1: 2012/11/12(月) 19:07:39 ID:aw855BlY0
誕生日に友達から電話の着信があったら、悪い気なんてするわけない。
それが誕生日当日に直接会えなかった友達だったら、尚更満更じゃない気分になる。
でも、その電話の着信が夜の十時過ぎだったのは、ちょっとどうなのかなあ……。
しかも、会話の内容が誕生日と全然関係が無いとなると、微妙な気分になっちゃっても仕方が無いと思う。
「明日、七時から部室で朝練しようよ。
あ、憂達にはもう連絡しておいたから、その辺は心配しなくても大丈夫だよ」
それだけ言って、私の返事も聞かない内に電話を切ったのは純だった。
相変わらずマイペースと言うか、人の都合を聞かないと言うか……。
折角の私の誕生日なのに、そんな事お構い無しみたいな純の声色には、正直ちょっと呆れてしまう。
私相手だから別にいいけど、こんな事を他の子にやってたら友達失くすと思う。
純ったら他の子にもこういう態度を取ってるのかなあ。
まあ、いつもの純らしいと言えば、純らしいんだけどね。
電話が切れた後、私はしばらく純の声を思い出して苦笑していた。
だって、純はいつでも、何をやってても相変わらずだと思ったから。
出会った時から……、ってわけじゃないけど、
それでも、純は私と友達になってから、いつもマイペースで遠慮が無かった。
連絡も無く私の家に訪問しては本だけ読んでゴロゴロしてたり、
こっちの都合も聞かずに休日に私を街中に連れ出したり、
私の目が回っちゃうくらい何度も何度も振り回された気がする。
ううん、気がする、じゃなくて、実際にすっごく振り回された。
三年に進級して純が軽音部に入部してくれて、
純と一緒に居る時間が増えて、余計にそれが身に染みて分かった。
純は私を振り回して楽しんでる節があるんじゃないかって。
そう思っちゃうくらい、純との軽音部の活動は大変だった。
「ふふっ……」
自分でも驚くくらい柔らかい笑い声が、私の口から漏れる。
気が付けば私の苦笑は普通の笑顔に変わってしまってたみたいだった。
友達になって以来、私は純に振り回された。
すっごくすっごく振り回されて、困らせられた事も一度や二度じゃない。
でも、やっぱり私はそれが嫌じゃないんだと思う。
唯先輩や律先輩と長く一緒に居たせいなのかな。
いつの間にか私は、危なっかしい人が居ると、つい放っておけないタイプになっちゃったみたい。
それが誕生日当日に直接会えなかった友達だったら、尚更満更じゃない気分になる。
でも、その電話の着信が夜の十時過ぎだったのは、ちょっとどうなのかなあ……。
しかも、会話の内容が誕生日と全然関係が無いとなると、微妙な気分になっちゃっても仕方が無いと思う。
「明日、七時から部室で朝練しようよ。
あ、憂達にはもう連絡しておいたから、その辺は心配しなくても大丈夫だよ」
それだけ言って、私の返事も聞かない内に電話を切ったのは純だった。
相変わらずマイペースと言うか、人の都合を聞かないと言うか……。
折角の私の誕生日なのに、そんな事お構い無しみたいな純の声色には、正直ちょっと呆れてしまう。
私相手だから別にいいけど、こんな事を他の子にやってたら友達失くすと思う。
純ったら他の子にもこういう態度を取ってるのかなあ。
まあ、いつもの純らしいと言えば、純らしいんだけどね。
電話が切れた後、私はしばらく純の声を思い出して苦笑していた。
だって、純はいつでも、何をやってても相変わらずだと思ったから。
出会った時から……、ってわけじゃないけど、
それでも、純は私と友達になってから、いつもマイペースで遠慮が無かった。
連絡も無く私の家に訪問しては本だけ読んでゴロゴロしてたり、
こっちの都合も聞かずに休日に私を街中に連れ出したり、
私の目が回っちゃうくらい何度も何度も振り回された気がする。
ううん、気がする、じゃなくて、実際にすっごく振り回された。
三年に進級して純が軽音部に入部してくれて、
純と一緒に居る時間が増えて、余計にそれが身に染みて分かった。
純は私を振り回して楽しんでる節があるんじゃないかって。
そう思っちゃうくらい、純との軽音部の活動は大変だった。
「ふふっ……」
自分でも驚くくらい柔らかい笑い声が、私の口から漏れる。
気が付けば私の苦笑は普通の笑顔に変わってしまってたみたいだった。
友達になって以来、私は純に振り回された。
すっごくすっごく振り回されて、困らせられた事も一度や二度じゃない。
でも、やっぱり私はそれが嫌じゃないんだと思う。
唯先輩や律先輩と長く一緒に居たせいなのかな。
いつの間にか私は、危なっかしい人が居ると、つい放っておけないタイプになっちゃったみたい。
2: 2012/11/12(月) 19:08:17 ID:aw855BlY0
最近、特に純は危なっかしくて目を離せない。
何だかんだ言っても、唯先輩と律先輩は何処か安心して見られる所もあった。
ライブとかちゃんとする所はちゃんとしてくれる先輩達だったしね。
でも、純は違う。
純は同い年の同級生だし、音楽の実力も同じくらいだし、
何より唯先輩と律先輩に対する澪先輩みたいなフォロー役は、純には私以外に居ないもんね。
私がしっかりしなくちゃいけないんだもんね。
勿論、憂は頼りはなるけど、あの子は一歩引いて私達を見守ってる所があるから。
だから、私は純を見てなくちゃって思うし、いつの間にかそれが楽しくなっていた。
私の想像も出来ない事を始めるなんてよくある事だし、
それが不思議とプラスに働いて、助けられる事も何度もあった。
今回の電話だってそう。
学祭の終わったこの時期に朝練をするなんて、私には思いも寄らない事だった。
何をするつもりなのかはまだ分からないけど、
もしかしたら純は朝練をする事で、後輩二人に少しでも思い出を作ってあげるつもりなのかもしれない。
こう言ったら純は怒るかもしれないけど、不思議と純はそういう気配りが出来る子でもあるから。
うん、何だか私も、何とかしてあげなきゃ、って気分になって来た。
純が私の誕生日を憶えてなかったのは残念だけど、そんな事なんて今はどうでもいいよね。
今は私の思いも寄らなかった事を思い付いてくれた純に感謝するべきだと思う。
残り半年を切った高校生活、私はやれる事をやっておくべきなんだ。
まあ、純には放課後に鯛焼きでも買ってもらって、それを私の誕生日プレゼントにしてもらうけどね。
だって、私も純の誕生日は祝ったんだし、それくらいはしてもらっても罰は当たらないはず。
私はそんなちょっと不純な決心をして布団に入って、早起きして急いで部室に向かった。
今日の朝練頑張ろうって決心を胸の中に強く抱いて。
相棒のムスタングを腕の中に抱えて。
だけど、部室の中で私が目にしたのは少しだけ意外な光景だった。
部室の中には純が居た。
居たんだけど、居たのは純だけだった。
純は紙袋を抱えて長椅子に座って、
私の方……、つまり部室の扉の方を見つめていた。
これはかなり珍しい光景だったと思う。
滅多にしない朝練とは言っても、菫や憂は今までいつも私より先に来てたから。
毎回、純が来るのは、私と同じくらいか最後の方なんだよね。
何だかんだ言っても、唯先輩と律先輩は何処か安心して見られる所もあった。
ライブとかちゃんとする所はちゃんとしてくれる先輩達だったしね。
でも、純は違う。
純は同い年の同級生だし、音楽の実力も同じくらいだし、
何より唯先輩と律先輩に対する澪先輩みたいなフォロー役は、純には私以外に居ないもんね。
私がしっかりしなくちゃいけないんだもんね。
勿論、憂は頼りはなるけど、あの子は一歩引いて私達を見守ってる所があるから。
だから、私は純を見てなくちゃって思うし、いつの間にかそれが楽しくなっていた。
私の想像も出来ない事を始めるなんてよくある事だし、
それが不思議とプラスに働いて、助けられる事も何度もあった。
今回の電話だってそう。
学祭の終わったこの時期に朝練をするなんて、私には思いも寄らない事だった。
何をするつもりなのかはまだ分からないけど、
もしかしたら純は朝練をする事で、後輩二人に少しでも思い出を作ってあげるつもりなのかもしれない。
こう言ったら純は怒るかもしれないけど、不思議と純はそういう気配りが出来る子でもあるから。
うん、何だか私も、何とかしてあげなきゃ、って気分になって来た。
純が私の誕生日を憶えてなかったのは残念だけど、そんな事なんて今はどうでもいいよね。
今は私の思いも寄らなかった事を思い付いてくれた純に感謝するべきだと思う。
残り半年を切った高校生活、私はやれる事をやっておくべきなんだ。
まあ、純には放課後に鯛焼きでも買ってもらって、それを私の誕生日プレゼントにしてもらうけどね。
だって、私も純の誕生日は祝ったんだし、それくらいはしてもらっても罰は当たらないはず。
私はそんなちょっと不純な決心をして布団に入って、早起きして急いで部室に向かった。
今日の朝練頑張ろうって決心を胸の中に強く抱いて。
相棒のムスタングを腕の中に抱えて。
だけど、部室の中で私が目にしたのは少しだけ意外な光景だった。
部室の中には純が居た。
居たんだけど、居たのは純だけだった。
純は紙袋を抱えて長椅子に座って、
私の方……、つまり部室の扉の方を見つめていた。
これはかなり珍しい光景だったと思う。
滅多にしない朝練とは言っても、菫や憂は今までいつも私より先に来てたから。
毎回、純が来るのは、私と同じくらいか最後の方なんだよね。
3: 2012/11/12(月) 19:08:46 ID:aw855BlY0
「あれ? 憂達は? 散歩にでも行ってるの?」
私はムスタングを部室の壁に立て掛けてから純に訊ねてみる。
純が一番乗りで部室に到着してるなんて、いくら何でもちょっと変だ。
散歩っていうのは冗談のつもりだったんだけど、
もしかしたら本当に散歩に行ってたりするのかもしれない。
「憂達……って?」
純が紙袋を長椅子の上に置いてから、首を傾げて応じる。
その表情は何故だか少し愁いを帯びて見えた。
って、あの純が愁い?
自分で考えた事だけど、あの純にそんな事あるはずないよね……?
私は自分の心臓が少し激しく動くのを感じながら、もう一度純に訊ねてみる。
「何言ってるのよ、純。
今日、皆で朝練するんでしょ?
朝練なのに憂達がまだ来てないっておかしくない?」
「ううん、おかしくないよ、梓」
「どうして?」
「だって、朝練するって嘘だもん。
勿論、他の皆も呼んでないよ」
「えーっ……」
私は呆れた声を出して、思わずその場に崩れ落ちてしまう。
朝練が嘘って、純……。
自分が脱力するのを感じるのと同時に、私は胸を撫で下ろす気分も感じていた。
朝練なのに純が一番乗りしてるって妙な事態の理由は、
単に純が私以外の部員を呼んでなかったから、って事が分かったからだ。
純が私以外を呼んでなかった事は釈然としないけど、
少なくともちょっとした異常事態の説明は付いたんだもんね。
それならそれでよかったって思う所なんじゃないのかな。
ただ、勿論、それで完全に納得出来たわけじゃない。
私は床に両手を着いて、上目遣いに純を見ながら溜息混じりに訊ねてみる。
私はムスタングを部室の壁に立て掛けてから純に訊ねてみる。
純が一番乗りで部室に到着してるなんて、いくら何でもちょっと変だ。
散歩っていうのは冗談のつもりだったんだけど、
もしかしたら本当に散歩に行ってたりするのかもしれない。
「憂達……って?」
純が紙袋を長椅子の上に置いてから、首を傾げて応じる。
その表情は何故だか少し愁いを帯びて見えた。
って、あの純が愁い?
自分で考えた事だけど、あの純にそんな事あるはずないよね……?
私は自分の心臓が少し激しく動くのを感じながら、もう一度純に訊ねてみる。
「何言ってるのよ、純。
今日、皆で朝練するんでしょ?
朝練なのに憂達がまだ来てないっておかしくない?」
「ううん、おかしくないよ、梓」
「どうして?」
「だって、朝練するって嘘だもん。
勿論、他の皆も呼んでないよ」
「えーっ……」
私は呆れた声を出して、思わずその場に崩れ落ちてしまう。
朝練が嘘って、純……。
自分が脱力するのを感じるのと同時に、私は胸を撫で下ろす気分も感じていた。
朝練なのに純が一番乗りしてるって妙な事態の理由は、
単に純が私以外の部員を呼んでなかったから、って事が分かったからだ。
純が私以外を呼んでなかった事は釈然としないけど、
少なくともちょっとした異常事態の説明は付いたんだもんね。
それならそれでよかったって思う所なんじゃないのかな。
ただ、勿論、それで完全に納得出来たわけじゃない。
私は床に両手を着いて、上目遣いに純を見ながら溜息混じりに訊ねてみる。
4: 2012/11/12(月) 19:09:21 ID:aw855BlY0
「じゃあ、一体、何をする気なのよ、純……。
こんな朝っぱらから人騒がせな事までして……」
「ごめんごめん、ちょっと梓と二人で話したい事があったんだよね。
でもさ、二人きりで話したい、なんて伝えたら、誰でも身構えちゃうでしょ?
ちょっとね、私はそれが嫌だったんだ。
梓には身構えずに部室まで来てほしかったんだよね。
でも、やっぱり梓には悪い事しちゃったよね。
嘘吐いちゃってごめん、梓」
「ううん、そういう事なら、まあ、いいけど……」
純が妙に真剣な表情を私に向けるから、私はそうやって頷く事しか出来なかった。
純が滅多に見せない真剣な表情。
私はその純の表情に気圧されてしまう。
純がこんな表情を見せる事なんて、今までほとんど無かった。
そう、確か、前に純が私にこんな表情を向けたのは確か……。
「まあまあ、梓もそんな所に座ってないでこっちにおいでよ」
気が付けば、純が私の傍まで近寄って、
崩れ落ちている私に手を差し伸べてくれていた。
私は「ありがと」と言いながらその手を取って身体を起こすと、
純のとても温かい手に導かれるままに、部室の長椅子に純と肩を並べて腰を掛けた。
純と肩が触れ合うのを感じて、私は何となく緊張してしまう。
……って、駄目駄目。
私ったら何で純相手に緊張しちゃってるの?
純が私を朝から部室に呼んだ理由をちゃんと訊かなきゃ……。
私は小さく深呼吸をすると、緊張で少し震える唇をゆっくり開いた。
「ねえ、純、今日は一体何のよ……」
「あ、ちょっと待って、梓」
「えっ?」
「これは嘘吐いちゃったお詫び。遠慮無く食べてよね」
純はそう言うと、長椅子の横に置いていた紙袋を私に手渡した。
こんな朝っぱらから人騒がせな事までして……」
「ごめんごめん、ちょっと梓と二人で話したい事があったんだよね。
でもさ、二人きりで話したい、なんて伝えたら、誰でも身構えちゃうでしょ?
ちょっとね、私はそれが嫌だったんだ。
梓には身構えずに部室まで来てほしかったんだよね。
でも、やっぱり梓には悪い事しちゃったよね。
嘘吐いちゃってごめん、梓」
「ううん、そういう事なら、まあ、いいけど……」
純が妙に真剣な表情を私に向けるから、私はそうやって頷く事しか出来なかった。
純が滅多に見せない真剣な表情。
私はその純の表情に気圧されてしまう。
純がこんな表情を見せる事なんて、今までほとんど無かった。
そう、確か、前に純が私にこんな表情を向けたのは確か……。
「まあまあ、梓もそんな所に座ってないでこっちにおいでよ」
気が付けば、純が私の傍まで近寄って、
崩れ落ちている私に手を差し伸べてくれていた。
私は「ありがと」と言いながらその手を取って身体を起こすと、
純のとても温かい手に導かれるままに、部室の長椅子に純と肩を並べて腰を掛けた。
純と肩が触れ合うのを感じて、私は何となく緊張してしまう。
……って、駄目駄目。
私ったら何で純相手に緊張しちゃってるの?
純が私を朝から部室に呼んだ理由をちゃんと訊かなきゃ……。
私は小さく深呼吸をすると、緊張で少し震える唇をゆっくり開いた。
「ねえ、純、今日は一体何のよ……」
「あ、ちょっと待って、梓」
「えっ?」
「これは嘘吐いちゃったお詫び。遠慮無く食べてよね」
純はそう言うと、長椅子の横に置いていた紙袋を私に手渡した。
5: 2012/11/12(月) 19:10:21 ID:aw855BlY0
「あったかい……」
想像してなかった紙袋の温かさに、私は思わず声を漏らしてしまう。
なるほど、純の手がとても温かったのは、この紙袋を触ってたからなんだ。
何が入ってるのかと思って紙袋の中の覗き込んでみると、餡子の甘い香りが私の鼻孔をくすぐった。
中に入っていたのは私の好物の鯛焼きだった。
数えてみると五つも入っている。
こんなに貰っていいのか不安になって視線を向けてみると、純は軽く微笑んで頷いてくれた。
「遠慮無く食べてって言ったでしょ?
嘘吐いちゃったお詫びなんだから、貰ってくれないと私が困るんだよね。
ここは私の顔を立てると思ってがっつり食べちゃって!」
「がっつりって何よ、がっつりって……。
まあ、そういう事なら遠慮無く貰っちゃうね。
それじゃあ、いただきます」
私は袋の中の鯛焼きを一つ掴み、頭から一口頂く。
鯛焼きの皮と餡子の食感が私の口の中に広がる。
すぐに気が付いた。
これは純と何度か行った私の好きな鯛焼き屋さんの鯛焼きだ。
「ねえ、純、これってあの店の……」
「そうだよ、それはあの店の鯛焼き。
昨日の内に買っといたんだ。
うちの電子レンジで温めたやつだけど、まだ温かいでしょ?」
「うん、温かいし、すっごく美味しいよ。
ありがとう、純」
「やめてってば、梓。
それはお詫びなんだしさ」
「あ、うん、そうだったね。
でも、こんな鯛焼きまで用意して、結局何なの?
私は別にいいけど、純って朝苦手だったでしょ?
それなのに、早起きしてまで、私に話したい事って何なの?」
「あ、一つ訂正させてほしいんだけど、私は別に朝が苦手なわけじゃないよ、梓。
髪型のセットに時間が掛かってるだけで、早起きが苦手ってわけじゃないんだから。
これでもジャズ研の朝練で鍛えられてるんだからね!」
その割には軽音部の朝練にはいつも遅刻ギリギリだった気がするけど……。
まあ、そこは今は突っ込まなくてもいい事だよね。
私は「ごめんごめん」と謝ってから、もう一度純に同じ事を訊ねてみる。
すると純は長椅子の下に置いていた鞄から、何枚かの紙切れを取り出して私に見せた。
想像してなかった紙袋の温かさに、私は思わず声を漏らしてしまう。
なるほど、純の手がとても温かったのは、この紙袋を触ってたからなんだ。
何が入ってるのかと思って紙袋の中の覗き込んでみると、餡子の甘い香りが私の鼻孔をくすぐった。
中に入っていたのは私の好物の鯛焼きだった。
数えてみると五つも入っている。
こんなに貰っていいのか不安になって視線を向けてみると、純は軽く微笑んで頷いてくれた。
「遠慮無く食べてって言ったでしょ?
嘘吐いちゃったお詫びなんだから、貰ってくれないと私が困るんだよね。
ここは私の顔を立てると思ってがっつり食べちゃって!」
「がっつりって何よ、がっつりって……。
まあ、そういう事なら遠慮無く貰っちゃうね。
それじゃあ、いただきます」
私は袋の中の鯛焼きを一つ掴み、頭から一口頂く。
鯛焼きの皮と餡子の食感が私の口の中に広がる。
すぐに気が付いた。
これは純と何度か行った私の好きな鯛焼き屋さんの鯛焼きだ。
「ねえ、純、これってあの店の……」
「そうだよ、それはあの店の鯛焼き。
昨日の内に買っといたんだ。
うちの電子レンジで温めたやつだけど、まだ温かいでしょ?」
「うん、温かいし、すっごく美味しいよ。
ありがとう、純」
「やめてってば、梓。
それはお詫びなんだしさ」
「あ、うん、そうだったね。
でも、こんな鯛焼きまで用意して、結局何なの?
私は別にいいけど、純って朝苦手だったでしょ?
それなのに、早起きしてまで、私に話したい事って何なの?」
「あ、一つ訂正させてほしいんだけど、私は別に朝が苦手なわけじゃないよ、梓。
髪型のセットに時間が掛かってるだけで、早起きが苦手ってわけじゃないんだから。
これでもジャズ研の朝練で鍛えられてるんだからね!」
その割には軽音部の朝練にはいつも遅刻ギリギリだった気がするけど……。
まあ、そこは今は突っ込まなくてもいい事だよね。
私は「ごめんごめん」と謝ってから、もう一度純に同じ事を訊ねてみる。
すると純は長椅子の下に置いていた鞄から、何枚かの紙切れを取り出して私に見せた。
6: 2012/11/12(月) 19:10:48 ID:aw855BlY0
「これは……、楽譜……?」
確かめるみたいに呟いてみる。
ううん、呟かなくても一目瞭然だった。
純が手に持っているのは楽譜だ。
それも五線譜の上に音符と歌詞が手書きされた……。
これは何かを食べながら見る物じゃないよね。
私は手に持っていた鯛焼きを一気に頬張ってから、またその楽譜に視線を向けた。
見る限りはギターの楽譜みたい。
何度も何度も消しては書き加えた跡がある。
工夫と苦悩と研鑽の跡がある。
そして、歌詞の筆跡に私は見覚えがあった。
授業中なのに、何度も回って来た手紙と同じ筆跡。
「もしかして、この楽譜は純が……?」
私が純の顔を見ながら訊ねると、純は頬を少し赤く染めた。
照れてるんだ。
純が照れるのなんて、何だか凄く久し振りに見た気がする。
純は自分の鼻の頭を軽く掻きながら、私の言葉に頷いた。
「まあね! 私ってば作詞・作曲も出来る子だからね!」
「純ってそんな事出来たのっ?」
「出来るよ! って言うか、新曲の作曲の協力もしてたじゃん!
見てなかったのっ?」
「打ち込みが珍しいから見てるだけかと思ってた……」
「梓が私の事をどう見てるかよく分かったよ……。
そりゃ私だって最初は興味本位だったけど、
打ち込みの協力とジャズ研の経験から、それなりに作曲出来るようになったんだよ……」
「ご、ごめんってば……。
そんな膨れ顔しないでよ、純……」
慌てて私が謝ると、純はすぐに笑顔になって私の頭に手を置いた。
軽く撫でながら、優しい声色で続ける。
確かめるみたいに呟いてみる。
ううん、呟かなくても一目瞭然だった。
純が手に持っているのは楽譜だ。
それも五線譜の上に音符と歌詞が手書きされた……。
これは何かを食べながら見る物じゃないよね。
私は手に持っていた鯛焼きを一気に頬張ってから、またその楽譜に視線を向けた。
見る限りはギターの楽譜みたい。
何度も何度も消しては書き加えた跡がある。
工夫と苦悩と研鑽の跡がある。
そして、歌詞の筆跡に私は見覚えがあった。
授業中なのに、何度も回って来た手紙と同じ筆跡。
「もしかして、この楽譜は純が……?」
私が純の顔を見ながら訊ねると、純は頬を少し赤く染めた。
照れてるんだ。
純が照れるのなんて、何だか凄く久し振りに見た気がする。
純は自分の鼻の頭を軽く掻きながら、私の言葉に頷いた。
「まあね! 私ってば作詞・作曲も出来る子だからね!」
「純ってそんな事出来たのっ?」
「出来るよ! って言うか、新曲の作曲の協力もしてたじゃん!
見てなかったのっ?」
「打ち込みが珍しいから見てるだけかと思ってた……」
「梓が私の事をどう見てるかよく分かったよ……。
そりゃ私だって最初は興味本位だったけど、
打ち込みの協力とジャズ研の経験から、それなりに作曲出来るようになったんだよ……」
「ご、ごめんってば……。
そんな膨れ顔しないでよ、純……」
慌てて私が謝ると、純はすぐに笑顔になって私の頭に手を置いた。
軽く撫でながら、優しい声色で続ける。
7: 2012/11/12(月) 19:11:17 ID:aw855BlY0
「まあ、梓はドラムとか色んな手伝いしてたから、
私のやってる事までは気付かなくても仕方無いのは分かってるよ。
自分で言うのも何だけど、結構皆に隠れて作曲の勉強をしてたからね」
「皆に隠れて……、ってどうして?」
「そっちの方がカッコいいでしょー?
作詞も作曲も出来ないと思ってた先輩が実はその爪を隠したってやつ!
そういうのってすっごくカッコいいし、皆をびっくりさせられるじゃん?」
「確かにびっくりはしたけど……」
純はそういうカッコよさにこだわる所が結構ある。
それだけの理由で皆に隠れて作曲の勉強をしてたなんて、呆れるを通り越して感心しか出来ない。
こういう所は凄い行動力なんだよね、純って子は……。
でも、そこで私は一つの疑問に思い当たった。
何で皆をびっくりさせようと思ってたいたのか、ってその理由が分からなかったんだよね。
私がそれを訊ねると、純は「何言ってるの、梓!」とちょっと興奮気味に答えてくれた。
「卒業の時に後輩に曲を贈るのが軽音部の伝統行事なんでしょ?
だったら、私達もその伝統をしっかり守らないと!」
普段、古い行事なんて嫌いとか言っていながら、妙に自信たっぷりな言葉だった。
でも、それでよかった。
全然よかった。
凄く嬉しかった。
純ったら……、私の話を憶えててくれたんだ……。
二年生の頃、先輩達が卒業する時、私は先輩達から一つの曲を贈られた。
『天使にふれたよ!』って贈られる本人としてはちょっと恥ずかしくなるタイトルの曲。
でも、私の事を心から想って、先輩皆で作ってくれた曲だ。
その曲を贈られて、私はとっても嬉しかった。
とってもとっても幸せだった。
だから、今年、二人の後輩が出来た時に思ったんだ。
私も後輩達のために曲を贈ろうって。
二人を大事に大事に想って、心の底からの感謝を届けようって。
でも、私に作曲は出来ないから、そろそろ勉強しないといけないって思ってた所だったんだよね。
少しずつ勉強して、受験が終わった頃に集中して純達と作らなきゃって思ってた。
純はそんな私よりも先に、後輩達の事を考えて作曲を始めてくれてたんだ……。
気が付けば私は純の手を取っていた。
嬉しさでどうにかなっちゃいそうだった。
この気持ちを言葉にしなくちゃ、本当にどうにかなっちゃいそう。
私は純の瞳を見つめて、自分の今思う素直な気持ちを口に出した。
私のやってる事までは気付かなくても仕方無いのは分かってるよ。
自分で言うのも何だけど、結構皆に隠れて作曲の勉強をしてたからね」
「皆に隠れて……、ってどうして?」
「そっちの方がカッコいいでしょー?
作詞も作曲も出来ないと思ってた先輩が実はその爪を隠したってやつ!
そういうのってすっごくカッコいいし、皆をびっくりさせられるじゃん?」
「確かにびっくりはしたけど……」
純はそういうカッコよさにこだわる所が結構ある。
それだけの理由で皆に隠れて作曲の勉強をしてたなんて、呆れるを通り越して感心しか出来ない。
こういう所は凄い行動力なんだよね、純って子は……。
でも、そこで私は一つの疑問に思い当たった。
何で皆をびっくりさせようと思ってたいたのか、ってその理由が分からなかったんだよね。
私がそれを訊ねると、純は「何言ってるの、梓!」とちょっと興奮気味に答えてくれた。
「卒業の時に後輩に曲を贈るのが軽音部の伝統行事なんでしょ?
だったら、私達もその伝統をしっかり守らないと!」
普段、古い行事なんて嫌いとか言っていながら、妙に自信たっぷりな言葉だった。
でも、それでよかった。
全然よかった。
凄く嬉しかった。
純ったら……、私の話を憶えててくれたんだ……。
二年生の頃、先輩達が卒業する時、私は先輩達から一つの曲を贈られた。
『天使にふれたよ!』って贈られる本人としてはちょっと恥ずかしくなるタイトルの曲。
でも、私の事を心から想って、先輩皆で作ってくれた曲だ。
その曲を贈られて、私はとっても嬉しかった。
とってもとっても幸せだった。
だから、今年、二人の後輩が出来た時に思ったんだ。
私も後輩達のために曲を贈ろうって。
二人を大事に大事に想って、心の底からの感謝を届けようって。
でも、私に作曲は出来ないから、そろそろ勉強しないといけないって思ってた所だったんだよね。
少しずつ勉強して、受験が終わった頃に集中して純達と作らなきゃって思ってた。
純はそんな私よりも先に、後輩達の事を考えて作曲を始めてくれてたんだ……。
気が付けば私は純の手を取っていた。
嬉しさでどうにかなっちゃいそうだった。
この気持ちを言葉にしなくちゃ、本当にどうにかなっちゃいそう。
私は純の瞳を見つめて、自分の今思う素直な気持ちを口に出した。
8: 2012/11/12(月) 19:12:05 ID:aw855BlY0
「うん、そうだよ! そうだよね、純!
伝統……、守らなきゃね!
私の話、憶えててくれたんだ!
ありがとう、純!」
「お礼を言うのは早いって、梓。
この楽譜は梓と憂に添削してもらおうと思ってるやつなんだからさ。
作曲は始めたばっかりだから、残念だけどまだ自信が無いんだよね。
でも、それでもいいかなって思うんだ。
私一人で完璧な曲が作れてもつまらないし、カッコよくないじゃない?
だからさ、私達三人で作りたいんだよね、あの子達に贈る曲を。
三人でいい曲を作って贈ろうよ、梓」
「うん!」
私は純の手を強く握って頷く。
思った。絶対にいい曲を作ろうって。
私達が贈れる最高の曲を作ってみせようって。
それがきっと卒業する私達が、あの子達に作ってあげられる最後の思い出なんだと思うから。
思い出に残る素敵な曲を作るんだ、三人で絶対に……!
……って、あれ?
私はそこで首を傾げてしまう。
それなら先にしなくちゃいけない事があると思ったからだ。
私は純の手を握っていた手のひらから力を少し抜くと、それを純に訊ねてみる。
「ねえ、純……?」
「どうしたの?」
「それなら私だけじゃなくて、憂も今日呼んでおいた方がよかったんじゃない?
三人で曲を作るんなら、ちゃんと憂にも伝えておかなきゃ……」
「ああ、その事。
うん、分かってるよ。
憂にはちゃんと今日の帰り道にでも伝えるつもり。
別に憂を仲間外れにしたわけじゃないんだよ。
今日、梓に嘘を吐いてまで来てもらったのはね、梓にもう一つ大切な話があったからなんだ……」
私にもう一つ大切な話がある?
何の話なんだろう?
少なくとも、私には後輩二人に贈る曲以上に大切な話が思い浮かばない。
それだけで十分過ぎるくらい、大切な話だった。
でも、純にはまだ私に話があるらしい。
一体、どんな話を私にするつもりなんだろう?
伝統……、守らなきゃね!
私の話、憶えててくれたんだ!
ありがとう、純!」
「お礼を言うのは早いって、梓。
この楽譜は梓と憂に添削してもらおうと思ってるやつなんだからさ。
作曲は始めたばっかりだから、残念だけどまだ自信が無いんだよね。
でも、それでもいいかなって思うんだ。
私一人で完璧な曲が作れてもつまらないし、カッコよくないじゃない?
だからさ、私達三人で作りたいんだよね、あの子達に贈る曲を。
三人でいい曲を作って贈ろうよ、梓」
「うん!」
私は純の手を強く握って頷く。
思った。絶対にいい曲を作ろうって。
私達が贈れる最高の曲を作ってみせようって。
それがきっと卒業する私達が、あの子達に作ってあげられる最後の思い出なんだと思うから。
思い出に残る素敵な曲を作るんだ、三人で絶対に……!
……って、あれ?
私はそこで首を傾げてしまう。
それなら先にしなくちゃいけない事があると思ったからだ。
私は純の手を握っていた手のひらから力を少し抜くと、それを純に訊ねてみる。
「ねえ、純……?」
「どうしたの?」
「それなら私だけじゃなくて、憂も今日呼んでおいた方がよかったんじゃない?
三人で曲を作るんなら、ちゃんと憂にも伝えておかなきゃ……」
「ああ、その事。
うん、分かってるよ。
憂にはちゃんと今日の帰り道にでも伝えるつもり。
別に憂を仲間外れにしたわけじゃないんだよ。
今日、梓に嘘を吐いてまで来てもらったのはね、梓にもう一つ大切な話があったからなんだ……」
私にもう一つ大切な話がある?
何の話なんだろう?
少なくとも、私には後輩二人に贈る曲以上に大切な話が思い浮かばない。
それだけで十分過ぎるくらい、大切な話だった。
でも、純にはまだ私に話があるらしい。
一体、どんな話を私にするつもりなんだろう?
12: 2012/11/14(水) 19:49:50 ID:tUZDQbJs0
「えっとさ……。実はね……」
純がまた自分の鞄の中に手を突っ込んでから、珍しく頬を染めて言い淀んだ。
鞄の中に何かを入れてるんだろうけど、それが何なのかまでは勿論私には分からない。
ひょっとして後輩達に贈る予定の曲を演奏して、デモテープでも作ってるのかな。
それなら純が珍しく言い淀んでる理由にも説明が付くんだけど……。
「ええい、儘よ!」
漫画みたいな事を言ってから、純は鞄の中から何かを取り出して私に手渡した。
その何かは残念ながらと言うべきなのか、
私の想像してたデモテープじゃなくて、また数枚の紙……、楽譜だった。
憂に渡す方の楽譜かなって一瞬思ったけど、そうじゃないのはすぐに分かった。
よく見なくても、さっき渡された楽譜と今渡された楽譜の中身が違うのは一目瞭然だったから。
記号も音符の配置も歌詞も全然違っていたから。
「後輩に贈る曲の二曲目?」
私が首を傾げて訊ねると、純はちょっと肩を落としたみたいだった。
純は脱力した感じになって、絞り出すみたいに言葉を続けた。
「違うってば、梓……。
そう何曲も贈られたってあの子達も困るだけでしょ?
そんなのサプライズも思い入れも無くなっちゃうじゃない。
勿論、その楽譜はそんなのじゃなくてね、えっと……」
「何?」
「あー、もう、梓ってばホントに鈍いなあ!
それはプレゼントだよ、プレゼント!
梓への!」
「え? 私に? どうして?」
「それ本気で言ってる?
誕生日プレゼントだよ、梓!」
「えっ……?」
私は予期してなかった事態に言葉を失ってしまう。
誕生日を祝ってもらえる事は勿論嬉しい。
しかも、それが純の自作の曲だなんて、嬉しくないわけなんて無い。
すっごく嬉しいに決まってるじゃない。
でも、どうしてプレゼントをくれるのが今日なのか、私にはそれが分からなかった。
だから、私はいつの間にか、自分でも間抜けだって分かる質問を純にしてしまっていた。
純がまた自分の鞄の中に手を突っ込んでから、珍しく頬を染めて言い淀んだ。
鞄の中に何かを入れてるんだろうけど、それが何なのかまでは勿論私には分からない。
ひょっとして後輩達に贈る予定の曲を演奏して、デモテープでも作ってるのかな。
それなら純が珍しく言い淀んでる理由にも説明が付くんだけど……。
「ええい、儘よ!」
漫画みたいな事を言ってから、純は鞄の中から何かを取り出して私に手渡した。
その何かは残念ながらと言うべきなのか、
私の想像してたデモテープじゃなくて、また数枚の紙……、楽譜だった。
憂に渡す方の楽譜かなって一瞬思ったけど、そうじゃないのはすぐに分かった。
よく見なくても、さっき渡された楽譜と今渡された楽譜の中身が違うのは一目瞭然だったから。
記号も音符の配置も歌詞も全然違っていたから。
「後輩に贈る曲の二曲目?」
私が首を傾げて訊ねると、純はちょっと肩を落としたみたいだった。
純は脱力した感じになって、絞り出すみたいに言葉を続けた。
「違うってば、梓……。
そう何曲も贈られたってあの子達も困るだけでしょ?
そんなのサプライズも思い入れも無くなっちゃうじゃない。
勿論、その楽譜はそんなのじゃなくてね、えっと……」
「何?」
「あー、もう、梓ってばホントに鈍いなあ!
それはプレゼントだよ、プレゼント!
梓への!」
「え? 私に? どうして?」
「それ本気で言ってる?
誕生日プレゼントだよ、梓!」
「えっ……?」
私は予期してなかった事態に言葉を失ってしまう。
誕生日を祝ってもらえる事は勿論嬉しい。
しかも、それが純の自作の曲だなんて、嬉しくないわけなんて無い。
すっごく嬉しいに決まってるじゃない。
でも、どうしてプレゼントをくれるのが今日なのか、私にはそれが分からなかった。
だから、私はいつの間にか、自分でも間抜けだって分かる質問を純にしてしまっていた。
13: 2012/11/14(水) 19:50:19 ID:tUZDQbJs0
「純、私の誕生日を憶えててくれたの?」
「勿論だよ、梓。
そりゃまあ、最近まで忘れてたけどね……。
でも、先月くらいから憂が梓の誕生日の話をするようになって、
それで私だってちゃんと梓の誕生日が近いんだって事を思い出したんだから。
プレゼントだって先月からずっと準備してたんだよ?」
純がまた頬を染めて、私から目を逸らしながらも私にそう話してくれた。
いつも奔放に見える純でも、私に誕生日プレゼントを渡すのは照れ臭い事みたい。
そんな純の横顔を見て、私は自分の胸が高鳴るのを感じる。
純ってば、私をそんなに大切な友達だって想ってくれてたんだ……。
やだな……、嬉しいのに何でだろう。
胸が詰まって、私、ちょっと泣きそうになっちゃってる……。
ううん、駄目駄目。
今泣いちゃっても、純を困らせるだけじゃない。
私は潤み始めた目尻を指先で擦って、照れ隠しに少し軽口を言ってみる。
「誕生日プレゼント、ありがとね、純。
私、すっごく嬉しいよ。
でもね、純、私の誕生日、昨日だよ?」
「うっ……」
痛い所を突かれてしまったという感じに純が呻く。
その純の仕種は私の予想していた物と全然違っていた。
あれ?
純の様子を見る限りじゃ、私の誕生日を間違えて憶えてたってわけじゃないみたい。
そりゃゾロ目の誕生日だから、誕生月自体を間違える事はあっても、
誕生日を一日違いで憶えてるって事なんて、普通は無いよね……。
だったら、純は私の誕生日を分かってて、
それでも今日、私に誕生日プレゼントを渡したって事になる。
これはどういう事なんだろう?
純にそれを訊いていいのか、私は迷ってしまう。
私はもう純を困らせる軽口を言ってしまってるんだもん。
これ以上、純を困らせるような質問をしてしまってもいいのかな……。
「ねえ、梓」
私が言葉を失っていると、不意に純が私の方に視線を向け直して言った。
慌てて、私も純の瞳とまた視線を合わせる。
瞬間、純の瞳の雰囲気に呑まれそうになった。
純は頬を染めながらも、たまにだけ見せる強い意志を持った表情を見せていたから。
私が迷った時、もう一歩を踏み出せなくなった時、私を支えてくれた時の表情を。
「どうしたの、純?」とだけ私が喉の奥から絞り出して言うと、純はその言葉を続けた。
「勿論だよ、梓。
そりゃまあ、最近まで忘れてたけどね……。
でも、先月くらいから憂が梓の誕生日の話をするようになって、
それで私だってちゃんと梓の誕生日が近いんだって事を思い出したんだから。
プレゼントだって先月からずっと準備してたんだよ?」
純がまた頬を染めて、私から目を逸らしながらも私にそう話してくれた。
いつも奔放に見える純でも、私に誕生日プレゼントを渡すのは照れ臭い事みたい。
そんな純の横顔を見て、私は自分の胸が高鳴るのを感じる。
純ってば、私をそんなに大切な友達だって想ってくれてたんだ……。
やだな……、嬉しいのに何でだろう。
胸が詰まって、私、ちょっと泣きそうになっちゃってる……。
ううん、駄目駄目。
今泣いちゃっても、純を困らせるだけじゃない。
私は潤み始めた目尻を指先で擦って、照れ隠しに少し軽口を言ってみる。
「誕生日プレゼント、ありがとね、純。
私、すっごく嬉しいよ。
でもね、純、私の誕生日、昨日だよ?」
「うっ……」
痛い所を突かれてしまったという感じに純が呻く。
その純の仕種は私の予想していた物と全然違っていた。
あれ?
純の様子を見る限りじゃ、私の誕生日を間違えて憶えてたってわけじゃないみたい。
そりゃゾロ目の誕生日だから、誕生月自体を間違える事はあっても、
誕生日を一日違いで憶えてるって事なんて、普通は無いよね……。
だったら、純は私の誕生日を分かってて、
それでも今日、私に誕生日プレゼントを渡したって事になる。
これはどういう事なんだろう?
純にそれを訊いていいのか、私は迷ってしまう。
私はもう純を困らせる軽口を言ってしまってるんだもん。
これ以上、純を困らせるような質問をしてしまってもいいのかな……。
「ねえ、梓」
私が言葉を失っていると、不意に純が私の方に視線を向け直して言った。
慌てて、私も純の瞳とまた視線を合わせる。
瞬間、純の瞳の雰囲気に呑まれそうになった。
純は頬を染めながらも、たまにだけ見せる強い意志を持った表情を見せていたから。
私が迷った時、もう一歩を踏み出せなくなった時、私を支えてくれた時の表情を。
「どうしたの、純?」とだけ私が喉の奥から絞り出して言うと、純はその言葉を続けた。
14: 2012/11/14(水) 19:50:47 ID:tUZDQbJs0
「梓の誕生日が昨日だって事、私、ちゃんと憶えてたんだよ?
憂に一緒に誕生日プレゼントを私に行かないかって誘われてたし、
後輩二人が梓に誕生日のお祝いのメールを送ろうとしてた事も知ってる。
でも、私は昨日、梓に誕生日プレゼントを渡しに行きたくなかったんだ。
用事があったわけじゃないんだけど、昨日は駄目だったんだよね……」
「どうして……?
ううん、別に純を責めてるわけじゃなくて、ただ気になっただけだけどね。
誕生日を祝ってくれるなんて、それが誕生日の当日じゃなくたって嬉しいよ。
すっごく嬉しいんだ、ホントだよ?
誕生日プレゼント、ありがとう、純」
上手く言えたかどうかは分からない。
でも、私は自分に出来る限りの笑顔を浮かべて、素直な気持ちを言えたはず。
感情表現が苦手な私だけど、今回だけは伝えられたはずだって思いたい。
純も私のその表情を見て、少しは安心してくれたみたいだった。
心を落ち着けさせてあげる事が出来たみたいだった。
表情こそそんなに変わらなかったけど、純は声色を優しくして続けた。
「昨日、誕生日プレゼントを梓に渡せなかったのはさ、嫌だったからなんだ」
「嫌だった……、って何が?」
「それはさ、梓の誕生日プレゼントの楽譜と、
後輩達に贈る方の楽譜を見比べてもらえると分かると思うんだけど……」
純はそう言って自分の頭を掻きながら、困ったように笑う。
私は純の言う通り手渡された二つの楽譜を見比べてみる事にした。
まずは後輩達に贈る方の楽譜に視線を落としてみる。
正直言って拙い歌詞ではあったけど、純らしい素敵な歌詞だと思った。
贈られる相手を元気にしてあげられるような明るい歌詞と曲調。
『未来』とか『皆』、『輝く明日』とかポジティブな歌詞が印象的だ。
少なくとも今の私には書けそうにない、いい曲だと思う。
次に誕生日プレゼントに貰った楽譜に視線を向けてみて、私は気付いた。
これは切なさがある曲だって。
若干の寂しさを感じさせる曲なんだって。
『遠い空の下で星空を見上げる君を思う』
『離れていても心だけは君の傍に居たい』
全体的にそういう離れ離れの二人が相手を思い合う歌詞が印象に残る。
決して悲しい歌じゃないけど、大切にし合う二人が別離する切なさは確かにあった。
二人……、つまり、私達が遠く離れる切なさも歌われてる曲だった。
私は自分の胸に言い様の無い不安が湧き上がるのを感じた。
どうしようもなく不安になってくる。
私は楽譜を長椅子の横に置き、純の手を両手で強く握ってから震える声で訊ねる。
「純……、ひょっとして引っ越しの予定でもあるの?
ううん、こんな時期に引っ越しなんて無いか……。
だったら、何処か私達と違う大学を受ける予定になったとか……」
純と同じ大学に進学する約束をしてるわけじゃない。
ただ候補として同じ大学を受験する予定はあったし、
そのまま二人で同じ大学に進学するものだと思ってた。
唯先輩達みたいに、私と純と憂は同じ大学で今までと同じ生活を出来るはずだって信じてた。
ううん、信じたかったんだと思う。
純と離れ離れになるなんて、急に言われても想像出来ない。
憂に一緒に誕生日プレゼントを私に行かないかって誘われてたし、
後輩二人が梓に誕生日のお祝いのメールを送ろうとしてた事も知ってる。
でも、私は昨日、梓に誕生日プレゼントを渡しに行きたくなかったんだ。
用事があったわけじゃないんだけど、昨日は駄目だったんだよね……」
「どうして……?
ううん、別に純を責めてるわけじゃなくて、ただ気になっただけだけどね。
誕生日を祝ってくれるなんて、それが誕生日の当日じゃなくたって嬉しいよ。
すっごく嬉しいんだ、ホントだよ?
誕生日プレゼント、ありがとう、純」
上手く言えたかどうかは分からない。
でも、私は自分に出来る限りの笑顔を浮かべて、素直な気持ちを言えたはず。
感情表現が苦手な私だけど、今回だけは伝えられたはずだって思いたい。
純も私のその表情を見て、少しは安心してくれたみたいだった。
心を落ち着けさせてあげる事が出来たみたいだった。
表情こそそんなに変わらなかったけど、純は声色を優しくして続けた。
「昨日、誕生日プレゼントを梓に渡せなかったのはさ、嫌だったからなんだ」
「嫌だった……、って何が?」
「それはさ、梓の誕生日プレゼントの楽譜と、
後輩達に贈る方の楽譜を見比べてもらえると分かると思うんだけど……」
純はそう言って自分の頭を掻きながら、困ったように笑う。
私は純の言う通り手渡された二つの楽譜を見比べてみる事にした。
まずは後輩達に贈る方の楽譜に視線を落としてみる。
正直言って拙い歌詞ではあったけど、純らしい素敵な歌詞だと思った。
贈られる相手を元気にしてあげられるような明るい歌詞と曲調。
『未来』とか『皆』、『輝く明日』とかポジティブな歌詞が印象的だ。
少なくとも今の私には書けそうにない、いい曲だと思う。
次に誕生日プレゼントに貰った楽譜に視線を向けてみて、私は気付いた。
これは切なさがある曲だって。
若干の寂しさを感じさせる曲なんだって。
『遠い空の下で星空を見上げる君を思う』
『離れていても心だけは君の傍に居たい』
全体的にそういう離れ離れの二人が相手を思い合う歌詞が印象に残る。
決して悲しい歌じゃないけど、大切にし合う二人が別離する切なさは確かにあった。
二人……、つまり、私達が遠く離れる切なさも歌われてる曲だった。
私は自分の胸に言い様の無い不安が湧き上がるのを感じた。
どうしようもなく不安になってくる。
私は楽譜を長椅子の横に置き、純の手を両手で強く握ってから震える声で訊ねる。
「純……、ひょっとして引っ越しの予定でもあるの?
ううん、こんな時期に引っ越しなんて無いか……。
だったら、何処か私達と違う大学を受ける予定になったとか……」
純と同じ大学に進学する約束をしてるわけじゃない。
ただ候補として同じ大学を受験する予定はあったし、
そのまま二人で同じ大学に進学するものだと思ってた。
唯先輩達みたいに、私と純と憂は同じ大学で今までと同じ生活を出来るはずだって信じてた。
ううん、信じたかったんだと思う。
純と離れ離れになるなんて、急に言われても想像出来ない。
15: 2012/11/14(水) 19:51:12 ID:tUZDQbJs0
「ううん、違うよ、梓。
引っ越しなんてする予定は無いし、大学は梓達と同じ大学を受験するつもりだよ。
まあ、合格するかどうかは別問題だけどね……」
私の切羽詰った素振りが予想通りだったのか、純は苦笑しながら静かに首を横に振った。
その純の表情に嘘は無かった。
純の言葉が本当なら、私達と同じ大学を受験するつもりなんだろう。
でも、だったら純はこんな切ない歌詞を?
私がそれを訊ねると、純は私の手から右手を脱け出させて、私の頭に手を置いた。
ゆっくりと私の頭を撫でながら、優しく口を開いてくれた。
「ねえ、梓、こんな言葉を知ってる?
『自分がその人の事をどれくらい大切なのか知りたい時は、
その人が自分の傍から居なくなってしまった時の事を考えなさい』ってやつ。
私ね、梓の誕生日プレゼントの曲を作る時、
確かいつか漫画で読んだその言葉を思い出したんだよね。
折角、梓にプレゼントする曲なんだから、梓の事をしっかり考えたかったんだ。
でさ、その言葉通りに考えてみたらさ、自分でも驚いちゃったんだ。
まさか私の中から『離れていても心だけは傍に居たい』なんて歌詞が出ちゃうなんてね……。
気障過ぎて鳥肌が立っちゃいそうだって思ったよ、自分でもさ。
大体、こんなのいつか離れ離れになる二人の曲じゃん?
まだ別々の道を歩く予定も無いのに、こんな歌詞の曲を梓に贈っていいのかって迷ったよ。
誕生日っていうおめでたい日に、こんな縁起でもない曲を贈ってもいいのかって。
でもね……」
「でも……?」
「この歌詞は私の本当の気持ちでもあったから、書き直したりは出来なかったんだ。
気障過ぎる曲だけど、いつか本当に梓と離れる事になったら、私はそう思うはずだもん。
離れてても梓には私の事を憶えててほしいし、私も梓の事を憶えてたいから。
いつまでも一緒……、なんて歌詞にしてもよかったんだけど、
絶対に約束出来ない事を歌詞にしちゃうのも嫌だったんだよね。
あははっ、これも気障な台詞なんだけど」
気障だ。
確かに気障な台詞だよね。
でも、純の言ってる事は間違ってなかった。
私だって、出来る事なら純といつまでも一緒に居たい。
傍で笑い合える親友のままで居たい。
それこそが私の幸せだし、そう思うと凄く安心出来る。
私は純をいつもフォローしているけど、純だって私もフォローしてくれてる。
ここぞという時、純は私を支えてくれる。
もしかしたら、私の方こそ純を必要としてるのかもしれない。
ずっとずっと一緒に居たいし、同じ時を生きていきたい。
だけど……、きっとそれは無理なんだと思う。
いつかは絶対に離れ離れになってしまう時が来る。
去年、先輩達が卒業した時に分かった。
どんなに傍に居たいと望んでも、そう出来ない事はあるんだって。
人には一人一人の人生がある以上、同じ道を歩けなくなる時はいつか絶対に来るんだって。
そこから目を背けて、いつまでも一緒に居たいとだけ思ってたって、きっと何にもならない。
そんなの前に進めず、成長も出来ず、その場に立ち止まり続けるって事だから。
引っ越しなんてする予定は無いし、大学は梓達と同じ大学を受験するつもりだよ。
まあ、合格するかどうかは別問題だけどね……」
私の切羽詰った素振りが予想通りだったのか、純は苦笑しながら静かに首を横に振った。
その純の表情に嘘は無かった。
純の言葉が本当なら、私達と同じ大学を受験するつもりなんだろう。
でも、だったら純はこんな切ない歌詞を?
私がそれを訊ねると、純は私の手から右手を脱け出させて、私の頭に手を置いた。
ゆっくりと私の頭を撫でながら、優しく口を開いてくれた。
「ねえ、梓、こんな言葉を知ってる?
『自分がその人の事をどれくらい大切なのか知りたい時は、
その人が自分の傍から居なくなってしまった時の事を考えなさい』ってやつ。
私ね、梓の誕生日プレゼントの曲を作る時、
確かいつか漫画で読んだその言葉を思い出したんだよね。
折角、梓にプレゼントする曲なんだから、梓の事をしっかり考えたかったんだ。
でさ、その言葉通りに考えてみたらさ、自分でも驚いちゃったんだ。
まさか私の中から『離れていても心だけは傍に居たい』なんて歌詞が出ちゃうなんてね……。
気障過ぎて鳥肌が立っちゃいそうだって思ったよ、自分でもさ。
大体、こんなのいつか離れ離れになる二人の曲じゃん?
まだ別々の道を歩く予定も無いのに、こんな歌詞の曲を梓に贈っていいのかって迷ったよ。
誕生日っていうおめでたい日に、こんな縁起でもない曲を贈ってもいいのかって。
でもね……」
「でも……?」
「この歌詞は私の本当の気持ちでもあったから、書き直したりは出来なかったんだ。
気障過ぎる曲だけど、いつか本当に梓と離れる事になったら、私はそう思うはずだもん。
離れてても梓には私の事を憶えててほしいし、私も梓の事を憶えてたいから。
いつまでも一緒……、なんて歌詞にしてもよかったんだけど、
絶対に約束出来ない事を歌詞にしちゃうのも嫌だったんだよね。
あははっ、これも気障な台詞なんだけど」
気障だ。
確かに気障な台詞だよね。
でも、純の言ってる事は間違ってなかった。
私だって、出来る事なら純といつまでも一緒に居たい。
傍で笑い合える親友のままで居たい。
それこそが私の幸せだし、そう思うと凄く安心出来る。
私は純をいつもフォローしているけど、純だって私もフォローしてくれてる。
ここぞという時、純は私を支えてくれる。
もしかしたら、私の方こそ純を必要としてるのかもしれない。
ずっとずっと一緒に居たいし、同じ時を生きていきたい。
だけど……、きっとそれは無理なんだと思う。
いつかは絶対に離れ離れになってしまう時が来る。
去年、先輩達が卒業した時に分かった。
どんなに傍に居たいと望んでも、そう出来ない事はあるんだって。
人には一人一人の人生がある以上、同じ道を歩けなくなる時はいつか絶対に来るんだって。
そこから目を背けて、いつまでも一緒に居たいとだけ思ってたって、きっと何にもならない。
そんなの前に進めず、成長も出来ず、その場に立ち止まり続けるって事だから。
16: 2012/11/14(水) 19:51:38 ID:tUZDQbJs0
「だからね、私は自分の想いを込めた曲をそのまま梓に渡したかったんだ。
それが私の本当の気持ちなんだもん。
嘘ばっかりの曲なんて、梓にプレゼント出来ないよ」
純が頬を染めて、想いを言葉に乗せてくれた。
純の本当の想いをそのままに私に伝えてくれた。
「でもさ、本当の気持ちだからって言っても、
誕生日にこの曲をプレゼントしちゃ駄目だとも思ったんだよね。
だって、誕生日っておめでたい日じゃん。
一年で一番おめでたくなきゃ駄目な日じゃん。
一年で一番幸せな日じゃなきゃ駄目なんだから!
そんな日に縁起でもない曲を梓にプレゼントしちゃ駄目だよ。
本当の気持ちだとしても、離れ離れになった時の事を考えた曲を渡すなんてさ。
いつか梓が十八歳の誕生日を思い出した時、
ちょっとでも寂しさとか切なさがあったら駄目でしょ。
そんなの、私だったら絶対やだもん!
折角の誕生日、幸せな思い出だけで居てほしいもん!
それでね……、今日に誕生日プレゼントをずらしたんだよね。
それなら梓の誕生日が切ない誕生日になったりしないって思ったんだ。
考えてみたら、梓の誕生日の前に「その日は予定があるから、プレゼントは次の日に渡すね」。
とでも言っとけばよかったかもしれないけどね……。
でも、仕方無いじゃん!
この曲が出来上がったの三日前だし、私だって色々迷ってたんだもん……!」
純が左右に纏められた髪の毛を揺らして、複雑な表情を浮かべて頬を膨らませる。
自分の想いを全部私に伝えた後も、これでよかったのかって迷ってるんだろう。
自分の取った行動が正解だったのかどうか不安なんだろう。
それで複雑な表情を浮かべる事しか出来なかったんだと思う。
確かに純の考えと行動は間違っていた。
私の事を思ってくれての行動だったかもしれないけど、純は間違ってるよ……。
「馬鹿だなあ……」
私が小さく呟くと、純が私の頭から手を離して表情を不安そうなものに変えた。
今にも泣き出しそうな……、不安いっぱいの顔。
自分はやっぱり失敗してしまったのかって、辛そうな様子まで見受けられる顔だった。
私は純の手を握っていた手を離して、自分の腕を大きく広げる。
そうして、私は……。
座ったまま、
純の首に腕を手を回して、
力いっぱい抱き締めた。
私の小さな身体から溢れ出る、
力をいっぱいに込めて。
「もう……、馬鹿なんだから、純は……」
「馬鹿って何よー……」
私が耳元で囁くと、純が少し不機嫌そうにこぼした。
でも、完全に怒ってるわけでもない。
私の行動にちょっと戸惑ってるだけみたいだった。
私は軽く微笑んでから、また純の首に回した腕に力を込めて続ける。
「馬鹿な純はこのままでいてくれればいいの」
「理不尽だなあ……。
うーん……、まあ、今日くらいはいいか。
梓に好きにしちゃっていいよ。
これも今日嘘を吐いちゃったお詫びの一つって事で」
そう言った純の声色はとても優しかった。
戸惑いながらも、私の好きにさせる事に決めてくれたみたい。
それが私にはとても嬉しかった。
それが私の本当の気持ちなんだもん。
嘘ばっかりの曲なんて、梓にプレゼント出来ないよ」
純が頬を染めて、想いを言葉に乗せてくれた。
純の本当の想いをそのままに私に伝えてくれた。
「でもさ、本当の気持ちだからって言っても、
誕生日にこの曲をプレゼントしちゃ駄目だとも思ったんだよね。
だって、誕生日っておめでたい日じゃん。
一年で一番おめでたくなきゃ駄目な日じゃん。
一年で一番幸せな日じゃなきゃ駄目なんだから!
そんな日に縁起でもない曲を梓にプレゼントしちゃ駄目だよ。
本当の気持ちだとしても、離れ離れになった時の事を考えた曲を渡すなんてさ。
いつか梓が十八歳の誕生日を思い出した時、
ちょっとでも寂しさとか切なさがあったら駄目でしょ。
そんなの、私だったら絶対やだもん!
折角の誕生日、幸せな思い出だけで居てほしいもん!
それでね……、今日に誕生日プレゼントをずらしたんだよね。
それなら梓の誕生日が切ない誕生日になったりしないって思ったんだ。
考えてみたら、梓の誕生日の前に「その日は予定があるから、プレゼントは次の日に渡すね」。
とでも言っとけばよかったかもしれないけどね……。
でも、仕方無いじゃん!
この曲が出来上がったの三日前だし、私だって色々迷ってたんだもん……!」
純が左右に纏められた髪の毛を揺らして、複雑な表情を浮かべて頬を膨らませる。
自分の想いを全部私に伝えた後も、これでよかったのかって迷ってるんだろう。
自分の取った行動が正解だったのかどうか不安なんだろう。
それで複雑な表情を浮かべる事しか出来なかったんだと思う。
確かに純の考えと行動は間違っていた。
私の事を思ってくれての行動だったかもしれないけど、純は間違ってるよ……。
「馬鹿だなあ……」
私が小さく呟くと、純が私の頭から手を離して表情を不安そうなものに変えた。
今にも泣き出しそうな……、不安いっぱいの顔。
自分はやっぱり失敗してしまったのかって、辛そうな様子まで見受けられる顔だった。
私は純の手を握っていた手を離して、自分の腕を大きく広げる。
そうして、私は……。
座ったまま、
純の首に腕を手を回して、
力いっぱい抱き締めた。
私の小さな身体から溢れ出る、
力をいっぱいに込めて。
「もう……、馬鹿なんだから、純は……」
「馬鹿って何よー……」
私が耳元で囁くと、純が少し不機嫌そうにこぼした。
でも、完全に怒ってるわけでもない。
私の行動にちょっと戸惑ってるだけみたいだった。
私は軽く微笑んでから、また純の首に回した腕に力を込めて続ける。
「馬鹿な純はこのままでいてくれればいいの」
「理不尽だなあ……。
うーん……、まあ、今日くらいはいいか。
梓に好きにしちゃっていいよ。
これも今日嘘を吐いちゃったお詫びの一つって事で」
そう言った純の声色はとても優しかった。
戸惑いながらも、私の好きにさせる事に決めてくれたみたい。
それが私にはとても嬉しかった。
17: 2012/11/14(水) 19:52:24 ID:tUZDQbJs0
純の体温を全身で感じながら思う。
純はやっぱり間違ってるって。
私の事を思っての行動だって事は分かるけど、純は間違ってるんだ。
私の誕生日に切なさを残さないように、純は誕生日プレゼントを一日ずらしてくれた。
一年で一番幸せでなければいけない日に、私に幸せで居てもらうために。
でも、そんなの無意味に決まってるじゃない。
大体、普通に誕生日にプレゼントを渡すより、一日ずらして渡された方が印象に残るに決まってるでしょ。
私は生涯、この十八回目の誕生日と誕生日の翌日の事を忘れないと思う。
純の余計な気遣いのせいで、この日の事を忘れられるわけなんてない。
想い出に……、なるよ……。
それが嬉しかった。
純の言う通り、私の誕生日には切ない思い出が残る事になった。
十八回目の誕生日の日の事を思い出す度に、
誕生日の次の日の今日の事を思い出して切なくなるのは間違いないと思う。
切なさと寂しさが胸に残る。
だけど、そんな事は別にかまわなかった。
少しくらい切なくったって、私はいつもの誕生日の何倍も幸せだったから。
こんなにも純が私の事を考えてくれてるって事が分かって、嬉しかったから。
例え空回りでも、私の事を心の底から想っていてくれてる事が分かったから。
だから、今日は想い出になる。
とてもとても、とても大切な想い出に。
「梓……、ちょっと訊いてみてもいい?」
十分くらい抱き締めた頃、不意に純が遠慮がちに私に訊ねた。
私は腕から少しだけ力を抜き、静かに頷いて口を開く。
「いいよ、何?」
「抱き着かれるのは私も別に嫌じゃないんだけどさ……。
梓、くすぐったくないの?」
「くすぐったい……?」
「もーっ……、梓ったら私の口から言わせるつもりなの?
えっと……、髪……だよ、私の髪。
こんなに密着してたらさ……、癖っ毛でくすぐったいでしょ……?」
「うん、くすぐったいよ」
「ばっさりだー!」
私があっさり言うと、純が悲しそうな声で小さく叫んだ。
それから、少し不機嫌そうに頬を膨らませて呟き始める。
「こういう時は嘘でもくすぐったくないって言う所でしょ、梓……。
くすぐったいなら離れちゃいなよ……」
「どうして?」
「どうして……、って梓、私の髪がくすぐったいんでしょ?」
「くすぐったくてもいいじゃない。
私、そんなの気にしないよ、純」
「梓がいいんなら、まあ、いいけど……。
でも、梓もいつの間にかくっつき虫になっちゃったよね。
唯先輩の影響?
それとも「確保ーっ!」ってやつ?
そういうのが後世に伝える軽音部魂の一つとか?」
「いいよ、そんなの後世に伝えなくて……。
でも、確かにくっつき癖はいつの間にか付いちゃったかもね。
もしかして、純は嫌?
嫌なら離れるけど……」
「別に嫌じゃないよ、梓。
私もくっつかれるのは嫌いじゃないしね。
私の髪がくすぐったくても気にしないんだったら、いくらでもくっついてていいんじゃない?」
純はやっぱり間違ってるって。
私の事を思っての行動だって事は分かるけど、純は間違ってるんだ。
私の誕生日に切なさを残さないように、純は誕生日プレゼントを一日ずらしてくれた。
一年で一番幸せでなければいけない日に、私に幸せで居てもらうために。
でも、そんなの無意味に決まってるじゃない。
大体、普通に誕生日にプレゼントを渡すより、一日ずらして渡された方が印象に残るに決まってるでしょ。
私は生涯、この十八回目の誕生日と誕生日の翌日の事を忘れないと思う。
純の余計な気遣いのせいで、この日の事を忘れられるわけなんてない。
想い出に……、なるよ……。
それが嬉しかった。
純の言う通り、私の誕生日には切ない思い出が残る事になった。
十八回目の誕生日の日の事を思い出す度に、
誕生日の次の日の今日の事を思い出して切なくなるのは間違いないと思う。
切なさと寂しさが胸に残る。
だけど、そんな事は別にかまわなかった。
少しくらい切なくったって、私はいつもの誕生日の何倍も幸せだったから。
こんなにも純が私の事を考えてくれてるって事が分かって、嬉しかったから。
例え空回りでも、私の事を心の底から想っていてくれてる事が分かったから。
だから、今日は想い出になる。
とてもとても、とても大切な想い出に。
「梓……、ちょっと訊いてみてもいい?」
十分くらい抱き締めた頃、不意に純が遠慮がちに私に訊ねた。
私は腕から少しだけ力を抜き、静かに頷いて口を開く。
「いいよ、何?」
「抱き着かれるのは私も別に嫌じゃないんだけどさ……。
梓、くすぐったくないの?」
「くすぐったい……?」
「もーっ……、梓ったら私の口から言わせるつもりなの?
えっと……、髪……だよ、私の髪。
こんなに密着してたらさ……、癖っ毛でくすぐったいでしょ……?」
「うん、くすぐったいよ」
「ばっさりだー!」
私があっさり言うと、純が悲しそうな声で小さく叫んだ。
それから、少し不機嫌そうに頬を膨らませて呟き始める。
「こういう時は嘘でもくすぐったくないって言う所でしょ、梓……。
くすぐったいなら離れちゃいなよ……」
「どうして?」
「どうして……、って梓、私の髪がくすぐったいんでしょ?」
「くすぐったくてもいいじゃない。
私、そんなの気にしないよ、純」
「梓がいいんなら、まあ、いいけど……。
でも、梓もいつの間にかくっつき虫になっちゃったよね。
唯先輩の影響?
それとも「確保ーっ!」ってやつ?
そういうのが後世に伝える軽音部魂の一つとか?」
「いいよ、そんなの後世に伝えなくて……。
でも、確かにくっつき癖はいつの間にか付いちゃったかもね。
もしかして、純は嫌?
嫌なら離れるけど……」
「別に嫌じゃないよ、梓。
私もくっつかれるのは嫌いじゃないしね。
私の髪がくすぐったくても気にしないんだったら、いくらでもくっついてていいんじゃない?」
18: 2012/11/14(水) 19:52:49 ID:tUZDQbJs0
自分の髪がくすぐったいと言われた事を根に持ったのかな……。
純のその言葉は少しだけ悔しさが混じっているみたいに聞こえた。
フォローしようかと思ったけど、それはやめておいた。
多分、それを伝えても、純は喜ばないだろうしね。
でも、心の中だけで思う。
純の癖っ毛は純自身を表してるんじゃないかって。
纏めるのが大変なくらいあっちこっちに向いちゃってる純の癖っ毛。
でも、その分強い意志を秘めてて、奔放だけど思った事は曲げない純みたい。
そんな純の癖っ毛も、純自身も私は嫌いじゃない。
ううん、大好きだと思う。
純は奔放だけど、そういう自分の意志で歩いて行ける強さも持ってるんだよね。
私への誕生日プレゼントの曲の歌詞からもそれが分かる気がする。
純は私達が離れ離れになった時の事を歌詞にしてはいたけど、
『離れたくない』とか、『傍に居たいのに』とかいった後ろ向きな歌詞は一つも無かった。
離れ離れになったって、純は私達の想い出を胸に生きていく強さを持ってるんだ。
私も、そんな純に負けたくないと思う。
先輩達が卒業する時、私は不安で仕方が無かった。
一人ぼっち残されて、この部でやっていける自信が無くて潰されそうだった。
どうにか部長を務めてる今だって、不安に押し潰されそうになる事がある。
でも、私の中には先輩達との想い出があったし、私を支えてくれる純達も居てくれた。
だったら、私は強さを持たなきゃいけないよね。
また先輩達に心配掛けたような事を繰り返さないように。
私の後に続く後輩達に別れは怖くないものだって伝えられるために。
誰かと離れ離れになる事は来る。
違う道を歩かなきゃいけない時はいつか必ず来る。
その日が来る事から目を逸らさず、それを自覚して一日一日を大切に生きたい。
いつかまた誕生日を迎えて、何度も何度も歳を重ねて、
誰かとの別れの時が来ても、その人の未来を信じて笑顔で見送れるために。
そうやって、私はこれからも頑張ろうと思う。
皆との大切な想い出と一緒に。
これが私の十八回目の誕生日。
……とその翌日の出来事。
私の親友から貰えたプレゼントは、私に宛てた曲。
そして……、
未来に進む勇気と想い出。
純のその言葉は少しだけ悔しさが混じっているみたいに聞こえた。
フォローしようかと思ったけど、それはやめておいた。
多分、それを伝えても、純は喜ばないだろうしね。
でも、心の中だけで思う。
純の癖っ毛は純自身を表してるんじゃないかって。
纏めるのが大変なくらいあっちこっちに向いちゃってる純の癖っ毛。
でも、その分強い意志を秘めてて、奔放だけど思った事は曲げない純みたい。
そんな純の癖っ毛も、純自身も私は嫌いじゃない。
ううん、大好きだと思う。
純は奔放だけど、そういう自分の意志で歩いて行ける強さも持ってるんだよね。
私への誕生日プレゼントの曲の歌詞からもそれが分かる気がする。
純は私達が離れ離れになった時の事を歌詞にしてはいたけど、
『離れたくない』とか、『傍に居たいのに』とかいった後ろ向きな歌詞は一つも無かった。
離れ離れになったって、純は私達の想い出を胸に生きていく強さを持ってるんだ。
私も、そんな純に負けたくないと思う。
先輩達が卒業する時、私は不安で仕方が無かった。
一人ぼっち残されて、この部でやっていける自信が無くて潰されそうだった。
どうにか部長を務めてる今だって、不安に押し潰されそうになる事がある。
でも、私の中には先輩達との想い出があったし、私を支えてくれる純達も居てくれた。
だったら、私は強さを持たなきゃいけないよね。
また先輩達に心配掛けたような事を繰り返さないように。
私の後に続く後輩達に別れは怖くないものだって伝えられるために。
誰かと離れ離れになる事は来る。
違う道を歩かなきゃいけない時はいつか必ず来る。
その日が来る事から目を逸らさず、それを自覚して一日一日を大切に生きたい。
いつかまた誕生日を迎えて、何度も何度も歳を重ねて、
誰かとの別れの時が来ても、その人の未来を信じて笑顔で見送れるために。
そうやって、私はこれからも頑張ろうと思う。
皆との大切な想い出と一緒に。
これが私の十八回目の誕生日。
……とその翌日の出来事。
私の親友から貰えたプレゼントは、私に宛てた曲。
そして……、
未来に進む勇気と想い出。
19: 2012/11/14(水) 19:53:14 ID:tUZDQbJs0
♪おまけ♪
「ねえ、ところで純?」
「どしたの?」
「こういう誕生日プレゼントの曲って、
普通は相手に聴いてもらった後に楽譜を渡すものなんじゃないの?」
「何言ってるの、梓。
私はベーシストだよ?
ベースだけ弾きながら曲を歌われてもよく分かんないでしょ?」
「それはそうかもしれないけど……、ってこれギターの楽譜じゃない。
ひょっとしてベースの楽譜も作ってるの?」
「おっ、察しがいいじゃん、梓。
実はギターベースのセッションで演奏する曲なんだよね、これ。
折角だし、早速二人でセッションしちゃおうよ。
あ、勿論、ボーカルは梓ね」
「ボーカル、私っ?」
「そりゃそうでしょ、我が軽音部の誇るボーカルの梓先輩」
「いや、でも、普通、自分に贈られた曲を自分で歌う?
しかも、何の手本も無く……」
「大丈夫、梓なら出来るって!
学祭ライブを乗り越えた自分に自信を持って、梓!
だって、私、こんな気障で恥ずかしい歌詞、自分じゃ歌えないし!」
「えーっ……。
それでいいの作詞者、えーっ……」
「あははっ、いいじゃんいいじゃん。
意外と作詞者ってそういうものらしいよ?
自分で作詞した歌詞を歌うのなんて、絶対嫌って人も多いらしいし」
「まあ、そういう人も居るのかもしれないけど……」
「あっ、そう言えば、一つ言い忘れてた事があった!」
「えっ、何?」
「誕生日おめでとう、梓。
……一日遅れだけどね!」
「一日遅れだけどね。
でも……、最高のプレゼントをありがとう、純!」
20: 2012/11/14(水) 19:53:46 ID:tUZDQbJs0
これにて終了です。
ありがとうございました。
21: 2012/11/14(水) 20:32:43 ID:KwYab.1w0
純梓は素晴しい
引用: 梓「想い出になるよ」
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