109: ◆E.Qec4bXLs 2017/09/01(金) 22:56:03.58 ID:+FZOeqSl0




恋人に刺された。





モバP(以下P)「参ったな・・・こういうのはヤンデレキャラの領分だろうに」



俺は自室用のデスクチェアーに腰掛け、そう呟いた

カーペットを汚している液体の赤さがまゆのことを思い出させる

決して「ヤンデレ」というワードに反応したのではない、あの子はいい子だから


腰から包丁の柄が生えたまま、もう30分になる

ちなみに刃の方は背骨の近くの太い血管に食い込んでいるのだろう

清良や早苗に見せるまでもなく致命傷である

少なくとも刺された直後は間違いなく致命傷だった





なのに、スタミナドリンクを飲んだらちょっと治った


アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(3) (電撃コミックスEX)

110: 2017/09/01(金) 22:56:31.40 ID:+FZOeqSl0








モバP「○○まで氏ねません」






111: 2017/09/01(金) 22:57:21.48 ID:+FZOeqSl0


俺はこれでも延べ183人のアイドルをプロデュースしてきたプロデューサーである。

同僚のサポートだったり、提携している他事務所の子を短期プロデュースしたり

ただでさえ多めの自分の担当アイドルに飽き足らず大なり小なり手を貸してきた

プロデューサーの能力は豊富な経験で決まると信じて居た俺はそういう風に実績を積んだ

そして今日までのところそれは成功していた

担当中のアイドルとの仲も上々だし、

引退したアイドルとも、良き友人としての関係を改めて築けた

だから毎年200枚近い年賀状が届く


そこそこの彼女も出来たし、出世したし、いいマンションに部屋も構えた。


P「まあ、その自宅でその彼女に刺されたんだけど」


今、立ち上がると出血が悪化して氏ぬ

俺は椅子のキャスターを利用して座ったまま部屋を移動した。

動いた軌道に沿って赤いラインが野太くついてくる。

沙紀ならこれもアートというだろうか

P「こうして見るとまるで俺が血抜きされているみたいだな」

しかし葵や七海がここでマグロ解体ショーを実演してもここまで部屋は汚れないだろう

112: 2017/09/01(金) 22:58:59.74 ID:+FZOeqSl0



彼女が俺に対する刃傷沙汰に及んだ原因は俺にある


長くアイドルと接し、彼女らの魅力に当てられ、または磨き上げている内に俺の女性観が変わってしまったのだ

”魅力あるものは独占せず、世界に知らしめすべし”

プロデューサーとしてはそれは褒められたことだろう


ゆかり、桃華、雪乃、紗枝、琴歌、星花、千秋、詩織らのような清楚さ

加奈、美里、美由紀、菲菲、ライラ、芽衣子、薫、みりあ、のような愛嬌

瑛梨華、フレデリカ、あずき、仁美、アヤ、聖來、ヘレン、亜季、美羽、いつき、柚のような溌溂さ


俺はそれらを飾り立て、磨き上げることに喜びを見出していた

いつの間にかそれがプライベートにまで侵食していたのだろう

アイドルではない、どこに見せびらかすでもない恋人に対して俺はひどく冷めていたのだ



彼女は言った。

「かわいいアイドルに囲まれて、わたしに飽きたんでしょう!」

俺は言った

「そんなことはない、だって君と彼女らはそもそもステージが違うんだから」



ありすでも自重するであろう論理だった

論破でもなんでもない途方もない失言だった

なので言葉ではなく暴力でやり返され今に至る

113: 2017/09/01(金) 23:00:00.24 ID:+FZOeqSl0

P「そりゃ・・・長いこと、レスだったし、不満もたまるかぁ・・・」


独り言でも喋ってないとつらい、黙ると腰の激痛に意識を向けそうになる

俺は飛鳥の饒舌さを再現するつもりで話しながら椅子で移動する

P「一度美しいもの目を焼かれてしまうとそれ以外のものが色あせて見える・・・果たして本当にそうだったのだろうか。

美醜は相対的なものに完結してしまうのか?自身にとってのみありうる絶対的な美の存在は許されないのか?

そうだ、俺はもっと気の利いた言の葉を以て恋人を繋ぎとめ、剣を突き立てることもなかったのではないか?

『僕は世界に通用するアイドルを育て上げているが、君は僕の中ではずっと一番さ』なんてそれぐらい囁くこともぼろろろろろろろろげれぼろろろろろろろろろろ」

思わず嘔吐した

セリフが臭かったからとか、飛鳥に全然似てなかったとかではなく体に無茶をさせすぎたらしい

慌てて、胸ポケットから取り出したスタドリを一気飲みした

せり上がっていた嘔吐物がドリンクの清涼感を打ち消しつつ食道を下る





P「・・・・・・・・・ふうっ」



はい、回想と反省はおしまい

真奈美やあいを真似た指パッチンで頭を切り替える

ここからは生きるための話をしよう

114: 2017/09/01(金) 23:01:46.87 ID:+FZOeqSl0


俺は後ろから腰を刺された。

なぜなら自宅にもかかわらず机で仕事をしていたからだ



彼女は本気で怒っていたというのに俺が相手していたのは画面に表示されたエクセルだった

パソコン、と聞くと泉やマキノを思い出したが彼女らに連絡はとれない

なぜならこのパソコンはあくまで事務作業用なので漏洩を危惧してオフライン設定のままなのだ



なので刺された直後、俺にできたのは部屋から出て行った彼女を追うのでもなく通報するのでもなく

机の引き出しに入っていたぬるいスタドリを飲むことだけだったのである



どうせ氏ぬのなら飲み残しのないようにしようと呷ったところ寿命が延びたのだ



楓や志乃にあと礼子が言っていた。「酒は百薬の長」だと

俺の場合スタドリのおかげで致命傷を遅延できている



だがそれも体感で2,3分くらい。実際はもっと短いだろう

さっきの椅子移動でカラーボックスの上に転がっていたスタドリをチャージしたがその効果も長くない

都のような探偵なら部屋を歩き回りながら考えるのだろうが、

俺は動けない、椅子を動かせても椅子の上から動けない

歩いて病院には行けないのだ




P「つまり、そういうこと・・・」




スタドリが切れたら氏ぬ






パンが切れたみちるのように、メガネが尽きた春菜のように、ドーナツが朽ちた法子のように

ヒロイン補正の消えたほたるのように、ギャグ補正の消えた加蓮のように、電池が切れたのあのように



115: 2017/09/01(金) 23:03:21.50 ID:+FZOeqSl0


P「オーケーオーケー、まずは物資確保だ・・・俺の家のスタドリ在庫は?」



今俺がいるのは仕事部屋の壁際

元々窓際にいたのを移動したのだ

ここまで確保したスタドリは3本、摂取したのは2本


P「そーっと動け、そーっとだ・・・」



部屋の入り口に向けてつま先歩きで椅子を動かす

出入り口のそばには小型冷蔵庫がある。そこにはスタドリのストックがあったはずだ



P「といっても少ないだろうが・・・」



でも最終目的地はリビングだ。

そこにある通常サイズの冷蔵庫ならもっとたくさんのスタドリを補充できる

大事の前の小事というのかはともかくまずはそこに至るまでのスタドリが必要だ

ゴツリ、とキャスターが何かに食い止められた

振動が腰に伝わる、出血が増えた気がした

慌てて三本目の蓋を開ける、星型の飾りが指にくい込んだがどうでもいい


P「しまった・・・手持ち最後を飲んでしまった」

キャスターがボールペンを踏んでいたらしい

これを無理に乗り越えるリスクは冒せない

万にひとつ、椅子が転倒したら氏ぬからだ

俺はふーっと息を吐くと、たった一本のペンを迂回して冷蔵庫に向かう

壁に貼られていた智香のポスターと目があった。どうやら応援してくれているらしい

ちなみにその隣では友紀がキャッツを応援していたし茜がボンバーのポーズをしていた

腰の血管がボンバーしているので笑えない

116: 2017/09/01(金) 23:04:55.55 ID:+FZOeqSl0


俺の仕事部屋は無駄に広い。壁から入口まで5メートル以上はある

手持ちのスタドリがなくなったせいで背筋が寒くなってきた

血が足りなくなってきたのを感じる

P「着いた・・・!」

思わず手を伸ばそうとして、腰に激痛が走った

嘘である。

激痛はずっとそこにいる。それがよりひどくなっただけだ

高級マンションの部屋は大きいが冷蔵庫は予想外に小さい


P「座ったままでは開けられない・・・」


そうだ、いつもはしゃがんで開けていたんだった

俺はさながら車椅子生活中の腰痛持ち、前傾もできない

バリアフリー、という言葉が浮かんだ

あとクラリスの慈愛顔も連想した。あまねく人々に平等な愛を

P「何か、何かないか・・・」

ピチョン

滴った血がやけに大きな音を立てた

タイムリミットは近い、スタドリを切らすとゼロになる

汗が止まらない。首が痒くなってきて思わず掻いた

指にネクタイが引っかかる。ニュージェネの子達が選んでくれたものだ

自宅でも仕事スタイルだったことに今更、思い至った


P「・・・・・・」

案を一つ思いついた。



ネクタイを慎重に解いていく

噴き出す汗で指が滑る


響子が整えてくれた結びをほぐす

そして体から外したネクタイを一本の紐のように構える

むつみがロープを持ったときのように

そして時子の鞭のように振るった

117: 2017/09/01(金) 23:06:24.44 ID:+FZOeqSl0



かちりと冷蔵庫の取っ手にタイピンが引っかかる



あれはニューウェーブが選んでくれたものだ

そのままゆっくりと後退していくと軽い抵抗の後、冷蔵庫は開いた。


P「よしよし・・・蓋さえ開けば何とかなる」


”本当に困ったとき、身の回りの物を有効活用すればなんとかなるのだ”

幸子が体を張ったロケでそう学んだらしい。

冷蔵庫の中にはびっしりと小瓶が詰まっていた

その全てがスタドリ、その全てが延命剤、命綱


P「まるで宝石箱やぁ・・・なんでやねん」


智絵里や笑美を思い浮かべながらセルフツッコミ

気を取り直して瓶を取得しようと手を伸ばすが、俺は甘かった

扉ですら手が届かなかったのに、その奥に手が届くわけがない


P「(まずい、まずいぞ・・・スタドリを眺めながらスタドリ不足で氏んでしまう・・・)」


焦りすぎて声が出ない、目も掠れてきた

スタドリがなければもっと早く訪れていたであろう氏に至る症状

こんなとき舞や千枝みたいな背の小さくて気が利く子がいれば取ってくれるのだが・・・

ここにはアイドルはいない。俺は自力で命を繋ぐのだ



そうだ、仕事と一緒だ


仕事がなければ生きていけない


スタドリがなければ仕事ができない




だから、スタドリがなければ生きていけない


118: 2017/09/01(金) 23:07:33.36 ID:+FZOeqSl0


腰から血を滝のように流し、


血液の代わりにスタドリを摂取して延命している


この状態はそんな世界の縮図だ







気がついたら足の感覚がなくなっていた

震えるばかりで満足に地面を蹴ることもできない



P「(そりゃ腰を刺されているんだ・・・足腰が立たなくなるのは時間の問題だった・・・)」



目眩がする、きらりに抱きつかれた時のように視界が揺れた

もしかしたら地震かも知れない、





俺はバランスを崩し椅子から振り落とされた

小さな冷蔵庫も巻き込んで倒れこむ




あ、氏んだ




捻転していく視界の中、レナがコイントスをしていた

ピンチの今こそ逆転のチャンス、とでも言いたいのか?




119: 2017/09/01(金) 23:08:35.82 ID:+FZOeqSl0





いつもアイドルの傍にいた

後ろから背を押してやった

前に立って手を引いてやった

横に座って励ましてやった


いつもスタドリを備えていた

飲めば元気が沸いてきた

アイドルに取り残されないように

アイドルと共に戦うために

アイドルと壁を乗り越えるために


アイドルプロデュースが俺の喜びで

スタドリがなければそれも果たせない

だからスタドリは俺の喜び

本質はその液体にあらず

生きる意味なのだ


食欲、睡眠欲、性欲、出世欲、承認欲、顕示欲etc、etc・・・


人間はいつも形なき喜びを求めている



ラブとピースを謳歌する柑奈のように

女性の胸部を登頂する愛海のように

ロックを希求する李衣奈のように

未来からの予兆を待つ朋のように

女子力を探求する美紗希のように

はっぴーを振りまくそらのように


120: 2017/09/01(金) 23:10:12.06 ID:+FZOeqSl0


P「(リビングだ・・・そこなら携帯電話も冷蔵庫も玄関への道も・・・)」



果たして俺は生きていた

椅子から倒れ、冷蔵庫の瓶も盛大に転げていったのにも関わらず

今こうして、少しずつスタドリを飲み、腕の力だけで床を移動している



P「(歌鈴がスタドリの空き瓶で転んだ時のことを思い出すぜ・・・)」



エジプトのピラミッドの時に、イースター島のモアイの時に

それは大昔の人間が巨大な岩を運搬するための手段



俺は床にうつぶせに倒れてしまったが、そこから床と体の間にスタドリの瓶を敷いていったのだ

空き瓶が転がると同時に体が前に進むように、いくつもいくつも敷いていく

こうして床と自分の間の摩擦を無効化すれば弱った腕の力でも進めるというわけだ

一本飲んでは体の下に押し込んで、腕の力を振り絞って床を押す


P「(うおお・・・根性だ・・・地面を泳ぐんだ・・・)」



櫂の水泳や麻理菜のサーフィンをイメージする

飲みながら廊下に置いていく、飲みながら廊下を進む

どうしてこんなに広い廊下なんだろう、広い家を買ったからか

イヴのように質素な住まいにしておくべきだったのか

乃々や輝子のように狭いテリトリーに満足しておくべきだったのか、答えはわからない


P「(体重がかかってお腹が痛い・・・しかし背中には包丁が・・・)」


妙な諺だが「腹に背は代えられない」ということか


だが、腰の方がもっと痛いので耐えられる

菜々だって腰痛に悩まされながらもステージに立ったのだ、プロデューサーの俺が弱音を吐くわけには行かない

121: 2017/09/01(金) 23:11:52.44 ID:+FZOeqSl0


うつ伏せのままガブガブとスタドリをラッパ飲み、こぼれた液体が顎を濡らす


血液とスタドリの混じったなにかの液体がカーペット用に廊下を汚した

気の遠くなるような体感時間の末、ようやくリビングに通じる扉に着いた

這いつくばった態勢ではノブに届かないのではと気を揉んだが

彼女が出て行くときにちゃんと閉めなかったらしい。扉は薄く空いていた





進み方はそのままに扉を頭で押しのけるようにして


ついにリビングにたどり着いた



俺はスタドリを転がしながらカーペットの上を滑っていく




P「(助かった・・・冷蔵庫も、そして携帯電話もある・・・!)」




冷蔵庫までまっすぐ行こうとして、この態勢では扉が開けられないことに気づく

予定変更、さきに携帯電話を手に入れる



ソファのそばに置かれたテーブルなら地面からでも手が届く

確か私用の携帯電話はそこに置いていた。

広い部屋を盛大に汚しながら横断する

恐らくとっくに血は足りていない、

スタドリの回復分だけで動いている

小梅の好きなゾンビのように這っていく、這っていく

122: 2017/09/01(金) 23:14:59.34 ID:+FZOeqSl0


残り5メートル

~卯月「頑張ってください!」~


残り2メートル

~恵磨「いっけーーーーー!!!!」~


残り1メートル

~珠美「忍耐ですぞ!P殿!」~


アイドル達の幻聴に頭がくらくらしながらテーブルの上を五指で探りまわる


リモコンや雑誌に紛れて、確かな感触があった

携帯電話に手が届いたのだ




P「あっ、そうだ充電切れてたんだ・・・」




アイドルのケアも兼ねて仕事用の携帯電話ばかり使い、私用のものは自宅に放置していたからだ

それで彼女からの連絡も彼女への連絡も蔑ろにしていた


そういう態度も刺される原因の一つだったのだろう



P「俺はここで氏ぬのか・・・」


俺はできる限りみんなの顔を思い出そうと最後に脳を振り絞った


有香、ゆかり、亜里沙・・・

沙理奈、千夏、瑞樹・・・

藍子、夏樹、久美子・・・


思い返せない数のアイドルの顔を思い出す

走馬灯をアイドルだけで埋め尽くさんと




”今回の俺”はどうやらここまでだ・・・


123: 2017/09/01(金) 23:18:18.77 ID:+FZOeqSl0



P「ところで何人くらい名前出せた?」



こずえ「えっとねー・・・きゅーじゅーにん・・・」



P「90人か・・・半分ってとこかー・・・」



こずえ「けーたい・・・じゅーでんしてたらもっとできたのー」



P「そうだな、あの辺で精神的にガクっときたからなー・・・そこで意識切れちゃったよ」



P「・・・よし!もう一回だ!」



芳乃「了解でしてー」



P「よーし次は183人全員の名前出すぞー!」


124: 2017/09/01(金) 23:22:30.84 ID:+FZOeqSl0
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恋人に刺された



モバP「参ったな、こういうのは巴の好きな任侠映画や小梅の好きなスプラッタ、あとはあとは・・・」



俺は自室用のデスクチェアーに腰掛け、そう呟いた

カーペットを汚している液体の赤さがまゆのことを思い出させる


・・・・・・あとレッドバラードの千夏、アヤ、礼子、千秋、あいも思い出した


決して「ヤンデレ」というワードに反応したのではない、あの子はいい子だから



腰から包丁の柄が生えたまま、もう30分になる


・・・・・・響子や蘭子が台所に立ったときに使っていたものとよく似ている


ちなみに刃の方は背骨の近くの太い血管に食い込んでいるのだろう

清良や早苗・・・・・・あと喧嘩慣れしてそうな拓海に見せるまでもなく致命傷である

少なくとも刺された直後は間違いなく致命傷だった





なのに、スタミナドリンクを飲んだらちょっと治った




125: 2017/09/01(金) 23:23:15.06 ID:+FZOeqSl0












モバP「アイドル全員の名前を挙げるまで氏ねません」








126: 2017/09/01(金) 23:24:37.84 ID:+FZOeqSl0

元々単発であげようと思っていたネタなのですがついこちらに書いてしまいました

ありがとうございました


テーマは不条理コメディです


引用: 【モバマスSS】世にも奇妙なシンデレラ