1: 2016/09/28(水) 23:24:51.740 ID:mu6ev22Hd.net
いつだってそうだった

帰りは早くとも21時だった

遅いときは23時にもなった

街はほとんどその灯りの全てを消し去って

冷たく無骨なコンクリートの建物を闇に落ち込ませるだけの

荒涼とした無機質な世界を形作るだけだった

その世界は人為のものに見えずかといって自然なものでもなく

ただ機能というだけの意味を付与された

限りなく物質的な物物の存在があるだけだった

あかり「疲れたよぉ」
ゆるゆり: 22【イラスト特典付】 (百合姫コミックス)

3: 2016/09/28(水) 23:30:46.245 ID:mu6ev22Hd.net
ほとんど人通りのなくなった歩道は

永劫続く回廊のように思われた

遠くに人影が夢のように見えるもすぐに闇に紛れ

決して追い付けない何かを追っているようで辟易し

道路を走る車は時間のように過ぎ去ってあかりを置いてきぼりにした

24時間を掲げる店の明るい看板に

人の営みを感じるも

そこにいる無表情な人の顔に人をみることが出来なかった

あかりは交差点に差し掛かる

5: 2016/09/28(水) 23:35:47.459 ID:mu6ev22Hd.net
あかり「早く帰ってビール飲みたいなぁ」

スマートフォンで時間を確認すると10時の半ばまで針が進んでいた

無意味なまでに煌々と照る液晶画面にあかりは目を痛めた

ここ10年の間に随分目が弱くなった

闇に光る信号の光が虚空に滲む

あかり「3歳の時とは大違いだよぉ」

かつての自分と比較する言葉を言ったあとに

まるで自分が闇に沈んで自分でさえ自分を見つけられなくなるような

恐ろしい思いに陥って

それを消すようにスマートフォンの明かりを消し去った

7: 2016/09/28(水) 23:41:17.952 ID:mu6ev22Hd.net
永遠なんてないんだよぉ

あかりは青になった信号を渡りながら思う

ニューヨークシティの汚いダウンタウンの細かな通りを進む

注射器や小さな袋が道端に捨てられ

月に一度の教会のボランティア以外は誰も省みないゴミが至るところに散乱している

道でさえ…

あかりは思う

道でさえ、月に一度、バプテストのお人好しクリスチャンに省みられるというのに

あかりは…

あかりは一体誰に省みられているのだろうか

あかりは涙をこらえた

11: 2016/09/28(水) 23:46:38.730 ID:mu6ev22Hd.net
くたびれたスーツはもう一月もクリーニングに出していなかった

お団子はボサボサになって飛び出した髪がウニのようになっていた

何故…

何故あかりはこうまでして生きてるのだろう

あかりの営みに意味はあるのだろうか

あかりは少し考えてからすぐにそれを頭から消し去ろうとした

そう思う事はとても危険な事だとあかりは知っていたからだ

あかりがその考えに陥ったとき

それは社会人としての生活を致命的に損なう可能性のある考えに

もっとも帰結しやすくなるのだった

12: 2016/09/28(水) 23:50:24.388 ID:mu6ev22Hd.net
しかし涙は次から次へと溢れてきた

あかりは何故

こんなにもなって生きてるの

あかりは人生とはもっと楽しいものであると

信じてそしてそれを心掛けてきたはずなのに

それなのになんで…

あかりの涙は止まらない

こらえようとして天を見上げ

そしてふと、主といわれる教会が信仰する存在を思い出していた

14: 2016/09/28(水) 23:55:46.162 ID:mu6ev22Hd.net
そこにいるのかなぁ

あかりは天を見上げて思った

だけど元より何かを祈るような性格でもなかったため

一度たりとも信仰心をもつことはなかった

だから祈りの言葉も知らなかった

豊かな恵み…祝福…

そういった言葉の断片は子供の時にいかされた日曜教会のミサで聞かされた覚えがある

あかり「あかりに祝福を」

それだけ呟いて天を見上げるのを止めあかりは帰路に戻った

救いなんてあるはずはなかった

15: 2016/09/28(水) 23:58:06.212 ID:mu6ev22Hd.net
救いなんてあるはずはない

世界はあかりに関係なく周り

それが故に誰にも省みられることもなく

日々の仕事に深夜近くまで忙殺され

心を削られてそしていずれ自頃する

それがあかりに提示された未来であって

疑いようは持つ方がおかしい状況にあった

あかりは限界だった

16: 2016/09/29(木) 00:01:46.596 ID:S/2TSNtKd.net
誰か助けて…

あかりの呟きは遠い過去からきた残響のように消え

静けさと冷たさと息苦しさのなか

闇を掻き分けて帰路を辿る

あかりが深く沈ませていた意識を引き上げたのは

自分の住むアパートメントに着いたときだった

17: 2016/09/29(木) 00:07:25.752 ID:S/2TSNtKd.net
助かった…

そんな思いがあかりにはあった

安堵

安心

あかりが日々の果てしないストレスから逃れられる唯一の居場所

汚い外観のアパートメントの門を開け、あかりは自室に戻った

世界はあるべき姿を取り戻したように色彩が鮮やかになる

外界から抜け出して辿り着いたここは

世界のある本来の場所だった

あかり「ビールをやるよぉ」

19: 2016/09/29(木) 00:14:11.454 ID:S/2TSNtKd.net
あかり「京子ちゃんに電話しなきゃだよぉ」

あかりはスマートフォンを手に取る

心が消耗したとき

いつも話し相手になってくれるのが京子ちゃんだった

明るい性格とリーダーシップをもっていて

いつもあかりの憧れの存在だった

あかりがこうなってからも

あかりの話を聞いて相談に乗ってくれる

大切な友達だった

20: 2016/09/29(木) 00:17:21.856 ID:S/2TSNtKd.net
「この電話は現在…」

その音声が流れたとき

あかりの背筋は凍った

あかりは恐怖に通話を切った

そしてもう一度ダイヤルをしっかりと確認して

登録されてるが故に間違うはずのない番号に掛けた

また、同じ音声が流れた

22: 2016/09/29(木) 00:23:16.797 ID:S/2TSNtKd.net
予兆はあった

あかりの暗い話を聞く京子ちゃんの声が次第に元気を失っていくのを

あかりは薄々(存在感ではない)感じていた

いつかこうなることがある可能性も

自覚していた

だけど

だけどこんなことは…

あかり「あああああああああああああああああああああ!!!!!」

到底受け入れられることではなかった

あかり「京子ちゃんんんんんんんんんんんん!!!!!!!!」

23: 2016/09/29(木) 00:27:42.887 ID:S/2TSNtKd.net
あかり「あああああ…」

放心しあかりはスマートフォンを手から落とした

帰路で神に祈ったことは何の意味も持たず

そして名もない道より誰からも省みられることもなく

ガタガタと音が立つように崩れていく自我の均衡を感じながら

あかりは安いアパートメントの部屋で

苛む心の病の苦しさに顔を青ざめさせていた

24: 2016/09/29(木) 00:36:31.194 ID:S/2TSNtKd.net
救いなんてあるはずはなかった

世界は救いのためにあるのではなく

無意味に成立してるものためにある犠牲のためにあるのだった

この惑星が銀河系のうねりの中で太陽の周りを公転し自転する

それに意味をもたせることがないように

おそらくは終焉まで喜劇を演じ幕が引かれるかわからないこの宇宙の中で

それは続くのだ

天と地の狭間であかりが苦しもうと

たとえあかりが自頃しようと

それとは関係なく

また意味を持つこともなく

この世界は次の演目を進めるだけだった

25: 2016/09/29(木) 00:41:15.458 ID:S/2TSNtKd.net
氏ねば良い

それが答えだ

そう告げるかのようなスマートフォンをあかりは見つめる

悲劇と離れることは出来ない

無意味なワルツを自分の出番が終わるまで踊るだけだ

あかりはスマートフォンを拾い上げた

氏ぬまでに必要なことはワルツをいかに踊るかだと思った

明日は精神科へ行こう

あかりはそう決心した

おわり

26: 2016/09/29(木) 00:44:39.360 ID:FeYlg4AsM.net

引用: あかり「おうちに帰るよぉ」