20: ◆oCJZGVXoGI 2017/08/28(月) 06:54:03.82 ID:EHwrceLI0
『諸星きらりの見る世界』

21: 2017/08/28(月) 06:55:17.02 ID:EHwrceLI0
皆さん、工藤忍というアイドルをご存知だろうか。
工藤忍、青森出身の16歳。身長154cm、スリーサイズは……これといった特徴は無いので割愛。スレンダーとだけ。趣味はおまけ集め。
生まれも育ちも青森だが、アイドルになると決めてから矯正済み。髪型はよくあるボブカット。
ハッキリ言って、『工藤忍と言えばこれ!』といったものは無い。強いて挙げるとするならば、親の反対を押し切って上京した行動力だろうか。

……はぁ、我ながら空しい自己分析だ。改めまして、工藤忍です。寮の自室で姿見を見ながら自分というものを見つめていました。
現状に不満がある訳じゃあ無い。大きいお仕事だって経験させてもらってるし、一歩一歩前に進んでいる自覚はある。でも、周りの子を見ていると色々と考えてしまうのも事実。

もっと胸が大きかったらグラビアの仕事もあるんじゃないか、髪が綺麗だったらシャンプーのCMのオファーがあったんじゃないか。他にも、色々。
ないものねだりは百も承知。私は私自身で努力するしかないんだ。さぁ、今日もレッスンだ!

今日はダンスレッスン。普段はフリルドスクエアの皆と一緒なことが多いが、今日は違う。なんと、きらりちゃんと一緒なのだ!
諸星きらり、17歳。彼女を語る上で外せないことがある。彼女は外国のモデルもかくやという長身の持ち主だ。何と186,2cm!更に驚かされるのは、きらりちゃんはデビュー当時は182cm、つまりまだ成長期なのだ。

芸能界という所は顔を覚えてもらうことがとても大事だ。きらりちゃんはその点で言えば圧倒的に有利だ。男性でも180オーバーは珍しいのに、あんな美少女がそれを越しているんだから覚えるなという方が難しい。
中にはその長身をからかってくる大バカ者もいるが、きっと慣れっこだ。

「おっはよーございまっす☆」

練習着に着替えてストレッチをしていると、きらりちゃんも到着した。はぁ、脚長いなぁ。きらりちゃんは小物をデコるのが得意なので、練習着にも一工夫してある。といっても所詮は練習着。なのに彼女が身を包むとそれだけでも様になる。

アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(3) (電撃コミックスEX)
22: 2017/08/28(月) 06:57:16.92 ID:EHwrceLI0
すみません、酉間違えました。

「忍ちゃん、今日はよろしくだにぃ♪」

「こちらこそよろしくね、きらりちゃん」

今日は麗さん、マスタートレーナーさんのレッスンなので物凄くキツイ。が、指摘してくれる箇所が的確で回数を重ねるごとに成長していってるのが実感できる。苦しいけど楽しい!
……滅多に受けられないマスターさんのレッスンと、きらりちゃんと一緒だということが私を高翌揚させていた。周りが見えなくなるほどに。

「おい、工藤!」

マスターさんが叫んだことで正気に戻ると同時に、きらりちゃんの長い脚に私の脚がぶつかってしまったことに気付いた。足を引っ込めようとしたが、既にきらりちゃんがこちらに倒れこんできていた。きらりちゃん、まつ毛長いなぁ。そんな事を思いながら私たちは一緒に倒れた。

「大丈夫か!?諸星、工藤!」

「は、はい、なんとか……」

う~、おでこと右手が痛い……。あ、きらりちゃんは大丈夫だろうか!?

「にょわぁ~~。忍ちゃん、大丈夫かにぃ?」

真っ先に私の心配なんて、きらりちゃんは優しいな。でも、なんで右手も痛いんだろう?

「……おい、工藤。こちらを向きなさい」

マスターさんの指示通りに彼女の方を向く。自業自得とは言え、雷を落とされるのは怖いなぁ。

「工藤、鏡を見るんだ」

鏡を見ると、そこには涙目のきらりちゃんが映っていた。


23: 2017/08/28(月) 06:58:20.34 ID:EHwrceLI0

『君の名は』という作品を、ご存知だとは思うが簡単に説明させて貰います。遠く離れた場所にいる男女の中身が入れ替わってしまう、という内容。日本においては『おれがあいつであいつがおれで』という、80年代の児童文学から存在する所謂“入れ替わりネタ”を含んだ作品だ。

もちろんそれらはフィクションなのだが、私ときらりちゃんの間にそれが起きてしまった。
マスターさんは私たちの体調確認を済ませた後、直ぐにプロデューサーを呼んでくれた。そりゃあ所属アイドルの一大事?なのだから報告しない訳にはいかないだろう。

最初に疑うべきは私ときらりちゃんが共謀して彼女たちをからかっている、ということだが、それは直ぐに却下されることに。身体に問題がないと分かったマスターさんは、私たちに簡単なステップを踏ませた。それを見て身体のクセが入れ替わっている事を見抜いておふざけでは無いと確信したんだとか。マスターさん凄い。

プロデューサーからも質問による本人確認がなされた。こちらは彼と私しか知らない事の確認で、きらりちゃんにも行われた。……私の姿で照れるきらりちゃんを見るのは不思議な気分だ。

今後の話だが、とりあえず3日間体調不良という事にして対策を立てることに。もしその3日で打開策が見つからない場合、改めて今後の方針について話し合いをすることになった。

「忍ちゃん、ごめんね?」

私の姿をしたきらりちゃんが謝ってくる。が、謝るのはこちらの方だ。右手の痛みも、きらりちゃんが倒れる時に咄嗟に私の後頭部を守ってくれたからだそうだ。

「謝るのはこっちだよ、きらりちゃん。ゴメンね、変なことに巻き込んじゃって」

本当に情けない。自分だけならまだしも、きらりちゃんにまで迷惑をかけて……。
そんな私の反省も長くは持たなかった。私が“諸星きらり”として生活することになった部屋を見てしまったから。


24: 2017/08/28(月) 07:01:10.15 ID:EHwrceLI0
想像はしていた。きらりちゃんならきっと可愛い部屋なんだろうなぁ、と。
が、私の想像のはるかに上を行く可愛さだった。寮の私の部屋とは大違いだ。
なるほど、きらりちゃんのセンスがあちこちにちりばめられている。

きらりちゃんの両親にはプロデューサーと見た目が私のきらりちゃんから事情を説明してもらった。私と違いきらりちゃんは実家暮らしだから。
勿論驚かれたが、思っていたよりもすんなりと受け入れられた。あのきらりちゃんの両親だけあって懐が深い。

さて、余裕が生まれた私には楽しみが出来た。……お風呂である。あの諸星きらりの生まれたままの姿を、合法的に見る事が出来るのだから。
『君の名は』などの入れ替わりネタは大半が男女で入れ替わり、お手洗いや入浴など性別の差を実感してしまうことに対して抵抗が生まれる。
が、私たちは女同士なので、抵抗は少ない。

……先ほどの言葉を撤回しなければならない。これは本当に私と同じ女性の肉体なのか?
すらりと伸びた長い脚、キュッと引き締まったウエスト、身長が目立つから目を向けられる機会が少ないと思われるがたわわに実った胸。
そして上から下まできめ細やかな肌。

他にも私の貧、慎ましい身体と比べたらキリがない。これが生まれ持った才能の差、なのだろうか。
肌ケアや運動など当然この身体を保つ為に数々の努力をかさねているのだろう。が、元が良いと結果の差が激しい。

私は湯船の中で体育座りをしながら落ち込んだ。体育座りなのは狙ってやった訳ではない。
諸星家の浴槽は大きいが、それでも彼女の長身を収めるのには足りないのだ。まさかこんな所に苦労があったなんて……。

ベッドもかなり大きい。キングサイズ、というやつなのだろうか?きっと身の回りの物全てが特別なのだろう。お金もかかるんだろうなぁ。

翌朝、目が覚めるとそこはいつもの部屋ではなかった。昨日のアレはリアルな夢ではなかったみたいだ。きらりちゃんの両親と朝食を採る。あぁ、家庭の味っていいなぁ……。


25: 2017/08/28(月) 07:02:27.20 ID:EHwrceLI0
本日は休みなので、きらりちゃんとお出かけをすることに。一緒にいたらなんかの拍子に元に戻るかもしれないしね。
うーん、それにしても服が多い!話によると自作の物も多いそうだ。これは私のセンスが問われているといっても過言では無い。きらりちゃんを驚かせて見せる!

待ち合わせ場所に、私の顔をしたオシャレ女子が立っていた。スカートやジャケット、どれもこれも見覚えはある、私の私物だし。
それなのに、私ではきっとあのコーデには辿り着けないだろうと確信出来る。私が方言の矯正の為にラジオに噛り付いていた時間もきらりちゃんはオシャレを学んでいたのだろう。

「あ、こっちこっち~!」

きらりちゃんがこちらに向かって手を振っている。まだ距離があるのに、凄いなぁきらりちゃんは。

「お待たせ、待たせちゃった?」

「ううん、平気だよぉ♪……えへへへへっ」

「も、もしかしてどこか変だった!?」

「あ、そうじゃないの。きらりって、やっぱりおおきいんだなぁって☆遠くからでもすぐに分かっちゃった!」

なるほど、あれは観察力が優れている訳ではなくこちらが目立っていただけの話か。確かに、きらりちゃんは遠くからでも目立つしね。

「今日はどうしよっか?」

「うーん、とりあえずは電車で繁華街の方まで出よっか」

「きらりん賛成っ☆」



26: 2017/08/28(月) 07:03:51.53 ID:EHwrceLI0
駅に着き、改札を通って電車を待つ。ここまではいつもと変わらなかったが、乗車の時に文字通り衝撃を受けた。なんと、ドアの上部に頭をぶつけてしまったのだ。

「あ痛たたたた……」

「忍ちゃん、大丈夫かにぃ?」

「な、なんとか。ゴメンねきらりちゃん、大事な身体をぶつけちゃって」

「ぜぇんぜん気にしないでいいよ?でも普通は電車乗るときにくぐったりしないもんね、きらりの方こそ先に教えておけば良かったにぃ」

頭をさすりながらきらりちゃんの言葉を聞く。確かに、普段の私だったら想像すらしなかったことだ。
今はドアの傍にいるが、移動するときに中吊りが頭に当たって少し不快だった。これも私の常識には無かったことだ。

電車が目的地に着いた。今度はちゃんとドアをくぐったので痛い思いをせずに済んだ。
横をみると、きらりちゃんもくぐるしぐさをしていた。恐らくクセになっているのだろう。

駅前の大通りに出ると、改めてきらりちゃんが長身なのだと実感した。遠くの方まで見渡せるのだ。
普段首元の辺りしか見えていないのに、今は頭頂部まで見える人がちらほらといる。……意外と髪が薄くなってるオジサンって多いんだなぁ。

「忍ちゃん、大丈夫かにぃ?」

「えっ?あぁうん大丈夫だよ。たださ、今まで見ていたものと中身は同じなのに全然違って見えるから驚いちゃって。これがきらりちゃんが見ている世界なんだね」

「うーん、きらり、あんまり意識したこと無かったかなぁ?子どものころから少しずつ大きくなったし☆」

確かに朝起きたら背が30cm伸びていた、なんてあり得ない。まぁ今のこの状況も十分にあり得ないけど。


27: 2017/08/28(月) 07:05:34.26 ID:EHwrceLI0
特に目的もなく繁華街をきらりちゃんとぶらつく。決して特別なことをしている訳ではないのに、視点が30cm変わるだけでこんなにも世界は違って見えるのか……。羨ましいなぁ。

「あのー、諸星きらりちゃんですよね?」

私が風景を楽しんでいると、小柄な女の子から声をかけられた。そうか、今の私は諸星きらりの外見だった。

「そ、そうだよー。きらりんだよー」

なんとかきらりちゃんっぽく振舞ってみる。大丈夫だろうか?

「あ、握手してくれますか?」

女の子は恐る恐る、といった感じでこちらに手を差し伸べてくる。私は彼女の手をそっと包み込んで答えた。

「いいよ!いつも応援ありがとうにー♪」

女の子は満足そうに眼を輝かせて去って行った。うーん、私もいずれはあんな風にファンと触れ合いたいなぁ。
そんな満足感と少しの羨ましさを満喫していると、嫌な声が耳に届いた。

「なぁ、あれ諸星きらりだってよ」

「やっぱり?でっけぇからそうじゃないかと思ってたんだよ」

「あれはヤバいよなぁ」

「高垣楓くらいならギリギリイケるけど、“アレ”は無理だわ」

「言えてるwww」

何が無理だ!お前らみたいな奴なんてこっちから願い下げだ!!全く、ああいう失礼な人もやっぱりいるんだな……。

「ねぇ、そろそろ行こっか?」

「そうだね!」

私ときらりちゃんはその場を後にした。あぁ、こんなことならマスクでもしてくれば良かった。


28: 2017/08/28(月) 07:07:23.84 ID:EHwrceLI0
……果たして、それで平気なのだろうか?

男の人なら180cmあっても珍しくはあっても全くいない訳じゃない。が、女の人だとどうだ。
先ほどあの失礼な連中の口から出た、楓さんや木場さんのように170cmでもかなり目立つのに、きらりちゃんのように186cmもあったらどうだ。

さっきの私は遠くまで見渡せることに感動したが、つまり向こうからも見えるということだ。
きらりちゃんとの待ち合わせだってそうだ。遠くからきらりちゃんはこちらに気付いた。

……道行く人道行く人、皆こっちを見てる気がする。人より目立つこの体を笑っているように見えてしまう。

嫌だ、こっちを見ないで、笑わないで……。

「忍ちゃん、大丈夫?」

きらりちゃんが、こちらを心配そうに見つめてくる。彼女は、四六時中コレに耐えているの?それとも慣れるものなの?

在りもしない周りからの視線に耐えきれなくなった私は、その場にうずくまってしまった。きらりちゃんはタクシーを呼んで私を中まで誘導してくれた。
もちろん、プロデューサーへの連絡も忘れずに。

「忍ちゃん、大丈夫だったかにぃ?」

「きらりちゃん、実は私ついさっきまでは今の状況を楽しんでたんだ……」

そう、私は諸星きらりの身体でいることを楽しんでいた。
綺麗な肌は見ても触っても飽きないし、何よりあの視点の差はヒールやシークレットブーツを履いたところで経験できるものではないから。

「周りからの目が、怖かった……。あの、珍しいものを見る奇異の目が」

実際、珍しいのは事実だろう。意識しなくともきらりちゃんの長身は自然と目に入ってしまう。それはきっと仕方のない事だ。



29: 2017/08/28(月) 07:08:30.29 ID:EHwrceLI0
「きらりね、ちっちゃい頃から周りの子より大きかったんだ……」

そこから、ぽつりぽつりときらりちゃんは自分の事を語ってくれた。
人と違う、ということがどれだけ周りの人間を残酷にさせるのか、聞いていて怖くなった。

私は良い面だけを見て羨ましいと思ったことが心底恥ずかしくなった。そしてそれは彼女だけに限った話ではない。
私が羨ましいと感じたものを持っていても、きっとそこには本人しか分からない苦労があるのだ。

事務所に着き、気分を落ち着けてから諸星家へ戻った。きらりちゃんのベッドへ倒れこみ、考える。
どうして私は彼女と入れ替わったのか、元に戻る方法はあるのか・・・。あれこ考えているうちに私は眠りに落ちた。

目を開けると、見慣れた天井がそこにあった。身体を起こして周りを見ると、これまた見慣れた寮の自室だった。
鏡で顔を確認しても、それは工藤忍のそれだった。

果たしてあれは夢だったのか?いや、あの周りを見下ろした時の何とも言えぬ感覚と、受けた視線の恐怖が夢だったとは思えない。
事実、きらりちゃんやプロデューサーに確認を取ると私たちは確かに入れ替わっていた。果たしてあれはなんだったのだろうか。


30: 2017/08/28(月) 07:09:35.08 ID:EHwrceLI0
工藤忍、青森出身の16歳。身長154cm、スリーサイズは上から78-54-81。
決して周囲の目を引くような容姿ではない。だからどうした。私は私だ。
周りに埋もれてしまうなら、自分の足で1歩踏み出せばいい。私は今までだってそうしてきた。
1歩で足りないなら10、100、1000歩だって踏み出してみせる。

工藤忍は、努力のアイドルなのだから

31: 2017/08/28(月) 07:12:55.17 ID:EHwrceLI0
以上です。書かせていただきありがとうございました。
それでは失礼します。


引用: 【モバマスSS】世にも奇妙なシンデレラ