のクラスだから、休み時間になる度に私から教室を移動しなくちゃいけない。

自ら抱きかかえられにいくっていうシチュエーションが、微妙な気分を更に加速させる。

584: 2015/10/24(土) 14:26:56.86 ID:6J62MDGY0.net
(絵里だって恥ずかしい癖に)

真面目で、綺麗で、下級生の憧れの的である絵里だって、こんなのは恥ずかしく思うに決まっている。

だからやめましょうよって言っても、絵里はやめようとしない。

『私だって恥ずかしいけど、にこを辱めるほうが大切なの』とかいって笑うだけ。

(復讐なら、他にだってあるでしょうに)

私は、一緒に恥ずかしい思いをしなくてもいいのにってことを言いたいのよ。

585: 2015/10/24(土) 14:28:32.99 ID:6J62MDGY0.net


「いってらっしゃーい」

希のそれを聞くのは今日で2回目ね、と思いながら、繋がった手から意識を遠ざける。

今は三限目で、体育の時間。今日は週に一度の、絵里と希のクラスと合同で授業を受ける日だ。

それはつまり、休み時間以外で、私を抱っこできる可能性がある唯一の時間ということでもあった。

(まさか、絵里がここで仕掛けてくるなんて)

586: 2015/10/24(土) 14:30:42.29 ID:6J62MDGY0.net
授業が始まって、ある程度自由になった途端

―――要するにサボってもバレにくくなった途端に、『ついてきて』と絵里に手を引かれている。

希が大人しく見送っている辺り、これは計画的な犯行なんでしょうね。

周囲の子も『きゃーっ』とか『ついに……!』とかいって見てるだけ。

「元生徒会長ともあろうものが、授業サボっちゃっていいのかしらねぇ?」

「……」

嫌味ったらしい私の言葉も、まるっと無視された。反応がないって虚しい。

やりとりをしている合間も、私の手を引っ張ってずんずんと歩いて行く。

587: 2015/10/24(土) 14:31:53.73 ID:6J62MDGY0.net
(どこに連れて行かれるのかしら。絵里はずっと無表情だし……)

もしかして校舎裏にでも連れて行かれて……やめとこ。あんまり考えないようにしましょう。

「さあ、ここよ」

立ち止まって、振り向いた絵里がいう。周囲を改めて見てみれば、見覚えのある場所だった。

薄暗い空間。周囲からは見えにくくて、階段の裏。秘め事をするにはうってつけの場所。

……そう。そこは、私が絵里に襲いかかった場所だった。

588: 2015/10/24(土) 14:32:51.89 ID:6J62MDGY0.net
「ここって……」

「見覚えあるわよね?」

にこっと微笑んでるけど、目は笑ってない。思ってたより本気で恨まれてるのかもしれない。

ああ、どうしよう。私、ヤキいれられちゃうのかしら……。

「もっとこっちにきてよ、にこ」

あの時のように壁の近くにたっている絵里の、私を呼ぶ声。思わず、ビクッとしてしまう。

589: 2015/10/24(土) 14:33:19.35 ID:6J62MDGY0.net
その小動物的な動きが面白かったみたいで、絵里はくすくすと笑い始めた。

「そんなに怯えないで。酷いことなんてしないわよ?」

そういう約束だしね、という呟き。そして、おもむろに絵里はその場に腰を下ろした。

展開についていけない私を他所に、今度は本当の笑顔でニヤリと笑った。

「ただ、『お願い』を果たしてもらうだけよ」

590: 2015/10/24(土) 14:34:54.82 ID:6J62MDGY0.net


むぎゅぎゅと背中に当たる感触。何度味わっても慣れることがない現実。

不愉快。圧倒的に不愉快よ。いくら心が広大な私といえど、許せること許せないことがある。

「ふんふんふーん」

そんな私を尻目に、絵里は上機嫌で鼻歌を口ずさんでいる。私のぷりちーなふくれっ面を気にする様子はない。

これがいくら償いのためのものだとしても、文句の一つでもいいたいところ。……うん、そうよ。いってやればいいのよ。

591: 2015/10/24(土) 14:35:42.66 ID:6J62MDGY0.net
「ねえ」

「ふんふふー……どうかした?」

「なんでこんなとこまで来て、これなの。サボってるのがバレたら、にこまで怒られるんですけど?」

結局やることが同じなら、わざわざ授業中に抜け出してくるような場所じゃないでしょ。

さっきから抱っこしてるだけで、改めて何かをいってくるわけでもなさそうだし。

592: 2015/10/24(土) 14:36:16.93 ID:6J62MDGY0.net
「だって……」

ちょっと拗ねているような口調。

「あの時は、にこに置いて行かれたから」

「……?」

よくわかんないって顔でぼけっとしていたら、どんどん拗ねている声になってきた。

「動けない私を置いて行っちゃったじゃない……こんなところに、私一人……」

「……それはその……」

593: 2015/10/24(土) 14:37:37.39 ID:6J62MDGY0.net
いやね?あの時は他のことで頭がいっぱいだったのよ。

次は誰にどうやってキスしようかなーってね……って、こんなこといったら余計に拗ねてしまう。

何をいえばいいのかわからなくなって、口ごもってしまう。そんな私を見て吹き出した。

「ぷっ……うそうそ、今のはうーそ」

「……なによそれ。焦って損した」

質の悪い冗談だわ。もう少しで土下座の体勢になるところだったじゃない。

絵里は、私の慌てようが面白くて仕方がないといった感じでからからと笑いながら、理由を説明している。

594: 2015/10/24(土) 14:38:23.29 ID:6J62MDGY0.net
「本当はね。二人きりになれる場所って、ここくらいしかないなって思ったから来ただけよ」

「そんなの、部室でも屋上でも良かったじゃない」

ここしかないって何をいってるの?他にもいっぱいあるでしょ。

わざわざ苦手な場所を選ばなくたっていいのに。授業中で人だってこないんだし……。

「部室と屋上は、みんなとの思い出が多すぎるもの。本当に二人きりになれた気がしないわ。だけど―――」

595: 2015/10/24(土) 14:42:07.53 ID:6J62MDGY0.net
ぎゅっと抱きしめる力が強まる。金色の髪が視界で揺れ動く。

そして耳元に、熱い空気を感じた。

「ここは、私とにこだけの、思い出の場所でしょ?」

甘い囁き。どくんどくんと脈が早鐘を打ちはじる。どうしようもなく顔が火照りだす。

ちょっとカッコよく決めただけで、こんなにも人の心を動かせるなんて、絵里はずるい。

596: 2015/10/24(土) 14:43:18.96 ID:6J62MDGY0.net
「あんた、誰にでもこんなことしてるんじゃないでしょうね?」

妬み半分、照れ隠し半分。ぶっきらぼうに忠告。

絵里は、自分が同性から見てもかっこ良い存在だっていう自覚がないのかもしれない。

(私だって、少し、ときめいちゃったもの……)

今みたいなことを誰彼なくしているのだとしたら……考えるだけで恐ろしい。

どれだけの女の子たちの涙が流れたか。

597: 2015/10/24(土) 14:45:11.61 ID:6J62MDGY0.net
「こんなこと、ねえ……?」

「今みたいな思わせぶりな行動は罪なんだからっ」

だっていうのに絵里ときたら、含みをもたせた言葉と、どこか挑発的な笑みを返してきた。

さらに、こんなことまで。

「もしかして。にこってば、私にドキドキしちゃった?」

「……。そんなわけないでしょ!」

「でも、にこがそう感じてないと、そんなこと言えないわよね?」

598: 2015/10/24(土) 14:46:10.04 ID:6J62MDGY0.net
うぐ。図星をさされて、顔が熱くなってくる。……この話は続けないほうがよさそうね。

このままだと、本人を目の前にして、あなたにドキドキしてしまいましたって言わされかねない。

そんなの恥ずかしすぎる。絶対回避よ!

「とにかく!相手を勘違いさせるようなことは慎みなさい!わかった!?」

「……そうかしら?」

「そーなの!」

599: 2015/10/24(土) 14:47:29.81 ID:6J62MDGY0.net
無自覚っていうか鈍感っていうか。まったく、こんなこといわせないで貰いたい。

スクールが頭につくとはいえ、アイドルなんだから、もっと気をつけて欲しいものだわ。

そう呆れていたら、静かに、しかしハッキリとした呟きが聞こえた。

「でも、最初に勘違いさせたのは、にこよね?」

「はっ?」

聞き返そうとするよりも先に、絵里は急に起ち上がる。膝の上にのっていた私は押し出されて、尻もちをつく。

反射的に文句をいおうとしたら、その前に引き上げられて、壁に押し付けられた。

600: 2015/10/24(土) 14:49:40.29 ID:6J62MDGY0.net
「人気のないところに連れて行かれて、もしかして本当に告白されちゃうのかもってドキドキして、挙句の果てにはキスまでされたのよ?」

怒涛のごとく吐き出される言葉。ぐるぐると目が渦巻いている。

「え、絵里……?」

「勘違いしちゃって、にこのこと意識しちゃってもおかしくないわよね?この一週間、抱きしめるだけで我慢してたんだし?」

思考が混乱する。待って待って。

絵里、ずっとそんなこと考えてたの?しかも意識って……。

601: 2015/10/24(土) 14:50:07.27 ID:6J62MDGY0.net
「それにこんなこと、にこにしかしないから安心してね―――?」

「絵里、ちょっ、ちょっとまっ」

底知れない笑顔で接近してくる絵里に、抵抗しようとするも、力で抑えこまれ。

考える時間をちょうだい、と伝えることも出来ずに。

「んむぅ―――!」

私の世界は、絵里に埋め尽くされた。

602: 2015/10/24(土) 14:50:42.42 ID:6J62MDGY0.net


むっすー。

「ごめんってば」

むすすー。

そんな謝り方じゃ私の気は晴れない。蹂躙された乙女の心は、そう簡単には治らないのだ。

「そんなに怒らなくても……。にこだって私に無理やりしたじゃない」

「絵里だってそれで怒ったんだから、私も怒るわよ!」

「……う」

603: 2015/10/24(土) 14:51:35.90 ID:6J62MDGY0.net
ふん。論破してやったわ。にこ、賢い。絵里、賢くない。

これからはかしこいかわいいは私のものよ。

「にこ、本当にごめんなさい」

そういって、むぎゅっと私を抱きしめる。許す許さないの前に、まずは抱っこをやめてほしい。

絵里は思う存分にキスを楽しんだ後、放心状態だった私を抱っこしはじめて。

そのまま私に許してだとかなんとかいってるのだ。

誠意が足りないわよね、誠意が。

604: 2015/10/24(土) 14:52:42.79 ID:6J62MDGY0.net
「もうこれで『お願い』は終わりでいいから」

しゅん、と項垂れる気配が伝わってくる。

自分から期限を短くするなんて、本当に反省してるみたいね。

「ふん。……そこまでいうなら、許してあげる」

「ほんとうっ?」

嬉しかったのか、抱きしめる力が強くなる。

こうやって体を密着させていると、絵里が考えていることがより伝わってくる気がする。

605: 2015/10/24(土) 14:53:12.65 ID:6J62MDGY0.net
(こっちまで嬉しくなってくるけど、そろそろ時間切れよ)

いつまでもこうして、絵里に抱っこされてるわけにはいかない。サボってるのがバレる前に、戻らないと。

先生には既にバレてるかもしれないけど、希が必氏に誤魔化してるかもだし。

「ほんと。……さ、もういいでしょ」

するっと腕の中から抜けだして立ち上がる。

絵里も時間が時間なのがわかっているのか、渋々頷く。

606: 2015/10/24(土) 14:53:56.14 ID:6J62MDGY0.net
(これで、私と絵里の時間も終わりね)

だっていうのに。いえ、やっぱりっていったほうがいいかもね。

自分からこれで終わりでいいって言い出した絵里が、悲しげにしている。

(私は本当にこれで終わらせるわよ)

でも。

最後にこんな顔をされたら、それはそれで矢澤にこの名が廃るってものだし。

私の虜になっちゃった絵里に、特別にファンサービスをしてあげなくもない。

607: 2015/10/24(土) 14:54:33.88 ID:6J62MDGY0.net
「絵里、こっち向いて」

あの時みたいに、指と指を絡める。

驚きの声をあげようとした絵里を、満面のにこにースマイルで封じ込める。

一応、念の為に聞いておきましょう。

「これは、合意の上よね?」

言葉の意味を徐々に理解して、顔が赤くなっていく。

碧眼を伏せながら、おずおずと答えた。

「……うん」

私達の影が重なって、薄暗い空間へと溶けていく。

残ったのは、荒い息遣い。そして、衣擦れの音だった。

608: 2015/10/24(土) 14:55:39.41 ID:6J62MDGY0.net
絵里ちゃん編終わり
次から複数人が出てきたりするにこ

640: 2015/10/31(土) 19:09:18.09 ID:QJ1qZeNn0.net

641: 2015/10/31(土) 19:09:58.22 ID:QJ1qZeNn0.net
「にこっち、いってらっしゃ~い」

三度目のその言葉をきいて、苦笑する。もしかしたら希は、私を送り出すのが好きなのかもしれない。

そんな馬鹿なことを考えてしまうくらい、嬉しそうに手を振る。将来、希の旦那さんになる人は、きっと幸せになれることだろう。

「ほら、えりちも!」

「……私はやめとくわ……」

絵里は体育の時間以降、まともに目を合わせてくれない。

ちょっとファンサービスしすぎたみたいで、私の顔を見るたびに真っ赤になってしまう。

642: 2015/10/31(土) 19:10:26.39 ID:QJ1qZeNn0.net
「え、なんで?にこっちいってまうよ?」

「……私はいいの……」

「にこっち、ちょっと待っててね。えりちは素直になられへんだけだから!ほら、えりち!」

「だからいいってば……!」

そして、そんな絵里を無理やり私の方へ向かせようとする希。その情熱はどこから来るのか。

部室に行く途中でなんとなく寄っただけなのに、二人のやり取りが続くせいで離れられないじゃない。

643: 2015/10/31(土) 19:11:21.73 ID:QJ1qZeNn0.net
「お昼休みに、せっかく来てくれたんよ?」

「でも……」

うじうじと、丸聞こえな話し合いをしている二人。結局するのかしないのかハッキリしてほしい。

あの子たちが部室で待ってるんだから、早くしてよね。

「にこっち、ずっと待ってくれてんで?」

「……恥ずかしいんだもの……」

もう、無視して行っちゃおうかしら……。

644: 2015/10/31(土) 19:12:17.79 ID:QJ1qZeNn0.net


「にこちゃん、遅いよー!」

「ごめんごめん」

「……なにしてたのよ」

「まあ、ちょっとね」

扉をあければ、ふくれっ面の凛と、ぷいっとあらぬ方向を見つめている真姫ちゃんがお出迎え。

私が遅れてしまったから、ご機嫌斜めのようだ。凛の隣に座っている花陽は、二人とは対照的に微笑んでいる。

645: 2015/10/31(土) 19:13:00.62 ID:QJ1qZeNn0.net
「ふふ。凛ちゃんも真姫ちゃんも、ずっとにこちゃんはまだかー、まだかー、ってそわそわしてたもんね」

「へぇー。……そうなの?」

それを聞いて、二人を窺ってみる。

自分がそんなに待ち望まれていたんだって思うと、ちょっとどころでなく嬉しい。思わずニヤけ顔になってしまう。

「かよちん!それいっちゃだめ!」

「花陽!」

「えへ。もういっちゃった」

二人揃って顔を真っ赤にして否定。たくもー、可愛い反応するんだから。

647: 2015/10/31(土) 19:15:00.34 ID:QJ1qZeNn0.net
「そんなことより、にこちゃん!凛、お腹減った!」

強引に凛が話を打ち切って、手を差し出してきた。改めて三人の様子を観察する。

お揃いで買ったとかいうランチョンマットを机の上に敷いて、それぞれお弁当と飲み物をセット済み。

ただし、凛のマットの上には水筒しか置いていない。でも、それは当然のこと。

「はいはい、ちょっと待って」

大きめの手提げ袋から、お弁当を取り出す。自分の分ともう一つ。凛の分だ。

お昼休みは、まず凛の『お願い』から始まる。にこにーお手製弁当を私と一緒に食べたいっていう、控えめで可愛らしいものだ。

648: 2015/10/31(土) 19:16:28.47 ID:QJ1qZeNn0.net
「はい、これ。味わって食べなさいよー?」

本当は、今日も喜んでくれるかなってドキドキしていたりするけど、それは秘密。

なんでもない顔で、猫ちゃん型の可愛らしいお弁当箱を手渡す。凛は渡されるやいなや、蓋をあけて中身を確かめはじめた。

「あ、お魚はいってるにゃあ……」

凛は魚の登場でみるみるテンションが下がりはじめた。苦手だもんね、魚。

私のお弁当は、基本的に前日の夕食の残り物と、朝に簡単に作ったもので構成されている。

凛のために、魚抜きで凝ったものを作ってもよかったんだけど、当人が『にこちゃんがいつも食べてるのがいい!』だそうで。

そうなると、凛が苦手としている魚が入ることがある。でも、ちゃんと対策はしてある。

649: 2015/10/31(土) 19:17:17.62 ID:QJ1qZeNn0.net
「安心しなさい、凛。あんただって美味しく食べれるようにしてあるから」

「ほんと?」

「ほんと!……ま、見た目でダメなんだったら、他のおかずと交換してあげるけど」

「……。ううん、凛、頑張って食べる。にこちゃんのいうことだから……信じてみる!」

その意気やよし。苦手を克服しようとしてこそ、真のアイドルになれるってものよ。

うんうん、と頷いて、凛の頭をぽんぽんと優しく叩く。にこっと笑った凛に笑顔を返しながら、自分のイスに座りってお弁当を広げて、準備良し。

三人を見れば、私の合図を待っている。さてと、それじゃ頂きましょう。手と手を合わせて―――

「いただきます」

「いただきます!」「いただきますっ」「……いただきます」

650: 2015/10/31(土) 19:19:28.12 ID:QJ1qZeNn0.net


ふるふるふる……。凛が持つお箸の先で、鰯が震えている。ちなみにこれは、鰯の生姜煮という料理。

「凛ちゃん、もうちょっとだよ!」

「……うん」

凛が苦手としているのは、魚の骨。だから圧力鍋を使って、骨がふにゃふにゃになるように調理してある。

こうすれば丸ごと食べられるし、骨が喉に刺さったり、嫌な感触を与えたりすることもない。それになにより、安くておいしい。

651: 2015/10/31(土) 19:20:06.77 ID:QJ1qZeNn0.net
「にゃっ……にゃあ……!だめだにゃ……」

とはいえ。大丈夫だっていわれたからと、躊躇なく食べられた―――とならないのが苦手意識というもの。

数回目のチャレンジも失敗。凛は口に運ぶのを諦めてしまって、鰯を元の場所に戻した。

見守っていた花陽は、残念そうにため息をついている。真姫ちゃんは早々に見てらんないと見切りをつけて、黙々と自分のお弁当を食べ進めている。

「凛。無理して食べなくてもいいのよ?それ、肉団子と交換しない?」

「……食べるもん!」

だからといって交換を提案すれば、こうして頑なに断られてしまう。

食べようって気持ちは嬉しいけれど、苦しませたかったわけじゃないから複雑だ。

652: 2015/10/31(土) 19:20:46.13 ID:QJ1qZeNn0.net
「口にさえ入れば、凛ちゃんも普通に食べれると思うの」

花陽の語るところによれば。凛は、パッと見で骨がないお刺身とかお寿司は食べられるし、味とかニオイも平気だそうで。

ただ、見た目が魚そのものな食べ物は、その時点で拒否反応が出てしまうとか。

(鰯の生姜煮は……もろに魚!って感じよね)

ちなみに、見ながら食べるのが無理なら、目を閉じて食べればいいじゃない!という発想はもう試している。

結果は失敗。既に鰯の姿をじっくりと見た後だったから、それが頭から離れなくて無理だったみたい。

653: 2015/10/31(土) 19:21:26.65 ID:QJ1qZeNn0.net
(どーしたもんかしら)

凛を見れば、お箸で鰯を突っつきながら『にゃぁぁ……』と呻いている。

普段の私なら行儀が悪い!と叱り飛ばすところだけど、悲壮な雰囲気を纏っている今の凛にはいいにくい。

どうにかして食べさせてあげたいんだけど、どうすれば―――

(自分で食べるのが無理なら、食べさせてあげればいいじゃない)

簡単に試せることを、まだやっていなかった。私が口まで運んであげればいい。

そこまでして無理だったら、諦めもつくでしょうし。そうと決めたら即実行。お弁当を持って、凛の隣の席に移動する。

私の急な動きに一年生たちは目を丸くしている。まあ、見てなさいな。

654: 2015/10/31(土) 19:22:02.84 ID:QJ1qZeNn0.net
「……にこちゃん?」

不安げな表情で私を見る凛に、件の料理を差し出す。

「はい。あーん」

「ええっ……恥ずかしいよ……」

「いいから、ほら。早く」

日常的に花陽に食べさせて貰ったりしてる癖に、私相手だと恥ずかしいらしい。

じれったくなって、更に口元に近づけてみる。やっと覚悟を決めたみたいで、ぱくりと食いついた。

とりあえず、もぐもぐと咀嚼はしている。私自身はおいしく作れたと思ってるけど、凛にはどうかしら。

655: 2015/10/31(土) 19:22:42.43 ID:QJ1qZeNn0.net
「……どう?」

緊張の一瞬。花陽と真姫ちゃんも固唾を飲んで見守っている。

凛は、ごくりと飲み込んで、そして―――目を輝かせながら、叫んだ。

「にこちゃん!これ、おいしい!」

「……それはよかったわ」

ほっと息をついて、一安心。

今日が最後のお弁当だったし、食べてくれて本当に良かった。

656: 2015/10/31(土) 19:24:56.88 ID:QJ1qZeNn0.net
(問題解決。よし、自分のお弁当食べよっと)

まずは卵焼きから食べよう―――とした時、くいっくいっと袖が引かれているのに気付いた。

引くことが出来るのは、隣に座っている凛しかいない。

視線を凛にあわせれば、ペカーって感じの明るい笑顔で、口を開きながら何かを待っている。

何かっていうか、次の『あーん』を待ってるんでしょうね、これ。

「まだ、自分じゃ無理だもん」

面倒だし、何回もやるのは恥ずかしいし、早く自分のお弁当食べたいの。

いくつもの拒否するための言葉が浮かんでは、凛の笑顔の前に消えていく。結局、私がとる行動は一つだけ。

「ったくもー、しょーがないわねー」

生姜煮なのに、しょうがないとはこれいかに。

そんなアホなことを考えながら、二回目の『あーん』をする私。感謝しなさいよね。

657: 2015/10/31(土) 19:26:04.52 ID:QJ1qZeNn0.net


じー。

凛に幾度目かの『あーん』をすませた頃から、視線をビシビシと感じている。

それも、机を挟んだ反対側から。つまり、真姫ちゃんから飛んできている。

(いいたいことがあるなら、さっさといいなさいよね)

どうせ、私にも『あーん』しなさいよってことなんでしょうけど。

あえて私からは何もいわない。自分からいうまではスルーよ、スルー。

658: 2015/10/31(土) 19:27:10.91 ID:QJ1qZeNn0.net
「にこちゃん、凛も食べさせてあげる!はい、あーん!」

見なさい。凛なんて自分から『あーん』をしてくるくらい積極になったわよ?真姫ちゃんも見習いなさい。

「あー……ん」

口を開いたところで気がついた。年下に『あーん』されるのって結構恥ずかしい。

「あれ?にこちゃん照れてるの?かわいーとこあるにゃー」

「うっさい」

「うにゃあっ」

放り込まれた鰯を咀嚼しながら、けらけらと笑って調子に乗る凛にチョップ。

そしたら頭を抱えて『痛いにゃー』とかいいながら花陽に抱きついた。あんたそれ、花陽に抱きつきたいだけでしょ。

659: 2015/10/31(土) 19:32:28.51 ID:QJ1qZeNn0.net
「ねえねえ、にこちゃん。おかず交換しない?私も、それ食べてみたいんだ」

凛の頭をよしよしとなでながら、花陽は私に提案する。もちろん、オッケーだ。

「いいわよ。お弁当箱から、とって……」

お弁当箱から直接取って貰おうと花陽を見れば、そこには口を開けて待っている花陽がいた。

もう、はいはいわかりましたって感じで苦笑するしかない。

「あーん」

「あーん。……えへへ、おいしっ」

ぱぁっと咲いた笑顔に、しみじみと癒される。花陽はまっすぐに素直だから、安心して可愛がれる。

660: 2015/10/31(土) 19:34:10.79 ID:QJ1qZeNn0.net
「にこちゃん。お返しは何がいい?」

「えーと、そうね……里芋の煮っ転がしで」

「うん、わかった。はい、あーん」

「んー、あぐっ」

恥ずかしいだのどうのこうのを考えるのはやめて、無心で里芋に食らいつく。

もぐもぐ……。うん、柔らかさも、味付けもいい感じだ。

「おいひい。甘めなのがいいわね」

「ほんとう?にこちゃんが褒めてたよって、お母さんにいっておくね!」

「お願いだからやめて」

本物の主婦の料理に、『褒めてた』って上から目線すぎるわよ。

661: 2015/10/31(土) 19:35:23.58 ID:QJ1qZeNn0.net
「かよちん、凛にもそれちょーだい!」

「ふふ、ちょっと待ってね」

凛はがばっと起きあがるなり、そういった。

ひとしきり花陽を堪能して満足したのかと思ったら、今度は食べさせてもらいたいらしい。

ほんとやりたい放題っていうか、凛は根っからの末っ子っていうか。一年生を姉妹に例えるなら、三女に凛は決定ね。

長女はしっかりものの花陽にやってもらいましょう。となれば、残るは二女は当然、真姫ちゃんね。

(さて、その真姫ちゃんはというと――――)

662: 2015/10/31(土) 19:38:03.76 ID:QJ1qZeNn0.net
先ほどまで机の反対側にいたんだけど、既にそこには姿はない。

花陽に『あーん』をしたあたりで、席を立つ音は聞こえていた。そして、私の隣に座る音もだ。

現在の机の着席状況はこうよ。花陽、凛、私、真姫ちゃんの順に、片側に四人が座っている。……バランス悪いわね。

そして、私は凛のほうに体を向けているから、ちょうど真後ろに真姫ちゃんがいるはず、というわけだ。

(正直、見るのがちょっとこわいのよね)

663: 2015/10/31(土) 19:39:41.15 ID:QJ1qZeNn0.net
熱い視線をスルーしていたから、もしかしたらものすごく拗ねてるかもしれない。それが恐ろしい。

とはいえ、ずっとこうしてるわけにはいかないし……。ええい、女は度胸よ!一息に、くるりと後ろへ振り向く。

「ひゃっ!」

「……」

びっくりしたぁ。なんとそこには、口を開けっ放しにしている真姫ちゃんがいた。

振り向いても、沈黙したまま私をにらんでいる。しかしよく見れば、瞳は少しだけ潤んでいる気がする。

(もしかして、ずっと口をあけて待ってた……?)

いやいや、そんなこと―――真姫ちゃんならやりかねない……。

普段なら絶対しないだろうけど、凛と花陽には私から『あーん』したから、ムキになって何もいわずに待っている、というのは大いにありうる。

664: 2015/10/31(土) 19:40:06.59 ID:QJ1qZeNn0.net
(とりあえず、何か食べさせてあげよう)

こんな時のトマト頼り。トマトトマト……ああ、今日入れてこなかったんだった。

仕方ない。鰯の生姜煮で我慢してもらいましょう。最後の一尾よ、もってけ真姫ちゃん。

「真姫ちゃん。あーん」

「……あーん」

素直にぱくりと口に含む。もぐもぐ、と咀嚼して、ごくんと飲み込んだ。

そして数秒後に、ふにゃっと表情が柔らかくなった。

665: 2015/10/31(土) 19:41:15.74 ID:QJ1qZeNn0.net
「おいしい」

「ふふん。まあ、私が作ったんだから当然よね」

ドヤ顔でそんなことをいいながら、内心は口に合って良かったーってドキドキバクバクだ。

鰯の力……というより『あーん』の力で、みるみるうちに機嫌を直した真姫ちゃんは、自分のお弁当を手に持ち私に笑いかける。

あー、はいはい、次は真姫ちゃんが『あーん』する番ってわけね。

「にこちゃん、お返しは何がいい?」

「うーん、そうねえ……じゃあ、トマトがいいな」

真姫ちゃんからトマトを取り上げるという暴挙に走る私、矢澤にこ。

そんなことをしてしまうくらい、西木野家のトマトはお高いフルーツトマトで、とっても甘いのだ。

666: 2015/10/31(土) 19:42:55.18 ID:QJ1qZeNn0.net
「はい、あーん」

「んー、はむっ。………甘い!おいしい!」

「もう、にこちゃんってばいつも大袈裟なんだから」

「そんなことないわよ~」

こんな時しか見られない穏やかな真姫ちゃんの笑顔を眺めながら、ほのぼのとした空気にひたる。

うんうん。お弁当を食べるときは、ゆったりと、心が満たされてないとね。

しかし、幸せなひとときは長くは続かない。どすん、と背中に衝撃が走る。

667: 2015/10/31(土) 19:44:46.87 ID:QJ1qZeNn0.net
「にーこちゃんっ!凛にも構ってよー!」

「ぐえっ」

突然、凛が抱きついてきた。思わず、蛙を踏んづけたときのような声が出ちゃう。

「ちょっと凛!今は、私がにこちゃんとお話してるんだから!」

真姫ちゃんは、二人の時間を邪魔されたことに、むきーっと憤慨している。

ねえ真姫ちゃん。そのセリフ、ちょっと恥ずかしいわよ。怒りで我を忘れてるんだろうけど。

「え~?凛そんなの知らないにゃ~」

「あなたねえー!」

「ふ、二人とも、落ち着こう……?」

怒れる真姫ちゃんにも、どこ吹く風の凛。それをみて更に怒り出す真姫ちゃん。

とりなそうとする花陽を含めて、部室は一層賑わいを増していく。

(……まあ、騒がしい中で食べるのも悪くないわよね)

二人の争う声と花陽のあわあわする声をBGMに、凛にむぎゅーっと抱きつかれたまま。

ぱくぱくと、お弁当を食べ進めるのだった。

668: 2015/10/31(土) 19:47:00.15 ID:QJ1qZeNn0.net
まきりんぱな編・前編、終わりにこ
ほのぼの部分だけで力尽きたにこ

669: 2015/10/31(土) 19:50:36.00 ID:59+MZMwrr.net
あなたは最高です!!後編も待ってます!

670: 2015/10/31(土) 19:50:56.71 ID:k/1GorURp.net
乙!

引用: 【SS】キス魔にこにー