53:◆4xyA15XiqQ 2012/08/25(土) 12:21:12 ID:UA6a6uSo0

  「花咲く遠方、喋るギー太」

54: 2012/08/25(土) 12:21:39 ID:UA6a6uSo0


 やあ、皆さん初めまして。
 これはキミの知る、どの世界よりからもかけ離れた、
 遠方に位置する世界で始まるお話だ。
 唐突で済まないね。でも、受け入れてもらいたい。

 早速話を始めよう。
 僕たちは“配達屋”と呼ばれる仕事をしている。
 これは似たような職種を一括りにした言い方で、
 本来僕たちの仕事はもっとニッチなものなんだけどね。

 そんな僕たちの仕事内容は、人の“声”を届けること。
 僕が人の声を音に乗せて記憶し、相棒と共に目的地へ移動するんだ。
 そして、そこで再び音を奏で、声を届ける。簡単な仕事だろう?

 なに、心配はいらない。僕の相棒はスペシャリストだ。
 どんな声だって、目的地に必ず届けてみせるさ。
 それが役目なんだからね。

 え? ところで、僕は誰なんだって?
 いいよ、教えてあげる。僕の名前はね―――
けいおん!Shuffle 3巻 (まんがタイムKRコミックス)

55: 2012/08/25(土) 12:22:33 ID:UA6a6uSo0


  *  *  *


 「寒い……」


 風が冷たい。気温は一キロメートル毎に五、六度下がると
 聞いたことがあるが、それはこの高地も例外ではないようだ。


 「だけど綺麗だ~!」


 銀世界とはこの景色のことを言うのだろう。
 夜闇の中で映える、雪で覆われた白い世界は、
 感動と寒さで身を震わせてくれる。
 (銀世界と言ったばかりだけど、私には白にしか見えない)

 私は雪を踏んだ時に出る、独特の音を聞きながら歩いていた。
 時偶、それは三三七拍子のリズムをとってみたり、
 四ビートを刻んでみたりしていた。


 「……君はまたそうやって遊んで。少しは前へ進んだらどうだい」


 うるさい。一応前には進んでいるし。
 しかし、私の相棒は語りかける。


 「そんなことやってるから、“のんびり屋”の名を欲しいままにするんだ。
  唯は、もう少し時間に気をかけるべきじゃないかな」

56: 2012/08/25(土) 12:23:21 ID:UA6a6uSo0


 私は自分が時間にルーズだとは思わない。
 私の時間設定は常にのんびりすることを前提にしているから、
 至極予定通りなのだ。
 そう言ったら、今度は呆れられた。

 ……私は平沢唯。配達屋をやっている。
 配達屋は、あらゆる配達物をあらゆる方法で届ける、
 この世界では需要のある仕事。
 因みに私は、平沢唯は“声”を専門に届ける、珍しい配達屋だ。

 配達屋は、まともな交通機関の通れない辺境も職場になり得る。
 よって、頼りは自分の足のみになることが多く、
 大変な仕事であることは違いない。
 けどもそれ以上に報しゅ……、いや、達成感が得られる楽しい仕事だ。
 現金になるのはよくない。


 「まあまあ。失敗は一度も無いんだから、ギー太」

 「失敗が無いからといって、のんびりしていい道理は無いよ」


 ごもっとも。

 この、さっきから憎たらしくも口を出す彼は、
 紛れも無くギターだ。名を、ギー太という。

 因みにギー太は当然のように喋る。
 喋るギターなんて世界中探したって、ギー太以外にはいないだろう。
 それぐらい貴重で大切な、私の仕事道具兼相棒だ。


 「今度の依頼主は秋山澪さん。……おや、キミの友人じゃないか」

 「今更、なに驚いてるのさ」

 「いやいや、こんな辺境の辺境にもキミの名前が
  知れ渡っていたとしたら驚いていたよ。友人というなら納得だ」


 …………。実に憎たらしい。

57: 2012/08/25(土) 12:24:18 ID:UA6a6uSo0


  *  *  *


 辺境の集落にやって来た。
 ここにも雪は積もっているが、先程歩いてきた道と比べると随分薄い。
 高地から下ってきたのだから当たり前か。

 依頼主の家を見つけた。
 呼び鈴を鳴らすと、家の中から依頼主が扉を開けて出て来た。


 「久しぶり、澪ちゃん」

 「久しぶりだな、唯。元気にしているようで、何よりだよ」


 秋山澪ちゃん。学生時代の親友の一人。
 学校を卒業すると、すぐにこちらの実家へと戻り、
 それ以来私とは会っていなかった。


 「澪ちゃんは変わってないね」

 「唯こそ」


 そうだろうか。私は結構自分が変わったと思っている。
 澪ちゃんは元が大人だったからだろう、本当に変わっていない。
 相変わらずの美貌を保持している。

58: 2012/08/25(土) 12:24:58 ID:UA6a6uSo0


 「……じゃあ、早速だけど。
  お届け物となる“声”を、私が演奏している間に言ってね」

 「えっ?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
 呆気にとられるのも、無理はない。
 私自身が原理を理解していないのだから。

 私の仕事は、この不思議なギターの力で成り立っている。
 そして、どういう原理かは知らないが、このギターは録音機能が付いているのだ。

 私が演奏をしている最中に聴こえた声を記録し、
 他の場所で同じ演奏をすることで、記録した声を再生する。

 簡単で、摩訶不思議な機能なのだ。


 「じゃあいくよ。制限時間は一分。
  それ以上は超過料金を取るからね?」

 「何だかよくわからないけど……よ、よし。いいぞ」


 演奏を始めた。この際、弾く曲は何でもいい。
 ただ相手に聴かせるために同じ演奏をする必要があるので、
 即興で作った曲などは好ましくない。

 澪ちゃんはメッセージをギターに向けて、送り始めた。


 「……律。まず、誕生日おめでとう。
  これが届いている頃には、もうとっくに過ぎているかもしれないけれど。
  驚いた? そうだよね、驚いたよね。

  でも、律にはこうするしか無いと思ったから。だから唯にも頼んだんだ。
  別に特別なメッセージを送ろうとしたわけじゃない。これが最後のメッセージだ。

  うん、それだけ。頑張れよ、律」

59: 2012/08/25(土) 12:25:47 ID:UA6a6uSo0


 制限時間の一分は半分と過ぎていない。
 けれど澪ちゃんのメッセージはそれで終わった。私も演奏を止める。


 「りっちゃんが配達先でいいんだね?」

 「うん。場所はわかるか?」

 「わかるよ。だいぶ離れているけど、ここから南。
  そこで先生をやっているんだよね?」

 「そうそう。それじゃ、あとは任せた」


 田井中律ちゃん。通称、りっちゃん。学生時代の親友の一人で、
 卒業後、学校が無い程の辺境へ越し、そこで先生を務めている。
 今では、生徒から良く慕われる先生だという……噂を聞いたことがある。

 もっとも、しばらく会っていない。
 それは澪ちゃんも同じのようだ。


 「あっ、そうだ。これも持って行ってくれないか?」

 「配達物の追加となると、追加料金が発生するんだけど……」


 澪ちゃんが私に差し出したのは、小さな布製の小袋。
 ううん、この程度なら料金取るのも悪く感じてしまうなあ。
 それに澪ちゃんは他でもない、親友の一人だ。

60: 2012/08/25(土) 12:26:25 ID:UA6a6uSo0


 「……わかった。じゃあ私は個人的に、それを貰うよ」

 「ふふっ、ありがとう。優しいな唯は」

 「違うよ澪ちゃん。私は個人的に澪ちゃんの厚意を受け取っただけだよ」


 仕事としての配達ではない。
 それをあくまでも強調しながら、私は小袋を受け取った。

 澪ちゃんは笑ってそれを承認していたが、
 恐らく心の中では違うのだろう。
 それがわかっているせいで、
 私は自分でも顔が赤くなってきたのがわかった。
 目を逸らす。

 逸らした目線の先には違う色の花が咲いていた。
 同じ種類の色違いに見えるが、どうだろう。
 一つは白い花。この寒さだというのに外の鉢植えで咲いている。
 流石に雪を被らせるのは良くないのか、軒下に鉢植えは置かれていた。
 もう一つは、紫色の花。これは家の中の鉢植えに咲いている。窓から見えた。


 「唯、まだ行かなくて大丈夫なのか?
  のんびり屋の名だけなら、こっちの辺境まで伝わってるぞ?」

 「えー」


 本名より先に、異名が辿り着いているとは。
 これはイメージを払拭する必要がありそうだ。


 「……それじゃ、行ってきます」

 「行ってらっしゃい。そして、頼んだぞ」

61: 2012/08/25(土) 12:27:17 ID:UA6a6uSo0


  *  *  *


 「おやおや、唯。キミが持っている小袋は、
  配達物ではないのかな?」

 「これは貰い物だよ。もっとも、これから誰かに
  あげるかもしれないけど」


 ギー太の追及を、私は適当にやり過ごした。
 別に間違えたことをしたとは思わない。


 「冗談さ。僕だって、伊達に人間を見てきたわけじゃない。
  キミの心理なんてお見通しだよ」

 「そうかい、そうかい」


 ギターのくせに、達観したような口振りを。
 それに多くの人を見てこれたのは、私が一緒にいるおかげだ。
 私は背負われたギターの方へ振り向いて抗議したが、
 受け流されてしまった。


 「それにしても、キミの友人の秋山澪は、
  悩みを抱え込みやすい人間なのかな?」
 
 「どうしてそう思うの?」

 「キミの目は、いや耳は節穴なのかい。
  さっきのメッセージでそれが読み取れるだろう」

62: 2012/08/25(土) 12:29:04 ID:UA6a6uSo0


 耳には元々穴が開いているよ。
 とか言ったら、また何か言われそうなので黙っておく。

 さっきのメッセージ……。思い出せない。
 まあ、思い出す必要は無い。
 ギターをケースから取り出し、私はさっきの曲を再び演奏した。
 記録したメッセージが再生される。


 『……律。まず、誕生日おめでとう。
  これが届いている頃には、もうとっくに過ぎているかもしれないけれど。
  驚いた? そうだよね、驚いたよね。

  でも、律にはこうするしか無いと思ったから。だから唯にも頼んだんだ。
  別に特別なメッセージを送ろうとしたわけじゃない。これが最後のメッセージだ。

  うん、それだけ。頑張れよ、律』


 確かに改めて聞くと、不思議な部分が多い。
 例えば“最後のメッセージ”とは、一体どんな意味を含んでいるのか。
 澪ちゃんが氏んでしまう? いやいや、あんな健康そうだったのだ、それは無い。

 きっと止むを得ぬ事情があるのだ。
 そう思っていると、またギー太が口出しをしてきた。


 「いいのかい、こんなところで配達物をひけらかして。
  誰かに盗み聞かれていたとしたら、キミには厳重な処罰が下るだろうね」

 「まさか、こんな辺境の、雪降り積もる道なき道に人が?
  いるわけがないよ、私たち以外はね」

 「そうか。だとすれば、キミの後方にいるのは人間以外のなにかなんだね」

63: 2012/08/25(土) 12:30:08 ID:UA6a6uSo0


 えっ? 私は嫌な予感を肌で感じつつも、振り向いた。
 そこには、確かに人間らしき何かがいた。知った顔だ。
 ……というか、


 「和ちゃん!?」

 「ちょっと今のはいただけないわね、唯」


 真鍋和ちゃん。配達屋機関に勤める、私の上司。
 赤いフレームの眼鏡と、ボーイッシュな髪型が特徴で、
 優しくも厳しい人物。

 私とは同じ年齢どころか、幼馴染の親友でもあるが、
 どうしてこうも差がついたのだろうか。
 そして、どうして此処にいるのだろうか。


 「やあやあ、和ちゃん。ごきげんよう」

 「この極寒の中、私の機嫌が良いとでも思ってるの?」

 「ごもっともです……」

 「はあ……。まあ、私以外に人はいないみたいだし、
  見なかったことにしてあげる」


 有難い。

64: 2012/08/25(土) 12:30:59 ID:UA6a6uSo0


 「それで和ちゃん、どうしてここにいるの?」

 「あんた律に届けるものがあるんでしょ?
  それならついでに、これも持って行ってちょうだい」


 和ちゃんから渡されたのは小柄な鞄。
 しかし小柄ではあるものの、中身は外見からわかるほど
 ぎゅうぎゅうに詰められており、持ち歩くのも一苦労しそうだ。


 「あのー、和ちゃん。これはちょっとばかし重いです」

 「上司からの命令よ、従いなさい」

 「でもでも~」

 「そういえばさっき預かった配達物をあろうことか、
  雪道だからといって、ひけらかしていた人がいたわね」

 「喜んで運ばせていただきます」

 「そう、助かったわ」


 和ちゃんにはどうしても敵わない。
 弱みを作っているのは自分自身なのだが、
 こればっかりは絶対何があっても敵わないのだ。


 「折角だし、これに乗って町まで一度戻りましょう。
  その鞄に関しての話もしたいし」


 と言って指差した先にあったのは、沢山の犬が引くソリ。
 そんなものがあったとは。

65: 2012/08/25(土) 12:32:00 ID:UA6a6uSo0


  *  *  *


 速い。行きの時とは段違いの速さだ。
 今度からここに来るときには、これを使うことに決めよう。
 そう思っていると、和ちゃんが喋り始めた。


 「それで、鞄の話なんだけど」

 「うん」

 「中に入っているのは、およそ五十通の手紙よ」


 ご、五十? それはいくらなんでも、多すぎるのでは……。


 「一度の配達で五十通……?
  そんな重労働を虐げられるほど、私は何かをしたのっていうの?」

 「何が、虐げられる、よ。それに重いのは質量だけ。
  実際の仕事量は変わらないわ」


 それはつまり、どういうことなのか。
 私はそれなりにしか知識が蓄積されていない
 頭を回転させて考えるが、答えは出なかった。


 「つまりね、この五十の手紙は全部律宛てのものなの」


 えっ。……それは、その、熱心な方がいるようで。

66: 2012/08/25(土) 12:32:50 ID:UA6a6uSo0


 「何か勘違いしてない? これは、受け取り拒否された手紙よ」

 「受け取り拒否?」

 「そうよ。受け取り拒否された手紙が、五十通溜まったの。
  それを今回あんたに託して、全部配達してもらうの」


 なんだ、そういうことか。いや、どういうことなんだ。


 「受け取り拒否された手紙を届けていいの?
  その、りっちゃんは受け取りたくないのに、無理に……」

 「公的な違反が無い限り、配達物は必ず届ける。
  それがあんたたちの仕事なの。そこに私情を挟まない」


 むう。


 「それに、手紙なんて読まないで処分も出来るでしょ。
  ……もっとも、それだけでは済まされない何かがあるんでしょうけど」

 「といいますと?」


 今まで流暢に喋っていた和ちゃんは、少し言葉を詰まらせた。
 話しにくいことを話す覚悟を決めているようだった。


 「驚かないでね。……差出人、全て澪なのよ」

 「えっ。ほんとう?」

 「本当よ。あの二人の間に何があったのかしらね。
  あんなに仲良かったのに……」


 和ちゃんの寂しそうな声を出したとき、
 ザザッと音が鳴り、ソリを引いていた犬が停止した。
 目の前には雪が積もっていない道が見え始めていた。

67: 2012/08/25(土) 12:33:32 ID:UA6a6uSo0


  *  *  *


 町に到着した。
 この町は夜であるにも関わらず、明りが消えていない。
 眠らない町、とも呼ばれているこの町には
 私の勤めている配達屋の総合機関の施設がある。

 その施設の扉の前で、私は和ちゃんに配達屋専用のパスを渡された。
 これがあると、通常では馬鹿みたいに金のかかる交通機関を
 無料で利用できるのだ。
 配達屋が唯一持っている特権だ。


 「いい? 途中までは馬車と汽車を利用すれば行けるけど、
  この町を過ぎると自分の足だけが頼りになる。
  食料は手前の町で調達、あとは自分の努力次第よ。
  とはいっても、手前の町から歩いて半日程度、あんたなら行けるでしょうね」


 と、和ちゃんが地図を片手に色々注意していた気がするが、
 特に気にすることもない。私はマイペースを貫けばいいだけだ。


 「……聞いてないわね。
  まあ、いいわ。あとはこれ、持っていきなさい」


 私が受け取ったのは、何かが包まれた紙。
 中にはサンドイッチが入っていた。


 「憂があんたのために作ってくれたのよ。
  今日のぶんの食事は、それで済ませなさい」

 「わあ~……。ありがとうって、憂に伝えといて」


 わかった、と言う代わりに和ちゃんは背中越しに手を振りながら、
 施設の中に入って行ってしまった。
 もう少しお見送りしてほしかったのが、正直な気持ちだけれど。


 「……さて、行こうか唯」

 「ダメだよギー太、まだ喋っちゃ。ここじゃ人目が多すぎるよ」 


 ギー太もしまった、と思ったのだろうか、すぐに黙る。
 周りを見てみるが、気付いた人はいないらしい。

 喋るギターを珍しがるのは、当然のこと。
 だが、私は興味本位でギー太に触れられるのが嫌なのだ。
 なので人目につくところでギー太とは会話しない。
 ギー太もそれを理解して、出来るだけ喋らないようにはしている。

 このことを知っているのは、私と憂と和ちゃんだけだ。

68: 2012/08/25(土) 12:34:14 ID:UA6a6uSo0


  *  *  *


 町を後にし、馬車に乗り込んだ。
 私の身体は馬車の振動に合わせて揺れている。
 ここはまだいいが、この先舗装されてない道では揺れが酷くなるだろう。
 今のうちにブランチとしての食事は済ませておく。
 私は受け取ったサンドイッチの半分を頬張った。

 同乗者はいなかった。
 少し移動するのにも大金が必要とされているのだから、
 一般人が利用できないわけで、当然のことだが、
 ギー太に話し掛けるには丁度よい。


 「ギー太」

 「どうしたんだい、唯」

 「澪ちゃんの手紙をりっちゃんが受け取らない理由、
  気にならない?」

 「おや、キミは他人の私的領域に踏み込むほど、
  悪趣味だっただろうか」

 「ギー太の口の悪さには負けるよ」


 さて、冗談の言い合いはここまでにして。
 真剣に考えよう。

 幸い、馬車に乗っていられる時間は長い。
 馬車がダメなら、汽車に乗りながらも考えればいい。
 汽車はさっさと目的地に着いてしまうけれど。

69: 2012/08/25(土) 12:35:36 ID:UA6a6uSo0


  *  *  *


 しばらく考えてみた結果、いくつかわかったことがある。

 まず一つ目に、“最後のメッセージ”の意味。
 今まで五十通以上の手紙を送ったが、これ以降は送らないという意味だろう。

 二つ目。どうしても伝えたい言葉は、
 今回のメッセージに入っていないということ。
 確かに澪ちゃんは“それだけ”と言っていた。
 ここからは妥協が読み取れる。

 恐らく本当に伝えたい言葉は、
 この手紙の中で散々書かれたものなのだろう。
 答えはやたら重い鞄の中を見れば、
 すぐにわかるだろうが……。流石に、それをするのは憚られる。
 予想される言葉は“会いたい”だろうか。

 三つ目。これは推測でしかないが、
 澪ちゃんはりっちゃんと何らかのトラブルを抱え込んでいる。
 もっとも、それがどんなものなのかは想像がつかない。


 「分かりきった答えばかりだ」

 「ギー太、それこそ分かりきった評価じゃない?」


 珍しくギー太が口を噤んだ。
 ……口なんてあるんだろうか。

 さて、これはどうも答えは簡単に出そうにない。
 りっちゃん本人の境遇を理解しないと、
 本質は見えてこないのではないだろうか。

 そう思っていると、馬車の揺れが酷くなった。
 私は座っていた椅子から飛ばされ、床に顔から落ちた。

70: 2012/08/25(土) 12:37:17 ID:UA6a6uSo0


  *  *  *


 次に利用する汽車の駅前で、馬車を降りる。
 人は疎らで、特に多くもない。雪も無く、岩肌が露出している。
 先程私を床に叩き付けた地面は、やはり塗装されていなかった。

 すっかり空の太陽は頂点に達していた。
 もうそんな時間だったとは。

 次の汽車が出るまで三十分ほど時間があるので、
 私は近くのベンチに腰を下ろした。


 「ところで唯。一つ、気になるモノがあるんだけど」

 「何?」


 ギー太が唐突に話し掛けてきた。
 前触れのない会話なんてザラなんだから、
 唐突なのは珍しいことでもないけど。


 「キミは鞄を受け取る前に、
  ちょっとした配達物が追加されなかったかな?」

 「えー?」


 覚えていない。……というと、嘘になる。
 これだからギー太は憎たらしくて、意地悪なのだ。


 「……冗談だ。何か貰わなかったか?」
 
 「この小袋だね」

71: 2012/08/25(土) 12:37:58 ID:UA6a6uSo0


 あくまで配達物ではない、個人的に貰った物なのだ。
 もしかしたら、りっちゃんに渡してしまうかもしれない。
 そんな感じの貰い物なのだから、別に配達物ではない。断じて。


 「中身は何か、わかるかい」

 「……ギー太はさ、さっき私が悪趣味って言ったよね。
  もしかして私を悪趣味にしているのは、ギー太なんじゃない?」

 「うーん、僕にその自覚は無いよ。
  僕がしているのは、キミが見落としている点を指摘しているぐらいだ」


 上手いこと逃げおって。
 ただ、まあ、私も気にならないことでもない。
 試しに“貰った”(これを強調することに意味がある)小袋を揺らしてみる。
 中からはさらさらした音が聞こえる。

 細かい粒子状の物体が、この袋の中に入っていると推測された。
 候補としては、一体何があるだろうか。

 例えば砂とかどうだろう。
 「この砂を持っていると幸福が舞い降りてきます」みたいな。
 無いか。


 「ギー太は何だと思う?」

 「小麦粉じゃないかな」

 「……金輪際ギー太の弦は変えなくてもいいかなと思ってるけど、いい?」

 「冗談に決まってるじゃないか、冗談だ」


 全く。触った感触は粒々しているというのに。
 小麦粉だったら、もう少し固まってしまっているはずだ。

72: 2012/08/25(土) 12:39:18 ID:UA6a6uSo0


  *  *  *


 私たちはやっと来た汽車に乗り込んだ。
 結局、その中身に明確な答えは出せずにいた。
 最後の最後でりっちゃんに渡した時に見せてもらえばいいだろうか。


 「あら、唯ちゃん?」


 不意に、座る私を呼ぶ声が聞こえた。
 声のする方を見ると、そこには私のよく知る顔がいた。


 「おお、お久しぶりだね~! ムギちゃん!」

 「ええ、お久しぶり。元気でやってる?」

 「うん!」


 琴吹紬ちゃん。通称ムギちゃん。
 学生時代の親友の一人だ。

 外見は学生時代より大人っぽく、きりっとした顔立ちになっている。
 世間知らずな節があったムギちゃんも、今では立派な大人の一人ということだ。


 「唯ちゃんは今、何をやっているの?」

 「配達だよ。澪ちゃんから、りっちゃんへのお届けもの」

 「まあまあ! 今日は本当に懐かしい名前が沢山聞けて、幸せね!」


 ただ、内面は相変わらず可愛いままだった。
 私はそれが半分嬉しくて、半分の半分くらい悲しかった。
 残りの半分の半分は、よくわからない。

 ムギちゃんは私の正面の席に座った。
 私から見て右側の窓の外に、ムギちゃんは釘付けのようだった。


 「わあ……。なんか、ただの岩肌なんだけど、
  こうして見てみると圧巻ね。どうせならお花畑の方が良いんだけど」


 とムギちゃんはクスクス笑いながら言った。
 私はそれを真似するように笑った。お花畑は、まだ見えない。


 「私ね、汽車に一人で乗るのは初めてなの。
  ……あっ、でも唯ちゃんと一緒ね。これじゃまだ初めてにならないわ」

 「そんなに一人で乗りたいの?」

 「うーん、別に特別望んではいないの。
  誰かが一緒に乗ってくれるのなら、それだけで有難いわ」


 と言った後、ムギちゃんは一呼吸置いて、


 「でも、ただ見えているだけじゃ、悔しいじゃない?」

73: 2012/08/25(土) 12:39:56 ID:UA6a6uSo0


  *  *  *


 汽車は揺れる。塗装されていない道にも
 線路は走っているので、馬車に比べれば酷い揺れは無い。

 ふと、ムギちゃんなら、何かわかるのではないかという
 期待が芽生えた。


 「ところでムギちゃん、ちょっとこれ見てくれる?」


 私は澪ちゃんから貰った小袋を渡した。


 「澪ちゃんから貰った物なんだけど、
  中身を見ないで中身を当ててみてくれる?」

 「ふふ、難しい問題ね。
  これは……何かしら、粒状のものが沢山入っているわね」


 始めは、私と同じ見解。私が期待するのは、この先だ。

74: 2012/08/25(土) 12:40:43 ID:UA6a6uSo0


 「ううん……。あっ」

 「何か気づいたの?」

 「もしかしてこれ、花の種じゃないの?」


 私ははっとした。そうだ、花の種。まさにその感触だったのだ。


 「そうだよ、きっと!
  凄い、私が見つけられなかった答えを、もう見つけちゃった!」

 「そ、そんな大したことじゃないわ。ただ偶然思いついただけだし、
  本当にそうだとは限らないし……」


 思い出せば、澪ちゃんの家では花が育てられていた。
 それを考慮すれば、小袋の中身は花の種であるという線が濃厚だろう。
 ムギちゃんはあっという間に答えを出してしまった。

 これは汽車を降りた途端にギー太に悪態を吐かれそうだ。


 「あら、もうこんなところまで。
  ごめんなさい唯ちゃん、私、次の駅で降りなくちゃ」

 「あっ、そうなんだ。もうちょっとお話ししていたかったのにね」

 「ええ、残念。今度また会いましょ」


 汽車は駅に到着した。ムギちゃんは胸の前で、小さく手を振りながら下車していった。
 窓から見ると、駅のホームからこちらに手を振るムギちゃんが見えた。
 こちらも振り返す。汽笛が鳴り、汽車は出発した。

 そういえば、もう少しでお花畑に到着することを言い損ねていた。

75: 2012/08/25(土) 12:41:30 ID:UA6a6uSo0


  *  *  *


 終点。私はここでついに下車をした。
 ここからは、自分の足のみが頼りとなる。
 ムギちゃんと別れた直後、車内でサンドイッチを口にしたので、
 お腹は空いていない。

 空気は暖かい。
 駅の周りには、先程の一面岩肌とは対極的に
 花畑が広がっていた。

 花畑の間に整備されている道が敷かれている。
 ただ道幅が狭いせいで、馬車などは走れない。
 故に自分の足のみが頼りとなるのだ。

 汽車を利用する人は多くなくとも、ここは人が集まっていた。
 何故だろうと思っていると、なるほど近くにレストランがある。
 外装も内装もセンスがある。内装は窓から覗ける範囲でしかないが。
 きっと味も最高の質なのだろう。

 とはいえ、先程言ったように、私のお腹は空いていない。
 少々後ろ髪を引かれながら、私は道幅の狭い道を進んでいった。

76: 2012/08/25(土) 12:42:37 ID:UA6a6uSo0


  *  *  *


 「唯、思ったより呆気なく答えは出たようだね」


 ギー太が周りに誰もいないことを確認し、喋りだした。
 この後は想像通りの悪口が聞けることだろう。


 「残念ながら、ずっと小袋を持っていたキミよりも
  初めて渡された彼女の方が早くね」


 ほら。


 「でもねギー太。小麦粉よりはマシだよ」

 「それは冗談だと言っただろう?
  キミは冗談と本気も見分けられないのかい?」

 「面白くない冗談は、ただの間違えよりも恥ずかしいと思うけどね」

 「……キミも言うようになってきたじゃないか、唯」

 「信頼関係が築かれただけだよ、お互いに」


 私たちはー、見えないけど強固な絆で繋がっているのですー。

 心の中で繰り返し言ってみるが、どうやっても棒読みになってしまう。
 決して信頼関係が無いわけではないのに。何故だろう。

77: 2012/08/25(土) 12:44:01 ID:UA6a6uSo0


  *  *  *


 町に着いた。目的の町はさらに南にある。
 そこへは明日向かう予定だ。今日はこの町で宿をとる。

 一部屋だけ空いている小さな宿を見つけたので、
 そこに泊まることにした。
 配達屋は、交通費は免除されるのだが、
 残念ながら宿代や食事代は自腹になってしまう。
 なので、この宿が安かったのは有難かった。

 部屋の中で少し硬いベッドに寝転がりながら、
 ギー太に話し掛けた。


 「ねえギー太。私、ちょっと怖いかも」

 「怖い? 一体、なにが怖いんだい?」

 「りっちゃんの気持ちを知るのが。
  もし、りっちゃんが澪ちゃんのことを嫌いになっていたら……」

 「さっきまで欲しがってた答えを、今度は怖がる。
  随分気紛れな性格なもんだね」


 それもそうだね、と私は返事をする。笑いながら言えていただろうか。
 勝手なこととはわかっていても、やはり怖い。
 けれどこれは仕事にも関わること、解決しなくてはいけないのだ。


 「あーあ、ギー太が全然優しくない。
  もう寝よっかなー」

 「僕が優しいことと、寝ることに何の繋がりが?」

 「どちらも私が望むことなんだよ」

 「If you run after two hares, you will catch neither...だよ。
  僕は、どちらかを選んだ方がいいと思うけれど」


 この、けちんぼギー太。もう知らない。
 私は枕に顔を沈め、そのまま眠りに入った。
 
 この後、私は本当に眠ってしまったので知らない。
 だが、確かにギー太はこう言ったのだという。


 「……僕はこれでも感謝しているんだよ、唯」

78: 2012/08/25(土) 12:44:47 ID:UA6a6uSo0


  *  *  *


 朝。昨日は真夜中から出勤していたので、
 こういう朝から活動が出来るのは嬉しい。

 さて、今日は自分の足のみが頼りだ。
 私のペースで目的地へは半日以上はかかるだろう。
 いくらかの食料を用意しなくてはいけない。

 配達屋の給料は割と良く、買い物は滞りなく行えた。
 いや、むしろ安い。ここの商品はどれも安いのだ。
 何か裏でもあるのだろうかと思ったが、これだけ自然に恵まれていると、
 原料も安く仕入れられるのだろう。


 「さて」


 私はまだ到着地点が見えない道を進み始めた。
 さらば、一日限りお世話になった町よ。

79: 2012/08/25(土) 12:45:25 ID:UA6a6uSo0


  *  *  *


 花畑はどこまでも続く。色鮮やかで綺麗だ。
 道は小さな丘を登っては降るのを繰り返しているが、
 傾斜は緩やかなので負担にはならない。

 そもそも、私がこの仕事に従事して一年以上経っている。
 少しぐらい足腰が丈夫になっていないとおかしい。
 それでものんびり屋で名が通ってしまっているのは、少し悔しいが。


 「ところで答えは出たのかい」

 「出てないよ。もうこれは、りっちゃんの所へ行かないと
  わからないんじゃないかな」

 「そうか。残念だね」


 本当に残念に思っているのだろうか。
 ギー太は意地悪だから、さしてそうは思ってはいないのだろう。
 まあ……、ほんの僅かでも、小指の先程度でも
 思っていてくれたのなら、それは嬉しいことだ。

80: 2012/08/25(土) 12:46:04 ID:UA6a6uSo0


  *  *  *


 予定より少し時間が掛かりすぎてしまった。
 半日と、その半分ぐらいの時間を掛け、私は目的地に辿り着いた。
 ここは町というよりは、やはり一つの集落といったところか。
 規模が、あの澪ちゃんの住む集落よりも、小さいかもしれない。

 周りを見渡す。知った顔を、一人だけ見つけた。
 他でもない、りっちゃんだ。


 「りっちゃーん!」


 私の大きな声に振り向いたりっちゃんは、こちらに気づいた。

 私は驚いた。私の親友の一人田井中律ちゃんが、
 なんとトレードマークのカチューシャを外していたのだ。
 髪は下ろされ、肩にギリギリ届かないほどの長さで、きちんとセットしてある。
 こんな辺境にいても、ある程度のオシャレには気を遣っているようだ。


 「唯じゃねえか。久しぶりだな」

 「うん、おひさだね!」

 「こんな辺境にわざわざようこそ。
  それで、何の用だ?」

 「うん、ちょっと配達屋としての仕事をね」


 配達屋という言葉に、りっちゃんの眉がぴくりと反応した。
 恐らく誰宛の配達物なのか、察したのだろう。

81: 2012/08/25(土) 12:46:43 ID:UA6a6uSo0


 「そうか。ただ、唯には悪いけど、それは受け取れない。
  まあ一泊ぐらいなら泊めてやれるけど……、
  手紙を受け取ることは出来ないからな」


 二回もそれを否定されてしまった。
 だが、りっちゃんは勘違いしている。
 私が“手紙”の配達屋であると。


 「わかった、手紙はいらないんだね」

 「ああ」


 じゃあ。


 「手紙がお望みでないなら、これをお届けだよ!」


 私の大声に怯むりっちゃんを気に留めることもなく、
 ギー太を取り出し、演奏を開始した。当然澪ちゃんの前で演奏した曲だ。

 ……“声”が届けられる。


 『……律。まず、誕生日おめでとう。
  これが届いている頃には、もうとっくに過ぎているかもしれないけれど。
  驚いた? そうだよね、驚いたよね。

  でも、律にはこうするしか無いと思ったから。だから唯にも頼んだんだ。
  別に特別なメッセージを送ろうとしたわけじゃない。これが最後のメッセージだ。

  うん、それだけ。頑張れよ、律』


 演奏終了。気づけば、周りに此処の住民と思われる
 人だかりが出来ていた。特に子供が多い。

 しまった、人前で演奏してしまった。
 また和ちゃんに怒られてしまう。
 だが、それ以上にりっちゃんだ。顔がとても険しい。
 やはりマズイことをしてしまったのだろうか。

 しかし、りっちゃんは私を罵倒するわけでもなく、
 ただ黙って手招きをしてきた。付いて来い、ということか。

82: 2012/08/25(土) 12:48:00 ID:UA6a6uSo0


  *  *  *


 招かれた先は古ぼけた木製の住居だった。
 中にあるのは木の家具と、あまり柔らかくなさそうなベッド。
 懐古趣味は無いが、こういう雰囲気のものは割と好きだ。

 りっちゃんは黙りながらカップを取り出し、
 紅茶を淹れてくれた。
 ここで話をしよう、ということなのだろう。

 りっちゃんが席につくよう勧めてきたので、
 私は近くにあった木の椅子についた。
 背もたれのない丸椅子だった。
 対するりっちゃんは椅子に座ることなく、壁に寄りかかった。


 「さて、どこから話せばいいのやら、だな」

 「え……?」


 話が見えてこない。
 一体、なんの話をしようというのだろうか。


 「お前、知ってるんだろ? 私が澪からの手紙を拒み続けていること」

 「う、うん」

 「今回もお断りしようと思ったんだけど、まさか“声”とはな。
  それは想像もしなかった」


 流石にそれはどうしもないと、りっちゃんは笑った。
 私は笑わず、真剣な顔をしていた、と思う。


 「まあ最後のメッセージって言ってたしな。
  お前も、すっきりしないだろ。説明無しじゃ、さ」


 そういうことか。
 さっきの声を聞いて、りっちゃんの中で吹っ切れたんだ。
 好都合といえば、好都合だ。

83: 2012/08/25(土) 12:50:23 ID:UA6a6uSo0


 「じゃあ単刀直入に聞くよ、りっちゃん。
  どうして澪ちゃんの、一番の親友の手紙を拒むの?」

 「……一番の親友ね。言ってくれるじゃん、唯のくせに」


 唯のくせに、は余計だ。
 私だって学生時代の時と比べれば成長している。
 ……しかし、皆はそれ以上に、特に目の前のりっちゃんは段違いに
 成長している。

 下ろした髪。あの時のカチューシャは今、どこへ行ったのだろうか。
 りっちゃんの表情が一層険しく、そして悲しみを帯びてくる。
 口を固く結んだ。言ってよいことなのか、吟味しているようだった。

 そして、重い口がゆっくりと開かれた。


 「あいつは、私の決心を踏み躙った!」


 ……今、なんて言った?
 りっちゃんの決心を踏み躙ったと? あの澪ちゃんが?

 そんな、はずが。

 私は信じられなかった。
 当たり前だ。澪ちゃんが、りっちゃんの決心を汲み取れないわけがない。
 そんなこと絶対にありえない。
 何か間違いが起きているはずなんだ。

 その間違いを正すため、私はその事情を聞き出した。


 「一体、何があったの?」

 「……そうだな、事の発端は私の手紙だったかな」


 りっちゃんは慎重になりながらも、憤慨を飲み込みきれない、
 怒気の帯びた声で説明した。

84: 2012/08/25(土) 12:52:16 ID:UA6a6uSo0


 「私は卒業後、此処にやって来た。
  学校に行けない連中のために、学校を作ったんだ。
  私が先生なんて冗談みたいな話だ、とかお前らは言っていたけど、
  その意気込みは本物だった。それは信じてくれ。

  それで、此処の先生になるということは、
  この地域から滅多に出れないことを意味するだろ?
  だから私は今までの全ての時間に、別れと区切りをつける必要があった。
  そのきっかけとして、私は手紙を一通送ったんだ。

  誰に? 当然、澪さ。私の一番の親友だ。
  中には私の決心を記した。それのついでに、ある花の種を送った。
  寒い地域でも咲く、白くて可愛い花。私の決心の証さ。

  名前はプリムラ。花言葉は“青春の喜びと悲しみ”。
  私は澪に、今までの思い出を全て預けた。そういう意思表明のつもりだった。
  ……おかげで、一年ぐらいは何も思い出さずに頑張れたよ」


 りっちゃんは一度、言葉を切った。
 見ると額には汗が滴っている。
 精神的にも相当きているのだろう。

 そして言葉が続けられた。


 「問題は手紙を送った一年後に起きた。
  ある一通の手紙が送られてきた。差出人は澪。
  嬉しかったかって? そりゃ嬉しかったさ。
  一年も経てば、此処に慣れてくる。だからある程度なら
  手紙交換なんかも出来るかなって、期待してたんだ。

  期待しながら手紙を開けたからこそ、
  私は失望したんだろうな。

  中には手紙と……、“花の種”が入っていた!」


 りっちゃんは声を張り上げた。
 声に驚いた私は、身体を震わせた。単純に怖かったのだ。
 そんな私を見たりっちゃんは、すまんと言って、
 気持ちを落ち着かせた。

 説明は続く。

85: 2012/08/25(土) 12:53:22 ID:UA6a6uSo0


 「花の種を見た私は落胆したよ。
  何でか? ……その種、まるで私が送った種と同じだったんだんだよ。

  澪は私の決心の証を、あろうことか送り返してきたんだ!
  お前の青春はお前のものだってことか? そういうことじゃねえんだよ!」


 りっちゃんは寄り掛かっていた壁を拳で殴りつけた。
 先程収まった声が、再び激しい怒りを帯びてくる。
 身振り手振りは荒くなり、その怒りや落胆がひしひしと伝わってきた。


 「だから澪は、私の決心を踏み躙ったんだ……。
  あいつは私の意思なんて、何もわかってくれちゃいなかった!
  ……今まで、澪は一番の親友だと思っていた。私はそいつに裏切られた……!

  わかったか? だから手紙は全て受け取れなかった」


 りっちゃんが全てを言い切ると、部屋には静寂が訪れた。
 今まで怒声が鳴り響いていた部屋にとって、
 この静寂は静かすぎた。

 しかし、私は何も言い返す事ができなかった。
 澪ちゃんとりっちゃんの仲を戻す術は、
 聞いた限り、もう残されていないのだ。

86: 2012/08/25(土) 12:55:08 ID:UA6a6uSo0


  *  *  *


 すっかり夜は更けた。
 りっちゃんには一泊だけでも、と言われたが
 泊まる気にはなれなかった。
 歩いてきた道を、今はただ戻っている。


 「いいのかい、それが終わりで」


 ギー太が話し掛けてくる。いいわけがない。
 しかし、私にはわからないのだ。どうすればいいのか。


 「ねえギー太。私、もっと人の気持ち理解出来るようになれるかな?」

 「そんな能力があっても無駄さ。
  人の気持ちに、答えは見つけられない。自分のもの以外はね」

 「……そんなのおかしいよ。
  自分の気持ちを、りっちゃんの決心を認めた手紙を、
  澪ちゃんが理解出来なかったはずがないんだよ」


 私は考えた。何かがおかしいのだ。
 答えの見つからない気持ちは、決心に成り得ないはずだ。
 ならば澪ちゃんが、その手紙に書かれた気持ちを理解できなかった?
 それも有り得ない。澪ちゃんは私たちの中で誰よりも頭が良かった。

87: 2012/08/25(土) 12:56:19 ID:UA6a6uSo0


 「ならば、そこには曖昧な何かが介在したとしか
  考えられないじゃないか」

 「曖昧な何か?」

 「そこまで僕が推察する義理は無いよ」

 「はいはい」


 ……一見意地の悪いギー太は、確かなヒントを与えてくれた。
 相変わらず意地悪だけども。

 どうやらまだ考える余地は残っていそうだ。
 私は、あのメッセージを反芻する。


 “……律。まず、誕生日おめでとう。
  これが届いている頃には、もうとっくに過ぎているかもしれないけれど。
  驚いた? そうだよね、驚いたよね。

  でも、律にはこうするしか無いと思ったから。だから唯にも頼んだんだ。
  別に特別なメッセージを送ろうとしたわけじゃない。これが最後のメッセージだ。

  うん、それだけ。頑張れよ、律”


 何度考え直しても、特に新しい印象は覚えない。
 強いて言えば……。いや、待って。

 私は今までの旅路を振り返った。
 全ての記憶を巡り、答えを見つけようと試みた。
 その結果……私は一つの答えを編み出した。

88: 2012/08/25(土) 12:57:17 ID:UA6a6uSo0


  *  *  *


 「りっちゃん」


 日付が変わる直前に、私は再びりっちゃんの家を訪ねた。
 真夜中にも関わらず、すぐに扉は開かれた。


 「……ん、なんだ唯か。結局泊まる気になったかー?」

 「じゃあ、そうさせてもらおうかな。
  それに加えて、お話があるんだけどね」

 「ふーん。まあ、入れよ」


 お邪魔します。

89: 2012/08/25(土) 12:58:11 ID:UA6a6uSo0


  *  *  *


 「それで、話ってなんだ?」


 今度は二人ともが席についた。
 りっちゃんも、話を聞く準備が出来たらしい。


 「りっちゃん、わかったよ。澪ちゃんの真意が」


 りっちゃんの身体がぴくりと反応した。
 一息置くために、りっちゃんは自分で用意した紅茶をすすった。


 「澪の真意、ねえ。今更何を聞いても、変わらんさ」

 「変わるんだよ。百八十度、世界がひっくり返るぐらいにはね」


 私の記憶。澪ちゃんのメッセージ。りっちゃんの証言。
 全てに整合性を取らせるとすれば、答えは一つしか残らないのだ。
 私はりっちゃんを指差し、宣言した。


 「りっちゃんは大きな勘違いをしている!」


 ……りっちゃんは呆気にとられていた。
 が、すぐに自分を取り戻し、そして笑った。

90: 2012/08/25(土) 12:59:17 ID:UA6a6uSo0


 「勘違い? ……まさか!
  澪は確かに送り返したんだよ、私の決心を!」

 「そうかな? 本当に澪ちゃんは、そう思ってるのかな?」


 りっちゃんから笑顔が消えた。
 真剣な眼差しで、私の目を睨み付けた。


 「どういうことだよ」

 「りっちゃんはそう思っていても、澪ちゃんの真意は
  そこにないとしたらどうする?」


 私は繰り返し頭の中で練習した言葉を、
 一言一句間違えないように慎重に話していった。

91: 2012/08/25(土) 13:00:09 ID:UA6a6uSo0


 「りっちゃん、私はどうしても不自然な点が多すぎると思うの。
  だからそれを解決しないことには、納得できない。

  一つ。澪ちゃんがりっちゃんの気持ちを理解していない。
  これは経験による結論になるけど、有り得ない。と思う。
  もっとも澪ちゃんは、その花をきちんと咲かせていたから、
  まさか手紙を素読みしただけとは思えないけどね」

 「それは種を作って、私に送り返すためだ」

 「そもそも澪ちゃんが、人の気持ちを書き綴った手紙を読んで、
  その気持ちを理解出来ないような人間だとは思えない。
  澪ちゃんは頭が良いからね」

 「そりゃあ、そうだけど。読み取れなかった可能性だってあるだろ」

 「二つ」


 りっちゃんは、自分の反論が聞いてもらえなかったことに、
 不服そうにした。だが、そのついでに睨み付けるような視線も消えた。
 私にはその方が都合が良かったので、何も構わず続ける。


 「澪ちゃんのメッセージには、一切の謝罪が入っていない。
  だから、澪ちゃんは自分が悪いことをしたと思っていない。
  言い換えると、澪ちゃんは何も悪いことをしていない。

  これは決心を理解しているいないの問題に繋がるけれど、
  これがもし、決心を理解している状態での言葉であったら、
  澪ちゃんは相当な薄情者だね。違うと思うけど」

 「じゃあ、理解してないってことだ」

 「理解していないとしたら、それもおかしいよ。
  だって全く返事をよこさない相手に、疑いを持っていないんだもん。
  普通自分か相手に負い目があるんじゃないかって、疑うよね。

  疑わないことには理由があるんだよ。
  例えば、りっちゃんのことを応援しているとかね」

 「それって、つまり決心に気づいているってことじゃんか」

 「そうだよ」


 りっちゃんは眉を潜めた。
 流石に無理矢理だろうか。いや、それでいい。
 誰がなんと言おうと、りっちゃんは勘違いをしているのだから。

92: 2012/08/25(土) 13:01:27 ID:UA6a6uSo0


 「そして三つ。さっき調べたことなんだけど」

 「調べたって、どこで」

 「幸いにも、この集落には色んな書物が揃っていたからね」


 それは私が揃えたんだよ、とりっちゃんは苦笑しながら言った。
 先生らしくてなにより。この度は助かったよ。


 「私が調べたのは、これ。“花言葉”の本」


 取り出したのは分厚い、世界中の花言葉を集めた本。
 持ち運ぶのは気が引けたが説得力を増すためには仕方ない。
 私は栞を挟んだ、目的のページを開いた。


 「このページ。載っている花はプリムラ」

 「プリムラの花言葉なら、それで調べてすらいない。
  元々知ってたんだ。だから送ったんだよ、澪にその花を」


 いいや、違う。違うんだ。


 「ここで、ちょっと聞きたいんだけど。
  りっちゃんが澪ちゃんに送ったのは、
  白いプリムラの種で間違いないね?」

 「ああ。間違いない」

 「良かった。安心したよ」

 「はあ?」


 カードは揃った。
 後は、畳み掛けるだけだ。

93: 2012/08/25(土) 13:02:19 ID:UA6a6uSo0


 「りっちゃん、澪ちゃんから送られた種は
  プリムラのもので間違いなかったんだね」

 「そうだ」

 「そして澪ちゃんに送った種は、
  白いプリムラのもので、間違いなかったんだよね」

 「さっきも言ったばかりだろ?
  そろそろ本題を話したらどうだ」

 「もっともな意見ありがと。じゃあ、もう一つ追加情報。
  澪ちゃんの家の中の鉢植えに、紫色のプリムラが咲いていたよ」


 りっちゃんは私が与えた新情報に驚きもしなかった。
 まさか、気づいていないのだろうか?


 「いい、りっちゃん?」


 ここが重要だ。深呼吸で心を落ち着かせる。
 もう一度真顔を作り直し、この目でりっちゃんを射竦めた。
 これが、最大の切り札だ。


 「“澪ちゃんが送ったのは、りっちゃんの送った花の種じゃない”」

94: 2012/08/25(土) 13:03:12 ID:UA6a6uSo0


 辺りの音が消え失せた。
 かすかに、外の風の音が聞こえる。それ以外は物音一つ聞こえない。
 ……りっちゃんがその静寂を破った。


 「ははは……なんだよ、その冗談」

 「冗談じゃないよ」

 「ふざけんな!」


 勢いよく立ち上がり、りっちゃんが近付いてくる。
 先程まで座っていた椅子は立ち上がった勢いで壁に飛ばされ、
 激しい音を立てた。


 「あれは紛れもなく、“プリムラの種”だ!
  私が送ったんだぞ? 間違えようがないだろ!」


 眼前でりっちゃんは叫ぶ。しかし私は怯まない。
 逆に睨み付け、威圧した。

 私はりっちゃんみたいに叫ばない。嘆かない。
 重くずっしりとした言葉で、確実に勝負を決めにいく。


 「根拠も無く言わないよ。私には絶対の自信がある」

 「聞かせろ。その自信の根拠を」


 りっちゃんは先程の位置に戻っていった。
 椅子は飛ばされていたので、近くの壁に身体を預けた。

95: 2012/08/25(土) 13:04:10 ID:UA6a6uSo0


 「簡単なことだよ。りっちゃん、どうしてプリムラを送ったの?」

 「何って、花言葉で選んだに決まってるだろ」

 「違う。もっともっと、花を育てる上で基本的な要素」

 「育てる上で……?」


 本当に何も考えずに選んだのか?
 そう疑ってしまうほどだったが、りっちゃんは目を見開かせた。
 気付いたようだ。


 「そうだ、私……。
  澪の住むような、寒い地域でも育つ花を選んだんだ」

 「そう、そうなんだよりっちゃん。
  プリムラは寒さに強い種類があるからね」


 私が“強い種類がある”と言ったのには理由がある。
 それが重要なポイントだからだ。


 「だけど澪ちゃんは室内でもプリムラを育てていた」

 「言いたいことはわかった。でも、あれはプリムラの種だ。
  室内で新しく育てようと、それに変わりは無い」


 りっちゃんの言い分は、つまりこうだ。

 誰が育てた花の種でもプリムラの種はプリムラ種であるのだから、
 そこに込められた想いは変わらない。それを、そのまま返されたのだ。

 仮に澪ちゃんの青春が込められていたとしても、
 それでは自分が何のために自分の青春を向こうに送ったのか。
 自分と多くの時間を過ごした青春が送られては、意味が無くなってしまうではないか。
 自分の決心は理解されていないということに、変わりはないのではないか。

 しかし違う。真実はそうではない。
 情報が足りてない故に、そうなるのは仕方ないとはいえ、
 そろそろ誤解を解かなければならないのだ。


 「足りない。全然足りていないんだよ、りっちゃん。
  澪ちゃんが送ったのは“プリムラ・オブコニカ”の種なんだよ」

96: 2012/08/25(土) 13:04:49 ID:UA6a6uSo0


 私の言葉の意味をりっちゃんは理解出来ていなかった。
 それはそうだ、全く知らなかっただろう言葉を発したのだから。


 「ついでに言うと、りっちゃんが送ったのは“プリムラ・ジュリアン”。
  寒さに強いプリムラの一種だね。

  一方プリムラ・オブコニカは耐寒性に優れない。
  だから冬場は室内で育てる必要があるんだよ。
  澪ちゃんみたいに、ね」


 りっちゃんが拳を口に当てた。
 恐らく、私の言葉の意味を咀嚼しようと試みているのだ。
 その試みが成功するまで、そう長くは掛からなかった。


 「……まさか……!」


 ついにりっちゃんが、その言葉の意味に気づく。
 そうだ、りっちゃんは……不可避かつ悲惨な勘違いをしていたのだ。


 「そうなんだよ。澪ちゃんが送っていたのは、りっちゃんとは違う。
  “それはプリムラ・ジュリアンの種ではなく、プリムラ・オブコニカの種だったのだから!”

  そして、この花言葉の本によるとプリムラの花言葉は種類によって違う。
  プリムラ・ジュリアンの花言葉は確かに“青春の喜びと悲しみ”だよ。

  ……でもね、プリムラ・オブコニカの花言葉は違うんだ」


 私は先程見つけた本のページを見開いた。
 そして、目的の一文を指差し、りっちゃんに見せた。
 そこにはこう書いてあった。


 “プリムラ・オブコニカ。花言葉は、運命を開く”

97: 2012/08/25(土) 13:06:14 ID:UA6a6uSo0


  *  *  *


 あの花言葉を見て泣き崩れたりっちゃんを落ち着かせるのに、
 かなりの時間が経ってしまった。
 最大の親友を勘違いで嫌っていたのだから、
 その悲しみは私に計り知れないものなのだろう。

 澪ちゃんはりっちゃんを応援していたのだ。
 青春は確かに受け取った。だからお前はそこで、
 新しい運命を切り開いていってくれ……。
 そんなメッセージが込められていたのだろう。

 案の定、私が受け取った小袋にも花の種が入っていた。
 恐らくプリムラ・オブコニカのもの。
 室内の鉢植えで育てられた花のものだろう。


 「はは……、私って、今まで何に怒り狂ってたんだろうな」


 りっちゃんは自分に失望し落胆した、といった声で言った。
 一体、どんな言葉を掛けるのが適切なのだろう。
 私にはわからなかった。……ただ、仕事を一つ完了させることにした。
 少し重い鞄を自分の前に置いた。


 「りっちゃん、これ。澪ちゃんから今まで送られた手紙」

 「全部取っておいてあるのかよ……。
  有難いけど、どんだけマメなんだお前の仕事はよ……」

 「その言葉、上司に言ってあげて。私にはわからないや」

98: 2012/08/25(土) 13:07:09 ID:UA6a6uSo0


 テーブルの上に手紙が広げられた。手紙は山積みになった。
 それを私たちは一通一通丁寧に読んでいった。
 何故一緒に読んだのかは、わからない。

 そういえば澪ちゃんは“声”の中にこんな言葉を残していた。

 “それだけ”。

 花の種は送られている。
 これは“頑張れ”というメッセージに等号がつくのだろう。
 ということは、他にメッセージが残っているということなのだろうか。
 ……答えはすぐに出ることになる。

 この手紙たちだ。五十何通に及ぶ、大量の手紙。
 内容こそ千差万別ではあるが、全てこう締めくくられていた。


 “会うのは難しくても、こうして連絡を取ろう。
  返事くれよ?”


 りっちゃんはその文字を見た瞬間、また泣き崩れてしまった。
 今度は私も、一緒に泣き崩れた。
 山積みになった手紙が、雪崩のように崩れ落ちた。

99: 2012/08/25(土) 13:08:12 ID:UA6a6uSo0


  *  *  *


 立ち直るのには、また時間が必要だった。
 だが、もう既にりっちゃんの涙は枯れ切っていた。
 これ以上流せる涙は残っていない。


 「私、もう帰るね」


 これ以上やることもない。帰ろうと扉の方へ歩く。
 私が扉の取っ手に手を伸ばした、その時だった。
 りっちゃんが私を呼び止めた。


 「唯」


 取っ手に伸ばしていた手を引っ込め、私は振り向いた。
 振り向いた私の目の前には、柔らかい表情をした
 りっちゃんが立っていた。


 「なに?」

 「お前、変わったな」

100: 2012/08/25(土) 13:09:54 ID:UA6a6uSo0


 それはまるで、私の親……いや、担任の先生のような目だった。
 私たちは同級生だったということを忘れてしまいそうなほど、
 りっちゃんの目は温かかった。

 私は、あくまで同級生として聞き返した。


 「そう思う?」

 「ああ。色々なことが見えるようになってる。
  先生になった私が言うんだ、間違いないさ」


 ……私は失笑した。その言葉には、満足していた。

 そして、私はふと思い出した。
 いや。これは絶対に言おうと決めていた言葉なのだ。

 今のりっちゃんに負けないほど柔和な表情で、私は言った。


 「私に預ける言葉はそれだけでいいのかな?」


 りっちゃんは驚き、そして、
 微笑みながらかぶりを振った。


 ‐ お し ま い ‐

引用: 唯「君へのメッセージ」