1: 2016/10/06(木) 00:27:28.676 ID:6HwXqiJW0.net
ある町にて――

勇者「おはよう」

主人「おはようございます」

勇者「とてもいい寝心地だったよ。おかげですっかり全回復したよ!」

主人「ありがとうございます」

勇者「ところでさ……今ふと思ったんだけど」

主人「なんでしょう?」

勇者「ひょっとして……宿屋を持ち歩けば、いつでも全回復できるから最強じゃね?」

主人「たしかに!」
The Elder Scrolls オフィシャル・クックブック (G-NOVELS)
2: 2016/10/06(木) 00:30:18.411 ID:6HwXqiJW0.net
勇者「というわけで、この宿屋、持ち歩いていい?」

主人「お待ち下さい」

主人「勇者様に持ち歩かれると、私が商売できなくなってしまいます」

勇者「そりゃそうだ」

勇者「だったら……」

勇者「持ち歩いてる期間、全部屋分の宿賃を俺が負担するってことでどう?」

主人「なるほど、それならば私はなんの不満もございません」

3: 2016/10/06(木) 00:32:21.803 ID:6HwXqiJW0.net
主人「ですが、お待ち下さい」

勇者「まだなにか?」

主人「実はこの宿にはずっと宿泊しているお客様がいるのです」

主人「その方の許可を取りませんと」

勇者「もっともな話だ。よし、許可をもらいに行こう」

4: 2016/10/06(木) 00:35:12.335 ID:6HwXqiJW0.net
客「…………」スースー…

主人「あの、もしもし」

客「……なに?」

主人「実は勇者様が、この宿を持ち歩きたいとおっしゃってるのですが、よろしいですか?」

客「……いいよ」

勇者「かなり揺れると思うけど、大丈夫かい?」

客「……平気」

主人「だ、そうです」

勇者「よーし、そうと決まればさっそく出発だ!」

7: 2016/10/06(木) 00:38:23.980 ID:6HwXqiJW0.net
勇者「じゃあ持ち上げるよ」

主人「はい」

勇者「ふんっ!」グイッ

主人「いかがですか? ウチの宿は20部屋ありますから、かなり重いでしょう?」

勇者「思ったより重いけど……なんとか持ち運ぶことはできそうだ」

主人「それはなによりです」

8: 2016/10/06(木) 00:42:08.584 ID:6HwXqiJW0.net
平原を歩いていると――

勇者「――ん?」


スライムA「キシャーッ!」

スライムB「ピギャァッ!」

スライムC「フシュルルル……」


勇者(スライムの群れ! 十数匹はいやがる!)

11: 2016/10/06(木) 00:45:20.052 ID:6HwXqiJW0.net
勇者(宿屋で両手は塞がってるから、剣は使えない!)

勇者(どうすればいいんだ!?)


スライムA「キシャァァァッ!」バッ


勇者(――そうだ!)

勇者(剣を使えないなら、宿屋を使えばいいじゃない!)

勇者「うおおおおおおおおおっ!!!」ブオンッ


グシャァッ!!!

13: 2016/10/06(木) 00:49:55.250 ID:6HwXqiJW0.net
シュゥゥゥ……



勇者「宿屋を地面に叩きつけたら、スライムをまとめて倒すことができた……!」

勇者「一撃必殺どころか、一撃全滅じゃないか……!」

勇者「これイケる!」

勇者「そうか……宿屋は優秀な回復施設なだけでなく、優秀な武器でもあったんだ!」

勇者「よぉーし、今日で剣は捨てて、これからは宿屋を武器にして戦おう!」

14: 2016/10/06(木) 00:53:12.847 ID:6HwXqiJW0.net
それからというもの――


勇者「うおおおおおおおおおおおっ!」ブオンッ ブオンッ

ドゴォッ! バキィッ! ドガァンッ!

魔物A「グギャァァァッ!」

魔物B「グエエエッ!」

魔物C「ウギャァァァッ!」



勇者は昼は宿屋を振り回して戦い――

16: 2016/10/06(木) 00:56:07.118 ID:6HwXqiJW0.net
勇者「あ~……疲れた」

主人「お疲れ様です」

勇者「今日はだいぶ振り回したけど、宿屋の中は大丈夫だった?」

主人「はい、大丈夫でございます。一人だけいるお客様からも苦情はありません」

勇者「じゃ、おやすみなさい」

主人「おやすみなさいませ」



夜は宿屋で眠るという生活を続けた。

17: 2016/10/06(木) 00:59:28.162 ID:6HwXqiJW0.net
ゴーレム「グオオオオッ!」ズシンズシン

勇者「ゴーレムか!」

勇者「だけど、どんなにパワーがあっても、この宿屋にはかなわないぜ!」ブワオンッ


ドガシャァァァンッ!


勇者「どんなもんだ!」


闇魔術師「ひえええ……私の最高傑作が一撃で……!」

19: 2016/10/06(木) 01:02:56.912 ID:6HwXqiJW0.net
勇者「ここは氏霊がうごめく谷だけど、宿屋を持ち歩いてるおかげで」

勇者「快適な睡眠を取ることができるよ」

勇者「宿屋を持ち歩くって選択は大正解だったよ!」

主人「勇者様に喜んでいただいて、私も嬉しく思っています」

勇者「それじゃ、おやすみ!」

主人「おやすみなさいませ」



いかなる強敵や難所も、宿屋とともに乗り越えてみせた。

22: 2016/10/06(木) 01:07:01.453 ID:6HwXqiJW0.net
魔王城――

部下「報告いたします!」

部下「勇者は闇魔術師を退け、氏霊の谷も越えたもようです!」

魔王「おのれ、勇者め……」

魔王(たかが人間と放っておいたが、どうやら間違いだったようだな)

魔王(こうなれば、こちらも全力でもって叩き潰すしかあるまい!)

魔王「出でよ、四天王!」

24: 2016/10/06(木) 01:11:01.558 ID:6HwXqiJW0.net
魔王軍四天王――

灼熱の炎を自在に操る炎魔将!

炎魔将「勇者如き、オレが焼き尽くしてみせますぜ!」


暗殺を得意とする影魔将!

影魔将「……音もなく始末してくれよう」


高い実力と色気を誇る紅一点、女魔将!

女魔将「うふふっ、勇者……なかなかの男前みたいね」


肉体と技を極限まで鍛えた闘魔将!

闘魔将「勇者ですか……相手にとって不足なし!」



魔王「よいか、必ずや勇者の首を取ってくるのだ!」

26: 2016/10/06(木) 01:15:37.358 ID:6HwXqiJW0.net
VS.炎魔将――


炎魔将「フハハハ、勇者! オレの業火でてめえを焼き尽くしてやるぜェ!」

勇者(こいつ……今までの敵とは格が違う!)

炎魔将「氏ねえっ!」ゴォアァァァァッ

勇者「ぐあぁぁっ!」

炎魔将「ハッハッハ、オレの炎は並の装備じゃ防げねえぞぉ!」ゴォアァァァァッ

勇者「そうか、だったら――」

28: 2016/10/06(木) 01:18:30.577 ID:6HwXqiJW0.net
勇者「宿屋で防ぐ!」サッ

炎魔将「なにィィィィィ!?」ゴォアァァァァッ

炎魔将「たかが宿屋! オレの炎で全焼させてやるゥ!」ゴォアァァァァッ


主人「無駄ですよ……」

主人「この宿屋の耐火性は抜群でしてね」

主人「あなたの炎程度では、ボヤすら起こせませんよ」


炎魔将「ちくしょう! 焦げすらつかねェェェェェ!」ゴォアァァァァッ

30: 2016/10/06(木) 01:21:46.051 ID:6HwXqiJW0.net
炎魔将「ハァ、ハァ、ハァ……もう無理……炎出せない……」ドサッ


勇者「やったぜ!」

勇者「だけど、なんでこんなに耐火性をアップさせてたんだ?」

主人「前に一度、宿を放火されたことがありまして、それで……」

勇者「なるほど!」

勇者「――――!」ピクッ

勇者(宿屋の中に気配が……増えてる!?)

31: 2016/10/06(木) 01:25:00.736 ID:6HwXqiJW0.net
VS.影魔将――


影魔将「ここが宿屋の内部か……」コソコソ…

影魔将「勇者の寝込みを襲おうと考えたが、この宿にはあの主人以外にも宿泊客がいるようだ」

影魔将「ならば、そやつを人質に取ってしまえば、勇者を無力化することも可能……!」シャッ

32: 2016/10/06(木) 01:27:34.066 ID:6HwXqiJW0.net
客「…………」スースー

影魔将「おい」

客「…………」スースー…

影魔将「おい、起きろ」

客「…………」スースースー…

影魔将「とっとと起きんと、貴様の首を引き裂くぞ! 起きろ!」ドカッ

33: 2016/10/06(木) 01:30:46.772 ID:6HwXqiJW0.net
客「人がせっかく気持ちよく寝てるのにいいいいいいいいい!!!!!」

影魔将「!?」ギョッ

客「起こすんじゃねえよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」

ドゴンッ! バキッ! グシャッ! ボゴッ! ドゴォッ!

影魔将「ぐぎゃあああああああああああああああ!」



主人「あのお客さん、乱暴に起こすとああなっちゃうんですよ」

勇者「おっそろしい……」

34: 2016/10/06(木) 01:33:37.826 ID:6HwXqiJW0.net
VS.女魔将――


女魔将「あなたが勇者ね?」フフッ

勇者「…………」ドキッ

女魔将「アタシの美貌で、あなたを――」

勇者「そんなことより、宿屋に泊まらないか! いい部屋があるんだ!」

女魔将「えっ、ちょっ、待っ」

勇者「さ、早く!」グイッ

37: 2016/10/06(木) 01:37:33.131 ID:6HwXqiJW0.net
女魔将「まぁ、ステキな部屋……」ウットリ…

女魔将「部屋中がピンク色で塗られていて、かかってる音楽もムードたっぷり……」

勇者(しかも、この部屋で使われてるお香には、媚薬が仕込まれているのさ……)ニヤッ

女魔将「ああ、もう我慢できないわ!」

女魔将「抱いてっ!」ガバッ

勇者「もちろんだとも! 快楽の花園(パラダイス)に連れてってやる!」

女魔将「おおお~っ!」

38: 2016/10/06(木) 01:40:20.788 ID:6HwXqiJW0.net
チュン… チュチュン… チュン…


勇者「いい朝だね」

女魔将「ええ……とっても」



主人「ゆうべはおたのしみでしたね」

39: 2016/10/06(木) 01:45:27.350 ID:6HwXqiJW0.net
VS.闘魔将――


闘魔将「我は四天王筆頭、闘魔将なり! 勇者よ、尋常に勝負せい!」

勇者(強そうだが……最強の武器である宿屋を信じるんだ!)

勇者「宿屋アタック!」ブオンッ

勇者「宿屋クラッシュ!」ブオンッ

勇者(当たらない!?)

闘魔将「その宿屋という武器……大した巨大さと重量だが、それゆえ軌道が単純!」

闘魔将「我ほどの武闘家であれば、回避することは容易!」

闘魔将「喰らえ、我が拳をッ!」

バキッ! ドカッ! ドゴォッ!

勇者「ぐはぁっ……!」

闘魔将「追い詰めたぞ! 次の一撃で我の勝利だ!」

40: 2016/10/06(木) 01:48:34.551 ID:6HwXqiJW0.net
勇者「なんの! 宿屋に入って――」ササッ

勇者「一泊!」シャキン

闘魔将「なにィ!? 全回復しているだと!?」

闘魔将「ぬおおおおおっ!」

ドゴッ!

勇者「宿屋に入って一泊!」シャキン

闘魔将「おのれえっ!」

バキッ!

勇者「宿屋に入って一泊!」シャキン



闘魔将(うおお……いくら追い詰めても、宿屋に一泊されて全回復されてしまう!)

43: 2016/10/06(木) 01:53:56.969 ID:6HwXqiJW0.net
二週間後――

闘魔将「ハァ……ハァ……」

勇者「お前の敗因を教えてやろう」

闘魔将「我の敗因だと……!?」

勇者「宿屋ボンバー!」ブオンッ

ズガァンッ!

闘魔将「…………」ピクピク…



勇者「お前は……宿屋を甘く見すぎていた」

46: 2016/10/06(木) 01:57:10.121 ID:6HwXqiJW0.net
いよいよ魔王城が目前に迫る。

主人「ふんふ~ん」トンテンカン

勇者「なにしてるんだ?」

主人「もうすぐこの冒険も終わるし、宿を改築してるんですよ」

勇者「なぜ、このタイミングで改築を?」

主人「そりゃもちろん、この冒険が終われば、世界は平和になりますから!」

勇者「なるほど! 平和になれば旅人も増えるだろうし、20部屋じゃ足りなくなるだろうしな」

勇者「よし、魔王との対決だ!」ザッ



宿屋を持ち上げ、勇者はいざ魔王城へ――

47: 2016/10/06(木) 01:59:24.967 ID:6HwXqiJW0.net
魔王城――

魔王「よくここまで来たな、勇者よ」

魔王「だが、貴様の快進撃もここまでだ。ワシ自ら、地獄に叩き落としてくれる!」

勇者「魔王、この宿屋で必ずお前を倒してみせる!」

勇者「勝負だ!」

魔王「来い!」

48: 2016/10/06(木) 02:03:51.652 ID:6HwXqiJW0.net
勇者「宿屋アタック!」ドガァッ

勇者「宿屋クラッシュ!」ズガァッ

勇者「宿屋ボンバー!」ドゴォォォン

魔王「これが宿屋か……たしかに剣よりは強かろうが、思ったほどではないな」シュゥゥ…

勇者「な、なんだと……!? 宿屋が……通じない!」

魔王「今度はこちらの番だな! 我が暗黒魔法を受けてみよ!」グワッ


ドゴォォォォォンッ!!!


勇者「ぐあぁぁぁ……っ!」

勇者(攻撃力も防御力もケタ違いだ……敵わない!)

49: 2016/10/06(木) 02:07:44.166 ID:6HwXqiJW0.net
魔王「いっておくが、一泊して全回復などさせんぞ」

魔王「宿屋の主人に話しかけた瞬間、背後から攻撃してくれるわ」

勇者「ぐ……!」

勇者(こいつ、宿屋戦法の弱点を見切っている!)

魔王「宿屋を持ち歩くというアイディアは大したものだったが、相手が悪すぎたな」

魔王「トドメだ!」

勇者(ここまでか……!)

50: 2016/10/06(木) 02:12:40.806 ID:6HwXqiJW0.net
主人「戦いの最中にすみませんが、お知らせです」

勇者「なんだい?」

主人「勇者様、改築終わりましたよ」

勇者「おお、おめでとう!」

主人「ありがとうございます。おかげさまで我が宿屋は超大型ホテルになりました!」

勇者「ホテルに!?」

魔王「し、しまった……!」

勇者「これなら勝てる! いくぞ、魔王!」

勇者はホテルを持ち上げると――


勇者「ホテル・チェックイン!」


ズガドゴォォォォォンッ!!!


魔王の脳天に叩きつけた。

51: 2016/10/06(木) 02:16:12.192 ID:6HwXqiJW0.net
魔王「このワシが……敗れるとは……。ホテルの威力恐るべしよ……」

勇者「魔王、お前はいったいなぜ人間界侵略を目論んだ?」

魔王「今……魔界は大不況でな」

魔王「魔族には失業者が多く、貧困が深刻な社会問題となっている」

魔王「だから人間界の豊かな富や資源がどうしても欲しかったのだ……」

勇者「そうだったのか……」

勇者(こんな事情があったのか。ちょっと同情しちゃうな……)

52: 2016/10/06(木) 02:19:25.376 ID:6HwXqiJW0.net
主人「私にいい考えがあります」

魔王「え……?」

勇者「なにか魔族を救う方法があるのかい?」

主人「ようは、魔族に仕事があればいいんですよね?」

主人「だったら――」


………………

…………

……

53: 2016/10/06(木) 02:22:29.634 ID:6HwXqiJW0.net
勇者はホテルを抱えながら故郷へ戻り、


国王「勇者よ、よくぞ世界の平和を取り戻してくれた!」

国王「おぬしの功績には、国をあげて報いようぞ!」

勇者「ありがたき幸せ!」



勇者の名は永久にこの国の歴史に残ることとなった。

54: 2016/10/06(木) 02:26:18.140 ID:6HwXqiJW0.net
そして――


勇者「こんにちは」

主人「これはこれは勇者様、我がホテルに泊まりにきて頂いて、ありがとうございます」

勇者「家にもベッドはあるんだけど、やっぱりこのホテルの方が寝心地がいいんだよね」

主人「勇者様にそういっていただけるのは光栄の極みです」

勇者「ところで、あの一人だけいたお客さんは今も?」

主人「ずっと同じ部屋で寝てらっしゃいます」

勇者「相変わらずだな……あの人も」

主人「宿泊費はいただいてるんで、私としては問題ないんですがね」

57: 2016/10/06(木) 02:30:40.410 ID:6HwXqiJW0.net
魔王「いらっしゃいませ!」

勇者「おお、魔王! 元気そうだな!」

魔王「おかげさまで、部下みんなこのホテルで働かせてもらえることになったのだ」

主人「魔族や魔物の皆さんは、働き者で助かりますよ」

主人「では勇者様、おやすみなさいませ!」


魔族が主な従業員を務めるこのホテルは、その特異さ物珍しさも手伝い、大繁盛したという――





~おわり~

60: 2016/10/06(木) 02:52:07.714 ID:E5u6W0epr.net
おつ
勇者の腕力と主人の対応力の勝利だな

引用: 勇者「宿屋を持ち歩けば、いつでも全回復できるから最強じゃね?」