317:◆eltIyP8eDQ 2018/07/21(土) 22:33:39.84 ID:TPicXKb70


【ガルパン】エリカ「私は、あなたを救えなかったから」【前編】

【ガルパン】エリカ「私は、あなたを救えなかったから」【中編】
【ガルパン】エリカ「私は、あなたを救えなかったから」【後編】

【ガルパン】エリカ「私は、あなたに救われたから」【前編】
【ガルパン】エリカ「私は、あなたに救われたから」【中編】




中等部2年―10月―



「ねぇ、今度はあっち行ってみよう」

「えー……もうちょっと落ち着きなさいよ」

「年に一度のお祭りなんだから、もっとはしゃがないと!!」

「はぁ……はいはい。わかりましたよ」

「ヒュー!!話がわかるぅっ!!」

「……このビールノンアルよね?」







まほ「……」


ガールズ&パンツァー フェイズ エリカ 3 (MFコミックス フラッパーシリーズ)

318: 2018/07/21(土) 22:35:33.65 ID:TPicXKb70



大通りを行進しているブラスバンドのメロディに混ざり、あちこちから歓声と乾杯の声が聞こえる。

季節は秋、黒森峰の学園艦では年に一度の大祭オクトーバーフェストが催されていた。

オクトーバーフェストは黒森峰女学院の中等部、高等部の2年生が中心となって盛り上げていく。

新入生たちと共に、進学する3年生を労う。

入ったばかりの一年は勝手がわからず、それを二年生がフォローすることで次年度に向けて絆を育んでいく。

その分2年生の負担は大きいが、自分たちが受けた恩を返す。そういった風土がここには根付いているようだ。

かくいう私も、去年はくたくたになりながらも働いたのだから、こうやってのんびりノンアルコールビールをのんでも罰は当たらないだろう。

とはいえ、周りが熱狂的に騒いでいる中一人テーブルでヴルストをつまみにちまちま飲んでいるのは正直あまりにも寂しい。

いや、友達がいないわけではない。

いるから。

ただ、今は人を待っているのだ。



319: 2018/07/21(土) 22:39:46.56 ID:TPicXKb70



みほ「お姉ちゃん、いたいた」

まほ「みほ」

小梅「隊長、待たせてすみません」

まほ「いや、気にするな」



人ごみをかき分けてやってきたのは、ドイツの民族衣装であるディアンドルを着たみほと赤星。

私が一人寂しくテーブルについていたのは友人がいないとかではなく、二人に呼び出されたからだ。



みほ「お姉ちゃん、ビールのおかわりだよ」

まほ「ああ、ありがとう……ん?逸見は」



みほ、逸見、そこに2年生から友人になった赤星を加えた3人は今やどんな時でも一緒にいると思われているぐらい良好な関係を築いている。

もっとも、逸見はそれを認めないだろうが。

しかし私の前にいるのはみほと赤星のみ。

どうしたのだろうかと首を傾げていると、みほが赤星の後ろに視線を向けていることに気づく。



みほ「ほらエリカさん」

小梅「いつまで隠れてるんですか」

エリカ「だ、だって……」



聞き知った声。どうやら逸見は赤星の影に隠れているらしい。

よくみると、目立つ銀髪がちらちらと見えている。

しかし小柄な赤星の影に隠れているとはどれだけ縮こまっているんだ。

みほ「もう、似合ってるんだから見せようよ」

小梅「そうですよ。もったいないです」

エリカ「ちょ、わかった。わかったから押さないでってばっ!?」



320: 2018/07/21(土) 22:49:25.45 ID:TPicXKb70



慌てる逸見をみほと赤星が押し出す。



まほ「……」



逸見のディアンドル姿はなんというか、言葉にできない。

生来の美しい銀髪と碧眼。白い肌が緊張と恥ずかしさで少し紅潮している。

元より逸見の容姿が優れているのは知っていたが、それに合わせて普段とは違う可愛らしいディアンドルを着た姿は性別問わず行きかう人の目を惹くものとなっていた。



エリカ「……やっぱこれちょっと胸元出すぎてない?」

みほ「そんなこと無いと思うけど」

小梅「もう、普段は威勢がいいのになんでこういう時はそんなしおらしくなっちゃうんですか」

エリカ「うるさいわねっ!?」



いつもはからかう側である逸見が今日に限ってはみほと赤星にからかわれる側になっている。

それはたぶん、3人の絆があってこそのものなのだろう。



みほ「エリカさん、とってもかわいいよ。ね?お姉ちゃん」

まほ「ああ。逸見以上にディアンドルを着こなせる子は黒森峰にはいないと思う」

エリカ「っ……」



正直な感想を伝えると、逸見はますます紅潮してしまう。

いつもは気丈な逸見がそうやって恥ずかしがる姿は、彼女が私とさほど変わらない少女なのだという事を思い出させてくれる。



321: 2018/07/21(土) 22:52:22.71 ID:TPicXKb70



エリカ「ま、まったく。みんな浮かれすぎなのよ。こんなコスプレみたいな恰好までして」

小梅「何言ってるんですか。中高合同のオクトーバーフェスト、3年生の皆さんに思いっきり楽しんでもらうために2年生が中心となって準備をしてきたんじゃないですか」

みほ「エリカさん凄く頑張ってたでしょ」

エリカ「そうだけど……」



照れ隠しのためか話題を変える逸見。

それに対してすかさず反応したみほと赤星。

そう、戦車道チームが出している店ではノンアルコールビールと軽食を提供する店をやっている。

エリカはその企画から準備、設営、そして今やっているように給仕までこなしている。

戦車道チームの後輩だという事を差し引いても、逸見が我々先輩のために頑張ってくれているのは明白だ。



まほ「逸見、お前の頑張りはみんなが知っている。戦車道チームの隊長としてお礼を言わせてくれ」

エリカ「……私は先輩方に受けた恩を返したいだけです。後輩達にあるべき姿を見せているだけです。別に褒められたくてやってるわけじゃないですから」

小梅「はぁ……ほんと、変なところで融通が利かない人ですね」

みほ「お礼はちゃんと受け取ったほうが良いんでしょ?」



あくまで謙虚な逸見に対してみほと赤星が詰め寄る。

痛いところを突かれたのか逸見は二人に言い返せないようだ。



みほ「……赤星さん」

小梅「はいっ」



そんな逸見を見て、今度は示し合わせるかのように二人は頷き合う。



みほ「そういえばエリカさん、まだ休憩とってなかったでしょ?」

エリカ「え?でもまだ時間じゃ……」

小梅「ちょっとぐらい早めにとったって誰も怒りませんよ。ほら、座って座って」



白々しい二人の演技に戸惑う逸見。

それを無視して赤星が私の対面の席を引くと、みほがエリカをそこに座らせる。



エリカ「ちょ、あなた達?」

みほ「ほら、ノンアルビールにヴルスト。自分たちのお店の味ぐらいちゃんと知っててよ?」

小梅「それじゃあ私たちは仕事に戻りますから、エリカさんごゆっくり」



322: 2018/07/21(土) 22:53:23.40 ID:TPicXKb70



まるで準備していたかのようにビールと料理をテーブルに並べると、逸見の返答を待たずに二人は人ごみの中に消えていった。

エリカ「あ、あの子たちはっ……」

まほ「いいじゃないか。せっかくだ、ゆっくり話そう」

エリカ「……はい」



怒りと呆れに打ち震える逸見を宥めて、私はみほに注いでもらったグラスを掲げる。

それ見て逸見はどうしたのかと首を傾げている。

まったく、本当に変なところで真面目なんだな。



まほ「せっかくのお祭りなんだ。お前も少し位はしゃいだっていいはずだ」

エリカ「……あ」



ようやく気付いたのか逸見もグラスを掲げる。



まほ「2年生の頑張りに」

エリカ「先輩方の栄光に」



「「乾杯<プロースト>」」



323: 2018/07/21(土) 22:58:18.42 ID:TPicXKb70






乾杯のおかげもあってか、先ほどまでの重苦しい雰囲気はどこかへ行って、私とエリカは歓談することができていた。



エリカ「今年の優勝も隊長のお力があっての事です」

まほ「あまり持ち上げないでくれ。私はまだ中学生なんだ。こんなところで満足していられない」

エリカ「ふふっ、でも私にはあなたを称賛する言葉しか見つかりませんから」



隊長と隊員としてだけではなく、先輩と後輩としての会話。

周囲の騒がしさが気にならないくらい、私は逸見との会話を楽しんでいる。

……だからこそ、聞きたかった事を問いかける。



まほ「なぁ逸見」

エリカ「はい?」

まほ「お前がみほと赤星を友達にしたのか」

エリカ「急にどうしたんですか」

まほ「赤星に聞いたんだ。お前が二人を友達にしたと」




小梅『え?なんでみほさんとって……エリカさんのおかげですね』




みほに友達(逸見は認めていないが)ができただけでも驚きなのにそこに赤星まで加わって、

その立役者が逸見だというのだから逸見は案外人付き合いが上手い奴なのだろうかと思ってしまう。



エリカ「……赤星さんは元々みほの事を気に懸けてたみたいですから。私が何もせずとも友達になってたと思いますよ」

まほ「……そうか」

エリカ「それに、私にも思惑はありましたし」

まほ「思惑?」

エリカ「あの子がべたつく対象を変えられるかなって。いい加減暑苦しいですし。……まぁ、結局あの子は私と赤星さんの二人にべったりですけど」

まほ「……ふふっ」



その誤魔化すような態度に、赤星の言葉を思い出す。




小梅『エリカさんは誤解されやすい人です。……現に私はあの人を誤解してましたから。

   だけど、それを理解したら今度はこう思えるようになりました。―――――嘘の下手な人だなって』




相変わらず、逸見は嘘が下手なようだ



324: 2018/07/21(土) 22:59:54.15 ID:TPicXKb70



エリカ「笑い事じゃないですよ。物寂しい秋の帰り道を一人で優雅に帰る楽しみを奪われたんですから」

まほ「その代わり得たものもあっただろ?」

エリカ「……さぁ?そんなものありますかね」



とぼける逸見に、私はもう一歩踏み込む。



まほ「……なぁ、お前は二人をどうしたいんだ?」

エリカ「それ、去年も聞きましたね」

まほ「今度は赤星もだ」

エリカ「……赤星さんは友達ですよ。あの子は強いですから」

まほ「……赤星もみほと同じであまり気の強いほうじゃないと思っていたんだがな」

エリカ「その通りです。あの子はきっと、今も気が弱いほうですよ」





エリカ「だから強いんです」





それまでの言葉とは真逆な赤星の評価。

逸見は疑問に思う私の内心を知ってか知らずか、話を続ける。



エリカ「気が弱くても、実力が無くても、それを分かったうえで誰かを助けるために前に出てきた。あの子は……赤星さんは強いです」

まほ「……ああ、そうだな」



325: 2018/07/21(土) 23:01:07.14 ID:TPicXKb70





『強い』、『弱い』




どうやら逸見は他者を評価するのにその二つを使うらしい。

そこにはたぶん戦車道の腕だけではなく、人としての強さも含まれているのだろう。

赤星とのいざこざと、その顛末については私も聞き及んでいる。

そして、私が知ることのできない何かが二人の間であったのだという事も推測できる。

そのうえで逸見が赤星を『強い』と評価したのであれば。友達になろうと思ったのであるのなら。

これ以上は聞かない。

それは私が、他人が触れていい事情ではない気がするから。

赤星と逸見の二人が結んだ友情を関係ない私が詳らかにしようなんて無粋な真似はできないから。

なので、私は話の焦点を別の人物に当てる。



まほ「それで?赤星と友達になったのはいいが、みほはどうなんだ?いい加減友達に」

エリカ「なってません。なるつもりもありません」

まほ「……はぁ」



相変わらずの一刀両断。

あれだけ慕っている人物にこうも言われてはみほの心労いかんばかりや。となってしまう。



エリカ「そう落胆されても、私あの子の事嫌いですから」

まほ「そういうのをツンデレというのだったか」

エリカ「変な言葉覚えてますね……違いますよ」



赤星が『エリカさんはツンデレの才能がありますねー』と言っていたのだが。



326: 2018/07/21(土) 23:02:04.35 ID:TPicXKb70



エリカ「私とみほはライバルです。友達なんて甘い関係は赤星さんとだけ結んでいればいい。―――――私は、あの子を倒したいから」

まほ「……そうか」

エリカ「赤星さんが甘い分、私が叩く必要があるんですよ。まぁ、あの子に戦車道以外で褒めるところなんかありませんけど」

まほ「ずいぶんだな」



実の姉の前でそれだけ言えるのだから逆に感心してしまう。



エリカ「前に怒らないって言ったじゃないですか。遠慮はしません。それに、」

まほ「それに?」

エリカ「それが、あの子との協定ですから。みほは『自分らしさ』を、私は『強さ』を。お互いの交流で見つけようって」

まほ「……」

エリカ「私が強さを追い求めるためにも、あの子には強くなって欲しいんです」

まほ「それならばなおさら、赤星のような甘い友人はいないほうがいいんじゃないか?」



誰かに寄りかかり、甘えることは逸見の嫌う弱さにつながってしまうのではないか。

私の問いかけに、逸見は目を伏せ、呟くように答える。



エリカ「……以前のあの子は、誰かの思惑で押しつぶされそうでした」

まほ「……」



327: 2018/07/21(土) 23:03:58.19 ID:TPicXKb70



その『誰か』には私も含まれていると感じた。

……いや、私自身がそう思っているのだろう。

あの子の辛さを、悲しさを知っていながら目を逸らし続けていた私の罪悪感がそう思わせるのだろう。



エリカ「期待を背負って、重圧に打ち勝てるのなら、それ以上はありません。だけど、そんなのきっと限られた人間だけなんです。

    そしてあの子はそうじゃなかった。いくら強くったって、立ち上がることさえできなかったら……何の意味もない」



意味はないと、はっきり言い切る逸見。

言い換えれば、それだけの価値をみほに見出したという事だ。



まほ「だから、赤星とみほを友達にしたのか」



私の問いかけにエリカは私の目を見つめて、真っ直ぐに答える。



エリカ「私なんかじゃなく、利害関係にない友人の存在が、きっとあの子をもっと強くしてくれる。私はそう思ってます」



甘さを生み出すかもしれない友人が、強さに繋がると。

ストイックな逸見のイメージに合わないその言葉は、だけど逸見らしいと思えてしまう。



328: 2018/07/21(土) 23:05:55.38 ID:TPicXKb70



まほ「それが、お前がみほ達と一緒にいる理由か」

エリカ「そういうわけです」



みほが赤星と友達になることでもっと強くなる。逸見はそのみほから強さを学び取る。

なるほど、なるほど。

…………………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………うん。



まほ「逸見、お前はめんどくさいな」

エリカ「……それ、赤星さんにも言われました」

まほ「回りくどいしややこしいし、お前はもっとこう、あの二人とわかりやすい関係になれないのか」



逸見が一言、みほに友達だと言えばあのややこしい関係は一本の線になるというのに、

だけど、逸見はそんな事知った事ではないという風に私の視線から顔を逸らす。



まほ「……まぁいいさ。お前たちの関係にいちいち口を出すつもりは無い」

エリカ「そうしてくれるとありがたいです」

まほ「でもな、逸見」

エリカ「はい」



意地悪で意地っ張りで、嘘の下手くそな後輩に、伝えたいことがある。




まほ「それでも、私は知っているよ。お前が、お前たち3人が楽しそうに連れ合う姿を」



329: 2018/07/21(土) 23:13:01.42 ID:TPicXKb70




みほは嬉しそうに、赤星は慈しむように、逸見はやれやれと言った風に。

三者三様に笑っていた。

その姿を、あの笑顔を見て、それでも逸見の言葉が全て真実だと信じられるほど私は蒙昧じゃない。

私の言葉に、逸見は最初何かを言い返そうとしていたが、やがて観念したかのようにため息をついて、



エリカ「……みほの事は嫌いです。だけど、友達と笑い合ってる時に空気を悪くするほど狭量なつもりはありませんよ」



それはたぶん、逸見が話せる精一杯の本音なのだろう。

だから、今日はこのぐらいでいい。

逸見の本音の全ては聞けなかったが、少なくとも逸見のした事はみほにとっても赤星にとっても嬉しい事だったのだから。



まほ「……逸見、お前は不良なんかじゃないのかもな」

エリカ「ようやくわかってくれましたか!そう、私は品行方正な」

まほ「義に厚い昔ながらの不良なんだな」

エリカ「違ああああああああうっ!!?」

まほ「いやーまさか子供の頃床屋に置いてあったヤンキー漫画の主人公みたいな人間が本当にいるとは思わなかった。あれか、友のために喧嘩したりするのか。『ニゴバク』がそうだったのか」

エリカ「いやだからっ!?」



からかう私に、大声で反論する逸見。

相変わらず、面白い反応を返してくれる。からかい甲斐がある奴だ。

私が飲んでいるのはノンアルコールビールのはずなのに、どういう訳か、楽しくて、笑ってしまう。

祭りの騒がしさを、私たちの声で塗り替えてしまうような、そんな気さえしてしまう。

しかし、その終わりは二人の人影と共に逸見の背後からやって来た。



みほ「エリカさーん、そろそろ休憩終わりだよー」

小梅「流石にそろそろ限界なんでヘルプお願いします」



まほ「もうそんな時間か」

エリカ「ちょっと待ってなさい!!私は今ここで、誤解を解いておかないといけないのっ!!」

小梅「そういうのは後でお願いしまーす」

みほ「ほら、早く戻ろうよ。それじゃあお姉ちゃんまたね」

まほ「……ああ、またな」

エリカ「ちょ、離しなさい!!いいですか隊長!?私は、不良なんかじゃなくて、品行方正な―――」



逸見の抗弁は私に最後まで届くことは無く、3人は再び人ごみに消えていった。

私はまた、一人残された。



まほ「……」


330: 2018/07/21(土) 23:33:26.05 ID:TPicXKb70



逸見は言った。みほには甘えられる友人がいることで強くなると。

だけど、みほにとってのそれはきっと、赤星だけではない。

初めて叱責をしてくれて、初めて内心を吐露した相手。

そうしてくれたのは、それを受け止めてくれたのは、

押しつぶされそうなみほを救ったのは、他でもない逸見だった。



『エリカさんは、私の嫌いなところを全部嫌いって言ってくれたんだ』



自分のためを思い嫌われることも厭わず叱責してくれる人を、みほは求めていたのかもしれない。

だから、みほにとって、逸見に叱責されることは甘える事と同義なのかもしれない。

そう思える事は、そう思える相手がいる事は、とても幸運な事なのだと思う。

ならば、みほのとっての逸見のような、自分の胸の内を語れる人を持っていない私は、不運なのだろうか。



まほ「……騒がしいな」



周りの歓声が、楽器の音が、耳につく。

どうやら私は祭りというものがあまり好きではないらしい。

どうしようもなく、自分が独りだと思い知らされるから。



あの日夕暮れと共に胸に差し込んだ寂しさを、不安を、私はまだこの胸に抱え込んでいる。

それはきっと私の弱さだ。

逸見が強さを尊ぶのなら、私は逸見にとって嫌悪の対象なのかもしれない。

だから、この弱さは胸の内に抱え続ける。

強くあるために、弱さを見せないために。

私が、西住であるために。



331: 2018/07/21(土) 23:34:20.80 ID:TPicXKb70






それすら私の弱さだと気づいているのに






332: 2018/07/21(土) 23:35:55.47 ID:TPicXKb70




~中等部二年 11月~




とある山岳地帯。

私たち黒森峰の中等部は練習試合を行った。

結果はもちろん。などと自惚れるつもりはないが、それでも勝利は勝利。

私は隊長として、最後の試合を無事終えることができたようだ。



千代美「いやぁ、負けたよ。完敗だ」

まほ「いや、こちらも危なかった。正直機動戦術に関してはお前に分がある」

千代美「ははは、お前にそう言ってもらえるなら自信になるよ」

まほ「お世辞を言ったつもりはない」



試合後の心地よい疲労感の中、私は相手チームの隊長と和やかに会話をしていた。

年齢を考えると不釣り合いなほど大きなツインテールを揺らしている相手の隊長―――安斎千代美とは、何度か試合をした縁から、

良く練習試合を組ませてもらった仲だ。

まぁ、安斎の学校と良好な関係を築けたのは偏に安斎の人柄があってこそだと思うが。

自慢ではないが私はあまり人付き合いが得意な方ではない。

もちろん、家に恥じない礼儀は身に着けているが、それはそれとして、同年代の人たちと交流するには少々堅苦しいと思われがちだ。

しかし安斎は初対面の時分にして、『お前が西住流のかー!!強いなー!!』といった具合に肩を叩いてきたのだから面食らったものだ。

その安斎からの練習試合の申し込みをそう無碍にできるほど私は冷血ではない。

という訳で、何度かの練習試合を経て今日、私の中等部最後の試合相手となったわけだ。



千代美「そうかー。なら、励みにさせてもらうよ」

まほ「ああ。安斎、中学最後にいい試合ができた。

   来年の全国大会でお前と戦えることを楽しみにしているよ」

千代美「んー……あー……それは難しいかもな」

まほ「どういうことだ?」



いつも朗らかな安斎がどういう訳か頬をかきながら気まずい様子を見せている。



333: 2018/07/21(土) 23:37:36.47 ID:TPicXKb70




千代美「私は、転校するんだ」

まほ「転校って……そのまま今の学園艦で進学するんじゃないのか」



学園艦は基本的に中高一貫だ。

そして、学園艦のシステム上親元を離れて暮らす人間が多い。

なので、中等部の3年間だけでも母校に愛着を持ち、そのまま進学する人間がほとんどだ。

もちろん転校の事例がないわけではない。

しかし、私の目から見て安斎は母校に対して愛着を持っているように思えたのだが……



千代美「アンツィオ高校ってところにな、転校するんだ」

まほ「……すまない初耳だ。だが大会に出ていないだけで戦車道が盛んなところなのか?」

千代美「いや?そもそも現時点で戦車道チームすら形だけでほとんど履修者がいないそうだ」

まほ「……何故そんなところに」



思わず口が滑った私に、安斎は「こらっ!」と叱りつける。



千代美「そんなとことか言うな。戦車道チームがないだけで立派な学園艦なんだぞ」

まほ「あ……すまない」

千代美「わかればいい。……スカウトされたんだ『戦車道チームを立て直してほしい』ってな」

まほ「……」



スカウト。いわゆる野球留学のように、戦車道でもそういったものはある。

あるにはあるが、中高一貫の学園艦において、あまり聞く話ではない。



千代美「正直色々考えたよ。いくらスカウトされたとはいえ戦車道においては無名も無名な高校への転校だからな」

まほ「……」

千代美「でもな、それ以上に嬉しかったんだ、私の力を必要としてくれる人たちがいるって事が」



嬉しそうに安斎は笑う。

自分の力を評価して、求めてくれる。

その喜びが分からないだなんて言うつもりはない。

だけど、



まほ「それは、今の学校だって」

千代美「その通りだ。だからもう一つ理由がある。……私は、私の戦車道をしたい」

まほ「それだって今の学校で」

千代美「西住、お前ならわかるだろ。歴史が、伝統があるって事は強い結束と統率を生む。だけど同時にどうしようもない息苦しさを感じることも」

まほ「……」


334: 2018/07/21(土) 23:39:27.90 ID:TPicXKb70



わかる。だなんてものではない。現に私は、みほがその息苦しさに押しつぶされかけていたのを知っているのだから。



千代美「私はさ、1から自分のチームを作りたいんだ。志を共にできる仲間を集めて、私が隊長としてのびのびとやれるチームを」

まほ「それは……随分と自分勝手な話だな」

千代美「スカウトされた身なんだ。それぐらいのわがままは良いと思わないか?」

まほ「……そうだな」

千代美「多分一年目はチームメイトの募集と戦術の確立で終わると思う。……いや、仲間集めすらままならないかもな

    だけど私はあきらめない。新天地で、期待してくれる人たちに応えたいんだ」

まほ「……お前は他人の期待を恐れないのだな」



安斎はおもちゃの山に飛び掛かる子供の様に両手を広げる。



千代美「怖いさ!だけど、それ以上に楽しみなんだっ!!」



力強く、気高い言葉。

それが、それこそが安斎の本質なのだと感じた。



千代美「期待の重圧も、新天地での不安もある。だけど、どうせ苦労するのならせめて笑ってやりたいだろ?」

まほ「……ああ、その通りだ」


336: 2018/07/21(土) 23:58:54.62 ID:TPicXKb70



千代美「待ってろ西住。私の作るチームは強いぞ?」

まほ「なら、黒森峰は最強であろう」

千代美「……頑張れよ」

まほ「そっちこそ」



固く、握手を交わす。

彼女の強さが笑顔が、握った手を通して伝わってくる。

だけど、次第に彼女の笑顔が陰っていく。



まほ「安斎?」

千代美「……西住、結局お前は最後まで強かったな」

まほ「……?ありがとう」



諦めのような感情が込められた誉め言葉に、私は戸惑いながらお礼を返す。

それを聞いた安斎は、悲しそうな表情を振り切るように私を抱きしめる。

そして、ぎゅっと私の両肩を掴んで視線を合わせる。

いつもスキンシップの激しい奴ではあったが、今日に限ってはどうも熱が入ってるようだ。



千代美「……西住、たぶん次にお前と戦うのは随分先になると思う。だからさ、一言だけ言わせてくれ」

まほ「あ、ああ、なんだ?」

千代美「もっと、強くて、弱くなれ」



矛盾した言葉。ともすれば馬鹿にした様にも聞こえるそれに、私は聞き覚えがあった。





『あの子はきっと、今も気が弱いほうですよ――――だから強いんです』




337: 2018/07/22(日) 00:00:53.43 ID:A+PN/k9Q0




逸見が、赤星を評した言葉。

その言葉の真意を私は未だ図りかねている。

だってそれは、二人の間で結ばれた友情が紡ぎだしたものなのだから。

他人の私が図り知ることなんてできないのだから。

なのに、安斎が言った言葉と、逸見が言った言葉が同じ意味を示しているように私は感じた。



まほ「安斎、教えてくれ。今のは一体どういう――――」





エリカ「隊長」




私の疑問は、その張本人の一人である逸見の声によって遮られた。

言葉に詰まる私に、逸見はどうしたのかという表情をする。

私は深く息をついて、表面上、冷静さを取り戻し、安斎は何事もなかったかのように、逸見を笑顔で出迎える。



まほ「……逸見、どうした」

エリカ「え?いや、撤収完了の報告に……」

まほ「そうか。ありがとう」

千代美「おー、お前が榴弾姉妹の片割れか」

エリカ「初めまして。……って、なんでそのあだ名よそにまで広がってるんですか……」

千代美「戦車道において諜報も立派な戦術だからな」

まほ「これも戦車道だ」



(本人にとっては)不名誉なあだ名が広がっていることに肩を落とす逸見を、

今度はまるで品定めをするかのように安斎がじろじろと見つめる。



千代美「うーん……」

エリカ「な、なんですか?」

千代美「逸見って言ったっけ?お前……細すぎないか?」

エリカ「は?」


338: 2018/07/22(日) 00:12:38.98 ID:A+PN/k9Q0




あっけにとられた逸見に向かってまるで姉か親かの様に、安斎は語り掛ける。




千代美「ダメだぞー?そりゃあ年頃なんだし美容に気を遣うのはわかるが、だからと言って激しい運動をしてるのにそんな細いんじゃ倒れてしまうぞ」

まほ「ああ、それは私も思ってた」



正直あんな細い体でよく激しい戦車道をこなすことができるものだ。



千代美「だろ?ちゃんと食べろ!!体力をしっかりつけるんだ!!」

エリカ「だ、大丈夫ですっ!!」

千代美「もしかして食欲がないとかか?だったら、食べやすいメニューにいくつか心当たりがあるから後で教えるぞ?」

エリカ「そうじゃなくって!!私はちゃんと自分なりに健康管理はしてますからっ!!」

千代美「むー……本当か?」



案外疑り深い安斎に対して、逸見はきっぱりと言い切る。



エリカ「本当ですっ!!」

千代美「ならいいが……」



みほ「エリカさーん、お姉ちゃーん」

エリカ「みほ、どうしたのよ」

みほ「エリカさんがお姉ちゃん呼びに行ったまま戻ってこないからでしょ……」

まほ「ああ、それはすまなかった」

みほ「ほら、早く帰ろう?」

まほ「そうだな。安斎、お前の作るチームと試合ができる日を楽しみにしている……また会おう」

千代美「ああ。また会おう」


私はそのままみほたちを先導して戻っていく。




千代美「西住っ!!」




339: 2018/07/22(日) 00:28:24.58 ID:A+PN/k9Q0




後ろからかけられる声。

振り向くと、安斎が胸を張って私を見つめていた。

そして、もう一度大きく息を吸うと、




千代美「私の言葉の意味はお前が見つけろ!!そしたらきっと――――お前に必要なものがわかるはずだっ!!」




そう言うと、安斎は振り向くことなく帰って行った。



エリカ「隊長に必要なものって……どういう意味かしら?」

みほ「お姉ちゃん、安斎さんと何話したの?」

まほ「……」



みほたちの問いに答えず、私は無言で歩みを進める。

そんな私に、二人は疑問符を浮かべながらついてくる。




『もっと、強くて、弱くなれ』




340: 2018/07/22(日) 00:30:52.97 ID:A+PN/k9Q0



矛盾したその言葉の意味を理解できた時、私に必要なものがわかる。

まるで宝のありかを示したなぞなぞのような安斎の言葉を、私は何度も何度も頭の中で繰り返す。

だけど、答えは出ない。

ただのものの例えで、深い意味などないと切って捨てることもできるのに、

安斎の言葉が、諦めたような、悲しそうな表情が、頭から離れない。

だから、私は一旦考えるのをやめる。

指揮する人間は常に取捨選択を求められる。

今すべきことを、瞬時に判断する必要がある。

いくら考えてもわからないのなら、もっとやるべきことにリソースを回すのだ。

たとえ安斎の言葉に深い意味があろうとも、

たとえ安斎の悲しそうな表情が頭から離れなくても、

それがきっと、私の根幹に関わるものであったとしても、

それがわからない自分が情けなくても、それでも、




まほ「私は、強くなきゃ」





341: 2018/07/22(日) 00:31:27.64 ID:A+PN/k9Q0





それが、私の存在理由なのだから






342: 2018/07/22(日) 00:32:05.70 ID:A+PN/k9Q0
めっちゃ難産でしたがこれにて中2編終了です。

また来週。

359: 2018/07/28(土) 18:01:06.86 ID:1x1ofSBV0



中等部三年 ~4月~



季節は過ぎて桜の頃。

黒森峰に入って3度目の春を迎えた私は、今学期最初の戦車道の授業を前にしてロッカールームのベンチで祈るように手を組んで座り込んでいた。



みほ「……とうとう三年生」



うわごとの様な言葉。

誰に向けたわけでもないそれに対して、投げかけられる声が一つ。



エリカ「いつまでそんな浮かない顔してるのよ隊長さん」



私の正面でロッカーに寄りかかっているエリカさんは、ベンチに座る私をじっと見下ろす。



エリカ「もうみんな練習場に出てるわよ。隊長が遅刻してどうするのよ」




360: 2018/07/28(土) 18:02:55.93 ID:1x1ofSBV0


そう。私は今年から中等部の隊長に就任した。

副隊長からそのまま繰り上がりでの人事。

周りから見れば当たり前の事なのかもしれない。

だけど、

覚悟していたつもりだった。

決意していたはずだった。

それでも。私は今、圧し潰されそうで、

外で私を待っている人たちの期待が、視線が、それに応えられないかもしれない事が怖くて。

私の口から不安が漏れだしてしまう。



みほ「エリカさん、私、私なんかで本当に良いのかな……」

エリカ「今さら何言ってるのよ。ほら、シャキッとしなさい」



やれやれと言った風に私を促すエリカさんは相変わらずで、

だからこそ、安心感を覚えてしまう。

そして、だからこそ。私は言ってはいけない事を口にしようとしてしまう。



みほ「ねぇエリカさん、私なんかよりもあなたの方が―――――」

エリカ「それ以上言ったら怒るわよ」

みほ「っ……」


361: 2018/07/28(土) 18:05:30.70 ID:1x1ofSBV0


『怒る』だなんて可愛らしい言葉に似使わない、冷たく突き放すような声色。

あの時と同じ、私はまたエリカさんの逆鱗に手を近づけてしまったようだ。

エリカさんの気迫に何も言えずにいると、エリカさんはため息を一つついて、

そっと、膝を曲げて私の目線に合わせてくる。



エリカ「みほ、あなたは隊長に選ばれたの。贔屓じゃなく、実力で」

みほ「……」

エリカ「誰かの期待を理由に逃げるのはやめなさい。それはあまりにも自分勝手な事よ。

    嫌なら、辛いのなら、ちゃんと自分の言葉で言いなさい」



分かっていたはずだった。理解して、二度と同じ過ちを起こさないと自分を戒めたはずだった。



私はかつて目の前の人の決意を侮辱し、踏みにじった。

自分が可哀そうだと嘆くばかりで何も見ていなかった。

正直、思い返しても酷い人間だったと思う。

あんなにも嫌な事から逃げたかったのに、私の目は、耳は、頭は、その嫌な事だけを拾い続けていたのだから。

罵倒されても、軽蔑されても、見限られてもしょうがない人間だった。

だけど彼女は、エリカさんは私を叱ってくれた。

自らの決意を侮辱した、踏みにじった張本人を。

本気で叱り、本気で向き合ってくれた。

手を差し伸べてくれた。

だから私はエリカさんに認めてもらいたくて、エリカさんのようになりたくて、

強くなろうと決意した。

なのにこのザマだ。

自嘲する気力すらなく、私はポツリと謝罪を口にする。



みほ「……ごめんなさい」

エリカ「……いいわ。気持ちがわからないなんて言うつもりはないから」



エリカさんは私から視線を外すと、先ほどのようにロッカーに寄りかかる。




363: 2018/07/28(土) 18:09:46.78 ID:1x1ofSBV0


エリカ「あなたのお下がりってのが気にくわないけど、それでも私は副隊長よ。あなたを支えるのも仕事のうちなんだから」

みほ「……」



仕事。

そう、私を支えるのはエリカさんにとって仕事でしかない。

知っていた、わかっていた。エリカさんと私は友達じゃないのだから。

だから、そこにどうしようもない寂しさを感じてしまうのは、私の我儘なんだ。

重苦しい空気がロッカールームを満たしていく。



小梅「じれったいなぁもう……」

みほ「赤星さんっ!?」

エリカ「あなた、いつのまに……」



その空気を打ち破ったのはいつの間にかロッカールームの入り口に立っていた赤星小梅さん。

赤星さんはやれやれといった様子で私たちに語り掛ける。



小梅「深刻な顔して何話してるかと思えば、まったく。なんで二人は素直に話せないんですか」

みほ「素直に……って」

エリカ「別に、この子にこれ以上言う事なんてないわよ」

小梅「……はぁ。口を出すつもりはありませんでしたが、このままだと埒が明きませんね」



そう言うと赤星さんは、私とエリカさんの手を交互に取り、



小梅「みほさん、エリカさんはあんなんですから真っ直ぐに言わないとまともなボールなんて返ってきませんよ」

みほ「……」

小梅「エリカさん。あなたがめんどくさいってのはいい加減理解してますけど、もうちょっと手心を加えてください」

エリカ「……ふん」

小梅「二人ともそれなりの付き合いなんですからいい加減学習しましょうよ。回りくどい言い方に回りくどく言い返してたらいつまでたっても伝わりませんって」



「私から言えるのはこれだけです」。そう言って赤星さんは一歩離れるとじっと私たちの様子を見守る。




364: 2018/07/28(土) 18:11:21.52 ID:1x1ofSBV0


みほ「……」

エリカ「……」



空気が再び重さを纏う。

私は何を言えばいいのか必氏で考える。

私がエリカさんに言いたい事、伝えたい事。

私は、エリカさんに隊長を変わってもらいたいのだろうか。

……違う。

私はもう、副隊長の立場を投げ出したかったかつての私とは違う。

たとえ誰かの期待が重くても、それに応えられないことが怖くても、

もう逃げない。

私は、握った手をぎゅっと胸に当てて前を、目に前にいるエリカさんを見つめる。



みほ「……エリカさん」

エリカ「……何?」

みほ「頼りない隊長だけど、それでもみんなと一緒に勝ちたいから。頑張るから―――――私を支えてください」



私の想いを、願いを込めて精一杯紡いだ言葉。

エリカさんはどう思ってくれるのだろうか。

いつもの様に素気無く返してくるのだろうか。

エリカさんはしばらく無言で私を見つめると、ため息を一つつく。

そしてそっと髪をかきあげて、先ほどの私と同じように真っ直ぐこちらを見つめて、



エリカ「……私は、副隊長よ。あなたを支えることが勝利への近道だと思ってる。だから……」




365: 2018/07/28(土) 18:12:03.43 ID:1x1ofSBV0





エリカ「あなたの味方でいてあげる。……失望させないでよ?」





366: 2018/07/28(土) 18:14:16.77 ID:1x1ofSBV0



相変わらずどこか棘のある言葉。

だけど、まっすぐな視線が、ほんの少しだけ緩んだ口元が、隠しきれてない優しさが、私の胸の中に流れ込んでくる。



小梅「かー!!エリカさんほんっと素直じゃないですね!!」

エリカ「うるっさいわね」

小梅「なんなんですかエリカさんは一日一回ツンデレないとだめな家訓でもあるんですか」

エリカ「私は、私の思ったことを言っただけよ」

小梅「はぁ……みほさん大変ですね」

みほ「……ううん。そんなことないよ」



いつのまにか私は立ち上がっていた。

足の震えはおさまり、冷えていた心に熱が戻り、

ちゃんと、前を向けていた。

その事に気づいた途端顔がにやけてどうしようもなくて、

「なにニヤニヤしてんのよ」とエリカさんにデコピンされてしまう。

その痛みに、私は真面目な顔を取り戻し、私を見つめる二人に呼びかける。



みほ「二人とも行こう。みんな待ってるよ」

小梅「……はいっ!!」

エリカ「誰のせいだと思ってるのよ」



今度は私が率先して出口に向かう。

外にはもう、沢山の仲間が私たちを待っている。



私は黒森峰学園中等部戦車道チーム隊長、西住みほ

まだまだ弱く、誰かに支えてもらわないとまともに進むことさえできないけれど、

私を支えてくれる人がいるって知ってるから。

道を外した時、ぶってでも引き戻してくれる人がいるから。

不安と恐怖を胸に抱えて歩んでいく。




367: 2018/07/28(土) 18:15:42.58 ID:1x1ofSBV0



みほ「赤星さん」

小梅「はい」

みほ「エリカさん」

エリカ「何よ」





みほ「今年もよろしくね」




368: 2018/07/28(土) 18:16:43.81 ID:1x1ofSBV0




私たちの時代が、これから始まる




374: 2018/08/04(土) 18:09:17.01 ID:cEt2RuET0








『中等部での活躍は聞いている。あなたならきっと、私たちを優勝に導いてくれるわ』





『期待してるよ』






『あなたが副隊長なら私の推薦合格は決まったようなものね』





『任せるよ副隊長』




『1年生だからって気後れせずに、あなたの実力を見せてね』




375: 2018/08/04(土) 18:09:47.90 ID:cEt2RuET0




任せてください



精一杯頑張ります



先輩方の足を引っ張るような真似はしません



肩書に恥じぬ成果を



西住流の力を、勝利をもって証明して見せます





376: 2018/08/04(土) 18:10:28.88 ID:cEt2RuET0






それが、私の存在理由だから








377: 2018/08/04(土) 18:13:50.17 ID:cEt2RuET0






まほ「……」



6月の初旬、夕暮れの頃。

私は一人、校舎の前に佇んでいた。

すれ違う生徒達は皆、私の事など目にもくれず部活や、自宅、あるいはお気に入りの寄り道スポットへと向かっていく。

だけど私は知っている。私が、ここでは異物なのだという事を。

なぜならここは中等部の校舎なのだから。

すでに卒業し、別の場所にある高等部に通っている私は、本来ここにいる存在ではない。

制服が一緒のため、私が高等部の人間だとばれていないのは幸いか。



まほ「……」



キョロキョロと周りを見渡す。

目当ての人物はおらず、だけど呼び出すような事も出来ず。

それでも探そうと中等部の校舎に足を踏み入れようとして、私の足はぴたりと止まってしまう。



まほ「……私は、何をしているんだ」



こんなところで大会前の貴重な時間を浪費して。

練習が休みでも、副隊長である私にはやるべきことがいくらでもあるのに。

自分の愚かしさにようやく気付いた私は踵を返して校門に向かおうとする



エリカ「……隊長?」



しかし、その歩みは後ろからかけられた声によって留められる。



まほ「っ!?……逸見か」



驚いて振り向くと、視線の先には見知った顔が。



エリカ「えっと、隊長」

まほ「私はもう隊長ではない。高等部の副隊長だ」



その高等部の副隊長が中等部にいるのだから、なんとも恰好がつかないと心の中で自嘲してしまう。




378: 2018/08/04(土) 18:15:53.59 ID:cEt2RuET0


エリカ「そうでしたね。……それで、中等部の校舎に何か用ですか?」

まほ「いや……みほを探して」



嘘ではない。確かに私はみほを探していた。

……その理由は言えないが。



エリカ「ああ、そういう事ですか。でも、あの子もう帰っちゃったんですけど……私は日直があって残ってたんです」

まほ「……そうか。意外だな、みほの事なら待っていそうなものだが」

エリカ「実際そう言ってたんで、赤星さんに頼んで連れ帰ってもらったんですよ。……まったく、隊長なのに貴重な時間を浪費しないで欲しいものです」



たぶんそれは、逸見のいつもの軽口なのだろう。

だけど今ここでその貴重な時間を浪費している私にとって、逸見の言葉に責められているような印象を受けてしまう。

そのためか私の口は重くなり、そんな私の様子を見て逸見もまた何も言わなくなってしまう。



まほ「……」

エリカ「……」



しばし流れる無言の時。

中等部にまで来て私は何をしているんだと思い始めたころ、逸見がその沈黙を破った。



エリカ「それで……その、みほに何か」

まほ「……いや、何でもない」

エリカ「何でもないのにわざわざ中等部にまで?」



なんだか妙に食いつくな……

不思議に思うも、私は適当に考えた言い訳で答える。



まほ「……ちょっと、散歩に。近くに寄ったからついでに挨拶でも、と」

エリカ「……はぁ、お二人はやっぱり姉妹なんですね」

まほ「え?」



379: 2018/08/04(土) 18:18:59.23 ID:cEt2RuET0


逸見はため息とともに呆れたような顔でこちらを見てくる。

どういう意味かと考えていると、逸見はまるで子供の様にクスクスと笑い出す。



エリカ「知ってます?みほは何か不安な事があるとすぐ顔に出すんです。なのに相談するのを怖がって、結局私や赤星さんがあれこれ世話を焼く羽目になるんですよ」

まほ「……」

エリカ「そういうところ、そっくりですね。……隊ちょ、西住さんの方がわかりにくいですけど」

まほ「逸見……」

エリカ「相談に乗るだなんて偉そうな事言うつもりはありませんが、愚痴程度なら聞いてあげられますよ」



逸見は近くのベンチに腰かけて、私に対して「どうぞ」と促す。

……せっかく逸見が気を使ってくれているのに無碍にするのも悪いな。

仕方なく私は逸見の隣に腰かける。

そしてポツリと、語りだす。



まほ「……私は、高等部の副隊長に就任した」

エリカ「ええ、知ってますよ」



何を今さらといった風な逸見。



まほ「中等部の頃の実力を評価されての事だそうだ」

エリカ「当然の判断だと思います」

まほ「そうか。……そう思うか」



無意識のうちに私の声は落ちていく。

それはつまり逸見の答えが私にとって望ましいものではなかったという事で、

だとしたら私は、逸見にどう言って欲しかったのだろうか。

自分の内心すら図りかねてる私の様子を見て、逸見は心配そうに顔を覗いてくる。



エリカ「……西住さんはそう思えないのですか?」

まほ「自分の実力を見誤るほど未熟なつもりは無い。自惚れているように聞こえるかもしれないが、

   私の実力は副隊長に任命されるには十分なものだと思っている……だけど」

エリカ「だけど?」



両ひざに乗せた拳を強く握る。



まほ「私は―――――」



380: 2018/08/04(土) 18:21:18.72 ID:cEt2RuET0









『私は、強くなきゃ』










381: 2018/08/04(土) 18:21:56.33 ID:cEt2RuET0


まほ「―――いや、なんでもない」

エリカ「西住さん?」

まほ「すまない逸見。私はもう戻るよ。副隊長としてやるべきことがたくさんあるんだ」



そうだ、私は副隊長なんだ。

大勢の隊員の未来を預かっている人間なんだ。

だというのにこんなところで弱音を、それも後輩に吐いているようではいけない。

そんな弱い人間が、西住流の跡取りだなんて認められない。

私は立ち上がると、そのまま校門に向かおうと足を踏み出す。

しかし、



エリカ「まったく……そんなところまで似なくてもいいのに」



呆れたような逸見の呟きが、私を引き留めた。



エリカ「すみません、愚痴程度なら聞くって言いましたけどあれナシでお願いします。

    今のあなたをこのまま帰すのは、ちょっと寝つきが悪くなりそうなんで。……少し、お説教です」

まほ「……どういう意味だ」

エリカ「西住さん。今のあなたは出会った頃のみほにそっくりです」



逸見は遠くを見るように目を細める。



エリカ「あの頃のみほはまぁ酷い子でしたよ。いつもうつ向いて、人と話しているのに顔すらまともに見なくて、

    不満と不安をいつも抱えてるよな雰囲気で、助けを求めているのにそれを表に出さず口先で謝るばかりの子でした」



……ああ、よく知ってるよ。

生まれた時から一緒の妹の事なのだから。

明るく、元気なあの子がどんどん笑わなくなり、内に秘めた沢山のものを私にすら語らなくなっていた事を。

ベンチに座ったままの逸見は、私を見上げる。




382: 2018/08/04(土) 18:23:37.61 ID:cEt2RuET0


エリカ「今のあなたはそれと同じです。知って欲しいのに、察してもらいたがってる。……私が一番嫌いなタイプです」

まほ「っ……」



突然、逸見の言葉から温度が消える。

見下ろしているのは私のはずなのに、見下されているような逸見の視線に私は一瞬、たじろいでしまう。

その居心地の悪さを振り払うように、だけど努めて冷静に反論する。



まほ「……何故お前にそこまで言われないといけない。お前が、私の何を知っているというんだ」

エリカ「そこで取り乱さない辺りはさすが年長者ですね。……でも、その質問はもう答えた事があります」




エリカ「あなた、自分の事を一つでも語ったことがありますか?」




氷の様に冷え切った視線に、声色に。私は心臓を握られているような感覚に陥る。

思わず目を逸らすも、冷たい視線がまったく揺らいでいないのを肌が感じてしまう。



まほ「……私は、西住まほだ。西住流の家元の家に生まれ、将来はそれを継いで―――――」

エリカ「それのどこにあなたの話があるんですか。私は『西住流の娘』じゃなくて、『西住まほ』の話が聞きたいんですよ」



苦し紛れの反論はバッサリと切り捨てられ、私はとうとう何も言えなくなってしまう。



エリカ「……みほは、あの子は相変わらず弱くてめんどくさい子ですよ。何かあるたびにエリカさんエリカさんって。

    私が何度注意したってドジするし、この間だって自分の責任を誰かに肩代わりしてもらおうとしたり。ほんと、ダメな子ですね」



そう言いつつも、逸見の表情は柔らかく、その言葉に字面通りの意味が込められているとは到底思えない。

だけど、すぐにその表情は引き締まり、私をじっと見つめる。



エリカ「でも、今のあなたよりはよっぽどマシです」



あまりにもストレートな侮蔑の言葉。

その物言いに不快感より前に動揺を覚えたのは私が未熟な故か、

あるいは、逸見の口からそのような言葉が出たのが意外だったからか。


383: 2018/08/04(土) 18:25:33.68 ID:cEt2RuET0


エリカ「西住さん、あなたは強いです。……でも、ただ強いだけです」

まほ「それの、何が悪いっ」



今度こそ語気が荒くなるも、動揺で舌が上手く回らない。

そんな私とは対照的に逸見は飄々とした態度で、



エリカ「別に?というより……あなたが疑問に思っているんですよね?『強いだけ』の自分を」

まほ「っ……」



全てを見透かしているような視線。

目の前の少女との交流はそれほど多くなかったはずだ。

だというのに、なんで彼女の言葉はこんなにも私に突き刺さるのだろうか。

なんで、こんなにも―――――逸見は私を理解しているのだろうか。



逸見の言う通り、私は誰かに胸の内を明かしたことは無い。

それは弱さだからだ。

強くあるために弱さを捨てるのは当然の事だから。

だから私は、今日まで強くあったのに。

なのに、いつしか心の奥底にそれでいいのかと思う自分がいた。

そんな弱さが私の中にある事が許せないのに、触れる事すら出来ず目を逸らし続けていた。

分かっていたんだ、それが私の本音なのだと。それが、私の本質なのだと。

だから、触れないよう、気づかないよう、目を逸らし続けていたのに。



まほ「っ……あ……」



『そんな事はない。私は、自分の強さを疑問に思った事なんて無い』



そう言おうと口を開く。

だけど、何も言えず口を閉ざしてしまう。

心にもない事を言える余裕は、すでに私には無かった。



386: 2018/08/04(土) 18:29:16.51 ID:cEt2RuET0


エリカ「……あなたの胸の内を知っているのはあなただけです。知ってほしいのなら、受け入れてもらいたいのなら。
  
    ――――言ってください。伝えてください。あなたが何を思っているのか、どうして欲しいのか」



その言葉はただ淡々と、事実だけを伝えているように思えた。

そして、言外にこう伝えていた。――――――何もできないなら、ずっとそうしていろ、と。



いつのまにか、私のすぐそばに『それ』が迫っていた。

心のずっと奥に、たくさんの鍵をかけてしまいこんでいた『それ』は、全ての鍵を解かれ、扉を開けるだけになっていた。

そうしたのは逸見で、だけど逸見は扉を開けようとはしない。

邪魔なものを取り除いても、扉を開けるのは私の手で、私の意志で、と。

それは、逸見が私を尊重しているからだろう。

そして同じくらい逸見が厳しいからなのだろう。

どれだけ障害を取り除いても、一番苦しい部分は私自身の手でやらなくてはいけない。

そうでなくては、意味がないのだと。

387: 2018/08/04(土) 18:30:02.27 ID:cEt2RuET0








―――――なんで私の隣には、


『誰も、いないの……?』








388: 2018/08/04(土) 18:30:46.31 ID:cEt2RuET0


かつて、今日と同じような夕暮れの校舎で、私は一人なのだと思い知らされた。

それは当然の事だったんだ。

みほは言った。逸見は『自分の嫌いなところを全部嫌いだと言ってくれる』と。

それはつまり、自分の嫌いなところを、弱さを見せられるという事だ。

なのに私はずっと強くあった。

弱さを見せず、強さだけを求めていた。

……そんな奴の隣に立ってくれる人なんているわけないのに。

私は逃げていたんだ。

自分の弱さから、自分自身から。

目を瞑って、耳を覆って、口を閉ざして。

だけどもう、それはできない。

目の前の逸見から逃げてしまったら、私は一生独りになってしまう気がするから。




389: 2018/08/04(土) 18:32:03.57 ID:cEt2RuET0




まほ「……私は……私はっ……」



気が付くと私の呼吸は浅くなり、胸の高鳴りは心臓の許容を超えているかのように響いている。



私は今、自分の恥を晒そうとしている。

愚かな自分を、妹の友達に、後輩に。

もしもそれを口にして、受け止めてもらえなかったら。

私の中の何かが崩れてしまうかもしれない。

空気がまるで抵抗するかのように喉に詰まる。

声を出したいのに、体がそれを拒む。

そんな、泣き出しそうな私を逸見はじっと見つめて、





エリカ「大丈夫です。私は、あなたから逃げたりしません」




立ち上がり、目線を合わせてくれる。

夕日に照らされる銀髪が、まるで私を抱きしめるように暖かく煌めく。

その美しさが、暖かさが、こわばっていた私の体を解きほぐす。

それを逃さないよう息を吸って、肺の中を空っぽにする勢いで、


まほ「私はっ……!!」




390: 2018/08/04(土) 18:33:45.43 ID:cEt2RuET0







まほ「怖いんだッ!!誰かの人生を、目標を、私の失敗で閉ざしてしまうのがッ!!期待に応えられない事がッ!!」







391: 2018/08/04(土) 18:34:13.96 ID:cEt2RuET0





自分の弱さを吐き出した。






392: 2018/08/04(土) 18:35:43.64 ID:cEt2RuET0



まほ「……大学の推薦がかかった先輩や、黒森峰で優勝することを夢見ている先輩。私についてきてくれる同級生。皆、各々の夢を、目標を持ってた。
   
   そしてそれらはみんな、私のミスで簡単に崩れてしまうのだという事を、私はようやく理解したんだ」



一度声を出してしまえばもう、止まらない。

懺悔の様に己の弱さをさらけ出していく。



まほ「中学の時はまだ良かった。負けたって、私が叱責されればそれで良かったのだから。だけど、高等部ではもうその言い訳はできない」



嗚咽が声を遮り、自分でも何を言っているのかわからなくなる。

だけど、逸見は何も言わずじっと、私を見つめ続ける。



まほ「どれだけ訓練を重ねても、どれだけ実力をつけていっても、どれだけ才能があっても、

   たった一つの過ちが、たくさんの人の未来を歪めてしまうかもしれない。私は……それが怖いんだッ!!」



私に語り掛けてくる先輩たちはいつだって優しく微笑んでいた。

同級生たちは皆、私ならできると背中を叩いてくれた。

その言葉は純粋な期待と、優しさにあふれていた。

なのに、それが怖くてたまらなかった。

そんな人たちの期待を裏切る事が、期待に応えられない事が、私の心を圧し潰そうとしてきた。



まほ「なぁ逸見……なんでみほはあんなに笑っていられるんだ。あの子だって沢山の重圧に潰れかけていたのに」



みほは、私と同じだったはずなのに。

西住流の娘だから、期待されて、勝利を求められて、圧し潰されそうだったはずなのに。

いつの間にかあの子は重圧を押しのけていた。笑顔で前を向けるようになっていた。

私は、何もしてこなかったのに。

一歩も進めなかったのに。



まほ「なんで、あの子には赤星や、お前のような弱さを認めてくれる友達がいるんだ……

   なんで、私にはお前たちのような理解者がいないんだ……なんで、なんで私はっ……!!」


393: 2018/08/04(土) 18:36:31.78 ID:cEt2RuET0









まほ「こんなにも、弱いんだッ……」








394: 2018/08/04(土) 18:37:05.17 ID:cEt2RuET0


私は逸見に縋りつくように膝をつく。

今度こそ、逸見は私を見下ろす形になる。

だけど私は見上げる事すら出来ず、ただ呻いてうつ向く事しかできない。

……なんて情けない姿だ。

これが、こんなのが、黒森峰の副隊長なのか。

こんな弱い存在が西住流の娘なのか。



まほ「戦車道だけが、私の存在理由なのにッ……」



誰かの期待に耐えられない。

そんな自分の本音すら無視してきた結果、私はこんなにも無様な姿をさらしている。




395: 2018/08/04(土) 18:38:58.75 ID:cEt2RuET0





『……西住、結局お前は最後まで強かったな』






安斎、違うんだ。

私は、私はずっと弱かったんだ。

弱い自分を隠して逃げていただけなんだ。

いくら戦車道が強くても、黒森峰(ここ)に来てからそれが私の喜びになった事なんて無かった。

勝っても、勝っても、勝っても。

それが、誰かからの期待に、重圧になる事が怖かった。

だけど、それに気づかないふりをしていた。

それに気づいてしまったら、直視してしまったら、

『戦車道が強い自分』すら認められなくなったら、

私は、本当に空っぽになってしまう気がしたから。


396: 2018/08/04(土) 18:40:18.84 ID:cEt2RuET0


『私、黒森峰に来て良かったかも♪』







もしもお前ががうつ向いたままだったら、私はそんな事気にも留めなかったのに。

戦車道だけが自分の存在意義だという事を、強い事が西住流の娘の義務であることを疑う事なんてなかったのに。

なのにお前は、血を分けた妹は、自分だけの道を探そうとしている。

戦車道だけじゃない、自分自身を。

踏み出す勇気すらなかった私には、そんなお前の姿が羨ましくて、妬ましくて、

強さしかない自分が惨めに思えて仕方がなくて。



397: 2018/08/04(土) 18:40:52.82 ID:cEt2RuET0




エリカ「西住さん」




398: 2018/08/04(土) 18:41:39.35 ID:cEt2RuET0


降りかかる声に、私は怯える子供のように見上げる。

逸見は無表情でじっと、見下ろす。



エリカ「私は、弱い人が嫌いです」

まほ「……」

エリカ「自分の弱さを誰かのせいにして、誰かの弱さで自分を慰めるような人間が大嫌いです」



感情の込められていないその言葉は、だからこそ、それが逸見にとって偽りのない本心なのだと思えた。



エリカ「弱い人は自分の道すら決める事が出来ません。そんな人のせいで強い誰かの道が妨げられるのが、私は我慢できません」



そうだ。私は、私の弱さで皆の未来を阻んでしまうかもしれない。

いつか、身勝手な嫉妬でみほに取り返しのつかない傷をつけてしまうかもしれない。

それは逸見にとって絶対に許せないもののはずだ。

そんな弱さを抱えた人間が、許されていいはずがない。

こんな弱い私が、誰かを導けるはずがない。

ならばいっそ、ここで。

全部否定してもらえるのなら。

私を、要らないと言ってくれるのなら。

逸見、お前がそう言ってくれるのなら。

みほを笑顔にしたお前が、あんなにも優しいお前が、そう言ってくれるのなら。





私は、ここで終わったほうがいい。





399: 2018/08/04(土) 18:42:11.67 ID:cEt2RuET0




エリカ「だから、」



私を見下ろす逸見は、





400: 2018/08/04(土) 18:42:56.47 ID:cEt2RuET0







エリカ「私は、私が大嫌いです」







401: 2018/08/04(土) 18:43:31.11 ID:cEt2RuET0







今にも泣きだしそうな微笑みを浮かべた








402: 2018/08/04(土) 18:44:38.66 ID:cEt2RuET0



まほ「え……?」

エリカ「西住さん、あなたは大丈夫ですよ」



逸見はしゃがみ込んで、呆然としている私の手を取る。

それはまるで幼子に語り掛けるかのように。



エリカ「弱い自分を認めて、知った風な口を利いてくる生意気な後輩に胸の内を明かせる。

    情けなくても、弱くても。あなたは、こんなにも強いじゃないですか」

まほ「逸、見……」

エリカ「大丈夫です。自分の弱さを認められるあなたなら、きっと」



…私は、彼女に何を言えばいいのだろうか

そんなにも泣きそうな顔で私を慰めてくれているのに、

私は何も言うことができない。

だって私は、逸見の事を何も知らないから

逸見がどんな人間か知らないから。

私はいつのまにか、逸見の内面まで知った気になっていた。

厳しくも、その内側には優しさを持っているのだと。

友情に篤く、強く、美しく。

それが逸見エリカという人間なのだと。

だけど、今の逸見はさっきまでの私よりも弱々しく、今にも崩れそうなほどで、

それなのに私の手を取ってくれている。

それは優しさだけでなく、まるで贖罪のようにも思えた。


403: 2018/08/04(土) 18:45:04.71 ID:cEt2RuET0


まほ「逸見」

エリカ「はい」

まほ「なんで、お前は、私にここまでしてくれるんだ」



純粋な疑問。

逸見と私の付き合いはそれほど長く、深いものではないはずだ。

だというのに、彼女はこんなにも私を思ってくれている。

あんなにも泣きそうな顔で、微笑みかけてくれる。

だから問いかける。

私に、それだけの価値があるとは思えないから。



エリカ「……言った事無かったですっけ?私、あなたに憧れて黒森峰に来たんですよ」

まほ「私に……?」

エリカ「ええ」



逸見に手を引かれ、私は再びベンチに腰掛ける。

繋がれた手はなぜか繋いだままで、でもそれがとても暖かくて。

私の心に少し、平穏が戻ってくる。



404: 2018/08/04(土) 18:45:40.07 ID:cEt2RuET0



エリカ「小学生の頃地元の小学生大会に参加したとき、あなたの試合を見た事があって」



逸見は少し気恥ずかしげにしながらも、だけど嬉しそうにそっと語りだす。

確かに小学生の頃、いくつかの大会に出た事がある。地元が同じである逸見がそれを見た事があるというのはおかしい話ではない。



エリカ「残念ながらあなたと当たることはありませんでしたが。……凄かった。一つしか年が違わないのに、強くて気高くて。

    その姿に、私もああなりたいって。強い学校で学びたいって。そう思ってここに来ました」



その頃はお母様が私に経験を積ませるためにとにかく手当たり次第に戦車道の大会に出場させていた時期だ。

でも……幼い頃のたった一度。それも私の試合を見たぐらいでそんな人生を決める決断をするだなんて……



エリカ「あ、今『その程度の事で』って思いましたね?」

まほ「ち、違っ……」



私の内心を察したのか、逸見はくちびるを不満げにとがらせる。だけど、その顔はすぐに綻ぶ。



エリカ「……ふふっ、わたしもその程度の事だって思います。でも……その程度で充分だったんですよ。私がここに来る理由は」



何の後悔もないという逸見の表情。



405: 2018/08/04(土) 18:46:40.63 ID:cEt2RuET0



エリカ「私、昔から戦車が好きで、戦車道も戦車に乗れるから始めたんですよ。だから、正直戦車道の良さとか楽しさはよくわかりませんでした」



あんまりにもあっさりと言うものだから流しそうになってしまう。



まほ「え……?」

エリカ「バンバン撃って、ガンガン進みたいのに、作戦とか戦略とかが煩わしくて。地元のクラブもあんまり楽しくなくて」



あの逸見が、誰よりもひたむきに戦車道に取り組んでいる逸見が。

戦車道を楽しいと思えなかっただなんて。



エリカ「でもあなたの試合を見て、戦車道ってあんなに綺麗なんだって。あんなに――――楽しいんだって思えて」



あの頃の私はまだ、自分が背負うたくさんの重荷に気づいていなかった。

ただ目の前の勝負に勝ちたくて、そうするとお父様が、お母様が、みほが、嬉しそうにしてくれたから。

それが、嬉しくて。

……ああ、そうだ。あの頃の私は――――戦車に乗ることが、戦車道が楽しかったんだ。



エリカ「たぶん、あの試合を見なければ私は姉と同じ地元の公立校にでも進学していたと思います。

    戦車道だって、ただの趣味の延長ぐらいで終わっていたと思います。……いや、中学に上がったらもうしなくなってたかも」



逸見は、選ばなかった選択肢を少しだけ寂しげに語る。

その表情は何を思っての事なのか。私は推し量ることができない。

だけど次の瞬間、逸見の表情はパッと明るくなる。



エリカ「でもそうはならなかった。あなたの姿が、私の人生を変えました。

    戦車道がもっと強くなりたい。この競技で私の人生を満たしていきたい。って。

    あの程度の事で私、親に頭を下げて高い学費払ってもらって、受験勉強して、ここに来ました」



「まぁ、だからって追いつけたわけじゃないですけどね」。逸見はそう言うと夕焼け空を見上げる。



エリカ「勢いだけでここまで来ちゃいましたけど、私は後悔したことはありません。だって―――――私、今楽しいですから」



406: 2018/08/04(土) 18:47:22.22 ID:cEt2RuET0



そして再び私を見つめる。

その瞳は宝石のようにキラキラと輝いていて、

その輝きはきっと、逸見だけのものなのだろう。

だから、私はこんなにも魅せられて、こんなにも惹かれて、

いつのまにか、絵本の続きをせがむ子供のように私は身を乗り出していた。



エリカ「だから感謝しています。あなたに出会えた事を。

    尊敬しています。あなたを……西住まほさんを」



真っ直ぐな視線。それは西住流の娘じゃなくて、私を見つめてくれていた。

その視線に耐えられなくて、私は顔をそむけてしまう。



まほ「……私はそんな事を言われるような人間じゃないよ。今だってこんなにも情けなくて弱い姿をお前に見せているのに」

エリカ「……ええ。おかげで確信できました。強い人は、弱さも持っているんだって」

まほ「……強くて、弱い」



口に含むように呟く。




407: 2018/08/04(土) 18:48:00.01 ID:cEt2RuET0




『もっと、強くて、弱くなれ』


『あの子はきっと、今も気が弱いほうですよ――――だから強いんです』







……ああそうか。安斎が、逸見が言っていたのはこの事だったのか。

強いだけの心は簡単に折れてしまう。

弱いだけの心は簡単に崩れてしまう。

強さを抱きしめるための弱さと、弱さを守るための強さがあって初めて人は、『強く』なれるんだ。

安斎はそれを私に知って欲しかったんだ。

まだ向き直れない私に、逸見は語り掛ける。



エリカ「何度だって言います。どれだけ情けなくたって、どれだけ怖くたって、弱さを認められるあなたは―――――強い人です」



その言葉は、私が一番求めていたものだったのかもしれない。




408: 2018/08/04(土) 18:48:29.38 ID:cEt2RuET0





『私の言葉の意味はお前が見つけろ!!そしたらきっと――――お前に必要なものがわかるはずだっ!!』






……うん、見つけたよ。私に必要なものが。

ずっとずっと目を逸らし続けていたものをようやく、私は受け止められたんだ。

それを受け入れてくれる人と、私は出会えたんだ。






409: 2018/08/04(土) 18:49:18.55 ID:cEt2RuET0


隣に座る逸見を見つめる。

宝石のような碧眼に映り込む私は、とても穏やかな表情をしていて。逸見が握ってくれている手が暖かくて。

私は自然と逸見に感謝を伝える。



まほ「逸見……ありがとう。私の弱さを受け入れてくれて。私と、向き合ってくれて」

エリカ「……やめてください。私はただ、あなたの悩みに対してそれっぽい事を言っただけですよ」

まほ「……そうか」



やっぱりお前は、嘘が下手なんだな。



私と逸見はお互い無言で立ち上がる。

そして、向かい合う。



まほ「逸見。みほがお前と一緒にいる理由が、ようやくわかったよ」

エリカ「……早く独り立ちしてもらいたいものですけどね」

まほ「……ふふっ」



夕日が彼女の輪郭を輝きで縁取る。背中にまで伸びる銀髪がそれを受けて周囲を照らしそうなほどに煌めく。

海のように碧く澄んだ瞳が彼女の心の深さを伝えてくれる。

今日この日、私は初めて『逸見エリカ』と出会う事ができた。

誰かの言葉じゃない。私の目で、耳で、心で。

逸見のおかげで私は自分の弱さを認めることができた。

私を、取り戻せた。




まほ「……ねぇ」





410: 2018/08/04(土) 19:01:56.53 ID:cEt2RuET0






なら、もう取り繕う必要は無い。

私は私として。






411: 2018/08/04(土) 19:03:02.92 ID:cEt2RuET0


まほ「私、ずっとあなたの事誤解してたみたい」

エリカ「……西住さん?」

まほ「あなたは不良なんかじゃない。とっても頑固で、嘘が下手で、それ以上に――――優しいのね」

エリカ「……あら?私は元々優しいですよ。みほ以外には」



悪戯っぽく笑う逸見に、私も笑い返す。



まほ「ふふっ、そう。……みほは良い友達を見つけられたのね」

エリカ「だから私とあの子は友達じゃ……」

まほ「エリカ」

エリカ「え?」



そういえば、エリカって花の名前だったっけ。

見たことは無いけど、きっと……可憐な花なんだろうな。

呼びかける瞬間、そんな事を思った。




まほ「……あなた達が来るのを待っている」

エリカ「……はいっ!西住さんっ!!」

まほ「それと、」




嬉しそうに返事をするエリカ。

だけど、もう一つ言っておきたいことがある。

私だけじゃ不公平だから。

エリカにもっと私を知って欲しいから。

……みほ達にほんのちょっと対抗したいから。


412: 2018/08/04(土) 19:03:36.77 ID:cEt2RuET0



まほ「まほでいい。西住さんじゃどっちの事かわからないからな。……またね、エリカ」



そう言って、私はエリカの返事を待たずに去って行く。

名残惜しそうに離した手の温もりを、ぎゅっと握りしめて。




エリカ「……まほさん、頑張ってくださいっ!!」



後ろからかけられる声。

私は振り向くことなく答える。



まほ「ああ。見ていてくれ」




413: 2018/08/04(土) 19:05:33.81 ID:cEt2RuET0







人影の少ない帰り道、夕焼けが水平線に近づき影が伸びきる頃。

私は歩きながらそっと物思いにふける。




『私は、私が大嫌いです』




まほ「……」



その言葉にどれほどの意味が込められていたのか私に推し量ることはできない。

だけど、その泣きそうな笑顔に、今にも消えてしまいそうな儚い姿に、

どうしようもないくらい寄り添いたくなってしまう。


414: 2018/08/04(土) 19:07:46.26 ID:cEt2RuET0


まほ「エリカ」



そっと呟く。

自分だけに聞こえるよう。

だけど、ここにはいない誰かに届く事を願って。



まほ「私は……貴女に、隣にいて欲しい」



弱い私を包み込んでくれた貴女に

私をもっと知ってもらいたい。

自分を嫌いだと言う貴女を、私はもっと知りたい。

そしていつか、貴女にちゃんと自分を好きだと言ってもらいたい。

そうなったとき、私はやっと、貴女と分かり合える気がするから。

貴女が私を理解してくれたように、私も貴女を理解したいから。

理解者<トモダチ>に、なりたいから。



……だけど今は、目の前に集中しよう。

そうすればきっと、あの子は私を見ていてくれるはずだから。

来年、笑顔であの子たちを迎えられるから。


415: 2018/08/04(土) 19:11:17.46 ID:cEt2RuET0


私は黒森峰学園高等部戦車道チーム副隊長、西住まほ。



とても、弱い人間だ。

でも大丈夫。

どんなに弱くても、それを認められれば、受け止められれば。

見ていてくれる人がいる。そんな私を強いって言ってくれる人がいるから。

私は、弱くて、強い人であろうと思う。



まほ「……」

立ち止まって空を見上げる。

夕日は水平線に接して、月がその姿を煌めかせ始めている。



私は今日という日を一生忘れない。

弱さも、強さも。私の大切な一部なのだとわかった今日を。

その二つを受け入れてくれる人と出会えた今日を。

私は絶対に忘れない。



まほ「……カレンダーに印でもつけておこうかな」



何となく呟いた軽口に自分で笑ってしまう。

そんな必要ないから。

忘れる事なんてないだろうから。

誰かが聞いたら大袈裟だと思うかもしれない。

だけど、そんなことない。

貴女が私にしてくれた事は、私の人生を変えてくれるだろうから。





だって、





416: 2018/08/04(土) 19:12:51.22 ID:cEt2RuET0







まほ「私は、貴女に救われたから」







417: 2018/08/04(土) 19:13:25.30 ID:cEt2RuET0







夕日が、私を抱きしめているような気がした







433: 2018/08/11(土) 19:12:47.17 ID:K1R5xaRg0




中等部3年~9月~





黒森峰の母港にほど近い海沿いにあるホテル。

その大ホールの壇上に、私とエリカさんはいた。



みほ「えっと……」



私の言葉を会場の人たちは今か今かと待ちわびる。

その光景に圧倒されて、私は何を言えばいいかわからなくなってしまう。

そんな私の脇腹をエリカさんがみんなからは見えない位置で小突いてくる。



エリカ「さっさとしなさいよ。みんな待ってるわよ」



凛とした立ち姿を崩さず、私にだけ聞こえるようにそう囁く。

それに視線だけで謝って、深呼吸をする。

すると、会場にいる赤星さんが口だけを動かして「頑張ってください」と、伝えてくる。

……うん、大丈夫。ちゃんと練習したんだし。



みほ「……黒森峰学園中等部戦車道チームは今年も大会優勝という栄光を得ることができました。

   これも偏に隊員の皆さん、学校、OG、そして、地域の方々の協力があってこそです」



最後にこれだけ声を張ったのはいつだろうか。

相変わらず大きな声を出すのが苦手だ。

でも、今日は大会で頑張ったみんなを労うためでもあるパーティー。

私は隊長として、しっかりと務めを果たさないと。


434: 2018/08/11(土) 19:16:25.73 ID:K1R5xaRg0



みほ「私たち3年生は来年度高等部に進学しますが、この経験を忘れず全国大会10連覇を目指して尽力することを誓います」



ここにいる大体の3年生は、そのまま高等部に進学する。

そして待っているのは前人未到の10連覇がかかった全国大会。

今年の9連覇ですらどこも成し得ていない偉業であるのに、10連覇となればかかる期待はそれ以上だ。

そのプレッシャーを私が感じていないわけがない。

怯えていないわけがない。

だけど、今は一緒に進学するみんなのために。

私たちを待っている先輩たちのために。



みほ「そして後輩の皆さんはこれから中等部を背負う自覚を持ってください。あなた達が、未来の黒森峰を引っ張って行くのですから」

 

私たちの背中を見る後輩たちのために。

情けない姿は見せない。

頼りない隊長だったかもしれないけど、偉そうに聞こえるかもしれないけど、

最後くらいはちゃんとした姿を見せよう。

震える手で持った杯を高く掲げる。



みほ「だけど今日は、ここにいる全員で勝利を祝いましょう。皆さん――――乾杯<プロースト>!!」



『乾杯<プロースト>!!!!!』




435: 2018/08/11(土) 19:19:59.30 ID:K1R5xaRg0




すっかり暗くなったホテルの外。

海風が少し目に沁みるけど、大きな月と、それを写す海が綺麗で、瞬きすらもったいないと思ってしまう。

そんな中、一人歩く私は目当ての人を見つけて声を掛ける。



みほ「エリカさん」



海を見渡せる広場に、私の尋ね人はいた。



エリカ「あら、どうしたの?」



エリカさんは柵に寄りかかったまま、顔だけこちらに向ける。

なびく髪が、月光を反射して光の粒子をまき散らす。

相変わらず立っているだけでサマになる人だ。

瞬きさえ忘れてしまうほど。



みほ「どうしたのはこっちのセリフだよ。勝手にどっか行っちゃって」

エリカ「なんであなたにいちいち許可とらないといけないのよ」

みほ「もう、おかげで私一人でOGの人たちに挨拶する羽目になったんだよ!!」



一人に挨拶してはまた次に。それを何回も繰り返して折角のパーティーだというのに頭ばかり下げていたのだから不満も溜まろう。

せめてエリカさんがいてくれれば、そんな私の負担も減っただろうに。



エリカ「それぐらいあなた一人でやりなさいよ……挨拶回りは隊長の仕事よ」

みほ「うぅ……私がそういうのに向いてないって知ってるくせに……」

エリカ「だからでしょ。苦手は克服しないと」



エリカさんはそう言うが、その声色はいたずらっ子のようでエリカさんがワザと私を一人にしたのだとわかってしまう。

私の不満を感じ取ったのかエリカさんは私から視線を外し、再び海を見つめる。



エリカ「それにしても……よくここにいるってわかったわね」

みほ「ホテルの窓から、たまたま見えたから」

エリカ「そう。運が良いのね」


436: 2018/08/11(土) 19:23:16.30 ID:K1R5xaRg0



ううん、違うよ。ほんとはたまたまなんかじゃない。

窓の外で、一人佇むエリカさんの姿は遠くからでも絵画のように美しくて、

きっと誰が見てもそこにエリカさんがいるってわかっただろうから。

正直自分でもよく飽きないものだと思うけれど、相変わらず月明かりの下のエリカさんはうっとりするほど綺麗で、

今そんなエリカさんの姿を独り占めしているのに罪悪感すら覚えてしまう。

そんな内心を振り切るために、話題を変える。



みほ「来年、どうなるかな」

エリカ「あら、もう弱気?さっきはあんなに偉そうな演説したのに」



まるで鬼の首を取ったように意地悪に笑いかけるエリカさん。

人の気も知らないで……



みほ「だって、あの場で弱気になったらエリカさん怒るじゃん……」

エリカ「ええ。でも、あなたはちゃんとやり切った。……良かったわよ。やればできるじゃない」

みほ「え?」



彼女は私を見て優しく、微笑みかけてくる。

いつもならそれだけで飛び上がりそうなほど喜ぶ私の内心は、困惑で満たされてしまう。

……今、エリカさんが褒めてくれた?

普段あんだけ嫌味ばっかなエリカさんが、私を。

驚いて目を丸くしている私を見て、エリカさんは「しまった」という顔をすると、



エリカ「あなたがいつもああだったら、私もいちいち嫌味を言わなくて済むのに」



そういっていつもの小馬鹿にしたような表情に戻る。

私はそれに、がっかりしたような、安心したような気持ちになってしまう。



みほ「嫌なら言わなければいいのに……」

エリカ「……そうね」



エリカさんは少し目線を下げて、まるで後悔しているかのように呟く。



みほ「エリカさん……?」



437: 2018/08/11(土) 19:26:50.31 ID:K1R5xaRg0




一体どうしたのだろうか。今日のエリカさんはなんだかいつもと様子が違う。

どこか、釈然としない様子で、いつもの凛々しさが少し、薄れているように思えてしまう。



エリカ「ねぇみほ。あなたから見て、私はどう見える?」

みほ「え……?どうしたの急に」



突然の問いかけ。

いつだって他人の評価を気にせず、自分らしく真っ直ぐなエリカさんが、自分がどう見られているかを気にするなんて。

本当にどうしたのだろうか。



エリカ「……別に。なんとなくよ」

みほ「……私から見てエリカさんは」



でも、エリカさんが聞きたいというのであれば私は答えようと思う。

私が、エリカさんをどう思っているのかちゃんと伝えるいい機会だと思うし。

私はエリカさんをじっと見つめ、一言ずつ大切に伝えていく。



438: 2018/08/11(土) 19:28:55.30 ID:K1R5xaRg0



みほ「誰よりも真面目で」



戦車道はもちろん、勉強も、毎日の生活態度も完璧なエリカさん。

それは誰にでもできる事じゃなくて、もちろん私にだって出来ていなくて。

尊敬してしまう。それほどの情熱を彼女はもっている。





みほ「綺麗で」



いつだって彼女の美しさは変わらない。

宝石のような碧眼が、透き通るような白い肌が、

月光のように煌めく長い銀髪が。

怒った顔も、呆れた顔も、笑った顔も。

全部全部、素敵で、見惚れてしまう。







みほ「優しくて」



自分の覚悟を踏みにじった私を見限らず、手を差し伸べてくれた。

私を慮って、行動してくれた。

私が再び戦車道を楽しめるようにしてくれた。

キツイ態度の裏に隠れた優しさが、私を救ってくれた。




439: 2018/08/11(土) 19:30:01.76 ID:K1R5xaRg0




みほ「強い人だよ」




440: 2018/08/11(土) 19:30:50.98 ID:K1R5xaRg0


真面目さを、美しさを、優しさを。それらを蔑ろにせず、全部を大事にできる強さこそ、エリカさんの本質なのだろう。



みほ「これが……私から見たエリカさんかな」



我ながら恥ずかしい事を言った自覚はある。でも、言い過ぎなんかじゃない。

私にとってエリカさんはそれだけの人なんだから。

何度聞かれても、同じ答えを返すと思うから。



エリカ「……そう」



だけど、エリカさんは返事をしたきり、無言で海を見続ける。

私は何かマズイ事を言ってしまったのではないかと焦ってしまう。



みほ「あ、あのエリカさん。私、何か変な事―――――」



その時、

海風が彼女の長い銀髪を揺らす

ほんの一瞬、彼女の横顔が月明かりに照らされる

いつだっておとぎ話のお姫様のように美しいエリカさんの横顔は

私が大好きな、月明かりの下のエリカさんの顔は




441: 2018/08/11(土) 19:32:41.90 ID:K1R5xaRg0




苦悶と、哀しみに満ちていた




442: 2018/08/11(土) 19:34:42.14 ID:K1R5xaRg0


みほ「……エリカさん?」



彼女の髪が再び横顔を隠す。

私が今見たのは何なのだろうか。

まるで、今にも泣きだしそうなあの顔は。

まるで、かつての私のような表情は。



私が恐る恐る声を掛けると、エリカさんはそっと、私に向き直る。

その表情は先ほどと何も変わらぬ凛としたもので、

月光から彫りだしたようなその容姿は私が見惚れたエリカさんのままで。



エリカ「まったく、恥ずかしい事言ってんじゃないわよ」



そして、いつものように私を小馬鹿にした様子で、

私のおでこをピシッとデコピンする。

その様子は何もおかしくなんかない、いつものエリカさんで。

なら、さっき私が見たエリカさんは―――――



小梅「あ、いたいた二人とも何してるんですか」



私の思考は横から投げつけられた声で遮られる。

プンスカ!という擬音が似合いそうな感じで声を掛けてきたのは、会場に残したままだった赤星さん。



小梅「もう、隊長と副隊長が会場にいなくてどうするんですか」

エリカ「この子はともかく、私は別にいいでしょう」



いや良くないよ。

忘れていたけど、私はエリカさんを呼びに来たんだから。



443: 2018/08/11(土) 19:37:16.74 ID:K1R5xaRg0


小梅「何言ってるんですか、エリカさんがいないせいで私が後輩の子に詰められたんですよ『逸見先輩はどこですか!?』って」

エリカ「なんでその子は私の事をそんなに気にしてんのよ……」

小梅「そりゃあファンクラ……なんででしょうね?」

エリカ「今何か言おうとしてなかった?」

小梅「何のことでしょうか?」



慌てて誤魔化す赤星さん。

良かった……ファンクラブの事はエリカさんには内緒なんだから。

だってばれたら絶対解散を求められるだろうし。

まぁ、私はいつだってエリカさんのそばにいるから別にいいと言えばいいんだけどね?ふふん。



小梅「とにかく、もう戻りましょう。海風に長く当たってたら髪痛んじゃいますよ」



それはいけない。

私なんかはともかく、エリカさんの綺麗な銀髪が痛んでしまったら悔やんでも悔やみきれない。

私は慌ててエリカさんを連れて戻ろうと手を伸ばす。



みほ「エリカさん戻―――」

エリカ「そうね。なら、もう戻りましょうか」

みほ「あ……」



繋ごうとした私の手は宙を掴み、エリカさんは一人で歩いて行ってしまう。



みほ「……」



私の前を通り過ぎて行ったエリカさんの横顔は、髪に隠れて見えなくて、

そこに、さっきのエリカさんの表情が思い出されて。

私は何も言えなくなる。



小梅「……何かあったんですか?」



伸ばした手を胸の前で握る私を見て、赤星さんが心配そうに語り掛ける。



みほ「……ううん。何にもないよ。いつものエリカさんだった」

小梅「そうですか……」



赤星さんはどこか、納得していないようだったけど、私は気づかないふりをしてエリカさんの後を追う。



444: 2018/08/11(土) 19:38:17.95 ID:K1R5xaRg0



きっと、あれは私の見間違いなんだろう

多分、エリカさんは体調が悪かったんだろう

だって、エリカさんがあんな表情するわけないもの

あんな、弱々しい表情をするわけないもの

エリカさんは素敵な人だから

私なんかよりもずっと優しい人だから

あんな、私みたいな顔するわけないから




強い人なんだから





445: 2018/08/11(土) 19:38:57.52 ID:K1R5xaRg0






海風が私の後ろ髪を引いたような気がした






452: 2018/08/18(土) 21:29:35.08 ID:CqMCvVly0






中等部三年 ~10月~





右を見ればボコ。

左を見ればボコ。

ベットの柄もボコ。

枕元にもボコ。



そんな私の部屋は今、過去最高の動員数を記録していた。



四角いテーブルの上座(この場合、扉から一番遠い窓側の席だろうか)に私。

対面にエリカさん、そして私から見て右側に赤星さんが。


エリカさんはテーブルに肘をついてむすっとした表情をしていて、

対する赤星さんは、嬉しそうににニコニコしている。

そして私は期待に胸を膨らませ、落ち着きなく体を揺らしている。



小梅「それじゃあ、始めましょうか。みほさんの誕生日パーティー」



そう、本日は私の誕生日パーティー。

場所はここ、学生寮の自室。

それほど大きくないテーブルには一人暮らしだとまずお目にかかれない色とりどりの料理と、

私の名前が書かれたケーキが鎮座していて、それだけでテンションが上がってしまう。



エリカ「ちょっとは落ち着きなさいよ」



そんな私を見て向かいのエリカさんは嗜めてくる。

声は出さないようにしてたんだけどな……




453: 2018/08/18(土) 21:32:07.65 ID:CqMCvVly0


エリカ「そんなそわそわしてたら言わなくてもわかるわよ。もう、子供じゃないんだから」



口に出さなかった私の疑問をすぐ察する当たり、エリカさんが凄いのか私が分かりやすすぎるのか。

とはいえ、



みほ「まだ子供だよ……中学生だよ……」



エリカさんがやたら大人びているだけで15歳なんて子供も良いところだろう。

だいたい、生活費だって親からの仕送りでなんとかなっているのだから、子供であることを否定できないはずだ。

そう伝えると、エリカさんは回答を避け、「さっさと食べましょう」と赤星さんに目配せをした。

めんどくさくなったら逃げるのは子供のすることじゃないのかなあ……



小梅「エリカさん、お小言はそのくらいにして。ほら」



急かすエリカさんに赤星さんが耳打ちをする。

それに対して「……やらないとだめ?」と上目遣いで返すエリカさん。

私がどうしたのだろうと目をぱちくりさせていると、二人は襟を正して私に向き直る。




小梅「みほさん!」

エリカ「……みほ」




小梅「お誕生日おめでとうございます!!」

エリカ「誕生日おめでとう」



「イエー!!パチパチパチ!!」と口で言いながら拍手をする赤星さん。

それに対して「おめでとー……」とめんどくさそうに手を叩くエリカさん。

こうやって誕生日を祝福されるだなんて初めてで、

赤星さんに、エリカさんに祝ってもらえることが嬉しくて、私の目に涙が浮かんでしまう。



みほ「赤星さん、エリカさん……私、私……あ、ありがとうっ……」

エリカ「あーもう。泣くんじゃないわよ」



エリカさんに差し出されたハンカチで涙を拭い、少し赤くなった目でもう一度二人を見つめる。



454: 2018/08/18(土) 21:33:39.65 ID:CqMCvVly0


みほ「二人とも、本当にありがとう」

エリカ「まぁ、良いわよこの程度」

小梅「できれば西住さんのお姉さんも呼びたかったんですけどね……」

エリカ「まほさんは国際強化選手の合宿に参加してるんだからしょうがないでしょ。遊んでる暇なんてないのよ」



「だから、あなたも変な事言わないの」赤星さんをそう嗜めるエリカさん。

一瞬こちらを向いた瞳に、その言葉がお姉ちゃんと……私を気遣ったものだとすぐに分かってしまう。

私は口には出さず、心の中でありがとうと呟く。



みほ「大丈夫だよ。お姉ちゃんが帰ってきたらまた家族でお祝いしようって言ってるし」

エリカ「なんだ。心配して損した」

小梅「やっぱり心配してたんですね?」



赤星さんのニヤニヤした視線にエリカさんは不満をあらわに睨み返す。

だけども赤星さんは全く堪えた様子はなく、エリカさんは鼻を鳴らし、「もういい」と私の方に向き直る。



エリカ「ほら、辛気臭いのはそこまでにして。さっさと食べましょう」



エリカさんの言葉に頷いて、私は目の前のから揚げを一つ頬張ってみる。

カリッと揚がりつつ、しっかりと味の染み込んだそれは、私が普段食べている惣菜よりも美味しく感じた。

その次にミニハンバーグ。小さいながらも口の中に広がる肉汁が、活力を与えてくれる。



みほ「……おいしい。赤星さんとエリカさん……料理上手なんだね……」

小梅「レシピ見ながらなんですから大したことじゃないですよ」

エリカ「普段作ってるのよりは手間をかけたけどね」



美味しいものはそれだけで気分が高揚する。

頬が緩んでしまう。

ましてやそれが私のために友人が作ってくれたものなのだからなおさらだ。



みほ「でも、食べきれるかな…」

エリカ「全部食べなくていいわよ。ちゃんとタッパー持ってきてるから何回かに分けて食べなさい」

小梅「エリカさん気が利きますね」

エリカ「……せっかく作ったんだから全部食べてもらいたいって思うのは当然でしょ」



そう言ってそっぽを向くエリカさん。

その態度が何だか可愛らしくて私と赤星さんはニコニコしてしまう。ニヤニヤかもしれない。

私たちの反応がうざったいのか、エリカさんは話題を変えようと台所に視線を向ける。


455: 2018/08/18(土) 21:36:10.34 ID:CqMCvVly0


エリカ「それにしても……あなたのキッチン全然使った形跡がないんだけど?」

みほ「私……あんまり料理しないから」



基本スーパーの惣菜ばかりで、めんどくさい時は連日コンビニ弁当なんて日もある。

我ながら自堕落だと思うも、めんどくさいものはめんどくさいのだ。

私の自白にエリカさんは呆れたように脱力する。



エリカ「あなたねぇ……食事にはちゃんと気を使いなさい。高等部に上がったらもっと練習激しくなるんだから」

みほ「う、うん……」

小梅「まぁまぁ、お説教はそのぐらいにしましょうよ。今日はみほさんが主役なんですから」

エリカ「……そうね」



小言を言うエリカさんと、それを宥める赤星さん。

なんだかお母さんとお父さんみたいだなと、口に出さずに思った。

うちの家族が食卓に集まることはそんなにない。

お母さんは師範としての仕事があるし、お父さんもお父さんで腕利きの整備士としてあちこちを飛び回っているから。

だからこそ、家族全員揃った食卓はとても楽しくて、学校であった事や、何気ない話を聞いてもらうのが嬉しくてしょうがなかった。

それはたぶん、お姉ちゃんもだったのだろう。

普段あまりしゃべらないお姉ちゃんもこの時ばかりは饒舌になって、お父さんに話を聞いてもらおうとあれこれ日々の事を語る。

お父さんはそれを聞いて嬉しそうに頭をなでてくれる。

お母さんも、いつもの厳しさは残っているし小言もいうけれど、時折見せる柔らかな微笑みを私は見逃していなかった。

正直、お母さんに苦手意識を持っているのは否定できないけれど、もしかしたらそれは私の一方的なものなのかもしれない。

キツイ物言いのエリカさんが優しい人なように、お母さんも厳しいだけの人じゃ無いのだと思う。

……次の帰省の時は、お母さんと出かけられるといいな。

そんな事を思いながら私は箸を進めた。



エリカ「野菜もちゃんと食べなさいよね」




お母さんに小言を言われた。




456: 2018/08/18(土) 21:41:24.36 ID:CqMCvVly0






楽しい時間は流れ、そろそろケーキの出番かなと期待をし始めた頃、

赤星さんがエリカさんにそっと耳打ちをする。

エリカさんはそれに仕方ないわね、といった表情で答えると部屋の隅に向かう。

そこにはエリカさんたちの上着や荷物が積まれていて、それを崩すと、ラッピングされた小さな箱と袋が出てきた。

その時点であれが何かを察し、そわそわしだした私を見て、赤星さんが嬉しそうに微笑む。



小梅「みほさん、誕生日と言えばなんでしょう?ヒントはプで始まってトで終わるカタカナ5文字です」



テレビの視聴者プレゼントクイズみたいな問いかけだね……



エリカ「馬鹿な事やってないで、さっさと渡しちゃいましょう」



「風情のない人ですね」と、赤星さん。

エリカさんは赤星さんに小さい方を渡すと、二人そろって私に向き直る。



小梅「みほさん、お察しの通りプレゼントです」

みほ「い、良いの……?」



恐る恐る尋ねる私に赤星さんは「何言ってるんですか」と微笑む。



小梅「誕生日パーティーは、プレゼントまでセットですよ」

みほ「で、でももう料理もケーキももらったし……」

小梅「あーそういうのいいですからっ!」



じれったいと言わんばかりに私の言葉を遮って、赤星さんは手に持った箱をずいと差し出してくる。



小梅「私からのプレゼントはこれです。はい、どうぞ」



差し出された小箱のラッピングを解いて箱を開けると、カラフルで可愛らしいお菓子たちがあらわれる。




みほ「わぁっ!?マカロン!!良いの!?これ、高かったでしょっ!?」

小梅「お世話になってる人のお祝いぐらいちゃんとしようかなって。みほさんマカロン好きって言ってましたし」

みほ「ありがとう赤星さんっ!!」

小梅「いえいえ、喜んでもらえて何よりです。……それじゃあ」



赤星さんはちらりと隣のエリカさんを見やる。

エリカさんはその視線にそっぽを向いて返すと、一歩私に近づく。


457: 2018/08/18(土) 21:43:16.21 ID:CqMCvVly0


エリカ「みほ。その……」

みほ「エリカさん……?」



綺麗にラッピングられた袋を大切に、優しく抱いているエリカさんは、緊張なのか唇をぎゅっと結び、恥ずかしそうに頬を染める。

そして何か言おうとして口を開くと、また閉じる。

どうしたのだろうと私が怪訝に思っていると、エリカさんは助けを求めるかのように隣の赤星さん視線を送る。



エリカ「……やっぱり赤星さんが渡してくれない?」

小梅「何言ってるんですか。ほら、エリカさん」



パンッ!と背中を叩かれ、エリカさんはしぶしぶと言った様子でもう一度私を見つめる。

私の視線に、エリカさんは何度か目線を逸らす。

そして深呼吸をすると、意を決したように、その瞳から揺らぎが消える。



エリカ「……みほ、誕生日おめでとう」

みほ「……うん」



シンプルなお祝いの言葉。

どこか不満げなそれは、だけどエリカさんなりのお祝いなのだと感じ取れた。

嬉しくて微笑むと、エリカさんは恥ずかしさのせいか、また私から視線を逸らす。



エリカ「まぁ、あれよ。あなたも一つ年を重ねたんだから、もっとシャキッとしなさい……ってことよ」

小梅「もう……素直じゃないなぁ……」



呆れたような赤星さんの言葉にエリカさんは「うるさい」と目だけで返す。

そして、今度は抱えているモノに目を落として、そっと私に差し出してくる。


エリカ「……ほら、さっさと受け取りなさいよ」

みほ「エリカさん……プレゼント、用意してくれたんだ……」

エリカ「……まぁ、さすがに3年の付き合いになるとね。ちょっとぐらい祝おうって気持ちが出るのは否定できないわ」



素直さからは程遠いエリカさんの物言いに赤星さんは「この人は……」と再び呆れる。

私は差し出されたプレゼントを恐る恐る受け取って、そのまま先ほどエリカさんがそうしていたように大切に、優しく抱きしめる。



みほ「ありがとう。……開けても良い?」

エリカ「当たり前でしょ」


458: 2018/08/18(土) 21:45:35.27 ID:CqMCvVly0


エリカさんの言葉が言い終わるや否や、私はそっとリボンを解く。

その中には、私が良く知っている、大好きな、あの子が入っていた。




みほ「ボコだぁっ!!」

エリカ「一気にテンション上がったわね……」

小梅「みほさん、本当にその熊さんが好きなんですね」



嬉しくて飛び跳ねんばかりな私。

電灯に透かすようにボコを掲げ、その隅々までじっくりと見つめているとあることに気づく。



みほ「……あれ?このボコ黒森峰の略帽かぶってる。それに包帯の巻き方も見たことない。こんな種類あったっけ?」



「そんなんわかるのね……」と呆れか驚きかよくわからない反応をするエリカさん。

いやわかるよ。私のボコへの愛がどれほどのものなのか、ボコ講座をしつつ教えてあげようかと思っていた時、

赤星さんがニヤニヤとエリカさんに視線を向ける。



小梅「無いと思いますよ?だって……」

エリカ「……」

みほ「どういう事?」



赤星さんの視線の先で、むすっとした表情で腕を組んでるエリカさん。

私の問いかけに赤星さんはクスクスと笑いながら。でも嬉しそうに語り始めた。



小梅「この間寄港したときにエリカさんとプレゼントを探したら、『ボコをボコって君だけのボコを作ろう!!ボコボコキット!!』っていう悪趣……意欲的なものがありましてね」

みほ「そ、そんなのあるのっ!?どこに売ってたのっ!?」



食いつく私に、赤星さんは視線を右左にと泳がせた後、エリカさんの耳元にぼそぼそと語り掛ける。



小梅「えっと……――――どうしましょう、投げ売りされてた最後の一個だからもうないって伝えますか?」

エリカ「……黙っておきましょう。わざわざ希望を潰す必要もないわ。投げ売りをプレゼントにしたってのも人聞きが悪いしね」

小梅「ですね……まぁ、元々妙に強気価格だったのが投げ売りで手ごろになっただけですし」



会話の内容が聞こえず、きょとんとしてる私に赤星さんは申し訳なさそうな表情で手を合わせる。



小梅「ご、ごめんなさい。適当にふらついてたら見つけたものなんでどこで買ったってのはちょっと覚えてなくて……」

みほ「そっかぁ……でも、嬉しいよっ!!でも、ボコに黒森峰の略帽セットがあったんだね」

小梅「あ、それはですね」

エリカ「余計な事言わないの」



赤星さん口に手をやるエリカさん。

でもすぐにその手はどけられてしまう。


459: 2018/08/18(土) 21:47:36.91 ID:CqMCvVly0



小梅「余計な事じゃありません。……みほさん、その略帽はエリカさんの手作りなんですよ」

みほ「えっ!?て、手作りっ!?」



驚いて腕の中のボコを見てみると、確かに既製品にしては略帽の縫い目が荒いように思えた。

で、でも……手作りって……

驚いて何も言えない私に、エリカさんは居心地悪そうに顔を背ける。



エリカ「……別に、大したことじゃないわよ。キットものをただ作るのもつまんないと思っただけ。だから――――」

みほ「エリカさんっ!!」



そんなエリカさんの様子なんてお構いなしに、私はエリカさんに抱き着く。

先ほどボコを抱えていた時とは違う、大事に、力強く。



エリカ「ちょっ!?な、なによ急にっ!?」

みほ「ありがとうっ!!大切に……一生大切にするからっ!!」



突然のハグにあたふたしていたエリカさんは、私の言葉を聞いてどう思ったのか、

私を引きはがそうとしていた腕をそっとおろす。



エリカ「そこまで気負わなくていいわよ……」

みほ「ううん、大事にする。ダメって言われてもね」

エリカ「……そ。まっ、勝手にしなさい。……喜んでもらえたならそれでいいわ」



ポンポンと私の背中を叩くエリカさん。

子供っぽい扱いだと思ったけれど、エリカさんなりの喜びの表現なのだと納得して、私はより強くエリカさんを抱きしめる。

鼻腔を花のような香りが通り抜ける。

洗剤の匂いか、シャンプーの匂いか、はたまたエリカさん自身が花なのか。

エリカさんの体温を肌で感じて、その香りに包まれて、私の意識は私の体を離れていきそうになる。


パシャリ


そんな私の意識は耳に飛び込んで来たシャッター音によって現実に引き戻される。

驚いて音の来た方を見ると、嬉しそうに、ニヤニヤとカメラを構えた赤星さんがいた。



460: 2018/08/18(土) 21:50:10.80 ID:CqMCvVly0



エリカ「ちょ、あなたなに撮ってんのよ」



慌てるエリカさんの言葉に、カメラを掲げて返事をする赤星さん。

あのカメラは……確かオクトーバーフェストの時も使ってたもので、赤星さんがお小遣いをためて買ったと嬉しそうに語っていたのを思い出す。



小梅「美しい友情の一ページですよ?シャッターチャンスじゃないですか」

エリカ「あのねぇ、こういうのは記憶に残すのが美しいのよ」



ため息交じりに咎めるエリカさんに赤星さんはノンノンと指を振って反論する。



小梅「思い出は、記憶の中だけじゃなくてちゃんと形にしておくべきなんですよ。
   
   記憶の中の想い出はいつかは薄れてしまいますけど、ちゃんと形に残すことでいつまでも私たちの依り処になってくれますから」



「だから、カメラはこんなにも進化したんですよ」。そういって再びレンズを覗く。



みほ「赤星さん!」

小梅「ええ、現像したら渡しますね」



さすが赤星さん。私の要望を言葉にせずとも感じ取ってくれた。

私は彼女の手を取りブンブン振って感謝と感激を伝える。



小梅「それじゃあついでに、3人で記念写真も撮っておきましょうか」



そう言ってミニ三脚を取り出した赤星さんに、エリカさんが心底めんどくさいという顔をする。



エリカ「別にいいでしょうよ。これで最後ってわけじゃあるまいし」

小梅「あれ?来年も祝ってあげる気マンマンですね?」

エリカ「……言葉の綾よ」



照れたように取り繕うその姿に思わず微笑ましさを感じてしまう。

それは赤星さんも同じだったようで、



小梅「ふふっ、そうしてあげます。それじゃあ撮りましょうか」



鼻歌混じりにカメラをセットする赤星さんの背中を見て、エリカさんは観念したようにため息をついた。





461: 2018/08/18(土) 21:57:38.80 ID:CqMCvVly0






小梅「あ、そうだ聞いておかないと」



写真も散々とって、料理もケーキも堪能して、そろそろお開きかなと寂寥感が胸の内を満たし始めた頃、

お皿を洗っていた赤星さんが唐突につぶやいた。



みほ「何が?」

小梅「エリカさんの誕生日っていつですか?」



その問いかけはお皿を運んでいる私を通り過ぎて、テーブルを拭いているエリカさんに投げられる。

エリカさんの誕生日。

それは、私も前々から知りたかったことだ

何度か聞いたことはあるものの、「なんでそんな事教えないといけないのよ」と素っ気なくされてしまっていたのだ。



エリカ「なんでそんな事教えないといけないのよ」



そしてやはりと言うべきか、エリカさんは赤星さんの問いかけに対して素っ気なく、視線を向けることもなく返す。



小梅「何言ってるんですか。祝った側が次は祝われるのはもはや義務ですよ。拒否権はありません」



皿洗いを終えた赤星さんは手を拭きながらエリカさんの前に正座する。

その強い口調にエリカさんは思うところがあったのか、テーブルを拭く手を止める。



みほ「エリカさん……私も、エリカさんの誕生日お祝いしたいよ」



私も赤星さんの隣に正座して、エリカさんをじっとみつめる。

これで言わないのであれば泣きついてやろうかと思うほどの情感を込めて。

それ受けてエリカさんは2度3度視線を左右に動かし、



エリカ「……3月6日」


ポツリとつぶやいた。



462: 2018/08/18(土) 22:00:38.28 ID:CqMCvVly0


小梅「……エリカさんって、早生まれだったんですね」

エリカ「この年になるとあんま変わらないわよ」

みほ「つまり、この中で一番年下なのがエリカさんって事だね」

エリカ「……そう言われるのが嫌だったから言わなかったのに」



唇を尖らすエリカさんの姿は、なんだかいつもより可愛らしく思えて、私は少し調子に乗ってしまう



みほ「お姉ちゃんって呼んでも良いよ?」

小梅「小梅お姉ちゃん。リピートアフタミー」

エリカ「ぶっ飛ばすわよ?」



にこやかに拳を握るエリカさんを見て、私たちは正座の姿勢を最大限に活かした平身低頭への姿勢移行で許しを請うた。



エリカ「……私の姉は一人で充分よ。あなたがそうなようにね」



その言葉に顔を上げるとエリカさんはベッドに腰を掛け、すっかり暗くなった窓の外に視線を向けていた。



みほ「……エリカさんのお姉ちゃんってどんな人なの?」

小梅「それ、私も気になります」




エリカさんのお姉ちゃんなのだから綺麗な人なのは間違いがない。

性格も似通っているとしたらツンツン姉妹だね。

そんな益体もない事を考えながら返答を待っていると、エリカさんは苦笑交じりに答える。



エリカ「……構いすぎて猫と妹に嫌われるタイプね」



ああ……エリカさん、苦労してたんだなぁ……

言葉の端からにじみ出る思い出し疲れに私たちはエリカさんの苦労を偲んだ。



エリカ「あなたが羨ましいわ。あんな良いお姉さんがいるのだもの」



463: 2018/08/18(土) 22:03:00.67 ID:CqMCvVly0



私にそう言って、再び窓の外を見つめる。

確かに、私から見てもお姉ちゃんは良いお姉ちゃんだけど、エリカさんのお姉ちゃんは、エリカさんにとってはいいお姉ちゃんではなかったのかな……

でも、エリカさんみたいに綺麗な妹から嫌われているのは、ちょっと気の毒だな……

会ったこともないエリカさんのお姉ちゃんに少し同情していると、ふと気づく。

エリカさんの視線は、先ほどから窓の外を見つめたまま動いていない。

だけど、その瞳は夜空を見上げているわけではない。ならば何を見ているのか。

たぶん、エリカさんが見ているのは空の向こう、海の向こうの、エリカさんが最も長い時間を過ごしてきた場所。

優しく、懐かしむようなその表情は、その場所が彼女にとって大切な場所なのだと一目で感じさせる。



みほ「……エリカさん」

エリカ「何よ」

みほ「お姉ちゃんの事、大好きなんだね」

エリカ「……帰省するたびに猫かわいがりされるのは大変よ?」



私は思わず笑ってしまう。

だってエリカさんは相変わらず素直じゃないんだもの。

私は、『お姉ちゃん』としか言ってないのに、エリカさんは自分のお姉ちゃんの事なのだと思ったのだから。

それだけで、言葉にしていない思いが充分に伝わってくる。



小梅「エリカさん、家族にもそんな感じなんですね」

みほ「ねー」



赤星さんも同じことを思ったようで、クスクスと笑う。

きっと、エリカさんのお姉ちゃんも同じように思っているのだろう。

姉からすれば、こんなにも可愛らしい妹を可愛がるな、なんて無理なのだから。

顔を見合わせて笑う私たちを見て、エリカさんは唇を尖らせると、

「うるさいわよ」と、私たちの額にデコピンを叩き込んだ。



464: 2018/08/18(土) 22:06:49.00 ID:CqMCvVly0





楽しい時なんて一瞬で、今度こそパーティーは終わりを告げ、エリカさんと赤星さんも帰る時が来てしまった。



小梅「それじゃあみほさん。また明日」

エリカ「さっさと寝なさいよ」



口々に別れの言葉を言ってくる二人に、私は胸の内の寂しさが出てこないようあえて明るく振舞う。



みほ「二人とも、今日はありがとう!!」

小梅「良いんですよ。私も楽しかったですから」

エリカ「感謝してるのなら、戦車道で返しなさい」



笑顔でこちらを気遣った返事の赤星さんに対して、無表情のエリカさん。

隣に立つ赤星さんの「この人はもうちょっとこう、柔らかい言い回しができないんでしょうか……」という呟きははたしてエリカさんにどう受け取られたのか。

私の言葉を待たず、もう言いたい事は言ったと言わんばかりに、エリカさんはそのまま扉を開いて振り向きもせず出ていく。

赤星さんは私に軽く手を振った後、その後を追っていく。

外にまで見送りに行こうかと一瞬体が動くも、それを無理やり押しとめる。

もう少し、もう少しと、二人の家にまで見送ってしまいそうだから。

その後、一人で帰る自分を想像したら寂しさに圧し潰されそうだから。

扉が閉まり、二人の足音が遠ざかっていき、それも聞こえなくなる。

そうなってようやく私は、無理やり釣り上げていた頬と唇を降ろすことができた。

少しこわばった筋肉を指先でほぐしながら、私は大きなため息をつく。

作り笑いなんて随分久しぶりだった気がする。

それこそ、1年の時以来だろうか。

エリカさんと出会ってから、私の表情から作り笑いが無くなった。

楽しい事を、悲しい事を、怒ったことを、喜んだことを。

しっかりと声と顔と行動にだせるようになった。

でも、だからこそ。

今日みたいに大切な人たちと過ごす時間を全力で楽しめる分、寂しさもひとしおになってしまう。

それはまるで大きな波のように、私にたくさんの喜びを抱かせ、それが引いていくように私の奥底の寂しさを露わにしようとする。

だから、踏ん張って作り笑顔で二人を見送った。

せっかく祝ってくれたのだから最後まで笑っていたいから。


465: 2018/08/18(土) 22:14:40.67 ID:CqMCvVly0


みほ「……帰っちゃったな」




玄関から見える私の部屋は、すっかりいつも通りになっていて、ただ2つ、テーブルに乗せられているプレゼントだけが、二人がいた事を教えてくれる。

物寂しさを振り切るために、このままシャワーも浴びずに寝てしまおうかと考えるも、テーブルの上のボコが、「ちょっと付き合えよ」と語り掛けてきたような気がして、私は下座に腰を下ろす。

テーブルのボコをどけて、まずは赤星さんがくれたプレゼント、マカロンの箱を開けて覗き込むように見てみる。

カラフルな色彩が、私はここだよと主張するかのように目に飛び込んできて、私はその中から一つ、ピンク色の子を選んで口元に運んで一口齧る。

舌先が触れた瞬間、刺激的なまでの甘さが広がり、多幸感が私の脳内を満たしていく。

それに導かれるように、残りを全部口に放り込む。

もったいないなと思いつつも、好きなものはもったいないぐらいが丁度良いのかもしれない。なんて。



みほ「でも、あんまり遅くに食べると太りそうだな……」



ティッシュで口を拭い、もう一ついってみる?と自分に悪魔の囁きをしてみるも、乙女の本能がそれを強く拒む。

この程度でと思うかもしれないが、もしもマカロンの食べ過ぎでお腹周りが出たなんて言ってしまえば、赤星さんは気に病むだろうし、

エリカさんは指さして笑ってくるだろう。

なので、赤星さんからのマカロンは少しずつ食べていこうと思う。一つ一つ味わって、もったいないぐらいに。

私は箱を閉じて手を拭くと、今度は隣に座らせていたボコを拾い上げる。

相も変わらず愛らしいその姿は包帯と眼帯で着飾り、ますますその魅力を増している。

何よりもその頭上に鎮座する略帽が、アンバランスなようで、弱くても強い信念を持っているボコというキャラクターに対して、ある種正解を導き出しているように思えた。

エリカさんがボコの事をどれだけ知っているのかはわからないけれど、知らないでこれを作ったのだとしたら凄い事だ。



みほ「エリカさんはボコマスターだね」



そうつぶやきながらボコの感触を楽しむ。

手足をチョコチョコ動かして、その愛らしい姿を楽しんでいるうちに、これを作った人の顔が鮮明に思い浮かんでくる。

エリカさんが私のために手作りしてくれたボコ。

私の好きなものを大切な人が作ってくれたという事実が、私の心に燃料をくべ、大きく燃え上がらせる。

もふもふと感触を確かめるだけだった指先にだんだんと力が入っていって、



みほ「ああっ……ボコっボコっボコっ!!」



やがて我慢できなくなった私はボコを抱えてシングルベッドに飛び込むと、落ちないように右左とゴロゴロし始める。

先ほどまでの寂しさはどこかに行って、嬉しさに体がはち切れそうになっていた。



みほ「ボコは凄いよねー可愛いよねーボコだものねー」



明瞭に不明瞭な言葉を語りかけて、勢いのままボコを抱きしめると、訳も分からない興奮が脳内を駆け巡る。

天井に向かって放り投げたり、それなりに鍛えた背筋を活かしてブリッジしたり、

あんまりにも、奇っ怪な様子で、誰かに見られていたら私は学園艦から夜の海に飛び込むかもしれない。

でも、今、この部屋には私ひとり。何を遠慮する事があろうか。

ブレーキをかけず、アクセルを踏みぬく勢いで私はボコをぎゅっと抱きしめる。

466: 2018/08/18(土) 22:16:13.83 ID:CqMCvVly0



みほ「でもあなたは特別可愛いねーっ、だってあなたはエリ――――」

エリカ「なにしてんの……」




突然の聞き知った声。

コンマ一秒もかからず飛び起きて声の方向を見ると、珍獣を見るような瞳でこちらを見るエリカさんがいた。



みほ「え、エリカさん?なんで?」



油の切れた機械のようにギクシャクしている私の様子に気づいていないのか。エリカさんは頬をかきながら、視線を斜め上に向けている。



エリカ「いや、忘れた事があって……。勝手に入ったのは悪かったけど……ていうかチェーンぐらいしなさいよ。いくら学生寮だからって不用心にもほどがあるわ」

みほ「あ、あーうん。気を付けるよ」



いつもの様に小言を言うエリカさんに対して、汗が吹き出し視線がフラフラと彷徨う私。

なんてことだ、とんでもない痴態を見せてしまった。

いや、ボコを愛でていたのが問題ではない。

『エリカさんからもらった』ボコを愛でていたのが問題なのだ。

数刻前に自分がプレゼントを渡した人間が、そのプレゼントを抱きしめながら『可愛い可愛い』と語り掛けてゴロゴロと狭いベッドを右往左往している様子を見て、

何も思わないのであれば多分その人は機械生命体かなんかだろう。

はしゃぎすぎたっ……いくらエリカさんから貰ったからってはしゃぎすぎたっ……

いや、その前に鍵締めとけば良かったっ……

ていうか扉が開く音くらい気づいてよ私っ……

今さらな後悔にこのまま窓を突き破って学園艦からのダイブを敢行しようかと考えていると、

エリカさんがじっと私の腕の中のボコを見つめていることに気づく。



エリカ「それにしても……あなた本当にそのクマさんが好きなのね」

みほ「え?あ、う、うん!大好きだよ!!」



先ほどの醜態について特に言及しようとしてこない様子に、私はこのまま話を逸らしてしまおうと全力で答える。



エリカ「何が良いんだかわからないけど、こんだけ沢山あるのに」

みほ「ど、どのボコも違うの。みんな違ってみんないいんだから」

エリカ「ふーん、何が良いんだか」

467: 2018/08/18(土) 22:25:43.79 ID:CqMCvVly0


どうでもいいように呟くエリカさん。

む、その言葉は聞き捨てならない。

あれだけのボコを作れるエリカさんが、その魅力を理解していないだなんてボコ界の損失だ。

私は端的に、かつ分かりやすくエリカさんにボコをプレゼンしようと声を上げる。



みほ「ボコはどんな相手にでも立ち向かうけど弱いからボコボコにされちゃうのっ!」

エリカ「……それのどこがいいの?かっこ悪いだけじゃない」

みほ「いいのっ!それがボコだから!」



力強い私の言葉にエリカさんもボコの良さを理解してくれたのか、そっと微笑む。



エリカ「……なら、ファンのあなたもその子を見習って、もうちょっと強気になりなさい」

みほ「う……そ、それはいいかな……」

エリカ「なんでよ?」

みほ「だって……私には、エリカさんがいるから」



その言葉を口にしてから、不味い事を言ってしまったと気づく。

エリカさんが、甘えるようなことを許すわけがないのに、

浮かれていたせいで、私の口から重さが消えてしまっていた。

折角の誕生日なのにまた小言を言われるのか……

そう思いつつ、それがエリカさんの良さなのだから仕方がないと覚悟を決めて目をつぶるも、

お説教は飛んでこず、どうしたのだろうと恐る恐る目を開くと、

エリカさんはじっと、私を見つめていて、その瞳は優しくて、微笑みを称えている口元が

ゆっくりとその形を変える。



エリカ「……しょうがない子ね」

みほ「え……?」


468: 2018/08/18(土) 22:26:25.78 ID:CqMCvVly0


その言葉の意味を、一瞬理解できなかった。

エリカさんのセリフを頭の中で反芻することでようやく、エリカさんが怒っているわけではないと分かり、

それがまた違和感と疑問を呼んで私はあっけにとられたままになってしまう。

そんな私を見て、エリカさんは怪訝な顔をする。



エリカ「何よ」

みほ「……怒らないの?」

エリカ「怒られたいの?」



私は風切り音を立てながら首を左右に振る。



エリカ「なら変な事気にしてるんじゃないわよ」



そう言ってエリカさんはじっとこちらを無言で見つめ、部屋に静寂が戻ってくる。

エリカさんのまるで、私を測っているかのような視線に居心地の悪さを感じ、

私は何でも良いから話題を振ろうと、声を出す。




みほ「……エリ――――」

エリカ「みほ」



呼ぼうとしたエリカさんの名前は、それよりも強く出された私の名前によって遮られる。



エリカ「……今日はあなたの誕生日よ」

みほ「う、うん」



先ほどまでそれを祝っていてくれたのに一体どうしたのだろう。



エリカ「誰だって生まれたからには祝福されるべきだわ。相変わらずダメな子でもね」

みほ「エリカさん?」



469: 2018/08/18(土) 22:27:48.80 ID:CqMCvVly0


エリカさんは視線を落として、口に含むように語る。

それはまるで、自分自身に言い聞かせているように聞こえた。

私がいまいち状況を理解できていないのに、エリカさんは決意を固めたように私を見つめる。



エリカ「だから、まぁ、今日ぐらいは」



ため息交じりの言葉と共に、エリカさんは胸の前で手をぎゅっと握る。



エリカ「きっと、あなたはこれから間違えるんでしょうね。いらん事言って私を怒らせて、変な事言って周りを戸惑わせて、授業中に居眠りして、コンビニに長居して」



小言のような内容なのに、まるで慈しむように



エリカ「頑固なあなたはきっと、誰かの言葉に耳を傾けず突っ走る時があるんでしょうね。その結果、誰かに迷惑をかけて落ち込むんでしょうね」



呆れたような言葉なのに、どこか嬉しそうに



エリカ「その度に、誰かがあなたを怒るんでしょうね。でも……それで良いのかもね」



エリカさんはそっと髪をかきあげる。

花のような香りが目の前の私にまで届いてきて、私の胸の温度が少し上がる。

「みほ」。彼女が、呟くようにその名を呼ぶ。

大きく息を吸って、どこまでも深く、透き通るような碧い瞳で私の視線を釘づけにして、



470: 2018/08/18(土) 22:29:28.84 ID:CqMCvVly0


エリカ「あなたは一歩ずつ歩みなさい。正解も、間違いも。全部踏みしめて進みなさい。まほさんや、赤星さんが。間違いを正してくれる人があなたにはいるわ。

    あなたを否定する人間が、ここにいるわ。だから、安心して間違いなさい。……ムカついたらぶっ叩いてあげるから」



最後の一言は冗談めかして、悪戯っぽく笑いながら。

なのに、やっぱり恥ずかしかったのかエリカさんはすぐにそっぽを向いてしまう。

私が何も言えずにいると、エリカさんは咳ばらいを一つして、一歩私に近づいてくる。

揺れる銀髪が、揺るがぬ碧眼が、月光のような美貌が。逸見エリカという人間を私に教えてくれる。



エリカ「誕生日おめでとう。今日という日を、私は祝福するわ」



その言葉に嘘なんて一片も感じられず、柔らかな微笑みが、私を抱きしめてくれる。

理解なんて超えた感動の奔流が私の言語野の機能を埋め尽くし、私は吐息でしか返事をできなくなってしまう。

呆然とする私を放って、エリカさんは満足したように玄関へと向かっていく。

無理やり自我を引き戻し、その背中を追いかけると、既にエリカさんはドアノブに手をかけていて、



エリカ「最後に」



何か言おうとしてもただ大きく呼吸をするばかりになってしまう私に、視線だけ向けて、



エリカ「作り笑いするならもっとうまくやりなさい。……あんまり心配させるんじゃないわよ」



471: 2018/08/18(土) 22:30:56.04 ID:CqMCvVly0


そう言って返事を待たず出て行ってしまう。

彼女の足音がだんだんと離れていき、再び静寂が戻り、ようやく、吐息と言葉の比率が戻ってくる。




みほ「……かなわないなぁ」



私があれこれ考えたところで、エリカさんにはお見通しなのだ。

何もかもから逃げていた私を、誰よりも理解していたように。




『あなたがどんなに辛くったって、苦しくたって、それを言わなきゃ伝わらないわ』




夕焼けと共に焼き付いた記憶が呼び起こされる。

その言葉の意味を、私はようやく理解できた気がする。

私は、寂しいって言ってよかったんだ。

不安を吐き出して良かったんだ。

友達が帰ってしまう物寂しさを、誰かを理由にして押し殺さなくても良かったんだ。

弱さを一人で抱える必要なんてどこにもなくて、私がエリカさんに感じた優しさとはつまり、

弱さを分かち合ってくれる事なんだ。



472: 2018/08/18(土) 22:33:08.45 ID:CqMCvVly0



エリカさんにとって弱さとは捨てるものではなくて、だけど抱えこむ物でもない。

さらけ出して人目をはばからず泣く事だったんだ。

だから、あの時私に怒ってくれたんだ。

だから、あの時私の手を取ってくれたんだ。

どうしようもないぐらい自分を嫌いでも、臆病でも、それでも、弱さを抱えて前を向く。

嫌な事と、辛い事と向き合う方法は、克服する事だけじゃない。ましてや見て見ぬふりをする事なんかじゃない。

泣いたって、怯えたって、それを認められるなら、分かち合ってくれる人がいるのなら、そのままで良いんだ。

エリカさんはきっと、私が泣きついたら怒るのだろう。もっとしっかりしろと。そんなんだからダメなんだと、否定してくるのだろう。

私にとってそれがどれだけ嬉しい事なのか。

肯定という名の圧力に指先すら自分の思い通りにならない気がしていた。

そんな私を、叩いて、怒って、否定してくれた。

初めて私を見てくれる人に出会えた。

私にとってその出会いは奇跡のように輝いていたもので、

その出会いがあったから、今も私はこの学園艦にいることが出来ている。

そしてその出会いは、エリカさんが、私がいなければあり得なかったことで。

ならば今日という日は間違いなく、私にとっても祝福すべき日なのだ。




胸に宿った温もりをぎゅっと抱きしめるように肩を抱く。

震えるのは、恐怖や悲しみじゃなくて、歓喜しているからで、

私にとって今日という日がかけがえのないものなのだと知れた喜びで。

そう、



473: 2018/08/18(土) 22:33:50.15 ID:CqMCvVly0





みほ「私、生まれてきて良かった」





474: 2018/08/18(土) 22:35:26.18 ID:CqMCvVly0





貴女と出会えて、良かった





496: 2018/08/25(土) 22:02:50.65 ID:1geMu67V0




秋の終わりが近づき、冬の気配が色濃くなってきた11月の頃。

山間部にある戦車道の試合会場で、黒森峰の高等部は聖グ口リアーナ女学院との練習試合を行った。

結果はもちろん……などと自惚れるつもりは無い。

勝ちこそしたが、まだまだ課題の多い試合だったのは明白だったからだ。

来年はいよいよ10連覇に挑むのだから、油断や慢心などしていられない。

そんなわけでさっさと帰って今日の試合の反省点を纏めたいところなのだが、

私は今、撤収作業で慌ただしい会場を遠くに、待ち人を待っていた。



まほ「……」



高地だけあって風は冷たく、あまり長居するものでもないなと腕をこすりながら考えていると、

後ろから声を掛けられる。



「まほさん」



赤を基調としたパンツァージャケットを身に纏った貴婦人は、その身に違わぬ優雅さで、ゆっくりと歩み寄ってくる。

ダージリン。それが彼女の呼び名だ。

れっきとした日本人なのになんでそんな珍妙な呼び名なのかというと、

聖グロには戦車道の優秀な生徒には紅茶の名を与えるという風習があるらしい。

イギリスの影響を強く受けた学校なだけあって、紅茶へのこだわりは並々ならないということか。

だからといって呼び名にするのはどうかと思う。

自分の事を宇治抹茶と名乗るのと大差ないと思うが。

まぁ、他所の風習に口を出すほど無粋な事はない。

私は彼女に与えられたティーネームで呼びかける。


497: 2018/08/25(土) 22:11:30.16 ID:1geMu67V0


まほ「ダージリン。呼んだ側が待たせるというのはどうなんだ」

ダージリン「失礼。先輩方と今後についてお話をしていたから」



まったく悪びれた様子のないダージリンに、私は何か言い返そうかと思うも、

そんな事をしたところで、またひらりと交わされるのだろうから時間の無駄だと思い私は反論をあきらめた。



まほ「……まぁいい。別に急いでいるわけじゃないしな。それで?用件はなんだ」

ダージリン「大したことではないわよ。ただ、黒森峰の次期隊長と世間話をしたかっただけ」

まほ「……何故それを」

ダージリン「うちの諜報は優秀ですから」



その一言で察してしまう程度には聖グロの諜報は有名だ。

……諜報が有名というのは果たして良い事なのだろうか?

思わず首を捻ってしまうも、それは私が悩むことでもないかと、すぐに考えるのをやめる。



まほ「……まぁ別に隠すことでもないが」

ダージリン「ええ。どうせすぐに他校にも知れ渡るでしょうね」



どのみちいつまでも隠せるような事ではない。

なら精々今の内から警戒するがいい。私たちはその上を行く。

……そう思うのはちょっと傲慢だろうか?

なんて思っていると、ダージリンは私をじっと見つめる。

その瞳には敵意のような、決意のようなものを感じ取れた。




ダージリン「……今年はあなた達の優勝を阻止できなかったけれど、来年こそは。私たちはmいつまでもあなた方の下に甘んじてるつもりはないわ」

まほ「……ああ、期待しているよ」


498: 2018/08/25(土) 22:13:10.87 ID:1geMu67V0


ダージリンの才覚は同年代の中でも目を見張るものがある。

それこそ、聖グロでなければ隊長であってもおかしくないほどに。

逆に言えばそんなダージリンでさえ役職が付かないほど、聖グロの層が厚いという事でもある。

だから、ダージリンが慢心せず、上を目指そうという気概を持っているのは私にとっても嬉しい事なのだ。

壁が高ければ高いほど、乗り越え甲斐がある。なによりも、同年代の生徒の活躍に心強さを覚えるから。

しかし私の激励をどう受け取ったのか、ダージリンの目つきはますます鋭くなって、ともすれば怒っているような表情になってしまう。



ダージリン「……随分と余裕なんですね。嫌味だとしたら大したものね」

まほ「そう聞こえたか?」

ダージリン「ええ。……正直、あまりいい気分では無いわね」



……いつも余裕な態度のダージリンにここまで言わせてしまうとは。

相変わらず私はどうも言葉が足りないようだ。

私はあれこれと言い訳を考えるも、何よりもまず謝るのが先だという事に思い至り、謝罪を口にしようと襟を正した。



まほ「それなら謝るよ。すまなかった。私は……ただ楽しみなんだ」

ダージリン「楽しみ?」

まほ「来年、期待の新人が来てくれるからな」

ダージリン「……ああ、妹さんね。確かに西住流の娘が揃うのは脅威だけれど……」



私の言葉に早合点をしたダージリンが「でも、私たちだって優秀な後輩たちが上がってきますわ」。と胸を張る。

私たち姉妹が他校にとっての脅威だというのは、おそらく事実なのだろう。

私自身、みほの進学を心待ちにしている。

けれど、目下私の心弾ませているのはみほではない。

私は、呼び出されたのに待たされた意趣返しを込めて、得意げなダージリンに少し挑発的に返してみる。


499: 2018/08/25(土) 22:15:29.05 ID:1geMu67V0


まほ「なんだ知らないのか。聖グロの諜報網とやらも大したことないな」

ダージリン「……どういうこと?」



再び鋭くなる双眸。

思った以上に私の挑発は効いてしまったようで、内心焦ってしまう。

そ、そこまで怒らせるつもりは無かったんだが……

日ごろの人間関係の希薄さからくる距離感の測り違いがここに来て不和を産む羽目になってしまった。

いくらなんでも、このままダージリンを帰した日にはあることない事騒ぎ立てられ、とんでもない不躾隊長と揶揄されるやもしれん。

私は誤解(いや、挑発したのは紛れもない事実だが。)を解こうと説明を図る。



まほ「い、いや……みほもそうだが、私が一番待っているのは……エリカなんだ」

ダージリン「逸見、エリカさんの事?」



鋭く細められた瞳は、途端に真ん丸に開き、

ダージリンはあっけにとられたようになってしまう。

なんとか誤魔化せたか……?

私は努めて冷静に、言葉を続ける。



まほ「なんだ知ってるじゃないか」

ダージリン「言ったでしょ?うちの諜報は優秀だって。榴弾姉妹の片割れを知らないわけがないでしょ?」



やっぱり知ってたか。

みほとエリカが知ったらまた頭を痛めてしまうかもな。

まぁ、元をたどればあの二人が蒔いた種なのだから甘んじて受け入れてもらうしかないが。



ダージリン「だけど、エリカさんは今副隊長よ?もちろん優秀なのは間違いないけれど……妹のみほさんよりも期待をかけるだなんて」



500: 2018/08/25(土) 22:18:43.57 ID:1geMu67V0


それは、まぁ、確かにその通りなのかもしれない。

エリカは優秀な戦車乗りだ。それこそ黒森峰の中高合わせても上から数えたほうが早いのは間違いがない。

だが、残念ながらというと違うかもしれないが、エリカの実力はまだみほには及んでいない。

ダージリンからすれば9連覇を成し遂げ、来年には10連覇の大台がかかっている高校の次期隊長が期待をかけている存在が、みほ以外なのは不思議に思えてしまうのだろう。

私がエリカを待ち望んでいる一番の理由は、戦車道とは関係ない彼女自身の在り様ゆえなのだから。



まほ「……そうだな。はたから見ればそう思うのもまぁ、仕方ないか」



ダージリンはエリカを知らない。データとして知っていても、その人柄を知らない。

ならダージリンの発言も致し方ないのだ。



まほ「でも、エリカは凄いんだぞ?誰よりも努力して、それをひけらかさない。実力だって今はまだみほや私に及ばないが、きっといつか……」



そう、エリカならきっといつか。

ああも弱々しく、ああも優しく、ああも美しいエリカなら。

きっと、そう遠くないうちに



まほ「誰よりも強くなる。……私はそう信じているよ」



ダージリンを真っ直ぐ見据えて、そう告げる。

その言葉に疑いなんか一欠片もなく、

私の脳裏に浮かぶのは、煌めく銀髪をなびかせて指揮を執る彼女の姿だけだった。




ダージリン「あなた……いつのまに、そんな笑うようになったの?」




501: 2018/08/25(土) 22:22:40.54 ID:1geMu67V0


ダージリンは不思議そうに、驚いたように問いかける。

私はとっさに口の端に触れ、いつの間にか自分の口角が上がっていることに気づく。



まほ「……ああ、私は、人前で笑えるようになったんだな」



思えば他人の前では私はいつだって唇を緩めなかった。

学園艦に来てからは、みほの前ですらあまり笑わなくなっていった。

それはたぶん、誰かに私の内心を見せたくなかった、私自身の弱さだったからだろう。

弱さを認められない私は何よりも弱くて、それを認められない自分が情けなくてしょうがなかった。

だけど、今は違う。

私は、



まほ「……私は、もっと素直になろうって決めたんだ。強がらず、弱さから逃げず。そうすれば、もっと強くなれるって」



私の言葉に、ダージリンは納得したように微笑む。



ダージリン「……そう。変わったのね」

まほ「ああ。……そうしてくれたのがエリカなんだ」

ダージリン「……エリカさんね。一度、会ってみたいものね」



マイペースなダージリンはエリカと相性が悪い気がする。

あれこれ偉そうに講釈を垂れるダージリンに対して、呆れてため息ばかりをつくエリカが目に浮かぶようだ。

だが、それもまたエリカにとってはいい経験になるのかもしれない。

エリカの事だから案外上手くやるかもしれないし、いずれは試合で出会うことになるのだから一度くらい会わせても良いかもな。



まほ「いいんじゃないか?ただ、私が思うに……エリカはお前が苦手だと思うぞ?」

ダージリン「あらそう。ますます会ってみたくなったわ」



ダージリンはそう言うと、いたずらっぽく笑った。



502: 2018/08/25(土) 22:26:50.17 ID:1geMu67V0






まほが去って行った先を、ダージリンは一人見つめていた。

正確にはまほではなく、まほが帰る学園艦の方角を。



ダージリン「逸見、エリカね」



呟いた言葉は自分自身に向けて言っていた。



ダージリン「まさか、まほさんがあそこまで言うだなんて」


まほの事は中学から知っていたが、その頃の彼女は人前で笑うような人間ではなかった。

いや、お世辞や軽口に対して微笑みで返す程度はあったかもしれないが、心からの笑顔というものはダージリンは見た事がなかった。

そのまほが嬉しそうに、逸見エリカとその名を呼んだ。

あの鋼のように堅牢だった彼女の心をああもほぐしたエリカという存在を、ダージリンは知りたくてしょうがなくなっていた。

戦車道の能力だけではない、エリカの持つ何かがまほを変えたのなら、それを知りたいと。

写真でしか見た事のないエリカの姿を脳裏に浮かべていると、後ろから声がかけられる。



アッサム「また何か変な事を考えてますね」



前髪を上げたブロンドのロングヘア―に大きな黒いリボン。

冷静沈着な面持ちを称えたその容姿はダージリンとはまた違う『淑女』の姿を現していた。



ダージリン「あら、わざわざ迎えに来てくれたの?」

アッサム「いつまでも帰ってこないからですよ」

ダージリン「ちゃんと集合時間には間に合わせるわ」

アッサム「それが信用できないからわざわざ来たんです……それで、どうでした?黒森峰の次期隊長は」

ダージリン「ええ、なかなか面白い話を聞けたわ」



その言葉に、アッサムはピクリと眉を動かす。

ダージリンが面白いという場合、面倒な事になる場合が多いのだ。



503: 2018/08/25(土) 22:28:27.88 ID:1geMu67V0


アッサム「……どんな話ですか?」

ダージリン「逸見エリカを知ってる?」

アッサム「当然です。というより私が調べてあなたに伝えたんですよ」

ダージリン「そうだったわね。……まほさんがね、エリカさんを随分と買っていたのよ」

アッサム「中等部の副隊長なんですから、それは当然じゃないですか?」

ダージリン「一番期待している。とも言ってたのよ?」

アッサム「……確か、中等部の隊長は彼女の妹だったはずじゃ」

ダージリン「ええ、それなのに。まほさん、よっぽど良い事があったのかもね。エリカさんの事を話してる時ずっと笑顔だったわ」



ダージリンは思い出し笑いをしてしまう。

だってあの鉄面皮がまるで一端の少女のように緩んでいたのだから。



ダージリン「私は、それが気になるわ。あの西住流の娘がそこまで持ち上げる存在がどんな人なのか」

アッサム「そうですか。ならまた調査しないといけないですね」



やれやれといった風にアッサムはダージリンの願いを聞き入れる。

相変わらず面倒ごとを押し付けてくる人だとアッサムは思うも、

調査は自分の得意分野であると同時に、一種の趣味みたいなものだというのも自覚しているので、

拒否するつもりは毛頭ない。

ダージリンもそれを理解しているからこそ、アッサムに頼んだのだから。



ダージリン「頼んだわ。……ねぇ、アッサム?」

アッサム「なんですか」



ダージリンの声色が急にねちっこくへばりつくようなものになる。

そしてアッサムは知っていた。

それがダージリンがおかしなことを思いついた時に出す兆候なのだと。



504: 2018/08/25(土) 22:36:48.64 ID:1geMu67V0


ダージリン「私も、もっと優雅に余裕を持とうと思うの」

アッサム「いまでも充分余裕ぶってますよ」



だからそのまま何も言わずいつも通りすごせ。

言外にそう言ったつもりであったが、残念ながらダージリンには伝わらず、あるいは無視したのか。

ダージリンは遠足前日の小学生のようにウキウキと語る。



ダージリン「そうね……格言、なんてどうかしら?」

アッサム「は?」



名案ね。と自画自賛するダージリンを、アッサムは何を言っているんだこいつはという表情で見つめる。

そんな視線に気づかず、ダージリンのテンションはどんどん上がっていく。



ダージリン「そうよ、そう。偉人の言葉は現在の私たちに経験からくる知慧を与えてくれる。私もそれにあやかって余裕をもっていられるようにしましょう」

アッサム「また変な事を……」



聖グロの生徒というのは他校と比べて世間知らずな生徒が多いが、それと比べてもダージリンはなかなか個性的な性格をしている。

……オブラートに包んだ言い方だなと、アッサムは思った。

そんな内心などいざ知らず、ダージリンは小走りで自分たちの集合場所へ向かおうとする。



ダージリン「そうと決まれば善は急げよ。帰ったら書店に寄りましょう」



キラキラと目を輝かせる姿には普段の優雅さがまるで感じられず、けれども心から楽しそうに笑う様子に、

アッサムも嬉しくなってしまう。

だから、ダージリンの淑女らしくない小走りに、同じようについていく。





アッサム「……はいはい。どこまでもついていきますよ」






510: 2018/09/01(土) 22:41:47.43 ID:NvqPYlie0





~中等部三年 2月~





目の前の少女は呆然と、一点を見つめている。

私はそんな彼女を同じく呆然と見つめている。

少女の長い銀髪が風に揺らめいてて、いつもならそれを何時間見つめていても飽きないのに、

私の視線はふと、彼女が見つめている物に向けられる。

彼女の銀髪と同じように風になびく白い旗。

それが意味するは敗北。

それが意味するは相手の勝利。





その旗は、私の乗る戦車から出ていた。





511: 2018/09/01(土) 22:43:36.76 ID:NvqPYlie0





「おいおい、マジかよ……」

「あの子、勝っちゃった……」

「えっと……妹が手加減したとかじゃないよな?」

「……そもそもそんな暇があったようには見えなかったわ」

「……かぁーっ!!なんなんだあいつ。たった3年で西住流の娘を追い抜いたってのか!?」

「いやぁ……ジャイアントキリングって言ったらあの子怒るでしょうけど……」

「なんていうか、才能ってだけで終わらせたくないな」

「……そうね、あの子は誰よりも努力していたもの。なら喜びましょう。称えましょう、あの子たちの健闘を」

「だな。……ん?あれって、副隊長じゃん。見に来てたんだ」

「ホントだ」

「妹の試合だからって、色々やることあるだろうによく来るなぁ」

「……それ、私たちにも刺さらない?」

「あはは……まぁ、私たちはヒラ隊員なんだからさ。……それにしても隊長、随分と難しい顔してるな」



512: 2018/09/01(土) 22:48:59.14 ID:NvqPYlie0

>>511 「だな。……ん?あれって、副隊長じゃん。見に来てたんだ」
            ↓
    「だな。……ん?あれって、隊長じゃん。見に来てたんだ」


上記のように訂正いたします

513: 2018/09/01(土) 22:50:26.73 ID:NvqPYlie0





エリカ「……」



試合終了の合図はとっくに出ていて、ほかのチームメイトたちはすでに戻ってあとは戦車を回収するのを待つばかりなのだが、

エリカさんは戦車を降りてもなお、呆然と信じられないような目で白旗を見つめている。

このままでは回収車の人たちが困ってしまうと考えた私は、エリカさんに恐る恐る声を掛ける。



みほ「え、エリカさん……?」

エリカ「みほ、私、勝ったの?」



まるで抑揚のない、呟くような声。

その視線は白旗を見つめたまま動かない。



みほ「う、うん。エリカさんの勝ちだよ」

エリカ「……った」

みほ「?」

エリカ「やったああああああああああっ!!勝った、勝ったわよっ!!ついにみほに勝ったっ!!」



両手を天に向けて歓喜の声を上げるエリカさん。

突然の轟音に耳がキーンとなった私は、喜びはしゃぐエリカさんに何と声を掛けていいかわからずオロオロしてしまう。



エリカ「あはははははは!!ざまぁーないわ西住みほっ!!私の勝ちよぉーーー!!」

みほ「え、えっと……エリカさん?」

小梅「最高潮に調子乗ってますね……」



私があっけにとられていると、

いつの間にか隣に立っていた赤星さんが呆れたように言う。



エリカ「あら、赤星さんじゃない。何?私を称えに来たの?残念ねぇ?私についていたらこの勝利の栄光のおこぼれにあずかれたのに」

小梅「うーんめんどくさいテンション……」

みほ「あはは……」



赤星さんは何度か私たちの決闘に参加していてくれたが最近は、

「私はみほさんとエリカさんの両方に肩入れしてるんで、試合には参加しませんよ」、

との事で今回も見学をしていたのだ。



514: 2018/09/01(土) 22:55:31.78 ID:NvqPYlie0



小梅「まぁ、それはそれとして。お二人とも、試合見させてもらいましたよ。相変わらず凄いですね」

エリカ「私の華麗なる戦術はどうだった?」

小梅「そうですねぇ……実のところ、よくわからないとしか……」



顎に手を当てて難しい顔をする赤星さんに、エリカさんは不満げに唇を尖らせる。



エリカ「もう、何見てたのよ」

小梅「だって……エリカさんたちの動きが速すぎて……」

みほ「……うん」



戦車道の試合というのは通常、数時間、長ければ数十時間に渡る。

まず広大なフィールドでの戦車戦は接敵するだけでも時間がかかるからだ。

学園艦での試合の場合、流石に陸ほどのフィールドは確保できないため試合時間自体は短くなるが、それでも2,3時間は優にかかるのが当たり前だ。

しかし、今回の試合にかかった時間はおそらく1時間もないだろう。

私は、エリカさんの強襲に成すすべもなくやられたのだから。



エリカ「そりゃあ、さっさと終わらせるつもりだったからね」

小梅「それにしたって、チーム率いてなんであんな速度で動けるんですか……」

エリカ「元々スタート地点は決まってるし、勝手知ったる学園艦よ?ルートなんてある程度絞れるわ」

小梅「で、でもそんなのみほさんだってわかってたはずじゃ……」

みほ「うん、最近の試合傾向からエリカさんが最短でフラッグ車を狙ってくるのは想定していたし、ルートも見当ついてたけど……」



赤星さんの言う通り、こちらはエリカさんの進路ををいくつか絞り込み、それを迎え撃つ『準備』をしていた。

そう、『準備』をしていたのだ。

陣形を組み、索敵を出して相手を補足、迎え撃つ。

これまでもそうやってエリカさんを倒してきた。

しかし、



みほ「びっくりしたぁ……いきなり現れたんだもの」

小梅「はい……ほんとうにいきなり森から現れるんですもの、どうやってあんな速度を……」

エリカ「別にチームメイトに難しい事を頼んだわけじゃないわ。『このルートを全力で進んで。私が合図したら止まって』。それだけよ」

小梅「そ、それだけであんなタイミングで強襲って……」



戦車道において隊列を組むという事は戦車を動かせるようになって最初に教えられることだ。

だがしかし、隊列を組むことは基礎にして初歩ではない。

チームの練度はもちろん天候、戦車の状態、相手の状況、その他さまざまな要因で隊列というのは乱れてしまう。

そういった中でスピードと間隔を合わせて移動するという事は、それだけで指揮官としての能力を図れるほど重要なものなのだ。



515: 2018/09/01(土) 22:59:40.31 ID:NvqPYlie0


エリカ「スタート地点は決まってる。チームメイトの練度だって把握してるわ。それに車両の種類と、路面の状況、

    あなた達が取る作戦と進路を予想してそれを組み込めば大体の到着時間は割り出せる。あとはこっちが合わせればいいってわけ」

小梅「か、簡単に言ってますけどどんだけ調べ上げたんですか……」

エリカ「何回この子とやってると思ってんのよ。この子のクセぐらいある程度わかってるわ」

みほ「だけど……チームメイトもよくついて行けたね」

エリカ「言ったでしょ。難しい事は何も言ってない。ただ、ついてこいってだけ」



それであんな速度で移動できたのなら世の戦車道選手は苦労しないだろう。

こちらが迎え撃つ準備を終える直前にエリカさんたちは私たちの横腹に突撃してきた。

それがただの無鉄砲な突撃であるのなら対処もできるのだが、そうではなかったという事は私が身をもって知っている。

エリカさんは私たちの進路と速度を完璧に予想して、一番統率が乱れるタイミングを突いたのだ。

どれだけ必勝の策があろうとも、それを弄することが出来なければ何の意味もない。

そう、私は今日、文字通りエリカさんに手も足も出ず負けたのだ。

私が心から感服していると、エリカさんは緩んでいた表情をスッと引き締め、私を見つめる。



エリカ「みほ、あなたは戦車道だけは強いわ。経験と才能からくる正確な予想と的確な判断力。悔しいけど、今の私はまだあなたのレベルまで至れていない」



突然の告白。プライドが高いエリカさんが、私だけでなく赤星さんもいる場で自分が弱いと認めた事に私は驚いてしまう。

そんなことは無い。現にあなたは私に勝ったでしょ。私がそう言う前にエリカさんは、固く結んでいた唇を緩め、



エリカ「だから、あなたに付き合うのはやめたわ。あなたが何かする前に叩く。『電撃<ブリッツ>』それが、私があなたに勝つために磨いた必勝法よ」



強い決意と覚悟を込めて、笑った。



小梅「なんていうか……エリカさん凄いですね」



エリカさんの雰囲気に圧倒され、何も言えない私を横に、

赤星さんは感心と呆れの両方を含んだ言葉を呟く。

それを聞いたエリカさんは嬉しそうに鼻を鳴らす。



エリカ「ふふん、当然でしょ?」

みほ「うん、ほんとに凄いよ……」

エリカ「……とは言え、まだまだ不完全ね」

小梅「え?何がですか?」

エリカ「ホントは二手に分かれたかったわ。挟撃すればもっと確実にフラッグ車を倒せたもの」



赤星さんの疑問に、エリカさんは自分にも説明するように語る。



517: 2018/09/01(土) 23:06:17.03 ID:NvqPYlie0


エリカ「でも、今の私じゃ離れた部隊まで細やかな指揮を届けられない。だから、正直賭けの部分も大きかった」

みほ「そ、そんな事無いと思うよ?だって、あの時私たちは何もできずに――――」

エリカ「みほ、私の勝因はあなたの予想を超えた速さで動けた事。……でもね、あなたの敗因はそこじゃないわ」



じっと、どこか非難するような目でエリカさんは私を見つめる。



小梅「どういうことですか?」

エリカ「みほ、あなた最後の瞬間、自分で私を撃とうとしたでしょ」

みほ「う、うん……」



突然の襲撃、混乱の最中でエリカさんの乗るフラッグ車を目視した私は、相打ち覚悟でエリカさんに近づいて行った。

しかし、私の思惑は成らず、結果私たちは殆どの車両を残しながらも、フラッグ車を撃破され敗北を喫することとなった。



エリカ「あなたならきっとそうすると思った。チームが混乱して、自分の制御を離れた時、あなたは自分だけで何とかしようとする。そっちの方が早いと思ってるから」

みほ「それは……」

エリカ「でもね、あなたはあの時、僚車を盾に下がるべきだったのよ。僚車の一輌や二輌やられても、あなたならすぐ立て直せたはず」

みほ「……」


518: 2018/09/01(土) 23:11:24.49 ID:NvqPYlie0


それは、あまりに非情な判断だと私は思う。

仲間を盾にすることは、私にとって仲間を道具のように扱ってしまうようで、どうしても拒否感が出てしまうから。



エリカ「できないといけないの。勝つためには、非情な決断を下す時がある。あなたはいつか、その立場になるのよ」



言葉にしない私の内心を読み取ったかのようなエリカさんの言葉。

その言葉に私は何か反論しようとして、結局何も言えず口を閉じたままになってしまう。

そんな私を見たエリカさんは、自分の胸に手を当ててため息を一つつくと、



エリカ「……もっと仲間を信じなさい。あなたは、一人で戦ってるわけじゃないのよ」



その言葉には責めるような色は全くなく、

ただただ私への思いやりに溢れているように感じた。



みほ「……そっか、そうだよね」



だから、私はその言葉を素直に受け止める。

そして、心からの想いを込めて



みほ「……エリカさん」

エリカ「何?」

みほ「……初勝利、おめでとう」



彼女への称賛を送った。




519: 2018/09/01(土) 23:16:29.32 ID:NvqPYlie0


エリカさんは私の称賛に気恥ずかしそうに「うっさいわよ、バーカ」と返すと、今度はにやりと笑って私を見つめる。



エリカ「それじゃあみほぉ?罰ゲームのグラウンド30周行ってもらいましょうか?」

みほ「うぇ……」

小梅「あはは……頑張ってください」

エリカ「私は横から応援してあげてるからさっさと行きなさい」

みほ「絶対馬鹿にするつもりだよぉ……」





まほ「悪いがそれは後にしてもらえるか」






突然かけられた声に私たちは一様に振り向く。

そこにはお姉ちゃんが立っていた。



みほ「お姉ちゃん?」

エリカ「まほさん?どうして中等部に?」

まほ「お前たちの中学最後の対決なんだ。見ておきたいと思うのは当然だろ?―――エリカ」

エリカ「は、はいっ!」

まほ「強くなったな。今回の勝利は運や偶然なんかじゃない、ひたむきな努力の末に手に入れたお前の実力だ。そして、お前はもっと強くなる。期待しているよ」

エリカ「っ……ありがとうございますっ!!」



お姉ちゃんの激励に目元に涙を浮かべたエリカさんは、それを隠すかのようにお辞儀をする。

それを感慨深げに見ていたお姉ちゃんは、しかしすぐにその感情を表情から消して私の方を向く。



520: 2018/09/01(土) 23:17:49.24 ID:NvqPYlie0


まほ「……みほ、すまないがちょっと来てくれるか?」

みほ「えっ、でも……」

エリカ「別に明日で良いわよ。ランニングなんてあなたからすれば日常茶飯事なんだろうし」

みほ「そ、そう?それじゃあ大丈夫だよ」

まほ「そうか。ならついてきてくれ」

みほ「う、うん……」

小梅「あ、じゃあ私たち校門で待ってますね」

エリカ「えー……?」

小梅「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ……」

まほ「いや、二人は先に帰っててくれ。もしかしたら長くなるかもしれないからな」

みほ「え?そうなの?」

エリカ「何の用事なんですか?」

まほ「……すまないがそれは言えない」



無表情なお姉ちゃんが、唇の端をわずかに噛みしめていることに気づく。

いつだって冷静なお姉ちゃんがこんな表情をするだなんて一体どうしたのだろうか。



みほ「お姉ちゃん、本当にどうしたの?」

まほ「……とにかく来てくれ」



私の質問に答えず、お姉ちゃんはすたすたと行ってしまう。

私はそれを慌てて追いかけようとして、エリカさんと赤星さんを振りかえる。



みほ「そ、それじゃあ二人とも、また明日」

小梅「はい……」

エリカ「また明日ね。……それじゃあ、さっさと帰りましょうか」

小梅「……」


521: 2018/09/01(土) 23:21:01.78 ID:NvqPYlie0




お姉ちゃんは私を連れて高等部の校舎へと入って行った。

高等部なのだから何か中等部と違うのかと思えば別にそんなことは無く、来年度進学する高等部への期待が一つ潰されたように思いちょっとだけガッカリしてしまう。

なんてことを思いながら廊下を歩く私は、先ほどから一言もしゃべらないお姉ちゃんに声を掛ける。



みほ「お姉ちゃん、どこに行くの?」

まほ「高等部の隊長室だ」

みほ「え……?なんで?」



そこは、名前の通り隊長でないと使えない場所だ。

同じ隊長とは言え、中等部の人間である私が用のある場所では無いと思うのだが……



まほ「行けば分かる。……みほ、さっきの試合どうだった?」



話題を変えるようなお姉ちゃんの態度。

けれども、その話題は私にとっても話したい事だったから何も言わず受け入れる。



みほ「……私は、本気で戦ったよ。本気でエリカさんを倒そうとして、負けたの」

まほ「……そうか」

みほ「ホント、びっくりだよ。まさか私が負けるだなんて」

まほ「なんだ、敗北を悔しがるなんてお前らしくないな。それに、エリカの実力はお前が一番知ってるんじゃないのか?」



意外そうなお姉ちゃんの表情。

実際私自身、自分が勝ち負けにここまで思い入れるとは思わなかった。

もちろんエリカさんを見下していたわけではない。

彼女の努力が私に届くであろう事は彼女と戦ってきた私が一番よく知っている。

……でも、それでもこんなにも負けた事が残念なのには訳がある。



522: 2018/09/01(土) 23:23:41.79 ID:NvqPYlie0


みほ「……私ね、まだ負けたくなかったな」

まほ「何故だ?」

みほ「お姉ちゃん、エリカさんが私と一緒にいる理由知ってる?」

まほ「エリカは……お前より強くなりたいと」

みほ「そう。私が私らしさを見つけるためにエリカさんと一緒にいるように、エリカさんは私より強くなるために、私と一緒にいてくれるの。私たちは、そういう協力関係なの」



あの日、今日のような夕暮れ時に結んだ協定。

エリカさんは、何もない私に、それでも価値を見出してくれた。

私は、そんなエリカさんの煌めくような美しさに惹かれ、その抱きしめるような強さを学びたいと思った。

そうすればいつか、私だけの私が見つけられると思って。



みほ「でもね……私、負けちゃった。それも、私がまったく成長していなかった部分で」



戦車道。それは彼女が認めてくれた私の強さで、だから、私にとっても大事なものになってて、

なのに、私は負けてしまった。



みほ「私ね、仲間を信じてなかった。あれだけ友達だなんだ言ってたのに。エリカさんは仲間を信じてた。だから、全力で突っ込んでこれた」



混乱の最中、私は仲間よりも自分を信じて前に出た。

仲間を信じたエリカさんは振り返らず前に進んできた。

たぶん、その時点で勝ち負けは決まっていたのだろう。



みほ「私はさ、自惚れてたんだよ。戦車道なら、戦車道だけなら、私一人でもなんとかなるって」



私にとって戦車道は生まれたころから共にあるものだった。

お母さんやたくさんの人たちに教えられた経験は誰も持っていないものだと理解していた。

でも、それだけじゃ勝てないという事を、私は理解していなかった。

仲間だ友達だなんだと、散々言っていたのに、私は私一人で戦車道をしていた。



みほ「人としても、戦車道の選手としても、エリカさんは私よりも大事な事を知ってたんだよ。エリカさんは今日の結果は運が良かったって言ってたけど……違う。

   私が今日までエリカさんに勝てていた事こそ、運が良かったんだ」



個人の強さなんて大したことではない。

数に、チームワークに勝る力なんて無いのだから。



523: 2018/09/01(土) 23:26:45.80 ID:NvqPYlie0


みほ「……でもね、負けて悔しい理由はそれじゃない。むしろ、エリカさんが凄い人だって再確認出来て嬉しいくらいなんだから」

まほ「……なら、何故」

みほ「言ったでしょ?エリカさんは私から戦車道を学ぶために一緒にいてくれているの。……だから、」





みほ「私に勝ったら、エリカさんにはもう、私と一緒にいてくれないんじゃって」





黒森峰に入って早3年。

その時間のほとんどでエリカさんは私のそばにいてくれた。

それが、無くなってしまうかもしれない。

私の視界にあの煌めくような銀髪が映らなくなるかもしれない。

それは、私にとって氏ぬよりも恐ろしい事のように思えた。



まほ「……みほ、お前はエリカをそういう風に思っていたのか」



お姉ちゃんの言葉に怒りが灯ったのを感じる。

あまり感情を表に出さないお姉ちゃんが、怒りをあらわにしている。

それはつまり、お姉ちゃんにとってエリカさんがそれほどの存在になったという事だ。

それが、なんだか嬉しくて、そんなお姉ちゃんが眩しくて私は自嘲してしまう。



みほ「……わかってるはずなのにね。エリカさんがそんな人じゃ無いなんてこと」

まほ「……」

みほ「私は……まだまだ弱いままだよ。仲間も、ずっと隣にいたエリカさんも信じ切れていなかった」


524: 2018/09/01(土) 23:32:07.38 ID:NvqPYlie0


もしかしたら私がエリカさんと積み重ねてきたのは時間だけなのかもしれない。

共に過ごした日々は、ただの数字の連なりでしかなかったのかもしれない。

エリカさんが見せてくれた優しさは、彼女を構成するほんのわずかな部分でしかないのかもしれない。

それでも、私は。



みほ「でも、今日負けてわかった。私、エリカさんとまだまだ一緒にいたい。たとえエリカさんが離れていくとしても、追いかけて、隣に立ちたいの」

まほ「……」



過ごした時間がただの数字だとしても。例えそれがエリカさんの全てではないとしても、彼女がくれた優しさに私は救われたのだから。



みほ「だから、今度は私からエリカさんに挑むよ。私が、エリカさんに本当の意味で勝てるまで」



元より、私はずっとエリカさんの背中を追いかけていたのだ。

それが、私が挑戦者になるという、もっとわかりやすい形になるだけだ。



まほ「……そうか。それは、私も卒業まで退屈しそうにないな」



先ほどまでの怒りはどこへ行ったのか、そっと微笑むお姉ちゃん。

そんな様子に私も安心して口が軽くなってしまう。


525: 2018/09/01(土) 23:36:09.46 ID:NvqPYlie0



みほ「まぁ、私としては肩の荷が下りた部分もあるかなって」

まほ「なんでだ?」

みほ「だって私、副隊長やらなくていいんだもの」

まほ「……そういえば、あの決闘は副隊長の座を賭けたものだったな」



思えば私たちの関係はエリカさんが私の副隊長という肩書に異議を唱えた事から始まる。

最初の決闘は私の愚かな行いで不意にしてしまったが、それがきっかけで私はエリカさんと一緒にいられるようになったのだ。

もう二度としないと固く誓っているが、それはそれとして、あの戦い自体が全て無駄だったとは思えない。

……たぶん、そんなこと言ったらエリカさんは本気で怒るだろうけど。

なんにしても、副隊長という役職は私とエリカさんを結び付けた因縁なのだ。

そして今日の決闘でその因縁に一つの決着がついた。



みほ「エリカさん、ずっとお姉ちゃんの副官になりたがってたでしょ?そこに実力が備わった以上、エリカさん以上の適任はいないと思う」



少なくとも、指揮能力においてエリカさんは私を上回っているだろう。

個人として強い私よりも、チームとして強いエリカさんの方が、隊を纏めるのにふさわしいはずだ。

私の言葉に、お姉ちゃんは少し逡巡するかのように黙るも、やがて納得したように頷く。



まほ「……ああ、そうかもな」

みほ「でしょ?もう隊長はお姉ちゃんなんだから、実力重視で選んでね?」

まほ「別に私だけの意見で選ぶわけじゃ……」



なんだか不服そうな様子のお姉ちゃんに、私は先ほどから思っていた疑問をぶつける。



みほ「ところでお姉ちゃんさ、エリカさんと何かあったの?」

まほ「……何でそう思う?」



先ほどあれだけ感情豊かだったのが嘘のようにお姉ちゃんから表情が消える。



みほ「お姉ちゃん、最近会うたびにエリカさんのことばっか聞くから。今だって、エリカさんのために怒ろうとしてたでしょ?」

まほ「……」


526: 2018/09/01(土) 23:37:26.77 ID:NvqPYlie0


お姉ちゃんは、痛いところを突かれたといった様子で唇を尖らせる。

私が回答を待っていると、お姉ちゃんは、視線を外して夕日を見つめだす。

じっと、言葉もなく。どこか潤んだように見える瞳に、私が首を傾げると、ため息をついてこちらに向き直る。

そして決意したように口を開くと。



まほ「……内緒だ」

みほ「えー!?ずるい!!」



私の当然の不満にお姉ちゃんもまた不満げに返す。



まほ「内緒なものは内緒なんだ。姉のプライドにかけて、お前にだけは絶対に言わない」

みほ「むー……」



お姉ちゃんはお姉ちゃんなだけあって、意外と私に甘い部分があったと思うのだが、お互い年を重ねるにつれ、色々変わってきているのかもしれない。

ならばと、私がより強く追及しようと口を開くとするも、私はその口を閉じてしまう。



まほ「……みほ?」



思えば、お姉ちゃんもずいぶんと変わった。

先ほども思ったが、お姉ちゃんはあまり感情を表に出すタイプではない。それは、幼い頃からだ。

別に世の無常を儚んでいるとかではなく、ただただ、感情を表に出すのが苦手なだけだ。

だから、怒りをあらわにしたお姉ちゃんに私は驚いたし、先ほどから笑ったり、不満げに唇を尖らせたりと、表情豊かなお姉ちゃんに違和感すら覚えてしまっている。

それはたぶん、エリカさんがきっかけなのだと思う。

だって、エリカさんの事を話すときのお姉ちゃんは、私だって見た事のない笑顔で笑うのだから。

私の知らないところで、二人に何かあったのかもしれない。

少なくとも、お姉ちゃんを変える程の何かが。

それに、少し嫉妬してしまうのはあまりにもワガママだろうか。

……ワガママなんだろうなぁ。

友達にすらなれていないのにその交友関係にあれこれと口に出すのは間違いなくうざったがられるだろう。

でも、それはもう仕方ないのだ。

私があれだけ友達になりたいと言っているのに素っ気ないエリカさんが悪いのだ。

私はそう開き直る事にした。



まほ「……お前こそ、最近エリカと何かあったのか?ほら、誕生日の時なんかやたら長文でメールを送ってきたじゃないか。私寝てたのに」

みほ「ああ、あれはね、、エリカさんがすっごく優しくて、赤星さんもすっごく優しくて、でもエリカさんがね――――」

527: 2018/09/01(土) 23:38:08.62 ID:NvqPYlie0





「負けたというのに随分と楽しそうですね」





528: 2018/09/01(土) 23:38:34.49 ID:NvqPYlie0


みほ「……え?」




弾みあがっていた私の声色は割り入ってきた声によって一気に地へと叩き落される。





529: 2018/09/01(土) 23:41:18.31 ID:NvqPYlie0


「西住流に敗北は許されないという事を忘れたのですか?」



みほ「な、なんで……」



私たちの視線の先には腕を組んでこちらを見据える黒い影が一つ。

鉄のように、鋼のように冷たい声色は、私の心臓を掴んで圧し潰そうとしているかのように締め付けてくる。



「……まぁ、まずは挨拶からですね」





530: 2018/09/01(土) 23:43:22.84 ID:NvqPYlie0





しほ「久しぶりですね、みほ。元気なようでなによりです」

みほ「お、お母さん……」





531: 2018/09/01(土) 23:44:03.06 ID:NvqPYlie0





母との久しぶりの再会というにはあまりにも、不吉なものを感じた。





549: 2018/10/27(土) 20:04:14.90 ID:apQ6Z5XO0


沈みゆく夕日が廊下を、私たちを照らす。


しほ「みほ」

みほ「お、お母さんなんで……」


私たちの母、西住しほ。

実家が家元を務めている流派、西住流の師範にして、高校戦車道連盟の理事長でもある、日本の戦車道における重鎮の一人だ。

その役職ゆえに多忙を極め、加えて私たちが一年のほとんどを学園艦で暮らしている事もあり、家族である私たちと顔を合わせることは数えるほどしかない。

しかし、そんなお母さんが今、私たちの前に立っている。

動揺を隠せない私を横にお姉ちゃんが声を出す。


まほ「お母様、隊長室で待ってるんじゃ……」

しほ「あなた達がいつまでたっても来ないと思ったら、随分と楽し気な声が聞こえたので」


どうやらお姉ちゃんはお母さんが黒森峰に来ていたことを知っていたようだ。

というより、お姉ちゃんが私を呼んだ理由がこれというわけか。


みほ「お母さん、何で学園艦に……」

しほ「少し時間が空いたので、あなた達の様子を見るついでに母校に寄っただけですよ」

みほ「そ、そうなんだ」

しほ「それよりも。……みほ、さっきの試合見させてもらいました。まだまだ未熟ですね」


鉄のような視線が更に鋭く私を貫く。

喉が引きつったように動かなくなる。


550: 2018/10/27(土) 20:11:22.24 ID:apQ6Z5XO0



しほ「初動が遅い。隊員の統率が出来ていないから動き出しが遅くなるのです。……みほ、西住流とは何ですか」

みほ「……撃てば必中 守りは固く 進む姿は乱れ無し 鉄の掟 鋼の心。それが……西住流」


西住流の理念。幼い頃から耳にし、復唱してきたそれは私の戦車道にも深く刻まれている。

……良くも悪くも。


しほ「その通りです。それが分かっていながら先ほどの醜態はどういうわけですか」


お母さんはそう問いかけるも私の返事を待たずさらに続ける。


しほ「相手の逸見さんという方は確かに実力のある子でした。しかし、あなたはそれ以上の才を持ち、研鑽を積み重ねてきたはずです」

みほ「で、でも……」

しほ「油断は戦いにおいて最初に排除すべきもの。黒森峰はまほとあなたが率いていかねばならないのに情けない姿を隊員たちに見せつけてはいけません」


油断。お母さんはそう断じた。私にとってそれはつまり、あの戦いでのエリカさんの勝利を、それに至るまでの努力を否定したに等しい。

私は本気で戦った。エリカさんの本気を本気で受け止めた。油断なんて欠片もなかった。そして今日、エリカさんの本気が私の本気を上回った。

それがどれだけ尊い事なのか。どれだけ眩い事なのか。

何も知らないくせに。私が、エリカさんがどんな思いで今日まで戦ってきたのか、知ろうともしなかったくせに。

心の奥底でふつふつと黒い何かが沸き立つ。

拳が無意識のうちに強く握られる。

周囲の音が遠くなっていく。

自分が何をしようとしてるのか自分でもわからない。だけど、そんな事どうでもいい。

ただ、ただ、私とエリカさんの戦いを侮辱されたことが許せない。

私は感情のまま一歩踏み出そうとして―――――



551: 2018/10/27(土) 20:17:42.68 ID:apQ6Z5XO0


まほ「申しわけありませんお母様」


その歩みは、前に出てきたお姉ちゃんによって遮られた。


まほ「今回の事は私の責任です。自分の事にかまけてみほへの指導を怠っていました」


頭を下げるお姉ちゃんは一瞬私の方を見る。

その瞳は『何もするな』と語っていた。

お母さんはそんなお姉ちゃんの姿を見てため息を一つ吐く。


しほ「……まほ、あなたが多忙な事は重々承知しています。国際強化選手に選ばれたことも含めてあなたの活躍は私にとっても誇らしいものです」


お母さんにしては珍しい、ストレートな称賛。

母から子へのそれは、おそらく普通の親子であれば微笑ましく温かなものなのだろうが、

お母さんの表情はピクリともせず、冷たい視線に熱がこもることもなく、その内心を読み取ることはできない。


しほ「ですがあなたとみほは姉妹です。みほの評価があなたの評価に繋がる事もあるのです。それが、良い物であっても悪い物であっても」


視線がお姉ちゃんから私に向けられる。

エリカさんとの試合がお姉ちゃんにとって悪い評価に繋がる。

それがお母さんの言いたい事なのだろう。

お姉ちゃんが前にいなければ私は大声で叫んでいただろう。

ふざけないで。馬鹿にしないで。エリカさんを、侮辱しないで!、と。

しかし、今ここで激情を発露すればお姉ちゃんにまで迷惑がかかってしまう。

それを無視できるほど私はワガママにはなれなかった。


552: 2018/10/27(土) 20:21:55.53 ID:apQ6Z5XO0


しほ「私の目が届かない分、あなたがみほを指導するのです。……忘れてはなりません、あなた達姉妹は黒森峰を、西住流の未来を背負っているのだと」

まほ「……はい」

しほ「来年度の全国大会はあなた達の力を見せつけなさい……以上です」

まほ「ご指導、ありがとうございます」


お姉ちゃんは再度お母さんに頭を下げる。

お母さんはその姿を見下ろし、腕時計に視線をやると少し考えるように口を閉ざす。

そして、相変わらず温度のない声を私たちにかける。


しほ「できれば食事でもと思いましたが、残念ながら時間です。次に会うときは家族での時間が取れるようにしておきます。それではみほ、まほ、また」


そう言い残すと、もう用は無いと言わんばかりに振り向きもせず去っていった。

残された私たちはしばらく何も言わずうつ向いていたが、

やがてお姉ちゃんが顔を上げる。


まほ「……エリカは、強いよ」

みほ「……うん」


そんなの、私が一番よく知ってるよ。


まほ「それでも……みほ、副隊長はお前だ」


私の目を見ず、消えるような声でそう言うと、お姉ちゃんは去っていった。

残された私は動くことができず、どうしようもない感情を拳を握ることで抑え込んでいた。


560: 2018/11/03(土) 18:40:54.42 ID:WAWLSor50




どれだけ佇んでいたのだろう、ようやく気持ちを持ち直せた私が外に出ると、夕日は沈み切り、月が出ていた。

その光があの人を思い出させてくれて、少しだけ安らぎが戻る。

しかしそんな灯は肌を刺すような寒風にあっさりと攫われてしまい、ただただ体を動かすことにだけ集中しようとする。

そうしないと、どんどん黒い感情が湧き上がってくるから。

久しく忘れていたその感情は、私が黒森峰に来た時より抱えていたもので、

きっといつか、私を飲み込んでいたものだ。

そうなっていたら私はきっとここにはいなかっただろう。

逃げ出すのか、壊すのか。どうするのかはわからないが、少なくとも楽しい学園生活なんて霧散していたのは間違いない。



『忘れてはなりません、あなた達姉妹は黒森峰を、西住流の未来を背負っているのだと』



『……みほ、副隊長はお前だ』



誰かへの期待のために、誰かの努力を、情熱を踏みにじるのが戦車道なら、

それが西住流だというのなら、

私はそんなもの―――――



561: 2018/11/03(土) 18:45:34.69 ID:WAWLSor50






エリカ「ずいぶん遅かったわね」







562: 2018/11/03(土) 18:47:12.43 ID:WAWLSor50


黒く染まりかけた思考が、聞き知った声によって掬い上げられる。

いつの間にか私は校門を出ていて、声の主はそこに寄りかかるように私を見つめていた。



みほ「エリカさん……?なんで……」

エリカ「赤星さんに待っててやれって頼まれたのよ」



声の主―――エリカさんは気だるげに髪を掻きあげると、私に向かって不満そうな視線を向ける。

そんな姿ですら、私からすればちょっとした芸術作品のように見えて、この人と自分が同じ人間なのか疑問に思ってしまう。



みほ「でも……こんな時間まで」



いくら頼まれたからってこんな寒い中待っててくれるだなんて……

私の疑問と驚きにエリカさんは声を荒げて返してくる。



563: 2018/11/03(土) 18:49:50.77 ID:WAWLSor50


エリカ「そうよそう!全く何時間待たせたのよあなた!?この寒空の下、あと5秒遅かったら帰ってたわ!!」



怒鳴りながら近づいてきたエリカさんはしかし私の顔を見るや途端に落ち着きを取り戻し、じっと私を見つめると呆れたようにため息を吐く。



エリカ「……はぁ。何があったか知らないけど、その泣きそうな顔やめてくれる?ただでさえ寒さでイラついてるのに余計にイライラするんだけど」



相変わらず嫌味ったらしい、けれどもどこか私を気遣うようなエリカさんの言葉に、私は安心感と申し訳無さがないまぜになって涙がこらえきれなくなってしまう。



みほ「エリカさん私、私……」

エリカ「ちょ、ホントに泣くやつがある?……どうしたのよ」



ぽろぽろと涙が零れだした私を見てエリカさんは慌てたように駆け寄って、そっと肩に手を置く。

彼女の優しい声色に私は、呟くように、謝るように答える。


564: 2018/11/03(土) 18:51:44.88 ID:WAWLSor50


みほ「私、副隊長に任命された」

エリカ「……そう」

みほ「エリカさん、ごめんなさい……」



私が嗚咽をこらえながら謝罪の言葉を口にすると、エリカさんは目端を吊り上げ不快感を欠片も隠さない表情をする。



エリカ「はぁ?あなた、随分な嫌味を言えるようになったのね?」

みほ「私、エリカさんが副隊長に相応しいってお姉ちゃんに言ったけど、ダメだった……」

エリカ「……みほ、あなた」



エリカさんの声に怒りがこもる。

当然だ。私は、エリカさんの努力を、エリカさんの想いを守れなかったのだから。

あの時、お姉ちゃんの制止を振り切ってお母さんに叫べばよかった。

エリカさんを馬鹿にしないでと。エリカさんは強いのだと。

それが出来なかった私に、謝られたところで何の意味があるのか。

それでも、私にできる事はひたすら謝罪をすることしかない。

せめて、私に怒りをぶつけることで彼女の気が晴れるのなら。


565: 2018/11/03(土) 18:54:24.20 ID:WAWLSor50


みほ「ごめんなさいっ……ごめんなさいっ……エリカさんは副隊長の座を賭けた試合に勝ったのにっ……」

エリカ「……………………ん?」



ただただ、謝罪を繰り返す。

自分が情けなくて、それ以上に悔しくて涙が出る。

私はなんて無力なのだろうか。

大切な人の、大切なものすら守れないのに、副隊長の座は私に与えられる。

こんな理不尽があるのだろうか。



みほ「エリカさんがどれだけあの試合に懸けてたのか私も、お姉ちゃんも知ってるのに、なのにあなたの努力を、結果を不意にした。ごめんなさいっ、エリカさんごめんなさいっ……」

エリカ「ちょ、ちょっとまって?」

みほ「だから――――どうしたの?」


566: 2018/11/03(土) 18:59:18.04 ID:WAWLSor50


エリカさんの制止に私が言葉を止めると、エリカさんは先ほどとは違う何というか、凄く微妙な表情になっていた。



エリカ「えっと…………………………え?あれそういう試合だったの?」

みほ「…………………………え?」

エリカ「いや、私はただあなたと戦えば私の勉強になると思ってたから、期末試験みたいなつもりで挑んでたんだけど」



一瞬、エリカさんが私に嫌味を言っているのかと思った。

言われても仕方のない事を私はしたのだから。

だけどエリカさんの表情はこう語っている『何を言ってるんだこいつは』と。



みほ「え、だ、だって勝った奴が副隊長だって……」

エリカ「それは最初の2回だけでしょ?それ以後の試合は副隊長の席の代わりに罰ゲームにしたつもりだったんだけど……」

みほ「え?え?だってエリカさん副隊長っていうか、お姉ちゃんの副官になりたいんじゃ……」

エリカ「そりゃあ、なりたいけど。あなたを押しのけてなったところで意味ないわよ」


567: 2018/11/03(土) 19:16:30.58 ID:WAWLSor50


お互い頭上に無数の『?』を浮かべながら要領のつかめない会話をする。

だってエリカさんはお姉ちゃんに憧れてて、私よりも強くなって副隊長になりたいって……

そして何よりも、



みほ「でも私に勝ったんだよ?」



今日の試合でエリカさんは証明したはずなのに。

逸見エリカは西住みほを超えたのだと。

不屈の闘志とたゆまぬ努力がついに実を結んだのだと。

だというのに目の前のエリカさんは簡単な算数すらできない子供に向けるような呆れた目で私を見つめる。



エリカ「あのねぇ、一回勝った程度で何よ。それ以外全敗よ?そんな成績であなたより上だなんて言えるわけないでしょ恥ずかしい」

みほ「そ、それは……」

エリカ「まったく……高等部の副隊長はあなた。中等部の3年間、あなたがどれだけ貢献してきたか。わからないやつなんていないわ」



エリカさんは白い吐息を吐きながら真っ直ぐに言い放つ。

その言葉には過大評価も過小評価もなく、ただただエリカさんにとっての事実を伝えていると感じた。


568: 2018/11/03(土) 19:19:21.96 ID:WAWLSor50


みほ「……私が、副隊長で良いの?」

エリカ「良いも悪いもない。あなたは、その席に着く義務があるの」



恐る恐る尋ねた私の言葉を甘えも、泣き言も許さないという風にバッサリと言い切る。

僅かな沈黙が私たちの間に訪れると、エリカさんは二度三度、左右に視線を揺らし、そして思い出したかのように声を出す。



エリカ「……あ、だからって油断しない事ね。私はいつだってあなたの席を狙ってるんだから。せいぜい寝首を掻かれないよう気を付けなさい!!」



その言葉が私への気遣いなのだとすぐに気づく。

エリカさんはいつだってそうだから。優しいのに、思慮深いのに、それを表に出すのを恥ずかしがる。

だから、私は思わず笑ってしまう。



みほ「……っふ、あははっエリカさんはエリカさんだね」

エリカ「ケンカなら買うわよ?」

みほ「もー違うってば」


569: 2018/11/03(土) 19:22:51.64 ID:WAWLSor50


その言葉は、私がエリカさんに伝えられる最大級の賛辞だ。

強いのに優しくて、誇り高いのに嫌味っぽい。

ちぐはぐなようで誰よりも真っ直ぐなエリカさんは、今の私にとって無くてはならない人生の道標で、

そんなエリカさんと一緒にいると私の不安なんて小さなものだと思えてしまう。

私は火照った体を冷ますように、夜の冷気を胸いっぱいに吸い込む。

そして少しだけ冷めた頭で、冷え切った唇で、私の覚悟を伝える。



みほ「エリカさん、私はこれからも貴女の挑戦を待ってます。全力で挑んできてください。全力で、迎え撃つから」



私の覚悟にエリカさんは嬉しそうに微笑む。



エリカ「……言うようになったわね。見てなさい?私は、いつか必ずあなたを下して黒森峰のトップに立って見せるから」


570: 2018/11/03(土) 19:26:02.41 ID:WAWLSor50


きっとこれからもエリカさんは私に向かってきてくれるのだろう。

納得するまで、何度も、何度も。

だから私も全力で走って行こう。

例えいつか追い抜かされる日が来るとしても、今度は追いかけられるように。

私は、誰よりも貴女の近くにいたいから。



みほ「エリカさん」

エリカ「何よ」

みほ「一緒に帰ろう?」

エリカ「……散々待たせておいて一人で帰ったらぶっ飛ばすわよ」



そう言ってエリカさんはつかつかと歩いていく。

私は、その背中を小走りで追いかけて―――――その手をぎゅっと握った。


574: 2018/11/10(土) 21:55:22.07 ID:84Q0qfUC0







中等部三年 ~3月6日~




時間はおそらく18時くらいだろうか。

カーテンが閉め切られ暗い部屋では時計で時間を確認することができず、だからといって携帯を開いては雰囲気が台無しだ。



小梅「それじゃあそろそろはじめましょうか」

エリカ「ねぇ、ホントにいいんだけど……」



私に向かって促す赤星さんにエリカさんが何とも言えない声色で遠慮を示す。

今私たちがいるのはエリカさんの部屋。

とても花の10代のものとは思えない殺風景な部屋は逆にエリカさんらしく、ついつい見回してしまうも、

「行儀悪いわよ」と嗜められて私は再び正面に向き直る。

いつぞやのように、部屋の中央に置かれた四角い座卓でエリカさんを上座に、向かいに私。その間に赤星さんが座っている。

そして私たちの目の前にはろうそくが立てられたケーキがある。

プレートには可愛らしく『お誕生日おめでとう エリカさん』と書かれていて、

ケーキ屋さんに取りに行った時、店員さんに「お友達の誕生日パーティーですか?楽しんでください」と笑顔で言われたのを思い出して私も笑顔になってしまう。

そんな私を見て赤星さんは微笑みながら促してくる。

小梅「それじゃあみほさん」

みほ「うん!」


私たちは二人そろって息を吸い、そして。


575: 2018/11/10(土) 21:57:23.17 ID:84Q0qfUC0







『Happy Birhday to You. Happy Birhday to You.』







手拍子を鳴らしながら練習したわけでもない誕生日の歌を綺麗に合わせて私たちは歌う。

頬を染めているエリカさんは照れているのかそれともろうそくに照らされているからなのか。




576: 2018/11/10(土) 21:58:25.81 ID:84Q0qfUC0






『Happy birthday, dear エリカさん』






今宵は彼女の誕生日。

貴女が私を祝ってくれた以上に私は貴女の誕生日を祝いたい。

そんな思いを歌に込めて、今日という日が少しでも貴女にとって幸せな日であって欲しくて。



577: 2018/11/10(土) 22:03:10.28 ID:84Q0qfUC0







Happy Birhday to You.








578: 2018/11/10(土) 22:04:50.40 ID:84Q0qfUC0


それほど大きくない部屋に静寂が戻ってくる。

私たちがエリカさんを見つめると、エリカさん同じように見つめ返す、

そして、諦めたようにため息を吐くと、再び息を吸って、ふっ……と、ロウソクを吹き消した。



小梅「誕生日おめでとうございます、エリカさん」

みほ「おめでとう!」



赤星さんが電灯のスイッチをいれ、部屋に明りが戻る。

私は手が痛くなるくらい全力で拍手をすると、エリカさんは照れ臭そうに笑う。



エリカ「もう、恥ずかしいわね……小学生じゃないんだから」

小梅「ふふっ、小学生だろうと中学生だろうと大人だろうと。祝い事は全力で祝うのが一番なんですよ?」

エリカ「そう……なら、仕方ないわね」



エリカさんは肩をすくめると、そっと微笑んだ。

その様子に少なくとも彼女が悪感情を抱いていない事が分かって安心する。

……そんな人じゃ無いってわかっているのに不安になってしまうのは、私が弱いせいなのかもしれない。




579: 2018/11/10(土) 22:06:27.99 ID:84Q0qfUC0



小梅「ほら、早くご飯食べちゃいましょう?せっかくエリカさんの好きなハンバーグ作ったんですから」



私の内心をよそに、赤星さんはてきぱきと準備を進める。

ケーキは冷蔵庫に避難させられ、今度は卓上を様々な料理が埋めていく。

私の時はエリカさんと赤星さんが作ってくれたが、今度は私と赤星さんが手分けをして作った。

……まぁ、ほとんど赤星さん任せで私は大した事出来なかったけど。



エリカ「随分豪勢ね……」

小梅「言ったでしょう?お祝い事は全力でって」

エリカ「……そうね」

小梅「それじゃあ、いただきましょう」

エリカ「ええ、いただきます」

みほ「いただきます」



和やかに始まった食事の時間。

だけど私と赤星さんは料理に手を付けず、じっとエリカさんを見つめる。

その視線に一瞬煩わしいといった表情をするも、すぐに視線を戻してメイン料理の一つ、ハンバーグに箸を入れる。

赤星さん曰く『それなりに準備と練習を重ねた自信作』なハンバーグは箸でもすっと切り分けることができ、エリカさんはその欠片をそっと口に含む。

目を閉じ咀嚼をする姿がなんだか妙に艶めかしく思えてしまい頬が熱くなる。

私がそわそわしていると、エリカさんの細い喉がごくりと動く。

恐る恐る声を掛ける。




580: 2018/11/10(土) 22:09:17.77 ID:84Q0qfUC0



みほ「……どう?」

エリカ「……美味しいわ」

みほ「やった!」

小梅「良かったですねっ」



どこか悔しそうに呟いたその言葉は私たちにとっての勝利宣言であり、私たちは揚揚とハイタッチを交わした。



エリカ「もー……人が食べてるところをじっと見るんじゃないわよ。緊張するじゃない」



恥ずかしそうに愚痴るエリカさん。

その姿に微笑ましさをおぼえながら、私たちも料理に手を付け始める。

……うん、よくできました。



小梅「はい、チーズ」



舌鼓を打っていた私とエリカさんの横顔にシャッター音が浴びせられる。



エリカ「あなたまた……」

小梅「お誕生日に記念写真はつきものですよ」



ファインダー越しに得意げに返す赤星さん。

その様子に最初は不満げだったエリカさんも抗議する気が失せたようで、ため息交じりに赤星さんの隣に行くと、デジカメの表示画面をのぞき込む。



581: 2018/11/10(土) 22:11:53.36 ID:84Q0qfUC0



エリカ「どうせ撮るならもっとちゃんとした所を残して欲しいわね。ほら、これなんか口あいてるじゃない」



表示画面には先ほど取られたばかりの写真――――ハンバーグを口に運ぼうとしているエリカさんと、それをじっと見つめてる私が写っていた。



エリカ「もう、もの食べてる時の写真ってちょっと行儀悪くない?」

小梅「いいじゃないですか、生活感というか日常の一コマって感じで」

みほ「私もそう思うな」

エリカ「あんまり撮りすぎてもありがたみが薄くなるでしょ」



そう言うエリカさんの顔に微笑みが浮かんでいるのに私たちは何も言わない。

もはやエリカさんが素直じゃないだなんて公然の事実なのだから今さらあれこれ指摘するだけ野暮なのだ。



小梅「思い出せるものはたくさんあるに越したことがありません」



自信満々なその言葉にエリカさんは観念したように肩をすくめる。



エリカ「そ。なら、せめて綺麗に撮ってね?」

小梅「任せてください。カメラ歴一年の腕が火を噴きます」

エリカ「あんま信頼できないわね……」

みほ「大丈夫だよ、エリカさんならどんな写真だって綺麗に写ってるから」



だって私の瞳(ファインダー)に映る貴女はいつだって輝いているから。

……流石に臭すぎるので、言葉にはできないけど。




582: 2018/11/10(土) 22:15:43.18 ID:84Q0qfUC0








料理もケーキも楽しんで、ある意味今回のメインイベント、プレゼント贈呈の時間が来た。

エリカさんもそれは察していたようで、いつのまにか正座してどこかソワソワしている。

エリカさんにもそんな情緒があったんだなと失礼極まりない事を思ってしまうも、

そんなにも心待ちにしてくれることが嬉しくてたまらない。

だから、私が最初にプレゼントを渡すことにした。



みほ「エリカさん。はい、誕生日おめでとう」

差し出したプレゼントを、エリカさんは恐る恐る受け取る。

チラチラと私の顔を見てる姿はなんだか小動物的だ。



エリカ「……ありがとう」

みほ「開けて?」

エリカ「なんでそっちから催促するのよ……まぁ、開けるけど」



しぶしぶといった様子で包み紙を綺麗に開き、そっと箱を開けると、

中に入っていたのは一枚のハンドタオル。

ワインレッドで彩られたそれは、私が苦心の末に選び抜いたものだ。

583: 2018/11/10(土) 22:19:34.50 ID:84Q0qfUC0


みほ「普段から使える物が良いなぁって思って」

エリカ「ハンドタオルね……あなたにしては良いセンスしてるじゃない?」

みほ「それ褒めてるの?」

エリカ「褒めてるわよ。手触りも良いし……」

小梅「色もパンツァージャケットに合わせられますね」

みほ「というか、パンツァージャケット着てる時に使ってもらいたいからね」



戦車の中というのは想像以上に蒸し暑いものだ。

夏はもちろん冬だって人の熱気となによりもエンジンの熱がこもって酷い暑さになる。

そんな時に汗を拭えるハンカチがあればと。



エリカ「プレゼントに気を使いすぎじゃない?」

みほ「プレゼントだから気を使うんでしょ」

エリカ「それは……そうね」

小梅「ほらほら、みほさんだけずるいですよ。次は私の番です」



割って入るように赤星さんが身を乗り出して、両手に持った小箱をエリカさんに差し出す。



小梅「私からはこれです」



小さな箱をまるで結婚指輪を差し出すように開く。

その中に鎮座しているのはシルバーのレディース腕時計。

小さく可愛らしい見た目と、気品を感じる色合いが安物ではない事を私たちに語り掛けてくる。



エリカ「……ちょっと、これ高くなかった?」

小梅「まぁ、少しだけ……」

エリカ「だめよ、こんなの受け取れないわ。ほら、あなたの方が似合って……」

小梅「エリカさん」


ピシャリと、エリカさんの言葉を遮る。



584: 2018/11/10(土) 22:23:04.27 ID:84Q0qfUC0


小梅「その時計は、私がエリカさんに付けて欲しくて、エリカさんに相応しいものを選んだつもりです。気に入らないのであれば仕方がないですが、

   遠慮して受け取らないだなんてやめてください。……私の気持ちは邪魔でしたか?」

エリカ「……ずるいわよそんな言い方」

小梅「知ってます。まぁ、エリカさんに言われる筋合いはありませんが」



まるで意趣返しのように悪戯っぽく笑う小梅さん。

エリカさんはそれに応えるようにふふん、と鼻を鳴らす。



エリカ「そうね。わかった。プレゼント、ありがたくいただくわ」

小梅「ええ。そのために贈ったんですから。それに高いと言ってもあくまでプレゼントとしてはってだけで、時計としては相応のものですよ」

エリカ「わかったから。……ほら、どう?」


エリカさんは私たちに見えるように、手首に巻いた腕時計を掲げる。

小さな腕時計が電灯の明りを反射してシルバーの輝きと共にその存在を主張する。


小梅「よく似合ってますよ」

みほ「うん、エリカさんにピッタリ」

エリカ「……もう」

エリカさんははにかむ様に笑うと、視線を時計に落として何度も何度も、その輝きを楽しんでいた。



585: 2018/11/10(土) 22:25:18.28 ID:84Q0qfUC0



みほ「それとこれも」


私たちのプレゼントは充分堪能してもらったので、ここでもう一つ。

未だ時計の輝きに目を奪われているエリカさんに、そっと小箱を差し出す。


エリカ「え?二つも?」

みほ「ううん、ハンドタオルは私からで、これはお姉ちゃんから」

エリカ「……まほさんが」



『これ、エリカに渡しておいてくれ』



相変わらずの無表情で言葉少なめに渡されたエリカさんへのプレゼント。

いきなり私の部屋に来たと思えばなんてことは無い、お姉ちゃんもエリカさんの誕生日を祝いたかったらしい。

だから、一緒に行こうと誘ったのにお姉ちゃんはなぜか固辞してさっさと帰ってしまった。



小梅「先輩も来ればよかったのに……」

みほ「新年度が近いからお姉ちゃんも色々忙しいのかも」



お姉ちゃんは新隊長なのだから、私たちを迎えるにあたって色々頭を悩ませているのかもしれない。

……新副隊長である私が呑気にしていていいのかと罪悪感が芽生えるが、今日だけは許してほしい。

明日、何か手伝えることが無いかお姉ちゃんに聞きに行こう。



エリカ「これ、開けて良いのかしら……」

みほ「いいに決まってるでしょ。ほら、早く早く」

エリカ「急かさないでよ」



お姉ちゃんからのプレゼントを手に逡巡しまくってるエリカさんを急かして箱を開けさせると、

中から出てきたのは一本のペンだった。



みほ「……これって、万年筆?」

エリカ「……」

小梅「なかなか渋いプレゼントですね」

みほ「でも、お姉ちゃんの事だからちゃんとしたのだろうし、良い物だと思うよ」



よく見ればその万年筆はお姉ちゃんがいつも使っているのと同じやつのようだ。

なるほど、自分が使ってて使い心地が良かったものをプレゼントしたというわけか。

お姉ちゃんらしい相手の事をよく考えたプレゼントだなと思う。

それにしても、


586: 2018/11/10(土) 22:27:32.73 ID:84Q0qfUC0


みほ「ハンカチに」

小梅「腕時計に」

エリカ「万年筆……あなたたちのプレゼント、普段使いできるのばっか選んできたわね」



エリカさんは3つのプレゼントを眺めながらそう指摘する。

対する私たちはその言葉にガッツリと思うところがある。



みほ「あー……それはたぶん」

小梅「エリカさんに長く使ってもらいたいからでしょうね」



その言葉にエリカさんはじっと私たちを黙って見つめる。

その視線に私たちは白状するように語りだす。



みほ「色々考えたんだけどさ、初めて贈る誕生日プレゼントだから」

小梅「できるだけ長く、そばに置いてくれるようなものを。そう思いまして」



だから一生懸命選んだ。

品質はもちろん色合いまでしっかりと考えて。

エリカさんにとって日常の一部になってくれるように、そう思って。

……まさか3人とも同じコンセプトでプレゼントを選ぶとは思わなかったけど。



エリカ「……もう、次のあなたたちの誕生日プレゼント、適当にできないじゃない」



呆れと照れ笑いが入り混じった言葉、元より適当にするつもりなんてないだろうに。

でも、期待を煽ったのならそれに応えるのも礼儀だ。



みほ「期待してるよエリカさん?」

小梅「なんなら希望出しておきましょうか?」

エリカ「はしたない事言うんじゃないの。……ちゃんと考えておくわよ。……二人とも」



587: 2018/11/10(土) 22:32:07.59 ID:84Q0qfUC0


突然姿勢を正したエリカさんが、私たちに呼びかける。

その頬は少し紅潮していて、エリカさんが緊張しているのだとすぐにわかった。


エリカ「……私、家族以外に誕生日を祝われるだなんて初めてで、その……なんて言えばいいかわからないんだけど」



口ごもるように小さくなっていく声、それすら止んで静寂が広がる。

けれども私は、赤星さんは、何も言わずじっと次の言葉を待つ。

そして、



エリカ「料理、美味しかった。ケーキも。小学生みたいだなんて言ったけど、歌、嬉しかった」



ようやく紡がれた言葉は、いつものはっきりした物言いとは真逆なたどたどしく、子供っぽい喋り。

だけど、本当に大切に、慈しむように。



エリカ「プレゼント、本当にありがとう。大事にするわ。ずっとずっと、大切にする」



プレゼントを箱ごと抱きしめる。



エリカ「みほ、赤星さん」



隠せない喜色が声ににじみ出る。



エリカ「私、今日の事を忘れないわ。恩だとかそんなんじゃなくて、ただ……楽しかったから」



彼女の瞳が潤む。

アクアマリンのような瞳が、文字通り海の様に。

どこか、湿度の上がった吐息が、唇を震わす。



エリカ「……うん、楽しかった、みんなではしゃげて、祝ってもらえて。だから」



588: 2018/11/10(土) 22:32:38.03 ID:84Q0qfUC0








エリカ「本当にありがとう」








589: 2018/11/10(土) 22:33:38.56 ID:84Q0qfUC0
今日はここまで。
エリカさん誕生日スペシャルはもうちょっと続きます。
また来週

597: 2018/11/17(土) 23:13:37.30 ID:+ZhhncjE0






いつものように自室で予習をしていると、机の上の携帯が軽快なメロディを奏でだした。

通知画面には良く知った名前。

私は迷わず通話ボタンを押すと、携帯を耳に当てる。



『……もしもし?』



電話から聞こえてくる声はどこか不安げだ。



まほ「エリカ」

エリカ『あ、良かった……ちゃんと繋がった』

まほ「私が教えたんだからそりゃあ繋がるさ」



何かあった時連絡してくれ。

そう言って渡した連絡先が今回ようやく使われた事に喜ぶべきか、あるいは今日まで全然使われなかったことを寂しがるべきか。



エリカ『そうなんですけどね。……まほさん、プレゼントありがとうございます』

まほ「……喜んでくれたなら良かった。出来るだけ普段使いが出来る物がいいと思ったんだ」



これでも時間がないなりに調べたのだから。

喜んでもらえたのならその苦労が報われるというものだ。



エリカ『ふふっ……みほと赤星さんも同じことを言ってましたよ』

まほ「……考えることは同じか」


598: 2018/11/17(土) 23:16:16.90 ID:+ZhhncjE0


あの子達のことだからそんな事だろうとは思っていたが。

妹はともかく後輩とも同じ考えを持ってしまうだなんてちょっと単純すぎだろうか。

私が内心唸っていると、電話越しのエリカが苦笑する。



エリカ『ほんと、お節介ばっかりですよ』

まほ「お前が言うのか」



他でもないそのお節介のせいで未だ黒森峰内外に轟く異名を持ってるお前が。



エリカ『あら、私はいらぬお節介はした事ありませんよ』

まほ「……ああ、そうだな」


お前のお節介に救われた奴が少なくともここにいるしな。

きっと、みほも。



エリカ『……今日は楽しかったです。でも……まほさんが来れなくて残念です』

まほ「同級生3人集まって友人の誕生日パーティーをするんだ。邪魔者になるつもりはないさ」

エリカ『そんな事ありませんよ。邪魔者だなんて……』



違うんだよ。お前たちが邪険に扱うだなんて思ってない。

私が、私自身が。自分を邪魔者だと思ってしまうんだ。

少なくとも、あの3人の間に割って入るには私はまだ、距離があるから。

でも、



まほ「だから……次は私も祝わせてもらおうか」


もうすぐ新学期が来る。

待ち望んだ日々が、ようやく始まる。

その時、今度こそ私は近づいて行こうと思う。

遠慮するつもりは、無い。


599: 2018/11/17(土) 23:21:48.91 ID:+ZhhncjE0


エリカ『…ええ、是非。でも、私ばっかじゃ悪いですよ。まほさんの誕生日っていつでしたっけ?』

まほ「7月1日だ」

エリカ『あ……』



流石というべきか、エリカはすぐに察したようだ。

私の誕生日はちょうど全国大会の時期にある。

場合によっては試合日と重なることもあるし、そうでなくとも大事な時期に呑気に誕生日を祝うつもりはない。

ましてや次は大事な大会なのだから。



まほ「もちろん、大会の真っ最中に祝ってもらうつもりはないさ」

エリカ『……すみません、私無神経な事を……』



10連覇がかかった大会の真っ只中、いくら盤石の体制を築いてきたと思っていようとも、不安をなくすことはできない。

私がそうなのだから後輩たちなんてなおさらだ。

そんな中祝ってもらおうだなんて思えるほど私は鈍感でもなければ無神経でもない。



まほ「気にするな。それに……祝ってもらうなら気兼ねなくしてもらいたいしな」

エリカ『……なら、大会後ですね。あの子たちだけじゃなくて隊員全員を巻き込んじゃいましょうか?』


とんでもないことを言うなコイツは……


まほ「やめてくれ……祝い事ってのは数を揃えれば良いってものじゃないだろ?」

エリカ『きっとみんな喜んで参加してくれると思いますよ?』


本気か冗談かわからない言葉に、私はため息交じりに答える。


まほ「そうじゃなくて……私は、貴女たちに祝われたいのよ」



600: 2018/11/17(土) 23:26:24.77 ID:+ZhhncjE0



別に他の人に祝われたくないという訳ではない。

ただ、みほがそうであったように、私もそうしてほしいと思うのだ。



エリカ『……ふふっ、わかりました。あの子たちと考えておきます。……楽しみにしててください』

まほ「待ちくたびれるわね」

エリカ『そこは我慢してください。年長さん』



からかう様な声色に、私は拗ねたように唸った。



601: 2018/11/17(土) 23:28:12.63 ID:+ZhhncjE0




エリカとの電話の後、私はベランダに寄りかかって夜空を眺めていた。

月明かりの美しさが夜風の寒さをほんの少し和らげる。



まほ「もうすぐ、ね」



もうすぐあの子たちが進学してくる。

そして、あの子たちはきっと黒森峰にとって欠かせない戦力となるだろう。

みほもエリカも赤星も、この3年で実力を着けてきた。

まだまだ足りない部分はあるが、あの三人の絆はきっと、何よりも強い武器になるだろう。

そこに割り入ろうとしている私は、もしかしたらお邪魔虫なのかもしれない。

でも、私だって少女なのだ。

友達と和気あいあいと過ごしたいと思うのは悪い事ではないはずだ。

それが後輩だろうとなんだろうと、たかが一歳の差なのだからどうこう言われる筋合いはない。

……言い訳じみてる自覚はある。

ずっと戦車道ばかりだった私は、たぶん人との付き合い方がわからないのかもしれない。

命令するなら、されるなら、何の苦労もないのに。

そこに、戦車道以外の何かを求めようとすると途端に私は不器用になってしまう。

もっと幼いころはそんな事無かったはずなのに。

でも、今は違う。

私は未だ不器用だけれども、それでも求めたいものの為に踏み出せる。


602: 2018/11/17(土) 23:29:25.28 ID:+ZhhncjE0






『だから感謝しています。あなたに出会えた事を。

 尊敬しています。あなたを……西住まほさんを』







603: 2018/11/17(土) 23:30:47.86 ID:+ZhhncjE0


ああ、私も感謝しているよ。

尊敬しているよ。

だからもっと理解しあいたいんだ。

不器用な私が、それでも踏み出したいと思えたんだ。

私の事をもっと理解して欲しい、貴女をもっと理解したい。

だから、



まほ「楽しみ」



604: 2018/11/17(土) 23:31:50.29 ID:+ZhhncjE0




ふふんと鼻をならしたのは、たぶん無意識だった。




605: 2018/11/17(土) 23:33:46.85 ID:+ZhhncjE0




寒空の下の帰り道、一人ならきっと早く帰りたくて縮こまりながら小走りしていたんだろうけど、、

隣に赤星さんがいるからか、歩みはゆったりとしている。



みほ「エリカさん、喜んでくれて良かったね」

小梅「はい、本当に。でも、ちょっと驚いちゃいました。エリカさんがあんな素直にお礼を言ってくれるだなんて」

みほ「あはは、そうだね。エリカさんの事だから『別に頼んだわけじゃんないけど、とりあえずお礼ぐらいは言っておくわ』みたいに言いそうだったのに」



エリカさんがたまに見せる素直さは、正直ズルいと思う。

普段は意地悪なくせにあんな風に素直に、真っ直ぐにお礼を言われたらなんだって許せてしまう。

それにしたって今日のあの笑顔は私も初めて見る笑顔だった。

いつもの悪戯っぽい笑みとも、クールな微笑みとも違う、本当に心からの笑顔。



小梅「エリカさんも変わってきてるのかもしれませんね」

みほ「エリカさんが?」

小梅「出会った頃からエリカさんはやさしいけど、それ以上に頑なでしたから。みほさんへの態度もそうですが、私にも見せていない部分があると思います」

みほ「エリカさんが見せていない部分……」

小梅「それはたぶん、今日みたいに素直にお礼を言った事だけじゃなくて、もっと深い……エリカさんだけが抱えてる何かがあるんじゃないかなって」



瞬間、脳裏によぎる、いつかの海辺でのエリカさん。

あの、今にも泣きそうな苦悶に満ちた表情を、私は未だに見間違いだと思っている。

エリカさんは私と違って強い人なのだから。

でも、もしかしたら。

私はまだ、エリカさんの全てを知らないのかもしれない。



みほ「……どうしてそう思うの?」

小梅「……なんとなくですかね」



そう答えた赤星さんは一拍押し黙ると、吐き出すように言葉を続ける。



606: 2018/11/17(土) 23:36:16.98 ID:+ZhhncjE0


小梅「……まぁ、しいていうなら私はエリカさんを遠くから見ていますから」

みほ「え……?」

小梅「みほさんみたいにいつも隣にいるわけじゃないけれど、だからこそなんとなく見えるものがあるんですよ」



赤星さんが私の前に出て、夜風を纏うようにくるりと振り返る。



小梅「私は貴女たちが大好きです。一緒にいて楽しいです。でも、私は貴女たちを少し離れたとこからも見たいんですよ」



そう言って両手の指で四角を作り、私を捉える。そして、慈しむように微笑む。

時折、赤星さんが私たちから距離をとっているのには気づいていた。

率先して写真係をして、まずは自分以外をフレームに収めようとするのも。

それを心苦しく思う事はあった。

けれども、カメラを向けてる赤星さんはいつだって本当に嬉しそうで、

その笑顔を見ればそんな私の心苦しさなんて余計なお世話でしかないのだと理解できる。

私は、友達とは一緒にいたい。隣で他愛もない事で笑ったり、拗ねたりしたい。

でもそれだけが友達の在り方ではないのだろう。

赤星さんのように一歩引いて初めて見える景色があるのだろう。

その上で一言いうのなら、



みほ「赤星さん、結構めんどくさいね」

小梅「あれ?知らなかったんですか?」



私の言葉に赤星さんはおどけて返す。

それはまるで、既にした事のあるやり取りのように滑らかだった。

なので私もそれに応えておどけて見せる。



みほ「ふふっ、私たちまた理解し合えたね」

小梅「まだまだですよ、私が実は他の学校のスパイだとか、異星人だとかそういう秘密を抱えてるかもしれませんよ?」



なんてことだ、そんな秘密を抱えているのに全く気付かせないだなんて。

赤星さんは隠し事の才能があるなぁ。なんてね。



小梅「だから……まぁ、ゆっくり行きましょう。あと3年もあるんです。エリカさんの事も、みほさんの事も、私の事も。ゆっくり伝え合っていきましょう?」

みほ「……うん、そうだね」



そして再び私たちは家路を歩み始める。

散々語り合ったせいか、なんとなく無言の時が流れ数十秒ほどたった時、



みほ「あ」


ふと、思い出したことが。



607: 2018/11/17(土) 23:38:31.31 ID:+ZhhncjE0



小梅「どうしたんですか?」



いけないいけない。早くお礼を言わなければいけなかったのにすっかり忘れていた。



みほ「そうだ赤星さん。この間はありがとう」

小梅「え?何のことですか?」

みほ「ほら、私とエリカさんが決闘した日、エリカさんに待っててって頼んでくれたんでしょ?」



たぶん、あのまま一人でいたら、私の心は黒い何かに置き換わっていただろうから。

エリカさんの言葉に救われたのと同じく、赤星さんの気づかいにも私は救われたのだ。

本当に嬉しくて、ありがたい。

私はもう一度ぺこりと頭を下げてお礼を言う。



小梅「……何のことですか?」

みほ「……え?」



赤星さんはまるであの時のエリカさんのように『何を言ってるんだこいつは』と言わんばかりの表情で首を傾げる。



小梅「私、あの日は普通にエリカさんと一緒に帰ったんですけど……で、分かれ道でまた明日って」

みほ「つまり……」



私たちは顔を見合わせてため息を吐く。

ああもう、エリカさんは……



小梅「……ほんと、素直じゃない人ですね」

みほ「……全くだね。素直じゃなくて、お節介焼き」


608: 2018/11/17(土) 23:40:47.32 ID:+ZhhncjE0


きっとこの事を言ったって「なんの事かしら?」とか言って知らんぷりをするのだろう。

なのでこの話はこれでおしまい。

明日からはまた、卒業式と進学、そして副隊長への就任に気を揉むのだ。

素直じゃないお節介焼きさんにいつまでも構ってはいられないのだ。

……まぁ、私から構ってもらいにいくのだろうけど。

とりあえず、私たちはまた一つ、エリカさんへの理解を深めた。



みほ「赤星さん」



それを踏まえてもう一つ、共有しておきたい事がある。



みほ「私ね、忘れないよ。エリカさんのあの笑顔を」




609: 2018/11/17(土) 23:42:00.97 ID:+ZhhncjE0










『本当にありがとう』










610: 2018/11/17(土) 23:43:01.57 ID:+ZhhncjE0


いつもの神秘的なまでの微笑みとは違う、年相応の、あるいはそれよりも子供っぽい。

だけど心からの笑顔を。

私は忘れない。



小梅「……そうですね。私も忘れませんよ」



多くを語らずとも赤星さんは私の言葉の意味を理解してくれる。

私たちの共通認識がここに成り立っていることを心から嬉しく思う。



みほ「……月が綺麗だね」

小梅「ええ、本当に」



見上げた空に、雲一つかかっていない月。

その月明かりのような優しさを、夕日のような暖かさを。

悪戯っぽい笑顔を、心を奪う様な美麗な微笑みを、子供のように笑った笑顔を。





そうだ



忘れない



私は、あの笑顔を





611: 2018/11/17(土) 23:45:11.73 ID:+ZhhncjE0





忘れることが出来ない





612: 2018/11/17(土) 23:47:05.70 ID:+ZhhncjE0

ああ

ああ

ああ



あそこで終わっていれば良かったのに

美しい思い出のまま、完結できていれば良かったのに

愚かな私が、それ故に大切なものを失う日が来なければ良かったのに

悔やんだところで時を巻き戻すことはできない

それが出来るのであれば私なんて存在していないのだから

消し去りたい過去も、引き裂きたい今も、捨て去りたい未来も、私の意志を汲み取ることなくあり続けるのだ

涙は枯れ、痛みすら曖昧になるほどの絶望

私の罪が、その程度の罰で許されていいわけがない


613: 2018/11/17(土) 23:48:59.65 ID:+ZhhncjE0






『なにニヤニヤしてるのよ』

『ん?……神様っているのかなーって』






614: 2018/11/17(土) 23:49:37.13 ID:+ZhhncjE0




天罰なんてありはしなかった

あの人がいないのに、私が存在していることが、神様がいないという証明なのだから




615: 2018/11/17(土) 23:51:27.88 ID:+ZhhncjE0


ただただあの時の私たちは笑っていた

大切なものの価値に気づいていながら、享受するばかりで何も与えていなかった

もしも私が強ければ、賢ければ、未来は違ったのかもしれない

けれども私は、愚かにもそれが当たり前の日々なのだと、変わらずに明日は、未来はあるのだと信じ続けてた

繋いだ手の温もりが永遠のものだと疑わなかった

そして当然の様に



616: 2018/11/17(土) 23:52:03.78 ID:+ZhhncjE0











終わりは、すぐそこまで来ていた











617: 2018/11/17(土) 23:53:13.96 ID:+ZhhncjE0
えー、あー、はい。やっとこさ中3編が終了です。
来週からいよいよ高1編なんでよろしくおねがいします。
また来週

618: 2018/11/18(日) 00:34:02.58 ID:e3SqNp/Oo
おつー
遂にきたかー

619: 2018/11/18(日) 02:55:33.98 ID:n1KDoeQWO
乙です
ここから黒森峰黄金期ルートに入る分岐はないのか…

次:【ガルパン】エリカ「私は、あなたに救われたから」【後編】

引用: 【ガルパン】エリカ「私は、あなたに救われたから」