1: ◆MBDL96yQmCZm 2013/06/21(金) 23:32:44.55 ID:dfWVbVK50
・みほが主人公のガルパンSSです。
・基本的にシリアス路線で行きたいと思います。
・長編の予定です。
・今回が初投稿です。至らない点を多々あると思いますが、何卒よろしくお願いします。
・更新はあまり早くはないです。
2: 2013/06/21(金) 23:39:35.48 ID:dfWVbVK50
『お前のせいだ!!』
『あんたのせいで、十連覇逃しちゃったじゃない!!』
『私の経歴に箔がつく筈だったのに・・・・・・あんたのせいで台無しよ』
『人助けして善いことをしたつもり? 笑わせないでよ、この偽善者!!』
『この戦犯めっ!!』
『あんたなんか、氏んじゃえばいいのに』
『―― 氏んじゃえばいいのに ――』
「ああああああああああああッ!!」
部屋の中に少女の悲鳴が響き渡る。
自らの叫び声で目を覚ましたその者は、跳ね上がるように勢いよく起き上がった。
「ハァ・・・・・ハァ・・・・・。」
呼吸が荒く、目もどこか焦点が合っていない。
周りを見渡すと、そこは自分の部屋だった。ここはとあるマンションの一室。
次第に脳が覚醒していくにしたがって、目の焦点が合っていき、呼吸も整っていった。
「・・・・・・・また、この夢か・・・。」
直後に襲い掛かる凄まじい疲労感。睡眠をとったのに、まるで疲れが取れたような気がしない。
体が鉛のように重く感じられる。
それでも何とか立ち上がることは出来た。
寝汗で衣服が濡れて肌に貼り付いており、その不快な感触に顔をしかめる。
汗を洗い流すために、覚束ない足取りで浴室へと向かった。
3: 2013/06/21(金) 23:46:44.69 ID:dfWVbVK50
「いやな汗だ。気持ち悪い・・・。」
そう呟いた、少女の名は西住みほ。いや、正確には西住みほ"だった"者と言うべきだろうか。
みほは脱衣所に入ると服を脱ぎ、浴室に入ると、すぐにシャワーコックを捻った。すると、勢いよく水が噴き出す。
流れ出たのはお湯ではなかった。
頭から冷水をかぶるのことになるのだが、今の彼女にはそのようなことは気にもならない。
ただ見に纏わり付く不快なものが洗い落とされていく感覚が心地良かった。
冷水が肌の上を流れ落ちる。
「ふぅ・・・。」
数分後、浴室を出た彼女は脱衣所でタオルを手に取り、体を拭く。
その時、ふと鏡に映った自分の姿が目に入る。
「・・・・・・・・・。」
そこに映っていたのは、ふくよか丸みを帯びたラインをもつ、紛れも無い女性の体だった。
彼女はそんな自分の姿を、まるで忌まわしい物でも見るかのような目で見つめていた。
「くっ・・・・!!」
堪らずに目を背ける。
すると、みほは近くに置いてあったサラシを手に取り、胸に巻き付けた。
そして力を入れて思いっきり強く締め上げる。
巻き終わると、次は学校の制服を取り出した。
それは男子用の制服だった。手際よく着ていく。
そして、再び鏡の前に立つ。
すると、先程までの少女の姿は一変し、少年の姿がそこに映っていた。
「これでよし。」
更衣を終えると、みほはすぐさま、鞄の中から書類を取り出し、目を通した。
それは転校に際して、学校に提出する書類だった。
そして、書類の氏名の欄には【西住小次郎】と記載されていた。
「西住小次郎。・・・・・それが今の僕の名前・・・。」
7: 2013/06/25(火) 00:27:27.86 ID:8lwgE/9Q0
今日の分を投下します。
ちなみに、みほの容姿に関しては、一部に若干の変更があります。
ご了承ください。
ちなみに、みほの容姿に関しては、一部に若干の変更があります。
ご了承ください。
8: 2013/06/25(火) 00:28:52.42 ID:8lwgE/9Q0
みほがこの地に引っ越してきてから数日が経った。
ここは県立大洗学園。
学園艦という巨大水上都市の中にある、男女共学の学校である。
この学校は昔は女子校だったのだが、最近になって共学化されたため、全体的にはそれほど多くはないが、男子生徒も多数在籍している。
そして、みほは今、2年A組の教室にいる。
ショートカットの黒髪を持つ彼女は、ただ一人で佇んでいた。
髪を黒く染めており、胸をサラシで潰し、男子制服を身に纏ったみほ。
彼女は今、とある理由から男装し、自分の本当の性別を秘匿している。実際、周囲の人間もみほのことを男と認識していた。
そして名前も、「西住みほ」という本名でなく、「西住小次郎」という偽名を名乗っている。
一人で席に佇む、みほ。
周囲の生徒たちを見渡すと、友達同士で雑談していたり、一緒に弁当を食べていたりと、皆が楽しげに過ごしていた。
みほがこの学校に転校してきてから一週間近く経っているのだが、彼女は未だ友達を作ることが出来ずにいる。
「・・・・・・・。」
そんな状況に寂しさを感じつつも、みほは一人で昼食をとるために食堂へ行こうと席を立とうとする。
その時だった。
「へい、そこのカ~レシ♪ 一緒にお昼でもどう?」
「え!?」
突如、後ろから声をかけられた。
声の聞こえてきた方へ振り向くと、そこには二人の女子が立っていた。
ガタッ!!
みほは驚き、思わず跳び上がるかのように、勢いよく席から立ち上がった。
「ほら、沙織さん・・・西住さんが驚いていらっしゃるじゃないですか。」
「あ、そだね。いきなりごめんね・・・西住君。」
「あの・・・改めまして西住さん、もしよろしかったら、お昼一緒にどうですか?」
「えぇっ!! 僕とですか!?」
突然のことで、驚きを隠せない。
そんなみほに対して二人は笑顔で頷いた。
9: 2013/06/25(火) 00:29:47.61 ID:8lwgE/9Q0
みほは二人と一緒に食堂に来ていた。
「えへへ、ナンパしちゃった♪」
「私達、一度西住さんをお話ししてみたかったんです。」
「え! そうなんですか?」
みほは若干戸惑いながらも二人との会話の受け答えをする。
「だって西住君って男の子なのに、なんか可愛いんだもん。」
「か、可愛いだなんて、そんな・・・。/////」
みほは思わず顔を少し赤くした。
「あ、そうだ。改めて自己紹介するね。私は武部沙織。」
「私は五十鈴華です。よろしくお願いします。」
「はい。僕は西住小次郎です。こちらこそ、よろしくお願いします。」
みほが恭しく答えた。
すると、沙織が何かを思いついたように口を開く。
「あ、そうだ。それじゃあ、小次郎君のことをコウちゃんって呼んでもいい?なんかその方が打ち解けた感じがしていいじゃん。」
その言葉に、みほは口元を綻ばせた。
「いいなあ・・・。まるで友達みたい。」
「何言ってるの?コウちゃん。私たちはもう既に友達でしょ。」
「そうですよ、小次郎さん。私たちはもう友達なんですから、あまり遠慮することはありませんよ。」
「華さん・・・・。」
その時、みほは自分の心の中に、なにか温かいものがこみ上げてくるのを感じた。
たった一人でこの大洗に引っ越してきてからというもの、心細く、寂しい毎日を送っていたみほ。
だから、こうして気兼ねなく話が出来る友達というものは、彼女にとっては非常にありがたいものである。
それが、向こうから友達になろうと声を掛けてきてくれたのだから、尚更嬉しかった。
「沙織さん、華さん・・・・・・・ありがとう。」
それは心からの感謝の言葉であった。
10: 2013/06/25(火) 00:31:39.80 ID:8lwgE/9Q0
一方、その頃・・・・・。
「それは一種の情報操作なのでは?」
「大丈夫、大丈夫。」
「わかりました。では早速取り掛かります。」
生徒会室にて、三人の者がなにやら話し合っていた。
「あ、そうだ・・・・会長。」
「何?」
「この前、学生名簿の一覧を見ていたら、面白いものを見つけましたよ。」
「面白いもの?」
「はい。最近うちに転校してきた男子生徒なんですが・・・。これをご覧ください。」
彼女が取り出したのは一枚の書類。そこには【西住小次郎】と記載されている。
「ふ~ん・・・。西住ねぇ・・・・。」
「おそらく、あの西住流の者ですよ。 ですので、是が非でも彼には戦車道を履修してもらいましょう。強力な戦力になるかもしれません。」
「なるほど・・・・・たしかに面白いことになりそうだね。」
ニヤリと笑みを浮かべる生徒会長。
彼女の企みの矛先が、今まさに向けられようとしていたということを、みほ達は知る由もなかった。
本日はここまでです。
次回の更新は、出来るだけ早く投下できるようにしたいと思います。
15: 2013/07/02(火) 00:37:34.74 ID:rbT6jNmd0
>>13
女装はないです。性別に関してみんな原作通りです。
>>14
西住みほの名前のモデルになったあの人の繋がりですね。分かります。
ただ、ここでみほが名乗っている偽名の「西住小次郎」は、史実のあの人とは全く関係ありません。
と言うか、この偽名は適当に決めました(笑)。
16: 2013/07/02(火) 00:42:01.87 ID:rbT6jNmd0
昼食の後もみほは、華と沙織の三人で談笑をしていた。
日常の何気ない出来事に関する話題や、沙織のモテモテ体験談(近所のおじさんによく挨拶されるだけのことを大袈裟に言ってるだけ)等の、実に他愛の無い話題ばかり。
特に何の変哲もなかった。
だが、それでもみほにとって、それはとても楽しい一時だった。
つい昨日までは、このように親しく話が出来る友達などいなかったのに、今はこうして友達と共に談笑に興じることが出来る。
それは誰もが、ごく普通のことだと感じるようなことではあるが、それでもみほにとっては非常に充実した時間だった。
願わくば、このような楽しい日々がいつまでも続いて欲しいとさえ思うほどに・・・。
その時だった。
ガラ、と扉が開く音がした。
すると、多くの者が入口の方を見る中、三人の女子生徒が教室の中に入ってきた。
それは生徒会役員の者達だった。
教室内がざわつく。
「誰だろう? あの人たち・・・。」
みほは怪訝そうな表情を浮かべる。
みほには彼女達が生徒会の者だということは知らなかったが、それでも周囲の人々の反応から、彼女たちがただの生徒ではないということは、なんとなく分かった。
「コウちゃん、知らないの? あの人達は生徒会の人だよ。」
沙織が答えた。そして彼女が更に続ける。
「左にいる片眼鏡をかけた、目つきが少しキツめの人が広報の河嶋桃先輩。右の方にいる温厚そうな人は副会長の小山柚子先輩。
そして真ん中にいる小柄な人が生徒会長の角谷杏先輩だよ。」
「それにしても、生徒会が一体何の用なんでしょうか?」
華も訝しげに首を傾げた。
彼女たちは教室内を見渡している。
誰かを探しているようだった。
その時、会長の杏とみほの目が合った。
「やあ、西住く~ん。」
彼女は陽気に声をあげると、手を振りながら、こちらの方に歩いてきた。
「え!? あ、あの・・・僕に何か?」
「西住小次郎。少々、話がある。」
河嶋桃が少し威圧的な物言いで迫ってきた。
その時にみほには嫌な予感がした。
17: 2013/07/02(火) 00:44:45.40 ID:rbT6jNmd0
三人に教室から連れ出されたみほは、廊下に来ていた。
「あの・・・話とは何でしょうか?」
みほは恐る恐る聞いてみる。
「必修選択科目の授業のことなんだけどさ・・・・」
杏が口を開いた時、みほは妙な胸騒ぎを覚えた。
何か良からぬことが起こるような、そんな嫌な予感がしたのだった。
「戦車道をとってね。」
「・・・・・・ッ!!!!」
杏からその言葉を聞かされた瞬間、心臓が大きく跳ね上がった。
背筋が凍りつくような感覚に襲われる。
戦車道・・・それは、みほにとって忌避すべきものだった。それこそ思い出すだけでも戦慄に襲われる程に。
そもそもみほがこの学校に転校してきたのも、戦車道を避けるためだったのだが・・・・。
「待ってください! この学校には戦車道の授業はなかった筈・・・。」
「今年から復活することになったんだ。だからお前にもやってもらう。」
桃がキッパリと言い放つ。
「僕は戦車道がなかったから、この学校に転校してきたんですよ。」
「そうなの? いや~、これはもはや運命だね。君は戦車道をやる運命にあるんだよ♪」
みほが必氏で抗議するが、杏にはおちゃらけた態度で流されてしまう。
「そもそも必修選択科目って自由に選べるんじゃ・・「とにかく、そういう事だからよろしく。じゃあね。」
みほの言葉を遮るようにして、話を打ち切られてしまった。
自分達だけ、言いたいことを一方的に言った杏は、桃と柚子を引き連れ、そのまま立ち去って行った。
(そんな・・・・・・。)
あまりにも一方的で強引な話に、みほは茫然自失になった。
立ち去って行く生徒会三役の背中を、ただ黙って見ていることしかできなかった。
23: 2013/07/08(月) 23:27:35.70 ID:5TvDCZrU0
その後、みほは放心状態に陥っていた。
授業中も完全に上の空。講義の内容など、ほとんど頭の中に入ってはいない。
目もどこか虚ろだった。
「西住君・・・・西住君?・・」
教師がみほのことを呼ぶが、無反応である。
まるで抜け殻のようだった。
「小次郎さん。」
「・・・え・・・・?」
隣の席にいた華が声を掛けて、ようやく反応した。
「どうしたの? 西住君。どこか具合が悪いのだったら保健室へ行きなさい。」
「・・・・・はい。」
先生に言われて席を立ったみほは、そのまま教室を出ていった。
その足取りは重く、どこかフラついている。
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
そんなみほの後姿に尋常ならざるものを感じ取った、沙織と華は顔を見合わせた。
24: 2013/07/08(月) 23:32:46.93 ID:5TvDCZrU0
その後、保健室にたどり着いたみほはベッドで横になった。
(何で・・・・どうして、こんなことに・・・。)
思い出されるのは、先程、生徒会の者達と交わされた会話。一方的に押し付けられた戦車道履修要求。
みほは頭を抱えたくなる衝動に駆られた。
(もう二度と、戦車道には関わらない筈だったのに・・・・。なのにどうして・・・・。そもそも生徒会の人達は、一体何を考えているの?)
疑念や不信感、憤りや慨嘆など、様々な思念が頭の中でグルグルと回り、気が滅入ってしまう。
(駄目だ。考え込むほど、どんどん憂鬱になっていくだけ。 今はとりあえず、一旦落ち着こう。)
体の力を抜き、ゆっくりと目を閉じた。
その時だった。
「コウちゃん、起きてる?」
カーテンの向こう側から声が聞こえてきた。
(この声は沙織さん・・・。)
みほはすぐに起き上がると、カーテンを開いた。
そこには沙織と華の二人がいた。
「二人とも、授業は?」
「仮病使って抜け出してきちゃった。何かコウちゃんのことが心配だったから。」
「私も小次郎さんのことが気掛かりでした。何やら顔色が悪いようでしたので・・・・。」
「すいません・・・。 ご心配お掛けしました。」
申し訳なさそうに言うみほに対して、二人はあることを切り出す。
それは生徒会との間で何があったのか、ということだった。
みほの様子がおかしくなったのは、生徒会の者達が接触してきた直後のこと。
だから、生徒会長とみほとの間で何かトラブルがあったのではないかと、二人はそう考えていた。
「ねえ、コウちゃん。生徒会長に一体何を言われたの?」
「もし良かったら、私たちに話してくれませんか?」
「うん・・。」
そして、みほは二人に打ち明けることにした。生徒会から戦車道の履修を迫られたことを。
一人で頭を抱えて悩むよりも誰かに話した方が、少しは気が楽になるかもしれないと思った。
25: 2013/07/08(月) 23:37:33.66 ID:5TvDCZrU0
「今年度から戦車道が復活するから・・・必修選択科目で戦車道を選択するようにって、生徒会の人達から言われて・・・。」
「戦車道とは、伝統武芸の?」
「でも、それとコウちゃんに何の関係があるの?」
「実は、僕の家は代々戦車乗りの家系で・・・西住流という戦車道の流派の家元なんだ。」
「まぁ・・・。」
「へぇ・・・。 コウちゃんの家って凄い名家だったんだね。」
華と沙織が感心したように言う。
しかし、みほの表情は曇ったままだった。
「正直、戦車道には決して良い思い出が無くて・・・・・・僕がこの学校に転校して来たのも、戦車を避けるためなんだ。」
その時、彼女の脳裏に思い浮かんだのは、自分が黒森峰にいた頃・・・・・彼女がまだ " 西住みほ " として生きていた頃のことだった。
彼女が戦車道をやめるきっかけになった "あの出来事 " が鮮明に思い出される。
俯いたみほの表情が更に曇っていった。
「そっか。・・・・そんなに嫌だったら、無理にやることはないよ。キッパリ断っちゃえば?」
「え・・・!?」
沙織の言葉に、みほは顔を上げた。
「生徒会に、断りになるのだったら、私たちも付き添いますよ。」
華も、そう言って勇気づけてくれた。
心細い心境だったみほにとって、この言葉は何よりもありがたい励ましである。
「・・・・・ありがとう。」
やはり、持つべきものは友達だな・・・と、しみじみとそう思ったみほだった。
~~♪ ~~~♪
その時、突然に保健室のスピーカーから、音が響き渡った。
『全校生徒に告ぐ。全員ただちに体育館に集合せよ。繰り返す。全校生徒はただちに体育館に集合せよ。 以上・・・。』
突如、流された校内放送だった。
「体育館に集合だって。 一体なんだろう?」
沙織が怪訝そうに言った。
「さぁ・・・。とにかく行った方が良さそうですね。 ・・・小次郎さんはどうします? もし、まだ気分が悪いのでしたら、ここにいた方が・・・。」
「いいえ、それなら、もう大丈夫です。僕も行きますよ。」
みほは、そう言いながら立ち上がった。
その時、みほは心のどこかで嫌な予感がしながらも、二人と一緒に体育館へ向かうことにした。
27: 2013/07/12(金) 20:20:35.49 ID:9V0KloEX0
今、みほは沙織と華と共に体育館に来ている。
校内放送によって招集がかけられ、今全校生徒が体育館に集合していた。
前方のステージ上には大型スクリーンが設置されている。おそらく今回の集会で使われるものだろう。
「これから一体何が・・・?」
突然、このような所に集められたことに、そこはかとなく不安を感じたみほは二人に尋ねた。
「さぁ・・・?」
「まあ、うちの生徒会がやることですから。」
沙織は首を傾げながら言った。華も詳しいことは分からないようだが、それでも特に気にする様子もなかった。
「みんな慣れっこなんだね・・・・。」
如何にここの生徒会が今まで破天荒なことをしてきたか、ということを察したみほが呆れ気味に呟いた。
その時、生徒会の三人がステージ上に現れた。
そのうちの一人の河嶋桃が声を上げた。
「静かに。 それでは、これより必修選択科目のオリエンテーションを開始する。」
すると、体育館の照明が落とされる。
プロジェクターから投射された映像がスクリーンに映し出された。
【 戦車道入門 】
スクリーン上にでかでかと映し出されたタイトル。
それを見た瞬間、みほは今回の趣旨を理解した。
(そういうことか。)
要するに今回の集会は、戦車道の勧誘のための催しだということだ。
『 戦車道・・・・それは伝統的な文化であり、世界中で紳士や淑女の嗜みとして受け継がれてきた武芸です。』
戦車の映像を背景に、ナレーションが流された。
『 ――― 礼節のある、淑やかで慎ましく、凛々しい婦女子や・・・逞しく屈強な男児を育成することを目指した武芸でもあります。』
(まあ、本当は戦車道と言えば基本は女子がやるものなんだけど・・・それを言っちゃうと、男子が来なくなっちゃうからね。
人は多いに越したことは無いから・・・ここは男子も勧誘しておくためにも、このことは伏せておくべきだよね。)
角谷杏は一人ほくそ笑む。
副会長の柚子から、一種の情報操作なのではないかと指摘されたのはこの事だったのだ。
『 ――― 戦車道を学ぶ事は、人としての道を究める事でもあります。・・・鉄のように熱く強く、大砲のように情熱的。
・・・・戦車道を学べば、必ずや、良き母、良き父になれることでしょう。』
多く者達が興味津々に、食い入る様に画面を見つめていた。
その中には、目を輝かせた、癖毛の女の子もいる。
しかし、そんな中でもみほは、浮かない表情をしていた。
『健康的で優しく逞しい貴方は、多くの人々から好意を持って、受け入れられる筈です。・・・さあ、皆さんも是非、戦車道を学び、心身ともに健やかになりましょう。』
28: 2013/07/12(金) 20:21:26.23 ID:9V0KloEX0
上映が終了し、体育館の照明が灯る。
未だ、みほは俯いたままでいた。
(早く終わらないかな・・・・。)
すると、会長の杏が前に出てきて言った。
「うちの学校でも、今年度から戦車道を復活させることになったんだ。選択をした者には色々な特典を与えちゃうよ。ねえ副会長。」
「はい。成績優秀者には、食堂の食券100枚贈呈の他、遅刻見逃し200日分・・・更に通常授業の三倍の単位を与えます。」
それを聞いた皆が驚き、場がどよめいた。
「というわけで、みんな是非とも戦車道を選んでね。よろしく♪」
こうしてオリエンテーションは終了した。
・
・
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・
・
「決めた。私、戦車道をやろうと思う。」
「え!?」
沙織の予想外な一言に、みほは思わず声を上げた。
「私も戦車道をやろうと思います。戦車道・・・素晴らしいじゃないですか。私、華道よりアクティブな事をやりたいって、ずっと思ってたんです。」
続けて華も言った。
「ねぇ、コウちゃんも一緒にやろうよ、戦車道。コウちゃんが一緒なら、きっと私達ぶっちぎりでトップだよ。」
「私からもお願いします。小次郎さん・・・色々とご指導下さい。」
華が恭しく頭を下げて言った。
「え!? ・・・あの・・・えっと・・・・。」
予想外の事態に、みほは狼狽した。まさか沙織と華が戦車道に興味を持つとは思ってもみなかったからだ。
元々、戦車道をやるつもりなど全く無かったのだが、かといって即座に断ることもできなかった。
「・・・・・・少し、考えさせて下さい。」
その時のみほは、そう言うのが精一杯だった。
29: 2013/07/12(金) 20:22:55.47 ID:9V0KloEX0
・
・
・
その後、自宅に帰って来たみほは、一人で思い悩んでいた。
勿論、戦車道をやるか否かという事だった。
―― ねぇ、コウちゃんも一緒にやろうよ ――
―― 私からもお願いします。小次郎さん・・・ ――
沙織と華から言われた言葉を思い出す。
誘ってくれた事は正直に嬉しかったし、友達からの頼みを無下にしたくはない。
だから、出来る事ならば一緒に戦車道をやってあげたいという思いはある。
しかし、それでもみほが戦車道を忌避する思いは強かった。
それは過去の出来事・・・黒森峰時代に起きた、"ある事件"が起因している。
それは彼女がまだ女として生きていた頃に起きた出来事だった。
―― 戦犯めっ!! ――
―― アンタのせいよ!! ――
―― この偽善者!! ――
それはみほが女を捨てる原因になった事件・・・。
今でも鮮明に思い出せる、あの情景・・・。
それは決して拭いきれないトラウマだった。
思い出した途端に体が震え出す。
両手で自らの体を強く抱きしめるが、震えは止まらなかった。
34: 2013/07/29(月) 01:05:37.75 ID:LJuwkwQf0
あの後、みほは一晩中、悩み続けた。
友の期待に答えたいという思いと、戦車道を忌避する思いが、心の中で葛藤し続けた。
・
・
・
そして翌日。
みほは教室の中で、沙織と華の前にいた。彼女の手にあったのは一枚の紙。
それは必修選択科目の履修申告用紙だった。そして、彼女の用紙は、戦車道の欄ではなく弓道の欄に○がつけられていた。
「ごめん。 せっかく二人が誘ってくれたのに・・・・。」
申し訳なさそうに俯いたみほは、弱々しく言った。
これはみほが苦悩の末に出した結論。
彼女はどうしても戦車道を選ぶ事は出来なかった。
「僕は・・・・・・・やっぱり、戦車道だけは・・・。」
絞り出すように、か細い声で言うのが精一杯だった。
友の期待に応えられなく、非常の心苦しい心境。
「そっか、分かったよ。コウちゃんがやりたくないんだったら、しょうがないね。」
「それじゃあ、私達も・・・。」
すると華と沙織は自分たちの履修申告用紙を取り出す。
そして、戦車道の欄についていた○の上から訂正印をつけた。
そして、沙織は言った。
「私達も戦車道をやめて、弓道にするよ。」
「え!? ちょっと待って!!」
みほは慌てて止めた。
「そんな、無理しなくても! 二人は自分のやりたいものをやればいいよ!! 僕なんかのために、そんな・・・。」
「いいの。どうせだったらコウちゃんと同じやつがいいじゃん。一緒の方が楽しいし。そうだよね、華。」
「ええ。私も小次郎さんと一緒の方がいいです。」
「いや、でも・・・・」
みほは躊躇い気味に口籠った。
しかし、沙織達は引かなかった。
「気にしないで。私達と一緒にやろうよ。もし生徒会の人達が文句を言ってきても、ハッキリと断っちゃえばいいもん。」
「そうです。もし生徒会が何か言ってきたら、毅然とお断りになればいいのです。もし必要であれば私達が小次郎さんに、お力添えしますよ。」
華も沙織と同意見である。
35: 2013/07/29(月) 01:06:15.52 ID:LJuwkwQf0
その時だった。
突如、校内放送用のスピーカーが鳴り響いた。
『2年A組、西住小次郎。至急、生徒会室まで来るように。・・・繰り返す。2年A組、西住小次郎。至急、生徒会室まで来るように。以上。』
それは生徒会からの端的な呼び出しであった。
「早速、何か来たね、生徒会・・・。コウちゃんに釘でも刺しに来たのかしら?」
沙織は即座に、生徒会の意図を読み取った。
「どうしよう・・・。」
みほは若干狼狽え気味である。
「大丈夫ですよ、小次郎さん。私達も一緒に行きますから。」
「華さん・・・・・。」
華がみほの肩にそっと手を置き、みほを励ました。
嫌な予感がしながらも、みほは沙織と華と一緒に、三人で生徒会室へ向かう事となった
36: 2013/07/29(月) 01:07:18.68 ID:LJuwkwQf0
・
・
・
・
・
「来たか。」
みほ達が生徒会室にやって来て、最初に口を開いたのは河嶋桃だった。
「西住。必修選択科目のことなんだが勿論、戦車道を選んでくれたんだろうな。」
「そ、それは・・・・」
高圧的な態度で迫ってくる桃。対するみほは俯いた状態で言い淀んでいる。
しかし、そんな中で華と沙織が先に口を開いた。
「小次郎さんは戦車道をやりませんよ。」
「そうよ。コウちゃんは私達と一緒に弓道をやるの。」
「何だと!」
二人はみほを庇うかのように一歩前に出て、毅然と言い放った。
しかし・・・
「駄目だ。この学校で戦車道経験者は他にはいないんだ。お前には戦車道をやってもらうぞ。」
「勝手なこと言わないでよ! 本人がやりたくないって言ってるのよ!!」
思わず、沙織が食って掛かった。
しかし、桃はそれを意にも介さない。
「悪いが、そちらの都合を考慮してやることは出来ない。我が校は今年、どうしても戦車道を復活させなければならない。
そのためにも、そいつには戦車道を履修してもらわなくてはならないんだ。出来ないとは言わせない。お前は西住流の人間なのだろう?」
「それこそ、そちらの勝手な都合というものです!! そもそも小次郎さんが何をやるかは彼の自由です。強要する方がどうかしてますよ!!」
あまりにも一方的な物言いに対して、普段は温厚な性格の華も憤慨せずにはいられなかった。
両者共に一歩も引かない口論が続く。
37: 2013/07/29(月) 01:08:29.89 ID:LJuwkwQf0
「・・・・・・。」
そんな状況下で、みほは俯いたまま、佇んでいた。
(華さんも沙織さんも・・本当は戦車道をやりたいのに・・・それなのに僕なんかのために・・・・・)
華と沙織が自分の事を懸命に庇ってくれている・・・・しかし、そのせいで、二人は本来やりたかった戦車道が出来ずにいる。
そんな考えがみほの中にはあった。その事に対する後ろめたさもあった。
だから、ここは二人のためにも、自分が戦車道を選ぶべきではないのか・・・・そのような考えが芽生え始めてきた。
その時だった。
―― あんたのせいで、十連覇を逃しちゃったのよ!! ――
―― あんたなんか、氏んじゃえばいいのに・・・ ――
「・・・・・・ッ!!!!」
突如、みほの脳裏に響き渡った、呪詛のような言葉。
それは、かつて黒森峰で言われた言葉だった。
当時みほの心を深く抉った言葉・・・それが突然に思い出された。それにより、忌まわしき過去の記憶がフラッシュバックする。
大きなショックで眩暈を起こし、体がふらつきそうになったのを、周囲の人間に悟られないように必氏で堪えた。
(やっぱり駄目だ。 僕は、・・・・・・・・戦車道が怖い。)
一度芽生えたかけた勇気も、恐怖によって再び折れてしまった。
45: 2013/08/23(金) 01:43:32.63 ID:YF/y6Otq0
みほが心の中で葛藤をしているその間も、生徒会と沙織達との口論は続いていた。
何が何でも、みほに戦車道をやらせようとする生徒会と、それに頑なに反対する沙織達との間で、話は未だに平行線状態のままである。
その時、会長の杏がおもむろに口を開いた。
「そんなこと言っちゃっていいのかな。」
杏はニヤリと口元を歪め、笑みを浮かべる。
いかにも悪巧みをしていそうな、そんな表情だった。
「そんなこと言ってると、あんたらこの学校に居られなくしちゃうよ。」
「なっ・・・・!!!」
彼女の口から出てきたのは露骨な恫喝であった。その言葉には、みほが真っ先に反応した。
(そんな・・・・・・・僕が戦車道を選ばないばかりに・・・。このままでは二人が・・・)
みほは焦燥と危機感に駆られた。
たしかに、いくらこの学校の生徒会が強い権限を持っているからといって、正当な理由も無しに独断で生徒を退学処分にするなんてことは出来ない筈。
しかし、強制的には無理であっても、自主退学に追い込む手段なら幾らでもある。
陰湿な虐めや嫌がらせ等・・・そのような手を使ってくることは十分あり得る。
勿論、杏がみほ達を脅すために、ハッタリで言っているだけという可能性もある。
しかし、もし万が一、彼女が本気だったら、自分だけでなく華達にまで危害が及んでしまう。
危害が加えられるのが自分一人だけならば、まだ耐えられる。
しかし、自分を庇ったせいで、沙織達までもが平穏な学園生活を奪われてしまう。
そう思うと、胸が張り裂けそうになった。
(華さん、沙織さん・・・もうやめて。これ以上、僕を庇ったりなんかしたら二人までもが・・・・・・。そんな事になったら僕は・・・)
しかし、そんなみほの思いを他所に、華と沙織は怯む事無く、食い下がる。
「脅すなんて卑怯です。」
「そうよ! そんな脅迫なんてしたって無駄なんだから!」
それに対して、広報の桃も負けじと言い返す。
「これは脅しじゃない。言っておくが会長は本気だぞ。」
「そうよ。悪い事は言わないから、大人しく従った方が身のためだよ。ね、悪いようにはしないから。」
副会長の柚子までもが、やんわりと脅しをかけてきた。
だが、それでも沙織達は一歩たりとも引かなかった。
露骨な恫喝に屈することなく、毅然とした態度を崩さず、みほを庇う。
自らの身の危険も顧みずに・・・。
(お願い、もうやめて。)
このままでは、みほが想像した最悪の事態になりかねない。
(酷い目に遭うのなら、それは自分一人でいい。だから二人とも、もうやめて・・・。)
みほはただ、最悪の事態にならない事を祈るばかりだった。
46: 2013/08/23(金) 01:44:16.24 ID:YF/y6Otq0
「解せないな。」
その時、沙織達と言い争いをしていた桃が、訝しげに言った。
「お前らは何故そうまでして、そいつを庇おうとするんだ?」
それは彼女だけでなく、みほも疑問に思っていたことだった。
何故沙織達は、そうまでして自分なんかを庇ってくれるのだろうか。どうして、そこまでして・・・。
そのような疑問は、みほも抱いていたものだった。
「そんなの決まってるじゃないですか。」
それに対して、沙織は迷い無く言い放った。
47: 2013/08/23(金) 01:44:57.41 ID:YF/y6Otq0
「友達だからですよ。」
48: 2013/08/23(金) 01:46:03.23 ID:YF/y6Otq0
「・・・・ッ!!!!」
その瞬間、みほは目を見開いた。
そして、更に沙織は言う。
「コウちゃんは私達の友達なのよ。見捨てる事なんて出来るわけないじゃないですか!!
「理由なんて、それで充分です。」
華も続けざまに言った。
友達だから・・・ただ、それだけの理由で沙織達は自分のことを庇ってくれている。
その事実がみほの心に衝撃を与えた。
(沙織さん、華さん・・・・あなた達は僕の事をそんなにも・・・。)
先程、彼女言った言葉がみほの心の中に沁みた。
自らの身の危険も顧みずに、友達として、みほの事を沙織達は懸命に庇ってくれている。
そう思うと、感極まって目頭が熱くなった。
そして気が付いたら、みほの瞳から涙が溢れていた。
零れ落ちた一筋の涙が頬を伝って流れ落ちる。
「えっ!! 小次郎さん!?」
「ちょっ、コウちゃん!! どうしたの!?」
華と沙織が、みほの涙に気づき、驚愕する。
突然の事で、生徒会の者達もギョッとした表情で固まっていた。
その場にいた誰もが、みほの胸中を量りかねていた。
そして、そんな彼女達を他所に、みほは思い悩んでいた。
自分はこのまま二人の善意に、ただ甘えていていいのだろうか?と・・・。
(二人は僕のために、ここまでしてくれているのに・・・それなのに僕は・・・・・)
ただ成り行きを見守る以外の事が何もできない自分が無性に情けなく思えた。
(このままでいいのか? 二人の善意に甘えて・・・・二人に守られるだけで・・・・本当にそれでいいのか?)
みほは自らの心に自問した。
(いや・・・・いい筈が無い。)
49: 2013/08/23(金) 01:48:48.74 ID:YF/y6Otq0
その時、彼女の心の中である決意が芽生えた。
(そうだ。今、僕が絶対にしなければならない事がある。それは彼女達に報いる事だ。)
みほは決心した。
(沙織さんと華さんは、僕のために立ち上がってくれた。ならば僕も彼女達のために恩返しをしなければならない。その方法はただ一つ。
僕は戦車道を・・・・・・)
みほは決断を下そうとしていた。
その時。
―― 『戦犯!!』 ――
―― 『偽善者!!』 ――
―― 『氏ね!!』 ――
みほの脳裏に再びフラッシュバックが起こった。
それは過去の忌まわしい記憶。
強烈な悪意と共に浴びせられる罵声。鮮明に思い出されたトラウマによって、また恐怖がぶり返す。
しかし・・・
(そんなもの、関係ないっ!!)
みほは心の中で恐怖を振り切った。
仲間を想う心が、恐怖心を上回ったのである。
すると、みほは腕で涙を拭い、前を見据えた。
その時の彼女の目は、恐怖に怯える者の目ではなかった。
覚悟を決めた者がする、強い意志の宿る目だった。
彼女は完全に、覚悟を決めたのだった。
「やります!! ・・・ぼくは戦車道をやります!!」
力強く宣言した。
53: 2013/09/08(日) 15:18:09.84 ID:96cu9f6v0
こうして、みほの下した決断によって事態は収拾したのであった。
みほ達が戦車道を履修するという事で、とりあえずは丸く収まった。
生徒会の者達と激しく言い争っていた沙織達も、みほ本人が戦車道をやってもいいと言ったため、そのまま引き下がる事となった。
「これで、とりあえずは何とかなりましたね。」
みほ達が退室した後に、河嶋桃は言った。
「多少強引ではありましたが、仕方ありませんね。この学校で戦車道経験者なんていませんから。
西住家の人間である彼には是が非でも戦車道を履修してもらはないと・・・・とてもじゃないが、次の全国大会で勝てない。
もしそうなったら、我が校は・・・・。」
小山柚子が、どこか後ろめたさがあるような口振りで言う。
「正直私もあまり気が進まなかったけど・・・。でも西住君には悪いけど、今の私達は手段を選んではいられない。」
会長の杏も口を開いた。
その話し方はいつものような、おちゃらけた軽口なんかではなく、どこか憂いを帯びたような口調だった。
「全ては学園存続のために・・・・。」
重々しい雰囲気を纏いながら、杏は呟いた。
54: 2013/09/08(日) 15:20:49.58 ID:96cu9f6v0
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・
その後、学校を出て帰路についたみほ達。
その帰り道にて・・・・。
「ねえ、コウちゃん。本当に良かったの?」
沙織がみほに、心配そうに尋ねた。
「私たちは元々は戦車道やりたかったから別にいいんだけど・・・コウちゃんは本当にこれで良かったの?
戦車道・・・・コウちゃんは泣くほど嫌だったんじゃないの?」
沙織の脳裏にあったのは、あの時に涙を流したみほの姿だった。
「無理してない?」
「いいえ。違うんです。」
すると、みほはそんな沙織達の心配を払拭するかのように笑みを浮かべた。
「ただ、嬉しかったんです。二人が僕なんかのために庇ってくれて・・・・僕の事を友達って言ってくれて・・・・。それがとても嬉しかったんです。
それに、沙織さん達と一緒なら、戦車道をやるのも悪くはないって、そう思ったんです。」
それは本心からの言葉。
その言葉によって沙織達は一安心した。
「そう・・・。ならいいんだけど。」
華も同じく、みほの言葉でひとまずは安心できた。
「では改めて・・・これからもよろしくお願いいたしますね、小次郎さん。」
「はい。」
実はその時、沙織と華は秘かに、涙を流した時のみほの姿を思い出していた。
(というか、男の人が泣く所なんて初めて見た。あの時のコウちゃん、ちょっと可愛かったかも・・・ ///// )ドキドキ
(あの時の小次郎さん、思わず抱きしめてあげたくなるような、そんなオーラが・・・・。何だかとても可愛かったような・・・ ////// )ドキドキ
みほの涙は、彼女達ので母性本能を刺激し、庇護欲をそそるものだった。
勿論、みほはそのような事は知る由もなかったのだが・・・・。
55: 2013/09/08(日) 15:23:50.25 ID:96cu9f6v0
そして、そんな彼女達を他所に、みほは物思いにふける。
(私は、本当に良い友達と出会う事が出来た。彼女たちが僕に勇気を与えたくれたから、戦車道から逃げた僕も、これからもう一度戦車道と向き合う決意が出来た。
沙織さんと華さんに出会わなければ、僕はきっと今でも逃げたままだった・・・。)
すると、みほはすっと目を細めた。
(お姉ちゃん・・・・・・・僕は素敵な友達と出会いました。)
―― みほは自分自身の戦車道を見つけなさい。西住流とは違った自分だけの戦車道を・・・・ ――
それは、かつて実の姉から送られた言葉。
(あの時の僕はそれが出来ないまま戦車道から逃げてしまったけど・・・もしかしたら、ここでならそれが出来るかもしれない。
自分の戦車道を、彼女達と一緒に見つけられるかもしれない。)
・
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・
そして翌日。
戦車格納庫の前に生徒達が集まっていた。彼女達は戦車道の履修希望者達である。
その人数はみほ達も含めて18人程だった。
その様子を見た河嶋桃は、やや落胆気味に言った。
「会長・・・私達を含めて、全員で21人です。思ったより集まりませんでした。この前のオリエンテーションの時に流したプロモーションビデオで男子生徒の勧誘も狙っていたのですが・・・・
結局、西住小次郎以外の男子は一人も来なかったようですし。どうしましょうか、会長。」
「まあ、嘆いてもしょうがないよ、かーしま。この人数で何とかやっていくしかないね。」
その時、一人の生徒が挙手して、杏に尋ねてきた。その者は特徴的な癖毛を持つ生徒だった。
「あの・・・使用する戦車は何ですか?ティーガーですか?それとも・・・・」
「えーと・・・何だっけ? なんちゃら号戦車とか言ったっけ? まあ、とりあえず実物を見せた方が早いな。」
そう言うと、杏は格納庫の扉に開けた。
56: 2013/09/08(日) 15:26:46.25 ID:96cu9f6v0
すると、そこにはたった一両の戦車が置いてある。
埃を被り、いたる所が錆び付いている。明らかに、まともに整備されずに長年放置されていた物だった。
悪く言ってしまえば、スクラップにしか見えないオンボロ。
中には、そういう物に独特の趣を感じる人もいるかもしれない。
しかし、その場にいた大多数の人はそうではなかった。
「何これ?」
「ありえない・・・。」
口々に落胆の声を呟く者達。
しかし、そんな中でもみほは違っていた。それを見た瞬間にみほは目を見開いた。
(これは・・・!!)
「とりあえず、今格納庫にある戦車はこれだけなんだよね。こいつの名前は何て言ったっけ?え~と、たしか・・・・・」
「Panzerkampfwagen Ⅳ。」
「え!?」
杏がうろ覚えだった戦車の名前を思い出そうとしている時、みほが呟いた。
それは流暢なドイツ語発音の言葉だった。
「えっと・・・パ、パン・・・な、何だって?」
「パンツァーカンプフヴァーゲンフィーア。Ⅳ号戦車ですよ。」
そう言うと、みほは車体に近寄っていき、そっと撫でるように手を触れた。
(Ⅳ号戦車か・・・懐かしいな。)
みほはこの戦車に思い入れがあった。
すると、彼女は車体の各部をざっと見渡して、状態を確認する。
「保存状態はかなり悪いけど・・・装甲や転輪はかろうじて大丈夫そう。これならいける。」
こうしてみほは戦車道という道を再び歩むことになった。
激動の波乱が今、幕を開ける・・・。
60: 2013/09/22(日) 22:07:06.42 ID:2ZJ2/yIe0
「では、これより戦車道の授業を開始する。」
河嶋桃が宣言する。
第一回目の授業内容は、”戦車探し”であった。
「今、我々の手元にある戦車はこの一両だけだ。しかし、この学園は昔、戦車道が盛んだった。
当時、使われていた戦車がまだ、この学園内のどこかに残っている筈。だからそれを探し出すんだ。最低でもあと4両を・・・・。
それでは、これより捜索を開始する。」
こうして彼女達は戦車探しをする事となった。
どこにあるか、手掛かりも一切無い状態での捜索。しかも、この人数で隅々まで探すには、学園の敷地はあまりにも広大だった。
まさに前途多難である。
「一体・・・・・どこ探せばいいのよぉぉぉぉぉーーーーーー!!」
沙織の叫び声が虚しく辺りに響き渡った。
今、沙織達は駐車場に来ている。
華は思わず苦笑いしながら、沙織に言った。
「さすがに駐車場には置いてないと思いますが・・・。」
「だって一応は車じゃない。・・・・・仕方ないから、とりあえず裏の林の辺りでも探してみよう。 木を隠すのは林の中って言うし。」
「それを言うなら、森の中ですよ。」
沙織の言葉に対して冷静にツッコミを入れる華。
そんな二人のやり取りを微笑ましく思いながら、みほは二人の後について行った。
(ん?)
その時、みほは背後から何者かの気配を感じた。
その場で後ろに振り返るとそこには一人の、特徴的な癖毛をした女子がいる。
その者はこちらに声を掛けたそうに様子を窺っているが、中々踏み込めずにいるようだ。
そこで、みほは自分の方から声を掛けることにした。
「あの・・・・。」
「は、はい!!」
みほが声を掛けたら、びっくりしたのか、声が裏返っている。
それでも構わずに、みほは彼女を戦車探しに誘うことにした。
「よかったら、僕たちと一緒に行きませんか?」
「え、いいんですか!?」
すると、先程までの緊張した面持ちは一変して、嬉しそうな表情になった。
「えっと・・私、普通二科の2年3組、秋山優花里といいます。不束者ですが、よろしくお願いします。」
その様子を見ていた沙織達も、自分たちも名乗ろうと、自己紹介をした。
「初めまして。私は武部沙織ね。」
「私は五十鈴花と申します。よろしくお願いします。」
61: 2013/09/22(日) 22:08:15.19 ID:2ZJ2/yIe0
沙織と華に続いて、みほも名乗った。
「僕の名は西住小次郎です。」
その時、みほがその名を言った途端、優花里は顔色を変える。
「西住って、もしかしてあの西住流ですか!?」
優花里は突如、目を輝かせながら、くいついてきた。
「あの戦車道の家元、西住家の者なんですか!?」
「ええ。まぁ・・・。」
「凄い! 西住流の人にお会いできるなんて、光栄です!!」
物凄い勢いでみほに迫る優花里。その勢いにみほはかなり押され気味だった。
そんな興奮気味な優花里に、かなり困惑しながらも、沙織はとりあえず彼女を宥めようとする。
「優花里さん、とりあえず落ち着いて。 よく分かんないけど西住流ってそんなに凄いの?」
「それは勿論! 西住流とは非常に長い歴史を持つ、由緒正しき流派です。
戦車道の流派は数多く存在しますが、その中でもトップクラスに君臨する、まさに名門中の名門。それが西住流なんです!!」
優花里のまくし立てるような言葉に沙織達は驚愕した。
沙織達は以前、みほの実家が戦車道の家元であることは聞かされていたが、まさかそれほどまでに凄いものだとは思わなかった。
そして、優花里は尚も興奮覚めやらぬ様子である。
「西住家の方にこうしてお会いできるなんて感激です!!」
「・・・・・・。」
彼女の目からは、強い憧憬の念が窺える。
その事からも分かるが、優花里は戦車道のファンで、西住流に憧れを抱いているのだろう。
それだけに、西住家の名を持つみほに相当強い期待を寄せている事が分かる。
だからこそ、その期待を裏切るようで申し訳ないと思いつつも、みほは彼女にある事を告げなければならなかった。
確かに、みほは西住家の人間ではあるが 、"西住流" の人間ではない。
その事を優花里に告げなければならなかった。
「落ち着いてください、優花里さん。 確かに僕は西住家の者ですが、正確に言うと "西住流" の人間ではありません。」
「え? どういう事ですか?」
すると、みほは表情を曇らせた。
「僕は西住流からは破門されているんです。」
その瞬間に場の空気が変わった。
62: 2013/09/22(日) 22:13:39.12 ID:2ZJ2/yIe0
それまで嬉々とした様子だった優花里は一変。
触れてはいけない所に触れてしまった、と思った優花里は慌ててみほに謝った。
「す、すいません、小次郎さん!! そうとは知らずに、無神経な事を・・・!!」
突如告げられた事実に優花里は狼狽した。
勿論、優花里にはみほの詳しい事情は何も知らない。
何故破門にされたのかも、その破門に至るまでの経緯も、当然何も知らない。
しかし彼女の過去に、重大な何かがあったことは確かである。
当然、その時に嫌な思いだってした筈だし、思い出したくないこともある筈。それは今のみほの曇った表情を見れば分かる。
その事を察した優花里は、ただひたすら平謝りするしかなかった。
「本当にすいませんでした!」
「いえ、いいんです。気にしないでください。」
するとみほは曇った表情から一転して、笑いながら言う。この状況で、彼女達に気を使わせないようにと思って言ったのだった。
しかし、それでも優花里は申し訳なさそうにしている。
そのせいで、何とも言えない気まずい雰囲気がその場を支配していた。
そんな中でみほは口を開いた。
「それはそうと・・・優花里さんは西住流には詳しいようですが、どこかでご覧になったことがあるのですか?」
「はい・・それは勿論。元々戦車道の名門という事で非常に興味があったのですが・・私が西住流に惚れ込んだきっかけは去年の事でした。
あれは去年の戦車道全国大会の決勝戦の事です。
あの決勝戦での西住 " みほ "さんの勇姿を見てからというもの、私は彼女のファンになりました。あの時の彼女は本当に格好良かった。」
「・・・・・ッ!!!」
それを聞いた瞬間、みほ(小次郎)は目を見開いた。
まさかこのような所で、自分の本当の名前が、出てくるとは思わなかったため、動揺せずにはいられなかった。
しかし、優花里はその事に気づかずにいる。
「あっ、そう言えば・・・小次郎さんはみほさんとはどのような間柄ですか? やっぱり兄妹ですか?」
「に、西住みほは・・・・・・・僕の姉です。」
「小次郎さんが弟だったんですか。なるほど。確かに姉弟だけあって、みほさんによく似ています。
そう言えば、みほさんは今、どちらへ?」
「みほ姉さんは、今は海外に留学しています。」
勿論、みほ(小次郎)が言ったこの言葉は、全て嘘である。
西住みほが海外で留学しているというのは真っ赤な嘘。
本当は優花里の言った西住みほは、今彼女の目の前にいる。
似ていると思うのも当然の事。
小次郎という偽名を名乗っている、彼女こそ " 西住みほ "である。
無論、みほに弟などはいない。
この大洗に来るにあたって、名前を変えて、男装するだけでなく、髪型も髪色も変えた。
黒森峰にいた頃は、栗色だった髪も黒く染めてある。
昔は背中にまで掛かる程に伸ばしていた、ストレートのロングヘアも、今では短くカットされていた。
それらは全て、自分の本当の素性を隠すため。
自らの存在を、偽りによって塗りつぶし、覆い隠しながら生きていく。
それがみほの選んだ生き方。
否・・・選ばざるを得なかった。
友達を騙す事に少なからず罪悪感もあり、胸が痛むが、それでもやめる事は出来ない。
71: 2013/10/03(木) 01:49:08.10 ID:NBfo9fxj0
こうしてみほ達は、優花里も加えた4人で戦車探しをする事になった。
「じゃあ、行こうか、みんな。」
先程の気まずい空気を振り払うかのように、みほが元気よく言った。
地図を手に持ち、先頭に立って森の中を探索していく。
その時、華が何かに気づき、みほを呼び止めた。
「待ってください、小次郎さん。あちらの方から何やら鉄と油の臭いが微かに・・・。」
「臭い?」
華は森の奥の方を指差しながら言った。
「はい。私、華道をやってる関係から、嗅覚が少し敏感なんです。あちらの方から植物の香りに混ざって、明らかに異質な臭いがします。」
「本当に!?」
みほは驚いた。
まさか、臭いで戦車を探し出す人がいるなんて思いもしなかった。
もし彼女の言っていることが本当なら、相当嗅覚が鋭いという事になる。
にわかには信じられないが、それでも他にアテもないので、とりあえず、彼女の指差した方向に向かうことにした。
しばらく歩いて行くと、鉄の塊のような物が見えて来た。
そのには一両の戦車が鎮座していた。
「あっ、あれは! もしかして、38(t)戦車!?」
真っ先に反応したのは優花里だった。
「本当にあった・・・。」
みほは呟いた。
正直、みほも半信半疑だっただけに、本当に見つかったことに驚きを隠せない。
72: 2013/10/03(木) 01:52:05.12 ID:NBfo9fxj0
そして、優花里はその戦車に近づくと、手を触れ、興奮気味に言った。
「これはチェコスロバキアの38(t)戦車です! 間違いありません!!」
すると、優花里は手を触れていた車体に、頬擦りをし始めた。
その姿は例えるなら、愛犬家が子犬を愛でるかのような、そんな様だった。
その事からも、彼女が相当の戦車好きである事が窺える。
「大戦初期ではドイツ軍の主力戦車の一つとして、電撃戦を支えた、非常に優秀な戦車です。
軽快な走りで走破性が極めて高く、故障しにくくて信頼性が高い。まさに傑作戦車でした。
あっ、ちなみに(t)というのはチェコスロバキアという意味であって、決して重さの単位ではないんですよ。」
かなり饒舌に、戦車の知識を披露する優花里。
その熱く語る様は、まるで水を得た魚のように生き生きとしている。
目を輝かせながら夢中で、マニアックな知識を語る優花里に圧倒され、一同は茫然としていた。
そんな優花里に対して沙織は恐る恐る言ってみた。
「優花里さん・・・・なんか、めっちゃ生き生きしてる・・・。」
「あっ・・・・・・・・。」
その言葉で優花里は我に返る。
「すいません。つい・・・・。」
先程までとは打って変わり、急にしおらしくなった。
「私一人で盛り上がっちゃって、勝手にべらべらと・・・・・・」
ついさっきまでハイテンションは見る影も無い。
初めて会った時の、一番最初の時のような、おどおどした態度に戻ってしまっている。
「本当にすいませんでした。」
「あ、いや・・・別に、いいよ。気にしないで。こっちも、ちょっと驚いてただけだから。」
何か、気を悪くしたのかと思った沙織は、慌ててフォローを入れようとするが、優花里は気落ちしたままだった。
「そうですよね。こんなオタクなんて気持ち悪いですよね。」
「いやいや・・・誰もそんな事は言ってないんだけど・・・・。ねえ、華。」
「そうですよ、優花里さん。私達、そんな事は思ってませんから。」
華も沙織と一緒になってフォローしようとするが、それでも優花里は俯いたままで、その表情はどんどん暗くなっていく。
73: 2013/10/03(木) 01:55:43.82 ID:NBfo9fxj0
実は、優花里がこのような態度をとるのには理由があった。
それは彼女の過去に原因がある。
彼女は俗に言う、軍事オタクというやつである。
それも戦車に関して、かなりの深い知識を持った、上級者と言っていい程のマニアだ。
しかも、一度戦車の話で熱くなってしまうと、凄まじい勢いで語り出し、止まらなくなってしまう癖がある。
優花里はかつて、この趣味が原因で、親しい友達を作ることが出来なかった。
彼女と話題が合う人や、彼女の話についていける人が周りにいなかったからだ。
だが、それだけならまだよかった。
それだけなら優花里もここまで卑屈になる事はなかったかもしれない。
しかし、そんなある日の事。
優花里は偶然にも立ち聞きしてしまった。
―― 秋山さんって、何か気持ち悪いよね。いつも、いつも戦車の話ばっかり・・・ ――
それはクラスメート達の自分に対する陰口。それを偶然、立ち聞きしてしまった時の、彼女が受けたショックは極めて大きかった。
そんな過去のせいで優花里はそれ以来、引っ込み思案になってしまい、卑屈になってしまった。
趣味である戦車の話題も、極力人前では話さないように心掛けてきた。
しかし本物の戦車を前にした時、我慢できずに、つい素の自分を全面的に出してしまった。
その事を激しく後悔する。
(絶対に今ので、気持ち悪いって思われる。 せっかくお近づきになれたというのに、また嫌われてしまう。友達がいなかった、あの頃に逆戻りしてしまう・・・。)
悲観的な思考が彼女の頭の中を埋め尽くす。
そんな時だった。
「優花里さんって、とても博識なんだね。」
「え・・・!?」
凛とした声が優花里にかけられた。
その声は西住みほのものだった。
「西住殿・・・・・? あなたは平気なのですか?」
「平気って? 何が?」
「私の事が、気持ち悪くないのですか?」
恐る恐る、尋ねる優花里。
しかし、そんな優花里に対してみほがかけた言葉は、優花里にとってあまりにも予想外なものだった。
「そんな事はないですよ。 むしろ凄いと思います。 だって、それだけの知識を身に付けるって、決して簡単な事じゃない筈。相当、勉強したのでしょう?」
「いえ、そんな事は・・・。 知識とはいっても、何の役にも立たないただの豆知識だし・・・・。
それに私はただ自分の好きな事をやっていただけで・・・そんな褒めて頂けるようなことは何も、ありません。」
「自分の好きな事を全力でやりきれるというのは、とても素敵な事だと思いますよ。」
「・・・・ッ!!!」
74: 2013/10/03(木) 02:23:11.96 ID:NBfo9fxj0
みほは、まっすぐな目を向けながら優花里に言った。
みほから告げられた言葉・・・・それが決して、ただのお世辞などではない事は、彼女の瞳を見れば分かる。
決して、気を使って、慰めるために言っているのではなく、ただ彼女は純粋に自分の事を認めてくれている。
その事が優花里にとっては何よりも嬉しい。
こんなことは今までに一度もなかっただけに、嬉しくてたまらない。
「に・・西住殿・・・・」
優花里は歓喜のあまり、体が震えた。
「西住殿おおおぉぉぉ!!!」
ついに感極まって、気づいたら優花里はみほに抱きついていた。
それに対して、みほは決して嫌がるようなそぶりを見せない。
ただ、拒む事無く受け入れた。
「よしよし・・・。」
優しい手つき、そっと頭を撫でるみほ。
その心地良さに、優花里は表情を綻ばせた。
(西住殿。私・・・あなたの事が好きです。)
自分の心の中で、秘かに想いを告げる、秋山優花里であった。
79: 2013/10/06(日) 00:39:41.52 ID:ml0Ivxij0
第一回目の戦車道授業として始まった、戦車探しは思いのほか順調に進んだ。
みほ達以外の班も、敷地内を探索していき、次々と戦車を発見していった。
その結果、新しく4両の車両が加わる事となる。
みほ達が見つけた38(t)戦車以外にも、Ⅲ号突撃砲F型、八九式中戦車、M3中戦車リーなどが発見され、これらに、格納庫にあったⅣ号戦車を加えると計5両の戦車になる。
この5両が、これから彼女達のお供となる装備である。
「全部で5両か。いやぁ~・・・ぶっちゃけ、何の当ても無しに、行き当たりばったりだったけど、探せば意外と見つかるもんだね~。ね、かーしま。」
「会長・・・ぶっちゃけ過ぎですよ。いくら本当の事とは言え・・・。」
「・・・・・・・・。」
そんな角谷杏と河嶋桃の会話に、柚子はただ黙って苦笑いする。
そして、そんな彼女達を他所に、みほは目の前に並んだ戦車を眺め、思案をめぐらせていた。
(どれも保存状態が悪すぎる。これは修理に相当な手間が掛かりそう。)
どの戦車も長年の間、野ざらしで放置されていただけに、保存状態が極めて劣悪で、車体のいたる所が錆付き放題、痛み放題であった。
当然、このままでは使いものにならないので、修復作業が必要になる。
(まず、錆とりをしないと・・・。あと、水抜きもして、それから古い塗装を全部剥がして、新しく塗り替えて・・・。)
そして、そんな風に思案にふけるみほを、その傍らから優花里は見守っていた。
(その真剣なまなざしで思考をめぐらす西住殿のお姿・・・・格好いいであります ///////// )
うっとりとした表情で、みほを眺める優花里。
その姿はまるで、飼い主に寄り添う忠犬を連想させられるような、そんな姿だった。
そして、そんな忠犬・・・もとい、優花里の姿を見ていた沙織と華は言った。
「ねぇ、華・・・今、一瞬だけゆかりんに、犬の尻尾が見えたような気がするんだけど・・・。」
「奇遇ですね。私もです。」
そんな微笑ましい光景を眺めながら、二人は思った。
この子は完全に小次郎に惚れていると・・・・。
80: 2013/10/06(日) 00:42:44.41 ID:ml0Ivxij0
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修理作業の手始めという事で、まずは車体の洗浄をする事になった。
そして今、5つの班に分かれて、各車両の洗車を行っている最中である。
そんな中、沙織は散水用のホースを手に持ちながら、何やら良からぬ笑みを浮かべていた。
「うふふ。」
その笑みは、間違いなく悪戯心によるものである。
そして、沙織が手に持ったホースの照準は、Ⅳ号戦車の車体の上にいる華に向けられている。
「そーれっ!」
沙織が声を上げると同時に、ホースの口から勢い良く水が噴き出す。
「キャッ!!」
華は突然の放水攻撃を浴び、思わず驚きの声を上げた。
「もう、冷たいじゃないですか!」
「あははは。ごめんごめん。」
なんら悪びれる様子もなく、笑う沙織。
華はそんな彼女に呆れながら言った。
「本当にもう、沙織さんったら・・・・・・・・・えっ!??」
その時だった。
「どうしたの? 華・・・・・・・・・えっ!??」
華と沙織が突然に固まった。
「二人とも、どうしたんですか?・・・・・・・・・えっ!??」
二人の様子を不審に思って声をかけた優花里も、あるものを見て固まった。
その時、三人の視線の先にあったもの、それは・・・
「コウちゃん!!!」
「小次郎さん!!」
「に、西住殿!!!」
それは全身が水で濡れたみほの姿であった。
「・・・・・・涼しい。」
みほは呟いた。
あの時、沙織は気づいていなかったが、華が車体の上にいる時、みほは転輪の状態をチェックするために下の方で作業をしていた。
つまり、ちょうど華が立っていた場所の足元辺りの所にみほがいた。
そのため華に向かって放水された時に、巻き添えを喰らう。
その結果みほは、もろに頭から水をかぶってしまっていた。
滴り落ちる水滴・・水に濡れた髪・・そして前髪をかき分けるしぐさ。
そのどれもが妙に色っぽい。
水滴が光を反射し、それがまた妖美な雰囲気を醸し出している。
81: 2013/10/06(日) 00:48:37.97 ID:ml0Ivxij0
沙織、華、優花里は思わず、見惚れてしまった。
(やだもー //// 水も滴るいい男じゃん//////)
(小次郎さん・・・とっても色っぽい //////)
(西住殿・・・////// )
しかし、そんな中、みほは自分に注がれる熱い視線には全く気づかずにいた。
(ジャージ着てて良かった。体操着だけだと、下着(サラシ)が透けてしまうとこだった。)
そんな事を考えていたのだった。
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そんなこんなで、洗車の作業は一通り完了。
その頃には、日も落ちかけて、夕方になっていた。
「あとの修理は自動車部の人達にやらせよう。今日の授業はこれまで。以上で解散とする。」
河嶋桃の一声で解散する一同。
戦車道授業の初日はこうして終了したのだった。
そして、皆が帰路につく中、みほは学校に残っていた。
「今日はちょっと寄って行く所があるから・・・・みんなは先に帰ってて。」
そう言って、沙織達と別れてた後、みほは一人でである場所に向かっていた。
その向かった先は・・・・・
「ここか・・・・。」
そこは、とある部室棟だった。
みほが足を運んだ部室・・そこには自動車部と書かれている。
88: 2013/10/31(木) 23:16:24.41 ID:Ob/lmz7C0
日が落ち、辺りがすっかり暗くなった頃。
学園内を歩いている者達がいた。
オレンジ色の作業着を身に纏う女性達。
彼女達は自動車部の整備士達である。
それもただの整備士ではない。自動車部の中でも腕利きのメカニック達だった。
「生徒会直々にうちに依頼しにくるから何かと思ったけど、まさか戦車の修理とはね・・・。しかも今日中に直せだなんて・・・。」
そのように呟いた、彼女の名はナカジマ。
茶色がかった黒髪のショートボブが特徴。
自動車部の中でもリーダー的存在であり、その腕前は随一と言われている。
「戦車の修理なんて初めてやるけど、何とかなるっしょ。自動車であることに違いはないし・・・。」
彼女の名はスズキ。
小麦色の肌がと、癖のある茶髪が特徴。
彼女もオレンジ色のツナギを着ており、自動車部の一員である事が分かる。
「正直、私はワクワクしてるよ。一体どんなメカがくるのか、今から楽しみだよ。」
彼女の名はホシノ。
黒い髪と褐色の肌、目尻が少しつりあがっている瞳が特徴。
仕事道具であるレンチを既にその手に握っている事から、意気込みの程が窺える。
「私も楽しみだね。今から腕が鳴るよ。」
彼女の名はツチヤ。
鳶色の短髪と、彼女達の中では比較的色白な肌が特徴。
彼女もまた、仕事に対して強い意気込みを持って臨もうとしている事が、その様子から分かる。
彼女達は戦車の格納庫がある方へと向かっている。
そんな中、ツチヤが言った。
「あ、そう言えば戦車で思い出したけど・・・数時間前に戦車道部の者が一人、うちに来てたよ。ちょうどナカジマ達がいなかった時だったんだけど。」
ナカジマが訝しみながら聞いた。
「戦車道部の人が? 一体何をしに?」
「それが、工具一式を貸してほしいって言ってさ。だから、うちで余ってるやつを貸しといたよ。
それでさ、その人が結構なイケメンの男の子でさ。」
その時、ツチヤの言ったイケメンという言葉に、スズキがくいついてきた。
「何!? イケメンだって!! どんな男!?」
「見た目は中性的な感じの美少年だね。
格好いいんだけど、同時に可愛さも兼ね備えている。所謂かっこかわいいってやつ。
それでもって、笑顔がまた最高でさ・・・思わず見惚れちゃったよ。」
「いいなぁ・・・それは私も見てみたかったなぁ。」
そんな会話をしているスズキとツチヤに呆れながらも、ナカジマ達は格納庫へと向かっていった。
89: 2013/10/31(木) 23:29:17.86 ID:Ob/lmz7C0
「あれ?」
その時、ナカジマが異変に気付いた。
「明かりがついている。こんな時間に・・・。」
彼女達の視線の先にあったのは、戦車格納庫の中にうっすらと灯った明りだった。
このような夜遅い時間帯には、よほどの事がない限り、学校内に残っている生徒はほとんどいない。
自動車部の彼女達のような例外を除き、ほぼ全ての生徒は帰宅している筈である。
しかし格納庫内では照明が灯っており、何やら物音がする。
「誰かいるのかな?」
ナカジマは不審に思いながらも、扉に手をかける。
軋み音を上げながら、重い扉が開かれた。
すると、そこにいたのは・・・・
「う~ん・・・ドライブシャフトは損傷はそれほど酷くはなかったけど、やっぱり問題はトランスミッションか。」
そこにあったのは、工具を片手に持ちながら思考を巡らす、みほの後姿だった。
彼女はナカジマ達にまだ気づいていない。
「あ、あの・・・・・・。」
「はい!?」
ナカジマが後ろから声をかけて、そこで初めてみほは彼女達に気づき、振り返った。
「「「・・・・・・・・ッ!!!!」」」
その瞬間、ナカジマ達は思わず息を呑んだ。
彼女達が見た、みほの姿・・・それはまさに容姿端麗という言葉がピッタリ当てはまるものだった。
整った精悍な容貌、それでいて、どこかあどけなさの残った顔立ち。そして気品を感じさせるその風格。
紛れも無い美少年である。
ナカジマ達は思わず見惚れてしまっていた。
((( び・・・美少年だ!!! )))
90: 2013/10/31(木) 23:30:53.42 ID:Ob/lmz7C0
「あの・・・・何か?」
「はっ、はい!!」
みほに声をかけられ、ようやくナカジマは我に返った。
みほに見惚れてしまうあまり、十数秒間以上の間、完全に呆けてしまっていたのだった。
その時、ツチヤが言った。
「あれ!? 君は確か、この前うちに工具を借りに来た人だよね。」
ツチヤの事に気づいたみほも同じく声を上げる。
「あっ! あなたは自動車部の・・・・。とうことは、あなた達は自動車部の方ですか?」
そこでナカジマは驚きの声を上げる。
「え!? てことは・・・もしかして、彼が例の・・・?」
先程、彼女達の話題に上がっていた、戦車道部の男子の事を思い出される。
ツチヤが言った、イケメンの男の子・・・それが目の前の人物の事だと悟った。
すると、みほはナカジマ達の前に進み出ると、作業用皮手袋を手から外し、右手を差し出しながら言った。
「初めまして。・・・戦車道部の、西住小次郎です。 よろしくお願いします。」
みほは爽やかな微笑みを浮かべながら言った。
その笑顔は、ナカジマ達の目には眩いほどに輝いて見えた。
キラキラなんて効果音がついてもおかしくないほどである。
「・・・・・・//////////」
みほの笑顔に当てられ、赤面する自動車部の面々。
「こ、こちらこそ・・よ、よろしくお願いします/////////」
ナカジマは頬を真っ赤に染めながらも、差し出されたみほの右手を握り、握手をしたのだった。
107: 2013/12/03(火) 00:55:57.96 ID:eQ+/kTFO0
こうしてナカジマ達は、みほと一緒に共同作業で、戦車の修理を行う事となった。
(それにしても・・・・。)
ナカジマは納庫内に並べられた5両の戦車を見た。
事前に聞かされた話では、どの戦車も長年の間、野ざらしで放置されていたため、いたる所が酷く痛んでボロボロの状態であると聞いている。
だから、それらの修理は、相当な難事である筈。
しかし、その中でもⅣ号戦車とⅢ号突撃砲の2両が、すでにみほの手によって修理が完了していると聞かされていた。
1両の修理だけでも相当な時間がかかる筈なのに・・・それをみほはたった一人で、自動車部のナカジマ達が来るまでの間に2両も片づけてしまったという事だ。
(こんなボロボロの車両をたった一人で2両も、しかもこれほどの短時間で修理してしまうなんて・・・。)
みほが言うには、戦車道に関する技能は、整備も含めて全て一通り、実家で叩き込まれているらしい。
ナカジマはただ驚嘆するばかりだった。
そして、ナカジマ達の驚きは、その後も続くのであった。
それは自動車部の面々が戦車相手に苦戦を強いられている時の事だった。
いくら彼女達が自動車修理の専門家とは言っても、彼女達が普段扱っている物とは、勝手が違いすぎる。
戦車は通常の自動車とは違って、その機構が非常に特殊なものになっている。
だから、慣れない戦車の特殊な構造を前に、彼女達は困惑していた。
戦車の整備用の図面や資料を見ながらも、悪戦苦闘するナカジマ達。
しかし、そんな状況を一変させたのが、みほである。
工具をその手に持ち、38(t)戦車を相手に苦戦しているナカジマ。
「う~ん・・・・。」
そんな彼女の傍に寄ったみほは、そっと彼女に助言をする。
「この戦車だったら、先にこの部分からやった方がいいですよ。」
「えっ!?」
すると、みほは目の前の複雑に入り組んだ機械の指差しながら、詳細に説明した。
そこでナカジマは言われた通りにしてみる。
「えっと・・・ここをこうして・・・・あっ、本当だ!!」
それまで難航していた作業が、みほに言われた通りにやってみたら上手くいった。
あれほど手こずっていた事が、みほの助言を受けた途端に捗り出す。
みほはかつて西住家にいた頃に、戦車道に関する、ありとあらゆる知識を教え込まれているため、戦車の基本的な構造には非常に詳しい。
だから、その知識を生かして、ナカジマ達に、適切なアドバイスする事が可能だった。
どこを、どうすればいいのか、という事を的確に判断し、自動車部の者達にそれを教えていくみほ。
そのおかげで、なかなか進まなかった修理作業も、ここで一気にペースを上げて進んでいった。
その後も、みほの助言を受けながら、ナカジマ達の作業はスムーズに進行していった。
そして、みほ自身も工具を手に取って、修復作業をやっていく。
その手際の良さは非常に優れており、その技量にはナカジマだけでなく、みほの様子を興味津々に見ていたツチヤ達も非常に驚き、感心していた。
108: 2013/12/03(火) 00:56:45.31 ID:eQ+/kTFO0
「凄いね。あれほどの技量を持った者なんて、自動車部の中でも、そんなにはいないよ。」
みほの腕前には、ホシノも舌を巻く。
「戦車道をやらせておくのが勿体ないくらいの逸材だよ。是非とも、うちの自動車部に欲しいね。しかもイケメンだし・・・。」
「そうだよね。後で、うちの部に勧誘でもしてみようかな。 イケメンだし・・・。」
「いや、イケメンは関係ないでしょ。 確かに格好いいけどさ・・・。」
ツチヤとスズキの呟いた言葉に、ホシノは思わずツッコミいれた。イケメンという部分だけは否定してないけど・・・。
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109: 2013/12/03(火) 00:59:11.95 ID:eQ+/kTFO0
こうして、全車の修理は無事に完了したのであった。
彼女達は、正直徹夜仕事を覚悟していたのだが、みほのおかげで予定よりも大幅に捗ったため、その日のうちに全車の修理を終える事が出来た。
「お疲れ様。 小次郎君のおかげで今日中に片づける事が出来たよ。ありがとね。」
ナカジマは、みほに労いの言葉をかける。
「良かったら、これ、どうぞ。」
すると、ナカジマは手に持っていたコーヒーの入ったマグカップをみほに手渡した。
それは自動車部で、嗜好品としてよく飲まれているコーヒーであり、ナカジマ自身も気に入っているものである。
今日一日の労をねぎらうために、みほに飲んでもらおうと淹れてきたコーヒーだった。
「ありがとう。・・・・いただきます。」
みほは貰ったコーヒーのカップに唇を付けると、黒茶色の液体を一口程飲み込んだ。
「うっ・・・!!」
途端にみほが顔を顰めた。
「えっ!? どうしたの!!?」
突然の事でナカジマは慌てた。
(まさか、私がコーヒーの淹れ方を間違えた?)
ナカジマがそんなことを考えていると、みほが渋そうな顔をしながら言った。
「苦い・・・・。すいません、砂糖とミルクありませんか?」
「え? ・・・・・あれ? もしかしてブラックはダメ?」
みほから返ってきたのは意外な言葉だった。
ナカジマが淹れてきたコーヒーは、無糖のブラックだが、どうもそれが口に合わなかったようだ。
「砂糖とミルクならここにあるよ。」
ここでスズキがすかさず砂糖とミルクを持ってきた。
「ありがとう。」
みほはそれを受け取ると、すぐさまカップの中にミルクをたっぷりと入れ、角砂糖一つ程、コーヒーの中に落とし、スプーンでかき混ぜた。
そして、一口飲み込む。
「うん。大分飲みやすくなった。」
先程まで渋そうだった表情がかなり和らいだ。
110: 2013/12/03(火) 01:09:15.89 ID:eQ+/kTFO0
ナカジマ達は、かなり意外に思った。
(小次郎君のような人だったら、コーヒーはブラックの方がいいと思ったんだけど・・・・意外だね。)
彼女の中では、男だったらコーヒーはブラックの方を好むという、ある種の先入観があった。
格好いい男の子に対しては、特にそうである。
だから、みほには無糖でブラックのコーヒーを渡した。その方がいいと思ったから。
しかし、実際は違っていた。
コーヒーにあれほどミルクをたっぷり入れて、それを美味しそうに飲む姿なんて、当初は想像もつかなかった事だった。
そこで、ホシノが聞いてみた。
「小次郎君ってさ・・・もしかして甘い物好きなの?」
「うん。甘い物は結構好きですよ。」
「そうか。じゃあ、これなんてどう?」
すると、ホシノは一つの箱を持ってきた。
彼女が箱の蓋を開けると、そこには色とりどりのお菓子が入っていた。
「これは!?」
みほは目を見開いた。
ホシノが持ってきたカラフルなお菓子・・・それはマカロンである。
「ちょうど、うちの部にあったお菓子だよ。よかったら、どうぞ。」
「いいんですか!? では遠慮なく、いただきます。」
みほは目を輝かせている。
彼女にとって甘いお菓子は好物であり、その中でもマカロンは大好物である。
みほはマカロンを一つ摘み上げ、口に入れた。
「美味しい・・・・これ凄く美味しいです。」
みほは満面の笑みを浮かべて、言った。
それは、まるで無垢な子供のような笑顔である。
ホシノは、みほの愛くるしい笑顔を見て、ドキッとしながらも言った。
「そう・・・・それは良かった。気に入ってもらえて何よりだよ。//////」
ここで、ナカジマは思った。
というより、その場にいた全員が思ったことなのだが・・・それまで凛々しい姿を見せていたみほが、時折見せる可愛らしい姿には、ギャップを感じさせられる。
(小次郎君って格好良いだけでなく、結構可愛い所もあるんだね・・・・///////)
美味しそうにマカロンを食べるみほの姿を見ながら、しみじみとそう思ったナカジマであった。
(((小次郎君ったら・・・可愛いなぁ、もう・・・/////// )))
そして、そんなみほの愛くるしい姿を眺めながら頬を緩ませる、自動車部の者達であった。
118: 2013/12/10(火) 01:00:03.63 ID:wSjgwqkg0
その後も、ナカジマ達はコーヒーとお菓子を食べながら、みほとの談笑を楽しんでいった。
先程、みほが見せた、意外な可愛い一面を目の当たりにした彼女達は、みほへの興味が尽きない。
話せば話すほど、益々みほに対する興味が湧いてくる。
すると、そこでスズキがある話題を切り出した。
「そう言えば、気になっていたんだけど・・・・・・小次郎君はどうして、この大洗に転校してきたの?」
それは皆が気になっていた事だった。
あれほどの高い技量を持っていながら何故、この県立大洗学園にやって来たのか、誰もが疑問に思っていた。
この学校はかなり昔に戦車道を廃止している。生徒会が今年になって突然復活させたのだが、もしそれが無かったら、今でも戦車道の授業なんて無かった筈。
あのような卓越した戦車道のスキルを持った者が、戦車道が無かった学校にわざわざ転校してくるというのは、どうしても解せなかった。
すると、みほがその疑問に答えた。
「僕は・・・・元々は戦車道から離れるために、そのつもりで転校して来たんです。」
「「「「えっ?」」」」
それは彼女達にとって、予想だにしない答えである。
そして、みほは続けて言った。
「実家が代々続く戦車道の家系だったから、僕自身も戦車道をやることを義務付けられてきました。
一応は自分なりに、何とかやってたんだけど・・ある日、大きな失敗をしてしまって・・・・・・それからは戦車が嫌になってしまったんです。
それで戦車道から逃げるために、ここに来たんです。だから本当は戦車道をやるつもりはありませんでした。
生徒会の人達から、戦車道の履修を迫られるまでは・・・・・・。」
すると、みほはあの日の出来事を想起した。
「正直、戸惑いました。
僕も最初は嫌だったんです。でも断ろうとしたら、生徒会の人達に脅されて・・・・。
でも、そこで沙織さんと華さんが僕の事を庇ってくれたんです。僕なんかのために・・・。」
今でもはっきりと思い出せる。
自らの危険も顧みずに、自分の事を庇ってくれた友の姿を・・・・・。
「それがとても嬉しくて・・・・。
だから思ったんです。こんな素敵な仲間達と一緒なら、戦車道をやるのも悪くはないって・・。
そして何よりも、戦車道をやりたがっていた彼女達のために、僕に何か出来ることは無いかって・・・・そうう思いました。」
その時、みほはふと思った。
(それに、今にして思えば、僕自身もまだ心のどこかに未練があったのかもしれない。)
かつて実の姉から言われた、ある言葉を思い出す。
―― みほは自分自身の戦車道を見つけなさい。西住流とは違った自分だけの戦車道を・・・・ ――
(でも、それを果たせないまま、僕は全てを捨てて逃げ出してしまった。
だけど彼女達のおかげで、僕はもう一度、戦車道と向き合う事が出来る。
あの人達と一緒なら、もしかしたら見つけ出す事が出来るかもしれない。自分の戦車道を・・・・。)
今一度、仲間達への想いを馳せる、みほであった。
119: 2013/12/10(火) 01:28:58.07 ID:wSjgwqkg0
「「「「・・・・・・・・・。」」」」
そして、そんなみほの話を聞いていたホシノ達は感じとった。
みほの、仲間に対する強い思いを。
それは彼女の、どこか愁いを帯びた表情からも察することは出来る。
それ故に、みほを応援してあげたい・・・みほの支えになってあげたい・・・そう思わずにはいられなかった。
そこで、ナカジマは言った。
「小次郎君。 もし助けが必要な事があったら、いつでもうちに声をかけてよ。 私達が力になるよ。」
それは力強く、頼もしい言葉だった。
「そうだよ。私達に遠慮なく相談してね。」
「協力は惜しまないよ。」
「私達、自動車部がサポートする。」
スズキ、ホシノ、ツチヤも口々に言った。
そんな頼もしい言葉に、みほは胸を打たれる。
「みんな・・・・・・ありがとう。」
みほは思った。
また素敵な仲間が増えたと・・・。
心の底から、そう思ったのであった。
120: 2013/12/10(火) 01:53:18.69 ID:wSjgwqkg0
その後、みほと別れたナカジマ達は、自動車部の部室へ戻った。
そして彼女達の手には、修理に用いた、戦車の資料や図面のコピーが握られている。
そこでナカジマが言った。
「さっそくだけど、小次郎君から教わった事をおさらいする。 各自、資料を頭の中に徹底的に叩き込んでおいて。
いつでも、私達で修理できるようにしておくよ!!」
「「「おぉーー!!!」」」
ホシノ達も気合を入れて、作業に取り掛かる。
もう、すでに夜中だったが、自動車部の面々はそのような事は気にもせずに作業に没頭していった。
これを機に、更に技術を向上させた大洗学園自動車部が、後に戦車道と並んで、その名を轟かせる事になるのは、また別のお話である。
126: 2013/12/15(日) 23:50:00.28 ID:o/oh5yzH0
その日、みほの朝は非常に慌ただしく始まったのであった。
「もうこんな時間! 急がないと!」
みほは手早く更衣を済ませると、慌てて家から飛び出して行った。
勿論、慌てていても戸締りは忘れない。
何故、このように慌てているかというと、それは寝坊してしまったからである。
昨日、夜遅くまで学校に残って仕事をしていたため、家に帰った時には、もうすでに真夜中であった。
普段の就寝時刻から大幅に遅れて寝たため、朝にすぐ起きられず、その結果寝過ごしてしまったのである。
「このままじゃ遅刻しちゃう!」
慌てて家を出てきたみほは、学校に向かって全力で走っていった。
「ん?」
その時、前方に人影を発見する。
大洗学園の制服を着ているから、学校の生徒だろう。
しかし、何やら様子がおかしい。
非常の覚束ない足取りをしている。
右へ左へとフラフラして、まるで酔っぱらいの千鳥足だ。
今にも倒れてしまいそうな、危なっかしい歩き方であった。
「あ、あの・・・大丈夫ですか?」
みほはその人物に駆け寄り、言った。
すると返ってきたのは、辛そうな声。
「うぅ・・・・辛い。」
「どうかしましたか!?」
「朝が辛い。」
「えっ??」
というか、辛そうというより、どちらかというと眠そうである。
すると、彼女はその場にへたり込んでしまった。
「辛い・・・いっそ、このまま全てを投げ捨ててしまいたい。あぁ・・・それが出来たら、どんなにいいか・・。」
「何の話です?」
「だが、行かねば・・・。」
みほが心配そうに様子を窺う中、なんとか立ち上がり、再び歩き出そうとする。
だが、まだフラフラしており、いつ倒れてもおかしくないように見えた。
みほは見るに見かねて、手を差し伸べる事にした。
「あの・・肩を貸しましょうか?」
彼女の傍にそっと寄り添うと、肩を貸して体を支えた。
「すまない。」
そう言うと、彼女はそのままみほの肩にもたれかかった。
127: 2013/12/15(日) 23:52:18.08 ID:o/oh5yzH0
「そう言えば・・・自己紹介が・・・・まだだったな。 私は冷泉麻子だ。・・・・・よろしく。」
彼女はまだ眠そうにしながらも、途切れ途切れに名乗った。
それを聞いて、みほもすぐに名乗りを返そうとする。
その時だった。
「あっ!!!」
突如、みほの肩に掛かる荷重が増大した。そのまま、麻子の体がずり落ちそうになる。
何事かと思って、麻子の方に目をやった。
「冷泉さん!?」
「 Z Z Z Z z z z z・・・・ 。」
よく見ると、彼女の瞼が落ちていた。
みほにもたれかかったまま目を閉じ、寝息を立てている。
どうやら完全に寝てしまったようだ。
「麻子さん、起きてください。」
「んぅ、ムニャ・・・・Z Z Z z z。」
声をかけるが、目を覚ます気配が全く無い。
仕方なく、そのまま行こうとするが、ほぼ全体重で寄り掛かられたため、麻子の体がずり落ちてしまわないようにするのが精一杯だった。
これでは中々上手く前に進めない。
「このままでは遅刻する。」
焦る、みほ。
この体勢のままでは、速く動けない。
「仕方ない。」
そこで、みほは体勢を変えることにした。
麻子の背中に腕を回す。
「よいしょ。」
そのまま両腕で麻子の体を抱きかかえて、持ち上げた。
「よし。これで動きやすくなった。」
体勢を変える事によって大分動きやすくなったみほは、そのまま麻子を抱えて、学校に向う。
こうして麻子は眠ったまま、みほの腕に抱えられ、学校まで運ばれることになった。
(ん・・・・何だろう? ・・・とても暖かい。・・・心が落ちつく。)
その時、麻子はみほの腕の中で心地良い温もりを感じていた。
まるで、ゆりかごの中にいるかのような、そんな快い感覚をぼんやりと感じる。
その心地良さは、麻子を更に深い眠りへ誘うのであった。
128: 2013/12/15(日) 23:54:23.76 ID:o/oh5yzH0
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麻子は今、みほの腕の中で眠っているわけだが・・・・・
皆様はご存じだろうか?
このような状態を俗に何と言うか。
それは所謂、お姫様抱っこというものである。
その時の二人の姿は非常に絵になっている。
みほは男装していることもあって、その姿はまるで王子のようだった。
そして麻子はさしずめ、眠り姫といったところだろうか。
そんな状態で学校に行ったため、遅刻の取り締まりのために、正門前で見張りをしていた風紀委員の人が仰天した。
「なっ!! あ、あなた達、なななな何してるの!!? //////」
彼女の名は、園みどり子(通称:そど子)。
彼女はみほ達の姿を見た瞬間、びっくりしすぎて、激しく吃る。
「あ、おはようございます。」
「おはよう・・・・・って、そうじゃなくて!! 何をしているのかって聞いてるのよ!!!」
「それが・・登校中に麻子さんと会って、一緒に行こうとしたら麻子さんが途中で寝てしまって・・・。
このままだと遅刻すると思ったので、担いで連れてきました。」
「そ、そうなの・・・?」
そど子は目の前の状況について、思考を巡らす。
(この人は冷泉さんと、どういう関係なの? もしかして彼氏?)
そんな考えが頭の中でぐるぐる回るが、とりあえず今は後回しにして、みほの腕の中で安らかな寝息を立てている、麻子を起こす事にした。
「コラッ! いつまで寝てるの! 起きなさい!!」
すると、麻子はその声に反応して、うっすらと目を開けた。
「ん・・・・そど子・・。」
「お姫様抱っこされて、寝ながら登校とは、いいご身分ね。 そんなに彼の腕の中は寝心地が良かったのかしら?」
「え・・・?」
麻子は寝ぼけ眼のまま、見渡した。
129: 2013/12/15(日) 23:57:12.06 ID:o/oh5yzH0
徐々に脳が覚醒していく麻子。
目の前にみほの顔があり、そして自分の体がみほの腕で抱きかかえられている事に気づく。
「えっ!?」
ここにきてようやく、自分の状態を把握した。
お姫様抱っこをされている自分の状態を。
「なっ !!!!??////////////」
一気に眠気が吹き飛んだ。
麻子の顔がみるみる真っ赤になっていく。
「これは一体どういう事だ。何で私が男の人に %£☆шД∠ !!!!??」
もはや言葉にならない。
目が覚めたら、いきなり不可解な状況になっていたため、パニックに陥っていた。
そこで、そど子が麻子を宥める。
「落ち着きなさい! なに寝ぼけているの。」
「お、おい、そど子! これは一体?」
「あなた登校中に眠りこけたそうじゃない。彼がここまで運んできてくれたのよ。」
そど子に言われて、思い出した。
登校中にみほに肩を貸してもらった事を。
途中で記憶が途切れているのも、眠ってしまったからであり、そのためみほがここまで運んできてくれたという事を、ようやく理解できた。
「そ、そうか。それはすまなかった。///////」
何とか落ち着くことが出来た。
顔はまだ赤いが・・・。
「とりあえず、降ろして。//////」
「はい。」
改めて今の自分の状態を思うと恥ずかしくなったため、麻子は目を伏せながら頼んだ。
すると、みほは麻子の体をゆっくりと降ろした。
その動作はとても丁寧であり、紳士的な優しさが感じられる。
「その・・・ありがとう。ここまで運んでくれて・・・。」
「いえいえ。礼には及びませんよ。それでは、僕はこれで・・・。」
みほはそう言って、立ち去ろうとする。
すると、麻子が呼び止めた。
「待って。まだ君の名前を聞いてなかった。」
「僕ですか・・・。僕の名は西住小次郎です。」
そう言うと、みほは校舎に向かって歩いて行った。
「今日遅刻したら連続遅刻記録を245日に更新してしまうところだったのよ。
彼のおかげで遅刻せずに済んだんだから、彼にはちゃんと感謝しなさい。」
そど子が隣で言うが、その時の麻子の耳には全く入っていない。
「西住小次郎か・・・・・。」
麻子はその名を反芻した。
そして去っていくみほの、その背中をただ見つめ続けていた。
147: 2014/01/24(金) 03:36:10.29 ID:qgMawXh60
今日も戦車道授業が始まろうとしていた。
既に格納庫前には戦車道メンバーの一同が集合していた。
今日は何をやるのかと、誰もが思っていたその時、河嶋桃が言った。
「これより本日の戦車道授業を開始する。さっそくだが、今日は実戦形式の訓練だ。戦闘の大まかな流れを、やりながら覚えてもらう。
各戦車には備え付けの取扱説明書があるから、まず最初に熟読しておけ。」
そう言うと、桃は各員に地図を手渡していった。
それぞれの地図には印がつけられている。
「その指定の場所まで移動し、全車が所定に位置に着いたら戦闘開始だ。ルールは簡単だ。自分以外の全ての戦車を戦闘不能にすればいい。
それでは、これから各チームで、まずポジションを決めよう。砲手、操縦手、装填手、通信手、車長など・・・誰がどの役割を担当するかを決めてくれ。」
こうして、みほ達はまず最初にポジションを決める事から始めた。
「いきなりポジション決めろとか言われても・・・なんとか長とか、なんちゃら手とか、もう訳分かんないよ。」
沙織が頭を抱えながらに呟いた。
戦車に詳しい人ならまだしも、何も知らない人がいきなり「車長」やら「装填手」やら、そのような単語を並べられたら、こうなるのも無理はない。
そこで、みほが各ポジションについて説明をする事にした。
「車長っていうのは乗組員全体の指揮を執る人の事だよ。そして砲手というのは文字通り、大砲を撃つ人。
操縦手は運転担当で、装填手は砲弾の大砲の中に入れる作業を担当する人、通信手は無線通信を担当する人の事を指します。」
それを聞いて沙織も得心がいった。
「なるほど。流石はコウちゃん、分かりやすい。」
全員が理解出来た所で、改めてポジション決めの話し合いをした。
148: 2014/01/24(金) 03:38:04.80 ID:qgMawXh60
その結果、各チームの搭乗割は以下のようになった。
Aチーム
Ⅳ号戦車
・西住みほ:装填手兼通信手
・武部 沙織:車長
・五十鈴 華:操縦手
・秋山 優花里:砲手
Bチーム
38(t)戦車
・角谷 杏:車長兼通信手
・小山 柚子:操縦手
・河嶋 桃:砲手兼装填手
Cチーム
八九式中戦車
・磯辺 典子:車長兼装填手
・近藤 妙子:通信手兼機銃手
・河西 忍:操縦手
・佐々木 あけび:砲手
Dチーム
III号突撃砲
・カエサル:装填手
・エルヴィン:車長兼通信手
・左衛門佐:砲手
・おりょう:操縦手
Eチーム
M3中戦車リー
・澤 梓:車長
・山郷 あゆみ:砲手
・丸山 紗希:装填手
・阪口 桂利奈:操縦手
・宇津木 優季:通信手
・大野 あや:副砲手
149: 2014/01/24(金) 03:38:59.04 ID:qgMawXh60
「ここで大活躍すれば、バレー部は復活する、廃部を告知された、あの日の屈辱を忘れるな!」
元気よく掛け声を発したのはCチームの、磯辺 典子。
このチームは元バレー部員達で構成されている。
キャプテンの磯辺 典子の他にも、近藤 妙子、佐々木 あけび、河西 忍がおり、全員がバレーボールのユニフォームを身に纏っていた。
彼女達の悲願はバレー部の復活である。
「バレー部復活のために、やるぞー!! ファイトォーッ!!」
「「「おぉーー!!」」」
彼女達は円陣を組み、気合を入れている。
その様子から、強い気迫と意気込みが感じられた。
「初陣だー!!」
Dチームでは、左衛門佐が威勢の良い掛け声を発していた。
このチームは全員が歴史好きの、所謂歴女である。
それは彼女達の服装からも窺い知れる。また、どの時代に詳しいかも推測できるような恰好をしていた。
ローマ史に詳しいカエサル(本名:鈴木 貴子)、第二次大戦時代に詳しいエルヴィン(本名:松本 里子)、戦国時代に詳しい左衛門佐(本名:杉山 清美)、
幕末史に詳しいおりょう(本名:野上 武子)など、個性豊かなメンバー達である。
「ここは車懸かりの陣で行くぜよ。」
土佐弁で意気込む、おりょう。
「いや、ここはパンツァーカイルで。」
エルヴィンも続けて言った。
「いや、一両しかないが・・・・。」
カエサルが冷静にツッコミを入れる。
一方、Eチームでは全員が取扱説明書と格闘していた。
「う~ん・・・。」
「この説明書、難しいよ。」
澤梓と山郷あゆみは頭を抱えた。
「分かり難いよ。」
「今まで聞いた事も無いような単語がいっぱいある・・・。」
宇津木優季と大野あやも、難解な説明書を相手に苦戦している。
「うぅ・・・・。」
阪口桂利奈に至っては頭から煙が出そうな有様だった。
「・・・・・・・・・。」
そんな彼女達を他所に、丸山紗希だけは明後日の方向を向いて、無言でぼんやりとしている。
彼女はいつもこんな調子なのか・・・梓達も彼女に何も言わなかった。
150: 2014/01/24(金) 03:40:22.10 ID:qgMawXh60
その時、会長の杏が桃に言った。
「かーしま、DチームとEチームへの根回しは任せる。Cチームの方には私から言っておくから・・。」
「分かりました。では、さっそく手配します。」
そう言うと、桃はカエサル達のいる方へと歩いて行った。
それを見届けた杏は、Cチームのいる方へ行き、キャプテンの典子に声をかけた。
「ちょっと、いいかな? 今日の訓練の事なんだけどさ・・・。」
・
・
・
・
「かーしま、どうだった?」
「はい。根回しは完了しました。両チームともに了承してます。あとは手筈通りに・・。」
「そう。Aチームには気づかれてないよね?」
「はい。問題ありません。」
そんな会話をしている二人を訝しんだ柚子は杏に尋ねた。
「会長、根回しって何のことです?」
「そういや、小山には言ってなかったね。
今回の演習は自分以外の全てチームを撃破する対戦方式・・・・と見せかけてB、C、D、Eチームで手を組んで、西住君のAチームを叩くよ。」
「え!?」
サラッと、とんでもない事を言ってのけた杏に対して柚子は驚愕の声を上げた。
「何故そのような事を!?」
「ちょっと荒っぽいやり方だけど、早急に確かめておかなきゃならない・・・西住君の実力の程を。そのための、演習なんだよね。
彼の実力次第で、今後の私達の方針も変わってくるからさ。
だから全チームで西住君のチームを囲む。その圧倒的不利な状況で、それを切り抜ける事が出来るだけの実力を持っているか・・・そこを確認しておきたい。」
そのようなやり取りが行われている事など、みほ達Aチームには知る由もなかった。
151: 2014/01/24(金) 03:44:21.84 ID:qgMawXh60
みほ達はⅣ号戦車に乗り込み、それぞれのポジションの席についた。
「暑苦しいうえに狭い。」
沙織が顔を顰めながら呟いた。
だが、それも無理はない話である。初めて戦車に乗った人が一番最初に感じる事・・それは、その狭さ。
戦車の車内というのは必要最小限のスペースしかなく、意外と狭苦しい。
そして、そんな沙織とは対照的に、優花里はとても楽しそうにしている。
「フフフ。いよいよ戦車を動かす時が・・・。」
優花里は逸る気持ちを抑えられず、ワクワクしている様子だった。
「小次郎さん。これって、どうやって動かすんです?」
操縦席に座った華がみほに聞いた。
「まず、そこのスイッチを押して下さい。」
華は言われた通りにスイッチを押した。
するとイグニッションを入り、エンジンが始動した。
ブロロロロ、と低い音が響き渡る。
その時だった。
「ヒヤッホォォォウ!最高だぜぇぇぇぇ!!」
「「「!!!!!」」」
突如、優花里が興奮極まって叫んだ。
あまりにも突然の事に、周囲にいた者達はびっくりして、優花里の方を見る。
「優花里さん・・・?」
「ゆかりん・・・戦車が絡むと妙にハイテンションになるね。というかキャラが変わってない? パンツァーハイ?」
華と沙織が困惑気味に言った。
すると、その瞬間に優花里は我に返った。
「はっ!! す、すいません。」
待ちに待った、戦車を動かす瞬間がやってきた事により、興奮しすぎて、つい癖が出てしまった。
152: 2014/01/24(金) 03:50:28.92 ID:qgMawXh60
(あぁ・・・また、やってしまった。 興奮のあまり、あんな大声で叫ぶなんて、とんだ醜態。今度ばかりは絶対にドン引きされたに違いありません。)
先程とは打って変わって、急にしょんぼりしてしまう優花里。
しかし・・・・
「優花里さん、本当に戦車が大好きなんだね。」
優花里の予想とは裏腹に、みほはニコッとしながら言った。
「今の優花里さん、とっても生き生きしているよ。」
決して、引いたような様子は全く無い。
それどころか優花里の事を微笑ましく見守ってくれている。
「西住殿・・・・。」
38(t)戦車を見つけた時もそうだったが、みほは優花里がどんなに素を曝け出しても、決して引いたり、嫌悪したりはしない。
むしろ、有りのままに全てを受け入れてくれる。
みほの包容力に、優花里は強い感銘を受けた。
すると優花里は意を決して、みほの手を握って、言った。
「西住殿・・・私、あなたに一生ついて行きます!!」
「・・・ありがとう、優花里さん。」
みほは微笑みながら返した。
これを機に、優花里はますます、みほの事が好きになったのであった。
・
・
・
・
・
一方、その頃、戦車道演習場に近づく一人の少女の姿があった。
その少女は、冷泉麻子。
今朝、みほと一緒に登校した少女だった。
麻子は、立ち入り禁止の看板に目もくれずに歩いている。
「ここなら誰にも邪魔されずに寝れそうだな。」
そう呟くと、麻子は演習場の奥の方へと歩いて行った。
166: 2014/02/12(水) 01:20:16.47 ID:ASJGosOy0
気を取り直して、訓練を続行する事となった。
まずは戦車を発進させ、格納庫の外に出なければならない。
エンジンはすでに起動しているので、まずはクラッチ操作とギアチェンジからである。
「右にあるのがギアチェンジのためのシフトレバーです。まずはクラッチを踏んで、ギアを1速に入れます。」
「分かりました。」
みほは、操縦手の華に丁寧な説明をした。
華は予め取扱説明書を読んでいたのだが、その説明書は難解で、いまいち分かり難かった。
そのため、こうしてみほが懇切丁寧に助言しながら、運転している。
華の操縦は非常にたどたどしいものだったが、何とか戦車を発進させ、格納庫の外に出ることが出来た。
「右の操縦桿を手前に引いて右折します。逆に左折したいときは、左の操縦桿を引きます。」
「はい。」
その後も、華はみほの指示通りに操作し、覚束ない足取りながらも、目的地に向かって進んで行った。
・
・
・
・
そして数十分後。
「華さん、ここで停まって下さい。」
みほが地図を見て、位置確認をしながら言った。
どうやら目的地に到着したらしい。
「やっと着いたぁ・・・・。座席は堅いし、凄く揺れるから、座ってたらお尻が痛くなってきちゃった。」
沙織が顔を顰めて言った。
戦車というのは決して乗り心地が良い物ではないので、誰でも慣れない最初のうちはこうなるものである。
「Aチーム、応答せよ。」
その時、無線を通して河嶋桃の声が聞こえてきた。
すぐに、みほが無線機を手に取り、返答する。
「こちらAチーム。配置につきました。」
「よし。全チームが所定の位置についた。これより戦闘を開始する。」
桃から演習の開始が宣言される。
167: 2014/02/12(水) 01:21:22.88 ID:ASJGosOy0
「で、これからどうする? これって車長の私が決めていいんだよね! いいんだよね、決めても!」
「ええ。まぁ・・・・・。」
沙織が身を乗り出しながら、みほに聞いてきた。
沙織も車長席に座っていることによって、若干テンションが上がっている。
もしかしたら特等席に座っているみたいな、そんな気分になっているかもしれない。
「武部殿・・とりあえず、試しに一発撃っちゃいます?」
優花里も完全にノリノリである。
「いいね。じゃあ景気づけに一発、撃っちゃおうよ。」
「あらあら・・それは、なんともアクティブですね。」
「いや、そんな闇雲に撃っても・・・。」
沙織だけでなく、華までも一緒になって、まるで花火を打ち上げるかのようなノリだった。
さすがにこれは、みほが止めたが・・・。
そんな和気藹藹としたムードに、みほは内心少しだけ戸惑っていた。
演習中にこのような和やかな雰囲気になることなど、昔では考えられないことだった。
今でも思い出せる、あの厳しく過酷だった黒森峰時代。そして今のこの大洗での戦車道。
それらを比べると、あまりにもギャップが大きく、そして新鮮だった。
(なんだか新鮮な気分。 みんなも楽しそうだし、こういうのも悪くないかな。)
みほは思わず笑みをこぼした。
168: 2014/02/12(水) 01:22:21.85 ID:ASJGosOy0
しかし、その雰囲気は次の瞬間に一変することになる。
突如、車内に激震が走った。
凄まじい爆音が響き、衝撃で車内が大きく揺さぶられる。
「きゃあああっ!!! 何!!??」
沙織は思わず悲鳴を上げた。あまりにも突然の事で、何が起きたのか、全く分かっていない。
そして沙織だけでなく、他の者達も状況を認識できておらず、動くことが出来ずにいた。
しかし、みほだけは違っていた。
(今のは着弾音! 右側の方から聞こえてきた。)
みほは瞬時に状況を理解し、ハッチを開けて身を乗り出し、周囲を見渡す。
車体のすぐそばの地面には何かに抉られて出来たような穴がある。それが砲弾によって出来た弾痕であることは、すぐに分かった。
そして顔を前に向けると、そこには一両の戦車が鎮座していた。しかも、完全に砲口がこちらに向けている。
「沙織さん! 敵、八九式中戦車! 三時方向!!」
みほのその言葉を聞かされ、一同はようやく状況を理解した。
「やばいよ!! 逃げよう!!!」
「はい!!」
沙織が思わず叫び声を上げ、すかさず華がアクセルを踏み、全速で急発進する。
そのおかげで、八九式の砲口から撃ち出された第二射をかろうじて回避する事が出来た。
しかし、八九式が後ろから迫ってくる。
追いすがる八九式を何とか振り切ろうとして激走するⅣ号戦車。
そんな中、沙織がキューポラから恐る恐る顔を出して前を見た、その時だった。
「今度は前から来てる!!」
沙織の視界に飛び込んできたのは、前方から75mmの砲口を向けながらこちらに迫ってくるⅢ号突撃砲だった。
「どうしよう・・・このままじゃ挟まれる!!」
沙織が慌てふためきながら言った。
しかし、そんな状況でもみほは至って冷静。
「華さん、右の方へ行ってください。」
決して取り乱すことなく、操縦手の華に指示を出す。
みほ達の前方・・・ちょうどⅣ号戦車とⅢ突の間に位置する場所に、道が二つに分かれる分岐点がある。
そこで、みほ達は右の道へ逃れて、挟撃を避けようとにした。
華は指示通りに操縦桿を動かし、道を右折。
何とか、挟み撃ちにされることは回避された。
それでも背後から猛追撃を受ける状況に変わりはない。
しかもⅢ突が八九式に加勢。2両で追いかけられるという・・先程よりもさらに悪化した状態に陥ってしまう。
だが、それでもみほは何ら動揺することはなかった。
「どういうわけか、CチームとDチームは手を組んでいるようですね。」
敵の砲口が轟音を響かせる中、平静のまま、後方にいる2両の敵戦車の動きを観察し、その上で二つの敵チームが協同していることも即座に看破した。
このことからも、みほの能力の一端が窺える。
169: 2014/02/12(水) 01:26:11.86 ID:ASJGosOy0
そして、みほ達のⅣ号戦車は、尚も背後から猛追してくる三突と八九式の追跡を振り切ろうと全速力で道をひた走る。
散発的に飛んでくる砲弾が近距離に着弾し、砂煙を巻き上げる中、トップスピードで駆け抜けていった。
「ん?」
その時、ハッチから身を乗り出していたみほが何かに気づく。
それは前方の草むらの中。そこに何かがあった。
「あれは・・・・・・・・あっ!!」
よく目をこらして見ることによって、それが何なのかがわかった。
それは人である。
前方の草むらの中で寝転がっている女の子がいた。
このままでは轢いてしまう。
「危ない!!」
みほは即座に、急制動の指示を出した。
しかし、咄嗟に華がブレーキを踏むが、スピードがつき過ぎてしまっているため、すぐには止まれない。
「くっ・・・間に合わない!」
そう判断したみほは、ハッチから出て、砲塔の上に上った。
「コウちゃん! 一体何をするの!?」
沙織が聞く間もなく、みほは動いた。
前へ踏み込み、そのまま思いっきり足場を蹴って、前方の空中へと高く跳び上がる。
「「「!!!」」」
それを見た沙織達は驚いて目を見開く。
前に大きく跳躍して、走行中の戦車から飛び出したみほは、そのまま草むらで横になっていた女の子の傍に着地した。
すると、その人を素早く抱きかかえる。
そして再び跳躍して、すぐ後ろまで迫っていたⅣ号戦車に飛び移り、綺麗に着地した。
170: 2014/02/12(水) 01:30:21.79 ID:ASJGosOy0
沙織は、この一連の動きに驚愕した。
目の前でみほが見せた跳躍力。
そして人を一人抱きかかえたまま走行中の戦車に飛び乗るという離れ業。しかもその抱きかかえ方が、お姫様抱っこであるというオマケつき。
「西住殿・・・・。」
(ゆかりん・・心なしか、羨ましそうな目してる。 まあ、気持ちはよく分かるけど・・・。)
みほに抱きかかえられている女の子のことを羨ましそうに見る優花里。
そして、沙織もまた、みほにお姫様抱っこされているその女の子に、羨望の眼差しを向けずにはいられなかった。
その時、沙織は気づいた。
その女の子、よく見てみると見知った顔だった。
「あれ!? 麻子じゃない!」
「え!?」
みほも言われて気づいた。
咄嗟のことで、相手の顔もよく見ずに助けたから気づかなかったが、よく見るとその女の子は、みほが今朝に知り合った冷泉麻子であった。
「沙織さん、麻子さんとは知り合いですか?」
「うん。麻子は私の幼馴染なの。・・・・・それにしても・・・」
「Z Z Z z z z z ・・・・。」
すると沙織は、スヤスヤと寝息を立てている麻子を見ながら、溜息まじりに言った。
「麻子ったら、また授業サボって、こんな所で昼寝してたのね。」
「Z Z z z ・・・・・・う~ん・・・。」
その時の麻子はまさに夢心地だった。
(あぁ・・・なんだか、とても暖かい。心がやすらぐ。)
みほの腕の中で心地良い暖かさ感じる麻子。
しかし、すぐさま違和感を覚えた。
(・・・・あれ? 前にもこんな事があったような気が・・・)
そこで麻子は閉じられていた瞼をゆっくり開いた。
夢うつつな状態で目を開くと、最初に見えたのは、みほの顔であった。
「あっ・・麻子さん、目を覚ましましたか。」
171: 2014/02/12(水) 01:38:16.01 ID:ASJGosOy0
「・・・・・・・・・・・・・・え!? ・・・・なっ!!!!」
一瞬フリーズした直後、みほにお姫様抱っこされている自分の状態を把握し、一気に目が覚めた。
今朝とほぼ全く同じ状況である。
「これは一体どういう状況だ!!? ていうか、またお前かД¢☆¶ш▽α ///////////」
顔を真っ赤にしながら叫んだ麻子。
途中からは、もはや言葉になっていない。
(普段はクールな麻子が、こんなにパニくるなんて・・・なんか凄い新鮮。)
沙織はそんなことを思いながらも、取り乱している麻子を宥めることにした。
「落ち着いて。 麻子、こんな所で昼寝なんてしてたせいで、危うく轢かれるところだったのよ。」
沙織が、動揺していた麻子を静めつつ、状況を説明した。
危うく轢かれそうになっていたことや、危ない所をみほが助けたことなど。
そのおかげで、麻子は状況を把握し、とりあえず落ち着きを取り戻すことが出来た。
それでも顔はまだ少し赤かったが・・・。
「そうか・・・・すまなかった。 小次郎には "また"助けられたな。//////」
麻子が言った、 "また"という部分に引っ掛かりを覚えた沙織と優花里。
("また"って何!? 前にもコウちゃんにお姫様抱っこされたことがあるってこと!? やだもー!!)
(一度ならず二度も、西住殿にお姫様抱っこを!!? 何てことを・・・・・・・羨ましすぎる!!)
そんな思考が脳内を埋め尽くした。
「ここは危ないので車内に入りましょう。」
みほのこの一言で思考を中断させられた。
とりあえず今は戦闘中なので、この件は一旦後回しにするが、この演習が終わったら麻子を尋問しよう・・・そう思った沙織と優花里であった。
「ん? これは・・・・?」
一方、麻子はそんな沙織達を他所に、近くに置いてあった、ある物を手に取った。
それは、このⅣ号戦車の取扱説明書である。
「・・・・・・。」
そのマニュアルを手に取ると、一人で黙々と読み進めていく。
172: 2014/02/12(水) 01:42:06.32 ID:ASJGosOy0
・
・
・
・
・
その後も激しい追撃戦は続いた。
みほ達のⅣ号戦車が全速力で逃げるように、八九式とⅢ突もまた全速力で追いかけている。
八九式もⅢ突も、Ⅳ号戦車に後ろから砲弾を叩き込もうとするが、全速走行しながらの砲撃だから、中々当たらず、速力も均衡してたので、距離は中々縮まない。
ある種の膠着状態になったのだが、それも長くは続かない筈。
このまま打開策も無しに逃げ回っているだけでは、ジリ貧でしかない。
誰もがそう思っていた、その時だった。
「「「「 ・・・ッ!!!! 」」」」
ガッ、という衝突音と共に、車体が急停車。
そのせいで内部の乗員は皆、大きくつんのめって、そのまま体が前に投げ出されそうになったが、かろうじて耐える事が出来た。
その時、Ⅳ号戦車は路傍の樹木に引っかかった状態で停車していた。
どうやら、これに車体が衝突してしまったらしい。
ただでさえ、戦車の運転席からの視界というのは非常に狭いのに、それほどの道幅が無い場所を慌てながら全速力で逃げていたのだから、道端の木に車体をぶつかってしまうのも
無理はない。
操縦手の華がすぐに体勢を立て直そうとしたが、その瞬間に再び衝撃がみほ達を襲った。
「「きゃあああっ!!!」」
車内から悲鳴が上がる。
それは八九式が放った一発の砲弾が、Ⅳ号戦車の車体側面部を叩いた衝撃である。
幸い撃破判定装置は作動してないが、今のはかなりの揺さぶりとなっていた。
「皆さん、大丈夫ですか?」
みほはすぐに被害状況の確認を行った。
「うん。・・・・私は大丈夫。」
「こちらも異常無しです。」
「私も大丈夫だ。」
沙織と優花里と麻子はすぐに返事をした。
しかし、一人だけ返事をしていないことにすぐ気付く。
「華さん?」
異常を察知したみほは、すぐさま運転席の方を見る。
すると、そこにあったのは、運転席でぐったりとしている華の姿だった。
「華さん!? 華さんっ!!」
声をかけるが反応が無い。
みほが確認したところ、完全に意識を失ってしまっている。
173: 2014/02/12(水) 01:45:58.96 ID:ASJGosOy0
先程の被弾時の衝撃で、華は失神してしまったようだ。
操縦手の失神によってⅣ号戦車は行動不能に陥ってしまった。
とりあえず気絶している華を運転席から降ろし、空いている座席に移す。
このまま立ち往生していたら、射撃の的になってしまう。
代わりの操縦手をすぐに用意しなければいけないわけだが、このメンバーの中で戦車操縦の経験者は、みほ以外にはいない。
つまり彼女以外に、この窮地を脱することが出来るものは皆無である。
「こうなったら、仕方がない。」
そう言うと、みほは意を決して運転席に座った。
少なからず躊躇もあったが、それ以上に、自分しかいないという事実が彼女を後押しした。
座席に座ると、目を瞑り、大きく息を吸い込み、そして吐き出す。
深呼吸をすることによって、気持ちを落ち着け、集中力を高めるためだ。
すると目を見開き操縦桿を握った。
この時、彼女の中で何らかのスイッチが入ったのか、その目つきが変わっていた。
その瞳には鋭い眼光が宿っている。
それは、まさに戦う者の眼であった。
一方その頃、Cチームの面々は嬉々としていた。
「やったー。当たったよ!」
砲手のあけびは、初の命中弾に大喜びしている。
「当たったけど有効弾ではなさそう。」
「ならば連続アタックよ!! 相手が動きを止めている今こそがチャンス!!」
妙子は冷静な物言いで、それとは対照的に忍は威勢良く言い放つ。
「根性だ!! 根性で撃ち抜け!!!」
そして典子はさらに輪を掛けたように、意気盛んである。
しかし、そんな彼女達を制止するかのように、無線機から音声が聞こえてきた。
「八九式の主砲の火力では心許ない。ここは我々に任せてくれ。」
その声は、Dチームの車長であるエルヴィンのものである。
「む・・・・。 分かった。任せよう。」
そう言うと、典子は操縦手の忍に指示を出した。
道を空けるように、車体を道の端に寄せ、後続のⅢ号突撃砲の射界を確保する。
「Ⅲ突の火力なら確実に仕留められる。左衛門佐、よく狙え。」
「御意!」
左衛門佐は照準器を覗き込み、砲身の向きを微調整しながら、引き金に指をかける。
そしてレティクル(照準線)の中心に目標を捉え、指に力を入れて引き金を引こうとした。
174: 2014/02/12(水) 01:51:10.94 ID:ASJGosOy0
しかし、ここで予想外の事態が発生する。
木にぶつかったまま停止していたⅣ号戦車が急に動き出したのだった。
「何!?」
左衛門佐は、この急激な動きに驚き、咄嗟に引き金を引く。
しかし、その直前にⅣ号戦車が急速に後進したため、発射された砲弾は目標には当たらず。ただ虚しく地面に穴を穿つだけとなった。
急速後進によって敵弾を回避したⅣ号戦車は、一度止まると、素早く旋回して再度加速した。
「逃げるぞ。追え!!」
「承知!」
すかさずエルヴィンが操縦手のおりょうに指示を出し、追撃体勢に移る。
そして八九式も後に続いた。
こうして再び追撃戦となったのだが、さっきまで行われていた追撃戦とは明らかに様相が違う。
先程とは打って変わって、Ⅳ号戦車は俊敏な機動を見せていた。
スピードを落とさずに全力疾走。それでいて尚且つ、鋭く左右に蛇行し、敵の照準を撹乱。
これまでとは、まるで見違えるような動きだった。
そのせいでCチームもDチームも、敵に狙いを上手く定める事が出来ずにいる。
それまでは、何とか当てる事は出来そう、といった状態だったが、ここにきて全くかすることも出来なくなったのだ。
「急に動きが変わった。ドライバーを交代したのか?」
状況の急激な変化に戸惑いながら、エルヴィンは呟いた。
「どうする? 何かAチームに、いい様にあしらわれているような気がするのだが・・・。」
カエサルが若干焦りながら聞いてきた。
「大丈夫だ。我々が有利であることに変わりはない。それに・・・・」
そう言うと、エルヴィンは手元に置いてあった地図を広げた。
「この先には橋がある。さほど幅の無い、狭い橋だ。 その橋を渡るとなれば、その前に一時停車する筈。
だから、そこを狙い撃つ。」
175: 2014/02/12(水) 02:17:59.14 ID:ASJGosOy0
そして、しばらく走り続けていると、例の橋が見えてきた。
「よし。ここでいいだろう。止めてくれ。」
エルヴィンはⅢ突を停車させた。そこは橋の手前でみほ達を狙い撃ちにできる位置である。
より確実に目標に命中させるために、停止射撃を行うようだ。同じく八九式も動きを止め、射撃体勢をとった。
間もなく、みほ達は橋に差し掛かろうとしていた。
「射撃用意!」
エルヴィンの号令と共に照準を定める。Ⅳ号戦車が動きを止めたその瞬間に仕留める腹積もりだった。
しかし、その狙いは大きく外れることになる。
「えっ!!?」
エルヴィンは驚き、目を見張った。
橋の手前で一時停止すると思われていたみほ達は停車せず、減速もしなかった。
それどころか、逆に加速し、橋を渡り始める。
「何っ!!!!」
あまりにも予期せぬことだったため、照準を修正する間もありはしなかった。
そしてⅣ号戦車は減速することなく、そのまま橋をノンストップで渡りきった。
「凄いよ、コウちゃん!! あんな狭い橋をあのスピードで走破するなんて!!」
「流石です、西住殿!!」
沙織と優花里が興奮気味に言った。
2両の敵戦車に追い回される状況を打開し、追手を橋の向こう側に置き去りにして撒く事が出来た。
そのことによる安堵と、みほの技量に対する驚嘆。この二つの気持ちで二人の心は満ちた状態である。
しかし、当のみほはこの状況に全く安堵などしていない。
「まだ安心するのは早いですよ。」
何故なら、この時のみほは誰よりも早く、新たな敵の出現を察知したからだ。
彼女の目線の先には、新たに出現した敵車輌。
それはBチームの38(t)戦車である。しかも、そのすぐ後ろにはM3中戦車、リーが控えている。
橋を渡った途端にみほ達の目の前に姿を現した。
砲身をこちらに向け、今にも発砲しそうだ。
しかし、その砲口が火を噴くよりも先に、みほは次の一手を打った。
右の操縦桿を引き、走りながら方向転換。
そのまま道から外れ、林の中に突っ込んでいった。
それを見た誰もが驚いたことだろう。
大木が所狭しと大量に生い茂る、森林の中の不整地。このような所を走破するのは、それだけでも大変なことである。
そんな場所を高速で通行しようとすれば、確実に木にぶつかるし、逆にぶつからないように走行しようとしたら、相当に速度を落とし、ゆっくり走る必要がある。
しかし、みほは違った。
木々にぶつかること無く、その隙間を縫うようにして、すり抜けて行く。
かなりのスピードでスムーズに駆け抜けていった。
まるで自分の手足であるかのように、戦車を自在に操り障害物を突破して行く。
すぐに38(t)戦車も、その後を追う。遅れて橋を渡ってきた八九式中戦車もⅢ号突撃砲も林の中に突入した。
だが、しかし立ち塞がる大木に阻まれてしまい、中々上手く前へ進めず、みほ達との間で、どんどん距離を離されていく。
そして、遂にⅣ号戦車を完全に見失ってしまった。
185: 2014/03/07(金) 22:01:16.54 ID:Z8ZaJCUQ0
それでは、今日の分を投下します。
186: 2014/03/07(金) 22:04:44.54 ID:Z8ZaJCUQ0
林立する大木を、その巧みな操縦技量でひたすら躱し、駆け抜けること数分。
みほは、一旦停車させると、ハッチから身を乗り出して、周囲を見渡す。
「周辺に敵影無し。 どうやら振り切ったようですね。」
今度こそ完全に敵を撒く事が出来たようだ。
ふぅ・・と安堵の溜息をこぼす。
とりあえずは一安心と言った所だった。
まずは、失神している華の容態の確認をしなければならない。
「う~ん・・・・・もう食べられません・・・・。」
華が何やら変な寝言を言っている。
見た所、外傷も無さそうだった。
「う~ん・・・・・・・・・・・・はっ!!」
その時、華が目を覚ました。
「大丈夫ですか?」
「あっ、はい。 すいません。ご心配おかけして・・・・。」
「気にしないで。 幸い、怪我は無さそうだけど、念のため休んでいてください。」
容態の確認を終えると、ここで改めて状況を整理する。
先程の戦いで分かったことは、自分達以外のチームが裏で手を組んでいる、ということである。
(CチームとDチームは確実に協同している筈。それにB、Eチームもおそらく秘かにに通じているかもしれない。)
みほの読みは完全に的中していた。
つまり、これは実質的に1対4の戦いである。
みほは、その事を踏まえた上で、反撃の算段を立てようとしていた。
地図を眺めながら、思考を巡らす。
(開けた広い場所で戦うと戦力差がもろに出る。
だから迎え撃つなら、この森林地帯でやるしかないんだけど・・・・視界が悪いこの森の中だと射撃の難度が格段に高くなる。)
林立する木々に視射界を阻まれるこのフィールドで、敵を射抜くのは経験者でも容易ではない。
(仮に僕が砲手をやるにしても・・それだと今度は、操縦の方が・・・・。)
操縦の方も同様に困難を伴う。
密生している大木が障害物となり、機動が阻害されてしまう。そんな中で車体をスムーズに動かすのは、熟練の操縦手でも難しい。
だが、ここにいるのはみほ以外、全員が未経験者である。
砲手にせよ、操縦手にせよ、任せるのはハッキリ言って心許無い。
(射撃と機動、この二つを完璧にこなせなければ、この1対4という戦力差は覆せない。さて、どうしたものか・・・・・。)
187: 2014/03/07(金) 22:06:05.36 ID:Z8ZaJCUQ0
戦況を打開するために、なんとか作戦を立てようと、みほが思案している、その時だった。
パタン........
本を閉じる音がした。
音のした方を見ると、そこには麻子が、閉じた本を手にして佇んでいた。
彼女が手に持っていたのは、この戦車の操縦マニュアル。
そして一息つくと、麻子は言った。
「覚えた。」
「え?」
188: 2014/03/07(金) 22:08:36.91 ID:Z8ZaJCUQ0
みほは目を丸くした。
そして麻子は、その一言だけを言うと、そのまま運転席に座る。
「あ、あの・・・麻子さん?」
「操縦手が必要だろ? 私がやってやる。
操縦マニュアルなら今、読破した。操作方法は完全に頭の中に叩き込んである。」
「いや・・・でも、説明書読んだだけで、そんな、いきなりは・・・」
「まあ、見ててくれ。」
そう言うと、麻子はシフトレバーを操作して、ギアを入れた。
「いくぞ。」
すると静止状態だったⅣ号戦車が突如動き出した。
それはとても滑らかな走り出しである。
「!!!」
驚くみほ。
そして、麻子はそのままⅣ号戦車を走らせる。
まず、その場で右や左に旋回してみせた。
次に、コーナリングしながら木々を避けつつ、スムーズに前進。
木に車体をぶつけることなく、軽やかに走った。
すると、今度はUターンをした。
それは非常に滑らかなターンである。
そして、Uターンをした後、そのまま走り続けて、元の場所に戻って停車した。
「どうかな? 小次郎ほどではないが、十分に操縦は出来ていると思うが?」
この一連の動作をいきなり事も無げにやってのけた麻子に対して、みほは驚きを隠せなかった。
「麻子さん・・・もしかして以前に戦車道をやったことが、あるのですか?」
麻子が見せた操縦は、とても初心者のそれとは思えない程の物だった。
「いや。戦車の運転は今回が初めてだが・・・・・。 ただ説明書を一通り読んで、なんとなく操縦しただけだ。」
麻子は、さも当然のことのように言ってのけるのだが、説明書を読んだだけで、いきなり戦車の操縦をマスターするなどという事は、普通は無理である。
それを、いとも簡単にやってのける麻子の、その才能には、みほも舌を巻いた。
「麻子、やるじゃん! さすがは学年主席!!」
沙織も思わず、感嘆の声を上げた。
189: 2014/03/07(金) 22:10:56.89 ID:Z8ZaJCUQ0
「それに・・・小次郎には借りがあるしな。 この程度のことで良ければ力になるよ。
操縦は私に任せてくれ。」
それはとても頼もしい言葉だった。
みほは、その申し出を受けることにする。
「分かりました。お願いします。」
みほ程ではないが、麻子も十分な操縦技量があることが分かり、それによって反撃の算段も立てやすくなった。
彼女に操縦を任せれば、みほは砲撃と指揮の方に専念できる。
すると、みほはさっそく動いた。
まず、砲手席に座っていた優花里に声をかけた。
「優花里さん、席を替わって下さい。」
「了解です。」
その時、優花里はみほの目つきが、普段のものと変わっていることに気づいた。
(西住殿・・・・・!)
優花里が見た、みほの瞳・・・・それは強い眼光を宿す、力強さを感じさせる瞳であった。
まるで狩人を彷彿とさせる、そんな眼差しである。
(コウちゃん・・・・!)
(小次郎さん・・・・・・!)
沙織と華も、みほの変化に気づく。
普段の穏やかで温和な雰囲気は一変しており、まるで百戦錬磨の猛者を思わせる、そんなオーラを纏っていた。
(いつものコウちゃんとは何かが違う!)
(これが、戦う時の西住殿の姿!)
(小次郎さん・・・なんて力強い眼差し。)
その変化に皆は正直戸惑ったが、それ以上に頼もしいと感じさせられた。
1対4という圧倒的に不利な状況に何ら変わりはない。
しかし何故か負ける気が全くしなくなった。
「優花里さん。装填手の役をお願いできます?」
「はい!お任せください!」
優花里の憧れの人であるみほが、今度は射撃の腕前を見せてくれるということで、優花里はワクワクしていた。
「AP(徹甲弾)装填。」
「了解!」
彼女は嬉々として指示に従った。
190: 2014/03/07(金) 22:25:28.02 ID:Z8ZaJCUQ0
・
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・
・
・
・
その頃のB、C、D、Eチームは、みほ達を探して、森の中を進行していた。
木々を避けながらの進撃だが、上手く避けれずに車体を木にぶつけたり、先行し過ぎた車両が遅れている車両を待ったりと、かなりたどたどしく、遅々とした進撃である。
「ええい!! 敵はまだ見つからないのか!!」
憤りの声を上げたのは河嶋桃であった。
みほ達を見失い、森の中で索敵を開始してから大分時間が立っているが、未だAチームは見つかってはいない。
だから彼女はかなり苛立ってした。
「落ち着け、かーしま。 イライラしたってしょうがないじゃん。」
「いや、しかし・・・・」
「まあ、気長に行こうよ。」
苛立ちを隠せないでいた桃を、杏が宥めていた、その時だった。
「いたぞ!!」
突如、無線機越しに叫び声が聞こえてきた。
叫んだのは、Cチームの典子である。
典子は無線を通じて全車に告げた。
「こちらCチーム。Ⅳ号戦車を発見! ただちに攻撃します。」
それを聞いた桃は、待ってましたと言わんばかりに、照準器を覗き込んだ。
「やっと見つかったか! 待ちかねたぞ!!」
みほ達のⅣ号戦車の姿を見つけた彼女達はすぐさま攻撃態勢を取る。
同時にみほ達も敵影を捕捉し、即座に後退し始めた。
再び砲声が鳴り響く。
191: 2014/03/07(金) 22:27:54.00 ID:Z8ZaJCUQ0
「撃て!! アタックだ!!」
Cチームの八九式はみほ達を追跡しながら、典子の怒号と共に、Ⅳ号戦車に狙いを定めて撃とうとする。
しかし立ち塞がる木々に視射界を遮られ、思うように照準が出来ずにいた。
「キャプテン! 木が邪魔で狙いが定まりません。」
「根性だ!! 根性で狙い撃て!!」
砲手のあけびが叫ぶが、典子がそれ以上の大声で檄を飛ばす。
しかし気合を入れた所で、この視界の悪さは如何ともし難い。
それは他のチームも同様である。
「追え!! 絶対逃がすな!!!」
河嶋桃の怒号と共に、みほ達を全力で追跡するB、C、D、Eチーム。
しかし障害物のせいで思うように進めなかった。
「ああっ!! またぶつけちゃった!!」
M3中戦車リーの操縦手、桂利奈はまた車体を木にぶつけてしまう。
「桂利奈ちゃん、急いで! もたついてたら、先輩達に置いてかれちゃう!!」
車長の梓が慌てて言った。
彼女の言うように、実際Eチームは他の先行する車両から遅れをとり、大分距離を引き離されていた。
引き離されていたのは彼女達だけではないが・・・。
各チーム共に、障害物に機動を阻害されているせいで、各車輌間の距離が離れてしまっている。
木々を避けながら高速で後退するⅣ号戦車を、全力で追いかけるのに夢中になるあまり、足並みをそろえることを忘れてしまっている彼女達はバラバラに進撃していた。
これでは各個撃破の的になりかねない。
もっとも・・それこそが、みほの狙いだった。
192: 2014/03/07(金) 22:30:53.05 ID:Z8ZaJCUQ0
「麻子さん、そのまま、まっすぐ後ろへ・・・。」
「分かった。」
みほは、砲塔側面のハッチから身を乗り出し、後方や周囲の状況を確認しながら、操縦手の麻子に的確な指示を出していく。
運転席からでは後ろが見えないため、代わりにみほが後方の様子を見ながら、操縦手に指示を出さなければならない。
そして麻子も、みほの指示を瞬時に解して、よくついてきている。
「ここで止まって下さい。」
接敵場所から大分後退した所で、停車させた。すると、みほはすぐさま射撃態勢をとる。
(まずは、最も先行している八九式から叩く。)
照準器のスコープを覗き込み、大きく息を吸って、呼吸を整えた。
極限まで神経を研ぎ澄まされていく。そのまま引き金の指をかけ、敵を待ち構えた。
これだけ遮蔽物が林立していると、射線が通る範囲は非常に限られている。
だから敵が木の間から姿を現し、その射界に入り込むのは、ほんの一瞬である。
その一瞬を逃さないように全神経を集中させた。
(来た。)
その時、八九式中戦車の車体の端の部分が、遮蔽物の間の視界に入りこんだのを、みほの目は即座に捉えた。
そして、そのまま車体の大部分が、照準器の中に映りこむ。
その間、僅か約1秒。その一瞬の間に、みほは狙いを定めた。
そして、トリガーを引く。
空気が激しく震え、轟音が鳴り響いた。
砲口から発砲炎と共に弾丸が撃ち出され、同時に砲尾から薬莢が吐き出される。
その砲弾は木々の間隙を縫うかのように、間をすり抜けながら、真っ直ぐ飛翔。
そして八九式の車体正面を撃ち抜いた。
着弾した直後に、撃破判定装置が作動し、白旗が上がる。
「命中・・・八九式、撃破。」
みほの放った一撃は見事に敵を撃破した。
193: 2014/03/07(金) 22:33:23.00 ID:Z8ZaJCUQ0
みほが淡々と敵撃破の宣言をした、この時、沙織達は呆然としていた。
発砲時に発生した激しい空気振動が彼女達の体を揺すり、肌をビリビリと痺れさせた。
それは彼女達にとって、今まで感じたことのなかった衝撃であり、初めての体験である。
「す、凄い・・・!」
「ジンジンします!!」
沙織と優花里は目を見開いたまま、固まっている。
「なんだか・・・・・気持ちいい・・・。」
華は肌が痺れるような感覚に、えも言われぬ快感を感じていた。
「・・・・・・・・!」
麻子は無言だったが、彼女もまた何とも言い表せないような感覚を味わっていた。
「優花里さん・・次弾、装填。」
「は、はいっ!」
みほの一言で、優花里は我に返った。
すぐさま弾薬ラックに手を伸ばす。
一発の徹甲弾を取り出し、砲尾に乗せて、拳で砲弾を薬室の中に押し込む。
閉鎖機を起こして準備完了。
「装填完了。」
みほは照準器を覗き込み、第二の攻撃目標を探す。
すると今度は、38(t)戦車を発見した。
「見つけた!」
ほぼ同時に、38(t)戦車の砲手、河嶋桃が言った。
探していた敵を、ようやく見つけ出し、今、射程内に捉えている。
そのため、河嶋桃は笑みを浮かべていた。
「フフフフ・・・・ここでお前らを仕留め・・」
しかし、彼女は最後まで言えなかった。
何故なら、彼女が言い切るよりも前に、Ⅳ号戦車が撃った砲弾が38(t)戦車叩きつけられ、衝撃が襲ったからだ。
車体の上に白旗が上がった。
「な、何っ!!?」
桃は驚愕した。
互いに相手の姿を発見したのは同時だった。にもかかわらず、相手に先手を取られたのだ。
河嶋桃が狙いを定めてトリガーを引く暇すらなく、圧倒的な早撃ちで撃破された。
194: 2014/03/07(金) 22:36:48.73 ID:Z8ZaJCUQ0
「命中・・・38(t)、撃破。」
続けざまに2両もの敵を仕留めたみほだったが、そのことに一喜一憂することなかった。
何の感慨も無く、ただ淡白に、敵撃破の宣言をする。
そのことからも、彼女が相当に場慣れしていることは間違いなかった。
みほはすぐに次の敵を探した。
「前方より敵、M3中戦車。」
次の攻撃目標を発見したみほ。
すると、みほは操縦手の麻子に指示を出す。
「麻子さん、 右旋回して、そのまま敵の左側面に回り込んでください。」
「どうしよう・・・先輩達やられちゃってる。」
M3の車長、澤梓は呟いた。
B、Cチームから大きく遅れていた彼女達Eチーム。
立ち塞がる木々に苦戦しながらも、やっと追いつけたと思ったら、既に先行していた2両は撃破された後だった。
しかも視界不良のせいで、敵がどこにいるのかが分からない。
「どこに、いるんだろう?」
梓は、恐る恐る、キューポラから周囲を見渡した。
「あっ、いた!!!」
その時、梓は、森の中を疾走するⅣ号戦車の姿を発見した。
ちょうど迂回機動を行っている最中である。
梓は慌てて指示を出す。
砲手の山郷あゆみに指示を出すが、その時のⅣ号戦車の位置は、M3中戦車の主砲の氏角になる位置だった。
これでは撃てない。
勿論、これはみほの計算通りのことであった。
M3中戦車は、その構造上の特性により、主砲の射角が限られている。そのため左側面に大きな氏角があった。
みほが迂回機動をさせたのは、その氏角である左側面を突くためであった。
「あゆみちゃん、早く撃っちゃって!!」
「この大砲、これ以上左には向かないよ!!」
「桂利奈ちゃん、車体の旋回急いで!!」
「あいぃぃー!!」
相手は砲口を自分達の方に向けているのに、主砲の氏角に入り込まれたことによって反撃ができず、梓は慌てて操縦手の桂利奈に旋回させようとするも、もたついてしまっている。
被弾の衝撃が、彼女達を襲ったのはその直後のことだった。
結局、Eチームは応戦する間も無く、側面を撃ち抜かれ撃破された。
195: 2014/03/07(金) 22:40:36.68 ID:Z8ZaJCUQ0
その様子を、エルヴィンは遠くから双眼鏡で眺めていた。
「先行していた3両の戦車が全滅した・・・・・!」
全く予想だにしていなかった展開に、彼女も驚愕している。
そして、このままではいけない、何か策は無いかと、思考を巡らせていた。
「そうだ! あの背の高い茂みを利用して回り込もう。」
エルヴィンは閃いた。
彼女が目にしたのは、前方の、草木が生い茂っている場所である。
エルヴィンがが考えた策とは、Ⅲ突の車高の低さを生かして、背の高い茂みに身を隠しながら迂回接近することであった。
「それだ!! それなら敵の側面を突くことが出来るぜよ。」
「うむ。名案だ。」
「そうと決まれば、善は急げだ。」
おりょうやカエサル、左衛門佐も賛同する。
さっそく彼女達は動き出した。
「M3、撃破。 残るはあと1両。」
3両目の敵戦車を仕留め、最後の敵を探していた、その時だった。
「ん?」
照準器のスコープを見ていたみほは、ある物に気づいた。
(あの茂み・・・草が不自然に揺れている。)
そして、みほはすぐに気づいた。
(あの茂みの向こう側に、敵戦車が隠れている。)
この瞬間に、みほは相手の策を看破した。
敵が草木に身を隠しながら回り込もうとしていることを即座に見抜く。
みほはその足で、砲塔旋回ペダルを踏み、素早く砲塔を回す。
遮蔽物に隠れたⅢ突の、その姿を直接目で見ることは出来ないが、草木の揺れ方から、見えない相手の位置を推定した。
「ここだ!」
迷わずにトリガーを引いた。姿の見えない敵に向けられた砲口が火を噴く。
196: 2014/03/07(金) 22:42:24.69 ID:Z8ZaJCUQ0
撃ち出された砲弾は、草木の壁を突き破り、その向こう側にいたⅢ号突撃砲の車体側面を、狂いなく射抜いた。
「何っ!!!?」
エルヴィンは突然の出来事に、驚愕する。
「そんな・・・我々の姿は見えなかった筈!!」
Ⅲ突の車体の上に白旗が上がった。
みほは、その白旗を視認して、言った。
「命中。Ⅲ号突撃砲、撃破。 ・・・・・敵、全車両の撃滅を確認。作戦終了。」
敵の全滅を確認した後に、みほは緊張を解くように一息つくと、座席の背もたれに背中を預けた。
「ふぅ・・・・。久しぶりだったから上手くいくかどうか分からなかったけど、何とかなった。」
先程までの鋭い眼光は消え、普段の温厚な眼差しに戻っていた。
Bチーム 38(t)戦車、Cチーム 八九式中戦車、Dチーム Ⅲ号突撃砲、Eチーム M3中戦車リー、いずれも戦闘不能。
よって、みほ達Aチームの完勝である。
209: 2014/03/30(日) 15:00:56.26 ID:1g4WPXVo0
「よいしょ。」
戦闘終了を確認したみほは、ハッチを開けて、車外に出た。
そこで改めて、周囲を見渡し、白旗の上がった敵車両をその目で視認する。
「私達・・・・勝ったの?」
「・・・・・その・・ようですね。」
沙織と華は茫然としながら言った。
終わってみれば、あっという間の出来事だった。
先程までは、あれほど追い詰められた状況だったのに、気づいたら逆転しての完全勝利である。
だから、いまいち実感が乏しかった。
しかし、それは紛れもない事実である。
「西住殿おぉぉーー!!」
優花里が感極まって、みほに抱きついた。
「凄いですよ、西住殿!! 凄すぎます!!」
憧れの西住の、その手腕を傍で見る事が出来た上に、勝利の瞬間を間近で見る事が出来た。
そのため、優花里はこれ以上ない程に感激している。
「優花里さん、苦しい。」
歓喜のあまり、力一杯みほを抱きしめ過ぎたため、みほが少しだけ苦しげに言った。
「はっ!!! す、すいません!!! 殿方相手にとんだ粗相を!!」
みほの声で、優花里は我に返り、頭を下げた。
「本当にすいませんでした。」
「いえ、いいんです。 そんなに気にしないでください。」
そこで、みほは改めて周囲を見渡した。
撃破され、白旗が上がった車輌が、自分たちの勝利を如実に物語っている。
「いきなり4両全てが敵に回ったときは、どうなることかと思いましたが、何とかなりましたね。」
「はい。これも全ては西住殿のおかげですよ。」
「いや・・・それはどうでしょう。 僕としては・・・今回、勝てたのは、麻子さんのおかげだと思います。」
「え、私か!?」
突然、自分のことを言われて、麻子は驚いた。
「そうだろうか? 勝てたのは、小次郎の腕のおかげだろ。 私なんて別にそんな大したことはしてないが。」
「そんなことは無いですよ。
麻子さんは僕の指示を完璧に理解し、適切な操縦をしてくれました。あの操縦技量があったからこそ、常に最適な射撃ポジションで取ることが出来たんです。
あれがなかったら、あの不利な状況を切り抜けることは出来なかった筈。
勝つことが出来たのは、ひとえに麻子さんのおかげですよ。」
210: 2014/03/30(日) 15:02:09.82 ID:1g4WPXVo0
すると、みほはニッコリと笑顔を浮かべながら言った。
「麻子さん・・・ありがとう。」
その微笑みを目の当たりにした瞬間、麻子はドキッとして、顔を赤くした。
心拍が跳ね上がったのが、自分自身でもわかる。
「べ、別に・・・礼には及ばないよ。///////」
麻子は消え入りそうな小さな声で言った。
彼女の頬は赤く染まったままである。
その時、頬を朱色に染めていたのは、麻子だけではなかった。
沙織や華や優花里・・・その場にいた全員が、みほの優美な笑顔を目の当たりにし、思わず顔を赤くしている。
その、優雅な微笑みに、彼女達は思わず見惚れてしまっていた。
その頃、Dチームのエルヴィン達は茫然と立ち尽くしていた。
1対4と、圧倒的に有利な状態であったのにもかかわらず、終わってみればワンサイドゲームで、自分達の完敗である。
今回の演習において、Aチームのみほには、皆ずっと驚かされっぱなしであった。
障害物だらけフィールドを物ともせずに、自在に駆け抜けた、その操縦技量。
視界が悪い状況下での、針の穴を通すが如き、精密な射撃。
敵に対して、常に適切なポジションを取り続けた、その判断力。
そのどれを取っても見事としか言いようがない。
その鮮やかな手並みには、エルヴィン達はただひたすら驚かされ、そして魅了された。
おりょうは呟いた。
「凄い・・・・名将だ! こんな所に名将おったぜよ!!」
カエサルも驚嘆の声を上げる。
「まるで、ハンニバルの再来だ!」
続けて、左衛門佐も言った。
「いや・・・あれはきっと、名将、上杉謙信の生まれ変わりに違いない!」
彼女達は歴女らしく、思い思いに歴史上の人物を連想し、みほのことをその英雄になぞらえて称賛した。
それはエルヴィンも同様である。
「いや・・・あれはかつて、ドイツ軍で戦車兵のエースとして名を馳せた、ミハエル・ヴィットマンの再来だよ。」
「「「それだっ!!!」」」
エルヴィンの口から、一番しっくりくる人物の名が出てきたことによって、三人が一斉に声を上げた。
211: 2014/03/30(日) 15:02:50.57 ID:1g4WPXVo0
そして、みほの腕前に魅せられていたのは、エルヴィン達だけではなかった。
Cチームのバレー部の面々もまた、みほの力を目の当たりにし、その技量に魅了されている。
キャプテンの典子も舌を巻いた。
「なんてテクニックだ。」
妙子や忍、あけびも感嘆の声を漏らす。
「私達、4両もいたのに、あっという間に・・・。」
「正確無比なアタック・・・そして、軽快なフットワーク・・・・。」
「凄い・・・・あんなプレイヤーに、私もなってみたい。」
惚れ惚れしているような口ぶりである。
そしてEチームの一年生達も同様に、西住の勇姿に心を奪われていた。
「西住先輩・・・・///////」
車長の梓もどこか、ウットリしたような表情で呟いている。
「凄い!」
「西住先輩マジハンパない!!」
「やばいよ! 西住先輩、超カッコいい!!」
「先輩・・・凄すぎる・・・・!」
山郷あゆみや阪口桂利奈、宇津木優季や大野あやが、かなり興奮気味に言っていた。
「・・・・・・・。」
丸山紗希も、言葉を発することこそなかったが、それでも無言でみほの姿を眺める、その瞳には憧憬の色がはっきりと映っている。
この場にいたほぼ全員が、みほに魅せられ、そして惹かれていた。
それだけ、みほの活躍が、彼女達の脳裏に、鮮烈な印象として刻み付けられたということである。
たった一回の戦いだけで、みほは見事なまでに皆の心を掴むことが出来たのだった。
212: 2014/03/30(日) 15:03:43.51 ID:1g4WPXVo0
そんな中、秘かにほくそ笑む者達がいた。
「やはり西住小次郎に戦車道を履修させたのは正解でしたね、会長。」
桃が不敵に笑いながら言った。
杏も同様である。
「ひとまずは作戦成功ってとこかな。 今回、予想以上の収穫があったし・・・。」
杏の思惑通り、今回の演習で、西住みほの実力の程を測る事が出来た。
そして、それは彼女達の予想を遥に上回る程の物である。
「これなら本当に出来るかもしれないね。・・・・・・全国大会制覇。」
杏達が秘かに、このような壮大な事を考えていたことなど、みほ達は知る由も無かった。
225: 2014/04/15(火) 00:28:24.21 ID:+Coidyny0
「今回はここまでとする。 それでは解散。」
「「「「お疲れ様でした。」」」」
こうして今日の戦車道授業も無事終了し、挨拶と共に解散となった。
生徒達はそれぞれ帰路につく。
「それじゃあ、私たちも帰ろうか。」
沙織達がみほに声をかけ、一緒に下校しようとする。
しかし・・・
「ごめん。 これから自動車部の人達と一緒に、車両メンテナンスしないといけないから、今日は居残りです。」
その時、自動車部のナカジマが、声をかけてきた。
「小次郎くーん。 車両の回収、完了したよーー。」
「あ、はーい。 今、行きます。」
ナカジマの声がした方へ振り向きながら返事をすると、みほは沙織達の方へ向き直って言った。
「今日は遅くなりそうだから、皆は先に帰っててください。」
「そう・・・・。」
沙織は残念そうに言った。
すると、みほはナカジマ達のいる格納庫の方へと走って行った。
みほが行くと、そこにはナカジマ達がもう既に準備を終え、いつでも作業に着手できる状態で待っていた。
「はい、これ。」
ツチヤがみほに、作業着を手渡した。
「ありがとう。」
そう言うと、みほは作業着を手にしたまま、更衣室へと向かった。
そして、しばらくすると、みほが戻ってきた。
ナカジマ達と同じ、オレンジ色のツナギを着ている。
そのみほの姿も中々、様になっていた。
「それでは皆さん、よろしくお願い致します。」
「いえいえ・・・こちらこそ、今日もご指導お願いします。」
ナカジマも礼儀正しく言った。
226: 2014/04/15(火) 00:29:29.96 ID:+Coidyny0
こうして、みほとナカジマ達は、一緒に車両修理を始めた。
「ホシノ・・そこのやつ、取って。」
「はいよ。」
ホシノはすぐそこにあった工具をツチヤに手渡した。
「スズキ・・Ⅲ突に使うやつってこれだったよね?」
「そう、それそれ。」
ナカジマとスズキが図面と工具を手に取りながら、作業手順を確認している。
その後、作業は滞りなく進んでいった。
みほ自身も工具を手に持って、作業をやりながらナカジマ達の動きを横目で観察していたが、彼女達は非常に手際良く、作業を進めている。
ナカジマもスズキもホシノもツチヤも、皆、以前みほに教わった事をしっかり物にしていた。
前回は、慣れない戦車相手に四苦八苦していたのだが、今は見違えるほどスムーズに作業をこなしている。
「小次郎君。転輪の交換なんだけど、こんな感じでどうかな?」
「いや・・このM3の転輪だったら、こっちからの方が・・。」
「なるほど・・・了解。」
まだ、経験者のみほが指導しないといけない所は多々あるが、元々彼女達は戦車に関しては門外漢であったから、それは致し方がないことである。
それでも、前回と比べれば、格段に技量が向上している。
みほから教わった事を、どんどん知識として吸収していく、その呑み込みの速さには、みほも驚いている。
(さすがは自動車部の皆さん・・・。)
ナカジマ達は自動車部の中でも随一の腕利きメカニックと言われているが、それは決して伊達じゃないという事が分かる。
227: 2014/04/15(火) 00:30:24.00 ID:+Coidyny0
・
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作業も順調に進んでいき、日が傾いてきた頃には、全車の修理が完了した。
格納庫内には修理済みの戦車が整然と並んでいる。
自動車部の人達の手際の良さと、みほの助力もあって、当初の予想よりも早く終わった。
「さてと・・・・。」
最後に、後片付けと施設の戸締りをするために、みほが行こうとした、その時だった。
「お疲れ様です、西住殿。」
「あれ? 優花里さん?」
そこにいたのは優花里だった。
そして、その場にいたのは彼女だけでない。
「コウちゃん、お疲れ。」
「仕事は終わったようですね、小次郎さん。」
「待ちくたびれたぞ。」
沙織と華、麻子もそこにいた。
みほは嬉しそうに言った。
「皆さん、待っていてくれたんですか。」
「まあね。ちょっと買い出しに行ってたの。夕食の食材を・・・。」
そう言うと、沙織は、その手にあった買い物袋を見せた。
「これから、コウちゃんの家でご飯会やらない? コウちゃん、夕食はまだなんでしょ。」
すると、その話を聞いていたナカジマがやって来た。
「なんか楽しそうじゃん。 小次郎君・・行ってくれば。 ここの後片付けは私達がやっとくからさ。」
「え・・・いんですか?」
「うん。」
「わかりました。では、あとはお願いします。」
そう言うと、みほは手早く帰り支度を整えた。
228: 2014/04/15(火) 00:35:41.67 ID:+Coidyny0
帰り支度を済ませたみほは沙織たちの所へ向かった。
「お待たせしました。」
沙織は嬉しそうにして言った。
「それじゃ行こうか。」
そう言った沙織に、華や優花里、麻子も後に続く。
すると、みほは、沙織が手に持っていた買い物袋に手を伸ばした。
「その荷物、僕が持ちますよ。」
「え?」
そのまま、みほは沙織が持っていた荷物を手に取った。
「まってる間、ずっと持ってたんですよね。重かったでしょう。」
「え!? ちょっと、コウちゃん!? そんな・・・いいよ。コウちゃんこそ、疲れてるでしょう?」
みほは沙織のことを気遣って、自ら率先して荷物を持った。
沙織は慌てて止めようとする。
夕食5人前分の食材の入った買い物袋は、それなりの重さになっていた。
それを仕事を終えたばかりで疲れているであろう、みほに持たせるというのは、気が引ける。
しかし沙織のそんな心配を他所に、みほニコッと笑いながら、一言だけ言った。
「気にしないで。」
そう言うと、そのまま荷物を担いで歩き出した。
「さあ、行きましょう、皆さん。」
(やだもー! コウちゃんたら超男前じゃん。/////)
(小次郎さん・・・なんて紳士的なんでしょう。/////)
(西住殿・・・・男前で本当に格好良いです。/////)
(こいつ、やるな。//////)
みほの、その紳士的な振る舞いに、沙織達4人は改めて、みほに対して好意を寄せるのであった。
229: 2014/04/15(火) 00:36:35.53 ID:+Coidyny0
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こうして、みほの自宅へ向かった一同は今、とあるマンションの前に来ていた。
「ここが西住殿の・・・。」
「中々良い所に建っているな。」
優花里と麻子は建物を見上げながら言った。
二人とも、みほがどんな所に住んでいるのか、興味津々だったため、このようにじっくりと眺めていたのである。
「皆さん、こっちです。」
みほの案内により5人はエレベーターで上の階へ上って行く。
そして、ある一室の前まで歩いて行くと、そこで止まった。
すると、みほは鞄の中から玄関の鍵を取り出そうとする。
(ここがコウちゃんの住んでいる部屋か。 男の人の部屋の中に入るのって初めてだから、なんだかドキドキする。)
(殿方の住んでいる部屋がどのような所なのか、正直凄く気になります。)
沙織と華も、そして優花里と麻子も逸る気持ちでいっぱいだった。
ガチャ
今、みほが扉の鍵を開錠した。
「それでは、どうぞ。」
そして、玄関の扉が開かれ、4人は中に招かれた。
238: 2014/04/22(火) 23:48:13.93 ID:ELVgbYtm0
ここはみほが住んでいるマンションの一室である。
「どうぞ。」
「「「「お邪魔します。」」」」
みほに招かれ4人は部屋の中に入って行った。
一体どのような部屋なのだろうか、ワクワクしながら中に入った4人。
すると、彼女達は目を見張った。
彼女達の目に飛び込んできた、部屋の中の景色は、彼女達にとって予想外なものだったからだ。
((((あれ? 何か思ってたのと違う。))))
彼女達が見たもの・・・それはとても殺風景な部屋であった。
非常に整然としているが、見た所、生活に必要最低限な物しか置いてないように見える。
あまりにも飾り気が無さすぎる・・それが部屋を見た彼女達の第一印象であった。
想像していたものとは大分違っている。
そのため、彼女達はしばらくの間、面食らった状態でいた。
しかし、このまま人の部屋をジロジロ見ていても失礼なので、その事は一旦置いておくことにした。
「そうだ。夕飯の仕度を始めよう。」
沙織が言った。
いつまでも呆けていても仕方がないということで、とりあえず夕食の準備を始めることにした。
「コウちゃん、台所借りるね。」
そう言うと、沙織は買い物袋から手早く材料を取り出した。
「華はジャガイモの皮を剥いて。その間、私はこっちの準備してるから。」
「あ、はい。」
「ゆかりんはご飯の用意をお願い。」
「了解であります。」
てきぱきと手際良く準備を進めていく沙織。
「お腹空いた。」
そして寝転がる麻子。
「ちょっと、麻子! 手伝ってよ!」
沙織がすかさずツッコミを入れる。
239: 2014/04/22(火) 23:52:08.54 ID:ELVgbYtm0
こうして沙織が中心となって料理を作っていき、そして今、夕食が完成した。
ご飯や味噌汁、刺身や肉じゃがなどの料理がテーブルの上に並んでいる。
どれも美味しそうだが、その中でも一際美味しそうなのは、メインの肉じゃがであった。
5人は手を合わせる。
「「「「「いただきます。」」」」」
そう言うと、さっそく皆で料理に箸をつけた。
「う~ん、美味しい~。 これ凄く美味しいですよ。」
優花里は、沙織が作った肉じゃがを、美味しそうに食べる。
「本当だ。美味いな。」
「ええ。とても美味しいです。」
麻子や華も同様に、舌鼓を打った。
「えへへ・・・そうでしょ。」
沙織の作った肉じゃがはとても好評だった。
彼女にとって自信作だったらしく、そのためとても嬉しそうにしている。
「フフフフ・・・・こう見えても、花嫁修業は万全なのよ。 いつ、お嫁に貰われてもいいように、家事全般何でもござれよ。
特に料理には抜かりないわ。 この肉じゃがなんて私の中では一番の自信作なんだから。
皆も覚えといて損はないよ。男を落とすには、肉じゃがが一番だって。」
「嫁に貰ってくれそうな相手なんて、いるのか?」
「ちょっと、麻子! それ、どういう意味よ!!」
得意気になって語っていた沙織に、麻子は冷ややかなツッコミをいれる。
「というか世の男子って本当に皆、肉じゃがが好きなんですかね?」
「都市伝説の類なのでは?」
優花里と華も、沙織の言ったことに懐疑的だった。
「そんな事ないよ。 この情報は確かだよ。 男は肉じゃがを作ってくれる女が好きだって。間違いないよ。」
「どうかな? この手の恋愛関連の事に関しては、沙織のいう情報は全くと言っていい程、当てにならない。」
「なにをー!」
麻子の言うことに、ムキになる沙織。
そこで、沙織は言った。
「だったらコウちゃんに聞いてみようよ。」
そう言い、沙織はみほの方を見た。優花里たちも同じく、みほの方を向く。
その時だった。
「「「「・・・・・!!!!」」」」
沙織達が見たもの・・・・・それは・・・
「・・・・。」モッチモッチ
じゃがいもを美味しそうに口に頬張る、みほの姿だった。
240: 2014/04/22(火) 23:54:06.17 ID:ELVgbYtm0
((((・・・・・・・・。))))
4人は思わず、その姿をまじまじと見つめた。
すると、みほはもう一つのじゃがいもを箸で掴み、口の中に入れる。
「・・・・。」モッチモッチ
((((・・・・・・・・。))))
「・・・・。」モッチモッチ
その時、彼女達は思った。
(((( か、可愛い //////// ))))
口の中で芋を咀嚼しながら、美味しそうに頬を膨らませるその姿は、まるで小動物のような愛くるしさを感じさせる。
(西住殿・・・なんと愛くるしいお姿・・・//////// )
(やだもー、何この可愛い生き物 //////// )
(小次郎さん・・・・なんだかとても、抱きしめてあげたくなるような愛らしさ・・・//////// )
(小次郎・・・格好良いだけでなく、可愛さも兼ね備えていようとは・・・//////// )
しばらくの間、見惚れていた彼女達だったが、最初に我に返った沙織が口を開いた。
「コウちゃん・・肉じゃが、どう?」
「はい。とっても美味しいです。」
「そう・・・それは良かった。 コウちゃんは肉じゃが、好きだった?」
沙織は先ほど聞こうとしていた事を改めてみほに聞いてみた。
「はい。肉じゃがは好きですよ。 特にこの肉じゃがは、今まで食べてきた中でも一番、美味しいです。」
「そ、そう・・・ありがとう//////」
面と向かって褒められ、沙織は思わず赤面した。
すると、みほは味噌汁を一口飲んだ。
「この味噌汁も美味しい。 沙織さんって、料理得意なんですね。」
「まあね。 いつでもお嫁に行けるように、準備は万全なのよ。」
「なるほど、それで・・・。 確かに、沙織さんって、優しいし、親しみやすいし・・・その上料理も得意なんて素敵です。」
「コウちゃん・・・・・・////////」
沙織はどんどん顔が熱くなっていった。
そして次の瞬間、みほの放った一言に沙織は衝撃を受ける事になる。
「沙織さんなら、きっと良いお嫁さんになれると思いますよ。」
「「「「・・・・・・・ッ!!!!!!!!」」」」
その一言に、沙織だけでなく、優花里や華や麻子も衝撃を受け、固まった。
「なっ・・・・・!!! //////」
沙織はみるみる頬を紅潮させていく。
241: 2014/04/22(火) 23:56:49.19 ID:ELVgbYtm0
―― 良いお嫁さんになれると思いますよ ――
みほが純粋な笑みを浮かべながら言ったその言葉が、何度も沙織の脳内でリフレインする。
「や・・・・・ //////」
沙織の一気に顔が真っ赤になった。
そして、彼女は口を開く。
「やだもー!! //////」
沙織は、そう言うのが精いっぱいであった。
そして、それを見ていた3人も内心穏やかではなかった。
(こ、これが肉じゃが効果なのか!!? 沙織の言った情報だから、はっきり言って全く当てにはしてなかったが・・・まさか本当にあったとは・・・!!)
(西住殿おおぉぉぉ!!! 肉じゃがですか!?肉じゃがが良いんですか!!? だったら私も母から教わって作れるようになってみせますよ、肉じゃが!!)
(私も今度、肉じゃがの作り方を習おうかしら。)
そんな考えが、麻子、優花里、華の頭の中で渦巻いていた。
しかし、そんな混乱気味の思考も、次の瞬間には吹き飛ぶ事となる。
パクッ
みほが再び、肉じゃがを口の中に入れた。
「・・・・・。」モッチモッチ
(((( 可愛いー!!! //////// ))))
と、まぁ・・・こんな感じで、みほの小動物的な可愛い一面を、間近で見て堪能した4人であった。
266: 2014/06/22(日) 00:02:48.79 ID:0nzsTODS0
あの後、みほ達5人は戦車の各ポジションについての話し合いをしたのだった。
最も重要なポジションである車長を誰にするかという事から話し合ったのだが、これは真っ先にみほの名が挙げられた。
みほは前回の演習で、その冷静さと、卓越した判断能力をいかんなく発揮している。
だから5人の中で最も適任であるとして、沙織達、チームの皆から車長の役を頼まれ、そのため、みほは引き受ける事にした。
その他にも、砲手は華、装填手は優花里、操縦手は麻子、通信手は沙織がそれぞれ担当することになった。
・
・
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・
・
そして再びやってきた、戦車道授業の日。
この日、みほは自動車部の人達と話があるから遅れて来るという事で、優花里達4人で先に格納庫の方に行く事になった。
そして、そこで優花里達は不思議な光景を目の当たりにする事になる。
267: 2014/06/22(日) 00:05:32.06 ID:0nzsTODS0
「こ、これは一体・・・!?」
優花里は驚愕の表情で固まっていた。
その光景を前に、ただ絶句している。
そして華と沙織は、優花里とは対照的な反応をしている。
「あらあら。これは何とも個性的で、可愛らしいですね。」
「いいなぁ・・・私達もやれば良かった。」
優花里達が見ていたのは、並ベられた戦車達の、その劇的な変わり様であった。
4両の車輌が、まったくの別物と言ってもいい程に、見た目が変わってしまっている。
まず、Bチームの38(t)戦車は、なんと車体全体を派手に金色で塗られていた。
その光沢が眩しいほどに輝いて、非常に目立っている。
「いいねぇ。ゴージャスな感じがして・・・。」
杏が満足気に言う。
Cチームの八九式は比較的原形を留めていたが、車体と砲塔部に白いペンキで『バレー部復活!!』とデカデカと書かれていた。
「これで活躍すれば、宣伝になって部員も集まる筈だ。」
典子が嬉々として言った。
DチームのⅢ号突撃砲の見た目も劇的に変わっている。
車体前面や側面部は赤色、上面や後部は黄色で塗装されていた。砲身は純白の色で塗られ、その基部は浅葱色のダンダラ模様が描かれている。
更に、六文銭が描かれた赤い旗や、誠一文字が刻まれた浅葱色の旗が車体上部に取り付けられていた。
歴史マニアである彼女達が、その趣向を存分に叩き込んだ・・そんな感じの一品である。
「ふむ。格好良いぜよ。」
「これぞまさに支配者の風格である。」
おりょうとカエサルも、ご満悦といった感じで、眺めている。
EチームのM3は、ピンク一色のカラーリングに変えられていた。
「可愛い~♪ やっぱピンクだよね。」
梓もとても嬉しそうだ。
268: 2014/06/22(日) 00:07:28.95 ID:0nzsTODS0
と、まあ・・このような感じで4両の戦車が、それぞれの人達の趣向によって、何とも個性的でバラエティ豊かな姿に変えられていた。
はっきり言って、パッと見ると、戦車とは思えない、摩訶不思議な見た目である。
かなり目立つし、迷彩もへったくれもあったものではない。
だから優花里は思わず、嘆いた。
「ああっ!! 38(t)戦車が・・・八九式が・・・Ⅲ突が・・・M3が・・・何か別の物に!! こんなのあんまりですよ!!」
戦車大好きな優花里には、その変わり様はかなりショックだった。
「うちのⅣ号戦車も色を塗り替えて、可愛くデコレートしちゃおう。」
そんな沙織の言葉に、優花里はゾッした。
「お願いだから、やめてください!!」
彼女は頭を抱えていた。
「こんなの・・・・西住殿が見たら何て言うか・・・・。下手したら怒られますよ。」
優花里がそんな懸念を抱いていた、その時だった。
「すいません。遅くなりま・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「あっ! 西住殿!」
その時、遅れてやって来たみほが到着した。
「・・・・え????」
そしてみほは、変なデコレートをされた珍妙な戦車を見た瞬間、固まった。
269: 2014/06/22(日) 00:22:21.53 ID:0nzsTODS0
「・・・・・・・・・・・・・。」(゚д゚ )ポカーン
ただ絶句し、茫然と立ち尽くしていた。
信じられないといった感じの表情をしている。
沈黙の時間が流れていく。
「に、西住殿・・・・。」
そんな状況の中、優花里が恐る恐る、みほに声をかけた。
(西住殿・・・・・・。怒ってますよね。これ絶対怒ってますよね。)
すると・・・・・
「プッ・・・・・・アハハハハハハ。」
「えっ!? 西住殿?」
みほが笑い出した。
突然の事に、優花里もそうだが、沙織達も面食らう。
(西住殿・・・怒っていない?)
優花里の心配とは裏腹に、みほは決して怒ってなどいなかった。
それどころか、目の前の出来事が面白くて仕方がないといった様子である。
「アハハ。 まさか戦車をこんな風に魔改造しちゃうなんて・・・・斬新で面白いです。
こんなの昔では到底考えられなかった事だけど、こういうのも楽しくていいですよね。」
すると、みほは満面の笑顔で言った。
「戦車道が楽しいなんて思ったのは、初めてかも。」
270: 2014/06/22(日) 00:28:42.60 ID:0nzsTODS0
みほがこの大洗にやって来て、戦車道を再びやり始めてから、友達の皆と一緒に体験した事は、彼女にとって何もかもが新鮮なものだった。
今までに経験したことが無い斬新な事の数々。
この大洗に来るまでやっていた戦車道とは異なる、全く新しいもの。
それに触れた当初、当然みほは面食らったが、その半面、新しいものに対して非常にワクワクしていた。
今までに無かった、新たなる戦車道。
それは、まだまだ始まったばかりなのである。
281: 2014/07/01(火) 03:45:19.15 ID:HeHPMpPe0
その後、始まった本日の戦車道授業。
「一列横隊!!」
河嶋桃の号令とともに動き回る5両の戦車。
今回は主に、隊列走行などの連携プレーの練習だった。
「次、一列縦隊!! おい、そこっ! もたつくなっ!!」
桃がメガホン片手に、怒号を飛ばす。
派手に塗装されたⅢ号突撃砲が、戦国武将みたいな旗を翻しながら駆け抜ける。
その他にも、光り輝く金色の38t戦車や、ピンク一色に染められたM3中戦車が並んで走り回ってるその光景は何とも珍妙だった。
一見すると、何の集団なのかよくわからない状態である。
とは言え、訓練自体は問題なく順調に進んでいった。
・
・
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・
・
「本日の訓練はここまで。皆ご苦労であった。」
今日の訓練も無事に終了。
最後に桃が締めの一言を言っている。
いつもだったら、このまま解散となるとこだが、今回は違った。
「さて・・・急ではあるのだが、今度の日曜日に練習試合をやる事になった。」
「「「「えっ!?」」」」
唐突に告げられた事に、皆は驚いた。
そして桃の言葉はさらに続く。
「相手は聖グ口リアーナ女学院だ。」
その言葉に優花里は驚愕した。
「グ口リアーナって強豪校じゃないですか!!?」
優花里が驚くのも無理はない。
彼女が言ったように、聖グ口リアーナ女学院とは、戦車道の名門校である。
過去に全国制覇を成し遂げたこともあり、最近でも全国大会で準優勝している。
そのような強豪校が、去年まで戦車道が廃止されていた大洗との練習試合を引き受けてくれたという事が不思議でならない。
普通だったら申し込んだ所で断られてもおかしくない筈だった。
「よく断られませんでしたね。」
「それがさぁ・・・正直、ダメ元で申し込んだら、意外とあっさりOKしてくれたんだよね。
もしかしたらグ口リアーナって、格の違いとか、そういう物にはあまりこだわらない校風なのかもね。」
優花里が口にした疑問に、杏が答えた。
杏の言ったように、グ口リアーナへの練習試合の申し込みは予想外にあっさりと快諾されていた。
「というわけで、各チームの車長は、この後に作戦会議があるから残ってくれ。 以上、解散。」
桃の締めの言葉と共に、車長達を残して解散となった。
282: 2014/07/01(火) 03:50:27.86 ID:HeHPMpPe0
・
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・
そして、会議室に集められた生徒会メンバーと車長一同。
今、彼女達は河嶋桃から作戦概要の説明を受けている。
「いいか。相手のグ口リアーナは、防御力と連携力を生かした浸透強襲戦術を得意としている。
奴らの戦車は特徴は、とにかく堅い事だ。主力のマチルダⅡに対して、こちらの砲は100m以内でないと一切通用しないと思え。
そこでだ・・・我々は地の利を生かした待ち伏せ攻撃を駆使する。」
桃がホワイトボードに書き込まれた作戦概略図を指した。
台上の陣地に横隊陣形で配置される戦車。
そして、その陣地の前にある一本の細長い回廊。
桃が指したのは、丘の陣地の前の、赤い○印で囲われた部分。
そこは待ち伏せ攻撃をする側の火力が集中する地点・・所謂キルゾーンというものである。
「まず、一両が囮となり、敵を引き付ける。そして、このキルゾーンに敵を誘い込み高低差を生かして一気に叩く!!!」
バンッ、と桃がホワイトボードに手を力強く叩き付けて力説した。
「地の利を最大限に生かして戦力差を覆す。それが本作戦の概要だ。」
確かに、これなら低い位置にいる相手に対して、有利な高台に陣取って対峙出来る。
それに、こちら側は横隊陣形で正面に最大限火力を発揮出来るのに対して、敵側は細い一本道を通るせいで左右への展開が大きく制限されるから、縦隊陣形で行かざるを得ない。
そうなれば、敵部隊の先頭部に集中砲火を浴びせる事が出来るし、上手くいけば前から順々に1両ずつ仕留めて各個撃破という形に持っていくことも可能である。
「これでいける筈だ。この策を持ってすれば、あのグ口リアーナにだって勝てる!!」
桃にとって、この作戦はこれ以上ない必勝の策だった。
この作戦で行けば負ける筈がないと、彼女は絶対的自信を持っている。
だからこそ、自信満々で力説した。
そして、そんな桃の言葉により皆が、これでいけると、自信を持ったのである。
しかし、それは言い変えれば楽観である。
そして、その場にいた誰もが楽観し、自分達が勝つ所を想像していた。
ただ一人を除いて。
その場にいた者達の中で、みほだけが、何やら難しい顔をしていた。
彼女は今、手元に置いてあった地形図をじっと見ている。
この時、みほは頭の中で戦闘の経過をシミュレートをしていた。
この作戦でいった場合、どうなるか・・・どのような事態が発生し得るか。
あらゆる要素を考慮しつつ、頭の中で駒を動かしながら、戦闘がどのように推移するかを計算していた。
すると、みほの思考はある一つの可能性に辿り着く。
(これは・・・・ちょっと、まずいかな。)
シミュレートしてみた所、非常に芳しくない戦闘結果が、頭の中で出てしまった。
しかし、それを言ってしまってもいいのかどうか、みほは迷っていた。
(でも、これ言っちゃってもいいのかな・・・。)
あれだけ桃が自信満々に作戦プランを掲げているのに、そこで批判的な事を言うのも気が引ける。
どうしようか、と思いを巡らせていた。
283: 2014/07/01(火) 03:53:22.11 ID:HeHPMpPe0
「ん・・・どうかしたの? 西住君。」
その時、杏がみほに声をかけてきた。
「え!?」
そこでみほは気づく。自分の考えが、表情に出てしまっていた事に。
「何か難しい顔してたじゃん。」
杏が更に聞いてきた。
「どうした西住? まさか私の立てた作戦に何か文句でも?」
そして桃も不満そうに言う。
「あ、いや・・・。」
みほは言葉を詰まらせた。
「言いたいことがあったら、どんどん言っちゃって。」
そこで、杏がみほに返答を促す。
(隠しておいても、良い事は無いし、言っちゃおう。)
みほは意を決して、口を開いた。
極力、相手の機嫌を損ねないように配慮しつつ・・・。
「待ち伏せ攻撃主体の作戦というのは、僕も賛成です。
ただ・・・・今の僕達チームの練度、射撃精度を考慮すると、このキルゾーンで敵を仕留められない可能性は高いと思います。」
すると、みほは地形図を指しながら言った。
「この地形と布陣だと・・・キルゾーンを突破されれば、逆包囲を受けて、両翼から挟み撃ちにされてしまう危険が・・・・。」
みほの指摘した事に、周囲の者達も頷く。
「あぁ。なるほど。」
「たしかに・・・。」
みほは、先輩の気を悪くしないように、気を遣って言ったつもりだった。
だがしかし、みほの言ったこの言葉は、桃の逆鱗に触れてしまう。
「黙れっ! 私の立てた作戦にケチをつけるか!!」
桃は激怒して怒鳴った。
「ひっ!!」
突然に怒鳴りつけられたため、みほは肩を震わせた。
「すいません・・・。」
みほは萎縮してしまい、そのまま俯いた。
284: 2014/07/01(火) 03:56:18.70 ID:HeHPMpPe0
「落ち着きなよ、河嶋。 まぁ・・・・確かに、西住君の言う事にも一理ある。」
ここで、杏が桃を宥めつつ、みほの発言を支持した。
そして杏はさらに続けて言った。
「それに・・・そういうのをしっかり指摘できるというのも、大切な事だしね。
どうだろう? ここは一つ、我が校の隊長を西住君に任せるというのは・・・。」
「えっ!?」
杏の口から出てきた予想外の言葉に、みほは驚いた。
「西住君なら任せられると思うんだよね。というわけで西住君よろしく。・・・・皆もいいよね。」
杏は突然、みほを大洗の隊長に任命してきた。
そして、周囲の者達にも同意を求める。
すると、すぐさまに皆が賛同してきた。
「私も西住先輩が良いと思います。」
梓は真っ先に賛成した。
前回の戦いにおける、みほの活躍が、強烈な印象として、梓の脳裏にハッキリと残っている。
「ふむ。 たしかに、ヴィットマン・・・もとい、小次郎君が一番の適任だな。」
カエサルも同様である。
しかし、これに賛同しない者が一人いた。
「お待ちください、会長。」
ここで、桃が声を上げた。
「私は反対です! 我が校の隊長は角谷会長がやるべきですよ。 常に、この母校の事を考えてきた会長こそが・・・!」
桃が、みほの隊長就任に対して、異議を唱える。
だが、これはみほにとっては少しありがたい事だった。
というのも実は、この時のみほには、隊長という責任重大な役目をやることに対して、少なからずプレッシャーを感じ、躊躇していた。
しかし、これだけ周囲の人間から乞われてしまえば、断るに断れない。
だから、河嶋桃が反対の声を上げてくれたのは、正直、ありがたかった。
285: 2014/07/01(火) 03:59:35.92 ID:HeHPMpPe0
「河嶋・・・そう言ってくれるのは嬉しいんだけどさ・・・・西住君の実力は前回の演習で証明されているわけだし。この中では一番適任でしょ。」
「いや、しかし会長・・・・・前回証明されたのは、あくまでも戦闘技術だけであって、部隊指揮や作戦立案といった戦略レベルのスキルとはまた別物です。」
「ふ~ん・・・。つまり隊長としての適正に関しては、まだまだ未知数。そういう事なんだね。」
「はい。 少なくとも私は、彼が会長以上にその役にふさわしいとは思えません。」
すると、ここで杏が何かを思いついた。
「だったら、いい方法があるよ。」
そう言うと、杏子はあるものを取り出し、卓上に置いた。
「西住君。 今から河嶋と、将棋で勝負してもらう。」
「・・・・・はい???」
杏が持ち出したもの・・・それは将棋盤だった。
あまりにも唐突に、そのような事を言われ、みほは思わずフリーズしてしまった。
そして杏は続けざまに言った。
「隊長をやるのに必要な能力ってのは、戦況を瞬時に把握する状況判断能力や、相手の思考を予測して先読みする能力。
それらの能力を手っ取り早く試すお手軽な方法・・・それがこの将棋ってわけ。駒を動かすという意味では、戦車道の指揮を同じだからね。
これから西住君には河嶋と対局してもらって、その上で彼に隊長を任せてもいいかどうかを判断する。
それなら文句は無いよね、河嶋。」
「はい。そういう事でしたら・・・。」
桃はそれに納得したようだった。
しかし、みほは、あまりにも急な展開に、話についていけない状態である。
「あ、あの・・・・」
そもそも、みほは隊長をやるとは一言も言ってないのだが・・・・
「さあさあ、ここに座って。」
「えっ! ちょっと・・・」
杏に強引に押し切られてしまう。そのまま、みほは杏に背を押されながら卓についた。
そして反対側に桃が座る。
みほと桃の二人が将棋盤を挟んで対峙した。
(どうしてこうなった?)
みほはそう思わずにはいられなかった。
あまりにも唐突に始まった、河嶋桃との将棋対決。
そして、そんなみほの思いを余所に、場は盛り上がってきた。
「何だか面白そうだ。」
「ふむ。小次郎君が今度は盤上の頭脳戦でその腕を見せてくれるのか。これは中々の見ものだな。」
典子やカエサルが面白そうに言う。
「西住先輩、がんばってください。」
梓はみほを応援してくれていた。
286: 2014/07/01(火) 04:01:25.24 ID:HeHPMpPe0
(さて・・・どうしたものか。)
ここにきて、みほはとりあえず、成り行きに逆らう事を諦め、勝負を受けることにした。
その上でどうするかを考える。
下手に桃の機嫌を損ねる事を、みほは躊躇った。
(でも、だからと言って、手抜きをするのは失礼だし・・・。)
すると、桃がみほに声をかけてきた。
「いいか、西住・・・全力で来いよ。」
「わかりました。」(桃先輩もああ言ってることだし・・・ここは全力で。)
すると、みほは精神集中のために、目を瞑って深呼吸をした。
大きく息を吸い込み、そしてゆっくり吐き出す。
前回の戦いの時にもやった事で、これはみほが集中力を高めたい時に行う手法である。
つまり、彼女は今、本気モードになったという事である。
そして周囲の者達も、すぐにその変化に気づいた。
みほの穏やかで柔らかかった目つきが、突如として鋭い眼光を宿らせる。
その身に纏う雰囲気が大きく変わり、今のみほの雰囲気はまるで兵(つわもの)のそれである。
皆一様に息を呑んだ。
「・・・・・!!!」
桃は、みほが纏う、そのオーラに気圧されそうになった。
(だが、負けるものか! これでも将棋は結構得意なんだ。)
桃は負けじと相手を睨みつける。
「それじゃ・・・・・・始め。」
杏の掛け声とともに、対局が始まった。
287: 2014/07/01(火) 04:03:13.88 ID:HeHPMpPe0
・
・
・
・
パチッ・・・
「王手。」
「・・・・・・・。」
そして、勝負がついた。
みほの打った手によって詰みとなり終了。
終始、みほが桃を圧倒する展開で推移し、結果はみほの圧勝であった。
圧倒的大敗で、桃はぐうの音も出なかった。
「そんな馬鹿な・・・。」
桃は打ちひしがれている。
ここで杏が思い付いたかのように言った。
「あっ、そうだ。 そう言えば河嶋って、将棋よりもチェスの方が得意だったっけ?」
「・・・・・・・あっ!!」
桃はパッと顔を上げ、すかさず言った。
「そ、そうです! チェスだったら絶対に負けません!!」
このまま、やられたまま引き下がるというのは、桃のプライドが許さなかった。
「わかった。というわけで西住君・・・悪いんだけど、もう一戦、付き合ってもらえるかな?」
杏は種目を変更した上での再戦を、みほに持ちかけてきた。
「それは別にかまわないのですが・・・・・僕はチェスはやったことがありません。 だからチェスのルールブックをいただけませんか?」
「いいよ。 まぁ、たしかにチェスと将棋は似ているけど、細かい部分では違う所も多いんだよね。」
(もらった! さすがに初心者には絶対に負けん。 次は確実に勝てる。)
桃は内心ほくそ笑んでいた。
みほはルールブックを片手に、今度はチェスで桃と対局することになった。
288: 2014/07/01(火) 04:05:22.27 ID:HeHPMpPe0
・
・
・
・
「チェックメイト。」
「・・・・・・・。」
みほの打った手で、終了。結果は、またしても、みほの圧勝である。
みほはルールブックを読みながら、相手を圧倒し続けていた。
桃は愕然とした。
しかし、それでも桃は引き下がらなかった。
「そうだ! 私、どちらかと言ったら、オセロの方が得意だったんだ。 だから今度はオセロで再戦を!」
もはや当初の主旨も完全に忘れ、桃はただ意地になっていた。
「いいですよ。」
再び種目を変更した上での再戦を持ちかけられたみほは、すぐに了承した。
・
・
・
・
「終了です。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
もはや桃は絶句するしかなかった。
盤上は白い石で埋め尽くされていた。勿論、みほが白で、桃が黒である。
結果は 64-0 でみほの完勝であった。
その見事な勝利に、見ていた者達も感嘆した。
「凄い・・・・凄いですよ、西住先輩!」
梓も興奮気味だった。
289: 2014/07/01(火) 04:09:25.01 ID:HeHPMpPe0
一方、桃は真っ白に染まったオセロ盤を前に、ガックリと肩を落とす。
「うぅぅ・・・・。」
そして次第に涙目になっていく。
それを見たみほは慌てた。まるで自分が泣かしたかのようだったからだ。
そこで、とりあえずフォローを入れようとする。
「あ、あの・・・・河嶋先輩の考えた作戦は素晴らしいものだと思いますよ。」
「グス・・・・・・・本当?」
「ええ。本当ですよ。」
みほは彼女にハンカチを手渡す。
桃はそのハンカチで涙を拭いながら言った。
「じゃあ今度の、グ口リアーナとの試合は、私の作戦で?」
「はい。勿論です。 ですから泣き止んでください。」
とりあえず桃を泣き止ます事が出来た。
(ていうか桃先輩って、意外とよく泣く人だったりするのかな?)
普段の桃からは想像できなかったその姿に、みほは困惑気味である。
こうして、唐突に始まった、ボードゲーム対決は幕を閉じた。
290: 2014/07/01(火) 04:11:26.26 ID:HeHPMpPe0
「さて・・・これで西住君の、隊長としての資質は十分にあると見たわけなんだが・・・。」
(あ! そうだった。そういえば、そういう話だった。)
杏の言ったその言葉で、みほは思い出す。
目の前の対戦に気を取られるあまり、忘れていたのだが、この対戦結果如何で、みほが隊長に任命されるか否かが懸っていたのだった。
杏はこのまま、みほに隊長を任せようとしていたのだが、まだみほは自分が隊長の役をやる事に躊躇していた。
「あ、 あの・・・・・・・。」
「ん、どうしたの? 西住君・・・。浮かない顔してるけど、もしかして隊長やりたくないの?」
「それは・・・・。」
みほは言葉に詰まった。
たしかに、隊長をやるという事には、まだ躊躇いがある。しかし、これだけ杏が自分に期待をかけてくれているのに、断るというのも気が引ける。
そんなみほの気持ちを察したのかどうかはわからないが・・・・・
「じゃあ、隊長の件は一旦保留にしといて・・・・次のグ口リアーナ戦では臨時で指揮官をやってよ。」
杏は、みほの隊長任命の件を一時保留にしてくれた。
「はい。わかりました。」
「ただし・・・・私はあくまでも、西住君に隊長をやってもらおうと思っている。だから、ちゃんと考えといてよね。」
こうして、会議は終了したのであった。
302: 2014/07/16(水) 15:45:18.33 ID:pERc0Cc50
一悶着はあったものの、とりあえず、その場は丸く収まり、作戦会議は無事終了。
そして、やってきた聖グ口リアーナ女学院との試合当日。
この日、大洗学園艦は港町に入港した。
その港町の名は大洗。
ここが“地上”の大洗である。
埠頭に上陸した彼女達は、そのまま試合会場へ向かった。
その移動中、みほは考え込んでいた。
それは、あの時に杏から言われた、あの言葉についてである。
―― 私はあくまでも、西住君に隊長をやってもらおうと思っている。だから、ちゃんと考えといてよね。 ――
(チームを引っぱっていく、隊長・・・・・僕なんかに務まるのだろうか。 僕なんかに・・・・・・。)
そのように思い悩んでいたみほ。
すると、沙織を声をかけてきた。
「コウちゃん。そろそろ試合会場に着くよ。」
沙織の一言で、みほは思考を一旦中断した。
(仕方ない。とりあえず、今は試合の方に集中しよう。)
303: 2014/07/16(水) 15:46:10.88 ID:pERc0Cc50
みほ達、大洗チームは一足先に試合会場に集合した。
5両の戦車が横一列に並んで待機している。
すると、そこに聖グ口リアーナ女学院の戦車がやって来た。
遠方より、チャーチルと、マチルダⅡの姿が視認できる。
そして彼女達の前まで来ると停車し、隊長と思われる人物が戦車から降りて来た。
「初めまして。 聖グ口リアーナ女学院、戦車道チーム隊長・・・ダージリンです。」
赤い制服を身に纏った彼女は、ダージリンと名乗った。
彼女がグ口リアーナの隊長である。
それに対して大洗側は、代表の角谷杏と副官の河嶋桃が出迎えた。
「いらっしゃ~い。」
「本日は、急な申し込みにもかかわらず、試合を受けていただき、感謝する。」
「構いませんことよ。それにしても・・・・・・」
すると、ダージリンは大洗チームの車輌を見渡して、言った。
「随分と個性的なチームなんですね。」
その時の彼女の表情は半笑いだった。
それも無理のないことである。
ピンク一色に塗られたM3中戦車に、金色に輝く38(t)、戦国武将のような旗を立てた赤いⅢ突、デカデカと『バレー部復活』と白いペンキで書かれた八九式。
一見すると、何の集団かよく分からないような状態であった。
しかし、半笑いだったダージリンはすぐに表情を引き締めなおして、言った。
「私達は、どんな相手でも全力で戦いますわ。 騎士道精神に則って、お互いベストを尽くしましょう。」
そう言うと、ダージリンは杏達に会釈して自分の戦車の方に戻ろうとした。
「あら?」
その時、ダージリンはある事に気づいた。
(男の子・・・・?)
大洗のチームの中で、一人だけ男子制服を着用している、黒髪の人物・・・・・“西住小次郎”の姿を、ダージリンは見据えた。
(戦車道チームに参加している男子というのも、中々珍しいわね。)
ダージリンは物珍しいそうな目で、みほの事を見た。
(これは興味深い。)
そう心の中で呟くと、そのまま戦車の方に戻っていった。
304: 2014/07/16(水) 15:46:54.75 ID:pERc0Cc50
「どうでしたか? 大洗の人達は・・・・。」
戻ってきたダージリンに声をかけたのは、彼女の後輩であるオレンジペコだった。
彼女は、ダージリンと共にチャーチルの搭乗員であり、装填手を務めている1年生である。
「我が校に試合を申し込んでくるから、どれ程の者達かと思ってましたが、かなりゆるい連中でしたね。」
そう言ったのは、アッサム。
3年生で、チャーチルの砲手を担当している。
「あれでは、素人のお遊び集団そのもの。 この戦いはハッキリ言って、“羊の群れ”を狩るようなものです。」
アッサムが大洗戦車道チームに対して下した評価は、かなり辛口だった。
「そうね。」
そしてダージリンも概ね同意見である。
彼女達の大洗への評価は、かなり低いものだった。
だが、それも無理はない。
実際、大洗チームの彼女達は皆経験が浅く、チーム全体の練度は、お世辞にも高いとは言えなかった。
そんなチームを、アッサムは羊の群れのようなものと言ったが、それもあながち間違ってはいない。
しかし、この時のダージリン達には一つだけ大きな誤算があった。
たしかに、アッサムが言った通り、彼女達は“羊の群れ”にすぎないかもしれない。
だが、その“羊の群れ”の中に一匹だけ“狼”が紛れ込んでいるという事に、ダージリン達はまだ気づいていなかった。
305: 2014/07/16(水) 15:47:49.35 ID:pERc0Cc50
今回はここまでです。
ちょっと短かった。
次回、試合開始です。
306: 2014/07/16(水) 16:02:48.84 ID:RYV3xbZlo
男は狼なの~よ~気を付けなさ~い~
307: 2014/07/16(水) 16:37:55.82 ID:n7S/kMvRo
乙
>“羊の群れ”の中に一匹だけ“狼”が紛れ込んでいる
最早、狙って言葉を選んでいるとしか思えないので敢えて……
天然ジゴロの西住殿の前では、大抵の女の子は羊なんじゃないですかねゲヘヘヘ
【ガルパン】みほ「僕の名は西住小次郎。」【後編】
>“羊の群れ”の中に一匹だけ“狼”が紛れ込んでいる
最早、狙って言葉を選んでいるとしか思えないので敢えて……
天然ジゴロの西住殿の前では、大抵の女の子は羊なんじゃないですかねゲヘヘヘ
【ガルパン】みほ「僕の名は西住小次郎。」【後編】
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