690: ◆PupFZ5BZvyzZ 2016/02/03(水) 21:57:02.81 ID:H+PnEL/o0
モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」シリーズです
前回はコチラ
近々とは。果たして何だったか
次レスより投下します
『獣人界』および『イツキ』の設定を頂戴していますが、あまり原型をとどめていない
691: 2016/02/03(水) 22:00:05.98 ID:12lMyB4a0
プロローグ
その朝イツキは、高層ビル建設現場鉄骨の上から地上を見下ろしていた。視線の先、数キロメートル遠方には舗装された大噴水広場。そして、戦うヒーロー。
朱色のヒーローはアケグチの高速スピンに弾かれ、空高く巻き上げられた。黒い方が発砲。アケグチ回転体から血とは異なる色の液体が迸るがダメージ軽微。
(アケグチ、機械の体になって手がつけられなくなってる……獣人界に生かして帰すわけにはいかない、けど)
ヒーロー達は目に見えて苦戦。無理からぬ話だ。カメ族のアケグチは生身の頃から走攻守に隙のない強力な戦士だった。まして、人間界のテックと融合した今となっては。
握り締めた拳に血が滲んだ。この戦いはイツキにとって、単なるヒーローとヴィランの氏闘以上の意味を持つ。獣人界の行く末を占う一戦だ。
……事の始まりは四ヶ月ほど前。半世紀に渡り獣人界を治めてきた蛮王センジンも老いには勝てず、季節の変わり目に体調を崩して病床に臥したのだ。
これを好機と見た獣人六戦士は、己が王となるべく各々配下の軍団を率い、ライオン王家に戦いを挑んだ。
氷雪に閉ざされた険しき地に王都ファングリラが拓かれた古来より、獣人界では力こそが全てに優る価値観だ。それは王位継承に関しても変わらない。
故に王家の若き忠臣イツキも、敗れて氏ぬならやむなしと考えていた。……だが、戦乱は年が明け、季節が移り変わった今なお続いていた。
(大軍団を率い、民を巻き添えにして多くの血を流し、それでも王家を滅ぼせない。逆賊どもに王の資格なし!)
馬鹿げた戦に、滅ぼされるまで付き合ってやる必要はない。イツキは身の程知らずの戦狂いに思い知らせるべく、兵団の同志に後を任せて人間界へ発った。
その朝イツキは、高層ビル建設現場鉄骨の上から地上を見下ろしていた。視線の先、数キロメートル遠方には舗装された大噴水広場。そして、戦うヒーロー。
朱色のヒーローはアケグチの高速スピンに弾かれ、空高く巻き上げられた。黒い方が発砲。アケグチ回転体から血とは異なる色の液体が迸るがダメージ軽微。
(アケグチ、機械の体になって手がつけられなくなってる……獣人界に生かして帰すわけにはいかない、けど)
ヒーロー達は目に見えて苦戦。無理からぬ話だ。カメ族のアケグチは生身の頃から走攻守に隙のない強力な戦士だった。まして、人間界のテックと融合した今となっては。
握り締めた拳に血が滲んだ。この戦いはイツキにとって、単なるヒーローとヴィランの氏闘以上の意味を持つ。獣人界の行く末を占う一戦だ。
……事の始まりは四ヶ月ほど前。半世紀に渡り獣人界を治めてきた蛮王センジンも老いには勝てず、季節の変わり目に体調を崩して病床に臥したのだ。
これを好機と見た獣人六戦士は、己が王となるべく各々配下の軍団を率い、ライオン王家に戦いを挑んだ。
氷雪に閉ざされた険しき地に王都ファングリラが拓かれた古来より、獣人界では力こそが全てに優る価値観だ。それは王位継承に関しても変わらない。
故に王家の若き忠臣イツキも、敗れて氏ぬならやむなしと考えていた。……だが、戦乱は年が明け、季節が移り変わった今なお続いていた。
(大軍団を率い、民を巻き添えにして多くの血を流し、それでも王家を滅ぼせない。逆賊どもに王の資格なし!)
馬鹿げた戦に、滅ぼされるまで付き合ってやる必要はない。イツキは身の程知らずの戦狂いに思い知らせるべく、兵団の同志に後を任せて人間界へ発った。
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それは、なんでもないようなとある日のこと。
~中略~
「アイドルマスターシンデレラガールズ」を元ネタにしたシェアワールドです。
・ざっくり言えば『超能力使えたり人間じゃなかったりしたら』の参加型スレ。
692: 2016/02/03(水) 22:02:11.25 ID:12lMyB4a0
彼女の目的、それは人間界で武者修行しているはずの王子シャキョウを見つけ出し、獣人界へ連れ帰ることだ。
王子が六戦士と決闘し、六つの首級を以て正当後継者の力を知らしめる。真に力を持つ者を知れば、六戦士の配下達も再び王家に忠誠を誓うだろう。
……だが、この策はイツキが人間界の地を踏んだ翌日には頓挫していた。何の当てもなく一人の獣人を探すには、人間界は広すぎたのだ。
否、失望するには早い。やるべきことは一つではない。センジン王が度々口にしていた旧き友、エボニーレオへの協力要請。
五年前の平将門参拝の折、王は人類至上主義ヤクザの襲撃を受けた。窮地の彼を助け、共闘した者こそ、エボニーレオを名乗る霊長の戦士であった。
(あの蛮王が友と認めたほどの戦士なら、きっと獣人界の戦乱を収め、民を救える力がある!)
エボニーレオについて分かっているのは、アイドルヒーローと呼ばれる戦士の一人であることのみ。ならば、まずは同じアイドルヒーローと接触し情報を得るべし。
イツキはネオトーキョーを目指した。メガコーポと町工場、科学と神秘、秩序と無法。相反するものが陰に日向に争う暗黒経済都市を。
(善と悪の……ヒーローとヴィランの戦いも、日本のどこより激しい。きっとアイドルヒーローも……)
苦難に満ちた旅路であったが、精霊はイツキに味方した。ネオトーキョーにたどり着いたその朝、事件が起き、アイドルヒーローが投入されたのだ。
693: 2016/02/03(水) 22:05:26.32 ID:12lMyB4a0
#1
正面から迫る氏は、軽自動車にも匹敵する巨大な甲羅の形をしていた。エボニーコロモは少々不格好に転がり、氏神の手を逃れる。
甲羅が通り過ぎる瞬間こそ、カウンター至近距離攻撃のチャンス……否、時速200kmの高速を誇る巨体は、移動に伴い強力な風圧を発生させる。
下手に動けば体勢を崩され、隙を逃さぬ恐るべき逆噴射機構を備えたサイバー甲羅の反転突撃により血の花を咲かせていたであろう。
「来るかよ」
サイボーグカメ獣人は伸ばした右腕をアスファルト路面に突き刺し急ターン。同時に甲羅表面のヘキサ形パネルがスライドし、推進器が露出する。第二撃の構え!
避けるばかりでは埒が明かぬ。それどころか、ヒーロー肉体を持つとはいえ素のままの人間と疲れ知らずのサイボーグでは持久力の差は歴然だ。
エボニーコロモは束の間、空を見上げた。鉛色の空。分厚い雲より遥かに低い所に、鮮血めいて赤い太陽が浮かぶ。彼は真っ向受けて立つ覚悟を決めた。
「ちと、位置が悪いか? まァ、上手くやるさ」
「バモーッ!」
推進器から眩い光が溢れ、サイボーグカメ獣人はわずか二秒でトップスピードに達した。一方のエボニーコロモは連続側転し、甲羅から大きく距離をとる。
サイボーグカメ獣人にとって数メートル程度は誤差の範囲。隙を逃さぬ恐るべき逆噴射機構が攻撃ベクトルを強引に反転させ、アスファルトを溶かしながら再度の突撃!
694: 2016/02/03(水) 22:06:56.48 ID:H+PnEL/o0
エボニーコロモは最早その場を動かぬ。コンマ五秒後、大質量が衝突! ……おお、見よ! エボニーコロモ健在! 巨大甲羅をガッチリと受け止めている!
「ヌウーッ……」
エボニーコロモは歯を食いしばった。無表情な黒子ヒーローマスクの奥では、オニめいた形相に汗が幾筋も流れ落ちる。
スーツ内蔵筋力増強装置のリミッター解除は禁じ手に等しい裏技だ。常人の10倍を上回るヒーロー筋力を得られるが、最悪の場合、全身粉砕骨折して氏ぬ!
故にエボニーコロモの判断は早かった。ヒーローとしては小柄な体躯に、神話時代の英雄を思わせる気迫が満ちた。
「フンッ……トゥオーッ!」
シャウトと同時に巨大甲羅は地面と垂直の形に持ち上がり、次の瞬間にはアスファルト路面に裏返しで叩きつけられていた!
「グワーッ! ……ハハッ、やった。あとは任せる」
仰向けで全身こむら返りじみた激痛に悶えながら、エボニーコロモは空を見上げた。赤い太陽は……否、直径2メートルほどの火球は、未だそこにあった。
火球は狙い定めるように小刻みに数回揺れると、ジャベリン形状に変化し急速落下、腹を見せるサイバー甲羅の中心に深々と突き刺さった!
「ARRRGH!?」
サイボーグカメ獣人が悲鳴を上げ、もがいた。甲羅は半ば地面に埋まり、自力では満足に動けぬ。腹の上で人型に変化した炎を振り落とすことも当然不可能。
「ARRRRRRGH!」
695: 2016/02/03(水) 22:10:59.99 ID:OdbudYhc0
「プロデューサー、トドメは?」
不定形の人型から削り出されたような右半身、少女めいてあどけない顔が問うた。エボニーコロモの顔面ディスプレイにオレンジ色の髑髏マーク……キルサインだ。
放送コード上、人型ヴィランの処分には面倒な制約が多い。身体の大部分を機械化された敵の場合、ゴアが映り込まなければ電波に乗せることができる。
フレアダンサーは頷き、甲羅に刺さった炎そのものたる左半身を深くねじ込む。サイボーグカメ獣人の悲鳴にノイズが混じる。
「ARRザザッRRGH! ……ザリザリアバザザッバババ」
「……イア! クトゥグア!」
フレアダンサーは神を讃え、深奥から力を搾り出す。サイボーグカメ獣人の断末魔はノイズに塗り潰され、サイバー甲羅の隙間から白い灰がこぼれた。
「……生体部位の焼却を確認、討伐完了。……フゥー。お疲れ様だな、フレアダンサー」
半人半炎のシルエットは甲羅から回転ジャンプ、エボニーコロモの隣に着地した。
右半身に侵食し胸と腰を隠すだけの扇情的踊り子ヒーロー装束を織り上げていた赤い炎が消え失せ、既に斉藤洋子はスポーティーなインナーを着用している。
696: 2016/02/03(水) 22:12:53.70 ID:H+PnEL/o0
「プロデューサー、大丈夫? けっこう無茶してたみたいだけど」
「ひとまずは、な。筋肉痛が長引かないよう願うばかりだ」
「そんなこと言うトシでもないでしょ」
エボニーコロモは全カメラの停止を確認してからヒーローマスクを脱ぎ、相棒と軽口を交わす。……そして、スクラップと化した軽バンを見やり、肩を落とした。
「二代目はよく頑張ってくれたな。買い換え予算は下りるだろうが」
「美世ちゃんの能力、当たりが出るといいですね」
「ソレよ」
亡き『二代目』は田舎くさい外観に見合わぬスーパーマシンであったが、その改造はアイドルヒーロー同盟の同僚、原田美世の能力による。
車両に超スペックを付与する彼女の能力は、一方で確実性が低い。頼りきりになるより、ベース車両の時点でワンランク上のものを買うべきか。
エボニーコロモ、すなわち黒衣Pの懸念は社用車だけではなかった。サイバー甲羅の残骸に歩み寄り、脱落したパネルの一つを拾い上げる。
「双子のワンチャン……いや」
パネルの裏には、サイボーグ改造を手がけたと思しきメーカー章が精密レーザー彫刻されていた。付着した灰を払い、……予想は不愉快にも的中した。
697: 2016/02/03(水) 22:15:49.83 ID:12lMyB4a0
エンブレムの正体、それは可愛らしい子犬ではない。キツネの氏骸を奪い合うように貪り食らう、おぞましき双頭の狂犬である。オルトロス機関。
ツインパピー・エレクトロニクスは、表向きにはルナール社と提携関係にあり、サイボーグやドロイド制御用の電子基板を製造・供給している。
だが、その裏の顔こそは反ルナール組合の盟主、神出鬼没たるオルトロス機関であり、時折こうしたルナールへの武力攻撃を行っているのだ。
「あっ、コレ……またオルトロス?」
「ああ。何となくそんな気はしてたが、いい加減ウンザリしちまう」
いつの間にか手元を覗き込んでいた洋子に、黒衣Pはパネル残骸を押し付けた。オルトロスは彼にとって憎き敵であるが、ここまで来ると憎悪も褪せるような気さえする。
二月に始まったオルトロス製改造獣人によるルナール襲撃事件は、二ヶ月も経たぬ内に五件目となった。さらに言えば、四件目は本件と同時進行だ。
「こんな短期間で、よくこれだけの改造獣人を揃えられたというか、何というか……」
洋子の驚きも無理からぬことだ。獣人は人間より強力な種族であり、特に改造素体として有用な戦い慣れした獣人は、頃すも捕らえるも困難を極める。
市井の獣人であれば交戦リスクはいくらか下がるだろう。だが、その場合には市民に害を成す者をアイドルヒーロー同盟が見落とすことはないはずだ。
「闇ルートで流れてきた住民タグ無しが、そのまま闇に飲まれたか? ……厄介な、どれだけの数が入ってるのかも把握できてねえッてのに」
黒衣Pは短い黒髪をバリバリと掻いた。果たして今後も改造獣人事件は続くのか。場合によってはシロクマPを通じて獣人コミュニティを調査せねばなるまい。
少数者への干渉となる行為は、たとえ市民を守るためといえどもヒーローとして望ましくない。黒衣Pは不機嫌に唸った。
698: 2016/02/03(水) 22:18:18.70 ID:OdbudYhc0
……その時だ。フォウフォウと奇怪なキネシス干渉音を従え、VTOLめいて降下してくる物体あり。クジラかカツオブシを思わせるシルエットの輸送ツェッペリンだ。
「ウンパンマンか。あのサイズを寄越すのは、要するに残骸も持って帰れってことだよな?」
円滑なヒーロー活動には周辺への配慮が欠かせぬが、上の指示は現場に余計な苦労を強いる。ここぞとばかりに全身の筋肉が痛みをアピールし始めた。
クジラ輸送機の後部ハッチが開き、先客の姿が見えた。四件目を担当したアイドルヒーロー、カミカゼこと向井拓海。そして彼女をサポートする原田美世。
武装スーパーカーの奥に見えるものは、彼女らが仕留めたサイボーグイノシシ獣人の残骸であろう。
「ソレ積むんだろ? アタシがやる、どいてろよ」
「おう、助かる」
願ったりだ。黒衣Pは邪魔をせぬよう数歩下がった。カミカゼスーツを装着したままの拓海は、サイバー甲羅の残骸を軽々と持ち上げる。
廃車確定軽バンも詰め込まれ(無惨な姿に美世は卒倒しかけた)、黒衣Pもまた輸送機に乗り込んだ。洋子は? ……外だ。彼女はどこか遠くを見ていた。
「……プロデューサー、先に帰ってて! 私、ちょっと寄り道するからっ!」
「ア? おい、待グワーッ!」
洋子は走り出していた。背後のクジラ輸送機から聞こえた悲鳴は、後を追おうとした黒衣Pが倒れたか。もはや振り返らず、速度を徐々に増す。
699: 2016/02/03(水) 22:21:08.86 ID:OdbudYhc0
カエン索敵視界には、寄せ木細工めいて入り組んだ透明感のある赤と黄、そして黒ずんだ濃い桃色が映し出されていた。即ちヒーローと、色欲のカースドヒューマン。
次の瞬間、ヒーロー色が桃色に覆われて見えなくなり、洋子は己の判断が間違っていなかったことを知った。
カエン視界を朱色のジャベリンが無数に飛び去っていく。洋子自身もヒーロー脚力をフルに発揮し、投槍の群れを追って色の元へと向かった。
《ボウズ、そろそろ出しちまいたいンだけどよ》
「アー……ハイ、スンマセン、オッケーです」
スーツ内蔵の通信機から聞こえたダミ声に、黒衣Pはやむなく了承した。あまり長居をすると、ルナールとの間で厄介事が起こりかねない。
然り。この大噴水広場はルナール西支社ビルの敷地内であり、ルナール自社戦力の介入前に決着をつけられたのは実際幸運であったのだ。
「……流石に迷子にはなるまいが」
フォウフォウフォウフォウ……。キネシス能力による飛行は、エンジン音も不快な振動も生じない。黒衣Pはキャビン床に伏せったまま動けなかった。
洋子がいれば、多少は美世の気を逸らせただろうか? 背中に刺すような視線を感じながら、黒衣Pは相棒を無理にでも引き留めなかったことを後悔した。
--------------------
700: 2016/02/03(水) 22:23:57.54 ID:H+PnEL/o0
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アケグチの最期を見届け、イツキは腰に提げたヒョウタンの中身で口を潤した。良質なアルコールと薬効成分がケミカル反応を起こし、思考を加速させる。
賊軍は王軍を数で上回り、王城にまで迫りながらも攻めきれなかった。六戦士の各々が自ら王にならんと望み、互いに連携しなかったことが理由に挙げられよう。
だが、先の戦いが真の理由を明らかにした。焼かれて氏んだアケグチと、飛行機の中から氏臭を放っていたトホツグ。いずれも六戦士のツワモノであった。
(戦いの膠着は、賊軍最大戦力のうち二人が獣人界に不在だったから……それだけじゃない、戦力差から考えれば、六戦士の残り四人も人間界に来てるかも)
人間と協力しハイ・テックや能力者の力を借りようとするのは、王家を滅ぼした後を考えれば当然の判断だろう。イツキ自身、似たような理由でここにいるのだ。
人間界で六戦士をいくらか減らしておけば、獣人界に戻ってからの戦いも多少は楽になるだろうか? ……彼女の思考はそこで中断された。
その肉体は今や空中にあり、首と四肢には何らかの黒いヒモ状物体が巻き付いている。
(なっ、何これ!? 敵!?)
思索に耽り、気配に気付かなかったか? イツキはウカツを悔いた。得体の知れぬ黒い物体は泥めいた質感の割に強靭であり、力任せにすら引きちぎれぬ。
「イッヒヒ……ケモノ……ケモノ……ヒヒヒッ」
悪戦苦闘するイツキの目の前で、黒い泥が集まって人の形をとった。黒い人型はイツキの胸に顔を埋め、深呼吸するようなそぶりを見せた。
アケグチの最期を見届け、イツキは腰に提げたヒョウタンの中身で口を潤した。良質なアルコールと薬効成分がケミカル反応を起こし、思考を加速させる。
賊軍は王軍を数で上回り、王城にまで迫りながらも攻めきれなかった。六戦士の各々が自ら王にならんと望み、互いに連携しなかったことが理由に挙げられよう。
だが、先の戦いが真の理由を明らかにした。焼かれて氏んだアケグチと、飛行機の中から氏臭を放っていたトホツグ。いずれも六戦士のツワモノであった。
(戦いの膠着は、賊軍最大戦力のうち二人が獣人界に不在だったから……それだけじゃない、戦力差から考えれば、六戦士の残り四人も人間界に来てるかも)
人間と協力しハイ・テックや能力者の力を借りようとするのは、王家を滅ぼした後を考えれば当然の判断だろう。イツキ自身、似たような理由でここにいるのだ。
人間界で六戦士をいくらか減らしておけば、獣人界に戻ってからの戦いも多少は楽になるだろうか? ……彼女の思考はそこで中断された。
その肉体は今や空中にあり、首と四肢には何らかの黒いヒモ状物体が巻き付いている。
(なっ、何これ!? 敵!?)
思索に耽り、気配に気付かなかったか? イツキはウカツを悔いた。得体の知れぬ黒い物体は泥めいた質感の割に強靭であり、力任せにすら引きちぎれぬ。
「イッヒヒ……ケモノ……ケモノ……ヒヒヒッ」
悪戦苦闘するイツキの目の前で、黒い泥が集まって人の形をとった。黒い人型はイツキの胸に顔を埋め、深呼吸するようなそぶりを見せた。
701: 2016/02/03(水) 22:25:43.01 ID:12lMyB4a0
生温かい吐息に、イツキは全身をこわばらせた。発情を理性で抑制できぬ、単なる獣に等しい下賤の者を目の当たりにした時と同様の不快感がある。
「……ッ! 離してっ!」
「ダメ、駄目ダヨォ……オレ、ケモノ、ノ、オンナノコガ……ヒィーッヒヒ!」
黒い人型は極めて興奮状態にあった。イツキの腰や太腿を撫で回していた泥の手が分裂して無数の触腕と化し、好き勝手にその身体をまさぐり始めた。
イツキは過去の戦いの記憶を呼び起こそうとした。クモ獣人の粘着網、タコ獣人の締め落とし、クラゲ獣人の神経毒。彼女は全て打ち破り、血の海に沈めてきた。
だが今、牙も爪も無力。いずれ辱められ、誇りなき氏を迎えるのだろう。不快な快感に弛緩しつつある心身で、イツキはそれ以上考えられなかった。
「……ウッ! ……フウーッ……フウーッ……カワイイヨ、ケモノチャン……今度ハ中、中デ……アバーッ!」
恍惚じみた声が突如として絶叫に変わり、イツキを正気に引き戻した。猥褻存在の首から上がなく、その断面は朱色の炎を上げて燃えている。
一体何が!? 次いで不躾な触腕が爆ぜ、白い灰と化して散った。
「ヤメロ! オレノ邪魔アバーッ!」
再び悲鳴。身動きの自由を奪っていた黒いヒモ状物体が触腕と同じ運命を辿り、解き放たれたイツキは落下!
702: 2016/02/03(水) 22:27:39.36 ID:12lMyB4a0
見上げた鉛色の空を、朱色の光が横切った。イツキは首を動かし、朱色の動きを追う。獣人の動体視力は、舞台装置めいて空中を舞う女の姿を捉えていた。
猥褻存在が次々と繰り出す触腕は、女に届く前に空中で爆ぜ、灰となる。さらには黒い泥の本体らしき部位さえも次々と爆ぜ、黒ずんだ桃色の球体が露わとなった。
「……ハイイーッ!」
鋭いシャウトが遥か空高く飛ぶ猛禽めいて響き、女は投擲動作を終えていた。朱色の装飾剣が球体を砕き、黒い泥を焼き尽くした。
イツキは獣人特有の身体能力で姿勢制御、ウケミ回転により着地衝撃を極限に抑えた。すぐさま立ち上がろうとし、その場にへたり込んだ。
未知の敵への恐怖か、快楽の残渣か。彼女の下半身は未だに震え、力が入らぬ。正面に人影。イツキは顔を上げた。女が屈み込み、手を差し伸べていた。
猥褻存在を瞬く間に殲滅した、炎の能力者。その瞳に朱色の光は既になく、そして下着姿であったが、先ほどアケグチを討ったアイドルヒーローに違いなかった。
「プリミティヴ・バーニングダンサーです。間に合って良かった……けど、ヒーローじゃ……ない? ……あれ?」
バーニングダンサーを名乗ったアイドルヒーローは困惑しているように見えた。イツキは俯き、嗚咽した。もはや感情を抑えられそうになかった。
「……私は、ヒーローなんかじゃない……自分の身も守れないのに、民のために、王家のためになんて……これじゃ、エボニーレオにだって」
遅れてやってきた安堵、そして同時に突き付けられた己の無力に、イツキは打ちひしがれていた。目と鼻の奥が熱を帯び、視界が歪んだ。
一方のバーニングダンサー、洋子もまた動揺していた。どうやら己の言葉が、眼前の獣人の何かに引火してしまったらしい。こんな時にはどうしたら?
「……ごめんっ!」
今や眼前の獣人を形作るのは不穏に色数の多いマーブル模様であり、そして洋子は物事をあまり深く考えず直感的に行動する部類のヒーローであった。
洋子は獣人の女を抱き締め、マーブル模様の色数がいくらか減るまでそうしていた。ネオトーキョーのケミカル瘴気とは異質な匂いが心地よかった。
703: 2016/02/03(水) 22:29:50.86 ID:12lMyB4a0
……30分後! 洋子は獣人イツキを背負い、事務所への帰路を急ぐ。ひとまず信用を得たか、洋子はイツキから獣人界の現状を打ち明けられていた。
特に洋子が目をつけたのは六戦士の反乱だ。それは多分にイツキ自身の推測を含んでいたが、一連のオルトロス改造獣人事件と奇妙な符合を見せた。
(プロデューサー、もう帰ってるかな。この事件、解明にはイツキちゃんの力がきっと必要になる……)
そして、もう一つ。イツキの現時点での最優先目的、アイドルヒーロー・エボニーレオとの接触。……エボニーレオ。洋子も黒衣Pも、よく知る名だ。
相次ぐベテランの引退とニューカマーの台頭で若返り著しいヒーロー業界において、あるいは誰よりも彼女ら二人こそがエボニーレオを知るだろう。
とは言え洋子は、己の口からそのヒーローについて何かを言える気がしなかった。諸々の事情を複合的に考え、洋子はイツキを事務所に連れ込むことにしたのだ。
イツキに異論はない。不慣れな土地において、探索も戦いも上手くいかなかった。ヒーローが水先案内人を買って出てくれるなら、断る理由などない。
目を閉じると、ヒーローのうなじに触れた頬が熱く火照った。炎の能力者が生む熱であろうか? きっとそれだけではない、とイツキは自覚していた。
(センジン王も、エボニーレオに助けられた時はこんな気分だったのかな)
……イツキは不意に気恥ずかしさを感じ、それ以上の思考を打ち切った。洋子は事務所に帰り着くまでに、道を三回ほど間違えた。
704: 2016/02/03(水) 22:32:49.06 ID:H+PnEL/o0
#2
「……スウウーッ……フシュウーッ……」
壁際に鎮座するオーディオ機器から軽快なレトロ・ディスコナンバーが流れ、やや遅いリズムでプリンタが作動し紙を吐き出し続ける。
心地よい騒々しさに身を沈め、黒衣Pは二つのリズムの最小公倍数的ペースで深呼吸を繰り返す。
「……スウーッ……フシューッ……」
黒衣Pの対応は速かった。彼は事務所に戻るとすぐさまシロクマPと連絡をとった。今プリントアウトされているのはシロクマPから送られる改造獣人事件の資料だ。
同盟直轄の研究機関による報告書から、関連性を疑われる事件を扱った新聞記事のスクラップ、電脳空間に広まる噂話まで、もたらされる情報は広く、深い。
「スウーッ……シューッ……。……ヌウッ」
黒衣Pは目を開き、既に1センチの厚みに達した資料の束にゆっくりと手を伸ばした。(いいぞ)彼は安堵した。痛みはほとんど引いていた。
そのまま、上から一枚抜き取る。……獣人コミュニティ聞き取り調査の書き起こしだ。日付は一週間前。シロクマPが独自に行っていた調査と見えた。
(杞憂だったか? ……いや、シロクマP様サマだな)
黒衣Pは改めて感謝の念を抱いた。獣人が人間界で生きる市民としての資格を得て久しいが、彼らと多くの人間の間には未だに壁がある。
705: 2016/02/03(水) 22:34:36.86 ID:12lMyB4a0
例えるならドアやハシゴが設けられ、しかし同時に電流鉄条網やタケヤリ罠が仕掛けられた、越えるは容易いが致命的事態を招きかねない壁だ。
そうしたデリケート問題を解決するにあたり、獣人でありながら人間の荒くれヒーロー達と接し続けてきたシロクマPの知見は大きな武器となるのだ。
「『新年早々に猛獣の咆吼』『ケンカ? 一時期頻繁』『都会的でないニオイ』『ヒノワ・ストリート』『最近サル族が増えた気がする』……この辺りが臭うな」
現時点で、仮説は充分に立てられる。黒衣Pは目を閉じ、反ルナール行為に関わったサイボーグ獣人を思い起こした。
オオカミ獣人、ウマ獣人、ツバメ獣人、そしてイノシシ獣人とカメ獣人。いずれも一般市民では手出しできぬ……能力者ヒーローでも苦戦必至の相手だ。
では、同じ獣人ならばどうであろうか? 聞き取り調査で証言された『猛獣の咆吼』『都会的でないニオイ』が示すものは?
「……つまり、こうだ。ライオンかトラか、獣人界のタフな狩猟者がオルトロスと手を組み、強力な獣人の肉体を手に入れるために活動していた」
これはおそらく真相に極めて近い。彼のヒーロー直感とヒーロー推理力がそう告げている。後はこの説を裏付ける根拠が必要だ。
「それって、王子が悪事に加担してるってことですか?」
「どうだろうな。あるいは騙されたり、脅されたり。犯罪について言えば、ネオトーキョーは何でもござれだ……ア? 王子?」
706: 2016/02/03(水) 22:37:21.78 ID:OdbudYhc0
聞き慣れぬ声。黒衣Pは目を開いた。裸身にバスタオル一枚を巻いただけの見知らぬ女がデスクトップ情報端末に両手をかけ、身を乗り出していた。
後ろで一つに纏めたさほど長くない髪はオーカー色。その顔を注意深く見れば、産毛めいてうっすらと生えた毛が光を反射していることに気付くだろう。
視線を下げていけば、同様の薄毛は胸元や腕にも認められる。それら体毛の分布から、おそらくは何らかのサル種の獣人であると推測できた。
「……獣人? ……どちら様で?」
仕事の依頼か? 否、そもそも今は臨時休業中だ。玄関には施錠しており、部外者が入って来れようはずがない。
獣人の女は何か言おうと口を開き、それより早く今度は聞き慣れた声が彼の疑問に答えを与えた。
「イツキちゃん! そのカッコで出ちゃダメっ! 先にシャワーっ!」
事務所の奥、居住スペースに通じるドアが開き、洋子が現れた。イツキと呼ばれた女と同様のバスタオル姿だ。
「あっ、ただいま、プロデューサー。ちょっとイツキちゃんにシャワー貸しますね。終わったらお昼ごはん作るから」
洋子はイツキの手を引き、ドアの向こうに消えた。黒衣Pは時計を見た。11時少し前。メディテーションと頭脳労働に随分と時間をかけてしまったようだ。
プリンタは既に仕事を終え、厚さ1センチ半の紙束が残されていた。黒衣Pは大きく伸びをし、背中に残る引きつった感覚に顔をしかめた。
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707: 2016/02/03(水) 22:39:14.21 ID:OdbudYhc0
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事務所の一画、金のタテガミを持つ黒いライオンが描かれた衝立に仕切られた応接スペースは、にわかに人口密度を増していた。
天然木材と職人手製ガラスで構成された応接机の上には、シロクマPより受け取った資料の中から選りすぐられた特に重要そうな20枚。
机を挟んで向き合うソファのうち、玄関に背を向ける方に半ば飲み込まれるように座り、イツキは微妙な居心地の悪さを味わっていた。
「……アー、もう少し待っててくれ。何だったら、今のうちに資料にざっと目を通しておいてくれれば……グワーッ!」
イツキの向かいのソファにうつ伏せる黒衣Pは悲鳴を上げた。高浸透バイオ医療湿布を貼り終えた洋子が、彼の背中をバシッと無遠慮に叩いたのだ。
「オイ! もうちょっと優しく」
「これやらないと、なんか締まらなくないですか? さっ、イツキちゃん、始めよっ」
相棒の抗議を軽くいなし、洋子はイツキの隣に座った。黒衣Pも起き上がって座り直し、ヒーロースーツを着込んでいく。
イツキと協力関係を構築するに至ったいきさつは、治療行為の間に洋子から聞いている。事件の性質を鑑みて、黒衣Pは速やかに本題に切り込むことにした。
「エート、イツキさんだっけ。事情は大体わかった。まず、アイドルヒーロー・エボニーレオに関してだが」
イツキは思わず身を乗り出していた。黒衣Pは一瞬の躊躇の後、短く息を吸って口を開いた。
事務所の一画、金のタテガミを持つ黒いライオンが描かれた衝立に仕切られた応接スペースは、にわかに人口密度を増していた。
天然木材と職人手製ガラスで構成された応接机の上には、シロクマPより受け取った資料の中から選りすぐられた特に重要そうな20枚。
机を挟んで向き合うソファのうち、玄関に背を向ける方に半ば飲み込まれるように座り、イツキは微妙な居心地の悪さを味わっていた。
「……アー、もう少し待っててくれ。何だったら、今のうちに資料にざっと目を通しておいてくれれば……グワーッ!」
イツキの向かいのソファにうつ伏せる黒衣Pは悲鳴を上げた。高浸透バイオ医療湿布を貼り終えた洋子が、彼の背中をバシッと無遠慮に叩いたのだ。
「オイ! もうちょっと優しく」
「これやらないと、なんか締まらなくないですか? さっ、イツキちゃん、始めよっ」
相棒の抗議を軽くいなし、洋子はイツキの隣に座った。黒衣Pも起き上がって座り直し、ヒーロースーツを着込んでいく。
イツキと協力関係を構築するに至ったいきさつは、治療行為の間に洋子から聞いている。事件の性質を鑑みて、黒衣Pは速やかに本題に切り込むことにした。
「エート、イツキさんだっけ。事情は大体わかった。まず、アイドルヒーロー・エボニーレオに関してだが」
イツキは思わず身を乗り出していた。黒衣Pは一瞬の躊躇の後、短く息を吸って口を開いた。
708: 2016/02/03(水) 22:40:56.04 ID:H+PnEL/o0
「エボニーレオは引退した。今から一年ほど前だ。奴はもう誰の力にもなれない」
獣人の瞳に失望の影が差した。だが彼女は首を横に振ってそれを払いのけると、決然たる眼差しを黒衣Pに向けた。
「私の決意は変わりません! ヨーコちゃんとエボニーコロモさんが追っている事件、その先に王子がいるかも知れないなら、立ち止まるわけには!」
「よかろう」
黒衣Pは頷いた。イツキの覚悟は本物であろうか。もはや遠慮だの気配りだのは単なる時間の浪費だと彼は判断した。
「さっき言ってたな、王子が悪事に加担してるのか、と。六戦士だの反乱だのの話を聞いて確信できた。王子はクロだ」
「……ッ」
イツキは俯き、唇を噛みしめた。敬愛する王子が、遠く人間界でお尋ね者になり、獣人界の恥となるというのか?
王家への忠誠心と獣人としての誇りがせめぎ合う。膝の上で握った手に、肉を抉り潰さんとするほどの力がこもった。
あるいは自らが王子を討たねばならぬ時が訪れるのだろうか? だとしたら、何のために人間界へ? 獣人界の民はどうなる? ほんの数十秒前の決意が、既に揺らいでいた。
709: 2016/02/03(水) 22:42:52.30 ID:OdbudYhc0
……ふと、イツキは手の甲に熱を感じた。いつの間にか重ねられた洋子の手から伝わる体温だ。静かに深呼吸し、顔を上げた。黒衣Pの声。
「と言っても、この件は被害者が揃いも揃って住民タグ無し。要するに、ネオトーキョーに……いや、人間界に存在しない連中ッてことだ」
「……つまり?」
「闇から闇へ。王子はこっちのルールじゃ裁けん。こんな案件じゃ警察も動きたくないだろうさ。巻き添えで市民の一人も氏んでりゃ、こうもいかなかった」
イツキは安堵しかけたが、エボニーコロモの険しい眼光はむしろここからが重大事であると暗に語っていた。
実際、肝心の王子の居場所をイツキは知らされていないのだ。
「それじゃ、ちと確認だ。現時点で討伐したサイボーグ獣人はオオカミ、ウマ、ツバメ、イノシシ、カメ。うちイノシシとカメは六戦士と同一人物だった」
「はい。アケグチもトホツグも、機械の体になってもニオイが残ってました」
「……そして他の三体についても、同種族の獣人が六戦士の中にいる。偶然じゃなく、同一人物と考えた方が自然だ」
イツキは無言にして肯定。ここまでの見解は双方で一致している。
「長らく人間界で過ごしていた王子が獣人界の政情不安を知っていたとは考えにくい。おそらく獣人界から来たガイド役がいるはずだ」
「それがサル獣人ですか。確かに、知恵が回る者たちです。王子の危機感を煽り、六戦士を始末させようとそそのかしたのかも」
イツキは机上の紙を一枚、手に取った。シロクマPによる聞き取り調査結果だ。そこに記された全てがヒントであったのだ。何たる敏腕か!
710: 2016/02/03(水) 22:44:31.79 ID:H+PnEL/o0
「現状、サイボーグ体を確認できていないのはヘビ獣人だけだ。ソイツを見つけ出してマークする。王子は絶対に現れる」
「ヘビ族のヤミヅチは狡猾で慎重な男です。王子と真っ向やり合わない限り、まず氏ぬことはないでしょうね」
イツキも同意。だが、まだ不足。そもそもどうやってヤミヅチを見つけ出すのか? 遥かに目立つライオン獣人さえ、彼女は見つけられなかったのだ。
「……ヒノワ・ストリート。協力者の知性が高いなら、王子に有利なキリングフィールドを拵えて獲物を誘い出すこともできるだろう」
シロクマPの調査では、猛獣のケンカめいた咆吼に関する証言はヒノワ・ストリート一帯に集中していた。十中八九間違いない。
イツキもまた確信。そして同時に湧き上がった不安を吐き出した。
「もし、とっくにヤミヅチが仕留められていたら? 王子に繋がる手がかりも全部なくなって……」
「……オルトロス機関は強欲で無慈悲だ。ヘビ獣人を仕留めたら、王子を見逃しはしないだろう。無論、そのための準備も欠かすまい」
神出鬼没たるオルトロス機関の拠点を、黒衣P達は未だ掴めていない。それはすなわち、最悪の可能性を示唆している。
もし王子が捕らえられれば、サイボーグと化してルナールへの攻撃を始めた時こそが彼を連れ戻す最初で最後のチャンスになるであろう。
「大丈夫! 私が見つけるよっ!」
難しい話はあまり得意でないため黙っていた洋子であったが、彼女が不意に発した声はシリアスに傾きすぎた空気を振り払った。
黒衣Pはやがて笑い出した。そうだ、おあつらえ向きの能力が洋子にはある。かつて彼を失意と堕落から救い、今日イツキの純潔を守った力だ。
「……ハハハッ! ……そうだったな! それじゃ洋子、頼めるか?」
「任せて! バーニングダンサー、これより協力者とともにヒノワ・ストリートの探索に向かいます!」
洋子は小ぶりなリュックサックを掴み、玄関を飛び出していった。イツキも後に続いた。事務所の中には黒衣Pただ一人。
711: 2016/02/03(水) 22:46:35.62 ID:12lMyB4a0
ヒノワ・ストリートは常人の三倍の脚力を持ってしても遠い。『二代目』の喪失がこうも響くことになるとは。
黒衣Pにはさらに懸念がある。オルトロスがヘビ獣人のみならず王子をも確保するつもりであるとして、その手段とは? 考え得る答えは一つだ。
オルトロスに与する獣人は、サル獣人以外にもいる。ヘビ獣人と戦い消耗した王子を倒す程度には強く、改造素体にされない程度の上役が。
「王子を助けられなくても、ソイツをインタビューしてオルトロスの機密を聞き出すことはできるか……?」
助けられなくても。然り、最悪の事態は想定しておかねばならぬ。黒衣Pは『代表』ホンゴエ・タコシとの通信回線を開き、本部倉庫の開錠権限を得た。
……ババババババババ……ヘリのローター音が徐々に近づき、事務所ビルの真上で最大になった。通信端末に着信……シロクマPだ。
「何から何まで世話になる……トゥオーッ!」
黒衣Pは窓から飛び出し、ヘリコプターより垂れ下がる縄梯子を掴んだ。間に合うチャンスがあるなら急がねばなるまい。
シロクマPによれば、獣人コミュニティ内部で調査を継続中のエージェントがヒノワ・ストリートで不穏な兆候を捉えたという。
カモフラージュ襤褸布を被り屋根の上に展開する複数サル獣人。不自然に封鎖されたストリート。……準備だ。戦いの。少なくとも今、王子は生きているのだ。
712: 2016/02/03(水) 22:48:39.54 ID:12lMyB4a0
#3
暗黒経済都市ネオトーキョー。煌びやかで喧しいメインストリートから一歩脇道に逸れれば、そこは闇と湿度と静寂が支配する裏通りだ。
ヒノワ・ストリートもそうした退廃通りの一つで、軽自動車が辛うじてすれ違える程度に狭い道を挟んでシャッター閉鎖店舗が並ぶ。
歪にへしゃげたシャッターと枠だけになったショーウィンドウをくぐり、氏にかけた街灯の点滅は夜逃げ廃墟と化した家具屋の展示フロアに届いていた。
「キングサイズ」「セール対象外」のラベルが貼られた高級ベッドに腰掛け、ライオン王族の王子シャキョウは尊大な態度を崩さない。
「貴公と郎党のおかげで、王家は……いや、獣人界は、最悪の事態を迎えずに済んだ。その功に報いて、何か褒美をとらせようと思うのだ」
「滅相もございません。数多の同胞が危機に晒されているとあっては、知らぬフリなど私にはできなかった。それだけのことです」
同胞。然り、アサミ=ロイを名乗るこの初老の男も獣人であり、郎党たるサル獣人達を率いて王子と接触したのは昨年の暮れのことであった。
白髪白ヒゲのアサミ=ロイは、王子の御前に跪き頭を下げている。敬意と自尊心を併せ持つ凛々しい姿は、気高き王子の気分をとても良くした。
「貴公のごとき知恵者こそ、獣人界には必要なのだ。国賊どもに知性があれば、此度の戦乱を招かずに済んだ。獣人界も、我々自身も変わらねばなるまいな」
王子はアサミ=ロイの背後を見やった。サル獣人達が慌ただしく行き交い、ヘビ獣人ヤミヅチの太く長い氏骸を運びやすく分割する作業に汗を流す。
713: 2016/02/03(水) 22:50:56.31 ID:OdbudYhc0
ヤミヅチを仕留めたのはシャキョウ自身だ。それだけではない。六戦士すべて、彼が頃した。そのためにアサミ=ロイが欠かせぬ役割を果たした。
アサミ=ロイは王子をネオトーキョーに呼び、獣人界の危機を知らせた。同時に六戦士をネオトーキョーに誘き寄せ、王子との戦いの場を整えた。
王子は逆賊を討ち果たし、あとは獣人界に凱旋して王位を継ぐのみ。王子はアサミ=ロイに名誉ある地位を与えようとしたが、彼は無欲じみて辞退した。
「貴公はつくづく変わった男よな。我々は授かりし命が短い。故にモノであれ地位であれ、褒美は遠慮せぬというのに」
「私には時間がありますからな。今でなくとも、あと一世紀も待てば望むもの全てが手に入りましょう」
街灯が点滅し、二人を照らした。アサミ=ロイの目は虚無あるいは無限遠の宇宙めいて暗く透き通り、王子を見ていないかのように思われた。
シャキョウは言い表せない不安に駆られた。一世紀待つ? 獣人どころか、アサミ=ロイほどの年齢であれば人間でも望めぬことだ。この男は、何を、どこを見ている?
氏骸を積み終えた幌付きトラックがしめやかに発進し、エンジン音はやがて静寂に溶けていった。アサミ=ロイはゆっくり立ち上がった。
「王子、申し訳ないが、凱旋はキャンセルしていただく。……キキャアーッ!」
アサミ=ロイは突如、甲高いシャウトを発した! 鼓膜を突き抜け脳に刺さるようなそれは、僅かの間シャキョウの筋肉を異常振動させ、動きを封じた。
714: 2016/02/03(水) 22:52:46.01 ID:12lMyB4a0
ライオン獣人の第六感は、眼前で膨れ上がる殺気を悪霊のシルエットとして知覚した。
白髪白ヒゲの獣人はジャケットを脱ぎ捨て、シャツの袖を引きちぎり、剥き出しのダイコンめいた腕からストレートパンチを放つ態勢に入っていた。
「何をッ……ゴアアオオオオーッ!」
王子は獣と化して咆吼、逆位相の振動で肉体の自由を取り戻し、ストレートパンチで応えた。重い衝撃が空気を伝って建物を揺らし、カビ臭い埃が舞った。
「何の、つもりだ……ッ!」
王子は拳を押し返しながら立ち上がり、アサミ=ロイを睨んだ。白い獣人の空虚な目には今や金色の光が灯り、煌々と輝いていた。
伸びた白髪と白ヒゲに半分以上覆われたその顔は、古の時代に高僧のバウンサーとして西に旅立った白サルのごとく神々しい。
王子と拳を突き合わせる剛腕には、細く黒い縞模様。サルの顔に白タイガーの腕? 然り、幻獣人の一種たるヌエ獣人こそ、アサミ=ロイの正体に他ならぬ!
「驚いたかね? 別に、呪術だの妙薬だのとは関係ない、生まれついての私の腕さ。だが、キャアーッ!」
ヌエ獣人は拳を合わせた状態から瞬時に王子の右拳を掴み、グイと引っ張り上げた。筋肉量が多く見た目以上に重いライオン獣人の肉体が軽々と宙を舞った。
「グワーッ!」
王子は背中から床に激突! 追撃のトーキックをネックスプリングひねり跳躍でかろうじて回避し、バック転で距離をとった。
715: 2016/02/03(水) 22:54:37.98 ID:12lMyB4a0
「だが、獣人界にいる限り、この腕のせいで私の力は認められることがなかった。呪わしい何かと見なされ、王位継承の決闘すらも許されず」
「獣人界を恨み、憎んでいるのか!? 僕が帰らなければ戦乱は止まらず、滅びるまで続くと!? 僕に六戦士を殺させたのも!」
「キイーッ!」
「グワーッ!」
直撃ならば胸板どころか肋骨まで引き剥がしていたであろうアッパースイングをヌエ獣人は易々と見切り、スウェーめいて浅く仰け反って躱す。
同時にガラ空きの右脇腹へニーキックを打ち込むと、王子は血を吐きながらよろめいた。獣人のタフネスをも上回る一撃!
おぼつかない足もとを追撃ローキックにあえなく刈られ、王子は再び天井を見た。無慈悲なストンピング。肋骨の砕ける音が響いた。
「ARRRRRGH! アッ……アバッ……ゴボッ……」
「王の座も獣人界も、実際どうでも良いのだ。己の正体を、幻獣人概念を知って以来、私の居場所はこちらだ」
「アバッ……人間界を、支配……しようと」
「少し違う。私はステキな居場所をもっと快適にしたいだけさ。新しい知識、美味い食事、垢抜けた女。計画が軌道に乗れば、私はもっと楽しい」
716: 2016/02/03(水) 22:57:41.97 ID:H+PnEL/o0
ヌエ獣人は無邪気に笑った。シャキョウは今や己を待つ運命を理解していた。胸を踏み押さえる脚から逃れようともがくが、抵抗する力はなかった。
「本命は君だった。これまでの改造獣人で集めたデータは全て君のためのものだ。陸海空を統べる、真の意味での百獣の王となりたくはないか?」
「……百獣の……王、聞こえはいいが、結局は僕を……ただの獣としか、思……ていない……ようだな……飼い猫など……ゴホッ、お断り、だ……アバッ」
王子は血の泡を吐きながら拒絶。ヌエ獣人は何も言わず、王子の顎につま先を打ち込んだ。瀕氏のライオン獣人は白眼を剥いて動かなくなった。
王子にして最強の戦士といえど、所詮は獣人。獣を超え、人を超え、獣人をも超えた幻獣人にとっては実際猫と同程度。獣を説き伏せようなど無駄であったか。
早く帰って一杯やるとしよう。アサミ=ロイはジャケットを拾い上げ、小脇に抱えて家具屋を出る。アリめいて王子を運ぶサル獣人たちが後に続いた。
……その時である。KABOOM! 彼方から何らかの爆発音! ヘビ獣人を載せたトラックが去った方向だ。アサミ=ロイは目をこらした。炎と黒煙を上げるトラック。
「馬鹿め、運転をしくじりおったか」
否、あり得ぬ話だ。彼自身が信頼し、運転手の任を託した配下。これまで同様、しくじるはずはないのだ。……これまで同様、邪魔が入りさえしなければ。
アサミ=ロイは咄嗟にブリッジ回避! その判断は適切であった。直後、朱色の熱風が吹き荒れ、彼の上半身があった空間を灼いた。
白き獣人は油断なく身体を起こし、低く身構えた。配下のサル獣人達はことごとくが冷たい路面に倒れ伏していた。そして、頭上から声。
717: 2016/02/03(水) 22:59:59.86 ID:12lMyB4a0
「プリミティヴ・バーニングダンサーです。迷惑な企み、ここで終わらせるよ!」
「アイドルヒーロー……嗅ぎつけおったか。だが、キキイーッ!」
「あッ!?」
ヌエ獣人はジャケットの金ボタンをむしり取ると指で弾いた。狙いは非常階段踊り場の踊り子ではなく、彼の背後をしめやかに走り抜けんとしたもう一人!
金ボタンはイツキの額をざっくりと切り裂いた。彼女に獣人の危機察知能力がなければ、今頃は左右側頭部から脳をこぼして氏んでいたであろう。
イツキは奥歯を噛み締め、数歩後ずさった。王子は見るからに重篤ダメージを負っており、長くは保つまい。早急にヌエ獣人から引き離さなければ。
「ハイーッ!」
バーニングダンサーが跳躍、その手に聖炎の扇を生み出し、猛禽めいて襲いかかる! ヌエ獣人は僅かに上半身を捻り、危険なコンドルキックを回避!
踊り子は着地と同時に回転、瞬く間に恐るべき炎の殺人独楽と化す! 握る炎扇は今や二振りの装飾剣に形を変え、ヌエ獣人を上下に分断せんと迫る!
「子供だまし! キヤーッ!」
「えっ」
バーニングダンサーは目を疑った。炎の刃はヌエ獣人に届かなかった。白き獣人は衛星じみて自らも回転しつつ、高速ステップで踊り子の周囲を旋回していた。
718: 2016/02/03(水) 23:01:53.66 ID:H+PnEL/o0
ヌエ獣人の拳がバーニングダンサーの胸の中心を捉え、軽く突いた。一呼吸の後、踊り子の胸と背が爆ぜ、彼女は血肉を撒き散らしながら吹き飛んだ。
間髪を入れず、ヌエ獣人は再びイツキに牽制の金ボタン投射。だが、ボタン弾は空中で炎に包まれ、灰と化した。
「……なんと。これで氏なぬか」
ヌエ獣人は驚嘆した。踊り子は赤ペンキで「米」と書かれたシャッターから身を剥がし、再び立った。胸と背中から朱色の炎が噴き出し、傷を焼き塞ぐ。
「ステージの途中でよそ見されるのって、けっこう傷つくんですよ!」
「ならば、もっとマシな芸を見せよ」
ヌエ獣人の挑発にもバーニングダンサーの心は乱れなかった。唯一にして最大の問題は、火力が上がらないことだ。
サイボーグカメ獣人にカースドヒューマン、朝からの連戦で思った以上に力を消耗していたらしい。クトゥグアの力は使えぬ。
どこまでやれる? 洋子は考えないことにした。視界の端で、イツキは王子のもとへたどり着いていた。もうひと頑張りだ。王子を多少とも安全な所へ。
踊り子は小さく息を吐き、バーニングダンスの構え。鮮血めいて赤い炎が、足元で渦を巻いた。
719: 2016/02/03(水) 23:03:31.52 ID:OdbudYhc0
#4
踊り子の決氏の攻撃は苛烈さを増し、ヌエ獣人を釘付けにする。火の粉や瓦礫の雨をかいくぐり、イツキは辛うじて王子のもとへたどり着いた。
……何たる獣人界最強の戦士にして蛮王の血を引く証、強靭な生命力であろうか。王子は既に意識を取り戻し、何やら口をパクパクと動かしていた。
イツキは獣人の聴力を研ぎ澄ます。弱々しくかすれ、しかし断固とした声が、彼女を叱っていた。
「ぼくが、あれしきで氏ぬものか……それより、さっさと、あの火の戦士を、たすけに行け……!」
「王子……ッ! はい、仰せの通りに……!」
イツキは手の甲で涙を拭い、頷いた。王子が生命の火を取り戻した今、彼女の心を乱すものは何もない。
ヒョウタンの中身をグイと呷る。灼熱が喉の奥に流れ込み、イツキの顔は……否、顔のみならず全身が、紅潮というには赤すぎるほどに色を変えた。
イツキは着衣を脱ぎ捨てた。産毛めいた薄毛が瞬時に伸びてオーカー色の毛皮と化し、裸の胸元を、腰周りを、四肢をフサフサと飾った。
……遂に膝をついたバーニングダンサーに断頭チョップを繰り出さんとしていたヌエ獣人は、ただならぬ圧力を感じ、トドメを断念した。
720: 2016/02/03(水) 23:06:20.86 ID:H+PnEL/o0
振り返りもせず左の裏拳、砲弾めいて飛来するヒョウタンを粉砕! ……だが、
「グワーッ!?」
ヒョウタンは砕け散りながらもヌエ獣人の左拳を完全に破壊し、へしゃげた肉と骨の混合物体に変えていた! 恐るべき投擲スピード!
「バカナ! チンケなオランウータン獣人風情が……いや、違う! 馬鹿な、こんなことが……!」
ヌエ獣人は目を見開いた。獣人の女は光沢ある体毛に肉体の赤を映した緋色を纏っていた。
だが、何たることか! 彼女の赤ら顔は緋色で飾られ、閉じきらない口から牙が覗いているものの、顔立ちは人間そのものに他ならぬ! 奇怪!
「……そうか! 私は知っているぞ……幻獣人……ショウジョウ獣人ッ!」
ヌエ獣人は牙を剥いて威嚇! 初めて遭遇した己に比肩し得る存在、彼の特別性を突き崩さんとする存在を、本能的に恐れたのだ。
ショウジョウ獣人イツキは意に介さず、肩で息をする満身創痍の踊り子の前で屈み、手を差し伸べた。
「ありがとう、ヨーコちゃん。もう大丈夫、私も一緒に戦う……一緒に踊るよ!」
洋子はイツキの手を掴み、立ち上がる。そして踊り子と獣人の戦士は拳を突き合わせ、どちらからともなく笑いあった。
721: 2016/02/03(水) 23:08:30.85 ID:H+PnEL/o0
「構わぬ! 所詮小娘が二匹! 生きてきた歳月も、戦の経験も、私の足下にすら! キッキャーッ!」
イツキの背後よりヌエ獣人! 己のアイデンティティー崩壊を前に気取る余裕なし! 捨て去ったはずの野性を剥き出しにした暴力がみなぎる!
白タイガーの腕がプレスマシンめいて二人を叩き潰さんと迫る! ……だがその時、KABOOM!
「グワーッ!?」
ヌエ獣人はイツキの肩越し、踊り子の右眼に弱々しくも残る赤い光を見た。直後、彼は爆炎に飲まれた!
先ほど破砕したヒョウタンの中身、獣人界に口伝のみで遺されし霊験あらたかな薬酒が踊り子の聖炎と神秘的反応を起こし、その火力は今や10倍近い!
そして、勇敢なるサーカスライオンめいて炎をくぐり飛び込んできたショウジョウ獣人が、白き獣人を無慈悲なインファイトに引きずり込んだ!
「小細工を……ッキャアーッ!」
「キィヤーッ!」
「グワーッ!」
イツキの右ストレートパンチが速い! 僅か一瞬に三打放たれた拳は、ヌエ獣人のチョップ右腕を弾き、ガード左腕を折り、無防備な鼻を砕いた!
722: 2016/02/03(水) 23:11:02.18 ID:H+PnEL/o0
「構わぬ! 所詮小娘が二匹! 生きてきた歳月も、戦の経験も、私の足下にすら! キッキャーッ!」
イツキの背後よりヌエ獣人! 己のアイデンティティー崩壊を前に気取る余裕なし! 捨て去ったはずの野性を剥き出しにした暴力がみなぎる!
白タイガーの腕がプレスマシンめいて二人を叩き潰さんと迫る! ……だがその時、KABOOM!
「グワーッ!?」
ヌエ獣人はイツキの肩越し、踊り子の右眼に弱々しくも残る赤い光を見た。直後、彼は爆炎に飲まれた!
先ほど破砕したヒョウタンの中身、獣人界に口伝のみで遺されし霊験あらたかな薬酒が踊り子の聖炎と神秘的反応を起こし、その火力は今や10倍近い!
そして、勇敢なるサーカスライオンめいて炎をくぐり飛び込んできたショウジョウ獣人が、白き獣人を無慈悲なインファイトに引きずり込んだ!
「小細工を……ッキャアーッ!」
「キィヤーッ!」
「グワーッ!」
イツキの右ストレートパンチが速い! 僅か一瞬に三打放たれた拳は、ヌエ獣人のチョップ右腕を弾き、ガード左腕を折り、無防備な鼻を砕いた!
723: 2016/02/03(水) 23:12:29.21 ID:H+PnEL/o0
だがヌエ獣人の闘争本能が敵を即座に分析する! 速いが、一撃の重さは彼が遥かに上。攻撃を受け止め、抱え込んで全身の骨をへし折るべし!
「キィヤーッ!」
彼の狙い通り、ショウジョウ獣人は再び肉薄! 繰り出されるのはパンチではなく掌打! 瞬間三度の打撃が彼の顎、肺、心臓を打つ! だが!
「グワーッ非力! 私のタフネスを見誤ったな!」
ヌエ獣人はキアイで耐え、ショウジョウ獣人の細い腕を掴む! スピードを重点した戦士は腕一本失うだけで手数が減り致命的!
ショウジョウ獣人の顔に、怯えの色が……ない! ヌエ獣人の一瞬の戸惑いの間にショウジョウ獣人は炎と化して消えた! 幻覚であったか!? 眼下に本体!
「キィヤーッ!」
「ARRRGH! バカナ!」
再び顎に掌打、今度は一撃に三倍のパワー! ヌエ獣人の歯が数本まとめて飛び、彼はノイズ明滅する視界にほとんど全裸に近い踊り子を捉えた。
「これは……貴様のッ……!」
バーニングダンサーは悪戯っぽく笑うとサムズアップし、力尽きてへたり込んだ。ヌエ獣人は踏みとどまり、その狙いを踊り子に向ける! 右腕を振り上げ、
「ARRRRRRGH!」
彼方よりの飛来物が彼の右腕に立て続けに命中……狙撃だ! 右腕は未だそこにあるが重度の麻痺により指一本動かぬ! 暴徒鎮圧用重ゴム弾!
724: 2016/02/03(水) 23:14:46.88 ID:OdbudYhc0
ようやく復帰した彼の視界にはムチめいてしなる緋色! もはや認める他なかった。彼は、負けたのだ。ヌエ獣人はゆっくりと崩れ落ちた。
彼は老獪であったが、己と同等の存在と真正面から戦った経験はなかった。それはショウジョウ獣人も同じであったか。ならば勝敗を決めたのは……。
「若さ……熱……そうだな……私は半端者だったのだ。もはや楽園も……」
ヌエ獣人の危機に、周辺ビル屋上に控えているはずのサル獣人達は動かぬ。見捨てられたのではなく、狙撃手の仕業であろうことが救いだった。
女が二人、横たわる彼を覗き込んでいた。どちらも裸で、人間の姿をしていた。
「……トドメはどうした? ……まだ、その柔肌と臓物を食いちぎるだけの力は……ある……」
「そのつもりだったんですけどね。……オルトロスの話を聞きたがってる人がいるから。それに、王子も生きてた」
「……なるほど。だが、こうも醜態を晒した以上、私の命は長くない。……何も話す時間はないよ」
アサミ=ロイの言葉は偽りではなかった。彼の心臓の位置に奇怪な紋様が浮かび、赤い炎が燃え上がった。
炎に身体の中心から焼かれながら、アサミ=ロイは己の右眼を抉り出した。金の眼光を放つサイバネ・アイだ。
「私が見届けた、王子の勇姿……。私は弱い。獣人界の争いも、結局は便乗しただけだった。これで力を、正当性を示せ……さすれば争いは……」
王子シャキョウはアサミ=ロイの傍らに跪き、サイバネアイを受け取った。自らを手酷く痛めつけた敵に、彼は深々と頭を下げた。
「こちらで最後に出会えたのが貴公で良かった。僕は一生、貴公に勝てない。いつまでも、僕の慢心を戒め続けてくれ」
「……光栄だ、王子。獣人を……獣人界を……変え……」
最後まで言いきることなく、白き幻獣人アサミ=ロイは白き灰と化して散った。後に残った三つの花弁を持つ炎の花めいた紋様も、やがて消えた。
『……!』奥底でヒノタマが何か叫んでいたが、洋子にはその声を拾い上げるほどの力は残っていなかった。
仰向けに倒れ込んだ洋子を、イツキが抱きかかえた。降り出した冷たい雨の中、二人は互いの熱を感じていた。
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725: 2016/02/03(水) 23:16:26.94 ID:12lMyB4a0
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アンチマテリアルスマートガンのスコープの中、ヌエ獣人は燃えて氏に、三人だけが残った。エボニーコロモは小さく呟いた。
「……人知れず暗躍し、人知れず氏に、忘却にすら知られることなし」
「キキッ。ポエット」
その足下でスマキにされ転がるのは、ヘビ獣人運搬トラックのドライバーだったサル獣人だ。彼はからかうように笑い、続けた。
「良かったのかよ、ボス氏んじまったぜ? オレはただウマい飯で雇われた下っ端よ、アンタの欲しがるような情報なんてないゼ」
「良いワケないだろ、これでオルトロスはまた遠くに行っちまった。……けどな」
黒衣Pはそれ以上何も言わなかった。サル獣人は彼を見上げ、無関心めいて欠伸した。
オルトロスの手掛かりを得られなかったのは残念だ。だが、獣人界を担う王子の命は守られ、人間界に住まう獣人達にも平穏が戻った。今はそれでいい。
……いや。黒衣Pは大切な用事を思い出していた。旧き友への見舞いの品を、獣人の王子に言づけておかねばなるまい。
アンチマテリアルスマートガンのスコープの中、ヌエ獣人は燃えて氏に、三人だけが残った。エボニーコロモは小さく呟いた。
「……人知れず暗躍し、人知れず氏に、忘却にすら知られることなし」
「キキッ。ポエット」
その足下でスマキにされ転がるのは、ヘビ獣人運搬トラックのドライバーだったサル獣人だ。彼はからかうように笑い、続けた。
「良かったのかよ、ボス氏んじまったぜ? オレはただウマい飯で雇われた下っ端よ、アンタの欲しがるような情報なんてないゼ」
「良いワケないだろ、これでオルトロスはまた遠くに行っちまった。……けどな」
黒衣Pはそれ以上何も言わなかった。サル獣人は彼を見上げ、無関心めいて欠伸した。
オルトロスの手掛かりを得られなかったのは残念だ。だが、獣人界を担う王子の命は守られ、人間界に住まう獣人達にも平穏が戻った。今はそれでいい。
……いや。黒衣Pは大切な用事を思い出していた。旧き友への見舞いの品を、獣人の王子に言づけておかねばなるまい。
726: 2016/02/03(水) 23:19:51.55 ID:OdbudYhc0
エピローグ
軽快なレトロ・ディスコナンバーも、今や黒衣Pの閃きに何ら刺激を与えることはない。それは一枚の紙を挟んで彼と向かい合うイツキも同じことだ。
イツキは獣人界に帰らなかった。王子シャキョウが忠臣に褒美を与えんとしたとき、彼女は人間界での武者修行を望んだのだ。
王子はそれを拒めなかった。そもそもイツキが人間界を、ヒーローを知ることになったのも、彼が人間界にいたからだ。全ての原因は彼にある。
王子は単身、獣人界へ凱旋した。イツキは改めてアイドルヒーロー契約を望み、洋子も黒衣Pも歓迎した。……そして一週間が過ぎた。
「洋子、そっちはどうだ? ……洋子?」
返事はない。頭を使うことが苦手な洋子は友のため果敢に戦い、力尽きたのだ。応接机に突っ伏し微動だにせぬ彼女の周りには、何冊もの辞書が積まれている。
ヒーローネームはヒーローとしての己を定義しプライベートを隠すヴェールとなる、アイドルヒーローにとって能力やコスチューム以上に欠かせぬものだ。
故に余程の事情なく変えることがないよう、その命名には何より注力する必要がある。
現役時代の名を変えて別人となった黒衣P、野良時代の名をそのまま使用している洋子。二人はゼロからの命名が如何に困難か思い出していた。
「ショウジョウ……緋色……スカーレット……? ……うーん」
イツキも二人以上に頭を働かせながら、己を定義するものを見つけられぬ。王家の忠臣であった頃はそれでも良かった。必要なもの全てが与えられていた。
今は。イツキは理解している。一人の戦士として、ヒーローとして立つために、乗り越えねばならぬ試練だ。
登録書類の残る空欄はヒーローネームだけだ。だが、明日31日までに提出できなければ処理が遅れ、最悪の場合デビュー戦が数週間延期となるだろう。
727: 2016/02/03(水) 23:22:50.39 ID:H+PnEL/o0
……その時である。BEEP! 玄関の呼び出しブザーが福音めいて鳴った。洋子が身体を起こし、黒衣Pを見た。
「ドーモスミマセン、小包です」
配達員の青年は、事務所の中に漂う重苦しい雰囲気に耐えかね、早々に退散した。辞書を脇に追いやった応接机の上で、小包は開封された。
中身は封書と何らかの布めいた物体だ。黒衣Pは封書を手に取った。癖が強いが人間界の文字。ライオン獣人の王子、シャキョウの手紙だ。
……獣人界の戦乱は、思わぬ形で終結したという。旧友からの見舞いの品を見た蛮王はたちどころに活力を取り戻し、民の前に堂々たる姿を現したのだ。
王軍、賊軍、市民全てがその威光に平伏し、王子の出る幕はなかった。
「もう、獣人界で不要な血が流れずに済むんですね」
イツキが涙ぐんだ。蛮王の治世は少なくとも五年は続くであろう。その間に王子は王の何たるかを学び、王位継承を滞りなく行うため力を蓄えるという。
「『彼の者の忠誠と武勇は全ての者が認めるところである。更なる活躍を祈り、王家より餞別を贈る』だとさ。そのモコモコはイツキのだな」
「何だろ、見せて見せて!」
二人に促され、イツキは布めいた物体を広げた。長い。およそ二メートルはあろうかというそれは、黒や茶色が入り混じった毛皮だ。
洋子は毛皮をイツキの首に巻き、満面の笑みを浮かべた。
「ふふっ、似合うよイツキちゃん! なんか、王様? 女王様? みたいな……あっ!」
洋子は啓示を受けた預言者のごとく辞書の一冊を掴んだ。パラパラとページをめくり、筆ペンを短冊に叩き付ける。
「……獅子の女王『リオンレーヌ』……どうかな、イツキちゃん!」
「……リオン、レーヌ……リオンレーヌ!」
イツキは噛み締めるように繰り返した。獅子の女王。その名に恥じぬヒーローになれるか? 無論、なるのだ。迷いはない。イツキは新たな己を受け入れた。
728: 2016/02/03(水) 23:24:12.07 ID:H+PnEL/o0
「決まりだな。こういうのは直感が大事なんだ。気が変わらないうちに書いといてくれ、直筆でな」
黒衣Pは事務机に戻った。……手紙には一枚の写真が同封されていた。傷も完治したと思しき王子と、隣には目元のよく似た不敵な笑顔の老獣人。蛮王センジンだ。
「……元気そうで何よりだ、蛮王サマ」
蛮王は金のタテガミと赤の隈取りで飾られた、カブキめいた黒いヒーローマスクを脇に抱えていた。黒衣Pは写真を事務机の引き出しにしまい込んだ。
(終わり)
729: 2016/02/03(水) 23:26:18.24 ID:TZQ2scmP0
イツキ(ヒーロー名:リオンレーヌ)
職業
獣人界戦士 → アイドルヒーロー
属性
等身大変身ヒーロー
能力
獣化(幻獣人)
詳細
幻獣人の一種、ショウジョウ獣人のヒーロー。
並の獣人を上回る身体能力に王立兵団で鍛えられた戦闘術、高い知性を併せ持つ、油断ならぬ緋色の戦士。
黒や茶色が入り混じった毛皮の首巻きをライオンのたてがみめいて身に着けている。変身時に衣服が損傷することはないが、邪魔なので首巻き以外は脱ぐ。
秘伝の薬酒を好むが、変身に必ずしも必要なわけではない。
関連アイドル
斉藤洋子
関連設定
アイドルヒーロー同盟
獣人界
幻獣人
730: 2016/02/03(水) 23:27:33.00 ID:12lMyB4a0
獣人界
獣人が住まう土地。おそらく日本列島のどこか寒いところにあると思われる。
古き時代、父祖によって王都ファングリラが拓かれて以来、徐々にその領域を広げながら発展してきた。
極めて険しい自然の中にあり、生き抜くために強き力こそが何より必要とされたため、力を体現するライオン族が伝統的に王位を継いできた。
多くの場合、獣人界の獣人は人間界の者に比べて外見、内面とも獣性が強い。すなわち、身体能力や直感などが優れる反面、寿命がより短い。
表向きには人間界との交流はないが、現在の王をはじめ人間界に興味を持つ者は少なからずおり、密かに人間界を訪れる者も少なくないようだ。
一方の人間界では、獣人の存在が明らかになってからも獣人界の存在は黙殺あるいはタブー視されてきたため、市民レベルで獣人界を知る者は少ない。
731: 2016/02/03(水) 23:29:00.25 ID:H+PnEL/o0
幻獣人
ヌエやショウジョウ、ケルピーなど、伝承に残る幻獣の特性を有する獣人。謎に包まれた存在であり、そもそも獣人に分類できるのかすら疑問である。
これまでに発見された10体前後に限って言えば、一般的な獣人を凌駕する身体能力や知性といった共通点を持つ。
そのほとんどは観察中に行方をくらましており、発生の条件や寿命など一切が不明のままである。
意外にも、外見的に近い妖怪とは明確に区別でき、幻獣人の用いるワザは全て生物学的に説明できる範疇に収まっているという。
732: 2016/02/03(水) 23:30:20.71 ID:H+PnEL/o0
フレアダンサー
斉藤洋子の新たなる力。詳細不明。
聖炎の装束を纏うバーニングダンサーから一変、左半身が炎そのものと化し、装束もその炎から生成されている。
聖炎の色が朱色から鮮血めいた艶やかな赤に変化しており、全身を炎に変え、人型以外の形状に変形することも可能。
ヒノタマの力を引き出すバーニングダンサーとは異なり、神を讃えその力を引き出していることから、一つ上のレイヤーに位置する存在であろうか。
733: 2016/02/03(水) 23:33:57.75 ID:H+PnEL/o0
!ノーティス!
・ヒーロービークル『二代目』が再起不能、代替ビークルの目処は立たず。
・イツキがアイドルヒーロー『リオンレーヌ』としてデビューしました。
・このエピソードは『憤怒の街』事件の翌年3月の出来事となります。
たくみん、美世ちゃん、シロクマPにご出演いただいた。
特にシロクマPには姿こそ現さないがかなりお世話になっており、黒衣Pは割と頭が上がらないんじゃないか。
途中とんでもないアクシデントが発生したので、次はまた別の酉になると思います。
以上です。長々とお付き合いありがとうございました。
734: 2016/02/04(木) 02:07:10.55 ID:IKupXuHFO
乙ですー
相変わらずのカッコ良さと濃厚な文章に安心です
新たな能力とか設定もわくわくして読めました
アイドルヒーローが増えた!やったぜ!Paだぜ!
相変わらずのカッコ良さと濃厚な文章に安心です
新たな能力とか設定もわくわくして読めました
アイドルヒーローが増えた!やったぜ!Paだぜ!
【次回に続く・・・】
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