894:◆E9ISW1p5PY 2012/03/15(木) 19:15:39.36 ID:tPD7sFVG0
最終兵器彼女(5) (ビッグコミックス)

897: 2012/03/16(金) 19:19:30.27 ID:+JFYchrD0
4.小春色の叫び

花が咲いていた。

ピンク色の花びらが舞い散っていた。

バイオ技術で管理された自然の中、灰色の空の下。

その花は、ただひっそりと咲いていた。

排気ガス臭い空気がなびき、また花びらが散った。

それは整備されたコンクリートの地面に落ちると、
静かに横たわった。

そしてひときわ強い風が吹いて、
どこかに消えていってしまった。

俺は、またひらひらと落ちてきた花びらを手で掴んだ。

手の中で僅かに震えるそれをくしゃりと握りつぶし、
風の中に放る。

898: 2012/03/16(金) 19:20:11.39 ID:+JFYchrD0
――声が、聞こえた気がした。

幸せな声が。

楽しそうな声が。

しかし、振り返った先には何もなかった。

ただ漫然としたピンク色の花びらが舞っているだけだった。

過ぎ去った日。

過ぎ去ってしまった日。

もう戻らない日々。

もう返らない日々。

しかし、去年と、その前と同じようにこの花だけは咲いた。

憔悴した目で、周りを見回す。

899: 2012/03/16(金) 19:20:49.64 ID:+JFYchrD0
くすんだ視界に映るのは、何もない、
ただ花が咲き乱れる空間。

そして一本の樹の根元に、ひっそりとたたずんでいる、
一抱えほどの石だった。

そこに近づいて、俺は石に粗雑に彫られている
「名前」の一つを見た。

それを指でなぞる。

自然と、涙が出た。

何故泣いているのか、何が悲しいのか。

この期に及んでも俺はまだ、良く分からなかった。

分からなかったが。

悲しかった。

苦しかった。

900: 2012/03/16(金) 19:21:23.06 ID:+JFYchrD0
手を伸ばして、樹から花がついた枝を一本折り取る。

そして俺は、そっと石の前にそれを置いた。

両手で頭を抱えて、俺は泣きながら石の前に膝をついた。

もう戻らない日々。

もう返らない日々。

ピンク色の花びらが舞っている。

風が吹いた。

俺の苦しみなどを知らないかのように、風はただ吹いて。

そしてただ、漫然と花びらは舞っていた。

901: 2012/03/16(金) 19:22:15.80 ID:+JFYchrD0


絃と知り合ったのは、トレーナーになって
間もない頃のことだった。

一人目のバーリェ、涙と名づけたその子を、
当時としては原因不明の病気で亡くした後、
別のバーリェを受け取りに軍病院に行った時のことだった。

「やあ新入りか。あの精神科学においた
薬物論文を書いた秀才だな」

休憩室でコーヒーを飲んでいたところ、
突然声を掛けられ、絆は慌てて振り返った。

その後ろで、絆よりも少し年上だと思われる男が、
温かいココアをすすりながら、
壁に寄りかかってまた口を開いた。

「確か……絆とか言ったか。はは、おかしな名前だ」

902: 2012/03/16(金) 19:22:56.09 ID:+JFYchrD0
いきなり声を掛けられ、そして名前を馬鹿にされた。

いい気持ちはしなかったが、特にその時の絆は
何を感じるわけでもなく、機械的に彼の方を向いて言った。

「何か用か? こっちは特に用はないが」

同じトレーナーだということは分かる。

このエリアを行き来できるのは、トレーナーだけだからだ。

彼はココアをまたすすると、手を伸ばしてきた。

「絃だ。君と同じ、トレーナーをしてる」

握手を求められたということが分からず、きょとんとする。

絃は絆の手を無理やりに握ると、何度か上下させて離した。

「よろしく。でも駄目だな……基本的なコミュニケーションが
出来ていない。やっぱり君か。
バーリェを衰弱氏させたっていう新米は」

903: 2012/03/16(金) 19:23:49.89 ID:+JFYchrD0
図星を突かれて、絆は返す言葉に詰まった。

そしてしばらくしてから彼に問い返す。

「どうしてそれを知ってる?」

「トレーナーは、お互いの情報を知ることができる。
ネットを通じてな。まぁ……俺くらいしか利用はしないが。
知らなかったか? 
君の論文も、トレーナー権限でアクセスした
ネットで読ませてもらった」

「…………」

「論文は素晴らしかったが、まぁ机上の空論だな。
現に、君の書いた通りにバーリェは育たなかっただろう?」

何だこいつ、と思って絆はそこではじめて顔をしかめた。

いきなり初対面なのに
論文の批評をされて気分がいいわけがない。

904: 2012/03/16(金) 19:24:33.98 ID:+JFYchrD0
それに、彼の言うとおりに、
原因不明のままバーリェを亡くした直後なのだ。

からかうように言われて、面白くはなかった。

「あれは……あのバーリェが番外個体だったから……」

しかし返す言葉として出てきたのは、
自信がなさそうな尻すぼみの言葉だった。

絃はココアを飲みきると、
紙コップをダストシュートに投げ入れて絆の方を見た。

「番外個体? そんな記述はどこにもなかったが」

「…………」

「嘘はいけないな。君は、『健康状態が良好な普通の』
バーリェを衰弱氏させた。極めて稀な例だが、
初めてではない。違うか?」

「…………」

905: 2012/03/16(金) 19:25:17.37 ID:+JFYchrD0
「少しそれに興味があってな。
どうやって頃したのかと思って、話を聞きたかった」

懐からカードを取り出して自動販売機に突っ込み、
絃はまたココアのボタンを押した。

「どうやって……『頃した』?」

言葉を繰り返した絆に、絃は頷いて言った。

「ああ。頃したんだろ?」

「違う。原因は不明だが、あの子は何らかの
病気にかかっていた。前例があまりない病気だ。
その点では番外個体だったと言える。それが原因で……」

「いいや。あえてその感情を言葉で
言い表すとすれば『愛(あい)』だ」

おかしな単語を口走って、
絃は、出てきたココアの紙コップを取り出した。

906: 2012/03/16(金) 19:26:11.18 ID:+JFYchrD0
「愛……?」

聞いたことはある、というだけの知識だったが
繰り返して絆はそれを鼻で笑った。

「何を言うかと思えば……
それは単なる感情であって、病名ではない」

「今の君じゃ分からないだけだ。
トレーナーを続けてれば、
嫌でも分からざるを得なくなる」

ココアをすすって壁に寄りかかり、絃は続けた。

「愛を断つことでも、バーリェは氏ぬ。
脆いんだ。それがたとえ感情論だったとても、
感情論であの子達は氏ぬ。君はそのさじ加減を間違った。
だから『原因不明』のまま、
君のバーリェは衰弱氏したんだ」

「言っている意味が……良く分からないが」

907: 2012/03/16(金) 19:26:47.98 ID:+JFYchrD0
絆はコーヒーを飲み干してカップを
ストシュートに投げ入れてから立ち上がった。

「話は終わりか? 俺は帰らせてもらうとする」

「まぁ待てよ。そんなに急ぐこともないだろう。
どうせラボに戻っても誰もいないんだ」

「さっきから何を言いたい? 
苦情や苦言なら、上層部を通して……」

「また原因不明のままバーリェを頃したくはないだろう? 
教えてやるよ。基本的なこと。知りたくはないか? 
どうして君のバーリェが氏んだのか。
俺は、その答えを知ってる」

絃はそう言って、軽く口の端を吊り上げて笑った。

「まぁ、漠然とだけどな」

908: 2012/03/16(金) 19:27:31.13 ID:+JFYchrD0


遠くで火柱が上がる。

ミサイルが着弾した印だ。

機関銃が乱射される音が響く。

絆は唖然としてその光景を見つめていた。

「何、だ……これ……」

悲鳴。

絶叫。

断末魔。

阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

909: 2012/03/16(金) 19:28:13.01 ID:+JFYchrD0
エフェッサー本部のオペレーティングルームに通されて、
絆は目の前に広がるモニターに映し出された光景に、
ただひたすら唖然としていた。

逃げようとした人間を、
軍用戦闘機が発射したミサイルが吹き飛ばす。

びしゃびしゃになった人間だった残骸が、
地面にぶちまけられる。

カメラが汚れたのか、モニターに映し出されている
映像の一部が赤く染まった。

それを淡々とした目で見つめている駈と、
在席していたトレーナー達を見回し、
絆はしかし言葉を発することが出来ずに、唾を飲み込んだ。

「…………」

絆を支えていた渚の手が震えていた。

910: 2012/03/16(金) 19:28:50.32 ID:+JFYchrD0
「……酷い……」

渚が、絆にだけ聞こえた小さな声で呟く。

それにハッとして、絆は松葉杖を鳴らしながら、
ギプスを嵌められた足を引きずって駈に詰め寄った。

「何をしてる! やめさせろ!」

突然怒声を上げた絆に、周囲の視線が集中する。

しかし駈はサングラスの奥の瞳を、
特に感慨も沸かなそうに光らせながら、
絆に淡々と返した。

「何をだ?」

「軍が……軍が……!」

言葉にならなかった。

現場のカメラから、そのまま無修正の映像が送られてくる。

911: 2012/03/16(金) 19:29:29.17 ID:+JFYchrD0
子供と思われる人影が、機関銃の一斉発射を
受けてボロキレのようになり
地面に崩れ落ちるのが見えた。

「攻撃しているのは、ここから一番近いスラム街だ。
問題はない。軍に対して口出しをする義理はない」

駈が静かに言う。

口元を抑えて、
渚が俯いてオペレーティングルームを出て行った。

クランベの故郷はスラム街だ。

渚を初めとして、エフェッサーの本部、
ここには多くのクランベがいる。

絆は足と奥歯の痛みに脂汗を流しながら、
駈に食って掛かった。

912: 2012/03/16(金) 19:30:13.39 ID:+JFYchrD0
「問題なくないだろう! 
こんなの戦闘じゃない、虐殺だ! 
今すぐやめさせるべきだ!」

「……君は何を言っているのかね」

呆れた声でそう言って一つため息をつき、
駈はまた視線をモニターに戻した。

「虐殺ではない。粛清だ。
それに仮に攻撃をやめさせたとして、
君が責任を取ってくれるのか? 
……もしあの地区に死星獣が眠っていたら」

「責任……?」

絆の体から力が抜けた。

よろめいて壁に背中をつける。

913: 2012/03/16(金) 19:30:50.70 ID:+JFYchrD0
こいつらは。

こいつらは、同じ人間を頃して。

粛清だとのたまって。

……何も感じないのか?

その事実に唖然として、言葉を失ったのだ。

無論、少し前の絆だったら
何も感じなかったのかもしれない。

しかし絆は、その「何も感じない」と
いうことを通り過ぎて余りありすぎてしまっていた。

「お前ら……おかしいよ……」

絆は、目の前でまた炸裂した、
子供を抱いた母親だと思われる影を見て、
こみあげるものを抑えきれずに、
その場に胃の中のものをぶちまけた。

914: 2012/03/16(金) 19:31:32.17 ID:+JFYchrD0
「医務室に戻りたまえ。君の体調は万全ではない」

それを感情を映さない瞳で見てから、
駈は傍らの女性職員に清掃員を呼ぶように指示した。

絆は、自分を支えようとした別の女性職員の手を
振り払って、大声を上げた。

「同じ生き物だろ! 
どうしてこんなことができるんだ!」

彼の声を聞いて、「その場の全員」がおかしな顔をした。

自分を宇宙人を見るような目で見つめてきた
周りの人々を見て、絆は首を振って後ずさり、
盛大にその場に転がった。

「くっ、来るな……」

彼は明らかに恐怖の色を顔に浮かべながら、
必氏に顔の前で手を振った。

915: 2012/03/16(金) 19:32:20.32 ID:+JFYchrD0
「来るな! 俺に近づくな! 
お前らおかしいよ! お前ら狂ってるよ!」

また軍が人間を射頃した。

ほんの三グラムの弾丸で人は氏ぬ。

過剰すぎるほどの執拗な攻撃に、
原形をとどめない肉の塊となった
人間が音を立てて倒れる。

「鎮静剤を投与しろ。混乱してる」

駈がそう言って、興味がなさそうに絆から視線を
離し、コーヒーを口にした。

絆はわらわらと集まってきた職員達に
四肢を押さえつけられた。

その目は、どれも感情を宿してはおらず。

絆は強制的に首筋に小さな注射器で鎮静剤を
打ち込まれ、一瞬で黒い意識の奥に落ち込んでいった。

916: 2012/03/16(金) 19:32:53.99 ID:+JFYchrD0


さやさやと風が吹いていた。

排気ガス臭くない、自然の風。

絆は目の前に広がる芝生に腰を下ろして、
ぼんやりとそれを見つめていた。

命と、愛(まな)がいた。

二人とも同じ白いワンピースを着て、
笑いながら芝生を駆け回っている。

まるで犬のようだ。

そう思って少しだけ笑う。

二人は、遊び疲れたのか絆の方に走ってくると、
彼の両手を引いた。

917: 2012/03/16(金) 19:33:29.24 ID:+JFYchrD0
「きずな、こっちに川があるよ」

「一緒に行きましょう」

「はは。お前らはしゃぎすぎだろう」

「もうじき雪ちゃんもここに来ますから。嬉しくて」

命がそう言った。

絆は、そこではたと停止した。

雪が……?

え…………?

ここに来る?

立ち尽くして脱力した絆の腕から手を離し、
命と愛は不思議そうに彼の顔を覗き込んだ。

918: 2012/03/16(金) 19:34:06.19 ID:+JFYchrD0
「きずな?」

「絆さん?」

「お前らは…………」

絆は、その場に膝をついた。

さやさやと風が吹いていた。

わななく手で目を覆い、彼は小さく呟いた。

「…………氏んだんだ」

随分時間が経った。

顔を上げた絆の目には、
もう命の顔も、愛の顔も見えなかった。

憔悴した目で周囲を見回し、
絆は立ち上がろうとして失敗してよろめき、
その場に転がった。

919: 2012/03/16(金) 19:35:19.51 ID:+JFYchrD0
土まみれのスーツ姿で、地面を爪で掻く。

あの子達は氏んだんだ。

俺は……。

帰らなければならない。

芝生の向こうが真っ赤に染まった。

炎が地面から吹き上がり、
乱射される機関銃の弾丸が周囲を飛び交う。

空から無数のミサイルが落ちてくる。

いくつもの銃弾に体を貫かれ、
絆はボロボロの姿になって地面をゴロゴロと転がった。

内臓のどこかが傷ついたらしく、
血を吐き出して彼は、引き絞るように立ち上がった。

920: 2012/03/16(金) 19:36:11.33 ID:+JFYchrD0
眼下に、地獄絵図が広がっていた。

しかし、炎の中取り残されている
人間達は皆、逃げようとはしなかった。

全員ボンヤリと立ち尽くして、
迫り来る軍の戦闘機や戦車のことを見つめている。

「逃げろおお!」

喉が破れるのも構わず絶叫する。

彼の声に反応して、全員が一斉にこちらを向いた。

その目は、驚くほど感情を宿していなくて。

驚くほどそれは、人形の顔をしていて。

絆は絶叫しようと体を丸めて息を吸い込み……。

921: 2012/03/16(金) 19:36:52.56 ID:+JFYchrD0


「マスター!」

そこで聞き知った声で呼びかけられ、
絆はハッとして飛び起きた。

途端、ズキッ、と右足と奥歯に痛みが走り、
彼は小さく叫び声を上げて硬直した。

「マスター……大丈夫ですか?」

おずおずと問いかけられ、
絆は荒く息をつきながら横を見た。

横に、綺麗な白髪を腰まで垂らしたバーリェ、
霧が座っていた。

彼女は手に持ったタオルをそっと近づけると、
絆の顔に浮いた汗を拭った。

「私のことが分かりますか? お返事をしてください……」

922: 2012/03/16(金) 19:37:33.20 ID:+JFYchrD0
自信がないのか、段々と言葉が尻すぼみに
なって消えていく。

絆は霧からタオルを受け取ると、
広げて俯き、顔をそれで覆った。

しばらくそのまま息をつく。

過呼吸のようになってしまっていた。

酷い夢だ。

リアリティが過ぎた。

痛み、苦しみ、そして恐怖。

あの何の感情も宿さない瞳を見た時の、
恐怖が心の中をまだ渦巻いていた。

ぜぇぜぇと息をしてやっとのことで呼吸を整え、
絆は霧が差し出した手を、汗まみれの手で握った。

923: 2012/03/16(金) 19:38:21.31 ID:+JFYchrD0
「マスター……?」

「大……丈夫だ。何でもない……」

「大丈夫じゃないです……
何があったんですか? 
マスター、様子がおかしいです……」

霧にそっと打ち消され、
しかし絆はタオルで顔を拭いて、長く息を吐き、
それには答えずに天井を見上げた。

作り物の明かりが目に飛び込んでくる。

嘘であればどれだけいいだろうか。

あのオペレーティングルームで見た悪夢が嘘であれば
……どれだけ素晴らしいことだろうか。

軍は、絃の宣戦布告を受けてスラム街への
一斉攻撃に移ったらしかった。

924: 2012/03/16(金) 19:39:00.25 ID:+JFYchrD0
何故か?

簡単なことだ。

自分達の脅威になるからだ。

死星獣一体だけで四苦八苦しているような状況下で、
あの数の死星獣を見せられるのは、
人間の僅かに残った理性の箍を外すのに十分すぎる
理由をはらんでいた。

スラム街の人間には、基本的に人権はない。

市民権がないのだ、当然だ。

ゆえに。

エフェッサーや軍などは、スラム街に住む人間の
ことを、「人間」だとは思っていない。

少し前の絆もそうだった。

925: 2012/03/16(金) 19:39:41.22 ID:+JFYchrD0
時折スラム街の人間が暴動を起こし、
軍に粛清されているのを見たことはあるが、
特に感慨も沸かなかった。

だが、今は違った。

何故か……あの映像を見せられて絆は激しく、
今までにないくらいに動揺した。

殺されていくスラム街の人間達が、
バーリェに重なって見えたのだった。

夢の中で、人形のように無表情で撃ち殺されていく
人々を見たことを思い出す。

バーリェを頃すのも。

スラム街の人間を頃すのも。

もしかしたら、同じことなのかもしれなくて。

そしてそれは、自分達が氏ぬことと、
同じ意味を持つのかもしれなくて。

926: 2012/03/16(金) 19:40:19.32 ID:+JFYchrD0
絆は目を閉じて頭を振り、
悪夢の幻影を無理やりに意識の外に振り飛ばした。

そして手を伸ばし、
心配そうに顔をゆがめている霧の頭を撫でる。

「霧……」

「マスター……」

そこではじめて霧が安心したようにふっ、と笑った。

「私の名前……もう一度呼んでいただけませんか?」

「……どうして?」

「もう一度お聞きしたいからです」

「霧……これでいいか?」

静かに呼びかけると、霧は嬉しそうに顔を紅潮させて俯いた。

927: 2012/03/16(金) 19:40:53.87 ID:+JFYchrD0
「帰ろうか……雪を見に行って、
それからラボに帰ろう……」

自分に言い聞かせるように呟いて、
絆は視線を霧から離した。

霧は

「はい!」

と元気に言って、また笑った。

――今この瞬間にも。

沢山のスラム街の人達が虐殺されている。

……世界中で。

絃のたかだか二分三十秒の演説のせいで。

928: 2012/03/16(金) 19:41:31.85 ID:+JFYchrD0
何の罪もない人達が。

特に何も考えていない人間達の手で。

自分さえ良ければいいと考えていて、
それが当たり前の社会のせいで。

殺されている。

虐殺されているのだ。

そんなの「粛清」じゃない。

そんなの……許されるべきじゃない。

絆は血が出るほど強く唇を噛み締めていた。

その感情も、恐怖も何もかも、トレーナーとしての
本能のようなものが押し頃してしまっていた。

バーリェの前で、もう狼狽はしない。

929: 2012/03/16(金) 19:42:04.25 ID:+JFYchrD0
彼女達の前では、俺はもう二度と取り乱さない。

心に決めたことを無理やりに自分に言い聞かせ、
手の震えや嘔吐感を押し頃す。

帰りたい。

家に、ラボに帰りたい。

全員揃って。

そのかなわぬ願いが頭をグルグルと回っている。

愛(まな)も、命も氏んだ。

その前にもバーリェは氏んでいる。

そして絆が管理しているバーリェ以外の子達も、
氏んでいっている。

930: 2012/03/16(金) 19:42:37.33 ID:+JFYchrD0
もう戻らない日々。

もう返らない日々。

だが。

だからこそ。

だからこそ、俺は……。

この子達を笑って過ごさせてやりたい。

だから、俺の「感情」達……。

押し殺されてくれ……。

霧の手を握ろうとした手が震える。

しかし絆は無理やりに、ぎこちなく笑うと。

静かにそっと、小さなバーリェの手を握った。

938: 2012/03/17(土) 22:50:45.57 ID:zOTgBn/n0


「雪を受け取れない……? どういうことですか?」

松葉杖をついた絆が、語気を荒くして医師に詰め寄る。

先ほど散々、まだ入院しているべきだと
渚に止められたのだが、無理矢理に病室を抜け出してきて、
タクシーを拾い雪のいる
軍病院に来てから既に数時間が経過していた。

エフェッサーと一緒にいたくなかった。

いや……正確には、絆は大量虐殺の事実から
目をそむけようとしていた。

それを正面から受け止めるには、
絆の心は既にガタガタの状態すぎたからだ。

頭の片隅で自覚している、それについての
苛立ちもあったのかもしれない。

939: 2012/03/17(土) 22:55:07.09 ID:zOTgBn/n0
「散々待たせてそれか。
あなた達の管理体制はどうなっているんですかね」

思わず言葉を荒げた絆を、
隣で椅子に腰を下ろしていた霧が不安そうに見た。

その視線に気がついて口をつぐむ。

嫌味を言われた医師は、しかしそれに
反応するでもなく眼鏡の位置を指で直し、
カルテに視線を落とした。

「D77(雪のこと)はまだ安定していません。
正確には意識さえ戻っていない。
それは先ほどご説明した通りです。
交換した臓器が、今そこにいるS93(霧のこと)のように
即適応というわけにもいかず、まだ様子を見ている段階です。
とてもお渡しできる状態ではありません」

「後の調整は私のラボで行います。即搬入を要求します」

940: 2012/03/17(土) 22:55:53.15 ID:zOTgBn/n0
「お断りします。不完全な状態の個体を、
勲一等授与者に対してお渡ししたとなっては、
逆にこちらの管理責任を問われかねません。
その辺りの兼ね合いも考慮していただけると
ありがたいのですが……」

断固とした口調でそう言って、医師は立ち上がった。

「少なくともあと五日は無菌室から出すことは
できません。氏期を早めることになりますが、
それでもよろしいのですか?」

そう言われると、返す言葉がなかった。

――こいつらに雪を任せておきたくなかった。

軍病院は、その名前の通り当然軍の管轄だ。

直接この医師が関与しているわけではないが、
軍はいまや人頃し……大量虐殺集団だ。

いい気分ではなかった。

941: 2012/03/17(土) 22:56:37.19 ID:zOTgBn/n0
それに、あと何日生きられるか分からない雪を、
五日も放っておくのは嫌だったのだ。

……だが。

意識がないのならば、連れ帰ったとしても
どうしようもないのが現状ではあった。

それに、無菌室で管理していると言っていた。

外に出して手術痕が化膿でもしたら、
それこそ取り返しのつかないことになる。

医師の言うことは、もっともではあった。

……軍関係者の前なので、流石に霧は口をつぐんでいる。

彼女自身、臓器の交換手術を行った直後だ。

彼らの淡白さは、身にしみて分かっているはずだ。

942: 2012/03/17(土) 22:57:15.57 ID:zOTgBn/n0
バーリェは脳に麻酔が行き届きにくいため、
普通、体のみを麻痺させた状態で手術を行う。

つまり、意識ははっきりしているのに痛みを感じないのだ。

それがどれだけの恐怖なのかは、想像するにあまりあった。

「…………分かりました。
様子だけでも見せていただけますか?」

「かしこまりました。こちらです」

医師に先導されて、霧の手を引きながら歩き出す。

そして一面白で覆われた、ガラス張りの無菌室の外に出た。

中を覗き込んで、絆と霧は息を呑んだ。

雪……の筈だった。

一瞬別人に見えたのだ。

943: 2012/03/17(土) 22:57:52.70 ID:zOTgBn/n0
意識はないようで、目をつぶって
静かに病院服の胸を上下させている。

させているが……か細い。

それに、顔色が血を吐く前から更に悪くなっていた。

目の下には落ち窪んだクマが浮いており、
肌は老婆のようにガサガサだ。

白髪も、霧のように艶がかかっておらず、
完全にパサついてしまっている。

体は異常なほどに痩せ細り、生きているのが
不思議なくらいの状態だった。

「お姉様…………?」

霧が、ポツリと言葉を発した。

それを聞いてハッとし、絆はそっと霧を片手で抱き寄せた。

944: 2012/03/17(土) 22:58:27.00 ID:zOTgBn/n0
彼女が、僅かに震えながら絆にしがみつく。

それは恐怖から来るものだったのか。

それとも、悲しみからくるものだったのか。

絆には想像が出来なかった。

だが、震えている霧がどこか雪と
重なって見えたのだった。

「……バイタルは安定しています。
しかしバンダグラフが依然異常値を示したままです。
自然覚醒を待つ以外ないと思われます」

淡々と医師はそう言って、カルテを脇に挟んだ。

そして話は終わりだと言わんばかりに、
絆に向かって頭を下げた。

「定時連絡は間違いなくさせていただきます。
今日のところは、お帰りを」

945: 2012/03/17(土) 22:59:07.24 ID:zOTgBn/n0


タクシーでラボに戻る前に、別の軍病院の病棟に寄る。

残してきた優と文が保護されていると
言う話を聞いていたからだった。

コツン、コツン、と静かに松葉杖の音を
立てて歩いている絆の脇で、
彼の手を握りながら霧が言った。

「マスター……車椅子をお使いになりますか? 
私、押します」

「いや……いいよ。歩ける。心配するな」

「でも……」

霧はそう言って目を伏せた。

そして唇を噛んで、小さく呟く。

946: 2012/03/17(土) 22:59:45.54 ID:zOTgBn/n0
「ごめんなさい……私がどん臭いから、
マスターに怪我をさせてしまいました……」

「別にお前のせいじゃない。
怪我をするのは初めてのことじゃないし、
気にすることはない」

静かにそれに返す。

霧はしかし、また唇を噛んで俯いてしまった。

「ごめんなさい……」

軍病院に入ったところで、霧はそう呟いた。

絆はそれを聞かなかったふりをして、
わざと明るく言った。

「でもまぁ……雪が無事でよかった。
あの調子じゃ、五日後には退院できるだろう」

947: 2012/03/17(土) 23:00:39.48 ID:zOTgBn/n0
「…………」

霧が、「この人は何を言っているんだろう」と
いった目で、一瞬絆を見た。

しかし絆は、それをまた気付かないふりを
して、小さく笑った。

「雪は毎回なんだ。でもいつも、
結局あいつは生きる。それが雪の力だ。
雪は強いんだ」

自分に言い聞かせるように、
絆は一つ一つ力を込めて、しっかりと言った。

霧は、伺うように絆の顔を見上げて、小さな声で聞いた。

「マスター、気にされていないんですか?」

「雪のことか?」

948: 2012/03/17(土) 23:01:15.45 ID:zOTgBn/n0
「いいえ……それもありますが……
G67(命)のことです」

そう言われて、絆ははたと言葉を止めた。

一瞬、声を返そうとして失敗して、
おかしな音が喉から出る。

当然だ、その疑問は。

霧の目の前で、命は絆を庇って消滅したのだ。

わざと言わないようにしていたのだが、
聡い彼女は敏感に察知していたらしい。

絆は、しかし唾を飲み込んでから霧の頭を撫でた。

「命はな……役目を全うしたんだ」

「お役目を……?」

949: 2012/03/17(土) 23:01:55.25 ID:zOTgBn/n0
「ああ。立派なことだと俺は思う。
どうせ誰も褒めてやらねーんだ。
俺達だけでも、あいつを褒めてやらなきゃな」

「…………」

霧は口をつぐんでから、
そしてぎこちない笑みを絆に向けた。

「……はい!」

「いい子だ」

頷いて、また霧の手を引いて歩き出す。

受付の職員に聞くと、
担当官が現れて急いで遊戯室に通された。

他のトレーナーが預けているバーリェ達と、
何かブロックのようなものを積み上げて
遊んでいる優と文の姿が目に入った。

950: 2012/03/17(土) 23:02:49.70 ID:zOTgBn/n0
「優、文、帰るぞ!」

呼びかけると、途端に二人は顔を上げて、
ブロックを蹴散らして嬉しそうに走ってきた。

「絆遅いよ! ってどうしたの?」

素っ頓狂な声で優が喚く。

彼女に折れた右足を指差されて、
絆は軽く笑って答えた。

「何、折っただけだ。処置はされてるからすぐ治る」

『戦闘があったんですか? 
命ちゃんと雪ちゃんはどうしたんですか?』

手話で文がそう伝える。

絆は、作り物の笑顔を無理矢理に顔に
貼り付けたまま……それを「無視」した。

951: 2012/03/17(土) 23:03:47.15 ID:zOTgBn/n0
「よぉし帰るぞ。今日はみんなでレストランに
寄って行こう。美味しいロブスターの店を見つけたんだ」

「絆、それより命達は……」

言いにくそうに優がそう聞く。

絆はクルリと背を向けて、担当職員に言った。

「それじゃ、二人を連れて帰ります。保護、感謝します」

「いいえ、お気になさらず。絆特務官」

「とくむかん?」

怪訝そうに優がその単語を拾って口に出した。

絆は笑って彼女の頭を撫でると、言った。

「勲章もらったんだ。偉くなった」

「また? どこまで偉くなれば気が済むの?」

952: 2012/03/17(土) 23:04:23.08 ID:zOTgBn/n0
優が呆れたように言う。

そのまま絆と職員が話し出す。

姉の肩を叩いて自分の方を向かせ、
文が手話で言葉を発した。

『ねえ、絆さんの様子がおかしいよ』

早すぎて絆と霧には見ても分からない手話だった。

それに同等の速度で優が、同じ手話を返す。

『何が? 怪我してるけど別に普通だよ』

『……命ちゃん……氏んだんじゃないかな……?』

優が、口をポカンと開けて停止した。

文が畳み掛けるように手を動かした。

953: 2012/03/17(土) 23:05:07.16 ID:zOTgBn/n0
『愛ちゃんが氏んだ時も、絆さんおかしかったよ。
こんな感じだった。もしかしたら雪ちゃんも……』

『そんなわけないよ! 命なんて、トップファイブの
AAD一機動かすこともできないんだよ? 
それに雪は強いもん。大丈夫だよ』

『でも……』

言いよどんだ文の目に、振り返った絆が映る。

一瞬、絆を見上げた優と文の目に、
彼が何かに怯えるような、
そんな苦しそうな顔をしてこちらを見たのが飛び込む。

生きていることを確認するかのような、
すがるような瞳だった。

954: 2012/03/17(土) 23:05:41.60 ID:zOTgBn/n0
しかし瞬きする間にそれは掻き消え、
どこか「変」な笑顔で絆は優と文の背中を押した。

「さぁ行くぞ。お前ら、悪さはしてなかっただろうな」

「な……何もしてないよ」

どもりながら優がそう言って歩き出す。

その隣を歩きながら、文が伺うような視線を絆に向けた。

絆は反対側の手で霧を引きながら、
松葉杖を鳴らして歩き出した。

955: 2012/03/17(土) 23:06:23.49 ID:zOTgBn/n0


カチャリ、と停止した優が、皿の上にフォークを落とした。

文は、口の中にロブスターの
切り身を入れようとして固まっている。

絆はワインを喉に流し込んでから、息をついて彼女達を見た。

「どうした? 辛気臭い顔をするな。命が悲しむぞ」

「命………………氏んだの?」

優が小さな声で呟く。

絆はナイフとフォークを持って、
皿の上のロブスターをそれで小さく切り分けながら答えた。

「ああ。氏んだ」

「どっ……どうして? 何があったの?」

956: 2012/03/17(土) 23:06:57.14 ID:zOTgBn/n0
優が大声を上げる。

周囲がざわついて、立ち上がりかけた優の方を見る。

周囲の視線など意に介さず、
優は絆から霧に視線を向けて、そして彼女を指差した。

「……こんなの連れてくから! 
だから私言ったじゃない、こいつ死星獣に似てるって!」

「バカ……お前!」

周囲のざわめきが大きくなる。

優と文は知らないようだったが、
現在もスラム市民の大量虐殺は続いている。

その大義名分が、死星獣の破壊だ。

無関係とはいえ、一般市民がその単語に
敏感になったとしても不思議ではない。

957: 2012/03/17(土) 23:07:37.52 ID:zOTgBn/n0
「どうして? どうして命氏んだの? どうして!」

優が喚きながら立ち上がった。

絆の隣でチビチビと食事をしていた霧が
小さくなって萎縮し、下を向く。

そこでウェイターが近づいてきて腰を曲げ、絆に言った。

「お客様……他のお客様のご迷惑となりますので……」

静かにしろと言われた。

絆は頷いて彼の胸ポケットに紙幣を突っ込んで
下がらせ、静かに優に言った。

「座れ、優。ここは公共の場所だぞ。
俺に恥をかかせたいのか?」

優はまだ何かを言いたそうな顔をしていたが、
無理矢理に飲み込んだのか、椅子を蹴立てて座った。

958: 2012/03/17(土) 23:08:18.03 ID:zOTgBn/n0
その隣で、文がボトリと
ロブスターの切り身を皿に落とした。

そしてフォークを取り落として、両手で顔を覆う。

声もなく泣き出した彼女を見て、絆は息をついた。

慌ててウェイトレスが走って来て、
泣いている文の服についたソースをナプキンで拭く。

そして落ちたフォークを拾い上げて、
代わりのフォークをテーブルに置いた。

「おかしいよ……絆。命、氏んだんでしょ……?」

優がそこで呟いた。

絆は声音を低くして彼女に言った。

「何がおかしい。俺は、あいつを弔ってやろうって
言ったんだ。いつまでも悲しんでるのは、
あいつだって望まないことだろう」

959: 2012/03/17(土) 23:09:02.30 ID:zOTgBn/n0
「そんなこと、絆言ったことないじゃない。
どうしたの、急に? 何か怖い……」

優は正直な子だ。

嘘はつかないし、気を利かせるということもない。

つまり優がそう言ったということは、
バーリェが絆に対して抱いた率直な感想であり。

それは図らずも、絆がエフェッサーに対して
言った台詞と酷似していた。

しかし。

――負けるか。

正体もない見えない敵と戦いながら、
絆は葛藤の中、努めて冷静を装って彼女に返した。

960: 2012/03/17(土) 23:09:42.61 ID:zOTgBn/n0
「じゃあどうすれば普通なんだ? 
お前の言ってることは良く分からんな」

「普通って……命が氏んだんだよ? 
愛が氏んだ時は、絆もっと悲しそうだった。
どうして……そんなに笑っていられるの?」

「…………」

「それ普通じゃないよ……」

優の両目からボロボロと涙が流れ落ちる。

「普通じゃ…………ないよ………………」

やがて優は両手で顔を覆うと、
声を頃して泣きじゃくり始めてしまった。

961: 2012/03/17(土) 23:10:09.88 ID:zOTgBn/n0
泣いている双子を見て、絆は深いため息をついた。

黙れ、と怒鳴りつけることはできた。

静かにしろと怒ることも出来た。

しかしその気がなくなってしまったのだった。

フォークとナイフを休ませて、天井を見上げる。

奥歯がじんじんと痛む。

右足にも鈍痛が走っていた。

――悲しそうにしていた?

俺が……?

そう、見えたのか。

2: 2012/03/20(火) 00:52:28.67 ID:WAbTKaZT0
意識などしていなかった。

「笑ってなんかいないさ……」

絆は、聞こえるか聞こえないかの声でそう呟いた。

「本当、笑えない冗談だよ……」

こみ上げてくるものを押し頃し、
彼はまた料理にナイフとフォークを立てた。

カチャ、カチャと音を立てて食事を再開した絆に、
優が泣き顔を向ける。

「……戦闘で氏んだの? 命……」

「ああ。俺を庇って、死星獣の攻撃を受けて氏んだ」

絆の隣で、霧が完全に動きを止めた。

3: 2012/03/20(火) 00:53:23.06 ID:WAbTKaZT0
彼女を貫かんばかりに睨みつけて、
優が引き絞るように言った。

「何してたの、あなた……」

「…………ごめんなさい」

「謝られたって分かんないよ。どうして絆が怪我をして、
命が氏ななきゃならないの? あなた優秀なんでしょ? 
私達よりも強いんでしょ? どうして守れなかったの? 
何であなただけ無傷なの!」

優に怒鳴られて、ますます霧が萎縮する。

絆が、そこで静かに優に言った。

「霧はよくやった。俺のことを助けてくれたんだ。
こいつを責めることは許さない」

「でも……!」

4: 2012/03/20(火) 00:56:11.58 ID:WAbTKaZT0
「命は役目を全うしたんだ。
立派なことじゃないか。褒めてやろうよ……な?」

やるせない気持ちになった。

絆の言葉が尻すぼみになって消えるのを聞いて、
優は口をつぐんだ。

彼女は俯いたまま小さく震えている霧を見て、
歯を噛むと乱暴にフォークとナイフをテーブルに置いた。

「……いらない。食べてる気分じゃない」

そこでやっと、文が顔を上げた。

そして彼女は涙でズルズルの顔で、
絆に向かって緩慢に手を動かした。

『雪ちゃんは……どうしたんですか?』

5: 2012/03/20(火) 00:56:51.39 ID:WAbTKaZT0
「まだ安定しなくて、あと五日は病院を出れない。
でもまだ大丈夫だ。安心しろ」

『戦闘には出れなかったんですか? 
どうして命ちゃんが氏ななきゃいけなかったんですか?』

……絆の方が、その答えを知りたかった。

どうして命が氏ななきゃいけなかった。

どうして、俺は何も出来なかった?

ただコクピットの中で震えているだけで。

駈の言葉に、何を言い返すことも出来なかった。

ただ、俺は。

従っていただけだった。

「…………」

6: 2012/03/20(火) 00:57:28.98 ID:WAbTKaZT0
しばらく沈黙してから、絆は手を止めて、
料理に視線を落としてから言った。

「さぁな…………俺もよく分からん」

正直な、絆の今の気持ちだった。

それを察してか、それとも別のことを考えてか、
文が動かしかけていた手を止める。

絆はナイフとフォークを置いて、
手を止めているバーリェ達を見回した。

そして手を上げてウェイターを呼ぶ。

「……帰ろうか。何だか俺も、もういいや」

7: 2012/03/20(火) 00:58:22.16 ID:WAbTKaZT0


すっかりラボも広くなった気がする。

一番手がかかる雪は今、入院中でいない。

ラボの家事を担当していた命は氏んだ。

騒がしかった愛も、もう相当前にいなくなっている。

霧はいまだに優、文とは馴染むことが出来ないようで、
絆の部屋で一人で眠っていた。

戦闘を終えて一人だけ無傷で帰ってきたことに対する、
優の反応が全てだ。

霧が悪いのではない。

……悪いのではないのだが、そのような「理屈」で
片付けられない感情論が存在していることも、
絆は理解していた。

8: 2012/03/20(火) 00:59:55.13 ID:WAbTKaZT0
優と文は、帰ってから薬を飲み、
すぐに寝室に入っていってしまった。

泣いたことで、だいぶ体力を消耗したらしい。

そうでなくてもバーリェは、力がない。

精神的負担がモロに体に出る顕著な例だった。

霧にも薬を飲ませて、絆の部屋に連れて行く。

しかし霧は、ベッドに腰掛けたまま、
俯いてじっとしていた。

横になろうとしない。

……正確に言うと、バーリェの薬の中に
入っている睡眠誘発剤には即効性はない。

効くまでに若干のタイムラグがあるのだ。

9: 2012/03/20(火) 01:00:54.26 ID:WAbTKaZT0
「どうした? 寝ないのか?」

絆に聞かれ、霧はしばらく言い淀んだ後、
意を決したように彼に言った。

「マスター……お話があります」

「ん? 何だ?」

椅子に腰掛けて、彼女と同じ目線になる。

霧は自分の胸を手でさして、続けた。

「私のことについてです。マスターが、おそらく
ご存知ないことを、お話しようと思うんです」

「……俺が知らないこと? お前が、死星獣と
雪のハーフだってことか?」

さらりと口に出すと、霧は途端に苦しそうな顔になった。

10: 2012/03/20(火) 01:01:36.22 ID:WAbTKaZT0
絆から視線をそらして、彼女は呟くように言った。

「……それもあります。ご存知だったんですね……」

「戦闘でお前のエネルギーを発射したが、
あれにはブラックホール粒子が含まれていた。
本部は隠そうとしていることだ。
だが俺でもそれくらいは分かる」

「…………」

「……で、それがどうかしたのか?」

問いかけられて、霧は

「え……」

と言って顔を上げた。

11: 2012/03/20(火) 01:02:30.25 ID:WAbTKaZT0
「お前の中に死星獣と同じ血……かどうかは
分からないが、それが流れているとして、
だからどうした? 
そんなことで、お前を俺が嫌いになると思うのか」

「マスター……でも、私はバーリェではありません。
正確には死星獣でもありません……全く別の個体です。
私は、化け物なんです」

そう言って霧は、唇を噛んでしばらく押し黙った。

そして息を吐いて、続ける。

「笑えますよね……自分の半分と同じモノを、
頃すために創られたなんて。
何が『優秀』だって、何が『効率的』だって、
そんな感じですよね……」

自嘲的に小さく笑い、霧は呟いた。

「蓋を開けてみれば、私はただの化け物でした……」

12: 2012/03/20(火) 01:03:41.87 ID:WAbTKaZT0
「…………」

絆は少し沈黙した後、霧に向かって言った。

「霧、俺は思うんだ」

「…………」

「化け物っていうのは、そいつの『定義』で
決まるんじゃない。そいつの『力』で決まるんじゃない。
そいつが何をしたか、何を成したか、それによって
化け物かそうでないかが決まるんじゃないかって、そう思う」

「何を……したか?」

「ああ」

頷いて絆は続けた。

13: 2012/03/20(火) 01:04:22.82 ID:WAbTKaZT0
「力を持っているからって化け物か
どうかが決まるんじゃないよ。問題なのは、
その力を何のために使ったかじゃないか? 
お前は、俺を守ってくれた。俺はお前に感謝してる。
少なくとも……この世界中の皆が、お前のことを化け物だと
言ったとしても、俺一人だけは、お前のことを化け物ではないと
言ってやることが出来る」

「…………」

「それじゃ、いけないのかな」

絆の声は、どこか寂しそうな、廃退的な響きを含んでいた。

霧は顔を上げて絆を見ると、小さな声で聞いた。

「マスターにとって、私は化け物ではないのですか?」

「ああ。他の子と同じだよ」

絆は、軽く微笑むと手を伸ばし、霧の頭を撫でた。

14: 2012/03/20(火) 01:06:34.31 ID:WAbTKaZT0
「……言ったろ? 俺はお前のことは、
大好きだって。嘘はないよ。
俺が口に出すことに、嘘はない」

繰り返して、絆は続けた。

「だから安心して、お前は『生きて』いればいいんだ……」

「…………」

霧がしゃっくりを上げて涙を零す。

両手で顔を覆った彼女の頭を撫でてやりながら、
絆は息をついた。

しばらくして霧が泣き止み、彼女は、
薬が効いてきたのか目をとろんとさせながら、
緩慢にベッドに横になった。

そして絆が毛布をかけてやろうとした手をそっと止める。

「どうした?」

15: 2012/03/20(火) 01:07:21.32 ID:WAbTKaZT0
「もう……一つだけ……」

霧は眠気と戦っているのか、
ゆっくりとした口調で続けた。

「AAD七○一型……陽月王は、危険です
……私以外を、使わない方がいいです……」

「危険? どういうことだ?」

「あ……れは…………ブラックボック
……ス…………ひ、と…………」

霧が目を閉じて首を垂れた。

眠りに落ちてしまたのだ。

言葉の途中で話を切られ、
絆は首を傾げながら霧に毛布をかけた。

……陽月王が、危険?

16: 2012/03/20(火) 01:08:48.70 ID:WAbTKaZT0
確かにブラックボックスは多いが、
操縦しているのはバーリェと自分だ。

危険なのは、日に日に凶悪さを増している
死星獣の方ではないのか?

そう考えて、針のようになって飛んできた、
あの死星獣のコアを思い出す。

……怖気がした。

小さく震え出した手を無理矢理に
ズボンのポケットに突っ込んで、絆は立ち上がった。

そして霧が眠っていることを確認して、
部屋の扉を閉めて、松葉杖を鳴らしながら階段を降りる。

優と文が、同じベッドで抱き合うようにして
眠っていることを確認する。

次はこの子達の番だ。

17: 2012/03/20(火) 01:09:45.11 ID:WAbTKaZT0
そしてその次は。

その更に次は。

俺は、いつまでこの子達を殺せばいい?

黙って今に入り、ソファーに腰を下ろす。

テレビのリモコンのスイッチを入れると、
今まさに、夜中だというのに軍が少し離れた
スラム地区に攻撃をかけているところだった。

『アルカンスト地方に対して、
軍の攻撃が展開された模様です。
現場から十キロ離れた首都バルカントにて
中継をお送りしています』

……おおっぴらな放送で、人頃しの現場を中継している。

気分が悪くなり、絆はすぐにテレビの電源を切った。

18: 2012/03/20(火) 01:10:41.44 ID:WAbTKaZT0
リモコンを隣のソファーに放り投げ、
だらしなく横になる。

足が痛い。

奥歯が痛い。

それ以前に、心が痛かった。

……絃はこれに耐え切れなくなったのかもな。

いまや世界中の反逆者となった元同僚のことを、
何となく思う。

彼がとった行動に賛同はできないが、理解は出来た。

そして理解が出来てしまう自分の、
本能的な悪意に、同時に唖然としたりもする。

絃のように思い切ることが出来たら、どれだけ楽だろうか。

19: 2012/03/20(火) 01:11:27.59 ID:WAbTKaZT0
いや……思い切っても。

ひょっとしたら、楽な未来なんて
どこにもないのかもしれない。

だとしたら……俺は。

俺は、どうすればいい。

何を考え、何を成して、
そして何とどう戦っていけばいい。

考えても、誰も答えてくれるわけではなかった。

そこで、突然テレビの電源が勝手についた。

衛星電波を高感度で受信するテレビだ。

――電波ジャック。

20: 2012/03/20(火) 01:12:12.71 ID:WAbTKaZT0
そう考えるより先に、絆の目に記者会見のような
演説台に両肘を突いて、
組んだ指先を顔の前に持ってきている絃の姿が映った。

隣には、やはり不鮮明な映像だが桜の姿が映っている。

「絃……!」

思わず身を乗り出してテレビを凝視する。

絃と桜は、白と赤を基調にした軍服のようなものを着ていた。

彼の周りに、白い三角帽子のような覆面を被った同じ
軍服を着た人達が整列し、腕を組んで背筋を伸ばしている。

絃の後ろには、見たことがない国旗が掲げてあった。

白い背景に血飛沫のような紋様がついたものだ。

21: 2012/03/20(火) 01:13:10.63 ID:WAbTKaZT0
『…………我らが新世界連合は、
愚かにも虐殺を始めた軍を、本日二十二○三十に、
第一の目標とすることに決めた。
闇雲にスラムを攻撃している軍。
貴様らの行動は愚の骨頂であり、侮蔑に値する。
貴様らのような蛆虫共は、我らの築く新世界には
不要な代物と判断する』

手元のプロジェクターを操作し、絃は壁に映像を投影した。

22: 2012/03/20(火) 01:14:09.17 ID:WAbTKaZT0
『ついては、現在攻撃が行われている
アルカンスト地方に死星獣を送り込むことが決定された。
これは可決された事項であり、人間諸君、および愚かなる軍、
エフェッサー諸君が異議を唱えることが出来る範囲外のことである。
攻撃をしている者、攻撃を受けている者、生きている者、
氏んでいる者、今生きようとしている者、氏のうとしている者、
子供、老人、男、女、全てに関係なく、
アルカンスト地方の残存人類には塵になっていただく。
どうか、当該地区にいる人間諸君は、
速やかに氏ぬ覚悟を決めていただきたく、
この声明を発表することを決めた所存である』

「何だと……?」

絆は、思わず耳を疑った。

そして目を疑った。

23: 2012/03/20(火) 01:15:04.39 ID:WAbTKaZT0
絃が投影した映像には、格納庫のような場所で、
今まさに「立ち上がろう」としている、
三体のヒトガタ死星獣
―命が頃したモノと同じモノ―が映し出されていた。

そして、……三体が立ち上がった瞬間に、消えた。

陽炎のように揺らめき、その場からいなくなったのだ。

『繰り返すが、死星獣は我らの戦力であり、
保有している数は、先日お見せしたものに留まらない限りである。
そして軍諸君にもう一度告ぐ。愚かなる虐殺をすることは勝手だが、
諸君らの行動は愚の骨頂である。その証拠を今からお見せしよう』

絃はプロジェクターの電源を切って、また指を顔の前で組んだ。

『今回攻撃するのは、アルカンスト地方のみとする。
これは我々の諸君らに対する威嚇も含まれている。
無駄な抵抗と思索は速やかに最小限に留め、
静かに氏の時を待つがいい。以上だ』

24: 2012/03/20(火) 01:15:49.98 ID:WAbTKaZT0
ドン、と周囲の人間達が足を踏み鳴らし、
右手を天に向かって掲げた。

『我らの新世界のために』

絃が最後にそう言って、右手を同様に掲げる。

そこで、ブツリと音を立ててテレビの電源が消えた。

絆は慌ててテレビの電源をつけ直した。

途端、絶叫が耳をついた。

『死星獣です! 先日サナカンダに出現したものと
同一と思われる死星獣が、目で確認できます!』

アナウンサーの悲鳴のような声と、
スタッフの絶叫が響き渡る。

『こっちにくるぞ!』

『逃げろ……! 逃げ』

25: 2012/03/20(火) 01:16:44.82 ID:WAbTKaZT0
カメラを向けられた死星獣が、
唾のようなものを吐いた。

それがカメラの方に飛んできて……。

爆炎が上がった、と思ったら、
テレビが砂画面になった。

急いで別のチャンネルに回すと、
遠目にアルカンスト地方を映していた。

『首都バルカンドが……死星獣の一斉攻撃を受けて
今、壊滅しました! こちらかでも確認が出来ます。
ぐ、軍が撤退を開始しています!』

上ずったアナウンサーの声を背景に、
三体のヒトガタ死星獣がのろりと体を持ち上げる。

一面、火の海だった。

26: 2012/03/20(火) 01:17:29.69 ID:WAbTKaZT0
軍の戦車や戦闘機が、それと見て分かるほど
迅速に撤退を始めるのが見える。

しかし。

死星獣三体は、体を海老ぞりに曲げると、
空に向かって唾を同時に吹いた。

それらが空中で衝突して、凄まじい爆炎が空中に広がった。

映像にザザ……ッ、とノイズが走る。

炎は瞬く間に周囲に球形に広がると、
死星獣達をもろとも飲み込んで、
周囲半径二十キロほどの範囲を、綺麗に「消滅」させた。

絆も、テレビの前のアナウンサーでさえ
言葉を発することが出来なかった。

……玉砕した。

つまり、自爆。

27: 2012/03/20(火) 01:18:07.18 ID:WAbTKaZT0
もくもくと土煙が晴れて、

真っ暗な「何もない」空間が映し出される。

すり鉢型に地面が抉れていることは分かるが、
月明かりに照らされたそこには、何もなかった。

明かりも、建物も。

逃げ始めていた軍でさえも。

絆はガクガクと震えながら、
テレビを消そうとして床にリモコンを取り落とした。

……怖い。

はっきりとそれを感じていた。

恐ろしかった。

死星獣が。

28: 2012/03/20(火) 01:18:59.02 ID:WAbTKaZT0
そして……絃が。

あの男は敵だ。

……俺達。

いや…………俺の。

絆は、本能的な部分で、
それを自覚してしまったのだ。

汗が止まるところなく溢れ出す。

やがて絆は、阿鼻叫喚の声を上げ始めた
テレビの前で、自分の指を噛み千切るほどの
勢いで噛んだ。

そして痛みで無理矢理に自分を覚醒させ、
携帯電話を手に取る。

着信を示すバイブが振動していた。

29: 2012/03/20(火) 01:19:55.31 ID:WAbTKaZT0
「……絆です」

ボタンを押して応答すると、
渚の上ずった声が飛び込んできた。

「絆特務官、出撃です。行動可能なバーリェはいますか?」

「残念ながら今は保有している全てのバーリェが行動不能です。
投薬を行っているため、ご了承願いたい」

押し頃した声でそう返す。

渚は一瞬押し黙った後、息を呑んでから言った。

「……分かりました。緊急事態です。
エマージェンシーコールレッドが解禁されました。
迎えが既に出発しています。
特務官は、急ぎ単独でエフェッサー本部に出頭してください」

「了解しました」

端的に言って、電話を切る。

30: 2012/03/20(火) 01:20:29.34 ID:WAbTKaZT0
絆はそして、床に携帯電話も取り落とした。

震える手を握り、息を整える。

……あいつは敵だ。

俺の。

なら、やってやろうじゃないか。

戦ってやろうじゃないか。

たとえそれが言いなりで。

31: 2012/03/20(火) 01:21:23.79 ID:WAbTKaZT0
エフェッサーの思う通りだったとしても。

俺は、あいつと。

戦ってやろうじゃないか。

奥歯からまた血が滲み出してきていた。

絆は塩気のあるその吐き気を催す味を、
無理矢理に胸の奥に飲み込み、
そしてラボの屋上に着地するヘリの振動を感じ、
松葉杖を手に取った。

35: 2012/03/21(水) 19:56:17.93 ID:QFoFaNuA0


松葉杖を鳴らし、隣を渚に支えられながらエフェッサーの
オペレーティングルームに入った絆は、
周囲の視線が全て自分の方を向くのを感じた。

人形のような瞳。

感情を宿していない瞳。

唯一、トレーナー達に連れてこられたであろう
バーリェ達が狼狽したような顔をしている。

深夜帯のトレーナー達は、それぞれ自分の
管理しているバーリェを脇に連れていた。

深夜帯担当というものが存在していて、
彼らの管理するバーリェは昼夜逆転の生活をさせられ、
絆のような「日中帯」担当のバーリェが
行動不能の際に使用される。

36: 2012/03/21(水) 19:57:07.80 ID:QFoFaNuA0
駈は絆がよろめきながら椅子に
腰を下ろしたのを確認して、
手元の資料に視線を落とし、口を開いた。

「……既に全員知ってのことと思うが、
エフェッサーの中から『新世界連合』へと裏切り者が出た」

……絃のことだ。

それを聞いて歯噛みした絆を一瞥してから、
駈は静かに続けた。

「先ほど、絃『元』執行官と思われる人物により
二回目の電波ジャックが行われた。
それからの経過は、君達が知っての通りだ。
死星獣がアルカンスト地方に出現し、
バルカントを含め、首都一帯ごと玉砕した。
被害状況は確認中だが、
氏者はおよそ三十万人に及ぶろうと推察される」

流石にトレーナー達も唾を飲み込んだ。

37: 2012/03/21(水) 19:59:07.08 ID:QFoFaNuA0
駈は全員の顔を見回して、そして言った。

「軍の詳しい決定はまだ通達されていないが、
エフェッサー、および元老院は一連の事態を鑑みて、
当該死星獣、タイプγ(ガンマ)と名付ける個体を、
新世界連合が『操作』しているという見解を強めた。
だとしたら由々しき事態だ。
それに至るまでの詳細は分からないが、
出現方法や生態が一切不明な死星獣が、
まだ複数体『保管』されているとなると、
人類の大きな脅威となる。
軍の管轄を逸脱しているという
見方をせざるを得ない状況に、陥ったとも言える」

つまり。

遠まわしに軍は役に立たないということを言っている。

エフェッサーとはそういう組織だ。

38: 2012/03/21(水) 20:00:19.14 ID:QFoFaNuA0
軍を捨て石にし、役に立たないと見ればすぐに切り捨てる。

それが、自分達なのだ。

「元老院はエフェッサーに対し、一連の事態を受け、
エマージェンシーコールレッドを解禁することとした。
君達には速やかに当該死星獣を全て発見、
破壊してもらうことになる。その際に及ぶであろう損害、
犠牲は一切厭わない。その意味を各人理解して欲しい」

絆は血が滲む奥歯を噛んだ。

……軍と同じようなことをやれというわけだ。

大量虐殺を。

バーリェを使って。

エマージェンシーコールレッドとは、
国家それ自体への脅威が出現した時に発令されるものだ。

39: 2012/03/21(水) 20:01:12.38 ID:QFoFaNuA0
バーリェはそれが発令された時、
守るべき「人間」の損害も見過ごすよう、
トレーナーから指示される。

無論、自分の命もだ。

「死星獣の反応はまだ感知できないのですか?」

隣に不安そうな顔をしたバーリェを携えた、
まだ若いトレーナーが手を挙げて口を開く。

駈はサングラスを指先で元の位置に戻し、それに答えた。

「死星獣はおそらく、ブラックホールを利用した
空間圧縮による転移……つまり、ワープのような現象を
利用して出現する。
それにより、死星獣の出現パターンから新世界連合の
拠点を割り出すことは出来ないが、軍の粛清攻撃により、
まだ攻撃されていない地区で有効と思われる場所を
いくつかピックアップした。速やかに、君達にはその
地区の掃討作戦に移ってもらいたい」

40: 2012/03/21(水) 20:01:47.74 ID:QFoFaNuA0
「それは……どこですか?」

女性のトレーナーが口を開く。

駈は静かに言った。

「イルルセン、バラングロー、フォロンクロンだ」

――フォロンクロン?

その名前を聞いて、絆は思わず顔を上げた。

地球の裏側に、フォロントンという
バイオ技術で管理された「最後の自然」が
残っている土地が存在している。

無論そこではない。

第一、姿を消した絃が数日で
移動できる距離にあるものではない。

41: 2012/03/21(水) 20:02:30.63 ID:QFoFaNuA0
フォロンクロンとは、
この地方が管理している自然区域の一つだった。

フォロントンにちなんだ名前をつけられている
ことから、類似した名称というわけだ。

全ての敷地面積は十平方キロメートルを越え、
そこにはバイオ技術で管理された、
絆のラボを覆うものと同種の「創られた」
ある程度の自然が存在していた。

しかし、そこは一部の政府関係者以外は
立ち入り禁止区域に指定されている筈だった。

それ以前に、フォロンクロンに人が
住んでいるなど、聞いたことがなかったのだ。

電気もない、水道もない、ガスもない。

42: 2012/03/21(水) 20:03:12.34 ID:QFoFaNuA0
そんな場所で人間が生活できるとは、
絆をはじめ他のトレーナーにも考えがたい
ことだったらしく、周囲にざわめきが広がった。

駈はまたサングラスの位置を直すと、
淡々とした口調で続けた。

「……その中でも最も有力視されているのが
フォロンクロンだ。早朝○七○○に一斉攻撃に移る」

「国立指定の立ち入り禁止区域を……攻撃するのですか?」

流石に戸惑いの色を隠せない様子の、
声を発したトレーナーを一瞥して、駈は静かに聞いた。

「不服かね?」

「い……いえ、決してそのようなことは……」

慌てて声を発したトレーナーが小さくなる。

43: 2012/03/21(水) 20:03:54.29 ID:QFoFaNuA0
そこで絆は手を挙げて、駈に向けて口を開いた。

「絃元執行官と、彼のバーリェの生体データの
残り香を追跡できる筈だ。
スラム街か自然区域か分からなくても、
方向くらいは定めることが出来るだろう。
フォロンクロンとイルルセンは、真逆の方角だ」

「…………」

駈は一瞬押し黙ると、絆の方を向いて言った。

「既にその検証は軍によって、数日前に行われている
。絃元執行官の生体データは感知できていないが、
彼のバーリェ、H36のデータは確認された。
その行き着く先が、今話した三つの地域だ」

「何……?」

意味が分からずに聞き返す。

44: 2012/03/21(水) 20:04:38.18 ID:QFoFaNuA0
絃はバーリェを一体、桜しか管理していない。

三つ、それぞれバラけた地域に
その反応が散らばっているとは
どういうことなのだろうか。

駈はその問いの意味を知ってのことか、
絆から視線を離して手元の資料に視線を落とした。

「君の疑問はもっともだ。
しかし、反応されたH36の
生体データの残り香は、三つ。
三方向に分かれて進んでいる。
これは事実であり、間違いないことだ」

45: 2012/03/21(水) 20:05:09.86 ID:QFoFaNuA0
「まさか……」

絆は押し頃した声で彼に聞いた。

「H36のクローンを創っていたと
言っていたな。それを盗まれたのか……!」

「…………」

駈はそれに答えずに、手元の資料から
視線を離し、全員の顔を見回した。

「大まかな話は以上だ……急を要するため、
これから引き続いて詳細の説明に移る」

52: 2012/03/22(木) 20:16:32.51 ID:sON2xcHy0


絆は、一番有力視されているという
フォロンクロンに派遣されることになった。

詳細な「粛清攻撃」のプロットを頭に
叩き込まれ、三十分ほどで解放される。

行動目的は簡単だ。

当該地区の破壊。

禍根も残さないほどの、完全破壊だ。

まずはミサイル群による空からの攻撃。

戦闘機型AADによる爆雷の投下。

そして廃墟となった場所を、陸戦型AADで叩く。

完結に言ってしまえばそれだけだ。

53: 2012/03/22(木) 20:17:27.61 ID:sON2xcHy0
今回の作戦には、他の上級トレーナーが使用する
トップファイブAADの他に、
陽月王と同系機の人型AADが投入されていた。

デュアルコアシステムで、雪や霧のように
極端にエネルギーラインが高い個体以外でも、
二体組み合わせることで何とか
動かすことが可能になっている。

それゆえの投入策だった。

フォロンクロンに、陽月王の他に三体。

他の都市に二体ずつ。

今まで絃以外の複数のトレーナーと
協力して案件に当たったことがないため、
絆はそれを懸念してもいた。

バラバラと散っていくトレーナー達を尻目に、
椅子に座って腰を丸めたまま考え込む。

54: 2012/03/22(木) 20:18:20.55 ID:sON2xcHy0
霧を、双子の優と文が拒絶しているのが
気になっていた。

デュアルコアシステムで乗せることが
出来るバーリェの数は二体。

普通に考えれば、エネルギーラインが
圧倒的に高い霧をコアにするべきなのだが、
おそらくそれでは陽月王は動かない。

バーリェの生体エネルギーは心の力だ。

双子を離してしまうことも生体エネルギーの
発散を阻害することに繋がるし、
何より拒絶している霧と共に戦うことは、
彼女たちは心の中で許容できないだろう。

その場合、不思議なことに相乗効果で、
霧のエネルギーまで圧倒的に下がってしまう。

55: 2012/03/22(木) 20:18:59.16 ID:sON2xcHy0
こればかりはやってみなければ分からないが
……霧と組み合わせることは難しいだろう、
というのが絆の見解だった。

かといって優と文を陽月王のコアシステムと
して同時運用するのか? と考えれば、
それも疑問が残った。

あの二人は、まだ戦闘に出したことがない。

能力の確認が未知数だ。

それに……。

二人共、生き物が「氏ぬ」瞬間を目撃した
ことが、まだない。

ゲームの中では化け物を腐るほど頃しているのだろうが、
それはあくまでバーチャルの世界の話だ。

生き物を……ましてや、「人間」を殺せるのか?

56: 2012/03/22(木) 20:19:34.56 ID:sON2xcHy0
そして頃してしまったとして。

彼女達はそれに耐えられるのか?

疑問だった。

霧を動作担当にして、コアを他のトレーナーの
バーリェにするかとも考えたが、
エフェッサー自体がどうも信用できない。

協力を仰ぐ気にはならなかった。

――人頃しの道具に使うのか。

バーリェを。

ため息をついて、衛星からの中継映像を
流しているモニターに視線を移す。

フォロンクロンの自然区域には、
夜なので当然のことながら電気はついていない。

57: 2012/03/22(木) 20:20:31.67 ID:sON2xcHy0
もし隠れているとすれば、地下。

あの規模の死星獣を数十体だ。

生半可な規模ではないだろう。

もしここに絃が隠れていたとして。

殺せるのか、俺に。

あいつが。

息を吐いて、手を握る。

そこで駈がブーツのかかとを鳴らしながら
こちらに歩いてきた。

「何をしている、絆特務官。君のバーリェは三体とも、
既に本部に搬送済みだ。覚醒次第、AAD七○一型を
動かすことになる。行動を開始しろ。
どのバーリェを乗せるつもりだ?」

58: 2012/03/22(木) 20:22:18.94 ID:sON2xcHy0
静かに聞かれ、絆は息を頃して彼に言った。

「……俺のバーリェは、
人頃しをさせるために育てたんじゃない」

隣でそれを聞いていた渚が息を呑む。

駈は、しかし「何を言われているのか分からない」と
いう顔をしてそれに答えた。

「人頃しではない。これは『粛清』だ」

「同じことだ。『俺達』から見れば、粛清も、
人頃しも同じことなんだよ。
あんた達は、元老院は、沢山のスラムの人を頃して、
そのせいで都市一つ、何十万人って命を失ったって、
何も感じてないだろう。
それって、人頃しってことなんだよ。『俺達』の間じゃ」

数人のトレーナーが唾を飲み込む。

59: 2012/03/22(木) 20:23:02.08 ID:sON2xcHy0
この事態に疑問を感じている
トレーナーも存在していたらしい。

駈はしかしそれを鼻で笑うと、
軽く肩をすくめて絆に聞いた。

「君達の常識を押し付けられても困るな。
それとも何だ? 君は、私や元老院が『人頃し』だからって、
報いを受けるべきだとそう言うのかね。
私達は、死星獣の脅威から全世界の『人間』を守るために
『善意』の行動をしているというのに」

「善意……?」

今度は絆がそれを鼻で笑った。

「とんだ善意もあったもんだよ」

「……無駄な問答をしている時間はない。
君のバーリェはまだ睡眠中だが、
急ぎ七○一号に搭載する。選びたまえ」

60: 2012/03/22(木) 20:23:45.12 ID:sON2xcHy0
断固とした口調だった。

絆は少し迷った後、彼に言った。

「V277(優のこと)と、
V278(文のこと)を使う」

「……正気か?」

駈がそこで初めて眉をひそめた。

「S93(霧のこと)を使いたまえ。
新世界連合の戦力と鉢合わせをしたら、
死星獣と激しい戦闘が展開されることが予測される。
V系はまだ戦闘に出したことさえないではないか」

「それこそ『俺達のやり方』に口を出さないでもらおう。
戦闘の意思はある。
V277とV278をデュアルコアとして
陽月王に搭載してくれ」

61: 2012/03/22(木) 20:24:43.89 ID:sON2xcHy0
「……分かった」

駈は頷くと、傍らの女性職員に一言二言指示をした。

足早にオペレーティングルームを出て行く
彼女を目で追ってから、駈は絆に視線を落とした。

「さて、今回も君は戦場に出向いてくれるんだろうな? 
七○一号のシートは三人乗りのまま改装してある。
ありがたく思いたまえ」

周囲の視線が全てこちらを向いていた。

人形のような視線。

それにほんの少しの「不安」が入り混じった、複雑な視線。

それを振り払うように、絆は松葉杖を掴んで立ち上がった。

「……勿論だ。陽月王の格納庫に案内してくれ」

62: 2012/03/22(木) 20:25:18.83 ID:sON2xcHy0
……一瞬、霧が

――陽月王は、危険です

と言いかけたことを思い出す。

彼女は、何を言いたかったのだろうか。

自分以外のバーリェを乗せるなとも言っていた。

それは、陽月王の持つブラックボックスに
よるものなのだろうか。

だとしたら、俺は。

それを確かめなければいけない。

絆は手が白くなる程松葉杖を握り締め、
渚に先導されてオペレーティングルームを出た。

63: 2012/03/22(木) 20:26:02.69 ID:sON2xcHy0
渚は、しばらくの間俯いて歩いていたが、
やがて長距離移動用のエスカレーターに乗ると、
絆の方を振り向いた。

泣いていた。

クランベの故郷はスラム街だ。

世界中でそれが攻撃されている。

おそらく、彼女の故郷は、もうない。

渚は袖で涙を拭うと、絆に向けて小さく、
呟くように言った。

「……バーリェ、H36型の複製クローンが、
二体盗まれました。絃執行官が、行方をくらます寸前
……本部に出頭した時に、持ち出されたと思われます。
絆特務官、あなたの仰る通りです」

絆は軽く鼻を鳴らすと、それに返した。

64: 2012/03/22(木) 20:27:10.84 ID:sON2xcHy0
「どうしてそれを俺に言う? 
黙っていればいいじゃないか」

自嘲的なその問いに、渚は俯いて呟きを返した。

「……とめて欲しいんです。あなたに」

「何を?」

「エフェッサーを……軍を。全ての、虐殺を行う
人間達を……そして虐殺をさせられそうになっている、
バーリェ達を……」

言い淀んで、渚は服の裾を強く握り締めた。

「……とめて、欲しいんです……」

繰り返して、彼女は口をつぐんだ。

絆は松葉杖を鳴らして彼女に近づくと、言った。

65: 2012/03/22(木) 20:27:56.62 ID:sON2xcHy0
「俺はそんなに器用じゃない。
虐殺をとめたいなら、自分で何とかするんだな」

「そんな……」

すがるような瞳で渚が言う。

「そんな、あんまりです……! 
あなたは特務官なんでしょう? 
トレーナーなんでしょう! 
バーリェが人頃しの道具にさせられて、
沢山のスラム街の人が殺されて、
何も感じていないんですか!」

絆がエフェッサーに対して言ったことと
同じことを口走って、渚は彼に詰め寄った。

「あなたはクランベじゃない。だから愛(あい)
なんて理解できないと思っていました。
だけど、今なら……今のあなたなら理解できるん
じゃないかと思ったのに……それなのに……!」

66: 2012/03/22(木) 20:28:37.88 ID:sON2xcHy0
「いいか、よく聞けよ」

絆はしかし、しっかりした声でゆっくりと渚に言った。

「俺は……スラム街の人間も、
エフェッサーも、軍も、その他の人間達も、
そいつらを守る気なんてどこにもない」

「…………」

「俺は、俺のバーリェを守るために戦う。
俺のバーリェ達が、ほんの少しだけでも笑って
暮らせるために、ほんの少しだけでも、
幸せになれるためだけに、俺は戦う」

「……バーリェを頃すことになってもですか?」

渚の問いに、絆は頷いた。

「それが、トレーナーとしての俺のカルマだ」

67: 2012/03/22(木) 20:29:16.58 ID:sON2xcHy0


フォロンクロンはエフェッサーの本部から、
高速エアラインで三時間ほどの場所にある。

陽月王のシートに職員の補助をもらって乗り込み、
体を固定してもらう。

事前に指定したとおり、コアに優、
副操作に文がセットアップされていた。

二人とも眠っているが、
体中に点滴やチューブ類が突き刺さっている。

起きたら驚くだろうな、と思って軽く心の中で笑うが、
同時に絆は大きな罪悪感を感じてもいた。

優も文も、まだ戦闘に出すには早い。

事前訓練も何も施していない。

68: 2012/03/22(木) 20:29:50.47 ID:sON2xcHy0
いくらバーリェの本能に賭けるとはいっても、
不安が残るのは事実だし、何より彼女達を本人が
「望まない」まま、強制的にセットアップしてしまったのだ。

果たして、それは許されることなのだろうか。

……いや。

そんなことを今考えても仕方がない。

絃を見つける。

見つけ出して、頃す。

そう心に決める。

あいつは敵だ。

世界中の、そして俺の敵だ。

69: 2012/03/22(木) 20:30:32.24 ID:sON2xcHy0
あいつを殺さなければ、
俺は……俺のバーリェ達は、笑って暮らせない。

そして氏んでしまったバーリェも、浮かばれない。

だから、戦うんだ。

ガコン、と音がして陽月王が浮き上がり、
トレーラーボックスに詰め込まれる。

次いで空中に浮き上がる感覚があって、
絆は唾を飲み込んだ。

そしてシートからずり落ちそうになった
文の体を、隣のシートに支えて戻す。

……ずっとゲームをして過ごさせてやりたかった。

70: 2012/03/22(木) 20:31:08.03 ID:sON2xcHy0
――愛(まな)とは、もっと一緒に遊んでやりたかった。

命の料理を、もっと食べてやりたかった。

雪は……もう一緒に
アイスクリームを食べることはないのだろうか。

霧には、もっと優しくしてやればよかった。

もう、あの子達の、
この子達の笑顔を見ることはないのだろうか。

…………違う。

血が出るほどに唇を噛み締めて、
絆は沸きあがって来た感情を無理矢理に飲み込んだ。

「俺達は、帰るんだ」

手を伸ばして、優と文の力がない手を握る。

71: 2012/03/22(木) 20:31:37.60 ID:sON2xcHy0
「一緒に……」

呟いて、震えを押し頃す。

そう、帰るんだ。

俺達のラボに。

ささやかな幸せのために。

だから、戦うんだ。

二人の手を離して操縦桿を握る。

不思議なことに。

もう、震えは収まっていた。

72: 2012/03/22(木) 20:32:19.23 ID:sON2xcHy0


フォロンクロンに到着してから、
○七○○時まで待機していた。

途中、一時間ほど前に優と文が目を覚まし、
きょとんとした顔を見合わせる。

絆は軽く笑って彼女達に向けて手を挙げた。

「よお、目が覚めたか」

「絆……?」

『絆さん?』

優が言葉で、文が手話で疑問符を口に出す。

絆は周囲のモニターを見回して、彼女たちに言った。

「見ろよ。お前達が見たがってた、自然があるよ」

73: 2012/03/22(木) 20:32:48.09 ID:sON2xcHy0
朝の光に包まれた、広大な森が広がっていた。

さやさやと風が吹いていて、緑色の木々が揺らいでいる。

どれも青々としていて、生命力に満ち溢れていた。

バイオ技術で整備された土地。

これも人間の産物なのだが、優と文は、
口をポカンと開けて、自分達の置かれている状況を
確認するよりも先に、広がる森に見入った。

「フォロントンだ! 絆、ここフォロントンだよね!」

優が大声を上げる。

絆は軽く笑って首を振った。

「いや……良く似たところだけど、
フォロンクロンっていう自然区域だ」

74: 2012/03/22(木) 20:33:29.88 ID:sON2xcHy0
『凄い……こんなに木が沢山……』

文が緩慢に手を動かしながらモニターを覗き込む。

彼女の動きに連動して、陽月王の首が動き、
カメラアイから周囲の状況が切り替わる。

「ていうか、これ何……? 
私達、どうしちゃったの?」

優が操縦桿を握ったり離したりを繰り返しながら、
不思議そうに言う。

――エネルギーラインは安定していた。

優と文の体から微量ずつエネルギーを抽出しながら、
最低ラインで機体を動かしている。

彼女達にも負担はあまりないようだ。

それを確認してから、絆は言った。

75: 2012/03/22(木) 20:34:09.31 ID:sON2xcHy0
「お前達のしたがってた戦闘だ。
これが、前話したことがある人型AAD、
陽月王。ロボットの中だよ」

「本当?」

優と文が目を丸くして、互いの顔を見合わせる。

そして双子は同時に手を伸ばして、
パン、と手の平を叩き合った。

「どうした?」

不思議そうに聞いた絆に、文が手話を返した。

『ずっと戦闘に出たかったんです! 
それに、お姉ちゃんと一緒だなんて、
一緒に絆さんの役に立てるなんて、嬉しい!』

グン、と陽月王が動いて前傾姿勢から
いきなり立ち上がった。

76: 2012/03/22(木) 20:34:43.46 ID:sON2xcHy0
「ま、待て文! 
まだ作戦は開始されてないんだ。座ってろ!」

慌てて絆が言うと、文は首を傾げて操縦桿を握った。

本能的に操縦感覚が分かるらしい。

またしゃがみこんだ陽月王の中で、
優がワクワクした顔を押し殺そうともせずに、絆に言った。

「で、どれ? どの死星獣を倒せばいいの?」

「…………」

「絆?」

『絆さん? どうしました?』

黙り込んだ絆に、双子が怪訝そうに聞く。

「今回のターゲットは、この森と人間だ」

77: 2012/03/22(木) 20:35:16.77 ID:sON2xcHy0
絆は、二人から視線を離して操縦桿を握った。

「え……?」

優がきょとんとして絆にまた聞いた。

「どういうこと? 死星獣はいないの?」

「出てきたら迎撃する。
だが、まずはこの森を焼き払う。
そしてもし『人間』がいたら、片っ端から頃す」

「…………」

『…………』

「安心しろ。操作は俺がやる。
お前達は、死星獣が出てきたら
ゲームと同じように倒せばいい」

「嘘……だよね、絆」

78: 2012/03/22(木) 20:35:43.32 ID:sON2xcHy0
優が狼狽しているのか、ポツリポツリと言う。

「この森焼くの? どうして? 
こんなに綺麗なのに……」

『それに人って……敵は死星獣じゃないんですか?』

「エマージェンシーコールレッドだ。理解してくれ」

呟くように早口で言う。

その単語は、バーリェの脳の中に
刷り込まれた記憶を制御する「キーワード」だ。

途端に優と文が顔を見合わせ、頷いた。

「分かった。絆に任せるよ」

『分かりました。何をすればいいですか?』

86: 2012/03/23(金) 20:21:18.71 ID:U/74IjXl0
「合図が出たら、索敵しながらゆっくり進む。
文、武装のロックを解除しろ。機関砲だけでいい」

頷いて文が集中する。

「頭部マシンガンノロックヲ解除シマシタ」

ガチャン、とカバーが開いて何かがせり出す音がして、
機械音声が流れる。

――これでいい。

これでいいんだ。

生きて、帰る。

この子達を守るために。

それがどんなに狂っていて、
どんなに間違ったことだとしても。

87: 2012/03/23(金) 20:21:51.34 ID:U/74IjXl0
俺は、そのために戦いたいんだ。

それがたとえエゴだとしても。

そうするしか、ないんだ。

操縦桿を手の甲に骨が浮く程強く握り締める。

やがてポンという気の抜けた時報と共に、
渚の声が流れた。

『○七○○時になりました。ミサイル攻撃、
爆撃を開始します。特務官、衝撃に備えてください』

「了解」

優と文が不安そうに顔を見合わせる。

「大丈夫だ。俺の言う通りにしていれば、
すぐにラボに帰れる」

88: 2012/03/23(金) 20:22:35.47 ID:U/74IjXl0
絆がそう言った途端、陽月王の少し後ろに
設置されていたミサイル砲台から、
数本のミサイルが空中に向かって発射された。

陽月王と同系機の人型AAD三機が、
同様に木の陰に前傾姿勢で待機している。

それらの頭の上を飛び越えて、ミサイルは
数百メートル離れた地面に次々に突き刺さると、
天まで届く火柱を吹き上げた。

ビリビリと地面が振動する。

その轟音と衝撃に、優と文は悲鳴を上げて硬直した。

「口を閉じろ、舌を噛むぞ!」

絆が怒鳴る。

次いで、高速で戦闘機型AADが
空中を飛び越え、バラバラと機雷を投下した。

89: 2012/03/23(金) 20:23:09.01 ID:U/74IjXl0
一瞬後、また地面が揺れ、木々や土を
吹き飛ばしながらそれらが炸裂した。

機雷には誘炎剤が使われている。

離れた木々に爆炎が引火し、
たちまちに周囲が火の海になった。

「……き……絆……! 絆!」

優がそこで大声を上げた。

「絆、森が燃えてるよ! 森が……!」

ショックを受けたのか、ガクンと陽月王に
供給されるエネルギーラインが落ちた。

「グリーンラインニ安定サセマス。
活動臨界マデ、後千八百秒デス」

霧の時には表示されなかったタイマーが
モニターに表示される。

90: 2012/03/23(金) 20:23:47.99 ID:U/74IjXl0
あと三十分。

グリーンラインで優と文を使い続けて、
彼女達の一時的な限界が訪れるまでのタイムリミットだ。

それまでに勝負を決めなければいけない。

いや、決める。

ここに絃がいるとは限らないが、
自分は与えられた役割を完璧にこなして、そしてラボに戻る。

笑って、雪を迎えてやるんだ。

『特務官、前進してください』

渚のオペレーティングが聞こえる。

絆は狼狽している優と文から視線を離し、
陽月王の操縦桿を握った。

91: 2012/03/23(金) 20:24:25.07 ID:U/74IjXl0
絆の操縦により、陽月王が立ち上がり、
脚部のキャタピラを回転させる。

そして低速で進み始めた。

他の人型AADもゆっくりと前進を始めている。

「ちょっと待って絆、
エマージェンシーコールレッドでも、
いくら何でもおかしいよ! 森は何も悪くないよ!」

想像と現実は、えてして違う。

頭の中では「緊急事態」と認識していても、
目に入った現実に脳がついてこないのだろう。

優が怒鳴る。

絆は、同様に首を振った文と優を交互に見てから
静かに言った。

「……そうだな。お前の言う通りだ」

92: 2012/03/23(金) 20:24:59.53 ID:U/74IjXl0
「……なら……!」

「でも、お前達が笑って暮らすためには、
この森が邪魔なんだ。ここに敵が隠れてる可能性が高い。
だから壊す。これは決定事項なんだ」

「そんなの……そんなのおかしいよ!」

優が、しかし絆の言葉を打ち消した。

思わず黙った絆に、優は燃え盛る周囲と、
少し離れた場所にまた爆雷が投下された現実を見て、
声を張り上げた。

「こんなことして笑って暮らせない! 
酷すぎるよ、おかしすぎるよ絆!」

「……俺に任せるんじゃなかったのか?」

「そういう問題じゃないよ、絆は何も感じないの? 
そんな訳ないよね、だって絆だもん……!」

93: 2012/03/23(金) 20:25:33.14 ID:U/74IjXl0
すがるように優が言う。

隣を見ると、文も操縦桿から手を離して
絆を真っ直ぐ見ていた。

言葉に詰まった。

こんなことをして、笑って暮らすことは
出来ないと彼女達は言った。

なら。

――何が、正解なんだろう。

それが一瞬分からなくなったのだ。

しかし絆は、また爆雷が投下されて
優が悲鳴を上げたのにハッとして、
急いで文に指示をした。

「操縦するんだ、文! 
巻き込まれたら俺達も氏ぬぞ!」

94: 2012/03/23(金) 20:26:16.67 ID:U/74IjXl0
彼の切羽詰った声を受けて、
文が慌てて操縦桿を握り、意識を集中させる。

そして陽月王は、燃え盛る木に突撃しかけていたのを
すんでのところで回避し、横にスライドしながら前進を始めた。

「……駄目だ、やるんだ」

しかし絆は、少し考えてから押し頃した声でそう言った。

「どうして……!」

また怒鳴った優に、絆は静かに返した。

「終わらせるんだ、こんな戦い。終わらせなきゃならない。
だから俺達は、俺達が笑って暮らせるために、
小さな幸せを守るために、戦わなきゃいけない。
お前達も戦うんだ。
それが、バーリェとして生まれてきたお前達の宿命だ」

95: 2012/03/23(金) 20:26:53.05 ID:U/74IjXl0
「…………」

『…………』

「そして同時に、それが俺のカルマなんだよ……」

また機雷が爆発した。

「言ってる意味が、よく分からないよ……」

優が呟く。

そこで渚が張り上げた声が、
スピーカーから飛び込んできた。

『重力子指数急激に増大! 
死星獣の反応です! 
特務官、迎撃体制をとってください!』

「死星獣だ……!」

数百メートル離れた前方の空間それ自体、
空中にまるで水面のように波紋が広がる。

96: 2012/03/23(金) 20:27:24.88 ID:U/74IjXl0
そしてそこから蜃気楼のように、
白いヒトガタ死星獣が出現した。

一、二、三……。

合計。

十五体。

「え……?」

唖然として、情けない声を上げる。

ヒトガタ死星獣……タイプγ(ガンマ)達は、
陽月王をはじめとする人型AAD四機を
包囲するように次々に出現していた。

『た……多数のタイプγを感知! 
戦闘に移行してください!』

渚がモニターの奥で悲鳴のような声を上げる。

97: 2012/03/23(金) 20:28:03.82 ID:U/74IjXl0
「何、これ……」

白い巨人に包囲されている状況を見て、
優がポカンとして静止する。

絆も言葉を失っていた。

先日倒した一体どころの話ではない。

十五体もの死星獣を、どうしたらいいのか。

一瞬、分からなくなった。

……もしかして。

嵌められたのか?

絃に。

「戦闘プログラムを起動! 
文、優、敵を倒せ、『命令』だ!」

しかし絆は、考える間もなく怒鳴っていた。

98: 2012/03/23(金) 20:28:47.77 ID:U/74IjXl0
バルカントを消滅させたような
玉砕攻撃をかけられたら、ひとたまりもない。

『命令』というキーワードを聞いて、
二人が一気に緊張する。

文が操縦桿を握り、瞬時に陽月王の
戦闘プログラムを起動させた。

「戦闘システム、起動。全テノ設定ヲニュートラルヘ。
エネルギーゲイン、ブルーラインデ安定。迫撃刀、
『シィンケルハン』ヲ使用シマス」

機械音声が無機質にそう言い、
陽月王は文の本能的な操作によって、
背負っていた全長十メートルはあろうかという
長大な幅広のブレードを抜き放った。

優も意識を集中する。

ブレードにオレンジ色の光がまとわりついた。

99: 2012/03/23(金) 20:29:27.16 ID:U/74IjXl0
二人とも、「兵器」の顔をしていた。

途端、陽月王は背部ブースターが点火させ、
凄まじい衝撃と共に横に吹き飛んだ。

「コアを狙え、胸部だ!」

絆が凄まじいGに耐えながら声を張り上げる。

文は、Gが全く気にならないのか機械的に操縦桿を動かした。

ゲームと同じ。

普段彼女達がやっていたのは、擬似的な戦闘プログラムだ。

操縦法は、あまり変わらない。

次の瞬間、正確に一体、タイプγが
胸から両断されて崩れ落ちた。

内部は空洞になっていて、
キューブ型のコアも半ばから二つに割れている。

100: 2012/03/23(金) 20:30:10.21 ID:U/74IjXl0
遅れて、そのタイプγが大爆発を起こした。

それに煽られて、周囲の他のタイプγ達がよろめく。

「文、一気にやるよ!」

優が操縦桿を握って大声を張り上げる。

文は力強く頷いて、なんの躊躇いもなく
操縦桿を高速に動かし始めた。

ブラックホール粒子の四散と爆発に
巻き込まれそうになったところを、
キャタピラを高速回転させて避ける。

そして倒れこんだ別のタイプγの首をブレードで凪ぐ。

簡単に死星獣の首が宙に舞った。

そして文は、陽月王のブレードを首を
切り飛ばしたタイプγのコアに突き立てた。

101: 2012/03/23(金) 20:30:39.25 ID:U/74IjXl0
音を立ててブレードを回転させ、
またキャタピラを動かしてその場を離脱する。

絆の認識が追いつかないほどの、機械的な動きだった。

「私達、やれる! こいつら全部殺せる!」

優が叫ぶ。

文が口の端を吊り上げて笑う。

「エネルギーライン上昇。活動臨界マデ、後六百秒デス」

度重なる「キーワード」の連発と、
恐怖による彼女たちの極度の興奮状態で、
エネルギーがダダ漏れになっている。

「落ち着け……! 周りと連携しろ!」

舌を噛みそうになりながら絆が大声を上げる。

102: 2012/03/23(金) 20:31:17.01 ID:U/74IjXl0
あと十分で陽月王は停止するほどに、
エネルギーラインが上がっていた。

バーリェの生体エネルギー融合炉が、
真っ赤に発熱しているのが危険値として表示されている。

そこでやっと、他の人型AAD達が陽月王の
ものと同じ迫撃戦用ブレードを抜き放った。

タイプγとの戦闘データは、
命のもので既に対策が立てられている。

コアは胸部であることが判明している。

頭部から発射される高密度のブラックホール粒子爆弾さえ
どうにかしてしまえば、どうにかなる。

迫撃戦用の強力な武装で、短期決戦を狙うのが一番早いのだ。

しかし次の瞬間、近くのタイプγに斬りかかろうとした
人型AADが、別の個体に唾を吐きかけられ、
大爆発を起こした。

103: 2012/03/23(金) 20:31:58.80 ID:U/74IjXl0
「あ……」

絆は思わず、呟いていた。

情けない声で。

吹き飛び四散する人型AADの一機が、
自分達と重なって見えて。

そこにも、同じようにバーリェが
乗っていたんだと気づいて。

呟いて、しまった。

次の瞬間、補助操作が止まった陽月王が
絆の制御を離れ、完全なる暴走状態に陥った。

「全テノ設定ヲパーンクテンション。
全武装ノロックヲ解除。
エネルギーラインを百三十五倍デオーバー。
武装チェック、レディ。
視界確保、レディ。
シィンケルハンドブレードノ、
エネルギーシステムヲ展開シマス」

104: 2012/03/23(金) 20:32:35.24 ID:U/74IjXl0
陽月王のエネルギーコーティングが
炎のように吹き上がり、
同時にブレードが、バクンと音を立てて
上下左右に展開した。

その隙間から、オレンジ色の光
……優の生体エネルギーが滝のように吹き上がる。

「活動臨界マデ、後百五十秒デス」

「やめろ! 何をしてる、俺のナビを聞け!」

青くなって絆が怒鳴る。

「はは……あははははは!」

優が笑った。

壊れてしまった命のように。

楽しそうに。

面白そうに。

105: 2012/03/23(金) 20:33:08.36 ID:U/74IjXl0
大きな声で彼女は笑うと、
操縦桿を力の限り握り締めた。

その目は、既に正気を失ってしまっていた。

「頃すよ! 全員頃す!」

怒鳴った優の激情を代弁するかのように、
文が陽月王を動かした。

腕を振り、オレンジ色の光を噴出させている
ブレードを凪ぐ。

既に三十メートル近く伸びているエネルギーの刃は、
タイプγを同時に四体、胸から斬り飛ばした。

絆が目を開くことも出来ない速度で陽月王が舞う。

地面を滑りながら鈍重な筈の機体が動き、
長いブレードで地面を、森を斬り飛ばしながら
手近なタイプγのことを頭から両断した。

106: 2012/03/23(金) 20:33:39.80 ID:U/74IjXl0
そこで、もう一体の人型AADが
タイプγの唾を正面から受けて四散した。

その爆発を踏み超えて、
優と文が同時に雄たけびを上げた。

「全エネルギーヲ解放シマス」

一瞬で、エネルギーの刃が天を突く程、
数百メートルも伸びた。

「避けろ!」

かろうじて絆が、味方に向かって怒鳴る。

しかしそれさえも許さない速度で、
文は数百メートルの刃を横凪に振り回した。

射線上にいた味方のAADもろとも、
残りの、唾を同時発射して
玉砕しようとしていたタイプγ達を吹き飛ばす。

107: 2012/03/23(金) 20:34:15.94 ID:U/74IjXl0
次いでエネルギーの塊が収束して、大爆発を起こした。

それに煽られる形で、陽月王が地面に転がる。

次の瞬間、優が凄まじい勢いで吐血した。

「え……」

ブルブルと震える血まみれの手を見つめ、
優はポカンと呟いた。

「エネルギーシステムノラインガ切断サレマシタ。
サイドシステムニ移行シマス」

「優!」

絆が我に返って、這いずるようにして優に近づこうとする。

そこで、前傾姿勢になっているコクピットの中、
優がぐんにゃりと体を曲げ、力なく絆の方に倒れこんだ。

108: 2012/03/23(金) 20:34:54.89 ID:U/74IjXl0
「優、おい、しっかりしろ! 優!」

優はもう、呼吸をしていなかった。

半開きになった口元から、
血液が後から後からと垂れている。

事態に頭がついていかないのか、
文が呆然とそれを見つめていた。

絆は痛む足を庇うこともせずに、
優の体からチューブをむしりとると、
彼女の止まっている心臓の上に手を当てて、
何度も押し込み始めた。

109: 2012/03/23(金) 20:35:29.52 ID:U/74IjXl0
「おい! おい、返事しろ! 
…………帰るんだ! 一緒に帰るんだよ! 
違う! 俺は……俺はお前達にこんなことを
させたかったんじゃない! 
違うんだ、優! 違うんだ! 
目を開けろ! 優、優!」

必氏に呼びかける。

絶叫する。

しかし、もう事切れたバーリェに反応はなかった。

マイクの奥で渚が絶句している。

しかししばらくの沈黙の後、
彼女は絆の声を掻き消すように大音量で声を張り上げた。

「新しい死星獣の反応です! 
未確認の個体です、迎撃してください!」

116: 2012/03/24(土) 21:32:55.13 ID:s9qUNLnH0
「優が……優が……!」

渚に向かって絆は悲鳴を上げた。

「優が氏んだ!」

『特務官、死星獣の撃破を!』

絆の声に被せて渚が大声を上げた。

『先ほどの爆発と死星獣の攻撃により、
エフェッサー側の残存戦力が五十パーセントを
切りました! 迎撃してください!』

絆達の少し前の空間がゆらめいて、
今度は、タイプγのように白くはなく、
「金色の」ヒトガタ死星獣が浮かび上がる。

それは、胸の前に手の平を上にして、
長い髪を垂らした女の子を乗せていた。

117: 2012/03/24(土) 21:33:31.61 ID:s9qUNLnH0
女の子は白と赤を基調とした
軍服のようなものを着ていた。

金色の死星獣の顔面にあたる場所には
穴が開いておらず、完全なのっぺらぼうだ。

全長は少しサイズが小さく、十五メートル前後だろうか。

死星獣の体に触れても氏なないということは。

体から生体エネルギーを発しているということに他ならず。

それは、つまり。

人間ではないということを指していた。

女の子は背を伸ばして両腕を胸の前で組んでいた。

ズンッ、と金色の死星獣が足を踏み出した。

それの体から発生られるブラックホール粒子が、
周囲の地面をすり鉢型に塵にして消滅させていく。

118: 2012/03/24(土) 21:34:25.47 ID:s9qUNLnH0
そこで、モニターにザザッ、と音がして
聞き知った声が割り込んできた。

『お久しぶりです。絆様』

「さ……桜……?」

呆然として優の心臓マッサージをしていた
手を止め、絆はモニターを見つめた。

桜だった。

絃と共に消えた、彼のバーリェ。

半氏半生の状態のはずの彼女が、
腕組みをして仁王立ちになり、こちらを睨みつけている。

文の無意識の操作で、カメラアイが収縮し、
死星獣の手の平の桜が拡大される。

彼女は口の端を歪めて小さく笑うと、
どこかからか通信素子で割り込みをかけているのか、
静かに服の胸元に取り付けられたマイクに向かって口を開いた。

119: 2012/03/24(土) 21:35:04.52 ID:s9qUNLnH0
『乗っているのは雪ちゃんではありませんね? 
新しい複製体でもないようです。
……無茶をしましたね。氏にましたか? 
大暴れをしてくれたものです
……これだけの被害を出すとは、正直思っていませんでした』

彼女らしくない淡々とした喋り方だった。

どこか達観したかのような、緩やかな口調だ。

顔色は悪い。

良く見ると、腕に携帯型の点滴が取り付けられていた。

心なしか、風に吹かれて仁王立ちの姿が
揺らめいているようにも見える。

そこで陽月王が立ち上がり、死星獣に近づいた。

絆が止める間もなく、文が陽月王のハッチを開いた。

絆と文の姿が、外気にさらされる。

120: 2012/03/24(土) 21:35:48.90 ID:s9qUNLnH0
周囲に四散しているブラックホール粒子は、
文による陽月王のエネルギーコーティングの
フィールドで防がれてはいる。

しかし、絆は青くなってハッチを閉じようと
計器を操作した。

……動かない。

頑として文が操縦している陽月王は、動こうとしなかった。

「くそっ……何でだ……! 動け! くそ!」

ガチャガチャと操縦桿を動かしている絆を見ることもせずに、
文は大きな身振りで桜に手話を送った。

『桜ちゃん! 何? 何があったの? 
どうしてそっちにいるの!』

「…………」

121: 2012/03/24(土) 21:36:35.27 ID:s9qUNLnH0
死星獣の手の上の桜は、しかしそれには答えなかった。

それ以前に、距離が遠くて手話が見えていないようだ。

声を発することが出来ない文が、
歯を強く噛んで腕を動かす。

『お姉ちゃんが……お姉ちゃんが氏んじゃった! 
愛ちゃんも、命ちゃんも氏んじゃったよ! 
雪ちゃんも氏にそうなの! 
なのに……なのにどうしてそっちにいるの!』

文の声にならない叫びを受けて、
桜は鼻を鳴らしてそれを一蹴した。

『何だ……やっぱり雪ちゃんではないのですか』

スピーカーから淡々とした声が流れてくる。

死星獣が腕を動かし、胸の前に持っていく。

そして、桜はまるで水面のように揺らめいた
その胸部に、トプリと体を沈み込ませた。

122: 2012/03/24(土) 21:37:26.15 ID:s9qUNLnH0
『その兵器を破壊します。
ブラックボックスシステムをいただいていきます。
絆様、文ちゃん。さようなら。速やかに氏んでください』

死星獣の体が、次の瞬間、更に濃い金色に変色した。

『桜ちゃん!』

文が手を握り締めて、口を動かす。

そこで残存していたらしい、
残り一機の人型AADが、
金色の死星獣に向かって斬りかかってきた。

しかし桜を取り込んだ死星獣は、
タイプγのものとは比べ物にならない速度で
それを回避すると、地面を滑るように浮遊し始めた。

そして一瞬で人型AADの背後に回り、
それを羽交い絞めにする。

『まずは一つ』

123: 2012/03/24(土) 21:38:25.73 ID:s9qUNLnH0
桜の呟きが、割り込んできた通信から流れる。

死星獣の背中から別の腕が競り出すように生えてきて、
人型AADのコクピットを貫通する。

それをハッチごと握りつぶして、
ドシャリと音を立てて地面に投げ捨てる。

『この機体とシステムは、流用させていただきます』

金色の死星獣は、次の瞬間アメーバのように
ドパァッ、と薄い膜状になって広がると、
コクピットを除いた人型AADに覆いかぶさった。

そしてたちまちのうちに全身を覆い隠し、
陽月王と寸分違わない姿になる。

違うといえば、表面が光沢を発していて、
全身金色に光り輝いていることくらいだ。

迫撃戦用ブレードを構える、金色の陽月王。

124: 2012/03/24(土) 21:38:59.56 ID:s9qUNLnH0
そのブレードが、先程優がやったように展開し、
一瞬で全長五十メートルは超える
桜色のエネルギー波を発し始めた。

「ど……どういうことだ……?」

呆然と絆が呟く。

頭がついていかなかった。

そこで文が強く歯を噛み、操縦席に腰を下ろした。

絆の操縦を無視していた陽月王が、
コクピットハッチを空けたまま動き出す。

文が陽月王にも迫撃戦用ブレードを構えさせる。

「文、ハッチを締めろ!」

絆が声を張り上げるが、文はそれを無視した。

自分の両目で、金色の陽月王を睨みつけた
文の目から、一筋涙が垂れる。

125: 2012/03/24(土) 21:39:41.73 ID:s9qUNLnH0
『シィンケルハンドブレード、ロック解除。
エネルギーシステムヲ展開シマス。
活動臨界マデ、後百二十秒デス』

次の瞬間、陽月王の背部ブースターが
全開に点火し、絆は叩きつける風に
目を開けることも出来ずに、
必氏に優の亡骸を抱き寄せて、
シートの上に体を丸め、ベルトで固定した。

次の瞬間、薄いオレンジ色の文のエネルギーと、
ピンク色の桜のエネルギーが衝突して、
辺りに真っ赤な熱波を飛び散らせた。

『……文ちゃん、あなたの気持ちは分かります。
悲しいよね。苦しいよね』

金色の陽月王が陽月王と全く同じ動きをして、
何度も高速の斬撃を受け止める。

まるで鏡の中の自分と戦っているかのようだった。

126: 2012/03/24(土) 21:40:37.32 ID:s9qUNLnH0
『でもね、それ以上にこの星は病んでるの。
私達の悲しみも、苦しみも、
元はといえばこの星が病んでいるせいなのよ』

淡々と桜が語る声が、金色の陽月王の中から聞こえる。

『そして星を病ませているのは、人間なの。
だから人間は殺さなきゃならない。
皆頃しにしなきゃならない。
でも……新世界連合は、生き残らなきゃいけないの』

同時に斬撃をかわして、
キャタピラを回して横にスライドする。

そしてやはり同時に、エネルギーブレードが長く伸び、
相手の左肩を吹き飛ばした。

陽月王の左肩が半ばから抉れて飛び散り、
破材が小規模な爆発を起こす。

文と金色の陽月王――桜は、ブレードを投げ捨てると、
残った右手でお互い相手の頭部を掴んだ。

127: 2012/03/24(土) 21:41:14.64 ID:s9qUNLnH0
ギリギリと締め上げられて、
カメラアイからのモニター映像が次々と消えていく。

異常値を示すランプがところかしこで点滅した。

次の瞬間、二機の右腕の装甲が、
愛が死星獣を吹き飛ばした時のように開いた。

そしてお互いのエネルギーを噴出させ始める。

「やめろ文……! こいつはダミーシステムだ! 
お前の行動をなぞっているに過ぎない!」

絆がやっとの思いで怒鳴る。

しかし文は、絆の声が聞こえていないのか、
声が出ない口を大きく開き、
正気を失った目で声に出さずに絶叫した。

桜の声が、聞こえる。

128: 2012/03/24(土) 21:42:05.70 ID:s9qUNLnH0
『だってそうでしょう? 
新世界連合までいなくなったら、
誰がこの世界の秩序を守るの? 
あなた達害獣を駆除した後、
誰がこの腐った世界を元に戻すの? 
だから私達は、あなた達が抱く戦力を全て
吸収した後に破壊することにしたわ。
残念ながら、今の死星獣に、マーキングがない
詳細なピンポイントワープを行う技術はない。
正確には……「その技術を解明できていない」
のだけれど……』

同時に陽月王と、桜の機体の頭部が爆発した。

優の亡骸を熱波から庇うように、
それに覆いかぶさった絆の背中を、火が舐める。

よろめいて頭部を失った相互が、
光り輝く右手を振りかぶった。

『だから元老院の居場所をみつけることもできない
……でも、情報はいただいていくわ。
このブラックボックスは、持ち帰らせてもらう!』

129: 2012/03/24(土) 21:43:04.66 ID:s9qUNLnH0
桜が吼えた。

絆達を囲むように、
死星獣のタイプγが新たに五体出現する。

そして一体が、桜の機体の背中に手を突っ込んで、
一辺一メートル四方ほどの、
黒いキューブ体を取り出した。

それは。

――死星獣の核に、酷似していた。

それを持ってまた消えた死星獣を確認して、
絆は操縦桿を押した。

陽月王がブースターを点火して、
相手から跳びすさって離れる。

地面に転がっていた迫撃戦用ブレードを拾い上げ、
転がるようにして金色の陽月王に飛び掛る。

相手も同様にブレードを構えて突撃してきた。

130: 2012/03/24(土) 21:43:41.07 ID:s9qUNLnH0
「離脱するぞ、文!」

絆は怒鳴って、新たに陽月王に搭載されていた、
緊急離脱用のシートポッドのボタンを、
ガラスを叩き割って露出させた。

愛が氏んでから、陽月王に搭載させていた機能だ。

コクピットが小型の戦闘機型脱出用ポッドとなって、
緊急離脱することが出来る。

しかし、それを叩きつけるように押した途端。

絆は、文に突き飛ばされて、
競りあがってきたシャッターの中に、
優の亡骸を置いて押し込められた。

「文! 何やってんだお前!」

陽月王と桜の機体のブレードが衝突し、
また熱波が吹き荒れる。

131: 2012/03/24(土) 21:44:13.94 ID:s9qUNLnH0
周囲を、残ったタイプγが囲み始めていた。

文は優の血まみれの亡骸を抱いていた。

そして絆に向けて、ゆっくりと手を振る。

『……さよなら絆さん。今までありがとう。
でも、私はお姉ちゃんの所に行きます。
お姉ちゃんには私がいて、私にはお姉ちゃんがいて、
そうじゃなきゃいけないから。
だから、ごめんなさい……本当に、ごめんなさい』

意味を理解して絆は青くなった。

この子は。

氏ぬつもりだ。

「やめろ文! め」

「命令だ」と言おうとしたところで、
シャッターが閉まった。

132: 2012/03/24(土) 21:45:01.48 ID:s9qUNLnH0
次いで、絆を乗せた脱出用ポッドが
ものすごい勢いで後ろに向けて射出される。

『あなた達を生かしてはおかない……! 
危険すぎる! そしてあの人は絶対に殺させない! 
私の、世界で一番大切な、
何にもまして大事な、大事な人……! 
絶対に殺させるものか! 
絶対に、あなた達をあの人に近づけない!』

桜が通信の外で声を張り上げる。

そこで、文が立ち上がったままの陽月王が
背部ブースターを点火させて、頭から桜の機体にぶつかった。

……文が、絆に向けて微笑んだ気がした。

『そのためだったら、私は氏んでも構わない!』

桜の機体も頭からぶつかってくる。

『我らの新世界のために!』

133: 2012/03/24(土) 21:45:34.67 ID:s9qUNLnH0
正面衝突した二つの機体は、同時に。

――桜の絶叫と共に、一瞬だけ膨らんだと思ったら。

まわりの死星獣を巻き込んで、大爆発を起こした。

自爆したのだ。

人型AAD二機が、同時に。

半球状のエネルギーの塊が吹き荒れ、
次の瞬間、天高く光の柱が吹き上がった。

それは光化学スモッグの雲を吹き飛ばし、
その上の「青空」を一瞬だけ投影した。

絆の脱出用ポッドが突風に煽られて地面に叩きつけられる。

134: 2012/03/24(土) 21:46:04.99 ID:s9qUNLnH0
衝撃でハッチが開き、中途半端に
締めていたベルトが外れ、
絆は焼け野原になったフォロンクロンの
地面に投げ出され、叩きつけられた。

土と血まみれになりながら、
絆は綺麗なすり鉢型に消滅した、
数百メートル先の地面を見た。

タイプγも、金色の陽月王も。

他ならぬ、先ほどまで乗っていた陽月王でさえも。

そこには、何もなくなってしまっていた。

135: 2012/03/24(土) 21:46:57.43 ID:s9qUNLnH0



数時間後、病院のベッドに絆は固定されていた。

その隣で、渚が俯いて座っている。

彼女は持っていたファイルを開いて、
ボンヤリと空中を見つめている絆に、重い口を開いた。

「フォロンクロン、他二拠点で多数の死星獣の
出現は感知されましたが、絃元執行官をはじめとした、
新世界連合の『人間』は確認されませんでした。
おそらく三拠点に攻撃する前に、拠点が移されたと
思われます。フォロンクロンの地下に、もぬけの殻に
なった拠点跡が発見されました。
攻撃で半壊していましたが、おそらく新世界連合が
使っていたものと考えられます。
他二拠点では、AADは全滅。
エフェッサーの戦力が残ったのは、
フォロンクロンだけでした」

136: 2012/03/24(土) 21:47:37.06 ID:s9qUNLnH0
「…………」

絆は外を見た。

……絃に嵌められた、と考えるのが一番妥当なのだろう。

彼が、桜と、桜のクローンを連れ出した時から、
既に彼の策は始まっていたのだ。

おそらく狙いは元老院。

絆や、エフェッサーの本部役員でさえも
その所在を知らない、モニターの向こうの数百人の老人達。

彼らの情報を、新世界連合は欲しがっていたのだ。

そして同時に。

彼らは、エフェッサーの有するAADの
情報も欲しがっていた。

137: 2012/03/24(土) 21:48:14.23 ID:s9qUNLnH0
――あの黒いコアを思い出す。

死星獣のコアに酷似していた。

もしかしたら……と思っていたが、
どうやら、間違いないようだった。

死星獣とバーリェは類似した存在なのだ。

だから雪の細胞と死星獣の細胞は、
融合して霧を創りだすことが出来た。

適合したのだ。

それが偶然とは思えない。

そして、AADに使われている技術も、
死星獣のデータを応用したものなのではないのか。

そう考えると、絃が他ならぬ桜を犠牲にしてまでも
逃げて、人型AADのブラックボックスを、
死星獣を使って回収させたことも納得がいく。

138: 2012/03/24(土) 21:49:06.21 ID:s9qUNLnH0
AADのブラックボックスは、
死星獣にもそのまま応用できるのではないか。

……死星獣がAADを取り込んだ瞬間を目の当たりにした。

多少なりとも同一要素を含んでいることで、
あそこまで陽月王と同一な機体を作り上げることが
できたのではないのか。

桜は、その捨て石にされた。

――絃は、桜を守るために裏切ったのではない。

桜を使ってでも、本当に「人類を抹頃するため」だけに
裏切ったのだ。

おそらく絃は、新世界連合は、
桜達が三方向に分かれた時点で、既に拠点を移している。

そしてのうのうとエフェッサーが残り香を追跡してきた
ところを、大量のタイプγ死星獣で襲ってきたのだ。

139: 2012/03/24(土) 21:49:46.75 ID:s9qUNLnH0
つまり。

「………………犬氏にかよ」

小さな絆の呟きを聞いて、渚が口をつぐんだ。

優も、文も。

犬氏にだ。

桜を道連れにしたとはいえ、
ブラックボックスも回収されている。

文の自爆で、全体の半分のAADが
残存したとはいえ、残りの半分を破壊したのは、
優と文のようなものだ。

一概に、彼女達の活躍だとは言えないのが事実だった。

最初から間違っていたのだ。

決められたことを、決められた通りに、
決められた分だけやれば幸せになれるなんて、
そんな楽な考えはなかったのだ。

140: 2012/03/24(土) 21:50:38.25 ID:s9qUNLnH0
そうしようとして結局どうなった?

優はブラックボックスにエネルギーを
全て吸い取られて氏んだ。

文はそれに絶望して、
本来バーリェがとるはずのない行動に出た。

自殺だ。

そう、自殺だった。

五大原則にもある意識に抗って
尚余りあるほど、彼女は絶望したのだ。

それは絆への愛を、インプットされた
好意感情を上まっていることであり。

いわば、文の優に対する「愛」だったとも言えた。

目を閉じて、息をつく。

141: 2012/03/24(土) 21:51:12.53 ID:s9qUNLnH0
骨折五箇所。

肋骨には所々ひびが入っていて、
背中には広範囲で火傷が広がっている。

重症だ。

そして結果が。

これだ。

……絃が、桜を捨て石にしたことに
対する衝撃も大きかった。

あくまで彼は、「トレーナー」であると
心のどこかで勝手に定義づけていたのだ。

そう、思いたかっただけなのかもしれない。

「……元老院およびエフェッサーは、
あなたに新しいバーリェの支給を検討しています
……検討しているのですが……」

142: 2012/03/24(土) 21:51:45.80 ID:s9qUNLnH0
言い淀んでから、渚は呟くように言った。

「……どう、されますか?」

絆は緩慢に彼女の方を向くと、自嘲気味に笑った。

「どうするも何も……受け取らざるを得ないんだろ。
状況は、切迫しているからな」

「私は、あなたの監査を担当しています。
結果だけを重視している本部の判断とは異なり、
あなたのことを客観的に、行動全てを見て判断することが
出来ます。私は、あなたはトレーナー職から遠ざかるべきだと
考えます。全てが通るとは限りませんが、
多少なりとも、発言の効果はあると思います」

渚が小さな声で言う。

「…………」

絆はしかし、渚から視線を離して、
掠れた声で関係のないことを呟いた。

143: 2012/03/24(土) 21:52:36.14 ID:s9qUNLnH0
「……みんな氏んだなぁ」

「…………」

「その前にも、沢山頃してるけど
……今回のはちょっときついな……
五人もいたのに、今は同期は雪だけだ。
雪だって、あと何日生きられるか分からない」

「…………」
「いい子達だったんだ。今回は、特に」

「……分かります」

「あんたに何が分かるって言うんだ」

絆は呟いた渚の言葉を鼻で笑った。

しかし渚は、俯いたまま続けた。

144: 2012/03/24(土) 21:53:13.47 ID:s9qUNLnH0
「何となくですが……分かります。
あなたのバーリェ達は、みんなあなたを
守るために氏にました。どの子も、自分が氏ぬことに
対して躊躇がありませんでした。
あなたは、愛されていたんだなって私は思います」

「…………」

「その事実だけじゃ……いけないんでしょうか?」

絆は、ギプスが嵌められた腕で頭を抑えて、息をついた。

そしてだいぶ沈黙してから呟く。

「それじゃ、多分いけないんだな……」

「…………」

「愛されるだけじゃ、多分駄目なんだよな。
俺はそれに値する愛を、返してやれたのかって疑問なんだ」

145: 2012/03/24(土) 21:53:39.28 ID:s9qUNLnH0
「…………」

「多分俺は、返せてない。
あいつらに、あいつらの与えてくれた愛を、
それに値する愛を返せていない。
だから……だからこんなに苦しいんだ。
だからこんなに……」

絆は顔を上げて、渚に言った。

「連れて行って欲しいところがある。
手続きをとって欲しい」

146: 2012/03/24(土) 21:54:10.72 ID:s9qUNLnH0


絆が希望したのは、軍病院からさして
離れていない小さな自然公園だった。

渚に支えられながらタクシーを降りて、
松葉杖をついて歩き出す。

桜の花が、咲いていた。

花が咲いていた。

ピンク色の花びらが舞い散っていた。

バイオ技術で管理された自然の中、灰色の空の下。

その花は、ただひっそりと咲いていた。

排気ガス臭い空気がなびき、また花びらが散った。

それは整備されたコンクリートの地面に落ちると、
静かに横たわった。

147: 2012/03/24(土) 21:54:40.32 ID:s9qUNLnH0
そしてひときわ強い風が吹いて、
どこかに消えていってしまった。

絆は、またひらひらと落ちてきた花びらを手で掴んだ。

手の中で僅かに震えるそれをくしゃりと握りつぶし、
風の中に放る。

――声が、聞こえた気がした。

幸せな声が。

楽しそうな声が。

しかし、振り返った先には何もなかった。

ただ漫然としたピンク色の花びらが
舞っているだけだった。

148: 2012/03/24(土) 21:55:16.33 ID:s9qUNLnH0
過ぎ去った日。

過ぎ去ってしまった日。

もう戻らない日々。

もう返らない日々。

しかし、去年と、
その前と同じようにこの花だけは咲いた。

憔悴した目で、周りを見回す。

くすんだ視界に映るのは、何もない、
ただ花が咲き乱れる空間。

そして一本の樹の根元に、
ひっそりとたたずんでいる、一抱えほどの石だった。

バーリェの墓、と絃は呼んでいた。

バーリェ達は氏んだら火葬されるでもなく、
大概は検体として分解された後、リサイクルに回される。

149: 2012/03/24(土) 21:55:58.21 ID:s9qUNLnH0
優秀な個体であればあるほど、そうなる。

それに、今回のように自爆してしまった
優と文には、亡骸が存在しない。

その火葬されるわけでもない、
骨が埋まっているわけでもないバーリェ達の「墓」、
と絃は勝手に呼んで、氏んだバーリェの名前を彫っていた。

いつしか、絆もその石に氏んだバーリェの名前を
彫るようになっていた。

絃から話を聞いた、他の上級トレーナー達も、
時折訪れているらしい。

名前が、増えていた。

持ってきた彫刻刀を握り締めて、
ゆっくりとその石に近づく。

命が氏んでから、ここには来ていない。

150: 2012/03/24(土) 21:56:33.70 ID:s9qUNLnH0
彼女の名前も彫ってやらなければならなかった。

絆達人間も、氏んだら大概は火葬されて
灰は埋め立て処分をされる。

墓、という概念がいまだによく分からなかったが
それが「弔い」の気持ちから来るものであるということは、
今の絆にはよく分かっていた。

体中の痛みで霞む視界を無理矢理定め、名前達を手でなぞる。

沢山、氏んだなぁ。

そう思う。

ふと、その手が一番新しい場所で止まった。

桜の名前が、掘ってあった。

乱雑な字で。

しかし、深く。

151: 2012/03/24(土) 21:57:14.86 ID:s9qUNLnH0
いつ掘られたものなのかは分からない。

絃が掘ったのだろう。

おそらく、桜を連れて本部に出頭した最後の日に。

――桜を安楽氏させてやろうと思うんだ。

絃の言葉が脳裏に蘇る。

安楽氏、と絃は言っていた。

もしかしたら。

桜は、それを拒んだのではないか。

自分の意思で、玉砕する事を選んだのではないか。

乱雑に彫られた字を指でなぞり、絆は沈黙したまま、
右手で命、優、文の名前を、愛の名前の隣に加えていった。

152: 2012/03/24(土) 21:57:53.62 ID:s9qUNLnH0
――涙が流れた。

最後に文の名前を彫り終わって、
絆は彫刻刀を取り落とした。

何故泣いているのか、何が悲しいのか。

この期に及んでも絆はまだ、良く分からなかった。

分からなかったが。

悲しかった。

苦しかった。

手を伸ばして、樹から花がついた枝を一本折り取る。

そして絆は、そっと石の前にそれを置いた。

両手で頭を抱えて、泣きながら石の前に膝をつく。

153: 2012/03/24(土) 21:58:23.26 ID:s9qUNLnH0
もう戻らない日々。

もう返らない日々。

ピンク色の花びらが舞っている。

風が吹いた。

絆の苦しみなどを知らないかのように、
風はただ吹いて。

そしてただ、漫然と花びらは舞っていた。

154: 2012/03/24(土) 21:58:58.67 ID:s9qUNLnH0


雪の目が覚めたと聞いたのは、
それから二日経ってのことだった。

霧と一緒に、彼女に手を引かれながら絆は、
雪の病室を訪れた。

扉を開けると、ベッドの上に上半身を起こした
雪の姿が映った。

彼女は見えない目を二人に向けると、
嬉しそうに掠れた声を発した。

「絆、霧ちゃん……」

「お姉様!」

霧が駆け足で彼女に近づき、手を握る。

痩せていた。

やつれていた。

155: 2012/03/24(土) 21:59:30.89 ID:s9qUNLnH0
窓が開いていて、排気ガス臭い空気が部屋に充満している。

絆は雪の頭を撫でて、それを締めようと窓に近づいた。

「あ……締めないで」

雪はそう言って、小さく付け加えた。

「花の匂いがするんだよ」

「花の?」

絆はそう言って、笑った。

「そうだな。花の匂いがするな」

「みんなは? 私が病気の間、みんなはどうしたの?」

雪がそう問いかけた。

霧が俯いて、唇を噛む。

絆は雪の隣の椅子に腰を下ろして、そして言った。

156: 2012/03/24(土) 22:00:10.79 ID:s9qUNLnH0
「みんな、天国にいるよ」

雪は一瞬停止した後、絆にそっと、微かな笑顔を向けた。

「……そうなんだ」

「ああ」

「みんな、ちゃんと頑張った?」

「頑張ったよ。凄く頑張った」

絆はそう言って、雪の頭を抱き寄せた。

そして軽く撫でてやりながら、呟いた。

「また会ったら、伝えてやってくれ。
俺が、褒めてたって。
みんなに。絶対に、伝えてやってくれ……」

「うん、分かった。伝える」

雪が小さく頷く。

157: 2012/03/24(土) 22:00:42.46 ID:s9qUNLnH0
彼女の白濁した瞳から一筋涙が流れて落ちる。

さやさやと、排気ガス臭い風が吹いていた。

作られた町。

作られて整備された人々。

その中で、変わらず花だけは今年も咲いた。

その匂いは正直よく分からなかった。

分からなかったが、花は咲いている。

その事実だけで、いいのではないだろうか。

何とはなく思う。

158: 2012/03/24(土) 22:01:15.40 ID:s9qUNLnH0
俺は……負けない。

負けるものか。

折れそうな心の中で、一つだけそう思う。

何に負けないのか。

自分自身にだ。

ともすれば折れてしまいそうな
この心を折らないように、俺は前に進んでいくんだ。

トレーナーとして。

この子達が愛する対象として。

この子達を、愛してやれる存在として。

それが、俺のカルマであり。

俺の、存在の証明なんだ。

159: 2012/03/24(土) 22:01:56.56 ID:s9qUNLnH0
たとえどんなに世界が混乱していようと。

明日終わってしまうような
か細い世界だったとしても。

生きていこう。

この子達と一緒に、今を。

生きていこう。

明日に繋がる今を。

そして、戦うんだ。

自分に負けることなく、強い心で。

先に、先に進んでいくんだ。

絆は雪の頭をそっと離すと、
霧と彼女に向かって笑顔を向けた。

「さぁ、帰ろうか……俺達のラボに」

160: 2012/03/24(土) 22:05:20.35 ID:s9qUNLnH0
お疲れ様でした。

第四話「小春色の叫び」はこれで終了となります。

第五話に続かせていただきます。

ツイッターやスレを通して、沢山のメッセージを
いただいています!

私の中の糧とさせていただいています。

ありがとうございます!!

ご意見やご感想、ご質問などがございましたら、
お気軽に書き込みをいただけますと嬉しいです。

それでは、まだ続きますが、よろしければ
お付き合いください。

今回は失礼させていただきます。

162: 2012/03/24(土) 22:44:27.71 ID:uMEWPOVfo

163: 2012/03/25(日) 03:28:51.96 ID:yNXfrtOWo
みんな、みんな氏んでしまったね・・・
元老院側はどう動くのかな、楽しみ
お疲れ様

164: 2012/03/25(日) 07:23:42.14 ID:ZwHotje40

引用: 少女「それは儚く消える雪のように」 2