313: 2014/07/19(土) 03:04:05.96 ID:mqdvsCBB0
314: 2014/07/19(土) 03:05:24.30 ID:mqdvsCBB0
大洗学園と聖グ口リアーナ女学院、両チーム共にスタート地点で待機していた。
双方ともに、すでに準備完了。
後は、試合開始の瞬間を待つだけである。
「それでは、始めっ!!」
審判が合図を出し、試合が始まった。
「これより、所定の位置まで進出します。 全車、パンツァーフォー。」
みほの合図とともに、すぐさま大洗チームの戦車が動き出した。
いよいよ作戦開始である。
みほが無線で告げた。
「これよりAチームが前進して偵察、及び敵の誘引を行います。各チームは打ち合わせ通り、例の峠にて待機してください。」
各チームに通達すると、そのままみほ達Aチームは皆と別れて単独で前進し、偵察行動に入った。
・
・
・
・
「ここで停めて。」
麻子にそう言って停車させたみほは、そのまま素早く戦車から飛び降りた。
「ここから僕が斥候として行くので、ここで待っていて。」
そう言うと、みほは単身で斥候に出ようとする。
すると、優花里も戦車から降りてきた。
「西住殿。私もお供します。」
優花里は背中にバックパックを装備していた。その中には偵察用の道具が入っているのだろう。
「分かりました。ついて来て下さい。」
「了解です。」
すると、みほは走りだし、優花里もそれに追随した。
315: 2014/07/19(土) 03:06:01.95 ID:mqdvsCBB0
しばらく走って行くと、高台の上に出た。
開けた視界で、見渡しが良い場所である。
みほはその場で地に伏せると、双眼鏡を構えた。
そして、優花里もみほのすぐ隣で伏せると、バックパックから望遠鏡を取り出して、観測態勢に入る。
「来た。」
その時、みほが静かに声を上げる。
遠方よりグ口リアーナチームの姿が見えてきた。
チャーチルを先頭にした楔形陣形で進軍している。
「マチルダⅡ4両、チャーチル1両、前進中。」
「えっと、距離は・・・。」
優花里はすぐさま目標との距離を測定しようとした。
しかし・・・
「距離1020メートル。」
「えっ!?」
優花里が測るよりも先に、みほが距離の数値を告げた。
(本当に?)
ここで優花里は改めて目標との距離を測定した。
そしてら優花里は驚愕する。
(合ってる!!)
測ってみたら、目標との距離は本当に1020メートルだった。
「西住殿・・・・・その双眼鏡、測距用のレティクルはついてませんよね。 分かるんですか?」
この時、みほが使用していた双眼鏡は、優花里の持っているような、測定用の目盛り線が刻まれた特殊なタイプではなく、普通の双眼鏡だった。
にもかかわらず、みほは距離を正確に言い当てている。
その事に、優花里は驚きを隠せなかった。
そんな彼女の問いに対してみほは・・・
「目標のシルエットのサイズから計算すれば、おおよそは分かります。 距離を測る訓練なら、昔からやってきたので、慣れてますから。」
さも当然のように言ってのけた。
なんとみほは、双眼鏡の
目測だけで距離を言い当てたのだ。
サラッと言ったが、それは決して容易な事ではない。少なくとも一朝一夕で身に付くような技術などではない。
その事から、優花里は改めてみほの凄さというものを実感した。
316: 2014/07/19(土) 03:06:34.24 ID:mqdvsCBB0
そして、優花里は言った。
「西住殿。こちらの主砲では敵の正面装甲は貫けませんが・・・。」
すると、みほはハッキリと断言した。
「そこは戦術と腕かな。」
346: 2014/11/03(月) 23:44:21.04 ID:mv5hqeX00
みほ達はⅣ号戦車の所まで走って戻ると、素早く乗り込んだ。
「ここから西方に1キロ移動した所で待ち伏せします。」
すぐさま、操縦手の麻子に指示を出し、移動を開始した。
そして移動後、見通しの良い場所で停車し、射撃態勢に入る。
「装填完了。」
優花里が素早く徹甲弾を装填した。
「えっと・・・チャーチルの全長は7メートルで・・・約7シュトリヒ、だから距離はだいたい1000メートル。」
華が照準器越しに狙いを定めていく。
まだ慣れていないため、たどたどしくはあったが、正確に距離を測定した。
「撃てっ!!」
みほの合図とともに、華がトリガーを引いた。
発砲音が響き、撃ち出された砲弾が飛翔する。
そして着弾。
347: 2014/11/03(月) 23:45:31.45 ID:mv5hqeX00
「すいません。外してしまいました。」
華が申し訳なさそうに言う。
発射された砲弾は敵戦車ではなく、近くの地面に着弾し、激しく土煙を上げていた。
残念ながら、初弾命中ならず。
「構いません。撃破が目的ではないので。」
みほが言った通り、この攻撃は敵の撃破ではなく、敵の誘引を目的としたものである。
敵をこちらに引き付ける事さえ出来れば、それで目標達成と言える。
みほは双眼鏡越しの敵の動きを確認。
すると、敵戦車がこちらの方に向かって来ていた。
とりあえず、作戦の第一段階は成功である。
みほは、すぐさま操縦手に指示を出し、後退させた。
これから目的地である例の峠まで、敵を誘引しなければならない。
(それにしても・・・。)
この時、みほは先ほどの事を思い出していた。
(あの時、攻撃目標との距離は1000メートル。しかも移動目標。 それを、いきなり至近弾とは・・・。)
先ほど華が行った射撃。
砲弾は敵戦車に当たりこそしなかったものの、至近距離に着弾していた。
命中弾ではなかったとはいえ、かなり惜しいとこをいっている。
まだ彼女達は、本格的な訓練を始めてから、まだそれほど期間が経っていない。ほとんど初心者に等しい。
にもかかわらず、この射距離で、第一射でいきなり至近弾をたたき出したという事に、みほは驚いていた。
(これは華さんの才能・・・・。 鍛え上げれば、射撃の名手になれるかもしれない。)
みほは、華の秘められたその才覚の片鱗を、たしかに感じ取っていた。
一方、その頃
「仕掛けてきましたね。」
「お相手して差し上げましょう。」
突然の攻撃に、オレンジペコもダージリンは全く動揺することなく、それどころか紅茶を片手に、余裕の表情を浮かべながら言った。
「追うわよ。全車追撃。」
ダージリンの指示とともに、即座に全車が追撃を開始した。
5両とも陣形を乱すことなく、素早く方向転換する。その事からも、彼女達の練度の高さが窺い知れる。
「まずは、お手並み拝見といったところかしら・・・。」
そう言うと、ダージリンは余裕の笑みを浮かべたまま、ティーカップを傾け、紅茶を一口飲みこんだ。
348: 2014/11/03(月) 23:47:02.99 ID:mv5hqeX00
グ口リアーナの戦車5両と、1両のⅣ号戦車が荒野を疾走していった。
「逃がさないわよ。」
アッサムが照準器を覗き込みながら言った。
そして、獲物へ狙いを定めてトリガーを引く。
次の瞬間、チャーチルの砲口が火を噴いた。
同時にマチルダも次々と発砲。
しかしⅣ号戦車は、飛んでくる砲弾を、その巧みな機動で回避していった。
左右に鋭く蛇行することによって、相手に狙いを絞らせないでいる。
「中々やるわね。」
巧みな回避機動の前に、アッサムも上手く狙いを定めることが出来ずにいた。
「思っていたより、やるようね。 速度を上げるわよ。」
ダージリンはすぐさま全車に命令を下した。
速度を上げて、一気に距離を詰めることによって、命中弾を出そうという狙いである。
「ん?」
その時、ダージリンはあることに気づいた。
それは、敵のⅣ号戦車の砲塔上・・・・コマンダーキューポラから身を乗り出している人影。
次々と弾が飛んでくる砲撃戦の最中に、勇猛にも、車外に体を出し、その身を晒す、みほの姿。
「あれは、あの時の男の子。」
ダージリンはチャーチルのキューポラの視察口から、その異様な光景を見て、思わず息を呑んだ。
「・・・・・・!!!」
そして、それはアッサムも同様である。
照準器のスコープ越しに、みほの姿を見ていた。
砲弾が降りそそぐ状況の中で身を乗り出し、表情一つ変えることなく、相手の動きを見極めようと、こちらを注視している、みほのその姿にただならぬものを感じていた。
349: 2014/11/03(月) 23:47:43.60 ID:mv5hqeX00
・
・
・
「敵は全車両で、しっかりこちらに喰いついてきてます。あとはこのままキルゾーンにまで誘い込めば・・・。」
みほは、次々と砲弾が飛来する中、全く臆することもなく、キューポラから身を乗り出し、敵の動きをその目しっかりと見ていた。
「コウちゃん!!」
その時、沙織がみほに声をかけた。
それは、みほの身を案じてのものである。
「コウちゃん! そんな所にいたら危ないよ!!」
「大丈夫ですよ。そんな滅多に当たるものではないので。 それに、この方が相手の動きや周囲の様子が、よく見えるから。」
「でも、もしコウちゃんに万が一の事があったら・・・!」
「沙織さん・・・・。」
みほは嬉しそうに言う。
自分の事を心配してくれる仲間がいる・・・・ただそれだけのことが、みほにとっては何よりも嬉しかった。
「心配してくれて、ありがとう、沙織さん。・・・・・それじゃあ、お言葉に甘えて・・・。」
そう言うと、みほは少しだけ身を屈めた。
350: 2014/11/03(月) 23:48:18.30 ID:mv5hqeX00
すると、みほは無線で連絡を入れた。
「こちらAチーム。敵を引き付けつつ、待機地点へ、あと3分程で到着します。」
待ち伏せ攻撃のために、峠の上で待機していたB、C、D、Eチームは、みほからの連絡を受け、すぐに戦闘態勢に入った。
「そろそろ敵が来るぞ。全員戦車に乗り込め!!」
桃の掛け声とともに、各自、戦車に乗り込んでいく。
そして射撃態勢で、敵がやってくるのを待った。
「あと600メートルで、敵車輌射程内です。」
みほが率いるAチームは、ここまで敵をしっかり引き付けて来た。
敵をキルゾーンまで誘引するという、作戦の第2段階は成功。
みほ達はその役目をしっかりと果たしたのである。
そして、皆が待っている峠が遠方に見えてきた。
間もなく、味方チームと合流出来る。
しかしその時、思わぬ事態が発生した。
「撃てえぇぇ!!!」
河嶋桃が叫び声とともに突如発砲。
そして、それにつられて他の者達も発砲してしまう。
「味方を撃ってどうするのよ!!」
沙織が思わず叫ぶ。
幸い、発射された弾は全て外れたが、危うく同士討ちになるところだった。
「あっ、間違えた! すまん。」
桃は言った。
彼女は戦車の影が見えた瞬間、それが敵か味方かをよくたしかめもせずに、反射的に撃ってしまったのだ。
「やだもー!!」
沙織がこのように叫ぶのも無理はなかった。
いきなり味方から撃たれたのでは、堪ったものではない。
初陣の試合で、いきなりこのようなトラブルに見舞われた、大洗学園戦車道チーム。
まさに前途多難である。
351: 2014/11/03(月) 23:49:03.79 ID:mv5hqeX00
予期せぬハプニングが起きたが、みほ達Aチームは何とか無事に本隊と合流することが出来た。
高台上の陣地で待機していた仲間達に加わり、皆と一緒に敵を待ち構える。
すると、そこにグ口リアーナの戦車が縦隊陣形でやって来た。
そして、そのまま勢い良く、キルゾーンへ突入する。
その瞬間に、桃が叫んだ。
「撃てええええ!!!」
桃の号令とともに、一斉に発砲。
轟音が鳴り響き、着弾した砲弾は、衝撃で激しく土砂を巻き上げて、土煙を上げる。
しかし、ダージリン達は怯まなかった。
縦隊陣形のまま速度を落とさず、砲火を掻い潜りながら突き進んだ。
「撃てー!! 撃ちまくれー!!!」
桃が無線機越しに叫びながら、自分自身も一心不乱に撃ちまくるが、中々当たらない。
そうこうしている間に敵はどんどん前進していく。
そして、瞬く間にキルゾーンを突破されてしまった。
「1番車と2番車は右翼側から回り込みなさい。」
ダージリンの指示の下、グ口リアーナは二手に分かれて進攻した。
2両を右側の方へ行かせ、残った3両は陣地の左側面へ回り込もうとする。
これは両翼からの包囲を狙った機動である。
(まずい。)
みほは思った。
彼女は、敵戦車の動きから即座に相手の狙いを見抜く。
(このままでは、包囲される。)
これは作戦会議の時にも、みほが懸念した状況である。
しかし分かったところで、大洗チームの、練度に因る射撃精度の低さは、この場でどうこう出来るものではない。
みんなが懸命に当てようと撃つが、中々当たらなかった。
352: 2014/11/03(月) 23:49:43.47 ID:mv5hqeX00
「撃て撃て!! 動く物は全て撃てええぇぇ!!!」
そして、そんな状況下でも、桃はひたすら叫びながら撃ち続けるばかりであった。
ただただ、無我夢中に引き金を引き続けるのみである。
「撃てえええええぇぇぇぇぇ!!!」
砲撃戦が始まってから、桃はずっとこんな調子だった。
これは所謂トリガーハッピーというものである。
撃ち合いの最中に、熱くなるあまりに視野が極端に狭くなってしまうというもの。
今の桃はまさにそんな状態でだった。
今の彼女には、周囲の状況が全く見えていない。
そして、そんな彼女の、無線越しの叫び声を聞きながら、みほは思った。
(桃先輩って、トリガーハッピーの気があったんだ・・・・。これは今後の課題だね。)
一瞬、そんな事を考えたみほは、すぐに頭を切り替えた。
(いや・・・そんな事よりも今は、この状況を何とかしないと・・・・・。)
改めて、みほは周囲を見渡しながら、状況を確認した。
二手に分かれて来た敵は、砲撃をものともせず、砲火を掻い潜りながら迅速に進撃して来ている。
グ口リアーナの攻勢の前に、大洗チームは追い込まれていった。
そして、遂には陣地の両翼部への、敵の進出を許してしまう。
2両の戦車が左翼側、3両の戦車が右翼側に、それぞれ陣取り、完全に挟み撃ちの形になってしまった。
「フフフ・・・・。」
この時、ダージリンは勝利を確信し、不敵に笑った。
「全車、攻撃開始。」
ダージリンの下令とともに、グ口リアーナチームは一斉に攻撃を開始する。
激しい轟音をまき散らしながら、5両の戦車の砲口が一斉に火を噴いた。
(くっ・・・・!! 一番恐れていた事態に・・・!!)
結局戦況は、当初にみほが危惧していた通りの最悪の展開になってしまった。
両翼からの挟み撃ちである。
敵は砲撃をしながら、じりじりと迫って来る。
それに対し、大洗チームも負けじと応射するのだが、効果的な反撃はできず。
敵の砲撃による激しい爆音と衝撃で揺さぶられ、更に眼前に敵影がどんどん迫ってくる事によって強いプレッシャーを受ける。
それらの相乗効果によって、大洗チームは混乱状態に陥ってしまったのだった。
353: 2014/11/03(月) 23:50:13.08 ID:mv5hqeX00
「無事な車両は、とことん撃てっ!!」
桃は相変わらずトリガーハッピー状態で、状況判断が出来ていないが、彼女以外の物は、自分達が追い詰められている事を感じ取っていた。
「ぐっ!! 凄いアタックだ!」
Cチームの磯部典子は、衝撃で揺さぶられながら、呻くような声を漏らした。
「このままでは、押し潰される。」
エルヴィンも苦しげに言った。
彼女もまた、自分達が劣勢に追い込まれている事を感じ取っている。
(このままでは全滅する。)
みほは考えた。
形勢は圧倒的に不利であり、このまま手を拱いていては、やられるのは時間の問題であると判断する。
「隊長! 私達、どうすれば・・・。」
Cチームの典子が、指揮官であるみほの指示を求めてきた。
「隊長・・・ご指示を!!」
エルヴィンも助けを求めるように、みほの指示を仰いだ。
「・・・・・・・・・・・。」
その時、みほは冷静に思考を巡らせていた。
皆が混乱している中で、みほだけは落ち着いていたのだった。
冷静にその頭脳をフル稼働させ、この窮地を切り抜けるための打開策を、考え出そうとしていたのである。
そして、すぐに閃いた。
(野戦ではこちらが圧倒的に不利。だから市街地での乱戦に持ち込むしかない。)
みほが考え出した策・・・・それは陣地からの撤退と、市街地までの後退であった。
そうする事によって、市街地での接近戦に持ち込むというのが狙いである。
それを思いついた後の、みほの行動は早かった。
次の瞬間には、市街地までの退却経路を頭の中で割り出した。
「麻子さん。これより市街地まで退却します。私達がその先導役です。
敵の追撃を受けながらの、かなり厳しい撤退戦になりますが・・・出来ますか?」
この作戦を実行するためにも、まずはこの陣地から僚車と共に脱出する必要がある。
敵の追撃を躱しながら、僚車を誘導し、市街地までの道程の荒野を走破しなければならない。
古来より、撤退は進攻よりも難しいと言われているが、勿論この場合も例外ではない。
当然、敵前での撤退には極めて大きな困難を伴う。
しかし、みほ問いに対して、麻子は自信を持って、言い切った。
「任せろ。 どこにだって行ってやる。」
麻子の操縦の腕前は、みほもよく知っているので、安心して任せることが出来る。
354: 2014/11/03(月) 23:50:56.00 ID:mv5hqeX00
すると、みほは再びキューポラから身を乗り出し、周りを見渡した。
撤退命令を下す前に、改めて周囲の状況を確認するためである。
そして、作戦を実行に移そうとした、その時だった。
「ん?」
みほは、ある異変に気付いた。
(Eチームの様子がおかしい。)
ここで、みほはEチームの異常を察知した。
この時のM3中戦車は、迫ってくる敵に対して反撃をするわけでなく、回避機動をとるわけでもなく、ただその場でじっとしていた。
他の車輌は皆、混乱しながらも敵に応戦しているのだが、Eチームはただ沈黙していたのである。
中で何かが起きていることは確かだが、外から見ただけでは内部の状態を窺い知ることはできない。
(まさか・・・!!)
この時、みほは気付いた。
そこで通信手の沙織に指示を出す。
「沙織さん。Eチームの状況確認を。」
「わかった。」
そう言うと、沙織は無線機で、回線を繋いだ。
「Eチーム、聞こえますか? 応答してください、Eチーム。」
沙織が無線で呼びかけたが返答が無かった。
「コウちゃん。 Eチームから応答がないよ。」
沙織のこの言葉を聞いた時、みほは確信した。
「やっぱり・・・・・。」
「どういうこと?」
状況がよく呑み込めていない沙織が、首を傾げた。
「彼女達は今、パニックを起こしてしまっている。」
「えっ!!」
まるで、実際にその目で見たかのように断言するみほの言葉に、沙織は驚いた。
ただ通信に応答がなかった・・・たったそれだけで、外からでは見えないM3中戦車の内部状況を瞬時に推測したのだ。
355: 2014/11/03(月) 23:54:18.16 ID:mv5hqeX00
「応答がないのは、パニックに陥った通信手が無線機を投げ出してしまっているからでしょう。
反撃も回避もしないのは操縦手や砲手がまともに動けなくなっているからです。
あの様子だと、おそらく車長も、車内の統率ができなくなっている可能性が高い。」
その推測は、みほの戦車道の経験から導き出されるものであった。
戦い慣れしていない新人が、戦闘中にパニックを起こして、ちゃんと動けなくなるという事が、たまにある。
実際、みほもかつてそういう人を見たことがある。
だからこそ、Eチームの挙動を見ただけでも、経験則でわかった。
直撃こそしていないものの、次々と叩き込まれる砲撃。
その衝撃や爆音で揺さぶられる恐怖というものは相当なものである。
いくら装甲で守られているとはいえ、慣れていない者が、いきなりそのようなものに曝されれば、パニックを起こすというのは十分にあり得ることであった。
「やばいじゃん! どうするの!?」
沙織が慌てて聞いてきたが、そんな彼女とは対照的にみほは落ち着いていた。
問われるまでもなく、みほの決断はとうに決まっていたのである。
「これよりEチームの救援に向かいます。」
そう言うとみほは素早く、指示を出した。
「麻子さん。車体をM3の隣に横付けして下さい。」
「ああ。わかった。」
みほの指示を受けた麻子は、車体を旋回させると、そのままアクセルを踏み込んだ。
砲声が鳴り止まぬ中、みほ達はEチームを助けるために、走ったのだった。
379: 2015/01/07(水) 02:15:58.20 ID:FpJyzRUf0
Eチームの一年生達は恐慌状態に見舞われていたのだった。
戦闘が始まった途端に襲い掛かってきた、耳をつんざくような爆音や衝撃。
激震で揺さぶられる事による恐怖は凄まじいものであり、彼女達はあっという間にパニック状態に陥ってしまう。
「きゃああああ!!」
「いやあああああああ!!!」
あゆみ、あやが悲鳴を上げる。
「怖いよぅ・・・・。」
優季は通信機を投げ出し、体を縮こまらせながらガタガタと震え上がっていた。
「うぅ・・・・もういやぁ・・・・。」
桂利奈は泣きながら、蹲っている。
このように、車内はまさに収拾不能な混乱状態である。
このような状態ではまともな応戦など出来る筈もなかった。
「み、皆・・・落ち着いて!!」
車長の梓が必氏で皆を宥めようとするが、どうにもならない。
それだけ彼女達の恐怖や混乱は極限に達していた。
これでは敵前逃亡が発生してもおかしくない状態である。
そして、そうこうしているうちにグ口リアーナの戦車が目前にまで迫って来る。
梓がキューポラの視察口から外を見ると、迫りくる戦車の中の一両が、こちらに砲身を向け、今まさに発砲しようとしているのが見えた。
彼女は戦慄する。
「ひぃっ!!」
威圧感を放つ敵戦車の砲口を見た瞬間、梓は恐ろしさのあまり体が竦み上がる。
もはや、彼女達には何も出来ず、このまま為す術なく撃破されてしまうかに思われた。
380: 2015/01/07(水) 02:19:33.44 ID:FpJyzRUf0
しかし、その時・・・・・・
「撃てっ!!」
突如、一発の榴弾が飛来し、敵戦車の前方で炸裂。
敵の視界を遮るように、爆炎を上げた。
「えっ!!?」
梓は一瞬、何が起きたのか分からなかった。
しかし、彼女が目を白黒させている間に、一両の戦車が走ってきて、自分達と敵との間に割って入る。
その車輌はAチームのはⅣ号戦車だった。
そして、その車上から身を乗り出し、姿を見せていたのは・・・・・・
「隊長!!」
梓は思わす叫んだ。
そう・・・彼女達のピンチに、颯爽と現れたのは、隊長の西住みほである。
その後姿を見た時に、梓はすぐに理解した。
みほが助けに来てくれたという事を。
「スモーク散布。」
みほがそう言うと、Ⅳ号戦車に装備されていたスモークディスチャージャーから発煙弾が一斉に射出され、空中で炸裂した。
次々と白煙を大量に撒き散らしていき、煙幕を展開していく。
突然に視界を遮られた敵チームは、その進攻を一旦止めた。
その隙に、みほは態勢の立て直しを図る。
操縦手の麻子に指示を出して、Ⅳ号戦車をM3中戦車リーの隣に移動させた。
キューポラから身を乗り出しながら、呼びかける。
「Eチームの皆さん、大丈夫ですか?」
「・・・・・・・・・・・あっ、そうだ! 優季ちゃん、無線!!」
目の前で繰り広げられた急な展開に、思わず呆然としてしまっていた梓は、呼びかけられて、ハッとした。
そしてこの時、通信手が無線機を投げ出していたことに、梓は気づく。
すぐさま、通信手の優季に指示を出した。
381: 2015/01/07(水) 02:26:57.20 ID:FpJyzRUf0
混乱のあまり、思わず無線機を投げ出してしまっていた優季も、この時になって我に返る。
そして彼女は慌てて通信回線を繋ぎ直した。
「こ、こちらEチーム。」
梓が応答すると、無線機越しにみほの声が聞こえてきた。
「みんな無事ですか?」
「はい。大丈夫です。」
無事を確認したみほは、続けざまに指示を出した。
「今のうちに、後ろに下がりましょう。 大丈夫・・・・・落ち着いて、僕達の後に付いて来て下さい。」
それは宥めるような優しい声色である。
その、みほの声のおかげで梓達は落ち着きを取り戻す事が出来た。
「了解です。」
そう言うと、梓は操縦手に指示を出した。
「桂利奈ちゃん、先輩達について行って。」
「うん。」
梓の指示通りに、操縦手の桂利奈がM3を走らせ、Ⅳ号戦車に随伴させる。
その時の彼女達には、先ほどまでのような狼狽などはどこにも無かった。
さっきまでの混乱がまるで嘘のように、各員が冷静に行動できている。
これはひとえに、みほの行動によるところが大きかった。
みほ達がEチームを庇うように、敵との間に割って入った時、その時に梓達が見た、みほの背中・・・それはとても頼もしさを感じさせるような後姿だった。
恐怖に怯えていた彼女達にとって、それは非常に心強いものであり、強い安心感をもたらした。
だから彼女達は冷静さを取り戻す事が出来たのである。
そのおかげでEチームを救援し、脱落を防ぐ事に成功した。
未だ窮地である事に変わりはないが、何にせよ、これでいよいよ撤退を開始することが出来る。
382: 2015/01/07(水) 02:41:27.23 ID:FpJyzRUf0
梓達がちゃんと後から付いて来ている事を確認したみほは、全チームに連絡した。
「Aチームより各車へ。これより陣地を放棄・・・撤退します。」
「了解!」
「心得た!」
以前から助けを求めるかのように隊長の指示を仰いでいた典子とエルヴィンは、待ってましたと言わんばかりに即答した。
「何ぃ! 許さんぞ!! 敵前逃亡は士道不覚g「桃ちゃ~ん、ちょっと黙ってようか。」
「ムグッ!」
「ここは西住君に任せようよ。」
ここにきても未だトリガーハッピー状態で、状況が全く見えていない桃が異論を差し挟もうとしたが、機転を利かせた杏が彼女の口を手で塞いで強制的に黙らせた。
「市街地まで退却します。Aチームが先導しますので、全車両は後について来てください。」
みほの指示とともに、撤退が開始された。
先導役であるAチームに、続々と追随していく大洗チーム。
その時の各車の動きに、大きな乱れは見られなかった。
それは彼女達が混乱状態から立ち直った証拠である。
Eチームの1年生達が、みほのおかげで落ち着きを取り戻したのと同様に、他のチームもまた、みほの指示の下で、士気を回復した。
みほは、総崩れになりかけていた態勢を、見事に立て直す事に成功したのだった。
383: 2015/01/07(水) 03:49:36.25 ID:FpJyzRUf0
こうして、戦局は次の段階へ移行した。
全速力で撤退しようとする大洗チームと、それを追うグ口リアーナチームとの追撃戦である。
みほは後続の車輌を見渡し、ちゃんと付いて来れているかを確認した。
敵の追撃を振り切りつつ、仲間達が逸れずに付いて来れるように速度を調整し、それで尚且つ進行ルートを操縦手の麻子に指示しなければならない。
それは決して簡単な作業ではないのだが、みほは非常に手馴れており、チーム全体を上手く統制出来ていた。
敵も猛烈な攻撃を仕掛けてきているが、それを何とか躱しつつ、一同は全力で荒野を疾走して行く。
そして遂には敵を振り切ったのだった。
・
・
・
・
「街が見えてきた。」
みほが呟く。
今、彼女達は市街地のすぐ近くにまで来ていた。
斯くして、彼女達は一人の脱落者も出さずに、無事に目的地に辿り着いたのである。
早速、大洗チームは市街地に突入。
待ち伏せ攻撃の準備に入った。
「B、Eチームはそのまま突き当りまで直進。Dチームは路地裏に入って下さい。」
みほは市街地の地図を見ながら、各チームに指示を出し、入念に布陣させていく。
「ん?」
ここで、みほはある物に気づく。
それは彼女の前方に見えてきた、ある建物である。
どうやら、それは機械式の地下駐車場のようだった。
「そうだ。」
それを見た時、みほは閃いた。
「この駐車場、利用できそう。」
385: 2015/01/07(水) 15:29:48.38 ID:FpJyzRUf0
このように、みほは策を練り、念入りに戦車を配置していき、待ち伏せの態勢を整えていった。
一方、その頃のダージリン達は・・・・
388: 2015/01/07(水) 19:05:35.80 ID:FpJyzRUf0
「敵は街に逃げ込んだようです。」
「そのようね。 ・・・全車、市街に突入。 敵を狩り出しにいくわよ。」
オレンジペコに相槌を打つと、ダージリンは市街地への突入を命じた。
(予想外の抵抗を見せてきたけど、それもここまでよ。)
丘の上で交戦した時点で、一気に全車両を仕留められると思ったダージリン達だったが、結果的に取り逃がした事は誤算であった。
しかし、それでも自分達が圧倒的優勢であることに変わりはない。
実際、グ口リアーナ側は一両の損害も出てはいないのだから。
先ほどの撤退だって、彼女達の目には、ただ逃げるので精一杯だったようにしか見えなかった。
「例の、あの男子の事は気がかりですが・・・・結局の所、彼女達は“羊の群れ”にすぎないようですね。」
アッサムが言ったことに対して、ダージリンも大方同感であった。
この時のダージリン達の脳裏にあったのは西住みほの事である。
砲撃戦の最中に、勇猛にもキューポラから身を乗り出し、その身を晒したみほ。
その姿はとても印象深く、大洗チームの中で明らかに異彩を放つ存在であった。
(しかし、彼がいかに優れた戦車乗りであったとしても、それでもチーム全体で見れば、ただの“羊の群れ”。私達の敵ではありませんわ。)
ダージリン達の大洗に対する評価は変わらず、西住みほの事を考慮しても、アッサムが例えたように、“羊の群れ”程度でしかないという認識である。
だから少々予想外な事が起きても、そこは変わらなかった。
389: 2015/01/07(水) 19:42:33.88 ID:FpJyzRUf0
ダージリン達は知らなかった。
その西住みほが、“羊の群れ”の中に紛れ込んだ一匹の“狼”であるということを・・・。
ダージリン達も、そこまでは見抜けなかった。
だから、この先に巧妙な罠が張られている事など、彼女達は知る由もなく、そのまま“狼の狩り場”足を踏み入れてしまうのである。
“狼”が牙を剥く瞬間が迫っていた。
425: 2015/06/03(水) 21:09:06.38 ID:zBbr+YAK0
市街地に突入したダージリン達は、手分けして敵を狩り出すことにした。
まずは散開して、索敵しつつ前進し、見つけ次第撃滅していくやり方である。
この時のダージリン達は、知らなかった。
敵が罠を張り巡らせ、手薬煉引いて待ち構えている事など・・・。
グ口リアーナチームの3番車であるマチルダが、一両で街路を進んでいく。
「一体、どこに隠れている?」
その時、彼女達は路地に潜む敵の存在に気づかないままに前進してしまった。
そして敵の前にその無防備な側面を晒してしまう。
そして・・・
「ファイエルッ!!」
「何っ!?」
エルヴィンの叫びと共に、Ⅲ突の砲口が火を噴く。
至近距離から撃ち出された砲弾が、マチルダの側面装甲を穿った。
すると、撃破判定装置が作動し、白旗が上がる。
Ⅲ号突撃砲の長砲身75ミリ砲が、その威力をいかんなく発揮したのだった。
「こちら、Dチーム。敵一両撃破!」
エルヴィンは嬉々として、戦果報告をした。
「西住隊長の読み通りだったな。まさにドンピシャだ。」
カエサルが言ったように、この場所での待ち伏せ攻撃をするように指示したのは、みほである。
みほは、敵がどのルートで進行してくるかをあらかじめ推測し、待ち伏せの場所を、カエサル達に指示していた。
そして、その読みは見事に的中したのである。
敵は、みほが予想した通りの進行経路でやって来て、そして罠にかかったのだった。
426: 2015/06/03(水) 21:11:38.57 ID:zBbr+YAK0
そしてその頃、別の場所でもまた、一両のマチルダが罠にかかろうとしていた。
それは街路を走行していたマチルダが、駐車場の前を通りかかった時であった。
突如、駐車場のブザーが鳴る。
「ん?」
その音に気づいた彼女が、駐車場の方に目を向けると、車庫の扉のでランプが点灯していた。
彼女は即座に、その中に敵戦車がいると判断する。
「こんな所に隠れていたか。」
彼女達はすぐさま、マチルダを扉の前に移動させた。
「フッ・・・・馬鹿め。」
扉が開いた瞬間に、中にいる敵に一撃を叩き込むべく、砲口を向ける。
しかし・・・
「え?」
彼女は目を見張った。
扉が開いた車庫の中は、もぬけのからだったからだ。
427: 2015/06/03(水) 21:13:59.82 ID:zBbr+YAK0
「あれ? いない?」
ここで獲物を仕留められると思っていた彼女達は肩透かしをくらったようだった。
そして、この時点ではまだ、自分達が罠にかかってしまったという事に気づいていない。
そんな彼女達の背後で昇降機が地面の中から、せり上がって来た。
そして、その中から出てきたのは、Cチームの八九式中戦車。
そう、これが罠である。
八九式戦車が昇降機の中に身を潜めて、敵が背を向けた所に、奇襲攻撃をかける作戦。
空の車庫のブザーが鳴り響くように仕向け、それを囮にして敵を引き付け、背後を取る。
相手が囮に気を取られている隙に、背面装甲に零距離射撃を叩き込むという策である。
「はっ!! まずい、後ろだ!」
ここにきて、ようやく彼女達も背後にいる八九式に気付いた。
しかし、すでに遅い。
その時にはすでに、八九式戦車が発砲する寸前だった。
「いくよっ!」
「「「そーれっ!!」」」
典子の掛け声と共に、発砲。放たれた砲弾が敵戦車に炸裂した。
敵車輌から爆炎が上がる。
「Bクイック大成功!」
典子達が歓声を上げる。
この時、彼女達は炎上するマチルダを見て、作戦の成功を確信した。
しかし・・・・
「あれ!?」
火が鎮まると、そこにあったのは、こちらに砲塔を向けているマチルダの姿だった。
「生きてる!?」
典子達はさっきの攻撃で敵を撃破したとばかり思っていたが、彼女達の撃った砲弾はマチルダの外装燃料タンクを破壊しただけだった。
戦車本体は破壊できておらず、戦闘能力は健在である。
完全に仕留め損ねてしまったのだ。
428: 2015/06/03(水) 21:16:21.32 ID:zBbr+YAK0
目の前にはマチルダの、威圧感を放つ砲口。
まるで、お返しと言わんばかりに、こちらに向いている。
眼前に突き付けられた砲口が、今まさに火を噴こうとしていた。
ところが、その直後。
マチルダが発砲するよりも先に、突如、飛来した砲弾がマチルダの側面装甲に着弾した。
再び爆炎が上がる。
今度は外装タンクではなく、戦車本体を確かに射抜いていた。
撃破判定装置が作動し、白旗が上がる。
今度こそは撃破成功だった。
そして、そこにあったのは、砲身から硝煙を漂わせるⅣ号戦車と、キューポラに佇む、西住みほの姿であった。
仕留めたのは、みほ達Aチームである。
「敵、マチルダ1両撃破。 これで2両倒して、残りはあと3両。」
見事に敵を倒しても、みほは一喜一憂する事無く、ただ淡々と告げた。
そう・・・みほは最初から、この事態を見越していたのだった。
駐車場を上手く利用しての、八九式による奇襲攻撃。
そして第一撃で撃破出来ない事すら、みほは端から計算に入れていた。
その上で、みほ達Aチームは身を隠しておき、Cチームが攻撃を仕掛けた後、敵がCチームの方に気を取られている間に出て行って、仕留め損ねた敵にAチームが止めを刺す。
まさに抜かり無い、2段構えでの作戦である。
こうして、みほの策が見事に嵌り、大洗チームはグ口リアーナチームの車輌を一挙に2両撃破。
5対3と優勢に立った。
429: 2015/06/03(水) 21:20:53.43 ID:zBbr+YAK0
「隊長! 1番車と3番車がやられました!!」
「なっ!!?」
そして、その頃のダージリン達は、全く予期していなかった事態に、度肝を貫かれる。
オレンジペコの報告に、ダージリンは驚愕し、思わず紅茶のカップを落としてしまう程に狼狽した。
ここにきて彼女達は大洗チームに対する認識を改めた。
たとえ個々の技量で大きく劣っていても、指揮官の手腕次第では、実力以上の力を発揮できる事もある。
状況からして、大洗チームが優秀な指揮官に統率されている事は明白だった。
(おそらく敵の指揮官は、例のあの男の子。 どうやら私達の想像以上に、やり手のようね。)
ダージリンはすぐさま無線機を取ると、全車に告げた。
「態勢を立て直すわ。全車はただちにポイントαに集合。」
ここにきて、ダージリン達は改めて気を引き締め直した。
(こんな牙を隠し持っていたなんて・・・・。 “羊狩り”の筈が、まさか、ここにきて“狼狩り”になるとは・・・。)
この時のダージリンは、まさに“狼”と対峙するような気分だった。
油断大敵。
少しでも油断して、隙を見せれば、たちまち喰われる。
この先、どんな罠を仕掛けられているか分からない。
故に、ここからはもう毛ほども油断してはいけない・・・そう自らに言い聞かせるのであった。
453: 2015/08/01(土) 23:24:34.81 ID:DgXZBecl0
聖グ口リアーナ女学院と県立大洗学園の試合は、いよいよ佳境に突入した。
序盤では圧倒的劣勢に立たされていた大洗が、巧妙な奇策でまさかの先制。
マチルダ2両を撃破し、5対3と一気に優勢になった。
予想だにしなかった番狂わせの予感に、会場は大いに盛り上がっている。
大洗学園戦車道復活の報を聞いて、会場に詰めかけた地元の観客達は沸き立ち、そして同時に、大洗チームの者達も大いに士気を高めていた。
そんな中、みほは思案する。
(優勢に立ったとは言え、まだ気は抜けない。)
その時、みほ達の下に通信が入った。
「隊長、こちらDチーム。敵、マチルダ1両を発見した。すぐ近くの交差点で停まっている。」
それはDチームのエルヴィンからだった。
エルヴィンが言うには、Ⅲ突が隠れている場所の、すぐ近くにある交差点でマチルダ1両が停車している、との事だった。
「敵はこちらに気付いていないようだ。こっち側に背を向けている。今、路地から出て攻撃すれば背後を突ける筈。 隊長・・・・許可を。」
「分かりました。くれぐれも慎重に。」
「了解。」
そう言うと、エルヴィン達の乗るⅢ号突撃砲は隠れていた路地から表の街路へと出る。
操縦手のおりょうが車体を旋回させ、砲手の左衛門佐が照準を合わせ、マチルダの背へ、その砲を向けた。
「これで撃破スコア2両目だ。」
そう言うと、左衛門佐は獲物を仕留めるべく、トリガーに指をかけた。
しかし、その引き金を引くより前に、突如として激しい衝撃が彼女達を襲う。
「うわっ!! 何だ!?」
エルヴィンが驚き、叫んだ。
撃破判定装置が作動し、白旗が上がる。
突然の出来事で、彼女達も一瞬、何が起きたか分からなかったが、直後に彼女達はすぐに理解する。
エルヴィンがキューポラの視察口越しに後ろの方を見ると、そこにはいつの間に現れたのか、もう1両のマチルダが砲口から硝煙を漂わせながら鎮座していた。
「しまった!! これは罠か。」
エルヴィン達はすぐに気付く。
交差点の所で停まっていた敵戦車は、身を潜めている自分達を引きずり出すための囮であった。
その囮に喰らいつこうとした所を、隠れていたもう1両のマチルダが出て行って仕留める、という連携プレイである。
「くっ・・・・・隊長。こちらDチーム、戦闘不能。」
エルヴィンはすぐさま、その旨をみほに報告した。
454: 2015/08/01(土) 23:25:28.85 ID:DgXZBecl0
(敵の攻め方が変わった。)
みほは即座に、敵の一連の動きを分析した。
(グ口リアーナチームはこれまで、格下のチームが相手という事で、少なからず油断してたのかもしれない。でも、おそらくその認識は、もう改めたのでしょう。
その上で、本気で僕達を粉砕しにきている。)
みほは素早く、そして的確に状況を分析した。
「とりあえず、ここから移動しましょう。 麻子さん・・ここから街路を通ってポイントB3への移動を。」
「了解。」
操縦手の麻子にそう言ったみほは、そのまま無線機で各チームへ指示を出した。
「Aチームより各車へ。ここからは作戦を変更します。」
みほの指示の下、各チームは素早く移動を開始した。
(相手が攻め方を変えてきた以上、こちら側の作戦も柔軟に変更しなくては・・・。)
そう考えたみほは、ここで陣形を大きく変更する事にしたのであった。
455: 2015/08/01(土) 23:25:57.59 ID:DgXZBecl0
しかし、ここでアクシデントが起こる。
Ⅳ号戦車が曲がり角に差し掛かった時、みほの視界にある物が飛び込んできた。
緑色の無骨な形状をした物体である。
「あっ!!」
そこで、みほが見た物・・・それは歩兵戦車チャーチルMk.Ⅶだった。
突然の遭遇である。
「見つけましたわ!!」
ダージリンも思わず、大声で言った。
相手側にとっても不意の遭遇だったようだ。
「まずい、見つかった!!」
そう言うと、みほは即座に操縦手の麻子に命令を出した。
「全速前進ッ!!!」
すぐさまⅣ号戦車は急加速した。
ダージリン達はすかさず、これを追跡した。
「逃がさないわ。」
ダージリンは追撃命令を出すと同時に、無線機で僚車を呼び寄せた。
「2番車と4番車は至急、こちらに合流!! ここで、敵のⅣ号を仕留めるわよ。」
ダージリン達にとってⅣ号戦車は最優先攻撃目標であった。
何故なら、彼女達はみほが大洗チームの指揮官だという事をちゃんと認識していたからだ。
彼女達は、2両もの僚車を屠ったみほのその手腕に大きな脅威を感じていた。
敵に優秀な指揮官がいれば、それを優先して叩くのがセオリーである。
だからこの好機を逃すなと言わんばかりに、全車両での追撃をかけてきたのであった。
こうして突如、戦車によるカーチェイスが始まる。
全速度走行で追跡しながら攻撃してくるダージリン達。
そして、それを何とか躱しつつ、砲塔を後ろに向け応射しながら全力で振り切ろうと疾走するみほ達。
しかも、しばらくするとグ口リアーナチームのマチルダ2両が途中からダージリン達と合流。
3両の戦車で追われる事になった。
「何とかここで振り切らないと・・・・・ん?」
その時、みほは前方にある物を見つけた。
「しまった!」
そこにあったのは、道路を塞ぐフェンスと「工事中」と書かれた看板であった。
水道管工事かなにかの途中だったのか、地面が大きく掘り下げられ陥没している。
これでは通行は出来ない。
地図には載ってない、思わぬ落とし穴であった。
456: 2015/08/01(土) 23:26:44.23 ID:DgXZBecl0
その場で停車し、すぐにUターンしたが、もう遅かった。
後からやって来たダージリン達に追いつかれてしまった。
「くっ・・・・。」
みほの目の前で、立ち塞がるように3両の敵戦車が停まり、こちらに砲口を向けてきた。
今にも火を噴きそうである。
退路を断たれ、完全に袋の鼠であった。
「フフ・・・勝負あったわね。」
すると、チャーチルのキューポラから、ダージリンが出てきて言った。
追い詰めて、勝利を確信したためか、すぐには撃たず、余裕の笑みを浮かべながら、みほ達に向って言う。
「こんな格言を知ってるかしら? イギリス人は恋愛と戦争では手段を選ばない、と・・・。」
しかしこの時、ダージリンの言葉はみほの耳には一切入っていなかった。
(敵の第一射さえ、なんとか凌ぐ事が出来れば、ここから脱出できるのだが・・・・。)
みほはこの絶体絶命ともいえる状況でも、冷静にその頭脳をフル回転させ、この窮地からの打開策を模索していたのである。
すると、ここで思わぬ事態が発生した。
ダージリン達が今まさにトリガーを引こうというその時・・・
「参上ー!」
それは角谷杏の声だった。
「助けに来たぞ!」
河嶋桃の声も聞こえる。
その声と共に突如、脇道から金色に輝く車輌が現れた。
それはBチームの38(t)戦車である。
杏達達は突如、路地裏から飛び出して来ると、ダージリン達とみほ達との間に割って入った。
そして素早くチャーチルに接近し、その砲口を突き付ける。
後からやって来たダージリン達に追いつかれてしまった。
「くっ・・・・。」
みほの目の前で、立ち塞がるように3両の敵戦車が停まり、こちらに砲口を向けてきた。
今にも火を噴きそうである。
退路を断たれ、完全に袋の鼠であった。
「フフ・・・勝負あったわね。」
すると、チャーチルのキューポラから、ダージリンが出てきて言った。
追い詰めて、勝利を確信したためか、すぐには撃たず、余裕の笑みを浮かべながら、みほ達に向って言う。
「こんな格言を知ってるかしら? イギリス人は恋愛と戦争では手段を選ばない、と・・・。」
しかしこの時、ダージリンの言葉はみほの耳には一切入っていなかった。
(敵の第一射さえ、なんとか凌ぐ事が出来れば、ここから脱出できるのだが・・・・。)
みほはこの絶体絶命ともいえる状況でも、冷静にその頭脳をフル回転させ、この窮地からの打開策を模索していたのである。
すると、ここで思わぬ事態が発生した。
ダージリン達が今まさにトリガーを引こうというその時・・・
「参上ー!」
それは角谷杏の声だった。
「助けに来たぞ!」
河嶋桃の声も聞こえる。
その声と共に突如、脇道から金色に輝く車輌が現れた。
それはBチームの38(t)戦車である。
杏達達は突如、路地裏から飛び出して来ると、ダージリン達とみほ達との間に割って入った。
そして素早くチャーチルに接近し、その砲口を突き付ける。
457: 2015/08/01(土) 23:27:16.46 ID:DgXZBecl0
「発射アァッ!!!」
すかさず砲手の桃が、気合のこもった叫びと共に引き金を引き、発砲。
撃ち出された砲弾が敵を射抜く・・・・・
射抜くことはなかった。
「あ・・・・・・。」
桃は思わず言った。
「「「・・・・・・・???」」」
そして、その場にいた皆が唖然とした。
なんと、この距離で撃ったのにもかかわらず、外してしまったのだ。
至近距離からの接射であったのに、何をどう間違えたのか、外してしまう。
まさかのミスショットであった。
「桃ちゃん、ここで外す?」
柚子も呆然としたように言った。
そして、そんな彼女達には敵の、3つの砲口が向けられている。
次の瞬間、グ口リアーナチーム戦車が一斉に砲撃。
たちまち38(t)戦車は大破し、戦闘不能になる。
「やーらーれーたー。」
杏がどこか気が抜けたような叫びをあげた。
そして、白旗が上がる。
しかし、次の瞬間にみほは動いた。
(これはチャンス!!)
みほは即座に次の一手を繰り出す。
「前進! 一撃離脱で、路地裏へ左折!!」
一見すると、Bチームはただ無駄にやられただけに見えた。
しかし、この時のBチームの行動は結果的にチャンスを作り出すことに成功している。
何故なら、Bチームは図らずも、相手のミスを誘発する事が出来たからだ。
この時、グ口リアーナチームはみほ達の目の前で、突然現れた38(t)戦車へ向かって一斉に発砲してしまっていた。
そうする事によって、次弾装填までの間、一切攻撃が出来ない時間ができてしまう。
それは僅かな時間だが、その僅かな反撃チャンスをみほは見逃さなかった。
麻子は、みほの指示を即座に理解して、Ⅳ号戦車を急発進させ、正面にいるマチルダに迅速に接近。
すかさず華が引き金を引いて発砲。至近距離から発射された砲弾はマチルダの砲塔の付け根の部分に着弾する。
マチルダの車上に白旗が上がった。
これで3両目撃破である。敵チームの残りはあと2両。
そして間を置かずに、再発進。
左側の路地裏へと素早く逃げ込んだ。
458: 2015/08/01(土) 23:28:19.23 ID:DgXZBecl0
「しまった!!」
ダージリンが気づいた時にはもう遅かった。
次弾装填が完了した時には、もうⅣ号戦車は脱出した後であった。
辛くも窮地を脱したみほ達。
ダージリン達は気を取り直し、再び追撃戦に移った。
とりあえず、ダージリン達を振り切ったみほ達だったが、このままではすぐにまた追い付いて来るだろう。
すると、みほ達の所に1両の戦車が走ってきた。
「隊長ー!!」
その声は、Cチームの磯辺典子の声であった。八九式中戦車のキューポラから身を乗り出し、みほ達の方へ手を振っている。
ダージリン達がすぐそこまで追って来ている筈だから、一息ついている暇などない。
みほはすぐさま次の手を打つ事にした。
「そこの丁字路で待ち伏せしましょう。」
そう言うと、みほは各員に指示を出した。
「Aチームはこっちの壁沿いに張り付きます。Cチームはその反対側の壁へ・・・。」
丁字路交差点の左右の壁沿いに、Ⅳ号戦車と八九式戦車がそれぞれ伏せた。
するとそこへ、みほ達を追ってやって来たマチルダとチャーチルが走ってくる。
「来た。攻撃用意。」
敵が交差点に差しかかろうとした時、みほは無線機越しで静かに言った。
砲手の華とあけびが、それぞれトリガーに指をかける。
「撃て!!」
みほの命令で、華はトリガーを引き、Ⅳ号戦車の主砲が火を噴いた。
撃ち出された砲弾はマチルダの側面を射抜く。
すぐさま車上に白旗が上がった。
撃破成功である。
459: 2015/08/01(土) 23:29:17.31 ID:DgXZBecl0
すると、今度はチャーチルが典子達の前に現れた。
「撃てえっ!!」
「はい!!」
典子の号令と共に、あけびは引き金を引いた。
八九式の主砲から砲弾が撃ち出され、チャーチルの側面に着弾。
「弾かれた!」
典子は思わず叫んだ。
至近距離からの零距離射撃だったが、チャーチルの厚い装甲に弾かれてしまい有効弾にならず、撃破失敗だった。
チャーチルの砲塔が旋回し、八九式の方へ砲口が向けられた。
ここまでⅣ号戦車を最優先で叩こうとしていたダージリン達は、ここで一旦その矛先を変えてきたのである。
まず先に邪魔な八九式を仕留め、その後にじっくりとⅣ号を倒していく算段なのだろう。
「回避だ! 根性で避けろ!!」
典子が言った。
即座に八九式中戦車は回避機動をとった。
蛇行しながら迅速に後退する。
しかし、そんな八九式戦車を、チャーチルの砲火が捉えた。
「当たってしまったか・・・。」
典子が悔しそうに呟いた。
装甲の薄い八九式中戦車はひとたまりもなく、たちまち大破し戦闘不能となる。
460: 2015/08/01(土) 23:30:25.49 ID:DgXZBecl0
Cチームの脱落によって、みほ達Aチームは、チャーチルと1対1で対峙する事になった。
間髪入れず、チャーチルの主砲がみほ達の方へ向けられる。
「回避!」
すぐにみほは回避機動をとる。
麻子の巧みな操縦もあって、敵の攻撃は当たらなかった。
直後にみほ達が反撃する。チャーチルめがけて発砲。
しかし、その攻撃はチャーチル装甲で弾かれてしまう。
間を置かず、敵の次の攻撃が来る前に、Ⅳ号戦車は素早く後退した。
「やはり主面装甲は貫けないか。」
みほは、改めてチャーチルの堅固な防御力を目の当たりにした。
Ⅳ号戦車の主砲では、チャーチルの正面装甲には全く通用しない。
何とか側面を突かない限りは、倒すことは出来ないだろう。
勿論、その事は敵も分かっている。
だから車体を旋回させ、常に相手に正面を向け続け、決して側面を晒そうとはしなかった。
ここで、みほは勝負に打って出た。
「ここで一気に仕掛けます。
優花里さん・・HE(榴弾)装填。次、AP(徹甲弾)装填用意。」
「了解です!」
優花里は即座に榴弾を装填。続けて徹甲弾を取り出した。
みほの考えた戦法は以下の通り。
まず、敵戦車の前方至近距離で榴弾を炸裂させ、それを目くらましとする。
次に爆炎に紛れて、一気に敵めがけて突進。
そして素早く敵の側面に回り込み、至近距離から徹甲弾を叩き込む、というものだった。
461: 2015/08/01(土) 23:31:16.02 ID:DgXZBecl0
みほはさっそく、その戦術を実行に移すべく各員に手早く指示を出していった。
「麻子さんは、合図をしたら一気に相手の左側面へ回り込んでください。」
「分かった。」
「華さんは合図と同時に砲塔を右へ向けてください。停止と同時に攻撃です。」
「はい。」
「優花里さん・・・次弾装填は迅速に。 出来ますね。」
「お任せください、西住殿。」
すると、そこにダージリン達がやって来た。
華は照準器のスコープ越しに、こちらに向かって走って来る敵戦車に狙いを定める。
その矢先、華が第一射を発砲。
発射された榴弾が敵の目の前の地面に着弾し、炸裂。爆炎を巻き上げた。
次に、麻子がアクセルを踏み込み、全速力で突撃。
一気に敵との間合いを詰めていく。
「今だ!」
そして、みほの合図で急旋回。
敵の側面に回り込もうとする。
しかし、その時にアッサムが素早く反応した。
「させるか!」
さすが熟練というべきか・・・・アッサムは、爆炎で視界が遮られる中、Ⅳ号戦車の影を目の端で捉えていたのである。
彼女が咄嗟にペダルを踏んで、迅速に砲塔を旋回させ、敵影を追う。
Ⅳ号戦車の主砲が敵戦車の側面装甲を捉えるのと、チャーチルの主砲がⅣ号戦車を捉えるのは、ほぼ同時だった。
次の瞬間、華とアッサムがトリガーを引き、2つの砲口が火を噴く。
轟音が鳴り響き、爆炎が上がった。
辺りが黒煙で覆われ、2両の戦車が覆い隠される。
そして、煙が晴れると、そこには一本の白旗があった。
「惜しかったわね。」
ダージリンは笑みを浮かべながら言った。
その白旗は、Ⅳ号戦車の車上に立っていたのである。
やられたのは、みほ達の方であった。
462: 2015/08/01(土) 23:31:51.85 ID:DgXZBecl0
敵戦車の側面に回り込むことが出来たまでは良かったのだが、Ⅳ号戦車の砲撃は敵の装甲を貫くことは出来ず。
そして、ほぼ同時に発射されたチャーチルの主砲弾で射抜かれ、Ⅳ号戦車は大破してしまった。
みほ達の渾身の一撃は、あと一歩及ばず・・・遂にみほ達Aチームが脱落してしまう。
この時、ダージリン達は自分達の勝利を確信した。
初心者ばかりの新設チームにあって唯一の熟練者であった、みほを脱落させることが出来たのだ。
彼女達にとって一番厄介だった敵を倒した以上、あとに残るのは新米だけである。
あとは、その初心者を狩り出すだけだから容易い・・・ダージリン達はそう思った。
すると、ダージリンはふとⅣ号戦車の方を見た。
「ん?」
そこにあったのは、キューポラから身を乗り出した、みほの姿。
ダージリンは、そのみほの表情を見て、違和感を感じた。
何故なら、その顔には安堵の色が浮かんでいたからだ。
それはまるで、全て上手くいった、と言わんばかりの表情である。
やられた後に浮かべる表情にしては、明らかに何かがおかしい。
その直後であった。
突如、凄まじい轟音と衝撃が彼女達を襲う。
「なっ!!?」
ダージリンは驚愕する。
すぐさま判定装置が作動し、チャーチルに白旗が上がった。
「一体何が!?」
ダージリンは慌てて周囲を見渡す。
「あっ!!」
そこで彼女は見た。
二つの砲口から硝煙を燻らせる、M3中戦車を・・・。
Ⅳ号戦車に気を取られている間に、いつの間にか背後を取られていたのだ。
口径75ミリの主砲と37ミリの副砲を、装甲の薄い車体背面部に撃ち込まれたとあっては、ひとたまりもない。
当然、それは有効打となり、白旗が上がったのであった。
「そうか・・・・。これは罠だったのね・・・・。」
この時になって、ダージリンは悟った。
みほの表情・・・その真意に・・・。
463: 2015/08/01(土) 23:32:33.33 ID:DgXZBecl0
失敗したと思われていた、みほ達の最後の攻撃・・・・それが実は失敗ではなく、この為の布石だったのだ。
あの時、みほ達はチャーチルに必氏で応戦しながら、同時にある場所へ敵戦車を誘き寄せていた。
それはEチーム、梓達のM3中戦車が隠れ潜む場所である。
梓達がチャーチルの背後を突けるように、交戦しながら、その地点まで上手く誘導していったのだった。
更に言えば、ダージリン達が、大洗Aチームを最優先攻撃目標にしていた事を、みほは逆手に取って利用したのだ。
みほ達がダージリン達との遭遇戦になった際、敵が全車両で追撃をかけてきた。
それを見た時、みほはすぐに敵の狙いを看破する。
そして彼女達が、Ⅳ号戦車への攻撃に集中するあまり、その分、他の車輌に対する警戒が疎かになっていた事も、みほは見透かしていた。
それは、Eチームがノーマークで動き回れるという事を意味する。
その時点で、みほはこのシナリオを思い浮かべていたのだった。
敵が全力で自分を狙ってくるのなら、自分自身を囮にしてしまえば、確実に敵を釣れる。
Eチームを待ち伏せ攻撃に適した場所へ移動させ、自らを囮にして、その場所へ敵を誘い込んだ。
そして、その場所に敵が差しかかった所で、みほ達は渾身の一撃を敵に浴びる。
その攻撃で敵の足が止まった所で、隠れていたM3中戦車が背後からの攻撃で、ダージリン達のチャーチルを仕留めたのであった。
以上が事の顛末である。
みほ達のⅣ号戦車を倒した時には、ダージリンは勝利を確信したのだが、その直後に思い知らされた。
自分達が相手の策に嵌まってしまっていたという事を・・・・。
ここまで完璧にやられたら逆に清々しく感じられる。
「完敗ね・・・。」
ダージリンは一言呟いた。
この時に彼女の心境は、まさに感服である。
そして、それはダージリンだけではなく、グ口リアーナチーム一同が同様であった。
「やられたわ・・・。」
「まさか彼らがここまでやるとは・・・。」
アッサムとオレンジペコも、舌を巻く思いであった。
こうして大洗学園と聖グ口リアーナ女学院との試合は幕を閉じた。
結果は大洗学園の勝利である。
464: 2015/08/01(土) 23:33:09.57 ID:DgXZBecl0
「やりましたよ、西住殿!! あのグ口リアーナに勝つなんて!!」
「凄いよ、コウちゃん! 私達勝っちゃったよ!」
優花里や沙織が興奮気味に言う。
「やりましたね。小次郎さんのおかげです。」
「うむ。これは小次郎の作戦勝ちだな。」
華や麻子も、みほに称賛の言葉をかける。
「「「先輩ー!!」」」
そこに、Eチームの1年生達が、みほの所へ駆け寄ってきた。
彼女達も非常に興奮している。
「先輩! 私達やりましたよ!」
みほの傍へ駆け寄った梓が嬉々として言った。
隊長のみほから直々に、大役を任された1年生チーム。
そして見事に決めた彼女達は大いに喜んでいた。
「梓さん・・・よくやってくれました。」
「えへへ。」
憧れの隊長から誉められた梓は、その表情が緩ませずにはいられなかった。
「あー! 梓ちゃんずるい。」
「私も! 誉めて、誉めて!」
「じゃあ私も!」
「わ、私もがんばりました。」
あゆみ、桂利奈、あや、優季も、みほに誉めてもらいたくて、口々に言った。
「・・・・・・。」
沙希は何も言わなかったが、物欲しげな表情をしてみほの方を見ている。
465: 2015/08/01(土) 23:33:39.90 ID:DgXZBecl0
その後、B、C、Dチームの面々も戻って来て、みほ達に合流した。
彼女達は互いの健闘を称えあったりして、盛り上がっている。
すると・・・・
「あなたが大洗の隊長ね。」
そこへ、ダージリンがやって来た。
彼女はアッサムとオレンジペコを引き連れて、みほの所へやって来た。
「あなたは・・・・。」
「初めまして。改めて・・・・私はグ口リアーナの隊長、ダージリンよ。
そしてこちらはチームメイトのアッサムとオレンジペコ。」
「初めまして。」
「お初にお目にかかります。以後お見知りおきを・・・。」
ダージリンに続いて、アッサムとオレンジペコも、礼儀正しく名乗った。
そしてダージリンは改めて、みほに問いかけた。
「あなた、お名前は?」
ダージリンから問われ、みほは答えた。
「西住小次郎です。」
「西住・・・? もしかして、あの西住家の? ・・・お姉さんとはずいぶん違った戦い方をするのね。」
すると、ダージリンは言った。
「素晴らしいチームね。 今日はとても楽しかったわ。」
それは、みほ達の事を認め、称える言葉である。
その言葉と共に、ダージリンはそっと右手を差し出し、握手を求めた。
「こちらこそ・・・今日は、ありがとうございました。」
みほも同じく右手を出し、応じる。
二人の間で握手が交わされた。
「あなた達とは、いつかまた戦ってみたいものですわ。」
ダージリンはそう言い残すと、アッサム達を引き連れ、去っていった。
そんな彼女達の背中を、ただ黙って見送るみほ達であった。
466: 2015/08/01(土) 23:34:06.86 ID:DgXZBecl0
・
・
・
・
・
その後、後片付けが始まる。
戦車道チームに同行していた自動車部のナカジマ達が、レッカー車での車輌回収作業を始めていた。
みほも手伝おうとしたのだが・・・
「いいよ。回収作業は私達自動車部でやっておくから・・・。
それに小次郎君は地上の大洗に来たのは今回が初めてなんでしょ。こっちの方は私達に任せておいて、大洗の街を楽しんでおいでよ。」
と言われたため、以前から大洗の街に興味があったみほは、そのお言葉に甘えて、Aチームのメンバー達と一緒に、街の散策へ繰り出すことにした。
「それじゃあ行こうか。 コウちゃん、この街に来るのは初めてだったよね。案内するよ。」
「ここの近くに戦車道ショップってありましたよね。」
「私、この辺の美味しい、お食事処、知ってますよ。」
沙織、優花里、華はノリノリだった。
すると、そんな皆をよそに、麻子は一人でどこかに行こうとする。
「私はここで・・・。」
「あれ? 麻子、どこ行くの?」
「おばあの所に顔出さないと殺される。」
「あぁ・・・・。麻子のお婆ちゃん、めっちゃ怖いもんね。」
どうやら麻子は一人、祖母に会いに行くようだ。
沙織がなんだか納得したように呟いた。
467: 2015/08/01(土) 23:34:51.04 ID:DgXZBecl0
・
・
・
・
こうして、麻子と別れたみほ達一行は、楽しく談笑しながら街中を散策していった。
すると・・・
「あ・・・・。」
そこで沙織があるものに気付いた。
それは街中を走る一台の人力車。
沙織は、その人力車を牽引している男に注目した。
「あら、いい男じゃん。(コウちゃん程じゃないけど・・・。)」
そんな事を思いながら、その男を眺めていた沙織。
すると、彼がこちらの方へ振り向いた。
「あっ! 目が合っちゃった!」
その男は沙織達の方へ向くと、微笑み、こちらへ歩いてくる。
「こっち来た。 やだ、どうしよう。/////」
468: 2015/08/01(土) 23:35:20.18 ID:DgXZBecl0
その時、華が口を開いた。
「新三郎。」
「え、何! 華の知り合い!?」
驚く沙織。
そんな彼女をよそに、彼は華の前まで来て、言った。
「お嬢。お久しぶりです。 お元気そうで何より・・・。」
そう言う男を、沙織は興味津々そうに見つめている。
そこで華が沙織達に言った。
「紹介します。 うちに奉公に来てくれている、新三郎よ。」
「初めまして。新三郎です。 お嬢がいつもお世話になっております。」
新三郎と名乗った男は、沙織達に挨拶した。
その時、人力車に乗っていた人が降りてきた。
その者は着物を身に纏った女性である。
「元気そうね。」
「お母様。」
その人は華の母、五十鈴百合だった。
和服がとても似合う女性である。
「そちらの方達は?」
百合は華に尋ねる。
「こちらは私のクラスメートです。」
「「初めまして。」」
みほと沙織が挨拶をする。
続けて優花里も名乗った。
「私はクラスが違うけど、五十鈴殿とは戦車道で一緒に・・・」
その時だった。
優花里の口から戦車道という言葉が出てきた時・・・・
「戦車道・・・?」
途端に百合の表情が険しくなった。
「それは一体どういう事?」
「それは・・・」
百合の問いかけに対し、華は言葉に詰まっている。
そこにいたみほ達は、急に場の雲行きが怪しくなってきた事を感じ取っていた。
469: 2015/08/01(土) 23:35:58.34 ID:DgXZBecl0
すると百合は華の手を取って、においを嗅いだ。
「これは鉄と油の臭い! あなた、まさか戦車道を!?」
百合はその鋭い嗅覚で、華の手についていた微かな臭いを嗅ぎ取った。
途端にみるみる彼女の表情が青ざめていく。
「そんな・・・花を活けるための繊細な手で、戦車なんかに触れるなんて・・・・・・・・はぅっ・・・」
「お母様っ!!」
華は慌てた。
よほどショックだったのか・・・次の瞬間に、百合は気絶してしまった。
崩れ落ちる百合。
そのまま倒れそうになる。
「危ない!」
その時、みほが素早く動いた。
倒れ込む百合を咄嗟に受け止める。
地面に激突する寸前の所で百合の体を抱き留めた。
「奥様!!」
突然の事で、新三郎も狼狽していた。
沙織達も同様である。
そんな中、みほは冷静だった。
みほ百合を抱き留めたまま、容態の確認を行う。
「大丈夫。気を失っているだけです。」
幸い、大事には至らず。
その事を確認したみほは、百合を人力車の中に横たえると、すぐに指示を出した。
「新三郎さん・・家はこの近くにありますか?」
「え!? あ、はい・・・。」
「至急、搬送を。」
「は、はい!!」
狼狽していた新三郎も、みほの指示の下、迅速に動きだした。
こうして、突然のトラブルに見舞われた一同は、五十鈴家の邸宅へ向かったのであった。
501: 2015/11/29(日) 00:33:10.65 ID:tjwS4de90
華の母、五十鈴百合が突然に意識を失って、倒れてしまうというトラブルに見舞われたみほ達。
みほの冷静な指示の下、百合は五十鈴家邸宅に搬送された。
そして百合は今、寝室で寝かされ安静にしている。
みほ達は華と共に応接間で座っていた。
そこで優花里が申し訳無さそうに言う。
「すいません、五十鈴殿・・・。 私が戦車道の事を口にしてしまったばかりに・・・。」
「いいえ。元はと言えば、私が戦車道の事を、ちゃんとお母様に話していなかったのが原因です。」
そう言うと、華は話し始めた。
「お母様は戦車道というものを非常に嫌ってました。
偏見と言いますか・・・・戦車道は野蛮なものだと言って、忌避していたんです。」
華が言うには・・百合は戦車道というものを、野蛮なものと決めつけ、忌み嫌っていたらしい。
華が戦車道をやっているという事を知った際に、ショックで卒倒してしまった事からも、どれ程嫌っていたかが窺える。
あの時の、彼女のあの動揺ぶりは相当なものであった。
「それでも、私はどうしても戦車道がやりたかった。
戦車道をやる事によって、今までの自分には無かった、何か大きな物を得ることが出来るような気がしたんです。
でもお母様には、その事を言いだせなくて・・・。」
華は、今回の事の顛末について、みほ達に説明したのだった。
華が抱えている事情。
母の百合から猛反対される事が分かりきっていたから、華は彼女には内緒に戦車道をやっていたのだった。
すると、みほが言った。
「それで、これからどうするんです? 戦車道の事は・・・。」
それは、戦車道をこれからも続けていけるのか、それともやめるのか、という問いである。
それは沙織と優花里も気にしていた事だった。
このままでは華が戦車道をやめる事になってしまうかもしれない・・・
もう二度と一緒に戦車道が出来なくなってしまうかもしれない・・・
その事を彼女達は心配していた。
そんな彼女達に、華は答えた。
「戦車道をやめるつもりはありません。これからも皆と一緒に、戦車道を続けていきます。」
その華の言葉に、みほも沙織達も、とりあえず安心した。
しかし・ ・ ・ ・
「ただ・・・・お母様はその事を許さない筈です。・・・もうこの家にはいられなくなるでしょう。」
その時、みほは見た。華の表情を。
「それじゃあ・・・・!」
「はい。 お母様からは勘当されてしまうかもしれませんが、それでも私の意思は変わりません。」
その時、みほは華の表情から、悲壮な決意を感じ取った。
華はこの家にいられなくなる事を覚悟の上で、戦車道を続けていく事を選んだのであると・・・そのようにみほは悟った。
502: 2015/11/29(日) 00:34:17.09 ID:tjwS4de90
すると、応接間の襖が開いた。
「お嬢。奥様が目を覚ましました。」
そこにいたのは新三郎である。
彼は非常に深刻そうな顔をしていた。
「お嬢に大事なお話があるそうです。」
しかし、華は言った。
「私はもう戻りません。」
「お嬢!」
「お母様には悪いけど・・・」
だが、新三郎は引かなかった。
「お嬢・・・・差出がましい事を言うようですが、お嬢のお気持ちはちゃんと奥様にお伝えすべきじゃないでしょうか。」
すると、それを聞いていたみほが口を開いた。
「僕もそう思います。」
みほも新三郎同様に、このまま華が母と別れる事を良しとはしなかった。
それは華の事を、本気で案じてのものである。
このまま何も告げずに別れてしまったら、絶対後で後悔する・・・みほはそう思っていた。
大切な仲間である華には、そんな事にはなって欲しくはなかったのである。
更にみほは言う。
「華さんが真剣な想いで戦車道をやっているのなら、その想いをちゃんと伝えれば、もしかしたら分かってもらえるかもしれません。」
「小次郎さん・・・。」
その時、華はみほの目を見た。
それは自分の事を本気で心配してくれている・・そんな目である。
そこで華は決断した。
「わかりました。・・・・・私、お母様の所へ行ってきます。」
そう言うと華は立ち上がったのであった。
503: 2015/11/29(日) 00:35:29.19 ID:tjwS4de90
・
・
・
・
そして華は今、母のいる寝室の中にいた。
そして、みほ、沙織、優花里の3人は寝室の前におり、中の様子を窺っていた。
3人とも華の事が心配で居ても立ってもいられなくなったのである。
「華、大丈夫かな?」
「とりあえず、ここは偵察を・・。」
沙織が襖の隙間から中を覗き、優花里は襖に耳を当て、中の音を聞こうとしている。
すると、中から声が聞こえてきた。
「どうしてなの? 何で戦車道なんかを・・・。あなたには華道があるじゃない。
それとも、まさか華道が嫌になったの?」
「いいえ、そんな事は・・・。」
「じゃあ、なんで? 何か不満でも?」
百合は華に問いかける。
彼女にとっては、自分の娘が戦車道を始めた事は、非常に理解しがたい事であったからだ。
すると、華は答えた
「そうじゃないんです。
ただ・・・私、昔から、どんなに花を活けても、いつも何かが足りない・・・何かが欠けているような、そんな気がしてならなかったんです。
だから・・・・・。」
それは華が戦車道をやっている理由である。
自分の華道に足りないものは何なのか・・・戦車道を通して、その答えを見つけ出すことが出来るかもしれない。
戦車道を学ぶ事によってで、自分の華道が新たな境地にたどり着けるかもしれない。
華はその一心で、戦車道を選んだのである。
しかし百合にはどうしても理解できなかった。
だから百合は、何とかして戦車道をやめさせようと、華を説得しようとする。
「いいえ。そんな事は無いわ。あなたの活ける花は可憐で清楚。まさに五十鈴流そのものよ。」
しかし、華は譲らなかった。
「それでも・・・・・それでも私はもっと力強い花を活けたいんです!」
華は強く言い切る。
それは百合にとって、娘の初めての反抗であった。
百合はその事にショックを受ける。
「そんな・・・・・・。 素直なあなたは一体どこに行ってしまったの? これも戦車道のせいなの?」
彼女は嘆くように言った。
「戦車道なんて・・・・不格好で野蛮で古臭いだけじゃない。 戦車なんて全部鉄屑になってしまえばいいんだわ!」
「鉄屑・・・だと・・・。」
「まあまあ、落ち着いてゆかりん。」
その時、戦車が大好きな優花里が額に青筋を浮かべながら呟き、沙織がそれを宥めた。
504: 2015/11/29(日) 00:36:42.17 ID:tjwS4de90
とにかく、華と百合は互いに一歩も譲らずにいた。
戦車道なんか野蛮な物だと主張し、華に戦車道を辞めさせようとする百合。
それに対し、華は・・・・
「それでも、私は戦車道はやめません。」
強く言い切った。
二人の意見は決して相容れる事がのなかった。
お互いに決して引かない。
そんな中、みほ達はただ事の成り行きを見守る事しかできなかった。
今、親子の間には思わしくない空気ができている。その事をみほは感じ取っていた。
(まさか・・・・。)
この時のみほは嫌な予感が脳裏をよぎっていた。
(いや、さすがにそんな事は・・・・。)
みほはすぐにその考えを振り払った。
しかし、この予感は奇しくも的中してしまう。
百合は華を睨むようにしながら言い放った。
「わかりました。 それじゃあ、もう二度とうちの敷居は跨がないでちょうだい。」
「「「!!!」」」
その場にいた誰もが驚愕する。
それは突然、華に言い渡された勘当宣告である。
新三郎が即座に止めようとするが・・・
「奥様っ!! いくら何でもそれは・・・」
「新三郎はお黙りっ!!」
「・・・っ!!」
百合に一喝されてしまい、何も言えなくなってしまった。
505: 2015/11/29(日) 00:38:57.90 ID:tjwS4de90
それを聞いていたみほ愕然とした。
(そんな・・・・)
あまりにも突然の出来事に驚き、ショックを受けていた。
(こんな事があっていいのだろうか。 華さんはただ戦車道をやりたかっただけなのに・・・・・それなのに、こんな事って・・・)
大切な仲間である華がこんな目に遭わされているという事に対して強い憤りを感じたのである。
同時にみほは、百合が何故あんな事を言いだしたのかを考えた。
(きっと百合さんは冷静さを失っている。だから、あんな事を言ってしまったんだろう。
そんなの駄目だ! そんな形で親子が別れるだなんて・・・・そんなの絶対に後悔する。)
すると、みほは唐突に、ある事を思い出す。
それは、かつてみほが生徒会から、戦車道を履修するように迫られ、脅された時の事だった。
その時に彼女を生徒会の者達から庇ったのは他ならぬ、華達である。
かつて華は、みほの事を友達だと言い、我が身をかえりみずに庇ってくれた。
みほはその事には今でも感謝しており、大きな恩を感じている。
みほは今一度その事を思い出した。
華は大切な友達であり、掛け替えのない仲間。
その華が、母からの勘当宣告を受けるという、人生の岐路に立たされている。
なのに自分は、ただ黙って見ているだけでいいのだろうか? という思いが湧き上がってきた。
みほは必氏で考える。
自分に何かできる事は無いか。何とかこの場を収める方法は無いか。
たしかに、これは家庭の問題と言ってしまえばそれまでかもしれない。
他人がとやかく口出ししていい問題じゃないかもしれない。
(それでも!!)
それでもみほは、黙って見過ごす事など出来なかった。
506: 2015/11/29(日) 00:39:55.34 ID:tjwS4de90
気付いたら、みほは動いていた。
「お待ちください!!」
大きな声で言うと、襖を勢いよく開けた。
「ちょっ、コウちゃん!?」
「西住殿!?」
隣に居た沙織と優花里が驚く、みほは構わずに部屋の中へ入って行き、華と百合がいる方へと歩いて行く。
それに対して百合は怪訝そうな顔をしながら言う。
「何ですか、あなたは・・・」
この時、百合はみほが自分に文句を言いに来たのだろうと、思った。
しかし、それは違っていた。
「部外者は口出ししないで・・・」
口出しするなと、言いかけた時、彼女は絶句した。
この時、百合が見たもの・・・それは自分に対して、平伏して深々と頭を下げていた、みほの姿。
それは所謂、土下座であった。
「えっ!?」
全く予想だにしなかったみほの行動に、百合は思わず目を白黒させる。
「なっ! 小次郎さん!!?」
華も驚く。
そして、そんな彼女をよそに、みほは土下座しながら言った。
「お願いです。どうか華さんを見捨てないでください。」
みほは百合に懇願した。
「ちょっと、何なの突然!!」
突然の事に、百合は混乱気味だった。
しかし、それでもみほは構わずに言う。
「華さんは、ただ・・・成長した自分の姿を、あなたに見てもらいたいだけなんですよ!」
みほのその発言は、華の真意を汲み取ったものであった。
あの時に華が言った言葉・・・
―― 戦車道をやる事によって、今までの自分には無かった、何か大きな物を得ることが出来るような気がしたんです。 ――
その言葉の真意を、みほははしっかりと汲み取っていたのであった。
みほの発言に、百合はハッとする。
それまで百合は、華が戦車道をやったのは、単に自分に対する反抗なのだとばかりに思っていた。
しかし、それは違うと、悟る。
507: 2015/11/29(日) 00:41:05.88 ID:tjwS4de90
更にみほは続けて言った。
「このまま別れてしまったら、絶対に後悔しか残らない筈です。
お願いです。どうか、冷静に。」
この時に百合は自分が冷静さを失っていた事に気付く。
よくよく考えてみれば、自分は戦車道の事をよく知らない。
本当は、戦車道ってそんなに悪いものではないのではないか。なのに偏見だけで蔑視してしまっていたんじゃないのか・・・そう思えてきた。
そして何よりも目の前で、自分に土下座している、みほの姿・・・
そうまでして、必氏で自分を説得しようとするみほの姿からは、華の事を本気で思いやる心が伝わってくる。
その、みほの熱意に百合は心を打たれ、同時に己を恥じた。
(友人の彼はこんなにも華の事を思ってくれているのに・・・それに引き替え、私ときたら、自分の考えを押し付けるばかり。)
百合は先ほどまでの自分を反省した。
「ごめんなさい。 私も少し、冷静さを欠いていたわ。」
百合はそう言うと、改めて華と向き合った。
「華。」
「お母様・・・。」
「それでも私は戦車道を認める事は、少なくとも今は出来ません。だから・・・」
そして、百合は華の目を見ながら言った。
「だから、その戦車道を通して、私を納得させられる作品を作り上げる事・・・・それが出来たなら、その時は戦車道を続けていくことを認めましょう。
これが最大限の譲歩よ。」
「お母様!」
その時、華はパァっと表情を明るくさせた。
説得が成功したのである。
すると、みほが再び深々と頭を下げながら言う。
「ありがとうございます。」
まるで自分の事のように、みほは喜んだ。
かつて自分を助けてくれた恩人である華。そんな彼女に恩返しする事が出来たのなら、みほにとって、こんな嬉しい事はなかった。
こうして華と百合は、みほの懸命な説得によって、ケンカ別れにならずに済んだのである。
この時、華はみほに心の底から感謝したのであった。
508: 2015/11/29(日) 00:42:15.74 ID:tjwS4de90
・
・
・
・
・
突然のトラブルも、みほのおかげで無事に事態は収まり、華はみほ達と一緒に帰路に付こうとした。
その時である。
「華・・・ちょっといいかしら?」
百合は華を呼び止めた。
「何でしょう、お母様。」
「別の事で、ちょっと話があるわ。」
百合に呼ばれ、華はみほ達に「先に行っててください」とだけ言うと、再び母の元へ行き、二人きりになる。
「彼・・・・たしか西住小次郎君だったかしら。」
「ええ。私の友達です。」
「そう。良い友達を持ったわね。」
「はい。」
華は改めて、みほの事を思う。
自分の為に、頭を下げてまで、百合を説得してくれた事に、華は改めて心から感謝した。
509: 2015/11/29(日) 00:43:15.23 ID:tjwS4de90
すると百合が言った。
「それで小次郎君の事なんだけど・・・・彼、本当にただの友達なの?」
「・・・と、言いますと?」
質問の意図が分からず、華は聞き返す。
すると、百合は小指を立てながら言った。
「本当はあなたの・・・・“これ”なんじゃないの?」
「・・・・・・・?」
華は最初、首を傾げた。
「え!?」
しかし少し間を置いて、百合の言った言葉と、立てられた小指の意味を察した。
華の顔が瞬く間に真っ赤に染まっていく。
「なっ!? ちょ、お母様!! 別に彼とはそんなんじゃ・・・///////」
「あら、そうなの? 私はてっきり彼は華の“これ”なんだとばかり思ったのに。 遂に娘にも春が来たって・・・。」
「いや、違うんですよ。本当に彼とはそんなんじゃなくて・・・そりゃあ、そういう関係になれたらいいなとは思ったことはありますけど・・・/////」
「え? 何ですって?」
「な、何でもありません! ///」
ますます顔を赤くする華をよそに、百合はみほの事について今一度考えてみた。
華の為に全力を挙げて自分を説得しようとした、その熱意。人の為に頭を下げる事も厭わないその姿勢。
百合は“西住小次郎”に理想の男性像を見出していたのである。
「とにかく、彼のような男にだったら安心して娘を任せられるわ。彼は是非とも、我が五十鈴家に婿として招きたいわね。」
「なっ!!」
百合のその言葉に、華は絶句した。
そして、同時に想像する。
もし本当にそうなったらどうなのか、と。
(小次郎さんが、お婿に・・・・。)
華は頭の中で妄想した。
そしてイメージとして思い描く。“五十鈴小次郎”の姿を・・・。
(悪くはないかも・・・・というか、むしろ最高!!)
一方その頃のみほはというと・・・
「華さん、遅いな。」
そんな事態になっているとはつゆ知らず、ただ華の帰りを待っているのであった。
525: 2015/12/21(月) 19:40:54.53 ID:5Yyqg3yt0
五十鈴家での騒動が無事に解決した、その後の事である。
みほ達は先に家の表に出て、華を待っていた。
すると、そこへやって来た新三郎がみほに声をかけてきた。
「あ、あの・・・。」
「はい? どうしました?新三郎さん。」
「西住さん・・・この度は本当にありがとうございました。」
新三郎は深く頭を下げながら言った。
「西住さんのおかげで、お嬢と奥様が最悪の形で別れずにすみました。」
「いえ・・僕なんて別にそんな大した事はしてませんよ。」
「いいえ。そんな事はありませんよ。全て西住さんのおかげです。改めてお礼を言わせてください。・・・・・・それで・・・」
すると、新三郎は心なしか小声になる。
「それで、西住さん・・・話は変わるんですが」
「はい? 何でしょう?」
「ここだけの話なんですが・・・・西住さんとお嬢とは一体どのようなご関係なんですか?」
「え? 華さんとの関係ですか?」
「ええ。」
それは新三郎が、みほを見た時からずっと気になっていた事だった。
新三郎から見れば、華の学友として紹介された者達の中にいた唯一の男。
そして、先ほどの騒動に際に、身を挺して華を庇った、みほの行動の事を考えると、ただの男友達とは思えなかった。
(もしかして、西住さんはお嬢の恋人なのでは?)
そんな疑問を抱いた新三郎。
だから彼はみほに問いかけた。二人はどのような関係なのかと・・・。
その問いに対して、みほは答えた。
「華さんは、僕にとって“大切な人”です。」
みほにとっては、華は恩人である。
ただの“友達”という一言で片づけられるものではなかった。
だからみほは華の事を“大切な人”と言った。
しかし・・・・
(そうか。やはり、そうだったのか。 “大切な人”か・・・・・遂にお嬢にも春が来たんだ。)
この時、二人の間で微妙にすれ違いが発生していた。
みほは華の事を、仲間という意味で“大切な人”と言った。
しかし、新三郎はみほの言葉を、恋人という意味での“大切な人”と解釈。
つまり二人は互いに相手の言葉の意図を誤解していたのだった。
526: 2015/12/21(月) 19:42:27.63 ID:5Yyqg3yt0
そうとも知らずに、新三郎は心の底から歓喜した。
五十鈴家に仕える者として、こんなにめでたく、こんなに嬉しい事は他にない。
「西住さん!!」
「はい。」
「お嬢を・・・・お嬢を、よろしくお願いします!!」
その新三郎の言葉に対し、みほは言った。
「はい。お任せください。」
勿論、それは仲間として・・という意味であるが、新三郎はその事に気づかず、お互いにすれ違ったままである。
新三郎は誤解に気づかないまま、遂には感極まって嬉し涙を流した。
(お嬢・・・どうか末永くお幸せに。)
そんな新三郎の真意など知る由も無いみほ。
すると、みほはポケットからハンカチを取り出した。
「あの・・・新三郎さん。」
「グス・・・はい?」
「良かったら、これをどうぞ。」
そう言うと、みほはハンカチを差し出した。
理由はどうあれ、目の前で涙を流す彼の姿を見たみほは、放っておけなかったのである。
「ありがとうございます。」
新三郎はそのハンカチを受け取ると、涙を拭った。
(ん? このハンカチ・・・・・)
心なしか、そのハンカチは良い匂いがするような気がする。
その時、彼はふとみほの方を見た。
新三郎と目があったみほ。
すると、みほはそっと微笑んだ。
「・・・・!!」
その笑顔を間近で見た新三郎は、思わず目を見張り、息を呑んだ。
(西住さん・・・・・よく見ると凄い美形だ!)
それまでは、あまり意識していなかったが、改めてみほの顔を見た彼は思った。
こうして見ると、非常に美形であると。
整った顔立ちをした中性的な容姿。
精悍で凛々しく、それでいて尚且つ、どこか少女のような愛らしさをも感じさせる、その容貌や仕草。
新三郎の目には、みほの姿はまさに美少年として映っていた。
そしてその時、新三郎は自分がみほに見惚れ、ドキドキしてしまっている事に気付く。
(ハッ!!)
新三郎はそんな自分に驚愕した。
そして咄嗟にみほから視線を逸らす。
(そんな馬鹿な!! 今、俺、西住さんの笑顔にときめいていた!? いや、ありえん!!
そりゃ、たしかに西住さんはよく見ると結構可愛いけど、れっきとした男の子なんだぞ!! 可愛いけど・・・・/////
て、イカン!何考えてるんだ、俺! 落ち着け・・・落ち着くんだ、俺。
相手は男の子なんだ。絶対にありえない。 そうだ、気のせいだ。きっとただの気のせいなんだ。そうに違いない。)
527: 2015/12/21(月) 19:43:59.89 ID:5Yyqg3yt0
若干、思考がパニック気味になっていた新三郎は心の中で自分自身に言い聞かせる。
そして、今一度みほの方を見た。
「・・・・?」
その時のみほは、突然に目を背けた新三郎を見て、不思議そうに小首をかしげていた。
まるで小動物のような、その可愛らしい仕草を見た新三郎は、更に心臓が高鳴り、頬が赤く染まる。
(気のせいじゃなかったあああぁぁぁ!!!
う、嘘だ! よりによって男の子・・・しかもあろうことか、お嬢の恋人!! そんな相手に俺は・・・・うああぁぁぁぁ!!!)
みほの本当の性別など知る由もない新三郎は、脳内大混乱に陥った。
(いくらなんでも、それはまず過ぎる。
仮にお嬢の恋人である事を抜きにしても、西住さんは現役高校生・・・・対して俺なんて、おっさんじゃないか!
下手すれば、親子ほどの歳の差だぞ!! というか、それ以前の問題だ!!!
まあ、たしかに西住さんは可愛くて、パッと見、まるで女の子みたいな、愛らしさを感じさせるけど・・・・
どんなに可愛くてもれっきとした男の子なんであって・・・俺自身も男♂なんであって・・・・それは禁断なんであって・・・。)
何やらさっきから思考が混乱している上に堂々巡りしている。
そんな新三郎にみほが声をかけた。
「あの・・・新三郎さん?」
「は、はひぃっ!!! ////」
思考に没頭してしまっていた新三郎は、声をかけられた途端に激しく動揺し、声が裏返ってしまった。
「大丈夫ですか?」
「だだだだ大丈夫でふ!! ////」
しかも、思いっきり噛んだ。
この時の新三郎は明らかに挙動不審であった。
そして、そんな新三郎に対し、みほは心配そうに、顔を覗き込む。
「どうしました? どこか具合でも悪いのですか?」
「・・・・ッ!!! /////」
みほからすれば、新三郎の様子が急におかしくなったので、何か体調に異変があったのかと思い、心配になったのである。
実際には、ただみほの容姿にドキドキしているだけだった。
だが、そのような事など知らないみほは、彼の事を心配し、顔を覗き込んだ。
(うわぁ・・・西住さん、近い!近いよ!! //////)
しかし、そのせいで新三郎はみほの顔をより間近で見る事になり、高鳴っていた心臓がより激しく鼓動し、顔もみるみる真っ赤になっていった。
528: 2015/12/21(月) 19:44:33.97 ID:5Yyqg3yt0
「ななな何でもないです!」
すると、狼狽える新三郎に、みほは更に近づいていった。
「本当ですか? 何か顔色も悪いように見えますが・・・。」
「ほ、本当に大丈夫です!」
後ずさる男に、迫る美少年。
傍から見ると、絵的にかなりヤバイ状態である。
そして、そんな二人から少し離れた所にいた優花里と沙織は、赤面しながらも、その様子をまじまじと見つめていた。
(新三郎殿・・・・・あんなに頬を赤くして・・・。西住殿に一目惚れしてしまったんですね。西住殿の魅力が遂に同性までもを虜に・・・。 //////)
(これって禁断の恋じゃん! やだもー!! これが俗に言う、BLってやつ? 初めて見た。 /////
でも。コウちゃんは全く他意は無さそうだけど・・・。)
そして、華と百合もその様子を離れた所から見ていた。
「新三郎・・・・・。」
「小次郎×新三郎。これはこれでアリね。 //////」
「えっ!!?」
529: 2015/12/21(月) 19:45:10.62 ID:5Yyqg3yt0
・
・
・
・
・
・
その後、みほ達は五十鈴邸を後にし、学園艦の停泊している港へと帰還する。
その頃にはもう日も沈んでいた。
「遅かったな。」
そこには、用事を済ませて、先に戻っていた麻子が立っていた。
そんな麻子と合流したみほ達は、そのまま学園艦へと乗艦する。
「出港予定時刻ギリギリよ。」
「悪いな、そど子。」
「誰がそど子よ! 私には園みどり子っていう名前があるのよ!!」
「あーはいはい。わかったよ、そど子。」
「コラッ!!」
風紀委員のそど子と麻子が言い合いを他所に、みほ達は素早く乗り込んでいった。
こうして学園艦はみほ達を乗せて出港・・地上の大洗の街を後にし、再び大海原へと漕ぎ出していったのであった。
すると、麻子が沙織に尋ねる。
「随分と遅れてきたが、何かあったのか?」
「それは・・・・色々とあったのよ。色々とね。 /////」
「・・・・・?」
その時の沙織は、みほと新三郎の、例の事を思い出し、再び顔を赤くした。
(本当に何があったんだ?)
その沙織の意味深な表情を見た麻子は、怪訝そうな顔をした。
530: 2015/12/21(月) 19:46:16.26 ID:5Yyqg3yt0
すると、そこに生徒会の杏達がやって来た。
「みんなー。今日は本当にお疲れ様。」
杏は皆に労いの言葉をかける、次にみほに向かって言った。
「西住君・・今回の勝ちはひとえに君のおかげだよ。
これからは作戦も、西住君に任せようと思うんだけど、いいよね。」
「えっ!!」
杏の隣にいた桃が、思わず声を上げた。
しかし、今回の試合で作戦の崩壊をカバーしてくれたのは、間違いなくみほである。
だから、さすがの桃も文句は言えなかった。
「まあ、会長がそう仰るなら・・・。」
そう言って、桃は渋々従った。
「あとさ・・・グ口リアーナから、西住君宛に荷物が届いたんだけど・・・これ。」
すると、杏は一つの小包をみほに手渡した。
「グ口リアーナから? 一体なんだろう?」
そう言ってみほは小包を開封した。
開けてみると、そこに入っていたのは、紅茶の茶葉とティーセット。あと、手紙が入っていた。
みほは、その手紙を開いて読んでみた。
『今日の試合は非常に面白かったわ。
久しぶりに楽しい試合ができて、私はとても満足よ。
あなたとは、またいつか戦いたいわ。
もし機会があったら、私達ともう一度試合をしましょう。
グ口リアーナ隊長、ダージリンより。』
手紙には、そのように書かれていた。
「聖グ口リアーナ女学院は好敵手と認めた相手にのみ、敬意を表して紅茶を送る習慣があるそうです。
これは凄い事ですよ、西住殿! あの名門のグ口リアーナから認められたという事です!!」
優花里が興奮気味に言った。
「ん?」
その時、みほはある事に気付いた。
「あれ? よく見たら文に続きがある。」
よく見てみると、手紙の文章の最後の方に続きがあった。
みほは改めて目を通してみた。
『追伸。
もしよろしかったら今度一緒にお食事でも、いかがかしら?
綺麗な夜景を見ながら食事ができる、いいカフェがあるわ。
そこには、とっても美味しい紅茶やケーキがあるの。
そこで、あなたと一緒に紅茶を飲む時を楽しみに待ってるわよ。』
手紙の最後の方には、そう書かれていた。
531: 2015/12/21(月) 19:47:07.90 ID:5Yyqg3yt0
その時、その場にいた誰もが察した。
この人も、小次郎(みほ)惚れ込んだクチか、と。
試合直後に名前を聞きだし、その後で贈り物に手紙を添えて、アプローチをかける。
その上で食事に誘うという、まさに積極攻勢。
恋愛と戦争では手段を選ばないと言われる英国淑女(本当は日本人だけど)の大胆な強襲作戦(?)である。
そのダージリンの意図を察した、優花里、沙織、華、麻子は思った。
(西住殿が、遂に他校の人までも魅了してしまった。)
(この人もコウちゃんを狙ってるの? やだもー!)
(私も、この人くらい積極的な方が良いのかしら? /////)
(コイツ・・・中々やるな。)
そんな中、当人のみほはと言うと・・・・
(ダージリンさん、良い人だな。 これが所謂、戦いの中で芽生えた友情ってものなのかな。)
みほだけは分かっていないようだった・・・・・。
何にせよ、こうして色んな意味で、グ口リアーナが新たなライバルとして、大洗の前に突如立ち塞がったのであった。
532: 2015/12/21(月) 19:48:15.69 ID:5Yyqg3yt0
一方・・・その頃、五十鈴邸では・・・・。
「俺は、どうしたらいいんだ。」
新三郎が一人悶々としていた。
みほに対して、突然に芽生えてしまった感情。
「お嬢の恋人にそのような感情を抱くことなど・・・。」
いけない事だと思いながらも、拭い切れない恋心。
―― 新三郎さん・・・・ ――
今でも思いだせる、あの笑顔。
あの愛らしさ。
「俺は一体どうしたらいいんだああぁぁ!! 俺はノンケの筈なのにいいぃぃぃ!!!」
一人苦悩する新三郎。
勿論、みほはこの事など知る由もなかったのであった。
553: 2016/01/08(金) 23:05:12.44 ID:y/ogWxv5o
その日、みほは生徒会から呼び出しを受けていた。
「一体なんだろう?」
そう言いながら、みほは生徒会室へ向かった。
「やあ、西住君。待ってたよ。」
みほが生徒会室に行くと、そこには杏がいた。
「それで、会長・・・お話とは?」
すると、杏は言った。
「以前から頼んどいておいた、隊長の件なんだけどさ。」
「・・・あっ!」
その言葉で、みほは思い出した。
以前にみほは杏から、大洗チームの隊長をやってもらいたいと依頼されたことがあった。
その時、みほはその場で返答をせずに保留してもらったのである。
グ口リアーナ戦の時にみほがやっていたのは、あくまでも臨時の指揮官であって、まだ正式には隊長になったわけではなかった。
しかし白熱のグ口リアーナ戦や、その後に起きた騒動など色々あって、そのせいですっかり忘れてしまっていたのだ。
「それでさ・・引き受けてくれる気になったかな?」
「そ、それは・・・・・・・。」
みほは言葉に詰まった。
みほは、その問いに返答することが出来なかった。
彼女の中には未だ躊躇いがあったのだ。
自分なんかに隊長が務まるのか、という懸念。
そして、失敗してしまうのではないか・・・皆を失望させてしまうのではないか、という不安な思い。
つまり、みほは自信が無いのである。
グ口リアーナ戦であれだけの成功を収めても、それでもみほは自分に自信が持てずにいた。
「すいません。・・・もう少し時間をください。」
みほは、そう言うのが精一杯だった。
結局みほはその場で引き受けることは出来ず、また保留してもらった。
・
・
・
・
その後、みほは一人で考え込んでいた。
(僕なんかに隊長が務まるのだろうか。 かつて、全てを投げ出して、黒森峰から逃げてきた、僕なんかに・・・・。)
そのようなネガティブな思考が頭の中で渦巻いていた。
いっその事断ってしまいたいとも思ったが、その反面、これだけ自分に期待してくれている人がいるのに、その思いを無下にする事は出来ない、とも思った。
そんな考えが葛藤し、答えを出せないまま、ただ時間が過ぎていく。
554: 2016/01/08(金) 23:06:02.35 ID:y/ogWxv5o
(誰かに相談した方がいいかな?)
このまま一人で考えてても、埒が明かない。そう思ったみほは、誰かに相談する事を考えた。
そして、その相談相手を誰にしようか、と考える。
すると、ある人物の事が頭の中に思い浮かんだ。
それは、みほが最も厚い信頼を寄せている人である。
(相談するなら、あの人しかいない。)
そう考えたみほは携帯電話を取り出す。
そして、その人物のメールアドレスへと一通のメールを送信した。
縋るような思いでメールを送ったみほは、そのまま携帯電話を閉じる。
・
・
・
・
・
・
そして、翌日。
その日は休日であり、戦車道の訓練も休みである。
みほは自宅の前に立っていた。
「そろそろかな?」
みほは腕時計を見ながら呟く。
その日、みほはある人物と待ち合わせをしていたのだった。
そして、もうすぐその約束の時間になる頃である。
すると、そこへ一台のタクシーがやって来た。
そのタクシーは、みほがいる所の近くの場所で停まる。
その者は運転手に運賃を手渡すと、その車から降りた。
そして、みほの方を向くと、微笑みながら言う。
「久しぶりだな。みほ。」
その者の姿を見た途端、みほの表情はパァと明るくなる。
それは、とてもうれしそうな表情であった。
そして、みほは笑顔を浮かべながら、その者に駆け寄る。
「お姉ちゃん。」
そう・・・みほの前に現れたその者は、西住まほであった。
みほの実の姉であり、西住家の長女。
そして名門、黒森峰女学園の現隊長である西住まほ、その人であった。
555: 2016/01/08(金) 23:07:00.14 ID:y/ogWxv5o
実は、昨日みほがメールを送った相手は西住まほだったのだ。
それは時を遡る事、15時間ほど前の事である。
「では、本日の訓練は以上だ。解散。」
その日、まほは戦車道の訓練を終えて、帰ろうとしていたところであった。
彼女はロッカールームへ行くと、鞄の中から携帯電話を取り出した。
戦車道の訓練中は携帯電話は持ち込めない。
まほは携帯を手に取ると、メール着信がある事に気付く。
「ん?誰だろう?」
まほは新着メール欄を開く。
すると、そこには差出人みほと表示された一通のメールがあった。
「みほ!!」
まほは目を見開いた。
彼女は間を置かず、即座にそのメールを開封する。
すると、そこには以下のようなメッセージがあった。
『突然このようなメールを送ってしまって申し訳ないのですが、折り入って相談したい事があります。
今度の休日に会えませんか?』
メールの本文には、そのように書かれていた。
みほからの突然のメールであったが、まほは迷わずに、すぐさま返信した。
『わかった。
明日の8時までにそちらに向かう。待っていてくれ。』
まほはそのように簡潔に返信すると、すぐに出立の準備に取り掛かった。
手早く着替えると、すぐさま空港に問い合わせて、航空券を手配する。
「みほ・・・・何かあったのか?
まあ何にせよ、みほが私の助けを必要としているのなら、私はどこへだって駆けつける。」
そう言うと、まほは黒森峰学園艦の空港へ行き、大洗学園艦行きの便に搭乗したのであった。
こうして、まほは急遽、大洗学園艦へと来訪したのである。
大洗の空港に到着すると、彼女はタクシーに乗り継ぎ、みほの元へと向かった。
556: 2016/01/08(金) 23:07:38.01 ID:y/ogWxv5o
・
・
・
・
・
「どうぞ。あがって。」
「ああ。」
みほに招かれ、まほは部屋の中へと入っていった。
そこは生活に必要なもの以外は何も置いてないような、やや殺風景な部屋だった。
まほは、そんな部屋を見渡しながら言った。
「みほ。こっちでの暮らしは、どうだい?」
「うん、それなら大丈夫。ここでの生活にも大分慣れてきたし・・・それに友達もできたよ。」
「そうか。 正直、心配だったんだが、それを聞いてとりあえず一安心だな。」
まほは、みほの一人暮らしの事に関して、何かと心配していたのだ。
しかし、みほの話を聞いて、とりあえずは安堵した。
「それでな、みほ・・・・・・。」
「ん? 何?お姉ちゃん。」
すると、まほは非常に言いにくそうにしながらも、ある話を切り出した。
「男装の事なんだが・・・・」
「・・・・ッ!!!」
その時、みほの表情が曇った。
まほは言いづらそうにしながらも続けて言う。
「みほ・・・・いつまでも、このままってわけにはいかない。 いつかは必ず本当の自分に戻らなければならないんだ。」
「うん。分かってる。 分かってはいるんだけど・・・・でも・・・」
みほは口籠もった。
まほの言うとおり、いつまでもこのままでいる事など不可能である。
遅かれ早かれ、いずれは本当の自分である“西住みほ”に戻らなければならない。
みほ本人もその事はちゃんと分かっている。
しかし、それでも己を偽り、“西住小次郎”として生きる事をやめられずにいた。
それは過去の忌まわしい記憶に起因するものである。
みほは、そのトラウマから自身の心を守るために、“西住小次郎”という本来の自分のとは別の存在に成り切っている。
そうする事によって、辛うじて精神の平衡を保っているのだ。
みほが今日までに日常生活を送って来れたのは“西住小次郎”があってこそである。
故に、そこに依存しまい、止めるに止められなくなってしまっているというのが、みほの現状であった。
557: 2016/01/08(金) 23:08:32.99 ID:y/ogWxv5o
「いつかは本当の自分に戻る。・・・・でも、今はまだ・・・」
「そうか。」
「ごめんなさい。」
「いや、いいんだ。 焦らずにゆっくりいこう。」
みほの曇った表情を見て、まほは咄嗟にこの話題を打ち切った。
まほとしても出来れば、このような話はしたくはなかった。嫌な事も思い出させてしまうから。
しかし、それでもしなければいけないのは、まほとしても辛いところである。
「そう言えば、私に相談したい事があると言っていたが・・・・」
ここで、まほが本題を切り出した。
「うん。その事なんだけど・・・・お姉ちゃん・・・」
すると、みほは言った。
「僕・・・・また戦車道をやる事になったんだ。」
「え!!」
まほは驚いた。
まさか、みほの口からそのような言葉が出てくるとは思ってもみなかった。
「ごめんなさい。本当はもっと早く言うべきだったんだけど、中々言いだせなくて・・・」
「いや、そんな事は別にいいんだ。 それよりも、みほ・・・本当に戦車道を?」
まほは俄かには信じられなかった。
何故なら、黒森峰であの事件があって以来、みほはすっと戦車道を忌避していたからだ。
下手をすれば、もう二度と戦車道に関わらないのではないか、とすら思っていたほどだった。
それが突然の心境の変化である。
「何かあったのか?」
まほは問いかけた。
すると、みほは事の経緯を詳しくまほに説明した。
生徒会から戦車道の履修を迫られた事や脅された事・・・そして友達が自分を庇ってくれた事を。
仲間達との出会いや、再び戦車道をやる事になった経緯などを詳しく説明したのであった。
558: 2016/01/08(金) 23:09:31.31 ID:y/ogWxv5o
・
・
・
・
・
「そうか。 良い仲間と出会う事が出来たんだな。」
まほは嬉しそうに言った。
この時のまほの心の中にあったのは、安心と喜びであった。
みほが大洗でも上手くやっていけてる事・・・そして何よりも友人に恵まれている事・・・その事に対する安心。
そして、みほが再び戦車道を志してくれた事に対する喜びの感情・・・それが今のまほの心中を占めるものであった。
みほが戦車道をやめようとした時、まほは彼女の意思を尊重して、止めなかった。
でも本当は、出来る事ならみほに戦車道を続けて欲しかったというのが、まほの本心である。
だから、みほから再び戦車道をやると言われた時、まほは嬉しかった。
「本当にごめんなさい。勝手な事ばかりしてしまって。」
「いや、謝る事はないさ。 むしろ私は嬉しいよ。
たとえどこに行っても、みほには私と同じように、戦車道をやっていてもらいたかったから。」
まほは本当に嬉しそうに言った。
「それで・・・・今回相談したい事というのも、その戦車道に関わる事か?」
「うん。」
ここで本題に入った。
「会長から、チームの隊長をやってくれないか、って頼まれてるんだけど・・・。」
「いいじゃないか。 何か問題でも?」
「正直、自信が無い。 僕なんかに務まるかどうか・・・。」
すると、まほは意外そうな顔をした。
「何を言う? 部隊指揮だったら黒森峰の頃にも何度もやった事があるし、ちゃんとこなしていたじゃないか。」
「いや、違う。
僕が黒森峰でやったのは、あくまでも副隊長。 隊長であるお姉ちゃんのサポート役をやってたにすぎない。
僕自身が隊長をやった事なんて今まで一度もなかった。」
すると、みほは言った。
「ねえ、お姉ちゃん。
戦車道の隊長というのはただの指揮官じゃなくて、チームを引っぱっていく存在なんだよね。お姉ちゃんのみたいに。
正直、僕なんかがチームを牽引していく所なんて想像もつかない。
いくら公式戦が無いといっても、もし僕が隊長をやって失敗してしまったら皆を失望させてしまう。
僕はそれが怖くて・・・。」
「・・・・・・・。」
559: 2016/01/08(金) 23:14:23.85 ID:y/ogWxv5o
みほは自らの心境・・・その不安な気持ちを姉に打ち明けた。
隊長という肩書きを背負うという事・・・みほはその事に、不安な気持ちで一杯だったのだ。
杏の頼みを断れず、まほに相談したが、いっその事、止めてもらいたかった。
みほは隊長に向いていない・・・やめた方がいい・・・と。
そうハッキリと言われれば、踏ん切りがつく。
そんな思いでみほは姉に相談したのだった。
「なるほど。みほの言いたい事はよく分かったよ。」
すると、それまでみほの話を黙って聞いていたまほが口を開いた。
「だったら私が断言しよう。
みほには隊長としての素質だって十分にある。みほなら必ず出来る筈だ。」
「・・・・!!」
みほは驚いたが、まほは構わず続けた。
「私はずっとみほの事を見てきた。
みほの才能も・・・そして努力も。今まで、みほの事を誰よりもしっかり見てきた私が言うんだから間違いない。
みほだったら、チームの隊長としての務めをしっかり果たす事が出来る筈だ。
もっと自分に自信を持て。」
「お姉ちゃん・・・・。」
まほのその言葉は、みほにとって、とても心強いものである。
すると、まほはそっとみほの肩に手を置いて言った。
「それにな・・・私も見てみたいんだよ。隊長として活躍するみほの姿をな。」
「本当に・・・・・・・本当に僕なんかで大丈夫なのかな?」
「ああ。私が保証してやる。 だから、思い切ってやってみろ。」
みほの胸中に渦巻いていた不安な気持ちが、まほの言葉によって一気に霧散する。
みほが誰よりも信頼している実の姉・・・そのまほの言葉は非常に大きかったのだ。
「ありがとう、お姉ちゃん。 おかげで決心がついたよ。」
あれだけ強かった躊躇いや不安な気持ちが、まほの励ましによって消えた。
そして、自分に期待をかけてくれる者に応えよう、という思いが湧き上がってくる。
「僕・・・隊長をやるよ。」
みほは決意したのであった。
560: 2016/01/08(金) 23:15:04.75 ID:y/ogWxv5o
・
・
・
・
「やっぱり、お姉ちゃんに相談して良かった。」
まほの助言のおかげで問題が解決し、みほは胸のつかえが取れるような思いだった。
だから、この時のみほの表情はとても明るく、それを見ているまほも何だか嬉しくなる。
「そうだ。お姉ちゃん、お茶飲む?」
「ああ。じゃあ、一杯いただこうかな。」
すると、みほは台所へ行き、お茶を汲もうとした。
しかし、そこで茶葉が無くなっている事に気付く。
「あっ! お茶が切らしてた。 ちょっと買ってくるね。」
「みほ、私も行こうか?」
「いいよ。僕が買ってくるから、お姉ちゃんはくつろいでて。」
そう言うと、みほは出かけて行った。
みほが外出し、部屋にいるのは、まほ一人だけになった。
「・・・・・。」
その場でじっとしていたまほだったが、しばらくするとスッと立ち上がった。
そして、そのまま部屋に置かれていたベッドの方へ歩いて行く。
そして言った。
「こ、これがみほの使っているベッドか。//////」
何やら顔が少し赤くなっている。
そして、手で触って感触を確かめた。
「ベ、別にそういうアレじゃないんからな。//////
みほがちゃんとしたベッドを使っているかを確かめるだけであって、決して、そんないやらしいアレなんかじゃないんだからな。//////」
一体誰に対して言い訳しているのだろうか、まほは一人でぶつぶつと呟いた。
「ほら・・睡眠環境って、健康のためにはとても重要じゃないか。
そのためにも、ちゃんと安眠できるような良質なベッドや枕を使っているのかどうかを確認しなければならない。」
そう言うと、まほはベッドに腰掛けた。
「だから、ほんのちょっとだけ・・・//////」
そして、まほはそのまま横になった。
「ふむ。これは中々いい。」
561: 2016/01/08(金) 23:15:52.51 ID:y/ogWxv5o
ここまで来たら、もはや今更言うまでもないが、まほは所謂シスコンというやつである。
妹であるみほの事が大好きで、目の中に入れても痛くない、というくらいに溺愛していた。
みほの事が可愛くて愛おしくて堪らない、そんな感じの人なのだった。
(みほの匂いがする。///////)
みほの前ではクールに振る舞ってきたまほ。
しかし内心は、今すぐにでも力いっぱいにみほを抱きしめてクンカクンカしたり、prprしたいと、ずっと思っていた。
当然、その事はみほには悟られてはいない。
だからこそ、みほは姉の事を心から尊敬し、憧れ、理想の姉としての人物像を、まほに見出している。
そのみほの抱いているイメージを壊すわけにはいかないと、まほ必氏で己の欲望を抑え、良き姉であり続けた。
でも、やっぱり本当はクンカクンカしたり、prprしたい。
だからこうして、果たされない欲求の憂さを晴らすために、みほの見ていない所でこっそりと、このような事をしているのである。
みほのベッドに、その体を横たえて、枕に頬ずりをしたりする。
そんな状態がしばらく続いた後、まほは次第に眠くなってきた。
(あれ? 何だか眠くなってきた。)
ベッドの質が良かったせいか、まほは心地良い睡魔に襲われ、徐々に瞼が重くなってきた。
(いかん。このままでは寝てしまう。 あぁ・・・でも、もうちょっとだけ・・・・・・Z Z Z z z z。)
そして、瞼が完全に閉じられる。
562: 2016/01/08(金) 23:16:34.28 ID:y/ogWxv5o
「ただいま。」
そこへ、みほが帰って来た。
「あれ? お姉ちゃん?」
みほが部屋に入ると、そこにはベッドの上ですやすやと寝息を立てるまほの姿があった。
「Z Z Z z z z ・・・。」
「お姉ちゃん・・・疲れてたのかな。」
そう言ったみほは、まほを起こす事無く、そのままそっと布団をかけてあげた。
・
・
・
・
・
・
「Z Z Z z z z z ・・・・ん?」
まほは目を覚ました。
(ハッ、いかん! いつの間にか眠ってしまっていた。)
まほは慌てて起きようとした。
しかし、その時にある事に気付く。
563: 2016/01/08(金) 23:17:05.61 ID:y/ogWxv5o
(あれ? いつの間にか掛布団が・・・。)
いつの間にか掛布団が自分の体を覆っていた。
(ん? ・・・・あれ!? 誰だ!!?)
そして、その布団の中に自分以外にも誰かがいる事に気付く。
寝起きの頭が急激に覚醒していった。
まほはすぐに布団を捲り、自分の隣にいる者を確かめる。
「んぅ・・・・お姉ちゃん・・・Z Z z z。」
「!!!!!!!!」
そして一気に眠気も完全に吹き飛ぶ。
まほの隣で、みほが寄り添うように眠っていたのだ。
(何ここ!! 天国!?)
「ん・・・・あ、お姉ちゃん。」
すると、みほが目を覚ました。
「すまない。起こしてしまったか。」
まほはさっきまで緩んでいた表情を一瞬で引き締めた。
「えへへ。こうして一緒に寝るのも本当に久しぶりだよね。」
「ああ。そうだな。昔はよく、こうして一緒に寝たものだな。」
まほは表面上は冷静にしていたが、内面は大変な事になっていた。
(うわあああああ!! みほおおおおお!!! 天使だ!! 天使が私の隣に寄り添っているよ!!!)
この時のまほは、まさに脳内大混乱である。
「こうすると温かいね。」
そう言ったみほが、まほに抱きつくように、更に体を密着させた。
(はぅっ!!////)
無邪気に甘えてくるみほに、まほはえも言われぬ多幸感を感じる。
(うおおおおおおおおおおおおおおお!!! みほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! ///////)
その後、妙に肌がツヤツヤした状態で戻って来たまほの姿が、黒森峰の生徒に目撃されたされたとか・・・。
564: 2016/01/08(金) 23:17:53.88 ID:y/ogWxv5o
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そして、後日。
みほは学校で再び生徒会室へ行った。
「やあ、西住君。 先日の例の件なんだけどさ・・・どう? 受けてくれる?」
杏の問いに、みほはハッキリと答えた。
「はい。謹んでお受けします。」
みほが大洗の隊長に、正式に就任した瞬間であった。
610: 2016/04/18(月) 00:08:17.46 ID:ki2ybgIko
みほが大洗戦車道チームの隊長に正式に就任したという事はすぐさま知れ渡る。
その事に多くの者は喜んだ。
以前から、みほに隊長をやってもらいたいと思う者は大勢いたのだ。
グ口リアーナ戦でみほが見せた、その卓抜した指揮能力。
そして常に冷静さを崩さず、時には仲間を勇気づける、その凛々しく頼もしい姿。
そんなみほが自分達の上に立つ事を多くの者達が望んでいたのだった。
「遂に西住殿が隊長に。 これから楽しみですね。」
優花里は本当に嬉しそうにしていた。
「まあ、妥当なところだろう。小次郎以外でそれが務まる奴は他にはいない筈。」
麻子もこの事に納得している様子である。
「コウちゃんが隊長かぁ・・・何か凄くいいね。」
「ええ。とっても素敵ですね。」
沙織と華も喜んでいた。
「いよいよ、小次郎君が我らの隊長に。」
エルヴィンも、みほが隊長になる事を歓迎している様子である。
そして、エルヴィンは思考を巡らせた。
「もし隊長の指揮下で、大活躍をする事ができれば・・・・・。」
そう言って、エルヴィンは想像する。
『貴官の活躍を称え、ここに鉄十字章を授与する。 貴官には、これからも期待しているよ。』
「・・・・みたいな感じになるかもしれない。////」
妄想の中で、何故かドイツ軍服を身に纏ったみほから勲章を授けられたエルヴィンは、少し頬を赤くした。
「我々も心してかからねばな。・・・・・・西住隊長・・・////」
「西住隊長の下で手柄を上げるぞ。そ、そうすれば・・・/////」
「敵将を討ち取り、その首級を西住隊長に捧げるぜよ。 そうすれば、きっと・・・////」
そして、カエサル、左衛門佐、おりょうも、それぞれ想像して頬を赤くしながらも、意気込んでいる。
611: 2016/04/18(月) 00:09:38.13 ID:ki2ybgIko
「私達も頑張らなきゃ! 頑張って西住隊長に褒めてもらうんだ。/////」
「「「「「おおー!!////」」」」」
梓も頬を朱色に染めながらの意気込み、同様に頬を染めていた、あゆみ、桂利奈、優季、あやが頷き、同じく意気込んだ。
「・・・・・・。////」
そして紗希は相変わらず一言も喋らなかったが、頬を赤くしながら黙って頷いていた。
「わ、私達も、頑張るぞー!! 小次r・・・じゃなくて、バレー部復活のために!! ////」
「「「「おおー!!////」」」
元バレー部の典子達も同じ様に張り切っていたのである。
612: 2016/04/18(月) 00:10:07.75 ID:ki2ybgIko
すると、そこへみほがやって来た。
「すいません。遅くなりました。」
その時のみほは、何やら大量の紙の束を両手で抱えていた。
「よいしょ。」
重そうに紙の束を抱えていたみほは、適当な場所を見つけると、そこに置いた。
「西住、何だそれは?」
近くで見ていた桃が尋ねた。
すると、みほは答える。
「これですか? これは、これから使う書類です。」
そう言うと、みほは紙の束の中からいくつかの書類を取り出す。
「まず、これは人員育成計画書です。今後のチーム訓練の基本方針や、トレーニングメニュー等をまとめた上げてあります。」
そう言ったみほは、続けて別の書類を取り出し、それを生徒会長の杏に手渡した。
「あと、これは各種部品や燃料、弾薬等の調達費用の予算見積書になります。」
「ありがとうね、西住君。私達、戦車の事にはあまり詳しくないから、こういうのがあると助かるよ。」
そして更にみほは続けて言った。
「そして、これは座学用のテキストです。人数分用意しときました。今日の訓練はこれを使った座学中心でいきます。」
みほが取り出したのは冊子状にまとめられた教材であった。
それを見た桃は驚いた。
「 西住・・・これ全部、お前一人で作ったのか?」
「はい。一冊分作って、あとは人数分コピーしたんですけど・・・。」
その座学用のテキストは、みほの手作りの物であった。
戦車道をやる上で必要な心構えや、注意しなければいけない事、そして戦車戦術等がイラスト付きで非常に分かりやすく書かれている。
それを見た者達は皆、驚き、そして感心した。
同時に、これだけの物を短時間で作り上げたみほの、その並々ならぬ意気込みを皆が感じ取っていた。
そして、そのみほの様子を見て、ある者がほくそ笑んだ。
それは生徒会長の角谷杏。みほを戦車道に引き込んだ張本人である。
(西住君、最初は乗り気じゃなかったようだけど、今は張り切って、隊長をやってくれてるみたいだね。 よかった。)
杏は思惑通りに事が運んだことに、まずは一安心していた。
(うちのような新設の弱小チームが勝つためには、西住君の隊長としての力がどうしても必要だからね。
だから嫌々やってるようじゃ駄目。
隊長として全力でチームを引っぱってくれないと・・・・じゃないと“全国大会優勝”なんてそれこそ夢のまた夢。)
杏は秘かに全国高校戦車道大会の制覇という壮大な目標を立て、その目標目指して邁進していたのだった。
みほはその事を未だ一切知らされてはいないのだが・・・・。
613: 2016/04/18(月) 00:11:10.38 ID:ki2ybgIko
何はともあれ、みほの隊長としての活動が遂に始動。
みほの指導の下、大洗戦車道チームの本格的な訓練がここからスタートしたのであった。
みほが隊長に就任しての初日。
この日の訓練は座学中心のものとなった。
教室に集まった一同。
皆は各自席に付き、みほから配られたテキストに目を通す。
「それでは、テキストの6ページを開いてください。」
そして、みほは教室の前のに立ち、黒板を使いながら、解説をしていった。
「操縦手の心得についてです。
操縦手というのは、ただ車輌を走らせればいいというものではないのです。
砲手がより目標を狙いやすくするするには、どのように走行すれば良いのか・・・操縦手は常にその事を考えながら操縦桿を握らなければなりません。
戦車の射撃において、操縦手と砲手との連携は非常に重要なのです。 砲手の照準のアシストを行うのも操縦手の役目であると考えてください。
特に砲塔がないⅢ突や、M3のような特殊な戦車の場合は、その事が特に重要になってきます。
主砲の可動域が狭いので、まず操縦手が車体の向きを調整し、その限られた射界に敵を捉えなければなりません。」
操縦手に必要な事について解説していく、みほ。
「操縦手は常に砲手の目線に立って考え、操縦桿を握る・・・・それが優秀な操縦手になるためには必要なのです。」
みほは丁寧に分かりやすく説明していった。
こうしていると、まるで学校の優しい先生みたいである。
というよりも下手な教師よりも教えるのが上手いかもしれない。
みほは非常に丁寧に解説をしながら座学を進めていった。
「ふむふむ、なるほど。この場合はこうした方がいいのか。」
「ああ・・・・あれってそういう事だったのか。」
聞いていた者達は口々に言った。
今まで適当でやってしまっていた事や、セオリーを知っていてもその意味までは知らずにやっていた事などは、多々あった。
しかし、それがみほの座学を受ける事によって、理解を深める事ができたのである。
これによって、実戦における各員の動きは大きく改善されることが期待できる。
「では次は、テキスト12ページを開いてください。」
このような感じで、みほは座学を進めていくのであった。
614: 2016/04/18(月) 00:12:18.60 ID:ki2ybgIko
・
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・
そして、また別の日・・・・
「今日は戦車を使っての訓練です。 この前の座学でやった事も踏まえて、実際に戦車を動かしていきましょう。
それでは乗車開始。」
「「「はい。」」」
みほの掛け声とともに、各員が戦車に乗り込んでいく。
「今日は、前日に配布したトレーニングメニューの、1番でいきます。
ここからA地点まで移動。その後は、そこに設置されている的を使って射撃訓練を行ないます。
それでは、これより各車行動開始。」
みほがそう言うと、各チームの車両が動き出した。
この日の訓練がスタートする。
そして訓練中、みほは各車の動きをしっかり観察した。
「Eチーム。コーナリングの時に少し外側に膨らみ過ぎています。曲がる前にもう少し減速を。」
「はい。」
拙い動きがあれば、すぐに無線で指示を出し、アドバイスをしていくみほ。
そして射撃訓練中にも各車の動きを観察する事を忘れない。
「Cチーム。撃つ直前は極力車体を揺らさないように。」
「はい。」
「Bチーム。落ち着いてよく狙ってください。 レティクルを使って、もっと正確に距離を測って。」
「わ、分かってる。え~と、この距離は・・・・。」
みほは、広い視野で訓練全体を見渡し、改善すべき点を見つけては、即座に指示をしていく。
615: 2016/04/18(月) 00:12:51.11 ID:ki2ybgIko
そして訓練が一通り終わる後、最後にみほが、観察によって分かった事を全チームの各員一人一人に言って回った。
「左衛門佐さん。停止後の射撃の際に、早過ぎるタイミングで引き金を引いてしまう傾向があります。
今後は射撃前に一呼吸置いてから撃つようにしてみましょう。
それだけでも、命中率の向上が期待できます。」
「御意。」
みほは、各員の癖や傾向を的確に見抜いていき、それに合ったアドバイスをして回る。
そのアドバイスはとても分かりやすく、丁寧なものであった。
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みほが隊長に就任してから、大洗戦車道チームは彼女の指導の下で訓練を積み重ねていった。
そんなある日の事である。
「何か・・・最近、私達上達してない?」
山郷あゆみは言った。
「あゆみちゃんも? 私もそう思ってたところなんだ。
西住隊長のおかげかな?」
阪口桂利奈がすぐさま同意する。
そして、彼女達達だけでなく、他の皆も同じように感じていた。
みほは教えるのがとても上手かったらしく、彼女の指導の下で皆はどんどん上達していったのである。
本人がその上達を自覚できるほどに・・・。
みほの指導は確実に成果を挙げ始めていた。
616: 2016/04/18(月) 00:13:42.46 ID:ki2ybgIko
そして、みほの指導によって腕を上げた者達の中でも、五十鈴華は特に成長が著しい者である。
この日も、大洗チームは機動や射撃の訓練をやっていたのだが、この時に華が、その上達した腕前を見せた。
照準器を覗き込んだ華は、遠方に設置されていた的を確認する。
(小次郎さんの教え通りに・・・。)
みほにアドバイスされた事を意識しながら、狙いをつけ、引き金を引いた。
すると、発射された砲弾が、第一射で的の、ど真ん中を射抜いた。
見事な初弾命中である。
「一発で当てましたね、華さん。お見事です。」
命中を確認したみほが言った。
「ありがとうございます。」
華も大喜びであった。
(やはり思った通り。華さんには砲手の才能があったんだね。)
みほはグ口リアーナとの練習試合の時、華の砲撃をその目で見ていた。
その時に、彼女の才能を見抜いていたのだ。
そして、この日までその才能を徹底的に研くように意識し、華に指導をしてきたのである。
そのおかげで、花の射撃の才能が見事に開花しつつあった。
これも隊長としての、みほの成果のうちの一つである。
みほは指導者として、その力をいかんなく発揮していたのだった。
そして、そんなみほが、今日も思考を巡らせていた。
(桃先輩の射撃の腕が、どうにもおぼつかないなぁ。)
みほが考えていたのは、Bチームの砲手である河嶋桃の、射撃能力の事であった。
桃の腕前には大きな問題がある。
それは致命的に命中率が低すぎるという事であった。
とにかく当たらない。
当たっているところを誰も見た事が無い。
その射撃精度の悪さは、前回のグ口リアーナ戦でもモロに出てしまっている。
(桃先輩、砲手には向いていないのかな? どちらかと言ったら装填手の方が向いてそうな気がする。)
そしてみほは、更に考える。
(そういえば、杏会長って結構肝が据わっているよね。 ああいう性格の人の方が砲手には向いているかな?)
すると、みほは閃いた。
(そうだ。 会長と桃先輩で、ポジションを交代させれば、それでBチームの戦力は大きく強化されるかもしれない。)
そう思ったみほは、さっそく杏と桃に、ポジション交代を進言した。
617: 2016/04/18(月) 00:14:24.50 ID:ki2ybgIko
・
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・
「試しに、二人のポジションを交代してみるというのはどうでしょう?」
「面白そうだね。ちょっとやってみようよ。」
「まあ、会長がそう仰るのなら・・・・。」
みほの進言によってポジションを交換してみた杏と桃。
すると、効果てき面だった。
みほが予想した通り、杏の砲手としての資質はかなり優秀だった。
正確に目標を射抜いていき、高い命中率を記録。
そして桃も、みほが見込んだ通りで、装填手の方が適していたらしい。
次々と素早く砲弾を装填していく彼女の腕によって、主砲の速射性が大きく向上。
砲手としての杏の力と、装填手としての桃の力。
みほの考えは完璧に的中し、この二つの力が発揮されるようになった結果、Bチームの攻撃力は大幅に強化されたのである。
これもまた、みほが挙げた成果の内の一つなのであった。
635: 2016/06/03(金) 19:57:31.58 ID:6oDPfaFgo
投下時刻を少し変更します。
投下開始は10時からにします。
投下開始は10時からにします。
638: 2016/06/03(金) 22:15:03.64 ID:6oDPfaFgo
みほが大洗戦車道チームの隊長になってから数日が過ぎる。
チームの運営は順調に軌道に乗っていったのであった。
みほが策定した人員育成計画に則って、各員は訓練に励んでいく。
みほは、そんな皆の訓練を見守りつつ、気づいた事があれば、その都度アドバイスをしていった。
そんなみほの指導のおかげで、彼女達の技量は着実に向上していったのである。
ある日、チームの者達が話していた。
「何か最近の私達、大分上達してきたよね。」
「だよねー。私も、この前の訓練の時に一発で当てれたよ。」
嬉しそうに言ったのは、一年の梓とあゆみであった。
彼女はここ数日の間に、自分達の腕が上達してきた事を、しっかりと感じ取っていたのである。
そして、このように喜んでいたのは彼女達だけでない。
チームの皆が、訓練によって自分達が着実に上達してきている事を感じる事が出来て、喜んでいた。
そんな彼女達が喜んでいる姿を見たみほもまた、とても嬉しくなった。
自分が皆の役に立つ事が出来ているという事・・・・そして、皆が喜んでいるという事が、みほにとっては何よりも嬉しかったのだ。
その喜びをもっと味あわせてあげたい・・・もっともっと、皆の役に立ちたい・・・・そう思えば、一層に気合が入るのである。
(僕の、隊長としての仕事はまだまだ始まったばかり。これからも、もっと頑張らないと・・・。)
ある日の朝、みほはそのように思いながら、制服に着替える。
Yシャツを身に纏い、ネクタイ締め、上着のブレザーを羽織った。
「今日も張り切って、いってみよう。」
そう言いながら、みほは玄関を出て、学校へ向かった。
・
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それからというもの、みほは隊長としての職務に、より一層、精力的に取り組んでいった。
訓練指導は勿論の事、各種書類整理や、自動車部との調整、そして車両のメンテナンスなど、その仕事は多岐に渡る。
みほは、それら全ての仕事を完璧にこなしていった。
しかし、それ故にみほは多忙を極めた。
そのせいで最近、やや寝不足気味になってしまっている。
だが本人はその事を苦にしておらず、寸暇を惜しんで精力的に仕事に打ち込んでいった。
そんなある日の事である。
「さてと・・・・それじゃあ今日もやるか。」
その日、みほは訓練終了後に、いつものように仕事を始めようとしていた。
まずは車両整備と、その後に書類作業である。
639: 2016/06/03(金) 22:20:50.21 ID:6oDPfaFgo
そしてさっそく、みほは整備に取り掛かろうとしていた、その時であった。
「小次郎君。」
自動車部のナカジマが、みほに声をかけた。
「戦車の整備なんだけどさ・・・・今日は私達に全部任せてくれないかな。」
「え!?」
みほは驚いた。
そして、そんなみほにナカジマは言った。
「ほら・・・小次郎君には、整備以外にも色んな仕事があって忙しいでしょ。
だから、こっちは私達でやっておくよ。」
「でも・・・・。」
すると、スズキ、ホシノ、ツチヤがみほに言った。
「大丈夫大丈夫。」
「小次郎君から今まで教わってきた事は、もう完璧に覚えたからさ。」
「そうそう。だから、こっちは心配はいらないよ。」
みほも自身も、ナカジマ達の整備士としての腕前は、その目で見てきており、ちゃんと知っている。
だからこそ、みほは安心して彼女達に任せる事が出来た。
「それじゃあ、メンテナンスはお願いします。」
そう言うと、みほはその場を後にした。
(とりあえず、車両整備の方はナカジマさん達に任せておいて、僕は書類の方を・・・。)
みほは書類整理をするために、校舎の方へ向かった。
すると・・・・
「ゆかりん。この書類って、これで良いんだっけ?」
「はい。そんな感じで。」
「えっと、確かこの書類は生徒会の方へ回す物でしたよね。」
そこには、不慣れながらも、書類を仕上げていく、沙織と優花里、華がいた。
「Z Z Z z z z z・・・・。」
「て、ちょっと麻子! 起きなさいよ!!」
ペンを手に握ったまま机の上に突っ伏して寝ていた麻子に、沙織はツッコミを入れる。
その光景に、みほは少し戸惑いながら、沙織に尋ねた。
「あの・・・・皆、何をやっているんですか?」
「あっ、コウちゃん。いや・・・麻子もさっきまでは、珍しくがんばってたんだけど、寝ちゃってさ。」
「いえ、そうじゃなくて・・・。」
すると、華が口を開いた。
「最近、小次郎さん、お疲れのようでしたので・・・だからせめて、私達にも何か手伝える事は無いかって、思ったんです。」
それは、みほの事を気遣う言葉であった。
640: 2016/06/03(金) 22:23:46.38 ID:6oDPfaFgo
「何でもかんでもコウちゃんだけに任せっきりにするわけにはいかないじゃん。
まあ・・・とは言っても、私達がコウちゃんにしてあげられるのは、これくらいしか無いけどね。」
沙織もまた、みほの事を心配していたのだ。
そして、それは勿論、沙織と華の二人だけではなく、ここにいる全員がそうである。
それはみほにとって、とても嬉しい事であり、この時のみほは心が温まるような思いだった。
すると、沙織が部屋の奥の方を指さした。
「それに、私達だけじゃないよ。」
沙織に言われたみほは奥の方へ行く。
そしたら、声が聞こえてきた。
「こっちは、だいたい片付いたよ。」
「桃ちゃん、こっちもお願い。」
「桃ちゃんって言うな!!」
そこには生徒会の杏、柚子、桃がいた。
そして、そこにいたのは彼女達だけではない。
「あー!間違えちゃった! 忍、修正ペン取って。」
「はい、これ。 あっ!私も間違えちゃった!」
「キャプテン、この書類って、どう書くんでしたっけ?」
「根性だ! 根性で書け!!」
バレー部の妙子、忍、あけび、典子達が書類相手に格闘していた。
「エルヴィン、そっちは片付いたか?」
「あと半分くらい。」
「しかし、西住隊長・・・毎日こんな書類を一人で片付けていたのか。」
「うむ。驚嘆に値するぜよ。」
カエサル、エルヴィン、左衛門佐、おりょう達も同様に、書類整理をしていた。
「うぅ・・・目が痛くなってきた。」
「・・・・・・・。」
「相変わらず、紗季は黙々としてるね。」
「やばい。私も目が痛くなってきちゃった。」
「私は頭が痛くなってきちゃったよ。」
「あと一息だから、皆頑張って。」
一年生の、あゆみ、紗希、優季、あや、桂利奈、梓達が書類相手に悪戦苦闘している。
その光景を見たみほは、驚きを隠せなかった。
そして、そんなみほに華が話しかける。
「ここにいる皆さんは私達と同じで、小次郎さんの事を心配してたんです。
小次郎さんのお手伝いをして、少しでもその負担を減らしてあげたいって、皆そう思ってたんですよ。」
更に、沙織が続けて言った。
641: 2016/06/03(金) 22:27:46.97 ID:6oDPfaFgo
「コウちゃん、最近張り切り過ぎて、無理をしちゃってない?
隊長だからって何でも一人で抱え込んだら駄目よ。 少しくらいは私達を頼ってくれなきゃ。私達はチームなんだから。」
「沙織さん・・・・。」
沙織の諭すような優しい言葉がみほの心に染みる。
「皆・・・・ありがとう。」
「いえいえ、礼には及びませんよ。むしろお礼を言わなきゃいけないのは私達の方です。
西住殿が隊長として尽力してくれているおかげで、私達が戦車道に邁進できるのです。
西住殿には本当に感謝しております。」
感極まったみほ。
そんなみほに、優花里が微笑みながら言った。
(本当にありがとう・・・・皆。)
彼女達の優しい心遣いに、みほは感謝の気持ちで心が一杯になる。
(僕は・・・・・・皆に出会えて、本当に良かった。)
みほは、良い仲間達に出会えたという事を、ここで改めて実感した。
ズキッ!!
(・・・・・・ッ!!)
その時、みほは突然、胸の痛みを感じた。
何とか表情には出さず、平静を装っていたので、周りの人達には気づかれてはいない。
みほが感じたその痛みは肉体的な痛みではない。
それは精神的なものであった。
つまりは心の痛みである。
みほは思い出したのだ。
自分が皆に嘘をついているという事を。
仲間である彼女達に嘘をつき、本当の自分を偽って、彼女達と接している。
仲間達を騙しているという事実・・・その事にみほは負い目を感じていた。
彼女達の優しさに触れた事によって、負い目をより強く感じるようになってしまい、それが心の痛みとなって現れたのである。
(そうだ。僕は皆を・・・・あんなにも優しい仲間達を、騙しているんだ。)
罪悪感を感じるみほ。
しかしそれ以上に、みほは恐怖を感じていた。
だから、たとえ信頼できる仲間達でも、本当の事を打ち明ける事は出来なかったのである。
その恐怖とは、本当の事を言ってしまう事によって、仲間達との関係が壊れてしまうのではないか、という恐れである。
彼女達が今まで仲間として接してきたのは、“みほ”ではなく、“小次郎”である。
それは嘘で作り上げられた虚像・・・偽りの人格。
だから、本当の事を言ってしまえば、今まで築き上げられた関係が壊れてしまうのではないか・・・・
下手をすれば皆を騙していた事で、軽蔑されてしまうのではないか・・・・
そういう恐れがみほの中には有ったのだ。
隊長だからって何でも一人で抱え込んだら駄目よ。 少しくらいは私達を頼ってくれなきゃ。私達はチームなんだから。」
「沙織さん・・・・。」
沙織の諭すような優しい言葉がみほの心に染みる。
「皆・・・・ありがとう。」
「いえいえ、礼には及びませんよ。むしろお礼を言わなきゃいけないのは私達の方です。
西住殿が隊長として尽力してくれているおかげで、私達が戦車道に邁進できるのです。
西住殿には本当に感謝しております。」
感極まったみほ。
そんなみほに、優花里が微笑みながら言った。
(本当にありがとう・・・・皆。)
彼女達の優しい心遣いに、みほは感謝の気持ちで心が一杯になる。
(僕は・・・・・・皆に出会えて、本当に良かった。)
みほは、良い仲間達に出会えたという事を、ここで改めて実感した。
ズキッ!!
(・・・・・・ッ!!)
その時、みほは突然、胸の痛みを感じた。
何とか表情には出さず、平静を装っていたので、周りの人達には気づかれてはいない。
みほが感じたその痛みは肉体的な痛みではない。
それは精神的なものであった。
つまりは心の痛みである。
みほは思い出したのだ。
自分が皆に嘘をついているという事を。
仲間である彼女達に嘘をつき、本当の自分を偽って、彼女達と接している。
仲間達を騙しているという事実・・・その事にみほは負い目を感じていた。
彼女達の優しさに触れた事によって、負い目をより強く感じるようになってしまい、それが心の痛みとなって現れたのである。
(そうだ。僕は皆を・・・・あんなにも優しい仲間達を、騙しているんだ。)
罪悪感を感じるみほ。
しかしそれ以上に、みほは恐怖を感じていた。
だから、たとえ信頼できる仲間達でも、本当の事を打ち明ける事は出来なかったのである。
その恐怖とは、本当の事を言ってしまう事によって、仲間達との関係が壊れてしまうのではないか、という恐れである。
彼女達が今まで仲間として接してきたのは、“みほ”ではなく、“小次郎”である。
それは嘘で作り上げられた虚像・・・偽りの人格。
だから、本当の事を言ってしまえば、今まで築き上げられた関係が壊れてしまうのではないか・・・・
下手をすれば皆を騙していた事で、軽蔑されてしまうのではないか・・・・
そういう恐れがみほの中には有ったのだ。
642: 2016/06/03(金) 22:30:03.30 ID:6oDPfaFgo
そしてみほが、真実が明るみになる事を恐れている理由はもう一つあった。
それは、過去の記憶から来るトラウマに、自らの心が押し潰されてしまう、という恐怖である。
“小次郎”という偽りの人格は、そのトラウマから自分の心を守るための物。
言うなれば、それは心の殻なのである。
今の彼女が精神の平衡を保っていられるのも、その殻によって心が守られているからだ。
だから、その心の殻が崩れてしまえば、もはや自分がどうなってしまうか分からない。
みほはその事を何よりも恐れていたのである。
(皆・・・ごめんなさい。)
みほは仮面を被り続ける事を、やめられずにいたのであった。
・
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それから数日が過ぎた、ある日の事。
この日も、みほの指導の下、各員が訓練に精を出していた。
そして、訓練終了後に集合した一同に対して、桃が言った。
「今日の訓練はここまでだ。皆、本日もご苦労であった。
あと・・・解散前に、今日は会長から重大発表がある。全員心して聞くように。」
桃のその言葉に、ざわつく者達。
すると、杏が皆の前で言い放った。
「我が大洗学園戦車道チームは、全国高校戦車道大会に参戦する事にしたよ。」
「「「えっ!!!」」」
驚愕する一同。
それはあまりにも唐突な事だった。
そして、愕然とする者達を他所に、杏は続けて言い放つ。
643: 2016/06/03(金) 22:33:18.79 ID:6oDPfaFgo
「全国の高校から戦車乗り達が集まる大会に、私達が殴り込みをかける。
勿論、狙うは全国優勝!!」
突然に壮大な事を意気揚々として語った杏に、皆は驚いて目を白黒させた。
そんな中、みほは思わず声をあげた。
「待ってください!そんな急に言われても・・・。 いきなり全国大会なんて、いくら何でも無謀ですよ。」
みほの言う事も尤もである。
しかし、そんなみほの忠告に対して、杏は意にも介さない。
「いいじゃん別に。思い切って挑戦してみても損はないでしょ。何事も挑戦だよ。」
堂々と言ってのける杏。
すると、周りの者達が次第にその言葉に賛同し始めた。
「確かにそうかもしれんな。」
「いいんじゃない?」
「そうだね。何だか面白そうだし。」
「全国大会か・・・・腕が鳴る。」
次第に周囲の者達が盛り上がっていき、気づいたらほぼ全員が乗り気になっていた。
(これは不味い。)
みほは焦った。
もはや、この空気では大会への参加を止める事は出来そうにない。
このまま大洗チームが全国大会に出場してしまうのは、みほにとって非常に不味い事である。
いくら破門されているとは言え、みほはかつては西住流に属していた人間。
かつて家を飛び出した身でありながら、別の所で戦車道チームを率いて公式戦に参加するというのは、許されない事である、とみほは思っていた。
元々みほは、新設したばかりの大洗チームがいきなり公式戦に参加するなんて事は、全く予想していなかったのである。
だから、みほは隊長を引き受けたのだ。
なのに、杏からいきなり全国大会に参戦すると聞かされたのは、まさに寝耳に水である。
かと言って、この空気では、大会参加を止める事は出来そうにない。
(どうしよう。)
みほはどうしていいか分からず、途方に暮れた。
・
・
・
・
・
・
・
それから翌日。
あの後、みほは結局どうしていいか分からないままだった。
そこでみほは、あの時と同様に、ある人物に相談する事にした。
そう・・・姉の西住まほである。
あの時と同じで、メールによって連絡を取って、会おうとしたみほ。
すると、ほとんど間を置かずに、すぐにそっちに行くから待ってて、というまほからの返信メールが即座に来た。
こうしてみほは、再びまほを自宅に招く事になったのである。
勿論、狙うは全国優勝!!」
突然に壮大な事を意気揚々として語った杏に、皆は驚いて目を白黒させた。
そんな中、みほは思わず声をあげた。
「待ってください!そんな急に言われても・・・。 いきなり全国大会なんて、いくら何でも無謀ですよ。」
みほの言う事も尤もである。
しかし、そんなみほの忠告に対して、杏は意にも介さない。
「いいじゃん別に。思い切って挑戦してみても損はないでしょ。何事も挑戦だよ。」
堂々と言ってのける杏。
すると、周りの者達が次第にその言葉に賛同し始めた。
「確かにそうかもしれんな。」
「いいんじゃない?」
「そうだね。何だか面白そうだし。」
「全国大会か・・・・腕が鳴る。」
次第に周囲の者達が盛り上がっていき、気づいたらほぼ全員が乗り気になっていた。
(これは不味い。)
みほは焦った。
もはや、この空気では大会への参加を止める事は出来そうにない。
このまま大洗チームが全国大会に出場してしまうのは、みほにとって非常に不味い事である。
いくら破門されているとは言え、みほはかつては西住流に属していた人間。
かつて家を飛び出した身でありながら、別の所で戦車道チームを率いて公式戦に参加するというのは、許されない事である、とみほは思っていた。
元々みほは、新設したばかりの大洗チームがいきなり公式戦に参加するなんて事は、全く予想していなかったのである。
だから、みほは隊長を引き受けたのだ。
なのに、杏からいきなり全国大会に参戦すると聞かされたのは、まさに寝耳に水である。
かと言って、この空気では、大会参加を止める事は出来そうにない。
(どうしよう。)
みほはどうしていいか分からず、途方に暮れた。
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それから翌日。
あの後、みほは結局どうしていいか分からないままだった。
そこでみほは、あの時と同様に、ある人物に相談する事にした。
そう・・・姉の西住まほである。
あの時と同じで、メールによって連絡を取って、会おうとしたみほ。
すると、ほとんど間を置かずに、すぐにそっちに行くから待ってて、というまほからの返信メールが即座に来た。
こうしてみほは、再びまほを自宅に招く事になったのである。
644: 2016/06/03(金) 22:35:28.19 ID:6oDPfaFgo
「ごめんね、お姉ちゃん。何度も来てもらっちゃって。」
「いや、かまわんさ。それで相談したい事とは一体なんだ?」
そこで、みほはさっそく本題に入った。
戦車道全国大会の件について、まほに相談したのだ
「なるほど。」
みほから事の経緯を説明されたまほは頷いた。
「皆が乗り気で止めるに止められなくて。でも家を飛び出した身である僕がそんな勝手な事をするわけにはいかない。
だから、もうどうしていいか分からなくて・・・。」
西住の名を持つ者として勝手な事は出来ないと思う、みほ。
しかし、そんなみほに対し、まほは意外な言葉を言った。
「別に、そんなに気にする事はないんじゃないか?
いいじゃないか、好きにやって。」
「えっ!?」
意外な言葉に、みほは驚いた。
そんなみほに、まほは更に言う。
「こう言っては何だが、みほはもう西住流を破門された身。つまり西住流の人間ではない。
だから西住流に縛られなきゃいけない理由なんて何も無いのだよ。
故に好きにしていいんだ。自由の身だよ。」
「でも・・・・・。」
「そんな事より、みほはどうしたいんだ?」
その問いに、みほは答えた。
「僕は・・・・・仲間達と一緒に、同じ道を歩みたい。皆が大会に出たいのなら僕も一緒に出たいと思う。許されるのなら。」
「だったら何も遠慮する事は無い。思う存分にやれ。」
「本当にいいの?」
「ああ。 心配するな。お母様には私の方から上手く言っておくよ。」
まほから促されたみほは決心する事が出来た。
「分かった。じゃあ、思い切って挑戦してみるよ。」
「その意気だ、みほ。」
こうしてみほは、大洗チームを率いて全国大会に出場する事になった。
それが一体どのような結末をもたらすのか・・・それは誰にも分からないのである。
647: 2016/06/03(金) 23:52:50.35 ID:Y8HT+Fvm0
おつおつ
今更だがみぽりんって小次郎の時は声色変えてるかな
今更だがみぽりんって小次郎の時は声色変えてるかな
648: 2016/06/04(土) 00:03:36.53 ID:HDwV6Jqh0
しほ「いいわよ」最高級品カメラを用意しつつ
650: 2016/06/04(土) 01:24:33.30 ID:nKJsioZR0
乙乙
ずっと待ってたぜ!
ずっと待ってたぜ!
651: 2016/06/04(土) 11:07:38.15 ID:SpubXPIB0
まほがいいお姉ちゃんすぎる…本当にこれはまほか…?
652: 2016/06/04(土) 11:08:14.86 ID:OzPoYP8cO
リトルアーミーのお姉ちゃんに近いかな
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