389:◆R/5y8AboOk 2015/08/14(金) 03:16:52.29 ID:+FUAmXwk0
モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」シリーズです
前回はコチラ
一週間ルールを数時間ほどオーバーしているが、許容範囲とさせていただきたい…
野望の鎧奪取後編、投下します
野望の鎧奪取後編、投下します
390: 2015/08/14(金) 03:18:50.11 ID:+FUAmXwk0
紅の巨影、農業機械で堀り返したような茶色の土、斑点と無軌道な網模様の緑───空中戦艦ブラムと、それのもたらした災厄、後始末の残滓。その辺りを彷徨く点々とした人影は、GDFの連中に違いない。
それらをまとめて見下ろすその画面は、ともすればゲームの一場面をも連想させた。
或いは俗にFPSと言うような、戦争などを題材にした作品ならば、これそのままの画面が液晶に映し出されているということも、あり得ない話では無いのかも知れない。
もしそうであったならば、ここからボタン一つで爆弾を落としてみたりするものなのだろうが、今手元にある装置、ひいてはこの映像を送ってくる無人偵察機にはそんな大それた機能は備えられていなかった。――――否、それを可能にするためのキャパティシなど初めから存在していない、と言った方が正確か。
もう目視できぬ距離を飛行するその無人偵察機とやらは、和久井留美に目の前で見せられたとき、大雑把に見ても5センチ前後の大きさ、ともすれば手のひらで握り潰せてしまえそうにも思えた。
そして留美がノートパソコンを徐に操作し、その信号を受けた5センチ前後の物体が空へと飛翔していった瞬間などは、思いがけず感嘆めいた気持ちが胸を満たした物だった。
あの脆弱に見えた無人機は、その後も逞しく風を裂いて飛び、そして今現在戦艦ブラム周辺の上空から、偵察の成果を送り続けているのだ。
あの身体で風の影響を受けぬと言うことはあるまい。しかし殆ど揺れのない俯瞰画像を送り続けているというのは、よほど機体制御が優れているのか、なにか凄まじい技術でそれを無効化しているのか。
そもそも、あの大きさの機体に積んだカメラだと言うに、それが送る画像にしては不釣り合いに高精細ではないのか。
「テクノロジーも大概オカルトじみているじゃないか…」
異星の技術吸収、絶えぬ外敵に対抗するための技術者の切磋琢磨、そう言ったような要因が重なるのであろう技術革新の時代。
その結実、その一つがこの偵察機と映像なのだとすれば、それを先んじて味わえる自分は幸運だろうか───。
----------------------------------------
それは、なんでもないようなとある日のこと。
~中略~
「アイドルマスターシンデレラガールズ」を元ネタにしたシェアワールドです。
・ざっくり言えば『超能力使えたり人間じゃなかったりしたら』の参加型スレ。
391: 2015/08/14(金) 03:21:27.29 ID:+FUAmXwk0
…と、言いたいところだが、留美が言うには現在の技術革新に至る以前に完成していた技術なのだと言う。こうなって来ると、また違った感情がが生まれてもくる。
次は米粒が空を飛んだという話が出てくるのではないか。と冗談のように思いつき、その後から、有り得なくはないかも知れないとの思いが沸き上がると、飛鳥は高揚と畏怖の入り混じった思いが滲み出すのを知覚した。
話の真偽を問う前に留美は街並みの何処へやらへ消えた。
現在進行形で偵察機が送ってくる映像はあちらも確かに受け取っているのだろうが、果たしてどう攻めるつもりなのか。
物思いの内に、ふと思いがけず溜息を吐き出し、すると後ろに控えている暴食の虎が怪訝げな顔をこちらに向ける。
「…ああ、キミは気にしなくてもいいさ」
適当に笑いながらその頭を撫で、呟く。
かしずいたように頭を垂れ、それを享受する内にリラックスしたとわかるうなり声を聞いた飛鳥は、ともすれば言えば猫のようだな、と思いついた。
自分と留美を除いた現在の戦力はと言えば、この虎ぐらいの物であろう。そんな状態に野望の鎧の欠片でも持って来いと依頼するなどと。―――よほど彼女を信頼しているのか、それとも自分共々捨て駒か何かのような扱いでもしているのかは知れぬが、成る程「無茶振り」というの理解できる話だった。
392: 2015/08/14(金) 03:22:27.86 ID:+FUAmXwk0
早晩に済ませねば更なる増援が来るし、近くにはヒーロー同盟も待機している。GDFも無能力者の集団とはいえスペシャリスト集団に違いない。
飛んで火に入る夏の虫、という言葉があるが、それが彼女ならばどう表現するべきか───。
ともあれ、彼女はそれを”やる”と言ったのだ。
「早くしなきゃ、手遅れになるよ…ふふ」
大きな虎の胴に背中を預けつつ、暢気な言葉を吐けるのは、留美が正面切っての突撃を買って出てくれたおかげに違いなかった。
───先ずは社長秘書のお手並み拝見。
と胸の中で呟き、飛鳥はにいと口元を歪めた。
魔術的な光を灯した瞳が妖しく揺らめき、見据える先には暗い橙の巨大な核───野望の鎧。
遠く高鳴るエンジンの遠吠えが銅鑼鐘の代わりに響き渡り、大立ち回り予感を飛鳥と留美にだけ伝えていた。
※
飛んで火に入る夏の虫、という言葉があるが、それが彼女ならばどう表現するべきか───。
ともあれ、彼女はそれを”やる”と言ったのだ。
「早くしなきゃ、手遅れになるよ…ふふ」
大きな虎の胴に背中を預けつつ、暢気な言葉を吐けるのは、留美が正面切っての突撃を買って出てくれたおかげに違いなかった。
───先ずは社長秘書のお手並み拝見。
と胸の中で呟き、飛鳥はにいと口元を歪めた。
魔術的な光を灯した瞳が妖しく揺らめき、見据える先には暗い橙の巨大な核───野望の鎧。
遠く高鳴るエンジンの遠吠えが銅鑼鐘の代わりに響き渡り、大立ち回り予感を飛鳥と留美にだけ伝えていた。
※
393: 2015/08/14(金) 03:26:21.97 ID:+FUAmXwk0
京華学院に派遣されたGDF陸戦隊は、現状で二つに分けられる。
まず一つ。あまりに大きいブラムの船体周辺を警護する部隊。
これは、内部で作業を行う技官に被害が及ばぬよう、ヒーロー同盟には出来ぬ数による監視の目を担うための三十人規模小隊だ。
次に一つ。ヒーロー同盟が制圧したとはいえ、内部に何があるか分からぬブラム内部の本格的な探索、および技官の直衛に着く部隊。
万一に侵入された場合のパトロールも担当する二十人規模小隊。
扱う品が品であるが故、到底これだけでカバーしきれるものではなく、増援が到着するのも一時間などという問題ではないだろうが―――少なくとも現時点でこれを相手取るのは、彼らおよそ四十五人の有志達に他ならない。
して、その内の二十人はと言えば、ヒーロー同盟が突入した道に倣い、今まさに突入せんとする間際であった。
「…で、これがヒーロー共の突入した穴、と」
「正確には、その一つですね」
わかっているさ。
内心に呟き、技官の護衛を任務としたGDF陸戦小隊の体長は、戦艦の腹に開く巨大な破孔を眺めた。
大きさは──五、六人が並んでも大いに余裕ができる程度か…。
どんな派手さだ。
地面ごと抉って開く、空間を切り取ったかのような穴を眺めながら思う。
曲がりなりにも戦艦であるモノに進入口を穿つのにそれ相応の威力を要したのは想像に難くないが───しかし、これは。
「…ウチの手榴弾を使ったとの話だったな」
「ええ、シンデレラの連中が持ってた新型だそうで」
「手榴弾、な…」
文字一つを意識して、言の響きを確かめるようにそう呟くと、殊更目の前に開いた穴の現実感が遠のくように感じられた。
──そう、手榴弾なのだ。
これだけの穴を開けたのは。
手のひらに収まってしまうほどの、歩兵の装備なのだ。
394: 2015/08/14(金) 03:28:10.61 ID:+FUAmXwk0
「プラスチック爆弾の類では…いや、持ち合わせているわけが無いか」
「警備に来た部隊がそんな破壊工作用の兵器持っていたら事でしょう…いや、これだけをやる手榴弾を問題無いとは言いたくありませんが」
「…中尉殿のお気持ちは察します…が、やっぱりこれは手榴弾なんですよ」
「ううむ…」
繰り返し榴弾との単語を聞く度、中尉の脳裏に想起されるのは、所謂パイナップルと呼ばれている、最もポピュラーと思われるモデルである。
あの頃―――否。今も所持しているタイプ。の手榴弾と言えば、発破の衝撃波ではなく、それによって撒き散らされる鉄片による殺傷効果を期待するものだったと記憶している。
こういった破壊工作は範疇では無かった筈だが───。
よしんばこれが手榴弾の仕業だとして、しかし。この破壊を手榴弾の手順で行うことができたのだとしたら、それは危うい火力であると認めざるを得ない。
ピン一つにそんな爆弾が委ねられるのだとしたら、使う側としては気が気では無いだろう。
───或いは、恒常化する戦禍と焦りが、歩兵にすらこれほどの戦力を要求したとでも言うか。
不意に不安に似たものを覚え、ふと、己の手に持った兵器へと視線を落とす。
それは屋内戦を想定して配備されたサブマシンガン。内部構造が改良され、殺傷力が増したというがこれもまた、いずれは───。
「球状にカスタムされた設置爆薬なんかを奴らが手榴弾だと解釈した…などと思っておきたいが」
「…シンデレラの連中はモルモット隊みたいな側面もありますから…まぁ、正式型がこっちに降りてくればはっきりする話です」
苦笑気味に言った部下の言葉を飲み込み、はっきりしない呻り声で応じた中尉は、無駄話もそこそこに、晴れやかならざる心持ちで戦艦の内部へと足を踏み入れた。
内部は―――墜落した戦艦だというのに、存外に明るい。
それが逆にというべきか、言わざるべきか、なんとも不気味で―――。
―――否。臆病風に吹かれたか。
良くない感情を振り払うつもりで「敵が居ないとは限らんぞ!」と凛然と張った声を吐く。
即座に「応!」と威勢の良い返事の数々が全身に響く感覚を確かめた中尉は、後ろを振り返り、「大輔少尉!寺島少尉!」と名を続けて呼んだ。
呼ばれた二人は弾かれたように姿勢を正し、彼の言葉を待つ。
「既定の作戦に基づき、貴官の班をセーフ2、セーフ3とし、我々セーフ1と合わせ三方に分かれての探索及び巡回を行う」
「「了解!」」
若々しさを残した瞳が彼に応じ、頼もしい返事を発する。
瞳の奥、確かなものを感じ取った彼は無言で頷き、その次、脇を固めるベテランとも視線を交わすと、前方を向き直って息を吸った。
「セーフチーム、作戦開始!」
作戦に合わせた隊名の都合、普段のキュートというあまりに女々しい呼称を使わなくて済むことを当面の幸いとし、張った声を響かせた。
※
395: 2015/08/14(金) 03:31:32.72 ID:+FUAmXwk0
光。
………――――そいつぁ丸っきりお子様の発想だぜ…
光。
………――――だってあなたのおかげで守られた人がいるんでしょ?…
ヒカル。
………――――これからも……光となって…この世界に平和を、導いて…
…ヒカル…
………――――決まってるだろう……戦う! そして、世界を平和にする!…
…アタシは────……
「お、おーい…?」
「……え?」
微睡みの中に響いた声は、鼓膜を擽った優しい声の波紋に溶き解されていく。掬おうとして、霧散した声の残響は闇の中に消えて行き、それが何であったか、己でも判別がつかなくなる闇の中へと。
ぼんやりと重い頭を身動ぎさせて、鈍い瞼を押し開けた光は「ふふっ、やっと起きたっ♪」と緩く弾んだ声を聞いた。
頭を転がして声の方向を見ると、鼻先まで迫っていた少女の顔が視界を埋めた。少し年上。明るめの栗色の髪と、お人好しげな微笑、険を知らない瞳───知っているひとだ。
あれは確か、ずっと前……傲慢のカースドヒューマンと相対して……自分の正義を『傲慢』と否定されそうになった時の……確か、名前は────。
「…誰だっけ…」
「あれ、顔は知ってるのかな?もしかしてちょっと有名人?なんて、うふふっ!」
他人事のような態度に虚しい物を感じたが、あの時は変身していたのだ、無理はないだろう。と思い出せば、平静は取り繕えた。
「…あ、私高森って言うんだけど…有名人じゃないでしょ?」
冗談めかして肩を竦めた少女───高森。の顔を眺めて、返そうとした愛想笑いは思いがけずに乾いた。まだ頭がぼんやりしている。気持ちの良い笑顔が出ない。よほどよく眠っていたのか…。
つまらない態度だと取られたか、と思いつくも束の間。気に留めないような表情で、少女は「キミ、どうしてこんな所に寝ていたの?」と続けた。
「こんな所…?」
見れば、頬を撫でる風に、視界の端に立つ木、体の下に敷いたのは雑草。学校の建物を少し遠くに眺め、植物に絡め取られた紅い某までもを認められる。───言われてみれば、”こんな所”だった。
果たしてどうしてこんな所で眠っていたのだろうか。
徐々に血の通う頭が記憶を探り、それは恐らく数分前か、数十分前か。確かアタシは。少し前までは確かに学校に居て、カースをやっつけて。
396: 2015/08/14(金) 03:34:34.03 ID:+FUAmXwk0
「…アタシは…学校に居たカースやっつけて…」
「へえ、凄いんだ」
「うん…で、遠くにもいるのがわかったんだ」
「…と言うか、ここに」
「だからここに飛んできて…またやっつけて…」
「それで、そのまま?」
「いや、何か考えていたような気がするけど…」
気がするけれど。
その先を紡ごうとして記憶を探ると、まるで靄の中に手を突っ込んだような感覚に苛まれた。ここに来てからしばらくの記憶を思い出そうとすると、とたんに不明瞭になる。
ここに来て、そのまま睡魔に襲われたのだろうか?それほどまでに、疲労していた記憶など無いと言うに。
ここに飛んできて、向こうには悪の首魁が駆った戦艦がある。何か切っ掛けでもないかと視線をそちらに流し、己の思考を辿ろうとした光は、そこで、最近こうして記憶が飛んでいることがあるな、と思い付いた。
もっと言うならば、ふとした瞬間にぼんやりしていることが。
いつからか───そう、自分の所にライトが来てからだ。
彼の力を借りるようになってから、より直接的に力を振るう機会が増えた。悪を裁き、罪無き人のため、正義のために、秩序のために。
己の預かり知らぬ所で、知覚できぬ負担が蓄積してたのか。それとも、ライトの力が何やら副作用でももたらしているのか。その辺は、ライト本人に聞いてみれば何かわかるか───。
「───……あれ、ライトは?」
ふと、手首に目をやる。手首を覆っていた腕輪の重さがない。変身しているのかと思い、次に周囲を見渡した光は、すっかりライトがどこかへと消えていることに気づいた。
はっと顔を左右に振っていると、高森と言った少女が怪訝そうに光を見下ろした。
「ライト?」
「あ、うん…腕…じゃない。多分、猫」
「猫…多分?」
曖昧な言葉に首を傾げるも一瞬。得心したように手を叩いた高森は、「それなら!」と言葉を発した。
「私がここに来たときに逃げちゃった猫ちゃんがそうかも!」
「白猫でしょ?」
「ああ…白猫だよ。ありがとう!…探してこなきゃ」
「写真取ろうと思ったんだけど」と付け足された高森の声を半ば無視して、光は上体を起こす。草埃を払って立ち上がった光は、「あ、探すならあっちかも」と指された方向に顔を向ける。
再度「ありがとう」とだけ告げて走り去ろうとして、
397: 2015/08/14(金) 03:35:31.15 ID:+FUAmXwk0
「───ねぇ、アタシは誇っても良いのかな?…」
「…え?」
「あ、あれ?…アタシ、今なんて言って…」
思いがけず発した言葉だった。
自分の言った言葉だと理解したのは、思わず左右に人影を探し、きょとんとこちらを不思議そうに見つめる高森の顔を見つけてからだった。
自分は何を喋っているのか?そんなこと問いかけていったい何になると言うのだ。当惑する己を振り払って叱責の言葉を唱え、こっぱずかしさに顔を赤くした光は、急いで発言を取り消そうとして、合点が行ったように笑う高森の妙に遮られた。
「え?」
急に置いてけぼりにされたように感じ、思考をはっと白紙にされた光は、ただ目を白黒させてその顔を眺める。困惑したままの光の様子ごとおかしそうに笑った高森は、急にくるりと周り、後ろ手を組んだ背中を向けて「そうだなぁ…」と呟いた。
「比較の話になっちゃうけど…ずうっと前、皆のために戦ってた小さなヒーローさんは、とっても誇らしかったと思うなー?」
体を揺らしながら紡いだ言葉の最後に、少女は悪戯っぽくはにかんだ横顔を付け加えて光を射止める
。
───誇りなど、今更疑うべくも無いだろうに。
だって、アタシは正しいことをしているのだから。
裁かれる奴らはまごうとこなき悪党なのだから。
正義で世を照らし、秩序と平和をもたらす。
それが誇らしくなければなんだというのだ。
───だのに。
日だまりの少女の善意の言葉が、ひどく痛烈に胸に突き刺さり、光にちくちくとした違和感を覚えさせた。誰にも責められぬこの身を襲う正体不明のしこりを胸にひめたまま、ただ呆然と言葉を受け止めた光は、「…そっか」と曖昧な返事を返す事しかできなかった。
寂しげな風が頬を撫で、寒くなりゆくそれは、わけもなく感傷的な体にはひどく沁みるように感じられた。
───居心地が悪い。早々にライトと合流しよう。
「…じゃあ、アタシは、これで」
ばつが悪そうに顔を逸らした光は、諸々の感情を拭い去る気持ちで言う。小さく手を振って別れを告げて、「がんばってね」と声だけを背中で聞くと、逃げるような小走りでその場を離れようとして───。
────突如、視界の端にちらついた紅い爆光と、どんと重く轟いた爆発音がその足を遮った。
※
398: 2015/08/14(金) 03:38:00.28 ID:+FUAmXwk0
デジタル時計を見れば、そろそろ夕方に差し掛かるかという頃合いだった。
GDFの部隊の、その第一陣が投入されてから未だ数十分と経たない頃だ。
吸血鬼騒動の余韻も去りきらぬこともあり、特に喧噪騒がしい騒がしい事も無い京華学院周辺の町並みであるのだから、初めに遠く轟いた轟音は遮蔽なくその場にいた全員が聞くことになった。
天高く轟くそれは、エンジンの呻り声であると疑いはない。
して、何か奇妙に思うことがあるとすれば、国内最大規模を誇る京華学院が建つ、ある種高等な地域であるというに、こんな珍走団めいた騒音を轟かす者がそう果たしているだろうか―――それも、普段からこの周辺に慣れ親しんだものでなければ、考えなければ思いつかない程度のことであろう。
彼は典型的な後者だった。
GDFの駐屯地は、戦力の需要が恒常化した現在であってもその騒音の類や”軍事施設そこにある”だけで発生する市民感情の全て看破をされることは無く、エリート気質の強いこのような周辺区等からはとりわけ強い反対の声があり、必然的に駐屯地は遠くなる。
これらの問題に対抗すべくして、輸送ヘリの高機動化等が推し進められていったが―――ともあれ、ここは彼らにとって馴染み深い地域ではなくなっていたのだ。
そうした要因が、彼の咄嗟の判断を鈍らせたという事もあるだろうか。
遠くで不意に轟いたエンジン音を、彼が訝しむことは無かった。
決して環境音と同列に扱ったという事はない。が、とりわけそちらを注視するような事はなかったのだ。
それが故、彼は”それ”が近づいてきている際にも警戒が遅れ、その自由を許した。
暴走気味、だがあくまでも常識の範疇の速度でそちらに突っ込んでくる”それ”は次の瞬間、突如として弾丸めいた爆発的加速を発揮し、進路上の装甲車のフロントを踏み潰しながら飛び上がった。
ブラムを包囲する監視網の最も外側を警備していた彼は、鉄と強化ガラスがひしゃげる悲鳴に心臓をどくりと跳ねさせ、反射的に振り向くも、既に遅い。
ニトロ・ブースターの噴射炎の尾を引いて飛翔した二輪駆動は彼の頭上を飛び越え、直後に傍らで破裂した爆炎と衝撃波が彼の意識を刈り取った。
股下で破裂した一発は、距離の関係で先んじた一発に過ぎなかった。
膨れ上がる火球に下から照らされた真っ黒なシルエット。
そこから側面に伸びた二対の円筒が扇状の軌跡で振るわれ、ぼん、と発射音を連続させながら計六つのグレネード弾を吐き出した。
次々と破裂する火球が予定調和的にGDF兵の一団を巻き、熱と衝撃波の波に曝す。すれば、敵襲であることに疑いはなく、比較的爆風の被害を免れた数人が弾かれたように分隊支援火器と呼ばれた銃口を構えた。
狙いを付けるは上空を直線に飛ぶ鉄塊。
複雑な戦闘軌道を描くのでなければ、培った経験と電子機器の補正による偏差射撃の前には静止目標に等しい。
コンマ数秒の交錯を見逃さず、必殺。
従来よりもより戦闘向きの性格を強化されたモデル。装弾数が大幅に見直され、内部構造の見直しにより殺傷力を底上げされた四つの銃口が鎌首をもたげる。
399: 2015/08/14(金) 03:41:34.58 ID:+FUAmXwk0
と、刹那。全く意識の外から降り注いだ鋭い激痛がGDF兵四人に連続して突き刺さった。
不意を突いて襲いかかった肉の裂かれる猛烈な痛みは、一点で交錯していた射線の尽くをあさっての方向に暴れさせ、辛うじて発射された数発の弾丸は何もない虚空に散る。
GDFの攻撃を振り切って質量兵器と化したバイクが仮指揮所へと突っ込んでいく様を見送り、上空から違法改造ネイルガンを撃ち散らした影───和久井留美は、自らと同じ速度で落下する、使い捨てたグレネードランチャーに鉄釘を撃ち込んで残弾を爆散させると、陽炎へ変じる炎と黒煙が揺らめく、GDFの陣形の最中へと着地した。
敵の配置は概ね偵察機の観測に倣っている。
帯状に連なる数人グループの包囲網―――取りあえずの視界確保を目的とした陣形は、高速の一点突破に対応しきれるものではない。正確に言うのならば、詰所の立地を言い訳にした戦力の順次投入という結果による、不完全極まりない陣形では。
今排除した四人も帯の一つ。現在脅威として認識できるのは、距離を離した場所にそれぞれ五人ずつ、こちらの側面に見える二つの帯───現在こちらを囲い込もうと動き始める───ぐらいのものだろう。
して、監視の目はこれだけとして、控えの戦力はどれほどか。
能力者戦力としてシンデレラは確実、ヒーロー同盟の援護もあるやも知れぬ。
彼等が到着するまで、大目に見ても一分の猶予はない。
一秒の思考を打ち切り、円上に散開しつつあるGDF兵に目を走らせた留美は、二方にネイルガンを向ける。敵は過去に分隊支援火器と呼ばれ、強靭な敵の撃滅を求められた現在ではアサルトライフルに迫る需要数を求められ始めた火器を構える。
敵集団二つにそれぞれ腕を振り向け、その場で牽制の弾幕をばら撒いた留美に少し遅れ、左右両方、計三つのマズルフラッシュが解き放たれる。三方から連続する弾幕が広がり、十字砲火の最中にあった黒塗りの影が霞むのと、無軌道にばら撒かれた鉄釘が殺到するのは同時だった。
両翼に分かれた部隊がそれぞれに体を庇う。
密度の薄い弾幕が与える脅威はおそらく殺傷を期待したものではないだろうが、彼等の気勢を殺ぎ、一瞬動きを鈍らせるには十全な効果を発揮できた。
生身よりは頑丈な得物を眼前に突きだして釘をやり過し、気の抜けぬ間に着弾点付近へ視界を流した班長は、そこに何も残っていないこと見た。
ぞっと身の毛よだつ己を押し頃し、左右に振れる景色の中に敵の影を探した隊長は、すぐそこに迫った脅威に身をこわばらせた。
その釘弾の連続は右方から彼を襲い、ぎらりとした鈍色の先端に血の気を引くも一瞬、半ば反射で振り回した火器の機体が細かい金属音を立てて襲い来る弾丸を幸運に弾く。
そうして瞬きしかけた目を見開くや、間髪入れずに視界いっぱいに広がる程に迫った黒い影が、細い腕をしならせてバイザー越しに彼を睨んだ。
ぎょっとして血の気を引き、引き金を引き絞った動作は思考の外のそれだった。
マズルフラッシュに押し出された弾丸が噴き出すよりも先、そう長くない銃身を抱え込むまでに接近した影は、そのまま神速の速さで男の腕から得物を引き抜くと、ぐるりと半回転させて柄を男の鳩胸に打ち込み、意識が真っ白になるような衝撃に突かれた体が数メートルを吹き飛び、転がっていく。
それを他の者が視認できたのは、一瞬遅れての事だった。瞬きするような間を縫って駆け抜けた敵の影にあっと意識を取られ、仲間の居たはずの場所に居るそれが敵であると理解するやという瞬間、揺らめいた両手のネイルガンの銃口が鈍く光る。
「──野郎ッ!!」
仲間の行く末と敵を同時に視界に捉えた数人が哮り、硬直を振り切って引き金を引き絞るのと、ネイルガンが喧しい火薬の音を連続させるのはほぼ同時だった。
不意打ち気味に数発の直撃を受けた二人と、押し寄せる弾幕を置き去りにして影のシルエットが霞み、次こそそれは人外の膂力による消えるような瞬発だと視認できる。
辛うじて目で追えるかという速度で飛び出した敵の軌道を追い、撃ち出された弾丸が大気を切り裂いた。
※
不意を突いて襲いかかった肉の裂かれる猛烈な痛みは、一点で交錯していた射線の尽くをあさっての方向に暴れさせ、辛うじて発射された数発の弾丸は何もない虚空に散る。
GDFの攻撃を振り切って質量兵器と化したバイクが仮指揮所へと突っ込んでいく様を見送り、上空から違法改造ネイルガンを撃ち散らした影───和久井留美は、自らと同じ速度で落下する、使い捨てたグレネードランチャーに鉄釘を撃ち込んで残弾を爆散させると、陽炎へ変じる炎と黒煙が揺らめく、GDFの陣形の最中へと着地した。
敵の配置は概ね偵察機の観測に倣っている。
帯状に連なる数人グループの包囲網―――取りあえずの視界確保を目的とした陣形は、高速の一点突破に対応しきれるものではない。正確に言うのならば、詰所の立地を言い訳にした戦力の順次投入という結果による、不完全極まりない陣形では。
今排除した四人も帯の一つ。現在脅威として認識できるのは、距離を離した場所にそれぞれ五人ずつ、こちらの側面に見える二つの帯───現在こちらを囲い込もうと動き始める───ぐらいのものだろう。
して、監視の目はこれだけとして、控えの戦力はどれほどか。
能力者戦力としてシンデレラは確実、ヒーロー同盟の援護もあるやも知れぬ。
彼等が到着するまで、大目に見ても一分の猶予はない。
一秒の思考を打ち切り、円上に散開しつつあるGDF兵に目を走らせた留美は、二方にネイルガンを向ける。敵は過去に分隊支援火器と呼ばれ、強靭な敵の撃滅を求められた現在ではアサルトライフルに迫る需要数を求められ始めた火器を構える。
敵集団二つにそれぞれ腕を振り向け、その場で牽制の弾幕をばら撒いた留美に少し遅れ、左右両方、計三つのマズルフラッシュが解き放たれる。三方から連続する弾幕が広がり、十字砲火の最中にあった黒塗りの影が霞むのと、無軌道にばら撒かれた鉄釘が殺到するのは同時だった。
両翼に分かれた部隊がそれぞれに体を庇う。
密度の薄い弾幕が与える脅威はおそらく殺傷を期待したものではないだろうが、彼等の気勢を殺ぎ、一瞬動きを鈍らせるには十全な効果を発揮できた。
生身よりは頑丈な得物を眼前に突きだして釘をやり過し、気の抜けぬ間に着弾点付近へ視界を流した班長は、そこに何も残っていないこと見た。
ぞっと身の毛よだつ己を押し頃し、左右に振れる景色の中に敵の影を探した隊長は、すぐそこに迫った脅威に身をこわばらせた。
その釘弾の連続は右方から彼を襲い、ぎらりとした鈍色の先端に血の気を引くも一瞬、半ば反射で振り回した火器の機体が細かい金属音を立てて襲い来る弾丸を幸運に弾く。
そうして瞬きしかけた目を見開くや、間髪入れずに視界いっぱいに広がる程に迫った黒い影が、細い腕をしならせてバイザー越しに彼を睨んだ。
ぎょっとして血の気を引き、引き金を引き絞った動作は思考の外のそれだった。
マズルフラッシュに押し出された弾丸が噴き出すよりも先、そう長くない銃身を抱え込むまでに接近した影は、そのまま神速の速さで男の腕から得物を引き抜くと、ぐるりと半回転させて柄を男の鳩胸に打ち込み、意識が真っ白になるような衝撃に突かれた体が数メートルを吹き飛び、転がっていく。
それを他の者が視認できたのは、一瞬遅れての事だった。瞬きするような間を縫って駆け抜けた敵の影にあっと意識を取られ、仲間の居たはずの場所に居るそれが敵であると理解するやという瞬間、揺らめいた両手のネイルガンの銃口が鈍く光る。
「──野郎ッ!!」
仲間の行く末と敵を同時に視界に捉えた数人が哮り、硬直を振り切って引き金を引き絞るのと、ネイルガンが喧しい火薬の音を連続させるのはほぼ同時だった。
不意打ち気味に数発の直撃を受けた二人と、押し寄せる弾幕を置き去りにして影のシルエットが霞み、次こそそれは人外の膂力による消えるような瞬発だと視認できる。
辛うじて目で追えるかという速度で飛び出した敵の軌道を追い、撃ち出された弾丸が大気を切り裂いた。
※
400: 2015/08/14(金) 03:43:41.07 ID:+FUAmXwk0
外で巻き起こった爆音は、鉄の箱と化している船体内であっても、壁に穴が空いていればまるで吹き抜けるように聞こえてきた。
物騒な響きを聞き、自分を含めたその場の全員が身体を強ばらせる気配を感じたコードネームセーフ1-1で活動する彼は、何よりも先んじて無線機を起動し、「総員待機しろ!」と怒声を吐き付ける。
了解、との声が聞こえるのを待たずに回線を外の部隊とのそれに切り替え、起動の一瞬だけザッとしたノイズを吐き出して後、「セーフリーダーからパッションリーダー、今の爆音は何か」と食い気味に言った声は、意識せずとも低くなった。
開いた無線の背景からは、連続する乾いた発砲音と喧しい怒声が、生で聞こえる音と重なって微かに聞こえていた。
ごとり、と何か取り落とすような物音の後、『…こちらパッションリーダー、敵襲だ、目的は不明、敵は能力者、現在パッション3、パッション2が交戦中…』と焦りを抑えこんだように思える声を聞いたセーフ1-1は、思わず眉根を寄せる。
「何か指示はあるか?」
『貴官の判断に任せる』
と、早々に通信が打ち切られたのは、すぐそこまで敵が迫っていることの証明であっただろうか。
任せると言うよりは、余裕がないと言うように聞こえたが。あの様子では、部下にいらぬ気分を伝播させてはいないだろうか?
いらぬ心配かとも思いつつ、しかし自分よりは若いらしいパッションリーダーの顔を思い浮かべ、副官がうまくやってくれれば良いが。との思いを拭いきれなかった。
厄介げに鼻息を吐き出すと、その間も惜しむかのように「中尉殿」と自らの副官の声が呼び止め、俄か動揺に揺れている瞳がこちらを覗き込む。
「…ご指示を」
先程まで軽い口を叩いていた声が、震えを押さえ込むように重量を増していたとわかれば、こちらは威厳を演出してやれねばと思われた。───ここで迷うようなことがあれば、小隊のリーダーとして、この場にいる最年長としてのメンツが立たない。
セーフリーダーたる責任感とプライドが入り混じった感情が胸の中で身じろぎする感覚を確かめると、彼は「ひとまず撤収する」と苛々しげに言った。
401: 2015/08/14(金) 03:44:25.90 ID:+FUAmXwk0
「撤収…」
「そうだ、敵の増援やらがここに入り込んで来ないとも限らんし、敢えてここに…空っぽのハリボテに拘る理由は無い。ひとまず体制を立て直して、それからだ」
この時代ならば撤収した短時間に戦艦を掌握できてしまうような敵もいるかも知れないが、それほどの相手ならば、中に誰が入っていようといなかろうとさほど変わるものではない。
心の中でそう付け加え、有無を言わさぬ視線で副官を見遣った。
「…了解しました」
副官が先んじて応じると、並ぶ他三人も無言でそれに追従する。揃っていまいち不安の消えきらない面持ちではあったが、それでいい。と胸の中で呟くと、通信をオープン回線に設定し、「セーフリーダーからセーフチーム各員、外で敵襲だ。敵の目的は不明、この場に留まる危険が無いとも限らん。即時撤収、体勢を立て直す」と厳然とした声で続けた。
『セーフ2-1了解』
『セーフ3-1、了解しました』
今度は二つ分の声を聞き届け、ぶつりと無線が閉じる。
と同時、マッピングツールを兼ねた端末の画面をちらりと見るや、比較的シンプルな艦内構造を幸いに思った。吸血鬼といえども面倒は嫌う。不氏だかなんだか知れないが、その辺の感性までは怪物じみていないようで何よりだ。
出るのが簡単なら、とっとと出て行くまで。
そう断じ、「駆け足!」と声を張り、応答を受け取った。
エキスパートの集まりとは言え外の相手は能力者だ。
敵であれ味方であれ、ただの人間である我々は散々と煮え湯を飲まされてきたのであるから、早々に合流してやらねばどうなってしまうかわかりもしない───。
心配しながら駆けゆく間には、丁度良い窓があった。そこでふとこちらから外の戦況は見えないかと思いつき、足を止めて窓の外を覗き込む。
「…見えんか」
窓という物の視角には限界があるが故、当然といえば当然だったか。外に映るのは淀んだ雲と、高級そうな街並み、そして、やたらと存在感を示す『野望の鎧』とかいう戦闘兵器ぐらいの物だ。
直ぐに遅れを取り戻さなければならない。との思考が働き、先よりも気持ち足を早めるつもりで体を傾け、瞬間、
「中尉!」
と咄嗟に呼び止める声が響けば、多少間抜けにバランスを崩す格好となった。
「なんだ!」と返した声は少し荒っぽくなり、声を受けた副官が少し怖じ気づくようになるのがわかる。そこで、鼻息を吐いて脱力した中尉が近づくと、「あれなんですがね…」先より縮こまったような印象を受ける声がそこに続き、窓の外へと視線を促した。
「何を…」
「ロボットの足下です」
「…あの黒い波のようなものは何でしょうかね」
背後から伺い立てるような言葉には、ふとした恐れが混じってるようにも思えた。
促されるまま怪訝な瞳を向ける先、紅い船体に突っ立つずんぐりした二脚の、船体との境目。───それを何と知ることができないならば、それは確かに黒い波というような表現が適切だったように思える。
巨人の足の裏から湧き出したように見える真っ黒い障気が、脈打つ波紋を広げながら巨人の爪先を蝕ばんでいるように見えた。
一目に見逃したのは、それが何か不吉なことの存在を主張するでもなく、どこか所在なさげに足裏で蠢いている程度のものであったからであろうか。
吸血鬼がロボに組み込んだシステムやらが何か悪さでもしているのか、カースでも踏み潰されているのか?…
402: 2015/08/14(金) 03:47:52.04 ID:+FUAmXwk0
――――と、瞬間カースと戦闘機械を結びつけた頭に『コプテッドビークル』との言葉が浮かび上がり、ぞっとしない感覚が背筋を駆け抜けた。
コプテッドビークル。憤怒の街攻略の折、多くの戦闘兵器が乗り捨てられたことにが原因で発見されたカースの習性。
そのコックピットの中に入り込み、何処から学習したのかその兵器を扱って見せる―――。
もしあれが今動き出せば、我々歩兵部隊はどうなる?あの装甲と火力にヒーローはどこまで通用する?周辺の被害は…
危機を感じる体が多機能ヘルメットに内蔵型CSGの起動を促し、ヴンと鈍い起動音が耳を擽ったかと思えば、動き始めたセンサーの捉える反応が多機能バイザー部にポイントマーカーとして投影された。
先ずは野望の鎧の心臓部。事前の観測によりその存在を認知されていた、動力源替わりにされた巨大なカース核の反応。
それに混じって少し下、遠方故か淡い点で主張するマーカーの揺らめき───制御された鎧の核とは違い、明らかに不自然な挙動で揺れる光の点、カースと見て違いはないであろう反応───。
「…でかしたぞ少尉」
動乱に潜んで近付いていた小さな驚異を認め、血の気が引くと、短く労った声には微かな震えが混じった。
「セーフリーダーから本部、野望の鎧の足元にカースを確認した、乗っ取られる前に排除する…!」
乱暴に起動した無線機に言うと、返事を待たずに場に目を張り巡らせれば、都合良く開いた脱出口と思しき戸を見つけることが出来た。
吸血鬼共が脱出した後か、開きっぱなしの先は甲板に降りることが出来るようになっているようだ。
今更罠を疑うこともあるまい。そう唱えて心を決めれば、万能ワイヤーで甲板に降りる動作に迷いはなかった。
甲板に放置された二脚の巨人。その足下の陰にある反応をセンサーは逃していない。
先ずは炙り出す。心の中で唱え、手榴弾のピンを噛んで引き抜くと「出てこい!」叫び、放物線を描いて転がった手榴弾が間を置いて炸裂。撒き散らされた鉄片を逃れた虎型のカースが影から飛び出し、その胴体にカースの反応を示すポイントマーカーを灯しながら、そのまま隊長に踊り掛かった。
牽制のサブマシンガンが曳光弾の尾を引いて殺到し、一瞬早く直進軌道を逸らせた虎の輪郭を照らす。
即座に敵の起動を追従する射撃の全てを躱しきることはできなかったが、しかし、虎のカースはジグザグの起動を描いて射線を振り、致命傷を避けて数秒かからずのうちに距離を詰める。
核さえ生きていれば構わぬが故か、まともな知性を持たぬが故の猪突猛進か。
迷いのない突進というのは中々に厄介であると、白熱する意識の中で再確認する。
呪いの声で虎が叫び、ズタズタの体を振り乱して爪を振り上げ飛び掛かる。このまま弾丸を撃ち掛けたとて、こちらに危害が加わる前にその体を止められるという保証は無かった。鈍い光を放つ大型ナイフ抜き放ち、正面から相対する。
ぬめる泥でできた恐ろしき爪。筋肉を模した機関が脈動し、ぐんと加速した前腕が振り下ろされると同時、断ちきる思いで振り切られたナイフが交錯すると、泥と火花が飛び散った。
「───単調な獣が……!」
『GHUUU…』
半ばをすっぱりと切断され、明後日の方向に吹き飛ぶ凶爪。バランスを崩した虎の胴体が宙に舞うまま彼の側面に横腹を晒せば、返す刃がその腹を一直線に切り裂いた。
血飛沫の代わりに飛び散る泥が、鈍色のナイフと武骨なアーマスーツにこびり付く。受け身をとるべき体制をまんまと崩され、虎のカース半ばもんどり打つようにして地面に落ちる。
生存本能という物を持たず、歪な衝動を行動原理とするカースは、例え窮地に陥ろうとも戦意を失うことはない。瞳には依然変わらぬ緑色の光が宿り、全身を使って跳ね起きた虎が牙を剥く。性質として不定形の泥は虎の戦意に反応してより長く変形し、より凶悪な表情を表したが、大きな隙を晒した者にとっては威嚇ほどの意味を持たぬ行為だった。
隊長の構える銃口が冷徹な色を反射するも一瞬、マズルフラッシュと共に吐き出される無数の弾丸が三足の不安定な姿勢を容赦なく切り崩し、反撃をただの身動ぎに変え、苦し紛れの抵抗も許さない。
そのまま叩きつけられる弾丸はやがてその心臓に収束し、そのままに核を貫く。
泥の塊から核の反応が分裂し、不快な粒子となって散る呪いの残滓が、一瞬だけ色付いた霧のようになってから虚空に霧散した。
コプテッドビークル。憤怒の街攻略の折、多くの戦闘兵器が乗り捨てられたことにが原因で発見されたカースの習性。
そのコックピットの中に入り込み、何処から学習したのかその兵器を扱って見せる―――。
もしあれが今動き出せば、我々歩兵部隊はどうなる?あの装甲と火力にヒーローはどこまで通用する?周辺の被害は…
危機を感じる体が多機能ヘルメットに内蔵型CSGの起動を促し、ヴンと鈍い起動音が耳を擽ったかと思えば、動き始めたセンサーの捉える反応が多機能バイザー部にポイントマーカーとして投影された。
先ずは野望の鎧の心臓部。事前の観測によりその存在を認知されていた、動力源替わりにされた巨大なカース核の反応。
それに混じって少し下、遠方故か淡い点で主張するマーカーの揺らめき───制御された鎧の核とは違い、明らかに不自然な挙動で揺れる光の点、カースと見て違いはないであろう反応───。
「…でかしたぞ少尉」
動乱に潜んで近付いていた小さな驚異を認め、血の気が引くと、短く労った声には微かな震えが混じった。
「セーフリーダーから本部、野望の鎧の足元にカースを確認した、乗っ取られる前に排除する…!」
乱暴に起動した無線機に言うと、返事を待たずに場に目を張り巡らせれば、都合良く開いた脱出口と思しき戸を見つけることが出来た。
吸血鬼共が脱出した後か、開きっぱなしの先は甲板に降りることが出来るようになっているようだ。
今更罠を疑うこともあるまい。そう唱えて心を決めれば、万能ワイヤーで甲板に降りる動作に迷いはなかった。
甲板に放置された二脚の巨人。その足下の陰にある反応をセンサーは逃していない。
先ずは炙り出す。心の中で唱え、手榴弾のピンを噛んで引き抜くと「出てこい!」叫び、放物線を描いて転がった手榴弾が間を置いて炸裂。撒き散らされた鉄片を逃れた虎型のカースが影から飛び出し、その胴体にカースの反応を示すポイントマーカーを灯しながら、そのまま隊長に踊り掛かった。
牽制のサブマシンガンが曳光弾の尾を引いて殺到し、一瞬早く直進軌道を逸らせた虎の輪郭を照らす。
即座に敵の起動を追従する射撃の全てを躱しきることはできなかったが、しかし、虎のカースはジグザグの起動を描いて射線を振り、致命傷を避けて数秒かからずのうちに距離を詰める。
核さえ生きていれば構わぬが故か、まともな知性を持たぬが故の猪突猛進か。
迷いのない突進というのは中々に厄介であると、白熱する意識の中で再確認する。
呪いの声で虎が叫び、ズタズタの体を振り乱して爪を振り上げ飛び掛かる。このまま弾丸を撃ち掛けたとて、こちらに危害が加わる前にその体を止められるという保証は無かった。鈍い光を放つ大型ナイフ抜き放ち、正面から相対する。
ぬめる泥でできた恐ろしき爪。筋肉を模した機関が脈動し、ぐんと加速した前腕が振り下ろされると同時、断ちきる思いで振り切られたナイフが交錯すると、泥と火花が飛び散った。
「───単調な獣が……!」
『GHUUU…』
半ばをすっぱりと切断され、明後日の方向に吹き飛ぶ凶爪。バランスを崩した虎の胴体が宙に舞うまま彼の側面に横腹を晒せば、返す刃がその腹を一直線に切り裂いた。
血飛沫の代わりに飛び散る泥が、鈍色のナイフと武骨なアーマスーツにこびり付く。受け身をとるべき体制をまんまと崩され、虎のカース半ばもんどり打つようにして地面に落ちる。
生存本能という物を持たず、歪な衝動を行動原理とするカースは、例え窮地に陥ろうとも戦意を失うことはない。瞳には依然変わらぬ緑色の光が宿り、全身を使って跳ね起きた虎が牙を剥く。性質として不定形の泥は虎の戦意に反応してより長く変形し、より凶悪な表情を表したが、大きな隙を晒した者にとっては威嚇ほどの意味を持たぬ行為だった。
隊長の構える銃口が冷徹な色を反射するも一瞬、マズルフラッシュと共に吐き出される無数の弾丸が三足の不安定な姿勢を容赦なく切り崩し、反撃をただの身動ぎに変え、苦し紛れの抵抗も許さない。
そのまま叩きつけられる弾丸はやがてその心臓に収束し、そのままに核を貫く。
泥の塊から核の反応が分裂し、不快な粒子となって散る呪いの残滓が、一瞬だけ色付いた霧のようになってから虚空に霧散した。
403: 2015/08/14(金) 03:51:31.35 ID:+FUAmXwk0
「全く、油断ならんな…」
冷や汗を拭おうとしてヘルメットに阻まれ、出鼻を挫かれた思いでヘルメットを外した隊長は溜息混じりの声を吐こうとして、その瞬間、CSGが新たに反応を検知したことを伝えるアラームがその息を詰まらせた。
「隊長!上です!」
即座に飛んだ部下の声が言い切るよりも早く、視線を上空へと振り上げれば、蒼い付け髪を唯一の色としてしならせる、蝙蝠を思わせる翼を翻した漆黒の人型と刹那の間視線が交錯する。
あどけない色の奥から混濁した狂気が突き刺さり、血の気を引くも一瞬、不吉の前触れめいて揺らめいた右手を見た彼は、思わず目を食いしばって防御の姿勢をとっていた。
直後、一閃された右腕から漆黒の釘が降り注ぎ、苦し紛れの盾と突き出したナイフを掠め、不快な金属擦過音と肩のアーマーで何か打ち付けた衝撃が彼を襲う。生きた心地のしない音が鼓膜を伝った。
「姑息な…!」
牽制に怯んだ隙を狙い、漆黒の鎧を纏う影は何よりも恐ろしいその腕力を振りかざして急接近を仕掛ける。はっとする思いで引き金を引くや、直後に横合いから突き刺さった味方の火線と交差してカースドヒューマンの接近を阻む。横ロールで弾幕をすり抜けた敵はそのまま明後日の方向に転進すると、こちらを狙う猛禽のように旋回を始めた。
CSGの反応に無かったのは、野望の核の強い反応で自らを覆い隠していたためか。だが、今となって視認できる反応、その体に宿る核は七つ。一つ一つは小さく、少々異様ではあるが、間違いない。カースドヒューマン。節度を忘れ、力と引き替えに呪いに堕した怪物───。
逃げず、追わずの距離を飛び始めた敵を追い立てる弾幕を見据え、取り落としそうになる手付きで無線機を立ち上げる彼は「セーフリーダーから本部、カースドヒューマンが出現した、現在交戦中…!」。
逸る気持ちを押し頃して紡いだ言葉に、『了解した、少しだけ持ちこたえろ』との事務的な声を聞いた隊長は、無性に湧いた苛立たしさに任せてせっかちげに通信を打ち切った。
必氏に敵を追い込もうとする部下四人の弾幕は、突如の奇襲にも混乱には陥らず、規定のフォーメーションに則った戦術を採ってくれていると見えた。機動力を自慢とする敵の場合、三人が回避行動を押し付け、残る二人が───この場合一人が偏差射撃による撃破を狙う。幾度となく鍛練を重ねた技術。彼ならば、例え誰が欠け、役割を入れ替わったとて十分にこなしてみせるだろう。ただの人間と侮って仕掛けたことを、後悔させてくれる。
攻撃役の火線に意識を振り向け、味方の方へと前進する。マークした一本の砲火がカースドヒューマンの紙一重を捉え、小さな旋回で回避を試みる一瞬を見定めたセーフリーダーは、その瞬間に重ねトリガーにかけた指を握り込んだ。
途端、まったく別方向から飛来した弾丸に狙い撃たれ、つんと急制動をかけたカースドヒューマンの戦闘機動に乱れが生じる。その体を一点に睨みながら、さらに前へ進み、手榴弾を放り込んだ。曳光弾の光に紛れて濃緑色の塊が弧を描き、弾幕の包囲陣に絡まれて限定される敵の予測軌道上に躍り出た。
目の前に投げ込まれた範囲攻撃兵器の脅威に身を縮ませた敵の挙動が鈍り、一瞬。再度速度を頃した翼が高度の維持をできなくなったと見るや、しめたと胸の中で叫び、サブマシンガンを撃ち掛けた。
マズルフラッシュで色付く視界の先で、たまらず翼を撃ち抜かれたカースドヒューマンの姿が踊る。そのまま畳み掛けようとして、直後、ぎらりと煌めいた敵の視線がこちらを真っ直ぐに据えるさまを認めた彼は、ぞっと勢いを殺ぐような寒気が体を貫くのを知覚した。
仕掛けてくる。という直感が駆け抜け、分泌される興奮物質に感覚を拡大させらると、漆の鎧から飛び出すようにして放たれる無数の釘を視認する。火薬で撃ち出される銃弾と比べれば幾分か弾速の劣る射撃。───だが、それでも体を捻っての回避はぎりぎりと言えた。避けるか食らうかの一瞬だけ生きた心地を奪い去り、釘の掠めた脇腹にひりついた錯覚が通う。
404: 2015/08/14(金) 03:52:53.57 ID:+FUAmXwk0
「…やってくれるッ!」
部下四人へも同様に攻撃を放ったカースドヒューマンが、者共の怯んだ一瞬を付いて戦闘機動の仕切り直しを図る。一瞬弾幕の途切れた内に翼の補強を生成し、あわや墜落かというすんでで翼を撃ったカースドヒューマンを狙い、応射の火線を張ったのは隊長が一番早かった。
カースドヒューマンは殺到する弾丸を潜り抜け、彼を中心に見据えて側面へ回り込もうと飛行する。またあの釘が飛んでくるかと覚悟したが、次の瞬間、その体から放たれたのはもっと大質量の黒い砲弾とでも呼ぶべき代物だった。
不意に人間大の歪な黒塊が放出されたかと思えば、次の瞬間大きな膜となって展開し、そのひろがった面積で向こうの景色を隠しながら襲いかかってくる。ぎょっとサブマシンガンをばら撒いて飛ぶ膜をぐずぐずに崩壊させるのは一瞬の出来事であったが、その膜が目隠しとなった致命的な一瞬、高速で回り込んできたカースドヒューマンへの対応を遅らせる事となった。
「姑息なマネを…っ!!」
視覚よりも実直に敵を捉え続けるセンサーの反応が左後方を示せば、つられて振り向く首に追従した左手が、押っ取り刀で抜き出したナイフを渾身に振り抜く。振り向いた視線の先で敵の顔と真っ向に向かい合ったのは刹那の事。直後、漆黒の手刀と鈍色の短刀のぶつかり合う火花が炸裂し、不快な音を鳴らして二刀が交錯した。
ただの人間である彼が、異能力者であるカースドヒューマンとの力比べに応じることができたのは、踏ん張りの利く地面とそうでない空中の差が味方した結果に過ぎない。衝撃で上体を弾かれた隊長を後目、回り込む間に首から下の鎧を脱ぎ去り───先の飛び道具の素材に使ったのか───やたらジッパーの目立つ服をさらけ出したカースドヒューマンが、共に露わになった人工的に青い髪を尾と引きながら翻る。
上半身を踏ん張らせて敵を睨み、至近距離の二撃目を放たんと腕に力を込めると、不意、攻撃を放つという速度でもなく、届く距離ですらない場所に、カースドヒューマンの細腕が真っ直ぐに伸ばされた。
拍子抜けするような思いが突き抜けるも束の間、次の瞬間に襲いかかったおぞましい殺気は、無意識の早さでそれを否と切り捨てる。ほぼ至近距離で睨み合うカースドヒューマンの瞳は、こちらを直接見据えると言うよりは、どこか透かしているようにも思え────。
「…後ろかッ!?」
ぞっと背中に冷たい錯覚が通ったのは、恐らく勘が生み出した幻想すぎなかった。が、がむしゃらに体を横に反らすと、先程までそれがあった地点を真っ黒い槍が駆け抜ければ、根拠のない物の存在も信じなくなるようだ。
己の影から飛び出したと思しき黒の槍は、突き出されたカースドヒューマンの白指にまとわりつくと形を変えて鎧になっていくと見えた。そのまま空中で半回転したカースドヒューマンが、その腕までを黒の装甲で覆いながら着地の姿勢をとった、その瞬間、
「───ナメるなあぁッ!!」
全身の筋肉で強引に姿勢を整えた隊長の太い足が唸り、炸裂した後ろ回し蹴りが着地直後の土手っ腹を打ち抜き、鈍い音を漏らさせて、少女一人分ほどの体重しかないバケモノを数メートル向こうへとぶっ飛ばした。
地面をもんどり打って転がっていった敵の体が、そびえ立つ野望の鎧の影に差し掛かった辺りで止まり、同時に射線を確保したセーフチームの銃口が無慈悲に殺意を突き立てる。
「射撃ィー!!」
突き上がった怒声と共に力んだ人差し指が、トリガーをぐっと引き絞らせる。即座に応じる機構はマガジンに残った弾を吐き出さんと吠え、焚かれるマズルフラッシュの閃光が視界の半ばを眩く染めると────。
「あ゛っハハハハハハハハハハハハハハハはははははははははははっ!!!』
────それよりも目立つただひたすらの漆黒がせり上がり、向こうの景色を無遠慮に塗り潰して────。
※
405: 2015/08/14(金) 03:55:44.60 ID:+FUAmXwk0
(どうなってるんだ、あれは!さっきのは陽動か!?)
(カミカゼとライラは何をやっている!二人がかりで対処に向かったのだろうが!!連絡を取れ!)
(ダメです!通信に応じません!…GDFは!どうにか通信はとれないの!?)
あちこちで飛び交う殺気立った声を聞き、視線の先にその原因を見据えたクルエルハッター───或いはクールPは、「してやられたね」と極めて冷淡な声を吐き出した。
京華学院の中に構えたアイドルヒーロー同盟仮会議室。その窓の先、悪趣味な紅に染まった戦艦の甲板にそびえ立つ”それ”は、言うなれば影の巨人とでも形容するのが適切かと思われた。
大きさはちょうど横にある野望の鎧と同程度────いや、勿体付けるべきではない。まったくの黒塗りである事を除けば、姿形、全高含め、野望の鎧の写し身と言っても差し支えない存在が、前触れもなくブラムの甲板上に出現したのである。
どの程度の存在であるか、予想の付くものではないが、下手に手を出すべきものではないだろうと言うことはわかる。───いや、それ以前に、あの存在に圧倒されたGDFの兵が、体の良い人質として捕らえられているようだ。
「…俺が行ってくるか?」
諦めて一つ溜息を吐き出そうとしたクールPに、やたらと剣呑な声を吐きつけてきたのは、ヤイバー乙。思わずに振り返り見れば、その顔貌に埋まった油断のない瞳は、決然とした物を奥に秘めながら窓の外を睨みつけていた。
「いや、直ぐにシンデレラ1が向かう……もう向かっているだろう」
気にすることはない。という意志を含ませて窘めると、極めて不完全燃焼げな「そうか」との返事が返ってきた。乙は沈黙の内に壮絶な物を感じさせながら、ただ視線を窓の外に注ぐ。その先にあるのは影の巨人ではなく────その足元で怪しげに振る舞う漆黒の鎧と翼を生やした人影。観測によれば、カースドヒューマン。
言わんとしていることはそれとなく理解できる。
要するに、彼は彼の目の前から去った少女が、あそこにいるカースドヒューマンと同一だと推測しているのだ。
確かに、蝙蝠のような翼を使ってヤイバーズと共闘していたと言うし、カースの核を素手で触っていたのも、暴食のカースが咥えた物を噛み砕かずに持ち去ったという報告も、カースドヒューマンだと言うのならある程度納得できる。―――なによりも、先刻漏らしていた『嫌な予感』という言葉がそうさせるのだろう。
だが。
406: 2015/08/14(金) 03:57:35.57 ID:+FUAmXwk0
「…先に断っておくけど、早とちりは勘弁してくれよ?あの少女…二宮飛鳥とか言ったかな。…を指名手配してやるわけにもいかないからね」
「わかってるさ…」
「そのかわり、リサーチはしっかりとやらせてもらうから、それで勘弁してくれよ?」
「あのな!…俺を爆発物みたいに扱わないでくれよ?」
それならば、もう少し殺気を抑えることだ。と、言いかけて止める。曖昧な鼻息を返事の代わりにして、これからの作業に思いを馳せた。
対応できた事態か、と聞かれれば、現場としては違うと言いたくなる。ヒーローを何人も送り込んではヒーローの特性上不都合が生じるし、GDFが陣を固めているところに踏み込んでいってはお互いの顔が立たないというものだ。
というわけで、そういうような理屈を並べて言い訳もしたくなるが、果たしてまんまと後手に回ったこの状況、上の人間はどれほど聞き入れてくれるものだろうか。
ヒーローに徹していれば無用な悩みに頭を重くし、憂鬱な息を吐き出したクールPは、そのまま背後を振り返って怒号の中に体を送り込ませた。
「GDFとの連絡は!直ぐにでも人名最優先と伝えてくれ!」
「それと、手段は何でも良いからあの場をよく観測しておくように!どうせ人質をダシに逃げられるから、本部にも要請して直ぐに追跡できる準備だ!」
皆がどれほど冷静に動いてくれるかも、今後の身の振り方に関わるだろうか。慌ててクールPの声に応じたスタッフの背中を眺めていると、思うようには行ってくれないだろうな、との諦念が降って湧いた。
あちらは今頃どうしているかと、頭を丸めたもう一人のプロデューサーの顔を脳裏に呼び出し、ふと外へ視線を向けたクールPは、思いがけず彼も責任に巻き込む算段に思考を巡らせていた。
※
407: 2015/08/14(金) 04:00:26.96 ID:+FUAmXwk0
同刻。
ブラムの方角から走り抜けた振動を知覚して、格闘戦の間隙を縫って戦艦を見上げた和久井留美にも、禍々しく直立するそれは認められた。
「肝心なところで派手好きね…」
恐らく───いや、確実に飛鳥の仕業だろう。
上で銃撃戦が起こっていたのは理解しているが、あそこまで大胆に能力を行使するほどGDFに追いつめられていたか。奴等も素人でない。相手がただの人間と言えど、能力者だのといったアドバンテージは容易に覆されかねないと言うこともあろうが、あそこまでやられては後に響かないだろうか。
彼女はそれなりの面識はあると言っても、外様の人間だ。野望の鎧───その一部さえ掠め取れるなら、後の無視はいくらでもできるが、しかし。もし氏人でも出されようものなら、『社長』の機嫌を損ねることにも繋がりかねない。
個人的に、それは勘弁したいものだが───。
「余所見!してくれるのかぁッ!!」
刹那、全身ごと怒声を張りあげた鋼色───カミカゼが抉るような軌道で迫り来る。頭部アーマーのスリットから覗く眼孔が留美を撃ち抜くや、強引に跳ね上がった握り拳が一閃。慌てて構えたガードの上から衝撃が全身を貫き、一瞬内臓の浮くような感覚を味わった。
びりびりと走る殺気が目の前で燃え立ち、強化ライダースーツの下の肌毛が焼き散らされるように思える。腕を押し退けた先で強く存在感のあるカミカゼの瞳と睨み合った留美は、「六骨…」と耳元を過ぎった呟き声に身を粟立たせた。
また来る。あのやたらと素早い六回の打撃。見知らぬ鎧をまとった戦士が。
先刻に左半身を襲った数発の衝撃を反芻し、二度目はないと内心吐き捨てた留美は、正面を向いたまま意識を先鋭にさせる。こちらを抑えようとカミカゼが力を込めるタイミングに意識を凝らし、目を細める。
拳を払われても怯まず、ほぼ全身で体当たりを仕掛けてくる。このままでは回避の動作を潰され、直後に来る打撃に晒されてしまうだろう。───だがしかしその瞬間、企業の先兵はカッと目を見開き、全身の体重を乗せた突撃が直撃する瞬間に合わせ、背後へと跳躍した。
己の脚力とカミカゼの突進を乗算し、砲弾めいた速度で背後に加速し、ぎょっとした息遣いがうなじを擽る。両者歯を食いしばった直後、芯のずれた衝撃が両者の体を揺さぶり、放たれんとされていた六発の拳は、一発目を半ばで押し潰されて不発に終わった。
────技名を宣言するとはナンセンス。
ヒーロー同盟が演出主義で戦わせるから、こうして対応される。
もつれ合った二人の攻防の分かつのは心構えの差。ぶつかるよりも早く体をしならせていた留美は、鎧の戦士の四肢に絡み付き、自分ごと回転させて地面へと投げつける。
そのまま受け身の体勢すら取らずにいた敵はそのまま無様に頭を打つかと思われたが、落下した地面にどぷりと波紋を広げると、そのまま地面を水に見立てたように沈み消えていった。───成る程。海底産か。
こちらの曲芸に驚く素振りも見せずに突進してくるカミカゼを銃撃で牽制し、留美もまたしなやかに着地した。その背後から戦闘外殻が浮かび上がると、留美を中心に二人のヒーローが座して構え、落ち着けぬ静寂が場に張りつめる。
物質潜行能力をもってすれば、この場を切り抜けて飛鳥の元へ向かうこともできたであろうが、それをしなかったのはこちらの危険度が高いと見ての判断か。───妥当か。この場にはヒーロー同盟が陣取っていること。よしんば、ヒーロー同盟が一つの戦場に多数の戦力を送りたがらない悪癖───商業上の見栄えを考えれば仕方のない部分もあるが───を発揮したとて、GDFの増援、ひいてはシンデレラ1が控えているのだ。欲張って自分たちで対処する必要もない。
『…聞こえるかい?留美さん』
───と、思いを巡らせていると、ヘルメットの下に潜ませた通信機がノイズを吐き出し、くぐもった声がヘルメットの中に響いた。
408: 2015/08/14(金) 04:02:35.79 ID:+FUAmXwk0
『人質を取った、交渉は成立。野望の鎧は手に入ったも同然だよ』
「…そう、それはご苦労様。後は手筈通りにね」
『了解。切るよ』
それだけを言うと通信は一方的に打ち切られ、ノイズの残響を残す。あの巨人がどうしたら人質に繋がるのか、少し気になるところではあったが、その辺はあとで聞いてみればよかろう。
ただ、もう居座る理由はない。
適当に勝利宣言でお茶を濁して、どこかに消えてしまおうか───思い、ぎゅっと握り込んだ右の拳を緩めた、その時だった。
常人の数倍にもなる反射神経が、ぼうぼうと空気を灼きながら何かが迫る音を聞き、コンマ数秒後上体を反らすと、その傍らを眩い一本の光軸が貫いた。
ライダースーツの表面に熱が当たり、光の突き刺さって地面が赤熱する。上空から来るビーム攻撃。ヒーロー同盟の差し金かと思考し、そのまま追撃を回避しようと構えたが、その次に来る射撃はヒーローをも対象にするかのように飛来した。
白い翼を輝かせ、何者かが一直線に飛んでくる。
ビームは牽制。ひたむきなまでに一直線の軌道で飛ぶそれは、猛禽の如き攻撃の第一目標に留美を見据えた。それ自身が弾丸のようになって飛ぶ白き翼の右手には、汚れのない純白の刃が煌めく。
「そこを動くなぁぁあああッ!!」
バック転を打って回避した留美の一歩手前を斬った剣が勢い余ったように地面に突き刺さり、小柄の乱入者の体が振り回される。刀身の纏った光粒子の向こう、誰何する視線を投げかけた留美は、爛々と紅く輝く瞳がこちらを睨み付ける様を見た。
怯んでいない。まだ来ると覚悟した直後、小柄の背負った翼が不吉にうねり、恐るべき触腕となって振り乱される。巨大化しながら回転するそれは、ヒーロー達をも当時に巻き込む攻撃であった。様子見の体制を取っていた二人は即座に距離を取り、無造作な攻撃を逃れる。
たが本命はあくまで留美。両サイドから挟み込むように動いた翼が迫り、しかし。留美は離脱を図らない。その代わりに左手の銃を振り捨て、その両手を堅く握り込み腰を落とした。
「…ッ!!」
逃げ場を押さえる軌跡を描いた翼の二振りが、禍々しいギロチンを思わせて留美を挟み込む。惨い両断氏体が連想される刹那、直撃と同時に鈍い破裂音が炸裂した。「何っ!?」両サイドへ裏拳を叩き込んだのだ。衝撃波で弾き返され、白い泥が四方八方に飛び散る。仕留めること叶わなかった。乱入者はたたらを踏んだ。好機。
留美の瞳が刃を思わせる鋭さを放ち、その直後、彼女の姿が霞んだ。直後に消える留美にぎょっと目を剥くも一瞬、とっさに構えた剣の腹を水平チョップが打ち据えると、もう片方の手を敵に突き出す動作は両者ともほぼ同時だった。一方は素手のまま突き出す貫手。一方は剣の半分をもぎ取り、モーフィング的変形で短剣の形に整えて一閃、貫手が刃を嫌って激突すると、白い泥がその表面から飛び散った。
振り回される両手の剣戟が連続し、そのたび火花の代わりに白い泥が二度、三度と弾ける。純白の武器が不意打ち気味にスパイクに変形し、それすらも対応した右手が持ち手ごと武器を握り包む。
握られた拳から骨の軋む音が聞こえ、ぎょっとして左手の剣が渾身の力で振り下ろされ、すかさず対応した掌底が一際強く激突し、衝撃波の反発で両者ともに飛び退いた。
409: 2015/08/14(金) 04:05:29.06 ID:+FUAmXwk0
地面にを引きながら踏みとどまり、留美はガンベルトに収まる残りの武器の感触を確かめながら、不機嫌な声を投げる。これもまた鎧の戦士。だが、ひどく小柄だ。人間であるなら、未発達の子供と言うほかにない。
「何者?」
寸分の迷いもなく輝く瞳が留美を撃ち抜き、その鮮烈な赤の印象を際立たせる。
「…アタシは…!正義だ…!」
「胡散臭いわね…」
「黙れ…!さっきの爆発はお前だろう…!だからアタシが裁く…!」
怒りの漲った声音には、己が真であると疑わぬ愚直さすらあった。尋常ではない。子供の無邪気で何か良くない物に触れ、精神を汚染でもされたのか。
そもそも人間ではない可能性はあるが、成る程やりずらい────。
内心に吐き捨て、この場を切り抜ける算段を整え始めたとき、真っ先に動いたのはヒーロー。
「…付き合ってられるか!ライラぁ!やらせとけ!」
機先を制して叫ぶと、やおらカミカゼが己の鎧のホイールを地面に擦り付け、背負ったエンジンを駆動させる。奇妙な姿勢で体を疾らせると同時、風を浴びながら鎧をバイクに変じさせると、機動形態となったビークルに跨がる向井拓海は爆発的加速で離脱を図った。
「……!?待てッ!」と小柄が反応するのは一瞬遅く、気を取られた瞬間を付いて物質潜行した戦闘外殻もそのまま沈み消えていく。体の半分を沈めた彼女の姿を睨み、ビーム攻撃を放とうと指先を向けたが、気の逸れた挙動は恰好の隙と言うほか無かった。
『…ヒカル!危ない!』
不意に駆け抜けた第三者の声を聞き、ぎょっと訝しむ思いが生まれもしたが、留美が引き金を躊躇う理由にはならない。結論、小柄の持つ剣から発していた声は、直後に爆裂した破裂音の連続に掻き消され、小柄は何よりもその不吉な響きに反応した。
留美が両手に携えた過剰改造マシンピストルが唸り、瞬間火力のみを突き詰めた鉄の嵐がばら撒かれる。反射で生み出した泥の防壁から小石の当たるような金属音が連続するのを聞いたヒカルは、弾かれるようにして跳躍、翼で飛翔し、被害の軽減に思考を塗り潰した。
急加速に伴うGが内臓を掴むのがわかった。早鐘を打つ鼓動。噴き出す嫌な汗。不快感に惹起され、このまま逃げ出そうとする己が顔を出すのを知覚したヒカルは、ぎゅっと歯を食いしばり、鋼色の美学で弱気を噛み頃す。
───正義の味方に恐れなど……!
奮い立たせる感情に励起されるように、頭皮がざわりと不可視の波を伝える。きつく閉めていた瞳をかっと見開き、二振りの剣先に攻撃色の光を漲らせたヒカルは、瞬間、見下ろした地面視線を走らせたにも関わらず、それらしき影が見当たらないことにはっとした。
逃げたのか。真っ先にその思いが立ち上り、裂帛した感情が行き場をなくすような虚無感に苛まれる。何なんだ、さっきのやつらも、小賢しい。敵はこの刹那ではそう遠くに行けないはず。どこだ、どこに逃げた────。
「何者?」
寸分の迷いもなく輝く瞳が留美を撃ち抜き、その鮮烈な赤の印象を際立たせる。
「…アタシは…!正義だ…!」
「胡散臭いわね…」
「黙れ…!さっきの爆発はお前だろう…!だからアタシが裁く…!」
怒りの漲った声音には、己が真であると疑わぬ愚直さすらあった。尋常ではない。子供の無邪気で何か良くない物に触れ、精神を汚染でもされたのか。
そもそも人間ではない可能性はあるが、成る程やりずらい────。
内心に吐き捨て、この場を切り抜ける算段を整え始めたとき、真っ先に動いたのはヒーロー。
「…付き合ってられるか!ライラぁ!やらせとけ!」
機先を制して叫ぶと、やおらカミカゼが己の鎧のホイールを地面に擦り付け、背負ったエンジンを駆動させる。奇妙な姿勢で体を疾らせると同時、風を浴びながら鎧をバイクに変じさせると、機動形態となったビークルに跨がる向井拓海は爆発的加速で離脱を図った。
「……!?待てッ!」と小柄が反応するのは一瞬遅く、気を取られた瞬間を付いて物質潜行した戦闘外殻もそのまま沈み消えていく。体の半分を沈めた彼女の姿を睨み、ビーム攻撃を放とうと指先を向けたが、気の逸れた挙動は恰好の隙と言うほか無かった。
『…ヒカル!危ない!』
不意に駆け抜けた第三者の声を聞き、ぎょっと訝しむ思いが生まれもしたが、留美が引き金を躊躇う理由にはならない。結論、小柄の持つ剣から発していた声は、直後に爆裂した破裂音の連続に掻き消され、小柄は何よりもその不吉な響きに反応した。
留美が両手に携えた過剰改造マシンピストルが唸り、瞬間火力のみを突き詰めた鉄の嵐がばら撒かれる。反射で生み出した泥の防壁から小石の当たるような金属音が連続するのを聞いたヒカルは、弾かれるようにして跳躍、翼で飛翔し、被害の軽減に思考を塗り潰した。
急加速に伴うGが内臓を掴むのがわかった。早鐘を打つ鼓動。噴き出す嫌な汗。不快感に惹起され、このまま逃げ出そうとする己が顔を出すのを知覚したヒカルは、ぎゅっと歯を食いしばり、鋼色の美学で弱気を噛み頃す。
───正義の味方に恐れなど……!
奮い立たせる感情に励起されるように、頭皮がざわりと不可視の波を伝える。きつく閉めていた瞳をかっと見開き、二振りの剣先に攻撃色の光を漲らせたヒカルは、瞬間、見下ろした地面視線を走らせたにも関わらず、それらしき影が見当たらないことにはっとした。
逃げたのか。真っ先にその思いが立ち上り、裂帛した感情が行き場をなくすような虚無感に苛まれる。何なんだ、さっきのやつらも、小賢しい。敵はこの刹那ではそう遠くに行けないはず。どこだ、どこに逃げた────。
410: 2015/08/14(金) 04:06:35.52 ID:+FUAmXwk0
「───目、閉じたらダメじゃない」
不意、ぞっとするほど冷たい声音が背中に吐き付けられ、肝を冷やした。背後。気付いたときには遅く、ぬっと影を落とす気配が神経を伝うも一瞬、空気の全て抜けるような衝撃がヒカルの背中を貫き、はっとする思考をも粉砕された。頭ごと揺さぶるような衝撃に意識を手放しそうになり、次いで前方から体重が跳ね返ってくるような衝撃に意識を覚醒させる。
どうなった?叩き落とされた。違いない。どうやって?敵はどうして飛行できた?否、跳躍?───。
このままではいけないと叫ぶ意識が全身を動かそう試みるが、瞬間的に機能不全を起こした運動機能はそれに応えなかった。代わりに、首もとに不吉な圧迫感があったかと思えば、動けないこの身をあざ笑うかのようにぐっと持ち上げられた。
「クソッ…がはッ……なんの、為に…!」
それでも、なんとか絞り出して吐いた言葉は、苦し紛れのモノだったと言って違いない。留美はあくまでも平坦な態度を崩さず、言う。
「ビジネスよ」
「…何ッ…!?」
「ビジネス。…子供でも言葉くらい知ってるでしょう?カネになることをしにきたのよ、私は」
さも当然。とでも言いたげな口調が背中を伝い、もがく自分の虚しさが対比されるように感じられ、ひとりでな気力だけがいっそう空回りするようだった。
ふざけるな。子供扱いして。ビジネスだと?そんなことで人に迷惑をかけていいとでも───。
怒りのような感情に任せ、苦しげな怒声を絞り出そうとすると、急にぐっと揺さぶられて果たせなかった。代わりに呻き声を出され、別の方向へ体を向けさせられた光は「だから」と重ねられる声を聞く。
「正義の味方だったかしら。悪事をしに来たわけじゃないから邪魔しないで頂戴」
「…そうね、お誂え向きはあっち。よく見なさい」
早く。とでも言いたげに、体がまた一つ揺さぶられた。
ぼんやりした視界の先にあるのは、吸血鬼が乗ってきた戦艦と、そそり立つ二体の巨人、それと───。
「ほら?あそこに真っ黒い人影が見えるでしょ?」
「あれこそ悪魔よ、余計な人質を取って人を困らせてるんだから、…それにあの子は───」
「それ、は…お前も…!」
「…わかったら、私の事は見逃して欲しいわね」
お前も。言い掛けた言葉を強引に遮ると、留美は無造作にヒカルの体を放り落とした。受け身も満足に取れずに落下したが、先とは比べようもない。
ようやく動き始める体を奮わせ、震える腕を杖にして上体を起こす。まだだ。屈するわけにはいかない。正義は絶対に───。
『ヒカル。もう居ないよ』
「えっ…」
少しの間聞こえなくなっていた声が耳朶を打ち、はっと冷静になった光は空白の思いで背後を振り向いた。
もう居ない。
十数秒も無い時間だった。
能力者の身体能力で駆け出したか、なにか面妖な手段でも使ったか。
『ボクもダメージを負ってしまって…ごめんよ、助けられなかった』
「いや、アタシが不甲斐なかったんだ…」
『じゃあお互い様だ…次こういう事が起こってはいけない。もっと正義の力を引き出せるようにならなきゃ』
そうだ。───と、返そうとして喉を震わせたが、それはどうしてだか言葉にならなかった。行き場をなくして腐り落ちた体の熱。ぼんやりとした気持ちに駆られた光は当て所ない瞳を泳がせ、その終わりにブラムの巨影を眺めた。
黒い巨人が赤の巨人の体を引き裂き、邪魔な四肢を放り捨てて、胸像になった巨人の胴体を抱き込むと、途端に溢れ出した漆黒の瘴気にお互いを包み込み、影に溶け込んで消えていく───冒涜的ですらある光景が繰り広げられている。
その中、全身を漆黒の鎧で包み、悪魔めいた翼を広げる人影を認めた光は、お誂え向きはあっち、と言った声の残響を脳裏に呼び起こした。
どこかへ消えた女の代わりにそのシルエットを目に焼き付ける行為は、せめてもの抵抗でもあり、屈辱のそれでもあり────。
────………
─────────………………
411: 2015/08/14(金) 04:07:42.01 ID:+FUAmXwk0
─────────………………
────………
全体がサイバースペースを内包する無機質なメガロシティは、闇が迫るごとに化粧を濃くしていく。
丑三つ時を回る今となっても黄金の夜景は衰える事を知らず、時には光の血流を形作りながら、常闇の下に四角い町並みを浮き彫りにしていた。
その一角、猥雑なネオンの濁流は昼の抑圧を晴らすかのように踊り、誘灯蛾めいて惹かれてくるサラリマンの悲喜こもごもを呑み込んではいっそう派手になるとわかる。
「大特価」「家族サービス」「実際高級」…はるか上空、或いはビルの壁面、或いは店前の呼子。垂れ幕や音声で押し付けがましく主張するの類は、日々に疲れた者達から小さな夢の対価を引き出そうと必氏だ。そして、それらは口々に主張し合う雑踏、喧噪、クラクションやエンジンの声とミックスされて、眠りを遠ざける騒音の波を形成している。日々のしがらみを忘れようともがく、閉塞的な者達の悲壮なミュージックを思わせて。
雑音を小さく切りながら疾駆するサイレンが追うのは、下手を踏んだ闇取引の現場か、ドロップアウト達の暴力沙汰か。―――それはきっと、バルーンの下腹にニュースとCMを交互に映しつつ、喧騒を逃れて遊飛行する小型ツェッペリンが明日教えてくれるだろう。
ここは経済特区ネオトーキョー。
金と欲望と打算と闇を、無機質な仮面と華々しい光で覆い隠す、日本経済の先端地。
夜景を指して幻想的。最先端のオブジェクトを指して近未来的。
この景色を形容する言葉はいくらでもあったが、いずれにも共通しているのは外の人間の評価だということだった。この町に住まい、社会の歯車とその身を捧げ、夜景の光一粒の持つ意味を知った者達は、そういった煌びやかな印象を忘れる。
その光は命の輝き。その形は意志の造形。
今日もまたどこかで光が消え、今日もまたどこかでオブジェクトが建つ。
日が堕ち、純粋に街の色のみを映し出した景色に思いを馳せてみれば、過ぎる尽くは感傷的な感情だった。
───だが。
もし、そうでない物を感じることのできる人種を挙げるとしたら、それはセンチメンタルを愉悦と余裕で塗り潰すことのできる、勝ち組と呼ばれる者達に違いない。この街の景色を酒の肴にできるものなどは、それこそ―――。
412: 2015/08/14(金) 04:10:44.22 ID:+FUAmXwk0
「…高そうなお酒ですね。さぞ良い味がするのでしょう」
向こうに広がる光の海へと向けていた鋭い目つきを、ふと赤紫の液体に向けて女は言った。
先刻までガンベルトを伴うライダースーツと硝煙の匂いに包まれていた彼女も、今は高級な特注スーツと淡い香水で身を飾っている。一部の隙も無く整えられたスーツに相応しく、その佇まいは完璧なものと言えた。
後は、瞳に残っている戦の剣呑ささえ抜ききればどこに出しても良い社長秘書の顔つきだろうと思われたが、それは今すぐ要求するものではない。
「皮肉かよ、つくづく遠慮の無ぇ奴…ハッ!社長なんだ、安物飲んでたら示しがつかねぇだろ?」
夜光を含んで輝く、白い肌と燃え立つような金の長髪。愉快げな色を匂わせて返す声もまた、女―――いや、少女と言った方が正確であろう。
そういう話をしたのではない。とでも言いたげな女の溜息を背中に聞き、細指に支えたグラスを夜景に重ねると「確かに未成年だがな」と重ねる。
「…が、この街にアタシを裁ける奴は居ない…居るとしたら頃しに来る奴」
赤紫の先に光の洪水を透かし、確信を持った声音で言い切った。
そして、「だから留美…お前が居るんだろ?」と言った声とぎらついた瞳を振り返らせると、女が思わず言葉に詰まった隙を付いて液体を一気に呷った。喉を鳴らして奥へ流し込み、はっとする留美の息遣いを感じながら芳醇な香りで口中を満たした彼女は、やりきった顔で満足そうな息を吐き出し、飽きれたような留美の溜息に悪戯っぽい笑みで応じた。
「そんなことよりも、だ…例のモンはちゃんと確保したんだろ?」
「『野望の鎧』は間違いなく…ええ、最低限の部位だけですが。今は三番格納庫に…それと、GDFとヒーロー同盟双方に嗅ぎまわられているので、ご留意を」
「OK…飛鳥の方は…あの強欲の奴はいつも通りで問題ないか?」
「はい。既存のバックアップを維持しておけば良いと」
と、そこまで聞いた少女は熱っぽく紅潮する口元をにいと歪め、「帰郷直後の吉報としちゃあ上出来だな…ボーナスは期待しておけよ」と興奮抑えきれぬように言った。酒で気分良くなっただけではないだろうと留美は考える。―――アジアから日本に帰国してきたのはつい先日の事。ただふんぞり返るのを嫌うこの女の事、わざわざこっちに足を運んだからには、こちらに注力すべき用事ができたと見てまず間違いない。
開口一番でヒーローとGDFのただなかに突入させられるのだ、今後は一体どうなることか―――。
脳裏に嫌な予感をいくつも呼び出し、なんとか嫌そうな顔を堪えた留美は、気持ち金髪の少女に近寄る。
「…つきましては社長、今回の見返りに休暇を貰いたいというのは」
「ダメだ。これから忙しくなるからな」
「………」
「スケジュールは今日中にまとめ上げっから、明日からはそれでヨロシク」
「少し前から予定は開けさせてあったな?明日の昼からはもうアタシの指示に従ってもらうから、氏ぬ気でな」
有無を言わさぬ畳みかけの最後、少女もう一つ興奮気味の笑みを見せつけると、露骨に鬱陶しそうな顔の留美を無視して鞄をさらった。おそらく中にはノートパソコンでも入っている。もう仕事を始めているのだと理解すれば、留美はもうその背中を見ることはしなかった。
張りのある肌は彼女がまだ若々しく力の有り余る時期である証左。
豊かな金髪は内に秘めた情熱をそのまま燃料にしているかのように燃え輝いている。
齢を未だ十八。が、それが故にと彼女の口は語る。
―――桐生つかさ。桐生重工三代目社長。
衰えなど遥か遠く未来の話と断ずるその瞳は少女に似合わぬほど覇気を秘め、充足を知らず、妥協を知らず、ただただ満たされぬ渇きを以てぎらぎらと輝き続けていた。
413: 2015/08/14(金) 04:20:15.02 ID:+FUAmXwk0
名称:和久井留美
職業:社長秘書
能力:超人的身体能力
詳細:桐生つかさがアジアに渡るまでの社長秘書を務めていた人物。一応秘書として会社に入社していたはずだが、能力者であることが発覚するや、いつの間にやら私兵として扱われる日々を送っていた。正気を疑うような難題の数々を押し付けられ、一度は退職を考えたこともあったが、命の危険以外の待遇はすこぶる良いため結局踏み出せなかった過去がある。つかさがアジアに渡り、日本に置いて行かれてからは『比較的』平穏な日々を過ごしていたが…
戦闘時には身体能力を押し出した格闘戦のほかに、桐生重工系列の製品を使用。その際には当てつけのように乱暴に使い捨てている節がある。自身の残す戦闘結果と、残骸として残る桐生重工製品が体の良い宣伝となっていることは、あまり考えないようにしている。
名称:桐生つかさ
職業:桐生重工三代目社長
能力:無し
詳細:現在アジア圏を半ば以上掌握する総合兵器産業、桐生重工の現社長。天才的な開発者でもあり、桐生重工がここまで拡大するに至った一因にはそういった背景もある。前社長が急逝し、その時点では中小の域を出なかった桐生重工を継いだのは数年前の事。最近ではアジアの地盤固めに一段落ついたため、それを契機にある目的を持って帰国。…したが、暫くは往復することになるであろうと踏んでいる。
それとは別としてもう少し女の子らしい事業も手掛けたいと考えているらしい。
・『桐生重工』
創設八十年ほどになる総合兵器工業。…というのはあくまでも最近な話で、つかさが社長となる数年前までは兵器産業に手を出してはいなかった。つかさがふとしたことで手に入れた兵器開発のノウハウ、併せて本人の凄まじい才能により、異世界の技術流入により発生した『次世代兵器競争』にアジア圏で先手を打つことに成功。世界そのものの混乱も味方に付けながら、博打的な投資と電撃的な展開により巨大化したものが現在の姿。現在はもっぱら太平洋を挟んでヘカトンケイル重工と睨み合いを続けている。
あまりに急速な発展の背景には、戦闘向きの能力者を派遣した恫喝営業の存在もあるともっぱらの噂。
414: 2015/08/14(金) 04:29:20.80 ID:+FUAmXwk0
◇桐生重工が野望の鎧(心臓部)を入手しました
◇飛鳥ちゃんはカースドヒューマンでもあるらしいですよ?
今後に向ける意味含めて詰め込み過ぎた感があるが気にしない…きっと矛盾もしてない…
南条光、高森藍子、クールP、ヤイバ―乙、向井拓海、ライラをお借りしました
終わり
…データが吹っ飛ぶ前は影の巨人vsシンデレラ1みたいなパートもあったんですよ
◇飛鳥ちゃんはカースドヒューマンでもあるらしいですよ?
今後に向ける意味含めて詰め込み過ぎた感があるが気にしない…きっと矛盾もしてない…
南条光、高森藍子、クールP、ヤイバ―乙、向井拓海、ライラをお借りしました
終わり
…データが吹っ飛ぶ前は影の巨人vsシンデレラ1みたいなパートもあったんですよ
415: 2015/08/14(金) 11:35:41.03 ID:+FUAmXwk0
あ、飲んでるのがぶどうジュースだったオチ入れるの忘れてた…
417: 2015/08/14(金) 20:07:10.44 ID:Nsoud130O
おつですー
案の定なんかすごいことに。まさかズドンと持っていくとは
それに社長も秘書もタイプは違えど強キャラしてるなぁ……
光の行き先はどうなっていくのだろうか…戻りそうな気もするが悪化してるような気もする…
案の定なんかすごいことに。まさかズドンと持っていくとは
それに社長も秘書もタイプは違えど強キャラしてるなぁ……
光の行き先はどうなっていくのだろうか…戻りそうな気もするが悪化してるような気もする…
【次回に続く・・・】
コメントは節度を持った内容でお願いします、 荒らし行為や過度な暴言、NG避けを行った場合はBAN 悪質な場合はIPホストの開示、さらにプロバイダに通報する事もあります