712: ◆lhyaSqoHV6 2014/07/11(金) 07:59:43.47 ID:jkXjcee+o

713: 2014/07/11(金) 08:00:57.28 ID:jkXjcee+o

およそ一週間に渡り、世間を大いに騒がせた『憤怒の街』騒動。
その事件名は、一般的には"憤怒の性質を持つカースの大量発生"に由来すると考えられていた。

大多数の人間は、事件の真相──
たった一人の少女の──しかし、一人の少女が抱えるには余りにも強すぎる呪いによって、
史上類を見ない規模のカース災害が引き起こされたのだという事実を知らない。
(さらに言えば、その少女を扇動していた黒幕が居る事を知る人間はなお少ない)

政府が事態の収束を宣言し数日が経過したが、
現在も憤怒の街騒動における氏者・行方不明者の数は共に増え続けており、被害の全容は未だ計り知れない。
昼のワイドショーや人々の世間話から、その話題が消える事はまだまだ先になるだろう。


その惨劇の舞台──今なお災禍の爪痕が生々しく残る市街地に、GDFの三人組は居た。


志保「偵察任務って……この街からカースは一掃されたんじゃなかったんですかね」

椿「それを調べるための偵察ですよ」

彼女らの眼前には、色彩を欠いた"氏んだ街"が広がっていた。
偵察の任を帯びた三人は、人間はおろか、その他の生き物の存在さえ感じられない荒れ果てた街中を進んでいく。


詩織「この街には、かつて50万もの人が暮らしていた……それが、今ではゴーストタウン……」

こんな光景は見たことが無い、と、詩織は誰にともなく呟く。

人々が日々の生活を営んでいた街角は崩れ去ったコンクリート片に覆われ、今となっては見る影もなく、
廃墟と化したビルが整然と立ち並ぶ様はさながら墓標の様だ。
しかし墓地という場所に多く見られる静謐さなどは無く、ただ、無機質な静寂に支配されるばかりであった。
道端に転がる、衣料品店のバーゲンセールを知らせるのぼりが、かつての賑わいを想起させ余計に寂寥感を強める。


志保「空爆で、街ごと更地にしちゃうなんてのはもっての外ですけど……」

志保「とは言えもう少し……やりようが無かったんですかね……」

志保が、地面に落ちていた埃だらけのぬいぐるみを拾い上げながら口を開いた。

志保「この有様……こんなの……余りにも……っ」

ぬいぐるみの埃を払いながら、歯噛みする。

緑色の、ブサイクながらどこか愛嬌のある表情をしたキャラクターのぬいぐるみ──
持ち主が憤怒の街の混乱の最中、どのような運命を辿ったのか、知り得る術も無い。

三人はやり場のない感情を抑えつつ、廃墟の探索を続ける。
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それは、なんでもないようなとある日のこと。
その日、とある遺跡から謎の石が発掘されました。
時を同じくしてはるか昔に封印された邪悪なる意思が解放されてしまいました。

~中略~

「アイドルマスターシンデレラガールズ」を元ネタにしたシェアワールドです。
・ざっくり言えば『超能力使えたり人間じゃなかったりしたら』の参加型スレ。



714: 2014/07/11(金) 08:01:55.09 ID:jkXjcee+o

椿「そろそろ目標地点ですね」

志保「結局カースの存在は確認できず……か」

詩織「ともあれ、任務達成ね……帰還しましょう──っ!?」

偵察を終えた三人が街の外へと足を向けたその時、地響きと形容できそうな爆音が、廃墟の彼方から響いてきた。
大型トレーラーのエンジン排気音のそれに近い。
そして、それに混じって、微かな金属音が聞こえる。

三人は思わず顔を見合わせる。

椿「こ、これって……」

志保「履帯音……ですよね?」


彼女達が耳にしているのは、装軌式車両の走行音であった。
一般的に装軌式(いわゆるキャタピラー走行)が用いられるのは、不整地で運用される農業機械や大型の建設機械に多い。
だが、その存在のいずれも、この場においては似つかわしくないものだ。
未だに憤怒の街の封鎖は解かれておらず、そもそもそのような車両がおいそれと立ち入れる状況ではない。

あるいは、軍用車両の類──例えば、現代で運用されている主力戦車はその全てが装軌式だが、
GDFの軍用車両が街の中で作戦行動を取っているなどといった話は聞いていない。

その他の可能性としては──出撃前のブリーフィングではそのような存在の可能性は言及されなかったが、
GDFの感知していない何らかの組織の戦闘機械か何かがうろついているのだろうか。

得体の知れぬ存在を知覚した彼女らは、不安を掻き立てられる。

715: 2014/07/11(金) 08:02:50.91 ID:jkXjcee+o

志保「……一体何が動いているのやら」

椿「油断はできませんね……」

その正体に思いを巡らせている間にも、音はますます近づいてくる。
次第にコンクリートの破片を踏み砕いているかのような、破壊的な騒音も聞こえ始めた。

対象の接近に伴い、今までは残響音に近かったそれが明瞭になるにつれて、発生源の位置も明確になってくる。
彼女達の視線の数十メートル先には大通りの十字路があり、件の存在はその右方から接近してきているようだ。


詩織「この音……エンジン音……『キュクロプス』のものね」

騒音の正体を聞きわけた詩織が口を開く。

椿「ええっ!?」

志保「よく聞き取れますねー……って、嘘!?」

その発言を聞いた二人は動揺を顕わにする。

キュクロプスとは、GDF陸軍機甲部隊の保有する主力戦車の名だ。
詩織の言が真実だとすれば、なぜこの場に存在しているのか。
滅多な事がなければGDFの基地から外に出る事すら稀だ。

椿「何でそんな……聞き間違いじゃないんですか?」

詩織「あれがここに居る理由は分からないけれど、聞き間違いは無いわ」

戦車随伴訓練等で接する機会が多い為、その走行音は詩織にとって聞きなれた物なのだ。
故に、聞き取りに誤りは無いらしい。


椿「本部! 応答願います!」

詩織の発言を受けた椿は屈み込むと、切羽詰まった様子で本部に通信を繋ぐ。

椿「当作戦区域内において、機甲兵器の投入は予定されていますか!?」

正体不明の──場合によっては極度に危険な敵ともなりうる存在について、確認を取ろうというのだ。
その返答如何によって──つまり、作戦司令本部の意図した存在であるのならば、"音の発生源"が敵ではないと分かる。

──半ば祈りにも似た希望的観測ではあるが。

716: 2014/07/11(金) 08:03:45.23 ID:jkXjcee+o


本部『キュート2-8、質問の意図が不明である』

だが、本部からの返答は、彼女達の懸念と噛み合わないものだった。

──あるいは、これ以上無いほど明確に、彼女らの疑問に答えているとも言えた。


本部『該当地域において、貴官ら以外のGDF部隊は存在しない』

椿「そ、そんな……! 現に今、すぐそこに──っ!?」

ただならぬ気配に顔を上げた椿は、思わず息を呑む。


その視線の先には、角ばった威圧的なフォルムを持つ巨大な鉄塊──まさしく"戦車"の姿があった。


艶消し塗装のモノクロモザイク模様──いわゆる都市迷彩の施された巨体と、そこにあってなお目立つ『G.D.F』の三文字。
さらに、その巨体の先から突き出す長大な砲身は、彼女達がGDFの基地において毎日の様に目にしているそれと寸分違わない。

戦車は足を止めると、上半身だけを旋回させ始めた。

──彼女達の居る方向に向かって。



椿「(ど、どうして……?)」

椿の目には、戦車の砲塔がゆっくりと、自分の立っている位置に回頭するのが映っていた。
時が止まったかの如き無音の世界で、自身の鼓動だけがいやに頭に響く。

目の前のGDF所属の戦車が、しかしGDFの管轄を外れて行動しているということは、先ほどの本部とのやり取りからはっきりしている。
それを踏まえた上で、今まさに砲口をこちらに向けようとしているという事実から導き出される答えは明白だった。

しかし、椿の身体は動かない。
無意識化で、その"答え"を出すことを拒否しているのだ。
もしその答え出してしまえば──目の前の存在を"敵"と認めてしまえば、戦わざるを得なくなる。

他ならぬ『GDF』同士で──。

717: 2014/07/11(金) 08:04:22.09 ID:jkXjcee+o

志保「伏せてっ!!」

志保の怒号が聞こえたかと思うと、椿の視界の天と地がひっくり返る。
直後、凄まじい轟音が廃墟に響き渡った。

突然の衝撃と痛みに呻きながら目を開けると、身体の上に志保が覆いかぶさっていた。
どうやら突き飛ばすような形で飛び掛かられたようだ。
状況から鑑みるに、件の戦車の砲撃から身を挺して庇ってくれたのだろう。
彼女らが数瞬前まで立っていたその場所には、戦車砲の直撃が原因と思われるクレーターが出来上がっていた。


椿「く……うぅ……」

砲口初速は毎秒4,000メートルを超える徹甲弾の着弾──それにより発した衝撃波が、脳と三半規管を揺らしたのだろう。
激しい耳鳴りと眩暈に嘔気を催しつつも、おぼつかない足取りながらなんとか立ち上がる。

椿「志保ちゃん……げほっごほっ……生きてますか……?」

椿は自分を庇って倒れ伏す志保を助け起こす。

志保「な、なんとか……けほっ……煙た……」

どうやら、怪我をしていたりという事は無さそうだ。

椿「ありがとう……助かりました」

志保「咄嗟に身体が動いてました、まさかいきなり撃ちこんでくるとは思いませんでしたよ……」


詩織「二人共、今のうちに離れるわよ、急いで」

詩織の急かす声で二人は現状を再認識する。

着弾時に舞い上がった砂埃が丁度良い隠れ蓑になっているらしい。
戦車からの追撃は無く、体勢を立て直すには今を置いて他に無いだろう。

突然の攻撃に戸惑いながらも、三人は急ぎその場を離れるのだった。

718: 2014/07/11(金) 08:05:32.33 ID:jkXjcee+o

戦車から攻撃を受けた三人は安全な場所へ退避すると、事の次第を本部へと報告していた。

本部『貴官らに砲撃を加えたキュクロプスだが──』

本部『IFF確認の結果、第03機械化装甲機動隊所属の車両と判明した』

報告を受けた本部は、敵味方識別装置の信号を解析した結果を伝える。

志保「それって……」

椿「この街の解放作戦に参加した車両……ですよね」

詩織「……」

その結果を受けた三人の脳裏には、『憤怒の街』解放作戦におけるGDF部隊突入時の光景が浮かんでいた。



憤怒の街(まだそう呼ばれる以前の話だが)に突如として発生したカースは、さらにその数も多く、
的確に──あるいは、そう動くよう誘導されたかのように都市インフラの尽くを破壊。
電撃的に地方都市まるごと一つを占領するのだった。

今までになく組織立った行動を見せるカースの大群相手にGDFは対策が後手に回ってしまい、逐次的な戦力投入を余儀なくされる。
GDF極東方面軍作戦司令本部は悪化の一途を辿る戦況を鑑み、歩兵戦力のみでの解放を早期に断念。
そして、これまでは周囲に無用な損害を及ぼすとして敬遠してきた戦闘車両の投入を決定し、戦局の打開を試みるのだが──
しかし虎の子の機甲部隊がその性能を発揮することは無かった。

満を持して投入された装甲兵器や戦闘ヘリの類は、憤怒の街に立ち込める瘴気の影響で動力部や電子機器が動作不良を起こし、
そのほとんどが街の入り口から少し入り込んだ辺りで立ち往生してしまうのだった。
溢れかえる程のカースの大群を前に動けない車両はまさしく棺桶そのものであり、本部は止む無く搭乗員に車両の放棄を指示。
結果、何両もの戦車やら装甲車やら戦闘ヘリやらを放置し、撤退するという大失態を演じることとなる。



詩織「解放作戦に参加した部隊の所属という事は……」

本部が確認した結果を踏まえると──先程椿達の目の前に現れた戦車は、その際に放棄された車両の内の一つだという事になる。

椿「放棄された当時のままだとすると、誰も乗っていない……?」

しかし、実際に目の前で動き回っていたのだ。

志保「誰も乗っていない戦車が……動いてた……」

あまつさえ、攻撃までしてきた。


"無人の戦車が自分達に敵対行動を取った"という出来事は、三人の理解の範疇を超えていた。
しかし、事実は事実である。

もしGDFに──"人類"に敵対的な存在であるのならば、早急に対処しなければならない。

719: 2014/07/11(金) 08:06:39.32 ID:jkXjcee+o

本部『作戦司令本部よりキュート2-8、作戦目標の変更を伝える』

三人が戦車への対策を考えあぐねていると、本部より通信が入った。

本部『敵性戦闘車両と交戦し、可能な限り情報を集めろ』

本部『ただし、無理はするな、生還を第一に考え行動しろ』

本部『──以上だ』


本部からの通信を受けた三人は、思わず顔を見合わせる。

志保「生きて帰れっていう割に、命令自体は氏にに行けって言ってるようなものですよね……」

歩兵がたったの三人で、支援も無しに最新鋭の主力戦車を相手にする──誰がどう考えても無謀だ。

椿「……まあ、あくまで"情報を集める"のが目的ですから」

詩織「撃破しろと言われている訳では無いわ……やりましょう」

志保「はぁ……持ってて良かったロケットランチャー……」

幸い、目標の戦車は移動時に騒音を立てているため、補足は容易だ。
三人はその音の方向へ歩みを進めるのだった。

720: 2014/07/11(金) 08:07:45.81 ID:jkXjcee+o

市街地(廃墟ではあるが)という地形は性質上──路地裏であったり建物の内部であったり、其処彼処に物陰が点在する。
それらは、小回りの利かない戦車にとっては防御の目の行き届かない氏角となる。
通常の運用方法であれば数人の歩兵と共に行動し、その氏角をカバーするのだが──件の戦車は単独で入り組んだ市街地を進行していた。
逆に戦車を攻撃する側にとっては地形のお陰で接近が容易となり、アンブッシュをはじめとする種々のゲリラ戦を仕掛けるには絶好の環境だ。

椿と志保の二人は、崩れかかった平屋建てのコンビニエンスストアの内部に陣取り、敵戦車を待ち構えていた。

椿「最新鋭の複合装甲と言えど、履帯の駆動部は脆いはず……」

志保「足を止めさえすれば、後はどうにでもなりますよね」

ロケットランチャーを構えた志保が、照準装置を覗き込んだまま安全装置を解除する。

椿「後方確認! 発射OKです!」

志保「よしよし……もう少し近づいてきて下さいねー……」

照準の中央に目標を捉えつつ、攻撃のタイミングを見計らい──

志保「てっ!」

その引金を引いた。

721: 2014/07/11(金) 08:08:42.26 ID:jkXjcee+o

発射機から撃ち出された対戦車弾頭は、数メートル飛翔したのちに内臓された推進剤に点火。
肉眼での視認が困難な程の速度をもって敵戦車へと迫る。

志保「これは直撃コースですね!」

しかし──

詩織『命中ならず……目標、損害無し』

志保「っ!?」

椿「そんな……!」

離れた場所から着弾観測をしていた詩織の無線を聞いて、二人は狼狽する。


詩織『弾頭は着弾直前に撃墜されたみたいね』

志保「それって……自車に飛んでくる砲弾とかミサイルを迎撃するっていう……あれですか?」

椿「アクティブ防護システム……」


最新鋭兵器であるキュクロプスには、同じく最新の兵装が備わっている。
先の対戦車弾頭を無効化した装備もそのうちの一つだった。

ロケットランチャーという、現状持ち得る最大の火力を封殺された以上、もはや対抗する術は無い。


椿「とりあえず、反撃が来る前に移動しましょう!」

見ると、敵戦車の上半身が回頭を終え、椿達の潜伏場所を捉えていた。

志保「まあ、撤退時の言い訳は立ちますかね……」

二人は慌てて廃墟を後にする。

722: 2014/07/11(金) 08:10:03.16 ID:jkXjcee+o

詩織「あの戦車について、私に考えがあるわ」

合流地点で椿と志保を迎えた詩織が、唐突に切り出した。

椿「考えって……どうするんです?」

詩織「今回持ってきた装備の中に……少量だけど、瓦礫発破用の爆薬があるわ」

詩織はバックパックから、ビニールで梱包された粘土状の物体を取り出す。

詩織「これを使って目標の足回りに損傷を与えて、動きを封じるの」


椿「……無線起爆装置は持ってきてます?」

詩織の"策"を聞いた椿が、訝しげな視線と共に尋ねる。

詩織「無いわ……有線起爆するしかないわね」

志保「そんな! それじゃ、目標に近づかなきゃならないじゃないですか!」

爆薬の信管に点火するための導線は長くて数メートル。
戦車の足元に爆薬を設置し、尚且つ瞬時に爆破するためには、それだけ接近する必要が出てくる。
今のところ他に策も無いが、とは言え余りにも危険過ぎる賭けだ。

無線起爆装置があれば、予め敵戦車の予想進行ルート上に爆薬を設置しておくといった方法が使えたのだが。

詩織「起爆は私がやるわ、二人には、目標の気を引いて貰いたいの」

椿「そんなの危険過ぎます! 無理しないで……撤退しましょう?」

志保「この街は既に廃墟だし、本部に頼んで『ケトス』でも呼んで貰えばあんな戦車……」

無謀ともいえる詩織の作戦に、他の二人は反対するが──

詩織「『GDFは敵に背中を見せない』……志保さん、あなたがいつも言っている言葉よ」

志保「う……それは、時と場合によりますよ……」

詩織の決意は固く、説得は難しそうだ。


椿「……はぁ、どうなっても知りませんからね!」

志保「椿ちゃん!? ……わかりました! やりますよ!」

言い包めるのが困難だと悟った椿が匙を投げ、志保もそれに倣う。

詩織「大丈夫よ、必ず成功させるわ」

三人は再度、敵戦車の元へと向かうのだった。

723: 2014/07/11(金) 08:11:19.42 ID:jkXjcee+o

椿「目標補足しました」

椿と志保の二人は、先ほどと同じように、廃墟の陰に潜み戦車を待ち構えていた。

椿「真っ直ぐこちらへ向かっていますね……概ね予定通り」

志保「持ってて良かった予備弾頭……」

椿は双眼鏡で敵戦車の予想進路を確認し、志保はロケットランチャーに予備の弾頭を装填している。

椿「詩織ちゃん、こちらは準備出来ています……どこにいるの?」

詩織『そこから左前方の建物よ、二階にいるわ』

詩織の無線と同時に、正面の建物から光の明滅が見えた。
恐らく、タクティカルライトで合図を送っているのだろう。

その建物は大通りに面しており、数十秒後には敵戦車は詩織の直下を通るはずだ。

志保「準備が出来たら合図を下さいね、無駄弾だとしても、気を逸らすくらいなら出来る筈ですから」

詩織『了解よ』



詩織は攻撃の準備をしながら敵戦車を待ち構えていた。
その戦車が移動する際に発する履帯音が徐々に接近するにつれて、否が応でも緊張が高まる。

詩織「(相手は、いつも目にしている戦車……正体不明の存在などではないわ……だから大丈夫)」

粘土状の物体──高性能プラスチック爆薬を変形させ、弄びながら、なんとか気を落ち着かせる。

詩織「(けれど……もし、失敗したら……)」

詩織「(いえ、雑念は不要……集中しなさい)」

緊張から来るものだろうか、自分が攻撃に失敗した際のビジョンが何度も浮かびかけるが、その度に頭を振り払い思考の隅へ追いやる。

そうこうしている内に、目標の戦車が眼下までやってきていた。

詩織「(っ! 来た!)」

724: 2014/07/11(金) 08:12:43.97 ID:jkXjcee+o

詩織「今よ! 攻撃をお願い!」

志保『任されました!』

詩織の居る建物の向かいの廃墟の中の一棟から、敵戦車を狙った対戦車ロケット弾が飛来する。
弾頭はやはり迎撃されてしまったが、戦車の動きは止まった。


椿『行き足止まりましたよ! 後はお願いします!』

詩織「やってみせるわ、二人は下がって!」

詩織は爆薬を抱え、窓(といっても破られてガラスは無くなっているが)から身を乗り出し、飛び降りた。


詩織「なっ!? これは……!」

戦車の砲塔上部目掛け飛び降りた詩織は、恐るべきものを目にする。
装甲の隙間から、カースの泥が染み出しているのだ。
今までこちらを攻撃してきていたのは、カースの影響ということなのか。

詩織「……っ!」

詩織は気を取り直すと、近距離戦において脅威となり得る車載機関銃に少量の爆薬を設置し地上へと降りる。
そして、履帯の車輪部分に残りを貼り付けると、すぐさま近くの物陰へと滑り込んだ。


詩織「(上手くいくことを祈りましょう……)」

心の中で呟くと、手にした起爆装置のスイッチを押す。
小気味良い爆発音が響き渡り、それに続いて戦車が慌ててエンジンを吹かす音が聞こえてきた。

恐る恐る敵戦車の様子を確認すると、履帯のベルト部分が千切れ飛び、車輪が瓦礫に挟まって動けないようだ。
必氏に車体を動かそうとしているようだが、金属の車輪がコンクリートを削る耳障りな音を響かせるばかりで全く移動出来ていない。

詩織「どうやら攻撃成功ね……合流しましょう」

詩織は敵戦車の視界に入らないように隠れつつ、椿と志保の元へと急ぐ。

725: 2014/07/11(金) 08:13:56.62 ID:jkXjcee+o

敵戦車の足止めに成功した三人は合流すると、再び本部に通信を行っていた。

椿「本部、応答願います! こちらキュート2-8、敵性戦闘車両への攻撃に成功」

椿「目標の機動力を削ぐことができました」

本部『こちら本部、よくやってくれた……貴官らの健闘に感謝する』

椿「それと……目標の車両ですが……」

椿は詩織から伝えられた情報を、さらに本部へと伝える。

椿「どうやら、カースに乗っ取られている……模様です」

内容が内容なだけに、おっかなびっくり言葉を選びつつ。

本部『カースに……乗っ取られているだと?』

無線の向こうで、相手が狼狽する様がありありと浮かぶ。

もしカースが無人の戦闘車両を乗っ取り、それを動かしているのだとすれば──
放棄された車両はまだ多く残っている、他にも乗っ取られているものがある可能性は高い。


GDFの兵器はいずれも、世界各国の軍隊のそれを凌駕する。
"地球を守る"という行動理念の背景には、人類種同士での大規模な戦闘行為を未然に防ぐ意味合いも含まれている。
故に──強大な力を持つ侵略者に対抗するという目的もあるが、
GDFの保有する個々の兵器のその過剰なまでの戦闘力は、人類間においての抑止力としての機能を期待してのものなのだ。

しかし、その抑止力──"地球を守る為の兵器"が、人類の敵であるカースの手に落ちる──

あってはならないことだった。


椿「(応答が無いですね……)」

敵戦車がカースに乗っ取られている旨を伝えた椿は本部の応答を待つが、かれこれ一分以上反応が無い。
指揮所内では今頃、通信を聞いた戦術行動士官やらカース研究者やらが大わらわといったところだろう。

本部『作戦司令本部よりキュート2-8へ』

素麺が茹で上がる程度の時間が経っただろうか、それまで無言を貫いていた本部からようやく反応があった。

本部『たった今当基地より航空隊が発進した』

本部『あとは彼らに任せていい、キュート2-8以下三名は帰還せよ』

椿「了解しました、我々は帰還します」

航空隊の発進──恐らく、カースに乗っ取られた戦車やら装甲車やらが他にも居た場合に、それらを駆逐するための攻撃ヘリの類が来るのだろう。

本部の指示通り、彼女らの役目は終わった。
あとは基地へ帰還するのみだ。

726: 2014/07/11(金) 08:18:06.83 ID:jkXjcee+o

椿「……ん……何か聞こえませんか?」

志保「え? またですか……?」

本部からの指示で帰途に就いた三人だったが、その道中にまたも発信源の不明な音を聞いた。
それは、空の彼方から響いてきているようだ。

椿「ヘリの……ローター音?」

詩織「どうやらそのようね」

その音は回転翼の風切音のようだ。
近くにヘリコプターが居るらしい。

詩織が双眼鏡で、音の発生源を探す。

詩織「居たわ……あれは……『アネラス』ね」

双眼鏡越しに、空気を切り裂いているかのように飛行する鋭角的なシルエットが見える。
ローター音の主は、GDF陸軍航空隊の攻撃ヘリだった。


志保「えっ? もう騎兵隊のご到着ですか?」

詩織の発言を聞いた志保が、素っ頓狂な声を上げる。
それもそのはず、本部が言う航空隊の発進から、ものの五分と経っていないのだ。
あの攻撃ヘリが本部からの指示で、足止めした戦車を仕留めるために寄越されたのだとすれば、些か到着が早すぎる。
最寄りのGDF基地から──例えスクランブルをかけたとしても、この街までは十数分はかかるだろう。


椿「このやり取り……既視感が……」

志保「まさかね……」

詩織「……」

三人の脳裏を、最悪の想像が過る。

そして、そういった悪い想像は──悲しいかな、得てして現実のものとなるのが世の常である。

727: 2014/07/11(金) 08:20:01.31 ID:jkXjcee+o

詩織「っ!? アンノウン、AGM発射!」

双眼鏡越しにヘリを監視していた詩織が声を上げる。
彼女の視界には、ヘリから羽の生えた円柱状の物体が投下されるのが映っていた。

椿「目標は!?」

詩織「……こちらに向かっているわ、着弾まで十数秒というところかしら」

その円柱状の物体──すなわちミサイルが、白い尾を引きながら飛来するのが見て取れた。


詩織「まったく……悪い予想というのはどうしてこうも当たるのかしらね」

志保「言ってる場合ですか!」

諦観の色を含んだ詩織の発言を受け、志保が叱咤する。
しかし、詩織が諦めかけるのも無理からぬことだ。

地上を移動する戦車相手ならまだしも、空から狙われたのでは廃墟群も遮蔽物の役目を成さないため、ゲリラ戦法が通用しない。
戦闘ヘリを相手に、現状で対抗する手段は無きに等しい。

そもそも、空対地ミサイルに補足されており、そう遠くないうちに辺り一面木端微塵だろう。
完全に"詰み"状態だった。


椿「二人共こっちへ! 早く!!」

椿が呼ぶ方を見ると、共同溝へ通じるメンテナンスハッチがあった。

地上に居てはどうしようも無いが、地下へ逃れればあるいはヘリからの攻撃を凌げるかもしれない。
一縷の望みに賭けて、三人は地の底へ口を開ける暗闇の中へ飛び込んだ。

728: 2014/07/11(金) 08:29:02.46 ID:jkXjcee+o

共同溝へ逃げ込んだ直後──所属不明ヘリ(恐らくはカースであろうが)の放ったミサイルが地表に着弾したのだろう、
轟音と衝撃が地下通路を揺らし、辺りを照らす蛍光灯が激しく明滅する。

志保「おー恐っ……崩れてきたりしませんよね?」

詩織「地上の建物の様子からすると、どうかしらね……」

ミサイルの爆発の影響か、天井からはパラパラと建材の欠片が降り注いでおり、大規模な崩落の危険もありそうだ。
あまり長居は出来そうもない。


椿「本部! こちらキュート2-8! 応答願います!」

椿が新たな敵性存在の情報を本部に伝えるべく通信を繋ぐ。
その背後では、詩織と志保の二人が、不安そうな面持ちで通信を聞いている。

椿「所属不明機より攻撃を受けました!」

本部『なんだと!? 無事なのか?』

椿「はい……幸い、三人共無事です……ただ」

椿「その、攻撃してきた機体の形状ですが……アネラス攻撃ヘリと酷似していました」

先程の戦車の件もある。
今攻撃を仕掛けてきたヘリも、カースに乗っ取られている可能性が極めて高い。

本部『了解だ、間もなく航空隊がそちらに到着する』

本部『新たに確認された所属不明機に関してもこちらで対応する』

椿からの、出来る事ならなるべく聞きたくないであろう報告を受けた本部の対応は、
しかし先ほどとは打って変わって、特に動じる様子などは無かった。

その声色は、目標が何者であろうと、何体に増えようとも殲滅してみせるといった気概に溢れていた。
イレギュラーに多少たじろぐことはあろうが、それが敵であるなら戦い、そして倒すのがGDFの存在意義だ。


本部『貴官らは、可及的速やかに作戦区域から離脱せよ』

椿「了解しました」

本部との通信を終え、三人は胸をなで下ろす。
たった今報告したヘリに関しても「攻撃してこい」といった命令があるのではないか──と、
三人は内心穏やかではなかったのだが、どうやら杞憂だったようだ。

流石に何度も生身の人間に戦闘車両との交戦を強いるようなことはないらしい。

729: 2014/07/11(金) 08:31:37.16 ID:jkXjcee+o

椿「えっと……この通路を真っ直ぐ進めば……うん、街の外に出られそうですね」

椿は懐から取り出した地図の様な紙切れを、片手のタクティカルライトで照らしつつ眺めていた。
出撃前に用意しておいた、憤怒の街の直下に広がる地下施設のブループリントだ。


椿「これから考えることは沢山ありそうですけど……今はとりあえず、帰還しましょう」

やれることはやりましたから、と、付け加えると、椿は街の外へと続く通路を進み始める。

詩織「そうね、後の事は後続の航空隊に任せましょう」

志保「はぁーっ……今日だけで、寿命が数年分縮んだ気がします……」

残る二人もそれに続く。

三人が感じた新たな激戦の予兆は、その日以降やはり現実のものとなるのだが──
しかし今はただ、刹那の安息を求めて帰るべき場所へ歩みを進めるのだった。




カースに乗っ取られた戦闘車両。
自らが信頼を置く兵器が、牙を剥き襲い来る恐怖。
今までにない敵との対峙に、精神を──命を擦り減らすGDFの戦士達。
さらに、事情を知らない世間からの「おいお前んとこの戦車とかヘリが攻撃してくんぞ何してくれてんだ」といったバッシング。
そして、極東方面軍総司令の私室に散乱する胃腸薬の空箱───

右も左も上も下もトラブルだらけだが、耐え抜け我らがGDF!

730: 2014/07/11(金) 08:35:45.10 ID:jkXjcee+o

※コラプテッドビークル(CV)
放棄されたGDFの戦闘車両の操作系をカースが乗っ取ったもの。
歴戦の搭乗員の操縦となんら遜色なく動き回る。
そこらをうろつくはぐれ戦車を見かけた時は物見遊山で近づかないで急いで逃げてね!


※GDFの戦闘ビークル
単体での戦闘力もさることながら、偵察衛星や電子戦用哨戒機、
あるいは同地域に展開するGDF部隊間での相互通信(いわゆる戦術データリンク)によって、連携行動を行うことでその真価を発揮する。

GDFの兵器は世間の軍事アナリストらをして「火力過剰」と冷評されることも多い(GC爆弾の投下以降はより一層)が、
その保有戦力はあくまで"抑止力"としての意味合いが強い。

ちなみに、戦闘ビークルの受注生産を請け負っているのは世界的コングロマリット企業のヘカトンケイル重工。


※のりものあつまれ

・戦闘ヘリ『アネラス』
GDF陸軍航空隊の誇る対地攻撃ヘリコプター。
主兵装の35㎜リボルバーカノンは地球外テクノロジーの産物であり、本機を対地攻撃において並び立つ物の無い存在たらしめている。
その火力たるや言葉に尽くせず、いかな重装甲の目標であっても瞬時に灰燼へと変貌せしめるだろう。
注:実戦経験がほとんど無いため憶測を多分に含んだ物言いです。

実は地球外テクノロジーと既存の"枯れた技術"の融合を検証するためのテストベッド機だったりする。
存外良好な性能を見せたため量産化に至った。


・主力戦車『キュクロプス』
GDF陸軍機甲部隊の誇る第五世代主力戦車。
本機もまた、地球外テクノロジーの塊である。
主砲には、超小型核融合電池のお陰で実用化にこぎつけた160mm電熱砲を採用しており、従来の滑腔砲装備戦車の攻撃力を遥かに上回る。
特筆すべき点としては他にも、地球外金属を用いた新鋭複合装甲による超軽量化が挙げられる。
その結果、大型輸送ヘリ『オクトパス』による懸吊輸送が可能となり、迅速かつ柔軟な部隊展開を容易としている。

「戦車と銘打っておきながら榴弾砲しか撃てない」なんてことは無いので安心してね!


・高高度戦術攻撃機『ケトス』
GDF空軍の保有する対地攻撃ガンシップ。
大口径の榴弾砲をはじめ、多数の火砲を搭載している。
航空優勢下において、その圧倒的なまでの火力をもって、半ばゴリ押しで目標を制圧する役目を負う。
が、対カース戦の様に散発的かつ小規模の戦闘の多い現状では完全に無用の長物。


・超音速戦略爆撃機『デイブレーク』(今回出てきてないけど)
GDF空軍の保有する大型爆撃機。
巡航ミサイルやらスマート爆弾やら(誤爆を避けるため無誘導爆弾は積んでない)を多数積載可能で、
そのペイロードは40,000kgにも達する。
やっぱり出番は少ない……というか無い。
いつぞやのGC爆弾投下がほとんど唯一の仕事。

731: 2014/07/11(金) 08:37:30.60 ID:jkXjcee+o
終わりです
ジャバウォックー!早く来てくれー!!

以前から巨大戦用のやられ役としてGDFの戦車とかの戦闘車両を妄想してたけど、
◆BPxI0ldYJ.氏のオクトパスがカッコよかったので思い切ってぶちまけた

ネーミングセンスに一貫性が無いのは大体元ネタのせい

732: 2014/07/11(金) 10:19:12.35 ID:SOsKHPruO
乙ー

なんだろう?実はGDFがカースと融合させた無人兵器を裏で作っているんじゃないかと疑心暗鬼に陥ってしまった

なんか裏がありそう



【次回に続く・・・】




引用: モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」 part10