6: ◆EBFgUqOyPQ 2015/04/22(水) 01:40:05.90 ID:HEFpIzrTo


モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」シリーズです


前回はコチラ


お久しぶりです。

周子一位おめでとう!
やっぱり白肌美少女は最高です。

さて投下するのですが、今回の話は少しはっちゃけすぎたせいかグロ成分が少し多めだったり、胸糞成分があったり、挙句の果てに少しアイドルに優しくない描写が含まれます。

けっしてアイドルをいじめるのは私の趣味ではないことをここで声を大にして示しておきますが、そんなわけもあり不快に思われる方もいるかもしれません。
そんな方はスクロールバーを一番下まで下げるのをお勧めします。


7: 2015/04/22(水) 01:41:27.93 ID:HEFpIzrTo
『Девушка Интересно действительно счастлив?』

(少女は果たして、幸せなのだろうか?)

『В судьбе останков смывается』

(流されるままの運命の中で)

『Она также может быть освобожден от рельса, который определяется она』

(彼女が決められたレールから解放されても)

『Его суждено продолжать борьбу до сих пор ли счастливы действительно?』

(未だ戦い続けるその運命が果たして幸せなのか?)

『Это то, что она решила.』

(これは彼女が決めたこと。)

『Я не знаю никого, это то, что право.』

(何が正しいのかは誰にもわからないのだ。)

『При выборе бесконечное Ведь где в конечном итоге просто одной.』

(結局のところ無限の選択肢の中で、たどり着く場所はただ一つ)

『Она сделала бесконечно』

(無限に彼女は―――――――)



 

----------------------------------------


それは、なんでもないようなとある日のこと。

~中略~

「アイドルマスターシンデレラガールズ」を元ネタにしたシェアワールドです。
・ざっくり言えば『超能力使えたり人間じゃなかったりしたら』の参加型スレ。




8: 2015/04/22(水) 01:43:07.69 ID:HEFpIzrTo


 敵は攻撃の狙いが定まらないように路地裏のビルの壁面を縦横無尽に駆け回る。

 さすがに彼女にはそれを真似できるような身体能力は持ち合わせていないため、敵を視界から逃さぬよう地に足を着け追いかける。

 しかし敵は黒い泥をまき散らしながら急に方向転換。
 泥で形成された鋭い爪状の凶器を振りかざして、少女の方へと向かってきた。

「くっ!」

 間一髪手元のナイフでそれをいなした彼女は半歩後ろに下がり、すぐさま反撃に転ずる。
 だが少女は視界の端に映した脇の路地に潜む黒い泥の姿を捉え、考えを変えた。

「ぐぅ……う!!」

 その黒い泥の塊から射出された硬質化した黒い槍を、彼女は攻撃しようとしていたナイフで強引に上へと逸らした。

 いっぱいいっぱいのその動きは当然隙を生み出す。
 その隙を当然敵は逃さず、先にいなされた黒い爪を次は横に振りないだ。

「ううう……らぁ!!!」

 その横薙ぎに対し少女は宙返りするように足を振り上げる。

9: 2015/04/22(水) 01:43:59.60 ID:HEFpIzrTo

 その横薙ぎに対し少女は宙返りするように足を振り上げる。

「なっ!?」

 その足は敵の二の腕を捉え、少女を引き裂こうとした爪は見当違いの方向へと逸れてしまった。

 完全に敵の胴はがら空きとなり、着地した少女はその隙だらけの心臓へと、ナイフを突き立てんとする。

「調子に……乗るなよ!」

 だがガチリという衝突音。
 少女の攻撃はその間に乱入してきた泥の槍に防がれてしまった。

 少女は視線をそちらへとちらりと向ければそこには新たな黒い泥の塊。
 しかもそれと同じ塊がこの狭い路地裏の壁面のいたるところにへばりついていた。

「くたばれ!」

 敵の合図とともに、散らばった黒泥から少女を貫かんとすべく一斉に黒い槍が射出される。

「くぅっ……!」

 少女はそれらをよけるべく、地面を蹴り後ろへと飛びのいた。
 だが敵がその様子を不敵に笑っているのを見て、少女は自身の回避が悪手であることに気が付いた。
 下がりゆく身体、その刹那の中で少女はその体勢の中かろうじて首を後ろに向ければ、そこにはひときわ大きい黒い泥の塊が少女に向かってくるのが見える。

10: 2015/04/22(水) 01:44:44.65 ID:HEFpIzrTo

 気が付いた時にはもう遅い。
 緊急回避であった少女は方向転換することはできない。
 その泥は剣山のごとくの針山を出現させ、少女は慣性に従いその渦中に突っ込んだ。

「ぐ……がぁ!」

 体全体を貫かれ、少女は呻く。
 肺も貫かれているので呼吸すらままならない様子である。

「はっ、手こずらせやがって……。

どこのヒーローだか知らねぇが俺に楯突こうとするからこうなるんだよ」

 敵は勝利を確信したのか、串刺しになった少女に近づいてくる。
 その後を追うように、周囲にいた黒い泥たちも付いてきたようだ。

「まったく正義の味方さまが逆にやられてちゃあざまぁねえぜ。

はっはっは」

 敵は余裕の表情を浮かべながら、憐れなものを見るように少女を笑う。
 その敵の笑いにつられるように周囲の泥たちもクスクスと小さく少女を嘲り笑っていた。

11: 2015/04/22(水) 01:45:23.78 ID:HEFpIzrTo

「うぐ……ああ!!!」

 だがすでに事切れていたかに見えていた少女は敵の方を睨み付ける。
 そしてその棘の一本を手に取って背負い投げの要領で引っくり返した。

『グエエエッ!!!』

 投げられた黒い泥はうめき声を上げながら、地面にたたきつけられた衝撃によって硬質化した棘が維持できなくなる。
 その隙に自由となった少女は、胴体に穴が開いていることなど構わずに先ほど足元に落としたナイフを拾い上げて、投げた黒い泥を一閃。

 その一振りで核を両断し、黒い泥は塵へと還っていく。

「てめぇ……。

まだくたばってなかったのか」

 もはや勝利を確信していた敵にとって、致命傷を与えたはずの少女が動き出すことは予想外であり、驚きが隠し得ない様子である。
 だがその隙にも周囲の泥たちに能力による指示を出し再び臨戦体制に移行している。

「まだ……氏にません。

私、絶対に[ピーーー]ないので」

 少女は不敵に笑い、ナイフを逆手に持ち替え構える。
 先ほど与えた傷もすでに塞がっているようだが、息は先ほど以上に上がっていた。

12: 2015/04/22(水) 01:46:26.38 ID:HEFpIzrTo

「うぐ……ああ!!!」

 だがすでに事切れていたかに見えていた少女は敵の方を睨み付ける。
 そしてその棘の一本を手に取って背負い投げの要領で引っくり返した。

『グエエエッ!!!』

 投げられた黒い泥はうめき声を上げながら、地面にたたきつけられた衝撃によって硬質化した棘が維持できなくなる。
 その隙に自由となった少女は、胴体に穴が開いていることなど構わずに先ほど足元に落としたナイフを拾い上げて、投げた黒い泥を一閃。

 その一振りで核を両断し、黒い泥は塵へと還っていく。

「てめぇ……。

まだくたばってなかったのか」

 もはや勝利を確信していた敵にとって、致命傷を与えたはずの少女が動き出すことは予想外であり、驚きが隠し得ない様子である。
 だがその隙にも周囲の泥たちに能力による指示を出し再び臨戦体制に移行している。

「まだ……氏にません。

私、絶対に氏ねないので」

 少女は不敵に笑い、ナイフを逆手に持ち替え構える。
 先ほど与えた傷もすでに塞がっているようだが、息は先ほど以上に上がっていた。

13: 2015/04/22(水) 01:47:34.73 ID:HEFpIzrTo

「怠惰のカースドヒューマンか?

……いや、同類には見えないな。別の能力か。

……全く生命力がゴキブリみたいだな!!!」

 敵は忌々しそうに叫びながら司令を出すように腕を前に降り出す。
 それを合図に周囲の泥たちが一斉に少女に跳びかかった。

「……ううう、らああああ!!!!!」

 だが少女も泥たちの動きを完全に予測し、ナイフを振るう。
 核を裂き、泥を削り、むき出しとなった核を踏み潰す。

 一瞬のうちにそれを繰り出し、数体の泥たちを刹那のうちに駆逐した。

「行け、ヘルハウンズ!!!」

 だが休む間もなく敵はさらなる配下の泥を繰り出す。
 その姿が鏡写しのような2体の黒い犬は、狭い路地を利用しながら少女へと接近する。

 ビルの壁面を利用し、上下左右三次元的な動きをしながら、すれ違うように少女に攻撃を仕掛けていく。
 猟犬が獲物を追い詰めるがごとくのその動きは、常人では追えぬほどに素早く、鋭い。

『ガアア!!!』

14: 2015/04/22(水) 01:48:30.78 ID:HEFpIzrTo

「くっ……これは、すこし」

『グオオオオ!!!!』

 その激しい攻撃に少女も防戦一方である。
 動きをどうにか目で追い、攻撃をかろうじてナイフでいなしているようである。
 しかしかなり消耗しているらしく肩で息をしており、限界が近いのが見て取れる。

「どうしたヒーロー少女!?

氏ねないとか言っていたが、ずいぶんと苦しそうだな。

だが今楽にしてやるから安心しろ!!!」

 敵は2頭の猟犬によって動けない少女に向けて手を突き立てるように向ける。
 その手に泥がまとわりつき獣の爪に、そしてさらに形を変える。

「これでも氏なないなら、次からさらに休む間もなく頃してやるよ」

 腕にまとわりついた黒い泥は一本の鋭い槍となる。
 それはまるで極太の攻城槍であり、それで貫かれればいくら傷を治せる少女でも体組織の大半は吹き飛び、生きてはいられないだろう。

15: 2015/04/22(水) 01:50:51.04 ID:HEFpIzrTo

「さっさとくたばれやあああああ!!!!」

 その叫びと共に、敵の手から黒い槍が射出される。
 猟犬たちはそれを察知し、少女の周囲から飛び退いた。
 それは一直線に少女の下へと向かっていき、渦巻く黒槍は殺意をもって少女を狙う。
 黒槍の速度はすでに疲弊しきった少女では回避するのは不可能であった。

「そう……ですね」

 だが少女はそれに対するように手のひらを槍に向けて差し出す。
 まるでそれをその手で受け止めようかのごとくだ。

「『聖痕(スティグマ)』解放(ヴィープスカ)」

 敵は眼を疑った。
 先ほどまで肩で息をし、自身の力に及びもしなかった少女が、自身の渾身の力で放った攻撃、それを上回る力によって一瞬でかき消してしまったことを。

 そして瞬時に理解した。
 この力は自身を、カースドヒューマンを、カースを滅ぼす力であることを。

16: 2015/04/22(水) 01:51:46.65 ID:HEFpIzrTo

 少女から放出されるエネルギーの余波は、この場に滞留していたカースの元となる負の感情エネルギーは離散してしまった。
 濃度の薄いカースであったならばこの余波だけで蒸発していただろう。

『『聖痕』確認。累計予想最大持続時間約3分28秒コンマ33、残り時間に気を付けて戦闘してください』

 無機質な音声が少女の耳に届く。
 少女の来ているコートの襟もとから出ているその無機質な声は特殊な装置によって少女にのみ情報を伝える。

「ハウンズ!!!」

 敵は少女の回復能力の印象さえ忘れてしまうほどの衝撃を受けたが、この場を切り抜けるために意識を強引に切り替える。
 2匹の猟犬を指示を出し、挟撃を命じる。

『グオオオアアア!!!!』

 挟み撃ちで少女を狙う黒い犬。
 だが少女は慌てることなく、ナイフを投擲。

 高濃度の天聖気を含んだナイフは、まるでバターに刺さるように黒犬の片割れの空いた口から突き刺さり、核も一緒に胴体を貫いた。
 その隙に背後からのもう一体が、少女の喉元に食らいつかんとばかりにすぐ後ろまで迫る。

 だが少女は後ろ回し蹴りを犬の横っ面に叩き込み、ビル壁に叩き付けた。

17: 2015/04/22(水) 01:52:43.86 ID:HEFpIzrTo

『キャイン!!!』

 獰猛な猟犬に似つかないか細い声で鳴きながら、地面にずり落ちる。
 少女は地に伏した猟犬を天聖気を込めた足で容赦なく踏みつけた。

『グ、グガアアア……』

 猟犬を構成していた泥は蒸発していき、跡形もなく消滅した。
 猟犬のいた足元から視線を敵に移し、少女は睨み付ける。

「あとは……あなただけ」

「クソ、ッタレが!!」

 もはや外部からカースを生成することはできない。
 敵に残った手段は自身の中に残ったエネルギーでどうにかこの場を乗り切るだけであった。

 敵は残っている力を放出して、一瞬にして再び大量のカースを生成する。
 さらに腕に泥の爪を出現させ、周囲のカースは自身の体を変形させた槍を一斉に伸ばした。

 少女はビルの壁面を駆けながら、それらを避けていく。
 敵もさらに爪を伸ばして、少女を追い詰めようとするがその機敏な動きを捉えることはできない。

「ウウウウウウウウウウ!!!!!」

 少女は懐から新たなナイフを取り出し、すれ違いざまの一瞬のうちに、カースを、それも核を的確に両断していく。

18: 2015/04/22(水) 01:53:33.25 ID:HEFpIzrTo

「この……クソ、ガキが!!!」

 敵は爪を振り上げ、目の前まで迫る少女を襲い掛かる。

「ラアアアアアアアアア!!!!!」

 だが少女はその爪が届く前に、敵の腕を切り落とす。
 そして懐まで詰め寄って、その胴体にナイフを深く突き立てた。

「グ……はぁ……」

 突き立てられたナイフは腑を突き、敵は苦悶の吐息を吐く。
 傷口からは血だけではなく、泥たちを構成する負のエネルギーが漏れ出していた。

「あああああああ…………クソ、クソ、クソが……。

こんなところで、俺が終わるのかよ……」

 敵は恨み言でも吐くかのように小さくつぶやく。
 これまで欲望の赴くままに能力を使い悪行を繰り返してきた敵にとっては自らの命が終わろうとしているこの瞬間は信じがたいものであった。

19: 2015/04/22(水) 01:54:29.88 ID:HEFpIzrTo

 だがふと敵は恨み節をやめニヤリと笑い、少女の瞳を覗き込んだ。

「ほら、俺の核はここ、喉にある。

殺せ、ヒーロー」

 あごを上げて、喉をむき出しに。
 そこには体と一体化した怪しく光るカースの核があった。

「殺さないとか、まだ敵でも氏んでいい命なんてないとか甘っちょろい事だけは言うなよ。

地獄でてめえに呪い吐きながら待っててやるんだから、さっさと殺せよ」

 せめて氏ぬ間際に、一泡吹かせてやる。
 頃しの世界とは縁遠い日の光だけを浴びてきたであろう少女のヒーローに嫌がらせのように自らの命の重さを背負わせてやるのだと。

20: 2015/04/22(水) 01:55:17.47 ID:HEFpIzrTo

 だが少女は静かに敵の体からナイフを引き抜く。

「もう、迷いません。あなたのこと……覚えておきます」

 そして敵の喉を横に一閃。核ごと薙ぐ。

 その迷いのない一太刀に敵は眼を見開くも、すぐにあきらめたかのような表情に変わる。

「チッ、そりゃあ……光栄だぜ」

 そして敵は、そのまま塵となって風に吹かれていった。

『『聖痕』修復確認。解除確認しました』

 少女の耳元で事務的な音声は、少女の心情を察することなく響く。
 肉を裂く嫌な感触が残るナイフを2,3回振るって、コートの懐にしまい込んだ。

「ダー……そうですね。

これが、ヒーローとして、私のした覚悟。

最低限の頃しのため、かろうじてできる覚悟です。隊長」

 そして少女、アナスタシアはゆっくりと息を吐いて疲労感に満ちた足取りでその裏路地を後にした。

21: 2015/04/22(水) 01:56:30.92 ID:HEFpIzrTo


***




「あああ……はあ……はあ……」

 よどんだ空気渦巻く密閉された薄暗い建物の中、一人の男が地に伏せ苦しそうにうめき声を上げている。
 額からは脂汗が滲み、その表情は苦痛に耐えるように歪んでいた。

「苦しそうね。熱いのかしら?

確かにここは閉めきってあるから熱が籠りやすいわね」

 地に伏す男の前で、一人の女がのんきにそんなことを言う。
 優しげな言葉使いだが、そんな女の言葉に男は憎悪の視線を向けるだけであった。

「うるせえ……お前が……お前がああ……。

みんな頃しやがって……こんなことをして俺たちの組が黙っちゃいないぞ……」

 地に伏す男はありったけの憎悪を込めた視線で女を睨み付ける。
 人を殺せそうなほどに感情を込め腹から吐き出した呪詛を女の方は気にした様子ではなかったが。

22: 2015/04/22(水) 01:57:36.69 ID:HEFpIzrTo

 周囲を見渡せば、その惨状は一瞬で理解できる。
 一面中隅々まで塗り残しなく赤いペンキのように塗りたくられ、その赤色がそこら中に散らばる破片から何であるかが察することが容易であった。

 そう、あちらこちらに人間だったものが横たわっており、中には原形さえとどめていない物も多くあったのだ。

 地に伏せている男も、今かろうじて生きているような状況で、出血多量に加えすでに片足がない。
 男にとって最も熱を持っているのは片足の切断面であり、熱せられた鉄板を押し付けられるような痛みが常に走っていた。

「うふふ……バカね、そいつら来たところでアタシの前じゃゴミとおんなじ。

つまりあんたらが何人いようが何一つ変わりないってことだから遠慮なく来なさい。

みんなもれなくハンバーグに加工してあげるから」

 女は人が変わったように男を見下すような笑顔で、にやにやとしながら言い捨てる。
 その下品な笑みは見る者すべてに嫌悪感と拒否感を植え付ける。

「ああでも生意気な口アタシに聞いたからもう一本もらうわね」

 そして男の片腕を右手で持って、女は左手で手刀の形を作る。

「や、やめろ!頼む!それだけは!それだけは勘弁」

「ほらスパッと」

23: 2015/04/22(水) 01:58:42.20 ID:HEFpIzrTo

 女は男の制止の声に全く耳を傾けす、左手の手刀で男の腕の付け根を一閃。
 鋭利でも何でもない手刀は、傍から見れば全く力が入ってなかったにもかかわらずただそれだけの動作で腕の付け根から綺麗に輪切りにした。
 切断面からは血が吹き出し、酸化の始まった血の匂いの充満するこの場に新鮮な血液の匂いが新たに満ちて行く。

「ああああああああああああああ!!!!!!

があああ、ぐう、あああ、あああああ……」

 男は悲痛な叫びを上げながら、体内から流れ出る血を止めんと残った片手で切断面を抑えるが、まるで意味はなく男の顔色はさらに青白く悪くなる。
 そんな地面でのたうち回りながら苦悶の叫びを上げる男の様子を女は心底楽しそうに見下ろしていた。

「ほら頑張って。

まだ氏ねないわよね。ここに居る仲間の仇も取らなくちゃいけないしねぇ」

 女は再び優しい声色で、あたかも挑発するように男に声をかける。
 にやにやと芋虫のように這いつくばる男を見て女は心底楽しそうである。
 それに対し男はやはり憎悪の視線でその敵の対象である女を見上げることしかできなかった。

「だいたいまだ片手と片足でしょう?

それだけあればまだまだ余裕よ。アタシもこの通り両手ないし」

 女は両手を広げて、それを見せびらかす。その無機質な黒い両の義手を。
 女が指を動かすたびにカチャカチャと音が鳴り、その腕に血が通っていないことを主張する。

24: 2015/04/22(水) 01:59:43.83 ID:HEFpIzrTo

 男はその両腕を見せびらかされた途端憎しみの視線から一転、怯えたような表情になる。

「怖い?そうよねぇこれでみんな頃したんだから、怖いのは当然よねぇ。

うんうん、それでいいのよそれで」

 男の脳裏に映るのは虐殺の情景。
 その両の義手のみで、武装したマフィアである自分たちを、さらに用心棒として連れてきていたサイボーグの傭兵でさえも一瞬のうちに皆頃しにしたのだ。
 男にとってはすでにその義手がいかなる凶器よりも恐ろしいものに見えてしまう。

「だいたい……どうして俺たちを襲った?

今回の取引はアンタに関係ないだろ」

 男は痛みや恐怖から意識を逸らすため、根本的な疑問を女に問う。
 もともと今こんな状況になっている理由さえも男にとってはわかっていなかったのだ。

「ところがどっこいそうでもないのよね。

もしもアタシがキミのところの組と敵対関係にある組織から派遣されているとしたら、ただの嫌がらせにも理にかなった道理が付くでしょ?」

「だが……そんなことをすれば抗争になる。

ぐ……今回のアンタの襲撃はあまりにも不自然だ」

25: 2015/04/22(水) 02:00:46.93 ID:HEFpIzrTo

 脳内で敵対する組織を思いつくだけ考えてみるが、こんな強引な行動を起こすような組織は男の脳裏には思い浮かばない。
 男は血の回らない頭で必氏に考えているが、女の方はそんな話題にはあまり興味がなさそうであり、自身の義手をいじくっている。

「そんなことどうでもいいでしょう?

そんなことよりも、今回の取引の情報の洩れどころ聞きたくないかしら?」

「な……どういう、ことだ?」

 当然ここで行うはずだった取引はこの女の襲撃で台無しになったわけだが、この義手の女は取引のことを知っていたはずである。
 ならばその情報を誰かが漏らしたことは明らかであったのだ。

 女は男のその『裏切り者』の情報を知りたそうな顔を見て下卑た笑みを浮かべる。
 その表情を男は見た時点で嫌な予感はしたのだが、女は男の顎を掴んで引き寄せ、耳元でささやくのだ。



「あなたが一昨日の夜に酒場で上機嫌に話していたのを、アタシは知ってわ。

泥酔しながら上機嫌にべらべら喋ってるなんてよほどいい事でもあったのかしら?

とにかくお手柄よ。だからそのお礼に今あなただけは殺さないでおいてあげてるの。

素晴らしいわ。みんなの命を犠牲にしたおかげで今君は命拾いをしてるんだから。

本当にありがとう、『裏切り者』さん」

 ねっとりと、耳元で脳内に浸みこむように囁くような女。
 その言葉を聞いて男は、体温が一気に下がるような感覚と、絶望的な表情をした。

26: 2015/04/22(水) 02:01:40.63 ID:HEFpIzrTo

 確かに男は一昨日の晩酒におぼれ、記憶があいまいであった。
 だがその間にそんな重要なことを漏らしていただなんて思いもしなかったのだ。

「あなたの仲間が氏んだのは、あなたのせいなのよ。

あなたのその紙のように軽い口ののせいで、取引は失敗し、仲間を氏なせたのよ。やったわねぇ」

「ぐ……うう……ああああああああああああああああ」

 男はもはや泣くしかなかった。今の現状を引き起こしたのは自分だということを自覚した時点で、それしか逃げ道は残されていなかったのだ。
 あと男に残されたのは仲間への贖罪のために氏ぬくらいであった。

「ころし……頃してくれぇ……」

「まぁ慌てないでお兄さん。まだお楽しみはあるんだよねぇ」

 女は泣きじゃくる男を尻目に立ち上がってこの場に元々あった青いビニールシートのかぶせられた資材らしきものへと近づいていく。
 男はぼやける視界でそれをただ見ているだけであったが、女がビニールシートを取り去った途端その表情は、さらに複雑に歪んだ。

「なんで……なんで彼女までも巻き込んだ!?」

27: 2015/04/22(水) 02:02:54.86 ID:HEFpIzrTo

 男は怒りをあらわにしてそう叫ぶ。あまりに感情の起伏が激しすぎて男の表情はもはや感情が読み取れないほどにぐちゃぐちゃに歪んでいる。
 ビニールシートの中には一人の女性が椅子に縛られ、目隠し、猿轡、耳栓のためのヘッドフォンと完全に情報を遮断された状態で捕えられていた。

「はーい、あなたの愛しの彼女マキちゃん。

本日の特別ゲストよ」

 義手の女はそう言いながら、縛られた女性の猿轡を解き、ヘッドフォンを外す。
 封じられていた感覚が解放された縛られている女性は表情を不安と恐怖に歪ませながら周囲を見回す。
 どうにか拘束から抜け出そうとするその動きは縛られている椅子をぎしぎしと軋ませている。

「タクくん?助けて!急に私つかまって、お願い私を放してよぉ!!!」

 そして視界の先に見知った男の顔を見つけた瞬間、弾けるように助けを乞う声を上げる女性。
 本来ならばこの倉庫の惨状や男の切断された四肢を見て叫び声などを上げてもおかしくないのだが、錯乱しているのか女性にはそれらが見えていないようである。

「どうかしら?感動のご対面。

いいわね、アタシ泣けてきちゃう」

 そう言いながらも義手の女は口角を吊り上げ下卑た笑みを男に向ける。

「なんでなんでなんで……なんで彼女まで……。

俺だけでいいだろうに!!!!!」

28: 2015/04/22(水) 02:03:43.49 ID:HEFpIzrTo

 男は怒りを言葉にして口から吐き出す。
 もはや堰さえ無い感情そのままの言葉であったが、まるで義手の女には馬耳東風であった。

「では、タク君、だったかしら?

彼女が殺されるのか、キミが殺されるのどっちがいい?」

「だから……俺だけ殺せばいいだろ……。

これ以上……俺に何をしろっていうんだよ……

彼女を、解放してくれよぉ……」

「タク……くん……」

 声さえ枯れ始めた男の悲痛な言葉。
 義手の女はそれをにやにやと心底楽しそうにみていた。

「うん、いいわ。その恋人を思う気持ちにアタシはもう感動。

じゃあ君の言う通り頃してあげるわね」

29: 2015/04/22(水) 02:04:40.19 ID:HEFpIzrTo

 パキパキと義手を鳴らし、男のすぐ隣へと義手の女は向かう。
 そして男の隣で笑いながらぼそりと呟くのだ。

「キミの彼女を頃してからね」

 ずぶりと肉を貫く音が響く。

「あ……あれ?」

 男は眼を見開いて彼女である女性の方を見ている。
 椅子に縛られた女性の目隠しは、はらりと落ちていき今の彼女自身の状況を認識した。

「なんで……どうして、私を?」

 女性の腹から肉を裂いて女の腕の物とは違う、新たな義手が貫通していた。

「どうして、どうして私なのよ!?

が……ちゃんと情報だって渡したし、言うこと聞けば殺さないって……どうしてその男じゃなくて私をおおおお!!!!」

 まるで状況が理解できていないかのように取り乱す女性。
 義手の女はそんな女性を虫を残酷につぶす子供のような瞳で見るように見下し、笑いながら言う。

「簡単に人は信用しちゃだめよ、甘ちゃんで平和ボケしたお嬢さん?」

30: 2015/04/22(水) 02:05:29.41 ID:HEFpIzrTo

「約束……したのにぃ!この嘘つき!!!!」

「じゃあね♪」

 その合図とともに、女性の体から新たに義手が2本突き出てくる。
 義手は女性の体を掻き毟るように引き裂き、血と臓物は混じり合うように飛び散る。

「ゴホッ……ゲ……ゴ……」

 逆流する血液によって、まるでおぼれているかのような表情をしたまま。
 そして強引に突き破ってきた義手によって、肉片は飛び散り女性は完全に絶命した。

「というわけで見せたかったのはこれ。

全部嘘なの。あなたは別に悪くなかったのよ。あなたたちを売ったのはぜーんぶあの女。

よかったわね、これはあなたのせいの惨状じゃないわ。

金と自分の命のおしさに目がくらんだ、あなたの馬鹿なガールフレンドのせいだったのよ♪」

31: 2015/04/22(水) 02:06:10.38 ID:HEFpIzrTo

「あ……あ……」

 もはや男の目に光はない。
 自分のせいではなかったという安心感と、すでに氏んだ彼女への不信感。
 そして彼女の氏への悲壮感、自分を裏切ったものが無残に氏んだ陶酔感、そんな感情を抱く自分への嫌悪感。
 相反する感情が濁流のように男の脳内を駆け巡り脳が焼き切れそうな痛みを上げる。
 何が真実なのか情報が交錯し、男はすでに廃人一歩手前まで来ていた。

「ぐ、ぎ、ギャハハハハハハーーーーヒヒヒ!!!!!

もう……傑作ね!!!前もって準備してただけあったわ!!!

もう最高、これ見るために生きてたってもんよアタシぃいいい!!!!」

 ついにこらえられなくなったのか義手の女は下品に笑いだす。
 これまでの面の皮が剥がれ落ち、性根の腐ったどす黒い本性が露わになった瞬間であった。

「最後はァ!!!

幸せなキスして終了ってのが相場だよねええええ!!!」

 そう言って義手の女はすでに氏体となった女性の体を縛られている椅子から強引に引きはがす。
 その際に千切れかけていた体の一部が完全にちぎれてしまったが、義手の女は気にせず女性の頭を持ちながら男の目の前まで引き摺っていく。

32: 2015/04/22(水) 02:06:59.11 ID:HEFpIzrTo

「オラ愛しの彼女だよ!!!

幸せ噛みしめて濃厚なキスして見せろよ!!!

アタシってばマジ優しいいいい!!!カップルの最後には一緒に頃してあげなくちゃねえええ!!!!」

「が……ふぐう……」

 義手の女は氏んだ女性の顔を強引に男の顔に押し当てる。
 ぐりぐりと、叩き付けるように何度も何度も。

 だが男の方はもはや抵抗する気力さえ無くしたのか、苦しそうにうめくだけで無反応であった。

「つまんねーなぁ!!!

おい舌入れろよ愛し合えよ!!!!

それともやっぱり憎いのかぁ!?

だったらその歯でこの女ぐちゃぐちゃにしろよ憎いんだろうよなあああ!!!

あひゃ、あひゃひゃははははははーーーーーーー!!!!!」

 義手の女は眼を血走らせ狂ったように笑う。
 すでに男の方も事切れていたが、義手の女は構わず両者の顔面の形が原形をとどめなくなるまで何度も叩き付けながら笑っていた。

33: 2015/04/22(水) 02:07:54.17 ID:HEFpIzrTo

「はーーーーーーはっはっは……はぁ……はぁ。

あー楽し。仕事の合間にゴミで遊ぶのだけはやめられないわぁ……。

まぁほんとのこと言うと、別にその女大したこと知ってなかったから自分ですべて調べたんだけどね。

全て過失100パーでアタシのせいでしたってこと。まぁもう氏んでるか」

 ひとしきり笑った後、落ち着いた義手の女は、物言わぬ氏体に向けて静かに言う。
 そして立ち上がって、両手を組んで伸びをした。

「さーてと……遊んだあとはお片付けね。めんどくさいわ」

 義手の女はゆっくりとあくびをしながら、この血だまりの屋内の処理の算段を考え始めた。




***

 

34: 2015/04/22(水) 02:08:46.81 ID:HEFpIzrTo

 事の発端はアーニャは『プロダクション』へと向かう道中に、カースの襲撃に遭遇したことであった。
 ただしそこには別のヒーローが駆け付けた後であり、事態は収束に向かっていた。
 すでにアーニャの出る幕ではなかったので、このまま周囲に被害が出ないように警戒するだけにしようとしていた時のことだ。

 そんなカースの襲撃の様子を怪しげな視線で見つめる男をアーニャは発見。
 アーニャは男の後を着けていくと、多くのカースと共に居るその男の姿を見たのだ。

 そしてその男がカースドヒューマンであり、先ほどの首謀者であると確信したアーニャはその男に攻撃を仕掛け、結果として戦闘になった。

 先の戦闘の通りカースドヒューマンを倒したアーニャは、自分がいつの間にか路地裏深くまで来ていることに気づき、今の居場所がわからなくなっていた。
 しかたがないのでアーニャは当てもなく歩いて、そしてようやく見覚えのあるものを発見できたのだった。

「アー……ここは」

 アーニャの目の前に広がるのは、青い海。
 いつの日だったかアーニャが流れ着いた港であった。

 ここ最近の悪天候によって海はあまり穏やかではなく、同時に空は曇っているためあまり景色がいいとは言えない。

35: 2015/04/22(水) 02:09:56.33 ID:HEFpIzrTo

「さすがに、さっき少し、疲れました」

 ここからならば『プロダクション』に向かう道はわかる。
 だがアーニャは戦闘後の疲労感が残っていることと、見覚えのある場所にようやくたどり着いた安心感もあり、しばらくここで休憩することにした。

 海沿いぎりぎりのコンクリートで舗装された場所にアーニャは座る。
 脚をぶらぶらさせながら、アーニャは遠い海の向こうを見ながらこれまでのことを思い返していた。

「……隊のみんな、どうしたんでしょう?」

 アーニャが流された時、作戦終了間近であったのであれ以上の氏人は出てはいないだろう。
 だがその後、彼らがどうなったのかはアーニャも知りえない。

「カマーヌドゥユシェィ……隊長は、みんなバラバラになったと言ってましたが」

 彼女にとって部隊は居場所ではあったものの、元々生き氏にの多い仕事であったので隊員同士の仲間意識は低かった。
 だがそれでも、一応は顔見知りではあるのでその後どうなったのかは少しだけアーニャは気になる。

「……みんなやはり、今もどこかで戦っているのでしょうか?」

36: 2015/04/22(水) 02:11:17.53 ID:HEFpIzrTo

 隊長の話では部隊は解散になったと聞いたが、それでも戦闘員の個々の戦力は平均して高いのでどこの戦場でも重宝されるような人材であろう。
 多分存外に世話焼きな隊長に聞けば知っているのだろうけど、今ではアーニャが彼に連絡する手段を持ち合わせていなかった。

「みんなもう少し、穏やかな暮らし、しているといいですね」

 できることならば、アーニャと同様に戦いしか知らない他の隊員たちにもそれ以外の安寧とした人生が送ることができればいいのにと。
 アーニャはこの比較的平和な町に身を置いてそんなことを思った。




 アーニャは薫る潮風の中に身を任せる。
 戦闘の疲労は精神的な高ぶりも落ち着いてきたことと同時にそれなりに回復してきていた。

 今回はかなりの強敵であり、『聖痕』を使わなければ勝てない相手であったので普通よりも消耗していたが、この調子ならば明日以降の体調に影響はしないだろうとアーニャは思う。
 さらにカースの親玉であるカースドヒューマンを倒したことによって新たな別の脅威でもない限りは、暫くこの付近もおとなしくなるであろう。

 事実、最近のカースの出現は同盟が警戒するほどに頻発しており、アーニャもたびたびカースの討伐をしていたからだ。
 それらがあのカースドヒューマンによるものであるならば、原因を取り除いたことになり街の人々も安心して外を出歩けるだろう。

「そうなると……一応報告、しておいた方がいいですね。

……ん?」

37: 2015/04/22(水) 02:12:06.37 ID:HEFpIzrTo

 なんてことをアーニャは考えていると、鼻孔に幽かな違和感を感じる。
 気のせいかとアーニャは潮風を念入りに嗅いでみると、やはり気が付いてしまえば意識的にはっきりとしてくる。

 やはり気のせいではない。その中に混じる明らかに異物の臭い。
 そう、記憶になじみのある何度も嗅いだことのある嫌な臭いだった。
 ほとんどが潮の香りだったのだが、その中にでもはっきりと主張するアーニャにとって最近めっきり嗅ぐことのなくなった臭気。
 ただの一般人、とくに嗅いだことのないものには気づかないであろう独特の臭いだ。
 アーニャはゆっくりと立ち上がって、その微かな臭いをたどる。

「なんで……こんなところで、血の臭いが?」

 戦場でならばごく当たり前の血の臭い。
 アーニャにとっては不本意にも少しだけ懐かしさのおぼえるその臭いは、この街でほとんど嗅ぐことなどないだろうとアーニャは高をくくっていたのに。

 アーニャは歩くたびに、その臭いがきつくなっていく。
 内臓をぶちまけたような悪臭は、アーニャを不快にさせるが当然放っておくことはできない。

 一歩、一歩アーニャは歩いて、そして一つの倉庫にたどり着いた。
 見た目は他の倉庫と何も変わらない没個性の倉庫なのだが、まるでその先の血の池があるかのような隠しきれない強烈な氏臭。
 どんな頃し方をすればここまでの悪臭をぶちまけられるのかという疑問と共に、得体のしれない不気味な恐怖さえアーニャは感じた。

「シトー……なんで、しょう?この中でいったい?」

38: 2015/04/22(水) 02:13:07.41 ID:HEFpIzrTo

 アーニャはその倉庫の扉に手をかける。
 その重量感のある扉は、さながら地獄の門とさえ感じるがそれでも彼女この場からは引くことはできない。

 もしかしたらこの中は食肉の倉庫であり、それが腐っただけなのかもしれない。
 そんな可能性も信じたかったが、やはりアーニャはヒーローとして立ち止まることはできなかった。

「スー……ハァ……」

 一呼吸、吸い込んでいったん精神を落ち着ける。
 そして意を決し、アーニャはその横開きの鉄の扉をゆっくりと開け放った。




 その倉庫内はまるでこの潮風に当てられて錆びついたかのように赤黒かった。
 本当にただの錆であったのならそれでよかったのだが。

 当然それは錆びた鉄の鉄分ではなく、血中の鉄分である。
 ペンキをぶちまけたなんて生易しいものではなく、倉庫の内装を塗り替えたと錯覚するほどに濃淡ムラだらけの赤で彩られていた。

39: 2015/04/22(水) 02:14:02.86 ID:HEFpIzrTo

「……うっ」

 久しぶりであった事にも起因しているだろうが、氏体を見慣れていると自覚していたアーニャでさえ思わず吐き気を催す。
 昇ってくる胃酸をどうにか押しとどめて、倉庫内を見渡せばあちらこちらに血液の色材の元となった人間の肉片が目についた。
 そのパーツは極小の断片程度の物から、腕など判別の着くものまでさまざまである。

 それだけでここで犠牲となった人間の人数がアーニャの見当の付かない数に上るということのみ理解できた。

「あら?……ここは立ち入り禁止よお嬢さん?」

 どうにか現場を冷静に分析しようとしたアーニャに突如問いかけてくるねっとりとした声。

「なっ!?」

 アーニャとしても倉庫に入ってから一度も警戒を絶っていなかったにもかかわらず突如として聞こえてきた出所の不明な声。
 そしてさらに気配を探ってもその出所を察知することさえできないアーニャは周囲を見渡すしかできない。

「……いったい、だれですか?あなたは……」

 アーニャはその声の主に問いかける。
 それに答えるように、倉庫の奥の暗闇から一つの人影がゆっくりと現れる。

「全く私有地なのに勝手に入っちゃだめじゃない。今ここでは大事なお仕事の最中なのに」

40: 2015/04/22(水) 02:14:53.63 ID:HEFpIzrTo

 その人影はこの血濡れの倉庫に驚くほど馴染んでいて、それでいて外とは血濡れの倉庫以上に異質な容貌であった。
 背はアーニャより少し大きめの背。褐色がかった皮膚はインド圏の人種の女性であり、すらりとしたその姿とは対照的に両手が甲冑のような黒い装甲で覆われているのがわかる。
 何よりも目を引くのはまるで血雨を浴びたかのように全身が赤黒い血液に覆われており、その手には小さな肉片の付いたままの背骨らしきものを持ち、ぐるぐると振り回している。
 当然、体中にこびり付いた血液が、その女の物ではないことはほぼ確定的である。
 そんな異質な姿をしているにもかかわらず、その女の表情は友達にでも会うかのようににこやかであった。

 さすがにその猟奇的な容貌にアーニャは少したじろぐ。
 いや、その姿にアーニャはひるんだのではなかった。

(この人……一体なんですか?……この人が、怖い?)

 アーニャの脳内では本能が警鐘を鳴らしていた。
 この血染めの女が、絶対的に危険であると。

(下手をしたら、周子や……隊長よりも危険?)

 そんな考えが一瞬アーニャの脳をよぎるが、それはありえないと否定する。
 それに、ヒーローとしてもここで引くことはできない。
 こんな白昼に、これだけの殺戮をしたであろう人間を野放しにしておくなどアーニャには絶対に無理であった。

41: 2015/04/22(水) 02:15:50.88 ID:HEFpIzrTo

「ああ、これ?ごめんね散らかってて。今映画の撮影中でね。

驚かせちゃったかしら?」

 女はこの惨状の訳を説明するが、アーニャにはそんなこと嘘であることなどはっきりとわかる。
 いや、こんな雑な嘘アーニャでなくただの一般人でも容易に判別できるだろう。

「ロウス……嘘、ですね。……あなた、隠す気、あるのですか?」

 当然のように嘘を見破ったことを指摘したアーニャに対し、女はわざとらしく目を丸くする。

「え?何言ってるのよ。大体こんな血糊の量、常識的に考えて本物なわけないでしょう?」

「……全部、本物ですね。そこら中散らばる破片から、あなたの手に持ってるそれ、まで」

 アーニャは静かに女の持つ骨を指さす。
 女は手に持った骨に視線を向け、小さくため息を吐いた。



「……あーあ、めんどくさ。

そのまま信じるか、空気読んで帰ろうとしてくれたらもっと楽だったのに」

 女はそう小さくつぶやくと、手に持った骨を適当な方向へと投げ捨てる。
 ぐるぐると回りながら捨てられた背骨は、血濡れのコンクリに叩き付けられると同時に、細かな関節がバラバラに砕け散った。

42: 2015/04/22(水) 02:17:08.93 ID:HEFpIzrTo

「……でもまぁ、こういうのもちょっといいかも♪」

 女がゆっくり拳を握ると、カチリカチリと音が鳴る。
 金属製と思われる義手の指関節の駆動音であろうが、その無機質な音はアーニャの鼓膜にするりと入り込んできて心をざわつかせる。

「じゃあ本日の任務の、延長戦と行きましょうか」

 静寂。まるでアーニャの高鳴っていた心臓はいきなり静まった。
 それほどまでに、女は自然にアーニャへ向かって一歩を踏み出した。殺気も敵意もなく一歩、そして。

 もう一歩。
 アーニャがその一瞬まばたきをした瞬間に、女は目の前まで接近していた。 

 そして爆発するかの如くの殺気。アーニャは完全に反応が遅れてはいたが、反射的に両腕を前に構えて防御の姿勢を取った。
 女は右の義手を真横に薙ぐ。刃物を使うでもなくただそれだけの動作であった。

(……あれ?)

 その動作だけで、アーニャの両腕は肘から切り落とされ、目の前で重力に従って落ちていった。
 それにアーニャはまるで反応できていない。一瞬で接近されたことでさえ、まだ理解しきれていないほどである。

「あっけな……」

 女の退屈じみた呟きと共に、アーニャの両腕はぽとりと地面のコンクリに落ちる。

43: 2015/04/22(水) 02:18:12.03 ID:HEFpIzrTo

「!?」

 アーニャはようやく状況を理解して、女から距離を取る。
 その過程で腕は一瞬であるべき姿に戻った。

 そうしてアーニャはようやくすべてを理解して、一呼吸、吐く。
 反応できなかった、という部分もあった。だがアーニャ自身認めたくはないが、女の動きに『見とれてしまった』という部分もあったのだ。

「おや?腕が治ってる。たしかに落としたはずなんだけど?」

 女は元通りに再生したアーニャの腕を興味深そうに見ている。
 アーニャはそんな女の視線を無視して女に問いかける。

「今の……ダガーニス、ですか?」

 ダガーニスは東南アジア発祥の殺人術であった。
 『手甲の刃(ダガーニス)』の名の通り、徒手空拳でありながら素手を刃物のごとくの切れ味を持たせるという魔技である。
 習得があまりにも難しく、その危険すぎる技術故に、時代の流れとともに習得法が廃れてしまった技術である。

44: 2015/04/22(水) 02:19:10.67 ID:HEFpIzrTo

 アーニャはそれを何度か見たことがあった。ただし偽物であるが。
 隊長がそれを改変した技術として、念動力を腕に纏わせ、疑似的なダガーニスを実現させたのだ。
 最低限の念動力で、十分な殺傷力を生み出す技として、部隊内での超能力者にとっては必須技術だったのだ。

「あら?よくもまぁそんな化石みたいな名称覚えてるわね。これ使うのはアタシくらいだと思ったんだけど」

 だがこの女は念動力を全く使っていなかった。
 それどころか一瞬で接近したのも、アーニャが反応できないように呼吸を合わせたのにも全く『異能』を使っていなかったのだ。
 全て人間の技術。『特別』と言われるような力を全く用いない技。
 純粋なる鍛え抜かれた『技』であり、今の一瞬の動きでさえ芸術とまで呼ばれていいほどに昇華された技だった。

「ヴィー……あなたは、いったい?」

 その狂気の所業とは裏腹に見せる、精錬された戦闘技術。
 自身の数段上の技術を持つこの女が何者なのかアーニャは気になってしまった。

「誰でもいいでしょう。そんなことよりも……」

 女はアーニャの問いを一蹴して唇をぺろりと一舐めする。
 両腕を大きく広げ、獲物を定めたような目つきでアーニャを見つめ、ニヤリと笑う。



「あなたはどれだけ、そして何をすれば、泣いて許しを請いながら絶望してくれるのかしら?」

45: 2015/04/22(水) 02:19:58.26 ID:HEFpIzrTo

 シャーデンフロイデという言葉がある。
 それは他者の不幸や悲しみ、苦しみに対して喜びや心地よさを感じるという感情である。
 『他人の不幸は蜜の味』。この女を表すならば、ただその感情を具現化させたような存在。

 人間の皮を被った悪意。そんな言葉がしっくりきた。

 ぞくりと感じる寒気。
 周子のように味方ではない。隊長のように手加減して戦っているわけではない。
 真に純粋な、格上の相手が殺意をもって正面から相対するのはアーニャにとっては実のところ初めてであったのだ。
 全身が逆立つような感覚。一瞬でも気を抜けば先のように腕2本程度では済まないだろう。

 アーニャは先の戦闘で消耗したために現在の手持ちのナイフはたった2本。
 その両方を両手にそれぞれ持つ。そうしなければあの女の両腕から繰り出されるであろう双刃に対応できない。

「その玩具で、いつまで持つのかしら!?」

 アーニャが臨戦態勢に入ったことを義手の女は確認したのか、両手を構えたまま距離を詰めてくる。
 そのままアーニャを挟み込むように両腕を振りぬく。

46: 2015/04/22(水) 02:20:47.34 ID:HEFpIzrTo

 アーニャはそれをその場でしゃがんで回避。
 そのままがら空きである女の懐に向けて、右手のナイフを突き立てる。
 だがそれは振り上げられた女の膝によって方向をそらされた。そしてそのそらした腕にむけて女は手刀を繰り出す。
 それをまともに受ければ確実にアーニャの右腕は引き裂かれるであろう。
 アーニャはそれを阻止すべく、左手のナイフで女の手刀を防いだ。

 義手とナイフがぶつかり合うことによって、真剣が打ち合ったかのような鋭い音が周囲に響く。
 両者の腕はブルブルと振るえながらも拮抗する。だが。

(天聖気で補強していても……押し切れない)

 実のところアーニャの天聖気による身体能力の上昇効果はあまり高くない。
 天聖気の種類によっては人外に匹敵する力も出せるのだが、アーニャのでは素の筋力をある程度補強する程度の物である。
 だがそれでも生身の人間を相手ならば十分通用する力は出るのだ。

 だがそれでもこの女の膂力を押し切ることができない。
 それどころか、女にはまだ余裕があるとでも言いたげな表情をしている。

「次は、どーする?」

 そして女は空いていた右手で手刀を作り、アーニャに向けて振り下ろす。

47: 2015/04/22(水) 02:21:41.97 ID:HEFpIzrTo

「くっ!」

 アーニャはそれを右腕のナイフで防ぐが、膝で弾かれた際のしびれが残っていた。
 じりじりとアーニャの両手のナイフは女に押し負けていく。

「うぅ……ラァ!!!」

 だがアーニャは押し切られる前に、ナイフを義手に滑らせるように動かし女の隣に身体ごと抜ける。
 その際に腕が女の手刀によって少し切れてしまったが気にするほどのものではない。

 アーニャはそのまま女の後頭部向けてナイフを振り下ろす。
 だが女もそれにすぐ反応し、義手で弾く。
 アーニャは続けざまにもう一方のナイフで、氏角となる真下からナイフを振り上げるがまるで来るのを予測していたかのごとくそれも弾かれてしまった。

 それでも攻撃の手はやめない。
 この攻勢で手を止めれば、アーニャは再び後手に回るしかない。それだけは避けなければならなかった。

 アーニャはナイフを何度も繰り出す。上、左右、時に正面から、限りなく相手に手を読ませないように変幻自在にナイフを繰り出す。
 だがすべて紙一重で防がれる。まるでアーニャの攻撃をすべて予測しているかのごとくだ。

(でも……これで!)

 アーニャは女の喉元向けてナイフを繰り出す。
 当然のようにそれを防がれるが、これはアーニャにも想定済み。
 狙いはそれを防いだ義手の付け根。女には自身の腕が邪魔となってもう片方の腕ではその位置を防ぐことはできない。
 アーニャはその付け根である肩を目がけて、もう一本のナイフを振り下ろす。

48: 2015/04/22(水) 02:22:21.36 ID:HEFpIzrTo

「……残、ネン!」

 だがそのナイフは女が先ほど防いだ腕の肘を上げることによって、ナイフは肘をギャリリという金属音を立てながらあらぬ方向へと逸れてしまった。

「そう、です、ね!」

 アーニャはその肘を振り上げる動作を狙っていたのだ。
 肘を上げることによってその下方は自身の腕によって塞がれ、氏角となる。

 そこに向けてアーニャはすでに横蹴りを繰り出していた。
 その蹴りは、女のわき腹に刺さり内臓へと確実にダメージを与える。





「やっすい、わね」

 はずだった。
 女は、足をするりと振り上げる。

 そう、アーニャの繰り出した蹴りの、腿をなぞるように。

49: 2015/04/22(水) 02:23:10.98 ID:HEFpIzrTo

「あ……れ?」

 蹴りによる遠心力の中心となるべき体を失った片足は女の後方へと勝手に飛んでいく。
 アーニャが視線を下げれば、先ほど繰り出した蹴りである脚は存在しない。
 先ほどの腿をなぞる所作。ただそれだけでアーニャの片足は切断されたのだ。

 ぐらりとバランスを崩したアーニャはその場に倒れる。
 その際にもなるべく距離を取るために、後ろ向きに反動を付けながら倒れ込むがあまり意味はないだろう。

「脚で……ダガーニスを?」

 ダガーニスは殺人術と言っても起源としては暗殺術に近い。
 その腕一本で、人を氏に至らしめるために誕生した技術であった。
 そのために武術とは違い繊細で、精密な動きが必要となるのだ。

 当然、脚で行う技ではない。
 それを可能にしてしまえばもはや腕を刃にするだけの暗殺術などではなく、全身を刃物で武装した兵器そのものとなってしまうのだ。
 人一人を頃すだけにはあまりに過剰だったのだ。

「そりゃあ、腕で出来るんだから、足でも出来るでしょう?」

 それは一人の人間が持つには、あまりにも過剰な技術であった。

50: 2015/04/22(水) 02:24:07.80 ID:HEFpIzrTo

「そんなことよりもさあ、もう脚生えてるのねぇ」

 アーニャの驚愕など気にもせず、女の興味はやはりアーニャの再生能力であった。

「あと腕を何本?あと脚を何十本?どれだけやればいい?

泣いて叫んで呻いて苦しんで発狂してその体を地に這いつくばりながら私に助けを請い始めるのは、いつ……いいい……。

ヒヒ……ギャハハ……いいいい、いつなのかしらぁ?」

 倒れ込み、座っていたアーニャに女はじりじりと近づいていく。
 両手で義手の付け根の辺りをがりがりと引っ掻きながら、もう我慢できないと言いたげに充血した目でアーニャを見下ろす。

「ひっ……」

 思わず喉から小さな悲鳴を絞り出してしまうアーニャ。
 これまで能力の特性から命の危機とは縁遠い人生であったが、今はじめて経験する。
 からからと喉が渇き、全身の筋肉が硬直し、早まっていく心臓の音だけが聞こえる。

 これが命の危機か?これが氏への恐怖というのか?
 もはやこれ以上あの女を近づけてはならないと、アーニャの脳は警鐘を鳴らす。

(ああ……この人は、危険だ)

51: 2015/04/22(水) 02:25:05.15 ID:HEFpIzrTo

 この女をはじめに見た時の危機感。周子以上に、隊長以上に危険だと感じたのは、まさにこの女の狂気と、これまで向けられたことのなかった絶対強者の殺意からであった。

 隊長と戦っていた時アーニャは気づいていなかったが、隊長はアーニャに明確な殺意は向けていなかった。
 故にアーニャにとって、真に感じる『命の危機』とはこの瞬間が初めてであった。



「……『聖痕』解放!」
『『聖痕』確認。統計より予測継続時間を算出。約163秒です』



 もはやなりふり構ってなどいられない。
 本日二度目になるが温存しておく余裕など微塵も残されていなかった。

 腕から開いた聖痕による傷口は特徴的な模様も形作りながら徐々に全身へと広がっていこうとする。
 それと同時に、全身から天聖気が立ち上り、背からは翼のように放出される。

「速攻で……終わらせます!」

 両腕を振り上げ、脚に力を込めてアーニャは女へと跳びかかる。
 脳天から勢いよく振り下ろされたナイフは、そのまま女を真っ二つにしかねないというほどの勢いである。

 女は両腕の義手で縦のように構えて、アーニャのナイフを防いだ。
 その瞬間密閉された倉庫内に響く轟音。ダンプカーの衝突音にも近いその音だけで衝撃のすさまじさがよくわかる。

52: 2015/04/22(水) 02:25:58.99 ID:HEFpIzrTo

 義手の女はかろうじてアーニャの攻撃を防いでいるようだが、義手の方がミシミシと音を立てており、このまま攻撃を受け止め続けるのは義手が持たないだろう。
 アーニャは受け止められたナイフをすぐに手元に戻して次の攻撃に移る。

 上段、下段、時に蹴りを混ぜ女に隙を与えないように攻撃を繰り返す。
 その猛攻に女はなすすべなく防戦一方。本来ならばまともに受け切れるはずのない攻撃をうまくすべてをさばいているものの、じりじりと後ろへと後退していく。

「УУУрааааааааааааааааааааааааа!!!!!!」

 アーニャは攻撃を続ける中思い出す。
 かつて憤怒の街で隊長と戦った時も、こうやって攻撃の隙を与えないようにナイフを振り回していたことを。
 その時は隊長にあっさりと形勢を逆転されてしまったが、今度はそうはいくまいと。

 攻撃を繰り出す中でも相手の動きを観察し、絶対に反撃の隙を作らせない。
 そしてこの猛攻の中に。

(ここで!)

 攻めの中で構築した、完全な隙。そこに打ち込む高速のナイフ突き。
 いかなる達人と言えどこれを防ぐのは至難の技である。

53: 2015/04/22(水) 02:26:49.18 ID:HEFpIzrTo

(……!?)

 だが、その一撃は金属が滑るような音と共に、ナイフは義手を滑り、逸らされる
 義手の女はまるで動きを読んでいたかのように女は巧みに防いで見せたのだ。
 アーニャの突きの流れを逸らし、完全に力の方向を受け流すように。

「それ、でも!」

 アーニャはそれでも体を動かすことをやめない。
 渾身の一撃ではあったが、アーニャはこの女の強さを理解していた。
 ゆえに防がれるその可能性も捨てず、防がれても動揺せずに攻撃を続けることができた。

(でも……この違和感は?)

 先ほどの突きから、脳裏に浮かび上がる一抹の違和感。
 聖痕を開放する前までに感じていた、ピリピリとした恐怖や危機感があまりにも感じられないのだ。

(……聖痕を、発動したから?)

 聖痕に精神を安定させる効果がある可能性は拭えない。
 それにしては心臓の鼓動の音がやけに大きく聞こえる。
 この氏線の中での妙な平常心が逆に違和感となってねっとりと脳の一部にこびり付く。

54: 2015/04/22(水) 02:27:30.83 ID:HEFpIzrTo

 だがアーニャにはそれを気にしている余裕はない。
 ただ攻める。反撃を与えないように、執拗に、そして渾身の一撃を織り交ぜながら。

 その猛攻はさながら暴風の刃である。今の聖痕状態のアーニャの攻撃はただの人間ならば、掠るだけで人体が欠損するほどのものである。
 確実に仕留めようとする渾身の一撃ならば、体ごとバラバラに吹き飛ぶであろう。

 女はそれをただ逸らし、力を苦し、巧みに避ける。
 暴風の中、一度でも当たれば即氏という綱渡りの中で、まるで踊るように軽やかに。

 微塵の迷いさえない動きはあまりに流麗、あまりに精錬。
 最もアーニャにはそれをじっくりとみている余裕はなく、ただ仕留めるために猛攻を繰り返す。
 ただそれも女の舞踏を引き立てる物にしかなっていなかった。

 焦っていたとも、いや心のどこかでアーニャも女の動きに見とれていた部分があったのかもしれない。
 そう、気づけなかったのだ。
 アーニャは女の表情を。
 退屈じみたその表情を。すでに結末を知っている映画を見ているかのようなその表情に全く気が付くことができなかった。

55: 2015/04/22(水) 02:28:08.08 ID:HEFpIzrTo

「……そろそろね」

 そして静かに女が呟く。
 アーニャにはそれが何なのか理解はできなかったが、その刹那に知ることになる。

「あ……あれ?」

 がくりと力が抜ける膝。
 顔面から受け身も取れずにアーニャは倒れ込み、コンクリの窪みにたまった血だまりに顔面から突っ込んだ。

 アーニャは自身に何が起こったのか瞬時に理解することができない。
 ただ全身に力が入らず、全身に鈍痛と大量の重しでも背負ったかのような倦怠感を感じるだけである。

 もちろんこんなことは今までに一度たりともなかった。
 いや、それどころかまともな『痛み』なんて感覚さえもほぼ初めてであった。

56: 2015/04/22(水) 02:28:47.86 ID:HEFpIzrTo

「呼吸からの疲労感とか、身体に微かに着いた血の香りからすでに一度戦闘後であるなど推測して、『それ』の終了時間を予想してみたけどピッタリみたい」

 アーニャのぼやけた視界からはよくは見えない。
 だがその声はアーニャに向かって近づいてきていることだけわかる。

「まぁ攻撃も単調だし、結局のところ当たらなければ意味ないのよね。

答えの知ってる問題なんてものは退屈だったけれども、後のことを考えれば『手間が省けた』とでも考えておくべきかしら?

さて」

 倒れ伏したアーニャの頭上から聞こえてくる女の声。
 それが言い終わると同時に、アーニャの頭にガツンと衝撃が走り圧迫感と一瞬の痛みを生じさせる。
 微かに鼻孔に土の臭いがすることから、頭を踏まれていることがぼやけた視界のアーニャからでもわかった。

57: 2015/04/22(水) 02:29:22.79 ID:HEFpIzrTo

「ねぇ?今どんな気持ちかしら?

自分の切り札をいとも簡単に攻略されて、血だらけになりながらこうして屈辱的に地面に這いつくばってる気分は?

ギャヒ……ヒヒ、大体同じ技を前にも見たことあるのよねぇ……。

どっかの宗教のお偉いさんの暗殺計画だったんだけど、その時にさ、アンタとほぼ同じ技使ってきたやつがいたの。

とりあえず防御してその場凌いでたらさ、ギヒ、ヒヒヒそいつ勝手に自滅してんのよ。

それと同じ。あんた同じアホやったのよ。ギャハ、グフフ……」

 こぼれ出そうな感情を押し頃しながら喋っているような女の声。
 その間もアーニャは全身が痛みながらふわふわとした脳でその声をただ聞いていた。

「ギャ、ぎゃはははははははははああああーーーーーははっはあはははっはははは!!!!!

ヒヒヒ……ギャハハハハヒーーーヒヒヒヒヒヒイイイイ!!!!

もう傑作!!!自信満々でぇ!!『速攻で終わらせる』とか腹が痛くて……ククク。

ギャハハハハハ!!!!

もう全部タネは割れてるっていうのに、自信満々でさぁ、そんなのでほんとにあたしを殺せると思ってたのかしらぁ!!!

ほんとアホみたいねぇ!!!悔しい!?こんなに笑われて悔しいよねええええ!!!!!

どうなのか言ってみろよこのくそザコちゃあああーーーーんんん!!!??」

58: 2015/04/22(水) 02:30:03.49 ID:HEFpIzrTo

 女の下品な笑い声とぐりぐりと頭を踏みにじる際の耳元での摩擦音。

『聖痕予測終了時間、残り10秒』

 そんな今更聞こえてくる無機質な電子音声と共にアーニャは自身が完全に敗北したのだと悟った。
 だがその敗北による悔しさも、女のひどい罵声もなぜか大してアーニャには気にならなかった。

「……クラースヌィ」

(ああ……血が、赤い)

 今まで怪我をしても一瞬で消えていた傷口。そこから流れ出す血液も一瞬で消滅してしまっていた。
 だからこそ、今目の前を真っ赤に染める自身の流血が、自身の赤色があまりにも新鮮だったのだ。

 そんな的外れな思考をしながらアーニャの思考はまどろんでいく。
 義手の女の下品な声など気にもせず、力尽きたかのように眠りに入る。

 『聖痕』で開いた傷は、再び蓄積されゆく天聖気によって徐々に塞がりを見せていた。
 だが流れ出した血だけはこれまでとは違い、消えることはなかった。




 

59: 2015/04/22(水) 02:30:49.14 ID:HEFpIzrTo



 とりあえず以上です。
 長めになったのと区切りを付けたかったので前後編にしましたが後編の方もほぼ書き上がっているので近々上げる予定です。

 せっかくの選挙発表日だっていうのにまた陰気で趣味全開の話で申し訳ありませんでした(土下寝)。

60: 2015/04/23(木) 12:53:04.56 ID:K3cIVbMu0
乙ですー
とりあえず理解が追い付かないがなんかヤバイ(こなみかん)



【次回に続く・・・】




引用: モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」part12