563: ◆6osdZ663So 2014/12/15(月) 05:35:15.31 ID:q5aQ6Ewdo

モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」シリーズです


前回はコチラ



 さてさて、書き上げるのに随分と時間が掛かってしまった……
すまぬ…すまぬ…ほんとすまぬ…
出遅れっぷりがなかなかに酷いのですが、投下しますー
(久々すぎて設定忘れてたりとか間違ってないかとか若干不安でございますが)

学園祭2日目、将軍襲来に関するお話ですよっ

564: 2014/12/15(月) 05:36:23.78 ID:q5aQ6Ewdo








――さて将軍の墜落より、時は少しだけ遡る。
----------------------------------------



それは、なんでもないようなとある日のこと。
その日、とある遺跡から謎の石が発掘されました。
時を同じくしてはるか昔に封印された邪悪なる意思が解放されてしまいました。

~中略~

「アイドルマスターシンデレラガールズ」を元ネタにしたシェアワールドです。
・ざっくり言えば『超能力使えたり人間じゃなかったりしたら』の参加型スレ。



565: 2014/12/15(月) 05:36:49.21 ID:q5aQ6Ewdo




恵の雨が降り続き、そして上空には今なお脅威の佇む京華学院。


その方々で、守るべき物を守るために、

ヒーローと呼ばれる者達が、また導かれるように集まったつわもの達が、各々の戦いを繰り広げている。


そして、事態を解決すべくと、集結したアイドルヒーロー同盟のヒーロー達+αによる合同作戦会議もまとまり、

戦線はいよいよと本格化しようとしていた。


作戦に従い、任を振り当てられたヒーロー達は各自が仲間たちと共に持ち場へと向かっていく。

その中である者は作戦遂行のために精神を集中させ、

またある者は隣に立つ者達と、想定される状況とその対応策を話し合うなど、

作戦実行までのわずかな移動時間さえも、有効に活用するべく自分達にできる限りの事を行う。


此度の事件の首謀者『将軍』撃墜のために屋上に向かうメンバー達もまた同様に。





きらり「むーん……」

さて、錚々たるメンバーの中に首を傾げる少女が一人。

566: 2014/12/15(月) 05:38:02.02 ID:q5aQ6Ewdo


李衣菜「…?どーしたのリーダー?……もしかして口塞いでたの怒ってたりする?」

夏樹「作戦内容で気になることがあるのか?」

仲間の様子に気づいた2人が、少女に問うた。


きらり「んんー、そうじゃなくってー」

きらり「あのねー、よくわかんないけどー……とーってもちっちゃくて見えない子がいた感じぃ?」

李衣菜「……ちっちゃくて……見えない子??」

夏樹「……さっきの部屋にか?」


2人が仲間の言葉の意味を測りかねていると、

彼女達の前を歩いていた女性が立ち止まり、口を挟んだ。


時子「……言われて見れば、些細な程にはおかしな気配が混じってたかもしれないわ」

567: 2014/12/15(月) 05:38:38.53 ID:q5aQ6Ewdo


シャルク『おかしなけはい……?ひかえしつに ふしぜんなてんは かんじとれませんでしたが…』

ガルブ『ええ、あのばにいた かたがた いがいの なにかのはんのうは なかったはずです』

梨沙「気のせいなんじゃないの?適当な事言わないでよね!」

コアさん『ブモッ』


時子の言葉を聞いた者が、口々に意見を出す。

どうやら、ほとんど分からない程度に小さな何かの気配があったようなのだが、

その場の全員が感じ取れるようなものではなかったらしい。


パップ「もし……気のせいじゃないとするなら…………”ネズミ”がいたか?」

プロデューサーとしての勘か、あるいは自身の経歴故にか、彼がその可能性にいち早く気づいた。

あの場に居た歴戦のヒーロー達のうち、ほとんどの者が勘付けない程度に小さな気配の正体……

それがもし、ヒーロー達の会話を”盗み聞き”していた何かだとするならば……


菜々「あのっ、控え室に待機してるクールPさんに連絡した方がいいんじゃ…」

パップ「そうだな、すぐに連絡する」


控え室に1人待機している手負いのクールPの身を案じ、パップは通信端末を手に取った。

568: 2014/12/15(月) 05:39:19.17 ID:q5aQ6Ewdo


――


パップ『と言う訳だ、クールP。そっちに変わった事はないか』

クールP「ええ、現在のところは……こちらには問題ありませんよ」

パップ『そうか……まあ、盗み聞きしてた奴が居たとして、

    せっかく俺達に気づかれなかったのに仕掛けてくるような愚はおかさねえか』

クールP「……でしょうね。お恥ずかしながら、

     指摘されている気配と言うに僕もまったく気づけていなかったので……

     僕が襲われなかったのは、不幸中の幸いではありましたか」


クールPの手に持つ端末の通信先で、パップは息を吐いた。

控え室に一人残っているクールPの無事を確認できた安堵のためであろう。


パップ『さて、どうしたもんか』

クールP「……」


仲間の無事を確認できて一安心と言ったところではあったが、しかしそもそもの問題は解決していない。

何者かに、もしヒーロー達の作戦を聞かれていたのであれば、同盟は然るべき対応をしなければならないだろう。


パップ『そうだな…………現場の指揮は俺だが』

パップ『作戦の根幹に関わる事になりそうなら、お前の意見も聞いておきたい』

クールP「そうですね……」


万が一の場合は、作戦の練り直しと言う事もあり得る。その場合、現場の判断だけで行動する訳にはいかない。

そう考えたパップに意見を求められたクールPは、

ほんの少し、思案するフリをした後に、はっきりと答えた。


クールP「結論から言えば、問題ないでしょう。そのまま作戦を続けてください」

569: 2014/12/15(月) 05:40:05.48 ID:q5aQ6Ewdo


パップ『いいのか?』

クールPの答えに対して確認するように再び問うパップであったが、その声の調子に疑問や戸惑いのようなものはない。

その意見を妥当なものだとし、納得もしているが、一応の確認の言葉であろう。


クールP「理由を述べます。まず第一に、今から作戦を練り直す時間はありません。

      一刻を争う事態ですからね。万が一、敵に此方の作戦が漏れていた場合であっても

      今から再び皆さんを呼び戻して、有効な別の作戦を模索する余裕はありませんから」


まずそれが第一理由。

半ば学院一つに集まった人々全てを人質に取られた状態。

そして地上に現れた大量のカースによって、不安に駆られる人々のことを思えば、

遥か上空で偉そうに踏ん反り返っているであろう男から提示されているタイムリミット以上に、実質的な猶予時間はほとんど無い。

570: 2014/12/15(月) 05:40:53.55 ID:q5aQ6Ewdo



クールP「けど、それは相手にとっても同じ事です。

     第二に、僕らの作戦を聞いていた間諜が居たとして、

     その情報がはるか上空に居る将軍に伝り、彼が作戦への対抗策を練るまでには若干の猶予があるはずです。

     それだけの時間があるなら、僕達は作戦を完遂させることができるでしょう」


これは、やや希望的な観測ではあったが、

『地上からのエネルギー砲による狙撃によって敵を撃ち落す』と言う此度の作戦は、

少々乱暴でありながらも、とにかく即効性のある方策であり、

短時間に実行するのは容易でいて、かつ知っていても対処しきる事は難しい類の物である。

作戦を0から練り直すよりは、こちらの成功にかける方がずっと可能性はあるのだ。


……まあ何より、クールPとしては、作戦内容が知られたところで、

あの凡骨で野蛮な男に対応できるような知恵があるとは思ってもいないのだが。


パップ『……だな。だいたい同意見だ』

パップ『なら、このまま作戦を続行するぜ?』

クールP「ええ、引き続きお任せします。現場指揮は頼みましたよ」

パップ『ああ、ヒーロー達の事は任せておいてくれ。……そっちも気をつけてな』

クールP「作戦の成功を祈っています」


最後にお互いの健闘を祈りあい、男達は通信を切るのであった。

571: 2014/12/15(月) 05:42:09.57 ID:q5aQ6Ewdo




クールP「……はあ」

通信を終えて、控え室に一人、クールPは大きくため息を吐いた。


クールP(…………やれやれまったく、こうして誤魔化すほうの身にもなって欲しいな)

クールP(彼女はきっとうまくやったつもりなんだろうけど……分かる人には、やっぱり分かっちゃうみたいだね)
     

ヒーロー達の作戦会議、それをひっそりこそこそと探っていた者の正体を、

ただ一人、彼は知っていたからである。


クールP(外は大雨……この雨の中じゃ彼女も大した活動なんてできないはずだけど)

クールP(…………)

クールP(……けど、あるいは彼女なら……ひょっとすると何か手を用意してるのかもしれないな)



雨の降り続く窓の外を見つめ、クールPは今朝会ったばかりの”彼女”に思いを馳せた。


572: 2014/12/15(月) 05:43:04.01 ID:q5aQ6Ewdo


――




チナミ「ふっふっふっふー♪」


人々が避難して、無人となった学院・教習棟の廊下を歩くのは1人の吸血鬼。

その足取りはいつになくご機嫌であった。


チナミ「やっぱり爛に会っておいて正解だったわねえ」

チナミ「おかげで同盟から情報を引き出せたんだもの、ふふふ~♪」

チナミ「持つべきものは、利用し甲斐のある仲間ね!」


柄にも無くスキップまでしちゃってる彼女の背中に、

貼りついているのは小さな……もう一人の彼女。


小チナミ「ぜぇ…ぜぇ……」

とても小さな使い魔は、何故か息を切らして冷や汗をダラダラと垂れ流していた。

573: 2014/12/15(月) 05:44:00.63 ID:q5aQ6Ewdo


小チナミ(本体は簡単に言ってくれてるけど、こっちは命がけのMGS(かくれんぼ)だったんだからっ!)


そう、何を隠そうヒーロー達の作戦会議を盗み聞きしていたのは、吸血鬼チナミであった。

彼女の目的の性質上、学園に来ているヒーロー達の動向は常に窺い知っておきたかったためである。

そのため、彼女は分身たる使い魔、小チナミを使うこととした。


本体に命令を受けた小チナミは限りなく気配を遮断させて、アイドルヒーロー古賀爛を追跡。

控え室につくなり全力で…それはもう全力で影に隠れ、

なんとかヒーロー達の眼を誤魔化しながら彼らの作戦会議をずっと聞いていたわけである。

気配の遮断が得意中の得意とは言え、ヒーロー達の真っ只中、気づかれないように細心の注意を払い、小チナミ、超頑張った。


小チナミ(クールが身振りとかでさり気なく視線を誤魔化してくれてなかったらどうなってたか……)

なお同じ吸血鬼で、同郷のよしみであるクールPは、

彼女の存在をなんとなく察知しており、それとなくフォローしてくれていたようである。

574: 2014/12/15(月) 05:45:27.91 ID:q5aQ6Ewdo


チナミ「クールったら、なんだか面白そうな事を企画してるみたいじゃない、ふふふふ♪」

またチナミの方も、クールPとは付き合いがそこそこ長いためか、

彼の企む計画の概要こそわからずとも、クールPに何か謀があることはすぐに気づいたようである。


チナミ「私のプロデュースする新田美波改造計画もおじゃんになった事だし……」

チナミ「せっかく暇になったんだもの。こっちに1枚噛ませてもらいたいところね」

チナミ「学院上空に佇むのは、”家畜派”吸血鬼を率いるかの『将軍』……ふふっ、利用価値なんて山ほどありそうじゃない♪」


自分の立てていた計画がパーになっても、そこは”利用派”吸血鬼チナミ。

タダで帰る気はさらさらないようであった。


チナミ「……とは言え、普通にクールに打診しても乗らせてはくれないでしょうし」


裏では色々と画策してるクールPとは言えど、彼にも一応はプロデューサーとしての立場があり、

同盟内部に居て、信頼も出来る爛とは共に悪巧みをしてはいても、

流石に同盟外部のチナミを、自らの企てた何らかの計画に招くリスクは冒さないだろう。

「協力するわ」と直接言っても、断られるのは目に見えている。


チナミ「となれば、無理矢理にでも彼の計画に乗っかっちゃうしかないわよね♪」


だからと言って、やはり諦めて帰るような彼女ではなかったが。

575: 2014/12/15(月) 05:46:47.54 ID:q5aQ6Ewdo



チナミ「っと……そうそう、ここ、ここ。この教室だったわね♪」


さて、廊下を歩き通して、辿り着いた先。

そこは事件が起きる直前に、

アイドルヒーロー爛と会って話をした休憩室であった。


既に破壊されていた休憩室の扉を無視して、当然の様に教室に入る。

元々人気の無かった休憩室。故にか、避難している人間はそこには居なかった。


チナミ「流石に能力者達が集まってる教習棟の出入り口から外に出る勇気はないわ、目立っちゃうし、怪しまれるもの」


気配の遮断が得意な吸血鬼と言えど、あそこは警戒している人の目が多すぎる。

身体の小さな小チナミであればその視線も掻い潜るのに不都合はないのだが、

流石に本体が出入りをするには誤魔化しきれない可能性もあり、能力者が山ほど集まってるために危険も伴う。

576: 2014/12/15(月) 05:47:44.64 ID:q5aQ6Ewdo



チナミ「けど、そこは抜かりなく……何かあったときのための脱出ルートはきちんと確保してるのよ」


彼女がこの学院にやってきたのは、使えそうな能力者を自身の手駒とするためである。

京華学院には能力者専門の付属校もあると聞き、そして人の集まるこの祭りは、人材のスカウトには打ってつけであったからだ。

(実際にアイドルヒーロー同盟の関係者が多くやってきているのはそのためもあったのだろう)


もちろんチナミ自身、正体がバレないように活動には細心の注意を払っていたが、

しかし、その目的の性質のためにヒーローとの交戦の可能性もないとは言い切れず、


従って、彼女は万一の時のための逃走のルートを幾つか用意していた。

577: 2014/12/15(月) 05:48:35.76 ID:q5aQ6Ewdo



その一つがこの休憩室である。

休憩室に備え付けられた窓は、なんと全開となっていた。

人気の無い休憩室から外への緊急脱出を可能とするためにチナミが予め準備しておいたためである。


暗示をかけた学院の生徒との世間話で、

『窓を閉め切って置けばどんな侵入者も教習等にはぜぇぇったいに入って来れないっす!』と、チナミは聞いていたので、

「それじゃあ、逆に外に出る時はその窓が邪魔になるじゃない」と思い、

一部の窓は開いた状態で固定されるように細工しておいたのである。


緊急時、教室の窓は自動的に閉まり、強固にロックされる仕組みであったようだが、

吸血鬼の能力の一端を使えば、この自動ロックを掛からないようにしておく事なんて造作も無い。

さらにその上からカモフラージュの魔術でもかけておけば、誰かに不自然に思われることも無く、しばらくは気づかれずにも済む。


チナミ「開けっ放しにしていたせいか、この脱出ルートが外部からカースが入り込む通り道の1つになってたみたいね」


入ってきた教室の扉が破壊されていたのは、きっとそう言う事なのだろう。

まあ、学院内にどれほどカースが侵入していようが、チナミには関係のない話である。


チナミ「けれど、これに気づいたヒーロー達より先に辿り着けたみたいで良かったわ」

チナミ「それじゃ、早速ここから脱出させて貰うとしましょう」


(外は雨が降ってるのにどうやって?)


当然の疑問。流れる水を渡れない吸血鬼は、大雨の降りしきる地を歩く事はできない。


チナミ「ふふっ、決まってるじゃない♪これを使うのよ!」


疑問に声に対して、チナミは手に持っていた傘を高らかに掲げて答えた。

578: 2014/12/15(月) 05:50:20.34 ID:q5aQ6Ewdo




チナミ「『ブラックアンブレラ』!」

チナミ「ただの傘じゃないのよ、日差しも、雨も、 こ れ で も か っ !ってほどに遮ることのできる優れもの♪」

チナミ「どこぞの技術を使ったサクライの新商品の試作品らしいけれど、これがなかなかどうしてイケててね」

チナミ「日差しと雨のほぼ完璧な遮断……つまり吸血鬼の弱点2つを、大幅に緩和して受けるダメージをカットしてくれるのよ」


吸血鬼チナミがエージェントに所属してからサクライPに渡されたアイテムの中で、一番気に入っているのがこの奇跡の傘であった。

彼女は昼間活動する際には、常にこれを携帯している。


傘であるため、使用時は当然片手が塞がるし、

日差しや雨を防ぐと行っても、流石に吸血鬼にとって万全のコンディションとはならないようなのだが、

それでも自身の弱点を大幅に緩和できるとなれば、使わない手は無いのである。


チナミ「見た目以上に広い範囲をカバーできるから、流水対策もばっちり」

チナミ「ついでに耐水魔術でも自分にかけて、後はできる限り地面に足をつけないように跳んでいれば」

チナミ「この大雨の中、吸血鬼の私でも、ほとんど不自由なく移動ができるってわけよ♪」


(なるほど)

チナミ「……あらっ?」


ここでチナミ、はたっと気付く。


そう言えば……疑問の声についつい答えてしまっていたが、

果たして自分は誰と会話していたのだろうか。

後ろから小さく聞こえた声の方に首を向けると、そこには――



小キヨミ「それはとっても良い事を聞きましたっ!」

チナミ「なっ!!!!!」


小さな羽を生やし、小さな眼鏡をかけた、とても小さな使い魔が一体。

579: 2014/12/15(月) 05:51:32.31 ID:q5aQ6Ewdo



キヨミ「話はしっかりと聞かせて貰いましたよ!」

さらに教室の扉の方から、眼鏡をかけ髪を後ろで二つに結った少女が現れる。


チナミ「あ、あなたっ!!」

存在感を感じさせない分身を使った盗聴技術。

吸血鬼の能力を使ったチナミの十八番であるが、これは彼女の専売特許ではない。

同じ吸血鬼ならば、同じ事ができても不思議ではないのだ。


チナミ「っ……ぬかったわ」

小チナミ(て言うかいくら機嫌が良かったからって独り言多すぎなのよ……)

口を滑らせたのは、ついうっかりであったようである。


チナミ「……はあ……ま、こうなったのなら仕方ないわね……」

やってしまった事はやってしまった事として仕方ない。

気を取り直して、



チナミ「まったく何の縁かしらね、こんな所で合うのは……ねえ?『家畜派』吸血鬼さん?」

亜麻色の髪を棚引かせながら、吸血鬼の女はあくまで余裕の態度で振り返った。


キヨミ「ここで会ったのが百年目です!『利用派』吸血鬼チナミっ!!」

眼鏡の奥の眼光をきりりっと光らせ、吸血鬼の少女はそれを睨みつける。


学院の教室にて、2人の吸血鬼が再び邂逅したのであった。

580: 2014/12/15(月) 05:53:03.02 ID:q5aQ6Ewdo


チナミ「あ、ふふふっ、ごめんなさい

    『家畜派』って言ったけど、そう言えばアナタ追い出されたんだったわね」

『利用派』吸血鬼は、手を口に当て煽るようにくすくすと笑う。

どこから知ったのかはさておいて、『将軍』の娘キヨミが半ば絶縁されていることは既に知っていたようだ。


キヨミ「……」

さて、キヨミがこの場にいる理由だが。

彼女は、人間の研究の為、人間を知る為に、あくまで個人的に『秋炎絢爛祭』へと赴いていたのだった。


なお、そもそも人間を知ろうと思ったのは、人間にこっぴどくやられたためで、

人間にこっぴどくやられたのは……まあ、ほぼ彼女の自業自得ではあったのだが、

彼女が人間に喧嘩を売る原因となったのが、今目の前で笑っている吸血鬼が一因となっていたところもある。


そのためキヨミは、チナミに対して強い敵意を抱いていた。

581: 2014/12/15(月) 05:53:48.25 ID:q5aQ6Ewdo


キヨミ「……この学園祭であなたを見つけたのは偶然ですが……使い魔をつけさせておいて正解でしたね」


しかし吸血鬼キヨミ、冷静さを欠いていたあの祟り場の時とは違う。

チナミの安い挑発などは、軽く流してみせた。


そう、あの時とは違い今回、少女は出会い頭すぐに考えなしの喧嘩を売りはしなかった。

あくまで用心深く、気配を遮断できる使い魔に彼女を見張らせ、しばらく観察していたのである。


チナミ「まったく、何時から覗いてたのかしらね。見かけに似合わずスケベなんだから」

キヨミ「なっ!!どっ、どの口が言いますかっ!!」

チナミ「あーらぁ?怒っちゃったぁー?」

キヨミ「ぐぐぐ……」


……このくらいの安い挑発などは、軽く流してみせる。

582: 2014/12/15(月) 05:54:53.18 ID:q5aQ6Ewdo



チナミ「で……せっかく気取られずに私を監視できていたのに、

    それでもこのタイミングで私に姿を見せたって事は……この傘が欲しいのかしら?」

キヨミ「……」

チナミ「無言は肯定の証拠よ?ま、それ以外に考えられはしないのだけど」


吸血鬼の活動を補助する魔法の傘。

どんな吸血鬼も喉から手を延ばすほど欲しがるアイテムであったが、

キヨミには、どうしても今、それが必要な理由がある。


チナミ「ずばり当てちゃうけど、

     大方、外で騒ぎを起こした”無能”を助けに行くのに欲しいんでしょ?」

キヨミ「っ!!」

チナミ「図星みたいね、ふふっ」


少女は、一層と力強く女を睨みつけた。

冷静になったから、どんな挑発だろうと流せるわけじゃない。

言われて我慢できないことだって、もちろんある。


キヨミ「あなたなんかにお父様の何がっ!!!」

静かな教室に、キヨミの怒声が響く。

583: 2014/12/15(月) 05:56:20.13 ID:q5aQ6Ewdo

チナミ「あら。もしかして父親を馬鹿にされて怒ったの?

    ……わからないわね、一派を追い出されたって言うのにどうしてあんな野蛮で愚鈍な男を庇ったりするのかしら?

    『家畜派』からはどんどんと人材が抜け出ていってるのに、こんな騒ぎを起こす奴なんて、無能に違いないじゃない」


キヨミ「……」


少女は……父の事を尊敬していた。

彼女にとって父は、勇猛果敢で、力強く、一派をまとめていた大きな存在。


『共存派』のように、種の信念もなく媚びたりはしない。

『利用派』のように、姑息で汚い手段は使わない。


清く、正しく、そしていつだって堂々と彼は自ら戦場に立っていた。


豪快な自信と、それを裏打ちするその強さ。

その華々しき姿があったからこそ、彼の後ろを多くの者達がついて行ったのだ。



その姿が正しくなくて、何だと言うのだ。

584: 2014/12/15(月) 05:57:24.90 ID:q5aQ6Ewdo


絶縁されてしまった今となってもそれは変わらない。

あの背の頼もしさが、少女にとって力強い思い出として残っている。


キヨミ(騎士団を解任されたのは、私の実力が足りなかったからっ!)

キヨミ(お父様がここまでするほどに『家畜派』が追い詰められたのは……私が結果を出せなかったからっ!)

キヨミ(あの失態はお父様じゃなくって、私の失態っ……!なのにっ……!)


祟り場の一件で、『家畜派』はその勢力を大きく弱らせることとなった。

あの作戦は、『将軍』がキヨミ率いる『紅月の騎士団』の実力を信用していたからこそ任されていたのに、

だが結果は……


キヨミ(……悔しい……っ!)

585: 2014/12/15(月) 05:58:12.09 ID:q5aQ6Ewdo


チナミ「ましてや、あんなのを助けにいくつもりでいるなんてねぇ……

    せっかく縁を切ってもらえたんだから、沈む船の事なんかさっぱり忘れて放って置けばいいのに」


キヨミ(お父様を……好き放題言われるのは悔しいっ……!)


チナミ「結局は……”親子揃って、使えない側”なのかしら?」

キヨミ「っ!!!」





少女は、右手で自らの魔翌力の制御装置である眼鏡を掴むと、

力任せに外し、此方を見下ろす女へとその眼光を向けた。


チナミ「…………あら?戦うつもりなの?困ったわねぇ

    別に、傘くらいなら貸してあげてもいいのよ?


    お願いしますって言って頭を下げるなら……だけど、ふふふっ」


それでも、なお女は余裕綽々に笑う。


キヨミ「……いいえっ!結構ですっ!

    敵に……媚び諂ったりなんてするつもりはありませんからっ!」


キヨミ「正しさはあくまで………自分の力で示します!!」


それが彼女が父の背から学んだこと。

己の正しさは、己の強さで示さなければならない。

586: 2014/12/15(月) 05:59:43.42 ID:q5aQ6Ewdo



一触即発の2人の吸血鬼の対峙する教室。


さて、どちらかが動きだす前に、

教室の入り口の方からドタバタと、2人の男が入ってきた。


騎士A「キヨミ超☆騎士団長!!」

騎士B「わ、我々も助太刀します!!」


『紅月の騎士団』において、キヨミに付き従っていた2人の吸血鬼がキヨミの隣に立つ。

彼らは気配を消せないため、キヨミの指示で教室からやや離れた位置に待機していたのだが、

キヨミの怒声を聞いて駆けつけ、今にも戦闘の始まる様子に耐え切れず、出てきてしまったようである。


キヨミ「…………2人ともありがとう。でも大丈夫」

騎士A「……超☆騎士団長?」


キヨミ「これは……私の戦いだからっ!

    卑怯な真似はしないわ、これは私と…あの女の一騎打ち!」

騎士B「団長……」

587: 2014/12/15(月) 06:00:27.12 ID:q5aQ6Ewdo


それは覚悟。


チナミ「……こっちは一人だから、気づかってくれたのかしらね」


負けは許されない戦い。


キヨミ「……勘違いしないでください。

    貴女一人くらい、私一人で充分だって言ってるんです」


それでも、自身の正しさを示すために、

勝利を、己の手で掴みとってみせると言う決意の現れ。


騎士A、B「……」

団長の覚悟の言葉を聞いて、2人の騎士は幾歩か下がる。


キヨミ「さあ、どこからでも掛かってきなさい!」


チナミ「……」

588: 2014/12/15(月) 06:01:24.72 ID:q5aQ6Ewdo


チナミ「…………お互い吸血鬼だもの、魔眼は通じない……」

吸血鬼の切り札とも言える魔眼の能力であったが、

派閥間による争い合いの絶えなかった吸血鬼達の間においては、

同族の用いる切り札の対策などは、山ほど考案されて事前に講じられているものであった。


この場に置いても、

少なくとも、チナミの魅惑の魔眼は、キヨミ自身には通じないし、

キヨミの特殊な魔眼にしても、チナミ自身には通じないだろう。


チナミ「なるほど、純粋な力比べってわけね」

切り札が通じない者同士の一騎打ちであるならば、勝負は単純。

どちらがより力強いかで決まってしまう。


チナミ「わかったわ、それじゃあさっそく――」


チナミが手を高く振り上げると――




――キヨミを囲むように地面から不浄の泥が沸きあがった。


キヨミ「なっ!?」

589: 2014/12/15(月) 06:02:18.33 ID:q5aQ6Ewdo



『ギャハギャハギャハギャハ!!!!』
『ゲゲゲゲゲゲ!!!!』
『イーヒッヒッヒッヒッヒ!!!!!』

教室の床から湧き出たのは……

ドス黒い闇に紅の色を混ぜ込んだような、3体の狼の姿をしたカース。


チナミ「そんな勝負付き合うわけ無いじゃない」

キヨミ「っ!」


吸血鬼チナミ、もちろん相手の土俵に立ちはしない。


チナミの合図で呼び出された3体のカースはその鋭い牙を剥いて、

獲物を狙うようにキヨミへと向き合った。


騎士A「カースを操っているだとっ!!」

チナミ「あら?知らん振り?

    ”カースを吸血鬼の戦力にする”事を考えたのは、あなた達『家畜派』でしょう?

    私はそれの真似事をさせてもらっただけよ」

590: 2014/12/15(月) 06:03:04.47 ID:q5aQ6Ewdo


”カースの核”に魔翌力を注ぎ、戦力として用いることを『家畜派』吸血鬼達は考えた。

チナミはその発想をそのまま転用し、『眷族化カース』をいとも容易く操ってみせる。


『カースの核を集めよ。』と言う、『エージェント』としての指令を実行しているチナミは、

ほぼ常にカースの核を携行しているために、これらの駒をすぐさま用意する事ができた。


なおかつ、チナミは教室に来るまで途中出会ったカースを、この眷族カース達の”腹の足し”にしている。

そのため、チナミの操る眷族カースは……通常のカースの何倍も強い!


騎士B「キヨミ騎士☆団長!!ここはやはり……」

『ゲヘッ!!』


やはり助太刀を、と騎士が前へと歩み出る前に、

眷族カースの鋭い爪が、キヨミへと振り下ろされた!

591: 2014/12/15(月) 06:04:26.56 ID:q5aQ6Ewdo



だがしかし、


『ヘヘ――?―』
『アッ…?ギャ――』
『ギギギ――!?』


キヨミ「……呆れました。こんな程度ですか?」


眷族カース達の爪は、キヨミへと届く前にピタリと停止した。

怪しい光を灯す彼女の眼に見つめられ、カース達の爪先は既に石と化していた。


石化の魔眼。

見つめた相手を物言わぬ石へと変える呪いの極地。

彼女の使える必滅の切り札。


『『『―――――』』』


彼女に見つめられたカース達は3体とも、たったの数秒で石像と化した。

魔眼への耐性を持たない相手など、キヨミにとっては何の脅威にもなりはしない。

592: 2014/12/15(月) 06:05:00.91 ID:q5aQ6Ewdo


キヨミ「ふんっ!」

そして持ち前の怪力で、キヨミは3体の石像を破壊する。

ゼリーのようにサクリと、ガラスのように粉々に。


キヨミ「さあ次はあなたの番……」


そこまで言いかけて、彼女は気がついた。


キヨミ「えっ?」




先ほどまでそこに居たはずのチナミの姿が無い。




キヨミ(っ!気配の遮断っ!!)


それは影へと溶け込む吸血鬼の能力の1つ。

一瞬でも視線を外せば、彼女達はふっとその存在を影へと消してしまえる。


キヨミ「か、カース達は私の視線を誤魔化すための囮っ!つまり……」

593: 2014/12/15(月) 06:05:36.96 ID:q5aQ6Ewdo


キヨミ「に、逃げられたっ!?」


まさか、と言うほどの事も無い。

先ほど、チナミ自身が言ったとおりであり、

キヨミの吹っかけた戦いにチナミが付き合う理由などあるはずもなく。


彼女はこの学院を脱出しようとしていたのだから。

あの祟り場の時と同じく、戦いを放棄して逃げてしまっていてもおかしくはなかった。


キヨミ「ま、窓の外っ!まだすぐそこにいるはずっ…」


確認の為に、急いでキヨミは教室の窓へと駆け寄るが……



騎士A「超☆騎士団長!!後ろですっ!!!」


キヨミ「えっ」

騎士の言葉は……残念ながら遅かった。

キヨミがその声を聞いたときには、既に少女の目の前に、


鋭く光るナイフが突きつけられていたのだから。

594: 2014/12/15(月) 06:06:35.37 ID:q5aQ6Ewdo



キヨミ「えっ……あっ………」

目前に突きつけられているそれが何かを理解した時、


キヨミ「ぁぁぁあっ!!」

少女に恐怖が蘇る。

痛みと共に、鮮烈な敗北の記憶。


チナミ「……あっけない。セイラにこっぴどくやられたとは聞いてたけどよっぽどだったのね」

ナイフを持った右手を少女の目の前に突きつけて、

左手は、抱き寄せるように優しく、

震える少女の身体をその背後から支えながら、

退屈そうにチナミは呟いた。


騎士A「超☆騎士団長!!」

騎士B「今すぐ助けにっ!!」


チナミ「させるとでも?」


チナミが言葉を発すると同時に、

キヨミを助けようと動いた騎士達の背後から、何本もの手が延ばされる。


騎士A「なっ!?」

騎士B「にっ!?」

幾つもの手によって腕や脚を掴まれ、

彼らの身体はあっと言う間にガッチリと拘束されてしまった。


騎士A「ば、馬鹿なっ!?どうして……ここにっ……人間達がっ!?」

抵抗する2人の騎士をその場に抑え付けるのは、

ただの人間……学生達の手であった。

595: 2014/12/15(月) 06:07:45.00 ID:q5aQ6Ewdo


チナミ「魅惑の魔眼、見つめた人間を私の操る傀儡へと変える呪縛」


学生「「「「……」」」」

騎士B「うぐぐ…」


チナミ「ふふっ、もしもの時の備えよ。使える駒は多いに越した事はないんだから」


これもまた、チナミの活動がもしヒーローにバレて逃走する事となった場合の、事前準備。

暗示魔法の応用、遅効性の暗示を何人もの学生へと掛け、”可能であるならば”この場にやって来るように仕向けておいた。

それらを魔眼で見つめ改めて操り、女王の指令に従がう奴隷へと変えてしまう。


チナミの操作によって、この場に集まってきた学生達は計6人。

騎士一人に対しての3人の学生が、彼らを床へと押さえつける力を発揮する。


騎士A「ぐっ…しかしなぜっ……この程度の人間の数などっ」

騎士達は、怪力自慢の吸血鬼。

本来ならばこの程度の数の人間による拘束などものともしないはずである。

そう、本来ならば……

596: 2014/12/15(月) 06:08:28.82 ID:q5aQ6Ewdo



チナミ「私の魔眼はね、脳に直接指令を送る事が出来るの。

    これが面白いのはね、対象の自律神経を弄くって、脳がかけてるリミッターも外せることね」

騎士B「何っ……」


チナミ「知ってるかしら?火事場の馬鹿力ってやつよ」


人間の脳は、身体の無理な運動に対して自動でそれにブレーキをかけようとする。

しかし、身体の破壊を厭わない状況下であれば、そのブレーキを外すこともできるのだ。


チナミの魔眼の指令によって、強制的に脳のリミッターを外された学生達は吸血鬼並の怪力を発揮する事ができた。

たとえそれによって、自身の骨が折れて、肉が裂けたとしても、機械の様に与えられた指令を忠実にこなそうとする。


騎士A「……げ、外道がっ」

チナミ「人間を家畜扱いしてる貴方達に言われたくはないけれど、

    ま、何だっていいわ。私は利用できるものは全部利用するだけだから」


非難の言葉も”利用派”にとっては褒め言葉。

苦悶の表情を浮かべる騎士達を見下しながら、チナミは嬉しそうに笑った。

597: 2014/12/15(月) 06:09:17.99 ID:q5aQ6Ewdo



チナミ「さてと……」

人間を操り、騎士達を無力化したチナミは、

腕の中で震える少女を見下ろす。


キヨミ「はぁ……はぁ…………」

眼前に突きつけられた鋭利なナイフに怯え、

キヨミは無力な少女のように、ただ身体を震わせていた。


チナミ「……この状況で抵抗はできないわよね?

    魔眼や魔術の制御にはコンセントレーションが大事だもの。

    極度のトラウマで、集中できない状態なら発動さえ出来ないわ」


魔眼や魔術の制御には、通常、精密な魔力コントロール能力が要求される。

才能や感覚だけでそれを行える者も一部いるが、

そのような者達でも、正しく魔術を発動するには精神状態が普通である事が大前提。


極度に感情が揺さぶられる状態で無理に魔術の行使を行おうとしても、

その多くは形にもならずに失敗に終わる。

さらに”運悪く”魔術が形になったとしたならば、それは魔術の暴走と言う最悪の結果を引き起こしてしまうだろう。


チナミ「思いあがっていたところ悪いけれど

    今突きつけてる”これ”が現実。いったいどんな気分かしら?」

キヨミ「………ふ、ふぅ……ふぅぅ……」

チナミに問いかけに、少女はただ息を震わせる。

598: 2014/12/15(月) 06:10:15.25 ID:q5aQ6Ewdo


チナミ「答えることも、できないみたいねぇ」

キヨミ「………ぁぅ……」


キヨミ(どうして……)

抵抗する意志がないわけではない。

自分の身体に絡まる女の腕を引き離すために、少女は今もその手を懸命に動かそうとしている。

しかし、彼女の両手は命令には従わずただ震えるばかり。


キヨミ(どうしてっ……)

目の前の刃から逃れるために、少女はその足をほんのわずか一歩でも逃がそうとするが……

それも不可能、彼女の両足はまるでそこから動くのを拒むかのように力が入らなかった。


キヨミ(こんなに……悔しいのにっっ!)

頭の中は冷静なつもりで、けれど目先の凶刃からは目を離せず、

血は冷え切って、感情ばかりが昂ぶって、焦る想いは空回るだけで、

少女は人形のように固まってしまった自身の肉体を、どうすることもできはしなかったのだ。

599: 2014/12/15(月) 06:11:02.64 ID:q5aQ6Ewdo



チナミ「喋られないのなら、当ててあげましょうか?」

キヨミ「…………ぇっ?」

震える身体を動かせない少女には、ただ敵の言葉に耳を傾けることしかできない。


チナミ「貴女の思っているはずよ、”どうして私は貴女をすぐには傷つけないのか?”」

キヨミ「……」

確かにそうだ。

不気味なほど優しく語り掛ける女の言葉を聞いて、その疑問に思い至る。

キヨミには一切の抵抗ができないこの状況、

女はその手に持つ凶刃をすぐさま振りかぶり、自分に突き刺すこともできるはずなのに……

なぜ、それをしないのか。


チナミ「利用できるからよ」

その答えをチナミはあっさりと答える。


チナミ「現在進行形でヒーロー達に敵対する将の娘……

    そんなのは幾らでも利用する価値があるでしょう?

    例えばそう、この学園に来ているヒーロー達に貴女を引き渡す…なんて言うのもありかしらね」

キヨミ「っ……」

ヒーロー達がそのような手を使うかどうかはともかくとして。

敵将の娘が手中にあったのならば、有利な交渉をする事も充分に可能であろう。

600: 2014/12/15(月) 06:11:59.03 ID:q5aQ6Ewdo


チナミ「それに、利用方法はそれだけじゃあないのよ?

    知ってるかしら?吸血鬼って値がつくのよ」


人々が怖れ崇める不氏身の怪物吸血鬼、

その麗しきまでに怪奇なる存在の持つ魔道の力、あるいは荒ぶる肉体を

羨み、欲する者達などはこの世に多く存在し、

それ故に、彼らの肉体の一部であったとしても高額で取引されることは珍しくはなかった。


チナミ「それも、あなたみたいな美少女ならなおさらに…」


もちろん、美しき彼らの肉体が、

まるまる1つで手に入るのならば、それに多くの資産を投じようとする者も少なくはなく…


チナミ「そうねえ、貴女なら相場は……100本前後と言ったところかしら?」

キヨミ(……本?)


キヨミにその単位はよく分からなかったが――


チナミ「このまま人間に売っちゃうのも悪くないわね、

    使用用途は、ペットかモルモットってところかしら…

    あははっ、良かったわねえ!”家畜扱い”よりは大切にしてもらえそうじゃない!」

キヨミ(……っく)

まるで物の様に、自分が売り飛ばされようとしていることは理解できた。

601: 2014/12/15(月) 06:13:03.18 ID:q5aQ6Ewdo



チナミ「…………なーんて、ね。ふふっ、冗談よ

    そんな事するわけないじゃないの」

キヨミ「ぇっ……?」

脅すような言葉を紡いでいた女が、急にその態度をころっと変える。


チナミ「同族が傷つくのを見るのは、私だって気分が悪いものね」

キヨミ(何を……言って)


今更、”利用派”吸血鬼であるチナミが、

同族に対してそのような情を持っているなどとは到底思えない。

おそらくは心にも無いであろう言葉の意味をキヨミは測りかねていた。


チナミ「あなたももちろん嫌でしょう?人間に使われるなんて……ねえ?

    だから譲歩して、お互いが得をする別の提案をしてあげるわ」

キヨミ(別の……提案?)

チナミ「この傘は貸してあげる、あの男を助けに飛んでいくのもよしとしてあげましょう。

    でも、その代わり――」


チナミ「私も連れて行きなさい」

キヨミ「……!」

チナミ「ふふっ、簡単でしょう?」

602: 2014/12/15(月) 06:14:07.02 ID:q5aQ6Ewdo


それはとても簡単な交換条件、

キヨミが、父である将軍の元へと行く事を許す代わりに、

敵である彼女を、父の元へと案内しろと言う。


チナミ「別に、貴女に一派を裏切れと言ってるわけじゃないの

    ただ、貴女が父親に会いに行くのに私も連れて行くだけ…

    たったそれだけの事よ。ね、いい話でしょう?」

キヨミ「……」


本当に、それだけでいいのだろうか。


チナミ「貴女の誇りや尊厳が傷つくよりは、ずっとマシな選択だと思うけれど?」


確かにそうだ。

彼女の頼みはとても簡単で、これに従う方がどれほど楽なことだろう。

その提案はまるで絶望的な状況に、垂らされた一筋の希望の糸であった。

603: 2014/12/15(月) 06:14:58.24 ID:q5aQ6Ewdo


もちろん、彼女がその裏に何らかの企みを隠している事は明白であるが、

それでもたかが吸血鬼を1人、

父の元に連れて行ったところで、それが父の身に危険を及ぼす切っ掛けになるとも思えない。


ならば、ここは一先ず素直に従っておいた方が懸命であろう。


それに……自分は彼女に負けたのだ。

正しさは強さで示さねばならず、

強い者は勝たねばならず、


すなわち敗北者である自分は……

勝者である彼女の言い分に従うのが世の摂理だ。

だから


キヨミ「……」


だから…



キヨミ「……お断りします」

チナミ「聞き間違いかしら?」

604: 2014/12/15(月) 06:15:46.61 ID:q5aQ6Ewdo



キヨミ「お断りします!!あなたの言葉は超☆正しくないっ!

    全然まったく正しくないあなたの事を少しも信用できたりしませんっ!!

    あなたの頼みに従う理由なんてこれっぽっちもないっ!」


震える少女はぎゅっと目を瞑り、残るわずかな勇気を振り絞って叫んだ。


チナミ「……」

キヨミ「はぁ……はぁっ…!」


それは少女ができる最後の抵抗。

信じる正しさを曲げない事。

恐怖に身体が屈していても、心の内までは屈したくはなかった。


彼女は、『紅月の騎士団』の超☆騎士団長キヨミ。

己の信念を誇り、正々堂々と最後まで戦いぬく、覚悟を持つ勇士であった。


チナミ「ばかばかしいわね……呆れるわ。自分の身を天秤に掛けても

    まだアイツを売れないなんて、どっちが大切なのかもわからないのかしら」


少女の覚悟を、チナミは蔑んだ目で見下ろす。

どれだけ言葉だけの覚悟を示したとしても、非情な現実は変りはしない。

チナミにとってはやはり、刃を突きつけられ震える彼女は、哀れで無力な贄に過ぎない。

605: 2014/12/15(月) 06:17:06.41 ID:q5aQ6Ewdo

チナミ「それとももしかして…………親子の絆なんかを信じちゃってる口なの?」

キヨミ「……」


チナミの声のトーンが落ちる。

どうやら、キヨミの抵抗に何か思うところがあったらしい。


チナミ「もし、そうだったなら教えておいてあげる

    あの男はあなたのことなんて、


    ”便利な道具”程度にしか思っていない。」


キヨミ「……」


チナミ「使えないと分かったら、すぐに切り捨てたのがその証拠。

    もし、今仮に、あなたとあの男の立場が逆だったとしましょう。

    その時はあの男は、すぐにあなたを売っていたでしょうね」

キヨミ「……」


チナミ「絆なんてくだらない幻想、

    そんなモノはこの世のどこにだって存在しないのよ」





キヨミ「あーあー!!ぜぇんっぜん聞こえませんねっ!!!

    貴女の嘘まみれの言葉なんて私の耳には、少しも届いてませんっ!!!」

チナミ「イラッ」

606: 2014/12/15(月) 06:18:05.11 ID:q5aQ6Ewdo


チナミ「あっそうっ!どうだっていいけれどっ!

    あくまで聞こえない振りをするなら、無理にでも聞いてもらうだけよっ!」


そう言ってチナミは、少女の顎を左手で掴み右手のナイフをさらに近づける。


キヨミ「……っ」

目を瞑っていても、少女にはその鋭く冷たい気配が肌で感じられる気がしていた。


チナミ「だいたいこれは頼みじゃなくって命令よ、命令。

    頷く以外の返事を認めるつもりは最初からないの。

    立場がわかっていないなら、わからせてあげるまで」


キヨミ「……」


チナミ「選ばせてあげる、先に抉り取られるのは

    右目と左目、どっちがいいかしら?」


チナミの鋭いまなざしが、ナイフの様に冷徹に選択を迫った。

607: 2014/12/15(月) 06:19:03.70 ID:q5aQ6Ewdo


キヨミ(……まだ大丈夫……屈したりはしない)


諦めるにはまだ早い。

だが、キヨミがこの場を切り抜けるには、少々覚悟を決めなければならないようだ。


少女は瞑っていた目を薄っすらと開く。


キヨミ(……っ)


すぐ眼前には銀の刃。

今にもその脅威は彼女に向けて、飛び掛ろうとしているようにも見えた。

その切っ先が視界に映ると身体が奮え、再び思考が恐怖によって断ち切られそうになるが、


キヨミ(……お父様っ)

信じる者の為に、恐怖を振り切って、視線を別の場所へと移す。


銀の刃を持つ吸血鬼の右手、その僅か下、

丁度、肘の辺りに取っ手が引っ掛かっているのが見える。


キヨミの目的の物。大雨を遮断する闇色の傘。

608: 2014/12/15(月) 06:19:47.92 ID:q5aQ6Ewdo


不幸中の幸い、目的の物は手を延ばせば届く距離。

ただしそれを手にするために動き出したならば、

少女のどちらかの瞳は、再び失われることとなるのだろう。


鮮烈な敗北と痛みの恐怖が蘇る。


けれども、乗り越えねばならない。


キヨミ「……負けません」


チナミ「はぁ?」


敗北や痛みの恐怖がなんだ。

信念を貫き通せない事の方が、よっぽど怖いじゃないか。


キヨミ「私はあなたなんかに負けませんっ!!

    絶対に打ち勝って、お父様を助けに行きますっ!!」


チナミ「はい残念、不正解。二択問題をはずすなんて仕方ない子ね。

    でもいいのよ、どちらかの答えを選べないなら特別に……」


片目は……犠牲にする。

けれど、その代わり目的の物は絶対に手に入れる。


チナミ「私が選んであげるからっ!」

キヨミ「っ……」


ナイフが自分の目に突き刺さったならば、敵がナイフを引き抜いて次の行動に移るまでには必ず隙ができる。

その瞬間を狙って、うまく傘を奪い取ればいいだけの話だ。



チナミの右手が大きく振りかぶられて、

そして……

609: 2014/12/15(月) 06:21:58.39 ID:q5aQ6Ewdo





――ガィンッ!


チナミ「っぐ!」


キヨミ「えっ?」


チナミの右手のナイフが、猛烈な速度で飛んできた黒色の何かによって弾き飛ばされた。

あまりに唐突な出来事に、キヨミは面食う。


チナミ「だれっ!!」

黒い何かが飛んできた方向に向けてチナミが叫んだ。


教室の入り口の方へと、2人が目を向けると、そこには…



 「あ ー は っ は っ は っ は っ!」


ポーズをキメて、高らかに笑う一人の少女。


その少女が今、名乗りを挙げる。


「私は、愛とせい


チナミ「ひなたん星人っ!」


美穂「あぁっ!な、名乗りきる前に言わないで欲しいナリっ!!」

突然の乱入者は、刀を持った黒い衣装のちょっと電波っぽい少女であった。


美穂「あ、改めて!愛と正義のはにかみ侵略者!ひなたん星人ナリっ!」

Pくん「マっ!」


キヨミ「……」

背中に謎の小熊を背負った少女の登場。どう見てもイロモノ系の乱入であった。

610: 2014/12/15(月) 06:23:17.90 ID:q5aQ6Ewdo



美穂「ええっと……状況はいまいちよくわからないけれど、その女の子を離すひなたっ!」

Pくん「マぁマッ!マっ!」


チナミ「……」


ヒーローの到着。

チナミの用意していた脱出口を利用していたカース達のせいであろう。

カースの気配を追って、呪いの刀を持つ少女はこの場所に辿り着いてしまったようであった。


チナミ(引き上げね……)


どうやら、ひなたん星人はこの場の状況を見て、チナミを悪者であると正しく判断したらしい。

当然、チナミにはヒーローと戦闘する気は少しも無い。

そのような状況は、チナミにとって真っ先に避けるべき事態である。


チナミ「取り押さえなさいっ」


逃走の時間を稼ぐために、チナミは先んじて行動に出た。

チナミの目が怪しく光ると、騎士達を取り押さえていた学生の内の何名かがふらふらと立ち上がり、


乱入してきたヒーローに空ろな目を向け無言で飛び掛る。


Pくん「マっ?!」

美穂「っ?! あ、操られてるナリっ?!」


チナミが彼らと言う駒を用意していたのは、このような場合にヒーローの相手をさせるため。

一般人である彼らを、ヒーローは無闇に傷つける事はできないだろう。

ヒーローは傷つける事のできない彼らに苦戦し、その間に逃走の時間を稼ぐことが出来ると言う寸法だ。

611: 2014/12/15(月) 06:24:30.18 ID:q5aQ6Ewdo


美穂「……ラブリージャスティスっ」

しかし、チナミの目論見に反して、

駆けつけてきた少女はすぐさま刀を構え直すと、


美穂「ひなたんみねうちっ!!」


抜き放つように一閃。その技を撃ち出した。

刀が一瞬のうちに振りぬかれ、彼女に向けて飛び掛った学生達はすべて床へと倒れ伏す。


チナミ「なっ!」


美穂「しばらく寝ていて欲しいひなたっ!」

Pくん「マっ!」


ひなたん星人の”不殺の一撃”、

これによってチナミの駒は”傷つく事無く”戦闘不能となった。


チナミ「くっ…流石ねっ……けどそれなら次は…」

操る学生達による攻撃が振り切られようとも、チナミにとってそれはたかだか一手。

攻略される可能性も予測の範疇。一手を抜かれたならすぐさま次の一手を指すだけのこと。


チナミ「って痛っ!!」

だが、次なる一手を打とうとしたチナミの左腕に痛みが走る。


キヨミ「ぎぎぎっ…!」

見れば刃の脅威から逃れた少女が、チナミの左腕に噛み付いていたのだった。

612: 2014/12/15(月) 06:25:31.37 ID:q5aQ6Ewdo



チナミ(っ!!まずいっ!!)


吸血鬼が牙を突き立てる。

それは血を啜る怪物にとって、飢えを満たす行為だけには留まらず、

数々の伝承において、”人間を吸血鬼に変える”とさえ考えられている儀式的行為。


もちろん、元より吸血鬼のチナミにはその心配はないが、

しかし、吸血鬼に噛まれる事自体が、その吸血鬼によって支配されることを意味する。


その主なる効力の1つが、血液の流れの操作。

キヨミに噛まれた事でチナミの体内の血液の流れが狂わされ、それによって――


チナミ「………っ!」


肉体が硬直する。


自信の体内の血流を操作することなど、吸血鬼にとっては造作もないこと。

チナミも当然、すぐさま狂った血流の正常化を謀り、肉体の動作を取り戻そうとするが――


――それがほんのわずかな時間であっても大きな隙ができる事には変わりない。

敵を目前にして致命的すぎる隙がである。


キヨミ「はああっ!!」

続けざまに、少女の蹴りがチナミの腹部目掛けて放たれた。


チナミ「はらぱんっっっ!?!」

その強蹴を諸に受けたチナミの身体は、大きく後方へと一直線に吹き飛ばされて、

途中、並べられていた机や椅子などを弾き飛ばしながら、

教室の後ろの壁へとドカリと、強烈な音を鳴らしてぶつかった。

613: 2014/12/15(月) 06:26:31.22 ID:q5aQ6Ewdo


美穂「……」

美穂「え、ええっと……」

美穂(あ、ありのまま今起こった事を話すひなたっ!

   人質として捕まってたと思った女の子が、なんだかすごいを発揮して、捕まえてた女の人を蹴り飛ばしたナリっ!)


その様子を見てひなたん星人、しばし困惑。

捕まっていた少女の思わぬ反撃は、ひなたん星人にとってもまるで予想外の事であった。


美穂「い、今の蹴りは流石に氏んじゃうんじゃ……」


困惑から、思わず悪人だと思っていた方の無事さえ心配をしてしまう。

何しろキヨミの蹴りは、吸血鬼の怪力から放たれる渾身の蹴撃で、

傍から見てもその威力は絶大であったのだから。


キヨミ「……このくらいで倒れてくれる相手なら超☆楽だったんですけれどね……」


しかし、キヨミは静かにそう呟いた。

ひなたん星人に横から声を掛けられても、あくまで敵を吹き飛ばした方向からは目を離さずに……


美穂「えっ?」


キヨミの言葉を聞いて、ひなたん星人が同じ方向へと視線を向ける。

614: 2014/12/15(月) 06:27:40.48 ID:q5aQ6Ewdo


チナミ「……」


美穂「……こ、こっち睨んでるひなた……」

Pくん「マぁ……」


果たして、倒れた机や椅子の中、チナミの姿は健在であった。

強く身体を打ち付けたためか、彼女は頭から血を流し、腹部を押さえて座り込んでこそいたが、

その眼光は変わらず、鋭くひなたん星人達の立つ方へと向けられていた。


美穂(あの蹴りを受けてあんな眼ができるなんて……す、すごく頑丈ナリ……)


怒り故にか、吊り上ったその視線は狩人の如く冷徹で、

その凄みに思わず怯んでしまいそうにもなってしまう。


キヨミ「……逃げてください」

美穂「えっ?」


キヨミがひなたん星人に向けてそう言った。

ひなたん星人にとっては、助けに入った少女からの思いがけない言葉で。

少々間の抜けた顔になってしまっている。


615: 2014/12/15(月) 06:28:31.25 ID:q5aQ6Ewdo


キヨミ「……あの女は吸血鬼です。この程度の負傷であればたちどころに回復してしまうでしょう」


キヨミの言う通りであった。

相対するチナミは不氏なる怪物吸血鬼、その肉体再生能力は驚異的であり、

この程度の軽症であれば、造作も無く回復してしまえる。


キヨミ「とは言え、流石にノーダメージではないですから……すぐには動けないはずです。

    だから、今の内に……」

美穂「……」


吸血鬼チナミがこちらを睨み付けてこそいれど、

攻撃行動に移ろうとしないのは、安静によるダメージの回復を計っているのだろう。


チナミ「……」


恐らくは、チナミがこの状態を保つのはあと数秒ほどで、

回復を終えてしまえば、すぐさまこちらに襲い掛かってくるであろうが、


この場を逃げ出すだけならば、その数秒は充分にすぎる時間である。


キヨミ「それにこれは私の問題です。人間の手を……借りたくは……」

616: 2014/12/15(月) 06:29:26.42 ID:q5aQ6Ewdo

美穂「……」


さて、なおも事情のほどはよくわかっていなかったが

とにもかくにも、吸血鬼の少女にこの場から逃げるように促されたひなたん星人。


その場でほんのわずかに逡巡したようであったが、

次の行動は早かった。


キヨミの訴えを聞いてか、聞かずか、

返事は返さずに、ひなたん星人はその足を数歩、前へと動かす。


キヨミ「……えっ」

美穂「……」


彼女はキヨミに背を向けて、座り込む吸血鬼に堂々と向かい立ち、

そして、高らかと言い放った。


美穂「ここは私に任せて、先に行くひなたっ!!」

Pくん「マッ!!」

キヨミ「……」

状況に合っているのかよく分からないセリフを何故か自信満々に言い放つ。



美穂「このセリフ、カッコイイから一度言ってみたかったナリっ!」 グッ

Pくん「マッ!!」 グッ


色々と台無しである。

617: 2014/12/15(月) 06:30:24.71 ID:q5aQ6Ewdo


キヨミ「ふっ、ふざけないでくださいっ!話を聞いてましたかっ!?」


キヨミの忠告や言い分をまるで一切無視するかのようなひなたん星人の行動。

キヨミが怒るのも当然であった。


美穂「あなたの言葉は、ちゃんと聞こえていたナリ」

キヨミ「じゃあっ!」

美穂「”助けたい人がいる”って言ってたひなた★」

キヨミ「!」


『私はあなたなんかに負けませんっ!!絶対に打ち勝って、お父様を助けに行きますっ!!』

先ほどのキヨミの叫びは、教室の外に居たヒーローの耳にも届いていたようだ。


キヨミ「……」

美穂「詳しい事情は……やっぱりよくわからないから、もしかすると余計なお世話なのかもしれないけれど……

   でも、急ぐ必要があるならここは私に任せて欲しいナリ」


それが、ひなたん星人がこのような行動をとった理由。


キヨミには、誰かを助けに向かうに必要があって、

しかし、目の前の敵と戦っているために足止めを余儀無くされている。


この状況を見て、彼女はそのように解釈したのであった。

618: 2014/12/15(月) 06:31:19.89 ID:q5aQ6Ewdo


キヨミ「……」


キヨミは思案する。


出来れば人間の手は借りたくない。それは本心だ。

祟り場での一件で、考えを改めたとは言え、彼女は元は『家畜派』吸血鬼。

人と手を結ぶなど『共存派』のような行動はやはり恥だと考えていた。

ましてやこれは吸血鬼同士の戦い。横入りされたくは無いのは正直な気持ちであった。


キヨミ「……」


しかし、

その人間に今、助けられたのは事実であり、

そして、彼女に助けられたことによって、またとないチャンスを手にした瞬間であることも事実。


キヨミの右手を強く握り締める。

その手に掴まれているのは闇色の傘。

蹴撃を放つ直前に、チナミの腕から奪ったものだ。

これがあるならば、大雨の中での行動の制限が大幅に緩和され……間違いなく、父を助けに行く事ができる。


プライドと信じる思い。

秤にかけた少女は、一つの答えを選ぶ。


キヨミ「……お父様っ」


美穂「決まりひなたっ♪」


少女の搾り出した言葉を聞いたヒーローは、その答えを察してか朗らかに笑った。

619: 2014/12/15(月) 06:32:12.63 ID:q5aQ6Ewdo


チナミ「…………させるわけないでしょ」


とは言え、そうは問屋が卸さない。

頭を抑えながら座り込むチナミが小さく呟くと、教室の床から不浄の泥が再び湧き上がる。


『キシャシャシャシャシャァア!』

『グルゥウウウウウウ!!』

凶暴な獣の様な声をあげ、血走る肉体を震わせながら2体の眷族カースが再び現れた。



騎士A「はああっ!」

『ぎゃいんっ!?』

騎士B「この野郎っ!」

『きゅぅうんっ!?』


だが現れたカース達は、ひなたん星人の登場によって拘束が緩んだことで、

立ち上がることのできた騎士達の剣によって即座に両断された。

620: 2014/12/15(月) 06:33:23.74 ID:q5aQ6Ewdo

騎士A「超☆騎士団長!事態は一刻を争うはずです!」

騎士B「遺憾ではありますが……ここは…一先ずその人間に任せましょうっ!」


キヨミ「……ええっ!わかってる!」

騎士達に促され、キヨミは教室の開いている窓の方へと急いで向かう。


キヨミ「……」

その途中で一度だけ振り返り、


キヨミ「ヒナタンセイジンさん…でしたね……この借りは、いずれ返します」


背後にて、利用派の吸血鬼と対峙するヒーローに感謝の言葉を述べた。


美穂「礼には及ばないひなたっ★」


キヨミ「それと……」

美穂「?」

キヨミ「時間がないので簡潔に。”不意打ちには充分に気をつけてください”」

美穂「えっ?」

騎士A「騎士団長」

キヨミ「今行くわ」


最後に忠告めいた言葉を残して、3人の騎士達は窓の外へと去っていくのであった。


美穂(……どういうことひな?)

Pくん「マぁ?」

621: 2014/12/15(月) 06:34:12.27 ID:q5aQ6Ewdo


チナミ「よっと……はぁ……まったく」

美穂「!」

Pくん「!」


足の折れた机を押しのけて、吸血鬼がゆっくりと立ち上がる。

肉体の動作を確かめるように、コキコキと首や腕を動かしながら。


チナミ「変な方向に体が曲がっちゃったらどうしてくれるのよ……」


ひとりごちるようにぼやく彼女の衣服はところどころ擦り切れていたが、

頭の流血はすっかりと止まっていたようであった。

先ほどのダメージは何処へやら。とても消耗しているようには見えない。


ひなたん星人は、立ち上がった彼女に向けてすぐさま刀を構える。


美穂「ここは絶対に通さないひなたっ!」

チナミ「ふーん、あくまであの子を追わせないってわけ」

美穂「それが私の役目ナリ★」

そう言って、少女はニヤリと笑って見せた。

622: 2014/12/15(月) 06:34:56.46 ID:q5aQ6Ewdo


チナミ「…………気張ってるところ悪いけれど、ヒーローと戦う気なんて私にはないのよ」

美穂「? 戦うつもりはないひなた?」


やる気満々に刃を向けたひなたん星人に対する吸血鬼の返答は、

意外なものであり、交戦の意志は特に無いらしい。

実際に、先ほどまでの視線に籠っていた敵意は彼女の目からはもう消えうせていた。


チナミ「そうね。そんな事より……わかってるの、あなた?」

美穂「?? 何がナリ?」

チナミ「はぁ、やっぱりわかってないのね」


何のことかわからない。と言った顔をするひなたん星人に対し、

吸血鬼チナミは、呆れたような態度を見せる。

623: 2014/12/15(月) 06:35:46.21 ID:q5aQ6Ewdo

チナミ「あなたが逃がしたあの子、今上空に居てこの学園を攻撃してきている”将軍”って奴の娘よ」


美穂「……」

チナミ「……」


美穂「……」

チナミ「……」

Pくん「マぁ?」


美穂「……」

チナミ「……」

Pくん「……」


美穂「えっ」

チナミ「えっ、じゃないわよ」

624: 2014/12/15(月) 06:36:28.12 ID:q5aQ6Ewdo


美穂「ちょ、ちょ、ちょっと待ってほしいひなたっ、そ、それって…」


明かされた事実に焦るひなたん星人。

それはそうだろう、ひなたん星人のとった行動はつまりは……


チナミ「ふふっ、呆れちゃうわね。ヒーローが”利敵行為”なんて」

美穂「と、とととととんでもない事をしちゃったひなっ?!」


慌てて、騎士達が去った窓の方へと視線を向けるが、もちろんもうとっくに手遅れ。

彼女たちは、目的を果たすために行った後である。


美穂「あっ……うぅ……」


チナミ「あーあー、やっちゃったわねぇー」


呆然とする少女の様子が大層おかしかったのか、チナミの機嫌はすっかりと戻っていた。


625: 2014/12/15(月) 06:37:47.31 ID:q5aQ6Ewdo

チナミ「ま、あなたの能力なら今すぐ追いかければあの子達に追いつけるんじゃないかしら」

チナミ「私はさっきも言ったけれど、ここであなたと戦うつもりはない」

チナミ「言い換えれば、あなたがあの子達を追おうとするのを止めたりする気は――」


言いかけた、チナミの言葉が止まる。


なぜなら、チナミの目前に刀の切っ先が向けられていたからだ。


チナミ「……何のつもりかしら?」

美穂「……」

傲慢なる妖刀、『小春日和』をしっかりと構える少女の姿をチナミは見据える。


チナミ「……まさか私が嘘をついたと思ってるとか?」

美穂「……疑ってるわけじゃないひなた、たぶん…さっき言った事は本当のことだと思ってるナリ」

美穂「だから……事情も確認せずにいきなり飛び出して、

   ちゃんとお話を聞いていなかったのは……うぅ、確かに私のダメだったところひなた」

美穂「今すぐ追いかけて、あの子からお話を聞きたい気持ちもあるけれど……」



美穂「でもっ、でもここであなたを見逃す訳にはいかないひなたっ!!」

チナミ「……ハッ! なるほど、立派ね!ヒーロー!」


例え如何なる状況であったのだとしても、

学生たちを操り、けしかけて来たチナミの行いは間違いなく非道であり、許せない行為である。

キヨミ達を追うよりも、まずこちらを捕える事をひなたん星人は優先したのであった。

626: 2014/12/15(月) 06:38:55.86 ID:q5aQ6Ewdo


チナミ「だけどいいのかしら?あの子を今追わない事が、後で致命的な結果を招いても?」


美穂「信じるナリ」

チナミ「はぁ?」


吸血鬼の問いかけに、少女は自信を持って答える。


美穂「あの子の瞳に、曇りは無かったひな★」

チナミ「……」


美穂「信じる誰かを助けたい思いは、きっと確かなものだったはずナリ」

チナミ「……」


美穂「だからきっと、あの子の行動が悪い結果にはならないって信じるひなたっ!」

Pくん「マッ!!」


チナミ「……ふっ」

627: 2014/12/15(月) 06:39:34.81 ID:q5aQ6Ewdo

チナミ「ふふふっ……あはははははっ!!!」

チナミ「おかしっ!何を寝ぼけた事を言ってるのかしらっ」

チナミ「”信じる”ですって? さっき出会ったばかりの相手の何を?」

美穂「わ、笑われるような事を言ったつもりはないナリっ!」


ヒーローたる少女の言葉は、冗談などではなく確かな信念の元に出た言葉であったが、

”利用派”である吸血鬼には理解できるはずもない。

彼女からすれば疑う事を知らないのは、ただの愚か者であるからだ。


チナミ「はあ……そう」

チナミ「やっぱりあなた、夢見がちすぎるんじゃないかしら。ひなたん星人?」

美穂「むぅう……」


吸血鬼が煽り、少女が憤る。

正反対な立場であるが故に、お互いに分かり合えないのであった。

628: 2014/12/15(月) 06:40:25.54 ID:q5aQ6Ewdo

美穂「……あれ?」

美穂「そう言えば……どうして私の事をよく知ってるような口ぶりナリ?」

チナミ「あら?」



―――「 ”ひなたん星人っ!” 」「あぁっ!な、名乗りきる前に言わないで欲しいナリっ!!」

―――「まあ、 ”あなたの能力なら” 今すぐ追いかければあの子達に追いつけるんじゃないかしら」

―――「 ”やっぱりあなた、夢見がちすぎる” んじゃないかしら。ひなたん星人?」


先ほどまでのやり取りを思い出して、少女が勘付いた。


美穂「なんだか……ヒーローとしての私を知っているだけ……ってだけじゃないみたいナリ」

美穂「もしかして、どこかで会ったことがあるひなた?」


チナミ「ふふっ、意外と……察しがいいのね」


当たらずとも遠からず。

会った事はなくとも、チナミは”ひなたん星人”の事を一方的によく知っている。


チナミ「そうね。会った事は一度も無いけれど、でもあなたの事はよーく聞いているわよ」


その情報は、二人の共通の知り合いを通して。

629: 2014/12/15(月) 06:41:47.56 ID:q5aQ6Ewdo


美穂「え、一体誰から聞いて…」

チナミ「それは……」


当然、聞かれたからと言って、チナミはその人物の名前を……水木聖來の名前を出すつもりはない。


チナミ「ふっ…ふふっ」

美穂「?」


チナミ「”家畜派”のあの子は、見えてるものを見ないフリをしていたけれど」

チナミ「あなたは、見えていないものを見えてるつもりになってるだけかもしれないわね?小日向美穂」


美穂「ど、どう言う……?」


チナミ「わからなくたっていいのよ」

チナミ「けれど、隣に立っている人間の事をわかったつもりになっているだけなら――」



チナミ「いつか、手酷く裏切られるかもしれないわね」


吸血鬼はただ、意味深にせせら笑った。

630: 2014/12/15(月) 06:42:38.25 ID:q5aQ6Ewdo


美穂「……話を誤魔化してるナリ?」

チナミ「さあ、どうかしら?」


チナミ(……そう言えば今は……聖來は寝込んでるのよね)


チナミは件の人物、聖來の事を思い出す。

表向きはフリーのヒーローとして活動していながらも、

裏では財閥の擁するエージェントのまとめ役として動いている彼女は、

昨日、白の怪物と交戦し、その影響で今はまともに動けない状態であった。


そのため、エージェントに降りて来る指令は普段よりも少なく、

(竜面の男が聖來の仕事の代行を勤めてこそいるが、それでも連絡系統の動きは普段よりも鈍い)

エージェント達は”各自、自己判断での行動”が余儀無くされている。

631: 2014/12/15(月) 06:43:25.07 ID:q5aQ6Ewdo


チナミ(聖來はこの子を気に入ってるから)

チナミ(『小春日和』の取得は、「自分がやる」って言って他のエージェントを近づけさせようとしなかったけれど)


聖來はエージェントとしての立場を利用し、

財閥が狙っていて、既に所在を掴んでいる『カースドウェポン』であるひなたん星人の持つ刀『小春日和』の取得を、

”自身の任務”であるとして、他のエージェント達が介入するのを斥けていた。


チナミ(これは、ひょっとするとチャンスなのかしら?)


従って、今、水木聖來が動けないと言う事実は――


チナミ(私が『カースドウェポン』を手に入れるね)


チナミを止める者が誰もいないと言う事である。



チナミ「いいわよ、ひなたん星人」

美穂「えっ、何がナリ?」

632: 2014/12/15(月) 06:44:16.95 ID:q5aQ6Ewdo


チナミ「本当はね、ヒーローと交戦する気なんて少しも無いの」

チナミ「だけど、今日はちょっと災難続きでね」

チナミ「私が企てた計画が、なぜだか悉く邪魔されてる気がするのよね」

チナミ「だから――」



チナミ「ちょっと、ムシャクシャしてるのよっ!」

美穂「!」


吸血鬼の放つ雰囲気が変わる。

余裕のある態度から一変し、再び敵意を纏ってその怒りに満ちた視線を相対するヒーローへとぶつけた。


チナミ「少しだけ、遊んであげるわ」


”利用派”吸血鬼。

他人を利用し、氏体を弄び、一般人を操り、呪いすらも駒として、

普段であれば、その手を汚そうとしない彼女が――


チナミ「私、自らね」

その爪を、”自ら”研いでみせる。


美穂「……戦うなら、絶対に負けないひなたっ!」

Pくん「ママッ!!」


敵意の視線に晒されるヒーローは、負けじと刀を握る拳に力を込めた。


教習棟の片隅で、また1つの戦いが始まろうとしていたのだった。

633: 2014/12/15(月) 06:45:14.37 ID:q5aQ6Ewdo


――

――



キヨミ「はぁっ!はぁっ!」


闇色の傘を握りしめ、少女はひたすら走る。

まるで何かに急かされるように。


――あの男はあなたのことなんて、”便利な道具”程度にしか思っていない。


キヨミ「はぁっ!はぁっ…!」


――絆なんてくだらない幻想、そんなモノはこの世のどこにだって存在しないのよ。


キヨミ「……そんなはずは…ないですっ!」


頭に過ぎる、”利用派”吸血鬼の言葉を振りはらうように、少女は言葉を吐き出した。



騎士A「超☆騎士団長!あ、あれは!」

キヨミ「えっ?」


傍にて併走する忠騎の言葉に、空を仰げば、

眩い光の閃光が目に入った。


キヨミ「お父様っ…!」

騎士B「急ぎましょう!」

キヨミ「……ええっ!」


戦局は佳境。少女は、ただひたすらに走る。

信じる父の元へと、駆けつける為に。



つづく

634: 2014/12/15(月) 06:47:08.80 ID:q5aQ6Ewdo


『ブラックアンブレラ』

櫻井財閥から、吸血鬼であるチナミに支給されていた黒色の傘。
最先端技術によって作られたスーパーミラクルアンブレラ。
見た目は普通の傘だが、その効果は絶大。
日差しだろうが、雨だろうが、これでもかっ!ってほどに遮っちゃう。
吸血鬼の弱点によるダメージのカットができるため、チナミは愛用していた。

傘の布地部分で防いでいるだけでなく、
傘の先端から空気によるバリールドを発生させるため、
見た目以上の範囲を雨から守ってくれる。
おそらく、女の子1人と大の男2人を雨から守るくらいは余裕を持ってできるはずだ!

現在、キヨミが手にしている。

635: 2014/12/15(月) 06:47:53.80 ID:q5aQ6Ewdo



てなわけで、2日目、ひなたん星人VSチナミさん(前半)です

はい、前半です。ええ。
また区切っちゃってすまないと思っている……

チナミさんとことん煽る、たまにはちゃんとヴィラン側らしき事もやってみたりです。
キヨミちゃんとチナミさんの対立関係とかも絡めてみたり。
ひなたん星人VSは敵組織幹部との初戦闘とかちょっとワクワクするんじゃないかなとか。

そんな事を考えながら書き始めたのが2ヶ月くらい前だった気がするのですが…
後半こそ早めの完成を心がけて頑張りたいです……

きらり、夏樹、李衣菜、時子、梨沙、菜奈、パップ、クールP、シャルク、ガルブ、コアさん、キヨミ、騎士達お借りしましたー

636: 2014/12/15(月) 09:35:32.88 ID:kpMKM1JoO
乙ですー
将軍とキヨミはどうなってしまうのか、不安ですがあり楽しみ
そしてまさかのチナミさんvsひなたん、はたしてどうなるやら…



【次回に続く・・・】




引用: モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」part11